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from 911/USAレポート / 冷泉 彰彦
冷泉 彰彦(れいぜい あきひこ) 作家(米国ニュージャージー州在住)
1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大学大学院(修士)卒。
著書に『
911 セプテンバーイレブンス
』『
メジャーリーグの愛され方
』『
「関係の空気」「場の空気」
』
『
アメリカは本当に「貧困大国」なのか?
』。
訳書に『
チャター
』がある。
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第537回 「パレスチナの国連加盟申請を止められなかったオバマ」
配信日:2011-09-24
毎年9月にはニューヨークの国連本部で国連総会が開かれ、今年も各国の首脳が集結しています。日本の場合は、だいたい毎年この直前に総理が変わるので、ここ数年は自動的にいわゆる外交デビューの「晴れ舞台」という位置づけになっています。今年の場合は、台風の危機管理が現場でできなかったものの、野田首相は無難な(特に得失点のない)デビューができたようです。
ところが、アメリカの方は「招く側」ということで、少々ニュアンスが違います。というのは、アメリカにとって「招かざる客」もやってくるからです。その筆頭はイランのアフマディネジャド大統領で、今年も「ホロコーストや911は陰謀である」という「トンデモ演説」を行なっています。「航空機2機で高層ビル2棟を倒壊させるのは不可能だ」などと、とっくに証明された話をひっくり返す無神経さに、アメリカとヨーロッパの代表部は怒って退席しましたが、この「パフォーマンス」も「恒例化」しつつあり、何とも嫌な感じのする話です。
ちなみに、例年マンハッタンの対岸に「テント」を張ってパーティーをしたり、外交特権を良い事に「お騒がせ」を繰り返していたリビアのカダフィ大佐は、今年の場合は政権は崩壊し、所在不明で来ていません。その代わりと言っては何ですが、今回の国連総会では、アメリカにとってアタマの痛い問題が起きています。
というのは、パレスチナのアッバス議長が「正式な国連加盟」を申請すると宣言したからです。このままでは、アメリカは「ビトー(拒否権)」を行使して、このパレスチナの国連加盟を潰すことになります。というのは、それがアメリカの一貫した方針であって、国務省もこの間ずっとそのように宣言してきたからです。オバマ大統領=ヒラリー国務長官=スーザン・ライス国連大使の三人にしても、その点でブレはありません。
理由は単純です。中東和平の合意ができていないからです。現在のパレスチナ国家は公選の結果として、西岸地区を中心としてアッバス議長が率いているファターハ(昔のPLO、今は穏健派)と、ガザ地区の実質的な行政とそれに伴う日常業務を担っているハマースが連合して運営している形態を取っています。議会はハマースが多数党です。
アメリカが問題にしているのは、このハマースが「ユダヤ人国家としてのイスラエルの生存権」を認めていないということです。ハマースがイスラエルを認めないのなら、イスラエルもハマースを認めることはできず、結果的に中東和平は成立しません。勿論、イスラエルにしても西岸地区の入植を止めないという問題があるのですが、対立構図の中ではお互い様であり、とにかく大枠で相互の存在を認める「和平」はできていないのです。であるならば、現状ではパレスチナの国連加盟は支持しないというのが、アメリカの民主党・共和党を越えて一貫した外交方針なのです。
では堂々と「ビトー」でいいではないかというと、オバマとしてはそうは行かない事情があります。オバマという人は、「チェンジ」を掲げて大統領に当選し、その就任は国際社会から幅広い期待感を持って受け止められています。その期待感の中には、「中東和平の仲介者として決定的な前進を実現してくれるだろう」という期待も入っているのです。それに加えて、2009年6月にエジプトのカイロ大学で「イスラムとの和解」を訴える歴史的なスピーチもしています。
このカイロでのスピーチは、後にノーベル平和賞の受賞の理由になったとも思われる重要なスピーチですが、その中で「イスラエルとパレスチナの共存」を強く訴え、更には「西岸地区へのイスラエル人の入植を自重せよ」とハッキリ言い切っているのです。このメッセージは、演説の行われたエジプトだけでなく、イスラム圏全体で好意的に受け止められました。
この発言の延長上には、チュニジア、エジプト、リビア、シリアと続いている一連の「アラブでの自由化要求」に対して、基本的にオバマ政権が支持を与えてきたという行動があります。オバマとしては、そうした外交の延長に、何とかハマースに一切の暴力の停止と、イスラエルの存在の承認をさせる、反対にイスラエルに入植を止めさせる、その上で、イスラエル=ハマース=エジプト新政権の三者が和解するように持って行きたいわけです。
ですが、実際には事態は好転するどころか、少しずつ悪化の兆しもあるわけです。ここへ来て問題になっているのは、9月9日(木)に発生したエジプトでのイスラエル大使館襲撃事件です。反ムバラク系のデモ隊がイスラエル大使館に突入する中で、4名が死亡、多くの人間が負傷するという事態になったのです。危険を感じたイスラエル大使は一時的に本国に退避しています。
この事件ですが、真相は良く分かりません。米英のメディアは、偶発的な騒ぎから発展したものという見解です。イスラエル側も、危険が収まったら大使を最派遣するとしており、エジプトの暫定政府も同様に早期の国交正常化をという声明を出しています。ですが、仮に今回の事件が偶発的なものではないということになると、話は変わってきます。
例えばエジプトで純粋に民主的な政権が出来た場合に、民意として「対イスラエル断交」という結論が出てしまうようだと大変なことになります。更に、そうした反イスラエルという世論に乗っかって、例えばビンラディンの盟友であった、ザワヒリのような「サダト暗殺に関与して以来の筋金入りの反イスラエル」が暗躍するようなことにでもなれば、アメリカの保守派は「ムバラクを見殺しにしたオバマはアメリカに危険にもたらした」というキャンペーンを張るでしょう。
何といっても、ハマースの主要な勢力圏であるガザ地区というのは、イスラエル=エジプト国境に挟まれている地区です。ここが安定し、最終的にハマースを「無害化」させるには、エジプトとイスラエルの関係が良好であることが前提になるのです。その点でも、今は状況として厳しいというのは間違いありません。
つまり、現時点でパレスチナが「国連正式加盟」を申請するというのは、アメリカのオバマ主導による中東和平に対する一種の不信感の表明になるわけです。21日(水)に国連総会でオバマの行ったスピーチは、こうした事情を踏まえた上での苦しい立場を物語っていました。オバマは「中東和平には近道はない」という言い方で、イスラエル=パレスチナの交渉が進展しない中でのパレスチナからの一方的な「国連加盟申請」がされるというのは、和平そのものを葬ることだと訴えたのです。
その一方でオバマ=ヒラリーは、双方、つまりパレスチナのアッバス議長と、イスラエルのネタニヤフ首相との折衝を重ね、パレスチナの受け入れられるような条件をイスラエルから引き出すことで、今回の「国連加盟申請」を取り下げさせようと工作しています。アメリカ国内でも、例えば「ニューズウィーク」出身で「タイム」、CNNで活躍中のインド人ジャーナリストのファリード・ザカリアなど相当にリベラルな論者も「パレスチナは現実的な計算をすべき」だとして、一方的な加盟申請でアメリカを「拒否権行使」に追い詰め、中東和平の枠組を壊すのはダメだと訴えています。
ザカリアのような危機感は、中東和平の将来だけではなく、アメリカ国内の政治力学にも及ぶと考えられます。例えば、共和党の大統領候補で、現在はフロントランナーと言われているリック・ペリー・テキサス州知事は、この国連総会に合わせてニューヨークに来て「自分はイスラエルを徹底的に支持する」などと気炎を上げているわけです。勿論、ペリー知事には中東和平をどうやって進めるかなどという青写真があるわけではないと思います。
それどころか、アメリカが苦労して仲介する必要もない、共和党的な孤立主義からはそんな気配も感じられます。ただひたすらにユダヤ系の選挙資金と票が欲しい、そのための行動というのが見え透いているわけです。ですが、そのペリー候補がオバマの外交を「ナイーブで、華やかなだけで、結局はアメリカにとっては危険」と非難すると、そのプレッシャーはやはりオバマを縛るのです。例えば、現時点ではアメリカが突然にパレスチナの国連加盟を支持するということは考えられないわけで、それはオバマの本意というより、共和党との力関係も影響しています。
そんなわけで、オバマ=ヒラリー外交の現状は、非常に厳しい状況です。国連総会では、女性指導者の会合というのがあり、ヒラリーはその会合での演説で、チュニジアの新政権を思い切り褒めちぎり、特にこの会合に参加していたチュニジアの女性問題大臣のリリア・ラビービ女史を英雄として持ち上げたそうです。報道によれば、ヒラリーはたいへんに熱のこもった賛辞をラビービ女史に送ったそうですが、自分たちが支持してきた「アラブの春」が自分たちの価値観と整合性のある方向に必ずしも進んでいない中、チュニジアの「評価できるポイント」をどうしても強くアピールしたかったのでしょう。それは、危機感の裏返しに他なりません。
オバマは「ユニークな存在」だから、新しいことをやってくれるだろう、というのが3年前に「チェンジ」に期待した世論の心理でした。考えてみれば、中東和平にしても「他の人が考えられないような完全に現実主義で中道的な」ポジションにオバマは立ち続けたわけで、その姿勢自体は新鮮なものでした。ですが、「真ん中に立つ」ということは、それゆえに「両者から悪者に」されるという構図があるとも言えます。斬新で現実的な姿勢が必ずしも成果を生むわけではないわけで、オバマ政治の危機はまだまだ続いています。
最終的にアッバス議長は、23日(金)国連総会にてパレスチナの国連加盟を正式に申請しました。その申請は週明けには安保理での討論に付されますが、恐らくアメリカは拒否権を行使するでしょう。まだ瀬戸際の交渉の余地がなくなったわけではありませんが、アッバス議長の情熱的なスピーチは国際社会に一定程度の説得力を持ちました。一つ、中東和平に新たな一章が加えられたことになります。その新しい章に書かれる可能性のあるのは、決して平和だけとは限りません。今は、パレスチナとイスラエルの間で武力衝突が起きないことを祈るばかりです。
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