きょうのコラム「時鐘」 2011年10月13日

 実のなる木を庭に植えるのは飢饉(ききん)に備えた藩政期の名残で、各地の城下町で見られる。先日は金沢市内の民家に赤いリンゴがなっている光景を描いた記事を読んだ

維新直後には香林坊にまでリンゴ園が広がった。「わが恋は林檎(りんご)の如く美しき」。明治初期の金沢の俳人・中川富女(とみじょ)の作だ。薄命でナゾの多い才女だったという。富女の「恋の林檎」は、この香林坊の畑に実ったのだろうか

島崎藤村の「初恋」も信州らしい美しさだ。「やさしく白き手をのべて、林檎をわれに与えしは、薄紅(うすくれない)の秋の実に、人こい初(そ)めしはじめなり」。リンゴは北国の秋空が似合う。好天が続き、一年で一番過ごしやすい10月の空に感謝する

西洋リンゴは幕末に黒船が持ってきた。ペリー提督が幕府に献上して各地に伝わったとの説がある。江戸の加賀藩下屋敷にも植えられて藩主が「あっふる」を甘いジャムにして餅と食べたのが確認できる日本最初の記録だという

昨今の「アップル」は米国のIT企業の代名詞のようだが、戦後復興世代には甘く酸っぱい希望の味だ。東北の、赤い実をつけたリンゴ畑に思いが広がる。