クローズアップ

文字サイズ変更

クローズアップ2011:尼崎脱線公判結審 予見可能性、真っ向対立

 乗客106人が死亡し493人が負傷したJR福知山線脱線事故(05年4月)で、業務上過失致死傷罪に問われたJR西日本前社長、山崎正夫被告(68)の公判が神戸地裁で結審し、判決言い渡しが来年1月11日に決まった。鉄道事故で巨大鉄道事業者の経営幹部が起訴された極めて異例の裁判で、検察側と弁護側は、安全対策の統括責任者という立場で事故を予見できたかなどについて真っ向から対立している。死傷者が出た事故で刑事責任を問える範囲や条件を巡り、判決が今後の捜査に与える影響は大きいとみられ、司法判断が注目される。【重石岳史】

 ◇カーブ危険認識が鍵

 「鉄道事故はひとたび発生すれば多数の乗客に重大な被害を及ぼすという点を考慮すれば、発生確率が低くても、いつかは起こりうるという程度に予見できるものなら、予見可能性が肯定される」

 7月の論告で検察側は、82年に33人が死亡したホテルニュージャパン火災でホテル社長(当時)の有罪が確定した判例を引用し、最大の争点である予見可能性の基準をこう位置付けた。これに対し、弁護側は最終弁論で「被告が脱線事故の危険性を認識していたと断じた起訴内容の事実上の撤回であり、立証できなかったからハードルを下げた」と応酬。「火災は繰り返し起きているから消防法で備えることが義務付けられているのであり、カーブでの脱線事故とは同列に論じられない」と反論した。

 予見可能性を巡る両者の主張は根底から異なる。

 検察側は「現場カーブで、運転士が何らかの理由で転覆限界速度を超える速度で列車を進入させることが予見できたか否かが問題」と提起し、「国鉄時代から運転士の人為的ミスが後を絶たず、危険は具体的かつ現実的だった」として容易に想定できたとする。

 一方、弁護側は、停車駅間の所要時間の比較などから、脱線するような速度で列車が現場カーブに進入する危険性が生じたのは「快速が中山寺駅に停車するようになった03年12月以降」と主張。さらに、事故が起きるまで鉄道業界ではカーブで列車が脱線する恐れがあるとの危険認識がなかったとし、予見は不可能だったと結論付けた。

 ◇調書の信用性も焦点

 検察官が作成したJR西関係者などの供述調書について、地裁は大半を却下したものの、カーブの危険認識やATSの必要性などを認めた核心部分は採用した。調書の信用性をどう評価するかも判決の大きな焦点だ。

 JR西は90年以降、半径450メートル未満のカーブを対象に、路線ごとに新型ATSを順次整備していた。その目的について、検察側証人として出廷したJR西関係者は「脱線転覆事故を防止するため」と書かれた捜査段階の供述調書を次々に翻し、「乗客の乗り心地のため。脱線の危険認識はなかった」などと証言した。

 山崎被告の過失が問われている時期に明確にカーブの危険を認識していたとする法廷証言はなく、元部下らは「検察官に修正を求めたが押し切られた」「聴取に疲れ、事故を起こしたことは申し訳ないという気持ちもあった」などと調書に署名した理由を話した。

 検察側は「口裏合わせを行っていたにもかかわらず、JR西に不利な内容の供述調書に署名したのはその内容が真実だから。法廷証言は客観証拠と矛盾する」との意見だ。

 これに対し、弁護側は「何が何でも起訴するとの結論ありきで捜査が進められ、強引に調書を取り付けようとした」と捜査手法を批判した。

 ◇ATS整備、義務か否か

 仮に事故を予見できたとして、山崎被告がATS(自動列車停止装置)を現場に設置するなどして事故を回避できたかについても、両者の主張は正反対だ。

 検察側は、安全対策を統括する鉄道本部長だった被告の職責について、「たこつぼ状態に陥りがちな大組織で、各部門にまたがる情報を集約し、必要な指示を出すことができたのは、いわば扇の要の位置にいた被告以外にはいなかった」と強調。論告で「被告こそが現場カーブにATSを整備すべき義務を負っていた」とし、「いわば、“怠慢型”の過失」と厳しく断じた。

 「鉄道史上初となるATSの個別整備を現場カーブですべきだったという超人的な注意義務を課そうとしている」。弁護側は最終弁論で検察側の論理をこう表現した。弁護側は鉄道本部長の職責を「大所高所から安全面を含めて全社的な施策を計画立案すること」と位置付けたからだ。結果、「現場から『危険だからATSを整備すべき』との意見は全く上がっておらず、指示することは不可能」とした。

 さらにATSの個別設置についても、「100万円程度で、一両日の工事で可能」とする検察側に対し、弁護側は「線路だけでなく現場を走行する全車両にも設置する必要があり、約16億円の費用と2~3年の期間が必要」と見解が分かれた。

==============

 ◇事故の経緯◇

89年 3月 半径450メートル未満のカーブへの新型ATS整備決定

91年 3月 現場カーブの付け替え決定

93年 4月 山崎被告が安全対策室長就任

96年 6月 山崎被告が取締役鉄道本部長就任

96年12月 函館線脱線事故(4日)

       現場カーブ完成(21日)

97年 3月 東西線開業、福知山線のダイヤ改正

98年 6月 山崎被告が鉄道本部長退任

03年 9月 福知山線への新型ATS整備決定(事故当時は工事中)

05年 4月 事故発生

毎日新聞 2011年10月2日 大阪朝刊

PR情報

スポンサーサイト検索

クローズアップ アーカイブ

10月2日尼崎脱線公判結審 予見可能性、真っ向対立
尼崎脱線公判結審 安部誠治・関西大教授の話
年金改革、波高し写真付き記事
10月1日「避難準備区域」解除 帰還完了へ道険しく写真付き記事
9月30日沖縄密約文書「廃棄の可能性」 許した国の「逃げ得」写真付き記事
9月29日中央防災会議最終報告 5分で避難、足りぬビル写真付き記事
9月28日八ッ場ダム 野田政権、試金石 国交省VS前原氏写真付き記事
9月27日陸山会事件有罪(その2止) 小沢元代表「復権」に打撃
陸山会事件有罪(その1) 企業との「癒着」指弾写真付き記事
9月24日G20緊急声明 債務危機、欧州に圧力 具体策打ち出せず写真付き記事
9月23日日米首脳会談 野田首相、ほろ苦い外交デビュー
日米首脳会談 野田首相、ほろ苦い外交デビュー写真付き記事
9月22日東電賠償 事業者「再出発困難」写真付き記事
9月21日維新「教育基本条例案」、きょう大阪府議会に提案 識者の話
維新「教育基本条例案」、きょう大阪府議会に提案写真付き記事
被災地の地価、下落拡大 原発事故、追い打ち写真付き記事
9月19日診療・介護報酬、同時改定 日医奇策、見送り主張写真付き記事
9月18日尖閣沖、進出強める中国 相次ぐ監視船、治外法権の壁写真付き記事
9月16日債務危機深刻化 ユーロ死守へ瀬戸際写真付き記事
9月15日日本周辺、活発化するロシア軍 兵頭慎治氏の話
日本周辺、活発化するロシア軍 標的は米国か中国か写真付き記事
9月14日所信表明演説 首相、際立つ低姿勢 増税へ「気配り」優先写真付き記事
9月13日米同時多発テロ10年(その2止) 自衛隊の派遣、常態化
米同時多発テロ10年(その1) 「内向き」米、撤退急ぐ写真付き記事
9月5日台風12号・紀伊半島豪雨 湿った南風、長時間写真付き記事
8月31日民主党役員人事 党内融和を最優先写真付き記事
8月28日民主代表選・共同会見 小沢元代表処遇で割れ写真付き記事
8月27日民主党代表選 各陣営、結束力欠く シナリオなき戦いに写真付き記事
8月26日民主代表選 復興増税、一斉に慎重 反発恐れ、主張ぼかす写真付き記事
8月24日民主代表選 「前原・小沢」接近の芽写真付き記事
8月23日リビア首都制圧 反体制派、極秘速攻 NATOと連携
8月21日金総書記、9年ぶり訪露 北朝鮮、バランス模索写真付き記事
8月18日被災地選挙、自治体苦闘 有権者の所在確認難航写真付き記事
8月17日来年11月、米大統領選 オバマ氏再選に逆風
来年11月、米大統領選 オバマ氏再選に逆風写真付き記事
8月16日GDP年率1.3%減 「V字回復」見通せず写真付き記事
8月14日英の若者たち、大義なき暴動写真付き記事
8月13日震災不明者4669人 家族「心の区切り」
8月12日直下型地震 帰宅困難、対策が急務写真付き記事
8月11日東日本大震災、5カ月 がれき処理、長期化写真付き記事
8月10日特例公債法、今国会成立(その2止) 民主「ポスト菅」加速写真付き記事
特例公債法、今国会成立(その1) 執行部、月内退陣迫る写真付き記事
8月7日「フクシマ」後、初の「原爆の日」
広島原爆の日 「脱原発」被爆地も苦悩写真付き記事
8月6日世界同時株安 景気不安、「投資」収縮写真付き記事
8月5日経産省「原発3首脳」更迭 組織温存へ「先手」写真付き記事
8月4日福島第1原発事故 進まぬ汚染水処理写真付き記事
8月3日待機児童減、三つの壁写真付き記事
8月2日米債務上限上げ合意 赤字削減策先送り
7月30日保安院やらせ要請 原子力政策へ不信増幅写真付き記事
7月29日原発賠償2法案成立へ 負担分担先送り 「国の責任」玉虫色写真付き記事
7月28日普及か料金抑制か 再生エネ法案、見えぬ道筋写真付き記事
7月27日事故鉄道掘り返し ネット、官製報道動かす写真付き記事
7月26日EPZ圏外自治体 指針改定遅れに不満写真付き記事
7月25日地デジ完全移行 未対応、見切り発車
地デジ完全移行 未対応「見切り発車」 6月末で29万世帯
7月24日ノルウェー連続テロ 「寛容な社会」憎悪か写真付き記事
7月23日セシウム汚染 牛肉価格下落、拡大写真付き記事
7月22日東電社員殺害、別人DNA 14年後の鑑定、なぜ写真付き記事
7月21日関電15%、政府10%超 節電効果、期待下回り写真付き記事
英盗聴、政権揺らす マードック氏「癒着」に焦点
7月20日原発工程表見直し(その1) ステップ2、課題山積写真付き記事
原発工程表見直し(その2止) 「達成ありき」疑念も
7月18日小児臓器提供進まず 「脳死は人の死」根付かぬ日本写真付き記事
7月17日福井・大飯原発1号機停止 電力不足、ドミノ危機
福井・大飯原発、手動停止 再開へハードル高く写真付き記事
7月16日更新料は「有効」 「契約の自由」優先写真付き記事
7月15日九電メール報告書公表 「やらせ」常態化か写真付き記事
7月14日「脱原発」方針表明 首相独走、募る疑心写真付き記事
7月13日汚染牛肉 揺らぐ「流通品は安全」 自己申告に限界写真付き記事
7月12日原発評価・統一見解(その1) 安全委「権限ない」
原発評価・統一見解(その2止) 首相ごり押し、迷走
原発評価・統一見解(その1) 安全委、政府と温度差写真付き記事
原発評価・統一見解(その2止) 節電いつまで、企業不安
7月10日東日本大震災発生4カ月 復興手探り、岩手・大船渡写真付き記事
7月9日原発再稼働、統一見解へ 首相、「安全」譲らず写真付き記事
7月8日30年けん引、シャトル最終飛行へ 宇宙への足、失う米
7月7日全原発耐性テスト 再稼働、突然「待った」写真付き記事
7月6日松本復興相辞任(その1) 揺らぐ首相延命戦略写真付き記事
松本復興相辞任(その2止) 政権、復興の足かせ
7月5日佐賀・玄海町、原発再稼働了承 戸惑う周辺自治体
佐賀・玄海町、原発再稼働同意 周辺市町村、拭えぬ不安写真付き記事
7月4日南シナ海権益、中国強気 「硬軟」外交活発に写真付き記事
 

おすすめ情報

特集企画

東海大学を知る「東海イズム」とは?

東海大学の最先端研究や学内の取り組みを紹介