「四回戦進出おめでとう丹ちゃん」
「…ありがとうございます。おばさま」
三回戦に勝利した直後の更衣室、そこに訪れた夜子と、丹はなんとも言えない表情で相対していた。
将来義母となる予定のこの女性を、丹は苦手だった。
尊敬に値する女傑である夜子だが、それが将来の姑となると、いささか気が重くなるもの無理はない、とにかく夜子はアクが強すぎる。
その顔に浮かぶ妖しい笑みは、ストレートに「悪巧みをしています」と告げており。未来の嫁の勝利を祝いに来た雰囲気ではない。
何か危険な空気を感じ取ったのか、パートーナーである大滝蓮は、引き攣った笑いを浮かべながら、早々に更衣室から逃亡していた。
そんな蓮を恨めしく思いつつ、逃げられない身を嘆きつつ、丹はささやかな抵抗として、剣呑な光を宿した瞳で夜子を睨む。
「次は馨と当たるのね」
明後日の四回戦からは、シードとなった専用機組が参戦する、一般生徒にとっては、彼女達と当たる事は、トーナメントの終了を意味していた。
しかし、中には「専用機だろうが、代表候補生であろうが、戦う前から諦めてどうする」という負けん気と「相手は自分と同じ一年生だ」といういくばくかの自尊心をもって試合に挑もうとしているものも居る。
丹もその一人だった。
それゆえに、決意を込めて、夜子に告げる。
「ええ、全力を尽くして、勝ちに行きます」
専用機組の中では馨と簪のタッグは、一般性とでも「あわや」と可能性が高い組だった。
機体が未完成であり、代表候補生という立場も、姉の七光りだと噂される簪。
親の七光りでテストパイロットに選ばれ、多少強力な機体を与えられているだけだと思われている馨。
簪は兎も角、丹は馨がけして弱くないことは知っているが、自身とは絶望的なまでに実力差があるとは思っていない。
「確かに単純な戦闘能力なら丹ちゃんの方が高いものね。でも」
「でも、なんですか」
「武器がナマクラじゃ無理じゃない?」
「弘法は筆を選びません」
硬い声で丹は答えた。
しかし
「馨が使うのは箒星じゃなくて新型よ」
「知っています。でも使い慣れた箒星よりも、怖くないかもしれません」
その言葉に夜子が首を振る。
「何がおっしゃりたいんですか」
「貴女が使うに相応しい剣が欲しくない?」
イブを誘惑する蛇のように夜子は甘い言葉を丹に吐いた。
「何を…」
「箒星を近接戦闘用に調整しているわ、貴方向きよね」
「そんな横紙破りは――」
「ねぇ丹ちゃん、私があの子をテストパイロットに選んだ基準は、ウチの馬鹿どもと違って、機密保持が完璧なのと、IS学園の生徒って二点だけよ?」
格好の実験場である学園に所属する、絶対に機密を漏らさない身内。
その条件は、SHIMANOの専務の娘である丹にも当てはまる。
「そう別に馨じゃなくて、貴方でも構わないわ…ねぇあの子ばかりずるいと思わない?」
甘い甘い誘惑。
それを振り払うように丹は怒鳴った。
「変なことを言うのは止めてください」
丹は理解している、夜子はただ新型の慣らしに少しでも強力な対戦相手が・・・かませ犬が欲しいだけなのだ。
目的のためなら手段は選らばない。
生き馬の目を抜くIS産業業界で生き残るためならば、子供だろうと利用する。
嶋野夜子は、それができる人間なのだ。
「いい子ねぇ丹ちゃんは、息子の嫁としてはすごく助かるけど…女の大先輩としては不合格をあげなくちゃだめねぇ」
丹の心中に馨への妬心が無い、と言えば嘘になる。
一歳年上というだけで、ほぼ同年代である以上、両者は容赦無く比較される。
馨は昔から成績優秀で、人当たりも良い「いい子」だった。
丹も成績は悪くなかったが馨に劣り、真面目ないい子であったが、それが行過ぎて煙たがられることもあった。
唯一の救いは馨が(見た目は昔から女の子のようだったが)男だということだった。
世間は女性優位の風潮に向かっており、それを丹自身は好ましいとは思わなかったが、悲しい優越感に浸る事はできた。
だがそれは、三年前馨が実は女性と知れたことで、覆されてしまう。
しかも、入院で留年し同級生となった馨は、丹同様にIS学園の受験コースに進んできた。
つまりは限られた椅子を争うライバルである。
当の馨は「マコトちゃんと同学年♪」などとはしゃいでいたが、丹の内心は穏やかではなかった。
丹の懊悩をよそに、女性としての生活などに戸惑う馨は、臆面も無く丹に泣きつき、何かと丹を頼った。
いっそのこと馨を嫌いになれれば幸せだっただろう。
しかし馨から向けられる信頼と好意を無碍にするには、丹は人間が出来すぎていた。
「考えが変わったら直ぐに連絡を頂戴ね」
丹の葛藤をよそに、夜子はあっさりと、その場は引き下がった。
駆け引きというものを知り尽くしているのだ。
「う~~!」
苛立ちを物にぶつけることすら、生真面目な丹には出来ない。
「えーっと丹?」
タイミング悪く、恐る恐る更衣室に帰ってきた蓮が、ばつが悪そうに声をかける。
「蓮」
「はひっ!」
冷え切った声音に、煮えたぎるような怒りが含まれている。
内心で「ひいぃぃぃぃぃ」と悲鳴を上げながら蓮は、逃げ出したくなる本能を必死に押さえる。
ここで逃げたら、今良いが、後々どんな目に合うか…想像するのも恐ろしかった。
「悪いけど、稽古に付き合って貰うわね」
拒否は許されなかった。
その日学園の剣道場には一匹の修羅が舞い降りた。
結局の所、丹は夜子の提案を受け入れた。
誘惑に負けたのも有る。
使ってみれば、やはり箒星の性能は打鉄とは比べ物にならない。
なにより
頼むぅぅぅぅとすがりつくようなメールが父から来れば、嫌とは言えない。
丹の母と夜子は仲が良く、杉浦家もまた嶋野家同様に、夫より妻が偉いのだった。
\(゜ロ\)(/ロ゜)/
道化ね
そう内心で丹は自嘲する。
夜子の口車に乗り箒星に乗ったものの、機体性能だとか、戦闘能力とか、そう言った事とは別の次元。
つまり戦術面で丹は馨に負けそうになっていた。
そんな自分が不甲斐なく、情け無く、怒りを覚える。
せめて眼前のふにゃふにゃした生き物が、もう少し真面目に戦闘してくれれば違った。
丹は馨のことを良く知っている。
あんな戦い方をしなくても、掃星の能力を全開にすれば、普通に戦えるはずなのだ。
それをしない。
望んでも誰しもが得られるわけではない力を持ちながら。
それを振るわない。それは傲慢ではないか?
押さえきれない苛立ち。
逆恨みとも言える怒り。
拭いされない嫉妬心。
それが丹の堪忍袋の緒を切断した。
三重のチェックを外し、近接特化パッケージ【炎神】の真の力。
諸刃の刃であるシステムを起動する。
搭乗者の保護と機体の保全を無視し、あらゆる性能を底上げするシステム。
反則スレスレのこのシステムは起動すれば、ただ動くだけでシールドエネルギーを削り取って行く。
稼働時間はもって五分が限界。
だが、五分あれば今の掃星なら十分に落せる。
もはや試合の勝利などどうでも良い。
心の片隅に蓄積し続けた鬱憤を叩きつけるように、馨にぶつけた。
組み付いていた掃星を無理矢理振り払う。
システムメッセージが間接部の負荷を警告するが無視する。
刀を振るえば、通常時の数倍のスピードと威力を持って、敵を襲う。
『あわわわわ!』
周章狼狽する馨に、丹は体を襲うGの痛みすら忘れるような暗い愉悦を覚える。
閃く二刀が掃星のシールドエネルギーを削り取っていく。
頑丈な装甲に守られているので絶対防御こそ発動しないが、手ごたえで残撃の威力がシールドによって軽減されているのが分かる。
装甲の隙間を狙うなどというまどろっこしいこともせず、力任せに刀を掃星に叩きつける。
馨も必死に防御しているが、どうやら近接兵装を
量子変換していないらしい、一撃でスマッシャーは両断され、必死に両手で攻撃を捌くハメになっている。
「(やればできるじゃない!)」
襲い来る二刀を馨は良く捌いている。授業で習ったマーシャルアーツだ。
しかし反撃する余裕は無い。
『マコトちゃん!すぐにシステムを切って!マコトちゃんも
箒星もタダじゃ――うわぁ!』
『あなたの口車には乗せられないわよ!』
『ちょ!ちがっ!』
瞬間的な加速で背後に回った丹が馨の脳天目掛けて刀を打ち下ろす。
振り下ろされた刀を、掴んだ掃星の装甲が火花を散らす!
しかし全出力を出さない掃星が、ダメージを考慮しない箒星にぎりぎりと圧されていく。
掃星のシールドエネルギーは既に一回でも絶対防御が発動すれば0になるレベルまで追い込まれていた。
後三秒その状態が続けば箒星が押し切り、掃星のシールドエネルギーは尽きていただろう。
しかし
『丹ごめん!』
組み合う二機の元に飛び込んできた通信。
それは簪に破れた蓮の謝罪の言葉だった。
それで均衡が崩れた、蓮からの通信と同時に、丹は剣士の感とも言える、本能的な回避行動を実行。
一瞬前まで丹の居た空間を荷電粒子の刃が切り裂いていた。
蓮を下した、簪からの援護射撃だった。
(/ロ゜)/
話は少し遡る。
開幕早々の突撃。
低空を這うように進んだ簪の打鉄弐式が、呼び出した薙刀型の近接兵装を振るう。
蓮の構えていた日本刀型の近接ブレードとぶつかり合い火花を散らす。
薙刀型とはいうものの、刀身の反りは浅く、先端は鋭い、槍に近い兵装である。
日本刀というものが優れた近接兵装であることは事実ではあるが、古来から槍に勝つ刀は無い、とも言われる。
まず間合いが違う。
簪が繰り出した鋭い突きを、蓮は横に機体を流しながらも、踏み込み、簪の懐へと入ろうとする。
しかし、それよりも早く、簪が引いた槍が再度蓮を強襲。
慌てて蓮は大きく後退し、その攻撃を回避する。
「(くそっ…攻撃が届かない)」
蓮は心中で罵りながら、刀を下段に構え、重心を落とす。
簪はピタリとこちらの槍をつきつけ、万全の構えだ。離脱しようにも、機動性はあちらが上、到底敵いそうに無い。
剣士の力量が槍使いの力量を上回れば、十分に刀で槍に勝つ事は可能だ。
だが。
簪の近接戦闘能力とISの制御技術。弐式の性能。
それらは蓮の全中ベスト8(それも負けたのは優勝者である篠ノ之箒であるから、確実にベスト4クラス)の剣腕を持ってしても上回るのは難しそうだった。
簪と蓮は互いに対峙し、じりじりと円を描きながら、互いの隙を探る形で、膠着状態となり。
最終的には蓮が押し切られる形で、負けた。
崩れ落ちる打鉄に、簪は詰めていた息を吐き、次いで大きく深呼吸する。
無難な勝利に少しほっとしたのだ。
機体性能で圧倒していたが、弐式はこの試合が初の実戦である。
到底、全力を出すなど危なっかしくて出来ない。
解説の先輩は、「作戦だ」などと言っていたが、実の所はそんな事情があった。
そしてそれは相棒である馨の掃星も同様。こちらは量産機が相手だったが、あちらは旧式とはいえ一品物。しかも搭乗者の特性にマッチする近接に特化している。
しかも状況は当初の作戦(ここから二機掛かりで圧倒)と違い逼迫している。
馨から送られてきたデータで箒星が特殊なシステムを使い、一時的に機体性能を上げている状態だ。
簪は、馨の救援に向かうべく、機体を飛翔させた。
\(゜ロ\)(/ロ゜)/
一方の観客席、その一角に一夏達は陣取り、眼前で繰り広げられる、馨と丹の死闘に魅入っていた。
「箒星に乗ってる子、すげぇな」
幼い頃、箒と共に剣を習っていた夏が感嘆の声をあげる。
観戦しつつも、もし自身が対峙したならば、どう動くか、脳内でイメージして見るが、かなりの強敵と推測された。
「そうだな、杉浦は強いぞ」
そんな一夏に対し、丹と同じ剣道部に所属する箒も、苦々しく言う。
生身なら、丹に遅れを取る箒ではないが、果たして打鉄を纏った自分と、今箒星を縦横無尽に駆る丹ならば…悔しいが勝つのは丹であろう。
専用機ではなくとも、一品物の特注機を駆る丹が、今の箒には酷くうらやましかった。
「知ってんのか?」
「…馨が良くマコトちゃんマコトちゃんと言ってる子だ」
「ああ、幼馴染の委員長タイプって言ってた子な、なぁ鈴同じクラスなんだろ」
「うるさい」
話しかけた一夏の鈴がぴしゃりと返した。
うぇ、と怯む一夏。
一夏と箒以外の三人、セシリア、鈴、シャルの三人は、先刻から険しい表情で眼前の試合を食い入るように見ていた。
「だいたいにしてやり口が卑怯なのよ馨の奴ぅ…」
「そうですわ、何がメタゲームですか、やるなら全力を出しなさい、全力を」
鈴とセシリアに至っては、さっきからブツブツと馨への呪詛を吐き続けている。
はっきりいって怖い。
「なぁシャ――」
「ごめん、一夏ちょっと後にして、今はデータ収集に集中させて」
三人は、馨と簪のデータを収集に余念が無い。
専用機持ちの特権とでも言うべきか、普通なら専用の機材が必要な所だが、彼女たちは身一つでそれが可能だった。
(ISを展開させずにデータ収集などという器用なことの出来ない一夏と、専用機の無い箒は蚊帳の外である)
特に鈴とセシリアは、準決勝で当たるが馨達だけに、凄みが違う。
優勝して一夏と付き合う、最大の障害はラウラだったはずなのだ。
それが蓋を開けてみれば、馨が何食わぬ顔で新型に乗って現れ、しかもパートーナーは日本代表候補生である更識簪である。
未完成と聞いていた簪の機体も、十分に実用に耐えるレベル。
自身の特訓に忙しかったとはいえ、そんな情報は事前にまったく出回っていなかった。
無論、馨が隠匿したからだろう。
そういった馨のやり口が、気に食わない。
脳裏に浮かぶのは、しまりの無い馨のへらりとした笑顔である。
しかも、試合内容は、量産機を駆る一般生徒相手への“手抜き”と言われても反論できないような内容。
これではまともにデータが取れない。
三年生の「わざとだ」「情報戦だ」という解説も、二人の怒りへ油を注ぐ。
「こりゃぁ準決勝は血の雨が降るな」
「まだ馨が勝ったとは決まらんだろう、随分圧されているぞ」
「うーん、でも馨が勝つぜ?」
「何故言い切れる?」
「箒星は元々馨の機体で、それを操縦してるのは幼馴染。この条件で馨が負けるはずねぇよ」
箒は、眉根を寄せる。
何の論拠は無い、だがその言葉に説得力があった。
嶋野馨とは“そういう奴”なのだ。
だが…
「おもしろくないな」
「なんか言ったか?」
「なんでもない」
まだ知り合って数ヶ月の馨のことを、まるで十年来の友人のように、一夏が理解している、それが箒には面白くなかった。
急に不機嫌になった箒。
会話を漏れ聞いてたシャルルまで、なぜかよそよそしい雰囲気になる。
鈴とセシリアは…もうなんかイロイロマズイ。
「(あれ…なんか雰囲気悪いなぁ、俺なんかまた変なこと言ったのかな…)」
不機嫌な女子達に囲まれて、一夏は冷や汗が急に噴出してきたのだった。
\(゜ロ\)(/ロ゜)/
「やっと面白くなってきたわね」
「(相変わらず酷い人だ…)」
ゲスト用の特別席よりも、ある意味特等席である管制室。
そこに乗り込んできた夜子を、詰めていた千冬は、面倒なので、礼儀正しく無視することにした。
が、頭痛が酷い。
「ちょっと麻耶ちゃん、ぼーっとしてないでデータ集めて、胸揉むわよ」
「やめて下さい!これ以上大きくなったらどうするんですかっ!」
「男誘惑すんのに使いなさい。千冬みたいに嫁き遅れるわよ」
「ちっ」
思わず舌打ちする千冬、大きな世話である。
「さぁて、どうでるかしらね、うちのバカ娘は」
「嶋野も考えてのことでしょう、身内である貴方が邪魔をして…」
管制室のモニターには掃星の状態が映し出されているが、それは事前に提出された掃星のスペックからみて、明らかに低い。
慎重な馨の性格から、初の実戦で「慣らし」をしているのだと千冬は見抜いていた。
もちろん馨の普段の言動から「情報戦」と他者に誤解させるのも作戦なのだろうが、よくよく頭の回る奴だと感心していた。
それをぶち壊してくれたのが母親なのだが。
ちょっぴり馨が哀れに思えた千冬は「少しは優しくしてやるか」と同情さえしている。
しかし
「バカいってるんじゃないわよ、それじゃウチの技術力のアピールにならないでしょう?
これが掃星のお披露目なんだから、どーん!と世間様のめん玉ひん剥かせるような試合内容じゃないと!」
悲しいかな、夜子の言は正しい。
本気で馨が可哀想になってきた千冬だった。
\(゜ロ\)(/ロ゜)/
残りシールドエネルギー21。
ちょっと攻撃がかすっただけで0になる可能性のある数値まで掃星は追い込まれていた。
『馨ちゃん、大丈夫?』
『助かったよ簪たん、愛してる、結婚しよう』
『…大丈夫そうだね』
冗談は出るが、余裕は無い。
何とか危機を脱した掃星は逃げに掛かった。
既に全力出せないとか戯言いっている場合ではないので、押さえていた出力も全開にして、派手な鬼ごっこを箒星と繰り広げている。
ハンドガンを喪ったので、実のことろ掃星にはまともな兵装が無い。
初期装備と、グレネードのような副兵装は有るが、今欲しいのはサブマシンガンかライフルだった。
鬼ごっこに参加しているのは簪の打鉄弐式もだが、荷電粒子砲は残念ながらさっきから命中していない。
三菱製のこのビームライフルはとても優秀だが、炎神を全力稼動させ、なおかつ回避の上手い丹が駆る箒星に命中させるのは容易ではなかった。
防御力が低く、システムの稼動でシールドエネルギーを消耗している今ならば、攻撃力は低くとも、銃弾をばら撒ける実銃の方が有利だが…無い袖は触れない。
逃げる掃星を追う箒星を弐式が追うという、二重の追撃戦は、見た目にも派手で、観客席は沸いている。
実況の二年生もようやく仕事とばかりにしゃべりまくり、逆に解説は単調な内容「つまらん」とふて腐れている。
『こりゃダメだ、プランCで行こうか簪ちゃん』
『いいの?』
『まぁこうなった以上は速めに終わらせて、データを取らせないようにしようか』
観客席でこちらを睨んでいる(データを集めている)中英代表候補から意識を逸らし(あまりに怖かったので)馨は言う。
『わかった』
『10秒後に攻撃開始するよ』
【打鉄弐式とのコンタクト成功しました。リンク開始、シンクロ率10%】
システムメッセージが流れる。弐式にも同様のシステムメッセージが流れているはずだ。
【シンクロ率95%…同調完了しました】
『いくよ!』
簪の掛け声と同時に、弐式のスピードが落ち、変わってコールされたミサイルランチャーが両肩と両脚に出現する。
【打鉄弐式がミサイル発射態勢に入ります、マルチロックオンシステム起動、サポートに入ります】
『ほぉALM社の二連
M・M・Lだな』
『強いですか?』
『小学生みたいな質問だな…最高傑作とも言われてるベストセラー商品だ、特にFCS…ロックオンシステムが優秀でな』
『さようですか!』
『おい』
四つのランチャーから二発のミサイル…計八発が一斉に発射。
それらは緩い弧を描いて眼前の箒星に殺到する。
丹はそれを気にはしなかった。八発程度ならば、回避は容易い、馨を追い詰める片手間でも十分だった。
だが
『あの程度の数では…馬鹿な分裂ミサイルだと!』
解説が叫ぶと同時にミサイルの外殻が割れ、そこから四発の小型ミサイルが飛び出す。
8×4…合計32発ものミサイルが文字通り驟雨のように箒星へ襲い掛かる。
『くっ』
いきなり四倍に膨れ上がったミサイルに、さすがに丹は回避行動に入らざるを得ない。
『…未完成と聞いていたが、あの数のミサイルを制御するとは見事だな』
『すごいんですか?』
『優秀とは言え、あの半分が精々だ元々のロックオンシステムではな』
観客席でも、専用機持ちの三人娘達が言葉を失っていた。
「ありえませんわ…」
「手動で補助したって精々20が限界よ」
「そうだね…僕もそれぐらいが限界かな」
素人の悲しさで、三人が深刻な理由が分からない、一夏がのほほんと質問する。
「じゃぁ残りの12発はどうやってんだ?オートか?」
「だから無理だっていってるでしょう!馬鹿一夏!」
怒鳴られた一夏はとりあえず口を噤むことにする。
「まさか…」
「お、なんか分かったのかシャルル?」
「たぶん、嶋野さんが制御してるんだ」
「あ、そうだな一人で無理なら二人でってわけか」
得心が言った様に一夏がぽんと手を叩く。
「それこそ有り得ませんわ!他人の発射したミサイルですわよ!」
セシリアが悲鳴のような声でシャルルの説を否定する
「掃星に特殊なシステムが搭載されてるのかもしれない」
「仮定そうだとしてもよ?見なさいよ!馨の奴、丹の回避を邪魔するように飛び回っているじゃない!」
鈴の言うとおりだった。
大量のミサイルを制御するべく、停止し空中に浮かんだコンソールを二つ使いミサイルの軌道を制御している簪と違い、馨は飛行を続けており、複雑な機動を取り丹の邪魔をしている。
十発以上の他人の発射したミサイルを制御しながらあんなマネは出来ない。
「まさにダークホースだね」
三人の代表候補生達の目つきが代わる。
いまいち何が凄いのか分からない一夏と箒だけが置いてきぼりで、きょとんとしていた。
(/ロ゜)/
「(山嵐だったっけ…これはなかなかむずかしそうだなぁ)」
大量のミサイル攻撃というのは弐式に搭載予定の兵装を模したものだ。
というか基本的に弐式の兵装は、荷電粒子砲にしろ、薙刀型の近接兵装にしろ、弐式に搭載予定の兵装を、既製品で再現してあるのだ。
「良く似た兵装の使用を“経験”するのはいいことだよ」と馨が簪に勧めたのだ。
とはいえいかに最高傑作と称されるものでも、既製品にはこの数のミサイルを制御するは不可能だった。
しょげる簪に対して馨は言った。
「まぁ一人で無理なら二人でやればいいんじゃない?ヒーロー物の
王道だよね?」
実の所シャルルの推測は当たっていた。
簪が手動も含めて制御しているミサイルは二十発。
残る十二発は馨の掃星が制御していた。
掃星搭載の特殊なリンクシステムによるものである。
通常のFSCリンクとは違い
ハイパーセンサーともシンクロし、情報を共有するこのシステムを起動すれば、他人の放った誘導兵器のサポートはもちろん。視覚などの感覚の共有すら可能となっている。
今馨は掃星のハイパーセンサーが知覚している情報と、簪の弐式が知覚している情報を持っている。
元々後方も“視える”ハイパーセンサーだが、弐式の視覚を共有しているため、自身を俯瞰するような、例えとしては正確ではないがTPS…サードパーソンシューティングの画面のように、自身を見て“も”いる状態だった。
「(やっぱこれ気持ち悪いなぁ)」
脳の方の処理が追いつかないのだろう、機体が補助してくれているが、初めてハイパーセンサー越しに世界を捉えたような気持ち悪さが襲ってくる。
長くは続けられないな、と思いつつ制御化にあるミサイルコマンドを送る。
『簪ちゃん、対閃光防御よろしくー』
馨の制御可にあったミサイルの内四発が自爆。
強烈な閃光を周囲に撒き散らす。
『目がー!目がー!』
『うるさいぞ実況』
実際問題として、その閃光は観客達にも相当眩しかった、一応アリーナのシステムが感知してシールドにフィルターをかけているのだが、それでもかなり眩しい。
当然、最大の被害者はシールドの内側に居る丹である。
(ハイパーセンサーで試合を見ていた約数名も似たような被害にあっている)
すぐさま箒星のシステムが防御したが、一瞬視界が真っ白に染まる事は避けられない。
【警告:対閃光防御によりセンサーの感度が一時低下します】
箒星の警告。
丹にできるのは、精々飛び回って攻撃が当たらないようにすることしかない、センサーによって増幅されている感覚は、丹を熟練の剣豪に変える、視界程度はハンデとしては小さい。
しかし馨はさらに八発のミサイルにコマンドを送る。
コマンドを受け取ったミサイル達はそれぞれ赤、黄、青、白のカラフルな煙幕を吐き出しながらアリーナ内を飛び回り始めたのだ。
【警告:ジャマー型ナノマシンを感知、センサーの感度を増幅します】
『馨!』
『ごめんねマコトちゃん』
閃光による目潰しと、煙幕によるジャミング、あくまで正面から戦うつもりのない馨に丹が怒りの声を上げる。
【警告:】
箒星の警告が完了するよりも早く、丹の全感覚を激しいノイズが襲う。
【警告:対電子戦防御オートスタート、センサーをセーフモードで再起動します…掃星をロスト警戒してください】
センサーは打鉄弐式を感知していたが、馨の掃星を見失っていた、ステルスを発動したのだろう、先日の実習で教官を翻弄したいた姿が思い浮かぶ。
あの時は「またバカやって織斑先生に叱られるわよ」程度にしか思っていなかった。
しかし、自身が自分がやられるとひどく堪えることを丹は実感していた。
敵がまったく見えない恐怖は、一度ハイパーセンサーの超感覚を享受した身にはあまりに辛かった。
【警告:外部より不正アク―――】
唐突に掃星のシステムが沈黙する。
エラーを告げるシステムメッセージがディスプレイを埋め尽くす、恐怖に駆られ体を動かそうとしたが、既に箒星は
強化甲冑ではなく、まるで
拘束衣のように、重く丹の体を縛り付ける枷と化していた。
「チェック・メイトだよマコトちゃん」
通信では無く生の馨の言葉が耳を打つと同時に、最後の砦だった操縦者保護システムがエラーを吐き出した。
後100少々残っていたシールドエネルギーがいきなり0になった。
同時に試合終了を告げるブザーが無情にも鳴り響く。
アリーナのシステムが箒星のシールドエネルギーが0になったことを感知したのだ。
未だ煙幕がアリーナ内を覆っており、外部からは状況は分からないが、アナウンスはこの試合を馨・簪組が制したことを告げると、会場がどよめく。
『ピカっと光った後に、試合場が煙幕に包まれ、さらに機材にノイズが走って、わけがわからないうちに試合が終わってしまいました…』
『面白い戦い方だったわね』
『一人で納得してないで解説をお願いします』
『まず閃光ね、視界を殺すというよりは、ISの自動防御システムが、センサーの感度を落すのを狙ったのね。
続いてスモーク、あれはただのスモークじゃなくて、センサーへのジャマー効果のあるナノマシン入りスモークね、レーザー兵器の防御にも使えるタイプ』
『はぁ』
『スモークへの対抗としてセンサーの感度を上げて敵を捉えようとしたところ、人間で言えば目を凝らして耳を澄ましたところに、止めののEA、強力なジャミング攻撃ね、機材がノイズを吐いたのはその余波よ』
『ほうほう』
『一言で言えば、目元をひっぱたかれた直後に、更に目突きをくらって、とどめに眼球を抉り出された感じね』
『最悪ですな』
『見事にエロい作戦ね』
『どこにエロスがあるんでしょうか!』
『ばかねぇエロティックって意味じゃないわ、えげつない、ろくでもない、いやらしい、の頭をとって「え・ろ・い」よ』
『あの…褒めてるんですか?』
『もちろんよ、十年に一人の逸材ね、絶対に我が部に入れるわ』
『はぁ…そうですか、さて気になるその嶋野選手のISですが…あ情報が今入りました、やはり新型のようですね登録名は
【掃星】箒星同様彗星の和名の一つですが、それ以外は不明です』
『第三世代機だろうけど、試合からはどんな第三世代兵装を搭載してるのかさっぱりわからなかったけわね』
『いやーこれは準決勝が楽しみになってきましたね』
『その物言いは他のペアに失礼よ、まだ第五回戦もあるのだから』
『おっとこれは失礼しました、皆さんがんばってね?』
『まったく…』
そんな実況と解説の漫才を聞き流しながら、馨は動けなくなった箒星を抱えてピットへと戻っていた。
簪は同様に蓮と打鉄を抱えて反対側のピットへ向かっている。
機体を床に下ろし、丹が降り易い様にと、馨は掃星の腕部を伸ばし踏み台にする。
そんな馨に対し、ずっと俯いていた丹が、顔を上げて怒鳴る。
「どうしてよ!」
湿り気を帯びた声。
その目じりには堪え切れない涙が浮かび、頬を伝い落ちてゆく。
それを見てしまった馨が狼狽する。
「ど、どうしたの?どっか痛いの?すぐに医務室に――」
「違うわよ!バカオル!」
「バ、バカオルってなにー!」
「なんで、ちゃんと戦ってくれないのよ!できるでしょう?」
握り締めた丹の拳が馨の顔面を襲う、ひぃっと悲鳴を上げて馨が首を逸らす。
「よけるな!」
「むちゃいわないでよぉ」
「だって!だって!」
泣きじゃくり始めた丹を、馨はそっと箒星から引きずり降ろし、自身は掃星の展開を解除して、そっと丹を抱きしめる。
その胸をドンドンと無遠慮に丹が叩く。
ぐえ、と蛙のつぶれたような声を上げながらも、馨はやせ我慢しつつ丹の背中をさすってやる。
「ごめんねぇマコトちゃん、でもさぁ」
ばつが悪そうに頬をかきながら、馨は言う。
あまり褒められた戦い方でない、という自覚は馨自身にもある。
だが…
「僕、女の子を殴ったりとか出来ないし」
丹の足が、思い切り馨の足を踏みつぶす。
ぐりぐりと容赦なく捻ってくる。
「イタイですマコトさん」
誤魔化したわけでもなく、馨は本気だった。
このフェミニストは直接的に女性を攻撃することができないらしい。
長い付き合いの丹はそれ理解できる。
理解はしたが、納得はしがたい。
銃で撃ったり、こちらの脳みそをフライにするようなジャマー攻撃はいいのかとなじる。
「あんまり良くないよね…だから僕は整備科志望なんだって…一夏なら平気なんだけど」
「準決勝はどうするのよ、鈴とセシリアさんでしょう?」
「まぁ頑張るよ、まだ掃星は全力全開ってわけじゃないからね」
「最後のアレはハッキングよね、どうやったの」
起動中のISにどうやってそんなことができたのか、普通は無理である。
「あれはぶっちゃけると、箒星のシステムにバックドアを仕込んであったから」
「へぇ」 まるで狙ったように、最悪のタイミングで夜子がピットに現れた。
「オ、オカアサマナンノゴヨウデショウカ?」
「玄人向けの試合をしてくれたわねぇ馨」「オホメニアズカリキョウエツシゴク」
「たっぷりとご褒美をあげなきゃねぇ…」「アハ、アハハハハハ、ケッコウデス」
蛇に睨まれた蛙の如く、がくがくと震えながら、抱きしめていたはずの丹に逆にすがりつく馨。
「あのおばさま」
「丹ちゃんはさっさと医務室にいきなさい?ちゃんとアイシングしないと酷い目にあうよ?」
「はい」
有無を言わさぬ様子で夜子が命じる。
「僕もアイシング――」
「お母さんが手伝ってあげるから、あんたはこっちねぇ」「いやぁぁぁぁぁぁ、たすけてまことちゃぁぁぁぁぁぁん」
そう叫びながら馨はアリーナの暗い廊下の先へと消えていったのだった。
合掌。
\(゜ロ\)(/ロ゜)/
「いや別に普通にバックドアの件だけ怒られただけだよ?ほんとだよ?」
「私の目を見て話しなさいよ」
「ホントダヨ?」
後書き:お久しぶりです、えらく難産でした。
(八月中は仕事が忙しかったのもあるのですが)
次回は準決勝、鈴&セシリア組との試合になります。