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[18326] 白銀の軌跡 (ロックマンX) 【習作】
Name: 焔雫◆d8ce7475 ID:80c1420b
Date: 2010/12/18 21:13
初めまして、焔雫と申します。今回が初投稿となります。
僕が創作しましたものは、ロックマンXのssです。基本のストーリーは原作通りですが、設定はかなりいじってます。

以下が当ssの設定です。
・精神(設定)年齢15歳の女の子型レプリロイドが主役。
・レプリロイドは生物でこそないが生命体とされ、意志と生命を持った、生きているロボットという見方。
・ヘルメットやアーマーは基本取り外し可能。が、ボディと一つになっているレプリロイドも。
・鎧なしだと人間そっくりになる。しかし、メットレスになることはあっても、アーマーレスになることは滅多にない。
・疑似血液有り。その際の表現は「オイル」ではなく「血」。
・基本的にレプリロイドは涙を流せるが、そういった機能を持たないレプリロイドも有り。
・訓練や技、武器の開発等で強くはなれるが、当然成長はしない。
・液体エネルギー、エネルゲン水晶等で体力を補給するのが普通だが、人間のように食物を食べて回復も可能。が、不能なレプリロイドも有り。
・人間はほとんど出てこない。
・ヒロインが「イレギュラー」とは違う意味で少々異常なところ有り。
・時にゼロのキャラがおかしくなること有り。
・アクセルは原作より子供っぽいところ有り。
・エックスの精神年齢は16歳。
・ゼロの精神年齢は17歳。
・アクセルの精神年齢は12歳。

以上の設定が不満な方、受け入れられない方は、お戻りすることをお勧めします。
気に入られた方、それでもいいとおっしゃる方は、どうぞご覧になってください。

最後になりましたが、焔雫は学生にございます。また、パソコンにも強くありません。なので、次の掲載が滞ることもあるかと思います。ですが、精一杯やらせていただきますので、どうか気長に読んでいただきたく願います。
では。



[18326] プロローグ
Name: 焔雫◆d8ce7475 ID:47b90763
Date: 2011/06/06 18:09
彼女は、脳裏に"彼等"を思い描いていた。

夜空を見上げているように見えるが、その瞳は閉ざされている。

月明かりに照らされ、白い鎧は神秘的な光を放っており、夜風に揺られた銀色の髪は、真珠のように煌めく。
笑むことのない口元は、なにを思うのだろう。
彼女の美しい造形は、この場にとてもよく似合っていた。


「クリア」
名を呼ばれた彼女―――白い鎧を纏い、長い銀髪を持った少女は驚きも見せず振り返る。
「エックス」
現れた青年の名を口にし、微笑む。あまりにも落ち着いた彼女の反応が意外だったのか、それとも白銀の姿と月光の組み合わせが印象的だったのか――定かではないが、エックスは面喰ったように固まった。

「――エックス?」
再度名を呼ばれ、はっとする。
「…どうしたの?」
頼み事や質問する時の癖だと最近知った、上目遣いで訊ねてくる。それをする本人に自覚はないのだろうが、彼女ほどの容貌でやられるとかなり効く。今は距離があるのが幸いか。
「あ、い、いや……なんでもない」
「そう?…それで?」
"なにか用があったんじゃないの?"と、腕を組み背を柵に預けてもう一度訊ねる。
「ああ…ゼロが……出動した」
「……そっか」
言ったっきり、彼女は瞳を伏せ、黙ってしまった。
エックスも、思わず顔を伏せる。


一時の沈黙を、破ったのは蒼き青年。
「…すまない、クリア。俺は…」
「彼」
顔を上げると、彼女は眼を閉じたまま独り言のように呟いていた。
「彼、まだ傷が癒えてなかったみたいだったけど……大丈夫かな」
彼女の言う"彼"と云うのは、当然紅の剣士の事だ。
話に少なからず不安を感じ、エックスは口を開く。
「傷?」
「昨日、私との共同任務で負った傷。ある程度治療はしたけど…完治してないらしいし」
"私もだけど"。
笑って話す彼女に対し、向かい合う青年の表情は暗くなる。
「…ごめん。そういうつもりで言ったんじゃないんだ」
悩み始めたエックスの心境を察し、素直に謝罪する。
「大丈夫だよ。"今は"私たちに任せて。ね」
今度は微笑ではなく、明るい笑みを見せた。
エックスはしばし沈黙し、苦笑しながら頷く。彼女もほっとしたようで、思わずくすくす笑いが漏れる。

「俺は司令室に戻るけど…君は?」
「もう少し、ココに居るよ」
背を向け、今度こそ空を見上げる。

今宵は満月。

「…君は本当に…空が好きなんだね…」
聞きようによっては皮肉にも聞こえるが、この時のそれは、純粋なエックスの感想だった。
「ん…いや………うん、好き…」
言い直した気がしたが、蒼き青年は少女の胸中を探るにあたわなかった。
踵を返し、エレベーターへの角を曲がる。

彼が去っても尚、彼女は空を見つめ続けていた。






数十分前。
「俺一人で行って来る」
紅き剣士は、はっきりと言った。
「すぐ出る。これ以上被害を広げさせん」
言うやいなや、早足に司令室を出て行った。
「ゼ、ゼロ!」
慌てて親友の後を追うエックス。
ゆらゆらと動く長い金髪を前に、声をかける。
「一人で大丈夫かクリアも一緒に…」
「問題ない。あのハイウェイでなにか起きた以上、俺が行かないわけにはいかないだろう」
「………」

最初のシグマの反乱。全て、あの場所から。

"それに"と付け加えながら足を止める。つられてエックスも立ち止まる。
「昨日の任務……俺をかばって傷を負っていたからな…。まだ癒えてはいない筈だ」
淡々とした口調だ、彼女に対し悪かったと思っているのは明白。
「…出撃する」
「…ああ」
転送室へと歩みを進めるゼロを見送り、エックスは数秒の逡巡の後、屋上へ足を向けた。




―――五か月前、突然現れた少女型レプリロイド。
彼女の名はアノマリー・クリアーナ。
通称、クリア。

ナイトメアウイルス事件後、エックスが第一線を退き、数か月が過ぎた頃。
任務中のゼロを、クリアが助けたのがきっかけだった。
予想を遥かに上回るイレギュラーを前に、さしものゼロも苦戦している中、白き少女は臆することなく戦場に飛び込んだ。

"大丈夫!?"

第一声がそれ。
ふわりと降り立つと、足首近くまである白いマフラーが揺れた。

ゼロと共にイレギュラーを掃討した彼女が真っ先に行ったのは、ゼロの――治療。
応急処置、どころではなく、完治させた。


驚いて眼を剥く青年。

安心して微笑む少女。



出逢うはずのない出逢い。


それが、

現在いま

出逢い。


運命の歯車が、大きく動き始めていた。



[18326] 第1話 少年銃士
Name: 焔雫◆d8ce7475 ID:47b90763
Date: 2010/08/17 16:11
夜のハイウェイを、駆け抜けていく少年。
そこに立ち塞がる、数多のメカニロイド。
少年の左手には、一丁のバレットが握られている。

彼にとって、ここは荒野。

障害物を飛び越え、荒い息を整える。
「はあっ…はあっ……流石にここまで来れば…大丈夫かな…?」
辺りを見回し、歩き始める。
直後、後方で大きな"音"がした。
驚いて振り返った彼は、すぐさま前を向き、全速力で走りだした。



同刻。
ハイウェイに転送されたゼロは、背にしまってあったセイバーを抜く。
「またここに来ることになるとはな。しかし……派手に暴れたもんだ……」
彼の言う通り。
大きな道路のいたる所にはメカニロイドが配備され、破壊活動を行っていた。
「一体なにがあったんだ?」
ヒラリと飛び降り、イレギュラー化したメカニロイドを斬り裂き、進んでいく。
高い壁を蹴り上がり、壊されてできた穴を飛び越えた。
再び走る、刹那。

「どいてどいてー!」

突如響いた高い声。

脇をすり抜けていく黒い影。

「おい!?ちょっと待ってくれ!」
思わず声をかけると、そのレプリロイドは素直に止まり、振り向いた。

身長はゼロより頭半個分以上は低いだろうか。黒い鎧に尖った橙色の髪、胸と頭のヘルメットに蒼くまるいコアを宿しており、瞳は純粋な常葉色。
そして、そのあどけない顔の中心には、大きな"X"の形の古傷があった。

「なにやってるの!?そんなところでじっとしてたら危ないよ!早く逃げて!!」
ひどく焦った表情の少年に、ゼロは眼を細めた。
「この事件の関係者か?」
訊くと彼は訳が判らないという顔をする。
「事件??なに言ってるの?」
すると、なにかに気づいたらしくゼロの後方上空を見上げ、叫んだ。
「あぁっ!ほら、来たよ!じゃあボク行くねー!」
身を翻し、走っていく。ゼロも後ろを見上げれば。

「…!」
巨大なサソリ型メカニロイドが降ってきた。
どう見ても戦闘型。
「くそ、一体なにが起こってるんだ…」
ハサミを振り回しながら迫ってくる。戦うにはやりづらい場所なので、先ほどの少年を追いながら一旦退く。
小柄な彼の姿が消えたかと思うと、飛び降りたのだとすぐに気付く。少年の後を追って、ゼロも軽やかに着地する。
「…説明してもらおうか」
低い声のゼロに向き直る少年は、笑っていた。
「わかったよ。後で必ずね?でも、先にあいつをなんとかしなくちゃ」
少年が顔を向けた先に、メカニロイドが飛び降りてくる。
再びゼロを見た彼は、はっと眼を見開いた。
「紅いアーマーと長い金髪…それにセイバー…ってことは、あんたは…ゼロ、だよね?」
"だったら"と、続ける少年はどこか嬉しそうだ。
「イレギュラー退治は得意でしょ!ココは任せるよ。
…でも、もしものときは、ボクを呼んでよね。こー見えても得意なんだ、イレギュラーハント。
ボクはアクセル。よろしくねー!」
凄まじく一方的に告げ、ゼロの横を通り抜けていこうとする"アクセル"の髪を、彼は咄嗟に空いた右手で掴んだ。
「おい!待て!」
「痛あ!なにすんの!?」
「……あいつが狙っているのはお前だろう」
状況からして、そう考えない方が不自然。
「…そだね。じゃ、ボクがあいつのしっぽとハサミ止めるからさ、その隙に本体の方攻撃してよ!」
ゼロの返事を聞く前に、少年は足に装備されたホバーと白く細い日本の羽で対空し、連射を始めた。
彼の第一印象は"生意気"。ゼロといえど、舌打ちは禁じ得なかった。
「チッ…面倒なことになったな……後できっちり説明してもらうぞ!」
足の加速器で間合いを詰め、大きく斬り込む。
厚い装甲に亀裂が生じ、メカニロイドは怒ったようにハサミを振り下ろした。
素早く飛びずさり前を見れば、慌てて避けずとも良かったかもしれないと思った。

アクセルが、メカニロイドの腕の関節部分を的確に狙い、そのおかげでハサミの動きは緩慢になっている。振られる尾をホバーを解除することでかわし、今度はその尾に向かってバレットを連射する。
幼いながらも、やはり只者ではない。ゼロはそう感じた。

ゼロが再び一撃をくらわせたのと、アクセルの攻撃が尾を破壊したのはほぼ同時。
「今だよゼロ!」
言われるまでもなく、懐に飛び込んだ。
亀裂の広がった箇所にセイバーをつきたて、勢いよく斬り裂く。
結果、メカニロイドは一刀両断され、爆発した。

「流石ゼロだね!でも、ボクも結構やるでしょ?」
斬った直後、爆発する前にメカニロイドから離れていたゼロに、同じく後退していたアクセルが歩み寄る。
セイバーを収めながら向けられる彼の視線。それを見て”あっ”と呟きを漏らす。
「…えっと、どっから話したらいいかな?」
「……それは俺の決めることじゃない」
「へ?」
ガシャン、と。
「……………は?」
続いて彼の手からバレットが離れる。
…正確には取られた、のだが。

「……ちょっ…ゼロ!コレナニ!?」
手錠をかけられた手首を見ながら、ゼロに抗議するアクセル。
そんな彼を華麗にスルーし、剣士はバレット片手に通信を開く。
「こちらゼロ」
<こちらシグナス。ゼロ、状況は?>
「アクセルと名乗る、事件の関係者らしきレプリロイドを捕獲した」
簡単に報告を流すと、少しの間を置き、
<では、司令室に連れて来てくれ>
「了か」
「ゼロぉー!聞いてってばぁー!!」
<…子ど>
「了解した」
シグナスがなにか言おうとしていたようだったが、気にしない。半ば強引に通信を切る。
まだ隣でぎゃーぎゃー喚いている子供の腕をつかむ。

数瞬後、二人はベースへ転送された。






「…おっ、と。戻って来たね」
ぴくりと肩を揺らし、誰もいない背後を振り返る。

前触れなく紡ぎだされた言葉は独り言。

柵に背をもたせかけ、その瞳を細める。
「どうしてやろうかゼロ……ん?」
あまり穏やかでないコトを言った直後、なにかに気づいた。
「…一人じゃ……ない?」
眼を閉じ、神経を集中させる。
「…もう一人……いる?」
半信半疑の表情で瞼を上げる。

――……これは…………

「…………………」
疑問の色は確信へと変わり、瞳は冷たい光を灯す。
「……そう、か」
悟ったような呟き。

――…終わり……

「同時に始まり……」
くすりと零した笑みは、微笑なのか、自嘲なのか。

――そう、だね……
ふっ、と柵から背を離せば、長めの銀髪と白いマフラーが揺れる。
肩越しに空を見上げると、少し低い位置に移動している月が映る。
随分時間が経っていたのだなと、今更ながらそう思った。




「これからだ」




淡く蒼い双眸が、強い意志を湛えていた。










~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
やっと第1話投稿です……。
うーん……結構キーボード打つの時間かかりますね…。

誤字・脱字等のご指摘がございましたら、感想掲示板までご一報ください。

尚、最初の設定説明で書き忘れがありましたので、追加しておきました。まだご覧になっていない方は、ご確認ください。


エースコックさん、ご指摘ありがとうございます。なんだかすごく恥ずかしいミスをしてしまいました…。



[18326] 第2話 純粋なる少年
Name: 焔雫◆d8ce7475 ID:47b90763
Date: 2010/05/27 14:29
廊下に二人分の足音が響いている。

紅の青年と、黒の少年。

彼等は司令室へ向かっている。


無言で歩くゼロの隣で、アクセルはあからさまに不満げな顔をしながら、ずっと閉じていた口を開いた。
「…逃げも隠れもしないよ。だからこんなもの外してよ。まるで悪いことしたみたいじゃない…」
軽く両手を掲げて抗議してみる。比較的小さな手首にはめられた手錠。ゼロは鋭い瞳を彼に向けた。
「…悪いことしたみたい?」
怒気を含んだような低い声に、アクセルは”うっ”と詰まった。ハイウェイでの被害はこの少年が元凶なのだど、彼自身も判っていた。
「…ま、まー確かにしたかもしれないけど…」
針の如き視線に対し、口ごもる少年は他の話題を探す。
「・・・そっ、そうだ!」
俯き気味だった顔をぱっと上げ、
「ほら、ボクらの相性バッチリだったよね!二人であのでっかいのを倒した時、これはイケるって確信しちゃったよ!いいコンビになれるかも、って!」
「…………」
純粋な瞳を見、一体なにを考えていたのだろうか。黙って手錠を外すゼロ。代わりに右手でアクセルの腕をがっしり掴む。
「…子どもに対しても……変わらないね、キミ」
「…………」
司令室への廊下の壁に背を傾け、腕を組んで立っている少女。開いた両眼は穏やかだった。
「…どうでもいいだろう」
「そだね。まーそこがキミらしいトコなんだけど」
くすくすと零れる笑みに、ゼロは苦虫を噛み潰した表情になる。
「キミがアクセル?」
淡い蒼の瞳が、きょとんとした少年に向けられる。
「あっ、うん。そうだよ」
急に呼ばれて戸惑ったが、即座に返答する。
クリアは彼に歩み寄ると、正面から顔を覗き込む。
彼女の方が少しばかり背が高い。
「へぇ……キミが……」
彼女の行動と含みのある言い方に、ゼロは眼を細めた。そんな彼に気づいたらしく、クリアはアクセルの常葉の瞳を一瞬見つめ、ぱっと離れた。
「ふうん……眼、緑なんだ」
「…変?」
訊ねてくる少年に、クリアは慌てた様子もなく、
「や、そういうワケじゃないんだけど」
「じゃ、なに?」
首を傾げ、重ねて訊く。そんな彼に、彼女は微笑わらう。
「ただ……面白いなー…って」
「??」
「くすくす」
笑い声に詳しい説明を求める少年を見ても、彼女は笑みを返しただけだった。
コツン、とアクセルの額のコアを小突き、
「ま、頑張りな」
そう言って司令室とは真逆の方向へ歩き出す。
「何処へ行くクリア」
訊ねたゼロを振り返らず、ひらひらと手を振って、
「事件あったハイウェイ。後片付けしないと」
足早に転送室へ歩いて行った。

余計な時間を食ってしまったと、ゼロは止めていた歩を進める。が、腕を掴まれた少年は動こうとはせず、クリアが歩いて行った方向をじっと見つめていた。
「……おい」
不本意ながらも声をかけるが、反応はない。仕方なくもう少し大きい声で言おうかと口を開こうとすると、
「あのひと
ぽつりと。
「…綺麗なひとだね。クリア…だっけ?」
ようやくゼロに向いた瞳は、純粋な緑。
彼女が”面白い”と言った理由に気付き、ふっと息をつく。
「…彼女の名はアノマリー・クリアーナ。俺たちは………クリア、と呼んでいる。」
間が空いたのには訳があるのだが、ゼロがそれを語ることはないし、アクセルも訊ねなかった。
歩きながら彼は疑問を口にする。
「クリアーナ?アノマリーって呼ばないのはなんとなくわかるけどなんでアダ名?クリアーナでもいいよね?」
一応、理由というものはある。
「…彼女がそう呼んで欲しいと言ったからだ」
「あのひとが?」
さも意外だとばかりに尋ねる。大して捻りもないニックネームだが、自分から、というのはどうも違和感があるのだろう。実際、ゼロやエックス達も言われた時は疑問に思った。

――言ってもいいだろうか

純粋な少年の瞳を見ながら、ゼロは思う。
彼女は理由を話す時、少し寂しげな顔をしていた。聞いた後では、それも取り敢えずは納得できる内容だった。
だからこそ、ゼロもまた躊躇う。
彼にしては珍しく悩み、考えながら歩いていれば。
「…ま、いーや。後であのひとに訊こ」
呟かれたその言葉に。
安堵したのか腹が立ったのか判らないが。
ひとまずゼロの思考は中断された。


「そういえば…」
司令室の前まで来て、アクセルがまた問いかける。
「エックスはどうしちゃったの?最近見かけないね」
ゼロと同様に有名な蒼き英雄のことを、アクセルが知らないわけはない。
ここのところエックスの話を聞かないということを、彼は少なからず気にしていた。
「すぐ会わせてやる。この扉の向こうだ」
その扉が開き、アクセルは目を細めた。

大きな部屋に、光が大量に灯っている。
中を見回す暇もなく、ゼロが再び口を開いた。
「連れて来たぞ」
その声に答えたのは、高い場所に座っていた比較的大きな体のレプリロイド。帽子をかぶり、軍服のようなアーマーを身に纏っている。
「ご苦労だったな、ゼロ」
アクセルの腕を離したゼロの前に降りてきてそう告げると、小柄な彼に視線を向けた。
「お前が通信で報告のあったアクセルだな。私はシグナス。イレギュラーハンターの総監を務めている」
アクセルにとって、”上官”という立場の人は初めてだった。知らず、肩に力が入る。

「お前か?この騒動の原因は」
突然の声にアクセルは振り向き、僅かに目を見開いた。

蒼い鎧を纏った青年。額には、赤いクリスタルを宿している。疑問を含んだ翡翠の両目は、真っ直ぐアクセルを見ていた。

このレプリロイドこそ、蒼き英雄、ロックマンエックス。

アクセルは、エックスに向き直った。
「…そうみたいだね。まさかあんな奴まで使って追って来るとは、思わなかったんだ」
「なに?」
疑問の色が濃くなる。
「どういうことだ、追われているのか?」
その問いに、彼は少し顔を伏せる。
「……抜けだして来たんだ……レッドアラートから…。こう見えてもハンターなんだよ?」
「…レッドアラート…」
呟きながら、シグナスは最近聞いた情報を思い出す。
「あの自警団を気取っている、ならず者の集団か…」
彼らの活動が、日に日に激しくなっていることは、イレギュラーハンターの耳にも届いていた。
「お前たちの内輪もめで、どれだけの被害が出たと思っているんだ?」
責めるようなエックスの言葉に、アクセルは深く俯く。
「…反省してるよ。でも、もうあそこにいるわけにはいかなかったし……こんなことになるなんて思わなかったんだ。仕方ないよ」
言い訳めいた、拗ねたような声音に、エックスは珍しくも声を荒げた。
「仕方ないだと!?ふざけるなっ!」
「落ち着けエックス」
いきり立つ彼をシグナスが制し、少年を見る。
「アクセル、まずお前が抜け出した理由を教えてもらおう」
有無を言わさぬ低い声に、アクセルは僅かな躊躇いを見せた後、ゆっくりと口を開いた。
「…レッドが…レッドアラートが…変わっちゃったんだ……。今じゃただの殺し屋集団。ボクはそいつらに利用されていたんだ……。昔は悪い奴らにしか手を出さなかったのに………もう耐えられなかったんだ!」
最後の言葉は悲痛を含んでおり、妙に響いた。
だが、ゼロが引っかかりを覚えたのはそこではない。

“レッドアラート”は、”レッド”というレプリロイドが率いる非公式組織。彼らに利用されていたというのなら、アクセルが組織の重要人物であることは察しがつく。

――と来れば…

「奴らはきっとこいつを連れ戻しに来るな」
ずっと黙していたゼロが、自分の考えをまとめた。
彼が重要であるのなら尚更。彼一人の為に莫大な被害を出すことも厭わない。奴らがどれだけ彼に執着しているかは、それだけで判る。
「丁度いい機会だ。レッドアラートには手を焼いていたし…」
言外に奴らを倒そうと言うシグナスに、エックスは反論した。
「なにを言ってるんだ!戦ったら、奴らの思うツボじゃないか!またくだらない戦いを繰り返すだけだ」
「…ボクが言うのもなんだけどさ」
シグナスに向けていた視線をアクセルに戻すエックスに、少年は言葉を紡ぐ。
「エックスの言っていることはわかるよ。でも、戦いでしか解決できないことだってあるんだ!もう話し合う余地なんかないよ」
思わず、といった様子で、ゼロは僅かに目を見開いた。
確かに彼の言うことにも一理ある。しかし、問題なのは彼の態度。
“生意気”だと感じたのは、ゼロだけではない。彼の言動が、エックスの癇に障った。
「知ったような口をきくなッ!お前は黙って、今までの罪を償うんだ」
険悪な空気が漂い、なにか言った方がいいのではと、ゼロやシグナスが考えをめぐらせようとした、その時。

司令室のモニターに、激しいノイズが走った。

「!?エイリア、なにが起こった!」
エックスがオペレーター席のエイリアを振り返れば、彼女は素早くキーを操作していた。
「発信源不明の通信よ!画面全モニタに出力するわ!」
砂嵐がかかっていた大画面に映し出された、その相手。
思わずだろう。アクセルは息を飲んだ。

紅の鎧を纏った、隻眼の戦士。

<聞こえているか?ハンターども!俺はレッド。ご存知の通りレッドアラートのリーダーだ。
わざわざこうやって表に出たのは他でもない。逃げ出しやがった俺たちの仲間が、事もあろうにお前らの所へ転がり込みやがった>
片方だけの眼が、少年を捉える。
<そう!そこにいるアクセル!そいつを返してもらいたい。…と言ってもそう簡単に戻ってくるとは思えない。知っての通り俺達もハンターとして働いている。 これまでイレギュラーも数え切れないほど処分してきた>
話の流れに、ゼロに嫌な予感が走った。
<そこでだ!ハンター対決ってのはどうかな?>
「ハンター対決だと…?」
<そうだ。真のイレギュラーハンターを決めてみないか?悪いがこっちは、今まで捕まえてきたイレギュラーを仲間として使わせてもらうぜ、文句は無しだ。
最後に生き残った方が勝ちだ。俺たちが負けたら、アクセルはお前らにくれてやる。当然だが、俺たちが勝てば……>
「ふざけるな!」
あまりに一方的な話に堪えきれなくなり、エックスは怒鳴る。
「アクセルと俺達は、全く関係がない!こいつの為に、お前と戦う理由はない!」それに対し、レッドは視線をエックスに移してせせら笑った。
<威勢がいいな。でも口だけじゃないのか?最近じゃ現役を退いてるらしいしな>
ぴくり、と反応を示したのは、アクセル。

――…エックスが……現役を退いてるって……!?

考えを整理する間もなく、レッドは再び口を開いた。
<…まっ、腰ぬけには用はねえ。
いるんだろアクセル?首を洗って待ってろよ…。
フハハハハハッ!!>
笑い声と共に、画面は数秒砂嵐を見せ消えた。
「…さっそく動き始めたようね。
各地でイレギュラー発生!被害の出たエリアを調べてみるわ!」
通信の発信源を探っていたエイリアは作業を切り換え、エリア解析を始める。

「ごめん…ボクのせいで…」
少年は謝罪の言葉を述べる。
それに答える者はいない。いなくてよかったと、アクセルは思った。
「面倒なことになったな…」
独り言のように呟いたのはゼロ。ただでさえ人手不足の状況で、好ましいとは言えない。
皆、どうしたものかと考えていると、アクセルの頭に一つのアイディアが浮かんだ。
「そうだ!さっき、罪を償えって言ったよね、エックス?」
打って変わって明るい声音。
「じゃあボクをイレギュラーハンターにしてよ!ゼロとのコンビネーションもバッチリだし!なんと言っても、レッドアラートのことなら任せてよ!」
「…ゼロとのコンビネーション?>
どういうことだと、視線だけでゼロ本人に尋ねる。
彼は”言っていなかったな”と口を開く。
「アクセルを追いかけていたメカニロイドは、俺とこいつとで処分した」
「そうそう!ね、いいでしょ?」
無意識なのであろうが、上目遣いで頼んでくる少年に、流石にエックスも”う”っと詰まった。しかし、すぐに思考を切り換える。
「なにを言ってる。お前みたいな奴を、ハンターとして認められるわけないだろ。冗談はやめてくれ」
「本気さ!それがボクの罪滅ぼしだよ!」
切って捨てるエックスに、アクセルは必死に食い下がる。
「お前が素直に戻れば問題解決……どうやらそうもいかなくなってしまったな…」
「!?」
ずっと黙っていたシグナスの発言に、再び俯く。
「そうだな、奴らはまともじゃない。当然話し合いも通じないだろう。こいつが戻ったところで、大人しくなるとは思えない。それにこいつは……戻る気がないだろ?」
俯いていた顔が、
「流石ゼロ!ボクのこと理解してるね!」
ぱあっ、と明るくなる。
解析を続けているエイリア以外の三人は、呆れざるを得なかった。
「実はボク、エックスとゼロに憧れてたんだ!
ボクも戦う!イレギュラーハンターにないたいんだ!」
“憧れている”と言われた二人は一瞬彼を見、思わず顔を見合わせた。
――果たして自分たちは、これほどまで無邪気に憧れてもらえる存在だろうか。

「…憧れだけで務まる仕事じゃない」
少し間を置き、エックスは彼に視線を戻す。
「ここでゴタゴタやっていても始まらない。俺は行くぜ」
いつまでも続きそうな口論に区切りをつける意味もあり、ゼロは扉へと向かう。
「あっあ、待ってよ!」
アクセルの声にゼロはぴたりと足を止め、
「俺は一人で行く。ただ、止めはしない。勝手にすればいいさ」
振り返らずに扉をくぐる。
「やった!」
司令室を出て行ったゼロから、エックスへと視線を移す。
「エックス、もしバウンティーンハンターを全員捕まえたら、ボクのことイレギュラーハンターとして認めてよ!」
「そこまで言うのなら、俺を納得させてみろ」
ひゅっ、となにかが宙を舞った。
「忘れ物だ」
先程、ゼロからエックスへと渡されていたバレットが、持ち主の手に落ちる。
「わかった。約束だよ」
バレットの感触を確かめ、ゼロを追って駆け出す。

エックスは目を閉じ、ぐっ、と拳を握り締めた。
「…まただ、また無駄な戦いが繰り返される…」
悩み始める彼に、厳然とした声がかけられる。
「エックス、そんなに考え込むな。こうなった以上、戦う以外に道はない」
シグナスの言葉に少しの間を置き、かすかに頷く。

――こうやって、何度も何度も同じ過ちを繰り返してきた…

未だに出ない答え。
ゼロに、そして”彼女”に頼っている現状。

――それでも……

(なぜレプリロイド同士が、傷付け合わなければいけないんだ?)

彼の囁きのような呟きは、誰にも聞き咎められることはなかった。










~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ようやく更新です…。遅すぎる…。



[18326] 第3話 踊る暗殺者
Name: 焔雫◆d8ce7475 ID:47b90763
Date: 2010/08/08 13:51
「待ってよゼロ!ゼロってば!」
すたすたと歩いて行く彼は、歩みを止めることなく僅かに後ろへ視線を送ったが、すぐに顔を前に戻す。
やっとのことで追い付き、紅い背中を見ながらぷう、と頬を膨らませた。
「待ってって言ってるじゃん」
「言った筈だ。”俺は一人で行く”。一緒に来たければ、それ相応の努力をするんだな」
「…わかったよ」
後ろを歩く彼を見ようともしないゼロに、アクセルは口を尖らせる。

――ゼロって厳しいなー……なんとなくわかってたけど…

沈黙の空気は、はっきり言って苦手だ。なにか言い話題はないかと思考を巡らせる。
「…そうだ!言ってなかったよね。ボクがレッドアラートから逃げ出した理由は……コレさ」
再び少しだけ視線を送ったゼロの目に映ったのは、白い光に包まれる彼。驚く間もなく、収まる光。
彼の姿は、少年ではなくなっていた。
「レプリロイドの姿や能力を、そっくりそのままコピーできる」
居たのは緑色のレプリロイド。機械的な声に交じって、少年特有の高い声も聞こえる。
もう一度白い光を放ち、ほぼ一瞬後に元の姿に戻った。
「…でも、完璧じゃないんだ。コピーショットを使っても、姿をコピーできるのは、ボクに似た大きさのレプリロイドじゃなきゃダメみたいなんだ。他は能力をコピーして使うことしかできないしね」
笑いながら言うアクセルに、さしものゼロもこれには驚いたらしい。立ち止まって振り返り、碧い瞳を見開く。
「その能力は一体…!?」
「驚いたでしょ?へへっ」
いたずらっぽく、得意げに笑う。
「…でもね、」
途端、彼の声が明るさをなくした。
「ボクも、どうしてこんな能力が使えるのかわかんないんだ……」
いきなり沈んだ声音になったことも訝しんだが、話の内容に引っかかりを覚えた。
「わからないって、お前自分のことが分からないのか?
正面から彼を見て訊ねると、いよいよ暗い表情になって俯いてしまう。
「……昔のことは覚えてないんだ、ボク。…レッドに拾われて、この能力のおかげで強敵を倒して来たんだけど……」
アクセルは、そこで一旦言葉を切った。続きを待ちながら、ゼロは彼の言ったことが気にかかっていた。

――拾われた…のか……

「………思いもよらないことが起きたんだ……」
長い間を置き、ようやくそれだけ口にする。

少しだけ、彼の言葉を待っていた。しかし、躊躇っているのか、俯いたまま口を閉ざしてしまう。
どうした、と言おうとした時、唐突に通信器が鳴った。
その音にはっ、と顔を上げたアクセルの前で、ゼロは右腕に内蔵された通信器を起動させる。
<ゼロ、今どこ?一つ目のエリア解析が終わったんだけど…>
「エイリアか。まだベース内だ」
<そう。ところで、彼はそこにいる?>
「ボクのこと?」
会話を茫然と聞いていてアクセルだったが、ここぞとばかりにゼロの右腕に顔を近付ける。
<あなた、通信器は内蔵されてるかしら?>
「うん、あるよ」
<じゃあ周波数を合わせてくれる?連絡が取れないと困るから>
「わかった」
右腕を操作し、ゼロの周波数に合わせて通信を開く。
「どうかな?」
<問題ないわ。さっきはいろいろあって自己紹介がまだだったわね。私はエイリア。オペレータとしてあなた達のサポートをするわ。よろしくねアクセル>
「うん!よろしくエイリア」
先程の暗い顔はどこへやら。花が咲いたように笑うアクセルに、ゼロは瞳を細めた。
自分の無線を切り、壁に背を傾ける。というのも、二人の会話がまだ続きそうだったからだ。
<…ところでアクセル。さっきのレッドからの通信で発信源を割り出そうとしたけど、無理だったの。大体の位置でいいから、彼らの基地の場所はわからないかしら?>
「……あー………」
訊かれて、言葉を濁す彼は、少し言いにくそうだった。
「…実は、ボクがいたのは旧アジトなんだ」
<旧アジト?>
エイリアだけでなく、ゼロも訊ねたいところだ。
「うん。抜け出す計画練ってた時に、偶然他のメンバーが話してるの聞いちゃったんだ。”明日、新しいアジトに移動する”って。新しい所に行っちゃったら逃げ出せなくなるかもしれないから、急いで飛び出して来たんだ。こんなことになるなんて思わなかったから……」
”ごめん”と謝る彼に、エイリアは”いいのよ”と優しく返す。
<そういう理由なら仕方ないわ。取り敢えず、今は被害の出ているエリアの解析が最優先ね…。
 ゼロ、アクセル、まずはラジオタワーに行って!>
「ラジオタワーって、電波塔?」
瞳を丸くしながら問う。
<ええ。ラジオタワーを開放しないと、各地域に避難連絡もできないわ>
「了解。すぐ出る」
ゼロが歩きだし、アクセルが慌ててその後を追っていった。


「…あ」
「…………………」
転送室にて。
「やあ」
小さく声を漏らしたアクセルと、瞬間的に固まったゼロに向けられたのは、非の打ち所のない笑顔。
「そろそろ来るころだと思って、待ってたんだよ」
転送装置のすぐ傍の壁に背を傾け、腕を組んで立っている。ベースに来たアクセルに廊下で会った時と、全く同じ。
クリアは組んだ両腕を解き、壁から離れて真正面からゼロを見る。
「……で?怪我をしてる剣士さんは、”一人で行く”気なんだって?」

――…怪我…?ゼロが…?

「……気付いたか」
「当然だよ」
言うなり、素早くゼロに歩み寄り、彼の右腕を掴んだ。
「…っ……」
「…利き腕じゃないからって、甘く見ない方がいいよ」
微かに息を呑むゼロにはお構いなしに、クリアは空いた片手の人差し指を、ぴっ、と彼の右腕に当てる。

次の瞬間、アクセルは瞳を見開いた。

彼女の指先に、白く穏やかな光が灯る。

ゼロの腕に触れていたのは十数秒。
光を消し、彼の腕を離す。
「……流石だな」
「それだけ?」
「…………感謝する」
苦虫を噛み潰したような表情の彼に、クリアはにっこりと笑った。
「…んで、」
今度はアクセルの前に立ち、顔を覗き込む。
思わず一歩退いた少年の瞳は、困惑で揺らめいていた。
「キミも、だよね?」
問いにしては、確信に満ちている。
動揺した彼の頭の上に右手をかざし、先刻の白い光を放った。
反射的にビクリと震えたが、すぐに恐怖は消えた。
逃げる時に負った傷が、癒えていくのがわかる。
光は数十秒で消え去り、クリアは一歩下がって彼から離れる。
「軽い傷も、甘く見てるとよくないよ」
ゼロにしたように笑いかける彼女に、アクセルは常葉の瞳を丸めて微かな声で問うた。
「…なんで…?」
「それは傷を見抜いたことについてかい?治したことについてかい?」
「………両方」
クリアは数度瞬き、微笑んだ。次いでくすくすという笑みが零れる。
「両方か…訊かれるとは思っていたけど……あのね、」
「うん」
ごくり、と唾を呑む。

「時間ないから、また後で」

「………………へ?」
「さあ、行こっか。電波塔でしょ?」
呆然としているアクセルからゼロへと視線を移す。
“ああ”と短く答えたのを確認し、転送装置に足を向けた。
「ちょ、ちょっと待ってよ!教えてよ!」
ようやく言語能力を取り戻したアクセルが、慌てて声をかける。
クリアは肩越しに振りかえり、満月のように明るい笑みで、
「あーとーで」
それだけしか、言わなかった。




「………螺旋階段?少し違うか……」
タワー内の構造を眺め、零れたのは独り言。
螺旋状になってはいるが、階段ではなく坂だ。所々に穴が空いている。
<ゼロ、クリア、アクセル、聞こえる?その塔の最上階に、イレギュラー反応を感知したわ!そちらの様子は司令室で常にモニターできるから、オペレートするわね!>
「礼を言う、エイリア」
白き少女は感謝の言葉を述べる。
「…行くぞ」
既に抜いているセイバーを構え、真っ先に駆け出せば、アクセルが続き、クリアがその後を追う。
「!二人とも、あれを!」
クリアの示す先、上まで筒抜けになっている塔の中央を見ると、巨大なメカニロイドがいた。ヤドカリにも見えるそれは、三人めがけて火の玉やらミサイルやらを飛ばして来た。
「ダッシュを使え!」
「判っている!」
クリアとゼロの、短いやり取り。二人の間に挟まれて攻撃をかわしながら走っている少年は、ふと疑問に思う。

――このひと…なんかしゃべり方変わってるよーな……

「――上だ!アクセル!」
「えっ―――!?」
丁度考えていた相手の声が響き、アクセルは咄嗟に飛び退いた。
敵の攻撃で上の通路の一部分が崩れ、瓦礫となって落下したのだ。
「あっぶな…」
「立ち止まるな!」
後ろから急かされ、再び走り出す。
「上から何か来るぞ!」
今度は先頭からの呼びかけ。
飛んで来たのは小型メカニロイドの集団――
「バットンボーンだな」
抑揚のない声はゼロではなくクリアのもの。
それを訝しる間もなく、こうもり型メカニロイドの群れは、三人に襲いかかって来た。

素早くセイバーを振るうゼロと、バレットを連射するアクセル。
「ってあのひとは!?」
確か彼女は武器を持っていなかったはず。
慌てたアクセルが振り返れば。
「なにをしているアクセル!前を見ろ!」
素手で戦う少女が、居た。
「……!!」
少年を怒鳴りつけながらも、彼女の動きは止まらない。振るう拳は、一撃でバットンボーンを粉砕する。

――このひとの戦闘スタイルって……!

思考は一瞬。すぐに切り換え、敵を倒すことに集中する。
やがて飛んで来なくなり、前進する。
「……行き止まりだ」
先行していたゼロが呟く。
「…ホントだ。どうする?」
続いてアクセルもぼやく。
「……そうでもない」
「「?」」
後ろを振り返れば、クリアはいつの間にやらバイザーをかけていた。透明ではあるが赤く、彼女本来の瞳の色を隠している。
「上を見な」
視線を天井に向けるクリアに倣い、ゼロとアクセルも見上げる。
「…!」
「…穴?」
行き止まりの壁の上に、大きな穴がぽっかりと空いていた。
「あそこから登る。行くぞ」
たんっ、とジャンプし、壁に飛びつく。そのまま壁蹴りで軽やかに登っていき、二人も同様の方法で後を追う。
「…あれ?ここ、坂じゃなくて平らだね」
最後に穴から出てきたアクセルが、周りを見回して言った。
円形の、ドーナツ型の場所。中心に大きな穴がなければ広場だ。
続く道が見当たらず、どうしたものかと思っていると、通信が入った。
<聞こえる?さっきの大型メカニロイドの弱点が判ったわ。目が弱いみたい。他の部分は装甲が厚くて弾かれるわ。目を狙って!>
「了解…」
「了解っ!」
「了解」
ゼロ、アクセル、クリアの、同じ言葉で違う声を返す。

巨大な穴から顔を出したメカニロイドは三人の姿を捉えると、“目”というべき部分を引っ込めて回転を始めた。同時に、大きな刃が飛び出る。

即ち。
「いっ…!」
「避けろ!」
回転する刃を、ゼロは飛んでかわし、アクセルはローリングで避け、クリアは床に伏せることで回避する。
「目を狙えって言われたけど、これじゃ無理だよ!?」
「そんなことは判って…」
「考えがある」
弱音を吐く少年に青年が答えようとすると、少女から落ち着いた声が発せられた。
「君らはかわしてなっ!弱点を引き摺りだす!」
そう言うと、クリアは強く床を蹴った。
俊敏な動きで壁と床を蹴り飛び移りながら、スピードを増していく。
その速度を緩めることなく、より強く天井を蹴れば、回転を加えた踵落としを喰らわせた。
「今だ!」
強い衝撃を受けたことで、メカニロイドは動きを止めた。すると、緑色の丸い“一つ目”が現れる。
言われるまでもなく、ゼロは飛び上がってセイバーをコアである“目”に突き立てた。
メカニロイドから離れ、足場に戻ると、相手は機能を停止し階下へ落ちて行った。
「…どうやって上行くの?」
ややあって、アクセルが訊ねる。
すると、クリアがつい、と顔を動かした。
「見てみな」
彼女の示す先を見れば、突然天井に穴が開き、直後ガシャンと道が出てきた。
「さっきの奴を倒せば出てくる仕掛けだったんだ。行くぞ」
今度はアクセルが先頭を走り、ゼロ、クリアと続く。
「…あれ?レプリロイドだ」
アクセルの言う通り、前方の穴の向こうに、緑色のレプリロイドが道を塞いでいる。
「あれは確かバウンディング。…能力は…」
「カンケーないよ」
クリアの言葉を止め、ダッシュで突っ込んだ。
「おいっ!」
ゼロが制止するのも聞かず、穴を飛び越え間合いを詰めて銃口を向ける。
引き金を引く、寸前。
「――アクセルっ!後ろに退け!」
彼女が叫ぶのと、少年の身体が弾かれるのはほぼ同時だった。
「うあっ!?」
小さな呻き声と共に、アクセルは道の穴へと放り出され、下へ消えていった。
「アクセル!!」
「…電気バリアか」
「…らしいな」
一瞬慌てたクリアだが、冷静なゼロの言葉に落ち着きを取り戻す。
「バリアが消えた時を狙うしかない。ゼロ」
「ああ」
敵は青年に任せ、少女は自身の通信回線を開く。
「アクセル、大丈夫か?」
やや遅れて、彼の声が返ってくる。
安堵と共に、小さくはない溜め息が彼女の口から零れた。
「無茶をするな……下手をしたら死ぬぞ」
<うん……先行ってて。何階か落ちちゃったみたいで>
「判った。気をつけろ」
無線を切り、傍にいる剣士へ視線を向ける。
「先に行ってて、とのことだ」
「…わかった」
彼の前には機能停止した先刻のレプリロイド。それを飛び越え、屋上へ続く壁を登っていった。



暗かった空も、今では白んできている。
屋上に、相手は居た。
「ガハハハ!オラの爆笑ステージへようこそダス!
 まずは一発ダス!」

踊る暗殺者――トルネード・デボニオン

「びろーん!ガハハハ!」
アーマーが玉ねぎの皮のようにパッと開く。
「………………」
(……え―…っと……)
思いっきり不快を露わにしているゼロと、その隣で口を半開きにしてどうしたらいいのか判らない様子のクリア。
「あ…あれ?ウケなかったダス?そ、そんなバカなダス!」
しどろもどろになるデボニオン。
そこに、乾いた笑い声。
「…あはは……。相変わらずだね……」
振り向けば、バレット片手の少年が立っている。
「…ま、まさか!?」
デボニオンの視線は、現れたアクセルに注がれる。
「電波塔を乗っ取って、オラの華麗な踊りを放送する計画を止めに来たダスか!?」
(くだらん…)
(なにそれ…)
二人の胸中を知ってか知らずか、アクセルは不敵な笑みを作ってみせた。
「うん。レッドもきっと怒ってモニターを壊しちゃうからね!」
「そ…そんなダス…。こ、これならどうダス!?
 くるくるくるくるー!」
効果音の言葉通り、くるくると回転する。

ぞくっ……と尋常でない気配を感じ、クリアはちらりと横を窺った。
(……あ)
「……おい、もういいか…?」
不快を通り越して、怒るゼロ。もはや我慢の限界であった。
「行くぞっ!」
「ガーン…ダス…」
斬りかかるゼロにも、デボニオンはふざけている。
セイバーが鎧を斬るが硬く、大したダメージは与えられない。
「チッ……それなりの実力はあるようだな…」
「それだけじゃないよ。あのアーマーを武器にしたり、電磁竜巻を操るんだ」
「電磁竜巻…って…」
クリアはそこで言葉を切った。
回転し、“それ”を発しながら、奴が近付いてきたためだ。
「ととっ…これがそうか!?」
跳んでかわしながら、同じくかわした彼に問いかける。
「そうだよ!」
「厄介な技だな……近付けん」
ダッシュで回避するゼロが、策はないかとクリアを仰ぐ。
「そうだな…」
今、奴はゼロとアクセルの方へ行っている。
いつでもかわせる体勢のまま、彼女は自らに備わっている解析能力を起動させた。

左眼の瞳孔が、キラキラとした光を宿す。動いているが赤いバイザーのおかげでそれは見えづらく、戦っている彼らに気付けるはずもない。

――弱点は…何処だ…?

二人が引きつけてくれている隙に、相手の技と動きを見極め、分析する。

一挙一動見逃さないといったように、鋭い眼光を放つクリアの瞳が、ある一点を捉えた。

――…あれは…

奴のアーマーについた傷。ゼロが、斬った個所。
「……………ノウバディ」

「ボクのバレットじゃ弾かれるよ!」
「接近戦ではダメージが大きすぎる……クリア!」
まだか、と呼びかける彼に、
「今見つけた」
凛とした声で答える。
なにも持っていなかった彼女の手に、翠色の弓矢が握られていた。
それに気付いたデボニオンは、今度は彼女に向かって回転し始めた。
「あっ!」
「心配ない」
駆け出そうとするアクセルの肩を、ゼロが掴む。
キリキリと弓を引き絞る腕以外、まるで動こうとしない彼女に、デボニオンは近付く。
残りの距離は一歩――そこで、クリアは上へと跳び上がった。
「!?」
黒き少年は瞠目し、紅き青年は微かに口角を上げる。そんな仲間達には目もくれず、脚の加速器を回転させて素早く着地し、再び狙いを定めた。
「……喰らえ」
そうして射たれた一撃。
翠の光の矢は、回転する相手の傷に、寸分違わず突き刺さった。
ダメージを受けたせいか、電磁竜巻が消える。
「今だ!」
言われるより先に、ゼロは駆け出した。相手めがけて袈裟懸けに切る。
それでも、デボニオンは倒れない。
「チッ…」
「ゼロどいて!」
舌打ちしながらもう一太刀喰らわせようとしていた彼は、その言葉に振り向き、飛び退いた。
大きくなった亀裂に、アクセルはバレットをめいっぱい撃ち込んだ。
「さ…さむかったダスかー!?」
最期までふざけた態度のまま、デボニオンは爆風を上げ消滅した。

「呆気ないな…」
落ちた呟きはクリアのもの。弓は消え、日の昇った空を眺めている。
セイバーを収めたゼロが彼女に歩み寄る。一瞬顔を見合わせ、とどめを刺した彼に視線を移した。
バレットを握る指以外、力の抜けてしまっている腕。
深く俯き、その表情は判らない。

唐突に通信器が鳴った。
<三人とも、大丈夫?>
「エイリア」
イレギュラー反応が消えたために、通信を入れても大丈夫と判断したのだろう。モニターで見えてはいるだろうが念のため確認するナビゲーターに、クリアは言葉を返す。
「私とゼロはほとんど無傷だ。アクセルは……傷だらけだな、軽いが」
<じゃあすぐに転送するわ。戻ったら、アクセルはメンテナンスルームに連れて行ってくれる?>
「言われなくてもそのつもりだ」
端的に返した彼女に、エイリアはくすりと笑ったようだった。
再度ゼロに視線を移し、すぐにそらしてアクセルに歩み寄る。
彼の肩に触れた直後、三人はベースへ転送された。











~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
三話目……二ヵ月ぶり……。




dactさん、声援感謝します。がんばります。

TKさん、感想ありがとうございます。年齢ですか……正直これには悩んだんです。特にアクセル。確かにもう少し上でも良かったかもしれません。エックスは原作より上なんですけど……このままでやっていきます。



[18326] 第4話 コピー能力
Name: 焔雫◆d8ce7475 ID:47b90763
Date: 2011/03/24 22:07
ハンターベース、司令室。居るのは四人。
「…コピー能力か…」
ゼロからの報告を聞き、アクセルという少年の能力について知ったシグナス。同様にエイリアも考え込む。赤いバイザーをかけたクリアは、右手を耳に当て、なにかをカチカチと操作している。
横たわる沈黙を破ったのは、シュン、という扉の開く音。皆が振り向けば、“彼”は曖昧に笑った。
「何処に行っていたんだ、エックス?」
ゼロが訊ねると、エックスは歩み寄りながら“いや”と言葉を濁した。
らしくない友を訝しりながらもそれ以上の追及はせず、黙って彼の言葉を待った。
「……任務の様子は見ていたよ。彼は相当の実力者だな」
エックスの言う“彼”が誰なのかは言うまでもない。
ゼロに向けられた翡翠の瞳は、次の言葉でその発言者へと移る。
「うん。レッドアラートに居ただけのことはあるよ。無鉄砲なトコはあるけど……強い」
操作する右手は休めず、クリアは言う。
僅かに頷いたエックスはしかし、眼を閉じた。
「……だが、まだ子供だ」
それは、全員が感じていたこと。
ゼロはアイスブルーの瞳を細め、クリアの手は一瞬止まり、シグナスは考え込むように口元を手で覆い、エイリアは静かに目を伏せる。
「…あんなに無邪気で…純粋な子供が…戦場に立つなんて……」
――痛々しい、と。
皆、思っていないわけではなかった。
「…それでも…」
四対の視線が、作業を続ける彼女へ向けられる。
「…あの子が、アクセル自身が、戦うと言っているのだから。私達はそれに応えてあげるべきだ。違う?」
バイザー越しで瞳はよくは見えないが、彼女の眼に強い意志が宿っているのは嫌でも判った。
再び小さく頷いた彼に、エイリアは思い出したように“あっ”と声を漏らした。
「エックスは、彼の能力のことを聞いていなかったわよね?」
「…能力?」
疑問符を浮かべる彼。エイリアは微笑み、ゼロから聞いた内容をそのまま伝える。

ゼロの目の前で、アクセルはその能力を使って見せた。

「……コピー…能力……」
「ええ…直接見たのはゼロだけど」
そう言って彼に眼を向ければ、剣士はゆっくりと首を横に振った。
「まったく不可解な能力だ…。元々コピーとして造られたレプリロイドは多く見てきたが……あいつのようなものは初めてだ……」
自らの外見と能力を、ある程度まで完全にコピーできる。本人はそう言っていた。
「情報がないワケじゃないけどね」
再度集まった視線を気にすることなく、クリアは作業を続行する。
「どういう意味だ?」
エックスが訊ねると、彼女は思案するように少し黙り、ゆっくり口を開いた。
「随分前の話になるんだけど……。私、コピー能力を研究してるっていうレプリロイドに………会ったことがあるの…」
『!』
全員の顔に、驚きの色が浮かぶ。
「詳しいことはよく知らないけど……ひょっとしたら、アクセルはそういう施設で造られたのかもしれないね」
微笑わらいながらバイザーをメットの中にしまう。
しかし、ようやく現れた碧い瞳は、笑ってはいない。

どこか暗くなった空気を破ったのは、シグナスの“ところで”という言葉だった。
「アクセルの様子はどうだ?」
“ああ”、“ハイ”、とそれぞれ返事をする。
「精神的な問題はないようだ」
「問題なのは身体の方です」
電気バリアに真正面から突っ込んだアクセル。
大丈夫、と喚いていたが、ゼロが引きずりながらメンテナンスルームに連れて行けば、案の定“当分安静”と出た。
ちなみにゼロとクリアは異常なし。
「あれでメンテいらないって言うんですから……呆れましたよ…」
数か月程度の付き合いだが、それを踏まえても盛大に溜息をつく彼女は珍しい。
やれやれと肩を竦め、療養中の少年を思い浮かべる。
「……あ、そうだ。シグナス総監」
報告が遅れてしまったと、彼女は謝罪する。
「破壊されたハイウェイの復興ですが…滞りなく完了しました」

余談だが、クリアはシグナスに対して敬語を使っている。他の皆は違うし、シグナス自身必要ないというのだが、彼女は変わらなかった。

「そうか…すまないな」
「いえ。これも仕事ですし」
ニコッ、と彼女が笑うと、張り詰めていた空気が自然と緩む。
少し穏やかになった雰囲気の中で、再び“あ”という声が上がった。
「エイリア。次のエリア解析はどう?」
クリアに訊ねられ、オペレーターは“うーん”と返答に詰まった。
「まだ大規模に動いている所はないし……そうね、コンビナートがいいかもしれないわ。終わるまで休んだら?」
「んー…」
「俺はトレーニングルームに行く。解析が終わったら呼んでくれ」
すたすたと出て行ってしまったゼロを、クリアは何故か慌てて追った。
しなやかに揺れる金色と銀色を見送り、あの様子では彼女もトレーニングルームだろう、残った三人は苦笑したのだった。




「…どうだ?」
「流石、としか言いようがないね」
トレーニングルームで、ゼロの新術開発に付き合っていたクリア。彼女の的確なアドバイスもそうだが、それを完璧に吸収しこなすゼロも、大したものである。
「…けど、どうしたの?急に技なんて。彼ら……レッドアラートとの抗争があるからなんだろうけど………要るの?」
“君に限って”と、首を傾げて訊ねた。ゼロはセイバーを背に収めながら返答する。
「今回の相手は生半可なイレギュラーじゃない。それなりの準備をしておくべきだ」
「…それもそうだね」
「ところで」
真っ直ぐ向き直った彼の、真剣な眼差しに、彼女の表情も変わった。
「なにか判ったか」
「少しね」
クリアはライトブルーの眼を閉じ、答える。
「あの子のコピー能力は、レプリロイドのDNAデータを必要としているの。あの子自身が言ったように、体格があまりに違い過ぎると変身は不可…」
“不完全故にね”と付け加える。
瞼を上げれば、彼は両腕を組んで瞳を伏せていた。
「…奴らが躍起になってアクセルを連れ戻そうとしているのは…」
「あの子の能力が必要だからと見て、間違いないだろうね。あの子もそういうことを言っていたし」
「…それでも腑に落ちないな」
僅かに眼を細めると、彼女のそれよりずっと濃いブルーアイが現れる。
「あれはあいつだけの能力だろう?少なくとも……レッドアラートに居るレプリロイドに必要なものとは思えないが…
「……………ゼロ」
驚くほど静かに名を呼ばれ、ゼロは口を閉ざした。
「……DNAデータの…ことなんだけど……」
俯き、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「あれは―――」


二人の聴覚器を、通信音が劈いた。
<ゼロ!クリア!大変よ!海上の戦艦…バトルシップで、レッドアラートのメンバーが暴動を起こしているわ!>
「…りょーかい。行こっかゼロ」
<あっ、クリアは残って!>
「「!?」」
エイリアの言葉を二人が訝しる間もなく、彼女は理由を話す。
<実は…その……エックスが居なくなったのよ!>
「!?」
「はあ!?」
突拍子もない話に、クリアは声を漏らさずにはいられなかった。さしものゼロも、驚きを隠せない。
<彼専用のライドチェイサーがなくなっているし、通信回線も発信器も切ってるの!何処にいるのかもわからない…!>
「ちょっと待て!数十分前までは司令室にいたはずだろう!?」
冷静ではあるものの、内容が内容なだけにゼロの声は自然と大きくなっていた。
<あなた達が出ていった後、エックスもすぐに司令室を出たの。さっきバトルシップのことが判って……彼に連絡しようとしたら……通信器が切れているのに気づいて……>
まさかと思い、ライドチェイサーをしまってある格納庫を調べてみれば、彼のそれがなくなっていたらしい。
「…なるほどね。私の探査能力を使ってエックスを捜せ、というわけか…」
<そうなのよ。…どう?できる?>
「いや、できるけどさぁ…」
そうすると気になるのはもう一つの心配事。
「バトルシップの方はどうす」
<大丈夫だよ!ボクがゼロと行くからさ!>
通信越しに聞こえた無邪気で元気な声に、ゼロとクリアは瞬間的に固まった。
「……いつから?」
なんとか言語能力を取り戻した彼女の問いは、“いつから話を聞いていたのか”という意味だ。
<えっとねー、“実は…その……“からだよ>
「……つまり、ほとんど最初からか」
「……エイリア」
どういうことだと、ゼロが言外に訊ねる。
<アクセルには悪いんだけど……正直に言うと、解析が追い付いていないの。ゼロだけで出動するのは危険だわ。…かと言ってエックスのことを放っておくわけにもいかないし……アクセルに出てもらうしか……>
申し訳なさそうに告げる彼女を責めるわけにもいかず、二人は顔を見合わせた。
すると、
<悪いことなんかないよ!置いてけぼりにされるのヤだもん!>
どこか、気まずい雰囲気をどける、無邪気な声。
僅かに苦笑しながらも、二人は“了解”と短く答えて回線を切った。


「ゼロ」
転送室に向かおうとした彼の足が止まる。
振り返ると、彼女は真摯な瞳を彼へと向けていた。
「………………」
「……どうした」
呼びかけたのに黙っているので、普段より少しだけ柔らかい声音で訊ねた。
「あ……あの、ね………あの………」
「?」



「……………………アクセルを……よろしく…」



長い間を置き、ようやく紡ぎ出された言葉に一瞬面喰らったが、すぐに感情を処理し、微かに口角を上げた。
返事の代わりに、



「エックスは任せた」



そう、返した。

見開かれた淡い蒼の瞳を見ることなく。
似た色の瞳を持つ青年は、殊更穏やかに、静かにその場を後にした。











――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ポケットさん、お褒めのお言葉ありがとうございます。




[18326] 第5話 蒼海からの追跡者
Name: 焔雫◆d8ce7475 ID:47b90763
Date: 2010/08/17 12:20
バトルシップに転送された、ゼロとアクセル。
直後、エイリアから通信が入った。
<ゼロ、アクセル、聞こえる?
 使われなくなった戦艦を利用してるみたいよ。合計三隻…一隻一隻渡って行って!>
「了解」
「了解!」
メットールやランナーボム、メガトータルなど、凄まじいまでの数の敵が、絨毯のように攻撃を仕掛けてくる。
「……いくらなんでも多すぎない?」
「無駄口を叩いている暇があったら一体でも多く倒せ」
少々参った様子の少年を、ゼロはきっぱりと切り捨てる。
むー、と顔をしかめるアクセルだが、ランナーボムを見て閃いた。
「そうだ!」
「?」
訝しるゼロの前で、アクセルは普通とは違うショットを放つ。
それは一体のランナーボムを破壊し、赤く光る何かを落とした。その“何か”を拾い上げ、意識を集中させる。
光を発した後、彼の姿は変わっていた。
「ランナーボムの能力なら、もっと楽に進めるよ!」
機械質な声で口調がアクセルのままなのがなんとも不自然だ。しかし、彼の言うことも間違ってはいない。今コピーしたレプリロイドは、広範囲の攻撃が可能なのだ。
爆撃に巻き込まれぬよう、注意しながら爆弾を投げる。
次の戦艦が見えてきたところで、今乗っている船が沈み始めていることに気付いた。
「おい!飛び移るぞ!」
「わかってるよ!」
既に元の姿に戻っていたアクセルは、ゼロと共に地を蹴った。





「……ったく。何処行ったんだか……」
ハンターベースの屋上で、一人の少女がぶつぶつと文句を言っている。
「世話焼かせないでほしいな……」
眼を閉じ、全身の力を抜いて集中する。

――…何処だエックス………

レプリロイドやメカニロイドのエネルギー反応を、ある条件下でのみ感知できる。
それがクリアの探査能力。

「…ん!」





「急げ!」
「わかってるってば!」
三隻目の戦艦に飛び移り、沈んでいく二隻目を見送る。
「船ごと俺たちを沈めようとするとはな…」
油断することなく、ゼロはセイバーを振るう。
「うん。…そういえば、さっきの赤い海ヘビ、火ー吹いてたね」
「海ヘビ…って、ドラゴンだろう?」
「あ、そうなの?」
「…………」
クリアがこの場にいたならば、何のコントだ、とつっこみを入れるか、必死に笑いを堪えているかのどちらかだろう。
アクセルに呆れながらも、ゼロは先陣を切って進む。
「…!あれは…」
前方に見える、巨大メカニロイド。形としては人型なのであろうが、体のあちこちに砲台を取りつけている。
その砲台が、エネルギー弾を放った。
「あーもー!じゃまっ!」
言うやいなや。バレットを連射し始めた。
相手の攻撃をかわしながら撃ち出し、確実に砲台を壊していく。

だが、彼は気付いていなかった。相手の攻撃方法がそれだけではないことに。
「――アクセル!」
ゼロの声にはっとしてみれば、メカニロイドの顔部分から火の玉が放たれた後だった。
砲台だけを破壊することに夢中になっていたため、頭上からの攻撃に気付けなかったのだ。
回避は間に合わない――咄嗟にそう判断した彼に出来たのは、眼を閉じて両腕を頭の上で十字に組むということだけ。
来るべき衝撃に身を固め―――
「…?」
予想していたような衝撃は来なかった。
恐る恐る、瞼を上げてみれば。

「…!」
視界に飛び込んできたのは、金色と真紅で飾られた背中。
「余所見をするな!」
視線を僅かにアクセルに投げかけ、背を向けたままゼロは怒鳴る。
メカニロイドは煙を上げていた。
剣士のセイバーが、放たれた火の玉を跳ね返したのだ。

問題ないと判断し、アクセルに向き直る。
彼がかばった少年は俯いてしまっていた。
「…ゴメン…」
謝る少年に、ゼロは小さく息をつく。
「……怪我はないのか?」
「えっ……うん」
意外な言葉に、思わず顔を上げた。
「ならいい。悪いと思うのなら挽回してみせろ」
彼が言ったことをアクセルが理解するまで、数秒はかかった。
理解して、眼を見開いた。
厳しいばかりと思っていたゼロの、不器用ながらも優しさのこもった言葉。
「…うん!」
返答して、船が揺れていることに気付く。
「この船も沈む…急ぐぞ!」
「えっ…でも!」
走り出し、あることを思い出す。
「船三隻だけだよね!?」
「!…それは…」
ふと前方に目をやると、足場が見えた。
謀ったかのようにあるそれは、罠かもしれない。だが他にどうすることもできないのも確かであり、二人はそこに飛び移った。
「相手は…」
「たぶん、水の中」
「何?」
ゼロが聞き返した直後、大きな水飛沫が上がった。
同時に、海から何者かが飛び出してくる。

蒼海からの追跡者――スプラッシュ・ウオフライ

半漁人型のレプリロイドのウオフライは二人の前に立つと、ギロリとアクセルを睨んだ。
「待ってたぜ裏切り者!」
彼に対する皮肉な単語に、
「やあ!卑怯者!」
不敵な笑みで、同じく皮肉を込めて返す。
「ケッ、痛めつけてやるぜ!?前からてめぇのことは気に入らなかったんだよ!」
「ふふっ……気が合うね…ボクもだよ」
常より低い声音とその表情に、傍にいるゼロは僅かに眼を細めた。
少年の態度が、ウオフライの神経を逆撫でする。
「生意気な奴めぇ~!ぶちのめしてやるっ!!」
激昂した相手を、ゼロは“短気”だと認識した。
――ならばそれを利用する。
「フッ、お前のバトルシップは海の底だ。無理せずに逃げた方がいいんじゃないか?」
挑発を仕掛ける、が、相手もそこまで気が短くはなかった。
「へっ!ここまで来れたからって、いい気になるなよ?」
「?」
訝しるゼロの、二人の前で、ウオフライは飛び上がる。
「ばーかっ!ここまでは計算通りだって言ってんだよォ!
俺の絶対領域に、てめぇら自身がしちまったんだからなぁ!
ひゃははっ!行くぜぇ!!」
そのまま海へ飛び込んだ。

360度見渡せる狭い足場で、自然に二人は背中合わせになる。
アクセルが、左手のバレットを握り締めながら告げる。
「あいつはウオフライ。ナギナタを使った“突き”が得意なんだけど…スッゴイ卑怯者だよ。気を付け」
言い終わるより先に。
二人が立っている場所が、ピキピキと音を立てた。
咄嗟に飛び退けば、案の定地面を破ってウオフライが飛び出して来た。
ただでさえ狭い足場が一段と狭まり、二人は完全に分断される。
「さっすが卑怯者…」
海中に消えた相手を憎々しく思いながら、アクセルは周囲に気を配る。
「絶対撃ち落として…」
「無駄口叩くたぁ余裕だなぁ!!」
「!?」
アクセルの後ろから飛び出してきた相手。
突然の背後からの攻撃に、彼は対処しきれなかった。
素早い突きが、彼を空中へ放り投げる。
「うぁぁっ!!」
「ひゃははっ!」
ウオフライは飛び上がり、アクセルめがけてナギナタを振り下ろした。
成す術もなく、少年は海面に叩きつけられ、海の中に沈んだ。
「アクセル!!」
彼が叩きつけられた際に起きた大きな水飛沫が、ゼロの金髪を濡らす。

穏やかになった水面。
アクセルが上がってくる気配はない。

――卑怯者、と言ってはいたが……

背後を狙う相手。典型的だ。
卑怯な行為はゼロはもちろん、この場に来ていない二人の戦士たちにとっても許せるものではない。

ゼロはセイバーの切っ先を下ろし、ゆっくり眼を閉じた。
静かに佇むその姿は美しく、しかし明らかに無防備に見える。
相手が次に狙うのは間違いなくこちらであるのに―――だからこそ。

背後で、水音。
笑い声と、飛び出す気配。

ゼロは足の加速器を瞬時に起動させ間合いを詰めると、回転と共に飛び上がった。

「雷神昇!」

セイバーが電気を帯び、ゼロを中心とした竜巻のようになる。
前回、ラジオタワーでの戦いで、デボニオンの技をヒントに開発したゼロの剣技。
クリアの手助けもあって完成した。

直撃を受けたウオフライは、情けない悲鳴を上げて仰向けに倒れた。
「がはっ……なんでだぁ…?後ろ…狙ったはずだぜぇ……?」
それに対し、剣士はセイバーをウオフライのコアに突きつけ、
「なんのことはない……後ろから来ると判っていれば、それを利用して攻撃することは容易い」
刃の如き瞳を以ってして答える。
もはや動くこともままならない相手は、薄く哂った。
「よく言うぜ……あんな…ガキ一人……守れなかったくせによォ……」
その言葉にぴくりと反応を示すゼロ。彼ほどの者があの程度で――思う反面、未だに彼は上がってこない。
まさかと、らしくもない不安を抱く。
「ひゃははっ…さっさと殺せよ…。俺は…あのガキを殺れただけで……満足なのさ……」
「最期までおしゃべりな奴だな…」
不快を感じ、とどめを刺すべくセイバーを手前に引いた。

「待って……ゼロ……」

ひどく掠れた、小さな声。
構えは解かず、顔だけそちらに向ければ。
「ボク…に……やら、せて…」
海から上がりながら、途切れ途切れに言葉を紡ぐ少年。
「アクセル」
ぽたりぽたりと水が滴り、心なしかふらつきながら、それでもセイバーはしっかり握り締めて。
「ゼロ、」
銃口を、以前は仲間だった者のコアに、震えることなく真っ直ぐに向ける。
「いい、よね?」
彼の常葉の瞳を見て、ゼロは無言で一歩下がった。
「ありがと」
蚊の鳴くような微かな声で礼を述べ、躊躇うことなくトリガーを引く。
ややあって、ウオフライは大破した。

「……………」
ふらりとよろめき、その場に座り込むアクセル。
「……嘗ての仲間を撃つことに、迷いはないのか?」
淡々としていた筈のその声に、微かな動揺が混じっていたなど、疲れきっている少年にどうしてわかっただろうか。親友や、察しのいい少女すら気付いたかどうかわからないのに。
「…ゼロも…見たでしょ…」
常葉色の瞳は、何処を見ているのか判らない。
「…デボニオンも…ウオフライも………完全に……イレギュラーに……なっちゃってた……」
あるいは何処も見ていないのか――少年は静かに自らの思いを口にする。
「……一度イレギュラーになっちゃったら………狩るしかないんだ……」
「……………」

――エックスなら…何と言うだろうな

見合う言葉など見つからず、ゼロは僅かに眼を細めた。
短い沈黙を破ったのは、アクセルの大きくない溜息だった。
「…流石に疲れたか」
「うん…」
「今度こそ、しっかり休め」
「…うん…」
素直に頷くアクセルの傍で、ゼロは彼を視界の端に捉えながら、自身の通信回線を開いた。









同刻―――

「早く担架を…!」
「必要ない!担いで行った方が早い!
 それより治療の準備をしてくれ!」




―――ハンターベースに、満身創痍の蒼き戦士が運び込まれた。




[18326] 第6話 「鎌」の襲撃
Name: 焔雫◆d8ce7475 ID:47b90763
Date: 2010/12/12 17:22
エックスは、復興したハイウェイを訪れていた。
シグナスやエイリアにクリア、ゼロにさえなにも告げず。
クリアの能力ちからで直った道路みちを下から眺める。
「…………」


“俺一人で行って来る”

“「今」は私たちに任せて。ね?”

“ボクも戦う!イレギュラーハンターになりたいんだ!”

“こうなった以上、戦う以外に道はない”

「…………」
翡翠の瞳を閉じ、俯く。

――俺達は……一体いつまでこんな闘いを……

「……もう……」


思考は、一瞬にして消し飛んだ。



貫かれるが如き殺気。
後方で、なにかが空を切る音。


反射神経のみで、エックスはそこから飛び退いた。
直後、彼が立っていたら間違いなく直撃していたであろう場所を、衝撃波が飛び交った。

「へえ……現役退いてる割には良い動きしてるじゃねえか」

聞き覚えのある声に振り向けば、彼は大きく眼を見開いた。


紅い鎧をその身に纏い、大鎌を携えた長身の――隻眼の男。


「…レッド…!?」

信じられない面持ちで、目の前に立つレプリロイドの名を呟く。
今交戦中のレッドアラートの頭目が何故、何の目的でここにいるのか――
「ハンターベースからお前が出たのをレーダーが感知してな。丁度いいと思って来てみたのさ」
「…丁度いい?」
どういうことだと、睨みつけながら問う。
攻撃されたこともあり、エックスの警戒の強さは戦闘時のそれ。不本意だが、バスターに変えられる腕に左手を添える。
「なに……ちょいと交渉をと思ってな」
「交渉だと…?」
「ああ」
鎌は握ったまま、しかし切っ先は下ろし、左眼だけで彼を見る。
「アクセルを返してもらいたい」
エックスの翡翠が、再び見開かれる。
「アクセルが戻ってくれば、俺達は何の文句もねぇ……戦いも終わる。第一、あいつがイレギュラーハンターに居たって、厄介事を引き起こすだけだろ?」
“それなら“とレッドは告げる。
あの少年を返し、彼らとの戦いを終わらせる。
最も単純で、最も早く終わる方法。
「……確かに……」
「だろ?なら――」
「断る」


瞬間的に、レッドは口を噤んだ。
「………なに…?」
「…確かに、それなら戦わずに…傷つく者も少なくて済む…。でも、」
彼の瞳に宿るのは、意志。
「あの子が傷つく。俺達を頼って来てくれたあの子が。
 俺はあの子を…認められないけど……アクセル自身の意思を、捻じ曲げるつもりはない」
“少なくとも”と言葉は続く。
「無理に連れ戻すようなことは……許さない」
決して、アクセルのことを良くは思っていないエックスだが。彼の意思を完全に無視したやり方など、認めるわけにはいかなかった。
「……そうか」
途端、空気が変わった。

「!」
再び、衝撃波が空を切る。
横に跳んでかわしたエックスは、仕方なく腕をバスターに変えるべく力込める。

が。
「遅い」
「!?」
レッドの姿が消えたかと思えば、背中を取られたことに気付いた。気付いた時は。
「――っ!」
防御も回避も間に合わず、大鎌の刃がエックスの右腕――アーマーのない、二の腕を抉った。
激痛による悲鳴を噛み殺し、足の加速器を使って間合いを取る。
傷ついた腕に視線を落とすと、血がとめどなく溢れていた。
神経回路がやられたらしい。指先すら動かない。
「これで右腕は使えねぇな」
片方の手で傷口を押さえ、レッドを見上げる。
背の高い男は、感情を読ませない表情で鎌を握っていた。
「もうやめとけ」
体勢を立て直し、立ち向かおうとする青年に、レッドは告げる。
「バスターが使えねぇお前が、俺に勝てるわけがねぇ。無駄な足搔きはやめとけ」
“諦めろ”。そう言うレッドに、しかしエックスの眼は死んでいない。
「っ……アクセルはっ…戻りたくなんかないんだ!!」
―――その言葉が意味するものは。

「…いいだろう」
三度目の衝撃波。動かない右腕をかばいながら、なんとかかわす。

――どうする…!?

諦めるつもりはない。だが、右腕が動かない以上、バスターは使えない。通信器を使ってもいいが、隙を作ることになる。

――けど、それしか…!

意を決し、左腕の通信器を、片腕が使えないので口を使って起動させようと。

刹那。

彼の身体が、宙を舞った。

「がっ…!?」

なにが起こったのかもわからないまま地面に叩きつけられ、うつぶせに倒れる。
右腕だけでなく、全身を切り刻まれたかのような痛みが、彼を襲っていた。
「終わりだぜ……エックス」
ひゅっ、と鎌を振るう音がし、エックスは倒れたままなんとか顔を動かす。
レッドが、ゆっくりと近付いてくる。
「お前に恨みはねぇが…」
一歩一歩、踏み締めるように。
「ここで死んでもらう」
足を止め、刃をぴたりと彼の首筋に当てる。
「…せめて、これ以上苦しまねぇよう、一思いに殺してやる…」

――…動け、ない…!

避けなければ、という彼の心に反して、彼の身体は動かなかった。

「…悪いな」
大鎌を振り上げる戦士の姿が、翡翠に映る。

――動け……動け……!!


一瞬見えた隻眼は、まるで―――





「それまでにしておけ」





凛とした声が響いたかと思うと、レッドは素早く飛び退いた。
今しがた彼が立っていた場所を、青い光が疾走する。
そうしてエックスを背に、まるで守るように現れた、一人のレプリロイド。

――…誰、だ…?

「…何モンだお前?」
「……………」
倒れているエックスからでは、そのレプリロイドはよく見えない。
起き上がろうとしても、全身を侵す激痛に悲鳴を堪えるのが精一杯だった。
「答えろ!おまえは何モンだ?」
少しばかり声を大きくしたレッドに、謎のレプリロイドはゆっくりと口を開く。
「……僕が、何者かなど。貴方には関係ない」
「…なんだと?」
「……すぐにでも、アノマリー・クリアーナが駆け付ける。それまで、僕がお相手しよう」
エックスの視界の端に、青い光の棒が現れる。
注意して見れば、レプリロイドは黒いマントを羽織っているらしかった。
ふわりと揺れる黒い布が見えたからだ。
それだけ確認すると、唐突に視界が霞み始めた。

――…意識が……

動けないまでも、せめて意識は保っていたかった。
突然現れた名も知らぬ――姿さえも判らない者に頼るわけにはいかない。
しかし、身体は全く言うことを聞かず、どんどん力を失ってゆく。
暗くなる目の前に微かに呻けば、

「……蒼き英雄……?」

謎のレプリロイドの、その、一言を最後に。

彼の意識は闇へと沈んだ。





エックスは医務室で目覚めた。
白い天井が目に眩しい。
次いで見えたのは、鮮やかな紅。
「エックス…」
メンテナンスベッドに横たわる彼の顔を覗き込む親友ともはらしくもなく不安げだった。
「クリアが……お前を担ぎこんだんだ…」
静かな声音には、恐怖と安堵が入り混じっている。
「まったくキミは……心配をかける」
呆れたような声に視線を移せば、ゼロの隣で白い少女が溜め息をついていた。
「致命傷でこそないけど、出血が酷かったからね…。もう少しスリープモードで眠っといた方がいいよ」
穏やかに言葉を紡ぐ彼女に、エックスはしばし沈黙し、微かに頷いた。
そうして再び、今度は自らの意思で、眠りに落ちた。

思わずほっと息をついたゼロに、クリアはくすりと笑みを零した。
「…何だ」
疑問を投げかける彼に、“ああ、いや”と返し、
「長い付き合いってワケじゃないけど……キミでもそんな表情カオするんだな、って」
笑いながら言ってやると、予想通りというか彼は苦虫を噛み潰したような表情になる。
くすくすと笑って、ふと視線を移し、目を細めた。その先を、ゼロも見る。

戦闘型でありながら小柄なエックスより、更に小柄な戦闘型。

黒い鎧の少年が、静かに眠っていた。
「エックスと同室にするとはな…」
「仕方ないでしょ?どっちも重傷だったんだから」
“同室の方がいい”と笑う。その笑顔につられたのかどうかは分からないが、ゼロの口角も僅かに上がった。
「…あ、そうだゼロ。ちょっといい?」
何だ、と顔を向けると、クイクイと親指で扉を指した。
意図が判り、無言で部屋を出て、彼女もそれに続く。

「―――それで?」
扉が完全に閉まるのを確認してから、ゼロが切り出す。
クリアは“うん”と返事をして、口を開く。
「エックスを襲った相手なんだけど」
「レッドアラートのメンバー……だろ?」
一瞬目をまるくしたクリアだったが、すぐに“流石”と言いたげな表情になる。
「じゃ、誰だかわかる?」
「わかるわけないだろう」
「わかるよ。レッドだもの」
今度はゼロに変化があった。
瞳を見開き、目の前の少女を凝視する。
彼女は切なそうに眼を細め、ゆるく首を横に振った。
「エックスの傷の重さから判断して、腕を抉られた後全身の傷をつけられた、ってとこだろうね」
普段通りの口調だが、その声音はいつもより低め。
ふと、彼はあることに気付く。
「お前…レッドの顔知っていたか?話は例の能力で聞いていたんだろうが」
訊ねると、クリアは“え”と言葉を呑み込み、続いて“あー”と呟く。
「私、情報収集得意だからさ、外見とかも結構知ってるワケ!」
慌てているように見えたのは気のせいだろうか。ひとまずそれ以上の追及はせず、以前途切れてしまっていた話題を持ち出す。
「ところで、前になにか言いかけなかったか?DNAデータのことで…」
途端、彼女の表情が強張った。俯き、おもむろに口を開く。
「……DNAデータは…使い方によって……他のレプリロイドをパワーアップさせることが可能なんだ…」
「!…ということは…」
顔を上げ、こくりと頷く。
「…多分、彼らがアクセルを求める理由は、それだと思う」
腕を組み、考え込むゼロ。クリアも口元に手をあてる。

――…パワーアップが目的だと……

彼女の予測が、正しいとすれば。
「…?ゼロ、どこ行くの?」
突然背を向けて歩き出した剣士に、少女は目をまるくする。
「トレーニングルームだ。次出動するエリアは決まっている。その対策だ」
「あ、そっか…。…!私も行くよ!いいでしょ?」
「…ああ」
返事を聞くと、彼女は微笑って彼に並んで歩いて行った。










――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

黒金さん、感想ありがとうございます。次回は時間がかかりそうですが、頑張ります。




[18326] 第7話 狂乱の焔纏いし戦士
Name: 焔雫◆d8ce7475 ID:9f994b44
Date: 2011/05/03 21:37
“まだ話してはやらんのか?”
“何言ってやがる。今話しても混乱させるだけだ。それに“言うな”って口止めされてるしな。教えたくねぇ理由ももっともだ。話さねぇほうがいい“
“…そうか…そうじゃな…”






―――ねぇ。

―――それ、ホント、なの?



「ん……あれ?」
まだ見慣れない白い天井。ゆっくり起き上がれば、ベッドの隣の棚にバレットが置いてあるのに気付いた。

――あの時の夢かぁ……見るのも当たり前だと思うけど……

バレットを手に取り、安全装置がかかっていることを確かめる。

――結局……ずっと訊けないまんまだったなぁ……

トリガーを引いても、カシャン、という乾いた音が響くだけ。それを何度か繰り返す。

――しっかりしなきゃ……

シュン、と。前触れなく扉が開く。そうしてかけられる声。
「…気分はどうだ?アクセル」
「………エックス?」
予期せぬ人物の登場に、思わず呆然としてしまった。そんな彼に苦笑しながら、青年は歩み寄る。
「クリアが、そろそろ起きるころだろうから呼んで来いって」
「あのひとが?」
瞳をまるくして問えば、“ああ”と返事が来る。
「わかった!」
ぴょん、とベッドの端から飛び降り、歩き始めたエックスの後に続く。
「…体はもういいのか?」
歩みは止めず、顔だけ後ろの少年に向ける。
「元気だよっ。エックスこそ大丈夫?イレギュラーに襲われたって聞いたけど」
「あっ…ああ。大丈夫だ」



約一時間前。
“アクセルには…”
“言わない方がいいに決まってるでしょ!?”
“クリア、声が大きいぞ”
“…ゴメン”
医務室前の廊下で、エックス、ゼロ、クリアの三人が話している。
“ただでさえ情緒不安定気味なんだ。エックスに重傷を負わせたのがレッドだなんて、言えるわけないよ…”
““…………””
“…総監には『謎のイレギュラー』で通しておいたから……いいね?”
質問、ではなく、確認。
“…わかった”
“いいだろう”



「…なにココ?」
「ハンターの武器などを開発する所、ラボラトリーだ」
それを聞き、アクセルは一瞬きょとんとしたが、入っていったエックスについていく。
「やあ、来たね」
キュイッ、と椅子を回転させ、クリアは振り返った。赤いバイザーをかけ、マフラーの代わりに白衣を纏っている。
「ボクに用事があるって?」
「うん」
彼女が手に取ったのは、一つの銃と小さなチップ。銃はバレットではないようだ。
「ここラボでは新武器を試してみることもできるんだ。ちょっと撃ってごらん」
立ち上がって、持っていた銃をアクセルに手渡す。指差した先の壁にある的を狙い、撃つ。と、撃った彼は目を見開いた。
射出された弾は直後に電気の竜巻を作り出し、数秒その場に停止した後に前進した。ガガガッ、と鈍い音がしたが、強固な壁は壊れなかった。
「…おー!」
「……トルネード・デボニオンの技を分析して作った、“ボルトルネード”だよ」
「あ、やっぱりそうなの?」
“似てると思ったんだ”、と新武器をいじる。
「ああ、これが切り換えで、貫通目的のレイガンになるよ」
あれやこれやと悩んでいたアクセルに、クリアは手を貸してやる。
二、三発ほど撃った時、トレーニングルーム直結の扉が開いた。
「…あ、ゼロ」
エックスの声に、レイガンの試し撃ちをしていたアクセルも、見ていたクリアも振り返る。
「ゼロは何してたの?」
興味津々、といった様子で少年が訊ねると、彼は両腕を組み、
「次のエリアの対策だ」
と、簡潔に答えた。
「そうそう、コレも造ったんだ」
先程取ったチップをアクセルに渡す。
「キミのバレットに組み込めるよう設計した特殊武器チップだよ。今後もいろいろと造るつもりだけど……まずはそれね」
「ふーん…何の武器なの?」
「“スプラッシュレーザー“。つぎのエリアはコンビナートだから、役に立つと思うよ」
組み込める箇所を見つけ、セットして撃つ。
「強力な水鉄砲みたいだね」
「実際そんなところだよ」
勢いよく噴出される水の弾丸は、確かに強力な水鉄砲のようだ。

「…そういえば」
バレットを握る左手を休め、後ろのクリアに顔を向ける。
「?」
「ボク、まだあんたに説明してもらってないよ。っていうか、訊きたいこと増えてくばっかだし」
拗ねたような声音に、彼女は一瞬きょとんとしたが、すぐに小さな笑みを零した。
「くすくす……そうだったね。まだ話していなかった。何からがいい?」
「一番知りたいのは、ボクとゼロのケガ治したこと!あれ、どうやったの?」
身長差でアクセルは少しだけクリアを見上げる形になる。つぶらな常葉色の瞳に、再びくすりと笑った。
「詳しいことは、私自身よく解らないんだけどね。傷を治したのは、私の能力の応用なんだ」
「能力?」
首を傾げ、反復する。
「うん。どういうものかは知らないけど、私は大抵の物質は自在に操作できるんだ」
「操作?」
「そう。例えば…」
羽織っていた白衣を脱ぎ、片手で掴む。
すると、前触れなく服が淡く白い光を放ち始めた。
ぼんやりとした、穏やかな光。そうかと思えば、ぱしゅっ、と小さな音を立てて服が無数の光の粒に分散し、火花が消えるが如く粒も光を失った。
「………!!」
「驚いたかい?」
口をぱくぱくと金魚のように動かしながら、ゆっくり開かれた彼女の掌を凝視する。
続いて再び光が現れ集まり、マフラーを形作った。普段身につけているそれを何でもないといった動作で首に巻けば、アクセルの目はこれ以上ないくらいまんまるになった。
「自分のエナジーを流し込んで分解し、自分のものにする。眼には見えなくても、それは空気中に無数に存在しているんだ。傷ついた箇所を別の物質で塞ぎ、物質そのものをエナジーに変換してダメージを消す。“治療”と言うよりは“再生”の類だね」
“解った?”と彼の顔を覗き込めば、二拍置いてからこっくりと頷いた。
「じゃ、他には…」

通信音が、彼女の声を止めた。
<みんな、聞こえる?次のエリアの解析が終わったわ。ゼロ、クリア、アクセルは転送室へ行ってくれる?>
「…タイミングがいいのか悪いのか…」
<え?何?>
「……何でもないよ」
ぽつりと呟いた言葉はエイリアには聞こえなかったらしい。適当に返し、クリアは申し訳なさそうに少年を見る。
「ゴメン、続きはまたね」
「えー……しょうがないか」
納得し、ゼロに向き直る。
「じゃあ行こうよ」
「ああ。エックス、お前は?」
「司令室に行くよ」
友の返事に頷き、ゼロは先に部を出て、その後を慌ててアクセルが追う。
ふっ、と笑ったクリアも歩き始め、すれ違いざまに微かな声でエックスになにかを告げた。

“――――――”

強張った彼の表情を一瞬見て、彼女は静かに踵を返した。





「暑いなぁ…」
ふぅ、と軽く息を吐き、アクセルはぼやいた。

三人が出動したのは、溶岩がたぎるコンビナート。頑丈な足場を踏み外せば即アウト−−自然、彼らの集中力は高まる。

ドラゴンとフライヤー達、イレギュラーの包囲網を突破した先を見、アクセルが呼びかけた。
「二人とも!あれって転送装置じゃない!?」
「「!」」
もう敵はいなかったため、装置の傍には簡単に行けた。バイザーをかけたクリアが慎重に調べ、起動させる。
「…問題ないようだ」
「よし、行くぞ」

転送先はコンビナート内部。先刻よりも溶岩が多く目に見え、危険度が増している。

唐突に通信が入った。
<三人とも、その内部のどこかに別の転送装置があるわ。なんとか探査してるんだけど…熱気のせいかサーチできなくて……そっちで探してもらえる?>
「判った。やってみる」
クリアが簡潔に答え、回線を閉じる。
「どう探すの?」
アクセルのもっともな問いに、彼女は微笑んだ。
「こういうのは、大抵施設の中心か奥にあるものだ。進んでいけば見つかるだろう」

と、いうことで、慎重に進む三人。
「それにしても…ホンットあっついね―…」
再びぼやいた少年に、少女は苦笑し、
「まあ確かに暑いな」
先陣を切る剣士を見やり、呟く。
彼は何も言わない。
行く手を遮るメカニロイドを破壊し、淡々と進む。
「……ゼロは暑くないの?」
二人と違って文句を言わない彼に、アクセルは不思議そうに訊ねる。
すると、ゼロは意外にも少しばかりむっとして、アクセルの後ろで彼女がニヤニヤしているのも気付かずに、背を向けたままぼそりと呟いた。
「………暑いに決まっているだろう」
その返答に、敵陣にいるにも関わらず、銃士はきょとんと立ち尽くし、闘士はその後ろで口を押さえて必死に笑いをこらえていた。
「……何を笑っているクリア」
流石に気付き、視線を向ける。我に返ったアクセルも振り返る。
「あ、ああ。すまない。…あまりにも可笑しくてな……」
謝罪しながら笑うクリアに、ゼロは苦虫を噛み潰した表情になる。
アクセルもまた、笑っていた。彼女の笑顔につられたわけではなく、ゼロに対する安堵だった。
この数日で憧れていた彼の強さを目の当たりにしたが、彼もまた完璧ではない―――自分と同じ、レプリロイドなのだと。
「……アクセル?」
ようやく笑いを引っ込めた彼女に名を呼ばれ、再びはっとする。
「あ、何でもないよ。……それよりここにいる相手のことなんだけど」
足場に十分に気を配り、奥へ進みながら彼は話題を変える。
「…心当たりでもあるのか?」
襲ってきたフライヤーを蹴飛ばし、クリアは問うた。
「…ハイエナード。炎の攻撃が得意で、分身も使えるんだ」
「分身だと?」
黙って傾聴していたゼロも話に加わる。
「うん…。本物と全く同じ戦闘能力を持ってて、見分けがつかないんだ」
「…なにか、区別する方法はないのか?」
隣を走る少女に訊かれ、アクセルは“うーん”と首を捻る。
「大きなダメージを受けたら、分身もほんの少しだけ動きが止まるけど……区別はちょっと…」
「…なら、それが頼りだな。炎を扱い、しかもこんな所にいるってことは、水に弱いんじゃないか?」
正に正論。少年も、こくりと頷く。
「うん。だから、あんたが造ってくれたスプラッシュレーザー、役に立つと思うよ」
「ああ。だが、特殊武器は使えるエネルギーが限られているから気をつけろよ」
「オッケー!」
二人のやり取りに、ゼロは“何か”を感じた。
“違和感”とは違う“何か”――― “隠されている”ような。

――…今考えても仕方ないな……

思考を切り換える。今は任務中なのだから。

「あったぞ!転送装置だ!」
彼女の声に、ゼロとアクセルはその足場に飛び移る。
「すぐに起動させるが…用意はいいな?」
バイザーのせいで赤く見える瞳に、ゼロはキラキラと動く光を見つけた。しかし、それが何か尋ねる前に、“もちろん”とアクセルが答え、仕方なく彼も無言で頷いた。

身を包んでいた転送の光が消え、三人が真っ先に見たもの。
「……巨大メカニロイド」
クリアの言う通り、四つ足の巨大メカニロイドが、溶岩の海を歩いている。
三人が立っているのは、その溶岩の中に一つ造られた大きな足場。その周りを、メカニロイドは回っているのだ。
まずはメカニロイドを止める為、皆が駆け出した時。
背後からの足音に、全員の足がぴたりと止まった。
そうして彼らの横を歩いて抜ける影。気配すらまるで無かったことに、ゼロとクリアは警戒を強め、構える。アクセルは茫然としてしまっていた。

狂乱の焔纏いし戦士――フレイム・ハイエナード

「ウゥ…ウゥ……くっ、苦しい……」
突然立ち止まり、呻きを漏らしたハイエナードに、ゼロは警戒を解かずに一歩寄る。
「キサマがハイエナードか?イレギュラーの判定が出ている。大人しく…」
言い終える前に、彼が体をこちらに向けた。
「…お前達か?お前達が俺を苦しめているのか?…判ったぞ!お前達を八つ裂きにすれば苦しくなくなるっ!そうだ!そうだろ!?そうに違いない!!」

――その言葉と、狂気しか宿っていない瞳に、アクセルは俯き、クリアは眼を細め、ゼロは舌打ちした。
「チッ……ここまで進行しているとは…連行できそうにないな……」

“イレギュラー”というのはそもそも、電子回路やプログラムなどに異常をきたした者達のことだ。そうでなくとも、人間に害を為す者はイレギュラーとみなされる。
だが、今のハイエナードは前者。“まとも”に思考することもできない、本物の“イレギュラー”。止めるには−−−苦痛から救う方法は。

「…ハイエナード…」
名を呼ぶと共に上げられた常葉は、哀しみの色を含んでいた。
「…待ってて。今、楽にしてあげるよ…」
真っ直ぐに構えられたバレット。瞳には、声音とは裏腹に強い意志と覚悟が宿っている。

突然、ハイエナードが駆け出し、メカニロイドの上に飛び乗った。それを追う間もなく二つの影――“ハイエナード”が飛び降りてきた。
「…!二人のハイエナード……!これが分身か…!」
自分自身に言い聞かせる目的で呟き、左眼で解析する。
「来るぞ!」
ゼロの声とほぼ同時に、相手が攻撃を仕掛けた。
迫る炎を、三人は紙一重でかわす。
「おい、アクセル!」
「な、なに!?」
いきなりクリアに呼ばれて驚いた彼に、彼女は全く気に留めずに問う。
「分身の数に限度は!?」
「能力そのものがまだ完全じゃなくって……同時に出せるのは本体入れて三体だけ!」
その返答に、彼女は確信した。
「だったら本体は“ガゼル”の上だ!この二人にコアの類は存在しない!」
「……ガゼル?」
怪訝な顔で聞き返したゼロに、
「あの巨大メカニロイドのことだっ!」
どうでもいいと早口に答える。
「そうか………アクセル」
戦闘中でありながらの静かな声音に、思わず少年はバレットを握る左手を休め、自らを呼んだ彼を見た。
「こいつらの相手は俺達がする。お前は本体を倒せ」
「えっ…でも、」
言おうとしていた言葉は引っ込んだ。
「後ろっ!」
咄嗟に振り返れば、いつの間にか近くに来ていた分身の一人を、クリアが蹴り飛ばしていた。
「心配するな」
相手を見据えたまま、少年に告げる。

“――――”

小声過ぎて、聞き取れなかったけれど。
背中を押された、気がした。

「…お願い!」
走り出したアクセルを背に、ゼロとクリアが並び立つ。
「……大丈夫なのか?」
「何がだ?」
油断なくセイバーを構え直して訊ねた青年に、少女は笑みすら含んで聞き返す。
「俺はセイバーでアクセルはバレットだが……お前は違う。……拳………焼けないか」
予想外だったのだろう、彼の言葉に面喰らって一瞬固まった。が、炎が視界に入り、我に返る。

一秒にも満たない、刹那の間。
隣に立つ、剣士に。

輝かんばかりの笑顔を見せた。

彼が堂目する間もなく、クリアは地を蹴った。
炎の攻撃をかいくぐり、分身のうち一人の懐に潜り込む。小柄な少女、そうすることは容易い。
そのまま片腕を掴み、身を捻って真横から蹴る。
彼女が動いたと同時に、ゼロはセイバーの柄をスライドさせ、中にある小さな青いスイッチを押した。
すると、Zセイバーに変化が現れた。
柄がぐん、と長くなり、代わりに刀身が短くなる。そうして緑だった刃の光が、海のような青に変わる。

Dグレイブ−−スプラッシュ・ウオフライとの戦いを元に新しく造られたゼロの武器、水のナギナタ。

振ればひゅん、と音が鳴る。遠距離型の得物ではないが、セイバーよりもリーチは増える。ただし、“斬る”箇所が小さい為、威力そのものは若干落ちる。

もう一人の分身がクリアに遅いかかる前に、ゼロはDグレイブを手前に引いた。

「水裂閃!」

目にも止まらぬ速度で繰り出す、水属性の突き。
スピードを加えるので威力は大幅に上がるが、勢いをつけなくてはいけない為に、隙が大きくなる。一撃必殺か、サポートしてくれる仲間がいなければ危険な技。

ゼロのフォローに回るべく、クリアは軽やかに跳んで彼の傍に立ち蹴り足を構える。
蹴られて胸部アーマーの一部が砕けた一人も、突きを喰らって腹部に穴を空けた方も。重傷をものともせず、平然と立ち上がってくる。
「やはり、分身を攻撃しても意味はないようだな」
トントンと地面を右足の爪先で軽く叩きながら、彼女は剣士に声をかける。
「ああ…アクセルが本体を倒さなければ…」
再度敵が動き出し、二人の戦士は話を中断した。


<聞こえる!?アクセル!>
「あっ、エイリア!?メカニロイド動いてて乗れないんだ!なんか方法ない!?」
彼の言う通り、足場から離れないとはいえ、絶え間なく動いているのだ。失敗して、もし悪ければ溶岩に落ちることになる。
<解析したんだけど、そのメカニロイド、足の間接が弱いみたい!>
「間接…わかった!」
歩き続けるメカニロイドを必死に追いかけ、素早くバレットを連射する。弾丸は正確に足の間接に当たり、ガゼルはぴたりと動きを止めた。
アクセルは思いきりジャンプし、ホバーも使ってガゼルにしがみついた。そのまま背中に飛び乗り、上に居た彼と対峙する。
「ウゥ…ウゥ…!」
「ハイエナード…」
強く、バレットを握り締め、スプラッシュレーザーに切り換える。水の弾丸は彼を仰け反らせるが、致命傷には至らない。
ハイエナードの手から放たれた炎をダッシュで避け、再び狙いを定める。
と、足場がガクン、と動き、突然のことにアクセルはよろけた。隙のできた少年に、ガゼルの背から発射されたいくつもの小型ミサイルが、頭上から降ってくる。体勢も立て直せず、腕を交差させて額のコアは守るものの爆撃は凄まじい。なんとか避けようと、加速器を回転させる。
だが、ミサイルばかりに気を取られ、相手の炎が迫っていることに気付けなかった。熱を感じ、視線を向けた時には既に触れていた。

「―――っ!!」
喉に直撃を受け、痛みと熱さで声も出ない。
動きが緩慢になった少年に、ハイエナードは容赦なくタックルを喰らわせた。二回りは優に小さい彼の体は、ガゼルの背からいとも容易く突き飛ばされる。
いくつもの痛みが駆け巡り、彼の脳内を真っ白にする。
思考も働かず、頭から落ちていく先、赤い海が見えた。

瞬間。
“熱”ではない――― “温もり”を感じた。
同時に聞こえた何かが焼けた音と微かな呻き。そして焦げるような匂い。
ようやく頭がはっきりし、はっ、と眼を見開いた。
「大丈夫、か?」
心配そうな少女の顔がそこにあった。
「……えっ!?あんた…何で!?」
アクセルを、抱き抱えて飛んでいる。彼の無事を確かめると、クリアは上昇しガゼルの上に出る。
見れば、ガゼルは再び溶岩の中を歩いていた。“さっきの揺れはこれか”と理解する。
「アクセル、両腕に問題はあるか?」
「えっ……ちょ、ちょっと痛いけど平気……ってゼロは!?あんた飛べ」
「説明は後だ!ハイエナードに接近する…一気に決めろ!」
彼の言葉を遮り、加速をつける。同時にアクセルの右腕を掴み、体を離して宙吊りになるようにした。そこで彼女の意図に気付き、銃を構える。
炎を放とうとするかれよりも速く。目前まで近づき、少年はスプラッシュレーザーを、エネルギーが切れるまで撃った。
多大なダメージを受け、叫び声を上げるハイエナードのコアを、アクセルは僅かに眼を細めてから撃ち抜いた。
間もなく彼は一際大きく叫び――爆発した。

主を失ったガゼル型メカニロイドは機能を停止し、広い足場に目を向けると、二体の分身も消滅していた。
飛んでいってゼロの傍にアクセルを降ろし、地に足をつけた途端にその場に座り込んだ。
「!?」
「ど、どうしたのあんた!?……あっ」
気付けば彼女の左足首から下がただれ、内部の機械が剥き出しになっていた。
「…酷いな…」
「まさか…さっきボクを助けた時、溶岩に触って…」
「ま…まあ、ね。痛いけど……治療すれば、大丈夫」
痛みを押し殺して笑う彼女に、ゼロは溜め息をつきながら肩を貸す。そうして立ち上がった二人が、ふと少年を見ると、彼は俯いてバレットを見つめていた。
「アクセル?」
ゼロが声をかければ、ピクッと指先が動く。
「……なんでもないよ」
彼の返答に、二人は一瞬顔を見合わせたが、追求せずに任務完了の連絡を入れた。



[18326] 第8話 昔話と銃
Name: 焔雫◆d8ce7475 ID:0b6d8f58
Date: 2010/11/14 12:23
「クリアの脚は?」
「熱を持ってたけど、もう心配ないわ。ゼロとアクセルの怪我も大したことなかったし」
「そうか…」
エックスは、ほっと胸を撫で下ろす。彼女が左脚を溶岩に突っ込んだと聞いた時はどうなるかと思っていた。
「その三人は何処にいるのだ?」
ライフセイバーから受け取った彼女のカルテを見ながら、シグナスは呟くように聞く。
「クリアは、まだ医務室だと思う。ゼロは…アクセルを屋上に連れ出すって。沈んでるらしいから…」
「沈んでいる?」
聞き返したシグナスに、エックスは“ああ”と答える。
しかし、その声はどこか暗かった。



上階行きのエレベーターに乗り込む、紅き青年と黒き少年。
クリアがアクセルの為と、数日前に用意しておいた彼の部屋。そこから彼を連れ出してエレベーターまで、二人は何も言わなかった。
扉が閉まり、上昇を始める。狭い空間での静寂は、空気の密度を増幅させる。
沈黙に耐え兼ね、少年が口を開いた。
「そうそう。この間の話の続き……。ボクの仲間、レッドアラートには、腕利きのレプリロイドばかり揃っていたんだ」
彼らについては、エイリアから少し聞いていた程度で詳しくは知らない。ので、そのまま口にする。
「…ほとんどが犯罪者だと聞いているが?」
「そっ、そんなことないよ!基本的には、悪いことはしない主義!……そりゃ時には悪いことしたやつらもいるけど…」
反射的と言っていいほどの速度で、必死になって反論するが、後半は言い訳めいて小さくなった。
「…それで?」
話が逸れたと先を促せば、アクセルは俯いてしまっていた。
「でも、本当に悪いことなんてすることはなかったのに……突然みんな変わってしまったんだ!」
「変わった?…イレギュラー化とは違うのか?」
「ち、ちが…!……ちがうと……おも…うけど…」
「…突然というのは、どういうことだ?」
また話が逸れる前に聞き返す。
「レッドの言うことを聞かなくなって……イレギュラーハンターや罪もないレプリロイド達まで襲い出したんだ!」
その時のことを思い出しているのか、彼はぐっ、と拳を握り締める。
再び沈黙が訪れるより先に、エレベーターの音が鳴った。開いた扉から、壁に背を預けていたゼロより早く、アクセルは外に出る。目の前に扉を見つけ、後で降りたゼロを待つことなく歩を進める。
「奴らは突然変わったと言っていたな」
後ろからそう声をかければ、彼はぴたりと足を止めて振り返る。“うん…”と答えた声はやけに小さく、沈んでいた。
「ある日レッドから、コピーしたDNAデータを渡すように言われて……。それまでは一度もそんなこと言われたことなかったのに……」
彼の、意味深長な言い方に、紅き戦士は鋭く眼を細める。
「……まさか?」
僅かに間を置いて訊ねた彼に、、果たしてアクセルは頷いた。
「そうなんだ…。それからしばらくして、みんながどんどんパワーアップし始めたんだ……」
ゼロの脳裏をよぎるのは数日前、彼女の言葉。

“DNAデータは…使い方によって…他のレプリロイドをパワーアップさせることが可能なんだ…”

「…DNAデータを利用したのか?」
「たぶんね…詳しいことはわからないよ。レッドは何も教えてくれなかったから……。でもこれだけは確かなこと、ボクはいつの間にか利用されていたんだ!この能力のせいで!!」
唇を噛み締め、きつく拳を握る。肩は微かに震えている。
突然、ふっと力を抜き、ゼロに背を向けて外に出る。

夕暮れだった。
アクセルは両手を伸ばして柵の上に置き、ゼロはその隣で両肘を柵にかけ、軽く背を傾ける。
「…バウンティーハンターそのものが変わってしまった……ボクの知っている仲間はもういない……」
「…アクセル」
哀しみを大いに含んだ声に、何と言えばいいか判らず、複雑な心境で彼の名を呼ぶ。聞こえていないわけはないのだが、気付いていないかのように彼は続けた。
「みんなは自分たちのパワーアップのことばかり考え、ボクはひたすらデータ集め。最初はみんなの為と思っていたんだけど………やり方がどんどん非道くなっていって、耐えきれず逃げ出したんだ……。……それと……」
「…うん?それと…何だ」
言葉を止めたアクセルを、ゼロが優しく促せば、彼ははっとしたように首を振った。
「アハハッ……な、なんでもないよ!」
笑って誤魔化す。ゼロは少し訝しんだが、追及はしなかった。


前に、聞いた話。

――……そう、だよ………

確かめるまで、絶対に誰にも言わないと決めたこと。

ギュッ、と柵を掴む。
頭に浮かぶのは、白き鎧を纏った少女。
「――クリアなら大丈夫だぞ」
ビクゥ!と肩が跳ねた。大袈裟なまでに驚いて隣の彼の方を振り向けば、彼はいつもの如く読めない表情で少年を見ていた。
「…え」
「気にしていたんだろう?彼女の足の怪我」
「…知ってたの?」
その返しに、ゼロは呆れる。
「俺が気付いたんだ。彼女ならもっと早く気付いていただろう。…気にすることはない」
“でも”と口を動かす彼を制し、ゼロは柵から背を浮かせた。
「彼女も気にしちゃいない」
「そんなの、ゼロにわかるの?」
「判るさ」
じとっ、とした目で睨んできたが、即答した彼に瞳を丸くする。
「何度も共に戦場に立てば、それくらい判る」
無論、エックスほどではない。エックスが相手なら、手に取るように判る。
それでも、たとえ数カ月の付き合いでも。戦場で、背を預ける仲間。その程度、理解できなければ共に戦ってなどいられない。
「だから、お前も気にするな」
「…………」
「……先程の話だが」
他に話題も思いつかず、気になったことを持ち出す。アクセルにとってはどっちもどっちな話なのだが、ゼロは基本不器用なので仕方ない。
「……なに?」
「…………DNAデータを使ってのパワーアップは判ったが……レッドアラートでそんなことが可能なのか?」
若干の躊躇いを感じながら、それでも問う。
アクセルはしばし沈黙し、体の向きを変え、真っ直ぐにゼロを見た。彼もまた、正面からその視線を受け止める。

少年の瞳には、強い疑問の色が乗っている。
「…おかしいんだ。レッドアラートには、DNAデータを使って、レプリロイドをパワーアップできるような技術を持った奴は、いないんだ……」
「…どういうことなんだ…」



「…成程ね…」
話を聞き終え、ぽつりとつぶやく。
「…どう思う?」
「訊くのはいいけどさぁ…」
くるり、と回転して彼に向き直る。
「…何でまたココラボに直行すんの?」
バイザーをかけ、白衣を纏った少女は青年を見上げた。
夕焼けそらが好きだと言ったアクセルは屋上に残り、ゼロは真っ直ぐラボラトリーを訪れていた。
「お前のことだ。医務室で大人しくしてるとは思えなかったからな」
「軽傷の時や定期メンテナンスを日常茶飯事ですっぽかす君が言うかい?」
「………………」
皮肉を言ったつもりが逆に皮肉で返され、腕を組んだまま顔を逸らす。そんな彼に、彼女はくすくすと笑みを零した。
「…さて、キミの質問についてだが」
タタン、と片手で何かを操作してから、再びゼロを見上げる。
「…正直言って、判らないね。“裏”に誰かがいるのは確かだろうけど。情報が少な過ぎる」
「………“裏”………」
「…?…ゼロ?」
何やら考え込んだ様子の彼に、クリアは名を呼ぶ。
「……………………」
「……ゼロー?」
無反応。仕方なく、ひょいと立ち上がって彼へと近付く。
「ねーゼロー」
「…ん?何だクリ……って、うわっ!?」
驚いて思わずばっ、と身を引いた。
互いが触れるか触れないかの至近距離で、上目遣いで覗き込んできた彼女に、さしものゼロも反応した。
ひどく珍しく驚きに声を上げた彼を見て、彼女はきょとん、と首を傾げた。
「どうかした?」
「ど、どうか…って…!…い、いや……何でも、ない…」
彼の動揺ぶりは決して何でもないようには見えないのだが、クリアは敢えて何も言わず、椅子に座って作業を再開する。冷静クールな態度のおかげで、ゼロの気も落ち着いた。
「ところで、お前さっきから何を」

シュン

「…ゼロ、クリア。…やっぱりここにいたのか…」
ラボ内にいる人物達の姿を認め、入って来た青年は軽い溜め息をつく。
「思った通り、みたいな言い方だね」
「思った通りだよ。医務室行ってもいなかったから…少なくとも、君はここにいると思った」
悪戯っぽく笑った彼女に、エックスは苦笑を浮かべて答え、二人に歩み寄る。
「……なぁ、ゼロ」
碧い瞳を向ける。親友ともの少々不安の混じった顔に、なんとなく言いたいことが判った。
「アクセルは……どうだ?」
元来心配症のエックスは、なんだかんだ言いながらもアクセルのことを気にかけている。ゼロから彼が沈んでいると聞き、心配していたのだろう。
「恐らく問題ない。あいつが沈んでいた理由はクリアに傷を負わせたということだったしな。もう大丈夫だろう」
(…どうかな)
「えっ?」
「…何?」
「…あ、聞こえちゃった?」
彼女の小さな呟きを、彼らは聞き逃さなかった。
二人が会話し始めたので止まっていた作業を行っていたのだが、思わずぽつりと零した言葉。
「…あの子がね、気にしてあのまま終わるのかなー…って」
「・・・?」
「どういうことだ?」
ゼロが訊ねるが、彼女は画面を見たまま首を振った。
「んーん。多分、私の思い過ごしだから。変なこと言ってごめんなさい。忘れて」
「「…………」」
顔を見合わせるエックスとゼロだが、発言者がいいと言っているので仕方がない。訊かないことにした。
「…ん、これでいーかな」
背もたれに身体を傾け、ふぅと息を吐く。メットの中にバイザーをしまい、ずっと操作していたコンピューターからチップを二つ取り出し、席を立つ。一つは見覚えのある形だが、もう一つは一回り小さく形も違う。
「お前、それは?」
「ん、アクセルの特殊武器と、キミの新技の為のモノ。ほら、言ってたじゃん。“剣以外の攻撃手段もあった方がいい”って。さっき」
流石に彼女の足の怪我が気になり見舞いに行った際、確かにそういう話はした。
だが、僅か数時間で、しかも病み上がりで造ったという彼女の行動力には、二人して呆れざるを得なかった。
「…おい、そっちのは?」
クリアが座っていた時は気付かなかったが、彼女の手元に銃が置いてある。

…どこからどう見てもアクセルの使用しているバレット。

「ああこれ?」
ゼロが指したそれをひょいと取り上げてみせる。
「あの子のバレットと同じ形の銃造ったの。似てるでしょ?まあ使ってる本人ならすぐ判ると思うけど。基本攻撃はほとんど同じなんだけど、コピーショットは無理だったの。あの子の体の中のコピーチップと連動してるらしいんだけど…これ以上の解析はできなかったんだよねぇ」
後半は残念そうに話した彼女に、エックスは呆然と聞いた。
「…なんでもう一丁作ったんだ…?」
すると、クリアは瞳をまるくした。
「一緒に戦ってたゼロも、モニターで見てたエックスも気付かなかった?あの子の武器、連射力は優れてるけど、火力に不足があるよ」
「二丁拳銃にするのか?」
腕組みをしたままゼロが問えば、こくりと頷く。
「って言うのもさぁ…」

「ボクが両利きだから…でしょ?」
扉が開く音と重なって聞こえた声。振り向くと、黒い鎧の少年が、両手を頭の後ろで組んで歩いてくる。
「やあ、アクセル。造ったよ」
「造ってくれたのはうれしいけどさぁ……火力の高い武器にするんじゃないの?両利きなのかって聞かれた時から二丁拳銃のような気はしてたけど…」
少し拗ねたように言う彼に、クリアは微笑んだ。
「キミだったらそっちの方が遥かに効率がよさそうだし……キミ、そのバレットすごく大切にしてるみたいだったけど?」
アクセルは、はっと目を見開いた。彼女はニコッ、と笑いかけ、エックスとゼロの間を抜けてアクセルに近付き、手を取って新しいバレットをその掌に置く。
「…火力の高い武器だったら、また今度造ってあげるよ。…だから……いいでしょう?」
僅かに見上げると、淡いブルーの瞳とかち合う。優しいその眼差しに、少年はこくんと頷いた。
「よーしOK!あ、これも渡しとくよ」
そう言って、チップをポン、とバレットの上に置く。
「でね、ゼロ。キミの技なんだけど、」
「その前に何故アクセルがここに来たのか教えろ」
クリアの言葉を遮り、訊くに訊けなかったことを聞く。
「ああそれね。さっきチップが完成した時、ついでに通信、ONにしといたの。そしたら来るかなーって。ほらあ、一緒にいた方が説明しやすいじゃん」
軽い口調のくせに抜け目ない彼女に、エックスもゼロも先刻は呆れたものの、今は脱帽の思いだった。アクセルはと言えば、ポカンと彼女を見ている。
「…それで、ゼロ。コレなんだけど、」

通信が入った。相手はエイリア。
<みんな、聞こえる?次の任務よ。行き先はトンネルベース>
「…えっと……今すぐ?」
遠慮がちに訊ねるクリア。
<何か問題でもあるの?>
「ううん、いいよ。行こう」
回線を切り、出撃する仲間に顔を向ける。
「いいよね?」
「ああ」
「もっちろん!」
即答。クリアは頷くとゼロを見てすまなそうな顔をした。
「新技だけど…剣技じゃないから、微調整が必要になると思うんだ。この任務が終わってからでいいかな?」
「お前がそう言うなら仕方ないだろう」
「ゴメンね」
二人の会話が終わると、エックスが思い出したようにアクセルに話しかけた。
「アクセル、両利きとはいえ、二丁拳銃は初めてだろう?」
「うん、そうだよ」
「大丈夫なのか?」
「慣らしておきたかったけど、しょうがないし。実践で慣れていくしかないよ」
「そうか……無理はするなよ」
それを聞くと、少年は驚いた表情になる。しかし、すぐに笑って、
「うん!ありがと!」
答えた。無邪気な笑顔に、蒼き青年の顔も自然と綻ぶ。紅き剣士の口角も僅かに上がり、少女は優しい微笑を浮かべた。

そうしてラボを出る三人。それを見送るエックス。




“キミも、決断の刻は近いぞ”




「―――……判っている」


時間の経ち過ぎた返事は、彼女に届いたのか。

青年は、司令室へと足を向けた。










――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
二ヵ月ぶりの更新……遅くなって申し訳ありませんでした……



ATMさん、感想ありがとうございます。いえ、エックスだけという設定は知っていたのですが…涙を流せた方が後々やりやすいものでして…このままでやっていきます。アドバイスありがとうございます。




[18326] 第9話 無垢な暴れん坊
Name: 焔雫◆d8ce7475 ID:47fdd84c
Date: 2011/03/30 22:33
トンネルベースはその名の通り、ずっと屋内の施設。
転送された先で、クリアはちらり、と上を窺った。
「どうしたの?上になんかある?」
両手の銃を構えながら上を見やる。すると、少女は慌てて首を横に振った。
「ち、違う。…空がないことが気になっただけだ」
「へ?空?」
「……気にするな」
きょとんとしたアクセルに、顔を逸らして言う。取り敢えず任務中なので、その話は一旦終えた。
「行くぞ!」
ゼロの掛け声で走り出す。
配備されているのはランナーボム。
「またこいつらなのー!?めんどくさっ!」
純粋な少年の文句に、剣士と闘士は顔を見合わせ苦笑した。苦笑しながらも動きは止めない。ゼロは剣で、クリアはほとんど足技で応戦する。不平を言ったアクセルも、ダブルバレットを連射していた。
ふと、ランナーボムの間間に、大きな樽型のメカがあることに気付く。一つや二つではない。前方を見ても五、六機以上…十や二十あるかもしれない。止まっているものよりも、左右や前後に動いているものの方が多い。また地面すれすれにあったり、普通に跳べば触れられる高さ、ゼロの二段ジャンプでなければ届かないものなど、ほとんどバラバラ。共通しているのは形だけのようだ。
「何だあれは…」
「すぐに解析する。少し待っ…」
「大丈夫だって!飛び越えちゃおうよ!」
警戒する二人に構わず、配備されていた敵をすべて破壊しメカに向かうアクセル。前後に動くそれに飛び乗ろうと―――
「…待てッ!」
叫んだかと思うと、クリアは後ろからアクセルの首に腕を回し、抱え込むように強く引いた。
「わっ!なにす――」
暴れようとした彼は、次の瞬間聞こえた音に、ぴたりと動きを止めた。

「っ…!」

「………え……?」

「…クリア!」

呆然としてしまっている少年を剣士に預け、彼女は膝をついた。左肩を押さえ、息はほんの僅かに上がっている。
「どうした?大丈夫か?」
突然のことにも、冷静に訊ねるゼロは流石である。
何とかアクセルを一人で立たせ、クリアの傍に片膝をつく。
「…大丈夫だ……このくらいなら…すぐに治せる…。強力なバリアを張っているらしい…」
暗に“触れてはならない”と告げる彼女に、ゼロは頷いて立ち上がる。白い光で治療を終え、クリアもゆっくり立つ。
「…ごめんなさい」
ぽつり、と。
二人は振り向く。
深く俯く少年が、そこに居た。
「……なんにも聞かずに……ボクが飛び出したから…。…ボクをかばって……ごめんなさい……」
初めてのことではない。ラジオタワーの時も、彼女の説明を聞かずに飛び出し、アクセル自身がダメージを受けた。コンビナートの時はそうでもなかったが、不注意半分で溶岩に落ちそうになった彼を助けた為に、足が溶けるという大怪我を負った。
そして、今回も。

「…………」
「…………」
「…………」
幸い、周りに居た敵は掃討していたので襲われることはなかったのだが、早く進まなければならないことも事実であり、しかし彼らの時は動かなかった。

少女が動く。
近付く気配と足音に、彼は身を強張らせた。


「怪我はないね?」


ぽん、と。

聞こえた声と感じた温もりに、アクセルはゆっくり顔を上げた。

目の前には、優しい笑顔。
思わず、呟いていた。
「…怒って……ないの……?」
「怒ってないよ」
ぽんぽん。
軽く叩くように撫でる彼女は、任務中ではない、普段の口調だった。
「怪我がないのが一番だし、お前はちゃんと謝ったじゃないか。反省してるみたいだしね。怒るわけないよ」
先ほどとは全く違う意味で呆然とする少年に、
「ただ……一つだけ」
ふっ、と少し、不安げに。


「…私の話を、ちゃんと聞いて」

「…うん」

彼女は少年の髪をくしゃりと梳き、ぱっと体を反転させてゼロの方を向く。
「…すまない、私はもう大丈夫だ」
頷き、剣士の視線は彼に向けられる。
「…行くぞ、アクセル」

「うん!」
無邪気な笑顔。
三人は、再び駆け出した。。




「ここは…」
言いながら、クリアは周りを見回す。
大きな足場が点々と奥に続いており、その間には緑色の液体が広がっている。
「なんだろ、この緑の…」
「アクセル、正体が判るまで不用意に触れるな」
ゼロに注意されて覗き込むのをやめたが、
「そんなことわかってるよ」
ぷう、と頬を膨らませていったので、思わずクリアは笑ってしまった。

通信音が聴覚器に響く。
<みんな、聞こえる?その液体、触れると多大なダメージを受けてしまうエネルギー体で作られているわ>
「じゃあ、触らないようにすればいいんだね」
<そうなんだけど…ここは安全に、ライドアーマーを使った方がいいわね。その足場の両脇に乗り捨てられているわ。…ただ、二機しかないから…悪いんだけど、クリアは飛んでくれる?>
彼女の飛行能力ならとの判断に、笑って頷く。
「ああ。それがいいと私も思う。大丈夫だ、落ちやしない」
明るめの声音で答えれば、エイリアも笑ったようだった。
通信を切って目を向けると、ゼロとアクセルは左右のライドアーマーを見ていた。
「…どうした?」
動こうとしない二人を不思議に思い、声をかける。すると、
「…乗るのはいいけどさ…」
アクセルが、ぽつりぽつりと。随分と自信なさげだな、と思っていれば。
「…どっちに乗るの?」
「…………は?」
空色の眼を瞬く。
「だって、二つの形全然違うじゃん」
そこで初めて、クリアは両脇のライドアーマーを見た。
一機は青く、両腕、両肩に銃が装備されている人型。
もう片方は赤で、両腕にはドリルが取り付けられ、無視に似た形の四本の足。
「…………ゴウデンとライデンⅡか」
軽く息をついてから、二人に向き直る。
「…ゼロは赤い方、アクセルは青い方に乗ってくれ」
「…何故だ?」
“どっちに乗ったらいいか判らないくせに口答えするな”くらい言いたかったが、ゼロの問いももっともだったので、胸の中にしまい込む。
「赤い奴はライデンⅡと言って近距離型。青い奴はゴウデンという遠距離型のライドアーマー。キミ達の戦闘スタイルなら、その方が使い易いだろう」
かなりざっくりとした説明だが、戦いに長けた彼らなら大丈夫、クリアはそう判断した。
「とにかく乗れ。進まなければ始まらない」
「…そうだな」
「うん!」
ようやく動き出す二人。よく襲われなかったものだと、再び息を吐く。

――…襲われなかった……?

はっとなって、辺りを見回した。
「フライトリング!」
きゅんっ、と音が鳴り、彼女の両足に白く光る車輪のようなものが現れる。
そのまま、部屋全体を見渡せる高さまで浮かび上がった。

――…!…これって…!

「どうしたクリア」
彼らよりずっと高い位置に居る彼女に、ゼロが呼びかける。
「……いや……」
ゆっくりと二人の傍に降りて来て、前方に見つけた扉へ顔を向けた。
「…行こう」
地には降りず、空中から二人を先導する。
「………」
違和感を感じ、ゼロは再び訊ねた。
「クリア、お前少し変だぞ。気になることでもあるのか?」
何なく扉をくぐり、静かな通路を飛び進んでいた彼女はぴたりと止まった。浮かんだまま、若干の間を置いて振り返る。
「……キミ達は気にならないか?」
「なんのこと?」
小首を傾げるアクセル。
「この空気が」
そこで気付く。緑の液体やライドアーマーばかりに気を取られ、周りを見ていなかった。
「…最初に比べ、警備が手薄すぎるな…」
「…アクセル、ここにいるメンバーの予想はつくか?」
恐らくずっと考えていたのだろう、クリアは少年に訊く。彼は少し考え込み、
「…たぶん、ガンガルンだと思う。ライドアーマー使ってたのあいつだけだったし」
そう答えた。彼の返答に頷き、障害物一つとしてない通路を見据える。
「何か策があるのか、余程の自信家か…」
「自信家には違いないだろうけど、ただ単に楽しみたいだけだと思うよ」
二機のライドアーマーの歩調に合わせ、直立したような状態で飛びながら頷いた彼女に、アクセルは言葉を返した。
「楽しむ?」
クリアが訊くより先にゼロが問うた。“うん”と頷いてから説明する。
「ライドアーマーをほったらかしにしてたでしょ?たぶん、味方の方にもいっぱい用意しておいて、アーマー同士を戦わせるつもりなんじゃないかな。って言っても、本人も結構強いよ。小柄でめちゃくちゃ速いんだ。…ま、ボクに言わせればナマイキな子供だけど」
やれやれ、というように肩を竦ませたアクセルに、ゼロとクリアは思わず顔を見合わせた。
この二人からみれば、アクセル自身まだ子供―――そんな彼が“子供”という相手が想像できない。
「…取り敢えず、進もう」
「…ああ」
気を取り直して前進。大きな扉の前に来た時、通信が入った。
<三人とも、聞こえる?イレギュラー反応はその先よ。ただ、それだけじゃなくて、大量のライドアーマーも配備されているの。合計三十体>
「三十って…そんなに!?」
「落ち着け、アクセル。…エイリア、そのライドアーマー、自動操縦型のプロトライドじゃないか?」
思わず声を漏らした彼を宥めてから、確かめるようにクリアは訊く。
<ええ、そうよ。よく判ったわね>
「次の出撃先は決まっていたからな。先にデータを検索しておいた。トンネルベースに居るライドアーマーならプロトライドだ」
<「「………」」>
「…?どうしたみんな?」
現場でも通信越しでも黙りこくった彼らを不思議に思い、首を傾げる。
「…いや…」
「…ううん…」
<…何でもないわ…>
「??」
「…そんなことより、敵はいいのか」
「あ!…今度こそ、行こう」
釈然としていないようだったが、進まなければ始まらないと言ったのは彼女自身。これ以上時間を無駄にするわけにもいかない。小さく息を吐き出し、鋭い瞳で扉を見据えた。
「…用意はいいな?」
「ああ」
「…うん」
前に出ているクリアが軽く扉に触れれば、格納庫のシャッターのように上へと開く。
ライドアーマーに乗った二人に並んだ彼女は、入った途端に高速で上昇した。

視界に映ったのは多数のミサイル。それを、ゴウデンの銃を使って撃ち落とす。いくつか外してしまったが、期待の当たったので操縦者である本人たちにダメージはない。そのまま素早く滑りこみ、初めて相手を確認する。
緑色で、自分達のライドアーマーと同程度の大きさ。全て型が同じだが、とにかく数が多い。片っ端から倒していくしかないだろう。
「くーらえー!」
ダダダダ、とゴウデンの両腕の銃が火を吹く。我武者羅に打たれた弾丸は、数体のプロトライドを停止させる。ライデンⅡはといえば、両腕に装備されたドリルをパンチの如く繰り出し、次々と相手を破壊していた。
確かに優勢ではある。しかし、攻めるばかりでほとんど攻撃を防げていない。攻めは最大の守りというが…

――もう少し慎重にいってもいいんじゃないかなぁ……

ライドアーマーの全長の、二倍はある高さの柱の上に腰かけ、銀髪の闘士は息をつく。
比較的好戦的と言えるゼロとアクセルのことを考えれば当然と言えるのかもしれないが、ライドアーマー同士の戦いを見下ろしながら、少女は軽い頭痛を覚えていた。
アクセルは両肩のミサイルを放ち、ゼロは飛び上がって機体を回転させ、そのままドリル攻撃を見舞う。その手際の良さと操縦の上手さに、最早呆れることしかできないクリア。再度溜息をついて、肩を竦める。
「…つーか、もっと優しく扱えよライドアーマー……そのままだと…」
言い終える前に、ゴウデンから煙が上がった。少年が驚く間もなく、ライデンⅡからも吹き出る。瞬時の冷静な判断で、ゼロはライドアーマーから飛び降りた。
「アクセル!何をしている!早く脱出しろ!」
混乱していた彼は、頭上から降って来た怒鳴り声で我に返り、慌てて飛び降りる。
直後、二機は音を立てて爆発した。もしあのまま乗っていたら――アクセルは少しだけ背筋が寒くなった。

と。
「余所見をするな!」
再び聞こえた叱責の声。はっとなって振り返れば、すぐ後ろに最後のプロトライドが迫っていた。
操縦する為にしまってあったバレットを取り出しても、連射してこその威力。時間がない。ゼロが駆け出すも、間に合わない。相手の拳が激突する―――寸前。

「――たあっ!」
気合の籠もった声と同時に、プロトライドの頭部が爆発した。
次いで、何かに突き飛ばされたかのように後ろへ吹っ飛ぶ。動力炉かコアを壊されたらしく、そのまま動かなくなった。
「…ったく。言わんこっちゃない…」
呟きながら、白き闘士は少年の前にふわりと降り立つ。
「ゼロもそうだが……今度操縦する時は、もっと丁寧に扱うんだな」
セイバーを抜いて駆け寄って来た剣士と、愕然としている銃士に、呆れた目で告げる。しっかりとガードしていれば、大破などしなかったはず。ゼロは顔を逸らし、アクセルは俯く。
「…まあ、いい。私も出番があって良かったしな」
トントンと、プロトライドを蹴飛ばした左足で地面を軽く叩きながら、彼女は天井を見上げた。

直後に飛んで来た四本の棒。細く長いそれは部屋の中央辺りに、四角形の頂点になるように突き刺さり、バリアを張って三人を囲った。すかさずゼロが棒を斬りつけ、クリアが蹴りを入れ、アクセルが連射するが、その部分にもバリアを張っているらしく、傷一つ付かない。思わず、剣士と闘士から舌打ちが零れる―――刹那。

「はーっはっはっはっ!!」

突然聞こえた甲高い笑い声。見上げれば、桃色のカンガルー型ライドアーマーが降って来た。着地すると地面が揺れ、相当の重量であることが予想できる。腹の袋の部分にある操縦席に収まっているのは、これまたカンガルー型の小さなレプリロイド。

無垢な暴れん坊――バニシング・ガンガルン

「驚いたかアクセルぅ!おまえなんかよりうーんと強くなったんだからなぁ!」
ライドアーマーの両腕を振り上げ、機能停止したプロトライドを殴りつけた。自らの力を鼓舞するが如く。
「もう子供って言わせないぞぉ!」
「そーゆートコが子供なんだって」
全く臆さず、アクセルがそう返すと、
「ま、また子供だって言ったなぁ!」
軽く身を屈ませて威嚇する。
「悪い子にはお仕置きしなきゃね…」
笑みすら含ませてそう言う彼にゼロは――異様な気配を感じた。しかし今は、それを気にしている暇はない。

振り下ろされた拳を横に飛んでかわしたアクセル。瞬時にゼロが間合いを詰め、その腕を斬りつけるが、まるで効かず跳ね飛ばされる前に距離を取る。
紅き闘神の姿を初めて視界に捉えたガンガルンは、はっと目を見開いた。
「金髪とセイバー…おまえがゼロだなぁ!さすがにボクをおさえられるのは、Sクラスのハンターだけだって判断したんだなぁ!
でも、ボクの方がはるかに強いぞぉ!」
まるでこの場に、ゼロと自分しかいないかのような言動。たった今まで、アクセルと話していたことも忘れてしまったかのように聞こえて。そのアクセルはむッ、と顔をしかめたが、クリアは僅かに瞳を細めた。それは、苛立ち故ではなく―――

「やれやれ…そんなオモチャを振り回して、ガキ大将気分か?」
「ガ、ガキだって?許さないぞぉ!」
不快も露わに言ったゼロに、ガンガルンは癇癪を起こす。そんな少年を前にして、剣士が舌打ちするのは禁じ得なかった。
「チッ……これだからガキは苦手だぜ…」
苛々と息を吐いたゼロは、強力なパンチをひらりとかわす。そうして向けた視線の先は、白き少女。アイサインを受け取った彼女は、加速器を回転させてライドアーマーに接近し、左肩の関節部分に踵を落とす。反撃が来る前にフライトリングを発動させ、後ろ向きに一回転しながら着地する。
「なんなんだよぉー!おまえ!」
ようやくクリアの存在に気付き、腕を振り上げる。たんっ、と跳んでそれを避けると、今度は左足の膝に回し蹴りを打ち込む。そのままライドアーマーの足を蹴って離れ、軽く息をつく。
「キミとは初対面だったか……。私はアノマリー・クリアーナ。ゼロと同じ、特A級のハンターだ」
「ゼロと同じ…?ってことは、おまえも強いのかぁ!そんなに強いやつが二人も来るなんて、やっぱりボクってすごいんだぁー!」
「「…………」」
呆れてものも言えない剣士と闘士。そこに、怒った声が響く。
「ちょっと!ボクを忘れるなよガンガルン!」
「あれぇ?アクセル、いつ来たのぉ?」
「初めっからいたよ!!」
子供同士の喧嘩。思わずゼロから溜め息が零れる。

だがクリアは、再び眼を細めた。今度は明らかに、鋭く。

――…事は思ったより重大かもしれない……

彼らがそうしていたのは数秒。
怒ったアクセルは操縦席めがけてダブルバレットを連射する。が、相手がジャンプしたことにより狙いは逸れ、足に当たった。
「そんなもの効かないぞぉ!」
ライドアーマーの口から、円の形をしたエネルギー波が連続で放たれる。触れないよう、また隅に追い込まれないようかわしていく。
「ライドアーマーにはライドアーマーで対抗するのが、一番手っ取り早いんだが…」
クリアが呟けば、ゼロが微かに目を細め、アクセルはぴくんと肩を揺らした。そんな二人には全く気付かず、あるいは気にも留めていないのか、数秒間考えた末少年銃士に視線を向けた。
「アクセル、さっき渡したチップは組み込んであるか?」
「えっ…一応…あんたが一緒にくれた方に入れてあるけど…」
「よし。ゼロ、Dグレイブは使えるな?」
「?ああ」
「だったら可能かもしれない……。二人とも、小声で話す。よく聞いてくれ」
話しながらも、相手の攻撃をかわし続ける三人は流石である。ガンガルンはと言えば、
「なんだぁ?ボクの力がすごすぎて、反撃もできないかぁ!」
――この調子だ。しかし、彼女の話と回避に集中していた為、ゼロとクリアはもちろん、アクセルさえ聞いてはいない。
「――いけるな?」
作戦を説明し終え、少女は確認する。一も二もなく頷く二人。そんな彼らに、微かに笑った。
優しい、温かい笑み。

「よろしく!」
「お願い!」
クリアとアクセルはゼロから離れ、彼は立ち止まってガンガルンを見上げる。
「俺が相手になってやる。来い、ガキ大将」
「ま、またガキって言ったなぁ!」
再び癇癪を起した少年は、ゼロばかり攻撃し始めた。

“まず、ゼロはガンガルンを引きつけてくれ。ああいう子は、少し挑発してやればすぐに乗ってくる”

彼女の思惑通り、彼は簡単に挑発に乗った。その隙に二人の戦士がライドアーマーの後方へ回る。傍の少年が特殊武器を起動させたのを確認し、クリアは相手の背中めがけて跳躍した。
「――だっ!」
傷や物を直す時、物質を操作する時やフライトリングを発動させる際に使うエナジーを、足の筋力と呼べる箇所に集結させる。威力を大幅に上げた強力な蹴りは、ライドアーマーの背の中心に、その足をめり込ませた。
相手が振り返るより先に、素早く足を抜き離れる。そうして走っていたアクセルが、ダッシュジャンプで背中に空いた穴に近付いた。

“私があいつの背中に穴を開けたら、アクセル、キミがその穴にさっきの特殊武器を撃ち込むんだ。至近距離とは言わないが、少し近付かなければ当たらないタイプだから気をつけろ。ただ、撃ったらすぐに離れろよ。巻き込まれないとも限らないからな”

空中で瞬時に狙いを定め、貰ったバレットのトリガーを引く。引いたと同時に再びダッシュし、彼女から言われた通り距離を取った。
穴に寸分違わず撃ち込まれた弾丸は、触れた途端サークル上の炎となり背を焼いた。
「こんなもの効かないって言ってるだろー!」
特殊武器の性能に驚いている暇もなく、アクセルの方へガンガルンが突進する。攻撃の対象が彼になったことで、他の二人への注意が逸れる。先程とほとんど変わらぬ手だが、敵は単純な子供。二度までは上手くいくだろう。
両の掌を揃えて下に向け、エナジーを使い始めるクリア。瞬時に白い光が集まり、大きな円形の板を作った。白く大きいフリスビーのようなそれを、ライドアーマーの後ろを狙って投げる。
投げるより先に走り出していたゼロは、ZセイバーをDグレイブに変換する。後ろから飛んで来た板に二段ジャンプで飛び乗り、ナギナタを後ろに引いた。
彼女が操作しているおかげで、板は回転せず真っ直ぐに飛んでいる。

アクセルが特殊武器を使ってから、ここまでで僅か数秒―――

“いいか、素早く動けなければこれは成功しない。私が足場を作ったら、ゼロはそれに乗れ。Dグレイブに変えておくことを忘れるなよ。穴に向かって技を叩き込め”

強力な水属性の突き――水裂閃。
熱を持った部分が急激に冷やされ、ライドアーマーの外装がパキンと音を立てる。更にはリーチの長いナギナタによる突きで、内部の回路を優に貫いた。
「えっ…!な、なに!?」
尋常でない攻撃を受けたことに気付き、しどろもどろになる。

“確実に隙ができる…。アクセル、ライドアーマーの頭を狙え。…二人とも……行けるな?”

即座に特殊武器を解除し、ダブルバレットを撃ち込んだ。凄まじい攻撃を続けて受け、最早限界である。
頭部も身体の方も弾け飛び、粉々に砕け散った。
「や、やったなぁ!!」
寸前に脱出していたガンガルンが、一番近くにいた銃士に狙いを定めた。爆風や破片をかわすことに集中していた彼は、そのあまりのスピードに、反応できなかった。
「三角キッーク!」
一瞬上に跳んだ後、一直線にアクセルに突っ込む。腹部に直撃を受けた少年は声も出せない。そのまま吹き飛ばされ、バリアの壁で強かに背を打ちつけた。意識はあり、“っ…!”と呻きが零れる。
ゼロは破片をかわして、クリアは先刻の板を使って防いでいた為、気付くのが遅れてしまった。少年の悲鳴が耳に届き、ようやく現状を理解する。
振り返り、板を消し。彼らが眼にしたのは、凄まじい衝撃波を喰らい、地に叩きつけられた少年だった。
「死んじゃえー!」
うつ伏せに倒れ、ぴくりとも動かないアクセルに、無垢な破壊者がとどめを刺す―――

「…っ!?」
突き飛ばされ、バリアに打ちつけられたのはガンガルン。訳が判らないといった様子で、痛む胸部をさすりながら顔を上げる。
「…おまえ!」
立っていたのは白き闘士。高速で接近し、蹴り飛ばしていた。
「なんだよぉっ!じゃます…」
「煩い」
―――彼女の声は、少年に比べれば遥かに小さく、呟きのよう。顔も向けてはいない。
だが、彼は黙った。それは、恐怖や躊躇といったものを知らない彼の、本能と呼べるものだったのかもしれない。

常と違う彼女を訝しりながらも、紅き闘神は倒れた少年を助け起こす。
「アクセル!」
口元に手を当て、呼吸を確かめる。次いで体の傷の具合を調べ、ひとまず命に別状がないことに安堵する。
「ゼロ」
至極落ち着いた声で呼ばれ、彼は意外そうに眼を向けた。
赤く見える瞳がゼロを、いや、彼の傍の少年を見ていた。
「その子をよろしく」
言葉自体は軽いものであるのに、それを構成する声が抑揚なく紡がれることは、逆に強い重さを感じさせる。
「クリア…?」
返事はない。ただ真っ直ぐに、倒すべき相手を見据えていた。
「…判った」
傷ついた小さな体を抱え上げ、隅の方へと後退する。
痛みから立ち直ったガンガルンが、ギロリと彼女を睨んだ。
「よくもやったなぁ……許さないぞぉ!」
たんっ、と地を蹴り、バリア内を跳び回る。そのスピードと跳躍力は、敵ながらも称賛に値する。
クリアは目を閉じた。いつだったか、ゼロがそうしたように。

ガンガルンが繰り出したのは衝撃波を纏ったパンチ。スピードも増し、先程アクセルを倒した技より強力なのは明らか。
しかし、それが届く寸前で、少年は標的を見失った。同時に腕に感じた、圧迫されるような痛み。気付けば、闘士は彼の横に移動していた。
いつの間に、という驚きよりも、腕を掴まれたことに対する怒りをぶちまける。
「なんだよっ!離せよっ!おまえなんか…」

「黙れ、悪餓鬼が」

びくん、と肩を震わせ、彼は口を閉ざした。低い声と氷の如き瞳、果てしなく冷たい恐ろしい殺気。そしてそれを強調するかのような、凍るほど美しい銀髪。
「同じ子供でも…ここまで違うんだね」
無垢な少年が初めて抱いた感情―――恐怖。

掴んでいた腕を離し、蹴り飛ばす。その、飛んでいく速度より速く駆けて回り込む。反撃する間も与えることなく――踵落としを喰らわせた。

「…ボクはっ…アクセルとはっ…違うっ…!こどもじゃ…ないんだぁっ…!」

コアを砕かれたガンガルンは、絶叫を上げ爆発した。

激しくなびいていたマフラーが大人しくなり、辺りに静寂が訪れて。殺気をしまった闘士が、ゆっくりと口を開く。
「…キミは子供だよ。それも、最悪なまでに性質タチの悪い。確かにアクセルとは違うね。あの子は、意味もなく誰かを傷つけたりしない」
最期の言葉への返答。彼は答えなど求めてはいない、ただ主張しただけなのだと判っていた。
それでも、聞こえるはずのない言葉を、返したくなったのは。

「……クリア……お前…」
「帰ろうゼロ。連絡は私がするから」
複雑な心境で紡ぎ出した剣士の言葉を遮り、彼女は自身の通信回線を開く。
エイリアへの報告を聞きながら、彼は、どこか切ない少女の横顔を見つめていた。





[18326] 第10話 英雄の復帰
Name: 焔雫◆d8ce7475 ID:47fdd84c
Date: 2010/12/18 21:17
重傷だったアクセルも完治し数日。
司令室でエイリアがモニターを操作し、シグナスがそれを見ている。データを出して、総監を見上げた。
「各地で逃げ遅れたレプリロイド達の救出も、順調に進んでいるわ。これもあの三人のおかげね」
そう、三人は今別々に行動し、救助活動を行っている。敵の掃討が主目的でない任務だが、これも立派なイレギュラーハンターの仕事だ。
「ああ…そうだな」
「…でも、被害は増えていく一方よ。何とかならないかしら?」
「仕方ない。いくらゼロとはいえ限界がある。アクセルもよくやってくれているが、まだ子供だ。クリアの再生能力ばかりに頼るのは、戦闘も同時に行っている彼女自身への負担が大き過ぎる。三人にこれ以上の結果を望むのは、無理というものだ」

二人の会話を聞いていた青年が、不意に立ち上がる。
伏せていた瞼を上げると、澄んだ翡翠が現れた。
「……………………」
長い沈黙の後、司令室の通信器を起動させる。相手は。
「…ゼロ、聞こえているか?俺もやるよ。連れて行ってくれ」
「エックス!?」
思わず、といった様子で、エイリアは彼の名を呼んだ。シグナスは黙っている。
<判った。お前の好きにするといいさ>
ゼロの声に驚きは乗っていない。
「これが最後だ…。本当の最後にする為にも、やるしかないんだ!」
蒼き英雄の決意に、シグナスが頷く。
「よおし!一気にレッドアラートを叩くぞ!」
総監の号令を傍らに、エックスは話を聞いていない二人を思った。

彼らは、何と言うだろうか。幼き銃士と、可憐な闘士は。
無邪気な笑顔と優しい微笑みが脳裏に浮かび、蒼き戦士は苦笑した。




「ホント!?復帰するの!?やったぁ!」

「へぇ、決めたんだ。ホッとしたよ」

…伝えたエックスとゼロの方が、どう言ったらいいのかいまいちわからなくなった。
転送室で全員の帰還を待ち、二人に先程の話をした。
純粋な少年は飛び跳ねて喜び。
聡明な少女はこれからの戦いの為とラボに向かった。
肯定的なのは変わらないが、興奮しているアクセルと、冷静に対応するクリアは真逆。
親友同士、顔を見合わせるのだった。



「…あれ?もう来たの?早かったね」
トレーニングルーム直結の扉が開き、白衣を纏った少女は瞳をまるくした。
「まだかかると思っていたのか?」
「うん。まあ、ほとんど完成してるからいいんだけどね。ところでどうだい?炎属性の武器と技は」
モニターに視線をもどし、手を休めずに質問する。
「俺の技は使い方次第ではいいかもしれないが、通常の戦闘向きではないな」
「やっぱり…」
「あ、でもボクの“サークルブレイズ“は結構役に立つよ。射程がちょっと短いけど…」
「だよねぇ……はぁ…」
アクセルのフォローもフォローにならず、少々落ち込み気味のクリア。なんとかせねばと、エックスが話題を変える。
「それで、新しい武器は?」
「あっ、うん」
彼女はあっさり話に乗って来て、画面を切り換えた。
「威力あるものにしようと思ってるんだけど…案外難しくて。一旦止めて、先にエックスの武器を造ったの。ほとんど完成してるって言うのは、これ」
コンピュータからチップを取り出し、三人に見せる。
「セイバーやバレットもそうだけど、バスターだっていくつもチップ組み込めないからね。取り敢えず三種類、ボルトルネードとスプラッシュレーザー、あとサークルブレイズを入れといたよ」
手渡されたチップを、バスターに切り換えた腕に組み込む。
「チャージもできるよう設定したけど、微調整はしといてね。それができて初めて完成だから」
「じゃ、その調整のためにボクと模擬戦やろうよ!さっきは早めに切り上げたんだし」
「…そう、だな。頼むよ」
明るいアクセルに微笑みを返し、エックスは彼と再びトレーニングルームへ向かった。
扉が閉まってから、ぽつりと。
「会話は聞いてたけど……進歩したねぇ」
彼女の言う“会話”というのは、初対面の際のエックスとアクセルのことだ。その時のことを思い出し、ゼロも頷く。
「ああ。この先どうなるかと思ったが…あの様子なら大丈夫だろう」
ふっ、と笑って目を閉じる。
「…似ている」
「なにが?」
画面を見ながらも、彼の言葉には反応を示す。
「あいつとアクセルが」
ぴたっ、と。キーを叩く手が止まった。そのまま剣士へ視線が動く。
「彼とあの子?正反対に見えるけど」
疑問符を浮かべるクリアに、瞳を伏せたまま口を開く。
「確かに意見こそ違うが、よく似ていると俺は思う。なんとなく、だがな」
「………………」
「……何だ?」
沈黙した彼女を訝しく思い、ゼロは瞼を上げた。かち合った空色の瞳は、きょとんとしている。
「……“なんとなく”なんて、キミでも言うんだね…」
それを聞いた途端、彼は苦虫を噛み潰したかのような表情になる。言い返すすべはないかと、電子頭脳をフル回転させると、あることを思い出した。
「お前こそ、あいつらは似ていると思ったんじゃないのか?」
「え」
ゼロの脳裏に浮かんだのは、アクセルが初めてベースに来た時。
「エックスとアクセルの眼が、翠ということに興味を持っただろう」

“ただ……面白いなー…って”

「…気付いてたの?流石だね」
一瞬固まった彼女だったが、すぐ笑顔に戻る。
「…確かに、よく似た色ってことが気になったよ。なんとなく」
「お前だってなんとな」
「私はね、ゼロ」
ここぞとばかりに言い返そうとする彼を、遮る。
「“紅き闘神”と呼ばれるキミに、そんな一面があることに驚いたの」
「……………」
結局言い返せないのなら、無駄な思考を働かせなければよかったと、ゼロはがっくりした。表には出さなかったが。

…二人して気付く。
会話が低レベルだと。

「………………」
「……コホン。…あー………エックスとアクセル大丈夫かな?」
本人もわざとらしいと思っているのだろう。視線は目の前の青年から逸らされている。彼もまた、彼女に顔を向けていない。
「…問題ないだろう。エックスがアクセルをハンターとして認めるかは別にしても、今は共に戦うなか」

“危ないだろ!!”

微かにしか聞こえなかった筈のその声に、“仲間”と言おうとしたゼロは口を閉ざした。
二対の眼が一瞬にして一つの扉に向けられる。顔を見合わせた二人は、その扉の奥へ歩を進めた。



「それくらいかわせるでしょ!?って言うか、ちゃんとかわしたじゃん!」
短い通路を歩いて、もう一つの扉をくぐって聞こえてきたのがこれ。広いトレーニングルーム全体に響き渡る高く大きな声に、ゼロもクリアも顔をしかめた。
「そういう問題じゃない!何で出力を落としてないんだ!」
「さっきのVR訓練の時のまんまだったんだよ!ちょっとしたミスじゃないか!」
――どうやらアクセルが、バレットの出力を落とし忘れていたらしい。エックスは攻撃を避けられたようだが、威力に愕然としたのだろう。
「ちょっとしたミス!?特殊武器は強力ってことくらい判るだろ!?」
「わかったよっ!!ごめんなさいっ!!」
反省の色が全くと言っていいほど見られない謝罪をして、アクセルは走り出す。
激突しそうになって咄嗟に左右に分かれた二人の間を、脇目もふらずに駆け抜けていった。
少年の姿を目で追って初めて、エックスは紅と白の存在に気付く。“あ”と小さな声が漏れた。
「…………」
「…エックス…」
「…いっそ見事な喧嘩だね…」
「……アクセルが忘れてたのが悪い…」
言い訳めいたように聞こえるのは、気のせいではないだろう。俯き、二人を見ていない。
走っていった彼の顔を思い出し、クリアは大きく息を吐いた。やれやれというように肩を竦め、隣の剣士に目を向ける。
「ゼロ、」
「判っている」
くるりと反転したゼロは扉をくぐる。が、すぐに足を止め、僅かに親友を見た。
「…らしくないぜ、エックス」
紅い背中は視界から失せ、空間には青年と少女が残される。
「…ゼロの言う通り、」
俯き続ける彼に、彼女はゆっくり語りかけた。
「キミらしくないよ、エックス。あの子のことは聞いたんでしょう?」
「…ああ…」
記憶を失っていること、そしてレッドアラートから抜けた理由。アクセルが語った内容は、ゼロから皆に伝えられた。
「……だからと言って……特別扱いは……」
「特別じゃなくっても、もう少し優しくしてあげてもいいんじゃない?」
「………」
「…キミの言っていることは正論だよ」
声に抑揚はない。あくまで、静か。
「バレットの出力落としてなくて、もし当たってたら大変だものね。あの子が悪い。でも、」
誰かに似ている。そんな思いがしてならない。それとも、気のせいなのか。
「…言い方ってものが、あるでしょう?」
彼は顔を上げた。
碧い瞳が彼の双眸に映った瞬間、判った。

――…気のせいじゃ、ない……

誰に似ているのか、何故そう感じたのか。

「あの子……泣いてたよ」
驚きで翡翠が見開かられる。
「あの子が悪いにせよ、」
ほんの僅かな、笑み。
「今のままじゃ嫌でしょう?」
途端。
エックスは駆け出した。



「…わかってるよ…悪いのはボクだって…。…でも……あんなに怒んなくたって……いいじゃん…」
夜。屋上に明かりがあるといえば、月光のみ。

少年の目元が赤くなっていることは、見えなくても察しがついた。ゼロもクリアと同様、走り去る際の彼の泣き顔を見たからである。
直感でしかなかったが、アクセルは屋上に居ると思った。果たして、彼は居た。
「なんであんなに怒るのさ…?」
柵に置いた両腕に顔を埋めているため、声がくぐもっている。傍らの青年も両腕を柵に乗せ、碧い目は少年を見ていた。
「あいつに悪気があったわけじゃない」
「わかってるよそんなこと!!でもっ…!」
「お前が心配だったからだ」
叫び声が、ぴたりと止まる。思わず顔を上げると、ゼロの視線は夜空へと移っていた。
「出力の落ちていない攻撃にエックスが当たっていたら、お前はどうした?」
「え……どう…って…」
考え込む。もし彼に、あの攻撃が当たっていたら――
「恐らく…いや、まず間違いなく、お前は自分を責めた筈だ」
はっ、と目を見開く。剣士の口調は、どこまでも淡々としていた。
「お前を傷つけたくない……そう思ったから、あいつは怒ったんだ。もう同じミスをさせない為に」
そこでゼロは、微かに笑った。本当にエックスらしくない。こんな不器用なやり方をするのは、自分ではなかったか。
再び少年を見れば俯いており、彼は軽く息をついた。
「エックスも言い過ぎだがな。お前はどうする?」
その問いに、アクセルはぴくりと肩を揺らし、空を見上げた。小さな白い手は拳に変わる。

<みんな!聞こえる!?>
動こうとした彼の足は、突然聞こえた声に止められた。
「どうした、エイリア」
<緊急事態よ!全員すぐに転送室に行って!>
冷静なゼロの問いに早口で答え、回線は切れた。
二人は顔を見合わせ、走り出す。ゼロほどではないが、エイリアも常に冷静なタイプだ。その彼女が、ここまで慌てている――切迫感は募った。



「ゼロ、アクセル!」
転送室に駆け込んだ途端、高く可愛らしい声で呼ばれた。
居たのはクリア。そして。
「エ…エックス…」
「あく……セル…」
視線が合った瞬間、互いに顔を伏せる。
気まずい雰囲気を破ったのは、やはりと言うべきか周りの二人だった。
「その話は後にしようよ」
「今は任務が先決だ」
「…ああ」
「…うん」
彼らの提案に感謝しながら同意を述べると、謀ったように通信が入った。
<みんな!着いた!?>
「ジャスト、ね。ところで、ここにある三台のライドチェイサーは何?」
一番乗りで転送室に着ていたクリアは、そこに鎮座している三色のライドチェイサーが気になっていた。
<それなんだけど……あっ!>
「どうした!?」
ただならぬ様子に、焦ってエックスが訊ねる。
若干の間を置き、
<大変よっ!周廻道路セントラルサーキットに時限爆弾が仕掛けられたみたい!>
はっきりと告げた。















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ののじさん、ありがとうございます。失礼しました。







[18326] 第11話 驀進熱血漢
Name: 焔雫◆d8ce7475 ID:47fdd84c
Date: 2010/12/31 22:50
<各地で暴れ回っていた暴走族集団が、次の狙いをセントラルサーキットに定めたの>
「さっき言っていた緊急事態はそれか」
紅いライドチェイサーに乗りながら、ゼロが呟く。その隣で、エックスも蒼いライドチェイサーに跨る。

そして。
「……エイリア」
<何?>
「…コレ、私のだよね?」
クリアが指したのは白いライドチェイサー。本来は彼女専用のものなのだが、何故か今はアクセルが乗っている。
<ごめんなさい。あなた達三人の以外は、故障中や点検中のものばかりなの>
「…じゃ、私は」
<ゼロの後ろに>
「なんでぇ!?」
クリアの言っていることはもっともだ。彼女のライドチェイサーはあるが、アクセルのはない。そのアクセルが彼女のに乗り、彼女自身は他の人の後ろに乗れという話。文句を言うのも当たり前といえば当たり前だ。
しかし、理由があるのだとエイリアは説明する。
<今回の任務は、爆弾の回収が最優先よ。でも、道路にはあなた達を妨害するメカニロイドもたくさん配備されているの。三人にはライドチャイサーのバスターで敵の掃討、クリアは爆弾の回収、及び分解をしてもらうわ>
「分解?解体じゃなくて?」
<ええ>
「…判ったよ。はぁ…」
仕方ないというように、クリアはゼロの後ろに乗る。直後、四人はチェイサーごと道路に転送された。
<時間はあまりないわ!みんな、急いで!>
通信が切れると同時に、三台揃って発進する。
風に吹かれる長い金髪をうまく避け、彼女は彼の背からひょいと顔をのぞかせた。片手でメットを操作し、バイザーを装着する。その手を伸ばして一つ目の爆弾を拾う。拾った途端、ぱしゅっと小さな音がして、手にあった危険物は消え去った。
「そっか。分解ってそれのことだったんだね」
少し後ろを走っているアクセルが呟くと、クリアは僅かに目を向けた。
「ああ。確実な方法ではあるんだが…」
「「「?」」」
アクセルだけでなく、他の二人も不思議そうな顔になる。角度的に見えなくても、空気でそれを感じ取った彼女は、“いや”と言葉を濁らせた。
「何でもない。それより、誤って爆弾を撃つなよ?」
「間違えないよー」
半ばからかいを含めたクリアの発言に、アクセルはむ、と顔をしかめて返す。くすり、と彼女は笑った。
「そういえば、エイリアはどうしてゼロの後ろにクリアを乗せたんだ?俺やアクセルでもいいだろうに」
「知るか」
「「「………」」」

話しながらも、手は休めない。回収と同時に白い光に分解する。
運転手三人も、ライドチェイサーとバスターを巧みに操り敵を撃ち倒す―――かと思えば。

「ゼロ!爆弾に当たりそうだったぞ今の!気をつけろ!」
「わ、悪い…」
「まったくもうゼロは…」
「アクセル!前、前!」
「え…うわっ!?」

ゼロがショットをミスしそうになるたびにクリアが。アクセルが障害物にぶつかりそうになるたびにエックスが。
どうもゼロは剣士ということもあり、運転は上手いが銃は苦手らしい。逆にアクセルはショットの狙いは的確だが、ライドチェイサーに乗り慣れていないのか、撃つことに集中すると運転がおろそかになる。
バスターの扱いに長けたエックスは、どちらも見事なものだが。

「もういい!君ら二人は運転だけしてろ!」
流石のクリアも苛立ち怒鳴ると、ゼロは一層無表情になり、アクセルはしょぼんとしてしまった。この空気を変えようと、エックスは再び口を開く。
「…それにしても、今回の相手は一体何なんだ?わざわざ道路を選ぶなんて…」
「イノブスキーに決まってる」
「心当たりがあるのか?」
即答した少年に、ゼロも問う。“うん”と相槌を打って続ける。
「レッドアラート一の熱血漢。体をバイクみたいな形に変えられて、もの凄いスピードを出すよ。攻撃はホイールとかも使うけど…基本突進」
「成程な…」
クリアが呟いた直後、後方から何かが近付いてくる音がした。振り返れば、イノシシか豚かを模した姿のレプリロイドが走ってくる。

驀進熱血漢――ヘルライド・イノブスキー

三台に並んだ、バイクのような姿に変形したイノブスキーに、アクセルは笑いかけた。
「やあ、“総長”!元気そうだね。あんたを狩りに来たよ!」
「て、てめぇ!レッドに拾われたくせにいぃ!恩を仇で返そうってかあぁ!?それでも漢かっ?ああ!!?」
大音量の怒鳴り声に、アクセル以外の三人は顔をしかめる。少年は肩を竦め、
「そんなに鼻息荒くしなくても……それに、これはある意味、恩返しだと思ってるしね!」
「ブヒイィィ!何だとぉ!?」
怒鳴りまくるイノブスキーはともかく、アクセルの発言にエックスは僅かに眼を見開き、ゼロとクリアは鋭く細めた。言った本人は全く気付いていないが。
「…お前が“ヘッド”か?」
思考を切り換え、蒼き戦士が訊ねる。先程エイリアが言っていた暴走族集団のリーダーがこいつなのかと。
しかし。
「へ、ヘッド~!?そんなハズかしい名前で呼びやがって、総長と呼べ!!」
質問の答えになっていない。思わず、エックスは声を大きくした。
「どっちでも一緒だ!暴走族を即刻解散するんだ!」
「ぼ、暴走族ぅ!?てめぇ…!」
「……ロードアタッカーズの残党か?」
傍観していたゼロも話に加わる、が。
「てっ、てめぇ!あんなザコと俺のチームを一緒にしやがる気か!?許せねぇ!」
「…何だ、ロードライダーズの方か?」
「ブヒイィィ!てめぇら…重ね重ねっ!!」

クリアは会話に入らない。何と言えばいいか判らないので無視を決め込み、黙々と回収を続行する。
最期の一つが、光に散った。
「終わったぞ!全て分解完了だ!」
「…上等だコラァ!」
突然スピードを上げ、四人の遥か先へ行く。追いかけるように進めば、道路が分かれ、中心に向かって少し窪んだ円形のフィールドが出来上がっていた。
その、中心にいるイノブスキーは、ライドチェイサーを降りてフィールドの端に立った四人を指差す。
「勝負しろぉ!タイマンでぶちのめしてやるぜぇ!!まずはどいつだ!?」
「ボクだ!」
だっ、と走ってイノブスキーの前に出る。彼が入った途端、橋にいくつもの柱が立ち、電気バリアが張られ、アクセルを追おうとしていた三人は反射的に身を引いた。
「…一対一ワンオンワンか……熱血漢とはよく言ったものだ…」
「クリア」
呆れ気味に呟いた少女に、ゼロは目を向ける。意味深なその視線、彼女は頷いた。
「判っている」

「てめぇかアクセル!行くぜぇ!」
バイクのような姿に変形し、フィールドを駆け回る。放たれ向かって来るホイールを、アクセルはバレットで破壊する。
「一対一なんて、相変わらずだね。暑苦しいったらないよ」
「てめぇも相変わらず減らねぇ口だなぁ!」
加速していく相手に、彼はバレットを構えたまま足を止めた。

――やみくもに撃ってちゃ当たらない…動きを読まないと……

真横からの突進を上に跳んでかわし、ダブルバレットを連射する。しかし、速すぎて数発しか当たらず、ほとんどダメージを与えられなかった。
ホバーを解除して着地すると、先読みした方向へ銃弾を放つ。狙い通り、ショットは直撃した。
「ブヒイィッ!?っのやろおぉ!」
今度は真正面から突っ込んでくる。計算のうちだったのか、アクセルは切り換えておいた特殊武器――サークルブレイズで迎え撃った。
「あぢいいぃ!?」
球状の炎に突っ込んだイノブスキーは叫び、そのまま速度を上げて直進した。
「!」
「うおらあぁぁっ!!」
動きが止まるだろうと思っていたアクセルは目を見開き、体当たりをまともに食らう。
「うあああああ!!」
加熱された金属が当たり、更には脚に走った激痛で彼は絶叫した。それでも歯を食いしばると、切り換えていない方のバレットを撃ち込んだ。流石に怯んだ相手の隙をついて逃れ、地を転がって距離を取る。次いで立とうと、力込めた。
「…!?」
左足の膝から下が重くなり、まるで動かないことに気付く。
最早痛みも感じない。まさかと、ゆっくりと視線を落とした。

車輪に巻き込まれた脚はひしゃげ、誰がどう見ても動かせないのは明らかだった。かろうじて原形を留めており、しかし何も感じないことから、神経回路が断たれているであろうことが窺える。加えて先刻の突進で、胸部アーマーには僅かにひびが入っている。
思いも寄らない重症に、アクセルは呆然となってしまった。

「――アクセル!」
エックスの声で我に返り顔を上げると、イノブスキーが再び向かって来ていた。咄嗟に飛び上がろうとすると、片足が動かないことを忘れており、バランスを崩してしまう。

目前に迫る―――刹那。

「…えっ…!」
「んなぁっ!?」

少年の身体が地から離れる。
急停止したイノブスキーは、上空を見上げて怒鳴った。
「てめぇ!邪魔すんじゃねぇ!これはタイマン勝負だろが!!」
アクセルを腕に抱えた乱入者――
「それは君が決めたことだろう?」
――白き闘士は、呆れながらそう返す。
そこでようやく状況を理解できた彼が、彼女の腕の中で憤慨した。
「なにすんの!?降ろしてよ!ボクまだ戦える!」
「降ろしてはやるが、戦闘は駄目だ」
「なんでだよ!?」
バリアの外に着地し、そっと地に降ろす。それが壊れ物を扱うかのように優しい行為だったため、今の彼を一層怒らせた。
「なんだよっ!これくらい平気だって!」
「どう見ても重傷だ。平気なわけがないだろう」
「動けないことないもん!ボクはまだ」
「やせ我慢もいい加減にしろ!」
諭すように静かに話していたクリアが、突如としてその声を荒げた。
びくりと身を震わせたアクセルも、駆け寄って来たエックスとゼロも、大きく目を見開く。傍に膝をつき、俯かせていた顔を、すっと上げる。
「……エックス」
見上げてくる瞳には、先程の声とは真逆で覇気がない。むしろあるのは―――

――…まさかね……

「判った」
浮かんだ考えを打ち消し、彼は腕をバスターに変形させる。
「おいコラァ!俺とアクセルの勝負は終わってねぇぞ!」
「アクセルはもう戦えない。…俺が相手だ」
「ざけんなぁ!アクセルを出しやがれ!」
引き下がらないイノブスキーに、少女は溜め息をついて剣士を見上げた。それに頷き、口を開く。
「さんざん偉そうな口を叩いておいて…手負いのアクセルを倒す自信はあっても、無傷のエックスを倒す自信はないのか?」
「ブヒイィィ!?何だとてめぇ!上等だぁ!エックスぶっ倒したら次はてめぇだ!」

――…単純だなぁ…

完全に呆れて。
もうひとつ、溜め息する闘士。

バリアの一部が消え、彼が中に入ると再度張られた。
敵と対峙し、エックスは左手をバスターに添える。

――…やけに…緊張する…

久しぶりの実戦。同レベルの仲間とウォーミングアップしてはいても、訓練と実戦とは全くの別物。
湧き上がってくる不安と緊張感に、戦士はぐっ、と奥歯を噛んだ。
「行くぜオラァァ!!」
いきなりの突進を、横に跳んでかわす。フィールド内を駆け回り始めたイノブスキーに対し、エックスは中央で動きを止め、チャージを続けながら眼を閉じる。

眼で、追うのではなく。

――感覚で、追う…!

全神経を研ぎ澄ませ。
バスターを支える腕に、力込めた。

「―――サークルブレイズ!!」

先刻、銃士が撃ったものよりも遥かに強力な炎の球。
爆炎はイノブスキーを呑み込み、最後の叫びとともに消滅した。

「…………」
エックスは息を吐き出し、右腕を元に戻す。
バリアの消えたフィールドにクリアが入り、駆け寄った。
「怪我は?」
「いや…大丈夫だ」
「…本当か?」
「え?」
バイザーのせいで赤く見える瞳が見上げてくる。心配を含んだその視線に、彼は真面目に首を傾げた。
「キミ、随分と疲れた顔をしているぞ?」
「…久しぶり…だったから…かな…?」
「…まあ、キミとの共同任務は初めてだったしな。平気ならいい。それより問題は…」
「降ろしてってば!!」
「……あの子だな」
呆れたように声のする方へ目を向ける。見ればゼロが、ぎゃーぎゃーと喚く少年を背負い、涼しい顔でこちらへ歩いて来ていた。
「ボクは平気だって!降ろしてよゼロ!」
「神経回路がやられているくせに、平気だと?」
「で、でも……おんぶしなくてもいいじゃんっ!」
紅の青年におぶわれたアクセルの顔は、少しばかり赤くなっている。流石に恥ずかしいらしい。
「これが一番早い。いい加減諦めろ」
「だ、だって……そ、そうだ!ねえ!あんたが脚治してよ!」
彼が話しかけたのは、いわずもがな白き少女。


「却下」


「………………はい?」
「「……え?」」
アクセルだけでなくエックス、ゼロでさえも呆けた声を出した。
彼女の、仲間の為に無茶する性格を、よく知っているが故。

そんな彼らを横目に、クリアは自身の通信回線を起動させる。
「こちらクリア」
<こちらエイリア。状況は?>
「アクセルが足に重傷を負ったが、戻って手当てすれば大丈夫だ。転送してくれ」
<重傷…!?すぐに転送するわ!>
通信が切れた直後、四人はベースへ送られた。















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11話目です。年内ぎりぎりですが……投稿できてよかったです。
来年からはもっと忙しくなりそうですが……何とか隙間時間見つけてやっていきます。





[18326] 第12話 笑み、そして質問
Name: 焔雫◆d8ce7475 ID:47fdd84c
Date: 2011/03/27 18:25
丸一日かけて、アクセルは足を治した。
医務室を出て直行した先はラボ。入った瞬間、“あれ”と思った。

コンピュータの前にいつもいる筈の人物がいない。ぐるりと首を回せば、左の方に銀髪と白衣を見つけた。
「ねえ!何してるの?」
「ん?ああ、アクセル」
振り返った顔には赤いバイザー。大きな台の前に立っており、駆け寄って見てみると、何かを造っているらしかった。
「なに造ってるの?」
「新しい武器さ。キミのね」
答えれば、表情がぱあっ、と明るくなった。子供らしいと思いながら口には出さず、クリアは笑う。
「そんなに嬉しい?」
「うん!だって、これ大きいもん!火力のあるヤツなんじゃない?」
「判るの?」
少し驚いたような彼女に、アクセルは頷いた。
「…まあ説明は完成してからでいいとして…。足は?もういいの?」
「バッチリ!ちゃんと歩けてるし!」
「そっか。…よかった」
優しい微笑みに、彼は少し照れ臭そうに笑った。しかしそこで、“あっ”と声を漏らす。
「どうかした?」
「え…えっと」
促されるが、俯いて口ごもる。
「あの…その……えっ…」
頼りなく彷徨う視線。クリアは彼に聞こえないくらい小さく息をつき、バイザーをしまって向き直った。
「トレーニングルームにいるよ」
「え?」
「エックスなら」
「!」
「行ってきなよ。“善は急げ”って言うでしょう?」




「うわっ!」
ドン、という強い衝撃で、エックスは壁に背を打ちつけた。
「つぅ…」
「悪い、大丈夫か!?」
セイバーをしまい、駆け寄る。差し出したゼロの手を、彼はしっかりと握った。
「大丈夫だ、少し休めば……それより凄い威力だったな」
「ああ。俺自身驚いている」
「出力を最小限ミニマムにしていたのに、ここまで吹き飛ばされるなんて…使えそうだな…」
「あの悪ガキとの戦いも、決して無駄ではなかったということだ」
それを聞くとエックスは、はっと表情を曇らせた。
「エックス?」
俯いた彼に、ゼロは声をかける。数瞬置いて、彼が何を思っているのかに気付き、その瞳を細めた。
「…エックス…お前……」


「エックスっ!!」

彼の言葉は、高く大きな声にかき消された。
「……アクセル?」
予期せぬ人物の登場に、呼ばれた彼は呆然と少年の名を紡いだ。
「あっ、あのっ…」
息は切らしていないが、酷く慌てているように見える。
「エックス…あのっ……ごめんっ!」
がばっ、と勢いよく頭を下げた彼に、蒼き青年は面喰らって固まった。
「…え」
「おとといの模擬戦で…悪かったのボクなのに…ちゃんと謝れなくて……つまんない意地張っちゃって……ごめんっ!!」
「お、おいアクセル!?」
再び大きく頭を下げた彼は、もと来た通路を一目散に駆け抜けていった。
咄嗟の呼びかけも伸ばした腕も、相手が走り去った後では虚しいばかり。突然のことに再度固まってしまっているエックスの肩を、ゼロが叩く。
「先を越されたな、エックス」
「え、先、って…」
「お前も謝るつもりだったんだろう?踏ん切りがつかなかったようだが」
口元でくく、と笑いながら、驚きに飾られた友の顔を眺める。
「…気付いていたのか…?」
「どれだけの付き合いだと思っている?」
こんな風に、おかしそうに笑うゼロは、それこそ驚きを見せるより珍しい。
ようやく笑い声を引っ込め、それでも口の端は僅かに上げたまま碧い瞳を細める。
「子供というのは素直なものだな」
「………」
「お前も少しは素直になったらどうだ?恐らくだが、屋上へ行ったと思うぞ」
遠回しな言い方に苦笑が零れ、
「ありがとう」
走り出した。





「……ご説明願いたいんですが」
「普通に言え」
ラボで紅と白、青年と少女が向かい合っている。
流石のクリアも、今の状況には首を傾げずにはいられないらしい。
「アクセルがトレーニングルームに行ったと思ったら、すぐ戻って来て走ってっちゃうし。その後追うみたいにエックスも走ってくし。何があったわけ?まさかまた喧嘩?」
「いや…」
ゼロは、ついさっき起こったことを簡潔に説明した。
「…なんか……なんだろ……子どもだね…」
言うだけ言って走り去ったというアクセルに、彼女は呆れざるを得ない。軽い溜め息をついて、止まっていた武器製作を再開する。
「随分熱心だな」
隣に立ち、作業を見ながら彼は感嘆する。
「ん、まあね。力になってあげたいし」
「既に充分だと思うが」

今までの戦い。特殊武器に関してもそうだが、戦場においても彼女の能力には助けられている。能力だけではない、その頭脳にも。

「いーや。まだまだ足りないや。もっと頑張らないとね」
明るく笑うクリアだが、その笑みにゼロは微かな不安を覚えた。

根拠などない、“直感”。

「………できること……」
「えっ?」
「…俺に出来ることはないか?」
「………………はぃ?」
思わず手を止め、瞳をまんまるにして彼を見上げた。
「…できること……?」
「ああ」
「……いいよ、私一人で」
ふいと視線を手元に戻し、そう告げる。
「しかし…」
「大丈夫だって。キミ不器用でしょ。戦ってる時にエックスやアクセルを支えてくれればいいの」
動いていない手が、拳に変わった。
「キミのことを誰よりも信頼している彼と、キミに憧れているあの子は……きっとキミにしか支えられない」
再び上げられた瞳には、確かな意志。
「私にキミの役目は果たせない……。私にできるのは、少しでも戦いやすいようにしてあげることくらいさ」
ゼロは、何も言えなくなった。
僅かに切なさを含んだ大人びた笑顔を、ただ見つめる。
「さて」
遅れを取り戻す為か、動き出した手は早い。数十秒動いていたかと思えば、すぐに止まった。大きなそれを両手で持ち、かちゃりと鳴らした。
「仕上げだ」





既に日は昇り、辺りは明るくなっている。
ハンターベースの屋上で溜め息をつく少年が一人。太陽の光が額のコアに反射しキラキラと光っているが、その表情は暗い。

――…一方的に言ったのはマズかったかなぁ……

ちゃんと謝った。しかし、エックスが何かを言おうとしていたのに、聞かずに飛び出してしまった。また怒らせてしまったかもしれない。
「……どうしよう…」
呟いた直後、
「アクセル」
呼ばれてびくりと肩が跳ね、勢いよく振り返る。

常葉色の双眸に映ったのは、蒼き青年の姿。
「あ…」
「…ゼロの言う通り、ここに居たんだな」
顔を上げられない。
また厳しい言葉を浴びせられるかと思うと、怖くなった。
どうすればこの場を切り抜けられるだろう―――そんなことを考えていた。

「…すまなかった」

聞こえた、声に。
思わず、アクセルは彼を見た。
エックスは困ったような、しかしどこか優しさを含んだような笑みを浮かべる。
「俺も…言い過ぎた。…ごめん」
彼の言葉を理解するまで、数秒。理解して、つぶらな瞳を見開き――笑った。





「あ、二人とも!丁度良かった!」
ラボに入った途端、満月のような笑顔と明るい声に迎えられる。その持ち主は、もちろん彼女。
「ちょっとこっち来てよ」
手招きされるままに歩み寄れば、クリアは座っていたコンピュータの前から立ち、壁に立てかけてある大きな銃を手に取った。
「…あんた…それ…ひょっとして…」
「“Gランチャー”キミ用に作った威力ある武器…なんだけど、サイズがちょっと――わっ」
彼女が持っていたそれを、アクセルはひょいと取り上げる。
「思ったより軽いね」
意外そうに両手で持つ彼に、はは、と曖昧な笑みを返した。
傍で黙示していたゼロが口を挟む。
「しかし、少し大き過ぎないか?これではバレットが持てないだろう」
「ん、そうなんだけど……火力を追及すると、どうしてもサイズが大きくなっちゃうんだ。圧縮とかも、いろいろやってはみたんだけどね…」
「これが限界だったわけか」
言葉を引き継いだ剣士に、“うん”と苦笑してみせる。
制作に時間がかかっていたのはこの為かと、ようやく皆納得した。
「…ただ、これじゃ流石に実用は難しいからね。アクセル、下の小さくて青いボタン、押してくれる?」
「下…?ああコレ?」
言われたとおり、押してみる。
すると、ランチャーが白く光り、ぱしゅっ、と音を立てて小さな筒へ姿を変えた。目の前で起こった現象に、三人はこの上ないほどにその目を剥く。造った本人はと言えば、悪戯っぽく笑っている。
「私の能力を使った圧縮技術。どういう原理になっているかは秘密ね。もっかいそのボタン押せば元に戻るよ」
筒の先端にある青いそれ。押すと再び光り、ほぼ一瞬後にランチャーに戻った。
「すごい…!」
「あ、それとエックス、これはキミのね」
コンピュータから取り出したチップを渡す。
「これは?」
「“エクスプロージョン”。威力のある……まあ撃ってみて」
言われるままセットし、的に向かって撃つ。と、凄まじいエネルギー弾が放たれた。反動で後退したエックスも、見ていたゼロとアクセルも、驚きで瞳を見開く。
「射程がかなり短いし、エネルギーを大幅に消費しちゃうから多用はできないけどね。アクセルのGランチャーは、通常攻撃でも多少の威力はあるバズーカが撃てるよ。切り換えならエックスのとほとんど同じエクスプロージョンになる」
すらすらと解説したクリアだが、言葉で説明しきれるほど軽い威力ではなかった。
「ありがと!ホントにすごいや!」
「どこかで必ず使えるよ。ありがとう」
「いやいや。このくらいどうってことないよ」
和やかな空気に、皆の顔も自然と綻ぶ。そこでアクセルが、あることを思い出した。
「…そうだ!ねぇあんた」
「うん?なに?」
顔を向ければ、彼は一言、
「あんたのこともっと知りたいんだけど」

―――聞きようによっては妙な言い方のようだが、この場合そうでないのは明白。くすくすと笑みを零した。
「そういえば、ずっと話していないままだったね。質問どうぞ」
「えっと、まずはさ、任務中もそうだったけど、傷とか隠し通路とか見抜いたりしたヤツ」
「ああ、あれは解析能力だよ」
「解析?」
首を傾げた少年に、クリアは微笑みながら説明する。
「オペレータがコンピュータを使って、いろいろ調べたりするでしょう?それと似てるの。…ま、その辺じゃエイリアと同じか上くらいだろうけど」
「「ええ!?」」
声を上げたのは、アクセルだけではない。
「あれ?エックスには言ってなかったっけ?」
“聞いてない”と首を横に振る。
「おかしいな…。ゼロ、私言ってなかった?」
訊ねれば、剣士は小さく息を吐いた。
「お前がこのことについて話したのは、アクセルが来るよりも前で、ベースへ帰る途中に俺が訊いた時だけだ」
「あ、そっか。そーだったね」
あはは、と笑うクリアに、青年二人は軽い脱力感を覚えた。そんな二人には全く気付かず、アクセルは次の質問をする。
「じゃ、そのバイザー!」
「え?コレ?」
指差した彼にきょとんと目をまるくしながら、彼女は瞳の色を隠しているそれに人差し指を当てる。
「うん。それ、つけたりはずしたりしてるでしょ。任務中はいつもつけてるけど。なんで?」
「言われてみれば…そうだな」
「それは俺も知らん。どういう基準なんだ?」
エックスとゼロも畳みかけるように訊ねる。ますます目をまるめたクリアだったが、すぐに笑顔に戻った。
「くすくす……そっか、案外気になるものなんだね」
懐かしむように瞳を伏せる。

――…あのにも聞かれたっけ……

「……私の解析能力は、“眼”がないと成り立たないんだ」
「め?でも、普通そういうものじゃないの?」
彼女はバイザーを収め、淡く碧い瞳を見せる。
「私の眼は元々特殊でね。解析を始めると、瞳の中に光が灯る。更に続けると、その光が動き出す」
「成程な。以前俺がお前の目の中に見つけた光はそれだったわけか」
「あ、ゼロはそこんとこ気付いてたんだ?」
「無論だ」
即答。
「…よく、分からないんだが」
エックスとアクセルは、いまいちピンとこないらしい。説明するより見せた方が早いと、クリアは一旦眼を閉じ、左眼だけ開いた。
「「!」」

碧い瞳の中心で、先刻までなかった銀色の光が動いている。ひとつだけでなく、いくつも確認できた。

「私、基本的に近距離型でしょう?」
驚いて見入っている二人のことは気にも留めず、自分の眼を指差す。
「万が一的にバレると厄介だから。バイザーかけとけば見えづらいし。それと、」
しまっていたバイザーを再び装着する。
「このバイザーね、ただメットにくっついてるワケじゃないの。かけている間は眼のシステムや電子頭脳と連動して、解析を手伝ってくれるんだ。情報量がハンパじゃない時や、戦闘中とかで急いでいる時に便利なの。そうでなくても、かけておいた方が疲れにくいから普段もつけてるんだけど」
現れる碧い双眸。クリアはにこりと笑ったが、アクセルにはまだ判らなかった。
「普段もつけてるって…つけてない時もあるじゃん」
「つけてない時は、解析してない時ってことだよ」
「あ、そっか」
簡潔に説明すれば、ようやく納得した声を出す。
「それで、他には?」
くすくすと笑いながら、次の質問を待った。しかし、彼は何故か表情を曇らせ、俯いてしまった。
「…アクセル?」
「どうした?」
エックスとゼロが声をかけるも、彼は黙っている。

どれくらいそうしていただろうか。ゆっくりと、彼の口が開かれた。
「あ…あの……あの、さ……」
「うん?なに?」
口ごもる少年に、できるだけ優しく問いかける。というのも、僅かに見えた彼の表情に、不安の色が窺えたからだ。
「…あの………ボク……」
そろそろと顔を上げ、上目遣いでクリアを見る。彼女は真っ直ぐに顔を向け、穏やかな表情で彼の言葉を待ってくれていた。
「………ボク―――」



ピピッ、と。


<みんな、聞こえる?次出撃するエリアの解析が終わったわ。今から転送室に――って、どうしたの?>
エックスとゼロの溜め息が聞こえたのだろう、通信の向こうで疑問の声を上げる。エイリアには見えるはずもないが、クリアは額に手をあてがい、アクセルはがっくりとうな垂れていた。
「…何でもない」
ゼロが答え、“出撃する”と伝える。
回線を閉じて視線を向ければ、彼は既にバレットを取り出していた。
「…いいのか?」
気遣うように問うたのはエックス。数秒の逡巡を置いてから、アクセルはしっかりと頷いた。
「そんな、すぐ終わる話じゃないと思うし。また今度でいいよ」
そこにあったのは無邪気な笑顔。しかしそれも、不敵な笑みに変わる。
「行こう。ボクなら大丈夫」
力強い声音に三人の戦士は頷き―――ラボを後にした。










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今年初投稿です。時間かかりました…。




[18326] 第13話 深緑の豪腕鉄人
Name: 焔雫◆d8ce7475 ID:47fdd84c
Date: 2011/03/24 13:44
深い森ディープフォレストか」
この呟きは少女のもの。転送先の光景を眺め、息をつく。
「…クリア?」
「あっ…ああ、すまない」
心配そうに声をかけてくれたエックスに謝罪の言葉を述べ、軽く駆けて三人に追い付く。

――今は任務中だよ……

自らに言い聞かせ、集中する。いくら実力に自信があるからといっても、戦場に居る以上油断は命取り。バイザーの奥にある瞳をきっ、と細めた。

――…しっかりしないと……

襲ってくる蜂型、猿型のメカニロイドを、各々の武器で破壊する。
そんな中、前方に一体のレプリロイドを見つけた。
「クリア、あれは…」
隣に居る少女にエックスが訊けば、少し間を置き、
「ルインズマン。動きは鈍いが防御力は相当のものだ。数多くのレプリロイドの中でも、その強度は群を抜いている」
「じゃあ、みんなで攻撃した方がよさそうだね!」
「……ああ…」
「…?どうかした?」
返事をした後もじっと目を向けてくるクリアに、アクセルは目を向ける。
「いや……キミが私の話をまともに聞くのは、珍しいことだと思ってな」
彼は一瞬きょとんとし、続いて呆れたように溜め息をついた。
「あのさぁ…約束したじゃん。トンネルベースで」

“私の話を、ちゃんと聞いて”

「…あ」
「“あ”じゃないよ。言っといて忘れないでよ」
「…すまない」
彼女の顔に浮かんだのは苦笑―――と、そこで、
「いつまで話してるんだ…」
はっとなって視線を向ければ、エックスとゼロが呆れた目で二人を見ていた。
「…ごめん」
「……すまない」
バツが悪そうに謝る少年少女。しかし、いつまでもそうしているわけにもいかない。
思考を切り換え、戦闘に入った。

まず、ゼロが斬り込む。渾身の一撃はしかし、傷一つつかない。素早く飛び退いた剣士の後ろから、エックスがフルチャージショットを撃つ。そこでようやくルインズマンが動き、緩慢な動作で石を投げた。難なくそれをかわすと、クリアが駆け出し二人の攻撃が当たった箇所に、正確に蹴りを入れる。小さな亀裂が入りはしたが、破壊には至らない。相手を飛び越えるように彼女が上へ跳んだ直後、アクセルがいつもとは違う光の弾丸―――コピーショットを放った。それは吸い込まれるように亀裂に直撃し、強固な鎧のレプリロイドは爆発した。

アクセルはルインズマンがいた辺りにしゃがみ込み、赤く光るDNAコアを拾い上げた。
「機転が利くな」
クリアが感心したように言うと、彼は得意げに笑った。
「すっごい防御力だったから。取っといて損はないよね」
「くすくす……そうだな」
笑みが零れ、エックスもまたやれやれと苦笑する。

しかしゼロは、クリアとアクセルの間に、不思議な空気が流れるのを感じ取っていた。
以前、コンビナートで感じたものと同じ、“隠されている”ような感覚。

――…なんだ……?

不思議でならなかったが、仲間たちが再度歩き始めたので、結局そのままにした。


下り坂が終わった所で、道が途切れ途切れになっている場所に出た。正確に言えば、意図的に深い窪みが作られており、その底には鋭いトゲがびっしりと敷き詰められている。
状況を確かめた直後、通信音が鳴った。
<みんな、聞こえる?そのエリアのとげだけど、並の防御力のレプリロイドが触れると、一瞬で戦闘不能になるダメージを受けてしまうわ。クリアがみんなを支えて飛ぶのが一番の安全策だと思うんだけど…>
「それだと、彼女への負担が少し大きいな…」
エックスが呟くと、エイリアは頷いたらしかった。
二人なら手を繋げばいいだけだが、三人となるとそうもいかない。何より、決してトゲに触れてはならないという配慮が必要になるだけに、彼女はより気を配らなければならなくなる。
「…なんとかなるだろう。とにかく今は急いで…」
「待って」
クリアの言葉を遮ったのはアクセル。耳に手を当て、エイリアに問う。
「ねぇ、エイリア。並の防御力じゃダメなんだよね?」
<?ええ>
「じゃあさ、ルインズマンはどう?」
そこで、三人は気付く。先程、彼はDNAデータを手に入れていた。
<…そうね、ルインズマンの強度なら大丈夫だわ。…それなら問題なく行けそうね>
「うん!ありがと!」
回線を閉じ、三人に向き直る。
「と、ゆーわけで、ボクはこれで行くよ」
白い光に身を包み、姿を変える。

――…これが……コピー能力…!

話には聞いていたが、実際に見るのとでは全く違う。一瞬にして変身したアクセルに、エックスはただ驚くのみ。一度それを見ているゼロと、コピー能力のことを前から知っていたクリアは大して反応しなかったが。
「さ、早く行こっ!」
機械質な声で口調がアクセルのままというのは、とても違和感があった。
クリアは一つ深呼吸をし、フライトリングを起動させた。エックスとゼロの手首を掴み、二人もまた彼女の手首を掴む。地面に対し垂直な姿勢で二人を支えて飛び、ゆっくりと危険地帯を抜ける。地に降りて、元の姿に戻った彼と合流。互いの無事を確認し合い、意識を奥へと向けた。
「…この先か」
白き闘士が呟く。

しん、となった森の奥から感じる、誰かの気配。

「…行こう」
真っ先に足を踏み出したのは、アクセル。
それに続き、エックスも歩き出す。次いでゼロ――
「…?」
ふとした違和感に意識をめぐらせ、ゼロは振り返った。
「どうしたクリア?」
俯いていた彼女は、はっとしたように顔を上げ、笑った。
「な、何でもない。大丈夫だ」
「…………」
バイザーで半ば覆われた彼女の顔。今、そこにあるものは。

「…………………」
「…ゼロ?」
「……行くぞ」
すたすたと歩き始めた彼の、仲間たちの後を、クリアは慌てて追っていった。




辿り着いたのは広場のような所。ドーナツ型の足場が造られていて、数箇所に窪みがあり、その窪みの底には炎が灯っている。

そこに、その背は佇んでいた。

深緑の豪腕鉄人――ソルジャー・ストンコング

「できるな…」
姿を見ただけで、紅き闘神は相手の強さに気付く。大きな背からは、強者の気を感じられる。
「ストンコング…」
見上げながら、少年は問うた。
「哲人のあんたまでこんなバカげたことをするなんて……一体どうして!?」
「…我らは…」
答える声は低く、深い静けさを含んでいる。
「我は既に道を違えた」
振り返る。クリアは、相手の厳めしい顔に哲人としての賢さを読み取った。
「…ならばあとは、己の信念に従い、突き進むまで」
「…だって……今のバウンティーハンターのやってることは…!」
哀しみの乗った声になっても、ストンコングの態度は変わらない。
「無論っ!偽りの策謀家の為ではない!」
そうして背にある、剣の柄へと手を伸ばす。
「我が戦いは忠義が為!いざ参らんっ!」
振り下ろされた一撃を、後ろに大きく飛んでかわす。アクセルと入れ違いになるように駆け出したゼロが、飛び上がって袈裟掛けに斬りつける。しかし、空いたもう片方の腕に装備されている盾で防がれ、即座に離れて間合いを取った。
セイバーを握った左手は痺れてしまっている。凄まじい防御力だと感じたルインズマンを斬った時はびくともしなかった手。

――随分硬いな…

痺れた腕に視線を落とし、カバーする為右手を添える。
「…ゼロ、といったか…」
突然降ってきた声に顔を上げると、ストンコングが語りかけてくる。
「この世で最も優雅に舞う武神よ」
警戒したまま、見上げながら続く言葉を待った。他の三人も動きを止め、耳を傾けている。
「我が名は、ストンコング。戦いの中にしか己を見出だせぬ。…貴様と同じだ…」
「一緒にするな!」
即座に彼が、そう言い返したことに、エックスとアクセルは眼を見開き、クリアは逆にすっと細めた。
「…俺は戦いを全てだとは思っていない」
静かな声からは、抑えているにも関わらず、激しい怒りが滲み出ている。
「否っ!」
ゼロの瞳が揺らぐ。
「我は貴様ほど純粋な戦闘型レプリロイドを見たことはない。…ここからは、戦いの為の戦い!参られよっ!」
素早く飛び退き、剣を避ける。
ゼロの右へ飛んだエックスが、チャージしておいたバスターを放った。しかしそれも、盾で防がれると消滅してしまう。
その盾も、剣も、恐らく同質の―――岩。

――…特殊加工…超硬度岩石…!?

岩の成分を解析し、出した結果に少なからず驚く。
何らかの加工をしてあるとは思っていた。しかし、これは予想外。”硬さ“に特化した特殊加工、その強度は先程倒したルインズマンを遥かに上回っている。ゼロのセイバーやエックスのチャージショットが弾かれるのも納得がいく。

だが、クリアの疑問はそこではなかった。

(…おい、アクセル)
「えっ?」
傍にいる少年に話しかける。今はエックスとゼロが先に立ち、クリアとアクセルは少し下がって様子を見ている。
“小声で”と念押ししてから問いかけた。
(ストンコングの剣と盾…以前からあんなに硬かったのか?)
(ううん、ボクが脱走する前はあそこまでじゃなかったよ。エックスとゼロの攻撃力はボクも知ってるし……強化でもしたのかな…?)
(……そうか…判った)
アクセルは不思議そうな顔をしたが、それに答える余裕ははない。なにより今は戦闘中だ。

――……仕方ない。後で考えよう……

すぐに答えが出せるわけでもない。目の前の敵に集中しなければ。

たんっ!と高く跳び、ストンコングの頭上に出る。そのまま体を回転させ、剣を握る腕に踵を落とす。しかし、その一撃もものともせず、クリアに向かって剣を振るった。彼女は何故かそれを避けずに両腕を交差させ、そこで攻撃を受けた。
小さな体はいとも容易く跳ね飛ばされたが、受け身を取り両手もつけ着地した。

剣を受けた両腕のアーマーにはヒビが入っているしまっている。
それだけ確認すると、再び視線を前に向けた。

――流石に強力だね…

解析した際、硬さだけでなく重さも桁外れということが判っていた為、相当の腕力だとは想像できた。
「汝…」
体勢を立て直すと、ゼロの時のように語りかけてくる。
「汝が、アノマリー・クリアーナという少女か」
「へぇ、私を知っているのか?」
対して彼女は、挑むような口調だ。気分を害した様子もなく、ストンコングは淡々と続ける。
「不可思議な能力を持つと聞く……その力、見せてみよっ!」
今度はかわした。次いで相手の後ろにいた剣士が、真横から斬りつける。
が、察知され岩の剣で防がれ、ゼロの腕にビリビリと震動が走った。クリアの傍に回ったアクセルが狙いを定めて連射するが、全て盾で弾かれる。
一旦離れた方がいいと、四人はフィールドの反対側へ移動した。
「どうする…!?このままじゃ埒が明かない…!」
「あの剣か盾、どっちかだけでも壊せればいいんだけど…」
「だな。クリア、何か方法は……クリア?」
四人の右端、隣に立つ少女に声をかけ、はっとした。

微かに、彼女の呼吸が乱れている。ダメージを負ったとはいえ、あの程度の攻防で疲れるほど、柔な鍛え方はしていない。

いや、そもそも何故クリアはあの時避けなかったのだろう。空を飛ぶことのできる輪、“フライトリング”を使えば可能だった筈。なのに、それをしなかった。

――……待て…

戦闘前の彼女の表情。
攻撃を避けなかったこと。
そして、呼吸の乱れ。

「……クリア…」
「何か仕掛けてくるぞ!」
言葉は、彼女の声に遮られた。

視線を移すと、ストンコングは中央の大きな柱に飛びついていた。剣を納め、両腕を振り上げたかと思うと、その両脇に巨大な岩が出現する。
「なにあれっ…!?」
アクセルの呟きを聞いた途端、クリアは目を見開き、全速力で解析を開始した。結果が出るまで、一秒足らず―――

「――爆発物!」
叫んだ直後に、それは来た。両側から、押し潰さんとばかりに。
『!』
逃げ道は一ヵ所。
白と黒の戦士の視線が一瞬絡み――頷いた。

身を翻してクリアはゼロを、アクセルはエックスを正面から鷲掴みにする。
「おいっ…!?」
「なっ…!?」
「「跳んで!!」」
空を裂く叫びに意図に気付き、タイミングを合わせ垂直に跳ぶ。
支える腕に力を込め、それぞれフライトリングとホバーを使用し滞空する。
岩は二つとも皆の足先すれすれで爆発し、風を受けただけで済んだ。

地に降りると、支えていた二人は大きく息を吐き出した。
「ありがとうアクセル」
「ううん」
「すまないクリア」
「いや…」

くぞっ!」
盾が外れ、フィールドに沿って飛んでくる。
ジャンプでかわすと、そのまま下を通過して相手の手に戻った。
再び向かってきたストンコングにバスターを向け、エックスは叫んだ。
「一体何故…どうして争おうとするんだ!?」
賢人は動きを止め、
「…汝に問う!武力とは?」
逆に問うた。
「戦いとは何か?」
「……自らの意志を、相手に強要する手段……」
それが嫌で、何故そうしなければならないのか判らなくて。ずっと戦わずに過ごしてきた。ずっと、悩んで。

そして今も。

「その通り!ならば言葉は要らぬ!」
翡翠の瞳が揺れる。
「信念の剣をかざし、刃を以って語るがいい!
…どの道勝利の上にしか、歴史は正当性を与えぬっ!」
その言葉に、エックスは脳が揺さぶられる錯覚がした。
それは、紛れも無い動揺―――僅かな隙を見逃さず、ストンコングは剣を降り降ろした。
「エックス!」
親友に名を呼ばれても、体が動かせない。賢人の言葉が、彼の中でぐるぐると回っていた。


突如ドン、と衝撃を受け、エックスは横に跳ね飛ばされた。はっとなって顔を上げれば、白い姿が目に映った。

「ぐっ…!」
「……ク、リア…?」
白い光の力で身体能力を昂上させ、素早く回り込んでいた。エックスを突き飛ばし、両腕を伸ばして剣を掴む。白刃取りなどできるはずもないその大きな刃を、細い指と小さな手で必死に支える。
「我が剣を…素手で…!?」
彼女の手から肩にかけて、赤い血がつぅ…と流れ落ちた。

剣を止められ瞠目したストンコングに、すかさずゼロが斬りかかる。後方に身を引いてかわされたが、続けて斬るようなことはしなかった。
膝をついたクリアを背に、守るようにして立つ。
「ク、クリア!」
「大丈夫!?」
ようやく我に返ったエックスと、見ていることしかできなかったアクセルが傍に寄る。
「大したこと…ない…」
“手を傷付けただけだ”と、なんでもないようにゆっくりと立ち上がる。
上下する肩と、ぽたぽたと滴り落ちる赤い雫に、蒼き青年は顔をしかめた。
「本当に大丈夫か…?辛そうだぞ」
「平気…」
「お前はもう退がっていろ」

ぴたり、と。
彼女の声が途切れ、止めた戦士に目を向ける。

ゼロはセイバーを構え、相手を見据えたまま続けた。
「これ以上はお前の体が持たない」
「!!」
「「!?」」
驚きを見せる彼らに――いや、少女に向けられた視線は、鋭い。
「俺が気付かないとでも思ったか?」
淡い碧の瞳が大きくなる。
「お前の体は、既に限界の筈だ」
「…しかし――っ!」
不意に肩を掴まれ、クリアは思わず息を呑んだ。他の二人も目を見張っている。
「ゼ…ゼロ…」
「……無理をするな」

アイスブルーの双眸は、湖の如く静かで、鋼の如く強かで。
―――彼らの間に流れた静けさが直後、一瞬で崩れる。


ストンコングが自らの胸を叩き鳴らし、雄叫びを上げた。

『!?』
振り向けば、一気に接近していたストンコングが剣を振り上げる様が眼に映る。
思考回路が働くよりも早く――ゼロの体が動いた。

「波断撃!」

空間を縦に裂いたセイバーから、三日月型の斬撃が繰り出される。
今までのどの技よりも強力なそれは、頑丈な盾を打ち砕き、相手をよろけさせた。

途端、アクセルが閃いた。
バレットをしまって駆け出し、白い筒を取り出す。
カチッ、という音が鳴って一瞬後、彼の両手には大きな銃が握られていた。

「エクスプロージョン!」

ぴたりと銃口を当てた、密着した状態で放たれた一発。直撃を喰らったストンコングはのけ反り――仰向けに倒れた。

「…ふーーー…」
突然撃ったということもあり、反動で尻餅をついたアクセルは大きく息を吐いた。
「手強い相手だったな…」
動かなくなった彼からクリアへと視線を移し、セイバーを収めながら言う。
「そう、だな…。疲れたよ…」
「お前は無理をしすぎだ。帰ったらゆっくり休め」
「ハハ……そうさせてもらうか…」
ゼロは、力無く笑う少女の横を通り抜け、バスターを解除して俯く親友の肩に手を置いた。
(…クリアの掌の傷は軽い。気にするな)
(…でも…俺がぼうっとしてたから……)
(ただぼんやりしていたワケではないだろう?)
(!)
見透かしたような言葉に、エックスは驚く。
(勘のいい彼女のことだ、それくらい気付いている筈だ。気にすることはない)
(…でも…)

二人が小声で話している間に、ランチャーをしまったアクセルが立ち上がる。
「とっさに使ったけど、スゴいね!エクスプロージョンって!ゼロの波断撃って技もスゴかったけど!」
笑って言う彼に、クリアも疲れた顔を僅かに綻ばせた。
「いくら強力でも…使い手の腕が良くなければ…上手くはいかない…あれは…キミのじつりょ……」
息をつきながら言葉を紡ぐ彼女の声が、不自然に途切れる。
あれ、と思うより早く、背後に感じた殺気。
反射的に振り返れば。

「…!!」
“彼”は、立ち上がっていた。

アクセルは目を見開いたまま動けず。
エックスとゼロは少し離れた場所で話し込んでいた為に反応が遅れ。

苦し紛れの対処ができたのは、正面を向いていた闘士のみ――



「―――アクセルっ!!!」



降り降ろされる巨大な刃を凝視したまま、彼は凍りついていた。
例の強度の剣を、全力で振られる一撃をまともに脳天に喰らえば、彼らといえど絶命は免れないだろう。
アクセルもまた、それは理解していた。避けなければと思っているのに、体が動かなかった。


ふと、“死”の視界がぶれる。ぐん、と腕が引かれ体が反転し、背中と後頭部に強い圧迫感を感じた。

高い声が少年の名を呼び、ここに至るまでの間コンマ数秒―――


パキィン! と、高い音が鳴り響き、赤い飛沫が飛び散る。

再びセイバーを抜いたゼロがストンコングの懐に飛び込み、コアめがけて斬りつけた。
「見事だ……!!」
その、一言を最期に。
今度こそ、ストンコングは絶命した。

同時に、少年を押さえ付けていた両腕から力が抜ける。彼女の体がぐらりと傾き、音を立てて倒れ伏した。


「クっ…クリアっ!!」
慌てて駆け寄ったエックスが、助け起こそうと手を伸ばす。それを、ゼロが掴んで止めた。

「落ち着け」
瞠目する彼に、剣士は冷静に告げる。
「頭を打っている。動かさない方がいい」
「あっ……そ、そうだな…すまない…」
どうにか落ち着いたエックスは、彼女の顔が向いている方、彼女の傍で座り込んでいる少年の方へ回った。
見れば、クリアの目は僅かに開いていた。
「……ど…して……」
この声は少年のもの。彼女の頭からとめどなく溢れ出る血を前に、彼は真っ青になって言の葉を紡ぐ。
「どして……ここまで……ボク、を……」
浅い息を繰り返している今の彼女に、答えることはできないだろう。
答えの代わりとばかりに、クリアは微かに笑った。
本当に、微かに。

直後、瞼が降ろされた。

「あっ…あんたっ!しっかりしてよっ!!」
「クリア!クリア!!」
「落ち着け二人とも!」
パニックになった仲間達を宥める為、ゼロもまた少し声を大きくする。
不安に満ちたままでも、ひとまずは鎮まった二人から視線を移し、意識を失わせた少女の傍に片膝をつく。
刺激を与えぬようそっと髪を動かし、傷の程度を確認する。
「…ど…どう…?」
震える声で訊ねるアクセルに、若干の間を置いてから口を開いた。
「…大したものだな…」
「「…え?」」
「…いや、なんでもない。
急所は逸れてる。出血が酷いが、すぐベースに戻って治療すれば大丈夫だろう」
それを聞き、エックスとアクセルは思いっきり息を吐き出した。
「安心している暇はないぞ。エックス、ベースに転送要請をしてくれ。アクセル、お前は割れた彼女のメットを持って帰れ」
「え?でも…」
何か言おうとする青年を、ゼロは遮る。
「クリアは俺が運ぶ。あんなに取り乱した奴らに任せたら、どうなるか判ったものじゃない…。体格を考えても、俺の方がいいだろう」
そう言うと、なるべく頭を動かさないよう、少女の体をそっと抱き上げる。
呆気に取られて彼の話を聞いていた二人だったが、それによって気を取り直した。綺麗に真っ二つになった白いメットをアクセルが拾い、エックスは自身の通信回線を開く。
任務完了とクリアが傷を負った旨を伝えると、即座に転送が開始された。







時間は、ほんの僅かに遡って。

遠ざかる意識の中、少女闘士の脳裏を二つの単語が掠めていった。


“偽りの策謀家”…………。

そして。






――――“アクセル”。




[18326] 第14話 気掛かり、疑問
Name: 焔雫◆d8ce7475 ID:47fdd84c
Date: 2011/03/24 12:00
ハンターベース医務室。
ベッドに、一人の少女が横たえられている。
その傍らには青年が二人と少年が一人。

「…大丈夫…だよね…?」
アクセルの口から、何度目かしれない問いが零れる。エックスは苦笑し、同じ言葉を返す。
「大丈夫さ。そんなに心配するなよ」
「でも…」
「さっきからそればかりだな、お前は」
聞き飽きたと言いたげに呆れた目を向けるゼロ。“だって”と言い返す。
「ボクのせいなんだよ?ボクを…助けたから…」
「君のせいじゃないって言ってるだろう?」
ゼロとアクセルの間に立つエックスが、常葉色の瞳を見つめる。
「彼女だって、そんなつもりで助けたわけじゃないはずだよ」
「でも…」
唇を噛む彼に、
「むしろ、良かったかもしれん。休む機会ができたんだからな」
淡々とゼロも言う。


ストンコング戦から二日。クリアはまだ眠っている。
メンテナンスの結果、彼女が気を失ったのは前頭部強打によるものだが、目を覚まさない原因は他にあることが判った。

極度の疲労、つまりは過労だ。
まさか彼女が、と信じられない気がしたが、ゼロには思い当たる節があった。

ストンコングと戦う直前に見た、彼女の疲れた表情。
強力な攻撃を動いて避けずに、ガードしたという事実。
そして何より、少し動いただけで荒くなった呼吸。
過労と聞いた時、すんなりと納得できたのは彼だけ。
今も、彼女が起きる気配はない。


「休むって言えばゼロ。君も立て続けの任務だろ?少し休んだ方がいいんじゃないか?」
エックスの提案に、紅き闘神の顔がしばし固まる。彼の言う通りではあるのだが、休むというのはどうも性に合わない。ので、
「それを言うならアクセルもだ」
「えっ!?」
「まあ確かに」
「ええっ!?」
突然引き合いに出された少年が驚きの声を上げた。しかし、すぐに“うーん”と考え込む。
「…そうだよね。このひとみたいに倒れちゃったら困るし…。次の任務まで休むよ」
“部屋にいるから”と言い残して、とことこと出ていってしまった。
思いもよらない展開に、エックスもゼロも唖然とするのみ。はっ、と気を取り直し、互いを見る。
「じゃあ…俺は司令室に行くけど…君も休みなよ?」
「ああ」
扉に足を向けるエックス。
言われた矢先、“技の調整でもするか”と考えていたゼロに、

「トレーニングルームはやめておきなよ?」

そう、声がかけられ。

ぴたりと思考が停止した。

緩慢な動作で振り返れば、そこにあったのは全く毒気のない親友の笑顔。
直後シュン、と扉が閉まる。
またもや呆然としている青年の顔を目に収める者はいない。

十数秒後、ようやく我に返ったゼロは、小さくはない溜め息をついた。
(…見抜かれていたわけではないのだろうが…)
どうも、トレーニングをする気にはなれなくなった。

もう一度溜め息をつき、傍らの少女に視線を移す。
彼女は穏やかに眠っている。
ヘルメットをかぶる為、いつもは半分ほどが隠されている銀髪が露わになっており、今は包帯を巻いてある。
「…クリア」
普段は剣を握る大きな手が彼女の額に触れ、さらりと前髪を梳いた。真白い包帯はアーマーと同じ色でも、痛々しい様を見せる。
「ん…」
すると、微かに声がしたので思わず手を引く。起こしてしまったかと若干焦って覗き込んでいたが、幸い僅かに身じろぎしただけで目覚めなかった。代わりに、耳をすまさなければ聞こえない程度の小さな寝息を立て始める。
ほっとして、再びそっと手を乗せる。軽く髪を撫でてから、彼もまた医務室を後にした。





「………」
ごろん。
「………」
ごろん。
「……………」
ごろごろ。
「……寝れない」
ぽつりと。

自分の部屋(仮)に戻ったアクセルは、アーマーを解除してから、ばふんっ!とベッドに身を投げた。
クリアがアクセルの為に急遽用意した部屋には、人間が使うようなベッドとコンピュータ付きの机が一つずつあるだけだったが、それで充分だと思っていた。

機械質な硬いメンテナンスベッドでもいいと言ったのだが、自分もエックスもゼロも、他の仲間達も、個人の部屋には置いてあるからと用意してくれた。後で聞いた話では、彼女が例の能力を使ってわざわざ作ってくれたらしい。
内心彼女に感謝して、ふかふかのベッドの感触を堪能しながら目を閉じる。
そこまで来てふと、疑問に思うことがあった。

何故、彼女はここまでしてくれるのだろう。
部屋のことだけではない。武器や、任務中にしたって彼女はいつも自分を助けてくれる。

その理由に、心当たりがないわけではない。

アクセルがイレギュラーハンターを目指した、もう一つの理由。

考え始めたら気になって、寝返りを繰り返す。
「……寝れないや」





信頼するオペレータが、頼んだデータを出してくれる。隣の端末の前に座り、送られてきたそれを読み始める。
やけに真剣そうなエックスに、エイリアは不思議そうに口を開いた。
「どうしたの?いきなり、“クリアのデータを見せてほしい”なんて。びっくりしちゃったわよ」
「…すまない」
苦笑しながら言い、しかしすぐ真顔に戻る。
「そんなに気になるの?やっぱり、あのが倒れたから?」
このタイミングで知りたがるということは、他に思い当たることはない。果たして、
「―――ああ」
そう、答えた。


クリアがハンターベースに来て、仲間になって半年は経過している。それなのに、エックスは自分でも呆れるほど彼女のことを知らなかった。
前線を退いていた彼は、ゼロのように共に任務に就くこともない。同じ女性型のエイリアと話している所を見ることは多い。ライドチェイサー等を収めてある格納庫にもよく行くと聞いていたが、それはベース一のメカニック、ダグラスに頼まれてのことだったそうだ。シグナスに呼ばれることもしばしばで、エックスやゼロには判らない難しい問題や事柄を話し合っているらしい。どうも彼女は、科学的な知識も凄まじいまでに豊富なようで、シグナスもダグラスも助かっているそうだ。


その程度しか、知らない。
よく知っているじゃないかと言われるかもしれないが、これは彼女のほんの一部に過ぎない。しかも、気付いたのはつい最近だ。
アクセルが来てから。彼女の能力や頭脳、そしてその実力を見られるようになった。
出会った頃よりは、知ったつもりでいた。

今回のことがあるまでは。

「…俺は……彼女のことを知らなさ過ぎる…」

“凄い女の子”。自分がその程度の認識しかしていなかったことに、倒れた彼女を見て初めて気が付いた。

「共に戦う仲間なのに…」

任務にしても、一緒に出動したのは前回のセントラルサーキットが初めてだ。それも、ほとんど一対一の戦いだった為、肩を並べての戦闘は今回が初。その実力を、間近で目にしたのも。

「…ここまで知らないのは、どうかと思うんだ」

映し出される記録映像。次々と敵を打ち砕くその姿は、印象こそまるで違うが、ゼロにも劣らず美しい。
「…足技の方が多いな…」
戦闘映像を見ながらエックスは呟く。彼女があまり武器を使わない格闘タイプということは聞いていたが、手技より足技の方を圧倒的に使っている。戦士でない者が見ても明らか。
「そういえばそうね。武器を使うことが少ないってだけでも珍しいのに…足技使いなんて、貴重よね」
微笑むエイリアに苦笑が零れ、次のデータを開こうと手を動かす。
「………」
今は少しでも、彼女のことが知りたい。他意はない。
戦うと決めたからには、共に戦場に立つ仲間として、知っておくべきことはある筈。
(…それに……少し、気になることもある……)





一日一回は戻るであろう自室に、紅の戦士は居た。
ベッドに腰掛け腕を組み、瞳を伏せている。
思い浮かぶのは、戦場に立つ白く小さな背中。
(クリア……)

彼女のことが気になっている自分に気付いたのは、何時だったか。
ただ、この感情が、愛や恋といったものではないことは自覚している。

(…俺は……)


彼女が傷付いた時、護りたいと思った。
彼女が倒れた時、助けたいと思った。

しかしそれが何故なのか、ゼロには判らない。
単に仲間だからと割り切るには、少しばかり感情が大きい気がする。
(……一体……)

考えても彼には答えが出せない。
誰かに相談するという手もあるが、十中八九、誤解されるだろう。
仕方なく、一向に出る気配のない答えを探し続けていたところで、突然通信音が耳を劈いた。
<ゼロ>
「…エイリアか」
<次のミッションの説明をするわ。司令室に来てくれる?>
「了解」
回線を閉じ、ベッドから降りる。
「……………」

気掛かりなのは、そのことだけではなかった。
だが、今考えても仕方がないというのも確かで、彼はその疑問を打ち消す。
(今は任務に集中だな…)
そう言い聞かせてから、ゼロは司令室へ足を向けた。






「出撃先はエアフォース……空中戦艦よ」
映像を出しながら、エイリアは三人のハンターに説明する。
「絶えず飛び回っているから座標の特定ができなくて……内部に直接転送はできないわ」
「つまり、外部から潜入するわけか」
エックスの発言に、“ええ”と答える。
「ハンターベースの戦闘機を使って接近して、乗り移ってもらうわ。空中だから少し危険だけど……ぎりぎりまで近付けば、きっと大丈夫だと思うわ…」
「ハンターである以上、危険じゃない任務などない」
声が小さくなってしまったエイリアに、ゼロなりの気遣いの言葉がかけられる。それに微かに笑ってから、説明を続ける。
「それで、乗り移った後なんだけど、内部に入る扉がロックされているみたいなの。それに、メカニロイドもたくさん配備されていて…空を飛べる敵もいるようだから……クリアがいた方がずっといいのだけど…」
「…彼女が回復するまで待てないのか?」
ゼロの問いに、エイリアは申し訳なさそうに首を振る。
「それはできないの。調査の結果、エアフォースが攻撃体勢にあることが判ったのよ。ハンターベースも、いつ攻撃されたっておかしくないわ」
「そっか…あのひとが起きるまで待ってるヒマないんだ…。じゃ、ボク達だけでやるしかないよね」
真剣になる時、彼の声は若干低くなる。
自然と引き締まった空気の中で、彼女は頷いた。
「ええ…。今回は、クリアのサポートは一切受けられないわ」
「問題ない。バトルシップの時もそうだった」
言い切るは紅き闘神。
「…彼女ばかりに頼るのも考えものだしね」
蒼き英雄も言う。
「よっし!じゃあ行こうよ!」
「ああ」
「エイリア、戦闘機は?」
エックスが訊ねると、椅子を回転させて向き直る。
「ダグラスに連絡してあるわ。格納庫ね。
…三人とも、気をつけて」
「…ありがとう」
「判っている」
「うん!」
それぞれ言葉を返し、司令室を後にした。





「…エックス、アクセル」
「?」
「なんだ?」
歩みを止めたゼロに、二人は疑問の目で彼を見る。
「先に格納庫に行っていてくれ」
「「え?」」
「寄る所がある。…心配するな、時間は取らない」
そう言い、背を向けて去っていってしまった。
半ば呆然としていたエックスとアクセルだが、剣士の姿が見えなくなってようやく我に返った。
「どうしたんだろ…?」
「…まあ、ゼロのことだし…多分大丈夫だろう」
「そお?それならいいけど…」
彼が行った先を見ながら、少年は首を傾げるのだった。





紅の戦士が訪れたのは、“彼女”が眠っている部屋。
「……………」
目を覚ます兆しはない。起きたとしても、回復しきっていない今の彼女を、任務に駆り出すわけにはいかないだろう。
「……大人しくしていろ」

それだけ、告げた。






入ってきた青年の姿を認め、アクセルが声を上げた。
「あ、ゼロ!」
エックスも振り返る。
「もういいのか?」
「ああ、済んだ。…準備は?」
「できてるぜ」
目を向ければ、ダグラスが一つの戦闘機の横に立っていた。
「設定はオートだ。いつでも飛べる」
三人は顔を見合わせる。
「…行こう!」
蒼き英雄の掛け声に、二人の戦士は頷いた。




[18326] 第15話 黒翼の好敵手
Name: 焔雫◆d8ce7475 ID:47fdd84c
Date: 2011/03/20 20:00
「ひゃー…ホントに高いね」
戦闘機の上から、少し身を乗り出して下を覗くアクセル。“何を当たり前のことを”という顔で、ゼロが彼の肩を掴んで軽く引いた。
「わっ」
「あまり出過ぎるな…落ちたら助からんぞ」
「わかってるよー」
ぷう、と頬を膨らませた彼に、思わずエックスは苦笑する。
しかし前方に巨大な物体が見えてくると、すっと真顔に戻った。
ゼロとアクセルも気付き、“先”を見据える。
「あれだね」


空に浮かぶ巨大戦艦、エアフォース。
上に回り、できる限り接近する。
右腕をバスターに切り換えたエックスが、セイバーを抜いたゼロと、バレットを構えるアクセルに視線だけで問う。二人が頷いてから、敵の船を見下ろす。
「行くぞ!」
掛け声と共に、まずは蒼、そして紅、黒の戦士と続く。

タン、と軽やかに着地し周囲を見渡す。

直後、物陰に潜んでいたメカニロイド達が、一斉に攻撃を開始した。
だが不意打ちでやられるほど、彼らは弱くはない。

砲撃を察知し、脚の加速器を回転させ即座にその場から離れる。
居場所を見極めると、ゼロは更に加速をつけセイバーを振るった。
負けられないとばかりに、アクセルもまたダブルバレットを連射する。
二人が応戦してくれている間にチャージを終えたエックスは、メカニロイドが密集している箇所を狙ってショットを放った。

「あっ、あれ扉かな」
配備されていたメカニロイドをほとんど破壊し、黒き銃士が呟く。
純真無垢なその表情に、蒼き英雄はある種の恐れを感じた。


彼がイレギュラーに対して容赦がないことは、今までの戦いを見ていれば嫌でも判る。しかし、何故それができるのか、戦い嫌いなエックスには理解できない。


「エックス?どうかした?」
彼に呼ばれ我に返ると、ゼロとアクセルは既に扉の前に立っていた。
慌てて踏み出した一歩。だが、二歩目は止められた。

「っ!避けろエックス!」
親友の声がした直後、両肩に感じた痛み。
次いで足が床から離れる。

状況を理解するのに、時間がかかってしまった。

「っ…こいつはっ…!?」

エックスより、二回りは大きい鳥の姿をしたレプリロイド。その足の鋭い爪が、彼の肩に食い込む。
「くっ…この…」
バスターで撃とうにも、肩をがっしりと掴まれ腕が上手く動かせない。更に飛び回っている為バランスが悪く、タイミングも取りにくい。逃れようともがいても、肩の痛みは増すばかり。

考えを巡らせていると、突如紅が視界に入った。
「…ゼロ…!」
壁蹴りに二段ジャンプを加え、空中で接近する。タイミングを逃さず、レプリロイドの右足めがけて斬り付けた。
「!」
外れた拍子に左足も緩み、エックスは相手を振り払い着地する。
「エックス大丈夫!?」
駆け寄ってきたアクセルが、不安げに顔を覗き込んだ。“大丈夫”と返し、立ち上がって左手をバスターに添えた。同様に降り立ったゼロも、セイバーを構える。

そんな折、通信が鳴った。
<みんな聞こえる?そこに“バーディ”という鳥型レプリロイドがいる筈なんだけど>
「今目の前にいるよ」
<…バーディを倒さなければ、空母内部へは入れないようロックがかかっているの>
「判った。ありがとうエイリア」
エックスが答え、回線を閉じる。
「…面倒だな…」
飛び回るバーディを睨み、剣士は呟く。
「でも、あいつ倒さないと扉開かないし、先に進めないよ」
「…ならば道を作るだけだ」
「へ?」
突然振り返って壁際まで戻り、勢いよく剣を振るった。
「波断撃!」


―――凄まじい音が鳴り、気付けば扉の横の壁に巨大な穴が空いていた。
「……ゼロ……」
エックスは半ば驚き、半ば呆れの顔で友を見つめる。アクセルに至っては、ぽかんと口を半開きにしていた。
「これで進めるな。やはり、船は地上の基地と違って壁が薄い
「「………」」
すたすたと船内へ入っていくゼロの後に、若干躊躇いながら続く。

が。

「!ゼロ!追ってきたぞ!」
「何!?」
彼が空けた穴から、バーディも入ってくる。
「結局倒さなきゃならないみたいだな…」
「チッ…」
武器を構え直すと、“彼”が一歩前に出た。
「ここはボクに任せて。二人は先に行って」
「ア、アクセル?」
「ああいう敵は、遠距離型でホバーも持ってるボクがやるのが一番だって」
両手のバレットをくるんと回し、しっかりと握り締める。
「だが…」
「ここにいるメンバーだけど」
蒼き英雄の言葉を遮り、振り返らずに言う。
「…カラスティング。空中戦はもちろん地上戦も、それに遠距離近距離全てをこなせるオールラウンダーだよ。…レッドアラートにいた頃は、ボクのいいライバルだった。」
「…アクセル…」
かける言葉が見つからず、エックスは少年の名を呼ぶ。
軽くかぶりを振り、バレットを相手に向けた。
「すぐ追いつくから」
「……任せた」
「ゼロ!」
「行くぞエックス」
駆け出す。エックスは迷い、諦めたように息を吐く。
「…気をつけろよ」
「二人もね!」


先に走っていたゼロに追いつく。
「勘がいいな、あいつも」
静かに呟いたゼロに、どういうことかと顔を向ける。
「お前がバーディの奇襲で、肩を痛めたことは判っているらしい」
はっ、と翡翠を見開くと、剣士は逆に鋭く細めた。
「気付くに決まっているだろう?動かないわけではないようだが…無理はするな」
「…君がそんなこと俺に言えるのか?」
切り返すと、彼は一瞬黙り、
「…それはそうかもしれないが………彼女のことがあるからな」
エックスの瞳がまるくなる。不思議なものでも見るような視線に、ゼロは疑問の目を向けた。
「……ゼロっていつからそんなに心配性になったっけ?」
言われた彼は、やはりというべきか苦虫を噛み潰したような表情になる。
ふいと顔を逸らした友に、エックスは少しだけ笑った。

そんな二人も、歴戦の戦士。敵の気配を感じれば、さっと顔つきが変わる。
奥から飛び出して襲ってくるメカニロイドを、次々と破壊していく。

「それにしても、同じ奴ばかり使う連中だな」
ゼロの言うことももっともである。今回配備されている敵のほとんどはランナーボム。いい加減に見飽きたらしい。
「らしくないな、ゼロ。いつもの君なら“イレギュラーは斬るだけだ”とか言いそうだけど」
「………」


そうこうしているうちに、一つの扉の前に辿り着いた。
「ロックされているな…。しかも、相当頑丈そうだ」
近付いてもぴくりともしない扉を、紅き戦士が軽く叩く。
「解除するのがよさそうだけど…」
辺りを見回したエックスは、そこにあったコンピュータに目を留めた。
近付き慎重に操作する。
「解けそうか?」
ゼロはこういう作業は苦手だ。逆にエックスは第一線を退いていた為、割と慣れている。
「…なんとかいけそうだ。少し待っててくれ」
カタカタとキーを叩き、画面に映し出される文字を読み取っていく。

数分後、ピーッという機械音が、扉とコンピュータの双方から鳴った。
「早かったな」
「結構セキュリティ甘かったから…助かったよ」
言葉とは裏腹に、蒼き青年の顔は曇っている。

セキュリティが甘いということは、来るなら来いということだ。相手の自信が窺える。
「…でも、ここで立ち止まるわけにはいかない。行こうゼロ」
“ああ”と答えようとして、彼は口を閉ざし身を翻した。


ギィン!と鈍い音がし、剣士のセイバーと相手の得物がぶつかる。

赤い、ゴリラを模した、エイプロイド。
「ゼロ!」
「先に行けエックス!」
振り降ろされた斧を受け止め、友を背にしてゼロは叫ぶ。
「け、けど…!」
撃とうとバスターを向けるが、彼の声で迷う。
「こんな雑魚にやられると思うか!?この俺が!」
いつも以上に強い声に、エックスは一瞬身を竦ませ、ぐっと拳を握り締めた。
「……頼む!」
扉の前に立てば左右に開く。
足音が消えてから、彼はエイプロイドを押し返した。
「…チッ」
一体何処にいたのか。同じ型のメカニロイドが五、六体ほど現れる。

――…無茶するなよ……エックス…






出たのは外。恐らく、戦艦の一番高い所。
見通しはいいが大した広さもなく、落ちてしまえば助からないだろう。

空を見上げ、バスターを支える左手に力を込める。
見えはしないが気配は感じる―――エックスは呼びかけた。
「何処だ?出てきてくれ」
その声に、数瞬の間を置いて強い風が吹く。同時に一人のレプリロイドが飛び上がってきた。

黒翼の好敵手――ウイング・カラスティング

上空からエックスを見下ろし、ゆっくりと口を開く。
「…フン、できれば戦いたくない……そんなことを思っている顔だな」
蔑むような声音だが、不快を感じることはない。
「ああ、その通りさ。これ以上、誰も傷付いてほしくないんだ……」
「噂通りの甘ちゃんだなエックス…。だったら無抵抗のままそこで果てるがいい!甘ったれた理想を抱いたままっ!」

ひゅん、と風を切る音がし、ビームタイプのブーメランが飛んでくる。咄嗟にかわすが、突然くんっ、と軌道が変わり、彼を追った。エックスは目を見開き、それでもなんとかもう一度かわす。再び来るかと思ったが、予想に反して消え去った。

息をつく暇もなく、頭上から回転しながらのタックルが見舞われる。
後ろに飛びのいて避け、チャージショットを放った。
「っ…!」
右肩に感じた痛みに、思わず顔をしかめる。
「調子が悪そうだな!」
ショットの下をかい潜って接近し、短剣を二つ取り出す。

遠距離型のエックスにとって、接近戦は圧倒的に不利である。
後方へ下がりながら紙一重でかわしていき、距離を取ろうと飛びのいた。
「っしまった…!」
ここは空母の上。同じ方向に下がり過ぎて、端に追いやられた。もう、後がない。
「落ちるがいい!」
短剣を構え、突撃してくる。

――かわせない……それなら……!

瞬時の判断で加速器を回転させた。
カラスティングは瞠目し、その隙に全力の体当たりを食らわせる。
「ぐっ…!」
この呻きはエックスのもの。方向など気にする余裕もなく、右側から突っ込んだ。バスターを撃った反動で悪化傾向にあった右肩が激しく痛む。

耐えた相手が、静かに呟く。
「成程…肩か」
「っ!」
ばっ、と離れ、バスターを撃つ。しかしダメージで照準が合わず、いとも容易くかわされてしまう。

策はないか―――考えを巡らせた瞬間。

「!!」


短剣が、眼前に迫った。





(片付いたな…)
ひゅっ、とセイバーを振るい、自分達が走ってきた通路の奥を眺めた。

アクセルが来る気配はない。
(残るべきだったか…?それとも途中の敵が……いや、)
“信じよう”。それが、仲間としての務め。
大体、そんな絶望的な状況でもない。

そう考え直し、扉の先へ踏み込んだ。




「……エッ…クス……?」
外に歩を進ませ真っ先に目にした光景で、紅き闘神の双眸が見開かれる。呆然と紡ぎ出された友の名。

「何だ…遅かったな」
その声の持ち主の手は、友の首を掴み上げている。意識はないらしく、瞳は開いていない。傷だらけの体もそうだが、床から浮き首を締められている姿は痛ましい。

剣士の姿を認めると、もうそちらには何の興味もなくなったように、カラスティングはエックスの体を放り投げた。


投げ出された先、そこに、足場はない。


「エックス!!」
叫び、駆け出す。
間に合えと。

しかし、カラスティングが短剣を手に邪魔をする。咄嗟にセイバーで防ぎ、はっとなって視線を向けた。


彼の姿は、もう見えない。


「――貴様っ!!」
強引に押し返し、間合いを取る。

相手は、大した傷も負っていない。

ギリリと奥歯を軋ませたが、ふっと息をつき剣を構える。


「…破壊する前に聞かせてもらおう。
…貴様の本当の目的は何だ?アクセルを取り戻すことだけが目的じゃないんだろう?」
怒りを押し殺し、常のように冷静に問うた。内心は煮え繰り返らんばかりである筈なのに平常を保てるのは、彼の称賛すべき所だ。
剣士の胸中を知ってか知らずか、彼は静かな声で答える。
「…見てみたかったのさ…」
「?」
思わず疑問符を浮かべるゼロに、彼は続ける。
「あいつが憧れたレプリロイドを。それほどの価値があるか、試させてもらうぞ!」


“実はボク、エックスとゼロに憧れてたんだ!”

“レッドアラートにいた頃は、ボクのいいライバルだった”


少年の言葉が脳裏を掠める。


飛んできた青いブーメランを、セイバーで叩き斬る。
再度短剣を構えて突っ込んできた彼を横に飛んで避け、技を放つ。
「雷神昇!」
電気を帯びた竜巻が、カラスティングに直撃した。
彼は目を剥き、空へと飛び上がる。
「…ふん、エックスよりは骨があるな」
それを聞き、ゼロはぴくりと瞳を細めた。
「…どういう意味だ?」
「奴は期待外れだった……よくここまで来られたものだ」



直後、見舞われる雷神昇。

常より高く上がったそれは、翼で滞空していた彼を叩き落とした。
「っ!」
「貴様にエックスを侮辱する資格などない!」
怒号が響き、床激突寸前で止まったカラスティングに斬りかかる。素早く体勢を立て直した彼は、短剣を交差させてゼロのセイバーを防いだ。

互いの刃が、ギリギリと音を立てる。
「“資格はない”?俺は奴に勝った。それこそ意味が判らんな」
すると、ゼロは今までにないほど、激しく彼を睨んだ。
「…子供一人守れん奴らに、あいつを悪く言う資格はないと言っている」

言った途端凄まじい力で押し返され、がくんとバランスが崩れる。

その、僅かな隙をついて。

広範囲の、強力な衝撃波が放たれた。

かろうじてセイバーで防いだが、ほとんど意味を成さない。
攻撃を喰らったゼロは足場の端まで吹き飛ばされ、俯せに倒れる。

「所詮はこの程度か」
「っ…!」
剣を強く握り締めてはいるが、悲鳴堪えるのがやっとである。
起き上がろうと腕に力込めると、視界の端にカラスティングの足が映った。
「とどめだ」
短剣が振り上げられ――




刹那。




きゅいん、と音が鳴り、カラスティングが体勢を崩れさせた。続けて二回同じ音が鳴ると、彼はその場から飛びのく。
激痛に耐えながら体を起こしたゼロは、一瞬、その痛みを忘れた。



瑠璃色の瞳に映ったのは白い人影。


「…クリア!?」
白き少女は飛んでいる。修理されたメットを被り、赤いバイザーをかけており、そして。
「エックス…!」
意識を失わせた蒼き戦士を、半ば背負うようにして肩に担いでいる。器用にも片手で支え、空いた方の手は、状況から考えて攻撃を放った後なのだろう。
剣士の傍にゆっくり降り立ち、そっとエックスを降ろす。
友の無事を確認してから、ゼロは彼女に詰め寄った。
「何故お前が此処に居る?」
彼らしからぬ、怒りと不安が入り混じった声。
「……ゴメンなさい…」
俯き、そう述べる。彼は苛立った。
「クリア…!」
「……どうしても心配で……居ても立ってもいられなくて…」
ギュッ、と両手に力がこもる。
「………来ちゃった……」
「来ちゃった…って、お前まだ…!」
「いつまでおしゃべりするつもりだ!?」
「「!」」
カラスティングが上空から突っ込んでくる。ばっ、と立ち上がったクリアは、短剣を握る彼の手を掌で止めた。
彼女の反応速度に目を見開いた彼に、右側からの蹴りを打ち込む。
怯んだ彼は一旦空中へ引こうとするが、闘士は両手を床につき、逆立ちのような体勢で回転蹴りを喰らわせた。それでも空に逃れたカラスティングを追おうと、彼女もまた、フライトリングを起動させる。

「…そうか」
空中で対峙して、カラスティングは気付く。
「お前がアノマリー・クリアーナか」
「だったら何だ?」
即座にそう問い返す。語気が強い。明らかに苛ついている。
「紅き闘神に匹敵する強さと、正体不明の能力を合わせ持つ白き闘士……。賞金稼ぎの間では、中々有名だぞ?」
「はっ……どうでもいいな」
吐き捨て、睨んだ。彼はぴくりと眉をひそめる。
「冷静な奴だと聞いていたが…」
「煩い。黙れ。お前達の御託はうんざりだ」
「!」
「…!」
カラスティングはいよいよ不快に顔を歪め、ゼロは驚いていた。
挑発することはあっても、ここまでストレートに言うものだろうか。頭のいい彼女なら尚のこと。


クリアは滞空したまま拳を握った。カラスティングもまた短剣を構える。

影が、動く。

空母に差した二つの影が幾度も交差し、互いを弾いた。

突如、その動きが止まる。
互いの攻撃、片手を片手で押さえ合っていた。
「…想像以上の強さだな。これで手負いか?」
「!…へぇ…気付いていたのか」
見抜かれていい気はしなかったが、笑う。慌ててはいけない。
「この俺と空中戦で互角に渡り合うとは…」
「どちらかといえば、地上戦の方が得意だがな。
……それよりも……」

風向きが変わった。ただでさえ高い位置で戦っている為、かろうじて聞き取れていた声も聞こえなくなる。

数十秒、経っただろうか。

均衡が崩れる。

片方の、押さえていた力が緩み、もう片方が攻撃を仕掛けた。


攻撃手段は、短剣―――


「うぐ…!がはっ!」
「クリア!!」
アーマーで覆われていない腹部に、短剣が一つ突き刺さる。柄まで深く刺し込まれ、鮮血を吐いた。
痛みに呻く彼女に構わず、彼はそのまま横に斬り裂こうとする。しかし、短剣を刺し込む彼の腕を両手で押さえ込み、膝で顎を蹴り上げた。
流石に怯んだカラスティングの隙をつき、渾身の力で腹部から刃を引き抜く。
「ぐっ…!」
傷口を押さえ、空母の上に降りると、ふらりとよろめいて膝をついてしまった。

「クリア!」
立とうとすると、青いブーメランが頬を掠め、ゼロの動きを止めさせた。

激しく睨みつける剣士には一瞥投げかけただけで、彼はクリアの傍に降り立つ。そして、俯いたまま肩で息をする少女を、容赦なく蹴り飛ばした。
「!」
「うあぁっ!」
赤が混じった白い体が空母の上を転がる。
落ちはしなかったが、止まった体は動けるような状態ではない。
「…クリア…!」
「終わったか……できれば本調子の時にやりたかったがな」
動かなくなった闘士から、殺気を放ちながら立ち上がる剣士へ視線を移す。
「貴様…!」
「来るか?いいだろう」
互いに得物を構え―――



「待て…」

微かな声。

二人の戦士は驚愕で目を剥き、その方向を見る。

「まだ、だ…」

立ち上がってくる少女。恐らく、頭に負っていた傷が開いてしまったのだろう。目の焦点が合っていない。

「…まだ、いける…」

明らかに動ける体ではない。だが、彼女の精神力は、彼らを圧倒していた。

「戦え」
「やめときなよー」



空気が変わる瞬間。
場違いな声が割って入る。


視線が、一瞬で彼に集まった。


「ぼろぼろじゃんか。そんなので戦えるワケないよ」
バレットをしまい、少年は彼女に歩み寄る。
「よいしょ」
「あっ…」
彼女の片腕を自分の肩に回し、自分の腕も彼女の肩に回す。
必然的に、クリアは彼に肩を貸された体勢になる。
「お、おい…」
「その出血じゃまともにも歩けないでしょ?ゼロの隣にでも座って大人しくしときなって」
彼より少しだけ背の高い彼女を、引きずるようにしてゼロの傍まで連れていく。なるべく傷に響かないよう、優しくすとんと座らせた。
「ゼロもだよ?」
クリアと同様、呆気に取られていたゼロに、少年は顔を向ける。
「ゼロもぼろぼろだよね。休んでてよ。後はボクがやるからさ」
無邪気な笑顔が不敵な笑みに変わり、紅き闘神はふっと笑って構えを解いた。
それを確認してから、彼の前に立つ。
小さく息を吐き出し、アクセルは彼を見据えた。

「…らしくないじゃん?こんなとこに引きこもって。あんたなら真っ先に飛んでくると思ってたのに。ボク、ここに着くのにずいぶん時間かかっちゃったよ」
睨みつけてくる彼の眼を、臆すことなく見返す。
「…戻ってくる気はないんだな?」
「…わかってるくせに…」
「…ふっ…お前らしいな…」
静かな会話。
しかし、静けさとは真逆に両者の殺気は凄まじい。傍観する戦士達が息を呑むほど、ピリピリとした空気が漂っている。

「行くぞ!」
仕掛けたのはカラスティング。投げられたブーメランの軌道を、アクセルは連射で逸らす。短剣を構え突っ込んでくる彼に対し、ローリングで避ける。素早く振り返った彼は再び短剣で攻撃を見舞った。


ガキィ!と音がし、剣士は目を見張る。

少年は、二丁の拳銃を交差させ攻撃を受け止めていた。
驚いているのはゼロだけではない。
「お前のバレット……そこまでの強度ではなかった筈だが?」
「まぁね。その女ひとが強化してくれたんだ」
“そのひと”と聞き、カラスティングはぴくりと反応を示した。
「…クリアーナ…か?…強いだけの女ではなさそうだな…」
「とーぜんっ!」
いきなりアクセルが力を抜いたので、彼はバランスを崩す。その隙にめいっぱいバレットを撃ち込んだ。
「ぐっ…はあぁっ!」
ゼロに喰らわせた衝撃波が放たれる。咄嗟に腕を顔の前で組んだが、防御にもならない。吹き飛ばされ、床に背中を強かに打ち付けた。
「っ…」
息が詰まり、視界が霞んだ。仲間の呼ぶ声が聞こえ、嘗ての好敵手の姿がぼんやりと見えた。

まだバレットは握っている。少年は、片方の銃をそのままの体勢で操作した。

相手が射程距離に入る。腕を上げると同時に、その弾丸を発射した。

着弾すると球状の炎が発生する特殊武器――
「なっ!?」
「サークルブレイズ、だ!」
突然の炎の発生に驚き、上空からのタックルを中断した。その間に床を転がり、立ち上がってバレットを構える。
「それもそのひとが造ってくれたんだよ」
炎も消え、降り立ったカラスティングに言う。
「他にもいろいろあるんだ。頭いいんだよ、そのひと
「…そうらしいな」
彼は素直にそれを認めた。視線を移せば、こちらを睨む少女が一人。
「…………」
ふっと笑う。
「な、何だ…」
「いや…」
更に睨みつけてくる彼女から、今戦っている少年へ目を戻す。
「…いい仲間と出逢ったな、アクセル」
「え?」
思わずきょとんとしてしまう。
「……決着をつけよう」
「……そっか。そうだね」
互いに武器を構える。バレットを扱うアクセルに、接近戦は不利。しかし、彼は敢えてそれに乗った。



上空は強い風が吹く。当然、この戦場も強風が吹いている。ゼロの金髪は遊ばれ、アクセルの尖った髪は揺れ動き、クリアのマフラーはバタバタとたなびいている。


その風が、刹那の間止まった。

彼らは駆け出す。

一瞬ですれ違い、拳銃と短剣が互いを撃つ。

背を向け合った二人の動きは、完全に止まっていた。



そして―――


高い音が鳴り、アクセルの左肩のアーマーが砕け散った。

白き闘士は息を呑み、紅き剣士は眼を細める。

振り返った黒翼の戦士は、笑った。

がっくりと膝が崩れ、直後ドサリと倒れ伏す。

銃士が撃ち抜いたのは動力炉。じきに機能を停止するだろう。


カラスティングは、自分を見下ろす彼に焦点を合わせる。少年の好敵手は、自らの生命の限界を知りつつ穏やかに、心から笑っていた。
「…強く…なったな…」
「……あんたこそ…」
「俺の…強さは……所詮…まがい物に過ぎん……」
「……カラスティング……」
何と言えばいいのか判らず、ただただ彼を見つめる。

横たわる彼は視線をずらし、再び彼女を捉えた。
「……何だよ…」
「………アクセルを……支えてやってくれるか……」
少年の、常葉色の瞳が見開かれる。彼だけでなく、ゼロも、何時の間にか目覚めていたエックスも驚いた。


だが、言われた本人は表情を変えない。バイザーに覆われているから判りにくいだけかもしれないが、口元もまるで動いていない。

と、


「キミに言われるまでもない」

前触れなく、答えた。

無表情だった彼女が、微かに微笑わらった気がした。


「……アクセル……」
名を呼ばれ我に返る。消え入りそうな声に、耳を傾けた。
「…お前の……勝ちだ……」
「……………」
「………レッドを……止めてやれ………お前なら………お前にしか……できない……」
「…判ってるよ」


彼のコアが輝きを失う。同時に、戦艦が大きく揺れた。
「な、なに!?」
「主を失ったら落ちるよう設定されていたか…」
友に肩を貸しながら、冷静なゼロが呟く。
「落ちる…って」
「下はどうなるの!?」
エックスに続き、アクセルが叫ぶ。
「確かにどこかの街にでも落ちたら、被害は尋常じゃないな…」
「心配ない…」
皆、彼女を見た。少年に支えられ立ちながら、クリアは告げる。
「私が飛んできた距離と高さ…戦艦の飛行速度…そして今向いている方角…。これらを総合して考えると…落下地点は、海…」
「「「…………………」」」
「…?何だ…?」
「……いや……連絡を入れる」
エイリアに回線を繋ぎ伝えると、数瞬後、四人はベースへ転送された。















~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
焔雫です。…戦闘シーン、やっぱり難しいです…。
更新は不定期ですが、頑張ります。


ぬーのさん、激励ありがとうございます。




[18326] 第16話 休息に降る疑問
Name: 焔雫◆d8ce7475 ID:47fdd84c
Date: 2011/03/22 11:28
「…ね、これでいい?」
「…いいわ。けど、何て言うか…やっぱり早いわね」
「こういうの得意だから…」
エイリアに書類を提出し、少女は苦笑した。


帰還後、四人全員が集中治療室行きとなった。処置が終わり、通常の医務室に移った所に、シグナスが訪れた。
全員の安否確認というのも理由だが、本題はクリアのことであった。

出撃するなと命令を受けていたにも関わらず、それを無視。命令違反、しかしクリアが行かなければエックスは助からなかったということも事実であり、彼女の処罰は“反省レポート提出”という軽いものになった。


五日後、ようやく完治し、レポートに取り掛かり今に至る。
「じゃ、私ラボ行くね」
「ええ」
白い背中が扉の向こうに消える。
相変わらずの彼女の様子に、オペレータは困ったような笑みを浮かべるのだった。




「さぁてと」
マフラーを白衣に変え、バイザーをかける。製作は久しぶりだった。
「まずはー…造りかけのヤツからかな」
ストンコング戦の直前から中断したままの特殊武器。
(とっととやろっと。他にも造りたいし)
本当なら、もう少し前に造り始めるつもりだったのだが。



二日前。

「…………」
「…………」
「……ねぇ」
「……何だ」
「ずっとそこに居て飽きない?」
「いや」
「そう…」
クリアは、彼に聞こえないくらいの溜め息をついた。

彼―――ゼロは扉の横の壁に背を預け、両腕を組み目を閉じている。
クリア以外の三人は既に完治し、次の任務まで自由なのだが、ゼロだけは医務室に残っていた。

というのも。

「…あのさぁ…」
「……………」
「見張ってなくても、逃げやしないって」

そう、クリアが逃げ出さないよう、見張る為である。
彼女が無茶をする性格というのは、今までの戦いで確認済み。完治するまで、医務室から出すつもりはなかった。
「任務ないし、傷開くと痛いし。今日一日くらい、大人しくしとくって」
「完治には明日一杯かかると聞いた」
「…何で知ってんの?」
思わず訊ねると、彼は常と変わらず淡々と、
「ライフセイバーが言っていた」
「……そーですか。判りました」
知られている以上は仕方ない。

諦めた。





時間は現在に戻り、クリアのレポート完了から数時間後。

トレーニングルームにて。

「そーいえばさ…」
バレットの調整をしながら、アクセルが口を開いた。
「何だ?」
バスターを腕に戻し、エックスは尋ねる。

「ゼロってさー……あのひとのコトどう思ってんの?」

「………………………は?」

セイバーを収めながら聞いていた当人が、珍しくも呆けた声を零した。
アクセルの言う“あのひと”というのが誰なのかは、聞くまでもないのだが。

「……どういう意味だ?」
尋ねた理由が判らない。
「いや、女の子としてどう思ってんのかなーっと」
「……何故聞く?」
もっともな疑問だ。
「だって、ゼロってばあのひとのコトになると顔変わるもん」
「「!?」」
「ディープフォレストの時だってそうだったし、今回だって。ケガ治るまで無理させないようにしてたじゃん。なんか、トクベツなキモチとかあるんじゃな」

「無い」

即答。
アクセルもエックスも面喰らった。
「……えっと……」
「彼女は仲間で、友人だ。それ以上でもそれ以下でもない」
「…やけにはっきり言うね…」
エックスは若干呆れ気味。
「本当のことだからな」
「……………」
「…っはー。やっぱ、ゼロは恋愛事にはキョーミないかー」
何故か、少し残念そうに言うアクセル。蒼き青年は、はは、なんて曖昧な笑みを零した。

「ところで、この後どうする?」
話を変えた少年に、二人は思案する。
「武器や技の調整は終わったしね」
「…そうだ、アクセル。この際だ。残りのレッドアラートのメンバーのことを教えてくれないか?」
ゼロに言われ、彼は“いいよ”と頷いた。
「って言ってもレッド以外じゃ、あと一人だけなんだけど」
「あと一人?」
「うん」
軽く、息をつく。
「あと一人……レッドアラート一の切れ者、アリクイック。データを使うんだけど…ボクに言わせれば、“喰えないじいさん”だよ。何でも見抜いちゃうんだ。それと、レーザーポッドとかいろいろな武器を備えてる。本人の実力そのものは、カラスティングやストンコングに比べるとそこまでじゃないけど……相手にするとなると、厄介だよ」
説明を聞いて、二人は再び考え込む。

そう、この手の相手は彼の言う通り厄介なのだ。データを使うと聞いた時点でそう思った。相手のレベルにもよるが、こちらの手の内を読まれてしまうことになる。

と、そこまで考えて通信が入った。その声はオペレータではなく。
<みんなー。聞こえてるー?>
「クリア?レポートは終わったのか?」
<………………>
「…?どうした」

五拍置いて。





<………終わったけどいつもレポートサボって私やエックスに助けを求めてくるキミにだけは言われたくないよゼロ>





「「……………」」
「……クリア、悪かった。謝るからいつもの声に戻ってくれ。お前の低い声と間のない話し方は、お前の想像以上に恐い」


………………………………。


<………仕方ないなぁ。
あ、みんなラボ来てよ。いくつか新しい武器できたから。トレーニングルームにいるんでしょ?>
“じゃ、待ってるから”。そう言い置き、通信は切れた。

顔を見合わせた三人は、すぐさまラボへ向かった。




「あー来た来た」
白衣を着たクリアを見るのは、随分と久しい気がする。実際は一週間ぶりほどなのだが。

いや、それよりも。

「…お前…頼むからあの話し方だけはしないでくれ……」
「いいじゃん別に」
「あのな…」
「そんなことより、これ」
ゼロの言葉を遮り、コンピュータから取り出した三つのチップをそれぞれに渡す。
「ゼロのは前に頼まれてたラーニングチップ。エックスとアクセルのは特殊武器チップだよ。新しいものと、今までの分をまとめておいた」
ぱあっ、とアクセルの顔が明るくなる。“判りやすい子だ”と思いながらも、言えば必ず噛み付かれるので、クリアは小さく笑みを零す程度に留まらせた。
「撃ってみていい?」
既にバレットに組み込んでいる。くすくすと笑いながら“いいよ”と返した。

即座に銃声がし、しかし放たれたモノは床に落ちた。瞬時にぱっ、と大きくなり、小型のタイヤになる。床を凄まじい速さで転がり、標的の壁にぶつかり消えた。
「“ムービンホイール”。対地攻撃としてはこれが一番だろうね」
「コレ面白いね!どういう仕組みになってんの?」
「言ってもいいけど、判る?」
「……やっぱいい」
断った彼に少し笑ってから、二人に顔を向ける。
「エックスもゼロも、微調整はしといてね。先に入れてあったヤツはちょうだい。こっちで処分しとくから」
「ああ判っ…」
組み込み、古い方を返そうとしてエックスは止まった。
「…どうかした?」
「…クリア、ムービンホイールはともかくとして、あと二つのは何だ?」

一瞬、彼女は目をまるめた。が、すぐ笑顔に戻る。
「…何時気付くかなーと思ったけど…バスターは体の一部だから、やっぱ早いか」
「当たり前だ。組み込んで読み取った途端に判ったよ」
「…何の話だ?」
呑み込めず、ゼロが問う。アクセルも首を傾げていた。
「いやね、ムービンホイール以外も新しい特殊武器入れといたの。それに何時気付くかなーって」
「ちゃんと言ってよ!」
「ゴメンゴメン」
頬を膨らませる少年に謝り、説明すべく口を開く。
「アクセルもちょっと調べれば判ると思うけど、一つは“ガイアシールド”っていうの」
「シールドということは盾か?」
「うん。そんなに持続しないけど、強度は中々だよ」
「こうかな」
即座にバレットをいじり、引き金を引く。と、小さいが何処か見覚えのある岩の盾が出現した。
「…おい」
「……ストンコングの盾を参考にしました」
「似てるね…もう一個は…」
「あ」

切り換え、撃つ。

弾丸の代わりに放たれたのは、ブーメラン。ヒュッと空を切り、銃口に戻ってくる。これも見覚えがあり――アクセルは、恐る恐る振り向いた。

「…あんた……これって…」
見開かれた常葉色の瞳を、逃げることなく真っ直ぐに見つめる。
「……説明は、要るかい?」
「―――……ううん。ありがとう」

礼を言われ、クリアは内心ほっと息をついた。


アクセルのライバルである“彼”の武器を参考にするのは、正直少し迷ったのだ。だが、好敵手ライバルだからこそ―――クリアは、少年の気持ちに賭けた。


「エックス、調整ついでに模擬戦やろ!」
「え…いいけど、何で俺?」
「どうでもいいから!行こっ!」
「ちょっ…引っ張るなって!」
ぐいぐいとアクセルが腕を引き、エックスは彼と共にラボを出ていった。


「…ま、基本的な戦闘スタイルで言えば、アクセルに一番近いのはエックスだしね」
騒々しく退室した彼らに対し、そんなことを呟く。
「…そうだ、クリア」
“話は変わるが”とゼロが口を開く。彼女がこちらを向いてから、切り出した。
「お前、エアフォースには飛んできたのか?」
「そうだよ?」
何を今更、とばかりに首を傾げる。
「その途中でエックスを助けたんだろう?お前の頭の傷は、まだ癒えていなかった筈だ。あの高さから落ちたあいつを受け止められたのか?」
「…あー…それね。実はさぁ………“落下してきたのを受け止めた”んじゃなくて、“落下していくのを拾い上げた”って感じでねー…………うっかり避けたら、それはエックスでしたー、ってことで」
「…無茶をしたことに変わりはないな」
クリアは苦笑し、話題を変えようと声の調子を変えた。
「…それはそうと、あの二人が終わったらキミも調整するよね?付き合おうか?」
「ん?ああ、そうだな。頼む」
返事を聞くと、彼女はにこりと笑って白衣を脱ぎ、一瞬でマフラーに戻した。
「白衣に変えることに意味はあるのか?」
「気持ちの違いだよ」
首に巻き直しながら、淡々と答えた。






二日後。

ハンターベース、休憩室。

「二人は?」
「トレーニングルームだ。彼女が稽古をつけてやっているらしい」
「クリアが?何の稽古?」
「さぁな、笑ってごまかされた。
……ところで、エックス」
壁に背を預けていたゼロが、椅子に座ったエックスの隣に腰を下ろす。
「…どうした?」
こちらを向いていないながらも真剣そうな横顔に、エックスも真顔になる。友の方は見ないまま、彼は口を開いた。


「あの二人…クリアとアクセル……どう思う?」

沈黙が流れた。

「……君も…か…」
「…やはり、お前もか」
「ああ……」
ゼロがちらりとだけ彼を見ると、翡翠の瞳は伏せられていた。


「……あの二人の間には………何かがある」

静かに、しかしはっきりと紡がれた言葉に、蒼を纏う戦士は微かに頷く。
「俺達には入り込めない何か……それが何なのかは判らないけど…」
翡翠が、ゆっくりと現れる。
「……今はまだ、知る必要はないと思う」
「…ああ、判っている」
「でも、急にどうしたんだ?」
「お前が気付いているかどうか確認しておきたかっただけだ」
「………ゼ」



「あー疲れたー!」

突然子供の声が入り、緊迫気味だった空気が一気に緩んだ。
「あれ?二人とも何してんの?」
「…ここは休憩室だよ、アクセル」
「エックスはともかく、ゼロが休憩?それこそ珍しいじゃない」
彼の後から入ってきた少女が言えば、その青年は不機嫌そうな表情になる。
「……シグナスに、次の相手の居場所を特定するまで休めと言われただろう」
「まさか、キミが素直に聞くとは思わなかったよ」
「……………」
「……な、なあ、気になってたんだけど」

この状況に若干焦り、エックスは話を変える。
「今回…少し掛かり過ぎじゃないか?居場所の特定」
「そうだね…。ボク達がエアフォースから戻った日からだから、ちょうど一週間たってる」
「昨日エイリアに聞いてみたんだけど、中々尻尾を掴ませてくれないらしいよ」
「アクセルの言った通り、かなりの切れ者だということか」

全員、あっさり話に乗ってきた。

「私も手伝おっかなぁ…」
「やめといてもいいんじゃない?エイリアって一流オペレータなんでしょ。任せようよ。信頼してるって意味で」
(((……一理ある……)))




信頼して待った結果、翌日。

「今回のエリアは“サイバーフィールド”。迷宮よ」
司令室に集められた四人は、オペレータの説明を聞く。
「アクセルの言うアリクイックというレプリロイドが、意図的に創り出した場所だと思うわ。ポイントは何とか割り出せたんだけど……特殊な空間みたいで、内部は一瞬しか見えなかったの。入り組んだ迷宮としか言えないわ…」
「キミがここまで時間をかけてできなかったんだ。それが限界なんでしょう」
申し訳なさそうなエイリアに、クリアが気遣いの言葉をかける。
「今までも大丈夫だったんだから大丈夫!」
「過信と油断は命取りだぞ」
「どっちでもないもん」
アクセルとゼロのたわいないやり取り。
「転送してくれたら、後は何とかする。任せてくれ」
エックスにも言われ、エイリアはようやく微笑んだ。
それを確認してから、クリアは総監席を仰ぐ。
「総監」
彼女の声に、シグナスは頷いた。

「よし、出撃だ」
振り返ったクリアが言えば、皆示し合わせたように歩き出す。


「迷宮かぁ…面白そう」
「そうか?面倒だと思うが」
「迷ったらどうする?」

三人がエリアについて話し合う中、彼女だけは別のことに意識を向けていた。


――……レッドアラート一の切れ者……か…

片手を口元に置き、更に熟考する。

――……私のこと……何処まで知ってる……?

背中辺りまである銀髪と、長いマフラーがゆらゆらと動く。

――………場合によっては………

澄んだ碧い瞳が、微かに揺れる。




――……………相当まずい、よね















~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
更新です。割と早くできました。




[18326] 第17話 電子迷宮の管理者
Name: 焔雫◆d8ce7475 ID:47fdd84c
Date: 2011/04/15 18:42
アリクイックが創り出した場所、サイバーフィールド。転送された四人は、その眩しさに目をしばたいた。
「…何だここは…」
「…不思議な所だね…」
ゼロとアクセルが呟くと、既にバイザーをかけていたクリアが解析する。
「…電波状況が悪く、ノイズも酷い。通信機は使えないな。解析もうまくできない」
「…だとしても、行かなければ。立ち止まっている時間なんてない」
「ああ」
「うん!」
「…だな」

蒼き英雄の言葉に頷き、先へ進む。少し行くと、透明な壁に突き当たった。
「あれ?行き止まりじゃん」
「他に通れそうな道もないな…」
「波断撃で試してみるか?」
「待て待て待て!」
セイバーを構えたゼロを、クリアが慌てて止めに入った。
「まったく…何の為に私が居ると思ってるんだ」
「でも、あんた今、うまく解析できないんじゃないの?」
「…確かにそうだが、それしか方法がない訳ではない」
“少し待っていろ”と告げ、静かに目を閉じ―――

「っ!」
反射的に身を屈め、近くまで来ていた敵レプリロイド、ムシャロイドの斬撃をかわす。咄嗟にエックスがバスターを撃つが、
「っ弾かれた!?」
「普通の刀じゃない…バリアを纏っている。正面からの打倒は難しい」
「バリアかぁ…それなら!」
彼女の説明を聞くなり、たん、とアクセルが跳んだ。体をまるめながらホバーを使用し、ムシャロイドの背後、斜め上へ出る。そのまま、ダブルバレットを連射した。
「後ろからなら倒せるよね――って!」
狙った敵を、倒せてはいた。
が、何時の間に集まったのか、大量のメカニロイド達に囲まれていた。

「アクセル!」
フォローに回るべくゼロが駆け出すものの、その前にまた多くのメカニロイドが立ち塞がる。
援護をしようとエックスとクリアも動く。しかし、ボールドボーの放ったショットを回避する為、大きく後ろへと跳んだ。

それぞれ別々の方向へ跳び―――

「!? エックス!クリア!何処へ行った!?」





「なっ…!?」
「エックス!」
突然の状況変化に戸惑っていると、透明の壁越しにクリアが呼びかけてきた。
「クリア…これは…!?」
「…フィールドの裏側…だろうな」
上下逆さまの状態で、“裏側”に“立って”いる違和感と気持ち悪さに、エックスは慌てた。
「だが何故……!さっきの光か!?」

先刻、攻撃をかわす為に大きく跳んだ際、二人は空中に浮かんでいた丸い橙色の光に触れた。
そして、次の瞬間には裏側にいたのだ。
「…恐らく転送装置の一種だろう。あの光に触れることで、強制的に裏側に送られる」
「どうすれば…!?」
「落ち着け。ここは地獄じゃない。同じ転送装置が何処かにある筈だ。この迷宮を突破する為の…な」
「…じゃあそれを使って、表側と裏側を行き来しろってことか?」
頷こうとして、彼女は振り返った。

「…サイバストン…!」
緑と黒の奇妙なメカニロイドが、同色の岩をいくつも放ってくる。危険を察知し、避けようと脚に力込める。

と。

「!?」

「クリア!危ない!」
叫んだ直後、岩の形をした爆発物が闘士に直撃した。

「クリア!」
「…っ……」

――何故避けなかった…!?

「…成程…厄介な仕掛けをしてくれる…」
その言葉に、エックスが疑問符を浮かべる前に、再び彼女へ岩が放たれた。

それらを視界に捉えると、彼女は軽く息をつき、
「…何度も同じ手を喰ってたまるか」
呟いて、右拳を前へ突き出した。

「ピースパール」

拳に白い光が纏われたと思った瞬間。光は拳から離れ“珠”となり、猛スピードで岩へ突っ込んだ。

「!」

壁越しに見ていた蒼き戦士は目を見張る。

幾多の岩の爆弾を、“珠”は的確に打ち砕いていく。生み出す数が破壊する数に追いついておらず、最終的にサイバストンそのものに穴を空けた。


「エックス」
初めて見る技に呆気に取られていた彼は、名を呼ばれて我に返った。
「この“裏側フィールド”、どうやら運動回路が干渉を受けるらしい。回路が逆に作動するようになっている」
「あ…それでさっき…」
“避けなかった”のではなく、逆ということが判らず“避けられなかった”のだ。

「相当面倒だが、仕方ない。感覚で歩くしかないだろう」
「この壁は…」
「突破できないこともないが、エナジーの無駄遣いになる。一旦分かれて進んだ方がいい」
「判った。後で合流しよう」
返事に頷いてから、彼女はエックスに背を向けた。が、

「あっ、待ってくれ」
呼び止められ、振り向いた。

「どうした?」
「いや…………それは、何?」
指差された先に目をやり、彼女は“ああ”と呟いた。
「これか」

エックスが指したのは、先程サイバストンを倒した白い“珠”。サイズは握り拳より一回り大きいくらいで、よく見ると微かに輝いている。
「こいつは“ピースパール”。私の力を応用させ創ったものだ。強度はさっきキミも見ただろう。手足の自由が利かなくなっても、“思う”だけでその通りに動いてくれる」
「…そんないい技があるなら、もっと沢山使っても…」
彼の言葉に、クリアは軽く頭を掻いた。
「いい技や能力には、欠点が付き物だ…」
「え…」
「確かにピースパールは使えば楽だが、エナジーの消費が激しい。だからできれば使いたくないんだが……回路が反転するこんな場所では、基本接近戦の私には不利過ぎる」
大袈裟なまでに大きく溜息をつく彼女の姿が、やむを得なかったのだということをよく表していた。

「…と、こんな話をしている場合じゃない」
「あ、ああ。呼び止めてすまない」
「別にいい。それより、油断するな」
「君も気を付けて」
現状を思い出し、行動に移る。互いに気遣いの言葉をかけ、駆け出した。









「あーもう…完全にはぐれちゃった…」
メカニロイドの群れを、何とか切り抜けたアクセル。表側と裏側を行き来できる光を見付け、いろいろと試している。
「ホントにあのじいさんはもう…」
敵メカニロイドも減り、ぶつぶつと文句を言う。
「流石にめんどくさいよ…………って、ん?」

何かを感じ、後ろを見る。だが、何もなく、誰もいない。
「…気のせいかな…?」
首を傾げ、顔を前に戻した。


「………え……?」



目の前に広がっていたのは、サイバーフィールドの空間ではない。

今となっては懐かしい、家だった場所。


“やられたな…随分腕を上げたじゃないか”

嘗て聞いた言葉。もう二度と、聞くことのできない、声。

“でしょー?へへっ。まだまだ強くなるよ!”

これは、自分の声だ。そう、自分はこの時『こう』答えた。


“レッドアラートのみんなを、守れるくらい!”




“アクセル、DNAデータをくれ”
“う、うん…”

最初はみんなの為だった。


“アクセル…DNAデータをコピーしろ”
“どうしちゃったの…?みんな変だよ!?”

だんだん様子が変わっていって。


“邪魔をしたから倒しただけだよぉ”
“その人…!イレギュラーハンターじゃないか!”


罪もない人達を襲うようになって。

“やめてよみんな…!やめて…!やめ…!”





「―――やめてえぇぇぇぇ!!!」










「…何処へ行った」
エックスとクリアだけでなく、アクセルまで見失ってしまったゼロ。フィールドの裏と表を交互に歩いている。襲ってくる敵を一体残らず薙ぎ払い、迷うことなく進む。
……迷うことなくというのは、躊躇がないという意味で……

(…………………………迷った…………か…………………?)

……見事に。

が、彼のやることは変わらない。ただただ突き進むのみ。

そんな彼が、足を止めた。

――……空気が……変わった……?

メカニロイドがいなくなったことに、何かあるのではと警戒する。

突如体に違和感を覚え、握っていたセイバーを隙なく構えた。

「…………!」

視界が歪む。聴覚器にノイズが生じ、周りの風景が一瞬にして変わった。



“ゼロ……”

幾度となく見た、あの悪夢。

“ワシの最高傑作……”

老人は命ずる。自らの野望を、『我が子』に。

“行けぃ!そして破壊しろ!あいつを……”

直後、頭が割れんばかりの激痛に襲われる。


“ゼロ……忘れたのか?何をすべきか…”

“眼を覚ますのじゃ……”



素手でシグマと戦っている。

相手を痛めつけ、自分は哂っている。

シグマの体に、ノイズのようなものが走ったのが見えた。

最初のイレギュラー化ウィルス―――



“アイリス!”

自らの手で命を奪った、最愛のひと

彼女の亡きがらを腕に抱き、叫び、自分自身を責める。



朱く染まった自らの掌。

原型の判らぬレプリロイド。

ロボット破壊プログラム―――





「やめろ!!!」

絶叫し、襲いくる記憶の幻覚を斬り裂く。
心抉る過去を、ゼロは必死に振り払う。
「やめろ……!!…俺は…!!」


――ゼロ。


その声に、凍りつく。


はっ、と顔を上げれば。



―――ゼロ。



最愛のひとが、こちらを見ていた。












「…ふぅ…」
思わず、溜息が零れる。
何度も上下逆さま、左右逆になれば、それも仕方ないというもの。
しかし、気を抜いている訳ではない。
「……変だな…」
周囲の状況を不審に思う。敵が減ったのではなく、全く出てこなくなった。

切り換えてあるバスターに左手を添え、慎重に歩を進める。

妙な感覚が頭に走り、咄嗟に後方を見た。何もないことに少し安堵して、気持ちを切り換える為一瞬だけ目を閉じる。
開いた途端、思考が凍り現状を忘れた。


「…………っ………!!」



反乱を起こしたシグマ。

暴動に加わる仲間達。


嘲笑うVAVA。

“お前のこの甘さが気に入らない…!”



リミテッド。もう一人の自分。

“我が名はXイクス!ドップラー最強の戦士だ!!”



スパイだった部下、ダブル。

“イレギュラーハンターもレプリフォースも、甘ちゃん揃いさ”



繰り返される戦い。

イレギュラー。

シグマウィルス。

ナイトメアウィルス。

切断された死体。

戦闘の巻き添えになった人々。

一度は自分をかばい、二度目は敵の手により大破した、上半身だけの無二の親友とも―――





「―――うわああああぁぁぁぁあ!!!」










微かな違和感に、クリアは辺りを見回した。

相手は切れ者。何をされるか判ったものじゃない。周囲に隈なく気を配る。

突然、脳内に何かが入り込んできた。

違法アクセス―――探られる感覚に嫌悪が走る。

眩暈がし、咄嗟に目を閉じると、見えたのは瞼の裏ではなかった。


「……………………な……ぁ……………」



嘗て、ここは自分の居場所だった。

“私は『――――』。貴女は?”

満面の笑顔を前に、戸惑った。

“戦闘型っていっても女の子なんだし、もう少しおしゃれしてもいいんじゃない?”

しつこいほど言われ、自分が折れた。



“貴女にはここに残って欲しいの”

“大丈夫、怪我はしてないわ”

“また遊びましょう?”



『また』は来なかった。

『彼女』の部屋で、『あれ』を見付けた。

逝ってしまった『彼女』が遺したメッセージ―――






「―――……………っ…………








……………………舐めるなッ!!!」






ドクン、と。

動力炉が、音を立てた。










「…………あ………ぁ…………!」
記憶の渦に囚われ、蒼き戦士はただただ呻く。
「……や………めろ………」

―――ックス

「………もう…………」

―――エックス………エックス……!

「………や……め………」




「エックスっ!!」



高い声が自らの名を紡ぎ、エックスは瞼を上げた。

「……………………え…………………?」
「目覚めたか…」

目の前には自分の顔を覗き込む、赤いバイザーをかけた白き少女。

「…………え…………俺………」
訳が判らず、起き上がる。
どうやらサイバーフィールドの地面に倒れていたらしい。
傍らに片膝をついて様子を窺ってくる彼女に、ようやく視線を合わせた。
「……俺は………一体何が………?」
「……やはり、キミも喰らったらしいな」
ゆっくりと立ち上がり、彼女は呟く。
「…喰らったって……何を……?」
辺りを警戒するように見回していたクリアは、静かな瞳で彼を見下ろした。


「……精神汚染。…精神攻撃……と言ってもいいかな」

翡翠が見開かれる。

「…見たんだろう?過去の記憶………自分にとっての、悪夢を」
差し出された手を取り、立ち上がる。
驚きで何も言えないエックスに、彼女は歩き始めながら淡々と続けた。
「精神…若しくは感情回路が、最も拒絶する記憶を選び、リフレイン。私達全員をバラバラにしたのは、これの為だ。一人一人の記憶を蘇らせるなら、離れていた方がやりやすい」
それを聞き、不安がよぎる。
「じゃあ……まさかゼロとアクセルも……!?」
「恐らく、喰らっていただろうな」

――……過去形…?

「……どういう意味だ?」
自分達の身長ほどもある段差を軽々と飛び越え、問いに答える。
「精神汚染なんてのは、所詮はハッキングだ。だったら、途中の回線を切断してやればいい。物理的にな」
「物理的にって…こんな場所で……」
「私には解析能力だけでなく、分解、操作能力もあることを忘れたのか?」
「!」
はっと気付く。
彼女は背を向けたまま頷いた。
「汚染の最中は解析の余裕なんてなかったから、周り一帯を分解するしかなかったが。キミ達三人にハックしていた回線は、うまくやれたよ」
「三人って…」
「直接繋がっている所なら、位置を捜し当てられば離れていても、分解、操作は可能だ。…それなりのエナジーは消費するがな…」

つまり、もうゼロとアクセルも助けた後ということだ。
しかし、まだ判らないことが一つ。

「…何故俺の所へ?」
「大した理由じゃない。…見ろ」
立ち止まり、示した先。

橙色の光とは違う、よく見るタイプの転送装置が置かれていた。

「キミのエナジーが、この転送装置の近くにあった。それだけだ」
「…どうしてこれがここにあるって判ったんだ…?」
茫然と問うた彼に、そちらは見ずに答える。
「フィールド全体にエナジーを飛ばした。初めて来た場所だから、相当の量を使うがな。そうすることで地形を知り、細かい物の位置を探ることができる。さっき四人がはぐれる前にやろうとしていたのは、これだ」
その説明で、ようやく合点がいった。

納得した様子のエックスの隣で、クリアは転送装置へと足を進める。
「お、おい。二人を待たなくていいのか?」
「そんな時間はない。それに、先に戦って少しでも相手を知った方が効率的だ」
一蹴され黙ったが、エックスは彼女の態度に何処か違和感を覚えた。

「…行くぞ」
声が低い。
そこで、違和感の正体に気付く。

――……怒っている…










転送された先の部屋。
重力プログラムでも組み込んであるのだろう、円柱型の足場は、どの角度にいても立てるようになっている。
エックスとクリアは、奥にある背を見据えた。

電子迷宮の管理者――スナイプ・アリクイック

「ふぉふぉふぉ……ここまで来るとは流石…かの?」
余裕のあるゆったりとした動作で振り返る。

蒼き戦士は、バスターを突き出した。
「こんな馬鹿げたこと…いつまで続けるんだ!?」
一人の少年を巡る争い。特異な能力を持っていても、彼がまだ子供であることに変わりはない。
「ふぉふぉふぉ…いつからその、“馬鹿げたこと”が続いていると思う?」
「!?」
「歴史が語る数多くの戦いの記録……なくなりはせんよ」
諭すように言うアリクイックに、彼は叫ぶ。
「違う!争いのない世界は…ユートピアは必ず実現する!」
「わしらのような意に背く者の屍の上に、そんなものは立ちはせんよ」
「…それでも…」
バスターを支える左手に、力が籠もる。

「それでも俺は、この道を信じる!」

「…それでこそ、キミだ」
揺るぎない戦士に、少女は微笑わらったようだった。
すぐに表情を変え、アリクイックを睨む。
「…随分と舐めた真似をしてくれたじゃないか……」
「アノマリー・クリアーナじゃな。プログラムそのものではなく、途中の回線を削除するとは……よくやるわい」
「人の記憶を引っ掻き回した奴の言うことじゃないな」
肉食獣さながらの鋭い眼を向けたまま、クリアはぐっと脚に力を入れた。

タンッ、と駆け出し、上段から蹴り込む。が、後ろに下がることでかわされる。
しかし、クリアは続けて攻撃するようなことはせず、自然な動作で体勢を低くする。
その、彼女の上を、チャージショットが突き抜けた。
だがそれも横に動いて回避され、突然出現した小型ミサイルが飛んでくる。
慌ててクリアが飛び退くと、バスターの援護射撃がミサイルを撃ち落とした。
「っすまない!」
一旦隣に戻った彼女の言葉に頷いてから、ぴたりと照準を合わせる。


再び闘士が突っ込もうとしたところで、二人の後方に光が発生した。
思わず振り向けば、紅と黒の戦士がその姿を現した。

「ゼロ!」
「アクセル!」
エックスとクリアがそれぞれ名を呼ぶ。
「大丈夫だったか?」
「……問題ない。…確かに、気分のいいものじゃなかったがな…」
精神汚染のことだと気付き、アクセルの様子も窺う。だが彼は、穏やかに笑った。
「…大丈夫だよ。キツかったけど」
皆、それぞれ何か言いたそうではあったが、今は仮にも戦闘中。
互いの無事を確認すると、戦士達は油断なく構えた。

「ふぉふぉふぉ……来たか、ひよっこ」
少年は皆より一歩前に出て、にっと笑った。
「じいさん、そろそろ引退した方がよかったんじゃなーいの?」
「ハンターとして認められてもおらんひよっこが、知ったようなことを…」
「なっ!?…ちぇ、相変わらず何でもお見通しなんだね!」
皮肉を言ったつもりが痛いところを突かれ、彼は少しばかり拗ねてみせる。
そんな彼を見て、アリクイックは再び笑った。
「ふぉふぉふぉ…もちろん、お前がここに来た理由も知っとる。……知っててここにおるのは、何故じゃと思う?」
「…“敵を知り己を知れば”…かい?まったくヤなじいさんだ」
アリクイックが口癖のように言っていた言葉をそのまま返し、不敵な笑みを浮かべる。
「ふぉふぉふぉ……全力で来るんじゃぞ?データが狂うでな」
「うん、助かるよ。こっちも、手加減は苦手だからね!」
そう言って、いきなりバレットを連射した。しかし、レーザーポッドに全て撃ち落とされる。
ゼロとクリアが同時に駆け出し、接近戦に挑む。だが正面から竜巻を放たれ、やむなく攻撃を中断し横に避ける。

続いて、アリクイックは黒い何かをいくつも放った。“それら”は円柱状の地面を不規則に滑り、バラバラなタイミングで突然ピタリと止まった。

一つがクリアの足元で停止し――彼女は眼を剥いた。

「っみんな!!それに近付くな!!」
叫びながら、その場から飛び退く。

瞬間。

黒い“それ”が、爆風を上げた。


「「「!?」」」
「気を付けろ!それにはセンサーがついている!近付けば数秒と経たずに爆発するぞ!」
ギリギリで免れた彼女は、さっと周りを見渡す。

――残り三つ……けど……

「ふぉふぉふぉ……一目見ただけでソルジャーアントの性能を見抜くとは…データ通りじゃの」
「!」
振り向けば、彼は同じものを再び放っていた。
うち一つが、エックスのすぐ傍に――

「なっ…!」
「離れろ!」
クリアが再び叫ぶ。
彼はもちろん、近くに居た二人も素早く動く。

だが。

「!アクセル後ろだ!」
ゼロの声に、振り向く。
蟻に似た“それ”が、チカチカと光り出す。
「ヤバ…!」


エックスの傍に止まったものが爆発する。アクセルが逃げた方向にあったものも同様に起爆。それを避けようと咄嗟にゼロが跳んだ先にも、黒い爆弾はあった。

――これは……

逃れてもその先にある。いつ止まるかも不規則で、読めない。しかも減るどころか増えるばかりで、回避しきれなくなっている。
「まずい…!」
闘士が呟いた直後。
全員の足元にいくつも止まり―――


彼女は、歯を食い縛った。





ダメージを覚悟していた三人は、いつまで経っても訪れない衝撃に、反射で閉じていた瞼を上げた。

その瞳を見開く。



周囲は、白銀の光で埋め尽くされていた。

「…はあっ…はあっ…はあっ……」

そんな中、クリアは息を荒げており、切れ者の老人を睨んだ。
「ふぉふぉふぉ……驚くべき能力じゃの」
「はあっ…はあっ………っ……やってくれたな……!」

ぐらりと傾いた少女の体に、ゼロが咄嗟に腕を伸ばす。同時に、周りの光も消え去った。
「クリア!」
「どうしたんだ!?」
激しい呼吸を繰り返す彼女の様子は、誰がどう見てもただ事ではなく、皆に心配の色が浮かぶ。
「はあっ…はあっ……」
「クリア…!」


「なぁに、エネルギーを使い過ぎただけじゃ」
しゃあしゃあと言ったアリクイックに、三人は驚愕の顔を向けた。
「何だと…!?」
「知らんかったのか?その小娘の能力ちからの弱点を」

ぎり、と彼女は奥歯を噛む。
「っ………まずいと…思ったけどなっ……!」
疑問符を浮かべる仲間達の為に、整わない呼吸のまま口を開いた。

「…行ったことのない場所の探索や…分解したことのないモノを…分解する時は……大量のエナジーを……消費する……。…回復は…眠らなければ…できないし……時間がかかる……。…これがこの能力ちからの…弱点であり……欠点だ……!」
「「「…!」」」
驚きを隠せない彼らの前で、老人は笑う。
「ふぉふぉふぉ……そうじゃな。物質であれば大抵のものは分解できるお前の能力は、対処が非常に難しい。正直に言うとな、わしはお前が最大の難関じゃと思っとったよ。じゃがの、弱点さえ判っていれば、使わなければならん状況を作ればいいだけのことじゃ。最早まともに動けまい?」
「…バラバラにしたのも……精神汚染も……複雑なフィールドも……さっきの攻撃も……!…全て……この為の伏線か……!」
射殺すが如き視線を、アリクイックは事もなげに受け流す。
「ふぉふぉふぉ……そうじゃと言ったら、どうする?」
「…っ……ふざけるなっ!!」
振り切って駆け出そうとしたが力が入らず、すぐゼロの腕に支えられる。
「よせ、クリア」
「はあ…はあ………ゼ…ロ……」
「辛いんだろう?無理に動くな」
そう言ってから、針のように鋭い瞳を老人に向けた。

「ふぉふぉふぉ……驚くほど冷静じゃのぉ……真の使命を忘れた者よ…」
「…?何のことだ?」
含みのある言い方に、碧い瞳を細める。

心当たりがない訳ではなかったが――

「幾重にもプロテクトされたお前のデータから垣間見えたのは……未来の記憶か過去の虚像か……」
「……………」

先も見たあの悪夢が、脳裏を掠める。



“ゼロ……ワシの最高傑作……”



「…世界を覆う偽りの青…封じられる破壊されし赤…」
伝承を語るが如き老人に、ゼロは笑うように息をつく。
「フッ……何を見たかは知らんが、興味ないな。…この場でお前を倒す。それが今の俺の使命だ」
揺るがぬ意志で言い放てば、またもや笑った。
「ふぉふぉふぉ……確かに迷いはないようじゃな…」
「戯言に付き合っている暇はない」
片手で彼女を支え、剣を握る腕に力を込める。

「ならば……手早く済ますかの」
アリクイックの周りを取り囲むようにして浮かぶレーザーポッドの攻撃を、跳んでかわす。
続いて飛んできた小型ミサイルを、エックスが素早く撃ち落とした。反撃しようとアクセルがバレットを連射するが、いとも容易くかわされる。

「ボク達の攻撃、完っ全に読まれてるね」
一旦距離を取って回避に転じ、言葉を交わす。
「今までの戦いのデータを全て持っていると考えていい…。読まれるのは当然かもしれないな…」
「だからと言って、このまま手をこまねいていてもどうにもならん。何か策は…」
「…………」
クリアが、寄りかかっていた体を離す。支えていてくれたゼロの腕を振りほどき、今度こそ自分の力で立つ。
「おい、」
「大丈夫…だ……」
伸ばされた紅き青年の手を払う。心なしか足元をふらつかせ、荒い呼吸をできるだけ整える。
「…読まれない攻撃を……すればいい……」
「っ…それができたら勝ってるよ!」
思わず声を大にした少年を、彼女は見事にスルーした。

背筋を伸ばし、大きく息を吸う。


「……来い、ノウバディ」


軽く開いた両の掌に、白い光が灯る。
だが今までのものとは、何かが違った。


「『ブレイク』」


光が赤に変わる。目を見開く仲間たちの傍らで、少女は片手を横に滑らせる。その動きに沿って光は形を変化させ、もう片方の端が膨らんでいく。


しかし、敵がいつまでも待っていてくれるはずがない。
竜巻が放たれた。

「!マズ――」
「ボルトルネード!」
アクセルの言葉を、エックスが遮った。

ガガガッ、と音がして、二種類の竜巻がぶつかる。徐々に弱まり、双方とも消え去った。


クリアの手元で、赤い光はある形になる。細い部分を掴むと、光の表面がガラスの如く砕け散った。


紅をベースに白の装飾が施され、コアの役目を果たす紅玉が埋め込まれた―――ハンマー。


「でかっ…!」
アクセルの言う通り。
柄が長く、一メートル半ほどもある。叩く部分も、人の頭数個分と言ったところだ。
「それがお前の奥の手かの?」
「…さぁな…」
片手で柄を握り、右肩にかける。
皆より数歩前に出て、左手を柄に添えた。
「…データに無い攻撃……見せてやる」
一気に振り降ろし、地を叩いた。

「グランド・ドライブ!」

赤い衝撃波が地を駆ける。
再度放たれた竜巻と衝突し、彼女がパチンと指を鳴らせば、その衝撃波が爆発した。

辺りに煙が立ち込め、視界が埋め尽くされる。

「ふぉふぉふぉ…目晦ましかの?その程度で…」
声が、不自然に途切れる。

再びだんっ!と地面を叩けば、ぶわりと風が起こって一気に煙が晴れる。
同時に駆け出したゼロが、何故か怯んでいるアリクイックのコアにセイバーを突き付けた。

「…形勢逆転、だな」
「……小娘の攻撃は囮……お前の方が本命じゃったのじゃな…」
「そういう…ことだ…」
ハンマーを消したクリアが、頼りない足取りで歩み寄ってくる。
呆気に取られていたエックスとアクセルだったが、彼女が動いたことで我に返り、同様に近付く。
ゼロの隣に立った銃士は、常葉の瞳を剣士へ向ける。彼は頷き、セイバーと入れ違いになるようにバレットがコアに押し当てられた。

「待ってくれ」

トリガーを引こうとした少年の指がピタリと止まる。
振り向いて、少女を見やった。
「…訊きたいことが…あるんだ…」
三人の疑問の視線を無視し、彼女は疲れた表情ながら、バイザー越しの瞳を鋭くさせた。

「……何故…ここまでやった」
「何のことかの?」
「何故…ここまでして………アクセルを連れ戻そうとしたんだ」

はっ、と少年が息を呑む。エックスは瞳を大きくし、ゼロは表情を変えずに傾聴している。
「…この子がどれだけ…苦しんでいたか……判っていた筈だ……。…貴方ほどの…頭脳の持ち主なら……DNAデータの…危険性も……」
「ふぉふぉふぉ……逆に訊くが、小娘よ。お前は何故それほど気にするのじゃ?」
「………知っていることを…訊くな…」
端正な顔をしかめ、ふいとそっぽを向く。アリクイックはまたもや笑った。
「気の強い小娘じゃの……。他にできることなど、最早無くなっていたのじゃよ」
『!』
「アクセルが苦しんでいたことも知っておった。DNAデータが、どれほど危険な力を与えるものかということもな。じゃが、気付いた時には手遅れじゃったのじゃ。
自分が自分でなくなる。正にそれじゃった。幾らか自我を保てた者もおったがのぅ…」
「…貴方と…ストンコング……それに…カラスティングだな…?」
確かめるような聞き方に、老人は意外そうに目を細める。それに構わず、彼女は続けた。
「…“偽りの策謀家”とは一体……何者なんだ……」

ずっと気掛かりだった。ストンコングがその単語を口にした時から、真意を知りたいと思っていた。
「…カラスティングは…教えてくれなかった…」
「奴が言わなかったのならば、わしからも言えんのぉ…」
再び顔をしかめる。その様子を面白そうに眺めてから、アリクイックは問いかけた。
「お前の大鎚……データには無かったがの?」
「…データに無い攻撃と…言った筈だ……」
その返答に一瞬目を見開き、すっと細めた。

彼女は言葉通り、“データに無い攻撃”をして見せたのだ。

「……読み違えたようじゃ」
「?」
訝しるクリアに、
「賢しい娘とは思っていたがの。予想以上じゃ………クリアーナ」
そう告げた。

名を呼ばれた本人は、意外だったのだろう、瞳をまるくしていた。
「ふぉふぉふぉ……お前ほど賢ければ、謎に思うこともすぐ“答え”に辿り着けるじゃろうて…」
「……どういう、意味だ…」
これが最後の問いになる。その場の誰もがそれを察し、言葉を待つ。アリクイックはしばらく黙っていたが、やはり笑った。ふぉふぉふぉ、と。

「わしが話すのはここまでじゃ……自ら動き、見つけるがよい」
「………そ、う…か……」
俯き、下がった。気が済んだ。

銃士が、トリガーにかけた指に力を込める。
「アクセル」
再び止まる。自分の名を呼んだ、嘗ての仲間を見上げた。
「お前はお前の道を……お前が信じる道を行くんじゃ。レッドもそれを望んでおる」
「…わかってるよ」

銃声が鳴り、アリクイックが崩れ落ちる。
「……ボクはいつだって、信じる道を歩いてきたんだから」
事切れた相手に、呟くように告げた。




「…さて…帰るか」
「え、でも、どうやって?」
ようやく呼吸が落ち着いてきたクリアの発言に、アクセルが疑問の声を上げる。
通信はできない。ならば、どうやって帰るのか。
「あれを使う」
彼女が指差すさきには一台の大型コンピュータ。
「あれを操作すれば、ベースに転送くらいはできるだろう」
「プロテクトがかかってるんじゃないか?」
「愚問だな、エックス。今更彼女にそれを聞くか?」
「そういうことだ」
バイザーのせいで赤く見える瞳に笑みを湛え、コンピュータの前に立った。少し離れた所で三人は待つ。

「…そういえばゼロ。煙の中で、どうしてクリアの考えが判ったんだ?」
「あ、ボクも気になった。どんな技使ったのかも知りたい」
畳み掛けるように言われ、紅き青年は小さな溜め息をついた。収めた剣を再び抜き、背を向けて振るった。

「斬光輪!」

セイバーの軌道から光の刃が出現し、地を駆けた。
「…今までと同様、クリアの造ったチップを組み込んで開発したものだ。調整の相手は彼女にしてもらったから、お前達は知らなかっただろうが」
輪が消えてから剣をしまい、振り返る。
「…そうか、円柱型の足場だから、相手の死角に車輪が回り込んで攻撃できたってわけか」
「でもさ、何であのひとの狙いがわかったの?さっきもエックスが聞いたけど」
もう一つの質問に、ゼロは両腕を組み、目を伏せた。
「“データに無い攻撃”と彼女は言った。つまり、使ったことの無い攻撃のことだ。少なくとも、レッドアラートとの交戦中にはな。あんな計算高い相手に、彼女の攻撃にしては直線的過ぎた。だから囮だと判ったんだ」
「それで君は、新技の斬光輪を使ったのか」
「なるほどねー。確かに、新しいのって読みにくいもんね」
やっと二人も納得する。丁度ピピッ、という音が聞こえ、ゼロは瞼を上げた。
「できたのか?」
「プロテクトの解除は…な。待ってろ、すぐ転送できるかやってみる」
「早く帰らなきゃね!あんた、すっごく疲れてるみたいだし」
「くすくす……ああ、そうだ…」

クリアの声が途切れる。それこそ、本当に不自然に。

呼びかけても返事はなく、流石に気になったエックスが手を伸ばした時。

「……みんな、ベースに転送する。先に戻っていて,,,,,,,くれ」
「…え!?」
「何言ってるんだ!?」
咎めるように蒼き青年が訊く。
管理者を倒したとはいえ、ここは仮にも敵陣。一人で残る意図が判らない
「私が戻るまでには時間がかかりそうだ……。次の出撃までに戻らなかったら、キミ達だけで行ってくれ」
彼の問いには答えず、作業を進める。
「おいっ…!」

背を向けたままの彼女の肩に、エックスの手が触れる直前。
覚えのある感覚が三人を包んだ。

見づらい視界の中、少女は僅かに振り向く。

「ごめんね」




―――次の瞬間には、ハンターベースの転送室だった。
「クリア!!」
即座にエックスが転送装置を起動させ、戻ろうとする。が、
「!…転送…不能…!?」
恐らく、彼女が向こうで何かしたのだろう。サイバーフィールドへの転送ができなくなっていた。
「何でっ…!あのひとっ…!」
「……何かを見つけたんだ」
取り乱す二人に、冷静な声がかけられる。

「あのコンピュータの中に、重要な何かを。時間がかかっては戦いが長引く………だから俺達を先に帰した」
「でも…だからって…!」
敵陣に一人。危険でないはずがない。
エックスが更に言おうとすると、ゼロはすっと瞳を細めた。
「俺はクリアを信じている」
親友ともの言葉に、彼は驚いて口を閉ざした。アクセルも眼をまるくする。
「お前達はどうなんだ」
その問いに答えるのに、十数秒は要した。青年は表情を引き締め、少年は不敵な笑みを浮かべる。

「信じるさ」
「信じるよ」












~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
焔雫です。
今回はクリア達の過去に少しだけ触れてみました。

最近はキーボードの調子が良いです。



七百円さん、ご指摘ありがとうございます。訂正しました。




[18326] 第18話 死神の追憶
Name: 焔雫◆d8ce7475 ID:47fdd84c
Date: 2011/03/30 22:59
覚えている。あの少女が現れた時のことは。









「…フン」
ひゅっ、と鎌を振り、今し方倒れたイレギュラーを、隻眼の瞳を以ってして見下ろす。

レッドは今回、一人でハントに当たっていた。ターゲットが小物ということもあるが、理由はアクセルだ。

前回の任務。予想外のイレギュラーの攻撃を受け、意識不明の重体である。アリクイックの話によると、レッドアラートの医療設備では、助かることも意識を取り戻すことも難しいらしい。今レッドにできるのは、少しでもイレギュラーを狩って金を稼ぎ、設備を整える準備をすることくらい。だが、それすらも間に合うかどうか判らない。
(…そういえば)
思い出す。此処は、嘗て彼女と逢った場所。


“レッド………ですね?”


彼女が現れた時は驚いた。あの頃は、まだレッドアラートもそれほど名が知られてはいなかった。
そんな組織に、彼女は接触してきた。
(あの小娘…)
噂が本当なら、彼女も彼女なりに上手くやっている。それでいい。
思い浮かべた少女の顔が、大きな傷のある少年のそれに変わる。
鎌を収め、基地に戻るべく歩き出した。




「フフフッ、流石だな…」


咄嗟に、レッドは身を翻す。しまったばかりの武器を取り出し、構えた。
「誰だ!!出て来やがれ!!」
気配は無かった。だから臨戦体勢を解いた。

それなのに。

――…まだ…誰か居やがったか…!?

殺気を漲らせる彼の前に、暗がりからそのレプリロイドは姿を現した。


長身のレッドを越える巨体。赤みを帯びた黒いマントを身に纏った男。


状況そのものは似ているのに、あの時とは正反対―――そんな考えが一瞬浮かんだ。


男の口が、ゆっくりと開かれる。
「君達はイレギュラーハンターを邪魔だと思わないか?彼らのこと」
隻眼の戦士は眉をひそめる。今でこそかなり有名になったレッドアラートだが、こんな風に意味深げに話しかけてくる者はいなかった。それこそ、あの少女以来だ。
「何を言ってやがる。イレギュラーハンターだと?確かに気に喰わないが関係ない。俺達は俺達だ。勝手にやる。失せろ!大体お前、何モンだ?」
激しく睨みつけるレッドにも、男は全く動じない。話しかけてきた時と同様、ゆっくりとした口調。
「私か?そうだな……君達の良き理解者とでも思って頂いて結構」
「くだらねぇ答え方してるんじゃねぇよ」

気配を完全に消し、凄まじいまでの殺気を気にする素振りもない。それだけで、相手は相当の実力者だと、レッドは感じていた。
「…そう警戒しないでもらいたい。私は君達に協力したいだけなのだ」
「…協力だと?」
訝しる戦士に、男は続ける。
「そうだ…。バウンティーハンターでは、基地の設備が不十分なのではないか?」
「…………」
その通り。いくら賞金稼ぎで儲かるといっても、いい設備にはそれなりの費用がかかる。それほどの予算は、はっきり言って無い。
「良ければ、私が提供しよう」
「…何?」
「足りない機器は、私が用意しようではないか」
「……そんなことをして、お前に何の得がある?」
当然の疑問。重体の彼のことを考えれば、すぐにでも頷きたいところではある。
だが、何かあってはいけない。慎重に行かなければ。
「先程も言っただろう。私は君達に協力したい。君達に興味があるのだよ」
そこで男は口を閉ざした。言うことは全て言ったのだと理解する。

――…どうする……

レッドは揺れていた。
アクセルを救うには、恐らくもう自分達だけでは間に合わない。間に合わないと判っていても、諦められずにハントをしている。
目の前の男を、信用するかどうか。


「……………」
しばらく黙っていたレッドは、やがて構えを解き、鎌を握ったまま背を向けた。
少しだけ、振り向き。

「判った。いいだろう。…ついて来い」





あの後、すぐに新しい医療機器が導入され、アクセルは一命を取り留めることができた。他のメンバーには、“スポンサーが見つかった”とだけ伝えておいた。


日が経ち、彼も任務に復帰した頃。


「彼の能力は素晴らしいな…」
男が、再び基地を訪れた。
「あんたか…。脅かすなよ。
彼の能力って、アクセルのコピー能力のことか?まったくだ。原理は全く判らないが重宝してるぜ。奴のおかげで俺達の仕事がはかどる!」
いつの間にか後ろに立っていた男に驚いたが、言葉に答える。“彼の能力”と聞いて、それ意外の考えは浮かばなかった。

もっとも――とレッドは思う。

あの少女ならば、知っているかもしれない。

当然、コピー能力がなくても、彼が仲間であることに変わりはないが。

「しかし、このままでは宝の持ち腐れだな?」
続いた言葉に、さっと思考を切り換える。
「何だと?それはどういう意味だ!」
思わず立ち上がり声を大きくしたレッドに、男は“こう”問いかけた。

「私に任せてみる気はないか?」
「!?」






カラスティングとの稽古を終わらせたアクセル。アリクイックに呼ばれていたので、解析室に歩いていく。
「アクセル」
呼び止められ、振り向いた。
「ちょっといいか?」
「何?レッド」
この少年より、レッドの方が頭二つ分以上は背が高い。アクセルは彼の顔を見上げた。
「お前がコピーしたレプリロイドのデータ…今、あるか?」
「DNAデータのこと?あるけど」
「なら、一つ俺にくれないか?」
「いいけど、何かに使うの?」
胸のコアから赤く光る塊を取り出し、不思議そうにしながら手渡す。
「あ…ああ……ちょっと、な」
受け取り、笑った。その笑顔に、アクセルはあれ、と思う。
「呼び止めて悪かったな」
「…うん」
DNAデータを手に、遠ざかっていく背中。
ついさっきの笑顔が気になる。

――どうかしたのかな…

普段は裏表もなく笑うのがレッド。それなのに、今の笑顔には何かが隠されている気がした。歯切れの悪い返事をしたことも含めて。

――…ま、いっか。レッドだし

そう思い直して、解析室に足を向けた。






「持って来たが……どうするんだ?こんなもん」
部室に戻り、アクセルから受け取ったデータを渡す。
それを掌に乗せた男は、にやりと笑った。
「どうするのか…?こうするのだよ」
赤い光を軽く握り、開く。と、光の輝きが遥かに増していた。

瞠目するレッドの隙を見逃さず、男は彼のコアに赤い塊を無理矢理押し込んだ。
「何を…っ!?」

息が詰まる。
全身が熱くなり、膝をつく。
「貴様っ…どういう…!?」
苦しさに堪えながら、隻眼で睨みつける。

―――と、体の奥底から湧き上がってくるものを感じた。
徐々に苦痛は和らいでいき、呼吸を整えてからすっ、と立ち上がる。
立っているだけで判る。後から後から、溢れ出てくるような力。

「フフフッ…判っただろう。DNAデータはこうやって使うのだ…」
「…信じられないな。まさか、あのDNAデータでこんなに凄い力が身につくとは……あんた凄いんだな」
「少しは、私のことを認めてくれる気になったかね?」
「ああ……他の奴らにもできるのか?」
まだ驚きながら、自分の両手を見つめて問う。

それ故か。彼は不覚にも気付かなかった。

「もちろんだ…DNAデータさえあれば、な」
「そうか…」

男の口元が、怪しく歪んでいたことに。

「また来よう…データが集まった頃にでもな」
そう言い残し、マントを翻して去っていった。






コアにDNAデータを組み込ませるという強化は、レッドアラートの戦力を著しく上昇させた。
イレギュラーを狩り、そのDNAをアクセルがコピーする。





そんな時だった。


彼女が再び現れたのは。





「………レッド……」
あの時と同様。一人でハントをしていた時。謀ったかのように彼女が姿を現した。
「……………」
「…お前か……何の用だ?」
「……DNAデータによるパワーアップ……今すぐめて下さい」
沈黙が流れた。
「…何でお前がそんなこと知ってやがるんだ」
「貴方達の噂は、私個人の情報網でキャッチしています…。最近のレッドアラートの戦力アップは、明らかに異常です」
「お前には関係ない」
切り捨てるレッドに、少女は“いいえ”と首を振る。
「アクセルの能力ちからを使ったパワーアップなら、関係なくはありません。何よりも危険です。今ならまだ…」
「俺達のやり方に、口出しするんじゃねぇ」
「…ですが…」
喰い下がる。彼を説得しようと必死だ。

―――この先、何が起こるか予想できるが故に。

「これ以上は……」
「うるせぇな」
鎌を握り、殺気を放つ。彼女は一瞬眼を見開いたが、すぐに表情を元に戻した。
「…しかし………っ!!」

強い風が、少女の脇を突き抜ける。瞬間、彼女の後方にあった壁が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちた。
反射で防御姿勢を取っていた彼女は、レッドにより放たれた鎌鼬に、今度こそ驚いた。
「次は外さねぇ」
半ば呆然としてしまっている彼女に、冷たい声がかけられる。
「失せな。ただの怪我じゃ済まねぇぜ」
攻撃を仕掛けたという事実に、少女は彼が本気なのだということを悟る。――同時に、今彼に何を言っても無駄だということも。

「………判り……ました………」
哀しげに俯く。だが、それは数秒。再び顔を向けた。

「……レッド…………残念です………」







DNAデータによる強化は続行された。
しかし、その一方で起こっている異変に、レッドも気付かずにはいられなかった。

少しずつ、だが確かに、凶暴化していく仲間達。
自分は数回の組み込みで充分だと判断し、それ以上はしなかったのだが。他のメンバーは更なる強さを求めた。

“力が必要なのだ”と。

弱体化したイレギュラーハンター。強い戦士が加わったとはいえ、イレギュラーは増加を続けている。
自分達も動くしかない。それには、力が必要だと。
倒した敵のデータをコピーすることを、アクセルに強要する。その行為が、日に日に激しくなっていく。
だが現状を考えると、黙認せざるを得なかった。


メンバーが、罪もないレプリロイドにまで手を出し始めた。


そうして、例の男の勧めるがままに、新しい基地を建てる。

新しいアジトが完成した翌日―――アクセルは、レッドアラートを抜け出した。





「何と…逃がしてしまったのか。私にかかれば君達を更に強化できるというのに」
男の言葉を聞いて、レッドは若干の不審を込めて問いかける。
「何?まだ強くなれるっていうのか?」
今のままでも、充分過ぎる力を感じているが為に出た疑問。これ以上の強さがあるというのか。
「そうだ…。その為には、逃がしてしまった彼の力が必要だ…。そして、もっとデータを集めさせるのだ。そうすれば君達を、最強のハンターにしてやろう!」
何か、命令するような口調が気になったが、彼ははっきりと答える。
「それは無理だ。きっと、奴は戻って来ない。もう自由にしてやるさ。それにパワーアップももう充分だ。感謝してるぜ、あんたには。もう俺達に敵う奴なんていない」
アクセルという少年を失った淋しさはあるものの、レッドはどこか吹っ切れたような気分だった。
あの少年を、これ以上苦しめずに済む…そんな安堵からだろうか。

だが、重苦しい声が耳に届く。
「フン、力はもう必要ないか…お前達にはそれくらいで充分かもしれないな…。だが、彼にはまだ最後の仕事が残っている」
その言葉に、彼ははっとなって立ち上がる。不吉な予感が走った。
「どういう意味だ?最後の仕事?」
「肝心のデータが揃っていない。最強のレプリロイドのデータが…」
レッドは、ようやく男の真の目的を知った。
「あんた……俺達を……アクセルを利用してやがったのか!?」
真実を知り、腹わたが煮えくり返らんばかりであったがしかし、レッドは冷静だった。


自分に、この男を責める権利はない。自分もまたアクセルを利用し、追い詰めた。

あの少女が、イレギュラー発生地帯にも関わらず、危険を冒してまで伝えてくれた忠告を、ばっさりと切り捨てた。

責任は、自分にもあるのだ。


「もうお終いだ。奴を探す気はない。それにこれ以上、罪もないレプリロイドを襲うのもゴメンだ…」
出て行け、とばかりに激しく睨みつける。だが、男は動じなかった。
「フゥ……残念だな…協力しないというのか……。
フッ、しかし彼らはどうかな?」
すぅ、と右腕を横に上げる。と、男の後方にレッドアラートの八人が姿を現した。だが、様子が明らかにおかしい。

“狂気の瞳”。その表現が見合っている。

レッドは隻眼を見開いた。
「おい!どうしたんだお前ら!しっかりしろ!」
返事はない。るのは狂気。
「貴様!俺の仲間に何をした!?」
再び睨みつければ、男は引く笑う。
「フフフッ、パワーアップの恩返しをしてもらおうと思ってね。
さあどうする…。元の彼らに戻して欲しければ、私の言うことを素直に聞くんだ……。
アクセルを連れ戻し、エックスとゼロのデータを手に入れろ!」
「!!!」










「何を、考えている?」
前触れなく響いた高めの声が、彼を過去の記憶から引き摺り上げた。
「……何処からどうやって入った?」
「……悪いが、こういうのは、得意でな」
レッドの質問に軽く答える。両腕を組み、隻眼の戦士の座る椅子の後ろに、背を預けている。
「……らしくもなく、記憶を辿っていただけだ」
「……記憶か………思えば、あの黒き銃士は、記憶を失くしていたのだったな」
淡々とした口調からでは、感情が読み取りづらい。何よりレッドは、このにいる“彼”のことを知らない。
「……ボウズ」
「?」
「お前……一体何者だ?」

訪れる沈黙。言葉を続ける。
「エックスを助けたり……今も、何故ここに居る?お前には関係ねぇ筈だ」
「……そう言う、貴方こそ。蒼き英雄を、殺すのは、忍びなかったようではないか」

再び、静かになる。
「一人になった彼は、殺すことのできる、絶好の機会……。だが、貴方は躊躇った。それ故、交渉を、持ち掛けたのだろう?」
「……本当に何者だ?」
「…………さぁな」
それきり、口を閉ざした。レッドは小さく息をつき、コンピュータを操作する。
レーダーからサイバーフィールドを消し、別の画面に切り換えた。

「死ぬ、つもりか」

突然紡ぎ出された言葉に手が止まる。
「…何?」
「とぼけるな」
単調な声だが、どこか確信を含んでいるような響き。
そう、この少年は確信しているのだ。

―――レッドが死のうとしていることを。

「……黒き銃士に、やらせるのだろう?」
「…お前は読心術でも使えるのか?」
「話を、逸らすな」
口を噤む。逃げは許さないとばかりの彼の声は、あくまで淡々としていた。


「何処まで、彼を傷つける?」

判っている。

「貴方を、殺めれば。彼の心には、深い傷が、残る」

解っている。

「何故だ」
「他に方法があるのか」
即座にそう返した。“彼”は黙る。
「ここまで関わってんなら…お前だって判るだろ。俺は、もうアクセルと共には生きらんねぇんだ」
「…………………」
「ならどうするか………あいつが、あいつ自身の手で、ケリをつけるしかねぇ」
理屈じゃない。それだけは判る。

“彼”は、溜め息をついた。
「……説得が、下手になったかもしれない」
「何でそこまで気にするんだ?」
「……………僕の、勝手だ」
ほんの少しだけ、不機嫌そうな声になる。そんな“彼”に微かに笑って、ある画面を出した。
「…そろそろ出てった方がいいぜ。ここに居たら、お前も巻き添えを喰う。ここまで来れたんだ。出口くらい判るだろ?」
返事がない。黙っている。
「さっさと出てけよ。お前みたいなガキまで、これ以上巻き込むわけにはいかねぇ」
「…………」

すっ、と壁から背を浮かした。
「……後悔、しないか」
「判らねぇよ」
レッドの返答に、少年はもう一度息を吐く。
コツコツと足音を響かせ、背を向ける。
「…………隻眼の死神よ」
ぴたりと足が止まり、声が響く。
「……僕が、何者か。貴方は、訊いたな」
片方だけの眼を見開く。





「僕は、“亡霊”」





振り返る。

だが、“彼”の姿は何処にも無かった。



「―――……」
隻眼を細めたレッドは、コンピュータを再び見据える。
画面には、“ステルス解除”の文字。

――……これでいいんだ……

そうして、Enterキーを叩いた―――






[18326] 第19話 「行こう」
Name: 焔雫◆d8ce7475 ID:47fdd84c
Date: 2011/03/30 22:14
「行くぞ、準備はいいか?」

大きな仕事の前には、彼は必ずこう訊く。

「いつでもOKさ」

それに対し、少年もいつもの答えを返す。

双方とも不敵に笑い、取引が行われているであろう建物に向かって、闇の中を駆ける。
少し離れた所で止まり、大鎌から衝撃波が放たれた。

大きな音を立てて、壁の一部が崩れる。
“そこ”から内部へ入ると、一人のレプリロイドが走ってきた。
今回のターゲット“アルス”の取引相手、“シーダ”。
取引相手もまた、ターゲット。
アクセルは、バレットの安全装置を外した。ささやかにガチャリと鳴る。
「レッドアラート…聞いたことくらいあるよね?」
答えなど求めていない問い。刹那、トリガーを引いた。
倒れ伏したシーダに近付き、手をかざす。
赤く光る塊を拾い上げ、意識を集中させる。
――と、少年は白い光に包まれ、次の瞬間、その中から“シーダ”が現れた。
「んじゃ、後でね」
レッドにそう告げ、“シーダ”は歩き出す。

アルスは簡単に見つかった。
ここなら安全か、などと独り言を言っているのが滑稽だ。
前触れなく差した影に、“誰だ”とアルスが振り向く。
「俺だ、アルス」
もっと安全な場所がある、そこへ行こうと言えば、あっさり“シーダ”を信用した。
アルスを先に行かせ、半歩ほど後ろを“シーダ”が歩く。
「どうしてあの情報が漏れたんだ…完璧な計画だったのに…」
思案するように呟いているのを聞き、“シーダ”は零れそうになる笑いを必死に抑えた。

これが完璧な計画とは笑わせる。
“じいさん”に、ひいてはレッドアラートにかかれば、一介の雑魚に過ぎないというのに。

不意に立ち止まった“シーダ”に、アルスが数歩先で振り返る。
“シーダ”は、素早くバレットを取り出し、構えた。
数秒はそうしていたというのに、アルスはまさかという表情だけで、全く動かない。
そんな相手に対し、容赦なく引き金を引いた。

――バシュン、と音が鳴り、アルスがうつ伏せに倒れる。
「ふふっ……全く気付かなかったね」
アルスは顔を上げ、銃を降ろした“シーダ”を見る。
「お前が…裏切っていたのか…!」
「違うよ」
“シーダ”の声に混じって聞こえたのは、少年特有の高い声。光に包まれ、姿が変わる。
「あいつはさっき処分したからね」
そうして次に聞こえてきたのは、少年のもののみ。
「なっ…どういうことだ…その能力は……いっ…たい……」
声が途切れ、息絶える。

と、彼が姿を現した。
「レッド」
「終わったのか?」
「うん。あいつ、隙だらけでねー。やる気起きなくってどうしようかと思ったよ」
「そうか」
「“そうか”ってそれだけー!?もっとねぎらってよー!」
頬を膨らませると、頭にぽん、と手が置かれ、拗ねるような態度をやめた。
それを見て笑うと、レッドは事切れたアルスの傍に転がっているアタッシュケースを拾い上げる。

この中に、史上最悪のイレギュラーによって生み出された、ウィルスプログラム“Σ-02”が収められている。
すぐ廃棄処理場に捨てるそうだ。
「行くぞ」
歩き出した彼の後を、少年は遅れることなくついていく。

不意に、以前、立ち聞きした会話が脳裏を掠める。レッドとアリクイックの、アクセルに関する会話。

気にならない、わけはない。

――……それでも、いいよ

レッドアラートに、レッドの傍に居られるのなら。
“そのひと”に、逢えなくても構わない。

“黄金の日々”さえあれば―――












通信音が鳴った。
<みんな、お待たせ。レッドアラートのアジトの場所が特定できたわ。司令室に来て>
「エイリア……わかった」
短く返事をし、回線を閉じる。
手にしていたバレットの調整を終え、安全装置がかかっていることを確認する。
「……………」




“………レッドを……止めてやれ………お前なら………お前にしか……できない……”


判ってるよ。


“お前はお前の道を……お前が信じる道を行くんじゃ。レッドもそれを望んでおる”


ボクはいつだって、信じる道を歩いて来たんだ。




―――ボクは行くよ。











「ポイントRD18-66。そこがレッドアラートのアジトよ。…でもこれまで反応すらなかったのに急に見つかるなんて…まるで私達を誘っているみたいね」
自分の考えを率直に述べるオペレータに続き、シグナスも告げる。
「確かに何かあるかもしれないな。充分に気をつけてくれ。
…エックス、ゼロ。アクセルを頼んだぞ」
厳かな声に、蒼き戦士は力強く頷いた。
「判ってる。
…さあ、みんな行こう。こんな争いは、早く終わらせてしまわなければ」
この場に居ない、白き闘士のことが気掛かりでないと言えば嘘になる。だが、彼女は先に行けと言った。この戦いを、少しでも長引かせないようにする為に。
そんな親友ともの心中を察してか、ゼロは微かに笑った。
「お前らしくなってきたな……エックス」
「…戦いたくはないんだ」
その気持ちは、今でも変わっていない。
しかし、そんな甘いことを言ってはいられない。
「…急ごう!これ以上犠牲を出さない為にも、奴らを止めるんだ!」
「判った。お前の好きにするといいさ。
出るぞアクセル、準備はいいか?」
後ろを振り返り、バレットを握ったまま黙っている銃士に呼びかける。
「う、うん」

「エックス」
友の名を呼び、セイバーを確かめる。少年もまたバレットをしっかりと握る。
彼はバスターに変わる右腕に左手を添え、深く息を吸った。
「…行こう!」
蒼き英雄の掛け声に、紅と黒の戦士は頷き、司令室を後にする。

――…待っててねレッド…

二人の後ろを歩きながら、少年は胸中で言の葉を紡ぐ。

――……ボクが止めてあげるから……








「大きな穴が空いてる!思いきりジャンプして飛び越えて!」
後方からの少年の指示。二人は穴を視界に捉えると、迷うことなく跳んだ。それを確認し、彼もホバーで通過する。

穴だらけの道――パレスロードには、行く手を遮るメカニロイドや、トンネルベースに置かれていた樽型の機械が至る所に置かれている。
更には後ろから工事用メカニロイド、“モルボーラ”が、巨大なローラーで押し潰さんとばかりに迫ってくる。

前衛はゼロ。目の前のメカニロイドをセイバーで切り捨てる。アクセルは後衛に回り、モルボーラの動きを逐一チェックしながら、ホバーで穴などの場所を確かめて二人に伝える。エックスは、前後に気を配らなければならない銃士の援護だ。
「両側に穴が空いてて、道が細くなってるよ!」
アクセルの的確な指示のおかげで、思ったよりも順調に進みている。


今回、クリアのサポートはもちろん、エイリアのナビゲートも受けることはできない。理由はジャミングだ。
強いジャミングの影響で、通信機が使えなくなっているのだ。
だが、そんなことで任務はやめない。


「エックス、ゼロ!開けた場所が見えたよ!」
「やっとだな」
クラッシュローダーを両断した剣士が、眼を鋭くさせる。
「挟み打ちにしよう。ゼロとアクセルは、広い所に出たら何とか後ろに回ってくれ」
“考えがある”と言えば、それぞれ了解の返事をする。
それに頷いてから、エックスは脚の加速機を回転させた。道の穴に充分気を配りながら、二人より先に広場へ向かう。

開けた所に出てから振り返り、状況を確認する。二段ジャンプやホバーを使い、何とか後方へ回ろうとしている二人。

エックスはチャージしていたバスターをモルボーラめがけて放った。それだけで破壊することはできなかったが、動きを一瞬止め、ゼロとアクセルを後ろに行かせることはできた。
二人を見失ったモルボーラは、前方のエックスに目標を定める。
突進してくる相手に、蒼き戦士は再びバスターを撃った。

発生した電気竜巻――ボルトルネードは、真っ直ぐ標的に向かって進む。
ガガガッ、と凄まじい音がし、ローラーが外れて速度が落ちる。
その隙をつき、ゼロが後ろから波断撃を放つ。ホバーで上に飛んだアクセルが、ダブルバレットを思い切り撃ち込んだ。
これにはモルボーラも耐えられず、煙を上げ爆発した。

残骸を一瞥し、三人は並び立って振り返った。



そびえ立つ高き塔。ポイントRD18-66。
「ここだな…」
呟いたのは蒼き青年。
「ここにレッドが…」
紡ぎ出された言葉に、エックスもゼロも思わず彼を見た。二人の視線には気付かず、少年は塔を見上げたまま両手の銃を握り締める。

「――行こう」
真っ先に、内部へ足を踏み入れた―――




[18326] 第20話 隻眼の死神
Name: 焔雫◆d8ce7475 ID:47fdd84c
Date: 2011/04/10 12:54
「……どうした、遅かったな、待ちくたびれたぞ」
背を向けたまま、男は口を開いた。


いくつもある台座が足場になっている。その中の、丁度対岸のような位置に、長身の男と小柄な少年は立っている。


「やあ、レッド。元気そうで何よりだよ」
常と変わらぬ声音で言葉を紡げば、男の低い声が返ってくる。
「“センセイ”のおかげでな。チカラが漲っているよ。…フッ、だけど、この有様だがな…」


足場の下には霧のような、靄のようなものが広がっており、特殊プログラムの影響で外―――空高い宙に直結している。
落ちたらまず、助からない。


「…なるほどね…“センセイ”か……今日は一緒じゃないんだね」
若干声を低くする少年。男は、高い天井を仰いだ。
「相変わらず、何処に居るのかは判らんな…。案外近くに居るんじゃないか?」
「そっか…じゃあ気をつけないとね…」
空気が、肌で感じられるほどピリピリと張り詰めていく。

そうして男は振り返った。

「…さて、長話してる場合じゃなかったな?
そろそろ始めるとするか!」


レッド少年アクセル、一騎打ちの火蓋が切って落とされた。









三人分の足音が、無機質な通路に響く。
塔に着くまでは一苦労だったというのに、内部に入ってからは全く警備がいない。空気もひんやりとしていて、順調に進めていることが却って不気味だ。
上階へと続く一本道の坂を上っていく。
結局何もないまま、彼らは行き止まりの壁際に置いてある転送装置に辿り着いた。

「…いつもなら」
不意に、ゼロが口を開く。
「彼女が調べる所なんだがな」
そう、クリアが居れば、装置を調べて安全かどうかを確認できる。しかし、それは今叶わない。
「…ここまで来たんだ」
アクセルが、押し出すように言う。
「迷ってなんかいられないよ」
「…だな」
「…ああ」
蒼と紅、二人の青年は頷き、装置を起動させた。
まずはエックスが入り、次にゼロ、アクセルと続く。

光が晴れた―――

「なっ!?」
「!?」
いくつもの光球が二人――エックスとゼロを取り囲み、光の牢を作り上げた。一人に十二個、六角形の檻は、三人を分断させる。
「エックス!ゼロ!」
光球にバレットを近付け連射する。エックスはバスターを放ち、ゼロも斬りつけるがびくともしない。
「どーなってんのこれ!?」
「頑丈過ぎだ!」
思わず声を上げる。紅き青年は檻の外へ視線を移し、瞳を鋭く細めた。
「………“手を出すな”……そういうことか?」
呟いた剣士を疑問の目で見、流れるようにその先へと顔を向けた。
「…!」
「あ…」
感じる。
霧がかかっていて見えない、けれど。
優れた戦士だからこそ、気付けるモノ。


強者の気配。


「…………」
「……レッド……」
何故、エックスとゼロを閉じ込めたのか。

理由はすぐに判った。

「アクセル」
呼んだのは紅き闘神。身動き取れぬ檻の中から、見上げてくる常葉色の瞳を真っ直ぐに見据えた。
「いけるか?」
様々な意味を含め、端的に問う。

蒼き英雄が見守る中、少年は視線を逸らさず、両手の銃を握り締めた。
「もちろん」









放たれる衝撃波を、他の足場に飛んでかわす。着地した瞬間、バレットを放った。
しかし、レッドの周囲の空間が歪み、現れた黒い穴の中へ姿を消す。同時にその穴も消える。
驚く暇もなく、アクセルのいる足場の空間が歪む。反射的に飛び退けば、案の定彼の姿がそこにあった。

――まさか…瞬間移動ってヤツ…!?

正確には空間移動だが――

足が地に着く前に連射する。だが、少年が撃つよりも速く、彼は次の技を繰り出していた。

シュルシュルと音を立てて発生する赤い竜巻。レッドのいる所だけではない。他にも数箇所―――アクセルが飛んだ足場にも。
「ぅああっ!」
全身が刻まれる感覚と共に、体が宙を舞う。

アクセルは聞かされていなかったが、以前レッドがエックスの前に現れた時使った技がこれだ。

足場と足場の間に落ちる体。しかし彼は、足を曲げてくるんと回転し、ホバーを起動させた。そのまま一番近くの台座に壁蹴りで飛び乗る。動かずに様子を見るようなことはせず、すぐさま別の足場へ飛んだ。
空間移動は先が読めない。常に動いていなければ先刻の二の舞だ。

――どうしよう…!どうすればいいの…!?

衝撃波が飛んでくる。ギリギリで避け、すかさずバレットを撃つ。だが、大鎌を振るうことで防がれた。

――どうしたら…!

次、彼が現れた先、アクセルの隣の足場。
反射的に銃を構えた―――が。

「っ…!」

今までは、必死だった。攻撃する時も迷わず撃てたのは、彼が遠くにいたからなのだろう。
目の前にして、銃口が震えた。

彼の躊躇いを、レッドが見逃すわけはない。
振るわれる鎌。慌てて上体を移したが避けきれず、衝撃波が片腕を掠めた。

――……どうしたら…っ!




怖い。
ここまで来て、今更になって。

彼を失うのが、怖いのだ。

彼を殺すことが、恐ろしい。




「くっ…!」
大した傷は負っていないが、レッドはほぼ無傷。

――……本気で……本気で殺そうとしてる……

迷いは断ち切った筈なのに、彼を殺すつもりでここに来たのに。

――………判らないよ……っ!!

堪らず、ぎゅっと眼を瞑った、その刹那。

鎌を振るう音。
瞼上げれば、衝撃波が迫っていた。


瞬間、少年の脳裏に流れた映像。



レッドアラートでの“黄金の日々”。

暴走していくメンバー。

脱走する自分。

共に戦う新しい仲間―――



――あ…れ…?


止まった、記憶。


――どこで……?




浮かんだのは溶岩。

熱気が立ち込める中、白いマフラーが揺れている。

あの時聞こえなかった声が、今、急に聞こえるようになった。






“『突き進め』…それがお前だろう?”






常葉色の瞳を、大きく見開く。
バレットを操作し、目の前の衝撃波を撃った。

着弾と同時に発生する炎の球――サークルブレイズ。
そして、もう一つのバレットの引き金も引く。
現れたのは岩の盾、ガイアシールド。

威力の落ちた攻撃を盾で防ぎ、彼を見据えた。空間移動でその姿が消える。
タン、タン、と次々に足場を移っていき、捕まらないよう油断なく身構える。

一つの台座の上で空間が歪んだ―――直後。


少年は、そこ,,へ飛んだ。


「何っ…!?」
遠距離型のアクセルが自ら間合いを詰めたことで、レッドは虚を突かれ隙ができる。
その瞬間を狙い、彼は銃口を向けた。

「エクスプロージョンッ!!」
Gランチャーから放たれた、強力なエネルギー弾。まともに喰らったレッドは仰け反り、しかし吹き飛ばされなかった。脚に力を入れて踏み止まり、大鎌を振り上げる。
至近距離では衝撃波は使えないらしく、そのまま斬り裂くつもりだ。
だがアクセルは慌てず、撃つと同時にGランチャーからバレットに持ち換えた。
一つだけ、オリジナルのアクセルバレット。

鎌を見上げ、空いた右手を伸ばす。
トン、と、長い柄を軽く掴んだ。
力付くで止めるようなことはせず、降り降ろされるスピードと軌道に合わせ、腕を曲げ体を低くする。
そうして、受け流された,,,,,,鎌は、地面に突き刺さった。
たん、と大鎌の上に乗り、高く跳ぶ。
脚の加速機を使いながら体を回転させ、得物を握るレッドの手めがけ、踵落としを打ち込んだ。











トンネルベースから帰還し、一通りの治療が終わった後のこと。

“格闘技を教えて欲しい?”
少女は、ライトブルーの瞳をまるくして聞き返した。
“うん”
対する少年は、常葉色の瞳を真っ直ぐに向けている。
“どうして?キミは銃士でしょう?”
“あんたの蹴りとか身のこなし、スゴイって思ったんだ。素手でガンガルンに勝ったんでしょ?お願い”
真剣に頼んでくるアクセルに、クリアは困ったような表情を浮かべ、指で軽く頬を掻いた。
“そうは言ってもねぇ……私とキミじゃ、戦闘スタイルが違い過ぎる。私は能力を使えば強化できるけど、キミはパワーも防御力も強い方じゃないし……スピードは中々のものだけどね”
“でも、ボクどうしても覚えたいんだ!銃だけじゃなくて、他の戦い方も!”
“……何でそんなに拘るわけ?”
小さく溜め息をつきつつ問えば、彼は俯いた。

“……ボク……まだまだ弱いから……。それに……レッドや……ライバルだったヤツと戦うなら………違う戦い方ができないと………勝てないと、思うんだ……”
“…………”
戦闘パターンが読まれてしまうということだろう。

そして、新しいことを学ぶことは、彼なりの過去との決別なのだ。

“……判ったよ。降参だアクセル”
苦笑する彼女に、少年はぱあっ、と表情を明るくする。だがクリアは、『ただし』と付け加えた。
“一度に多くのことを覚えるのは無理があるし、今は仮にも交戦中だ。私にもやることが…”
“わかってる。できる時だけでいいよ”
途中で遮られながらも、くすりと微笑み思案する。
“パワーそのものが低いキミには、私と同じ足技がいいだろう”
“何で?”
“脚力っていうのは、腕力と比べて何倍も強いものなんだ。私も強化には限度があるから、パワー不足を足技で補ってる”
“それで足技が多かったの”
合点がいったと頷く。
“それと、接近戦をやるんだから受け流しと…………あ、そうだ”
何か閃いたらしい。うんうんと一人で納得している。
“…何?”
“バレットを使った接近戦”
“………え!?”
さらりと紡がれた一言に驚く。
バレットを使った接近戦とは、一体何なのだろう。撃ちまくるのか。

“まあ、それはまたでいいや。
さ、教えると言ったからには、私は厳しいぞ?“
バレットを使って、ということが気にはなったが、『また』と言ったのだから、いずれ教えてもらえるだろう。

どこか強さを含んだ闘士の笑みに対し、彼は不敵に笑った。
“望むところさ!”












「やああっ!」
空間移動する間も与えず、連続で蹴り込む。鎌が振るわれれば、片手で緩やかに受け流す。

ならばと、レッドは受け流すことのできない足元を狙って横に薙ぎ払った。
だがアクセルは真上に跳んでかわし、自分の左手が自分の右肩に行くよう腕を曲げ、体を捻った。

カチッ、と音がして、バレットに付加されたスイッチ―――クリアとの稽古以外では一度も使ったことのないそれを、押した。

銃を握ったまま、レッドの側頭部めがけてその手を横に滑らせる。同時に、トリガーを引く。

――と、今までのショットよりも遥かに大きな音がして、バレットを握る手が、ぐん、と加速した。

速度が上がったことに驚いたレッドだが、咄嗟に片腕で頭部への直撃を防ぐ。ガードした腕のアーマーが、びきっと音を立てた。

「くっ!」
彼は、まだ空中にいるアクセルを鎌の背で突き飛ばす。
銃士の胸部アーマーも、ひびの入る音がした。

足場から放り出されたアクセルは、遠くなりそうな意識を気力を以ってして保ち、レッドを見た。
鎌を振り上げようとしている。衝撃波を放つつもりだ。しかし、先程までの攻撃が効いているのか、動作が若干遅い。


――…レッド……


少年は、真っ直ぐにバレットを構える。


――………ボクが………


一瞬の筈なのに、映像が一コマ一コマ、脳裏に焼き付いていく。




ボクが止めてあげるから。




迷うことなく引かれたトリガー。

聞き慣れた銃声が、空間内に響き渡った。








霧が消え、アクセルは背を床に強かに打ち付けた。息が詰まったが、力を込めて立ち上がる。
どうやら特殊プログラムが解除されたらしく、台座の下にも床があった。

彼は前方に目を向け、握ったままのバレットを構えた。


膝をついているレッド。致命傷はないようだが、動くことはできそうにない。
銃口を向ける少年を、隻眼で見据えた。
「…ハハッ……腕を上げたな……アクセル」
力なく笑った彼に、少年はえ、というように口を開いた。

声が出ない。

「…あれが聞こえるだろう…」
爆発音。次いで、何かが崩れる音。
「ここは…長くは持たない……。
俺に…万が一のことがあった時は……ここから下は……一緒に消えて…なくなるように……セットしておいたからな……」
途切れ途切れに言葉を紡ぐ彼。
アクセルは、眼を見開いた。
武器をしまい、差し出す。ずっと、最初から銃を握ってきた、小さな左手を。

「イヤだ!レッドも行こう!!」
駆け寄ろうとして、ぐん、と後ろに引かれる。振り返れば、檻から解放されたゼロが、アクセルの右腕と左肩を掴んでいた。
「放してっ!!レッド早く!まだ間に合う!!」
「よせ、急がないと俺達も埋まってしまうぞ!」
「ゼロ!こっちだ!急げ!」
同じく解放されたエックスが、上階への道を確保している。ゼロは頷き、アクセルを引きずるように連れていく。
「イヤだ!!レッド…!レッド…!!」
一心に名を呼び、手を伸ばし続ける。
瓦礫の中に、小さくなっていく彼。





共に生きたい。

たったそれだけの願いだったのに。





「アクセル…そいつの言う通りだ……。じき…床も崩れる……」
「レッド…!!」
常葉色の瞳から、雫が溢れ出る。
「……お前に……言っとかなきゃならねぇことがある……」
ぴくん、と、少年の指が震えた。
ゼロも上階へと歩を進めながら、耳だけは傾けている。何故か、聞き逃してはならない―――そんな気がしたのだ。





――……悪いな……小娘……





“―――――――”




二対の双眸が見開かれる。



床が崩れ始めた。
「ゼロ!早く!」
エックスの声に、足を速める。
アクセルは、手を伸ばすことをめない。
ぼろぼろと零れ落ちる涙。

そんな少年を見て、彼は笑った。
「…アクセル」

紡ぎ出された声は、残酷なまでに優しかった。

「先に行って待ってる……いつでも来な。慌てなくてもいい…」

大きな瓦礫が、彼らを隔てる。





瞬間。





アクセルの指先に、温かい光が触れた。

見覚えのある、しかし実際は初めて見るもの。





「レッドオォォォォォォ!!!」





少年の絶叫は天井に吸い込まれ、暗闇の中に消えていった。










上階に移動し、ゼロは少年の腕を離した。
アクセルは膝をつき、上がってきた道―――墜ちていった階下を、虚ろな眼を以ってして見つめる。

エックスが白く小さなカプセルを取り出す。セントラルサーキットの任務の後で、クリアが復帰祝いと言ってくれた、彼女の力が詰まったモノ。
指に力を入れれば音を立てて砕け、殻もろとも光の粒になった。
手の中に収めたソレを、上からアクセルに振りかける。
と、彼女がする時のように、傷が治っていく。
光が消え、完治とまではいかなかったが、大方の傷は癒えたようだ。

だが、彼は顔を上げない。じっと動かず、傷が治ったことに対し驚きも見せず、ただただ見下ろしているだけ。

エックスは彼から離れ、ゼロに歩み寄った。
紅き青年もまた、どこか迷っているような顔をしている。

この先に居るであろう敵。その正体に、エックスもゼロも凡その察しはついていた。
根拠などない、経験からの、直感。

しかし、最も大切な存在を目の前で失った少年の心は、言葉では言い表せないほど深く傷付いている筈。今の彼に、声をかけるということ自体ばばかられた。




どれほどの時間が経っただろうか。
不意に、彼が立ち上がった。

振り返り、驚く二人に真っ直ぐ眼を向ける。

「行こう」

儚い、けれど吹っ切れたような表情カオ

「“センセイ”をやっつけなくちゃ」

すっ、と瞼を閉じる。

「“突き進め”って、あのひとなら言うから」

脳裏に浮かぶ、強く可憐な闘士。

常葉が現れ、二人と交互に視線を合わせる。

エックスとゼロは、数秒の逡巡の後、ほぼ同時に頷いた。

奥へと足を向け、アクセルがその後に続く。


――…大丈夫…


小さな手を、そっと胸に当てる。


――……戦える




少年は、迷うことなく進んだ。















~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
焔雫です。
アクセル…接近戦ができるようにしましたが、まだまだクリアには及びません。
接近戦でバレットを使ったところ…判りましたでしょうか?文章力に自信がないので、上手く伝えられたかどうか少し心配です……。





[18326] 第21話 悪意の源泉
Name: 焔雫◆d8ce7475 ID:47fdd84c
Date: 2011/04/15 18:58
辿り着いたのは奇妙な部屋。左右の壁がなく、部屋の外は吹き抜けになっている。

二人より前に出たアクセルは、両手のバレットを握ったまま声を発した。
「出て来なよ。いるのはわかってるんだよ、“センセイ”」

途端、高哂いと共に、階下からその男が飛び上がって来た。黒いマントを撥ね除け、彼らを見下ろす。
「ご苦労だったな。ここまで来てくれるとはこちらから出向く手間が省けた。役立たずどもは全てやられたようだしな」

“役立たず”。
そう言った男に、銃士はギリッ、と奥歯を噛んだ。
エックスが、一歩踏み出す。
「やはりお前だったのか……シグマ!」
「懲りない奴だな。どんなに細かく斬り刻んでも、また出て来やがる」
セイバーを抜き、ヒュッと空を裂いて構えるゼロ。
アクセルは“シグマ”という名を聞くと眼を見開き、そして珍しくも鋭く細めた。

――…こいつが…!

史上最悪のイレギュラー、シグマ。
アクセルが嫌悪してやまない、イレギュラーの王。

「フン、何とでも言え。
エックス、ゼロ!貴様らの命をワシのものにするまで、何度でも、何度でも、な・ん・ど・で・も!蘇ってやる!
さあ、いつものように熱い戦いを期待しているよ。
行くぞおぉぉぉ!!」
シグマが叫んだ直後、ガコン、と音がして部屋全体が揺れた。と、エレベーターのように動き出す。上昇しているらしい。

部屋の中に入ってきたシグマは、腕に装備された銃を撃つ。弾丸は床や壁に当たるとバウンドし、不規則に動く。
飛んでくる弾をセイバーで薙ぎ払ったゼロは、脚の加速機を回転させ間合いを詰めた。下から剣を振り上げる。
しかし、シグマの姿がしゅうっ、と消える。はっとなれば、奴は部屋の外を飛び、マシンガンを放っていた。
「空間移動か…!」
舌打ちし、数少ない物陰に隠れる。

次に動いたのはアクセル。絶え間なく動く相手に、ダブルバレットを連射する。が、再び消え、今度は彼の前に現れた。
「!!」
「アクセルっ!!」
銃を構えたシグマに、エックスがチャージしていたショットを横から放つ。当たった隙にアクセルは飛びずさり、距離を取った。

「っ!伏せろ!」
奴が壁際に立ち、背中の大砲を手に取ったのを見た途端、ゼロが叫んだ。
体を倒した三人の上を、凄まじいエネルギー波が飛び交った。

「…うわあ、とんでもないね」
冷や汗をかきながらそんなことを言って立ち上がるアクセルに、エックスはバスターをチャージしつつ声をかけた。
「やけに冷静じゃないか、アクセル」
「だって、シグマってイレギュラーの中じゃ最強なんでしょ?怒ってたら勝てないよ」
驚きを見せる青年に、バウンドした弾丸を撃ち落とし、“それに”と付け加える。
「あのひとが言ってたんだ。“感情に走るな。どんなに憎い相手でも”って」
不敵に笑う。
「だから、ボクは落ち着いているよ。落ち着いて戦える」
再び大砲に手を伸ばしたシグマを見据え、地を蹴った。
「っ!」
「おいっ!」
放たれるエネルギー波。少年は瞬きもせず、全く怯まず走る。

眼前に迫り、彼は脚に力込めた。









“痛あ!”
後ろから蹴られ、アクセルは顔面を床に打ち付けた。
“遅いぞ”
たん、と軽やかに着地した白銀の闘士は、痛みに呻く少年を見下ろす。
“何度も言わせるな。加速機ばかりに頼るんじゃない”
“だ、だって……これ以上速く動くなんて…”
起き上がっても泣き言を言う少年に、クリアは溜め息をついた。
“あのなぁ…ただ速く動くだけじゃ意味ないだろう?”
“…?どういうこと?かわせって言ったじゃん”
“……キミの場合、やって見せた方がいいな”
彼女は一度跳躍すると、アクセルから大きく距離を取った。
“ダブルバレットがあるだろう?撃ってみな”
“えっ…あんたに?いいの?”
“ああ”
“…………”
少し迷ったが、彼はクリアめがけて連射した。
弾丸が彼女に届く―――寸前。

滑らかな動作で、闘士は上体を移した。
軽快な足音を立て、瞬間移動とも見紛う速度で走り、弾を正確にかわしていく。

呆気に取られていた彼は、コツンと額のクリスタルを叩かれて我に返った。
さっきまで離れた場所に居た彼女が、文字通り目の前で微笑わらっている。
“キミの場合、接近戦はスピードを活かした連撃が中心になる。相手の攻撃を避ける為にも、足捌きができないとな”
“…あんなに速く動けって…?”
半ば茫然と呟いたアクセルに、クリアはどこか溌剌とした笑顔で告げる。
“いいか?素早く、正確に動く為には、加速機と踏み込みのタイミングを合わせる必要がある。少しでもズレれば、スピードは半減だ”
“タイミング…”
“そうだ。もう一度やってやる。よく見ていろ”









だんっ!と地を蹴り、エネルギー波の上に出る。そのまま体を捻って横に動き、ストッ、と着地する。


“ただ地面を蹴るんじゃない。強く―――”


――踏み、蹴る…!

着地した瞬間、走り出すと同時に加速機を回転させた。
タ、タ、タンと地を駆け、放たれる弾丸を素早くかわす。
一瞬にして接近したアクセルは、Gランチャーを取り出した。
「図に乗るな小僧!」
顔面に突き付けられるシグマの銃口。だが少年は、瞬き一つしない。

銃が火を吹く、刹那。

紅の閃光が走る。

アクセルに向けられた武器を装備している腕を、袈裟掛けに斬りつけた。
奴の注意がゼロへ向いた隙に、少年は高く跳ぶ。トン、とシグマの銃の上に片足を置き、エクスプロージョンを放った。

撃った途端、剣士、銃士、共に離れる。

「任せた」
「お願い!」

数瞬動きを止めたシグマの、額のコアへと、フルチャージショットが撃ち込まれた。

「お…己…!…だが…まだ…!」
その言葉を訝しる間もなく、部屋の外が光り出す。それは内部にも入ってきて、三人は目を開けていられず両腕で顔を覆った。



シグマの哂い声と共に、覚えのある感覚が彼らを包んだ。










瞼を上げ、その目を見開く。

転送された先。

「宇宙…!?」
愕然と呟くエックス。向こうには青い星、地球が浮かんでいる。
彼らは、確かに宇宙に居た。

「フハハハハ!ここからが本番だ!」
高哂いしながら巨大な―――巨大化したシグマが現れる。
捕まれば、簡単に捻り潰されてしまいそうなほどの大きさ。
「これは…!」
「……DNAデータ…だね」
確信を含ませ、はっきりとアクセルが言った。
聞こえていたのだろう、若干機械質な声で、シグマは哂った。
「そうだ小僧!貴様の集めたDNAデータを使わせてもらったのだ」
少年は、ぐっと唇を噛む。自分のしたことが、こんな事態を引き起こしてしまうなんて。

ゼロは周りを見渡す。足場はそこまで広くない岩ばかりで、シグマの周囲を螺旋階段に近い形で浮かんでいる。
相手は恐らく、自在に動けるのだろう。
圧倒的不利に、思わず舌打ちが零れる。

シグマは腕を左右に開くと、掌から四つ、緑の光弾を放った。
上から降ってくるそれ。三人は、次々と足場を飛び移ることでかわす。
アクセルがバレットを撃つものの、弾は当たる前に消滅してしまう。
「やっぱダメか…」
「こんなに距離があったんじゃ、俺のチャージショットも届かない…」
「上の方の足場なら届くかもしれないが、簡単には行けそうもないな」
話している間にも、シグマは攻撃を仕掛けてくる。腹部から撃ち出される火の玉は、大きく弧を描いて飛んだかと思うと、三人のいる所に返ってきた。
咄嗟に、別の足場へ飛ぶ。
「!また来るよ!」
火の玉が消えれば、光弾が降ってくる。息つく暇もない。
ゼロ、エックスに続き、アクセルも移ろうとした時。目にも止まらぬ速度で接近してきたシグマの拳が、彼を狙った。
寸前で気付いたアクセルは、あわや、という所で飛び、直撃を避けた。

が。

「っあ!」
強力な風圧に、空中にいる彼が耐えられるわけがない。小さな体は、いとも容易く吹き飛ばされた。


その先は、闇。


「ア…アクセルっ!!」
手を伸ばす―――真っ暗な空間に吸い込まれてしまいそうな少年を掴もうと、必死で。

だが、蒼き腕は届かない。

更にはシグマが放った火球が、墜ちゆく彼に迫っていた。








「アクセルーーーーーーーっ!!」








響き渡った聞き覚えのある、いや、よく知っている声。

火球に当たりそうになっていた彼の姿がひゅっと消える。

蒼と紅の戦士の傍に、その人物は降り立った。




「待たせた…すまない」

詫びるのは、端正な顔立ちの白き少女。

銀色の長髪と白いマフラーがふわりと揺れた。

「「クリア!」」
綺麗に揃って自分の名を読んだエックスとゼロに、抱えていたアクセルを降ろしながら思わず微笑む。
「苦戦しているようだな?」
「遅れて来て何を言う」
「だが、間に合っただろう?」
憮然とする剣士に対し、クリアは珍しくもくく、と笑った。


彼女一人が来ただけで、妙に安心できる空気。

彼女の気質が、そうさせるのだろう。


「さて……あまりのんびりしている暇はなさそうだな」
眼を向けた先。シグマが哂っている。
「小娘一人が加わった所で、私が倒されるとでも?」
「御託は要らない。小娘で結構…」


彼女の纏う空気が変化する。

傍に居た仲間達は、一瞬その気配に畏怖を感じた。




「…さあ、ゲームを始めよう」




彼女が呟いた直後、シグマの腹部から巨大なレーザーが射出された。
「みんな動くな!」
避けようとした三人を一声で止め、クリアは右掌を前に突き出した。

「ノウバディ、『ディフェンド』!」

白い光が掌に灯り、瞬時に橙色へと変わる。
それが“物体”になるまで、一秒もかからなかった。


中心に橙色の珠が埋め込まれた、人一人隠せるほど大きい盾。珠と同じ橙色がベースで、白い模様が入っている。


クリアの手に握られたそれは、レーザーを弾いた。
「「「!」」」
そのまま意識を集中させると、珠以外の部分が橙色の光に戻り、球状に広がって四人を覆った。
降ってきた光弾が、それに当たって消滅する。
「すごっ…!」
「ただの時間稼ぎだ」
驚く仲間達の方へ振り返る。
「だが、時間を取り過ぎてシグマを苛立たせるのは賢明じゃない……手早く済ませるぞ」

軽く開いた掌に、小さな白い光が発生する。
現れたのは、“X”、“Z”、そして“A”の文字がそれぞれ入った三枚のチップ。
「君…それ…!」
「今までの特殊武器、ラーニング技を全て取り入れた。新しいモノを一つ加えて、合計八つだな」
手渡され、組み込む。
「詳しい説明は省くが、エックスとアクセルの“スナイプミサイル”は話しておく」
「スナイプミサイル?」
「ああ。射程が長く、ホーミング機能を加えたミサイルを発射できる」
それを聞き、はっとエックスが声を上げる。
「そうか!その特性なら攻撃も届く!」
「…だが、数に限りがあるだろう。シグマがそう何度も受けてくれるとは思えんしな」
黙っていたゼロが口を開く。彼の言うことはもっともだ。たとえ無限に撃てたとしても、避けられる可能性が高い。
「ああ。スナイプミサイルは当たって二発だろう。私は飛べるが、あんな巨体に動き回られてはまともに戦えない」
「じゃあどうするの?」
「当たらなくていい。囮に使う」
「えっ?」
「剥き出しになっている額のコアだけ壊せればいいんだ。上の方の足場ならスナイプミサイルじゃなくても、キミの攻撃は届く筈だ。うまく誘導できれば…」
「エックスとアクセルはともかく、俺はどっちにしても届かんぞ」
口を挟んだ剣士に、クリアはふっと笑む。
「それも考えてある。いいか…」

作戦の旨を伝えると、三人の戦士がそれに頷く。

光のシールドの外に眼を向けた、時。

「……あの……」

不意に。

「どうした?アクセル」

俯いた彼に、クリアが静かに問いかける。

「あの……あのね………ボク……」
「?」
「…ベースに…戻ったらさ……」

顔を上げた。常葉色の双眸は、真っ直ぐ彼女に向けられている。
「…ボク、あんたと話したいことがあるんだ」
強い意志を湛えた瞳に、エックスは驚き、ゼロははっと眼を見開き、
「……判った」
クリアは表情を変えず、一言、了承の言葉を述べた。

「…行くぞ…」

攻撃が止む、僅かな時間。
光のシールドが消えた瞬間、駆け出す。

エックス、アクセルは中央付近、ゼロとクリアは上へと向かう。

「テイク・フォーム、『バインド』」

橙色の盾が、紫の鞭に変化する。珠も紫になり、手の中に収まる大きさまで縮み、柄の端にぴたりとはまった。

「…その武器は一体何なんだ?」
思わず、といった様子で、隣の青年が問う。少女は懐かしむように微笑わらった。
「宝物…だな。…このマフラーと同じくらい大切なものだ」
空いた左手でそっと触れる。どこか切ない微笑みに、ゼロはそれ以上聞くことができなかった。
「それより…来るぞ」
放たれる火球。紅と白の戦士は、ぐっと得物を握り締めた。



エックスがまず一発、シグマのコアめがけてスナイプミサイルを撃つ。当たる前に気付いたシグマは移動する。その後を追ったミサイルは、強固な鎧に当たって砕けた。
(今ので見切られたよね)
(ああ…だが、それでいい)
互いにしか聞き取れない声で確認し合う。

コアに直撃しなければダメージは全く与えられない。ダメージを与えられないのなら、わざと先を読ませ誘導する為に使う。
撃てる数は、エックスもアクセルも十発ずつ。

今度は銃士が一発撃つ。シグマのアーマーに当たり、粉々になった。
足場と相手の攻撃に充分気を配りながら、少しずつ上の方へ誘導していく。
ちらりと目を向ければ、ゼロとクリアも攻撃をかわしつつゆっくり上へと向かっている。

残りは五発ずつ――二人同時に六発目を放った。
それをかわしたシグマが、一気に足場へ近付いた。



剣士と闘士の姿が消える。

次の瞬間、シグマの頭上に迫っていた。



先に落下してきたゼロが、回転しながらコアを斬り付ける。すぐさま思いきり蹴って離れると、クリアが加速をつけ入れ違いになるように飛び込む。白い光でパワーを高め、全身全霊の力で蹴り込んだ。
即座にフライトリングを駆使して空中にいるゼロを拾い、向かってくる奴の拳を素早い動きでかわす。かわした途端に、彼女は右手にある鞭を振るった。

「チェーン・グリップ!」

ひゅん、と音を立て、鞭が一気に長くなる。そのままシグマの腕に、何重にも巻きついた。
「小娘如きが…!」
「っく…!」
飛んでくる攻撃を、辛うじて避ける。右腕の力を上げてはいるが、奴の凄まじいパワーに引っ張られてしまいそうになる。
「…っ……逃がす……もんか…っ…!」


鞭を握る華奢な手に力を入れ―――その手が、包み込まれた。


「っ!?」
「緩めるなよ」
突然のことに驚き、すぐ傍にある剣士の顔を見た。

紫色の武器を掴んでいる少女の手を、彼は包むようにして支える。
「ゼ…ゼロ」
「…気を抜くな。俺はお前が鞭を離さないようにすることくらいしかできん」
「………ああ!離してたまるか!」
パワーを更に昂上させる。
彼女の右腕のアーマーから、ピシッ、という音が鳴った。


僅かながらも動きを止めたシグマ。
ゼロとクリアが攻撃している間に、上の方へ移動していたあと二人の戦士が、それぞれの武器を構えた。




「これで…!!」

「とどめっ!!」




エックスのフルチャージショットと、アクセルのダブルバレットが直撃する。
既にヒビが入っていたコアは、パキパキと音を立てて割れ始め、粉々に砕け散った。同時に、シグマが苦悶の叫びを上げ、巨大なボディが爆発していく。

クリアは鞭を操り、今度はエックスの腕を捉えた。蒼き青年のもう片方の手は、アクセルの腕をしっかりと掴んでいる。
鞭を一気に縮めて二人を引き寄せ、爆発に巻き込まれない離れた足場まで飛ぶ。

やがて地鳴りの如き爆音と爆風が巻き起こり―――






―――静寂が、訪れた。
















~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
う~ん………サブタイトル悩んだんですが………合ってます………よね?
クリアが色々謎めいてます。




[18326] 第22話 鎌と銃
Name: 焔雫◆d8ce7475 ID:47fdd84c
Date: 2011/05/01 21:42
「……終わった……の……?」
独り言のようにアクセルが呟く。

暗い空間のあちこちに、アーマーの破片が散らばっている。


「――ああ」
ややあって、蒼き英雄が答えた。少年はほう、と息を吐き出す。
ゼロがかちゃりとセイバーを収めると、それに倣うようにエックスはバスターを解除し、アクセルはバレットをしまう。クリアの武器、“ノウバディ”は、白い光となって消滅した。

彼女へと視線を移し、紅き闘神は碧い眼を細めた。
「……お前、その腕どうするつもりだ?」
「え?」
彼が指したのは少女の右腕。
「!あんたそれっ…!」

アーマーには亀裂が入り、二の腕には幾度も斬り裂かれたような傷がついており、血が溢れ出ている。掌も同様に血が滲んでいて、尋常ではない破損の仕方だ。

「どうしたんだ!?」
エックスも声を上げる。当の本人は、涼しい顔で傷にそっと手を当てた。
「パワーの向上に、私自身の身体が耐えられなかったんだろ。内側から壊れた」
「だ、大丈夫なの…?」
「大丈夫だ。神経回路は既に遮断されているから、痛みも感じないしな」
「全然大丈夫じゃないじゃんっ!要するに、この前ボクがイノブスキーにやられた時と同じってことでしょ!?」
「キミは脚だっただろう。私は腕だ」
「揚げ足取るなーっ!重傷には変わりないじゃないかーっ!」
淡々と答えるクリアと、ぎゃあぎゃあ叫ぶアクセル。彼らの容姿故なのか………見ていてどこか、微笑ましい。
思わず微笑を浮かべるエックスの隣で、ゼロは小さな溜め息をつき、自らの掌を見つめた。



少しだけ、赤く染まった掌。


クリアの手を支えた時、彼女の掌から血が滲み出ていることに気付いた。
彼女の腕が破損し始めたのは、ゼロが支えた後。
他の傷とは違い、柄を強く握り締め過ぎた為に、血が滲んでしまったのだ。

レプリロイドの身体は、簡単に傷つくようにはできていない。戦闘型ならば尚のこと。
ただ握るだけ,,,,で、血が滲むなど。


――……どれだけ強く…握り締めていたというんだ………




「…まあ、そんなことより、」
アクセルの言葉を尽くかわし、クリアは切り出す。
「帰ろう。宇宙は苦手なんだ」
「……どうやって帰るの?」
自分の怪我を“そんなこと”と括ったクリアに諦めを覚え、アクセルは尋ねた。
実の所、エックスとゼロも疑問符を浮かべている。サイバーフィールドの時のようにコンピュータは存在しない。
宇宙ここから一体、どうやって帰ればいいのか。

彼女は、にっと笑った。
「私がどうやってここまで来たと思う?」
「…?飛んで来たんじゃないの?」
「宇宙まで飛ぶわけあるか!…他に方法がなかったら別だがな……これ」
「クリア、それは?」
「小型ハッキング装置」
「「…え!?」」
さらりと言った単語に、例の如くエックスとアクセルが声を上げる。
「ハッキング…ってお前…」
「クリムゾンパレスにあったコンピュータを拝借して、転送でここに来たんだ。急ぎ過ぎたせいで座標を少し間違えたけどな」
「…そうか、君がどこからか飛んで来たのは、そういうことだったんだね」
「まぁな。
ちなみに、この装置はサイバーフィールドのコンピュータから頂戴した」
今度はゼロも驚いた。

「どういうことだ?」
「あの時、メッセージを見つけてね」
「「「?」」」

「“どうするかはお前次第じゃ、クリアーナ”って。彼は、自分が負けた時は全ての情報を渡すつもりだったんだ。……いや、ひょっとしたら勝つ気なんて最初からなかったのかもしれない。私があのコンピュータを使うことも予測していた。でなければ、メッセージを残したりしない」
手を止め、眼を伏せた。




――……一体どこから……あれほど私の情報を集めたっていうの……


あのコンピュータに入っていた情報の半分以上は、クリア自身のことだった。
無論、クリムゾンパレスの場所やスナイプミサイルなどの情報もあったのだが。


――……“お前次第”……ねぇ………


仲間達には―――仲間だからこそ、決して知られたくないこともある。


――…………関係ないでしょう、貴方には


あの老人は、そのことを察していたのかもしれない。


――………私の、勝手だ………




「…クリア、どうかしたか?」
はっ、と我に返る。
「あ……な、何でもない。…もう少し待ってくれ」
何か言いたげな仲間達のことは気にしないふりをして、操作を再開する。

「……そろそろ行けそうだ。クリムゾンパレスの最上階に転送する。そこからベースに連絡を入れればいいだろう」
「連絡って…ジャミングあったよね?」
「問題ない。転送したらそっちも解除する」
即答。

「…よし、行くぞ」
転送の光が彼らを包む。

身体にかかる重力が、やけに重く感じられた。

「次はジャミング…」


ハッキングを続けようとした所で、大きな衝撃音と共に建物全体が揺れた。

突然のことにバランスを崩した四人の上から、天井の破片がパラパラと落ち始める。
「何だっ…!?」
「建物が崩壊し出している…。ハッキングでシステムがいかれた…?いや、それとも……」
「考えるのは後だ!脱出しないと!」
エックスの声に、アクセルは周りを見渡す。
出入口らしき大きな穴に駆け寄り、様子を窺う。
「こっち行けそうだよ!早く!」
皆に呼びかけた少年に、振り返ったエックスが息を呑む。
え、と思う間もなく、彼をすっぽりと覆って差した影に振り向く。そうして、常葉色の瞳を大きく見開いた。

「う…うわあぁぁぁぁ!!」

その声に、ゼロとクリアも体を反転させる。二対のブルーアイに映った巨体――シグマ。

突然過ぎた出来事にパニックになってしまったアクセルは、両手の銃を我無者羅に連射する。
しかし、シグマはバレットの攻撃などものともせず、笑いながらその大きな腕を振り上げた。
「フハハハハハッ!」
殴られた彼の体は容易く吹き飛ばされ、壁を突き破り見えなくなった。
「アクセルーっ!!」
エックスが叫び、駆け出そうとする。だが、すぐ傍を駆け抜けていった影に驚き、止まってしまう。


飛び出したのは、少女。


「アクセルっ!!!」
「!待てクリア!!」
脇目もふらずに少年が消えた先へ彼女に、ゼロが叫ぶように制止を図る。クリアははっとなって立ち止まり、見上げた。

不覚にも、周りが見えていなかった。
シグマの横を通り抜けようとしていたとは。

「っ!!」
右側からでは、今はガードできない。かろうじて受身を取れた程度で、吹き飛ばされ床に叩きつけられる。ヘルメットの一部が砕け、バイザーの片側が割れた。
「クリア!!」
駆け寄ろうとした剣士の足も止まる。

シグマが、並び立つ蒼と紅の戦士に体を向けた。
「私は……蘇る……!」
ほとんど骨組みの体。あちこちから火花が散っている。
「姿を変えて……何度でも!!」
苦悶の声を漏らしながら、ズタズタになったマントを撥ね除け立ち塞がる。
倒れた少女の方を気にしながら、ゼロはセイバーの柄に手を伸ばす―――が、その行為は遮られた。



頭上からの衝撃波が、彼らの足元を撃つ。覚えのある攻撃に上の足場を仰げば、二人の戦士は双方とも大きく眼を見開いた。





「見つけたぞ…ゼロ、エックス!」


大鎌を手にした隻眼の死神―――レッド。
驚きで声を失くした二人の前に、レッドは降り立つ。
セイバーを抜く間も与えずゼロを蹴り上げ、バスターを構えようとするエックスを鎌の背で殴り飛ばした。
何とか上体を起こしたクリアもまた、瞳を大きくする。
そのまま、まるで守るようにシグマの前に立つ。レッドの後ろで、奴は勝ち誇ったように笑った。
「フハハッ!いいぞレッド!
よし、お前の力をよこせ……奴らに復讐だ!」
シグマの身体から幾田の、先端がギラギラと光るコネクターが伸び、隻眼の戦士を包む。
「ま…待て…!」
立ち上がろうとするクリア。が、思うように身体が動かず、膝をついてしまう。

その間にも、コネクターは彼の身体に接続されていく。


そんな中、前触れなくレッドが呟いた。

「これなら……」

持ち上げた手に、握られているのは鎌ではなく。





「……どうかな?」




低い声に混じった、少年特有の高い声。
同時に突き付けられるバレット。

銃口から光が溢れ出し、シグマの顎から頭にかけて貫いた。

再び苦悶の叫びを上げたシグマは、壁を突き破り外―――高い空中へと放り出された。




レッドは身体を捻ってコネクターを引きちぎり、壁に背中を打ち付ける。そのままずるずると崩れ落ちた。

光を放つ―――収まれば、彼は彼本来の姿に戻っていた。

エックスとゼロ、足元をふらつかせながらクリアも駆け寄る。
「起きろ、アクセル」
気を失っているらしい彼に呼びかければ、ゆっくりと目を開く。
「大丈夫か?」
エックスが手を差し出しながら訊ねると、アクセルは俯き、微かに笑い声を零した。
「…うまくいったでしょ?エックス」
悪戯っぽい子供の声。しかし、上げられた顔には、どこかはかない憂いを帯びた笑み。
「…少しはボクのこと認めてくれた?」
翡翠の瞳をじっと見つめる。

紅き青年と白き少女は黙ったまま、それぞれ彼の言葉を待った。



ややあって、蒼き英雄は眼を閉じ、微かに、けれど確かに、頷いた。




少年が何か言うよりも先にクリアがよろめく。咄嗟にゼロが支えてやれば、少しばかりぼんやりと見上げてくる。片側が割れたバイザーを見て、剣士は眼を細めた。
「お前…右目が開かないのか?」
「あ…あはは……直で当たっちゃって……クラクラするし……」
焦点が合っていない。
ゼロは小さく溜め息をつくと、彼女を横抱きに抱え上げた。
「えっ…あ、わっ…」
「大人しくしていろ」
驚き、暴れようとしたクリアだが、うまく動けず仕方なく身体から力を抜く。

エックスは立ち上がりかけのアクセルに背を向けた。
「…よし、脱出だ」
歩き出し、軽々と少女を抱えた青年が少し遅れて続く。
立ち上がった彼は、床を見つめた。



――………レッド………


あの時。最期に彼がくれた、彼自身のDNAデータ。

――…また……一緒に戦えた……


彼には、もう逢うことはできない。


けれど。


――……ありがとう……


“彼”は生きている。“レッド”という存在は、少年アクセルの中で
生きている。




「……待ってよぉー!」
言いながら駆け出す。ゼロは肩越しに振り返り――エックスは振り向かなかったけれど、二人とも少しだけ歩を緩めてくれた。そのことに気付いたクリアが僅かに微笑み、アクセルが追いつく。



澄んだ常葉色の瞳で“前”を見据えて。



少年は振り返らなかった。
















~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
シグマ戦終了です!





[18326] 第23話 モノクロルーツ
Name: 焔雫◆d8ce7475 ID:47fdd84c
Date: 2011/05/03 21:42
「――何だい?」

エレベーターから先に降り、振り返った彼女の右眼には、包帯。

「私に話って」

対するのは少年。普段と同じ黒のアーマーを身に付けている。だが、そのあどけない顔に、いつものような明るさはない。

風が吹き、メットに覆われていない少女の銀髪が揺れ、マフラーがたなびく。白い鎧が太陽の光を反射して輝いている。


「――あのね、」
間を置いて、アクセルは切り出す。
「……ずっと前、レッドとじいさんが話してるのを立ち聞きしたんだ」
言葉を選ぶように、ゆっくりと紡いでいく。







「………………ボクの、きょうだいの話」






大きく揺れたマフラーが、屋上の柵を叩いた。





「………きょうだい?…キミの?」
「……うん」
明るい髪が、風に遊ばれる。

「ボクのきょうだい。一人いるんだって。レッドは“そのひと”に逢って、ボクに自分のことは言わないで欲しいって頼まれたんだって」
常葉色の瞳が青空を仰ぐ。
「……結局ボクは、きょうだいのことを聞けなくて………でも、最期のあの時……レッドは教えてくれた」
忘れはしない、あの言葉。

「―――ねぇ、あんた,,,

真っ直ぐに向けられる幼気な眼。その瞳は、真剣そのもの。










「――――ボクの、お姉ちゃんなの?」













時は遡る。

“……アクセルの姉……確かにそう言ったのかの?”
“ああ、確かだ”

帰還したレッドは、直行で解析室を訪れていた。

“しかし、その娘が言っただけじゃろう?真実かどうかは…”
“本当だ”
“…何故そう言い切れるんじゃ?”
即答した彼に驚きはしなかったが、疑問を投げかける。
“あの小娘、アクセルの能力を熟知してやがった。大体、無理矢理連れていく気ならわざわざ俺に逢いに来たりしねぇだろ。姉弟ってのが嘘なら尚更な”
“じゃが……”
“俺は、”
切れ者の老人の言葉を遮る。

“あの小娘を信じてみたい”

迷いの無い、隻眼。

アリクイックは小さく息をついた。
“……まだ話してはやらんのか?”
誰に、とは言わない。判りきっている。
“何言ってやがる。今話しても、混乱させるだけだ。それに『言うな』って口止めされてるしな。教えたくねぇ理由ももっともだ。話さねぇ方がいい”
“…そうか…そうじゃな……”
“…他の連中にも黙っといてくれ”
“アクセルに話さんのなら、それがいいじゃろうな…。
その娘、名は?”

黒き銃士の姉と自称する、少女の名前。








“アノマリー・クリアーナ”












「…“クリアーナはお前の姉だ”って。レッドはそう言ったんだ。……最期の時、直接聞かされるまではっきりしなかったから訊かなかったけど……」
白き闘士を見つめたまま、少年は口を閉ざした。

後は彼女の返事のみ。

賢いクリアならば、この後に及んでしらを切るという選択肢は無いだろう。



彼女は、何も言わない。
全くの無表情で、彼の視線を逸らすことなく受け止めている。





どれほど経ったか。前触れなく、彼女はふっと息をつき瞳を伏せた。
思わず疑問符を浮かべるアクセルだが、すぐに淡い碧が現れる。

しかし、今度は彼と目を合わせてはいない。



「………………………………レッドは………………………口が固いと思っていたけどね…………」



独り言のような、淡々とした声。
アクセルは眼を見開く。
「…じゃあ……!」
「ああ、そうだよ。私とお前,,は姉弟だ」

さらりと、一言。

彼は彼女を、きっ、と睨みつけた。
「……何で……」
声が、大きくなる。
「何で教えてくれなかったんだよっ!!」


目の前に弟が居るというのに、それを伝えなかった事実。
以前立ち聞きした会話から、クリアが姉であることは予想していた。しかし彼女が何も言わないので、アクセル自身どう切り出せばいいのか判らず、今の今まで引き延ばしになってしまった。


朱色のレプリロイドの口から、聞かされるまで。



「お前は知らないと思っていたの」
少女は、あくまで冷静だった。
「“言わないで”って頼んでたんだから、知らされていないと思うよ。証拠なんて無いのに、いきなり“私はお前の姉だ”って言ったって信じないでしょう?」
「っ…!」
正論だ。
「じゃ…じゃあ何でそんなこと頼んだんだよ!?ボクがレッドアラートに居たからって、教えてくれてもよかったじゃないか!!」
叫ぶ少年に対し、クリアは俯き眼を閉じた。





「……………………幸せに………見えたから…………」
「……………え?」
「………………」



視線を合わせないまま、彼に背を向け空を見上げる。

「………行方不明になったお前を捜し……やっとのことでレッドアラートに居ることを掴んだ……。……記憶を失くしていると知り………どうすべきか迷った……」
振り返り、真っ直ぐに“弟”を見据える。





「“仲間”と共に居るお前が、幸せそうだったから」





情報を掴んだ時こそ、引き取るつもりだった。姉弟なのだから、それが当然だと。

しかし、“弟”を見つけ、“仲間達”と笑い合う姿を目にし、迷いが生まれた。





あの子”は、“自分”のことを覚えていない。





「………淋しくなかったと言えば、嘘になる。…けど、私にとってお前は、大切な弟だから」





記憶に無い、“自分”よりも。

仲間彼等”と居る方がいい。





「…………共に居られないのなら、知らないままでいい。余計なこと,,,,,は知らずにおいた方がいい」





自分”は、存在しない。


それが、彼女の選択。出した答え。





「………まぁ、立ち聞きしちゃってたなら、意味無かっただろうけど」
自嘲気味にはは、と笑う。


アクセルは―――




「…………………………………ボクの……………………ため………………………?」
「そう言っているでしょう?」
茫然と紡がれた言葉に、クリアは闇夜を照らす満月のような笑みで返す。






少年は、一歩、寄った。


「……………クリア、お姉ちゃん………」
「……………いいの?こんな私が、キミ,,の姉で」


彼女の笑みが、哀しげなものに変化する。


「………お姉ちゃん」
「……………また、そう呼んでくれるの…………?」








「お姉ちゃんっ!!」








答えの、代わりに。

飛びついた。








突然のことに背中が柵にぶつかり、痛みが走ったが何とか堪える。
驚きで何も言えない彼女の首に腕を回したまま、アクセルは呟く。





「………ボクは、アノマリー・クリアーナと、姉弟でいたい」





空色の瞳が見開かれ。


そっと、言葉を紡ぐ。





「………ありがとう…………姉弟」





そのまま弟を、両腕で優しく包み込んだ。











どれくらいそうしていただろうか。どちらからともなく離れ、笑い合う。
「…エックス達にはどうする?」
「そうだね…お前が私を姉と呼ぶなら、教えておいた方がいいだろうけど……どう切り出すか……」
「そっか!じゃあボクが言うよ!」
「………え!?」
弟の言葉に、クリアは驚き声を上げる。
「ア、 アクセ」
「今言って来るよ!“善は急げ”だもんね!」
何時だったか、彼女が言ったセリフだ。
それは確かにそうなのだろうが。



(こーゆ―ことって……姉の私が説明すべきじゃないの……?)






しかし、そんな彼女の思考を知るわけもなく、アクセルは駆け出していた。
「ちょっ…アクセっ…」
一瞬考えに耽っていたため反応が遅れる。
「おま……」
「あれ?











どしたのゼロ」











「…………………………………え」











扉のすぐ内側、開かないギリギリの所に立っていた彼。
いきなり飛び出したアクセルに隠れることもできず、ゆっくりと姿を現す。
「…………はぁ!?キミっ……何、何で!?何時から!?」
「……………最初から、だな」
恐らく、戦闘型たる優れた聴覚を更に研ぎ澄ませ、全て聞いていたのだろう。
そのことが判るからこその驚き。

「……すまない」
「いやすまないじゃなくてね……?」
「…そっか、ゼロもあの時、レッドの言葉聞こえてたんだね」

“あの時”というのは、彼の最期。

「ああ…気になってな…………前々から何かあるとは思っていたんだが……」
再度“すまない”と謝る青年に、クリアは思わず頭を押さえた。
「…………何なのさもう…………」
「……盗み聞きした詫びと言っては何だが……みんなには俺から話そうか?」
「………そうしてもらえるかな」
「え?いいの?えっと……お姉ちゃん」
「………まぁ、いいさ」
随分と雰囲気の変わった彼女を見て、アクセルは首を傾げ、ゼロは眼を細めた。
「行くぞアクセル」
「ボクも?」
「お前達のことだろう」
「でもそれなら……えっと、お姉ちゃん、も…」
「いいから来い」
半ば強引に彼を連れ、赤き闘神はその場から去る。
二人を見送った後、少女は息を吐いた。





「…………………ありがとね、ゼロ」





彼が気付いていたかどうかは判らないが、今、クリアは一人になりたかった。

弟に、仲間たちに隠し続けてきたことが、一つ、知られてしまった。

そのことに対する罪悪感と安心感、そして疲労。


――……………今回のことなら


むしろ、知られて良かったのかもしれない。


――…………………でも…………………


アクセルのことで、まだ言っていないこともある。










まだ隠している秘密モノは。


まだ抱えているモノは。














ふっと青空を仰げば、純白の雲がゆったりと流れていて。

彼女はくすりと笑みを零し、マフラーに軽く触れた。





「―――………………いいよね」







茨の道でも、構わない。














――――これは、自分の道だから。










To be continued.....



[18326] 第24話 理解と、突然の再会
Name: 焔雫◆d8ce7475 ID:47fdd84c
Date: 2011/05/25 22:07
…司令室って、どんな組織でも厳粛であるべき場所だよねぇ。

何故今そんなこと考えているかっていうとさ、



「そんなっ!」



……………これだもの……………。



「ボクあんなにがんばったじゃない!!」






叫びに近い、弟の大きな声に。

白銀の少女はひっそりと溜め息をついた。










レッドアラート事件から数日、クリアとアクセルが姉弟ということが知られた日の翌日。
現在司令室にいるのはエックスとアクセル、エイリアとクリアの四人。

言い争っているのは英雄と少年。


エックスは少し疲れた様子で息を吐いた。

「フゥ……いいか?ハンターの仕事は、目の前にいる敵をただ倒せばいいというものじゃないんだ。今のお前は、まだそれが判ってない。だから認めるわけにはいかない」
「何がダメなのか全然分からないよ…!」
一つ一つ言い聞かせるように言葉を紡ぐ青年に対し、アクセルは必死だ。
「悪いことした奴を倒す、当たり前のことじゃないか!」
「それでは本当の平和は訪れない。新たな憎しみを増やしてしまうだけなんだ」
「でも…エックスだってこれまでやってきたことじゃないか!」
それがどうしていけないのかと、彼の言い分は判る。
しかし、エックスも引き退がれない。
「それが間違いだと気付いたんだ……。確かに時間はかかったが、俺は……」

彼の言葉を、司令室の警報音が遮る。次いで、オペレーターの声。
「西地区で事件発生よ!」
それを聞くが早いか、アクセルは身体を反転させた。
「任せて!ボクが行くよ、エックス!今度こそ認めてもらうからねー!!」
「ちょっ…ちょっと待てアクセル!」
制止も虚しく、少年は走り去って行った。

伸ばした青年の手が宙を彷徨う。
「…今は彼のやりたいようにやらせてあげればいいんじゃないの?」
見兼ねたエイリアが意見するが、彼は首を振って手を下ろした。
「ダメだ…このままじゃあいつも、俺達と同じ道を辿ることになってしまう……」
「……エックス……」
言葉が見つからず、彼女はただ彼の名を呼んだ。

彼は振り返り、黙ったまま端末に寄りかかっている少女に目をやる。
「……君も、何か言ってくれればいいのに」
「キミ達のいざこざに巻き込まれたくは、ないね」
「………あいつの姉なんだろう?」
「姉弟ってことを理由に、キミの問題を押し付けるの?それって結構勝手じゃない?」
ぐぅの音も出ない。

そんな彼に何を思ったのか、クリアは組んでいた両腕を解き、片手で軽く頭を掻いた。
「……キミの気持ちは、理解してるつもりだけど」
すっ、と。現れた淡く碧い瞳が彼を見据える。今はまだ、左眼だけで。
「悩み過ぎても、いいことないよ」
再び目を閉じる。





脳裏に浮かぶのは友の笑顔。





「…………そうだな………判っては……いるんだけど……」
彼の声で我に返り、目を開ける。
「……………でも……………」
「頑固だねぇ」
はぁ、と溜め息をついて、端末から背を浮かせた。

(どーしてこう……聞き分けが悪いというか…………ああそっか)

思い出し、くすりと笑みを零す。その様子にエックスは首を傾げた。
「…何だ?」
「ん、とね…………ゼロの言ってたことが判った」
「ゼロ?」
くすくすと笑いながら、クリアは頷く。
「成程どうして………キミとアクセルは似てる」
「……は!?」
呆けた声が漏れた。
「似てるから衝突するんだねぇ」
「ど、どこが!?」
「なんとなく」
唖然とする。彼女はニッコリ笑うと、扉へ足を向けた。
「何処行くの?」
「メンテナンスルームだよ」
訊ねたエイリアに、未だ包帯の巻かれている右目を指してみせる。
「まだ治らないのね」
「うん…自分の目じゃ直接見えないから解析できないし…」
ぶつぶつと呟きながら、司令室を出ていった。
「早く治るといいけど…」
「…俺とアクセル……どこが似てるんだ……?」
















気付けば知らない場所だった。
辺り一面は濃い霧がかかったかのように真っ白で、前後左右もまるで見えない。
奇妙な場所で、彼は呟いた。

「…ここは…何処だ…?」

声が、響く。

真紅を身に纏った青年―――ゼロは、周りを見渡す。

「…ん?あれは……」

白い中に、ぽつんと見えた鮮やかな蒼。
それは、ゼロがよく知る姿だった。

ゆっくりと、バスターが構えられる。

「…排除…せよ…イレギュラーを…排除…せよ…」
「…エックス…!?」
「イレギュラーを…排除…せよ…イレギュラーを…」
「どうしたエックス!?しっかりしろ!」

壊れた録音機のように淡々と言葉を繰り返す彼に向かって、紅き青年は駆け出す。

表情は判らない。

凝縮されていくエネルギーで、彼の腕が光り輝く。



届かない言葉と、銃口から溢れ出す光―――













耳に直接響いた音に、ゼロは瞼を上げた。
咄嗟に起き上がり、今居る場所を確かめる。

彼の自室。連日の任務で疲れが溜まっていたのか、部屋に戻るなり無意識のうちにベッドで眠っていた自分に驚く。

「………夢……だったのか………?」
半ば茫として、それだけを呟いた。

次に聞こえた声が、彼を正気にさせる。

<…ゼロ?ゼロ、聞こえる?
逃走中のイレギュラー、グロッグスを、ポイントF-573にて発見。至急そちらに向かって欲しいの>
応答がなかった為、少しばかり心配を含んだオペレーターの声。ゼロは通信機のマイクにも拾われないほど小さく、息をついた。
「聞こえているよエイリア。どうやら、少し眠っていたようだ。了解、すぐ出る」
ベッドから降り、部屋を出て転送室へ歩を進める。



――……しかし……

脳裏を過ぎるのは、先程の“夢”。

――………本当に夢だったんだろうか………



次いで掠める言葉。

“未来の記憶か過去の虚像か……”

“…世界を覆う偽りの蒼…封じられる破壊されし紅…”





「あ、ゼロ」
突如聞こえた声が、彼を再び現実に引き戻す。
「任務かい?」
「クリア」
歩み寄ってきた銀髪の少女。その顔にある包帯を認め、眼を細める。
「まだ治らないのか?」
「エイリアにも訊かれた。これからメンテナンスなんだけど…再検査した方がいいかも」
「そうか…」
「……ゼロ」
淡い碧の瞳が、彼を見上げる。

「何かあったの?」
「…え」
「隠してるつもりかもしれないけど、私はごまかされない。
……顔色悪いよ、キミ」

思わず、口を閉ざした。

彼女の眼は、片方だけでも充分強い光を放っている。
本人の言う通り、嘘や言い訳をしても、即座に見抜かれるだろう。

ゼロは、息を吐いた。

「……嫌な夢を見た。そのせいだろう」
「………悪夢?」
「ああ」
「………大丈夫?」
「…問題ない」
「…………」
釈然としないながらも、それ以上は訊かない。いつものように微笑わらった。
「無理はしちゃダメだよ?」
「ああ………メンテナンスはいいのか?」
「――あ゛」
彼女の顔が若干引き攣る。ライフセイバーの小言の煩さは、ゼロも知る所である。特に今回のクリアの傷は、絶対に治療を受けるよう言われているものだ。
「だ、大丈夫!私はゼロと違って、普段もちゃんとメンテナンス受けてるし!」
「今のお前は重傷だろう?」



「…………………………いざとなったら何とかして言いくるめるつもりだしまぁ大丈夫だと思うよ」



「!!」
彼女の低い声と間のない話し方に、ザッ、と反射で半歩下がる。
「……じゃ、そーゆーコトで。任務頑張ってね」
そんな彼の反応を気にした様子もなく、白を纏う少女は通路の向こうへ歩いていった。

にこにこと、満面の笑みを携えて。

「………………」

前回あの話し方を耳にしたのは通信越しだったが。
今回改めて目の前で聞き、やはり直接聞く方が恐いと感じた。





何故ならば。


同時に笑顔が見えるから。


笑顔が逆に、恐怖を煽る。





「……………とばっちりだ」


らしくもなく。

紅き闘神は、ぽつりと呟いた。








(……悪いことしちゃったかも)
こちらはクリア。ゼロに対し、例の話し方をして悪かったと思いつつ。
(………ま、別にいっか。これくらい)

“それよりも”。

さっと思考を切り換える。



――…………夢………ねぇ………















五日後、司令室にて。

「…先週、エネルギー生産工場で、作業レプリロイドのイレギュラー化による暴動事件が発生。そこにアクセルが現れ、これを鎮圧。イレギュラーはその場で跡形もなく消されたわ」

キーボードを操作しながら、エイリアが資料を読み上げる。その後ろからシグナス、そしてエックスがモニターを見ていた。

「次は、三日前に埠頭で発生したメカニロイドの暴走事故。この時には、船のハッチを塞いでいたメカニロイドを破壊し、脱出路を確保。…ただその破壊の巻き添えで、乗組員十六名が負傷しているの」

手を止める。

「他、大小含めて十六件のイレギュラーによる事件事故の現場に現れているわ」
「…問題はあるにせよ…アクセルによってここ数日の間に、随分と事件が解決されていることになるな」
そう言ったシグナスは、ずっと黙したままの青年に目を向けた。

「…エックス…これでもまだ彼をハンターとして…認めてやるわけにはいかないのか?」
「っ駄目だ!」
弾かれたように、、俯き気味だった顔を上げる。
「判らないのか?こんなやり方を認めるわけにはいかない」
「何を言っている。理想だけでは何も始まらない。お前がやらない以上、誰かが代わりにならなくてはならない。
…いっそ彼が一人前のハンターとなるよう、教育してみてはどうだ?」
「そんな!?」
上官の提案に、少なからず驚く。
「俺のようなハンターを育てるなんて、無理だ…」
「考えておくんだな。この先お前の考えているような、戦わずに済むような状況はますます少なくなるだろう。……そして何よりも………イレギュラーがなくなることもないだろう……」


決して、エックスの気持ちを理解していないわけではない。
それでも、イレギュラーハンターである以上、現実から目を背けるわけにはいかないのだ。

シグナスの言葉を反芻し、蒼き英雄は口を閉ざす。



“教育”と聞き、浮かんだのは少女の顔。

今黒き少年を鍛えているのは、彼女だ。



「………………………」

頭を振る。

――…駄目だ…

頼り過ぎてはいけない。
彼女も、万能ではない。















「……………………………………………………」
「…………どうした?クリア」
「………………ゼロ、ちょっといい?」
















「………はあ……」
ひとまず話を切り上げ、アクセルの解決したデータを眺めるエックス。
シグナスとエイリアはやることがあると、席を外していた。

「………はあ………」

「随分意気消沈だね」

扉の開く音と同時に聞こえた少女の声。

「無理もないだろうが」

続いて届いた親友の声。

蒼き青年は振り返り、近付いてきた二人に苦笑する。
「ああ………二人は何してたんだ?」
「クリアのウォーミングアップに付き合っていた」
「やっと目が治ったからね。数日鍛錬しないだけで、身体鈍っちゃうし」
彼女の言う通り、包帯は消え修理されたメットを被っている。バイザーはかけていない為、綺麗な碧い瞳がよく見える。

「それよりさ」
その双眸が、強さを帯びる。
「話があるの」
真剣な表情で、言の葉を紡ぐ。


「キミは………やっぱり、あの子を認めたくない?」


問われた彼は視線を逸らす。

「……認めていないわけじゃない」
迷うように、悩みながら。
「彼独自の正義も、その実力も、確かに認めているんだ」

“でも”。

くっ、と唇を噛む。

「…………イレギュラーハンターとしては……認められない……」


エックスにはエックスなりの想いがある。
彼がアクセルを“認めない”のは、幼さ故の悪を憎むその心が、悪い方へ傾いてしまわないかという危惧からだった。


「……エックス、」
「待って、ゼロ」
何か言おうとした彼を遮り、クリアはエックスを見つめた。
「……キミの不安は、判ってる」
彼女の言葉に嘘はない。ゼロはもちろん、クリアもまた、蒼き英雄の想いをよく理解している。
「でもさ、あの子の未来だけじゃなくて、気持ちも考えてあげてくれないかな」
理解している上で。
「代わりなんて言わない。教育なら私がする。だとしても、キミのようなハンターは、この先どうあっても生まれないと思う」
え、というようにエックスの口が動いたが、構わず淡々と続ける。
「けれど、総監が言うように、イレギュラーがなくなることは無い。人間が犯罪を犯すことを止めないのと同じように。
私達レプリロイドに、感情がる限り」


彼は、言葉を失くした。

正論故に、返す言葉が見つからない。


「…あの子から、“ハンターになること”を取り上げて、どうしろって言うの?あの子には、もうイレギュラーハンターここ以外に、帰る場所なんて無いんだよ」
はっ、と息を呑む。
「キミがあの子をハンターとして認めないのは勝手だし、キミ自身の意志だ。好きにしたらいい。 でもね、」
クリアは眼を細めた。

「アクセルは子供だ。キミの気持ちを理解できていない。今の状況が長引けば、事が大きくなる可能性だってある」
翡翠を見開く。
「キミが前線に復帰したとはいえ、人員不足の状態は続いてる。あの子は、“正式”なイレギュラーハンターじゃない」
「いずれにせよ、」
紅き闘神が言葉を繋ぐ。
「早い決断が必要だ」


これが、二人の意見。
エックスの気持ちを理解している上で、出した結論。


言い返せず、彼は別の問いを投げかけた。
「どうして…さっきの会話を…」
シグナスと話した内容を聞いていたのは、エイリアのみだった筈。
だが、クリアは知っていた。

「…コレのことは、ゼロにしか説明してなかったんだよね」
パチン、と指を鳴らす。

すると、鳴らした手の周りに、粉のように小さな白い光が浮かんだ。一つだけではない。五つ、六つ……正面から見ただけでも十以上はある。

「“スニークシーカー”」
光を手の中に収めつつ、白き少女はそう告げる。
「盗聴目的の技。この光は盗聴器の役割も果たしていて、私の聴覚器に接続できるの。見ての通り小さいから何処にでも入れるし、遠隔操作もできる。光らなくすれば見えないし、バレることもない」
「盗聴って…」
「説得はやめておけ。無駄骨だ」
諫めようとしたエックスを、ゼロが止める。…何処となくうんざりしているように見えるのは気のせいだろうか。

「…ところで、総監とエイリアは?」
光を消し、訊ねる。
「最近たまにいなくなるよね」
「あ…ああ。何でも、やることがあるとか…」
「やることだと?」


―――と、謀ったように司令室の扉が開いた。
振り返り視線を向けた三名のうち、固まった者二名、その二名の反応に首を傾げた者一名。





「久しぶり……一人は初めましてかな」


落ち着いた声。紫のアーマー。切れ長の紫色の瞳。
そして最も特徴的なのは、白衣。





「………………ゲイト!?」
ようやく言語能力を取り戻したゼロが、現れた青年の名を紡ぐ。
その名前に反応を見せたのはクリア。
「え?ゲイトって……確か…」
「ナイトメアウィルス事件の首謀者だよ」
「ああそうそう」
「“そうそう”じゃないって!ゲイトも何しらっと自分から首謀者って言ってるんだよ!」
「いいつっこみだね、エックス」
「うまいうまい」
「褒められても嬉しくない!」
予期せぬ人物の登場に、動揺を隠せないエックス。ゼロもまた、状況が理解できず頭を抱えていた。

ゲイトと共に入ってきたシグナスが軽く咳払いする。
ひとまず二人が落ち着くのを待ち、後ろにいたエイリアが前に出て説明を始めた。
「ゲイトを治せたことは、ナイトメア事件が終わってしばらくした頃に話したわよね」
「私がハンターになる前だね」
「そうよ。その後連邦政府と話し合った結果、彼を釈放することに決まったの」
「何故だ?」
端的にゼロが問う。ゲイトのしたことは、決して簡単に許されるような問題ではない。
「彼の身体を詳しく調べてみた結果、シグマウィルスに感染していたことが分かったの。ナイトメア事件を起こすよりも、前に」
「「「!」」」
「半分はそれが原因ってことで、政府からは許してもらえたわ」
「ただ、起こした事件が事件ということもあり、加えてゲイトは主犯だ。そこで、監視を兼ねイレギュラーハンターに勤務することになったのだ」
説明を引き継いだシグナスが締めくくる。

一応、納得できる内容だ。

「そういうわけで、これからよろしく頼むよ」
話題の当人はにこやかだが、エックスとゼロは少々複雑だ。エックスとしては親友の、ゼロとしては自分自身のDNAデータを利用されたのだから。たとえそれが、半分はシグマウィルスの影響であったとしても。

そんな二人の傍から離れ、白き少女はゲイトの前に立った。
「私はアノマリー・クリアーナ。クリアって呼んでくれると嬉しいな」
そう言って、手を差し出す。
「今更だけど、僕はゲイト。昔はエイリアの同僚だったよ。よろしく、クリア」
差し出された手を取り、握手する。愛称で呼ばれ、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「君は、ハンターなのかい?」
「そうだよ」
「ランクは?」
「いちおー特A級」
「ゼロと同じか!凄いな!」
「えへへ」


『………………………………』


「ゲイトは天才科学者なんだよね。ここでは何するの?」
「天才なんて…。僕がするのはハンター達の使う武器の製作、プログラムやウィルスの解析、後はまあメンテナンスかな」
「いろいろできるんだね」
「そう言う君の戦闘スタイルは?エックスはバスター、ゼロならセイバーだろ?」
「私の基本は格闘!でも、他の武器を使うこともあるよ」
「格闘?接近戦が得意そうには見えないが…」
「私には特殊な能力があってさー…」


『………………………………』


「成程、それなら基本が格闘なのも頷けるな」
「でしょ?」
「…興味深い…」
「調べたいとか言わないでね」
「なっ!?…くっ、頼む前に釘を刺されたか」
「まぁ私も科学の知識あるし、それ以外の話なら乗ってあげてもいいよ」


『………………………………』



出逢って、数分。


イレギュラーハンターの少女と、元イレギュラーの科学者の青年。





周囲の者が唖然とするほど、意気投合していた。





会話に入る隙もなく、一体いつまで続くのかと皆が思い始めた頃、扉が三たび開いた。





「ただいまー!…って、あれ?」
見知らぬ人物を視界に収め、黒き少年はきょとん、と首を傾げる。
「ああお帰りアクセル」
「えっと…お姉ちゃん…その人誰?」


親しげに姉と話す美青年。白衣を羽織っていることからして、科学者だろうか。


対するゲイトも、記憶にない少年の登場に疑問符を浮かべていた。発言を聞く所、クリアの弟か。


歩み寄ってきたアクセルと、彼の方へ振り向いたゲイトの間に立ち、少女は紹介する。
「アクセル、こっちはゲイト。元々エイリアの同僚で、今日からハンターベースに勤務することになった科学者さん。
ゲイト、こっちはアクセル。元レッドアラート団員で、今は仮ハンター。私の弟だよ」
“今は”という言葉に、全員が反応を見せた。一人は訝しげに、他は少し緊迫したように。
「…よろしく、ゲイト!」
その空気を振り払おうと、アクセルは子供らしい笑顔を見せる。
「ああ、よろしく、アクセル」
先程のクリアと同じように握手を交わす。


ゲイトが元イレギュラーと言わなかったのは、彼女なりの配慮だ。
(アクセルは相当のイレギュラー嫌いだからなぁ…)


「えっと…お姉ちゃんとゲイトは前からの知り合いなの?」
「いや」
「ついさっき初めて逢った」
「……それにしては仲良さそうじゃない?」
その疑問は、周りの四人もまた思う所だ。
「あー…何かね…」
「馬が合うというか、話が合うというか」
言われてみればといった表情で、首を捻る少女と青年。頭のいい者同士、通じる所でもあるのかもしれない。


「…ま、いいや。それよりエイリア、任務終わったから報告するよ」
急に話しかけられ一瞬面食らったが、すぐに笑みを浮かべる。
「判ったわ。こっちへ」
オペレーター専用の端末へ向かい、アクセルからの報告を記録する。本来ならば報告書を書くのだが、彼はまだ正式なハンターではない為、簡単な任務の場合必要とはされない。
「…以上!」
「お疲れ様。少し休んだら?」
「うーん…」
悩みながら、蒼き戦士へ視線を向ける。

が、彼は目を合わせようとはしなかった。

「……パトロール行ってくる!」
「え、アクセル!」
クリアの制止も聞かず、あるいは聞こえていないのか、アクセルは飛び出していった。

「………………」
「……エックス」
「………………」
ゼロが呼ぶも無言。
クリアは瞳を伏せた。

――……アクセル……

「……ゲイト、キミ研究室とかは?」
「え?あ、ああ。一室貰ったから、機材を入れようと思って。発注はエイリアがしてくれたから、今日の夕方には届く」
「じゃあ、その時呼んでよ。手伝う」
「いいのかい?」
「問題なし」
にこっ、と笑う。
「んじゃそれまで…エイリア、処理してない事件データあるでしょ?私もやるよ」
「え、でも…」
「遠慮しないっ。効率上がるって」
クリア専用の端末の前に座り、データを転送するよう促す。
「私がやるわ」
「手伝うって」
「大丈夫だから」
「二人の方が早いし」
「…病み上がりでしょ?」
「デスクワークやるのに問題が?」
「……………」

言い返せなくなり、データを送る。
「ん、ありがと」
明るい笑顔。

それが、不自然。



「……俺は部屋で休んでる……何かあったら呼んでくれ」

エックスが去るのを、誰も止めない。

扉が閉まるのを確認し、ゼロが口を開く。
「俺も巡回に行く」
「キミも?」
「ああ」
「…いってらっしゃい」
画面に目を向けたまま、クリアは軽く手を振る。
それに頷き、剣士は金髪を揺らして出ていった。



「………一体何があったんだい?」

心底、判らない、というように。

ゲイトがぽつりと呟いた。














―――その、翌日だった。






―――少年銃士が、重傷を負ったのは。













~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
あれー?続いちゃいましたね。一息つかせるつもりだったのに……。

ゲイトを出しましたが……一応、理屈は通ってますよね?




しゅんさん、感想ありがとうございます。恐縮です。




[18326] 第25話 「無茶」から出た「結果」
Name: 焔雫◆d8ce7475 ID:b783cff4
Date: 2011/06/01 19:59
「何でだよっ!?」
「駄目だ!認められない!」

日常になりつつあるこの光景。

今日も今日とて、任務を果たしたアクセルと、司令室で待機していたエックスが口論を繰り広げている。周囲の仲間達も初めの内は心配そうに見ていたものの、今は少々、というかかなり呆れている。

「ボクこんなにがんばってるのに!」
「何度も言わせるんじゃない!今はまだ認められない!」

今回はゼロとクリア、そしてシグナスがいる。
珍しくうんざりしたように、紅の戦士が溜め息をついた。
「…何とかならないかクリア」
「解決策がなくはないけど…」
「言ってみろ」
彼女は賢い。僅かに見えた希望の光に、期待する。
「…まず一つ。アクセルにハンターになるのを諦めさせる」
「無理だ」
「二つ。エックスを説得する」
「現段階では不可能だ」
「三つ。エックスの意見を無視してハンター登録をする」
「最悪だ。もっとまともな案はないのか」
「聞いたのはキミでしょう。思いつきもしないくせに」
「…………」

そんなことを言っている間も、二人の口論は続いている。
「お前は“認めて”の一点張りじゃないか!」
「エックスだって“認められない”ばっかじゃん!いつになったら」
「いい加減にしろ!」

ばん!と。

エックスの右手が、勢いよくデスクを叩いた。

「判ってないから認められないって言ってるだろ!頑張る頑張るって、何を頑張ってるんだ!?もっと違う努力をしろ!」

感情に任せ、怒鳴った。


それを目の当たりにした仲間達。
ゼロは目を見開き、クリアはこれ以上ないほど大きく瞳をまるめ、シグナスは呆気に取られ。

怒鳴られたアクセルは。


「…ボ……ボク……は…」

少年の様子に、エックスが固まった。

「ボクは……認めてほしい…だけなのに…っ…」

身体を震わせ、瞳にはみるみる涙が溜まる。

「…判ってないのは……エックスじゃん…っ…!」


ギュッ、と拳を握る。

怒鳴っておいて、何と言えばいいのか考えている内に、少年は俯かせていた顔を上げた。

「もういいっ!こうなったら、何が何でも認めさせてやるっ!!」

そう叫び置き、走り去っていった。


「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
再び固まっているエックスに、クリアが無言で歩み寄る。
そして、思い切り足を踏みつけた。
「い゛っ…!!」
「エックス、言い過ぎ。何だよあれ。人の弟泣かせないで」
ぎろりと睨むように見上げられ、怯む。
「“認めてもらう”が、“認めさせる”になったねぇ」
「落ち着けクリア」
「あいつのことが先だろう」
シグナスとゼロの二人に言われ、クリアは渋々ながらも足を離した。
「それもそうだけど、今追いかけても話聞いてくれないと思う」
「頭が冷えるまで、待った方がいいか…」
言葉を繋いだ剣士に頷いて、彼女はエックスへ視線を戻した。
「見損なったよ。キミはもう少し人の気持ちが判ると思っていたけど。買い被ってたみたいだね」
吐き捨てるように告げ、彼女もまた司令室を後にした。

扉が閉まった直後、エックスはうずくまって踏まれた足を押さえた。
「~~~~っ…」
「大丈夫か?」
「な…何とか…」
脚技を得意とするクリアは、脚力を相当鍛えている。思い切り踏みつけられたのだから、彼のこの反応は決して大袈裟ではない。
「すっかり怒らせてしまったようだな…」
「俺も流石に言い過ぎだったと思うぞ」
「判ってる…あそこまで言うつもりは…」
「カッとなってつい、と…。姉の目の前で、よく言えたな」
「う…」
ゼロの厳しい糾弾に、返す言葉もない。
「…とにかく彼女の言う通り、しばらくそっとしておいた方がいいだろう」
シグナスに言われ、頷く。

――後で謝らないとな…






この時、アクセルを追いかけるべきだったのか。
結果を見ると、判断しかねる。








一時間後。

(そろそろいいかな…)
自室に戻り、暇潰しにデータを検索していたクリアは椅子を立った。
(あの子何処行ったかな…。屋上か自室か…あるいはベースの外か…)
いずれかであろうと、通信機を起動させる。

が。

「……通じない…?」
電源を落としているのか、応答がない。
仕方なく目を閉じ、意識を集中させ捜す。
(…ベースと…シティアーベルにはいない、か…)
街を出て、一体何処に行っているのだろう。
回線を閉じると、今度は部屋の内線から司令室に繋ぐ。
<こちら司令室>
「エイリア、ちょっとお願いしていいかな」
<クリア?どうしたの?>
「アクセルがベースにも、シティアーベルにもいないんだ。反応捜してもらえない?」
<どうして?貴女が捜した方が早いんじゃない?>
エイリアのもっともな意見に、クリアは苦笑した。
「能力使うと、必ずエナジーを消費するからね。できる限りは抑えたいんだ。シティの外となると範囲が広過ぎるし、多分たくさん使うことになるから」
<そういうこと…。判ったわ。ちょっと待ってて>
通信は繋げたまま、黙って結果を待つ。
キーを叩く音が消えた途端、オペレーターの声が一変した。


<反応が…反応がないわ!>


「―――え?」



クリアらしくもなく。



思考が、停止した。



「…反応が……ないって……」
<発信機を切っているのかもしれないけど、これじゃ居場所が判らない…!もしかしたらってことも…!>


彼女が何を言おうとしているのか。

判らないほど、白銀の少女の頭は鈍くはない。


止まった思考が、動き出す。

「エイリア、エックスとゼロに連絡を。エックスは自室に居る筈だし、ゼロは巡回中だったでしょう。念の為に知らせといて。もちろん総監にも。アクセルは私が捜す」
<ええ!?でも貴女さっき…!>
言わんとしていることを察し、更に言葉を紡ぐ。
「能力を使うのは、打つ手がなくなってからだよ。まだ方法はある」
<方法…?>
怪訝そうな声。しかし、答えているだけの余裕はない。
「とにかく、連絡を。私の無線は切らないでおくから」
<わ、判ったわ!>
接続が切れる。そのまま司令室から、別の場所へ内線を繋いだ。

<ハイハイこちら格納庫ー>
「私だけど」
<クリアか。どうした?>
陽気な声――ダグラスだ。
「少し、訊きたいことがあってさ。今日アクセルがそこに行かなかった?」
<アクセル?いや、今日は来てねぇな>
「そっか」
<アクセルがどうかしたのか?>
訊かれ、一瞬迷い、“何でもないよ”と答える。
「ありがとダグラス」
回線を閉じ、即座に部屋を出て駆け出した。


シティアーベルは広い。それこそ、数十のミサイルを撃ち込まれても、壊滅はしないほど。
ハンターベースは比較的機動性のいい、街の中央部に建てられている。
そのハンターベースからシティの郊外へ行くには、戦闘型でも時間がかかる。
乗り物が、無ければ。

アクセルはシティにも、ベースにも居ない。格納庫にしまってあるライドチェイサーを持ち出してもいない。

――とくれば……

彼が使った方法は、恐らく一つ。



廊下を走り、角を曲がろうとして。
「っ!?」
「うわっ!?」
角の向こうから現れた人影にぶつかりそうになる。咄嗟に身体を捻ってかわし、転ぶところを何とか耐え体勢を立て直す。
「ご、ごめん!急いでて!」
「い、いや…大丈夫…」
「ごめんね!」
相手がどうにもなっていないことを確認し、再び駆け出す。

その相手は、長いマフラーを揺らしながら小さくなっていく背を見つめ、首を傾げた。








少女が向かったのは転送室。装置の転送履歴を調べ、彼女の推測は確信へと変わった。

――転送を使うような出撃はなかったのに……

50分ほど前に、一度使われた跡がある。
設定されたポイントは。

「…あの…馬鹿…!」

すぐさま同じポイントを設定し、装置を起動させる。

――…無事でいろよ……アクセル……!








オペレーターから連絡を受け、紅き闘神は巡回を切り上げ司令室へ駆け込んだ。
そのオペレーターと上官、先に来ていた親友が振り返る。
「ゼロ…」
「…アクセルがいなくなったと聞いた」
皆の傍へ行きながら、いつものように淡々と言う。
「今クリアが調べてるわ…。あの娘のことだから、すぐ判ると思うけど…」
言葉を切り、俯いてしまう。何もできないことを申し訳なく思っているのだろう。
そしてそれは、他の皆も同じだった。
「……くっ…」
「…………」
「…反応が確認できないのでは……どうしようもないな…」
思案するようにシグナスが呟く。

当然の如く訪れた沈黙が破られたのは数分後。扉の開いた音だった。


一斉に視線が向けられる。
入ってきた人物は、ただならぬ空気に、思わず立ち止まった。

「……えっと……」
不敵な表情を常に崩さぬ彼にしては珍しく、言葉を濁す。
「……何かあった……のかな?」

白衣を身につけた青年――ゲイト。
事情を知らない様子であることから、一瞬抱いた期待を消し力を抜く。
「……アクセルが行方不明になったの……レーダーで捜しても反応がなくて……」
「彼が?……成程それでか……」
後半は独り言になった呟きに、案の定彼等は反応を示した。
「どういうことだ?ゲイト」
真っ先にエックスが訊く。
彼は歩み寄りつつ質問に答える。
「さっきクリアとすれ違ったんだ。ぶつかりそうになった、って言った方がいいかな。彼女、随分急いでたみたいだからね。アクセルのことだろう」
ゲイトの話に、今度はゼロが訊ねる。
「何処へ行ったか判るか?」
問われた内容に、彼は少し思案する。

すれ違った場所、彼女の向かった方向から考えて―――

「…多分、転送室」

その単語を耳にした瞬間。



蒼き戦士は、駆け出した。



「おいエックス!」
友の呼びかけも届かず、扉が閉まる。
ゼロは一つ溜め息をつき、シグナスを仰いだ。
「…仕方ない。向かってくれ」
「…了解」
上官の指示に従い、彼もまた駆け出す。


(…俺の後輩は……)

何故こうも、無茶な奴ばかりなのか。

考え、そういえば自分も無茶ばかりだったなと、何気なく思った。












転送先で、クリアは目を閉じエナジーを探った。

――…間違いない……此処に居る…

捜索する為の技で、レベルを一つ落としたもの。技と呼べるほどのものでもないが。


対象者に一度直接触れ、自らの力の欠片を残す。本当に小さなエナジー体で見えない為、誰にも気付かれない。
そのエナジーを、体内から直接感じ取る。細かい居場所の特定はできないが、大まかな位置と、生存を確かめることはできる。
もちろん、対象者が生きていれば、だが。


周囲を見渡し、眼を細めた。

レプリロイドとメカニロイドの残骸が、あちこちに散らばっている。それも、尋常ではない数だ。
「一人で…倒したっていうの…?」
ぽつりと零してから、はっとなって頭を振る。

――…任務中と思って挑まないと……

きっ、と瞳を鋭くさせ、エナジーを感じる方へと走り出した。










「…はあっ…はあっ…」
息を荒げ、アクセルは一人戦っていた。
現れたレプリロイドイレギュラーを、ダブルバレットで撃ち倒す。もう、何度繰り返しているのだろうか。


ユーラシア事件、ナイトメアウィルス事件と続き、地上には異常な場所が確認されるようになった。

その一つに、異常磁場発生地帯が上げられる。
この地域では、無線機や発信機等を使用できない。更には完全な故障者イレギュラーを呼び寄せる力があるらしく、その為、危険地帯に指定されている。イレギュラーハンターが手を出していないのは、先に復興すべき地域が他にあり、立ち入りさえしなければ危険はないという理由があるからだ。



彼は、その危険地帯に足を踏み入れた。



(…どこ……磁場の発生源……)
物事には原因があり、当然異常磁場にも発生源というものが存在する。
アクセルはそれを捜していた。
(これを解決すれば……エックスだって……)
倒した敵の数は疾うに百を超えている。彼といえど無傷という訳にはいかず、全身におびたたしい数の傷を負っていた。それは、彼の機動力を着実に奪う。
(…磁場が強くなってきた……近いかな……)
ボロボロの身体に喝を入れ、一歩一歩少しずつ歩いていく。




途切れることなく進んでいた足が、止まった。

気配にゆっくりと顔を上げ。

「………冗談………」

その単語が思わず零れた。




目の前にいたのは大型のメカニロイド。以前倒したメガ・スコルピオより二回りほど大きい。人一人の数倍はある巨大なドリルが二つ付いていることからして、恐らく鉱山等の採掘用なのだろう。
つまり、装甲は頑丈でパワーは桁違いということだ。加えてジェネレータも、岩石等が当たっても傷付かないよう、装甲でカバーされている。

アクセルはバレットのパワー不足を連射で補っており、一撃一撃は非常に弱い。接近戦を習得しているとはいえまだ未熟で、不意打ち程度にしか使えない。しかも相手はメカニロイド。不意を突けないばかりか、動きを読むことさえ難しい。

凡そ彼にとって、相性最悪の相手。

それが、理解できた。




回転するドリルが、真上から降ってくる。咄嗟に加速器を使用し、かわす。
かわした途端身体に痛みが走り、バランスが崩れた。

瞬間、もう一つの回転する工具が向かってきた。
必死に身を捻るが完全には回避しきれず、右肩と右上腕部を掠める。


掠っただけで、真紅の飛沫が飛んだ。

バレットの片方が落ちる。

零れそうになる悲鳴を噛み殺し、地面についた左手と脚の加速器で転がるように撥ね退き、襲いくる工具を避ける。

だが、動きの緩慢になっている今の彼に、かわしきることはできなかった。

ドリルの先端が、左大腿部に突き刺さる。

「――――っ!!」

凄まじい激痛が少年を襲う。

このままでは片脚が失くなると、無理矢理身体を動かしドリルから逃れる。

代わりに大腿部の三分の一ほどがえぐられたが、脚ごと持っていかれるよりはマシだ。


いやそれすらも――無駄だったのかもしれない。


痛む脚を庇いながらふらふらと立ち上がり、顔を上げた、瞬間。


工具が眼前にあり―――アクセルにできたのは、僅かに身体をずらして急所と直撃を避けることだけだった。



左の腹を掠め――抉られ――鮮血が舞う。

あまりの痛みに声も出せず、その激痛が悩内を白く染め上げ思考を奪う。


がっくりと膝が折れ、倒れ込んだ。


顔は横を向いている為、次の攻撃が見える。

迫る工具は、彼にとっての“死”。

――…無茶、しちゃったな…

うまく回らない思考で、そんなことを頭の中で呟いて。

瞼を、降ろした。






刹那、銃声。






何かが地に落ちたのが、音と振動で判った。

続いて銃声が幾度も響き、大きな物体が倒れる音がする。



そして耳に届いたのは、最早聞き慣れた高い声。



「―――アクセル!!」



優しく仰向けに起こされ、微かに眼を開ける。



空色の瞳を持った白銀の少女が―――彼の姉が、そこに居た。









「アクセル!!」
手にしていた、藍色のバズーカのようなものを傍らに置く。
俯せに倒れた彼を助け起こし、その顔を覗き込む。
エナジーは感じる為、生きていることは判っている。だが、うっすらと開かれた常葉色の瞳を見て、クリアは心から安堵した。

「……おね……ちゃ……」
だがそれも、すぐに閉ざされる。
焦り、しかし冷静にならなければと、彼の身体の状態をチェックする。

――肩と二の腕…横腹に腿か…

出血は酷いものの、さほど深い傷ではなく、命に別状はないようだ。
体中に細かい傷を負ってはいるが、後回しでいい。
出血している重傷の四箇所を治そうと、身体の上に、手を翳して。

――………待て……


今ここで完治させれば、叱ったところでまた無茶をするかもしれない。
怪我をしても治してもらえるという安心感が、逆に再び無茶な行為に走らせるかもしれない。


「…………」
クリアは、無言で白い光を発生させた。
傷口は塞がず――やるのは、止血のみ。
出血多量になれば危険だが、そうでないならベースに連れて帰ってからでも間に合う筈。

五分ほどで応急処置を済ませた時。





「「クリア!」」


揃って名を呼ぶ二つの声が聞こえ、彼女は驚き振り返った。

蒼と紅が視界に映る。

「エックス、ゼロ!」
「クリア…!」
「無事か」
「私は平気だ……だが、」
駆け寄った二人は、彼女の腕の中で眠る少年に目を留めた。

「アクセル!」
「気を失っているだけだ……ゼロ、この子を運んでくれないか?」
「ああ」
二つ返事で承諾し、ゆっくりと抱え上げる。
「しかし……キミ達は何故ここに?」
「ゲイトが、お前とぶつかりそうになったと言っていた。余程慌てていたのだろうと」
「多分転送室に行ったと思うって聞いて、転送履歴を見て…」
「………細かい居場所は?」
「爆発音が聞こえた方へ来たまでだ」
「…………」

この二人が来たのは予想外だった。
まさか、ゲイトが気付くとは。



クリアは小さな溜め息をつきつつ立ち上がった。
「…お前、それは」
「ん?」
ゼロの視線の先、彼女の手に銃が握られていた。

藍色の珠が埋め込んである。

「何だと思う?」
「……まさかノウバディか?」
「ご明答。遠隔射撃用フォーム、『シュート』」


アクセルのGランチャーより少し大きい。基調は珠と同じ藍色で、白い装飾が施されている。


「……訊いてもいいか」
「ノウバディは変幻自在。明確なイメージさえあれば、どんな姿にでも変えられる武器」
訊ねようと思ったことを先に説明され、面喰らう。
「もう存在はみんなに知られてしまったし、秘密にすることでもないからな」
バイザーをかけていない、素の顔で笑う。
「帰ろうか。アクセルが怪我をしているし」
「…そうだな」
通信可能なポイントまで行かなければならない。

クリアは肩越しに振り返った。

「行くぞエックス」

ずっと、黙っていた彼。

何も言おうとしない――否、言えない理由が、紅と白の戦士には判っていた。

「………ああ」

力なく答え。

彼等は、帰路についた。














「まさかハンターベースに来て最初の仕事が、こんな重傷者の治療とはね」
シグナスにカルテを提出し、苦笑しながらゲイトは言う。
「容態は?」
「安定してるよ。クリアが判断した通り致命傷じゃない。止血も早かったおかげで、慌てずに済んだ」
「もう通常の医務室に移したのよね」
同じく司令室に居たエイリアも話に加わる。
「ああ。今はクリアが一人でついてるよ」
「他の二人は?」
「さあ……ゼロはトレーニングに行ったみたいだけど、エックスは知らないな」

ゲイトも、エックスとアクセルのいざこざのことは聞いている。
だからこそエイリアは訊ねたのだが。


「僕には関係ないことだけど」


彼は、心配もしていなければ、特に気にしてもいなかった。


「…ちょっと、そんな言い方ないじゃない」
「本当のことだ。それに、もう大丈夫だと思うし」
少し口調を強くして諌めるが、彼の言葉に目をまるくする。
「どういうこと?」
「きっとすぐに判るよ」
そう言ったゲイトは、端正な顔に似合う不敵な笑みを浮かべていた。











緊急治療室にて、処置を施されたアクセル。
全身に負った傷は大方消え、重傷の箇所には包帯を巻いてある。
現在は通常の医務室に移され、アーマーではなく保護衣の状態。人間の病院で使われているようなベッドに寝かされていた。


その傍らに座っているのは彼の姉。

じっと弟を見ていたが、扉の開く音に振り返る。



紅い装甲。長い金髪がその背でしなやかに揺れた。


「ゼロ」
名を呼び、微笑みかける。彼は無言で近付き、眠る少年を見下ろした。
「…意識は、まだ戻らない。傷の方は問題なくても、ダメージは結構あったから」
「………大丈夫か?」
「命に別状はないって。さっき言わなかった?」
「そうじゃない。お前がだ」
少女の肩が、ぴくりと震えた。
「……何のこと?」
「こいつらだ」
言葉少なに告げるが、察しのいい彼女にはそれだけで判った。
「…………やっぱり鋭いなぁ、キミは」
くすくすと笑う。
「“エックスがあんなにきつく言わなければ、アクセルはこんな無茶をしなかった”。私がそう思っていると?」
「違うのか?」
クリアは、弟に視線を戻す。
「実際その通りではあるけれど、この子がここまでするとは私も考えなかった」
“だから”。

再び、ゼロを見上げる。
「気にしてない」
「…ならいい」
くるりと背を向け、扉へ。去る直前、

「……看病はほどほどにして、お前も休め」
「……キミにだけは、言われたくないねぇ」

軽い言葉を、交わした。














一人で考え事をするのに、ハンターベースの屋上は都合がいい。自室でも構わないのだが、開けた場所の方が気持ちが楽だ。

夜空を見上げれば、見事な満月が輝いている。

――……そういえば……

少年銃士がハンターベースここに来たのも、満月の夜だった。

「……一ヶ月近くも……経ったのか……」

翡翠の瞳を、穏やかに細め。

エックスは、屋上を去った。










「……!」
医務室に入り、彼はふと足を止める。


アクセルがの隣で、白き少女が眠っていた。椅子に腰掛けたまま、自分の両腕をベッドの端に乗せ、枕にしている。

エックスは壁際の棚から毛布を取り出し、そっとその肩にかけてやった。

横を向いている為、少し屈めば寝顔が見える。
「…………」
こうして見ると、ただの可愛らしい女の子だ。とても戦闘型とは思えない。



――前触れなく布団が動く。

はっとなって、ベッドの反対側へ回る。寝かされていた少年が、瞼を震わせた。

「………う……あ………」
起き上がろうと身体に力を込めれば、エックスが手を貸す。
ベッドヘッドに背を預けて座り、ようやく意識がはっきりした。
「……あ……!」
目の前に居る青年に気付き、瞠目する。エックスは、至極落ち着いた表情で訊ねた。
「傷は痛むか?気分はどう?」
「あ……だい、じょうぶ…。どこも……悪くない…」
「そうか」
それきり、口を閉ざした。

アクセルは沈黙の空気が苦手だ。今はエックスとのいざこざが解決していない分、更に重く感じる。

――どうしよう……


「アクセル」
ビクリと身体が震えた。
「…何故……こんな無茶をした?」

彼も理由は知っている。しかし、アクセル自身の口から直接聞きたかった。

「……あのエリア……異常磁場の発生区域が広いから………復興できたら……認めてもらえると思って……」
最後の方は掠れていて、やっと聞き取れるくらいだった。
「………でも……こんなに迷惑かけちゃ…………ダメ………だよね……」
「そうだな」
はっきりと言われ、胸が痛む。





「こんな無茶をするお前が、ハンターでなくなったらどうなるか」





弾かれたように、少年の伏せていた顔が上がった。


「心配で仕方ないし、クリアに何言われるか判ったものじゃない。お前には、俺達の目の届く所に居てもらわないとな」

遠回しな言い方。だが、意図は。

「…エッ…クス……」
微かな声で名をを紡げば、彼は優しく微笑んだ。

「今まですまなかった」

常葉色の瞳を見開く。

「とにかく今は傷を治せ。イレギュラーハンターは身体が資本と言ってもいい仕事だからな」
茫然としていたアクセルは、そこでやっと我に返った。そして、
「……うん!」
無邪気な――満面の笑顔で返事をした。


蒼き青年はほっと息をつくと、“また明日来る”と告げ、扉に足を向けた。

去る直前、

「エックス」

呼ばれ、振り向く。

真っ直ぐこちらに目を向ける、純粋な少年。

「…ありがとう」

その言葉に、ほんの少し驚いたが。
彼は穏やかな微笑で返した。







エックスが退出した後。

アクセルは、眠る少女の存在にようやく気付いた。

――…ずっとついててくれたんだ…

「…………お姉ちゃん」












「何?」













「…………………………え」


むくりと、クリアが起き上がった。



突然のことに叫びそうになった弟の口をすかさず塞ぐ。
「むぐっ」
「エックス戻ってくると、説明するの面倒だから。大声出さないでね」
笑顔で言う姉に、こくこくと頷いて了承すれば、手が離れた。
「くすくす……お前が起きた頃から目は覚めてたんだけど…まさか彼が、あんな遠回しに言うとはね」
何やら愉しそうだ。

いやそれよりも。

「あの……えっと、お姉ちゃん」
「ん?」
「……無茶なことしてごめんなさい」
ペこり、と頭を下げる。
「…判ってるならいいけどね。次は怒るよ」
「……はい」
素直に頷く弟の頭に、ぽん、と手を乗せる。
「今日はもう寝なさい。お前の傷は全治五日だ」
「五日!?」
「肩、上腕、腹部、大腿。どれ取っても重傷だよ」
さらっと告げられた事実に、うっと詰まる。
「とにかく…寝なさい?」
「…はあい…」

言われた通り布団に潜り込むアクセル。
クリアもここで眠るらしく、肩にかけられた毛布を引っ張る。

「お休み」

静かに。

彼等は、眠りに身を任せた。





[18326] 第26話 モノクロエンド
Name: 焔雫◆d8ce7475 ID:d1bc0960
Date: 2011/06/09 19:26
イレギュラーハンターには登録試験というものがある。その名の通りハンターになる為の試験だ。

傷の治ったアクセルはその試験を受けるべく、仲間達とシミュレートルームへ向かっていた。




「あーあ。何で試験なんかあるのさー」
「試験受けないとハンターランクも決められないだろ?」
ぼやく少年に苦笑しつつ、エックスが言う。
「そうだけど…」
「文句を言うな。言ったとしてもどうにもならん。
それより、」
ゼロはちらり、と隣を見やる。
「お前まで何故来た、ゲイト」

並んで歩いているのは四人。エックス、ゼロは判るとして、何故かゲイトが同行していた。
「いや、僕も登録試験というものに興味があるんだ。アクセルの実力も知らないし」
「科学者がそんなことでいいのか?」
「特にやらなきゃいけない研究はないからね」
不敵な笑みを浮かべる彼に、勝手にしろとばかりに息をつく紅き戦士。

ふと、アクセルが思い出したように口を開いた。
「…そーいえば、ボク気になってたんだけど」
「どうした?」



「お姉ちゃんって、どういうきっかけでハンターになったの?」


ハンターの仲間になり、半年が経つ少女戦士。

しかも、彼の姉。興味を持って当然だ。



「あー……そうだね…」
「ついでだ。話してやる」



アノマリー・クリアーナが、イレギュラーハンターになった時のことを。





























「…ちっ……」
イレギュラー達に囲まれ、紅き剣士は舌打ちした。


南郊外。イレギュラーの群れが、シティアーベルに近づいていると通報を受け、出動した任務。

情報よりも遥かに多く、しかしここで退けば街に被害が及ぶ可能性がある。


――エックス……


第一線から退いている親友。
彼の為を思い、ゼロは一人で戦い続けている。
もう、数ヶ月が経つ。


「ぐっ!」
ショットガンの連射をセイバーで弾くが、防ぎきれず何発か当たってしまう。
既に疲労はピーク。大した傷は負っていないものの、これまでの任務での疲れも重なっている。

――…どうすればいい……

考えを巡らせた、刹那。






白い光が、降って来た。





「―――!?」
光の弾丸が降り注ぎ、イレギュラー達を撃ち抜いていく。




「大丈夫!?」



頭上から聞こえた可愛らしい高い声。

ふわりと、音もなく。

一人の少女が降り立った。







ゼロは訳が判らない。

流星群のように降って来た光が敵の半数以上を吹き飛ばし。

その直後に現れたこの少女。

身長は自分より、エックスよりも低い。白いアーマー、胸に印された丸い模様。ヘルメットには黄玉色で菱形のクリスタルが埋め込まれており、地につきそうなほど長い、純白のマフラーを首に巻いてある。
メットの下から覗くのは、背中辺りまである銀髪。肩越しに向けられた整った顔立ち。双眸は自分のそれより淡く、何処か空を思わせる綺麗な碧。


「………………」
「……えっと……」
憮然としているゼロに、遠慮がちに声をかける。
「……あの………この状況何とかしない?」

まだ、イレギュラーは残っていた。

「…………」
「……ねぇ、一緒に戦おうよ」
「………何?」
少女の提案に、怪訝そうな声を出す。
「私、結構強いんだ。敵はかなり減らしたけど、キミ随分疲れてるみたいだし」
「…………いいだろう」
助けられたこともあり承諾すると、白き少女はにっこり笑った。


たんっ、と軽快な音を立てて地を蹴り、イレギュラーの群れに突っ込んだ。
「おい!」
咄嗟に声をかけた瞬間、

「たあっ!」

「…!」
ゼロは、目を見開いた。


一回り以上は大きい敵を、蹴り飛ばす。拳も使い、当たった相手は地面に沈んだ。
動く毎に彼女の銀髪とマフラーが揺れ、美しい軌跡を描く。


見ていたのは刹那だった。

セイバーを振るい、向かってくる敵を両断する。
背後から襲いかかったイレギュラーは、少女が蹴り飛ばした。



彼女が加わった結果、五分足らずで掃討できた。

無言でセイバーを収めるゼロに、少女が近付く。
「怪我、してるね」
何かを言う暇もなく、彼の胸に、両手を重ねて当てた。
「何を…」
「動かないで」
真剣な声に、収めたばかりの剣を抜こうとした腕が止まる。

―――と、白い光が、ゼロの全身に発生した。

思いも寄らない出来事に、らしくもなく硬直する。
そうこうしている内に光は消え、少女が離れる。
自らの身体の状態を確認し、紅き闘神は再び眼を剥いた。
「これは…!」

傷が、癒えている。軽いとはいえ無数にあった傷が、全て。

「よかった。もう大丈夫だね」
ほっとしたように微笑む少女と、視線を合わせる。
「……お前は一体……?」
呟きにも似た彼の問い。
白を纏った少女は、端整な顔に可愛らしい笑みを浮かべてみせた。

「私の名前はアノマリー・クリアーナ」

まるで、闇夜を照らす満月のような、明るく穏やかな笑顔。




「イレギュラーハンターになりたいんだ」












「……言っている意味は判っているのか?」
「判ってなきゃ言ってません」
アノマリー・クリアーナと名乗った少女を前に、シグナスは小さな溜め息をついた。

ゼロから連絡を受け、一先ず司令室まで連れて来るよう指示したが。
やってきたレプリロイドが、想像以上に小柄な少女であったことに驚いた。

「…あの…女の子だからちょっと聞き辛いんだけど…」
事件データを纏めていたエイリアが軽く手を上げる。
「…貴女、精神年齢は?」
「十五だよ」
「十五!?」
幼いとは言わないが、まだ子供といってもいい年だ。

「…イレギュラーハンターは、生半可な覚悟でできる仕事じゃない」
エックスがすっ、と端末の前から立ち上がる。
「君がハンターになりたい理由を、教えてくれ」

いつだって死と隣り合わせのこの仕事。
理由を聞かねば、認めることなどできはしない。

「…私、イレギュラー専門の賞金稼ぎなの」
抑揚のない声で話し始める。
「その前も色々やってたけどね……早い話、人助けがしたいんだ」
瞳を伏せ、“いや”と言い直す。
「“人助け”じゃ語弊があるかな……私は誰かを“護り”たい」
瞼を上げ、掌を見つめた。
「私のこの手で、護れる人が居るのなら。私が動くことで、救える命が在るのなら。私は、力を使う。それが理由」
こちらに向けられた、一切の汚れのない純粋な瞳。

再びシグナスが口を開いた。
「だが、お前が思っているほど、“護る”という仕事ではないぞ。最近はイレギュラーも増加している」
「ええ知ってます。だから、“護れる権利”が欲しいんです」
「権利?」
思わず問うたエックスに頷く。
「イレギュラーハンターは政府の公式組織。資格を得ていれば、自由に動けなくなる代わりに、できることは多くなる。武器の携帯、施設への入場許可、調査権限、etcetera etcetera……沢山の“権利”がある。それらを手に入れることで、今まで救えなかった人達を救えると思うんだ」

『……………………』


何とも、はっきりとした理由だろうか。
というか、当人達の前できっぱり言えるということ自体ぶっ飛んでいる。

それを、笑顔で真面目に言っているのだ。



「………くっ……」
親友と上官とオペレーターが唖然としている中、ゼロはこみ上げてくる笑いを必死に堪えていた。
しかし、それも長くは続かない。

「ふっ……はははははっ!」
非常に珍しく声を上げて笑った彼。
エックス達は驚きで何も言えず、クリアーナはきょとんとなった。
「ふふっ…面白い奴だなお前は……くくっ…」
笑いの収まりきらない口元を片手で覆い、隣にいる少女を見下ろす。
「…シグナス、こいつなら大丈夫だ。いい理由じゃないか。実力もある」
「…しかしな…」
「ありがとゼロ!話判るね!」
にこにこと笑いながら遮られ、何か言おうとするも、今度はエイリアが。
「私もいいと思うわ。まさかゼロを笑わせるなんて、凄い娘よね」
どうやらエイリアは、クリアーナのことが気に入ったらしい。友好的な笑みを向ける。
その様子を見て、もう一人のハンターが笑った。
「そうだな、俺も賛成だ。この娘はとてもいい眼をしている」
とどめとばかりのエックスの言葉。

彼等の上官は軽く息をつき、珍しくも苦笑した。
「…判った。お前達にそこまで言われてはな。
強いハンターの加入は、我々にとっても利益がある」
登録試験を手配するようオペレーターに指示を出すと、

「やったぁ!ありがとうございます皆さん!」

跳びはねるかという勢いで、喜んだ。








「…ねぇ、エックス」
ベースを案内すると、クリアーナを連れて出ていったゼロ。その瞬間を見計らったかのように、エイリアが声をかける。
「何だ?」
「貴方、さっきはああ言ってたけど、本当の理由はあの娘がゼロを助けてくれたからなんじゃない?」
それを聞いて、うっと詰まる。
「図星なのね」
「……言わなかっただけだ。嘘はついてない」
言い訳にも聞こえるが、実際その通りだと彼女も思っていた。
「…そうね。あの娘……クリアーナは、綺麗な眼をしていたわ」


一点の汚れもない、淡く、それでいて純粋な色。

ゼロの瞳も碧だが、彼のそれは海を連想させる、深みのある碧だ。

あの少女の瞳は、透き通ったような碧。水色、と言うよりは、青空を思わせる、空色。


「それと…」
更に繋げるエックスに、疑問符を浮かべる。彼は視線を逸らし、

「…直感…かな」

呟いた。

「…え?」
「よく判らないんだけど………あの娘は信用できる。……そう思うんだ」
困ったように、苦笑した。








こちらはゼロとクリアーナ。現在、
「ここが格納庫だ」
「広いね」
見学中。

ライドチェイサーの整備をしていたダグラスが振り返る。
「お、ゼロじゃねぇか。…その娘はどうした?」
見覚えのない少女に気付き、近付いてきて見下ろす。
「…新しいハンター候補、といった所だ」
「アノマリー・クリアーナだよ」
笑顔の自己紹介に、彼もまた笑顔で返す。
「俺はダグラス。ハンターベースのメカニックだ。
候補ってこたぁ…試験がまだなんだな」
「うん。今オペレーターさんが準備してくれてるの」
「取り敢えず、ベースの中を案内している」
「お前が?…へえ…」
にやにやと笑うダグラスに、ゼロは少し不機嫌な顔をする。
「……何だ」
「別に~?」
茶化すような言い方。ますます不機嫌になる。

そんなことをしていると。


「ねぇねぇ、これ修理中だよね?」
「なっ…お前いつの間に!?」
慌てて振り返るダグラス。ゼロも虚を突かれたらしく、驚いてそちらに目を向ける。

先程まで、ダグラスがいじっていたライドチェイサーの傍にしゃがみ込む少女。後ろ姿なのではっきり判らないが、観察しているようだ。
「…流石政府直属の公式組織……高性能なの使ってるねぇ」
「判るのかよ?」
近くに寄り、 軽く屈む。
「まぁね。結構得意分野だったり」
「マジか?メカ強えの?」
「割と。武器とか機械とか造るの好きだし」
「じゃあよ…」

どうやら話が合いそうということで、ダグラスは彼女に興味を持ったらしい。


しばらくして。

「ゼロ!凄えぜこの娘!割とどころかめちゃくちゃ詳しい!」
「…………良かったな」
自分にはまるで理解できない内容にまで膨らんでいる。
全く会話に入れず、紅き闘神は小さくはない溜め息をついた。











翌日、シミュレートルーム。

「準備はいいかい?」
<万端だよ>
変わらぬ笑顔で、彼女は答えた。


ハンターベースの訓練施設の中で、シミュレートルームは一番広い。実際の事件現場などを再現し、訓練する為の場所なので、広い方が多くのものを再現できるのだ。


「状況判断も採点対象に入ってるから、設定内容は教えられないけど…」
<大丈夫。いつでも始めていいよ>
エックスの説明に、迷うことなく返事をする。
「判った。じゃあ…スタート!」

精巧な立体映像が出現する。
都市部の風景――クリアーナは、ぐっと構えた。



「……で、何で君もいるんだ?」
ガラス越しに少女の様子を見ながら、隣に立っている親友に問いかける。
「いつもなら任務かトレーニングなのに…」
「………ライフセイバーから、最低明日までは大人しくしていろと言われた」
苦虫を噛み潰したような表情をするゼロに、エックスは申し訳なさそうに苦笑する。
「ドクターストップか………すまない…」
「何故お前が謝る」
「……俺が戦わないから……君に多くのことを押し付けている……」
「無理をする必要はない」

端的な言葉に、どれほど救われるか。
この不器用な親友は、気付いていないのだろう。

「…それに、クリアーナにも興味がある。彼女がハンターになれば、相当の戦力になる筈だ」
「君がそこまで言うなんて、本当に強いんだな。女の子なのに武器を使わない格闘タイプっていうのも驚きだし」
「しかも、技術のレベルが非常に高い。部隊制があった頃なら17だっただろうな」


第17精鋭部隊は、この二人が以前所属していた部隊だ。読んで字の如く、腕利き揃いだった。エックスは隊長を勤めた時期もある。
余談だが、ゼロは17を抜けた後、第0特殊部隊、通称忍び部隊の隊長になっていた。

ハンターの激減で部隊制が解体された今となっては、二人共“元”がつくが。


話しながらも、試験中の少女から視線は逸らしていない。
もとい、目が離せない。
「…………」
「……無駄がない…よね」

そう、彼女は動きに全く無駄がない。最小限の動作で攻撃を繰り出し、かわす。
加えて隙もない。
ついでに見ていて華がある。
動く度に長いマフラーがしなやかに、銀髪がふわりと揺れる。戦い方もそうだが、整った顔立ちも相まって、より一層美しく見える。
蝶のように舞い蜂のように刺すというのは、こういうことを言うのではないだろうか。

「ゼロの言う通り、実力は確かみたいだね」
「ああ合格は決定として、何級に…」





ピーッ

<シケン、シュウリョウ>





「…………………え?」
「…………………は?」
コンピューターのアナウンスが流れ、二人揃って呆けた声を漏らした。

「……終了……って…」
「…まだ十分ほどしか経っていないぞ…?」

<あの、終わったみたいだけど、もう出ていいの?>

部屋の中央辺りから大きめの声で尋ねられ、双方共はっと我に返る。
「あ…ああ、そうだな。こっちに来ていいよ」
<OK>
扉の向こうへ姿が消える。
構造上、シミュレートルームから観覧室へは、少し通路を歩かなければ行けないようになっている。
要するに、クリアーナがこちらに来るまで若干の時間がある訳だが。

「…………あのさ、ゼロ」
来る前に、言っておこう。



「………桁外れの娘を連れて来たんじゃないかい?」
「…………………」















「…………状況判断力・SA。達成時間・10分52秒61。達成率・100%。減点0。総合点トータル・SA」
『………………………』

パーフェクト。
文字通り。

「……検討するまでもなく特A級だな…」
シグナスが息をつく。


優秀なレプリロイドが、ハンターとして仲間になってくれるのは心強い。
しかし、こう、何だろう。
優秀過ぎて、別の意味で気に掛かるというか。


ダグラスも結果が気になって司令室に来ていたのだが、反応に困っていた。
「……とにかく、本人に伝えよう」
採点結果を読み上げたゼロの発言に、皆静かに首肯した。











休憩室で待機するよう指示を受けていたクリアーナ。司令室まで呼ばれ、結果を聞いた反応は。

「…特A級…一番上のランク…」
「ええ。最初の登録試験で特A級に一発合格なんて、十年以上前のゼロ以来だわ」
エイリアの言葉に少し驚いたようだったが、すぐにっこり笑った。

「よかった。下より上がいいし」

そんな、単純で純粋な言葉。

あれこれ考えていた自分達が馬鹿馬鹿しくなり、息を吐く。

気を取り直して。
「改めてよろしく、クリアーナ」
「頼りにしている」
「あ、ハイ。えっと……よろしくお願いします、エックス先輩、ゼロ先輩」
「ゼロでいい。敬語もいらん」
「お、俺も同じで…」
ゼロは、そういう言葉使いをされることが面倒だと思っており、エックスは“先輩”と呼ばれることが、どうにも苦手だった。
「あー……じゃあ、私もお願いしていいですか?皆さんも、ですけど」
『?』
その場の全員が疑問符を浮かべる。

彼女は少し気恥ずかしそうに、微笑んだ。




「“クリア”って呼んでくれたら、嬉しいです」



























「……と、こんな所かな」
シミュレートルームのプログラムを起動させながら、エックスが話を終わらせた。
「そんなことがあったんだ…」
「凄いな…特A級に一発合格とは」
「そっちもだけど、彼女を初めて見た時も驚いた。ゼロがあんな可愛い女の子を連れて来るなんてね」
「誤解されかねん言い方はやめろエックス」
苦虫を噛み潰したような表情で言う紅の剣士。

「…僕、思ったんだが」
「どうした?」
「彼女はどうして“クリア”って呼んで欲しいなんて言ったんだ?」
ゲイトの疑問に、そういえばとアクセルも頷く。ずっと訊こうと思っていて、訊きそびれていたことだった。
「俺達も不思議だった」
「彼女もあっさり教えてくれたがな。思い入れがあるからだと」
「思い入れ?」
きょとん、と首を傾げた少年に頷く。
「クリアには、師と呼べる人がいるんだって」
「師?」
「生き抜き方と戦いを教えてくれた、恩人だそうだ」
「“クリア”っていうのは、その人がつけた愛称で……でも、彼女はもう長いことその人に逢っていないらしいんだ」

理由を話した時。
ずっと笑顔だった彼女が初めて見せた、淋しげな表情カオ

「仲間が“クリア”と愛称で呼んでくれていれば、忘れていなければ、きっとまた逢える。……と、そんなことを言っていた。自分も気に入っていると」
「…へぇ~」
「何だか、少し可愛い理由だね」
無邪気というか。
「ゼロだけは、理由を聞くまでなかなかそう呼ばなかったけどね」
「……どうでもいいだろう」
不機嫌そうに言った彼に、僅かに笑みが零れる。

「……さて、そろそろ雑談は終わりだよ。試験を始め―――」






通信音が、鳴った。


ゲイトを除く三人が、回線を繋ぐ。
<大変よ!北、及び南郊外にイレギュラー反応を確認!しかも相当の数よ!>
「何だって!?北と南って…真逆じゃないか!」
<だから、試験は中断!エックスとゼロは北郊外、アクセルはクリアと南郊外へ!転送室から行った方が早いわ!>
「「「了解!」」」











「あの、総監。中止になった試験なんですけど」
「どうしたエイリア」
「わざわざ受けさせるより、今行かせた任務そのものを試験にしてしまえばいいのでは?アクセルの場合実戦の方が実力を出せるでしょうし、クリアが一緒ですよ。彼女に採点を頼めばどうでしょう?」
「…そうしてみるか」

司令室での、会話だった。










「あれ?」
転送室へ駆け込んだ三人。いると思っていた人物がいないことに、少年は首を傾げる。
「お姉ちゃんは…」
「きっと先に行ったんだよ」
「向こうで合流すればいい」
「そうだね」
履歴を見て設定し、転送電波に身を任せた。












「やあっ!」
都市内へ入ろうとするイレギュラー達を蹴り飛ばす。

今回の任務のコンビであるアクセルを待てず、一人で先行したクリア。数十体のイレギュラーを相手取り、街への進行を防いでいた。

――流石に一人じゃちょっと……


思考を巡らせようとした時、彼女の後方に転送の光が発生した。
「お姉ちゃん!」
「来たか…遅いぞアクセル」
並び立つ弟に微笑みかければ、彼もまた笑った。
「先走っといて何だよそれ」
「心外だな。独断先行と言って欲しい」
「余計悪いじゃん!」


任務中で不謹慎とは思いつつ、クリアは口元が緩むことを止められなかった。

――この私が我慢できないなんて…珍しい…

それだけ、幸福だった。

護りたいと思っていた弟が、此処に居る。

自分の傍に。自分の、“現在いま”の居場所に。



「……アクセル」
「ん?」



姉の表情が、一瞬陰る。


――これが本当に良かったのかどうかは判らない

“けれど”。





「行くぞ、準備はいいか?」





今はただ、共に居られることが嬉しい。









少年は、ほんの少し眼を見開いた。

両手のバレットを握り直し、不敵に、無邪気に、幸せそうに笑う。

いつも“彼”に返していた“あの答え”を、今度はこの少女に返す。





「いつでもOKさ」





これからは此処が、自分の居場所。

















~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
焔雫です。
X7篇という名の第一章、完結です!
何だか最後が予定より長くなりましたが……纏められたと思うので気にしません。

さて、次回からですが。
「コマンドミッション」篇に入ります。
攻略本等では、シリーズ全体から見て百年後であったり、Ⅹ7の数年後であったりと、正直正確な所はよく判りません。
なので、当ssでは十数年後の設定とさせていただきます。
時間軸そのものは、

Ⅹ7→コマンドミッション→Ⅹ8

の順となります。

短編や番外編も考えております。
更新は不定期ですが、精一杯頑張らせていただきます。
では。




[18326] 番外編 逃亡不能
Name: 焔雫◆d8ce7475 ID:16f04db8
Date: 2011/06/17 20:48
「このままじゃ捕まっちゃうよ!?」
「判っている!」

紅と黒のハンターが走っている。

「逃げるな!」

その後ろから追いかける声と足音。

「!しまった…!」
「わあっ!行き止まり!?何で気付かなかったのさ!」
「考えていなかった…」

「もう逃がさないぞ!」
「「!」」

振り返れば、“彼”がそこまで来ていた。

「いい加減…」
「くっ…」
「うっ…」












「大人しくメンテナンスを受けろ!」

「「っ……!!」」

















「それで………また逃げられたってわけ?」
「…………………ああ…………」
力無く首肯する英雄の前には、端末の椅子に座って溜め息をつく白き少女。


アクセルが正式にハンター登録され、五ヶ月。
時折僅かなすれ違いはあるものの、エックスとアクセルの関係も良くなった。

何かが良くなると、別の問題が出て来たりするもので。


「何であんな……頑なに嫌がるんだ……」


月に一度行われる、イレギュラーハンターの定期メンテナンス。定期検診と言ってもいい。
ゼロとアクセルは、その検診から毎回逃げている。


既にメンテを終わらせたクリアは、同じくメンテが終了している同僚の話を、半ば呆れつつしかし真面目に聞いていた。
「ゼロのメンテナンス嫌いは今に始まったことじゃないし…アクセルは単純に面倒くさがってるだけだと……って、これで五回目だよエックス。何回逃げられれば気が済むの?」
「う………面目ない……」


メンテナンスを行うゲイトとライフセイバーから頼まれ、毎回二人を捕まえようとしているエックス。

そして毎回、失敗している。


「だ…大体さ!検診から逃げるのに通気孔通るか普通!?」
「通気孔通って逃げられたの…」
「早く高い所に登りたいからって技使ったり!」
「ゼロの雷神昇か…」
「俺を足止めするのに水ぶっかけたり!」
「アクセルがスプラッシュレーザーの出力落として撃ったんだね…」
「ダブルジャンプやホバー持ってる相手に、起動力で勝てるか!」
「そうでもないと思うけど」
「……………………………」
珍しくもいきり立っていた彼は、がっくりと肩を落とした。
「キミは甘いからね。本気になれば片方くらいは捕まえられそうだけど」
「……そんなこと言われても……」
「そうだね。まぁ、エックス。キミの言いたいことは判った」
お気に入りのイチゴシェイクを飲みながら、くる、と椅子を回転させ足を組んで向き直る。

「要するに、私に協力して欲しいんでしょう?」
「………………………はい…………………」
再び力無い肯定。クリアはもう一度息を吐いてから、天井を仰いで思案する。
「そうだねぇ……イレギュラーハンターは身体が資本だからなぁ……」
「俺もそう思う。何とかならないかクリア」
頼まれ、彼女はしばらく黙っていたが、ふと視線を合わせた。
「……判った。やってみよう」

何処か含みのある笑顔で、承諾した。















「……ふう」
「……はあ」
通気孔から抜け出た、ゼロとアクセル。
エックスはあんなことを言っていたが、二人にしてみれば必死だったのだ。

メンテナンスが嫌、という理由はいかがなものだが。

「…よし、今日を乗り切れば、後はどうにでもなる」
「もう少しだね」
やれやれ、と壁に背を預けた時。





「ん?何やってんだお前ら」





ゼロはぴくりと、アクセルはびくっと、それぞれ反応し振り返る。

居たのは、ダグラス。

「お前だったか…」
「びっくりした~…。どうしたの?ここ格納庫じゃないよ?」
「んなこと判ってら。先に聞いたのはこっち……ってそうか。今日は定期検診日だったっけか」
にやにやと笑みを浮かべるメカニック。それが気に入らず、紅き青年は僅かに顔をしかめる。
「何でそんな逃げてんだ?」
「……身体を弄られるのは嫌いだ……」
「ボクはずっと動けないのがやだ……」
「…そーかよ。ま、俺には関係ねぇし。じゃーな」
くるりと身体を反転させ、ひらひらと手を振りながら去っていく彼。
見送りつつ、二人は息を吐いた。




と。






「―――――――」




「む?」
「え?」
“彼”が、小声で何か言った気がする。




次の瞬間、ゼロとアクセルの身体に紫に光るロープ,,,が巻きつき、足が床から離れていた。

「わあっ!?」
「うおっ!?」
予想だにしない出来事に、アクセルだけでなくゼロまで声を上げる。
ロープの先を見れば、ダグラスの方へ続いていた。
「「ダグラス!?」」


「こんな簡単に引っ掛かるとはね」


“彼”の低い声に混じったのは、可愛らしい高い声。

“彼”が光に包まれ―――姿が変わった。



白い鎧と銀髪、純白のロングマフラー。

見間違える筈もないその容姿。

振り返って見えた双眸は、綺麗な淡い碧。





「クリア!?」
「お、お姉ちゃん!?」
「いやー、ここまでうまくいくなんて」
にこにこと、まるで邪気のない笑顔で二人を見上げる。
「え…ちょ…ええっ!?変身できるの!?」
「私はお前の姉だよ?コピー能力があるのそんなに不思議?あ、データはスキャンで貰ったよー」
「………何の真似だ」
彼女の手には、紫色の小さな珠がついた鞭が握られている。先端は二本に分かれ、四肢は自由だが胴体に巻き付いていた。
「んー、エックスに頼まれてさぁ」
「あいつか…!」
「“あいつか”じゃないよ。それに、アクセルはもうすぐ昇級試験受けるんでしょう?A級から特A級になるって張り切ってたじゃない。ちゃんとメンテしてもらわないと全力は…」
「やなものはやだ!」
弟の反応に、溜め息をつく。
「…ゼロ、アクセル。私達は身体が資本なんだよ?メンテナンスくらい受けなさい」
「……あれは苦手だ」
「やーだー!」
「……注射を嫌がる子供かよ……」
呆れてものも言えない、というように肩を竦める。

その隙に、ゼロはセイバーに、アクセルはバレットに手を伸ばす。


ノウバディの『バインド』には、殺傷能力がない。シグマ戦の時のように、強化もしていないだろう。それなりのダメージを与えれば解ける筈。



伸ばした手は、空を掴んだ。



「はーい、セイバーとバレット没収ー」
「なっ!?いつの間に!」
「か、返してよっ!」
クリアの傍らに浮かぶ透明のボール。その中に、セイバーの柄とダブルバレットが収められていた。
「バインドの解き方知ってるキミ達に、対策しないワケないでしょう。んじゃ、メンテナンスルーム行こっか~」
「!」
「ま、待て!」
「待てと言われて待つバカが何処にいるのさ」

抵抗も虚しく、捕まえられたまま連れて行かれる二人だった。














「………………」
「………………」
「………何か言いたそうだね」
「当たり前だ」
「ズルいよエックス。お姉ちゃんに協力してもらうなんて」

ようやく検診が終わったゼロとアクセル。いつも逃げ回っている為、通常の数倍時間がかかってしまった。

「もう彼女に頼むしかないと思って………それに俺だってヘコんでるんだ…」
「?」
「何故だ?」
訊かれ、彼はふっ、と、珍しく自嘲気味に笑った。
「…成功して良かったっていう安心感と、もっと早く彼女に頼んでいればっていう後悔と、俺が五ヶ月かかってもできなかったことを二十分足らずで成功させたっていう敗北感が…」
「もういい、判った」
ほとんど愚痴の話を切り上げさせる。

一息ついた時、メンテナンスルームの扉が開いた。

「あー終わったんだ。随分時間かかったね」
微笑を湛えて入ってきたクリア。そのまま皆に歩み寄る。
「お姉ちゃん、さっきは…」
「あのね、キミらが検診受けてる間に、ゼロとアクセルの報告書半分くらい片付けといたから」
“やってくれたね”と言おうとした少年は、その一言に言葉を詰まらせた。ゼロも同じなようで、文句を言うべく開いた筈の口が閉じられている。


事務処理は大の苦手のこの二人。任務の際、物を壊すことも多々。それ故に、彼らのデスクには報告書や始末書の類が山積みになっている。本来なら既に提出している筈のもの。

それが、半分消えたというわけで。

消してくれたのは、彼女で。


「「………………」」
「気にしなくていいからね。いきなり減ってると驚くと思ってさ。
んじゃ、それだけだから。」
にっこりと、満面の笑みを残し。

マフラーを揺らして出ていった。



「………………」
「…………クリア………」
「………お姉ちゃん………」

貸しを作って文句を言わせないとは。
当事者でないエックスでさえ、どう反応していいのか判らない。






手伝い過ぎて、後日クリアがエイリアにお説教を喰らったのは、また別のお話。















~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
番外編一本目です!
色々考えましたが、まずは日常に近いものをと思い、考えてみました。




[18326] 第27話 残された宝物
Name: 焔雫◆d8ce7475 ID:a9ee2027
Date: 2011/07/22 18:57
廊下に、けたたましい足音が響いている。
その足音に見合わぬ容姿のレプリロイドは、突き破る勢いで司令室の扉をくぐった。
「エイリア!」
女性が、椅子に座ったまま振り返る。同時に彼女の傍にいた青年二人も、入ってきた彼に目を向ける。
「アクセル…」
「エックス、ゼロ…!」
不安という色を常葉の瞳に混ぜ、少年は駆け寄った。
「何があったの!?」
「ひとまず落ち着け。慌ててもどうにもならん」
激情を抑え切れない少年の肩に片手を置き、紅の戦士は冷静に言う。アクセルは何度か深呼吸をしてから、再び問うた。
「何が…あったの…?」
今度の声は掠れている。

ゼロはエックスとエイリア、そしてシグナスの顔を順々に見ると、アクセルに向き直りはっきりと告げた。






「クリアの反応が消えた」














レッドアラート事件から、実に十数年という歳月が流れていた。
この事件を解決したハンター、クリア達四人が、特A級を遥かに超えた実力を備えている為、その上に新しく“S級”というランクが設定された。現在は彼ら四人のみのランクだが、ハンターも増え、組織そのものは安定してきている。

エックスは“蒼き英雄”として、生ける伝説と呼ばれ。
ゼロは変わらず、“紅き闘神”、“紅の剣士”といった異名で世界的に知られている。
クリアは“白き闘士”、アクセルは“黒き銃士”という二つ名があるが、他の二人ほど有名ではない。
そこは、キャリアの差というものだろうが。















アノマリー・クリアーナが行方不明になる、数時間前。

「連邦本部ですか?」
空色の瞳をまるめて聞き返すと、上官は頷いた。
「ああ。連邦政府本部に行っているゲイトが、お前に来てもらいたいとのことだ」

政府の研究チームから協力の要請を受け、本部へ出張という形で行っているゲイト。
その彼から、今度はクリアに呼び出しがかかった。

「何故こいつなんだ?」
ゼロが口を挟む。
「クリアでなければならないと…そう言っていたが」
それだけでは判らない。だが、あの天才科学者がわざわざ呼ぶのだから、それなりの理由がある筈。
「んー……本部行くの、あんまり好きじゃないんだよね……。ライドチェイサーで往復して、どれくらいかかるっけ?」
ぽつりと出た疑問に、エックスが答える。
「大体…二時間くらいだな」

もちろん、連邦本部にも転送装置はある。しかしハンターベース間の転送は、緊急時以外使用禁止とされている。緊急事態だとすぐに判るように、そして万が一、イレギュラーが紛れ込んでいた時の為だ。

「アクセルと買い物行く約束してるんだけど…あの子のメンテ終わるまでに帰ってこられるかなぁ?」

定期メンテナンス。エックスとクリアは一時間程度で終わった。だがゼロとアクセルはいつも逃げるので、通常より時間がかかってしまう。今回は闘士が動いてまずは剣士を連れていき、たっぷり五時間かかった。そして、現在銃士がメンテナンス中。三十分ほど前に捕まえ、まだ始めたばかりだ。

「用事にもよるけど…すぐに行って帰ってくれば、大丈夫じゃないかな」
「どうせ時間かかるだろうしな」
「君が言うなよ」
ゼロの発言に対するエックスのつっこみに、確かに、と女性二人が笑う。
「そうね、急げばきっと間に合うわ」
エイリアにも言われ、クリアはうん、と頷いた。
「んじゃ、ライドチェイサー飛ばして行ってくるよ」
「スピードを出し過ぎるなよ」
「判ってますって」
シグナスに返事をしてから、扉に足を向ける。一度振り返り、手を振ってにっこり笑った。

「行ってきまーす」



―――それが彼らの見た、クリアの最後の姿だった。
















「…お姉……ちゃん……」
説明を聞き終え、茫然と呟く。


メンテナンスの終わったアクセルは先に準備しておいてもらおうと、クリアに連絡を入れた。しかし通信が繋がらず、司令室へ連絡した。その時に、エイリアからクリアの身に何かが起こったということを聞いたのだ。


「今、ゲイトを呼んでいる」
普段よりも穏やかな声で、ゼロが俯く少年に告げる。
「飛行機で来るって言ってたから、もう着くと思うよ」
エックスが言った所で、扉の開く音がした。見れば、タイミングを謀ったかのように白衣の青年が立っている。
「話は聞いた。…大変なことになりそうだね」
常に不敵な表情を崩さぬ彼にしては珍しく、真剣な顔をしていた。

「何の用事で彼女を呼んだんだ?」
真っ先に問うたのはゼロ。ゲイトを呼んだのは、クリアが消えた原因が彼の用にあるかもしれないからだ。何より、最後に彼女に会ったイレギュラーハンターの関係者は、恐らく彼。

「…僕が連邦本部に呼ばれたのは、あるデータディスクの解析の為だったんだけど」
歩み寄りながら話し始める。
「強力なプロテクトがかかっていたり、暗号化されていたりと難解で。ほんの少ししか解析できなくてね」
「そんな…貴方が?」
昔からの付き合いのエイリアは、彼の頭脳と実力を誰よりも理解している。
「よっぽど知られたくない内容なんだろうけど………その一部に、クリアの名前が載っていたんだ」
『!』
「彼女なら、何か知っているかもしれないと思ったんだよ」
「そのデータディスクは、そんなに大事なものなのか?」
エックスが訊ねるが、彼は首を横に振った。
「判らない。ただ、とある大きな研究所にあったものらしい。政府上層部からの指示じゃ、断る訳にもいかないしさ」
「彼女には見せたのか?」
続いてゼロが訊けば、今度は頷いた。
「ああ。ディスクを見せるなり引ったくられたよ」
「引ったくるって……彼女が?」
「どうなった?」
「そのまま、ディスク持って出ていった」
『――!?』
予想通りの反応に、肩を竦める。
「呼び止める暇もなかったよ。何か知っていたのは間違いないね」
「バックアップは取っていないのか?」
「ほとんど解析できていないんだ。取ってるわけないよ」
「クリアが持っていったのが唯一のものか…。一体何のデータなんだ?」
「何にしても、彼女が襲われた理由はそのデータディスクだな」
黙っていたアクセルが、ばっと顔を上げた。

「襲われた…!?どういうこと!?」
「…僕も聞いてないな…ただ連絡が取れなくなっただけじゃないのかい?」
冷静にゲイトも問う。答えたのは、紅と蒼の戦士。
「話が途中だったな」
「実は…」
















司令室で仕事をしていた時、ベースの通信機が鳴った。
「こちらイレギュラーハンター本部」
<私私ー>
よく知った少女の声。応答に出たエイリアは、少し張らせていた声を緩めた。
「どうしたの?何か問題でも?」
<えっとね、もう少しで街に着くと思うんだけど>
どうやらライドチェイサーの通信機を使っているらしい。
<今アクセルは―――っ!!>

不自然に途切れた声。同時に聞こえた銃声。

「ク、クリア!?どうしたの!?大丈夫!?」
<……いったぁ…取り敢えず大丈夫>
「痛いって…怪我!?」
<あー…大したことないよ…ってどわぁ!>
再び銃声が鳴り、ハンドルを切ったのが判った。
「クリア!」
<……ごめんエイリア。余裕なくなった>
そう言ったかと思うと、突然通信が切れた。
「クリア!?クリア!ちょっと!応答して!」
「どうした!?」
ただならぬ様子のオペレーターに、エックスが問いかける。
「クリアが通信を切って…撃たれたみたいなのよ!」
「!」
「何だって!?」
思わず立ち上がる。ゼロも席を立ち、口を開く。
「彼女の現在位置は?」
淡々と訊ねられ、エイリアも落ち着く。素早くキーを叩いて画面を切り換え、レーダーを起動させる。腕に発信機を内蔵してあるので、大抵は何処にいるのか確認できる。

だが。

「…ダメ、判らない…!反応がないわ…!」
「なっ…!」
反応が消えたというごとは、発信機が壊れたか、自ら切ったか、あるいは―――

「原因はどうだ?」
あくまで冷静なゼロ。エイリアは再びキーを操作する。
「……何て言うか……何かに妨害されているような…」
「妨害か…。
帰り道なら、方向は連邦本部の方だな」
「……シグナス!」
総監席を仰ぐエックス。上官は頷いた。
「判った。すぐに向かってくれ」
聞くやいなや蒼き英雄は飛び出し、紅き闘神も続いた。









ライドチェイサーで出動した二人。
街中でフルスピードというわけにもいかないので、郊外に出てから速度を上げる。

街から数十分と経たない所で、ライドチェイサーを停めた。
そこに在った光景を前に、エックスは愕然とする。




大量のレプリロイド、メカニロイドの残骸。火花を散らしているものもあれば、ひしゃげているものもあり、原形を留めているものもあれば、粉々になっているものもある。
一言で言って、惨状だ。

「凄まじいな…」
ゼロの呟きで我に返る。
辺りを見回してみて、一つの残骸に目を留めた。
「ゼ、ゼロ!あれは…!」
エックスの示した先、“それ”を見て、慌てて駆け寄った。

炎上してはいるが、原形を留めた白い機械。見覚えのある“A.C”という文字が
確認できる。

「クリアのライドチェイサー…だな」
「じゃあ……これをやったのは……」
再び惨状を見回す。彼女もイレギュラーに対して容赦はしないが、度の過ぎたことはしなかった。
「恐らく彼女だ」
「…そんな…」
「この数だ。いくらクリアでも、余裕があったとは思えない。必死だった、ということだろう」
心中を察しての言葉に感謝しながら、彼はライドチェイサーを見つめた。“A.C”、“アノマリー・クリアーナ”の頭文字。
同様に、エックスのものには“X”、ゼロのものには“Z”、アクセルのものには“A”と、それぞれ文字が入っている。

本人が、何処かに居るかもしれない。
敵が残っている可能性もあり、バスターに切り換えセイバーを抜き、慎重に進む。
まるで気配のない、動くもののない中で、蒼と紅は目立つ。

風が吹く―――長い金髪が大きく揺れた。


同時に聞こえた、バサリという音。
二人ははっ、と顔を向けた。


布の揺れる――バタバタとなびく音が、確かに聞こえる。


駆け出す。芽生えた望みを胸に、音のする方へ。

大きな瓦礫の向こうを覗けば、二対の瞳が見開かれた。





そこに白き闘士の姿は無く―――彼女が常に身に着けていた“それ”が、淋しくなびいていた。

「……これ……」
「…間違いないな…クリアのマフラーだ」
細い、先端の曲がった鉄の棒に軽く結びつけてある“それ”に触れ、ゼロが呟く。
「……どうして……」
「…此処で何を言っても解決しない……戻るぞ」
手早く結び目を解き、畳む。セイバーを収めて歩き出した友の後に、少し遅れてエックスも続く。

“心配”という感情を、翡翠の瞳に映して。


















デスクに置いてあった、白き少女の“宝物”に視線が集まる。


彼女がこのマフラーをどんなに大切にしているか、彼等は痛いほどに知っている。身に着けている時がないと言っても過言ではない、クリアの“宝物”。


それが、置いていかれている。


「……私の推測に過ぎないが」
黙って傾聴していたシグナスが口を開く。
「恐らく彼女は無事だろう」
「根拠は?」
ゲイトのもっともな問いに、上官は続ける。
「もし仮に、何者かに連れ去られたのだとすれば、証拠を残していくのはおかしい」
「さらったことを俺達に判らせる為…という可能性は?」
「それならもっと判りやすい…例えばメット等を残す筈だ」
「さらわれた時、クリア自身が残したっていうことは?」
「彼女ほどのハンターを倒せる者が、見落とすとは思えないが」
((………ごもっとも………))

シグナスの見解から答えを導き出すなら。

「…クリアはこれを残し………自ら姿を消した」
「!」
ゼロの言葉に、アクセルの表情が強張る。
「…理由は…」
「はっきりしないけど、僕が渡したデータディスクだろうね」
この状況で、そう考えない方が不自然。
「わざわざ結びつけて残していったのなら、それだけの余裕があったということだ」
「……………」
「――アクセル」
顔を上げない少年に、今度はエックスが声をかける。
「クリアは…君のお姉さんだろ?」
いつも以上に、穏やかな声音。
「お姉さんの強さは、君が一番よく知っている筈だ」
「……………」

俯き続けるアクセル。
ゼロが、“宝物”を手に取り、半ば強引に少年に渡す。
「それはお前が持っていろ」
紅き闘神の声が優しい。
「お前が守って……姉さんが帰ってきた時に渡してやれ」

ぴくり、と肩が震えた。

――……お姉ちゃん……

両手でぎゅっ、と“宝物”を握り締める。


しばらくの間、そうしていて。


彼はぱっ、と顔を上げた。

「――そう、だね」
何処か儚い、少し大人びた笑顔。決して作り笑いではないのだろうが、見ていると辛くなる。

「…“守って”“渡す”のなら、身に着けておいた方が良くないかい?」
少しでも空気を変えようと、ゲイトが提案する。
「でもこれ、長いから引きずっちゃうよ。お姉ちゃんは、ホントうまくつけてたよね…」

広げてみて、改めてその長さに感嘆する。ゼロの髪と同じくらいだ。

「…そうだわ。こういうのはどう?」
席を立ったエイリアがマフラーを受け取り、アクセルの後ろに回る。ふわりと頬に当たる布の感触が心地好い。

今更のような気がするが、このマフラーは毛糸ではない。本人曰く、絹らしい。

「できたわよ」
仕上げにきゅっ、と結び、手を離す。

白い帯が、二本揺れた。

「成程」
「一本じゃなくて、二本に分けたんだ」
ゼロ、ゲイトが納得の言葉を述べる。
先が均等になるよう結ばれており、腰より少し上の長さだ。
「どうかしら?」
「いいよ、これなら動きやすい」
くるん、と横に回る。
「結構似合うね」
「なかなか様になっているじゃないか」
先輩二人から言われ、彼はえへへ、と笑う。
「……お姉ちゃんのこと心配なの、ボクだけじゃないもんね。…落ち込んでちゃ、いけないよね」
少し淋しそうではあるが無邪気な笑顔に皆ほっと息をつく。

緩められた空気の中で、再びゲイトが口を開いた。
「あー…まあ、何にせよ、ゼロのアクセルはこれから大変だね」
どういうことかと、五人が顔を向ける。
「書類、手伝ってもらえないよ?」
瞬間、愕然となる者二名。この二人は、デスクワークは大の苦手だ。
剣士と銃士の反応に、誰からともなく笑い出す。
笑い声に顔をしかめるゼロの隣で、アクセルは珍しくも苦笑する。




――……お姉ちゃん…


心配しない訳はない。

だが、アノマリー・クリアーナは、自分の姉だ。

姉の強さは、知っている。


――…お姉ちゃんが、ボクの立場だったら……


きっと、信じてくれる。

だから。




――……ボクは、信じる















~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
お久しぶりです。
一ヶ月以上間が空いてしまいました…最近全然アイディアが出てきません…。
出ないなりに、頑張ります。




[18326] 第28話 奏でられるプレリュード
Name: 焔雫◆d8ce7475 ID:b9630858
Date: 2011/08/28 19:21
白き闘士が行方不明になり、三週間が過ぎた。
エックス達イレギュラーハンターは、普段と変わらず、任務をこなしている。


任務報告を終えたアクセルは、白いマフラーを揺らしながら自室に向かっていた。その途中で長身の背中を見つけ、声をかける。
「あ、シャドウ」
名を呼ばれ、立ち止まって振り向く。


半年ほど前に新しく入ったハンター、シャドウ。
黄色のボディに、胸に印されたコウモリのマークが印象的なレプリロイドだ。ちなみにランクは特A級。


「アクセルか」
ゼロより頭一つ分以上背の高い彼は、自然、アクセルを見下ろす形になる。
「シャドウも任務終わったの?」
「お前もか?」
「まあね。……あ、そうだ」
思い出したように。
「あの、聞きたかったんだけど。シャドウは、ギガンティスっていう島の生まれなんだよね?」
「?ああ」
「レプリロイドの研究が盛んだって、エイリアから聞いてさ…」
一旦言葉を切り、真っ直ぐに彼を見上げた。


「……コピー能力とか、研究されてたんじゃないかな、って」


紡ぎ出された言の葉で、意図に気付いた。
長い付き合いではないが、アクセルが自らの出生を気にしていることは知っている。
姉のクリアに訊ねていた所を何度か見かけたこともあった。
もっとも、彼女自身もよく知らないと答えていたようだが。

「…そうだな……確かに、研究そのものは行われていたっていう…噂は聞いたことがあるが……」
「ホ、ホント!?」
常葉色の目を見開く。
「ああ…だが、あくまで噂程度だからな…」
「噂で充分だよ。お姉ちゃんが前に言ってた」
「?」

少年は人差し指を一本立て、
「“火の無い所に煙は立たぬ”」
姉の口を真似て、言ってみせた。












「…とは言ったけど…」
シャドウと別れ、目的もなく廊下を歩く。
「…手がかり……少なすぎるよね…」

表には出さないが、失った記憶を気にしているアクセル。姉であるクリアは、何も知らないと言っていた。

「………お姉ちゃん」

心配は募るばかり。
一方で、出生のことも気になる。

「……はあ……」

姉は今どうしているんだろう。何処で何をしているんだろう。ゲイトの言っていたデータディスクをまだ持っているんだろうか……

「…ん?」

データディスク…?

「…!」

閃いて、ぱっと走り出した。

――ひょっとしたら…!














「ゲイト!」
研究室に飛び込むと、彼は驚いて振り返った。
「ア…アクセル。びっくりした…」
「ご、ごめん。ちょっと聞きたいことがあって…」
その言葉に、ぴくりと反応を見せるゲイト。持っていた資料を机に置き、少年の方へ歩み寄った。
「姉さんのことかい?」
「えっ…」
「君の顔を見れば判るよ。君が僕に聞きたいことなんて、それくらいだろうし」
一つ、息をつく。
「…僕も、彼女が心配だから…こんなことになったのは僕のせいだって判っているんだけど…」
「そんなことない!ゲイトのせいじゃないっ!」
即座に否定したアクセルに、一瞬目をまるくする。そうして、微かな笑みを浮かべた。
「…ありがとう。…それで、僕に訊きたいことっていうのは?」
うん、と頷いて、アクセルは言葉を紡いだ。


「…お姉ちゃんが持ってったデータディスク……どこの研究所で見つかったの?」















「……休暇を取りたい?」
少年の申し出に、上官は思わず聞き返した。
「……ダメ、かな…?やっぱ…」
それに対し、困ったように軽く頭を掻くアクセル。
ゼロが、静かに。
「……クリアを捜すんじゃないだろうな」
「やだなぁ、違うよ。その話は捜さないってことになったじゃん」
「…それなら、どうして?」
エックスにも聞かれ、ふぅ、と息を吐いた。
「…実は、ずっと前からやりたかったことがあってさ。でもお姉ちゃんに心配かけちゃかわいそうだし…」
『………………』
「今なら大丈夫かなー…って…」


結局の所、彼も姉思いということで。


「……いいだろう、許可しよう」
「えっ」
エックスやゼロへ向けていた顔を戻す。
「いいの、シグナス」
「最近イレギュラーは減っている。大した事件も起こっていない。
ただし、溜め込んでいる書類を片付けてからだ。メンテナンスも受けておけ」
「う………は、はーい…」
もっともな条件に何も言えず、そのまま自分のデスクにつく。

「……はあ……」

珍しく溜め息をつくアクセルだが、それも仕方ない。


何しろ彼のデスクには、見ているこちらが辟易する程の書類の山が、出来上がっているのだから。



























三週間前。


とある島の、とある廃墟。


誰も居ない筈の空間で、浅い息遣いが響く。






壁に寄り掛かる小柄な人影。


纏った純白と銀髪は暗闇の中でも、“彼女”の存在をはっきりと主張している。


「…………はっ………」


荒いだ呼吸を整え、自嘲する。


「………やってくれるね………」


静かに、ぽつりと出た言葉。


「…………そっちがその気なら容赦しないよ………」


淡い碧の双眸が、そっと伏せられる。


「…………乗らせてもらおうじゃないか、この勝負」






思い浮かぶは仲間達。


「……………さあ―――」


それらを打ち消し、呟きながら、“少女”は一つの姿を脳裏に描く。





「―――ゲームを始めよう」












“少女”の姿が、その空間から消えた―――


















~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
更新遅いうえに短め………正直焦ってます。





[18326] 第29話 潜入!ギガンティス
Name: 焔雫◆d8ce7475 ID:9770239b
Date: 2011/09/26 11:54
ある者は理想を主張する為に

ある者は存在を誇示する為に

ある者は仲間を守護する為に




力を求め

強さを求め




戦い

争い




巡り合う


























容姿の異なる三人のレプリロイドが、豪雨の中を走っていた。







巨大な人工島、ギガンティス。













時は数時間前に遡る。


極東司令塔責任者兼、連邦政府軍司令官、リディプス大佐から指令を受けたイレギュラーハンター。
指名されたのは、エックス、ゼロ、シャドウの三人。

“今回君達に与える任務は、人工島ギガンティスに侵入し、イレギュラー「イプシロン」率いる反乱組織、「リベリオン」の活動を阻止することだ”
大佐を前に、ハンター達の顔つきは出撃前のそれ。
“諸君らより先に上陸したチームの反応は完全に消え、全滅したと考えられる”
現地では妨害電波が発生しており、詳しい状況は判らないとのこと。
“君達が最後の希望だ”
決して、簡単な任務ではない。
“この作戦に失敗すれば我々は、ギガンティス全土の無差別攻撃という非常手段を取らざるを得ない”
『無差別攻撃』の単語に、エックスがピクリと反応したのを、親友は見逃さなかった。
“残念ながら、イプシロンの所在は不明だ。…ただ…”
坦々と続く言葉。
“ある廃墟に、気になるエネルギー反応を感知した。
先ずは、そこを調べてもらいたい”





















嘗ては何らかの研究施設だったであろう場所、ラグラノ廃墟。
三人のハンターは建物に入り、様子を窺う。
「…お出迎えは無し、か…」
紅き剣士が呟いた隣で、エックスは左腕の通信機を起動させる。
「…聞いてた通りだな」
映し出したディスプレイには砂嵐がかかっており、使えないと判断しすぐにしまう。
「無線機はほとんどアテにできない」
「…それにしても…」
ゼロは辺りを見回す。
「これだけ大きな島に潜入するのが、たった三人とはな」
呆れたような声音に、彼の親友は苦笑する。
「大規模な部隊だと、目立って動きにくいからな」
「少数精鋭ということか」

今度はシャドウが口を開く。
「俺は、あんたらほど優れたハンターじゃないが、」
彼は、ギガンティス出身。
「この島には詳しい」
「ああ。案内は頼む、シャドウ」
「よし、早速調査を開始しよう」
広い内部を見渡すと、二つの扉が視界に入った。
「二手に分かれるか?」
「少し危険ではあるが、妥当だな」
「俺は一人で大丈夫だから、君達が組むといい」
「俺も一人で大丈夫なんだが…」
「駄目だゼロ。君は一人だと何をするか判らない」
「………どういう意味だ」
「それじゃあシャドウ。そっちは頼む。通信機はどうだ?」
「おいエックス」
「この建物の中でなら、問題はなさそうだ。こちらは任せろ」
「シャドウ、お前も“任せろ”じゃないだろう」
「上で合流しよう」
「ああ。二人共気をつけて」
「………………」
たっ、と走って、一つの扉の向こうへ蒼い背中が消える。
「………………」
「こっちも行こうゼロ」
「………………」
スタスタと歩き出すもう一人の仲間。


「………俺を無視して話を進めるな…………」

見事にスルーをかまされたゼロの、虚しい呟きだった。














ゼロとシャドウも去り、人気のなくなった暗い空間。



音もなく。小さな人影が降り立った。


















―イーストブロック2F―


「…これは…」
研究部屋らしき場所を見つけたエックス。そこには、大型のカプセルが四台置かれていた。

通信音がささやかに鳴る。
<…エックス。こちらに空のカプセルが四つあった。戦闘型レプリロイドがカスタマイズされていたらしい。そっちは…>
「ああ、ゼロ。こっちも同じだ。四つのカプセル、全てカスタマイズが終了してる」
<そうか……調査開始早々厄介なものが見つかったな>
<この分だと、上にも何かあると見ていいだろうぜ>
暗に“気をつけろ”と告げるシャドウに、“判っている”と返す。






―イーストブロック3F―


同じような部屋で、二つのカプセルを発見。調べている内に、エックスの翡翠が見開かれた。
即座に無線を起動させる。
「ゼロ、シャドウ!」
<どうしたエックス?>
焦ったようなエックスに対し、ゼロは冷静だ。
「こっちに二つ、高性能型レプリロイドの改造カプセルを発見した…けど、」
しかし、その落ち着いた声音も、友の報せで一変する。
「それだけじゃないんだ……こっちにある二つの内一つは……イプシロンなんだ…!」
<何だと!?それは本当か!?>
<…ゼロ、ここにも高性能型のが二つあるぜ…>
驚く剣士に続き、シャドウの声を無線が拾う。
<戦闘型八体に高性能型四体となると…>
<また随分な大部隊だな。先に上陸した連中が全滅する訳だぜ…>
「…………」
<…これだけとは思えない。慎重に行け、エックス>
「君達も気をつけてくれ」





部屋を出た途端。
目の前に広がった光景に、蒼き戦士は瞳を鋭くさせた。



メカニロイド達が、群れを成して行く手を塞いでいる。
総数、目測で十五、六体といった所か。


いざという時を考え、バスターに切り替えておいた右腕に左手を添えた。


突進してくる小型の飛行メカニロイド、バットンボーン。それらを素早く撃ち落とし、充填を開始する。

「…行けっ!」

チャージされたショットは、一気に数体を吹き飛ばす。

ペンチのような腕を振り上げ、突きを仕掛けてきた一体を難無くかわし、一発のショットで粉砕させた。




戦いというには一方的過ぎる実力差で終了した戦闘。
エックスが軽く息を吐き出した、時。








爆音が、響いた。









「――っ!?」
伝わってくる振動。恐らく一つ上の階。

嫌な予感が頭を過ぎり、通信回線を開いた。

「二人共!大丈夫か!?」

<…エックス!?そっちこそ大丈夫なのか!?>
数秒後に届いたゼロの返答に、不安な気持ちが中途半端に固まる。
「……え……そっちで何かあったんじゃないのか……?」
<いや、上の階で爆発音がしたから、てっきりお前かと思って連絡を入れようとした所だったんだが…>
どうやら、どちらも違うらしい。

となれば。

「……他に…誰かいる……?」
<…行けば判るだろう。…気を抜くな>
「…ああ」

回線を閉じ、今まで以上に警戒を強くしながら階段を上っていく。








―イーストブロック4F―


暗い通路を慎重に進んだ奥、見つけた扉。
バスターを胸の前でしっかりと押さえ、すぐさま撃てるように準備する。
小さく息を吐き出してから、突き破る勢いで扉を開いた。







広い円形の、ホールにも似た場所。





そこに在った、紅。





「ゼロ!」
駆け寄ろうとして一瞬、その足が止まる。




そこかしこに、赤や青の機械の破片が散らばっている。壁の一部には大穴が空き、付近の床には何かが爆発したような焦げ跡が、くっきりと残っていた。


「…エックス」
焦げ跡を観察していたゼロは顔を上げ、歩み寄ってくる友と視線を合わせた。
「シャドウは?」
「先に上へ行って調査しておくと。俺はここでお前を待っていた」
「すまない…。…何か判ったか?」
彼は首を横に振る。
「俺が来た時は既にこの有様だった」
「…………」
エックスは近くに転がっている破片の一つを拾い上げた。
「…メカニロイドか?」
「多分そうだ。それも、散らばってるかけらの数や大きさを考えると、かなり大型の」
「……やはりお前の言う通り誰かが居て……そいつがメカニロイドを破壊した……ということなのか?」
「…もしそうなら……目的は一体何なんだろう……」
「……………」

双方共、口を閉ざして考え込む。


程無くして、ゼロがふっと息をついた。

「この場で悩んでいても仕方がない」
「…そうだな。シャドウに先行してもらってるし…」
互いに頷き合い、疑問を抱えたまま次のフロアへと歩を進める。

















一対の視線にも気付かずに―――
















~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ようやくギガンティスに入りました!

感想待ってます。




[18326] 第30話 邂逅の風
Name: 焔雫◆d8ce7475 ID:9ad05418
Date: 2011/10/07 19:55
元々はホールだったであろう場所。今では天井や壁のほとんどが壊され、嵐の止んだ夜空が広がっていた。



そこに佇む黄色い人影。
「シャドウ、無事だったか」
背を向けている彼に、エックスの安堵した声がかけられる。
「ああ……それより……」
振り向かず、くい、と顎をしゃくる。


シャドウが示した、その先。


「はっ…」
「…!」
エックスは息を呑み、ゼロは瞳を鋭くさせる。


大きな体躯に黒いマント。橙色のバイザーの向こうからは、鋭利な双眸がこちらを見据えている。



ただ者ではない。



優れた戦士の直感が、そう告げていた。



「…何者だ?」
背中のセイバーに手をやり、シャドウよりも一歩前へ出ながら問い掛ける。
「…リベリオン、か?」
更に紡いだ単語に、その男はゆっくりと口を開いた。
「いかにも…」
低い、厳然たる声。
「リベリオン総帥、イプシロンだ」


名を聞いた途端、蒼と紅,,,の戦士の顔つきがより鋭さを帯びる。
「ほう、そのお偉い総帥様が、わざわざお出迎えか?」
挑むような口調の紅き闘神。だが、相手はまるで意に介していない。自らのペースで、悠然と語る。
「君達のことは、よく聞いている。イレギュラーハンターの諸君」
それでいて、隙がない。
「エックス…ゼロ…。君達は優秀なレプリロイドだ」
疑問符を浮かべる彼らに、イプシロンはすっと片手を差し出す。
「どうだ…?我々の理想の為、共に戦うつもりはないかね?」
構えていた彼らは、突然の勧誘に驚く。
瞬間、
「ふざけるな!」
怒号を響かせ、ゼロは即座に剣を抜いた。
「どんな自信があるのかは知らないが、三対一だ。こちらが有利だと思うがな」
殺気を放ちながらの警告に、しかし彼は動じない。
「ふむ、そうか?」
訝るより早く、事は起こった。






紅き剣士の首筋に、ぴたりと突き付けられる青い刃。
はっ、と碧眼を見開き、後ろへ僅かに視線を向けた。


シャドウが薄く笑い、右腕に装備された剣を構えている。


「っ!シャドウ!まさか!?」
傍に居たエックスが驚愕の声を上げれば、追い討ちをかけるように敵の頭目は告げる。
「シャドウは既に我々の理想を、理解してくれている」
翡翠の瞳を再びイプシロンに向け、蒼き英雄は強く拳を握った。
一体、何時から裏切られていたのだろうか。

「今一度訊ねよう。君達はどうする?」
「……イプシロン」
緊迫した空気の中、ゼロが静かに言の葉を紡ぐ。
「…答えは…」



突如放たれたバスター。

前触れのない攻撃に一瞬、シャドウの注意がエックスへと逸れる。

僅かにできた隙。剣士は地を蹴る。

「…これだ!」

セイバーを、振り下ろした。


















ラグラノ廃墟、数十メートル上空。

小柄な人影が、遥か下の建物を眺めている。

風に煽られ、闇に溶け込む暗いコートがたなびく。

強い光を双眸に宿し、静かに浮かんでいた。




















今宵は満月。戦士達の姿が、はっきりと確認できる。


蒼き青年は眼を剥いた。
「ゼロ!」

剣を握る左腕が、闖入者によって捕らえられている。
「くっ…!」


彼の攻撃を止めたのは、赤い鳥人型の女性レプリロイド。光る鞭、電磁ウィップでゼロの腕を搦め捕り、身動きを封じていた。


「控えろ」
イプシロンの隣に滞空し、まるで命令するような口調で言う。
「総帥の御前であるぞ」
「…っ…!」
鞭使いを睨みつけ、振り払おうと力込める。だが、がっちりと巻き付いており、びくともしない。



エックスが、何かに気付いた。

「ゼロ!右だ!」
はっ、と視線を送る。


左目だけが見える仮面、淡い黄色の鎧を身につけた長身の男。青い長髪が揺れている。

仮面の男の手にある特徴的な柄の両端から、巨大な光の刃が出現する。

隻眼が、紅の戦士を捉えた。

「!ゼロ!」
瞬時の判断で、エックスはウィップを狙ってバスターを撃つ。強度はそれほど高くないのか、衝撃で一時的に消滅する。
戒めを解かれたゼロは、仮面の男が投げたランスを、間一髪で跳び、かわす。





―――シャドウの、背に装備されていた大砲が火を噴いた。
ゼロが跳び上がり、空中に居た無防備な瞬間を、彼は見逃しはしなかった。


「うあぁっ!」
弾が背中に直撃し、彼の身体は暗い空へ跳ね上がる。遠くへと吹き飛ばされ、目立つ紅と金は視界から消えていってしまった。


「ゼロ!!」
咄嗟に駆け出すエックス。が、


「っ!?」


足元をレーザーが撃ち、止まらざるを得なくなる。放たれた方向を振り返れば、上空で緑のアーマーに丸い身体のレプリロイドが哂っていた。


あの三体は、何処に隠れていたというのだろう。




蒼き戦士は周囲を見回す。

居るのは敵のみ、五対一。

形勢は、あっという間に逆転してしまった。

いや、そもそも突然現れた三体が居た時点で、こちらは圧倒的に不利だったのだ。


ただ、気付いていなかっただけで。




さも愉しそうに笑う女性レプリロイド。その隣で、不敵な笑みを浮かべたイプシロンが三たび口を開いた。
「仲間になれ、エックス」
選択肢はないだろうと、言外に告げる。

射抜くようなその眼を、彼は臆すことなく見返した。
「…どんな理想を掲げようと…お前達がイレギュラーであることに、変わりは無い!」
バスターでない左手を、ぐっ、と握る。

「そして…俺は誇りある、イレギュラーハンターだ!」

蒼き英雄の答え。迷いなど、微塵も在りはしない。



バスターを構え直し、視線を移す。
「シャドウ…」
裏切り者はくつくつと哂っている。
「俺はお前を許さない…!」
静かな、しかし激しい怒りの篭った声にも、シャドウの表情は変わらない。大砲を、今度はエックスに向ける。彼もまた、バスターを突き出す。

だが。


――どうする…!?どうすれば…!?

圧倒的不利な状況は変わっていない。

この場は逃げるべき。しかし、それすらも困難。

考えを巡らせる―――刹那。







風が、地を“撃”った。







『――!?』

凄まじい強風が弾丸の如く地面を叩き、埃が濛々と舞い上がる。

予想もしない出来事に驚くエックスだが、そこは歴戦の戦士。即座に冷静さを取り戻す。

視界の悪いこの瞬間こそ、最大の好機。
駆け出し、躊躇うことなく空中に身を投げた。


「!逃がさん!」
エックスの行動にいち早く気付いたのは仮面の男。拾ったランスの柄から光弾を撃ち出す。

「あぐっ!」
背中に当たった攻撃に苦悶の声を漏らすも、飛び降りた身体が元の場所に戻る訳はない。
そのまま、廃墟の下へと落下していった。



「チッ!」
舌打ちと共に、鳥人型レプリロイドが飛び出し跡を追おうとする。


が。


「構わん」
「!」
「放っておけ」
総帥の言葉に空中で止まり、振り向く。
「いずれ奴の方から姿を現すだろう。
…それよりも」
言葉を切り、上空を見上げた。部下達も同様に空を仰ぐ。





遥か上空に見える、小さな人影。
彼らの視線に気付いたのか、直後ひゅっ、と姿が掻き消えた。





「…総統、あれは一体……?」
「判らん。心当たりもない」

“だが”。

「あのレプリロイドが何者であろうと、何をしようと、我々の理想が揺らぐことはない」
イプシロンは部下達を見回し、高らかに宣言した。
「諸君!刻は来た。
我らリベリオンの理想を世界に示す刻だ」




















感覚が戻ってきて、うっすらと瞼を上げる。
「…っ…!……ここは……?」


廃墟の五階から飛び降りたエックス。ダメージを覚悟してはいたのだが、攻撃を喰らった上、思いの他足場が悪かった為まともに着地できなかった。予想以上のダメージを負い、そのまま意識を失わせた。


自分が寝ていたのは簡素なメンテナンスベット。身体の痛みは大分引いている。ゆっくり起き上がって周りを見ると、見知らぬレプリロイドが一人傍に寄ってきた。

「気がついたかい、エックス」
穏やかな声に、警戒を解く。
「ここはニューホープ。嘗て“希望の街”と言われた所だ」
取り敢えず、安全な場所ではあるらしい。

安堵したのも束の間、親友の姿が思い浮かんだ。
「…そうだ、ゼロが…!」
動こうとすると痛みが走り、彼は顔を歪ませた。
「無理をするな、エックス。何があったか判らないが、君の身体は酷いダメージを受けていた」
気遣うように言ってくれる彼に顔を向ける。
「ここはリベリオンに抵抗している勢力、レジスタンスのアジトだ。しばらく身体を休めるといい」
少々申し訳ない気もするが動けないのも確かなので、彼の言葉に頷く。
と、そこでふとした疑問に思い至り、問いかけた。
「どうして俺の名前を?」


ゼロと違い、エックスには目立った特徴がない。名前自体広く知られてはいるが、名乗らなければ“エックス”だと気付かれないことも多い。


彼は“ああ”と何かを差し出した。
「これは君のだろう?」
受け取って見て、納得する。
イレギュラーハンターであることを示すIDカード。当然名前が書かれている。

「それにしても、あれだけの傷を負ってよくここまで来れたね」
続いた言葉に、はっと顔を上げた。
「ここまで…って…」
「?君は、このアジトの入口に倒れていたんだぞ?すぐ傍にIDカードも落ちてて……自力で来たんじゃないのかい?」
「い、いや……俺は廃墟で、気を失った。自力じゃ無理だ…」
「ということは……誰かがここまで運んだのか?」
怪訝そうな顔をして呟くが、すぐに表情を変えた。
「…まあ、誰だとしても、敵じゃないだろう。君を助けたんだから」
「……ああ、そうだな」

“少し眠った方がいい”。そう告げ、彼は退室する。
再び横になったエックスは、見慣れない天井を視界に映しながら考えを巡らせた。

――…一体……

思い当たる節はある。メカニロイドが破壊されていたり、強風で逃げるチャンスができたり。
手を貸してくれた者が居たのは明らか。


まず浮かんだ人物は、銀髪の少女。


――…違う……


あんな風を起こす技など、彼女は持っていなかった。何より、彼女は今自分達との接触を避けている。



ふと思いついて、翡翠を見開く。

浮かんだのは姿ではなく。





“……蒼き英雄……?”





声。

高めの、しかし落ち着いた、あの声。

十数年前に一度聞いたきりの、恐らくは少年の声が、鮮明に蘇る。

――……まさか…だよな……


とにかく、今は身体を休めるべき。
思考を中断し、眠りについた。




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