放射線障害は放射線量が高いときと低いときで違う。1シーベルト(1,000ミリシーベルト)以上の高線量を受けると、臨床的に問題となります。高い線量を受けると特定の症状が現れ、確定的影響と言います。そしてその症状が現れる最低の線量をしきい線量と言います。200ミリシーベルト以下の低線量放射線を受けた場合は、急性の障害が現れる臨床的例は見られません。もしかしたら生涯のうちには出るかもしれないので、確率的影響と言います。
確率的影響は放射線以外の原因で発生したものと区別がつきません。
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100mSv(ミリシーベルト)までの照射では、急性の障害があるという臨床的な知見はない。1Sv(シーベルト=1,000ミリシーベルト)以上では被ばく後数週間以内に症状が現れるが、1〜2Sv (1,000〜2,000mSv)では軽微な吐き気があって倦怠・疲労感があるものの、ほとんど治癒される。
2〜4Sv(2,000〜4,000mSv)では発熱・感染・出血・衰弱・脱毛などの症状が現れ、4Sv(4,000mSv)ではおよそ半数が死亡する。これ以上の被ばくは重症とされ、8Sv(8,000mSv)以上の被ばくは致死的であるが、治療内容によっては助かる可能性があるといわれている(表5-1)。
このように、急性の放射線障害では、ある線量以上を浴びなければその障害は起きないという「しきい値」がある(図5-1、表5-2)。
妊娠初期の胎児は放射線の影響を受けやすい。この時期の胎児は細胞分裂を活発に行なっていて器官や組織が成長している時期なので、放射線に対して特に感受性が高いためである。受胎後14〜18日の被ばくが最も危険で、250mSvで奇形が現れる。このため妊婦はX線検査を受けてはいけないと言われたことがあるが、胃のX線透視検査での線量(0.6mSv程度)はこの「しきい値」にくらべて十分小さいので、事実上の危険はない。
がん、白内障、寿命短縮、不妊などの症状は、放射線を浴びてもすぐには現れず、一定の潜伏期間の後に現れるので晩発効果と呼ばれる。晩発効果のなかで深刻なのは、白血病とがんである。1,000人の人が約500mSv浴びると、2〜20年後には、そのうち2人が白血病を発症するという統計がある。また、一度に2Sv(2,000mSv)以上を目に浴びると、数年〜数十年後に白内障になるというデータもある。しかし、晩発障害も200mSv以下では起こらない。
晩発障害による疾病は、被ばく発症時期までの期間が長いだけでなく、放射線以外のいろいろな原因によっても生じ、通常は放射線以外の原因による確率のほうが高いため、原因を放射線被ばくに特定することはむずかしい。
局部的に一度に高線量を被ばくすると、3〜4Sv(3,000〜4,000mSv)で脱毛があり、10Sv(10,000mSv)で赤く腫れあがり(紅斑)、30Sv(30,000mSv)で壊死に至るなどの、放射線火傷の症状がある。
<<図5-1>>確定的影響とそのしきい線量
<<表5-2>>確定的影響の特徴
(出所:『ICRP Publication41』ほか)
同じ放射線量を、時間をおいて何回かに分けて浴びた場合には、障害はこれより軽微になる。1回ごとの小さい線量による損傷が効果的に修復されているのであろう。
ここで医療による被ばくについても述べておこう。X線検診やCT検査などの放射線診断は非常に有効な手段なので、病気でない人も日本では年間平均2mSvの放射線を浴びている計算になる。このような検診で1回に浴びる量は少ないが、病気が疑わしい場合の念入りな検査では、数十ミリシーベルトも浴びる。しかし、この程度では放射線障害が発生することはないといえよう。
一方、がんを放射線で治療する場合は100Sv(100,000mSv)もの照射を行なう。全身にこれだけ照射すると即死するので、がんの患部以外には放射線ができるだけあたらない工夫をすることは言うまでもないが、それでも患者は局部的になんらかの放射線障害を受けざるをえない。この場合は、がんが治るメリットと放射線障害を受けるデメリットを天秤にかけて判断しなくてはならない。今ではほとんどの病院ではインフォームド・コンセントと言って、事前に医師が患者側に説明を行っている。
急性の放射線障害には200〜250mSv(ミリシーベルト)以上に「しきい値」があると考えられており、低線量では急性の放射線障害が起こる可能性はきわめて低い。
一方、白血病やがんおよび遺伝的影響などには「しきい値」があるのかどうかわかっていないので、これまでのところ安全性を考えて、どのような低線量でも浴びた量に比例してがんや遺伝的な影響が現れる確率があると仮定されている(図5-2)。
<<図5-2>>確率的影響の特徴
低線量ではその確率がきわめて小さいため、個々の人間では問題になることはないが、日本人全体というような大きな集団では統計的に意味のある数として現れてくる可能性がある。
したがって、低線量でも障害が現れる確率があるのかどうかは重要な問題である。しかし今までのところ、がんや遺伝的影響などに低線量照射が有意な効果があるという知見はえられていない。
私たちの周りには放射線が天然に存在することはすでに述べた。宇宙には軽い粒子が放射線として充満し、それらが原子核になり、原子になり、さらに集まって星がつくられたが、46億年前に太陽系と地球が生まれたとき、まだ残っていた放射性同位元素が地球の中に取り込まれたのである。
例えば、品質のよいウラン鉱石は、0.2%程度のウランを含んでいるが、このウランには3種類の同位元素(原子番号が同じで化学的性質は同じだが、お互いに質量が異なる元素を同位元素といい、放射性のものと非放射性のものがある)が混じっており、いずれも放射性元素である。
放射能の研究が進むにつれ、ウラン238を出発点として15回の壊変を経て安定した鉛206になっていくウラン系列という壊変系列があることが判明した。さらに、トリウム系列(図5-4)やアクチニウム系列も明らかになり、これらの系列に属する元素が次々に壊変していくときに、必ず放射線を出して別の元素に変わっていくことも明らかになった。
すなわち、原子核は永久に変わらないのではなく、原子量の大きな元素の原子核は、もともとエネルギー的には不安定なため、その一部が放射線を出しながら、自ら壊変し、より安定な別の元素の原子に変わっていくのである。ウラン235(半減期7億年)やカリウム40(半減期13億年)などは寿命が長く、ポロニウムやアスタチンなど15種類ぐらいの不安定な放射性同位元素もまだなくならないで残っている。
<<図5-4>>トリウム系列の放射性壊変の例
これらの放射性同位元素は大地から放射線を出して私たちの体を外から照射している(外部被ばく)が、野菜や魚に吸収され、食物連鎖を通して人間の身体に入ってくるものもある(内部被ばく)。例えば、体重60kgの人間の身体には平均 0.14kg のカリウムがあって、そのうち0.01% が放射性のカリウム40である。この人体中の カリウム40は毎秒4,000回壊変してガンマ線を出している。このように人体からも毎秒数千個の放射線が出ているのである。
大地由来の放射線物質には、ラジウムなどの壊変で出てくるラドンもある。ラドンは希ガスの仲間で地中から大気に出てきて、人間の肺に取り込まれ、内部被ばくの原因になる。また、土壌や岩石からも出てくるので、石造やコンクリートの家屋では、室内のラドン濃度が高い。北欧の石造りの家では室内のラドン濃度が高いが、日本のように木造家屋が多い場合は相対的にラドンの影響が少ない。
宇宙線には、銀河系からやってくるエネルギーのきわめて高いものと太陽からやってくる低いエネルギーのものとがある。これらは地球の大気にさえぎられて数もエネルギーも小さくなるが、それでも1平方センチメートルあたり毎秒1個程度、つまり、私たちの身体には毎秒数千個の放射線が降り注いでいる計算になる。数千メートルの上空では宇宙線の量は地上の100倍も多く、成田とニューヨークの間をジェット機で1往復する間に、地上の人間が1年間に宇宙線から浴びる放射線量のほぼ半分を浴びてしまう。
以上を合計すると、日本人は1年間に、大地の放射線と宇宙の放射線からあわせて0.85mSvの外部被ばくを受け、食べ物とラドンの吸入によって1.53mSvの内部被ばくを受けている。合計でおよそ2.4mSvである(1時間あたりに換算すると、ほぼ0.3マイクロシーベルトという値になる)。この他に、胸部のX線検診では1回当り0.05mSvのX線を受けている。(図5-5)
<<図5-5>>日常生活と放射線の関係
日本国内でも放射線量は地域によって異なるし、世界的にみるとさらにその差は大きくなる。インドのケララ州やブラジルのガラパリなどは大地から受ける放射線量が日本の場合の10倍以上もあることで有名であるが、その住民の健康や遺伝的な影響について、放射線量の小さな地域の住民との差はほとんど認められていない。
原水爆実験が盛んに行なわれていた40年ほど前やチェルノブイリ原子力発電所の事故があったときは、ストロンチウム90(半減期28.8年)やセシウム137(半減期30年)のような人工の放射能が地球にばらまかれて被ばくの原因をつくった。この人工の放射能はまだ残っているものの、急速に少なくなっている。
放射線は太古の時代から自然にあり、今も人は身体の外と内とから被ばくを受けている。すでに学んだように、その被ばくによって生じた細胞やDNAの損傷は修復する能力があるため、損傷と修復が繰り返され、修復できなかった場合はアポトーシスで安全に除去されている。
厚い鉛ブロックで囲った空間をつくって、放射線を自然のレベルよりも減らした条件に生物(ゾウリムシ)を置くと、その成長が遅れるというおもしろい実験結果がある。これは、生物は放射線をたんに受身で防護しているわけではなく、むしろ有効に活用しているらしいことを示唆している。
多量では人体に有害な鉄、亜鉛、マンガン、銅などの金属も、少量は必ず必要で、不足すると欠乏障害を起こすことから、必須微量金属と呼ばれているが、同じように放射線も微量は必要なのかもしれない。図5-3の左部分の自然放射線レベルより小さい方向に向かって反応度が低下する線が描かれているのは、放射線欠乏障害を表わしている。
さらに、放射線は生物の進化の原動力でもあったと言われている。放射線によってDNAに与えられた損傷は、非常に小さい確率で突然変異を誘発することがわかっている。実際、放射線による突然変異誘発を利用して、穀物や果物を病気に強い品種に改良したり、変わった品種を作りだしたりする「放射線育種」と呼ばれる現代技術がある。