■ゲスト:DAITA 6月19日、東京生まれ。中学3年生の時ギターを始め、高校の入学祝いでギターを買ってもらい本格的にバンド活動を開始。幾つかのバンド活動を経て1993年7月、SIAM SHADEに加入。1995年10月にはSIAM SHADEのギタリストとしてソニーレコードよりメジャーデビュー。1997年11月発売のシングル「1/3の純情な感情」では累計80万枚を超える大ヒットを記録。演奏力に定評があるライブ活動においても、日本武道館、国立代々木第一体育館、横浜アリーナ等数々の大規模公演を成功させている。DAITAのソングライティングにおけるセンスと卓越したギターテクニックは、SIAM SHADEとしての活動中も注目され、楽曲提供や演奏参加などの活動も幅広く行ってきた。SIAM SHADEは16枚のシングルと9枚のアルバムをリリースし、約6年半の活動の末、2002年3月10日、過去最高の動員記録を打ち立てた日本武道館公演をもって解散。その後ソロ活動をスタートさせている。 ・DAITA オフィシャルサイト 山本:バスケ・マンガとか流行ってた頃だ。 DAITA:そうですね。それから中学3年生までの6年くらいはバスケ漬けでした。 山本:そんなスポーツ少年が、どうしてギターに? DAITA:中学の時は部活もバスケで、3年生の時はキャプテンだったんです。3年生になってしばらくしたら、友達が部活をサボるようになってきて。僕はキャプテンだったし「どうして休むんだ?」ってリサーチしたら、どうやらバンドを始めたってことがわかったんです。 山本:うんうん。 DAITA:で、引っ張ってでも部活に来させようと思ってスタジオを覗きに行ったんですよね。そのインパクトが凄かった。初めて楽器の爆音を聴いて「何だこの音は!」って。ちょっと目覚めちゃったんです。いわゆる、ミイラ取りがミイラになったってやつで・・・。 山本:僕の場合は中学で3年間体操部やってて、そのまま進学しても続けようとしてたんだけど、高校に入ったらロック映画をきっかけに音楽に目覚めちゃって。DAITAの友達みたいに部活を「サボる」側となったな。たしかに、初めてアンプに繋いでガッと音を出した時の興奮って忘れられないね。中学生とか高校生の頃って、わけわかんないストレスみたいなものが溜まってるでしょ。とにかく「ウワアアアー」って大声出したいような。それがギターとアンプという武器を手に入れて、思う存分叫びまくれるようになり、それが病み付きの快感というかカタルシスとなったんだよね。 DAITA:そうですよね。エレキギターのサウンドって、ちょっとベタだけど「魂の叫び」って感じがするんです。もちろん、ドラムやベースの音に魂を感じる人もいて、それはそれでいいと思うんだけど。 山本:僕の時代はフォークソングのブームがあって、何というかフォークギターってサスティン的に「ぎゃん!」ってやって終わり。叫びでいうと「ア!」みたいなね。それが、エレキは「ウワアアアアアア!」って長く激しく叫べる。まさに自分の気持ちを代弁してくれるような感覚があるね。それでハマってしまったんだろうな。 山本:ところで、初めてエレキギターの音を聴いた時の印象って覚えてる? 僕なんかTVで観た時、最初はいわゆるテケテケってやつとか歪んでてもファズのジーって音だったから、正直第一印象はそれ程良いものではなかったなぁ。DAITAはどうだった? DAITA:カッコいいって感じですね。自分で始めるまではロックを意識して聴いたことはなかったですけど。姉の影響で、当時流行ってたWham! とか、FMで流れてたビルボードの音楽は自然に聴いてたかな。あと、映画音楽でロッキーのテーマとか、小学校の運動会で踊らされた、たぶん JORNEYの音楽とか。自然に聴いてた音楽で「カッコいい音だなあ」って感じてたのが、気が付くとギターの音でした。 山本:そうかすでに洗練された美しいロックギターの音が巷に溢れてた時代だね。そこに今のDAITAサウンドのルーツがあったんだ。 ●次のページは、「武道館解散ライブでステージから転落!」