ムバラク被告初公判:権力の喪失印象付け

2011年8月3日 20時57分 更新:8月4日 8時44分

カイロの警察学校での初公判で無罪を主張するムバラク前エジプト大統領=2011年8月3日、AP
カイロの警察学校での初公判で無罪を主張するムバラク前エジプト大統領=2011年8月3日、AP

 【カイロ和田浩明】老いた元独裁者はベッドに横たわり入廷した。3日、エジプトの首都カイロ郊外で始まったムバラク前大統領の刑事裁判。檻(おり)の内部で白い被告服に身を包み、病み疲れたような姿は、かつての絶大な権力の完全な喪失を印象付けた。だが、ムバラク時代の残滓(ざんし)は消えず、今なお軍政も続く。国民は民主化実現にもがき続けている。

 2月の退陣後、初めて公の場に姿を見せたムバラク被告は時折、法廷内を素早く見渡し、審理の進行に関心を払う様子を見せた。

 法廷が設営された警察学校前には、開廷の数時間前から数百人の市民が集結。一部は警備の警官隊に投石したり小競り合いを起こしたりしたため、排除された。午前9時(日本時間午後3時)前、かつての権力者を乗せたヘリコプターが到着すると、群衆から相次いで声が上がった。

 「国民は死刑を欲している」「立派な指導者だった」。ムバラク時代との決別を求める人々と、強権下の「安定」を懐かしむ人々。対照的な叫びは、遅々として進まない民主化や改善しない生活環境にいら立ち、分極化した国民感情を象徴する。

 デモ参加中に殺されたアラビア語教師、ヘスィーンさん(32)の兄で翻訳者、ムハンマド・ゴマさん(36)は「裁判が始まりうれしい」と語ったが、「真実が解明されなければ、自ら復讐(ふくしゅう)したい」と怒りもにじませた。

 一方、ムバラク支持派の会社員ハリード・ザイードさん(31)は「ムバラク時代は安定した。革命後は不安しかない」と、民衆蜂起後の不安定な情勢に懸念を示した。

 独裁体制が終えんして約半年。エジプトでは旧政権の後ろ盾だった軍幹部が構成する軍最高評議会が暫定統治し、内閣には親ムバラクと批判される閣僚も残る。民衆蜂起を主導した若者団体は、今回の裁判の適正な実施を、民主化の前進の重要な一里塚と見ている。

 ◇周辺国の民主化に影響も

 カイロで3日始まったムバラク前大統領の裁判は権力者の寂しい末路をまざまざとみせつけた。住民弾圧を続ける他のアラブ指導者が、この裁判を「教訓」にさらに強硬姿勢を強め、住民に対する非妥協的な姿勢をとる可能性がある。

 チュニジア、エジプトで始まった「アラブの春」はアラブ各地に広がったが、リビアでは事実上の内戦に陥り、シリアでは衝突が続くなど実態的には十分に「花」を咲かせていない。

 シリアのアサド大統領は非常事態法の解除や複数政党制導入などの「アメ」を小出しにしながら弾圧の手を強めている。そのため反政府デモは着実に拡大しているが依然、首都では下火のままで、反政府側は突破口を見いだせていない。

 今回、ムバラク被告の姿に、アサド大統領らシリア幹部は権力を手放すことの怖さを感じたはずだ。一方、前大統領に対し公正で毅然(きぜん)とした審理が開かれた場合、シリア市民が勇気づけられる可能性もあり、今後の民主化要求の士気をも左右しそうだ。リビアでは2月以来、カダフィ政権と反体制派の攻防がやまない。北大西洋条約機構(NATO)は3月から空爆を継続。米欧は反体制派を正統な代表と認め、武器供与などを進めているが、カダフィ大佐が権力を放棄する気配はない。

 また、チュニジアではサウジアラビアに逃れたベンアリ前大統領の不在のまま複数の訴追が進み、合計で禁錮65年以上の判決が既に下された。検閲制度は消え、秘密警察も解体されたが、デモは今も散発し、前政権崩壊後に出た非常事態令は7月末に無期限延長された。7月の予定だった制憲議会選も10月に延期された。

 一方、バーレーンではサウジアラビアが派兵してデモを強硬鎮圧したが、情勢はなお流動的だ。イエメンも、サウジで負傷治療中のサレハ大統領の不在の間に武装グループや反大統領派の部族が活動を強め、さらに不穏になっている。【前田英司】

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