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[29737] 【習作・オリジナル】試される大地【北海道→異世界】
Name: 石達◆48473f24 ID:a194d791
Date: 2011/09/30 17:10
はじめまして。
石達と申します。

ゲートやら異世界転移もののSSを読んでたら
妄想が膨らみすぎてヤバくなってきたので書いちゃいました。

稚拙な文章なので読みにくいかと思いますが、感想とか頂けたら嬉しいです。


内容的には

北海道+αが異世界に転移して道民が生き残るべく色々やる話です。



*********************更新履歴************************
9/16
更新履歴つけ始めました
第7話 誤記、脱字訂正
第8話 新規投稿
第1話 修正しました
第2話 修正しました

9/17
第3話 修正しました
第4話 修正しました
第5話 修正しました
第9話 新規投稿

9/18
第10話 新規投稿
第3話 修正しました
嫁の一緒に行動する理由を追記しました
第7話 修正しました
拓也が何を考えて行動してるのか追記しました。

9/20
第11話 新規投稿

9/21
第11話 誤記訂正

9/22
第12話 新規投稿

9/25
第13話 新規投稿

9/27
第14話 新規投稿

9/30
第15話 新規投稿
第14話 方言修正
タイトル修正
第15話 ラスト追記と誤字修正



[29737] 序章
Name: 石達◆48473f24 ID:a194d791
Date: 2011/09/13 01:11
序章


ある大陸の片隅で、空に向かって黒い筋が何本も昇っていく

その筋をたどってみると、そこにはいくつもの集落が燃えていた。

太古より人間と亜人との小競り合いは幾度となくあったが

今回のそれは規模が違い、何より徹底していた。

「くそ!なんだというのだ人間どもめ!そこまで我らの土地が欲しいのか!」

逃れてきた東へと向かう難民の中で、ドワーフの族長が激怒していた。

「どうやら奴らは徹底的にやるようです。先ほど合流した部族の話によりますと

降伏した者、落伍した者、すべてを斬り捨てているそうです。」

あちらこちらに血のにじんだ戦士の一人が答えると、族長は奥歯を噛みしめ、そして呟いた。

「戦に敗れ、海峡の向こうに逃れるための舟を造らせているが、奴らが来るまで間に合うかどうか・・・

なによりこの人数を海峡の向こうの部族が許容できるはずもない。逃げた先でも戦いは避けられぬか」

「・・・」

族長の消沈した声に何も言い返すことができなかった。

逃れた先でも戦が待っている。

それも、こちらは人間との戦で消耗しきっていた。

まず、勝ち目は無いだろう。

そんな絶望の中、一つの声が響いた。

「族長!」

「なんだ?」

「先ほど合流した部族が、付近の森で妙なものを見たと」

「妙なもの?」

「はい。何やら古い神殿のようだったと」

「こんな所にか?」

「ここいらに住んでいた部族の話では、その森には精霊が住んでいるという伝承があり、普段は聖域として出入りが禁じられてるそうです。

神殿は、その精霊のものかと」

「精霊・・・どのような精霊かわかるか?」

「さぁ そこまでは・・・」

そこまで聞くと、少々の沈黙の後、族長は走り出した。

「そこに案内しろ!いそげ!時間はないぞ!」

「ええ!?でも、海峡を渡る準備は?」

「任せる!もし俺が戻らない場合は、先に出発しろ!」

そこまで伝えると少数の供を連れて族長は森に入っていった。

深い森の中、一行は走った。

枝を払い、木々の間をぬい、けもの道を抜けると

男たちの前に古い建物が現れた。

「族長。ここが例の神殿のようです。」

配下の男に先導され、一人の族長が前にでる。

「ここがそうか…もはや精霊の気まぐれに縋るより道はない

もはや、帰る場所は失われたのだ。 さぁ!いくぞ!」

飾り気のない小さな建物に入ると、中は何もないホールだった。

周りを見渡しながら一歩一歩慎重に歩き、ホールの真ん中に立つと、力の限りの声で族長は叫んだ

「おねがいだ!精霊よ!姿を現してくれ!」

シーン・・・



何も起きない・・・

「精霊よ!我らの願いを聞いてくれ!」

もう一度叫ぶが、やはり同じだった。

何か変化が無いかあたりを探してみるが、ゴミすら落ちていない室内に一行は絶望感を味わいその場にへたり込んでしまった

「やはり無駄だったか・・・」

ため息が出た。藁にもすがる思いでここまで来てみたが、徒労に終わったと感じたのだ。



ザ・・・ ザザザ・・・

「ん?何の音だ」

「ョ・・・ぅこ・・ソ イらっしゃいました。どのような土地をお望みですか?」

最初はかすれ気味だったが、やがてはっきりと人の声が聞こえる。

「精霊よ!伝承は本当だった!あなた様は実在したのですね!」

族長の男は歓喜した。目には涙も浮かべている。

「どのような土地をお望みですか?」

声は繰り返す。

「土地?精霊様は我らに土地をお与え下さるのですか!ならば聞いてください!実はつい20日ほど前になりますか、この一帯の亜人種に対して、いきなり人間どもが襲ってきたのです。

既に数々の集落が焼かれ、蹂躙された集落の者共は悉く殺されました。今!この時にも奴らの軍勢は迫っております。

仲間たちは海峡まで達し、船を作っておりますが、海峡の向こうには他の部族が既におり、争いは避けられないでしょう・・・

精霊よ!我らに新たな土地をお与え下さるのならば、鉱物に恵まれた誰も住んでいない土地を!その慈悲で与えては下さいませんでしょうか!

なにとぞ!なにとぞ聞き届けてくだされ!精霊よ!」

「・・・お望みの土地を承りました。これより召喚します。」

声が終わるとホール全体が輝き始めた。

「おぉ!これが精霊の力か!すごいぞ!おい!このことを皆に伝えるぞ!すぐさま伝令に向かえ!」

族長は歓喜し配下に向かって叫び振り返った。



だが、そこにいたのは配下の男ではなく

血に濡れた人種の兵士たちと男の死体だった。

「な!?」

驚愕する族長をよそに兵士をかき分けて一人の貴族風の男が現れた。

「はっはっは!下等種にしては中々面白いことをやってるではないか」

「貴様ら、どうしてここへ!?」

怒りの視線を向けるが、その男は笑いながら答える。

「いやなに。これから海岸へお前らを駆除しに行こうと思ったら。嬉しそうに森に入っていくお前らを見つけてな

この状況下で何を企んでいるのか探ってみたらこの結果だ。」

「くっ!」

「精霊を使って土地を召喚とは実に面白い。おい精霊!俺の望む土地も出せるか?」

「条件にもよりますが、先ほどの召喚が終わった後なら可能です。」

精霊の声があたりに響く。兵士たちは姿の見えぬ精霊の声に狼狽していたが

この貴族は肝が据わっているようだった。

「そんなもの無視しろ!俺に征服地として麦で黄金に染まる実り豊かな大地を与えろ!」

「召喚を変更しますが、何が起きるかわかりませんがよろしいですか?」

「くどい!」

その精霊に対し余りに不遜なやり取りに、しばし呆然としていた族長も男の願いの内容に我を取り戻した。

「キサマ!なんてことを!」

「礼を言うぞ下等種。おかげで我が領地が更に増えそうだ。その感謝の印として

キサマを始末した後に、海岸の仲間も寂しくないよう一人残らずあの世に送ってやるさ」

男の言葉が終わると同時に、兵士の剣が族長に突き刺さる。

「ぐぅ・・・」

「さらばだ。下等種の長殿」

「ぐ・・ぅ・・・貴様ら全員・・・地獄に落ちろ・・・・・・」

「はっはっは。地獄でもお前らを征服してやるから、楽しみにしておけ」

男が笑いながら族長の最後を眺めていると、不意にホールの光の色が赤に変わった

「!! なにごとだ!」

「さ、さぁ?分かりません」

付近の兵士が混乱気味に答えるが、男がその兵士を殴りつけて言葉をつづけた。

「キサマらには言っておらん!おい精霊!どうなってる!?」

「召喚に成功しましたが、途中で召喚を変更した影響で想定外の暴走が発生しました。爆発が発生します。」

「なんだと!?」

驚愕の表情を浮かべる男が、爆発に包まれる前の一瞬。

最後に瞼に焼付いたのは、血だまりの中で満面の笑みを浮かべる族長の顔だった。







・・・ドーーーーーーン



遠くの森で火の手が上がった。

「・・・族長・・・」

族長に海峡を越える準備を任された男が

悲痛な面持ちで、しばしその方角を眺めてた。

「戦士長様。舟の準備ができました。出発できます。それと気になるのですが・・・」

作業を終えた男の一人が、おずおずと声をかけてきた

「何だ言ってみろ?」

「何と言いますか、先ほどより南方に見たこともない島影が現れたのですが、あれは一体・・・」

戦士長と呼ばれた男は押し黙りその方角を見る。



あれは、精霊の下に赴いた族長の仕業か・・・

なんにしろ他にこれ以上の選択肢はないか



意を決し、男は船に飛び乗り皆に向かって叫んだ。



「さぁ 皆の者!南方を見よ!我らが族長様が精霊のもとに赴いた事により

あの島が現れた!すべては族長の導きの下にある!

人種に迫害されし全ての種族よ!船出の準備はいいか?

さぁ!行こう!新天地へ!!」



号令の下、人の波が動き出す。

南に見える、この世界の誰も知らぬ島へ











[29737] 第1話
Name: 石達◆48473f24 ID:a194d791
Date: 2011/09/17 00:40


   転移





西暦2025年8月

道東 北見市



石津拓也(27歳)名古屋でサラリーマンをしている男は

道東の一軒の家の前に立っている。

2年ぶりの帰省だった。

ただし、今回の帰省はいつもとちょっと違った。

「たーだいまー」

ドアを開けると同時に家の中に声をかけると、即座に母が迎えに出てきた。

待ってましたと言わんばかりの笑顔で、自分を素通りしてもう一人の方に声をかける

「おかえりー。ばーばですよー。たけるちゃん、げんきにしてましたかー?」

一瞬で俺から息子の武(1歳)を奪っていく。

親にとってみれば、三人息子の中で初めてできた孫

その初孫を連れた帰省は、親のテンションをおかしくしているようだった。

その様子にあっけにとられながら二人の様子を眺めていると

後ろから拓也に向けて怒りの声が飛んでくる。

「あんた!ボケっとしてないで荷物下すの手伝ってよ!」

嫁さんがキレてる・・・

超怖い・・・つーか1分程度ボサッとしてただけで怒らないでほしい。

短気な嫁は拓也がぼさっとしている事には非寛容だった。

その嫁に対し、謝るように返事をする

「あー 待ってろ。重いのは俺が下すから。」

甲斐性の無い夫は、肉体労働で嫁の機嫌を取ることにした。


彼女の名はエレナ

拓也の嫁さんである。

海外旅行が趣味だった拓也は、ロシア旅行中に彼女と出会った

日本のヴィジュアル系バンドの大ファンだったのが切っ掛けで、大の親日家だったエレナと意気投合し

そのまま勢いで結婚。

その時に会社の同僚は、まだ若いのに人生の墓場へようこそ等と言っていたが

その意味に拓也が気付いたのは、彼の小遣いが2000円に制限された時だった。


話は戻るが、遠くはシベリア出身の嫁さんは普段は美人だが、怒るとマジヤバい

たぶん視線で人殺せる。

そんな彼女も無視してマイペースな母は二人に言った。

「あー 拓也もエレナもよく来たね。疲れてるだろうから、二人ともゆっくり休んでてね」

子連れの長距離移動は疲れるだろうと察してくれてか母の声は優しかった

そんな気遣いに若干癒され

「「はーい」」

と、きれいに夫婦でハモる

だが、返事は同時だったのに

荷物を車から降ろす俺を置いて一行はそそくさと家に入っていった。



・・・誰も手伝ってくれんの?

ちょっとだけ寂しくなった。





一時間後



荷物を下し終えた拓也は客間で寝転がっていた。



・・・

はぁー・・・ 実家超いい

本当に落ち着く

子供は親があやしてるから大丈夫だし(テンションはヤバめだが)

嫁は疲れて寝たし。

俺も寝るかなぁ


用意された部屋で大の字に寝転がりながら、そんなことを考える。

やはり、実家を出て何年たとうとも居心地の良さは変わらない

そんな感じで、だらけていると

不意にドアをノックする音が聞こえた。


コンコン

「ん?」

誰か来たな?

ノックの後にゆっくり扉が開くと、母親が顔だけ出して拓也にお願いをしてきた。

「拓也、ちょっと悪いんだけどさ。畑まで兄ちゃん迎えに行ってくれない?

今日はあんたらが帰ってくるから早く帰ってこいって朝言ったんだけど、

たぶんあのバカ息子は忘れてるだろうから」

申し訳なさそうに母が言う

「えー。親父は?」

正直、めんどうくさい行きたくない

誰か他の人に行ってほしい

「武田勤の後援会に行った」

武田勤。北海道12区の参議院議員だ

ウチの一家は北見市長時代から彼の事を応援していることで彼とは親交があった。

なにせ、親は後援会長だし

「参院選が近いから?」

選挙資金にパーティ券をさばきに来たのだろう

「そゆこと。で、行ってくれる?」

拒否は許さんとばかりに迫りくる母。

多分、孫から離れたくないんだろうなぁ・・・

「ん~ だるいけど、まぁ いいよ。車かして」

しかたねぇか・・・と気合を入れてから起き上がると

母が嬉しそうに

「ありがとう」

とお礼を言って、孫の所に戻って行った。







しばらくして

夕方の麦畑に囲まれた農道を、一台の軽トラが進む。

軽トラなのでロクなオーディオもない

しかたないのでラジオで流行曲を聴きながらハンドルを握る。

黄金色の波を傍目に運転していると、曲が終わって夕方のニュースが流れてくる。



**************************

・・次のニュースです。ロシアとの共同開発である国後島沖油田の歯舞経由パイプライン完成しました。パイプラインは新設された釧路の製油施設に接続され

我が国のエネルギー供給の一翼を担うことが期待されます。

これに伴いロシア側よりニコライ・ステパーシン氏が完成式典に参加。2島返還後にロシア高官初の来島となりました。

***************************



おーすげー

ついに道東エリアに石油だよ。

しっかし、サハリン2の事があるのによく共同開発に参加したもんだわ。





拓也が心配するのはもっともであった。なにせサハリン2の開発時にロシアは開発の資金を欧米と日本に出させて

施設が出来上がったとたんに利権を奪い、日本に供給するはずの天然ガスを中国に売りつけた前科があったのだ。

だが、今回は政府にも保険がかけてあった。石油開発の資金を日本側が持つ代わりに歯舞、色丹を日本に返還

その上で歯舞に処理施設を建設し、パイプラインを日本に引くというものであった。

まぁ そもそも、これには領土問題を抱える両国が共同開発するうえでの苦肉の策でもあった。

なにせ日本側が、ロシアの領有権を認めていない為、新規に国境をまたぐパイプラインは作れなかった。

そこで国後沖の油井より歯舞までパイプラインで結び、その後2島返還ということになった。

(むろん日本政府は公式には残り2島も追加協議と言ってはいるが、石油が出た以上、国後、択捉の返還は絶望的だった。)

新規に国境を跨ぐパイプラインは作れないが、すでにある施設ならやむなし。そして、歯舞より先は日本領となったので、それ以後の開発は何の制限もない!

とりあえずの大義名分が出来てからは、日本側の動きは早かった。

歯舞群島の勇留島は、陸上処理施設と石油輸出ターミナルが整備され、志発島には石油備蓄基地が作られた。

さらに勇留島から伸びたパイプラインは、釧路に新設された精油所に接続され、道東に一大石油産業が出来上がっていた。



そのニュースを聞いてしみじみ思った。

まーこれで、北海道経済が上向いてくれるといいんだがなぁ。地元が過疎って寂れるのはつらいもんがあるし。



そんな事に思慮を巡らせてると、目的地の畑に到着した。

兄は、自分の畑に入ってきた車から拓也が出てくるのを見つけると

すぐに駆けつけてきてくれた。

「おー すまん すまん。帰ってくるのすっかり忘れてたわ」

あまり悪いと思ってなさそうな笑顔で謝罪してくる兄

その顔をみて、どうしょうもないなと思いながら拓也は言う

「どうでもいいけど、早くかえんべ。俺、腹減ったよ」

長距離移動の後で、せっかく休めると思ったら兄の迎えに出されて

少々不満がたまっていた。


そのダルそうな様子を見て、さすがに申し訳なくなってきたのか

「そうすっか。ちょっと、まってろよ」

といって、おもむろに無線を取り出し、指示を飛ばす。

ピッ「HQから各機へ。俺ちょっと先戻るから片づけよろしくな」

若い農家は高確率でオタになる。

兄もその例に漏れていなかった。

各機なんて言って、なんかのゲームの真似だろうか

ザザッ「了解しましたマスター」

無線で帰ることを伝えると、すぐさま若い女の声で返事が来た。


・・・はい?

すごい違和感を感じた。

それについて、すぐに問いただす拓也

「・・・マスター? それと何?HQ?女の子雇って遊んでんの?」

疑惑の目で兄貴を見る

「いやいや。遊んでねーよ。それに人雇ってもいねーし」

こんな言い訳をしているが、若い女の子相手にマスターとか呼ばせてるのを聞いた以上

もはや、信用できない

「んじゃ、あれは誰だよ」

本当に何をやってるんだ馬鹿兄貴は・・・

「あれは道内企業の雄。キセノンフューチャー製の作業用アンドロイド、農家ロイド39型だ。ちなみに4体買った。」

「買った!?高いんじゃないの?金はどっから?4体?」

驚くのも当然だ、名古屋でもアンドロイドを使う会社はまだ珍しい

それがどうして、北海道の農家にいるのか。

まさか趣味の為に借金して買ったのではないだろうか?

はたして、実家の経済状況は大丈夫なのか?

その拓也の問いに兄貴は自信満々だった

「安心しろ。国の農業振興助成金を使って8割引きだ。それに道からも1割出たぞ」

にっこり笑って答える兄貴に、脱力感が湧く。

農業振興に国がばら撒いている金は、こんな所に使われていたのか・・・

確かに、労働力の確保としては正しい気もするが、あきらかにコイツは趣味がメインのオーラが漂っている。

国民の税金をこんな趣味の世界に使われてるとなると情けなくなる

「・・・なんだろう。このやるせない気持ちは・・・ ちなみにマスターってのは?」

「もちろん趣味だ」

予感は的中した。





「ちなみに調教の結果、歌って踊れるようにもカスタムしてある。」

「農作業用にそんな機能いるのか!?」

「すべては俺の活力につながるから何ら問題はない」

動画サイトにもアップしたから今度見てくれよと兄は言うが

拓也にはどっと疲労感がのしかかる

もうね、どうでもいいや

正直、もうさっさと帰りたい。




もう、話を切り上げて帰ろうと思い、兄に話しかける

「OKOK。分かった兄ちゃん。とりあえず、もう帰るべ」

投げやり気味に帰宅を促すと、兄貴は固まっていた。そして、その視線は拓也の後ろの空を凝視していた。

「あぁ・・・それはいいが。おい・・・拓也。ありゃ何だ?」

信じられないものを見たかのような口ぶりで兄が夕空を指差す

そして、その先には信じられない光景が広がっていた。





夕日で黄金色に染まった畑の上空、天頂からじわじわと白く空の色が変わり始めていた。



[29737] 第2話
Name: 石達◆48473f24 ID:a194d791
Date: 2011/09/17 01:09

異変より6時間後



北海道庁 緊急対策本部



本来は地震等に備えて作られた災害対策本部に

道庁の主要な面々が集まっていた。

真ん中に座るのは、北海道で2代目の女性知事。高木はるか

スーツから溢れんばかりの色香が溢れ、政治学の博士号を持っているという

30代での若さで知事に選ばれた才色兼備の政治家として有名だったが

その顔色は暗かった。

「現状は何か掴めましたか?」

この日、何度目かの質問が飛ぶ。

その質問に職員の一人が答える

「いえ本日17:00頃に出現した半透明の膜は、依然として本道全域を包んでおります。

それと、膜の通過を試みた旅客機の一機が墜落し、現在生存者の捜索に当たっておりますが

絶望的との報告が消防より入りました。現在空港は全便欠航、港にも出航を見合わせるよう通達を出しています。青函トンネルについても同様の膜が確認されたため通行禁止になりました。」

「一切の出入りが出来ないの?」

高木知事が問いただす

「は、これについて空自の偵察機が確認を行いましたが。無人機では問題ないのですが

有人機が突入した場合、同様に墜落したとのことです。

それと、まだ未確認の情報ですが、膜が降りて以降に道内に侵入した貨物船が座礁しました。

海保が乗員の救助に向かいましたが。全員ミイラ化しているとの情報があり、現在確認を急いでいます」

その報告を聞いて、余りの突拍子もない事態に眉間に皺を作り考えてみるが、何が起きたかはっきりしない以上、対策の取りようがない。

現在下した命令も原因究明と北海道からの出入りを全部止めただけ。

航空機の墜落などの被害を食い止めたが、根本的には何も解決していない。

「政府からの連絡は?」

せめて、政府は少しでも情報を掴んでいることを願いたい。

「政府も混乱しています。非常事態を宣言し調査を続けていますが、情報収取衛星からの映像では

膜の範囲は北海道全域と南千島が包まれている模様です。

その他の持っている情報は、あまり我々と大差がありません。原因不明と」

それならばと、知事は質問を続ける

「南千島もですか。ロシア側の情報はありますか?」

だが、職員は難しい顔をしたまま首を横に振って答えた

「今はお互いの本国同士が連絡を取り合っている状態なので

今のところ政府から降りてきた情報はありません。」

当事者同士が話し合いを上に丸投げしているのか・・・

これはいけない。既に犠牲者が出ている事態なのに、仮に向こうで何かしらの兆候があった時に

情報が回ってくるのがいつになるかわからない。

国家としては問題があるのだろうが、非常時だ

現場の裁量で少しでも打てる手は打っておくべきだろう

「南千島側と非公式の接触を持ってください。情報は今は何よりも大事です。」

流石に、そこまでの指示が来るとは思っていなかった職員は

無理ですと言わんばかりに反論する

「ですが、道庁には適当なパイプを持つ人間がおりません。今までの交流は外務省のお膳縦の下でしたし」

そう言った職員の額からは汗が流れる。

なにせ今までは、ビザなし交流だろうと外務省の管理下で行ってきた。

交流と言っても担当者レベルの話でしかなかった。

いきなりやれと言われても、無理に違いないと思った。

だが、そんな彼に高木知事は秘策とばかりに話を続ける

「あら?それなら根室に良い人材がいるじゃない。たぶん日本で彼以上にロシア側とパイプを持つ人はいないわ」

その場の全員が納得する。



鈴谷宗明。

日露間の外交に絶大な影響力を持っていたが、当時の人気取りに走った外相と衝突し

マスコミから徹底的に嫌われ、失脚し、当時の与党から離党までしていた。

だが、ころころ首相が変わり、外交方針の定まらない日本政府より鈴谷の方がロシア側からの信頼は厚かった。



「では、すぐさま連絡を取ります。」

パイプ役が居るのであればと、職員はすぐに行動を起こそうとしたところに

知事が、思いついたように呟く

「あぁでも、彼、与党の議員じゃないのよね。

いくら非公式でも、野党の議員一人じゃ弱いわよね」

だれかいい人いないかしらね・・・

高木が唸りながらつぶやき、考え込んでしまった。

「知事、それなら武田氏はどうでしょうか。あの人は四島交流促進議連の会長ですし

今は、北見で後援会のパーティに出席中のはずです。」


その人物とは


武田勤。

かつては政権与党の幹事長を務めていた。

一時は野党転落時に自分の派閥議員の2/3が落選してしまうなどの事があったが

政権交代後の与党があまりに無能過ぎ、与党が選挙でほぼ全滅したため

派閥を率いて返り咲いていた。



「良いですね。対露非公式接触はその二人に同席をお願いしてください。」

「はっ!」

会議の方針は決まった。

といっても現段階で決定できる事項が少ないのだが・・・

「みなさん。では、引き続き持ち場で情報収集に当たってください。

政府からの情報及びロシア側の情報は特にフォローをお願いします。

以上で会議は一時解散とします。」



この決定以後、道庁の長い一か月がはじまった。





同日



択捉島 ユジノクリリスク



「いったい!どうなってるんだ!」

ダン!と机を叩き、神経質そうな男が激高している。

それをなだめるように軍の将校が返事を返す。

「現状では不明です。本国から飛来した偵察機は膜を通過直後に墜落し

こちらから出た偵察機も墜落しました。本国からは膜のエリアぐらいしか情報が来ておりません。

日本側の報道でもそれ以上の情報はありません。」

淡々と語る将校

「クソ!」

悪態をつく男の名はニコライ・ステパーシン。

ロシア連邦防諜庁、ロシア連邦首相を務めたが、時の大統領の利権を守れないと判断されたため

解任され、現大統領のプーシキン氏と交代させられた経歴を持つが

露日経済協議会代表の肩書があるため、歯舞での石油パイプラインの完成式典の為

南千島に来ていた。

「こんな辺境に閉じ込められるとは・・・」

ステパーシンは頭を抱えた。

隔離されたのは南千島だけであり、サハリン州の州都ユジノサハリスクから隔離されていた為

現地に取りまとめをできる地位の人材がいなかった。

そのため、臨時で現地の指揮を取ることになったが、正直なところ帰れるのなら早く本国に帰りたかった。

『クリル(千島)社会経済発展計画』でインフラが少々整ったとはいえド田舎の辺境であることには変わりがない。

そもそも、臨時の肩書な上、自身の基盤がない土地であるため居心地が悪い。

特に一緒に式典に参加した国営ガス企業の奴らが気に入らない

自分の首相の座を奪った現大統領の息のかかった奴らは

こちらの言うことを全然聞かない。

本社とモスクワには連絡を取っているようだが、こちらの指示に対しては

「本社に聞いてみます」とさらりと流しやがる。

こんなことなら偵察機代わりにまとめて送りだしてやればよかった。

こんな感じで悶々としていると、電話の出し音が部屋に響いた。

トゥルルルルルル・・・

即座に将校が電話に出る

「アロー こちら臨時対策室・・・・あぁ・・・分かった。」ガチャ

「どうした?」

ステパーシンが聞く

「北海道側が非公式に接触を打診してきました。

相手はあの鈴谷と武田議員だそうです。」

ステパーシンはその名前に思い当るところがあった


鈴谷?首相時代にモスクワで何度かあった彼か

そうか、彼も閉じ込められたか。

それに武田。彼は国後の油田開発の際に面識があったな

最悪、ここに閉じ込められた場合、北海道側とのコネを作っておけば

大統領の息のかかった奴らと渡り合う時に有利になるだろう。

なにせ本国は直接干渉はできないからな。

ステパーシンは決めた。クリルでのイニシアチブを確実にするために

動くなら早い方がいい

「よし、会うぞ!すぐさまセッティングを頼む!」


その電話は、異変前は近くて遠い存在だった両者が、生き残りを賭けて歩みだした最初の瞬間だった。





3日後







その日の同庁は、膜発生の初日並みに慌ただしかった。

夜明けとともに膜に変化が現れたのだ。最初は半透明だった膜が、天頂部から徐々に真っ白な膜に代わりだし、

3時間後には空をすっぽり蓋ってしまった。

変化は見た目だけではなかった。電波の送受信も遮断されたため、衛星通信が使用できなくなったのだ。

それに今までは無人機が膜を超えて情報収集に当たっていたが、白い膜に変化してからは

物理的な越境もできなくなっていた。

「政府は何と言ってるの?」

対策本部の会議室で、目の下にクマを作り疲労の色が濃い高木知事が職員に尋ねる。

「米軍のグローバルホークが膜に衝突して墜落しました。海上からも接触してみたそうなのですが、最早通過はできないとのことです。

調査には米軍も協力し、膜への艦砲射撃からトマホークまで使用しましたが、膜に変化は見られなかったとのことです。」

最悪だ。

職員の報告は事態の悪化を告げている。

人が通れないだけならば、まだ遠隔操作で物資を運ぶ手段がった。

だが、変化後の白い膜は物理的に越えられないという。

これでは、物流が完全に止まり、北海道経済いや文明そのものが維持できず破綻する。

「通信障害の方は?」

「白い膜は電波も完全に遮断している模様です。 それよりも膜の変化ですが、膜は海面に達すると変化のスピードを変えました。

現在は40cm/hで海底へ向かい変化中ですが、海底到達後も同じスピードを維持した場合

27日後には青函トンネルも塞がれてしまいます。」

最後の生命線も時間の問題というわけね

膜が無くなるという確証がない以上、もうここは腹をくくるしかないわ

「物資を完全に遮断された場合、北海道経済への影響は?」

「短期では景気の悪化により倒産が増え失業率が悪化します。

長期では、皆さんもご存じの通り北海道経済は第一次産業と第三次産業の割合が大きく

第二次産業・・・とりわけ製造業の規模が小さいです。これにより産業の基幹技術や機械の購入元が失われ

産業技術を体系的に保持していない北海道では産業文明が崩壊します。

ただ幸いなのが国後沖油田のパイプラインは既に稼働していますので、燃料は確保できます。」

淡々と事実を報告する職員

その事実は実に厳しかった。

「今までの農業とサービス業一辺倒だったツケが来たってわけね。」

手で顔を蓋いながら知事が呟く、頭の痛い話だった。

そして、それに追い打ちをするような報告が続く

「特に道外からの観光客が絶たれた為に、観光に関わる産業は壊滅でしょう。大量の失業者は生活保護では賄いきれません

道の財政が破綻し、餓死者も出るでしょう。

それとハイテク関連についてですが、道内にはアンドロイド及びマイクロマシン工場の誘致に成功したため最先端ロボットの技術体系は保持していますが

DRAMや有機ELパネル等については生産設備が一切ありません。他の製造業は規模こそ小さいものの多少は存在していますから規模拡大で対応できますが

こちらは工場そのものが無いため、長期に隔離された場合に高度情報化社会が崩壊し、社会インフラが40年は後退します。」

もはや一刻の猶予もなかった。

対応が後手に回れば、北海道の文明社会が崩壊する。

覚悟を決めた高木は立ち上がり、会議に出席している全職員に宣言した

「施政者たるもの、常に最悪に備えなければなりません。

これより道として、完全隔離後に文明を維持するためにあらゆる手段を講じます。

まずは物資統制と基幹技術体系の取得を行います。

次に、政府に大規模な支援を要請します。

詳細は別途つめますが、この方針で記者会見を行いますので、3時間後にプレスルームにマスコミを集めてください。」

慌ただしかった道庁が更に慌ただしくなった。だが、先ほどまでと違うのが、この慌ただしさが一つの方向性に向かっての動きということだろう。






[29737] 第3話
Name: 石達◆48473f24 ID:a194d791
Date: 2011/09/18 21:20

その日の晩のニュースは全道民にとって一生忘れられないものとなった。

緊急の記者会見が開かれ、その中で知事が内地との行き来が不可能になった事を説明し

約一ヶ月後の完全隔離後に備え、物資統制を開始すること、文明維持のために必要な産業には大規模な支援を行うこと、

道民の道外資産を売却しそれを道内開発へ回す官製ファンドの創出を発表した。

プレスルームは驚愕した記者たちの質問攻めで騒然となった。



その様子を、晩飯を食べながら見ていた拓也と家族はしばし呆然としてしまった。

「・・・マジかよ」

他に言葉が出てこなかった。

あまりに突拍子もない事態に思考が追い付いていかなかった。

そしてそれは、エレナも同じだった。

「あんた?一体どういうこと?」

混乱したエレナは拓也に問いかけてくる。

拓也も全てを飲み込めた訳ではないが、テレビで説明されている事を簡単に説明した。

「もう、北海道から出られなくなったみたいだ。」

非常に言いにくいが、隠すわけにもいかずエレナに告げる

だが、彼女はそんな現実を信じようとはしない。

「まったまた、そんな事があるわけないでしょ? あんたの冗談は面白くないわね」

笑いなが冗談でしょ?と話すエレナ

その情報源がTVでの知事の発表であった以上、ただ事でない事が起きたのはわかるが

北海道から出られないなんて事は、理性ではその発表を理解しても

感情では到底認めることができなかった。

エレナは固い表情を維持する拓也に再度問いただす。

「あんた、いつまでそんな顔してるの? 冗談でしょ? ねぇ! 冗談っていってよ!」

焦る気持ちから大声を上げてしまうが、表情を変えない拓也を見て涙があふれる

そんなエレナに対し、拓也は悲痛な面持ちで話した

「詳しいことはわからんが、ニュースではそう言ってる。」

その報道が誤報であることを願うが、テレビは各地で起きた異変の映像を流している

おそらく、全て事実なのだ

「は?なにそれ!?  じゃ!じゃぁ!もう何があっても帰れないの?

名古屋の家はどうなるの?それに、私のお母さんにも会えないの?」

いったいどうなっているのよと叫び

その場に泣き崩れるエレナ。

今は、その背中を宥めることしかできなかった。

その日より、拓也の新たな人生が始まった。





翌日、ようやく落ち着いた嫁と今後について話し合ってみた。

「とりあえず、もう会社は辞めるしかないな。あとマンションも売却だ。」

当然だった。内地に戻ることができない以上、会社はクビ、マンションも不要になった。

「これからどうするの?」

エレナが心配そうに聞いてくる

その問いに対し、昨晩、寝ずに考え抜いた結論をはなす。

「ぶっちゃけ、サラリーマンはもう飽きたので自営をやりたいんだが・・・ なんかアイデアある?」

もう、どうしようもない。

ならば、新天地で新しい事をしようと心に決めていた。

しかし、拓也から”新しい事”が何がいいか問われたエレナは

何を言ってるんだとばかりに、淡々と返事を返す

「そんないいアイデアがあったら、あんたはサラリーマンしてません」

・・・ですよねー

ため息交じりに答えられた



だが、ここで話が終わってしまってはいけないので

仕切り直しとばかりに拓也が考えていた案を話し始めた。

「とりあえず、隔離されちまうんだから北海道には無い事で稼ぐしかないと思うんだ」

「うん」

「でだ。他の人になくて俺にあるアドバンテージって何だ?」

いきなりの質問に回答に困るエレナ

あんたのアドバンテージなんて、多少親が地元で影響力があるくらいだけじゃないの?

そんな事を考えつつ、会話を続ける

「えー そんなのわかんないわよ。あんた仕事の話しても

『俺の仕事のバレないサボりテクニックは世界一』とかワケわかんない事しか話さなかったじゃない」

拓也は思った。

日頃の態度から、嫁には色々と相互理解が不足しているようだった

一瞬、図星を突かれて言葉に詰まってしまったが、

それでも頑張って話しを戻す

「・・・いやね。そういう事はもう忘れてくれ。話を戻すが、俺のアドバンテージ

それは嫁が外国人であることだと思うんだよ。」

自分がアドバンテージ?

よくわからない事をいう拓也だった

「私が?」

何でまた?と説明を求めるエレナ

「そう、エレナが鍵だ。

そんでだ。地元のメイン産業は何だった?あとコネとかある?」

その質問に、口元に指を当てて地元の事を思い出してみる

「えー。私の地元のバルナウルには、大きな兵器工場とダイヤモンドの加工工場があったくらいよ。あとコネは特にないわ。」

他に何かなかったかなと、うーん唸りながらと考え込むエレナ。



しかし、これについては、拓也は事前に調査済みであった。

拓也は、愛知の機械メーカーで品質保証業務に携わる仕事をしていたが

中小企業の為、いかんせん給料が安かった。

そのため、仕事の合間を見てはネットでいい商売は無いかと日頃から考えていた、

当然、嫁の地元についても何かチャンスは無いかと、ネットの某百科事典で調べたりもしていた。

嫁の地元の兵器工場。

普段だったら、こんなものは手に負えないので論外だった

しかし、膜の発生がすべてを変えた。

おそらく北海道には無く、始めようとするならば

色々と問題がありそうだが、国家を維持するためには無くてはならない存在だろう

それに、自衛隊の89式の製造元は愛知の清州市の会社だったのを思い出した 

こちらも膜の向こうである

ニュースによると南千島も一緒に隔離されてるそうだから

国後でAK作ったら結構いけるんじゃないか?と真剣に考えてみた

向こうも本国と分断されて混乱してるようだし、ドサクサで許可を貰って

あとはハッタリで銀行やら道から融資受ければ・・・

ここまでが、一晩かけて考えた拓也のアイデアであった。



「で、拓也は何か良いアイデアあるの?」

特にアイデアは思いつかないと諦めたエレナは拓也に話を振る。

「あぁ 実は秘策がある」

「秘策?一体何なの?」

自信たっぷりに語る拓也にエレナが尋ねる

「国後で鉄砲を作る!もちろん、エレナにも協力してもらうぞ!」

急に立ち上がって勝手に宣言する拓也にエレナはびっくりした。

「え?私もやるの? 私としては家でゆったりと専業主婦がいいんだけど・・・」

正直、面倒くさい事は御免であった。

だがそれを拓也は許さない

「俺が失業した以上、二人で頑張らないとあなたの趣味のヴィジュアル系グッツ集めに使えるお金はありません。」

彼女にとっては趣味を人質に取られた以上、選択の余地は他になかった

「がんばります。」

その一言を聞いて拓也は思う


嫁が本気モードになりました。

かなり気合が入っているようです。

期待してます。


「それにね」

エレナが言葉を続ける

「あんたは、私が右も左も知らないこの国に来た時から

ずっと手をひっぱて来てくれたじゃない。

今までも色々と馬鹿なこともして失敗もあったけど、

最終的には、全部あんたの言うとおりにしてきて大丈夫だったんだから、これからも信頼してるわ。

わたしは、鉄砲の作り方なんてサッパリわからないし、あなたの考えが理解できないこともあると思う

でもね、わたしはあなたを信じてるから、

あなたが道を示してくれれば、私は全力でお手伝いするわ。」

嫁の意外な言葉にドキドキする。

おそらく、顔も真っ赤だろう

これは、嫁の為にも絶対にやり遂げなけりゃならんな

拓也は決意を新たにするのだった。





「で、とりあえずどうするの?」

まだ顔の赤い拓也に、エレナがもっともなことを聞いてくる。

「あ? あぁ そうだな。とりあえず資金集めだな。名古屋のマンションと車を売ったら1500万くらいにはなると思うので

それを原資に行動します。とりあえず、後で不動産屋等には俺が話しつけるから、エレナは義弟へ連絡を頼む」

「コスチャに?」

弟であるコスチャことコンスタンティン君の名前が出て

何をさせるのかとエレナは不安になる

「あぁ。とりあえず500万渡すから地元の兵器工場勤めの奴から図面・治具図面・工程表・作業手順書を入手してほしい。」

拓也からポンポンとでる書類の名称に困惑しながらエレナは疑問を口にする

「え、でもそんなの普通手に入らないんじゃ・・・」

「その為の500万です。金に困った従業員を探すところから始めたらいいよね」

なんだと?この馬鹿夫は何を言っているのか

「・・・・・・ウチの弟に犯罪をしろと?」

静かに声が震えているエレナさん

やべ・・・これキレてるよ絶対・・・

内心ビクつきながら、拓也はフォローに入る

「いっいや。危ない橋は渡らんでいいよ。手に入る範囲でね。

あと金が余ったらコスチャにあげるって言っといて」

怖い!睨まないで!マジで!

ネトゲでよくコスチャことコンスタンティン君とはよく遊んでるから

奴の性格上、絶対乗ってくるとは思うけど、お姉さんがここまで怒ることまでは考えてなかった。

「危なげだったら止めてもいいから。大丈夫だって。トラストミー」

信じてくれと言う夫に、未だ信じきれないエレナは疑惑の視線を送る

「本当に?」

お嫁様が睨んだまんま追及してくる。

「一昔前のハトポッポ総理よりは信頼度は高い!」

断言してみせるが、怖くてやっぱり目は合わせられない

そこまで言うと、仕方ないわねと落ち着いた様子でエレナが話す

こうなった以上、何かしらの行動を起こさねばならないのなら

諦めて夫である拓也を信用することにした。

「ポッポが誰の事かわからないけど、とりあえず判ったわ。コスチャには伝えとく。」

どうやら、助かったようだ

「でも、銃の工場なんて許可が下りるの?」

ニヤリと笑う

「そこでコネの出番ですよ」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
あとがき


全然、萌えの「も」の字も出てきていませんが
仕様です。

異世界転移という設定なので、その内出す予定です。
たとえば獣人とか獣人とかロリドワーフとか



[29737] 第4話
Name: 石達◆48473f24 ID:a194d791
Date: 2011/09/17 11:07

異変から5日後

在札幌ロシア領事館


その中の特別に用意された一室にニコライ・ステパーシンはいた。

というのも、膜が変異してからというもの本国との衛星回線が使用不能になり

外部との連絡は、まだ使用可能な北海道-本州間の海底ケーブル経由のみとなっていたからだ

択捉にいたのでは、本国との連絡は取れない。その為、札幌にあるロシア領事館に臨時の対策室を移していた。

今日は彼に来客があった。


武田勤と鈴谷宗明。

会談の内容は「完全に本国と切り離された場合」

これについては、答えは決まっていた。

なにせ国後と択捉には合わせて3万しか人口がなく、石油はあるが他の産業は水産加工業と観光業だ

これでは今ある資材が底をついたら中世に戻ってしまう。

北海道と共同歩調を取るより仕方ない。問題はその度合いだ

その事について、三者は協議に入っていた。


「北海道と南千島側の双方が本国より切り離されるのであるから、別個の国家として協力するよりいっそ統一国家になるべきでは?」

武田が言う。

おそらく、最終的にはそれが一番なのでろうが

現状ではそれに同意できない理由があった。

そのため、武田の意見にステパーシンが反論する。

「それでは本国からの独立となってしまい。本国からの支援が受けられない。仮にもし膜が消えすべてが元通りになった場合

私は間違いなく死刑台を登るだろう。」


そうなのだ、仮に最終的に何も起こらなかった場合、本国から分離独立を求める運動をしてると捉えられてしまい

チェチェンと本質的には同じになってしまう。

そうなった時の予想は簡単だ。現大統領が私を殺しに来るだろう。

かつてチェチェンの武装組織に対し「たとえ便所に隠れていても、息の根を止めてやる」と言い放った大統領だ

もしかしたら、ショットガン片手に自ら殺しに来るかもしれない。


「では、非公式の準備委員会を設立し、詳細はそちらで話を詰めるとしようか」

鈴谷が言う。

ステパーシンにとって、現状では表ざたにできない事であった為、これについては同意し、話を続ける。

「そうだな。とりあえずは水面下で協議を進めよう。中央には感づかれてはいけないので

参加者は最小限に留める必要があるが・・・」

ロシア側にとって、これが中央にバレれば即ご破算になるのだ

慎重に事を進める必要があった。


「準備委員会の詳細については後程詰めよう。

しかして、今この場で確認する必要のある事がある。

それは最悪の場合、両者が統合する意思があるかということだ。」

武田が話を進めるが、それに対してステパーシンは笑って答える。

「本国からの干渉が無くなった後、それ以外に道はあるのかね?」

その答えを待ってたかのように武田が満面の笑みでステパーシンの手を握った。

「では決まりだな!これ以後の話は準備委員会でするとしよう。委員長には私がなる。

鈴谷君とステパーシン氏は副委員長でたのむ。当然、私が委員長となる以上、道内の取りまとめは任せてくれ」

かつての政権与党幹事長の経験もある武田が、道内は俺が纏めると息巻いて見せた。

「いいでしょう。では後程、道庁の方に実務者をお送りしますので、詳細はそちらでお願いします」

ステパーシンの返事により、話は纏まった。

今後の方針は決まった。あとは担当が詰めるので自分たちの仕事はここまでだ。

会談が終わると、鈴谷は急ぎ道庁に戻っていった。

統合後について道庁の中で検討を始めるのだろう。

実に精力的に仕事をしている。下野していた時期もあっただけに

日ロ間の交渉に参加できることを非常に喜んでいるのだろう。

一方、鈴谷が帰った後、武田はまだ領事館にいた。


「私事で済まんが、ちょっとあって欲しい人物がいるんだ。」

「あって欲しい人物?」

この状況で日本側から私的に接触してくるとは何事だろうか

それについて、武田が苦笑いを浮かべながら説明する。

「実は、私の選挙区の後援会長の息子なんだが、南千島と北海道を結ぶビジネスについて

是非とも話したいといってるんだよ。

内容はともかく、私の顔を立てる意味でも一度会ってくれないか?」

ステパーシンは理解した。

なるほど、民主主義の宿命というやつだな。

いくら、国政で勢いがあっても地元を蔑にするようなら選挙には勝てない

比例で勝つという手もあるが、小選挙区で勝てるならそれに越したことはない

「いいでしょう。それで何時ですか?」

すまんねと苦笑いを浮かべる武田が言う

「いや、じつは外で待っているんだ」

それほどにまで私に会いたいという人物はどういった人物であろうか

「なるほど・・・ まぁ 会談が予想以上にスムーズに終わったのでスケジュールには余裕がありますから

来てもらえるように言ってもらえますか?」





領事館の廊下



やばい・・・

ドキドキする。

領事館の職員に先導され、建物のなかを移動中

拓也の緊張はMAXとなっていた。


コネは使った。先日、コスチャから作業手順書の一部を入手した。

それに数日かけてステパーシン氏の身辺も調べた。

ハッタリ用には大丈夫だろう。多分・・・

でも、根がチキン野郎なもんだから、VIPと会うとなると緊張する

「あんた。大丈夫なの?」

通訳として連れてきたエレナが心配している。

おそらく青い顔でもしているのであろう。

「大丈夫。大丈夫。こんくらい楽勝だよ?」

無理にでも頑張らないとね。一世一代のハッタリの張時だからね。

そして案内される一室にステパーシン氏が座っていた。

「ようこそ。石津さん。お待ちしておりましたよ。」

にこやかに手を差し出すステパーシンに拓也も握手で返す

「ありがとうございます。ミスターステパーシン。」

「いえいえ、なんでも両島間のビジネスがおありとか。さぁ どうぞ腰かけてください」

ステパーシン氏に勧められソファーに座ると

エレナの通訳を挟み会談が始まった。


「いやー それにしても、今回の騒動は大変ですね。どうですか、あちら側の様子は?」

拓也の問いかけに、ステパーシンは表情を変えずに答える

「こちらとおなじですよ。ですが、北海道側と違い、本国との連絡が遮断されたために

内心は穏やかじゃないですがね。でも、軍が警戒にあたってますので静かなもんですよ。」

「ロシア軍が警備を?」

そういえば、海外では自然災害等が発生すると、よく暴動が起きるとかつてニュースで見た記憶がある

戒厳令でも出しているのだろうか?

「なにがおきるかわかりませんからね」

ただの万が一の備えですよと笑いながらステパーシンは語った。

ステパーシンにとっては既に報道もされている何でもない事だったので

さらりと話していたが、拓也の目の色は変わっていた。

軍の話題が出た。

会談の残り時間には限りがある。本題を切り出そう。

「ところで、ロシア軍の方々は本国と切り離され、補給はどうなっておりますか?」

急に拓也が軍の実情について質問してきたため、ステパーシンの顔色が変わった。

まぁ 軍の問題に切り込んでいったのだから当然か

「詳細は機密につきお教えできませんが、本土と切り離されたということで大体は察してください。」

なかなか頭の痛い問題ですな。と、ステパーシンは苦笑いを浮かべた。


・・・やっぱりな

国後にも択捉にも軍需工場なんてないからな

今ある物資が底をついたら終わりだろう。

拓也がそんな事を考えていると、

話題を変えようとステパーシンの方から切り出してきた。

「それよりも、新しいビジネスの話を伺いたいのですが?」

拓也は内心でニヤリとすると、テーブル上に一枚の資料を差し出した。

「!? これは?」

ステパーシンは驚く。その驚きようをみて拓也は説明を始めた

「AK74の技術資料です。」

そこにはAK74の作業手順書があった。というか数日じゃ図面も何も手に入らなかった。

が、コスチャの頑張りで作業手順書の一部の入手に成功し送ってもらっていた。

「これをどこで入手しましたか?」

さすがに警戒するステパーシン。

まぁ 当然である。自国の兵器の技術資料を他国の人間が持ってきたのだから

「それについては回答できかねますが、これが私共の提案するビジネスです。

単刀直入に申しますと、国後に製造工場を建てる認可を特別にいただきたい。

これによってロシア軍も補給の問題が解決するのでは?もちろん弾薬についても製造を予定してます。」

ステパーシンが予想外の提案をされ一瞬驚きの表情を見せたが、その重要性を理解したのか食いついてきた。

「なるほど、それはこちら側にとっては願ってもないですな。しかし、なぜ国後で?北海道側ではいけないのですかな?」

こちら側に利があるが、いまいち怪しいヤポンスキーの話だと思ってるのだろう。

疑いの視線の中、拓也は答える。

「ご存じのとおり、日本側は厳しい銃規制があり、なによりも北海道は左派の平和運動が盛んな地でしてね。

死の商人の真似事をしたら、即座にデモ隊が会社を潰しにくるでしょう。」

少々誇張されていたが、左派の市民団体に知れたら確実に似たようなことが起きるだろう。

なにせ北海道の"赤い大地"という異名は伊達ではない

「なるほど、それで国後にですか。」

ステパーシンも納得がいったようだ。

「はい。ただし、問題が一つありまして、妻はロシア人ですが、何分ロシアでの商売は初めてで

お国事情には明るくありません。

そこで提案なのですが、これから設立する新会社に相応のポストを用意しますので、

もし、北海道に滞在中のご子息がよろしければ

わが社に来ていただきたいのですが、どうでしょうか?」

ステパーシン氏が目を丸くする

たしかに、一緒にクリルに来た息子共々膜に隔離されてしまったが、

それでもなぜ、息子の事を知っている?

しかも、ポストを用意だと?どこまでこちらの事を知っているんだ?

彼の疑問はもっともだった。

彼の息子もクリルに隔離されている。

そして、いい年をしているのだが、定職についていない。

かつてはロシア国内の大企業にコネで何度か入社しているようだったが長続きしなかった。

そして、それにまつわる詳細な情報は、あるところからエレナが入手してきたのだった。

某世界的SNS

日本と違い、海外では実名登録が主であり

ネットで調べたステパーシン氏の家族を検索してみると、一発で出た。

そして、仕事が長続きしない理由も日記に全部あり、

膜に隔離され択捉から父親と一緒に札幌に移動した事も書いてあった。

なんでも、このステパーシン氏の息子アレクサンドル・ステパーシンは

一言でいうならばオタクであった。

仕事が長続きしない理由も会社でアニメ談義と布教を繰り返していたら

女性社員に白い目で見られ、鬱になり辞めたそうだ。

しかし、頭は良いようで機械工学の博士号をもっているらしい。

それを嫁から聞いた瞬間、拓也は決めた。

彼を取ろう

アニオタ?もう日本じゃ普通だ。普通。

むしろ俺もアニオタ入ってるし大丈夫。

この決断は、ほかにも理由があった。


サハリン2事件。

日本と欧米の石油メジャーがサハリンで開発したガス田

ロシア側は資金は出していなかったが不満があった。

自国の資源開発なのに利益の6%しか入ってこないのだ、そして資源は外資にもっていかれる。

この件に対する対応は実にロシア的であった。

環境問題をちらつかせ開発を中止させると

最終的に国営ガス起業のガスブランが、採掘会社の株式のうち50%+1株を取っていったのだ。

つまり、ロシアで商売するにはロシア人の利益も考えないと痛い目を見るということである。

アレキサンドルを取るメインの理由がこれだった。

ロシア側トップの親族を縁故採用。

まだ、事業がはじまってないので資金の余裕がない拓也らにとってはポストを与えて

将来に期待してもらうしかないというのが実情なのだが・・・

だが、ステパーシンは予想以上に食いついてきた。

「・・・良いでしょう。認可を与えましょう。」

「え?」

更にプレゼンに入ろうとしていた拓也は、予想外の認可の速さに驚いた。

さすがに、縁故採用だけでは弱いと思っていたからだ。


「ですから、認可が欲しいのでしょう? いいでしょう。書面は後日郵送します。

ですが、息子には相応のポストをお願いしますよ。」

にこやかにステパーシン氏は言う。

実をいうと、彼も息子の扱いに困っていた。

30目前なのにいまだブラブラしている。それもヤポンスキーのアニメが原因で・・・

せっかくコネで入れた企業も辞めてしまう始末。

そこにヤポンスキーの会社から息子をくれと言ってきたのだ。

まだ、会社を立ち上げていないというが北海道にもクリルにも軍需工場はない

適切な支援をすれば急成長するだろうという思惑があった。

「「ありがとうございます!」」

拓也はエレナと飛び上がって喜んだ

まさか、ここまでうまくいくとは予想以上だった。

ひとしきり喜ぶと拓也は話を続ける。

「認可を頂きありがとうございます。そして、もう一つお願いがあるのですが」

「なんですか?」

拓也達は、すまなそうな笑顔を浮かべてお願いに入る

「現在、バルナウル市で妻の弟が技術資料を集めているのですが、それに便宜を図っていただけないでしょうか?」

正直なところ、たったあれだけの資金で独自に資料を全部集めるのは難しかった。

「そのくらいなら、別に構わんよ。ただし、こちらもお願いがあるのですが」

「なんでしょうか?」

ステパーシン氏からお願い?こちらからお願いに伺ったのだが、逆にお願いされるとは思ってなかった。

変なお願いされたらいやだなぁ。認可を貰えるといった手前、断るわけにもいかないし・・・

「今、札幌のマンガ喫茶に息子がいるのだが、もう数日帰ってきてない。

新しい仕事を見つけたと伝えて連れ帰ってくれないか?」

何だその程度の事かと二人は申し出を快諾すると、すぐさま領事館を飛び出していった。

目指すは、未だ見ぬロシア人アニオタが棲むマン喫へ

自分たちの目標に向け、彼を社会復帰させるために・・・



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

あとがき

まだ転移まで数章かかりそうです。

それと、色々とご感想ありがとうございます。

あと、主人公の拓也ですが。

正直、何の能力もありません。

金も一般庶民程度です。

それをどうやって、起業させるかが転移前のメインになる予定です。



[29737] 第5話
Name: 石達◆48473f24 ID:a194d791
Date: 2011/09/17 11:56

札幌駅前

某マンガ喫茶

ステパーシン(父)の情報だと、ここにステパーシンJrが居るはず。

拓也とエレナの二人は店の前で作戦会議をしていた。

「何日もマンガ喫茶から帰らないなんて、一体何してるのかしら?」

「おそらく、オンラインRPGか何かやってんじゃないかと思うんだけど、ネット廃人だったら

外に連れ出すので一苦労しそうだなぁ」

「そうなの?」

いまいち想像がつかないエレナに拓也が説明する。

「俺の経験上、一度ネット廃人に足を突っ込むと外に出るのがひじょ~~~に億劫になる。」

経験者は語るというヤツだ。

「経験上? あんた昔そんな事してたの?」

呆れた顔で見つめるエレナ

「仕方なかったんだよ。大学生は無駄に時間があったから」

なが~い溜息と一つ吐くとエレナは仕切り直しとばかりに切り出した。

「つまり、男一人を外に連れ出せばいいんでしょ?それなら私にまかせてよ!」

妙に自信満々なエレナ

ここは一つ彼女に任せてみるべきか

「なんか秘策でもあんの?」

「ふふふ・・・ ヒミツ。」

不敵な笑みを浮かべると、彼女は準備と言って近場のトイレへかけて行った。



5分後・・・


「おまたせ~♪」

そこに立っていたのはバッチリ化粧を決めたエレナだった。

正直、嫁のエレナは美人です。

どれくらい美人かというと、街へ服を買いに出ると

高確率で店員に「モデルさんですか?」とマジ聞きされる(そして俺は高確率で通訳さんですか?と言われて凹む)

そんな典型的白人の美人嫁が、ビジネス用に纏めていたウェーブのかかったブラウンの髪をほどき

化粧を決めてスーツの胸元を広げている。

「・・・やっぱり色仕掛けか」

夫の前で他の男に色仕掛けとかマジ止めてほしい

拓也が不満をもらすと、エレナは余裕の表情で答える。

「男なんて、これでイチコロでしょ?」


なにやら絶対の自信がおありのようだ

その為、エレナは俺が止める間もなく店内に突入していく

「もう、なるようになれ・・・」

既に店内に突入したエレナを見届けると、拓也も諦めて後に続いて行った。



店内に入ると、目的の人物を探すため店員に声をかけようとするが

そんな手間もかからず、目的の人物は見つかった。

『こっこの馬鹿犬~!』

受付までアニメの音声が聞こえる。

その音の発生源には、オープン座席でアニメを見ている外人がいた。

年頃は聞いていた話のとおり、それにしてもマンガ喫茶のオープンシートで

ヘッドホンすら着けず、自分の趣味を貫き通す彼はなんて漢なんだろう

店員も誰も注意しないのは不思議でたまらない

「ヤツね」

あんなチェリー野郎イチコロよと言ってエレナが彼に近寄って行った。

俺は、その様子を離れた場所から観察することにした。

正直、嫁の逆ナンの様子なんて余り見たくない・・・

というか、普通に勧誘するんじゃ駄目なのか?

いまさらになって思うが、すでに彼女は飛び出して言った以上、どうにもならなかった。


おもむろに彼の隣に座り話しかけだすエレナ。

自分に関心を引こうと目の前で足を組んだりと小技を使いつつ

何かを話しかけているが、ステパーシンJrの反応は薄い・・・

一度、彼女の方を振り返って凝視した後、興味を失ったようだ。

それでもめげずに話しかけるエレナ

一行に諦めない彼女に、貴重なアニメタイムを邪魔された彼は

何かをエレナに向かって呟いた。

「・・・・・」


「!!!? なんだとこのフニャチン野郎!◎×■▽!!!」

途端に大激怒して立ち上がり、罵声を浴びせる嫁

!!? 

イッイカン、何を言われたのか知らんが嫁がキレた!

嫁は怒りのレベルに応じて口が悪くなる

"フニャチン野郎"なんて言葉が出てる以上、かなりの激怒だ

急いで止めに入らねばステパーシンJrがヤバい!

とっさに駆け出す拓也

急に激怒しだしたエレナと、イキナリの事で呆然とするステパーシンJrに割って入る

今にも襲い掛からん勢いのエレナを抑え込みつつ

ステパーシンJrに謝罪する

「She is my wife.I'm sorry to have troubled you!」
(彼女は俺の嫁なんだが、ご迷惑をおかけして申し訳ない!)

ロシア語が話せないので咄嗟に英語で割って入ったが

エレナを落ち着かせるのに十数分の時間を要した。


「一体君たちは何なんだ?」

ステパーシンJrが言う。

もっともな質問です。

夫婦で迷惑をかけに来たのか?と言われて、言い返す言葉がなかった。

「おかげで、僕の貴重なアニメタイムに水を差されてしまったよ。」

彼が指差す先のモニターでは、ピンクの髪をした少女が

魔法を使って使い魔を虐待しているシーンだった。

「ツンデレ少女の罵声ならご褒美だけど、それ以外から言われるのは不愉快でしかないよ」

話に常にアニメネタを絡ませる。彼は訓練されたオタだった。

その言葉に、横で拓也に頭を押さえられているエレナが「ぐぬぬ・・・」と歯を食いしばっている

その言葉を聞いた拓也は、ああそれならばと語る

「まぁ こんな嫁ですが、一応ツンデレだと俺は思うよ。

普段のツンが激しいだけに、極たまに発露するデレは、それはそれはレアで良いもんなんだけどね」

何いってんの?このバカは?

エレナが目を向けると、拓也がツンデレの良さについて語り始める

彼も訓練されたオタだった。

拓也の話の振りにステパーシンJrも興味を惹かれたのか

以後、1時間に渡り古今東西のツンデレ談義に花を咲かせるのだった。

つーか、なんで話しかけてきたのか気にしないあたり、彼はに大物だった。





一通り、お互いの趣向に関する話をした後、満足したのか拓也が本題を話し始めた。

「・・・・という事で、君のお父さんに話を付けて君を雇いに来た訳さ」

「は?嫌だよ?」

即答です。まぁ本人の承諾抜きで話を進めてるのは悪いと思ったけどさ

もうちょっと話を聞こうぜ?

拓也は思う

「何か嫌な理由でも?」

せめて理由は知りたい

その拓也の問いかけに、彼はさも当然のように語りだした。

「何を言ってるんだ。君は日本人だろ。日本には素晴らしい格言があるじゃないか

『働いたら負けかな』僕は、日本でこの言葉を知った後、座右の銘にしたよ」

・・・駄目だ。

いろんな意味で終わってる。

これでは、普通に説得してもだめだ。

相手に合わせて説得せねば・・・

「だけど、外に出ないと現実世界のフラグは立たないよ?」

拓也はフラグという言葉で誘ってみるが、彼にはその言葉に対するトラウマがあった

「フラグクラッシャーの僕にはもう必要ないさ。前の会社でも好みの女性社員に

僕の事を知ってもらおうとアプローチをかけたけど、ドン引きされて終わったし」

あぁ これが日記にあったアニメ談義と布教活動の事だな・・・

でも、彼の趣味は2次元限定じゃないみたいだな。

その確信から拓也は勝機を見た。

「・・・ステパーシン君。君はここが何処だか知ってるか?アニメの国だよ?

君が好みのオタ娘を見つけたらヘッドハンティングすると約束します。」

「!! マジか!貧乳娘が希望だけど大丈夫か?!」

異常に興奮して食らいついてきた。

その様子に若干引きながらも拓也は言葉を続ける。

「まかせろ。いいのが見つかったら事務のねーちゃんとして雇うよ」

この約束を聞いて、彼は鼻息を荒くしながら答えた。

「行く!俺行くよ!!」

飛び上がって喜ぶステパーシンJr

「ありがとう。じゃぁ まず、君の父上が帰って来いと伝言を頼まれていたので

とりあえず、ここから出て戻ってくれるかな? 会社の方は、設立後に迎えに行くよ。」

にこやかに握手する拓也とステパーシンJr

彼は即座に会計を済ますと、

出来るだけ早く迎えに来いよと別れの言葉を残して

捕まえたタクシーに飛び乗りロシア領事館へ戻っていった。


「なんか凄い人ね・・・」

どっと疲れた顔でエレナが呟く。

「あぁ・・・ だが、キーパーソンはゲットしたぞ。」

「でも、あんな約束して大丈夫?」

結構大変なことじゃないの?と、不安を口にするエレナ

それに対し、拓也はニヤリと笑いながら説明する。

「ヤツ好みの女の子を雇用することか? 大丈夫。大丈夫。"ヤツが好みのオタ娘を見つけたら"って前提条件だ

見つけるところまでは奴の独力だから、こっちがあわてる必要ないよ。

それに、事務のねーちゃんは会社が大きくなれば、どっち道必要だしね」

「よう考えるわ。あんた」

感心したような呆れたような、どっちつかずの視線を送ってくるエレナだった。





「そういや、キレた時になんて言われたんだ?」

思い出したように聞く拓也

「・・・『アニメに集中できないから消えてくれないか?この駄乳』って言われた」

あー ヤツは貧乳が好きだの言ってたからなぁ。奴にとってEカップは駄乳か

「絶対に許さない・・・」

漆黒のオーラを纏ったエレナが、ステパーシンJrが去って行った方を凝視して呟くのであった。





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あとがき

エレナの描写を希望されたので書いてみました。

基本、怒ると怖いのですが30回に1回くらいはデレが来るそうです。

その内、デレも書いてみたいと思います。(いつになるかは分かりませぬが・・・)




[29737] 第6話
Name: 石達◆48473f24 ID:a194d791
Date: 2011/09/16 00:09
ロシア領事館


兵器工場の認可を求めてきた二人組が去ってしばらくすると、息子のアレクサンドルが戻ってきた。

父であるニコライがいくら言っても戻ってこなかったのに、あの二人組はどんな魔法を使ったのだろうか。

その息子は、帰ってくるなり就職の世話の礼を言い、荷造りをするといってまた出て行ってしまった。

「それにしても、宜しかったのですか?」

窓辺で息子が出ていくのを見ていたステパーシンの後ろから、一人の将校が声をかける。

ウラジーミル・ツィリコ大佐 国後・択捉島に展開する第18機関銃・砲兵師団の師団長だ。

彼もまた、本国との連絡のために領事館に来ていた。

「兵器工場の事か? しかたあるまい。どちらにしろ、クリルの産業構造では全て自前で調達するのは不可能だ。」

「でも、材料はともかく製造まで任せることは無かったのでは?」

ツィリコ大佐がもっともな疑問を口にする。

その疑問に対し、彼は答えた。

「大佐。考えてもみたまえ。今回の異変で我々は外界から隔離された。

しかし、すぐに元に戻るかもしれん。そこのところは誰にもわからんがね。

そのなかで、日本人が我々の補給を引き受けるといってきたのだ。我々の首輪付きでな。

仮に異変がすぐに解消し、全てが無駄に終わっても、大損するのは日本人であり我々には何も損はない。

そして、このまま異変が続いても我々は武器の製造ラインを維持できる。

安全保障上、物資の貯蔵と同じくらい製造ラインを保持し続けることが重要なのは

君も知ってのとおりだろう。

それに、彼らは我々の認可の下で製造を行うのだ。

もし、コントロールが利かなくなった場合、認可を取り消して工場を接収することも可能だ。

まぁ 私としては、息子の勤務先にそんな国営ガス企業みないな真似をする気は無いがね。」

ニヤリと笑うステパーシンに、ツィリコ大佐も納得がいったように笑って応えた。

全てが手の上の事

この時、ふたりはそう信じていた。






異変7日目


北見市


その日、駅前の信金から拓也とエレナの二人が出てきた。

「いやぁー まさか、こんなに早く融資のOKが出るとは思わなかったな」

「本当ね。それにしても、この製造の認可はすごい効き目ね。

まぁ 内地と隔離されて、北海道経済の危機って状況の中、

確実にニーズを独占できる利権を持って融資の相談に来れば

向こう側にとっても渡りに船みたいな感じかしら?」

「だろうね。向こうも途中から店長が出てきたし。

まぁ、それにしても、予想以上の資金が手に入ったな。」

「はぁ・・・ 20億・・・ 持ち逃げしようかしら?」

通帳の数字を見るエレナが恍惚の表情で呟く


このオホーツク海側で最大の信金は、拓也が求めた20億の融資に同意してきた。

拓也としては、最初はダメもとで大目に相談したのだが、まさか通るとは思わなかった。

それには理由があり、エレナの言うとおり内地との隔絶は北海道経済に深刻な影を

広げようとしていた。

道の物資統制により、影響はまだ最小限にとどめられているが、

内地との取引が多かった融資先が、次々に期限の延長を申し込んできた。

貸し付けの多くが焦げ付きそうな中、将来性のありそうな起業目的の融資が光輝いて見えた。

そんな理由と、残り数週間で内地と完全に隔絶されるという異常事態が

ありえない速さでの大型融資になった。


いまだ恍惚の表情を浮かべるエレナを横目に、拓也も良からぬ妄想を始める

「そうだな。20億もあればハーレム作ってウハウハな予感・・・」

「・・・あぁん? な・ん・だ・と?」

横から殺意の波動を送ってくるエレナ

冗談が冗談として通じていなかった

「・・・・・・まっ、まぁ 冗談は置いといて、やっと会社を始める資金が手に入ったし

今朝方、コスチャから図面類も送られてきたから、やっと本格始動できるな。」


そう、今朝方にコスチャから電子化された図面類が送られてきた。

彼曰く、なかなか図面類が手に入らなくて困ってきたところに

一人の黒服の男が家に尋ねてきたそうだ。その男は、電子化された図面類を拓也に送るよう頼むと

他にデータが流出した場合、命の保証はできないと言葉を残して消えたそうだ。

ビビるコスチャの話を聞きながら、拓也は別なことを思った。



ステパーシンのおっさん、超仕事はえー

流石、元ロシア連邦防諜庁長官だわ。しびれるわぁ~



そんなこんなで、送られてきたデータは製品図面はもとより

治具、生産設備の図面やQC工程表、作業手順書など必要な技術資料は網羅していた。


「でも、コスチャに渡した500万は無駄になったわね。結局、手順書しか手に入らなかったし。」

エレナが拓也に話しかけた後、もったいな~いと呟く

「いや、そんなことないぞ。 考えてみろ、すべてのキッカケはコスチャの手に入れた手順書だろ

あのおかげで、起業認可から全資料と20億の融資まで手に入ったんだ。

むしろ、それらすべてを500万で買ったとみるべきだな」

実にお買い得だよと拓也が語るのを、エレナはふ~んと感心したように頷いていた。

「それで、これからどうするの?お金も手に入ったし。」

「用地買収もしたいんだけど、とりあえず、道内で出来ることを全部してからだ。

なんでも、道庁のほうで道外資産を売却して買いあさってる産業機械類を格安でリースする説明会があるそうなんだ」

「もうそんなのが始まってるの?お役所とは思えない行動の速さね。」

「なんでも、知事がその決定を下した後、行動が遅いと散々マスコミに叩かれた政府が本気で後押ししてるらしい。

ニュースでは、内地から中古の工作機械は消えたそうだよ。」

「じゃぁ また札幌ね。せっかく北見に戻ってきたのに、また武ちゃんと離ればなれね。」

エレナは、子供と離れるのが寂しいと話しながらも、

未来へ一歩づつと進もうとする夫の後をついていくのだった。





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あとがき

とりあえず、自分で生産設備を整えないロシア側の理由とか書いてみました。

なんか説明文ばっかりな気がしますけど、違和感ないですかね?


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ついにアレクサンドルことサーシャが一緒に行動を始めました。

ロシア人って愛称で呼ぶ事が多いんですが、アレクサンドル→サーシャって

日本人からしたら分かりにくいですよね?

でも、サーシャで行きます。

なぜかというと、アレクサンドルっていちいち言うのがクドイ気がするので・・・

ちなみに、エレナのロシア的愛称はレナとなるのですが

話のしょっぱなから説明を入れるのが面倒だったので端折りました。
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↑やっぱり修正します。
サーシャの出番はもうちょっと後にずらします。


あと、2~3話で転移の予感・・・

それと、この投稿のついでに
題名の表記を第○章から第○話に変えました。
なんか気になったもので・・・



[29737] 第7話
Name: 石達◆48473f24 ID:a194d791
Date: 2011/09/18 21:18
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まえがき

6話のケツを修正しました。
やっぱ、アレクサンドルとはまだ合流させません
本当は次の話で新キャラ貧乳中華娘を出そうかと思ったのですが
本気で妄想ノート化しそうな気がしたんで、新キャラの登場予定共々消えてもらいました。
あと、描写が雑という意見もあるんで、週末あたりに今までの話も少々修正しようかと思います。
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異変11日目


札幌 

札幌流通総合会館



この日、拓也とエレナは、道庁が中心となり設立した道外売却資産運用ファンドの企業向け説明会に来ていた。

この説明会は、ファンドが道内の産業振興のために内地で買いあさった工作機械のリースに関する説明が主だったのだが

全道より工作機械を求めてやってきた企業はもとより、その集まった企業に対する自社製品の売り込み目当ての

企業も集まるという北海道史上空前の大商談会場となっていた。

本来は商談会ではないのだが、ちゃっかりブースを構える企業がでて、会場の運営側がそれを黙認すると

他の企業もそれに続き、今では会場外にまで企業ブースが立っている。

そんな熱気の中、格安でリースされる機械類は、すぐに予約済みとなって会場から消えて行くのだが

道も政府も本気になって全国から買いあさった機材を次々と運び込むため

3日目を迎えても熱気は一向に覚める気配はなかった。

そんな、熱気あふれる会場内に拓也達はいた。

「これで、だいたい揃ったかな。プレス機、横旋盤、NC加工機にマシニングセンタまでリースできたよ。」

満足げな顔でエレナに話しかけると、

エレナは逆に心配そうな顔で言った。

「そんなに借りて大丈夫なの?あとで、借りすぎたからお金が無くなったとか嫌よ?」

「それが、このリース契約は最初の5年は無償で、その後もリース費用はそれほど高くないんだよ。

ちなみに希望すれば、格安で買い取れるって説明会の資料にもあるよ。」

心配すんなとエレナに語る拓也

その嬉しそうな顔を見て、エレナも多少は安心したようだった。

「それでこれからどうするの?」

エレナが次の予定について聞いてくる

「こんだけ沢山の企業が集まってるんだから、製品を製造するのに必要な外注企業を探したいんだ」

「さっきの機械だけじゃ駄目なの?」

そもそも、エレナは元ナースで現在は専業主婦であり、製造業にかんしては予備知識も何もなかった。

この事に関しては帰ったら一から教える必要があるなぁと思いつつも拓也が説明を始める。

「さっき買った機械は金属加工用だけだよ。たとえばウチの製品一つ作るにしても

まず規格の素材を調達し、部品加工後は表面処理、それにグリップには樹脂が使われてるし

銃弾に至っては火薬も調達しなければならない。それらを組み立てるには専用の機械を用意しなければならないよね」

説明する拓也は、理解してるのかは疑問だが相槌をうつエレナ相手にさらに説明を続けた。

「その中で、ウチがやるのは金属部品加工と組み立てだ。あとは他の会社から買う予定だよ。

たとえば、樹脂については釧路の新興樹脂メーカーを見つけたんで、さっき名刺交換して会社案内を貰ったし

火薬については美唄にある北海道帝国油脂って会社が自衛隊用にガンパウダーを作ってるって話なので

後日伺うアポを取ったよ。なんでも、このメーカーは前までは産業用爆薬とかだけだったんだけど

最近になって雷管とかガンパウダーも作り始めたんだって。

正直なところ、あんまり詳細を詰めずに事を始めたもんだから

この会社がなかったら、危なかったよ。」

はっはっはと笑う拓也を尻目に、エレナは怒りの声を上げた

「こんの馬鹿!!笑い事じゃないでしょ!?もし、この会社が作ってなかったらどうするつもりだったの?

だからあんたには、もうちょっとよく考えてから行動しろって結婚する前から言ってるでしょ!」

あまりの迫力にビビる拓也。


ヤバい、地雷を踏んだ!

というか、大まかなガイドラインは初日に一晩で決めたが

後はその場その場で考えてるなんてバレたら、本気で殺されるかもしれん


そんな事を考えながらビビる拓也に大激怒しているエレナ

その恐ろしさに周囲からも注目され始めている。

「ま、まぁ、結果オーライって事でさ。他の人も見てるし抑えて抑えて・・・」

いまだ唸り声をあげてるエレナも周囲に注目されては

これ以上、怒ることもできず、次の質問を拓也に投げかけた。

「まぁ このことについてはもういいわ。

あともう一つ質問なんだけど、組み立てには専用の機械がいるって言ってたけど、

それは調達して無いわよね? どうするつもりなの?」

エレナの圧力から解放された拓也は

助かったとばかりに溜息を一つ吹いた後に答えた

「AKについては手作業で組み立てで問題ないんだよ。ロシアの工場でも途上国の町工場でもそうだし

それより弾薬の製造用に必要なんだ。あれは、量を作ってナンボだからね。

幸いにしてラインの図面はあるので、それの小規模版を産業機械の製作会社に発注する」

「特注品ってわけね」

そういうことなのねと納得したエレナに言葉を続ける。

「他の汎用機械類についてはここでリースできたけど、これは受注生産になるからね

多分、設備投資の中で一番高くなる。ちょっと価格面で心配だわ」

製造業の新規起業って大変だなぁと思いつつ、拓也は次々に出るエレナの質問に答えていった。




同日

同会場内


多くの企業人でごった返す会場内を

高木はるか知事が秘書と視察に来ていた。

北海道だけでも経済が成り立つように、道が全力で取り組んでいる事業だっただけに

その成り行きが気になっていた。

「随分と企業が集まっているわね。リース目的じゃない企業までブースを開いてるし」

周りの盛況ぶりに気を取られながら、後ろに続く秘書に声をかける。

「そうですね。第二次産業が弱かった北海道が、これで大幅に製造業を増強できます。

もし、仮に膜が消え去った時に、これならば内地と製造業で張り合えるかもしれませんね」

秘書もその熱気に半ば飲まれたように言葉を返す。

「でも、工作機械の導入で中小企業は発展するでしょうけど、・・・・問題は技術力ね」

難しい顔をして知事が語る

「技術力のある大企業に対し、政府を通じて道内の子会社に技術情報を集積するようにしてもらったけど

道内に拠点のない産業界から技術を引き出すのは流石に難しいわ。

無理に技術の開示を求めても、膜が元に戻った時は自社技術が漏洩してしまうので絶対に拒否するし

残る手段は、M&Aで強制的に技術を奪うしかなくなるわ。

それに奪ったとしても産業拠点を一から作らなければならないので時間も必要になるし・・・

物資統制はまだまだ続きそうね。」

高木知事が言っているのは北海道にないDRAM等の工場の事だ

北海道には半導体メーカーもあるにはあるが

DRAM等のメーカー工場は存在していなかった。

そこで、内地のメーカーに技術援助を要求したが、援助を行った後、仮に北海道が戻ってくることがあった場合

自社技術が大々的に漏洩している事態になるので、全て断られた。

次に行われたのが、海外メーカーに対するM&Aだった。

性能は世界の先端からは劣っても、ほどほどの物が作れれば良かったので

事業規模が小さく買いたたくことができたメーカーから、技術は劣るものの製造に関するすべての技術を奪うことに成功した。

だが、技術があっても生産ラインがなければ何もならない。

既に道内に官製工場の用地選定を急がせているが、物が出来上がってくるのは数年後だろう。

それまでは、PC等の機器は新たに製造できなくなる。

在庫でどうにかするしかないのだ。

そんな暗い話題について秘書と話していると、会場の一角から大きな叫び声が聞こえた。

『こんの馬鹿!!笑い事じゃないでしょ!?』

なにやら、二人の男女が喧嘩をしているようだ(まぁ喧嘩と言っても男の方が一方的に怒られているだけのようだが)

その二人の手には、色々な企業の会社案内などが握られいるのが見えた。

結構若い人にも見えるけど、起業するのかしら?ちょっと興味が湧いたわ

ベンチャー企業にエールを送りましょうか。

そう決めた知事は、二人の下に人の波をかき分けて近づいて行った。

これが、高木知事との拓也達の最初の出会いとなるのだった。



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あとがき

ん~
やっぱり、色々と描写が不足してますよね。
書きたいことも有るのですが、先へ先へと進みたい気持ちから
雑になっているようです。
笑いを狙って滑ったり、テンポが悪かったりしてるので
週末あたりに、いままで書いた分を修正しようかと思います。

あぁ 文才が欲しいなぁ





[29737] 第8話
Name: 石達◆48473f24 ID:a194d791
Date: 2011/09/17 18:12
「…というように、製造業では工作機械の他にも検査道具も一式そろえなければならないんだよ

某重工系の軍需やってるところは、だいたい蜜豊社製で揃えてるから、ウチもそうしようと思う」

エレナへの講義はいまだ続いていた。

今話している内容は、『品質保証と計測器について』

正直なところ、エレナが理解しているかは二の次で拓也の自己満足に近かった。

明らかに(もういい加減にしてよ)という表情をエレナは浮かべているが

拓也は止まらない。

そして、拓也がヒートアップしてきたところで

不意に視界の外から声をかけられた。

「あなた達、ちょっといいかしら?」

その声に拓也が振り向くと、落ち着いた雰囲気の女性と、そのお供と思われる男性が立っていた。

ん?どこかで見たことがある気がする。

というか、最近は、ほぼ毎日テレビで見てるよ。

「も、もしかして高木知事ですか?」

その女性は、ええそうよと答えると、にっこり微笑んできた。

「あなた達、お若いのに積極的に動き回っているようね。ベンチャー企業の方?」

なぜかは知らないが、知事がこちらに興味をもって声をかけてきてくれた。

道のトップに名前を知ってもらって損は無いなと思った拓也はにこやかに返す。

「ええ!これから新しく工場を作ろうと思いまして、本日はその機械の調達と商談をしに来ました。

それと申し遅れました。私、石津拓也と申します。こちらは妻のエレナです。」

拓也の紹介にエレナもどうもと会釈する。

それを見て、知事も気づいたようだ。

「あら、お嫁さんは外国の方?」

その問いかけに、エレナも緊張気味に返す

「はい、ロシアから来ました。」

それに続いて

「二人で日本とロシアの間に立ったビジネスをと思いましてね」

と拓也が付け加える。

知事も意外だったようだ。

少々の驚きの表情をみせると質問を続けてくる

「今回の騒動で、南千島と北海道が一緒に隔離されてしまったけど

あなた達みたいなのが間を取り持ってくれると、両地域にとっても好ましい事ね。

ところで、何の商売を始めるのかしら?差支えがなければ教えて下さる?」

それに対し、拓也が笑顔を崩さずに平然と答えた。

「銃火器の製造です。」

・・・

一瞬、空気が凍った。


知事にしてみても、まさか銃を作るなど予想の遥かに上だったのだろう

平然を装いながらも、どこかぎこちなく見えた。

「じゅっ銃ですか? でも、許認可の類はどうしたんですか?

誰でも作れるようなものではないと思いますが」

その質問に対して得意げな表情で拓也は答える。

「既にロシア側の許可は頂いております。製造工場も国後ですし」

知事の表情が曇っていく、道が集めた機材を使いロシアの武器を製造するというのだ

この男は一体何を考えているのだろうか?疑惑の視線が拓也に突き刺さる

「あなたの事業はロシア側に一方的に利益を与えているように見えるわね。

自衛隊の補給も先が見えない中で、こんなことが許されると思うの?

この場で、私がリースの取り消しを命じたらどうなるかしら?」


もし、本当に売国奴なら・・・ この青年には報いを受けてもらおう


しかし、その言葉を予想してたかのように拓也は話す。

「えぇ。確かに今はロシア向けの製造のみなのですね

私どもはロシアの兵器メーカーから各種の図面から技術資料まで入手しておりますので

資金と設備の支援があれば大抵のロシア製小火器は製造できるでしょう。

それと、知事。ご存知ですか?

ロシアは東側規格の武器を世界に売っていると思われますが

実は、NATO規格の弾薬も輸出しているのですよ。

当然、私どもの入手した資料の中にもそれはありました。

自衛隊の89式小銃は確か、NATO規格の互換性がありましたね。

まぁ あくまで仮定の話ですが、将来的に道内でも許認可がいただけるのであれば

道の安全保障にとって有益だと思いますよ。」

満面の笑顔で語る拓也に対し

高木知事は、まだ納得がいかないような表情で次の疑問をぶつけた

「しかし、なぜ武器なのです? もっと平和的なビジネスもあったはずでしょ?」

もっともな疑問であったが、拓也にとってみれば取るに足らない疑問でもあった。

「例え、自分たちがやらなくても他の人がやることです。

それに、内地と分断された今、北海道にない産業に参入するのはチャンスなんですよ。

無論、許認可等の利権の関係上、困難もありますが。

向こう側は、私たちを自分たちの許認可の下でコントロールできると思っているでしょうが

サプライチェーンは道の影響下にあります。

つまり、道と南千島の有効が保たれている間でしか私たちのビジネスは機能しません

いいかえると、向こう側の弾薬補給は、北海道と友好関係を結んでる状況に限り維持できるという事です。

そして、この二つの地域がそれぞれ別々に独立を保つってのは並々ならぬものがあると思うんです。

北海道は南千島の石油が、向こうはこちらの物資が必要ですし、いずれ二つの地域は統合するんじゃないかと読んでいます。

そうなれば、私たちは安泰ですね。」

高木知事は驚いた。

目の前の青年は、殺人兵器を作り出すことによって平和を演出しようとしているのだ

まぁ 建前か本音かは別としてもだ。

彼の話を聞く限りは、別に彼らがやらなくても同じ状況は作れそうな気がしたが

すでに向こう側の許可を受けているという。

そうなれば、製造元を一本化した方が監視も容易だろう。

そう考えをまとめた後、高木知事は満足げに

「なかなかいい話が聞けたわ。実に興味深かった。また機会があればお話ししましょう。

私は、この後のスケジュールが詰まっているので行かなければならなけど、がんばってねお二人さん。」

と二人にエールを送ってその場を離れていった。






道庁への帰り道



秘書の運転する車内で、窓の外に広がる会場を眺めつつ、知事は呟いた

「なかなか面白い人達と出会えたわね。」

その言葉に、ルームミラーで知事の様子を確認しながら秘書が返す

「銃を製造しようという二人組ですか?」

フフ・・と笑いながら知事が答える。

「私の予想だけどね。 彼、この二つの地域をつなぐキーパーソンに成長する気がするわ」

そう秘書に告げ、微笑を浮かべる知事を乗せた車は道庁へ戻っていくのだった。



***************************************
あとがき

ちょっと短めでしたが

高木知事との邂逅話です。


なかなか転移できません。

あと、皆さんに質問ですが

どういったタイプの獣娘がタイプですか?



[29737] 第9話
Name: 石達◆48473f24 ID:a194d791
Date: 2011/09/17 18:12
異変15日目


道内某所 スーパーにて




異変後、道内では物資統制が始まり、生活必需品に関しては完全な配給制になっていた。

しかし、一見するとスーパー等の商店への客の量はあまり変わっていない。

そんな中、一人の初老の婦人が買い物に来ていた。


はぁ・・・ スーパーがそのまま配給品の交換所になったから見た目には変化はあまりないけど

物価はすごい事になっているわね。


道内で自給できる食品は配給制だったが、再入荷の見込みの無い食品は早々に統制をやめた

生鮮食品の場合は腐るのですぐに無くなるし、何より果物が少々無くなっても

命にかかわるというものではない。


彼女が値札を見る

みかんやパイナップルの缶詰が恐ろしい価格になっていた。

すでに定価の10倍を超えていた。

生のバナナなどは既に姿を消し幻の食品となっている

温暖な地域の果物は北海道では取れない為

在庫が無くなれなそれまでだった。

そんな事を考えながら、店内を回っていると

前方から見知った女性がやってきた

「あら、奥さん。こんにちわ。

奥さんも配給を受けに来たの?

それにしても大変よね。さっき鮮魚コーナーを見てきたけど

沿岸の魚ばっかりで外洋の魚がさっぱり無かったわ。

配給券では、冷凍マグロとかは対象外だし・・・」

まったく!嫌になっちゃうわねとその女性が自分に語ってくる。

そうか、お魚も種類が減っちゃったのね

がっくりしながら老婦人は話を続ける

「でもそうなると、お肉はどうかしら?

北海道には牧場もいっぱい有るし・・・」

その疑問に対し、目の前の女性は手を横に振りながら答える。

「お肉のコーナーも見たんだけど、確かに一通りはあるんだけど

一パックごとの量が少ないわ。まぁ アメリカ牛もオーストラリア牛も

入ってこないんじゃ、道民全てに行渡らせるには量を削るしかないそうよ。

店員さんもそう言ってたもの」

「じゃぁ 一体、何を食べればいいのかしら?」

老婦人が不満を口にする

「じゃがいも、たまねぎなんかは大量に配給されてるわね

あと、大豆も大量に配ってたわ。」

女性が、先ほどゲットしてきた食品を見ながら言う

「なんでも、道内産の農産物が出荷できないんで大量に余っているそうよ

しばらくは豆腐ハンバーグでも作って乗り切るしかないわね」

笑って話す女性に老婦人も笑って答えるしかなかった。

なんたって非常事態である。

困っているのは自分だけじゃない。

そんな状況下では、日本人の忍耐力は強かった。

「それはそうと、お宅の息子さん達って帰省中でしょ?

こんな事になって、北海道に閉じ込められちゃったらどうするの?」

女性が疑問をぶつけてくる。

老婦人の子供たちが夏の帰省シーズンに帰ってきたことは

この前会った時に聞いていたが、その後どうなったかは聞いていなかった。

それについて老婦人が語る。

「この間、役所から調査が来てね。家族構成から職業、仕事の内容まで根掘り葉掘り聞いた後に

冊子を置いて行ったわ。

なんでも、道内に取り残されれ帰省中の人や観光客を集めて保護してるらしいの。

閑古鳥が鳴いている道内の観光地の宿泊施設を住居として一時的に開放するらしいわ

業界ごとに地域を分けて保護してるんですって。

それを聞いて、息子たちも新しい職が見つかるかもしれないと出て行ってしまったわ」

それを聞いた女性は、昼間に見たワイドショーを思い出した。

番組内では、道が道内の技術者を強制的に移住させていると言っていた。

それが嘘かホントかわからないがテレビのいう事に疑問は持たなかった。

何より、目の前の老婦人の子供たちが其処に引っ越していったそうである。

テレビの言葉を借り、強制移住であると決めつけた女性は、

非常時に強権を発動する道が悪者であるというイメージのまま話をする。

「息子さん、騙されているんじゃないの?

そもそも、食糧の不足も道が機械の輸送だか何だか知らないけれど

汽車の輸送を独占してるのが悪いのよ。

機械だの戦略物資?だの送る余裕があるなら、市民生活を守るために食料品を送るべきだわ」

不満を口にする女性に

そうなの?と疑問を口にする老婦人だが、次第に彼女に感化されていった。

その老婦人も息子たちと一緒に孫まで出ていってしまった事に

少なからず不満があったからだ。



このような風景が道内各所で見られた

異変前と変わらず、無責任なマスコミ

それに続く物資の欠乏と、先の見えない不安感は

道民の忍耐でなんとか抑えられていた。

しかして、不満はゆっくりと、そして確実に溜まっていくのだった。



[29737] 第10話
Name: 石達◆48473f24 ID:a194d791
Date: 2011/09/18 00:15
異変20日目




国後島 ユジノクリリスク



ロシア人が来る前は、古釜布と呼ばれた場所。

眼前に広がる海、その中へちょこんと飛び出すかのような半島に、その町はあった。

そんな町で、一台の車が港から高台へ向かって走っていた。

その車内には、拓也達と案内人の男の3人が乗っている。

後部座席から拓也が案内人の男に声をかける。

「いやぁ~ すいませんね。工場用地の斡旋までしてもらっちゃって。

それにしても、ステパーシン氏には後でお礼を言っとかなきゃダメですね。」

ホント、助かるなぁ

とエレナと笑顔で語る拓也。

彼らは、ほんの一時間前までは独力で用地を探そうと考えていた。

地図は見たが初めてくる土地である。

そんな所で工業用地なんて安くない買い物をしようというのだ

彼らは好物件を探そうと気合を入れ上陸した。


そんな彼らを待っていたのは、ステパーシン氏から拓也達の案内を頼まれたという男だった。

彼は、名前をエドワルド・コンドラチェンコと名乗ると

既に島内で好物件を何件か見繕っており、それを紹介してくれるといって二人を車に押し込んだ。

そして、島内を案内しながら2件ほど物件を回り、最後の物件へと向かおうとしているところで

エレナが指をさして拓也に言う

「見てよ拓也。あっちの埠頭のすぐそばに新しい工場を作ってるわよ。

なんだか凄い大きな機械を搬入してるし。

私たちも港のそばの方が便利なんじゃないの?」

その疑問に対し、エドワルドが横から説明する。

「あぁ あれは、国営のガスブランの工場ですね。

資金に物を言わせて立派な工場を建ててますが、当初は油田の修理部品を作るって話でしたね。

それと、あの立地は本来は港の倉庫を建てる予定だったのを、奴らが中央に話をつけて強引に取得したとか

まぁ 一般の人には真似できませんね。

でも、異変のせいで、機械積んだ船が入港できなくなってしまって建物が浮いてしまったって噂ですよ」

「ふーん。でも、何か搬入してるみたいだね?」

彼の話では搬入する予定の機械が手に入らなかったというのだが

実際は目の前で何かを搬入している。

その疑問を拓也は口にしてみたが

「さぁ? あの連中が何を運んでるのか自分にはわかりませんよ」

案内人にも分からないと言われれば、これ以上知りようがない

それに、たいして自分たちに関わりがなさそうな話だったので

この話は終わりと話題を変え、次の物件へ向かった。


最後の物件は、町の外れにある工場跡地だった。

工場が閉じてからさほど時間は経っていないらしく

少々の修理をすれば使えそうだった。

「ここは、以前は何だったの?」

中々よさげな物件をみて、エレナが詳細を訪ねる。

「資料によると、以前は水産加工場だったようです。

しかし、事業者が投機に手を出した結果、手放したと書いてあります。

ちなみに、建物の裏に小さな桟橋があって、小舟程度なら繋留できるそうです」

桟橋?そんなものまであるのか

拓也がワクワクしながら裏へ回ると、そこには小さな桟橋と倉庫があった。

倉庫のカギは壊れているようで、中を開けてみると台車に乗った小さなモーターボートがあった。

「これも付いてくるの?」

拓也の質問にエドワルドが資料を読み返しながら説明する。

「えー 敷地内の全ての物の所有権付で売りに出されてますから、これらも付いてきますね。」

正直なところ、船舶の免許は持っていなかったが

思わぬオプション付きの物件に拓也は心ひかれた。


まぁ 建物については他の物件も大差なかったからであるが


「エドワルドさん。ここに決めました。即決です。」

拓也が購入することを伝えると、普段は相談なしに物事を決める拓也に対し

しょっちゅう怒っていたエレナも同意して頷く。

彼女も気に入ってくれたようだ。

もっとも、彼女は

桟橋があるなんて素敵ね。今度、子供を連れて三人でクルーズでもしたいわね

とビジネス以外の事を想像して呟いていた。

そんな彼らを満足げに見たエドワルドは

では、契約に関することは不動産屋の事務所でしましょうと

車に乗り込んでいった。

その彼に続いて車に乗り込もうとする二人だが、

乗り込む直前、エレナが何かに気付いた

「ねぇ。さっきから、あの人たち私たちの事監視してない?」

エレナが指差すと300mほど離れた所に一台の車が止まっており

その周囲で2人組の男たちがこちらを向いているのが見えた。

しかし、距離が離れているため、ハッキリと確認できない。

拓也は気のせいだよとエレナに言い聞かせて、エレナを車に押し込んだ。

その後の展開は早かった。

既にステパーシン氏の手回しで契約書類などがすべて揃っていたため

必要書類にサインし、小切手で支払いを済ませた。

全ての手続きがおわり、ホテルにチェックインして今日はもう休むと二人は決めた。

「これで、拠点が手に入ったわね。」

ホテルの部屋で、窓辺に腰かけながらエレナが満足そうに言った。

「そうだね。あとは機材を運ぶだけだから、道庁と運送屋に連絡するだけさ。

これで機材が到着するまで、少しだけの休暇というわけさ。」

本来は工員の採用から、社則の制定など、やることは色々あるのだが

拓也はあえて考えないようにした。

何せ、異変の開始から今日にいたるまで精力的に道内を飛び回り、果てには国後島まで来ていた。

少しばかりの休息が必要だった。

「でも、こんなに自然が綺麗なところなら、武ちゃんも連れてこれば良かったわね。」

実家に預けてきた子供を思いエレナが寂しそうな顔をする。

「全部の準備が整えば、いつでも来れるよ」

拓也はエレナの肩に手を置き、優しく言葉をかけた。



そんな二人を窓の外から見つめる影がある。

しばらくすると、新たな影がやってきて、もう一方の影が離れていく

だが、正確に言えば、その影を見つめるもう一つの影があった。

エドワルドである。

エドワルドは離れていった影を尾行した

尾行されているとも知らず、その影は一つの建物に入っていく

「やはり、奴らか・・・」

影が入っていった建物は、昼間に拓也達に説明した真新しい工場だった。

拓也達に島内を案内してる途中、エレナが不審に思うずっと前から

エドワルドは尾行に気付いていた。

そもそも、なぜ彼がこんな事をしてるかというと


それは数日前に遡る。


札幌

ロシア領事館


この日、彼はツィリコ大佐に呼ばれていた。

出頭に応じ、案内された一室に入ると

そこには、ステパーシン南クリル臨時代表とツィリコ大佐が立っていた。

「やぁ よく来たね。コンドラチェンコ大尉。

どうだね?君も一杯飲むかね?」

ステパーシンがウォッカのグラスを片手に声をかけてくる。

それを丁重に断りつつ、敬礼を返すと

続いてツィリコ大佐が今回の呼び出しの説明を始めた。

「忙しいところすまんな大尉。

今日呼び出したのは、君にある人物の護衛をしてもらいたい。」

「護衛・・・ですか?」

エドワルドが聞き返す。

「あぁ それも、護衛対象には秘密でだ。

護衛対象は石津拓也という日本人と、彼の妻のエレナ。ちなみに彼女はロシア人だ」

そういって、大佐は二人の写真をエドワルドに見せた。

この二人か・・・ しかし、この二人は一体何者だ?

その疑問を大佐に言うと、その答えはステパーシンから返ってきた。

「彼らは、国後に我々の補給を担う武器工場を作ろうとしている。

君の任務は、私から工場用地の紹介を依頼された案内人として彼らに接触し

彼らに感づかれないように護衛してくれ」

エドワルドは、彼らが何者かは分かったが次の疑問が湧いてくる

「しかし、彼らは一体何から狙われているんですか?それに護衛していることを隠す意味は?」

護衛をする以上、必要な情報は多い方がいい。彼の疑問の内容はもっともだった。

「単刀直入に言おう。

ガスブランの奴らが不穏な動きをしている。

つい先日、奴らもまた武器製造の許可を求めてきた。だが、すでに彼らにも許可を与えていることを知ると

強硬に認可の取り消しを要求してきたよ。なぜだかわかるかね?」

その質問にエドワルドは率直に答えた。

「武器生産を独占する為ですか?」

その答えを聞いて、フフンと鼻で笑うとステパーシンは続けていった。

「半分は当たりだ。だが奴らにはもう一つ思惑がある。

奴らは武器の生産を独占することで軍との関係を強化し、十分な手回しの後に私を失脚させる腹積もりだ。」

エドワルドは驚いた。

一介の国営企業がそこまでやるのか

それに何の証拠があって臨時代表はそう断言できたのか。

その表情を見て、今度はツィリコ大佐が説明をする。

「実はな、私の所に一部の士官からタレこみがあった。

ガスブランの幹部の一人が内密に接触してきたそうだ。

賄賂と一緒にその計画を語ったそうだ。

その計画では、臨時代表はもとより、軍内部でも中央の息のかかってないものを一掃しようというものだったそうだ

その後、士官は、贈賄を受け取って承諾の返事をしたそうだが

奴らの思惑が外れたのは、その士官がそのままこっちへ報告に来たことだな。」

その話を聞き、難しい顔を崩さずにエドワルドは質問を続ける

「しかし、彼らはなぜ其処までしようとするのでしょうか

派閥は違えども同じロシア人同士じゃないですか」

それを聞いたステパーシンは、愉快な話をするかのように笑って答えた。

「なに、それは簡単なことだ。

異変前、奴らは大統領の後ろ盾を得て、さもシベリアの支配者のようにふるまってきた。

それが膜に隔離されるや否や、大統領の息のかかっていない者が首班となり

今までのような強権が使えなくなった。

奴らは、それがたまらなく気に入らないのだよ。」

難儀な奴らだと呟きながらステパーシンは持っていたグラスを空けた。

そのグラスを置くと、ステパーシンは本当に救いようがないなと呟き

改めてエドワルドに護衛を命じるのであった。

そうして全ての説明が終わった時、彼はとんでもない騒動に巻き込まれたことを悟った。

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あとがき


ストーリーが中々転移に向かいません。
前にあと2~3話で転移といましたが
更にここから2~3話かかりそうです。


いやだって・・・
やっぱり、業界に参入してくるのが拓也達だけじゃおかしいかなと思ったんですよ
そしたら頭の中にストーリーが出来ちゃって、書かにゃならぬと思っちゃったんですよ

国後編が終わったら、次こそは絶対に転移編やります。



[29737] 第11話
Name: 石達◆48473f24 ID:a194d791
Date: 2011/09/21 08:09

異変21日目



拓也は、その日の朝から取得した工場に来ていた。

その工場は、傍目にはまだ十分使えそうだったが

所々、窓ガラスが割れていたり、床に結構な雨漏りの跡もあったりした。

そんなわけで、現地の工務店に修理を依頼し、現在は見積の為の調査中だった。

「この程度なら、工期は5日程度ですね。」

工務店の社員が言う。

まぁ そんなもんか

素人目には大がかりな修理は要らないかなと思ってはいたが

工務店に見てもらったところ、窓ガラスの交換と屋根の補修だけで大丈夫なようだった。

「これなら、補修している横で機材の搬入を行っても大丈夫ですかね?」

拓也が質問に工務店の社員は、にこやかに答えた。

「大丈夫ですよ。

それにしても、この島で何を始める気なんですか?

この前も、ガスブランの方が工場建ててましたけども

やっぱり石油関係ですか?」

「いや、石油じゃないんですけどね。

ちょっとした機械類ですよ。」

拓也ははぐらかして答える。

何せ兵器工場だ。

正式に稼働するまでは余りベラベラと関係者以外に喋るべきではない

「へぇ~・・・ で、何時ごろ搬入されるんです?」

「既に機械類は北海道で出荷準備は終わってるので、

連絡を入れれば、3日で搬入できますね。

工場の補修の方も並行作業で大丈夫だそうなので、これから連絡しようかと思います。」

拓也がそう教えると、工務店の社員は

3日後ですか・・・と呟きながら頷き、見積は後程お送りしますと挨拶をして帰って行った。

それを見送った拓也にエレナが後ろから呟く

「で、これから搬入を運送屋さんにお願いするとして、その後は?」

「そうだね~ まぁ 社則や品質マニュアルといった決まり事を作りつつ、人を雇う準備をしよう。

俺は、決まり事を作るから、エレナは島の職業安定所で求人を出してきてくれ。」

「わかったわ!で、何人くらい集めてくればいいの?」

「まぁ 最初は工場作るから面接やるよって感じで告知だけしてきてよ

設備が全部来た後で面接やって、それで必要数だけ採用するから。」

分かったわと言って、エレナは張り切りながらエドワルドの車に乗ると職業安定所へ向かった。

土ぼこりをあげて車が走り去った後、一人残った拓也は背伸びを一回すると

じゃぁ 俺は俺の仕事をやりますかと独り言を呟いて工場の中に入っていった。


工場の中は、前の所有者の機械等は既になかったものの

事務所の机や椅子などは、そのまま残っていた。

拓也はその内の一つの埃を払うと、椅子に座ってノートパソコンを広げた。

さて、社則から品質マニュアルの作成まで、事務仕事もいっぱいあるなぁ

転移後、会社に出られなくなったが故に事務仕事から解放されていた拓也であったが

やっぱり、働かなければならない以上、逃げることはできなかった。

凄く面倒くささがにじみ出た表情で観念したかのように1枚のSDカードを取り出すと

拓也は中に入っているの書類の確認を始める。

このSDカードは、国後に渡る前、会社の後輩に頼んでスキャンして送ってもらった仕事のデータだった

拓也は異変の前はメーカーで品質保証をしていたが、

その内容は、部品検査から外注業者の監査まで多岐に渡った。

その中で、拓也は外注業者の品質システム監査記録を全部スキャンさせ送らせていた。

まぁ 後輩は机の中で山となった書類をスキャンするので文句を垂れていたが

個人持ちの道具類を全部譲ることで渋々やってくれた。

そんな訳で、拓也が今作ろうとしているのは品質マニュアルと呼ばれる文書だ。

これは、簡単に説明するなら、安定した品質を維持するための会社全体としての決まりである。

もし、今後、自衛隊との取引があった場合(拓也はやる気満々だ)、品質が低いと

自衛隊の検査に通らない、何せ提出書類に少々の誤記があっただけで検査中止である。

そんな非常に厳しい検査に備え、会社を立ち上げる時から形を整えなくてはならないと拓也は思っていた。

まぁ 実際やってることは、似た業務形態の会社の品質マニュアルを

自分たちに合わせて切り貼りしているだけなのだが・・・

そんな作業を1時間ばかりしていると、工場内に物音が響いた



カコーーーン・・・



工場内で何か倒れた音がする

エレナたちは、もう帰ってきたのかな?

そう思い拓也が事務所のドアを開けようとすると、完全に閉まり切っていなかったドアの隙間から見知らぬ男たちが見えた。




!!!!




咄嗟にドアを開けるのをやめ、隙間から様子を伺う

そこには屈強な体つきをした2人組が工場内を物色していた


なんだ??泥棒か?

やばい!やばいぞ!!取られるものは特に無いが

あんなゴツいやつと喧嘩して勝てるとは思えない。

それも複数だ。

下手したら、口封じに殴り殺されるかもしれない・・・

拓也は縮こまりながらその様子を伺うと、この状況をどう乗り切るか考えていた

逃げるか?

入口は奴らがいるし、窓から逃げるしかないか

そう決めると、息を殺しノートパソコンを回収すると静かに窓を開け

そのサッシに手をかける。


その時だった。

ガチャリと開くドア

一瞬、男と目があった。



・・・・・



凍る空気




次の瞬間、拓也は駆け出した。

ヤバイヤバイヤバイ!見つかった!

全力で駆け出す拓也、後ろで男も大声で何かを叫び追いかけてくる

いかん!普段から運動不足の上、ノートパソコンまで持ってる

このまま捕まったら、殺されてケツを掘られた上で殴られる!

拓也は混乱した思考のまま全力疾走した。

走って走って足の筋肉が悲鳴をあげても走り続けた。

そして、追っての姿を確認しようと一瞬だけ後ろを向くと

そこには既に追手の姿は無かった。




ブロロロロ・・・

近くで車のエンジン音が聞こえる。

その音の方角を見ると、すぐそこまでエレナ達の車が来ていた。

「どうしたの!?」

車が止まると、エレナが心配して駆け寄ってくる

全体力を使い切った拓也はその場にへたり込み、エレナに何が起きたか説明を試みる

「ど・・・ど・・・どど・・」

全力疾走の後の為、なかなか声が出ない

「どど? ドドリアさん?」

「違う!どっ泥棒が出た!」

ようやく落ち着いた拓也はエレナ達に事情を説明する。

事務所で仕事をしていた事。

物音に気付いてドアの外をのぞいたら見知らぬ二人組がいた事。

窓から逃げようとしたら、一人が入ってきて全力疾走で逃げた事。

全てを話し終えた後、介抱してくるエレナの後ろに立っていたエドワルドが真剣な顔つきで口を開く

「とりあえず、警察に電話しましょう。それと、今日はもうホテルに戻りましょうか。」

拓也はエドワルドの提案に乗ることにした。

何にせよ、今日はもう仕事をする気にならなかったので、早くホテルで休みたかった。

そう決めると、通報を受け駆けつけた警官と工場に戻り、特に何も盗まれていなかった事を確認したのち

工場を離れてホテルへ向かった。

「ここら辺って治安が悪いの?」

エレナがエドワルドに聞く

「いや、もともと人口の少ない町なので、泥棒すら滅多にないんですが・・・」

「でも、不審者が出たわ。

それにしても、まだ何にもない工場に何しに来たのかしら? 不思議ね」

エレナが疑問を口にする

その通りである。

あの工場自体、今朝までは施錠されて閉鎖された工場だった。

それがまた稼働するので、住民に求人をだして告知したのは、不審者が現れたのとほぼ同時刻

泥棒なら、何もない工場に来るだろうか・・・

そんな事を考えているとホテルのそばまで車は来ていた。



そして拓也は目を疑った。

「ストップ!!!」

車内に拓也の声が響く

あわててエドワルドがブレーキを踏み急停車した車内で

不意に急停車したため姿勢を崩したエレナが起き上がりざまに聞く

「いったい何よ?」

「あ あいつだ!!」

拓也がホテルの入口に立つ集団を指差す

「いったい、どいつよ?」

「あの!集団の真ん中に立ってる奴!

間違いない!今日の見た奴だ!」

拓也の指差す先には、ホテルの前で取り巻きに指示を出している男がいた

「なんであいつがホテルの前にいるんだよ!」

拓也が叫ぶ

「・・・なんにせよ、今はホテルに戻らない方が良いでしょう。

といあえず、工場に戻って対策を考えましょうか。」

完全にビビってる拓也を気遣いながら一行は来た道を引き返した。






その日の夜。


工場の応接室のソファーでエレナが寝息を立てている横で

エドワルドが持ち込んだランタンの明かりの中を囲むように拓也とエドワルドが座っていた。

その手にはグラスが握られ、

足元には蓋の開いたウイスキーが置いてある。

エドワルド曰く、栄養ドリンク替わりだそうだが、

飲みすぎて潰れても困るし、断っても失礼だと思ったので

一杯だけという断りを入れてグラスを受け取った。

「一体、奴らは何だと思う?」

グラスのウイスキーを見つめながら拓也が聞く

「さぁ 私にはサッパリ見当がつきませんな。

まぁ しかし、警察も付近を巡回してくれるといったし、用心棒も雇ったので今晩の所は大丈夫でしょう」

どこかとぼけた様に応えると、エドワルドは、拓也に大丈夫だと言って気遣ってくる


用心棒

今、彼らは工場の周囲を見張っている。

ホテルの前に不審者がうろついてるのを見つけた後、

エドワルドはホテルに戻るのを取りやめて、

警察と、ある人物に電話をかけた。

しばらくすると、3人の男が工場にやってきて、待っていたとばかりにエドワルドが出迎えた。

聞けば、この4人は兄弟だという。

その割には顔が全然いてないような気もしたが、工場の周りを見張っていてくれるというので

是非にとお願いした。

見れば、手に猟銃を持っている。実に頼もしかった。



「しかし何故、兵器工場を?」

グラスを口につけながらエドワルドは質問する。


前にも聞かれたような質問だった。

もっと普通の事でも良かったんでは?と聞いてくるエドワルドに

少し飲んでることもあってか、拓也はどこか照れながら話す。

「正直なところ、安全保障だの両地域の有効だの建前はどうでもいいんだ。

ただ、ちょっと自分の運に賭けてみたというか、生きている実感が欲しかったというか・・・」

「生きている実感?」

興味深そうに聞くエドワルド

「あぁ 実は、結婚する前は海外旅行が趣味でね。

バックパック一つあれば世界中どこにでも行ったよ。

まぁ その中で、エレナに出会って結婚したんだけどね。

そんな海外旅行の中で一番楽しかったと思ったのが、内戦中のスリランカや戦争直後のグルジアだね

カンボジアはプノンペンの夜なんて特に良かった。

自分が、何かに巻き込まれてあっけなく死ぬんじゃないかというスリルが堪らなかった。

今日も、ちょっとビビりつつも興奮してたよ。

そんな、どうしようも無い趣向もあって、こんなことをしてるんだ」

馬鹿だよねと呟きながら拓也は語った。

「でも、あんたは家族持ちだろ?いつまでも、そんな事じゃ駄目じゃないか。」

エドワルドの言葉に拓也は眼を閉じて言葉を返す。

「あぁ わかっちゃいるんだ。

でも、やめられない。

だが、エレナも息子の武も愛してる。

そこまで分かってるから、スリルを求める自分と、家族を守りたい矛盾した欲張った考えを本気でもってる。

本当にどうしようもない馬鹿だよ。」

そこまで呟くと、拓也はウィスキーのグラスに口を付ける

エドワルドは、それを聞いて口元だけで笑っていた。

まぁ 男なんて馬鹿でなんぼだよ。

何も言わず、静かに笑う男の顔がそう言っているように感じた。

ランタンの明かりの中で、薄暗い室内に静寂が訪れた。






タン!タタタタン!!


急に発生した連続音が、静寂を切り裂く

その音にエドワルドと拓也は身構え、エレナは飛び起きてあたりを確認する。

「ななな何?」

エレナが動転しながら拓也達に聞く

拓也達も何が起きたのか分からない

連続音はすぐにやみ、ドタドタ階段を駆け上がる音が聞こえた

とっさに拓也はエレナを庇う体勢に入ったが

エドワルドは何時の間に出したのか、拳銃をドアに向けていた

「大尉!入ります!」

その声とともにドアが開くと、入ってきた人物の顔を見てエドワルドは銃を下した。

「何事だ!?」

エドワルドが聞く

「武装した集団がこの工場を囲んでいます。斥候と思われる小集団と接敵し

向こうが発砲してきたため応戦。これを無力化しました。

現在、イワンとビクトルが入口を押さえています。」

確か、名前はセルゲイとかいったか、エドワルドの兄弟だと聞いていた男が、

敬礼して報告した後、鹵獲品ですといって数挺の自動小銃とマガジンを部屋に持ち込む。

銃には少々の血がついていた。


それをまだ血の乾いていない銃を手に取ったエドワルドは、作動を確認した後、こちらに質問する。

「銃を使った事は?」

その質問に対し、拓也とエレナは、ほぼ同時に返事をした。

「カンボジアの射撃場で、拳銃で的を撃った程度・・・」

「ロシアの大学で、軍事教練の単位を履修して以来よ」

タイミングは同じだったが、内容は歴然の差だった。


それを聞くと、エドワルドは自分の持っていたトカレフを拓也に

鹵獲品のAKを自分とエレナに渡した。

それを受け取ったエレナは

「銃撃つなんて学生以来ね・・・」

と緊張した面持ちで作動を確かめる

そして覚悟を決ると、拓也を見つめながら言い放つ

「大丈夫よ。あなたは私が守ってみせるわ」


・・・あれ?

こういうのって、普通、夫が嫁を守るもんじゃないの?

だが、拓也は思い出した。

ロシアでは大学の単位に軍事教練があり

嫁が白衣でAKを構えてる写真を見せてもらったことがあったし

子供の頃には、シベリアで父親とライフルで鳥撃ちまくって、すごく楽しかったという話も聞いていたので

銃を扱えることは知っていた

だが、実際に銃を構える嫁を見ると

普段とのギャップに言葉をかけれずにいた。


「敵の数は?」

エドワルドが問う

「夜間の為、詳しくは不明ですが20人以上はいるかと

陸側はすべて囲まれています。」

セルゲイが応える


20人以上・・・

それに対してこっちは6人・・・ いや、二人は戦力として期待できないので4:20

5倍以上の敵と渡り合わなければならないのか分が悪いな・・・

エドワルドは考える。

護衛対象を守り切るにはどうすればよいか

陸路を強行突破・・・囲まれた上、敵の総数もわからない以上、自殺行為以外の何物でもない

電話で助けを呼び、籠城する。・・・例え、助けを呼べても、町から離れたこの工場に応援が来るまで

この人数を支えきる自信は無い。

そういえば、この工場の裏にある倉庫にモーターボートがあったはずだ

もし、燃料が残っていれば海から脱出できるな。

エドワルドは決断した。

「軍曹。イワンを連れて裏の倉庫にあるボートの燃料を確認してこい。

そしてビクトルにはそのまま警戒を続け、いつでも埠頭に後退できるよう準備しろと伝えろ。」

「了解しました。大尉殿」

ビシっと敬礼し、すぐさま動き始めるセルゲイ

「あぁ 後それからな・・・」

部屋から数歩出たところで、エドワルドが呼び止め

ドアの向こうで何かを伝えている。

全てを伝え終わったのかセルゲイが再度、了解しました。と言うと

風の様に走って行った。


「で、大尉殿。我々は如何すればいいんですか?」

拓也が聞く

「生き残りたければ、今から俺が言うとおりにするんだ。

今、セルゲイに船の確認に行ってもらった。

もし、船が大丈夫なら海側から脱出する。

それと、他にも色々と聞きたいことがあるようだが

それは無事脱出できた時まで取っておけ」

エドワルドがニッ笑って拓也達に言う。


なにこのおっさん

俺もこんな風に格好つけてみてぇな畜生


エドワルドの指示に

羨ましさ半分、生き残るための必死さ半分で頷く拓也。

拓也達が了解するのを確認すると、エドワルドは早速行動を移す。

「よし。とりあえずは工場の裏手口へ移動だ。そこでセルゲイを待つ。行くぞ!」

エドワルド、拓也、エレナの順番で工場内を腰を低くして移動する。

途中、入口で警戒を続けるビクトルにハンドサインを送り、エドワルド達は

裏口にあと10歩というところまで来たその時だった。


カチャリ・・・


静かにドアのノブが回る。

エドワルド達は急停止し、それぞれが物陰に隠れた。

薄暗い工場内に月明かりに照らされた黒い影が、足音を消して入ってくる。


1人・・・2人・・・3人・・・4人・・・


四人目が入ってドアが閉じた瞬間

エドワルドのAK74が日を吹いた

「アゴーン(ファイヤ)!!」

その声と共に辺りはマズルフラッシュの光の点滅が支配する。

その光に照らされ最初の二人が赤い液体を吹き出しながら倒れるのが見える。

それに続いて拓也とエレナが発砲する。

初めての実戦である。

狙いなんてつけてられない。

敵のいる方に向かって銃を引き金を引き続けた。

だが、初撃を回避した残りの敵が、こちらに向かって応射を始めた。

工場の鉄骨の陰に隠れていた拓也の周囲に無数の火花が散る。

頭のすぐ横を銃弾がかすめる音がする。

その応射を受けて拓也は動けなくなった。

横目でエレナを見る。

彼女は、少し離れた鉄骨の陰に隠れている

傍目には特に外傷もないようで無事だった。

だが、その眼はドライアイスより冷たい視線で敵の方角を見ていた。

それはまるで、獲物を狙う狼のように・・・

そんな身を縮めて隠れる拓也とエレナに対して敵の射撃が集中すると

その隙を突いてエドワルドが応射する。

AKの連続した発射音と火花が敵を包み込み、遮蔽物に隠れた奴らを釘付けにする


タッ!


その瞬間を待っていたようにエレナが駆け出す。

横目でその光景を見ていた拓也は、彼女の名前を呼ぼうとするが

咄嗟の事で声が出ない。

彼女の背を目で追う拓也。


その後の展開は、まるでスローモーションのように拓也の網膜に焼付いた。


敵の潜む遮蔽物を飛び越えながら、別の敵へ向けて一連射。

横から射撃を食らった敵は、血潮が飛び散らせながら崩れ落ちていく

そして、そのままの勢いで敵の後ろに着地したエレナ

突然自分の後ろに回った彼女に対し、銃口を向けようとする敵

だが、彼の銃口が彼女をとらえる前に


彼女の放った5.45x39mm弾が


彼の頭を打ち砕いた。




拓也はその光景に呆然としていた。

いや、正しくは見とれていた。

彼女が飛び出し即座に二人を射殺した。

その彼女は、返り血を拭うこともせず、死体を見下ろしている。

月明かりに照らされたその光景は

暴力的であり、どこか非現実的であり、そして、・・・美しかった。



どれほどそれを見つめていただろうか、

恐らく、実時間は数秒だろう

ひどく長く感じたその時間は、一つの声で打ち破られた。

「大尉!!」

イワンがドアを蹴破り、セルゲイが銃を構えながら入ってくる。

そして、エドワルドらの姿を確認すると、銃を下して報告する。

「大尉。ボートの燃料は十分です。いつでも脱出できます。」

それを聞いて、エドワルドが満足げに答える

「ご苦労! だがしかし、時間がない。先ほどの銃撃戦の音を聞いて

敵は裏口に集まってくるだろう。

お前たちは、ビクトルと合流し陽動として工場正面で敵を牽制した後

埠頭まで後退しろ。

我々が後退した後、5分だけ待つ。

その間に役目を果たせ!」

セルゲイとイワンは了解と返事をすると、すぐさまビクトルのいる正面へ向かう

「さぁ 我々は、倉庫まで後退するぞ!」

その合図で拓也達も脱出を開始する。

幸い、裏へ回ったのは、先ほどの4人だけだったようだ。

接敵することなく倉庫にたどり着いた。

離れた場所で銃撃戦の音が聞こえる。

セルゲイたちが役目を果たしているようだ。

そこでハッとする。

先ほど敵に突っ込んでいったエレナに怪我はないだろうか。

撤退することに夢中で、そこまで考える余裕のなかった拓也は

一息ついたところでエレナの方を振り返る。

その彼女は、見た目はやはり怪我などはなさそうだが

その目は、呆然と空を仰いでいた。

「大丈夫か!?エレナ!」

彼女の肩を掴んで呼びかける

「え!?えぇ・・・ 大丈夫よ。大丈夫。どこも怪我はないわ。

ただちょっと、初めてなんで驚いちゃって」

心配しなくても大丈夫よとエレナは言う。

だが、その言葉とは裏腹に、その様子はどこか魂が抜けたかのようだった

「お二人さん。乳繰り合ってるところ悪いが、3人が戻ってきた。

エンジンをかけろ!」

その言葉を聞き、拓也が慌ててエンジンスターターのひもを引く

3度目のトライでエンジンがかかったのと同時に彼らが戻ってきた。

「奴ら、倉庫の近くまで追いかけてきてます。早く脱出しましょう。」

イワンの進言とほぼ同時にエドワルドが倉庫のドアを蹴り破る。

エレナをボートに乗せ、男4人がかりでボートの台車を押した。

台車はゆっくり動きだし、海へのスロープに到達すると勢いをつけて滑り出す。

そのまま勢いよく浸水したボートに、男たちが埠頭からジャンプして飛び乗っていく

「全員乗ったな!脱出するぞ!」

その号令と共にフルスロットルのボートは、滑るように岸から離れていく

後方から銃声が聞こえる。

弾の通過する音が聞こえ、水面が爆ぜる。

だが、それもある程度の距離を離れるとすぐに静かになった。

「射程外に逃げれたのか?」

「あぁ 撤退は成功した。」

成功したというエドワルド

だが、その表情は硬かった。

彼は岸を見つめている。

拓也もそれにならって岸をみると



空と一帯が赤く染まり、工場から火の手が上がっていた。


「燃えてらぁ・・・」

力なく拓也が言う

それを見てエレナが声をかける

「でも、命はあるわ。またやり直せばいいでしょ?」

「あぁ・・・」

力なく拓也が言う。

腑抜けてしまったような拓也を見て、エレナが怒った。

「あんなボロ工場の一つや二つ!何だっていうの?

あんたなら幾らでもやり直せるでしょ?信頼してるんだからシッカリしてよ!」

拓也の肩をガクガク揺らす。

そのおかげで拓也も目が覚めた。

「あ・・・ あぁ スマン。ちょっとボーっとしてた。

そうだな。 そう!あんなクソ工場の一つや二つ!何とでもなる!

機械はまだ搬入してないから無事だし、金が足りないなら

全道を回って、また金借りてこればいいさ!」

拓也はエレナに感謝する。

こういう時、一人より二人の方が助かる。

恐らく、一人なら暫く鬱になってたかもしれない。

「で、大尉殿。これからどちらに?」

調子を戻した拓也がエドワルドに尋ねる。

「そうだな。町にも奴らが潜んでると思うからユジノクリリスクには帰れない。

となると、安全が確保されるまで島外に出るしかないな。」

「島外?」

「あぁ とりあえずは、一番近い色丹島に向かう。そこで、俺の仲間の連絡を待つ

まぁ 近いといっても海路じゃしばらくかかるからな。

一応、国境警備隊に連絡して迎えの船を出してもらうが、すぐには来るまい。」

まぁ ゆっくり休んでいてくれ。

その言葉を聞き、やっと安心した拓也とエレナはお互いに支えあうようにして船に座る

なにせ人生始まって以来の危機を二人は乗り越えたのだ

いつの間にか寝てしまった二人の顔は、疲れ切ったようであり、安らかな寝顔だった。




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あとがき



次話

転移!!!!

の予定です。


ここまで書いていて何ですが

過去の話は私の描写力不足の為、ドバっと書き直すことがあるかもしれませんが

その時は笑って許してください m(_ _)m



[29737] 第12話
Name: 石達◆48473f24 ID:a194d791
Date: 2011/09/22 00:44


翌日



エドワルドは拓也達を色丹島まで送り、セルゲイを拓也達の護衛につけると

自分たちは国後島に戻っていた。


彼が警察の検問を抜け、封鎖された工場に戻ると、軍が現場の後始末をしていた。

もう既に昼過ぎになっていた為、死体は袋に詰められて並べられていた。

兵士が武器等の物品を付近を捜索しながら集めている。

その兵士たちの中心に指示を出しているツィリコ大佐が立っていた。

「おぉ!ご苦労だったな。コンドラチェンコ大尉」

大佐がエドワルドの姿を見つめると笑顔で声をかけてきた。

駆け足に近寄るエドワルドを大佐は握手で迎えた。

「報告します。昨晩、正体不明の敵より襲撃を受けました。

おそらくはガスブランの手によるものと思われますが

その繋がりを証明できる物は、昨晩では確認できていません。

護衛対象は国後脱出後、国境軍の艦艇にて色丹にある日本政府施設に護送しました。

現在は、そちらで休息を取っております。」

短い敬礼の後、エドワルドは大佐に報告する。

対象を守り切り、安全圏まで送ったというのだ。

色丹島は、既に日本に返還されていたので、ガスブロムと言えども無理はできない。

対象の護衛任務としては成功していた。

だが、エドワルドは苦虫を潰したように語る。

「ですが、対象の護衛には成功しましたが、対象・・・石津氏の工場は脱出後に焼き討ちされたようですね・・・」

横目でいまだ燻っている工場を見つめながら悔しそうに語る。

だが、大佐の反応はどこか違った。

何故か、目が泳いでいる。

「あー それについてだがね。

建屋が燃えたのは奴らが火を付けたわけじゃないんだ。」

大佐が申し訳なさそうに語る

「君らが脱出した後、君の部下からの連絡を受け、

基地より3個小隊が現場に到着したんだが、

敵が海に逃げた君たちに意識を集中していたため、我々は効果的に後ろから襲い掛かることができた。

第一撃は奴らにとっては完全な奇襲となり、すぐに潰走し始めたよ。

その中で我々の銃弾を掻い潜り、車で逃走するものがあったんだが

兵達の正確無比な射撃は、ドライバーを蜂の巣にしてやったそうだ。」

大佐は、蜂の巣にしてやった所を誇らしく語っているが

すぐにトーンを落とす

「その結果が・・・ まぁ あれだ」

大佐が、工場に半ば突き刺さり黒焦げになった車を指差す。

なるほど・・・

そういう事だったか

まぁ 拓也達には奴らに燃やされたと説明した方が面倒がないかな

そのエドワルドの表情を読んでか、大佐が彼に言う。

「まぁ 彼らには君からよしなに説明しといてくれ!」

ニッコリ笑って肩を叩く大佐

おそらく"よしなに"と言うのは、全部奴らの仕業にしろということなのだろう

わざわざ面倒事を増やすのが嫌だったエドワルドは、それを承諾する。

心配事が一つ消えたエドワルドは、話を戻し真顔で語る。

「それで、大佐。こいつ等の詳細は分かったのですか?」

エドワルドが死体袋を指差して言う。

「あぁ 既に調査も済んでいる。こいつらは国後に石油が出たことで

金の匂いを嗅ぎつけてきた大陸のマフィアやごろつき共だ

ガスブランが、金でそういった連中を雇い、武器を供与してけしかけてきたのだ」

なるほど、ごろつきの集まりだったのか、道理であれだけの連中相手に対象を護衛し切れたものだ

これが、傭兵や民間軍事会社だったら、自分もただじゃ済まなかったはずだ。

膜の存在が外部の人間を呼ぶことを阻止しているおかげで、

連中も島内にいる人間でどうにかするしかなかったのだろう。

だが、一つ疑問がある

あれだけの武装をガスブランは異変前から所持していたのか?

エドワルドはその疑問を大佐に聞いてみた。

「武器も供与ですか・・・ あれだけの武器をガスブランは異変前から持っていたのですか?」

その疑問に大佐は苦い顔をして答える。

「武器については軍内部からの横流しだったよ。

だが、問題ない。既に買収された犯人は拘束した。

ガスブランから掴んだ情報を基に、今後は軍内部の綱紀粛正を進めるつもりだ。」

大佐は鼻息を荒くし、不届き者は粛清だ!と息巻いているが

エドワルドは別の点に注目する

「ガスブランから掴んだ情報?」

内通者の情報を奴らが吐いたというのか

信じられないようにエドワルドは聞く

「あぁ 君には、まだ言ってなかったね。

襲撃部隊は何も全員制圧したわけじゃない。

追手付きで数名泳がせておいたよ。

すると、やはり素人なのだろう

無事に軍の包囲から脱出したと思った奴らは、依頼主の元に戻っていったよ。

港にある奴らの工場にね。」

大佐が楽しそうに笑って言う。

「そこから先は実に簡単だったよ。

私の部下が、工場内にいたガスブランの幹部ごと全員を拘束。

"紳士的"な話し合いの末、今回の計画からガスブランの戦略や性癖まですべて

洗いざらい教えてもらった後、全員を適切に処置させてもらった。

まぁ 彼らはマフィアと取引をしていたからね。

もしかしたら、山中でガス自殺を装って奴らに殺されているかもしれない。

まぁ 発見される時に乗っていた車がマフィアの物なら

殺したのも奴らの仕業だろう。

それに殺人が露見すれば、マフィアも島から逃げるはずさ。

マフィアと取引していたガスブランの幹部が死にマフィアが島から姿を消す。

実にシンプルな事件だ。」

エドワルドは大佐の話を黙って聞く

黒幕は襲撃犯ごと"適切に処理"されているそうだ。

ならば、もう護衛の任務も終わりだろう。

そう思ってエドワルドは肩の力を抜いて大佐に聞く

「では、私の護衛任務も終わりですね。」

その問いに対し、大佐は そのことについてだがねと断りを入れて話す。

「今回の事件で不穏分子の粛清は済んだが、武器生産を行おうとしたガスブラン側の計画が

責任者不在の為に頓挫したため、我々の弾薬供給元が一つのメーカーに限られる事が確定してしまった。

そこで、大尉には引き続き彼らと接触を続け軍とのパイプを作ることを命じる。

なお、今後は所属を隠す必要はない。」

一仕事終えたと思ったら、いまだ私の仕事は続いているようだった。

だが、これはこれで面白いかもなと彼は思った。






異変24日目


事件から2日後、拓也は、エドワルドからの連絡で島内の安全が確保されたと伝えられた。

彼と別れて以後、色丹で新たに開設された警察署に保護され、十分な休息を取った。

あれだけの事があったので、トラウマになっていないか気にしていたのだが

医師より簡単なカウンセリングを受けた結果、特に問題なしとの判断だった。

その判定を受けて、拓也はエレナと共に国後に戻ることを決めた。


・・・

船上にて

エレナが甲板に立って遠くに見える国後を見つめている。

拓也もしばらく一緒に見つめていたのだが、エレナの表情が気になって声をかけた。

「大丈夫?」

その声を聞いて我に返ったエレナが

慌てたように拓也に答える。

「え? えぇ 大丈夫よ。心配ないわ!」

「・・・・」

拓也がエレナの顔を見つめる。

眉間に皺を作り、何も言わずに見つめてくるその視線に耐えかねたのか

エレナは視線を海に戻して静かに語る。

「実はね。

あの時、私・・・ あまり怖くなかったの」

「怖くなかった?」

拓也が聞き返す。

「そうなの。周りに銃弾が飛び交って、とっても危険だったのに

不思議と頭は冷静だったわ。

なんていうか、昔、父と鳥を撃ちに行った時を思い出した。

人を殺しちゃったのに、獲物を狩るのと同じ気持ちだったの。

死体を見下ろしながら、特に怖いとも思わなかった。

でも、倉庫まで逃げた後、気づいちゃったの

何で私、人を殺したのに平然としているんだろうって・・・

それに気づいた途端・・・ 私・・・ 自分の事が不安になったわ」

両腕で自らを抱え俯きながら彼女は答える

「でも、あなたの仕事の邪魔しちゃいけないと思ってカウンセリングでは黙ってたけど

また、あの島を見てたら思い出しちゃって・・・」

その目には涙が浮かんでいた。

そうか・・・

それであの時、様子が変だったのか

そして、彼女は自分の邪魔をしてはいけないとそれを黙っていた。

拓也は許せなかった。

確かに新しく起業するために困難もあるし負担を掛けることもあるだろう

だが、つらい時はつらいと言ってほしかった。

拓也は後ろからそっとエレナを抱きしめる。

「大丈夫。俺にとってはエレナはエレナだ。

何も変わっちゃいない。不安なら俺が傍にいて支えてやる。

だから・・・つらい時や不安な時は、迷わず素直に話してくれ」

エレナは黙ってそれを聞き、拓也の手を取ると振り返ってニッコリと笑う。

「そうね。私は私、それ以外の何物でもないわ。私の知らない内面が出てきても

あなたは笑って許してくれそうだもの。これからは、何かあったら黙ってないで相談することにするわ。

それに、あなたが私を支えてくれるなら、私はあなたを守ってあげる!

なにせあの時、あなたは丸っきり役に立たなかったしね」

手でライフルを握るポーズをしてエレナが笑いながら言う

ほっとけと呟く拓也をエレナがなぐさめる

何時も間にか立場が逆転していた。

そんな彼らを乗せた船は国後島に向かって進んでいった。



国後島

ユジノクリリスク


拓也達が工場に帰ると、黒く焦げた工場の建屋があるだけで

死体などは綺麗に片づけられていた。

港で待っていたエドワルド曰く

全て綺麗サッパリ終わったから大丈夫

だそうである。

確かに、死体や武器などは綺麗サッパリ見つからない

だが、焦げた工場はそのままである。

拓也は軽くブルーな気持ちになった。

「焼けちゃったなぁ。

で、大尉殿。事の顛末を説明してよ」

一応、当事者としては出来るだけ詳細な原因が知りたい

でも、色々な思惑が関わってそうなので全てを話してくれることは無いだろう

それでも、全く説明できないことは無いはずだと思い拓也は聞く

それに対し、エドワルドは予想以上にペラペラと語ってくれた。

国営ガス企業ガスブランがステパーシンを失脚させるために軍と関係強化に乗り出そうとしたこと

その為に武器製造を始めようとしたが、拓也達の存在があり、

独占を狙うガスブランが拓也らの認可取り消しの圧力をかけたが

ステパーシンが首を縦に振らず、軍のリークによりその情報が筒抜けであったこと

また、それにともない自分が護衛として派遣されたこと

機械搬入後に襲撃して機材の破壊を計画してたが、

拓也らが工場から引き上げたと思い工場内の間取りを調べていたら

拓也と鉢合わせになった為、予定を拓也の殺害に切り替えたこと

拓也脱出後に軍の部隊と交戦し逃走時に火を放ったこと

その後、全員を拘束し適切に処置したと彼は語った。

その時、"ガスブランが工場に火を放った。"と特に強調していたが

拓也にとってみればどうでもよかった。

どちらにしろ、建屋は燃えてしまったのである。

エドワルドの話を聞きいた後に、今後の事を考えながら工場を眺めていると

後ろから拓也に声がかかる。

「お!君が噂の石津君だね。」

その声に振り向くと、後ろから一人の将校が歩いてくる。

「私は、南クリルで第18機関銃・砲兵師団の師団長を務めるウラジーミル・ツィリコ大佐だ。

よければ覚えておいてくれ」

そういって拓也に握手を求めるツィリコ大佐

拓也もそれに応え自己紹介する。

「石津拓也と言います。今度、こちらで武器の製造を営もうと思っていたのですが・・・・」

視線で燃えた工場跡を見る。

「あぁ 今回は災難だったね。

だが、ビジネスを辞める気は無いだろう?ちょと一緒に来てくれないかね?」

どこか白々しい感じで大佐は喋るが、拓也としても起業を諦める気は無かったので

大佐についていくことにした。




大佐の用意した車に乗り、拓也は港に来ていた。

それも、先日、エドワルドに説明されたガスブランの工場だ。

「じゃぁ 早速中に入ってみてくれ」

ガスブランの工場というだけあって、拓也もエレナも緊張しながら大佐についていく

そして、大佐が工場の白銀灯を付けると、光に照らされた機械類を見て拓也は息を飲んだ

そこには

コスチャが送ってきた図面にあった弾薬の生産機械が鎮座していた。

さらに工場の奥には、銃器の製造用だろうか、各種工作機械が並び、

色々な金型が棚に並んでいた。

「こ・・・ これは?」

拓也が大佐に聞く

「どうやら奴らは異変直後から準備を開始していたようでね。

我々に認可を取りに来る以前から、金の力で本国から集めた機材を

青函トンネル経由で集めていたそうなんだ。

異変以後、政府間交渉で青函トンネルでの輸送量の内

一定の割合が我々に割り当てられたが、その枠を優先的に使ったらしい。

まぁ 奴らにしてみれば、本国とのコネがあるため

認可なんぞ後回しで十分とでも考えていたんだろう。」

実にけしからんなと言い拓也の方を見る大佐

そんな大佐に対し拓也は質問する。

「この工場については良くわかりました。

ですが、一体なぜ私に見せるんです?」

その問いを待っていたかのように、大佐は芝居がかった調子で話す。

「実は、今回の事件後にこの物件の所有者について調べてみた。

そうしたら、実に面白い事が分かったよ。

この物件の所有者はガスブランではなく、ガスブランの幹部だ。

彼は先の事件に深く関与が疑われ、現在は行方不明なのだが

その事を含めて奴らの本社に問い合わせてみた。

すると、向こうから"我々は本件について何も知らないし。

そもそもそんな人物は弊社には居ない"と回答が来たよ」

「つまり?」

拓也が結論を求める

「つまるところ、この施設は個人の所有物であり

その人物は犯罪組織と繋がりがある。

そのため、ステパーシン臨時代表は当該施設を接収し

民間に払い下げると決定を下した。」

拓也の目が点になる

これほど機材が集まった施設が売りに出される?

「払下げはいつですか?」

拓也が大佐に食いつかんばかりの勢いで尋ねる

それを見た大佐は、さらに芝居がかった様子で話を続ける。

「それについては昨日付でネット上に掲載したよ。

まぁ 国後-北海道間は海底ケーブルがないため、島内でのみ閲覧可能なんだがね。」

大佐はそういいながら時計を見る

時間は午後3時を少し過ぎたところだった。

「おおっとこれはイカン!払下げの競売の時間になってしまった。」

拓也が大佐に掴みかかって尋ねる

「大佐!一体!会場はドコなんですか!」

もう必死である。

その必死の拓也をみて満足したのか大佐は答えた。

「会場はココだよ。」

・・・

え?

「会場はココだ。」

大佐が再度言う。

「ここですか?」

目を点にして拓也は質問する。

「そうだとも。だがしかし、ネット告知はしたが、君たちぐらいしか来ていないようだね。

まぁいい。さっそく競売を始めようか。

最低落札金額は・・・ まぁ 飲み代くらいでいいよ」



こうして拓也は新しい工場と機材を手に入れた。

茶番だった。

茶番であったが拓也にとっては天の助けであった。

それも、所有する設備が大幅に向上するのである。

これは、しばらくは頭が上がらないなと思ったりもしたが

その表情は明るかった。



「大佐。うまくいきましたね。」

「公式には彼らの工場を焼いたのは奴らだ。

我々は、補償として工場を与えるのではなく

犯人の工場を接収して払い下げる形式をとるため

彼らにはタダで大きな貸しが出来た事になる。

これで、全て丸く収まったな」

拓也らに聞こえないようにコッソリと笑う彼らだった。







そんな時だった。

膜の為に、白かった空が急に暗転する。

イキナリの事だった。

世界が暗黒に包まれる。

「キャァ!!」

エレナがびっくりして声をあげる

「一体何なの?」

どれほどの時間だったろうか

20秒ほどだっただろうか、

急に空からすべての光が失われ、世界の終りが来たと錯覚する。

永遠にも感じられた時間が過ぎると

あたりに光が戻ってきた。

「見てよ拓也」

「あぁ・・・」

二人が空を見上げる。

そこには、約3週間に渡り空を覆っていた膜が消え

透き通るような青空が広がっていた。


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あとがき

ついに膜が消えました。
それも、道民の予想より早く

次話 予定の狂った道民がてんやわんや



[29737] 第13話
Name: 石達◆48473f24 ID:a194d791
Date: 2011/09/25 02:21


道庁

緊急対策本部



状況の急変後、道庁内の対策本部は膜発生時以来の慌ただしさを迎えていた。

各地より入る連絡。メモを片手に駆け回る職員。

完全分離後の混乱に備えて、道庁では行動マニュアルも作成したし、その訓練も行っていた。

それ故、大抵の事態が起きても対応出来る筈だった。

想定外のファクターが無ければ・・・



「それにしても、時間は1か月は有ったのでは無いのですか?

まだ五日近く完全隔離まで時間があったと思いますが」

対策本部の中心で、半ば怒ったように知事が言う

というか、怒っていた

話が違うと・・・

キッと睨みながら対策室に詰めている学者連中に話を振る。

それに対して、対策室に詰めている学者の一人がひょうひょうと応えた。

「確かにあの膜の変化スピードなら、青函トンネルが塞がるまでには時間がありました。

だが、実際にはそれ以前に変化が起きた。現在の所、何が起きたのかは不明ですがね・・・

報告では、トンネル内の膜があった地点より、浅い深度の所の所で変化があったそうです。

なんでも地下約200mの地点で、それ以下が水平な岩盤によって塞がってしまったとか

まぁ 詳しい調査をしようにも、トンネル内の湧水の為、青函トンネル自体が水没しつつある現状では

確認のしようがありませんな」

我々にもお手上げですといった感じで、説明を行っていた学者が言葉を止める。

その様子を見て知事は思う。

肝心な時に役に立たない

まぁ 前例のない事態なので誰にもわからないのは当然だと思うが

手におえなくなったのでそれ以上は知らんと言わんばかりの態度には腹が立った。

その様子を忌々しく思いながらも、高木は黙って今後の事を考える。

「一体、何が起こっているの?」

そう呟く知事は正面を向きなおす。

その視線の先、対策室正面のスクリーンには、異変後の状況が時系列的に映されていた。

15:05 膜消失

15:06 政府との連絡途絶。

15:10 道外・衛星から一切応答なし 

15:15 千歳基地より空自機がスクランブル発進

15:30 青函トンネルより本土側に続くトンネルが消失し浸水発生との報告

15:35 千歳より発進したF-15より、函館沖に本州が確認できずと報告

15:40 全道に非常事態宣言

15:45 海保より、稚内沖で領海を超えて進んでくる国籍不明の小型船舶を多数発見と報告・・・








稚内沖



海上




穏やかな海上を船団が進む

船団というのもおかしいかもしれない

実際には小舟や筏が多数だ

最大の物でも20人が乗れる程度、小さいものだと丸太に跨って曳航されている者までいる。

その中でも一番大きい船に彼はいた。

「ラバシ様 波が穏やかで助かりましたな。」

老いたドワーフが声をかける。

「あぁ もし波が高ければ、筏の者たちは波間に消えていたかも知れぬ。」

南方に浮かぶ陸地を見ながら一人のドワーフが応える。


ラバシ・マルドゥク

彼方此方に傷のあるが威厳を失っていない男

彼はドワーフの中の一部族で戦士長をしていた。

平穏だった彼の村では、時々現れる大型の獣を退治するのと

村祭りの武術大会くらいしか活躍の場がなかったが

人種共が村に攻めてきたことで全てが変わった。

巨大な斧を繰り、一騎当千の技を持つ村の戦士たちも

集団で組織的に狩り立ててくる人種の兵隊の前に、一人、また一人と打ち取られていった。

彼は逃げる村人の盾となりながら、他の避難してきた部族と合流し

ついには、避難民と共に海の上にまで来ていた。


「それにしても、あの陸地は本当に我らの安住の地たり得るのでしょうか?」

老いたドワーフが不安な表情で波間のかなたに浮かぶ陸地を見る

その問いは、ラバシも何度も考えていた。

族長が精霊の神殿へと向かい、その直後に陸地が現れた。

族長のおかげだという確証はなかったが、無関係とも思えない

そして、自分の指示のもとで船団の進路を新たに表れた陸地に向けている以上

下手なことは言えなかった。

「あぁ!間違いない!族長が精霊より賜った土地だ!これより、かの地が我らの新たな故郷となる!」

彼は、周囲の船にも聞こえるように大声で答える

先導者は弱気を見せてはいけない

さらに周囲を見渡しながら、ラバシは大声で皆を鼓舞する

さぁ もっと帆を張れ!櫂を漕げ!安住の土地はすぐそこだぞ!」

周囲の船から"おぉーー!!!"と声がこだまする。

それを見て、声が聞こえなかった船や筏からも歓声が木霊し、ラバシの船に向かって手を振っている。

・・・族長無き今

この俺が、彼らの為にも彼の地を安住の地にせねばならぬ

ラバシは船団の端に向かって歓声が広がっているのを見て決意を固めた。

その時だった。

「戦士長さま! 前方から船が来ます! すごい速さです!」

見張りの一人が声をあげる

彼が指差す方向をみると、陸地の方から白い一層の船が白波を立てながらこちらに向かっているのが見えた。

「・・・すでに先住の民が居るのか。」

ラバシは小さく呟く

だが、もう止められない。船団は既に動いている。

どんなことをしてでも、安住の地を手に入れねばならない・・・






同時刻



稚内沖


海上保安庁

巡視船 なつかぜ



膜の発生後も、海上保安庁はその任務を継続していた。

その活動領域は、膜によりかなり制限されていたが

その日も、巡視艇なつかぜは稚内沖で職務を遂行していた。

そして、膜が消失した。

久方ぶりに見る膜の無い海

だが、その光景は見慣れたものとは違っていた。

稚内から見えた樺太。

だが、膜の消失後は明らかに樺太より広大な大地が広がっているように見える。

「艇長・・・ あれは・・・」

部下の一人が呆然としている

「とりあえず、署に連絡だ。それと、これより北へ進路を取る。

何が起きているのか少しでも確認せねばならない。」

宜候との声の後、船の進路が北へ向かう

穏やかな波を切り裂き、白波と航跡を残しながら船は進む

そして、見張り員が移動する虫の群れのような船団を発見するのに時間は要らなかった。

「艇長!前方1kmに小型の船舶多数!道の方向へ進路を取ってる模様です!」

「なに?船だと? 漁船じゃないのか?」

「それが、小型の帆船が数隻と後は小型のボートです。数は・・・わかりませんが百隻はありそうです!」

艇長が双眼鏡を覗く

そこには多数の小舟の集団があった。

見れば、オールを漕ぐような動きをしている


動力付きの船じゃないのか?

まさか、脱北者か? だがしかし、こんな海域にあんな小舟で到達できるとは思えない

それに、あの集団は樺太の代わりに現れた陸地から来たように見える

一体彼らは何なのか・・・

いや、考えても仕方ない。

謎の船団が日本の領海に向かっている以上、我々は職務を遂行するだけだ

「署に連絡だ!稚内沖に国籍不明の小型船多数が北海道方面に向けて南下中。我々はこれより、彼らに接触する。」

その号令と共に巡視艇は速度を上げ、波を切って船団に向かってゆくのであった。






難民船団

ラバシ座乗船


船上で彼は迫りくる白い船を見ていた。

大きさは自分の乗っている船くらいあるだろうか

だが、帆が立っていないにもかかわらず、恐るべき速度でこちらへ向かってくる

「魔法船か・・・」

ラバシは考える。

帆もなく、オールもないそんな船が動いている。

聞くところによれば、何処かの大国で魔法によって動く船があると聞いていたが

ラバシはこの船の事かと思っていた。

だが直ぐに別なことも考える


魔術師が居るのか・・・ これは不味いな


この世界には魔法がある。

それは大まかに3つ、エルフの使う大魔法。人間の使う魔術。そして亜人の使う精霊魔法に分かれる。

その中のエルフは、大魔法と言う強力な魔法を生身で使うため、特に魔法の道具は作らない

亜人の精霊魔法に至っては、亜人の部族ごとによって使える魔法が狭く限定されているのと

文明のレベルが人種より劣るので、魔法の道具は作れない。

それに比べて人種は、強力ではないものの個々の適性によって様々な魔法が使えた。

そんな彼らは、更に強力な魔法を使うべく魔道具の開発に心血を注いでいた。

そんなこともあり、魔法の道具を使用してくるのは、まず人種だと思ってよかった。

だが、ラバシ達にとってみればそれが不味かった。

人間の魔術師は、人種達の教会が管理しているらしい。

そして、教会は亜人たちを人間とは認めていなかった。

彼ら曰く、神の愛を忘れた人の形をした獣だそうだ。

そんな彼らが我らを見つければどうなるか・・・

「・・・全員に戦いの用意をさせろ。ただし、感づかれるなよ。

戦いは交渉が決裂した場合だ。」

それを聞いて部下の一人が黙って頷くと船の縁に隠しながら全員に武器を配る

「負傷者と女子供ばかりの船団だ。なんとしても戦いだけは回避せねばならぬ。

ここはどうしても、話し合いで済ましたいのだがな・・・」

静かに重く呟くとラバシは接近する船を睨んだ。





海上保安庁

巡視艇 なつかぜ


「艇長!前方の船団に進路変更の動きはありません」

「スピーカーで呼びかけろ」

「は!」

命令を受け、部下がマイクを取る

『前方の船団に告げる。これより先は日本国の領海である。速やかに停船するか進路を変更せよ。繰り返す・・・・』

英語、ロシア語、中国語、韓国語、言語を変えて繰り返し呼びかける

何度目かの呼びかけの末、先頭の船から一人の男がこちらに向かい何かを叫んでいた。

その後ろでは、乗組員が帆を畳んでいる。少なくとも話し合いの意図はあるようだ。


「○▽■×◆◎!!○▽■×■×◆◎!!」


「艇長。なにやら代表と思われる男が叫んでいます。

如何いたしましょうか?」

「停船して話し合いの意図があるようにみえる。

とりあえず、臨検の準備をしたまえ。乗り込むぞ」

艇内が慌ただしくなった。




難民船団

ラバシ座乗船



近寄ってきた船は、先ほどから人種とは思えないほど大きな声で何かを呼びかけている。

「ラバシ様。何を言っているのでしょうか?」

老いたドワーフが聞く

「わからん。だが、いきなり攻撃をかけてこないところを見ると、話し合いの余地はありそうだな・・・

よし!全船一時停船!これより前方の船と交渉する!」

その声を聞いて、乗組員が周りの船に停船を呼びかける

その命令が伝わっていくのを見るとラバシは船首に登って白い船に向かって叫んだ。

「私は、ドワーフがゴタニア族の戦士 ラバシ・マルドゥク!

我々は訳あって故郷を追われた一団を率いている!もし、そちらに慈悲の心があるならば

このまま、そちらの土地へ向かわせてほしい。我々はそちらに害は与えぬことを約束しよう!

お願いだ!このまま進めさせてくれ!」

ラバシが力の限り叫ぶ

しかし、白い船の反応は無かった。

・・・駄目か

ラバシがそう思いかけた時、白い船は動いた。

その船はノロノロとラバシの船に接舷すると、中から紺色の服を着た数名の人種が出てきた。

彼らは我々を見ると酷く驚いていたようだが、その中で船長と思われる男が

表情を無理に固めて、平然を装いながら話しかけてきた。

「teisenno gokyouryoku kannsyasuru.

kokuseki.shimei.koukoumokuteki wo kikasetekurenaidarouka.」

・・・なんだこの言葉は

さっきの船から聞こえた大声といい、聞いたことがない

「すまんが、何を言ってるのかわからない。

こちらの分かる言葉で喋ってくれないか?」

ラバシはそう話すが、向こうもさっぱり分からないらしく戸惑っている

しばらく、色々なコミニュケーションを模索してみたがやっぱり駄目であった。

「ラバシ様。言葉が全く通じませぬな。いかがいたしましょう?」

「う~ん。そうだな。このままでは拉致が明かない。何か良い手は無いものか・・・」

そう考え込んでいると、後ろからラバシの服を引っ張る者が居た。

「ラバシ様!任せてよ!僕たちの事をこの人たちに説明すればいいんだよね?」

二人のドワーフと獣人の子供がラバシに笑って言う

「あぁ だが、どうやって?」

二人は簡単だよ!と元気よく言うと小芝居を始めた。

最初は木こりの真似をし、普通に働いている芝居をする子供に、もう一人の子供が武器を持って襲い掛かる演技をする

そして逃げ出し、追いかけ、ついには海岸に到達。絶望する子供に、今にも襲い掛かろうとする子供

そして逃げる子供が何かに気付く、指差す先には陸地があり、船で逃げる様子を演技した。

最初はあっけにとられて全員がそれを見ていたが、紺色の服を着た男たちも理解したようで

納得した表情の船長が部下を残して船に戻っていく

「ね?上手く言ったでしょ?」

こういう時の子供は凄いもんだ

ラバシは感心しながら子供を撫でたやった。

しかし、かれらは何者であろうか

こんな格好は見たことがない

それに、彼らが着ている服の生地も上等な物であった

まるで貴族がきるような生地である。

そして、驚いているのは彼らも同様であった

特に獣人に興味があるようである。

ネコ族の獣人の子供の耳をしきりに眺めている

あるものは後ろに回って尻尾を観察している

舐め回される様に観察される獣人の子供が戸惑っていると

船から船長と思しき男が戻ってきて、部下に何かを言っている

それを聞いて部下たちはそそくさと船に戻っていくと

男は陸地を指差した。

「進んでも良いということか?」

「そのようにも見えますね」

ラバシはドワーフの老人に自分の判断を確認すると

後続の船団に向かって声をあげる

「よし!問題は無くなった!進むぞ!帆を張れ!」

船団は歓声に包まれ、ある船は帆を張り、ある船は櫂を漕ぐ



海保の職員は、船上からその光景を見ていた。

「いいんですか?艇長。」

本当に大丈夫なのか?そんな目で艇長を見る。

「道知事が許可した。まぁ 一隻ではこの数は止められん。

それに、彼らの話?では、難民だそうだ。

向こうも命がけだよ。帰れと言って帰るわけがない。

我々の仕事は、道の指定した上陸ポイントに彼らを誘導するだけさ」

艇長は政治的な話は上が考えるから、我々は黙って職務を遂行すればいいと

尋ねてきた部下の背中を叩きながら言った。







同時刻


道庁

緊急対策本部

海保の連絡を受け、高木知事は呟く

「道外の全てが消えたと思ったら、稚内には難民・・・

その先には陸地が見えるというけど、これからどうなるのかしら・・・

とりあえず、稚内に難民が押し寄せて我々にそれを止める手段がない以上

彼らを一時保護します。

小型の船で100隻以上という話ですので、港ではなく砂浜等に上陸させてください。

詳細は宗谷支庁に一任します。稚内市と連携して対処に当たるようお願いします。

それと、陸自に出動を依頼します。保護の名目で彼らが拡散しないよう監視してください

各課各員の働きに期待します。」

本当にどうなってしまったのか

あまりの変化に、まさか異世界に転移してしまったのではないかと知事は思うのであった。





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あとがき

やっとファーストコンタクト
やっとです。
随分間が開いたんで、亜人たちが逃げてるのが忘れられてるんじゃないかと思うほど


更新が遅れ始めました。
もっと頑張ります



[29737] 第14話
Name: 石達◆48473f24 ID:a194d791
Date: 2011/09/30 00:33

国道238号

膜が消え、久々に表れた青い空の下

宗谷湾に沿って通っている道路上に一台のトラックが走っていた。

見れば荷台が改造され店舗のようになっている。

その移動販売らしきトラックの運転席に一人の初老の男が座っていた。

「おぉ~ 久々に見る青空だべや~」

異変が消えた直後、付近の車はラジオをつけるか路肩に止めてテレビの情報に釘付けになっていたが

この男は、特に気にした様子もなく運転を続けていた。

「しっかし、こんな良い天気なら俺のフレンチドッグも一杯うれるべなぁ」

異変後、道内の観光客は道の用意した施設に保護され、めっきりと観光地を訪れる人は減っていたが

この男は、客を求めて全道を巡りながら商売を続けていた。

まぁ この男の場合、退職金の殆どをつぎ込んで移動販売トラックを手に入れた為に

他に生活する道がなかったというのが本音だが・・・

そんなこんなで、国道を走っていると、ある光景が目に止まった。

海岸に多数の人が集まっている。

そして物凄い数の船が砂浜に乗り上げていた。

「おぉ 何かのイベントだべか?」

これぞチャンスと思った男は路肩にトラックを停め、その集団に向かって歩いて行った。

だが、近くに寄ってみると、その光景は男のイメージとはかけ離れていた。

海岸に次々と上陸してくる人々は、全員がボロボロの服を着ている。

それはまるで、映画で見た昔のヨーロッパ人の様な格好であった。

だが、それ以上に気になるのが、彼らのかなりの割合で何かしら動物の仮装をしていた

それは実にさまざまで、耳と尻尾を付けただけの少女がいれば、もう二足歩行の動物そのままの男まで色々である。

「こんな北の果てで、こすぷれのイベントとは時代は進んだもんだなぁ」

男はそう呟くが、彼らをよく観察してみるとその顔色が変わった

かなりの人数が怪我をしている。

それも重傷だと一目でわかるようなのもいた。

これは大変だと男は怪我人の一人に駆け寄る。

「おめーら、なした? こんな怪我して。

ああぁ おめー腕が変な方向いてるべや。なんもちょすなや。

ぼっこ当てておとなしくしとけ。それと119番電話したか?」

男が心配して尋ねるが、彼らは難しい顔をしてお互いの顔を見るだけで意思が通じなかった。

「外人さんか!こりゃまいったな~ とりあえず、俺が救急車呼んでやるからおとなしくしとけ。な?」

そういって身振り手振りで座るように促すと119番に電話する男。


実はこの時、稚内の警察署は道庁から難民の連絡は受け取っていたが

膜消失後の混乱にて市内各所に散らばっていたために満足な初動が取れていなかった

その為、警察があたりを封鎖する前に男が接触できたのである。


彼らの下に電話を終えた男が戻ってくる。

「すぐに救急車来るそうだから、そのまんま動くなよ?」

そういって改めてあたりを見渡す男

海岸には続々と新手が上陸してきている。

遠くを見ると海保の船が見えた。

何やら、彼らを誘導しているようである。

「海保までいるとなると、お前たち船が難破でもしたんか?」

男が問いかけるが、言葉が通じず誰も答えない

そして、その全員の顔には酷く疲労の色が見えた。

「よっし!困った時はお互い様だ!俺のトラックにあるフレンチドッグ振る舞ってやるから元気だせや!

日本人は災害があった時は、皆が協力するって有名なんだわ。だから安心しとけ!」

男はニカっと笑うとトラックを変形させて調理を始めた。




フレンチドッグ

アメリカンドッグに似たその食べ物は、もともとは道東の名物ジャンクフードであった。

内地ではアメリカンドックにはケチャップだが、こちらでは魚肉ソーセージが入った本体に砂糖をまぶす。

その美味たるや天下一品であり、2025年現在、フレンチドッグは道内にとどまらず全国を制覇する勢いで勢力を拡大する

道東発の超一級ジャンクフードである。

ちなみに筆者は何年か内地に住んでいたことがあるが、アメリカンドックを食べる度に「砂糖は?」と聞きたい衝動に駆られた

――――――道東のフリーペーパー "伝書鶏"の特集記事より抜粋




ラバシは男が荷車に戻っていく様子を黙って見ていた。

最初は、馬も竜も引いていない荷車が走っているのを見て魔術師が魔法の車を操っていると思い警戒したが

その中から、出てきた男は心配した様子で此方の事を気遣ってくれた。

何を言っているのかは分からないが、敵意は感じない。

とりあえず、後続が到着するまで海岸で待機しようと思っていた。

だが、しばらくすると海岸で待機していた全員の目の色が変わる。


男の魔法の荷車から、何とも言えぬいい香りが漂ってきた。

その匂いを嗅いで、皆が集まる。

もちろんラバシもその先頭にいた。

荷車の中では、男が何かを揚げていた。

全員が疲労困憊の中、その匂いは麻薬以上の誘惑だった。

ごくりと皆ののどが鳴る。

それを代表してラバシが男に話しかける。

「すまないが、これを皆に振る舞ってはくれぬだろうか。

もちろんただとは言わない。出来る限りの礼はしよう。

どうだろうか?」

ラバシの言葉に対し、男は静かに笑っている。

やっぱり言葉が分からない為、意思疎通が難しかった

だが、男は揚げ終ると、その内の一本をラバシに差し出した。

ラバシはまじまじと見る。


小麦を揚げたように見えるが・・・ この表面の粒は砂糖か!こんな高級品の食べ物だったのか!

ラバシが驚愕の顔をしていると、男は他の皆にも配り始める

だが、ラバシは一体、対価がいくら必要になるのか考えていた。

そんなラバシを見て、男は身振りで食べろとでも言うかのように促してくる。

流石にラバシも限界だった。

疲労困憊で空腹の上、手には見たこともない美味そうな食べ物

支払いの事など忘れると心に決め、一口噛り付く


・・・!!!!

うまい!

表面の小麦の衣も絶品だが中に入っている肉の腸詰と砂糖が絶妙なハーモニーを作り出している。

ラバシが食べたのを見て、他のみんなも貪りつくように食べ始めた。

その顔は、至福の表情に包まれていた。



「いや~ 疲れているときは甘いものに限るな!」

男が次々に揚げながら、皆の表情を見て満足げに言う

ブヒブヒブヒ!!

このイノシシ頭の男など、既に何本目であろうか

満面の笑顔で中のソーセージを指差し何かを言っている。

「お! 気づいたか!普通はフレンチドッグは魚肉ソーセージを使うんだが、俺の店は特別でな!

なんと道産ポーク100%のソーセージだ!うまいだろう!」

そういって男は紙に豚の絵を描いて見せた。

笑顔で語る男の絵を見た直後、イノシシ頭の男の顔色が悪くなる

そして次の瞬間には地面に倒れていた。

「おい!どうした!?のどに詰まったか!」

男の声はもう届いていない



「ラバシ様!ティンゼーイ族のオットゥクヌシ殿が倒れました!

いかがいたしましょう!?」

・・・豚の腸詰だったか

「とりあえず、横に移動させろ。こんな所で横になっていたら邪魔でかなわん。

それと、彼の部族の連中には、中身は豚なので気になるなら周りだけを食べるよういっておけ」

それを聞いた部下たちが、巨大なイノシシ男の手足を持って移動させ始める。

そうしてズルズルと引きづりながらやっとのことで、片づけるのと同時に

彼らの周囲に、けたたましい音を響かせ赤い光を放つ魔法の荷車が道路に集まってきていた。

こそらく、この地の兵隊か何かであろう

「さて、やっとお出ましか。一世一代の交渉だ。絶対に成功させなければな」

ラバシは覚悟を決め、男に一言礼を言うと

集まってきた荷車に向け、一人歩き出した。












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あとがき


災害時に民間人が手を差し伸べるのは日本人の美徳だと思うんです。

だから、書きました

それと、メインキャラ以外の話も構想は出来ているので

その内、書きます。



[29737] 第15話
Name: 石達◆48473f24 ID:a194d791
Date: 2011/09/30 17:42
「指揮官はどなたか!?話をさせてくれ!」

ラバシは困っていた。

道路を封鎖するこの地の兵隊らしき者達に近づき

近くにいた一人を捕まえて身振り手振りで話を試みるが

どうにも通じなかった。


おかしい・・・

船上で子供らがやった時は、もっとすんなり通じたではないか

一体何が違うのか?

それに彼らも彼らである

海岸に集まっている中で、ただ一人接触を試みているのだから

もう少し関心を払ってほしいのだが、彼らは等間隔で我らを囲み監視するだけだった。

それに彼らは、全員が鼻と口を蓋う仮面をつけるため表情が読めない。

彼らの包囲を出ようとすると身振りで制止を求めてくるが、それだけだった。

いいかげん埒が開かないとイライラしていると

後ろから食糧を振る舞ってくれた男が近寄ってきた。

なかなか戻ってこない私を見て心配しているようだ

彼なら何とかできるのではと、根拠もなく期待して彼に託すことにする。

どうにも私の演技は絶望的に何かが欠けているようだし

「後は任せた!」

ラバシは、ドンと彼の肩を叩いた。








男は急に肩を叩かれた。



フレンチドッグを揚げていると、さっきまで集団の先頭にいた男が

集まってきた警官の方に向かっていくのが見えた

だが、その後は芳しくない

男が身振り手振りで話しているが、警官に伝わってるようには見えなかった。

ちょっくら助け舟をだしてくるか

そう思って在庫のフレンチドックをあらかた揚げ終えると

男は彼らの方へ向かっていき、男に声をかける

すると、天の助けとばかりに満面の笑みで男は肩を叩いてくる。

「○*▽#☆!」

ドン!

ガタイのいい男から繰り出される一撃は

初老の男には中々厳しいものがあった。


痛ぅ・・・ もうちょっと加減しろや。ちくしょうめ


男は肩を摩りながら付近を囲む警官に声をかけた。

「あー お巡りさん。ご苦労様です。」

その声を聞き日本語が話せる人がこの中にいた事にほっとした様に

警官も返事を返す。

「こりゃどーも。こんにちわ

それはそうと、失礼ですがあなたは?

あなた海岸から来ましたけど、彼らの知り合いですか?」

「いんやぁ 俺はたまたま通りかかっただけだよ

したっけ、怪我人がわらわら居るし、みんな疲れた顔してるから

ボランティアでフレンチドッグ振る舞ってやったさ。

あぁ そんで、俺は北島五郎っつってフレンチドックの移動販売やってるモンだ

身振り手振りで俺のフレンチドッグ振る舞ってやったら仲良くなってな

こいつらを何とかしてやりたいんで救急車は呼んでやったけど

この人数だし、怪我人も一杯なんでお巡りさんも介抱手伝ってくれんべか?」

五郎は笑って警官に頼むが、その依頼にたいして警官はすまなそうに言う。

「申し訳ないですが、手伝うことはできないし、救急車も来ませんよ」

!!?

五郎は警官の言葉に耳を疑った。

「なしてさ!?なして救急車が来ないんだ?」

五郎は驚愕し警官に掴みかかろうとするが、他の警官に制止される

それをなだめる様に警官が言葉を続ける。

「知事命令で防疫の為にココは隔離さました。

海保からの報告で、正体不明の難民が向かってると知った知事の命令がありました。

今、名寄の駐屯地から自衛隊が向かってきていますので、それまで待ってください。」

「防疫?」

「そう 海保の報告映像を見た学者さんが進言したらしいんです。

まぁ 私らも対策室に詰めてる上の人間から聞いた話で詳細はわかりませんがね

彼らの中に明らかに普通の人間じゃない方も混じってますよね?

まぁ そこらが原因だと思いますよ。」

それを聞いて五郎の疑問の一つが消える

ここで警備している警官たちは全員がマスクをしていた

そのことに気がついてはいたが、質問の優先度が低かったため特に聞かなかったのだが

今の警官の話で納得がいった。

「それであんたらは、そんなマスクしてるのか」

「はい。もし悪性の病原菌やウイルスが居た場合に備えての処置です。

それと、そういった理由で今後は我々の許可無しに出入りは禁止となります。

・・・つまり、あなたも出入りが制限されます。」

警官は気の毒そうに言う

親切心で助けに入ったら、自分まで隔離されてしまったのだ

普通ならショックを受け激怒することもあるだろう

だが、意外にも男はそれほどショックは受けていなかった。

「えぇ~ 俺も隔離か!

まいったなぁ~ まぁ でも、嫁さんも死んじまって居ないし

仕事っつっても移動販売だけだし、まぁ 諦めるか。」

仕方ねぇな~と愚痴を零すも、ひょうひょうと事実を受け入れている。

男はなかなかメンタル面でも強かった。

そして、警官たちから離れた所で見守っているラバシの所に戻ると

彼にに警官の言葉を伝え始める

もちろん、言葉ではなく手に持っているメモに絵を書いて伝える。

まぁ 絵を書いて説明するので細かくは伝わらないが

それでも、これから他に人の集団が来ること、それまで待たなければならない事

五郎も一緒に隔離された事は伝わったようだった。

だが、それが伝わると同時にラバシも申し訳なさそうな表情になる。

「どうやら、我々のせいで貴方にも迷惑をかけてしまったようだな。・・・申し訳ない」

ラバシが目を瞑って謝罪するが、言葉は通じなくても五郎には雰囲気から

ラバシが何を言いたいのか伝わったようである。


五郎もそれを察してフォローする。

「まぁ 気にすんなや。もうちょい俺と一緒に待とうや」

まぁ 好きで助けたんだからしゃーねーべやと言いながら

今度は五郎がラバシの肩を叩く

「あぁ そういえば、自己紹介はまだだったな。

俺は北島五郎。五郎だ。ゴロー。わかるか?」

思い出したように語りだす五郎が

自分を指差しながら名前を連呼する。

ラバシもそれを見て理解する。

「ラバシ・マルドゥク。ラバシ」

同じように自分を指差しながら名前を連呼する。

「ラバシか!良い名前だな!」

現実を受け入れた男たちは、仕方が無いと笑いながら海岸に向かって歩き始めた

海岸では、ラバシの部下に後続の介抱を任せてはいるが、いまだ続々と避難民の上陸は続いている

それを見ながら海岸へ戻っていく五郎だが、何か思いついたように警官の元に戻ってくる

「そうそう!隔離はされたけども、物の搬入は大丈夫だべか?」

笑って警官に尋ねる五郎に警官は戸惑いながら答える

「それは問題ないですが、一体何ですか?」

ニッと笑って五郎は言う

「それなら、フレンチドックの材料や水を調達してきてくれ

代金は・・・ まぁ後で何とかするから。

あんたらも、自衛隊待ってる間に彼らが衰弱死したら困るでしょう?」

警官達はそれを聞き、無線で署に連絡を取り始めた。

確かに自分たちが隔離しているせいで死人が出ては色々と不味い

この判断により、後日、難民の収容キャンプに大量のフレンチドックの材料が届けられることになったのだった。






同時刻

道庁

緊急対策本部


「獣人ですか・・・」

海保から上がってきた映像を見ながら知事が呟く

それに応える様に、対策室に詰めている学者が言う

「はい。明らかにホモ・サピエンスと異なります。

それどころか、類人猿かすら疑問です。

明らかに二足歩行している他種動物もおりますし・・・

この事と、空自の撮影した周辺の地形等の情報から

総合的に判断しますと、我々は違う世界に転移した可能性が高いと思われます」

そう説明する彼の名は、矢追純二博士

異変後、道内にいた各界の専門家が対策室に招聘され

その中でも彼は飛びきりの天才であった。

その彼が言う

ここは元の地球ではないと…

その答えに知事は眉をひそめて聞き直す

「違う世界?」

「そうです。異世界ですな。

膜消失後の地形の大幅な変化。それに元の地球ではありえなかった生物種の出現。

数ある並行世界のどこか、又は元の世界内でも異なる時空間に転移したのではないかと推測します。」

「それが本当なら、一部地域を隔離して防疫体制を敷いただけでは弱いんじゃないかしら?

人間を隔離しても、鳥や小動物から病原性ウイルスが入ってくるのではなくて?」

矢追博士の進言に従い難民は隔離した。

彼が言うには正体不明の人種?の集団はどんな病気を持っているかわからない

下手をしたらヨーロッパ人上陸後のアメリカ大陸先住民と同じ運命をたどるかもしれないとの話だった。

この世界に対するイレギュラーが彼らだけならそれで良かった。

だがイレギュラーが自分たちであったなら、鳥インフルエンザよろしく野生動物から伝播もあり得るのではないか

そう考えて知事が発言したが、それに対する答えは、すぐに博士から出た。

「それについては、彼らを徹底的に調べることにしましょう。

彼らの中には人間とあまり変わらぬ姿の者たちもいますし、動物に似た姿をしている者もいます。

何かしらの免疫を持っている事でしょう。

既に我々はワクチンだけではなく、免疫細胞自体を大量に培養して移植する技術があります。

これで最悪でも、人間と彼らの種に対応する家畜は守れます。まぁ 道内の野生動物に対しては見捨てるしかありませんが・・・

その為にも、多少の非人道的な扱いも止むをえません。

我々の生存が最優先です。」

彼は断言した。


----多少の非人道的な扱いも止むをえない----


少々心に引っ掛かるとことがあるが

施政者としてこの判断を避けることはできない

道民の生命と財産を保護するためには多少の犠牲には目を瞑らねばならない

今回の事で、高木知事は改めてそれを認識し心に深く刻み込んだ

そう、我らの生存のためには手段は選んではられない

本国と・・・元の世界と切り離された事が現実味を帯びている今

我々に許される選択肢は多くは無い

知事として、高木はるかとして心を決めた。

「・・・わかりました。

防疫に必要な物資・人材は道が集積して支援します。

自衛隊による彼らの保護後、私たちに出来ることを全て行いましょう。

それと、今後の方針を決めます。

各組織の代表者を集めてください。

もちろん、ステパーシン氏を含むロシア側もです。

我々は新しい一歩を踏み出さねばならないでしょう。」

転移、そして決断。

北海道は新たな一歩を踏み出したのだった。




道庁でそんなやり取りが行われている頃

稚内沖に見える陸地で、一つの集団が海を渡る難民を眺めていた。

既に難民は岸から遠く離れているが、その行く先は明らかだった

船団というのもおこがましい小舟と筏の群れが蟻の行進のように一筋の線となって

沖に浮かぶ未知の陸地へと続いている。

「逃げられましたな」

海を眺めていた集団の中で騎士の一人が呟く

その言葉を聞いて集団を統率していると思われる若い騎士が言葉を返す

「なに、仕方ないさ。父上が満身創痍の蛮族どもを駆除しようと追って入った森の奥で

逆に打ち取られるとは予想外だった。

奴らめ…。どんな魔法を使ったか知らんが覚えておけ

地の果てまで駆り立ててくれる!」

若い騎士は奥歯を噛みしめ海上の船団を睨む

過去最大の規模で始まった今回の亜人討伐は、開始から順調に推移していた

亜人に占拠されている土地を奪還し、この地から亜人を追い出すという目的は

完璧に達成出来たと思われた。

最後に海岸に集まる亜人どもに突撃し、これを殲滅する最終段階で

父であるエルヴィス辺境伯は、この期に及んで森の奥へと向かうドワーフを見つけ

それを追いかけていってしまった。

その結果は、轟音と火の手。その後に見つかる父の焼死体

予定外の司令官の死亡により討伐軍は混乱に陥った。

これを息子のアルドが収拾したときには、亜人は海の上だった。

「悔しいが、一度本拠に戻るぞ。

父の葬儀と家督の相続、それが終わり次第、再度討伐軍を出す」

「目的地はあの謎の陸地ですか?」

アルドの横に立っている肥満気味の騎士が笑みを浮かべて確認する

「勿論!他にどこがある!

父が死に、謎の陸地が出現し、そこに獲物が逃げ込んだ。

私には、これが神が私に辺境伯家の当主として領地を拡大せよといっているように思える。

これは神の試練であり恵みだ!と」

それを聞いて家臣達も色めき出す。

今回の亜人討伐で領地が加増されるが、更に加増のチャンスが目の前の海上に広がっているからだ

「では、一度帰還いたしましょう。

若が家督相続の手続きを行っている間、私めは軍船の準備を致します。

我らの力、更に見せつけてやりましょうぞ!」

肥満の騎士は闘志を燃やす

あの未知の土地を征服する先にある栄華を求めて…











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あとがき


いつも思ってました。

異世界に転移して防疫はどうすんだろうって


あと、作中で北海道弁を書いているつもりですが

作者も道外に引っ越して長い上、熊本やら名古屋やら方言の強いところを

転々としている為、ときどき方言が混ざってたり、北海道弁としておかしい所が有るかもしれません

そういったところを見つけた場合は、指摘してくれますと助かります。



[29737] 第16話
Name: 石達◆48473f24 ID:a194d791
Date: 2011/10/01 00:06
3日後


道庁内会議室

この日、道庁には道内にある各機関からの代表者が一同に会していた。

会議室の中央に高木知事が座り、その両翼に日露の代表が座っている。

会議室内に全員が揃ったことを確認し高木知事口を開く

「みなさん集まりましたね?

それでは、これより我々の今後を検討する会議を始めたいと思います。」

その声と皮切りに北海道の今後を決める会議が始まった。

「お手元の資料にもある通り、水面下での調整の結果、北海道と南千島の合併は決定事項で了解しているかと思います。

ですが、国家体制、軍事、法制度等の決定に皆さんのご協力が必要と思い、本日の会議を招集しました。

ですが、それを決める前に、現在の我々の置かれている状況を整理してみましょう。」

会議室のスクリーンに数枚の写真が写される。

何名かの初めてその写真を見る者はどよめいた。

有るはずのものが無く、有るはずの無いものが有る写真だった。

それは、松前半島上空から南を眺めた本州の写っていない写真と

稚内沖にあるサハリンより遥かに広大な陸地が写った航空写真だった。

「現在、空自の偵察機による観測では、本州の消滅と稚内沖20kmに未知の大陸が出現したことが判明しております。

更に詳細は不明ですが、北海道南方200kmにも陸地があるという情報も入っております。

その中でも、特に北方の大陸について特質すべき点があります。

ご存知の方もいらっしゃいますが、3日前、稚内沿岸に大陸から渡ってきたと思われる多数の難民が漂着しました。

現在は、稚内CCを接収して作った難民キャンプにて保護しておりますが、注目すべきは彼らの姿です。」

スクリーンに獣人やドワーフの写真が写される。

それを見て、先ほどとは比較にならないどよめきが上がった。

「ご覧のとおり、彼らは現生人類とは著しく異なります。

わりかし我々に近い個体でも、やはり詳しく調べてみるとホモサピエンスとは別種だと報告がありました。

現在は、防疫上隔離に近い処置を取っていますが、彼らが大陸から来た以上、

今後は彼らとの大々的な接触は不可避でしょう。」

スクリーンがまた変わり、再度航空写真が写る

そこには、集落らしきものが写っていた。

「これは空自が撮影した大陸沿岸部の集落の写真です。

これが示すのは、我々とは異なる文明が存在しているという事実です。

彼らの政治体制、文化レベルは不明ですが、そこから難民が大挙して押し寄せた以上

必ずしも平和的な政権であるとは言い切れません。

よって、我々は生存を賭けてあらゆる手を講じなければなりません。

過去の確執、個別の利権は捨て去り、新国家の創造することが我々に課せられた使命であることを心に刻みましょう。」

室内に拍手が溢れる。

この場に出席した全員が再確認した。

もはやなりふり構っている時ではないと・・・


だが、高木知事の説明から始まった会議は、初っ端から紛糾した。

丸2日に渡る喧々諤々の議論が巻き起こり、大まかには以下の事が決定した。


・統一国家の政治体制

なりふり構ってられないといっても、もともと日露は別国家である。

双方ともに自らの政治体制をメインとした政治体制を主張した。

北海道側は議院内閣制、南千島側は連邦制の大統領制

最初は譲らなかった北海道側も南千島側の一言で何も言えなくなった。

「この有事に、日本の議院内閣制を導入して毎年政府首班が交代したら国が亡びる。

あなた方は、まだ懲りていないのか?」

言い返せる人物はいなかった。

日本の政治はコロコロと首相が変わり、特に2010年代からは特にひどかった。

転移前の国内の混乱を思い出した北海道側はこれに押し切られてしまった。

これにより、北海道は南千島との連邦国家として大統領制を選択した。


・安全保障

これについては双方の兵力によって主導権が分かれた

陸上兵力については指揮権の統一については異論は無く、総司令部が道内に設置すると兵力で圧倒する陸自が押し通した

だが、装備の統一で揉めた

兵力では陸自が圧倒的であるものの、陸自の小火器については、道内への生産設備移転が事実上断念していた。

何故なら、何度か道内に工場を誘致する計画が上がったものの、その度に何処から情報が漏れたのか

市民団体が殺到。しまいには火炎瓶まで出てくる始末で1か月では準備できなかった。

(ロシア側がリークしていたとの噂もあったが証拠は無かった)

その点、ロシア側は生産能力を手に入れていた。

これにより、自衛隊の物資を有効活用するためにも自衛隊はNATO弾規格のAK74を89式の補充として導入し

最終的には一本化すること、ロシア側もNATO弾規格の物に交換することで両軍の規格統一が最終的には同意した。

そして、大型兵器については、両軍ともに生産設備が無かったので、

後日、北海道の生産基盤整備の際は日本側装備をメインとすることになった。

だが、航空兵力や海上兵力については主導権は逆だった。

空自は2個飛行隊のF15を配備していたが、機体寿命が切れかかっていた。

F4の時のFX騒動を踏まえ、F15の機種交換では国産の新型戦闘機F3を量産することが早々に決まっていたが

配備が始まる前に転移してしまった。

それに対し、ロシア側はかつてPAKFAと呼ばれたステルス戦闘機Su51を一個飛行隊20機配備している。

双方ともに基盤が無い。在庫の交換部品が切れたら終わりである。

そこで、双方からリバースエンジニアリング用に機体を出し合うことにし、部品の供給を行うことにした。

だが戦力価値により、補給部品はSu51が優先されることになった。

海上に至っては更に差がついた。

海保とロシアの国境警備隊については余りさが無く、すんなりと統合に向かったが

海自の装備は、道内にはミサイル艇2隻と掃海艇だけだった。

それに対し、ロシア側は択捉に寄港していたステレグシュチイ級コルベットが一隻あった。

双方ともにあまりに貧弱な海上兵力だったが、海上兵力整備の際はステレグシュチイ級をドッグ入りさせ

そのコピーを量産することになった。

それに伴い海兵の教育もドッグ入りした際にロシア式で行うことが決まった。



その他にも法制度は、2年は準備期間として両地域の現行を維持し

その後、統一する事や

転移後のロストテクノロジーを回復するために

科学技術復興機構の創設が決まった。

内容としては、道内の技術者・科学者を一元的に管理し、科学技術の復興を迅速かつ効果的に行うというものだった。

これについては、武田勤氏が裏で調整していたようで、初代理事長には彼が収まった。


「ふぅ・・・ なかなかしんどいわね」

高木知事が額の汗をぬぐう

その様子をみて鈴谷宗明がそれ以上に汗の浮いた顔で励ます。

「なに。最初にうんと苦労すれば後は屁みたいなもんだよ。

だがしかし、予定では初代大統領になるお方がこの程度で疲れてちゃいかん。

君はもっともっと苦労する予定なのだからな」

笑いながら鈴谷は高木を励ます。

それを聞いて高木は少々げんなりした。


まぁ この状況下になってしまった以上、政治的空白を作らずに新体制へ移行するには

自分がこのまま横滑りしなければならないのはわかっている

だけど・・・やっぱりしんどいわ


そんな事を思いながらため息を一つ吐くきながら会議の進展を見ていると

会議室の外から一人の職員が早足でやってきて高木の耳元で静かに報告する。

「稚内の矢追博士から連絡です。

隔離地域で何やら進展があったようです」

「博士は免疫のテストで現地へ行ってた筈だけど、何があったの?」

「何でも免疫細胞移植後に想定外の反応があったそうです。詳細は博士が直に説明するそうです。」

一体何だろうか、手段を選ばないと決めた後、難民と一緒に隔離された不幸な市民を使って

免疫系の人体実験が非公式に行われていることは知っていた。

想定外とは一体何であろうか・・・










稚内CC


難民上陸後、到着した陸自の部隊により

市街より離れたこのゴルフ場に難民キャンプが築かれた。

周囲はフェンスで囲まれ、その中に無数に立つテントの中に2万人もの亜人達が保護されている。

そんなテントの一つに五郎はいた。

「すごいぞ!ラバシ!言葉が通じる!」

「いったいどうしたんだゴロー!すばらしいぞ!」

人種のおっさんとドワーフの男が手を組んで踊っている。

「博士・・・ これは一体・・・」

「原理はわからん。だが、彼には難民の言語が翻訳されて聞こえているようだ。

だが、発音は全く違うし、はたから見る我々には双方共に別言語を話しているようにしか見えない。

おそらくはテレパシーの一種かもしれない」

矢追博士は目の前で起こっている現象を真剣に観察しだした。

もはや、なぜ起きたかは重要ではなく、なぜ会話できているのかに興味が移っているようである。

だが、一緒にいる研究員は思う

一体なぜこうなったのか・・・



警官から隔離されると聞いた後、五郎は自衛隊と一緒に

難民キャンプにやってきていた。

難民は血液検査ということで全員採血され、負傷している者は治療を受けた後

数日をキャンプ内で過ごした。

その後、矢追博士と名乗る人物と出会い、伝染病の予防と称して

彼らの持ってきた注射をうって貰ったのだが、想定外の効果は数時間後に現れた。

「いやぁ 言葉が通じるって良いもんだべや」

彼らの言葉が分かる。

最初は何だかわかる気がする程度だったが、時間を置くと徐々にハッキリわかるようになった。

その結果が、今、ラバシと二人で踊っている状況になっていた。


「おそらくだけどね」

唐突に博士が研究員に話しかける

「彼らの免疫細胞という体組織を移植したことにより、未知の要素が五郎君の体に宿ったのだ。

彼らの体に他にも秘密があるのなら、まだまだ未知の現象が見れるかもしれんな。実に楽しみだよ。

それに君も見ただろう、あの免疫細胞を

我々の知りうる病原菌、ウイルスを無効化してしまった強靭な免疫だよ。

今の所、被験者に副作用やショックといった異常もなく容態は落ち着いている。

もしかしたら、全道民に処方することになるかもしれないな。

何より移植後に言葉が通じるようになるという未知の現象が素晴らしい。

あぁ!・・・もう我慢できん!君!早速、私の分を用意したまえ。

私自ら実験を行う!」

ドタバタと人体実験の用意を始める博士

そんな博士たちを横目に五郎たちも踊る

その後、博士たちが準備のためにテントから出ていき

五郎たちも気が済んだのか踊りをやめた

そこで五郎はラバシと出会った時から思っていた疑問をぶつけてみた

「話が分かるようになったんで聞くが

お前ら一体どこから来たんだ?」

にこやかに笑いながら五郎が訪ねる

その瞬間、ラバシの表情が暗く凍る。

そして、重くなった口を開き五郎に語った。

「俺たちは大陸の人種共に迫害され、命からがら逃げてきた避難民だ。

奴らは俺たちを根絶やしにする気でいたから、最早故郷には戻れない。

この土地で暮らさせてほしいんだ。

その為にゴロー、是が非でも君たちの長に合わせてくれないか?」

その告白を聞き、五郎の顔からも笑いが消えるのだった。










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あとがき



前話から続く防疫云々は、この世界に生きる者達の会話能力をゲットする為の布石でした。

すんごい早足だった気もするし、蛇足が多い気もしましたが

仕様です。

全く言葉が通じないと民間交流が難しいですし

異世界に来て突然言葉が通じるより、何かしらの理由がつけたかったので・・・


彼らの体の秘密はまた別の機会に書きます






[29737] 第17話
Name: 石達◆48473f24 ID:a194d791
Date: 2011/10/01 22:33
五郎は、ラバシの話を聞いているうちに

それがあたかも自分に起こったことのように彼らの苦難を悲しみ、怒り、同情していった。

「そうか… そんな事がたったのか

残念ながら俺は使えるツテとかは無いけども、取り敢えず博士に相談してみるべか?」

「あぁ 是非とも私の話を伝えてほしい」

ラバシが頭を下げる

それを見て五郎は

おう 任せとけ!と胸を叩いて答えた

早速、二人は博士のいるテントへ向かう

彼のテントは一発でわかった。

赤十字のマークが入ったテントから

博士と助手の研究者の騒がしい声が聞こえる

「待ってください博士!もう少し経過を見てからにしましょう!」

「君は馬鹿かね?あんな面白い現象を前にして黙って待っていられる筈がなかろう!」

テントの外にまで漏れるその声に、五郎はつい呆気にとられてしまったが、気を取り直して入り口をあける

「博士。ちょいとお邪魔しますよ」

今まさに注射器を自分の腕に刺そうとしている博士だったが

自分のテントを訪れた五郎とラバシを見て手を止める

「おぉ 君たちか!どうしたのかね?

まぁ そんな所に立っていないで、ゆっくり座ってくれ」

笑って迎え入れる博士

五郎達は勧められるままに椅子にこかけると

真剣な表情でラバシの話を始めた。

「博士、ご相談なんですが………」


…………


「そうか… 海を渡って来たのはそういう事情だったのか。

まぁ ちょうど良い、私もこれから知事に連絡しなければいけない用があったから、一緒に話してみるとしよう」

その言葉を五郎から通訳してもらったラバシは博士の手を取りブンブンと振り回して喜んだ

急に手を捕まれ振り回されて若干ビックリした表情になる博士だったが

解放されるなり、電話を取り道庁に電話をかけ始めた。





道庁

会議室内

「知事、博士とテレビ電話が繋がりした」

「スクリーンに出してちょうだい」

知事の指示に従い、職員が映像を会議室のスクリーンに繋げる

そのスクリーンには博士が映っている

博士は、お!映った。と呟きながら知事に挨拶する

『どうもお疲れ様です知事。会議はどうですか?』

その言葉に溜め息を漏らしながら高木知事はこたえる。

「順調に紛糾中です。そんな事は気にしなくていいです。

それより博士。報告事項があると伺いましたが?」

その返事に博士は興奮して説明を始める

『そうなんですよ知事!

免疫の人体実験に使った後ろにいる五郎君なんですが、免疫細胞を移植後に面白い変化が現れました!』

博士が後ろに立っている北島氏を指さて言う

というか博士、非公式の人体実験をそんなにペラペラ喋らないでほしい

当の北島氏は、あまり自分の立場を理解していないようで、手を頭に当てて照れながら挨拶しているが

この事を知らなかった職員がこちらに厳しい視線を送っている

「・・・それで、どんな変化が起こったのですか?」

一部職員の視線を無視して話を続ける

『それが、移植後に五郎君と彼らの言葉が通じるようになったのですよ! 彼らの発音している言葉自体は別言語ですが、原因不明のファクターにより、意志疎通が出来ている。

おそらくテレパシーの一種ではと推論しますが、仮に全道民に予防接種として免疫細胞を移植した場合、我々と彼らの言語の壁はぐぐっと下がるでしょう!』

なるほど・・・ この世界は我々の予想を越える事が多々あるようだ

そもそも難民のなかにいる獣人達だって、我々の知っている進化論からは考えられない存在だ

もう、転移前の常識は捨て去るべきかもしれあい…

「そうですか。もしそれの安全性が確立すれば

これからの交流に非常に有用でしょうね。

ありがとうございます。引き続き調査をお願いします」

実に有益そうな想定外に知事は笑って労う

だが通信を終える前に博士が話を続ける

『それと、言葉が通じるようになったことで

彼らが是非とも知事と話たいといっていますが、よろしいですかな?』

「そうですね。私も彼らの話を聞きたいと思ってました。こちらこそお願いします」

その言葉を聞いてすぐ、五郎がラバシを呼ぶ

会議室内はスクリーンに入って来た髭を蓄えた男に注視する。

その中で、緊張した面持ちで五郎はラバシしの話を通訳して話始めた…


……


「……つまり、あなた方は武装勢力に追われている難民なのですか?」

『ああ だが、我々は船でこの土地に逃れてきたが、奴らは船を用意していなかったから追跡は無理だ

暫くは安全だと思う」

つまり、我々は敵対する勢力がある難民を保護しているのか…

これは不味い…

外交安全保障上の不安定要素だ

「出来れば、あなた方を襲った集団について詳しく教えて頂けませんか?」

『あぁ… 奴らは我々の勢力圏と隣接するゴートルム王国のエルヴィス辺境伯の軍勢だろう。

何度か戦ったが辺境伯家の旗しか無かった。まず間違いない』

「王国とは敵対関係にあったのですか?」

『いや王国内で我々亜人は差別される事はあっても、本格的に敵対する事はなかった。

だが、あの辺境伯は違う、土地をめぐって度々小競り合いを起こしていた。

なんでも、神に与えられた土地を神の恵みを知らぬまつろわぬ者から奪還するとのたまっている。

実に自分勝手な理由だ。奪還するも何も、元々あそこは我々の土地だ!』

説明するラバシがヒートアップする。

五郎も忠実に演技付きでそれを伝える

「そうですか… となると、いずれこちらにも火の粉が飛んできそうですね」

その言葉を聞きラバシは青ざめる

自分たちの安全ばかりを気にして、彼らが巻き込まれるとは考えていなかった

見捨てられては困る。最早、行き場など無い

『頼む!どうにかこの土地に住まわせて頂けないだろうか!我らの力と精霊の加護をあなた方に必ず役立つと約束する。

だから… 頼む!』

そう言って、役に立つと売り込むラバシの握った拳がが紫色に光る


!!!!!!!


突然のことにラバシ意外の全員が仰天する。

知事も目を見開いて驚き尋ねる

「!? そっそれは一体何ですか?」

予想外の反応が返ってきたため、ラバシも困惑気味に言う

『いや、決意表明のつもりだったんだが…

頼む!我らは必ず役に立つ!お願いだ!』

「いや そんな事ではなく、その光った手は何だったんですか!?」

見当外れのラバシの回答は無視して知事は聞く

その驚きように、さも当然のようにラバシは答える

『これか?こんなのは唯の精霊魔法だが…』

「「「「「「「魔法!?」」」」」」」

会議室の全員から声が上がる

その様子を見てラバシは左手を紫色の光を灯したり消したりしながら説明する

『あぁ 私のようなドワーフの場合は、肉体強化の魔法だ。

これがあるお陰で、他の種族が茹で上がってしまうような地底の環境をものともせずに大鉱山が作れる。

人種と違い、我ら亜人は一種類の魔法しか使えぬが、その分強力だ。

難民のなかの各部族も、それぞれ精霊魔法が使えるぞ』

その説明を聞いて全員が信じられないといった表情を浮かべる

魔法である。

この世界は、こんなことまでアリなのか…

だが、それを見せつけられると信じざるを得ない

というか、最早何でもありだ

おとぎ話通りに便利な力が実在するなら、北海道の産業に革命をもたらすかもしれない

高木知事は、そう考えると

笑顔でラバシに言う

「良いでしょう。あなた方が此処で生きていけるように手を打ちましょう。

改めてまして言います。

ようこそ 北海道に!」

その言葉にスクリーンの向こうで歓声が溢れた

ラバシと五郎は知事に何度も礼を言いながら通信を終えた。

「と、ご覧頂いたようになりましたが

この会議で議論すべき事が増えましたね。

彼の処遇ですが如何しましょう」

知事の問いに、出席者の一人が待ってたばかりに発言する

「是非とも労働力として活用しましょう!

彼らの特殊能力は産業振興に打ってつけです!」

それに対して公安関係の出席者が反論する

「だがしかし、犯罪や暴動に使われれば脅威だ

想像してみたまえ、2万の暴徒が魔法なんて未知の力を振り回すのを…

それに防疫体制も整っていないではないじゃないか」

「だが、それにしても魅力だよ。

君は知っているか?異変後、道内の労働者・失業者にとった調査によると

失業した場合、次の職に鉱山労働は考慮に含まれるかとの問いに

鉱山もやむ無しと答えたのは殆ど居なかったそうだよ。

内地との経済活動が途切れ、道内の労働人口の大部分を締めるサービス業から大量の失業者が出ることも予想されるが

ホワイトカラーから、鉱山労働者へ転換するのは不可能に等しい。

それに彼らを投入出来れば、我らの資源自給はかなり改善できる」

「だが、市民の安全もないがしろにはできん!」

議論は慎重派と推進派が平行線をたどる

どうにもなかなか結論は出そうにない

そんな議論に知事が割って入った。

「色々意見ありがとうございます。

皆さんの考えはとても参考になりました

そこで、こういったのは如何でしょうか。

まず、彼らを小グループに分けます。暴動が起きても対処できる人数が好ましいですね。

次に彼らを必要とする産業界に振り分けましょう。

名目は”産業文明になれるための研修”。同化政策と経済対策を一度に行います。

転移前に各地の事業者が途上国の労働者を研修と称して招聘し、法定外の低賃金で働かせていたことが問題になっていましたが

今回はそれを道が主導で行います。もちろん法定内の賃金は払いますが、あくまで研修なので最低限です。

彼らには、衣食住を保証し我々の文化になれる為に研修を行うと説明すればよいでしょう。

その後、相互に連携が取れないよう道内各地に分散させます。

防疫上、若干の不安がありますから人口密集地を避け、郊外に隔離した宿舎を事業者に建設した方が良いですね。

その時、事業者にも治験として免疫細胞の移植を難民導入の条件として提示します。

隔離の期限は、都市部の人間の予防接種が終わるまで

その間に難民には文明社会を叩きこみ、相互依存の関係を作ります。

と、こんな感じでは如何かしら?」

「まぁ 最初は仕方ありませんな。ですが、鉱山開発にはまとまった人数が必要ですぞ?」

「では、そういった特例的な場所については、公安の監視を張り付けさせましょう。

ですが、人数についてはこちらで一定の上限は決めさせていただく」

会議は収束に向かっていく

新体制の発足と難民の道内への導入へ向けて・・・






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あとがき


駆け足ですが、獣人を北海道にばら撒きます。

個人的には、漫画ガブメントに出てきたポッチャリなバズボーンみたいなのがめんこいと思うんですよ。

あぁ でもホロみたいな狼娘も捨てがたい・・・

どうすっかなぁ





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