本編(10/6 7,8話加筆修正)
第十話 葛城ミサトの奮起 ~ミッション・ポッシブル~
ゼーレが実行に移そうとして居た人類補完計画は失敗に終わった。
白い光がネルフ本部を含む第三新東京市全域を包んだ後、全てのエヴァは力を失い倒れてしまったのだ。
人類補完計画の失敗はMAGIを通じて世界中に報じられた。
さらに加持君が調べ上げたゼーレについての情報ファイルが送信されると、今までゼーレに味方をしていた者達は手のひらを返したようにゼーレを非難し始めた。
ゼーレは死海文書に従い計画を進め、人類補完計画の成功を確信していた、だから失敗した時の事を何も考えていなかった。
エヴァを量産するために無茶な方法で資金を集めた事もあり、騙された人達の怒りの矛先を向けるためゼーレに全ての悪事の責任を全て押し付ける形になった。
政府も戦略自衛隊に命じてゼーレの幹部達を量産型エヴァから引きずり降ろして捕らえた。
ゼーレの幹部として量産型エヴァに乗り込んでいたネルフ支部の司令達も同じ運命をたどった。
そして政府は戦略自衛隊のネルフ侵攻はゼーレの間違った情報により誘導されたものだと釈明をして下手に出て来た。
混乱を静めるためにネルフ本部やMAGIを味方に引き入れて利用する思惑もあるのだろう。
碇司令は加持君と協力してゼーレの計画を内部告発した英雄として祭り上げられる事になってしまった。
私は碇司令や加持君達がゼーレの手先として捕まる事が無くて本当に安心した。
あの日から私はネルフの発令所で司令や副司令の手伝いをしているが、主に雑仕事ばかりだ。
そして今は起こった出来事を報告書にまとめている。
初号機と弐号機に乗って戦っていたシンジ君とアスカはキール議長達の乗る量産型エヴァに囲まれて危なかったらしいけど、無事な姿でエントリープラグから救出された。
エヴァが動いていたら自分を裏切ったドイツ支部のゲオルグ司令をぶっ倒してやったというアスカは微笑ましい。
それにしても、アスカから弐号機の中で自分の母親と話したと聞いた時は驚いた。
私と加持君はゼーレの資料から弐号機のコアの中にアスカの母親であるキョウコ博士の残留思念が残っている事は推測できたが、会話まで出来るとは奇跡としか思えなかった。
アスカが話した母親はアスカの精神が作りだした幻のような存在だった可能性もあるのだが、ベッドで寝たきりだったアスカは元気になりリハビリの必要も回復ほどしたのだ、わざわざアスカを失望させる事はさせないでおこう。
戦略自衛隊の侵攻の際、レイを迎えに行ったまま行方不明だと報告された司令が発見された時は本当に安心した。
嬉しさを抑えきれずに碇司令に抱きついてしまった時は、発令所に居たみんなから拍手されて恥ずかしかった。
碇司令のサングラスに隠された目もたくさん泳いでいた事だろう。
そしてレイもセントラルドグマで気を失って倒れている所を保護された。
あれほどの怪我を負っていたレイはウソのように傷が完治していた。
念のためにレイの体を検査すると、人間と変わりない存在になっていた事に私達は息を飲んだ。
さらに驚くべき事に、レイの細胞は碇司令とユイ博士の双方の遺伝子を受け継いでいた、つまりユイ博士のクローン体では無くなったのだ。
疑問を投げかける私達に、レイは笑顔で一言だけ答える。
「私の母と兄弟達が私の願いを叶えてくれたんです」
レイに母親や兄弟などがいた話など聞いた事もないし、記録にも残っていない。
私はあの白い光が何か関係しているのだと思った。
だが、喜ばしい奇跡の原因をこれ以上調べるのも無粋な話だと考え、私はレイに質問を投げかけているリツコを止める。
「別に科学で解明されない奇跡があっても良いじゃないの、人間は理論だけじゃないんだしさ」
碇司令も言うまでもなく喜んでレイを自分の娘として受け入れた。
突然妹が出来てしまったシンジ君は少し戸惑ってしまった様子だけど、きっと時間が経てば馴染んでくれるだろう。
「ほらアスカ、レイにお礼を言いなさい」
「わ、分かってるわよ」
私に促されて、アスカはレイに近づいてモジモジしながら声を掛ける。
「レイ、アタシを守ってくれてあ、ありがとう……」
アスカがレイを名前で呼ぶのはこれが初めてだ。
レイは驚いた表情になった。
「これからアタシはレイって呼ぶから、レイもアタシをアスカって呼びなさい!」
「アスカ、ありがとう」
アスカが顔を真っ赤にしてそう言い放つと、レイはとても嬉しそうな笑顔を浮かべて答えた。
レイがシンジ君の妹となった事もあり、アスカとレイはお互いのハードルが下がった様だった。
争いの種だったと自覚もしていなかったシンジ君は急に仲良くなったアスカとレイを見て不思議そうにしている。
ふふっ、シンジ君に鈴原君と相田君との男の友情があるように、きっとアスカとレイと洞木さんの間にも女の友情ができるのよ。
私は第壱中学校の教室の楽しげな風景を思い浮かべる。
もうエヴァのパイロットの候補生とは関係無い、どこにでもありふれた中学生の集まるクラス……。
シンジ君とアスカ、レイにはエヴァのパイロットとして本当に頑張ってくれた。
これからはエヴァに縛られる事無く、自由に様々な経験を積んで成長して行ってほしい。
それが姉である私の願いだ。
「葛城君、報告書の方はどうかね?」
「あっ碇司令、もうすぐ終わります」
私は回想に浸りながら書いていた報告書を急いで書き上げると、副司令宛てにメールで送った。
副司令はゼーレに協力をしているのではないかと疑われたが、ネルフに対して害を与える行為はしていないと言う事で罪には問われなかった。
加持君は今日も遅くまでリツコの残業に付き合っているようだ。
私に振られた加持君を慰めるうちに、リツコと加持君の距離はずいぶん近づいたみたい。
複雑な心境だけど友人として祝福出来る日が来る事を願いたい。
私は毎日仕事を終えた後に碇司令と一緒にシンジ君達の待つ家へと帰宅する。
私と碇司令は作戦上の必要が無くても家族を続けたのだ。
碇家の日常も戻って来たけれど、以前と違う所は私達と同居しているのがアスカではなくレイに代わった所だった。
アスカはドイツのネルフ系列の病院に入院している祖母の元へと帰ってしまったのだ。
それからシンジ君はたまに憂鬱そうな表情をしてため息を付く事が多くなった。
私達にはその原因がアスカと離れてしまった事にあると解っている。
そして、シンジ君とアスカはほとんど連絡を取り合っては居ないみたいだ。
レイの話によると、シンジ君もアスカもお互いに相手の事を諦めようと考え始めているようだった。
このままではいけないと危機を感じた私は『カンシン作戦』と言う作戦を立て、碇司令とレイの承認を得た。
それはシンジ君をドイツに居るアスカの元に強引に行かせて退くに退けない状況を作ってしまうものだった。
お節介だと言われてしまうかもしれないけど、姉としてこの状況を何とかしなければならないと私は決意した。
「えっ、明日ドイツに行けってどういう事ですか?」
夕食の席で話をすると、シンジ君は驚いて質問をした。
「もちろん、アスカに会うために決まってるじゃない」
「そ、そんな、アスカに会うだなんて!」
私がサラリと答えると、シンジ君はあわてふためいて首を横に振った。
「シンジ君はアスカの事が嫌いになったの?」
「いえ、そんな事は無いです……けど……訪ねたらアスカに迷惑がかかるじゃないですか」
「ふふ、アスカに会いたかった言えばアスカも喜んでくれるわよ」
「そ、それって告白するって事じゃないですか!」
私の言葉にシンジ君は激しく動揺して叫んだ。
「そうなるわね」
「だけど、ドイツでアスカが彼を作ってたりしたら……」
「その気配は無いそうよ、ねえレイ?」
「ええ」
私の質問にレイはそう答えた。
「学校の事もあるし……」
「明日から冬休み」
シンジ君の逃げ道は早くもレイのツッコミに塞がれた。
「シンジ君が寂しい顔でため息をつくとね、私達まで憂鬱な気分になっちゃうのよ」
「シンジ、ドイツに行って自分の気持ちに決着をつけるのだ」
「分かったよ」
シンジ君が碇司令の言葉にうなずくと、私達は安心して息を吐き出した。
やっぱり碇司令の言葉は重みがあるわね。
次の日、私とレイは空港にシンジ君を見送りに行った。
シンジ君の表情はアスカに会えると言う喜びより、緊張の度合いの方が強いみたいで固い顔をしている。
私は苦笑いを浮かべながらシンジ君に声を掛ける。
「シンジ君、これからエヴァに乗って使徒と戦うんじゃないんだからさ、そんなに気合を入れる事は無いじゃない」
「だけど僕にとってはもっと大変な事ですから」
そっか、シンジ君にとっては今までの人生で最大の作戦なのね。
それじゃ私も作戦部長としてアドバイスをしよう。
「シンジ君、アスカに会ったら自分の気持ちを真っ直ぐに伝えるのよ。決して私や司令に命令されたからって言い訳して逃げちゃダメ」
「はい、分かりました」
シンジ君は自分に言い聞かせるように「逃げちゃダメだ」とつぶやいている。
大丈夫かしらと私は不安になったがすぐにその考えを振り払った。
だってアスカの方もシンジ君に会いたいと思っているはずだから。
実はアスカのお祖母さんからメールをもらっていたのだ。
お見舞いに来てくれる孫娘のアスカがたまに寂しそうな顔をしてため息をついている、何か心当たりは無いのかと。
きっとシンジ君とアスカの考えている事は同じなのよ。
私はドイツで再会してお互い笑顔になるシンジ君とアスカの姿を思い浮かべて頬がほころんだ。
シンジ君からアスカに連絡して事前に行く事を諦めさせないように携帯電話は没収した。
さらにアスカの方からシンジ君に連絡させないように、シンジ君がドイツに行く事はドイツに到着するまでこの事を知らせないようにレイには口止めをしておいた。
私の作戦には抜かりは無いわ。
「さすが葛城君、容赦が無いな」
「碇司令だってシンジ君にアスカに告白するまで日本に戻って来るな、なんて言ってたじゃないですか」
「私も2人の関係をはっきりさせてくれないと胸がモヤモヤするの」
レイも言うようになったじゃない。
私達はシンジ君とアスカがどんな面白い再会の仕方をするのか想像して、のんきに楽しんでいた。
この後、シンジ君が居なくなった碇家が大変な事態になる事を全く考えていなかったのだ。
『カンシン作戦』の術中にはまったのはシンジ君だけでなく私達も同じだった……。
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