冤罪を防ぐために、昨今は痴漢事件でも、手に付着した下着の繊維片などの裏付け証拠が重視されるようになってきた。今回の判決は、こうした証拠重視の時代の流れに逆行していると言わざるをえない。
もう1つ気になったのは、裁判所が、肝心の政治資金収支報告書の記載について淡々と証拠と法律に基づいて判断するのではなく、「政治とカネ」問題を断罪することに並々ならぬ熱意を注いでいたことだ。
そもそも本件、つまり政治資金の虚偽記載に関して、水谷建設からのヤミ献金の有無は直接関係がない。なぜなら、検察側の主張するヤミ献金の受け渡しは、土地購入のために小沢氏が4億円を立て替えた後の出来事で、この4億円に問題とされた水谷マネーは入りようがないからだ。なので、小沢氏を起訴した検察官役の指定弁護士は、この問題を争点から外している。
ところが、秘書3人の事件では、検察側は「動機もしくは背景事情」として、このヤミ献金疑惑の立証にもっとも力を入れた。そして、裁判所もそれを許した。裁判を傍聴していても、これはいったい何の事件だったのか、ヤミ献金事件、もしくは収賄事件の裁判ではないかと錯覚しそうになったほどだ。
そして迎えた判決も、この点に多くが割かれ、読み上げる登石郁朗裁判長の声にももっとも熱が込められていた。やはり、これは収賄事件の判決ではないかと思うほどであった。そして、すでに閉廷予定時刻の5時が迫っているのに、量刑の理由を読み上げる前に、わざわざ10分間の休廷をはさみ、一気呵成に「小沢事務所と企業の癒着」を論難した。
その口調からは、裁判所が「政治とカネ」の問題を成敗してやる、という、ある種の「正義感」がびんびんと伝わってきた。そこに、我々が社会の不正を正してやる、という特捜検察の「正義感」と相通じるものを感じて、私は強い違和感を覚えた。この種の「正義感」は「独善」につながることを、一連の特捜検察の問題がよく示しているのではなかったか。
証拠改ざん・隠蔽事件で大阪地検特捜部の検事三人が逮捕されて一年。検察の独自捜査の問題点が少しずつあぶり出され、検察自身も改革を進めつつある。せっかく取り調べの可視化や客観証拠を重視することで冤罪をなくしていこうという機運が高まってきたのに、こういう判決は「マスコミを活用した雰囲気作りさえできていれば、薄っぺらな状況証拠しかなくても、特捜部の捜査は有罪認定する」という誤ったメッセージにならないかと危惧する。
刑事司法の問題はすなわち裁判所の問題だ。検察が無理をしても調書を作るのは、裁判所がそれを安易に採用し、信用するからだ。しかし、郵便不正事件以降、裁判所も検察を過信するのを控えるようになってきたのではないか、という期待もあった。ところが、それはあまりに甘い見方だったようだ。
今、もっとも改革が必要なのは、裁判所かもしれない。
(9月27日の朝刊に掲載された共同通信配信の原稿に、大幅加筆しました)
1 | 2 |
注目のテーマ
江川紹子ジャーナル 最新記事
- 9.26陸山会事件の判決を聞いて- 28日14時45分(27)
- 「『適切でない』と申し上げた」〜”子どもにも20mSv/年”問題と放射線防護学の基礎- 01日20時25分(113)
- はじめのい〜〜っぽ―特捜検察の取り調べ録音・録画の取り組み- 01日13時01分(16)
- やっぱり可視化は必要だ〜陸山会事件第9回公判傍聴記- 24日21時08分(35)
- 同時に裁かれる特捜〜石川知裕議員らの初公判を傍聴して- 09日10時00分(51)
- これでいいのか、検察審査会- 23日18時23分(1)
- 郵便不正事件・倉沢被告への判決を読んで- 27日17時53分
- 『検察が危ない』を読んで- 20日19時07分
- 常岡浩介さんへのツイッターインタビューより- 19日11時43分
- 新聞とツイッター- 02日22時24分
BLOGOS アクセスランキング
- 北海道の男性、たった一人で「東電原発差し止め訴訟」―東京地裁が肩透かしの棄却 - 29日20時27分(80)
- 今日は自民党が終わるかどうかの瀬戸際の日 - 30日05時28分
- 「喫煙によるα線内部被ばく、タバコ会社は40年以上前から知っていた」 UCLAの研究者が報告 - 29日17時49分
- 新聞は自由競争を否定するのね・・・ - 29日18時24分
- 魚介類と土の汚染・・・どのぐらいか? - 29日08時42分
- 島田紳助の引退は団塊世代のたけしやタモリへの肩叩きという当て付けもあるのでは? - 29日20時27分(24)
- 国会答弁で口をすべらせた細野原発事故担当大臣 - 29日15時48分(43)
- 作業員の方々の健康管理はどこがチェックしてるの? 加害者側の東京電力の自己申告のみ? の件。 - おしどりマコ・ケン - 27日00時00分
- 理研の利権、幹部研究者の給与総額は僅か2年で約55億円!! − 科学技術は予算確保の方便なのか - 28日23時55分
- 検察の暴走批判はちょっと当たらない - 29日10時56分