そもそも英語の医学用語とは何かについて考えてみよう。医学用語は、英語の方言の1つという考え方もあるが、スペルが変わらないことから、方言ではなく、むしろ「一語多義」の結果ではないかと筆者は思う。
昨年、天災が多かったせいか、affected area「被災地」が頻繁に目につく。しかし、"affected area"は医学領域では、「被災地」ではなく、「患部」という意味をもつ。同じ用語でも使われた場所によって意味が違ってくる。医学領域で、次のように使われる。"The affected area may be enlarged, but it usually disappears spontaneously." (患部は腫大をきたすことがあるが、しかし、この病変は通常、自然消滅する)。すなわち、所が変われば意味も変わる。
"Blast at Kabul kills five." (カブールの爆弾テロで死者5人)にみられたblastは、爆弾の爆発を意味するが、医学領域では、blastは医学単語を構成する語幹の1つである。意味はいろいろな組織を作る「芽細胞」。語幹fibro-「線維」と結合すれば、fibroblast「芽細胞」になる。
そして、歯の象牙質を作る細胞は、odontoblast「象牙芽細胞」といい、odonto-は「歯」を意味する。多くの医学英語単語はこのように、fibro-、-blast、odonto-など、意味をもつ「語幹」という基本単位から構成される。
これらの語幹はほとんどラテン語に由来する。医学用語の単語は1万以上あるが、しかし、それを構成する語幹は約600位しかない。すべての医学英語の単語を覚えることは極めて難しいが、しかし、基本語幹を覚えていれば、辞書がなくてもその単語の意味が分かる。
例えば、ameliaという用語があり、欧米では人名としてよく使われるが、医学領域では、語幹分解すると、a-「無」+mel-「肢」+-ia「症」になる。その通り、「無肢症」と訳す。従って語幹を覚えていると、非常に便利である。もう1つ注意すべきことは、語幹の訳は1つだけとは限られない。例えば aphagia という用語は語幹"a-"を含むが、「無嚥下症」とは訳さず、「嚥下不能症」と訳す。話が若干違うが、acheilia「無口唇症」は「口唇欠損症」とも訳せる。なお、本連載でいう語幹とは、接頭辞と語尾を含む。
副詞の定義を英英辞書で調べてみると、副詞(adverb)とは、動詞、形容詞または他の副詞を修飾する(modify)語であるという。実際、副詞はほかにも前置詞や接続詞、文などを修飾する。
例えば、"He does eat pork simply because he is a vegetarian." (彼は菜食者という理由だけで豚肉をたべない)。この"simply"は接続詞"because"を修飾し、それを使って宗教上の理由ではないことを強調する。
"Usually we attend the scientific meeting at least once a year." (我々は通常、最低年1回学会に参加する)。この"usually"は文(sentence)の全体を修飾する。即ち、副詞は「名詞・助動詞」以外にすべての品詞を修飾することができる。
副詞の役割を考えてみよう。"The solution was stirred gently at room temperature for 4 hours." (溶液は室温で4時間軽く攪拌した)。
この"gently"を"vigorously"に換えたら、攪拌が「軽く」から「激しく」に変わる。おなじ動詞でも修飾の副詞によって意味が大きく変化する。ラーメンで譬えると、調味料によって「塩味」にもなれれば、「醤油味」にもなれる。特に"not"という副詞は、あるのとないのとでは、表現の内容が正反対になってしまう。
副詞の置く場所を考えてみよう。
英語の場合、形容詞の前、動詞の前後、または文頭か主語の後ろにおく。
なお、本コラムでいう副詞とは「副詞句」も含む。”I get up early in the morning.”のように、in the morningは副詞句であり、日本語と違って「文尾」に置くことができる。
また英語は日本語と違って、動詞と副詞の語順が逆になっている。つまり、英語の副詞は動詞の後ろに置く。"He eats fast." (彼が速く食べる=彼は食べるのが速い)のように、word-order「語順」として副詞"fast"は自動詞の後ろに置く。この場合、日本語と違って副詞"fast"が動詞の前に置くのはまずありえないだろう。
"Today it is fine."より"It is fine today."の方が英語らしい表現になると思う。"usually"など文の全体を修飾する副詞を除き、なるべく文尾に置くように心がけるべきである。
しかし、"The nuclei of tumor cells are densely stained with hematoxylin." (腫瘍細胞の核はヘマトキシリンで濃く染まる)のように、受動態では副詞はしばしば動詞の前に置かれる。
同じ概念を表す表現は1つだけではない。
同じ意味を表すにも、表現に用いられる語を変えながら、単調さをなくす。副詞の場合も同じである。例えば、「電顕的に」を表現するには、"electron-microscopically", "ultrastructurally", "in thin sections"などが考えられる。"Ultrastructurally, numerous glycogen particles are found in the cytoplasm of hepatocytes." (電顕的に多くの糖原顆粒が肝細胞の細胞質にみられる)の"ultrastructurally"は、"electron-microscopically"か"in thin sections"で代用しても意味がまったく変わらない。
また、"The intracellular granules were found to be of lysosomal origin by electron microscopy." (電顕的観察によると、細胞内顆粒はライソゾムに由来することが分かった)のように、"by electron microscopy"は便利な副詞句である。
Kidney cancers most commonly occur in adults older than 50 years. (腎癌は50歳以上の成人に最もよくみられる)
※「形容詞句」の"older than 50 years"は"adults"を修飾する。位置的に、日本語ではありえない構文である。さらに"in adults older than 50 years"が「前置詞句」になり、副詞の役割を果たす。
The apical membrane of the mucous cells lining the gastric mucosa was labeled by WGA lectin. (胃粘膜を裏装する粘液細胞の分泌側の細胞膜は、WGAレクチンに標識された)
※「現在分詞句」の"lining the gastric mucosa"は主語"mucous cells"を修飾する。
Bacteria extend from the dental pulp into the bone surrounding the root of the tooth. (細菌は歯髄から歯根の周囲にある骨組織へ広がる)
※「現在分詞句」の"surrounding the root of the tooth"は目的語"bone"を修飾する。
Hemorrhage found in the peritoneal cavity is due to rupture of arteries. (腹腔にあった出血は動脈破裂によるものである)
※「過去分詞句」の"found in the peritoneal cavity"は主語"hemorrhage"を修飾する。
Ultrasonograph is an apparatus for producing images obtained by ultrasonography. (超音波検査器は、超音波検査で得られた[結果の]画像を生成する装置である)
※「過去分詞句」の"obtained by ultrasonography"は目的語"images"を修飾する。
The cell number in the body is vigorously controlled. (体の細胞数は厳しく制御される)
※「前置詞句」の"in the body"は主語"cell number"を修飾する。この前置詞句は副詞句の働きをもつので、分尾に移動しても意味が大きく変わらない。
Fire at a shabby nursing home killed 23 elderly people. (老朽化した老人ホームの火事で23名の老人が死亡)
※前置詞句の"at a shabby nursing home"は主語"fire"を修飾する。この前置詞句は上の例文と同様、分尾に移動できるので副詞句である。
Loss of regenerative ability in cells is a characteristic of aging. (細胞の再生能力の喪失は老化の特徴である)
※「前置詞句」の"in cells"は"regenerative ability"を修飾し、「形容詞句」として働くので、"regenerative ability"から離してはならない。
Lidocaine, which was introduced in 1948, is one of the most widely used synthetic local anesthetics. (リドカインは1948年に導入されて、最もよく使われる合成局所麻酔薬の一つである)
※「which文」を使って主語"Lidocaine"を修飾する。「which文」は補充説明に使われるので、省いても全文が通じなくなることはない。
Color perception is a function of the cones, which are in greatest number in the macula lutea. (色認知は錐体の機能であり、それが黄斑に最も多くみられる)
※「which文」を使って目的語"cones"を修飾する。前の例文と同様、「which文」は補充説明に使われるので、省いても全文が通じなくなることはない。
Researchers have found the mechanism by which the tumor cells resist chemotherapy. (研究者は、腫瘍細胞が化学療法に抵抗性を示す機序を発見した)
※"by which"を使って"mechanism"を修飾するのは、よく使われる慣用的な用法である。
1.名詞の用語を説明する時、「that文」を使って説明を行う。
"blood" (血液)を英英辞書で調べてみると、"The red liquid that flows through your body." (体内に流れる、赤い液体)という説明文があった。
この例文は、"red liquid"の後ろにあった「that文」が"red liquid"を修飾する。「that文」の表現法に慣れない人間は入り口でつまずきそうである。さらに万が一、 "liquid"と"flow"が自分の語彙に入っていなかったら、辞書の見出し語は分かるが、その説明文が理解できないという逆転現象になってしまう。
2.「that文」の代わりに「分詞句」を使うこともある。
"rose" (バラの木)を英英辞書で調べると、"Any of a genus of shrubs or vines having prickly stems and vigorously colored, often fragrant flowers." (棘のある幹と強烈な色の花をもつ潅木またはツル植物の1つの種の植物で、その花はしばしば香りを放つ)とあった。
この例文では、"having"が「分詞句」の役割を果たして目的語"stems"と"flowers"をもつ。実は最初、この説明文を読んだ時、"vigorously colored, often fragrant flowers"の部分は理解できなかった。読んでいるうちに"vigorously colored"と"often fragrant"が並列して"flowers"を修飾することを悟った。英英辞書の説明文はやはり分かりにくい。
▼英英辞書から得られるもの
上述した"rose"の例をみると、私は英英辞書を使てprickly「棘のある」, stem「幹」, shrub「潅木」, vine「ツル植物」, genus「種」などの言葉を覚えて語彙を増やす。とくに"vigorously colored"「派手な色の」という表現も勉強になった。すなわち、英英辞書を読む目的は、調べようとした用語の意味を知るよりも、英英説明文の中から、自分の知らない関連用語を覚えることである。
また、"morning glory" (朝顔)の英英説明文は、"[broadly] a plant of the morning-glory family (family Convovulaceae) including herbs, vines, shrubs, or trees with alternate leaves and regular pentamerous flowers." ([広義的に] 、互生葉と正五枚花びらをもつ草本、ツル植物、潅木、または樹木を含むアサガオ科の植物である)となっている。
この説明文の中で、大分苦労したのは"alternate"の解読。手元にあった辞書には、納得のできた語義が載っていないので、ネットでいろいろと調べた。すると、"alternate"とは「葉序」の1種で、「互生」と訳し、「ひとつの節に一枚の葉がつく形状」という意味をもつことが分かった。辞書を読むには辞書が必要のようなもの。
なお、学名を表す「科」、「属」、「種」の英訳はそれぞれ"family", "genus", "species"。その順序を覚えるため、この3つの用語から頭文字"f", "g", "s"をとって、「ガソリンスタンドの上にファミリマートがある」と覚えたら、いかがでしょうか。
▼英英辞書から得られないもの
「菊」の英訳は"chrysanthemum"。英英辞書によると、"chrysanthemum"の説明は"any of various composite plants including weeds, ornamentals grown for their brightly colored often double flower heads, and …" (和訳を省く)とある。図説があれば別だが、この説明だけで「菊」を連想させるのはかなり無理がある。つまり固有名詞に関しては、英英辞書はほとんど役に立たない。なお、"composite plant"とは「キク科植物」のことらしい。
余談だが、フィリピン元大統領Estrada氏がかつて新聞記者に「好きな花は」と聞かれた時、「菊」と答えた。Estrada氏の無学ぶりを知ている新聞記者はさらに「菊のスペルは」と聞くと、
Estrada氏がすかさず、「訂正。おれの好きな花はバラだ」。政治家である彼の機敏さに脱帽。
もう1つの例を挙げよう。
"Kidney stones result from the precipitation of certain substances within the urine." (腎結石は尿中で、ある種の物質の沈殿によるものである)
この例文にあった"certain"を英英辞書で調べてみると、(1) sure; (2) some. という2つの解釈が得られた。しかし、今の例文にみられる"certain"は、決して"some"で代用できない。なぜなら、この"certain"は、「一部の」ではなく「ある種の」と訳すからである。旺文社の『サンライズ英和辞書』で調べてみると、"certain"には確かに「ある一定の」という解釈があった。無論、大きな英英辞書で調べたら、"of a specific but unspecified character, quantity, or degree"という、「ある一定の」に近い解釈は得られるが、この解釈を読むと頭を混乱させるだけである。つまり基本的な用語を英英辞書で調べるのは、自分を苦しめることに等しい。
▼英英辞書の紹介
1.『Dorland's Illustrated Medical Dictionary』(W. B. Saunders社)
2.『Stedman's Medical Dictionary, Illustrated』(The Williams & Wilkins Company)
この2冊は、医学英語で最もよく使われる英英辞書で、決して使ってくださいという意味ではない。
3.編集=C. K. Ogden『The General Basic English Dictionary』(北星堂書店)
約2万の見出し語を説明するのに、厳選された850の基本語のみを使用するのが特徴である。基本語の選定が興味深いので、紹介する。
4.『Webster's New Collegiate Dictionary』(G. & C. Merriam Company)
向こうの大学生が使っている英英辞書として紹介する。
▼修飾語を繋ぐ前置詞"of"を使うとは限らない
"notch of cardiac apex" (心尖切痕)のように、修飾語である"cardiac apex"は"of"で繋ぐが、"notch for ligamentum teres" (肝円索切痕)の場合では、その"notch"は肝円索になく、肝の下縁にあるので、繋ぐ前置詞は"for"を使う。また、"notch in cartilage of acoustic meatus" (外耳道軟骨切痕)のように、繋ぐ前置詞は"in"を使う。
▼英語では物質または抽象的なものを除いて名詞の前に冠詞が必要
冠詞を一口に説明すると、「物質または抽象的なもの」ではない「物体」の名詞の前に冠詞が必要。
He is a scientist.
(彼は科学者である)
⇒英語ではこの文の中、冠詞なしの"scientist"では成立しない。これは文法である。
The patient was hospitalized last night because he had a high fever.
(患者は昨夜、高熱のため、入院した)
⇒"patient"は「物体」なので、冠詞が必要。"high fever"は「物体」ではなく抽象的なものなので、この冠詞"a"を省略できる。
In leukemia, there is an excess of abnormal white blood cells.
(白血病には、過剰な異常白血球がみられる)
⇒"leukemia"は「物体」ではないので、冠詞をつけない。また、英語通になりたければ、
"there is"の後ろに必ず冠詞"a"をつける。
▼「限定」の法則:限定か特定したものの前に冠詞"the"をつける
次のように、例文を使って「限定」とはどういうことかを説明する。
There is a white house located at the corner of the street.
(街角に一軒の白い家がある)
⇒"corner"は前置詞"at"の後ろに位置するし、"the street"の修飾(限定)を受けて冠詞"the"が必要。 The white house is owned by a famous actor now.
(この白い家は現在、有名な俳優が所有している)
⇒"The"のついた"white house"は、街角にある特定の"white house"を指す。
He is theonly student who past the final examination.
(彼は期末試験をパスした唯一の学生だ)
⇒「唯一の」という限定で、"only"の前に冠詞"the"が必要。
He is one of themost famous scientist in Japan.
(彼は日本で、最も有名な科学者の1人だ)
⇒「最も」という限定で、"most"の前に冠詞"the"が必要。
AIDS most frequently occurs in the HIV-positive people.
(AIDSはHIV陽性の人々に最もよくみられる)
⇒名詞ではなく副詞の前にある"most"では、冠詞"the"は不要。 Allthe patients are found to be HIV-positive.
(すべての患者はHIV陽性だと分かった)
⇒「すべての」という限定で、"patients"の前に冠詞"the"が必要。
The government has made the disease a notifiable illness
because of fears of a widespread outbreak.
(広範囲の大流行が起きるおそれがあるため、政府はこの疾患を法定伝染病に指定した)
⇒"the"と"a"の混在例。"disease"は限定で、"notifiable illness"は非限定と考える。 Most ofthe patients will be discharged next week.
(大部分の患者は来週に退院する予定だ)
⇒この"patients"は"most of"によって限定される。 Some ofthe patients had a medical history of tuberculosis.
(一部の患者は結核の既往歴をもった)
⇒この"patients"は"some of"によって限定される。
▼「限定」の法則2:1つしかないものに冠詞"the"が必要 Thesun comes up in the east.
(太陽は東がでてくる)
⇒太陽は1つしかないので、冠詞"the"が必要。 Theearth is round in shape.
(地球の形は丸い)
⇒同様に地球は1つしかないので、冠詞"the"が必要。"in shape"は慣用表現のため、"shape"の前に冠詞をつけない。ほかに"in size","in color","in height","in width"などの慣用例がある。
▼冠詞をつける必要のないもの
I wrote him a letter yesterday.
(昨日、彼に手紙を書いた)
⇒代名詞の前に冠詞をつける必要はない。ほかに"any","some","several"などの前に冠詞をつけない。
I wrote the letter to ask hime to help me.
(手紙で彼に助けを求めた)
⇒さらに、この"letter"は、昨日に書いたものに「限定」されて冠詞"the"が必要。
In rats, the incisor keep growing daily.
⇒複数形の名詞では冠詞をつけなくてもよいが、冠詞をつけて間違いではない。"in the rat"でもOKである。 Birds do not fly at night.
(鳥は夜に飛ばない)
⇒"Birds"は複数形なので、冠詞をつけなくてよい。"at night"は成句として冠詞をつけないが、ほかに"at noon","in the morning","in the evening","in the night"などの成句がある。また、"by contrast"と"on the contrary"のような例もあるが、理屈より慣習のものと考えればよいだろう。
▼"a"と"the"のほかの使い方
The drug was administered intravenously 25mg/kg a day.
(薬は毎日、25mg/kgの量で投与した)
⇒この"a"は正確にいうと、冠詞ではない。 Themore malignant the metastatic tumor is, theless it resembles its original tissue.
(転移腫瘍は悪性が高いほど、発生母地に似ていない)
⇒「the+(比較級)」は熟語的な表現。
Senile keratosis occurs most frequently in theelderly.
(老人性角化症は高齢者に最もよくみられる)
▼用語の使い方を調べる
"suffered from pneumonia"と"suffered pneumonia"はどちらが正しいかを調べると、"suffered from pneumonia":"suffered pneumonia" = 10,100 件:1,600 件
この検索の結果をみと、"from"はあった方がよいと考えられる。
さらに"suffered minor injuries"と"suffered from minor injuries"を例にとると、"suffered minor injuries":"suffered from minor injuries" = 287,100 件:97 件という検索結果が得られた。明らかにfromを入れる必要はないことが考えられる。