FC 第三節「白き肌のエンジェル」(9/7第30話微修正)
第三十三話 エリカ・ラッセル博士の大暴走
<ツァイス地方 カルデア隧道>
少し時間を戻してエステルやアスカ達がルーアン地方で活動しているころ、アガットは一足先にツァイス地方へと向かっていた。
自分が狙われていると知ったアガットは飛行船で移動した場合、逃げ場が無い上に乗客を巻き込んでしまうかもしれないと考えて徒歩で行く決断を下した。
カルデア隧道の途中で誰かが追いかけて来ている気配を感じたアガットは足を止める。
「はぁはぁ、やっと追い付けました!」
「チビスケ、こんな所まで何やってんだ?」
追跡者の正体がティータだと判ると、アガットは緊張を緩めて息を吐き出した。
「えっとその、アガットさんにツァイスの街まで護衛をお願いしたくて……」
「そんなのルーアンの遊撃士協会に頼みやがれ」
「受付の人に尋ねたら、アガットさんはもう出発しちゃったって聞いて……それで……」
ティータの話を聞いて、アガットはウンザリしてため息を吐き出した。
しかしその時辺りに狼の鳴き声が響き渡り、狼型魔獣が姿を現した。
その狼型魔獣に2人とも見覚えがあった。
ルーアン地方のバレンヌ灯台の前で襲って来た魔獣だ。
アガットの嫌な予感は的中してしまった。
「ちっ、しつこいやつらだな」
「アガットさん……」
アガットの側に居るティータが怯えた様子でアガットの服をつかんだ。
ルーアン地方とツァイス地方を結ぶカルデア隧道は、廃坑を利用してトンネルにした珍しい街道だ。
街道の両脇に導力灯はあるが、それ以外の場所は真っ暗に近い。
2人は行く手と来た道を狼型魔獣の群れに塞がれてしまい、身動きが取れない。
そして前と違うのはさらに大きな剣を持った黒装束の男が後ろから追いかけて来た事だった。
「さあ、例のオーブメントを渡してもらおうか。そうすれば、命までは奪わん」
「くっ……」
密閉されたトンネルの中では、ティータの導力砲で煙幕を張る方法は使えない。
アガットが直進して狼型魔獣の包囲を突破するにしても、ティータは素早く走る事は出来ない。
黒装束の男は勝利を確信したような口調で言い放つ。
「遊撃士は民間人の保護を最優先とするのではなかったのか?」
「アガットさん、私が追いかけて来なければ逃げられたのに、本当にごめんなさい……!」
ティータは目に涙を浮かべてアガットに泣きついた。
アガットは悔しそうな顔をして胸元からルグラン老人から預かった黒いオーブメントを取り出す。
「こいつを渡せば、おとなしく引き上げるんだろうな」
「ああ」
黒装束の男は事もなげにうなずいたが、アガットはまだ渡すのをためらった。
「早くしろ、俺はお前達の死体からオーブメントを回収しても構わないのだぞ」
「くっ」
「ご、ごめんなさい……」
黒装束の男がそう言うと、アガットは舌打ちしてティータはさらに泣き続けた。
その時、大きな音がトンネル内に轟き激しい土煙がアガット達の前方に上がった!
同時に魔獣達の悲鳴が上がる。
「な、何だ!?」
土煙が晴れ渡ると、目の前に現れたのは一台の白い車だった。
その暴走車に何匹かの魔獣はひかれてしまったようだ。
車には『ZCF』と書かれたエムブレムが貼られている。
運転席のドアを勢い良く開けて飛び出して来たのは白衣を着た金髪の女性だった。
金髪の女性は鬼のような形相で叫びながら懐から機関銃を取り出して乱射する。
「私のティータを泣かせるやつはどこだ!」
「うおっ!」
アガットは飛び退いて至近距離からの攻撃を交わした。
「ひええっ!?」
ティータは腰を抜かして座り込んでしまった。
「今だ、行くぞ!」
暴走車の乱入によって魔獣の包囲が解け、近くには機関銃をぶっ放す鬼のような女性が現れたとあって、アガットはティータの手を取って逃げ始めた。
「こらっ、待ちなさい!」
金髪の女性は車に再び乗り込んでアガット達を追跡した。
無視された形になった黒装束の男はアガット達が走り去った方向を見てため息をついた。
魔獣の包囲から脱け出したアガットとティータだったが、さらなる危機を迎えていた。
後ろから白い暴走車がアガットを叩きのめそうと追いかけて来ているのだ。
勢い余って何度も壁に激突しても暴走車は追撃の手を緩めない。
「何者だ、あの金髪鬼は!」
「え、えっと、あの人は……私のおかあさん……です」
「な、何だとっ!?」
アガットの驚きの声は背後から迫る車の音にかき消された。
運転席でハンドルを握るティータの母親の目は車のライトのように光を放っている。
蛇行していた車はアガットの姿を見つけると、一直線に加速して突っ込んで来た。
アガットとティータがそれぞれ横に飛び退いて交わすと車は突き辺りの壁に正面衝突した!
大きな揺れがトンネルを襲う。
そして車のボンネットは潰れてしまっていた。
「あ痛たた……」
運転席からティータの母親がはい出した。
ティータは慌てて母親に駆け寄る。
「だ、大丈夫、おかあさん!?」
「もう、エア=レッテンの関所まで車で迎えに行くと言っていたのに、どうして隧道の中に入ったりしたの?」
「それは、えっと……」
「そっか、ママに会いたくて待ちきれなくなったのね!」
鬼のような形相していたティータの母親は、笑顔になってティータに頬ずりした。
そんなティータの母親の豹変ぶりをアガットは口を開けて見つめている。
「何ですか、今の大きな物音は!」
「ふえっ、マードック工房長さん!?」
街道の終点、ツァイスの街の入口である中央工房の階段から、地下のトンネルへと降りて来たマードック工房長の姿を見たティータは驚きの声を上げた。
「エリカ博士、また貴女の仕業ですか!」
「新型車の走行テストをしていたのよ」
マードック工房長の質問に悪びれる事もなく答えるティータの母親であるエリカ博士。
「ツァイス中央工房(ZCF)の技術の粋を凝らした車が……完成してから数時間しか経っていないと言うのに廃車同然に……」
ボロボロになってしまった車を見て、マードック工房長は倒れてしまった。
「おい、どうなってやがる!」
アガットは倒れたマードック工房長を支えながらエリカ博士に尋ねた。
すると、エリカ博士はまた目を光らせてアガットをにらみつける。
「そう言えば、あんたはティータをいじめていた男! よくもティータを泣かせてくれたわね!」
「ち、違うの、アガットさんは私を守ってくれたんだよ!」
ティータはあわてて人差し指をアガットに突き付けて興奮するエリカ博士をなだめた。
そして必死にエリカ博士にさっきの狼型魔獣の襲撃の事を説明した。
「ふーん、まあ一応お礼は言っておくわ。ティータを助けてくれた様だし」
ティータの話を聞き終わると、エリカ博士は落ち着いた。
と言うよりも、怒ったエネルギーを発散させてすっきりさせた様だった。
「それで俺はルグランの爺さんに言われてラッセル博士に会いに来たんだが……」
やっと用件が言えるとアガットはホッとしたように話を切り出した。
「ふっ、あのじいさんなら外国へ行ってて居ないわ! だからティータは私が独り占めできるのよ」
「お、おかーさん……」
アガットはティータに頬ずりするエリカ博士にツッコミを入れる気力も無くなってしまった。
「おいおいマジか、じゃあコイツはどうするんだよ」
「私が話を聞くわ、その代わりにあんたは壊れた車の修理を手伝いなさい」
「あんたが壊したんだろ!?」
まだ気を失っているマードック工房長を担ぎながらアガットはエリカ博士達に続いてツァイスの街の入口へと入って行ったのだった。
<ルーアン地方 エア=レッテンの関所>
ダルモア市長逮捕の事件はルーアンの街にすぐに広まり、リベール通信でも大々的に報じられ国民達の知る所となった。
コリンズ学園長が市長代理となり後に市長選を行う事を宣言すると、ルーアン市民は混乱する事無く落ち着いた。
しかし学園長と市長を兼任する事になったコリンズ学園長は忙しくなり、ジェニス王立学園の教職員やジルやハンス、クローゼ達生徒会も一丸となってコリンズ学園長を支えた。
エステルやヨシュア、アスカやシンジ達も遊撃士の仕事で出来る範囲で学園長や市長の業務を手伝った。
そしてコリンズ学園長を支えるスタッフ達も増えて仕事に慣れ始めた頃、エステル達はジャンに呼び出されてツァイス支部に行くように勧められた。
出発する事になったエステル達はジル、ハンス、クローゼを学園まで迎えに行き、道中別れを惜しみながらエア=レッテンの関所に到着した。
関所で手続きをして、見送りが許されるカルデア隧道の入口でエステル達とクローゼ達は向き会った。
「うわあ、綺麗な滝だね」
「ルーアンって、景色の良いところが多いわね」
シンジとアスカは名勝地と言われるエア=レッテンの滝を眺めてため息をついた。
「どうやら、新しい市長候補の人はルーアンの観光を進めて行く方針みたいよ」
「まさか、孤児院を潰して別荘地を建てようとかするんじゃないわよね」
ジルの話を聞いて、エステルは眉をひそめた。
「コリンズ学園長は元の場所に孤児院を再建する事を許可してくれたし、そんな事にはならないと思うよ」
ヨシュアがそう言ってエステルの心配を否定した。
「孤児院はやっとガレキの後片付けが終わった所だけど、さすがに建物が出来上がるまでルーアンに居るのは無理だったね」
「本当にこれでお別れなんて残念です」
シンジのつぶやきにクローゼが答えると、アスカは少し顔の表情が固くなった。
「まあ、二度と会えなくなるってわけじゃないんだ。正遊撃士になったら、自由に行き来できるんだろう?」
「うん、支部の都合にもよるけどね」
ハンスが尋ねると、ヨシュアはうなずいて答えた。
「正遊撃士になれたら、また孤児院に顔を出しても良いかな? クラムにも会いたいし」
「はい、いつでもお待ちしています」
見つめ合って話すシンジとクローゼの姿に、アスカは不機嫌な顔になった。
そんなアスカをヨシュアは困った顔でため息をついてなだめる。
「アスカ、せっかく友達と別れる場面なんだからそんな恐い顔をしていちゃダメだよ」
「あっ、ごめん」
ヨシュアに指摘されたアスカは謝って表情を緩め、クローゼに向かって手を差し伸べる。
「クローゼ、またね!」
「はい、アスカさん」
クローゼはホッとした表情でアスカと握手を交わし、シンジは安心して胸をなで下ろした。
笑顔で手を振って去って行くエステル達がカルデア隧道の中に姿を消すと、クローゼは寂しそうな顔でため息をつく。
「ふう、やっぱり近くに居ると意識をしてしまいます……」
そのようなクローゼの顔を見てジルはクローゼに声を掛ける。
「クローゼ、あんたやっぱりシンジ君の事……」
「ううん、私にとってシンジさんは勇気を教えてくださり、優しさを見せて、そして思い出をくれた大切な方です」
クローゼは震える声でそう言うとスカートを手で握り締めてキュッと唇をかんだ。
ジルがクローゼの背中を抱いて穏やかな口調で声を掛ける。
「そんなに強引に気持ちを整理しようとしなさんなって。長い時間が必要な事もあるよ」
ジルの言葉にクローゼは黙ってうなずいた。
ハンスも大きくため息をつくのだった。
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