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本書はイザヤ・ベンダサンというユダヤ人が書いたことになっているが、今ではよく知られているように著者は山本七平(と何人かの外国人)である。これは一時的なお遊びだった(ペンネームも品のよくない駄洒落)と思われるが、300万部を超えるベストセラーになって引っ込みがつかなくなったのか、その後も山本はベンダサン名義を使いわけた。本多勝一との「百人斬り」論争は、内容的には戦地を知っている山本の勝ちだったが、匿名で批判を続けたのはフェアではない。
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最近の朝日新聞の激しい反原発キャンペーンは、戦時中の記事を思い起こさせる。当時もっとも過激な戦意昂揚記事を書いたのは、朝日だった。たとえば1945年8月14日の社説は、次のように書いて本土決戦を主張した:
原子爆弾は相当の威力を持つものに違いない。しかしながら、すべて新兵器は最初のうちは威力を発揮しても、やがてその対策の樹立されるに及んで、その威力をとみに減殺されることは従来の事実がこれを証明している。[・・・]敵の暴虐に対する報復の機は、一にこの国民の胸底に内燃する信念が、黙々としてその職場において練り固めつつある火の玉が、一時に炸裂するときにある。続きを読む
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野田首相が「ぶら下がり」をやめたことに対して、記者クラブが反発を強めている。特に執拗に批判しているのが朝日新聞だ。きょうの4面の記事(ウェブには出ていない)では、こう書く:
首相としての発信力を高めるよりも、失言などのリスクを避けることを優先する考えだ。ただ、野田首相は臨時増税案を決定しても記者会見も開いておらず、国民への説明責任を十分果たしていない。続きを読む
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「安心・安全」というのは福田政権からの政府の方針だが、両者はまったく別物だ。安心は主観的な心理だが、安全は客観的な事実であり、両者は必ずしも一致しない。安心していても危険なことがあり、安全でも不安なことがある。こういうとき、どちらを取るべきかは自明ではない。
原発事故後の被災地では、ほとんど安全だが非常に不安な状態が半年以上、続いている。被災者を不安にしているのは実際の健康被害ではなく、マスコミのまき散らす放射能デマである。「放射能」という病気があるのではなく、問題はその発癌性だから、目的は放射能を減らすことではなく発癌性を減らすことだ。
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原発事故後の被災地では、ほとんど安全だが非常に不安な状態が半年以上、続いている。被災者を不安にしているのは実際の健康被害ではなく、マスコミのまき散らす放射能デマである。「放射能」という病気があるのではなく、問題はその発癌性だから、目的は放射能を減らすことではなく発癌性を減らすことだ。
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