小島慶子のこの本にキラ☆キラ
休日でも仕事、育児、家事に追われ、好きな本をゆっくり読む時間がほとんどないという小島慶子さん。そんな中で読む本は、ネタになるような本ではなく、自分が本当に友人にすすめたくなるような本に絞っているそうです。「キラ☆キラ」の番組内でも小島さんが熱く語った本や、繰り返し読んでしまうというお気に入りの本を紹介。
いまの日本を救う「希望の書」
この本は、放射性物質が薄く広範囲に撒き散らされたということはどれだけ大変なのかということを言葉を尽くして具体的に説明しているんですが、「こんな手段があるよ、これが必要だよ」というのを提示する希望の書なんです。これを読むと、できることが見えてくるんですね。
日本の放射性物質の汚染を目の前にして、できることっていっぱいあるんだ、知恵を持っている人も技術を持っている人もいて、その道具もあって、ただ法律の不備であったり、想定されている事態が今と違うから法律が機能していなかったりというのは、仕組みの問題なんだと。運用さえしっかりできれば上手くいく、打てる手はいっぱいあるということを言っているんです。単なる糾弾ではなく、「これができる、これがやりたい、でも法律が邪魔をしているから法律を変えてくれ」とか、「これができる、気付いている人もいる、でも人とお金が足りないからそれを何とかしてくれ」とか、すごく具体的なんです。中には「外国はこういっているからもう逃げろ!」とか、ただ言うだけで煽るだけのような、手を差し伸べていない情報もあるわけですよ。でも、著者の児玉龍彦さんは自分にできる限りの具体的なデータを出した上で手を差し伸べているんです。南相馬で自ら行った除染作業を通じて、今現在何ができるのか、今現在何が障害になっているのかということを強く訴えている。「こういうことがあるかもしれない」という可能性の話は誰でもできるんですよ。でも、「これとこれとこれをクリアすればあれはできる」と断言することはとても勇気のいることで、私はとても共感したし、信頼できると思ったんですね。
まだ知らない人がこの本で知ってくれたらいいなと思っています。
向田邦子の「入り口」になった本
久世光彦さんの『向田邦子との二十年』は何度読んだか分からないほど読みました。向田さんを好きになったのは、久世さんのこの本を読んだからなんです。向田さんは『かわうそ』を読んで印象に残っていましたが、それ以上知る機会はあまりありませんでした。何年か前、向田さんを特集している番組でこの本が紹介されていて、手にとってみたら一気に向田さんに興味が湧いたんです。ちょうどその頃全集も発売され始めたので、順番に買っていきました。人生初の全集です。でも入り口は、「久世さんが本にした向田邦子」という人に興味があったからで、久世さんが向田さんを見る目が好きなのかもしれません。久世さんは演出家なのでこの本も多少脚色はあったとは思いますが、それでも男の人が女の人を書いた本としては、とても素敵だなと思っています。
久世さんはTBSの大先輩であり伝説の人で、つい数年前までご存命でしたから、ご一緒したことのある方からはよく話を聞いていました。私はご一緒することはなかったんですが、「どんな人なんだろうな」と思っているうちに亡くなってしまったんです。それが残念でしたね。
この時代をあえて疑ってみる
「いま我々は大変な時代に生きているのだ!」とか、あるいは「世の中は人を騙そうとする悪い奴らでいっぱいだ!」とか、スケールの大きな話に私たちは取り囲まれていますが、そういうものを「本当か?」と疑って、「歴史的に見ても今だけが特別大変な時代じゃないんじゃないか?」「こんなに酷い目にあっているけど、それほど大変じゃないんじゃないか?」とあえて考えてみると、「本当に大変だと思うべきこと」がちゃんと見えてくるんですね。最初から「我々は特別な運命のもとに生まれて特別な時代を生きているのだ!」と言ってしまうと、日々の暮らしのささやかなことや、価値のないものに見える一人ひとりの苦しみなどが取りこぼされてしまうんですね。本当はのうのうと暮らせているからこそ「我々は今大変な時代に生きている」とか「アレは陰謀論だ」とか言えるんじゃないか、本当に大変な時代だったり陰謀に巻き込まれていたら、生き延びることに必死だろうと堀井憲一郎さんは書いているんです。
そう考えたら、口先だけの大変ぶりなんて虚しいだけだ、呑気なものだということが非常に分かりやすい言葉で書かれています。素晴らしい本でした。堀井さん、あんなテキトーなおじさんなのに、いい本を書くんです(笑)。
人間の根底にある浅ましいもの
「もっと早く読んでおけばよかった!」と思った本です。著者の高田理惠子さんは大学教授で、出てくる文献や人名が教養のある人しか分からない難しい内容なのでやや専門書っぽいんですが、第四章の「女と教養」と「あとがき」がとても面白いんです。女にとっての教養というものは、教養のある男を捕まえるための道具としてとらえられてきた面が否めないし、それは非常に俗なものであると。つまり、「勉強していい学校に入っていい企業に入れば、いい人脈もできていい人生が歩めるのよ」という、人のベースにある浅薄な気持ちですね。私はずっとこの恩恵に浴して階段を登りつめて、この本(『女子アナ以前』)で言えば、「俗悪」の極みにいるような女子アナというものになって(笑)、高い給料をもらっていい思いもしてきたわけです。でも、ずっと私はその根底にある浅ましいものと戦ってきて、自分の中にそれがあることも分かってはいたんですけど、それを見事にクリアに書いてくれているんです。私は思わず「なるほど!」とひざを打ってゲラゲラ笑いながら読みました。
予備知識・基礎知識がなくても、非常に面白く読めると思います。
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