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[29743] 【東方Project】幻想郷とワタクシ【習作・短編連作】
Name: モジカキヤ◆ab916118 ID:99110dde
Date: 2011/09/19 18:55
小説家になろうにも投稿しております。
一発限りのネタのつもりでしたが、意外に構想が出てきたので、調子に乗って連載してみる事にしました。

※始めに

・東方Projectの二次創作です。
・可能な限り下調べはしていますが、キャラクターその他諸々がイメージと合わない場合があります。
・名前は出ませんが、男のオリ主です。
・バトル、恋愛などの要素はほとんどありません。いわゆる日常物を目指したい。
・今作品は常識をかなぐり捨てて書いております。お読みになる際も、是非常識をかなぐり捨ててお読みください。

感想、批評などありましたら、是非。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


  氷の妖精とワタクシ


 私は氷妖精を捕まえようと思って、袋を持って湖へと赴いた。
 家を出て、森の脇の小道をすたすた歩いて行った。
 森の反対側は竹が鬱蒼と茂っており、空には夏雲がもこもこ浮かんでいた。湖に近づくにつれ、ひやりとした空気が私の頬を撫ぜた。
 湖は昼間だけれども、霧が立ちこめていて日の光が容易に届かぬ。妙に薄暗いその中を、私は袋を片手に歩き回った。湖に落ちないように注意していたつもりだったが、何度か水に足を突っ込んで、冷たい思いをした。

 数刻歩きまわると、何処からか「さいきょう、さいきょう」と妙な歌声が聞こえた。これは氷妖精も近いに相違あるまいと、私は近くに落ちていた棒っきれを拾い上げた。
 歌声を辿って行くと思った通りに氷妖精がいた。えらくご機嫌でふはふは飛びまわっている。間の抜けた「さいきょう、さいきょう」が湖に響いている。
 私は氷妖精の後ろからそっと近づくと、手に持った棒っきれでポカリとやった。氷妖精は「ぎゃふん」と言って地面に落ちて目を回した。私はそれを袋に詰めて元来た道を走って家まで帰った。

 家まで帰った私は氷妖精を袋から出して、引っ張り出した座布団に置いた。氷妖精はちょこんと座布団におさまった。

「あたいを捕まえてどうするつもり!」

 氷妖精は目に見えて不機嫌そうであった。機嫌良く歌っていた所をポカリとやられて機嫌の良くなる者はそういない。

「夏は暑い」私は言った。
「暑くないよ?」氷妖精が言った。

 そりゃお前は暑くなかろう、と私は思ったが口には出さず、別の言葉を咀嚼して吐き出した。

「人間は暑いのが苦手だ。おれもその例に漏れん。だからお前を氷嚢にして眠ることに決めた」
「ひょーのーってなに」

 氷妖精は首を傾げた。妖精はあまりものを知らないのである。
 私は口を開いた。「氷嚢とはお前のことだ」
「あたい、ひょーのーだったの!?」

 氷妖精は驚愕の表情を浮かべた。風が吹いて、家の外の草がざわざわいった。私がすました顔をして頷くと、氷妖精はもじもじし始めた。

「あたい……、あたいがひょーのーだなんて知らなかった」
「気にするな。誰だって自分が氷嚢だなんて知らないもんだ」
「あんたはひょーのーじゃないの?」
「残念ながらそうではないのだ。だから氷嚢であるお前に力を借りたいのだ」

 私がそう言うと、氷妖精は途端に自慢げに胸を張った。

「ならしょーがないわねっ。さいきょーのひょーのーであるあたいが力を貸してあげるのもやぶさかでないっ」

 変に難しい言葉を使おうとする辺りが氷妖精らしい。というか、氷嚢の意味が分かっているのか甚だ怪しい。
 とにかく丸めこむことができたので、私はしめしめと思った。これで寝苦しい夜とはおさらばである。

 しかしいざ氷嚢にしようと思った所で、これをどうやって氷嚢にすべきか悩んだ。いかんせん人型であるから、普通の氷嚢の如く額に乗せるわけにもいかぬ。顔に抱きつかれては呼吸もままならぬから、そのまま朝を迎えることができるかも怪しくなってしまう。
 妖精というのは子供の形をしているから、母親が子供に添い寝するような形になるのが一番自然であろうと考えた。
 布団を敷き、ちょいちょいと氷妖精を手招くと素直にぽてぽてやってきた。

「どーすればいいの」
「どうすればいいと思う?」

 聞き返すと氷妖精は腕を組んで唸りだした。聞かれて答えられないのは、彼女の沽券にかかわる問題であるらしい。

「じゃあ、こーする!」

 しばらく考えた後、氷妖精はやにわに私の腹のあたりに抱きついた。行為は正解であったが、場所がよろしくない。

「待て待て」私は氷妖精を引きはがした。「腹はいかん」
「なんで?」氷妖精が聞き返した。
「腹が冷えるとゴロゴロになるだろう」
「ならないよ?」
「氷嚢であるお前はならないかもしれん。しかしか弱い人間であるおれは腹が冷えるとゴロゴロになる。それはいかん。もう少し上に来い」

 私がそう言うと、氷妖精は胸辺りにしがみついた。ひんやりとして実に爽快である。接触している部分だけでなく、氷妖精から発される冷気が家じゅうを包み込み、今が夏であることすら忘れるほどだった。これならば快適に眠れよう。私は氷妖精を胸の上に乗せたまま、布団に横たわった。

 しかし、段々と身体の感覚がなくなってきた。眠りに落ちる時とはまた違った意識の遠のき方を感じた。
 これはいかんと身体を起こそうとしても、肩から先、腿から下の感覚はすでに失われて久しい。口を開こうにも氷妖精が胸に接触しているものだから、呼吸器が凍りついて声すら出ない。氷妖精はいつの間にか眠っている。
 ほどなくして私は氷の彫像へと変化し、瞬き出来ぬ二つの目でむなしく天井を見上げるのみとなってしまった。氷妖精の能力を甘く見たがゆえの失策である。しばらくして目を覚ました氷妖精が私を見て「英吉利牛!」と叫んだ。

 しかし私は転んでもただでは起きない。否、凍ってもただでは溶けない。
 私は自らを『生きた氷の彫像』として見世物にすることで小金を稼ぎ、それでちゃんとした氷枕を購入することに成功した。

 そういうわけで、その年の夏はそれなりに快適な睡眠をとることができたのであった。



[29743] 宵闇の妖怪とワタクシ
Name: モジカキヤ◆ab916118 ID:99110dde
Date: 2011/09/15 12:59
 私は銭湯に行こうと思って、夜の道をぽくぽくと歩いて里へと向かった。私の家は里から少し離れた所にあるから、林の中を突っ切って行かなくてはならなかった。

 空には三日月がでんと居座っていて、その光が林の中に棒のように突っ立っていた。風が林をざわざわ言わせて、木の葉が私の顔をぺしぺし叩いた。
 まだおおよそ夏ではあるけれども、秋の気配が忍び寄って私の影に潜んでいた。それゆえに風は時折冷たく、私の服の裾をばたばたと煽った。

 林を半分ほど過ぎた所で、先の方に黒い塊が浮いているのが見えた。それはモヤのようにゆらゆらと揺れているが、風が吹いてもひとところに集まったまま、散る気配はなかった。
 これは妖怪に相違あるまいと思った私は、手に持っていた桶から、手ぬぐいやら石鹸やらを取り出して、空になった桶を黒い塊に向かって思い切り放り投げた。
 桶が何かに当たるべげんという音がして、「にゅっ」という声と共に、黒い塊の中から何かが地面に落ちた。途端に黒い塊は散り散りになって空気に溶けてしまった。

 近づいて見ると、黒い服を着て、お札をリボンのように頭につけた少女がひっくり返って目を回していた。
 宵闇の妖怪であった。聞くところによれば、この妖怪は人を取って食うという。食われてはタマランと思い、宵闇妖怪が目を回している隙に立ち去ろうと、踵を返して歩きだした。しかし歩きだしてすぐに「うおー」という雄叫びと共に何かが飛んできた。

「危ない!」

 間一髪で避けると、後ろから飛んできた何かは木に激突して地面に落ちた。無論、宵闇妖怪である。

 あまりに勢いよくぶつかったものだから、流石に心配になり、地面にのびている宵闇妖怪の元へと近づいた。妖怪は「痛いよう」と涙目になっていた。

「大丈夫か」私は尋ねた。
 妖怪は涙目のまま半身を起こした。

「なんで突然酷いことしたの……」
「すまん。食われてはタマランと思っただけだ。悪気はなかった」

 私がそう言っても、宵闇妖怪はべすべすと泣いていた。私は途方に暮れてしまった。泣いた子供をあやすなど経験がなかったのである。

 ふと、巾着にニッキ飴が入っているのを思い出した。風呂上りに口の中でころころ転がして帰ろうと思っていたのである。子供は例外なく甘いものが好きなので、致し方なしと飴を取り出し、宵闇妖怪に渡した。

「お詫びの品だ。思う存分舐めまわすがよい」

 宵闇妖怪は不思議そうな顔をして飴玉を見つめてから、ぱくっと口に放り込んだ。途端に先程の泣きべそ顔が嘘のように晴れた。

「旨いか」
「うまうま」
「そいつは重畳」

 私はうんうんと頷いた。
 飴に夢中な宵闇妖怪を見ているのは愉快であったが、はたと銭湯に行くという当初の目的を思い出した。

 それにしても宵闇妖怪はなんだか薄汚れている。桶やら木やらにぶつかって何度も地面を転げ回った為であろう、土やら砂やら草やらがまとわりついていた。
 これはどうにも私にも責任があるやもしれぬ、と思い、宵闇妖怪に「おい、銭湯に行かないか」と尋ねると、妖怪は「いいよー」と言った。「お風呂入りたい」

 そういうわけで、私と宵闇妖怪は並んで歩いた。いや、正確には宵闇妖怪は私の隣に浮かんでいた。浮かんでいる妖怪を見て、私は自分も浮かびたくなった。空を飛びたいという欲求は、大方の人間が等しく持っている欲望である。

「おい、おれを掴んで飛んでくれないか」
「えー、あんた重そうだから嫌だなあ」
「何を言う。おれは重くなどないぞ。仮に重かったとしても、重いと思わなければ重くはないものだ。心頭滅却すれば火もまたおすし、心の持ち様で世の中はいかようにもなるのだ。さあ、さあ」
「そーなのかー?」

 宵闇妖怪は首をかしげつつも、私の着物を掴んで、ふわりと舞い上がった。これは快適である。私は調子に乗って「もっと高く、もっと高く」とはやし立てた。宵闇妖怪は唸りながら上昇し、ついに木の高さを超え、地上を遥か下に見るほどになった。

「大したものだ」
「うー、やっぱり重いじゃない!」
「だから重いと思うなと言っておろうが、軽い軽いと思うのだ。さあ、さあ」

 私が言うと、妖怪は「うぅー」と不満げな顔をしつつも、「軽くなれー、軽くなれー」と呟きながら里の方へ飛んでいく。
 人里の丁度上あたりまで来たところで、宵闇妖怪がわっと感嘆の声を上げた。

「すごい! 軽くなれーって思ってたらホントに軽くなったよ!」

 なるほど確かに妖怪の動きは滑らかになっている。
 しかしそれもその筈で、そもそもその両手に私はいなかった。着物の裾が破れ、私は地上にまっさかさまに落ちたのである。

 私は地面に横たわる私を腕組みして見た。私が居ないことに気付いた宵闇妖怪が空からするりと降りて来た。降りて来た妖怪を私はうんざりした目で見た。

「おい、死んでしまったではないか。どうしてくれる」
「あれまあ、じゃあ身体は食べてもいい?」宵闇妖怪は無邪気な顔をして言った。
「駄目に決まっているだろう」私は言った。

 宵闇妖怪はつまらなそうにゆらゆらと宙に舞った。
 とにかく、今ので身体が随分汚れてしまったから、きちんと洗って持って帰らねばならない。私は私を抱え起こし、脇の下に腕を通して上体を持ち上げた。

「どうするの」
「無論、予定通り銭湯に行く。お前は足の方を持て。随分汚れてしまったから綺麗に洗って持って帰らねばならん」

 私はそう言って、宵闇妖怪に足の方を持たせて私を抱え上げ、夜の道を銭湯に向かってえっちらおっちらと歩いて行った。



[29743] 博麗の巫女とワタクシ
Name: モジカキヤ◆ab916118 ID:99110dde
Date: 2011/09/19 18:52

 私は久しぶりに神社に参拝に行こうと思って、巾着とがま口を持って家を出た。

 神社は私の家の裏手の方にある。
 非常識な少女たちは空を飛んだり、空間を捻じ曲げたり、隙間から現れたりと、楽な方法を取るものだが、何の変哲もない人間である私は歩いていく他に方法がない。無暗に走ったりして疲れるのも嫌だったから、一日休みのつもりでゆっくりと歩いた。

 夏の気配は秋に追いやられて、何処へともなく旅立って行ったらしい。風はぴゅうぴゅう吹くが、どれも頬に冷たい。

 途中、道端の岩に腰かけて煙草を一本ふかしていると、物珍しさからか、妖精がわらわらと群がってきた。鬱陶しいから煙をふうと吹きかけると、蜘蛛の子を散らすかの如く瞬く間に居なくなった。

 神社に着いたのは昼過ぎであった。太陽は頂点を過ぎ、西へと傾き始めていた。
 石段を上がって鳥居をくぐると、祭殿が建っている。境内は綺麗に掃き清められているが、参拝客の一人もおらず、寂れた印象がある。

 この神社が寂れているのは、今に始まったことではない。何時からだかは忘れたけれども、この神社、祀られている神が何処ぞへと行方不明になった。神がおらぬ神社では御利益がある筈もない。
 人里からそれなりに離れているから、よほど信心深い者でないと来るのが億劫で仕方あるまい。けもの道同然の道を、長いことかけてこなくてはならないから、か弱い人間は下手を打てば妖怪の餌食になってしまうのである。

 それだけの危険を冒して来てみても、祀る神が何だかよく分からず、御利益がさっぱりないとくれば、誰だって来たがるまい。誰も来ないから信仰が集まらず、余計に神はなりをひそめる。それすなわち悪循環という。

 とはいえ、この神社とて長いこと廃れ続けているわけでは決してない。
 先代の巫女が神社を治めていた時はそれなりの参拝客も居た。問題は当代の巫女である、博麗霊夢という少女にすべて起因すると言っても過言ではあるまい。

 がま口から賽銭を取り出して賽銭箱に放り込み、二礼二拍一礼を以って瞑想へと落ち込んだ。風が木々を撫ぜるざあざあと音が聞こえた。

 参拝を終えた私は、一言挨拶しておこうと思って、本殿の裏に回った。その先にある巫女の屋敷の縁側に、紅白の巫女服だかなんだかよく分からない着物を着た娘が腰かけて、悠々とお茶を飲んでいた。

 娘は私に気付くと不審者を見るように目を細めたが、私が誰だか分かると「なんだ、あんたか」と素っ気ない声を出した。この無愛想な娘が博麗霊夢である。

「なんだとは、なんだ。仕事を放り出して何をしているのだ」
「別に放りだしちゃいないわよ。境内、綺麗になってるでしょ」
「やることだけやってればいいわけではなかろう。そんな体たらくだから参拝客も来んのだ」
「なによ、説教しに来たわけ?」

 霊夢は私をじろりとにらんだ。若干十五に達するかという娘ではあるが、中々の迫力があるものだから、私は両手を上げて「違う、参拝に来ただけだ」と言った。別に怖かったわけではない。別に怖かったわけでは決してない。
 まだ小さかった頃にはそれなりに愛嬌があったというのに、いつからこんなにやさぐれてしまったのであろう。時間とは残酷なものだと私は思った。

「まあ、あんたが来たなら丁度いいわ、お昼、作って頂戴」博麗の巫女少女は満面の笑顔で言った。
「なんだと」私は眉をひそめた。「別に昼飯を作りに来たわけではないぞ」
「いいのよ、何だって。久々にあんたのご飯食べたいし、いいでしょ?」

 少し前の話だが、一時期、霊夢が毎日のように我が家へ飯をたかりに来ていた時期があった。私が畑から帰って来るのを見計らったかのように現れるから驚いたものだったが、そのうち来ること自体が面倒になったのか現れなくなった。ものぐさもここまで行くと呆れを通り越して畏敬の念すら覚える。

 ともかく断りきれないから、私は渋々ながら台所へと上がった。ものぐさとはいっても、自分が生活する場所は快適でないと嫌であるようで、家の中は割と綺麗に掃除されていた。掃除は彼女のライフワークの一つであるらしい。

「お前は、嫌いなものはあったか?」
「別にー」

 台所から呼びかけると、座敷から気のない返事が聞こえた。年頃の娘があれではどうしようもない。私は無暗に切ない心持になった。

 米は炊いてあるようだったので、私はとりあえず大根と油揚げと豆腐とネギで味噌汁を作り、アジの干物を焼きつつ、厚揚げとカブで煮物を作り、ホウレンソウをおひたしにして、白菜の漬物を切った。

「おい出来たぞ、運ぶのくらいは手伝え」
「はーい」

 さすがに何もしないのは良くないと思ったのか、霊夢は素直に台所へやってきて、作った料理を座敷に持って行った。

「いただきます」と二人して手を合わせて昼飯と相成った。私は普段と変わらぬ具合であったが、霊夢の食欲は尋常でなく、私は食事することも忘れてその食べっぷりを感心して眺めていた。

 食事を終えると霊夢は満足そうに腹をぽんぽんと撫ぜた。

「はあーあ、久々にまともなもん食べたわ。流石に三食卵かけご飯の生活にも飽きてきた所だったし」
「何と酷い食生活だ。ものぐさにも程があるだろう」
「だってもう最近ヒマでヒマで仕方ないんだもの。やりがいのあることがないと人間て堕落するわねえ。あーあ、異変でも起こらないかなあ」

 とんでもないことを言う娘である。私は聞こえないふりをして食器を下げ、洗って拭いて棚に仕舞った。

 片づけを終えて座敷に戻ってみたら、霊夢はごろりと仰向けに寝転がってぼんやりと天井を眺めていた。未だ片づけられていない風鈴が、風に揺れて物悲しい音を鳴らした。私は卓袱台の前に腰を降ろした。

「お前は普段何をしているのだ」
「んー? 掃除したり、お茶飲んだり……、あと掃除してお茶飲んだり、お茶飲んで掃除したりしてるけど」
「なるほど。つまり掃除と茶飲みしかしてないわけだな」
「まあ、そういうことになるわね」

 なんという無為徒食な生活であろうか。私は肩を落とす半面、羨ましくも思った。こういう具合に生きている手合いを見ると、仕事に精を出して生きるのが馬鹿らしくなってくるというものだ。
 会話が途切れたまま、私は後ろで畳に手をついてぼんやりしていた。日は少しずつ傾き続け、西日が世の中を赤く染め上げようとしているように思われた。

 ふと見ると霊夢はくうくうと寝息を立てていた。私はこのまま帰ろうと思った。
 押し入れから布団を取り出して霊夢にかけ、下駄をはいて縁側から外に出、玉砂利をざくざく踏みしめて鳥居をくぐり、元来た道を逆方向に歩いた。
 家に着いたのは、丁度日が山に沈みかける頃だった。


 それなりに、有意義な休日を過ごした、と私は満足したが、翌日からまた霊夢が飯をたかりに来るようになってしまったので、後日、心の底から後悔した。



[29743] 魔法使いたちとワタクシ
Name: モジカキヤ◆ab916118 ID:99110dde
Date: 2011/09/21 22:08
 私はキノコが食いたくなったから、籠を背負って森へと赴いた。
 私が住む幻想郷なる所で「森」と言えば「魔法の森」に他ならぬ。通常より得体の知れない瘴気が充満しているから、妖怪人外の類ならばともかく、何の変哲もない人間である私には多少息苦しいが、森に生えるキノコは上質の物が多く、味が大変よろしいので多少の息苦しさは目をつむることにしている。

 キノコ鍋にするか、牛酪(バター)でソテーするか、と考えていると森の入口に着いた。
 入口の脇には香霖堂なる古道具屋が突っ立っている。「外」の珍しい物が置かれていたりするから、私もそれなりに懇意にしている。

 その古道具屋の脇から森へと踏み込むと、あっという間に空気が変わった。木は高く生い茂っているし、瘴気が漂って薄ぼんやりとしているから、昼間であっても気味が悪い。
 森の入り口付近のキノコは大抵取りつくされてもうないから、私は森の奥の方へ草をさくさくと踏みしめて歩いた。
 時折、木立の陰から得体の知れないものが、ぎゃあぎゃあと声を上げて空へと飛んで行った。おそらくは妖怪鴉か何かだろうと私は思った。

 しばらく歩いて行くと、仮にも日の本の国にある幻想郷にあって、およそ東洋の建物であるように見えぬ館が建っていて、その前で二人ほどが机を挟んでお茶を飲んでいた。

 魔法の森には魔法使いが住んでいる。魔法の森だから魔法使いくらい住んでいてもおかしなことは特にない。

 この森にすむ魔法使いは二人いて、一人は普通の魔法使い。もう一人は七色の人形遣いと呼ばれており、目の前の洋館の主は後者であった。

 私が近づいて行くと、黒い三角帽子を被った方が私に気付いて手を振った。

「おー、センセー、なにやってんだー」
「キノコ採りだ。今朝突然キノコが食いたくなったものだからな」
「へえ、相変わらず『思いついたら即行動』ね」もう一人、金髪の方がくつくつと笑った。

 少し前に里の寺子屋で講師を頼まれてからというもの、幻想郷において私は「センセイ」なる呼び名で定着してしまった。不都合はないが、自分は「センセイ」で居るつもりはないものだから、多少むず痒い。

 白黒のイカニモ「魔法使いです」といった出で立ちの少女は霧雨魔理沙という。生家は里にある大手の古道具屋だが、何やら一悶着起こし生家とは絶縁状態、現在はこの魔法の森にて一人魔法の研究に励んでおるらしい。
 困ったことにひねくれ者で、厄介事を好む傾向にある為、まともに付き合おうとすると手に余る。
 ただ、これは彼女に限らず、幻想郷に暮らす殆どの連中に言えることであるから、その中においては、彼女は比較的まともな部類に入ると言えるであろう。

 もう一人、金髪の方はアリスという。姓の方は忘れてしまったが、忘れるくらいだから大した姓でもあるまい。幻想郷の多くの住人の例に漏れず、彼女も変人である。
 人形遣いなる異名を持つだけあって、人形作りを得意としており、まるで有能な使用人の如く人形たちを操る。傍から見ても操っているとは思えぬその技量の高さは、全く以って見事である。ちなみに、目の前の洋館の主は彼女だ。

 招かれるままに席に着き、紅茶を御馳走になった。席に着くと、アリスの操る人形がぽてぽてやってきて、私の分の紅茶を注いでくれた。大変上質な紅茶であった。

 しばしの間、私は当初の目的を忘れて他愛もない雑談に耽っていたが、館の時計がぼんぼんと打つのを聞いてハッと居直った。

「いかんいかん、おれは話をしに来たのではない。キノコを採りに来たのだ」
「そういやそんなこと言ってたっけ。じゃ、わたしも行くぜ」

 立ち上がった私を見て、魔理沙も立ち上がった。私は目を細めた。

「お前も行くのか」
「だって面白そうじゃん。そうだ、競争しようぜ、どっちが多く取れるか。アリスも行こうぜ」
「えぇー、私はいいわよ。別にキノコなんか食べたくないし」

 魔理沙は乗りに乗っているが、アリスの方は気乗りしない様子である。
 そもそも私にしたって競争などしたくなかったのだが、あれよあれよという間に話が進んでしまったので、何を言う暇もない。それに断った所で、断りきることなどできないだろう。

 気乗りしない様子のアリスを見て、魔理沙はニヤリと意地悪い笑みを浮かべた。

「へぇー、もしかして負けるのが怖いのか?」
「ふん、やっすい挑発ね、魔理沙。……でもいいわ、その喧嘩買ってあげる。後悔しても知らないわよ」
「へへっ、望むところだぜ!」
「話は終わったか。おれはもう行きたいのだが」

 私が言うと、魔理沙は箒に跨り、アリスは空に舞い上がった。飛べる連中は気楽でいいものだと私は思った。

「じゃ、一時間後にここに集合な。一番少なかった奴は罰ゲームってことで!」

 またしても勝手に決めごとをして、魔理沙は木々の間を縫って飛んで行った。

「まったく、忙しないんだから……。じゃ私も行くわ。後でね、センセイ」

 アリスの方も魔理沙とは別の方角に飛んで行った。
 残された私は、お茶会の片づけをする人形たちをしばらくぼんやり眺めた後、二人の向かった方とは別の方角に歩きだした。

 勝手に決められた勝負事とはいえ、負けるのは癪に障る。私は負けず嫌いの気があるから、尚更である。知らず知らずのうちに足は早足になり、目はきょろきょろと茂みにキノコの姿を探し、私は森を奔走した。私が枯れ枝を踏みつけた音に驚いて、小さな妖怪が茂みでがさがさ音を立てた。

 一向にキノコを発見できぬまま、イライラし始めた時分、唐突に目の前に巨大なキノコが現れた。背丈八尺を超えるかと思われるその巨躯に私は唖然とした。
 傘部分は赤く、どう見てもベニテングタケなのだが、この巨大さは特筆ものである。これを取って戻れば、私の勝利は確定と言って差し支えない。

 しかし、私がキノコに手をかけた瞬間、キノコから手がにゅっと生えてきて私の脳天を一撃した。目から火が出た。

 私が目から火を噴き出している間に、茂みの中から同じようなキノコが十も二十も出てきて、私を取り囲んだ。どれもこれも手足が生えていて不気味極まりない。
 キノコ軍団は私を担ぎあげて、わっしょいわっしょいと森の奥へと運んで行こうとした。

 これはいかんと思った私は、「HELP! HELP!」と叫んだ。叫んだら口の中に枯れ草の塊のような物をねじ込まれて声が出せなくなった。なんという屈辱であろう。私は成す術もなく、口をもぐもぐさせながら、キノコたちに運ばれて行った。

「うわっ、なんだありゃ」
「キノコじゃない? どう見ても毒キノコだけれど」

 しばらく神輿になって運ばれて行くと、魔理沙とアリスの声が聞こえた。

「センセイの声が聞こえたから来てみれば、センセイは居ないで化け物キノコが大量発生ってどういうことだ、これ」
「私に聞かないでよ。もしかしてセンセイ、あのキノコたちに食べられちゃったんじゃないの?」
「えっ、マジかよ……。でもセンセイなら食われてもおかしくないぜ」

 どうやら彼女たちの位置からは私は見えないようで、魔法使いたちは勝手な推測を立てている。どうやったらキノコが人間を食うと言うのか。
 私はここであると叫びたいが、口には枯れ草、手足はキノコに押さえられて身動きがとれぬ。早くなんとかしてもらいたいものだ、と私は憤った。

「くっそお、よくもセンセイを食べやがったな、キノコの分際で。わたしがお仕置きしてやるぜ!」

 魔理沙の威勢のいい声が聞こえたと思ったら、不意に彼女たちの居る方が嫌に明るくなった。背筋に冷たい物が走った。

「マスタースパークっ!」

 凄まじい熱源がこちらに迫って来るのを感じた。魔理沙の放つ魔法は、破壊に関する所にしては絶大な威力を誇る。

 私は必死に身をよじって脱出を試みたが、この期に及んでキノコは私を押さえる手を緩めようとはしない。
 キノコ軍団は私を捕えたまま、魔法より逃げ出そうとしたようだが、全くの手遅れで、哀れ、私はキノコもろとも魔理沙の魔法によって消し炭になってしまった。



[29743] 寺子屋とワタクシ
Name: モジカキヤ◆ab916118 ID:99110dde
Date: 2011/09/22 20:00
 時列系的には、前の話よりちょっと前。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 私は寺子屋で講師をしてほしいと頼まれたから、いつもの着物にパナマ帽をかぶって出かけた。

 里には上白沢慧音という半分妖怪の女性が教師を務める寺子屋があって、そこで農業や植物に関する講義をしてほしいと言われたのである。
 農の技術は、里の子供らが親の仕事を手伝ううちに自然と覚えるものだが、それに所謂科学的理屈を付加することは容易ではないらしい。

 上白沢女史は歴史や算術、文章については享受することはできるものの、農業や植物に関しては管轄の外であるらしいから、私が招かれたというわけである。

 とはいえ、私とて教師を務めたことなど無い身だから、何をどうやって教えていいものか見当もつかなかった。ひとまず、茄子の苗を一株と、大根一本、小松菜一束を畑から持ってきて、それを元にして講義を行おうと決めた。

 寺子屋に入ると、十数人の様々な年齢の子どもたちが一斉に私の方を見た。大勢から一辺に注目を集めるのは慣れていないものだから、気まずさ隠しに咳払いを一つすると、怒られたと勘違いしたのか、子どもたちは慌てて机の方に視線を移した。
 どうにも気まずい心持になって、教壇へと向かい、帽子を取って小屋の中を見回した。

 教室の後ろの方には、上白沢女史が座っていて、私と目が合うとニコリと笑って頷いた。私は軽く会釈して口を開いた。

「お早う、諸君」
『お早うございます!』

 挨拶をすると、元気な返事が帰ってきた。私はうんうんと頷き、続けて言った。

「本日は上白沢慧音先生に代わって、お……私が教鞭を取らせてもらう。よろしく」
『よろしくお願いしまあす!』

 普段の癖で、自分のことを「おれ」と言いそうになったのを慌てて訂正した。臨時とはいえ、教師という聖職者とでも言うべき職を賜るのだから、佇まいも直さねば生徒に示しがつかぬ。子どもの目は大人の思っている以上に大人のことを見ているものだ。

「本日は、諸君らも馴染みがあるであろう『農』についての講義をする。とはいえ、野良仕事の技術に関することは、諸君らも家業の手伝いで承知の上であるだろう。ゆえに、同じ農であっても、所謂『科学』と言われる見地より考察したものを享受したいと思う」

 私が「農について」と言った時には、多少教室がざわついたが、「科学的見地」という所を聞いて、生徒たちは興味を持ったようであった。
 私は持ってきた茄子の苗を取り出し、教卓の上に置いた。

「これが何だか、分かる者」
「茄子です」

 一番前に座っていた女の子が、手を上げてしっかりした声で答えた。私は頷いた。

「うむ。諸君らも馴染みがあるだろう。夏に食卓を彩ってくれる茄子である。これは一見すればなんの変哲もない茄子であるが、実際はあらゆる要素を以って構成された物質である。この茄子の苗が何を以って構成されているか、分かる者は居るかな?」

 私が問いかけると、教室内はざわざわと騒がしくなったが、やがて窓際に座ったメガネの少年が手を上げた。

「えっと、水と、土と、あと肥やしです」
「あと、お天道様の光もじゃないか?」
「でも一番食うのは肥料だと思います。茄子は肥料っ食いだってお父さんが言ってました」

 一人が発言すると、それに追随して次々と発言が飛び出す。ちらりと上白沢女史の方を見ると、そんな生徒たちの様子を見て嬉しそうに微笑んでいた。私は手を打った。

「よろしい、概ね正解だ。植物は土、水、肥やしが不可欠であることは皆分かって居ることと見た」私がそう言って見回すと、生徒たちは頷いた。
「諸君らが食事をして身体を作るように、植物も食事をする。ただ、我々が米や野菜や肉、魚を食べるのと、植物が土や肥やしを食べるのとは勝手が違う。我々は口より食物を摂取するが、植物は何処から摂取するか? 分かる者」

 私が問いかけると、一斉に手が上がった。前列右側の男の子に尋ねると「根っこです」と答えた。私は頷いた。

「正解だ。植物は我々のように口を開いて物を食べるように出来ていない。それゆえに、根の部分より、成長に必要な栄養素を摂取する。また、光合成という仕組みを用いて、葉から太陽の光を吸収する」

 そこまで言って、私は黒板にカッカッと文字を書いた。

「植物が成長に必要とする栄養素は大きく分けて三つ、チッソ、リン酸、カリウムだ」

 聞き慣れない言葉に、生徒たちはざわざわと顔を見合わせる。私はそれには頓着せずに続けた。

「まずチッソだが、これは『葉肥え』と呼ばれ、主に葉や枝を茂らせることに効力を発揮する」

 私が言うと、生徒たちは「おお」と声を上げた。

「それじゃあセンセイ、その『ちっそ』を沢山やれば、葉っぱがわさわさ生えてくるんだな?」
「無論、適量をやれば、の話だ。諸君らとて、食えば手足が伸びると言われても、自分の腹いっぱいになる以上に食いたくはあるまい? このチッソは、適量を与えれば葉や枝を青々と茂らせるが、逆に与え過ぎては花や実を付ける邪魔をするのだ。諸君らが夕飯を食い過ぎれば眠くなり、勉強に気持ちが行かなくなるのと同義である」

 それを聞くと生徒たちは「えーっ」と不満げな声を上げた。

「ただし」私は言った。「この小松菜のように、そもそも葉を食するものに関してはなんら問題はない。ただ、植物とて必要以上の肥やしは食いたがらぬから、常に適量を与えるように心がけることが大事だ。まあ、これは諸君らの父さん、母さんが百姓の感覚で覚えているものだろうから、しっかりと吸収するように」
『はーい!』

 生徒たちは手を上げて答えた。
 ふと見ると、上白沢女史も興味深げに頷きながら、手帳に何事か書き込んでいた。よもや講義の採点をされているのではあるまいな、と私は多少不安になった。

「センセー、残りの二つはなんなのですか?」
「うむ、そうだな」私は茄子の実を取り上げて生徒たちに示した。
「まずリン酸だが、これは『実肥え』と呼ばれ、実や花を付けるのに効力を発揮する。これは後々の追肥として与えても構わないが、植えつけの際に元肥として適量を与える方が効果的だ」

 茄子を教卓に置き、次に大根を取り上げる。

「最後にカリウムだが、これは『根肥え』と呼ばれる。主に根の発育と、浸透圧の調整……まあこちらはまだ諸君らには難しいから脇に置くが、ともかく根に作用する。この栄養素は水に溶けやすい。それはつまりどういうことか、分かるかな?」

 私が尋ねると、生徒たちは考え込んだ。

「水と一緒に野菜に吸収されやすくなります!」
「うむ、そのような側面も無きにしも非ずだが、果たして水に溶けた栄養素が植物に吸収されるまでそこに留まっているだろうか?」
「分かった! つまり水に流れて逃げ出しやすい、ということでは?」
「その通り……、む?」

 私は目を細めた。生徒たちも回答者の方を驚いた顔をして振り返った。皆の視線の先では、ハッとしたように頬を染めてうつむく上白沢女史の姿があった。

「意外な回答者だったな。感心感心。慧音先生が言われた通り、カリウムはその水溶性ゆえに流亡しやすいという欠点がある。その為、一度に大量に与えるのではなく、追肥として小出しにして与えるのが効果的である。栄養素はこの他にカルシウムやマグネシウム、ミネラルなどの微量要素があるが、切りが良いからここで仕舞いにしよう。講義を受けての感想文を、用紙一枚分書いて提出した者から終わりにして良し。始めっ」

 私が手を打ち鳴らすと、生徒たちは一斉に机に向かって筆を動かし始めた。
 私は体中から力が抜けた心持がして、教卓に両手をついて、分からないように嘆息した。すると不意に写真機がシャッターを降ろす音が聞こえた。私はギョッとして顔を上げた。

「ふむふむ、里離れの変わり者、寺子屋にて講義……。次回の見出しはこれで決まりですね!」
「おい鴉天狗、こんな所で何をしている」

 私の視線の先には、さらさらと手帳にメモを取っている鴉天狗の少女の姿があった。

「スクープある所、射命丸あり! あなたが寺子屋で講師を務めるなんて、こんなに面白いことを記事にしなくては、新聞記者の名折れと言うものですよ?」
「せんでいい、せんでいい、余計な事を広めるな。おれは悪目立ちは御免だ」
「ほらほらセンセイ、そんなに大声を出しては生徒さん達のお勉強の邪魔ですよ?」
「何だ、そのセンセイというのは」
「そりゃ勿論あなたのことですよ。教師姿がとっても板についていましたよ、ええ。下手すれば慧音さんよりも面白い授業だったかもしれませんね」
「喧嘩を売っているんですか、射命丸さん」

 上白沢女史、口は笑ってはいるが、目が笑っていない。

 しかしながら、天狗の言うこともあながち的外れというわけでもない。
 実際のところ、上白沢女史の授業というのは、要領を得てはいるのだが、あまりにも真面目で難しく、歴史学者相手ならばともかく、子どもたちにとってはあまり面白いものではないらしい。

 以前拝聴した際、個人的には面白いと感じたのだが、子どもたちは軒並みつまらなそう、というより着いていけなさそうにしていたのが印象的であった。
 ただ、そのことは上白沢女史も自覚しているらしく、彼女もあれこれと面白い授業をしようと四苦八苦しているらしいが、生来の真面目さが表に出過ぎてしまう為、常に空回り状態であるらしい。真面目すぎるのも考えものだ、と私は思った。

「では私はこれで! センセイ、次の記事をお楽しみにー!」
「おい待て」

 思考をしているうちに天狗が逃げた。了承も得ずに勝手に人を記事にするなど許し難き暴挙である。
 私は天狗を追って表へと飛び出した。天狗は既に空高く舞い上がって、山の方へと飛んでいく最中であった。

 このまま逃がすのはあまりにも癪であると思ったので、私は咄嗟に履いていた下駄を手に取り、天狗に向かって思い切り放り投げた。
 下駄は流麗な放物線を描き、ぱっかーんと景気の良い音を立てて天狗の頭に直撃した。天狗は「あら」と言って錐もみし、真っ逆さまに遠くの地面へと落っこちた。胸がすく思いがした。

 しかし結局のところ、翌々日に出版された天狗の新聞には私のことが書かれていた。下駄をぶつけられた腹いせだろうか、恐ろしいほどに印象的な誇大表現で書かれていたものだから、一夜にして私は指差しで「センセイ」と呼ばれるようになり、そのまま幻想郷で「センセイ」という呼び名で定着してしまった。

 それにもまして面倒だったのが上白沢女史である。
 新聞のおかげで、私が「センセイ」として定着してしまったものだから、彼女は酷く落ち込んだ。
 慰めに酒をおごってやったら、恐ろしい勢いで管を巻かれた。勢いに乗って頭突きまで食らった。目から火が出た。その火が居酒屋に燃え移り、私は居酒屋ごと灰燼に帰してしまった。

 そういうわけで、私は今でも幻想郷で「センセイ」と呼ばれている。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 授業の内容は凄く噛み砕いたものです。あまり講義が冗長になっても誰得だよという話なので。
 まあ、子ども向けの授業でしたよ、ということで、ひとつ。



[29743] スキマ妖怪とワタクシ
Name: モジカキヤ◆ab916118 ID:99110dde
Date: 2011/09/24 21:40

 雨が降っていたので、畑仕事ができなかった。
 仕事はできないが、水まきの手間が省けるのは助かる。植えつけを終えた野菜たちは、朝晩と欠かさず水を与えねばならぬから、これが結構な重労働になる。一度降れば、土に水が蓄えられるから、数日は水まきを休むことができる。

 ともあれ仕事ができないことに変わりはないから、一人で縁側に胡坐をかいて、雨音を聞きながらぼんやりと煙草をふかした。
 雨にぬれた地面の甘い匂いがした。
 霞がかった風景の中に、煙草の煙が緩やかに溶けていった。

 煙草が一本燃え尽き、お茶でも飲もうと思って台所で湯を沸かしていると、八雲のスキマ妖怪、紫がやってきて「碁を打ちましょう」と言った。断る理由もないから、お茶を二人分淹れ、縁側に碁盤を引きずり出して向かい合った。

 碁を打つと言っても、私と紫の対局は専らイカサマ合戦である。
 半秒、目を離しでもすれば、あった筈の石がない、白だった筈の石が黒になっている、石の位置が微妙にずれている、などの変化が起こっている。
 お互いに相手がイカサマを仕掛けることは分かっているから、盤に変化があれば相手の仕業だと分かる。しかし、イカサマの瞬間を捉えなければ互いに白を切り通すので、対局の最中は碁盤から目を離せないのである。
 おそらくまともに打ち合えば実力は五分であろうと思われるが、イカサマに関しては紫の方が一枚上手であるから、私の勝率は三割程度に留まる。
 しかし、その三割を私が勝ち取った時、紫の胡散臭い笑顔の裏に、うっすらと悔しさがにじみ出るのが堪らなく愉快であった。それゆえに負けが込んでいても彼女との対局は止められぬのである。

 しばらくはお互いに黙ってパチンパチンと打っていたが、やにわに紫が口を開いた。

「ねえ」パチン。
「ん」パチン。
「貴方、センセイって呼ばれるようになっちゃったのね」パチン。
「随分前の話だ、それは」パチン。
「しばらく寝ていたから知らなかったのよ」パチン。
「またあの狐の式神に仕事を押し付けていたのか。気の毒に」パチン。
「別に押し付けてはいなくてよ? 藍は有能だから信用しているだけ」パチン。
「ふむ、物は言いようだな」パチン。
「言霊というのがあるくらいだもの、言葉というのはは偉大なものよ、っと。はい、あなたの番」
「む……おい待て、ここにあった石を何処へやった」
「あら、何の話かしら? そこには元々何もなくてよ?」
「ちくしょうやられた。お前と話なんぞするのではなかった」

 私は頭を掻いた。会話の最中に隙を伺っていたのだが、隙を見せたのはこちらだったらしい。
 攻めの要になっていた石が忽然と姿を消した為、私の優勢はあっという間にひっくり返った。紫は同じように笑っているが、何処となく勝ち誇ったような笑みにも見える。私は歯噛みした。

「負けました。くそう、あのまま行っていれば確実におれの勝ちだったというのに」
「ふふっ、残念でした。もう一局打つ?」
「うむ、お茶を淹れ直すとしよう」 私は立ち上がった。

 一向に止む気配のない雨音の中、二局目も紫の勝利で終わった頃、時計がぼんぼんと昼の時刻を告げた。
 いつもならば鐘が鳴るのとほぼ同じ頃に、霊夢が昼飯をたかりに来るのだが、どうやら雨が降っているから来るのが億劫になったと見えて、今日は来なかった。
 このまま三局目を打とうかとも思ったが、どうにも集中できそうにないので止めた。紫も別に異論はないようだった。

「まあ、雨をこうして眺めるのも風流で悪くはなかろう」
「やあねえ、年寄り臭くって」
「何を言うか」

 お前も大概ではないか、と言おうとしたが、瞬間的に感ぜられた謎の悪寒に、言葉をのみ込まざるを得なかった。

 しばらく縁側に腰掛けて、二人して雨を眺めていた。雨音があちこちから聞こえすぎて、逆に妙な静寂を感じるようだった。
 危うく眠くなりかけていたところ、紫が猫なで声ですすすと擦り寄ってきた。

「ねーえ」
「なんだ」
「お酒飲みたい」
「む……」

 我が家には酒蔵がある。紫はそれを知っている。
 何処かで宴会などが催されると、紫だけでなく、幻想郷中の酒飲みが私に断りもなく、我が家の酒を問答無用で持って行く。だから毎回私は落とし穴や、トリモチ、眠り饅頭などで対抗しているのだが、一度として勝ったためしがない。
 そういうことがあるから、ここで駄目だと言っても此奴は聞く耳を持たないだろう。むしろ抵抗することによって相手の加虐欲を掻き立ててしまい、逆に蔵の酒を飲みつくされるのではないか。私は恐々とした。

「分かった、持ってくるから大人しくしていろ」
「い・や♪ 私も一緒に見に行くわ」

 私は目がしらを押さえた。紫は相も変わらず胡散臭い笑みを顔に張り付けている。とにかく断れないから、仕方なしに紫と酒蔵に向かった。

 酒造りは私の趣味である。それこそ、どぶろくに始まり、清酒、ワイン、麦酒、シードルも作るし、香霖堂の店主や妖怪の山の河童と試行錯誤して作った蒸留装置で、焼酎やブランデーも作っている。
 材料は畑や山に行けばいくらでもある。米、麦、サツマイモ、葡萄、りんご等々である。ウイスキイにも手を出しているが、まだ納得のいくものは作れていない。

 蔵の扉を開けると、発酵物を保存している場所特有の、得も知れぬ匂いが我々を包んだ。

「おい、言っておくが沢山は飲ませないからな」
「分かってるわよ。遠慮なく御馳走になるわ」
「分かってないではないか」

 私のことなど最初から眼中にないという具合に、紫は所狭しと並べられた樽や瓶や甕を物色していた。
 つい悪戯心が出て、「選ぶとは珍しいな」などと余計なことを口走ってしまった。しまったと思ったが、紫はにっこり笑って「だってどうせ飲むなら美味しいのが飲みたいじゃない?」と言った。そのまま物色に戻ったので、私はホッと胸をなでおろした。

 結局、酒瓶をかき分けかき分け、その一番奥に眠っていた、私も存在を忘れていたような焼酎が現れたので、それを飲むことにした。度重なる窃盗団の襲撃にも耐えた逸品である。

 母屋の縁側へと戻った私と紫は、酒瓶と二つのコップを挟んで向かい合った。

「さて、飲むか……」
「ええ、飲みましょうか……」

 互いにコップになみなみと酒を注ぎ、会釈して煽った。時を経た酒の持つ、まろやかで繊細な味わいが口内に広がった。実に旨かった。
 瞬く間に一杯目を飲み干してしまい、二杯目を頂こうかと思ったら、酒瓶がない。サッと視線を動かすと、酒瓶は紫の手の内にあった。

「おい、どういうつもりだ」
「どういうつもりかしら?」
「おれが聞いているのだ」
「はい、答えられなかったから、このお酒は没収でーす。御馳走さま」
「何だと、おいコラふざけるな」

 私は両手を伸ばして紫に飛びかかったが、紫はあっという間にスキマの中へと姿を消した。スキマが閉じたその先には壁があり、私は壁に頭をしたたかにぶつけ、そのまま翌日まで目が覚めなかった。



[29743] 白玉楼の庭番とワタクシ
Name: モジカキヤ◆ab916118 ID:99110dde
Date: 2011/10/03 21:50

 気が付くと家中に妖精がわらわらと居て困っている。

 ただ居るだけならば何の問題もないのだが、困ったことにどれもこれも悪戯好きな連中であるから手がつけられない。
 昼寝をしていたら顔に落書きをされていたなどしょっちゅうのことであるし、甕の中の水がなくなっていたり、本を読んでいる回りでぴいぴいと大騒ぎをする事もある。

 もちろん、されるがままに放っているわけではないし、「かーっ!」と一喝するときゃあきゃあ言いながら逃げては行くが、ものの十分もすると帰ってきて同じことの繰り返しであるから、もう面倒になって最近は成すがままにしている。
 悪戯といっても、生活に大きく支障の出るものではないから、それが日常になってしまえば大した面倒も感じないのである。

 しかし、妖精どもは来客があると瞬く間に姿を隠す。
 大体うちにやって来るような物好きは、妖精如き容赦なくしばき倒すような連中が殆どであるから、妖精たちもその恐ろしさを分かっているのだろう。

 そういうわけで、その日も先程まで大騒ぎしていた妖精たちが、あっという間に居なくなった。「あ、誰か来たな」と分かるから、これはこれで便利なものである。
 構わずに本を読んでいると、縁側の方から「ごめんくださーい」と呼びかける者がいた。

 一応、我が家には玄関が存在するのだが、来客はどいつもこいつも縁側からやって来る。玄関の意味がないではないか、と憤ったが、よくよく考えてみると、私自身玄関を利用することが少ないと思いだして変な気分になった。

 とにかく出なくてはならないから、のそのそと縁側へ出て見ると白玉楼の半霊庭師の少女が立っていた。名前は魂魄妖夢だとかいったような気がする。
 何をしに来たかは見当がつくが、とりあえず尋ねておくことにした。

「何か用か」
「また野菜を売っていただけないかと思って」
「そうか」

 私の野菜は旨いと評判だから、庭師がちょくちょくと買いに来る。

 白玉楼の主は食が太いことで知られる。腰回りも太いかは知らない。
 昔、我が家へふらりとやってきた際、何も考えずに飯を食わしてやったら、米の蔵が丸々一つ空になってしまった。
 それ以来、白玉楼の主には我が家への立ち入りを禁止しているが、守られた試しはない。たまに庭師にくっついて家にやって来るものだから、困る。困っても向こうはお構いなしだから、さらに困る。
 今日は庭師だけだったから、私はホッとした。

「何が欲しい」
「何がありますか」
「知らん。畑に行こう」

 私は妖夢と一緒に畑へ向かった。
 今は冬の季節だから、大根やら白菜やらカブやら春菊やらホウレンソウやらが畑で鎬を削っていた。

「また沢山買うのだろう」
「よくお分かりで」
「それくらいは分かる」

 私は白菜を根元から切り、ホウレンソウと春菊を収穫し、大根を片っぱしから抜きまくった。妖夢はそれを集めて袋に詰めていた。

「綺麗な大根ですねえ」
「そうだろう。昔、これを刀代わりにしてチャンバラをしたものだ」

 私が言うと、妖夢は何故か顔を輝かせた。

「刀になるんですか?」
「なるともさ」
「今でもなりますか」
「なろうとすればなるだろう」
「試してみてもいいでしょうか!」

 言うや、妖夢は背負った刀を抜き放った。人斬りの顔になっている。
 これはいかん、と思った私は、咄嗟に手に持っていた大根で防御を試みたが、大根などで刀が防げるはずもない。振りおろされた刀によって、私は大根ごと真っ二つになってしまった。妖夢は「あ」と言った。

 私は立ち上がって、倒れたままのもう半分を見降ろした。もう半分は倒れたまま動かなかった。妖夢も私のもう半分を見降ろしてため息をついた。

「刀にならないじゃないですか」
「刀にならないことと、貴様が阿呆だということが分かった。実に良い収穫ではないか」

 私が言うと、妖夢はぷうと頬を膨らませた。
 とにかく、半分だけだと色々と生活に差し支えるので、元の通りに返さねばならぬと思った。

「おい、座敷の棚の上から三番目に糊が入っているから持って来てくれ」
「糊でいいんですか」
「糊でいいのだ、早くしろ」
「はあ」

 妖夢はすいーっと飛んで行った。後に残ったのは半分になった私だけだった。不意に冷たい風がひゅうひゅう吹いて、私は身震いした。いつの間にか日が暮れかけているようだった。

 ふと、もう半分の方に振り返ると、いなかった。慌てて見回すと、少し離れた所に私のもう半分が立っていた。

「ヒャッハーッ! これでおれは自由だー!」
「おいコラ、何をしている。貴様はおれだろう、おれから逃げて何処へ行こうというのだ」
「何処までも行くのさ! 自由万歳! あばよ、とっつぁーん!」

 そう言うや、もう半分は駈け出した。私は唖然としたが、このまま逃げられては堪らない。直ぐに思い直して駈け出した。
 しかし、逃げるのも私ならば追いかけているのも私だから、差は広がらないこそすれ、縮まる気配が全くない。二つの人間が同じ速度で延々と走っているのは妙な気がした。

 しばらく走っていると、妖夢が飛んできた。

「いないと思ったら、何をしているんですか」
「良い所に来た。おれが逃げた。追いかけているから手伝ってくれ」
「はあ」

 そういうわけで妖夢も一緒になって追いかけたのだが、やはり距離は縮まらない。

 いつの間にか辺りは暗くなっているらしい。どこかから夜雀の鳴く声が聞こえた。風景がぐるぐると回って溶けはじめていた。
 不自然に大きな月が辺りを照らしていて、私と私の半分と妖夢とは三つの影になって、何処とも分からない所をずっと走り続けていた。




[29743] 古い友人とワタクシ
Name: モジカキヤ◆ab916118 ID:99110dde
Date: 2011/10/05 23:33

※主人公以外のオリジナルキャラクターが出ます。
 相変わらず駄弁っているだけです。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 私は退屈になったから、読みかけの本を持って縁側に陣取った。早秋の柔らかな陽気が私を包み込んで愉快だった。
 遠くに妙な形をした雲が浮かんでいて、ひっきりなしに形を変えているのだが、一向に流れていくことも、崩れていくこともしていなかった。それを眺めていたら、本を読むのを忘れてしまった。

 ぼんやりと雲を眺めていると、玄関の方から「頼む頼む」としきりに案内を乞う者がある。玄関から訪れる者は珍しいから、何者であろうと思い、立ち上がって玄関へと向かった。
 玄関には男が立っていた。目深にかぶった帽子の下からは伸び放題の癖毛がくるくる渦を巻き、黒いコートがまるで鳥の羽根のように見えた。
 男はぺこりと会釈した。

「お久しぶりです。お元気でしたでしょうか」
「失礼だが、おれは貴君に見覚えがない。人違いであろう」

 私が言うと、男は口をあんぐりと開けてから、やにわに笑いだした。

「相変わらず貴方は人を覚えませんね。僕です。カラスかねもん勘三郎です」
「カラスかねもん勘三郎とな」

 私は目を細めてこの黒づくめの怪人をまじまじと見た。そういえば見覚えがあるようにも思われる。記憶の糸を辿って行くと、昔の友人であることを思い出した。

「そうか、貴君はカラスであったか。失敬した。元気そうで何よりだ」
「思い出していただけたようで恐縮です」

 私はカラスを座敷に通した。カラスは「ここは一向に変わりませんなあ」と感慨深げに家の中を見回していた。

「いつ来た」
「ついさっきです。まだ何処も回っておりません」

 カラスはお茶を旨そうにすすり、ポン菓子を口に放り込んでいた。
 前回カラスがやってきたのは随分昔のことのように思われた。その時は斯様に黒づくめの汚らしい恰好はしていなかった筈だったが、時代が変わると服装も変わるらしい。私は年中無休で同じ着物だから、その気持ちは分からなかった。

「お前、部屋の中くらい帽子を取ったらどうだ」

 私が言ったら、カラスは「えへへへ」と曖昧に笑っただけだった。

「しかし、あまりに様相が違っているから、誰だか分からなかった」と私は言った。
「『外』が大分変わりましたのでね。家を持たぬ者はこういう具合になります」
「ふうん、世も末だ」

 私が言うと、カラスは机に手をついて身を乗り出した。

「そうなんです。あなたは科学を知っていますよね」
「知っている」
「科学とは本来、物事の真理の一つの側面でしかなかったわけです。植物一つ育つにも、科学の観点からはチッソ、リン酸、カリウム、の三大要素を中心に、様々な微量要素が組み合わさって出来ると『外』では信じられている」
「間違っていない」
「そうです。しかしそれは『間違っていないだけ』なのです。あなた、豊穣の神がチッソやらリン酸やらで豊穣をもたらすと思いますか」
「思わないね」
「でしょう。しかし、現に彼女は豊穣をもたらしてくれるわけです。それも真理の一つの側面なのですが、理屈を立てて説明できないことは人間にとって恐怖なのです」
「だろうね」
「だから、科学で説明出来ることだけを唯一の真理としてしまったわけです。だからここに住むような理屈の外側にいる連中は余計に住み難くなる。それでいなくなるわけだから、人間は理屈以外のことを信じなくなる。悪循環ですよ、これは」
「かもしれん」
「まあ」カラスは言いたいことを言い尽くしたように、後ろの方に体重をかけて揺れた。「だからどうしようという話でもありませんがね」

 その通りだと思った。

「幻想郷は」カラスが言った。「何か変わったことはありましたか」
「無論だ。古い妙な連中が消え、新しい妙な連中が増えた」

 カラスは「そうかあ、楽しみだなあ」等と言って笑っている。
 はたと気づいたことがあって、カラスに問いかけてみることにした。

「そういえば、今回は一人か。織部はどうした」

 私が言うと、カラスは澄ました様子で「消えました」と言った。

「幻想の外側、忘却の向こう。忘れられたものたちが集う幻想郷すら飛び越えて、いったい何処へ行ったのでしょうねえ」
「そうか、織部も消えたか。そうなっては昔の仲間は殆ど居るまい」
「はい。もう僕とあなただけのようなものだ」
「寂しくはないか」
「あなたはどうなんです」
「馬鹿な、寂しいわけはない」
「そんなら僕もそうです」

 外では雨が降り出したらしい。さっき妙な雲は雨雲だったのかもしれない。さあさあと静寂の音が空気に溶けていた。明かりを付けていないから、部屋の中が妙に暗いように思えた。

 しばらく二人して黙っていると、カラスが何か呟きだした。

「祇園精舎の鐘の音、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。たけき者も遂には滅びぬ、ひとえに風の前の塵に同じ」
「平家物語か」
「そうです」
「何だ突然」
「消える前くらいに、織部さんがずっと口ずさんでいたのです。あの人はもしかしたら消えたがっていたのかもしれません。織部さんの気持ち、分かります?」
「分からないね」
「実のところ僕にも分からないのです。それが分かった時は、僕も消える時なのだと思います」
「そうか」

 そうしてまた二人して黙った。湯飲みが空になったから、新しいお茶を淹れて、二人して黙ってすすった。それからまたカラスが口を開いた。

「あの時、月に行かずに残ったような変わり者は、あなたと織部さんくらいのものだったけど」カラスは天井の端辺りを見ているようだった。「月に行った人たちはどうして居るのでしょう」
「あらゆる結界をものともしない旅ガラスと言えど、月までは行けんか」
「僕の翼では到底届かない。いやね、一度湖に映った幻の月から、曖昧の境界を超えて、本物の月までの侵入を試みたのです」
「それで」
「ものの見事に失敗しました。僕の付け焼刃の境界弄りでは無理でした。紫さんくらいの技量があれば可能だったでしょうが」

 カラスはそう言ってから、はたと気付いたように「そうだ、結界をすり抜けてしまったから、紫さんに挨拶に行かないと」とぼやいていた。ぼやきながら、何やら面倒そうに肩のあたりをさすっていた。

「お前、肩を悪くしたのか」
「はあ、どうにも具合が悪いようで。織部さんが居なくなっちゃったから、薬が無くなっちゃいましてね」
「まさかそれで月に行こうとしたのか」
「そうなんです。八意の大先生に薬でも作っていただこうかと思ったんですが、月には入れないんじゃ仕方がない」
「八意なら幻想郷にいる」

 私が言うと、カラスは驚いた様子だった。

「月行きの急先鋒だったあの人がですか。いやあ、年月は人を変えますなあ。あなたは一向に変わっていないけど」

 カラスは妙に愉快そうに笑った。挑発に乗るのは癪だったから、私は眉をそびやかして黙ってしまった。

 丁度その時、柱時計がごんごん鳴り、縁側から雨に濡れた霊夢が上がり込んできた。服の裾や髪の毛から垂れた雨水が畳を濡らした。私はうんざりした気分になったが、そのまま畳を濡らされても嫌だったから、奥から手ぬぐいを持って来て手渡した。

「雨の日に来るとは珍しいではないか」
「違うわよ、途中で降り出したの。もう半分くらい来てたから帰るのも癪だったし。全く、突然降りだすんだもん、嫌んなっちゃう」

 霊夢は手ぬぐいで髪を拭き拭き答えた。ふと見ると、カラスが霊夢をまじまじと見ていた。霊夢はカラスにはまるきり頓着していない様子だった。
 しばらく霊夢を観察していたカラスは、私の方に向き直った。

「もしかして当代の博麗の巫女さんですか」
「何故おれに聞く。まあ、そうだ」
「へえ、道理で異様に霊力が高いと」
「うむ。霊力の高さや才能に関しては、歴代の博麗の中でもずば抜けている。だが悲しいかな、性格は歴代の博麗の中では最低の部類に入る」
「やーねセンセイ。そんなに褒めないでよ」
「そうか」
「なるほど、良い性格をしているというのは分かりました」

 カラスは愉快そうに笑った。そんなカラスを霊夢の方は眉をひそめて見ていた。

「それで、誰よ、あんたは」
「ああどうも、僕はしがない旅ガラスです。この人とは古い友人でして」
「ふーん。センセイも妙な人脈があるのね」

 霊夢はさして興味もなさそうに言った。彼女は他人のことに関しては基本的に無頓着なのである。

「しかし」カラスは首を傾げた。「さっきから気になっていますが、何です、センセイというのは」
「おれのことだ」
「あなたがセンセイ? 酷いな、どうしてそんなことになっているんです」
「皆が勝手にそう呼ぶのだから仕方があるまい」
「わたしも似合わないと思ってるんだけど。他に呼びようがないし」
「ああ、なるほど」

 カラスは、霊夢の言葉に納得したように頷いて、からからと笑った。
 似合わないと思うならば、そもそも呼ばなければ良いではないか、と思ったが、面倒だから口には出さなかった。
 ひとしきり笑ってから、カラスはひょいと立ち上がった。

「じゃ、僕はそろそろ行きます」
「そうか」
「八意の大先生はどちらにいるんですか」
「竹林の奥だ」
「そうですか。ありがとうございます。じゃ、お邪魔しました」

 そう言うと、カラスは玄関からさっさと出て行った。玄関から来て、玄関から帰って行った客はそういないから、なんだか妙な気分になった。
 勝手にお茶を淹れていた霊夢が、痺れを切らしたように口を開いた。

「ねえ、お腹空いたんだけど」
「今作る。ちょっと待て」

 私は立ち上がって台所へ向かった。
 適当に料理をしていると、座敷から霊夢が顔を出した。

「あのさ、さっきのあれは何だったの。鴉天狗?」
「始めは八咫烏、かつては大天狗、今は落ちぶれて旅ガラス。妖怪の山を統括する天魔とか言うのがいるだろう」
「いるわね」
「あれの師匠筋に当たる。尤も、今は確実に天魔のほうが実力は上だ」
「ふーん。やっぱり妖怪でも落ちぶれるのは落ちぶれるのね」
「当然だろう。人間も落ちぶれる。お前は落ちぶれ人間の代表格ではないか」

 私が言うと、霊夢はそれには答えずにごろんと座敷に仰向けに転がった。雨音が少し強くなったような心持がした。

 カラスはそれから一週間ほど幻想郷に滞在していたらしいが、いつの間にかいなくなっていた。次に会うことになるのはいつになるかは分からなかった。
 もしかしたらもう次はなくて、カラスも幻想の外に消えてしまうのかもしれなかった。



[29743] 河童とワタクシ
Name: モジカキヤ◆ab916118 ID:99110dde
Date: 2011/10/07 22:28
 耕運機が壊れてしまったので、河童のところに持って行って修理してもらおうと思った。
 この耕運機は『外』から香霖堂という古道具屋へと流れ着いた代物である。店主は私に譲ることを渋ったが、畑も耕さぬ者には宝の持ち腐れであると熱弁を振るい、半ば強引に引き取って河童の元で修理して使用していた。

 このカラクリは燃料として『ガソリン』なる燃える水を使用するらしいが、生憎と究極の引き籠り空間である幻想郷において、そのようなものは存在しない。存在しないから、カラクリ自体は直っても、ウンともスンとも動かなかった。
 動かぬカラクリを前にして、河童は「燃料がないと駄目」などとのたまったが、「河童の技術はそんなものか」と挑発したら顔を真っ赤にして「そんなことはないよ!」と猛烈に改造に取り掛かり、ついに菜種の油で動くようになった。私はしめしめと思った。しかし、この度ついに再び壊れたのであった。

 そういうわけで耕運機をリヤカーに積みこみ、がらがら引きながら河童の牙城である妖怪の山へと向かった。リヤカーは重いから、途中で休み休み行った。休んでいると、物珍しさからか妖精がわらわらと群がってきたが、「かーっ!」と脅かすと瞬く間に姿を消した。

 河童の元に着いたのは昼過ぎくらいであった。水音があちこちからざあざあ聞こえた。木々の間からこぼれてくる光が無暗に温かく、眠くなった。
 耕運機を修理できる河童は谷のあたりに住んでいる。谷のあたりに住んでいて、名前が河城にとりとか言うから、通称「谷河童のにとり」とか呼ばれている。
 私の知る中では河童随一の技術力を持っているから、カラクリに関しては頼りになる。カラクリ以外のことで頼りになるかは知らない。

 谷の奥の滝の裏の穴の奥の先がにとりの家になっている。
 カラクリが水に濡れるのはよくないと思ったので、滝の前あたりにリヤカーを置いて、私は滝の裏側へと踏み込んだ。
 滝の裏側はひんやりと涼しく、天井や壁面に生えた何種類もの苔に、キラキラ光る水滴が滴っていて綺麗だった。床も水で濡れていたから、転ばないように注意して歩かなければならなかった。
 奥の方に進むと、調子の外れた歌声が聞こえた。調子は外れているのに、嫌に陽気な歌声だから聞いていていらいらした。
 歌声の先には河童のにとりが向こうを向いて座っていた。案の定、歌の主は彼女であった。手元を覗き込むようにして手を動かしているから、何か工作をしているのだろうと見当がついた。私はすたすたと近づいて声をかけた。

「おい」
「かっぱっぱーの――ひゃうっ!? えっ、何?」

 突然声をかけられたにとりは驚いた様子で振り返った。

「今のは自作の歌か」
「もしかして、聞いてた……?」

 私が頷くと、にとりは真っ赤になった顔を両手で覆い隠して呻いた。

「ううー、谷河童のにとり一生の不覚……」

 河童はしばらくいやいやと頭を振っていたが、開き直ったように顔を上げた。

「センセイ、忘れて。忘れなきゃ駄目」
「そうか」

 別に河童の歌などどうでもよかったが、このままでは話が進まないと思ったので、忘れてやることにした。にとりはホッとしたようだった。

「それで、今日はどうしたの。何か用?」
「耕運機が壊れたので見て貰いに来た」
「ええ、あれが壊れちゃったの? 何処?」
「濡らしては不味いと思ったから滝の前に置いてある」

 私が言うと、にとりはうんうんと頷いた。

「賢明な判断だね。センセイは人間にしては見所があるよ」

 そう言いながら、にとりは滝の方へとずんずん歩いて行く。私も後ろに着いて歩いた。足元に気を取られるあまり、天井から突き出た岩に頭をぶつけて痛い思いをした。
 滝の外まで辿り着くと、にとりは早速耕運機をあれこれ調べ始めた。
 私に出来ることは何もなかったから、ぼんやりと立ったまま空を見上げていた。哨戒任務だか知らないが、円を描きながら飛ぶ鴉天狗の姿が見えた。

「うん、分かった。バッテリーの配線がいかれてるわ、これ」
「そうか。直るのか?」
「もちろん、わたしを誰だと思ってるんだい? それで、報酬の方は?」
「これでどうだ」

 私は持ってきた袋の中の沢山の胡瓜を見せた。にとりは満足そうに頷いた。

「いいでしょー。それじゃ家の中に運んでくれる?」
「待て待て、滝があるではないか。濡れては不味いのだろう」
「ふっふっふ、まあちょっと見てなよ」

 にとりは不敵な笑みを浮かべつつ、滝の脇の岩に近づき、手を当ててぐいと押した。すると岩がガコンと動き、ずずずと音を立てて滝の水が細くなったかと思うと、一滴の水も落ちてこなくなった。

「凄いじゃないか」
「まあ、上の水の流れを変えただけなんだけど。ほら」

 にとりが示した方を見ると、先程まで滝ではなかった所にごうごうと音を立てて水が落ちていた。

「水を消すことでも出来るのかと思ったが」
「そんな非科学的なことが出来るわけないでしょ」

 妙なことを言う奴だと思ったが、口には出さなかった。

 にとりの牙城まで耕運機を引き入れ、修理することと相成った。
 聞くに、今日中には修理が完了するというから、終わるまで待つことにした。
 やることがないから、お茶でも淹れようと思い、台所を拝借して湯を沸かした。
 湯がわくのを待つ間に、にとりの家の中を見回していると、真中のあたりに、円筒状の妙なものがあって、周囲からコードが伸びていた。よくよく見てみると、家の床は縦横無尽にコードが行き来していて、歩くのが大変な気がした。

「おい、あれは何だ」私は円筒状のものを指差して尋ねた。
「んー? ああ、あれはね、人工衛星」
「人工衛星とな」
「そ。最近里の龍神像の天気予報の的中率が落ちて来ててさー、それでその衛星と連動させて正確さを増そうと思ったんだけど、どうも巧く出来ないんだよね。燃料がデリケートで危ないから近づいちゃ駄目だよ」
「そうか」

 君子危うきに近寄らず。私はなるたけ近づかないようにして、淹れ終わったお茶を運んで行こうと試みたが、慎重になりすぎたあまり逆に足取りが不安定になってしまい、一本のコードに足を引っ掛けた。
 盆の上の湯飲み茶碗が宙を舞ったので、落としてはイカンと咄嗟に手を伸ばしたら、もう片方の足が別のコードに引っ掛かって私は前につんのめった。
 倒れてなるものかと、がむしゃらに足を動かして転倒を防止しようとすると、足場が不安定だから前へ前へと進んでしまった。
 進んだ先には人工衛星があって、私はそのまま人工衛星に結構な勢いで激突した。すると何の前触れもなく、人工衛星は轟音を立てて大爆発を起こした。

 叫び声を上げる間もなく、私は人工衛星と共に粉々に砕け散ってしまった。



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