村田雄一がバイト先のコンビニに入って行くと、店内は閑散として静まり返っていた。もう夜も遅い時間で、客といえは雑誌棚の前で立ち読みしている若い男が一人いるだけである。レジも何故か無人で、店員の姿は見えない。静寂の中、有線のBGMだけが小さい音量で流れている。 店内を見回していると、不意に事務所の方から、女子店員が一人駆け出して来た。「いらっしゃいませ」という快活な声とともに登場したその若い娘は、雄一の姿を見ると「あっ」と小さな声を出して動きを止めた。そして冷たい視線をこちらに向けて黙り込む。 気まずい雰囲気の中、雄一は咳払いをすると照れ隠しのような笑みを浮かべながら言う。 「お疲れ様。悪いね、遅れちゃって」 女子店員は溜め息をつくと少し怒った声で言った。 「これで何度目ですか?そろそろちゃんとしてくれないと」 雄一は頭をかきながら目の前の娘を眺めた。女子店員・・・石井由香はアルバイトの学生で、夜番に入っている。彼女が11時まで勤めた後、入れ替わりで深夜番に入ることになっているのだが、雄一のルーズな性格のせいで入りが遅れることが多く、しばしば残業を強いていた。その度に彼自身より十近く年下のこの娘に怒られているのだ。 由香は身長が160センチくらいで、ほっそりと華奢な体つきをしている。手足はすんなりと長く、肌は白い。まだ少女と言っても良いような雰囲気を残しているが、それでもシャツの上から窺える胸の膨らみや、ジーンズの下でピッチリと張った尻などは、十分に成熟した女性としての魅力を発揮している。 肩の上で切り揃えたセミロングの髪は、わずかに脱色して軽くしている。鼻筋の通った綺麗な顔立ちとぱっちりとした目は、テレビで見たどこかのB級アイドルに似ていたが、名前は思い出せなかった。由香は憮然とした調子で続ける。 「今だって電話かけてたんですよ。そしたら・・・」 「繋がらなかったんだろ?携帯料金払ってなくて」 「困るんですよ、緊急の時とか」 雄一は手を合わせて頭を下げた。 「勘弁してよ。今度メシでも奢るからさ」 由香はブルッと体を震わせると、一歩下がった。そして気色の悪いものでも見るような目を雄一に向ける。 「いいですよ、そんなの」 その露骨な反応に、雄一は少しカチンとくる。普通に詫びてるだけなのに、この女は何を勘違いしてるんだ?別に飯食った後に犯そうって訳じゃないんだぜ?まあ下心がまったくないと言えば嘘になるが、それにしたって頭から決め付ける事ないだろうに。いやいや、元はといえば遅れた俺が悪いのか。 普段由香とは、こうして入れ替わりのわずかな時間に接するだけだが、どうも応対が素っ気無さ過ぎるように思えてならなかった。実際には普通に同僚として付き合ってるに過ぎないのだが、フリーターと一流大学に通う女子学生という立場の差からか、つい反感を持って相手を見てしまう。醜い被害者意識だと気付きつつも、自分ではどうにもコントロールできないもどかしさがある。雄一は屈折した心中を悟られないように作り笑いを浮かべた。 「どうしたの?変に気回すなよ」 「とにかく私は、村田さんが時間通り店に入ってくれればそれでいいんです。そうしてくれれば何も文句はありませんから」 冷たい事務的な口調で由香は告げた。その澄ました美しいマスクを、雄一は無言で眺めた。いい女だ。気が強いところも男心をそそる。是非ともセックスしたいがガードが固そうだし、そもそも俺なんか眼中にはないだろう。付き合ってる男はいるのだろうか?まさか処女じゃないだろうな。 その時、レジ前に男性客が立った。由香はすぐに反応すると、素早くそちらに向かう。 「いらっしゃいませ。お弁当は温めますか?」 雄一がそのテキパキとした応対を眺めていると、すぐさま由香の苛々した言葉が飛んできた。 「早く着替えてきてください。もうとっくに時間過ぎてるんですよ?」 雄一はレジカウンターに入り事務所に向かう。由香と擦れ違う瞬間、シャンプーの甘い香りが鼻腔に流れ込んでくる。雄一は由香の横顔をチラと見やった後、すぐ扉口に入る。 数分後、制服の上っ張りを着た雄一はレジに立つと溜め息を突いて店内を見回した。そろそろ零時を迎えるフロアにはますます人影も失せ、白々しい蛍光灯の光に照らされた広い空間には、どんよりとした時が淀んでいる。 (いつまでこんなことをしてるんだろう) そっと心の中で呟く。来年30になるというのに、未来の展望は何一つなかった。小説家を目指して地方から上京したものの、十年近い挫折の年月が夢や野心をすっかりすり減らしてしまっていた。残ったのは不安と自嘲心と諦めだけ。 (何か変化が欲しい。俺は変わりたいんだ) 物思いに沈もうとする雄一の耳に、突然由香の高い悲鳴が飛びこんできた。ハッと我に返るとすぐに事務所の方を見る。 「石井さん?」 「早く来てください!変な人が・・・」 雄一は素早く動くと扉口に飛び込んだ。事務所の中にはスチール製の机とパイプ椅子、そのすぐ脇に店内モニターテレビが置かれている。同じフロアは倉庫兼着替え室になって、清涼飲料水やカップラーメンの箱が雑然と積み上げられている。見ると奥にある裏口ドアが開いたままになっていた。直後、そのドア口から突然由香が駆け戻ってくる。私服姿の由香は振り向くと、口を両手で押さえたまま雄一に怯えた目を向けた。 「何だよ一体」 尋ねると由香は無言で外を指差す。雄一はその背後に寄ると、肩越しに向こうを覗き見た。店の裏は駐車場兼ゴミ捨て場になっている。住宅街に通じる裏道に接していて、この時刻では辺りに人通りはほとんどない。そしてゴミ袋がうず高く積まれた暗がりの中に、その人影は立っていた。雄一は思わず声を上げそうになるのを飲み込むと、心臓の鼓動を抑えつつ相手を観察する。男は40歳代くらいの背の低い中年男で、薄汚れたジャンバーと擦り切れたズボンを履いている。白髪混じりの頭髪は伸び放題で、日焼けした赤黒い肌は垢染みて、おそらく数週間は風呂にも入ってはいまい。それは一見してホームレスと知れる姿だった。 雄一は由香を庇うように前に出て行く。一方、男はゆっくり振り返ると、禿げ上がった額の下に光る二つのギョロ目を向けて来た。雄一は動揺を見せまいと努めながら、相手に対して言った。 「あんた誰だ?こんな所でなにやってる?」 男は無表情のまま答えない。どんよりとした生気のない視線が、こちらを見詰めている。居心地の悪さを感じながらも、構わず雄一は続けた。 「勝手に入って来られちゃ困るんだよ、ウチの敷地なんだから。早く行かないと警察呼ぶよ?」 脅しの言葉にも動ぜず、ホームレスの男は不意に、片手をゆっくりとこちらに差し出した。雄一はギョッとして身構え、すぐ背後の由香もビクリと動く。しかし男は首を横に振ると手の平を広げ、おもむろに口を開き、哀れっぽいかすれ声を出した。 「飯をくれ・・・腹が減ってるんだ」 雄一と由香は顔を見合わせた。 「弁当だよ。賞味期限切れのやつがあるだろ」 男の求めに雄一は溜め息を突くと、頭をかいた。もうすっかり落ち着きを取り戻していたが、こういう手合いを相手にするのは初めてだった。雄一は困った声を出す。 「なんていうか、その・・・」 「どうせ捨てるもんだろ。くれよ」 「参ったな」 雄一は考え込むと店内に戻る。由香の視線を背中に感じながら、事務所の籠に積み上げられた廃棄分の弁当を1、2個取り上げた。再び外に出ようとする雄一の前に、由香は慌てて出てくると、小声で話す。 「待ってくださいよ」 「どうして?」 「まずいですよ。一度甘い顔見せたら、繰り返しになりますよ」 由香は毅然とした表情で雄一の顔を見上げている。 「やっぱ店長に連絡した方が」 「今の時分じゃ寝てるよ。叩き起こすほどの事じゃないだろ?」 「でも」 「いいから任せとけって。責任は俺が取るから」 憮然としている由香の横を通り過ぎ、再び外に出ると、雄一は浮浪者の男の前に立った。 「これやるから。その代わり、二度と店に近寄らないでくれよ。いいね?」 差し出した弁当を受け取ると、男は黄色い歯をむき出して笑った。 「ありがとう。優しいね、あんたは」 そしてドアの方に視線を向ける。店の中から覗き込んでいる由香を眺めると素っ気無く言う。 「あのお嬢さんとは大違いだ」 由香はプイと横を向くと、店内に戻って行く。雄一は辟易すると、男に向かって少し強い口調で言い放つ。 「余計なこと言うな。さっさと行けよ」 そのまま踵を返すと中に戻り、ドアをバタンと閉めた。 「知りませんよ、どうなっても」 事務所のドア前に立って由香が言った。細身の体に明るい色のシャツと、デニム地の丈が短いジャケットを着て、腰から下はスリムジーンズにスニーカーというラフな姿。肩からはダッフルバックを提げている。雄一はレジカウンターの中で壁に寄り掛かって立ちながら、肩をすくめて見せる。 「別にどうもなりゃしないよ」 「警察呼べば何とかしてくれましたよ」 「そんな面倒臭いことは御免だね。それに」 口篭る雄一の横顔を、由香の視線がきつく見詰める。 「それに?何です?」 「捕まったら可哀相じゃないか。何も悪いことしてないのに」 由香は黙り込む。やがてそっぽを向いた由香はボソリと言った。 「・・・もう帰ります。明日一時限目なんで」 そのままカウンターを通り抜けると、由香は出口に向かう。雄一は少し躊躇しつつ、その背中に声を投げた。 「お疲れ様!次は遅れないよ」 由香は無視して行こうとしたが、数歩進んだところで不意に立ち止まった。そのドングリ型の目をパッチリ開くと、静かにガラスの向こうを見詰める。その背中を見て雄一は怪訝そうに声を掛ける。 「どうしたの?」 「思った通りですよ。来ましたよ」 由香のうんざりした声。その視線の向かう先を見てみると、入り口ドアの向こう側に先ほどの浮浪者の男が立っていた。薄汚れた赤黒い顔が、ガラス越しに店内を覗き込んでいる。やがて男はゆっくり歩を進めると、左右に開いた自動ドアを通り抜け、店内に入って来た。ホームレスは奇妙な笑みを口元に張り付かせたまま、ゆっくりとした口調で言う。 「やあ。さっきはどうも」 その厚かましい態度に雄一はカッとなった。 「二度と近寄るなっていったろ!お前みたいなのに来られたら大迷惑なんだよ!」 しかし男は大声にも怯むことなく、一歩一歩前に進む。由香は後退りすると、振り向いて雄一に声を掛ける。 「警察呼んだ方がいいですよ、本当に」 浮浪者はニヤリと笑うと、由香の顔を見詰める。 「どうして?俺はただの客だよ?」 「でもさっきは、もう来ないって言ったじゃない」 負けずに言い返す由香に対し、男はなだめる様なジェスチュアを見せる。 「まあまあ・・・用が済んだらすぐ帰るよ。その前に」 浮浪者の目が俺の方に向いた。 「そっちの彼にお礼がしたくってね。それで舞い戻ったというわけさ」 雄一はよく意味が掴めず、改めて相手を眺めた。身なりのみすぼらしさは変わらないが、その表情からは先ほどまでの弱々しさが消え、奇妙な自信のようなものが窺える。男は由香に向き直ると、ニヤニヤ笑いを浮かべて言った。 「それにしてもいい娘だ。若いし元気もいい」 それから男は雄一に向かい、思いも寄らない言葉を口にした。 「そうだ。君にプレゼントしよう」 雄一は訳も分からず鸚鵡返しに聞き直した。 「プレゼント?」 「この娘だよ。嫌いか?こういう娘は」 平然とした様子で男は言ってのける。由香はあっけに取られて眼前の浮浪者を眺めた。男は相手の不審には気にも留めず、まるでマグロでも値踏みするように、女子店員の体を頭の先から爪先まで嘗め回すように見続けている。その露骨な視姦行為に由香はブルッと身震いをすると、2、3歩下がった。険しい表情で鋭く言い放つ。 「見ないでよ」 「どうして?綺麗な体じゃないか。もっと隅々まで見たいな」 「変質者!」 由香が叫んだ瞬間、突如男の目が赤く輝いた。ルビー色の異様な光はレーザーのように相手の両目を射抜く。由香は口を開けた驚きの表情のまま固まると、異常な力によって、その一切の動きを凍りつかせた。直立不動のまま全身の筋肉を棒のように硬直させると、時折小刻みに痙攣しながら、ただ男の目だけを見詰め続けている。一方、雄一はよく事態も飲み込めず、呆然と目前の二人を眺めている。 数秒後、男は数回瞬きをして溜め息をついた。そして腕組みをすると満足そうに相手を見やる。由香は無表情のまま立ち尽くし、蝋人形のように凝固していた。 「・・・さてと。今からお前の体を見させて貰うとするかな」 男は本人を目の前にして不躾に宣言した。しかし由香はその声が聞こえてないのか、焦点の合わない目を正面に向けたままジッとしている。 「だがその前に娘よ。まず名前から聞かせて貰おうか」 男が聞くと、由香は魂の抜けたような表情で頷いた。そこにはいつもの活発で、頭の回転の早い様子は片鱗も見られない。 「いい娘だ。お前の名前は?」 「石井由香」 棒読みのような低い声で返答が帰ってきた。男は質問を続ける。 「歳は?」 「20歳」 「職業は?学生か?」 「N大学の2年生です」 「ほう。優秀だな」 鼻の上に皺を寄せて男が呟く。 「出身は?」 「東京」 「家族は?」 「父と母と、妹が一人」 「父親は何をやってる」 「スーパーの経営」 「社長令嬢か。なるほど」 男は頷いた。 「では服を脱げ。お前の裸が見たい」 由香は従順に頷くと、ゆっくりと手を動かし始める。ダッフルバックを下に落とし、デニムのジャケットを無造作に脱ぎ落とす。着衣にラッピングされた、女性らしい体のラインが晒される。それから細い手指をシャツの襟にかけ、ボタンを順番に外し始める。その時、俺はようやく我に返って状況を理解すると、慌ててカウンターの外に飛び出した。駆け寄ろうとする俺に、男は異様な視線を向けた。 「そう慌てるな。すぐにあんたの自由になるから。少し見物してろ」 男の発する不気味なオーラに雄一はたじろぎ、萎縮して動けなくなった。それでも何とか声を絞り出し、言葉を掛けた。 「あんたは・・・誰だ?」 「俺?」 男は喉の奥で笑った。 「何だろうな。よくわからん。超能力者か?」 「超能力?」 「もっとも大したもんじゃないが。せいぜい二十歳の小娘を操るくらいだがね」 会話の最中も、由香は無言のまま次々に衣服を脱ぎ捨てていく。シャツの内側から、ベージュ色のブラジャーに包まれた白く丸い乳房が剥き出しになった。着痩せするタイプらしく、思った以上に豊かな二つの膨らみの深い谷間が、雄一の目前に惜しげもなく晒される。それから由香は細腰に巻いたベルトを抜き去ると、ジーンズのジッパーを降ろした。虚ろな目のまま機械的にブルージーンズから脚を引き抜いていく。しなやかな二本の流線型の生脚が露わになった。 ここまで終えると、由香は恥じらいのカケラも示さずに、一旦気をつけの姿勢で立った。20歳の娘の若々しい肢体が、ブラジャーとパンティーだけの姿で、コンビニの蛍光灯の無機的な白い光に照らされ晒されている。細身の割には適度に脂肪の乗った体は柔らか味を帯び、ふんわりとした抱き心地を想像させた。男はその成熟したプロポーションを見て、感心した声を出す。 「中々のもんじゃないか。セックス人形としては申し分ない」 由香はその声が聞こえてるのかどうか、霞がかったような瞳で虚空を見詰めている。その表情からは先ほどまでの反抗的な態度は一切影をひそめている。一方由香の裸身に見とれていた雄一は、不意に重大事に気付かされた。 「ちょっと待て・・・どうかしてる。こんな所を誰かに見られたら!」 「大丈夫だ。あれを見ろ」 男が顎をしゃくって向こうを指す。雄一が振り返ると、雑誌棚のコーナーに人影があった。それは店に来た時に立ち読みしていた若者だった。若者はこちらの異変には一切気付かないが如く、雑誌を読み耽っている。あっけに取られている雄一に向かって、男は当たり前のように告げる。 「この店の周囲にバリヤーを張っておいた。中に入った者は全員術に落ちる仕組みだ」 雄一は改めて店内を見回し、両手を挙げて空間にそよがせた。しかし目に見えないバリヤーとやらの存在は一切感じ取ることが出来なかった。 浮浪者の男は由香の背後に回ると、その華奢な体を静かに抱き締めた。そして脇の下から両手を差し込むと、そのマシュマロのようなバストをブラ越しにゆっくりと揉みしだいていく。由香は直立不動のままされるがままになっている。意志のない目が首が揺れる度に、不安定に視線を彷徨わせている。 「おい。味見していいか?」 男の声に雄一はハッとして振り返った。 「え?」 「どうにも我慢できなくなった。この人形を一回だけ使わせてくれ」 返答に困ってる雄一を無視して、男はジャンバーの前を開け、ズボンを脱ぎ捨てた。下半身を丸出しにするとレジカウンターの上に座り、リラックスした姿勢で由香を手招きする。 「来い。俺のムスコを元気にしてくれ」 由香はロボットのように命令に従うと、前に進んで男の股座にしゃがみこむ。 「フェラチオはやった事あるか?」 「はい」 由香は正直に答えた。 「そうか。ならいつもの通りやってくれ」 こっくりと頷くと由香は、目の前にぶら下がる赤黒いペニスを見詰め、おもむろに口を開いた。そのままピンク色の唇と清潔な白い歯で肉棒を咥え込む。由香が縦方向に男のペニスを吸い立てる姿を眺めている内に、雄一の股間はカチカチに固くなってくる。それは普段バイト時間に見せている生真面目な由香の姿からは想像もつかない、淫乱で貪婪な姿だった。うら若い女子大生のたてる唾液の音が店内に響く。 雄一は異常事の連続に頭が麻痺してきたためか、少々冷静さを取り戻すと、改めて興味を謎の男に向けた。息をついて心を静めると、口を開いた。 「そろそろ教えてくれ。あんたは一体何者だ?」 由香にペニスを吸わせながら、男はリラックスした口調で言った。 「10年以上前、俺はある組織に属していてな。そこで訓練を受け、この力を手に入れた。マインドコントロールのな」 「マインドコントロール?」 「もっとも上級者に比べればお話にならないほど弱い力だったが。それでも下っ端仕事にはありつけた。スパイ紛いの事をやらされて。給料もまあまあ良かった」 男は天井を見上げて追憶に耽っている。 「・・・ところがある時出来心で、分を越える行動をしてしまった。それが何かはちょっと言えないが・・・お蔭で今じゃ追われる身、食うや食わずでとうとうホームレスにまで落ちぶれちまったってわけさ」 男は自嘲気味に笑う。 「信じるも信じないも勝手だ。こんなSF活劇染みた話・・・だが今この行きずりの女が俺に服従してるのは間違いなく事実だがな」 男は由香の頭を撫でると、静かに告げる。 「もう十分だ。立て」 由香は固くなったペニスを吐き出すと、言われるままに立ち上がった。 「下着を脱げ。靴もだ」 浮浪者は高圧的な命令口調で言う。由香は無表情のまま、相手の言葉通りに動く。操り人形のように手を背中に回すとブラジャーのホックを外し、床に落とす。更に腰に手を伸ばしパンティーを脱ぎ降ろして、自らの秘部を何の恥じらいもなく露出させる。そして最後に残ったスニーカーも脱ぎ捨てると、とうとう上から下まで一糸まとわぬ全裸となった。 雄一は食い入るような視線で、由香の裸身を眺め回した。手足が長く、全体的にスレンダーなシルエットであるにもかかわらず、バストとヒップの部分は十分なボリュームでもって張り出し、中間の腰のくびれを強調している。そのミルクのように白い二つの乳房はブラがなくても型崩れせず、綺麗な半球形で魅惑的に盛り上がり、その先端では可愛らしいピンク色の乳首がツンと上を向いている。尻の肉は豊かな量感に満ち、淫靡な果実のように見る者の欲情を誘っている。そして股間の三角地帯には白く柔らかな恥丘がふんわりと覆い、中心の卑猥な割れ目に沿って薄くヘアーが生えている。 一方浮浪者の男はジャンパーを脱ぎ捨てると、下半身を丸出しにしたまま由香に歩み寄った。生き人形となって立っている20歳の娘の体を抱き締めると、その新鮮な肉を存分に味わいつくすように両の手の平で全身を撫で回し始める。そして生臭い息を吐き出しながら、由香の耳元で囁く。 「・・・今からお前とセックスをする。セックスは嫌いか?」 「いいえ」 由香はぼんやりと言う。 「好きなんだな」 「はい」 「ならせいぜい楽しめ。俺も楽しませてもらうから」 由香は首を傾げると、不思議そうに浮浪者の顔を見詰めた。しかしすぐに虚ろな表情に戻ると、自ら両の腕を男の首に回し、瞼を閉じて柔らかな唇を男のそれに重ねた。積極的に舌を相手の口にねじ入れ、男の唾液を吸い立てていく。 それからの数十分間、二人の男女はコンビニのレジ前で濃厚なセックスに没頭した。汚らしい中年のホームレスが、聡明で勝気な女子大生の若々しい肉体をいいように弄ぶ様を、雄一は身じろぎもせず見詰めている。つい先ほどまで由香は眼前の男に対し、露骨に嫌悪感を示していたはずだ。それが男の異様な力が発揮された途端、嫌っていた当の相手に、身も心も捧げ尽くしているというのは、余りに刺激的な光景だった。男は由香に対しあらゆる体位で責め続けた。まずはバック。由香がカウンターに両手を突いて白く滑らかな尻を高く上げると、背後から女の割れ目にペニスを突き立て、鋭い動きで抜き差しを行う。由香は頬を紅潮させて、されるがままになっている。次は座位。男がカウンターに腰掛けると、由香は向き合う体勢になって相手の膝上に大胆にまたがった。柔らかい乳房を男の胸に押しつぶすようにしながら、自ら激しくその充実した腰を振り始める。淫らな啼き声が可愛らしい口元から漏れる。 最後に男は由香にフロアに寝るように指示すると、上から覆いかぶさった。娘の美脚をM字に開くと、中心のヴァギナに己の肉棒を深々と打ち込む。ピストン運動が開始されると、由香は半ば白目を剥きながら、より強い快楽を求めて自身の腰を本能的に突き上げる。由香のアイドルばりの美貌が引き歪むのを男は興奮して眺めつつ、怒声を放った。 「中にぶちまけてやるぜ、生意気な小娘が。いい気味だ!」 絶頂に向かう過程で、由香が何度も快楽の絶叫を上げる。数秒後、目を血走らせた男は躊躇なく、由香の中にありったけの精液を注ぎ込んだ。精神を支配されて無抵抗の由香は、恍惚の表情でその沸騰せんばかりに熱いスペルマを体内に浸透させていく。白く美しい裸身が弓なりに反り、ビクビクと痙攣した。20歳の娘のヴァギナは、中年男のペニスを雑巾でも絞るようにきつく咥え込むと、残り汁まで貪欲に吸い取っていく。 二人の荒い息遣いが納まり、店内に静けさが戻った。男は立ち上がってズボンとジャンパーを着直すと、雄一の方を見てニヤリと笑った。二人の激しいセックスに圧倒されて動けずにいた雄一は気の抜けた表情で、男の得意げな顔と、フロアに倒れている由香の白い裸身とを見比べる。浮浪者の男は由香の側に膝をつくと、パチンと指を鳴らした。 「もういい。目を覚ませ」 不意に由香は目を開けると、ゆっくり半身を起こし、周囲を見回した。狐につままれたような表情で、浮浪者の顔を見上げる。 「え・・・?なに?」 正常な思考を取り戻した由香は、自分が全裸で座っていることに気付くと、悲鳴を上げて両手で剥き出しのバストを隠した。急いで店の隅っこに移動し、背を丸めて縮こまる。震えながら呆然と両目を見開くと、必死で今までの記憶を取り戻そうと努めている。一方、男はその様子を面白そうに観察しながら、解説をする。 「この娘は俺とのセックスのことを何一つ覚えていない。完全に精神を支配してたからな。記憶が切れ切れで混乱してるというわけさ」 由香は自身の下腹部を指で触った。まだ熱を持ったままの割れ目からは、いまだに男の白い精液がドロリと漏れ出している。由香は虚ろな目をして、ブツブツと呟く。 「・・・私、何をしたの?何があったの?わからない。わからないわ・・・」 浮浪者の男は錯乱状態の由香を放っておいて、雄一の方に向き直った。 「まあ、概略理解したろう。これがMC・・・マインドコントロールの力だ」 雄一は返す言葉も見つからず、立ち尽くしている。 「それでな・・・俺はこの力をあんたに譲ろうと思ってるんだ」 「・・・え?」 「実を言うと、俺はもうそんなに命が長くない。超能力者の直感っていうヤツでな。MC専門の俺でもそのぐらいの事は分かってしまう」 超能力者は悲しげに笑う。 「さっき少し話に出た『追手』だよ。正直、明日には殺されてるも知れん。『やつら』のことだから、恐らく俺は骨のひとかけらすら残さず消されてしまう・・・さしずめこの娘は最後の晩餐ってところか。じっくり堪能させて貰ったよ」 唖然とした表情の雄一は、しばらくして問い返した。 「譲るって・・・?」 「俺の能力を引き継いで欲しい。嫌か?」 「でも・・・なぜ俺なんだ?」 「誰でも良かったんだが、これも巡り合わせだろう。あんたは俺がこの世で出会った最後の親切な人間だ。礼がしたい。それにもう一つ・・・」 男は視線を逸らした。 「さっきも言ったように俺は明日にも、正真正銘この世から消されてしまう。現実に生きて存在していたという事実すらね。そうなる前に、どこかに俺の生きた証明、痕跡を残しておきたい。俺の連中に対する最後の抵抗さ」 浮浪者は突然顔を振り向けると、座り込む女子店員に対して手の平を向けた。由香は瞬間的に意識を飛ばされると、フニャフニャと脱力して後方に倒れ込む。そのまま目を閉じると無防備な裸身を晒したまま、静かに寝息を立て始めた。 続いて男は振り返ると、同様に手の平を広げ、雄一の顔面にかざした。雄一は不思議なエネルギーを感じると強い眩暈を覚えた。目前の視界がぼやけ、浮浪者の顔がダブって見え始める。やがてそれは万華鏡のように渦を巻き、高速で回転を開始した。雄一はバランスを失って足元をふらつかせながらも、必死で立っていようと堪える。視覚や聴覚を超えて直接脳内に侵入してくるイメージの洪水が、雄一の意識を遠のかせる。虹色に輝く光の渦の中心に浮浪者の顔がある。浮浪者は両目を赤く輝かせながら、韻々と響く奇怪な声でメッセージを発し続ける。 (次に目が覚めたとき、お前は新たな力を手に入れる。それによってお前の生活は変わっていくだろう。それが俺がこの世に存在した証しとなるんだ) 雄一は重力の感覚を失うと、無限の深淵へゆっくりと落下して行く。 (力・・・?力だと?俺は一体・・・) 周囲の空間が白い光に包まれると、雄一は意識を消失させた。 「知りませんよ、どうなっても」 事務所のドア前で由香は言った。 雄一はハッと我に返ると、呆然と相手の顔を見詰めた。20歳の女子大生は憮然とした表情でこちらを見ている。デニムのジャケットにシャツ、ジーンズという姿。 「・・・え?」 言葉を失うと、周囲を見回す。コンビニの店内は閑散としていて、人影といえば向こうの雑誌棚の前で立ち読みしている若い男だけ。 他には誰もいなかった。 雄一は訳も分からず、その場に立ち尽くした。一方、由香は返事をしない相手に苛々と声を掛ける。 「聞いてるんですか?」 「え?」 「だから、警察呼べば何とかしてくれたって言ってるんですよ」 黙り込む雄一。由香の顔を凝視すると、やっと口を開いて言う。 「・・・あいつは?」 「え?」 「浮浪者の・・・」 「だから村田さんが弁当あげて帰したんじゃないですか。寝ぼけないで下さいよ」 由香はあきれた声を出す。雄一はもつれあった記憶の糸を必死で解こうと努めた。どうやら時間が逆戻りしてるらしい。しかし、そんな事があり得るだろうか?ひょっとしたら俺は夢を見ていたのだろうか?そうだ、わずかの間、気を失っていたのかも知れない。でもさっきの由香の言葉。確かに以前に聞いたことがあるような。ただのデジャブーか?それとも・・・。 相手の顔を見詰めると、雄一は躊躇いながら質問した。 「・・・君、本当に覚えてないの?」 「は?」 「だってさっき君は・・・」 そこの床でセックスして見せたじゃないか、と言おうとして言葉を飲み込んだ。由香はその優等生的な生真面目な表情を曇らせ、怪訝な声を出した。 「どうしたんですか、さっきから。何か変ですよ?」 雄一の脳裏に由香の白く滑らかな裸身の生々しいイメージが蘇る。その残像はすぐに、目の前に実際に立っている着衣の彼女の姿とダブった。つい先ほどまで由香は全裸に剥かれて、見知らぬホームレスの男相手に自ら腰を振り、悶え声を上げていたはずだ。しかし由香の方では、自分がそのような事をしていたという記憶はまったくないらしい。記憶していればこうも冷静ではいられまい。それとも本当に、さっきまでの出来事は俺の妄想の産物なのだろうか。 雄一は額に手を当てると溜め息をつき、自身を納得させるように呟いた。 「・・・いいんだ。きっと疲れてるんだろう」 由香は不思議そうな視線を向けていたが、やがて肩をすくめて言った。 「もう帰ります。明日、一時限目なんで。がんばってください」 雄一は無言のまま、視線を雑誌コーナーの若い男に向けた。あいつも何も覚えてないのだろうか?若い男はこちらに背を向けたまま、じっとマンガ週刊誌を読み耽っている。立ち読みに夢中で、雄一たちの方には何の注意も向けない。 一方、由香は出口に向かって歩き出した。しかしすぐに自動ドアの前で立ち止まると、怪訝そうに眉をひそめる。じっと外を見詰めると、やがてうんざりした声音を出す。 「思った通りですよ。来ましたよ」 雄一はハッと顔を上げると、瞬間的に外を見た。ドアガラスの向こう側に人影が見える。汚れたジャンパー、擦り切れたズボン。 先ほどのホームレスの男だった。 男はガラス越しに店内にいる雄一に視線を送っていた。目と目が合うと、男は黄色い歯を剥き出して笑った。その瞳の奥に赤い光が明滅しているのを目にすると、雄一は背筋を走る悪寒と戦慄に身を震わせた。 夢じゃない。あれは現実の出来事だったんだ。 由香の方は、心底嫌そうな顔で浮浪者を眺めると、ボソリと呟く。 「店に入って来る気じゃないでしょうね・・・」 しかし男はしばらくすると背中を見せ、こちらを振り返りもせずに歩き出した。そのまま夜の闇へゆっくり姿を消して行く。あっけない去り際に、由香は少し拍子抜けして溜め息をつく。 「よかった。嫌がらせされるかと思ったわ」 雄一は黙ったまま、敢えて後を追おうともせず、男の小さくなっていく背中を見送った。不思議なほど平静な気持ちで雄一は、その奇妙な夜の客に対して心中で別れを告げる。もう二度と会うことはあるまい。何か不思議な確信めいたものが自身の中に宿ってるのを感じる。 「・・・じゃあ帰ります。途中であいつに会わなきゃいいんだけど」 由香は明るい表情になると会釈して、店の外へと出て行った。その後ろ姿を、雄一はじっと見送っている。ウインドウの向こうでは由香が、自分が乗って来た自転車の鍵を外している。雄一は何を思ったか不意にカウンターから出て行くと、店外へ向かった。自動ドアから出て来た雄一を見て、由香は不思議そうな目を向ける。 「・・・どうかしたんですか?」 雄一は相手の前に立つと、その顔を見詰める。それから突然手を伸ばすと、由香の両肩を強く掴まえ、体を引き寄せた。由香は驚きの目で雄一の顔を見上げる。瞬間、雄一の二つの眼が赤い光を放った。ルビー色の光線が発射されると、由香は目を見開いたまま、驚愕の表情で固まってしまう。若い娘の体はビクリビクリと痙攣し始めると、すぐに一切の動きを静止させた。全身の筋肉を棒のように硬直させ、生きたマネキン人形と化す。 雄一は一歩下がると、由香の全身を眺めた。いまこの女の精神は完全に支配されている。20歳の女子学生は虚ろなガラス玉のような目を正面に向けたまま、一切の思考を停止しているのだ。雄一は片手を伸ばすと、シャツの上からそのバストを鷲掴みにした。そのまま嬲るように揉みしだき、柔らかな感触を楽しむ。由香は無反応のまま、されるがままになっている。やがて雄一は静かな声音で告げる。 「俺の声が聞こえるか?」 「・・・はい」 由香はぼんやりと答える。雄一はニヤリと笑った。 「質問に答えろ。セックスは嫌いか?」 「いいえ」 「じゃあ好きなんだな?」 コックリと頷く由香。雄一はそのつややかな髪を撫でると耳元で囁く。 「・・・実は俺もなんだ。今度二人で楽しもうな」 そう告げると抱き寄せ、由香の唇に自分のそれを重ねた。甘く柔らかなキスの味を十分に堪能し終えると、雄一は再び数歩離れて立ち、指をパチンと鳴らす。瞬間、由香の虚ろな目に理性の光が戻り、意識が回復する。まばたきを盛んに繰り返すと、由香は不思議そうに目の前に立つ雄一を眺めた。 「えーっと・・・何でしたっけ?」 由香は少し変に思いながらも、質問した。雄一は肩をすくめた。 「別に。また明日」 由香は怪訝そうにしながらも、軽く頭を下げてから自転車のサドルにまたがる。夜道に漕ぎ出していくその背中を、雄一は静かに見送った。やがて大きく伸びをすると、夜空の星をひとしきり眺めつつ自分の未来について思いを巡らす。それから口笛を鳴らすと、のんびりとした足取りで店内へと戻って行く。 静かな夜は、穏やかに更けて行った。
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