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[30104] 狼が行く!【転生・迷宮ファンタジー】
Name: 東天紅◆aa7fc1f8 ID:b6ffda26
Date: 2011/10/12 05:05

 はじめまして。
 初投稿させて頂きます東天紅という者です。
 ご意見ご感想をお聞かせください。
 よろしくお願いします。

 この作品は以下の内容を含みます。
 
 1.ファンタジー
 2.異世界転生
 3.人外転生(狼系)
 4.ダンジョン

 了解いただけたら本編へどうぞ。

 2011/10/12 投稿開始。第一話と設定資料を投稿



[30104] 第1話
Name: 東天紅◆aa7fc1f8 ID:b6ffda26
Date: 2011/10/12 05:06

 吾輩は狼である。名前はまだない。

 いや、違う。正確には狼のような生き物である。
 まずデカイ。体高、すなわち地面から肩までの高さが2メートル近くあるだろう。
 あいにくメジャーや物差しと言った道具は無いので適当だが、体長(頭胴長で尻尾は含まない)は4メートル近くあるかもしれない。
 そして口からは三日月のような鋭い犬歯がまるでサーベルタイガーのように飛び出している。
 額のあたりからは堅牢な一対の角がねじれながら前方に突き出している。
 毛並みは極上であり、王女様でもこんな毛皮のコートは持っていないだろう。
 その毛色は黒に近い灰色を基本として、首周りの鬣から背中にかけては美しく銀色に輝いている。
 そう、たとえ月のない真夜中であっても、俺の背中の銀色の毛並みはキラキラと光り輝いているのだ。
 歩くたびに長い銀色の毛並みが揺れ動き、時折パチパチと音を立てて光るのだ。
 どうやらこの白銀の体毛には発電と蓄電の機能が備わっているらしく、動きまわるだけで勝手に発電と蓄電を行うようだ。
 さらに、俺が興奮して毛を逆立てると、蓄電されていた電気を一気に放出することができる。
 全方位に電撃を放射するだけではなく、首筋に力を込めると逆立つ鬣を伝って額の角に電気を集めて放電することができる。
 この角からの放電は非常に強力で、この辺りに生息する六本足の大山椒魚や鎌のよな鋭い爪を持つ巨大兎などは一撃だ。
 多少高めの知能がある豚のような潰れた鼻を持つ小猿どもは、俺の姿を見ただけで一目散に逃げて行く。
 
 さて、賢明なる読者諸君はそろそろお分かり頂けただろうか。
 この名も無き狼のような俺は、人間だったという記憶を持ち、迷宮に配置されたモンスターのなのだ。
 そう、いわゆるひとつの異世界転生系というやつだ。
 
 あれはそう、一年ほど前だろうか。
 気がついたらこのダンジョンにいたのだ。
 あの頃はまだ子犬程の大きさで、牙も口内に収まる程度で角も生えておらず、毛並みも黒一色であった。
 親らしき姿もないので捨てられた子犬に生まれ変わったかと思っていたが、次第に何かがおかしいと思い始めた。
 岩盤を削ったようなダンジョンがどこまでも続き、中には見たこともないような不思議な生物が闊歩している。
 基本は石造りの迷宮なのに、中には木が森のように茂っていたり、水が湧き出る泉があったりと自然ではありえない構造だった。
 子犬サイズの自分と同じくらいの蜘蛛や、トリケラトプスのような甲殻と角を持つ鼠、蝶が飛んでいるかと思ってよく見れば体は爬虫類だった。
 
 こんなファンタジーの世界で子犬の自分は生きていけるのかと死の恐怖に怯える日々。
 死にたくない一心で森の果物や迷宮に自生する発光するキノコ、泉の側の岩陰に潜む小魚や蟹などで食いつなぐ。
 自分など一口で丸呑みに出来そうな大口亀や、尻尾の側にも頭がある双頭の蛇などから必死に逃げまわる。
 鼻を使って危険な敵を察知して姿が見える前に逃げ出し、寝ている時も耳を澄まして僅かな物音でも飛び起きる。

 そんな命がけの生活を半年ほど過ごすと、どうやら自分もまた普通の犬や狼では無いようだと理解し始めた。
 体は大きく成長し体高は一メートルを超え、牙が大きく突き出し、角らしき突起が額の皮膚を貫いて生え始めた。
 初めは額の皮膚の内側に感じる違和感に、危険なデキモノでもできたのかと心配したものだ。
 そうそう、鬣が伸び始めて背中に銀色の毛が生え始めたのもこの頃だった。
 
 付近の危険な小動物に怯える心配がなくなり、今までは他の魔物に専有されていた良質の狩場を手に入れることもできた。
 たわわに実った林檎に似た果実を持つ木に近づけば、先客の豚のような顔の猿たちは我先にと逃げ出し俺は悠々と果実を貪る事ができる。
 自分が苦労して仕留めた魚を、大きな嘴を持つ飛べない巨大インコに略奪されることもない。
 森の一角にある巨木の根元にある大きなウロを手に入れて棲家とすることもできた。
 腹が減れば餌場で食事し、余った時間はゆったりと昼寝ができるようになっていた。

 そんなある日、事件は起こった。
 余裕が油断につながり、ここが危険な異世界のダンジョンであることを忘れてしまったのだ。

 いつものように魚を求めて泉へやってきた。
 まだ獲物を仕留めて生暖かい内蔵を食らうという事に馴染めない俺の主食は魚介類と果実にキノコなのだ。
 この狼の体での漁にもすっかり慣れたもので、浅瀬に入ると息を殺して近づいてきた魚を前足の一撃で跳ね上げる。
 この川底の岩のような甲殻を持つ魚はなかなかの美味で、鮭のよな味がする俺の大好物である。
 岸でぴちぴちと跳ねる魚を頂こうと、パシャパシャと水から上がろうと岸に近づいていくときにそれはきた。
 水底についた前足を、バクンと虎バサミのように閉じる大きな口。
 その縁に生えた鋭い牙が皮膚を切り裂き肉をえぐり骨に食い込む。
 激痛と共に水辺に引きずり倒されて冷たい水が口と鼻から入り込むなか、水底に潜む捕食者の姿を見つけた。
 サンショウウオのような平たく大きな口、ボコボコとイボのついたヌメる肌。 
 そして自分よりも一回りは大きい胴体から生える三対六本の水かきを持つ足。
 
(まずい、やられる!)

 勝負というものは、戦う前からすでに始まっている。
 この水辺という戦場において、地の利があるのは間違いなくこの六本足の山椒魚である。
 狼の体が持つ脚力を生かせるのは平地であり、その平地から水辺という危険地域に踏み込んだというのに危機感が足りなかった。
 そして戦いというものは、最初の一撃で勝負が決まる。
 不意打ちの一撃で、自分はすでに戦力が半減し逃げら事も叶わない。 
 
(振りほどかねば!)

 ガッチリと閉じられた大顎は力尽くでは振りほどけない。
 ひ弱な生物である人間ですら一番強靭な筋肉を持つのは顎である。ましてや野生に生息する獣の顎は恐ろしいほどに強靭である。
 ならば口を開かせるしかない。
 顎には顎、俺は痛みを我慢して大きく口を開けると自慢の牙を突き立てる。
 噛み付き難い大きく平たい山椒魚の頭に必死で噛み付くと、ヌメる皮膚をえぐり青紫の血が吹き出す。
 舌に感じるエグい苦味とピリピリと痺れるような感覚。

(これは毒!?)

 ヌメる体液か気味の悪い血液かわからないが、毒を持っているのか?
 だからといって口を離すわけにはいかなかった。
 俺は前足を咥えられて傷を負い、不安定な水辺では力も入らないというのに、相手は六本足でグイグイと水底へと引き込んでくる。
 すでに水位は肘あたりを超えている。
 このままあと数メートルも引かれれば、鼻と口が水中に沈んでしまうだろう。

(これで終わりなのか?ここで死ぬのか?)
 
 突如舞い降りた理不尽な死に抗うために、渾身の力を振り絞り必死で喰らいつく。
 だが顔面に牙を突き立てられているというのに、この山椒魚は何の痛痒も感じないかのようだ。
 まるで工事現場の作業用重機のように、俺を水中へと運搬する作業に没頭している。
 俺を死の淵へと誘う無慈悲で無機質な死神だ。
 そしてついにその頭は水中に没して、喰らいつく俺の口もまた水に覆われた。
 もはや呼吸も叶わず、逃れることのできない死へのカウントダウンが始まった。

(こんな所で死にたくない!)
 
 呼吸のできない苦しみの中で、頭に浮かぶ生への渇望。
 その時だった。
 追いつめられた意識と体の奥底で、バチンと枷が外れた音を聞いたような気がした。
 背中からバチバチと音が聞こえる。
 銀色の体毛が光を放ち、揺れる水面に反射してキラキラと輝いている。
 俺の背でうねる雷光が蛇のようにのたうち、骨髄にそって力が溢れてくるような高揚を感じる。
 
(勝てる!)

 未知の現象だというのにそう確信し、俺は本能が命ずるままに吼えた。
 声帯を震わせ空気を揺らしたわけではない。
 相手を睨みつけ、意志の力で体内を駆け巡る猛りを叩きつけるのだ。
 額の二本の角が雷光を纏い、バチバチと弾ける雷槌が至近距離から山椒魚の体を打ち据えた。

 肉の焼ける香ばしい香りが水辺に漂う。
 山椒魚の体内を駆け巡る雷光に、たまらず口を開いて声なき悲鳴をあげた隙に前足を引きぬく。
 どうやら喰い千切られずにすんだようで、真っ赤な傷口から白い骨が見えるが繋がっている。

 三本の足で必死に岸に上がると、山椒魚と目が合った。
 疲労と痛みを押し隠し、俺は平気だ、もう一発くらいたいのかという意思を込め睨みつける。
 しばらく睨み合った後、山椒魚は六本の足を翻して水中へと消えていった。
 勝利の喜びなどはカケラも無く、あるのは生への安堵と疲労だけである。
 疲労から直ぐにでも寝てしまいたいが、こんな場所で休むわけにはいかない。
 巣穴である巨木のウロへと必死で歩き、着くと同時に傷口を咥えて泥のように眠った。

 こうして自分の力に目覚めた俺は、付近一帯の王者として君臨している。
 水辺の王者であった山椒魚は、水中では分が悪いが水に入らなければ電撃を浴びせて引かせる事ができる。
 森の王者であった鎌爪をもつ巨大兎は、齢十ヶ月にしてタイマンで勝利した。
 腕力では兎が勝り、敏捷性では俺が優れると身体能力では互角だったが、この雷撃の差で勝利することができたのだ。
 この雷撃の素晴らしいところは調理に使えることである。
 血の滴る生肉を齧ることに抵抗があった俺だが、電撃調理法を確立してからは鶏肉や兎肉、鼠肉といった食事のレパートリーが増えた。
 魚もキノコも焼いた方が美味い、あと焼きリンゴもね。

 朝起きては巣穴近くの果実を食べ、適当に縄張りを散歩しながらキノコや野草を採取して、腹が減れば魚や小動物を狩る。
 食料の調達に時間を取られなくなった文、俺は一人巣穴にて悩むことが増えた。
 死に怯えて震える夜を過ごすこともなく、耐え難い飢えに耐えながら食料を求めて彷徨う必要もない。
 この縄張りの中でなら、俺は不自由なく生きていくことができるだろう……狼として。
 そう、狼としてだ。
 こんな姿になってしまったが俺は人間なのだ。
 平和な現代日本でただ安穏と、将来の夢も希望も漠然としたまま生きていた。
 その生活に比べれば、今の獣としてのほうが生を実感し充実しているだろう。
 だが、人としての俺はそれだけでは満足できない。
 衣服は必要なくなってしまったが、食と住が満たされただけで満足するのは獣にすぎないのだ。
 小説に歌、テレビや映画、漫画にゲームにインターネット。
 俺が浴びるように謳歌してきた文化というものは、人類という種の育んできた文化と叡智を集結させた果実だったのだ。
 いかに獣として優れた肉体を持っていても、俺の心は人間のままだ。
 この森は俺が一匹で生きていくにはあまりに広く、そして寂しい。
 誰とも会話することなく、誰も俺のことを知らず、誰も俺の名を呼ばない。
 孤独は人を殺す。
 それは俺が獣ではなく、人だという事の証明だった。

 この狼としての生活を捨て、人としての暮らしを考えたこともある。
 そう、この世界にも人間がいたのだ。  
 人間たちはこのダンジョンに時々姿を見せる。
 その目的は様々である。
 目的地へと旅する途中でたまたま通っただけの者、珍しい植物や鉱物の採取に訪れる者、そして魔物の討伐をするための者である。
 彼らと初めてあったのはまだ幼く子犬サイズだった頃だ。
 かつて人間であった記憶がある俺は、つい懐かしさから何の警戒もなく近寄ってしまった事があった。
 彼らは直ぐ様腰に帯びた刃物を抜き放ち、俺を捕獲しようとロープを取り出した。
 その眼に浮かんだ殺意と欲望から必死で逃げ出した。
 一番恐ろしい動物は人間だ、という誰かの言葉を身をもって実感することになってしまった。
 それからというもの、人間が現れたときは身を隠してやり過ごすことにしていた。
 見つからないように距離を取り、遠くから耳を澄ませて彼らの会話を聞く。
 自身の身の安全と孤独の慰めを天秤にかけた結果の行動だった。
 そうやって俺はこの世界の言葉を覚え、この世界の情報を手に入れてたのだ。
 ダンジョンやら冒険者という情報も、彼らから手に入れたものである。 

 そんなある日、俺の運命を変える出会いが待っていた。
 俺が巣穴で微睡んでいると鋭敏な鼻が人の匂いを嗅ぎつけた。
 面倒だなと思いつつ、心の片隅で歓迎している。
 とりあえず巣穴を出て一先ず茂みに隠れる。
 十分に成長した俺の力を持ってすれば人間に負けることなど無い。
 だが、元人間としては人殺しなどは極力やりたくないし、もし人を殺してしまった時は人間の逆襲が恐ろしい。
 俺が死闘の末に打ち倒した山椒魚を四人がかりで手際よく狩っている人間たちを目撃したことがある。
 あの山椒魚の肉は何かの薬になるらしく、皮算用をしながら笑顔で屠っていた。
 人間に目を付けられれば、自分もまた同じような目にあうだろうことは想像に難くない。
 件の人間は俺の鼻と耳によると、どうやらだんだん近づいてこちらに向かっているようだ。
 やれやれ、もう少し距離をとるべきかと考えていると、俺の超感覚がもう一つの存在を捉えた。

(これはどういうことだろう?)

 自分の鼻がおかしくなったかと疑ったが、もう一度匂いを探っても間違いなかった。
 こちらに近づいてくる人間、その傍らにもう一つの存在を感じる。
 嗅ぎ慣れない人間の汗と煤と鉄の匂いではなく、この迷宮で嗅ぎ慣れた匂いだ。
 好奇心をそそられた俺は、この眼で確かめてみようとこのまま茂みに潜むことにした。
 息を殺して待つことしばし、ガサガサと野生動物ならばありえない物音を立てながら人間が姿を表した。
 女だ。
 まだ少女といっていいだろう幼さの残る顔立ちで、赤い髪を後頭部で括っている。
 その大きな目には意思の強さを感じさせる快活な光がやどっている。
 露出の少ない服装に、胴には革鎧をつけ、革手袋とブーツを見につけている。
 厚手の旅のマントを羽織り、腰には短剣を帯び荷物を背負っている。
 典型的な冒険者の装いで、その肩には一匹の蝶の羽を持つ蜥蜴が乗っていた。 

(人間と魔物が一緒にいるのか?)

 この辺りの森でも見かけることがある羽蜥蜴である。
 だが人間に無理矢理捉えられたかのような感じは無かった。
 紐で繋がれているわけでもなく、自分の意志で人間と共にいるようだった。
 それどころか首まわりには赤い布切れをスカーフのように巻きつけている。

「ねえフィル、まだなの?」
「ピィ!モウスグ、スグ」

 このは羽蜥蜴は幼児程度の知能があり、人との会話することができる。
 その様子はとても親しく見え、警戒心の強い羽蜥蜴がよく懐いているようだ。

(この人間は、もしや使役士か!?)

 冒険者と呼ばれる人間達は様々な技能を持ち、その技能によってクラス分けされるという。
 剣の扱いに長けた剣闘士、肉体を鍛え上げた拳闘士、未踏の地を生き抜く術を持つ探索士、
 呪文を習得した魔唱士、魔を司る刻印を身につけた魔刻士、傷を癒す癒術士などなど。
 その中でも使役士とよばれるクラスは、その名のとおりモンスターと心を通わせ使役する技能を持つクラスらしい。
 羽蜥蜴を使役している所から察するにレベルは高くないようだが、高レベルになるとドラゴンとすら心を通わせ操竜士として活躍する希少なクラスだという。
 俺がダンジョンに訪れる人間たちから盗み聞きした情報である。

「アッタ!ミツケタ!ピィ!」
「うわぁ、すごい!こんな立派なリプルの木は初めて見たわ!うんうん、これだけあれば十分よ」

 どうやら俺のお気に入りの林檎に似た果実を求めてやってきた冒険者のようだ。
 この林檎に似た果実(どうやらリプルの木というらしい)の大木は俺の巣穴のすぐ近くにある。
 俺の縄張りのど真ん中にあるため、他の動物が一切手をつけることのない俺専用の木なのだ。
 だというのに、この女冒険者は当然のように俺の木に登って食べごろに熟した果実をもいでいく。
 荷物の中から畳まれたリュックサック状の背負い紐つきの革袋を取り出し、果実を詰めていく。

「えへへ、ちょっとだけ味見を……うん、おいしい!」

(ああっ、それは俺が今夜食べようと思っていた完熟モノ……ってそっちは未だ熟してない!食べごろは三日後だ!)

 目の前で少女の口へと奪い去れれていく俺の人生の楽しみ。
 この女、なんてことしやがるんだと茂みの中から怨嗟の眼差しを向ける。
 食い物の恨みは恐ろしいのだ。
 その時、少女と一緒に木に登り果実の一つにかぶりついていた羽蜥蜴が雷に打たれたかのようにピクリと震えた。

「ピィー!ハヤク!ハヤクニゲル!」
「ダメよ、依頼はリプルの実を十個なんだから。それに私の分も多めに取らないと!」
「キケン!ココキケン!」
「え?何が危険なのよ?」

 どうやら俺の気配に気づいたらしい。
 正確には、気配を殺していた俺が目の前で行われる略奪行為にうっかり殺気を送ってしまったようだ。
 ばれてしまっては仕方がない、このまま騒がれれば見つかってしまうだろう。
 伏せていた茂みから立ち上がり、のっそりと姿を現す。
 時が止まったかのように動きを止め、羽ばたきすら忘れて擬死行動をする羽蜥蜴。
 慌ててそれを受け止める少女。
 少女の反応は見物だった。

「ちょっとフィル、急にどうし…た……」

 木の下へやってきた俺の姿を見て、ゼンマイの切れた人形のように動きを止める。
 大きな瞳が、さらにまんまるに大きく見開かれる。
 震える手から齧りかけの果実がぽとりと落ちた。

 おっと勿体無い、地面に落ちると痛むじゃないかと空中でキャッチしてそのまま噛み砕いて味わう。
 うん、美味い。
 林檎に比べると味が濃く、生命力に溢れているようで、噛み砕けば濃厚なジュースが喉を潤していく。

「ら、雷光狼……」
 
 少女は震える声で呟いた。
 ほう、雷光狼か、ひょっとしてそれは俺の種族の名前なのだろうか。
 左手で羽蜥蜴を守るように胸に抱き、右手で腰につけた短剣を抜き放ち戦闘態勢を取ろうと……木から落ちた。
 ガチガチに固まった体で震えながら短剣を抜くからだ。 
 女は尻餅をついたままずりずりと後退り距離を取る。

(はて、困った。どうしようか?)

 短剣をこちらに向けるる女を観察しながら思考する。
 なるべく人殺しはしたくない。
 それ以上に人間を敵に回す行為はしたくない。
 証拠隠滅のために彼女を殺す?それは下策だろう。
 果実を探す依頼を受けたと言っていたし、彼女がここに来たことは知られているはずだ。
 ここで行方不明になれば、危険が潜んでいるとして俺の存在がばれることになるだろう。
 その先に待つのは危険生物として狩り立てられる未来である。
 かと言ってそのまま逃すのはどうだろうか。
 俺の存在は少女によって広められ、やがて俺を狙う冒険者がやってこないとも限らない。
 あの山椒魚さえ素材として狩られるのだ。
 俺のこの美しい毛並みは毛皮としても極上だし、この牙や角に何らかの価値がある可能性もあるだろう。
 高値が付けば、俺の命が尽きるまで冒険者の群れが襲ってくるだろう。

「わ、私を食べても美味しくないわよ!胸だって小さいし、お尻は……そりゃちょっとは大きいかもしれないけど、歩いてばっかりだから足だって太くて筋肉質で硬いわよ!」

 俺がじっと見ていたので品定めをしているとでも勘違いしたのだろうか。
 逃げ出したいのはこちらの方だというのに、あらぬことを口走る女に笑ってしまう。

「な、なに笑ってるのよ!やるっていうの?あんたなんか怖くないんだからね!」

 ちょっと待て、今なんと言った?
 笑う?笑うといったのか。
 たしかに俺は心のなかで笑ったが、この狼の顔には表情筋というものは少なく人間のように笑う事はできないのだ。
 外見で笑ったと判断することはできない、とすれば心を読んだ?
 使役士が心を通わせるというのは比喩表現じゃなく、本物の読心術の類なのだろうか。
 犬や馬の調教師的なものを想像していたのだが、さすがはファンタジーの世界だ。

「グオオオン、ガゥ、ガウガウ」

 俺の心が読めるか!俺は人間だ!人間なんだよ!との思いを込めて吠えてみる。

「きゃあ!そんなに興奮されても分からないわよ!」

 ……どうやら明確な意思が伝わっているわけではないらしい。 
 しかし以心伝心作戦が失敗したとなると、この窮地をどうするべきか。
 どうにかしてこの少女と自分が双方無事にこの事態を切り抜けられる妙案はないものか。
 ついでに羽蜥蜴も。

(ん?依頼?それに羽蜥蜴?) 

 とある一つの考えが浮かんだ。
 上手くいけば双方にとって良い事だらけのWin-Winというやつになるだろう。
 
 俺は地面に落ちていた袋を口で拾い上げる。
 彼女が先ほどまでせっせと果実を詰めていた革袋だ。
 まだ半分ほど空きがあるな。
 俺は大木の根元まで近寄ると、そのまま木に向けて体当たりをした。
 助走を付けない体当たりだが、肩口からぶつかると枝先までびりびりと揺れる。
 十分に熟した果実はその振動で枝から切り離されて落ちてくる。
 この狼、雷光狼の肉体のポテンシャルを持ってすれば、落ちる果実を正確に見極め、その真下で体を使って柔らかく受け止め、それを咥えた革袋に入れることなど造作も無い。
 一杯になった袋を口紐を引いて閉じる。
 そしてその革袋を少女の手の届くあたりにそっと置いた。
 警戒させないように距離を取ると、腰を落として「お座り」をする。

「ガオゥ」

 軽く一声ないて彼女を見る。
 尻尾をパタパタふるのも忘れない。
 怯えながらも俺の行動を見ていた少女は、間抜けにポカンと口を開けていた。
 彼女の頭脳が再起動を果たすまで猫をかぶる。

「え~っと、手伝ってくれたの?」

 恐る恐る、と言った感じで話しかけてくきた少女に、こくんと頷いてみせる。
 俺が危害をくわえる気がないと理解してくれたのだろうか。
 少女は俺の側に近寄ると、そっと手を伸ばしてくる。
 それに合わせて俺もまた頭を下げてみる。
 鼻先に感じる彼女の手の感触、久しぶりの他人の手だ。
 期待半分、恐怖半分だった彼女の顔が、俺の頭を撫でる手に合わせて輝きを増していく。
 彼女はしばらく撫でるとそっと手を離す、離されるのが少し寂しい。
 そう思ったのも束の間、エイッという掛け声とともに彼女が抱きついてきた。

「うわー、ふっかふかだぁ」
 
 思ったより大胆だ。
 俺の首筋に抱きついて、銀色の鬣に顔を埋めている。
 ちょっと羨ましい、なにせ自分の鬣に顔を埋めるというのは不可能だからな。
 俺が人間で目の前にフカフカの毛皮を持つ狼がいたら俺もやってみたいと思っていた。
 できないことは仕方が無いので、彼女の柔らかい体を全身で堪能する。
 うーん、革鎧を脱いでほしいね、あと服も。

「ねえ、あなた。私と一緒にくる?」
「ガゥ」

 キター!と叫びたい気持ちを抑えて軽く吼えて頷く。
 この一年、野生の生活をしていたが、やはり人が恋しい。
 人間にはなれないが、人と共に暮らす生活を送りたい。
 彼女は使役士のようだし、彼女の使役する魔物になれば人の暮らしに溶け込めるだろう。
 野性味あふれる素朴な味にも飽きてきたところだ。
 醤油を出せとは言わんが、せめて香草や唐辛子や胡椒、最低でも塩味の肉が食いたい。
 
「私は使役士のアリシア!よろしくね」
「ガォ」

 こちらこそよろしく、と吠え返す。
 生憎と俺にはな乗換えすような名は無いんだけどな。
 名も無き狼で近隣の王者ではあったが。

「あなたは……ウォルフガング。うん、今日からあなたはウォルフガング。ウォルフって呼ぶわね」
 
 意表を突かれた。
 考えてみれば使役されるのだから名付けられる事もあるだろう。
 この一年、名前という概念を忘れて「俺」として生きてきた。
 ウォルフガンク、ウォルフか、と心のなかで新たな己の名を繰り返す。
 ただ一匹の獣ではなく、アリシアにウォルフガングという名が体に染み渡る。
 名前を貰えるという事が、こんなに嬉しいとは思わなかった。

「気に入らなかった?」
「ガゥ!」

 気に入った、凄く気に入った!
 心配そうにこちらを伺うアリシアに、顔を擦りつけてとボディランゲージしてみる。
 身の安全と食の充実のために利用する程度の軽い気持ちだったが、ちょっと彼女のことを気に入ってしまった。
 これもまた使役士たるアリシアの魅力のなせる技なのだろうか。

「そう、よかった。それじゃ街に帰りましょうか」

 アリシアのの言葉に、ふと思いついてペタンと地面に伏せてみた。 
 そのままじっと彼女を見る。

「えっと、乗っていいの?」

 遠慮がちに、だが好奇心に目を輝かせるアリシアに伏せたまま頷いてみせる。
 アリシアは未だ気絶している羽蜥蜴を気遣いつつ、果実の詰まった袋を背負うと俺の背にまたがった。
 アリシアが鬣をしっかり掴んでいることを確認して、ゆっくりと立ち上がる。

「たっかーい。ねぇウォルフ、走ってみせて!」

 彼女の期待に答えるとしよう。
 出足はゆっくり、だんだん速く、そして地を蹴る瞬間以外は空を飛ぶような疾走へ。

「きゃー、すごーい!はやーい!」

 さて、走りだしたはいいが、アリシアのいう街とやらはどっちの方向にあるのだろうか。
 俺の背で浮かれているアリシアは俺が街を知らないことに気づいてないだろう。
 まあいいか。
 もう少し、この少女との出逢いを堪能しよう。
 久しぶりの他人の体温というものは心地よい物だ。
 
「いっけーウォルフ!」
「ガゥ」

 彼女の叫びに唸り声で応えると、さらに速度を上げる。
 些事に囚われずに走るのもいいだろう。
 きっと明日はいい日だ。



[30104] 設定資料
Name: 東天紅◆aa7fc1f8 ID:b6ffda26
Date: 2011/10/12 05:07
狼が行く! 設定資料集

おまけです。
本編には影響のない情報なので、読まなくても大丈夫です。


迷宮(ダンジョン)
 誰が作ったのか、何時作られたのか、何故作られたのか、その全てが謎である。
 その底は深く、多種多様な魔物が生息している。
 人工の石造りの迷路だけではなく、山森泉川といった大自然の一部を内包している事もある。
 中には火山や雪山、砂漠といった生存事態が難しい厳しい環境もあるとかないとか。
 魔物の素材や植物や鉱物が高値で取引されることから、一攫千金を求めて日夜数多の冒険者達が集う。


冒険者(アドベンチャラー)
 危険を冒すことを金銭に変えて生活する者の総称。
 この世界では専ら迷宮に挑む命知らずの事を言う。


~生物図鑑図鑑~

 野獣 いわゆる獣、一般的な動物。
 魔獣 魔力を利用する動物。広義では人間も魔獣に分類される。
 幻獣 魔力によって構成され、生命活動に魔力が必須である動物。

雷光狼(ライトニング・ウルフ)
 雷属性の魔力を操る狼に似た魔獣。
 成獣の体高は3メートル近くに達し、体長は楽に5メートルを超える。
 発達した犬歯と額に一対の螺旋状の角を持つ。
 体毛は黒色だが、首周りから背中にかけて銀色の鬣を持つ。
 銀色の体毛で発電と蓄電を行い、角に収束して雷撃を放つ。
 極めて強力な魔物の一種であり、上級冒険者五名のパーティーでも突発的な遭遇戦では不覚を取る可能性が高い。
 十分な電撃対策を取れていないならば逃亡を推奨する。

六脚山椒魚(ヘキサラマンドラ)
 水辺に生息する巨大な両生類。
 その名の通り六本足で全長10メートルに達する個体の報告もある。
 動きは鈍重で専ら水底に潜み待ち伏せによる捕食を行う。
 外皮はイボを持ち粘性の体液を分泌している。
 体液には肌を感想から保護する成分があり、刺激臭があるが毒性は無い。
 肉には滋養強壮効果があるとして食される。

大鎌兎(シックル・バニー)
 森に生息する巨大な兎型の野獣。雑食。
 体長は4メートル程に成長するが、後ろ足で立つとさらに大きく見える。
 大きな鉤爪を持つ中指が大きく発達し、鎌状になっている。
 前足をつく際は指を内側に折り曲げ、拳をつくナックルウォークを行う。
 そのため同型の獣に比べて遅く、冒険者の間でも遅い獣として広く知られている。 
 が、それでも人間の全力疾走よりは速いので注意が必要。

妖精蜥蜴(フェアリ・ニュート)
 蝶の羽を背に持つ蜥蜴。
 全長20センチ程。
 幼児程度の知能を持ち言葉を話すこともできる。
 

三角鼠(トリケラット)
 広く生息する鼠型の野獣。
 体長は1メートル程。
 皮膚が分厚く角質化して鎧のように覆われている。
 その名を示す三本の角が生えているが、これは体毛が集まり角質化したもの。
 角は薬として取引されている。

大王蜘蛛(キング・スパイダー)
 巨大な蜘蛛。
 体長1メートル。
 徘徊性で獲物を求めて彷徨っている。
 糸を吐き獲物を絡めとる。

大口亀(ビッグマウス・タートル)
 でかい口の亀。
 全長1.5メートルほどだが、口が大きく1メートルほどある。
 頑丈な顎で噛み付いてくる。 

双頭蛇(ツインヘッド・スネーク)
 尾の側にも頭を持つ双頭の蛇。
 近年の研究でそれぞれの両端から全ての内臓系が独立しており、二匹の蛇が尻尾で繋がっている事が判明した。 

大嘴鸚鵡(バイト・パロット)
 全長60~80センチ。
 頭の半分を大きな嘴が占める。
 翼は退化しており、滑空や姿勢制御に使われる程度。
 その分、脚力は発達してなかなかの速度で走りまわる。
 家畜として飼育されている事もあり、その際は嘴は丸く削られる。

豚面猿(ピッグ・モンキー)
 豚のような潰れた鼻を持つ猿の野獣。
 体長1.2メートル前後。
 そこそこの知能があり石や糞を投げてくる。
 眠っている冒険者に近づき荷物を漁る、群れで行動し集団で畑や果樹園を荒らす、など害獣としての被害が大きい。
 毛皮も荒く商品価値がなく、冒険者に嫌われる魔物ランキングの上位常連である。 

岩石鮭(ロック・サーモン)
 岩のような甲殻を持つ鮭。秋の季節の食材として喜ばれる。
 体長は80センチ程だが、1メートルを超える個体の報告もある。
 川で生まれ、降海し栄養豊富な海で数年を過ごし、秋の産卵の時期に再び遡上する。
 迷宮では一定の水域で成長するのに、何故か遡上する鮭と変わらぬ立派な姿に成長する。
 迷宮の生態系にあたえる影響の研究対象としても、研究者から注目を集めている。

~植物図鑑~

リプル
 ロザ科の植物。白い花を咲かせて赤い果実ができる。
 古来より食用として人に愛されてきた。
 生食だけではなく焼き菓子に入れたり、果実酒にされたりと用途は多様である。
 魔力を貯めこむ性質を持っており、特に魔力の多い土地で育った果実は魔法薬の素材としても用いられる。 

ヒカリタケ
 多湿な暗所に広く生息するキノコの一種。
 暗闇でぼんやりと光る蛍光成分をもつ。
 毒はなく食用にもなる。
 味は淡白な薄味で、食感を楽しむもの。


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