水説

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水説:米国より中国優先?=潮田道夫

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 環太平洋パートナーシップ協定(TPP)に対し、野田佳彦首相は前向きなようだ。しかしながら、政治的にはまず震災復興を優先せざるを得ない。それはそうであろう。

 焦点は財源確保のため、所得税や法人税の増税をするかどうかだ。税金を上げるには最高難度の政治技術と体力を要する。さもないと実現はおぼつかない。

 というわけで、野田政権はTPPの参加に向け、党内外の合意を取り付ける必要性を痛感しつつも、身動きできないようだ。下手にTPP問題を持ち出すと、増税問題のさわりになりかねない。

 政治状況が厳しいのは分かる。しかし、11月にハワイで開かれるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議で、日本がTPP参加を打ち出せなかったら、日米関係の冷却化は必至だ。

 「今回は見送ったが、いずれ必ず」では済まない。中国が年内に日中韓の自由貿易協定の協議を開始しようと提案している。日本も同意したので話し合いが始まるだろう。

 つまり、日本は米国の要請は退け、中国の誘いには応じることになるのだ。日本の主観はどうあれ、世界にはそう見えるであろう。そのことのもつ政治的意味合いを、反対派は考えているのか。

 中国はこれまで日本との自由貿易協定に消極的だった。それが突然、日中韓の自由貿易協定を呼びかけてきた。理由は明白だ。TPPのけん制である。日米主導で中国抜きの「自由貿易の砦(とりで)」が太平洋にできては困るのだ。

 11月のAPECが終わると米国は大統領選一色となり、内政問題に終始することになる。来年になればその傾向はもっとひどくなる。米国と通商問題が話せる時間は限られているのだ。

 米韓自由貿易協定で韓国は対米輸出関税で日本より格段に優遇される。TPPを見送れば、そのハンディを埋めるチャンスを失うだろう。

 日中韓自由貿易協定も否定する必要はないが、日中の力関係だと中国に都合のいいものになるだろう。中国と自由貿易協定を結んだ東南アジア諸国連合(ASEAN)の国々は対中貿易の赤字拡大にあわてている。

 TPPは自由化の度合いが高く非関税障壁も撤廃するものだから、中国は現状では参加したくない。政府調達で自国製品を優遇するような勝手ができなくなるからだ。

 中国は「世界のルール」に従うより、巨大市場をテコに世界を「中国のルール」に従わせようと思っている国である。TPP抜きだと日本は中国ルールに屈する国になるだろう。(専門編集委員)

毎日新聞 2011年9月21日 東京朝刊

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