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[27691] Real Monster Hunter【習作】
Name: クロル◆bc1dc525 ID:f1d24a21
Date: 2011/09/14 17:22
 本作はモンスターハンター二次創作です。
 十一話から話の進行速度が加速します。
 成分としては転生、リアル補正、最強の素質→最強。たぶんそれぐらい。
 遅更新です。忘れた頃に更新すると思います



[27691] 一話
Name: クロル◆bc1dc525 ID:f1d24a21
Date: 2011/05/09 00:03
参考資料:
MHP(ゲーム)
MHP2(ゲーム)
MHP2G(ゲーム)
MHP3(ゲーム)
ハンター大全G(書籍)
ハンター大全3(書籍)




後の世の者は、この荒々しくも眩しかった数世紀を振り返り、こう語る。
大地が、空が、そして何よりもそこに住まう人々が、
最も生きる力に満ち溢れていた時代であった、と。

世界は、今よりもはるかに単純にできていた。

すなわち、狩るか、狩られるか。

明日の糧を得るため、己の力量を試すため、またあるいは富と名声を手にするため、人々はこの地に集う。

彼らの一様に熱っぽい、そして
いくばくかの憧憬を孕んだ視線の先にあるのは、
決して手の届かぬ紺碧の空を自由に駆け巡る、
力と生命の象徴―――飛竜たち。

鋼鉄の剣の擦れる音、
大砲に篭められた火薬のにおいに包まれながら、彼らは
いつものように命を賭した戦いの場へと赴く―――。


















 どうやら過去の世界では無くモンスターハンターの世界に転生したらしい、と気が付いたのは三歳頃だった。
 山間部の割と日本風の村に生まれた事や、両親が黒髪だった事、会話が日本語で行われていた事が自覚を遅らせた原因だった。決して私が鈍感馬鹿だった訳ではない。
 単に幼い私の行動範囲が家の中に限定されると同時に情報も限定されていただけ。
 まさか赤ん坊が三十路の女の精神を持っているとは両親も予想だにしていなかった様で、当然ながら物の分からない幼児として私を扱い、父と一緒に風呂に入れられたりもした訳だけど、特に何も思わなかった。
 前世では二人の弟と一人の兄、父という男所帯の中で育った私は男に対する免疫が高かったのだ。兄が私がゲームをやっている横で平然とエロ本を広げるデリカシーの無さを発揮する人であったし、見たくも無い弟の×××現場にうっかり遭遇した事も三度ほどあった。別に男や性的あれこれに嫌悪感を持っていた訳では無いのだけれど、あまりにも男に慣れ過ぎて一度も恋愛が出来なかったのが悔やまれる。
 男の裸など風呂上がりの兄弟と父で見慣れていて、男の精神構造も良く――下手をすれば女のものよりも――理解していたし、男を「男」として見れなかった。
 私にとっては男も女もさして変わらず、異性として意識出来なかったのだ。
 ちなみに前世の死因は過労。
 神様や天使に会った記憶は無し、ならば時間を越えた変則的輪廻転生、加えて何かの手違いで記憶消去が漏れたのだろう、その程度はすぐに推測できてその面では混乱しなかった。
 前世が男だの女だのというのは占いではよくある話で、生まれ変われば性転換する確率はおよそ二分の一。女から女に転生できたのは僥倖であったとポジティブに現状を捉える私。
 しかし幼児プレイは本当に勘弁。仕方の無い事だと頭では理解していても羞恥心が先に立ち常に限界値スレスレを行き来している状態で、母に布のオムツを代えて貰う時などは何度舌を噛んでもう一度死んでしまおうかと……まあ一月ほどで諦観と共に慣れてしまったのだけれど。人間の慣れって怖いなと心底思った。
 今世でのアイデンティティーを確立したのは二歳を過ぎてからだったと思っている。周囲に前世の知人はおらず私の中の人を知る者は居ない、それに気付いて特に縮こまる事は無いと理解した。前世の記憶があるとは言え、自分から言い出すのもアレだけれど私は間違いなく今の両親の子で、この世界で息をしている一個の生命である事は自明。
 ああ、私は確かにここに存在しているのだと。
 外見年齢で見れば凄まじい早期のアイデンティティーの確立だろうと思う。二年で前世と今世の折り合いを付けられたのは早いのか遅いのか分からない。比較対象がいないから。
 そうしてどことなく大人っぽい気配を時折出しながらも私は女児として行動を開始した。
 女児の分際で男と女と大人について理解している私はカリスマめいたものを出していたのだろう、妙に人を惹きつけた。誰も彼もがまだまだ年齢的な問題で滑舌の悪い私の話を熱心に聞いてくれた。そして私は幼くして村の餓鬼大将を勤める事となる。
 村の同年代の子供は私の他に七人で、自然に集まり、集まれば当然喧嘩も起こる。配られたジュースの分量で揉めたりだとか玩具を誰それに取られただとかあの子がいきなり叩いてきただとか、如何にも子供子供した子供らしい喧嘩で、大人から見れば微笑ましくても本人達は必死だ。
 一緒に過ごしていて大人視点での大した事が無いモノがどれほど子供にとって重要であるか私は再確認した。お子様ランチの旗を熱心に蒐集していた前世の記憶が甦り懐かしい気分になる。
 子供を卒業すると同時にそうした心情も忘れてしまった大人の喧嘩の仲裁は、大人の観点からすれば勿論正しいやり方であったと思うが、一方で子供の観点からすれば双方にとっても不満が残るやり方である事が多々ある。内心馬鹿野郎こん畜生と相手を罵りながら互いに頭を下げて仲直り。
 もっとも子供らしい気楽さも同時に発揮し、数日もすれば上っ面だけで無く自然に本当に仲直りしているのだけれど、やっぱり大人に強制されるのではなく子供なりに子供の理屈で納得したいという欲求もある訳で、その辺りの需要を埋めている間に気付けば餓鬼大将ポジションに着いていたという寸法だ。
 子供のストレートな感情や行動を、さり気なく、時にはプライドをくすぐり、誘導する。謝らせるのではなく謝りたくなる様に仕向けるのだ。
 元々そういう才能が私にあったのか面白い様に誘導は上手くいき、平和的に喧嘩をさっぱりとした解決に導く私を子供達は全員慕ってくれた。嬉しい限りだ。肉体が幼くなってエネルギーに満ち溢れ彼等の奔放な遊びに付き合うのも苦ではなく、精神的にも純化されたと言うべきか単純になったと言うべきか、一緒になって楽しむ事が出来た。
 村全域(屋外限定)で隠れんぼをしたり、草むらに分けいって虫捕り合戦をしたり、入ってはいけないと言われている村外れの森に度胸試しに行くも入ってすぐに甲高い鳥の鳴き声を聞いて半泣きで逃げ帰ったり。
 おままごとで器に砂を盛って食えだのと言われなかったのは助かった。テレビも無いのでアニメや特撮のごっこ遊びも無い。村の子供は綾取りや御手玉などよりはもっと激しく身体を動かしたり自然に親しんだりする遊びを好んでいた。前世は町で生まれ育った私には豊かな自然は新鮮で、正しく子供心に帰って毎日元気良く遊んだ。
 …………さて。
 両親は純日本風の容姿だが、私はアルビノだった。真っ白な髪と病的に白い肌、紅い瞳。しかし両親はまるで気にした様子が無く、異端を排除する風習が無くて良かったとホッとしたものだ。
 両親の態度もさもあらん、一歩家から外に出れば村には様々な髪色、肌色、体格骨格の人種が溢れていて、初外出時は度肝を抜かれた。更にはある日当たり前の顔をして猫が直立歩行で往来を行き来しているのを見るに、おいちょっと待てと疑問を持つに至る。
 あれはアイルーではないのか。
 まだまだ小さな私を心配して側についていた母の袖を引き、あれはなんだと尋ねると至極あっさりとアイルーさんよと答えられる。そこから芋蔓式に母の口から出るわ出るわモンハン用語。
 私は愕然としながらも理解した。
 家の居間に飾ってあった角はガウ鹿の角だと聞いていて、ガウ鹿ってどんな鹿なんだろうと思っていたがなるほどガウシカの角。薬箱の中に入っていたあの不気味な緑色の瓶は回復薬。
 生活の中でなんとなく違和感を感じていたあれやこれやにピッタリとピースがはまった。
 一体モンスターハンターの世界で私にどうしろと? とその場では頭を抱えたものの、すぐにどうもしなくていいかと思い直した。この世界ではハンターの職に就くのは完全に任意であるし、巨大モンスターが出没すれば避難勧告が出て、それに従えばまず生き延びられる。スリルや名誉を求めなければ案外安全な世界なのだ。
 それどころか前の世界と比べ格段に自然と密着し、モンスターの脅威に晒されながらもそれを逆手に取る様なアグレッシブ&ポジティブな生き様をしている国民性故か会う人会う人誰もが笑顔で活力に満ち溢れていて。利便性には劣るだろうが暮らしていて非常に楽しい世界であると断言出来る。
 一見生と死の隣り合わせの様でいて、古くからモンスター達の間近で生活している人々は驚くほど上手く彼等と付き合う術を心得ている。未解明の部分もまだまだ多いらしいが。
 つまる所モンスターハンターの世界への転生を嘆く要因はどこにもないのだ。
 村の名前は作中に出ていない知らない名称だったが、聞けば五年前に拓かれたばかりと新興の村らしく、村付ハンターが一人いるだけとのこと。村付きハンター一人というのがどの程度の村の安全性を示しているのかは分からなかったが、気楽そうな母の表情から低くは無いだろうなと察せられた。
 私はまだ幼い。
 何でもできる。
 何にでもなれる。
 ハンターになるのも良し、鍛冶屋に弟子入りするも良し、農作をしたって商人になったって良いだろう。
 まあ何になるにせよ将来設計は三歳から考える事ではない。
 難しい事はひとまず後回しにして、私は今日もこの命輝く世界で力一杯遊ぶのだ。




[27691] 二話
Name: クロル◆bc1dc525 ID:f1d24a21
Date: 2011/05/10 12:26
 四歳になった今でも両親にこの世界をゲームとして楽しんだ記憶がある、とは告げていない。意味が無いからだ。
 モンスターハンターというゲームに転生者は登場しない。しかしこの世界には私という転生者が存在する。この時点でゲーム世界と私がいる世界は全くの別物だ。
 酷く近似している世界観だが、それ故に私の知らないゲームとの差異があると厄介だ。私が訳知り顔でゲーム知識を披露しても、それがこの世界の事実とずれている可能性は十分あり、そうなれば割を喰うのは紛らわしい情報をバラ撒いた私だろう。
 それに現実とゲームをごっちゃにするのは馬鹿がする事だ。現実世界にゲーム知識を持ち込んでどうする?
 この世界は現実だ。緑ゲージもスタミナゲージも無く、飛竜の一撃で防具を粉砕され即死する事もあると聞く。死んだら当然生き返らない。
 ゲーム知識という無駄知識はさっさと捨て去るか、良くて参考にする程度にとどめなければならない。
 従って怪しい情報を広める愚を私は犯さなかった。まあゲーム知識は別として前世の記憶がある、ぐらいは言っても良かったのだが、特に言う必要性も感じなかったので言っていない。聞かれたら素直に答えるつもりだけれど、未だ聞かれていない。
 そもそもの話、どう考えても飛翔出来るはずの無い質量の竜がチャチな翼でホイホイ大空を駆け回る世界に前世の知識がどれほど通用するか甚だ疑問で、内政チートで俺TSUEEEだとか技術革新で俺SUGEEEだのに手を出す気には到底なれ無い。意外と技術が(特に冶金技術技術は)発達しているし、マカライトなどと言う不思議金属の精製法なんぞにどうやって現代知識を生かせと。
 世界の理が根本的に違うのだ。正直な所強くてニューゲームなのは精神面だけ。村の生活では四則計算以外の算数知識に出番は無く、大学を卒業して記憶の彼方の化学知識は何の役にも立たず、その他雑学も様々な面で世界観が異なるここではゴミクズ同然。
 ほとんど一からのスタートだ。別に現代知識を使うまでもなく十分楽しんで暮らせているから構わないけれども。
 そんなこんなで幼児の柔らかい脳でぐんぐんこの世界の知識を吸収しているバッパの村のクローディア(4)。今日は村付ハンターに話をせがみに行く予定です。












 バッパの村はシュレイド地方に存在する。ヒンメルン山脈の東端、ココット村の
東に位置する人口百人ほどの新興の村だ。
 特産品は無いが活気だけは有り余るほどあり、周辺の町や村を結ぶ交易の中継地点として年々成長していっている。
 村を興した村長がユクモ出身の人だったらしく、全体的にそこはかとなく東風の村だ。割合北にある内陸の山間の村で、夏を除いて雪がよく見られ、雪景色のちょっと小規模になったユクモ村の情景を想像してもらえれば八割合致していると思う。
 時はハンター時代、ココットの英雄によってハンターという職業が確立されてから幾星霜、年を追う毎に増すハンターの重要性。それはバッパでも例外では無く、村はハンターを中心とした社会を形成していると言って良い。
 ハンティングにより集められた素材が売買され、ハンターを相手にした商売が生まれ、流通が成立する。ハンターは住居の無料提供を始めとする様々な恩恵を受けられる一方で村をモンスターから守り、また自ら狩りに行き、はぎ取った素材で村を潤す。ハンターは最も過酷で、最も尊敬される職業であると言えよう。私の幼馴染み達も七人の内四人が将来はハンターになるんだと公言してはばからない。
 ハンターを中心とした村の主要施設は、ギルド出張所、出張所と短い渡り廊下で繋がったハンター憩いの場となる酒場、村付ハンターの家、村を訪れるハンター達の宿舎、ン・ガンカ(火山の入口付近にある鍛冶が盛んな村)から招かれた鍛冶屋が営む武器屋、食材屋と道具屋を兼ねた雑貨屋、村付ハンター用の農場となっていて、ここに民家が加わり村を形作る。
 ちなみに農場には小川と畑と草むらしか無く、虫の木やキノコの木、坑道などは無い。ココットやポッケの農場はかなり充実している部類らしい。
村付ハンターのボンザさんは昨日クエストから帰ってきたばかりだから、今日は自宅で骨休みをしているはずだ。
 私はボンザさんが狩ってきたイャンクックの素材とキノコ類で賑わう雑貨屋を横目に小走りにボンザさんの家へ向かった。
 普通の民家と比べて二回りも大きいボンザさんの家の戸を叩くと、中から開いてるぞ、大声がした。お邪魔します、と言ってから戸を開け、中に入る。入ってすぐの居間ではボンザさんが椅子に座って雑誌を読んでいた。
「おぉ、クローディアか。しばらく見ない内に可愛くなったな」
「あはは、照れます」
 私を見て雑誌を閉じたボンザさんは二カッと笑った。
 ボンザさんは燃える様な赤毛を短く刈り込んだ快活な男性で、歳は今年で三十二になる。鍛え上げられ引き締まった筋肉をTシャツと長ズボンに隠し、人好きのする笑顔を浮かべて私に空いた椅子を進めた。
 子供にはちょっと大きいその椅子にちょこんと腰掛けると、ボンザさんは立ち上がって一旦キッチンに消え、蜂蜜水を持って来てくれる。ボンザさんが雇っている料理アイルー、ジョンは先日料理を極めに旅に出たいと言ったので暇を出したらしい。あの味が楽しめなくなるのは残念だけれど、いつか至高の料理を携えて戻って来る日を楽しみにしている。
「ほらよ」
「ありがとうございます」
「良いって事よ! 今日はなんだ? また武器でも見てくか?」
 ボンザさんはちらりと壁に飾ってある大剣、バスターソードに目をやった。駆け出しの頃に使っていた武器らしいそれに私も目線を向けるが、首を横に振る。
 ボンザさんの家にはハンティング用に持ち運びやすく小型化したピッケルや戦利品の飛竜の素材、武器防具が所狭しと壁を埋めていて見ているだけで面白い。例えハンターになるか決めていなくても、だ。
 マカライト鉱石や水結晶を見れば雄大な大地の営みに思いを馳せる事が出来たし、とっておきだと言う上竜骨に触らせて貰った時は骨になって尚感じる竜の力強さに心打たれたものだ。
 まだまだ見せて貰っていない物や見たい物は一杯あったが、今日は話をしにきた。
「や、今日はお話を聞きたいなと思って」
「……あー、血なまぐさい話はまだクローディアには早いなぁ」
 困った顔でガリガリ頭を掻くボンザさん。私はそうでは無い、と首を横に振った。
「狩りの体験談じゃ無くてですね。ホラ、ギルドカードってあるじゃないですか?父が紙製のを持ってたんですけど、前に村に来たハンターのは木製だったんですよ。どう違うのかなと思って……父に聞いても忘れたとか言っていましたし」
「ああ、そういやクロバンさんは昔ハンター囓ってたな」
 ボンザさんが懐かしそうに目を細める。少しの間遠い目をして思い出に浸っていたボンザさんだったが、我に帰るとおもむろに懐から蒼い手のひらサイズのカードを取り出し、説明を始めた。
「クローディアが見たのはこれの色違いのヤツだろ? これはだな、色は違っても全部`この人はハンターですよ´って証になるんだが、」
 ボンザさん曰く、ギルドカードの材質はハンターとしての評価を大雑把に表しているらしい。
 ハンター登録をしたばかりの駆け出しハンターに渡されるのが【紙製】。誰でも最初はここから始まる。一般人に毛が生えたレベルだ。
 次に初級の依頼をこなしたハンターに発行される【木製】。大体ギアノスだのファンゴだの、小型モンスターを危なげ無く狩猟でき、ドスファンゴやドスギアノスなどを狩れるレベルらしい。
 その次が中級ハンターとしての腕を証明する【ギアノスの皮製】。これは地方によってランポスの皮だったりゲネポスの皮だったりもするらしい。イャンクックやゲリョスを単独狩猟できるレベルで、努力すれば大抵誰でもここまではたどり着けるらしい。
 更にその次が【マカライト鉱石製】。前三種のカードを持つハンターが好奇心でハンター業に手を出してみた者であったり本業の休みの間の副業として行っている者であるのに対して、このカードを持つ者はハンター業一本で生きて行くという、自らの意思で狩りを生業とする事を決めた証だ。
 火竜などの大型飛竜を単独もしくは二人で狩る事が出来、ハンターと聞いて想像するのはこのレベル。この段階に至って初めて一人前のハンターと認められる。
 その上ともなると今度は【金の鉱石製】。十分な経験を積んだ、リーダーとして行動できると認定したハンターに渡されるもので、猟団立ち上げに必要なカードでもある。一流ハンターと呼ばれ、大概の飛竜を単独で撃破できる。
 その上がハンターの憧れ、【ナルガクルガの鱗製】。これも地方によって差異があるが、専ら強大な飛竜種の鱗が使われる。ハンター生活を極めた印で、古龍撃退、大型飛竜二体同時狩りなど、高度な依頼に対応できるとギルドが認めた者に託される。
 最後が最上級の【プラチナ鉱石製】。このカードを持つ者は、世界中にその名声を轟かせる、伝説のハンターとなっている。ハンター界に多大な貢献をしたり(実力が伴うのも必須)、誰もが我先に逃げ出す災害級のモンスターを食い止め(倒し)た者に贈られる至高のカード。
 有名な所でハンターという職業を確立したココットの英雄、ラオシャンロンの首を一刀両断したと言われるドンドルマの大長老、火山地帯に現われた黒き神を討ったポッケ村の英雄の三人が例に挙げられる。
 シュレイド城に現われた黒龍を単騎で退散させた二代目ココットの英雄も居るのだが、彼女は不吉な予感がすると言い残し、塔へ向かったきり行方不明になって一年になっており、生死を危ぶまれている。
 ここまで熱中して話していたボンザさんはハッと我に帰って相手が四歳児だという事を思い出し、
「まあつまり、俺は結構強いんだよ」
 と強引に纏めた。
「なるほど、ボンザさんは中堅なんですね」
 しかしあっさりと理解を示した私にボンザさんは変な顔をして、そういやお前頭良かったな、と呟く。別に私は子供のフリをしている訳では無いのでほとんどの大人からこういう評価を受けているのだ。
 大人と同等の精神や駆け引きを開け広げにしていても「頭が良い」で済まされてしまうあたりに異世界なんだなという実感を感じる。前世だったら間違なく正か負どちらかの方向で騒ぎになっていたと思う。
「カード見せて貰っていいですか?」
「ああ、見ろ見ろ」
 飲みかけの蜂蜜水をテーブルに置き、ボンザさんが予想外に気楽に渡してくれたギルドカードを手に取って見る。そんなに簡単に子供の手に渡して良い物なのだろうか?私が信用されてるという事か。
 硬質なマカライト製のギルドカードは窓から差し込んだ日の光に反射して蒼く光っている。磨き抜かれた滑らかな両面には文字が刻まれていた。



ガノスアングラー
ボンザ HR4
バッパ村所属村付ハンター



 これが表面で、勲章らしき模様が三つ刻まれている。三分の一ほどは余白。見れば分かる様に称号と名前とハンターランク、所属だ。



攻撃力UP【小】
火耐性弱化
水耐性【大】
気絶半減
盗み無効
毒無効
砥石使用低速化
笛吹き名人
体術+1
体力回復量UP
釣り名人
大剣溜め斬り


 これが裏面で、文字しか書かれていない。余白はたっぷり余っていて、字が細かい事もあり十分の一くらいしか埋まっていなかった。
 これは……なんだろう、スキルの様に見えるけれど……
「ボンザさん、裏面のこれは?」
 疑問に思って聞くと、ボンザさんはああ、と一つ頷いた。
「俺が持ってるスキルだ。スキルってのは狩りに役立つ技術の事だな」
 俺が、持ってる……?
「ボンザさんはこれを全部使えるんですか?今?」
「そうとも! 使えないモンを書く訳無いだろ」
 何を当たり前の事を、という顔をしたボンザさんのラフな服装を見てもこんな大量のスキルが同時発動するような超絶優秀防具である様には見えない。
 なるほど、やはりゲームとは差異があるようだ。スキルは防具で発動するのでは無く、ハンターが身に着けた技術を指しているらしい。
 火耐性弱化や砥石使用低速化などのマイナススキルも表記されている事から、苦手な技術や体質的に抵抗しにくい属性についても書かれている様に思われる。
 その予測について確認すると「クローディアは聡いなぁ」という感心の台詞と共に肯定が返った。
「ギルドにハンター登録する時に検査があってだな、その時にスキルが書き込まれるんだな。それからいつでも技術を身に着けて申請すれば確認検査の後に新しく書き加えて貰える。勿論苦手な技術を克服すれば書き替えて貰える」
「へぇ……ボンザさんの、えーとひのふのみ……マイナススキルを抜いてスキル9個って多いんですか?」
「俺ぐらいのハンターなら普通ぐらいだな。駆け出しで2、3個ぐらいから始まって少しずつ増やして……HR6の連中になると30越えらしいが眉唾だろ絶対。ありえん」
 最後の言葉は半分自分に言い聞かせていた。
 努力や体質次第でスキルは増やしていけるのなら有り得なくも無さそうだと思ったけれど黙っておいた。しかし9個でやっと中堅なのに、30個ってなんだかとんでも無い香りがする。スキルの数だけが全てではないのだろうとは思うけど。
 ハンターランクとギルドカードのグレードは対応していると言うから、HR6は上から二番目。そうなるとHR7は一体どんな人外連中なんだろう……
 その後はしばらくスキルについて話が盛り上がった。
 スキルの修得方法はモンスターとの戦いの中で目覚めたり、先天的に持っていたり、特殊な薬を身体に馴染ませたりと多岐に渡る。ボンザさんはその中でも訓練所の教官に扱かれてスキルを身に着けた時の苦労話をおもしろおかしく語ってくれた。聞いていて思ったけれど、教官、鬼だ。
 しかし楽しい時間はあっと言う間に過ぎ、話に夢中になっていると正午の鐘が鳴ってしまう。
「あ、じゃあ私はこれで。母に怒られる前に帰ります」
 私は立ち上がってぺこりと礼をした。
「おう、またいつでも来ると良い! なんなら昼食べてからまた来てもいいんだぞ?」
「午後はマックス達と遊ぶ予定なので……というか良いんですか、こんなに頻繁に遊びに来て」
「ん?」
 ボンザさんは私から空のコップを受け取りながら首を傾げる。
「や、ボンザさんも一人でゆっくり休んだり道具の手入れをしたりしたいのでは、と」
「ああ、道具の手入れは帰ったその日に終わらせたから大丈夫だ。それにな」
 ボンザさんは立ち上がり、私の頭を大きな大きな手のひらでガシガシ撫でた。
「むぅ……」
 髪が……
「クローディアは楽しいんだろうけどな、俺も楽しんでるんだよ、この時間を。殺伐としたハンティング生活をしてるとつい`普通の日常´を忘れそうになる。お前を見てると和みと癒しを貰えるのさ。町じゃあわざわざハンターのささくれた心を癒す動物を用意してるぐらいだ」
 アニマルセラピー? つまり私はプーギーの代わりか。なんだかなぁ。
「だから来たい時には遠慮せず来い」
「はあ、まあそういう事なら」
 私は一応納得し、また来ます、と言ってボンザさんの家を出る。そして全力ダッシュで自宅に急いだ。早く帰らないと昼ご飯の用意をしている母に怒られる!














 今思えばボンザさんの話やボンザさんの家の武器、素材達に夢中になっていた時
点で、私の将来は決まっていたのかも知れない。



[27691] 三話
Name: クロル◆bc1dc525 ID:f1d24a21
Date: 2011/05/09 07:27
 五歳の誕生日、私は両親から誕生日プレゼントとしてペンダントの装飾品を貰った。
 抗菌珠のペンダント、らしい。鈍い薄緑色をした石に紐をつけただけの簡素な造りのペンダント。
 装飾品はそれ単品でスキルを発動させる事のできるスグレモノだ。スキルポイントなどというまどろっこしいものは無く、抗菌珠を一つ身に着ければそれだけで抗菌スキルが発動する。
 どういったメカニズムで装飾品でスキルが発動するのかは未だ明らかになっていないものの、近年装飾品の材料として用いられる原珠の中に古生物が閉じ込められたものが発見され、原珠の正体が化石である事が判明した。古生物の不思議パワーが籠っているという事だろうか。メテオを使ってくる邪龍もいるぐらいだからそれぐらい普通にありそうだ。
 装飾品は不可思議で特殊な力場を発生させており、複数身に着けると力場が干渉しあい効果が無くなってしまうと聞く。故に装飾品は一人一つしか身に着けられない。ゲームで言う装飾品と護石を足した様なものだろう。
 以上の法則により防具にスロットは存在しない。防具はあくまでも防具で、専ら単純に防具として使用される。古龍クラスの素材を使った装備セットを揃えるとスキルが発動する事もあるらしいが、基本的に不思議スキルは発動しない。精々防寒、防音が関の山。
 とにかく装飾品だ。1500zで行商人から買ったと言うそれを私は宝物にした。しまいこんでも意味が無いので普段から服の下に入れて身に着けている。
 自分が装飾品を身に着ける様になってから気付いたのだけど、意外とハンター以外でも装飾品らしい物を身に着けている人は多い。私と同じ様にペンダントだったり、指輪だったり、イヤリングだったりはするけれど、五人いれば三人ぐらいは身に着けていた。
 ただし私は装飾品の目利きが出来る訳では無いから、アレもソレも実は装飾品では無く何の力も無い宝石、というオチもありそう。母もセクメーアパールの結婚指輪をはめているし。
 私がペンダントを見せると、幼馴染み達は心底羨ましそうにした。いいないいなー、と羨むのはまだ良い方で、俺も欲しいと言い出す子もいた。まあそれを寄越せ!と強請らないだけ良いのだけれど、いかんせん小遣いで買うには高価過ぎる。
 こんがり肉が一つ48zで、こんがり肉一つあれば普通の大人が腹八分目ぐらいにはなるから、大雑把に日本円に換算するならば1z=10円程度だと思われる。一食48円は無いだろうし。すると抗菌珠は1500z、即ち15000円。五歳六歳の子供がちょっと小遣いを貯めたぐらいで手が出る金額ではない。
 それを噛み砕いて説明し、親にねだって買って貰うと良い、とアドバイスをすると、そうする! と元気良く返事が返る。ねだってすぐには手に入らずとも、私と同じ様に誕生日にでも買ってもらえるだろう。親におねだりは子供の特権。
 ペンダント自慢をしてから、私達は徒党を組んで大人の目を盗み、いつもの様に村を取り囲む森の中に入る。幼馴染み達は大人達に入ってはいけないと言われている森にこっそり入る事にスリルを感じているらしかった。かく言う私も毎回ちょっとドキドキする。
 しかしぶっちゃけた話、実は大人にバレバレ。
「ディアちゃん(私の愛称)がついてるなら無茶はしないだろう」
 と見逃されているのが実情。責任重大だ。信用され過ぎじゃないのかとも思うけれど。
 森と言っても村から半径三百メートル付近にモンスターが現われる事は無い。三百メートルを越えるとケルビやモスなどのおとなしい草食モンスターがちらほらといて、六百メートルぐらいから稀にランポスを見掛ける領域に入るので、四百メートルを絶対線にそれ以上進まない様手綱を取る様にしている。
 村の周辺の森で取れるのは利用価値ゼロで売る事すら出来ない虫や、ちょっと鮮やかな色をしているが特に効能も無い雑草。稀にアオキノコや苦虫を見つけると大喜び。
 それでも別に小金稼ぎに来ている訳でも無いので十分楽しい。実際に集めた物に価値があるかどうかは関係無い。
 瘤や洞に足を引っ掛けて木に登ったり、意味も無く落とし穴を掘ってみたり(村人が引っ掛かるといけないので後でこっそり埋めておいた)、大きめの石をCの形にぐるりと積み上げ土を被せ、上に枯れ枝と葉を乗せて秘密基地と称したカマクラもどきを作ってみたり。
 秘密基地の中には各々宝物を持ち寄って隠した。いつの時代、どの世界でも子供がやる事は同じなんだな、としみじみ感じる。一緒になって喜々としてボンザさんに貰った氷結晶を隠している私は童心に帰って遊んでいるのであって断じて精神退行をしている訳では無い。
 マックスの竜骨【小】や私の氷結晶の他にペイントボールや空き瓶、クーラードリンクなども隠されてちょっとした支給品ボックスになっている秘密基地は私達の活動拠点だ。
 そして今日はザバロが持ってきた棒状の骨でちゃんばらごっこをした。非力な子供では全力で打ち合っても痣にすらならず、しかし目に入ると危ないので頭は狙わないというルールの下で八人トーナメント。
 優勝はぶっちぎりで私だった。四歳から七歳のグループで、五歳の女の私が七歳の男(マックス)を手も足も出させず叩きのめすという快挙を果たす。
 多分大人の記憶があるからなのだと思うのだれど、身体が軽く、相手の動作がとても緩慢に見えた。効率の良い身体の動かし方を知っていると言うのは大きい。
 しかし誰に叩かれても全然痛くなく、逆にフルスイングで青痣を作る事が出来るのはどういう事なんだろうか。幼馴染み達は叩かれればしっかり(少し)痛がり、ポカポカと微笑ましいド突き合いをしていると言うのに私だけ手加減しなくてはいけない。
 やったあ強くてニューゲーム! と言うよりはなんだか仲間外れにされているような気がして悲しくなる。
 それにしてもリーダーシップと腕っ節が両方あると言う事はこれはもう生まれついての餓鬼大将だったのか。
 体は子供頭脳は大人、と言ってもこれは天才も二十過ぎればただの人、の類の頭の良さ。転生して頭の回転が早くなった訳でも閃く様になった訳でも無く。
 アルビノの容姿もこちらでは珍しくもなんとも無いので、私の特色は人を惹きつける才能と腕っ節にあると言えよう。
 五歳にもなると遊ぶばかりではなく段々と家事の手伝いをするようになる年齢。小川から小さな桶で水を汲んで来たり、食材の皮剥きの手伝いをしたり、簡単な調合を教わったり、家庭によっては子守もする。そうした様々な手伝いをする内に少しずつ自分の得手不得手や好きな事嫌いな事を発見し、将来の職を決める判断材料にしていくのだ。
 私の両親はホピ酒の醸造をしていて、私はその手伝いをしている。が、これを一生の仕事にする気があるか? と問われれば首を傾げてしまう。酒造りがやりたくないという訳では無いけれど、漠然と将来就く仕事はこれではないと思っている。
 幸い親の仕事を子供が継がなければならないというような江戸時代的習慣は無い世界だから、一代で終わらせてしまっても気に病む事は無い。私の家の他にもホピ酒醸造をやっている家はいくらでもあるし。私がホピ酒造り以外のどんな職を選んでも、両親はきっと祝福してくれる。
 この世界の就業年齢は日本に比べて低く、大体十三歳、遅くとも十五歳には職に就く事になる。私もあと十年もすれば働いているのだ。
 十年後、私は一体どんな景色を見ているのだろう?













 ちゃんばらトーナメントを終えた私は、まだ門限まで時間があったので、幼馴染みの一人の緑髪碧眼のロレンス(5)と共に農場に遊びに行った。残りの六人は家に帰ったり雑貨屋を覗きに行ったりしている。
 バッパ農場は丁度50Mプールと同じぐらいの広さの木の柵に囲まれた農場で、主に畑がその大部分の面積を占めており、三匹のアイルーによって管理されている。
 農場の入口から奥まで畑の畝が何列も続き、手前と奥で畑を二分するように小川が横切っている。小川は農場の端で小さな池を作っていた。草むらは農場の一番奥。
 農場から発生する権益は基本的に全て村付ハンターの物だ。しかし私はボンザさんに許可を取っているし、農場で手に入れた物はボンザさんに渡しているので何も問題無い。私とロレンスは農場の入口で昼寝をしていたアイルーに釣竿(ルアー)を借り、池のほとりで糸を垂らした。勿論釣果は全てボンザさん行きなのだけど、三匹釣ると一匹ぐらい分けてくれるのでそれを目当てに、という下心も無くは無い。始めてサシミウオを食べた時はその美味しさに驚いたものだ。
 ルアー釣りは釣りミミズや釣りフィーバエなどの餌を使った釣りよりも掛かり難い。魚も「何か妙だぞこの餌」「ペロッ……この味は……ルアー!」とでも思っているのだろう。もっと馬鹿になればいいのに。
 池にいるのはサシミウオ、ハリマグロ、キレアジ、はじけイワシに眠魚。種類は少なめ。なんで淡水にマグロやイワシがいるんだという疑問は受け付けない。あれはマグロという名の淡水魚だから。第一絶命時にはじけ飛ぶという意味不明な進化を遂げた魚がいるのだから、海水魚が小川にいるぐらいでグダグダ言っても仕方無い。
 三十分ほど糸を垂らし、魚籠に入っているのは十一匹。私が釣ったのは三匹だけ。同じ釣竿なのになんでこんなに差が出るんだろうと理不尽を感じている間にロレンスはまた一匹釣り上げた。普段は年下の女の子の前ですら気弱におどおどしているくせに、釣りの時は心なしか顔に自信が満ちている。
「私にはどうしてそんなに簡単に釣れるのか分からないよ……」
「え……めいきょうしすい?」
「どこで覚えたのその言葉」
「お父さんが教えてくれた」
 ロレンスパパか。今度釣りの極意を教わりに行ってみようか?
 夕方になり、こぶりの魚籠が一杯になった頃に私達は引き揚げた。そのほとんどがロレンスが釣ったものだ。ロレンスは釣り名人スキルでも持っているのか。
 魚籠を届けるとボンザさんはロレンスと私を誉めちぎってよーしよしよしと撫でまくり、特に脂の乗ったサシミウオを気前良く家族の人数分分けてくれた。良い人だ。
 そしてその日の晩は活きの良い新鮮な刺身に舌鼓を打つ事になる。サシミウオ万歳!



[27691] 四話
Name: クロル◆bc1dc525 ID:f1d24a21
Date: 2011/05/09 07:42
 六歳の冬の日、私は居間の暖炉の側でマフラーを編んでいた。母の物と比べると下手くそも良い所だけれど、編みかけのマフラーを見た母は誰でも最初はそんな物だと笑った。
 父は今年のホピ酒を雑貨屋に納めに行っているので、母娘二人の静かな一時だ。
 母はガウシカの毛皮で父の新しいコートを縫っている。ハンターが防具に転用するようなタイプでは無く、もこもこしていてちょっと動き難い代わりにとても暖かいコート。今私が編んでいるマフラーとセットで日頃の感謝を込めてプレゼントする予定だった。自然、せっせと動かす手にも気合いが入る。
 窓の外にはしんしんとみぞれ雪が降っていて、秘密基地が雪の重みで壊れないと良いのだけど、と心配になる。冬の間は雪に足跡がついてしまうので、こっそり森に入って見に行く事は出来なかった。
 去年雪で潰れてしまった反省を生かして多少頑丈に作り直してみたけれど、所詮子供の仕事。ボンザさんの話を聞いたり数年この世界で暮らしたりで大自然の力の一端を知っている身としては、せめて半壊ぐらいにとどまっていてくれれば、と消極的に祈ってしまう。
 上位のハンターともなるとその自然の脅威を操る古龍と事を構える訳で、人間の逞しさにほとんど呆れる。グラビモスの熱線をまとも喰らって骨も残らなかったハンターの話もあると言うのに、そのグラビモスを遥かに上回る古龍達に怯む事無く立ち向かうハンター達。ハンターが様々な面で優遇されている理由も分かろうというもの。
 父も結婚前はハンターをやっていたと聞くけれど、ドスランポスに勝てず、結婚を期に引退。ヘタレと罵る事なかれ。ハンターほどピンキリな職業も早々無く、ゲームで言う雑魚モンスターは狩れるけどボスは無理、というハンターはゴロゴロしている。
 ボンザさんによれば、最近のハンターの人口を分類すると、
HR1:40%
HR2:15%
HR3:15%
HR4:20%
HR5:6%
HR6:3%
HR7:五人
 となっているとか(概算)。
 HR1の割合が多いのはハンター就職の敷居の低さが理由になっている。クエスト中に命を失っても文句を言わない、という宣誓とギルドでの手続きをすれば誰でもハンターになれるからだ。
 有象無象のハンター達はここでふるいにかけられ、多くが「モンスターと戦うのが怖い」「再起不能な怪我をした」「やっぱり他の職の方が良い」などの理由で辞めていく。
 父が辞めたのは三番目の理由が大きい。余程才能が無いのでも無ければ後遺症の残る大怪我をしない限り努力次第でHR3までは辿り着けると言うから、父が酔っ払う度にしつこく言う「もう少しでドスランポスにトドメを刺してやれた」という台詞は負け惜しみという訳でも無い……はず。
 ちなみに父が持っている紙のギルドカードはハンターを辞めた記念にそのまま持つ事にした物だそうで、表面に大きくバッテンが描かれていてハンター証としては使えない。
 マフラーを編む手が疲れて一休みしている間、私は母に父の若い頃の話をねだった。具体的にはハンターをやっていた頃の話。
 父は現役最後のクエストとして結婚指輪に使うセクメーアパールを堀りに一人砂漠まで行くという無茶をしたそうで、ドスガレオスに追われてほうほうの体で逃げ帰って来たものの、なんとかお目当ての品を掘り出したと言う。
 そのセクメーアパールの結婚指輪が今母の指で輝いているものだ。
 ハンターは、ただモンスターと狩るか狩られるかの命のやり取りをするだけの職業では無い。それを感じさせてくれるロマンチックな話で、私は好きだった。
「ディアはハンターが好きねぇ」
 幾度目かになるピッケルを担いでキリッとした顔で出立する父を見送った時の話を聞いていた私は、母に言われて首を傾げる。
「そう?」
「だって口を開けばハンターの話ばっかりしてるじゃない。ボンザさんの家にも入り浸ってるでしょう?」
「…………」
「ディアはハンターになりたいの?」
「……うぅん、どうだろ?」
 ハンターも私の進路の選択肢には入っているものの、安易にハンターになりたいとは口に出せない。
 ハンターという仕事に魅力を感じているのは否定しないけれど、いざモンスターと命のやり取りとなった時に足が竦んでしまいそうだった。いくら同年代の子と比べて身体能力に優れていると言っても、それだけで何とかなるほどハンターは生易しい職業では無い事を私は知っている。
 眉根に皺を寄せる私の頭をふんわり笑った母が撫でてくれる。
「焦らなくていいの。ゆっくり悩んで、悔いの残らない様に決めなさい」
「……そうする」













 バッパ村のあるミナガルデ地方は西シュレイドと東シュレイドに分かれており、その間に緩衝地帯となる旧シュレイド城がある。旧シュレイド城は東西に分裂する前の王国の城で、強大な龍……まあミラボレアスに滅ぼされた城でもあるがそれは今は置いておこう。
 西シュレイドの王都ヴェルドも東シュレイドの首都リーヴェルもバリバリの都会で、驚くべき事に周囲一帯にモンスターが居ない。一生をランポスどころかアプトノスすら見ずに終わる人も多いだとか。もっともあちらにしてみれば日常的にモンスターに囲まれて生活している私達の方が信じられないらしいのだけど。
 王都の住民は王都以外のモンスターが出る地域を辺境と呼び、人外魔境の扱いをする。しかし近年辺境の開拓は著しく、各地に作られた新興の村々は王都を遥かに上回る活気に満ち、強大なモンスターに対抗する必要性から技術力も高い。辺境の方が様々な面で王都よりも進んでいる現状だ。
 そもそもの話、私達が住んでいる大陸の99%は「辺境」に分類されていて、そこまで行くとむしろ王都の方が辺境なんじゃないかなと思ってしまう。モンスターが出ない=安全、の公式が当てはまると言えば当てはまるものの、普段からモンスターが出没せず対策がない地域に強大な龍が現われたらあっさり壊滅するのは自明。現に分裂前のシュレイド王国はそうして滅びたと言うし。
 つまり何が言いたいかと言うと。
 王都から稀に来る観光客は、辺境(笑)の村の私達の視点からすると往来を歩くアイルーにすらいちいち驚くおのぼりさんにしか見えず、絶好のカモである、という事だ。
 辺境を知らない彼等は何でも珍しがって金を落としていく。モンスターを素材の状態でしか見た事が無く、乗り物を引くアプトノスに大興奮。なんだか見ていて微笑ましい。
 ただでさえ多くない観光客の大部分が辺境最大の街ドンドルマや砂漠の街ロックラックに行ってしまうとは言え、バッパの様な新興の小さな村にやって来る物好きも居ない訳では無く。
 そんなたまの物好きの相手をするボンザさんを私とロレンスは物陰から観察していた。
 あれはなんだこれはなんだと市場の品を指差しては盛んに質問する見なりの良い男に、ボンザさんはいつもより快活さ三割減の笑顔で説明していた。大変そうだ。
「……ねぇ、なんでぼく達こんな事してるの?」
 頭の上に私の顎を乗せられたロレンスが窮屈そうに言った。家の戸口の脇に置いてある大瓶の陰しゃがみ込んだロレンスの背後から私がのしかかっている形になっている。
「こんな事って?」
 私は逆さにした玉葱の様な青いキノコ(アオキノコ)をまとめ買いしている男から目を離さずに問い返した。
「びこうの事」
「見てて面白いから」
「……ディアっていつもは大人なのにときどきすごく子供だよね」
「面白く無いならロレンスは帰っても良いよ?」
「ぼくが帰ってもディアは続けるんでしょ?」
「うん」
「じゃ、一緒にびこうする」
「そう……あ、動くみたい」
 私達は物陰から出て、買い物袋を一杯にした満足気な男と、やれやれと小さく肩を竦めたボンザさんの後をこっそり追った。
 市場を抜け、大通りを進む。やがて二人はギルド出張所の中に入ってしまった。私とロレンスは足を止めて顔を見合わせる。
「どうするの?」
「……んー、ギルドの中は無理かな」
 マックスだったら窓から中を覗いたり忍び込んだりしそうだけど、私はそこまでする気にはなれない。子供は立ち入り禁止という規則は無くても、鎧を身に着け武器を持ったハンター達がたむろする場所に足を踏み入れるには私達はあまりに場違いだ。
 出て来るまで待ち伏せるという手も考えたけれど、厚いコートを着ているとは言え冬の日にいつまでとも知れない待機をする気力は流石に無い。
 私が撤収を告げるとロレンスはほっとした顔をした。そんなに嫌なら無理に私に付き合わなくても良かったのに。
 さあ帰ろうと踵を返すと、視界の端に見覚えのあるた茶髪――――マックスと同じく茶髪のザバロがキョロキョロ挙動不審に周囲を伺いながらギルドの入口付近をウロウロしているのが目に入った。私達に気付いた様子は無い。二人は二言三言ヒソヒソ相談すると、忍び足でギルドの裏手に消えて言った。あちゃあ。
「あーあ……おこられるね、あの二人」
 私の視線を追って別ルートで尾行していたらしい二人組を見送ったロレンスがため息を吐いた。
 私は黙って肩を竦める。正面から入れば優しく「子供が来る所じゃない」と諭されるぐらいで済むのに、裏口から忍び込んだりしたら大目玉確定。変に冒険心を出すから……
 こうやってちょっと火傷して大人になっていくのだろうな、と自分も子供なのに人事の様に思った。私はその辺りの分別を既に身に着けてしまっている。無茶にはやっていい無茶と駄目な無茶があるのだ。
 この日は観光客の男が家のホピ酒をごっそり買って行ってくれたので、夕食は贅沢に具沢山のホクホク鍋になった。
 翌日マックスとザバロが痛そうに頭を押さえていたのにはちょっと笑ってしまった。
 そんな冬の日々。



[27691] 五話
Name: クロル◆bc1dc525 ID:f1d24a21
Date: 2011/05/09 14:11
 うららかな春の陽射しについつい居眠りをしてしまいたくなる初春、七歳になった私は自宅の居間で調合書①を片手に調合の練習をしていた。
 調合書①には回復薬、栄養剤、解毒薬、素材玉などの初歩的な調合の手引きが載っている。表紙の裏に書いてある序文によれば「精神を集中させ、アイテムを丁寧にマゼマゼする。これこそが、調合の基本であり極意である」らしいけれど、「マゼマゼ」という言葉のせいでなんだかおちょくられている気分になってしまう。書いてある内容は真面目なのに。
 釈然としないながらも私は「回復薬」のページを開き、調合を始めた。材料は一本20zの薬草と同じく一本20zのアオキノコ。失敗すれば40zがパァだ。しかし成功すれば買値66zの回復薬になる。26zも価値が上がっているのは回復薬を詰める瓶代と栓代と手間の分。
 まず小鉢に緑の葉の薬草を入れ、乳棒でゴリゴリとする。葉が潰れて汁が出て、ドロドロした真緑の液体になった所で手を止め、今度は別の小鉢でアオキノコを擂り潰した。乾燥したアオキノコはあっと言う間にパサパサした青い粉になる。ここで乾燥が不十分なアオキノコを使うと失敗の原因になる。
 ムラ無くすれた事を確認し、アオキノコの粉を真緑の液体に投入。ドロッとした濃い緑の液体に青い粉が浮いている。若干気持ち悪い。
 そしてヘラを使ってすりきれなかった粒を潰しながら混合液を丁寧にマゼマゼ。マゼマゼ。マゼマゼ。
 しばらくマゼマゼしていると真緑の液が透明感を帯び始め、色が薄くなり粘り気も消え、サラサラした緑の液体になった。
 回復薬の完成だ。
 底にアオキノコの粉が沈殿していないのを確認した私は、回復薬を瓶に注ぎ、蓋をして一息つく。初歩の初歩だけあって簡単だった。確かに小鉢をひっくり返したりせず、丁寧にマゼマゼすればまず失敗しない。
 回復薬は専ら傷薬として使われる。火傷、打ち身、切り傷など、何にでも使えるオールマイティーでポピュラーな薬。ただし風邪は無理。風邪には栄養剤を使う。
 飲んで良し塗って良しの薬で、味は可も無く不可も無く。炎症を抑えたり傷の治りを早めたりと言った作用があり、作ってから半年ほどは保つ。半年を越えると徐々に色が濁って劣化していくので、その時が替え時だ。
 今回は家の救急箱に入っていた回復薬がその替え時になったので、私が調合の練習を兼ねて補充する事になっていた。回復薬ぐらい大きな出費でもないので普通に店で買えば良いのだけれど、父がハンター時代に買った調合書①があるので、家ではせっかくだからと調合している。
 私は生まれて初めて調合した出来たての回復薬を達成感に浸りながらしばらく見つめてから、腕まくりをして次の調合に取り掛かった。












 七歳と言えば前世で言う小学二年生の年齢だ。思春期はまだでも、男女の差を意識し始める。
 私達幼馴染みグループの年齢層は六~九歳になっていて、年長のマックスやマックスとよくつるんでいるザバロなどは盛んにリリィ(6)とヴィクトリア(7)をからかった。私をからかう勇気は無いらしい。ちゃんばらトーナメントでぶっちぎってから幼馴染み男組の目線が少し変わった気がする。
 この年頃の少年はむやみやたらに「ウンコー!」だの「バーカ!」だの「ハゲェ!」だのと叫び、男子と比べて精神の発達が早く貞淑な女子に嫌がられる。私は私の後ろに隠れる女の子二人に苦笑しつつも、調子付いた男共が頭の悪い言葉を投げ付けるのはこれも経験だと見逃す。
 私は女は蝶よ花よと育てられるべきではないと思っている。噛み付いてきた獣は棘で刺すぐらいの心意気は持った方が良い。しかし棘だらけになるのも問題だから、そこは加減が難しいのだけど。
 幼少期の男子とのこういった対立は後々の糧になると判断し、私はリリィとヴィクトリアをあまり庇わなかった。
 しかしスカートめくりをしたザバロには容赦無く昇龍拳を食らわせた。デッドラインは覚えろ馬鹿が。
 女三対男五のグループだから女が劣勢になるかとも思われたが、餓鬼大将の私が女側だったし、気弱なロレンスは男子と女子の間でオロオロしていたので概ね拮抗。双方大きな怪我や心の傷を負う事も無く、衝突を繰り返しながら少しずつ互いの距離感を測っている様だった。その距離感がどの程度のものに落ち着くのかはさて神ならぬ私には分からない。
 決定的な仲違いだけはしない様神経を尖らせていたが、幼馴染み達は皆根本的には良い子だったので心配も杞憂だった。リリィもヴィクトリアも女特有の陰湿さの兆候は見られない。私が居ない所で男子に陰口を叩いている可能性はあるのだけど。
「なんつーか、姐御って感じだな」
「はい?」
 ある日ボンザさんの家で月刊狩りに生きるを読ませて貰っていると、唐突にそう呟かれた。
 ボンザさんは研ぎ終わったはぎ取りナイフを鞘に納め、私に向き直る。
「その歳で餓鬼共をよくまとめてる。この前リリィがお前の自慢してきたぞ。ディアちゃんはいつも優しくて強くて可愛くて格好良くて以下略とかなんとか」
「私も餓鬼なんですが」
「ははっ、よく言うよ」
 ボンザさんは面白そうに笑い、口笛を吹きながらペイントボールの調合を始めた。先日のクエストでリオレウスから逆鱗を手に入れたそうで、かなり機嫌が良い。大剣を新調するとか言っていた。
 ゲームと違い倒したモンスターの素材の八割はハンターの物になり、売ろうが使おうがハンターの勝手。命を懸けているのだから当然だ。
 残り二割はギルドへ納める。こちらは街や村の防備やギルド従業員の人件費、モンスターの調査費などに充てられる。
 こういったハンター知識を私は既に数年かけて少しずつ学んでいるのだけど、最近になってハンター志望の幼馴染み四人(ヴィクトリア、マックス、ザバロ、マイクロフト)もやっとボンザさんの所に顔を出す様になりはじめた。今まで来なかったのは表に飾ってあるリオレウスの頭の剥製が怖くて尻込みしていたのだろうと私は推測している。
 別にハンターになるには現役ハンターの弟子入りしなければならないという規則は無い。ズブの素人でもハンターになるだけならなれる。それでクエスト中に死んでも自己責任だから。
 もっともだからと言って無為に新米ハンターの命を散らしてしまうのはギルドの望む所では無く、新人教育の場として設けられているのが訓練所。自由に利用でき、受講料無料。ただし訓練中に得たアイテムは全て受講料代わりに回収される。
全く予備知識無しにハンターになっても訓練所を利用すれば基礎が(時間をかければ応用も)身に着く仕組みになっているのだ。
 それでも事前にハンターに師事していれば訓練時間を短縮できたり省いたりできるのは事実。ハンターにならずとも、辺境で生きていく上では得た知識は決して無駄にはならないだろう。
 ハンター志望の幼馴染み四人の内、一体何人がハンターとして生きる事になるのやら。ボンザさんによれば一番才能があるのはマックスらしく、私と比べれば非常に見劣りするものの意外と知識の吸収が早いそうで……まあ精神年齢三十歳分のアドバンテージがある私と比べるのは間違っている気がするけれど……
 月刊狩りに生きるのページをめくる手を止めて思考に没頭していた私の頬に不意にひんやりとした感触が。
「ひゃっ!」
「冷やしたミラクルミルクだ。飲むか?」
 頬に桃色がかった牛乳瓶を当てられた私は変な声をあげてしまった。咳払いをして誤魔化し、瓶を受け取りながら首を傾げる。
「ミラクルミルクって高かったと思うんですけど……いいんですか?」
「ああ気にするな、貰い物だからな。それに俺は牛乳あんま好きじゃない」
「なら有り難く」
 肩を竦めて言ったボンザさんに礼を言い、私は仁王立ちになり腰に手を当て一気に飲んだ。まろやかな味わいのミルクが喉を潤し、なんだかほわんと幸せな気分になる。ああ美味しい……高いだけある。
 私は逆さにして最後の一滴まで飲んで空になった瓶をボンザさんに返し、ほふぅと息を吐く。
「美味かったか?」
「ボンザさんに申し訳なくなるぐらい」
 私の返事を聞いたボンザさんはあっはっはと笑った。よく笑う人だ。
「腕利きハンターになれば浴びる様に飲めるさ」
「まだハンターになるか分からないですけどね」
「……は?」
「……え?」
 顔を見合わせる。ボンザさんが物凄く不思議そうな顔をしていた。なぜそんな顔で私を見る?
「ならないのか?」
「いえ、ならないのでは無くなるかどうか分からない、です」
「お前……ここまでしておいてそれを言うか」
「ここまでとは?」
 私の言葉にボンザさんは額に手を当て大仰に呆れたため息を吐いてから指折り数え始めた。
「目をキラキラさせながらハンターの話を聞いて、真剣な顔してギルドの仕組みを聞いて、釣りの腕を磨いて、家で調合の練習をして、幼馴染みと棒状の骨で殴り合いをして、武器を研ぐ練習をして、熱心に狩りに生きるを読み耽って、それでもハンターにならないのか?」
「…………………………おー」
 今気付いた。言われてみれば確かにハンターを目指しているとしか思えない行動のオンパレード。
 ハンターになろうと思ってやったのではなく、興味を惹かれた事をやっていただけなのにどれもこれもハンター業に結び付いていた。……それだけハンターという職業があらゆる物事に関わっているという事もあるのだろうけど、私のこの行動履歴が示しているのは単にそれだけだとは思えない。
 適性の高い職業を楽しみながら続ける事が出来る時、人はそれを天職と呼ぶ。私の天職はハンターなのだろうか?
 自分の出自に思いを馳せる。
 前世にはモンスターハンターというゲームがあり、何の因果かそれに近似した世界に転生してきた。
 なぜポケットモンスターの世界では無かったのか? なぜドラえもんの世界では無かったのか? 無数にある創作物の中で、なぜ、モンスターハンターの世界に転生したのか?
 勿論単なる何かの偶然でモンスターハンターとよく似た平行世界に零れ落ちた可能性も否定できないけれど、私は前世でもっともハマった――――シリーズ通してのプレイ時間は1000時間に迫るだろう――――ゲームに似た世界に転生したという事実に運命めいたものを感じずにはいられない。
 前世のゲーム云々の思い入れと、この世界で確かに暮らしてきた思い出と実感と、命を懸けるモンスターハンターという職業。
 それら全てを纏めて吟味して考えた私の結論は――――



[27691] 六話
Name: クロル◆bc1dc525 ID:f1d24a21
Date: 2011/05/09 12:24
 あの時出した「保留」という結論になっていない結論は臆病の現われではなかったのかと、年を跨ぎ八歳になった今もよく考える。考え続けている、と言った方が正しいか。
 ハンターになりたいという自分の気持ちは自覚したものの、やはり死ぬのは怖かった。
 前世で軽く嗜んでいた転生系二次創作によく「平和な日本で育った転生者が命を賭ける覚悟を云々」という題材があった。転生先で厳しい現実に直面し、命について深く思いを巡らせる、というもの。
 どうやら私も例外では無かったらしい。
 今世の世界では前世の日本よりも死が身近にあるのは間違いの無い事実。しかし命の価値が軽いか? と問われればそうではないと断言できる。この世界の生死観は非常にシンプルだ。
 即ち、狩るか、狩られるか。
 モンスターに狩られるという死が身近にあるからこそ、死というものを日本よりも特別視しない。必死に生きようとするが、それでも死んでしまった場合、自然の営みと簡単に片付けられる。遺族は悲しむが、すぐに立ち直り強く生きていく。
 確かにそれは間違っていない。死を決して軽く見ずしかし重くも見ない、より自然に近い自然な観念だと納得できる。
 ところが私には日本人の記憶という余計なものがついている。こちらよりも遥かに死が重々しく扱われる世界の記憶。
 幼馴染み達は死を理解した上でハンターを目指している様に見える。頭で分かっていても実感として死というものを理解しているかは疑問だけれど、取り敢えず理解している。
 妙に精神が発達してしまっている私にはそんなに簡単に命を賭ける事が出来ない。平和な世界の記憶がある分、生と死の迷路に深く迷い込んでいた。
 ハンターは天職なのだろう。とても魅力を感じるし、才能もある。しかし命を賭けてまで就きたい職業だろうか? 覚悟を決めたつもりでも、いざモンスターの爪と牙を前にした時に怯えて逃げ出さないと言えるだろうか?
 モンスターが怖いという感情を笑う者はいない。それは一流ハンターでも古龍を相手にした時嫌でも抱く感情だから。
 それが分かっていても、純粋にまっすぐハンターを目指している幼馴染み達がとても勇敢に眩しく見え、怯えて迷っている自分が酷く醜く思えた。
 私は誰よりも才能があり、誰よりも死を怖がっている。
 死ぬのが怖いのは皆一緒だ、とボンザさんは事も無げに言った。死を恐れてハンターを辞めても後ろ指を指す者は居ない、とも。
 震えながらでもハンターになればクエストをこなす内にやがて慣れていくのかも知れない。死を感じつつも捩じ伏せられる様になるのかも知れない。一流として幅を利かせているハンターも初めはへっぴり腰だったのだろう。
 それでも、最初の一歩が踏み出せない。
 一度ハンターになってみて駄目なら家業を継げば良いと父は言う。それはそうなのだけど、ゲームでもあった様に初心者採取クエストに飛竜が出て来た逸話もちらほらとあり、その「ちらほら」に私が当てはまってしまう可能性を考えると気後れする。
 そんな日々鬱々と考えに沈む様になった私を決定的に変える出来事が起こったのは、ある暑い夏の日の事だった。















 この世界の季節は春に相当する繁殖期、夏に相当する温暖期、冬に相当する寒冷期の三つに分けられる。これは主に季節が仕事に強く影響するハンターが使う区分で、一般人には春夏秋冬で一年を分ける者もいる。秋は温暖期と寒冷期の中間。どちらを使っても一応通用するから、私は専ら四季を使っている。
 比較的北の山裾の村とは言え夏はやはり暑く、半袖シャツにハーフパンツという身軽な格好になった私は今日も幼馴染み達と遊ぼうと森の入口に向かっていた。
 最近心配をかけないように隠してはいるものの結構鬱屈していて、幼馴染み達との遊びの時間は良いストレス解消になっていた。身体を動かしていると悩みも忘れる。
 店主に断ってから雑貨屋の裏の井戸で冷たい水を飲み、口を拭いながらいつもの集合場所に到着した私は眉根を寄せる。何か様子が変だ。
「どうしたの?」
 妙にそわそわしている一行に駆け寄って問い掛けると、ザバロに小突かれたマックスが代表しておずおずと言った。
「あのさ、ロレンスが……」
「ロレンスが?」
 さっと目を走らせるがロレンスの姿は無い。一気に数段飛ばしで嫌な予感が強まった。
「一人で森に……」
「……それは、私を待ち切れなくて先に秘密基地に?」
 そうであって欲しいと思いながらも違うという確信があった。それだけなら皆がこんなに不安そうにしている訳が無いし、気弱なロレンスが一人先行するとは考え難い。
 やはりと言うか、マックスは首を横に振った。
「俺が来た時にはもうそこの切り株にメモが置いてあった」
 マックスが差し出した小さな切れ端をひったくる様に受け取り、震える手を抑えながらそこに書いてある文字を読んだ。




『ケルビの角をとってきます。すぐにもどります

    ロレンス』




 一瞬、頭が真っ白になった。馬鹿か。
 今は夏、温暖期。最も気温が上昇し、モンスターたちが活気づく季節。肉食モンスターも最も活発に行動する。具体的に言えば普段出没しない場所に出没し、草食モンスターを狙うほど。
 そんな危険な時期にケルビの角を? 温暖期の間は森の奥の方に入らない様、私からも口を酸っぱくして言っていたと言うのに、よりにもよってあの引っ込み思案なロレンスが?
「ディア? どうすんの?」
 愕然としていた私はマックスの遠慮がちな声で我に帰った。
 おどおどしている彼等の思考は手に取る様に分かる。ロレンスは心配だが、子供だけで森の中に探しに行くのは危ない。かと言って大人を呼べばいつも森に忍び込んでいたのがばれるかも……
 私は歯がみした。如何にも子供らしい、現状の危険度が分かっていない考え方だ。ためらっている間にもロレンスは命の危険に晒されていると言うのに。
 ロレンスの命と大人に叱られない事、どちらが大事なんだ! と怒鳴りつけたい気持ちを抑え、私は矢継ぎ早に指示を飛ばした。
「マックス、このメモを持ってボンザさんの家へ。マイクはギルドマネージャーの所へ。ヴィクトリアは村長の所。事情を説明すれば何とかしてくれるから。行って! 早く! ……それ以外はここでロレンスが帰ってこないか待ってて」
「……ディアは?」
 リリィの不安気な問い掛けに私は端的に答えた。
「連れ戻しに行く」
 答えながら私は身を翻し、背中にかかる驚いた様な制止の声を無視して森の中へ飛び込んだ。一刻を争う状況で呑気に大人を待ってはいられない。私ならば他の幼馴染みよりもロレンスを安全に連れ戻せる可能性は高い。
 大声でロレンスの名前を呼びながら、深く身を包む後悔と共に考える。
 今回の事態の原因は私にもある。普段から森に入っていなければ、森の中で私が危険を回避する様に皆をそれとなく誘導し危機意識を下げていなければ、こんな事にはならなかった。私がいれば手綱をとれるが、逆に言えばいなければ取れない。暗黙の了解で幼馴染み達は私が居ない時に森に入らない様にしていたが、それが破られる可能性は常にあった。
 油断していた。
 見通しが甘かった。
 今更どれほど猛省しても無駄。だから私は落ち葉や下草をはね飛ばして森の木々の中を必死に走り、大声でロレンスの名を呼ぶ。返事は無い。
 ロレンスはいつも秘密基地へ向かう時の道を使い、そこから更に奥に踏み入ったのだろうと推測した。ケルビから角をはぎ取るとなるとはぎ取りのための刃物が必要だ。家から持ち出した可能性もあるけれど……
 何度も通り踏み慣らされた細い道を駆け抜け息せききって秘密基地に辿り着くが、ロレンスの姿は無い。私は秘密基地の入口に立て掛けられた木の板を取って横に投げ捨て、中を覗き込む。
 壁に立て掛けられた数本の棒状の骨の内、先を削ってあった物が無くなっていた。やはりか。ロレンスはもう森の奥に行ってしまったらしい。
 私は秘密基地を飛び出し再び大声で名前を呼びながら駆け出した。
 ロレンスが無事ならそれで良し。この大騒ぎも何年後かには笑い話になるだろう。
 しかしそうでなかったら。運悪く――――決して低くない確率で――――ロレンスが襲われ、あるいは事切れていたら。
 私は、私の精神はどうなるのだろう。正気でいられるだろうか。
 ハッとしてネガティブな方向に引き摺られていた思考を引き戻し、きっと大丈夫と自分に言い聞かせる。今そんな悪い想像をしても仕方が無い。
 森の中でもケルビやモスがうろついている地帯に辿り着き、大声を上げる。走り回りながら、何度も何度も大声を上げる。
 何度叫んでも返事が無く、絶望が身を包み始めた頃。
 一本の太い木の後ろから、ロレンスがひょっこり顔を出した。
「……ディア?」
「……ロレンス」
 ロレンスの額には痣があって服に泥がついてはいたものの、元気そうだった。緊張していた身体から安堵と脱力で力が抜け、へなへなとその場にへたりこむ。
 ああ、良かった……
「だ、大丈夫?」
 慌てて駆け寄ってきたロレンスの頬に私はしなりを利かせて平手を放った。スパァン! と良い音がしてロレンスは尻餅をつく。訳が分からないという顔で赤くなった頬を押さえ、涙目になっているのが癪に障った。お前はどれほど私に心配をかけたのか分かっていないのか。
「こんの馬鹿!」
 私は立ち上がり、もう一度今度は反対の頬に平手を喰らわせてからロレンスの手を引っ張って立ち上がらせた。ロレンスは立て続けに頭を揺らされて朦朧としている。
「つ、角をはぎ取」
「うるさい黙れ。もう一発いく?」
 何か言いかけたので脅しをかけるとぷるぷる首を横に振った。素直で宜しい。
 ロレンスの手を引っ張って木の後ろを覗くと、手足を蔦で縛られた雄のケルビがジタバタしていた。角には切れ込みが入っていて、側には尖った棒状の骨が落ちている。作業の途中だったらしい。
 でも知らない。
 体格に恵まれているとは言えないロレンスがケルビを捕獲できた事には少し驚いたけれど、ここは危ない。一度村まで戻り、このケルビの角は後でボンザさんにでも任せた方が良い。あの棒状の骨で角をはぎ取ろうとしたらかなり時間がかかりそうだった。
 ロレンスが肉食モンスターに襲われなかったのは運が良い。この運が続いている間に村に戻らなければ。
 私は口をもごもごさせているロレンスをきつく睨んでから、手を引いて村に戻ろうとして、
「…………」
 視線の先に青い鱗を見つけてしまった。
 さぁっと全身から血の気が引く。どうやら既に運は尽きていたようだった。
 私の視線を追って息を飲んだロレンスを背中に隠しながら、十メートルほど先の木の陰で姿勢を低くしているモンスターを観察した。
 橙色のトサカ、黄色い嘴、ひょろりと長い尻尾に、二足歩行で、手には獲物を引き裂く鉤爪。全身を青い鱗で覆われている代表的な小型肉食モンスター。
 竜盤目・鳥脚亜目・走竜下目・ランポス科、ランポスだ。成体の全長は578cm、全高194cm。
 数値や絵では知っていたけれど、実際に見て思った。
 どこが「小型」モンスター? 大人の男より大きいじゃないか。
 私はジリジリと後ろに下がる。明らかにランポスの黄色い目は私達を捉えていたけれど、距離をあけるに越した事は無い。
 ロレンスがガタガタ震えているのが背中越しに伝わってきた。悲鳴を上げないだけマシだ。
 少しずつ下がりながら身に着けたハンター知識からランポスの情報を引き出していた私はふと重要な事を思い出して凍り付いた。
 ランポスは集団で狩りをするモンスター。一匹見つけたら五匹はいると思え。
 ただでさえ引いていた血の気が更に引いてクラッときた。ゆっくり距離を取っている場合じゃない。ここはなりふり構わず駆け出す所だ。なんとか囲まれる前に!
「走るよっ!」
「え!?」
 びっくりしているロレンスの手を引いて私は駆け出した。突然引っ張られたロレンスは足をもつれさせたがなんとかついて来る。
 しかし私が走りだした途端に静観していたランポスがギャ、ギャ! と甲高い声を上げた。
 途端に死にもの狂いで走っていた私達の前方五メートルに別のランポスが飛び出し、急ブレーキをかけた。
 反転して駆け出そうとするとそこにも数メートル先にランポス。右手にも左手にもランポス。
 最初の一頭を含めて五匹のランポスが私達を完全包囲していた。
 もう笑うしかない。頭の中に「ランポスは仲間を呼んだ! ランポスBが現われた! ランポスCが現われた! ランポスDが現われた! ランポスEが現われた!」「クローディア達は逃げ出した! しかし回り込まれてしまった!」というくっだらないメッセージが立て続けに思い浮かんだ。人間、追い詰められると現実逃避をしたくなるらしい。
 私は前世で聞いた国民的RPGの戦闘音楽をリフレインさせはじめた自分の頭を一発殴って正気に戻す。阿呆な事を考えている場合じゃない。
 私はかつてないほど脳味噌を高速回転させて考える。
 もう震え過ぎて密着した私までガタガタと揺らしているロレンスは役に立ちそうに無い。逃げるのは無理。防具も無しに防戦できる相手でも無い。無手の子供が倒せるなんて甘い幻想は捨てた方が良い。
 とにかく時間を稼げばボンザさんかギルドのハンターの誰かが駆け付けてくれるはずだけれど、その時間を稼ぐ手段が無かった。
 ……ああ駄目だ。詰んだ。死んだ。
 過労死の次は捕食されて死ぬのか。母よ、父よ、先立つ不幸をお許し下さい。
 ああ、短い第二の人生だった……と走馬灯に入りかけた私の耳にロレンスの嗚咽が聞こえた。
「…………」
 同い年の女の子の背中に守られてみっともなく泣いている声。声変わりもしていないその声は、なぜか不思議と消えかけていた私の生存欲を呼び起こす。
 この世界の生死観。
 即ち、狩るか、狩られるか。
 それを思い出した時、私は自然と呟いていた。
「狩ってやる」
「……え?」
 ランポスごときに狩られてたまるか。私は狩られる側じゃない。狩る側なんだ。
 意識が一瞬にして、完全に切り替わる。体の奥底から強い強い意思が無限に湧き上がっていた。
 人間を舐めるなよ、モンスター。獲物は貴様らの方だ。
 ギャ、ギャ、と頭を上下させ、勝利の鳴き声を上げながら包囲を狭めてくるランポスを睨み、何か使える物は無いかと見回すと、足元に先の尖った棒状の骨が落ちていた。ケルビの場所からは数メートル離れていたけれど、逃げる時に蹴飛ばしていたのか。
 棒状の骨を拾い上げ、先端を左後ろ下に向けて構える。太刀の構えだ。精々長さ 70cmの武器とも呼べない武器だったが、それを握り締める私の手に震えは無かった。
 驚くほど心が落ち着いている。お荷物を一人抱え、自分の二倍もあるモンスター五頭と戦う事になると言うのに全く負ける気がしない。むしろぞくぞくと武者震いがした。
 ランポスより三回りも四回りも小さくても、まだ資格を持っていなくても、今この瞬間、私は確かにモンスターハンターだった。
「ロレンス」
「な、何?」
 声を押さえ泣きじゃくっていたロレンスは私の落ち着いた声にびっくりした様に返事をした。武器を構えても取るに足りない些細な抵抗だと見なしたのか動きを変えないランポス達を睨みながら、私は静かに宣誓した。
「伏せてて。全部狩るから」














 私は真正面のランポスに向けて姿勢を低くして走り込んだ。成人男性に匹敵する私の駿足はランポスの不意を突く事に成功する。
 ランポスが一拍遅れて突き出した嘴を私はわざと紙一重で躱して懐に入った。遅い!
 狙うは無防備な腹。鱗の薄い腹の中でも特に脆い部分を私の目は感覚的に見つけていた。直感に従いそこに目掛けて全力で棒状の骨を振り抜く。
 真下からの切り上げを腹にまともに受けたランポスは、大きく裂かれた傷口から赤い血を噴き出させながら悲鳴を上げた。
 まずは一匹。
 一匹仕留めるのにかけた時間はほんの三、四秒でも、私の脅威を知るのには十分だったらしい。振り返ると二匹のランポスが左右から飛び掛かってきていた。
 私は振り返る勢いをそのままに回転しつつ、大上段に振りかぶった棒状の骨を袈裟がけに振り下ろす。
 一閃、右から飛び掛かってきたランポスの首から血飛沫が上がった。しかしそれだけでは勢いを殺す事はできず、絶命したランポスに地面に押し倒される。
 例え武器を持っていたとしても重量の差は如何ともしがたく、地面に仰向けに押し潰された私に左から時間差で飛び掛かってきたランポスの鉤爪が迫った。
 キラリと光る鋭い鉤爪を見て感じたのは、恐怖では無く諦観でもなく苛立ちだった。
 あんな鉤爪ごときに狩られるなんて冗談じゃない。今すぐこの邪魔な重しを退けて、回避し、迎撃しなければならない。
 私は全身に力を込めて私を拘束しているランポスの死体を押した。しかしぴくりとも動かない。普通の子供では力が足りない。
 でも私の力はこんなものじゃない。
 私はほとんど無意識に自分の身体に掛かっている三重のリミッターを感じ取り、一気に全て外した。どうやって外したのかと問われても分からない。ただ私にとってその行為は息をするにも等しいほど簡単なものだった。
 リミッターを外した途端全身に力が漲る。私はランポスの死体を足で蹴り上げ、腕で押し、鉤爪を振り下ろす寸前だったランポスに思いっ切りぶつけた。
 自分と同質量の物体と空中衝突したランポスはバランスを取れずに無様に地に落ちた。
 横倒れに倒れたランポスは二本の足を器用に使って立ち上がるが、私の方が早い。
 棒状の骨を横に構えて走り込む私は不意に何か不思議な力が獲物に溜まっているのを感じる。これは――――太刀を強化する力だ。
 私は本能の赴くままに「それ」を開放し、振りかぶった。
 突如棒状の骨が赤く揺らめく光を帯びる。
「は!」
 気合い一声、渾身の気刃斬りを放つと、狙い違わずランポスの頭は首から離れてくるくると宙を舞った。首討ち、一刀両断。
 しかし強力な一撃にチャチな獲物は耐えられなかったらしく、ランポスの頭と一緒に棒状の骨の尖らせた先端部分も折れて飛んでいった。
 私は舌打ちする。刃の部分が無くなった棒状の骨では単なる棍棒だ。長さも三分の二ほどになり、もはや太刀としては使えない。
 気刃斬りを放ち残心する私の背中に突然焼け付く様な痛みが走った。反射的に前転し、振り返ると鉤爪を赤く染めたランポスが着地する所だった。
 飛び掛かりの一撃を貰ったらしい。
 傷口から焼きごてを突っ込まれた様な灼熱の痛みが広がった。触らなくても分かる。かなり深い傷だ。
 私は歯を食いしばって悲鳴を堪え、短くなった棒状の骨を正眼に構える。正面に鉤爪から私の血を滴らせるランポス。その向かって右斜め後ろにギャ、ギャと威嚇の鳴き声を上げるランポス。その更に数メートル後ろに両手で頭を抱え俯せに伏せているロレンスは完璧に無視されている。ロレンスはランポスに脅威ゼロと判断された様だった。その方が私としてもやりやすい。
 自分の負傷具合と敵戦力を比べる。深手を負った状態で残り二頭。いけるかどうかは分からなかったけれど、狩らなければ狩られるだけ。今更怪我を負った状態で逃げるのは無理。やるしかない。
 私は棒状の骨を握り直し、雄叫びを上げて正面のランポスに殴り掛かった。
「ぁあああああ!」
 しかし乾坤一擲の一撃はバックステップで躱された。棒状の骨を振り下ろし、隙を見せた私に後ろにいたランポスが噛み付いてくる。私は咄嗟に棒状の骨を手放して横に転がり回避した。浅く落ち葉が積もる地面にめり込んだ棒状の骨は、無理に酷使したせいもあってかランポスの牙に噛み折られる。あれではもう使えない。これで武器は無い。
 嘲笑う様にギャ、ギャと甲高い鳴き声を上げるランポスに私は両手の拳を握り締めて答えた。
 まだ終わりじゃない。
 武器が無ければ殴り殺すまで。蹴り殺しても良い。
 こんな状況になっても未だ負ける気がしなかった。この底無しの自信がどこから来るものなのかは私にも分からない。
 体格差で言えば鉤爪とスパイクを装備したレスラーに素手の小学生が挑む様なものだ。無謀としか言い様が無い。
 それでも頭を蹴れば多少なりともふらつくだろうし、目玉を殴り抜けば苦しみもがくだろう。勝ちの目はある。
 背中の服に染み込みだくだくと流れて行く鮮やかな赤色の血が足元に滴る。止血もせずに激しい動きをしているのだから、早く手当てをしなければ失血死してしまう。時間はかけられない。
 今度は仕掛けてきたのはランポスだった。鋭い歯が並んだ嘴の噛み付きをスウェーで躱し、一歩踏み込んで脇腹に左のボディーブロウ。よろめいた所に頭天目掛けて右ストレートを放つ。そして器用に首を動かして右ストレートを避けたランポスのお留守になった足に渾身のローキックを見舞った。
 私の足は確かにランポスの足を見事に捉えたが、そもそも生物としての頑丈さが違うという事を忘れていた。ランポスのあの跳躍力は強靱な足腰に支えられたものなのだ。
 結果、ランポスの右足を折ると同時に、私の足の骨もバキリと逝く。
 私は想像を絶する痛みに呻き、たまらず地面に倒れ込んだ。なぜ武器を使わず格闘でモンスターに挑むハンターが居ないのか、その理由を身をもって知る。
 涙が滲む視界に振りかぶられた鉤爪を見た私は慌てて横に転がって躱す。コンマ数個前まで私の頭があった場所に最後のランポスの鉤爪が突き刺さった。
 チラリと横を見ると足を折られたランポスは立ち上がろうとジタバタもがいていた。アレは戦闘不能と見て良さそうだ。
 仕留めたのが三匹、戦闘不能一匹。残る一匹は負傷無し。そして私は満身創痍で立ち上がれず、武器すら無い。
 転がって避けるぐらいはできるけれど、右か左にしか転がれないからそう何度も避けさせてくれないだろう。
 それでも、私は死なない。絶対に生き延びる。ロレンスと一緒に村に帰ってみせる。
 私は再度振り下ろされた鉤爪を辛うじて避け、自分の足をランポスの足に深く絡ませた。そして全身を使って捻り、転ばせる。折れた骨が悲鳴を上げたがなんとか成功した。
 そのままあわよくば押さえ込もうとしたけれど、いくらなんでも無茶だったらしい。容易く足を撥ね除けられ、ランポスはあっさり立ち上がる。気のせいかランポスの濁った黄色い目には憤怒の色が見えた。
 絶対に殺す、という意思が透けて見える。
 私は苦笑した。残念ながらここでゲームオーバーだ。
 ランポスは片方の前脚で私の腹を押さえ、動けない様にしてから鉤爪を振りかぶった。
 この数分で何度も見た鈍く光る鉤爪を私は冷静に見つめる。
 そして次の瞬間、
 ランポスは脳天から真っ二つに両断された。
 ズズン、と地面を震わせる火の粉を散らした赤い大剣。最後のランポスに引導を渡したのは、ボンザさんの大剣レッドウィング。
 ゲームオーバーは私では無くランポスの方。頭に血が昇ったランポスは背後に迫る足音に気付いていなかったのだ。
 生命を強制終了されたランポスを蹴って退し、顔面を蒼白にしたボンザさんは私を抱き起こす。
「クローディア、大丈夫……じゃないなどう見ても。五分だけ耐えろ! 絶対に助けてやる!」
 生命の危機に晒された人間は具体的な目標を示される事で生きる気力を保つ、と前世で聞いた事がある。死にかけながらボンザさんの台詞を冷静に分析している自分にちょっと呆れた。奇跡的に窮地を乗り切った安堵から来るものだろう。
 服を裂いて背中に巻き付け簡単な止血をし、私をひょいと肩に担いだボンザさんは大剣を地面に突き刺した。反対の肩にずっと伏せていたロレンスを引っ張り起こして担ぐ。
 子供二人を担いだボンザさんは疾風の様に走り出した。意外と滑らかな走行だったけれど、一歩走る度に揺れて強烈に私の傷を刺激した。正直今にも気絶しそう。しかし一度気を失ったらそのまま永遠に目覚められなさそうだったので、私は唇を噛んで必死に意識を保っていた。
 あまりに痛過ぎて何がなんだか分からなくなってきた私の耳に小さな声が届く。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい――――」
 ……ロレンスがひたすらに謝っていた。
 それは誰に向けた物かは分からない。私なのか、ボンザさんなのか、村の皆なのか。
 私は少し迷い、激痛を押して右手を動かし、ロレンスの頭を撫でた。びくんと頭が震え、涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔を向けてくる。私は安心させる様にぎこちない微笑みを向けた。ここで怒りを向け、私が死のうものならロレンスの心に一生傷が残る。
 しかし自分が瀕死の癖に他人を気遣えたのはそこまでで、恐らくボンザさんが村の境の柵を飛び越えたのだろう、一際強い衝撃に全身を叩かれた私は絶叫と共にあっさりと意識を手放した。



[27691] 七話
Name: クロル◆bc1dc525 ID:f1d24a21
Date: 2011/05/09 16:24
 目が覚めて最初に目に入ったのは知っている天井だった。見慣れた高さにある見慣れた木目の天井がここは自宅の自室だと主張している。
 私はほぅ、と息を吐いた。
 どうやら生き延びたらしい。
 あれからどれぐらい時間が経ったのだろう、とぼんやり考えながら半身を起こすと、ベッドにロレンスが縋りついて寝ていた。私の足に頭を乗せ、寝息を立てている。新緑を思わせる緑の髪で顔は隠れていたけれど、シーツに涙の跡であろう染みが広がっていた。
 私は苦笑して……あれ?
「痛みが無い?」
 首を傾げる。
 おかしい。あれだけの大怪我を負ったにも関わらず全く痛みが無い。肩をぐるぐる回し、両手を握って開いて。
 確かに感覚は通っている。鎮痛剤や痛覚麻痺の類ではない。
 そっと服に手を入れて背中を探ると、どこまでも滑らかな肌の感触があるのみだった。
「え」
 唖然とする。
 え? なんで治ってる? 傷跡は?
 秘薬やいにしえの秘薬でもあそこまで深い傷を跡も残さず治すのは不可能だろう。一体私が気絶している間に何が起きた?そういえばロレンスの頭が乗っているのは折れた方の足のはず。こちらも痛みが全く無い。
「ぇぇえぇー……」
 私は思わず頭を抱えていた。どういう状況なのかさっぱり分からない。あれか。誰かにベホマでもかけて貰ったのか。この世界に魔法なんて無いけど。
 一人で悶々としても分からない。そう考えた私は私よりは状況を把握していそうなロレンスを揺り起こしたが、目を覚ましたロレンスは私の顔を見た途端にわんわん泣き出した。
 困り果てる。こんな時どうやって泣きやませたら良いのかさっぱり分からなかった。というかこれは泣かせておいた方が良いのか。私としてはこの身に起きた出来事を解説付きで一から十まで説明してから泣いて欲しいのだけど。
 ひたすら恥も外聞も無く大泣きするロレンスと縋りつかれたままオロオロする私、という構図は騒ぎを聞き付けた父と母が部屋に入ってくるまで続いた。












 ひとしきり両親に心配され、無茶をした事を怒られた後、ロレンスと両親が退席して入れ替わりにボンザさんが入ってきた。ボンザさんが一番上手く現状を説明できるから、とのこと。
 私が絶叫して気絶してから、慌てたボンザさんは見るからに健康なロレンスを村の柵の所に放り捨てて村医者の家に駆け込んだそうだ。村は蜂の巣をつついた様な大騒ぎになり、阿呆な事をしたロレンスはロレンスパパとママにこっぴどく叱られた。
 ロレンスが叱られている間に私の緊急手術が行われる。背中の深い傷はもとより出血量が尋常では無かったらしい。
 それこそ何故まだ死んでいないのか分からないほど。
 ここで発覚したのが私が先天的に持っていたスキルの一つ、「根性」。
 根性は強い生命力の現われ。本来なら死んでいる様な致命傷でもしばらくは命をつなぎ止めてくれる。流石に心臓を潰されたり脳を破壊されたりしたら死ぬけれど、首の動脈を切られたぐらいならそのままでも一時間は生きられるとか。
 そんなどこの船坂弘だと言いたくなるスキルを発揮した私は輸血と縫合をされなんとか一命を取り留める。
 しかし背骨は傷ついていないものの内臓まで届く深い傷。子供の体力では「根性」があるとは言え処置が終わっても衰弱死する危険性が十分あり、峠を越えたとしても大きな傷跡が残るのは勿論、何らかの後遺症も覚悟しなければならなかった……
 ……はずだった。
 手術が終わってから発覚した二つ目のスキル、「回復速度+2」。
 このスキルは飛竜レベルの回復速度をもたらすもので、たった半日で傷跡も残さず背中の傷を完治させた上に折れた足まで完全に治し、医者からギルドマネージャーまで村中の皆の度肝を抜いた。
 本来このスキルは古龍の血に特別な処理をした物を注射する事で一時的に身に着けるもの。飛竜と同じ失われた腕すら生やす超絶回復能力を手に入れる代償として、長くても一週間で強力な薬品の力に負けて死に至る。諸刃の剣、最後の手段のブーストスキルなのだ。
 私は当然そんな注射なんてした記憶は無い。しかし確かにスキルは発動していた。それもノーリスクで。
 本来あるはずの副作用、皮膚の変色と脱毛が見られず、バイタルは非常に安定している。ギルドではこれは「回復速度+3」とも呼ぶべき新スキルでは無いのかと騒ぎになっているらしい。
 そして先天的にそんなイカれたスキルを持っていた私は、事件から一夜明けた今日、何事も無かったかの様に目を覚ましたという訳だ。
 説明を聞き終わった私はなんとも言えない気持ちをため息に乗せて吐き出した。
 何その強くてニューゲーム。転生したから? 怪しいな。
 私は転生特典というものを全く期待していなかったし、今この場でも「根性」と「回復速度+2」が本当に転生が原因で身に着けたものなのか疑問を抱いていた。
転生と超便利スキルの間には因果関係がある様に見えて実際は無い。
 例えばの話。車に跳ねられて半身不随の大怪我を負った次の日、宝くじで三億円が当たったとしよう。人はそこに「幸と不幸が釣り合った」という因果関係を見出す。しかし実際は宝くじと事故の間には何の関連性も無く、単にたまたま二つの出来事が連続しただけ。
 私の場合も同じ。転生したという事象が私にスキルを身に着けさせたという証拠はどこにも無い。単に転生とスキル所持が偶然に重なっただけという事も十分考えられる。新スキルの発見も数年に一度あると言うし、特異な回復速度+2にも不自然さは無い。
 神様やら天使やらに「スキルをサービスしてあげるよっ」なんて言われた覚えが無い以上、私は自分のスキルの由来を知る術が無い。
 ……まあ由来なんてどうでもいいんだけど。結果としてそのスキルのお陰で命を拾ったのだから。
 ボンザさんの説明を消化した私は森の中で何が起きたのか説明を要求された。ロレンスはずっと頭を抱えて震えていたので何も分からなかった様だった。
 私は記憶の糸を辿り、自分でも整理しながらゆっくりと話す。
 ランポスに囲まれて。狩るしか無いと思って、狩った。
 簡略化すればそれだけの事を出来るだけ詳しく語る。話が進む度にボンザさんは何度も「はぁ!?」とか「なんだそれ!」とか言っていたけれど、気刃斬りでランポスの首を刎ねた辺りでもう驚き疲れて脱力していた。薄々思っていた事だけど、やっぱり私は異常な戦闘力を発揮していたらしい。八歳の子供が尖らせた棒状の骨でランポス四頭を駆逐するのが普通だったら驚く。
 ボンザさんが助けに来るまでの出来事を全て語った私は、一体自分が何をしたのか解説を求めた。本能的に大暴れしたけれど、それがハンター視点で見た時どの様に映るのか知りたかった。自分でも何をしたのか良く分からない所が多い。
 ボンザさんは頭痛を堪える様にこめかみを押さえながら一つずつ教えてくれた。
 まず、最初のランポスの腹を切り裂いた時。私は脆そうな部位を見つけてそこを切り裂いた。
 これは「見切り+3」。初見のモンスターの部位毎の弱点を見切り、最も効果的な攻撃方法でそこを穿つ事が出来る。超一流ハンターの一部が身に着けるスキルだ。
 次にランポスにのしかかられリミッターを外した、それは「攻撃力UP【大】」。
 身体に掛かっている三段階のリミッターを全て外し、筋力をギルドの指標で20増大させる。
 成人男性の筋力が25、私ぐらいの年齢の少女だと9~10ほどだと言うから、私はあの時ある程度鍛えた大人のハンター並の筋力を出していた事になる。【中】まで外せるハンターならちらほらいるが、【大】まで外せるハンターは上位のハンターでもほんの一握りだとか。
 その次、ランポスの首を刎ねた気刃斬り。敵を斬る事で太刀に溜めた気を開放し、一時的に斬れ味の上昇と若干の腕力増大を行う。普通は熟練した太刀使いでなければ使えない技術だと言う。
 あんな太刀とも呼べない棒でいきなり使う奴があるかと言われけど、使えた物は仕方無い。
 更に私が一回を除いてことごとくランポスの攻撃を躱していた事。これはいくらなんでも偶然では有り得ないらしい。背中への攻撃は躱せなかった事から、恐らく「回避性能+2」だろう、とのこと。
 回避性能+2は視界内の攻撃の内、物理的に回避可能なものを全て無傷で回避できるスキル。相手の動きが遅く見えたのはこのスキルの恩恵。
 最後にローキックでランポスの足を折った「ネコの蹴足術」。キックを繰り出す瞬間に脚力が爆発的に上昇する。
 ネコ系のスキルは本来アイルーが秘伝の技術で作る料理や飲み物を食べた時に一時的に発動するものなのだけど、極稀にいつまで経っても発動し続ける例が報告されていると言う。私もそれだろう、とボンザさんは言った。
 これは身に覚えがある。
 以前ボンザさんの家で働いていた料理アイルー、ジョンの料理を私は何度もご馳走になっていた。その何度かの食事で発動したスキルがずっと持続していたのだ。思えば妙に人に好かれる私の特性は「ネコのカリスマ」の常時発動なのかも知れない。
 色々と納得した私に至高のスキルのオンパレードだな、と締めくくったボンザさんはいきなり私の頭に拳骨を落とした。
 視界に火花を散らせた私は両手で頭を押さえながら涙目で抗議の姿勢を送る。
「いきなり何するんですか」
「無茶をした罰だ。結果的に助かったとは言え、スキルが無かったらロレンスもお前も死んでたんだぞ? 助けに行ったお前まで喰い殺される結末でも何も不思議は無かった」
「…………」
 いつになく真剣な目をしたボンザさんの視線が私を射抜いた。思わず背筋を伸ばしてしまう。
「クローディアなら分かっているとは思うが、念の為に釘を刺しておく……いいか、今回上手く行ったからと言って過信するなよ。どんなに優秀なスキルを山程持っていても出来ない事は出来ない。ハンターになるならいつか自分の手が届かず誰かの死を見る事になるだろう。無理に助けようとして自分も命を落とせばそれは犬死にだ。人を助ける時は自分の力をよく考えろ。力が足りずに見捨てても、その決断をしたお前を非難する奴はいない」
 私は神妙に頷いた。
 重い言葉だった。ボンザさんの最後の言葉の裏に私は「非難はされなくても恨まれる事はある」という意味を読み取った。
 ランポスとの戦いで吹っ切れていた。私はモンスターハンターになる。
 ロレンスを――――誰かを守りたいとか自分を助けてくれたボンザさんの様になりたいとかそんな高尚な理由では無く、モンスターを狩るというその一点に私は堪らなく惹かれていたのだ。
 あんなに怖かったモンスターとの戦いも今では怖くない。モンスターの脅威は身に染みたし侮る気は毛頭無かったけれど、やはりこれから先も敗北する気はせず、ハンターであり続ける気概が魂に刻まれていた。
 随分有利なスタートを切るであろう私のハンター人生の中で、過剰な自信を持ってしまう事もあるかも知れない。自らの限界を見誤り、傲慢な行動をとってしまう事もあるかも知れない。
 その度に今の言葉を思い出そう。
 私はちっぽけな人間。ささやかな一本の武器を手に自分の力を遥かに超える強大なモンスターに立ち向かう、モンスターハンターなのだから。



[27691] 八話
Name: クロル◆bc1dc525 ID:f1d24a21
Date: 2011/05/09 16:47
 ロレンスは元気の無い私を励ますためにプレゼントを贈ろうとして、ケルビの角をアクセサリーにするために森に入ったのだそうだ。ロレンスパパから情報のリークを受けた私はあらまあと頭を掻いた。
 原因は私か。でもいつも大人しいロレンスがこんな大冒険をするとはお釈迦様も思うまい……あれ? 思い返してみれば私に関係する時だけロレンスが心なしか積極的になっていたような……もしや好かれてる? 恋愛か友情かは知らないけれど。付け加えればランポス事件で吊り橋効果が発動したのか最近は顕著に私との触れ合いを増やそうとしているのを感じる。
 でも子供に好かれても。私の精神は大人だ。微笑ましさしか感じない。
 まあとにかく私がロレンスに好かれているのは事実で、悪い気はしなかった。好意を向けられて嫌がる女はいない。
 しかし残念ながらロレンスとの仲が接近する事は無かった。私が本格的にハンターになるための訓練を始めたからだ。
 数々のスキルはあっても素のスペックは並だったため、まずはそこから鍛える。
 小さな内から筋肉を付けると成長が鈍くなるので、八歳から十歳頃までは肺活量を上げたり持久力をつけたりといった訓練に終始した。スキルとして評価されない面での能力もハンターは求められる。
 早朝は村の周りをランニングで五周してから、農場の小川の下流の淵で素潜りを繰り返す。ついでに銛で魚を突いて捕り朝食の品数を増やす。小川の水面に突き出た石を使って狭い足場で素早く移動する練習もする。
 朝食をとったらボンザさんの家で座学。ボンザさんがクエストに出かけている間はギルド出張所の隅でハンター達を眺めながら自学自習。後日「回復速度+3」と認定された新スキルとランポス討伐の件もあって、私は八歳にして暗黙の了解でギルドの出入りを許されていた。
 勉強に使う教科書は各種モンスターの書、調合書、武器図鑑、月刊狩りに生きるなど。
 月刊狩りに生きるはハンター御用達の雑誌で、最近のハンター世界の動向が詳しく載っていて面白い。新しい鉱石や植物、フィールド、モンスターの発見の速報がいち早く載るので大多数のハンターが購読している一流誌。最近のビッグニュースとしては行方不明から数年の時を経て生還した二代目ココットの英雄と、彼女が持ち帰ったミラルーツの素材についてだろうか。
 HR7のハンター界が誇る英傑、二代目ココットの英雄こと双剣使いのヴィルヘルミナ・ローライトと、ポッケ村の英雄こと弓使いのハンス・テル、古龍撃破スコア新記録更新中の流浪の鉄壁ランサー、マクシミリアン。現役のHR7はこの三人のみ。彼等の目覚ましい活躍の数々は狩りに生きるでも多く取り上げられていた。
 ココットとポッケはゲームで覚えがあったけれど、こちらのココットとポッケはゲームのそれと違うのだろうし、ちょっと他の村より気になる程度にしか感じない。しかし作中で英雄を輩出した村から同じ様にHR7ハンターが現われている事から、やっぱり何かゲームと関係があるのかな、とも思った。現役三人が全員私と同じ様に転生者とかそういうオチの線は……薄いか。ココットとポッケだけならともかくランサーは知らないし。
 知識をつけ、トレーニングを積みながら私は新しいスキルの修得にも励んだ。ロレンス騒ぎの後にギルドでスキル測定をして貰い判明した所持スキルはその数実に十九個(ネコのカリスマは生来のものかスキル効果なのか判別がつかなかったため未カウント)。八歳の小娘にデフォルトでスキル数にダブルスコアをつけられたボンザさんは落ち込んでいたけどそれはともかく、そこから十歳までに更に五個のスキル修得に成功する。
 モンスターの注意を引きにくい足運び、動き方を身に着ける事により修得する「隠密」。
 無駄が無く効率の良い体捌きにより主に回避のスタミナの消費を抑えるスキル、「体術+2」。
 純粋に足腰を鍛え通常より長い回避距離を実現する「回避距離UP」。
 高地トレーニングで抵酸素でも効率良く細胞を活動させられるように身体を慣らし、走る際のスタミナ消費を抑える「ランナー」。
 釣竿一本で黄金魚からガレオス、ガノトトスすら釣り上げる釣りを極めた証、「釣り名人」。
 以上五つ。
 素で所持していたのが狙った様に近接スキルばかりだったので、近接特化のスキル修得を目指した。勿論戦闘系に偏らない様に釣り名人や隠密も身に着けた訳だけど、基本は近接スキル重視。ガンナー向きの「ブレ抑制」や「装填速度+」などを学ぶつもりは無い。
 始めて使った武器が太刀(もどき)だった事もあり、私は近接太刀ハンターになる予定だった。「見切り+3」スキルの恩恵で教わるまでも無く太刀の振り方は分かったので、毎日寝る前に素振り百本。それだけでも少しずつ剣速が上がり一撃一撃が鋭くなっていくのが実感できる。我ながら末恐ろしい成長速度だった。
 ハンターとして活動を始めるのは十四歳からにするつもりだった。その頃になれば身体も大体出来上がるはず。本音を言えば十二歳から始めたかったのだけど、それは流石に両親が許してくれなかった。
 ハンターになるのは賛成でもしばらくは一人の少女として平穏に過ごして欲しいと言われ、親不孝者になる気は無いので従った。
 両親の言い分は漠然とだけど分かる気がしたし、いくらハンターとして生き抜く自信があってもそれは単なる主観。客観的に自分を捉えた時、不意打ちや油断で命を落とさないとは言い切れなかった。スキルや高い身体能力は生存率を上げてくれても100%には届かない。
 つまるところ、両親は一人娘が死んでしまわないのか心配なのだ。多分。
 出来れば手元に止めておきたいだろうに、私の意思を尊重して送り出してくれる優しい両親。私は幸せ者だ。それが分かっている私は毎日親孝行を欠かさない。訓練以外のほとんどを父と、母と一緒に居る時間に費やした。
 私がコツコツとハンターになるための準備を進めている間に、幼馴染み達も進路を決めてゆっくり歩み始めていた。
 ロレンスは医者を目指して勉強を始めた。私の大怪我に何か思う所があったらしい。親に頼み込み自分の小遣いもはたいて医術入門書を買い、日夜勉強に励んでいる。
 マックスはハンターになるための訓練を継続中。最近はよく自宅の庭で小振りのハンマーを懸命に振り回して(振り回されて)いるのを見かける。
 ザバロは血塗れ瀕死の私を見て心が折れ、ハンターの夢を諦め家業をつぐ方向で頑張り始めていた。それもまた良し。ザバロの家はアプトノス飼育農家で、専ら野生のアプトノスを荷駄運びや乗り物用に手なずける仕事をしている。この前アプトノスに噛まれたと言って赤くなった手を見せてきた。
 リリィは将来の夢は綺麗なお嫁さんと顔を赤らめポソポソと言う子で、良い人が見つかるまで当面の間は酒場のウエイトレスとして働きながら家事手伝いを続けるつもりらしい。
 勝ち気なヴィクトリアはマックスと競う様にして、また私を追う様にハンター訓練を積んでいる。マックスと一緒に走り込みをしている風景が良く見られ、時々良い雰囲気になっていた。そのままくっつくかは興味はあるけれどまだ分からない。「ハンター訓練のために一緒にいるんだからね!勘違いしないでよね!」という台詞をマックスに言い放つのを通りがかりに聞いた時には思わずふき出してしまった。金髪碧眼ツインテールでその台詞はハマり過ぎだと思う。
 マイクロソフトはハンターへの夢をより具体的に方向修正したらしく、王立古生物書士隊への入隊を目指して勉強を始めた。実際にモンスターと生きるか死ぬかのやり取りをするより、生態や進化の課程などの研究の方に興味を惹かれたと言っていた。自宅の本棚に埋もれていたジョン=アーサーという元・王立古生物書士隊の筆頭書士官の著書に感銘を受けたそうだ。
 アンディは鍛冶屋に弟子入りした。まだまだ店番と簡単な研磨しかさせてもらえず見学ばかりの毎日だと愚痴っていたけれど、いずれ親方を唸らせる武器を作るんだと意気込んでいた。
 皆仕事の見習いを始めて自由な時間が減り、一緒に遊ぶ時間も減ったけれど仲の良さは変わっていない。
 酒はまだ飲める年齢では無いので、時々酒場の片隅に集まっては果物ジュースを片手に談笑する。笑い話、苦労話、相談事、話のネタは尽きる事が無い。
 ランポス事件以来森に入るのは本当に禁止になったていたけれど、皆それなりに納得はしているらしく、その話題が出る度に早くも懐かしそうにするものの森に入って行きそうな様子は全く無かった。私のアレがよほど強烈な印象を残したのだと思う。
 皆何かしらハンターに関係のある仕事についていて、自然と話題もハンター関係が中心になる。酒場での噂話や鍛冶屋に入った変わった依頼、アプトノスの入出荷状況に最近のモンスターの出没傾向などなど、何やら情報交換の場にもなっている。将来この縁は必ず役に立つ事だろう。
 私は幼馴染み達と自分の未来に幸あれと満天の星空に祈りつつ、今日も太刀を振る。



[27691] 九話
Name: クロル◆bc1dc525 ID:f1d24a21
Date: 2011/05/09 19:59
 いつものようにウエスタンドアを押し開けると、カランカランといつもの涼やかな鈴の音がした。
 酒場のテーブルに早朝からたむろしていたハンター数名の目線が私に向き、一瞬怪訝そうにしてから驚愕の表情を作る。
 私は苦笑し、今までと違い武装し髪を切ってここにやって来た自分の姿がどのように見られたのか想像する。彼等は見慣れたハンター志望の少女の姿の変容に事の次第を飲み込んだのか、頑張れよ、と笑顔を向けてくれた。
 私は軽い微笑みを返し、昨年酒場と一つの大部屋にまとまったギルド出張所の受付、ギルドカウンター―――その一番左端に歩み寄る。赤いキャップの受付嬢、ニーナさんは私に目を止めると一瞬目を瞬かせ、すぐに納得顔になって微笑を浮かべた。
 私はカウンターの前に立ち、若干の緊張をもって言った。
「ハンター登録をお願いしたいのですが」
 ハンターとしての訓練を日々ただただ積み重ね続け、私は今日、十四歳になっていた。













 昨日の夜、腰まで届くロングストレートに伸ばしていた自慢の白髪は肩にかかるかかからないかの所でバッサリと切った。飛竜の炎に焼かれた時の事を考えれば坊主の方が良いのだろうけど、私も女だ。男のハンターでもこれぐらいの人は居る事だし。
 身長は随分と伸び、今朝測った所によると162センチ。まだまだ成長は止まっておらず、二十歳になる頃には170を余裕で越えるだろうと想像がついた。ハンター的には背がある方が歩幅もリーチも伸びるので嬉しい。
 胸は断崖絶壁からなだらかな丘程度には成長している。前世では御世辞にも胸囲に恵まれていたとは言えず、今世ではもっと育ってくれないかなと思う反面、ハンターとしての身のこなしの邪魔にならない様に控え目のままであって欲しいと思う、複雑な乙女心(ちょっと違うか?)。
 命を預ける武器はやはり太刀にした。両親から誕生日祝いと独り立ちの餞別として贈られた骨刀【狼牙】。竜骨【小】をベースにマカライト鉱石とランポスの牙で強化したくすんだクリーム色の刀身を、ドスランポスの皮で作った鞘に納めている。背中にかかる重みが心地よい。
 防具は武器と違い体のサイズに合わせて作ってもらう必要があるので自分で防具屋に頼んで作って貰った。
 今私の身を包んでいるのは縫い目も新しいレザーシリーズ。モンスターの毛皮をなめして利用した簡素かつ安価な防具。
 頭には黒ゴーグルを額に引っ掛け、手には紺と茶の丈夫で柔軟なグローブ、上半身を覆うぴったりした服はメッシュが入っていて通気性が良い。腰のベルトの前側には手の平サイズのポーチが二つ、後ろ側には水量にしてニリットル入るというバッグ、背中には同じデザインの三リットル入るバッグを背負う。
 服と同じ濃い緑に枯れ草色のラインが入った長ズボンの右脚側は切り詰められてショートパンツになっている。太腿の下の方にも左右の足に一つずつ小さなポーチがベルトに着いていて、後はロングブーツ、黒く染めた皮の膝あて。全体的に濃い緑と茶、所々黒の配色になっていて肌の露出面積も比較的多く、防御と言うより動き易さと迷彩柄を重視したコンセプトになっている。装備付属のポーチやバッグが多いのは初心者~中級者装備の特徴だとか。あとは刃渡り20センチ強のはぎ取りナイフ……通称ハンターナイフを腰に引っ掛けている。
 慣れない装備にちょっとムズムズしてグローブを引っ張っていると、何やら書面に書き留めて手続きしていたニーナさんが引き出しを漁り、一枚の紙のカードを取り出した。
「ディアちゃん、スキル確認します? 二ヵ月前にやったばかりですけど」
「いえ、そのままで……ハンターになってもディアちゃんなんですね」
「嫌ですか」
「……まあ良いです」
 ニーナさんはくすくす笑って取り出した紙――――ギルドカードに文字を書き付けていく。
「あ、称号はどうします?」
「決めてあります。かけだしハンターで」
「はいはい。ディアちゃんはかけだしって感じじゃないですけどねー」
 ニーナさんは語尾に(笑)がつきそうな調子で言った。ちなみに称号はモンスター討伐履歴やハンター歴によって使える単語が増えていき、自分が使える単語の内二種類を組み合わせる。私はほとんどデフォルトの単語しか使えないので無難な組み合わせにした。
 主にスキル欄の書き込みのせいで時間がかかっていて、ハンター契約書にサインを終えた私にニーナさんが手を動かしながら話し掛けてくる。
「あんなに小さかったディアちゃんももうハンターなんですねぇ」
「マックスとヴィクトリアに追いつけ追い越せですよ」
 マックスは二年前、ヴィクトリアは一年前にハンターになっていた。マックスHR2、ヴィクトリアはHR1。ペースとしては普通くらい。大きな怪我もしておらず、そのまま頑張って行って欲しい。私はもっと頑張って二人を抜き去る予定。
「すぐに抜かせますよ。ディアちゃんはバッパ村ギルド出張所期待の新人ですから」
「あはは……自分のペースで頑張るつもりです」
「んー、脅す訳じゃないですけど、死なない様にして下さいね。中には死んでも成し遂げなければいけないようなクエストもありますけど、ディアちゃんの顔が見れなくなると淋しいですから……ところでなんで髪切っちゃったんですか? かわいかったのに」
「これぐらいが普通では?」
「まあそうなんですけど、三つ編みにするなりフードの中にしまっておくなりすれば良かったのに……」
「動き易さ重視ですから」
「人間相手に戦う訳じゃないんですから髪を捕まれたりはしませんよー。ブレスもらったら髪が長くても短くてもどうせ大火傷ですし……と、できました」
 最後の一文字を書き終え、私にギルドカードを手渡すニーナさんは悪戯っぽく笑って言った。
「モンスターハンターの世界へようこそ、クローディアさん!」







かけだしハンター
クローディア HR1
バッパ村出身フリーハンター





攻撃力UP【大】
根性
気刃斬り
心眼
業物
抜刀術【技】
抜刀術【力】
回避性能+2
見切り+3
回復速度+3
体術+2
自動マーキング
ランナー
釣り名人
回避距離UP
隠密
調合成功率+20%
毒無効
麻痺無効
睡眠無効
火耐性【小】
水耐性【小】
雷耐性【小】
氷耐性【小】
龍耐性【小】
ネコの胆力
ネコの蹴脚術
ネコの拳闘術





 ……スキルの欄がおかしな事になっている。二十八。二十八個のスキルを持つかけだしハンターって一体どういう事なの。頑張って増やした結果なのだけど、頑張ればそれだけで簡単に増えるモノでも無いからやっぱりおかしい。
 思わず微妙な顔で受け取ったギルドカードを見てしまう私をニーナさんはニコニコと見ていた。
「ディアちゃんのハンター宿舎の部屋番号は6ですからね。時間がある時に荷物を移しておくと良いですよ」
 私はニーナさんのアドバイスに頷いた。
 ハンターになるにあたり、私は家を出た。ハンターになれば武器やら素材やらアイテムやらで随分と場所をとるから、自宅の自室では少々手狭だった。当面の間はハンターに無償で貸し出されるハンター宿舎に寝泊まりする事になる。
「ハンターについての初心者案内は……今更ですよねぇ。でも一応形式的に話しておきます?」
「お願いします」
「はいはい。えーと、ハンティング活動は必ずギルドのクエストを通して行って下さい。ギルドを通さずに勝手にハンティングをするハンターは厳しく取締ります。
 ギルドのクエストはハンターランクに応じて受注制限をかけさせて頂きます。ハンターを実力に見合わないクエストに挑ませて命を失わせるのはギルドとしても避けたいですからね。
 クエスト受注には契約金がかかります。クエスト達成時に倍額で返されますが、リタイアしたり失敗したりした時はそのまま徴収されます。
 クエスト中に戦闘続行不能状態になった時、ギルド雇用のアイルーが飛び出してきてキャンプまで運んでくれますが、一回につきクエスト報酬の三分の一がアイルーに支払われます。つまり三回救助されたら報酬はゼロになるという事ですね。四回目以降は救助されませんし、即死の場合も救助されません……というか救助しようがありません。報酬がゼロになったらクエスト失敗と見做しますので、不満でも帰還して下さいね。
 クエストには時間制限、日数制限があります。時間制限をオーバーしても報酬はゼロになります。その場合も帰還して下さい。
 クエスト先のフィールドへの移動はギルドから竜車(※主にアプトノスが引く馬車の事)を出します。これは無料です。
 通常のクエストでのパーティー編成は四人までとします。もちろん一人でも構いません。
 倒したクエストの標的モンスターは大型モンスターの場合素材の二割かそれに相当する金額をギルドに納めて貰います。これはモンスターの研究やギルド設備の充実などに使わせて頂きます。倒した小型・中型モンスターの素材や現地で採集した素材については全てあなたのものです。
 他には……えと、これぐらいだったと思いますけど。何か質問あります?」
「いえ。大体予習してあるので」
「ですよね」
 ニーナさんは頷くとカウンターに詰まれた羊皮紙の束をパラパラと捲る。
「早速クエストですか? バッパ村東の森でランポス十頭の討伐とかおススメですよー。移動に半日かかりませんし」
「普通採集クエストからでは……」
「八歳でランポス五頭狩りした人が何言ってるんですか」
 まあそうなんだけれど。
 あまり一足飛びに先に進むのも不安があるので、フィールドに慣れ、ハンター活動に慣れるという意味でまずは採集クエストを受けたかった。
 ただしモンスターと遭遇したら勿論狩る。
「何事も始めの一歩が大切だと思ってますから」
「謙虚ですねー。ディアちゃんのそういうトコ好きですよ」
 ニーナさんはのんびり言い、羊皮紙の束から数枚抜き出して私の前に滑らせた。全部右上に星が一つ描かれている。これは最低難易度のクエストの印。内容は特産キノコ納品、クモの巣と薬草納品、モンスターの糞納品……
 私が報酬や移動時間を考慮しつつ品定めしていると、またニーナさんが肘をつき両手を組んで顎を乗せた姿勢で聞いてきた。受付嬢がこんなにふにゃふにゃしてて良いのか少し疑問に思う。
「一人ですか? ディアちゃんなら今のままでもパーティーから引く手あまたですよ」
 ニーナさんがチラッと奥のテーブルで肉料理をつつきながらこちらの様子を伺っている数人のハンターに目を向けた。
 酒場にいるハンター達は大抵各地で仕事をして回るフリーハンターであると言える。フリーハンターは大雑把に言えば村付きハンター以外のハンターで、パーティーで動いていたり猟団で動いていたり個人で動いていたりの違いはあっても同じフリーハンターの括りになる。
 バッパ村に立ち寄るフリーハンターの一部の間で馬鹿みたいなスキル数と八歳でランポス五頭討伐という嘘みたいな実績を持つ私は良い意味で目をつけられているらしく、ハンターになる前から度々パーティー勧誘があった。
 しかししばらくは自由にソロでやってみたい。ハンター経験がほぼゼロの状況でいきなり協力プレイというのも難しかろうという考えもある。ソロで行き詰まったらその時にまた考えれば良い。急ぐ事は無い。
「多分HR4くらいまでは一人で行けると思います」
「そうですね。ソロなら報酬も独り占めですし、実力があるなら良いかも知れません。でもくれぐれも無理はしないで下さいよー」
「そんなに念押ししなくても」
「ディアちゃんは前科がありますから」
「…………」
 言い返せない。今ならランポス五頭程度一分で全滅させる自信があるけれど、八歳でアレは無茶だった。
 私は肩をすくめ、選んだクエストをニーナさんに渡した。
「シルクォーレの森(※ゲームで言う森と丘の森の事)で特産キノコ十本の納品。片道三日、報酬金500z。無難な所きますね」
「ニーナさんは一体どんなクエスト受けて欲しかったんですか」
 この人、さり気なく採集クエストの中にイャンクック討伐クエストを混ぜて寄越した。冗談だと思うけど本当にそれを受注したらどうするつもりだったんだろう? というか☆1のイャンクック討伐があった事が驚き。
 私の疑問をニーナさんはおちゃめに笑って誤魔化し、私の出した契約金の100zを受け取ると受注書にポンと判子を押し下半分を切って私に寄越した。






繁殖期/採集クエスト ☆
たくさんキノコ

依頼主:雑貨屋の店主
クエスト目標:特産キノコ10本の納品
報酬金:500z
契約金:100z
指定地:シルクォーレの森
移動時間:片道三日
制限時間:一日
主なモンスター:モス、ブルファンゴ、ランポス
受注・参加条件:なし

依頼内容:
ウチの娘の誕生日が近いんだ。誕生日にはあの子の大好きな特産キノコをたらふく食わせてやりてぇ。頼んだぜ、ハンターさんよぅ!






 一般的な採集クエストと言える。報酬は倍額返却される契約金込みで600z。往復六日のクエスト一日で計七日、つまり一週間で600z。
 これだけではとても暮らしていけない値段なのだけど、報酬金以外にも採集やハンティングの収入があるからなんとかなる。それでも住居の家賃が無料でなければ厳しかったかも知れない。
「ギルドの裏手の竜車に声をかけてくれればすぐに出発できますよー。クエストの達成をお祈りしてまーす!」
 私はぶんぶん手を振ってくれるニーナさんに軽く手を振り返し、受注書を懐にしまってギルドの裏手に向かった。
 準備は万端。気力も充分。
 さあ、いざ、モンスターハンターの世界へ――――








「お、おはようございます……」
 リリィがこっそりとウエスタンドアを押し開けて挨拶すると、カウンターに居たニーナはあちゃあ、と額に手を当てた。
「…………?」
 目敏くそれを見つけたリリィがたむろしているハンター達に控え目に手を振りながらカウンターに寄り問い掛ける様に見上げてきたので、ニーナはちょっと迷ってから言った。
「ディアちゃん、もう行っちゃったから」
「……え? 嘘、そんなっ……まだやっと日が登った所じゃないですか!」
「私にそんな事言われてもねー」
 ニーナは珍しく大きな声を上げたリリィを面白そうに見つめた。蒼髪で小柄、小動物的な見た目通りに声も態度もいつも控え目なリリィにしては随分大きな声だった。
 混んでいる時は大声でなければまともな会話ができない酒場のウエイトレスにしては声の小ささは難点だったが、ちょこちょこ動いてくるくるよく働くリリィはハンター達の癒しになっていて案外評判が良い。
「早朝って言ってたのに……待っててくれても……」
 カウンターに突っ伏してうなだれるリリィの肩を優しく叩く。
 リリィやクローディア、幼馴染み一行は皆仲が良かった。その中でもリリィはよくクローディアに懐いていて、身長差もあり姉妹の様だった。
 見送り損ねて落ち込んでいるリリィを励まそうとニーナは優しく声をかける。
「ただの採集クエストだし、一週間もあれば帰って来るわ。その時に迎えてあげればいいでしょ」
「……んぅ……」
 リリィは渋々顔を上げ、ため息を吐きながらトボトボと更衣室に消えて行った。
 それを見送りながら、ニーナはリリィとは対照的に覇気に満ちていたクローディアの後ろ姿に思いを馳せる。
 クローディアは死にそうにない。
 ニーナは何百人とハンターを見ている内になんとなく見ただけで力量を測れる様になっていた。初心者防具をつけて粗末な武器を持っていても、強者の気配は隠せない。クローディアはHR1だと言うのに、既に歴戦のハンターと同じかそれ以上の気配を発していた。
 クローディアは大物になるだろう。
 古龍を退散させるハンターですら一瞬の油断で死に引き摺り込まれる事がある世界だったが、ニーナには不思議とクローディアの死に様が想像出来なかった。むしろ討伐した古龍の上に座って悠々と食事をとっている姿の方が想像し易い。駆け出しとしては異常なスキルの数々、落ち着いた物腰、村付ハンターに訓練も受けている。
 小さな頃からみてきた贔屓目を抜きにしてもクローディアはHR7に届き得る逸材。ニーナはペンをクルクル回しながら、他の受付嬢としている賭けは自分の勝ちだと確信し、ニヨニヨ笑っていた。













 十年後のクローディアはどうなっているか?(バッパ村ギルド出張所内受付嬢予
測)


ニーナ(下位受付嬢)……HR7になっている
シンシア(上位受付嬢)……HR6の中堅でストップ
メリーアン(G級受付嬢)……HR5の上層、ないしは寿退職



[27691] 十話
Name: クロル◆bc1dc525 ID:f1d24a21
Date: 2011/05/10 12:28
 ギルドの裏手に回ると低い柵に囲まれたちょっとした広場の中に何台かの竜車……幌馬車に馬の代わりにアプトノスをつけたものが並んでいた。
 アプトノスは鳥盤目・鎚尾亜目・地竜下目・トノス科に属するもっとも一般的な四足歩行の草食竜であり、こうして労働力に利用されたり肉や骨を利用されたりと人間に利用され尽くされている。成体の全長は最大801センチ、全高248センチになる迫力のある竜なのだけど、広場にいるアプトノス達はそこまで大きくなく、平均して全長400センチ、全高180センチ程度だった。成長途中なのか家畜化で成長が阻害された結果なのかは分からない。養殖アプトノスはあまり体が大きくならず、肉の味も野生のものと違うと何かで読んだ。どうもストレスが関係しているらしいけどはっきりしていないとか。
 体色は大体灰色と黒。首と尻尾がそこそこに長く、全身を鱗に覆われており、頭部に張り出した角や首から尾にかけての巨大な背ビレが物々しいが、これは少しでも自分を強く大きく見せるための装飾であり、気性はとても大人しく臆病。
 そんなアプトノスは飼葉桶に首を突っ込みのんびりと口をもそもそ動かしており、背ビレにかけた鞍の上でアイルーが肘をついて寝転がりうつらうつらしている。
 声をかけるってどのアイルーに声をかければ良いんだろう。誰でも良いのか?
 少し迷ったが黙り込んでいても仕方無いしニーナさんに聞きに戻るのも恥ずかしので、一番近くにいた黒毛のアイルーに話し掛ける事にした。
「あの、すみません!」
「……ニャ? ああ、ハンターさんかニャ」
 肘に乗せていた頭をガクリと落して覚醒したアイルーが特有のウニャウニャした高い声で言った。慣れれば普通に聞き取れるが最初は少し苦労した。
 私が頷くとぴょこんと両足で立ち上がり、アプトノスの背中の上で器用にバランスをとり一礼する。
「受注書を見せて欲しいのニャ」
 両手を突き出したアイルーに受注書を見せると、チラッと覗き込んで頷く。
「このクエストならボクの竜車で行けるニャ。ハンターさん、新人みたいだけど準備は良いのかニャ? 水も食料もそっち持ちニャ」
「携帯食料を三食分。後は現地調達しようかと」
 私が背中の鞄を叩いて言うと、アイルーは髭をピクピク動かして首を傾げ、少し悩んでいたが頷いた。
「まあそれもアリかニャ。新人の内は食費の節約も大切ニャ。じゃあハンターさん、後ろに乗り込むニャ! 出発進行ニャ!」
 黒毛のアイルーはまたぺこんと一礼すると、我関せずと飼葉をはんでいたアプトノスの首をペシペシ叩いた。アプトノスは一声細く鳴き、頭を上げて身震いする。私は言われた通り幌馬車の中に乗り込んだ。
 中は大人が二人寝そべれば一杯になってしまう狭い空間で、天井は少し膝を曲げないと立てない程度。隅に厚い毛布が畳んで置いてある。他には何も無い。ソロクエスト用の馬車なのだろう。四人入るには狭過ぎる。私が中に入って両手のひらを合わせたぐらいの小さな採光窓から外を見ていると、ガタンと車体が動いた。
「おっと」
 中腰になっていた私はバランスが崩れかけるが瞬時に立て直す。体術+2は伊達じゃない。
 動き出した竜車は意外と揺れが少なかったけれど、いつまでも中腰で窓の外を覗くのも馬鹿らしいので、早々に毛布を座布団代わりにして座り込んだ。背中を竜車の壁にもたせかけ、開かれた車体の全面から見えるアプトノスの御者をしているアイルーの後ろ姿と紺碧の空を眺める。見慣れないこの景色もハンターを続ける内に見飽きる事になるのだろう。
 私は早朝の爽やかな風を僅かに頬に感じつつ、今の内に楽しんでおこうとハンター生活一日目の景色をぼうっと眺め続けていた。











 さて、アプトノスはあまり速度が出ない代わりに馬力とスタミナがある。幌馬車一台を引きながら人の早歩きくらいの速度でどしどし歩き続けるアプトノスは、昼に挟んだ休憩時間以外全く止まる事が無かった。驚くべきスタミナだけれどモンスターとは概してそういうもの。人間と比べてはいけない。
 狩場となるフィールドはへの道は舗装されていない木の枝を払っただけの土の道で、大型の竜車が一台通れる程度の、五メートルほどの道幅がある。小型の竜車ならすれ違える。
 しかし大型の竜車がすれ違うには道幅が足りず、そんな時に困らない様に時折道が太くなり広場の様になっている場所があった。
 夕日が沈み始める頃、そんな広場の一つに竜車を停めたアイルーは今日はここで野宿する旨を私に告げる。
「でも、ホントに良かったのかニャ?」
「何がでしょう?」
 テキパキと竜車の車輪に石をかませ焚き火の準備をしているアイルーが荷台から飛び降りた私を見上げて聞いてきた。
「食料を現地調達するなら明るい内が良いニャ。暗くなると夜目が利かない人間はモンスターに不利ニャ。今から暗くなるまでに近場で探せる食料なんてたかが知れてるニャー」
 ああ、と私は納得する。確かに普通は明るい内に食料を探した方が良いだろう。しかし明るい内は狩場までの距離を稼いでおきたいし、何よりも、
「時間は日没までで充分です」
「……まあ手ぶらで帰ってきても少しぐらい果物分けてあげるニャ」
 明らかに信じていない様子のアイルーに苦笑を向け、私は広場から離れて森に入った。
 それほど深い訳でも無い、広葉樹と針葉樹が混ざった極普通の森。耳を済ませば遠くから鳥の鳴き声が聞こえてくる。
「…………」
 確かあの鳴き声の鳥は食べられる種類のものだったと思うけれど、狩りに行くには少々距離が離れ過ぎている。
 私は無言で一人肩を竦め、自動マーキングをオンにした。
 途端に広がる表現しがたい知覚範囲。小型草食モンスターの弱い気配が幾つも引っ掛かるけれど、近くに肉食モンスターの活発な気配は感じない。飛竜の気配も無し。
 私は緊張を解き、一番近い東の個体の気配に向けて気楽に足を進めた。
 自動マーキングは訓練してオンオフが切り替えられる様にした。普通の人はオフになりっ放しで、スキルを持っている人でも今度はオフに出来ない、という人は多い。
 自動マーキングは古龍なら自分から五十キロメートル、飛竜なら五キロメートル、小型モンスターなら五百メートル以内に入ると感知できる。個人差はあるけれどその程度。基本的に強さと言うか脅威度と言うかそんなモノが感知距離に影響しているらしく、感知した存在の強さと特徴も何となく分かる。勿論距離と方角も。
 私は森の下草を掻き分け、鼻をフゴフゴ言わせて地面を熱心につついている草食モンスター、モスをあっさりと見つけた。
 ガサガサと足音も消さずに音を立てて来たのだけど、モスはこちらを見向きもしない。ちょっと呆れる。これから狩られると言うのに。
 偶蹄目・モス科、モス。全長114センチ、全高132センチと大人でも跨がってロデオが出来るビッグな豚。背中に苔を生やしていて、好物であるキノコを探して草地を徘徊する。一日中キノコ探しに夢中で外敵の接近に気付かないほどで、今もこうして絶滅していないのが不思議なくらい無警戒で無防備な姿を私の前に晒している。
 まあ流石に攻撃されれば石の様に硬質化した額を使った頭突きで反撃して来るのだけど、一撃で仕留めれば関係無い。
 私は背中の太刀の柄に手をかけ、まるで命の危険を理解した様子も無く地面を鼻で探っているモスの首に狙いをつける。
 スキル攻撃力UP【大】発動。リミッターを解除、筋力20上昇。
 スキル心眼による補正。適切な刃の角度、振り方、力の入れ方により斬撃を弾かれる事が無い。
 スキル業物による補正。刃が痛み難い斬り方が出来る。
 スキル抜刀術【技】による補正。抜刀からの一撃の威力上昇。
 スキル抜刀術【力】による効果。抜刀からの一撃に衝撃を付加し、頭に当たれば目眩を起こし他の部位に当たればスタミナを奪う。
 スキル見切り+3による効果。部位毎の最も弱い部分と最も効果的な攻撃法が分かる。
 結論、横あいから首への縦斬り。実行。
「しっ!」
 短く吐いた息と共にひらめいた刀は正確にモスの首の最も弱い部分に吸い込まれ、ズパン、と強い手応えと共にモスの首を一刀で落とした。流石に斬れ味の低いこの武器では豆腐の様にとまではいかない。
 どさりと落ちた首と血を噴き出しながらゆっくりと倒れるモスの体を見て思う。案外何も感じない。鶏を絞めたり魚を捌いたりする感覚と大した違いは無かった。
 命を奪ってこんなにも無感情とは私って狂人なのか? と一瞬思ったけれど、私が狂っているならハンターは皆狂っている事になる。この世界の常識で見れば私の感性は何もおかしくない。むしろモンスターを狩って取り乱す方がおかしい。
 私は勝手に自己完結して足元の雑草の葉で太刀についた血を拭い、鞘に納めた。
 モスの体から吹き出る血の勢いはかなり弱まっている。私は血抜きをしてから頭と血の跡に土を被せ、モスの体を担いで広場へ戻った。往復に狩りの時間も合わせて十分ほど。ちなみに自動マーキングスキルが無いと獲物を探すだけで三十分以上かかる事もある。
 短時間で獲物を担いで悠々と戻って来た私を見て焚き火の火を大きくしていたアイルーは飛び上がった。
「ニャッハー、凄いニャハンターさん! 言うだけあるニャ! 今日のディナーはウハウハだニャ!」
「果物と交換でどうでしょう」
「勿論ニャ! モスのお肉はキノコの香りがして柔らかくて美味しいのニャァ……想像しただけでヨダレが出るのニャ……」
 真っ赤に熟れた大きなリンゴを咥えてぴょんぴょん四足歩行で駆け寄ってきた(アイルーは興奮したり急いだりすると四足で走る)アイルーは恍惚とした表情で地面に転がされたモスを眺めた。
 しかしモスの肉がタダで手に入るとは、やっぱりハンターは二重の意味で美味しい。モスの肉一匹分に、モスの苔皮。普通に買ったら400zはする。二匹狩れば今回のクエスト報酬以上……ああ副収入って恐ろしい。たくさん狩っても竜車に積むスペースが無いから狩らないけど、それでも一匹でアイルーに分けても三日か四日分の食料になる。
 私はハンターナイフで手際良くモスを解体し、木の枝を削って作った串に肉を刺してアイルーに焼いて貰った。モスの背中に生えていた小さな食べるキノコも焼いて貰う。料理技能は私よりもアイルーの方が高いからおまかせした。
「ボク、ハンターさんの竜車の担当になって良かったニャァ……」
 焼き上がった串をよく冷ましてからかぶりつき、アイルーは幸せそうに言った。
 現金なものだ。まあモス肉が美味しいのには同意する。少し臭みはあったけれど、キノコの香りで消されて気にならない。脂の少ない肉はしかし柔らかく、上等な豚肉の味わいを更に深めた様だった。
 パチパチと燃える焚き火を囲む様に地面に刺さった串を一本抜き、火で表面を炙ってから思いっ切り頬張る。肉はまだまだある。ああ幸せ。
 見上げれば星々が輝く夜空に焚き火のうっすらとした煙が吸い込まれていく。自動マーキングはオフにしているけれど、肉食モンスターが近付けばアプトノスが察知して騒ぐのですぐに分かる。
 肉をお腹一杯に食べ、繁殖期なので大して冷え込みもせず、私は快適に一夜を過ごした。











 一夜空け、翌朝。
 私は竜車の中で目を覚まし、大きく伸びをして肩を回し体の強張りをほぐしてから取り敢えず濡れタオルで体を拭いた。クエストの間は風呂に入れないのが少し辛い。追々慣れていかなければ。
 体を拭き終わり、外していたゴーグルを頭に引っ掛けブーツを履いて外に出ると、アイルーが昨日灰を被せておいた焚き火の火をおこし直していた。ちなみにこのアイルーは雌で、昨日は私と一緒に毛布にくるまって寝ている。雄でも一緒に寝るけど。季節的に凍える事は無いとは言え寒空の下にいたいけなネコ放り出すなんて真似は私には出来ない。
 ……まあ別に放置しても土の中に潜って眠ると言うから寒い思いもしなさそうではある。本音を言えば一緒に寝たのは八割カイロ代わりにするのが目的だった。
「おはようございます」
「おはようニャ。水の補給しといたニャ」
 アイルーが放って寄越した水筒を受け取ると、中身が一杯になっていた。聞けば水を自前で用意しなければならないのは最初の一日分だけらしい。
 水筒に詰められた水はアイルーがどこからか調達して来た生水なのだけど、この世界の人間は生水を飲んでも滅多に腹を壊さない。訓練を積んだハンターなら尚更。勿論私はちょっと濁った泥水ぐらいなら飲める。首にかかる抗菌珠のペンダントのお陰で更に安全性は高まっていた。
 朝っぱらからモス肉鍋という重い料理を平らげた私達は朝露が消えない森の道を早々に出発した。
 ちなみにアイルーが使っていた鍋や果物などは竜車の車体の下のスペースに入っていた。そんな所に入ってたのか……
 昨日と同じ様にガタゴトガタゴト進む。想像以上に暇だった。外の大して代わり映えのしない森や空は一日でもう見飽きている。本でも持って来るべきだったか……酔いそうだけど。道中暇なのはソロの欠点か。何か暇つぶしの手段を考えないといけない。
 私は暇つぶしの手段を考える事で暇をつぶし、時々うつらうつらしながら竜車に揺られていた。
 空を見ると時折天高くをリオレウスが舞っていたけれど、高高度を飛行している間は移動しているだけなので気にする必要は無い。リオレウスの翼の刺がはっきり見える高さにいたら獲物を探している証拠で、警戒の必要がある。
 狩場と狩場、狩場と村を繋ぐ道の周辺ではハンターが狩りを行っているものの、時折大型モンスターが縄張りにして通行出来なくなる事がある。そういったモンスターを狩るのも村付きハンターの役目で、私は真面目に仕事をしているボンザさんのお陰か何事も無く三日目の夕方近くにシルクォーレの森のキャンプに辿り着く事ができた。
 竜車から降りてキャンプ入りした私は周囲を見回す。
 ベースキャンプ、通称キャンプとはフィールドでの狩りの拠点になるテントっぽい建物で、窪地や小さな洞窟を拡張して作ったモンスターが侵入できない空間に建てられている。その全容はモンゴルの移動式住居のゲルをイメージしてもらうと分かりやすいと思う。アレの入口を広げてドアを取り払い、全体を黄色味を帯びた茶色に染めればキャンプとほぼ同じと言える。
 シルクォーレの森のキャンプは森の窪地を利用したものらしく、半径五メートルほどの円形にぽっかりと空いた窪地を囲む様に巨大な黒っぽい岩が積まれ、岩の間からは毒々しい紫の草が生えている。あの草が持つ独特の臭いがモンスターを避けているのだと以前ボンザさんが言っていたのを思い出した。見た目に反して毒は無い。
 窪地を囲む岩の一角は人が二人通れる程度に空いていて、あれが出入り口なのだろうと推測できる。竜車はあんなに狭い場所から入るなんて無理なのでキャンプのすぐ外で待機していた。紫の草の臭いに非常に嫌そうに身動ぎしているアプトノスをアイルーがなだめすかしている。
 岩の間からチョロチョロと水が漏れているのを見つけた私は手でその冷たい水をすくって喉を潤し、キャンプの中を観察した。
 キャンプの中にあるのはちょっとした衣装ケースほどの大きさもある青い支給品ボックス、同じく赤い納品ボックス、四人用簡易ベッドと毛布、鍋とまな板と包丁。スプーンとフォークは四組あっても皿は無い。パーティーの時は鍋から直接つつけという事か。
 支給品ボックスの中を覗くと緑色の液体が入った瓶が二本――――応急薬だろう――――と地図が十数枚、乾燥した肉、つまり携帯食料が二食分入っていた。肉焼きセットも無いとはシケてる……とは言っても肉焼きセットだって本体とは別途に燃料が必要な訳で、タダじゃない。たかが採集クエストで支給されないのは当然と言えば当然だった。
 地図を一枚手とってしげしげと見てみる。意外としっかり書き込まれたキャンプ周辺のシルクォーレの森の地図で、右上には方位が書かれている。裏返すと赤い大きな文字で『なるべく無くさず返却!』と書かれていてちょっと笑った。他の地図も確認してみたけれど全て同じだった。
 確認を終えた私は夕食の準備に取り掛かる。そろそろ古くなって来たモス肉を全て使い、道中摘んできた香草と一緒に鍋に放り込みたっぷりの水で煮込む。食べられる野草の知識はかなり役に立つのだ。
 それから私は匂いに釣られてフラフラやってきたアイルーと夕食を共にし、予定通り明日一日で特産キノコを集める事にして早々に眠りに入った。
 アプトノスの警戒があるとは言え森に響く動物の不気味な鳴き声を物ともせず熟睡できた私は我ながらかなり神経が図太いと思う。












 クエスト当日。
 日の出と共に爽やかな目覚めでベッドから身を起こした私は、体を拭いてから軽く柔軟をした。よし、今日も絶好調。
 キャンプのテントから出て空を見ると今日も青々としていて、ぽつぽつと白い雲が流れていた。天気も上々、狩り日より。
 岩清水で顔を洗い、携帯食料を口に咥えながらポーチと鞄の中身を確認する。砥石五個、携帯食料二食、火打ち石、コンパス、地図、応急薬二本。あとは空。狩猟クエストでは無いのでこれで充分。
 確認を終えた私は携帯食料をよく噛んでから飲み込み、頭のゴーグルの位置を直して腰掛けていたベッドから立ち上がった。
 さあ、狩りの時間だ。
 キャンプを囲む岩から出ると踏みならされた森の道が伸びていた。地図は大体覚えているので素直にその道を辿っていく。自動マーキングに引っ掛かる肉食モンスターの気配は――――あったけれど遠い。気付かれる距離ではない。
 シルクォーレの森はさほど湿度が高く無く、程よい水分を含んだ風が爽やかだった。植生もジャングルと言う程でも無く、まさしく『森』とも言うべき青々とした木々が生い茂っている。
 フィールドに出て多少は緊張したものの、自動マーキングのお陰で奇襲は有り得ないのでその度合いは低い。モンスターを警戒した緊張と言うよりも初めてのクエストだという緊張の方が十倍は大きかった。
 さくさくと森の道を歩いて行くと、やがて開けた広場の様な場所に出た。草丈が短く、朽ちかけた倒木が数本倒れている。ここが分岐点。
 私はコンパスを取り出して方位を確認し、西の小道に入った。
 西の小道はキャンプから広場までの道のりよりも狭かったものの頻発に人が行き来しているのか草に埋もれているという事は無い。
 地図に書き込まれていたメモによると、繁殖期は西の方にモスが多いらしい。
 途中太い木の枝の上で昼寝をしている野生のアイルーを見つけた。しかし彼等は自衛以外の目的でハンターに攻撃を仕掛けて来ないので無視する。スルーしてしばらく歩いてから野生のアイルーとの遭遇は初めてだと気付いたけれど、だからどうと言う事も無いのでやっぱり引き返したりはせずに普通に先に進んだ。
 三十分も歩くと草食モンスターの気配が増えて来たので、適当に近い気配の方に向かって道を逸れ、道無き道に足を踏み入れた。
 特産キノコは茶色い地味な色をした親指大のキノコで、見た目で探そうとしても簡単には見つからない。探す方法の一つとしてはまず特産キノコが繁殖しやすい木を目印にする事。二つ目は他の派手な色のキノコに紛れているのを探す事。三つ目がモスを付け回す事。
 キノコが俺のジャスティスなモンスターであるモスは特産キノコが特に好物で、キノコ探しが上手い。モスがある所にキノコあり。要はモスが頑張って探した特産キノコを横取りしてしまおうという作戦。モスにはちょっと申し訳ない。悲しいけど、これクエストなのよね。
 例によって自動マーキングでサクッとモスを発見した私は、隠れもせず後ろに続いた。背後のハンターに気を留める様子も無く探求に熱心にトロトロ森の下草を掻き分けて歩くモスは意外と大物……いやそれは無いか。彼は単なる類稀なる鈍チンなだけ。
 早く見つけてけれないかな、と小一時間他人任せにモスを付け回していた私はふとモスの背中に一本の特産キノコが生えている事に気が付いた。モスは何故か同種間で背中に生やしたキノコを食べあったりしないので、形の良い囓られた形跡も無い特産キノコは元気良く前を行くモスの背中に生えていた。
 おもむろに手を伸ばし、背中の特産キノコをモギッと取る。すると熱心に地面を探っていたモスがぴたりと足を止め、ハッとした様子でこちらを振り返った。
「…………」
「…………どうも」
 何を考えているのか分からないショボショボした目に見つめられて思わず片手を上げて挨拶する。モスは首だけで振り向いた姿勢で微動だにせず私の顔を見て、私が手に持った特産キノコに目を移し凝視した。
 来るか!? と私が刀に手を伸ばしかけると、気のせいかモスはニヒルに笑い、『くれてやるよ、嬢ちゃん』と言わんばかりに鼻をフゴッと鳴らして地面の探索に戻った。
 ……なんだったんだ。
 なんとも言えない微妙な気分になったけれど、ひとまず一本確保。













 その後モスが特産キノコを発見、横取り、恨みがましい目を向けられる、諦めた様にキノコ探しに戻るモスを付け回す、を三回繰り返すと手持ちの特産キノコは十一本になっていた。かなりの嫌がらせを受けたモスだけれど、今も健気に愚直にキノコを探し続けている。
 まだ太陽は真上にあり、時間は余っている。規定量以上納品すればその分報酬が上乗せされるのでもう少し集めていっても良い。が、
「……やめとこ」
 私はマイペースにキノコを探しているモスを見てキノコ集めは終了する事にした。流石に無抵抗なモンスターへこれ以上嫌がらせするのは忍びない。
 コンパスを頼りに小道に戻り、意気揚々とキャンプに帰還する途中、前方に複数の若干強い草食モンスターの気配を感じた。
「……ブルファンゴ、かな」
 呟いて迂回しようかと少し考える。ブルファンゴは密集してこそいなかったものの微妙な距離を保って広がっていて、それら全てを避けて回り道をすると大幅な時間ロスになる。
 太刀は痛んでいない。先程携帯食料を食べたばかりで腹も充分、体力も消費していない。直進すると遭遇するのは一頭だけ、それを抜ければキャンプまで一直線。
私は一人頷いた。狩ろうか。ポーチに空きはあるし、ブルファンゴの肉は歯ごたえがあってモス肉とはまた違った旨味があるし。
 私は足に力を込め姿勢を低くし、足音を抑えつつ小道を矢の様に駆け出した。
ブルファンゴはモスと違い、ハンターを発見するとアクティブに攻撃を仕掛けて来る。
 偶蹄目・ブルファンゴ科、ブルファンゴ。全長367センチの全高223センチ、ランポスより全長は短いが、尾の長さを考えなければブルファンゴの方が大きい。更に格段にブルファンゴの方が体格がどっしりしており、上顎から突き出した二本の牙が厳つさを増している。
 攻撃方法は前方への突進一択で、前脚で地面を掻いたら突進の前触れ。
 前触れがあり方向転換できない前方直進軌道なので非常に読み易く避けやすい攻撃ではあるものの、その分威力はランポスの飛び掛かりを軽く上回り、直撃を貰うと大人でも一発で瀕死に持っていかれる。私の防具は防御性能に期待してはいけない物であり、かつ鍛えてはいるもののムキムキな筋肉の鎧がある訳でも無いので、やはりまともに喰らえば死ぬだろう。一撃で死ななくても追撃で死ぬ。流石の回復速度+3も重傷の瞬間完治は不可能だから。
 でも、あの、アレ、当たらなければどうという事は無い、というやつで。
 私は前方にこげ茶の毛皮のブルファンゴを発見すると同時に太刀の柄に手をかけた。
 ブルファンゴが私に気付き顔をこちらを向ける時には既にあと七歩の距離まで詰まっている。
 その疾さ、疾風の如く。
 私は悠長に頭を下げ地面をかいて突進準備を始め様としたブルファンゴに一瞬で接敵し、走り抜き様に攻撃系スキルを開放し太刀を抜刀して鼻面に一撃を叩き込んだ。
「ん」
 手に残る鈍い感触に顔をしかめる。やはり両断は無理か。
 私は踵で地面を削り勢いを殺し、反転すると再びブルファンゴに向かって駆ける。分厚い毛皮で斬撃を軽減したブルファンゴは顔面から血を流しながらも荒い鼻息を上げて私を睨み、前脚で地面をかいた。
 遅い。遅過ぎる。やはり貴様は狩られる側だ。
 私は先程の傷を抉る様に正確にブルファンゴの顔に太刀を走らせ、ついでに前脚にローキックを見舞った。
 昔ランポスを蹴り殺そうとした時とは違い骨が成長し筋肉も発達し、何よりも硬いブーツを履いた私の蹴りはブルファンゴの突進を中断させバランスを崩す事に成功する。
 よろめいたブルファンゴの顔面に刀の切っ先を向け、太刀に溜まった気を開放し、揺らめく赤い光を纏わせる。
「は!」
 三撃目に裂帛の気合いと共に放った突きはブルファンゴの頭部を貫通し、全身を串刺しにした。更にそこから刀身を捻り、傷口を広げる。
 脳を破壊されたブルファンゴは悪足掻きに暴れる事もできず、ビクン、ビクンと数度痙攣し、動かなくなった。
 私は柄まで深々と刺さった太刀を抜き一振りして血を払う。それから適当な木の葉で血を拭い、刀身を検分した。
「…………はぁ」
 ため息が出た。やはりほんの少しだけ歯こぼれしている。あれだけ鮮やかに、スキルを発動して斬ったというのにコレだ。
 骨刀【狼牙】の斬れ味は『黄』。鍛冶ギルドが定めた赤、橙、黄、緑、青、白の六段階の下から三番目。赤が刃物の形をした鈍器、橙がナマクラ、黄が御家庭用の刃物、緑が武器、青が業物、白が大業物と言われている。
 従って黄の評価を受けているこの太刀は料理包丁や果物ナイフと大した違いは無い。本来ガッツとスタミナでしぶとくタフネスを発揮するブルファンゴが相手なら十回は斬りつけなければならない所を三撃で仕留められたのは一重にスキルのお陰だった。
 せめて緑の武器が欲しいな、駆け出しで贅沢は言えないけど、とブツブツ言いながらその場でハンターナイフを使いブルファンゴを解体。意図的に頭だけを狙ったので毛皮には斬り傷が全く無い。
 毛皮をはぎ、帰りの道中に食べる分だけの肉を切り出し毛皮に包んで鞄に入れる。それでちょうど鞄が一杯になった。
 残ったブルファンゴの頭部と肉はその場に放置する。持ち帰れない分はその場に放置しても良いというのがハンター暗黙の了解だった。後で取りに戻っても良いし、そのまま放置しても良い。
 放置すればランポスの餌になるか、土にかえるか。前者の可能性が高いけれど後者も無くは無い。どちらにせよ自然にかえる。
 私は太刀を鞘に納め、当面は太刀の強化か買い替えを目指してお金を貯めようと心に決めつつキャンプに戻った。












【納品】

特産キノコ……11(10+1)

【アイテムポーチ】

薬草……2
アオキノコ……8
ニトロダケ……1
モスの苔皮……1
ファンゴの毛皮……1



QUEST
QLEAR!!



[27691] 十一話
Name: クロル◆bc1dc525 ID:b9c1d778
Date: 2011/09/14 17:23
 初クエストを無難に終えた私は、採取クエストを中心に小型モンスターの討伐クエストを挟みながらハンターとしての経験を積んで行った。
 移動時間が勿体無くて近場のシルクォーレの森ばかり行っていたらいつの間にか地図を暗記してしまい、ギルドで地図常備【シルクォーレ】の認定を受ける。私は特別記憶力が良い方ではないのだけれど、好きなものこそ上手なれというのか、ハンター関係の情報は自分でも驚くほど記憶に残った。実に都合の良い脳みそだと思う。
 クエストで手に入れた素材の大部分は売り払い、お金に変えた。食事とちょっとした日用品、ハンター道具以外余計な浪費はせずせっせと貯金する。
 私の防具は鎧ではなく服だから整備も比較的楽で、ハンターになってから未だに一度も攻撃を貰っていないので布を足したり繕ったりする必要はない。武器の手入れも自分でしているためハンター生活の必要経費は実に安く収まっていた。
「んー……」
 ハンター宿舎の自室でアイテムボックスに頭を突っ込んで底まで探り、貨幣をかき集める。私のアイテムボックスは結構乱雑に放り込んでいたのでごちゃごちゃしていた。これからはお金ぐらい別にしまっておいた方がいいかも知れない。
 一握りの貨幣を掴みだし、一枚二枚と数えながらサイドテーブルの小山に追加する。ちゃりんと楽しげな音を立て積み重なった金額はしめて2120z。
 私はこれでよしと一人頷いた。ハンター歴四ヶ月、ようやく武器を替えるのに必要なお金が貯まっていた。切れ味黄からの脱却はここしばらくの目標だったから嬉しい。
 ……しかし問題はお金があっても素材がない事。
 バッパ村では完成品の武器をお金だけで購入する事はできなかった。ドンドルマにあるような大規模な鍛冶屋ならまだしも、バッパ村の小さな鍛冶屋にいつ誰が買うとも知れない武器を並べておく余裕はない。お金だけで買えるのは骨刀や骨、骨塊といった最低ランクの武器のみだった。
 切れ味緑の太刀、鉄刀【禊】を打ってもらうには鉄鉱石10個、マカライト鉱石5個、大地の結晶10個が必要になる。シルクォーレの森は温暖な気候で、植物素材は採れるが鉱石はほとんど採れない。ピッケルを三本使い潰してやっと大地の結晶が五個、鉄鉱石が二個。あとは石ころのオンパレード。
 やはり鉱石が欲しければ火山を筆頭にした鉱脈があるフィールドに出向かなければならない。しかしHR1で行けるフィールドはシルクォーレの森(森)とシルトン丘陵(丘)、あとはバッパ村周辺のみ……
 私は腕を曲げて力こぶを作ってみた。腕相撲でボンザさんをたたき伏せるだけの筋力があるはずなのにびっくりするほど盛り上がらない。そのあたりの通行人の少女を捕まえて腕の太さを比べてもきっと一センチも違わないに違いない。
 まあこの世界で見た目が実力を測る目安にならないのは今に始まった事ではないからいいとして、私もハンターとしての経験をある程度は蓄積できたはず。
 そろそろHR2に挑戦しよう。ハンターランクが上がれば狩れるモンスターは増えるし行けるフィールドも増え、採取採掘できる素材も増える。今の私の実力で☆2クエスト失敗は有り得ない。
 私はベッド脇に立てかけておいた骨刀【狼刀】を背負い、それでも油断は禁物、と呟きながらハンター宿舎を出た。













「HR2への昇格クエスト、受けられますか?」
「はい、大丈夫です。そろそろその台詞を聞けると思ってましたよ、ディアちゃん。うふふふふふ……」
 不気味に笑ったニーナさんは椅子から降りてカウンターの下をごそごそ漁り始め、ご機嫌に鼻歌を歌っている。私がハンターランクを上げると何か良い事でもあるのだろうか?
 ハンターランクを上げるにはその時の自分のランクに見合った一定数のクエストをクリアしなければならない。もっとも一定数と言っても制限時間三日間のクエストを一日で達成すれば評価は上がるし、クエストをクリアしても重傷を負えば評価は下がる。ただ数をこなせば良い訳ではなかった。
 その点私は負傷ゼロの上に自動マーキングで素早くモンスターをサーチアンドデストロイしてきたので相当な高評価を得ている。HR2になるまでにマックスが、ヴィクトリアがかけていたと言えば私の昇格の早さは分かると思う。
 フフフ、一年後にはマックスもヴィクトリアも抜き去って置き去りにしてみせよう。
 妄想しているとニーナさんが受注書を寄越してきた。
「森と丘からいきなり砂漠ですか」
「実力のあるハンターはどんどんランクを上げてもらってどんどん高難易度のクエストをこなして頂くのですよ。流石ハンターズギルド、容赦なし!です」






HR2昇格試験クエスト


温暖期/狩猟クエスト☆☆
大地を泳ぐモンスター

依頼主:砂漠の交易商人
クエスト目標:ドスガレオス一頭の討伐
報酬金:1200z
契約金:200z
指定地:セクメーア砂漠北部
移動時間:片道十日
制限時間:三日
主なモンスター:ガレオス
受注・参加条件:☆1クエストの一定数達成

依頼内容:
砂漠を渡っていたら、馬車が砂の中に飲み込まれた! だがそのモンスターたちの姿を、なぜか誰も見ていないんだ。一団のボスを探し倒してくれ!







 先生のお世話になるかと思ったらそんな事はなかった。ターゲットはイャンクックではなくドスガレオス。砂漠での狩猟の入門用とも言えるモンスターだ。
 魚竜目/有脚魚竜亜目/砂竜上科/ガレオス科/ドスガレオス。全長約1538cm、全高683cmとドスランポスの倍ほどの体躯を誇り、足の大きさですら183cmもある。モンスターもこのレベルになってくるとまさしくモンスターとしか言いようがない。私の紙防具では軽く踏まれただけで間違い無く内蔵破裂、肋骨粉砕。一瞬にして圧死する。
 ドスガレオスの容姿を大雑把に説明するなら暗褐色の鱗で覆われ二本足がくっついた巨大魚、だろう。砂の中を泳ぐという意味不明な生態を確立しており、砂中での生活に適応した結果、視力のほとんどを失い、代わりに聴覚が異常に発達している。その聴覚を使って砂中から地上の獲物を捕捉している。
 素材としては水で洗い流すと可愛らしい桃色が浮き出る保湿性に優れた鱗が防具にも服のアクセントにも人気で、骨が中~大型の武器の材料になる他、キモは万病に効くとされ珍重される。
 キモは私も一度だけ食べた事がある。味は……前世で食べたキャビアにちょっと近かった。
「一人でいけますー?」
「この程度なら、まだ」
 ニーナさんの悪戯っぽい顔に苦笑しつつ契約金の200zをカウンターに滑らせる。ニーナさんは片手で素早く硬化の数を数え、軽く頷いて受注書に判子を押し下半分を切って私に寄越した。
「ではではっ! クエストの達成をお祈りしてまーす!」
 ぶんぶか手を振って見送ってくれるニーナさんに軽く片手を上げて答え、私はギルドの裏手に向かった。











 途中モスやドスファンゴを狩ったり果物やキノコを採集して食料を調達しつつ竜車にガタゴト揺られて丸九日、暇潰しに音の出ない笛で回復笛の旋律の練習をしていた私はふと随分空気が乾燥してきたな、と思った。頬を触ってみるとなんだかパサついている。このあたりの気候はあまり肌に良くなさそうだった。
 バッパ村は近くにクルプティオス湿地帯があるだけあって比較的湿度が高い。南下して南部の大砂漠地帯が近付くにつれて湿度は下がり、代わりに気温が上がっていた。
 馬車を覆う幌の隙間を少し開けるとそこには一面の岩石砂漠。昨日は岩の隙間のそこかしこから生えていた植物も随分まばらになっている。「乾きの海」という意味の名を持つ南部の乾燥帯、セクメーア砂漠が近付いている証拠だ。
 私はちらりと足元に目をやった。木の床に置かれた三本のピッケルと鞘に納められた骨刀【狼牙】、最下級の太刀である骨が竜車の振動でカタカタ音を立てている。
 大型飛竜を狩る際にほとんどのハンターは複数の武器を持っていく。戦闘中に刃こぼれして砥石を使う、ぐらいで済めば良いのだけど、相手が大型だと不意の一撃で折られたり砕かれたりする事がある。ゲームでは切れ味が落ちてもごり押しで戦闘を続行できるけれど、実際は切れ味以前に武器が破損する事があるのだ。
 従ってクエスト開始早々に武器を壊されリタイアするしか無くなった、という情けない事態を防ぐために獲物はいくつか持っていく。
 もっとも私は懐具合と相談した結果、予備の武器が切れ味も頑丈さも最低値をさまよう骨一本という寂しい事になっているため骨刀【狼牙】が破損したらほとんど終わりな気はする。まあ普通に勝てば何も問題はない。
 私は小石を踏んだらしく大きく揺れた竜車の振動で跳ね上がった刀を足先で押さえ、笛の練習に戻った。このクエストが終わったら回復笛スキルの認定テストを受けにいくのもいいかも知れない。
 翌日の正午過ぎ、竜車はセクメーア砂漠北部のベースキャンプについた。入り組んだ岩場の中にある少し開けた台地で、キャンプの上に張り出した岩が直射日光から休息するハンターを守ってくれる。キャンプテントの脇にある井戸を覗いてみるとひんやりした空気が上がってきた。私は釣瓶を使って水を一杯汲み上げ、顔を洗い、たっぷりと喉を潤した。砂漠では金を出して買う必要があるほど貴重な水をいくらでも飲めてしまうのもハンターの特権。なんて贅沢。ハンターで良かった。
 私は御者のアイルーとアプトノスのために数度水を汲み上げ、骨刀【狼牙】を背負った。水桶に顔を突っ込んで水を跳ね飛ばしながら舐めていたアイルーが顔を上げて訝しげに尋ねる。
「今から討伐に行くのかニャ? 一番暑い時間帯だしやめといた方がいいと思うけどニャァ……」
 私は笑って首を横に振った。
「いえ、何か夕食の足しになるものを採りに行こうかと」
「今すぐいってくるニャ!」
 コロッと態度を変えたアイルーに苦笑しながら、私はキャンプの出入り口になっている岩のアーチを潜って砂漠フィールドに出た。
 セクメーア砂漠、乾きの海。一面に広がる黄色っぽいカラカラに乾いた砂地に、ぽつぽつ立っている岩山。私を迎えたのは眩暈がするような広大なフィールドとじりじり肌を焼く太陽、水分の欠片もない熱風だった。
 これはキツイ。比較的寒い地方で育った私には尚更暑さが堪えた。一時間も野ざらしでじっとしていたら干物になりそう。こんな所を棲家にしているモンスターの逞しさには脱帽する。
 私は堪らずポーチからクーラードリンクを取り出し一気に呷った。喉から腹に氷を丸呑みにしたような冷たさが送られ、すぐに全身に広がる。……なんだか体の中に扉を開けっぱなしの冷蔵庫ができたような感覚だ。少し落ち着かない。
 ともあれ噴出しかけた汗も引いたので、私は自動マーキングをオンにして砂中に潜むモンスターを警戒しながら食材探しを始めた。狙うは砂漠の代表的な植物、サボテン。中でも特に珍味と言われるスライスサボテン。ザク切りにしてオイルをかけるとたまらん旨さ、らしい(ボンザさん談)。もしくはガレオスがいれば狩って肝と肉を頂戴してもいい。しかし残念ながら周囲にモンスターの気配は無かった。
 時折風が砂を巻き上げ、視界を遮る。私は何度も岩山の位置を確認してあまり遠くへ彷徨い出ないように気をつけつつ近くのサボテンを漁った。キャンプのすぐ近くにあったサボテン達は既に可食部を取られた跡があったので二、三本見逃したけれど、すぐに食べられそうなスライスサボテンを発見、ハンターナイフで剥ぎ取ってポーチに入れる。五人分ほど取れそうだったが取るのは二人分だけ。自然の恵みを必要以上にむしりとらないのもまたハンターの嗜み。
 キャンプに戻るとアイルーが包丁とまな板を用意して尻尾を振りながら今か今かと待っていた。私は取って来たサボテンを投げて渡す。
「待ってまし痛っ! 痛いニャー! ちょっとハンターさん、投げて寄越すならトゲくらい抜いておくもんニャ! なに考えてるのニャ! ボクの肉球にトゲが刺さって攻撃力上がっちゃったニャー!」
 キャッチしたアイルーが凄い剣幕でくってかかってきた。しまった、迂闊だった。
「えーと、申し訳ない。応急薬使う?」
「……それほど重傷でもないニャ。でもトゲを抜いて欲しいニャ。自分では抜きにくいのニャ」
 ああ、確かにその肉球で細い物を抜くのは大変そうだ。
 トゲを丁寧になるべく痛くしないように抜いてあげると、アイルーは涙目で肉球をペロペロ舐めながらサボテンを水桶に放り込み、砂を落とした。それから包丁の背でトゲをそぎ落とし、薄く表面の皮を剥いてスライスしていく。実に手際が良かった。
「実は料理人を目指しているのニャ」
 私の目線に気づいたのかアイルーが自慢げに髭をぴくぴく動かして言った。なるほど、道理で。
 瞬く間にサボテンサラダを二人前作ったアイルーはどこからか取り出したオリーブオイルをたっぷりかけ、半分皿に盛って私に渡した。そのまま早めの夕食になる。
「一番おいしいとこはハンターさんにあげるのニャ。感謝するニャ!」
 そう言って色の濃いサボテンを切れ端を何枚かくれる。思わず頭を撫でると目を細めてゴロゴロ喉を鳴らした。なにこの可愛い生き物。
 この日は軽く湿った布で体を拭いてから早々に寝た。スライスサボテンは絶品だった事を記しておく。









 明けて翌日、私は岩山を反響して届いた何かの鳥の声で目を覚ました。太陽は昇り始めたばかりで、まだ地平線の向こうは暗っぽい。私は包まっていた毛布からもぞもぞと這い出てくしゃみをした。砂漠の夜は寒い。昼と夜で足して二で割れば丁度良くなるのに。やっぱり私は森と丘の方が好きだ。
 鼻をすすりながら昨日灰を被せておいた焚き火を火かき棒でかき回し、小枝を追加して火を熾す。火にかけたヤカンが沸騰してきた所でアイルーも起き出した。どっしりと座り込んでいた眠っていたアプトノスも顔を上げ、低い声で唸る。
「おはようございます」
「……ニャ? ウニャァニャ、ニャニャ……ニャッ!? ああ、おはようさんニャ」
 ふらふらしていたアイルーは前足で顔を掻いている内に目が覚めたらしい。はっとした様子で挨拶を返す。私は乾燥野菜を入れた器にお湯を注ぎ、塩を一つまみ入れた簡単なスープを作った。アイルーの分も取り分け、地面において置く。アイルーはぴょこんと跳んで匍匐前進の体勢になると湯気が立つスープ皿に顔を寄せてふんふんと匂いを嗅ぎ、尻尾を振り振り冷めるのをじっと待ち始めた。ちょっと和む。
「ニャーウーニャア、ニャーウーニャア、ニャウニャウニャー・ニャア! ニャウニャウニャー・ニャア!」
 ご機嫌で歌まで歌い始める始末。意味までは分からないが多分アイルーの間では有名な歌なのだろう、この旋律はよく聞く。
 私はアイルーの歌をBGMにさっさとスープを胃に流し込み、携帯食料を齧りながら竜車の中からピッケルを三本引っ張り出した。それをを籠にいれ、背中に担ぐ。刀を抜く時に邪魔にならないように位置を調節し、皿に顔を突っ込んでスープを貪るアイルーにひと声をかけてからキャンプを出た。今日いっぱいは採掘に使う予定だ。 自動マーキングで索敵の手間を大幅に短縮できるからこそこうやってわき道に逸れても討伐の時間は確保できる。スキル万歳。
 まだ日が昇ったばかりで砂漠の気温は高くなかった。砂が熱を帯びる前に急いで昨日寝る前に地図で確認しておいた採掘ポイントに向かう。細かい砂地は踏みしめにくく、ただ歩くだけでも普通の土より体力を奪われる。が、私は体力にも適応力にも自信がある。昨日サボテン採取で歩き回って慣れていた事もあり、さほど苦労する事なく目的の岩山に空いた裂け目到着した。裂け目の奥からはうなり声のようなおどろおどろしい音が遠く聞こえてくる。ま、風の音だろう。気にするほどの事でもない。
 裂け目に入る時に籠が引っかかって転びそうになったので一端籠を下ろし、両手に抱えて中に入った。洞窟の中は壁面に開いた小さな裂け目から外の光が幾筋が差し込んでいて、数メートル先の人の顔が判別できる程度の光源はあった。
 砂漠の中でも洞窟は寒暖の差がそこまでない。むしろひんやりと涼しいくらいだった。近くに水脈が通っているのかも知れない。ベースキャンプに井戸があったし、地図によればオアシスも地底湖もある。多分推測は間違っていないはず。
「そして近くに水脈がある地質では」
 抱えていた籠を下ろし、ピッケルを一本抜いて振りかぶり、洞窟の壁にできたヒビワレに向けて振り下ろす。カァン、と高い音が洞窟に反響し、ピッケルが岩壁に突き刺さる。何度か捻って引き抜くと足元にバラバラと掘り出された石が転がった。
「水光原珠が採れ易い、と」
 小石と共に足元に転がったのは水色の小さな塊。うーん、しょぼい。
 はっきりいって水光原珠にあまり使い道はない。水光原珠は用途が限られた微妙な性能の装飾品の材料になる。抗菌だとか、耐雪だとか、水光原珠の装飾品はあればうれしいけどそんなものを装備するぐらいならもっと良い装飾品つけるわ! といいたくなるものばかり。駆け出しの頃はお世話になるがスキルが整えばゴミと化す、とボンザさんも言っていた。私のスキルはちょっとおかしな事になっているので、既に水光原珠は……ううん、一応とっておこう。自分が使わなくても売りに出せば良い。
 私はしばらくの間ひたすらコツコツカツカツカツカツピッケルを振るった。
 するとでるわでるわ鉱石が。石ころも多いけれど、それに混ざって鉱石がゴロゴロ転がり出てくる。やっぱり鉱石を採掘するなら砂漠の方が率がいい。鉄刀【禊】を打ってもらうために必要な残りの鉱石、鉄鉱石八個、マカライト鉱石五個、大地の結晶五個はピッケルを一本使い潰して二本目に入った所で揃ってしまい、追加で氷結晶と花香石もいくつか手に入った。花香石は擦ると花のような匂いを放つ薄紅色の鉱石で、お香や香水の材料になる。なによりも大きさと重さの割りに高値で売れるのが嬉しい。いくつか自分用にとっておくのもいいかも知れない。
 私はここぞとばかりにピッケルを振るいに振るい、ピッケルを三本全て使い潰した。気付けば掘りはじめた時はヒビワレだった岩壁が大人が二、三人すっぽりと入れるぐらいのくぼみになっていた。
 ……掘り過ぎたか? いや大丈夫。大丈夫。よくよく周りを観察してみると洞窟の至る所に似たようなくぼみがある。調子に乗って掘りまくったのは私だけではない。
 水光原珠を半分ほどぎっしり雑多な鉱石で埋まった籠に放り込むと、不意に感覚を刺激するものがあった。
「ん」
 オンにしたままにしておいた自動マーキングに小型のモンスター……それも肉食竜の気配がひっかかった。三つの気配はグループになって洞窟の奥からまっすぐこちらに向かってきている。大方ピッケルの音を聞きつけてやってきたのだろう。そういう事があると聞いた事がある。これは予測できていた事だし、厄介だとも思わない。むしろばっちこい。
 私は籠をくぼみに押し込み、洞窟の壁で特に凸凹している場所を選んでよじ登った。縦横無尽に空を飛んで移動する飛竜を追跡するハンターにとって崖のぼり蔦のぼりは必須技能。特に苦労する事もなく地上五メートルほどまで登り、岩の裂け目に足を引っ掛けて蜘蛛のように張り付く。そしてそのまま【隠密】を使い、息を殺し気配を潜めて待った。さあ来い。
 それほど間をおかず三頭のゲネポスが眼下に現れた。頭を高く上げ、キョロキョロと辺りを見回している。
 ゲネポスは砂漠にする黄色い鱗のランポスの亜種で、麻痺性の毒液を持っている。その威力はアプトノスを数秒で動けなくしてしまうほど。人間なら掠っただけでも動けなくなる。
 もっとも麻痺無効スキルを持っている私にとっては恐るるに足りない。
 私は先頭のゲネポスが真下に来た瞬間を狙って飛び降りた。同時に抜刀し振り下ろし、真下にいたゲネポスの首を一刀の下に斬り落とす。膝を深く曲げて衝撃を殺し着地し、半ばジャンプするようにして立ち上がりつつ返す刀で二頭目のゲネポスの首の頚動脈を掻っ切る。三頭目が振り下ろしてきた前脚の鉤爪を紙一重でかわし、カウンターの気刃斬り(突き)で喉から背中まで貫いた。
 三頭のゲネポスが地面に倒れる音が驚くぐらい大きく洞窟に響いた。三頭目のランポスはビクビク動いていたが、数秒で動かなくなる。この程度の小型モンスターならもう一瞬で殺せる。……もっともハンターが死ぬ時もこうして一瞬で終わる場合は多い。
 私は明日の我が身かも知れないゲネポスの死体から鱗と皮と爪を剥ぎ取り、鉱石が入っている籠に投げ込んだ。残りの部分は軽く地面を掘って砂を被せ、埋める。あとはそのまま土に還るなりモンスターに掘り返されて食料になるなり、野となれ山となれ。
 携帯食料を水筒の水で流し込み、重くなった籠を攻撃力UP【大】を発動させてひょいと持ち上げ私は帰路についた。これはドスガレオス討伐報酬よりも採取で手に入れたアイテムの総額の方が高くなってしまったかも知れない。命がけの討伐報酬よりも採取の方がもうかるというのもなんだかな……採取中にモンスターの攻撃を受ける事もあるから採取も命がかかっていると言えなくもないのだけど。釈然としない。
 砂の中に潜むガミザミを自動マーキングで発見、迂回しながらキャンプに戻る途中で大型モンスターの気配を探知した。ガレオスの気配を尊大にしたような気配。多分、ドスガレオス。
 気配は遠い。自動マーキングの圏内を出たり入ったりしているから、距離は4~5km、といったところだと推測できる。
 このままやってしまおうかどうか迷う。逃せば自動マーキングがあるとは言え再度索敵の時間をとられる事になる。しかし今は鉱石がたっぷり入った籠を抱えている。どこかに置けばいいけれど、戦っている間に砂に埋もれてしまったりメラルーにちょろまかされたりする危険性が高い。
「んー……」
 悩んだが結局討伐は明日に回す事に。時間がかかっても慎重にいける時は慎重にいった方がいいだろうから。










 二日目、私は朝食をとってすぐに昨日ドスガレオスがいたあたりの地域まで移動した。
 ポーチに入っているのは地図、音爆弾、クーラードリンク、砥石、携帯食料、水筒、応急薬。予備の太刀はキャンプに置いてきてある。
 ドスガレオスがいたのは周囲をぐるりと岩山に囲まれた野球場三つ分ぐらいの砂漠エリアだった。【隠密】を使い岩の影に身を隠しつつ、まずは観察。
 ガレオス・ドスガレオスは決まったルートをぐるぐる回って泳ぐ習性を持っている。泳ぎ回るガレオスを追い掛け回すよりは通過地点で待ち伏せしてキツイ一撃を喰らわせてやった方が利口。だれだってそーする。私もそーする。
 ドスガレオスは二匹のとりまきガレオスを引き連れていた。エリアの中央付近にガミザミのものらしき殻の残骸が砂に埋もれかけている所を見るに食事の直後のようだった。満腹時は空腹時より気が緩んでいるからやりやすい。
 ドスガレオスとは基本的に相手の土俵である砂中から地上に引きずり出して戦う事になる。しかし地上でも重い砂を掻き分け自由自在に泳ぐ事を可能にする筋力があり、それを生かした体当たりや尻尾の一撃をまともに貰えば良くて瀕死、最悪身体が千切れ飛ぶ。対抗策は徹底回避か、頑丈な防具を装備するか。私はもちろん回避。
 またガレオスは飛び道具も持っていて、口蓋から出る粘液で砂を固めて吐き出す事がある。通称砂ブレス。砂ブレスは成人男性の全力張り手くらいの威力はある。当たっても怪我こそしないが、バランスは崩してしまう。その隙に連撃を喰らってお陀仏になるケースは多いらしい。
 なににせよ今回は全回避が理想で、必須条件。
 ドスガレオスのデータを思い返しながらしばらく観察を続け、回遊ルートを特定する。私は先頭を泳ぐドスガレオスが私が隠れる岩の数メートル前を通り過ぎていくのを見送り、額にかけていたゴーグルをぐいっと下げて目を砂埃から守った。そしてポーチから出した音爆弾を後続のガレオス二匹の中間に投げ込んだ。キィン! と高い音が鳴り響き、ガレオスがたまらず砂の中から飛び出す。
 さあ、狩りの始まりだ。
 まずはドスガレオスとの戦闘中に邪魔が入らないように雑魚を蹴散らす。岩の影から飛び出し、攻撃系スキルを全発動。抜刀と共に丘に揚がった魚のようにジタバタしている手前のガレオスの首に横合いから縦斬りを喰らわせた。
「ち!」
 しかし流石に硬い。昨日のゲネポスのように一撃とはいかず、鱗が何枚か剥がれ落ちただけだった。舌打ちしながら再度縦斬り、今度は鱗の下の皮まで刃が入り、血が滲む。ガレオスはますます激しく暴れた。
 感覚を研ぎ澄まし、太刀の切っ先を暴れてブレるガレオスの首を急所に向ける。小さく息を吐いて腹に力を入れ突きこむと、刃はガレオスの首に半ばまで突き刺さった。おまけに太刀を捻り、傷口を広げる。すぐには死なないだろうが、これでこのガレオスはもう戦えない。
 首に刺さった太刀を抜きながら私は後ろにジャンプした。一拍遅れて目の前に砂ブレスが着弾する。二匹目のガレオスがすっくと立ち上がり、私を睨んで威嚇していた。二足歩行の魚……実際に目で見てみると凄くシュール。どことなく獅子舞っぽい。
 視界の端でドスガレオスが異変に気付きターンしたのを捉える。十秒もしない内に侵入者を排除しようと襲ってくるだろう。
 太刀を構えなおし、私は砂地を踏みしめてガレオスに向かって駆けた。カウンターで繰り出してきたタックルを横っ飛びに交わし、立ち上がりながら斜め上に斬り上げる。太刀の切っ先が尻尾の付け根を抉り、ガレオスは怯んだ。こちらのガレオスはもう一方のガレオスよりも小柄だった。群の中で餌の配分が少ないのだろうか、体つきもどこか弱弱しい。これならやりやすい。
 タックルをした体勢からのろのろと足踏みをして頭を私に向けようとするガレオス。所詮魚の脳みそ、アホ過ぎる。私は背後に回って尻尾に二連撃を入れ、傷口から刃を突き入れて内臓を軽くかき回した。ゴァア!と悲鳴を上げるガレオス。これでコイツも戦闘不能。
 ガレオスから太刀を引き抜こうとした瞬間、ドスガレオスが加速して特攻をかけてきた。慌てて俗に言うルパンダイブで前に跳んで回避。腹ばいの姿勢から前転して更に距離をとりながら振り返ると、内臓を破壊されて瀕死のガレオスがドスガレオスの背びれに切り裂かれ血飛沫を吹き上げて絶命する所だった。味方ごとか! 容赦ないなドスガレオス!
 通り過ぎたドスガレオスがターンして戻ってくる前にと、私は急いでガレオスの死体に駆け寄って太刀を引き抜いた。刀身を指で軽くなぞって素早く点検する。幸い折れてもいないし曲がってもいない。脂がついているもののまだまだ斬れそう。
 宜しい、ではメインディッシュを三枚におろして進ぜよう。
 ポーチからもう一個音爆弾を取り出し、丁度ターンして再度特攻をかまそうと加速をつけようとしているドスガレオスの鼻先に投げつけた。ガレオスの巻き直しのように驚いて砂中から飛び出すドスガレオス。落下して地響きを立てたドスガレオスに走りより、助走の勢いを乗せて背びれに縦斬りを入れた。
「硬っ!」
 想像以上の硬さに驚いた。今まで斬った中で一番硬いかも知れない。考えてみればこの背びれを刃物代わりにして獲物を切り裂いているのだから、確かにこれぐらいの硬さがないと可笑しい。
 ビタンビタン暴れるドスガレオスの背びれに正確にもう一度縦斬り、突いて、斬り上げて、気刃斬りを二連。斬り下がって距離を取る。
 流石ガレオスの首領を張っているだけあって鱗も硬く、タフだった。先手必勝の甲斐あって危険な背びれをボロボロにする事はできたものの、逆に言えばそれだけしかできなかった。
 立ち上がるドスガレオス、頭は私と逆方向。
 足を怪我させるとあまり地上に出なくなるので、私は尻尾に縦斬りを二回放った。ガレオスよりも数段俊敏に振り向いたドスガレオスの首に袈裟斬りを入れようとしたら突然頭を斜め後ろに引いたのでキャンセルして仰け反る。勘は当たり、ドスガレオスはガチンを歯を打ち鳴らして噛み付きをした。あのまま斬っていたら太刀を噛み砕かれていただろう、危なかった。
 仰け反った姿勢から斬り下がりをして、間近で見ると厳ついドスガレオスの鼻っ面の鱗に皹を入れる。更に数歩下がって距離をとり、太刀を握りなおすとタックルをかけてきた。人間のタックルとは訳が違う。浅黒い巨体が自分に向かって迫る迫力は筆舌に尽くし難かった。予めそういう攻撃があると身構えていなければ硬直して吹っ飛ばされていたかも知れない。
 私は即座にしゃがみ込んで襲い掛かる尻尾の下を潜った。尻尾が起こした強風で髪が巻き上がりぞっとする。こんな攻撃絶対に喰らいたくない。
 タックルから体を戻すドスガレオスの腹を二回斬り付け、踏み潰される前に転がって離脱。今度は回転攻撃をかけてきたのでタイミングを合わせて太刀を入れ、ドスガレオスの回転速度を利用して尻尾を切り裂いた。
 その攻撃で太刀に力が溜まりきる。
 私は回転が終わった時を見計らい懐に飛び込み、気を解放して全身に気刃斬りラッシュを喰らわせた。赤い残光が閃くたびに斬撃とそれに伴う衝撃がドスガレオスを叩き、鱗がボロボロと剥がれ落ちていった。ドスガレオスは立て続けの攻撃で身動きがとれず、一方的にぼこぼこにしていく。いけないな、これはちょっとクセになりそう。
 最後に渾身の回転斬りを入れ、ドスガレオスの攻撃圏から離脱して振り返ると、体中から血を流し目をギラつかせて荒い息を吐いていた。背びれは力なく垂れ下がり、動きがどこか緩慢になっている。弱っている証拠だ。
 私はちらりと太刀に目を落とした。怒濤の連撃に耐えられなかったのか刃が所々ぱっと見で分かるほど大きく欠けている。このままトドメを刺すには無理がある……
 私は砂の中に飛び込み、逃げていくドスガレオスを見逃した。巣に戻って眠り、回復を図っている所に攻撃を叩き込んで永遠に眠らせてやればいい。
 ドスガレオスの背びれが砂の中に消えて遠ざかったのを確かめ、私はその場に座り込んだ。ゴーグルについた砂を拭い、水筒から水を飲む。水筒の中に入れておいた昨日採掘した氷結晶のお陰で水はひんやりと冷たかった。
 水筒を空にし、ポーチから砥石を出して痛んだ太刀を研ぐ。どうも芯の方が少し痛んでいる感触がした。本職ではないから確信は無いけれど。骨刀【狼牙】でドスガレオス討伐はけっこうギリギリだったらしい。
 とりあえずできる限り研いで、納刀する。砂地に落ちたドスガレオスの鱗を何枚か拾ってみたがすべて皹が入っていたり欠けたりしていて使い物になりそうもない。やっぱりハンターナイフでキッチリ剥ぎ取らないと駄目らしい。ちょっとガッカリした。
 代わりにガレオスの鱗を十数枚剥いでから追跡を開始する。とは言っても自動マーキングがあるから探し回る事はない。
 ドスガレオスの巣は幸い近場にあったようで、歩いて二十分ほどで着いた。光が差し込まない入り組んだ岩場の中に緩やかなすり鉢状の砂場があり、その中央でドスガレオスが鼻提灯を作って寝ていた。
「……うわぁ」
 睡眠時の鼻提灯はゲームの演出だと思っていたら現実でもそうだった。時折風に揺られて鼻提灯が鼻から離れ、ぷかぷか空を飛んでいく。そしてまた新しい鼻提灯ができる。どういう事なの……
 鼻提灯から目を逸らし、ドスガレオスの体を見るともう既に血が止まっていた。近づいて見てみると瘡蓋ができ始めている。流石モンスター、回復が早い早い。私と同じぐらい早い。となると半日も放置すれば完治、早めに起こしてトドメを刺してしまおう。
 太刀の柄に手をかけ、ねむりこけるドスガレオスの首の鱗が剥がれた箇所に狙いをつける。ドスガレオスは起きない。馬鹿じゃなかろうか。都合が良いけれど。
「せぇぇぇえぇぇっ――――はぁ!」
 気合一閃、ドスガレオスの首から噴水のように血が噴出し頭にかかった。なにこれ魚臭っ!
 額からたれてくる血を頭を振るって払い、ドスガレオスを見るとびったんびったん跳ね回っていた。ここまで来て潰されては死んでもしに切れない距離をとって太刀を構え……あれ、折れてる。半ばからぽっきりと。よくよく見ればのた打ち回るドスガレオスの首に突き刺さっているアレは折れた太刀の刀身に見える。
 太刀の役目を果たさなくなった骨刀【狼牙】を捨て、私は非常手段としてハンターナイフを抜いて構えた。ハンターたるもの獲物が完全に息絶えるまで気を抜いてはいけない。無傷で討伐したと思ったら鼬の最後っ屁で道連れにされる事もある。
 しかし結局その心配も杞憂だったようで、たっぷり十分間ももがき苦しんだドスガレオスはそのまま自動マーキングの反応を無くし、息を引き取った。
 こうして昇格クエストは終わりを告げ、私は新しい武器と共にハンターの階段をまた一歩登った。












【討伐】

ドスガレオス……1
ガレオス……2
ゲネポス……3

【アイテムポーチ】


水光原珠……8
鉄鉱石……10
マカライト鉱石……8
花香石……5
氷結晶……3
石ころ……3(ほとんど捨てた)
ゲネポスの麻痺牙……3
ゲネポスの鱗……3
ゲネポスの皮……3
砂竜の鱗……15
砂竜のヒレ……1
砂竜の牙……2
魚竜のキモ……1
竜骨【中】……2




QUEST
QLEAR!!




[27691] 十二話
Name: クロル◆010da21e ID:b9c1d778
Date: 2011/10/07 14:20
 クルプティオス湿地帯(ゲームでいう沼地)での討伐クエストを終え、竜車に揺られて私はバッパ村に戻ってきた。道中の暇つぶしに吹いていたオカリナをポーチにしまい、ギルド裏に止まった竜車から降りる。すると竜車からモンスターの素材を下ろすのを手伝うためにギルドに所属するアイルーが数匹ぴょんこら駆けてきた。
 彼らはニャーニャーウニャァニャと盛んに鳴きながら、私が乗っていた竜車の後ろのモンスター用荷車に縛りつけられたバサルモスの死体にとりついて解体運搬を始める。お馴染みの一見チャチに見える骨ピックを甲殻の隙間に捻じ込んで数度動かすと、バサルモスのコブのような背中の甲殻がぽこんと外れた。その調子で驚くほど鮮やかにバサルモスをバラバラにしていくアイルー達。この解体技術はなんでもアイルー秘伝の解体技だとかで、人間には習得できない。ちょっと悔しい。
 今回のクエストで討伐したバサルモスだが、内臓と肉は腐るし重くなるだけだし利用価値もないのでほとんど置いてきた。だから運んできたのは中身が空っぽの抜け殻のようなもの。バサルモスの素材で利用するのはほとんどが外殻だから問題ない。飛竜クラスのモンスターになると荷車を引くアプトノスの負担が大きくなるから、余計な重量は削るに越した事はなかった。
 ちなみにバサルモス、リオレイアぐらいまではモンスター用の荷車で運ぶが、グラビモス、ガノトトスぐらいの巨体モンスターになると専門の解体班を連れていったり(有料)、飛行船で運んだりする(高額)。更にラオシャンロンほどに大きくなると討伐した地点に村ができ、月単位で時間をかけて解体を行うと聞く。いつかそれぐらいの大物を狩ってみたいものだと思う。
 意識を来るべき胸躍る古龍達との戦いへ飛ばしているといつの間にかほとんど解体が完了していた。種類ごとに分類して積まれた素材をギルドに納入する分、売却する分、自分で使う分に分けて運んでもらう。
 軽く見積もっても自身の四倍の重さはある素材をまとめて担いで運んでいくアイルー達を見ていれば彼らが近頃ハンターとして名を挙げ始めているというのも納得できる。私も先日ネコ婆からオトモアイルーを雇ってみないかと尋ねられたものの、今の所断っている。自分で言うのもなんだけれど、私はけっこう無茶苦茶をやるのでアトモアイルーは着いて来れないだろうから。
 さて。
 綺麗さっぱり竜車も荷車も空になったところで、私はギルドに入ってニーナさんに褒め千切られヨイショされながら報酬を受け取り、ハンター宿舎に向かった。そろそろ風呂に入りたい。
 部屋の入り口近くに積まれたバサルモスの甲殻を一瞥し、私はクックメイルの留め金を外しながら浴室に向かう。水がめの水を浴槽にぶちまけ、火を入れてから、脇の下、横腹、腰の三箇所の留め金を外し、首の紐を解いて緩め、クックメイルを脱ぐ。途端にふわりと体が軽くなった。やはり鍛えていても重いものは重い。続けてクックアームとクックフォールド、クックメイルも外していく。
 四ヶ月前にHR3になってから一新した防具、クックシリーズ。火耐性が高く、丈夫なイァンクックの鱗と甲殻から作られた装備は防御力が今ひとつである代わりに軽い所が気に入っていた。今ひとつな防御力でも飛竜の一撃で致命傷を負うのをある程度避けてくれるぐらいの効果はある。むしろ完全に近接・回避・攻撃型の戦闘スタイルを確立した私にとって、防具はいくら頑丈でも重ければ害にしかならない。
 受けるより、避ける。回避は見切りが重要で失敗すれば一瞬で大ダメージを受ける代わりに成功すれば全くダメージを受けない。ガードや防御は見切りが回避より楽で確実性が高い分、成功しても衝撃でダメージを受けたり吹き飛ばされたりする。盾も防具も傷み易い。技術があるなら回避の方が良いというのが私の持論だった。
 防具を脱ぎ終わり、インナーも脱ぎ去る。自分の体を見下ろすと、ハンターにあるまじき綺麗な肌をしていた。傷跡一つなく、正直弱っちそうに見える。避けて避けて避けまくっているせいでそもそも怪我をする事がないし、極稀に怪我をしても、回復速度+3のせいで傷跡も残さず半日もしない内に綺麗さっぱり治ってしまう。良い事なのだけど、戦いの傷跡がなくなるのは少し寂しいというかなんというか……こんな事を口に出そうものならヴィクトリアにぶん殴られそうだ。考えるだけにしておく。
「ふむ」
 胸に手を当てるとまた少し成長しているのが分かった。クックメイルも胸のあたりが少しキツくなってきていたような。
「……うーん」
 ちょっと揉んでみる。十五歳になったのだし敏感になってきているはずなんだけど……不感症? いやいや……うーん。戦っている時に服が擦れてイヤンなんて事になる心配が無い分それはそれで……でも……うーん。
 もやもやしながら丁度良く温まった湯船に浸かる。ハンターとしては一人前になってきたと思うけど、女としては終わっている気がする。いやいいんだけどね。私は色気より狩り気だしね。一生恋愛する事もないんだろうなぁ。私は狩りが恋人です(キリッ
 ハハハ……はぁ。
 少し黄昏れていたせいで長風呂になってしまった。











 風呂から出た私はまたクックシリーズを身に着けた。最早普通の服を着ているよりも防具を着ている方が落ち着く。小金を持った私は日が落ちて薄暗くなった通りを足取りも軽く酒場へ向かう。今日は久しぶりに幼馴染達と飲む予定だった。まだ二十歳じゃない? いやいや私ハンターだから。十五歳でも大人。それにこの世界にアルコール類の年齢制限はない。
 クエストを終えたばかりで懐も暖かいし、奮発してブレスワインでも飲もうかなーと考えながら歩いていると、前の方から男の子と女の子が駆けてきた。
 男の子の方は首をぐねぐね動かして奇声を上げ、
「フルフルー! フルフルー!」
 と叫びながら、やめてよぅやめてよぅと半泣きの女の子を追い掛け回している。何をやっているんだ君達は。
 イ ラ ッ ! ときて背中の斬破刀【剛】に手を伸ばしかけたが、大人気ないと思いなおして放っておく。往来で武器を抜いて脅す訳にもいかないし、武器を抜かなくとも見るからにハンターの格好をした私が子供に「やめなさい」と言えばもうそれはほとんど脅迫だ。あの程度ならまあじゃれ合いの範疇だと思う。そのうち親が出てきて男の子に拳骨をくれるだろう。下手に部外者が口出しすると男の子と女の子の関係がギクシャクしてしまう。
 と、思ったら通りがかった金髪ツインテールの女性ハンターが鬼の形相でライトボウガン(デザートストーム)の銃口をちらつかせて男の子を追っ払った。ちょっ、なにやってんのヴィクトリア。男の子が顔真っ青にした上に股間濡らして凄い勢いで逃げてったよ。
 女の子を抱きしめてあやしているヴィクトリアに急いで歩み寄って忠告する。
「ちょっとヴィクトリア、ハンターが一般人に武器ちらつかせたら駄目だって。ギルドナイトに消されるよ」
「あらディア、久しぶり。別にこの子を助けようとした訳じゃないのよ? デザートストームの手入れをしながら『 な に を しているのかしら?』って聞いただけ」
「はいはいツンデレツンデレ。ほら、このおねーさんにありがとうしなさい」
 女の子を促すと「ありがとー」と小さな声で言い、ぺこんとおじぎして男の子が走り去った方向に足早に立ち去った。
 それを見送るヴィクトリアは優しげな目をして言った。
「懐かしいわね。私も昔はこうやってディアによく助けられたわ」
「こんなに過激な事はしなかったと思う」
「スカートめくりしたザバロを殴り上げて宙に浮かせてなかった?」
「……昔の事は忘れたよ」
 少し笑いあい、私達は連れ立って酒場に向かった。
 酒場のドアを開けると、ベルの音と共にガヤガヤと明るく陽気な喧騒が耳を打った。アルコールの匂いと肉が焼けるいい匂い、暖かな灯りが酒場のハンター達を包み込んでいる。
「うぉおい! こぉっちだこっちだぁ! ヒャッハァー!」
 聞き覚えのある大声に酒場を見回す人ごみの中からにょっきり空のジョッキを握った手が伸び、二人に向かってぶんぶん振られていた。私達は人ごみをすり抜けて皆が集まるテーブルに向かう。
「あーもー、マックスってばもう出来上がってるのね。仕方の無い人、全員集まるまで待てなかったのかしら」
「完全に台詞が嫁な件に関して」
「ななななに言ってるのよっ! まだ嫁じゃないわよ!」
「もう黙った方がいいよ、墓穴掘ってる」
 頬をほんのり赤くしているヴィクトリアの背中を押して皆が集まっているテーブルについた。軽く挨拶を交わして私達も座る。
 医者の卵、緑髪碧眼のロレンスは柔らかな物腰の好青年に成長し、度数の低い地酒の杯を片手にニコニコと私を見ている。自分が座っている椅子に工房試作品ガンハンマを立てかけている既に目の焦点が合っていない茶髪の酔っ払いは来月HR3の試験を受ける予定だというマックス。マックスのジョッキにケラケラ笑いながら酒をだくだく追加しているのは同じく茶髪のザバロ、アプトノス飼育農家の跡取り。ちょこんと椅子に腰掛けてオッタマケーキを突付いている小柄な小動物系蒼髪少女はリリィ、婿さん募集中。近々王立書士隊に入隊するマイクロフトは鍛冶屋に弟子入り中のアンディと額を突き合せてなにやら話し込んでいる。
 皆元気そうでなにより。私は通りがかったウェイトレスさんを捕まえてグラグラタンを注文し、マックスに話しかける。
「で、工房試作品ガンハンマの使い心地は? 火属性着くと背負ってる時にちょっと熱いって聞くけど」
「ああん? そうそう、モンスターは消毒しねーとなヒャッハー!」
 そう言ってマックスはジョッキを煽ろうとしてヴィクトリアに取り上げられた。だめだこのモヒカン上戸、もう会話が通じなくなってる。
「ディアー、そういえばあなたどうしてオトモアイルー雇わないの? 便利よー、食費かからないし」
 ヴィクトリアがジョッキを奪い返そうと手を伸ばすマックスから手を遠ざけながら聞いてきた。リリィがハタハラと二人の様子を見ている。
「いや、別に必要だと思った事もないから……というか食費かからないの?」
「かからないわよ? 自分でそのあたりから食べ物とってくるから。都会のオトモアイルーはこうはいかないのかも知れないけどね」
「ほほう」
「いや、俺達としては飯食わせてやって欲しいね」
 ザバロが口を挟んできた。
「なんでよ?」
「奴ら、たまにアプトノス用の果物盗ってくんだよ。直接この目で見たわけじゃねーけど絶対アイルーだぜアレは。いつも現場に猫の足跡ついてるし」
「はぁー? それメラルーじゃないの? アイルーはそんな事しないわよ」
「白い毛も落ちてたぜ? メラルーは黒だろ」
「染めてたんでしょ。メラルーがアイルーのフリしてたのよ、きっと」
「嘘くせっ! メラルーがそんな事するかぁ?」
「するよ、私も聞いた事がある」
「マジで?」
「マジで」
「やべぇ……今までずっとアイルーだと思って申請してなかったから保険下りねーよ……」
 ザバロは頭を抱えた。黒毛の二足歩行猫モンスター、メラルーは手癖が悪く、フィールドだけでなく都市部にも出没して店先の商品をちょろまかして行く。石ころを盗んだかと思えばいにしえの秘薬を盗んでいく事もあるため、商人は普通メラルー保険に加入する。これに加入しておくと品物が戻ってきたり、盗まれた品物の金額の何割かが戻ってきたりする。 
 ハンターがフィールドに出た時に時折メラルーのガラクタ置き場を漁る。メラルーは盗んだ品物で気に入らないものはここに放り込んでしまうので、商店から盗まれた品物をハンターが見つける事がある。これを商人ギルドに持っていくと、確かに盗品だと確認された場合通常より高く引き取ってくれるのだ。ハンターは得をするし、盗まれた商人も同じ品物を新しく仕入れ直すよりは安く済む。細かく言えば品物が傷んでいた時とかアイテムのランクに応じた買取価格規定とか色々あるけれど、おおまかにはそんな所。
 実はメラルーの盗品市場と商人ギルドの暗部が結託しているという噂もあるが……真偽のほどは分からない。下手に探ると消されそうだからそっとしておくのが賢明だろう。
 それでまあ、盗まれても「こうこうこういう品物が盗まれました」という申請をしなければ保険は下りないわけで。今から申請しても何ヶ月も前の盗品申請など受け付けてはくれないだろう。つまりザバロ泣き寝入り。哀れ。
「あーあーあー、もういいわ。これ以上被害出ないようにマタタビトラップでも仕掛けとくか。なあマックス、確かお前罠師スキル持ってただろ? 手伝っ」
 マックスはジョッキを奪おうとしてヴィクトリアを押し倒していた。ヴィクトリアは嫌がる素振りを見せながらまんざらでもなさそうな顔をしている。ザバロはうめき声を上げ、フラヒヤビールをマックスの頭にぶちまけた。
「畜生! なんでお前ばっかり……俺だって……俺だって……! リリィ! 俺だー! 結婚してくれー!」
「嫌」
「ストレート! 凹むわ!」
 賑やかな事で。リリィもリリィで断りながらも楽しそうにしているから、案外気があるのかも知れない。
 いちゃついているカップル共から目を離すと今度はロレンスと目が合った。ロレンスはウインクしてちょいちょいと指で酒場の隅を指す。見ればギターを片手に吟遊詩人がなにやら歌っていた。酒場の喧騒に飲み込まれて何も聞こえないが。私とロレンスは目配せしてそっと席を立つ。吟遊詩人が題材にするのは大抵今をときめくモンスターハンターだから、ひょっとすると私の事が歌われている可能性もなきにしもあらず。しかし実際の所、語られ始めるのはHR5くらいからからか? 楽しみなような、恥ずかしいような。
「ロレンスはよく吟遊―――」
「おうおうおう、クローォオディアさんよお、ギルドカード見せてみ? お? お? 見せてみ? ほらほらほらほらほらほらほらほらァひゃっはー!」
 吟遊詩人の元にたどり着く前にマックスに肩を捕まれて引き戻された。
 この酔っ払いめ……沈めておけば良かったか。
 気遣わしげにこちらを見てくるロレンスに苦笑を返し、私はマックスに引っ張られてテーブルに戻る。
 プーギーを膝に乗せて撫でていたリリィに自分のギルドカードを見せていたヴィクトリアがディアも見せなさいよ、と言ってくる。
 私は懐を探ってギルドカードを出し、ヴィクトリア達に見せる代わりにヴィクトリアとマックスのギルドカードも見せてもらった。




上手に焼けマスター
マックス HR2
バッパ村出身フリーハンター


ハンマー溜め1
ランナー
焼き名人
罠師
睡眠半減
麻痺半減
水耐性弱化
火耐性【小】
龍耐性【大】






ビーストスナイパー
ヴィクトリア HR2
バッパ村出身フリーハンター


ブレ抑制+1
装填速度+1
調合成功率+20%
自称肉焼き名人
スローライフ
毒半減
麻痺無効
雷耐性【大】
氷耐性【大】






サムライハンター
クローディア HR3
バッパ村出身フリーハンター


攻撃力UP【大】
根性
気刃斬り
心眼
業物
抜刀術【技】
抜刀術【力】
力の解放+1
回避性能+2
見切り+3
回復速度+3
体術+2
自動マーキング
ランナー
釣り名人
回避距離UP
隠密
調合成功率+20%
毒無効
麻痺無効
睡眠無効
気絶無効
地図常備【シルクォーレ】
地図常備【クルプティオス】
火耐性【小】
水耐性【小】
雷耐性【小】
氷耐性【小】
龍耐性【小】
ネコの胆力
ネコの蹴脚術
ネコの拳闘術




「……また増えてやがる……」
 私の32個のスキルを見たマックスが素面に戻った。そんなにショックを受ける事だろうか。
「ディアはホント際限無く増やしてくわねー」
「ディアちゃん凄い!」
 ヴィクトリアは呆れ顔で、リリィはキラキラした眼で尊敬の顔を向けてきた。照れる。
 スキルだけで言えば私はもうHR6の域に達している。この調子でスキルオールコンプリート、は流石に無理にしても、40ぐらいなら突破しそうな勢い。フフ、フフフフ……
 次はどのスキル習得を目指そうかと考えていると、マックスが大樽を転がしてきて私の目の前にドカンと置き大声を張り上げた。
「こうなったら腕相撲だコラァ! ハンターはスキルの数が全てではないという事を教えてやるぜ!」
「よし、私はスキルと筋力を両立しているという事を教えてあげよう」
 マックスが大樽の上に肘をついた。私も肘をつき、マックスと手を組む。
 気付けば周囲のギャラリーが賭けを始めていた。私とマックスは睨みあい、ヴィクトリアの合図で腕相撲を開始した、その直後。攻撃力UP【大】発動!
「そぉい!」
「ぬわ!?」
 一撃の下にマックスの手の甲を樽に叩きつけた。悲鳴を上げるマックス。ごめんね容赦しなくて。
 答:コロンビアのポーズをとって勝ち誇っているとマックスが喚きだした。
「おまっ、スキル使っただろ! せけぇぞ!」
「スキル禁止なんて聞いてない」
「今度はスキル禁止だ! もう一回!」
「お断りする」
「今度はスキル禁止だ! もう一回!」
「拒否する」
「今度はスキル禁止だ! もう一回!」
 こいつ、まだ酔っ払ってるな?
 ヴィクトリアに目で助けを求めたが「がんばれマックス~」と呑気に応援するばかり。まあいいか、減るもんじゃなし。
 私は結局一時間近く延々と何度も何度も性懲りもなく挑んでくるマックスを叩き伏せ続けた。


 後日、私は吟遊詩人が「怪力女ムキムキ腕相撲ハンター」の詩を歌いはじめたと知って泣いた。名前が伏せられてる事だけが救いだけど、絶対内容で特定される……やめてよね……










斬破刀【剛】:本作オリジナル武器。属性値がつかない代わりに攻撃力と斬れ味が増している。
力の解放+1:神経伝達速度の強化を行う。俗に言う走馬灯現象を短時間任意で起こす事ができる。


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