チラシの裏SS投稿掲示板




感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[29924] 【習作】急にテンプレものが書きたくなった(ネギま二次)
Name: 森林 樹◆324c5c3d ID:fc160ac0
Date: 2011/09/26 21:35



目を覚ますと、そこは巨大な図書館だった。
他に誰もいない静かな空間で、一人の青年がいくつかの本と原稿用紙を机に広げている。
僕は、その人に話しかけようと思った。
しかしどうだ?

「あ……ウァ……」

話しかけようと思っても口が上手く動かない。
それどころか、体全体がマヒしたかのように動かない。
僕のそんな状態に気が付いたのか、目の前の青年は本から目線を僕にやるとおもむろに口を開いた。

「やっと目が覚めたか」

どうやら、彼は僕が目を覚ますのを待っていてくれたらしい。

「目が覚めたのなら、さっさと話を進めるぞ。
 お前には転生してもらうからな。
 一応聞くが何か希望はあるか?」

いきなり言われたことが意味がわからなかった。
転生?
なんで?
えっ、僕って死んでるの?
そもそもこの人は誰だ?
いろいろ考えようとすれば、次々に疑問が湧いてくる。
そして気が付いた。
僕が……誰だ?

「あ~、一から説明しなきゃならんのか?」

面倒くさそうに頭をかく青年。
この後の彼の説明は理解できるようなできないような、そんな内容だった。

「えっとな、卒業に必要な必修単位に運命論ってのがあってだな?
 その課題に人間を別の世界に転生させるっていうのがあるんだわ」

人間を転生させるって……それじゃ神様みたいじゃないか。
どう見ても目の前の青年は自分と同じ人間にしか見えない。
別の世界や、別の人物に転生するっていうのは色々な物語で見たことがある。
それこそ一次創作から二次創作まで、僕らの世界にはその手の物語が溢れている。
でもそれは空想の中のことにすぎない。
実際にあるわけはないと思っている。
いや、輪廻転生を信じていないわけでないけども……
そもそも彼の言っていることを鵜呑みにするとして、必修単位で転生ってどういうことだろうか?

「俺はおまえら人間とは違うぞ?これでも一応神だしな。
 まぁ、見た目はあんまり変わらんかもだけどなぁ。
 お前らの世界にも大学とかあるだろう?
 俺たち神の世界にも大学みたいなもんがあってだなぁ、そこを卒業しなきゃ仕事には就けないんだわ」

要は資格を取らなきゃ神様として働けないそうだ。
神様って……ちょっとイメージが崩れた。

「俺が神な証拠に、お前今動けないだろ?
 動けないし喋れない。
 それはお前の存在が俺と比べて格が小さすぎて、負荷がかかっているからだ」

なんでも、人間が神様を目にすると魂にものすごい負荷がかかるそうだ。
だからその負荷により僕の体は抑えつけられてしまっている状態らしい。
これが夢でないなら、彼の言っていることは本当かもしれない。
しかし、彼が神様としてだ。
僕の記憶がないのはどうしてだ?
それとはあまり関係ない気がするんだけど。

「これから転生するやつに、以前の記憶なんて残ってても厄介なだけだしな。
 悪いけど消さしてもらったぜ?」

う~ん、そうなのか?
理不尽な気がするけど、あまり怒りが起こらないのはなぜだろう。
あれかな?
目の前の人物が神様だから、スケールがでかすぎてそう言う気がおこらないのかな。
実際負荷で僕の体動かないし。

「お前の世界でも流行ってるんじゃないか、転生?
 先輩たちが今まで単位のためにいろいろなやつをいろんな世界に飛ばしてるからなぁ。
 それと同じだと思ってくれてかまわないさ」

ふむ。
でもそういうのってもっと神様っぽかったり、神様の不注意で死んだりした罪滅ぼしだと知識ではあるんですが……

「そりゃあれだ。
 お前は冷静なほうだけど、中には馬鹿正直に単位がどうのって話すと無駄に怒るやつがいるからな。
 昔の先輩が話をスムーズに進めるために一芝居うったんだ。
 そっからはまぁ、コピペだな。
 お前の大学でもそうだったろ?
 レポートなんて前からあるものをいろいろコピーして切り貼りしたもんでしかない。
 俺ら後輩は楽な道を作ってくれた先輩の真似をしてるだけなのさ」

でもあなたは別に芝居うってないんじゃあ……

「俺は単に面倒くさかっただけ。
 というか芝居とはいえ人間に頭さげたりするのもむかつくし。
 だいたいさぁ、一応神だぜ? 
 まだ仕事についてはいないとはいえ、間違えて人間一人殺すような失敗するかよ」

そうですよね。
普通、神様がそんなしょぼい失敗するわけないですよね?

「そうそう、どうせ失敗するんなら世界滅ぼすっつうの。
 コーヒーで名簿を汚しただとか馬鹿じゃねえの?って思うね。
 主神クラスがコーヒーこぼしたら大陸一つ沈むっての」

それはまた……スケールの大きい話ですね。

「おっと、話がそれたな。
 要するに、先人達と同じくお前も別の世界に転生してもらう。
 テンプレだな。
 で、こっちの都合で転生させるんだから何か特典もやろうってわけだ」

はぁ……特典ですか。
そう急に言われても何もぱっと思い付くものがないですねぇ。

「そうか? 別に遠慮する必要はないんだぜ?
 そもそもの課題が人間に特典を一つつけて別世界に転生させることだからな」

あ、そうなんですか。
あなたの好意からのものじゃないんですね。

「なんで俺が人間のためにそこまでせにゃあならんのよ。
 ないのか? 何か欲しい能力とかさぁ」

……うーん
そう言われましても、特にこれといって……

「……そうか、ならこっちで適当に決めるぞ?」

言葉通り、目の前の青年はわずか3秒でその特典とやらを決めてしまった。
内容は【ご都合主義の加護】らしい。

「ご都合主義ってわかるか?
 ピンチになったら都合よく助けが入ったり、何かしらの邪魔が入って運よく助かったりすることだ。
 努力全てが報われるわけでもないのにちょっと修行すれば成長したり、
 ここぞという時で都合よく眠っていた力に目覚めたり。
 要するに物語でしかありえないような都合のいいことが起こりやすいようにしてやるってことだ」

それはまたなんとも凄い話しですね。
あれですか、借金で困ってる時に宝くじ買ったら都合よく一等が当たるようなもんですか。

「そうそうそれそれ」

はぁ、凄いんですねぇ。

「ほんじゃ特典も決まったし、そろそろ転生させるからな」

あっ、その前に……別の世界ってことは今までいた世界ではないんですよね。
どんな世界なんですか?

「知らん」

……さすがにそれはないでしょう。
あなたが今から転生させる場所ですよね?

「まぁ、俺もまだ先輩のレポート全部読み終えたわけじゃないからあんまり把握してないんだ。
 でもあれだぜ?
 転生先としては比較的人気の高い物語の並行世界って感じらしいぜ?」

そうなんですか。
物語ってことはなんかの作品か。
なんだろう、知ってるやつだったらいいけど。

「まぁそう難しく考えんなよ。
 ご都合主義で何かあってもそう簡単に死にはしないだろうよ」

それもそうですね。

「んじゃ、いってら」

青年がぱちりと指を鳴らすと、そこで僕の意識は暗転した。






















次に目が覚めた時僕は犬になっていた。

記憶はなくとも、前は人間であったはずなのに体は特に違和感がなかった。
季節は冬のようで、体の芯から凍えそうな寒さが生まれて間もない小さな体を襲った。
まだまだ完全には目が開かなくて、視界もうっすらとぼやけている。
それでも視界に映るのが森の中で、雪の積もる冬であったことは理解できた。
でも、僕が凍えることのないようにお母さんは優しく寄り添ってくれた。
お母さん。
この世界のお母さんは、今の僕と同じく犬であった。
犬、といっても野良犬らしく、僕たちは人間と関わらずに山で暮らしていた。
僕の他にも兄弟が2匹いる。
2匹も同じくして体をこすりつけるようにしてお母さんの懐で寄り添っている。
毛はみんな真白で、顔のつくりは愛らしい子犬そのものだ。
お母さんの顔は犬にしてはちょっと細長いというか、額がせまいというか……なんという犬種なんだろう?
もしかしたら、野良犬だからハウンド系の血が入った雑種なのかもしれない。

「お母さん」

「なあに?」

「僕たちは、なんていう犬種なの?」

「犬種?……ああ、種族のことね?」

お母さんは優しい声で教えてくれた。
僕たちは犬に似てるかもしれないけれど、犬じゃないんだよ……と。
なんでも、マカミという狼らしい。
僕の生前の知識にはなかったけれど、そういう狼の種類がいるのかもしれない。
日本には狼はとうにいなくなったはずだし、ここは日本じゃないのだろうか?
もしくは、日本だとしたらもっと昔なのかな?
未だ幼い体では、それ以上は考えられなかった。
考え事をするとお腹がすくのだ。

「お母さん、お腹すいたー」

「ふふ、じゃあお乳の時間にしましょうか」

「「わーい!」」

僕がお腹がすいたと訴えると、お母さんはお乳が飲みやすいようにお腹を見せてくれた。
それを待っていたかのように僕よりも先に兄弟たちがお母さんのおっぱいにむしゃぶりつく。
出遅れた僕は、呆然としてしまったが兄弟二匹が元気にお乳を飲む姿を見ているとさらにお腹がへった。
くりゅりゅりゅりゅぅぅ……
お腹の音が小さく鳴る。
その音を聞いて、お母さんが優しく僕の頬を舐めた。

「あなたも飲みなさい。順番を待たなくてもおっぱいはまだあるでしょう?」

「うん」

僕は目の前のお母さんに甘えるようにして、兄弟たちと並んでお乳を飲んだ。
お母さんに甘え、兄弟たちと遊び、寒さをしのぐようにして家族でくっついて眠る。
お父さんは狩りに出ていたあまり会えなかったけど、家族みんなで仲良く過ごした。
人間であった意識はすぐに薄れ、僕はマカミであることを受け入れていた。



それから数か月。
僕たちはすくすくと育ち、体もだいぶ大きくなってきていた。
もうお母さんのお乳は卒業して、お父さんの狩ってくる肉を一緒に食べている。
兄弟のうちの一匹は甘えん坊で未だに乳離れができていないけど。
季節はすでに春になっていて、雪はもう残っていない。
森の木々の隙間からは暖かな木漏れ日が降り注いで、僕たちはご機嫌だった。
今ではこの世界に産まれる前の、神を名乗る青年とのやりとりも忘れてしまっていた。
今日も兄弟たちといっしょに山を駆け回る。
最近では前は危ないといって連れて行ってくれなかった狩りに、お父さんが見物をさせてくれるようになった。
お父さんは凄い、風のような速さで駆けて獲物を捉える。
地面にいるすばしっこい鹿も、樹の上にいる猿もなんのその。
僕たちは皆そんなお父さんに憧れた。
お母さんの見守る中、兄弟で一緒に訓練をする。
見よう見まねで狩りの練習をするのだ。
だけどやっぱり狩りごっこは遊びなわけで、途中から真剣見がぬけてただの鬼ごっこへと変わってしまう。
きゃーきゃー言ってはしゃぐ僕たちを、お母さんは怪我をしないように優しく見守っていてくれた。
でも僕たちの体はとても凄いものだと思ってる。
まだ生まれて数か月しか経っていないのに、ぴょんぴょんと樹から樹へ飛び移りながら遊んでいるのだ。
生前の知識では、さすがに犬でもここまでの身体能力はなかったように思う。
もしくは、これが人に飼いならされた犬と野生のものとの違いなのだろうか?
でもまだまだ僕たちは狩りが上手くできない。
動きは素早く、様々なことができるようにはなってきている。
でも気配をけすことができないのだ。
だから獲物に近付いても気づかれて逃げられてしまう。
僕たちの目下の目標は、お父さんやお母さんみたいに気配の消し方が上手くなることだった。

「大変! 大変!」

いつものように遊びながら狩りの練習をしていると、木霊が危険を知らせて騒ぎ出した。
木霊というのは、この森に住む木の精霊たちである。
三頭身の小人のような姿で、仲間が口にした言葉を繰り返す習性がある。
大変なことが起きていると騒ぐ木霊の声は、森の外側から広がっていった。
森の外、僕たちはまだ出たことがない場所。
そこから何かがやってきたのかもしれない。

「あなた達はここでおとなしくまっていなさい」

今までの優しそうな顔を真剣な表情に変えたお母さんがそう言った。
僕は、お母さんのこの顔が怖かった。
それは僕たちを怒るときにもする顔だからというわけではない。
お母さんがこういう顔をするときは、何かこわいものがやってくることがあったからだ。
僕たちが怒られるのは、それは僕たちがいけないことをしたからだ。
だから怒られるのは当然だと、その時は甘んじて受け入れている。
だけど今はそうじゃない。
きっと何か嫌なものがやってきたんだ。
お母さんは僕たちを住処に残して、一人風のような速さで去って行った。
その方向は、森の外。
木霊達が騒ぎ立てる、「大変」が来た方向。
僕は胸騒ぎがして仕方無かった。

「おれ、おかあさんのようすみてくる!」

兄弟の一匹が、お母さんの言いつけを破って住処を飛び出した。
慌てて制ししようにも、あいつは僕たち兄弟の中で一番足が速い。
止めようとした時にはすでに姿が木々で見えなくなってしまっていた。

「どうする?」

「どうするって、追うしかないじゃないか」

「でも、おかあさんはまっててっていったよ?」

甘えん坊の方の兄弟が不安そうに僕に聞いてくる。
わかってる。
お母さんは僕たちに待ってろと言った。
それは行けば邪魔になるし、何より危険だからのはずだ。
なら、そのいいつけを破って追いかけて行ったあいつはどうする?
……きっとお母さんの邪魔になる。
もしかしたら足を引っ張って危ないかもしれない。

「怒られても仕方無い。あいつを連れ戻すんだ」

「……ぼくもいく」

こうして僕たちは、お母さんのいいつけを破って住処を抜け出した。
方向はわかっているし、なにより走る先から嫌な気配がぴりぴりと肌をうつのがわかった。
この向こうに嫌なやつらがいる。
それも複数。
そして、気配だけでなく血の匂いもかすかに漂ってきている。
正直嫌な予感しかしなかった。
先走っていった兄弟が無事なことを祈るばかりだった。
どれくらい走っただろうか……距離にして2キロから3キロほどか。
そこは森の中にあってぽっかりと開けた場所。
否、この間まではこんなに広いところなんてなかった。
それは木々が無造作に切り倒され、へし折られて自然にできた空間。
戦闘の余波でつい今しがたできた場所だった。
僕たちは茂みに隠れて様子を窺う。
そこでは、大きな体をした角をはやしたやつらとお父さんとお母さんが戦っていた。
数は多勢に無勢。
お父さんとお母さんに対峙する鬼と形容するしかない化け物たちはたくさんいた。
その手にもったこん棒や刀でお父さんたちに襲いかかる。
それを危なげなく躱すと、そのままの勢いで相手の喉元を噛みちぎる。
または近づいてきた鬼をお母さんが前足を横に凪払って倒していた。
お母さんが前足を振るうと、衝撃波が出て相手を吹き飛ばす。
お父さんもお母さんも凄かった。
倒した相手は、煙のように消滅して数を減らしていく。
僕の隣にいる兄弟は、呆けた表情でそれを眺めている。
でも、実際今はこんなことをしている場合ではない。
たぶんお父さんとお母さんには僕たちが隠れているのがばれているはず。
その証拠に何度か目が合ってる気がするから。
でもこんな状況じゃ飛び出すわけにもいかない。
まずは先に住処をでたはずの兄弟を探してお父さんたちの邪魔にならないよう確保するのが先決だ。
ここまでの道のりで、先に飛び出したはずのあいつの姿はない。
たぶん僕たちと同様、近くの茂みで隠れているはず。
どこだ、どこにいるんだ?

「斬岩剣!!」

「ぐぎゃあああ!?」

「「!?」」

未だ見つからない兄弟をきょろきょろと目を動かして探していると突然別の声が聞こえた。
その瞬間に鬼たちが数体、何かに体を切り裂かれて消滅する。
反対側、森の外側の茂みから姿を現したのは3人の人間たちだった。
紅袴を着た女が2人に、浅葱を着た男が1人の三人組。
その手にはそれぞれ日本刀やお札のような紙を手にしている。
あの恰好からすると、日本人か?
この世界に生まれて初めて人間を見たので、かなり驚いた。

「まさか鬼だけやなく犬の妖怪までおるとはなぁ。
 狗族かなんかか?」

「珍しいけど妖怪なら消すまでや」

「くそっ、もう来よったんかいな!」

「「グルルルル……」」

お父さんとお母さんは、人間に向かって牙をむき出しにして唸っている。
僕にも、あいつらの敵意がわかった。
どうやら鬼たちはあの人間たちと戦ううちにこの森に入ってしまったらしい。
その人間たちは、お父さんとお母さんも敵と認識したようだった。
人間の男が刀を振るう。
その剣圧に乗って、何かの力が飛んでくる。

「「「ぐあああ!!」」」

「ギャイン!?」

たくさんの鬼に向かって飛ぶそれを、お父さんは回避しようとした。
一撃で残っていた鬼のほとんどを切り裂いた攻撃。
回避しようとしたけどわずかに間に合わず、左の前足を切り裂かれてしまう。
バランスを崩して倒れこむお父さん。
そこに別の人間が手にした刀をお父さんに向けて振り下ろそうとした。

「あぶない!!」

その時、僕らと離れた茂みから兄弟が飛び出した。
その場所は丁度お父さんの近くで、狂刃がお父さんに振り下ろされる前に助けようと飛び出してった。
飛び出してしまった。
人間の振るう刀が、お父さんとの間に割り込んだ兄弟の体を切り裂いた。

「ギャン!?」

切り裂かれ、地面に叩きつけられる兄弟の体。
真白だった毛は真っ赤に染まり、ぴくりとも動かなくなった。

「なんや、まだおったんかいな。
 邪魔しよってからに」

憎々しげに地面で動かなくなった兄弟を見る人間の女。
僕は一瞬何がおこったかわからなかった。

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!」

「うおっ!?」

だけど、お父さんの怒りの声で理解した。
その咆哮はとても怒っていて、そしてとても悲しみのこもった声だった。
お父さんの咆哮でひるんだ人間の首元に、お母さんが噛みつく。
そのまま噛みちぎった。

「げぶっ!?」

動脈を噛みちぎられ、喉と口から血を垂れ流して倒れる人間の女。
仲間がやられることを想定していなかったのか、驚きの表情をする人間たち。
しかしその表情もすぐに怒りの表情へと変化した。

「っよくも!!」

「薄汚い妖怪の分際で!!」

怒りの表情の人間たちに、残っていた鬼が攻撃をしかける。
しかしそのことごとくは彼等に届かず、霧のように消滅するだけであった。
もうここにいてはいけない。
相手はかなり手ごわいやつらだ。
それも食べるために狩りや仲間を守るためでなく、殺すだけのために動くやつ。
このままここにいては僕たちまでお父さんやお母さんの足を引っ張るはめになる。
当初の先走った兄弟を連れ帰ることはもうできない。
ここは一緒にきたこいつだけでも連れて逃げるしかない!
そう思って隣を見た。
僕と一緒に来た兄弟は、恐怖で腰がぬけたのか座り込んだまま震えていた。
未だに呆然としていて全く動く気配がない。
僕は首元を口にくわえて、無理やりにでも引きずって行こうとした。

「そこに隠れとるんは解ってるんや。
 逃がさへんで!!」

紅袴を着た人間が、懐から何か札を取り出して地面に叩きつけた。

「不動縛呪!」

叩きつけられた札から、女の声を合図に光が地面をクモの巣のような模様を描いて走った。
一瞬で僕たちの足元まで到達した光は、そのまま僕たちを地面に縫い付けた。
お父さんとお母さんは咄嗟に跳躍してかわしたけど、僕たちにはそんな芸当はできなかった。
でも、これで相手にも僕たちのことがばれているのが確定した。
そして、もう僕たちは逃げられない。
またしても人間の男が刀を振るう。

「斬空閃!」

さっきと同じ技だろうか?
剣の動きに乗せて衝撃波がこちらを切り裂こうと飛んでくる。
あれは気というやつだろうか、今回はそれがはっきりと見えた。
その飛ぶ剣圧が僕たちを襲う瞬間、お母さんが間に割って入って守ってくれた。
どうやったのかは知らないけど、剣圧を口で噛みついて受け止めたらしい。

「なっ!?」

相手も驚いている。
お母さんは口にくわえた相手の気の刃をかみ砕いた。
その刃は僕たちのところまで届くことはなかった。
だけど、その代償としてお母さんの足までも地面に縫い付けられてしまう。
先ほどは回避できたのに、お母さんは僕らを守るために光のクモの巣にとらわれてしまった。
相手が驚いている隙にお父さんが跳躍して術者に襲いかかる。
だけど、相手の方がすこし早かった。

「舐めんなや!!」

「ガハッ!?」

女が別の札を取り出して雷を召喚し、お父さんに喰らわせたのだ。
いつものお父さんのスピードならあんな攻撃簡単に避けてみせるはずだ。
それどころか相手に攻撃動作をさせる暇すら作らせないだろう。
だけど今のお父さんは足を一本失ってしまっていて、いつもの機動力を発揮できなかった。
雷に貫かれ、全身から煙をあげるお父さん。
そのまま地面にどうっと音を立てて倒れ込んだ。
お母さんが悔しそうに唸るけど、足は地面から離れない。
お父さんからは焦げ臭い匂いがしてきた。
ぴくぴくと痙攣してるけど、もう助からないのが僕にでもわかる。
あんなに強かったお父さんがやられた。
それが僕には信じられなかった。

「グルルルル……」

精一杯相手を睨みつけて威嚇する。
でも僕のそんな威嚇も、人間たちにとっては脅威にあたいしなかったようだ。

「くそっ、この札高かったのに……」

「もうええわ、はよ終わらそう」

動けずにもがくお母さんに男が近づいてくる。
その顔は歪んだ笑みを浮かべていて、僕には気味悪く映った。

「死ねや!!」

その刀が無慈悲に振るわれた。
お母さんの首が鮮血を散らして飛ぶ。
僕たちが、いいつけを守らずについてきてしまったばかりに。
やはり嫌な予感はことごとく的中し、足を引っ張るだけに終わってしまった。
だけど、母は強しという言葉通り……僕たちのお母さんは強かった。

「グルォッ!!」

「ぎっ!?」

首を切り飛ばされてなお、お母さんはそのまま相手の首にかみついた。
明らかに油断していた男は、気の刃をさきほど粉砕してみせたお母さんの顎に噛み砕かれた。
今まで以上に周囲に血の臭いが充満する。
お母さんの首は、噛みちぎった男の首と一緒に地面へと落ちた。
同様に、頭部が無くなったお母さんの体と男の体は、血をまき散らしながら地に伏せる。

「は?」

人間の仲間で、最後に生き残った女は先ほど異常に呆然としていた。
お父さんもお母さんも、僕の兄弟もこいつらに殺された。
食べていくための狩りに負けたのであれば、僕も仕方がないと思う。
でもこの人間たちはたぶん違う。
たぶんじゃない……絶対違うと言い切れる。
だからこのまま引き下がるとも思えない。
今は僕の後ろにいる最後の家族を守らなきゃいけない。

「ウッ、ゥウウウ……」

足は相手の術で動かないけど、頭を低くして歯をむき出しにして威嚇する。
せめて、せめて僕の後ろで震える兄弟だけでも守りたかった。

「嘘や、こんな……こんな犬っころに……」

信じられないという顔でこちらを見る女。
彼女にとって、自分たちが被害を被るのはもともと想定外だったのかもしれない。
それがすでに仲間が二人死に、残るは自分ただ一人。

「許さへん、許さへんであんたら!」

女がこちらを睨む。
先に問答無用で襲いかかってきたのはそちらだというのに、逆恨みの光がぎらつく目をしていた。
女がこちらに近づく。
正直怖い。
僕なんかがかなうわけない。
でも兄弟は守らなければいけない。
女が懐から別の札を出した。

「楽には殺さん。じわじわと燃やしたる」

彼女が札を翻すと、そこから炎の塊が現れた。
炎の塊は、まっすぐに僕らのほうへと飛んでくる。

「ギャインッ!?」

「キャン!?」

炎の塊は僕にぶつかると、周囲をぐるぐると回り出した。
周囲の草を燃やしながら時折こちらにぶつかってくる。
痛いし熱い。
毛が火でくすぶられて焦げ臭いにおいが鼻をつく。
塊がぶつけられるとその衝撃で体が飛びそうになる。
だけど相手の術のせいで足はその場に縫い付けられているためにそれもままならない。
せめてこの足の呪縛さえ解ければ!!
炎の塊が僕と、僕の家族をいたぶる度に心の中がざわつく。
僕の中の何かが作りかえられていく。

「グルッ、グルアアア!!」

毛が逆立ち、血液が逆流するかのような感覚が全身を駆け巡る。

「あっはっは!
 そない必死になっても無駄や、あんた程度じゃこの不動縛呪は解けへんよ」

僕らをいたぶる女術師は、僕の抵抗を心底楽しそうに笑う。
そのこちらを見下す女の喉元は、本来なら一足跳びに届く距離。
でも、それが届かない。
悔しい! 悔しい! 悔しい!
僕には飛び道具になるような物もないし、あってもそもそも使えない。
それにさっきの男が使っていたような技も知らない。
このままじゃあ、僕も後ろのこいつも殺される。
そんなの駄目だ!
守るって決めたんだ!

「グゥゥゥ……」

「……なんや?……毛が黒く……!?」

全身の血が沸騰するような感覚に侵される。
でも、それでいい。
僕の中の本能が、これでいいと告げていた。




 ―――― パキンッ ―――――




僕の耳は、確かに何かが壊れるような金属音に似た音を捕えた。
口の中に全身で暴れまわる気が集約される。

「ウオオオン!!」

その溜まった気の力を、全て咆哮に乗せて吐きだした。
白く煌めく光線となって放射される力。
その力は僕の異変に警戒していた女術師の上半身を消し飛ばした。
腰から上が消滅してくずおれる女。
僕はそれを見届けると静かに意識を手放した。








――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
急にテンプレものが書きたくなりました。
ほぼ衝動でなぐり書きです。
主人公転生→犬(狼)です。

狼といっても、大口真神と呼ばれる神様の一族という設定。
真神とは本来は日本狼が神格化したもので、実際にあるものです。
大口は枕詞ですね。
基本的に大和国(今の奈良県)にある狼を神格化した信仰みたいです。
今は狼も淘汰されてほとんどその信仰も残っていませんが……
京都府の舞鶴にある大川神社でも祀ってるので、ちょうどいいかなぁと軽い気持ちでネタにしました。

最初のご都合主義は口から破壊光線でした。



[29924]
Name: 森林 樹◆324c5c3d ID:fc160ac0
Date: 2011/09/27 21:13


京都の舞鶴の山奥。
一人の緋袴を着ている女性が佇んでいた。
彼女の周囲に散らばるのは、教え子たちと思しき人間の死体。
そして、彼等と戦っていたであろう妖怪の死体であった。

「これは、どうゆうことや?」

呆然と呟く彼女の名前は青山鶴子。
京都にある退魔の剣術を扱う神鳴流の剣士だ。
彼女は今回、退魔師として新米である教え子たちに実戦経験をつませるためにこの山にきた。
教え子は三人。
剣士が二人に術師が一人の三人一組のチームだった。
相手として用意したのも実力としてはまず負けることのないはずの鬼達を召喚した。
一人で相手取るならともかく、彼等は三人で行動していたのだ。
まず負けるとは思えない。
しかし現状は全滅であった。
鬼と戦わせるために子弟達を山に入れてから約一時間。
それまで特に問題のなさそうだった山の空気が一変した。
妙な胸騒ぎを覚え、駆けつけてみれば既に皆息絶えた後であった。

「犬?……いや、狼か?」

彼女の子弟達を殺したのは、同じくその場に倒れて死んでいる狼たちであることは明白だ。
召喚した鬼達は倒せば煙のように送還されて消えてしまう。
だがこの狼の妖怪たちは消えずに死体がそのまま残っている。
それはつまり、召喚されてこちらの世界に来たのではなく元々この世界にいたものであるということ。
だがどういうことだ、と青山鶴子は首を傾げる。
日本にはすでに狼など存在していないはずである。
なぜならとうの昔にニホンオオカミは絶滅してしっまったのだから。
それにこの山にこのような狼の妖怪がいるなど彼女は聞いたことがなかった。
自分たち退魔師となったものは戦闘による死はそれ相応に覚悟はしている。
剣を握ったその日から、それは剣士として必然のことだ。
退魔を生業とする神鳴流なら尚更のこと。
だが、このような不測の事態では子弟達の親も納得はしないだろう。

「ん?」

そこで青山鶴子はあることに気が付いた。
地面にある既に効力の切れた不動縛呪の札。
それに縛られていたであろうまだ幼さの残る一頭が息をしていることに。
他の狼が真白な体毛なのに対し、その一頭は全身が黒い体毛をしていて、唯一首の部分に少し白い毛があるのが特徴的だった。
その近くに横たわる真白な一頭もどうやらかろうじて息があるようだ。
しかしこちらはほとんど虫の息である。
息絶えるのも時間の問題であった。
今なら抵抗されることもなく簡単にとどめをさせる。
人間に害を為す妖怪であるならここで切り捨ててしまわなければならない。
現に彼女の子弟達はこの狼たちに殺されているようなのだ。
だが、彼女はすぐには刀を抜かなかった。
それはこの山の麓にある神社。
そこに祀られていたのが他でもない、今は絶滅した狼を神格化したものであったからだ。

「ありえへんとは思うけど……」

彼女はここで残った狼を殺すのは止めて、判断を上の人間に聞いてみることにした。
どちらにせよ、遺体をこのままにしておくわけにもいかない。
回収するにしても自分一人では無理だろう。
懐から最近使い方を覚えた携帯電話を取り出すが、山中は圏外。
地面に横たわる死体を一瞥すると、彼女は応援を呼ぶために一度下山するのであった。

















暖かく柔らかいものに包まれる中、僕は目を覚ました。
視界に映るのは木の板で作られた広い空間。
最近は生前の知識を思い出すようなことがなかったから、理解するのに少し時間がかかった。
この場所は……道場?
その中央に小さな布が敷かれており、そこに僕は横たわっていたようだ。

「ッ!?」

僕は急いで起き上がると周囲を警戒して威嚇する。

「グルルルル……」

さっきまでは気絶していて気がつかなかった。
この道場らしき空間、その壁に沿うようにして何人もの人間が僕を取り囲んでいる。
この体になってからかなり遠くの匂いもかぎ分けられるようになった僕の鼻。
その鼻には見知った匂いが一つもしてこない。
つまり、ここはもう僕の知っている森ではないということ。
どうやら森の外に連れてこられてしまったようだ。
周囲にいる人間は僕たちに襲いかかってきた人間と同じような格好をしている。
僕の威嚇の声を聞いて、それぞれ腰にさしている刀に手をのばしていた。

「かまいません、皆さん刀をしまってください」

「しかし詠春殿!?」

「しまってください」

「くっ!」

この空間の中央、丁度僕をまっすぐに見据える形の場所にいる眼鏡の男。
この男がこの人間の群れ……集団のリーダーらしい。
エイシュンと呼ばれた人間の命令で、周囲の奴らが刀から手を離した。
でも未だに四方から殺気が僕に向かってきていた。
刀から手を離したからって安心できない。
僕は残った兄弟を守らないといけないのだから。
そこまで考えて、はたと気づく。
兄弟の臭いがしない。
いそいで背後を振り返る。
気絶するまで僕の後ろにいた、僕が守っていた兄弟。
その姿はどこにもなかった。
こいつらが……こいつらがあいつを浚ったんだ!

「ガウッ!!」

あいつをどこへやった!?

「ガウッ、ガウッ!!」

兄弟を返せ!!
僕は吠えた。
お母さんもお父さんも死んでしまった。
もう一頭の兄弟は助けられなかった。
せめて、あいつだけは僕が守ってやらなきゃいけないんだ!

「……誰か、もう一頭をここへ」

「しかし詠春殿、あれはもう既に……」

「かまいません。この子はあの子を探しているようですから」

「承知しました」

エイシュンという男の言葉に、一人の男が道場から出て行った。
その数分後、男が手に布で包まれた何かを持ってくる。
布の包みからは僕の知っている臭いがした。
エイシュンは男から布の包みを受け取ると、ゆっくりとした足取りでそれを僕のそばまで持ってきた。
嫌な予感がした。

「もうしわけありません。
 君の御兄弟はこちらも尽力をしたのですが、すでに手遅れでした」

床にそっと降ろされる包み。
その中には、もう冷たくなってしまった最後の家族がいた。
僕は兄弟に駆け寄る。


「クゥ~ン」


鼻でつついてみても反応しない。
もう一度つついてみても反応しない。


「ワフッ!」


声をかけても応えてくれない。


「……クゥ~ン」


頬を舐めてもこちらを舐め返してくれない。
いつもなら喜んでこちらを舐めまわしてくるというのに……

「スンスン……」

匂いは、僕たち兄弟の中で唯一乳離れが出来ていないこいつの匂いそのものなのに。
いつまでも甘えん坊な、あの少し気の弱い弟。
確かにいつもと同じ優しい匂いをしているのに。
いくら呼びかけても反応してくれない。
トクトクという、一緒に寝ているときに聞こえてきた優しい鼓動が……しない。


「ゥウ……ォオ―――――――ン……」


僕は泣いた。
守ると決めた最後の家族を、僕は守り切れなかった。
力足りずに死なせてしまった。


「ォオ――――――――ン……」


お父さんもいない。
お母さんもいない。
やんちゃな兄も、甘えん坊の弟ももういない。
僕は……一人ぼっちになってしまった。

「君には悪いことしたと思っています」

エイシュンが僕に手を伸ばしてきた。
その手が僕に触れようとするのを、横に飛びのいて避けた。

「グルルルル……」

僕に触るな!
弟に触るな!
精一杯威嚇するけど、このエイシュンってやつはきっと強い。
今の僕じゃかなわない。
きっと僕もこいつに殺される。
家族の仇をとることもできない。

「ガウッ!!」

「っ!?」

でも、せめて一矢は報いてやる。
そう思って、差し出された手に思いっきり噛みついた。
僕の牙がエイシュンの手の肉に食い込む。
口の中に血の味が広がった。

「ガルルル……」

「詠春殿!?」

「長!!」

「貴様、よくも……」

エイシュンの手から血が流れたのを見て、周囲の人間が騒ぎ出す。
僕へ向けての敵意が質量をもっているかのように膨張して僕を圧迫する。
でも、僕は敵意に負けずにエイシュンを睨んだまま咥えた手を離さなかった。

「皆さん、私は大丈夫ですから抑えてください。
 ……この子は悲しみと怒りで冷静さを失っているだけですから。
 冷静になればこちらの話を聞いてくれるはずです。」

「ですが!?」

「――――長である私がおさえなさいと言っているのです。大人しく控えていなさい。」

「っ、承知しました……」

今にもこちらに飛びかかりそうな周囲の人間に、エイシュンからもの凄いプレッシャーが放たれる。
その威圧に負けた男は、悔しそうにしながらも大人しくなる。
間近でそのプレッシャーに当てられた僕は気絶しそうになった。
今もまだこいつの手を噛んだままでいられるのは、本当に僕の意地だけのようなものだった。

「失礼ですが、君の記憶を見させていただきました」

男を見ていたエイシュンは再び僕の方を見る。
この男は一体どれだけの実力をその身に秘めているのか。
今はまだまだ弱い僕には、理解できない得体の知れなさがあった。
だけど、彼がこちらを見る瞳は優しげなものである。
僕のことをいたわる慈愛の感情と、自分たちを責める自責の念が垣間見えた。
そのことに戸惑いを感じる。
どうして、どうして僕たちを襲うやつがそんな顔をする?

「君は、あの山に昔から住む真神の一族だったのですね?」

マカミ。
お母さんが言っていた僕たちの種族だ。
こいつも僕たちのことを知っているのだろうか。
マカミと聞いて、にわかに周囲の人間が騒ぎ出す。

「真神は、すでに絶滅してこの日本にはいないと言われていたのですよ。
 神とされた真神の神聖は地に落ち、ニホンオオカミが絶滅した今では真神もいないとされてきたのです。
 でも神から妖怪へと身を落とし今も生きていた……君達はその生き残りだったんですね?」

エイシュンが言っている意味がわからない。
神? 妖怪?
僕たちは僕たちだ。

「そうとは知らずに、妖怪だからとこちらから攻撃をしかけてしまったようです。
 あなたがたは人間を襲ったことなどなかったようなのに……」

知らなかったとはいえ本当に申し訳ありません、とエイシュンが頭を下げた。

「ウゥゥ……」

……僕はこいつのことがわからない。
だけど、他の人間とは違って少なくともエイシュンは僕に敵意がないのがわかった。

「しかしこちらも先の戦闘で死人が出ました。
 さしでがましい提案かとは思いますが、痛み分け……とはいきませんか?」

こちらはもう君を傷つけるつもりはありません。
そう言ってほほ笑んで見せるエイシュン。

「……」

毒気が抜かれ、僕はエイシュンから牙を抜いた。
その手にはくっきりと歯形に穴があき、血がだくだくと流れている。
僕はまだこの人間たちに気を許したわけではない。
でも、少なくともこの男はあまり嫌な感じはしなかった。
ぺろりと、舌で怪我を舐めてやる。
僕たちが怪我をした時は、お母さんがこうやっていつも舐めてくれた。
前世の知識でも唾は治癒を高めるとあった。
今ではその知識もうろ覚えだし、確かめる術を僕は持たないけど。

「このくらいの傷、大丈夫ですよ」

エイシュンは微笑みながら僕の額に手を伸ばし、さわさわと撫でた。
彼からは相変わらず僕に対する敵意を感じられなかったので好きにさせる。

「明日、君の御兄弟の遺体を元の山に埋葬しにいこうと思っています。
 今日はこのままここでお休みください」

「フンッ」

















その夜、仲間を弔う狼の遠吠えが関西呪術協会と呼ばれる組織の総本山で響き渡った。
関西呪術協会。
それはこの日本を霊的に守護する、関西を中心に行動している退魔師の集団である。
協会の現在の長を務める近衛詠春は今日の出来事を思い返して溜息をついていた。
彼の出身であり、呪術協会の内部組織のうちの一つである神鳴流。
そこの新人の実戦訓練を積むために、今日は舞鶴の方の山奥で訓練があった。
神鳴流の剣士が一人前になるには誰もが通る道である。
といっても、ある程度の実力が身についてきていさえすればそう難しくはないものである。
三人一組で行うのもあるが、何より現在の実力からは逸脱した強さの相手を用意しないということもあった。
むしろ、実戦ゆえの相手からの殺気などを体で学んでもらうためのもの。
いかに実戦では死を覚悟している剣士とはいえ、この訓練で死人が出たことなどここ百年は無かったと聞く。

「はぁ……」

不謹慎とは思いつつも、何故自分の代になってこのようなことになるのかと考えてしまう。
子弟が訓練中に死んでしまうだけであれば、酷い話かもしれないがそこまでの問題ではない。
言ってしまえば悪いが、身に付き始めた実力に溺れて慢心したとしか言えないからだ。
だが今回は問題はそれだけでは終わらなかった。
彼等が、狼の妖怪と戦って死んだのが問題なのだ。
神鳴流の剣士たちを倒したのは、すでに絶滅したとされている狼である。
それも単なる狼ではない。
かつて大口真神として人々の信仰を集めた神様。
すでに信仰は薄れ、その神性は地に落ちたことで妖怪と大差ない存在へと落ちぶれてしまったもの。
ニホンオオカミの絶滅に合わせて、真神の一族も滅んだとされていた。

しかし現状はどうだ?
彼等は数を減らしながらも確かに今も生きていたのだ。
あの山の麓の神社には、現在も大口真神が祀られている。
真神たちは、自分たちを祀る神社の裏の山々で今も神としてその地を守り続けてきたのだ。
すでにその信仰もほとんど残っていないというのに。
その真神に、あろうことか神鳴流の剣士が自分たちから刃を向けたのだ。
挙句の果てに死闘を繰り広げ、残った一族を殺してしまった。
真神はすでに滅んだとされる一族。
いくら神の系譜といえど、滅んでいたはずのものを殺してもさしたる問題はない。
あの後の幹部を集めた会議ではそんな意見も飛び交った。
だが、問題はそう簡単なものではない。
真神の家族を殺してしまったことで、舞鶴周辺の地脈が乱れ始めたのだ。

この世界は陰と陽、二つの要因がバランスをとって存在している。
そんなことはちょっと陰陽術をかじったものであれば誰でも知っているくらい有名なことだ。
妖怪たちはこの世界では陰に値するもの。
だから人に無害であるものまで必要以上に狩ってしまえばバランスが崩れる。
そんなものは退魔師における常識だ。
真神は今は妖怪に身を窶していても、昔は神として崇められた由緒ある存在だ。
正しく、神の系譜なのである。
そんな存在が殺されればどうなるかなど簡単に想像できることだ。
いや、想像する必要などない。
現に地脈の乱れや霊的バランスが崩れて京都に様々なものが流れ込んできていることからも明白である。
しかもこの現状を引き起こしたのが神鳴流。
頭が痛かった。

唯一の救いは、真神の一頭が生きていてくれたことだろう。
あの子の記憶を読めば、本当に悪いことをしたと思う。
自分たちのテリトリーに無断で侵入したばかりか、問答無用で家族を殺されたのだ。
あの子も術師を一人殺しているが正当防衛としかいえないものだった。
こちらを恨んでも仕方がないだろう。
そのことを先ほど謝罪したのだが、どうやら許すまではいかずとも怒りはおさめてくれたらしい。
話していてわかったのだが、あの子にはちゃんとした知性を感じた。
人と同じように話すことができないことから、妖怪というよりも真神は獣に近い存在になっていた。
それなのにあの子はこちらの言葉を正しく理解していたふしがあるのだ。
記憶を読んでいてわかったのだが、あの子は真神でも特別だ。
どうやら先の死闘で自分の中の血に目覚めたらしい。
そう、神と謳われた先祖の力の一部を取り戻したのだ。

あの真神とは可能なら仲良くしていきたいものである。
彼が神性を取り戻したのなら、あの周辺の土地の霊的守護の要となれるだろう。
実際今までは彼の父親か母親が担っていたようなのである。
ならばその息子であるあの子なら問題ないはずだ。
もしくは、他の霊的存在に守護の座を明け渡すかだ。
今現在は霊的な守護の座が空白なために混乱がおきていると推測される。
なら新しい座に位置する者を据えてやればいい。
あの子が嫌がるのであれば他の物を据えてやればいいのだ。
いや、むしろあれだけの力を持った存在を放置するのはいかがなものか。
おそらくは真神最後の生き残りであることだし、協会で保護したほいうがいいのではないか?

「……難しいですねぇ」

近衛詠春は、耳に届く遠吠えを聞きながらぽりぽりと頭をかくのであった。










[29924]
Name: 森林 樹◆324c5c3d ID:fc160ac0
Date: 2011/10/01 00:51
このか、刹那の登場です。
まだ二人とも5歳児なので、原作時よりも純粋で思考が子供ぽいです。
刹那はまだ気が弱く、このかはお嬢様な雰囲気が出る前なので少々お転婆。
原作はまだまだ遠い……


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



板張りの道場の床に寝ころぶ。

「……」

僕の隣には弟の亡骸が静かに横たわっている。
今はすでに息をしていない。
認めたくはなかったけれど、弟の死を認識するしかなかった。
あのエイシュンという人間はこいつを元の森に埋葬するって言っていた。
僕もその時に森に戻るだろう。
この場所は落ち着かない。
知っている臭いが一つもせず、眠ろうにも寝付けない。
今日一日で、この世界に産まれてからの僕の全てが失われてしまった気がした。

「……クゥ~ン……」

これから僕はどうやって生きていくのか。
もう家族はすでにいない。
僕も狼としていつかは家族との別れがくるとは思っていた。
しかしこのような形で突然、強制的な別れが来るとは思いもしなかった。
くりゅりゅりゅりゅ……とお腹が鳴る。
こんな時でもお腹が空いたと感じる……体は正直だ。
道場の入口には、僕用に用意されたと思しきドッグフードが鎮座している。
しかし、そんなものに口をつける気にはならなかった。
今までお父さんが狩った獲物の肉を食べてきたのだ。
それが僕でも食べられるものだとは理解ができても、食べる気にはなれなかった。
それに、ここの人間たちと争う気は今は無いといっても、完全に信用したわけではない。
僕の鼻でもわからない毒など使われていやしないかと、どうしても勘ぐってしまう。
あのエイシュンは一応、まだ良いやつなのかもしれない。
でも他の奴らは油断できなかった。

「ブフッ」

僕らと人間との間に、お互いにあった誤解は理解した。
理解したからこそ今は大人しくしている。
でも納得したわけではない……こちらは一方的に理不尽をこうむったのだから。
だがその考えは、相手側の人間にも感じている奴らがいる。
エイシュンと一緒にこの道場を出て行った人間たち。
彼の言葉からどういう状況だったかを理解した者は僕への敵意を薄めていた。
でも、中には一向にこちらへの敵意を薄めないやつも何人かいた。
たぶんお母さんたちを殺した人間の家族か何かだろう。
あいつらも僕同様、理解はできても納得できていないのだ。
道場の唯一の出入り口の外には、こちらを警戒して番をしている者の気配がする。
こいつからそこまで僕への敵意を感じないのがせめてもの救いだ。
この建物と、その周囲一帯に広がるぴりぴりとした空気は、僕をざわつかせて仕方なかった。

「アオ――――――――ン……」

その肌にまとわりつくような空気を祓うように、僕は遠吠えをする。
狼になった僕は、以前の人間のように上手く涙を流すこともできない。
だから、悲しみを体の中から全て吐き出すように。
死んでしまった家族の冥福を祈るために。
道場の窓から見える、夜空に浮かぶ月に向かって吠えるのだ。
願わくば、父や母が愛したあの月までこの鎮魂の声が届きますようにと。

「――ン……?」

何度目の遠吠えだったかわからない。
月を見上げながら吠えていると、道場の外に近づいてくる二つの小さな気配を感じた。
なんだろう?
エイシュン達よりも小さな気配。
そう、まるで子供のようなたどたどしい足取りでこちらに近づいてくるのを感じた。
警戒するべきかと考えたが、近づいてくる匂いには敵意を一切感じられない。
気配は出入り口ではなく、道場の裏手へと回る。
丁度、先ほどまで僕が月を見ていた窓の外。
そこから人間の子供と思しき声が聞こえてきた。













近衛詠春の娘で、今年5歳となる近衛このか。
彼女は親友と一緒に、道場にいると聞いた犬を見に行こうとしていた。
家の中が慌ただしくなり、なんだろうと耳を澄ませていると女中の人が話すのを聞いたのだ。
なんでも、黒くて凶暴な犬を父の部下の人が連れ帰ったとか。
その犬は現在道場を使って隔離されているという。
父親には今夜は道場には近づかないようにと言われた。
しかしそこはまだ5歳児であるこのか。
言いつけを守ろうとする心よりも好奇心の方が勝ってしまった。

「このちゃん、やっぱりやめようよ……」

彼女の後ろを不安そうな顔をしてついてくる幼い少女は、このかを止めようと声を出す。
この少女の年の頃はこのかと一緒か。
彼女の名前は桜咲刹那。
このかが黒髪を伸ばし背中に流した日本人形のような容姿に対し、刹那は髪をサイドで一つだけ結わえている。
容姿だけでみればこのかの方が大人しそうではあるが、どちらかといえば刹那のほうが消極的な性格をしているようだ。

「どうしたん?
 せっちゃんもしかして恐いん?」

「そうやなくて、長に怒られるえ?」

「大丈夫やて」

どうやら刹那はこのかの父親である詠春の言いつけを破ることで怒られると思っているようだ。
しかし親友の彼女を一人で行かせるわけにはいかない。
止めるように言ったところで、この好奇心旺盛な友人が大人しくしてくれるわけでもなかった。
そんな彼女の考えを知ってか知らずか。
特に何も深く考えていないこのかはずんずんと道場を目指して歩いた。
さらに先ほどから、道場の方角からどこか悲しげな遠吠えが聞こえてくるのだ。
この声を出しているのはどんな犬だろう?
そう思うと気になってしかたなかった。

「うーん、やっぱり見張りがおるなー」

「やっぱり無理やて、もう諦めようやこのちゃん」

道場の近くまで来て、唯一の出入り口に見張りの男性が立っているのが見えた。
少し残念そうに眉根を寄せるこのか。
それに反してこれ幸いと、引き返すことを提案する刹那。
あの見張りも詠春から子供を近づけないように言われているはず。
このまま向かったところで中に入れるとは思えない。
そのくらいこのお嬢様でもすぐに理解できるだろう。

「ふむ、入口からは無理やなぁ」

「そやろ? 見つかって怒られる前にはよ帰ろ?」

「ほなせめて窓からどんなワンちゃんかだけでも見よか」

「ええ!?」

しかし刹那の願い空しく、このかは幼い子供特有の無駄な行動力を見せつけた。
彼女なりに一生懸命見張りから隠れて道場の逆側、裏手に回る。
そこは電気もないために夜にもなると真っ暗だ。

「こ、こわない……こんなん怖くないで!」

「あっ、ま、待ってえな!」

自分に言い聞かせて暗闇に足を踏み入れるこのか。
刹那は慌てて彼女の後を追った。
道場の壁には、下のところに空気の入れ替え用の引き戸が付いている。
そこから中を覗こうと考えたのだが、いかんせん暗すぎて彼女たちにはよく見えなかった。
そもそも格子がはめ込まれており、外側からでは開けられないのだが……
何度か試すも、開けることができない。
このまま諦めるしかないのか。
幼い頭をなやませてうんうんと唸るこのか。
どうしたものかと刹那はおろおろするしかなかった。
彼女とてこの本山に連れてこられたという犬を見てみたいと思う。
でも長が近づかないようにと言った以上、それは裏関係の危ないやつかもしれないのだ。
このかは未だ自分の立ち位置を知らないし、教えてはいけないことになっている。
このかと同じく自分も犬を見てみたい好奇心もある。
でも長の言いつけを守らなければという想いもある。
このかに裏のことを知られてはいけないと考える自分がいる。
でもここで止めれば唯一の親友に嫌われるかもしれない。それはいやだ。
刹那は自分の中での二律背反な想いに、幼い頭がぱんくしそうだった。
幼馴染とは別のことでうんうんと悩んでいる間に、件の幼馴染は次の行動に移っていた。
着ている高価な着物が汚れるのもお構いなしに、彼女は窓の下の壁に近くに置かれていた荷物を重ねていく。
もともと窓の近くに小さめの資材入れ用の倉庫があったのだ。
それを足場にすれば見えるのではと考えたようだ。

「よいしょ」

小さな手足を器用に使って、足場とした荷物の上によじ登る。
金属製の小さな倉庫は、5歳児が踏み台にするには十分な強度であり、高さも申し分なかった。
しかし窓の真下よりも少し位置がずれている。

「よっと」

足場となる倉庫の天板のふちに立ち、背伸びをして中をのぞきこんだ。
そこに見えるは道場の中央。
寝ているのか、布の上で横たわっているまだ幼さの残る白い犬。
そして、その犬とは反対に真っ黒な毛をした同じくらいの大きさの犬。
こちらは目を覚ましていて、窓の外を眺めていた。
本当は犬ではなく狼で、白いほうはすでに死んでしまっているのだがそんなことは幼いこのかには判別できない。
彼女にはのんきに可愛いわんちゃんという認識しかできなかった。
偶然黒い犬と目が合う。
本当は偶然などではなく、さっきから気配がしていたからそちらを注視していたのだが。
このかはこの犬は月を見ていたのかと考えた。
彼女はこの関西呪術協会のお嬢様だ。
まさに箱入り娘として育てられている彼女は、犬にしろ狼にしろ実物を目にするのは初めてであった。
にへら、と目があった犬に向かって笑いかける。

「可愛ええなー」

「えっ、このちゃん!?」

考え事で悩んでいた刹那は、このかのそのセリフで初めて彼女が何をしているか気が付いた。
自分の大事な幼馴染は、あろうことかこの暗闇の中で足場の不安定な場所に立っているのだ。
倉庫は頑丈で、5歳児がたとえ上で踊ったところでびくともしないだろう。
だがこのかが今たっている場所は天板のふち、隅に足がかろうじてひっかっかっているようなもの。
体は斜めになっており、体重はほとんど窓にかけた手にかかっているだろう。
ちょっと体勢をくずしたり指を離せば落ちるのは目に見えていた。

「あ、あぶ、危ないてこのちゃん!?」

「大丈夫、へーきやて……おろ?」

そんな呑気な声を出して、案の定バランスを崩してこのかは下に落ちた。
一瞬の出来事で反応できない刹那。
どしんっ、と音をたててこのかは尻から地面へと落下した。

「……」

「……」

「こ、このちゃん?」

「ふぇ……ふぇええ―――――ん!!」

落ちてすぐは沈黙していたこのかであったが、刹那に声をかけられると痛みを自覚した。
まだ彼女は5歳である。
痛みを我慢して泣かないことなど、まだできはしなかった。

「なんだ、どうした!?」

その泣き声を聞きつけて、門番をしていた男が駆けつける。
駆けつけて泣きじゃくるこのかを見つけ、驚いた。

「このかお嬢様!?
 何故このようなお時間にこのような場所に!?」

門番は泣きじゃくるこのかの隣に刹那の姿を見つけた。

「お前は!?
 そうか、貴様がお嬢様をたぶらかしたのだな!」

「え?」

身に覚えのない事を言われ、困惑する刹那。
違うと言おうとしても男は彼女の言葉など聞いちゃいない。

「待って! 違います!」

「いいから来い!
 長の所につきだしたる!!」

門番は刹那の腕をとると、力づくで詠春のところにつれていこうとした。
今はもう、一応お互い戦うことのない姿勢をとれた神鳴流と真神。
しかし何が原因で向こうを刺激するかわかったものではない。
まだまだ何もかもが未知数なのだ。
そのような危険な場所に裏のことを秘密にしているお嬢様を連れてくるなど正気ではない。
男は刹那がこのかに害意あるものと判断していた。

「ふぇええー、おじしゃん、ちゃうねん~~~」

泣きじゃくりながら親友を助けようと男にすがりつくこのか。
刹那は危ないからと自分を止めようとしていた。
それをここまで来たのはこのかである。
むしろ刹那は巻き込まれた側であった。
そのことを説明しようとするも、泣きじゃくる5歳児の説明では何を言っているかいまいちわからない。
門番の男は、刹那をいますぐ長の所へ連れて行って尋問するべきだと考えていた。
彼は、彼女が半妖であることを知っている。
しかし自分にしがみつくこのかを力任せにふりきるわけにもいかない。
そうこうしているうちに騒ぎを聞きつけて大勢の人間が集まってきた。

「これは何の騒ぎですか?」

集まった人たちの背後から長である近衛詠春の声が聞こえてきた。
その声に反応して、人垣がさっと割れる。
本殿の方向から人垣の間を歩いて現れた詠春。
彼の眼に映るのは自分の娘が泣きじゃくりながら門番をいいつけた男にしがみついているところであった。
門番の男は桜咲刹那の腕を掴んでいる。
そして、この場所は道場の裏手。
このかの父親である詠春は簡単にどういった事態なのか理解した。

「このか?」

「!?」

名前を呼ばれ、泣きやむ少女。
びくりと肩を震わせた。

「私はなんて言いましたか?
 確か……今晩は道場に近づいてはいけないと言ったはずですが」

「うぅ……せやかて、うちもワンちゃん見たかってんもん……」

「このか?」

「……ひっく、ごめんなさい」

父親の静かにこちらを見る視線に、半泣きになりながら謝るこのか。
その様子を見ていた刹那はおろおろと慌てている。

「刹那さん」

「は、はひ!?」

急に自分の名前を呼ばれて声が裏返る。

「あなたにも私は言ったはずですよね?」

「はい……」

このかよりもいくらか素直に謝る刹那の姿に、詠春はため息が漏れた。

「まぁ、君のことですからこのかに誘われても断りづらかったのでしょう。
 ですが、親友ならちゃんといけないことをしようとしていれば止めなければなりません」

「……うぐっ!」

「それとも君はこのかのお友達じゃなかったのかな?」

「と、友達です!」

「せっちゃんはうちの友達や!」

必死になって答える二人の姿に、無表情で問いただしていた詠春の顔にいつもの笑顔が戻る。
微笑みながら二人の頭を撫でる。

「よろしい。
 今度からはちゃんと約束は守らないといけませんよ」

「うん!」

「はい!」

元気に返事をする幼い二人は、もう泣いてはいなかった。

「あっ」

一件落着といった雰囲気が漂い始めた中、このかが何かに気が付いたような声をあげる。
どうしたのかと彼女の視線の先を追って詠春や周囲の人間は振り返った。
そして、目に入ったものを見て顔を盛大にひきつらせる。
全く気配を感じなかったことに詠春の頬に小さな汗が一滴流れた。
人垣の向こう、角から顔を出してこちらを見つめていた小さな影。
それは道場内にいるはずの真神であった。

「ワンちゃんや……」








  




道場の外に感じた小さな二つの気配は入口側とは反対、裏に移動していた。
なぜかこそこそと隠れながら移動しているふしがある。
もしや僕をエイシュンに内緒で殺しにきたのかと始めは考えた。
先ほどの大勢の人間の中には、あきらかにこちらを警戒するだけにしては強い敵意をもったやつらがいたからだ。
でも、いくらなんんでもそんなやつがこんなにわかりやすい気配を出すだろうか?
人間ならいざ知らず、このような動きで僕に気配を感づかれないと思ってはいないだろう。
だから僕に害意ある人間ではないはず。
なら、なんの用があってこんなにこそこそとしているのだろう。
気配は僕が先ほど月を見ていた窓の下で止まった。
何かこそこそと話しているのが聞こえる。

「?」

声からして、やはり子供のようだ。
さきほどの大人たちとくらべ、どうしようもなく舌足らずに聞こえる。
何をしているのだろう?
首をかしげていると、窓から女の子の顔がのぞいた。
こちらを興味深げに見つめている。
なんだか吸い込まれそうなくらいにキラキラとした黒眼の子。
その瞳は純粋な好奇心に充ち溢れていて、先ほどの大人たちのような本音とタテマエが微妙に違う瞳ではなかった。
その女の子と目が合う。

「えへへ」

なんだか嬉しそうににへら、と女の子は笑った。
……何なのだろうか?
僕が狼だから物珍しくて見に来ただけなのだろうか?

「可愛ええなー」

嬉しそうにこちらを見つめる女の子。
僕は無言で彼女の瞳をみつめた。
人間への不信感を払拭できたわけではないけれど、さすがにあんな子供につっかかるつもりもない。
あのこは聞いているのかどうか解らないが、僕は一応この場所の仲間を一人殺しているのだ。
知っていれば尚更……知らなかったとしても無闇にほえれば驚かせるだろう。

「ワフッ」

何かようか?
そう聞いてみたが彼女は聞こえなかったのか、それとも意味がわからなかったのか。
おそらく後者だろうが……
あいかわらずにこにことこちらを見ている。

「あ、あぶ、危ないてこのちゃん!」

僕から見える女の子とは違う子供の声が聞こえた。
もう一人の気配の方か。
察するに窓を覗いている子供の名前はコノというのだろう。
あの窓は子供には結構な高さだ。
おそらく何か不安定な踏み台にでも乗っていてそれを注意しているのだと推測した。
声の雰囲気から、僕への警戒心での警告ではないとわかったから。

「大丈夫、へいきやて……おろ?」

案の定、僕から目を離して後を振り返ろうとしたときにバランスを崩したようだ。
窓から彼女の顔が見えなくなる。
その後、どしんっという何かが地面に落ちた音がした。

「……ワウ?」

大丈夫だろうか?
大人ならともかく、子供であの高さから落ちたら死ぬような怪我はしないだろうが痛いと思う。
僕たちなら簡単に空中で姿勢を整えてみせるけど。
でもそれを人間の幼い子供に求めるのも酷な話だ。

「こ、このちゃん?」

「ふぇ……ふぇえええ――――ん!!」

あらら、やはり痛かったようだ。
先ほどの僕を見ていた女の子の泣き声が響く。
その声が聞こえたのか、門番をしていた人間の気配が動いた。
慌てて道場裏へと駆けていくのを感じる。
辿りついた門番は、子供二人となにやらもめ始めた。
おそらく僕に近づかないように言い含められていたんだろう。
そして子供たちはそのいいつけを破ったに違いない。
そのことで今現在怒られているのだろう。
……なんだか僕の兄弟のことを思い出して複雑な心境だった。

「ワフッ」

人間も狼も関係ない。
子供というのは親の手を煩わせる生き物なのだろう。
兄や弟に混じっていたずらをして、僕も何度かお母さんに怒られたこともあったっけ。
……もう怒ってくれるお母さんもいないんだなぁ。
やがて騒ぎを聞きつけたのか、道場の裏手にたくさんの人間たちが集まってきた気配がする。
その中にエイシュンの臭いが混ざっていた。
ぼんやりと話を聞いていると、どうやら怒られている女の子のどちらかは彼の子供のようだ。
エイシュンの子供。
先ほど僕を見つめて笑った子だろうか?
それとも友達を心配していた声の子だろうか?
……見てみたい。
あの不思議な雰囲気を醸し出す男の子供に、僕は興味をもった。
道場の入口には今は門番の気配はない。
しかし鍵がかけられていたために戸は開かなかった。
戸の隙間から錠前の影が見える。

「ブフッ、フン」

なんとか開けようと隙間に爪を潜り込ませてみるが上手くいかない。
カリカリと引き戸をひっかくだけであった。
もう少し爪がのびるかして届けばいいのに……そう思った。
するとどうだろう。
爪からぼんやりとしたものが伸びて、擬似的な長い爪を形成していく。
これは気だろうか?
願ったとおりに、細長く鋭い爪が僕の手に生えた。
爪と言っても、オーラ状に展開した気が爪の形をしているだけみたいだけど。
隙間に爪を入れて引っ掻く。
二・三回縦に引っ掻くように動かすと、パキンと小さな音を立てて錠前は壊れ、下に落ちた。
引き戸を横へスライドさせればほら開いた。
成功だ。

僕は気づかれないように気配をできるだけ消しながら、そっと集団の背後に近づいた。
エイシュンに説教をくらっているらしい女の子二人。
親に叱ってもらえている二人が少しうらやましかった。
でも、それは今は関係ない。
あのエイシュンは二人のどちらかの親であって僕の親じゃない。
そもそも人間だから、狼じゃないし……それで、どっちがエイシュンの子供?
スンスンと鼻をひくつかせて人間たちの匂いをそれぞれ拾う。
いろいろな人間の匂いに混ざって確かではないが、おそらく僕をさっき見ていたほうが娘だ。
そうか、エイシュンの子供はコノというのか。
直に鼻をつけてかいだわけではないので、絶対とはいいきれない。
だけどコノのほうがどこかエイシュンに匂いが似ていた。
それに、なんというか……もう一人の子はなんだか他の人間と違う。
セツナと呼ばれている女の子は、周囲の人間たちと比べて匂いが変なのだ。
別にくさいわけではない。
なんというか、ちょっとだけ親近感がわく匂いだ……でもなんで?

「?」

理由がわからずに首を傾げ得ているとコノと目があった。
あっ、見つかった。

「あっ」

コノが僕に気づいたことに、周囲の人間が反応した。
一斉にこちらを振り返る人間たち。
その眼はすべて僕に注がれている。

「ワンちゃんや……」

うーん、やっぱり気配の消し方はまだお父さんたちみたく上手くいかないな。
でも子供に見つかるなんて思ってなかったな。
エイシュン達は気づいてなかったようだから、結構上出来だと思ってたんだけど。
ばれてしまった以上、僕も怒られるのだろうか?
あっ、でもどっちみち錠前壊しちゃったしばれるか。
壊したことでのばれる可能性を考えていなかった。
まぁ、ここまできた以上仕方がない。
隠れても無意味なので、体全体を皆に見えるように角から姿を現した。





―――――――――――――――――――――――――――――
主人公のこのかへの呼び方はコノに決まりました。
刹那がよんでいるものからちゃんを取った形ですね。






[29924]
Name: 森林 樹◆324c5c3d ID:fc160ac0
Date: 2011/10/03 22:31

関西呪術協会所有の大型の白いバンが国道を走っていた。
その車の助手席に座る近衛詠春はどうしてこうなったのかと頭を悩ませていた。

「わ~、もふもふや~」

「……フンッ」

「こ、このちゃん?……狼さん迷惑そうやで?」

椅子を取り払い広く改造された後部には、彼の娘のこのかが嬉しそうに黒い狼に抱きついている。
そう、あの真神にである。
娘に抱きつかれている真神は、迷惑そうな顔をしつつも幼い子供を無理に振り払おうとはしていない。
人間である詠春から見ても仏頂面をしていたが、子供には優しいようである。
世界には、狼に人間の捨て子が育てられたという事例も何件かあることから納得もできる。
狼とはそもそも狩りをすることから獰猛な生き物というイメージがあるが、子供などには優しいのだろう。
典型的な哺乳類の体質とでもいうべきか。
彼、と呼ぶべきか困るところだが後ろにいる真神はオスであるようなので彼と呼ぶ。
このかに今現在抱きつかれてどこか疲れた表情をしている彼も、優しい性格の持ち主のようだ。
それは大変喜ばしいことである。
真神である彼の気性が本来穏やかなものであるならば、これから友好的な関係を築くことが可能だろう。
だが、詠春にとってその彼に自分の娘がえらく懐いていることが問題なのである。
さらに……

「ええやん、クロちゃんも嫌やて言うてへんもん。
 な~、クロちゃん?」

「……ワフッ、フゥ」

「ええー? 別にええやん減るもんやないし……」

「フンッ!」

「なんで~? クロってええ名前で可愛いやん。
 どこがあかんの~?」

何故か彼の娘は真神と平然と会話しているのである。
正直彼等の会話が成立しているのかは定かではない。
だが、まるでこのかの言葉に合わせるかのように受け答えしているように見えるのだ。
このかは真神の言っていることがわかる、と話していた。
友達である刹那はわからないようで、このかの隣に座り困ったような顔をしている。
ただ、言葉はわからずとも真神が抱きつかれていい加減辟易しているのは理解できるようだ。

「このちゃん、この子はペットやないんやからクロはないんちゃうかな?」

「え~……せっちゃんもそう言うんやったらあれやけど……」

「ガウッ!」

「あかんて! ツメとか格好ええけど可愛いないもん!」

「ウゥ?」

「キバもあかん。それはなんかきょーぼーや」

狼も今の時代は可愛さが必要や!……と、狼という生き物のことを碌に知らない幼女が適当なことを言っている。
……何故あれで言っていることがわかるのだろうか?
彼には真神の言葉はどれも同じような鳴き声にしか聞こえない。
詠春は自分の娘の非常識さに目頭のあたりがじんじんとしてきた。
眼鏡を外し、目と目の間をやわやわと揉んでマッサージをする。

「ふぅ……」

後の席に座る子供たちに聞こえないように溜息をつく。
隣で運転してくれている部下は聞こえていたのか、どこか同情した瞳で彼を見た。

「大丈夫ですか、長?」

「大丈夫です。あなたは運転に集中してください」

「はぁ……」

このかは、歴代の中でも群を抜いている魔力を生まれながらにしてその身に宿している。
魔力量だけであれば、過去にあった大戦のおりに英雄とされたサウザンドマスターを遥かにしのぐ。
その恩恵と考えれば無理もないのかもしれないが……これは完全に想定外だ。
そもそもは、このかが昨晩に真神を見たいがために言いつけを破り道場に来てしまったことから予定が狂い始めた。
昨晩のことを思い出し、どこか遠い目をする詠春であった。




真神は古くは大口真神と呼ばれた神を祖先に持つ、歴とした神の系譜である。
しかも今現在このかにいいように抱かれてふてくされた顔をしている彼は、先祖帰りをして神の力に目覚め始めている。
そんな彼とこのかを引き合わせるつもりなど、詠春には毛頭なかった。
だからこのかには彼のいる道場に近づくことを禁止したのだ。
だというのに、娘は子供特有の無駄な行動力で道場の裏手から一目真神の姿を見ようとした。
見るだけならまだ良かった。
そこで門番とひと悶着があり騒ぎとなった。
当然、何事かと人が集まる。詠春もすぐに駆け付けた。
だが、それがいけなかった。
門に鍵をしていたというのに、どうやってか真神は鍵を壊して出てきてしまったのだ。
どうやら外が騒がしく、そこに私の臭いがしたので気になって出てきたらしい。
彼の接近に私を含めその場にいた人間は誰も、全く気付かなかった……このかを覗いて。
角から顔を出してこちらを見ている彼に気づいてたのは、他ならぬこのかだけだった。
かつて英雄と呼ばれた自分が気付かずに5歳の子供が気付く。
正直、いろいろと複雑な心境で頬を汗が伝った。
自分が見たかったものがすぐそこにいる。
このかの行動は早かった。

「ワンちゃ~ん!」

先ほどまで大泣きしていたのが嘘のように花の咲いたような笑顔で真神に駆け寄り抱きつくこのか。
彼女には、可愛い犬が自分に合いに来てくれたように思えただろう。
実際、狼とはいってもまだ成犬のような大きさではない真神は、外見だけは可愛い子犬のそれだった。
しかしその実、内面は自衛のためとはいえ人一人を殺しているのである。
このかが彼に抱きついた瞬間、その場に緊張が走った。

 【このかが殺される】

その場にいた誰もがそう思った。
こちらに対する敵意が薄れたとはいえ、未だ彼は警戒心を完全に解いたわけではない。
そもそもこちら側が完全に警戒心を取り払うことができていないのだから当然である。
許可も得ずにいきなり抱きつくような真似をすれば、害意があると受け取られるかもしれないのだ。
自然、身につけている武器にいつでも手が伸びるようにその場の全員が身構えた。
しかしまだ彼はこのかに牙をむいたわけではない。
確定したその事実がない限り、こちらから切り捨てるわけにはいかないのだ。
彼には京都の北を霊的に守護する役目を担ってもらわなければならない。
もしくは、他のものにその役目を移行する儀式を行ってもらわなければならない。
そのためにもできれば殺したくはない。
むしろ、京都を守護する協会の長たる立場から言えば、このかの命よりもこの京都の安定を第一とすべきである。
しかし詠春も人の子、自分の娘のほうが立場よりも断然可愛いし大事に思っている。
もし彼の牙がこのかに襲いかかるのであれば……その時は斬る覚悟を決めた。
そのせいで今よりも京都の霊的バランスが崩れても自分が責任を持つ。
そうなれば私が長をやっていることに反発している者たちは大喜びで非難してくるだろう。
責任能力を問われ、長の座を明け渡せというのであれば致しかたなし。
詠春はそこまで、この一瞬であって長い時のような緊張感の中で覚悟を決めた。
だが、その覚悟は無駄であったというほかない。
詠春の心など知ったことかと言わんばかりに真神の首の毛を触って喜ぶこのか。

「ほんまに可愛ええなぁ、ワンちゃんのお名前はなんていうん?」

「あ、あの……このちゃん?」

無知というほど怖いものはない。
刹那の方は、自分の幼馴染の無謀な行為に戦々恐々としていた。
周りの大人たちがこれだけ警戒して張りつめた空気を出しているのである。
絶対にこの犬にはなにかある、と確信して幼馴染を引き戻そうと声をかけた。
しかしこのかは刹那の声が聞こえていないのか、目の前の真神に夢中である。

「……ブフッ、ワッフ」

「ふぇ? ワンちゃんやないん?」

「ワフッ、フンッ」

「へ~、狼なんや~。」

ようわからへんけど格好ええなぁ、とこのかは呑気に笑っている。

「うちはこのかや!」

「ウォフ」

「あれ? 知ってるん?」

「ハフン……」

「そうやでー。お父様は詠春って名前やでー?」

「ガウッ」

「ちゃうちゃう、コノやない。こ・の・か!」

「ガウ?」

「せやからコノやなくてー……」

何故か真神と楽しそうに会話しているこのか。
大人たちは想像していた血生臭い展開とは全く違う光景に、目が点となった。
皆が沈黙している中、一人と一匹は何かよくわからないことを話している。
見た目だけなら、幼い少女が犬と一緒にままごとをしているかのようだ。

「このちゃん、この子の言うてることわかるん?」

固まっている大人たちに反して、さすが同じ子供である刹那はそこまで驚いてはいなかった。
純粋な疑問からこのかに声をかける。
先ほどまでは真神に夢中で聞こえていなかったが、ようやく彼女の声はこのかに届いた。

「ふぇ?」

不思議がる刹那の疑問に、逆にこのかは不思議そうな顔で首をかしげる。
このかの中では言葉が通じるのはごくごく自然なことだと思っていたようだ。
そういえば、刹那が来るまでは一人でよく森の近くで遊んでいた。
何故かこのかには懐く野生の鳥たちを見て不思議に思っていたのだ。
他の物がえさをやろうとしても逃げるだけの鳥たちが、このかには寄ってくるのである。
もしやあれは鳥たちもこのかの言葉を理解していたからだろうか?と詠春は考えた。

「せっちゃんはわからへんの?」

「……うん」

「えー、こんなにはっきり喋っとるのにな~」

不思議で仕方無いといった風に真神に同意を求めるこのか。
刹那は友人にはわかるのに自分には狼の言葉がわからなくてちょっと寂しそうだ。

「ワフッ」

「えー、うちが変わってるん?」

うそやー、と笑うこのか。
おそらく真神にお前が特別なのだと言われたのだと推測できる。
しかしそれを彼の冗談と思ったのか、笑い飛ばす少女。
その無邪気な笑顔で自分の父親に問いかける。

「お父様はわかるやんな~?」

「……さすがにわからないかな」

「ええ~?」

信じられないといった顔のこのか。
彼女は他にわかる人間はいないのかと、周囲を囲む大人をぐるりと見渡す。
皆一様に顔をひきつらせるか視線をわざとらしく逸らすのであった。

「…………まぁ、ええか」

しばらく何か考えると、彼女はその一言で流してしまった。
どういう流れでそうなったのか、このかは自分しか狼の言葉がわからなくても別にいいや、と割り切った。
それはそれであり、というやつだ。
むしろどこか誇らしげに小さな胸を張っている。
他の大人たちもわからないのに自分は言葉がわかることが特別に感じて嬉しかったのだろう。
その様子を見ていた刹那はちょっとうらやましそうに指をくわえてこのかを見ている。

「ええなぁ、このちゃん……うちもわんちゃんの言葉わかりたい」

「せっちゃんも頑張ればできるて! 友達やもん!」

「せやんな! うちも頑張る!」

「……フン」

何故友達だからできるという結論に至ったのか。
大人にはちょっと理解できなかったが、5歳児の言葉などこんなものだ。
そのほとんどに大した根拠はない。
しかし刹那は元気づけられたのか、やる気に充ち溢れた顔をしている。
そんなやり取りを大人しく見ていた真神は、まるでやれやれだと言いたげな顔で鼻息を一つつくのであった。



それらのやり取りを、その場にいた人間全員が目撃しているのである。
先ほどまではあれだけ警戒心を露わにしていた真神が、子供たちがいると大人しい。
子供相手に争って傷つけるつもりがないのだろうことは皆が理解した。
そのことから、真神と行動するときは子供を同伴するのがいいのではという声が多数あがった。
この本山には今、子供はこのかと刹那しかいない。
当然、その意見に出てくる子供とは二人のことである。
それだけならば娘を裏と関わらせるつもりのない詠春は強引に意見をつっぱねただろう。
しかし彼にとっては悪いことに、このかはあろうことか真神と意思の疎通が完璧にできているようなのだ。
目撃者がいなければ子供の妄言と簡単に握りつぶせる。
だがあの場には20人近くの人間がいて、その全員が証人となっている。
真神は子供を傷つけようとはしない。
他の人間には言葉が通じないが、何故かこのかには通じる。
呪術協会の長としては、もはやこのかを裏から引き離すことは不可能だった。
そもそも、このように呪術協会の長の娘として生まれ、祖父は関東にある魔法協会のトップである。
普通の子として生きてほしいという親心だったのだが、そんな娘にいつまでも隠し通すのがどだい無理な話だ。
いつのまにやら真神の通訳としてこのかは抜擢され、詠春もそれを拒むことはできなかった。

そして現状である。
今はこちらが死なせてしまった真神の兄弟を、彼とともに山へ連れ帰る最中だ。
つい嬉しそうに笑うこのかと刹那にちゃんと説明ができずにここまで来てしまった。
二人はまるでピクニックにでもいくかのように楽しそうだが、はたしてどう説明をするべきか。
未だ幼い二人に血生臭いことは話したくない。
しかしこれから行く山で真神の死体を山に埋めに行くのである。
それに彼が立ち会う以上、通訳として選ばれたこのかも付き添うだろう。
隠し通せるものではない。
では正直に我々人間が彼の家族を死なせてしまったと伝えるのか。
それを知れば無邪気に笑っているこのかは、どう思うだろうか?
今は裏のことはぼかしぼかし話しているだけなので、このかは呪術協会のことも何も知らない。
しかしどうして死なせたかという話になれば、話さなければならない。
このかの話から、真神は人間の言葉を話せはしなくとも理解はしている。
こちらが嘘を教えたとしても彼からすぐにばれてしまうだろう。
本当のことを正直に話すよりも、嘘がばれた時のほうが何倍も心象は悪いはずだ。
良く言えば優しく、悪く言えば優柔不断な詠春はそのことを考えると胃がきりきりと痛みだした。
今はこの車には、真神の兄弟の遺体を乗せてはいない。
後をついてきているもう一台に乗せている。
山に着けば、いやがおうにも目にすることのなるだろう。

「……はぁ」

彼は深い深いため息をついた。












「へへ~」

「……」

僕は今、車の中でコノに抱きつかれていた。
昨日約束した通り、エイシュン達は僕の家族を山へ埋葬するらしい。
さすがに徒歩では無理なので車で移動となった。
最初、僕は車という狭い閉鎖空間に入ることを嫌った。
そんな身動きのとりづらい場所に入れば、何かされても抵抗がしづらい。
子供に対しては警戒を解いている僕でも、さすがにエイシュンを信用しているわけではなかったから。
だけどそんな僕の心配など馬鹿ばかしいといわんばかりに、コノが車に突撃した。
エイシュンの子供を見る目は親のそれだ。
少なくともコノがいる場所でやりあおうとはしないだろうと判断して僕も車に乗り込んだ。
これがもう少し子供でも年上なら僕の警戒心を解かせるための演技というのも考えられるが、目の前の幼い少女ではそれはないと思った。
正直、もはや冷たくなっているとはいえ弟と一緒の車がよかったが、エイシュンはそれを嫌った。
どうやら自分の娘にあまり遺体と一緒にさせたくはないらしい。
だがコノはどうやら僕の通訳としてついてくるらしいし、僕に折れてくれと頼み込んできた。
まぁ、その気持ちはわからないでもないので了承し今にいたる。
何故コノは他の人間と違い僕の言葉が理解できるのか。
それは僕にもわからないが、彼女と意思疎通ができていることは別に悪いことでもないので気にしていない。
僕が気にしているのはエイシュンがコノにちゃんと説明をするのかどうかということだ。
というのも、ここまで来て彼は娘に今回のことを未だちゃんと説明していないのだ。
自分たちが僕の家族を襲い、殺し、僕らはそれに対抗して人間を殺した。
一応は和解をしたものの、今から僕の家族を山に埋葬しに行く。
それを説明していないのだ。
現にコノもセツナも、まるで僕を連れて遠足か何かと勘違いをしているかのような素振りである。
僕としてはいったいいつになったら説明するのかが気になるのだ。
まさかこのまま隠し続けるつもりではあるまいか、そんな疑念が湧いてくる。
どうやら彼は娘に超上の力に関しては秘匿しているようだし。
お互いに知って、その上でそれを乗り越えて仲良くなろうというのであれば僕もやぶさかではない。
でも一方は知らずにただお友達になりましょうじゃ、なんだか違う気がするのだ。
少なくとも僕はそんなのはごめんだ。
当事者であっても、僕からコノに話すのは筋が違う気がするので今は黙っている。
こういうのは親であるエイシュンの仕事だから。
でも、今日の埋葬が終わる最後まで彼が話さないのなら僕から伝えるつもりである。

「わ~、もふもふや~」

「……フンッ」

全く、僕の気も知らないでこの子は。
相変わらずコノは僕の首の毛を無遠慮にもさもさと手でまさぐっている。
まぁ、子供相手に怒る気にならない僕も僕だけど。
よく兄や弟がじゃれついて甘噛してきたので慣れているから我慢できるのだ。

「こ、このちゃん?……狼さん迷惑そうやで?」

セツナが僕がげんなりとしているのを察してくれたのか、コノに言ってくれる。
でもセツナの手は時々こっちに伸びては引っ込んでいる。
まだおっかなびっくりなんだろうけど、結局はセツナも僕を触りたいようだ。
正直に触りたいといえば少しくらい触ってもいいのに……コノは触りすぎだけど。
コノは友達の言うことをあまり聞かない。無視したりはしないんだけど。
悪い子ではないし、どちらかっていうといい子なんだけど……ちょっとわがままだよね。
なんだか他の人間からも大事にされているようだったからしょうがないか。
エイシュンはあの人間の群れのリーダーみたいだし、その娘のコノは次期リーダーなんだろう。
でもいい子なんだけど、もうちょっとしつけの際に怒るべきだとは思う。

「ええやん、クロちゃんも嫌やて言うてへんもん。
 な~、クロちゃん?」

僕はあんまりこうやって撫でまくられるのは好きじゃないかも。
猫じゃなくても、撫でられ続けたらさすがに疲れるんだけどね?
というわけでいい加減やめてほしい。

「……ワフッ、フゥ」

「ええー? 別にええやん減るもんやないし……」

「フンッ!」

それにそのクロという名前はどうにかならないのか?
コノは、僕に名前がないと知ってからというもの、勝手にクロと呼び始めたのだ。
種族としての名前ならともかく、個別に名前をつけるのは人間の価値観だ。
僕らは父や母、兄弟はあっても皆それぞれに名前はなかった。
だから正直、今さら自分に名前がつくのは気恥ずかしい気もする。
まぁ、不便だから呼び名をつけるというのはわかるんんだけどね?
でも僕は狼であって、犬じゃない。
そんなペットにつけるような名前は遠慮したい。

「なんで~? クロってええ名前で可愛いやん。
 どこがあかんの~?」

「このちゃん、この子はペットやないんやからクロはないんちゃうかな?」

何故、クロという名前をそこまで推すのか。
どうせ僕の体毛が黒いからという、安直な理由からだろうが。
でもそんな飼い犬につけられるような名前は嫌だ。
これでも一応、狼であるという自負がある。
その辺、セツナはよくわかっている。賢い子だ。

「え~……せっちゃんもそう言うんやったらあれやけど……」

「ガウッ!」

どうしても名前をつけるというならツメなんてどうだろう?
僕の爪もするどく伸びるようになったし、狼の特徴も捉えていてなかなかだと思うが?

「あかんて! ツメとか格好ええけど可愛いないもん!」

そうか……なら、そうだな……
僕らは牙にも自信をもっているぞ?
キバというのはどうだろうか?

「……ウゥ?」

「キバもあかん。それはなんかきょーぼーや」

狼も今の時代は可愛さが必要や!……と豪語するコノ。
お前が狼の何を知っているというのか。
狼にとっては強くて格好いいというのが褒め言葉なんだけどなぁ。
コノはなんだか可愛い響きというのに執着があるようだ。
そもそも名前を付けようだなんて、彼女は僕を飼うつもりなのだろうか?
僕は山に帰るつもりだから今日でさよならだと思うんだけど。

「ブフっ、ガウッ?」

「ええっ!? そうなん!?」

「えっ? どうしたんこのちゃん?」

「クロが山に帰るから今日でお別れやって言うんよ!」

「えっ、そうなの?」

二人とも驚いている。
どうやらそのことについてもエイシュンは話していないらしい。
どういうことだ?……と、前に座る彼をジト目で睨む。
もしや僕をペットか何かと説明してやいないだろうな?
そう目で語りかける。
お母さんが言っていた。
狼は誰かと友達になることはあっても誰かに媚びへつらうことはない、と。
犬とは僕ら狼の中で、人間に飼われることを選んだ奴らの姿だと。
だから、僕はコノの友達にならなってもいい。
でも飼われるつもりはない。
もはや霞がかった生前の知識だけど、ペットとは人間の愛玩動物のことだったと記憶している。
敵対しないとは約束したけど、ペットになるなんて約束を僕はした覚えはない。

「…………」

「どういうことなんお父様!」

「長?」

「……アハハハハ……はぁ」

僕の無言の訴えと、コノとセツナの問いにエイシュンは乾いた笑いをあげた。
……本当に話す気があるのだろうか?
まぁいい。
僕の鼻に感じる臭いが、段々と山が近付いてきたのを察知している。
どうせ山に着いたら隠しきれないんだ。
エイシュンがどうしても話したくないとうのであれば、僕が僕たちのことを盛大にコノとセツナにばらしてやるさ。





―――――――――――――――――――――――
えー、全然話が進んでませんね。
すいません。
主人公はこのかからクロと呼ばれていますが、安直でペットみたいだから嫌、とつっぱねています。
というか、実は安直過ぎて作者がぼつにしているだけです。
実際はまだ主人公の名前を決めてすらいません。






[29924]
Name: 森林◆324c5c3d ID:fc160ac0
Date: 2011/10/07 02:20


山の麓、車で来る事の出来るのはここまでだ。
ここから先は道がない。
本来、この山は国の私有地ということになっており人が立ち入ることはない。
周囲はフェンスと、高速道路で侵入経路を塞がれているために一般人は立ち入ることもできない。
何故そうまでして一般人が入らないようにされているのか。
それは、この山が京都を霊的に守護する北の要となっているからだ。

そもそも京都という土地は大地を流れる地脈が集中した土地になっている。
昔から外的要因から守るためにこの地を、四神を四方に置くことで守護しているのは有名である。
しかしそれだけでは正確ではない。
四神が守護しているのは京都市内のみであり、その外側にも別の霊的守護が存在している。
その霊的守護となるのが、盆地である京都を囲む山々に存在する山の主である。
彼等は代替わりしつつもそこに在り続けることで、外から地脈を乱す存在の流入を防いでいる。
解り易く言えば、その土地の霊的バランスを保つバランサーとなってくれているのだ。
この山も例外ではなく、主が守護の要として存在する。
いや……存在していたというべきか。
今回の真神の件。
神鳴流が主である真神を殺してしまったことで、今はこの土地の地脈が乱れてしまっている。
主の死んだ原因が山の他の動物に殺されたわけでもない。
もし他の動物に食べられてしまったのなら、その主を食べた動物が新たな主となる。
つまり、死んでしまったのに現在は主の座を次の者に移行されていないのだ。
空白のままなのである。
山の雰囲気もどこかざわついており、このかや刹那といった子供は勿論のこと、
一緒に来た詠春やその部下たちも顔をしかめた。

「まずいですね、守護がいなくなったせいで嫌な気配が北から流れ込んできています」

詠春は、厳しい表情で北の方角を見る。
この京都の外側の守護、特に北はかなり重要な位置にある。
縦長の土地であることも起因しているが、何よりも京都の北にある舞鶴は海に隣接している。
海を越えてやってくる者の侵入を防ぐ役割があるのが、他でもないここだ。
さらに京都市の北の外れと、この山との丁度中間に位置する場所に重要な場所がある。
かの有名な鬼【酒呑童子】の首塚がある。
普段ですら、切られてから何百年と経つのにも関わらずその怨念は消えることはなく留まっている。
いや、何百年と経過しているからこそ、その恨み辛みの念は強く、重くなっている。
その怨念を人に害を与えぬまでに封印している。
酒呑童子の封印は何重にも重ねてかけられた厳重なものであるが、それに一役買っているのもこの山だ。
さらに山向こうの海辺には両面宿儺という、その昔飛騨で大暴れした鬼神が封印されている。
この封印にも力を添えているのが地脈による封印であり、鬼神を封じる枷としてこの山の霊力を利用されている。

「…………なんでこんなことに」

それらのことを考えると本当に頭が痛い、と詠春は眉間を抑えた。
何故考えなしに神鳴流の若者は真神を殺してしまったのか?
そもそもなんでこんな面倒臭いところに首塚があるのか?
大体、両面宿儺は飛騨の鬼神だろうになぜ昔の人はわざわざ遠いこの京都に封印したのか?
顔も知らない昔の人々に、その理由を問いただしたかった。
まぁ、岐阜県の方の地脈の力では鬼神を押さえ続けるのが不可能とかそんな理由だろうが。
しかし、言いたくはないが狼を数等殺してしまったくらいでこれだけの問題が浮上しているのだ。
下手をすれば酒呑童子の怨念と両面宿儺という、あまりにも大きすぎる敵を同時に相手取る必要が出てくる。
全く、何故新人の訓練場所にこのような大事な場所を選んだのか。
……最終的な許可を出したのは他でもない最高責任者の自分なのだから、誰を責めることもできない。
詠春は、この一晩で一気に老けこんだ気がした。
しかし今はまだ山に到着しただけだ。
これから真神の彼の家族を埋葬し、主を代行する儀式を行ってもらわなければならない。
それを見れば娘のこのかにもこちら側の世界のことをばらすはめになる。
こちらの不手際で真神を殺してしまったことがばれてしまえば、絶対このかは怒るだろう。
この精神的ストレスのたまった状態で、「お父様嫌い」とか言われたら……死ぬかもしれない。
せめてもう少し心の準備が欲しいところだが、そうは問屋が卸さないようだ。
彼、真神は到着と同時に車を飛び出し、後続の車が止まるをを待っていた。
彼の兄弟の遺体を乗せた黒のプリウスが停車すると同時にドアに飛びついている。
それを見た、神鳴流の青山鶴子が車から遺体を包んだ布を手に降りてくる。
包みの中身を未だ知らないこのかと刹那は不思議そうにしていた。

「それ、中に何入ってるん?」

「ガウッ!」

「え、弟?」

「……お嬢様、こちらはそこの狼の兄弟の亡骸んなります」

青山鶴子が、迷ったすえに正直に話す。
しかし五歳児に亡骸といってもわからない。
そもそも生死についてまだよく理解すらしていないだろう年頃だ。
刹那は鶴子の醸し出す雰囲気で何か悟ったようではあるが、このかは首を傾げるだけだ。

「ナキガラって何?」

そんな無邪気なことを聞いてくるこのかの頭に、詠春がぽんと手を置いた。
手を置かれる感触にこのかは上を見上げる。
そこには自分の見知った父の顔。
ただその顔は、いつもと違ってどこかつらそうであった。

「このか、亡骸っていうのは死んでしまっているひとの体のことだよ」

「しんでる?」

意味がわからないという表情をする娘に、詠春は一つ溜息をつく。
自分はまだ生きるということと死ぬということの意味すら碌に教えていないことに改めて直面した。

「もう起きないってことだよ。
 このかも道場でそこの彼と一緒に寝ていた白い子を見ただろう?」

そこで初めて思い出したかのような顔をするこのか。
どうやら道場で見た白い狼の方は今の今まで忘れていたらしい。

「そうや!白いワンちゃんもおったんや!
 あの中に包んでるんがそうなん?……なんで包んでるん?
 ワンちゃん寒がりさんなん?」

矢継ぎ早に聞いてくるこのかに、刹那も困った表情をしている。
本山に来る前は彼女も半妖として、妖怪の里にいた。
同じ年とはいえ、このかと違い人の生き死にを目にしたこともある。
その経験から、なんとなく大人が言わんとしていることが理解できた。
だがその理解も漠然としたものであるため、親友に伝える言葉が思い浮かばなかった。

「違うよこのか。
 あのワンちゃんはね、眠ってるんだけどもう起きることはできないんだ」

「ワウ!」

「ふぇ?……なんでおきひんかったら山に還すん?」

どうやら真神は、兄弟を山に還すと説明しているらしい。
このかの疑問には答えずに、さっさと先を歩いて行ってしまう真神。

「あっ、待ってぇな!」

「このちゃん待って!」

その跡をこのかが追い、それを刹那が追う。
詠春は運転を頼んでいた部下達に待機を命じ、遺体を抱く鶴子と共に後を追った。















僕は、昨日の戦闘があった場所に向かって歩いていた。
後ろからはコノとセツナの二人が追ってきている。
そのさらに後にはエイシュンと彼の部下らしき女がついてきていた。
女は弟の遺体を運んでくれている。
埋葬するにしても、どうせなら家族と同じ所に埋めてやりたい。
あれから一日が経過しているけど、家族の遺体は他のやつらに食い散らかされたりはしていないだろうか?
食べられたのなら、それはそれで仕方のないことだとは思うけれど。
でも、どうせなら綺麗に埋葬してやりたい。
そうだな、僕らが住処にしていたあの大きな樹の下はどうだろうか。
僕らはこの森で一番大きな樹の下にある洞を利用して住処としていた。
あの場所なら、きっと家族たちの魂は樹に宿ってこの森と共になるだろう。
そう考えて森の中を歩くのだが、なんだか森の様子がおかしい。
森に到着した時から変だとは思っていたけれど、これは一体どうしたことだろう。
その時、覚えのある匂いを鼻がとらえた。

「どうしたん?」

「ワフッ」

「? このちゃん、狼さん何て言うてはるん?」

「あのひとが来るやって」

エイシュンと部下の女は気配に気づいているようだ。
だけど僕が身構えないのを見て、武器を構えるような真似はしない。
大丈夫、あの爺さんは話も聞かずにいきなり襲ってくることはしないから。
しばらくして、ズシン、と地響きが鳴る。
ズシンズシンと一歩ずつ近づいてくるそれは、この森でお父さんと競い合っていた猛者。
茂みの向こうから顔をのぞかせたのは、大猪の爺さんである。
左目には僕のお父さんとやり合ってつけられた傷痕が残っている。
この森一番の長生きなだけあって、さすがの貫録だ。
その二メートルを超える高さの巨体に、コノとセツナが怯えている。

『人間がこの森に何のようだ?』

彼の念話が頭に響く。
突然響いてきた声に、人間たちは子供も大人も同様に驚いていた。
この爺さんは長年この森で生きてきて、種族にかかわらず会話することができる念話を編み出した凄い猪だ。
百年以上生きているらしいけど、老いをみせるどころかその体は常に力強い。
頭も賢く力も強い。
この森でお父さんと1・2を争う実力者だった。

「我々は、真神の御兄弟の遺体をこの森に埋葬すべく……」

『はっ、埋葬?
 殺した本人たちがぬけぬけと何を抜かすか……』

「……そのことは悪かったと思っております」

エイシュンが頭を下げるが、爺さんはかなり怒っているようだ。

『そのうえ、生き残った子供さえ攫いおって!
 この小僧には生き残った者として親の跡を継ぐ義務があるのだぞ!?』

「重ね重ね申し訳ありません」

『お前もお前だ小僧!
 何を自分の家族を殺したやつらとのうのうと仲良くしている!
 何故このような奴らをこの森に再び入れたのだ!!』

「ガウッ!! ガウガウッ!!」

仕方がないじゃないか!!
僕だってまだ完全に殺されたことを許したわけじゃない。
でもエイシュン達はわざとじゃなかったし、そもそも家族を殺したのは彼等の仲間であって彼じゃない。
僕も彼の仲間を殺した。
これ以上は殺し合いをしたくないから、痛み分けにしたんだ。
それに彼等の場所に連れていかれていた以上、彼等の助けなしには弟をここまで運べなかった。

『お前はそれでいいのか?』

「ワフッ」

コノとセツナはまだ子供だし、僕も子供を傷つけることはしたくない。
エイシュンも僕を殺したくないと言っていた。
だから、まだ完全には納得できないところもあるけど……痛み分けだ。

『ほぅ、無闇に殺生はしないか。
 その性格は父親譲りだな……あやつも狩りと自衛以外では戦おうともしなかった。
 いいだろう、埋葬が終わるまで人間がこの森に入ることを許そう』

「フン」

ありがとう。
エイシュンと話していて今にもその太い牙を彼に突き刺しそうだった爺さん。
だけど僕が一応答えを出しているのを見て、矛を収めてくれたようだ。
爺さんのさきほどまでの剣幕に、コノとセツナは半泣きでエイシュンの部下の後ろに隠れている。
ぷるぷると震えている様子から、下手に泣き声をあげられないほどに恐かったようだ。

『ふむ、いたずらに子供を怖がらせてしまったようだな。許せ小さき娘たちよ。
 貴様らの父親のあまりのふてぶてしさにこの爺としたことが怒りが先走っておった』

「……あは、ははは……」

態度を軟化させるも、未だにエイシュンに対しては辛辣な爺さんに彼はひきつった笑いを上げていた。

『お前が帰ってきたらすぐに埋葬できるよう、お前の家族の遺体はすでに運んである。
 住処としていたあの樹の場所でよいのであろう?』

「ワフッ、ブフッ!」

ありがとう!!
爺さんに感謝の念を告げて、僕は方向転換して住処へと向かった。
僕の隣を爺さんが歩く。
その度にズシンズシンと地鳴りがした。
コノとセツナは地響きの中で上手く歩けないのか、エイシュンの腕の中に抱かれている。
セツナはまだぷるぷると震えていたようだが、コノはもう恐れが薄れたのか平然としていた。

「なぁ、お父様?」

「なんだいこのか」

「殺したってどういうことなん?
 なんやお父様悪いことしたんか?」

ここまでで未だその重要なところを話せなかったエイシュン。
彼は何度か話そうと口を開いては逡巡する動作を繰り返していた。
決断して話そうとした矢先に、爺さんの登場である。
自分が話す前によくわかっていないコノにばらされた結果となった。
……僕との通訳係にコノを選んでるくせに早く話さないのが悪いんだ。

『なんだ、貴様まだ娘に自分たちが何をしたのか話していないのか?』

「いえ、その……話そうとは思っていたんですが」

『まだ幼い子供には汚いものを見せたくはなかったか?』

「……うっ」

呆れた表情をしてエイシュンを見る爺さん。
長年生きているだけあって観察眼もそれ相応にあるのだろう。
おそらく爺さんには彼の優柔不断さが手に取るようにわかっているはずだ。

『おそらくは子供には何も知らずに生きてほしいと思ってのことだろうが……
 そんなものは所詮、親の傲慢な考えにしかすぎん。
 見たところ、お前はジンメイリュウかジュジュツキョウカイかは知らんが、そういう類のものに属する人間だろう?
 そういう類に属する親の子供が、何も関わらずに生きていくなど無理なことだ。
 産まれてきた子供に自分を守る術を、生き抜く術を教えるのは親の義務だ。
 それは狼も猪も、人間であっても変わらぬこと。
 教えないことは親の怠慢でしかないぞ』

「……その通りです」

いやはやまだまだ私は未熟ですね、と渇いた笑みを浮かべるエイシュン。
僕はまだ子供だし、親という立場じゃないからわからない。
だけど爺さんが年配者として悟していることはわかった。
僕もお母さんやお父さんにいろいろと教わってきた。
エイシュンはコノを危険なめに合わせたくなくて、それを怠っていたんだ。
自分の身を守る術を知らなければ、いざという時どうにもならないのに。
でもコノはまだ小さいし、今からでも間に合うだろう。

「ガウッ!」

僕の住処が近付いてきた。
駆け足で森を走り抜ける。
少し広くなった所に、周りの樹よりも頭二つ分は大きな大木が鎮座している。
その下にある洞が僕たちが住処としていたところだ。
洞の前には家族の遺体が集められ、運んできてくれたらしい猪たちがいた。

「ブルル……」

「ブキ―!」

「クゥ~ン……」

僕は猪の言葉は理解できないけど、どうやら「遅い」と非難しているようだ。
まぁ、人間たちに連れていかれたせいで一晩過ぎてしまったのだ。
ここは運ぶのを手伝ってくれたこともあり、素直に頭を下げる。
10匹くらいの猪が、この場には集まっていた。
中には埋葬用の穴まで掘ってくれているやつもいたので、僕を手伝うことにする。
彼等と一緒に、前足を使って一生懸命穴を掘る。
大人の狼が二頭に子供が二頭の計四頭分。
結構な大きさが必要だ。
体が土まみれになりながら、掘り続けた。

「ワウ、フン!」

もうこのくらいで大丈夫だ。
僕の言葉は理解できずとも、なんとなくはわかったのだろう。
穴掘りを手伝ってくれていた猪が離れる。
いつのまにか、この場にはエイシュンをはじめとした人間と、森の動物が集まっていた。
猪はもちろんのこと、兎や鹿に烏、猿やリスと様々な動物が集まっている。
コノとセツナは、遺体を見て半泣きになっていた。
この森には熊がいないから、いたらきっと本気で泣いていただろう。
穴の中に、兄の体を引っ張って入れる。
猪たちが手伝ってお父さんとお母さんの体を運んでくれた。
エイシュンの部下が布の包みをほどいて弟の体を穴の中に横たえる。
穴を囲んで円を描く僕らは、鎮魂の遠吠えをした。
僕の声に続いて、周囲の動物たちも同じように鳴く。

「アオ―――――ン……」

「ブキィ―――――――……」

「キー、キー……」

「ブギィ―――――――!!」

猪の爺さんの声は、一番大きく響く。
僕らの鎮魂の歌声は、森の中を反響した。
その悲しみの声は、木霊達を介して重なり合い一つの音楽となって森中を流れる。
全ての木に宿る木霊達が、青白く発光し悲しそうになんどもなんども僕らの遠吠えを繰り返した。
そのある種の幻想的な光景は、さすがの僕もみたことが無かった。
人間たちも驚いている。
木々が生い茂り、昼間でも外と比べて薄暗い森の中。
その中が青白く発光する木霊達の光に照らされ、悲しみの声が鳴り響く。

「アオ―――――――――ン……」

僕はこの日、喉が枯れるまで遠吠えを続けた。
















――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
今回は少し短めです。
今回の不思議体験で、このかに完全にこういう世界があるということがばれました。
まだ詠春は説明ができていませんが。
想像どおり、大猪の爺さんのモデルはもののけ姫のオッコトヌシです。
もののけ姫は話が酒呑童子をモチーフとしているところがあるので、丁度いいかなぁと思い登場させました。
つまり、真神はモロの立ち位置ですね。
となると……サンはこのか?
まぁそこまで考えていませんが。

※とりあえずの注意書き。
京都に酒呑童子の首塚があるのは本当です。
僕は、なんとなくそういうのが少しわかる体質なのですが、あの辺一帯の土地はかなり空気が嫌な感じがするので行ったことがありません。
というか作者は近づかないようにしている土地の一つです。
ネタとして話に導入していますが、面白半分で近くの人は行かないようにしてくださいね?



……しかし日本系ばかりでまだネギまらしい西洋系の魔法が一切出てこない……


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.308923006058