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[30028] SEVEN BLADE
Name: 油田◆5ef7dbd0 ID:067a6b02
Date: 2011/10/05 22:00
 初めまして、油田です。
ペースは前回の話を忘れるぐらい遅いですが、気長に待ってくれたら嬉しいです。
気になった点もあれば、ビシバシ言って欲しいです。

ではっ!



[30028] 01 Realize
Name: 油田◆5ef7dbd0 ID:067a6b02
Date: 2011/10/05 20:41
 長い、長い、旅路の末。 やがて終焉は訪れる。
己の中に渦巻く黒きと抗う白き。 黒き男はその手に矛を。
己の中の慈愛の白きと野望の黒き。 白き男はその手に盾を。
対峙するは、黒きと白き。 いつしか二人は、求めていた。
正しい答えなど、どこにもないというのに。

「お前は何処へ行くのだ……?」

問いかける、影。 それをただ見詰めているだけの、一人の男。
そこで――――男は目を覚ました。





「……おかしな夢だ」





     ―――――†―――――










 「もう、行かれるのですか?」

誰かがそう訊いたときには、彼は既に荒野の中にぽつんと点在する村『サブナーク』の出口をくぐっていた。
彼は荒野の中、黒いマントと髪を靡かせる。 そこに暗い雰囲気はないが、どこか深いものを感じさせる振る舞いだった。
それは、この寂れた雰囲気の村の中ではやや目立つものであり、同時にその村の者からはやや異質なものに見える。
少し間を置き、男は他に何か用があるのかと返す。 その時、質問をした男の背後からしわがれた声と共に、一人の老人が顔を出す。
男は記憶を辿った結果、老人が村長である事を思い出した。 同時に、疑問に思う。 村長が今更、村を出る自分にどんな用があると言うのだろうか。

「ま、待つのじゃ。 『請負人<クエスタ>』であるお主に、頼みがある」

慌てたように村長が発した一言。
『請負人』という言葉に黒マントの男が反応し、振り返る。 『請負人』とは要するに、依頼を受けて報酬を貰う、賞金稼ぎのようなものだ。
稼業の名を持ち出すということは、それなりの理由があるのだろう。 男はそう推測すると共に、村長を名乗る者の顔を見る。
ローブの下の顔は情けなく垂れていて、とてもじゃないが威厳なんてあったもんじゃない。 心労の溜まりか、見た目通り頼りないだけなのか、男は少しだけ気になった。
その村長はただ、男の返事を待っている。 一瞬、その情けないと思った顔の瞳に、何か強いものが見えた気がした。
それを見て男は、傲慢だと自覚しつつも、少し考えてやろうという気になった。

「…………高くつくぞ」

この発言によって、黒マントの男は依頼の後で信頼が無くならないよう予防線を張った。 自分がそれなりに名の通った請負人であることを自覚しているからだ。
しかしそんなもので村長は依頼を撤回しなかった。 つまりそれだけ大事な用なのだと予想できる。
男は報酬に期待しながら、依頼内容を教えるよう村長に促した。










     ―――――†―――――










 ジャリ。 一歩目を踏み出した男が聞いたのは、そんな音だった。
依頼された場所はサブナークから離れた地下にあり、随分砂埃が溜まっていた。 男は口元を黒い手袋で覆いながら、端正な顔を歪め不快感を顕にする。
村長の話によれば、ここは数年前に異常な性格の研究者に破棄された地下研究所で、今まで長い間放置されていたという。
事前にここを調べた人間もいるらしいが、帰ってきた者は誰もいない。 なんとも陳腐な肝試しのような場所だ、と男は思った。
鬱蒼とした雰囲気と、周囲にあるカプセルに入った奇妙な物体。 それが何なのかは、あまり考えたくない。 男は無心で先へ進む。
薄暗く細い一本道の通路の中、ジャリジャリとした足音だけが反響する度に、男はこの先にある“何か”への緊張を高めていった。

『あの地下研究所には……怪物が棲むと言われておる』

男が村長の言葉を思い出す。
研究所の中から悲鳴を聞いた者がいる、と彼は言っていた。 そして気付けばそんな噂が立っていた。
元々ここにいた研究者が相当なマッドサイエンティストだったらしく、凶悪な生物も研究していたのでは、という予想もできてその説に違和感はない。
現在二つほど階を下った男は、そこで自分が選ばれた理由に納得がいった。
段々、カプセルの中の物体がより大きなものに変わってきた気がする。
カプセルの中身が蠢いているような気がする。
カプセルから何やら声が聞こえる気がする。

ッ…ッ…

カリカリとガラスを引っ掻く爪の音。 聴き続けたら耳にこびりつきそうな不快感がある。
男は耐えかねて、埃のことを気にせずに耳を塞いでこの通路を走り抜けようかと思った。


『ァァァアア!』


が。
そのカプセルの中から、首を締められた鶏の声にも似た、異様な音が聞こえた。
一瞬でそれが、中にいる“怪物”の鳴き声であると理解した男は、左腰に据えた剣を抜く。
黒光りする刀身が、この薄暗い通路の中でより真っ黒に見える。


パキ……


同時。


バキャァァ……!


右側から耳をつんざくような、ガラスの割れる音が聞こえる。 そして先程の鳴き声が再び、これも同じ場所から。
痩せ細った青白い肌の成人男性のような体に、異形を付け足したような生物が男の目に入った。
割れたガラスの破片を気にした様子もなく、異形は床沿いに這い出てくる。 ぬらぬらとした培養液が床の埃と混じり、液体が奇妙な色合いに。
異形が立ち上がる。 魚のような形をした頭に埋まった四つの丸い眼球が、ぎょろりと男を見た。 男もまた応えるように、その金色の瞳で異形を見た。 剣を構える。
鱗に覆われた手足は先に行くほど太くなり、指には釣り針のように曲がった鉤爪と水かきを持っている。 後腰には、ビタビタと左右に震えて培養液を撒き散らす尾ヒレが。
それを見た男の脳裏に『サハギン』という名前が浮かんだ。 自分の横にいるのは、世間では半魚人とも呼ばれるモンスターの一種だろう。
なぜこんなモンスターが古びた研究所にいるのだろうか。 男がそんな事を考える間もなく、異形――サハギンは鉤爪を振りかぶり飛びかかってきた。

「―――っせ!」

男は、相手のサハギンの背が存外低いことに気が付いた。 だがそんな事とは無関係に、剣を横薙ぎに振るう。


ズッ


――血しぶきが舞い上がる!


ッパ……!


「――っ」
「ギャアアッ!」


その色は緑。 人間とは違う。
激しい音と共に、サハギンの胴体は真っ二つに切り裂かれ、泣き別れた。 二つになったサハギンの体は、緑色の血溜まりの中にベシャリと落ちる。
落ちた半魚人の肉がピクリとも動かないことを確認した男は、表情ひとつ変えずに先へ進む。 さも何事もなかったかのように。
もうこの地下研究所が異常だとわかったからには油断はできない。 依頼は最深部まで調べて戻ることだが、我が身を守ることは何よりも優先せよ。
それは彼が今まで『請負人』としてその身で味わい、教わってきた教訓だった。 モンスターとの戦いに限らず、請負人が受ける依頼とは殆どが命がけだ。
彼ほど有名な者となれば、尚更。 ここで死人が出た可能性もあることを忘れてはならない。
周囲に最低限の注意を払いながら、視線は前に固定する。 心身共に余裕を持って剣を抜いたまま、埃だらけの道を歩く。
一本道の廊下と階段を幾つか歩いていると、やがて一つのドアを見つけた。

「ここか」

ギィ、と軋んだ音を立てて、錆びたドアが開く。 男が進める道が他に無い以上、最深部とはこの部屋なのだろうと当たりをつけた結果だ。
その先には、広々と広がる機械だらけの部屋があった。 最深部らしい設備の充実ぶりだ。 ここを調べれば依頼は完遂と思っていいだろう。
しかし、そう簡単な話でもない。
真っ暗で目が慣れないが、奥のほうで何かが……恐らくは先程のモンスターと同じようなものが蠢いていることだけは、それとなく感じ取れた。
あまり大きくは無い。 いや、むしろ自分より小さいのではないかと男は思う。 だが違う。 感じている。 尋常ではない、気配を。
入り口と、最奥。 男と“それ”の間の距離は長い。 場所の暗さもあり、向こうがこちらに気付いたかどうかも把握できない。
警戒は厳に、進むしかない。 思い、男は一歩を踏み出す。
埃は、立たなかった。 ここだけ掃除が行き届いているのだとすれば、やはりあれは―――人間?



「あれれー? なんでここにニンゲンさんがいるのー?」



そして、場違いな声。
聞くに、あどけないものだった。 なぜこんな古びた研究所の最奥からこんな声が?
やはり人間がいる? 少女の声をした何かがいる? ひょっとしたらただの空耳?
その仮定の全てを否定したくなる。 それが正解でもふざけた事実だ。 そんなものでなぜ死人が出てくるのだろうか。
だが、できない。

「また“お客さん”かなー?」

近付いてきたそれの全体像が視えてくる。
複雑な事など何もなく、やはりそれは少女だった。 頭部を除く全身にピタリと密着する黒いボディスーツを着込んだ、長い白髪の少女。
声だけでなく表情も純粋な笑顔で、子供らしいあどけなさを持っていた。
だが、女性らしい体の線がそれを否定する。 背は低いが、“可愛い”と“美人”の二択を提示されても即答はできない外見。
それに何より、首を腹でひたひたと触る刃のような冷たさと鋭さを併せ持った気配。 尋常じゃない。
故に、男は少女にちぐはぐな印象を抱いた。 化物と子供の精神を大人の肉体に移植すればこうなるのだろうか。 ここがどういう施設か考えても、納得したくない。

「誰だ?」
「…………わたしー?」

男はついに訊いた。
お前以外に誰がいる、と返そうと思ったが踏み止まった。 言う必要もないし、下手に気に障るようなことを言えば我が身が危ない。
警戒。 張り詰めた声と、寝ぼけているような間延びした声。
男は今の自分の状態を疑問に思ってしまった。 目の前の相手の外見に恐怖と思える要素は見えないのに、なぜこんな凶悪な気配を感じてしまうのか。
ひょっとすればこの少女が…………



―――――――ァゥゥゥンッ!



刹那。 研究室内の空気が振動する。


ッザ!


男のすぐ横に、刃が突き立った音がした。
はらり、と前髪が数本落ちると共に、ひんやりとした空気が男を包む。
彼の疑問は全て氷解した。 全ての原因はこの少女の形をした何か。 依頼も、気配も、“これ”をなんとかすれば全て消える。
構えた剣と共に、目の前の少女を見据える。
こちらへ伸ばされた右腕に合わせるように、十五基の銃口がこちらを向いていた。 浮遊した銃、ビット、支援機……呼び方はいくらでもあるが、とにかくそういうものだ。
黒く近未来的なデザインのそれは、この研究所の施設から生まれたものであると容易に予想ができる。
これら全てをあの少女が操っているのだろう。 先程自分の横に刺さったものを確認すれば、これもその一つだったと確認できる。
全部で十六基のビットが全て銃にも剣にも成り得るのだ。 更に彼女自身は刺々しい印象の黒銀色の装甲を纏っている。 まるで隙がない。
敵意は見せなかったはずだが、と男は自分の行動を反芻するが、

「“お客さん”とはねー、遊んであげなきゃなの!」

左右のビットから吐き出された高熱を持った光線を、すんでのところで避ける。
まるで太陽に挑戦するイカロスのような気分になってしまう熱さだ。 あの凶悪な少女は、色々な意味で太陽に成り得る。

「えっへへー! わたしねぇ、ここに来た人とはいつもこーしてるんだー!」
「―――!」
「あなたはいつまでもつかなー? えっへへー」

瞬間、背筋に走る悪寒。
光で構成される刃と弾丸が、一挙に自分へ向かってくる。 これほどまでに剥き出しで、隠そうともしない純粋な殺意。
男は初めて相対した。 そこには、善意も悪意もない。 コマを回す子供のような感覚で、人間一人を殺そうとしている。
いや、そもそも“殺す”というのがどういう行為なのかも知らないのかもしれない。 この少女は恐らく……

「まだだよー、次ィっ!」

と、そこまで考えたところで次は前方から八本の光線。 そこで男は気付いた。 攻撃が一定の間隔で行われる事に。
恐らく、数人の村人相手と戦った…………いや、“遊んだ”だけなのだろう。 簡単にパターンが読めてしまう。
罠か、素でやっているのか、これも“遊び”なのか。 いずれにせよ、彼は自ら生み出したこの好機を逃す男ではなかった。

ジュッ

パターンを覚えて、避けられる光線は全て避ける。 避けながら、少女がいる場所を目指して走り出す。
男の心中に、大きな緊張が走る。 顔こそ無表情だが、ここでの一挙一動が命に直結することを考えれば、とても動揺せずにはいられない。
その生命の灯火を消さんとする、十六本の光の刃。
避けられなかったものは、

ビヅッ!

右手に持った剣で弾く。 光の熱が金属にへばり付き、凄まじい音が暗い反響する。 研究所一帯に光が散った。
ダメで元々の行為だったが、これが成功した。 普通の剣だったらこうはいかなかっただろう。 彼はこの時、自分の剣が“特別”であることを感謝した。

「カンタンにしんだら、つまんないもんねーっ!」

ヅヅ……

続いて背後、上空から光の刃。 これを男は、剣を背中の鞘に収めるような格好で防いだ。
だが相手もまた剣である。 このままでは拮抗状態が続き動けない。

ッガァ!

しかし男、これを弾く。 またしても激しい光と音。
やり過ごしたと思い、全身に気を張り巡らせながら更に前に進む。 光の刃は尚も男を付け狙う。
光と剣の攻防はどこまでも続く。 だが男はその全てに当たることなく進む。

ンズ……

次いで男の手に、鋼鉄をこじ開けるような感触が伝わる。 ビットが射出する光線ごと、その銃口に向けて剣を振る。
ありったけの力を込めると、火花と共にビットの内一つが銃口面から切断された。

「っかはぁ!」
「あはっ…………そんなこともできちゃうんだ」

男の中で騒ぐのは生存本能、そして男であるが故の意地。 それを自覚すると、より剣が鋭くなった気がするが、男は依頼の最中に感情を出し過ぎたことを悔いた。

「……チッ。 っっおぉ!」

閃。 閃閃閃! 閃閃閃閃閃閃!!
暗いはずの研究所の最深部は、剣閃とビットが放つ火花と光線の入り乱れに、熱を持った光を放っていた。
……やがて、二人の間合いが人一人分程のものになった時。 彼女のビットの数は、目視するところ十基まで減少。
男の中でやや少し、余裕と笑みが生まれた。

「へぇ……」

同じく、この人間場馴れした少女も唇を歪め、不敵な笑みを浮かべていた。 ……恐らく、ただの人間ではないだろうが。
この位置ならばハッキリとわかる。 その不気味な表情。 刺々しい黒銀色の装甲に包まれた身体と、開き切った赤い瞳と長く白い髪。
狂気に満ちた、という表現がぴったり当てはまる。 そんな“壊れた”表情。 この戦闘力といい、化物じみている。
その言葉と迫力が生み出した強烈なインパクトに、男の中で躊躇いが生まれた。 しかしそれは一瞬のこと。
光の刃を浴びて硝煙を上げている剣を、汗ばんだ手袋で逆手に、垂直に構える。 ――これもまた、一瞬。




――――ッタン。




今度こそ躊躇わず、突き刺す。
握った剣を。
少女の胸に。










     ―――――†―――――










 「もう、行くんですか?」
「ああ、報酬も受け取った。 もうここに用はない」
「は、はあ……」

引きとめようとする村の青年に、黒マントの男は冷たく言い放つ。 青年は言い返せることもなく、ただ口ごもるばかりだった。
そんな困った様子の青年を男は気に留めることなく、自分が昨日今日と泊まっていた宿屋の入り口を見る。
何かを期待するような、呆れるような、微妙な目線。 その男の様子が気になった青年は、しばらく様子を見ようとその場に留まることにした。

「……」
「………………」

その後、待つこと数分。
痺れを切らした青年はついに、男に訊いた。

「あ、あの!」
「……?」
「宿屋に、何か?」

反応はない。
諦め切れないのか、男は続けざまにまくし立てる。

「も、もしかして……忘れ物とか? へへ、オレもよくするんすよねこういう時……なんというか、クセ? ……っていうのかな。 あ、ああ! そういえばこの前」
「静かに」
「は、はいっ! すすすすみません!」

黒髪の下から覗く鋭い金色に、青年はすくみ上がってしまった。
特に敵意やら怒りがあるわけではないはずなのだが、何故か怖がってしまう青年。 青年が臆病なのか、男が恐ろしげな雰囲気なのか。
青年がそんな疑問を気にしている内に、宿屋から音がした。 バタン、とドアが開く音であった。

「おはよー!」

無邪気そうな女性の声が聞こえ、振り向く。
いつの間にか、黒マントの男はそこまで移動していた。 そして声の主であろう女性と何かを話している。

「遅いぞ、化物」
「だからー! アタシのことは名前で呼んでって言ってるでしょー!?」
「断る。 長いから」
「じゃああだ名でもいいよー? わたしそーゆーの好きだし」
「フン……」

黒い男と話しているのは、同じく黒いボディスーツを見に纏った白髪の少女。 言動は幼いが、外見は割と好みに当てはまるかも知れない、と青年は思った。
しかし……

(黒と黒で…………お似合い?)

なんとなく、本当に他愛もない思考の有象無象の一つ。 青年はパッとそんなことを思い浮かべていた。
村にきたばかりの時は無口な印象だったあの男も、この少女の前ではよく喋るし、表情も豊か。 言うほどではないが少なからず変わった印象を受ける。
本当に、ただそれだけ。

「行くぞ」
「そだね……いこー!」

あの無邪気な少女とはどういう関係なのだろうか。 そう訊いてみたかったが、男の雰囲気に気圧された青年ができたことは、ただ二人を見送ることだけだった。
黒マントの男はそんな青年の考えなど露知らず。 黒い少女のほうは何を考えているのかもわからない。
振り返ること無く、男は少女を見た。 呑気に笑っているその顔に、まだ現実感が湧かず。
つい昨夜の出来事を思い出してしまった。










     ―――――†―――――










 「が……ふっ……」

纏った黒い鎧の上から、男の剣が彼女の胸を貫いた。 生温かい感触が頭にまで伝わってくる。
刺されて呻いた少女の顔は、まだ笑ったまま。 だが、その吊り上がった唇の端につつ、と赤いラインができているのを暗い中はっきりと見て。
手応えを確認した男は剣を真っ直ぐ引き抜く。 その後、同時より少し遅れて血しぶきが勢い良く上がった。

ヌズッ、ブシィィ……

少女の赤が、自分の黒い服にべとりと付着するのも気にせず、男は剣を一振りしてその赤を払う。
そこに早くか遅れてか、十基全てのビットがゴトリと金属音を鳴らして、重々しく床に落ちた。
その後はただ、興味を失ったかのように剣を鞘に収めて踵を返すだけ――――

「あははっ……!」
「――――ッ!?」

振り返った男が初めて……僅かとはいえ声に出した動揺。

「キミ、すごいねー。 わたしじゃなかったらしんじゃってたよ、きっと」

何事もなかったかのように、立ち上がっていた。
今、確かに心臓の辺りを剣で貫いた少女が。

「わたし、しねないよ。 そーカンタンには、ね」
「どういう事だ?」
「えっと……『きょーか、にんげん』…………だから?」

男は、少女の発した不明瞭な響きを『強化人間』と解釈した。
読んで字の如く、研究によって運動能力やその他身体機能全般を強化された人間。 用途は十中八九戦闘向けであり、目の前の少女もそれに該当するのだろう。
だとすれば、と納得。 一度そう聞けば、そうでないと言われても信じられなくなる。 否定する理由もない。

「んっ……」

その強化人間の口から呻きが漏れた。
瞬間、少女の身体とその周囲が光りに包まれる。 同時に自身の纏った黒い装甲と、床に落ちたビットの全てが粒子となって消え去った。

「そんなわたしを一回ころしたあなたに、お願い。 …………わたしのお願い、きいてくれる?」
「……お願い?」

まるで化物のような強化人間から“お願い”と来た。 男は訝しげな顔で訊き返す。

「そう! お願い!」
「何だ?」

聞くだけ聞いてみよう。 そう思った男は殺気を放たなくなった少女に、まだ警戒を解かずに応えた。
男のほうには、最早恐怖よりも依頼の達成を報告したいという焦れったい感情のほうが強くなっており、話を極力広げない返答をしている。

「わたしねー、そとのせかいが見たいの!」
「外の、世界?」
「そーそー! わたしね、ななつの時からずっとここにいるの」

……出たことがない?
首を傾げた男が疑問を抱くよりも早く、目の前の無邪気な笑顔が言葉を続ける。
戦闘中に見せた狂気じみた表情は失せて、今の少女は外見相応……いや、それ以上に幼く見えた。

「だから、おじ……おにーさんが連れていってくれたら、あなたはころさないから」
「………………」

自分はまだおじさんと呼ばれる歳ではない、と突っ込みを入れるのは場違いだろうか。 男は複雑な気分になった。
依頼を受けた時に聞いた“噂”の正体は、ただ力を持ち過ぎた―――或いは、持たされ過ぎた―――無垢な少女だったのか。
馬鹿らしい、というよりはやるせない。 何をしているか自覚すらしていない少女と、自分は命のやり取りをさせられたのだから。

「どうなの? おにーさん」

言葉とは裏腹に、脅迫されているわけでもない。
ただ純粋に、“お願い”をされているだけ。 そうわかるほど純粋で、必死そうな上目遣い。
この無垢な少女は……強大な力を持て余してずっと独りでここにいたというのだろうか。

「お前の力は役に立つ」
「え? それじゃ…………」

男が数秒の沈黙を破って放った言葉に、少女が反応する。
役に立つ―――つまり、使うことを前提とした時に用いる言葉。
それが意味することは一つしかない。

「依頼のこともある…………ついて来い。 迷子になっても知らんぞ」
「わいわーい! やたっっ! ねぇいいの!? ホントにいいのっっ!?」
「ッ……」

情に流されたわけではない、と意地を張るつもりはない。 だが、男が口に出した理由もまた、満更でもない話だった。
先程彼女が自分に見せた無敵とも言える圧倒的な力。 この先自分が目的を果たすことへの、大きな助けになることは間違いないと言っていい。
研究所を調べるという依頼も、この少女を村長辺りに見せれば即解決になるだろう。 もう調べる理由がなくなるのなら。
男はこれからの事を考えながら、今度こそこの場所を後にする。
薄気味悪い地下研究所……できれば二度と来たい場所ではないな、とだけ思った。

「ねー、なまえは?」

そんな研究所の最深部で生きていた白髪の少女が話しかけてきた。
男は彼女へ、面倒臭そうに息を吐いて答える。

「シュバルだ。 シュバル・レイチュール。 そう名乗っている」
「そっかー! わたし、アローマティっていうの!」
「長い、却下」
「きゃっかはひどいー!」

笑顔で名乗ったかと思えば、ぷくりと頬を膨らます表情の変化。 年頃の少女そのものの振る舞いに、男……シュバルは戸惑った。
彼女自身が言った。 『ななつの時からずっとここにいる』と。 恐らくアローマティと名乗ったこの少女は、七歳を迎えてからずっとここにいたのだろう。
だから何がどうだというわけではないが。
シュバルは振り払うようにかぶりを振り、アローマティに振り向く。
次いで、無愛想に一言。

「……行くぞ」
「うんっ!」

それだけを言うと、彼女は笑った。 太陽のように。
暗い研究所に、一輪の鼻が咲いた気がした。


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