きょうの社説 2011年10月13日

◎金大で脳死肝移植 実績重ね、理解を広げたい
 金大附属病院で北陸三県では初めてとなる脳死肝臓移植が実施された。脳死者からの臓 器提供は国内149例目となるが、肝移植の実施により、北陸でも移植医療定着へ向け、新たな一歩を踏み出したことになる。

 日本臓器移植ネットワークによると、北陸三県では臓器提供施設が13病院あるものの 、移植施設となると、全国的に拡大した腎臓(北陸では6施設)を除けば、肝臓の金大のみで、昨年7月の改正臓器移植法施行後に認定されたばかりである。

 移植希望者にとっては、地域に信頼できる移植施設があれば、遠隔地に出掛けて待機す る必要もなく、負担の軽減につながる。身近なところで移植治療の実績が増えれば、地域の関心が高まり、ドナー(提供者)確保の下地を広げることにもなろう。改正法施行後のドナーの伸びを考えれば、腎臓、肝臓に続く他の臓器での移植実施は、北陸の医療界にとっての大きな課題である。

 金大附属病院での脳死肝移植は、提供者が山梨県立中央病院で脳死判定を受けた60代 の男性で、本人は臓器提供の意思を書面で表示していなかったが、家族が臓器移植を承諾し、このうち肝臓が金大附属病院に運ばれた。

 金大によると、提供を受けた60代の女性は人工呼吸器を装着しないと生命を維持でき ない状態で、肝臓移植で待機する全国約400人のなかでも最も緊急性の高い患者だった。手術は16時間以上に及んだが、術後の容体は安定し、順調なら3カ月で退院できるという。北陸の医療関係者やドナーを待つ患者にとっても関心の高い事例だろう。

 改正臓器移植法は、本人が拒否の意思表示をしていなければ、年齢にかかわらず、家族 の判断で臓器提供が可能になった。本人意思不明の事例は今回で54例を数え、今後も増えることが予想される。

 北陸近辺では、たとえば新潟大病院が腎臓、肝臓、膵臓、小腸の実施施設に認定される など、移植実施は特定病院に偏る傾向がみられる。ドナーが増えていけば、移植施設の地域バランスはさらに重要になる。北陸三県でも体制を着実に整えていきたい。

◎TPP参加問題 情報不足で判断が難しい
 環太平洋連携協定(TPP)への交渉参加問題について、野田佳彦首相が交渉参加の結 論を急ぐよう指示したのは、交渉参加が遅れるほど日本の立場は不利になるからだという。だが、TPPへの参加が日本にとって得なのか損なのか、政府内でも見方が分かれている。情報不足で冷静な比較ができない状況では、判断のしようがない。

 TPP条件交渉に途中から入るのは不利というのは、以前から指摘されていたことであ る。東日本大震災という大災害があったにせよ、議論を放置してきた政府・与党の責任は重い。野田首相がTPPの参加が日本の利益になると確信しているなら、国民にその根拠を示してほしい。

 TPPの問題点は、交渉の状況やルールについての情報が少なく、中身がよく分からな いことだ。農産物を含む全物品の関税撤廃を原則とし、医療や保険、政府調達など多くの分野で新たなルールをつくる包括的な協定だけに、全体像が見えにくく、有利・不利の判断が容易でない。

 TPPに反対の農林水産省の試算では、農業および関連産業への影響でGDP(国内総 生産)が7兆9千億円減り、就業機会の減少は340万人規模に達するという。一方、TPPを推進する経済産業省は、不参加の場合、自動車など日本が強い産業が打撃を受け、GDPが10兆5千億円減り、81万人の雇用が減ると主張する。

 「省益あって国益なし」の言葉通り、どちらも自分に都合のよい数字だけを並べ立て、 怪しげな数字を独り歩きさせている印象がぬぐえない。野田首相がすべきことは、省庁が出してきた数字をしっかりと検証し、できるだけ詳細で客観的な評価を下すことだ。時間がないからといって見切り発車するのではなく、分析と評価の過程を省略してほしくない。

 国益を第一に考えて、冷静に検討できる環境を整え、十分な論議を尽くす必要がある。 大所高所からメリットとデメリットを分野ごとに比較検討したうえで、国民に分かりやすく示してほしい。参加するか否かの判断はそれからだ。