DROPTOKYO


  • Name

    Soichiro Uchida
  • Jobs

    Hair dresser
  • Country/City

    Japan/Tokyo
  • About

    内田聡一郎(うちだ・そういちろう)/1979.8.30/veticaクリエイティブディレクター/神奈川県出身/神奈川県内美容室1店舗を経て、VeLOオープニングスタッフとして参加し、店長兼ディレクターを経た後、2009年にVeLOの姉妹店となるveticaのクリエイティブディレクターに。サロンワークをはじめ一般誌から業界誌、セミナー等、幅広く活躍中。またプライベートではDJ活動もしており、代官山AIR,渋谷ASIAでのレジデントパーティーをはじめ、都内クラブで活躍。様々なアーティストと競演をはたしている。

JHAについて、ヘアクリエイションについて

September 23rd, 2011

先日。

JHA。

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『Japan Hairdressing Awards(JHA)』は、

『BRITISH HAIRDRESSING AWARDS』を参考とし、1990年から日本で発足された。

『BRITISH HAIRDRESSING AWARDS』とは、

1985年にスタートし、その年の英国美容界において

すばらしい才能と卓越した業績を残したヘアドレッサーを評価し、賞賛し、

その名誉として“賞(アワード)”を贈るもので、英国美容界の年間行事で最も権威ある催しとされています。

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という美容界のアカデミー賞のような歴史ある祭典において

2011年JHA大賞部門ファイナリストにノミネートして頂きました。


今までにもJHAのファイナリストにノミネートされたことはありましたが

ニューカマー枠。ようは新人賞部門でのノミネートでした。


しかし、今回はなんと大賞部門でのファイナリストノミネート。


これは本当に嬉しいことであり僕にとってはかなり恐縮なことです。

思えば、

僕にとって美容業界誌でのヘアクリエイションはとても異次元なところにあり、

今、僕が勢力的に創作的なヘアを造るという行為に没頭しているのも不思議な感じです。


というのも、僕は東京に出てきて9年が経つのですが、

東京に出てきた一番の理由は正直に言うと、有名な美容師になりたかったからです。

そして、その一番の方法は一般の人にどう知ってもらえるかということ。

つまり一般の人が目にする一般誌のヘアカタログに載る事だと考えていました。


なのでアシスタントの頃は必要最低限にしか美容業界誌は読んでいませんでした。

とくに作品を造ることにおいて一般的に好まれるリアルなスタイルの振り幅を特に意識して見ていました。

単刀直入に言えば非現実的なヘアクリエイションには興味がなかったのです。

そして、アシスタントからスタイリストになる昇格試験の時、

(うちのサロンは昇格試験でセルフプロデュースによるヘアショーをします。)

今、思えば割と保守的なスタイルの幅でデザインを提案しました。

自分の中で最大限の今かわいいと思うスタイルを出来る限りの技術と演出で行いました。


しかし、結果、試験は不合格でした。


その時に気付きました。

自分の造っているスタイルは後追いのデザインだったなと。

今、一般的にかわいいと思うスタイルはもう今現在かわいい訳で既に飽和している。

その一歩先を見る視野がないと結局は後追い型の美容師になってしまう。

先端をいく提案型の美容師にはなれないんだなと痛感しました。


自分の師匠やまわりの第一線の美容師さんたちがなぜ色々な物を見て吸収し

それを絵におこし最終的にはヘアで表現するのか。


それがやっと分かった気がしました。

そこから色々な前衛的なバランスのクリエイションに没頭していきました。


そして、しばらくすると自分の好みや傾向がだんだん変わっていきました。

それがとても面白くなりました。

それと同じ時期、スタイリストになりたての自分はある種、特別な立ち位置にいました。

それは僕が雑誌に露出のある読者モデルだったということです。

当時、読者モデル全盛期ということもあり色々な人は内田聡一郎という人物に注目してくれました。

その内田聡一郎がスタイリストになったということでお客さんはたくさん来てくれました。

雑誌もたくさんヘア提案のページを頂きました。

望んでいたように、有名になれる事は本当に嬉しい事だし、

読者モデルを経験したのは自分の今をつくる最大のきっかけだったと思います。

しかし、当時の僕はその注目されることにどこか引け目を感じていました。

読者モデルだったから注目されているんじゃないか?

素の美容師としての内田聡一郎の力量は評価されているのか?

そんな葛藤に毎日襲われました。


そんなある日、とある美容雑誌から作品提案の依頼がありました。

初めて美容業界誌からのオファーに胸躍りました。

今まで自分が葛藤していた美容師である自分への評価を試すチャンスだと思いました。

奮起しました。


そして、その雑誌が発売され、ページをめくると

扉ページに僕の作品がありました。


本当に嬉しかったんです。


まわりの人も色々な評価をしてくれました。

そこから美容業界誌でのクリエイションで自分の存在感を出すことに一生懸命になりました。

そうすると、自然とサロンワークでの幅も広くなり来てくれるお客さんも増えました。


前述したように後追いのデザイン提案ではなくいろいろな物を見て考えて

自分のフィルターを通してアウトプットすることで

お客さんも自分に何か期待して来てくれるようになりました。

そこに僕のアイデンティティが出来たように思います。


話は戻りますが、

JHAという祭典は一年に一度、

自分の作品が最高の舞台で評価される場所。

これまでの仕事やアウトプットが対外的に振り返れる場所。

それは、

自分を見つめ直す場所。


結果はどうあれ、クリエイションするという事に

自信を持ち、迷わず進む確かなきっかけになることは素敵なことです。

美容師とは、

デザイナー業としてサービス業としてどちらの側面から見ても、成立しなくてはならない仕事。

美容師とは単純に髪の毛をプロデュースしてお金をいただく仕事。

それはしごくシンプルです。

クライアントに対して出来る限りの最良なヘアをつくる。ということ。


僕が作品を造るにあたって一番大事にしていることは『人』にハマっているというこです。

世界観や雰囲気を重視するがためにエゴの強くでた人を無視した作品にはしないようにしています。

先ほど言っていたようにヘアクリエイションにおいて、

一番、重要なことは先を見る目です。


しかし、時代性や鮮度をなくしたエゴはつくらない。

写真やファッション、全体の世界観に

付加価値をつけることはヘアをクリエイションする上で必然的なことで、

そこにバランス感があるクリエイターが世に言う『今をつくる美容師』なのだと思います。


美容師の仕事とはヘアをとおした顧客満足である。そこにビジネスが成り立つ。


だからこそ、僕らはヘアにこだわって表現する。


ヘアがたつ仕事をする。


それが『人』をつくる。


そう信じて僕はこれからもクリエイションしていきたい。


最後に。

これまで関わって頂いた関係者の方々、

応援してくれる皆様、

そして、いつも助けてくれるVeLO,veticaスタッフに

深く深く感謝します。

2011年11月。

楽しみです。

 

 

 

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