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「紗依〜っ、ゲーセンに行かない?」 放課後、廊下を歩いていると友人の涼が声をかけてきた。 「ごっめ〜ん、今日は用事があってさ〜」 「またぁ〜、この間もそんな事言ってたじゃ〜ん」 涼は怒っていたが、本気で怒っているわけではないのがよくわかる。 「ほんとにごめん、今度まとめて埋め合わせするからさぁ〜」 そんな涼にあたしは拝むようにして謝った。上目遣いに涼の顔をちらりと覗く。涼はやれやれといった感じであたしを見下ろしていた。 「もー、ほんとに埋め合わせして貰うよ〜」 「ありがと、涼〜」 あたしは涼に礼を言うと、帰り道を歩いていった。 あの日彼に告白して以来、彼が許してくれる限りできるだけ彼と一緒にいる。 彼と離れて暮らすなんて本当に考えられない。 まるで彼があたしそのもののような気すらする。 今日もあたしは彼と一緒にいた。 彼と一緒にいると胸の鼓動がどんどん早まっていく。 どの生物も一定数心臓を拍動させると死んでしまうというのを前に見た覚えがある。とすると、あたしはもしかすると20代を前に死んでしまうんじゃないかという風なくらいに心臓はドキドキと早まっている。 あたしは彼の顔をまともに見れず、必死に彼にしがみつくのみだった。 「おい、これじゃ上手く歩けないだろ」 彼が困ったように言う。 あたしの目的は彼を困らせることではないので、手をつなぐことで妥協した。 しかし、あたしはその手を離すまいとしっかりと握った。 「あーっ!紗依ーッ!!」 突然、前方から声がかけられる。 みると、そこにはゲーセン帰りだと思われる涼の姿があった。 「り、涼〜っ」 涼は目を丸くして、あたしと彼を見比べる。 まさか用事というのが彼との逢引だとは思ってもいなかったらしい。 「なぁ〜んだぁ、そっかー」 あたしが何を言おうかと考えていた所、涼が声を上げる。 驚いて、思わず涼を見たら、涼の顔はとても嬉しそうだった。 「え、え?」 「アンタにも春が来たんだねぇ・・・」 今度はうるうると涙を流している。 涼はあたしを彼から引っぺがすと後ろを向いてぼそぼそと小声で話す。 「もう、そーいう事は早く言いなさいよ!!あたしだって応援してあげるんだから!」 涼はあたしにそういうと、今度は彼の方を向いていった。 「じゃあ、紗依を頼みますね」 「あ、ああ」 彼が答えると、涼はそのまま去っていった。 と、思ったらこっちを向いてぶんぶんと手を振ってから今度こそ帰っていった。 「・・・友達?」 彼が聞いてくる。 あたしははあ、とため息をついて答えた。 「はい、友達です」 「涼ーッ!」 学校であたしは涼に向かっていった。 涼は涼でニコニコしながらあたしを見ている。 「なんなのよ、昨日は!」 「いやあ、歩いてたら紗依が見慣れない男と歩いてるじゃん?思わず声を上げちゃったら、紗依気づいちゃってさ。まあ、こうなったら応援してあげようかと思った次第なんですよ」 と、嬉々として語る涼にあたしは力が抜けた。 「で、これをもってきたのよ」 涼はおもむろにチケットを取り出した。 「二人でこれ行ってきなさいよ」 「な、なにいってんのよ!あたしとあの人はそんな!・・・そんな・・・・そんな・・・」 あたしはおもわず叫びそうになったが、彼の顔を思い浮かべるたびに愛しい想いが湧いてきて、だんだん語尾が小さくなっていく。 そんなあたしを見ながらニヤニヤと笑う涼。 更に肘でつんつんとつついてくる。 「ほらほらぁ〜、いいから行ってきなさいよ」 「う、うん。わかった、誘ってみる」 自信がないもののあたしは涼からチケットを受け取った。 「というわけで、一緒に行きません?」 あたしは彼に言う。 ここはいつもの酒場。 彼はあたしの隣に座っている。 「ん、いいよ」 そっけなく彼は答える。 それだけであたしは天にも昇る心地だった。 「『紗依は僕のお人形』」 彼の声が聞こえた。 あたしの意識がトプンと水に沈んでいった。 「聞こえるかい?」 彼の声が聞こえる。 ここは・・・ ここはあたしの湖だ。 空は高く、そして青い。 ぷかぷかと湖面に浮かんでいる。 彼の声は心地よく、あたしは何も考えられなくなる。 「はい・・・」 「ここは君の湖だ。君以外誰もおらず、君も湖になる。辺りはとても静かであなたは何も考えなくていい・・・」 そう、何も考える必要は無い。 だってあたしは湖だから。 あたしの身体はどんどん湖に拡散して、やがて湖全体へと拡がっていく。 「君は湖となって空を見上げる。とてもとても良い気持ちだ・・・君は明日僕と一緒にライブへと行く。僕はちゃんと時間通りに行く。君はライブを楽しむんだ・・・そして、家に帰るんだ。わかったね」 あたしは静かに空を見つめている。 何か、彼の声が聞こえるが、何を言っているのかよくわからない。でも、わかるような不思議な気持ちだ。 「さあ、これから5つ数えると、君はとても気持ちよく目が覚める。目が覚めると君は僕が行った事をを全て忘れてしまうが、絶対に実行してしまう。いいね。1,2,3、はい」 彼の声と共にあたしは目が覚める。 「おはよう」 目を開けると、彼が優しく微笑みかけていた。 それだけであたしはもう彼のことを直視できない。 おもわず、うつむいてしまった。 そんなあたしをみて、彼はその微笑みを深くする。 あたしはその顔を見ているだけで満足してしまう。 「?」 そんなあたしの思いを知ってか知らずか、彼は首を傾げてくる。 やがて、納得したのだろう。うんと一人頷いた。 「じゃあ、帰ろうか?送ってくよ」 「は、はい」 あたし達は席を立ち、お勘定を払うと店を出た。 店を出るとまだ辺りには明かりがついていて、夜の帳は下りていなかった。 そこかしこに会社帰りのサラリーマンとか、何がかっこいいのか髪の毛の色を変えて、光物をやたらにつけている男共や女共がたむろしていた。 でも、そういうのに興味がない人から見れば、あたしも彼らの同類と映るんだろうか? そんなことを思いながら、彼と一緒に歩く。 「綺麗だね」 「え、あ、ど、あ・・・」 不意に彼が口を開く。 あまりに突然のことだったので、あたしはどもってしまった。 彼はそれを見て見ぬふりをしてニコニコと歩いていく。 あたしは彼の隣を歩きながらも恥ずかしくてうつむいていた。 「この街は綺麗だね」 「え・・・・」 彼は前を見たままいった。 その瞳は憂いを帯びていて、とても素敵だ。 彼を見ているとどんどん好きになっていく。 ヤバイ、胸がまたドキドキと鼓動を早めた。 一瞬で顔が熱くなる。 おそらく、顔は真っ赤になっていることだろう。 「じゃ、この辺でいいかな?」 「えっ?」 言われて、辺りを見回すと、既に駅の目の前まで来ていた。 あたしは電車に乗るためいつもここでお別れなのだ。 彼に夢中になっていたので気づかなかったなんでとてもいえない。 「じゃあね、紗依」 「は、はい、それじゃ・・・」 手を振って去っていく彼に一礼をして、彼が見えなくなるまでそこで見ていた。 次の日、生憎と雨だったが彼と一緒ならどんな天気でもあたしの中では快晴だ。 待ち合わせをし、一緒にご飯を食べて、ライブを見に行った。 雨天であるにもかかわらず客の入りはよく、ライブハウスは満員だった そして、昨日と同じように駅まで送ってもらう。 「今日はたのしかったかい?」 「はい」 彼の問いにあたしは満面の笑みで答えた。すると、彼もフッと微笑み返してくれた。 「それはよかった」 「今日はありがとうございました」 昨日と同じように一礼して、逆に彼を見送った。 彼が見えなくなってからあたしは駅へと入っていった。 「紗依ーっ!!」 朝、学校へ来ると凄い形相の涼が走ってきた。 あたしの前まで来るとぜいぜいと切らせた息を整える。 「な、なによ涼。そんなに血相変えて」 思わず、後ろに引きながら涼に聞く。 すると涼はガバッと勢いよく顔を上げ、あたしをみた。 「あんた一昨日、彼をライブに誘ったんだよね?」 「え、うん」 涼の質問に頷いて答える。ついでに快く答えてくれたとつけくわえる。 「じゃあなんで、あの男は昨日、別の女といるのよ!!」 涼は大きな声であたしにいった。 「あたしは昨日、あの男が首に真っ赤な宝石のペンダントした女に荷物を持たせて歩いていたのをみたんだ。紗依、あんな男とは別れたほうがいいよ?」 心配そうな表情で涼はあたしを見つめてきた。 だけど、あたしは涼の言葉に凄く腹が立っていた。 分かれたほうがいい・・・だって? 昨日、あの人はあたしと一緒にいたんだ。別の人と居るはずがない。 何でそんな出鱈目を言うんだ! 「あたし、すぐにそいつの所言って、紗依はどうしたって聞いたら『一人で楽しくライブに行ってるよ』とかいわれた」 涼の口から信じられない言葉が次々と出る。 なんで、なんで・・・ 「頭にきたから、あたしあいつを殴って帰ってきたんだ。だから、紗依もさっさと別れたほうがいいよ」 涼の言葉についにあたしも頭にきた。 パンッ 乾いた音が廊下に響く。 それはあたしが涼の頬を張った音だった。 「何でそんな嘘言うのよ!!」 突然大声をだしたあたしを涼は呆然と眺めていた。 「昨日あたしは彼と一緒にいたんだから!!一緒にご飯食べて、一緒にライブ行って、そして駅まで送ってもらったんだ!!出鱈目なこと言うなっ!!」 あたしは涼をにらむ。 「あんたなんかもう友達でも何でもないっ!!」 あたしは涼にそう宣告すると、廊下を走っていった。 どこかで「廊下を走るなっ」と叫ぶ教師の声が聞こえてきたがそれも振り切って、家へと帰っていった。 「そんな・・・でも確かにあの男は『紗依は一人でライブにいった』っていったのに・・・」 取り残された涼は呆然とつぶやいていた。 「なによ、なによなによなによなによ!!」 あたしは遅刻寸前の学生が慌しく走っている通学路を逆に走っていった。 涼のこと信じてたのに! あたしの頭はもうぐちゃぐちゃでどうしようもなく混乱していた。 あたしは昨日ちゃんと彼とライブへ行った。それは間違いない。 では、涼が嘘を言ったのか? だとしたら、なんで涼はあたしに嘘をつく必要があるのか? その理由は? 何もかも分からぬまま、あたしは家のベッドへと突っ伏した。 そして、数時間。ずっと考えていた『涼があたしに嘘をつく理由』にあたしは至った。 それは、『涼も彼を好きになってしまったから』だ。 あんな嘘をつけばあたしが彼を嫌いになるだろうと思ったのだろう。 思えば、昨日のライブのチケットを渡してくれたのも涼だった。 だけど、それははっきり言って浅はかな考えだ。 あたしの彼への思いはその程度で傾くものではない。 そして、これでよく分かった。友達だと思っていた涼がこんなことをするなんて・・・あたしは涼に対して初めて憎しみを持った。 夜の公園。 あたしは久しぶりにバイオリンケースを持って来ていた。 最近は彼にあってばかりいたのでストリートで弾いていなかったのだ。 こんな気分で弾くのは初めてだが、なにもしないでこのまま鬱憤を溜めていくのよりははるかにましだろう。 適当に空いているところを探して、バイオリンを取り出す。 調音をして、いきなり大音量をたたき出した。 それはもはや演奏というより騒音であたしは辺りに居る人が顔をしかめるのもかまわず演奏し続ける。その音の激しさにバイオリンの絃が軋む。弓のほうも多大なる負担に悲鳴を上げていた。 ビンッ!! あまりにも強烈な演奏に一番細い絃が弾けた。 弾けた絃があたしの頬を掠めるが、そんなことはかまわない。残った絃を使い、弾ける曲を弾く。しかも、強烈に。 ビビンッ!! 度重なる負担に今度は一気に二本の絃が吹っ飛ぶ。 あたしの頬に三本の赤い筋が出来ていた。 ――――あと一本! 一本の絃で弾ける曲などかなり限られてきて、だから最後のほうは曲とは言えない音の奔流―――騒音だった。 ただ投げやりに音を出しているだけ。そんな音しか出せないあたしとバイオリンをさらに酷使し、ついに最後の絃をも断ち切った。 ビィンッ!! その音と共に演奏は終了。周囲の視線はあたしに注がれて、しかしその視線は「蔑み」と「奇異」、「やっかみ」などの狂人を見る視線だけだった。 頬には四本目の筋が刻まれ、それぞれ血をたらしてる。 左手のバイオリンは全ての絃が切れていて、右手の弓も伸びてたわんでいた。 それらをケースへとしまい、血を拭うと周囲を見渡した。 しかし、あたしと目が合うのを避けようとしたのか、あたしが見た瞬間に皆、視線をあらぬ方向へと向ける。それだけでこっちを見ていたこともいい感情を持っていなかったことも丸分かりだというのに・・・ あたしはそんな彼らは目もくれず、ある人を探して周囲を見渡していく。だが、そんなあたしの目に留まったのはあたしが見ても視線を変えようとせず、逆に呆然とこっちを見ている人物だった。 今、あたしが一番会いたいと思っていたあの人とは違う、あたしが一番会いたくないと思っていた人物。つい数時間前に絶交を宣言した女。あたしと彼の間を引き裂こうとした魔性の女だった。 その女――涼は呆然としたままこっちへとよってくる。そして、曖昧な笑顔を浮かべて喋りだした。 「さ、紗依。こんな所でストリートミュージシャンやってたんだ。だから、いつも誘いを断ってたんだ。そうならそうと、言ってくれればいいのに。あ、さては恥ずかしかったのかぁ?」 涼はにやにやと笑みを浮かべて、肘でつつく。 あたしはせっかく外に出した嫌な感じが再び中にたまるのを感じた。 もう会いたくなかったのに。 何でこう上手くいかないんだろう。 「何の用?」 とても冷えた声であたしは言う。 涼は一瞬たじろぐも、再びあたしによってくる。 「ひ、昼間はごめん。紗依がそんなに思ってるなんて知らなかったから・・・でも、あの男はやめておいたほうがいいよ。どこか危ない気がするんだよ」 涼の言葉。 そんなことは信じない。 だって、涼はあの人をあたしから奪い取ろうとしてるんだから。 「あんたなんか、友達でもなんでもないって言ったでしょ」 静かに憎しみを込めて涼に言う。 「さよっ・・・」 「バイバイ」 こんな奴と話すことなんて何も無い。 涼の言葉を打ち切るようにしてその場から離れた。 まだ、涼・・・いやあの女が何か言っているが、あたしには関係ない。 公園の外へと出ようという時に目の前にいる男性に気が付いた。 その人はあたしととても大事な人。 あたしはこの人のためならばどんなことでも出来る。 彼の差し出してくる手をとり、あたしは彼に導かれた。 「はぁっ・・・んっ」 思わず、口から声が漏れる。 彼が触れる所全てが性感帯になってしまっている。 彼が耳を噛んでくる。 噛まれたはずなのにまるで痛くなく、むしろ噛まれた事により頭の中が真っ白くなる。 気持ちよすぎて何も考えられない。 「くあぁっ・・・すごい、ぁあぁぁあ」 もう自分でも何を言っているのか分からなくなってくる。 触れ合った彼の口から舌があたしの口へと差し込まれる。 くちゅくちゅとあたし達の舌が絡み合い、彼の唾液が流し込まれる。 いつ味わっても彼のそれは甘味であたしをとろけさせる甘露だった。 「ふぁぁぅ」 あまりの気持ちよさに上の口からも下の口からも涎がたれる。 上の涎は彼の舌が、そして下の涎は彼の物が拭い取った。 それだけで、あたしは押し上げられる。 この間ははじめてだったから、二回目の今日はどれだけ気持ちよくなるんだろう。 そんな淡い疑問があたしの中を駆け巡る。 その疑問はすぐに答えを得た。 ずぷっ! 「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」 挿れただけであたしは軽くイってしまった。 すごい・・・・ 今までは一人でいじっていても得られなかった快感を彼は一瞬で与えてくれる。 それは彼を好きだから。好きだから彼との情事に快感が拡がっていくのだ。 「大丈夫?」 ハァハァと肩で息をするあたしに彼は声をかける。 彼の顔はとても心配そうで、あたしは彼に対して申し訳なく思った。 「大丈夫。大丈夫だから、心配しないで」 彼の顔をそっと触れる。 それで安心したのか、彼は再び動いてくれた。 拡がる快感。あたしは幸福感に包まれて、遥かな高みへと押しあがって行った。 気が付いたら、そこにはあたし以外の誰もいなかった。 彼の姿など、影も形も全く無かった。 彼の着ていた服も無い。 慌てて起き上がったあたしの眼に入ってきたのは一通の手紙だった。 手紙というにはあまりにもそっけない一枚の紙。 そこには「さよなら」とただ四文字だけ書いてあった。 もう会えない・・・ なぜか、それを理解してしまった。 もう彼には会えない。 そんな言葉が頭の中を舞う。 それは絶望の宣告だった。 あたしは街を歩く――――彼を探して。 あたしは街を探す――――彼を求めて。 あたしは彼を求める―――彼が好きだから。 あたしは彼が好きだから、街を歩く。 食事や睡眠なんて彼がいないことと比べれば些末なこと。でも、彼が見つからないうちに倒れても意味が無いから最低限の食事、睡眠をとって動く。 彼がいなくなったあの日からあたしはうちへと帰らず、彼とあたしのであった街を歩いている。 身体は重いが、心の方はもっと重い。だって、彼がいないのだから。 何処へ行っても会える気がしないのだから。 「紗依!!」 声をかけられる。 前と同じ、聞きたくない声。 もしかすると、彼があたしの前からいなくなったことの原因の一つかもしれない女。 その声を無視して行こうとすると、グイと肩を引っ張られ、強引に振り向かされた。 そこにいる河東涼という名の女。 そして――― その隣にいる男性。 それは彼に似ていた。だが、似ていただけだ。彼ではない。 なのに、涼とその男性が一緒にいるのを見てあたしの中からどす黒い感情がわきあがった。 そして、そのどす黒い感情は簡単にダムを決壊させた。 「ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 あたしは獣のような声で吠えると、涼に襲い掛かった。 よくも、よくも、よくも!! 涼の足を払い、路上に押し倒すと馬乗りになる。 やっぱり、そういうつもりだったんだろ!! 「りょおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」 涼の前髪を掴むと、頭を持ち上げて、後頭部を地面に叩きつける。 ガンガンと何回も叩きつける。 紗依の瞳には狂気が浮かんでいた。 やっぱりお前はあたしと彼を別れさせるつもりだったんだろ? 突然の出来事に悲鳴を上げる涼。 それを見てにやりと口元を歪める紗依。 全てあんたの手の上だったって事でしょ? それはすぐにあたりに伝染し、阿鼻叫喚の渦に巻き込まれる。 でも、もうあんたの思い通りになんか動かない。あんたなんか、ここで死ね。 一層強く打ちつけようと涼の頭を持ち上げた所であたしは駆けつけてきた警官達、複数人に取り押さえられた。 羽交い絞めにされ、涼から引き剥がされる。 「はなせっ!はなせぇぇぇぇ!!!」 バタバタ暴れるも、複数人に取り押さえられてはどうしようもなかった。 涼はぐったりと動かなくなり、やがて来た救急車で運ばれて行った。 そして、あたしは手錠をかけられ、警察に連れて行かれた。 『痴情のもつれ?女子高生暴行』 新聞にはいかにも三流と言った感じの見出しが躍っていた。 男はその記事を見て、満足そうに頷くと新聞を閉じた。 その口元には満足そうな笑みが浮かんでいた。 紗依は留置場にいた。これから拘置所に身柄を移され、そして刑事事件として法廷の裁きを受けるのである。 警察の留置場には現在紗依一人。他には誰もいなかった。 コツコツという足音が床に響く。 紗依は壁に寄りかかり、うなだれている。 その瞳は何も捉えておらず、ただボーっと見開いているだけだ。 「あいつが悪いんだ、あいつが悪いんだ、あいつが悪いんだ、あいつが悪いんだ・・・・・・」 ぶつぶつとずっと呟き続ける。 足音は聞こえているものの気にもしていない。 足音は紗依の牢の前で止まる。紗依以外に拘束されているものはいないので当然といえば当然だ。 「紗依」 その声に紗依は顔を上げた。そして、その顔が嬉しさに満ち溢れる。 格子をはさんで紗依と男は向かい合っていた。 「『紗依は僕のお人形』」 その言葉を聞くと紗依はかくんとうなだれた。 「紗依、聞こえるかい?」 「は・・・い」 男の質問に静かに答える。 眼は開いているものの、その瞳はなにも映していなかった。 「ここから僕がいなくなると君は術が解ける。だけど、術が解けた後、君は僕の事を思い出すことは出来なくなる。そして、君は親友を傷つけてしまった罪の意識に苛まれるんだ」 親友を傷つけた、という言葉にビクッと身体を震わせる。 「君の手には彼女を道路にたたきつけた感触がいつまでもこびりついたまま、離れない。眼が覚めた後、僕が言った事は覚えてないけど、絶対にそうなるよ」 男はそういうと、じゃあねと友人にするように軽い挨拶をすると、コツコツと床を鳴らせて歩いて行った。 パタンとドアが閉まる音を聞くと、紗依の眼に光が戻ってきた。 そして、不意に恐怖に襲われた。 「ひぃあぁああぁぁぁぁ!!!」 あたしは涼を傷つけた。 押し倒し、馬乗りになって、涼の頭をガンガンと道路に打ち付けた。 その時の涼の頭の感触が手にこびりついてはなれない。 がちがちと震える歯はかち合う。 だんだんとぶよぶよになっていく頭。 その頭からどくどくと流れていく真っ赤な液体。 そして、あたしの方を向いているどんよりと焦点の合わない、力の無い涼の眼。 「いや、みないで、いや、そんな眼で見ないで!!いやあっぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」 狂っていく。何もかもが狂っていく。 涼はどうなったのか?死んだのか?生きているのか?それは全然分からない。 分かる事は涼のどんよりとした眼があたしをじっと見ていることだった。 そして、あたしの眼には自分の手が真っ赤でどろりとした液体に塗れている様が見えた。 それは――――そんな。 「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」 紗依の絶叫が署内に響く。 慌てて駆けつけてきた署員たちが見た物は瞳に何も映さず、ただうつろな表情でごめんなさいと呟き続ける秋津 紗依の姿だった。
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