きょうの社説 2011年10月9日

◎志賀原発の防潮堤 津波対策の一歩にすぎない
 北陸電力が津波対策として志賀原発で着工した防潮堤は、完成すれば福島第1原発を壊 滅させた規模の津波をはね返す「壁」になる。津波の被害を受けなかった東北電力の女川原発は海面から14・8メートルの高さにあり、敷地の標高を含めて15メートルの壁を設置する志賀原発は、高さという点では女川原発をもしのぐ。津波の多発地帯に負けぬ防潮堤の存在は心強いが、それでも津波対策の一歩を踏み出したにすぎない。

 北電はこれまで地震に対しては対策を練り上げ、実践的な訓練を積んできた。しかし、 津波についてはハード、ソフト両面での対策は遅れている。北陸では明治以降、津波による被害がほとんどなく、対策の必要性が考慮されなかったからだが、原発事故がもたらした未曾有の被害を見れば、手抜きは許されない。東日本大震災の悲劇から学び、「千年に1度」の大災害に備えたい。

 三陸海岸にある女川原発の場合、想定される津波を最高9・1メートルとしていたが、 技術陣が強く津波対策の不備を訴え続け、最終的に現在の高さに建てられたという。東日本大震災では津波が一部敷地を乗り越え、海に近い2号機の地下が浸水したものの、大事には至らなかった。想定される津波より大幅に余裕を持った設計思想が女川原発を救ったのである。

 志賀原発が想定される最高5メートルの津波の3倍に達する壁を整備するのは、電力他 社と足並みをそろえる意味もあるが、地元には大きな安心材料だ。防潮堤は来年秋に完成予定で、津波が防潮堤を越えて敷地内が浸水した場合に備えて、排水ゲートを42カ所設ける。工事に合わせて、排水ゲートの操作に関わる作業員の教育を徹底してほしい。

 福島第1原発では地震のため外部からの電力供給が断たれ、14基に及ぶ非常用発電機 が水没のため稼働できず、原子炉を冷却できなくなる事態に追い込まれた。津波対策は原発の命綱となる非常用発電機を守るために重要だ。同時に「外部電源喪失」という重大事への備えも急務であり、既に電源車や低圧発電機の配備が完了した。今後予定されている大容量電源車の配備を急いでほしい。

◎生食用牛肉の新基準 業界一丸で取り組みを
 「焼肉酒家えびす」の集団食中毒事件を受け、1日から施行された生食用牛肉の新衛生 基準に対して、食肉、飲食業界から「厳し過ぎる」との声が上がっている。新基準に従えば、人気メニューのユッケを提供するのは実質的に不可能になるという。全国食肉事業協同組合連合会などは厚生労働省に新基準の見直しを求める要望書を提出している。

 ただ、患者数が石川、富山など4県で計181人に達し、うち4人が死亡するという深 刻な被害を出したえびすの事件を通じて、牛肉を生で食べることのリスクを思い知らされた消費者の目には、こうした業界の姿勢はどう映るだろう。消費者の安全を守るための新基準が設けられた途端に、「手心を加えてほしい」と働き掛けていると受け取られても仕方がないのではないか。

 業界は、消費者のニーズに応えてより安心して口に入れることができる生食用牛肉を提 供していくために、まずは新基準の順守に一丸となって取り組んでほしい。でなければ、えびすの事件や「セシウム汚染騒動」で膨らんだ牛肉不信は解消できないだろう。もちろん、厚労省などには新基準の厳格な運用を望みたい。

 新基準では、生食用牛肉の処理について「肉塊の表面から深さ1センチ以上の部分まで 、60度で2分以上加熱殺菌する」ことを盛り込んだのがポイントである。食中毒予防の3原則は、細菌などを「つけない」「増やさない」「殺す」とされているが、腸管出血性大腸菌の場合、少数が付着しただけでも発症するので、「増やさない」ことに力を入れてもあまり効果が期待できない。その分、「殺す」ことを重視したわけであり、方向性としては妥当だろう。

 だが、そうした処理を徹底すれば、業界が懸念するようにコストがかさむ。ここは、消 費者も意識を改める必要があるだろう。安全性の高い商品を提供するには、それなりの経費が掛かることもあるのだ。えびすの事件は、運営会社の行き過ぎた「安さ追求」が引き起こしたという側面があることを忘れないでもらいたい。