残り7回戦を残してプラス組3者、前原、堀内、瀬戸熊はほぼ横並び。
前原+55,1P 堀内+50,4P 瀬戸熊+37,0P 吉田▲32,0P 松崎▲110,5P
ここまで前原、瀬戸熊の数字は、多くの人が予想した通りだ。
一局一局、一巡一巡、“勝つための作業”を淡々と繰り返す堀内のフォームは、初日の5回戦ほとんどブレることがなかった。
しかし舞台はG1タイトル。終わりが近づくにつれ増幅していくプレッシャーのなか平静を保てるか?
堀内が『十段位』というタイトルの重圧にも打ち勝つことができるのか、やはり、経験者前原、瀬戸熊2人のマッチレースになるのか。
いや、麻雀に性格が出るとしたら、そもそも堀内には一切のプレッシャーがないのかも知れない。
堀内の徹底した“作業っぷり”はそんな風にも感じさせる。
一般的に良く言われる、オカルト、デジタルという表現は大雑把で、また、定義が曖昧なのであまり好きではないのだが、
2分化するなら、前原や瀬戸熊はそのオカルト派の代表的なプレーヤーだ。
堀内にとって麻雀が作業であるように、前原、瀬戸熊も自分の経験則に基づく“作業”を繰り返していることに変わりはない。
不確かで、流動的なものも、勝つことによって実証してきた。
果たして、塵も積もれば山となるか?それとも塵は積もっても塵か?
6回戦(起家から、松崎、瀬戸熊、前原、堀内)
東1局に700、1,300をツモった瀬戸熊。親番の7巡目。
            ツモ ドラ
ここから打 として、10巡目の にポンテンをかけると、一気に局面が加速する。

堀内にしては珍しい、2者の先制に対する攻めを見せたが、手牌を見れば納得。
急激にツモが伸びたため、 を先打ちするのも難しい。決勝戦で初めて、堀内にイヤーな空気が流れた。
瀬戸熊は、巡目と残り枚数によって“仕掛けさせられた”格好で、やはり雰囲気はイマイチ。気持ちよくリードできる場面が少ない。
一方、前原は親番を前にして、打点、出所、ともに最高のアガリを取ったと言えるだろう。
その前原、注目の親番。次の配牌を取る前から攻めることが決まっているのが前原麻雀。
そして、そのパターンを知っている瀬戸熊が取る手段がこの局の見所だ。
前原ファン期待通りの“手なりの手順”で最初に入ったテンパイは8巡目。
            ツモ ドラ
すでに が場に3枚切れたため、打 で一旦テンパイ取らずとしたが、10巡目のツモ で即リーチ。
            リーチ ドラ
堀内が先手を打つ麻雀を基本としていることと同じく、主導権を取ることを重要視しているのが前原。
『問題』を解くのではなく『問題』を出し、相手に解かせる側に回ろうという麻雀だ。
終盤になり、卓上で読み取れる情報は増え、正確な答えを選びやすくなる、その前に相手に間違わせる。
勘違いしてほしくないのは、基本を知らずしてその手段をとっているのではないということ。
この局だけを、このリーチの最終形だけを見れば、初心者がかけたリーチともとれる。
打点力や、敵の勝負手に追いつかれるリスクを知れば、リーチをかけないという手段も知る。
一発、裏ドラが無い麻雀ではなおさらだ。
結果、前原の 一発ツモとなるのだが、そのたった1巡の間に堀内の迷いがあった。
南家・堀内
            ツモ
打 とした堀内の指は、手牌の左右を往復し少し時間をかけて自信なさげに打牌した。
前原のリーチに対する安全牌は と 。他家に対しても同じく 、 は打ちやすい牌であるから、一旦打 として手牌を組み直すべきであろう。
さらに厳しく言えば、ここで押すか引くか、全てがシステム化されていなければ、本当に“徹底された作業”とは言えないのではないか?
と、敢えて堀内の揚げ足を取らせてもらったが、卓に座ったものは心理を加味した立体の勝負をしているわけで、牌譜だけを見て批判することはできない。
気がつけば、当たり前のことができない、平静を保てない状態に陥っていることがあるということ。
リーチ後、たった1巡の出来事だが、前原の仕掛けた戦法には確実に効果があったことがわかる。
次局の1本場は、前原が4巡目リーチをツモり1,000オール。
            ツモ ドラ
このまま前原が自分のペースに持ち込むか?と思った瞬間、堀内のこのアガリ。
            リーチ ツモ ドラ
7巡目に 切りリーチ、12巡目ツモで3,000、6,000。
点数的にはもちろん、足元がぐらつきかけた堀内にとって非常に大きなアガリとなった。
6回戦成績
堀内+28,7P 前原+11,8P 瀬戸熊▲11,4P 松崎▲29,1P
6回戦終了時
堀内+79,1P 前原+66,9P 瀬戸熊+25,6P 吉田▲32,0P 松崎▲139,6P
7回戦(起家から、瀬戸熊、吉田、堀内、前原)
7回戦好調は吉田。
準決勝までは、シンプルに、打点とスピードのバランス良く手牌を進めてきた吉田だが、決勝戦では消極的とも取れるヤミテンが目立つ。
東1局2本場、5巡目。
            ツモ ドラ
ここで打 。カン のままリーチをかけるのが現代風か?
8巡目にツモ で打 、10巡目に待望のツモ 。
教科書のような手順を踏み、待ちの良さも打点の高さも絶好のテンパイが入る。
メモに『リーチ!』と書きかけたが、吉田はヤミテンを選択。
打 にチーテンをかけた堀内が、次巡 で8,000を放銃。

ヤミテンの理由はさておき、これに放銃した堀内はどう考えただろう。
リーチを宣言されれば、余計に飛びつきたくなる牌であろうか?同じように放銃していたか?それとも仕掛けず3,000、6,000をツモらせていたか?
実際、堀内がどう考えたかはわからない。
どの手段を取ろうとも、いくらか点数を失うことにかわりはないが、上位に着けている前原、瀬戸熊との点差を考えれば最悪のパターン。
6回戦に続き、堀内の動揺を誘う出来事だ。
南2局3本場。吉田の連荘で持ち点は、吉田44,200、堀内16,800、前原27,200、瀬戸熊31,800となり、
前原が30,000を上回ると堀内の1人沈みになってしまう。
当然、前原、瀬戸熊の上位陣は点差を意識し始める時間帯になっているし、場合によってはそれに沿った打ち方で、
トップを走る堀内を苦しめようともしてくるはずだ。
しかし次局、堀内の満貫で吉田の親が落ちる。
            リーチ ツモ ドラ
リーチを打ちなさいと言われているような手牌で2,000、3,900のアガリ。
6回戦の3,000、6,000と同じく、一番欲しい場面でまたしても起死回生のアガリ。点数が増えれば、心の落ち着きにもつながる。
「運」や「ツキ」を口にするのは、観戦記として本来タブーかもしれないが、決勝戦の堀内には間違いなく望み通りの牌がきているし局面と手牌がマッチしている。
ゲーム性や評価方式を考えれば、多少でもツイていなければ勝てないのがタイトル戦の麻雀でもある。
ただし、それを生かす能力は人それぞれだ。
残り5回戦、堀内に十段位に就くにふさわしい技術と根性があるか、試される時間はまだ続く。
7回戦成績
吉田+27,0P 前原▲4,8P 瀬戸熊▲8,8P 堀内▲14,4P 供託1,0P
7回戦終了時
堀内+64,7P 前原+62,1P 瀬戸熊+16,8P 吉田▲5,0P 松崎▲139,6P 供託1,0P
8回戦(起家から、松崎、堀内、吉田、瀬戸熊)
前原の抜け番は松崎の2,000オールでスタート。
            リーチ ツモ ドラ
東1局1本場。

堀内の先制リーチに親の松崎が追いかける。
この堀内のリーチは、先手を打てたからかけたもので、おそらく松崎から先にリーチがかかっていたら最終的にベタオリになっているのではないか、と思う。
実際、この局の堀内の打牌モーションは“必要以上に”ソフトで、その変化を瀬戸熊は見逃さない。
瀬戸熊「きっと悪い待ちだと思った、自分は関係していないけどあの局は勝負所だったね」
次局、その勝負に競り勝った堀内が6巡目リーチで4,000オール。
            ツモ ドラ
瀬戸熊にとってこのアガリは前局の、いや、2日間の堀内の出来を見れば当然のアガリ。
堀内にとってはたまたま入ったアガリ。
この認識の違いが、大きく分けたときの麻雀観の違いだ。
さらに次局の11,600が決定打。

6巡目の打 がテンパイ打牌で待ち選択だが、堀内は「打点を確定した」とコメント。
8回戦成績
堀内+40,4P 松崎+17,6P 瀬戸熊▲26,7P 吉田▲31,3P
8回戦終了時
堀内+105,1P 前原+62,1P 瀬戸熊▲9,9P 吉田▲36,3P 松崎▲122,0P 供託1,0P
9回戦(起家から前原、吉田、松崎、堀内)
8回戦で鬼の居ぬ間に、得点を伸ばした堀内は100P超え。本命の1人、瀬戸熊はマイナスまで叩き落とされてしまった。
休憩を終え、戻ってきた前原は得点表を見上げ苦笑を浮かべる。
瀬戸熊が決勝に残ってテンションが上がったと話す前原。瀬戸熊の得点を見てがっかりの笑いか、頭ひとつ抜けた堀内に対して「厄介なヤツだな・・」と思ったか。

堀内は手牌に3トイツで、松崎の打ったドラの を合わせ打ち。手牌に一切の未練を残さない、徹底された作業。
勝負手がぶつかり、競り負けるというのが麻雀で大きくマイナスするときのパターンだ。
堀内の強みはこの見切りの早さだ。この段階から土俵を降りているのだから、追う側もなかなか手が届かない。
東1局2本場、そんな堀内が前に出てきた手牌はこうで、
         チー  ドラ
リーチの吉田から7,700を出アガリ。
南1局3本場。

トップ走者堀内を追う前原は痛恨の12,000放銃。
堀内の5、6巡目の のトイツ落としが見えているため、もちろん前原はホンイツも想定していたはずだ。
しかし、この半荘を入れて残りは4回戦。(次回10回戦は堀内が抜け番のため直接対決は3回)数少ない勝負所を落としたくない、と考えるのが前原の立場である。
その考えが焦りになってはいけないが、リスクを承知でも前に出なければいけない場面は増えてくる。
9回戦成績
堀内+22,1P 松崎+12,2P 吉田▲12,8P 前原▲21,5P
9回戦終了時
堀内+127,2P 前原+40,6P 瀬戸熊▲9,9P 吉田▲49,1P 松崎▲109,8P 供託1,0P
10回戦(起家から、前原、瀬戸熊、吉田、松崎)
トップを走る堀内が抜け番。トータル2位につける前原と堀内の差は約85ポイント。前原としては少しでも差を詰めておきたいところ。
また、ここで下位1名が敗退となるため、松崎と吉田の争いもある。
東4局。

続く南1局は、ツモ番1回のところで前原リーチ。
            リーチ ドラ
しかし流局。南3局でも前原リーチ。
            リーチ ロン ドラ
前原が目指すのは堀内のみ。点差を考えれば、もう送りバントは必要ない。
10回戦をきっちりトップでまとめた。
10回戦成績
前原+23,9P 松崎+8,7P 吉田+2,5P 瀬戸熊▲35,1P
10回戦終了時
堀内+127,2P 前原+64,5P 瀬戸熊▲45,0P 吉田▲46,6P 松崎▲101,1(敗退) 供託1,0P
11回戦(起家から、前原、吉田、瀬戸熊、堀内)
東1局、13巡目に前原が打った に堀内がポンテンをかけると、その2巡後、前原にテンパイが入り当然のリーチ。

リーチがかかった瞬間、手牌に目を落とし安全牌を探すのがこれまでの堀内の印象。
しかし、この打 には間がなく、迷いは感じられなかった。
安全牌がないことも理由のひとつであろうが、この打 には堀内の覚悟を感じた。
文章ではうまく伝えることができないが、とにかく打牌のトーンがこれまでとは違う。
きっと、親リーチをかけた前原も堀内の気迫を感じたことだろう。
ここから先、残り2回戦をどう戦うか。抜け番中の堀内は必死に考え、自分流で打とうと腹を決めてきたに違いない。
結果は、前原の1発目のツモ が吉田の3,900に放銃となった。たった1巡の出来事だが、対局者の間には様々な思考が巡っている。
東2局、北家・前原はドラの を打ち出しテンパイしたのが16巡目。
            ドラ
17巡目に ツモで2,000、4,000。
「なぜリーチと発することができなかったのだろう?」
決勝戦終了後、前原が悔やんでいたのがこの1局。
ヤミテンに構えるのが常識的。だがもうそんな状況ではないということだ。
10回戦、ターゲットの堀内がいないときには徹底したリーチ攻勢に出ていたのに、一瞬、魔が差しヤミテンに構えてしまった。
そういったことが増えたことに衰えを感じる、と前原は語る。
東3局。

今度は堀内にボーンヘッド。
堀内の捨て牌の 、 の順番がホンイツを否定しているが、マンズが高く打ちずらい。
その堀内に対して 、 を打っている瀬戸熊は今局要注意とすべきで、ツモ番のない状態でこの5,800放銃は、気合の空回りといえる。
前原との点差、残り局数を考えると、まだまだ圧倒的有利な立場にいるが、本人にとってはその差は近く、残り局数は果てしなく長く感じられることだろう。
南1局。

678ピンフ三色の1シャンテンだが、前原の捨て牌には 。
その を打った6巡目は、
            ツモ
4メンツ1雀頭が見えており、普通の一打とも言える。
しかし、その後のツモが、 → → → 。
手役派にとってはなんなく三色のテンパイが入る1局だが、親番であることや前原のスタイルを考えれば、仕方なしか?
が助かった堀内が、瀬戸熊から1,300で前原の親が落ちた。
            ロン
堀内1人沈みの状態でオーラス。

ゆったりとしたモーションでリーチをかける。
この手を引きアガれば、トータルトップの堀内とは満貫ツモの11,800点、順位点で20,000点の差がつく。
現状の7,100点差を踏まえると、トータルでは62,7から23,8ポイントまで縮まる。
は山に3枚生きていたが、吉田に - - のピンフテンパイが入り、前原の放銃で半荘終了。
11回戦成績
吉田+13,9P 瀬戸熊+8,2P 前原▲7,0P 堀内▲15,1P
11回戦終了時
堀内+112,1P 前原+57,5P 瀬戸熊▲36,8P 吉田▲32,7P 供託1,0P
最終12回戦(起家から、前原、瀬戸熊、吉田、堀内)
日本プロ麻雀連盟のタイトル戦決勝の最終戦は、トータルトップの者が北家スタートという規則がある。
したがって、まず場決めをしたあと、堀内の下家が自動的に起家となる。
優勝の可能性がなくなると、脇役に徹するという決勝戦の暗黙の了解があるためだ。
争う人数が減れば減るほど、麻雀本来の勝負からかけはなれて、いびつなゲームになってしまう。
それを一局でも少なくするため、数年前に決められた。
東1局は前原、吉田の2人テンパイ。1局1本場は前原が吉田から2,000点。
前原の親番2回をどう捌くか、というのが堀内の最後のテーマだ。

5巡目に堀内がシャンポンリーチをかける。当然、前原は全力でぶつかっていく。真っ直ぐ突進していくと、瀬戸熊の12,000に放銃。
麻雀なのだから、ときにはドラマチックな展開が待っていても良さそうなものだが“やはり”というかなんというか、
下位陣があがけばあがくほど、トップ走者に展開は利することになる。
南家の前原の親番は、堀内がなんなく1,000点の出アガリで勝負あり。

最終12回戦成績
瀬戸熊+33,0P 堀内▲1,4P 吉田▲4,2P 前原▲27,4P
最終12回戦終了時
堀内+110,7P 前原+30,1P 瀬戸熊▲3,8P 吉田▲36,9P 供託1,0P
機械的な作業を長い時間見ていると、堀内の笑顔までが機械のように錯覚してしまうが、
最後の1牌を切り、ノーテンを宣言した堀内は思わず男泣きに泣いた。
その涙の中には、堀内が信じる道で努力してきた背景があり、タイトルの重みがある。
人間味あふれる堀内の中身を垣間見る瞬間であった。
あえて正直に書くが、優勝した後も堀内の麻雀に対しては賛否両論の意見が聞こえてくる。
徹底して主導権を取りにいき、状況不利と見るやすかさず引く。
堀内の徹底した作業は、まるで古き良き麻雀を否定するようでもあるからだ。
しかし、勝つことによって賛成派が増えたのも事実。中には麻雀の見方自体が変わった人もいるかもしれない。
様々なスタイルがあり、様々な戦法があるから麻雀は面白い。
詰まるところ、最終的な形というものは本人にしか決めることはできないのではないだろうか?
堀内の優勝は、麻雀界に新しい風を呼ぶであろう。
25歳の新十段位・堀内正人。新しいスターの誕生だ。
(執筆:滝沢
和典 文中敬称略) |