参考資料:
MHP(ゲーム)
MHP2(ゲーム)
MHP2G(ゲーム)
MHP3(ゲーム)
ハンター大全G(書籍)
ハンター大全3(書籍)
後の世の者は、この荒々しくも眩しかった数世紀を振り返り、こう語る。
大地が、空が、そして何よりもそこに住まう人々が、
最も生きる力に満ち溢れていた時代であった、と。
世界は、今よりもはるかに単純にできていた。
すなわち、狩るか、狩られるか。
明日の糧を得るため、己の力量を試すため、またあるいは富と名声を手にするため、人々はこの地に集う。
彼らの一様に熱っぽい、そして
いくばくかの憧憬を孕んだ視線の先にあるのは、
決して手の届かぬ紺碧の空を自由に駆け巡る、
力と生命の象徴―――飛竜たち。
鋼鉄の剣の擦れる音、
大砲に篭められた火薬のにおいに包まれながら、彼らは
いつものように命を賭した戦いの場へと赴く―――。
どうやら過去の世界では無くモンスターハンターの世界に転生したらしい、と気が付いたのは三歳頃だった。
山間部の割と日本風の村に生まれた事や、両親が黒髪だった事、会話が日本語で行われていた事が自覚を遅らせた原因だった。決して私が鈍感馬鹿だった訳ではない。
単に幼い私の行動範囲が家の中に限定されると同時に情報も限定されていただけ。
まさか赤ん坊が三十路の女の精神を持っているとは両親も予想だにしていなかった様で、当然ながら物の分からない幼児として私を扱い、父と一緒に風呂に入れられたりもした訳だけど、特に何も思わなかった。
前世では二人の弟と一人の兄、父という男所帯の中で育った私は男に対する免疫が高かったのだ。兄が私がゲームをやっている横で平然とエロ本を広げるデリカシーの無さを発揮する人であったし、見たくも無い弟の×××現場にうっかり遭遇した事も三度ほどあった。別に男や性的あれこれに嫌悪感を持っていた訳では無いのだけれど、あまりにも男に慣れ過ぎて一度も恋愛が出来なかったのが悔やまれる。
男の裸など風呂上がりの兄弟と父で見慣れていて、男の精神構造も良く――下手をすれば女のものよりも――理解していたし、男を「男」として見れなかった。
私にとっては男も女もさして変わらず、異性として意識出来なかったのだ。
ちなみに前世の死因は過労。
神様や天使に会った記憶は無し、ならば時間を越えた変則的輪廻転生、加えて何かの手違いで記憶消去が漏れたのだろう、その程度はすぐに推測できてその面では混乱しなかった。
前世が男だの女だのというのは占いではよくある話で、生まれ変われば性転換する確率はおよそ二分の一。女から女に転生できたのは僥倖であったとポジティブに現状を捉える私。
しかし幼児プレイは本当に勘弁。仕方の無い事だと頭では理解していても羞恥心が先に立ち常に限界値スレスレを行き来している状態で、母に布のオムツを代えて貰う時などは何度舌を噛んでもう一度死んでしまおうかと……まあ一月ほどで諦観と共に慣れてしまったのだけれど。人間の慣れって怖いなと心底思った。
今世でのアイデンティティーを確立したのは二歳を過ぎてからだったと思っている。周囲に前世の知人はおらず私の中の人を知る者は居ない、それに気付いて特に縮こまる事は無いと理解した。前世の記憶があるとは言え、自分から言い出すのもアレだけれど私は間違いなく今の両親の子で、この世界で息をしている一個の生命である事は自明。
ああ、私は確かにここに存在しているのだと。
外見年齢で見れば凄まじい早期のアイデンティティーの確立だろうと思う。二年で前世と今世の折り合いを付けられたのは早いのか遅いのか分からない。比較対象がいないから。
そうしてどことなく大人っぽい気配を時折出しながらも私は女児として行動を開始した。
女児の分際で男と女と大人について理解している私はカリスマめいたものを出していたのだろう、妙に人を惹きつけた。誰も彼もがまだまだ年齢的な問題で滑舌の悪い私の話を熱心に聞いてくれた。そして私は幼くして村の餓鬼大将を勤める事となる。
村の同年代の子供は私の他に七人で、自然に集まり、集まれば当然喧嘩も起こる。配られたジュースの分量で揉めたりだとか玩具を誰それに取られただとかあの子がいきなり叩いてきただとか、如何にも子供子供した子供らしい喧嘩で、大人から見れば微笑ましくても本人達は必死だ。
一緒に過ごしていて大人視点での大した事が無いモノがどれほど子供にとって重要であるか私は再確認した。お子様ランチの旗を熱心に蒐集していた前世の記憶が甦り懐かしい気分になる。
子供を卒業すると同時にそうした心情も忘れてしまった大人の喧嘩の仲裁は、大人の観点からすれば勿論正しいやり方であったと思うが、一方で子供の観点からすれば双方にとっても不満が残るやり方である事が多々ある。内心馬鹿野郎こん畜生と相手を罵りながら互いに頭を下げて仲直り。
もっとも子供らしい気楽さも同時に発揮し、数日もすれば上っ面だけで無く自然に本当に仲直りしているのだけれど、やっぱり大人に強制されるのではなく子供なりに子供の理屈で納得したいという欲求もある訳で、その辺りの需要を埋めている間に気付けば餓鬼大将ポジションに着いていたという寸法だ。
子供のストレートな感情や行動を、さり気なく、時にはプライドをくすぐり、誘導する。謝らせるのではなく謝りたくなる様に仕向けるのだ。
元々そういう才能が私にあったのか面白い様に誘導は上手くいき、平和的に喧嘩をさっぱりとした解決に導く私を子供達は全員慕ってくれた。嬉しい限りだ。肉体が幼くなってエネルギーに満ち溢れ彼等の奔放な遊びに付き合うのも苦ではなく、精神的にも純化されたと言うべきか単純になったと言うべきか、一緒になって楽しむ事が出来た。
村全域(屋外限定)で隠れんぼをしたり、草むらに分けいって虫捕り合戦をしたり、入ってはいけないと言われている村外れの森に度胸試しに行くも入ってすぐに甲高い鳥の鳴き声を聞いて半泣きで逃げ帰ったり。
おままごとで器に砂を盛って食えだのと言われなかったのは助かった。テレビも無いのでアニメや特撮のごっこ遊びも無い。村の子供は綾取りや御手玉などよりはもっと激しく身体を動かしたり自然に親しんだりする遊びを好んでいた。前世は町で生まれ育った私には豊かな自然は新鮮で、正しく子供心に帰って毎日元気良く遊んだ。
…………さて。
両親は純日本風の容姿だが、私はアルビノだった。真っ白な髪と病的に白い肌、紅い瞳。しかし両親はまるで気にした様子が無く、異端を排除する風習が無くて良かったとホッとしたものだ。
両親の態度もさもあらん、一歩家から外に出れば村には様々な髪色、肌色、体格骨格の人種が溢れていて、初外出時は度肝を抜かれた。更にはある日当たり前の顔をして猫が直立歩行で往来を行き来しているのを見るに、おいちょっと待てと疑問を持つに至る。
あれはアイルーではないのか。
まだまだ小さな私を心配して側についていた母の袖を引き、あれはなんだと尋ねると至極あっさりとアイルーさんよと答えられる。そこから芋蔓式に母の口から出るわ出るわモンハン用語。
私は愕然としながらも理解した。
家の居間に飾ってあった角はガウ鹿の角だと聞いていて、ガウ鹿ってどんな鹿なんだろうと思っていたがなるほどガウシカの角。薬箱の中に入っていたあの不気味な緑色の瓶は回復薬。
生活の中でなんとなく違和感を感じていたあれやこれやにピッタリとピースがはまった。
一体モンスターハンターの世界で私にどうしろと? とその場では頭を抱えたものの、すぐにどうもしなくていいかと思い直した。この世界ではハンターの職に就くのは完全に任意であるし、巨大モンスターが出没すれば避難勧告が出て、それに従えばまず生き延びられる。スリルや名誉を求めなければ案外安全な世界なのだ。
それどころか前の世界と比べ格段に自然と密着し、モンスターの脅威に晒されながらもそれを逆手に取る様なアグレッシブ&ポジティブな生き様をしている国民性故か会う人会う人誰もが笑顔で活力に満ち溢れていて。利便性には劣るだろうが暮らしていて非常に楽しい世界であると断言出来る。
一見生と死の隣り合わせの様でいて、古くからモンスター達の間近で生活している人々は驚くほど上手く彼等と付き合う術を心得ている。未解明の部分もまだまだ多いらしいが。
つまる所モンスターハンターの世界への転生を嘆く要因はどこにもないのだ。
村の名前は作中に出ていない知らない名称だったが、聞けば五年前に拓かれたばかりと新興の村らしく、村付ハンターが一人いるだけとのこと。村付きハンター一人というのがどの程度の村の安全性を示しているのかは分からなかったが、気楽そうな母の表情から低くは無いだろうなと察せられた。
私はまだ幼い。
何でもできる。
何にでもなれる。
ハンターになるのも良し、鍛冶屋に弟子入りするも良し、農作をしたって商人になったって良いだろう。
まあ何になるにせよ将来設計は三歳から考える事ではない。
難しい事はひとまず後回しにして、私は今日もこの命輝く世界で力一杯遊ぶのだ。