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[29969] 【習作】テロ牧師 IN ネギま (仮)【ネギま×トライガン】
Name: スヌーピα◆f1c5a480 ID:c71893b9
Date: 2011/09/30 18:32
この小説はにじファンでも掲載しているものです。
文章の書き方のアドバイスが欲しくてこちらにも投稿をする事にしました。
よろしくお願いします。

以下あらすじ。
トライガンの二コラス・D・ウルフウッドが死後? 気がつくとそこは過去の地球に似た世界だった。ウルフウッドはそこで孤児院の人達と触れ合い、地球? に興味が湧き、殺し屋ではなく新たな人生を歩もうとする。そして新たな就職先はウルフウッドにとって理解の範疇を超えた環境だった。そしてある時、ウルフウッドの世界が目まぐるしく変わり知らず知らずの内にウルフウッドは世界を巻き込む程の問題に巻き込まれて行く。

ウルフウッドが戦いに巻き込まれて行く子供達の成長を見守り、子供達がそんなウルフウッド慕う。
そんなほのぼの? とした物語。

この作品はにじファン様でも掲載させてもらっています。



[29969] 1話と2話
Name: スヌーピα◆f1c5a480 ID:c71893b9
Date: 2011/09/30 18:12
 1話プロローグ

 太陽で焼け、果てが見えないくらいに広がる砂の海。
 世界を包みそうな程、手を上に伸ばしても届かない青い海。
 ソファに腰掛ける二人の男がグラスを手に静かに酒を傾けている。
 黒いスーツの男が何か言ったのか、赤いコートの男は両手で持っていたグラスに力が入っている。
 彼の手を組む姿は何かに祈るようにみえる。
 沈黙が続くなかスーツの男の前に一枚の紙片が目に入った。
 それに疑問を持つと顔をあげ、次々と空から降ってくる紙片の原因を探した。
 その場所は、自分が護り、その男にとって全てだったと言える孤児院の子供達が乗っていたシップから紙吹雪となり、男へと舞い降りる。
 信じられないもの見たと言わんばかり表情で固まった男は紙吹雪の意味を理解し堪え切れなくなった感情を涙と共に露にして空へと叫ぶ。
 隣のコートの男はその光景を見て諦めてしまう。
 どうして現実はこうも残酷なのかと。
 孤児院の鐘の音が聞こえ、その音が終わる同時に、隣の声も止んだ。
 コートの男は信じたくなく少し待ったが隣からは何も反応がない。
 だから解った、隣の男はもう喋れないのだと。
 考えた、隣の男とのバカなやり取りももう出来ないのだと。
 コートの男は顔と声を隠し泣いた。
 この世界に神はいないのかと。
 そして決意した。






 ぼんやりする目を明けて、ここはどこだと動かない体の替わりに視線を動かす。
 ここにあるものはベッド、引き出し、机、椅子、本棚、と殺風景な、とは言わないが少し物足りない部屋だ。
 割と冷静なのは疲れているせいで頭があまり動いていないおかげだろう。
 自分はどうなったのかと知りたいが疲れて体が重たくて動かせないから確認できない。
 とりあえず生きているとは分かるが。
 それよりも気になるのはトンガリとリヴィオ、孤児院の皆とあのノーマンズランドの事。
 もう事は終わっているのか、それともまだ最中なのか。
 孤児院の皆は無事なのか、トンガリは目的を果たしたのか。
 そんな事を考えているとドアが開いて、水らしき物が入ったガラスの水差しとコップを持った男が入ってきた。
 短い茶髪をオールバックにした40代前半くらいの男だ、物腰が柔らかそうな雰囲気がある。

「あ、起きたのかい?」

 言葉を返そうとしたが、声が出ない、思ったより自分の体は重症のようだ。
 男はベッドの横にある、ベッドと同じ位の高さの引き出しの上に、持ってきた物を置くと自分の反応を見て言った。

「君は血だらけで森に倒れていたんだ、あまり無理をしないで。僕が1人で喋るから聞いててくれ」

 その言葉に軽くだが頷く。

「まぁその前に水を飲むと良い、喉が渇いているだろう? 持って来てよかった」

 コップに水を入れの口に近づけてくるところで。

「何も入ってはいないよ」

 自分の警戒する反応に気づいて言う。
 
「死に掛けの人間に毒を飲まして殺すくらいなら銃で撃った方が早いよ」

 その言葉に同感だ、と思い、男に水を飲ましてもらう。

「それじゃ喋ろうか、僕の名前はユーリ・カラシニコフ。夫婦揃って田舎でこの孤児院を運営している者だ。君は森で血だらけのボロボロで倒れているところを子供達が見つけて教えてくれたんだ。そこで教えて欲しい、何故君は、血だらけで森の中にいたんだい?」

 ユーリ・カラシニコフと言う男がお前はなんだ、答えないとどうなるか分かっているだろうという目で覗きこんでくる。それに自分は真っ直ぐに見つめ返す。この男は頭が回る、だから動けない自分は返事次第でこの男に殺されてしまう。そう考え相手の思考の大切なもの考える、大事なもの、それは妻、子供達、孤児院を運営しているならここ等辺が妥当だろう。それに傷つけないと意思を伝えれば自分の命は少しは保障される。
 そう結論付けたら男が質問を再度飛ばしてきた。

「今から答える質問に首を縦か横に振るだけでいい、君も喋るのは辛いだろう?」

 はいかいいえで答えろと、質問の回答が二択になるだけで自分の死ぬ確率が2分の1になった。
 曖昧な答えは受け付けてくれそうにはない。

「この孤児院にようがあった?」

 首を横に振る。

「あの血は転んだ拍子にでもつけた?」

 首を横に振る。

「命を誰かに狙われていた?」

 その言葉に男を見る、嘘言えば殺すと見てとれる程の顔だ。
 特に隠す事もないので首を縦に振る。
 それに対して男は、右手を腰の後ろに回した。

「……相手はまだ君を捜しているのか?」

 首を横に振る、その反応に少し落ち着いたのか男からの殺気が少し和らいだ。

「どうして君を捜していないと分かるんだい? 僕を安心させ」

「ワイが殺したからや」

 喉の奥から言葉を搾り出してカラシニコフに伝える。
 その掠れた声に相手は身を竦めた。

「……君は一般人かい? それともマフィアかな? ……それか殺人鬼?」

 自分が喋れると思ったのか質問の選択肢増やしてくれた。
 これは好都合だと思い、もう一度言葉を搾り出した。

「殺し屋や、金さえ出せば誰でも殺す、やけどそれ以外で人を殺しはせえへん」

 カラシニコフは少し黙ったかと思ったらこう言った。

「少しだけ、君を信じよう。ようこそ我が孤児院へ、殺し屋君。さて最後の質問だ、君の名前を教えて貰えるか
な?」

「二コラス・D・ウルフウッドや、おっちゃん。暫くの間ワイの事頼むわ」

 そう言うとカラシニコフは面食らった顔をした後、笑顔でこう言った。

「あぁ、よろしく。ウルフウッド」







2話

 部屋の窓際に椅子を置きそこに腰掛ながら外の様子を見る。
 孤児院の子供達、男女6人がそれぞれ固まって遊んでいる。
 頬に絆創膏をつけた活発そうな男の子が作業着を着た男の子と、眼鏡をかけ奇妙なポーズしている女の子となにやらヒーローごっこらしき遊びをしている。
 その光景をベンチに座り眺めている女の子と男の子がいる。
 二人の顔立ちが似ている、女の子の方が少し背が高いから姉弟だろうか。
 が、ヒーローごっこを楽しげに見ていた。
 そして向こうの木の陰でスケッチブックとペンを持ち何かを描いているだろう女の子がいた。
 ――なんともまぁ、平和なもんやな。
 そんな呟きと共に視線を空に移し考える。
 ここで目が覚めて早三日、ユーリ・カラシニコフ、今はおっちゃんと呼んでいる。
 と、初日の自己紹介の後に「ここはノーマンズランドの何処だ」、「プラント達との戦いは終わったのか」、「ヴァッシュ・ザ・スタンピードはどうなった」などの質問をしたら君は何を言ってるんだ、と言う目で見られた。だから何度も砂漠の星の話や、ナイブズ(プラント)の人類抹殺の計画、600億$$の平和主義者の説明をしても解ってはくれなかった。
 結局その後は本当は殺し屋じゃなくただのトチ狂った奴かと誤解され面倒な事になっただけだ。
 そして昨日はどうしても事がどうなったのか知りたく、新聞なら絶対に記事になってる筈だと思い持って来てもらったのだが、それが冷静だった脳に混乱を持ってきたのだ。
 記事には「ウラジーミル・プーチン、ロシア大統領府副長官兼監督総局長に就任」とデカデカと書いてあった、日付を見ると1997年3月、日にちの所はコーヒーを零したのか茶色く滲んで解らなかった。
 解った事は西暦1997年と国の名前はロシア、それくらいだ。
 ロシアは自分が昔いた孤児院で読んだホーム(地球)の歴史書で知った覚えがある。
 だからもしかしてここはホームなのか? と思った。
 確かにホームの技術なら自分の体を治せるかもしれない。
 だがここはどうみても医師なんて人間らしき奴はいない。
 でもノーマンズランドにはほぼ無かった緑が窓の外を見るだけで嫌と言う程目につく。
 ホームに似た違う星なのか、そうも考えたがどうも違う、新聞を捲って記事を読んだときに「着実に地球を蝕む温暖化」と見出しがあった。地球と書いてあるのだから地球なのだろう。
 でも宇宙に旅を出れる程のシップがまだないらしく、スペースシャトルと言って月に行くのがやっとらしい。
 それと月には穴は開いてなかった、それでとりあえずここはノーマンズランドではない事に納得した。
 話を戻すがシャトルと言う乗り物を飛ばすのがやっとらしく、自分が聞いたホームとは技術・文化のレベルが違うと桁違いだと理解した。
 そして所々で歴史書で知った人物や地名見て、想像もつかないが、もしかして自分はなんらかの下、過去ホームに時間を遡って着いたのではなかろうか。
 体の状態も良くなっていることもその得体の知れないもののせいにした。
 もうどうにでもなれ。







「ウルフウッド、もう体は大丈夫なのかい?」

 部屋に入ってきた男、ユーリ・カラシニコフがトレーに乗せたサンドイッチとコーヒーを二コラスに渡す。
 相変わらずユーリの腰には銃が下げられている。
 相手にも見られる位置にあることからきっと、まだ二コラスを信用していないのであろう。

「おかげ様でだいぶ動けるようになったわ、おおきに」

 二コラスはその銃に見向きもせずにサンドイッチを口に運びだす。
 その返事にユーリは満足したのか、外を眺めながら同じく外を見ている男に言う。

「どうする? 孤児院からでてくかい? それともまだいる?」

 ユーリは黙々とサンドイッチを食べているであろう二コラスに視線移す。
 二コラスは眼をを見開きサンドイッチを掴もうとしていた状態で固まっていた。

「……はよう出てけて言わへんのやな」

「ようこそなんて言っちゃったしね、それにこの三日間の様子を見る限り帰る当てがなさそうなんだけど」

「銃を腰にぶら下げた人間が言う台詞やないわ」

「はは、当たり前だろう。僕にとって君はまだここの客みたいな立ち位置だからね」

「それは、どういう意味なん?」

 二コラスは嘘やろ、とした表情を隠さずに聞き返した。

「帰る当てのない人間の為に作ったのが孤児院だよ? 今の君は家と家族、それに友人を失ったような顔をしている。孤児院の運営者として君のような人間を外に出すの正直心配でね、なに、これでも世話好きでね。人が一人増えても経済的にも困らないよ。それに君、おっさんみたいな見た目だけど実はもっと若いだろう? 大人のおっさんはね、もっとダンディズムが漂うものなんだよ」

 君からダンディズムが感じられない! とユーリは声を荒らげている。
 二コラスはこのおっさんはワイをバカにしているんか、と言いたそうに呆れている。

「冗談、冗談。そんな眼で見ないでよ。でも僕の言った事はあながち間違いじゃないだろう?」

「……せやな、まだこれでも19や。」

 その言葉に逆に今度はユーリが呆れている。

「嘘はいけないよ、ウルフウッド……。いくらなんでも19には見えない髭を剃っていいとこ26だ。」

「お前はワイに喧嘩売ってんのか?!」

「え、本当なの?」

 二コラスの無言の睨みが肯定を示している。

 それに聞いちゃいけない事だったかとユーリは思い、話題を戻す。

「まぁ、それはいいんだよ。……で、どうする? ここで暮らす?」

「前も言った通り、ワイ、殺し屋やで」

「君が子供達を見ていた時の眼は優しかった風に見えたんだけどな」

 しれっと、私、実は影からあなたの事観察、もとい何かするんじゃないかと疑っておりましたと言ってくる。

「……みとったんかい、趣味悪いで」

「しょうがないだろ? 自分の事を殺し屋って言うんだから。で、返事は?」

 早く言え、もうここまで促しているんだから選択肢は一つだろ。と急かしてくる。

「わーたわーた、ここにいたる。世話になる。でも自分のやりたい事見つかったら出てくで」

 それでよろしいとユーリは言い、腰に下げていた銃を二コラスに渡す。

「おい、なんなんこれどういう意味や」

 二コラスの焦っている反応にユーリは笑い。

「これでも僕は有名な銃器デザイナーの子供でね、自分でも銃を作っているんだ。それは僕が調整したコルトガバメント・カスタムだ。凄いんだぞ?」

「ちゃうわ! なんどもワイは殺し屋言うとるやろ、そんな奴に銃渡す奴があるか!」

「僕は今までに沢山の銃を作って、沢山の人に銃を売ってきた。そのおかげで僕は人を見る眼には自信がある。こう言ったら銃を渡した意味が分かるだろう?」

 二コラスはユーリの言葉に少し考え込むと、なら有難く貰うわ、と言い黙った。

「明日、孤児院の皆に君の事を紹介するよ。だから紹介文でも考えといてね」

 そう言い残してユーリは部屋から出て行った。




[29969] 3話と4話
Name: スヌーピα◆f1c5a480 ID:c71893b9
Date: 2011/09/30 18:03
3話

 大きなテーブルを自分と孤児院の大人2人、子供達6人で囲み、昨日言った通りに今お互い達の顔あわせをしている。

「紹介するよ、こちらに座っている人は二コラス・D・ウルフウッドと言って今日から家族の一員になる人だ。みんな仲良くしてやってね」

 ユーリはそういうとこちらの腹を肘でつつき「ほら、自己紹介」と促してくる。

「あ~、二コラス・D・ウルフウッド言います、今日からここで厄介になることになってん。呼び方は好きに呼べばええで、よろしゅう頼むわ」

「よろしくね、私はカティア・カラシニコフ。ところで怪我は大丈夫なの?」

 一番最初に声を出したのは2人いる大人の片方、肩に届くくらいの茶髪をした女性、ユーリいわく「僕の最高の女」直訳で僕の妻、が自分の身を心配そうに見ている。

「おかげさまでバッチしや、色々とおおきに」

「困った時はお互い助け合わないとね」

 屈託なく笑いかけてくる、暖かい、それが第一印象だ。
 子供達は今のやり取りを見て、自分達も、と言わんばかりに質問を飛ばしてきた。
 やれなんで倒れてたの、やれ何歳なの、やれ日本のアニメや漫画は好き? など。
 それに対して、熊に襲われた、19歳、アニメってなんやと答える。
 子供達の反応は、熊なんてうっそだ~、19歳なんてうっそだ~と言っていた。
 ほんまやて、とその場は言い通したが正直、熊なんてノーマンズランドでも見たことないし、年齢を証明するものも持ってない。いや一応身分証明書は持っているのだ。ミカエルの眼のメンバーカード(殺し屋の名刺みたいなもの)というやつを。でも、自分、殺し屋やってます。なんて書いてあるカードを見せれる訳もない。
 ユーリとの話合いで絶対に隠せ、と言われてしまった。自分が殺し屋だったと知っているのはユーリだけだ。
 その他の質問に答えているとカティアが話掛けてきた。

「ねぇ二コラスさん、私今から皆のお昼ご飯作らなきゃと駄目なの。良かったらご飯が出来るまで子供達の遊び相手になってくれない?」

 多分子供達と仲良くなれるように気を回してくれたのだろう。
 任せとき、と自信を持って言う。伊達に前の孤児院で癖のある子供達の相手をしていない。
 カティアは頑張ってとにっこりと笑い立ち上がると、おそらく台所がある方へと歩き出した。
 ユーリも機械を弄りに行くと言い席を離れた。
 子供達を見ると目を輝かせ、何して遊ぶの、と聞いてくる。
 7人で遊べる楽しい事、なんだろうと考える。今思うと自分が孤児院を出て以来は子供達と遊ぶ機会なんてなかった。せいぜい暴漢に襲われてる女の子を助けたり、腹が減って店から食べ物を盗もうとする男の子にドーナツをあげたりとそんな風にしていたくらいだ。
 悩んでいると頬に絆創膏つけた男の子が「ヒーローごっこしようぜ!」と言い、周りもそれで決まりだとはしゃぎ始める。

「ヒーローごっこ言うてもワイ、そんな遊び知らんで? どんなことするんや?」

「えぇ?! おじさん何歳だよ?! っ、いってぇぇ!」

 先ほどの子供に拳骨を落とすここでおじさんなんて呼び名が付いたらたまったもんじゃない。

「おじさんちゃうわい、二コラス・D・ウルフウッドや。お兄さんと呼び」

「さっき呼び方はなんでもいいって言ったじゃん……」

 ボソボソと自分に聞こえないように言っているがバッチし聞こえたので拳を持ち上げもう一回拳骨落とすぞ? とアクションをとるとごめんなさいと謝ってきたので頭を撫でてやる。
 それを見ていた栗色の髪の長い女の子がジッと見てきたかと思うと「じゃあニコ兄(ニコにい)って呼ぶね」と言うと周りもそう呼び始めた。

「それのが断然ええわ、ワイの呼び名も決まったし遊ぶ前にみんなの名前を教えてくれ、やなきゃなんて言うて呼べばええかわからんねん」

 皆が我先と自分の趣味や好きな食べ物を言い始めた。
 落ち着けと一旦黙らせてまずは男子3人から自己紹介しろと言う。
 頬に絆創膏をつけていておじさん呼ばわりしたのがヨハン。
 作業着を着て手に持ったスパナを振り「趣味は機械いじり」とアピールしてくるのがミハイル。
 オドオドしてさっきから喋れずにいるのがカルル。
 次は女子3人、と視線を移す。
 カチューシャをして昨日木の陰で絵を描いていたのがイリヤ。
 眼鏡をして、日本のアニメは面白いんだよと意見を押し付けてくるのがソーニャ。
 肌が白く、長い栗色の髪をしてカルルの姉と言っているのがナタリア。
 ちなみにさっき自分の事をニコ兄と命名したのがナタリアだ。
 粗方言いたい事を言ったのか、さっきの自己紹介合戦が終わった。

「自己紹介が終わったから皆で遊ぼか、ワイにヒーローごっこを教えてくれ」

 今日は日が落ちるまで子供達とヒーローごっこ、サッカー、TVアニメ、漫画、ゲームやら沢山の事をして遊んだ。知らない遊びばかりだった。ヒーローごっことサッカーはともかく、TVと漫画、ゲームには心底驚いた、過去のホームと言えどここまでノーマンズランドとの差があるのかと。
 ノーマンズランドはラジオや新聞、もしくは人伝くらいでしか情報を得られなかったが、ここではTVで情報が、しかも映像(シップでもモニターはあったが番組、ニュースは無かった)で世界中の把握出来る。戦争や紛争などをしている国もあるが、ノーマンズランドなんて飯屋でコーヒーを飲んでるだけで隣の男が銃で撃たれて死ぬ、なんて事が日常茶飯事だ、賞金首によっては自分の私欲だけで関係のない人間を巻き込んだ大量虐殺が始まる。まだ地域が隔離されて、尚且つ軍に入っている者だけで戦うのだからこちらの方がかなりマシだと思う。
 と思ったが少年兵と言う例外もいるらしい、どっちもどっちなのだろうか。
 そんな色々な事を知り、ホームを知る為に世界の歴史について勉強しようと思った。







4話

 二コラス・D・ウルフウッドの朝は早い。
 朝起きたら先ずは寝ている子供達を起こし行く、起こすと言っても男子陣だけだ。
 女子達はカティアさんが担当している。
 朝の男子はいつも、寝相と寝ぼけ具合では相当悲惨な事になっている。
 寝相はともかく寝ぼけが酷いと二コラスが服を着替えさせる事もある。
 着替えさせたら3人を連れて朝食を食べにリビングへと行く。
 食事の時は出来るだけ、孤児院の全員が揃ってご飯を食べることにしている。
 それがここの方針、寂しい思いをさせない為に昔からしているらしい。
 だからここの子達はこんなにも元気で仲がいいのだろう。
 二コラスは2種類あるブリヌイからサーモン、玉ねぎ、スメタナ、ピクルス、トマトを乗せたものを手に取り口に運ぶ。
 もう1つのブリヌイにはブルーベリージャムとヨーグルトが乗っている。
 これは子供達向けに作っているやつらしい。
 現に子供達はジャムの方を頬張っている、子供が甘いものが好きなのはどこも変わらないようだ。
 女の子の1人がジャムの乗っかったブリヌイを二コラスの前に持ってきた。

「あーん?」

 それは多分、少女の食べかけだろう一口かじった後がある。
 そのブリヌイを食べさせようとしている。
 少女の名前はナタリア、肌が白く、栗色の長い髪を左耳の上でヘアピンをしてとめている。

「いらんわ、なんでそうなったんや」

「え? だってニコ兄がこれ見てたから食べたいのかなって」

 いらないの? と手に持ったブリヌイを空中に寂しく突き出している。
 いらない、と言うと困ったことになりそうで、食べても面倒なことになりそうだ。
 だが質問の選択肢は素早く正解を選ばないと何もかも手遅れになってしまう。

「……なら、貰うわ」

 3つ目の選択肢、いらないを選ぶわけじゃなく、食べさせてもらうでもなく、二コラスはブリヌイを自分の手で受け取りに行った。
 それにナタリアは「はい、どうぞ」と言い、何気もなく渡す。
 二コラスは孤児院の子供達の中でも取り分けこの子と仲が良い。
 ナタリアは体が弱く病気にかかり易い、だから病気になった時に看病をする必要がある。
 前まではカティアが看病をしていたのだが、今はもっぱら二コラスが面倒見ていた。
 そのおかげでナタリアは二コラスと仲良くなった。
 会話だけ聞くと兄弟、幼馴染、いや恋人と言ったところが思い浮かぶ。
 だが眼を開けて二人をみると、二コラスの見た目から親子としか見れない。
 他の人達は「ヒュー」と口笛を吹いたり。
 顔を真っ赤にしてこちらを見ないようにご飯を食べていたり。
 そうなの? と眼向けてくるのがいたりする。
 カルルだけは二コラスをジッと見つめて笑っているが。
 そんなやりとりと食事が終わり、二コラスはリビングで歴史の本に眼を通している。
 そこにふんわりとした金髪のボブをカチューシャで押さえている女の子、イリヤが近寄って行く。

「ニコ兄、何してるの? 勉強?」

 イリヤは子供達の中で一番勉強の出来る女の子だ、年上のナタリアよりも頭がいい、と思う。
 頭の回転も速い分、たまに訳の分からない危ない遊びをし始めるヨハン達男子陣のストッパー役でもある。

「せや、ちいとな、この世界にはワイの知らん事がまだあるんやと思て勉強しとる」

「ふーん、……一緒に勉強していい?」

 そう言って横の椅子に座り、外国語(日本語)の本を開き、ノートに日本の文字らしきものをシャーペンで書きつけ始める。異様にごちゃごちゃした字、二コラスはそれがなんて書いてあるのか気になりイリヤに聞いた。

「これ? これは日本の漢字だよ、えっとりんごって読むらしいの。果物の単語なのにかっこいいよね」

「確かにりんご聞いたら可愛いイメージやもんな」

「でしょ? 日本には漢字以外にひらがなやカタカナもあるの、言葉の表現も沢山あって日本の小説と楽しいよ? 歴史の勉強や英語ばっかじゃなくて日本語の勉強してみたら?」

 今も横で林檎と言う漢字を熱く語ってくるイリヤの話が面白く、二コラスは話題を広げにかかる。

「なんでそないに日本語にこだわるん? なにか面白い事があったんか?」

「前にソーニャから日本の小説や漫画、アニメ見せてもらったでしょ? それが楽しくて日本について調べたらニンジャやサムライ、ジブリとか面白そうなもの沢山見つけたの、だから日本語の勉強して日本の事もいっぱい勉強して将来日本に行こうと思うの! でも1人で勉強してもつまらないの、だから一緒に勉強しよ?」

 手を組み「お願い」と懇願してくるイリヤを前に考える。
 自分も手当たり次第に歴史の勉強している時に日本の歴史も勉強していた。
 日本の歴史についてはおおまかな事は知っているがそれ以上は知らない、日本語なんてもっての外だ。
 なら自分の勉強にも役立ち、イリヤの夢の手伝いも出来るこれはいい機会じゃないのだろうか。
 そう思い二コラスはイリヤの頭を撫でて言った。

「ええで、ワイの為にもなるんやし一緒にしよか」

 イリヤは明け方に昇る太陽を見つけた向日葵のように顔上げて、嬉しそうに抱きついてきた。





[29969] 5話と6話
Name: スヌーピα◆f1c5a480 ID:c71893b9
Date: 2011/09/30 18:05
5話

 自分は今、ソーニャと二人、リビングにてアニメを見ている。
 ビデオのシールには「パプワくん」と言う文字が書いてある、しかもご丁寧に日本語だ。
 ひらがなやカタカナくらいなら読めるようになった。たどたどしくだが。
 それで画面の中では草を腰巻にした半裸の男の子が、白いタンクトップを着て長い黒髪を首の後ろで束ねた筋肉質な男に「風呂は沸いたのか」と無表情に聞いている。

「ソーニャ、これ日本のやろ、どうやって手にいれたん?」

 隣で赤縁の眼鏡をし、肩にかかるくらいのウェーブした茶髪の女の子に聞く。

「ん? ユーリおじちゃんに買ってって頼んだら買ってくれた。日本語版のも欲しいって言ったけどそっちは駄目だって、カティアおばちゃんのお手伝い頑張ったら買ってくれるらしいんだ。」

 そう言うと横にあった紙を見せてくる。

「ホラ、これ、おばちゃんが押してくれるスタンプをカードいっぱいにしたら買ってくれるんだって」

 カードをハイ、と渡してくるとソーニャはまた画面に眼を戻した。
 ――おっちゃんも上手い事考えるなぁ
 買ってと言われてホイホイと買っていたら子供が我儘になってしまう。
 自分が強請れば買う、と思ってしまうだろう。
 それを防ぐために物が欲しければそれ相応の対価を払えという事だろう。
 ソーニャがそれに気づいているか知らないが。
 働いて物を得る、これはとても重要なことだろう。
 自分はそう思う、何せ孤児院では家事や洗濯、子供達の面倒まで見ているがそれでも勉強していることの方が多い。この前二十歳に(誕生日は適当に決めた)なったが一銭の稼ぎをしていない事にユーリとカティアさんに罪悪感を感じる。
 働かなきゃいけないと思うがカティアさん1人で孤児院を回すのは大変だろう、ユーリも部屋で何かしらの設計図を描いていたり都市へと仕事に行ったりするので意外と忙しい。
 ――子供達が大きいなったら仕事せなかんな
 まぁユーリが「金の心配はいらないぞ?」と言っているのでなんだかんだで自分が働かなくてもいいんだろうが、大人としてはどうも気分が良くない。
 画面の向こうの、網タイツを履き、脛毛の生えた足をモジモジとさせた赤い魚をボーっと眺めていると、

「ニコ兄ってさ、日本の勉強してるでしょ。あたしのにも少し教えてくれない? 主にアニメか漫画関係で」

 思わず、そこまで好きかとツッコミを入れてしまった。
 その後はイリヤから教えてもらったジブリ映画の話をし、それから忍者の話をした。
 何故忍者かと言うと、元殺し屋だった自分にとって昔の殺し屋と言うものが気になりイリヤから聞いたり、自分で調べたりしたのだ。そのために話のネタにするくらいは知っている。
 夕食までの間はずっとソーニャと二人でパプワくんを見ていた。







 この前、ソーニャとアニメを見たからと言うものちょくちょくと一緒にアニメ観賞を行っている。
 そのせいか関西弁というものを知った。
 日本の主に関西と言う地域で使われる言葉(訛り)らしい。
 ソーニャが「ニコ兄が日本語喋る時にこんな感じになるよね」と言った時に自分でも確かにと思った。
 ここ最近は日本と言う国が自分の周りで流行っている。
 それに感化されたか自分も日本語や日本の歴史の勉強を始めたし、文化についてもいろいろと目を通してる。
 一度は日本に言ってみたいものだ。そう煙草を吹かしながら思う。
 ふと、自分の部屋の外からドタドタと慌しく駆けてくる、音が近づいてくる。
 そしてドアが張り倒さんばかりに開けられると、

「ニコ兄! 算数の宿題教えてくれ!」

 頬に絆創膏をしたベリーショートの茶髪、ヨハンが必死な形相で椅子に座り煙草を銜えている自分前にきた。

「ニコ兄! お願いします! 私にお勉強を教えてください?!」

 さっきの言葉に返事をしなかった事を嫌だと受け取ったのか、もう一度言った、しかも丁寧語で。

「ええで、その代わり、わかっとるやろな?」

 ニヤリと唇を上げて笑う、ヨハンの顔は恐怖で目尻に涙が浮かばせている。
 銜えていた煙草を灰皿に押し付けて立ち上がり、言葉の続きを言った。

「一週間便所掃除や」

「うああああああっ!」

 ヨハンは地に膝を付け両手で顔を覆い、空に向かって叫んだ。







「で何処が解らんのや?」

「えっと、この問題とこの問題」

「ちっと貸してみ」

 ヨハンからプリントを受け取ると指定してきた問題を見る。
 両方とも図の問題だ、立体の面積を求めよ。と書いてある。

「どういう風に解らんのや? 授業で一回やったんやろ?」

「ごめん、算数の授業は寝てた」

 ヨハンの頭に一発拳骨を落とす。
 頭を痛そうに押さえているが無視する。

「次からは授業を真面目に受けーよ」

「はい……」

 それで、ヨハンに面積の求め方を説明してから一度問題を解かせる。
 その途中式を見て理解出来てなさそうな事をもう一度説明し、今度は一緒に問題を解いていく。
 もう問題を解いてしまったが本当に理解してるか不安になり、教科書から違う問いを引っ張り出して解かしてみた。それを唸りながら答えを出した、解き方は一応覚えたと言った感じだろう。

「いよおおおおし! 出来たああああ! ニコ兄、ありがとう! これで明日の授業に間に合ったよ!」

 涙を流して喜ぶヨハン、しまいには、
 
「ニコ兄の教え方が解りやすくて良かった! ニコ兄が先生だったら居眠りしないのに!」

 と、隣で叫ぶしまつ。直ぐ横で大声で言うもんだから耳に響いてしょうがない。
 宿題をせっせとファイルにしまい教科書と一緒に鞄の中に入れていく。
 勉強を教えたのはいいが何故自分の所に来たのだろう、イリヤかナタリアにでも解るだろうに。
 まぁ授業を寝てたって言ってから「授業聞いてないからよ」とか「自分が悪いんじゃない」とか言われたのかもしれない。正直、今後も勉強教えてと言われたら面倒くさい。

「なぁヨハン、次からは勉強教えへんからな、イリヤ辺りに教えてもらい」

「えぇ!? それは困る!」

 自分も理科の勉強がしたいのだ、困ると言われてもこっちも困る。

「なんでや? 喧嘩でもしとるんか?」

 そう聞くとヨハンは目線を外し、赤くした頬を一指し指で掻きながら

「いや、二人には理科と歴史の宿題教えてもらったからこれ以上はお願いできないかなぁ……ってぇ!?」

 拳骨を落とした、こいつ、ここまで駄目駄目だったのかと考え思わず溜め息がでた。

「ヨハン、あんまり二人に頼ったらかんで、自分でなんとかせ、じゃなきゃずっと便所掃除やで」

 ヨハンに満面の笑顔を向ける、それはもう清々しい程のだ。
 自分の言葉を聞いたヨハンは「うそ……だろ……」と聞いてきたから無言で返事を返した。
 意味を理解したヨハンはテーブルに突っ伏して動かなくなった。

「まぁ授業聞いても解らんならしょうがないんけどな、聞かんで解らん言うたら……な?」

 耳元で言い残しリビングを後にする。
 後ろではまたもや叫び声が聞こえるがいつもの事だから誰も気にしないだろう。
 そう思い、先生か、と自分が教壇に立つ姿を想い浮かべ部屋に戻っていった。







6話

 自分は今、買い物の帰りだ。
 風邪を引いて安静にしているカティアさんの代わりに、自分が代わりに行くと言ったのだ。
 どうせならと思い、黒のハーレーに跨りとなり町まで出かけた訳だがどうも買いすぎたようだ。
 バイクの両側についている黒のサドルバックにはパンやら魚、生肉、タマゴなどの軽い食材をぎっしりと詰め、自分が背負う肩掛け鞄にはお米やら牛乳などの重いものを入れている、約一週間くらいの量だ。
 お米が鞄に収まりきらずにチャックを開けているが自分が買ってきた教員免許の取得参考書が落ちないか心配だ。
 それとサドルバックに入れた生物などがバイクのエンジンやマフラーで酷いことになってないか今さらながら気になってきた。
 食べ物達の心配をしながらバイクを走らせていると孤児院が見えてくる。
 そして庭には自分の帰りを待っていたかの如く両手を振り回している子供が1人。
 スピードを徐々に落としてから止まり、両手でバイクを押しながら庭に入ると金髪パーマに所々汚れた作業着を来た男の子、ミハイルが寄ってくる。

「やっと帰ってきた! そのバイクをメンテしたくて探してたんだけどニコ兄が乗ってたんだ!」

「メンテ? そないにこのバイク使ってなかったんか?」

 このバイクの所持者はユーリだからどのくらい乗ってなかったのかは知らない、だが車庫から出したときは確かに少しばかり埃をかぶっていた。

「おじちゃんが最近仕事ばかりで車使ってからね、乗る機会がなかったんだよ」

「ほーか、ならこの買い物袋持ってくの手伝い、そしたらメンテ手伝ったる」

 そういうとミハイルはサドルバックから荷物持って孤児院の中に入っていった。
 自分も残りの荷物持つ、多少肉が温かったりしたが一緒に入れた水のおかげで悲惨な事にはなってなかった。







 目の前ではミハイルがバイクのオイルを新品のに替えている。
 先ほど手伝うとは言ったが基本的に力関係の仕事だけだ。

「ねぇ、ニコ兄」

 ミハイルがテキパキとバッテリー充電をし始めたところでこちらを向かずに喋りかけてくる。

「なんや? もしかしてバッテリーあがっとんのか?」

「違うよ、ただニコ兄がバイクに乗ってから思ったんだけど、免許持ってたのかなって」

「……」

 ノーマンズランドでは免許なんてなかったからつい自分乗れるしいいだろなんて軽い気持ちで乗ったがこんな子供でも免許の心配をするのか。
 ――バイクの免許取っとこ、それと自動車も。







「ニ、ニコ兄、その、相談があるんだけど、……今いい?」

 栗色のショート、といっても目が隠れるくらいだ。
 その男の子、カルルがおっかなびっくりと聞きにきた。

「どないした? またお菓子の作り方でも知りたいんか?」

 そう、たまにカルルはこんな感じでお菓子作りを教えてと相談にくる。
 前は確か姉がお腹空いた時にいつでも渡せられるように、とクッキーの作り方を教えがてら一緒に作った。
 その時はなぜかナタリアも一緒になり作っていた。
 一緒に作ったら意味ないだろうとその時に言ったが、本人は一緒に作った方が楽しいと言いナタリアと一緒に生地をこねていた。
 本人に隠れて作って驚かす、とかそういう気持ちでお菓子を作ってる訳じゃなく姉と一緒に何かを楽しみたいと言ったところだろうか。

「う、うん、今度はシフォンケーキにチャレンジしようかなって」

 シフォンケーキ、見た目はシンプルで作るのは簡単そうだが基本お菓子関係は作るのが大変だ。
 種類によっては体力勝負なのもある、卵白を泡立てるなんて初心者にはかなり辛いだろう。
 この孤児院にも泡立て機があれば楽だと思う、今度ユーリに頼んでみようと思う。

「ええで、3時のおやつに皆の分も作ろか。ところで今日はナタリアはおらんへんのか?」

 大体カルルとナタリアはセットで行動しているのだが今はいない、特に風邪でも引いたとは聞いてないし大丈夫だろうが病弱のナタリアだ、どうにも心配になってしまう。

「うん、今寝てるの、朝に皆でおいかけっこしたからそれで疲れたんだと思う」

「走れる癖して体は弱いんやもんな、いきなりぶっ倒れんようにみときよ」

 カルルはうんと頷く、この弟は本当に姉想いだと思う。
 ナタリアもそれを知っていて心配をかけないと元気よくしているが、それはカルルにもバレバレのようだ。

「ほいじゃま作りますか、話ばっかしてたら出来上がるの夕方になってまうわ」

 カティアさんが3時のおやつを作り始めてないことを祈ってキッチンへと二人歩いていった。




[29969] 7話と8話
Name: スヌーピα◆f1c5a480 ID:c71893b9
Date: 2011/09/30 18:07
7話

「ウルフウッド、机にへばりついてなにしてるんだい?」

 部屋にマグカップ持って入って来たのはいつも通りにユーリだ、どうせまた仕事である銃のデザインを放ってきたのだろう。ユーリはマグカップを机の上に置くとベッドに腰掛けた。隣からコーヒーの独特の香りが鼻に飲めと主張してくる。
 シャープペンを置き、歴史の資料とノートを閉じてマグカップのとってを握る。

「歴史の勉強や、あまりにも周りの事を知らん自分に驚いてもうて世界を知ろうと頑張っとる」

 溜め息を一つつきコップの中に目線を落とす。

「……しょうがないよ、未来の砂漠の星から来たんだろ? 気にすることないさ、君は悪くない」

 随分と軽く言ってくれるものだ、と思いコーヒーを口に含んだ。
 ユーリには自分がノーマンズランド(恐らく未来)から来た事、死にかけていた事も全て伝えた。
 自分でもなんで言ってしまったのだろうと不思議感じていたが、きっとこの、何事も簡単に受け止めて、気楽に相談に乗ろうとする性格に奥底で頼ってしまったのだろう。
 自分でも、1人で何かを背負う事は辛いのだとあの時理解したのも原因だと思う。
 理解者が欲しかった、自分が1人じゃないと感じたかったのかもしれない。

「ところで頼みがあんねんけど」

「今度は何が欲しいんだい? 数学の教科書? それとも……」

 何故か真剣な眼で見つめてくるユーリは腰に手を伸ばすと教科書らしきもの押し付けてくる。
 すばやく突き出してきたので表紙が見れなかった。
 グッと手を握ってきたかと思うと横に立ち肩を組んでくる。
 改めてそれを見ると、これでもか、と女の裸が載っていた。しかもサブタイトルは「未知への遭遇、これ一冊で子供から超熟女まで、広げようあなたのストライクゾーン」なる事が書いてあった。

「よく子供達とお風呂に入っているらしいね、大丈夫、分かってる。溜まっているんだろう? 僕もそれには、かなり! お世話になった。是非使ってくれ」

 ベッドの隙間に入れておく。

「ちゃうねん、これもいいけどな、ちゃうねんて、ワイの頼みはな、ユーリ、パソコンが欲しいんや」

 ユーリはえ? と聞き返してくる。

「やからパソコン、あれかなり便利やろ、あれ使って調べたいことあんねん。一台あれば孤児院の皆も使えるしええやろ? な」

「こ、これじゃ駄目なのかい?」

 渡してくるのはまたもや「OLと上司のイケナイ残業」と言うタイトル。
 受け取り、ベッドの中にしまう。

「ワイな、夢できてん。将来、教員免許取ったら学校の教師になろう思うてな。その為にパソコン使ってどっか好い学校の目星をつけようとしたんやが駄目か?」

「……。そうか夢か、そう言われたら買うしかないだろ。僕の仕事は車や単車、銃の設計図も売ってるんだぜ? だいぶ前に言ったろお金の心配はしなくていい、それ程困ってはないんだ。あんな話を聞いたら僕のお節介魂に火がついてしまったからね。少し奮発しよう」

 手に持つは「女子中学生、禁断の生活」、勿論懐にしまった。

「今では君も僕にとって息子だ、息子の夢を後押しするのが父の役目だ」

 思わず笑ってしまった、どこの親が息子にエロ本を差し出しながらこんな真面目な話をするだろうか。
 笑いすぎて涙が出てきたみたいだ。目の前でユーリも笑っている。
 こんなにもアホな奴だとは思わなかった、トンガリとためはれるんじゃないかと思った。
 ここまで他人に優しいと笑えてくる。駄目もとで頼んだのにこんな話されるとは思いもしなかった。
 純粋に嬉しかった、家族が出来たのだ。

「でも職につくには戸籍がいるよね」

 失念していた、その言葉に思考が停止した。

「安心してくれ、これでもロシアの軍事関係者には顔が利くんだ。知り合いにも政治に関わっている人もいる。
その人に頼んでみよう、身内には甘い人だから多分僕のお願いも聞いてくれると思う」

 この孤児院にお世話になって本当に良かった、こいつは本当のアホだ。
 この世界で最高の父親だ、その日は朝まで酒を飲み明かした。







8話

「どうだい二コラス、ノートパソコンのWindows 98だ、こんな田舎だから少し回線が悪いかもしれないけど僕に文句つけないでね」

 ユーリが自分の部屋にパソコンを持ってきた、それもノートパソコンだ、かなり高かったんじゃないだろうか。
 そう思い聞こうとしたがやめた。どうせ「気にすんなよ」と笑うだろう。
 それを自分の部屋の机に置き、ついでに買ってきたらしい小さなスピーカーも置く。

「こないに早く買うてくれるとは思わへんかった、ありがとうな」

 お礼を一つ言ってパソコンの電源ボタンを押す、黒い背景に白いロシア語が表示されそれが終わると初期設定なんてメッセージが出てきた。
 少しキーボードをカタカタと弄り諦める。

「……ユーリ、これどないするん」

「これだから機械オンチの二コラス君は、隣に機械のプロがいるのに買ってなことしちゃ駄目だよ!」

 ハァァ、と自分に分かりやすく溜め息を吐いてくるユーリにかなりイラっとくる。

「……」

 無言で椅子から退き、ユーリに譲る。

「見ていろ! これがプロの技だ!」

 カチ、カチ、カタ、カタ、おぼつかないマウスとキーボードの操作を見て額に青筋を浮かべる。
 ユーリの横顔を窺うと軽く先ほどまでの笑顔が引きつっていた。

「ウルフウッド、どうやらプロの僕にも解らないことがあるらしい。パソコンとは難しいものだね」

「阿呆! 出来んなら出来んとゆえ! オンドレに任したワイが駄目やったわ!」

 脇腹に軽く肘打ちを入れてやった、ユーリが椅子から転がり悶えている。

 パソコンの使い方に頭を悩ませていると、ドアが開き、カティアがコーヒーを乗せたトレーを持って入ってきた。

「あら、どうしたの? 喧嘩?」

 転がっているユーリを見てにこやかに言ってきた。
 痛さで呻いている旦那をにこやかに見ている妻、この光景は結構シュールだ。

「ユーリさん、ほらコーヒーが冷めてしまいますよ? クッキーも作ったんですけどいりませんか?」

 その声にユーリは脇腹を片手で押さえながら立ち上がりベッドに腰掛けた。

「カティアが作ってくれたものを僕が食べない筈がないだろう? 頂くよ」

 そう言いコーヒーを受け取った。
 カティアは二コラスのコーヒーとクッキーを机に置くとユーリの隣へと座る。

「パソコン買ったの? もう回線繋げてあるの?」

「まだや、ワイもそこのアホも設定の仕方がわからんかったわ、業者呼ばなかんわ」

「そうなの? ちゃんと説明書読んだ? 貸してみて」

 説明書を渡すと黙々と読み始めた。
 しばらくコーヒーとクッキーを口に運びユーリと会話しているとカティアが立ち上がる。

「二コラス君、席替わって? ちょっと頑張ってみる」

「あんまり無理せんでいいで、今すぐ使いたいんちゃうからな」

 そう言ってカティアがパソコンをカタカタ動かしているのを背中越しにみる。
 カーソルが忙しなく動きメッセージボードが開いていく。

「なぁユーリ、これ期待できるんちゃう」

「だ、だね、こんな特技があるなんて思わなかったよ」

 二人でじっと見ているとカティアが口を開けた。

「ところでパソコンなんて買ったけど一体何に使うの? 仕事?」

「ちゃう、ワイ教師になりたくてな、それについて色々調べよう思ってん、それに勉強にも役立つやろ?」

「教師? だからあんなに勉強してたのね、子供達も相手にしてたし大変だったでしょ」

「せやけど、飯食って寝るなんて嫌やわ。日本の諺で働かざる者食うべからずなんて言葉あってな、食べるためには真面目に働かなければならないって意味らしいで、それ知ったらワイも何かせなアカンなって、それにカティアさんも仕事減って楽なったろ?」

 そう言うとカティアはこちらを向いてニッコリとし、「ありがとう」と言った。
 今のやりとりをし、隣でクッキーをパクつくユーリの耳元で小声で言う。

「ユーリ、カティアさんてええ女やな」

 それ聞いたユーリはニヤリと笑うと同じく耳元で言ってきた。

「当たり前だろ、僕の自慢の妻だぞ?」

 惚気ニヤつくユーリに「うるさいわ、阿呆」と言い返しコーヒーを一口含んだ。
 するとキーボードの打ち込む音が終わるとカティアさんが「出来た」とこっち向く。

「ホンマか! 流石やでこれで調べられるわ、おおきに!」

「気にしないで、困った時はお互い様よ」

「そういうことだよウルフウッド、それじゃ勉強の邪魔しちゃ悪いから僕達は行こうか?」

 ユーリはベッドから立ち上がりドアに向かう。
 それに対してカティアはええと言うとベッドに近寄りシーツを剥いでいく。
 その行動に疑問を持った。

「なにしてるの?」

 カティアはユーリの顔を見て一言。

「ベッドの上で食べ物食べちゃ駄目ですよ? 二コラス君もです」

 その時にパソコンの画面を見てたのに何故わかった、と思って聞くと「後ろのお二人の姿が画面に反射していて見えてたんです」と言っていた。
 二人が部屋から出て行くと部屋から出て行くと机に座り設定をしてもらったパソコンに手をつける。
 操作するだけなら解らない事もないのでネットを開き自分が調べようとしていたことを検索にかける。
 単語は「学校・教員・募集」その三つで検索のボタンをクリックした。
 すると予想以上に就職案内などのサイトがページに並べられている。
 その内のひとつのサイトに入り募集中の学校を見る。
 ロシアの学校もそうだが、アメリカ、ドイツなど他国の国からもこのサイトに募集をかけてきているようだ。
 投稿案内やら投稿写真を見る限り何処も魅力的にみえてくる。
 映画に出てくる魔法学校みたいな城の建物、お金を沢山掛けましたと言う感じの敷地が広くて木が沢山植えられている学校、平凡な見た目だが学校をバックに笑う子供達、中でも目についた学校が日本の学校だ。
 学園の上空から写真を撮ったのだろう、学園の外の街並みまで写っている、それだけなら特に驚きもしなかったがこの写真の中にある全ての、いやそれ以上かも知れない風景が全て学校の敷地らしい。
 他の角度から撮った上空の写真、地上から撮った建物の写真を見ると度肝が抜かれるくらいな迫力だ。
 イタリアにあるフィレンツェのような街並み、ニューヨークのブルックリン橋を彷彿させる大きな橋まであり、湖までには島が浮かんでいる、写真下の説明を読むと図書館島と言うところらしい。
 通う学校も一つではなく説明欄に書かれている学校名を読むのが面倒くさくなる程だ。
 極めつけは学園の中央に聳え立つ大樹、そこらにある建物より大きい。
 名は世界樹と書かれている。
 阿呆みたいに自分の許容量を超えたここを、日本の埼玉県麻帆良市にある「麻帆良学園都市」と言うらしい。

「世界にはワイの知らんことが沢山あるんやなぁ」

 その後も色々な学校を見てみたがやはり麻帆良学園都市が一番魅力的だった。
 正直、アフリカなどの孤児や恵まれてない子がいるところの学校に教師として行こうかと思っていた。
 だが今はこの学園都市に心引かれている。
 自分のホームに対する好奇心が溢れ出ている。
 興味持ってしまうとどうしても頭から離れられなくなった。
 前と違って自分の人生は長い、少しくらい寄り道してもいいんじゃないだろうか。
 頭に甘い言葉を語りかける自分がいる。
 アフリカに行こうと考えたが今すぐ行こうと思った訳でもない。
 そう思うと考えが傾いてきた。

「麻帆良に行ってみようかな」

 そう決め、次は教員免許所得試験について調べ始めた。



[29969] 9話
Name: スヌーピα◆f1c5a480 ID:c71893b9
Date: 2011/09/30 18:08
「んな阿呆な」

 郵便受けに入っていた教員試験の合格通知書の封を切り、中身を見て一言。
 自分が持っていた白く上等な質感の紙に書いてあった文字は不合格と言う結果。

「うあ~、嘘やろ……。ワイあないに頑張ったやんか」

 両手で顔を覆いしゃがみ込む。
 側には声を掛けてくれる人は誰もいない。
 数秒固まっていた二コラスが立ち上がり、郵便受けに入っていた新聞紙を取ると孤児院の中に
戻っていく。
 リビングに行くといつも通り全員が揃い朝食の準備をしていた。
 テーブルの端に座るユーリに無言で新聞紙を渡すと隣に座りテーブルに突っ伏す。
(教師になるん夢見て頑張ったけど3年間の勉強じゃ無理があったか。まだまだ勉強が足りへ
んな、また頑張って次の試験で取ったる。)
 そう意気込んでも不合格のショックが大きいのかテーブルから顔を上げられない。
 テーブルに皿が置かれていく振動と音がする。
 良い匂いだが、これはそうそう気分を変えられない。

「ニコ兄、邪魔だよー。起きてー」

 イリヤが体を揺すってくるので仕方なしに体を持ちあげた。
 すると皆が自分の顔を覗きこんでいる。

「ニコ兄どうしたの? 熱でもあるの?」

 自分も体が弱い分に病気の辛さがわかるのだろう。
 ナタリアが大丈夫? 大丈夫? と心配そうに聞いてくる。
 頭に手を置いて撫でてやる。

「大丈夫や。ちっと時間経てば直ぐ戻るて」

 ホントに? ホントに? と聞いてくる姿はとても愛くるしい。
 もう一度頭を撫でてやると落ち着いたのか、こちらを見ながらも朝食の準備に戻っていった。

「それで、どうしたんだい?」

 ユーリが新聞から顔を外し小声で聞いてくる。
 周りに話を聞かれないように気を使っているのだろう。

「教員免許の試験の結果通知が届いた、不合格やったわ」

「そりゃ試験がどれくらい難しいのか知らないけど一発で受かる程甘くないでしょ」

 それに君は元々ここ住人じゃないんだから、と付け足してきた。

「そないなことわかっとる、でも期待しないはずないやろ。自分受からん思うて試験受けるアホ
はおらんで」

「はは、でも諦めてないんだろ?」

「あたりまえや、簡単に諦めるんなら夢なんて持たへん、手に掴むまで走り続けたるわ」

「応援するから頑張れよ?」

「任せとき」







 夜、机に参考書とノートを広げてそれに立ち向かっていた。
 重要そうなところをノートに書いていき、気になったところは前のページに戻って理解し直す
。それが終わったら、先ほどアンチョコにしたノートの問題を口に出し答えを書き連ねる。
 答え合わせをして間違っているところに丸をつけ、その問題を違うノートに写して再びアンチ
ョコを作る。
 ここ最近はその繰り返しだ。
 大変だけども、夢を叶える為に努力は付き物、トンガリだって暇があれば鍛えていた。
 前とは環境も生き方も変ってしまったけど、トンガリと砂漠の星で旅したことをちゃんと覚え
ている。
 あの男は今も自分の夢を叶える為に笑って走り続けているのだろう。
 昔の事を思い出したおかげで集中力が途切れてしまった。
 椅子に思い切り背を預けて腕を伸ばす。
 肩と背骨が休憩をしてくれと軋んでいる。
 腰を上げて窓に近づき開けた。
 涼しく弱い風が部屋の中に入り込む。
 部屋の空気が替わり、勉強に集中して熱くなった頭と体を冷やしてくれる。
 窓の前で煙草を吸っていると誰かがドアをノックしてきた。

「入っていいで」

 許可を出すと、ドアが開きカティアさんが入ってきた。

「調子はどう? お夜食を持ってきたのよ」

 手に持ったトレーを見るとコーヒーとサンドイッチが乗せられている。

「ええタイミングや、ワイも一息入れてたところや」

「あらそうなの?」

 トレーを部屋のローテーブル(よくユーリが部屋に酒を持ってくるので置いた)に置いて座る
。マグカップが2つある、ただ夜食を持ってきた訳ではないようだ。
 窓の枠に置いていた灰皿に煙草を押し付けて対面に自分も床に腰を下ろす。
 絨毯が冷たくて気持ちがいい。

「教員試験落ちちゃったんでしょ? お昼は忙しくて話聞けなかったけど大丈夫かなぁ、落ち込
んでないかなと思って来たの」

 ユーリが話したのだろう。朝の事で心配してくれているようだ。

「多少落ち込みはしたけど、それに足引っ張られて次も受からんなんて嫌やでな、この通りや」

 そう言って机の上を指差す。

「ふふ、そんなに心配しなくてももう大丈夫そうね。でも頑張るのも良いけど、無理しちゃ駄目
よ? あんまり根を詰め過ぎるとまた失敗しちゃうからね」

「安心し、一度落ちて少し冷静になったわ。もしまた落ちてもまた受ければええ、せやろ?」

 ワイ、諦め悪いねん。そう言うとカティアは、ふふ、と笑っていた。
 こういう風にユーリと二人きりで話すことは多いが、カティアとは余りないような気がする。
 カティアと喋るときは大体、ユーリ・カティア・自分か、子供達・カティア・自分と言った感
じだ。

「そういえば二人きりであまり喋ったことないなぁ」

 持ってきていた飲み物に口をつけているカティアに話しをかける。
 そういえばそうね、と言いなにやら考え込んでしまった。
 多分なんの話題を振ろうかと考えているのだろう。
 何を喋るのかとサンドイッチを食べながら待っているとカティアが口を開いた。

「ねぇ、二コラス君はどうして先生になろうと思ったの?」

 どうして、と言われても自分でもどうしてと思う。
 勉強が得意なじゃないぶん、教師には向いてないのかもしれない。
 牧師も考えたが何かと宗教がややこしくてノーマンズランドの時のように振舞えないだろう。
 それでも何故かと考えると。
 多分、子供が笑った時の顔が好きなのだろう。
 子供達が難しいことを考えず、心の底から笑った時の顔が。
 
「子供の笑った顔見とるとな、心が軽くなったような気がするんや」

 教会の子供達が自分のようにならないようにと行動していた時に支えられたのが、頭の中で思
い出されるあの子達との思い出。
 血に濡れ、斑道を歩いてきた自分を受け入れてくれた最後。

「この世界は平和や、したら皆ええ笑顔しとると思わへんか?」

 あの星で重い業を背負った自分にとって、旅で出会った子供達の笑顔は自分を支えてくれた。
 そうして血の斑道を歩いてきたのだ。
 まだ過去を引きずっているのだろう。
 でも引きずったままでも自分は進みたい。
 進んだ道が自分の知識としてなるのだから。
 その知識を持って子供達を安心出来る道へと案内してあげよう。
 自分の道の最初には通行禁止の立て札を置いてやるといいんじゃないか。
 子供達が案内から外れこちらの道きたら嫌だから。

「確かに子供達と遊んでる時は楽しそうに遊んでわよね、頼れるお兄さんって感じだし」

 面倒見が良いところとか教師に向いてるかもね? それを頭の中で考えているのか楽しそうに
言う。

「そういうもんか?」

「そういうものです」

 他にもいろいろと思うところもあるが今の自分はこんな考えなのだ。
 サンドイッチの最後の一欠けらを口に放り込むとカティアが立ちあがった。

「あんまり無駄話してると勉強の邪魔になって悪いからもう行くわね。はい、食べ終わったお皿
くださいな?」

 手に持っていた皿を渡してお礼を言う。
 カティアはニッコリと笑うと、おやすみなさいと言い部屋から出ていった。

「はぁー、飯も食って休憩も取ったし勉強再開するか」

 独り言を小さく洩らす。
 誰も聞いてはいないが自分のやる気を上げる為にだ。
 立ち上がり机の下まで行き椅子に腰を掛け、また自作の問題集作りと過去問を解いていく。
 教師になると誓った日からこのように夜な夜な睡眠時間を削って勉強している。
 昼にも勉強をする事にはするが主に子供の面倒と孤児院の仕事であまり集中が出来ない。
 と言っても子供達もそれなりに大きくなりそこまで面倒はなくなった。
 子供達の趣味の付き合い(機械弄りやらアニメやら料理など)や病気になった時の看病などよ
り孤児院での仕事の方がもっぱら多くなったのだが。
 (次の試験までまたこの日常が続くと思うと嫌やなぁ)
 持っているシャーペンをグっと握ると無駄な考えは止めて黙々とノートに字を書いていく。
 そのようにして二コラスは、次に迎える試験までひたすらと机に向かっていった。







 二コラスは朝早くから郵便受けの前で、煙草を吸いながら何かを今か今かと待っている。
 1ヶ月前に教員資格試験をまた受けに行った。昨年落ちた試験からこの試験まで1年間勉強を
し直したのだ。その結果が来る頃だと思いここしばらく、朝は外で郵便配達員のお出迎えをして
いる。
 紙に包まれた煙草の葉の部分がフィルター近くまで来て、それに気づいた二コラスは携帯灰皿
をポケットから取り出し火を消していると、バイクの独特のエンジン音が段々と近づいて来るの
が聞こえてきた。
 視線を灰皿からあげると、こちらにバイクで走ってくる配達員の姿が見えてきた。

「お、いつものおっちゃんが来たみたいやな」

「どうも二コラスさん、今日も結果待ちですか?」

 人あたりの良い笑顔を向けて気さくに声を掛けてくる配達員。
 二コラスが毎朝、郵便受けの前に立ち始めた日から会話するようになった。
 最初は挨拶だけだったがそれがきっかけでたった数日で仲良くなってしまった。

「せや、昼も夕方の配達も今の所来てないみたいや」

 そう言うと配達員は後ろの鞄から郵便受けを探して手渡してくる。

「はい、多分これが二コラスさん待ってた奴じゃないですか?」

「ホンマか!?」

 手元の封筒を見ると確かに国から自分宛にと書いてある。

「……おっちゃん、今ここで開けるで。少しの間やけどおっちゃんに話相手になってもろた分、
一緒に気持ちを分かちあおうや」

 真摯的な眼差しで配達員を見ると相手もどこか真剣な眼差しだ。
「実は私、先日から三日間の休みだったのだけど、二コラスさんの話を聞いて直接に手紙を渡し
たくなってね。休みを消してまでもをそれを渡しに来たんだ。乗りかかった船だ、例え穴が開い
て沈みそうなっても私が水をかきだしてあげよう」

 思わずニコラスの瞳が潤む、そしてガシっと力強く握手をする。
 二コラスが慎重に手紙を開けにかかり、それを息を飲んで見守る配達員。
 二コラスが一枚の紙を取り出すと動きが止まった、目を大きく見開きずっと凝視している。
 それにじれったく感じた配達員が「すまない」と謝り、二コラスの横に並びその紙を見た。
 結果通知、それは合格と書かれた紙であった。
 横に並んだ配達員に気づいたのか二コラスは軋んだ扉の音みたいにギギギといった感じに配達
員を見た。
 そして二コラスが配達員に抱きついた。

「やったでおっちゃん! 合格したで! 念願の教師になれるで!」

「おめでとう二コラスさん。でもここで私に喜びを伝えるのもいいけど他に伝えなきゃいけない
人達がいるんじゃないのかい?」

 それに対し配達員も嬉しそうに喜んでくれ、家族にも伝えてきなさいと言ってきている。
 それにハッとした二コラスは配達員から離れ慌しく喋る。

「おっちゃん、ワイの為に無理して来てくれておおきに! 今度お礼にご飯食べに行こうや! 
ほな皆の所に行ってくるわ!」

 そう言って二コラスは孤児院の中へと駆け出して行く。

「いやぁ、人の幸せな瞬間に立ち会うと自分も幸せになれるなぁ」

 配達員はそう言葉を洩らし停めていたバイクに跨り走ってった。







 皆が食卓に並び二コラスが戻ってくるの待っているとドアが開き待っていた人物が現れた。

「ニコ兄おっそーい! 何してたの?」

 イリヤが頬を膨らませ、テーブルから身を乗り出し聞いてきた。

「すまんな、ちいと配達員のおっちゃんと喋ってたんや」

 イリヤはふーん、と興味無さげな反応をして椅子に座りなおした。
 おっちゃんは良い人なんやで、と言いそうになったが言っても興味を示してくれそうにないの
で口にするのをやめた。
 自分が席に着くと皆が食事を食べ始める。
 各自で「今日学校終わったらどうする?」など「今日は仕事早く終わりそうだよ」と喋ってい
る。その中で自分が皆に言いたいことがあると言う。勿論合格したことだ。

「どうしたの?」

 喋ったのはミハイルだ、これから学校に行くと言うのに作業着を着ている。
 学校でも作業着なのか気になり前にヨハンに聞いたところ、やっぱり作業着らしい。

「驚くなや? ワイ、教員免許取ったで。もうすぐ教師や」

 皆が皆、キョトンとした顔を向けてくる。
 それから段々と輝いたような顔に変り、自分の事のようにはしゃぎ始めた。

「ホントか!? やったなニコ兄ぃ!」

「おめでとう! 今日はお祝いだね!」

 皆が食事そっちのけで祝ってくれる。

「喜ぶのはいいのだけど学校の準備は大丈夫なの?」

 カティアさんのその一言で、子供達は慌しくご飯を口に詰め込む。
 椅子から立ち上がって鞄を拾うと「今日は出かけちゃ駄目だよ、皆が帰ってくるの待っててね
!」と声を掛けてから早足に玄関に向かって行く。

「二コラス君、おめでとう。今日の夕飯はう~んとしたご馳走を作ってあげる!」

 カティアさんがニコニコとしながら腕を大きく広げてご馳走の凄さを伝えようとしている。

「今日の夕飯は腹を空かせとかなあかんなぁ。おおきに、期待しとるで」

 子供達のお祝いの他に夕飯の楽しみも増えた。
 カティアさんの料理は凄く美味しい、それがご馳走となればおおいに期待できる。
 夕方が楽しみになってきた。

「おめでとう二コラス、今日で缶詰は終わりだね。僕も何かプレゼント考えないとね」

 ユーリが肩を組んできて嬉しそうに笑う。
 ユーリのプレゼントと言う発言を聞いてどんな物をくれるか考えた。
 前にパソコンを頼んだ時に顔を顰めもせずに買ってくれた、そう考えるとそれよりも凄いもの
をくれるかもしれない。
 だがお茶目に予想外の物かもしれない、例えばエロ本とか。
(ありえそうやなぁ)
 そう考えてしまうのもしょうがないと思う。
 何にせよ楽しみだ。







 夕飯が出来たとカルルに呼ばれ、リビングへと一緒に向かう。
 ドアを開けるとテーブルの上にはビーフストロガノフやウハー、ガルブツィーに生野菜のサラ
ダとピロシキ、それに自分の好きなナポリタン、ナポリタンはどうやら日本生まれのパスタであ
りイタリア料理ではないらしい。カティアさんにナポリタン作ってくれと初めて言った時は頭に
大量の?を出していた。そしてテーブルの中央には真っ赤な甘そうな苺が乗ったショートケーキ
、それも3ホール。
 自分の席を見るとシャンパンが置いてある、いつもの誕生日祝いより少し豪華な気がする。
 まぁ全員で9人いるし食べきれるだろう、余ったら冷蔵庫に入れ明日食べればいい。
 子供達が椅子に座れと言ってくるので座る。

「それじゃ、二コラスの合格祝いを楽しくやろか」

 ユーリが口火に皆が自分に質問してくる。

「教師になるんだよね、あたし達の学校に来てくれたりする?」

「ニコ兄の勉強詰めの生活も終わりかぁ、長かったなぁ」

 何故かミハイルが自分の代わりに今までの生活を思い出してしみじみとしている。
 一回目の試験の時は子供達の遊び相手ばかりしてたからここまで長引いたのもしょうがないと
も思う。子供達が学校に行っている間に嵌ってしまったアニメや漫画を見ていた事も悪いのだが
ここは棚に上げておこう。

「それはない、お前等の教師なんてなったらワイの身が持たんわ。それにまだ就職先を決めてへ
んねん、一応候補は決まってんやけど外国やからな」

 その言葉に子供達全員が反応した。

「それってニコ兄がここからいなくなっちゃうってこと!? そんなの嫌だよ!?」

 カルルが泣きそうになりながら訴えてくる。
 祝ってもらっている時に言うべきでは事ではないと思ったが自分も資格を取り次第直ぐに教師
になろうと思っていたので早めに事を伝えて、予想的に駄々を捏ねるであろう子供達を宥めてお
きたいのだ。

「そこは笑って送り出して欲しいかったでカルル。何も一生会えないことはないて、学校が長期
休暇に入った時にはこっち帰ってくる。お前等も大きいなってワイもあまり面倒見いへんでよく
なったやん、ワイは大人やからお金稼がなあかんねん」

 他の子達は自分の言ったことが伝わったのか唇を噛みながら声を出さなかった。
 するとユーリが立ち上がりカルルの頭を撫でて

「カルル、二コラスの言う通りだよ。お前達も大きくなって自分の事は自分で出来るようになっ
てきただろ? 昔のみたいに夜中にトイレに行くにも僕達が付き添わなくても大丈夫だしお腹空
いた時には自分達で作れるようにもなったろ? カルルのパティシエになりたいって夢も二コラ
スが手伝ってくれたろ? 二コラスも皆のように頑張って夢を叶えようとしてるんだ、だから僕
達も皆で二コラスを応援しよう、ね?」

 ユーリのその言葉でカルルは萎れながらも頷き、自分に「頑張ってね」と言ってくれた。
 それを見たユーリが両手を一回打ち鳴らした。

「はい、じゃあこのしんみりとした空気は終わり! 今日は二コラスの合格祝いなんだから楽し
くやろう! なに二コラスも今すぐ就職する訳じゃない、それまで目一杯遊べばいいさ」

 流石は皆の父親だ、ユーリには感謝しないといけない。
 夕飯は皆で鱈腹とご飯を食べ、皆で自分が教師になったらどんな事をするのだろうと色々と考
えて笑いあった。
 プレゼントは黒のネクタイとネクタイピン、鞄と可愛い犬の絵柄のシャープペン、そしてシガ
ーケースと名詞入れ貰った。
 それが終わり今は夜遅く、子供達は皆寝てしまった。
 部屋で1人で麻帆良について調べていた。日本の学校で教師になるにはどうしたらいいのかと
。ネットでは地域の教育委員会に雇われると書いてあったがよく解らない。
 ユーリにも相談したが流石に日本での教育関係の知り合いはいないらしい。
 どうしようかと色々と学校について調べていて、また麻帆良のホームページに入り就職案内の
欄を見ていたらふと学校関係者の集合写真が目についた。

「外国人めっちゃ多いやんけ」

 写真には自分のような外国人教師が沢山写っていたのだ、しかも生徒にも外国人が多い。

「なんでこないに多いんや」

 そう思ってURLを次々とリンクさせると気になる文が載っていた。
 麻帆良学園都市管理者「近衛 近右衛門」と、この人物は確か麻帆良学園本校女子中等部の学
園長じゃなかったではなかろうか。
 ここは学園長が丸々都市全ての管理をしているのだろうか。
 そう思いまたリンクしていくと、こんな説明文を見つけた。
 教員募集、性別問わず、年齢問わず、人種問わずと。
 規模が規模だから教師が足りないのか、この時期にこれを見て本当にラッキーだと思った。
 最後が少し気になるが外国の人でも構わないというところだろう。
 それを見て自分は、応募用のメールアドレスにキーボードで応募の詳細を打ち込み送る。
 明日明後日には返信が来るだろう。
 パソコンをシャットダウンしてベッドに入り、教師になった時を想像し眠りに身を預けた。



[29969] 10
Name: スヌーピα◆f1c5a480 ID:c71893b9
Date: 2011/09/30 18:10
 麻帆良学園にメールを送った翌日に返信が来ていた。
 メールの内容は応募に対しての礼と面接日時が書かれていた。
 場所は勿論麻帆良だ。日本に在住している外国人の応募ならまだしも、外国に在住している人間からの応募だからもしかしたら断られるかと思っていた。しかも資格取立ての自分に面接をしましょうと言ってくれるとはなんと心の広い所なのだろうか。
 面接は今から二週間後、それを確認して少し焦る。いくらなんでも急過ぎるんじゃないのかと。
 この対応といい面接の日時といい、緊急に教員が必要で選んでいる暇がないのか。
 確かに学園都市の規模を見ると教員の数はいくらあっても足りないと思う。
 とりあえず飛行機のチケットをネットで買おうと思い、検索欄に空港の名前を打ち込む。
 ページに飛んでちょうどいい日時に日本に行ける空席を検索する。
 運良くいくつか空席を見つけ、面接の一日前に着けばいいだろうと思いその日のチケットを予約購入する。
 あっちに着いた時に屋根がないのも困るので麻帆良近くのホテルを滞在期間の三日間だけ予約して置く。面接結果が三日の間に来るか解らないが場合によってはいつまで掛かる解らない。
 絶対に受かればいいのだがそれが解らない以上あまり長い期間滞在しても意味がないだろう。
 それが終わると机から離れ、クローゼットの中から大きい鞄がないかと探すが、海外なんて行った事も無いわけでそれ程大きい鞄はない。よくて買い物に使う肩掛け鞄だ。
 後でユーリが使う黒のキャリーバックでも貸してもらおうと決め、次はハンガーに掛かった服を取り出して出来るだけ身綺麗なのを選ぶ。
 パリッとノリが効いた黒のスーツのセットに白のカッターシャツと白のカットソーを二枚、黒のミリタリーの七分袖シャツと灰色のパーカーを選ぶ。
 下はベージュのカーゴパンツと黒のジーンズだ。
 それらをベッドに上に畳んで置いていく、下着は適当に引っ張りだしベッドの上に投げる。
 他は歯ブラシやらの小物だろうが、あっちでも買えるだろう。
 服も今に用意しなくてもいいが、前日に焦って準備するのが嫌だからなんとなく並べているだけだ。
 服を見てこれでよしと満足してキャリーバックをユーリに借りに行く。
 今日は確か、部屋で銃の設計図を描くと言っていたので外に行ってはいないはず。
 廊下を進み突き当たりにあるドアを二回ノックする。
 部屋の主から入る許可を貰うとドアを開け中に入ると、ユーリが設計に行き詰まっているのか、う~んと頭を傾げていた。

「なんやユーリ、頭捻くりまわしてどこかおかしくなったんか」

 自分の言葉を聞いて、ユーリはこちら顔を向ける。

「いや~、今ね? ベルギーのFN P90見ててね? これいいなぁ~って、弄りたいなぁ~ってさ。改造してみたくなったんだ、解るだろ?」

 行き詰まってると言うより自分の欲求をどう満たそうか悩んでいるようだ。
 「このヘンテコなフォルムがかっこいいよね~」とPCの中の画像を見ながら言っている。
 何故ロシアお抱えの銃器の設計者がアメリカの銃を持っていたのか今始めて解った気がする。
 この男は作るのも好きだが改造をするのもそれに劣らず好きなのだと。
 (やからコルトガバメントも改造されてたんやな……)
 今この男に「似たもんを自分で作ればええやん」と言ったら相当に怒られるだろう。
 君は解ってないな! と言われそうだ。
 1人で話を盛り上げているユーリをこちらに戻そうと本来ここにきた目的を言う。

「その話もええけどな、ワイの話を聞いて欲しいねんけど。ええか?」

「あぁすまない、銃の事になるとどうも気分が舞いあがってね。それでどうしたんだい?」

 おとなしくなったユーリが椅子ごとこちらに振り返る。

「ちょっとな、面接しに日本に行かなかんねん、それでユーリてキャリーバックいくつか持ってたやろ? それ一個貸してくれへん?」

「いいよ、そこのクローゼットに入ってるから好きなのとっていくといい。にしても日本の学校で良い所見つけたんだね」

「前から目ぇつけとってな、そしたら昨日そこのホームページ入ったらな、ちょうど教員募集しとってこれはチャンスや思てメール送ったんや。そんで今さっき返信見て二週間後に面接やて、急すぎると思わへん?」

「そうかな? この時期はちょうど子供達も進級する時期だしあっちも人手が欲しいんじゃないかな」

 二人してそういうもんなのかなーと首を傾げる。

「まぁ、あっちにはあっちの事情があるんだししょうがないだろ? 君は面接に遅れなければいいさ。ところで」

 ユーリはそこで言葉を止めると一指し指を自分の目の前まで持ってきて止める。

「日本は銃規制が敷かれているから君がいつも懐にいれているコルトガバメントは持ってちゃ駄目だよ」

「んなことわかっとるわ!」







 遠い日に目的があると日々の時間が流れるのは何故か早く感じる。
 今日は朝早くから空港に行き飛行機に乗って日本飛ばなければならない。
 朝食を食べ終わり今自分は皆に見送られている、別に三日後に戻ってくるのだからそこまでしなくてもいいのではないかと思うがこれも孤児院の習慣みたいなものだろう。

「ニコ兄! 土産頼むぜ! お菓子がいい! 日本のお饅頭が食べてみたいんだ!」

「私はデビルチルドレンと王ドロボウJINGの漫画がいいな!」

 他にも僕は日本車のプラモデル! なり扇子が欲しいやらとか言う。
 ナタリアとカルル姉弟はヨハンと同じ和菓子だ。
 子供達の為にお土産買って帰ろうと思っていたが注文をされるとは考えてなかった。

「わーった、わーった、買ってきたるで落ち着き」

 そう言ってユーリが乗っている車の助手席に乗る。
 残るカティアさんと子供達はいってらっしゃいと手を振ってくれる。
 自分も手を振り三日後に戻ってくるわと伝えると運転役のユーリが車を出した。
 
「いやー、お土産注文されてたけどお金はあるのかい?」

 ユーリがあははと笑って問うてくる。
 お金、そう聞かれて項垂れる。こちらに来てから簡単なバイトはやったがそこまで稼いでないし使ってもない、食べるのも孤児院を当てにしてたからだ。
 正直貯金は五十六万ルーブル、日本円にして二十万ちょっと。
 旅行するには問題ない金額だが、全財産がそれなのに旅行に行くと考えるともっと生活を考えろと世間からは言われるだろう。
 自分はユーリの支援があるからこそゆっくりと勉強出来たが周りは仕事と勉強を両立する人だっているのだ。凄いと関心してしまう。

「そのようすじゃあんまりお金持ってないみたいだね、貸そうか?」

 ユーリが身内に言う貸そうかは自分の頭の中ではあげようか、と変換される。
 折角の好意だが断る、それでも困ってるならーといつもの台詞を言ってくるがまた断る。

「ワイももう大人やで、これから自分で稼ぐから心配ないわ。それにいくら父親でもそうホイホイとお金の貸し借りはしん方がええで?」

 横を向くとユーリはこちらをキョトンとした顔で見ていた。
 運転中に余所見するなと注意すると慌てて前に集中し始める。

「まさかそんなことを言われるとは思ってもみなかった。これが親離れって奴なのかな」

「なんや哀愁漂わせて、寂しいんか」

「当たり前だろう、父として子が1人立ちするのは寂しいよ」

 ユーリは微笑んで言うがどこか寂しそうな影がある。
 子が親を離れる、それは子供が社会に出ると言うこと。
 自分の目が届かなくなることが寂しいのだろう。
 何せいつも近くで笑っていた存在がいなくなるのだ。
 心の何処かに穴が開く、親にとってこの表現が一番しっくりくるだろう。
 その穴に時折風が流れ込むと寒くて仕方ないのだ。
 子はそれを気づかずに立つことが多い、それに気づく時は自分もまた同じ父親になったときか、親しい人と離れたとき。
 それか、身内の誰かが死んだ時であろう。
 自分は解らないでもない、教会からミカエルの眼に引き取られたときは後ろ髪を引かれる思いだったのだ。

「安心し、前にも言ったけどちゃんと長期休暇の時はこっちに戻ってくるから」

「ははは、ありがとうな」

 と言ってもまだ就職できるか決まったわけじゃないんだけどね、ハハハ。と言ったので拳骨をくれてやった。自分は悪くない。
 そんないつも通りの阿呆なやり取りしていると空港が見えてきた。
 駐車場に車を停めるとユーリと二人で空港の中に入って行く、時間までまだ時間があったのでユーリが少し休憩しようと言うので自販機に行きコーヒーを買い、開いてるベンチに座る。

「確か飛行機に乗るときは必要な手続や航空の保安検査せなあかんのやろ、こないのんびりしてええんか?」

「時間間際になったら放送で知らせてくれるよ、それまではゆっくりしよう」

 ユーリが言うのだから大丈夫なのだろう、自分もベンチに背を預けてだらける。

「ところでさ、僕もお土産を一つ頼んでいい?」

「なんや?」

「日本の女の子に興味があるんだ、良かったら大和撫子の写真を撮ってきてくれないか」

 また阿呆な事を言い出したと思うとユーリは自分が持ってきていた鞄から高性能そうなカメラを取りだした、そこからは放送が流れるまでカメラの使い方を教え込まれた。
 放送を聞いて検査に向かい、あらかた荷物やら身体やらと調べられて大丈夫と太鼓判を言い渡されたあと、自分の貯金八割を日本円へと替えてからまた人の列に並ぶ。
 自分の腰くらいの高さの仕切りの向こうにはユーリが「大和撫子! お願いだからね!」と声を大きくしている。周りの視線が気になるから、行ってくると手を振り中へと入っていく。
 後ろからまだ何か聞こえてくるが無視をした。
 人の列を進み、自分の席を見つけ座ると目を閉じる。
 ここから日本までかなり時間がかかる、だから席に座る早々離陸する前に眠ることにした。







 空港から出て太陽を浴びると体を伸ばしたくなった。

「長時間椅子に座ると疲れてしゃあないわ」

 愚痴を一つ零して辺りを見回す、ここから麻帆良に行くには電車を使って埼玉県まで行かなければならない。

「恨むで日本、なんで埼玉県に空港が無いんや、また電車で座り地獄やんけ」

 東京国際空港の文字を見てまた愚痴を零す。
 そこから駅らしき看板を見つけて歩いていく。
 切符を買い、改札口を通り先ほど路線図で見た麻帆良に行く為に経由する東京都品川区の大崎駅へと向かう電車へと乗る。
 ここに来る間にみた看板に、日本語の他に英語や韓国語などで案内が書いてあったのが凄く驚いた。 イリヤと日本語の勉強をしていたので大丈夫だろうと思ってたがそんな気遣いはあまりいらなかったみたいだ。
 電車に揺られて数十分、大崎駅へと着いた。
 ここから埼京線に乗り換えで麻帆良まで目指す。
 もう夕方も近いせいか電車に乗る人が多い、椅子に座ることが出来ないので吊革に掴まる。
 そうすると周りの日本人より頭が二つ以上は出ているのが解る、自分はこれでもロシア人の平均的身長よりも随分と大きいのだ。
 周りからは随分と珍しそうに見られている、確かに自分達の縄張りに余所者が入れば気になるだろうが正直居心地が悪い。
 気を紛らわそうと電車内にある路線図を見て気づく。
 (この電車一本で行ける思ってたけど、もっかい乗り換えしなあかんやん)
 図を見てそこからまた乗り換え駅で降り今度は川越線と乗りまた先ほどと同じ状況になる。
 その中で自分がチェックインするホテルがある駅をメモ帳で確認し、そこに降りるまで興味の視線を耐えた。
 駅から歩いて少し、直ぐにホテルは見つかった。
 ガラス越しの大きく豪華なロビーが見えて、自分はこんな高そうな所を選んでしまったのかと思いながらも中に入る。
 カウンターまで行くと女性がお辞儀をしてきた。
 (聞いた通り日本は礼儀正しい国みたいやな)
 日本語で予約してあると言い自分の名前を伝える。
 女性は「お待ちしておりました」と言うと横のパソコンに何かを入力する。
 それが終わるとカードを両手で渡してきた。

「こちら、お部屋のキーとなっております、係りの者が案内しますので少々お待ちください」

 またお辞儀をして言う、それに感動して自分もありがとうと返事をして頭を下げる。
 ロビーのソファで係りの人を待っていると程なくして男声が声を掛けてきたので後をついて行く。
 本当はこのホテル無茶苦茶高いんじゃないかとまた不安になってきた。

 自分の部屋に着き中に入るとまた感動してしまった。

「綺麗すぎるやろ……」

 安いシングルで頼んだのにセミダブルベッド、それに冷蔵庫・バス・個室トイレ・テレビ 電話まである。景色はあまり良くなく、ベランダがないのはマイナス点だがそれを除いても充分すぎるだろう。
 日本では部屋に靴を脱いであがるらしいがここも靴を脱ぐ為に横に靴棚が置いてある。
 靴を脱ぎ棚にあったスリッパに履き替えてベッドに近寄る。少しスリッパに違和感を感じるけど気にしないことにする。
 荷物を部屋に置くと空港でトイレに行ったきりで道中我慢していた用を足すためにトイレに入る。
 便座に座り、煙草を咥えてライターで火を着けてからズボンを下ろす。
 大きい方の用を足す時は煙草を咥えながらすると何故かとても落ち着くのだ。
 これを孤児院でするとイリヤにトイレが煙草臭いと怒られてしまう。
 用が終わり紙で拭いていると横にある肘置きみたいな所にボタンがあるのに気づく。
 ボーっと煙草を吸っていたので気づかなかった。
 そこにある他のボタンよりも大きな、二つの山にカブト虫の角が点線みたいにして当たっているのを何気なく押した。そして直ぐに。

「ハウッ!」

 自分の尻の穴目掛けて水が飛び出してきた。

「もしや! これが! ウォシュレット言うやつなんかっ!」

 日本以外の国にはあまりウォシュレットと言うトイレが浸透していないのだ。
 自分もネットで日本にはこういうのがあると知っただけで特に必要と感じず頭の隅に追いやっていて忘れていた。
 だから外国からきた自分はこれがとても珍しい物であり、同時に今はその新たな未知を体験して少しトラウマになりそうだった。
 水攻めから開放され精神的にきつくなって、わざわざ洗面上に顔を洗いに行く。
 そこで洗顔やらシャンプーなどがあるのに気づき買いに行かず済んだなと思う。
 ベッドに戻ると寝転がり、バッグから面接対策用の問題集を出して読む。
 頭の中で質問されそうな文を読み、また頭の中でその答えを考えていく。
 時差のせいだろう、それを繰り返して行くうちに眠たくなってきた。
 外を見るとまだ夕方だ、飯はどうしようかと考える。
 そう言えば従業員が「朝食はこちらで用意を致しますが昼と夜の食事は各自でお願いします」
と言っていたのを思い出す。
 眠たい頭で外に出て知らない道を歩くのも面倒だしこのまま寝ることに決める。
 明日も早いしいいだろう。
 服を着替える事もせずにそのままベッドに潜って眠り始めた。







 次の日、朝起きて時計を確認するとまだ朝の六時前だ。
 沢山寝て頭が冴えているのか、カーテンの向こうから聞こえる小鳥の声が清々しく聞こえる。
 こんなに早く起きてもまだ面接の時間まで4時間とある、日本人は時間にとても厳しいとユーリが言っていた、五分の遅刻でも怒られると。
 そう考えると今から出た方がいいかと悩み、直ぐに決める。

「今から麻帆良に行くか」

 そこからの準備は早い。
 ベッドの横にある、棚に乗った電話を使いロビーに連絡して朝食をいらないと断る。
 次はシャワーを浴びる、洗顔料を手に出して手のひらで泡立たせてから顔に塗る。
 それから頭をシャンプーでワシワシと洗ってから洗顔と一緒に洗い流す。
 流した後はリンスを頭皮につけないように髪だけに塗り、髪にリンスを浸透させている間にスポンジにボディソープを出してこれまたワシワシと泡立たせてから体を洗う。
 体が泡まみれになったところでリンスと体の泡をしっかりと落とす。
 風呂には浸からずにそのまま出る。
 体をバスタオルで拭いて腰に巻き、髪をドライヤーで乾かす。
 熱くなった体を冷やす為に冷蔵庫の中の緑茶なる飲み物を避けてコーラを選ぶ。
 喉の奥に炭酸が流し込まれて喉が痛く感じるがお構いなしに缶を傾ける。
 飲み終わった缶をゴミ箱へ放り、ボクサーパンツを履きカッターシャツ着て、スーツはズボンだけを履く。風呂を出たばかりで熱いのに、上を着るのは嫌だからだ。

 携帯を左側に、財布を後ろのポケットに突っ込む。財布の中にはカードキーを入れる。
 キャリーバックから、移動ように持ってきていた肩掛け鞄に大事な書類を入れて持って行く。
 時計を見るとちょうど六時半くらいだ。
 部屋出てロビーに降りていくとカウンターから、

「おはようございます、気をつけていってらっしゃいませ」

 と言われ、自分も挨拶を返す。
 少し歩いて直ぐの駅に入り、麻帆良学園都市中央駅行きの電車に乗る。
 朝早いおかげで電車の中は空いていた、昨日みたいな思いはしなくていいようだ。
 面接は学園長がいる本校の中等部で行うらしい。しかも応接室だ。
 考えを中断し電車の中を見渡すと他の人がちらほらと乗ってきていた。
 ほとんど女の子だ、可愛らしい制服を着ている、中等部の生徒だろうか。
 この子達の写真を撮ったらユーリは喜ぶだろうな、と頭の中ではしゃぐユーリを想像してそれを押し潰す。
 (ワイはなに考えてんねん、ユーリの性格にあてられたんやろか)
 遠く離れていても思い出す父親の顔にアイアンクローかましていると放送が鳴る。

『次は――麻帆良学園中央駅――』

 そう流れて電車がスピードを落とした始めたのが解った。
 ゆっくり駅に停まり、プシューと映画の中でみた蒸気機関車のような音を立ててドアが開いた。
 電車から降りる、他の乗客も降りてきたが時間に余裕があるのかゆっくりと歩いている。
 駅の時計を見るとまだ七時過ぎだ、いくらなんでも早すぎたと思い何処かで休む事にする。
 何処かないかと暫く歩いていると良い感じに木陰に隠れたベンチを見つけた。
 ベンチの横に設置してある自販機からコーヒーを買おうと財布から小銭を出していると、後ろから一定感覚で走っている靴音とチリンチリンと鈴の音が聞こえてきた。
 その音に振り向く、少し距離があるが自分の目なら見える。
 左右で色が違う瞳と薄いオレンジ色の髪をこれまた左右で鈴の髪留めを使いツインテールにした女の子が、電車乗っていた時に見た制服を着た女の子と同じスカートを履いていて、上はまだ肌寒いのかジャージを着て肩掛け鞄をしてこちらに走ってくる。

「お、おはよーございまーす!」

 女の子はこちらに気づいたのか少し顔をびっくりさせ、元気よく挨拶してきた。
 自分は財布から沢山ある小銭の中から、百円玉を漁っていた指を五百円玉にターゲットを変えてつまむ。

「おはようさん、ちょっと聞きたいことあるんやけどええか?」

 そして走っていた女の子を呼び止めた。
 それに驚いた相手は首と頭にある二つの尻尾を勢いよく横に振る。

「ノ、ノー、ノー! ア、アイ、キャント、スピークス? ジャパニーズ!?」

 その勢いのいい動きと、焦って訳の分からない英語となった言葉にに思わず笑ってしまう。

「ちゃうちゃう、それを言うならアイ、キャント、スピーク、イングリッシュや。それじゃ私は日本語を話せませんになるで」

 女の子はもっと焦り始める。

「あ、え!? す、すみません!」

「それに私は英語が喋れませんより、アイ、キャント、スピーク、イングリッシュ、ベリー、ウィルのがええ。この場合、私は、あまり上手に英語を話すことができませんになるわけや。全く英語が解らんやないやろ?」

「は、はい! そーです! って、あれ? 日本語? と言うか関西弁?」

 女の子は自分の話す言葉を日本語だと理解して急に冷静になる。
 頭に今だ?マークを植えている女の子の為に自販機から暖かい紅茶を買って「寒いやろ、飲み」と言って手渡す。
 自分はコーヒーを選んでボタンを押した。

「あ、ありがとうございます……」

 今だ畏まった女の子に餌付けして自分が悪い人ではないとアピールしてから話をかける。

「聞きたいことあんねんけど、今ええか?」

「あ、はい、新聞の配達が終わったんで大丈夫です」

 それを聞いて自分はベンチに腰を下ろした、女の子も恐る恐ると距離は当然開いてるが隣に座る。

「ワイな今日ここに教師になる為に面接しにきたんやけど、ちょっと道に迷ったみたいで困ってんねん。女子中等部ちゅー所でするらしいんやけど嬢ちゃん知ってるか?」

 紅茶が喉に詰まったのか女の子は咳きを喉に詰まらせている。
 それが落ち着くと返事をしてくれた。

「私、そこの生徒だから案内できますよ、しましょうか?」

 いきなり当たったと思った、適当にふらついておかげで女子中等部から遠ざかっていたのか、視界に移っていた学校が消えてしまっていたのだ。
 時間はまだ早いけどこんな広い所を歩いていたら道に迷いそうで怖い、だから頼む事にする。

「ほうか? ならお願いするわ」

 そう言って立ち上がりゴミ箱に缶を投げ入れると女の子が叫んだ。

「どないした?」

「時間が!? 一回寮に戻らないと!」

 女の子が近くの広場の時計台見て言う、自分もそれを見る、時刻は七時半。
 確かに学生にはキツイかもしれない。

「あっと、とりあえず中央駅まで案内します、着いてきてください」

 そう言って走りだした女の子は、かなり足が速かった。





[29969] 11話
Name: スヌーピα◆f1c5a480 ID:c71893b9
Date: 2011/09/30 18:14
前書き

ちょっと前回の話からあれ? 思うかもしれないですがこの後に説明するので気にせず読んでいってください。



本文



 女の子と猛ダッシュでまた中央駅に戻ってきた。
 喋っている間は特に気にしてなかったが、走っている間にツインテールの鈴が地面を蹴る足と連動して、チリンチリンと鳴るのがまだ耳の中で再生される。
 ツインテールの付け根の鈴を見ていると、女の子はこちらを向き「こっちです」と言い自分を広場の隅のベンチへと誘導する。

「ここで少し待っててくれないですか? ここから真っ直ぐ行けば着くんですけどこの時間帯の状況をよく知らない人は人の雪崩れに押しつぶされちゃうんです。だから直ぐに戻ってきますんで安全なルートから行きましょう」

 そう言って何故かこちらの眼を直接見ようとしない少女は5分くらいには戻ってきますと残し、また中学生とは思えない速度で走っていく。
(ヨハンより早いやないか? あの嬢ちゃん)
 女の子が帰ってくるまでベンチで少しボーッと座っていると放送が耳に入ってきた。
『学園生徒のみなさん、こちらは生活指導委員会です。今週は遅刻者ゼロ週間。始業ベルまで十五分を切りました、いそぎましょう。』

 その放送と同時に地響きのような振動が地面から足に伝わってくる。
 原因を探そうとして顔を上げ、その光景に絶句した。
 眼に映ったのは人、人、人、それも全員が走っている。
 中にはバイクや路面電車、ローラーブレードを履いて滑っていく生徒もいた。
 これが今、足元で起こっている連続した地響きの正体だと解って女の子の言葉を思い出す。
 人の雪崩れに押し潰される、確かに何も知らない人間が入ったら、もみくちゃにされて学校どころか病院に行くことになるだろう。
 走っていく人達の中でこちらに手を振っている子がいることに気づく。
 先ほどの鈴の子だ、それと隣にもう一人女の子がいた。
仲良さ気に喋っていることから友達なんだと勝手に解釈する。
 鈴の子と一緒に人懐っこい笑顔でこっちに来て話しかけてきた。

「この人がアスナ言ってた人なん? 確かに渋めなおじさまやなぁ~」

「ちょ、ちょっと何言ってんのよこのかー!」

 そして何故かワチャクチャとじゃれ始める。
 もう一人の女の子は見た目通りにおっとりした性格みたいだ。
 横で騒ぐ鈴の子を無視して挨拶を交わす。
 今まだ人が走ってる光景を見て言う。

「遊ぶのはいいけど時間ヤバないか?」

 そしてまた放送が流された。

『学園生徒のみなさん、こちらは生活指導委員会です。今週は遅刻者ゼロ週間。始業ベルまで十分を切りました、いそぎましょう。なお今週遅刻した人には当委員会より、イエローカードが進呈されます。くれぐれも余裕を持った登校をお願いします』

「ほれ、あんな事言っとるで」

 自分はまだ時間があるので平静としてられるが二人は慌て始める。

「と、とりあえず走りましょう!」

 先陣を切って走る鈴の女の子の後を自分とローラーブレードを履いた友人の女の子が着いて走る。
 横に逸れて建物の間に入り細道を走っていく、少し遠回りかもしれないが人がいなく、確かに安全なルートかもしれない。人がいない分避けることもしないでいいから自分の足に自慢があるならこっちを走った方が速いだろう。
 細道の終わりが見えてきた、そこ抜けると元の人の群れの中に入っていく。
 前にいる女の子はゆっくりしても間に合うと思ったのかスピードを落として横に並走してきた。

「本当は学園長室まで案内したいんですけど、見た通り時間が無くて途中までしか案内できないです……」

「ええてええて、軽くあっちって場所教えてくれたら後は自分で探すわ。おおきに」

 そう言って一緒に階段を駆け上っていくと声を掛けられた。

「おはよう、アスナ君にこのか君。それと、あなたは誰かな……?」

 眼鏡をして髭面のおっちゃんが手を軽く振って近づいてきた。
 二人の女の子が男のことを先生と呼んで挨拶を言う。
 自分も挨拶しようと男の眼を見た、すると言葉が喉に引っかかるのが解った。
 その男の眼を見て何か周りの空気が変ったと感じる。
 例えるならこうか、大勢の前で手品を見せるマジシャン。
 マジシャンが種を上手く隠して披露し、その種を見せないように器用に騙す。
 客が必死に種を探すが結局教えて貰うまで解らない、そんな不快感を感じている。
 その解りそうで解らない不快感を抱えたまま、引っかかった言葉を吐き出した。

「ワイは二コラス・D・ウルフウッド言います、今日こちらで面接を受ける予定の者や。道に迷った時にこの子ら案内してもらってな、ホンマ助かったで」

 自分の正体を明かすと男の得たいの知れない不快感が消えた。
 (なんや今の。確かに学園に知らない男が居れば警戒するのは解るが不思議な空気やったで)
 そんな思考を相手に悟らせないように笑顔を顔に貼り付け右手を出す。
 相手も自分の手を握り返してくる。

「よろしく、僕はタカミチ・T・高畑だ。随分と早い到着だね、とりあえず休憩室に案内するよ、着いてきて。それとアスナ君、このか君、入学式に遅れると不味いよ。ほら急いだ」

「おおきにな」

 案内してくれた二人に礼をいい、二人がまた時間がヤバイと走って行く。
 それを確認した高畑が歩き始め、背中を追うように自分も歩く。

「にしても高畑さん、日本でこの時期に入学式て早すぎやないですか? まだ3月の中旬やで?」

 先ほどの「入学式に遅れると不味い」と言う言葉に疑問を持って聞いてみた。
 相手が先導するのをやめ、自分の横に並んでから疑問に答えてくれる。

「あはは、今回は特別だよ。実はまだ春休みの筈だったんだけどね。学園長が入学式の規定の日に上から呼び出しされてね、しかもそれが遠くてさ。だからちょっと規定の日を入れて一週間は出かけなくちゃいけないんだ。それで学園長が孫の晴れ姿が見れないのは嫌だ、と言って入学式を繰り上げることになったんだ、迷惑な話だろ?」

 頬を掻いて困ったように言う。
 確かに学園長のいない入学式と言うのは聞いたことがない。
 上の呼び出しを断れなかったからこういう風にしたのだろう。
 でもこんな無理をする校長を思い浮かべて少しげんなりする。
 孫の晴れ着姿て思いっきり私情やないか、と。

「その代わりに規定の日を休みにするらしいから大丈夫だよ」

 自分の表情を見てか、高畑がフォローを入れてきた。
 そして今朝の光景を思い出す。

「そやないと生徒らが暴動起しそうやしな」

 高畑が笑い声を噴出した、「それはあるかもしれないな」と。
 自分の頬が引き攣ったのが鏡を見ないでも解った。

「それじゃあここで入学式が終わるのを待っててね、飲み物は適当に飲んでいいよ。終わったらまた僕が呼びにくるよ」

 じゃ、と言葉を残して高畑は廊下を歩いていく。休憩室の前で置いてかれた自分はドアを開けて中に入る。ふかふかの絨毯を中を進む。
 部屋の中央には木製のテーブルがあって、それを挟むように黒色の革のソファが置かれている。
 壁際にはちょっとした調理場があり、横には電子レンジ、ポット、冷蔵庫、食器棚まであった。
 ソファに荷物を置き、冷蔵庫からコーヒーを取り出してから荷物の横に腰を下ろす。
 今頃は体育館で入学式をしているのだろう。
 それが終わったら多分面接の開始だ、まだ時間あるので面接マニュアルの復習で時間を潰す。
 いつのまにかマニュアルに熱中していると、ドアが開き高畑が顔を出した。

「ウルフウッド君、面接の時間だ、行こう」

 時計を見ると針が十時前で指していた、確かに日本人は時間にシビアだ。
 高畑の案内のままに廊下を歩いていく。

「学園長室に着いたよ、一緒に入ろうか」

 マニュアルには面接はドアに入る前から始まると書いてあったが高畑がそう案内したので断る訳にもいかず、後ろに続き「失礼します」と言ってから入室する。
 中には客用のスペースだろうか、客室にあった木製のローテーブルと黒革のソファの一つか二つ、上と思われる高級感漂う家具。
 色々と分厚い本が仕舞われている背の高いガラス戸の本棚達。
 反対側には上に続く階段と絵画。そして学園長が使うだろう大きな机に、山積みに詰まれた書類。
 奥からは書類に判子をポンポンと押している音が聞こえる。
 机の横には眼鏡をかけた白髪の中年男性が横で立っていた。
 高畑が机の横に行き、書類の山の奥に声を掛ける。

「学園長、二コラス・D・ウルフウッドさんが連れてきました」

「あい、わかった」

 皺枯れた声が聞こえ、書類の天辺から頭が見える。
 高畑が横にズレると仙人のような爺さんが姿を現した。
 挨拶をと声をあげようとしていたが、頭の形やら耳の長さなどを見て動きが止まる。
 その反応に爺さんは長い髭を撫でながら少し笑うと、左手をソファの方に向け「腰を降ろそう」と促す。左から順に高畑・学園長・白髪の中年男性とソファに座るのを見てから自分も反対側のソファに座った。

「それじゃあ自己紹介からしようかの。今回面接を行うのがこの三人、ワシは麻帆良学園理事長、近衛近右衛門と言う、左にいるのが高畑先生、右が新田先生じゃ」

 紹介された二人はよろしくと頭を下げた。

「次は君の名前を聞こうかの?」

「はい、僕の名前は二コラス・D・ウルフウッドと言います。それとこれを本日持って参りました、履歴書です。今日はよろしくお願いします」

 鞄から封筒を取り出す渡す。頭の中で何度も練習した言葉と行動だが、これで良かっただろうか。
 学園長が封筒を受け取り封を開けて中身を取り出す、それをゆっくりと眺めてから自分を見る。
 何かを探るような眼つきは自分の考えすぎなのか、今だに衰えずに残ってる記憶が体を騒つかせる。

「ふむ、じゃあ質問を始めるとしよう」

 質問は煙草を吸うか、趣味はあるか、最近の気になる国際ニュースはあるか、孤児で学校に行ってなく教員資格を取ったと言うが大変だったか、なぜ教師になろうと思ったか、など聞かれ自分が思うように答えていった。

「次が最後の質問じゃ、君の考える親友とは、どのような存在だと思う?」

 その質問で、あのとてつもないお人好しを思い浮かべる。
 あのはちゃめちゃな旅を思い出し、表情と言葉に感情が乗るのに気づかず、自然と喋っていた。

「親友、か。そうやな、困ってる人間が目の前にいたら自分が傷つくのもお構いなしに助け、例え遠くにいても何も考えずに駆けつける阿呆な奴や。ワイの人生で初めてやったわ、自分の事より他人を優先に救う、始めは頭イカレとんちゃうか思っとったが暫く一緒に行動して最後にわかったわ。あいつは自分を傷つきながら見ず知らずの他人を救っとったんちゃうて、家族を救っとったんやて」

 黙って自分の言葉に耳を傾ける目の前の三人にそれにと付け加える。

「そんなあいつにワイも、少なからず影響受けてしまったわ」

 そして三人の少し涙ぐむ顔を見て気づく、自分が馴れ馴れしく喋っていたことに。

「す、すいません、言葉使いが悪かったですね」

 謝るが学園長はいい、いいと首を振る。
 手に持った書類を折り畳むと横にいる新田先生に渡し、こちら見る。

「そうじゃのう、本当だったら少し考えてから採用するかどうか決めるんじゃがの」

 二人はどうする? と隣に顔を向け問う。
 このやり取りを見て自分の心臓がバクバクと激しく動く。

「僕は多分、学園長と同じ気持ちですよ」

「私もです」

 学園長はまたもや髭を撫でながら笑う。

「よし、満場一致じゃ、ウルフウッド君、君を麻帆良学園の教師として認めよう」

 その言葉を聞いて心の中でガッツポーズを決める。

「本当ですか? 後からやっぱり無しでは嫌ですよ」

 ふぉふぉふぉと相手は笑うと言った。

「安心してくれ、嘘は言わんよ」







「おめでとうウルフウッド君、まさかその場で受かるとは思わなかったよ」

 高畑が祝いの言葉と共に缶コーヒーを渡してくる。
 それを受け取りプルタブを引っ張り、液体を飲む。
 舌に残る苦い味が口に広がる、ブラックコーヒーか。
 二人で中等部の広場にあるベンチに座り、先ほどの話をしていた。

「ワイもやて、それに高畑さんも学園長が何言うか気づいとったやろ」

「あー言われたら気づくよ。それでお祝いとして麻帆良を案内したいんだけど僕はこれ飲み終わったら会議に行かなきゃ駄目なんだ、一人にして悪いけど大丈夫かい?」

「大丈夫やて、迷ったらまた誰か捕まえて道案内して貰うわ」

 冗談めかしに言うと高畑は笑う、そして腕時計を見るとコーヒー飲み干し立ち上がった。

「時間が近くなってきたから僕は行くよ、じゃあまたね」

 歩き去っていく後ろ姿を眺めて自分はどうしようかなと思う。
 ホテルに帰ってもいいが、帰ったからと言ってやることがない。
 面接も終わったし暫くは勉強をしなくてもいいだろう。
 時刻はまだ昼前、そういえば朝飯は駅の売店のウイダーしか食べてないことを思い出す。
 腹はまだ鳴っていないがご飯を求めてコーヒー片手に歩きだす事にした。

「あれ? 今朝の人や」

 おーい! と、聞き覚えのある声に呼び止められた。
 振り返ると朝に道案内してもらった、鈴の女の子の友人が着物姿で駆け寄ってくる。
 飲み干した缶コーヒーをゴミ箱に入れ片手をあげる、この時には鞄に右手を突っ込みあるものを探す。確かこっちの鞄に入っていたはずだ。
 あった、後でこの子にお願いしてみよう。

「こんにちわ、面接どうでしたか?」

「驚くことにその場で合格言い渡されたわ、それでそっちそんな格好してどないしたんや?」

 すると困ったように笑って事情を説明してくれた。
 どうやら学園長の孫らしいこの子が中学一年生になり、学園長は孫の将来を思ってかお見合いに行かせようとしてその見合い写真を撮ろうとし、そこから逃げてきたらしい。
 爺馬鹿と言う奴だろうか、ここの学園長は何を言い出すのか全く持って予測がつかない。

「ならワイと一緒に逃げるか? ちょうど人案内が欲しかったんや」

 女の子の顔が驚いた表情をしてええの? と聞く。
 自分は女の子の頭に手を置いて優しく撫でてやる。

「困った時はお互いさまや」







 大きな外国人の男が中学生らしきの女の子とテーブルで一緒に食事をしている。
 場所は学園都市にあるお洒落なカフェ、窓際の席で自分達は昼を過ごしていた。
 道すがらでお互いの自己紹介(朝に会った時は挨拶しかしていなかった)を済まし、自分が昼ご飯を食べたいと伝えてここに連れてこられた。
 ナポリタンをフォークでグルグルと絡めて自分の口に運ぶ。
 外で食べるケチャップたっぷりのナポリタンはなぜこんなにも美味しいのだろうか。
 自分の反対側に座る木乃香は塩鮭のランチをモグモグと小さい口で咀嚼している。
 時折着物の帯を気にしている、飯を食べて腹が膨れてたか、きつく締められている帯を緩めているようだ。

「でもほんとにウルフウッドさんがいて良かったわぁ、うち一人じゃ逃げれんかったかもせーへん」

「着物が目立つからな、苦労したけど人ごみに入ればこっちのもんやて」

 木乃香が済まなそうにありがとうなぁ、と言うのでまた頭を撫でてやると頬を朱色に染めて恥ずかしそうにしている。頭を撫でられる事に慣れていないのかもしれない。

「ところでな、ちいとお願いあるんやけどええか?」

「ええよ、何処か行きたい所でもあるん?」

 首を傾げて聞いてくる姿がとても可愛い、大和撫子の底力を見た気がする。

「ワイ明日には一回ロシアに帰って荷物纏めに帰らなあかんねん。それでな、あっちにおる家族にお土産が欲しい頼まれててん、良いとこ知らへんか」

 そう言って鞄から各人のお土産リストが書いてあるメモ帳を取り出して見せる。
 木乃香は漢字や、と驚きリストに指を這わして説明してくれる。

「これもこれも都心の方にある大きいショッピングモールで揃いそうだから行ってみよ。あ、でもその前に服着替えに帰りたいわぁ」

「ならさっさと食って行こかい、嬢ちゃんの案内がないとワイも困ってまう」

「ちょっと待ってぇー」

 急いで味噌汁と言う料理を飲むのを見て、まだかかると思い胸ポケットから煙草を取り出す。
 煙草を咥えようとしてあの男の声を思い出した。

「嬢ちゃん、着替える前に嬢ちゃんの写真撮ってええか?」







 ショッピングモールで二人して歩くのはいいが人込みが多くて鬱陶しいと感じる。
 木乃香の案内で色々とお土産が買えたから良かったものの、一人でここに来てこの人込みを見たら直ぐに帰ってただろう。
 木乃香が和菓子を選んでいるくれているのを横から見ている。
 携帯を横にして立てたくらいの高さの、薄くて大きい四角い箱の中にある粒々した桜色の団子に葉っぱが巻かれた物と、同じく粒々した茶色の団子を見比べていた。
 唸っている木乃香を視界の端に置き店内を見渡す、箱のお土産用の物の他にショーケースの中には三色の一口サイズの団子が串に刺さっていたり、緑色の団子等が行儀よく整列していた。
 視界の端の木乃香がこちらを振り返り、手に持っていた箱を見せてくる。

「はい、ウルフウッドさん。これだけあればええやろ」

 差し出された箱を受け取り、書いてある字を読む。
 桜餅、大福、芋羊羹、醤油煎餅、これだけあれば充分だ。
 レジにそれらを持って行き、会計を済ます。
 店の外に出ると太陽が沈み始めていた。

「嬢ちゃん今日はおおきに、色々と世話になったわ」

「お礼を言うのはうちの方や、逃げるの手伝ってもらったしご飯までお金だしてくれたやん、ありがとうございます」

「お互い様やな。もう暗くなりそうやから送ってこか?」

 橙色の空を見上げて言うが木乃香は断った。

「大丈夫や、寮は近いから一人で帰れるえ。今日は楽しかったわ、ほなまた学園で」

 そう言って木乃香は駅にと向かって行く、まぁ電車に乗れば直ぐ学園内だし大丈夫だろうと思い手を振ってから自分もホテルに帰る事にした。







「ほれ、お土産や」

 あれか次の日直ぐに飛行機に乗り、夕方頃にロシアに着いた。
 それで今は孤児院に戻って皆に頼まれたお土産を渡している。
 子供達が嬉しそうにしている顔を見ると自分も嬉しくなってしまう。
 カティアさんには日本の味噌を渡すと、何これと言ってパソコンまで味噌を使った料理を調べに行った。
 カティアさんが居なくなるのを見てユーリが自分に近づき、誰にも聞かれないように耳元で小さく聞いてきた。

「……二コラス、例の物は持ってきたかい?」

「……安心し、バッチリ撮ってきたわ……」

 ユーリが着いてこいと手招きをしてきたので子供達がはしゃぐ中、静かに部屋から出て行く。
 そして廊下の突き当たりにあるユーリの部屋まで来た。

「さぁ、二コラス、早く見せるんだ。日本の女性はどんなのだった!?」

 懐から日本で現像してきた写真を渡す、写真に写っているのは着物姿の木乃香だ。
 彼女らしいおっとりとした笑顔がとても魅力的だ、現にユーリもだらしなく頬を緩めている。
 何枚かは自分とのツーショットもあるがこれは木乃香だけを撮っていると、木乃香に不審に思われたら嫌だと思って一緒に撮ったものだ。まぁ木乃香は気にしていないようだったが。
 ユーリが暫く写真を見ていると突如何かに気づいたように、驚愕した顔で自分を見てきた。

「二コラス……、確かに写真を撮ってきてと頼んだのは僕だけどさ、まさかこんな孤児院の子供達と変らないくらいの女の子の写真を持ってくるとは思いもしなかったよ……」

 やっぱりそういう趣味だったんだね、と遠くを見つめて言うユーリに自分のこめかみに筋が入るが、反論するとまた話が面倒になりそうだから相手にはしない。

「そんな事より面接受かったから明後日くらいにはまた日本に戻るで」

「えぇ? そんなに早く決まったのかい? それ、ご飯の時にでも皆に言うんだよ?」

「わーっとる、ワイもびっくりしたでホンマ。まぁ念願の教師やから文句は言わへんけどな」

「しっかりやれよ~、日本の子供達は変な所で凄い力を発揮するからね。振り回されるなよ~」

 あぁ、と返事をするとユーリは写真をイメージに銃の設計図を描くと言い机にかじりついた。
 てっきり夜な夜な眺めてニヤつくものだと考えていたがどうやら真面目な事だったらしい。
 本人に聞くと「男より女の子の方がイメージしやすい、何より銃は女の子と同じ用に扱わないといけないんだ。銃も女の子も大切に扱わないとしっぺ返し喰らうだろ?」と力説している。
 確かに手入れを怠って、いざって時に弾詰まりを起こしたら話にならない。
 銃を使っていたから解るが自分もそんな事にならないように手入れとはこまめにしていた。
 設計図に没頭しているユーリを邪魔をするのは悪いから、部屋からでて行こうとして呼び止められた。

「二コラス、そういえばまだプレゼント渡していなかったね。これあげるよ、カティアと一緒に選んだ
んだ。カティアにもお礼を言っておいてね」

 渡されたジッポーを、おおきに、大事にするわ、と礼を言って受け取り今度こそ部屋を後にした。
 自分の部屋に着いてドアを開ける。
 そこにはカティアさんがパソコンで日本の料理について調べていた。

「あ、二コラス君、ちょうどいい所に。味噌料理で美味しいものを日本で何か食べた?」

「そやな、ホテルの朝食で出てきた味噌汁は美味かったで、他は知らん。やけど何にでも合いそうな味しとったで? カティアさんなら美味く作れそうやから買って来たんや」

「そう? なら試しに夕食は味噌汁ってのを作ってみようかな」

 そう言うと料理サイトで味噌汁のレシピをメモしていた。

「カティアさん」

「なあに?」

 メモ取るのを止めてこちらに向く。

「ジッポーありがとうな、大事にするで」

 そう言うとカティアさんは、気にいってくれてよかった、と笑って言った。

 その日の夜の出来事は食卓で出た味噌汁が評判だったのと自分が面接に受かり日本で就職すると言って皆がお祝いしてくれた。

 そして予定通りにまた日本へと出発した。






後書き

1、何故、入学式を早めたんだ?
   
2、てことはアスナ達はまだ中学生前じゃないか?

3、小学生は英語喋れないから前回のウルフウッドが英語を教えてたのはちょっとおかしい。


1、すみません、プロットと原作が一年のズレに気づきこんな暴挙にでました。

2、はい、そうです。最初は2-Aの副担任にウルフウッドを入れてって話にしようとしてたんですがプロットのズレで急遽変更しました。この後ウルフウッドはさらに一年間適当に過ごさせます。

3、小学生でもあの言葉(I can't speak English.)は何処かで聞いことがあり知っていそうなので大丈夫じゃないかな? と自分は思うんですけど駄目ですかね?



[29969] 12話
Name: スヌーピα◆f1c5a480 ID:c71893b9
Date: 2011/09/30 18:16
「じゃあウルフウッド君には、4月から男子中等部の一年生を担当してもらうからの」

 学園長にそう言われ、任せとき、と返す。
 馴れない敬語よりも親しく話してもらった方が楽じゃ、と言う言葉を会話の直前に貰い、こうして今は話し方を崩している。
 そして始まった始業式、男子中等部の体育館で自分は大勢の生徒の前で自己紹介を済ますと、学園長に指示されて[一年A組]の担任となった。
 その日から歴史の授業を生徒に教えているが特に問題もなくこなしている。
 問題があるとしたら子供達の元気が良すぎる所だろうか、初めて教師になった事で気を引き締めていた分。子供達の勢いと仲良さに身を硬くしていた自分が馬鹿らしくなった程だ。
 今は自分の生徒達とは良好に関係を気づけている、何人かはニコ兄と慕っている生徒もいる。
 そんな子供達が教室で消しゴムを千切り、隠れて投げ合う日々を叱りながら日々が過ぎていった。

「楽しいんやけどホンマに疲れるで、なぁユーリ、聞いとるんか?」

「聞いてるよ、二コラスが楽しそうに仕事をする話を聞くのもいいけどさ。こう、ないのかい? 女の子との浮ついた話とかさ」

「ない、教師は授業が終わった後も色々と大変なんやで。しかも新米教師や、覚えることぎょうさんあって女と会う時間なんてないわ」

「枯れてるねぇ」

「このウォッカの瓶で頭殴りつけたろか」

 教師生活で初めての夏休みでロシアに帰国した自分は今、ユーリと二人で酒を飲んでいた。
 ユーリはあまり酒には強くないが、ちびちびとグラスを傾けて飲み、自分のペースについていけるように会わせてくれる。

「まぁ個人的にさ、孫の顔を早くみたいって言うか? な感じだから早くしてくれないかなぁなんて」

 何気なしに笑って言うユーリの顔を見て、この孤児院で目覚めてずっと気になっていた事を聞く。

「……最初は他人の過去やって思って踏み込みはしーへんかったけどな、ずっと気になってたんや。今まで孤児院におったけどお前の子供一度も帰ってこんかったな、……どうしたんや?」

 そう言うとユーリは顔を伏せる、表情は見えないが雰囲気から大体の事は察する。
 重い空気だ、だが、それでも聞いてみたいのだ。だって自分も家族の一員なのだから。
 数分の沈黙を持ってからユーリは静かに喋りだした。

「僕の子供はね、とても賢くて良い子だったんだ、僕の銃の設計図を描く後ろ姿を見てかは解らないが、あの子もいつからかは覚えてないが、見よう見まねで絵を描き始めたんだ。絵の才能があったのかどんどん上手くなっていってね、最初は僕の仕事を継ぐのかなと思っていたんだけどさ、どうしてかあの子は美術大学に行ってしまったんだ。あの子が選んだ道だから何も言わなかったけど内心結構がっかししたんだよ? あの独特の才能には期待してたからね。それからあの子の絵を応援して家族三人仲良く過ごしていたんだよ。そしたらさ、あの事件が起きたんだ」

 ショットガングラスをグイっと飲み干すとユーリは天井を見て項垂れて続きを話す。

「大学に銃を持った男達が占拠してね、政府の見せしめとしてTVの実況中継中に射殺されたんだ。今でも忘れもしないよ、引き金に指を掛ける犯人達に許しを請うて、父さん母さん助けてって叫ぶあの子の涙と鼻水でグチャグチャになった顔。僕とカティアはそれをTV越しにそれ見ててさ、カティアが泣き出して僕が抱きしめて落ち着かせようと声を掛けるんだけどさ、実は喋ってるようで声が出てなかったんだ。唇が震えて目からは涙が止まらなくてさ、二人してずっと泣いてたんだ。それから数日してやっと平静を取り戻した僕は軍経由から色々と話を聞いたんだ。知り合いが言うには犯人達は占拠した次の日に軍によって制圧され、その場で息子と同じく射殺されたって、当たり前だよね。だって何にも罪の無い人間を殺したんだ。それ相応の罪を被るべきなんだ。でも、それより驚くことを聞いたんだ」

 時折鼻を啜り、赤く腫らした目を腕で押さえる。

「犯人達が息子を殺すのに使った銃が僕の作った銃だったんだ。」

 これじゃあ間接的に僕が殺したようなもんだよな、ユーリはそう言うとグラスにウォッカを注ぐとまた一気に飲み込んだ。

「でもその犯人達を殺したのも僕の銃なんだ。僕の銃が息子を殺し、僕の銃が息子の仇を取ったんだ、複雑な気分でいっぱいだったよ、その話を包み隠さずカティアに話したら、抱きしめられたんだ。怒鳴られて最悪仕返しか離婚されるかと考えただけに凄く驚いたよ。そしてカティアは言うんだ「あなたは悪くないの、悪いのは銃を無抵抗の人間に撃った奴等なの。それにあなたの銃は残された人質を救った事にもなるのよ? 自分の銃に誇りを持ちなさい」って、それでまた泣いちゃってさ、大変だったよ。カティアにああ言われたから僕は今も銃を作っているんだ、それがあの子への謝りと自分への戒めだよ」

 一呼吸すると静かにゆっくりと、力を込めて言った。

「二コラス、力は人を殺す、でも人を護るのもまた力なんだよ。僕はそう思う」

 自分の瞳をしっかり見つめて言うユーリはとても普段のおちゃらけた感じは微塵も感じず。
 ただ、自分の中に後悔と誇りを抱えて歩いているようだった。

「さぁ僕の暗い過去を話したんだ、君の過去も話してくれるよね?」

 続けて「あぁ、それとこの話はカティアの前でしないでね、また思い出して泣いちゃうと困るからね」と、悲しい笑顔でそう言うユーリを見て、何処か自分と近い存在だと感じる。
 その日は夜遅くまで男が二人、酒を口に運び、口から言葉を吐き出していった。







 冬休みの中、ロシアへの二度目の帰国、新年を迎えた次の日に家族の下に戻ってきた。
 日本から持ち帰ったおはぎと煎餅をカティアさんに渡す。
 どうやら夏にお土産と渡したおはぎを、カティアさんは大変気にいっていたので今回も持ってきた。
 ロシアでは昼の時間だったので二人で食べている。子供達は学校に行きユーリは仕事に出かけていない。
 料理の手伝いをしていると日本で嗅ぎ慣れた匂いが鼻につく。

「味噌汁か、美味そうやな」

「ふふ、大分上達したと思うの」

 味噌は孤児院の皆が気にいり、定期的に自分が日本から送っている。
 カティアさんはその味噌を使い、料理のレパートリーが増えて嬉しいと喜んでいた。
 皿に料理を盛る付ける、味噌汁の汁物碗が無くて適当にお椀型に近い物に入れるが、日本で過ごしている自分には凄い違和感を感じる。
 今度ちゃんとした汁物碗を買ってこようか。
 二人でテーブルに着くとフォークでご飯を食べる。
 味噌汁をフォークで飲むのもあれだし箸もついでに買ってこよう。

「二コラス君、どう美味しい?」

「あぁ美味いで、でも味噌以外はロシアのもんやからな。しょうがないけど日本のとはやっぱ違うわ」

 あらそうなの、と残念がるカティアに、でもロシアじゃ一番の味噌汁や、とフォローを入れておく。
 するとニッコリと笑ってカティアもご飯を食べ始めた。

「ところで教師はどう? 上手くやれてる?」

「うん? 問題なしや、周りの先生達も教えてくれるからの、上手くやれていると思うで」

 久しぶりに母親と他愛もない会話をして昼を過ごす、それが自分に取ってはとても楽しいものであり、人と笑いあう生活が普通のものとなっていた。
 夕方には子供達が学校から帰ってきて、自分の周りへと集まってくる。
 お土産と騒ぐヨハンが居たり、日本の話を聞かせてとせがむイリヤ。
 前は毎日こんな感じだったが半年会わないだけで今はとても新鮮に感じる。

「うるさいて、一人ずつ喋り」

「麻帆良ってどんなところなの?」

 眼を輝かせて言うイリヤ、ヨハンは横でお菓子と煩いので煎餅を渡して静かにさせた。

「麻帆良か、一言で言うとはちゃめちゃな所や、学園の中央にはおっきい木があったり学園祭が半端ないほど豪華やったわ」

 へぇーと言うイリヤにナウシカの漫画を渡して下がらせる、後ろで「おおおお!」と腕を天井に伸ばして漫画掲げる姿が見てて面白い。
 他に質問はと聞く、するとナタリアが手をあげたので当てる。

「ほいナタリア」

「ニコ兄にお願いした和菓子の料理本は持ってきた?」

 鞄を探りこれでよかったか? と渡す。やった、ありがとうと言って喜び、カルルを手招きして一緒に読み始めた。ソーニャは既に鞄を漁って、メダロットの漫画を取り出し読みふけっている。
 後ろからキツク感じない程度にチョークスリーパーをかけて人の鞄を勝手に漁るなと叱る。

「なにを人の鞄漁っとるんや! 悪い子はこうやで!」

「うああー! ごめんなさーい! もうしないから! ギブ! ギブ!」

 腕をたんたん、と叩くので技を解く。涙目になっているから頭を撫でてやると目頭を擦り、笑っておとなしくなる。
 これで機嫌が良くなるんだからまだまだ子供からは抜けれないなと思ってしまった。

「ニコ兄~、僕には~? なんかメカメカしい物ある?」

 そう言って来たのがミハイル、前もお土産を選ぶのに一番苦労した。
 今回は日本のガンダムのプラモ買って来た、それを目の前に出すと興味を示す。

「なにこれ?」

「日本のガンダムってロボットアニメのプラモや、あっちじゃ人気なんやで」

 ガンダムは知らなかったようで、うきうきと背後に見えるくらいに楽しそうにしてニッパーを取り出して組み立て始める。

 ユーリには適当に饅頭でも渡し、酒のつまみにして冬休みを終えた。







「ウルフウッド先生は今年から高畑先生の補佐、副担任として女子部の二年A組を担当してもらうぞ」

 春休みに入る一週間前、自分は学園長に呼ばれて女子部の学園長室に来ていた。
 そして机の前に行った開幕そんな重要な事を言われ、なんで? と思ってしまった。
 何しろ今年も男子部の二年A組、もとい今の一年A組を引き続き担当にする事になると思っていたからだ。
 学園長に説明を求むと、うむ、と長い髭を撫でてから喋り始めた。

「高畑先生がな、何かと出張が多くての。高畑先生がいない間に癖が強い一年A組の生徒達を纏めるのに周りの先生が大変苦労してるのじゃ。それで男子部で多くの生徒に慕われている君に助けて貰おうと考えたのじゃて」

 教師の出張ってなんだ? と問うと「彼は上からの苦情受付係みたいなもんでの、その対応じゃ」と言われる。こんなに広い学園都市の上の機関だから何かと指示が多いだろうな、と納得してしまった。

「それならしゃーないわな、じゃあ今年から女子部に行きますわ」

「すまんのう、それと春休みの間に男子部にある教員寮から女子部の方の寮にも移動してくれんか? そうすると女子部の学校に行く事に楽になるじゃろうて、何、費用はこちらで出そう」

 春休みの短い期間で今年のカリキュラムを組むのが面倒なうえ、引越しと来たか。
 流石にこの休みじゃロシアには帰れないなと思い、後でユーリに連絡することを頭に留めておく。

「了解したわ、それじゃ今から荷物纏めに帰るわ。また何か変更があったら携帯に連絡してくれ」

 学園長が頷くと自分は部屋を後にする。
 (女子部か、男子部とは違って色々と気ぃ使わなあかんな)
 この一年がどうなるのかを考えて自分の寮まで帰っていった。






 そして四月の少し遅めの始業式、体育館の大勢いる生徒の中で自分は学園長に紹介されて、二年A組の前に高畑先生と一緒に移動する。
 身長順に並んだ生徒達を見ていると二人程覚えている顔を見つけた。
 一年前にあった鈴の嬢ちゃんと木乃香だ。
 嬢ちゃんの方は驚いた顔してこっちを見ていて、木乃香の方は小さくこちらに手を振っている。
 どうやら二人とも自分の事を覚えていてくれたようだ。
 こちらも手をあげると木乃香はニコっと笑った。
 自分が言うのもなんだが、このクラスは他のところよりも他国からの留学生が異様に多いと思う。
 それを眺めていると一人の生徒と目が合う、少女はキョトンとして顔で自分を見ていたが、直ぐに人懐っこい笑みを浮かべた。
 でも自分はその顔に何か違和感を感じた、そう初めて高畑先生に会った時のような空気だ。自分に纏わりつく感触に不快感が心を埋める。
 これを受けるのは二回目だが何か原因があるのだろうか。
 その空気に頭を悩ましていると、急に消え去っていった。そう何度も感じるものでもないし無視すればいいのかもしれない。
 始業式が終わり、生徒がクラス事に自分の教室へと帰っていく。
 この後にクラスで改めて自分の自己紹介と連絡事項をしないといけないな、と思っていると高畑先生に呼ばれてクラスへと向かっていった。
 そして二年A組の教室のドアの前、自分より低いドアの上には黒板消しが挟まれていた。
 目線より少し下のそれを気づかない訳がない、どうしようかと高畑先生に顔を向けると、苦笑しながらドアのトラップを掴み、先に教室へと入っていった。
 高畑先生が教壇までの間にあるトラップを自分から引っかかりに行き、それを悉く潰していく。
 その光景にポカンとしていると高畑先生が自分に入っていいよと呼んだ。
 教室に入り沢山の生徒の視線を身に受ける。教室の前の方のドアで待機する。
 高畑先生が今年もよろしくと言うと、生徒達が息が揃ったようによろしくと叫ぶ。
 自分の前のクラスより元気が良い、トラップといい雰囲気といい確かに癖が強そうだ。
 次は自分の番だ、教室の隅で待機していた自分は教壇に上がり自己紹介を始める。

「今年から二年A組の副担任になった二コラス・D・ウルフウッドや、担当科目は歴史、自分もよろしく頼むな」

 またしても息が揃った挨拶、そしてそこから始まる質問の嵐。
 適当に質問を拾い答えて行く。
 途中から報道部の朝倉和美と言う生徒がクラスを仕切り、自分に際どい質問攻めをしてきたのがかなり困った。
 その日は始業式で半日で授業が終わる予定だった為に、連絡事項と教科書の配布などだけで終わってしまった。
 職員室でも自己紹介を済まし校内の案内をされた。
 今日の必要な書類も書き終えて時計を見ると六時を回っており、帰ろう思い席を立ち上がったところ隣の席の高畑先生に話掛けられる。

「ウルフウッド先生、どうです? 二年A組就任祝いとして一杯飲みに行きませんか?」

「それええな、いい所知ってるんか?」

「ええ、生徒が作った店なんですがね、とてもおいしいんですよ。夜に行けばお酒も出してくれますしおすすめですよ」

 高畑先生の後をついて行き、その料理屋が見えてきた。
 路面電車を改造して屋台にしたのか、中をキッチンにしているみたいだ、そこらかいい匂いがしてきて食欲をそそる。
 電車の上の看板には超包子と書いてある、それがこの屋台の名前なのだろう。
 屋台の周りには沢山のテーブルがあり、その席を多くの人が座り食事をしていた。

「超君、食事に来たよ、席開いてるかな?」

「いらっしゃいネ、高畑先生、ウルフウッド先生」

 接客に来たのは自分の生徒、超鈴音だ、店の制服なのか。
 ふとももまで際どいスリットが入ったチャイナドレスを着ていた。
 両方の耳の上にお団子を作りそこからおさげを出している中国からきた留学生。
 クラス名簿を見て確認する、この子が朝の始業式で違和感を感じた生徒だ。
 超を観察しててもそこらの生徒達と変らない、やはりアレは気のせいなのか。
 空いているテーブルに案内されてメニューを見て注文する。

「とりあえず、ビールとチャーハンを二人分と餃子を4人分かな」

「わかったネ、ちょっと待つヨロシ、直ぐに持って来るヨ」

 超は注文表に頼んだものを書き料理を持ってくる為に屋台へと戻っていった。

「ウルフウッド先生、二年A組を見てどうだい? 上手くやれそうかい?」

 超を見てボーっとしていたところに高畑先生が質問してくる。

「そやな、女子の担当なんて思いしなかったからな、少し心配やけどなんとかするで。まぁ困ったら高畑先生や周りの先生に相談するわ」

「うん、そうだね、それがいいね。でも安心したよ、何せ男子部では兄として慕われているウルフウッド先生だからね。最近は僕も出張でいないことが多いし、ウルフウッド先生なら安心して生徒達を任せられるかな」

「それ、広まってるんか?」

「いや、女子部にあんまり浸透はしてないよ、ただ先生達の話で良い教師がいるって聞いてたんだ」

 良い教師と言われて少し照れてしまう、まだクラスを担当して二回目なのに褒められるとは思わなかったからだ。
 悪い心地はしないが褒められるのは慣れていないから少し言葉が詰まる。

「おおきに、とにかく頑張っていくからヨロシク頼むわ」

 そう言って出した右手を、高畑先生は握り返してくれる。この人とはいい関係を築けそうだ。
 二人で今年はどうしようかと話しあっているとビールとチャーハンを超が持ち、餃子とから揚げを緑色の腰近くまで伸びた長い髪、これまた際どいスリットのチャイナドレスを着た女の子が持って来た。
 この女の子も自分の生徒、絡繰茶々丸だ。耳の飾りを見る分にこの子が去年大学で作られたロボットなのだろう。今さら麻帆良の異常さには馴れたつもりだったが、やはり実物を見ると驚いてしまう。
 この技術を世界に発表したら世界が変るぞ、と思うがどうやらをそれを行うことはしないらしい。
 いや、周りの人間が絡繰を人間として接している所を見て、道具として扱いたくないのだろうと考える。
 自分も絡繰を人として接しようと思う、だってこの子も自分の生徒なのだから。

「はいネ、お待たせしたヨ。それとこれ、ウルフウッド先生に担任就任のお祝いネ」

 そう言ってから揚げをテーブルに置かれた。

「おぉ、超、絡繰、おおきにな」

 お礼を言うと絡繰はお辞儀をする、そして戻っていこうとする手を超が掴み自分達の席に二人して座る。
 どうしたと聞くと「休憩ネ」と言う。どうやら話に混ざりたいようだ。
 高畑に確認を取るといいよ、と了解を出した。

「ウルフウッド先生はいつから麻帆良にいたのカ?」

「去年からや、男子部の一年を担当しとった」

「ふーん、なんにしても仲良くやれたらいいネ」

「せやな、絡繰もよろしゅうな」

「はい、よろしくお願いします」

 感情を薄く感じるところを見るとまだまだロボットみたいだが、それを除けば本物の人間と変わりない。
 そう思って絡繰の顔をまじまじと見る、ロボットだからか当たり前か、人間よりも整った顔がとても綺麗だ。
 髪も艶が保たれていてサラサラと夜の涼しげな風に乗って流れている。
 先ほどの声も機械音声とは思えない程自然で、耳に入るのが気持ちがいいくらいだ。
 ずっと見つめていたのを不思議に思ってか絡繰が話しかけてきた。

「どうかしましたか?」

「いや、綺麗な顔やなと思ったんや」

 試しに褒めてみると案の定意味がわからないと首を傾げていた。
 まるで小さい子を相手にしているみたいで面白くなり、いつの間にか腕を伸ばして絡繰の頭を撫でていた。
 その行動に高畑先生と超は笑い、絡繰は不思議そうにしていた。

「飯美味かったで、また来るわ。超、絡繰、また明日な」

 飯を食べ終わり寮へと帰る。
 高畑先生とは途中で別れた、どうやら寮じゃなくて麻帆良に自分の家があるらしい。
 それを羨ましく思い夜の道を歩いていく。
 すると前から小さい子が歩いてくる、夜遅くにこんな小さい子がどうしたんだ? と思い様子を見ていると街灯に照らされて姿が見えた。
 お尻の下の所まで伸びた明るい金髪、その髪が腰から毛先のところまでとウェーブが掛かっており、そして鋭い目つき。
 身長が百四十、いや百三十くらいか? 初等部の子かと思って勘違いしてしまう程小さい。
 だが彼女を知っている、この子も自分の生徒のエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだからだ。その子が無表情に歩いている。
 絡繰とは違った美しさ、と言うよりは気品か、がある。まるで西洋人形みたいに品がある顔立ちをしている。
 学生服じゃなく可愛い服を着せてネットオークションにドールとして売り出したら何百万と値段がつくかもしれない。それくらいに夜の中を歩くマクダウェルは美しかった。
 教師としてあるまじき考えをしていた事を隠して、夜に女の子が一人で歩くのは危ないと思い声をかける。

「……これはウルフウッド先生じゃないか、こんばんわ」

 なぜか偉そうに言われる、去年の男子部にもこんな奴がいたと思い出す。
 まあそいつは見た目的にここまで威圧感はなかったのだが。
 まるで興味もないと言うように歩き去って行こうとするマクダウェルの肩を掴んで止める。

「待ち、夜遅くに一人で出歩いたら変な男に襲われるで」

 そう言うとマクダウェルはこちら振り返り面倒そうに言う。

「心配しなくても大丈夫だ。私は今から食事に出かけるんだ、邪魔をしないでくれ」

「阿呆、心配と思ってるから声かけたんや。夜歩くならこんな暗い道歩かずに人込みが多いところ歩きや」

「わかったから、あまり私に話し掛けるな、色々と面倒なことになるぞ」

 不機嫌そうに自分の手を払いマクダウェルは光がある方に道を変えて歩いて行く。
 さっき手に触れられた瞬間に体が氷を当てられたようにひんやりとしたのを感じた。

「なんなんや、あいつ」

 気分が悪い訳じゃないが何故かマクダウェルを追いかける気がなくなり自分は帰路につく。
 自分の部屋に入ると上着を脱いでベッドに倒れる、帰り道で急に眠くなった頭を振り、気力を振り絞り立ち上がる。冷蔵庫からペットボトルのお茶を取りキャップを開けて飲む。
 日本に来て最初は避けていた飲み物だが、コーヒーばかり飲んでいては駄目だと思い初めて一口含んだ時にはまぁ悪くないなと思った。それからは普通飲めるようになった。
 水を飲めばいいだろうと思うかもしれないが舌に味が欲しかったんだ。
 半分くらい飲むとローテーブルに置き、シャワーを浴びる為に風呂場の電気をつける。
 服を脱ぎ熱いシャワーを浴びる、シャワーを浴びても眠いから適当に汗を流して直ぐにあがった。
 バスタオルを腰に巻き、ノートパソコンと書類が散乱している机の椅子に座る。
 書類からマクダウェルの情報を確認していると学園内にログハウスを置き、絡繰と共に過ごしていると解った。何か理由があるのだろうがきっと簡単に聞いてはいけないことなのだろう。
 頭がさらに眠気に嵌り、意識が朦朧としてきた。
 明日はマクダウェルを少し気にしてみようかと思い、ローテーブルの残りのお茶を取り飲み干す。
 そして洋服箪笥からパンツを取り出して履くと、ベッドに倒れるようにして眠りに落ちた。





後書き

ズレで生じた一年間をぶつ切りでお送りしました。
だって男子部の話しを書いても皆さんは楽しく感じないでしょう。
何より自分が考えてて楽しくないです。
やっと2-Aの副担任に持っていきました。
ここから一年間ネギが来るまで、フラグを立てて色々と女の子の心を傾けようと思います。



[29969] ここまでのながれ
Name: スヌーピα◆f1c5a480 ID:c71893b9
Date: 2011/09/30 18:17
前書き

ここまでのプロットの流れと、前々回の謝罪を載せます。


本文


トライガン死後

ウルフウッド最終シーンから次へネギま(地球へ)この時ウルフウッドは19歳の設定


ネギまに行く

ロシアの孤児院のベッドで目を覚ます。(知り合いの医師の病院で治療。ユーリが知り合いに迷惑をかけられない(得体の知れない危ない男を病院にいさせるのが)と二コラスを孤児院に戻す)追記・()の話を書き忘れて掲載しちゃった。


1997年

ロシアの田舎の父妻が経営する孤児院にてお世話になる。

孤児院の経営は良好、それを見てニコラスが安心し自分のやりたい事を探し始める。

教師に興味を持つ、孤児院で子供達の相手をしつつ勉強に励む。

子供達が日本についていろいろと教える。

世界の歴史の勉強中に日本の歴史に興味を持つ。

ユーリにパソコンを買ってもらい学校の募集場所を探す。

色々な国から教師、留学生が来ている麻帆良学園が教師を募集しているのを見てここだと決める。

適当に3年経過させる


2000年2月

教員免許取得(一回落とす)、また1年間勉強させる。


2001年3月

免許取得

日本で外国の教師を募集している所を探し、また麻帆良が募集しているのを見つける。

面接を受けに一度日本へ。
(プロットと原作で一年間のズレに気づき急遽設定を変えて適当に時間を潰す事に)

面接に受かり、一度荷物を纏めて持ってくると言いロシアに帰る。

孤児院の皆と別れ単身で麻帆良へ。


2001年4月

学園長が二コラスを男子部で教師をしろと命じる。

1年間教師をこなし、ウルフウッドを信頼ある教師として認識させる。でも男の話をしても面白くないから男子部の一年間ははしょる。


2002年3月

学園長が、忙しいタカミチの補助として来てくれと言い。今年から2-Aに副担任として入る。
(ウルフウッド24歳、見た目は渋めなオジサマ)


麻帆良 2-A 2002年

1学期
   
4月         女子部に移動。めでたく2-Aの副担任&歴史の教師のなる。

           一部? を除いて魔法関係者から一般人と思われているかもしれない。

     ○     2-Aの担任、高畑と仲良くなる。   ←今ここ。


---------------------------------------------------------------           
謝罪。

最初はウルフウッドを女子部2-Aの副担任にさせるつもりが、プロットと原作の時系列を見返していたら1年早く麻帆良にいれている事に気づきました。本来就職して直ぐに2-Aに入れる予定だった為に1年間余分に話を書いて無理やり話しを繋げました。出来る限り違和感のないように書いてみましたが、入学式をずらすなど本来の学校じゃありえない暴挙に出てしまった事をお許しください。




後書き

ここまでが原作外のキャラとの下地です。
次は2-Aでの一年間で、原作内のキャラとの下地を作りに移ります。
原作の流れを変える為にちょっとずつフラグを立てます。




[29969] 13話
Name: スヌーピα◆f1c5a480 ID:c71893b9
Date: 2011/09/30 18:18
「大河内、ここのページを読んでくれ」

 生徒を適当に当てて朗読させる。自分は今、二年A組で授業を行っていた。
 大河内が文を読んでいる間に教室の中を見渡す。
 教科書を読んでいる者、隠れて携帯を弄っている者、ボーっとしている者、寝ている者と生徒達は様々な行動を取っている。生徒達の授業態度を見て心の中で溜め息をつく。
 名簿であらかた顔と名前は記憶したが、授業態度を見るのはこれが初めてだ。
 とりあえず思った事は授業を真面目に受ける奴とよそ事をして遊ぶ奴の差が尋常じゃない事だ。
 特に今この教室にいないマクダウェル、自分の授業をサボるとは何事か、後で注意をしないと駄目だと思う。
 大河内の朗読が終わり着席する。そして大河内に喋ってもらった事に補足と説明をいれながら寝ている生徒の元まで移動する。そして肩を揺すって起こす、これが男だったらもうちょっと手荒いが女の子相手だとどうしても手加減してしまう。
 もう昼でござるか、と寝ぼけた事を言う長瀬に拳骨を落とす。勿論手加減してある。
 それを見た数人はよそ事をやめて前を向く、思ったより拳骨が痛かったのか長瀬が頭を押さえているが、ここで気遣うときっと寝るのをやめないので無視して教壇に戻る。
 最初の授業は生徒の性格の把握をするのに勤めた。
 そして帰りのホームルーム、そこには午前中の自分の授業に居なかったマクダウェルが吐息を立てて寝ていた。
 高畑先生が帰りの挨拶を締めくくると、生徒達が教室に残って何か喋ってたり、部活に行こうと足早に教室を出て行ったりと自由に行動する。
 その中で今だ眠っているマクダウェルの下に行くと、朝に長瀬に落とした拳骨よりもう一段階強い一撃を食らわした。
 マクダウェルはガバッと起き上がると一撃を放ったのが自分だと気づき睨みつけてくる。

「先生、生徒に暴力振るうのはどうかと思うのだが」

「授業をサボるお前が悪い、ワイの授業サボるんは許さんで」

「……いいだろ、受けるも受けないも私の勝手だろ?」

「勝手だろ? やないわ、学校に来てんやから勉強しな意味ないやろ。とにかく真面目に、とは言わんが出席はし、やないと後々大変やで?」

「ここの学校はエスカレーター式で特に困らんと思うぞ」

「屁理屈ばかり言うんやないわ、とにかく授業はにはちゃんと出席せえ。次サボったら頭蓋骨に罅が入るくらいの拳骨叩き込むで」

 怒りながらもマクダウェルの頭を手でわしゃわしゃと揉みくちゃにする。
 やめろと迷惑そうに言って手を退けようとするが中学二年生の力じゃ自分の手は止められない。

「えーい、鬱陶しい! わかったよ、考えとくから髪をグチャグチャにするな!」

「考えるんだけやなくてちゃんと実行せえや」

 頭から手を離してマクダウェルの前の席に座る、正面にいる相手は乱れた髪を手櫛で整えながらまだ何かあるのかと言いたげに視線をぶつけてくる。

「とりあえず今日サボったワイの授業、きっちり教えたるわ、覚悟せ」

 するとマクダウェルは「うあああ!」と叫びながら頭を掻きまわし、また髪をグチャグチャに戻していた。
 その奇行を無視しながら教科書を机に広げ、今は頭を抱え込んでいる少女に声を掛ける。

「ほら、始めるで、こっちみ」

「……先生、今の反応見てたよな? 強引な男は嫌われるんだぞ、知ってたか?」

「マクダウェル、知ってたか? しつこい女も嫌われるんやで。ほら、諦めてノート広げて出し」

 渋々とノートを捲るマクダウェルに「ええ子やな」と言うと凄い睨みつけられた。
 子供扱いされるのが嫌なのだろうか、確かに容姿の関係でそういうのには過敏に反応してしまうのかもしれない。
自分としては容姿だけじゃなく性格も子供らしいと思っているのだがこの事は口には出さない方がいいだろう。
 教室にまだ残っている生徒達はそんなマクダウェルを見てご愁傷様やら頑張って、と横を通りすぎる時に声を掛け教室から出て行く。二年A組のこういう誰にでも仲よくしようとする姿はとてもいいものだと思う。
 まだこのクラスで担当して始めだが、他のクラスよりもここは仲の良さと結束力が強いと思っている。
 それかただ単にお祭りが好きなだけかもしれないが。昼に神楽坂と雪広の喧嘩にトトカルチョをしていたし。

「おい先生、ボーっとするな、どうしてこの年でこんなことが起きたのか説明してくれ」

「あぁ、すまん、ここはな――」

 教室で自分達以外の人が居なくなった頃にマクダウェルに補習を終わるかと伝えると、やっとかと言って机にグッタリと上半身を乗せた。

「疲れたのはわかるがはよ帰らんと暗くなるでー」

 だがマクダウェルは自分の声が聞こえてないのか、何にも反応してくれない。
 肩を揺する、そして気づく。微かに聞こえる寝息、机に押し付けられて潰れた頬。
 マクダウェルは寝ていた。まさかあの一瞬で寝るとは相当に眠気を我慢していたのか、頬を突いても起きない。補習で無理させて悪かったかと少し思う。
 とりあえずここで寝られると困るから起こそうともう一度肩を揺する、だがむにゃむにゃと聞き取れない寝言を言うだけで反応がない。声を掛けても、抓ってみても、その閉じられた瞼はどうにも開きそうにない。

「……背負って家まで運ぶしかないんか? これ」

 寝顔を見ていると先ほどまで早く補習を終わらせろ、と目尻を吊り上げていた表情は何処にいったのか、とても見た目に似合った可愛らしい顔をしている。
 だけど自分も仕事があり送るのは正直面倒くさい。

「……面倒やわぁ」

 溜め息を一つしてマクダウェルに自分の上着を掛けてやり、足早に教室を出て職員室に向かう。
 職員室に何人か残っている先生達の中で自分の知った顔を探す、だが帰ったのかもういないようだ。

「ウルフウッド先生どうしたんです、何かお急ぎで?」

「せや、瀬流彦先生。それで高畑先生探しとんやけどもう帰ったんか?」

「学園長に呼ばれてたから帰ってはないと思うけど、職員室に戻ってくるのは遅くなるんじゃないかな」

「ほうか。まぁしゃあないわな、忙しい人やし。マクダウェルの家は自分で調べればいいしええか……」

 高畑先生ならマクダウェルの家を知っているだろうし、車もあるから送ってくれと頼もうと思ったが、どうやら世の中はそこまで甘くは出来ていないらしい。
 瀬流彦先生にお礼を言い、自分の机から今日の書かなきゃならない書類と生徒の個人票を肩掛け鞄に入れて職員室を出て行く。
 教室に戻るまでに個人票でマクダウェルの家の道筋を頭に入れながら歩く。
 廊下の窓から見える外はもう夕焼けだ。これは早く帰らないと絡繰が心配するかもしれない。
 教室に着きドアを開ける、あいつはまだ眠っている。
 掛けた上着が温かいのか、握り締めて嬉しそうな顔をしていた。
 上着が掛かったままのマクダウェルを起こさないように背負う。
 ふとももを持つ手に女の子特有の柔らかな肉が脳を刺激する。
 そしてマクダウェルの体が、自分の背中に頭を押し付けたまま、下にずりずりと下がっていく。
 眠っているせいで自分の体を支えれないのだろう、マクダウェルの腕を自分の首に回し背負い直すがすぐにずり落ちる。
 落ちないように仕方なく持ち方を変える、組んだ手をマクダウェルのお尻の下に持っていき体を持ち上げた。
 先ほどよりも柔らかな感触が手へと伝わる。まぁ直接女の子のお尻に触っている訳だから当たり前なのだが、それを役得だなと思ってしまう。
 まさか中学生相手にこんな気持ちになるとは思わなかった。
 普段だったら「ワイがこないな小便臭いガキに興奮するか!」とか言い否定する筈だが、今はそれを言う自信がない。
 ユーリに色々とマニアックなエロ本を貰っていたせいだろうか。
 頭を振って邪念を払う。マクダウェルを片手で支えながら自分の肩掛け鞄にマクダウェルの荷物をいれる、はみ出てしまっているが落ちなければ大丈夫だろう。
 背中でいまだに気持ち良さそうに寝る教え子を、起こさないように気をつけながら歩く。
 個人票に乗っていた道と家の場所を思い出しながら歩を進める。
 後ろではマクダウェルが安心しているのか、自分の肩に額を預け聞き取れない程小さな声で寝言を言っている。
 首に抱きしめるような形で腕を回して密着しているからだろう、マクダウェルからシャンプーの香りが漂ってくる。
 (これが自分の生徒やなくて、いい歳した肉付きのええ女やったら良かったのに)
 そんなことを考えてマクダウェルの十年後を想像する、間違いなくいい女になる、そう確信が出来る。
 (でも性格と胸がちょっと残念かもしれへん、もちっとまあるい性格して胸がおおきかったら凄いことになるわ)
 勝手に将来の姿を作って勝手に評価する、でもこの背中に当たってるかどうかも解り辛い胸じゃ未来は望めないだろう。
 いや、鳴滝姉妹よりは全然マシだと思うが。

「胸があったらなぁ、ホンマ言うこと無しなんやが」

「……胸がなくて悪かったな」

 立ち止まる、完全に失言だと悟った。背中の少女が起きてるとは思わずに言った独り言をまさか聞かれたとは。
 若干、首に回された腕に力が入っているのは間違いじゃないだろう。

「……起きとったんなら言って欲しかったわ」

「先生が歩いてくれると楽して帰れるから黙ってたんだよ」

「うっさいわ、ホレ、はよ降りてさっさと帰れ」

 降ろそうと屈むがマクダウェルは背中から降りてくれない。

「何しとんねん、ワイ今日は仕事を持ち帰ってんねんで、はよ降りてくれんと家帰って書類書けへんやん」

 一向に降りる意思がない事が感じとれる。
 どうしたと聞くと何やらボソボソと喋る。

「……このままがいい、せめて家まで送ってってくれ」

 耳元で喋られたせいで全身にこそばやい感覚が駆け抜けた。
 子供の我侭か、と言うと凄い怒られた。
 背負い直して本来行く場所へとまた足を動かす、後ろの少女の顔は見えないがきっと真っ赤なのだろう。
 さっき自分に言った事が恥ずかしかったのか、現に後ろでは自分の背中に顔を埋めて呻いている。
 今日近寄って最初に取られた態度があれだ、誰かに頼ると言うことをした事がないのかもしれない。
 それで気恥ずかしがっているんだと思う。
 体がずり下がってきたからまた背負い直す、するとマクダウェルが変な声を出した。

「おい! 私の尻を触るな! というかこの持ち方はなんだ! 変えろ!」

「うっさいやっちゃな、鞄が邪魔でふともも持てへんのや、我慢しい」

 それにこのままが良かったんやないんか、そう言うと黙ってしまった。
 そこからは共に喋らず、ログハウスまで変な空気を気にしつつ着いていた。
 家主のマクダウェルがいるにも関わらず、律儀にドアの鈴を鳴らして中にいるであろう絡繰が出てくるのを待つ。
 背中の奴が「入ればいいだろうが」とうるさく喚くのでドアを開けて入ろうとする。

「あ、マスター、お帰りなさいませ。それと先生、こんばんわ」

 ドアの向こうにはメイド服を着た絡繰がドアを開けようとしていた形で出迎えてくれた。

「絡繰……、いややっぱええわ……、とりあえず後ろの阿呆を連れて来たんだが何処置けばええ?」

 そないな服の趣味やったんか、と突っ込もうとしてやめた。
 真面目でおとなしい絡繰がこういう服を着てるとは思わず印象を少し変えた。
 絡繰の案内でマクダウェルをソファに落とす、生徒の扱いが酷いと言われたがこいつもどっこいどっこいだと思う。
 後ろで騒ぐマクダウェルに別れの挨拶をし、家を出ようと体の向きを変えると絡繰に道を阻まれた。

「先生、お茶です、良かったらどうぞ」

 最初はマクダウェルを置いたらさっさと帰ろうと思っていたので呼び止められるとは思わなかった。
 まぁ学校からマクダウェルを背負って休憩無しで歩いて来たのだ、生徒のおもてなしを受けて今日の疲れを取っても許されるだろう。
 いや、書類を書かなければならないと言う時間は許してくれない可能性があるかもしれない。

「せっかくやし少し貰おうか、マクダウェルもええか?」

「ああ、構わない」

 許可を取るとマクダウェルの横に腰を下ろす、特に文句も言われなかったが、少しは心を許されているのだろうか。
 絡繰に差し出された、湯のみに入れられたお茶を一口飲む。熱くて苦い、きっと高い茶葉を使っているのだろう、苦くても不味くはないし逆にまた一口と口が進む。
 絡繰がマクダウェルにもお茶を出すとキッチンの方へと戻っていってしまった。
 隣の少女は絡繰が居なくなった事で落ち着きなく目線を彷徨わせ始めた。
 それにつられて自分も目線を室内に這わせる。
 このログハウスの家主はマクダウェルだ、絡繰は給仕みたいな感じだが家族と言う事になっている。
 恐らくだが絡繰が産まれた時に「私が面倒を見てやる」とか偉そうに言ったのかもしれない、絡繰を作ったのも自分のクラスの生徒らしい、多分その時に立ち会っていたのだろう。
 まぁそんな憶測はいい、今はこのログハウスの話だ。
 一言で表すなら「ファンシー」、これで決まりだ。
 室内の中は買ってきたのか、それとも自分で作ったのか、沢山の人形が置いてあった。
 色々とあるが大体のデザインが同じで、尚且つ縫い目がミシンを使ったような機械的な作りじゃない事から多分後者だ。
 性格に似合わず容姿に似合う趣味だな、と思った。
 (もしかして絡繰のメイド服姿もこいつの趣味かもしれへん)
 絡繰の印象を少し元の位置に近づけてから隣の少女に顔を向ける。

「な、なんだ?」

「このようさんある人形はマクダウェルの手作りか?」

 その言葉に口をフフンと鳴らし、当たり前だといった感じで喋りだす。

「よくわかったな、ここにある人形の全て私が作ったものだ、どうだ? 凄いだろ!」

「これはほんまに凄いで、その辺に売ってる奴より綺麗な人形やわ」

 そうだろうそうだろう、と先ほどの落ち着かない仕草は何処に行ったのか、今は自分の作った人形を褒められて嬉しそうに笑っている。
 怒ったり、恥ずかしがったり、喜んだり、案外弄り易い性格なのかもしれない。
 湯のみのぬるくなったお茶を一気に喉に流し、ソファから立ち上がる。
 そろそろ帰らないと書類を書く時間に押されて寝る時間が短くなる、それは嫌だ。

「じゃあワイ帰るわ、書類書かなあかんねん」

 マクダウェルはそうかと言い見送る為に玄関まで着いてきた。

「茶、美味かったって絡繰に伝えてくれ、それとマクダウェル、授業さぼるなよ。ほな明日な」

 後ろを振りかえろうとしたところで突然に袖を掴まれた。
 とても小さな手だ、やめろと言えば直ぐに離してしまいそうな弱々しい力で握っている。
 そんなマクダウェルの姿に困ってしまう。

「どないした?」

 この行動にどういう意味があるのかと問いかける、まさか教師相手に「まだ帰らないで」なんて事は言わないだろう。
 寧ろ言わせてしまったら男として合格、大人として失格、教師として失格で懲戒免職行きになる。

「上着、忘れているぞ」

「あぁ、すまん、おおきにな」

 実際はこんなものだ。
 上着を受け取り、着る、上着をマクダウェルに掛けていたせいか、ほんのりとマクダウェルの匂いがして、マクダウェルの体温がまだ残っている。

「それとだ!」

 急に声を張り上げたから少し驚いた。目の前の少女は顔を赤くし、口をパクパクと動かしているが何を言ってるのかは聞き取れない。

「聞こえへんで、ほら、怒らんから大きな声で言うてみ」

 うるさいわ! と顔を真っ赤にして叫ぶ。一日でこうもマクダウェル沢山の顔を見れて面白いと思う。
 依然と口篭っているマクダウェルが意を決したように言った。

「きょ、今日は送ってくれてありがとう」

「……可愛いところあるやんけ」

 顔の真っ赤な面積をさらに増やしている少女の頭を撫でくりまわす。
 恥ずかしいので頭が一杯か、マクダウェルは怒鳴る事もせずにひたすら自分の手のひらにいいようにされていた。

「ったくなんだあの先生は! 六百年生きた吸血鬼を子供扱いしおって!」

 頭を撫でられているのに気づき怒鳴った後、私は家の中に戻りソファに再度腰かける。
 ぽすん、とソファに座った音と共に、横に置いてある人形がその反動で少しの間浮いた。

「ソノワリ二御主人、嬉シソウ二シテイタ様二見エタンダケドナ?」

「ええいチャチャゼロ! 黙らんか!」

 今喋ったのが横に置いてある人形だ。こいつは自分の従者、古い昔に自分が作りドール契約をしたのだが、自分が魔帆良に来てからは魔力を何かで弱められ、魔力供給が出来ずに動けないでただ喋るだけの世にも珍しい殺戮人形となっていた。
 チャチャセロが「ケケケ」と笑っている所に自分が敷いていたクッションを投げつけて無理やり黙らせる。
 クッションの隙間からまだ私をからかう人形を相手にしていると、茶々丸がキッチンから出てきた。

「マスター、先生はお帰りになられたのですか?」

「あぁそうだ、ってなんだその沢山の料理は。まさか先生にも食べさせるつもりだったのか」

「はい、マスターがお世話になったお礼、と思ったのですが帰ってしまったのですか」

「……明日弁当に詰めて先生に渡してやればいいだろう、きっと喜ぶぞ」

「はい、ではそうします。マスターは夕食の方はどうしますか?」

「今は眠いからいい、一眠りしてから食べる」

 吸血鬼は夜の生き物だ、それが昼間に起きているのだから眠くて眠くてしょうがない。
 これもあの馬鹿が私に呪いを掛けたせいだ、解きにくると言ったが結局は解く前に死んでしまった。
 本当に馬鹿だ、恨めしい、だがそれは呪いを解くという怨み言よりももう会えない事の方が大きい。
 過ぎてしまった事はしょうがない、今は掛けられた呪いを解くことを優先にしたい。
 この身に掛けられた登校地獄と言う呪いにげんなりする、何せ馬鹿でかい魔力で滅茶苦茶に編まれた魔法だ。これよりでかい魔力で無理やりに解呪しないと解けないだろう。
 だが麻帆良の何かにより自分の吸血鬼としての、悪の魔法使いとしての自分の強大な魔力を押さえ込まれていて、それが実行できないでいる。
 その何かが解らずに何年もこの麻帆良学園都市に縛りつけられている。
 これ以上の愚痴はよそう、言っても誰も助けてくれはしない。だから、いつか、必ず、何年かけてでも、自力で解いてここからでてやる。
 茶々丸に寝ると告げ、二階に上がる。パジャマを茶々丸に着替えさせてもらいベッドに潜り込む。
 布団の暖かさが自分を包んでくれる事がとても落ち着く。
 でも、あの先生の背負われていた時はもっと気分が良かった。
 まるで父親に甘えているような、そんな錯覚を抱いた。と言っても自分の実の父親なんて顔も見たことないし、育ての親の顔も覚えていないし親だとも思わない。自分にもあんな先生が家族で、父親だったらと思ってあんなことを口走ってしまった。
 言った時は凄く恥ずかしかった、先生の背中に顔を埋めて必死に自分の言動を自分に問い詰めた程だ。

「二コラス・D・ウルフウッドか……」

 馴れ馴れしく私に接する事から一般人なのだろう、吸血鬼と知らないからこうして対等に話してくれるんだろう。
 一般人と魔法使いは距離を置いた方がいいと解っている、だけど、また先生と喋ってみたい、と思う。
 吸血鬼が一般人と近づいたらこの学園の正義の魔法使い達は私を猛烈に批判してくる筈だ。
 本当に嫌な連中だ、私だって好きで吸血鬼になった訳じゃないのに。

「二コラス・D・ウルフウッド」

 もう一度口にする、あの先生の顔を頭に思い浮かぶ。
 あの人は化け物が相手でも対等に会話してくれるだろうか。
 (明日は授業に参加してみようか)







「みんな、おはよう」

 朝のホームルームでタカミチがクラス全員に挨拶をしている、私も欠伸を噛み殺しながら礼をする。
 目当てのウルフウッド先生は教室の後ろ、もっと具体的に言うなら私の横に立っていた。
 先生は顔を近づけて小声で話しかけてきた。

「眠そうやな、ワイの授業は次やで、寝るんなら上手くやりーや? そやないと拳骨決めるで」

 この先生は優しいのか厳しいのかよく解らない、と言うよりもこれは脅しだろう、バレずに寝るなんて可能なのか、私は魔法で誤魔化せるから可能だけどな。

「頭に入れとくよ」

 何人か聞き耳を立てているようだ。それもそうか、クラスメイトの中の裏の人間にとっては私が他人と喋るのが気になるのだろう。タカミチまで耳を立てている始末だ。
 ホームルームが終わり、先生の授業が始まった。先生がチラチラとこちらを窺う様が楽しくていつもだったら授業は寝るのにその時間だけは眠らずに、最後まで受けてしまった。
 だがその後の授業は迷わずに机で寝るか屋上まで行って寝てサボった。
 昼のチャイムが鳴り起きてしまう、時計を見て昼食を食べようと茶々丸に念話を送り呼び出す。

『茶々丸、ご飯だ。今何処にいる?』

『屋上に向かってます、もう少し待っていてください』

 ちょうどいい高さの段差に座り、足をぷらぷらさせながら茶々丸を待つ。
 この後の授業もサボろうと考えていると屋上の扉が開いた。

「遅いぞ、茶々丸なにして――」

「マクダウェルも一緒に食うんやったか、だから屋上まで来たんやな」

 そう言って現れたのが茶々丸とウルフウッド先生だ。
 茶々丸は水筒を二つ持ち、先生は両手に今朝に茶々丸が用意していた三つのお弁当の包みを持っていた。

「はい。とりあえずマスターがいる所に行きましょう、そこに座る場所があります」

 二人が私の下に来る、茶々丸と先生は私の横にとそれぞれ座る。そこで改めて先生に体のデカさに気づく。
 (私の倍近くないか? いや言いすぎか、でも本当にデカイな)
 先生達は私を挟んでお弁当や水筒のお茶の受け渡しをしている。
 私も先生からお弁当を受け取り茶々丸からお茶を渡された。

「いやいやいや、待て、なんで先生が一緒にご飯を食べる話になっていたんだ!? 私は聞いてないぞ!?」

「それはマスターが昨日、先生にお弁当を渡せばいいとおっしゃったからです」

 確かにそんなことを言ったが一緒に食べるなんて言っていない。
 先生は喧嘩は駄目やでーとのんきに言っている、まぁ一緒に居られるのは嬉しい、何せまた喋る事が出来るんだから、茶々丸には褒美として高い猫缶を買う事を許可してもいいだろう。

「まあいい、ところで先生」

「なんや?」

 お弁当の中の肉じゃがに箸を伸ばしていたところをとめ私の方に顔を向けた。
 間近で見て思う。顔は悪くない、いや無精髭を剃ればかなりかっこよくなるだろう。

「先生は私がどういう生徒なのか知らないのか? 前に話掛けるなと言ったと思うんだが」

 知らない訳はない筈、誇るつもりはないがサボり魔としては有名で色々な教師にも目をつけられている、と言っても魔法先生ばかりなのだが。怒気を孕んだ目や怯えた目、差別の目、正義からくる、吸血鬼と言う存在全て否定して

くるような眼差し達、それをあいつらは私に向けてくる。一般の先生でさえ問題児の私をあまりいい目で見ていない、でもその中でこの先生は。

「知っとるに決まっとるやろ、それがどないした?」

 私に分け隔てもなく自然に接してくれる。
 今にも泣き出して飛びついてしまいそうだ。
 それをグっと堪えて馬鹿にしたように先生に皮肉を言う、それに対して先生はあいつらのように怒りや馬鹿にした素振りなんて見せず、私にヘッドロックをかましてくれた。
 父親のような、友人のような、側にいてとても落ち着く存在。
 これが私がずっと求めていた、人から貰える愛情なのかもしれない。
 相手に自分が化け物だと隠し、騙していたとしても、私にとっての居場所が一つ出来たような気がして、とても嬉しかった。





後書き

エヴァって実は寂しがりやなんじゃないのかな、と個人的に思っている。
幼い頃に親?から領主に預けられて何不自由なく過ごしていたって事は、親の顔をうろ覚えのまま領主に預けられ、親の愛情を知らず、領主の愛情もきっと金だけで渡されて自分の事は目にも掛けてくれずにいたって言う風だと自分は解釈してます

そして自分を吸血鬼にした男=領主で自分が実験動物だったと悟り人間不信になる。
600年間も人間に殺せと追いかけ回されて人間の情をいまだに知らない子供なんだなと勝手に思っています。
それをウルフウッドが何も知らずに子供限定のお節介で愛情に飢えていたエヴァに情を注ぎ、心の氷を溶かし始めるって感じの話です。




[29969] 14話
Name: スヌーピα◆f1c5a480 ID:c71893b9
Date: 2011/09/30 18:20
「タカミチ君、ウルフウッド先生が二年A組の副担任になってもう一ヶ月じゃが、何か気になる事はあったかの?」

 場所は学園長室、ここにいるのはわしとタカミチ君との二人だけ。
 今、タカミチ君に問うていることは昨年からこの学園で教師に勤める事となった、二コラス・D・ウルフウッドの普段の様子だ。

「そうですね……、僕が見た感じ普通の教師ですよ。生徒に厳しくも優しく仲良くとちゃんとやってますね。あぁ後最近はエヴァと仲がいいですね、サボりがちのエヴァにお節介焼いてるみたいです」

「良い事じゃの、親しい相手が増える事でエヴァも学園生活が楽しくなるじゃろうて」

「はは、これでエヴァが丸くなるといいですね」

 にしても、とタカミチ君が言葉を続ける。

「ロシアから麻帆良に教師の面接に来ると最初聞いた時は、魔法関係者だと思って警戒したんですがどうやら違ったみたいですね」

 そう言われ、机の上の書類に視線を落とす。
 そこにあるのは今話題に上がっているウルフウッド先生の個人情報が事細かに書かれている書類だ。これは麻帆良で教師をする際に、魔法使いが一般人と偽って就く事がある、それを防ぐ為にどんな人間でも過去の経歴を秘密裏に調べるのだ。
 約一年前に彼の過去話に胸を打たれてつい教師に、としてしまい慌てて魔法関係者に彼の過去と身の回りを調べさせた事には周りからこっ酷く怒られた。タカミチ君も共犯だと言ってなんとか怒りの矛先をずらして逃げたが、あれは魔法先生方に結構批判を喰らってしまった。
 引き出しの奥から一年ぶりに取り出した書類に目を通す。
 経歴の欄には、幼少の頃にテロに遭って親を失ってしまい、知り合いの家に預けられたと書かれている。
 それがカラシニコフ家、この家の人間の事も少し書かれたいるが魔法には関わっていないとのこと。ユーリ・カラシニコフが銃の設計者で有名。軍に関係者がいるらしいがそこまで詳しいことが書かれていない。あまり軍の情報に近づくのは危ないとこれを調べた魔法使いは判断したらしい。
 ウルフウッド先生が知り合いの家に預けられたと言っても少しの間いただけで、十歳を過ぎた頃にはカラシニコフのコネで自ら軍に入りテロの抑止の為に勤めたとのこと。
 そして都市部に住んでいたカラシニコフ家は田舎に引越し、今は孤児院として経営しているらしく、ウルフウッド先生が十九歳なり一度軍から休暇を貰いカラシニコフ家の孤児院に戻る。そこで孤児の子供達の世話をしてか、教師になると言う夢を見つけて勉強を始めたらしい。
 学校には行かずに軍には入っていたのか、何か特別な理由がありそうだがやはり軍関係の事柄とそれに近しい事は書かれていない。
 孤児達の面倒を見ていたからああも子供達とのコミュニケーションが上手く、豪快な性格になったのだろう。
 彼のお節介焼の優しさはここからきているのかもしれない。
 子供達からはニコ兄と慕われ、孤児院周辺の人間からは血が繋がっていなくても仲の良い家族として有名。
 この書類を見る限り軍関係を除けば、彼は魔法には関わっていない何も問題の無い一般人。
 軍に入っていようが魔法を知らなければ魔法使いにとっては一般人と判断される。
 一応男子部で一年間クラスを担当させて様子を見たが、その間に問題は起こってない、彼は恐らく白だ。
 軍のスパイかもしれないがこれも、一般人がこの魔法使いが沢山いる麻帆良にどうこうできる筈がない、とし危険はないとする。これが自分と魔法先生方の見解だ。
 二年A組は色々と面倒な位置の子が沢山いる。アスナちゃんやこのかが居る事に少し心配だが、刹那君もいるし龍宮君もいる、もし何かしら問題が起こっても対処できるだろう。
 (まぁわしはそんな心配はしとらんがの)
 何せ彼が面接で親友について語っていた時の表情は、決して悪意ある者の顔には見えなく。

「ふぉふぉふぉ、そうじゃの。でも今は信頼ある教師の一人じゃよ」

 水晶に映る光景を見て笑う。
 自分がこの学園での心配事の一つ、毎日をつまらなそうに過ごすエヴァに笑顔を与えたのだから。







「マクダウェル、気ぃつけて帰りーよ」

 帰りのホームルームの時間での定位置となった少女の隣で、いつも通りに帰りの挨拶をかける。
 少女は「あぁ」と一言だけ言うと絡繰を連れて早々に教室から出て行ってしまった。
 少女はいつも、大勢の人が居る場所では自分と長ったらしく話そうとはしない。
 放課後や屋上で一人で居る時に声を掛ければ普通に会話をしてくれるから、別に嫌われていると言うことではないようだ。
 絡繰が一緒にいても会話してくれる事からきっと、理由は知らないが身内以外に自分が他人と接している所を見られるのが嫌なのだろう。
 (人見知り言うか人間不信言うかもう人間嫌いな域やな)
 あながち間違ってはいないと思う。
 マクダウェルを筆頭に次々に教室から出て行く生徒、一人一人に言葉を返していき全員が教室を出るのを見届ける。
 高畑先生は学園広域生活指導員同士の会議あるとかで先に職員室に向かって行った。
 教室の鍵を閉めて職員室に向かう途中で生徒の佐々木が急ぎなのか職員室に向かって走っていた、佐々木は自分の存在に気づくと息を切らしながら必死に走りよって言った。

「せ、先生! 亜子達がっ!」

 どうやら危ない事に巻き込まれていそうな雰囲気だ。
 とりあえず佐々木に深呼吸と言い落ち着かせる。
 普段こういう時は焦って先を急ぐばかりで人の話を聞かずに、自分の意見を押し付けて状況な判断が出来ない人間が多いものだが、佐々木は素直な性格なのだろう、首を縦に数回振り大きく深呼吸をする。

「落ち着いたか? ほいじゃ歩きながら説明頼むで」

 横に並び学校の玄関出て佐々木が走ってきただろう道を戻る。

「亜子達が変な人達に絡まれてるの! 私達が買い物してたら変な人達が来て裏路地に連れて行かれそうになって、それでその時にアキラが抵抗してなんとか私だけを逃がしてくれたの! 助けなきゃって思ってお巡りさんに電話したんだけど来るのが遅そうだしこのままじゃって思って誰か頼れる人を探して走ってて」

「大体の事はわかったわ、とにかく急ぐから道案内よろしくな」

 佐々木を抱え上げて大股で勢いよく並木道を走り抜ける。
 道案内をしてもらいながら中等部から少し移動した所にある市街地に出た。
 ここまで走ってくるのに休憩無しの常時最高速度で走ってきた、多分三分もいっていないはず。
 こういう緊急時の対処に役立つ肉体にしてくれたミカエルの眼には感謝してもいい。
 商店街の通りから道を外れ、ビルの隙間を縫って走っていく。
 少し先の曲がり角から聞き覚えのある声が、震えながらやめろと叫んだ。
 あそこだ。佐々木を降ろして自分一人で走り、角を曲がるとその光景を直視した。
 馬乗りにされ、明石が嫌だと叫んでいるにも関わらず服を脱がそうとし。
 追い詰められ壁を背に逃げ場無く泣き震えている和泉に、スカートの中に手を差し入れてふとももを撫でまわし。
 抵抗している大河内を後ろ手に一人が押さえ、シャツのボタンを無視し開け晒され、下着の内側にもう一人の男が手を滑らせて胸を揉みしだく。
 男四人が、自分の生徒を強姦しようとする場面。
 その時の自分の顔は、きっと鬼のような形相をしていただろう。
 自分からもっとも近い明石に馬乗りをしていた男の腹に、サッカーボールを蹴るようにして足の甲を叩き込み、思いっきり振り抜いた。
 男はボールと同じ回転をしながら地面に体を打ちつけて転がり、壁に叩きつけられようやく動きを止めた。
 男が地面を痛々しく転がる音に、生徒の肉体に夢中になっていた他の男が気づき一斉に自分を見た。
 明らかに目の焦点がおかしく瞳孔が開いている。
 (薬がよう決まっとる顔しちょるわ、けったくそ悪い)
 後から来た佐々木も自分がした事を遠目に見ていたのか、後ろから息を飲む喉の音が静かな裏路地では大きく耳に入った。

「少し待っとれ、直ぐ終わらせる」

 被害者達は何が起きたのかまだ理解してないのか、辛うじて頷く。
 男達が少しずつ躙り寄って距離を詰めてくる。自分達の快楽を問答無用で邪魔をすると解ったのだろう。
 無駄な会話をせずに敵ををどうにかしようとしている。
 手間が省けていい、自分もこいつらの汚い声など聞きたくない。
 見たところ刃物などの危険な物を持っていない、脅すものが無ければ生徒を盾に逃げようとも考えないはず、勿論そんなことをさせる前に潰してしまうが。
 相手が慎重に、自分達の拳を届く範囲を測りながら間合いを狭めてくるが、自分には関係ない。
 チンピラ相手に手こずったらパニッシャーの名なんて捨ててやる。
 自分から歩を進め、自ら相手の間合いに入った。
 一人が拳を振りかぶり殴ろうとする、だがそれに自分の握り拳を相手の顎に合わせてカウンターを決めた。
 拳が顎に景気よく音を立てて当たり、男は崩れ落ちた。また一人と、仲間がやられた姿に焦り右足を自分の脇腹に当てようとしたが自分がそれを左手で掴んで止めてしまった。退く事も攻める事も出来ずこけない様に体勢を保つのがやっとと言うところだ。
左手を引いて相手をこちらに引き込むと同時に、相手の鳩尾に自分の拳を打ち込む。男がその場に胸を押さえて蹲り、荒くなった呼吸を整えている。そいつを蹴り横に転がす。
 最後の一人、全員で掛かれば一人くらいは逃げれたかもしれないと言うのにこの状況になるまで手を出してこなかった阿呆だ。
 そいつは腰を少し落とし腕を胸の位置まで上げてステップを踏む。
 ボクシングのスタイルだ。なるほど、経験者なのか、喧嘩に余程の自信があるから今まで手を出してこなかったのだろう。
 自分の動きにカウンターを合わせるつもりか、ずっと体を揺らし小刻みに動いている。
 所詮一般人、自分と比べたら体格さも、筋力も戦闘での実戦経験も違う。
 そんな奴が何も知らず、カウンター一つで自分を打ち倒せるなんて思っているのから滑稽なものだ。
 態々大きく拳を振り上げて相手の拳を誘う。
 相手はここぞとばかりに自分の顎を目掛けて綺麗に一発かまして、笑みを浮かべた。

「そないな粗末な拳でワイが倒れると思うたか」

 拳を顔で受け止めたまま喋った自分に、相手は驚愕の表情をしたまま固まった。
 殴られた場所が痛くない訳ではない、単に自分がよろめき、意識が飛ぶ程の威力が無かっただけだ。
 相手が固まったその一瞬で、自分の振りかぶった拳を男の頭に垂直に叩き込む。男は顔面からコンクリートに正面衝突して動かなくなる。
 これでも大分手加減した方だと思っているが少々、いや大分やり過ぎた感が否めない。
 自分の生徒に手を出したお前等が悪いんやで、と心の中で一つ呟く。
 それから周りを見渡して仲間が息を潜めて隠れてないか確認をする。
 気配がしない事からこいつらだけのようだ。
 ポカンとした顔で今までのやり取りを見ていた生徒達に声を掛けた。

「大丈夫か? まだ事はされてへんやろな?」

 シャツが破れて体を覆うという機能果たしておらず、上半身の前が露になっている大河内に自分の上着を掛けてやる。
 三人は自分の問いに頷くと、助かったと思ったのか声を詰まらせて泣き出してしまった。三人を抱き寄せて優しい声音で大丈夫だと言い安心させる。佐々木も友人達が助かった事に安心したのか、涙ぐみながらこちらに近寄り三人を落ち着かせるのを手伝ってくれた。
 数分後、乱れた服を直した大河内達を下がらせて自分は鳩尾に拳を入れた男に近づき話かける。

「あれでも手加減したんやで? 気絶した振りはやめ」

 黙っていたが睨み続ける自分に観念したのか、男はゆっくりと顔を振り向かせる。

「警察が来たで、唯一声だせる奴残しといたんや、きっちり説明頼むで」

 こちらに駆けつけてくる警官を指差し、男は項垂れた。
 二人の警官に色々と事情説明をするがこの惨状を見てやり過ぎだと怒られる。
 生徒の話を聞いて一応正当防衛として今回の件を扱う事にしてくれるとのこと。
 意外にも早く事情聴取から開放された、生徒達のアフターケアを気にしてくれたようだ。
 四人を連れて麻帆良に戻るが女子寮には少し遠い、服が汚れたままで街を歩かせるのも悪いと思い自分の教員寮が女子寮より近いから、そこで一息いれようと提案した。
 だけども思いなおす。あんな事があった後だ、流石に男の部屋に入るのは嫌だろうと思って取り消そうとしたが皆がいいよと言ってくれた。
 教員寮に着くと四人をロビーに待たせ、自分は受付に行く。
 管理人に事情を説明して教師の部屋に、生徒が入れる許可を特別に貰う。
 四人の所に戻り自分の部屋にと案内する。

「汚い部屋やけど寛いでってな」

 四人に座布団を渡して座らす、少女達で慰めあってる間に自分はキッチンまで行ってお茶を用意して運ぶ。
 テーブルの各自の前にお茶を置く。

「先生、ありがとねー」

 お礼を言ったのは明石だがいつものような元気がない。
 佐々木も気にして声をかけるが被害に遭った三人は俯いて震えているか、黙りこくったままだ。

「さっきの事は早々に忘れ、覚えていても嫌な感情しか浮かんでこんやろ。ほらなんか楽しいことやろうや、何がええ? ゲームならスーファミあるで、それともお笑い番組でも見るか?」

 気分を変えようと切り出してみたが佐々木以外は皆乗り気ではないらしい。
 自分の生徒から元気を奪っていったあの強姦魔達に対して怒りがまた湧いてくる。
 どうしようかと思って慰めの言葉を考えるが、回りくどい事をやるのは自分の性に合わない。
 横に座っていた和泉を抱き寄せて頭を優しく撫でた、またあの恐さを思い出したのだろう、自分に抱きついて泣きだす。
 他の二人にも同じ事をしてやる、明石は直ぐに泣きだしてしまったが大河内は涙を堪えているようだ。

「あまりさっきの事考えたらあかんで、ゆっくりでええから忘れような? 大河内も恐かったやろ、泣いてすっきりし、それで大分心の中が晴れる。ほれ、我慢せずに泣き、恐さが紛れるまで付き合ったるわ」

 大河内の頭を撫でて子供のようにあやすと、ようやく溜めていた涙が溢れ出して泣き始めた。
 三人は泣き疲れてしまったようで、自分に抱きついたまま寝てしまった。
 和泉の体をずらして立ち上がり一人一人抱き上げてベッドに寝かせる。自分の身長に合わせた特注のベッドだ、女子中学生三人を寝かせれるくらいの大きさはある。
 起きないのを確認すると、今は短いツインテールを解いてショートにしている佐々木の隣に腰掛ける。

「佐々木も大丈夫か? 走りっぱなしで疲れたやろ」

「皆と比べたら私は大丈夫だよ、にしても先生がいて本当に助かった。誰も頼れそうな人が見つからず間に合わなかったらって考えると、ね、凄く恐かったよ……」

「せやな、佐々木があそこで声掛けてくれてワイもホッとしとるで、本当に手遅れになる前で良かったわ。ありがとうな」

 頭に手を乗せてぽんぽんと二回叩く、孤児院の子供達をあやす時によく頭を撫でていたせいで人の頭を触るのが癖になっているようだ。
 相手を褒める時や慰める時にはいつも言葉と同時に頭を触っている気がする。

「今日の晩御飯は家で食べてき、何か作ったるわ」

「先生って料理作れるの?」

「独身男性を舐めたらあかんで、一人で生きる為には料理だって覚えるもんや」

 実際はノーマンズランドの孤児院にいた時に年長者だった自分が、おばちゃんの手伝いをしてて覚えたものなのだがこれを言ってもまた空気が重たくなりそうだから言いはしない。
 立って冷蔵庫の中身を見にいく、五人分くらいは優に作れる量が中にはあった。

「佐々木、お前も手伝い、皆が起きる前に作るで」

 今日の晩御飯は騒がしくなりそうだ。







「ごちそうさまです、今日はありがとうございました」

 四人の中で一番背が高い大河内が頭を下げた、それに続き他の三人も頭を下げる。

「ええてええて、お前等ももう大丈夫か? 何かあったらまた聞くでいつでも声掛けや」

 大河内は頷くと立ち上がり、帰りの用意をしていると何かに気づき黒くて長いポニーテールを大きく振ってこちらを向いた。

「ふ、服が破れているんだった」

 自分の気の回らなさに心の中で思わず舌打ちした。
 クローゼットの前まで行くと開け、適当に自分の服を取り出す。

「気が回らなくて悪かった、これワイのシャツや着てき」

 借りようかと悩んでいる大河内に無理やりワイシャツを渡すと苦笑いをして風呂場の方に歩いていく。
 大河内の着替えが終わるまで待っていると、泉が青く短い前髪に真っ赤になった顔を隠しながら話しかけてきた。

「あの、先生、ホントにありがとうございました」

「和泉もか、ワイにお礼を言う前に自分の心配せえ、明石もやで? さっさといつも元気な姿見せてくれやええ。それでワイは満足やわ」

「大丈夫大丈夫! ウルフウッド先生が励ましてくれたから元通りだにゃー!」

「明石、元気なのはええけど無理だけしたらかんで?」

 おーけーおーけーとサイドテールを振って言う明石が心配だけど、他のメンバーが自然と支えあってくれるから大丈夫だろう。
 話をしていると大河内がワイシャツに着替え終わり風呂場の方から出てきた。
 やはりと言うべきか、いくら大河内が高い身長と言えど自分のワイシャツは大きすぎるみたいだ。
 袖が手を完全に隠してだぶついている。裾なんてスカートよりも長いせいか、スカートの中に仕舞えずそのまま出してしまっている。まるで裸にワイシャツを着ているようだ。
 自覚があるようで、恥ずかしそうに顔を赤くして歩いてきた。

「……あの、これどうしよう」

 明石が吹きだして笑い、佐々木と和泉が笑いを堪えている。
 言わずもがな自分は目線を逸らして対応する。

「シャツの裾、結んでもええからちゃんとし」

 人の物を弄るのを遠慮してるのか、申し訳なそうにして袖を捲くり裾を腰の辺りで結び始めた。

「終わったか、それで皆は帰るんやろ? 寮まで送ってくから行こか」

 四人を連れて外に出る、五月の入ったばかりで夜はまだ寒く外に出るのは億劫だ。
 皆で会話をするがどうやら昼の事は吹っ切れたようだ、明日の授業の事や自分の作った飯が美味しかったなど楽しい話ばかりしている。横にいる和泉がまだ顔が赤いから、熱でもあるのかと聞いたが凄い勢いで否定された。
 それを見た他がによによと笑っているが何がおかしいのかわからない。
 違う事に目移りしてそれで楽しんでくれるならとても良い事だ。
 女子中等部の寮に着く、四人が玄関に入っていくまで元気良く手を振るので自分も振り返した。
 寮に入っていったのを見届けた後に煙草を取り出して火をつける。
 
「はぁ、今日は大変な一日やったで」

 踵を返して自分も家へと帰ろうと歩いていくと前から近づいてくる生徒が一人。

「桜咲やんか、こないな時間にどうしたんや、いくら麻帆良の敷地内やからと言って夜に出ると危ないで」

「すみません、少し用があり出かけてました」

 頭を下げて挨拶をし、外に出ていた理由を言う。
 鋭い目つきと変わったサイドテール、そしていつも持ち歩いている竹刀が特徴的だ。
 後ろから和やかな風が吹くと、桜咲が突然に振り返った、どうした問いかけても何も言葉を返してくれない。

「桜咲! どないしたんや?」

「っ、すみません、ちょっと物音がしただけです」

 急に桜咲はそわそわとし始め、いつもの落ち着きがなくなる。

「どないした? もどかしいならはよトイレに駆け込み」

「ち、違います! 女性に変な事聞かないでください!」

「そうけ、とにかくはよ帰り、ルームメイトが心配しとるかもしらん」

 女子寮までは目と鼻の先だ、別に送らずとも問題ないだろう。
 それよりも今日の事で精神的に大分疲れたから早く帰りたい気分だ。
 そう思い、立ち話を止めて明日な、と言うと桜咲はまた頭を下げる。
 礼に始まり礼に終わる。こうして礼儀正しくお辞儀する辺り流石は剣道部の生徒と言うところか。
 夜道を何事もなく歩いて寮に着き部屋に入る、風呂は明日の朝に入ろうと考えてベッドに寝転がり、最近買った雑誌から、女の子を慰める言葉と気遣い、と言うテーマのページを開く。
 念の為の予備知識を頭に入れておこう。
 日付が変るまで、疲れた頭に女の子の機嫌取りの情報を入れ続けた。







「先生ー! おはよー!」

 自分はあの登校ラッシュを避けて早めに学校に向かう、その道中で初めて人にタックルを喰らった。
 出勤中に後ろから体当たりされ、その衝撃で口に含んでいたウイダーを吐きそうになる、
 ぶつかったきた人物の制服の首根っこを掴んで目の前に持ってくる、明石だ。
 後ろから昨日のメンバーが明石を追いかけて走ってきていた。

「お、おはようございます!」

「おはよー!」

「おはようございます」

 四人共昨日の事など忘れたかのように元気のある挨拶をしてきた。

「おはようさん、朝から元気が有り余ってるようで何よりや、おかげでワイが喉にウイダー詰まらせて死にそうになったわ」

「ウイダーはゼリーだから喉に詰まることはないんじゃないかにゃー」

 体当たりしてきた本人が皮肉を皮肉で悪びれもなく返してくるもんだから先ず謝れと言い拳骨を入れた。
 他のメンバーは痛そうに頭を押さえている明石から目線を離して横に並んで歩く。
 自分の歩幅が大きいからどうしても人と比べて歩く速度が早くなってしまう、だから歩幅を縮め、生徒達の速度合わせる。
 右隣にいる大河内が話しかけてきた。

「先生、今さっきワイシャツは干したばかりで今日は返せそうにないから明日持ってきます、いいですか?」

「別に返さんでもいいんやで? と言ってもあそこまでデカイと使い道ないか、まぁ暇な時に適当に持ってこやええわ」

「はい、すみません」

「それじゃあたし達今日は部活の朝練があるから先に行くよ! 先生、待ったねー!」

 痛みから立ち直った明石を先頭に四人がまた急いで学校へと向かう。

「随分とまぁ元気で、昨日はあんなに心配せんでもよかったかもなぁ」

 独り言を呟いて欠伸を一つ。

「……なんで大河内が先生のシャツなんて持っているんだ?」

 そして突如後ろから聞えた声にまたウイダーを道にぶちまけそうになる。
 後ろを向くと朝から機嫌が悪そうなマクダウェルと、無表情にお辞儀をする絡繰がいた。

「なんでって色々あったんや、あいつらのプライベートやからワイは喋らへんで」

 そうか、と言い自分の隣に並ぶ。体系が小学生かってくらい小さいマクダウェルだからその歩幅に合わせると会議までに学校に着けるか不安になる。
 いっそ担いでいった方がいいと考えているとマクダウェルの声で思考を中断させられた。

「先生、来月は麻帆良祭だが誰かと回る予定はあるのか?」

「そういえばそうやったな、女子生徒の元気の良さに振り回されて麻帆良祭の事すっかり忘れとったわ。早い内に出し物決めなあかんやん。高畑先生の相談しな」

 立ち止まりわなわなと手を震えだし始めた自分に容赦なくマクダウェルの突っ込みが入る。

「私の話を聞け! 誰かと回る予定があるのかと聞いているんだ!」

 なぜ自分が自分の生徒に怒られているのか不思議だが聞いてしまうとさらに怒りを買ってしまう。
 マクダウェルの大体の性格は把握済みだ。

「あー、無いで。と言うか麻帆良祭の存在忘れとったのに約束なんてしとる訳ないやろ」

 自分の返事に何故か俯いて考え込んでしまうマクダウェル、これはもしかして一緒に麻帆良祭を回ろうと言う約束付けなのか。

「……そうか、なら私と一緒に回らないか? 去年は下らないと適当に過ごしたが先生と一緒なら楽しめそうな気がするんだ、駄目か?」

 今のところ予定も無いのだし断る理由も無い、だから約束をする。

「ええで、一人で回るより誰かと回った方がええもんな、絡繰も一緒か?」

「当たり前だ、何時回るのかは麻帆良祭の詳細が決まってから一緒に考えよう。約束だからな、絶対に破るなよ」

「恐いやっちゃな、多分大丈夫やろ。……袖を引っ張るな! わかったから! ちゃんと守るから心配しんでもええて! 裾も駄目や! やめい、伸びるやろ!」

 約束を守るのが心配なのか、自分の服の裾を引っ張って気に掛けているマクダウェルを引き剥がす。
 こんなに騒がしくやり取りをしていると時間が掛かって学校に着かない。
 左手につけている腕時計を見る、時刻は七時四十分。
 (あぁー、これで会議遅れたらどない言い訳しよ)
 やっぱりマクダウェルを担いで走った方がいいかもしれないと考え始めた。





後書き

とりあえずロシアの機密に触れると何処かに連れ去られてしまいますよって話と。
本当は軽く不良に襲われて、困っている体育系メンバーを助けて仲良くなるって話だったんですけどなぜかこんなんになってました。
小説書いてるとなぜか思考がエロくなっていってしまうんです。
しょうがないですよ
2011/9/28 ほんの一部修正 またどこかでちゃんと修正するかも。



[29969] 15話
Name: スヌーピα◆f1c5a480 ID:c71893b9
Date: 2011/09/30 18:23
「それじゃあ今年の麻帆良祭の出し物は普通の喫茶店で決まりだね」

 高畑先生のその言葉に数名が「メイドカフェがよかったー」「お金儲からないじゃんー」など文句を垂れているが、高畑先生が苦笑している顔を見る限りその発言は通りそうない。
 委員長を筆頭に道具や材料の費用計算と各自の担当時間それとポジションを話し合い、決めていく。
 抜けていることも多いが自分の仕事はちゃんとする、それが二年A組の委員長、雪広だ。

「アスナさん、買出しをお願いできるかしら?」

「いいわよ、何を買いに行くの?」

 返事をしたのが薄いオレンジのツインテールの女の子、鈴の髪留めをしている女の子、神楽坂である。
 神楽坂は麻帆良に面接へと来て、道に迷い困っていた時に案内して貰った鈴の嬢ちゃんだ。
 雪広と神楽坂、この二人はよく喧嘩をする。
 今は麻帆良祭の出し物と言う団結して行うイベントがあるから仲がいいが、些細な事でまた衝突を始めるからいつも目を光らせている。
 前に二人の喧嘩初めて見たときに近衛が言っていた、昔からこういう関係だと。
 確かに喧嘩をしたその後には普通に会話をする所を見て、別に仲が悪い訳じゃなんだな、神楽坂達にとってこの関係がお互いにとって普通なんだなと納得してしまう。
 これを言ったら否定されそうだが親友と言う言葉が一番しっくりくるんだと思う。
 何せ自分もトンガリとはよく意見の食い違いで衝突をしながらも戦いの中では背中を預けていた。
 状況は違うがどっちも似たようなものだろう。

「ちょっと委員長! 流石に私一人じゃこんなに持てないわよ!」

「そんなことわかってますわよ、他にも人をつけるつもりでしたのよ。それとももしかしてこれ全部一人で持つ気でしたの? いくら体力馬鹿の力馬鹿でも流石に無理に決まってますわ」

 雪広の挑発的な言葉に神楽坂の目の色が変わる。
 (また喧嘩になるでこりゃ、面倒な奴等やの~)
 高畑先生に視線を向けると苦笑してこちらを見るばかり、自分に任せるのつもりのようだ。

「あんたのその人を馬鹿にしたような台詞が気にいらないのよこのショタコン女! 公園の小さな男の子でも眺めて鼻息でも荒くしてなさいよ!」

 警官に職務質問でもされろ! と神楽坂が口早に言い切った。
 売り言葉に買い言葉、片方が余計な挑発を言って相手がそれに乗る。
 いつものやり取りから始まり、そこから取っ組み合いの喧嘩になっていく。
 自分が仲裁の言葉を喋るよりも二人の言い合いがヒートアップし、止める隙を無くされる。

「何ですって!? 親父趣味のあんたも似たようなものでしょう!」

 言葉で止める隙がないから両者が掴みかかろうとした間に入り腕を掴む。
 授業中だということを思いだしたのか、しまったと言うような顔をした二人は渋々と腕を下ろした。

「仲良い喧嘩もええが今は授業中や、皆に迷惑掛けたら駄目やで」

 仲がいいと聞き、反論しようする二人だが拳を持ち上げ拳骨する仕草をすると黙った。
 二人がクラスに一言謝り、場が収まるとまた詳細を決め始める。
 喧嘩で賭けを行おうとした朝倉達とその他は後で注意でもしようか。
 朝倉に目を向けると口笛を吹き、目を逸らされた、教師の前で金の掛けは言語道断。後で必ず叱ろう。
 喫茶店と言う簡単な出し物のおかげで生徒達の役割も次々と決まっていく。
 雪広が徹底しているせいか、テーブルの家具なども学校の机で代用するのではなく雪広が用意する、店にも置いてあるちゃんとした物になるみたいだ。
 いくらクラスの出し物と言っても実費でこんな事をする金持ちなんてまずいないだろう。
 お金持ちの考える事はよく分からんが雪広が良い子なのだとは分かる。
 それだけ分かれば充分なのだがどうも将来が心配になってくる、少し抜けている分に誰かに騙されてお金を使わされたりしないだろうか。
 雪広みたいな根が真面目で良い子な奴は、何かショックな事があったらそれをずっと引き摺りそうだから不安だ。
 リヴィオもこんな感じだったからかもしれない、雪広の真面目さが利用されないか将来が気になってしまう。
 まぁそれもこのクラスで出来た陽気な友人と、神楽坂が居れば大丈夫かもしれない。
 楽しそうに出し物について話し合う生徒を見て、今年の麻帆良祭も凄く楽しめそうだと期待をする。







 放課後、生徒達が全員帰る時間になり、学校に居残っている生徒がいないか見回りを開始する。
 教室を見て特別教室を見て戸締りをしていく。
 美術室の中を除くとキャンバスに一生懸命に絵を描く、見慣れた後ろ姿の生徒がいた。
 美術部、ここの顧問は高畑先生だ。あの人なら何かと忙しく部活にも中々顔を出せない事が多い。いない時は美術部の活動も自主参加になる、だから絵に夢中になっている生徒がこうして残っている事も珍しくない。
 キャンバスと筆に夢中になっている所に悪いが声を掛けるべくドアを開け中に入る。

「神楽坂ー、もう下校時間やでぇー、何を描いてるんや?」

 ちゃっかりと神楽坂が描いているキャンパスを肩越しに覗き込む、その絵は人物がらしく眼鏡に無精髭、煙草を咥えた中年男性の横姿が描かれていた。

「なんや高畑先生の絵か」

「ウルフウッド先生!? 見、見ちゃ駄目です! ほらあっち向いてください!」

 自分の声に肩を跳ねさせ勢いよく振り向いてきた。
 わたわたと手を振り必死に後ろのキャンバスを隠す。

「何を恥かしがっとるんや、上手い絵だと思うで? ちいとバランスが取れてない気がするが高畑先生の特徴をよう掴んでて凄いわ」

「そ、そうですか? まさか褒められるとは思わなかったです……」

 絵を褒められてか高畑先生の絵を見られてか、神楽坂は顔を赤くしてまだ背中の絵を隠そうとしている。

「充分凄いて、自信つけ、ワイが保障したるわ」

「あ、ありがとうございます」

「それとな、夢中になって絵を描くのを邪魔するんは悪いがもう下校時間やから帰り」

 そう言って教室の外で出て神楽坂が片付けを終え、出てくるの待つ。
 ドアのガラス窓からは先ほどの絵に布を掛け、画材の片付けをしている姿が見える。
 (あれで隠してるつもりなんやろうけど高畑先生に恋してんのまる分かりやで、初々しいのー)
 生徒の教師へ淡い片思いをその場で見つつ考える。
 きっと神楽坂の思いは叶う事はないだろう、高畑先生が節操のない変態教師だったら恋が成就しただろうが悪い? 事にあの先生は真面目なのだ。逆に高畑先生が変態教師だったら神楽坂も恋はしてないのと思うのだが。
 見るからに神楽坂は高畑先生の事を教師としてではなく男性として好意を持ち見ている、だが高畑先生は神楽坂の事を生徒として見ている。
 二人の会話風景を見ていたら誰でも「神楽坂ってそうなんだ」と気づく筈だ。
 そして高畑先生の態度を見て「神楽坂、頑張れ!」と言いたくなると思う。
 高畑先生の立場を考えると非常に困る話で、同僚の自分としては神楽坂を応援するのも微妙な気持ちだ。
 人の恋路にとやかく言うのも迷惑な話だから無視、と言うか静観を決め込む、あまり関わると面倒な事になるかもしれない。
 それに本人は必死に隠しているし、当たり前だが告白する勇気もないみたいでいつもの強気で元気な性格は高畑先生の前じゃどうしても萎んでしまう。
 神楽坂を応援したくもなるが自分の立場的にも厳しいし仲を取り持つのも面倒臭い。
 (ま、神楽坂の努力次第と時期の問題やな)
 やはり他人事、恋なんて面倒なものは当事者同士進めればいいのだ。
 思考を放棄すると同時に神楽坂が教室から出てきた。

「えと、遅くまで残っててすみません、先生さようなら」

「うい、気をつけて帰れよ」

 去っていく神楽坂に手を振り、ついでに今の時刻をと腕時計を見る。
 五時半過ぎ、今日のやることが終わったら超包子で夕食でも食べて行こうかと空かせた腹を撫でる。
 美術室の鍵を閉め、なんの書類から片付けたら早く終わるかと考えながら見回りを再開した。







 超子包に着いて適当に空いている席に座り、注文を取りに来た絡繰がおしぼりと透明なコップに冷たい水と氷を入れてテーブルに置いてくれた。注文を待っている絡繰にメニュー表を見て選んだラーメンとチャーハンのセットを頼む。
 注文票にメモを取るとメニューを料理人に伝えるべく戻っていった。
 絡繰がいるならマクダウェルもいるかもしれないとあたりのテーブルを見回すがいないみたいだ。
 知っている顔は、客相手に華麗な身のこなしで注文された料理を投げてテーブルに着地させる古菲と、屋台の中で中華鍋を振るっている四葉とこちらに歩いてくる超がいた。
 四葉はいいが古菲には料理を投げるなと言ってやりたい、だけどもそれもここの売りらしく強くは言えない。
 古菲のあの接客は超の話を聞く限り、今まで落としたことがないから好きにやらせているらしい。
 それを今では逆手に取り、超子包の名物の一つにしてしまったようだ。
 料理が空を飛ぶ光景眺めていると超が横から喋りかけてきた。

「いらっしゃいネ、ウルフウッド先生。もう注文は取て貰たカ?」

「さっき絡繰に頼んだで、ほれ、水あるで」

 コップを持ち上げて見せる、氷がカラカラと立てるの音は聞いていて涼しくなる。
 超はそれを見ると自分の前の席に座った。
 仕事はどうしたんだと問いたいが超包子のオーナーであるらしい超に文句をつけても「今は休憩ネ」と適当にあしらわれてしまうだろう。だから少し違う言葉でせめてみる。

「……なんや、サボりか? 店のオーナーがそないな事したら社員に示しつかんで?」

「大丈夫ヨ、私一人働かなくても茶々丸も五月もいるし安心ネ」

「……そういう事が言いたいんやないんけどな」

 結局はぐらかされてしまう。
 自分が一人で超包子に来ると毎回と言っていい程に超はこっちに来て、仕事そっちのけ座り自分に喋り掛けてくる。最初は肉まんの無料券を貰い、次は確か「肉まんを世界に」とか変な野望話を聞かされた。

「所でウルフウッド先生はここに来て一ヶ月と少し、二年A組や他の人と随分仲良くなてたみたいだけど今の生活は楽しいカ?」

 唐突に随分と不思議な質問をしてくるなと思った。
 女子部に来てそれだけの時間が経ち、その分それだけ仲良くなった人がいる。
 教師に仕事で大変な日もあるが生徒達の会話に加わり馬鹿話をして楽しいと思った事もある。
 麻帆良での出会いには、地球での出会いには面白い事ばかりだと思う。
 自分が縛られていた時には想像もしなかった平和な日常だ。
 人の生き死にを気にせず生きていけるとても居心地がいい世界だ。
 超の問いに、楽しい、そう簡単に答えればいいものを「今の生活は楽しいカ?」と言う言葉に違和感を感じて口にすることが出来ない。

「急にどうしたんや? そんなこと聞いて意味あるんか?」

「世界にはまだ知らない事が沢山あると思った事はあるカ? その知らない事をもっと知りたいと思った事はないカ?」

 いつもとは違うよく分からない質問、この饒舌さ。
 先ほどとは打って変わった雰囲気で軽い笑みを持ち語る超。
 その語り口調と得体のしれないあの空気に呑まれて、思わず腹が減り口の中に溜まりかけていた唾液を飲み込んだ。

「まだ世界は知らない事に満ちているヨ、そしてその知らない事に巻き込まれて死んでいく人がこの世界には沢山いるネ」

 本当に何を言い出すんだ、と声を出そうとするが超の声がそれ遮り自分の脳へと、何かを思い出させるように真正面からその一言を言う。

「身近な人も、ネ」

 頭に、脳に、鈍器で殴られたような衝撃が駆け抜けた。
 超はそんな自分に何かを企んでいるようなニヤケ面で見続け、返事を待っている。

「……本当にどういう意味や、それ」

 自分が小さく絞り出した声に超は笑みを深くする。
 超が何かを呟くと急に周りの雑音が消えた。
 自分がその異変に驚き顔をあちこちと動かして状況を判断しようとするが、周りの音が聞こえないだけでテーブルに座っている客も、料理を投げる古菲も変わらずに動いている。
 スピーカーが壊れたTVでも見ているようだ。

「安心するネ、この状況は私が作ったヨ」

「何?」

 振り返り、超の姿見て周囲の状況より驚いてしまう。
 超の右手にはバスケットボールぐらいの綺麗な火球が熱を発し、それが自分の所まで燃やそうかと言う程に主張して、轟々と燃え盛っていたからだ。
 その光景に気を囚われていたのは少しで、椅子を倒す勢いで立ち上がり、直ぐにいつでも足の数歩踏み込めば拳が届く位置まで離れ観察をする。
 いまだに超はその火球を片手に持続させ、驚き戦闘態勢に入ってる自分を見ていたずらが成功した子供のように笑っている。
 周囲の人間の反応をチラと見るが別段変わった様子はもなく、誰もこちらを気にした素振りを見せていない。
 さっきの異変でこれが見えないようになってしまっているのか。

「ククッ、驚かせて済まないネ。敵意は無いからもう一度椅子に座ってくれると嬉しいネ」

 火球を消した超に促され椅子を立て直してまた何かをしないかと動きを気にしながら座る。
 いくら敵意が無いと言われてもあんなものを見せられたら警戒しない筈もなく、自分は超の些細な動きも見逃すまい、させまいと視線に少し威圧感を乗せて睨みつけた。

「……これは中々厳しい仕打ちネ」

 睨みが効いたのか、超は顔を顰めて苦しそう表情をしている。

「どういう事か説明してくれるんやろな? 手品なんていいよった日には張っ倒すで」

 超の話は聞き信用、理解できるまではこの威圧を解きはしない、そのせいで超はいまだに居心地悪そうにしている。
 苦しそうにしながらも超は自分の問いに答えてくれるべく言葉にする。

「魔法って言ったら信じるカ? 」

 そう言って超が指を動かすと目の前にあったおしぼりが独りでに広がり中を舞う。

「この世界では表と裏がある、唯の一般人とマフィアなんてものじゃないヨ、もっと面倒な話ね。世界の表とはTVやネット、本で見かける当たり前な知識ネ。普通に笑い過ごす一般人、麻薬を密売したりするマフィア、それが表ネ。だけど世界の裏には魔法と言うものがある、魔法を人の役に立つ事に使う者、魔法を悪事に使う危険思考な者。どっちの世界も似てるけど決定的に違うものがあるネ」

 いきなり魔法と言われてもにわかには信じられないが、実際に目の前でそれを実演させられているのだから信じない訳にもいかない。何せトランプの絵柄が揃った、何もないところからコインが出てきた、なんてものじゃない。バスケットボールの大きさの火球を手の平の上で持続させていたのだ、人を焼き殺せそうな温度で。

「裏の人間が魔法を隠していて表の人間が魔法を知らない事ネ」

 それはつまり、一般人が知らない内に魔法関連の事件に巻き込まれていると言いたいのか前の訳の分からない質問とこの話をくっつけるとそう捕らえる事ができる。
 確かに今みたいな状況を作り出されたら力を持たない一般人にはどうする事も出来ないだろう。
 だがここで一つ疑問が出来た、何故魔法使いは魔法を隠すのかと言う事だ。
 過去の歴史の中で行われた魔女狩りがまた起こると恐怖して隠すのが暗黙の了解なのか。

「魔法が一般人に隠す理由は沢山あるが、まぁ多分、先生が考えている事でもあっていると思うヨ。ちなみに知られてしまった人間はオコジョさせられるネ」

 オコジョ、確か日本での別名は管狐で妖怪・妖精・精霊の一種で天狗や外法使いに使役される式神と日本の資料で見た覚えがある。その関係でオコジョにされてしまうのだろうか。
 北米の中世の王侯貴族がオコジョの毛皮を好んできていた事から高貴な印象があり、罰としてオコジョにされると言う事があまり想像出来ない。
 なぜオコジョなのかと聞きたくもあるが今の話の中では特に意味のない情報だろう、そう考え超に話の続きを促す。

「それで? その一般人に知られると不味い話をワイに言っていいんか?」

「大丈夫ヨ、私は二コラス・D・ウルフウッドじゃなくてチャペル・ザ・パニッシャーと言う殺し屋に話があるネ」

 その名前に反応して超をさらに睨みつける、だが名前と言う切り札を持っている為か余裕そうな顔をしている。
 こちらの秘密を知っているからこそ魔法の事を喋ったのだろう、でも自分が魔法を知る事はそちらの不利にもなる筈だ、弱点を喋った意味が解らない。何故自分の正体を知っているのか色々と問い詰めたいがパニッシャーの名を知られている分に今の超は不確定要素があってどう交渉していいのか考えが纏まらない。

「私だけが先生の秘密を知っていたら悪いネ、だから私の事も話すヨ」

 超の口から伝えられた事は自分が未来から来た事、そして未来でとてもつもない事件が起きてそれを変える為に過去まできたこと。事件については詳しくは話してくれはしなかった、喋って気分がいいものではないのか、それについて聞こうとしたら顔を歪めて喋ろうとはしない。
 パニッシャーの名前もその歴史で知っていた事、そしてこの時代でまだ一般人として動いている自分をある計画に引き込もうと接触してきたらしい。
 だがこれをいきなり話されてもだからどうしたというものだ、そんな未来の過去話をされて自分がええよええよと仲間になると思っているのだろうか。

「阿呆か、なんでそんな面倒なことにワイが関わらなアカンのや、勝手にやっとれ」

「孤児院の子供達に関係ある事でもカ?」

 しっしっと手で追い払う仕草をしていた手が止まる。

「先生の生まれの孤児院の子供達を巻き込む程の大規模な事件ヨ」

「……やけど詳細は教えてくれへんのやろ? それに魔法もまだ信じれんわ、もう飯食うで仕事に戻り」

 信じていないなんて事はない、魔法もこの目で見たし魔法がある事は信じれる。
 名前も正体の事も自分はユーリにしか話していないしあのユーリが家族の過去を他人に、しかも自分と言うこの世界のイレギュラーの話をするとは思えない。
 超が未来から来たと言っても自分としてはあまり驚きはしない、遥か未来にいたはずのこの身も気がついたらこの世界で目覚めたからだ。
 そう、自分のこの身があるから魔法も未来の話も否定する事は出来ない。
 (自分がここにきたのも魔法関係なんかもしれへんな)
 孤児院で目覚めて色々憶測していた何らかの力はこの魔法なのかも、と思い始める。
 (まあた、厄介な事に巻き込まれたわ)
 空を見上げて溜め息をつく。
 すると前にいる超が立ち上がった。

「遅かれ早かれ先生は必ずこっち側に来るネ、身近な人を護れずに後悔するか護る為に先手を取るかは先生に任せるネ」

 そう言って超はテーブルから離れると同時に周囲の喧騒が再び耳に入り始めた。
 屋台から料理を持った絡繰を見て腹が空いていたのを思い出す。
 (腹ごしらえをしてから考えよ)
 絡繰から受け取った丸い山を作ったチャーハンを蓮華で崩し始めた。







 超子包の帰り道、歩きながら考える事はやはり先ほどの事だ。
 結局未来で起こる事件は教えてはくれなかったがユーリの孤児院に関係すると聞き、予想する事は世界中を巻き込んでの戦争なのかもしれないという事だ。表の人間が魔法を求めて得体のしれない裏の住人に核を打ち込む、充分に起きえそうで恐い。それか裏の人間が魔法を使って表の人間に何かをするのだろうか、こっちは本当に何をするのかわからない。
 舌打ちを一つ。
 子供達を護る為には力がない、拳銃ならロシアに行けば自分のコルトガバメントがあるけど魔法に対抗出来るか心もとない。パニッシャーがあれば超への返答も変わっていたとかもと思う。

「やけどもそんなもんありゃしないわなぁ、どないしたらえんやろ」

 と言うか未来の重大な事件は本当に起こるのだろうか、判断出来る要素が少ないだけに本当にどうしたらいいかもわからない。だけど魔法と言うものがあるなら自分も何か力を持って自己防衛くらいはしたいところだ。
 超が言っていた「その知らない事に巻き込まれて死んでいく人がこの世界には沢山いるネ」「身近な人も、ネ」と言う言葉も気に掛かる、これは孤児院も勿論だが自分の友人、もしくは生徒達にも関係する事じゃないのか。そう思うと心底ゾっとする。
 知らない内に身内が裏に巻き込まれて死んでいく。
 銃弾で血まみれになったミハイル、焼かれて泣き叫ぶイリヤ。
 想像してそれだけは勘弁したいと顔を顰める。
 あの自分を受け入れてくれた家族達を死なせたくはない、超が何をするのか知らないが計画を聞くだけでも死への対策を考えられるんじゃないのか。
 そんな甘いことでは駄目か、超の話を聞き裏に突っ込んでしまった片足を支えるべくもう片方も踏みいれるか。
 (また血の斑道を歩く覚悟をしなアカンかもな。ユーリくらいにはこの事を話した方が安全に事を運べるか?)
 この話をへらへらと笑って聞いていそうなユーリが頭に浮かぶ。
 そして「未来人って凄いね! その子の写真撮ってきてくれ! 新しい銃のインスピレーションが出てくるかもしれない!」とか言いそうだ。
 (銃のインスピレーション?)
 そこで自分の考えた事に自分で疑問を持つ、そういえばユーリが銃器デザイナーだった。
 それならばパニッシャーの製作もユーリに頼めばいいんじゃないのか。
 地球の技術であれを作れるかは解らないが相談してみるだけでもありだろう、幸いに過去の旅の道中ではパニッシャーの点検は自分で行っていた、ある程度の構造は今でも覚えているし形だけでも作れるだろう。
 問題は大口径の弾丸と装填数、本体の堅牢さだ。
 パニッシャー自体を大きく作ればどれも解決するのだが振り回す際の動きが制限されそうで出来れば大きくはしたくない。
 (これもユーリ頼みやな)
 超の企みから段々と思考がずれていき今はどうやってパニッシャーを手に入れ、魔法使い達を圧倒できるか脳内で戦闘を繰り広げる。あの火球くらいなら簡単よけれそうなものだがそれ以上が出てくるだろうし油断は出来ない。架空の魔法を脳内で作り戦う事は無駄かもしれないが。
 相手の魔法使いの竜巻に飛ばされている自分を想像していると後ろから声を掛けられる。
 敵の体に銃弾を打ち込もうと必死になっていたせいで気配に気づかなかったみたいだ。

「やあ先生、そんなに考え込んで歩いていたら転ぶよ?」

 振り返り確認する、龍宮だ。褐色の肌とストレートロングの黒髪、そして中学生とは思えない高身長と体の肉つきが魅力的、いや印象的だ。左手にはギターケースを持っている、軽音部だったか? いや確かバイアスロン部に所属していた筈だ。ギターは趣味なのだろうか。

「そんな危なっかしく見えたか? 気をつけるわ」

 いくらそこらの男よりも背が高くとも自分よりは小さく、龍宮が顔を上げて喋ると言う形になる。
 並木道を進みながら横にいる龍宮を見る、こうして隣で何も知らないで歩く生徒もいずれは超が言う裏の事件に関わっていなくなってしまうのか。
 あいつのように全人類を助ける事は出来なくとも、身近にいる人間くらいは自分の手で護り助けたい。
 そう思って一人で苦笑いをしてしまう、あいつの影響でこうも丸くなってしまった自分に驚き、ユーリの影響で家族の大切さと平和な日常を貰い、また重いものを背負っていたと気づき笑う。
 一人で笑う自分に訝しさを持ったのか龍宮が自分の顔を覗きこむ。

「どうしたんだ? 何か嬉しい事でもあったのかい?」

 何故一部の生徒は教師に対して敬語で話そうとしないのか、いやもう麻帆良の空気に慣れてしまったようで今さら気にはしないが年を食った時に心配だ。

「せやな、改めてここがどれ程良い環境なのか思いしったわ」

「いきなり訳の分からない事を言うね」

 そっちが聞いてきたんやろ! と返すと龍宮は笑い、それをきりに二人とも無言で歩く。
 子供達をこの平和な時で過ごさせたいなら超の案に乗るのもいいかもしれない。
 ご飯が美味しいと喜ぶ姿、クラスメイトと喧嘩して怒る姿、辛い事があって哀しむ姿、友人と集まって笑う姿。少しの間で見てきた姿は良いことだけではなかったが自分の心を動かすだけの力は持っている。
 短い期間しかまだ過ごしていないが、自分の身を犠牲にしてでも護る、この子達にはそれだけの価値がある。
 だけども自分が動くにはまだ危ない、力が無いし何よりも魔法の恐さを知らない。
 この事は暫く保留にしておこう。放っておけばまた超の方から接触してくるだろう。

「龍宮、小腹空きはせんか?」

「うん? そうだな、少し空いてるかもな」

 なんだい奢ってくれるのかい? と笑う。

「そや、一人で食べに行くのもあれやし来んか?」

「いいね、できれば餡蜜がある店がいいな」

 大事な事に気づけたおかげかとても気分がいい。
 これから甘いもの食べるべく、龍宮を連れ寄り道をしていく事にした。





後書き

アスナのタカミチへの恋愛感情を書こうかと思ったけどどうも難しく諦めました。
そしてウルフウッドに恋愛フラグとは別のフラグが立ちました。
ここで言っておきますがこの小説はアンチではないです。
正義と正義のぶつかり合いを目指します。



[29969] 16話
Name: スヌーピα◆f1c5a480 ID:c71893b9
Date: 2011/09/30 18:24
 今日も今日とて自分は仕事を終わらせ、コンビニで弁当を買って帰る途中に絡繰がお婆さんを背負い歩道橋を下りてくる所に出会った。
 階段を下り終わるとお婆さんは絡繰にお礼を言い杖をつきながらゆっくりと歩いて行く、絡繰はお婆さんがしっかりと歩いていけそうだと判断すると自分も帰る為にお婆さんとは反対方向に体を向ける。
 そこで絡繰は自分が見ていた事に気づく。

「あ、ウルフウッド先生」

 鞄を肩に掛け、コンビニの袋を片手に持ち、空いているもう一方の手を上げてそっちに向かう。

「ええ事しとるなぁ~、先生として感動ものやわ」

 子供が見ず知らずの他人に手を貸して、人助けをしているところを見たら自分の生徒でなくても感心するだろう。いつも無表情に過ごしている絡繰だからこそこういう事をするとは思わず、以外な場面を見れてこの気持ちもその他の人が感じる気持ちよりも倍に膨れ上がっていると思う。
 自分の言葉に絡繰首を傾げている。
 絡繰は生まれて一年と少し、人の感情と言うものがまだ理解が出来ていないようだ。

「先ほどの行動で褒められる要素はあったのでしょうか?」

「あるでぇ、お婆ちゃん背負って階段下りてたやろ、困ってる人助けるんは褒められる事や」

「そうなんですか?」

「そうや。やからこれからもばんばん困ってる人助けていき、その内に人の心もわかるようになるわ」

「はい、努力します」

 前向きな発言と取っていいのか、無表情な絡繰を見てもいまいち感情が読み取れない。
 もう少し人間味があった方が接しやすいのだが、絡繰にもっと人間らしくしろと言っても絡繰自信を否定しているようで気分がいいものではない。やはり人と触れあって知識として自然に慣れていくしかないのか。
 そうだとしたら絡繰の成長を手伝えるようにもっと話す機会を増やした方がいいだろう。

「ところで絡繰、その袋に入ってる物はなんや? 缶詰? 水?」

 右手に持っている袋を見て言う。
 透明の袋の中には猫の絵柄が書かれた缶詰と皿が二つ、そしてペットボトルの水が入っている。

「はい、今から教会の裏にいる猫に餌をあげてこようかと」

「ふうん、……それ、ワイも付いて行ってええか?」

 絡繰は悩んでいるのか頭を少し下げて地面を見ている。
 にしても猫か、そう思う。人ではなく機械が生き物の面倒を見る、こんな話は映画や小説、漫画でも見たことがない。麻帆良に来てからは驚く事が多い、目の前にいる絡繰や、巨大な世界樹、そして魔法。
 前の二つはとっくに心の中に許容しているが三つ目はまだ考える事だらけだ。
 この世界で魔法はどんなように使われているのか。
 超が恐れている事件をどのようにして回避するのか。
 何よりも魔法と言うものはそれほど恐れるものなのか、表にも戦闘機や銃器と言う魔法に対抗抵抗出来そうなものあるのに。
 それに――

「はい、では付いて来てください」

「あ? ああ、了解や」







 絡繰の後を歩いて数分、目的地らしき教会に着いた。
 裏手に回り絡繰が袋から猫缶と水を開け、猫用のプラスチックの皿に盛り付ける。
 すると茂みの中から一匹だけ小さい黒猫がニャーと鳴き出てきた。
 母猫が子供を沢山産み、飼い主が育てきれないとここに捨てていったのか、もしくは野良の母猫と逸れたのか。
 捨てに来たのなら一匹所では無く沢山いると思うのだがこの一匹以外はいない。
 逸れたのか。子猫には可哀相だがしょうがない、それも生きていく中で辿る決まった道筋なのかもしれない。
 その猫はブラシでも掛けているのか、そこらで見かける野良猫よりも毛並みは艶が出ていて凄く綺麗だ。
 餌を食べる猫を眺めて薄く微笑む絡繰。
 機械が笑う、しかも自分の思考だけで。
 (なんや笑えるんやな、思っとったより人間となんら変わりないやん)
 自分も絡繰の側でしゃがみ、満腹になって寝転がる猫を撫でる。
 細く柔らかい毛と猫のお腹から手の平に温かさを伝えてくる。

「なぁ絡繰、ここまで来るくらいならその子猫家で飼った方がようないか?」

 ここで面倒をみるくらいなら家で買った方が手っ取り早いと思い言ったのだが絡繰はいい顔をしない。

「マスターが人形を滅茶苦茶にされると嫌がり、家で動物を買うのを禁止していますので」

 家の主であるマクダウェルが禁止をするなら絡繰も文句を言えないだろう。
 だからと言って子猫をここで育てると言うのも恐い、いつ居なくなり、いつ餓死するのかもわからないのだ。
 自分の職員寮は動物を飼ってよかったか。
 寮の禁止事項を思い出す、いや思い出さなくても解る。飼っては駄目な事が。
 あの優しい管理人さんなら事情を話せば了解を貰えるかもだが大丈夫だろうか。
 手を舐めてじゃれついてくる猫の顎を掻く。
 気持ちよさそうに喉を伸ばし、自分の指の動きに合わせて頭が揺れる。

「このままじゃ猫も可哀相やしな、絡繰が飼えん言うならワイが飼うわ。そしたら絡繰も安心するやろ?」

 唐突に言ったこの言葉に絡繰は本当に? と言いたそうな顔を向けてくる。
 猫の話だけでこんな絡繰の表情を見れるとは驚きだ。付いてきて良かった。

「ほんまや、その代わり管理人を説得するの手伝って貰うで」

 立ち上がり行くぞと言う。絡繰は使った物を袋に戻し、猫を抱き上げる。

「はい」







 絡繰と自分の説得により管理人は折れ、無事に部屋で猫を飼う事が許された。
 許しを得た今はどうでもいい事なのだが、管理人が折れた際に笑って言った、飼っていいよは実は最初から飼う許可を出すつもりだったのじゃないのかと思う。多分管理人の対面を保つ為に演技していたんじゃなかろうか。
 そんな管理人に感謝しつつ自分は夕方に車を走らせて、ペットショップで猫用品を買いに来ていた。
 猫用のトイレと砂、ベッドと首輪、餌と皿、玩具とノミ取りシャンプー。ブラシは絡繰が譲ってくれるそうで買わない。猫用のベッドが一万円を越えるとは思っても見なかった。
 寂しくなった財布をポケットに入れて店を出る、猫と一緒に絡繰を家に待たせているから早めに帰らなければいけない。
 買ったものを同僚の先生に借りた車の助手席に乗せる。
 半年前に日本で車の免許を取ったのを最後に、車を運転するのは久しぶりだ。
 ロシアでは右側通行だっただけに左側を走るのは少し恐い。
 つい先ほど来る時にボケッと猫の事を考えながら運転していたら「なんでワイ左側走っとんねん! はよ右側に戻らな!」と言ってハンドルを切ろうと思った時には自分でも死ぬかと思った。
 前を走っていた車に気づかなければ危うく対向車線に突っ込んでいたところだ。
 寮へと走り数分して着く。駐車場に車を停め同僚に鍵を返しに行く。
 途中に会う先生方にその大きな袋はなんだと声掛けられ説明をして時間を取られる。
 短く説明し早めに話を切り上げて部屋に戻る。

「お帰りなさい、ウルフウッド先生」

 中では絡繰が床に腰を下ろして猫を膝の上で撫でていた。
 寝息は聞えないが猫は寝ているのだろう、瞼を下ろし丸まっている。
 買ってきたものを床に置き、ベッドとトイレだけは封を開け、猫のスペースにしようと思っていた部屋の済みに設置しておく。

「色々とありがとうごいます、先生」

「ワイも一人暮らしでつまらんかったんや、丁度ええわ」

 自分の言葉に頭を下げる絡繰、そこまでしなくても自分は気にしないのだが絡繰自身が許さないのだろう。だからそのお礼を受け取る。
 ご飯をまだ食べていなかった自分は、出かける前に買ってきていた弁当を食べる為にキッチンへと向かい手を洗い、飯の準備をする。
 弁当をレンジに入れ温まるのを待つ。二分経ちレンジからチン、と音が鳴った。
 自分はこのレンジなどの電子音が苦手だ。それは携帯の着信音しかり目覚ましの音だったりパソコンの立ち上げ音もだ。何故かと言われればこうだと答える事は出来ない。
 とにかく苦手なのだ、なのに絡繰の声には苦手意識を持たない、不思議なものだ。
 冷蔵庫から緑茶が入った容器と棚からコップを二つ取り、レンジから底が熱くなった弁当を取る。
 絡繰にも何か出そうとお茶請け探るが、そういえば絡繰は機械だったと気づく。食べ物を食べれるのだろうか。
 どうしようかと考えるが自分の分だけ用意するのも気まずくなるだけだからスナック菓子を持っていく事にする。
 戻ると絡繰は袋の中から買ってきていた首輪を猫に付けていた。
 自分も座り、リモコンでテレビをつけてからコップにお茶を注ぎ、絡繰の前にお菓子を置いてからコンビニ弁当を開ける。
 絡繰は自分の前に置かれたお茶とお菓子を見て驚いている。

「あの、私はロボットですので飲食は出来ないのですが」

「雰囲気やて雰囲気、ワイだけ食べ物があって絡繰には何も無いて気分悪いやんか。それだけや、気にせんといて」

「……はい」

 弁当を食べながらテレビから発せられる音をそっちのけで絡繰が猫を撫でる姿を眺める。心なしか嬉しそうだ。

「猫の名前決めなあかんなぁ、絡繰、どないする?」

「名前、ですか?」

 絡繰はそれだけを返して黙ってしまった。
 猫の名前について考えているんだろう。
 名前決めは絡繰に任せて自分は弁当を食べる手を止めない。
 今日まで世話をしていたのは絡繰だし猫の名前を決める権利は絡繰にある筈だ。
 弁当一つを平らげたが足りないみたいだ。キッチンに食べる物がないかと探しに行く。
 そしてビーフジャーキーとカルパスを持って居間に戻る。
 本当は酒があったら最高なのだが生徒の前で飲む訳にもいかない。
 前にビールを飲んだ超包子は例外だ、あそこは子供が経営しているがお客に食べ物を食べさせる店なのだから。
 カルパスの包みを開け口に放り込んでいると絡繰が顔を上げた。

「この子の名前は……、キティ、にしたいと思いますがいいでしょうか?」

 キティ、英語で子猫か、なんにも捻りがないが絡繰らしくていい気がする。

「キティか、ええ名前やな。なら今日からそいつはキティや」

 その言葉に絡繰はさらに嬉しそうにして目を細めた。






 それから一時間くらいか、絡繰に猫を飼う時に気をつける事を教えて貰い、暗くなった空を見て絡繰を家まで送る事になった。
 ログハウスの玄関の前、後ろに絡繰はいるが自分がこれまた律儀に呼び鈴を鳴らし家主が出てくるのを待つ。
 少し待っていろと言うマクダウェルの声が聞こえて玄関が開けられる。

「……なんだ先生か、それと茶々丸? 何故一緒にいるんだ?」

「随分な扱いやなぁ、まぁええわ。ちょっと絡繰借りてたんや、やから一応お礼言いに来た。おおきに」

「だから帰りが遅かったのか、ようはそれだけか? 用事がなかったらお茶くらいなら出すが」

 出すのは絡繰だろう。運よく喉でつまった言葉を無理やり飲み込み、後ろにいる絡繰に道を開ける。

「悪いんやけど用事あるんやわ、また今度誘ってくれ。ほなな、絡繰」

「はい先生、また明日。それとキティの事をよろしくお願いします」

「なにぃ!?」

 絡繰の言葉にマクダウェルの顔が真っ赤になった。
 妙に機嫌が良いのか悪いのか解らなくなったマクダウェルのご機嫌を取るよりも、今は家に残したキティが気になり足早に帰る事にする。
 「マクダウェルも明日な」そう言って歩き出した後ろでは、マクダウェルが「ボケロボ! あれはどういう意味だ! 言え! ボケロボ!」と大声で叫んでいるのが聞えてきた。







 翌日、朝から機嫌の悪いマクダウェルに会った。
 絡繰はいない、日直か何かだろうか。

「先生、どうやらキティと言う子猫を飼う事になったそうだな」

「そや、絡繰が外で世話してたんやけど可哀相思うて飼う事にしたんや」

 可哀相と言う言葉にマクダウェルは罰が悪そうな顔をして言う。

「……しょうがないだろう、私だって家にある人形達が大事なんだ。滅茶苦茶にされるのは勘弁だ」

「わかっとるて、別にお前を責めとる訳やない」

「……なら言いんだが。それで? その、キティは大事に出来そうか?」

 なんだ、先ほどまで機嫌が悪かったと思えば何故か暗く俯き、急に照れて話だすかと思えばキティの事。
 今日のマクダウェルの考える事が全くわからない。

「あぁ、手に持って餌上げてたら直ぐにワイに懐いたわ。可愛い奴やで、たった一日でもう家族みたいやわ」

 より一層に顔の赤みが増す。朝からよく解らない奴だ。
 それからキティについて聞こうとしてくるマクダウェルを相手に、一緒に登校をして直ぐにホームルームへと時間が速く過ぎた。
 今日は高畑先生が出張と言う事で自分が朝の挨拶をする事になっている。

「おはようございまーす!!」

 生徒のいつもの飛び抜けて元気のいい挨拶が教室を包む。

「おはよう。それじゃ朝の連絡や、後一ヶ月で麻帆良際が始まるで、それまでに間に合うように準備しいや。後から泣きついて来ても知らんで! 雪広しっかり頼むで」

「大丈夫です、喫茶店くらいの準備なら一週間くらいで済みますわ!」

 意気揚々と両手を広げてアピールしてくる委員長の雪広。
 その他の生徒は手を叩き「おお~」と言って盛り上がっている。
 本当に任せて大丈夫なのか心配になってきた。
 超に視線を向けると皆と楽しげに会話している姿。
 この前の雰囲気とは違う、そこらにいる生徒とは何一つ違和感無く混じっている。
 再度と顔を向けると目線が合う、その時の顔は早く来いと誘っているように見えた。

「……まぁゆっくり考えてなんの料理出すか決めえよ、それじゃ朝のホームルームは終わりや」

 今の言葉で自分の意思は伝わっただろうか、超の顔を見ても先ほどの顔は消え、笑顔だけが貼り付けられていた。
 







「あ、梅干落としてもうた」

 そんな情けない声が起きたのは昼の十二時、おいしいコンビニの弁当を片手に絶賛昼休憩中だ。
 落ちたしまったものはしょうがないとポケットティッシュをから一枚取り出し、地面に落ちた食べかけの梅干を包んでコンビニの袋の中へ捨てる。
 天気が綺麗だからと外で食べようと思って広場のベンチに座り食べていたが、よもやこんな精神的にくる出来事があるとは思わなかった。
 先日の猫用品のお陰で自分の財布は空だと言うのに食べ物を粗末にしてしまうとは体の栄養的に厳しい事だ。
 いや、別にご飯が食べられない厳しい生活をしている訳ではなのだが、今年は日本でバイクとバイクの免許をと思い、生活を切り詰め貯金を溜めていただけにちょっと悲しい。
 目指すはドラッグスター1100クラシックと大型自動二輪の免許だ。
 正直、免許を取ってバイクを買うだけならもう直ぐ貯金が貯まるのだが維持費とカスタム費を考えると今の貯金じゃ心もとない。
 やはりバイクは金が掛かる、だけども乗りたい。
 あの風を切る感覚を味わいたい、このかっこいいフォルムを磨きあげて眺めていたい。
 目の前に自分が気になるバイクを見かけたら思わずオーナーに声を掛けてしまう、それがバイク乗りの気持ちだと思う。
 梅干一つに肩を落としているとこちらに走りよってくる靴音がする。
 顔を上げると大河内が袋を持って近づいてきていた。

「どないした大河内、ワイに何かようか?」

 自分の前で立ち止まった相手に話しかける。
 探していたのだろうか、少し息と髪が乱れ、汗が一滴頬に流れていた。

「はい、その、前に借りたシャツを、返そうと思って」

 持っていた袋を両手に持ち差し出してくる。
 袋を受け取ってお礼を言う。

「お礼を言うのは私の方だと思う」

「はは、そうやな」

 頭を下げてまた走って戻ろうとした大河内の腕を掴む。
 相手は急に腕を掴まれた事に吃驚とした表情だ、え? と思っている事だろう。

「思い出させるような事聞くのは悪いんやけどな、あれから皆は元気そうにしとるか? ワイの前だけで元気良くしとるんちゃうやろな」

 大河内を含めあの四人を暫く見ていたがあまりにも普段通りに過ごしていた為、最近不安になっていたのだ。
 真面目な大河内なら話してくれるだろうと思って思わず止めてしまったが悪い事をしただろうか。
 腕を離して言葉を待っていると大河内は自分の隣へと腰掛けた。

「大丈夫、あれから皆いつも通り元気だよ。私も心配してた亜子さえ元気に笑ってる、初日に先生に慰めれて沢山泣いたお陰だよ」

 恥ずかしそうに笑う大河内、この様子なら本当に心配しなくても大丈夫だろう。
 それだけを言うと大河内はご飯を明石達と食べに行くと言って今度こそ走って行ってしまった。
 辛かったであろう過去を泣いただけでこうも簡単に忘れられるのか。
 
「若いって素晴らしいのぉ」

 自分は未だにあの過去からは逃げられていない、ふとした時にあの砂漠の星の出来事を思い出す。
 上に指示されてターゲットをパニッシャーで撃ち殺す記憶。
 横で泣き叫ぶ子供を頭から消し、その両親の頭と心臓に二発ずつ銃弾で穴を開ける記憶。
 外道はくたばるまで外道 、自分で言った言葉が頭の中で跳ね返り続ける。

「あー、やめや、やめ、飯が不味くなる」

 銃がなんだ魔法がなんだ、せめて今くらいは静かに飯を食べていたい。







「ふうむ、先生はまだ私の所に来る気はないみたいネ」

 自分の副担任、二コラス・D・ウルフウッドを遠くから、あの話し合いの時に仕掛けた自作の高性能盗聴器を使って探り、今の言葉を聞く。
 朝のあの発言と今の発言、そして今もなんら変わりない日常を過ごしている事からそう判断する。
 あの日、孤児院と身内、死、そしてパニッシャーと言う言葉を使って勧誘したがどうもまだ考えあぐねているみたいだ。
 まだ何かが足りない、でもどうやって彼を手にいれよう。
 魔法を知ったこのままじゃ先生は私の所ではなくて違う組織の所に行ってしまうかもしれない。
 それが麻帆良学園側だったら悪夢だ。
 やはり何処かで未来の事を話した方がいいか、だが何を言おう。
 彼の心を動かすもの、やっぱり身内が危険に晒される事しか思いつかない。
 だがここで自分が仕掛けを張り、身内の生徒をわざと巻き込んだのがバレたら先生の怒りを買ってしまうのは。それは危険過ぎる。かと言って魔法先生達を誘導して事件を起こしても自分が魔法関係者に疑われそうだ。この考えも却下にする。
 どうする、ここで先生を捕まえないと自分の計画の遂行は難しくなってしまう。
 唯でさえ近年の異常気象で世界樹の魔力の溜まり具合が上がっている、来年にはその魔力が最高潮になりそうだと言うのにいまだにこちら側の戦力は足りていない。
 いくらT-ANKーα1を改良しα2として戦力を作っているが数だけで麻帆良の強者を圧倒出来るか怪しい。
 高畑先生なら一人でも自分の所まで突破してきそうだ。
 だが二コラス・D・ウルフウッドならタカミチ・T・高畑と正面からやりあえるだろう。
 高畑先生の対抗策と計画を遂行する戦力としてどうしても先生が欲しい。
 あの先生の戦闘能力なら安心して自分の背中を護ってくれる、その確信がある。
 仲間にする為に少しくらいなら未来の情報を洩らそうか。
 例えば「来年の三年A組の担任になる教師、ネギ・スプリングフィールドと言う十歳の子供が魔法使いだ」とか「その子供が何も知らない生徒達を自分の魔法使いのパートナーにし、裏に関わらせてしまう」と言うのはどうだろうか。いくら子供と身内に甘い先生でも子供先生の存在は許容出来ないだろう。
 自分の身内が遠い未来ではなく来年には死ぬと聞かされれば、先生もああものんびりと考えない筈だ。
 勧誘を滑らかに成功させる為には魔法使い側に少しくらい悪い印象をつけた方がいい。
 仲間にした後はどうしようか、才能があるかわからないが魔法を教えてみるのもありかもしれない。
 自分はあまり魔法を得意としていないが教えるくらい大丈夫だと思う。
 何を教えよう、魔法の射手? 武装解除? はたまたオリジナル魔法? 考えるだけで面白くなってくる。
 だけどその前に先生のあの大きな重火器はどうやって準備するのだろう。探っても見つからないのだけども。
 あれもこれも先生を仲間にしてから考えよう。
 先ずは―― 

「誰よりも先に、先生を手にいれるネ」







 夜、人目を憚る結界を張り、異形と剣戟を鳴り響かせる。
 愛刀で風を切りながら敵を切りつけ、横に飛んで相手の切っ先を避ける。
 自分の中心の周りには異形共が散らかり、時が立つと光となって消えていく。
 相手が異形を召喚するよりも速く自分が敵を切り落とす。
 何度もそれを繰り返し、異形の群れを消し去る。
 向かってくる敵の気配が消えた、恐らく術者は勝てないと思い逃げたのだろう。
 逃がすまいと異形が向かってきていた方向に走る。その術者と思われる人間を見つけた。
 木の幹を蹴り、飛ぶように木々を駆け、人間を跳び越してわざと目の前に降りる。

「止まれ、貴様が何もしないで観念すると言うのなら、私もお前にこの刃を向けない。どうだ、別に悪い案ではないと思うが」

 その案も今この場ではある、魔法先生方が駆けつければ尋問が始まる。
 結局情報を吐いても吐かなくてもこの術者は本国にと飛ばされ牢屋行きだ。
 それから逃げたいのならば今は全力で逃げるしかない。
 それがわかっているのか、術者は自分に向かって魔法を撃ってくる、だがそれのなんとお粗末な事か、逃げるのに必死で威力も速度も並み以下だ。
 相手が放った貧弱な光弾を、刀を横に振り抜きその風圧で消し去る。
 それを見た敵の、絶望が満ちた顔が目の前で広がる。相手が尻餅をついて後退った。
 どうしたものと考えていると、月の光を遮り二人の男女が現れた。
 一人はサングラスをかけて煙草を咥え、もう一人は刀を持っている。

「お疲れ様です、後は私達が引き受けましょう」

「はい。では失礼します」

 一礼をしてからその場から去る、これで今日の仕事も終わりだ。
 一息つく為に結界の外まで走る。喉が渇いた、何処かで飲み物が買える場所がなかったか。
 幹の間から光が見え始めた。この光方からしてコンビニだろうか。
 丁度いい、飲み物でも買って行こう。
 木々を抜け人気が無い道にと降り立つ。

「桜咲やんか、急に出てきたから驚いたわ」

「っ! ウルフウッド先生!?」

 私とした事が、木々の間から急に出てくると言うおかしな所を見られてしまった。
 だが先生はそれ程気にしていないみたいだ。

「なんや? コンビニに行く為の近道か? いくらなんでも夜は危ないからやめときーよ」

「え!? ああ、えとはい、そうなんです」

 勝手に解釈してくれたのは嬉しいが自分のしどろもどろな反応に怪訝に思っているみたいだ。
 なんて言えばいいだろう。いや、先ずは自分が落ち着いて話さなければ。
 そんな事を急いで考えていると先生は何かわかったのか真剣な顔つきになって言う。

「桜咲、前にも言うたけど、もよおしとんならはよトイレに行き、ほれコンビニまでもう少しや」

「ち、違います!!」

 また変な誤解をされてしまった、と言うか女性に向かってそう言う事を平然と言うだろうか。







「んな目の前でもじもじされたらトイレやと思うやろ」

「もじもじなんてしてませんでしたよ!」

 コンビニでお茶を買い、今は先生と一緒に途中までの帰り道を歩いている。

「すまんって怒らんでって、ほらアイス奢ったったやろ?」

 そう、あの後必死に否定して先生は理解理解してくれた。そのお詫びと言い、先生はコンビニでアイスを買ってくれたのだ。
 棒アイスをシャクリと音を立てて齧る、口の中で溶けるアイスの冷たさが喉から胃に入り全身へと広がる。
 先ほどまで体を動かしていた自分にはこの冷たさがなんとも心地いい。
 仕事の後のアイスもいいかもしれない。

「そういえば桜咲っていつもその竹刀持っとるけど思い入れでもあるんか?」

 目についたのか先生が自分肩に持っている竹刀袋に目を向けて言う。
 思い入れ、大切な人の父からこの愛刀、夕凪を譲り受け、その大切な人を護ると誓い背負った物だ。
 夕凪を肌身離さず持つのは理由がある。それは同じクラスにいる近衛木乃香、お嬢様を護る為にいつ危険から護れるように持っている。さっきの侵入者の確保もお嬢様を危険から護る使命だ。
 とりあえず怪しまれないように当たり障りにないことを言っておこう。

「まぁ、そうですね、小さい頃からこれを振っていたので愛着があるんです」

「そうやったんか、いっつも持ち歩いてるからこの麻帆良女子中等部にたまに侵入する変質者でも返り討ちにしとるん思うてたわ」

 あながち間違ってはいない、いや正解を出してもいいかもしれない。

「あ、ここで教員寮と女子寮の別れ道ですね、それでは私は行きますので」

 では、そう言ってお辞儀をする。
 その瞬間に頭に手を置かれた。

「っ!」

「これからも剣道頑張りぃよ、応援しとるで」

 一言残し先生は去っていく。
 撫でられた頭に自分の手置く、今は感じないが先ほどの温かさは自分が感じた事のない温もりがあった。
 誰かに頭を撫でられるとこういう気持ちになるんだろうか。
 自分の視線の先を歩く先生の後ろ姿は大きく、抱きついたら撫でられるよりも温もりを感じそうだった。





後書き

着々とフラグ立てます。
友人に「エヴァがデレ過ぎじゃね?」と言われたのですがちょっとおかしいですかね?

それと麻帆良祭が終わった後に間を置いて林間学校または臨海学校の話しを書こうと思っているのですが読みたいですか? あんまりその回が想像が出来なくて正直無しにしようかと悩んでます。



[29969] 17話
Name: スヌーピα◆f1c5a480 ID:c71893b9
Date: 2011/09/30 18:26
 いつもの通学鞄と愛刀・夕凪を竹刀袋に入れて今日も授業を受ける為に学校に登校する。
 麻帆良祭の準備が始まって数日、学園内のそこかしこには屋台の列や仮装した人、自分のクラスの出し物を主張する看板などが目立ち始める。
 多くの人が朝早くから準備をしているこの光景を、一年前にも見たがその時もこんな風だった。

「今年も凄いな。だが当日はもっと人だかりが出来ていそうだ」

「そうだな。それで今年はどうする? また私達で回るのか?」

 横に並んで歩いていた龍宮を見上げる。
 龍宮真名。私のルームメイト、中学生離れしたプロポーションが凄い女だ。
 中学二年生なのに身長が高すぎるんじゃないだろうか、それに加えてこの豊満で柔らかそうな胸、スカートの上からも判る大きな尻、胸と尻の間にある腰は逆に細く、スカートから伸びている褐色の張りのあるふとももは綺麗で、その脚線美は羨ましいと思う事がしょっちゅうある。微かに笑う顔も、そこらの雑誌モデルも顔負けな程にかっこいい。性格も冷静で感情を抑えたポーカーフェイスの女、龍宮が動く一つ一つの仕草からは色気が表れている。容姿も合わせてクールビューティーな女だと思う。
 何故二年A組には中学生らしかぬ体型をした人が多いのか。
 自分の体の首から下を見て、朝から少し自分の人生に挫けそうになる。
 (これでも中学生の平均は超えてると思っているのだが)
 サラシで胸を押さえてる今、他人からは無いと思われているかもしれない。

「刹那?」

「あ、あぁ、そうだな。特に予定も無いしそうしようか」

 勿論木乃香お嬢様の護る使命を忘れてはない。
 お嬢様の護衛を兼ねて後ろからついていき回る訳だ、龍宮もこの事はわかっているだろう。
 龍宮が顔を前に戻すと「ん?」と声を上げた。

「あれはウルフウッド先生だな」

 龍宮の目線を追うと回りの人が歩く波から頭が二つ分くらい出ている男の人がいた。
 黒いスーツを着て、サングラスを掛けた姿はちょっと暴力団組織のような感じがする。
 四月に二年A組に赴任してきた時は裏の人間がお嬢様を狙ってきたと思って疑っていた時期があったなんて断じてない。
 帰りに後をつけて子供にお菓子をあげていた所を見て「人は見た目じゃないんだな」とは断じて思ってない。絶対にだ。
 龍宮が先生の方に向かっていくので後を追う。

「おはよう、先生。今日は遅い出勤だね、大丈夫なのかい?」

「ウルフウッド先生、おはようございます」

 龍宮の言う通り先生はゆっくりとした足取りで歩いている。
 この時間だと教師陣はもう職員室で会議などをしているんじゃなかったか。

「おはようさん。学校には電話してあるから心配いらへんわ」

 先生の声からは疲れが表れていると思った。

「どうしたんだい? 朝から疲れる事でもあったのか?」

 龍宮が問いかけると先生は溜め息をついてから話し始めた。
 その話しを要約すると、朝起きたら最近飼い始めた猫が自分のベッドで粗相をしてしまっており、それの処理で朝から時間、体力共に奪われていったらしい。そして溜め息の原因は帰ったらまた粗相をしてないのか心配しているらしい。

「それは朝から災難だったね」

「可愛いいからまぁええんやけどな」

 私は龍宮の隣で二人の会話を黙って聞いているだけだ。

「それよりもお前等、喫茶店の準備は進んどるんやろうな」

「進んでいると言えば進んでるね、なぁ刹那」

 話しを急に振られて驚く。
 会話に加わります、なんて雰囲気を出してはいなかった筈なんだが。

「……そうですね、麻帆良祭までには間に合うと思います」

 あまり仲良くない人の前だと私は口調が固くなってしまう。
 いつも敵がいないのかと警戒しているおかげで、他人が信用出来ないからかもしれない。
 この前とその前の夜には先生と普通に喋れていたと思うんだが、あの時は何故ああも自然と喋れていたのだろう。

「ほうか。今日の放課後に様子見がてら手伝いに行くわ」

 手伝うと言われてもやる事は、窓とかの飾りつけだけでそんなにやる事はないと思う。
 クラスのキッチン担当が料理の練習したり、ウエイトレス担当が接客の練習したりとかくらいか、先生の出番はないかもしれない。
 いや、超さんと四葉さん達が喫茶店のメニューを考えているからその味見役があった。
 まぁこの役も他の人に奪われそうなのだが。

「わかった、それじゃあ私達は先に教室に行くよ。刹那、行こうか」

 先生に失礼しますと伝え、龍宮と一緒に鐘が鳴る前に長い階段を駆け上がり教室へと向かった。







 六時間目の歴史の授業、ウルフウッド先生が教科書片手に黒板に白いチョークで文字を書いていく。
 要点は色違いのチョークで書いたりアンダーラインを引いていてわかりやすくまとめている。
 先生が黒板に文字を書き終え、クラスの皆がノートに写し終えるのを待っている。
 私も黒板に書かれている文字を自分のノートに写していくがいまいち内容がわかっていない、ただ写さないと次のテストで復習が出来ないから書いてるだけだ。
 クラスの皆がカリカリと音を立てていたのが静かになるとウルフウッド先生が黒板をコンコンと叩きつつ言った。

「じゃあ問題や。日本は何を理由に第一次世界大戦に宣戦したか解るか? 桜咲、答え」

 手に持っていたシャープペンシルの芯が折れた。
 (目を合わせないようにしていたんだけどな)
 とりあえず席から立ち上がったが答えなんてわからない、いや授業をしっかりと聞いていれば答えれていたのかもしれないが、生憎今日は日にち的に私が当てられるとは思ってなく油断していた、ちゃんと授業を聞いていればよかった。
 まわりの席の人に助けを求めてみようと視線を動かすが皆もわからないのか顔を背けられてしまう。
 宮崎さんは何か伝えようと口をもごもご動かしいているが声が極端に小さいうえに下を向いていて口の動きさえわからない。後ろにも目を向けようと思ったがウルフウッド先生が見ているので出来そうにない。
 どうやら私は今、孤立無援らしい。少し泣きそうだ。
 先生に視線を向けるが「今開いてるページの文に書いてあるから探し」としか言ってくれない。
 説明文を読んで探すが焦って探しているせいか答えが見つからない。
 クラスの沈黙が凄く長く感じる中で皆の目線が集中するのは精神的にキツイものがある。
 先生が黒板に視線を向けている間にちらりとお嬢様を見ると口パクで何かを伝えようとしているが、私の心情的にどうしてもお嬢様と顔を合わせる事に抵抗を感じてしまい、直ぐに顔を教科書へと向ける。
 本当にどうしたらいいんだと頭の中が沸騰し始めた。
 回転が遅くなった頭に聖母のような響きの声が入ってくる、この声は那波さんだ。
 聖人の助けだと思い縋り、先生が見ているのも気にせず自分の席の右斜め後ろ、そこに目を向けると那波さんが何か一声ずつゆっくりと小声で言っていた。

「に、ち、え、い、ど、う、め、い」

 (日英同盟?)
 その言葉を教科書から探すと直ぐに目に入った。ご丁寧に太文字だ。
 こんなものを見逃していたとは情けない気分になる。
 先生に答えを伝えると笑って正解だと言われた、那波さんとのやり取りを学生らしい微笑ましいものと感じ取ったのか。
 とにかくやっとこの息苦しい時間から開放された。
 席に座る前に那波さんの会釈をする。
 (この時間が終われば麻帆良祭の準備をしたら帰れる)
 それからは先生が説明を再開しチャイムが鳴るまで時間が流れていった。







「ご、ご注文はお決まりでしょうか」

「まだメニュー表貰ってへんで」

 時間は授業が終わり放課後、普段はこの時間は部活やクラブがあるのだけど今は麻帆良祭の準備期間、皆が皆慌しく準備で走り回っている中で、私達二年A組はウルフウッド先生に喫茶店の出来をみて貰っていた。
 教室の中はいいんちょさんの持ってきた机と椅子、簡易キッチン等で本当の喫茶店みたいに姿を変えている。
 そしてこの状況は、早乙女さんが私に出し物の練習だと言ってウェイトレスの格好をして先生を相手に料理の注文を取って、と言い出して今に至る。
 ちなみにウエイトレスの格好は黒の短い丈のジャンパースカートに見えるエプロンを主として、その下にはエンボス柄の入った白のブラウスとエプロンと同色の黒のショートパンツ。襟元には黒のリボンタイをして、足元は黒のパンプス。パンプスなんて生まれて初めて履いた。最初は歩きにくかったが少しすれば慣れてしまった。
 エプロンの左右にはハート型のポケットが付いていて、裾は二重のフリルが付いている。
 こんなの私には似合ってないと言ったのだが周りに可愛いと言われて着せられた。
 それにしてもブラウスが結構薄手になっていてサラシが透けてないか気になる。
 キャミソールくらい着てくれば良かった。
 そんな姿の私を先生は見ている。
 制服の時は周りも制服だし見られても特に気にしなかったが、こんな女の子らしい格好をして男の人の前にいると言う事が私の生活では先ず無く。相手が副担任だろうが年上だろうがどうしても緊張してしまう。
 男の人の前で足を晒すのがここまで恥ずかしいとは思わなかった。
 変な所はないか、傷とか付いてないのか、女の子らしい綺麗な足だろうか。
 今の私は、皆が言ったように可愛いのだろうか。
 そんな自分でも理解出来ない事を考えていると早乙女さんがパタパタと小走りで寄って来る。

「あー、渡し忘れてた、はい桜咲さん」

 あちゃーと額に手を当て大げさに言って早乙女さんがメニュー表を渡してくる。

「はい、じゃあ続きよろしくぅ!」

 横でわいのわいのと楽しんでいるクラスメイトの中で一際テンションの上がっている朝倉さんが、カメラのレンズを覗き込んで私にピントを合わせている。
 後で必ず回収しよう。
 だから今は手早く事を済ませてこの空間から逃げたい。

「失礼しました。こちらメニュー表です、お決まりなったらお呼びください」

 一礼して席から二歩下がる。
 先生がメニュー表を見て不思議そう首を捻っている。

「中華まんしかないやん」

 その不思議な発言に後ろから表を覗くと確かに中華まんの種類が書いてあるだけでそれ以外の料理はない。
 この仕業をしただろうである超さんを見ると「世界に肉まん広めるヨ!」と言っている所をウルフウッド先生に拳骨を貰っていた。

「他にも出さんかい! これだけやと喫茶店っちゅー名前に疑問を持たざるしかないわ!」

「わかったネ、直ぐ考えるネ! だから拳骨はやめて欲しいネ!」

 目の端に涙を滲ませて四葉の後ろに隠れる超さん。
 何時の間に先生は席から立っていたのだろう、自分は気づかなかった。
 この人は変な所で凄い事を簡単にこなすから驚く。と言っても大体が生徒への突っ込みだから瞬間的なものかもしれない。

「うまい飯期待しとるでー、超」

 先生が超さんに一言言って席に戻ってくる。

「とりあえずウーロン茶、それとこの店のオススメの肉まんお願いするわ」

 先ほどのやり取りの後に何事もなく笑顔で言うものだからそれがおかしくてつられて自分も微笑んでしまう。

「うおお!? 桜咲さんの貴重な笑顔ゲットォォォ!!」

 目の前でカメラのシャッターボタンを親指で連打してくる朝倉さん。
 龍宮に目配せをするとニヤついて朝倉さんとカメラを連れて下がっていく。
 その間で木乃香お嬢様の驚きの中にある嬉しそうな悲しそうな表情が目についた。
 (……)
 体を先生に向き直して畏まりましたと返してキッチンに向かう。
 そこでは超さんがメモ帳を持って「これとこれとこれ、それとこれも出そうかナ」と呟いている。
 きっと喫茶店で出す料理を考え直しているのだろう。流石に先生の拳骨をもう一度貰いたくないのか迅速な対応だ。

「はい、肉まん。早くお客様に出してあげて」

 ボーっと肉まんが出来あがるのを待っていると四葉さんが蒸籠を持ってきた。
 この中に熱々の肉まんが入っているらしい。それを受け取り、手早くウーロン茶を用意して先生の所に戻る。

「お待たせしました、ご注文のウーロン茶と肉まんです」

「おおきに。おお、これは美味そうやの」

 先生が蒸篭の蓋を開けると中から湯気だたっぷりと出てくる。
 湯気の発生源の肉まんは蒸篭の中で蒸されても白くて綺麗な色をしていた。
 一口齧る、すると「あっつ!!」と叫び肉まんから零れた肉汁が先生の手を伝って床に落ちていく。

「大丈夫ですか!? 手を貸してください」

 テーブルに置いてある冷めたお絞りで先生の手を拭いてあげる。
 相当熱かったのか、先生の大きくごつごつした手の平から腕、肘にかけて肉汁が流れていた所が赤くなり線を作っていた。
 袖捲くった所から丁寧に拭いていくと。

「すまんな、桜咲」

 先生の顔が近くにあった。
 手を拭くのに夢中でこんなにも近づいているとは思わなかった。
 保健室に行こか? と和泉さんが申しでるが先生は放っておけば治ると言って断った。
 和泉さんは少し悲しそうな顔をしてすごすごといつものメンバーの所帰って励まされている。

「あ、いえ、大丈夫そうでなによりです……」

 顔が赤く、火照っていくのがわかる。
 後ろの一部の人の声が大きくなった。
 先生は大して気にしていないのか、いつも通りの振る舞いで後ろを静かにさせている。
 先生の顔を見れず、下を向いていると先生の手が肉まんを半分にしているところが見えた。

「ほれ、礼に肉まん半分やるわ」

 あまりお腹は空いていないのだが皆が見てる中で断るのも気分が悪いし受け取ることにする。

「ありがとう、ございます」

 外側はあまり熱くないみたいだ、先生から貰った肉まんをその場で齧る。
 中は確かに熱いが空気に触れて幾分か温度を落としていて直ぐに食べられた。
 いや、何故かさっきから自分の熱くなった体温が肉まんの熱さを感じなかったから食べれたんじゃないだろうか。
 教室のガラス窓に映る顔が真っ赤な自分を見てそう思う。

「ラ、ラブ臭がっ! とてつもないラブ臭がぁ!!」

 早乙女さんが一人で騒ぎ始め、綾瀬さんや宮崎さん、お嬢様が何事かと早乙女さんを落ち着かせている。
 ショックを受けたような顔している和泉さんを大河内さんが慰め、向こうでは何故かエヴァンジェリンさんが苛立たしそうにして私を睨んでくる。
 (なんでエヴァンジェリンさんは怒ってるんですか!?)
 エヴァンジェリンさんの不機嫌が視線越しに当てられ熱かった体から急に冷や汗が吹き出て焦る。
 自分の体が一気に冷めていきどうしようかと先生に助けを求める。

「早乙女は何を訳のわからん事を言っとんねん」

 先生の声でその場は早乙女さんのいつもの変な行動として収まったが何か変な事に足を突っ込んでしまっているのだと理解した。特にエヴァンジェリンさんが私の背中に軽く威圧してくる事に身が震える。
 これが終わったら龍宮を連れて甘いもの食べて気分を変えようか。







「お疲れのようだな、刹那」

 カフェのテーブルに両肘を付き、手で顔を覆っている刹那は凄く疲れたと言いたげな雰囲気を纏っている。
 放課後の接客の練習に疲れたんだろう。主にエヴァンジェリンのあの睨みで。
 こちらに歩いてきた本物のウェイトレスが私の前にあんみつを、刹那の前に冷たいぜんざい置いていく。
 刹那は頭を悩ませていてぜんざいに手をつける気配がない。
 構うのも面倒だから私は先にあんみつを食べてしまおう。
 白玉をスプーンで掬い一口で食べ、もちもちとした食感と蜜の甘さを堪能する。
 あんみつを食べている時は幸せな気分になれる。
 一口サイズにカットされたパイナップルを食べているとカフェのドアが開き、新たな客が入ってきたと鐘を鳴らす。
 お洒落なカフェの雰囲気に合わない男性客、ウルフウッド先生だ。

「刹那、ウルフウッド先生が店に入ってきた」

「え!?」

 先生がウェイトレスに席を案内されている所に私が手を上げて知り合いがいるぞと教える。

「お、ウェイトレスさん、ワイあそこでええわ」

 こちらに気づいて先生が歩いてくる。
 先生が私の対面に座り、刹那の隣に腰掛けた。
 刹那が顔を赤くして困っているようだが見ていて面白いから無視をする。
 こんな刹那なんて中々お目にかかれないから揶揄いたくなるのもしょうがない。
 先ほどのウェイトレスが先生用にと水とお絞りを置く。

「アイスコーヒーとサンドイッチお願いな、一緒に持ってきてくれればええで」

 ウェイトレスが注文を確認して奥へと戻っていった。
 先生はこちらに向き直ると笑って言う。

「最近お前等とは学校外でよう会うなぁ」

「そうかい?」

「せや、特に夜に会うわ」

 夜。そういえば仕事の帰りにたまにあっていたような気がする。
 お前等もと言う事は刹那とも出会っていたのだろう。
 刹那が裏の話しに入りかけている事を気にして私をちらちらと見てくる。

「この時期の夜は涼しくて気持ちいいからな、散歩しに行きたくなるんだ」

「なんにせよ気をつけーよ」

「これからは気をつけるさ」

 軽いお叱りを受け、一応反省の言葉を言っておく。
 話しに区切りがつくと丁度よく先生の携帯から着信音が鳴った。
 携帯を耳に当てない所を見るとメールのようだ。
 先生が携帯を開く時に待ちうけ画面を見たのか、刹那がなにか聞きたそうにしている。

「あの、先生の携帯の待ちうけはご家族なのですか?」

 珍しい。刹那はあまりこういう人の細かい話を聞く人間ではなかったと思っていたのだけど違ってたのだろうか。

「あぁ、ロシアにおる家族や」

 先生はそう言うと私と刹那に見せてくれるように携帯をテーブルの中央に持ってきてくれる。
 画面の中には私達と同じくらいの六人の子供達が並び、その後ろで先生を含む三人の大人がいた。
 先生の隣に立っている人は四十台くらいか? の男女だ。親だろうか? あまり歳の差が開いているようには見えない。

「何を訝しんでんねん、見た目的に違和感持つかもしれへんがちゃんとワイの家族やで。まぁ血は繋がっておらんけど」

 もしかしてあまり聞いてはいけない事を聞いてしまったのだろうか。
 現に刹那も顔を青くしている。

「ワイもこの子等も孤児院の出身なんやて、ワイの横におるんはそこの経営者、ワイらにとって親や」

 嬉しそうに笑って言うのを見ると遠慮してこの会話をやめる必要はないみたいだ。
 先生が知っているかわからないが私も刹那も肉親がいない。
 だから先生が楽しそうに家族について喋る姿は少し羨ましいものがある。
 他人の家族の話しを聞くのは案外面白いものだ。
 先生が家族の話しを続ける。その中で一番興味を持った話は父親が銃器デザイナーをしていて設計図を描くときは女の子をモデルとして銃のイメージをするらしい。随分と変わった人だ。
 そんな話しを聞いていると先生のサンドイッチとアイスコーヒーが運ばれてきた。
 テーブルにコーヒーを置く綺麗な女の人のウェイトレスの動きを先生は目で追って観察している。
 先生の好みの女性なんだろうか。
 刹那とは真逆な物腰が柔らかそうな胸の大きい女の人だ。

「刹那もあれくらいテキパキとウェイトレス出来るように練習せなあかんな」

 違った、どうやら刹那のウェイトレスの仕事振りと本物の仕事振りを思い出し比べていたらしい。

「練習はもういいです……」

「折角あのウェイトレス姿が似合ってたんやから仕事も出来んと釣り合わんで?」

 たった今口に含んだ白玉を吐き出しそうになる。
 (意外と簡単に誑し文句言う人なんだな)
 少し、いやかなり意外だ。
 当の言われた本人は頭から蒸気が漏れ出してる音がする。
 見ていて微笑ましいが教師が生徒を落とすとは如何なものだと思う。
 きっと先生は天然で、刹那も気づかず嵌っているんだと思うが。
 そういえばエヴァンジェリンや和泉も最近先生に向ける目が変わっているみたいだ。
 エヴァンジェリンは恋心かはどうかよくわからないがどうなんだろう。
 でも好意が向いている事は確かだと思う。だって刹那に嫉妬の視線をぶつけていたからだ。
 (先生の周りは面倒な事になっているな)
 自分も刹那の件で巻き込まれたりするんだろうか。
 エヴァンジェリンと対峙したくないから何とか回避する方法を考えておこう。
 刹那に視線を向けるとようやくぜんざいに手をつけていた。
 近衛木乃香といい、エヴァンジェリンの嫉妬といい、先生への気づいていない好意といい、刹那は見ていて面白くてしょうがない。
 友人としてそれなりに助けるつもりだが正直近衛とエヴァンジェリンの件は勘弁だ。
 近衛の件が嫌だと思うのは、人間関係の修復が面倒な事に間違いないし、私が仲介を取れるとも思えないからだ。
 エヴァンジェリンは単純に怒らせたくない。今は結界が働いて魔力が弱くなっているがそれでも真祖だ、血を吸われるのも勘弁だし男の取り合いで戦闘に巻き込まれたくない。
 それらは刹那に頑張ってもらうとして、どうやって刹那と先生をくっつけようか。
 お堅い友人の春が来ようとしているんだ、気づかない気持ちでも後押ししたら嫌でも気づくだろう。
 本当だったら仕事料として現金を貰いたいがそんな事で友人関係をお金で壊したくは無い。
 とりあえず向かいにいる先生に好みの女の話しをかけようとすると、先生は立ち上がり財布を取り出して千円札を数枚私に渡してくる。

「もう行くのかい?」

「これから待ち合わせがあってな。その金で纏めてお会計し、ほなワイは行くわ」

「また奢ってくれるのかい? 嬉しいね、ごちそうさま」

「ありがとうございます、先生」

 立ち上がって頭を下げる刹那。

「おう、また明日な」

 先生が刹那の頭に手を置いてぽんぽんと叩いて去っていく。
 刹那はそんな先生の後ろ姿を視界から消えるまでずっと見ていた。
 待ち合わせとは女なのだろうか。
 (これは応援に力を入れた方がいいかもな)
 一学期はまだ始まってまだ少しだ、ライバルなんて後から沢山できるかもしれない。
 今のうちに他と差を広げてやろうじゃないか。
 だがその前にやる事がある。
 自分の携帯がポケットを通じて震えているのがわかる。
 携帯を開き受信していたメールの内容を見て返事を返し、それが終わるとお札を持って立ち上がる。

「刹那、仕事に行こうか」

 刹那と先生をくっつける話はこれを終わらせてから考えよう。
 






「遅いネ先生、もう始まってるヨ」

 姿は見えないが建物の影にいるだろう少女に近寄ると早々に文句を言われた。

「飯食ってたんやからしょうがないやろ。それで? 何を見してくれるん?」

 偶然に龍宮と桜咲とカフェで出会い、その途中で来たメールの送り主がこの少女、超だ。いったいどこで自分のアドレスなんて知ったんだ。
 何やら裏の仕事を見せてあげるとメールに書かれていたから気になって来たが、自分の周囲もとい歩いてくる道すがら何処もおかしな所がなかった。
 裏の仕事と言うものだから何やら変な現象とか起きると思っていたが気にし過ぎのようだ。

「まずはこれを着るネ」

 声がする暗闇に近づいても誰もいない、超に何処にいるんだと聞こうとしたら目の前から透明な色が落ちるようにして、フードを目深に被ったローブ姿の超が現れた。

「ステルス迷彩ネ。これ先生の分、サイズは合わしてあるからピッタリだと思うヨ」

 超からローブを受け取り、それを着ると超が自分の手を握ってきた。

「使ったら自分達の姿が視認出来ないネ。だから今回の出来事が終わるまでは仲良し小好しネ」

 お互いの姿が判らなくなり逸れてしまったら意味がないと言う事か。
 超が自分に見せるようにしてローブの袖に付いている機械のボタンを押す、すると超の姿が透明に塗り潰されて消えていく。
 自分も先ほどのボタンを真似て押す、すると徐々に体が消えていった。面白いものだ。

「これから声を出しちゃ駄目ネ、それと気配も消す事。先生なら問題ないネ?」

「あぁ、任せとき」

 超の表情は見えないが多分満足そうに頷いているんだろう。
 超は自分の手を引いて歩いていく。だけど手を繋いで先を歩かれても自分の歩く早さが超の先導を上回り、いつの間にか超を追い越そうとして二人共ども歩き難い。
 自分が超の歩く速度に合わせようとすると、逆に超が自分の速さに合わそうとしてこれまた互いに歩き難くなる。
 そんなやり取りが面倒になったのか超が自分の腕に腕を絡ませてきた。
 これならば体が密着して超が横でリードしてくれれば歩くペースがわかり易く、先ほどみたいなやり取りをしなくて済むのだが少し小っ恥ずかしい気分だ。まぁ役得として堪能しよう。
 中学生相手にこんな事を考えるのはいけないかもしれないが。
 木々の間を少し歩いていくと得体のしれない空気の膜ようなものに体が包まれる感触がした。
 なんだ? と思うが隣の超が動揺しているような素振りを見せないので今は大丈夫なんだろう。
 それを越えてまた少し歩くと剣戟と銃声が聞こえてくる。
 その音に自分の心臓の脈打つ感覚が短くなり大きく震える。
 木々の群れの終わりが見えて月の光が照らす広場に出た。
 暗闇の中を歩いている間ずっと聞こえていた正体が目の前に広がる。
 三人の人がいる、長剣を持った男と三十センチくらいの長さの木の杖を握っている女。
 そして刀を構えている桜咲だ。
 自分の体が動こうと震える。だが隣の超にきつく腕を締められて思いとどまる。
 超の腕を締める力が強い、関わっては駄目だと言う事なんだろう。生徒が殺し合いしてる姿を自分は見なければいけないのか。
 桜咲が男と刃を何合か打ち合わせ始める、どちらの動きも玄人だと思える程に熟練されている。
 後ろでは女が何かを喋り杖から何十との光の線が桜咲に向かって放たれた。
 だがそれをスカートを靡かせて宙に舞い、光の線を撒く桜咲はなんと綺麗な事か。
 二対一の状況で逃げに徹して相手の攻撃を避け続ける桜咲は、息を切らさず動く。
 相手は致命傷を与えられず、ただただ剣を振り、魔法を放って無駄な体力を使い疲労困憊と言ったところだ。
 (なんや、桜咲強いんやないか)
 そう思った瞬間に銃声が鳴る。
 誰が何処を狙ったんだと思い三人を見ると、女の杖が中間から折られていた。
 あの細い杖に当てるとは見事な狙撃の腕だ、一体誰が狙撃したんだ。
 女が戦闘が出来なくなったのか退こうとして、男が女の心配をして後ろに下がろうとした所を桜咲が追い討ちを掛けに行く。
 また何合と打ち合わしてからまた銃声が響き今度は男の剣が甲高い音を立てて腹から折れた。
 男もそれ以上女を庇いながら戦えるとは思わず観念したのだろう。
 桜咲が刀を振る前に自分の剣を捨てて参ったと両手をあげる。
 まだ警戒を解いていない桜咲は男達に刀の切っ先を向けているところに、ライフルを片手に持った四人目が現れる。
 それが龍宮だった。先ほどの狙撃手が龍宮、あの歳でなんて技術があるんだろうか。
 二人が大人しくなった敵を牽制して、動きをさせないで会話しているとさらにもう一人が歩いてくる。
 無精髭に眼鏡、高畑先生だ。
 思わず目眩がした、自分の周囲に裏に関わっている人間が四人もいたからだ。
 しかもその内三人は自分の生徒、一人は手に火球を生み出し、一人は綺麗な身のこなしで刀を振り、もう一人はスナイパーライフルで直径三センチにも満たないであろう棒に当てたのだ。
 魔法じゃなくてもそこに充分近い位置にいる。これは本当にどうしたらいいんだろうか。
 呆然としていると超が自分の腕を引いて場所を移動しようと言う意思を伝えてくる。
 このままじゃバレるかもしれない、また超の先導の下ここから離れた場所まで無言で歩いていった。







 広場からかなり離れた木々の影、そこでローブを脱いでお互いの目を合わせた。
 超は面白そうに自分の顔を見ている。

「さっきの見てどうだっタ? ありえないと思わなかったカ?」

 思う。子供が刀や銃を振り回している所を見たら誰だってそう思ってしまうだろう。
 自分も人の事は言えないのだが。ここはノーマンズランドではないから棚に上げてしまおう。

「……身近な人間が殺し合いの前線に出てるなんて思いもしなかったわ」

 自分の生徒が、しかも担任である高畑先生もそれを知っている。
 普通大人は子供を護る為に自らが動くものじゃないのだろうか?
 それともここも才能ある者は例え子供でも武器を持たせられるのだろうか?
 いや、人間なんて者は使える物は使う、この考えはあそこもここも変わらないんだろう。
 なにせ同じ人間なんだから。

「この前の話し覚えているカ? いつか身近な人が裏に関わっていなくなるかもしれない話。先生は黙ってこれを見ていられるか? あの二人が消える事を望むか?」

 そんな事は望みたくない、止められるなら、護れるなら既に行動している。
 だが魔法使いがどれ程強いのか解らない、もしかしたらガンホークラスの奴だっているかもしれない。
 今の自分にはパニッシャーが、相手を完全に捻じ伏せる力がない。
 人を護るのに中途半端な力じゃ護れない、半身が無い自分で何処まで魔法使いに立ち迎えるのだろう。
 そんな力が上下関係を決める世界で桜咲と龍宮は何故裏側に留まってるのか。無理やりか? それとも自分から?
 あの二人の目を見る限り前者は違うだろう。あの目はまだ荒んではいない。
 笑って生きているあの子達はまだ絶望の文字も逃げれない道もまだ知らないんだろう。
 だったらまだ。

「お前はあの二人がなんであんな事をしとるのか知ってるんか?」

 超がニヤリと笑う。多分この返答で自分がどう返事をするのか予測しているのだろう。

「刹那サンは大切な人を護る為に、龍宮サンはただ傭兵としてお金を稼いでいるだけネ、それも亡き人の影を追って、ネ」

 あの歳で中々に重いものを背負ってると言う事か。
 そんな子供達に周りの大人は手を差し伸べてやらないのか?
 そんな子供達に武器を渡し、戦陣に送るのか?
 違う、子供を護るのが大人の役目だ。
 違う、武器から子供を遠ざけるのが大人の役目だ。

「それで? 返事を聞かせてくれるカネ? チャペル・ザ・パニッシャー?」

 いやらしい笑みを浮かべてくれるものだ。
 超がこうも魔法について話してくると言う事は未来の大きな出来事は魔法が関わっていると言うのだろうか。
 魔法関係なら裏側である桜咲達が殺し合いの中に入る可能性は大きい。
 超が歴史を変えたいと思うほどの重大な出来事、これは魔法関係の最悪な世界規模の出来事と考えていいのか。
 ここに来た理由の未来で起きる出来事変えると言う事は、超は今の時代の近いうちに何処かでなにか事を起こすんだろう。
 超は未来の世界規模の事件を変える為にそれ相応の規模の魔法を使い、拠点としている麻帆良で身を隠して成すと考えれるか。
 麻帆良で、超は一般人を巻き込んで大規模な事件を起こすのか? 戦争でも起こすのか? だったら力なんて貸せない。
 それとも魔法を世界にバラしでもして裏側の大きな機関でも抑えるつもりなのか。
 超が言う裏に関わっていなくなる身近な人の話しも超は少なからず身近な人間は助けるつもりなんじゃないのだろうか。
 一人の女の子が世界の為に行動するとは思えない。
 自分とは違う思想で動いているかもしれない、だがきっと望む結果は自分と同じ誰かを護りたい、それだけのように思える。
 そうじゃなくても歴史を変えようと思うのだ。超にとって、未来の人間にとって最悪な出来事の筈。
 それを変える為に超が自分を利用するなら、自分も大事な人間を護る為に超を利用しよう。
 こんな事を知ったら今の自分は断れない、家族に、教会の皆に、リヴィオに、トンガリ、アイツらから感化された心には裏切れない。
 自分はもう一度、獣道を自分と他人の血で散りばめ踏みしめて道を作ろう。
 あの子らが未来で命を掛けて戦わない道にと導こう。
 自分が汚れても慕ってくれる子供達を護れるなら、自分は血の海に飛び込もう。
 その海を掻き分け。超、お前にも手を差し伸べてやろう。
 何故なら自分は、底なしの平和主義者に感化され、道に迷った子羊に手を差し伸べる人殺しの牧師だからだ。

「超、ワイの人殺しの業でいいなら貸したるわ。その代わりお前も未来を変える為に力を尽くし」

 超の前に右手を伸ばす。
 握手をするとは考えてなかったのか、キョトンとした様子の超はすぐさまに固い意志を感じさせる表情で自分の手を固く握り返してくれた。
 その手はとても冷たいが、自分が両手で包んでやれば直ぐに温かくなるだろう。

「交渉成立ヨ、今日から私と先生は共犯者ネ」

 大きい世界の小さなで木々の暗闇の中で、自分達は互いの意思の下に盟約を結んだ。





後書き

刹那の何気ない一日と刹那の気づかぬ恋を応援し隊を一人で設立した龍宮。
超が二人の夜のお仕事(裏側)をウルフウッドに見せて感情を揺さぶり再び勧誘する話。そしてそれに同意してウルフウッドが超サイドに付き敵フラグを立てました。勧誘の仕方が若干アンチっぽかったけどこれ以外にウルフウッドが武器を取るのだろうかと思いこんな感じになりました。




[29969] 18話
Name: スヌーピα◆f1c5a480 ID:c71893b9
Date: 2011/09/30 18:28
 握手をした後、超の研究室があると言う大学に連れて来られた。こんな時間に中へと入れるのかと疑問に思っていたが懐から鍵を取り出した超を見て疑問を口にするのをやめた。
 (麻帆良の最強頭脳やもんな、自分の研究室に出入りするんくらい許されとるちゅう事か)
 超が扉を開けてどうぞと腕を部屋の中にと向けるので先に入る。超も中に入ると扉に鍵を掛け。「一応締めておこうカナ」と窓のカーテンも閉めに行く。それを見届けてから部屋の中に視線を向ける。もしかしたら何か罠があるなんて事があるかもしれない。特にあの隅に置いてあるサングラスを掛けた人型の機械が今にも動き出して襲ってきそうだ。ついさっき協力関係になったとはいえ何か裏があるんじゃないかと部屋の中を探ってしまう、これも長い殺し屋生活で癖になってしまった習慣だ。自分が殺す側だから相手にも何時殺されるかわからないと言う考えをいつも頭の中で留めていたからだろう。殺した相手の近親者や取り巻きの連中の恨みを買うなんて事はよくある事でそれが原因で狙われる事が多かった。

「博士の研究室よりは散らかってないと思うケド許して欲しいネ」

 デスクトップパソコンや書類やら机を占領し、床には配線やらどういう事で使うのかは知らないが電子機器が沢山置いてある。食べかけの食べ物や飲み物がないあたり散らかってはいるが汚くはない。
 超が何処からかパイプ椅子を持ってきてくれたのでそれに座る。超は椅子を渡すと部屋に設置されている小さいキッチンにあるコーヒーメーカーに、焦げ茶色の挽いたコーヒー豆をペーパーフィルターの上に出してコーヒーメーカーのスイッチを入れて戻ってくる。机の横にある自分用の椅子を取り出して座り、椅子ごと体をこちらの方にと動かす。

「先生をここに呼んだのはちょっとしたお話とちょっとしたテストをしたいが為に連れて来たネ」

 ここなら外に話しが漏れる事もないし盗聴される心配もない。そう言いながら机の引き出しから黒い杖を取り出すのを見て体が自然と身構える。さっき桜咲と戦闘していた女が持っていた物より小さいが自分が思う限り小さくても魔法を使う為の道具だ、用心せざるをえない。

「待つネ待つネ、何もしないヨ。ただ先生に魔法使いのセンスがあるのか見たくて魔法を教えるだけネ」

 その言葉に固くした身を元に戻して杖を貰う。魔法が一体どれくらい役に立つのかは知らないが無いよりは絶対にいい。超から杖の先にライターくらいの小さな火を灯す初歩の呪文を教えて貰い、短い杖を誰も居ない所に向けて唱える。だが何も起こりはしない。一発で出来るとは思わなかったが魔法と言う言葉に期待していた分に少し残念だ。

「うーん、先生に探査魔法を掛けた時に魔力がそれなりにあったから魔法を使えると思ったけど全然駄目ネ。今も体内の魔力の流れ見てたけど何かぎこちない流れだタヨ」

 魔法使いの素質はあるが魔法を使えない落ちこぼれと言う事だろう。
 (体内の魔力の流れがおかしい、か)
 体内と聞いて思いあたる節はミカエルの眼で体を改造されたせいか、代謝促進薬投与の異常な回復速度に体が耐え切れずにおかしくなったせいか。他にもあるかもしれないが今思ったのはこれくらいだ。

「使えないなら使えないでええわ、それよりもワイは銃器振るっとる方が性にあう」

「まぁしょうがないネ、それともう一つ聞きたかった事はその銃器の事ヨ、私の見た資料じゃ先生は大きな十字架型の銃を使ってたらしいけど今持ってるのカ? それともこれから得るのカ?」

 大きな十字架型の銃、間違いなくパニッシャーの事を言っているんだろう。資料で見たと言っているが未来の資料に自分はなんて書かれているのだろうか。自分の魔法が使えない事の理由くらい載ってそうな気がするが案外資料を作った未来の人間は適当な仕事をしていたのかもしれない。

「パニッシャーの事か? 今は持っとらへん、と言うかまだ作ってもないわ」

「なんでまだ作ってもない物に名前なんて付けてるヨ。でも先生が知ってるって事は仮契約で手に入れるって訳じゃなさそうネ、つまり誰かがこれから造るって事カ? もしくは過去には持ってたって事カ?」

 それとも私が作ろうカ? そう言う超に一中学生が造れるんかと突っ込もうとしたがこいつなら作れるんじゃないかと思い直す。超の頭脳とここ麻帆良の異常な科学の進行具合なら作れるんじゃないのか? いや、数字を計算する科学者とものを作る技術者は分野が全く違うからやっぱり無理だろう。
 超が作業着を着て、溶けた鉄を型枠に流し込み、部屋の暑さで額に浮き出た汗を腕で拭う姿を想像してやめる。
 いくら科学に魂を売った悪魔でもこれはない。よくこんな奴がいるロボット工学研究会から絡繰なんて素直な子が生まれたものだ。そこまで考えてまたまた思い直す。
 (…待て、やっぱ出来るんちゃうか?)
 確か絡繰の生みの親は自分のクラスの葉加瀬聡美だったはず、ロボットを作れる技術と金属を加工できる環境もある。それにロボット工学研究会が去年の麻帆良祭でレーザー光線状の光学兵器のお披露目とかをしていた。世界が驚きそうな物出鱈目な物を学生が造ってる辺りパニッシャー製作も任せられそうな気がする。

「…せやな、お前に任せてみるのもいいかもな」

 最初はユーリにと思っていたがこれから世界の大事に突っ込む事に家族を巻き込むのも恐い。だから世界を変えると豪語し、共犯者となった少女に頼るのが家族に迷惑を掛けずに造れるんじゃないか。

「おーけーヨ、安心して任せるといいネ。一から造るって事でいいカ?」

「アレのメンテは自分でもやっとったから大体の構造は覚えてるつもりや。造る事は手伝えんけど設計図引く手伝いくらいは出来ると思うで」

「本当カ? 私も色々と忙しくてやる事も沢山あるから助かるネ。それじゃあパニッシャーと言ったか? それの設計図を引くのは麻帆良祭が終わってからにするネ」

「了解や」

 麻帆良祭で忙しい時期にパニッシャーの製作を同時に行うなんて遠慮したいものだ。だから超の考えに同意して所でコーヒーの匂いが漂ってきた。

「ところでもうコーヒー出来とるんちゃうか」

 超は忘れてたネと立ち上がりキッチンまでコーヒーを取りに行き、白いマグカップにコーヒーを多めに注いで持ってきた。

「今日聞きたかった事は聞いたヨ。私の未来を変える算段はまた今度にして今からはお互いのプライベートの事を喋るネ!」

 マグカップをこちらに向けて出してきたので自分もそれに合わしてマグカップ同士をコツンと当てる。今からお互いの親睦を深めようと言う事なんだろう。今日は自分の事しか話してなく、子供等を殺し合いから遠ざける
いい情報は得られなかったが今度教えると言う言葉を素直に聞いておこう。今は超がお互いを知る機会を設けてくれた事に気分を変え、色々と超の事を聞き出すとしよう。

「超は未来から来たんやろ? こっちに来た時は戸籍もないし親もいない状況でどうやって麻帆良に入学したんや?」

 自分はユーリと言うお節介の塊のおかげで平和に暮らしていたがこいつはどうやって今の中学生と言う平和の塊を取り込んだのだろうか。

「そんなもの私の知識を使って他国で戸籍を作り留学生として麻帆良に入ったネ、入学金とかは奨学金で免除ヨ。生活に使うお金は未来の知識を少し洩らすだけでわんさかヨ、例えば今やってる屋台とか研究のおかげネ。まぁ麻帆良の魔法関係者には戸籍事はバレてるだろうけどネ」

「なんでバレてるんや?」

 超がバレているなら自分もバレているんじゃないか。その事が頭に過ぎり気分が落ち着かなくなり背中に冷や汗が流れる。

「どうせ事を終えたら直ぐに未来に帰るつもりで来たから適当に作ったヨ、流石に過去の経歴が無い戸籍は怪しまれて当然ネ!」

 自信満々の表情で言うものだからこいつの頭の天辺にチョップをかましてやりたい衝動に駆られるが、利き手に持っていたコーヒーのおかげで出せれなかった。そんな理由なら自分の戸籍は大丈夫だろう。軍なんて大きな嘘が書かれた経歴だがその後ろにはロシア軍、もといロシア政府、少なからず大統領が関わってくる程の問題をあの大統領が洩らす訳がない、そう断言したい。ユーリの軍の知り合いって言うものだから安心していたがまさかあの人が銃器のお得意様件友人だとは思わなかった。流石はミハイル・カラシニコフの息子と言うべきか。

「なんじゃそりゃ、突っ込む気もせえへんわ」

 お前は阿呆かと呆れ気味の返事に超は別段気にも掛けずにマグカップの中身を啜る。

「長くこの時代にいる訳じゃないからこれでいいネ。それにあんまりにもサクサクと事が進んだら面白くないヨ、少しは尻尾をチラつかえて魔法関係者達に喧嘩売るのも楽しそうネ」

 長くこの時代にいる訳じゃない。そんな言葉を言われても特に感傷に浸る程に長い時間一緒に過ごしている訳じゃないが少しは不憫に思ってもいいかもしれない。未来で酷い出来事の晒され、それを変える為にこの歳で過去に来てそれが終えたら直ぐに戻る。少ない時の中で得た中等部で抱えてしまった色々な出会いもあるだろう、それを捨てて帰ると言うのだ、なんて意思が強い子だ。

「魔法関係者って言葉が引っかかったんやけど、まだ他にも沢山アレがおるんか?」

 知っているのは高畑、桜咲、龍宮、そして超だ。麻帆良にいる魔法使いがこの四人だけとは思えない、世界のそこかしこに魔法使いがいると言う事が超の言った魔法関係者達からで想像はつく。だからこそ世界に散らばる魔法使いの存在を手助けする大きな組織があると自分は考える。そして魔法使いが三人もおり異常な程に科学が発達しているのに世界にその情報が流れない麻帆良。超が麻帆良に身を寄せる理由は実はここが魔法使いの存在を隠す組織じゃないからだろうか。だからこんな科学が発展しているのに表に出さないのは自分達の存在が表に出ない為じゃないからだろうか。そして裏の人間の政府と言える組織の内部に潜り込んで内部テロを起こす、こいつならやりそうだ。

「沢山いるヨ、教えて欲しいか?」

「教え」

 間髪いれずに答える。超はニヤニヤと薄ら笑いを浮かべて机の引き出しから紙とペンを取り出して滑らかに字を書いていく。

「とりあえず要注意の魔法先生と生徒の名前を書いて渡すネ」

 超が手を動かす様子を見て少し経ち動きが止まると、名前が書かれた紙を渡される。書かれた名前を見て知り合いの名前が多くて唖然とする。
 (学園長も魔法使いなのか)
 名前の横には学園最強の魔法使いで、関東魔法協会の理事と書かれている。つまり理事がいるこの場所は魔法教会と言う事であっているのだろう。それを超に問うと笑って頷く。
 (やっぱここは大きな組織やったんやな)
 関東魔法教会と言う事は関西もあると言う事か、この魔法社会あたりは後で詳しく聞いておこう。視線を一個下にずらして次の名前えを見る。葛葉刀子、横には神鳴流剣士と書かれている。あの人も魔法関係者だったのか。

「その人は裏にはいるが魔法使いではないネ、そこに書いてあるように京都の神鳴流と言う剣士ネ」

 魔法使いに剣士にスナイパー、次は召喚士でも出てくるのだろうか。
 他の名前や簡単な詳細を読んでその人の立ち位置を理解する。

「そこに書いてあるのが警戒しておいて欲しい人物達ヨ。それで私と協力関係を結んでいるのが絡繰茶々丸、葉加瀬聡美、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル、四葉五月の四人ネ」

「なんやて!? 全員うちのクラスやないかい! と言うか二年A組に魔法関係者寄り過ぎやろ!」

「落ち着くネ、今説明するヨ」

 そして説明されたのは超が最初にここに来て自分に知識を晒したのが有名な魔法使いのマクダウェルと、一般人だが自分と同じ科学に魂を売っていた葉加瀬に協力を申し出てマクダウェルの知る魔法の技術と、葉加瀬の科学の力を合わせて絡繰を作り上げたとの事だ。四葉とは超包子の関係で少し自分の事と計画を教えたらしい。なぜ教えたのかと言うと超包子で稼いだお金を自分の計画に使いたく、一緒に超包子を立ち上げたのに黙ってお金を横領するのが心苦しいと思い話した。そんな感じらしい。そして何故二年A組にこんなにも魔法関係者が寄るのかは超にもわからないらしい。考えたくはないが学園長に何かしら考えがあって集まらしたのかもしれない。

「マクダウェルも魔法使いやったんか…、前に自分にあまり関わるなと言ってたんやけどそういう意味があったんかもな」

 仲良くなる前はどうしてそう邪険に扱うのかと思っていたが単に素行が悪い問題児と言う訳じゃなかったのか。

「マクダウェルが人を寄せ付けない理由は魔法使いだからなんかな?」

「それは私が言える事じゃないネ、なんとかして本人から聞き出してみるといいヨ」

 先生ならきっと出来るネ、そう言ってニヤニヤと笑う超。知ってはいるが教える事は出来ないと言う事か、他人の過去を他人から聞くのはずるいのかもしれないがマクダウェルがああも人を避けていると気がかりで何処にでも手を伸ばそうとしてしまう。自分は子供につくづく甘い人間だなと思う。だが有名な魔法使いか。王道的に考えて周りからは才能ばかり注目されて自分は見てくれないとかで人を寄せ付けなくなってしまったのかだろうか。

「ほうか、なら本人から直接教えて貰えるように頑張るわ」

「それがいいネ」

 この会話の後は超から魔法社会の常識と魔法使いを束ねる組織の話、新世界と言う魔法使いしか住んでいない世界の話。麻帆良に魔法使いが集まる理由とその原因の一つ学園長の孫、近衛木乃香の話等を教えて貰った。
 どうも近衛は英雄の娘であり、それを組織間の交渉手札として使おうと狙われているらしく、外からの侵入者が絶えないらしい。その他にも麻帆良が狙われる理由はあるがここ最近はこの件で侵入するやから多いとか。それを防ぐ為に桜咲が護衛として付けられているが近衛は知らないらしい。もしかして学園長は孫を護る為に二年A組に魔法関係者を集めたのだろうか。これは有り得そうだ。前に長が言っていた、桜咲が大切な人を護る為に刀を振る理由とは近衛の事だったのか、だが二人を日常で見ている限りあまり仲良くは見えないのだが。一応自分も近衛の周りに変な人間が近づかないか気をつけてみる事にしよう。
 粗方話しが終わり時計を見ると針が零時近くを指している、長い間話していたようだ。今日のところはこれくらいにして切り上げよう。そう考え立ち上がる。

「もう帰るのカ?」

「当たり前や、お前も明日学校あるんやからはよう帰れ」

「今日はここで寝るからいいネ。それと先生が帰る前に言っておくヨ」

「自分が魔法関係者ってバラしたら駄目だからネ」

 当たり前だ、何が嬉しくて自分から将来敵になるであろう相手に自分の存在を教えるものか。超にわかっとるわと言うと自分の寮へ帰り、暖かなベッドにつくべく欠伸を堪えて研究室を出て行った。







 (この後の仕事は出し物の準備の監督だけで他は無いし今日は早めに帰れそうや)
 次の日。今日も高畑が出張でいない代わりに、ウルフウッドが帰りのホームルームで少しの連絡と帰りの挨拶をして授業の終わりを言い渡す。生徒達が喫茶店の準備を取り掛かる中、先ほど配った配布物の余りを教卓の上で整えてファイルに入れ、出席簿と自分の筆記用具と一緒に横に置いてあった紙袋に仕舞って教室を出ようとする。だがそれ待っていたかの様に一人の少女がウルフウッドにへと近づいて話し掛けた。

「先生、この前の麻帆良祭を一緒にって事で話しがあるんだがいいか?」

 腰にまで届く金髪の持ち主にして、ウルフウッドに対して友人の様に接する背から何まで小さい女の子。エヴァだ。いつもは近くに立っている茶々丸の姿は何処にもいない。麻帆良祭準備期間だから部活もある訳がなく、挨拶が終わると直ぐに四葉と共に、今日の料理の練習に使う材料を買い出しに行ったのだ。

「あぁ、今日はもうやる仕事ないからいいで」

「それは良かった、ここで話すのも私の気分が良くないし違う場所に移動するぞ」

 彼にとっては慣れてしまったのか、エヴァの命令口調に突っ込もうとはしない。紙袋を片手に、教室から出て行き先も告げず勝手に進んで行くエヴァの後ろに付いていく。

「ちょっと亜子、エヴァちんが先生連れて麻帆良祭回る気じゃない? ヤバイんじゃない?」

 生徒達が喫茶店の準備をしている教室の中で今のやり取りを見ていた明石を筆頭に、いつものメンバーが和泉の近くに集まり和泉の為に恋愛会議を開く。

「でもパルがラブ臭がぁ~って叫んでないから大丈夫かな? でも危なそうだなぁ、とりあえず亜子も先生誘ってこい!」

 明石が和泉にとって難題を吹っかけると佐々木が続いて騒ぎ始める。

「ヤバイよ亜子! エヴァちゃんに先越されちゃうよ! なんとかしないと!?」

「落ち着きなよまき絵。でも確かに二人の言うとおりだよ、何か麻帆良祭でアクション起こさないと」

 自分の事に様に慌てる佐々木を大河内が落ち着かせ、和泉にどうするのと言い遠まわしに麻帆良祭に誘いなさいと促してくる。

「で、でもウチ、エヴァちゃんみたいに誘うなんて出来んよ! それに前から言ってるけどウチと先生じゃ吊り合わんて! ……そりゃエヴァちゃんみたいに小さくても綺麗な人やったらもうちょっと自信出るかもしれんけど……。ウチじゃ無理やて……」

 自信が無く後半ぼそぼそと俯いて喋る和泉に三人は顔を見合わせて頷く。明石が和泉の腕を掴み歩き出し、明石がどうするか悟った和泉が抵抗するが佐々木が背中を押して強引に教室の外に押し出す。大河内がエヴァとウルフウッドが歩いて行った方向に先頭をきって歩き二人を探す。
 (マクダウェルが行きそうな場所って何処だろ)
 他の教室から聞こえてくる騒がしい声が廊下目一杯に広がっている中で考えるがうるさくて集中出来ない。
 (うるさい。これが嫌だからマクダウェルは移動したのかな)
 大河内は立ち止まり、闇雲に歩いて探すよりも当たりを付けて探す為にうるさい中で真剣に頭を動かす。
 その後ろでは三人の行動に白旗を上げて半泣きになりながら二人から開放されて付いて来てる和泉がいる。

「ほら亜子、外見てみなよ。すっごい良い天気じゃん、こんな日は絶対になんでも上手くいくって!」

 明石が和泉を励まして窓の外に指を向けてニャハハと笑うが和泉の表情は変わらない。大河内も外に目を向けて太陽の光に目を細める。
 (本当だ、良い天気。……もしかしたら二人は静かな外に行ったかも)
 明石の発言から大河内は探し人が校内の騒がしさを避けて人の声が少ない外に行ったと思い、一階の下駄箱まで降りよう階段の踊り場まで歩く。階段を下りる手前でまた立ち止まり考える。
 (私だったら靴を履き替えて外に行くくらいなら屋上に行くな)
 自分の勘を信じて大河内は後ろの三人を引き連れて階段を上り、屋上に出る扉の前に立ちゆっくりと開ける。

「初日ならクラスと部の出しものに重ならないから一日中暇なんだ、先生はどうだ?」

 探していた二人が屋上の塀に背を預けて地べたに座っていた。青い空の下、学園の屋上で風に髪を揺らして喋る光景はまるで同じクラスの友達が「今日お前の家に遊びに行ってもいいか?」と軽い感じのような雰囲気を思わせる。

「パトロールちゅう仕事はあるけど歩き回りながら見ればええからな、そう考えると一日中大丈夫や」

 丁度エヴァは麻帆良祭の予約を取り付けていた所の様でウルフウッドから了承を貰っていた。それにエヴァは気分が良くなり、スカートのポケットから赤色の携帯を取り出して言う。

「前日に予定が変わるかもしれないからな、番号を交換しておこうじゃないか」

 ウルフウッドが自分の携帯を見ずに番号をエヴァに伝え、エヴァが携帯を操作して教えて貰った番号に一回コールを入れると、ウルフウッドのズボンのポケットから携帯の振動が地面を通して不快な音に変わる。ウルフウッドは直ぐに携帯を開き番号を登録して仕舞おうとするが。

「……先生、電話じゃ出れない時があるかもしれないからな、メールアドレスも教えてくれ。待ち合わせ場所と時間も後でメールで送ろう」

 その言葉にウルフウッドは携帯を開き直して、エヴァの携帯に近づけ赤外線でアドレスを送る。またさっきと同じようにエヴァがメールを送ってきてウルフウッドが先ほど登録した名前にアドレスを追加した。

「生徒と連絡先の交換なんていいんやろうか」

「細かい事は気にするなよ先生」

「まぁええんか? じゃあワイは一回職員室に荷物置いて来るでお前ははよ教室に戻れよ」

 ウルフウッドは内心本当にいいのかと思いつつも校舎内に戻るべく扉まで戻ろうと立ち上がり、それを見ていた四人が慌てて階段を走って下りていった。エヴァはウルフウッドの離れて行く姿を扉に入っていくまで目を離さない。校舎に帰っていったのを見送ると自分の携帯を触り。

「……先生の連絡先ゲット」

 携帯に登録した先生と言う名前に嬉しそうに顔を綻ばせて笑うのであった。







「ちょっとどうすんの亜子! あの二人良い感じだったけどっ! 連絡先交換してたけどっ!」

 階段の踊り場で明石が焦って言うが言われた本人は慌てふためいていた。

「うぅ! でもどないしよー! ウチあんな風に言えへんよ!」

「やっぱここは亜子も誘うべきだよ! エヴァちゃんに負けるな!」

「とりあえず皆落ち着きなよ」

 大河内が騒いでる三人を落ち着かせて話しを続ける。

「亜子、亜子は先生の事好きなんだよね? ならここで頑張らないとマクダウェルに取られちゃうよ? いいの?」

 大河内の言葉に和泉はしょんぼりとして顔を伏せ、他の三人が頑張れと励ます。階段の踊り場でそんな事をしていると屋上から一階にある職員室へと階段を下りてくるウルフウッドに会ってしまう事は言わずもがななのだがそれに気づかずに騒いでいる四人。そして直ぐにウルフウッドに見つかってしまった。

「お前らこないな所で何しとるん」

 四人は肩をビクリと震わせて直ぐ後ろに居たウルフウッドに狼狽してしまう。

「あ、いや、ちょっと四人で~、ね?」

 明石が他三人に無茶な振りをかまして話から抜け出そうとして佐々木がえぇーとブーブーと文句を垂れる。その中で大河内がまだ俯いて黙っている友達を見て行動を起こす。大河内が和泉の背中をずいと押してウルフウッドの目の前に出す。目の前に出された和泉は涙目になりながら後ろを振り向いて大河内に何故? と目で訴えかけるが大河内はその目を無視して言った。

「亜子が先生に麻帆良祭の事で何か話しがあるって言ってたんで先生を探してたんです」

 あらぬ事を言った大河内に和泉は首を振って無理だと示すが大河内含め他二人も小声で頑張れと言い、後ろに引き返せない様にとウルフウッドからは見えない位置で和泉の背中を各人の片手で押し留めていた。ウルフウッドがどうしたと和泉に問いかけて引けない状況、そして強引だが後ろで支えてくれる三人に和泉は覚悟を決めて声を張り上げる。

「あ、あの! 良かったら麻帆良祭一緒に回りませんか!?」

 勇気を絞った一言。和泉はどきどきと心臓を鳴らし、三人は生唾を飲み込み喉を鳴らす。

「ええで、初日はもう予定が入っとるけど他ならええわ」

 後ろを支える三人は残った片手でガッツポーズをして、和泉は自分の自信の無さから断れると思っていたのだろう、呆然とした表情でウルフウッドを見ている。

「どないした? 和泉の予定は何処が空いとる?」

 ウルフウッドの言葉にようやく思考が追いついた和泉は焦りながらも自分の携帯のメモ帳を開き、何処が空いてるのか確認をする。

「えと、二日目が大丈夫です! それと先生の連絡先教えてくれませんか!?」

 震えた声で言う和泉にウルフウッドはお互い予定が変わってどうなるかわからんもんな、と言ってエヴァと同様に連絡先を交換した。

「あの、詳しい事は後でメールで送ります! あ、ありがとうございました!」

 和泉は真っ赤な顔で言って、後ろ三人を連れて足早に教室へと戻っていく。ウルフウッドは和泉の嬉しそうな表情と後ろ三人の反応からどういう事なのか大体を察する。

「これはちいと困ったかもしれへんな、どないしよう」

 生徒達が出し物準備をしていて騒がしく、人の少ない廊下でウルフウッドの小さな呟きが喧騒に紛れて消えていった。







「あ、あの! 良かったら麻帆良祭一緒に回りませんか!?」

 二年A組の喫茶店の準備を途中で上がり、剣道部の出し物の準備を手伝いに行く途中で和泉がウルフウッドに麻帆良祭に誘う所を見てしまい、桜咲は思わず壁に身を隠して踊り場でのやり取りを覗いてしまう。和泉がウルフウッドを麻帆良祭に誘うだけの会話。どういう状況なのか説明しろと言われればそれだけで済むがもっと簡単に言えば女が男をデートに誘っていると言う事に変えれるのだ。その事に桜咲は何故か驚き、頭が混乱する。
 (なんで私は壁に隠れて覗きなんて事をしているんだ)
 そう思っても桜咲は剣道部まで迂回して歩こうとせず、ずっと五人の、いや二人のやり取りを見ている。
 (先生が承諾した、しかも連絡先の交換まで……)
 一緒に麻帆良祭を回ると言う事にも気になるが連絡先を交換したと言う事も気に掛かり、何故か心に穴が開いたような違和感と喪失感が生まれて気分が落ち込んでしまう。その知らない感情に戸惑っていると四人が教室に戻る為に桜咲の横を駆けて行った。踊り場を見るとウルフウッドは階段を下りて職員室に行き、この場で桜咲が一人残される。もう剣道部の準備をしに行く気が無くなり壁に背を付けて考え事に耽ってしまう。桜咲がボーっと床を見つめていると龍宮が廊下から歩いて姿を現したが、依然桜咲は下しか見ていなく龍宮は他人の気配に敏感なのに自分の存在に気づかないを少女の事を不思議そうに見る。

「おい刹那、こんな所でどうしたんだ。剣道部には行かないのか?」

「あぁ、龍宮か。行こうとは思っているんだが何故か行く気になれなくてな……」

 桜咲は声を掛けられてようやく近くにいた龍宮が気づき返事を返す。龍宮は歯切れの悪い桜咲の返事と先ほどすれ違った和泉達からの表情から検討をつける。
 (和泉と刹那の正反対な反応……、まぁ十中八九で先生絡みだろうな。もしかして和泉が先生にデートの約束をしていてそれを見てしまったんだろうか?)
 龍宮は桜咲がウエイトレスの練習をしていた時の和泉の反応と、先ほど廊下ですれ違った時に見た和泉の様子、そして桜咲の態度見て当たりをつける。狙撃手で養った能力、人を観察する目とここぞとばかりに獲物を狙い撃つ状況を見極める判断力、周囲の環境を理解して相手の行動と考えを先読みする力が日常にも有効さを発揮する。
 (奥手の和泉がこうも早く行動を起こすとはな、それとも周りの頑張りかな?)
 どちらにしても今回は桜咲の出遅れたせいだろうと龍宮はのんきに構え、自分も桜咲を支える為に動く。

「刹那、とりあえず剣道部の手伝いを電話で断れ、そして餡蜜を食べに行こう」

「何を言っているんだ、私が行かなければ皆に迷惑が掛かるだろう」

「今の落ち込んだお前が言った方が私は迷惑だと思うが?」

 桜咲は返事にぐっと詰まり言い返せないでいる。

「わかったなら早く連絡いれてくれ、今日は私が甘いもの奢ってやるから」

「……今日の龍宮は何処かおかしいな」

 桜咲の言葉を聞き流して早く連絡しろと急かす。携帯を取り出した桜咲を見ながら龍宮は考える。
 (デートの予約が取れないなら私が当日に二人がデートをする状況を作ればいいだけだ)
 そんな事を考えながら龍宮は、電話をし終え自分でも気づいてないだろう溜め息をついている桜咲を慰める為にいつもの甘味処に歩き出した。
 その日の少女達の夜は一人が家族を相手に自分の親しい人に送るメールを考え。一人が友達に囲まれて作戦を練り。一人は何も知らぬままに友達が罠に嵌めようと画策して。その話の中心にいる男はこれから来るであろう女の子のひたむきな思いにどうしようかとベッドの中でキティを抱きしめて頭を動かしていた。





後書き

最初はユーリにパニッシャーを造らせようと思っていましたが急遽超に劣化版パニッシャーを造らせる事にしましたって話と。エヴァがウルフウッドを麻帆良祭に誘い、それを亜子達が見て焦り、他三人が亜子も麻帆良祭に誘わせようと行動して、尚且つ刹那がそれを目撃すると言う修羅場の為の準備話。
最近になってあまりの話しの遅さから麻帆良祭終わったらキンクリした方がいいかな?なんて思ってきました。

後書きの後書き

とりあえずここまでがにじファンに掲載している分です。
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