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年金の支給年齢引き上げと「税と社会保障の一体改革」
昨日(10/11)、大きなニュースとなった厚生年金の支給年齢の引き上げの件、報道では、これは厚労省が社会保障審議会の年金部会に示したもので、政府が先に纏めた「税と社会保障の一体改革」に沿ったものだと説明されている。湯浅誠と赤石千衣子が委員を務め、宮本太郎が幹事委員を務めた「税と社会保障の一体改革」の集中検討会議。その成案が7/1に閣議報告されていて、その中に、支給開始年齢の引き上げも盛り込まれていた。資料のPDFが内閣官房のサイトにあり、PPTの22/28ページに該当の情報が確認できる。この件は、小さく噂話のように囁かれてはいたが、本格的にマスコミの報道材料として登場し、既成事実として固められる一歩が踏み出されたのは今回が初めてだ。成案報告の時点では、2010年代半ばに消費税を10%に上げるという点だけがクローズアップされ、マスコミと永田町で論議されていた。この社会保障審議会の年金部会に諮問した時点で、マスコミに大きく報道させ、アドバルーンを打ち上げる工程計画を組んでいたということだ。引き続きマスコミ論者たちを動員し、この制度改定の宣伝と正当化を刷り込み、政治の場では共産・社民・小沢派の異端系に反対させ、世論調査で「支持多数」を固める思惑なのだろう。別の資料を見ると、この「現行年金制度の改善」の「改革案」の取りまとめは12月の日程になっている。


そして、チャートには「2012年以降速やかに法案提出」とあり、早ければ来年の通常国会に法案を出す構えでいる。厚労省の案(「一体改革」会議の成案)では、2015年から制度改定が実施され、予算金額が落とし込まれる絵になっていて、年金支給年齢を2025年までに68-70歳に引き上げる措置は、4年後の2015年に現実になっているという計画であることが分かる。現在、50代の人間は、厚生年金の支給年齢を少しずつ引き上げられ、50代以下は68-70歳からしか支給されなくなる。覚悟しとけよということだ。報道では3案出ていたが、厚労省が狙っている案は一本で、普通に考えれば、70歳支給という線をさらに踏み越えて行く魂胆だろう。場合によっては、どこかでさらに前倒しがあり、支給年齢の引き上げ(68歳-70歳)の時期を、14年後の2025年からではなく、9年後の2020年からの実施にするかもしれない。このニュースを聞いた50代前半の者たちは不安な気分になったことだろうし、40代の者たちは暗然として将来への絶望感を深めたに違いない。しかし、それにしても、2年前の総選挙と政権交代のとき、民主党は年金の支給年齢を引き上げる制度改定をするなどとは公約していなかった。あのとき、民主党が公約していたのは、 月額7万円の最低保障年金であり、国民年金・厚生年金・共済年金と分かれている制度の一元化である。それが「契約」だった。

マニフェストを見ると、その公約が書き並べられている。が、「税と社会保障の一体改革」の成案を見ると、それらの問題項目については、具体的な工程が示されず、「国民的な合意に向けた議論や環境整備を進め、実現に取り組む」とされている。目標として大きく後退させられ、有名無実化され、事実上棚上げにされている。菅直人の「官邸ブログ」が7/27に面白い記事を載せていて、執筆は下村健一(広報担当内閣審議官)だろうが、そこにはこう書いている。「現在の年金制度をこのような『新しい年金制度』に抜本的に改めるためには、国民の皆さまの幅広い合意が必要であることはもちろんですが、新しい制度づくりそれ自体も、決して簡単な作業ではありません。例えば、自営業者とサラリーマンが同じ制度に入るためには、現在検討を進めている『社会保障・税に関わる番号制度』の導入・定着や、税と社会保険料を一体的に徴収する体制の構築も必要となり、こうした環境の整備には一定の準備期間が必要です。こうした点も考慮し、今回の改正案のうち『新しい年金制度』については、その骨格を示すだけにとどめ、国民的な合意に向けた議論や環境整備を進めた上で、具体化を進めていくことが想定されています」。実に分かりやすい見え透いた言い訳の口上だ。苦笑させられるではないか。要するに、官僚は、年金一元化も最低保障年金も、やる気はサラサラないのである。

消費税は引き上げる。所得税も引き上げる。年金の支給は遅らせる。さらに、「税と社会保障の一体改革」成案の22/28ページには、「マクロ経済スライド」という項目があり、現行支給額を削減する措置も明記されている。3年間で「特例水準」を解消し、その後、「毎年▲0.9%ずつマクロ経済スライドをする」とある。この件は、昨日(10/11)のニュースでは取り上げられなかった。どこかでまた、周知徹底のために、複雑な制度解説も含めてマスコミ報道に浮上させるだろう。これもまた、2年前の選挙で年金が争点になったときは、公約として言われなかった負担政策である。結局のところ、何がベースになっているかと言うと、小泉・竹中の時代の「改革」であり、この当時に厚労官僚が策定した年金削減策が、そのまま「税と社会保障の一体改革」の中に組み入れられている。ついでに、20/28には「高齢者医療制度の見直し」という項目があり、そこには、「高齢世代・若年世代にとって公平で納得のいく負担の仕組み、自己負担割合の見直し」とある。さらに、「医薬品の患者負担の見直し」の文言もある。「見直し」の意味は、決して国民の負担が軽くなる方向ではない。この「医療・介護」の「改革」も、実施の工程として、「税制抜本改革とともに、2012年以降速やかに法案提出」とある。2013年にダブル選挙があることを考えると、官僚は、2012年すなわち来年中のタイミングで法案を可決しようとするだろう。

このニュースに思うことは二点ある。まず、こうした報道がされ、制度改定が進むことの影響だ。官僚はこうした報道を浸透させることで、将来の年金支給の減額の地均しをし、国民の「納得」と「承諾」を固め、自分たちの思惑する方向に政治を誘導しているつもりだろうが、マイナスの副産物は実に大きいはずだ。明らかに、若者の年金制度への信頼感が揺らぎ、積極的に払って制度を支えようとする意識が薄れる。自分が払った分が将来返ってくるのか不信が高まり、問題になっていた国民年金の未納者が増える結果になるだろう。途中で一歩的に制度改定され、支給を減額されるのは詐欺ではないかという気分になり、それが未納行動に拍車をかけるに違いない。国民年金の納付率は、2010年度も59.3%と過去最低となったが、前年比▲0.7%で低下幅は全年度(▲2.3%)と較べて縮小している。歯止めがかかりつつあった。これは、おそらく長妻昭の功績で、年金定期便を配ったり、「消えた年金」の対策に全力を傾注したり、国民の年金制度への不信を払拭する政策を打って行った結果の現れれだと思われる。再び小泉政権の路線に戻り、官僚自身が年金制度の不安をマスコミで扇動する政策に戻ったが、その結果は来年以降の数字で出てくるだろう。それと、こうした政策の舵取りと宣伝が、どれほど消費者心理を冷やし、30代から40代の層を生活防衛に走らせ、マクロ的に消費支出を落ち込ませるかである。

二つ目に、この社会保障審議会の年金部会の部会長だ。神野直彦である。この人は自民党政権の時代、ずっと小泉改革を批判してきた財政学者で、いわゆる福祉国家の立場の左派の人間だ。その神野直彦が、菅政権から野田政権の年金部会の座長をやり、厚労官僚が取りまとめる「社会保障制度改革」にお墨付きを与えている。それは小泉改革時代のものと全く同じ中身で、要するに、負担増の福祉切り捨ての政策である。新自由主義の社会保障路線だ。この点に強い違和感を覚える。この構図は、湯浅誠と赤石千衣子の反貧困系メンバーが「税と社会保障の一体改革」の検討会議に入り、負担押しつけの政策に左から(下から)エンドースしたのと全く同じだ。本来、神野直彦は、「税と社会保障の一体改革」に専門家の立場で反対し、批判を加えるべき権威だった。神野直彦が「税と社会保障の一体改革」の与党になったなら、一体誰が野党になるのか。共産党しかいないではないか。それは政治的に最悪のパターンだ。神野直彦は、今日(10/12)の朝日のオピニオン面にも顔を出していて、消費税だけでなく所得税も増税せよと言っている。これは神野直彦の従来からの主張だが、官僚はそこをよく汲み取って、結局、復興財源で所得増税を、社会保障で消費増税をという方向へ政策を持ち込んだ。脱力させられる。新自由主義への反対のところで、基本的に大きな間違いがあったのだ。われわれは勘違いしたのだ。

官僚に取り込まれるような人間に、期待を託してはいけなかったのだ。


by thessalonike5 | 2011-10-12 23:30 | Trackback | Comments(0)
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