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[14185] BLOODY CHAOS
Name: SIN◆d5840ce4 ID:a4bb5faf
Date: 2011/02/12 19:58
どうも初めまして。SINです。以後お見知り置きを。

小説投稿は今回が始めてなので、いろいろと不備があるかもしれませんが、よろしくお願いします。

さて、本作品は
出血 暴力
等の表現が含まれておりますのでご了承ください。
また、「小説家になろう」にも投稿しています。

投稿速度はかなり遅い方だとおもいますが、気長にお待ちいただけるとありがたいです。読んで気になる点などがあれば、どんどん申してください。

それでは、どうぞお楽しみください!!



[14185] 序章 [月光に舞う狂気]
Name: SIN◆d5840ce4 ID:a4bb5faf
Date: 2011/05/11 01:48
2052年 4月25日 深夜3時 
 日本 東京都 渋谷 高級住宅街

「ようこそ我が館へ……」
 年配のタキシード姿の小太りの男が、サングラスをかけた茶色のスーツ姿の男を自室に迎えた。
 部屋はかなり広く、奥には窓が一つある。さらに天井には円形の天窓がある。 窓際にはベッドがあり、部屋の中央には、向かい合うように置かれたソファーが2つ、その間には長方形型のテーブルがあった。
「どうぞ、おかけになってくだされ。遠くからおいでになったのです。お疲れでしょう?」
「……有難う御座います」
 二人は向かい合うようにソファーに座った。スーツ姿の男は、手に持っていたアタッシュケースをテーブルに置き、それを開けた。
「……フフフ。計画通りですな」
 中には多くの一万円札の束があった。一束50枚ぐらいだろうか。その金は、 この男がスーツ姿の男が所属するアメリカンマフィアに送る麻薬との交換金であった。
「麻薬の方は、後日にそちらへ渡しますので、少々お待ちを」
 小太りの男が、不気味な笑みを浮かべながらそう言った。
部屋には照明はついておらず、代わりとなっていたのは、天窓からの月光である。その月光が小太りの男の笑みをより一層恐ろしく見せた。

 だがその時……
 
 ガッシャーン!!!

 突如、天窓が派手な音を出して割れ、その直後に銃声が鳴る。スーツ姿の男の脳天から鮮血が吹き出る。
「うぐぉっ……!」
 スーツ姿の男がソファーにもたれかかったと同時に、ガラスの破片とともにテーブルに何かが降ってきた。
「……少年!?」
 男が見たのは、少年だった。
 身長は165cmぐらいで、普通の体格をしている。黒いシャツ、黒いズボン。その上には、黒いロングレザーコートを身に纏っている。少年の髪は黒色のショートヘアで、天窓が割れたことで強くなった月光が、それをより一層際立たせた。
 一番気になる点は、その少年の右目だった。左目は黒であるのに対し、右目は鮮やかなルビーのような真紅色である。
「オッドアイ!? まさか貴様、『BLACK WALTZ』の……!!」
「……大当たり」
 少年は悪魔のように微笑むと、両手に持っていた黒と白の自動式拳銃を、小太りの男の頭に突きつけた。
「賞品は鉛球だ、クズ」
「ちょ、待っ――」
 男の言葉が終わらないうちに、少年は引き金を引いた。男が頭から鮮血を撒き散らしながら、後方にぶっ飛んだ。
 少年は二丁の拳銃を腰についているホルスターにしまい、ズボンのポケットから黒色のケータイを取り出す。フリップを開き、ケータイを耳に近づけた。
「こちらキース。対象殺害。修羅、周囲の状況は?」
「OK、キース。先程の銃声を聞いて、ガードマンがそちらに向かっている。かなりいるぞ」
「……少し夜更かしになりそうだ。先に帰っててくれ」
「えっ!? おい、ちょっと待て!! キ-ス――」
キースという少年は、仲間の修羅という者の言葉を最後まで聞かず、フリップを閉じた。
 キースの表情は、密やかに微笑んでいた。目は笑っていない。そして、部屋の出口の扉に向かい、左目を片手で押さえながら呟く。
「……さぁ、パーティーはこれからだぜ……」



[14185] 第1章 [Encounter of alteration]  1-1 [歴史]
Name: SIN◆d5840ce4 ID:a4bb5faf
Date: 2011/05/11 01:51
西暦2044年、エネルギーが限界に近づいたこの年、最後のエネルギー資源地、モザンビークの争奪戦が全国で起こった。
 当初、各国代表が円卓会議を開き、激しい論戦が繰り広げられたが、結局決められぬままでいた。
 2045年、ある人物により、会議中に一発の銃弾が走った。それを引き金に、会議は決裂、全面戦争へ突入した。
 飛び交う銃弾。
 砕け散る大地。
 焼け焦がれる街。
 そして……積み重なる……死。
世界に戦いの逃げ場はなかった。人々に残された選択肢は、わずかだった。
 戦うか、逃げ続けるか。
 ただ、「終わり」を願って人々は生き残り続けた。だが、「人間」が朽ち果てるのは、時間の問題だった……。
 だが、そのとき「希望」が舞い降りた。
 2049年、「SAVIORS・ARK」と名乗る組織が突如として現れた。彼らはどの国にも属しなかった。一人の創設者と、幾多の傭兵で構成された組織の願いは……「戦いの終わり」。
 仮面で顔を隠した創設者は、高らかにそう告げた。それを引き金に、各地の戦闘地域で彼らの介入行動が始まった。当初、世界は組織を見下していた。
 彼らだけで終わらせられない。
そう感じていたのだ。だが、事態は急変した。
 各地で起こっていた戦闘が、ことごとく停止していった。原因は、「SAVIORS・ARK」。数々の彼らの勝利の要因……未知のエネルギー技術。その技術は世界のどこでも研究されていないものであり、しかも、彼らはそれを難なく兵器に転用していたのだ。それらは当時の最新兵器を遥かに上回る性能を持ち、各国にその力を見せ付けていた。
 だが、「SAVIORS・ARK」はそれをあくまで「象徴」として扱わず、不殺を掲げていた。
「万物の消失は負への誘導にしかならない」
創設者は、敗北者にそう言い聞かせた。
 そして、活動開始2ヶ月後……最後の戦火が消えた。わずか2ヶ月で、4年間続いた争いは終わった。信じられない現実が、世界に響いた。
 望んだ「終わり」は来た。だが、何もなかった。生きる糧がなかった。
 だが、「SAVIORS・ARK」はその時、その名通りの「救世主」となった。
 彼らは、最新技術を世界に解き放ったのだ。それまで眠り続けた、「力」を……。
 荒廃した世界は再生した。以前よりも高度に、巨大に、強力に。
 再生した世界は、同じ過ちを閉ざすために、世界恒久平和維持機関「RURER」を設立。世界全体の親交を促し、恒久平和維持を目指した
 それほどまでに発展させた根源――未知に溢れた青い液体状のエネルギーは、人々から「S・E(SAVIORS・ENERGY)」と名づけられ、その後の世界の発展に利用された。
――――――だが、「救世主」である「SAVIORS・ARK」は、「S・E」提供後に創設者が姿を消したため、自動的に解体した。
――――――多くの「抗体」を残して。




[14185] 1-2 [遭遇]
Name: SIN◆d5840ce4 ID:a4bb5faf
Date: 2011/05/11 01:48
2052年 4月25日 午前7時
 
(……眠い、な……)
 窓から自分に射しかかる朝日の光を浴びながら、キース・オルゴートは半端目を開けた。左手首に付いている腕時計を見ると、7時丁度だ。ロッキングチェアに背を再び身を任せ、天井を見上げる。天井は何故か穴だらけだった。
(昨日の依頼で夜更かしし過ぎたからな……もうちょっと寝よう……)
 そう決めて、また目を閉じた……が
「おい!! キース!! 起き――」

              ドガン!

 ロッキングチェアの後ろのドアから、どでかい声を出しながら、茶髪のショートヘアの少年が出てきた。服装は、白い半袖Tシャツと黒いジーンズ。キースを起こそうと出てきたんだろうが、それは彼にとっては迷惑極まりないことであった。今彼が右手に持っている、天井に向けた白銃がそれを示している。
 白銃は、H&K―USPにキースが改造を加えたもので、連射性の向上と、衝撃の減少が成されている。少年は眉を潜めてキースを睨んでいた。
「騒ぐな、修羅……眠いんだよ……」
「自業自得だ! ドアホ!! ……あーあ、また穴が……」
 少年――桐宮修羅は天井を見上げながら嘆いていた。
 これで一体何発目だろうか。
「……105発目か……」
「いい加減にしろ!!」
 自嘲気味に言い放ったキースに、修羅は容赦なく食い掛かる。
「ほら起きろ!仕事だ、仕事!」
「後5時間寝かせろ。そしたら行く……」
「んなに待てっか!!」
 外から聞こえる小鳥の声が遮られるほどの騒ぎが、静かな朝に響いた……
 最も、これこそ日常茶飯事なのだが

 キースたちが今いる事務所は、キース率いるVIPH集団、「BLACK WALTZ」のアジトである。
 VIPH(vip hunter)とは、依頼人から頼まれた要人の殺害、捕獲などを実行し、報酬をもらう裏職業(アンダージョブ)だ。いわゆる、便利屋といったところだ。集団とはいえ、キースと修羅だけなのだが。
「……で、依頼人は誰だ?」
 カップに注がれたコーヒーを口に運びながら、パソコンに向かってキーボードをいじっている修羅にキースは尋ねる。
「かの有名な兵器開発企業、『フォート社』の社長さんからだ。内容は護衛。」
「社長を、か?」
「いや、その娘だ」
 修羅は頭を横に振りながらいい、左手でカップを口につけ、コーヒーを一気に飲み込む。
「大方、テロリストに狙われているから、そいつ等から守れ……に飽き足らず、並びに全員殺せとでも言うんだろう?」
 キースは分かりきったかのような口調でそういうと、修羅は鼻で笑った。同感、とでも言っているようだった。
「ま、詳細は会社で話すっていうから、飯食ったら行こう」
「ああ……そう言えば、昨日取ってきた札、どうだった?」
 思い出したかのようにキースが聞くと、修羅は一枚の札をポケットから出し、それを傍にあったライターで燃やした。札から赤い炎……否、緑色の炎が出た。炎は偽造された札を喰らっていく。
「偽だな」
「そう言うこった。一枚残して他のは燃やしといたから、それも証拠に出すといい」
 燃えていく札を落とし、それを踏みにじりながら修羅はパソコンの電源を落とす。
「フッ……名案だな」
 鼻で笑いながらキースがそう言うなり、修羅は朝食作りにキッチンへ、キースは支度をしに自室に向かった。

        今日も、いつもの一日が始まった……


 8:10 東京都 新宿

「マズイ、マズイ!! 遅刻しちゃうよー!!」
 一人の少女が新宿の市街地を全力で走っている。今日の新宿も、いつもと変わらず通勤者の足音と熱気で賑わっている。少女もその一人である。
 ほっそりとした体格で、栗色の長髪が風でたなびいている。彼女が着ている青混じりの黒い学制服は、最近有名になっている東京都帝学園の制服である。
 帝学園は大手企業の社長の息子、娘――いわゆる『金持ち』が通う学園である。そのような学園に少女が通っているということは、よほどの金持ちなのだろう。ルックスもかなり良く、顔立ちからも凛々しい印象を与える。
 だが、それらは彼女の第一印象ではない。彼女の瞳……蒼色の左目、翠色の右目のオッドアイ。両目が見せる鮮やかな色彩が、彼女――桐原 華奈が与える第一印象であった。
(うう……寝坊して遅刻なんてヤダよ~……)
 見ての通り、彼女は今学園に急いでいる。授業が始まるのが8:45であるが、現在の時刻を見ようと華奈が腕時計に目をやると……
          
          8:15

 着くまで走って、あと30分程。1秒を争う状況だった。
「わぁぁぁぁぁーーーーーー!! 遅刻するーーーーー!!」

            ボフ!!

 何かにぶつかった。その反動で華奈は後ろに倒れ込む。ぶつかった方向に振り向くと、一際体格がでかい男一人と、その後ろに体格が様々な男が四人いた。全員黒い学制服をだらしなく着ている。見たところ、でかいほうに当たったらしい。
「よー、御嬢ちゃん。なーにそんなに急いでいるんだい?」
 でかい男――このグループの親玉らしい者が、華奈に顔を近づけて低い声で聞いた。華奈は立ち上がりながらそれに応じる。
「あ、あの……学校に遅れちゃうので急いでたんです……す、すみません!失礼します!!」
 戸惑った声でそういうなり、華奈は男たちを抜けて走り出したが……腕が掴まれる感触と共に、停止する。振り返ってみると、親玉の大きな右手が、細い華奈の腕を掴んでいる。
「まぁ、ここで会ったのも何かの縁だ。俺たちと遊びに行かないかい?」
「なっ……離してください!」
 振りほどこうと華奈は腕を振るうが、親玉の握力はとても強く、逆にボスのほうへ体を引き寄せられた。
「学校なんかサボってさー、な?」
 他の男がそう言う。華奈は抵抗し続ける。
「嫌です!離してください!!」 


 同刻 東京都 新宿

「ふぁぁぁーーー……眠い……」
 欠伸をしながらキースは呟いた。そんな呟きは、朝の新宿を行き交う人々の足音で消えていき、誰にも聞こえないだろう・・・と思ったが。
「おいキース。そこら辺に寝転ぶなよ?通行人の迷惑だぜ?」
「しねぇよ……」
 隣を歩く修羅の冗談に、キースは不機嫌そうに応えた。
今二人は、依頼主のいるフォート社に向かっている。そのため、2人は今『商売道具』を持ち歩いているわけだが……流石に街中で銃などを裸で見せるわけにはいかないので、トランクなどで隠してある。修羅は銃類が入っているトランク一つ、キースは棒状の何かが入った細長い青い布袋を片手に持っている。
「ったく、こんな時に仕事なんか入れやがって……」
 キースは修羅を睨むが、修羅は歯を見せて笑う。
「しょうがないだろ?ウチは生活を立てるだけで精一杯なんだからよ」
「それで十分――」
「離してください!! 急いでるんですから!!」
「……あ?」
 突如割り込んできた女性の大声に、キースはおもわず言葉を途切らせてしまい、代わりに間抜けな声を出してしまった。
 声のした方向を見ると、
「騒ぐんじゃねぇ!!」
「早く連れていきましょうや」
「嫌ぁ!! 誰か助けて!!」
 でかい図体した男一人と様々な体格の男四人―――高校生の不良風情が一人の少女に絡んでいた。運悪く八つ当たりなどに遭ってしまったのだろう。集団がちょうど歩道の幅全体に陣取っており、キースを含めた周りの人々の邪魔になっていた。
「……あいつら……」
「ん? どうしたきー――っておい!?」
 突然のキースの反応に修羅は疑問を持ったが、それを口に出す前にキースの行動が早かった。布袋を腰に差し、不良たちの方に歩きだしたのだ。
「キース! 何しやがる気だ!?」
 呼び止めるが、キースは止まろうとせず、代わりに右手を振った。
「なーに、ちょっとした子遣い稼ぎだ。そこで見てろ」
 そう言うなり、キースは集団に近づき――
「どけ、通行人の邪魔だ」
 最前列にいた男の後頭部に手刀を喰らわせた。男は直後に倒れ、数秒間痙攣し――意識が飛んだ。それを機に、騒ぎは止んだ。
「……ったく、あの馬鹿……」


「……なんだぁ、てめぇ……?」
 親分の低い声とともに、華奈の腕を掴んだ手を離す。華奈は後ろに下がり、子分を殴り倒した少年を見る。
黒いズボン、黒いシャツの上に、黒いロングレザーコートを身に纏い、それに加え黒の短髪。全身黒ずくめ。その一言こそが第一印象でありそうだったが、それよりも印象に残るものがある。
(……片目が赤い……)
 そう。少年の右目は薔薇の赤色のように赤いのだ。色だけじゃない。その目つきそのものも、少年の年齢――おそらく自分と同い年だと思うが――に不相応な険しさをもっている。まるで、獲物を睨みつける獣のようだ。
「なんでもねぇよ。お前たちにとっても、その娘にとってもな」
「ワケわかんねぇこと言ってんじゃねぇ!!」
 少年の茶化すような声に反応するように、少年に近かった子分が少年に殴りかかってきた。
「あっ……!」
 咄嗟のことだったので、拳は少年の顔面に当たると思ったが……
「……おいおい、こんなんじゃ骨一本も傷つかないぞ?」
「く、あ……!!」
 少年は拳を止めていた。自らの右手で。子分はいくら力を出しても押し進まないことに動揺しているのか、その場から動けずにいる。
「屯すんなら……他所でやれ」
 そう言った直後、少年は掴んでいた子分の拳を前に押し出し――直後、骨が折れる音が微かにした。子分の痛覚が声として出る前に、少年は拳を捻り、子分の腕の関節部分に肘を打ち込んだ。襲いかかる痛みに耐えきれず、少年はその場に倒れる。
「――! ――!! 」
声にもならない叫びで、子分は痛みを訴える。
「て、テメェ!!」
 残りの子分二人が、少年に殴りかかる。が、少年は頭を後ろに倒したため、子分のフックは空を切る。直後にまた拳が向かってきたが、少年は難なくそれを右手で掴み、硬直した子分の腹に蹴りを喰らわせた。子分は後ろに吹き飛び、腹を抑えながら呻いた。
「あっ・・・ひっ!!」
 もう一人の子分は両肩を少年に掴まれ、少年と向かい合い――力一杯込められた頭突きを喰らった。直後、少年の意識は飛び、白目をむいたが、すぐに意識を取り戻し、頭を上げたが――
「大人しく寝てな……」
 飛んできたストレートを受け、今度こそ子分の意識は飛んだ。少年は肩を離し、子分のやられ様を見ていた親分に目を向ける。
「……!」
 先程の態度が嘘のように、親分は怯えていた。少年の強さ――否、少年の瞳が放つ威圧感に。
「……夏目 力也。お前を強姦容疑で“捕獲”する……」
 直後、少年は親分に駆け寄り、助走によって生み出された力を右拳に込め、腹にぶち込んだ。
「ぐっ、はっ……!!」
 親分は腹を抑えながら後ずさるが、後ろにある衣服屋のショーケースのガラスによってそれは阻まれる。
「……さっさとくたばれ、餓鬼」
 残身を解き、再び親分に駆け出し――ジャンプして足を揃え、見事なツインドロップキックが顔面部に直撃した。
 親分の体は反動で後ろに吹き飛び、うしろのガラスを割りながらショーケースに倒れ込んだ。数秒の痙攣の後、親分の意識は飛んだ。
「……」
 一部始終を見ていた華奈は、恐怖と混乱で立ち尽くしていた。
 何故助けてくれたのか
 何故ここまでやるのか
 疑問が渦巻く中、華奈は少年を見つめていた。学校に遅れることさえも忘れるほどに……
「……あ~皆さん。もうすぐ警察が来るんで、ここを空けておいてください。」
 少年はそういうなり、周りの人々は彼を見つめながら先程のように歩き出し、その場を後にした。
 だが、華奈は動じず少年を見つめていた。
「……そこの君」
「は、はい!?」
 突然声をかけられたので、華奈は少し動揺してしまった。構わず少年は続ける。
「大丈夫か? 何かされなかったか?」
「え、ええ……ありがとうございます、助けてくれて……」
「礼には及ばない。当たり前のことをしただけだ」
 あれが当たり前なのかと疑問に思うが、それを言うのはあまり良くないだろう……いろんな意味で。
「君、帝学園の生徒?」
「ええ――ああっ!?」
 華奈は学校のことを思い出すなり、思わず声を上げてしまった。
(ヤバい!遅刻するよ~!!)
「その様子だと、遅刻のようだな?」
 この少年、とても勘がいいのか、華奈が焦っている理由を簡単に突き止めてしまった。華奈は渋々、「はい……」と頷く。
「……ちょっと待ってろ」
 そう言うなり、少年は傍に止まっていた黄色のタクシーに駆け寄り、車に寄りかかっている中年の男性――運転手に声をかけた。何か話しているようだが……
「……君! このタクシーに乗れ!」
 相槌を打ち、少年は華奈にそう呼びかけた。
「え? でも……お金が……」
「金なら払った。さぁ、遅れるぞ」
 少年は華奈に寄り、右腕を掴んで無理やりタクシーに連れて行く。
 いくらなんでも滅茶苦茶だ。
「ちょ・・・とても悪いですよ! 助けてもらったついでにタクシーまで……」
「細かいことは気にしなくていい」 
 そう言うなり、少年は華奈の背中を押し、後部座席に座らせた。
「あっ、ちょっと待ってください! せめて、名前だけでも……」
 華奈は少年を見上げ、そう言う。少年はドアを閉めようとしていたが、華奈も呼びかけに反応し、その手を止める。
「……さっきのことは忘れろ。俺の事もだ……」
 微笑みながら少年はそう言い残すと、少年はドアを閉めた。
「あっ……」
 華奈は再度、少年を呼びとめようとした。が、車が動き出し、周りの景色が流れ始めた。少年も含めて……

       いつもとは違う形で、今日は始まった


「……成程、強姦容疑の高校生か。これはいい『売り物』じゃないか」
 周りに倒れ込んだ男たちを避けながら、修羅はキースに駆け寄った。
 キースは未だに少女を乗せたタクシーを見つめ続けていた。
「……惚れたか?」
 修羅は悪戯っぽくニヤニヤしながら、キースの背中を叩く。
「……馬鹿言うな。行くぞ」
 キースはぶっきらぼうにそう言うなり、再び歩き始めた。依頼主の下に向かって。
「待てよ、冗談だって」
笑いながら修羅も続く。

           ……今日は始まった……




[14185] 1-3[依頼]
Name: SIN◆d5840ce4 ID:a4bb5faf
Date: 2011/05/11 01:49
 
 大戦が終了した今でも、昔と同じく戦争は続いている。これは人類……いや、地球上に存在する全ての生物にとって、止めることができないことなのかもしれない。
 戦いを止めるために、兵士を集め、兵器を作り、人々はずっと抗い続けてきた。それが戦いそのものを拡大させるとは知らずに……
 旧世代の大量殺戮兵器が北極の『永久凍土庫』に封印されている今でも、人々は兵器を作り続けている。自国の防衛のために作り続けている。世界最大兵器開発企業『フォート社』も、その愚行を利益のために行う企業であった……


 フォート社 日本支社 午前9時30分 社長室

「で、俺たちに何を頼みたいんだ? 社長さん」
 腰に手を当て、キースは目の前のデスクの前に座る男に尋ねる。
3,40代といったところだが、まだ顔立ちは若い。茶色のスーツを着ており、ネクタイもちゃんと絞めている。
「……簡単なことだ。まず、これを見てくれ」
 そう言うと男はデスクの引き出しから一通の手紙を取り出し、それをキースに渡した。
「これは?」
「テログループからの犯行予告だよ……」
「ご丁寧なことですね」
 キースは手紙を開き、修羅も冗談をいいながらそれを見る。


 桐原 半蔵へ
 現在開発中の最新兵器の開発を中断せよ。
 最新兵器の完成は、我々の敗北だけでなく、祖国の崩壊を招く。
 今すぐに中断しなければ、貴公の娘を殺す。
 4月25日に連絡する。


「……ッハハハ……在り来たりな宣告だな、そろそろ見飽きたぜ」
 キースは手紙を読むなり、苦笑する。修羅も、同感だ、と言いたげに鼻で笑う。
「で、娘さんの護衛及びテロリストの殲滅……ってところですか?」
修羅は手紙をキースの手から取りながら前の男――桐原半蔵に聞いた。
「まぁ、そう言うことだな……もう1つ、頼みたいことがある」
「最新兵器の防衛か?」
と、そこにキースが割り込んできた。先程より、声を低くして。
半蔵が微かに、眉を顰めた。
「聞きたいことがある……最新兵器とは何だ?」
「……企業秘密だ」
声の調子、表情を変えずに半蔵はそう返す。だが、キースは1歩詰め寄り、片手をデスクに叩きつけた。
「……依頼遂行に必要な事項だ。場合によっては、銃の使用を控えなければならない」
「企業秘密にそんなに触れたいのか?」
 半蔵の言葉に、キース一層眼光を強くする。それに抗うが如く半蔵もキースを睨む。
数秒間、沈黙が続いた。
「……銃の使用は許可する。娘の護衛を最優先だ」
「……了解した」
 キースは渋々後ろに下がり、元の位置に立つ。一部始終を見ていた修羅は、別段そんなに動揺はしていなかった。
「任務をもう一度言う」
 半蔵が切り出したのと同時に、2人は半蔵に向き直る。
「私の娘の護衛、及びテロリストの殲滅が依頼だ……テロリストは皆殺しにしてくれ。1人たりとも、我が社の情報を持ち帰られたくない。更なる詳細は夕方に伝える。以上だ」


「まぁ、こうなることは分かってたよ。お前のことだしな」
「保護者みてぇなことをほざくな……お前も知っていたのか?」
 ベットに座り、拳銃の弾倉を見ながらキースは修羅に問いかける。一方修羅は、椅子に座って膝の上にノートパソコンを載せて何かを調べている。
半蔵との面会の後、二人は居住区の一室に案内された。娘が帰るまで待って欲しいとのことだった。このビルは、業務区、工場区、居住区の3つに分かれている。全50階、地下6階の内、地下全階と10階までが工場区、11階から30階までが業務区、それより上が居住区となっている。
「いや、勘さ……おっ、これこれ」
 目当てのサイトに辿りつき、修羅はパソコンの画面をキースに向ける。キースも弾倉から目を離し、画面を見る。
「全部英語だが、イギリス出身なら読めるだろう?」
「当たり前だ……やっぱな、道理で怪しいと思ったんだ」
 画面を目を細めて見ながら、キースは呟いた。
 画面に映っているのは、軍事関連の情報を公開しているサイトであり、英語で書かれている記事であった。タイトルには、「フォート社、S・E兵器開発に着手か」と記されている。
「……フォート社は先月、新兵器の開発を発表。コンセプトは発表せず、あまり多くを語らずに記者会見を閉じた。S・E兵器開発はあくまで噂であり、本当である可能性が極めて低い。それ以前に、S・E自体を入手することは、国際条約上不可能である……ところが、できるんだなこれが」
 記事を一通り読み、最後の一行に訂正を加えたキースは、修羅に目を向けた。修羅もそれに反応し、パソコンの画面下にあるタスクバーの一部をクリックし、再びキースに見せる。
「アメリカのS・E貯蔵庫の記録を探ったんだが、二か月前に盗難に遭っている……もちろん、公式に発表してないが」
「ドラム缶10缶分か……兵器開発には十分な量だな。VIPHの仕業か?」
「いや、詳細は不明。事件当時は夜に乗じて決行したと推測されている。痕跡は指紋一つ残ってなくて、組織、団体の特定は困難を極めているようだ」
「……そうか……」
 事件の状況を聞いたキースは、複雑な表情をしながら画面に映る文章を目で辿り続ける。
(……またか)
 それを見た修羅は、目を細めた。
 組み始めた時からそうだったが、いつもS・E絡みの話になると、難しい顔をして黙りこむ。そして、無闇やたらとそれを詮索しようとする。最初はS・Eに何か思い入れがあると片付けていたが、組んでから2年、それが続いている。
 ……何か不審だ……
「そろそろ話してくれないかな?」
 修羅がゆっくりと、だが、いつもの口調で切り出す。
「何のことだ?」
文章を読みながら、キースが応える。
 「S・Eに何の因果があってそんなにこだわるんだ? 今回の任務だって、最新兵器は直接関わっていない。それなのに、どうして――」
「修羅、お前には無関係だ。余計な詮索はするな」
最後まで話を聞かず、キースは顔を上げて修羅を見据え、淡々とした口調で告げる。無関係、という言葉に不快を感じ、修羅は少しいきり立って反論した。
「無関係って……俺たちはパートナーだろ? なら、お互いに秘密はなしだ。でなきゃ、不公平だ」
「……」
 黙り込んだ。沈黙した空気が一瞬、周りを包み込む。
 白状するか
 そう思ったのも、束の間だった。
 キースの目つきが――『狂気』に変わった。そして、修羅を睨みつける。赤く輝く右目が恐怖……否、それだけじゃなく、それ自身の概念を超えそうな『何か』を修羅の内側に打ち付けていた。
「……お前をくだらん理由でくたばらせたくない」
 言葉が静かに響く。何も考えられない。ただ、恐怖に耐えるのみ。
「それだけだ……」
 その言葉が合図のように、『何か』が消える。全身の力が、無意識に抜けた。体から魂が抜けたような感覚に襲われる。
「……おい、大丈夫か?」
「!?」
 肩を叩かれ、自制を取り戻した修羅は、キースに顔を向ける。
――さっきの目つきではなかった。
「……すまん、いきなりビビらせっちまって……」
 さっきの調子から覇気がそのまま剥がれたかのように、いつもの聞きなれた口調で心配してくる。
「あ、ああ……こっちもすまない……」
 怖気が少し残っていたため、動揺気味に修羅は返事をした。
「……とにかく、今は任務に集中しよう。
修羅、偽造IDを使ってテロネットワークに入って、ターゲットの情報を収集してくれ。俺はここの構造を調べてくる。」
「……分かった」
 修羅の返事を聞くと、キースは部屋を足早に出て行った。
その姿を、修羅は見つめていた。それが疑惑か、それとも畏怖か。どちらの思惑が込められていたのか、それは修羅自身でも分からなかった。
(まだ、あいつに関しては分からないことが多い。もしかしたら、あいつの事を俺自身が知らないだけなのかもしれない。だが――)
再びキーボードを叩き始める。『隊長』の指示をこなすために。
(俺はあいつを信じる。あいつのパートナーとして……だから、話してくれるだろう。いつか、あいつの目的を……)

信頼を心に持ち、何を見るのか

その答えは、誰も知ることができない
        
                 神でさえも・・・



[14185] 1-4[preparations]
Name: SIN◆d5840ce4 ID:a4bb5faf
Date: 2011/02/12 21:42
 午後5時30分 電車内

 現在の東京も、大戦前とはあまり変わらない。
 以前のように、昼は都心が出勤・通学者でごった返し、夜になると皆都外へと帰っていくといったドーナツ化現象が絶えず起こっているなど、以前とは全く変わらない、『平和』な街であった。
 霧原華奈も、それと同じく、変化のない生活を送り続けてきた。いつものように、この電車に乗って学校に行き、友人と他愛のない話をしたり、一緒に勉強したりして、夕日が照らすオレンジ色の都会を歩き、家に帰る……そんな日常のサイクルに1つ、『特異点』が混ざった。
(……あの人……どうして私を……)
 今朝、華奈を不良たちから助けてくれた、あの少年である。あれから華奈は、その少年について考え込んでいた。
 どうして自分を助けてくれたのか。
 あそこまでやる必要はあったのか。
 治安維持軍の者でもなさそうだったし、何よりもあの若さ……自分とほぼ同年齢だろう。しかし、どこかの学校の制服を着ていなかった。何か事情があって学校にいけないのかと思ったが、それにしては懐に余裕があった。
(……一体、何者なんだろう……)
「カナっち、どうかしたの?」
「!!」
 突如声をかけられ、思考を中断する。そして、声がした隣の席……同じ制服を着た少女に顔を向ける。
「おおっ!? どしたの?」
 華奈の反応に驚き、少女は思わずみじろぐ。
「え!? あっ、いや……ちょっと考え事してたんだ! それで、ボーっとしちゃって……」
「そう? なら良かった。てっきり、具合が悪いかと思ったよ~」
「あはは……心配ありがと、李那」
 華奈はそう言って、少女――千秋楽 李那に微笑み、李那もそれに笑顔で返す。
 千秋楽 李那は、幼少時代から華奈と親しくしてきた者である。幼稚園のころに会い、ふとしたきっかけで友達になった。口調から分かるように、とてもアグレッシブな性格であり、学校では男勝りなその性格が理由で有名である……なおかつ、少し天然なところもあり、彼女はそれに気付いていないようであるが。
 男寄りな性格は、やはり、家が剣道で有名であり、その後継ぎであるせいだろう。その実力は、全国大会に名を馳せる程である。
「華南はおとぼけさんなんだから、気をつけないと転ぶぞ~」
「私よりも、自分の事を心配しなよ~。私よりも天然だよ?」
 返答とともに、華奈は苦笑する。「そんなことないよー」と、李那はそっぽを向く。
(……まぁ)
 華奈は後ろを向き、窓の外から見える街並みを見つめた。
 夕日がビル群を照らし、オレンジ色の光が煌めいている。いつもと変わらない風景。
 それが今も見られるということは、今、自分が日常にいることの証拠……あれは偶然の出来事なのだ。
(……今日の事は忘れよう……)
 そう思い、あの出来事に関しての思考は止めた。
 そうすることで、すこしは気持ちが楽になると思ったから……


 午後6時半 フォート社

 いつもなら、新宿のマンションに帰るのが、霧原華奈の日常なのだが――今日は厄日なのだろうか――今日は父親に、事情があるということで、会社に呼ばれたのだ。
 会社には居住区があり、生活には困らない。今日はすでに遅く、一晩ここに過ごすことになるのだが……
「父さんに、会いたくない……」
施設の目の前に来て、小さく呟く。
 昔からそうだが、物心ついた時から父のことが嫌いであった。いつも仕事優先で、華奈の面倒を見る気が全く無い。それだけでなく、家庭の方も放棄する、いわば、無責任な最低の男だ。
「……行くしか、ないか……」
 そう自分に言い聞かせ、華奈は施設の自動ドアへと入って行った。
 前にもここに来たことがあるが、大半は父に『雑用』を頼まれたためである。だが、今回は用があるといった。書類を取るなどの事ではなく、単に用があると言っただけだった。
 エレベーターに乗り、父のいる社長室がある、最上階へと向かう。最上階まではまだかかる。その間、華奈は壁に寄りかかり、目の前に広がる渋谷の夜景を眺める。エレベーターは、外方向がガラス張りの円錐型であり、街を見渡せるようになっている。
 所々で煌めくライト、車のライトが作り出す光の川・・・

            綺麗

 華奈が感じる感情は、その一言に限った。
 この世で美しいもの。それは自然が作り出すもの。人工物が作り出す偶然。意志的には作り出せないそれらは、この夜景のように汚れのない純粋なものだ。どんなものでも敵わない……人間の心ですらも。汚れきった人間の心など、溝水にすら及ばないほどだろう。
 父だけでなく、この世界に生きる人間は。皆、心の全てが美しいわけではない。きっとどこかに、負の感情を抱いている。憎しみ、怒り、欲望……醜いそれらを持つものを、綺麗、といえるだろうか。そういうと、華奈もその対象に入るから、そう考える自分自身も嫌になる。
「……歪んでるな、私も」
 そう呟いた直後、エレベーターの扉が開いた。もう着いたようだ。
 気を取り直し、華奈は煌めく光を背に、エレベーターを出た。
 社長室はエレベーターを出てすぐ目の前にある。ドアの前に立ち……すこし躊躇って……静かにドアをノックした。
 「入れ」と事務的な口調の父――霧原半蔵の返事を聞き、ドアを開く。 
「ただいま、父さ……えっ!?」
 部屋には半蔵だけがいると思っていたが、客が来ていた。少年が2人。どちらも華奈とは同い年くらいだろう。
 片方は黒いジーンズと白いTシャツ、その上に、首元に白いファーが付いている茶色のジャケットを着ている。茶髪のショートヘアで、強いて言えば、休日の若者の姿だ。
 そしてもう片方は……黒いズボン、黒いシャツ、黒いロングレザーコート、黒の短髪。そして……赤い右目。
「君は今朝の……」
 そう、今朝華奈を助けた、あの少年だ。
 しかし、何故ここに?考える前に口が動いた。
「ど、どうしてここに?」
「……成程、君が霧原華奈か。今日、御父さんから仕事を頂いてな」
「仕事……?」
 状況を掴めないでいる華奈は、奥にいる半蔵に目を向ける。
「……実はな、華奈・・……」
 半蔵が少年2人に目を向ける。2人はそれを察したかのように、ドアへと歩を進めた。
「後でまた話そう」
 黒ずくめの少年がそう言い残し、部屋を静かに去った……


「まさかあの子が娘さんだとはな~、偶然にしてもびっくりだぜ」
 ベットに寝転びながら、修羅は感嘆の声を上げた。
 確かに、あの子が半蔵の娘――霧原華奈であることには、内心キースは驚いていた。あんな同い年の子が、テロリストに狙われるとは……
「まぁ、な……それより修羅、情報は入ったか?」
「あー……駄目だ、昼間と同じ」
 キースが言うなり、修羅は気のない返事をする。
「他のテロネットワークにも入ってみたが、それらしきグループが見当たらない。国際防衛機関、自衛隊、国連、さらにはLURERのリストにも載っていない……どこにもいないんだ。隠密工作をしているにしても、ここまで隠し通すのは不可能だ」
 修羅が言ったように、ここに襲撃するテロリストの情報は、現時点で掴めていなかった。何しろ、噂すら出てこないのだ。情報が出ないのも、無理はなかった。
「……何か変だ。嫌な予感がする」
 窓から見える、渋谷の夜景を眺めながら、キースは呟いた。
「止せよ。お前の勘、妙に当たりやすいんだからよ」
「……この依頼、少々手こずりそうだな……」
 目を細めながら、キースはため息をつく。
 テロリスト戦、ましてや室内戦となれば、相手の出方を読む必要がある。どのような配置で、どのように侵入、制圧するのか。様々な情報を収集しなければ、いくら実力の差があろうと、数で殺られるのがオチだ。
(……さて、どうしたものか……)
 コーラの缶を一気に呷り、ベットに置いてある弓袋を取り、それの紐を解く。袋に対して短いそれを出す――日本刀だ。黒い鞘に、赤い桜が描かれており、ゆっくりと刀を引き抜くと、禍々しく輝く黒い刃。

              残毀閃(ざんきせん)

 刀の名だ。この刀は、キースがこの仕事を始めるよりも前から持っているものだ。このご時世で、剣を戦闘で振るう者はいないとは思われるが、ちゃんとした理由がある。
「刀を使うのか?この状況で……」
「だからだよ。狭い室内なら、一気に接近戦に持ち込める……俺の魅せどころってやつだ」
 室内での戦闘。接近戦を主としているため、一秒一秒が重要になる。リロードさえも惜しまれる程だ。銃では隙ができるため、負傷しやすい。だがナイフのような近接武器なら、銃よりも早く攻撃できる……つまり、銃よりも優位に立てるということだ。
「お前も銃の手入れしておけ。ジャム起こして直している内に、脳みそが吹っ飛ぶぞ?」
「ハッ、死ぬなら棺桶の中だけと決めてるがな」
 キースが刀を布で拭きながら修羅を茶化すが、修羅は笑いながら返す。
 不安はあるものの、悩んでいても仕方ない。やるべきは一つ。

         目の前の敵は、全て殺す

 たったそれだけの、単純なことだった。それを改めて再認識したキースは、思わず笑みをこぼす。
「……歪んでいるな、俺も……」
「あ? 何だって?」
 キースの呟きに、拳銃――SIG/ザウアーの点検をしている修羅が疑問の声を上げる。
 キースはただ、刀を鞘に収めながら、「何でもない」と言った……

「……」
「……華奈、大丈夫か?」
 大丈夫なわけがない
 そう言いたい華奈だったが、あまりの驚きに口が動かせなかった。

             殺される

              私が

 その単純かつ、明快なワードを、容易に受け入れられなかった。只の女子高生――只の女の子が、見ず知らずの者に殺される。
 ふざけたことだ。
 嘘だと思いたい。
 だが、父親は本当だと言っている。
「……嘘よ……私が……」
「だが心配することはない。あの2人を、お前のガードマンとして雇った……なんでも、凄腕の者らしい」
「……父さん、一つ聞いていい……?」
「……何だ?」
 目を背け、華奈は戸惑いの表情を見せる、が、すぐに口を開く。
「機密兵器と私……どっちが大切?」
「何?」
 突然の質問に、半蔵は疑問の声を上げる。構わず続ける。
「分からないの……父さんは兵器と私、両方を守る方法を考え付いた。それは私にとっても、父さんにとってもありがたい……だけど、それだと、どっちを大切に思っているのか、分からなくて……」
「……」
 華奈の疑問に、半蔵は戸惑った。
 自分が殺されるよりも、このことが華奈にとって気になるところだった。仕事主義の父が、仕事と娘の安全をとることなど、思いも寄らなかったのだ。

       ……やはり、状況が状況か……

「……華奈」
半蔵が歩み寄り、呼びかけるのを聞いた華奈は、俯いていた顔を上げた。
 すると、半蔵は華奈の頭の上に手を置き……撫でた。
「私が、お前を捨てると思うか?」
「え?」
 思わぬ展開に、戸惑う。
「確かに、お前から見れば最低な父にしか見えないのかもしれない。仕事に打ち込んでばかりで、家族の事は考えない父など、最低だろう……その所為で、お前につらい思いをさせてしまった……私は、お前を愛している。娘として……だが、私はここの社長……仕事を壊すわけにはいかないのだ。だからこの状況になってしまった……」

              驚き

 今の華奈は、その感情に揺らされていた。
 あんな態度を取りながらでも……自分を愛していた……
「本当に……許してほしい……」
 悲しげに、そして許しを請うその言葉が、静かに華奈に染み込んだ。

         私は馬鹿だ

 そう思う他に無かった。
 相手のことも知らずに、自分は父を最低扱いにしてしまった。
 罪悪感が胸を刺す。
「とう…さん…」
「泣かないでくれ、私まで悲しくなる……」
 泣いているのか。
 半蔵の言葉でそれを認識する。
「さぁ、部屋に行きなさい。いつでも逃げられるように、準備しておくといい」
「……うん」
 両肩に両手を置かれ、華奈は頷いた。
「私も……ごめんなさい……父さん……」
 やっとの思いでそう言うと、華奈はドアに向かって歩き出した……父の愛を噛み締めながら……


「……行ったか……」
 半蔵はそう言うと、デスクの上にあるウェットティッシュを一枚取り、右手――華奈を撫でた手――を念入りに拭いた。左手も、同じように。
「ふん、あいつも御人好しだな……馬鹿め……」
 椅子に座り、静かに毒づいた……



[14185] 1-5[NIGHT FIRE] 1/2
Name: SIN◆d5840ce4 ID:a4bb5faf
Date: 2011/02/13 00:27

夜――それは1日の終点であり、1日の、死の瞬間。1日が終わるこの瞬間は、どうしてこんなに暗く、恐ろしく、そしてまた、切ないのだろうか。
 人間が誕生した時から、夜は人間に畏怖される現象となり、それは今でも同じだ。明かりで気を紛らわしているだけで、本心では皆恐れているのだ。そうして夜を過ごすのと同じように、人間は何かに縋らなければ存在を維持できない。
 親に、友に、師に、そして神に縋り、人々は生き続けた。
 だが、一部の者は全てに抗い続けてきた。夜に、権力に……神にも。
社会という巨大構造体の陰に溶け込み、今日もまた、彼らは全てに抗う……


 午後8時40分 フォート社屋上 

「……妙だな」
 光の煌めきが盛り上がり始めた街を見下ろしながら、キースは呟いた。夜景の鑑賞――ではなく、双眼鏡を使って街やその周辺を見回していた。
 ここに張り付いたのが7時50分。しかし、この50分間で敵の動きを確認出来ないのだ。廃工場、廃墟、港の倉庫……近辺の拠点となりそうな場所を見てみたが、人一人すら見当たらない。
 おそらく、テロリストはまだ、ここには……
「来てないようだな……まさかあの手紙、只の悪戯だったりしてな……」
 冗談交じりにそう呟き、コーラを少し飲む。
 もしそうだとしたら、悪い冗談この上ない……いずれにせよ、依頼を受けた以上、今晩は張り付いていなければならない。
 何が来ても来なくても、大金がもらえる。こんなでかい会社を持っているくらいなら、その程度の『損』は、苦でもないだろう。
「フッ……あのいけ好かねぇキツネ面が崩れるのも、悪くない……」
「誰が、いけ好かないっていうのですか?」
「!?」
 突然、後ろから聞き慣れない声がし、キースは反射的に振り向いた。
 常時、護身用に二丁銃を腰のベルトの左右につけている。右手を左腰にあるUSPに伸ばし、引き抜こうとしたが……
「霧原、華奈……?」
そこには、黒い制服とは打って変わって、蒼いパジャマの上に白いコートを被った少女――霧原華奈がいた。いきなり振り向いたせいか、華奈は後ろずさった。
「あ、驚かせてごめんなさい!えっと――」
「キース」
「え?」
 しどろもどろになっている華奈に、キースは自分の名前を言った。実際、名乗っていなかったので、適当に言って和ませようとした。
「キース・オルゴートだ……お前と同じ17歳の『便利屋』だ」
 キースは言い終わると、コーラを一気に呷った。ぷはぁーっ、という声とともに缶を置き、ゆっくりと立ち上がった。
「あと、敬語は結構。堅苦しいのは好みじゃない」
「う、うん……キース、君……」
「君付けも、どうかねぇ……?」
 少々呆れ気味な口調でキースは呟き、頭を掻く。その仕草に、華奈は「え?ええ?」とまた混乱している。
「なぁ――」
「はいっ!?」
 混乱状態から未だに抜けられない華奈に、キースは声をかけたが、変な声を出してまた混乱した。どうやらこの華奈という少女、かなりの『ドジっ子』らしい。
 キースはフェンスに寄りかかり、華奈に目を向ける。
「ここからの夜景、綺麗だな」
「えっ……う、うん。そうだね……」
 キースに倣うようにフェンスに寄り、フェンスの隙間から夜景を覗いた。
「……ここから見る夜景は、いつも綺麗でね、会社に来るといつもここに来て、夜景を見てるの」
「親父さんとは別居なのか?」
 キースは華奈の横顔を目で見ながら聞き、華奈がこくり、と頷くのを確認すると、また視線を夜景に戻す。
「……話は聞いたよ……」
「そうか……」
 静かに、声が響く。キースは傍に置いてあるレジ袋―――先程修羅が買ってきてくれたもの――から、コーヒー缶を1つ取り出すと、華奈に「おい」と声をかけ、それを手渡す。
「ありがとう」
微笑みながらそう言うと、華奈はプルタブを引き上げる。プシュッ、という音とともに、ほんのりと甘いコーヒー豆の香りが、微かにキースの鼻孔をくすぐる。
「……今夜は安心して眠れ。明日の朝には、全て終わってる・・・そんでもって、いつもの日常に戻れるだろう」
「うん、お願いね……それと――」
 華奈はそこで口を止めてしまった。
「どうした?」
 具合でも悪くなったのかと思い、キースは声をかける。
「……死なないでね」
 夜景を見下ろしながら、華奈は静かに告げた。真剣な表情で。
「これだけは、本当にお願い――」
「ッハハハハハ!」
 キースは突然笑い出した。
 華奈はそれに「ふぇ!?」と素っ頓狂な声を出しながら、きょとんとした顔でキースを見ていた。
「あの……何で笑って……?」
「いや、俺たちのようなろくでなしに、死ぬな、なんて声かけてくれる奴がいることが、少しおかしく思えてな」
 キースは笑い交じりの声でそういい、顔を伏せた。微笑みながら。

 誰かが心配をかけてくれる?

 こんな俺に?

 『クズ虫』の俺に?

 『人殺し』の俺に?

            ……滑稽だ……

 そう思う他になかった。
 ましてや、人殺しに心配をかけるなど……馬鹿らしかった。
「……どんな仕事をしてきたかは知らないけど、あなたは生きてるんだよ? どんなことをしていたとしても、生きてるんだよ?」
「……」
 口を閉ざす。構わず華奈は言葉を繋ぐ。
「私は、周りの人が理不尽に死ぬのは、絶対に嫌なの。それが、どんな罪人でも、憎い人でも……だから、死なないで」
「……」
 キースはレジ袋を持ち、フェンスから離れ、屋上の出口に向かった。無視された、と思ったのか、華奈は顔を俯かせた。ドアの前に来て、キースは立ち止まった。
「……その『わがまま』、依頼の内に入れてやる」
「え?」
 キースの返答を聞いて、華奈はキースに振り向く。キースは背を向けたままだ。
「1つ、良いこと教えてやる」
 ドアを開け、華奈に横顔を見せる。
「この世には、死ぬべき人間が存在する。裁く者と、罪人……『俺たち』は前者であり、後者だ……お前の理想論は、俺にとっては『お気楽』過ぎる……」
 微笑みながらそう告げ、屋上を後にした。


 午後10時50分 居住区

 依頼内容:霧原 華奈の護衛、及び、テロリスト殲滅
 報酬金:1000万
 備考:午後11時までフォート社からの連絡をテロリストは待ち、11時になると同時に活動開始予定。

「……寝たか?」
 部屋から出てきたキースに、修羅はさり気なく問いかけた。キースはUSPと黒色の銃――デザートイーグルを両腰から取り出し、器用な手つきで遊底を引いて弾を送り込み、壁に寄りかかった。
「自分が殺されそうなんだ……寝てられるものか」
「そうか……」
 修羅もSIG/ザウアーの遊底を引き、壁に寄りかかって一息つく。
「……あれから進展は?」
 キースがため息交じりに聞く。
「全くだ。奴らの尻尾すら見えねぇ……ガセネタ、かもしれないぞ?あの予告は」
「かもな。周囲にも動きが無かった……空襲でもするつもりか?」
「たかが1人殺すのに、そんな大掛かりなことはしないだろ?」
「……ああ、1人、ならな」
そう言い、キースは目を閉じて天井に顔を上げた。
(……予習していたか……?)
 キースたちが昼、テロリストのネットワークを調べていたのと同様に、テロリストがVIPHの活動を探ることも可能である。
 ただ、VIPHのセキュリティは、テロリストのそれよりも遥かに厳重である。相当の技術を持つハッカーでなければ、パスワード、ID照合だけならず、マトリクスの解読、設定等も必要とするセキュリティを突破することは不可だ。
「……奴ら、俺たちがここにいるのを知ってるのか?」
「そう考えるのが正しいかもな……時間だ」
 キースは顔を下ろし、腕時計を見る。そろそろ11時をさすところだった。キースと修羅はドアの左右に立ち、キースが右、修羅が左を警戒する。
2人は自身の『得物』を構え、『獲物』を待った……

      そして――
             カチリ
                 ――11の数字を、短針がさした

           ガッシャーン!!

 突如鳴り響くガラスの破壊音。反応した2人は即座に周りを見るが・・・
「……敵が来ない……?」
「……まさか!」
 キースは今気づいたように声を上げ、ドアを思いっきり引き、部屋に駆け込む。修羅も慌てて続く。
 部屋に入ると居間があり、そこから街を見渡せるように、大きな窓ガラスが張ってあったが、今その窓には、真ん中に大きな穴が空いていた。その傍では、音を聞いて寝室を出てきた、華奈が立ちすくんでいた。
「華奈!大丈夫か!?」
「キース!これ……!」
 華奈は、傍に横たわっているブリーフケースを指さしながら、怖気づいた声を出す。
 おそらく、それがどこからか飛び込んできて、窓ガラスを破ったのだろう。
「下がってろ」
 華奈にそう言い、キースはブリーフケースに近寄った。持ち手の方を見ると、鍵穴が付いており、特定の鍵で開ける物だった。見る限り、開けるのは無理なようだ。
「……何か聞こえないか?」
 キースは耳を澄ませながら2人に聞いた。だが、2人は首を横に振った。
 だが確かに聞こえる。何かの、信号音のような……
(信号音?……!!)
 キースは思い出したかのようにケースを持ち上げた。
 見た目とは裏腹にかなり重い!5㎏は有るだろう。
 だが、キースはそれをものともせず持ち上げ――外に放り投げた。
「キース!?」
「伏せろ!!吹っ飛ぶぞ!!」
 華奈の声を掻き消すほどの声でキースは叫び、黒銃――デザートイーグルを構えた――放物線を描いて落ちる、ケースに向けて。瞬時にケースの下部をリアサイトに捉え、引き金を引く。
 銃声とともに、修羅は華奈の両肩を両手で掴んで、一緒に床に倒れる。キースも瞬時にしゃがみ、レザーコートで自身を庇う。
 弾丸がケースの中心を貫いた直後――ケースは煌めき、間を置かずに赤い炎が漏れ出し、爆散した!
「くっ!!」
「うぉぉ!?」
「きゃぁぁ!!」
 爆風が窓ガラスをさらに吹き飛ばし、ガラス片とケースの破片が飛んでくる。
 幸いにも、破片は3人に飛んでくることはなく、爆音は音と共に間もなく止んだ……
「……ったく、手荒い御挨拶だな!クソっ……!」
「……」
 修羅は華奈に肩を貸しながら立ち上がり、声を荒げた。キースも、コートにかかったガラス片の破片を払いながら立ち上がり、割れた窓から身を乗り出し、辺りを見渡す。
 やはり屋上の時と同様に、敵が見えない。
(じゃあ、どこから爆弾が!?)
「誰か来るぞ、キース……!」
「っ……!?」
 先程の爆発が合図だったかのように、辺りから不規則な足音が聞こえてきた。足音は段々大きくなっていた。キースは出口に向かって二丁銃を構え、向かってくる者たちを待つ。修羅もそれに従い、SIG/ザウアーを構える。2人はその状態で、華奈の盾になるように立った。
「何人いると思う?」
目配せもせず、キースは修羅に問いかける。
「6人ってとこか?」
「いや、もっといるだろ?10ぐらい」
「100円賭けるか?」
「金じゃなくてコーラ1つ奢れ……来るぞ」
 キースは微笑みながらそう言い、再び集中を出口に向ける。数当ては賭けごとに変わり、景品までも決めてしまったが、最も、これはいつものことである。
「……!?」
 やがて、足音の『元』が部屋に駆け込んできた。が、テロリストでは無かった。
 午後7時ぐらいから配備されていた、黒い特殊防弾着を着た、フォート社直属の部隊だった。
 彼らの担当は下の階だったはずだが……
(どうして直属部隊が持ち場を離れてここに……)
「!?」
 隊員は5人入ってくると、キースたちの前方を取り囲むように半円状に並び、手に持っているM4アサルトライフルを向けてきた。
「おい!どういうつもりだ!?」
「え……ええっ!?」
 修羅は苛立たしげに声を上げ、華奈は動揺を隠せずにいた。

        ここにいては、殺される

 それだけは、キースには分かっていた。言われずとも、直感で感じ取ることができる。
 流れる空気、威圧感、そして、彼らの『虚ろな目』……
 それらが『今』を物語っていた。
「……修羅、どうやらこの賭け、引き分けのようだな」
 キースは修羅に目をやり、それを見た修羅は頷き、ジャケットのポケットから小さな筒状の物を取り出す。キースは銃をホルスターにしまい、静かに華奈に耳打ちをする。
「飛び降りるぞ」
「え……きゃっ!?」
 キースは華奈の腕を掴み、駆け出した――
「降りるって……窓から!!?」
 ――割れた窓に向かって!
 直後に修羅は筒を直属部隊に向けて投げ、キースを追った。

 バン!!

 爆竹のような音を出した直後、眩い光と耳障りな音が鳴り響く。閃光音響弾だ。
「華奈!しっかり捕まってろ!!」
 音響にも負けない大声でキースは叫び、2人は窓を飛び出した!
 地面へと引きつける重力と吹きつける風が襲う!
「!!」
 キースは華奈を抱きかかえ、地上に背を向けるようにくるりと回る。すかさずコートの裏側から、先端にミサイルのような大きな棘がついた銃を取り出し、それをビルの壁に向かって撃つと、先端からワイヤーが出てきた。修羅も同じくアンカーを撃ち、2つとも同じ高さに着弾した。
「窓からまた失礼するぜぇ!!」
 ワイヤーの振り子運動に身を任せ、2人は窓に向かって飛び込んで行く!
「「うおおおお~~~!!!」」
 2人は飛び蹴りの姿勢を取り、ガラスの壁を一気に突き破る!!
 先に修羅がアンカーを捨て、床に転がりながら着地した。
 キースはアンカーを手放し、華奈の膝の裏に手を入れる――俗に言う、お姫様だっこの姿勢を取り、床に足を深く折り曲げて着地する。
「……到着だ」
 どれ程の力を入れたのか、足は僅かに床にめり込んでいた。



[14185] 1-5[NIGHT FIRE] 2/2
Name: SIN◆d5840ce4 ID:a4bb5faf
Date: 2011/02/15 11:35
 フォート社 30階 会議室

「っ痛ぅ……おい、大丈夫か、キース?」
「ああ、全然変わりない……華奈?」
 修羅は起き上がりながらキースの安否を確認し、キースは静かに応えた。抱き抱えている華奈を見る。
 と、突然キースの胸に顔を押し付けてきた。
「……っ……っ……!」
「……」
 顔こそ見えなかったが、泣いていた。体を小刻みに震わせ、まるで、体感した恐怖を訴えているかのようだった。キースは何も言わず、華奈の肩をポン、ポンと叩きながら辺りを見る。
 キースたちは先程、40階から落ちた。落下している間に見た窓の数は10枚……つまり、今いるのは業務区30階、会議室だった。会議室は広く、中央には長方形状に折りたたみ長デスクが並んでいた。
「……!?」
 と、状況をさらに確認する間もなく、騒がしい足音が聞こえてきた。
「これはどういうことなんだ!?何で奴らは俺たちを狙う!?」
 修羅は立ち上がり、デスクを縦に倒してバリケード状にしながら怒鳴る。
「……誘導だ」
「なっ……誘導!?」
 修羅はバリケードに身を隠しながら聞き返す。キースは無言で頷いた。
「おそらくこの依頼は、俺たちを誘き寄せ、殺すための罠だったんだ」
「そんな馬鹿な! 何のために!?」
「それは分からん。ただ、あいつ等の目、正気じゃなかった……『BD』を投与されている」
「『BD』!?」
 『BD』……正式名称『brain director』。その名の通り、脳の中枢神経を麻痺させ、組み込まれた人口遺伝子の情報の通りに行動させる投与剤だ。主に、尋問用に軍が使っている薬品であり、一度投与すると、組み込まれた情報を終わらせない限り、自我を取り戻すことができない。いわゆる、『洗脳薬』である。
「どこからそんなものを……」
「フォート社の軍事ネットワークは世界トップクラスだ。金さえ出せば、軍も薬ぐ
らいは譲る……華奈」
 キースは言い切ると、華奈に声をかける。少しは落ち着いてきたのか、華奈は顔を上げる。
 両目には涙が残っており、顔が微かに赤くなっていた。
「……ごめん、なさい……つい……」
「いいんだ、気にするな……立てるか?」
 うん、と答え、華奈はキースに肩を貸しながら立ち上がり、修羅の隣に座る。
「……修羅、足音が近づいてきた。もうじきこの階に着くだろう……」
 キースは立ち上がり、バリケードをジャンプして乗り越える。腰からデザートイーグルを取り出し、ベルトに差してある刀、「残毀閃」をゆっくりと抜いた。黒い刃が禍々しく光っている。
「お前はここで華奈を守れ。俺は『狐ジジィ』に会ってくる……多分、あいつが主犯格だ」
 キースは目で修羅が頷くのを確認すると、ドアに向かって歩き出した……が
「待ってよ! 1人で、戦うつもり!?」
 華奈がゆっくりと立ち上がり、キースに問いかけた。
「ああ」
 振り向きもせず、応える。
「無茶だよ……死んじゃうかもしれないんだよ……?」
「これまでもそうだった」
「怖くないの?死ぬことが……」
「……」
 キースは歩を進め、ドアの前に立つ。
「……もう、怖く『なくなった』」
「え……?」
「憎まれることも、殺し合うことも……死ぬことにも」
 最後の一言を微かに強調し、キースはドアを開け、去って行った…… 


 足音が近い。もう来ている!
 キースはやや広めの廊下を駆け出した。前方は右に曲がっており、昼に見た地図を思い出すと、そこの角を曲がればエレベーターがある。
「……くっ!」
 角から、黒の集団……特殊部隊が5人出てくる。キースに気付いた5人は、無言
のままM4を構える。
「邪魔だ! 木偶人形!!」
 キースは咆哮すると同時に体を後ろに倒し、助走力を利用してスライディングの体制をとる。体制を取る直前に引き金を引いたため、M4の銃弾は空を切った。
 滑りながらデザートイーグルを構え、一番手前の敵の頭を狙い、引き金を引く。もう一度引く。さらにもう一度!
 銃弾は敵の脳天を貫き、さらに顔と首に銃弾がめり込む。頭と口から血が溢れ、倒れる。
1人

 さらに滑り続け、手前の敵の足を蹴り倒す。真上に浮いた敵をキースは見逃さず、刀を横に振るい、胴を切り裂く。

                 2人

 残りの3人がキースに銃口を向ける。が、それよりも早く、キースは刀の切っ先を奥の敵に向けて――投げつけた!
 刀は肩を貫き、敵はM4を手放し、倒れた。左右にいた2人は、刀に気を取られて後ろの隊員に目がいってしまった。
「余所見してていいのか?」
 2人はその声に反応し、即座に振り向く。が、遅かった。
 もうすでにキースは、空いた手でUSPを抜いている!
「言わんこっちゃねぇ」
 直後、2人の後頭部から、赤い液体が飛び出した。
                 4人
「っく……はぁ……はぁ……」
 隊員はゆっくりと立つキースを見ながら、落としたM4を拾おうと手を伸ばし、視線が銃にいった直後――
「……!!っおおおぅ!!!」
 腕を踏みつけられ、さらに、肩に刺さっていた刀が押し出すように引き抜かれる。骨が、切れた。
 そしてそのまま、キースは刀の切っ先を敵に向け、上段に構える。
 敵が叫ぶ。
 だが、そんな声は無視し、躊躇わずに刀を頭に突き刺した。
                 5人
「軍も腕が落ちたものだ……」
 刀を抜きながら静かに呟き、刀を斜めに振るって血振るいをする。白い壁に、赤い点が生まれ、爛れた。
 角を曲がると、すぐ近くにエレベーターがあった。周囲を確認し、呼び出しボタンを押したが……
「……電源がカットされている?」
 上のランプどころか、押したボタンさえも点滅していなかった。
 このビルの電力供給は、内部にある電力制御室によって制御されている。手動で動かせば、エレベーターだけの電力供給を止めることも可能だ。
「チッ、面倒なことをする……」
 舌打ちをし、苛立たしげに愚痴りながら、電力制御室のある25階に向かって駆け出した……


 どうして、こうなってしまったのだろう
 私は、一体何をしたというのだろう
 何の因果でこんな――
 突然訪れた、日常の崩壊。それは、日常を生き続けてきた華奈にとって、衝撃的な暴力だった。虚ろな目で、目の前に広がる夜景を見つめる。だが、明かりは以前よりも少なく、光が消え去ろうとしていた。まるで、華奈の中から、何かが消えていくように……
「……わかった、終わったら連絡してくれ」
 隣で携帯で誰かと話している――おそらくキースだろう――修羅はそう言って携帯を切り、華奈に向く。
「華奈」
「……」
 反応しない。頭が真っ白になり、修羅の声が耳に入らなかった。修羅はため息をつき、華奈の肩を軽く叩く。
「!」
 いきなり肩を叩かれて驚いたのか、華奈は、びくっ、と身震いし、修羅に顔を向けた。
「大丈夫か?」
「う、うん……ごめん……」
 すでに自己紹介は済ませていたので、修羅とも普通に話せた。修羅はそんな華奈を見て、苦笑する。
「まぁ、いきなりあんなことがあれば、誰だってそうなるよな……俺も『そう』だったし」
「そう……だった……?」
 最後に付け加えた一言が気にかかり、思わず華奈は疑問の声を上げた。
「いや、こっちの話だ……それよりも、キースからの報告だ」
 と、さっきまでの真顔に戻り、ドアを警戒する。
「奴等、エレベーターの電源を切ったらしい。キースは今、制御室に向かっている。電源が戻り次第、キースと合流する。いいな?」
「うん……わかった」
 華奈の声は未だに生気がなかったが、やっと出せる声で応える。
 そしてまた、先程のように夜景を見つめる。
(……父さん……)


 フォート社 25階 管理スペース

 25階は、ビル全体の電力等を行っているスペースだ。普段なら、作業プログラムが調整をし、人出の少ない場所だったが、今、『鉄の音』のオーケストラが行われていた。銃の発砲音、空薬莢の落ちる音。そして――斬撃音。
「ブラボー15!援護射撃を――」
「遅ぇ!」
 と、銃撃をしていた敵のM4を、キースは刀で腕ごと切り上げ、そのままの体勢で斜め下に胴を斬り裂く。心臓の表皮が裂け、血が溢れる。叫び声を聞く間もなく、キースは死体となった敵の喉を握り『絞め』、右斜め上に向ける。すると、死体に何発かの銃弾が当たった。上の階からの攻撃だ。
 25階から28階までは繋がっているため、キースの今いる所から見上げると、28階の天井が見える。27階の中央を走る通路に3人、敵がいる。さっきの攻撃は、その3人によるものだった。
 死体で銃撃を防ぎながら後退し、3人の視界の死角にある柱の裏に隠れる。死体を捨て、柱から顔を出して辺りを警戒する。
 騒がしい足音がする。
 先程降りた階段を見てみると、下の階から10人、ホールに雪崩込んできた。
敵は素早く動き、柱に隠れてキースを警戒する。

       このままでは、囲まれる

 素早い対処を要求された。
 キースは状況を確認すると、刀を振るい、ベルトについている小さな筒――先程修羅が使った閃光音響弾と同じ型――3つ全て取り出し、口で1つずつ、筒に差しこまれているピンを抜く。全部抜くと同時に、筒を敵に向けて投げる。
 筒が床にぶつかると同時に破裂し、濃い白煙が辺りに広がった。
 いきなり広がった煙幕に、敵は一層警戒を強める。

「Are you ready to die?(逝く準備は整ったか?)」

 呟きと同時に、キースは柱を飛び出し、煙幕に駆けていった!
 煙幕に入ると、キースは刀を腰だめに構える。駆けながらその体制で……刀を振るう!

               ザシュッ……

 肉が切れる音と共に、血潮が白煙を染める。構わずさらに突き進み、刀を突き出す……微かに見える影に向けて!
「がぁ……っ……!!」
 突き刺したまま進み、刀をそのまま引っ張り、腸と骨を切り裂く!
 すかさず次の影に向かい、左手を伸ばして首を掴み、敵を持ち上げる。そのまま近くの影に走り、掴んだ敵を放り投げる。ぶつかり合って影が重なる。その影に向けて、刀を突き出す。刃は心臓部を貫き、後方にいた敵のそれも貫く!手首を捻ると、刀もそれに従い、横に振り『斬る』。
 キースは煙幕の中を駆け回った。そして、黒い閃光が辺りを走る!
 ある者は心臓に穴を空けられ、ある者は両手を斬られた揚句、胴を真っ二つにされ、ある者は首を斬られ、頭を飛ばされた。
 そして、最後の1人の首を突き刺し、息が切れるのを確認して刀を引き抜く。煙幕は未だに広がっており、上の階にいる敵はキースを視認することができないでいる。
「降りてこいよ。仲間が『あそこ』で待っているぜ」
 キースは死体の傍に転がるM4を拾う。そのM4には、銃身の下に大きなバレルが付いていた。取り付け式のグレネードランチャーだ。
 キースはスイッチを切り替え、銃口を上の通路に向けて撃った。直後、通路が爆発し、轟音を上げながら落ちて行った――敵ごと。
 瓦礫は煙幕を吹き飛ばし、辺りの視界が戻った。キースは死体のベルトからグレネード弾を取り出し、装填する。そして、瓦礫に向く。
 瓦礫に足を潰されて、動けない敵が1人いた。他は瓦礫の下だろう。
「出してほしいか?今すぐ出してやるよ。そら」
 最後の一言と共に、引き金を引く。グレネード弾が放物線を描いて飛び、瓦礫を敵ごと吹き飛ばした。
「……どうだ?『あの世』に出られたか?」
 ため息交じりにそう言い、M4を投げ捨てる。黒に紛れて刃が赤く染まった刀を、力強く振るい、血を払った。
「……さて、制御室は何処だ?」
 陽気に呟き、奥に見える扉を見てみると、上のボードに『電力制御室』と書かれている扉があった。キースはそこに歩き出し、制御室に入る――はずだったが、隣の扉の方に向かい、扉の上を見上げる。

             『監視室』

「…………あいつの馬鹿面を見られそうだ」
 キースは苦笑しながらそう言い、中に入った。
 室内は、特に注目すべきものはない、何十ものモニターとその計器だけが置かれている平凡な監視室だった。
 キースはモニターを見渡し、ふと、1つのモニターに目が止まる。
「……半蔵……」
 それは社長室の監視カメラであり、部隊員に何かを指示している、霧原半蔵が写っていた。
 キースは計器を操作し、そのモニターの音量を上げる。
『もうすでに、隊員の3分の2が奴に殺されました! これ以上の戦闘は不可能です!』
『何を言っている!? たった1人に25人程も殺されたというのか!? あり得る物か、こんなこと……!』
『現に、生体信号も途絶えています! 間違いなく、奴は怪物です!! 至急、地下に避難して下さい!!』
『馬鹿を言うな! たった1人殺すぐらい、なぜ出来ん!?』
 どうやら、薬剤投与をしていない部隊長と口論になっているらしい。
 これではっきりした。
 この依頼はやはり、キースの想像通り、『誘導』するためのものだった――自分たちを、殺すための。
「そこで待ってろ、ジジィ。今すぐ会いにいってやるよ……」
 呟きながらキースは携帯を取り出し、修羅へと電話をかけた。
 その声に、微かな怒りをのせて……


 フォート社 50階 社長室

 何てことだ
 デスクから立ち、窓に拳を叩きつけている半蔵には、そう思うことしかできなかった。
 この計画のために直属部隊を40人配備し、2人の男を殺そうとした。が、その結果、2人どころか、たった1人の少年に部隊の過半数が殺されてしまった。
(ありえん……ありえん……!!)
 確かに、あり得ないことだった。
 だが、現実に目の前で起こっている。
「このまま、ここに来たら……」
「……!? 奴だ! 全員、攻撃か――ぐわっ!!」
「!?」 
 予感が当たったが如く、『少年』は来た。
 部屋の前には、残りの隊員全てを配備させていた。
 15対1なら、勝てる。
 半蔵はそう信じていたが、実際、ドアの向こう側は悲惨だった。
「うわぁっ!ごあっ……!!」
「ああああっ!! あああああっ!!! あああああ――――」
「く、来るな、来ないでく――うがぁっ……!!」
 銃撃音と、時たま聞こえる斬撃音……それらが外の状況を教えていた。
 そして、最後の1人の断末魔が聞こえた。
 直後、ドアが音を発てて倒れる。
「よぉ。元気だったか、ジジィ」
 そこにいたのは、全身黒尽くめ、右手に刀を持つ少年……
「ったく、面倒なことしやがって……」
 顔を返り血で赤く染め、その赤に負けじと、『紅く』染まった右目……
「さぁ、Game Overだ……霧原半蔵」
 微笑みながら、キース・オルゴートは半蔵に向けて切っ先を向けた。


「……何故俺たちを狙う?目的は何だ?」
「な、何のことだね?私はただ部隊に、『テロリスト』を殲滅しろといっただけで――」
 半蔵は笑顔を無理やり作り、どもり気味に言い訳をした。
 それを見たキースは、呆れ気味にため息をつく。そして、刀を下ろす代わりに、素早くUSPを抜き、半蔵の頭部を捉える。
「!!」
 引き金を引く。銃弾は半蔵に方に迷いなく進み――半蔵の頬を掠った。半蔵の右頬に、赤い筋が生まれる。
「恍けても無駄だ。この依頼は、俺たちを誘導するための『餌』だった……『テロリスト』など、元からいなかった……違うか、『狐』」
「……フッ、フハハハハハハ!」
 半蔵は、まるで勝ち誇っているかのように笑い出した。
(気でも触れたか)
「そうだ、その通りだ! この依頼は『嘘』だ!! お前たちを殺すための『餌』に過ぎない……!!」
「……言え、目的は何だ?」
 キースはUSPのリアサイトに半蔵の頭を収めながら、静かに問う。
「良いだろう、どうせ結果は見えている……お前が疑った通り、我が社が開発している兵器は、従来の兵器の概念を覆す、『S・E兵器』だ!!」
「……やはり、な。アメリカの『S・E』を奪ったのも、お前たちか」
「そうだ。極秘裏に奪取した『S・E』を、我々は兵器に転用し、世界各国の軍に市販するつもりだった……だが、障害がそこで生じた!」
 半蔵はデスクに手を叩き、キースを睨みつけた。
「我々がそんなことをすれば、いずれか他の軍事企業がここを潰しに来るだろう……それを予測した私は、VIPHを叩くことにした。ただのVIPHではない……上位クラスの君たちを殺すことにしたのだ」
「……なるほど、そういうことかい」
 キースは半蔵の計画を聞くと、嘲笑の笑みを浮かべる。
「聞いたか、修羅?」
『ああ、一言一句漏らさず、な』
 キースはここにいない相棒の名前を呼ぶと、エコーがきいた声が部屋に響く。
半蔵は「なっ……!?」と声を漏らし、部屋を見渡した。
『なーにキョロキョロしてんだよ、ジジィ。俺はそこにいねぇぞ?』


 フォート社 25階 監視室

「修羅……父さんと話をさせて」
 華奈はモニターの計器をいじっている修羅に、静かにそう言った。
「……いいぜ」
 修羅はマイクを華奈に譲り、華奈はモニターを見つめた。
「父さん……どうしてそんなことを……?」
 さっきの話は華奈も聞いていた。
 ――正直、信じられなかった。
 父親が、仕事のために人殺しをしようだなんて。
「それに、私もそれに巻き込んで……死にそうだったんだよ?私……」
 涙こそ流していないが、泣き声交じりに訴える。
「あの時言ったよね……?私を大切しているって……」
 華奈はそう言いきると、半蔵の返事を待った。
 モニターに写っている半蔵の顔が、こちらに向く。気付いたようだ。
『……フン、私は他人に情を持つような甘い男ではない……
 ましてや、他人の娘などな!!』
「!?」
 華奈は半蔵から出た言葉を真に受け、大きな衝撃を受けた。まるで、鉄骨が上から降ってきたような感じに襲われる。
「どういう、こと……!?」
 言葉が、うまく出なかった。
『お前は『あの女』が拾った、赤の他人なのだ!!私の娘ではない!!お前は拾い子だったのだ!!』
「『あの女』って……母さんのこと……?」
『そうだ……私があいつと結婚する前から、あいつは赤ん坊のお前をすでに拾っていた……その所為で、あいつが死んだ今でさえも、お前の世話をしなければならなかった……はっきり言って、『面倒』だったよ、お前の世話は!!』
 怒りを全てぶつけるが如く、半蔵は華奈を睨みつけ、怒鳴る。
『だから思いついた……どうせなら、お前も巻き込んで殺せばいい、とな!!』
私を……殺す……?
誰が……?
親……?
 いや、そんなものはいない。
 今さっき、この男は言ったのだ。
 自分は、あの男の娘ではないと。
 自分の、親でないと。
 じゃあ私は誰を信じればいい?
 誰に縋ればいい?
 誰に?
 誰に?誰に?
 誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰にだれにだれにだれにダレニダレニダレニ!!!
「…………」
「半蔵……てめぇ……!!」
               ドン!!

 銃声がモニターから響く。
 後から聞こえる、半蔵の苦悶の声。
 華奈は顔を俯かせていたため、モニターを見ていなかった。
 目の前の、現実を見るのが『嫌』で。
『……修羅、映像を切れ。彼女に毒だ』
 キースがそう言い残し、修羅はモニターの電源を切った……


「ああっ!……っ……!!」
 虚しく響く、男の苦悶の声。右肩から出る血を抑えながら、男は見ていた。迫りくる、「死神」を。
 キースは刀を振りかざし、半蔵に振るった……右腕に向けて!
 すかさず、刀を左腕に斬り上げ、静かに納刀する。刀が鞘に納まると、程無くして半蔵の両腕が『落ちた』。
 叫びながら半蔵は倒れる。自身の落ちた腕を見ながら。
 キースはコートのポケットから、ワイヤーを幾重に巻いた筒を取り出し、ワイヤーを少し出した。半蔵の眼前にしゃがみ、それを首に巻く。半蔵が何かを訴えているが、今のキースには聞こえない。ただ、虚ろな目で作業していく。首に5回程巻き、今度は半蔵が座ってた大きな椅子の背もたれにワイヤーを巻く。
 これで、半蔵の首と椅子が繋がる形になった。キースはワイヤーを切り、半蔵の眼前に立つ。
「……1つ聞く。華奈について、何か他に知っているか?」
「たす……けて……たすけ……て……!!」
 怯えきった目で、キースの質問に答えず、ただただ半蔵は助けを求めた。
「……そうか、分かった」
 キースは椅子を持ち上げ、窓の前に立つ。
「じゃあ、『落ちろ』。プライドと共に」
 そう吐き捨て、キースは窓ガラスにむけて椅子を投げた!
 椅子は下に落ちていき、ワイヤーもそれに倣って落ちていく。
 やがてワイヤーのほとんどが落ち、半蔵の首を絞めた。
「がっ! ああああああああああっ!! ヴぁあああああああああ!!!」
 首を絞められながら、半蔵は引きずり込まれていく。
 そんな様子を、キースは眺めていた。蔑みと、微かな怒りとともに。
「……哀れだな」
そう呟いても、半蔵の耳には入らなかった。
「あ゛あ゛~~~~~!!!ヴァ――――――!!!」
 声にもならない叫び。
 だが、ワイヤーは止まらず、ついに半蔵を――闇の底に引きずり込んだ。
 キースは窓から身を乗り出し、落ちていく半蔵を見た。
「Good bye goddamn guy. See you again in hell.(じゃあな、クソ野郎。地獄でまた会おう)」
 そう言い残し、キースはその場を去った……
 


第1章 [encounter of alteration] 終



[14185] 第2章 [Everything is changed] 2-1[空虚]
Name: SIN◆d5840ce4 ID:a4bb5faf
Date: 2011/05/11 01:49
4月26日 AM1:47 フォート社地下6階

「……やっぱり閉まってるか……」
 エレベーターから降りるやいなや、キースは目の前の閉ざされたシャッターを見てそう呟いた。
 部屋の広さはそんなに無く、電灯は天井に1つしかなかないため、辺りは少々薄暗かった。
 シャッターに近づき、キースは周辺を見回すと、シャッターの右隣りに何かの機器を見つけた。
「カ―ドキー式か……面倒な……」
 げんなりとした声でそう言うと、キースは鞘から『残毀閃』を素早く抜き、シャッターに向かって上段に構え――力強く振り下ろした!
 硬直せずに、刀を左斜め上にシャッターを切り裂き、その勢いに乗せて回転し、左斜め下に傷を作る。
「うぉらぁ!!」
 シャッターに生まれた裂け目に、キースは思い切り蹴っ飛ばした。吹っ飛ぶことはなかったが、シャッターが蹴りの衝撃で折れ曲がり、四角錐状に穴が開いた。
「開店の時間だ。邪魔するぜ」
 そう呟きながら、キースはシャッターを退けて奥に入り込む。
 先程の部屋とは打って変わって広く、例えて言えば、一般の体育館程だった。左右に大きな物置棚があり、大小様々な箱がびっしりと並んでいる。
 特に目を引いたのが、目の前に見える巨大な穴だった。奥の方はとても暗く、何があるのかは見えなかった。が、おそらく長いトンネルのようなものだろう。
「物資とトンネル……パイプラインか? でも、なんでこんなところに……!!」
 と、キースは目に写ったものに反応し、それに向かって駆け寄った。円筒状の――『S・E』 と刻まれたプレートが埋め込まれているそれに。
 カプセルは穴の前に10個置かれており、透明なガラスで出来ているため、中身が見えるようになっているが……
「……どれもこれも、もぬけの空、か……」
 どのカプセルをみても、『S・E』どころか塵1つも残っていなかった。
 キースがカプセルの奥の方をみると、穴から線路が走り、地下鉄のプラットホームのようになっていた。やはり、パイプラインに間違いないようだ。
「ここからどこに……」
 辺りの状況を見る限り、ここは物資の保管所と輸出入の場として機能しているらしい。
 現代では大戦後、貿易に関する条約、規制が改正されたため、大企業が独自の貿易ネットワークを形成してるのは珍しいことではない。
(パイプラインの建設を、よく政府が許したものだ……)
 パイプラインは、国と国を結ぶ1つの線。貿易の独立が許されているとはいえ、パイプラインの建設は土地やコストの要求が厳しく、そもそも政府が簡単には許可をくれはしない。
 キースは近くにあったパソコンを起動し、パイプラインの使用履歴を出した。履歴を見れば、いつ『S・E』を輸送したのかを知ることができる。
「……くっ、やはり消してあるか」
 キーボードを叩き、毒づく。履歴は一部どころか、全て消去されていた。
 相手も警戒心は強いようだ。
「……兵器開発は嘘なのか?」
 半蔵は、S・E兵器開発を暴露していた。なのに、どうして今『S・E』がここには無いのか?
 肝心のそれが無ければ、最新兵器の開発は不可能なのに。
「……これは厄介な犯人探しになりそうだ」
 パイプラインの中に広がる闇を見つめながら、キースはため息をついた……


 フォート社 25階 監視室

 全ては、変えられてしまった。
 気まぐれな神ではなく、悪戯な運命でもない。
 自然と、ゆっくりと、変えられたのだ。
 1人の少女の、日常を。
「……どうして……?」
 華奈は呟き、問うた。誰に対してでもない。それでも、口から出てしまう。嫌でも出てしまう。
「……どうして――」
「どうしてだろうな」
 と、そこに聞き慣れたばかりの声が割り込む。隣で華奈を慰めていた修羅が立ち上がり、キースに歩み寄る。
「無事だったか」
「ああ、余裕でな」
 キースは笑い交じりにそう言い、華奈を見る。華奈は正気を取り戻したらしく、ずっと俯かせていた顔を上げた。多分、今の華奈の顔は、涙で濡れ、頬を赤く染めているに違いない。
「……半蔵は死んだ……俺が殺した」
「!!」
 華奈は目を大きく見開き、だが、すぐにまた下を向いてしまった。
 大体予想はしていたが、実際に死んだと思うと、かなりつらい。
 だが、華奈は心のどこかで、『歓喜』の感情を僅かに感じていた。

        あの男が死んでよかった

 そんな気持ちが、華奈の奥底で唸っていた。
「……嬉しいか?」
「え……!?」
「憎たらしい下種男がくたばって、内心嬉しんじゃないのか?」
 どうして、わかったの?
 そう思う他に、華奈は思考を回せなかった。
「……違う……違う……けど……」
「けど?」
 ひたすら拒否する。だが、それを否定する言葉もでてくる。
「なんで……なんで……人が死んだのに……嬉しいなんて思うの……!?」
 華奈は自分の気持ちを、言葉で出した。
 正直、苦しかった。こんなことを、言葉で表すのは。
「それが人だ」
 目の前の少年は、そう言い放った。冷徹に、だけど、優しく。
「……人?」
「例えどんな綺麗ごとを並べても、人のどこかには『汚れ』がある……お前だってそうだ」
 矛盾した、現実。それをキースはものともせずに淡々と言う。
 そして、華奈は改めて思い知った。自分の心の奥底にある、『汚れ』を。
半蔵が持っていた『欲望』と同じものを……自分も持っていることに。
「……キース、教えて……私はどうすればいいの……?」
 なら、この『汚れ』をどうすればいい?
 どうすれば消せる?
 どうすれば日常に戻れる!?
 華奈はキースに駆け寄り、肩を揺する。そして、問い続ける。
 答えを、この人なら出してくれる。
 そう信じて……
 と、突如右頬に何かがぶつかった。いや、『張った』。手が。
 頬を抑えながら、目で手を辿っていく。
 行き着いたのは、キースの顔だった。だが、その目はいつもとは違った。
「甘ったれんな、雌犬」
 狂気と怒りが満ちた眼差しで、暴言を吐きだす。
 華奈は戸惑い、恐怖で反射的に後ろずさる。それでもキースは、眼つきを変えない。
「どうして、どうして……誰が答える?お前の『先』を、誰かが知っているとでも思ってんのか?いい加減に腹決めろ、クズ」
「!!」
 さっきとは全く違う、暴力ばかりの言葉。華奈は何も言えず、ただ茫然としてしまった。一体、キースはどうしてしまったのか、分からなくて。
「お前自身、これからどうする気だ?」
「……」
 答えられない。ただキースの顔と向き合うだけで、思考が停止していた。
 その目が、怖くて。
「その面から見るに、どうやら決まってないようだな……」
 キースはそういうと、華奈に背を向け、出口に歩き出した。
「まぁ、お前みたいな貧弱な奴がすぐに立ち直るとは思わない……だが、自分で自分の未来を決められないことほど、馬鹿らしいことはない」
 構わず続ける。口調は先程より緩くなったが、厳しいことに変わりはない。華奈は言葉を受けるたびに、顔を俯かせていく。
「今を悩む暇があるなら、自分の未来を決めろ。苦しい現実でも、受け入れろ」
 その言葉を機に、華奈は泣き崩れてしまった。声は出さないものの、涙が止め処なく溢れる。

             未来を、決める?
             
             どうやって?
             
             壊れた日常で

    生きる術が分からない世界で、どうやって決めればいいの?

 キースに聞きたい気持ちが、華奈のなかで溢れだしていた。
 が、悲しみに押しつぶされ、抑圧された自制心は、華奈が質問することを許さなかった。
「……今日はウチに来い。自宅にいたら、野次馬共にいろいろ聞かれるに違いない……」
 優しい口調。それに変わっても、華奈の折れかけた心の痛みは消えることなく、ひどくひしゃげた声で、「はい……」と答えた。




[14185] 2-2  [Hello, New Days.]
Name: SIN◆d5840ce4 ID:f92d61c1
Date: 2011/05/11 01:50
「半蔵が死んだ?」
「はい。深夜、偽装ペースメーカーの信号途絶が確認されました。間違いなく、殺されました」
「ふむ……若、これをどう思いなさっているので?」
「どうもこうもない、荊部……奴め、毒を持つのもおろか、敗れたか……」
「S・Eは搬入済み……あの男の役目は、もう終わったのでは?」
「馬鹿かてめぇは? そしたら、兵器開発は誰がする? あのジジィ、偽装対策に集中し過ぎて、設計図すら書いてないんだぞ?」
「確かにそうだな。これでは、作りようがない……」
「……どうするつもりなのですか? これから……」
「……半蔵はいずれか殺す予定だった。手間が省けただけで、計画は変わらん。各自、引き続き「ブツ」の捜索と回収を続けろ……さて、リリア。定期報告を頼む」
「はい。『品』の奪取の計画は作成完了。『永久凍土庫』の位置特定は継続中。ですが、現状の機器では特定は難しいかと」
「特定はいい。『足跡』さえ見つければ、後はどうにでもなる……しばらくは『KNOWING』で我慢するよう、情報部に伝えてくれ。ベルとマリーは?」
「順調です。先刻、イギリス大使を拘束。現在逃走中です」
「そうか……1つ聞きたい。半蔵を殺したVIPHは?」
「VIPHナンバー40……『BLACK WALTZ』です」
「……各自、奴等の情報を集め、障害になりそうならば排除しろ。もしかしたら、我々に気付き始めているかもしれないからな……」


 4月26日 AM.8:38  BLACK WALTZ事務所

「ん……2日連続の夜更かしはきついな……」
 昨日のリプレイのように、キースはロッキングチェアで揺れながら目を開けた。
(そうか……昨日帰った後、すぐに寝て――)
「おいキース!! もう8時半だ――」

               ザクン!!

 ――やはり昨日と同じように、修羅が起こしにやってきた。
 それに対してキースは、銃で天井を撃つ代わりに、傍に置いてあった残毀閃を引き抜き、修羅の横の壁に突き刺した。
 ――顔面ギリギリのところに。
「うおおおおおい!!  俺を殺す気かこのド呆保!!」
「黙れ。起こしに来るタイミングが悪いんだよ、お前は。空気読め、漁船『阿修羅丸』」
「誰が阿修羅丸だ、誰が! 早く起きないお前が悪いんだよ!! この『キス魔』!!」
「てめぇ……今度は脳みそ引きずり出すぞ……?」
「やれるならやってみろや!!お前の大事なふぐ――」
「あの~……2人と……?」
 と、喧嘩が盛り上がり始めたところで、ここでは聞き慣れない声を聞いた。即座に2人は振り向く。
 霧原華奈だった。昨日は事後、そのまま事務所に帰ってきたので、パジャマ姿のままだ。先程の一部始終を見ていたせいか、ドアから半身出し、怯えた目でキースたちを見ていた。
「あの……何か、あったの?」
「いや、単なる言い争いだ。気にすんな」
 キースは修羅の頭を小突くとそう言い、突き刺した刀を抜いて、鞘に戻した。
「それより、大丈夫なのか?……心の方は」
 刀をデスクの上に置き、再びチェアに座りながら華奈に聞く。
「……」
 目を俯かせ、黙り込んでしまう。
 それもそうだろう。何せ、今まで父親だと思っていた者が、自分と血が繋がっていないことを、今になって知ったのだから。母親でさえも、自分を産んだ者ではなかったのだから。事実上、彼女を保護する人間はいない。実の両親の居場所を掴めない、今では……
「……はぁ~……」
 キースはため息をつきながら、再びチェアに座り、デスクに置いてある二丁銃を引き寄せ、マガジンを抜く。そしてそれに、手元に置いてある弾丸を1つ1つ、詰め込み始めた。
「今日は昨日の事件で大騒ぎだろう。外に出ても、野次馬に絡まれるだけだ……今日は学校を休んでここにいろ。飯も出してやる」
 華奈に目をやらず、キースは淡々とした口調で華奈に言った。華奈は顔を上げ、何かを言おうと、口を開け、だが、すぐに閉じてしまう。
「……いいな?」
 マガジンを銃に差し込み、変わらぬ無機質な口調でキースは聞く。一瞬の沈黙の後、「はい……」という、華奈の弱々しい声が聞こえた。


『本日午前3時頃、フォート社新宿支社社長、霧原半蔵氏が何者かによって殺害されました。遺体はビル郊外で発見されています。最上階の社長室に斬られた腕部が発見されたことから、ビルからの落下による死亡と見られています。警視庁は、犯罪組織による犯行とみなし、犯人の迅速な確保に全力を尽くすと述べています。なお、フォート社では次期社長を早急に決定し、2、3日後に事業を再開するとのことです……次のニュースです……』
「犯罪組織、ねぇ……まぁ、間違いはないが……」
「人を殺しているんだ。その扱いは適している」
 昨日の事件のニュースを聞き、修羅はため息をつきながら不満の声を洩らし、すかさずキースも、ハムサンドに喰らいつきながら合理的にまとめる。
 昨日の事件のおかげで、どの局のテレビ番組でもそれで持ちきりだった。フォート社は、殺戮兵器の規制が厳重になった現状の世界において、数少ない貴重な兵器開発企業なのだ。
 日本においては、あの新宿社が唯一の国内での兵器生産工場であり、防衛のライフラインとなっている。それを仕切る半蔵が死んだということは、今後の事業に多少の影響が出ることになってしまうのだ。
「結局、昨日はジジイが裏切ったおかげで大儲けできなかったなぁ……まぁ、キースがぶちのめしたあの不良共の礼金で、食いぶちぐらいは稼げたがな」
「お前は本当、金にだけは目はいいな……せめてそれぐらい空気を読めるようになればいいのにな」
「うるせぇ、どいつが原因だ」
 と、少しむくれて修羅はコーヒーをぐいっ、と飲み干すが、入れたばかりであったため、熱湯に浸した舌を出しながらむせてしまった。キースはそれを笑いながら、コップにボトルの水を注ぎ、「水! 水!!」と叫ぶ修羅に手渡す。
「自分で入れたのに分からなかったのか? ハハハ」
「んぐっ、んぐっ……ハァー……ったく、面白くねぇ……っと、面白い、っていったら……」
 と、修羅は思い出したかのようにジーンズのポケットから1枚の写真を取り出し、皿やカップがある丸テーブルの中央に置いた。
「……またか。今度のは大丈夫なんだろうな?」
「安心しろって。イギリスの大使館からの光栄な依頼だ」
 不審げな目を向けるキースに対し、修羅は陽気にキースをなだめた。キースはやや消極的に、写真を取ってそれを見る。
 男が写っていた。顔立ちはしっかりとしていて、年は3、40代といったところだ。金髪の整ったショートヘアに、白人特有の白い肌。
「アウネス・バリー。イギリス大使だ。今回の依頼は、誘拐されたそいつの救出だ」
「誘拐? 誰に?」
「相手は分からん。誘拐されたのは今日の午前2時ごろ。大使館が襲撃されて、警備隊の大半を始末して逃走したらしい」
「誰かわからなければ、目的もわからないな……」
キースは写真を置き、腕を組んで呻った。
「ああ、言い忘れたが、報酬は500万だ……どうする?」
「……面倒だが、今の食いぶちじゃ苦しい」
 キースは皿の上にある最後の卵サンドを取ってそれを平らげると、食器を重ねて立ちあがる。
「御馳走様……支度するぞ」


「華奈?入るぞ」
 少しほこりっぽい部屋の中、ベッドに寝転がっていた華奈は、キースの声を聞くなり起き上った。
 この事務所で唯一使っていない部屋であったが、1人にはちょうど良い広さだ。中にあるのは、夜置いたばかりのベッド、クローゼット、ミニテーブルと椅子だけだ。会社を出るとき急いでいたため、財布や通学エナメルしか私物はない。
「腹減っただろ?朝食はここに置いとくぞ」
 そう言いながらキースは、片手に持っているプレートをテーブルの上に置いた。プレートの上には、コップに入ったミルク、ベーグルのサラダとハムサンド、メロンパン、コーンスープがある。
「朝食までありがとう。おまけに泊まらせてくれて……」
「気にするな。これは俺たちの中じゃ『決まり』だからな」
「『決まり』?」
「ああ……その『決まり』について話がある。が、その前に……」
 キースは椅子を華奈の方に向け、それに座った。一息をつき、口を開く。
「……あの時引っ叩いて悪かった。少し、やり過ぎた……」
「……ううん、気にはしていないよ。むしろ……ああしてくれなきゃ、今頃もっとひどくなってたと思う」
 華奈は微笑みながら首を横に振り、それを見たキースも、僅かな微笑をこぼし、だが、真顔に戻る。
「……本題に入ろう。まず、俺たちVIPHについて、教えなければならないな……」


 VIPH。正式名称、「VIP HUNTER」。主な仕事は知っての通り、要人の殺害、護衛、捕獲としており、基本、表の社会とは無縁な『裏稼業』だ。そのVIPH全体を統括する、スポンサーが存在する。それが、『CRADLE』だ。
 『CRADLE』はVIPHの依頼の仲介役だけでなく、収入サポート、VIPHの情報管理、事後の処理など、VIPHにとって重要な存在となる役割を担っている。そして、『CRADLE』はVIPHに『規則』を付加している……


「……その規則の下、VIPHは任務中に発生した被害者を保護することを義務としている。本人の同意があれば、な……」
「……ちょっと意外。てっきり見放すかと思ったよ。」
「人でなしではない、ということだ。で、どうすんだ?」
「えっ? なにを?」
 ベーグルを齧りながら、華奈は首を傾げる。
「身寄りが無くなった今、お前はどうするんだ?」
「それは……」
 少し俯き、華奈は戸惑った。確かに、今は実の親すら分からない状況だ。頼れる親戚も無く、このままだと1人になってしまう……ここに住み込むのも、少し気が引ける。
「……まぁいい。今夜まで考えておけ」
「えっ? 今夜?」
 質問を切り上げ、キースは立ち上がった。華奈は思わず声を上げたが、意に介さず、キースはドアに向かった。
「これから仕事なんだ。戻るのは夜になる。それまではここにいてもいい……答えを、よく考えておくことだ」
 ドアを開け、出ていく前に華奈に横顔を向ける。
「それが、これからの『お前』を決めることを忘れるな」
 単純で、意味深な言葉。それが残され、彼は去った。
「……」
 華奈は閉ざされたドアを見つめ続けた。まるで、今の自分の心の中を見るかのように。
 ミルクが入ったコップを取り、口に注ぐ。半分ほど飲んだところで、「ぱぁっ」とコップを口から離す。
「これから、か……」
 そう呟き、再びドアを見つめた。

       そのドアを、開けるか、開けないか

 それを考えながら――



[14185] 2-3 [Seeking]
Name: SIN◆d5840ce4 ID:625319de
Date: 2011/05/11 01:50
 
 春の始まりを歓喜するかのように、東京湾の海は眩い陽光を反射し続けていた。空に飛んでいるカモメは、まるで迷い込んだ子供のように泣いている。東京湾の港のいつもの光景であった。汽笛を鳴らしながら、今日もタンカーや輸送船が出入りしている。
 が、1区画だけ他の区画と比べて静かであった。
 大井追悼付近のコンテナターミナルだ。いつもなら、輸送船に運ばれたコンテナを多数の人々が降ろしているはずなのだが、今それらはいない。代わりに存在するのは、その手にAK―47アサルトライフルを持った、統一感のない服装の男たちだった。
 小さな火の花が、密かに開花しようとしていた……


 AM 11:37 東京都 東京湾 コンテナターミナル

「治安維持軍まで出演なんて、聞いてないぞ?」
 不機嫌な表情をしながら、キースは毒づいた。傍にいる修羅も、呆れたようにため息をつく。
 キースたちが今いる場所――コンテナターミナルの入り口ゲート前には、治安維持軍の兵士や装甲車が集結し、封鎖線を敷いていた。このコンテナターミナルに、今回の救出対象である人物、アウネス・バリー氏を連れ去ったテロリストが潜伏しているからだ。情報によると、午前6時頃に軍が到着している。
「チッ、番犬共が。嗅ぎつけることだけは早いな……」
 実際、キースたちVIPHにとって、軍は単なる障害でしかない。VIPHは非公式な組織であるため、『CRADLE』という後ろ盾があっても、表の法には敵わないのだ。ゆえに、軍はVIPHを犯罪グループとして見ていることになる。
「関わり合うのは面倒だ、西側から侵入する」
「同意だ」
 キースはゲート前で固まっている軍を一瞥し、その場から去った。修羅もそれに従い、大きな直方体型のケースを背負ってキースを追う。
 軍はターミナルの中央に展開しており、正面から行くのは難しい状況だ。遠回りになるが、西側から侵入し、アウネスを確保するのが最善の策だろうとキースは判断した。
「修羅、まだか?」
 ターミナルの外周を囲んでいるフェンスに、スプレーを噴きかけている修羅に、周りを警戒しながら聞く。
「もう少しだ……」
 低い声で答えつつ、作業に集中する。一見普通の殺虫スプレーのようにも見えるが、中身は違う。金属を腐食させる薬品が入っており、これで有刺鉄線などの金属製のバリケードを突破することができる。
 スプレーをフェンスに四角形上に噴きつけると、噴きつけた部分が銀色から錆色になり、修羅がフェンスを引っ張ると、バキッ、と音を立ててフェンスが外れる。
「よし、外れた」
「急ぐぞ」
 2人は自身の装備を確認し、フェンスの穴をくぐってターミナルに突入した。コンテナターミナルというだけあって、様々な色、大きさのコンテナが積み上げられ、長蛇の列を作っていた。コンテナの影で暗くなった通路を、二人は慎重に、だが、足早に歩いていく。
 ここはすでに、テロリストによって占拠されている。いつ、どこから出てきてもおかしくない状況なのは確かだが、それにしては静かすぎた。何せ、『音』がない。話し声すらも聞こえないのだ。もっと奥にいるのか、それとも、息を殺して待ち伏せているのか……
 心配するのはそれだけじゃない。軍もそろそろ突撃を開始するはずだ。そうなれば、手柄だけでなく、身柄までも拘束されてしまう。そうなれば刑務所行き。最悪な場合、北方の囚人収容施設にぶち込まれてしまうだろう。それだけは何としても避けなければならない……例え任務を放棄してでも。
「……敵だ」
 波止場の近くのコンテナに身を隠しながら外の状況を確認し、修羅に指示を出す。
 視認した敵は6人。5人が男で、AK-47アサルトライフルを手に持っている。残りの1人は、女であった。黒色の長髪で、少々寝癖が残っているのか、所々に跳ね上がっている部分がある。服装は白のハイヒールに黒ストッキング、そして……白衣だ。科学者や医者が着ている、あの白衣だ。女は自分の目の前に対して何かを言っているようだが、周りの男たちが陣取っていてよく見えない。だが、おそらくは拉致されたアウネスだろう。
「……クルーザーまで用意している。周到な準備だな」
 また、波止場には10人くらい乗れそうな白い小型のクルーザーが一隻停泊している。用が済んだら、それで逃げるつもりだろう。
(奴ら、イギリス大使に何の用があってこんな……)
 今回の事件は、何の要求も明らかにせず、ただアウネスを拉致し、この場所にまで逃げ込むという経過に至った。さらに、1隻のクルーザーも用意してだ。アウネスに目的があったのであれば、すぐにクルーザーでどこかに逃げてしまえばいいものを、軍が到着した現在でも、逃走する気配を見せない。
「……修羅、CODE:W-S-00でいく。そのでかい『ゲテモノ』を用意して待ってろ」
 専用の作戦コードを伝え、頷く修羅を見た後、キースはコンテナの取っ手部分に向かって跳躍した。取っ手を片手で掴み、その勢いで手に力を加えてまた跳躍し、一段上のコンテナの上に降り立つ。
「相変わらずの運動神経だ……感心しちまうよ」
 そんな修羅の呟きを背に、キースは跳躍してコンテナからコンテナへと飛び移っていった。
 敵の近くのコンテナに行くまで、さほどの時間はかからなかった。うつ伏せに倒れ、下を覗く。先程確認した6人ともう1人――金髪のショートヘアーの男がいた。茶色のスーツ姿で、両手を後ろに縛り付けられ、集団の中央に膝をついている。ポケットからアウネスの顔写真を取り出し、確認する。今回のVIP、アウネス・バリーだ。
 確認を済ませたキースはすぐさま写真をしまい、ポケットから棒状の機器――指向性マイクを取り出し、それに差し込んであるイヤホンを耳につけ、マイクを集団に向ける。敵の狙いが分からない以上、むやみに攻撃することはできない。最悪の場合、アウネスが殺されてしまう可能性もあるのだ。
『……さっさと答えたらどう?あたしたちはあんたに危害を加える気はない。ただ教えてくれればいいのよ』
 雑音混じりに、わずかに幼さが残っている声が聞こえた。女の声だ。
『もうB-USBはこの手にあるし、血液もあなたが寝ている間に採ったわ。あとはあなたがパスワードを教えてくれればいいの』
『……どういうつもりだ?』
 アウネスの声だ。怯え混じりの低い声で問いかける。
『あたしたちの目的?』
『国家機密文書のデータが入ったそれを使って、一体何を企んでいる?金か?テロか?それとも国の支配か?』
『それを知る必要は、あなたにはないわ』
『……どちらにしろ、パスワードは言う気はない。例えお前たちに殺されるとしてもだ!』
『あらそう。じゃあ……』
ジャキッ……
 僅かな金属音。聞き慣れた、銃を構える音。
『死になさい』
 その声が合図となり、キースはイヤホンを投げ捨て、コンテナから飛び出した――集団に向かって!
 すかさず二丁銃を取り出し、近くにいる敵兵2人の頭部を撃ち抜いた。数秒よろけ、糸が切れた人形のように倒れる。2人の死亡を確認する間も取らず、右手にあるデザートイーグルをホルスターにしまい、左腰の『残毀閃』の柄に手を置く。こちらにAK-47を『やっと』向けた敵兵に向かって落ちていき――交錯すると同時に刀を引き抜き、敵の喉を切り裂いた。溢れる血の雨。それを頭に浴びながらも、キースは構わず、次の標的に目を光らせる。
 残りは2人。
 AK-47を向けているが、まだトリガーは引いていない。隙を見逃さず、最も近い敵に接近する。一気に間合いは縮まり、敵の顔が目と鼻の先に現れる。左手でAK-47の銃口を下に向け、刀の柄で顔面を殴る。一時的に意識が飛んだの確認すると、USPをもう一方の敵に、『目もくれず』に連射する。腹部、心臓部、左上腕部と、敵の体中に風穴が開いていき、最後の頭部のクリーンヒットをくらって後ろのめりに倒れ、海に落ちた。意識が飛んだ敵が回復したが、遅かった。すでに心臓を黒い刃が貫いていた。刀をゆっくりと引き抜き、横に退かす。先程の敵と同じく、死体は水面に落ちていった。
 残った女に目を向ける。左腕を上げ、USPを構えた。アウネスはキースの後ろにいるため、人質にされることはない。
「……見事じゃない」
 女は怯えた様子もなく、ただキースを褒めた。感心を含めた声で。
 遠くからで見えなかったが、彼女の顔はまるで西洋の人形のような純白の肌で、声だけでなく顔つきにも幼さは残っていた。身長は華奈より少し小さいぐらいだ。
「1人で5人も倒しちゃうなんて……腕利きのVIPHのようね?」
「御卓はいらない。昔から褒め言葉は嫌いなんでな」
 皮肉を言いつつ、キースは少女を睨みつける。少女はそれに構わず、余裕の表情で微笑みを浮かべながらキースを見る。まるで、キースを隅々まで見るかのように。可愛らしい顔とのギャップはかなり大きかった。
「先程の話は盗み聞きさせてもらった……イギリスに喧嘩でも売る気か?」
「いや~? 喧嘩を売る価値もないわ」
「なら何故イギリスの国家機密文書を狙う?」
 さらに睨みつけながら少女に問い詰める。それに比例するように、少女の余裕の表情は顕著になっていく。
 なぜ笑っている?
 なぜそんなに余裕なんだ?
「答えろ」
 疑問を振り捨て、声を荒げる。少女の表情は変わらない。
「言ったはずよ? 知る必要はないって。当然、あんたもその範疇よ?」
「少しは立場を考えろ。あと少しすればその綺麗な顔が吹っ飛ぶぞ?」
「フフッ……」
 少女が突然笑った。含みのある笑みを、キースに向ける。不快感とともに、警戒心が高まる。
「何が可笑しい?」
「立場が分かってないのはあんたよ。だって……」
 一瞬、体中を悪寒が走った。体じゅうがまるで凍りついたかのような気分が、キースに襲いかかる。少女の笑みからのものでもあったが、それだけではなかった。一時、キースは少女から周りに焦点を当てた。そして、それはすぐに見えた。少女の後ろに止まるクルーザーの奥……船の先端部分から見えた、『反射光』。考えなくても、狙いは分かる――自身だと。
「くっ!」
 キースが動いたときに銃声は鳴り響いた。右足のあった場所に火花が飛び散る。もし気付けなかったら、使い物にならなくなっていただろう。キースはさらに迫る狙撃をかわし、アウネスの体ごと、傍にあった防波壁に隠れる。隠れてもなお、銃撃は止まない。
「クソがっ!……!」
 足止めを喰らっているうちに、少女はクルーザーに乗り込んでしまった。このまま身を出せば、死にに行くようなものだ。追うことはできない。
 一際大きいエンジン音が鳴った。クルーザーが動き出した!
 動き始めた後でさえも銃撃は止まない。キースはその場から動くことができず、クルーザーは全速力で海原を駆け出していった。銃撃が止んだころには、クルーザーは遠くに行ってしまっていた。
「……ハッ。本当に分かってないのはお前だ、クソアマ野郎」
 遠のくクルーザーを見ながら、キースは携帯電話を取り出し、修羅に繋げた。
「CODE:A-D-00Q」
 キースはそう告げると電話を切り、再びクルーザーを見つめた。


『CODE:A-D-00Q』
 キースのコードを聞くと同時に、修羅は背中に『ゲテモノ』を背負いこみ、クルーザーを見据える。彼が今持っている、先端部が太い土管のようなランチャーは、FGM-148 ジャべリンだ。
 ジャべリンは、ヘリコプターや戦車の迎撃に用いられる対地空ミサイルだ。一番の特徴として持ちあげられるのが、ロックオン機能だろう。銃身から左に突き出たセンサーで車両をロックオンし、それをミサイルの先端部にある画像赤外線シーカーと内蔵コンピュータが受信し、目標を撃破する。
 弾道を垂直弾道(トップアタックモード)にセットし、センサーでクルーザーをロックする。ピー、と発射準備の完了を表わす機械音が鳴った。
「お気の毒様。会えたら地獄で会おうや」
 お悔やみの言葉を呟き、トリガーを引いた。銃身から巨大なミサイルが飛びだし、間を置かずに後部から火を噴き、斜め上に飛んで行った。空高く飛んだミサイルは斜め下に急旋回し、クルーザーへと向かっていく。
「死に際ぐらい看取ってやるよ……ん?」
 双眼鏡でクルーザーの散り際を見ようと、クルーザーにズームした修羅は、あるものを見つけた。
 船に佇んでいる、1人の女性。
 黒いライダースーツ姿で、長身の体の輪郭をくっきりと色っぽく魅せている。皮膚は雪のような白色、髪も白色のショートボブだ。そしてその手に持つのは、H&K PSG-1狙撃銃のようだが、先端の銃身がなぜか分厚い形をしている。
 女は空を見ていた。無表情のまま、ただ静かに。迫りくるミサイルを見ているだろうか。女は諦め、死ぬのを待つように見えたが――女の目つきが、鋭くなった。
 女はしゃがみ、PSG-1を構え、上空に向けた。
「あいつ、撃ち落とす気か!?」
 どう見てもそうでしかない。彼女は狙撃銃で、ミサイルを撃ち落とそうしているのだ。だが、出来る筈がない。PSG-1の威力では、ミサイルは落とせない……

         そう思えたのは、束の間だった

 突如、PSG-1の分厚い先端部が、『縦』に割れたのだ。割れた部分は、銃身の延長上まである。そして、割れ目が突然光り始めた。その光は眩しさを増し、修羅は思わず双眼鏡から目を離した。そして、上空を見る。
 ミサイルはクルーザーのすぐそこまで来ていた。
 着弾まであと何秒かだろう。
 そう思った矢先――

        ――ズガァアァァアァァン……!!――

 蒼穹の青空に、稲妻と、火の花が生まれた……



[14185] 2-4 [追憶と決意]
Name: SIN◆d5840ce4 ID:1d635a2f
Date: 2011/05/11 01:51

 AM.10:27 電車内
 
(……失敗したなぁ……これじゃ、まるで不審者だよ……)
 時節振動する電車の中、顔をジャンバーのフードで隠しながら華奈は心の中で呟いた。
 今の華奈の姿は、青いジーンズに白い半袖シャツ、さらにシャツを隠すかのように黒いジャンバーを着ている。その上サングラスとマスクをつけ、長い髪をサイドポニーテールに纏めている。さらに顔をフードで隠しているのだから、不審者と見られても不思議ではない。現に、周りの人間にチラ見されている。
(でも、見つかるのは嫌だしね……)
 華奈は今、昨日の朝までいた新宿のマンションに向かっている。まだキースたちと同居を決めたわけじゃないが、マスコミや警察が昨日の事件を嗅ぎ回っている以上、最低でも住処を変えなければならないため、私物と貴重品を取りに向かっている。この姿をしているのは、警察等の目を欺くためである。今着ている服は、事務所にあったキースたちのお古を勝手に借りてきたものだ。
『次は、信濃町。信濃町です。降り口は1両目、右側ドアです。お降りのお客様は、乗車券をご確認ください……Next station is――』
 次の駅を知らせるアナウンスが、混雑が薄れてきた電車内に行き渡る。それを聞いていないかのように、華奈は外を見る。いつもと変わらぬ、無数のビルが形成する都市、大通りをアリの大群の行進のように歩く人々。本当に、いつ見ても変わりようのない光景がそこにはあった。
「……こんなことになるなんて……」
 昨日まで、今見ている光景の一部に華奈はいた。特にこうといったことがない毎日を送り続けた、あの世界に。
 でも、今は違う。両親がいなくなったことに加え、それらが実の両親ではないことを知ってしまった。身を寄せる場所がない状況に、いきなり投げ出されたのだ。もう、日常に戻ることは叶わないだろう。
「……なんで、私なんだろう……」
 考えることは止めたはずだが、そう思わずにはいられなかった。よりにもよって、何故自分なのか。自分の運命を、深からずとも呪った。
『信濃駅。信濃駅です。お忘れ物がないよう、お降りください……』
アナウンスの声とともに、目の前の景色はプラットホームによって遮られた……


 PM.12:25 信濃町 マンション 69号室

「とりあえず、私服はこれだけでいいかな」
 水色のスーツケースに、下着、私服等を詰め込み、グッ、と力を込めてケースを押し込み、ロックを掛ける。
「は~……あとはどうしようかな」
 息をつき、部屋を見回す。部屋にある家具のほとんどはこのマンションが所有するものであるため、持っていくものはそんなに多くはない。女子高校生の部屋にしては、ポスターなどが貼られていない、悪く言えば地味な部屋だった。華奈自身、あまり世間の流行に詳しくはないため、私物の家具はないに等しかった。
 「……あ!通帳を忘れてた!」
 思い出したかのように、華奈はベッドの近くにある白いキャビネットに駆け寄り、小さな引き出しを引いた。
「あ……」
 中には、黄緑色の表紙の通帳と、青いミニファイルがあった。通帳、ではなく、重みのあるファイルを手に取り、それを見る。
「……これも忘れてた」
 そう呟き、ファイルを開く。
 中のクリアフィルターには、多くの写真が収まっていた。どの写真にも、様々な年代の華奈が写っていた。
「母さん……」
 そして、過去に亡くした母――霧原 日和も、華奈と一緒に写っていた。絹糸の様に滑らかな栗色のセミロング、黒真珠のように煌く瞳。豊かな表情がそれらをさらに際立たせている。
 まだ幼くて小さな華奈を抱き、太陽の木漏れ日のように優しい笑顔でいる写真。
 遊園地で一緒に、メリーゴーランドに乗っている写真。
 誕生日に、ケーキの蝋燭を一緒に消している写真。
 中学校の入学式のときに一緒に撮った写真。
 どれもこれも、華奈が日和と一緒に過ごしてきた証拠となる写真ばかりであった。母である日和は、仕事を口実にして子育てに協力しなかった半蔵の手を借りずとも、一生懸命に華奈を育てた。どんな時でも、日和は華奈を支え、また、まるで姉のように接してくれたものだ。
 日和との日々は毎日が充実していて、戦時下においても、生きていることを無意識に感じられた。だが、その日々は突然にして幕を閉じた。
 3年前――第3次世界大戦が終結した直後に、日和は病に倒れ、間もなくこの世を去った。原因は不明。医者が言うには、死因すら掴めない突然死だったらしい。その後も原因究明は続けられたが、結局は死因不明に留まった。
(……でも、母さんの子供では……ないんだよね……)
 半蔵から告げられた言葉。血の繋がりのない親子。自分が孤児であったこと。
 本当かどうかはわからないが、薄々華奈は確信していた。
 自分の生まれたばかりの写真が、ファイルにないのだ。出産直後の、自分が。
 そして、このファイルに写っている写真は、華奈が5歳の時から撮られたものである。ということは、出産直後5年間の間、何かがあったということになる。このことを疑い始めたのは、母を亡くした後であった。今日まで疑問に思っていたそれが、自分の出生に繋がっている可能性があるのだ。
「……でも、私には何もできない……手がかりもこれだけじゃ……」
 そう、何もできない。たったこれだけの手がかりでは、実の両親の所在どころか、この問題が本当なのかどうかでさえも判断できない。
 早くも『詰み』となってしまった。
「……母さん……」
 日和と華奈が写った写真に、1粒の涙が落ちた。もう1つ、また1つ……涙は止まることなく流れ続け、耐えきれない思いを抑えるようにファイルを閉じ、胸に抱える。未だに涙は止まらない。
 嘘であってほしい。
 それが華奈の本音だった。あんなにも大切にしてくれて、育ててくれて、そして何よりも、自分を愛してくれた日和が、自分の母ではないと思いたくなかった。あの日々が、嘘であってほしくない。日和以外の誰を、実の母親というのだろうか?
いる筈がない。そんな人が、日和の代わりになれる人なんて、いる筈がない。
「……もう、行かなきゃ……」
 涙を拭い、ファイルと通帳をショルダーバックに入れ、その他の私物を回収、あるいは処分し、部屋には家具以外何もない状態にした。テーブルの上に、大家さん宛への手紙を置き、華奈はその部屋を後にした――


 PM.4:30 信濃町駅前

『……この電話番号は、現在使われておりません……』
「はぁ~、やっぱ出ないかぁ」
 本日10回目の携帯からの音声を聞きながら、千秋楽 李那は長い黒髪のツインテールを弄りながらため息をついた。
 昨日のことはニュースで見ていた。霧原半蔵の殺害、そして、その娘の華奈の失踪。これの事件が周りの人間に伝わるまで、そんなに長くはなかった――特に、帝学園内は。事件は瞬く間に学園内に知れ渡り、学園からの説明もあった。学園からによると、今日の午前9時に華奈から連絡があり、しばらくの間欠席をすると担任に伝えていた。期間は不明。だが、事故で父を失ったショックは、華奈にとって大きな重荷であるに違いない。
(母さんも亡くなってるし……あの子はもう、一人ぼっちじゃないか……)
 華奈は過去に母親も亡くしており、親しい親戚もいないので、彼女がいられる場所はない。
 学園まで休んで、一体どうする気なのか?
 心配になった李那は今、華奈が住んでいるマンションがある信濃町に来ている。いくらなんでも、家にいないということはないだろう。相変わらず、彼女の携帯にかけても出てこないのが気掛かりだが。
「……ん?」
 マンションに向かっている最中、李那の視界に気になるものが入った。
 李那の視線の先には、大手の物件センターがあった。その中の窓際で1人、物件を探している少女がいた。青いジーンズに白い半袖シャツ、その上に黒いジャンバーを着ている。サングラスとマスクをつけていて、髪型は栗色のサイドポニーテール。
(あのスーツケース……何処かで見たような……?)
 足元にはスーツケースが置いてあり、全体がスカイブルーで、表面の隅っこには、見た目がどう見ても悪者にしか見えない黒色のウサギキャラ『ラビル』のニヤニヤしている顔のシールが貼られている。
 『ラビル』は華奈がすごく気に入っていたキャラだったが、世間ではあまり流行はせず、学園の仲間内でも、華奈ぐらいしか知っている人はいなかった。そしてこの前、華奈と買い物に行ったときに、華奈がかなり悩んで買ったものは、スカイブルーのスーツケースだった。
 スーツケース、『ラビル』、栗色の髪――
 半端な確信を胸に、李那は物件センターに入り、少女に近づいた。
「……華奈?」
「!?」
 声をかけると、少女はびっくりしてこちらに向いた。そして李那をじっと見つめる。
「李那?」
 声を潜めて、李那に問いかける。思った通りだ。
「やっぱり華奈じゃンン!?」
 大きめな声を出そうとしたが、罰が悪いかのように華奈は李那の口を手で塞いだ。そして周りを見回し、小さな声で囁いた。
「……ここじゃまずいわ。人目のないところに移ろう。説明はそれからする」
 サングラスで目が見えないが、真面目な話なのはわかる。李那は何も言わず、ただ頷いた。


喫茶店内

「そんな!本当の両親でないなんて!」
 昨日のことを全て話し、向かい合わせに座った李那からの第一声だった。
 物件センターを出て向かったのは、裏通りにある人気のない喫茶店だった。華奈はここに数回来たことがあったので、特に躊躇いもなく入ることはできた。少し暗い店で、客は華奈たちしかいない。
「本当かはわからないわ。でも、私が生まれた時の情報が何もないのよ。写真も無くて、生まれた病院も不明。母子手帳すらもなかったの」
「そんな・・・日和さんが何処かに隠してるんじゃ?」
「だったら家にある筈。母さんの遺品は全て持ち帰ったの。でも、それらしい物はなかったわ……」
 そう言って華奈はコーヒーを啜り、俯いてしまう。李那も、言葉も見つからないのか、無言で華奈を見つめる。
「……これからどうするの?」 
「住んでいたマンションは空けたわ。住居を変えて、しばらくは学園を休む。野次馬がうろついてることだし」
「両親のことは?」
「……正直、手が出ないわ。手がかりもなくて、どうすればいいかわからないわ……」
 マンションで手に入れた手がかりだけでは、事実の真偽にしか繋がらない。実の両親に関与する情報を手に入れる術も分からない現状では、どうすることもできない。
「……諦めるわ」
 結論を、静かに告げる。それしかない。
 しばらく休んで、また学園に行けばいい。そうすれば、またいつもの日常に――
「逃げる気?」
 と、李那がいきなり立ち上がり、華奈の顔を両手で掴んで李那に向かせる。
「本当の両親に、会いたくないの?華奈を産んでくれた、両親に……」
「手がかりがないのよ……仕方ないわ」
「仕方ない!?そんなこと言えるほど調べた!?」
 突然声を荒げ、李那はさらに迫る。華奈は驚きを隠せずにいた。彼女とケンカしたことは何回かあったが、ここまで本気になる李那を見たことがなかったのだ。
「あんたがそこから抜け出したいのはわかるよ……でも、逃げちゃ駄目だよ。ましてや、両親のことなら、逃げるなんて論外。家族を捨てるなんて、出来る筈がないもの。私の知っている華奈は、そんなことはしない」
 落ち着いている、だが、感情の高ぶりを感じられる口調。
 華奈は李那を見つめる。李那も華奈を見つめる。互いに逃げないように、見つめ続ける。
 いつもそうだ。李那は弱気になる人を見ると、逃げないように催促し、立ち向かわせる癖がある。華奈も、その癖に助けられた1人である。
(そうだ。逃げちゃいけない……)
 日常に戻りたい?
 じゃあ、その日常は何処にある?
 逃げた先に、日常はあるのか?
(ある筈がない……日常なんて)
 いつか思った言葉。だが、その時とは違う意味を持っている。その言葉には、立ち向かう意思がある。現実に、立ち向かう意思が。
「……いつもそうだね、李那」
「え?」
「いつも、あなたに助けてもらってばかり……」
 顔にある李那の両手を取り、優しく両手握る。
「私が馬鹿だったわ……両親を探すわ」
 李那はそれを聞き、安堵の笑顔を見せる。
「華奈……!」
「手がかりはないけど……諦めなければ何かある筈」
 華奈は席を立ち、テーブルに乗り出している李那を座らせる。そして、華奈も笑顔を見せる。
「あたしも、出来る限り協力するから」
「うん」
「でも、1つお願い」
「何?」
「学園には、早めに来てほしいな。友達がいないと、学校も楽しくないし、何よりも寂しいし」
「ふふ……考えとくよ」
 笑顔で李那にウィンクしながら、華奈は席に戻る。
(頼りになるボディガードさんに、保護を願わないとね)
 そう思いながら、残りのコーヒーを飲み干す。
「……あっ、華奈!あるよ!」
 紅茶を口に運ぼうとした李那は、いきなり声を出した。
「え?何が?」
「役に立つか分からないけど……両親を探す手がかりになるかもしれない」
 驚愕。華奈の表情には、まさにそれが表れていた。
「何!?何でもいいから、教えて!」
「う、うん、わかった……私のお母さんが、孤児院で働いているのは知っているよね」
 華奈はそれを聞かれ、頷く。李那の母が埼玉の孤児院で働いていることは、過去に何度か聞かされた。
 それが何に関係しているのか?
「それで、この前過去の名簿表をお母さんが整理していたの。一部を見せてもらったんだけど……あなたかどうかわからないけど、『華奈』っていう名前があったの。漢字も同じよ」
「孤児院に……私の名前が!?」



[14185] 2-5 [後残り]
Name: SIN◆d5840ce4 ID:f2a204ab
Date: 2011/05/11 01:52
 PM.6:10 新宿 大井町 BAR前

「……どうだった?」
 店から出てきた修羅に、ドアの傍に寄りかかりながらキースは問いかけた。
 このBARは修羅の知り合いが経営しており、裏で情報屋をしている。もちろん、『裏』の。
「『アタリ』はあったぜ」
 キースの傍に置いてあった『ジャベリン』のケースを担ぎ、2人は歩き出す。
「まずはあの『雷』だ。やはりお前の予想通りのようだ」
 コンテナターミナルで最後に見た、一条の雷。それは修羅の放った対地空ミサイルを破壊し、空中で爆散させた。結果、テロリストは海の彼方に消えてしまい、アウネスの身柄は治安維持軍に任せることになった。実質、キースたちがアウネスを救出したこととなるので、アウネス本人の意思に関わらず、大使館から報酬が贈られることとなっている。 
「『レールガン』、か……」
 『レールガン』――物体を電磁誘導によって、高速で撃ち出す兵器である。修羅が見た『PSG-1』の先端には、その装置らしきものが取り付けられており、そこから雷が発射された。
「実現しているとは聞いていたが……実戦投入されたことはなかった筈だ」
「実現したとはいえ、まだ試作段階だ。小型化、初速の改良、オーバーヒートの問題……様々な問題を残しながら、去年にやっと形になったところだ。それに、まだ『据え置き型』だ。俺が見た『手持ち型』にするにはまだ先の話だ」
去年の6月、ドイツで開発された『据え置き型』のレールガン、『GARM-RG-T』――通称『ヘヴィーボルト』は、現時点において最も改善されたレールガンであるが、修羅の言った問題点を未だに解決していない。
「……あいつらが船で逃げるとき、俺は狙撃をくらった。銃声とあの連射間隔から、『PSG-1』だ」
「『手持ち型』ならぬ、『取り付け型』か……しかも、切り替え可能……奴ら、どんだけ頭良いんだよ?」
「さぁな……『女』の方は?」
 キースは気の無い返事をし、今日見た白衣の女について尋ねた。顔は修羅も見ていたので、情報を探るのに手間取らなかった。ジャケットのポケットから写真を取り出し、キースに手渡す。
「……こいつだ」
「以前テレビで見たことがあるぜ、そいつ」
先程買った缶コーヒーを飲みながら、修羅は説明を始める。
「ベル・シュトゥルク。ドイツ出身で、学歴は稀にみる賜物だったそうだ。15歳の時に飛び級でイギリスのケンブリッジ大学の化学科に入学。18歳の時に博士号を取得。大学を卒業後、大手の化学研究所に就職し、単独で研究をしていた。当時その秀才振りは、世界的話題に取り上げられるほどだった」
「なるほど、大した奴だ。頭の良い奴は誰でも善行をするわけではないことが、これでわかったよ……で、その後は?」
「FBIと追いかけっこだ」
「……」
苦虫でも噛んだかの様に、キースは顔を顰めた。また面倒なものを見つけた、とでも思っているのだろう。
「もう、腹いっぱいだ」
「そう言うな、これからがメインなんだから」
顔をそらすキースをよそに、修羅は続ける。
「彼女の研究していたものが、国際法を違反していたんだ。最初はイギリスの警察が追っていたが、彼女は世界中を回って逃走した。そんなわけで、警察はFBIに協力を要請。捜査権も委託してだ。今んとこ、CIAが情報を嗅ぎ回っている所だろう」
「かなりの問題児だな……一体どんなレポートを書いたらそんな事になるんだ?」
「『S・E』の兵器転換」
修羅の言葉を聞くと、キースは顔色を変えた。
 あの時――フォート社の時と、同じ顔だ。
 それを確認しながら、修羅は構わず続ける。
「当初は、『S・E』の日常生活での有効利用という名目で研究だったが、裏で彼女は『S・E』の兵器転用を目的とした研究を行っていたんだ。それを主任が見つけ、警察――今の治安維持軍に追われる身になったのさ」
 第三次世界大戦終結後に締結された国際法においては、『S・E』の兵器転用を一切禁じている。第四次大戦を未然に防ぐことをコンセプトとして作成された国際法では、この事項は要になりうる。それを違反すれば、終身刑、酷い場合は死刑となる。
「しかも、何の偶然だか知らないが、彼女が開発したものは……」
駅の改札口を通過し、プラットホームで電車を待ちながら、修羅はキースに耳打ちをした。
「『レールガン』だったそうだ」
 そのとき、キースの目つきが変わったのを、修羅は見逃さなかった。


 PM.7:30 『BLACK WALTZ』事務所

「あ、おかえりなさい!」
 と、この事務所に不似合いな明るい声が響く。気づけば、事務所内の雰囲気が少し変わっていた。床に落ちていた本や紙、机の上のゴミなどが全てなくなっており、全体的に綺麗になっていた。この事務所に住みついている2人は、両方とも掃除嫌いだ。そのため、事務所の散らかり様は本当に悩まされたものだが……
「夕飯できてるよー」
 この状況の原因というべき者――霧原 華奈が、事務所の一室から出てそう言った。彼女の今の姿は、白のセーター、緑と黒のチェックのロングスカート、そしてその上に無地の青のエプロンを着けている。あの部屋はキッチンだったはずだ。
「華奈?どうしてお前、家事なんかして……」
「同居人だからね。このぐらいしなきゃ悪いでしょ?」
戸惑う修羅の問いに、華奈は笑顔で応える。
「……この匂い、カレーだな?しかも中辛の」
 匂いを嗅ぎながらキースは華奈に訊いた。
「すごーい!よく辛みまでわかったね?」
「キースは大のカレー好きなんだ。犬見てぇに匂いだけでわかっちまう」
「犬は余計だ……さ、飯にしよう。仕事も無事終わったことだし、何よりも腹が減った」
そういうとキースは華奈に近づき、肩に手を置いた。一瞬、華奈が、ドキッ、身を震わせた。
「お前の『答え』、確かに聞いた」
それを聞き、華奈は微笑みかけてくるキースに、ぎこちないが、笑顔で答えた。
「ようこそ、『BLACK WALTZ』へ。歓迎するぜ」
 笑顔で修羅が、新しい住人の歓迎の言葉を言った。

「ごちっ!」
「ごちそうさん」
「お粗末でした~」
 夕食を終えた3人は、個々別々に夕食の終わりを告げ、食休みを取り始めた。今日新たに加わった仲間……華奈はティーポットのダージリンの紅茶を淹れ、それをテーブルに持ってきた。夕食中に華奈から聞いたことだが、夕食の材料などは全て、華奈が買ってきたものだという。
「……2人に頼みごとがあるんだけど、ちょっといいかな?」
紅茶を注ぎながら、華奈はそういった。
「なんだ?許容範囲なら受け付けるぜ?」
「情報が欲しいの」
注ぎ終わり、席に着くなり訊いた修羅に、華奈は答えた。それを聞いた2人は、目の色を少し変えた。それに構わず、華奈は続ける。
「私の両親に関することよ。修羅は、情報に詳しいよね?」
「まぁ、そうだが……流石に両親の情報まで受け付けてないぞ?」
「手がかりを掴んだの。それを調べてもらえればいいんだけど……」
 そういうなり、修羅は腕を組んで唸った。通常、VIPHで所有、もしくは取得した情報は、外部に対して秘匿である。入手経路も、全てだ。これは依頼などにおいて、外部に情報が漏れるのを防ぐためにある。
 だが、そのVIPHのリーダーの判断で、情報を教えることができる。
「……やはり、両親を捜すのか?」
 そのリーダーであるキースは、華奈を見つめながら訊いた。
「そうよ。私は両親を捜すわ。その上で、あなたたちに情報を提供してもらいたいの」
きっぱりと言い切る。その目はとても真剣な眼差しで、疑いを感じさせなかった。
「……わかった、情報は提供しよう。だが、場合によっては両親に関することでも教えられない時もある。その点は了承してくれるな?」
「わかった。約束する」
 異議はない、とでも言うように表情を引き締めて答えた。どの道、キースたちが依頼の最中に、華奈の両親に関する情報に接触することはないはずだ。あるとしても、無いに等しい偶然である。
「りょーかい。情報のルーツならたくさんある。暇な時なら、いつでも引き受けるぜ」
「ありがとう。じゃあ、早速で悪いんだけど――」


 PM.10:25 太平洋上空

 雲の塵一つすらない満天の星空で輝く三日月が、夜の太平洋を淡く照らしている。海上には何もなく、微かに立つ波が月光を反射していた。
 その上の空に1機、夜の闇に紛れるかのように、黒の兵員輸送ヘリが飛んでいた。大きさからして、5、6人は乗れる程だ。
「データは入手。B―USBの血液認識は終わっているけど、パスワードは不明よ」
 運転席で無線通信している者――今朝のテロの首謀者、ベル・シュトゥルクは、無線機のマイクに淡々と報告する。
B-USBは、血液認証セキュリティを搭載したUSBだ。基部にある小さな穴に持ち主の血を1滴入れることでセキュリティが解除され、中のデータを閲覧することができる。パスワードと組み合わせることによって二重セキュリティを敷くことが可能だ。まだ一般化されておらず、国の情報の保存用に使用されている。
『……アウネスを殺したのか、ベル』
 無線機からは、ノイズ混じりの少し低い、男性の声が聞こえる。
「いや、お客さんが割り込んできたの。多分、あなたが捜してるVIPHよ」
『何故わかる?』
「動きが尋常じゃなかった。1人で奇襲してきて、あたしが瞼を1回閉じた後には、全員死んでたわ……それに……」
 ベルはそこで止め、そして、にやり、と妖しい笑みを浮かべながら無線機に言った。
「顔があなたに似ていた」
『……』
 その言葉を聞いた男は、黙り込んでしまった――まるで、図星を突かれたかのように。
『……VIPHに関しては現在調査中だ。そいつであるとは限らない……お前たちは一旦こちらに戻れ。パスワードの解析はエディに任せる……それと、1つ注意してもらいたい』
「何よ~?あなたの説教なんて聞かないわよ?」
 むくれた表情でベルは無線機に非難の声を上げた。構わず男は続ける。
『あまり目立った行動はするな。今日東京湾で起きた爆発……言うまでも無くお前たちの仕業だろう?』
「なによ?あのまま吹き飛んでいればよかったとでもいうの?」
『何も『レールガン』を使うまでも無かっただろう?……マリーの腕なら』
「……」
 さらにむくれるが、それ以上ベルは反論しなかった。言い訳し続けるのは、彼女にとって無意味な行動だった。
『今回は命の危険もあったから目を瞑るが……次からは留意してくれ』
「……りょ~か~い」
 気のないベルの返事は、反省する気など毛頭ないことを示すには十分であった。
 『以上だ』という男の声とともに、無線から微かに流れるノイズ音が顕著になり、やがて消えた。
「……周囲に警戒しつつ、本部へ向かって頂戴。国連軍が索敵を行ってるから、索敵領域を迂回して」
 インカムを外しながらパイロットにそう言い残し、助手席から離れる。
 パイロットとベル以外に、ヘリには4人乗っていた。男3人に、女1人。男たちはもう寝ていたが、女はまだ目を開けていた。が、ピクリとも動かない。瞬きすらもしていないように見える。胸元が微かに開いた黒いライダースーツから見せる白い肌はまるで粉雪の様に白く、顔もまた氷のように美しい。だが、その表情は変化に乏しく、人間というより、よくできた人形と言えるだろう。純白の髪が、それをさらに際立たせていた。
「マリー、起きてるの?」
 呼びかけに応じない少女――マリーの隣に、遠慮無しにベルは座った。
「何してたの?」
「……黙祷。今日、死んでしまった人たちの」
 感情が抜けてしまっているかのような声で応じる。
「……あの場にいたのは、過去に罪を犯した囚人たちよ?いずれかは死刑になる運命よ?」
「それでも……せめて、弔いだけでも……彼らにはもう、誰もいないのだから……」
 蚊が鳴く様な声で、だが、一言ずつ、大切にしている物のようにゆっくりと言う。
「……まぁ、どうしようがあなたの自由。あたしが咎めることではないわ」
「…………」
「ところで、『アレ』はどーだった?」
 がしゃっ、と、マリーは隣に立てかけてある、改造されたPSG-1を持ち上げた。
「この銃自体の性能は変わりないわ。精度の改良も良好……でも……」
と、銃身を下げ、先端の装置を展開させる。本来なら、内部は金属で構成され、銃口の先にレールが走っており、銃弾がそこを通るようになっている。
だが、今のその姿は見るに無惨だった。装置の内部の金属は溶けて爛れており、レール部分は、溶けた金属や変形したレールによって所々埋められていた。
「やっぱり1発が限界か……」
「出力は65%。前回は45パーセントで爆発したわ……改良はうまくいっている」
「それでも満足しないのよ、あたしは……」
 先端部の装置の両側面についているロックを外し、ベルはそれを手に取る。
「完璧主義者だからね、あたしは」
 装置を展開したり閉じたりしながら、そう呟いた。


 PM.11:35  『BLACK WALTZ』事務所

「そうだ。ベル・シュトゥルクに関する情報を、全て洗い出してほしい。彼女が関連しているソース、全てだ。彼女が今回の件に関わっている可能性が高い……ああ、『S-U-218』のことだ。あの強奪事件と霧原の兵器開発、両方とも彼女に繋がる要素がある」
 小さなランプが1つだけ点いている暗い部屋の中、黒衣の少年――キースは、携帯電話を耳につけ、淡々とそう話していた。
「今回の事件、『KNOWING』はどう判断している?……総動員の可能性は?……わかった。こちらも余裕があれば調べてみる。ああ……なにか分かったら教えてくれ」
 携帯電話のフリップを閉じ、ため息をつく。
 数秒天井を眺めた後、ランプを消し、微かな寝息とともに、静かに目を閉じた――


第2章 「everything is changed」終




[14185] 第3章 [Secret investigation]  3-1[合流]
Name: SIN◆d5840ce4 ID:95038dbb
Date: 2011/05/11 01:53
 
 第3次世界大戦終結後、世界から警察や自警団など、各国の治安維持機関がなくなり、代わりに『治安維持軍』というものが、世界の監視、抑止力となった。
 『S・E』の繁栄によって、世界はより平和となる可能性を見出すとともに、兵器転用などによって、新たな戦争の火種になる可能性も出てきた。そのため、以前よりも強力な治安維持機関を必要とした。その理由から生まれたのが、『治安維持軍』だ。
 警察などに比べて変わった点と言えば、隊員1人に対する武装が顕著である。USPなどの拳銃、警棒などが普及していた警官に対し、治安維持軍の隊員1人の装備は、AK―47、M4などのアサルトライフル、手榴弾など、戦争時の兵士1人分の装備が支給されている。過去の治安維持関係の機関を全て解体し、軍に吸収して組織化したのが治安維持軍であるため、規則や体系などは、基本的に軍に基づいている。装備もその対象だ。
 軍事力や人員が増強されたことにより、各国の治安維持はより強固で、顕著なものになった。だが、同時に上層部が持つ権力も大きくなり、支配的な態度を見せる者も少なくはない。唯一変わらなかったのは、少数の上層部による、強行的な支配であった。


 5月14日 PM.8:00 東京都 池袋 池袋セレモニーホール

「キースだ。そっちはどうだ?」
『異状無しだ。目標も追跡中……似合っているぞ、その姿』
 携帯電話を耳から少し離し、キースは自分の服装を見た。今のキースは、黒のスラックスのズボン、白Yシャツ、その上に黒の袖無しベスト姿であり、肩腕には銀のプレートを抱えている。給仕――ボーイだ。フランス料理が綺麗に盛られた皿を載せた白い丸テーブルと、このパーティーに参加している、清楚、あるいは、派手な服装をした人々が乱立するホールの中、キースはその中にボーイとして紛れていた。
 後ろを振り返る。人ごみを避けるかのように、ホールの隅の柱に寄りかかって携帯電話を耳に当て、キースを見ながらにやけている修羅がいた。修羅もまた、キースと同じボーイ姿をしている。
「まるでチンピラウェイターだな。刈上げて出直してこい」
「手厳しい店長だ。このぐらい許せよ……来たぜ。パーティーは終わりだ」
 と、携帯電話を耳から離し、ホールの奥にある一段高いステージを見る。横の階段から、1人のブラウン色のスーツ姿の男が上がり、スタンドにつけられたマイクの前で止まる。右の頬に深い切り傷の痕が走っており、髪型は黒髪で、短い髪を立ち上げてスポーティーに仕上げている。黒いサングラスを掛けているため、どんな目つきをしているのかは分からない。
「――本日は、『西条会』の20周年記念パーティーにおこしいただき、誠にありがとうございます」
 エコーが効いた低い声が響く。
 キースはズボンのポケットから1枚の写真を取り出し、それに写っている男の顔と見比べる。
「……間違いない。中川 満広だ」
『配置につく』
携帯電話を切り、閉会の言葉を長々と述べている満広を見る。
 中川 満広は、関東地方の頭に相当する極道集団、『西条会』の副会長である。
戦後の極道の組合の間の権力争いは熾烈を極めていた。大戦によって、日本各地の組合のパワーバランスは崩壊し、一部では財産が破綻し、活動が停止してしまう組合もあった。
 『西条会』は、その権力争いを勝ち抜いた組合の1つである。戦前は関東内で2位に当たる存在だったが、戦後、1位だった『吉野会』が組織内での派閥争いによる混乱により、『西条会』にその座を譲ることになったのだ。
 だが、『西条会』が1位になった理由はそれだけではない。急激に力を増していった『西条会』に疑問を持った『吉野会』会長は、『西条会』に調査を入れた。その結果、彼らが『治安維持軍』の一部の上層部から支援を受けていた事が判明した。『西条会』は、極道の宿敵とも言える者を、買収したのだ。その首謀者が、『西条会』副会長、中川 満広なのだ。
 『吉野会』会長は、再び関東の頭の座を奪うべく、『治安維持軍』上層部の不祥事を告発するために、キースたちにその関係者である満広の身柄確保を要求したのだ。証拠となる者を確保すれば、上層部と『西条会』の不祥事を公然に示し、双方の立場を陥れる事ができる。それに乗じ、『吉野会』は関東一の座を奪還するというわけだ。
 『ではこれにて、パーティーは閉会させていただきます。本日はありがとうございました』
 閉会の言葉を言い終え、ステージを降りていく。それとともに、客たちはざわめきながらホールを出ていく。
「……先に帰るみたいだ」
同席していた会長よりも先に、部下を2人連れた満広が客に乗じて帰って行くのを見たキースは、人目につかないよう柱に隠れ、ベストの裏からUSPを取り出し、ロックを外す。携帯電話を取り出し、修羅に繋げる。
「満広が帰る。準備は?」
『万端だ。行くぜ』
 柱から出て、ホールのエントランスに向かって歩き始める。キースとは逆の隅にある柱から修羅が歩き出し、キースと合流する。
「車に乗ったら取り押さえる。修羅は周囲を警戒」
「あいよ……トイレに行くぜ?あいつ」
 満広は外に出ず、エントランスのトイレに入っていった。部下も一緒に入っていく。
「連れションか?」
「そんな餓鬼が極道にいるのか?」
「じゃあなんで部下まで連れていくんだよ?」
「護衛だろ。そのための部下だしな」
 そんな雑談をしているうちに、トイレから満広たちが出てきた。トイレに行ったにしては、早いような気がした。目こそ見えないが、満広はキョロキョロと周りを見回しながら、外の黒のベンツに向かっていった。それを後ろから見ていたキースたちは、満広たちを追い、各々のベストの裏の銃に手を掛ける。
 満広が部下に守られながら後部座席に乗り、ドアを閉めた。歩みを速め、キースたちは車に接近する。
「……?なんだお前ら――」
 キースたちに気づいた部下の2人は、車に近づくキースたちを止めようとしたが、行動は遅かった。部下の言葉が終らぬうちに、キースは部下の顔面を拳でぶん殴った。よろめいた部下は顔をキースに向けたが、今度は腹を蹴られ、倒れる。もう一方の部下は、キースに気を取られている内に、修羅が後頭部に手刀を当て、倒れていた。2人はベストから各々の得物を取り出し、ドアを開ける。
「支払い忘れだ、満広。『吉野会』会長がお待ちだ」
 2人は銃を満広に突き付け、顔を睨んだ。
「わ……わかった……」
 伏せていた顔を上げ、両手を上げる。サングラスは外してあり、いかにもヤクザの風格を見せる目つきをしている。
「……?」
 だが、1つだけ不足している点があった。
 右の頬の傷が、無い。
「……クソっ!!」
 銃を下ろし、悪態をつきながら男の顔面を右ストレートで殴る。微かな呻き声とともに、気絶する。
「おいキース!何を……」
「……偽物だ。頬の傷がない」
 キースは車から離れ、辺りを見回した。が、満広らしき人物はいなかった。
「何処に消えた……」


 池袋セレモニーホール 非常通路
 
 「餌に喰いついたようだな……」
 携帯に送られてきた部下のメールを見て、黒スーツ姿の中川 満広は、にやり、と口を歪めた。
 彼はトイレに行った後、先にいた部下と自分の服装を交換し、変装した部下を車に行かせた。そして案の上、放った餌にまんまと喰いついた訳だ。満広を狙う、VIPHが。
 『治安維持軍』との関係も長くなり、そろそろ周りの組合が嗅ぎまわると警戒していたが――嗅ぎつけるだけでなく、VIPHまで送り込んできた。今日のパーティーは絶好の機会となりうる可能性があったため、万全の策をとっていたが、こうも簡単にかかってくれるとは思わなかった。
 彼らを送り込んだのは、満広を拘束し、『治安維持軍』の不祥事ごと裁判にかけるつもりだったに違いない。
「そろそろ『吉野会』を潰す頃合いか……」
 送り込んだのは、去年関東一の座から降りた『吉野会』に違いない。彼らは今混乱している。関東一の座を手にするなら、チャンスを逃すはずがない。
 非常通路の奥にあるドアを開けると、ホールの裏の関係者用駐車場があった。そこに1台の黒いベンツが止まっていて、傍に部下が1人で満広を待っていた。
「……やはり紛れ込んでいたよ。出せ」
 2人はいそいそと車に乗り、駐車場を出ようとしたが――
「……誰だ?」
駐車場の出口に、1人の男が立っていた。青ジーンズに、半そでの無地の黒シャツ、その上に赤い袖無しのジャケットを着ており、燃える火を思わせる紅色の髪を黒バンダナで上にまとめている。右手には大筒――グレネードランチャーを持っており、左手を腰に当て、こちらを見ている。
「おい!邪魔だ、どけ!」
「まぁそう言うなって。ちぃと話したいことがあるだけだからよ」
部下が窓を開けて男に怒鳴ったが、男はそれをものともせず、こちらを見据える。
「中川 満広。お前さんを『吉野会』会長の所に連れて行かなきゃならないんだが……大人しく来てくれない?」
 余裕を表わしているかのように顔に笑みを浮かべ、満広に問いかける。おそらく、彼もVIPHなのだろう。
 だが、満広は応じる気も無く、部下に顎を動かし、男を指す。部下はそれを察し
アクセルを深く踏み込み、車を動かした――男に向けて。
 男はそれを見ても動じず、迫りくる車に向けて、グレネードランチャーの銃口を向けた。
(俺を殺すことなんてできるはずがないだろう!)
 今ここで満広を殺せば、証拠はなくなり、裁判を起こせなくなる。殺すことは依頼の失敗となる。
「……!?」
 車が近くなるにつれ、男の顔がハッキリと見えてきた。
 目が、笑っていなかった。
 口元を歪めてにやついているのに対し、目だけは明らかに笑っていなかった。別の表現を出すなら――人を殺す時の目だ。
 長年極道の道を歩んできたからこそわかるが、男の眼は明らかにそれとは違った。殺しに対する執着心すらも滲み出ているような威圧感を感じられ、満広はそれに寒気を感じた。
そして、確信する。
こいつは、俺を本気で殺す気だ。
「くっ……!」
 満広はドアを開け、車から飛び出した。
 その直後『ポン……』と、何かの発射音が静かに鳴り、それから間もなく爆発音が響いた。地面に倒れながら、満広は車の方を見た。車は全体に火を纏いながら飛びあがり、男の頭上を飛び越え、その向こうの道路に転がりながら着地した。炎に照らされ、男の顔が一層明るくなる。あの目のままだ。
 何故だ?何故あの男は俺を殺そうとしている!?
 それを考えるのに精一杯で、満広の後頭部に走った衝撃の元すら気付かなかった。混乱した心境の中で、満広は後ろに立つ2人の少年を視界にとらえ、気絶した。


 PM.9:47 池袋総合公園

「……なぁ、バディー?そろそろ許してくれないか?」
「拘束目標を重火器でぶっ飛ばすのは、どうかと思うがな……生きていたにしろ」
木に寄りかかり、キースは苛立ちをそのまま表情に表わしながら、近くで煙草を吸っている男を睨む。
「じゃあなんだよ?あのまま轢かれて、ミンチになってりゃ良かったのか?」
口を尖らせ、男は反論する。
「タイヤをパンクさせるとか、そういった発想はないのか、グレン?」
「精密射撃は専門外だ。爆撃ならお任せだが……ん~、仕事の後の煙草は美味い」
 紫煙を思い切り吸い込み、男――グレンは満足そうな顔をした。紫煙を少し吐き出す。
「煙草は止めろ。匂いが苦手だ」
 渋い顔をしながらキースはグレンに言い放ち、公園の出入り口を見た。車が2台止まっており、修羅が気絶している満広を男たち――『吉野会』の人間に引き渡し、報酬金について話し合っていた。
「会長はお前にも依頼を?」
「満広は隙を見せない男だ。それは会長さんも知っている。お前たちを囮として雇い、満広の目をそちらに向けさせた……あいつがただのヤクザと思っていたのか?あんなトリックに引っ掛かるなんて」
「……今回ばかりは完敗だ。認めるよ」
 キースは肩を竦め、グレンに微笑む。グレンも煙草を咥えながら、屈託のない笑顔を見せる。
「……例の件は?」
 と、キースは声のトーンを下げ、グレンに問う。
「やれやれ、また仕事か……データを入手した。『RURER』のデータベースから引き出したものだ」
「何かわかったか?」
「……報道されていたデータと全く違う。アメリカの保管庫から奪われた『S・E』の量は、ドラム缶10缶分なんてもんじゃない――50%」
「何?」
 最後にグレンが言った数値に、キースは疑問符を浮かべた。
「50%……あそこにあった『S・E』の半分が盗まれていた」
 紫煙を吐きながら夜空を見上げ、グレンはため息をついた。一方、キースは目を大きく見開いたまま、硬直していた。
 何故そんな大事なことを隠ぺいしたのだろうか?
 『S・E』は今や世界に普及している燃料であり、それが無くては電気を生み出すことはできない。それは市民の生活に影響している事であり、もし『S・E』が無くなれば、生活は成り立たなくなる。
「……『RURER』に不穏な動きがあるのは間違いないようだな」
「明日俺はアメリカに帰るが、どうする?」
 『RURER』の本部はニューヨークにある。調べるなら、そこしかないだろう。
「……準備する時間をくれ。1人保護している奴がいる」
「お前が人様を保護するたぁな……変な薬でも盛られたか?」
 フン、とキースは鼻で笑い、再び修羅の方を見る。話し合いが終わったのか、男たちが車からスーツケースを取り出している。
「ああ、そうそう」
「ん?」
「報奨金の件だが……」
 煙草を携帯灰皿に入れてふたを閉じ、グレンは口内に残った紫煙を吐きだした。
「ちゃんと2チーム分、用意してあるぜ」
 静かに去っていく車を背に、2つのスーツケースを両手で掲げながら修羅はこちらに笑顔を見せていた。久しぶりの報酬だから、喜んでいるのだろう。
「全く、あんたはほんとに抜かりがない男だ」
 呆れながらもキースは口元を緩め、微笑んだ。



[14185] 3-2 [Key]
Name: SIN◆d5840ce4 ID:95038dbb
Date: 2011/05/11 01:57
 5月15日 AM.7:30 新幹線内

 視界に並ぶ山と山の間で、生まれたての朝日が碁盤状に区切られている水田を照らし、一面に張る水が宝石のように輝く。
 1月に理奈と埼玉に遊びに行って以来に見るその景色を、新幹線の窓から華奈は遠い目で眺めていた。できれば、今回も理奈を連れて一緒にボーリングなどをしたかったが、そういうわけにもいかなかった。
「ニューヨーク、か……」
 アメリカの大都市の名を呟き、青に染まり始めた空を見つめた。


 5月14日  PM.1:30 埼玉県さいたま市 姫野孤児院

「過去の名簿表、ですか?」
 白いひげを少し伸ばした初老の男性が、しゃがれた声で華奈に問いかけた。
 この姫野孤児院は、埼玉県さいたま市に位置する中規模の孤児院だ。現在、2年前に終結した大戦下において、両親を失った子供たちがこの孤児院に集まっている。最も、大戦の二次被害を受けた子供たちが集まっている孤児院は、ここだけではないが。
 喫茶店の一件以来、理奈とともにこの孤児院にいた子供たちの名簿表を、ここに勤めている理奈の母親から見せてもらい、手当たり次第捜し続けていた。そしてついに、見つけた。

        2040年 院生番号4059番 柊 華奈

柊――霧原とは異なる名字だが、名前は漢字ごと一致していた。
 その後、キースたちに埼玉で一泊することを告げ、孤児院に訪れたのだった。
「はい。孤児院の名簿表に、『柊 華奈』という名前があった筈です。2040年、院生番号4059番です」
「柊 華奈……」
「その子の個人情報を提供していただけないでしょうか?……その子、私の親戚なんです」
 男性――孤児院の院長は、初々しい白ひげを擦りながらしばらく唸り、「少々お待ちを」と言い残し、応接室から出て行った。
「そら、いっくぞー!!」
「まってよ~」
 ふと、華奈は外から聞こえる声に反応し、窓を見た。
 応接室は、2階建ての孤児院の2階の中央に位置しているので、窓から庭を見ることができる。昼休みなのだろうか、多くの子供たちが庭で遊んでいた。多人数でサッカーをしている子供たちがいれば、少人数または1人で遊んでいる子供たちもいた。大戦で両親を失った子供とは思えない元気の良さだった。
 この子たちは、私よりも過酷な環境にいる……
 両親がいないのは共通しているが、華奈の場合は生死不明なのでまだ希望はある。だが、ここにいる子供たちは皆、大戦で両親が死んでいるのだ。そんな状況下でも、希望を持って生きている子供たちの姿に、華奈は憧れを感じていた。
「お待たせしました」
 と、ドアが開く音とともに院長が1冊のファイルを片手に入ってきた。華奈は院長に倣うようにソファーに座り、院長が広げたページを見た。
「これです」
「……柊 華奈」
1枚の紙の上に大きく書かれた『柊 華奈』という文字を見て、華奈はその下の部分を読む。

性別 女
 生年月日 2035年 3月15日
 血液型 O型
 持病 無し
……

華奈の生年月日は2035年3月15日。血液型はO型。持病も特に無い。
 完全に華奈のステータスと一致していた。
 恐らく、この少女は華奈だ。
「この子が来た時に連れてきたのは誰ですか?」
「確か、ニューヨークの大病院の院長様でしたかね……」
「医者、ですか?」
「ええ。この人です」
 と、院長は紙の左上端に書いてある名前を指差し、華奈に催促した。
「……ラザ・マイケル……」
 引き渡し人の欄には、外国人の名前が書いてあった。
両親が孤児院に子供を引き渡すなんてことはしない筈だ。だから、違う名字の人だとしても不思議ではない。だが、外国人はどうだろうか。しかも、ニューヨークの医者なら、華奈をわざわざニューヨークから日本に連れてきたことになる。
「顔を合わせたのは一度か二度くらいで、あまり余分な事は話しませんでしたね……あっ、そういえば……」
「何ですか?」
院長が何かを思い出したかのように小首を傾げたのを見た華奈は、思わず声をあげた。
「華奈ちゃんが預けられてから1年後、彼が華奈ちゃんを連れ戻したんですよ。ニューヨークに」


 昨日聞いた話を纏めると、こうなる。
 12年前、孤児院に預けられた華奈は、ニューヨークの医者、ラザ・マイケルという男が日本に連れてきた。となると、華奈は外国で生まれ、なんらかの原因で両親とはぐれたのだ。そして、1人となった華奈はマイケルに拾われた。
 だが、何故マイケルはわざわざ日本の孤児院に預けたのだろうか?ニューヨークの孤児院に預ければいいのに、何故そんなことをしたのだろうか?
 そして、もうひとつの疑問点。
 預けた次の年に、マイケルは華奈を連れ戻した。
 分からない。何故、マイケルはそんな無意味なことをしたのか?
 次の年というと、華奈が6歳の時だが、その時の記憶は無い。実質、華奈は7歳の頃からの記憶しか覚えておらず、5歳の時の姿は写真で1枚しか見たことがなかった。顔写真も院長に求めたが、生憎それらはすでに処分されていた。
 何はともあれ、先ずはマイケルという男を捜さなければならない。彼なら、両親の事を少なからずとも知っているはずだ……


AM.8:53 『BLACK WALTZ』事務所

「ただいま~2人と――」
 と、華奈がそこで言いかけ、目の前の状況を見て唖然とした。
2人とも、爆睡状態であった。
 キースはいつものようにロッキングチェアに座って揺られながら眠っており、修羅はソファーにおっかかって頭を限界まで後ろにやっていた。
「まだ寝てる……?」
と、呆れ半分に呟いた華奈はふと、部屋の中央にある食卓を見た。
4つある丸椅子のうちの1つに、1人の男が座っていた。青ジーンズに、半そでの無地の黒シャツ、その上に赤い袖無しのジャケット姿で、腕を組みながら寝ている。髪は炎を彷彿させる紅色で、黒バンダナで纏めている。
明らかに見たことのない人物だった。
「……だ、誰?」
 戸惑いながら華奈は呟いた。
泥棒だろうか?いや、こんな危ない人たちがいるところに、わざわざ入る必要があるのだろうか?金目のものなんか皆無に等しいのに……。
とりあえずキースに訊くことにした華奈は、キースに駆け寄り、肩を揺らした。
「キース。起きて、キース」
「……んあ……?」
 間抜けたような声を出しながらキースは目を開け、体を少しだけ上げた。
「……華奈?もう帰ってきたのか?」
 両腕を上げて伸びながら「ん……」と唸り、華奈に振り向いた。
「うん。用件が早く済んでね……それより――」
 と、華奈が言いかけたところでキースは立ち上がり、デスクの上にあった黒い拳銃を持ち、銃身をスライドした。そして、銃口を天井に向け――
「朝だ。起きろや」
 ドン!ドン!
 引き金を引き、鈍い銃声を鳴らした。華奈は反射的に両耳を塞いでいたため、鼓膜を傷つけずに済んだが、他の2人はもろにそれを聞き、修羅に至っては、ビビってソファーごと後ろに倒れていた。
「馬鹿野郎!デザートイーグルを目覚ましにぶっ放す奴がいるか!!」
「いつもの仕返しだ。今のビビり様は笑えたぜ?」
「This hotel is very dangerous (危ねぇホテルだ)……」
 2人は各々キースに文句をたれながら、渋々と起きた。
「……あ、あの~」
穴だらけの天井を見上げながら、華奈はキースに声を掛けた。余談だが、華奈はここの天井がこうなっている事を、1か月程ここに住んで初めて気づいた。
「ん?」
「……ご、ご飯に、する?それとも……」

「へぇ~、グレンさんって、キースと知り合いだったんですか」
「ああ。大戦中に偶然会ってね……美味いね、このホットドッグ」
といいながら、グレンは華奈お手製のホットドッグに齧りついた。今日のメニューは、ホットドッグにマドレーヌ、コーンスープだ。すべて華奈の手作りだ。ここに住み始めてから、食事と家事は華奈がするようになっている。最も、他の2人がやらないだけなのだが。
「それにしても珍しいですね、日本に来るなんて。なんかあったんですか?」
修羅はコーヒーを口に注ぎ、グレンに訊いた。
「向こうの仕事が少なくなってな。大半の犯罪は軍が片付けちまうから、手が出しようが無いんよ。それで日本に出張、なわけだ」
「流石は血の気の多い国だ。過去に人殺しを『正義』と決めつけていただけのことはある……で、みんなに話がある」
 キースは皮肉を言いつつ、マドレーヌを口に放り込んだ後、全員に呼びかけた。視線がキースの方に一斉に向く。
「今日の深夜に、依頼の関係で俺はニューヨークに飛ぶ」
「ニューヨークに!?」
 と、華奈は思わず立ち上がって声を上げた。
「?どうした?」
「あっ……ううん、なんでもない……ごめん」
 華奈は恥ずかしげに謝り、座った。
 ニューヨーク。
 そこにいけば、両親の手がかりが……
 これは好機だ。
「俺は聞いてないぞ」
 呆れ気味に修羅が不満を言った。確かに、ニューヨークに飛び立つことは聞かされていなかった。
「『CRADLE』からの緊急の依頼だ。お前たちが寝ている間にその連絡が来た」
「ずいぶんと急だな?」
「案外あそこの人使いは荒い。お前がここに来る前にも、こんなことはあった」
「……内容はなんだ?」
「お前も来るのか?これは俺が単独で遂行するのだったのだが」
「当たり前だ。チームなんだからな」
 チーム、という言葉を強く言い、修羅は言い張った。キースはため息をつきながらマドレーヌをもう1個取り、上を向いた。
「……わかった。お前は今日準備して、明日の便に乗れ。俺とグレンは今夜出発する……華奈はどうする?」
「え?私?」
 マグカップに入ったスープを飲もうとする手を止め、華奈は戸惑いの声を洩らした。
「今日から振り替え休日で、学園は4日連続休みだろ?観光目的で行ってみたらどうだ?」
「でも、お金は……」
「旅費ぐらいなら出してやる。それ以外は自分で出してもらうが」
 マドレーヌを齧りながら、キースは華奈に催促した。 
(行くしか……無いよね)
 今ここでするべきことは無い。ニューヨークで情報を集めなければ、この状況に進展は無い。
「……実は、調べたいことがあるの。ニューヨークで」
「調べること?」
修羅が疑問に思い、華奈に訊いてきた。
「うん。ニューヨークの大病院の院長に、聞きたいことがあるの」
「病院?」
グレンが残りのホットドッグを飲み込み、2個目のホットドッグを掴んだ。すごい食欲だ。
「何か知っていますか?グレンさん」
「今あそこにあるでかい病院ていうと、『マディソンスクエア総合病院』しかないな。大戦の後、ニューヨーク市内の病院のほとんどが、そこに吸収されたんだ」
 ホットドッグを齧り、咀嚼しながらグレンはそう言った
グレンが言うように、大戦中にニューヨークは数多くの爆撃を受けていた。アメリカ自慢の軍事力を以てして、これを最小限に食い止めたが、病院などの重要施設が殆んど壊されてしまった。復興後は、復旧作業のコスト削減のため、被害の大きい個人営業の病院を、国や大手の病院が吸収する体制を取ることになったのだ。今では、大病院の空いたスペースを、個人営業の医者が診察、治療等を行うようになっている。収入や料金も、もちろん別々に決められている。
「ウチの『娘』が通っている病院だから、案内してやるよ」
「え?……『娘』?」
 『娘』という言葉、華奈は戸惑いを感じた。朝食の前に、グレンから手短な自己紹介を受けていた。
 グレン・オーガサス。
 出身地はアメリカで、職業はキースたちと同じくVIPH。見た目は大人っぽいが、顔立ちからして、まだ若々しい気がする。
「失礼ですけど、グレンさん、年齢は……?」
「ん?23だが?」
父親にしても年がまだ若い。こんなにも早く結婚する人は、そうそういるもんじゃない。
「『娘』じゃなくて、『拾い子』だろ?いつお前は挙式した?」
「別にいいじゃねぇか。お前も知っての通り、ウチのグループは家族みたいなものだからな」
キースが話に割り込んでツッコミを入れ、グレンはそれを気にせず反論した。
『拾い子』――拾った子供。つまり、華奈と同じく、グレンが保護した者なのだろう。VIPHが一般人を保護するのは、さほど珍しいことではないのだろうか?
「わかりました。病院への道案内、よろしくお願いします」
「あいよ。『娘』に伝えておくよ」
華奈のお願いを聞いたグレンは、2個目のホットドッグを平らげ、「ごちっ」と言って一息をついた。


「……ただいま参りました」
「来たか。すまないな、計画の準備が忙しい中呼び出したりして」
「いえ。たった今、大半の作業が終わりましたから、手は空いています」
「そうか……ちょうどいい。ある任務を遂行してもらいたい」
「……私が単独で?」
「君だけではない。ハンヴィー、クレイヴ、マリーも参加させる。内容は、AF‐6パイプラインの管理施設の破壊と、『RURER』本部の『S‐U‐218』対策部部長の暗殺だ」
「……いつもにしては派手ですね?『RURER』にちょっかいを出すなんて」
「『RURER』は我々の存在に気付き始めている。せめて、『品』の奪取計画を遂行するまでは気付かれたくない……それに、これは警告も兼ねている」
「AF‐6パイプラインは、もう不要なのですか?」
「フォート社にはもう縁がない。繋ぎ目であった半蔵を殺したVIPHも、もしかしたらそれを見つけている……いや、見つけたと考えた方がいいだろう」
「実行日は?」
「明後日の夕方に行う。指揮は『NO.1』である君が執ってくれ」
「了解しました……もし、例のVIPHを見つけた場合は?」
「パイプラインの情報を知れば、他のグループにも枝をつけるだろう。ベルが提出した報告書に酷似している者を見つけたらマーク、場合によっては『殺害』も許可する。絶対に証拠、痕跡は1つも残すな。我々の『目標』は、いつまで隠れていられるかが問題なのだ……」


 PM.4:25 フォート社地下6階

「成程ねぇ~……確かにこいつはでかいな」
 グレンは目の前の光景を見て、感嘆の声を上げた。目の前にあるのは、キースが以前発見したパイプラインだ。普段はあまり人の出入りが無いのか、営業時間中の今でも、中には1人もいなかった。相変わらず辺りは薄暗く、足元に気をつけないと転んでしまいそうだった。
「半蔵は、ここで奪取した『S・E』を受け取り、『S・E兵器』の開発を予定していた。だが、他の兵器企業からの攻撃を恐れたあいつは、1番近くて危険なVIPH……俺たちを殺そうと企てた」
 以前ここであった出来事を言いながら、キースは管理用のパソコンを起動し、操作し始めた。
「それで、この土管は何処に続いているんだ?」
「パイプラインは幾つかに枝分かれしている。アメリカ、カナダ、ロシア、イギリス、サウジアラビア……全部で20カ国に繋がっている。アメリカに至っては、6か所ある」
「1番『当たり』がありそうなのは?1個1個見るなんて言わないでくれよ?」
モニターに世界地図を出し、キースはアメリカの国土をクリックし、アメリカを拡大した。アメリカの国土に、6つの点が記されていた。
「それは?」
 グレンがモニターを覗きこんできた。
「これがパイプラインの設置場所だ。こいつは、フォート社に属する工場、支社などに繋がっているんだ。アメリカにあるフォート社所有の工場、支社は、合計で5つある」
「1つだけ余分なのがあるわけか」
「その場所が、ここだ」
 マウスポインターを動かし、1個の点を示す。
 『プロヴィデンス』
 ニューヨークの北東部に位置する、海に面した街だ。
「プロヴィデンス……大戦中、アメリカ軍の軍用品の倉庫、工場だった所か。そこならあまり目立たないし、ニューヨークの『S・E』保管庫に近い」
「ここになんらか情報があるに違いない。もしかしたら、『S・E』も……」
 キースはパソコンの電源を切り、奥が暗くて見えないパイプラインに歩み寄った。
「この事件……『S‐U‐218』をどう思う?」
 パイプラインを眺めながら、キースはグレンに訊いた。
「……一言でいうなら、ただ事じゃない。『S・E』の奪取、『S・E』兵器の開発、ベル・シュトゥルクのテロ事件……裏で誰かが動いている。それも、かなり狡猾な奴が」
 グレンを低い声音でそう答えた。
全ての事件の根底にある、『S・E』。それが持つ性質は、荒廃した世界を一気に復活させるほどの影響力を持っている。だが、逆に言えば、世界を混乱させるものにもなりうる。そんなものが悪用されたら、小さな集団でさえ1国、下手をすれば世界に匹敵する力を持つことになる。
「総動員も時間の問題か……」
「……修羅には言ったのか?『本当のこと』を」
 ぴく、と、キースはグレンの言葉に眉をひそめた。
「あいつもVIPHなら、俺たちの仲間だ。ましてや、パートナーに隠し事なんてするもんじゃないぞ?今朝みたいに――」
「お前には関係の無いことだ」
 グレンの言葉を最後まで聞かず、キースはきっぱりと言った。グレンは溜息をつきながら、黙り込んだ。
「……何故そこまであいつを庇う?」
 間を置き、グレンが口を開いた。
「あいつは俺たちとは違う。俺たちとは違う理由で戦っている。俺たちの立場が、修羅にとって都合の良い場所だっただけだ……だから、深入りをする必要が、あいつには無い」
 グレンに振り向かず、キースは応えた。
「……まぁ、お前の勝手だから別にいいが、1つ言っておく。もう過去は忘れろ。失った仲間にとらわれ続けるのは、命取りになる」
「もう過去は忘れた」
 踵を返し、キースは出口に向かって歩き出した。
「俺はただ、もう仲間を死なせたくないだけだ」
グレンにすれ違い際に、キースは静かにそう言った。
「それは、無理な『わがまま』だ……」
 足早に歩くキースに、グレンは静かに呟いた。毅然としていて、だが、何処か寂しさを感じさせる、そんな後ろ姿を見つめながら。



[14185] 3-3 [Doubts]
Name: SIN◆d5840ce4 ID:95038dbb
Date: 2011/08/15 22:24
PM.5:00 アメリカ アレンタウン

「……1年ぶりか。相変わらずだな……」
 静かな夕方の町を走るタクシーの中で、修羅は呟いた。
 ニューヨークから南西に離れた所に位置するこの町の風景は、住宅などの建物が少なく、もうすぐ暗くなるせいか、人気もない。大戦前はこれほど寂しい感じの町ではなかったらしい。コンクリートで舗装されていない道路はとても粗く、タクシーはガタガタと揺れていた。
「以前に来たことがあるの?」
 修羅の隣に座る華奈が問う。黒の裾フリルの上にブルーのワンピースで、夏場を感じさせる服装だ。
 このアレンタウンは、温帯の日本よりも少々気温の高い所に位置しており、比較的暑い。修羅に至っては、白の七分袖シャツにカーキのカーゴパンツ姿だ。
「ああ、仕事の関係でグレンさんと俺たちが組むことになったんだ。その時、グレンさんのアジトに泊めてもらったんだ……元気にしてるかな、あの人たち」
「あの人たち?」
「グレンさんのグループ、『FORTUNES』は4人『グループ』……いや、『家族』と言った方がいいな。本当に皆、仲が良くてな」
 微笑みながら修羅はそう言い、ポケットから1枚のメモ紙を取り出した。

『 PM.6:00にグレンのアジトで合流しよう。内容はそこで説明する。
   先に行く。
                               キースより』

メモには、無骨だが綺麗な字でそう書かれていた。
(……あっさり認めたな……)
グレンはメモを見つめながらそう思った。
 これまでの事からして、キースは修羅に何か隠し事をしていることは明白だ。ただ、それは修羅の直感からの結論であり、それを言い切る証拠は無い。
 少なくとも、『S・E』絡みに違いない。
そして、もう1つ気になること――
(ニューヨークの『S・E』強奪事件……)
 ニューヨークに位置する『S・E』保管庫で起こった事件のことだ。
『S・E』は、世界平和維持機関『RURER』によって管理されている。輸出入のバランス、生産源地、発電施設に至るまで管理が及ぶ。
ニューヨークには、国連の施設と一緒に、『RURER』の本部施設がある。ニューヨークに用があるとなれば、強奪事件の件に関わることかもしれないと修羅は考えたのだ。
だが、何故だ?
何故そんなことをする必要があるのか?
もしそれが誰かからの依頼だとしたら、それを単独でやる理由もわからない。
「キース……何を考えてるんだ……?」
 静かに呟き、再び窓の外を見た。


 PM.5:10 アレンタウン郊外 『FORTUNES』アジト

「修羅~!」
 アレンタウンの郊外に位置する2階建てのログハウスに着くなり、明るい声が2人を出迎えた。玄関に1人、こちらに手を振っている女性がいた。肌の色は日焼けしたように浅黒く、身長は高い。グレンと同じぐらいかもしれない。服装は、ノースリーブの白シャツに青ジーンズ姿で、漆のように黒光りする長髪をポニーテールに纏めている。
「Long time no see,Ms.Fiona.(お久しぶりです、フィオナさん)相変わらずお元気そうで」
「また会えて嬉しいわ」
英語と日本語を混ぜて、女性――フィオナは嬉しそうに修羅と挨拶を交わし、握手をした。
「フィオナさん、この子がウチで預かっている華奈です」
「Oh、あなたが?」
 修羅に催促され、フィオナが満面の笑顔のまま華奈に向いた。
「は、初めま……あ~いや、ナイストゥーミーチュー……でよかったのかな……?」
 戸惑いながら、華奈は下手な英語の発音で挨拶をした
 実は華奈、英語は昔から大の苦手である。発音から見ても、それは伺えるだろう。
「あはは。英語じゃなくても大丈夫よ。あたし、日本語も話せるから」
と、微笑みながら華奈に寄り、手を差し出した。フィオナの言葉に安堵を感じた華奈は、その手を握った。
「フィオナ・メルティオよ。宜しく」
「は、はい……華奈です」
 華奈は敢えて名字を言わず、フィオナに微笑み返した。フィオナの笑顔が、一層強くなる。夕焼けの光が、その笑みを強調した。
「……キースたちは?」
と、修羅が周りを見渡しながら訊いた。そういえばキースがいない。
「ああ、キースならグレンと一緒に出かけたわ。6時までに帰る、って言ってたわ」
「……そうですか」
と、さっきよりもトーンを下げて修羅は応えた。
「……修羅、どうかした?」
 心配になった華奈は修羅に声を掛けた。
「いや、なんでもないよ……それより、早く荷物を運ぼう」
 と、開き直った修羅はスーツケースを担ぎ直し、フィオナに導かれて家に入っていった。華奈も、修羅の様子に疑問を抱きつつも、続いた。


「よっ。来たぜ」
 と、修羅は家の一室に顔を出し、そう言った。
 部屋はそれなりに広く、床には無地の黒い絨毯が敷かれている。置かれている家具はというと、ベッド、テーブルとイス一組、クローゼットと、必要最低限なものしか置いていない。『家具』だけは。
 壁を見てみると、全体を埋め尽くすかのように、無数の拳銃、ライフル、重火器等が壁に掛けられていた。さながら、ガンショップの様だ。
「……修羅か。なんの用だ?」
 部屋には、椅子に座ってライフル――AK-47の手入れをしている少年が1人いた。
 髪はコントラストが低い茶色のショートヘアーで、色白な弱々しい肌とは裏腹の筋肉が程良くついた体格が特徴だ。上は緑のタンクトップに、下は緑と黒の迷彩色のカーゴパンツ姿であり、まるで軍人のような雰囲気を醸し出している。鋭い目つきがそれらを助長している。
「相変わらずの無愛想さだな。少しは歓迎してくれてもいいんじゃないか、ラス?」
「うるさい。今取り込み中だ」
と、ぶっきらぼうに少年――ラスティー・オリビアは言い放った。
「ん?よく見たらそれ、AKMSじゃないか」
 ラスティーが手入れをしているアサルトライフルを覗きこみ、修羅は感嘆の声を上げた。
 AK‐47アサルトライフルは、開発後も様々な改良が加えられたために多くの銃を生み出していた。AKMSもその1つだ。特徴的な点はそのフォルムである。後ろの銃身が折りたたみ式になっており、銃身をしまえばサブマシンガンのように扱うことが可能だ。また、元のAK‐47よりも軽量化されている等の改善が加えられている。
「M4のカービンカスタムはどうした?前はあんなに馴染んでたのに」
「あれも良かったが、やはり生まれ故郷で作ったのが一番だ」
 ラスティーはクロスをテーブルに放り、置いてあったマガジンをAKMSに装填した。セイフティを外し、コッキングをして弾丸を薬室に送り込む。
「で、何の用でここに?」
 立ち上がりながら修羅に問い、窓の外を見渡す。外は一面広い草原で、所々に人型の的が立てられていた。
「キースが『RURER』から依頼を受けて、ニューヨークに飛ぶなんて抜かしてな……お前、何か知ってるか?『RURER』からの依頼について」
 修羅は壁に掛けてある銃を眺めながら、ラスティーにそう訊いた。
「知らんな」
 即答だった。
「そんな依頼はグレンからも聞いていない」
 と言いつつ、ラスティーはAKMSの後部の銃身を肩に当て、窓の外に向けて構えた。そして、フロントサイトとリアサイトに的の頭部を合わせ――引き金を引いた。
 通常、アサルトライフルはフルオートであるため、トリガーを引いている間は弾が連続して発射される。だがラスティーの場合、フルオートではあるが、トリガーを引いては放し、また引いては放しと繰り返している。この撃ち方は、アサルトライフルの命中精度を上げるための技である。フルオート射撃は、反動で照準が動いてしまい、命中率が下がる欠点がある。だが、この撃ち方なら、反動を連続して受けることなく、間隔が短ければほぼフルオートに近い射撃が出来る。余談だが、慣れれば無駄撃ちも抑えられ、弾の節約にもなる。
 1発1発、弾を鉄板の頭部に当てて倒していく。
「じゃあ、ニューヨークでの『S・E』強奪事件は?」
 
ガギィン!!

残った最後の的が、倒れなかった。頭部の側面が、僅かに抉れている。
「……」
「知ってるんだな?」
「……ああ。もうすでに犯人は確保したと言っている……『表』ではな」
「『表』では?」
ラスティーはAKMSの銃口をやっと降ろし、マガジンを取り外した。セイフティをかけ、テーブルに置く。
「事件は、まだ解決されていない」
「!?」
「それどころか、事件発生から3ヶ月が経った今でも、足取りすら掴めていない状況だ」
「……」
 修羅は驚きを隠せずにいた。
 事実の隠蔽も、3ヶ月経った現時点でも手掛かりを掴む事が出来ずにいるのは初めて知った。
「担当の部署は?」
「治安維持軍の捜査部だったが、先月に『RURER』の特捜部に捜査権が委託された。事件解決の報道がされたのは、今月の初旬だ」
「『RURER』の特捜部って……かなり危ないことになってそうだな」
 『RURER』にも様々な部署がある。その中でも、特捜部は主要部署の1つだ。特捜部は、民間に公開できない事件の捜査を担当する、いわゆる『秘密警察』のようなものだ。
 この事件を特捜部が引き受けたということは、事件の深刻さを暗示していた。
「……キースを疑っているのか?」
「!?」
 ラスティーに図星を突かれ、修羅は動揺した。
「……どうしてそう思う?」
 静かに訊いた。
「なんとなく、だ。今までの話からして、疑っていると判断しただけだ」
「……」
修羅は諦めたようにため息をついた。
「ああ、そうだ……今のあいつは、疑わしい。俺に何か隠している……何故だ」
「教えてやろうか?正解かどうかは保証しないが」
 ラスティーは椅子に座り、修羅を見据えた。鋭い視線に、修羅は身じろいだ。
「あいつには出来て、お前には出来ないことだからだ」
「……何だと?」
「つまり、お前は『足手まとい』なんだよ」
「ふざけるな!」
 ドン!と、テーブルを叩いて修羅は怒鳴った。
「俺が『足手まとい』だと!?あいつとは2年間一緒に仕事をしてきた!あいつに迷惑を掛けたことなんてない!!」

チャキ……

「うるせぇ」
 ラスティーの一言に、修羅は黙った。
 それだけではない。
 手に握られている拳銃――マカロフが、修羅に向けられていた。
「人の話は最後まで聞け」
「……」
 黙り込んだのを確認し、ラスティーはマカロフを降ろした。
「……『足手まとい』は少々言い過ぎだったな……だが、2年間やってきたからこその判断だと思う」
「……どういうことだ?」
「さぁな。そこはお前が知ってるんじゃないか?」
 ラスティーはそう言うと、「飲み物持ってきてやる」と言い残し、部屋から出た。
「……んなこと、知ってたら苦労はしねぇよ」
 修羅は静かに毒づき、椅子に乱暴に座った。
 今の修羅には、答えを出すことは出来なかった。


「へぇ~、フィオナさんは日本出身なんですか」
「そうよ。両親の知り合いの医者の病院で生まれて、8歳の頃まで日本にいたわ」
 華奈の日用品を詰めたスーツケースを、華奈とフィオナが両端を持って階段を上がりながら、フィオナは頷いた。
「日本語が上手なわけですよ」
「そういうこと……はぁ、重―い!」
 階段を上がり終え、息をつきながらケースを降ろした。
「この部屋を使って。今は使っていない所だけど、綺麗にしといたから」
 フィオナが扉を開けた部屋は、言った通り綺麗にされていた。
 1人部屋にはちょうど良い広さで、ベッドとクローゼット、勉強机にはもってこいなログデスクが置いてあった。
「前まで『娘』が使ってた部屋なんだけどね。狭いから、隣の部屋に移せって、うるさくって」
口を文字通り尖らせて、フィオナは不満な声を上げた。
「『娘』さん?」
 フィオナの言葉に、華奈は反射的に反応した。
 そうだ。確かもう1人いたはずだ。
「アーニャのことよ。私達の養子。あの子なら隣の――」
「あっ!来たのね!!」
 と、そこに一段と元気な声が割り込んできた。
 声のした方向に華奈が振り向くと、1人の少女が隣の部屋から半身を出していた。
 桜のようなピンクの髪をツインテールに纏めており、顔も小柄な感じだ。大きな目がとても可愛らしい。青のオーバーオールの下に白色の半そでシャツを着ており、服装だけで彼女の快活さ、明るさなどが目に見える。
「あなたがアーニャさん?私は――」
「ちぇいやー!!」
ガバッ!!
と、部屋から出るなり、少女アーニャは華奈に電光石火の如く駆け寄り、首に抱きついてきた。こうして見ると、身長は低い。華奈の首にしがみついている今の状態で、足が華奈の膝の少し下辺りまで浮いている。立つと、華奈の胸辺りに届くくらいだろう。
「ふぇぇ!?」
「あたしアーニャ!アーニャ・メルティオだよ!!アーニャって読んでね!!」
 華奈の絶賛成長中の双丘に顔を埋めながら、アーニャは自己紹介した。
「ちょっ、アーニャさん!?くっ、苦しぃ……」
「ア~ニャ。はしゃがないの」
 と、フィオナが助け舟を出してくれ、アーニャの頭を軽くチョップした。
 「はうぅ……」と言いながら華奈から離れた。頭を両手で押さえて痛そうに見せる。
 正直、結構苦しかった。力も見かけによらずあるようだ。
「は~……」
「ごめんごめん。つい癖で……」
 と、アーニャは心配そうに声を掛けてくれた。
「い、いえ、大丈夫ですよ」
 と、微笑みながら華奈が応えると、アーニャも笑顔で返してくれた。
「華奈です。よろしくお願いします」
 手を、フィオナがさっきしてくれたように、差し出す。
「よろしくね!」
両手握り返し、アーニャは元気よく応えた。
「自己紹介はいいかしら?じゃあ、私は夕飯作るから、部屋で休んでて」
 そう言い残し、フィオナは階段を下りて行った。
「は、はい。ありがとうございます」
 遅れながら、華奈はお礼を言った。フィオナは振り向かず、手を上げながら去って行った。
「荷物置いたら、あたしの部屋においで!面白いのを見せてあげる!ああそれと、敬語はいいからね。あたし、年下だし」
「年下?」
「うん。今15歳。今年で16歳だよ」
「ええ!?その年でここに!?」
「うん。普通にグレンたちのサポートとかやってるし。先日なんか、国連のデータベースにハッキングしたんだ」
 笑いながら自慢げに言い張った。言ってることは大変恐ろしいことだが。
「……アーニャも、ここに保護されてるの?」
「うーん……保護というより、家族の1人になったって言った方がいいかな」
「家族に?」
「うん。みんな、あたしを家族みたいに受け入れてくれる。だから、あたしは保護されているなんて思ってないわ」
 アーニャは笑顔を絶やさず、嬉しそうにそう言った。
「家族、か……」
 家族。
 それは、華奈が捜しているものであり、キースたちの元に入った理由でもある。でも、アーニャは、保護された経緯は知らないが、今一緒にいる人たちを、家族と思っている。 
それなら、華奈はどうなのだろう?
今、時を共にしているキース、修羅は、華奈にとって何なのか。
(何なのだろう、家族って……)
 アーニャの置かれている環境も家族と言うなら、華奈もまた、彼らを家族と言えるのだろうか?
 家族って、本当に何なのだろう?
 そう思っていた時、外にガラガラと、車が入ってくる音がした。


「で、何処に行っていたんだ?」
「……ただの『下見』だ」
 修羅の問いに、キースは静かに応えた。
 アジトの外にあるベンチにキースが座り、その後ろに修羅が背中をキースに向けて立っている。
「……内容、聞くか」
 キースが訊いてきた。
「ここまで来て帰る奴がいるかよ。さっさと教えろ」
 不機嫌そうに修羅は言い放つ。さっきのラスティーとの会話のおかげで、キースに対する疑問は深まっていた。
「……内容は、『RURER』本部に潜入し、指定のデータをメインサーバーから直接コピーし、それを『CRADLE』に届けることだ」
「データ……」
 修羅はそこで口を止めた。
 データ、となると、やはり強奪事件に関するものなのだろうか。ラスティーは、『RURER』に捜査権が委託されたと言っていた。それなら、事件と、隠蔽工作に関するデータがあっても疑いは無い。
 となると、目的は事件の真相か?
「行動は明日の午後の4時半。従業員の大半が出たところを狙う」
「俺はどうすればいい?」
「主に本部の電気系統システムのハッキングなどだ。詳しくは追って伝える。俺が中に入るタイミングは――」
 キースは修羅に振り向くことなく、明日の依頼の作戦を淡々と伝える。
 『RURER』に関する依頼だという読みは当たっていた。だが、まだ狙いは分からない。キースの本当に目的。そして、強奪事件の真相。
 分からないことは多かった。
(……それでも、絶対に知ってやる。こいつが抱えていることも、事件の真相も)
 そう。分からないのなら自ら調べればいい。例え、仲間を疑うことになっても。今は、仲間のことを知ることが最優先だ。
「以上だ……いいな、修羅?」
 依頼を受けた時に出る、キースのいつもの言葉。
 修羅は口を開き、だが、言葉が出ず、ただ「ああ」と言って、家に戻って行った。



[14185] 3‐4[目撃]
Name: SIN◆d5840ce4 ID:b11a641b
Date: 2011/07/14 10:32
PM.4:00 ニューヨーク ウォール街 『RURER』本部

ニューヨークの頭部とも言える、ウォール街。金融業界の中心地として栄えてきたのは、戦後も変わらない。毎日のように多くの人々が出入りし、様々な交通機関が通勤ラッシュに見舞われている。
その町の中心に、一際目立つビルがある。
 世界平和維持機関『RURER』本部
 30階ほどの高さがあるビルは、底面が正方形の角錐型であり、ビルの一面がガラス張りになっている。角錐の中間部にはガラスよりも一層青が濃く、煌びやかな光沢を見せる太陽光発電パネルがつけられている。現代では『S・E』の電気生成特性を利用した発電方法で電気を作り出しているが、それには火力発電と同様に火が用いられる。火力発電よりも排出量はかなり少ないが、二酸化炭素は出ている。地球温暖化の悪化を防ぐために、こうして太陽光発電のような無害な発電方法を世に示している。『RURER』本部は、その運動のモニュメントのような存在でもあった。
「……時間だ。行く」
 ビルの手前の道路の隅に止めてあるシルバーの車からキースがそう告げながら出た。修羅はビルに向かうキースを無言で見送った。
 今日のキースの姿は、黒一色のスーツ姿であり、首元には赤いネクタイが下げられている。いつものレザーコート姿では不自然だと思ったのだろう。客観的に見ても、勤務を終えて帰る人々と何の違和感もない。片手には、横幅の広い黒ケースを持っている。中に入っているのはもちろん、『商売道具』だ。
「……さて、こっちも仕事を始めるか」
 修羅は傍らに置いてあるノートパソコンを取り出し、スリープ状態を解除した。モニターにはウィンドウが2つ開かれており、両方を見られるように片方は小さく表示されている。大きい方のウィンドウには多数の文字で構成された文字列が無数に並んでおり、一番下には『実行』と表示されたボタンがある。
 そして、もう1つのウィンドウには、何かの建物の見取り図が表示されている。三次元で構成されたその図に、1つの赤い点が動いている。
「よし、発信機には気づいていないな」
 この赤い点は、キースが着ているスーツに取り付けた小型の発信器の位置を示している。つまり、この見取り図は『RURER』本部のものである。
 この間からキースを疑っていた修羅は、いつまでも隠す彼に痺れを切らし、自ら彼を調べ尽くすことにしたのだ。これでキースが怪しい行動をとれば、何かが分かるかもしれない。
 正直、仲間としてやりたくないことだったが。
『こちらキース。エレベーターに入った』
「OK。『落雷』のいつでもできる」
 インカムのイヤホンから聞こえてくるキースの声に、修羅は怪しまれないように、いつも通り、自然に応えた。
 赤点はエレベーターに乗り、上昇している。
『……10階に到着した』
 修羅はキースの声に耳を疑い、そして画面にも疑問を浮かべた。点は11階の中央に位置している。キースの言っている階の、1つ上なのだ。
(早速見せたか)
『落とせ』
 修羅は敢えてキースに従い、大きいウィンドウの『実行』ボタンを押した。
 直後にウィンドウが消え、緑色のバーが表示された。バーの中が青の斜線で満たされていき、数秒後にはバーが斜線で満たされた。

     ……ジリリリ……

遠くから警報機の音が微かに聞こえる。ビルの方からだ。
『予備電源に切り替わった。サーバー室に向かう』
 とキースは言い残し、直後に「ブッ……」と、通信が切れる音が修羅の耳に不快を与えた。
 キースと打ち合わせた計画。
 通常、4時が本部にいる従業員の帰宅時間で、その後、家で残業をすることになっている。その時に、人の少なくなったビルの変電室に修羅がハッキングし、外部電源をカット。予備電源に切り替わる。予備電源は、主に太陽光発電で蓄えた電力を使用しているが、その量は、施設内の照明とサーバーに回すので手一杯であるため、エレベーターが使えなくなる。キースが10階に降りた後に止めることで、下からの警備隊の足を抑える。その間に、キースがデータを入手する。
 だが、サーバー室は10階。
 11階に降りたということは、やはり――
「別の目的があるということか……」
 修羅は舌打ちをしながら赤点を見つめ続けた。


 『RURER』本部 11階
 何の変哲もない、白い床のビルの廊下。そこを1人の青年――キースが歩いていた。
 手には持っていたケースの代わりに、愛刀が握られている。二丁銃も、スーツの裏ポケットに収まっている。
 ふと、歩みを止めた。

 「N・Y『S・E』Director of seizure case special investigation department room(強奪事件特捜部 部長室)」

 そう書かれたプレートが嵌められている、ドアの前に。
 キースはノックせず、ドアノブを回し、ゆっくりと開けた。
 中は特に何かの装飾と言ったものがなく、資料が詰まった本棚とソファ、テーブルがあるだけだった。そして、奥の窓際に部長のデスクがあったが――
「……!?」
 その光景に、キースは思わず息を飲んだ。
 人が、男が、死んでいた。
 デスクの前にもたれかかるようにして死んでいた。胸から、心臓から流れる大量の血が、白Yシャツを真っ赤に染めていた。
「面会中だということを忘れたのですか?」
 この状況下にしては、冷静な男の声が聞こえた。
 死体の傍に、男性が立っていた。身長はキースと同じくらいで、無駄な肉の無いスマートな身体に白いスーツを纏っている。金色のセミロングヘアーを、銀の金具で後ろに纏めている。後ろの窓から差し込む夕日の光が、髪を煌かせていた。
 手には、刃渡りが長い、鮮血を滴らせているナイフを握っている。
「お前が、殺したのか……?」
 刀に手を置き、キースは訊いた。
 この状況だと、この男が殺したと見るのが妥当だろう。
「……その刀……そういうことか……」
 キースが持っている刀に目を見張り、だが、すぐに戻った。そして、何かを確信した。
「何を言っている?」
 男の様子に疑問を持ったキースは、さらに疑問を投げかける。
「いや、こちらのことだ……足跡を追って、ここに至ったか」
「……貴様、強奪事件――『S-U-218』の犯人か?」
 キースは眼光を鋭くし、身構えた。
「……やはり、半蔵を殺したVIPHか」
冷静な姿勢は崩さない。
「半蔵……霧原 半蔵の事か?」
「そうだ……おかげで、手間が増えてしまった」
 手に持ったナイフをゆっくりと上げ、血を払うように振った。鉄が擦れる音とともに、ナイフの刃が伸びた。よく見ると、刀身に等間隔でV字型の節が刻まれている。おそらく、ナイフの柄に仕込まれている刃が重なり、伸びる仕組みになっているのだろう。
「時間の清算をしてもらおうか」
眼をさらに鋭くし――男が動いた――キースに向かって!
「!」
 急接近してきた男は、キースの胸目がけて剣を突き出してきた。反射的に腕を動かし、キースは刀の鯉口を切った。刃を僅かに出し、剣を受け止めた。
 耳障りな金属音が耳の奥を震わせた。
「……ハッ!」
一瞬の硬直も見せず、男は剣を下に振るい、刀を弾いた。反動で後ろに下がりながら、『残毀閃』を引き抜いた。男は勢いに乗じ、キースに斬りかかった。迫りくる斬撃を、キースは体を反らしたり、刀で弾いたりしてやり過ごす。が、防戦一方だったキースは、後ろ壁に追い詰められた。
「それが全てか?」
 剣を回し、キースの喉元に切っ先を近づけた。
「勘違いするな。こんなのは豆粒程度だ」
 右手の刀を回し、剣を弾いた。
 出来た隙を見逃さず、キースは懐に入り、腹を力強く蹴飛ばした。衝撃で男は後ろによろけたが、膝をつかない。腹に力を入れ、衝撃を殺したか。
 キースは壁から離れ、刀を左半身に構え、八相の構えを取る。
「It is my turn.(俺の番だ)」
 言葉と同時に、男に斬りかかった。左上段から迫る刃を、男はしゃがんで回避したが、すかさず右下段から斬撃が放たれた。体勢を立て直せないまま、男は剣を体の前に持っていき、刃でそれを防いだ。が、防いだ反動で後ろに下がった。
「っおらぁ!!」
 足を止めずに男に向かい、笠懸に斬る。男は体を無理やり反らしてかわし、体を回転させてキースの死角に剣を振るった。キースは刀を腕に刃がくるように回し、死角に刃を割り込ませた。刃と刃がぶつかり合い、鍔迫り合った。
「……流石は『あの人』と同じ血が流れているだけの事はある」
「何!?」
 『あの人』とは?
それを聞こうとした時――
『外部電源復旧しました。予備電源から切り替えます』
 と、女性の従業員の声が室内に響いた。
 キースが反らしたのを見たのを狙い、男は刀を弾き、鍔迫り合いから抜けた。
「こっちには門限がある。続きはまただ」
 男は剣先をキースに向けながらそう言った。
 だが、男に逃げ道は無い。男の後ろは窓だ。
「悪いが、今日は『豚箱』で夜を明かしてもらおうか!」
 キースは素早く八相に切り替え、再び男に斬りかかった。
 だが、男は横斬りをしゃがんでかわし、そのままキースの横を駆けた。
「チッ……逃がさな――」
 キースは振り向き、追いかけようとしたが――

    ――カッ!!――

    ――キィィィィィィィ!!――

 突如、不快な音とともに視界が白一色になった。
 閃光音響弾だ。
 去り際に置いていったのだろう。
「がぁっ……っ!」
 視界が戻ってきたのを認識し、キースは急いで部屋を出た。元来た道を辿り、エレベーターに向かう。キースが来た時には、エレベーターは9階を過ぎていた。
「Son of a bitch(畜生が)……!」
 苛立ちを込めて吐き捨てる。それでも、キースには止まる様子がなかった。
 ポケットから球型の装置――小型吸着爆弾を取り出し、それをエレベーターの扉に貼り付けた。一旦扉から離れ、一緒に持ってきたリモコンのスイッチを押す。
 直後、熱とともに爆音が響いた。エレベーターに戻ると、扉に大きな穴が開いていた。勿論、中には何も無く、暗い空間に太いワイヤーがあるだけだ。
 キースは2つのグローブをポケットから取り出した。一見手袋の様だが、手のひらには、所々に鉄板が貼られてあり、指を動かせるように指の関節部分にはワイヤーの束が鉄板と鉄板の間を埋めている。
 エレベーターが6階を過ぎたのを確認したキースは、エレベーターのワイヤーに向かって跳び、ワイヤーを掴んだ。
「使い捨てだが、何とかなるだろう……っ!!」
 手の力を緩めると、グローブの鉄板とワイヤーが火花を散らしながら、キースはワイヤーを下り始めた。
「熱っ……!!」
 火花が顔に当たり、顔を反らした。頭をワイヤーに触れないように動かし、下を見ると、下に向かうエレベーターが見えてきた。
 エレベーターにある程度近づき、キースはワイヤーから手を離して着地した。ボロボロになったグローブを剥ぎ捨て、デザートイーグルを取り出す。
「……っお!?」
 エレベーターが止まったのか、ブレーキの反動で揺れ、キースは体勢を崩しかけたが、両足に力を加え、踏ん張った。銃口を、エレベーターの工事用ハッチのロック部分に向け、1発で壊す。ハッチを蹴破り、中に降り立った。
「……いない!?」
 だが、中には誰もいなかった。多分、すでに降りたのだろう。
 閉じかけたエレベーターをこじ開け、外に出た。
 エレベーターの外は、ビルの地下らしく、薄暗い空間に立つ柱に付いている照明が辺りを照らしていた。コンクリートに刻まれた多数の長方形の枠に、少数の車が収まっていた。奥にある通路から茜色の光が差し込んでいる。地下1階、駐車場だ。
「……!?」
 けたたましいエンジン音とブレーキ音が混じった音が響き、音の方向を見ると、白のセダン車がターンし、出口に向かおうとしていた。
 あんなに慌てているのは、あの男以外にいないだろう。
 キースは車に向かって駆け出した。


 一方、修羅は戸惑っていた。突如、赤点の動きがおかしくなったのだ。
 同じところ行ったり来たり、ついには、エレベーターをあり得ない速度で降りて行ったのだ。それに途中、ビルの方から爆音が微かに聞こえた。
「一体何してんだよ、あの野郎……」
 と、修羅が呟いた直後に、さらなる爆音が響いた。エンジン音と、ブレーキ音が混じった爆音。振り向くと、地下パーキングから白のセダンが飛び出してきた。
それを追う人影も――
「キース!?」
 キースが、セダンを全速力で追いかけているのだ。だが、セダンが道路に入ると、キースは足を止め、遠のくセダンを見つめた。
 だが、それも束の間。
 周りを見回し、そして、何かを見つけたように駆け出した。その先を見ると、黒バイクに乗ろうとしている男がいた。キースは駆け寄ると、すぐさま男を退け、バイクに跨った。隣で怒鳴る男に幾つか言葉を残し、キースはエンジンをかけ、猛スピードでセダンをまた追いかけ始めた。
「おいおい……何だってんだよ!!?」
 正直、今の状況を修羅に把握することは出来なかった。が、ここで立ち止まっているわけにもいかず、エンジンをかけ、キースを追いかけた。


 PM.4:30 プロヴィデンス 廃工場

 「当たり、だな」
 薄暗い空間の中で、グレンは呟いた。
 プロヴィデンスの廃工場地下。そこにグレンはいた。そして、今グレンの目の前には、大きな洞窟の入り口のような穴があった。そこからレールが続いている。
「搬入履歴を見つけた。全て日本のフォート社のものだ」
 と、物陰からラスティーが現われ、書類を片手にグレンに駆け寄り、それを手渡した。肩にはAKMSが担がれている。
「どれどれ……やっぱ『S・E』は消されているか」
「辺りを調べてみても、輸送用の容器すら見当たらなかった」
「『S・E』の手がかりは無いか……骨折り損か~」
 グレンは失望の声を上げ、手に持っている長い棒――赤色の槍をかかしのように両腕にかけた。槍の取っ手の部分は赤く、先には鋭利な刃が煌いている。刃の下のあたりに、小型の機械のようなものが付いている。
「『スサノオ』まで持ってくることは無かったか~。誰もいねぇし」
 グレンは呆れたようにぼやき、槍――『スサノオ』を右手で持ち、回したりなどして弄んだ。
「危ないからよせ。撃つぞ」
「キース以上に手癖がわりぃな、お前」
 ラスティーが腰のマカロフに手を置いたを見て、グレンは回すのを止めた。
「『お偉いさん』は十分に警戒しろって言ってたが……」
「その判断は合ってるぜ」
「「!?」」
 一際大きく、威勢のいい声が響き、2人は辺りを見回す。

    ……ゴツ……ゴツ……

 重厚な足音が階段から聞こえ、2人は階段に目を向けた。
 足音が大きくなるにつれて、狭い階段を下りる人物の姿が見えてきた。
 体格は大きいというわけではないが、それよりも目立つのはその身なりである。上半身は赤のジャケットだけであり、真ん中から、日に焼けたのか、浅黒い肌が露出している。下は黒のダメージジーンズで、茶色の革製のウエスタンブーツを履いている。ブーツの踵部分には、歯車の歯が棘になったようなのが付いている。ブリーチの髪は、ワックスで相当固めたのだろう、重力に逆らうように立っている。眼はサングラスで隠されていて見えないが、両手に持っている物から大体の意図が把握できた。
 両手には、ハンドガンと言うにはでか過ぎる銃が握られていた。手で持って下げていても、銃身の長さは膝より下まで伸びており、銃口が戦車の砲台の砲口を彷彿させるほど大きい。
「……クレイヴか?」
 ラスティーは男の顔を見て、そう訊いた。
「久しぶりだなぁ~、ラス。グレンの兄貴も元気そうで」
にぃ、と口元を歪め、男――クレイヴは2人との再会を喜んだ。
「どういうことだ、クレイヴ・ロッソ?」
 今度はグレンが訊いた。
「お前たちと同じく、『仕事』さ。裏でコソコソ嗅ぎ回っている蠅どもいそうだっていうんで、どんな奴か顔を拝みに来たんだが……まさか、お前たちだったなんてなぁ。ハハハハ」
 クレイヴは両手を、参った、とでも言わんばかりに上げ、笑い声を上げた。
「何を言っている?誰の依頼だ?」
 一方、グレンの声は笑っていなかった。いや、笑えないと言った方が正しいだろう。
「おっと、主の希望でそいつは秘密だ。主からの依頼は、ここの破壊と――」
 と。クレイヴの顔から笑みが消えた。同時に、二丁銃の銃口が2人に向けられる。
「害虫駆除を頼まれてるんだ。悪ぃが、先に逝ってくれや」
 
      ――ドガン!ドガン!――

 言葉を切ると同時に、鉄がひしゃげたような銃声が響いた。グレンとラスティーは左右に散会し、直後、2人がいた床にアルミ缶の直径ほどの大穴が空いていた。クレイヴは銃口をそれぞれに向け、腕を左右に開くように撃ちまくった。2人が駆けた壁や床、資材などが、次々と粉々に砕けていく。
 グレンは傍にあったコンテナの影に滑り込むようにして隠れた。コンテナが銃撃でへこんだが、貫通することはなかった。
 銃声が止んだ。
 ラスティーもどこかに隠れたようだ。
「クレイヴ!どういうつもりだ!!?」
 グレンはクレイヴに怒鳴った。
「何って、見てのとおりさ。お前たちをぶっ殺して稼ごうとしているんだ」
「『規則』を忘れたのか!?『豚箱』にぶち込まれるぞ!?」
 ラスティーも、グレンとは反対側の方から怒鳴った。
「何言ってんだよ?俺は――」
「ラス!CODE:A‐I!5カウントだ!!」
 グレンはクレイヴの言葉を聞かず、ラスティーに叫んだ。
 反対側に止めてあったフォークリフトの物陰からラスティーが飛び出し、クレイヴに向けてAKMSをフルオートで発砲した。威嚇のため、狙いは疎らだ。
「ひでぇぜ、ラス。『相棒』に牙剥くなんてよ」
クレイヴは支柱に隠れながら、寂しそうにラスティーに嘆いた。
「黙れ、『裏切り者』!!」
 クレイヴの周りを回るようにラスティーは走りながら撃ち、クレイヴもまた、支柱から離れて銃撃を避けながら撃ちまくる。かなりの装弾数があるのか、二丁銃は未だに弾切れになっていなかった。
「グレン!!」
ラスティーが叫びながら、またコンテナに隠れて銃撃を防いだ。
 ダッ、とクレイヴの近くのコンテナから音がした。すかさずクレイヴはコンテナを撃ち抜く。だが、そこに誰もいない。
「こっちだ!」
 と、声がした方を向くと、グレンは天井の鉄骨に乗っていた。コンテナを蹴って跳んだのだろう。
「ラス!!CODE:W‐SG‐W!!」
 コードを叫びながら、グレンは鉄骨を蹴った。『スサノオ』の矛先をクレイヴに向け、突っ込んで行く!
「うらぁっ!!」
 渾身の突きを、クレイヴに放つ。
 クレイヴは二丁銃の銃身を身体の前に出し、矛先を受け止めた。グレンは矛先を支点にクレイヴの背後に跳んだ。着地し、すかさず矛先をクレイヴの背中に突き出す。だが、クレイヴは体を回転させ、その拍子に銃で矛先を弾いた。体勢を立て直し、グレンは『スサノオ』を後ろに構え、素早く突きを放った。対するクレイヴは二丁銃をうまく使い、矛先をテンポ良く受け止める。槍を引っ込めたグレンは突きに入らず、矛先を上げて斬りかかった。またしても二丁銃に受け止められる。だが、グレンは槍を動かさず、足に力を加えて跳躍した。そして足を揃え、ガラ空きのクレイヴの胴体にツインドロップキックを入れた。両者は反動で後ろに下がった。
「っはぁ……!やってくれるなぁ、グレン……!」
 クレイヴは呻き、だが、その顔に喜びを浮かべていた。
「……何故だ?クレイヴ」
 槍を構え直し、矛先をクレイヴに向け、訊いた。
「訊くまでもないだろう?『使命』のためさ」
「『仲間』を殺すことがか?」
「『敵』だから殺すんだろうが!」
語尾を強く言い放ち、再び銃口を向ける。
「ラス!!」

      ――カラン――

グレンの呼びかけとともに、2人の間に1つの『筒』が転がってきた。グレンは逃げるようにそこから離れた。
 直後、濃い白煙が一気に広がった。
「ラス!逃げるぞ!!」
 グレンはラスティーに駆け寄り、彼が頷いたのを確認すると、階段に向かって走った。
 階段を上がり、工場の地上区画に出る。
 地上区画は加工区で、辺りにベルトコンベアなどの機会が並んでいる。
 シャッターが半分開いた、トラック搬入口に向かって2人は駆けた。まだグレイヴは追ってこない。
 このまま逃げ切る。

      ――ドォン!……ドォン!……――
 
 曇り空の外に出た直後、高い銃声が遠くで鳴った。2人の足元で、銃弾が弾けた。
「っ!?」
「スナイパーだ!!戻れ!!」
 続けて襲いかかる銃撃をかわし、2人は工場に中に戻った。
 仲間がいた。クレイヴの、仲間が。
「俺たちをどうしても殺したいらしいな……!」
「どうする!?あいつはそう簡単に諦めないぞ!」
「俺をよく見てくれているようで光栄だな」
 階段に振り返る。
 白い煙とともに、クレイヴが階段を上がってきた。
 歪んだ笑顔を、浮かべて。
「せっかく再会したんだ」
 と、二丁銃のトリガーの下にあるボタンを押した。すると、銃身の下部が外れ、床に重々しそうな音を出しながら落ちた。どうやら、あれがマガジンらしい。
「3人で楽しく盛り上がろうぜ?あの頃みたいによ……」
 ジャケットの裏からマガジンを取り出し、銃身の下部に取り付けながらそう言った。
「……マリー!工場に誰も入れるな!駆除は俺一人で十分だ!!」
 と、2人ではなく別の人物に叫んだ。通信機で狙撃手と話しているのだろう。
「……グレン」
「……付き合ってやろうぜ。このままじゃ家に帰れねぇ」
2人は各々の得物を構えた。クレイヴも、応えるように銃を構える。
「ハハハハ! OK!!Ich werde dich vollständig töten(存分に殺し会おうぜ)!!」
 クレイヴの歓喜に満ちた叫びが、開戦の狼煙となった。



[14185] 3-5 [模索]
Name: SIN◆d5840ce4 ID:b89bceb4
Date: 2011/08/15 22:35
5月16日 PM.10:12 『FORTUNES』アジト

「……まだ起きてたんだ」
 アジトの外のベンチに座っているキースに、青の寝巻姿の華奈は寄りながらそう言った。
「……ああ。少し眠れなくてな」
いつもにしては少し浮かない表情でそう応える。
「意外。いつもなら10時ぐらいに寝込んじゃうのに」
 言いながらキースの隣に座る。
「職業柄、しっかり休まないとあの世に飛んでしまう」
「ふふっ。まるで子供みたいね」
 クスリ、と華奈は微笑んだ。10時に寝床に着く19歳なんてそうそういない。
「ガキの頃はいつも9時に寝て、宿題なんてそっちのけだったな」
 夜空を遠い目で見上げながら、キースは独り言のように呟いた。
「……ねぇ、キースの子供の時って、どんなものだったの?」
 ふと、華奈は思い出したように訊いた。そう言えば、キースの昔について訊いた事がなかった。
「そうだな……とにかく、暴れん坊だったよ」
「あ、暴れん坊?」
 自嘲するように言ったキースの言葉を、華奈は繰り返した。
「他の奴と大ゲンカすりゃ数人『病院送り』にしたし、街中でダチとよく悪戯したな。サッカーボールをアイスクリーム屋のキャンピングカーに蹴り入れたり、ダチのアパートで口うるさい大家の部屋のベランダに連発の撃ち上げ花火を皆で撃ちまくったり……いろいろやったなぁ」
 微笑みながら感傷に浸るキースとは対照的に、想像以上に酷い有様に、華奈は驚きを隠せずに唖然としていた。特に最後の方。絶対に警察行きだろう。
「ああ、警察にも捕まって、皆で協力して警官共と脱走戦を繰り広げてたな。あれは面白かったぜ?署長室の天井に隠れて、署長の慌てぶりをゆっくりとご鑑賞だ」
警察でもやらかすか。
あまりの酷さに、華奈は言葉が出なかった。
「ん?どうした、唖然として」
「い、いや、別に……そうだ、家族は?今は何処に住んでるの?」
 話題を変えようと思い、今度は家族について訊いた。
「!……」
 と、それを聞いた途端、キースの顔から微笑みが消えた。黙り込み、だが、夜空を見続ける。
「……キース?どうし――」
「死んだ」
「……え?」
耳を疑う。
「大戦中に巻き込まれて、両親は死んだ」
幻聴などではなかった。
「……ごめんなさい……」
きいた事を苦々しく思いながら、キースに謝った。
「気にするな。もう受け入れたことだ」
 特に傷ついた様子も無く、キースは淡々と応えた。
 顔に出てなくても、心の奥底は傷ついてしまっただろう。
 訊かなければよかった、と華奈は自分を責めながら俯いた。
「……かけがえのない家族だった」
 華奈に向かず、悲しいというよりも懐かしんでいるようにキースは呟いた。
「いい家族だったんだね」
 何も言わず、キースは頷いた。
「……ねぇ」
「……何だ?」
「家族って、何なのかな」
 華奈の問いを聞き、ようやくキースは華奈に振り向いた。
「……どうしてそんな事を訊く?」
 口調を変えず、穏やかなまま訊き返した。
「グレンさんのチームにいる、アーニャって子から聞いたんだけどね……グレンさんたちが彼女を家族のように受け入れてくれるから、保護されているなんて思ってない。むしろ、家族の一員なんだって……私、家族って、血が繋がっているからこそそうなんだって思っていたけど、彼女はそうじゃなかった。私が知る『家族』とアーニャが知る『家族』、どっちが正解なのかな」
 俯きながらキースに話す。
 華奈には肉親との記憶が無いため、『家族』というものが持つ意味を知らなかった。アーニャの考えを聞いて、初めて華奈はそう気づいた。
 『家族』とは、何なのか。その条件は。それが持つ意味は。それがもたらすものは。
 それらが華奈にとって、半蔵から真実を告げられた時から見失っていたものだった。
 もし、母であった日和との日々が、半蔵の企みによるものだったとしたら……
 そんな不安も、華奈は微かに抱えていた。
「……答えは無い」
 キースは迷わず、そう応えた。予想外な答えに、思わず華奈は「え?」と言いながら顔を上げた。
「物事に対して個人が持つ価値観や見方は様々だ。1つの物事を良いと思う人もいれば、悪いと思う人もいる。だが、中には善し悪しを決められない物事もある。華奈とアーニャが知っている『家族』は、どちらも正解か間違いかは判断できない」
「私とアーニャの、価値観や見方……」
「そうだ。人間は皆『自我』を持って生きている。それぞれが持つ考え、価値観に基づいて行動している。だから、誰かが物事の価値観や見方を、統一することは不可能なんだ。お前が『家族』の正確な意味を知ろうとしているように、それを法則のように定義することは出来ない」
 キースの答えを、華奈は自然と聞き入っていた。
 人間が個々に違う考えを持っているから、物事の価値観や見方を1つに纏める事が出来ない。華奈が『家族』が持つ真の意味を知ること自体が、間違いだということになる。答えは、自分の価値観や見方で判断しなければならなくなる。
「しかし、それを知っていても、人間の中には『我』を貫き通すために、答えを早とちりしてそれを周りに押し付ける奴もいる。物事の答えは、存在しないのと同時に、自分の中にも無い。だからこそ、人間は他者の価値観や見方を共有して、多くの事を知り、自分なりの答えを導き出す。1人では、空回りな答えが出るだけなんだ」
「他者との、共有……」
 ならば、アーニャが持つ見方も、その1つに過ぎない。華奈が持つ見方も、またそうなる。
「……俺は、『家族』というものに、『形』は無いと思う」
「『形』が無い?どういうこと?」
 キースの言葉に、華奈は疑問を抱いた。
「血筋などの『形』は無い。ただ、そこにいる人間が、お互いに思いやり、生きていくという意思を持っているなら、『形』がどうであれ、『家族』だと思う」
「……」
「分かっているが、これは俺が持つ考えであり、正解ではない。お前は、お前の意思で答えを見つけるんだ。これに限らず、これからのことも」
 そうだ。そこに答えは無い。決めるのは自分自身。華奈の意思によるものなのだ。それをこれから見つける。そして、両親に会った時、本当の、自分なりの家族でいられるようにする。これは、両親に会うまでの課題である。
(……でも……)
 では、日和はどうするのか。彼女は、自分の家族ということになるのだろうか。今は亡き身とは言え、放っておけるものではない。
 それもまた、考えなければならない。
「……うん。そうだよね。私の意思で、考えなきゃね」
「……悩んだら相談にのってやる」
 キースは立ち上がりながらそう言った。そして、華奈に振り向く。
「今のところ、お前は『BLACK WALTZ』の一員――『家族』なんだからな」
 星空の優しい光が照らすキースの微笑みが、華奈の不安を、一瞬だが、忘れさせてくれた。
「……ありがとう、キース」
 華奈は笑顔で、キースの微笑みに応えた。


5月17日 『マディソンスクエア総合病院』 AM.10:30

「ここが、『マディソンスクエア病院』?」
「うん。ニューヨーク――ここ近辺の中で最大の病院だよ」
 うわずった声で問う華奈に、アーニャはそう応えた。
 ニューヨークのマンハッタン区の中心に位置する、ここマディソンスクエアの北区に、巨大な総合病院がある。同市にあるマディソンスクエアガーデンに匹敵する大きさの敷地を持ち、その施設もまた、多くの建物が連絡橋で繋がっている。棟ごとに担当する科を分担しており、外来の患者の運搬の効率を上げている。
「アーニャはこれから診察なんだよね?」
「ああ、うん。でも診察は午後の部だから、あたしも一緒に行くよ。院長と話すとき、通訳が必要でしょ?さ、行こ!」
 レモン色のタイトワンピース姿のアーニャは、微笑みながら先に歩き出した。ベージュのシフォンブラウス姿の華奈は困ったような笑顔を浮かべ、明るい翠と黒のチェックスカートを揺らしながら後を追った。
 今日ここに来たのは、華奈を孤児院に預けた、ラザ・マイケルに会うためだ。華奈の出生、孤児院にいた理由、1年後にアメリカに連れ戻されたこと……全てを彼が知っている。もしかしたら、両親の居場所を知っているのかもしれない。そんな期待も、華奈は少なからずとも抱いていた。


 総合棟 1階 受付

「不在……?」
 華奈は茫然としながら、確かめるように呟いた。
 病院の総合棟。ここは病院の運営関係の棟であり、院長もここで仕事をしている。
通常なら。
「ええ。今大学の講義の関係で、ドイツにいるらしいわ」
「そんな……」
 唯一の手掛かりであるマイケルが今いなければ、何も情報を得られない。今のところ、彼以外に宛てがない。
(どうしよう……これじゃあ、彼に会えないままだわ)
 考えを巡らすが、思いつかない。
 仕方なく、一旦諦めようと思った。
「I am sorry, but is there the person who is close to Michael at this hospital?」
 と、アーニャが受付の女性に英語で問いかけた。
「Is reliable; the assistant director at Ueno … … he works as acting director now.」
「May I meet the person?」
「I`ll ask him.Please wait.」
 女性はそう言うと、内線電話を取り出し、誰かと話し始めた。
「今、マイケルさんと親しい人とアポイントメント取ってる。ここまで来ちゃったんだから、せめてマイケルさんのことだけでも訊こうよ」
「え!?で、でも……」
「そのために来たんでしょ?」
アーニャは戸惑う華奈の顔を覗き込み、そして、明るい笑顔を見せる。自然と、不安が少し和らいだ。
「ね?」
「……そうだね。そうしよう」
 確かに、マイケルから直接訊くことは出来ないが、彼を知る人なら、少しでも何かが分かるかもしれない。
「……ありがとう、アーニャ」
「別にいいって。あたし、『止まる』のは嫌いなだけだから」
 笑顔のまま、アーニャはそう言った。


総合棟 4階 院長室

「副院長にお客さんとは、珍しいですね」
 華奈たちが広い院長室に入るなり、ソファーに座っている白衣の男が悠長にそう言った。顔立ちは比較的細く、穏やかなものであり、今が老け初めなのか、髪の毛に多くの白髪が混じっている。黒ぶちの丸眼鏡の奥の瞳は優しく、誰にでも優しく接するような人格を感じさせる。
「上野 孝典です。よろしく」
 孝典はソファーから立ち、軽く礼をした。
 華奈とアーニャも、それに連れて礼をする。
「アーニャ・メルティオです」
「華奈です。本日はお忙しいところすみません」
「ハハハ……いいんですよ。院長代理とはいえど、今はデスクワークだけでしたから。ささ、どうぞお掛けになって。今お茶を淹れますね」
 と、孝典は隅のテーブルに行き、お茶の準備を始めた。こうして見ると、さながら器用な老執事に見える。
「……孝典さんは、マイケルさんと親しいと聞きましたが……」
 ソファーに座りながら、華奈は訊いた。
「ええ。彼とは同期でしてね。ドイツの大学で知り合って、それからずっと一緒です」
「どんな人なんですか?」
「そうですね……一言で言うなら、生真面目、ですかね」
 急須と湯のみ3つを持ち、言葉に笑みを浮かべながらそう言った。
「おっと、アーニャさんは、お茶は苦手ですかな?」
「いやいや、むしろ大好きですよ!」
「ハハハ、それは良かった。さ、お茶がはいりましたよ」
 テーブルに急須と湯のみを置き、手際良くお茶を淹れる。
「ありがとうございます……生真面目、と言いますと?」
 華奈は注がれた湯呑を持ちながら、孝典に問いた。
「生真面目は生真面目ですよ。文字通り。患者のことはもちろん、職員の事までちゃんと目を配らせ、不祥事があれば容赦無く公平に処分する。簡単に言うと、質実剛健、といったところでしょうか」
 向かい側のソファに座り、お茶を啜った。
「……ただ、反面融通が利かなくて、人付き合いがよくない面もありましてね。色々、非難を浴びているんですよ……それでも、彼は医者として為すべきことを為し続けてきました。今も、それは変わりません……全く、感心以外に、抱く物がありませんよ」
 微笑みながら、孝典は言った。華奈もそれにつられて微笑む。だが、すぐに真顔に戻る。
「1つ、聞きたいことがあるんです。マイケルさんは今までに、子供を預かったりしていますか?」
「子供を?」
「12年前に、柊 華奈という女の子を保護しているはずなんです」
「!?」
 と、孝典の顔色が変わった。何か、思い当たりがあるかのように。
「どうして、その名を?」
 動揺を抑え、孝典は華奈に問う。
「おそらく……私はその、柊 華奈なんです」
 瞬間、場の空気が一瞬静まった。アーニャも、孝典も、驚きを隠せずにいる。
「……ええ。確かに、彼はとある子供を保護していました。柊 華奈、という女の子を」
「やっぱり、マイケルさんが……」
「聞いたところ、彼の古い友人から預かっていたそうです」
「!?その友人は……!!」
 華奈の、両親。
 華奈をマイケルに預けた、両親。
「すみませんが、その友人さんのことはご存じで?」
 たまらず華奈は訊いた。
「……残念ですが、私が聞いていたのは、彼が柊さんを預かっていたということだけです。それ以上、彼は話してくれませんでした」
「……そう、ですか……」
 力弱く相槌を打ち、華奈は落胆した。
 だが、これでマイケルが両親と旧友関係にあったことがわかった。マイケルが鍵を握っている可能性が、より高まったということになる。後は、マイケルにさえ会えれば――
 それに、もう1つ疑問がある。
 失望を無理矢理押し殺し、質問を続けた。
「あと、マイケルさんが華奈を日本の孤児院に連れて行って、その次の年に連れ戻したということは、ご存じないですか?」
 もう1つの疑問。孤児院に連れて行ったことと、僅か1年で連れ戻したことの理由。
 それも疑わざるを得ないことであった。
「孤児院に連れて行ったのは覚えています。1日だけ院長代理を任されて、マイケルは柊さんを連れて日本に行ったんです。なんでも、両親の要望だとか……」
「両親の……要望?」
「内容は分かりませんが、そんなことを言っていました」
 両親の、要望。
 華奈はその言葉に反応し、考え込む。
 両親の要望。つまり、なんらかの事情で華奈を傍に置いておくことが出来なくなった。でもそれは、マイケルが保護することで解決している。
 捨てた、という極論に至るには非合理的だ。わざわざ孤児院に入れたのだから。
(……私に関する事なのかしら……?)
 両親になにかあったのなら、華奈をマイケルに預けたまま何処かに逃げたはずだ。にも関わらず華奈まで移動させたのは、自分に関係することで両親が問題を抱えていた、ということになる。あくまで推測だが、今の時点ではそれが有力だ。
「……君は今、両親を捜しているのですか?」
 ふと、孝典が華奈に質問を持ちかけた。彼の表情は少し険しかった。
「ええ……そうです」
 静かに答える。
「……余計な詮索はするつもりはありませんが、1つ、私からも確かめたいことが」
「?」
 険しい表情のまま、孝典は口を紡ぎ……そして、開いた。
「もし、君が両親に会ったとして、その人たちを本当の両親と思えますか?」


 PM.8:00 『FORTUNES』アジト 
 
「……なぁお~?華奈ぁ~」
 パソコンの画面を覗き込みながら、アーニャはベッドに横たわっている華奈に声を掛けた。
 ここは2階のアーニャの部屋。 
 最初に華奈が入る前は、女の子っぽい可愛い部屋なんだろうな、と思っていたが――
 壁一面に、大小様々な多くのスクリーンで埋め尽くされ、その下のデスクにはデスクトップタイプのパソコン1台と、多量のコードが散りばめられていて、物を置く場所が無い。その周りの棚にも、パソコンのパーツなどで一杯だった。到底、女の子の部屋とは言いにくい。さながら、片付け知らずが経営するパソコンショップだ。確か、大戦で消えた東京のとある街に、こんな風な店があったらしい。名前は……忘れてしまった。
幸い、窓だけは空けてあり、機材が発する熱で部屋がサウナ状態になることはない。
「う~……」
「まだ気にかけてるの?孝典さんが言ってたこと」
「うん……」
 蚊の泣く様な声で唸りながら、華奈は円形の柔らかいクッションを抱いて縮こまった。
 
  ――もし、君が両親に会ったとして、その人たちを本当の両親と思えますか?――

 孝典にかけられた問い。
 『家族』の時と同様、見落としていたことだった。今、自分が両親にあったら、その人たちを両親として認識することが出来るか。捜す以前の問題であった。
 それだけじゃない。
 その質問のせいで、華奈は更なる迷いを抱くようになった。
 両親にあったら、どうしよう。
 本当に、両親と認められるのか。
 そもそも、両親は自分のことを覚えているのか。
 考えれば考えるほど、不安と迷いが沸々と煙のように湧いてきた。
 一体、どれだけのことに気をかけなければならないのだろう。
 そう華奈が思い、溜息をついた時……
「こちょこちょこちょ~!」
「ふにゃぁっ!?あはっ、にゃはははははは!!」
 と、突然アーニャが近づいて華奈の脇腹をくすぐってきた。いきなりのことだったので、華奈は堪らず、笑い声を上げた。
「ちょっ、アーニャ、あはっ!にゃ、にゃにすんのあっははははは!!」
 アーニャは華奈の悲鳴に構わず、うつ伏せになった華奈の背中に乗っかり、脇腹、脇の下をくすぐり続けた。
「いつまでも悩んでいる子はお仕置きだ~!」
「そ、そんにゃははははは!!」
 しばらくその状態が続き、華奈が「ギブ~!!」といったところでアーニャは手を止めた。
「あはぁ……はぁ……はぁ……酷いよ、アーニャ……」
 激しく呼吸しながら、華奈は疲れたような声で嘆いた。
「こうゆー時は、笑うのが一番なんだって」
 一方のアーニャは、特に気にかける様子も無く笑顔でそう言った。
「悲しいままでいるのは、心に良くないよ」
「……でも、考えなきゃいけないわ。自分のことは、きちんと」
「あれ~?聞こえて無かったかの~?それじゃもう一度……」
「わああ、ストップ!ストップ!!」
 妙に低い声とともに、アーニャの手が脇腹に触れたのを感じ、華奈は叫んだ。もうあれは苦しくてたまらない。
「……」
「1人で全部抱え込まないで」
 と、アーニャは言いながら華奈の両肩に手を添え、優しく撫でた。
「……また慰められちゃったね」
「いいんだよ。知り合った身同士、助け合うのは同然だよ」
 アーニャの優しい声が、華奈の心の緊張を解していった。
「私も、出来る限り協力するから。両親に会いたいの、分かるから……」
「……ありがとう、アーニャ……年上なのに、恥ずかしいな」
 華奈は礼を言いながら、照れくさそうにそう言った。
「しっかりしてよね~。年下に慰められているようじゃ、この先つらいぞ~?」
「言ったな~」
「言ったも~ん」
2人は顔を見合わせ、互いに笑った。
 さっきまでの不安は、すっかり消え去ってしまっていた……
「いい加減にしろ!!」
 と、突如外から怒鳴り声が聞こえてきた。この声は……
「修羅?」
 ということは、皆が帰ってきた。だが、様子が変だ。窓は裏の方なので、様子は見られない。
「なんでだよ!?なんで教えてくれないんだ!!?」
「お前には関係の無いことだ」
 キースの声だ。
 あの2人が、喧嘩をしているらしい。
 でも、何故?
「お前、『S・E』の強奪事件を追ってるんだろ!?だったら何で俺に教えない!?パートナーである俺にだって、知る権利はある筈だ!!」
「これは訳が違う。お前が思っている以上に重大なことなんだ」
「重大だと!?ならなおさらじゃないか!」
「お前をこの依頼に参加させるわけにはいかないんだ」
「……俺が信用できないからか?」
「!?」
「俺が役立たずだから、参加させないんだな?」
「……」
「正直に答えろよ」
「……」
「……キースっ!!!」
 一際大きな声が鳴り響く。その声に思わず2人は、ビクッ、となった。
「……だとしたどうする?」
「……そうなんだな?」
「……」
「……」
 深い、沈黙が続く。
「……パートナー解消だ」
「えっ!?」
 華奈は修羅の言葉に動揺した。
 パートナー解消
 それは……
「絶交だ、クソ野郎」
「……」
 修羅の毒づきで喧嘩が終わったのか、それきり声がしなくなった。



[14185] 第4章 [End of overture] 4-1 [追撃]
Name: SIN◆d5840ce4 ID:b89bceb4
Date: 2011/09/07 05:36
5月17日 PM.4:30 ニューヨーク 

 ニューヨークの西部の沿岸を走る、ウェストサイドハイウェイ。夕方になった今、道路上では帰宅する車が、少数だが、走っていた。真横を流れる巨大なハドソン川が、オレンジ色の夕日に照らされて黄金色に輝いている。
 一見、ゆったりとした光景だ。初めて見る者なら、立ち止まって見たくなるだろう。
 鳴り響いている、爆音が無ければ。
「……っ!!」
 急ブレーキをしてスリップする車を避けながら、キースはバイクでハイウェイを爆走していた。
前方の、すさまじい速度で激走する白いセダン車を追いかけて。
(やばい、燃料が……)
 メーターに目を向けると、燃料切れのマークに針が近づいていた。ウォール街からこのハイウェイに出て、現在はニューヨークの中央に差し掛かっているところだろう。相手が燃料満タンであると考えれば、持久戦は明らかに分が悪い。
「しぶとい奴だ……!」
 もう30分ぐらい経つだろうか。
 相手のしぶとさに痺れを切らし、キースはコートからデザートイーグルを取り出した。街中での民間人への被害を考えて使わなかったが、今や街の外、他の車もセダン車のおかげで大半が車線を開けている。誤射の危険は無い。
ハンドルを左手で握ってバランスを保ち、右腕を伸ばして銃口を車に向ける。
 トリガーに指を掛け、引いた。タイヤを狙っていたが、銃弾は車のフレームにヒットした。通常の銃撃戦とは違う状況下であるため、銃弾の精度などが落ちたりしてしまうのだ。
 それでも構わず、キースは撃ち続けた。相手も銃撃に気付いたらしく、蛇行運転で銃弾を避ける。
(弾を装填できる暇もない……)
 両手を離せば、バランスを崩して転倒するのがオチだ。とても手が空く様な状況じゃない。
「……あと1発か……!」
 いつも頭の中で装弾数を覚えているため、残弾数などもその場でわかる。
 あと1発で、セダン車を止める。
 まともに照準が合わせられないこの状況では、とてもやりにくい。
(……!)
 ふと、キースは周囲に目を走らせた。
 前方約500メートル先で、白いキャリアカーが道路の端で止まっていた。事故があったのか、傍には側面がへこんだ赤いワゴン車が止まっている。車を後部の荷台に載せようと、道板を降ろしているところだった。
キースは車線を隣に移し、アクセル全開でそのキャリアカーに向かった。
徐々に距離が短くなり、道板に乗り上がった。速度を殺さずにそのまま突き進み、傾いた荷台の頂点に達し――
 飛んだ。
「うおおお!!」
 跳躍したバイクは空に放り出され、放物線を描いて落ちていく。その間に、セダン車を空中で追い越した。
 両方の車輪で衝撃を和らげるように着地し、ブレーキをかけてUターンをする。バイクの正面がセダン車の前面と向き合うように、上手く車線に割り込んだ。
「『鬼ごっこ』は終わりだ」
 
ドン!

 デザートイーグルを両手で構え、前輪タイヤに向けて発砲した。
 銃弾は寸分狂わずに飛び、右前輪に命中した。

               バスンッ!!

 空気が抜ける音と金属音が混ざったような音を立てながら、タイヤがへこんで行く。
 車は制御を失い、速度を殺せぬままハイウェイの左端に滑って行き、派手な音とともに激突した。
「全く、手間取らせやがって……」
 マガジンを変えながら、キースは車に近づいて行った。銃口も車に向け、相手が出てくるのを待つ。
「……げほっ、げほっ……!」
 ドアを開け、車から立ち上がる煙に咽ながら、白スーツ姿の男が出てきた。
「……貴様……」
 煙に顔をしかめながら、男はキースを睨んだ。この様子だと、まだ諦めていないようだ。
「……貴様らの狙いはなんだ?大量の『S・E』を、人間の生活を不便にしてまで、何に使おうとしている?」
 トリガーに指を掛け、低い声でキースは訊いた。
 本部で対策本部部長を殺した事実だけで、この男が事件に関わっていると判明した。捕まえてから訊けばいいのだが、キースは早く、この事件の動機を知りたかった。
「……答えろ」
 無言のまま睨む男に、キースは繰り返し言った。トリガーにかかる力も強くなる。
「……答えたところで何になる?」
「何?」
「お前にそれを教えて、お前はどうするのかと訊いている」
 答えるどころか、質問に質問で返してきた。
「……皆殺しだ。それだけのことをしたのだからな」
キースは躊躇い無くそう言った。
「皆殺し、か……果たしてそれが貴様に出来るか?」
「何が言いたい……?」
 キースは男の声に疑問を抱きながら、再度問いかける。
「いずれ分かる……お迎えが来たようだ」
 男は、もう言うことは無いといわんばかりに後ろのハドソン川に振り向いた。キースは警戒をさらに強くし、サイトに男の後頭部を合わせる。

          ――……バタバタバタバタ!!――

 突如、何かのローターが聞こえてきた。この音はヘリだ。
 近づいてきている。何処から?
 キースは耳に神経を集中し、音の元を探った。
 さらに音は大きくなり、どんどん近付いてきた。
 下から、上へと。
「!?」
 男の背景に、黒い影が立ち上がってきた。
 耳障りな程のローター音を撒き散らすプロペラが見え、さらにその下の黒いボディーも見えてきた。
 形から判断すると、UH-60J、通称ブラックホークだ。兵員輸送を目的に作られた輸送ヘリだ。
 胴体部が上空に上がり、ヘリの中が見えた。キースは自身の警戒心を男からヘリへと向けた。
 ヘリの中に、1人の男が立っていた。
 ごつい筋肉質な体系で、筋肉で黒い皮膚が盛り上がっている。服装は、防弾チョッキの上にポケットがたくさんついた濃い緑のチョッキと、少しぶかぶかした同じ色のカーゴパンツ。一見軍人のように見える。頭はスキンヘッドで、硬い表情でこちらを見ている。両手で抱えた、機関銃MINIMIを構えて。
 キースは反射的に動き、その場から離れた。
 直後、上乗せするように重い銃撃音が響いた。放たれた機関銃から次々と銃弾が吐きだされ、キースがいた場所、その周辺に着弾していった。
 キースはバイクを盾にして隠れ、銃撃をやり過ごす。銃撃はバイクにまで及び、ボディーに次々と穴を開けていく。
(後で弁償だな……!)
 苦々しくそう思っていると、白スーツの男はヘリから降ろされたタラップに掴まっていた。
「……私の名はファウストだ、キース・オルゴート!!」
「!?何故俺の名前を!?」
「次に会った時は必ず殺す!!」
 男――ファウストはそう言い残すなり、タラップを上がっていった。
「待て!!……っ!!」
 バイクから顔を出して呼び止めようとするが、銃撃がそれを許さなかった。仕方なしにキースはバイクに身を隠す。
「くそっ……!」
 あの男、ファウストは、最初からキースのことを知っていた。
 一体何故?
 自分の名前が、腕利きのVIPHとして知られているにしても、見知らぬ人間が名前まで知っているとは思えない。
 そうこう考えている内に、銃撃が止んだ。
 キースはバイクから身を出し、旋回しているヘリに向かってデザートイーグルを放った。銃弾がヘリに着弾していくが、流石に拳銃では装甲を突き破れなかった。
 そんなキースをあざ笑うかのように、ヘリは騒がしいローター音とともに川沿いに飛んで行った。


「ナイスタイミングだった、ハンヴィー。感謝する」
 タラップを片付けて、ファウストはコクピットに座っている者に礼を言った。
「別にいいって~、気にしなくても!困った時はお互い様でしょ?」
 この状況では場違いに聞こえる、女の子特有の明るい声でパイロット――ハンヴィーは応えた。
 黒と濃緑の迷彩色のタンクトップにカーゴパンツと、女にしては珍しいミリタリーな服装だ。上はタンクトップ一丁だけで、豊満な胸の谷間が見えるほど、肌色の皮膚が露出している。細い黒フレームの眼鏡を掛けていて、弾けるような笑顔から、快活な性格であることを醸し出している。被っている黒いヘルメットのせいで見えないが、髪型は濃い茶髪のショートヘアーだ。
「まさかお前が追い詰められるとはな。あらかじめ辺りを見ておいて正解だった」
 スライドドアを閉めながら、黒人の男は野太い声でファウストに驚きの言葉をかけた。
「あいつが半蔵を殺したVIPHだ。ベルたちが会ったVIPHもあいつだろう」
「……感づいていたか?」
「少々、な。目的には気付いていない……ところでカーティス。お前はこの作戦に参加していないはずだが?」
 カーティスと呼ばれた男は、MINIMIを立てかけてヘリのシートに座った。
「ある伝言を、ボスから」
「なんと?」
「……『計画』の始動日が、決まったそうだ」
「予定より早いぞ?」
ファウストが動揺の声を上げる。
構わずカーティスは続けた。
「準備が少し早く終わった。エディのB-USB解析も終わり、進行準備は万全だ」
「そうか……実際、解析さえ済めば実行できたのだからな。始動日は」
「明後日……19日、0900だ」


 「……いた!」
 車で静かなハイウェイを駆け、道の端でハドソン川を見つめているキースを修羅は見つけた。
 ウォール街の中でキースを見失ってしまったが、キースにつけた発信機のおかげでハイウェイにいることがわかったのだ。
 だが、どうやら事は治まったらしい。
 傍で止まっている傷ついた白いセダン車が、それを物語っていた。
「キース!」
 修羅はキースの傍に車を止め、車を降りて呼びかけた。
「……修羅?どうして……」
 一方のキースは、少々を驚いていた。自分を追っていたなんて思っていなかったのだろう。
「……事情を説明してくれるか?」
 穴だらけのバイクを見ながら、修羅はキースに歩み寄り、問いかけた。
「……悪い。俺も整理がついていない。ただ、そのセダン車に乗っていた奴が、人殺しをしただけは分かっている」
「人殺し?誰を――」
「そんなことはどうでも良い」
 都合が悪そうに、キースは無理矢理話を切り上げた。
「依頼はこの様だ。失敗さ」
「は……?」
「お前にまで骨を折らせてすまなかった。とりあえず、アジトに戻ろう」
 上辺だけの言葉を並べ、キースは車の方へと向かった。
 失敗?
 嘘だ。
 『依頼』なんて、最初からなかった。
 これは、こいつの個人的な行動だ。
「……おい、待てよ」
 修羅は沸々と上がる怒りを抑えながら、キースを呼び止めた。
「今回の依頼、本当は無かったんじゃないのか?」
「……」
 キースは立ち止まり、だが、何も言わない。
「本当はこんなことしたくはなかったがな……お前のスーツの胸ポケットに発信機を取り付けた。ここまで来たのも、そいつのおかげだ」
 修羅は腹を決めてネタをばらし、振り向いたキースの胸ポケットを指差した。キースは胸ポケットを探り、四角い発信機を取り出した。
「……」
 無表情のまま、発信機を握り潰した。
 手を開き、ぱらぱらと破片を落とす。
「お前はサーバー室に行かず、違う部屋に行った。そこで、『S・E』強奪事件を調べるつもりだったんだろ?」
 修羅はキースを見つめながら訊いた。
 言い逃れは出来ないはずだ。ここまで証拠があれば……
「……修羅」
 ふと、修羅の名前を呼んだ。
「お前は何のためにここにいる?」
「質問に答えろ」
 声を荒げて、修羅は再度問い詰める。
 だが、キースは構わず続けた。
「お前は、自分の正義を貫くためにここに来たんじゃないのか?」
「……昔話でもして開き直る気か?」
「違う。お前は本来なら、俺たちと一緒にいてはいけないんだ。『表』で生きてきたお前はな」
 キースはそう言うと、修羅に歩みよった。
 修羅は動じなかった。殴られようと、構わなかった。
「……これはお前が関わってはいけない。知る必要もない」
「それをお前が決めるのか?」
「……そうだ」
 キースは表情を変えず、そう言いきった。
 納得がいかなかった。
 理解できなかった。
 そこまでして、キースは何をしようとしているのかを。
 全く、理解出来なかった。
「……車に乗れ」
諦めた修羅はそう言うなり、車に向かった。
溜め込んでいた怒りが、限界に近付いていた。


PM.5:14 プロヴィデンス 廃工場

「ハッハッハッハハハ!!オラァ踊れ踊れ!!踊ってずっこけて、さっさと逝っちまいな!!」
歓喜と狂気が混ざった叫びを上げながら、クレイヴは二丁銃を周囲に手当たり次第に撃ちまくっていた。
もちろん、標的はグレンとラスティー。
2人は別々の方向に走っていたが、クレイヴが放つ凶弾で工場内の機械や荷物が粉砕されていき、隠れる場所が次々と無くなっていった。
「クソっ!『盾』が……!!」
 グレンは迫りくる銃弾を避けながら毒づいた。
 このままではいずれ工場内のオブジェクトが無くなり、2人が狙い撃ちにされるのも時間の問題だろう。その前に、何とか攻撃を止めなければ!
「ラス!援護しろ!!」
 グレンはそう叫ぶと同時に、床を蹴って空高く跳躍した。
 クレイヴはそれを見逃さず、グレンに銃口を向ける。
「こっちだ!」
 と、機械の残骸からラスティーが躍り出て、クレイヴにAKMSをフルオートで発砲する。
 クレイヴは体を捻らせて銃撃をかわし、横にバック宙転しながらラスティーに向けて銃をぶっ放す。
 ラスティーが横に飛びこむと、そこに大きな穴が開く。
「ちっ……小賢しいっ!!!」
 クレイヴが咆哮するとともに、後方に銃身を思い切り振るった。
「っ!!?」
 後方には、クレイヴに上から飛びかかって突こうとしていたグレンがいた。迫っていた矛先が銃身に弾かれ、槍に従うようにグレンは横に吹き飛んだ。
 グレンは転がって着地し、片手を地面につけてブレーキをかけ、グレイヴに方向転換をする。
 2つの砲口が、グレンに向けられていた。
「撃たせるか!」
 グレンは『スサノオ』を振りかぶり、クレイヴに向けて投げた。矛先がクレイヴに近づいていく。
 クレイヴは一瞬目を見開いたが、思考を切り換えたのか、目つきが戻る。銃口を僅かに動かし、発砲する。
 
          ――ガギン!!――

 2発とも槍の矛先に当たり、槍がクルクルと宙を舞った。
 槍が飛んで行った先には、跳躍したグレンがいた。槍の柄を握り、矛先を下に向ける。後ろに持ちあげ――
「オラァ!!」
 クレイヴに向け、矛先を突き下ろす。
 クレイヴは二丁銃を掲げ、眼前でクロスさせた。矛先が銃身に激突し、両者の時が一瞬止まる。
 その一瞬で素早く行動したのは、グレンだった。
 槍を梃子に、クレイヴに向けて宙返りをした。一回転の終わりで、足に全身の力を加え――クレイヴの天蓋に踵落としをした。
「ぬぁっ……!」
 頭からの激痛にクレイヴは顔を歪める。
 踵落としの反動を利用し、グレンはクレイヴの頭を『踏み台』にして再度前方に向かって宙返りをした。今度は槍ごと体を回し、矛先がクレイヴの背中を切り裂こうとした。
「……ああっうぜぇ!!!」
 痛み、あるいはグレンに対してなのか、クレイヴは苛立ちとともに咆哮し、頭の痛みを引きずったまま体を回し、銃身でグレンを殴りつけた。銃身はグレンの左肩部を殴打し、回転の勢いに乗るようにグレンは真横に吹き飛び、その先にあった段ボールの山に埋もれた。
「……痛ぇじゃねぇか、グレン」
 後頭部を銃身で軽く叩きながら、クレイヴは低く唸った。
 タンボールの山を除け、グレンは立ち上がって槍を構える。
「こっちもだ、馬鹿野郎……」
 声は笑っているが、目は笑っていない。
「随分と腕を上げたもんだな、クレイヴ」
 ラスティーがグレンに駆け寄り、クレイヴにAKMSを構えながらそう言った。
「お前と『パートナー』辞めた後、ずっと怠けてたわけじゃねぇぜ?『菌』を大勢殺して、たらふく儲けていたさ」
「クレイヴ……教えろ。一体誰の命令だ?」
「だから言ってんだろ。教えられないんだよ」
「……『CRADLE』の意思だとしてもか?」
 グレンはクレイヴを睨み、問い詰めた。
「『CRADLE』?……ハッ、そんなの関係ねぇ」
 クレイヴは呆れたように吐き捨てると、再び二丁銃を2人に向けた。
「自分が何をしているのか、わかっているのか?」
「わかってなきゃ何だってんだ」
「VIPHは、他のチームとの戦闘、または殺害を禁じている。ただ1つの例外を除いてな」
「『裏切り者』、だろ?」
 軽々と言ったクレイヴに、グレンは目を細めた。
「『使命』を見失ったVIPHは、とっとと消えちまえって言いてぇんだろ?」
「面倒事を増やすな、クレイヴ。お前の行動は『使命』に反したものだ」
「『使命』に反した?いつ俺がした、ラス?」
 ラスティーの言葉に対して、クレイヴはにやけながら茶化してきた。
 最も、からかいとは思えなかったが。
「むしろ、お前たちが俺にとって『裏切り者』のように見えるぜ?俺は『使命』を忘れちゃいねぇ」
「貴様……!」
「ラス、気を静めろ」
 クレイヴの言葉に怒りを感じ、前に一歩出たラスティーを、グレンは腕で制した。
「どの道、そっちがくたばってくれなきゃ報酬が――何だ?」
 と、クレイヴは突然言葉を切り、誰かと話し始めた。仲間のスナイパーだろうか。話している間も、こちらに銃を向けたままだ。
「……もう時間か……ああ、わかった」
 話し終わったと同時に、クレイヴは銃を回して背中に付いている大きなホルスターにしまった。
「どうやら時間のようだ……次のボーナスが待ってるんでな。俺はこれで失礼するぜ」
 クレイヴは歪んだ笑みを2人に見せ、出口に向かって走り出した。
 2人は逃がすまいと、クレイヴを追って出口へと向かう。

         ――バタバタバタ!――

突如、後方から何かのプロペラ音が聞こえてきた。ヘリだろうか。だが、やけに音が大きい。こんなに低空でヘリが飛んでいる筈がない。
 音の元は後方から前方へと向かっていった。
「!?」
 工場の出口に、梯子――タラップが落ちてきた。クレイヴはタラップに駆け寄り、それを掴んだ。ヘリもあちら側のものらしい。
「逃がすか!!」
 ラスティーは走りながらAKMSを構え、照準が定まらないままクレイヴに向かって発砲した。
 クレイヴはタラップを掴んだまま上昇していき、やがて、タラップも空へと消えてしまった。銃弾は、工場の床と壁を撃ち抜いただけに終わった。
「……『ブラックホーク』!?」
 外に出た2人が見たのは、海に向かって飛ぶUH-60J――兵員輸送ヘリ『ブラックホーク』だった。
 黒い機械の鳥は、耳障りなローター音を撒き散らしながら海の彼方へと消えていった。
 その直後。

            ――ドカン!!――

2人の後方で大きな爆発が響き、それに続くようにコンクリートが崩れ落ちていくような音がした。
「!?地下が……」
 振り向くと、工場の床のほとんどが煙を上げて抜け落ちていた。この様子だと、地下はコンクリートの破片で埋められてしまっただろう。
「チッ……爆弾か!」
 ラスティーは苦々しい表情で毒づいた。
 やられた。
 クレイヴは地下に入り、2人が逃げた後、手早く地下の天井に多数の爆弾を設置し、逃げると同時に起爆したのだろう。
 これで、事件の『手掛かり』が無くなってしまった。
「クソっ!また振り出しからか……!」
 ラスティーは苛立ちの籠った声で怒鳴り、海の方を見た。ヘリはもうすでに見えなくなっていた。
「いや、収穫はあったさ……認めたくはねぇがな……」
 一方のグレンは、消えたヘリを見やらずに、遠くを見るような目で崩れ落ちた地下室を見つめていた。
 



[14185] 4-2 [予想と不安]
Name: SIN◆d5840ce4 ID:b89bceb4
Date: 2011/09/29 06:33

 PM.10:00 『FORTUNES』アジト リビング

「……で、修羅は行っちまったのか?」
 椅子の背もたれに身を乗せ、煙草の紫煙を吐きながらグレンはテーブルの向かい側にいるキースに訊いた。リビングには他に、フィオナとラスティーがいた。
「……」
 キースは腕を組みながら椅子に座っているだけで、何も言わなかった。その視線は何もないテーブルに落とされている。
「……何とか言ったらどうだ?」
 溜息をつき、煙草を灰皿に押しつけながらグレンはキースに言った。
 少し間を置き、キースは口を開いた。
「……あいつは俺たちと『立場』が違った。それだけだ」
「またかい……本当にそれだけか?」
 グレンは目を細めてキースを見つめた。
 修羅と別れてからも、キースの様子に後悔などが見られなかった。アジトから出る修羅を引き止めようともしなかったし、その素振りもなかった。
 とても、絆の深いパートナーがやることとは思えなかった。
「そんなことより、今日の報告を纏めるとしよう」
 キースは表情を引き締め、言い聞かせるようにそう言った。他の3人もそれに反応し、キースに視線を向ける。
「今回の件で、相手の形が大体見えてきた。犯人は多数人で構成された組織と考えるべきだろう」
 今日の事件。
 キースは『RURER』本部で、グレンとラスティーは廃工場で犯人グループと思しき人物たちに襲撃された。しかも、キースが最後に見たヘリ『ブラックホーク』はグレンたちも目撃していた。ここから同一グループによるものだと判断したのだ。
「特捜部部長の殺害は、口封じのためだろうな。いつまでもしつこい蠅を追っ払いたかったとこだろう」
「そう考えるのが妥当だと思うわ」
 グレンの付け加えに、フィオナは同意する。
「だがよ、一体なんで今になって暗殺を実行したんだ?『治安維持軍』が捜索していた時点で動いていた筈だ」
 だが、ラスティーは頬杖をつきながら不満そうな声を上げた。
 確かに、『治安維持軍』がこの事件に着手した時点で暗殺を起こさなかったのは疑問だ。
「……兵力の温存といったところか」
「何?」
ふと、キースは小さく呟いた。その言葉にグレンが反応する。
「別のことに兵力を向けていたとしたら、暗殺を遂行することは難しいはずだ」
「兵力って、見たところ5人しかいなかったぞ?」
「いや、それ以上いる。グレン、確か狙撃を受けたと言っていたな?」
「ああ。外側から攻撃を受けて、工場の中に閉じ込められたんだ」
「使われていた狙撃銃は?」
「狙撃銃?」
 と、唐突な質問を受けてグレンは思わず聞き返した。そんなものを知ってどうする気なのだろうか。
「銃声と連射間隔からして、あれはPSG-1の改造銃だな」
 代わりにラスティーが答えた。
「PSG-1……やはりな。フィオナ、前に頼んだ資料は?」
「手元にあるわよ」
 と言うと、フィオナはテーブルに置いてあった封筒から4枚、紙を取り出し、それをテーブルの上に広げた。
「これは……囚人の個人情報?」
 紙の1枚を取り、一通り見たグレンはそう言った。
 写真。名前。性別。生年月日。犯罪履歴……
 囚人の情報が全て、その紙に纏められていた。
 さらに他の紙も取って確認する。収容所の場所は違うが、どれも囚人のデータだ。
「……この囚人がどうしたんだ?」
「前に話した、ベル・シュトゥルク……覚えているか?」
「ああ、前のテロの首謀者……それとこいつらはどんな関係があるんだ?」
「そのテロの共謀者がそいつらだ。もう死んだが」
「!?」
 グレンはキースの言葉に目を見開いた。ラスティーも、微かだが、驚きの表情を見せる。
「どういうことだ……?」
「共謀者は全員、世界各地から集めた囚人ということだ」
「密かに敵が彼らを脱獄させていたの。3月からの出来事――『SU-218』の発生後のことよ。で、問題はその数よ」
 フィオナはそう付け足すと、封筒からさらにもう1枚紙を取り出し、それをグレンに手渡す。
目を通すと、それは各所の脱獄の記録だった。だが、その件数が尋常じゃない。紙一面が囚人の名前で埋め尽くされており、3行でやっと収まっていた。
「こりゃひでぇな……ざっと100は超えているか?」
「その全員が、敵側の兵力になっている可能性が高い……いや、そうであるだろうな」
「ちょっと待て。なんでベルが組織と関わってるんだ?」
「PSG-1だ。俺もあいつと接触した時に、それを持つスナイパーに狙われた。おそらく同一人物だ」
「同じと考えるには、証拠が不十分過ぎるんじゃねぇか?」
 ラスティーがまたしても不満の声を上げる。
 PSG-1を持っていたことがそのスナイパーが同一人物である証拠と考えるには、少々迂闊だ。
「いや、これはあくまで『仮説』だ」
「『仮説』だと?」
「ああ。そして、さらなる『証拠』がもしかしたらもうすぐ現われるかもしれない」
「……どういうことだ?」
 グレンは眉を顰め、キースを見つめた。キースはそれに動じず、腕を組んだままだ。目線もテーブルに落とされたままだ。
「……もうすぐ『決起』が始まる。敵のな」
「『決起』だと……!?」
「もし、ベルが敵と何らかの関わりを持っているとしたなら、次の場所はイギリスだ。彼女が狙っていたのは、イギリスの大使館が所有していた国家機密データだった。目的は分からん。だが、これが本当で、『決起』の為に今まで息を潜めていたとしたら、説明がつく」
 キースは淡々と、これまでの経緯からの推測を話した。
 今になって暗殺という目立った行動をしたとなると、これから大掛かりな事件を起こす予兆なのかもしれない。『RURER』の特捜部の頭を黙らせたのも、その一環だろう。
 だが、グレンはもう1つ疑問に思っていたことがあった。
「……クレイヴの件はどう説明をつける?」
 そう。今日グレンたちを襲ってきた男、クレイヴだった。
「今さっき調べてみたんだけど、クレイヴは2月10日からアパートの部屋を空けているそうよ」
 フィオナは出した資料を封筒に入れながらそう言った。
「2月10日……事件が起こる8日前か」
「最初から加担してたってわけか……クソが」
 ラスティーは、声を潜めたつもりだったのだろうか、小さく吐き捨てた。
「クレイヴがいるってことは、組織の中にVIPHがいるな。あいつを知っている奴といったら、VIPHの奴らしかいない筈だ」
「……」
「キース?」
 と、いきなり黙り込んだキースに疑問を抱き、グレンは声をかけた。
「もし……もしだ。この事件の首謀者が、俺たちと同じVIPHだとしたら……」
「……おいおい。嫌なこと言わないでくれ……」
 グレンは頭を抱えながら椅子の背もたれに背を載せ、天井を見上げた。正直、これ以上の悪報はごめんだった。
「……だが、そうかもな。そいつがVIPHなら、クレイヴを味方につけることはできる。あいつは金さえ渡せばなんでもやるからな……だが、『使命』を忘れているとはとても思えない」
「……『使命』か……」
 グレンの言葉を、ラスティーは低く呟いた。
「『S・E』の悪用を阻止し、世界の平和を自ら罪を被るを以てして守れ。世界のために死ぬことも躊躇うな、か……」
 とある言葉を、キースは抑陽のない口調で言った。
「『使命』を忘れずにして何故『S・E』を狙うのかがわからないとこだがな……」
「……まぁ、やることは1つだろ」
 吹っ切れたようにグレンは体を起こし、皆を見回した。今回の件に、各々困惑の表情を浮かべていた。
「『使命』を全うするためなら、俺たちはどんなことだってする。例え、相手にどんな事情があろうと、立場が同じであろうと、女子供であろうとも……」
「殺すだけ」
 グレンの言葉に、ラスティーは躊躇無く付け加える。グレンは顔をしかめたが、すぐに諦めたように緩めた。間を置き、口を開く。
「……纏めるとだ。相手は少数のVIPHとVIP、多数の囚人で構成。『ブラックホーク』もあったことから、何らかの形で資金を提供している奴もいる筈だ。だが、まずはイギリスでの『決起』とやらを確かめる必要があるな」
グレンは言い切ると、キースを見つめた。相変わらず視線は下だ。
「お前が言い出しっぺだ。お前が動かせ」
「良いのか?」
「お前の方が今回の件はよく知っているようで、一番奥に首を突っ込んでいるみたいだからな」
「……」
 キースは口を開き、だが、小さく溜息をついた。
 そして、顔を上げた。
「……フィオナはここに残って、資金と兵器を提供している奴を探ってくれ。主に大企業の資金割り当てを参照にするんだ。俺とグレン、ラスティーは明日イギリスに向かい、周辺の調査だ」
 キースのてきぱきとした指示に3人は迷いなく頷いた。
「『決起』が起こった場合は?」
 グレンが訊いた。最も、訊く必要は無かったが。
「……皆殺しだ。1人も残さず、な」
 言い切ったキースに、躊躇いは無かった。


「まだ寝ないの?」
 静かになった薄暗いリビング。
 その食卓に座ったままのグレンに、フィオナは声をかけた。両手にはコーヒーが入ったカップが握られている。
「ああ……ありがとな」
 フィオナはカップをグレンに手渡し、グレンの隣に寄り添うように座った。
 先程の話し合いが終わった後も、グレンはここに留まっていた。グレンの表情は相変わらず、何かを考え込んでいるように重い。
「……修羅の事?」
 グレンの顔を覗き込みながら、フィオナは訊いた。
「それもあるんだけどな……どう思うよ?」
「……キースがやったことは、確かにパートナーとしてやっちゃいけないことだったけど、パートナーだからこその行動だったわ」
 フィオナも、キースと修羅の決裂の一部始終をあの場で見ていた。
 パートナーというものは、お互いの信頼を両者が認識することで初めて成り立つ。その信頼の存在は、同時に決して裏切ることはしないという暗黙の了解でもある。
 キースは修羅を巻き込まないように『使命』を秘匿しつづけた。
 修羅はキースを助けるために彼を疑った。
 どっちもどっちで、一方が悪いとも言える。
「パートナー、ね……」
 グレンはそう呟きながら、口にコーヒーをゆっくりと注ぐ。苦々しい独特の味が、口内に広がる。
「ブラックか」
「砂糖入れた方が良かった?」
「いや、大丈夫だ。いつもブラックだしな」
「ふふっ、そうだったわね」
 フィオナは両手でカップを持ちながら、グレンに微笑みかけた。
 リビングは電球1つだけで少し暗かったが、微かな光がフィオナの微笑みを一層際立たせていた。
「……今さっき、あたしはどうなのかって、思ったでしょ?」
「えっ?……まぁな」
 と、虚を突かれたようにグレンは動揺し、諦めたようにそう言った。
 そんな顔でもしていたのだろうか。
「お前の場合、こっちに来なくても良かったはずだ」
「あたしは自分の意思でここにいる。あたしに、『居場所』を失ったあたしに、『居場所』をくれたあんたを助けたいから……」
 フィオナは笑顔を絶やさず、グレンにその言葉とともに向けた。
 それにつられて、グレンも微笑んだ。
「……まだ、お前と一緒に『歩けない』と思う」
「あたしは、今のあなたのままでも受け入れる……でも、あんたはそれじゃ嫌なんでしょ?」
「せめて……もう人殺しをしなくなるまでは、な」
 重い表情を浮かべながら、グレンは残りのコーヒーを飲み干した。
 ふと、肩に何かが載った。  
 フィオナだった。
 グレンの肩に頭を寄せていた。滑らかな髪の感触が、肩を心地よく撫でる。
「それまで、絶対に死なないでね……」
 フィオナは小さく、彼女の切望を呟いた。
 グレンも、笑い混じりにそれに応える。
「安心しろって。お前と肩並べて歩く時まで、俺は死なねぇよ……」
「無茶しちゃ駄目よ……ラスやアーニャもいるんだから」
「ああ……分かってる」
 カップをテーブルに置き、グレンはアーニャの頭を片手で優しく撫でた。

「……キース?入っていい?」
と、華奈はドアをノックしながら尋ねた。
 ここは1階の空き部屋。今はキースの部屋となっている。
 返事が来ない。
「……キース?」
 再度彼の名を呼んだが、ドアの向こう側からは全く返答がない。
 寝てしまったのだろうか、と思ったが、夜更かし好きのキースに限ってそれは無いだろうと思い、華奈はドアを開けた。
「……なんだ、華奈?」
 目を華奈に寄越さずに、ベッドに座って窓から見える夜空を見つめながらキースは言った。
 部屋は華奈の部屋とあまり変わりがなかった。
 変わりがあるとするなら、もう1人いないことだろう。
「……修羅とは、どうなったの……?」
 ドアを静かに閉めながら、華奈はそう訊いた。
 キースたちが帰ってきた時に起きた2人の争い。その後に修羅は怒りを露にしてアジトを出て行ってしまったのだ。
「……ここがあいつに合わなかった。それだけだ」
「本当にそうなの?」
 華奈はすかさず疑問を投げかけた。彼に居場所がなかったとは、到底思えない。
「何が言いたい?」
 夜空に視線を向けたまま、キースは変わらぬ口調で訊いてきた。
「修羅に何かを隠していたんでしょ?2年間もパートナーをしてきたのに」
「……」
 何も答えない。構わず華奈は続けた。
「その隠し事を知りたいって訳じゃない。でも、パートナーを解消するなんて……」
「事情を知らない癖に、いけしゃあしゃあと……」
 低い声とともに、キースは顔を華奈に向けた。その表情は、いつもに増して重苦しいものだった。
「……どうしてなの?」
「お前が知る必要はない」
「あるわ!」
 と、華奈は声高にそう言った。一瞬、キースは驚いたかのように目を僅かに見開いた。だが、すぐに元の表情に戻る。
「私は……立場が違っても、私達は仲間よ。だから、修羅のことにも、私が立ち会う必要があるわ」
「それ程の余裕が、今のお前にはあるのか?」
「っ……それは……」
 華奈は言葉に詰まり、口を噤んだ。
 今の華奈には、両親探しという目的がある。実質、それで精一杯だ。
だからといって修羅のことは放ってはおけない。
 そうは思うものの、現実はそう甘くはなかった。
「……修羅の事は俺で始末をつける。お前はお前のことをしろ」
 淡々とキースはそう言い聞かせた。
「……1つだけ訊いて良い?」
「なんだ?」
「修羅はなんで、あなたと組んだの?」
 せめて、キースと修羅の間柄のきっかけだけでも知ろうと思い、華奈はそう訊いた。
 訊かれたキースはというと、しばらく黙り込んでしまい、そして、溜息と共に口を開いた。
「俺と組む3年前、あいつは日本の緊急保安機関に所属していたんだ」
「緊急保安機関に?」
当時の戦時下であった日本では、警察機関からも兵が徴兵され、市民の治安維持が危ぶまれた。そこで、市民から募集、または直接の志願を受け付け、急場しのぎの治安維持組織を創ったのだ。それが、『緊急保安機関』だった。
「修羅に会ったのは2年前、あいつが請け負っていた事件と俺の依頼が重なってな……事もあろうか、警察官の立場であるあいつは、俺に協力を求めてきた。逮捕ではなく、協力をだ」
 華奈はキースの話を黙って聞きながら、疑問を抱いた。
 警察官の立場なら、修羅はキースを捕縛しているところだろう。それなのに、何故態々殺し屋に等しい者に協力を求めたのだろうか。
「あいつの夢はな、『警察官』になることだったんだ。誰かを事件から救う、ヒーローのような仕事をしたい、ってな……」
 ふと、思い出を辿るかのようにキースは感慨深く言った。
 けど、それは今と矛盾している。警察官になることが夢だったのに、今までVIPHをしてきたのはどういうことなのだろうか。
「緊急保安機関は、少数の警察関係者から結成された組織だけあって、統率力は丸っきり無かった。上層部が捜査権を完全に支配し、下の者はそれに従うだけ。余計なことをすれば、上からどんな仕打ちがくるかもわからない。そんな中修羅は、その夢を叶える為に、事件の解決に奔走していた。上層部はそんな彼を卑しく見て、時たま捜査の邪魔までしてきたという……あいつらしいな」
 自嘲気味にそう言った。
 一息置き、キースは続けた。
「上層部からの重圧は、警察内部の暗部そのものだった。修羅はそこでやっと警察官というものようやく理解したんだ。だが、事件から誰かを救える職業なんて、警察以外の他にはない。そこから抜け出したくても、夢を第一に考えていた修羅にとって、それはやってはいけないことだった……そして、俺に会った。VIPHという職を、見つけてしまったんだ」
 キースの口調の中に、僅かな苦悶が表れていた。
 華奈もようやく理解した。修羅が何故、VIPHに入ったのかを。
 彼は、ただ単に自分の夢を叶えたいだけだったのだ。自分の正義を貫く、ただそれだけの為に。上から与えられる指示を淡々とこなすことを、修羅は許せなかったのだろう。そして、やっと見つけた。VIPHという、居場所を。
「俺と重なった事件を解決した後、修羅は仲間になりたいと言ってきた。そのとき、保安機関の辞令まで持ってきたもんだから、あいつの行動力には驚いたものだったよ」
 微かな笑みを浮かべながら、キースはまた溜息をついた。
 だが、まだ話は終わっていない。
「俺はあいつに何度も聞いた。これでいいのか、って。あいつは何度も俺に、これしかない、と言った。あいつは俺と違って、自分からこの世界に足を踏み入れた。自分の正義を、貫き通すために」
「……それが自然だと思う」
 ふと、華奈は口を開いた。
「何を根拠に?」
「わからない……でも、その夢を追いかけてきたのなら、それが彼にとって、当たり前の事だと思うの」
「……この世界で、叶えようもない夢を追いかけることがか?」
「キースは、何か夢を持っていないの?」
「俺にそんなものはない。それを抱く権利も無い」
 キースはきっぱりとそう言い切った。その眼に、疑いの余地が無かったのが華奈にとって怖かった。
「あいつは、まだ夢を持っていられる。だから俺はVIPHにあいつを入れたくなかった……」
「でも、修羅はキースのことを信頼していたよ?仕事の時も、あんなに積極的に動いていたし……」
「人を殺して夢を叶えるのか?」
 それを言われた華奈は、思わずゾッとした。
 同時に認識もする。そうだ。彼らの場合、人を殺してでも依頼を果たす。例え相手が誰であったとしてもだ。
「……俺はあいつに、そんな形で夢を叶えて欲しくない……」
 小さく、キースはそう呟いた。
 俯いたその表情は、彼の悲しみを醸し出していた。
「……明日、イギリスに向かう。お前はどうする?」
「えっ……私?」
 気を取り直したかのように、突然キースはそう訊いてきた。それに華奈は戸惑いを覚えた。
 イギリス。
 今、ドイツにラザ・マイケルが大学講義で出張している。イギリスからならそう遠くないし、もしかしたら行ける機会があるかもしれない。
「仕事の関係で、しばらくの間イギリスに留まり続けるかもしれない。修羅がいない今だと、お前は1人になってしまう」
 確かに、このまま日本に帰れば華奈は1人だ。1人暮らしは元からだったから大丈夫だが、少し心細くなる。かといって、学校を休むわけにもいかない。
「……今、両親のことを知っている人が、ドイツにいるらしいの。今日、病院で捜した人なんだけど、いなくて……」
「なら、学校休んで一緒に来ればいい。今しかないチャンスを、逃す理由もないだろう?」
と言いつつ、キースは明日の荷造りを始めるべく、デスクの上に置いてあった私物などを片付け始めた。
キースの意見を聞いてみようと思ったが、あっさりと返されてしまったことに華奈は少々呆れてしまった
「明日の午後にここを出る。それまでに考えておけ」
「うん……わかった」
 荷造りの邪魔にならないよう、華奈は部屋から出ようとした。ドアノブを回し、去り際にキースに言った。
「修羅のこと……ちゃんと、考えてね……お休みなさい」
「……お休み」
ドアが閉まる直前に聞いたキースの声は、ひどく淡々としたものだった。
 


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