忘却少年 前篇
28000HITを踏まれた蒼夜さまからのリクエスト。
キセキ黒でWCであればすきにしてください。です







「頭を強く打ったようですね。外傷はそれほどでもないので、少ししたら目を覚ますと思います」

「ありがとう、ございます」

医師の言葉に、火神はホッと安堵の溜め息をつく。大した怪我じゃないと解っていたけれど、場所が場所だけに心配だったのだ。
試合中に青峰とぶつかり、頭部から出血している黒子を見て、我を忘れて助けてしまうくらいに。
「黒子君、平気?」
カントクも心配そうに顔を覗き込む。休憩時間になってすぐに駆けつけたところを見るに、カントクも黒子を心配しているようだった。
「…すぐに目が覚めるって。その、先輩たちは?」
「なら、いいけど。他の奴らは邪魔だからおいてきたわよ」
ベッドに寝ている黒子を残したまま、二人は部屋を出る。目が覚めるまで側にいたいけどそういうわけにもいかない。試合がある。ミーティングもしなければいけない。

名残惜しそうに立ち去る二人は気付かなかった。黒子の瞼が震えていたことに。





どうして。
もう一度、それだけだったのに。
戻りたい。
幸せだった、あの頃に。
還りたい。






黒子が抜けたので、誠凛は今まで以上に劣勢だった。みんな、黒子のことが気になって仕方がなかった。
それでも、試合は続く。無情にも続く。

扉が、ゆっくりと開く。

黒子君、と慌てる声がして、ベンチにいる人間もコートにいる人間も一斉に顔をそちらへ向けた。
目に映るのは、頭を包帯で覆った少年。
「黒子!もう大丈夫なのか?」
「黒子、頭は痛くない?」
ベンチが騒がしくなり、心配する様子で、観客はこの少年がさっき青峰とぶつかっって、運ばれた選手だと気付いた。

黒子はその声に反応しなかった。
会場をぐるりと見まわして、一点で視線が固定される。ずっと、青峰をまじまじと見ている。
そして、首を傾げる。
何かがおかしいと、気付いた人間が何人かいた。


今の、黒子はまるで。そう、まるで。あの表情と雰囲気は…あの頃の黒子だ。



その中の一人、青峰が口を開く。「……テツ?」
信じられないと、試合中にも関わらず、棒立ちになって紡がれた掠れた声音が物語っていた。青峰を見て瞬いたあと、また黒子は首を傾げる。
「青峰…くん、ですか?」
「え?」
驚いたのは周りだ。今度は青峰だけじゃなく、試合中に全員が固まって黒子を凝視した。黒子が青峰を分からないわけがない。
「本当にテツなのか? だって、お前……」
「はい。どうしたんです? 青峰君、ユニフォームが違いますけど」
何故、帝光のユニフォームを着て無いのですか?そういえば、ボクもどこかの学校のユニフォームを着ていますね?
心底、解らないという風に黒子は戸惑う。

何かおかしい、と思った青峰の予感は当たっていた。黒子は真顔で妙なことを言い出したのだ。
「あの、青峰君、ここはどこなのでしょうか? ボクは確か、教室にいたはずですが」
「…教室?」
「はい、授業中だったはずなんですが、ここは…体育館ですか?」
教室。黒子の年齢ならばいてもおかしくは無い。ただし、WCの開催期間ではなければの注意書が付く。

黒子が教室で授業中だったなんてことは有り得ない。
「待てよ、テツ。今まで…帝光の、自分のクラスにいたのか?」
「そうですけど。どうかしたんですか? 顔色が悪いようですが」
黒子は嘘をついている風ではなかった。少なくとも、黒子に嘘をついているつもりはない。黒子は教室にいた。その、記憶が確かなら。
「えっと…、テツ? 変なこと聞くけど、お前は今、いくつなんだ?」
「? 十三歳ですよ。一月がくれば十四歳ですけど」

決定打だった。何も知らない者でさえ、おかしいと気付いた。当たり前だ。黒子は高校生なのだ。十三歳なわけはない。明らかに記憶喪失。いや、この場合は記憶後退と呼ぶのだろうか。とにかく、ここ一、二年の記憶を失っている。

青峰は目眩を懸命に堪えた。倒れている場合じゃない。でも、自分にはどうすればいいか見当もつかない。

- 40 -
[*前へ] [#次へ]
戻る
リゼ