――ひら、ひら。
ひらり。ひらり。
――ひら、ひら。
帰り道運河沿いを歩くと、薄紅色の花が広がった。
「にいちゃん」
幼い妹が声をかけてはっと顔を上げる。
秋晴れの行楽日和、栗拾いをして帰る途中のことだった。
「にいちゃん、さくら」
今年5つになる妹は、無邪気に天へと向かって手を伸ばす。
黄昏時の運河沿い、人気は少ないとはいえ通い慣れた細道が、どこからか違う道に代わり世界は薄紅色に覆われていた。
いつの間にか運河は消え去り、左右には桜並木が咲き誇っている。桜は灯りを付けていないのにぼうっと輝いていて、思わず妹の手を引いた。
「急ごう」
身を翻す。道に迷ってしまったのだろうか、早足で歩き出す。
「にいちゃん、さくら」
重ね、不思議そうな妹の声を振り切るように歩いた。急ぎ足で、急ぎ足で。それだというのに、行けども行けども桜並木は終わらない。
不意に顔を上げると、来た道を戻ったはずなのにその道はどん詰まり。桜並木で覆われた広場の中央には、巨大な巨大な桜が一つ、立っていた。
ひらり。ひらり。
――ひら、ひら。
薄紅色が翻る。桜の木の下には女が立っていた。白い巻尾の犬を傍に、白い日傘を差している。美しい美しい。しかしどこか輪郭が漠として、とらえどころのない姿だった。
女の唇が、つと動いた。声は聞こえぬのにその言葉がわかった気がした。……遊びませんかと、言っているのだ。
ざぁっと風が吹き、見事なまでの桜吹雪。一面が紅色に包まれた中、女と白い犬だけがぼんやりと、だが確かに兄妹を見ていた。
慌てて身を翻す。こんな場所にこんな女。尋常なことではない。振り切るように妹の手を引き歩く。遊びませんかと、もう一度声が聞こえた気がした。
「……そう言う、イマージュがでるんだ」
群竜士・ベル(cn0022)はそう切り出した。
「多分、『夢姫』レムが大量に呼び出したイマージュマスカレイドの影響だと思う。町外れに行くと、桜並木が急に現れて、その桜の下で女の人と犬が遊びませんかって言うんだって」
そう言って、ベルは軽く頬を掻いた。
「マスカレイドじゃないイマージュっていうのは自然現象みたいなもので、直ぐ消えちゃうんだ。今回もそうだと思うんだけど、放っておくと消えるまでに何か被害が出るかもしれない。今回それを見た人は偶々巧く抜け出せたけれど、そのうち抜け出せなくなっちゃうかも知れないから、そう言うことが起こる前に、撃破して欲しいんだ」
危ないことが起こってからじゃ遅いからね。と、ベルはそう付け足した。
「因みに、攻撃対象はその女性と犬で良いと思う。桜吹雪のようなものを使って攻撃してくるのと、犬を襲わせることがあるみたい。どちらもそんなに強くないみたいだから、油断しなければ大丈夫だよ」
倒すのはそんなに難しい相手じゃないと、そう言ってベルは口を閉ざした。暫く、考え込むような沈黙の後、
「その、イマージュが現れる場所は、昔見事な桜並木があったみたいだよ。随分観光客も沢山来てにぎわってたみたい。もしかしたら」
あくまでもしかしたらだけど、とベルは付け足して、
「長いこと、そういう楽しそうな人を見ていたもんだから、そろそろ自分たちも遊びたくなったんじゃないかな」
まあそれにしても見事な桜吹雪だったから、ちょっとくらい眺めていっても良いかもしれないね。と、ベルは言いながら、
「折角だから、一緒に行こうか」
と、そう言って一つ頷いた。
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参加予定NPC:群竜士・ベル(cn0022)