UP DATE…2003,09,02



真相解明

【3】





 ちゃんと体を洗って、水道の水で常に持ち歩いていた薬をカプセルから空け飲み込んだ。暫くその場で留まり、意を決して寝室のドアを開けると突然抱き締められ、荒々しい口接けの嵐。
「ふ、ん、…っ」
 口腔を貪られ、引き摺られるままベッドに押し倒されて纏っていたバスローブは呆気無く剥ぎ取られて下着を付けていなかった俺は素っ裸。
 薬が効いてきたのか、じわじわと体の奥から熱が這い上がってきて、項を滑る指にすら体が震えた。
「感じやすいんだね…」

 余裕の笑みで高山は行為を進めて行く。
 梶原の言った事は本当で、指が滑る度、吐息が掛かる度、舌が辿る度、身を捩る快感の波が襲い俺は一瞬上がった自分の声が信じられずぐっと唇を噛み締めた。
 中心を握られて、緩く扱かれる度にゆらゆら揺れる腰をどうする事も出来ず追い上げられるままに欲望を解放した。
 息を整える暇も無く俺の精液で濡れた指が後孔に当てがわれ、く、と押して入るその感覚すら薬に毒された体は快感と拾う。
「…」
 自分を見下ろす高山の視線すら気付かず、異物感より、圧迫感より、痛覚より。
「ふ、ん、―――っ」
 嘘で塗固められた高山との関係に、嘘の快感。縦横無尽に突かれ思うまま揺すられてもその全てを『快感』ただ一つの感覚が襲う。体中が支配される中、頭だけは妙に冴えてきて、罪悪感で胸が一杯になった。
『やっぱり、初めてじゃないんだな』
『ずいぶん慣れてるんだな』
 二つの言葉が目くるめく快感の波でぐるぐる廻っている。確信したように吐かれた最初の言葉。傷付いたように吐かれた次の言葉。
 どうすれば良いのか解らず噛み締めた手の甲から流れる血がシーツに落ちた。


 低い呻きと共に体の中でじわりと広がる液体。数度打ち付け、全てを吐き出した高山は余韻も無く俺の中から自身を取り出した。
 抜かれる感触すら快感が捉え、放ったばかりの自身が更なる欲望を求め固くなる。
「いやらしい体」
 嘲る様に吐き出された高山の声。そろりと撫でられ、固く目を瞑ったまま押し寄せる波に体を任せた。
 このまま高山との関係は終わる気がする。セックス迄のプロセスを楽しんで、行き着いたゴールに彼はきっと執着しないだろう。男の体を抱く事に慣れた高山の愛撫は、初めて抱かれた自分の体が薬による快感だけしか感じ取れないのが悔しくなる程優しかった。
 優しい手付きで中心を愛撫する高山に申し訳なくて、俺は生理的で無い涙を流した。嗚咽が漏れそうになるのを血の味のする甲で塞ぎ、それでも貪欲に解放を求める自身が心底情けなかった。
「正美…?」
 ひく、と喉が鳴ってしまったのに気付かれたのか、照明を落とした暗がりの中、高山は愛撫する手を止めベッドサイドの明りを付けた。
「ちょ、何やってんだよ!」
 言葉と同時に口に当てていた手を退けられ、勢いでそのまま起き上がらされた。
「ご、ごめ…っ」
 溢れ続ける涙を止める事が出来ず、反対の手で口を塞ぐ。左手は拘束されたまま、俯いて涙を流し続ける俺に高山は暫く呆然としていた。
「声、我慢する事無いのに」
 掴んでいた手をぱたりと降ろし、高山が呟いた。
「前の奴に声出すなとか言われたの?」
 そうだ、と頷けばまた嘘が一つ重なる。
 どうしようもなく高山に惹かれてしまった俺の心は悲鳴を上げていた。本当の俺を見て欲しい、と。
「男、なんて…」
 左手を優しく包まれ、漸く止まった涙と共に答えを返す。

 呆れられるだろう。
 もう会えないだろう。
 これで、終わりだろう。
 ―――高山の望んだ形の俺は消えてしまう。

「…俺は、初めてだった。他人と付き合ったのだって、キスだって、セックスだって、全部初めてだった…」
 顔を見られなくて、俯いたまま話す。左手を包む手はまだ優しかった。
「ひとを好きになるのも、初めてだった…」
 頬に手を添えられて、促され上げた目に映った高山は穏やかな笑顔を浮かべていた。
「なんで慣れた振りなんかしてんだよ」
 口の端に伝った血の跡を拭い、責める口調だが目は優しくて。
「そういう風に、見えただろ?期待を裏切りたく無かった…」
「見えなかったよ。場慣れしてないし、何で他の奴等は遊び慣れてるのが当然みたいな顔で寄って行くんだろうって思った」
 高山は拭い切れない血の跡を舌で嘗め取り、その味に少し眉を顰めた。
「一ヶ月手も出さない事を何とも思ってないみたいだったし、これはひょっとしなくても経験無いんだろうな、と」
 遊び慣れてたら誘うでしょ、と言われそういうものなのかと首を傾げる。
「…何か、飲んだの?」
 告白はしたので素直に頷く。
「はー、偽物の体抱いちゃったよ。感度良過ぎだと思ったけど…」
 項垂れ、俺も余裕無くて見破れなかったと苦笑いした。俺は何で高山がこんな俺を許すのか理解できず戸惑うまま高山を見詰める。
「よし、改めまして、正美さん…と、苗字何だっけ?」
 突然顔を上げたかと思うと畏まり素っ裸のままベッドの上で正座する。俺は寝ていたのを起こされたままの形で、足を崩していた。
「…まさみ…」
 真直ぐ見つめられる視線に耐え切れず俯いて呟く。
「え?苗字だよ、苗字」
 高山は苦笑いしながら俺の頭を軽く叩いた。
「正美信人。二十七。KGカンパニーで経理主任してる。一人暮らしでここから徒歩五分圏内。煙草は一日一箱消費、ハーフじゃ無くてクオーター。北欧なのは祖母。男経験、女経験共に無し。以上、俺が君に吐いていた嘘だ」
 一気に告白し、胸の閊えが取れたと同時に酷い後悔が押し寄せる。
 騙していたんだ。嫌われたく無いばかりに、嘘で塗固めた。
「年上かよ…しかもKGカンパニーって、大手じゃん。俺んとこと取り引きしてるぜ、そこ」
 声に呆れを含ませ呟く高山の手は俺を抱き寄せていた。
「信人。はは、正美って苗字か。珍しい字だな。実るが主流だろ?」
 そりゃ間違えるよ、と笑う。
 抱き締めた手は背中を優しく上下して、しなだれかかったままの俺はどうしたら良いのか解らず手の行き場に困った。
「…怒って、無いのか…?」
 嘘を重ねた事を。
「え、別に、本当の事教えてくれたし気にしない。この一ヶ月はお互い探り合だろ?薄々気付いてはいたし。何聞いても肯定するしさ、まあ、セックスの方は、初めてじゃ無いだろうって疑ってたけど」
 あっけらかんと至極軽い事のように言い切る高山に俺は救われた。どうしようか迷っていた手を高山の背中に廻し、きつく抱き着いた。
「おや、はは、よしよし、そろそろ薬切れた頃かな」
 何を言っているのだろうと思う間も無く俺の背中はシーツに埋もれた。上から覗き込む高山の顔は真剣で、目を逸らす事を許さない。
「正美信人さん。俺の恋人になって下さい」
「高山…」
「稔。名前で呼んで」
 近付いた顔にそっと目を閉じ、俺は小さくその名を呼んだ。
「…稔…」
「なってくれる?」
 重なると思った口唇は直も言葉を続け、吐息が掛かる程近くにいる。
「ああ、稔、好きだ、好き…」
 言葉は稔の口に吸い込まれていった。

「う、…っんっ」
「声我慢しないで出していいよ…信人、声聞かせて…」
 胸の突起を弄る舌が言葉を紡ぐ度に先刻感じた快感以上の疼きが体を支配する。
「は、あっだめだ、そこ…っやぁっ」
 無意識に左手を口に持って行くとそれはやんわり防がれる。
「傷が広がるよ」
 一旦胸を離れた唇が手の甲にキスを落とし、そして戻って行く。
「ふ、薬使ってた時より感じてる…?」
 肋骨をなぞり微かな刺激に声を上げ始めた俺に満足そうな声が届く。丁寧な愛撫。快感を追う事を恐がる事無く、俺は初めての波に身を委ねた。
 後孔に挿入された指の異物感。増やされた時の圧迫感。前立腺を刺激される快感。身も世も無く声を上げ、灼熱の杭に押し広げられる痛みに思わず息を飲む。
「信人、息を吐いて、力を抜いて…」
 一度挿入は果たされた筈なのに、異物を拒む後孔に稔も息を潜めた。ゆっくり息を吐き出し、前を扱かれる事に意識を集中させ、力みが逸れた時一気に押し進む稔の背中に爪を立てた。
「ああ―――っ」
 それでも。
 何と言う充実感。充足感。満足感。
 心と体が満たされた瞬間。
 名前を呼び合い共に果てた後の記憶は、俺には無かった。




 目が覚めれば隣に稔。
 恋人に振られ一年、通い慣れたバーで俺を見た時一目惚れしたと言った。
 振られた原因は独占欲が強すぎる事らしい。休日でも平日でも傍にいたいと思うばかりに相手を拘束しすぎたのだと笑い、だから俺に関しては程々に突っ込まずいたと。
「でも、俺はここに居られるのが嬉しい」
 土曜日の朝。お互い目が覚めても離れずベッドで抱き合ってそんな話をしていた時、ぎゅうと抱き着きそう言うと、過去にヤキモチ?とからかいながら抱き締め返してきた。
「このままここに閉じ込めてしまいたい」
 冗談とも本気とも取れない稔の言葉。
「うん、良いよ、月曜日の朝迄なら」
 ひどく現実的な言葉を返した俺にそれでも稔は感極まって泣いていた。前の恋人にはうっとおしい、の一言で蹴り出されたらしい。
「理想の恋人だよ、信人」
 ちゅ、と音を立てて額にキスを送られ、俺は初めての恋人と、初めての幸せを噛み締めた。



 おしまい

<gontaccle@>


後書読む?


BackTopNovel