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[29891] 【習作】協専ハンターの小規模な生活(HxH)
Name: おんどり◆0d01a232 ID:f5dba046
Date: 2011/09/27 19:31
この作品は少年漫画「ハンター×ハンター」の二次創作です。
コンセプトとして
「ハンター協会にスポットをあててみよう」
というものがあります。

原作の設定に拡大解釈や捏造を加えた世界で、協専のハンターを主人公としたものを書いてみようと思います。
せっかくの二次創作なので出来るだけ原作のキャラや土地を出していきたいですが、世界は救いませんし、原作にも影響を与えない程度のこっそりとしか関わりません。
それでもよろしければどうか皆さんのお時間をいただきたく存じます。


以下諸注意

・原作開始の3年前からスタートします。原作にかかわるのは当分先になりそうです。
・現代日本からの転生はありません。登場人物はすべてハンタ世界に生きる人々です。
・作中の文明レベルがよく分からないので、基本的には現代を基準に書いています。
・人物、地域ともにかなりの部分がオリジナルになってしまいます。
・原作を読んでいなくても楽しめるように書くつもりではありますが、説明不足なこともあるかもしれません。





[29891] 1話
Name: おんどり◆0d01a232 ID:f5dba046
Date: 2011/09/30 19:15
瞼に光を感じ、意識が上昇してくる。愛用のふとんから感じる無限の愛を振り切って体を起こす。
深呼吸を一つ、二つ。最後に限界まで息を吐いた後、すっと吸い込んで意識は完全にクリアになった。
骨よし、筋よし、目、耳よし。オーラの流れも滞りない。今日の体調は七五点といったところか。ここしばらく調子がいい。高い金を払ってマッサージをわざわざ受けたかいがあるというものだ。
悪友の引きこもりからの、押しの強い勧めだったから試してみたが、流石は一流のハンターであり、有能な施術師でもある人物の仕事ということか。

「まあ、効果が素晴らしい分だけ金もたっぷりとられてしまったけどな……」

資産に余裕はあるが、だからと言って散財ばかりしているわけにもいくまい。
今日から確か弟子をとることになっていたはずだ。他人の教育なんて面倒だが、しっかり育てていると定期的に報告するだけで長期にわたって収入が確保できる。
是非とも自立心が強くて長生きする奴にあたりたいものだ。
まずは適当に朝の諸々をおえて出勤するとしよう。


ハンター協会―――民間団体でありながら中小の国家を軽く凌駕する影響力をもつ破格の組織―――その本部が今日の俺の出勤先だ。
組織の規模が異常なら、そこに集う人もひと癖もふた癖もあるやつばかりなのだが、その本部ビルは驚くほどにまともな外観をしている。まるでオフィスビルだ。しいて特徴をあげればハンター協会のマークが大きく掲げられていることくらいだろうか。
入り口を抜けると、エントランスホールは雑多な人間で溢れていて、やはりまともなのは外観だけだ、と再認識する。どこの世界に堂々と槍をもった人間がいるオフィスビルがあるというのか。受付にライセンスを提示してさっさと目的を告げる。あまりここには居たくない。

「アレックス=シューミーだ。呼び出しを受けて出頭した」
「はい。ライセンスの確認が取れました。4階の第八多目的室に向かってください。こちらは、鍵と資料になります」


受付を過ぎて、エントランスホールの最奥にある、ライセンスか協会員証の必要な改札を通り抜けると、ぐっと人が減る。
金額の交渉をしている依頼者もいなければ、割のいい仕事にありつけないかとうろついているアマチュアハンターも入ってこれないからだ。とは言え、奇人変人の割合はもしかしたらあがっているかもしれない。
いつものように正面の通路を右に曲がって喫煙室脇の自販機でコーヒーを買い、指示された部屋に向かう。目的の部屋に入るとまだ誰もいなかった。机と椅子にホワイトボード、それと申し訳程度に観葉植物の置いてある殺風景な部屋だ。
こんな場所ではすることもないので手元の資料に目を落とす。どうやら相手が呼び出された時間はあと30分ほど先のことのようだ。
俺は昼までという以上の指示を覚えていなかったので適当に来たのだが早すぎたみたいだ。別に問題はない。コーヒーをすすりつつ資料をパラパラとめくることにする。いつものことながら、流石はグルメハンターこだわりの品らしく自販機のものとは思えないほど実にうまい。

「名前はカロリナ=シードランド、年は17、女性。つい先日、第284期ハンター試験を合格したばかりの新人ハンター。てっとり早くハンターという職業を金にするために協専ハンターになることを志望する、ねぇ」

指導員制度の適応を希望したため、それに俺が選ばれたようだ。どんな基準で選ばれたんだか。
念も知らない新米ハンターで、そっちの指導もしなきゃならんらしい。なんとも面倒くさいことだ。だが、だからこその高い報酬ともいえる。
協会はハンターの育成になかなか高い意欲をもっている。特に協専ハンターになりそうだとなれば丁寧に育てるために金も払うということだ。
それでも、実際に選ばれたハンターが熱心に指導するかどうかはまた別の問題ではある。俺は熱心に後進を指導するような人間だと評価されているということか。
だらだら資料をまくっていると、ノックの音が聞こえた。

「カロリナ=シードランドです。入ってもよろしいでしょうか?」
「許可する。入ってこい」

まだ10分以上も指定の時間まではある。どうやら早く来たみたいだ。この時間に来るってことは、少なくとも真面目そうではあるな。指導は楽なものになるかもしれない。
緊張した面持ちで、そろそろと部屋へ入ってきたのは、少し癖のある明るいセミロングの髪を後ろでひとくくりにした、大きな目が特徴的な女だった。
思ったことが顔に出易いのか、普段は明るい印象を与えそうなその顔は、わかりやすく眉が下がっており、申し訳なさそうな雰囲気が醸し出されている。

「申し訳ありません!受付の方にもう結構前からお待たせしてしまってるって聞いて。わたし、時間を間違えましたでしょうか?」
「いや、お前は遅刻してない。単に俺が早く来ただけだ」

カロリナはあからさまにほっとした様子を見せながらも、すみません、ともう一度謝ってきてから近寄ってきた。

「まあ、座れ。これから協専ハンターと指導員について説明と契約を行う。契約書にはよく考えてサインしろよ?」

自分の座っている椅子の対面の席をおざなりに示しす。俺が師匠についたときはどうだったかな……
カロリナが、失礼します、といって座るのを待って説明を始める。

「まずは、自己紹介でもするとしようか。俺はアレックス=シューミー。協専ハンターだ。今日、もし契約したならお前の指導員になる。そっちは?」
「カロリナ=シードランドです!このたび、第284期ハンター試験を合格してハンターになりました。今日からよろしくお願いします!」
「はい、よろしく。だがその挨拶はちょっとばかりまだ気が早いな。まずはこれからについて説明するとしよう」

受付で受け取っていた資料のうち、カロリアの分の資料と契約書を渡しながら概要をまとめて話す。


曰く、協専ハンターの仕事とは、協会が国や企業から受けた依頼の達成が主であり、各人の能力にあった依頼が複数振り分けられその中から希望のものを選ぶ。

曰く、協専ハンターの契約を結んだものは規定の期間内に協会からの依頼を一定数以上受けなければならない。また、協会から直接指名された依頼については最優先で受けなければならない。

曰く、協専ハンターは依頼の達成、失敗にかかわらず難度に応じた報酬を得ることができる。失敗が続いた場合は受けられる依頼の難度は低いものとなる。

曰く、協専ハンターは望むのならば協会から様々な支援を受けることができる。貸住居や訓練施設の無料開放、金銭の貸出や情報開示の優遇、指導員制度などはそのひとつである。

曰く、協専ハンターは指導員を望んだ場合、協会から指導員を派遣され、師事することができる。原則として3年間は協会から指導員に対し報酬が支払われ、指導員は被指導者に対し教育の義務を負う。



「要はハンター協会に飼われるなら優遇してやるよって話だな」
「……ちょっと率直すぎません?確かに分かりやすくはありますけど」
「気にするな。分かりやすいならいいだろう。ああ、別に協会からの依頼は協専ハンターにならなくても受けられるぞ。あと指導員の変更は、はっきりとした理由があれば可能だ」
「なるほど。あのー、考えを整理したいので、少し時間をくれませんか?」
「いいだろう。よく考えることだ」

俺の一言で表した説明に困った様な顔をして笑ったカロリナは、手元の契約書に目を通しながら考え始めた。やはり真面目なのだろう。汚い話に軽い忌避感を持っているらしい。
ただ待つのもつまらないので、改めてカロリナを観察してみることにする。160センチ後半くらいだろうか。すらりと長い手足のせいか、実際よりも背が高く見えているかもしれない。
服装は袖をロールアップしたジャケットにインナー、ホットパンツ、編み上げブーツと、ごく普通に街中で買い物でもしていそうなものだ。別に特別動きにくそうでもないのでハンターの格好として相応しいかは気にしない。
ハンターをやってる連中には、どうしてそんな格好をしているのかまるで理解できないやつらなんていくらでもいる。普通の恰好、大いに結構だ。
なにせ、これからしばらく共に行動することになるかもしれないのだから。人の背丈ほどもあるキセルを担いだグラサン男とか、常に何かのお面をかぶった奇人よりはましだろう。
益体無いことをつらつらと考えていると、あちらも考えがまとまったのか勢いよく契約書に名前を書いて印を押すと、顔をあげて手渡してくる。

「わたし、協専ハンターになります!ご指導、よろしくお願いします」
「そうか、わかった。――そうだな、これは純粋な好奇心なんだが、参考までに決めた理由を聞いてもいいか?」
「あー、えっと。その、わたし、お金をあんまりもってないんですよ。それで、そのうえ収入もちょっと……」

少し口ごもりながらも、しっかりと答えてくれるカロリナの話を聞きながら、手早く渡された契約書に不備が無いかを確認して、自分も必要箇所に署名と捺印を済ます。

「で、ですね。ハンターになれたはいいけれど、ちゃんとした訓練をした事がないんで、どんなハントするかも決めてなかったですし、それが一遍に手に入るならば、ということです」
「……なるほどな。答えてくれてありがとう。お礼に、さっそく真面目に指導するとしようかね。ちょっとそこへ立ってみてくれ」
「?――分かりました」


カロリナの様子に少し何かを隠すような気配を感じたが、まったくの嘘を言っているわけでもなさそうなのでひとまず好奇心を満足させておく。会ったばかりの人間に語れることばかりでもないだろう。
椅子から立ち上がり指定した場所に立つカロリナ。早速の指導ということだが、こんな場所でいったい何をするのか、と不思議に思ってそうな表情だ。

「なに、今からやるのは簡単なことだ。何が起こっているのか、お前はそれを見極めるだけでいい」

椅子に座ったまま、そう語る俺にますます訝しげな表情になるカロリナ。ではいくぞ、そう呟いて俺は念を発動させる。
瞬間、カロリナは見事にすっ転んだ。

「きゃっ、なん、え、え、え?」

転んでも即座に体勢を立て直し、状況を把握しようとしたのは、流石にハンター試験を合格しただけのことはある。ただ当然の事ながら周囲には椅子に座った俺以外誰もいないし、糸などの仕掛けも見えない。
それなりに危機察知に自信があったのか余計に混乱してしまったようだ。だが、たったこれだけでは終わらせてはあまり意味がない。かがんで警戒体勢をとりながら周囲を探していたカロリナもう一度転ばす。
今度は一応可能性としては考えていたのか、先ほどよりもさらに速やかに体勢をととのえ、動揺も少しは抑え込んでいた。未知の攻撃を受けたというのに随分と順応が早い。どうやら優秀な弟子になりそうだ。
驚愕の眼差しでこちらを見やるカロリナに笑みをかえしながら、もう一度転ばしてやる。
その後、部屋の中を逃げ回るカロリナを何度か転がすと、今度は対処するよりも見極めることを優先したのか、カロリナは受け身もとらずなすがままにされたが、当然、非念能力者にはなにも見えない。
とうとう完全に諦めたのか、そのまま起き上がらないカロリナに声をかけてやる。


「どうだ?お前にはなにがわかった?」
「はぁ、ふう。えと、目に見えない何かで転ばされていたことと、どんなに頑張っても掴めなかったこと、ですね。糸にしては、部屋中走り周って一度も、ひっかからなかったし、正直お手上げです。落第、ですか?」
「いいや、いい線だ。」

二度目に転ばせた時にも思ったが、どうやらカロリナは未知なものを未知なものとして認めて、その上で対処を考えることができるようだ。実に柔軟で素晴らしい。ありえないことがありえない念能力者同士の戦いではその思考は大いに役立つだろう。
そんなこと考えつつ、今度は息を整えていたカロリナの全身を念で支え浮かび上がらせる。別にそこまで難しい事ではない。具現化系の系統別修行である、オーラに質量を持たせ、物質に作用させるという基本を応用しているだけだ。
具現化系は具現化する物を決めると案外あっさりと具現化してしまう能力者が多いが、その能力を使い続ける以外にも、きちんとこういった基礎能力の向上法は確立されている。
そうでなければ変化系や操作系の能力者が困ることであるし。先ほどまで散々カロリナを転ばせたのもこの技術によってだ。
もはや言葉もないカロリナの様子を見て満足に頷く。

「これは、俺たちハンターなら誰もが持つことになる力だ。もちろんお前も例外では無い。名を念という」
「念……これを、わたしも?」

茫然としつつ何か呟いているカロリナをしっかりと床に下ろし、説明を続ける。

「まあ、ハンターを続けるには必須技能だな。まずはこれをお前に叩き込む。実を言うとこれが指導員の重要な仕事の一つなんだ」
「はい!あの、わたし、こんなとんでも能力、欠片でも自分に感じたことないんですけど……」

どこかの学生のように挙手をしたカロリナが自信なさそうに言い返してくる。

「大丈夫だ。問題ない。とりあえずハンター協会が保有する訓練場で一か月ほどサバイバルをしながらゆっくりと能力の基礎を教えたいんだが。いつなら予定を一か月空けられる?」
「ハンター試験の先には予定を入れていなかったので明日からでも大丈夫です。同期の合格者のみんなとはもう打ち上げもしましたし」
「なら、三日後にもう一度ここに来い。必要なものはこっちで用意するから、お前は英気を養っておくだけでいい。三日で家と往復するのが面倒なら本部内の宿泊施設が無料で使えるから、そこを利用するといいだろう」
「はい。わかりました。あとで使用許可を申請してみようと思います」


三日後と言った瞬間ほんの少し表情のかわったカロリナだったが、宿泊施設のことを話す時には既に痕跡は消えていた。ただの気のせいだったのかもしれない。
カロリナに渡していなかった書類の内、ある一枚の書類にサインしてカロリナに差し出す。

「これは、念修行に専念させるための協会からのおこずかい。といったとこだな。半年間の依頼免除と金一封だ。受付でこれも一緒に申請するといい」
「そんなことまで……。本当に念って重要なんですねー。金額もいち、じゅう、ひゃく――あのぉ、これ絶対間違ってますよ?修行するだけで逆に一千万ジェニーなんて、そんな」
「いや、間違いじゃない。ま、それだけ協会が力を入れているってことだ」
「そんな!だって、一千万ジェニーっていったらチョコロボくんが、あの、あー、すっごいたくさん買えちゃえますよ!?」
「俺にはお前の中の通貨価値基準のほうがよっぽど理解できん」

予想外の臨時収入に驚いたのか錯乱気味に興奮しているカロリナにため息をつく。簡単な計算もできなくなるほどの金額でもあるまいに。ハンターなんだからこの程度で驚かないでほしい。
というか、先ほど念で初めて転ばした時よりもおどろいていないか?若干傷つくものがある。少し落ち着くのをみはからって声をかける。今日はもう終わらせてしまおう。

「これで説明、契約、及び今後の指示まで終わったわけだが、なんか質問はあるか?」

カロリナは真剣な顔で俯いた。今までのことを反すうしているのだろう。七面倒くさい文言がならんだ契約書。念という未知の能力との出会い。思い返すのに少しくらい時間がかかるのは仕方あるまい。待ってやるとしよう。
やがて、聞きたいことが決まったのか、カロリナは短く躊躇を見せた後、勢いよく顔を上げ



「この近くでチョコロボくんが売ってるところはどこですか?」

「知るか」



あー、もう面倒くさい。金一封でさっそく買いに行くつもりなのか?次はサバイバルに持ってきていいかとか聞くんじゃあないだろうな。優秀そうな弟子の姿は虚像でただのアホだったようだ。
本当に残念そうに顔を伏せるカロリナがうっとうしい。

「以上だな。じゃあ三日後に会おう」

さっさと席を立って出口へと向かう。もう昼飯の時間はとっくに来ているのだ。アホにかまっている時間はない。

「あの、今日はありがとうございました!改めて、これからよろしくお願いします、師匠!」

……まあ、礼儀を忘れない心はあるらしい。俺は下がりきっていたカロリナの評価を少しだけ上げなおした。






――――
早速の拡大解釈として、協専ハンターを協会の斡旋を専門に受けるハンターというものから、協会専任のハンターとしてハンター協会と契約した職業としております。もちろん協専ハンターとして契約せずとも依頼をうけることはできますが多くの優遇措置があるという設定で。
原作の人物らも5巻で説明されたでしょうが、明確な目的を持っていたり、そもそも興味を持ちそうな人がいません。しいて言えば金の面でレオリオですが、彼は医者になる夢があるので。



[29891] 2話
Name: おんどり◆0d01a232 ID:f5dba046
Date: 2011/09/27 19:33
ザバン市街から230kmほど離れた郊外にはこの地方最大の湿原地帯が広がっている。
特異な進化を遂げたこの湿原地帯特有の珍奇な生物たちは、その多くが人間をもあざむいて食糧にしようとする狡猾さと貪欲さを併せ持っている。
ヌメーレ湿原と名付けられたこの湿原は、その実、正式な名を呼ばれることはほとんどない。国にこの湿原の生態調査を依頼されたとあるハンターがここを評した言葉があまりにも的確で有名だからだ。

「まったくひどい所だった、動物は純粋で自然のままに生きているなんていう愛護団体共に見せてやりたいものだね!あそこの生き物相手に少しだって気を抜いちゃいけない。まるで”詐欺師の塒”さ!」

当時、魔獣以外には人間を騙すほどの知能をもった生き物はあまり確認されておらず、一度にそんな生態を持つものたちが多数発見されたことは世間をおおいに驚愕させ、以降ヌメーレ湿原をそのインパクトとわかりやすさから”詐欺師の塒”と呼びならわすことになった。
物好きな観光客の死亡事故が続発し、国がハンター協会に環境の保護としかるべき安全対策を依頼したのはもう、ずいぶんと昔の話である。

環境の保護と、いくつかの観光ルートの案内役派遣を無償で引き受けたハンター協会は、かわりに常人には過酷なその環境をいかして湿原全体を訓練場がわりに使用することの許可を国に求め、生態系を狂わさない事を絶対条件とした上で許可された。
今では、もともとの環境に加え、ハンター協会が趣向をこらしたことでハンターに最低限必要な生存能力、洞察力、そして念能力を一度に訓練できるようになっている。


俺がカロリナを連れてきたのは、つまるところそういう場所だった。

「いいか、よく聞け。今から一か月ここでサバイバル生活をする。自分の飯は自分でとるんだ。俺に見せれば食えるかどうかぐらいは判断してやる」
「分かりました!まずは、何をしたらいいですか?」

初めて訪れた環境がめずらしいのか、きょろきょろとあちこちに視線をやりながらあとをついてきていたカロリナは、やる気に満ちた表情をしている。
ちゃんとした訓練を受けたことがないと言っていたし、少し興奮しているのかもしれない。

「普通に考えれば拠点の設置だな。近くで水と食料が確保できて、急な雨や敵襲にも対処できる場所ならベストだ。口出ししないからやってみろ」
「はい。拠点ですね」


どこがよさそうかなー?そう呟きながらカロリナはふらふらと歩き出していく。
湿原は平坦な地形が多く、大型の樹木が少ない。その上そこかしこにコケで隠された沼地が天然のトラップとして存在するので、素人は拠点の場所を選定するのになかなか難儀することだろう。
ハンター試験はその試験内容に簡単な生存能力テストを含むので、まったくの素人ではないんだろうが、ずんずんと前を歩くカロリナの後ろ姿からはそのあたりのことを分かっているのかどうか、うかがい知れない。

「師匠は―――あ、師匠って呼んでもいいですかね?」
「好きに呼べ。それで、なんだ?ヒントはとりあえず無しだぞ」
「ありがとうございます。え、と。ヒントじゃなくて、なにか話ながら歩きたいなー、と思いまして。師匠がなんで協専やってるかとか昔の依頼の話とか聞いていいですか?」
「探索の手は抜くなよ?そうだな、よくある理由だよ。お前と同じ、俺も金のためってやつだ。てっとり早いからな」

なにせ仕事の成否を問わず金が入る。そう言って、おどけてみせる。なにか劇的な動機でも期待していたのかカロリナは少々残念そうだ。

「仕事のほうは何でも屋だな。貴重なサンプルの入手、危険な試作品のテスター、新商品の情報を商品発表まで保護、新種の動植物発見、危険な犯罪者の逮捕代行、護衛への訓練、会社の経営建て直しとかな」
「え!そんなにいっぱい出来るんですか!?師匠って実はすごい人?」
「単に依頼をこなしてたらできるようになっただけだ。一つ一つの仕事をみれば、単一の仕事だけをしているハンターにはかなわない」
「それでもそれだけ出来れば十分すごいと思いますけど。依頼されたからって出来るようになる事ばかりじゃないと思いますし……」
「協専ハンターの基本はどんな依頼にも対応できるように広く浅くだ。お前も続けるなら何でもできるようになっておけ」
「うーん。探索系はともかく、経営とか情報統制は自信ないですね。あと出来そうなのは荒事くらいです」

想像以上に広いハンターの仕事範囲に驚いたのか、カロリナは乾いた笑いをあげている。ハンターになったとはいえ、これから得ていかなければならないスキルの多さに気が遠くなったのかもしれない。
俺もハンターになった時は何も知らない小僧だったのだ。カロリナもいずれできるようになっていくだろう。


カロリナは道中、地面の下にかくれた巨大な蛙のような姿のマチボッケに食べられかけたり、催眠にかけられた様子もないのに元気よく催眠蝶をおいかけていったりしたが、今日のところの拠点製作地点を決めたようだ。
なだらかな丘になっているところで見晴らしがいい。周囲には沼が少なく、比較的地盤が安定している。細く、大きさもあまりないがそれでも樹木が生えてはいるのでシェルターを作ることもできるだろう。
大雨が降ったら危険かもしれないが、まずまずといった場所だ。明日以降も使うかは今日の使い心地次第だろうか。カロリナは、防水布とザイルを使い簡易シェルターを設置し、ナイフ、燃料、ポリタンク、毛布などを手際よく配置していく。
やはりそれなりのサバイバル知識はあったらしい。指導が楽でいいことだ。

「よし、十分だ。なかなか良い拠点だな。問題がなさそうなら明日以降はここを拠点に食糧調達をしつつ、身体能力の向上と、念の修行に入る」
「ついに念ですか。わたしも超能力者の仲間入りですね」
「ひとまず今日の飯はさっきとっておいたマチボッケの足でいいだろう。あとは水を用意しとけ」

むん、と気合いをいれるカロリナに先にやっておくことを指示する。日の光は有限なのだ。特別な理由がなければ日が暮れるまでにできるだけ探索は終わらせておくべきだ。
20Lのポリタンクに2つ、比較的きれいな水をくむついでに食べられる水草をとり、夕食の準備が終わった時点で気づけば日が沈みかけていた。
カロリナは他の地方にも存在する食べられる水草を摘んできたのだが、同じ水草に擬態したこの湿原固有の水蛇におどろいていた。

「師匠、この湿原ってほんとに擬態してたりする生き物が多いんですね」
「今日見たここの固有種はマチボッケに、催眠蝶、オモダカモドキくらいか。まだまだこんなもんじゃないな。もっと奥深くまで入っていけばより珍奇な生物がいるぞ」
「マチボッケなんかはかなり強烈でしたけど。明日以降が怖いような、楽しみなような……」


今日とった食材と、持ってきた鍋、調味料でつくったスープを食べながら話す。マチボッケの肉は淡白で癖も少なく、悪くない味だ。
使った道具をかるく水で洗って片付けた後、二人でシェルターのなかに入る。周囲にはすっかりと夜の帳が落ちているのでランプをつける。

「あー、そういえば師匠もこの中で寝る、ですよね?」
「それがどうかしたか?」

カロリナはうーん、と歯切れ悪く唸っている。ああ、そういうことか。

「安心しろ。小さなガキに欲情する趣味はない」
「小さくないっ!……もう、いいです」

せっかく気を使って身の安全を保障してやったのに理不尽に怒られた。というか胸の前で合わせた腕はなんなんだ?だれもそこの事を揶揄したわけじゃないんだが……
まあいい、気にせず話を変えよう。

「納得したなら明日以降のために念について、少し話をするとしよう」



―――念とは、体からあふれ出すオーラと呼ばれる生命エネルギーを自在に操る能力のこと。
生命エネルギーは誰もが微量ながら放出しているが、そのほとんどは垂れ流しになっている。
体中にある精孔という穴を開くことでオーラを巡らし、これを肉体にとどめ、増幅、あるいは絶つことで目的に適う効果を得ることができる。
念は簡単に紙きれを刃とかし、また自らの体を鋼につつみこみ守ることもできる。
通常、瞑想や禅などで自分のオーラを感じ取り、体中をオーラが包んでいることを実感した上で、すこしづつ精孔を開いていく。

念の修行に、意志を鍛える「燃」という修行法がある。燃の四大行とは意志を強くする過程の修行。即ち、


「点」によって心を一つに集中し自己を見つめ目標を定め

「舌」でその思いを言葉にする

「錬」でその意思を高め

「発」でそれを行動に移す

シンを高め、シンを鍛えるすべての格闘技に通じる基本でもある。



今回、カロリナに念を覚えさせるにあたっては、身体能力を鍛えることで生命エネルギーを底上げし、燃によってオーラを感じとらせ、精孔には近くで錬をすることで少しづつ刺激を与えることにする。
怒りをおさめ、真剣に話を聞いていたカロリナは、ふと手をあげる。

「はい。師匠はさっき通常、って言ってましたけど通常じゃない方法もあるんですか?」
「たしかに別の方法もあるが俺はやらんぞ。お前なら2週間もあれば精孔をひらけるだろうしな」
「2週間……。そうですか、分かりました。あ、あと近くで錬をするってなんです?師匠が意志を高めてくれるとわたしの精孔が開くんですか?」
「ははっ、いや、悪い。説明不足だったな。錬は錬でも念のほうの四大行の「錬」だ。念のほうの四大行はお前が念に目覚めたらまた教えるとして―――感じるか?」
「はい!急に、師匠からの圧迫感が強くなりました。不思議と息苦しさとかいやな感じはしませんけど。これが、錬」

俺が錬をするとカロリナはしっかりと感じ取ることができたようだ。コクコクと頷いている。体の周囲のオーラがなだらかに流れているから、そこそこの才能はありそうだと踏んでいたが間違いではなさそうだ。

「他人のオーラを感じることで自分のオーラを感じ取り易くなるし、精孔への刺激にもなる。このサバイバル期間中、不定期に錬をするからしっかりと感じ取れ」
「分かりました。出来るだけ早く念に目覚められるようにがんばるのでご指導お願いします!」


翌日から朝晩の「点」と、その日の分の狩りの他には、ひたすら走り込みなどで体力を消費し尽すことで体の内側に眠るオーラを感じ取りやすい状態になるように指導した。
カロリナは、2日ほどで俺が錬をすると即座に気づく程度には念に対する感覚が鋭敏になり、一週間で体全体の6割ほどの精孔が開き、目の精孔がある程度開いたことでオーラを目視できるようになった。

「師匠、師匠。体の周りから湯気みたいなものが見えます。これが念ですか?」
「そうだ。今、お前からはオーラをとどめきれていなくて少しずつ霧散してしまってるが、それをしっかりと体に留めるのが「纏」という念能力の基本技だ。纏を覚えれば常人よりも力強く、はるかに若さを保てるようになる。お前の場合はある程度とどめているとはいえ、すでに常人よりも精孔が開いているから今は逆に疲れやすいだろう?オーラは生命エネルギーそのものだからな。早くに纏を覚えなきゃ老けてくぞ」
「ええ!?聞いてませんよそんなの!纏ってどうすればできますか?」

若さを保てるといったあたりで多少うれしそうにしていたカロリナだが、それ以上にこのままではどんどん老けていってしまうということに恐怖を覚えたのか、あわてて聞いてくる。
まだ若いとはいえ、女性であるからその辺りに関する感情は男の俺にはわからないほど強いものなのかもしれない。

「オーラが血液のように全身を巡って、その流れが次第にとまり、体のまわりでゆらいでいる様子をイメージするんだ。変に力を入れないことがコツだな」

あせってオーラの乱れていたカロリナだが、もともと綺麗なオーラの流れをしていただけあってすぐにコツをつかみ、ひとまず纏と言えるような状態になった。
初めて意識的にオーラを操作し、体にまとったことで違和感を感じているのだろう。カロリナは不思議そうにしげしげと自分の体を見回している。

「よし、そんなもんだ。あとは意識的に纏を続けていくだけで残りの精孔も開いていくだろう。オーラを見えるようになったところで、念の四大行を説明するとするか」



「念」の四大行とは―――テンを知り、ゼツを覚え、レンを経て、ハツに至る道。即ち、


「テン」とは「纏」。オーラを体にとどめる全ての念能力の基礎の基礎

「ゼツ」とは「絶」。文字通りオーラを絶ち、気配を消したり、極度の疲労を癒す

「レン」とは「錬」。通常以上のオーラを生み出し操る術

「ハツ」とは「発」。個人の資質によってオーラを使いさまざまな能力を発揮しうる。それこそ、世に言う超能力や奇跡のようなことでも


これら四つの技法をもって四大行と呼び、念能力の基本にして真髄でもある。



実際にカロリナの前でやって見せながら説明する。錬をした状態で少し力を入れて地面を殴って見せると簡単に小さなクレーターを形成してカロリナを驚かせた。

「いいか、念ってもんは簡単に常人と超人を隔てる壁を超えさせてしまう力だ。力に振るわれないようにな」

改めて目の前で念の直接的な力を見たことで、以前何度も転ばせた時とはまた違った思いを持ったのだろう。真剣な顔で頷いている。

「はい。ところで、以前の見えない手みたいな、糸みたいなものは師匠の発ですか?」
「いや、似たようなものだが俺固有のものじゃあない。まあ、その辺はおいおいな。先ずは纏、絶、錬を自分のものにすることだ」


これまでの一週間で、カロリナの念を使わない生存能力や洞察力は新人ハンターとして十分合格ラインにあることがわかった。
不完全ながら精孔も開いて纏モドキも出来るようになったことだし、あと数日待って完全に精孔が開いたら、ここを修行場にえらんだもう一つの理由である念の修行がし易い場所に移るとしよう。


「師匠!わたし、戦闘なんかは今見せてもらった錬とかで十分そうですし、成長を操る能力が欲しいです!どうしたら覚えられますか?」

念を纏ったからか、やる気ゆえにか、いつもより幾分キラキラしたカロリナは勢いこんでいる。そして人の話を聞いていない。
それにしても別に戦闘用の能力を持てとは言わんが、成長用の能力とは……。完璧に予想外の質問だった。
ふと、ここに来た初日の夜の事を思い出す。あれはコンプレックスだったんだろうか。
まあ、女性には重要な問題なのかもしれんが、げんなりする気持ちは抑えようがない。こんなにも感性の違うイキモノを指導していけるんだろうか?

「……ま、修行だ」

がんばりますよー!と気合いをいれるカロリナを横目に見ながら、答える声に溜息の色が混じってしまわなかっただろうか、とそんなことを思った。





[29891] 3話
Name: おんどり◆0d01a232 ID:f5dba046
Date: 2011/09/30 20:21
「今日からの修行は、この山を掘りぬくことだ」
「山を掘るって、これをですか?」
「そうだ、自分で掘ってトンネルを開通させろ」

そんな無茶な……。と呟くカロリナの前には大きな茶色い壁が立ちはだかっている。山というよりは巨大な円柱で、左右を見渡せば壁面は緩やかなカーブを描いているがその角度から察せられる規模は人一人が簡単に掘りぬけるほど小さなものではない。



ヌメーレ湿原に入って十日が過ぎた。カロリナの精孔も全て開き切り、纏を睡眠中でもほとんど切らさずにいられるようになっている。
そろそろ次の段階の修行をするために移動してきたのが、ここ、ヌメーレ湿原内にある人工の双子山だ。いま俺達が立っているのはそのちょうど挟まれた真ん中である。近くには大きなコンテナと設置式の大型クレーン、宿泊所がある。

「一日につき一本までならシャベルを支給してやる。掘った土はリアカーにいれて運び出して、あそこにあるコンテナに入れるように」
「えーと、ほんとに人力でトンネル掘れって言ってますか、もしかして?」
「当然本気だ。なに、車や列車が通れるものでなくていいんだ。大したことはない」
「う、分かりました。がんばります」

眼前に広がる巨大な質量から感じる威圧感のためか、カロリナは始める前からあまりやる気を感じられない。困ったものだ。一度トンネルを開通させることなど始まりにすぎないというのに。
俺はここで修行する者のための宿泊所から椅子を引っ張り出して座り、ジャーキーをかじりながら、作業を進めるカロリナをぼーっと眺める。これまでは精孔の開き具合をみたり、錬で精孔を刺激して、念能力発現を早めたりとやることはあったが今はそれもない。
カロリナのサバイバル能力はもうみたので、これからはこの双子山を中心に修行するにあたってここの宿泊所を拠点にするし、必要物資ももう運び込ませてある。
ジャーキーをかじることだけが俺の仕事なのかもしれない。それもありだ。


「師匠ー!この山、硬すぎるんですけど!!」

俺がジャーキーを歯だけでどれだけ裂けるかに挑戦していると、カロリナが先端のすっかり潰れてもはやシャベルとは言えなさそうな物体をもってやってきた。

「あ、しかも自分だけなんかおいしそうなもの食べてる!わたしも欲しいです!」
「夜まで我慢しろ。言い忘れたが最低でも四分の一は進めないと夕飯はなしだ。だいたいコンテナに3杯半くらいか」
「そんな!ここの土って本当に硬くてシャベルも全然歯が立たないんですよ。四分の一なんてむりです!ほら、もうシャベル壊れちゃってますし!」
「シャベルが壊れたなら、素手で掘るんだな。いいからさっさと行け」
「うぅ……」

まだ何かを言いつのるカロリナにぞんざいに手を振りながら、少しの害意とともに錬で高めた念を放つと、すぐに口をつぐみ冷汗をかきながら作業にもどっていった。
念を覚えたとは言え、まだやっと精孔が開いたばかりのひよっこだ。強大な敵意のオーラに触れれば恐怖もするのだろう。こういった念も味あわせておくべきだ。


二時間をかけて数メートルほどしか掘り進められていない作業地点に戻ってカロリナは泣きそうな顔をしている。確か山の直径は300メートルほど。四分の一堀りおおせるにははあまりにも遠い。
カロリナは棒の先に変な鉄塊がついただけのものとなったシャベルをじっと見つめた後、放りすてると、纏のオーラを精いっぱい漲らせて拳を突き出し―――陥没した。
予想していたよりもはるかに反発がなかったためだろう、大きくバランスを崩して体ごと山にぶつかっていき、大きく周りを崩壊させてそのなかにそのまま飲み込まれていったのだ。
さすがに窒息したら少々まずいので山に突っ込んだカロリナを引っ張りだす。体中泥だらけの有様だ。

「おい、生きてるか?」
「うえーぺっぺっ。何が起きたんですか?」

口の中にまで入ってしまったらしい土を吐きながらカロリナが復帰する。混乱はしているだろうが大したことはなさそうだ。

「今まで纏しててもあんなに威力出たことなかったんですけど。それにほとんど衝撃も感じられなかったし」
「これも念だ。ただしお前の念でも俺の念でもない。この山に念がかけられてるんだ」
「それってどんなのですか?っていうか念って生命エネルギーを操るものでは?」
「それはまだ秘密だ。ま、とりあえずいまの一撃をヒントに残りを掘ってこい」

釈然としない顔をしながらもカロリナは素直に作業に戻っていく。あるいは、夕食がかかっているので細かいことはどうでもいいのかもしれない。
しかし、今のは驚いた。シャベルが使い物にならなくなっていたからそろそろ手で掘ってからくりに気付くかと思ったら、まさかあんなに思いっきり自爆するとは。
まあ、おそらくこれで随分進めるようになっただろう。夕食までにはノルマが終わるかどうかはまだわからないな。



「おおー、久しぶりのパン!」
「このなかで一番注目するのがパンなのか?」
「だってもう10日も食べてなかったんですよ?ビバ、炭水化物!」
「まあ人それぞれか」
「いやいや、パンって言ったら主食じゃないですか!主食っていうくらいですからいつもは主にそれを食べてるわけで、それがないとやっぱ力がでなかったというかですね!」
「わかったわかった」


ときどきクレーンを動かしてコンテナの中身を反対側の山の上へ移すほかに、宿泊所からひっぱった電源を繋げたランプをカロリナの掘ったトンネルに設置していく程度で、後はビール片手につまみをかじりながら見てた俺によほど思うところがあったのか、例の一撃以降素手ならば山が掘れると気づいたカロリナは猛然と掘り続け、見事にノルマを達成していた。
とはいえ、香草のよく効いた青魚のリエット、熱々のとろけるチーズが魅力的な茄子と鶏肉のグラタン、鮮やかな彩りをみせる旬の野菜のコンソメスープと、久しぶりに文化的な飯を前にまさか一番の感想がパンにくるとは思わなかったが。

「はい。ところで師匠、あの山にかかった念ってなんですか?シャベルでは全然掘れなかったのに素手だとプリンみたいに簡単に掘れましたよ?」
「教えてもいいが、まずはお前の考えを言ってみろ」
「んー、あの山には金属に耐性があるとか、あるいは単純に素手じゃないと掘れないようになってるとかですかね。正直、念でできることの範囲がよくわからないのでこのくらいしか浮かばないです」
「まあまあだな。あの山はある技術によって物理的衝撃に対する大きな耐性とオーラに対する脆弱性をもっている。念は奥が深い。念でできることの範囲はとても広いがその限界は俺にもわからんよ。念能力は基本的なもの以外扱う個人によって千差万別だ。誰かにとっていともたやすく作ることのできる能力が、別の誰かには一生かかってもできないこともある。未来視や徐霊、飛行能力に瞬間転移だって出来る者には出来る。その人の個性が念能力を形成するんだ」

手を挙げ質問してくるカロリナに、ワインを飲みながらそう語り、指先からオーラを形状変化させて文字を描いた。

『我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか』




場所を双子山に移して三日目、ひたすら山を掘っていたカロリナだが今日は前日までに比べ劇的にスピードが速い。手で前方の壁を打ち壊し、崩した土をシャベルでリアカーにつめ、コンテナまで運ぶという作業だったのが、シャベルをオーラで覆うことで直接壁を壊してリアカーにつめるようになったからだ。
これは纏の応用技で「周」という。体以外のものにまで自身のオーラを纏わせる技術だ。一工程減り、壁を崩すにも手であったときよりもシャベルの方が当然簡単に大きくできるので、効果は瞭然としている。
だが応用技は基本技とはケタ違いに体力と気力を消費する。まして、カロリナは纏以外の基本技も満足にできない段階だ。消耗は激しいだろう。おまけに土を掘るという行為自体が激しい全身運動だ。ひたすら掘り続けるというのも精神的、肉体的に持久力を問われることになるだろう。
この訓練で全身の筋力、持久力、精神力、オーラの総量、それを操る技術力、そのすべてが向上する。


「今日は随分と早く終わったな」
「そう!師匠、すごいんですよ。シャベルにオーラを纏わせたら土がさっくさくです!毎日シャベルを渡してくれたのはこういう事だったんですね」
「そういうことだ。それは「周」という纏の応用技だ。体以外のものにオーラを纏わせる技術だな。よく気付いた」
「えへへ、あの土はオーラであれば掘れるっていってたのと、毎日もらえるシャベル、あとは師匠がオーラの形を変えてたのとか、よく考えたら纏のときはオーラで服の上まで普通に纏ってるんだしできるかなー、と」
「上出来だ。これからは毎日のノルマが終わったら1時間の休憩を挟んで「錬」の訓練にはいる。ついでに休憩中は「絶」の訓練もしておけ、その方が回復も早い」
「あー、休憩はありがたいです。速く掘れるのはいいけどなんでかすごくつかれちゃいまして。最後の方はなかなかうまくシャベルにオーラを纏わせられなく……」

カロリナはテーブルの上にぐてーと倒れ込みたれている。まあ纏を覚えて一週間足らずの初心者がこの修行をやればそうなるだろう。
とはいえ、カロリナがそうだったように基本的に纏さえできればなんとか形にはなるのだし、オーラの総量が多くなった方が錬も覚えやすい。促成でひよっこのカラを外すにはこれでいいと思う。

「べつに絶は完璧でなくともいいから、瞑想で精孔を開いていった時のことを思い出して、今度はそれを閉じてオーラが出ないようにすればいい。極度の疲労やオーラ不足に効果がある。あとは完璧に近づくほど、気配を遮断できる」
「おおー、一気に影が薄くなりましたね」
「わかったら自分で試しとけ。休憩時間はもう始まっているんだぞ?」

「絶」を実践して見せ、それに対し失礼な感想をいってきたカロリナの発言は黙殺する。カロリナの「絶」はまあまあといったところか。一般の動物やちょっとした武人までには使えるだろうが、鋭敏な感覚を持った野生動物を相手にするには少し心もとない。
現状の目的にはこの程度の錬度でも問題ないだろう。どうせ、後々いやでも上達することになる。



「体内にエネルギーをためるイメージ。細胞の一つ一つから少しずつパワーを集めどんどんどんどん増えていく……たくわえたその力を一気に―――外へ!」
「まだオーラに力強さが足りない。もう少し、練ったオーラを纏でとどめるんだ。もう一度」
「はい!体内に……」

休憩時間が終わり、錬のコツを教えた後はカロリナが実践するのを見ている。
やはり休憩を挟んだとはいえ、基本の纏にくらべオーラを大量に消費する応用技を使った後だけあって、オーラが枯渇気味なのかカロリナの錬は精彩を欠いたものになっている。
これ以上、無理にやらせてもあまり意味はないかもしれない。一応、短時間とはいえ纏よりはほんの少し強いオーラを纏えているので良しとしよう。

「そこまで。後は寝るまで絶と錬を一時間ごとに交互に繰り返しておけ」
「はい。指導ありがとうございました」

俺がそう伝えると早々にカロリナは絶に切り替えてぐったりと座り込んだ。初めてオーラを限界まで振り絞ったことで生命エネルギーそのものの枯渇という経験したことのない感覚にまいっているのだろう。

「師匠ー。体に力が入らないので甘いものが食べたいです。具体的にはチョコロボくんだとなおグットです!」
「宿泊所に砂糖ならたっぷりあるな」
「冷たい……。師匠はビールとかワインとか飲んでるじゃないですか。わたしにも嗜好品が欲しいです」
「――そうだな。一日で300m山を掘ることができたら考えよう。菓子の手配はしておく。「チョコロボくん」だったな?」
「本気ですか?ほんとですか!?やっほー!!今、わたしのやる気は当社比で3倍にはなりましたね。超がんばります!」

さっそく山にむかったカロリナだが、テンションで一時的にオーラは復活してもすぐにガス欠をおこして倒れることになった。だから絶と錬の訓練をしろといっていたのに。
俺は気絶するまでオーラをだして山を掘っていたカロリナを宿泊所に引きずって行きながら、菓子程度でこんなに発奮する安いプロハンターがあるか、とため息をついた。



翌日からカロリナの生活は、朝は錬の修行、二時間ほど続けた後は休憩を挟みつつひたすら山を掘り続け、夜は絶と錬を繰り返すというものになった。
少々詰め込みすぎかとも思ったが、朝晩が錬で時間がとられるので山を掘れないのに不満を漏らす以外には真面目に取り組んでいた。
驚いたことに、気絶した日から五日目には見事に一日で300mを堀きり、念願の菓子を手に入れたのだ。これは、オーラに脆弱性を持つ山の性質と、錬で分かるようにオーラには強弱をつけられることをもとに、少ないオーラを限界までケチって運用した結果だ。
なにやら望んでいた方向とは少し違う育ち方で課題をクリアされてしまったが、これでもオーラの総量は伸びてきている。問題はないだろう。それにしても念能力を覚えたばかりなのに随分とうまくオーラを操るもんだ。オーラの形状変化に適性のある変化系に系統が近いのかもしれないな。
そうしてカロリナは順調に一日で掘り進める距離を伸ばしていっている。

俺はというと、たまにアドバイスする以外には一本トンネルが開通するごとにこの山に特殊な性質を与えているもの――山の下に隙間なく書き込まれている神字――にオーラを通してトンネルを崩壊させてまた穴のない山に戻したり、クレーン車を動かしたりと退屈な補助をしていた。
山を掘り始めて十二日、暇つぶしに読んでいたシリーズものの小説も読みつくしてしまったし、ライスの粒にカロリナの訓練風景やこの湿原にいる珍奇な生物を描くのにも飽きた。カロリナの錬も少しは力強くなり、オーラ量の方も一日にトンネルを三本開通させるまでに至っている。次の段階に進んでもいいだろう。


「今日からは午前中のメニューを変更する。まずは錬をしてみろ」
「はい!」
「そのオーラをすべて眼に集中するんだ」
「……っはい」

カロリナは、纏の時とは比べ物にならない、錬で高めたオーラを操ることに初めは少し手間取ったようだが、毎日「周」を使った山掘りをしていただけあって少し不安定ながらもうまくオーラを集中できていた。

「それが「凝」という錬の応用技だ。オーラに対する感受性が上がって隠されたオーラを見ることができるようになる。念能力者同士の戦いでは必須の技法だな。この指の先に何が見える?」
「ハンター協会のマーク、ですか?」
「見えているようだな。十分だ。今は全力で凝をしているが、慣れたらカメラのズームのように自在に加減できるようになっておけ。少しでも違和感を感じたら凝!目を凝らすのと同じぐらい自然にできるようになること」

かるく隠をかけたオーラで描いたマークはしっかりと見えているらしい。準備は整った、では課題を与えるとしよう。

「このヌメーレ湿原には明らかに他と違ったオーラをもった生物がいる。そいつらをその凝で探し出して捕獲してこい」
「はい。他と違ったオーラってどんなのですか?」
「見ればわかる。最低でも写真に収めなければ今日の飯は無しだ」
「ええ!こことっても広いんですよ!?もうちょっとせめてヒントを!」
「なせば成る。ほら、行って来い」


言って、カロリナにポラロイドカメラを手渡して追い払う。モチベーションを保つためだとはいえ、功罪に報いるのが食糧関係ばかりというのも芸がないかもしれない。次回は何か別のものを考えるとしよう。
まあ、今回は特に変える必要もないだろう。無事に「キリヒトノセガメ」と「ホラガラス」の写真を撮ってくるはずだ。


―――なにせ昨日、念能力者に頼んでおいたのだから。


キリヒトノセガメもホラガラスもヌメーレ湿原の固有種として登録されている生物だ。それは間違いない。
ただそれはハンターの修行のために動かされていたそれらが偶然、観光客のカメラにとらえられてしまったため登録されているにすぎない。そもそもこんな人間の少ないところで、ほとんど人間相手に特化しているような生き物がいるわけはないだろう。

「キリヒトノセガメ」は具現化系念能力者の念獣で、霧の中でだけ活動できるという制約をもった大型のカメに見える存在だ。ただしそれはフェイクで、実際には背中に生えた人のシルエットをした「ヒトニイチゴ」の一つが本体だ。
無差別に人間大のオーラを感知して霧の奥に誘導し、襲いかかる。正確に本体のイチゴを攻撃しなければ次々に別のイチゴに本体が移り、キリヒトノセガメの力も上がっていくというやっかいなもの。「凝」でわずかなオーラの違いを感知して本体を見極めながら戦わなければならない。

「ホラガラス」は操作系念能力者の端末で、実際には他の地域にもいるハシビカラスとかわらない。念の恩恵を受けたホラガラスは人語を操り、嘘八百を並べ立てヌメーレ湿原各地へ人間を誘い、罠にはめる。
特に「ジライタケ」の群生地帯につれて行かれれば厄介だろう。ジライタケは微妙な模様のパターンの違いによって、オーラに反応して爆発するもの、オーラのないものに反応して爆発するものの2種類があるキノコだ。ホラガラスを捕まえるには、多くの罠やジライタケを切り抜けるための鋭い洞察力と素早く纏と絶を切り替える技術、そしてさらに空を飛ぶ、念で強化されたホラガラスを追うスピードが必要だ。


どちらの能力者も別にここでなくとも活動できるハンターだが、安全、安定に金が入るためもっぱらこの仕事を請け負っているらしい。羨ましいことだ。
今のカロリナでは残りの日数全てを使ったとしても両方捕まえることは難しいだろう。よくてキリヒトノセガメを捕らえられるくらいか。

「師匠―。でっかいカメいましたけど強すぎです。錬でなぐったのにびくともしませんでしたよ……。もの凄くパワフルだったんで逆に逃げてきました」
「キリヒトノセガメだな。写真もよく撮れている。今日のところはいいだろう。一か月が終わるまでには捕まえろ」
「うぐ……。はい。でもまるで歯が立ちそうにないんですよね。なにか必殺技みたいの念にないんですか?すっごいビームとか」
「ハントは力押しだけじゃない。よく見て、よく考えて、うまくやるんだな」
「はい……」


少しよれた格好で帰ってきたカロリナは必殺技を望む。俺の弟子は脳筋だったようだ。まあ、念能力を得て自分が飛躍的に成長したことには気づいていただろうし、また壁があった時に同じように一気に強くなる術を求める気持ちはわからないでもない。
だが今は基礎を固めることこそが一番の近道だ。じっくりやっていくとしよう。




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