国内の戦闘機生産が55年ぶりに途絶 航空機産業界が見守るFX(次期主力戦闘機)の行方
ダイヤモンド・オンライン 9月30日(金)8時29分配信
9月27日、三菱重工の小牧南工場(愛知県豊山町)で航空自衛隊向け支援戦闘機「F-2」の最終号機の引き渡し式典が行われた。
大宮英明社長自らも出席した式典の華やかさとは裏腹に、三菱重工関係者の心中は暗い雲に覆われていたのではないか。2000年の量産開始以来、累計94機を納入したF-2の最終号機引き渡しは、1956年から続いた戦闘機の国内生産が途絶えることを意味していたからだ。
機体では三菱重工と川崎重工、富士重工、エンジンではIHI、電子機器では三菱電機など、戦闘機生産は日本を代表する企業が関わってきた。2010年度時点で製造金額の4割を防衛需要に依存する日本の航空機産業にとって、戦闘機の受注がなくなることは大きな痛手だ。生産に空白期間が生じれば先端技術の継承が難しくなるし、何より雇用や設備を維持することもできなくなる。
なぜ、戦闘機の生産が途絶えてしまうのか。次期主力戦闘機(FX)の選定作業が大幅に遅れてしまったからだ。
F-2最終号機が納入された前日、9月26日に海外の航空機メーカーなど3社がFXに関する提案書を防衛省に届け出た。これにより、米ボーイングの「FA-18スーパーホーネット」、米ロッキード・マーチンを中心に9ヵ国が共同開発中の「F-35ライトニング2」、そして英BAEシステムズなど欧州4社が開発した「ユーロファイター・タイフーン」が最終候補に絞られた。
今後、防衛省内のプロジェクトチームが11月末をめどに3機種の中からFXを選定、防衛大臣、安全保障会議の承認を経て、12月中には閣議決定し、2012年度予算に関連経費が計上される見通しだ。
だが、このプロセスは当初の予定より3〜4年遅れている。そもそもFX計画は先の中期防衛力整備計画(2005〜09年度)に現用の「F-4」の後継機として盛り込まれたもので、09年度には納入が始まっているはずのものだった。
これが予定通り進まなかったのは、防衛省が世界最強の戦闘機といわれたロッキード・マーチンの「F-22」(ラプター)にこだわったため。最新鋭機の情報流出を恐れた米議会が反対したことで、F-22の調達は暗礁に乗り上げたのだが、それでも防衛省はあきらめず議会の承認を待ち続けた。「共和党政権が続いていれば承認される可能性もあった」と見る防衛関係者もいるが、ブッシュからオバマ大統領へ政権が移ると、米政府は非常に高価なF-22の生産中止を決定、ついに防衛省もあきらめざるを得なくなった。
この時間的ロスが3〜4年の選定作業の遅れと戦闘機の国内生産途絶につながったのである。
さて、FX選定の基準だが、性能、コスト、納期の3つがポイントとなりそうだ。
まず、性能についてはレーダーに探知されにくい最新鋭のステルス性を備えたF-35が他の2機種より優れているというのが専門家の一致した見方だ。
航空ジャーナリストの青木謙知氏は、「F-18は元々、20年前に開発された機体。ユーロファイターも設計開始から10年経っている。今後30年程度運用することを考えれば、技術的に一番長持ちするF-35を選ぶのが妥当」と指摘する。
実際、航空自衛隊でもF-35を推す意見が強いといわれる。中国やロシアが第5世代といわれる高性能戦闘機を独自開発していることを考えれば、防空任務に当たる空自が最新鋭機を望むのは当然のところだろう。
しかし、コストと納期の2点が、F-35調達のネックとなる。F-35の納入価格は一機当たり6500万ドル(約50億円)といわれているが、過去のF-4やF-15の例では国内でライセンス生産した場合、価格は2倍以上に跳ね上がる。すでに量産されているFA-18やユーロファイターは、これよりかなり安くなるものと見られる。
さらに、現在も開発段階にあるF-35は米軍への正式配備ですら早くても2017年中といわれており、16年の配備を目指す防衛省の計画には間に合わない。開発段階の機体をとりあえず調達し、後で改良を施すという手もあるようだが、現用のF-4の老朽化が顕著だけに納期の遅れは深刻な問題になる。この点でも、FA-18とユーロファイターが一歩リードしているといえよう。
もう一つ、F-35に不利な点がある。これは日本企業とのIP(産業協力)の問題だ。F-35は米英など9ヵ国の共同開発だが、日本は武器輸出三原則の縛りがあってこれに参加できない。このため、重要な技術や仕様は開示されず、日本企業が行うのは最終組み立てと完成検査などに限定されるのではないかと見られることだ。
一方、ユーロファイター陣営は、ソフトウェアのソースコードを含めて「ブラックボックスフリー」ですべての技術を開示する方針で、ボーイングも「日本企業は(FA-18の)設計、製造に参加可能」と明言している。
つまり、日本の航空機産業にとってはユーロファイターやFA-18のほうがビジネスとしてのうまみが大きいということになる。
ただ、今回のFXだけでなく、今後10年ほどで一部の機体が退役時期を迎えるF-15の後継機まで視野に入れると事情がまた異なってくる。
青木氏によれば、「F-15後継機を選ぶ段階でも、日本が調達可能な戦闘機の顔ぶれは現在と変わっておらず、今回と同じ3機種が候補に挙がる可能性が高い」。約200機が配備されているF-15の後継機となるとビジネスチャンスも大きく、仮にそこまでを睨んでロッキード・マーチンがIPで日本企業に有利な提案をしているようなら、F-35のチャンスが広がってくる。
3陣営の提案内容については防衛省内の一部関係者を除いて知るべくもないが、いずれにしろ実質あと2ヵ月でFXが決まる。航空機産業界は固唾をのんでその行方を見守っている。
(「週刊ダイヤモンド」委嘱記者 田原 寛)
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大宮英明社長自らも出席した式典の華やかさとは裏腹に、三菱重工関係者の心中は暗い雲に覆われていたのではないか。2000年の量産開始以来、累計94機を納入したF-2の最終号機引き渡しは、1956年から続いた戦闘機の国内生産が途絶えることを意味していたからだ。
機体では三菱重工と川崎重工、富士重工、エンジンではIHI、電子機器では三菱電機など、戦闘機生産は日本を代表する企業が関わってきた。2010年度時点で製造金額の4割を防衛需要に依存する日本の航空機産業にとって、戦闘機の受注がなくなることは大きな痛手だ。生産に空白期間が生じれば先端技術の継承が難しくなるし、何より雇用や設備を維持することもできなくなる。
なぜ、戦闘機の生産が途絶えてしまうのか。次期主力戦闘機(FX)の選定作業が大幅に遅れてしまったからだ。
F-2最終号機が納入された前日、9月26日に海外の航空機メーカーなど3社がFXに関する提案書を防衛省に届け出た。これにより、米ボーイングの「FA-18スーパーホーネット」、米ロッキード・マーチンを中心に9ヵ国が共同開発中の「F-35ライトニング2」、そして英BAEシステムズなど欧州4社が開発した「ユーロファイター・タイフーン」が最終候補に絞られた。
今後、防衛省内のプロジェクトチームが11月末をめどに3機種の中からFXを選定、防衛大臣、安全保障会議の承認を経て、12月中には閣議決定し、2012年度予算に関連経費が計上される見通しだ。
だが、このプロセスは当初の予定より3〜4年遅れている。そもそもFX計画は先の中期防衛力整備計画(2005〜09年度)に現用の「F-4」の後継機として盛り込まれたもので、09年度には納入が始まっているはずのものだった。
これが予定通り進まなかったのは、防衛省が世界最強の戦闘機といわれたロッキード・マーチンの「F-22」(ラプター)にこだわったため。最新鋭機の情報流出を恐れた米議会が反対したことで、F-22の調達は暗礁に乗り上げたのだが、それでも防衛省はあきらめず議会の承認を待ち続けた。「共和党政権が続いていれば承認される可能性もあった」と見る防衛関係者もいるが、ブッシュからオバマ大統領へ政権が移ると、米政府は非常に高価なF-22の生産中止を決定、ついに防衛省もあきらめざるを得なくなった。
この時間的ロスが3〜4年の選定作業の遅れと戦闘機の国内生産途絶につながったのである。
さて、FX選定の基準だが、性能、コスト、納期の3つがポイントとなりそうだ。
まず、性能についてはレーダーに探知されにくい最新鋭のステルス性を備えたF-35が他の2機種より優れているというのが専門家の一致した見方だ。
航空ジャーナリストの青木謙知氏は、「F-18は元々、20年前に開発された機体。ユーロファイターも設計開始から10年経っている。今後30年程度運用することを考えれば、技術的に一番長持ちするF-35を選ぶのが妥当」と指摘する。
実際、航空自衛隊でもF-35を推す意見が強いといわれる。中国やロシアが第5世代といわれる高性能戦闘機を独自開発していることを考えれば、防空任務に当たる空自が最新鋭機を望むのは当然のところだろう。
しかし、コストと納期の2点が、F-35調達のネックとなる。F-35の納入価格は一機当たり6500万ドル(約50億円)といわれているが、過去のF-4やF-15の例では国内でライセンス生産した場合、価格は2倍以上に跳ね上がる。すでに量産されているFA-18やユーロファイターは、これよりかなり安くなるものと見られる。
さらに、現在も開発段階にあるF-35は米軍への正式配備ですら早くても2017年中といわれており、16年の配備を目指す防衛省の計画には間に合わない。開発段階の機体をとりあえず調達し、後で改良を施すという手もあるようだが、現用のF-4の老朽化が顕著だけに納期の遅れは深刻な問題になる。この点でも、FA-18とユーロファイターが一歩リードしているといえよう。
もう一つ、F-35に不利な点がある。これは日本企業とのIP(産業協力)の問題だ。F-35は米英など9ヵ国の共同開発だが、日本は武器輸出三原則の縛りがあってこれに参加できない。このため、重要な技術や仕様は開示されず、日本企業が行うのは最終組み立てと完成検査などに限定されるのではないかと見られることだ。
一方、ユーロファイター陣営は、ソフトウェアのソースコードを含めて「ブラックボックスフリー」ですべての技術を開示する方針で、ボーイングも「日本企業は(FA-18の)設計、製造に参加可能」と明言している。
つまり、日本の航空機産業にとってはユーロファイターやFA-18のほうがビジネスとしてのうまみが大きいということになる。
ただ、今回のFXだけでなく、今後10年ほどで一部の機体が退役時期を迎えるF-15の後継機まで視野に入れると事情がまた異なってくる。
青木氏によれば、「F-15後継機を選ぶ段階でも、日本が調達可能な戦闘機の顔ぶれは現在と変わっておらず、今回と同じ3機種が候補に挙がる可能性が高い」。約200機が配備されているF-15の後継機となるとビジネスチャンスも大きく、仮にそこまでを睨んでロッキード・マーチンがIPで日本企業に有利な提案をしているようなら、F-35のチャンスが広がってくる。
3陣営の提案内容については防衛省内の一部関係者を除いて知るべくもないが、いずれにしろ実質あと2ヵ月でFXが決まる。航空機産業界は固唾をのんでその行方を見守っている。
(「週刊ダイヤモンド」委嘱記者 田原 寛)
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最終更新:9月30日(金)8時29分
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