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趣味でちょこちょこ書いていましたら、読みたいというご要望がございましたのでアップさせていただきました。亀更新になります。シモネタ注意。
ふしぎの世界のルナティック・ハッター
始まりの日
 ふと気がつくと木造の部屋にいました。僕は重厚なテーブルの前で書類を処理していたようです。書類の署名は「クロウ・リー」
 僕はペンを持つ自分の手を見詰めました。
 そんな馬鹿な!
 意味不明の悲鳴を上げてました。
「領主様、どうしました?」
 同じ部屋にいた茶色の髪の純朴そうな青年が尋ねます。軽鎧をつけています。
 見知らぬ顔です。でも、思いっきり心当たりがあります。
「マリス、だよね?」
「はい。どうしたんですか? いきなり悲鳴を上げられるものですから」
 僕はじっとマリスであるらしい青年を見詰めました。瞳の中に僕の姿が映っています。黒髪、黒瞳、丸眼鏡。記憶のグラフィックより少し中性的になっていますが、ほとんど『クロウ・リー』の姿です。ぽっとマリス(?)の頬が赤くなりました。
 なぜそこで赤面する。
 恐らく今現在僕達の館からは五つの悲鳴が上がったはずです。聞こえませんが。
 僕はついさっきまで自室のパソコンの前に座ってオンラインゲームをやっていました。ゲームの名前は『クリエイト・ミレニアム』β盤のころからこのゲームをやりこんでました。キャラクターの名前は『クロウ・リー』最高レベルである100までいってしまいましたが、ずっとこのキャラです。補助魔法使い(メイン職業)にて錬金術師(アルケミスト)(サブ職業)です。メインよりサブに力はいってますが。
 僕はギルドマスターをやってます。ギルドの名前は『ルナティック・ハッター』名前の意味は考えないでください。ツッコミは禁止です。
 五人の小さなギルドですが、全員最高レベルまでいってしまいまして、戦闘に見切りをつけて現在領地経営やってました。
 といっても、館に村ひとつの小さな領地です。ギルドでこのゾーンを購入しました。全員100レベなのでけっこうお金持ってるんです。
 このゲームの領地ルールは個人、またはグループ単位で領地となるゾーンを購入します。一度購入すると維持費として毎月その千分の一の金額を払い続けなければなりません。領地にはノンプレイヤーの領民がついてきまして、土地に住み畑を耕したりして税を納めます。それで維持費以上の収益が上がりますので維持は難しくありません。
 領主となったプレイヤーは地域の発展に力を入れれば収益が上がります。館と村ひとつというのは最小の領地ですが、五人のギルドではこの位でいいでしょう。
 いちおう村を守るという名目で兵も雇わなければならないのです。その最小単位が五人のノンプレイヤーキャラクターで、カリス、サリス、タリス、ナリス、マリスと名づけました。ネーミングセンスにおいてのツッコミは受け付けておりません。
 ちなみに館には執事、料理人、メイド、下男、下女が五人セットでついてます。解雇することもできますが、館を維持するのに便利ですし、雰囲気重視で雇い続けています。
 僕はゲームのキャラクターとなり、ノンプレイヤーキャラだったマリスが人間(?)として目の前にいます。
 夢でしょうか? 夢であって欲しいです。
 眼鏡をかけなおし、部屋に控えていた白皙の青年執事セバスチャン(ネーミングセンスについては突っ込まないように)に言いつけました。
「急用ができました。書類の決裁は済んでいますから、もっていってください」
「かしこまりました。旦那様」
 セバスチャンが一礼しました。
 僕は部屋から出てギルドメンバーを探すことにした。
(ウィンドゥが使えれば楽なんですけど)
 部屋という独立したゾーンにいなければウィンドゥに現在位置が表示されます。
 そんなことを考えていたら脳裏というか、目の前に見慣れたゲームのウィンドゥがひらきました。びっくりしましたが、精神を集中するとウィンドゥを見ることができるようです。これは便利。
 屋敷の庭にギルドメンバーの反応がひとつあります。名前はマリアンネット。種族人間。性別女性。メイン職業盗剣士レベル100。サブ職業追跡者レベル100。マリーのようです。
 彼もこの世界に来てしまったようです。可哀想に。

 庭に駆けつけると打ち砕かれているマリーがいました。うずくまって頭を抱えています。気持ちはわかる。わかりすぎるほどにわかります。
「マリー、気を確かに」
「マリー、いうな! なんなんだよ、これは! いつから『クリエイト・ミレニアム』はVRになったんだよ!」
 メイド服を着込んだ一見お色気満載の美少女が泣き叫んでいました。男声で。
 金色の縦ロールに童顔。小柄。巨乳。メイド服。口元にホクロ。男の妄想満載のマリーですが──実はネカマです。
 ネカマなんです。
 ふだん、男の夢巨乳メイドとしてエロかわゆく積極的に振舞いますが──実はネカマです。
 ネカマなんです(強調)。
 『クリエイト・ミレニアム』における男性ユーザーと女性ユーザーの比率は男七割女三割というところでしょうか。
 で、女性キャラはチヤホヤされる傾向にあるようですが、マリーは男性ユーザーでありながら女性キャラ使ってました。
 男の萌え心を揺さぶるお色気キャラとして知らない男性ユーザーを誘惑しておいて、実はネカマですとばらして恐慌状態に陥れるという残念な人です。ある意味性質が悪いです。
 ネカマなんです。
 もう有名なので新人ぐらいしか引っかかりませんが。
 ネカマとわかっていて遊びに付き合ってくれる度量の広い人もいます。
 いいのか、それで。
「裕也くん、とりあえず取り乱していても仕方ないです。とりあえず、状況を把握しましょう」
「ない」
「──はい?」
 大きめのエメラルドのような瞳に涙をためて上目遣いにマリーこと裕也が訴えた。
「ないんだよ! アレが! 本当に女になっちまった!」
 マリーが泣き叫びました。ナニカ大切なものをなくしてしまったようです。
 ちょっとひきました。かけるべき言葉は一つしか思いつきません。
 ……………ご愁傷様です。裕也くんの男の御冥福を祈ります。

 いや、人事ではないのですが。

 失念してましたが、うちのメンバーとは念話機能という離れていても連絡のつく機能がありました。それぞれ呼び出してみました。
『こちらギルマスのクロウです。皆さんどうしてますか?』
『クロウ、どーなってんの、これ。ジュネになってんだけど』
『我輩はソウセキになってますにゃん』
『僕はアマクサになってるぞ』
『僕もクロウになってますよ。裕也もマリーになってるし。いちいち念話も面倒ですので館の執務室に集まってくれますか?』

 僕のギルドは五人です。
 ネカマにてメイド姿を好んでする盗剣士にて追跡者“贋物(フェイク)”マリーことマリアンネット。
 守護者にて農婦“鉄壁”ジュ姐さんことジュネ。女性なのに壁役を選ぶ豪傑です。
 獣族の盗剣士にて縫製者ソウセキ。ギルドの知恵袋です。老師とか御隠居とか呼ばれています。ときどき日向で昼寝をしているのはロールプレイですよね? いつか巨大な籠をプレゼントしたいです。毛布ひいて寝床にしてください。
 召喚師にて賢者のアマクサ。気難しい気取り屋です。ロールプレイ……ではなく地ですね。
 そしてギルドマスターの僕、クロウ・リーです。
 執務室のテーブルを囲んでいる皆さんは見事にキャラの姿です。
 緑色の髪のジュ姐さんは大柄で畑か果樹園の手入れでもしていたのでしょうか、作業着です。猫の頭にほっそりとした体をタキシードで包んだソウセキ。ローブ姿のいかにも魔法使いなアマクサ。
「皆さん見事にキャラの姿ですね」
「そうですにゃん。我輩は夢オチを希望しますにゃん」
 にゃん言葉を使うソウセキは落ち着いているようでした。冷静な人がいて助かります。
「僕もそうですけど、どうなんでしょうね。夢にしてははっきりしてますが、まだ一部しか試していませんがゲームの中のシステムが使えますよ」
「そんなこと、いつ試したんだ」
 甘いマスクのアマクサが顔を歪めてきく。
「ついさっきです。意識するとウィンドゥがひらいてメニュー画面が出ます。やってみてください。なにができて、なにができないのか確認する必要はあるでしょう」
「食べ物は食べられるよ。さっき果樹園の葡萄で試してみた。本物の味がしたよ。びっくりだね」
 熱烈的な牧場○語のファンであるジュ姐の発案でこの村の開いていたスペースには果樹園や農牧地が作られてます。さらに凝り性のジュ姐は酒造場や乳製品工場も作りました。本来スキルを持つものが素材を用意してメニュー画面から造りたい料理や加工食品を選択すればあっという間にできますけど、それでは味気ないとわざわざ施設を作らせたのです。加工するまでにそれなりの時間がかかりますけど、個人がひとつひとつ作るより大量に加工品が作れます。
 畑、果樹園、麦畑、牧草地を開墾してつくり、動物小屋、酒造場、乳製品工場を作るのにも資金が要り、家畜の購入、種や苗の購入、さらに面倒を見る農民、杜氏、職人のノンプレイヤーを雇うのにギルドは一時多くのクエストを行わなければなりませんでした。
 いい思い出です。資金の回収は期待してません。
 おかげでワインやウィスキー、チーズやヨーグルト、バターを出荷できるようになってます。これらを貯蔵しておく倉庫ももちろんあるので。
「あ、それからトイレも使えたから」
 試していただけたのですね。施設はオブジェクトではなく本物として使えるようです。助かりました……トイレットペーパーは“紙”で代用が効くでしょうか? 確かトイレットペーパーというアイテムはなかったはずです。ある意味切実な問題です。
「食事を取ることと排泄が可能ですか。本物のようですね、この体」
 何気なくいうとアマクサが呻いて頭をかきむしった。隣のマリーは呆然としている。
「とにかく、情報収集するべきでしょう。そのほかにも自分達で試すしかありませんね」
「他のプレイヤー達はどうなっていますかにゃん」
 さすが老師です。そういえば僕らがこの有様ということは、他のプレイヤーもこうなっている可能性があります。
「ああ、それも確認する必要がありますね。そう、顔見知りに声をかけてみましょう」
「念話使えば?」
 アマクサの提案をソウセキがゆるく頭を振って否定した。
「無駄ですにゃ。混乱しているようで、あっちこっち話中ですにゃ」
 もう試していたんですね、老師。さすがです。念話はギルドまたはパーティならば多重会話が可能ですが、それ以外は一対一での通話になります。他への通話中は繋がりません。
 ためしに通話リストを表示してみましたが、僕のところもほとんど通話中です。
「それならタウンに直接行ってみるのも手だわね。マーケットに流した品物引き上げてみる?」
「その手続きもありましたか。では僕が行きます」
「なんで品物を引き上げるんだ」
 アマクサが怪訝そうに言う。
「こんな状況ですからね。物価が動く可能性があります」
「それもありますが、自棄になるプレイヤーもいますにゃん。一人では危ないですにゃん」
 確かにその可能性もあります。自暴自棄になった人はなにをするかわかりません。100レベルですが魔術師系の装甲は紙です。
「じゃあ、あたしもいくわ。言いだしっぺだし」
「じゃあ、俺もいくよ。危ねえだろ」
 名乗り出たのがマリーなので全員複雑そうな顔になりました。紙装甲の魔術師系と女性だからと言うことでしょうが──今は君も女の子なのだよ、裕也くん。
「みんなで行くと『陽だまり村』(領地。ネーミングセンスについては突っ込みは禁止)が無防備になりますにゃん。また、あっちから情報を求めてこっちに流れてくるプレイヤーもいるかもしれませんにゃ?」
 どうします? と言いたげにソウセキが首をかしげた。猫っぽいです。ゴロゴロさせたいです。
「では、ソウセキ老師とアマクサは残って対応してくれませんか? 平和的な人ばかりとは限りませんので」
「その場合は出入り禁止にするですにゃん。情報を求める良心的な人にはそれなりに対応しますにゃん」
「うむ、領地を守るのは領主の役目だからな。僕も異存はない」
「ではそれで行きましょう」

 タウンと呼ばれているのは五つの都市です。宿屋、銀行、貸し金庫、復活するときの大聖殿、マーケットなど各種冒険者に必要な施設があります。プレイヤーはそのうちのひとつをホームタウンとします。ゲーム内で死ぬとそのタウンの大聖殿で復活します。
 普通、宿屋の一室で足りなく、領地やギルドキャッスルなど独立した本拠地を持つほどではないギルドはギルドホームという施設、ゾーンの一種を借りて本拠地や倉庫とします。
 大中小のレベルがありますが、これらは会館という施設にあります。実際にその建物内にあるわけではなく、ドアというオブジェクトでワープするわけです。
 会館はギルドの結成や入退会の手続きを行う場であり、倒したモンスターなどが落とすドロップ品を換金できる窓口もあります。マーケットの窓口もありまして、貸し金庫、銀行などの施設が集中してます。
 会館のマーケット出品窓口に品物をもっていくとなぜか離れたマーケット会場に品物が並びます。品物を引き上げるときも窓口で手続きをするとすぐ品物を返してくれます。ゲームでは当たり前だったのですが、現実世界となった今ではどうなんでしょう?

 タウンに行く前に僕には越えなければならない試練がありました。
 僕はそこの前で硬直していました。もう生理現象の我慢は限界です。しかし──トイレに入るということは、いままで避けてとおってきたものに直面させられるということなんです。
 トイレの利用は可能であることはわかっています。しかし──それは──
 はっきり言っちゃおう。
 僕は──現実世界でゲームをやっていたプレイヤーの僕は──女だ。いわゆる腐女子気味の。ぎみどころか骨まで腐っているとは友人一同の弁だが。
 ゲームのキャラクター『クロウ』は二十歳の男だ。理想の姿がえられるゲーム世界で僕は男を演じていた。ゲームでは男女による数値的な区別はないので不利なことはなかった。
 まさか、まさかゲーム世界に来てしまうなんて考えないじゃないか。
 もうだめだ、僕はトイレの個室に突撃し──現実を思い知った。

 ついてました。

 細かく描写するとR18タグがいります。
 「キノコ」と表現されることの多いものですが、むしろ──ああいえ、どちらにしろ──なんでしょう、滑稽な代物です。こういうものがついているのは悲しいです。ああ、いえ、男性にとっては大事なものなんでしょうが。BL本で表現されるものなのでまったく未知の物ではないのですが、正直不恰好です(きっぱり)
 泣きました。男として生きていくしかないようです。誰か男子の生態について詳しく教えてください。要至急。

 執務室に戻る僕の足取りはゾンビのそれだった自信があります。


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