今頃この話題かよとの声が聞こえてきそうですが、お笑いタレントの島田紳助氏が芸能界をあっさり引退しました。
裏に何があるのかは知りませんし、もしかしたら引退せざるを得ない事情があるのかも知れませんが、メーン司会を務める人気番組(私はほとんど見ていませんが)を数多く抱えて、人気も全く衰えていない中での引退は表面的には潔いと映りました。
個人的には、周りを自分の派閥のタレントで固めて、毎回似たようなネタで同じタレントにワンパターンのつっこみをしている身内のノリや泣きを入れすぎる点や演出が露骨な点があまり好きではなく、紳助の番組はあまり見なくなった。
(はべらせたタレントをいじって笑いを取るセンスは確かに一流だとは思うけど・・。)
でも紳助が引退してよかったのは、若手お笑いタレントにとってはテレビのメーン司会のポストを得られるチャンスであり、紳助は自分が引退すれば自然とそうなるとの思いがあったのではないかとよく解釈したい。
55歳の紳助は野田現総理と同年代ですが、引退記者会見で「ぶれることなく引退します」と言いましたが、これは辞任を巡る発言がぶれると批判されていた団塊世代の前総理の態度を揶揄したものと思われますが、別に菅さん個人ではなく「団塊の世代」とオレは違うと言いたかったのではなかろうか?
お笑い界の団塊世代と言えば、ビートたけしやタモリを中心に未だにテレビのメーン司会を張っている大物が多いですが、彼らは決して年功序列でそのポストを得た訳ではないが、今や紛れもなく年功序列の恩恵で頂点に立っているのであり、テレビもお笑いも「失われた20年」を象徴していると思われる。
私が団塊世代に命名した(?)「赤いチャンチャンコを着た永遠の子供達」(笑)というフレーズが一番似合うのが(良い意味も含めてですが)、ビートたけしだと思います。
(良くも悪くも、まさに子供がそのまま還暦を迎えたような人!?)
たけしは期待する若手お笑い芸人に、早くタモリや紳助やオレを引き摺り下ろせと発破をかけたそうですが、テレビのメーン司会を独占する自分達の存在が老害となりつつあることもよく理解しているのでしょう。
私は以前はたけしのお笑いのファンでしたが、今は世界の北野監督が還暦過ぎても被り物でボケてるとか、コマネチなんてされた日にはジャイアント馬場の十六文キックを見せられたようで、伝統芸能を見てるみたいだもの!?
裏返して正直に言えば、笑いを取ることに関しては明らかな衰えが見えるのですが、馬場さんと同じで存在しているだけで芸能界の序列の一番上に居る訳ですよ。
タモリなんて、ミュージックステーションの笑いも取らない事務的な司会は如何なものかと思いますが、もう能力は問われずに存在が序列の一番上にいる「タモリ」なんですよ、長州や藤波や鶴田がどんなに頑張ってもメーンは猪木・馬場で固定されていたかつてのプロレスのように!?
何が言いたいかというと、島田紳助は腹の中では
「オレはまだ衰えているとは全く思わないけど、実力ある若手に自分が蓋をしちゃってるのは事実だし、これをキッカケに引退するかな。でもオレが辞めるんだから、悪いけど衰えが見える10歳上のタモさんやたけしさんもいい加減に芸能界の第一線にしがみつくのは辞めたらどうなん?
長州や鶴田が先に辞めても、還暦過ぎた馬場と猪木がまだメーンイベントを張るんかい!」
という気持ちがあったのではと思いたいですね。(他にも様々な理由があるのかも知れないが)
団塊世代のたけしやタモリの踏ん張りと少し下の紳助の潔い執着のなさに「失われた20年」と今の日本の閉塞感が象徴されているのかも知れない?
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