複雑系
複雑さとは複雑系の研究において非常に重要な概念ですが、既存の研究においては曖昧なまま、場当たり的に用いられてきました。私は、様々な分野において登場する、この「複雑さ」という概念に統一的な理解を与えるべく、90年代に、情報と力学を融合した「情報力学」という数理的な枠組みを提案し、いろいろな現象に応用してきました。とりわけ、カオス力学をこの枠組みで捉え直し、そこに自然にあらわれる、複雑さを測る指標「カオス尺度」を用いた研究は「カオスとは何か」を問う新たな試みともなっています。
さまざまな分野の自然現象を取り扱うとき、我々はよくカオス的な現象に遭遇します。しかし、このような現象の見え方は、それをどう観測するかといった問題(スケール等)に大きく依存します。このような観測者側の恣意的な側面を数理的厳密さをもって考慮に入れることは、今までの科学に おいては不得意とされる分野でした。そこで、”lim” ”sup” ”inf”といった数学的(理想的)極限がしばしば登場します。
Dynamical Entropy等そのような数理的な対象の取り扱いを経たのち、Kossakowskiと戸川との論文で、私はそれとは逆の立場を取ることを提案しました。あらゆる実際の観測行為は、そのような理想的数学的極限と対応するものではありません。すなわち、カオス現象の観測において、どのような方法(スケール)で観測を行っているか、ということを考慮に入れることは不可欠であるとの結論に達しました。言い換えると、観測という行為はHusserl流に言うところのnoesisに対応し、存在形態とは”being-for-itself”にも似たものであると捉えることができます。
つまり、「観測」とは観測それだけのみによっては存在できず、そのなされた結果(現象)と切っても切れないものであるということと、「現象」もそれを観測する行為なしには現象足り得ないということです。以上のように、カオスのようなスケール依存性の強い現象を取り扱うときには特に、観測行為を込みにした力学というものを考える必要があります。
我々は、このように観測行為とその対象を切り離さずに扱う数理を”Adaptive dynamics”と読んでいます。
関連論文・著書
- Complexity and fractal dimension for quantum states, Open System and Information Dynamics, 4, 141-157, 1997.
- Dynamical entropy through quantum Markov chain (with Accardi and Watanabe) , Open Systems and Information Dynamics, 4, 71-87, 1997.
- Complexities and their applications to characterization of chaos, International Journal of Theoretical Physics, 37, No.1, 495-505, 1998.
- Quantum dynamical entropy for completely positive maps (with Kossakowski and Watanabe), Infinite Dimensional Analysis, Quantum Probability and Related Topics, 2, No.2, 267-282, 1999.
- Application of chaos degree to some dynamical systems (with Inoue and Sato), Chaos, Soliton & Fractals, 11, 1377-1385, 2000.
- Semiclassical properties and chaos degree for the quantum baker's map (with Inoue and Volovich), J. Math. Phys., 43-2, 734-755, 2002.
- How can we observe and describe chaos?(with Kossakowski and Togawa), Open System and Information Dynamics 10(3): 221-233, 2003.