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[29749] さようなら竜生 こんにちは人生(竜→人間転生 モンスター娘ハーレム R-15 ファンタジー)
Name: スペ◆52188bce ID:97590545
Date: 2011/09/23 20:49
R-15表現があります。そう言った描写に抵抗のある方は読み進めるうえでご注意ください。

 さようなら竜生 こんにちは人生

 月の美しい夜だ、と私は空を見上げながら思った。思い返せばこの様に落ち着いた心持ちで空を見上げる事も久しい。
 空を仰ぎ見る視線を下げれば、不躾に私の住まいに足を踏み入れた人間達の姿が映る。
 私を討とうと言うには数は少なく、七人ほど。怪物を討つには千人の兵士よりも一人の英雄の方が相応しいが、この七人はいずれも間違いなく歴史に名を残す英雄であるだろう。
 私は人間達の先頭に立つ青年を見つめ、口を開いた。同時に血の味が口の中に広がり、溢れた血が私の口から滴り落ちて水晶が形作る地面に赤い血だまりをいくつも作る。
 ほう、血の味など久しぶりに味わう。その事が、奇妙に嬉しかった。なにかを感じると言う事それじたいが私にとっては久しぶりのことなのだ。

「私の記憶に在る限り、私はひさしく人を襲った事はなかった筈だ。むしろ人の味方をした事もあったと思うのだが、これはいかなる理由あっての所業か?」

 私の心臓を貫いたばかりの剣を握る青年――大陸でもっとも名の知られた勇者は、英雄譚で語り継がれるのに相応しい美貌に苦悩の色を浮かべる。私を討つ事は彼の本意ではないようだ。
 ならば勇者に命令する事の出来る立場の人間、聖神教の法王か連合王国の筆頭国王あたりであろう。繁栄の極みに在る人間達にとっては、私の様な存在は目の上のたんこぶと言う奴には違いあるまい。

「わざわざ討伐などせずとも出て行けと言えば出て行くものを。勇者よ、そなたの手に在る剣を作る為に一体どれだけのオリハルコンとマナを用いたのだ。それを作る為の時間と労力があれば、飢えた子供らをどれだけ救えたかと考えた事はないのか?」

 はっきり言って嫌みであり、嫌み以外の何ものでもない嫌みである。勇者達とは何度か面識はあったし、共闘した縁もあって勇者とその仲間達が基本的に善良な心根の主である事を、私は知っている。
 その様な人間なら、こう言った物言いの方が堪えよう。わが命を奪うのだ、この程度の嫌みを言う権利くらいはあるだろう? 
 ふむ、ずいぶんと瞼が重くなってきた。戦闘開始当初に勇者の仲間の魔法使いが展開した生命力を吸収する魔法の影響と、心臓を貫いた勇者の竜殺しの剣の一撃によるものだ。
 やれやれカビの生えた古臭い生き物を一匹殺す為だけに、よくもこれだけ手の込んだ事をするものだ、と私は正直呆れていた。

「心せよ、勇者よ、その仲間たちよ。人の心は尊く美しい。人の心は卑しく醜い。いやさ、やはりそなたらはいまだ人と獣の間、人間よな。役に立たぬとなれば私の様にそなたらも排斥されよう。一度は肩を並べたそなたらの事、私の様な結末を迎えるとあっては心苦しい。死に行く老竜の最後の忠告。しかと聞き入れよ、小さき友たちよ」

 芝居がかった物言いはあまり得意ではないが、それなりに小さき友たちにとって耳と心に痛みを感じる内容ではあったようで、後悔と罪悪の念を大小の差はあれ浮かべている。まあ、これ位でいじめるのは許してしんぜよう。
 同胞もめっきりと数を減らしてしまい顔見知りもいなくなり、話し相手にも事欠いていたし、いささか長生きをするのにも退屈を感じていたのだ。
 こんなに美しい月の下で死ぬのなら、それも悪くはあるまい。心穏やかに逝けるのは間違いないのだから。

「ふむ」

 私は最後にひとつそう零して、瞼を閉じた。神代から生きた古神竜の最後にしてはいささか呆気ないものだろうが、世界に一頭くらいはそんな竜が居ても良いと私は思う。永遠の眠りには安らぎと充足感があった。
 これなら、ま、よかろう。我ながら風変わりな竜だと思うが、少なくともこの時私は私の生の終わりに不満はなかったのである。
 ああ、死神どもよ恙無く私の魂を安息の内に冥府の底へと運ぶが良い。さもなくば我が吐息で冥府を灰燼に帰してしまうぞ。



「ふむ」

 と私は呟いた。どうという事の無い大陸のどこでも見られるような草原の一角である。冬の冷たさが消えぬくみを帯び始めた春の風が、私の膝まで伸びた草原を揺らし、私はさながら緑の海の中に立ちつくしているかのようであった。
 風の中にはほのかだが花の香りも混じっている。いくつか摘んで帰ろうか。我が子からの贈り物とあれば、母も喜んでくれよう。
 私はそんな考えに至り、足元に生えていた薬草の一種であるヒールグラスとその向こうに生えていた小さな白い花を摘んで小脇に抱えていた籠に入れた。
 既に籠にはヒールグラスと食用のパン苔が山と盛られている。これだけあれば本日の収穫は十分であろう。父母も文句は言うまい。
 ふむ、とこればかりは治らぬ口癖を一つ零し、私がかすかな自己満足に浸って自尊心を満たしていると、背後から小さな足音と私を呼ぶ声が聞こえてきた。

「ドラン、そろそろ帰りましょうよ」

「ふむ、確かに村に戻らねば収穫の結果に依らず怒られかぬな」

 振り返った私の瞳には、赤いくせ毛を背の中ほどまで伸ばした私の幼馴染アイリの姿が移る。擦り切れた布のブラウスとスカート、肩からは私と同じように籠を下げいかにも辺境の村民といった格好をしている。
 だが私に向けられた笑顔は太陽の様に明るく、頬の辺りのそばかすとかいうヤツがアイリの愛橋に一役買っている。
 人間の美醜はいまひとつ分からんが、ま、幼馴染という関係でもあるし、世話にもなっているので可愛い女の子であると言っておこう。
 私もアイリも大陸の辺境にある小さなベルン村の子供である。ただの子供ではない。人間の子供である。そう人間である。
 運命を司る三女神の悪戯によるものか――あいつらめ、悪神に尻を追いかけ回されて、乳房を舐めまわされて、耳穴に舌をねじ込まれていた所を助けてやったと言うのに実は愉しんでいて、その時の事を根に持っていたのか?――大陸最強種である竜だった私は、非力ながらも大陸でもっとも栄える種族の人間に生まれ変わっていたのである。
 私は体得してはいたが勇者の手によって殺された時、転生の術を発動させてはいないのでこの度の転生は私以外の誰がしかの意思によるものである。
 実はさきほど三女神云々とは言ったが真相は三女神の悪戯でも何でもなく、私が人間に生まれ変わった理由についても私がまだ赤子であった内に大体の察しは付いている。
 竜としての私が死んだ最後の戦いの時、私を強制的に転生させる魔法が使用されていたのであろう。
 私の肉体は滅びたが、物理的にも霊的にも最強である竜種の私の魂を滅ぼしきる確たる算段が立たなかったのか、勇者達あるいは私の討伐を命じた者達は私の魂を弱まらせる手段として転生を選んだのだ。
 実際、人間に生まれ変わってから私が私を認識した時、魂があまりにも弱体化している事に気付き、唖然としたものである。
 生まれ変わる前と後では魂の生産する魔力の質も量も桁が違うのだ。竜であった頃の私の魂の魔力生産量が地形を変える様な豪雨であったとするなら、今の私は残尿感に悩まされる老人の小便である。なんとも情けなし。
 それでもまだ魂が竜としての域にある私の魔力生産量は、人間の常識をはるかに超えている。生半事では死ぬような目に遭う事はない。
 肉体は紛れもなく人間のものであるが、魔法を用いて肉体を作りかえれば、人間の肉体には過剰な魔力供給にも耐えられるし、オークやオーガなどの力自慢のモンスターも捻り殺せる。
 ただ今のところ私は人間として生きるつもりなので、流石に人目に着く所ではしないが。
 私は二日だけ早く私より先に生まれたから、という理由で姉風を吹かすアイリの後に続いて産まれ故郷であるベルンへの帰り道を歩いた。
 ベルン村は辺境の僻村である。人口は百五十人ほどで、村の周りに堀を巡らし分厚い木板で村をぐるりと囲んでいる。
 魔物や野盗、蛮族の出現が頻発する辺境ではまあ一般的な防護策といえよう。村への入口は北と南に両開きの木製の門が二つ。常に槍や剣、弓で武装した門番が二名ずつ門を守っている。
 ここら辺では子供ほどの背丈の劣鬼とも呼ばれるゴブリンや、犬の頭を持ったコボルト、二足歩行の武装したオオトカゲのリザードの集団の姿を見る事が出来る。
 リザード以外の二種は個体の力は大したことはないが、繁殖能力が高く成長も早い為すぐに数を増やすし、中には精霊術を使うシャーマンもいて意外と侮れない。
 リザードは、ゴブリンほど繁殖能力は高くないものの個体の戦闘能力が高く、農作業で鍛え抜いた村人では一対一の戦いで勝利する事はかなり厳しい。
 特にリザード部族の中で戦士階級の隊長クラスともなれば、ベテランの冒険者や正規訓練を受けた騎士でも連れて来なければ、相当の被害を覚悟しなければならない。全て聞きかじりなので、私がこの目で確かめたわけではないが。
 幸いなのは、リザード種は人間とも交流を持つ事の多い亜人種で、ベルン村も以前飢饉に襲われたリザード達を助けた事があり友好な関係を築けている。滅多なことでは敵対関係にはなるまい。
 村の中央広場でアイリと別れた私は草を混ぜた泥と木と藁で作った粗末な我が家へと足を向ける。
 アイリは帰り道の間ずっと喋りっぱなしだった。人間の子供はまさに元気の塊である。卵から孵ったばかりの竜種の赤子もかくやと言わんばかり。あの元気なら大陸でもっとも繁栄するのもむべなるかな。
 アイリはベルン村の子供たちの間でも元気がよく明るい性格の為人気があり、よく慕われている。わが幼馴染ながら良く出来た娘である。
 母の為にと摘んだ花だったが、気が変わったのでアイリの髪に良く似合うだろうと思い、髪飾り代わりに私が着けてやると、アイリは顔を真っ赤にしてしばらく口をぱくぱくとさせていた。
 その様子は酸欠のサハギン(二足歩行の魚人である)を思わせた。赤い髪に白い花弁を飾ったアイリは顔を俯かせるとやたらと小声で「……あ、ありがとう」と呟き、私を振り返ることなく走り去って行った。
 お礼を言う時は相手の顔と目を見るものだ、と私は父母から教わり実践しているのだが、アイリは違うのだろうか。私は疑念をそのままに首を傾げてしばらく考え込んだが、答えが出そうにもなかった。
 なので私は開閉する時に軋む音のする木戸を開いて我が家に帰る事にした。あまり遅くなっては心配させてしまう。父母を心配させるのは私の望む所ではない。

「ただいま。ヒールグラスとパン苔を取って来た」

「おかえりなさい。まあ、ずいぶん採れたのね。これだけあればたくさん傷薬を作れるわね」

「それは重畳」

 私を迎えたのは人間となった私をこの世に送り出してくれた大恩人である、母アルセナ。
 僻村の農民らしい粗末なスカート姿で、やや色の褪せた金色の髪を白いスカーフで纏めていて、少しばかり汚れたエプロンを腰に巻くのが今生の我が母の常のスタイルだ。
 辺境の暮らしは苦労と苦労と苦労と不運と理不尽が仲睦まじく肩を組んで、前触れもなく突撃してくるものだが、私に向けられた笑みには日々の暮らしの疲れは欠片もない。辺境の女は逞しいのである。そうでなければ生きていけないのだから。
 竜であった頃の意識がある為、年齢に似合わぬ言葉づかいや振る舞いをする私を不気味がらずに、二つ上の兄や一つ下の弟と同じように息子として愛してくれる奇特な女性である。
 近親相姦や身内の争い事ばかりしている人間の創造神達よりも、よほど尊敬に値する御方であると私は心底思う。
 よくもまああんな連中からこんな生き物が作りだされたものだ。まあ、それでも人間にもとんでもなく醜悪な面があるのが珠に疵というべき、かやはりというべきか。
 人間の全てが尊敬に値する者たちばかりではないが、中には神々よりよほどまともな人格の持ち主がいるのも確かで、私は人間もなかなか捨てたものではないと我が父母や村の人々を見る度にしみじみ感心する。
 その日の夕食は私が取って来たパン苔と畑で採れた野菜を使った質素なスープと、母が焼いてくれた歯応えのある黒パンですませた。
 いつも通りの夕食であるが、人間として生まれ落ちてから十年経った今でも、竜とは異なる人間の味覚は私にとって色褪せない新鮮な刺激である。
 なにしろ月を見上げても月の穴を見ることもできないし、耳も鼻もとんでもなく鈍いのである。
 見るもの聞くもの味わうもの嗅ぐもの全てが、竜だった時とまるで違う事は私にとっていまだ慣れる事の無い掛け替えの無い体験なのだった。五感の変化はまさしく新世界を私に体感させていたのである。
 その日一日、魔物の襲撃もなく無事に食事にありつけた事に感謝する祈りをささげ、私は拾ってきた手頃な木の枝を削って木製の槍や矢を作る作業に没頭してから床に入った。
 我が家は台所兼食卓と物置と寝間の三部屋である。寝床は二つ。木の寝台の上に布で包んだ藁を敷き、その上に両親と家族が横になる。
 夏は暑苦しいことこの上ないのだが、冬場では互いの体温で温め合わないと冗談でも何でもなく凍死するから油断できない。
 この世界のあらゆる環境下でも何の支障もなく活動出来た頃の私からすれば、思わず口笛を吹きたくなるようなスリリングな就寝時間である。
 太陽に突っ込んで太陽浴じゃ、と鼻歌を歌っていた頃が少しばかり懐かしかったのは、誰にも言えない私だけの秘密である。
 太陽が地平線の彼方を黄金色に染め上げるのとほぼ変わらない時刻で、村の人々は朝の目覚めを迎える。私も例外ではなく昨夜の夕食の残りで朝食を済ませてから、今日も畑仕事に出る。
 ただ赤子の頃から好奇心旺盛であった私は、農作業の合間に村の近くで木の子や果実、野草取りをする許可を父母から獲得している。
 竜としての第六感と魔法を操る力が残っていたのを良い事に、諸感覚を強化した私が必ず成果を上げてくるのも、許可が下りた理由だろう。私が農作業に没頭するよりも外で遊んでくる方が、より大きな成果をあげるからだ。
 魔法を使えば人間の大人百人分でも働いて見せるが、流石に家族や村人の前で魔法を使うわけには行くまい。
 この様な辺境で魔法使いは希少だし、そもそも魔法を誰から習ったわけでもない私が魔法を使っては、家族にも迷惑が及んでしまう可能性だってある。
 最低限の畑仕事を終えた私は父と兄に許可を取り、私は今日も村の外へ冒険に出かける。とはえい村の外には魔物が蔓延る危険な辺境である。そう遠くへ出る事は許されない。
 昼食までには戻ってくるようにと父に厳命され、私はそれに首肯して返し愛用している母手製の鉄蔦の籠を肩に背負い、護身用の短剣を腰のベルトに差し込んでから村の外へと駆けだした。
 今日ばかりはアイリを始めとした村の子供たちにも見つかるわけには行かなかった。
 父が外出を許してくれるぎりぎりの時間を見極める為に、観察と実証を繰り返し最良のタイミングを掴んだのは、近くの草原や森とは違う所に行く目的があったからだ。
 この小さな体に生まれ変わってからというもの、私にとって世界はその色を変えて未知と刺激に満たされた楽しい遊び場に変わっていた。
 それに父母には内緒にしているが、私がその気になれば、魂が衰弱したとはいえゴブリンの百二百など有象無象でしかないし、実は一年半前に村を襲うとしていたオーク十匹とゴブリン七十匹の混成集団を皆殺しにした事もある。
 死骸は全て最も小さき粒まで分解したから、村の人達はオーク達の存在さえ気づかなかった。
 なので私としては私の生命に対する危機感はない。ただ私が留守にしている間に村に何かあっては困るので、村の近くに魔物や悪意を抱いた人間が近づいたら私に知らせが来る結界を展開してある。
 どれだけ離れていても転移を使えば瞬き一つの間に村に帰還できるから、不安要素はない。
 さて晴れ晴れとした気持ちで強化した肉体で野を走る私の目的はと言えば、村の人達が決して足を踏み入れぬ沼地である。
 かつてリザード族に飢饉が襲いかかるまでリザード族の集落が存在していた場所で、リザード族の廃屋や武具や道具が残っているかもしれない。
 ただし持って帰ってもどこで見つけてきたと詰問されるのは目に見えているから、あくまで見物である。
 途中で父母や兄弟をがっかりさせない程度に収穫を得るつもりではあるが、私の心は初めて足を踏み入れる場所に対する好奇心でいっぱいだった。
 リザード族が山奥にある川の近くに移り住んだのが、かれこれ十年前だそうで現在の沼地がどうなっているのか、村の中に知る者はいなかった。
 八本足のスレイプニル馬や竜馬にもひけを取らぬ速度と、無尽蔵のスタミナに任せて走り続けていた私は、たいして時間をかけることもなく沼地に到着した。
 沼地にのみ生える木を用いたリザード族の家屋は十年の風雨によってすっかり倒壊し、残骸としか言いようのない物体がそこらに転がっているばかりで、私の好奇心を少しばかり萎ませた。
 見渡す限りの黒く濁った沼が広がっている。毒が流れ込んだというわけでもないようだが、元は澄んだ水で満たされていたのが徐々に濁ってゆき、リザード達が住むには適さない環境になってしまったらしい。
 十年が経過した今もそれは変わらぬようだ。

「ふむ」

 しばらく沼のほとりで足を止めていた私は付近の精霊力が、大地に偏っている事に気付く。大地系のノームが移住でもしてきたのか、土の相が強まった事で水の相が弱まり、それが地形に影響して沼が濁る事に繋がったのであろう。
 上手く精霊のバランスを調節すれば再び沼は澄み渡り、リザード達の棲息にも適しよう。まあ既に移住地を見つけたのだからわざわざ戻ってくる事もないかもしれない。
 そうだな、私が魚の養殖かなにかでもしてみようか。いつか理由をつけて沼に行ったら綺麗になっていた、魚も棲んでいた、とでも言えば村にとって新たな食糧源の確保に繋がる。
 とはいえ道中で魔物の襲撃がないとも限らないし、その対策も考えておかねばならないか。やれやれ人間として生きることを諦めれば、さっさと解決できる事ではあるがこうして頭を悩ませるのも楽しいと来ている。
 私は腕を組んでしばしの間思案に耽っていたが、背後で巨大な蛇が這いずるような音を耳にして、思案を中断する。リザード族の飼っていた大蛇かあるいはヒドラでも住み着いていたのか、と私は振り返った。

「ほう」

 そして私は素直に感嘆の吐息を零した。背後を振り返った私の視線の先に居たのは、見目麗しい緩くウェーブした金髪の美少女だったのである。
 目鼻口の配置はまさしく造形の天才の手になるものに間違いはなく、青い瞳はサファイアの如くまばゆく輝いている。上半身には何も纏ってはおらず、剥き出しになっている乳房は重く揺れて桃色の肉粒も露わになっている。
 十代後半の少女と呼べる顔には不思議と妖艶な笑みが浮かび、赤い唇からは二股に別れた長い舌がチロチロと出入りを繰り返している。
 少女の顔は私のはるか上に在りつつましく窪んだ臍からいくらか下がった箇所からは、巨大な蛇の胴へと変わっていた。うねりくねりする蛇体が少女の下半身なのである。
 ラミアか、と私は内心で呟く。人面蛇体の女しか存在しない魔物である。始祖は既に失われた王国の王女が呪いを掛けられて姿を変えた魔物だと言うが、よもや我が故郷の近くに住んでいたとは知らなかった。
 魔物としての格は上級に限りなく近い中級と言ったところか。長く生きた個体ともなれば上級の魔物にも匹敵すると言う。こいつが現れたらベルン村など壊滅しかねない。
 ラミアは私の姿を見て笑みをそのままに赤い唇を長い舌でぺろりと舐めた。新たな唾液の口紅が塗られて、一層ラミアの唇の艶やかさが増す。
 私はさぞや美味そうな獲物に見えているのだろう。ラミアの主食は他の生き物の精気である。血肉をそのまま食す事は嗜好に合わぬようで、ラミアが食事を終えた場所にはミイラ状になった被害者の死体が転がっている場合がほとんどだ。

「ぼうや、いけないわ。こんな場所に一人きりなんて。お父さんやお母さんはいないの?」

 なんとも甘い声であった。まだ大人になりきっていない少女であるのに、はちみつが滴るかの如く、こちらの脳髄を熱く恍惚とさせる声音である。魅了の魔力が付加されているが、ふむ、人間の精気を食べるのならこう言う芸当も出来るだろう。
 密かにレジストしながら、私は答えた。

「私一人だけだ。他に誰もいない」

「まあ、本当にいけない子ね。こんな所には来てはいけないって教わらなかったのかしら。そんないけない子にはお仕置きをしなくっちゃね」

 悪戯っぽく笑みを深めて、ラミアは蛇体をくねらせてゆっくりと私に近づいてくる。私は無抵抗のまま近づいてくるラミアの青い瞳をまっすぐに見つめている。
 ラミアの縦に長い楕円の瞳孔が細く窄まって、魔力がそこに集中しているのが感じられた。ラミア種の持つ麻痺・魅了系統の魔眼である。ラミアにとって私はすでに自身の手の中に捉えられた無力な獲物なのであろう。
 美しく細い指の揃ったラミアの手が優しく私の頬を挟みこんだ。人間の上半身に相応しい暖かな手であった。ラミアが二股の舌先で私の頬を舐める。優しい舐め方だ。

「お姉さんがお仕置きしてあげる。とっても気持ち良くしてあげるから、怖がらなくっていいのよ」

 年若いラミアの様だ。私が怯えていない事を見抜けていない。ふむ、と私は一つ零し、そろそろラミアに自分が誰を獲物と思ったのか、教えてやる事にした。
 私は魔力を瞳に流し込み、瞬時に人の眼球から竜の眼球へと造りかえる。一度閉ざした瞼を開いて、ラミアの瞳をまっすぐに見つめ返すのと同時に、ラミアの顔から笑みが消えて代わりに恐怖が全てを支配する。
 多くの種族が持つ魔眼の中でも最高位に君臨する竜種の眼で睨み返されたのだ。人間の子供がなぜそんなものを持っているのか、とさぞや混乱していることだろう。
 体を麻痺させ心を魅了した筈の人間の子供が、逆に自分の精神と肉体を完全に支配しているのである。ラミアの動揺と混乱は推して図るべし。
 私はラミアの美しい金の髪を右手で掬い上げて、鼻先を近づけてからその甘い匂いを胸一杯に吸い込んだ。

「私が怖がる必要などない。獲物は私ではなくそなたなのだから」

 私がラミアの全身に視線を這わせると、びくり、とラミアは恐怖に震える。ふむ、本能的に私が人間の皮を被った化けものであると理解したのだろう。
 しかし私にはラミアの命を奪うつもりはなかった。どうもこのラミア、親元を離れたばかりなのか、野生の動物や魔物の精気は感知できるが人間のそれはない。おそらく私が人間の獲物としては初めてなのだろう。
 まだ人間を手に掛けた事がないとなれば、情状酌量の余地ありと考えもしたし、また他にも私がラミアを殺そうとは思わぬ理由はあった。
 少々下世話な話になるが、私はつい先日大人の階段を一つ上った。精通である。竜としてのそれは知っていたのだが、人間としては初めての経験であった為に、私は動揺して父と母に相談し、実に暖かい笑みを向けられたものである。
 ぐしぐしと力強く私の頭を撫でまわす父の顔が妙ににやけていた事は記憶に新しい。
 さて何故こんな事を言うかと言うと、大きく実った乳房やくびれた腰、太ももの半ばでを陽光の下に晒すラミアの裸体を見ているうちに私は、ムラっと来ていたのである。
 私の粗末なズボンはいまや霊峰もかくやと言わんばかりの急勾配になっている。ふむ、竜のそれとは異なる人間の生態は実に興味深い。しかも自分で実体験できるのだから、これ以上ない経験と言える。
 私はラミアの腰を抱きよせて、吐息のかかる距離で金髪の美少女の怯える顔を見つめた。

「そなたは美しい。呪うなら美しく生まれた事を呪うが良い」

 そして私はラミアの唇を奪った。柔らかでみずみずしい感触がした。

「ふう」

 と私は一仕事終えた父を真似て満足の吐息を吐き、近くの岩に腰を降ろした。私の視線の先では腰砕けになったラミアがしどけなく地面に横たわり、真っ赤に染まり恍惚と蕩けた表情を浮かべ、虚ろな視線を私に向けている。
 人間の体では初めて味わう快楽に、私は少々我を忘れてしまいラミアの許しを請う懇願の声も耳に届かず、ラミアの限界をはるかに超えて人間と蛇の混合生物である彼女の体を貪り尽くしてしまった。
 幾ら魔法による半永久的な体力と精力の供給があるとはいえ、少々やりすぎだ。ラミアの方も直接的な性交は初めてだったと言うのに。
 この様子ではしばらくラミアはまともに動けまい。近くに危険な魔物が居ないとも限らないから、ラミアの意識が戻るまで私はこの場に留まってラミアを守る事にした。しかし、これでは昼食に間に合うまい。父になんと言い訳をすればよいやら。
 それにしても、と私は時折痙攣するラミアに視線を移す。人間としては初めてとはいえ、これは病みつきになりそうだ。これからは自制せねばなるまい。
 こうして私は人間としての童貞を失った。相手は魔物であったが大変具合はよろしかったと言わせて頂く。

<終>

さようなら人生、こんにちは竜生とは関係ありません。こんな感じで主人公が欲求に従って魔物娘や人間と仲良く生きてゆくお話です。



[29749] さようなら竜生 こんにちは人生② エロ注意
Name: スペ◆52188bce ID:97590545
Date: 2011/09/21 08:49
短めですがきりがよいので投稿いたします。
R-15くらいかな、と思う描写がございます。苦手な方は読み進めるうえでご注意ください。

さようなら竜生 こんにちは人生――ラミア視点


 私が十六歳になった日、私はパパとママに見送られて、産まれてからずっと過ごしていたお家を出て、独り立ちする為の旅に出ることになりました。
 私は独り立ちに対する不安と期待に心を躍らせ山肌の中腹にある洞穴である我が家を出て、眼下に広がる平原を目指して地面の上をずるずると這って行きました。
 私とママはラミアと呼ばれる魔物です。私達ラミアは人間の女性の上半身と、巨大な蛇の下半身を持っています。
 ラミアの始祖はいまもう滅んでしまったとても古い国のお姫様で、神様か魔物の呪いを受けて下半身が蛇に変わってしまったのだそうです。
 妖魔としては結構強い方でそれなりに強い魔力があり、中級の魔法を扱う事が出来るし、麻痺や魅了の力がある魔眼を生まれながらに持っています。
 それに蛇の下半身はとても力が強く、思いきり尻尾を振るえば、大抵の亜人や人間なら一撃で倒せますし、巻きついて締めあげれば牛さんでもすぐに死んでしまうほどです。
 そんなラミアですが女性しか生まれないのにどうやって数を増やすかと言うと、人間や亜人の男性と交わって子供を作るのです。
 精気を吸うのは精気を吸っても死ぬ事の無い、より強靭な生命力を持った相手を見つけ出す意味もあるのだと、以前ママが教えてくれた事があります。
 私達ラミアはお肉やお魚も食べられない事はありませんが、精気あるいは生命力そのものを吸収する事に長けた種族なので、お腹一杯になるまで食べても頭のどこかで空腹を囁く声が聞こえたりします。
 私が家を出て独り立ちする事になったのは、一人前の年齢になったのと私に精気を吸われても大丈夫な、私の旦那様を探し出して新しい家族を作る為です。
 私の家の近くにはママより強い魔物はいませんでしたし、時々襲ってくる他の魔物程度ならママと私の二人だけでも簡単にやっつける事が出来ました。
 ですが旅立つに当たって外の世界ではラミア種ではとても歯が立たない様な魔物や亜人がいるから、気をつけなさいとパパに言われています。
 特に人間はひとりひとりの力はそんなに強くはないけれど、とても数が多く自分達より強い生き物との戦い方を良く知っているから、弱そうだからと侮ると大変な目に遭ってしまうと何回も言われています。
 パパの言う事はいつも正しいので、私ははい、と返事をしました。私はパパが人間である事もあり、人間を傷つけるのは嫌だな、と前から思っていたので人間にはなるべく関わらないように気をつけよう、と心に誓いました。
 心配症のパパは私に色々と持たせようとしましたが、厳格なママはラミアの一族は代々裸一貫で独り立ちするもの、とパパの意見を却下して私に何も持たせる事はしませんでした。
 でも私がお家を出る時、ぎゅっと抱きしめてくれたので、私の胸はとても暖かい気持ちでいっぱいになりました。
 パパ、ママ、私、素敵な旦那さまを見つけてくるからね!
 と意気込んだのは良かったのですが、お家を出てから四日たった頃、私は空腹に苛まれてしょっちゅう溜息をついてはパパとママの顔と声を思いだす始末でした。
 旦那さま探しの旅の途中、鹿さんや熊さんと遭遇する事はありましたが、幸い人間と遭遇する様な事はありませんでした。
 パパに教えて貰ったのですが、人間の中にはパパの様に魔物と仲良くしている人達もいるけれど、大抵の人間は魔物の事を恐れて姿を見たら逃げ出すか殺そうと襲い掛かってくるのだそうです。
 魔物の多くが人間を食料や敵と思っている種が多いので、仕方がないけれどね、と呟くパパの顔は少し寂しそうでした。パパとママが知り合った時にもなにか辛い事があったのかもしれません。
 とにかく幸い人間と出会う事の無かった私ですが、ラミアは亜人や人間からの精気を最も美味に感じる種なので、動物さんの精気を食べさせてもらっても空腹感はそんなに満たされないのです。
 くう、とお腹の虫が鳴く声に、私ははう、と思わず手でお腹を抑えてしまいました。パパとママの期待を背負って家を出たのに、もうお腹を空かせて困っているなんて、とても情けなく思えてならなかったからです。
 私はお家を出てから水気の多い川や池、泉などを経由しながら南へ、南へ、と進んでいました。ラミアは基本的に地属性の魔物ですが、長い年月が経過した事によって住んでいる環境に適応し、体質や魔力の属性が変化する事があります。
 私の一族は地属性を基本に水属性に対する適応能力を得ています。ですから私にとって水場はとても落ち着く環境なのです。
 水場で休み休み、空腹を堪えて旅を続けていた私はいよいよ空腹の限界と言う所で、地属性の強くなっている沼地に辿り着きました。
 黒く濁った沼が視界いっぱいに広がり、じめっとした空気の沼地には昔は亜人の集落でもあったようで、建物らしい木材が散らばっていました。
 昔はこんな環境ではなかったのかもしれません。とはいえ地属性と水属性に適正を備える私にとっては、居心地の良い場所でしたからまだかろうじて屋根の残っていた廃屋に潜り込み、私は藁をかき集めて即席のベッドを作り、その上に横になっ
て休む事にしました。
 私が南を目指したのは、そちらに行けば人間の集落があるからです。
 人間に関わらないようにしよう、と誓ったのにまるで正反対な事している様に思えるかもしれませんが、そもそも私の旅は旦那さまを見つける為で、赤ちゃんを作る為に相手は人間か亜人の男性でなければなりません。
 まずは旅をして少しずつ人間の事を知り、安全に精気を吸収できるようになってから、本格的に旦那さま探しをするつもりだったのです。
 私のお家から一番近い人間の集落は北の方角でしたが、そちらには峻険な山々が広がり古代戦争の兵器であるゴーレムや、ガーゴイル、また野生のワイバーンさんが棲息しているので私にはとても足を踏み入れられるような場所ではありませんでしたので、諦めるしかなかったのです。
 お腹空いたな、と私が独り言をつぶやくと不意に廃屋の隙間から人間の男の子の姿が見えました。
 私は思わず、あっと声を上げそうになるのを慌てて口を手で押さえて堪え、どきどきと胸を高鳴らせながら、男の子の様子を観察し始めました。
 実の所、私はパパ以外の人間を見るのは初めでしたからとても興味深かったのです。
 男の子は沼の淵に立つとしげしげと周囲を見回して、歩き回り倒壊している家屋の廃材を持ち上げたり、そこら辺に転がっている岩をひっくり返してみたり、沼の水に指先を入れてみたり、と忙しなく動き回っています。
 男の子にとってこの場所は初めてくる所だったのか、とても興味深そうにあちこち歩きまわっていましたが、その内に少しつまらなそうな顔をすると腕を組んでなにか考え事を始めたようでした。
 そうして男の子の事を観察していた私でしたが、男の姿を見ているうちにどんどんと空腹感が増し、男の子から眼を離せなくなっていました。理由は分かっています。
 ラミアにとって最大の御馳走である人間の精気。しかも若々しい活力に溢れた精気がすぐ目の前にあるのですから、お腹と背中がくっついてしまいそうなほど空腹の私にはとてもではありませんが耐えられるわけもありません。
 パパ、せっかく私の事を考えて注意してくれたのにごめんなさい。私はパパの言う事を聞けない悪い子です。
 私の頭の中では目の前の御馳走を早く食べよう、食べようと甘く囁くラミアの本能の声がずうっと聞こえているのです。
 私は考えごとに耽っている男の子の後ろに回り込むと、ゆっくりと男に近づいてゆきました。
 お腹が空いていてあまり頭の働いていない私でしたが、それでもまだ私よりも小さな人間の子供を殺してしまうような事は大変躊躇われましたから、精気を吸い尽くしてしまわないようにしないといけないと考えていました。
 私が蛇の下半身をくねらせて近づいてゆくと、物音で男の子は私に気付いたらしくこちらを振り向き、少し眼を見開くとしげしげと私の体を観察し始めます。
 普段、お家に居る時私はパパが繕ってくれたブラウスやケープを着ているのですが、ママの教育方針の元、何も身に着けずに旅に出ています。
 人目に素肌を晒している事に今更ながらに気付き、私は今すぐにでもおっぱいや大切な所を手で隠したい衝動に襲われましたが、その間に男の子が逃げ出してしまうかもしれませんし、助けを呼ぶかもしれません。
 なので私は顔から火が出そうなほど恥ずかしいのを必死に堪えて、瞳に魔力を込めて男の目を見つめて、男の子が逃げられないように魅了と麻痺の魔眼をかけます。これで男の子は私から逃げることはできません。
 ごめんね、と心の中で呟きながら、私はママに教わった通りの喋り方で男の子に話しかけ、近づいてゆきます。
 私はどうしてもママみたいな喋り方をすること出来ず、パパとママの前でどれだけ練習しても、きちんと喋れた事がありません。今も私はほとんど棒読みの様な話し方になっている事でしょう。
 男の子が一人でこの沼に来た事を聞き、邪魔は入らないことに私はほっと胸の中で溜息を吐きます。それから男の子の頬を両手で挟みこみじっと男の子の瞳をまっすぐに見つめました。
 こ、こういう事をするのは初めてでしたけれど、私の方が年上のお姉さんですから、その、リードしてあげないといけません。
 それに男の子の体に変な障害が残ったりする事の無いように、食べさせてもらう精気の量は気をつけないといけません。
 私は目の前の濃密で活力に満ちた精気に頭とお腹の奥が、火が点いた様に熱くなるのを感じながら、男の子から精気を貰おうとしました。
 その時でした。それまで私の瞳をただじっと見つめていた男の子の瞳が、見る間に縦にすぼまり、私達ラミアの瞳とよく似た形状になり、そこに七色の輝きが灯ったのです。
 それに私が気付いた時、私の魔眼は無効化され、逆に私の体が私の意志ではぴくりとも動かせなくなりました。男の子の瞳が変化した途端、私と男の子の立場は逆転したのです。
 男の子の瞳は私の魔眼なんてまるで問題にならないくらい、私にはどれだけ凄いのかさっぱり分からないほど強力な魔眼になったのです。
 ただの人間の子供だと思ったのに、どうしてと私が混乱し、それまでの空腹を忘れ、熱に浮かされていた意識も唐突に陥った危機に冷静なものに変わる中、男の子は私の髪の毛を右手でひと束ほど掬うと手に持って鼻先を近づけました。
 私の髪の匂いを嗅いでいるのです。今朝がた、泉で水浴びはしておきましたが、変な匂いがしないかな、と私は自分でも場違いだなと思う事を考えていました。
 男の子は私の腰に手を回して、鼻と鼻がくっつきそうなほど近くに抱き寄せると私にこう囁きました。

「そなたは美しい。呪うなら美しく生まれた事を呪うが良い」

 パパ以外の男の人にそんな風に言われた事の無かった私ですから、種族が違う上にまだ子供が相手とはいえ、つい嬉しくなって頬が熱くなってしまいます。
 けれど、男の子はそんな私の事を気にも留めず、風の様に素早い動きで私の唇に自分のそれを重ね合わせてきたのです。
 あ、と私が思った時にはもう私の唇は男の子の唇で塞がれていました。
 これまでキスと言えばパパとママにおはようとおやすみの挨拶で、ほっぺたにする位しかしたことの無い私にとって、唇と唇でするキスはとても衝撃的なもので、一瞬頭が真っ白になってしまいます。
 私の初めて、ファーストキス、旦那様にだけ、と色々な言葉が一辺に私の頭の中で走り踊る中、男の子はじっと私の瞳を見つめたまま小さな舌を伸ばして私の唇を押し開いてきました。
 考えた事もない行為に私が思わず驚いた瞬間を狙ったのでしょうか、男の子の舌はするりと私の口の中に潜り込んできて、細く鋭く伸びている私の牙や歯列、歯茎を舌の先端を尖らせて丹念に舐めまわしはじめます。
 驚いた私がなにをするの、という意味を込めて男の子の瞳を見るととても強い魔眼を発動させたまま、男の子は静かな瞳で私を見つめ返していました。
 それはまるで自分のしている行為が私にどんな影響を与えるのか、冷静に観察しているかのようでした。
 とっさに両腕で男の子を突き飛ばそうとした私ですが、男の子の魔眼によって相変わらず私の体はちっとも動いてはくれません。
 訓練としてママに魔眼をかけられた時でも、少しは抵抗できたのですが、信じられない事に男の子の魔眼はママの魔眼よりもはるかに強力なようでした。
 男の子は私の歯を唇の裏側を満足するまで堪能したようで、混乱の波からいまだ脱出できていない私の口のさらに奥へと舌を伸ばしてきました。
 私が慌てて歯を噛み締めて閉ざそうとすると、それを察知したのでしょう、男の子は空いている右腕で私のお尻を撫で始めたのです。
 そんな事を他の人にされた事などありませんでしたから、私はとっても驚いてしまい悲鳴を零しそうになりました。
 それを男の子は見逃さず、開いてしまった私の口の中に舌を潜り込ませて私の舌と自分の舌を絡めたのです。
 お尻と口の中に加えられる刺激に、私は一体何がどうなっているのか、これから自分がどうなるのか、とても不安で怖くなりました。
 私達ラミアは太ももの半ばほどから蛇に変わり始めます。
 男の子の右腕は丁度その肌と鱗の境界線から私のお尻までを、込める力や指の揃え方、撫でる速さを変えて何度も何度も撫でまわし、絡めた舌の動きもどうすればいちばん私が反応するのかを探る様に動かし続けています。
 そうしている内に私の頭はぽーっとしてしまって、男の子に抵抗する意思がどんどんと薄れて行ってしまいます。
 こんな私よりも小さな人間の子供の好きなようにされるなんて、ほんの少し前の私には信じられない事です。
 それ以外に男の子の舌を通して私の喉の奥へ奥へと流し込まれる男の子の唾液も、私の頭を蕩かせて体を熱く疼かせていました。
 ラミアは相手に触れる事で精気を吸い取る以外にも、血液やお肉を食べることでも精気を得る事が出来ます。
 私の咽喉を伝わってお腹へと流し込まれる男の子の唾液を、私の体は空腹の状態だった所に与えられた甘露であるかの様に、心がいけないと思いつつも貪欲に貪ってしまいます。
 時々パパに精気を吸う練習で食べさせてもらった精気よりも活力に満ちた男の子の精気は、これまで味わった事がないほど芳醇で、満たされる事がないのではと思えた空腹を一瞬で満たし、私の体を潤わせてゆきます。
 ああ、なんて生命力に満ちた精気なのでしょう。私の体はすっかりと蕩けきり、男の子の手と舌に抗う事を完全に放棄してしまったのです。
 もう魔眼を使わなくても、私は男の子の虜になり下がってしまいました。男の子に与えられる精気は、私に何かを考えることを忘れさせてしまうほど美味しくて、魅力的だったのですから仕方がありません。
 それから私が男の子と過ごした時間は、私の十六年の中で比べるものがないほどの気持ち良さと夢心地に包まれた時間でした。
 男の子は私の体を飽きることなく、余すことなく堪能し、人間の上半身だけでなく蛇の下半身に対してもなんの躊躇もなく興味を示し、そう時間をかけない内に私の体で男の子と舌と指が触れていない場所はなくなってしまったほどです。
 初めてのキスに続いて、女の子の一番大切な初めてもとても恥ずかしい後ろの穴も男の子は味わい尽くし、私は男の子に弄ばれるがままに乱れて声を上げ、全身を満たす快楽の波に揉まれ続けることしかできませんでした。
 そうしているうちに男の子は唾液よりもはるかに濃厚で力強い精気を、私の体の内にも外にもたっぷりと注ぎ込み、私の全身はかつてないほどの力に満たされましたが、一方でかつてない快楽の感覚に慣れない私は、あっという間に体力を使い果たして意識を失ってしまいました。
 次に私が目を覚ました時、私は地面に横になりぐったりと倒れていて、男の子はすぐ目の前で岩に腰かけて私の様子をじっと見守っていました。私が意識を取り戻すまでの間、待っていてくれたのだと分かり、私は少し嬉しく思いました。
 ふと自分の体を見てみると、男の子と過ごした淫楽の時間の証明となる色々な汚れが綺麗に取り除かれていました。
 私が気を失っている間に男の子が清めてくれたのでしょう。男の子が善意でしてくれた事ではあるのでしょうが、意識の無い体を隅々まで目にされたのかと思うと、今更ながらの事ではありますが、私は恥ずかしさを覚えました。
 なんとか地面に腕を突いて上半身を起こした私のすぐ傍に、男の子が膝をついて私の頬に手を添えて私の瞳を自分に向けさせます。男の子の瞳はあの強力な魔眼ではなく普通の瞳に戻っていました。
 私の体を弄んでいる時も変わらなかった静かな瞳は、まるで男の子の身体と心が別物であるかのような印象を私に与えます。それでも優しい光を宿しているのは間違いありませんでした。
 どうしででしょうか、私はこの男の子がどうしても私よりも小さな子であるとは思う事ができません。

「そなたは初めてであったと言うのに無理をさせてしまい、まことにすまない」

 私に対する労わりの言葉に、私は気にしないで、と答える代わりに私の頬に添えられた男の子の手に自分の頬を少し強く押しつけて、男の子の手のぬくもりを味わいました。
 この手が私の体に触れる度に、私は一度も上げた事の無かったような声を上げて、身悶えしたのだと思うと、また体の奥の方で燻っていた火が点いてしまいそうで、私の心は期待と不安の間で揺れ動きます。
 すると男の子はそのままの姿勢で声音を固くして私に告げます。

「そなたはまだ人間を襲った事はない様だが、これからも襲わぬようにせよ。人は一人一人は弱いが、それでもなお大陸でもっとも栄えるに至った種族。ましてや年若いそなたでは迂闊に人間に手を出す事は容易く命取りとなろう。
 そしてもう一つ。ここより南にあるベルン村の村人をもし、傷つけるようなことがあるなら、例え一時を共にしたそなたといえど私は容赦の言葉を捨てる」

 まっすぐな瞳で私に告げる男の子の言葉に、嘘や冗談の響きはわずかもありません。
 私の身を案じて人間を襲わないようにという忠告が心からのものであるのなら、ベルンという村の人間を傷つけるのなら許さないという警告も、男の子の心からのものなのです。
 私はそんな事はしない、貴方に嫌われるような事はしない、と告げるつもりで首を横に振るいます。
 すると男の子は私の言いたい事を理解してくれたのでしょう。
 それまで変える事の無かった表情を、不意に柔らかな笑みに変えました。その笑みを見て、私は心臓がひときわ強く高鳴るのを感じるのでした。

「そなたがベルンの人々を傷つけぬ事が私にとってもそなたにとっても幸いなことだ。ここは人が寄りつくような場所ではないが、あまり長居する事は勧められぬ。もう少し休んだらここを離れることだ」

 そう言って男の子は私のおでこや頬を、小鳥がついばむように優しく何度も口付けてから立ち上がり、私に背を向けて南の方へと向けて歩き始めます。
 その先に男の子の帰る場所があるのだと分かり、私は咄嗟に男の子の背中に声をかけました。男の子は足を止めて私を振り返り、続く私の言葉を待ちます。

「私はセリナと言います。貴方のお名前は?」

 男の子は、また柔らかな笑みを浮かべると

「ドラン、ベルン村のドランだ。セリナか、良い名前だ。またいつか会おう」

 そう言って、再び私に背を向けて歩き始めました。
 私はその背中を見送り続け、心の中でお家のパパとママに報告します。パパ、ママ、セリナは今日運命の人と出会いました。
 もうセリナは旦那様、ううん、ご主人さまのお傍でないと生きいけない心と体になってしまったのです。

<終>

前世主人公 
ラスボスより強い隠しボスより強いDLC課金ボスより強いバグキャラ

現在主人公 
ラスボスより強い隠しボスより強いDLC課金ボス

転生の影響でこの程度に弱体化しています。

名前:ドラン 性別:男 種族:人間(転生者) 職業:農民
LV5 HP17 MP100000 
STR11 VIT9 INT100003 MND100002 AGI8 DEX7 LUC6

※ステータスは魂と肉体の合計ポイント。MP、INT、MNDは魂に大きく依存するステータスなので、古神竜の魂を持つ主人公はこのように歪な数値。

保有スキルについてはまた次回で。

私見ですがラミアは年上のお姉さん的な性格のイメージがあるのですが、たまにはそうでないキャラがいても良かろう、とこの様な形になりました。イメージにそぐわない方もいらっしゃるかもしれませんが、寛容なお心でお許しくださいませ。



[29749] さようなら竜生 こんにちは人生③
Name: スペ◆52188bce ID:97590545
Date: 2011/09/17 23:47

 さようなら竜生 こんにちは人生③


 かつてリザード族の集落があった沼地で出会ったラミア種のセリナと濃密な時間を過ごし、別れを告げてベルン村に帰った私に待っていたのは約束の時間を過ぎた事に対する父の制裁であった。

 三十年大地と天災と魔物と戦い続けてきた父の鉄拳が容赦なく私の頭に落とされ、私は頭部に走る重い鈍痛を、歯を噛み締める事で耐えた。少し、涙目になっていたと思う。

 私の父は今年で三十歳になるゴラオンと言う名の人間種の男性である。良く日焼けした肌に黒髪黒瞳の主で、叩いた方の拳が痛むような岩石を思わせる厳めしい顔立ちと毛虫のように太い眉の下で輝く威圧感のある眼が印象的だと私は思う。

 背丈は190シム(約171センチ)ほどで平均的な数値だが、麻のシャツを押し上げる肉体は良く日焼けして褐色に染まり、過酷な生活によって極自然と鍛え上げられていて、両の腕には筋肉の瘤がたっぷりと着いている。

 腕っ節は村でも上から数えて三番以内に入るほど強く、これまでに何度かあった魔物の襲撃でも村人たちの先頭に立って迎え討ってきたベルン村の猛者だ。
 
 ちなみに母アゼルナは二十八歳。兄が十二歳だから十六歳の時に最初の子供を産んだ事になる。私は母が十八歳の時の子供だ。

 少なくとも辺境では母の年齢で子供を産んでもおかしな年齢ではない。過酷な環境の辺境では、様々な理由で呆気ないほど人が死んでゆくから、若い頃からたくさん産まなければ集団としての機能を維持できないのである。

 ベルン村有数の猛者たる父は、生まれてから一度も開いた事がないんじゃないかと言う位硬く唇を結び、腕を組んだ姿勢で頭を抱えて痛みにもだえる私を見下ろしている。

 どんな危険が待っているか分からない辺境で、知悉した村の付近(実際には沼地に行ったのだが言えるわけもない)の探索とはいえ、今回の私のように約束を破る行為はたとえ些細なものであれ許されるべきではない。

 痛いものは痛いが、大人が子供に拳を振り上げて体に覚えさせるのも、辺境に生きるものとしてはごく当たり前の教育である。その事は私も人間に転生してからの十年でしっかりと学習したので不平や不満は一切ない。

 とはいえ流石に大の大人の拳は効く。

 地上に生きる全種族の中で最強を誇る竜種の中でも最高位に君臨していたかつての私の肉体ならばともかく、現在の私の体は紛れもなく純粋な人間のものである。
大人の拳を受ければ当然痛い。

 しかし今も常に生産されている魔力で体表をコーティングするか、私の細胞を竜族のそれに変化させれば父の鉄拳どころか、おそらく平均的な勇者と聖剣程度の一撃を受けてもうっすらと筋が残る程度には出来ただろう。

 だがそんな事をすれば父の拳を痛めてしまう事になるし、父が私を思っての行為である事は分かっていたから私は甘んじて制裁の拳を受けた。時に愛は痛みを伴うのである。

 それにかつて竜の始祖より産まれた原初の古神竜として途方もなく長い年月を生きた私にとって、こういった家族の躾の一環として振るわれる痛みはほとんど未知の経験である。

 前世の最後の戦いで受けた七英雄達の攻撃が与える生死に関わるのとは違う、親が子へと与える教育の一環としての痛みというものは、まことに興味深いもの。

 いささかその度が過ぎているのか以前父に別の件で叱られた時、我が愛すべき幼馴染アイリは私を見て、なんで叩かれたのに笑っているの? と訝しげに問われた事さえあるほどだ。

 私の事情をアイリに全て話せればよかったのだがそうもゆかず、私はなんでもないと誤魔化すことしかできなかった。

 赤子の頃から共に育った相手が実は伝説の古神竜の生まれ変わりだ、などと言いだしてきようものなら、アイリの事だ。

 まず私を叩けば治るかと試そうとし、それで駄目ならアイリの母か祖母に診て貰おうと提案してくるだろう。

 それは余計な手間と言うものであるから、アイリに質問されて以来私は鉄拳をいただく度に口をへの字に曲げて痛みを堪えていますという顔を作る事を覚えたし、また自分を庇護し教育してくれる親と言う存在に対し敬愛の念を抱いていた。

 であるから目の前の父に対して私は拳を受けてから頭を下げて、約束を破ったことを謝罪し、午後からの農作業に従事する事で反省の態度を示す事にした。

 炒めた野菜とドゥードゥー鳥のオムレツを蕎麦粉のクレープで包んだ昼食を急いで口の中に頬張り、素焼きの壺に入っていた牛の乳で流し込んだ私は既に昼食を終えている家族の元へと急いだ。

 ベルン村しか知らない私には断定できる事ではないのだが、基本的に辺境の村々で使われる農具で鉄製のものは少ないと思う。
 
 畑を耕す鍬や鋤、シャベルの先端を申し訳程度に鉄で覆ったものが多く、麦穂や草を刈る鎌などは大抵木を加工した物を使う。

 鉄を使った農具はより力のある大人に回されるから、小さな子供に過ぎない私などは木製の農具を使うのが常である。

 竜であった頃にはまさか自分が人間の農作業をする事になるなど夢にも思わなかった私にとって、現在の生活のほとんどを占める農作業は、十年生きたいまでもなお心躍る行為だ。

 私達の主食であるホコロ芋の畑で雑草を引っこ抜く作業に加わった私に、先に作業に入っていた弟が声をかけてきた。

 兄から私へ、私から弟へと引き継がれた継接ぎの目立つ木綿のズボンと袖無しのシャツを着た我が弟は、煌々と照る太陽の下で土に汚れた顔に眩しい笑みを浮かべていた。

「へへ、ドラン兄ちゃんが怒られるなんて珍しいね」

 一つ下の弟マルコは一見すると女の子と見間違えてしまう様な、辺境の僻村には似つかわしくない繊細な顔立ちの子である。

 金色の巻き毛に小ぶりな目鼻や口をしており、瞳の色だけは父と同じ黒だ。
 
 外見に関して言えば九割がたは母に良く似たと言うべきで、これは家族のみならず村の皆も同意見だ。
 
 とはいえ女の子らしいのは見た目だけで中身は立派な辺境の子供である。

 朝から夕暮れまで続く農作業にも文句一つ言わずにせっせと体を動かし、寝る前には父や兄である私達と一緒に、魔物の襲来に備えて木製の槍や矢を作っている。

 村に駐在している兵隊や大人を引率に魔物相手に戦いの練習も既に経験しており、短剣か木の槍でも持たせれば小型の魔物の一匹位はなんとかするだろう。

 ホコロ芋は貧しい大地でも数だけは育ち、病気にも強く一年を通して収穫できるので、私達の様な農民にとっては非常にありがたい作物だ。

 ベルン村ではこの芋をそのまま茹でるか粉にしてパンなり麺なりにする。他には粟や蕎麦の実、フクレル豆、税として納める麦などが主だった村の農産物だろうか。

 一応果実の類もあるが他所に出せるほどの数はなく、村人の口に上る分で終わってしまう。

 私はマルコの隣で腰を降ろし雑草をひとつひとつ引っこ抜きながら答えた。

「ふむ。以前怒られたのがマグル婆さんの真似をして魔法薬を調合しようとした二百七十二日前だから、お前の言う通りかもしれぬ」

 私のこう言う物言いにも慣れたもので、マルコはそうだね、と人懐っこい笑みを浮かべて雑草抜きの作業に没頭し始めた。

 ふむ、という口癖とこの喋り方ばかりはいまもってなお矯正しきれぬ私の癖である。
 
 ふむ、私も父から失った信頼を取り戻す為に作業に没頭した方が良かろう。私はマルコの隣で弟の倍の速さで雑草を引っこ抜く作業に意識を集中した。

 こういった何かの作業に没頭する際に注意しなければならないのは、集中し過ぎ
るあまりに魔力を使用してしまう事である。

 竜だけでなく強い魔力を生まれながらに持つ種族は、例えば呼吸や手足を動かすのと同じように魔力を使って生きることに慣れ切っている。

 というよりも魔力を使わずに生きる方法を経験していないと言うべきか。

 そういった魔力や魔法と深く繋がった生態を持つ生物が魔力を使わずに生きると言うのは、人間に呼吸をしないで生きろ、というのにも等しい。

 ましてや神代の時代から生きていた私である。魔力を使って生きる事は本能と言っても良く、人間に転生してしばらくはそもそも魔力を使わずに生きると漫然と頭では分かっても、現実味がなかった。

 幸い私は人間に転生したのなら人間らしく生きてみよう、と母の胎の中で羊水に浸かっている間に決めていたので周囲の人間と同じように振る舞い、人間がほとんど魔力を使わずに日々の生活を送っている事はすぐに理解できた。

 普段から魔力を使わず純粋に肉体の能力のみで生活する事に慣れた昨今でも、気を抜いた拍子に魔力を使用してしまい、人間の子供では不可能な結果を残してしまう危険性がある。

 マルコと話したマグル婆さんの魔法薬の調合の真似ごとの一件は、どうすればきちんとした効能のある魔法薬を調合できるか、と頭を捻っていた私が我知らず魔力を用いて材料として調達した野草や木の根っこ、石に対して危うく解析の魔法を使いそうになった所を、父に見つかり子供がマグル婆さんの真似ごとをするな、とこっぴどく叱られたのである。

 無論、辺境の農民に過ぎない父が私を叱ったのは私が魔力を使おうとしていたのを察知したからであるわけもなく、マグル婆さんの真似をした事に対してだ。

 私や村の子供が近くの草原で良く集めてくるヒールグラスから作れる傷薬よりも強い効能を持つマグル婆さんの魔法薬は、村では大変重宝されており村に訪れる行商人に売って金に変わる事もある。

 少しでも家族の暮らしを、できれば村の皆の暮らしも楽なものにしてやりたいと考えていた当時の私は、マグル婆さんの様に魔法薬を調合する事にしたのだ。

 人間に生まれ変わってからというもの私の心は好奇心と冒険心に満ち溢れており、魂の質こそ劣化してしまったものの老齢の極みにあった私の魂は、いわば若返っている様なものなのだ。

 あれもこれもそれもどれも、と思いついた事は試さずにはいられないのである。今思うに若さとは失敗を恐れずに何事にも挑戦する事なのではないか。
 
 そうやって若い頃に積み重ねた経験が年を経た時に血肉となって生きてくるのだ。まあ、長生きも度が過ぎれば私の様に生きることそれ自体が退屈になってしまうので、何事も度を過ぎぬ事が肝要である。
 
 ともかく下手に素人が手を出せば毒にしかならない魔法薬の調合に手を出した私は、当然の如く父の鉄拳を頂く事になった。

 いまでは反省し、勝手に魔法薬を調合する様な事は控えている。私にも学習能力というものはあるのだ。

 だがこの失敗には思わぬ副産物があった。

 私が父にこっぴどく叱られている所を通りかかったマグル婆さんが見つけ、私が中央の窪んでいる石や木の棒を調合道具の代わりにして作っていた調合途中の魔法薬を検分するや、私に調合を教えてくれる事になったのである。

 夕方の農作業が終わった後のわずかな時間ではあるが、数日に一度マグル婆さんの都合の良い日に、私はマグル婆さんの家を訪れて魔法薬の調合を教わる事になった。

 人間、何事にも挑戦するものだ。この日、雑草抜きと害虫駆除に精を出した後、私は両親の許可を取ってから村の中を走る小川に掛けられた橋を越え、村の南西にあるマグル婆さんの家を訪れた。

 マグル婆さんの家はマグル婆さんと、娘夫婦と孫娘三人の六人住まいである。鉄の様に硬い葉っぱを生やすハードグラスの生け垣でぐるりと囲んだマグル婆さんの家は、私の家とは違い調合の為の別棟が建てられている。

 家族六人が住まう家は四部屋と台所兼食卓、物置と我が家よりもはるかに大きな間取りとなっている。

 庭には魔法薬の材料となる色とりどり、花弁の大きさや形も異なる花や草、木が育てられている。
 
 栽培方法はマグル婆さんとその娘さん、孫娘達しか知らない。婿殿は生憎と魔力を持たない普通の人間なので仲間外れだ。

 これは別にマグル婆さんが魔法薬を独占しているというわけではなく、魔力を持つ魔法薬の調合や栽培には多少なり魔力を持っていないと、非常に大きな危険と伴うもので、魔法の素養を持たぬ村の人々が扱うと死人が出かねない為だ。

 そういった事情は村人全員が理解しているし、マグル婆さんはほとんど無償で魔法薬を調合してくれているし、また医師や薬師の居ない近隣の村の人々も頼りにしているから、下手をしたら村長以上に尊敬を集めている我がベルン村の大人物なのだ。

 私は庭内で更に生垣で区切られた魔法薬の調合用の別棟に向かい、ドアの所に居た毛並みのつややかな黒猫に、お邪魔する、と挨拶をする。

 石畳みの上で寝そべっていた黒猫は、閉じていた瞼を開き黄金色の瞳で私を見ると、にゃあ、と短く鳴いて挨拶を返す。

 マグル婆さん三匹の使い魔のうちの一匹である黒猫のキティだ。どんなに離れていてもマグル婆さんと感覚を共有し、魔物相手ならその素早い動きで頸動脈を一裂きしてみせる小さな戦士である。

 ドアを開けば調合棟の中の様々な植物の混合臭が私を包み込んだ。天上に渡された梁や縄には乾燥した花々がびっしりと吊るされて、入口のドアから見て正面には古びた書物で埋め尽くされた棚がある。

 右側には調合の為の大中小の窯が三つと鍋の掛けられた暖炉が一つ。左側にはフライパンやお玉、ハンマーや鋏、包丁と調合用の器具を入れた棚だ。

 部屋の中央に茶器と黄ばんだ背表紙の書物、乳鉢などで埋め尽くされた丸テーブルと椅子が二脚置かれて、すでにマグル婆さんが腰かけて私の来訪を待っていた。

 裾のほつれた赤茶色のケープと腰にまわした草臥れた革のベルトにはいくつも小袋を下げ、足元はサンダル履きだ。白髪を三つ編みにして粗末な青い紐で纏めている。

 皺に埋もれた様な小さなマグル婆さんの緑色の瞳が私の顔をまっすぐに見つめると、穏やかな慈笑を浮かべる。

 これが辺境では希少な魔法使いであり、同時に医術も修めた魔法医師のマグル婆さんだ。

「よう来たね、ドラン。さあ今日は解毒用魔法薬の調合法のおさらいだよ」

 もそもそとわずかに唇が動いた様にしか見えないが、マグル婆さんの声はしっかりと私の鼓膜を揺らす。私は首肯し、マグル婆さんの目の前に置かれている椅子に腰かけた。

 竜語魔法(ドラゴンロア)や精霊との交感に関しては世界有数の自負がある私が、なぜそもそも魔法薬の調合などという手間のかかる事をしているかと言えば、何と言う事はない。

 魔法薬の調合方法を知らないからだ。そもそも私だけでなく大概の竜種は薬など必要としないし、傷や病を癒す回復魔法を使う機会とて生涯の間に一度あるかないかだろう。

 生物としての能力が極めて高い私達竜種は、大概の傷など栄養をとって眠ればさっさと治るものだし、病もほとんど存在しない。

 必要に迫られる事が極めて乏しいから、医療技術や医療品関連がまったく発展しなかったのである。第一竜の私がどうして人間用の魔法薬を知っているというのか。

 そんなわけで私は一からマグル婆さんに魔法薬の調合について学んでいるのだ。
対価はマグル婆さんのお使いである。

 調合の手伝いや材料の調達、肩たたきなどなど。マグル婆さんにはもしもの時に備えて魔法薬の調合が出来る人間を一人でも多く確保しておきたい、という考えもあっただろう。

  私は極めてまじめで知識欲に貪欲な生徒として、マグル婆さんの授業に全神経を注いだ。

 大地の彼方に夕陽が沈むまでの短いマグル婆さんとの授業を受け終え、私がマグル婆さんに礼を告げて、家に帰ろうとした時に調合棟のドアが勢い良く開き、エプロン姿のアイリが顔を覗かせた。

 いつものブラウスの上にアイリ用の小さなエプロンを身に付けた我が幼馴染は、小さく首を傾げる私の顔を見る、というよりも睨みつけてきた。

 解せぬ。

 アイリはマグル婆さんの孫娘の三姉妹の末にあたる。代々魔法医師を継いできたマグル婆さんの家の後継者候補の一人で、私の姉弟子といってもいいだろう。いまは私共々魔法医師見習いといったところか。

「ドラン、今日は家で食べて行きなさい!」

「いや、今日はもう帰るつもりなのだ」

「おじさんとおばさんには許可を取ったわ。それにもうドランの分も含めて夕飯作っちゃったもん。貴方が食べて行かないと無駄になるのよ?」

 薄い胸を張り、アイリは両拳を腰に当てて私の反論を即座に潰す。彼女の中で私が夕食をご馳走になるのは決定事項のようである。

 アイリとそのご家族からのご厚意は大変ありがたいものであるが、血の繋がった家族との食事は私にとって特別であるし、弟や兄を差し置いて一人だけご馳走になる事への引け目もあった。

 どうしたものかと私が悩んでいるとアイリは、私が判断を下さないことにいら立ったのか、眉毛を八の字に曲げて私の顔をじっと睨み付け出す。

 そんな恨みがましげに睨まれてもな、と私が密かに嘆息していると、孫娘の様子に感じるものがあったのか、マグル婆さんが椅子に揺られながら口添えをした。

「ドラン、アイリの言うとおりにおし。師匠命令だよ」

 師匠にそう言われてしまっては私に逆らえるわけもない。私は降参だ、と言う代わりに両肩を竦めてみせた。途端にアイリは輝く様な笑みを浮かべて見せる。ふむ。この笑顔が見られるのなら私の意思を曲げるのも止む無しかもしれない。

「おばあちゃん、ありがとう。ほら、ドラン、おばあちゃん、行きましょ。みんな待っているわよ」

 やれやれ、現金なものだ。とはいえご馳走になることそれ自体は単純に嬉しいのも事実。私が居ない分、マルコも多く食べられる事だろうし。

 私とアイリは手を貸してマグル婆さんを椅子から立たせ、杖を突かねばならぬマグル婆さんに合わせた歩調で本宅へと向かった。

 屋根から飛び出した真っ黒い煙突からは、もくもくと煙が立ち上っている。特に強化しているわけでもなかったが、私の鼻は食欲をそそる良い匂いをかぎ取っていた。

 ふむ。せっかくのご馳走、しっかりと頂く事としよう。私は素直に食欲に従う事にした。

 夕陽が沈んで暗闇の帳が世界に落ちた頃、私はアイリの家にお邪魔し、アイリの家族達と食卓を囲んでいた。

 分厚いテーブルの上にはみずみずしい新鮮なサラダや茹でてからバターを乗せたホコロ芋、トビウサギのシチュー、オオキバワニのソテー、焼き立ての黒パン、ドゥードゥー鳥の目玉焼きが所狭しと並んでいる。
 
 ううむ、我が家では滅多に見られないご馳走である。ますます両親や兄弟に対する申し訳なさが私の胸の内で大きくなったが、ここまで来ては食べる他ないと私は腹の虫を鳴らしながら覚悟を決めた。

 テーブルを囲んでいるのはアイリの母であり魔法医師でもあるディナおばさん、その夫で入り婿のドルガおじさん、それにアイリの七つ上の次姉リシャさんである。

 他にもう一人アイリの一番上の姉で今年十九歳になるエルシィさんが居るが、エルシィさんは家を出て、ベルン村の魔法医師ではなく王国の兵士として働いている為、この場にはいない。

 目下リシャさんがディナおばさんの後を継ぐ目算が高い。全員が揃い、今日の糧が得られた事を大地母神マイラスティに感謝の祈りと言葉を捧げてから、料理に手を付ける。

 大地母神マイラスティは大地の豊穣を司る最高位の女神である。長い黒髪をまっすぐに伸ばし、黒瑪瑙を思わせる美しい瞳に穏やかな光を宿した包容力に満ちた美女の姿をしており、大陸で広く信仰されている大神だ。

 性格の方も非常に慈悲深く包容力に満ち溢れていて、人間が信仰するに値する珍しい神であると私は思う。面識があると言ったら……まあ頭の可哀想な子供扱いされるのがオチか。

 かつて多くの神魔と戦った私が祈りを捧げても受け入れてくれるかどうかは謎であるが、私の糧となる食材や作ってくれたディナさんやリシャさんに対する感謝の気持ちは本物だったので、大人しく私も祈りを捧げる。

 祈りが終わりディナさんの合図で食事が始まる。なおこの家の力関係はマグル婆さん、ディナさん、ドルガさんの順に強い。魔法薬の調合が出来ず入り婿である事を考えれば、妥当なのだろうか。

 ディナさんは赤い巻き毛を背の中ほどまで伸ばし、起伏に富んだ体つきと三人の子供が居るとは信じられない若々しい風貌の女性だ。子供を相手にする時は殴って叱るよりは、宥めすかして諭す人である。

 ドルガさんは我が父と同じような逞しい肉体の主だが、背丈が210シム(約189センチ)もあり、私など目の前に立たれるとまるで壁が立ちはだかっている様な錯覚を覚える。

 顎を針金の様に硬い髭で覆い、白い物の混じる黒髪を後ろに撫でつけた寡黙な人だが、父と並び村屈指の戦士で非常に頼りにされている方だ。

 リシャさんはふんわりとした雰囲気をしていて、髪は父親譲りの黒髪で大きくウェーブする癖のあるその髪を腰に届くまで伸ばし、母譲りの大きく突き出た胸やくびれた腰、肉付きの良いお尻を誇る美少女で村で一、二を争う人気がある。

 やや垂れ目がちで左の目元には泣き黒子があり、染み一つないリシャさんの肌の中にあって夜空の星の様な存在感を持ち、温かな雰囲気のリシャさんにそこはかとない艶を加えている。

 アイリはまだ成長期であるからともかくとして、三姉妹の長姉であるエルシィさんの体つきを思い出し、同じ母の胎から生まれたと言うのにあの体つきの差は何であろうか、と私は生命の神秘に思いをはせた。エルシィさんの体つきは起伏の無い平原に良く似ているのだ。

 そんな姉とは逆にリシャさんはまだ体は成長していると言うから、余裕を持たせてゆったりとしたワンピースに身を包んでいる。
 
 リシャさんは食事を始めてしばらくすると、サラダを突いていた木製のフォークを置いて、にっこりと優しい笑みを浮かべて私に質問してきた。なお私の左がリシャさんで、右にはアイリが座っている。

「ねえ、ドランくん、今日のお料理の味はどうかしら? 貴方の好みに合うといいのだけれど」

「美味しい。ふむ、今日の料理はリシャさんが?」

 実際食卓に並んでいる料理は、私の人生を振り返ってみても三指に入る美味しさである。豪勢さでは一番だ。
 
 私の理性は食欲に押し負けて、最初は遠慮していたお代わりも今は堂々と頼んでいる始末。
 
 我ながら少々自制心が足りないと後日反省する事になるが、いまは舌の感じる美味しさに夢中であった。まだ十歳なのだ、許して欲しい。

 私の答えにリシャさんは悪戯っぽく笑うと、私越しにアイリへと向けてなんとも可愛らしくウィンクをして見せる。

 どういう意図があるのか、と私がリシャさんの視線を追ってアイリの方を振り返ると、私が頼んだシチューのお代わりをよそってくれていたアイリが顔を赤くしていた。

「お、お姉ちゃん!」

 私に内緒にしたかったのかアイリはリシャさんに抗議の視線を送るが、私はアイリの手から皿を受け取って、アイリを席に座らせてからアイリの瞳をまっすぐに見つめて言った。

 調合棟に入って来た時のエプロン姿にはこういう理由があったらしい。

「そうか、今日の料理はアイリが作ってくれたのか。とても美味しいよ。ありがとう」

「……う、うん。残したら、ダメなんだからね」

 アイリは笑顔を浮かべて礼を告げる私の視線が嫌だったのか、そっぽを向いてぼそぼそと小声で告げる。ううむ、私の笑顔がそんなに嫌なのか。すこし傷ついた。

「欠片も残さん」

 それでも私にとってアイリが私の為に料理を作ってくれたという事実は、思わぬ喜びであった。アイリに告げた通り一欠片も残さず平らげるべくスプーンを手に取った私は、ふとアイリの顔にパン屑がついているのに気づいた。

「アイリ」

「なに?」

 私の声に素直に従ってこちらを向いたアイリの顔に指を伸ばし、私はパン屑をひょいと摘むと自分の口に運ぶ。

「パン屑がついていたぞ」

 アイリは私が花を髪飾り代わりに刺してやった時の様に、酸欠のサハギンの如く口をパクパクとさせ、顔を真っ赤に染める。私がじっとアイリの顔を見ているとやがて絞り出す様にしてこう言ってきた。

「……ば……馬鹿」

 解せぬ。

 パン屑を取ってやったと言うのに馬鹿と罵られるとは、どういうことだ。やはり女と男は永劫に理解し合えぬ生き物なのだろうか。
 
 神々とて男神と女神で争う者達もいるのだ。その創造物である人間もまたそうであったとしてもおかしくはないが、アイリと分かり合えぬと言うのなら、それは私にとって深い悲しみを覚えるものだ。

 ふとテーブルを囲んでいるアイリの家族の顔を見回すと、全員が揃ってにこにこと明るい笑みを浮かべて私とアイリを見ていた。はて、精通の事を相談した時の父母に近い笑みだが、私とアイリがなにかしただろうか。

 テーブルに両肘をついて組んだ指の上に卵型の綺麗な顎を乗せたディナさんが、私に質問をしてきた。ディナさんの元々豊かな胸が両腕に圧迫されて、ブラウスから覗く肉の谷間は極めて深い。

 私は鼻の下を伸ばす事はなかったが、下半身は正直に反応していた。幸い両隣のリシャさんとアイリには気付かれていない。

「ねえドラン。ドランは村の女の子の中で好きな子とかいる? 結婚したいなって思う女の子とかはいないのかしら。そろそろそう言う事を考える年よね」

 ディナさんの質問に、なぜだか私の右に座るアイリが息を飲んでディナさんを見つめたと思ったら、すぐに私の顔を見て来たので、私もアイリを見つめ返すとアイリはすぐに視線を逸らして俯いてしまう。

 忙しない娘だ。普段はこうではないのだが、やはり家族の前だと色々と気が緩んで、私や村の友達の前では見せない所を見せるのかもしれない。

 私はディナさんの質問に腕を組んでふむ、と呟いてから真剣に考え込む。いかんせん私の魂の感性は竜である。
 
 肉体は人間なので人間やそれに近しい姿をしていれば反応して欲情はするが、恋愛感情を抱くかと言うといまひとつわからない。

 だが家族に対して向けているのは間違いなく愛情であるから、私も人間を相手に恋をするのかもしれない。

 そしてなぜかドルガさんの視線がまるで矢の様に鋭く私に向けられていた。なにか悪い事をしただろうか?

 取り敢えず私は村の少女達の顔や普段の言動を脳裏に思い描いてゆく。好き、結婚したいと言う事は一生を共にするという事である。ならば一緒にいて苦痛ではなく楽しい、好もしいと思える人物を選ぶのが適切であろう。

 そう考えた時、私の頭にはアイリの顔がすぐに浮かびあがって来た。私はそれを口にする。

「アイリだ。村の少女達の中では私はアイリが一番好もしい」

 ディナさんは私の答えに満足したのか笑みを更に深め、鋭い視線を送っていたドルガンさんは目を瞑って、仕方がないとでも言う様に溜息を吐いている。マグル婆さんに至っては、ほっほっほ、と笑い声を上げる始末である。

 私は何か道化にでもなった様な気分になって、結婚するならアイリと告げることがこうも笑いを誘う理由が納得できずにいた。

 さてアイリはと言うと先ほどからずっと俯きっぱなしなのは変わらなかったが、今は耳やうなじに至るまでが真っ赤だった。

 いきなり好きと言われて反応に困っているのかもしれない。次からは時と場合を良く考えて言うようにしよう。

「良かったわね、アイリ。でも残念だわ。私はドランくんの一番じゃなかったのね」

 リシャさんが右頬に手を添えて至極残念そうに私に告げる。顔と声は残念そうではあったが、どこかからかう様な響きがあるのを私は聞きとっていた。柔らかな雰囲気のリシャさんだが私や私の兄弟相手だと、こういう風にからかう癖がある。

「リシャさんはアイリの次だ。僅差で二番目になる」

「あら、じゃあ頑張ってアイリからドランくんを取っちゃおうかしら。ドランくんがもう少し私と年が近かったら、私を選んでもらえたのかな?」

「だだ、ダメよ! お姉ちゃんはドランを取っちゃダメ!!」

 それまで口を噤んで俯いていたアイリが勢いよく顔を上げた飲みに留まらず、椅子を蹴倒して立ち上がり、ばん、と音を立ててテーブルに手を突いてリシャさんに大声で抗議した。

 ふむ。静かにしていたり大声を上げたりと、今日は色々なアイリが見られるな。
私が呑気な感想を抱く一方で、リシャさんはアイリの反応にくすくすと鈴を転がす様な笑声を零し、それでアイリは自分がからかわれた事を知ると、頬を膨らませて椅子を戻して座った。

「アイリったらねえ、この間ドランくんに貰った花を大切にしているのよ。可愛いでしょう?」

「お姉ちゃん!?」

 アイリが気を緩めた瞬間を見逃さぬ辺り、リシャさんは流石姉妹と言った所だろうが、そろそろアイリをからかうのを止めにしないと料理が冷めてしまう。

 幸い私の危惧した様なアイリへのからかいはそれ以上は止んで和やかに歓談が進み、機嫌を損ねていたアイリも腹を満たせば機嫌を良くし、私とも普通に話をしてくるようになった。

 ふむ、今度アイリの機嫌を損ねたら胃袋を攻めることにしよう。用意されていた食事を宣言通りに欠片も残さず食べた私は、服を着ていても分かるほど膨らんだ腹をさすりさすり、ドルガさんに家まで送ってもらう運びとなった。

 玄関まで出てきてくれたアイリやリシャさんに手を振って別れを告げ、口数の少ないドルガさんとぽつりぽつり言葉を交わしながら我が家に帰った私だが、別れ際ドルガさんに呼び止められる。

 ドルガさんは私の視線に合わせて膝を折り、その岩から削りだしたように固く大きな手を私の肩に置いて、鋭い視線を私の瞳をまっすぐに見る。

 月と星の明かりだけが頼りの夜だが、ドルガさんの瞳に真剣な光が宿っているのを私は直感的に悟る。

 黙ってドルガさんの言葉を待つ私に、ドルガさんは石と石とが擦れる様な重々しい声でゆっくりと、噛み締めるように告げる。

「いいか、ドラン。男がしちゃいけねえ事の一つは女を泣かす事だ。アイリが自分で決めた事なら何も言わねえつもりだったが、おれもやっぱり父親だ。これだけは言わせてもらうぞ。アイリを泣かすんじゃねえ。いいな?」

 ドルガさんの真意を全て察する事が出来たわけではないが、私はドルガさんに頷き返して、ふと疑問に思った事を訪ねてみた。

「嬉し涙なら構わない?」

 ドルガさんはこの人には珍しくきょとんとした顔を作ると、小さく笑って私の頭をやや痛い位にぐしぐしと撫でまわした。

「お前は大物だよ。今日はもうゆっくり寝とけ。明日も朝から働かにゃならんからな」

「おやすみなさい」

 取り敢えずドルガさんの機嫌は良くなったようである。私は背を向けるドルガさんの背中が見えなくなるまで見送ってから、我が家の戸を開いて家族の元へと帰った。

 女の気持ちは分からんが男の気持ちもいまひとつ分からん。人間とはまことに摩訶不思議な生き物である。

「ただいま」

 マルコや兄にどんなものを食べてきたのか、どんな話をしたのか聞かせてくれとせがまれ、その全てに受け答えして疲れを感じ始めた頃、父と母に促されてようやく私は寝台へと入る事が出来た。

 ラミアの少女セリナと出会い彼女と情を交し、アイリの家でご馳走になるなど今日はいつにもまして騒がしい日であったが、同時に非常に充実してもいたから、私はとても満足した気持ちで眠りに就いた。

 筈だったのだが四鐘(四時間)ほどした頃、私は私が密かに村の周囲に埋設している探知結界に、一体の魔物が触れるのに気付いて即座に眠りから覚醒する。

 一つの寝台で兄弟三人が窮屈に横になった体勢で、私は瞼を閉じたまま探知結界が捉えた魔物の詳細の把握に努め、結界の伝えてきた情報におや、と思い寝台を抜け出して魔物と会いに行く事を決める。

 私の腹の上に足を乗せている兄や、腕を締め上げているマルコ、隣の寝台の父母が起きぬように、私は睡眠作用のある霧を発生させるスリープミストという魔法を発生させて皆の眠りを深いものにし、マナを用いて実体を伴う分身を作って私の身代わりにする。

 これでもし誰かが目を覚ましても私が抜けだした事はばれまい。またいざとなれば即座にこちらに転移魔法で戻ってくれば対処のしようもある。

 さて、と私は一つ零し寝室に隣接する台所兼食卓で、村を北東から南西に横断する川の上流に姿を見せた魔物の近くへと、転移魔法を発動させた。

 私の足元に明滅する白い光の輪が展開し、それが地面から浮かびあがって私の頭のてっぺんまでを包み込むと、私の視界は一変した。

 見慣れた土の匂いのする家の中から、水の匂いと川のせせらぎ、夜に活発になる鳥の鳴き声や動物の息吹に満ちた野外へと私は一瞬よりもさらに短い時間で移動したのである。

 黄金の盆月と宝石箱を逆さにしたように夜空の絨毯を飾る星明りの美しさに、思わず私は笑みを浮かべた。七人の英雄達に殺された日も今日の様な夜だったな。

 私の左手側には月光を浴びて川面が銀色に輝く川が流れ、右手側には明るい時に何度か足を踏み入れた事のある森が広がっている。

 狼の群れや熊、猪といった野生の獣だけでなくゴブリンやコボルトの小集団などが奥の方にだが居るので、大人の付き添いがなければ子供だけでは入ってはいけないと言われている森だ。

 私は夜景の美しさに惹かれた意識を本来の目的へと向き直し、私の出現と同時に木陰に隠れた魔物の姿を正確に捉える。咄嗟に隠れようとしたのだろうが、長々と下半身が木陰からはみ出しており、頭隠して尻尾隠さず、だ。

「出てきなさい。そなたである事は分かっているよ、セリナ」

 私は出来るだけ優しい声でラミアの少女の名前を呼んだ。私が敷いた探知結界は悪意を欠片も抱かずにベルン村に近づく彼女を捕捉したのである。

 悪意があってのことならば告げた通りに容赦を捨てるつもりであった私だが、セリナの意識には村人を害そうと言う意識は感じられなかった為、私はその真意を問いただそうと思いここに来たのである。

 私の声が聞こえたのだろう。木陰からはみ出ていたセリナの尻尾がぴくん、と一つ大きく跳ねるとおずおずとセリナが顔を覗かせて、怯えた子犬みたいな表情で私を見つめてくる。

 唐突に転移魔法で姿を見せたことで、私がセリナを処理しに来たのかと勘違いして警戒しているのかもしれない。

「怒ってなどおらぬ。こちらにおいで」

 つとめて優しい声で呼びかける私に、顔半分を覗かせて私の機嫌を伺っていた様子のセリナは、びくびくと清純さと妖艶さを併せ持った少女の上半身と巨大な蛇の下半身を震わせながら私の方へと近づいてくる。

 どこで調達したのか襤褸寸前のマントを肩から羽織っている。一応洗濯はしたようだが、随分と汚れが目立つし草臥れているからリザードの集落で見つけたのかもしれない。

 私のすぐ前まで来たセリナは私と目線を合わせることを避けているようで、私はそれに疑問を感じながらセリナに質問をした。

「どうした、なにかあったのか? 困った事があったのなら私の力の及ぶ限りそなたの力となろう。私はそなたの事を憎からず思っておるからね」

 セリナは私の言葉のどれかが琴線に触れたのか、それまで伏せていた顔をぱっと上げると、頬を紅潮させて胸の前でもじもじと指を突き合せながら私に答える。

 ふむ、相当に年若くまた同時に可愛らしい娘だ。初めて会った時に私に話しかけてきた口調は、かなり無理をしていたものに違いあるまい。

「困った事があったというわけではないのです。ただ私は、少しでもご主人様のお傍に居たくて」

 よほど恥ずかしいのか小声で告げるセリナの言葉を吟味し、ご主人様というのが私の事を指しているらしいと判断する。

 私は背後を振り返り、小さな豆粒の様なベルン村を見てからふむと呟いて顎に右手を添える。ここからならベルン村がかろうじて視認できる距離だ。

 私の傍に居たくともあまり村に近づけば村人に見つかって騒動となるだろう。その事を危惧して、村の見えるこの場所で二の足を踏んでいたのか。

「セリナ、どうして私の傍に居たいと思うのだね。それに何故私をご主人さまと呼ぶ?」

 いつかまた会えれば良いな、と思ってはいたが、セリナの方がそれほどまで私の事を想っていたとはいささか想定外だ。

「私は旦那さまを探す為にお家を出て旅に出たのです。それで、私はご主人様にお会いすることができました。きっと、いいえ、これからどれだけ時間をかけてもご主人さまより素敵な方は絶対に見つかりっこありません。
 ご主人さま、私をお傍に置いてください。奴隷でも何でも構いません。なんでもします。どんなことでも我慢します。私の身も心もご主人様に捧げます。私はもう、ご主人さまのお傍でないと生きていけないのです」

 熟したリンゴの様に頬を紅潮させ、青い瞳を潤ませながらセリナは切実な声で私に訴えかけてきた。

 魔物である自分と一応人間である私が傍に居ることの難しさを理解しながら、それでもなお私の傍に居たいと願う少女の想いと姿に、私は胸の奥が締め付けられるような、高鳴るような感覚を覚えた。

 妙だ。やけにセリナが愛おしく思える。だが、悪い感覚ではない。私はセリナの腰に手を回して抱き寄せると、お互いの顔が瞳に映るほど顔を近づけて、セリナに囁きかける。

「奴隷などと言ってはならぬ。私はそなたをその様に扱うつもりはない。セリナ、そなたの気持ちはとても嬉しい。ありがとう。だが私はきっとそなた以外の女性にも手を出す。そんなどうしようもない男だ。もっと良く考えた方が……」

「他の女の人の事なんか気にしません。私はご主人様のお傍に居たいのです。その為なら何だって我慢すると申し上げました。私の気持ちを嬉しいと仰って下さるのなら、どうか私をお傍に置いてくださいませ」

 どうやら私の方が無粋なことを口にしたらしい。セリナが傍に居たいと願うに値する男であり続けることの方が、セリナに対する礼儀であろう。それに、私もセリナに傍に居て欲しいと、この時強く欲していた。

 私は今にも涙を零しそうになっているセリナの目尻に唇を寄せて涙を吸い取ってから、不安の気持ちに心揺らすセリナに微笑みかける。

「セリナ、ならば私の傍で生涯を過ごすが良い。私はそなたが傍に居続けるに値する男であり続けよう。もう一度、礼を言う。私を選んでくれてありがとう、セリナ」

「ご主人さまっ!」

 感極まったのか新たな涙を浮かべるセリナに、私は一つだけ気になっていた事を注意した。

「ただし私の事はドランと呼びなさい。私は父母から与えられたこの名前を気に入っている。私の傍に居ると言うのなら私を名前で呼ぶ事が条件だ」

 もちろんセリナの答えは決まっている。そこに小さな太陽が生まれた様に明るい笑顔を浮かべて、セリナは私に答える。

「はい、ドランさま」

 そして私達は互いの顔をしばらく見つめ合った後、引かれる様にして顔を寄せ合い、唇を重ねる。月よ、星よ、そんなに見つめてくれるな。これから先は私とセリナだけの時間なのだから。

「ふう」

 と私は一仕事を終えて満足した時の父の真似をして吐息を吐き、川辺の大きめの石の上で胡坐を掻いた私の膝の上に頭を預けているセリナの金色の髪を、飽きることなく指でけしくずる。

 二度目とあって前回よりは自制の利いた私は、セリナが気を失う寸前で止めることに成功し、いまは互いの体を清めて余韻に浸っている時間であった。

 セリナは私の膝に頭を預け、時折えへへ、と嬉しそうにはにかんだ笑みを浮かべるきりで、私に身を預け切っている。まったく、可愛いものだ。

 眩い月光を浴びながら、私は川面をなんとはなしに眺めていた。父譲りの黒髪と母譲りの青い瞳の私が水の鏡に映し出されている。

 同年代の中では少し高めの背丈はともかく、顔立ちはどうだろうか。いまひとつ自分の顔となると判断が着かない。

 母やリシャさん、ディナさんはかっこいいと褒めてくれてはいる。マルコほどではないにせよ、私はどちらかと言えば母に近く、それなりに他人にも見せられる顔をしている……多分。

 さて自分の外見に対する考察はともかく、私はこれからの事を考えた。セリナは私の傍に居ることを望み、私もまたセリナが私の傍に居ることを望んだ。

 だがお互いにそれを望んだからと言って、はいそうですか、と私達が傍に居られるかと言うとそうではない。

 どうすればセリナが村に住む事が出来るのか、村人に受け入れられるのか、私はセリナの金の髪と頭を撫で続けながら、答えを求めて考え続けた。

<終>

主人公
・やだ、なにこの子可愛い
・胸がキュンキュンする

セリナに対してはこんな感じです。
エロはXXX板に移動した方が良いと言われない程度に抑えるようにいたします。
次はどのモンスター娘にしようかな。

設定・質問など

1シム=0.9センチ 100シム=1メル=90センチ
1グラ=0.9グラム 1000グラ=1キラ=900グラム
1リンル=1000メル=900メートル
一鐘=一時間 半鐘=三十分 四半鐘=十五分

いくつかご質問にお答えいたします。

①ドランの容姿に関しては皆さんのお好きなように想像していただけるようにわざとぼかしていましたが、やはり描写した方がよいでしょうか。とりあえず本編後半で簡単に描写しましたが場合によってはより詳細な容姿を書きます。

②前世主人公の死からどれだけの時間が経過しているのかは、実は未定で勇者達が出るのか、その子孫が出るのか思案中です。どちらでも大丈夫な展開は考えてはいます。主人公は特に勇者達を恨んではおらず、俗世に縛られる勇者達に憐みを覚えています。

③登場するモンスター娘ですが、由来はともかく基本はなんでもありです。さすがに由来や伝承などはこの作品世界風に変更することを余儀なくされるとは思いますが、あと私がこれはありだな、と思うかどうかに依りますです。

④前世主人公を倒した勇者一行ですが、人類史上二度と結成できないのではないか、と言う位のドリームチームです。人間を創造した神々がこいつら強すぎじゃね? とビビる位で転生した主人公相手ならほぼ互角。そんな勇者達一行にバグキャラである主人公を倒す為の対バグ用のワクチンである竜殺しの剣が与えられた事と、主人公が死んであげたのが勇者一行の勝利の要因です。

⑤主人公はその内背中から刺されるか、毒殺されるかもしれません。

ステータスの表示は避けた方がよろしかったでしょうか? 主人公の歪さを端的に表す手段として採用したのですけれども。

また読みにくいとのご指摘ありましたので行間を空けましたいかがでしょうか?

最後にラミアのセリナが年上っぽくなくなって従順なキャラクターになってしまい、残念に思われた皆様にはお詫び申し上げます。すこしチョロすぎたかもしれませんね。



[29749] さようなら竜生 こんにちは人生④
Name: スペ◆52188bce ID:97590545
Date: 2011/09/22 12:16
さようなら竜生 こんにちは人生④ ラミア編完


 私の傍に居たいと懇願してきたセリナの想いを受け入れた私は、セリナとの甘く淫らな時間を夜が明けるまで過ごし、瞳を潤ませて別れを惜しむセリナを慰める為に口付けしてから、我が家へと転移魔法で帰宅した。
 寝台に寝かせていたマナで作った身代わりを還元してから寝台に潜り込み、スリープミストの効力を打ち消しておくことも忘れない。両親が目覚めるまであと半鐘(三十分)ほどだが、それでも一応私は目を瞑って寝たふりを決め込む。
 心苦しいがセリナには、村で暮らせるようになるまでの間は取り敢えずあの川の近くの森に、姿を隠してもらう事になっている。セリナを村に招き入れるにあたっての問題は、まず彼女が村人に危害を加えない魔物であると信頼してもらう事だろう。
 では信頼とはどのようにして得られるものか。といえばこれは過去の行い、実績によるところが最も大きいと私は思う。当然セリナにはその実績がないのだから、これからそれを作って行かねばならない。

 仲睦まじい人間の父とラミアの母に育てられたと言うセリナの生い立ちと彼女自身の性格を考慮すれば、元から積極的に人間に害を成そうという類の魔物とは正反対である事もあって、セリナが人間の中で暮らしてゆく事はそう難しくはあるまい。
 主食である精気は人目を忍んで私がいくらでも与えてやればよいのだ。
 となるとベルン村の人々がセリナを受け入れても良いと思わせる実績、あるいは有益性を示す事が肝要であろう。
 セリナが村の一員となった場合にまず思いつくのは、年若いとは言えラミア種というここら辺ではまず見かけることの無い強力な魔物が味方になることだ。
 猛毒を滴らせる牙と強靭な蛇の下半身に、魅了と麻痺の力を持つ魔眼と中級の魔法を駆使する能力は、駆け出しの冒険者のパーティーを容易く全滅に追い込むだけの戦闘能力である。

 これは非常に大きな魅力であるが、同時にその力が村の人々に向けられた時の事を考えると、いささか問題となるだろう。戦力として以外の面でセリナを迎い入れるメリットを考えると、年に一度行うと言う脱皮の時に残される蛇の下半身の皮だろうか。
 上手く加工すれば地属性の魔法に対する耐性を備えた防具を作れるし、また魔力を帯びた素材として魔法使いなどには重宝される品だろう。年に一度という回数の制限はあるが、なかなか魅力的な臨時収入となるのは間違いない。
 またラミアの持つ麻痺性の毒液は、村で野草や毒茸などから調合する毒よりも強力で即効性があるから、狩猟以外にも魔物の迎撃や討伐の際には頼りになる。
 これらの事を一つ一つ頭の中で検討し、セリナをどのように紹介する事が村の人達に最もスムーズに受け入れられる方法であるかを、私は日々の農作業をする間も頭の中でずっと考え続けていた。
 ふむ、と私が一つ零すと、大人の女性の声が私の鼓膜を揺さぶった。

「あらドラン、どうしたのこんな所で立ち止まったりして」

 声のした方を私が振り向くと、そこには二十代半ばほどの女性がおり、考えに没頭するあまり足を止めていた私を不思議そうに見ていた。
 ミウさんという名前の女性で、茶色の髪を肩に掛る程度で整えており、赤麻のワンピースを着ている。
 赤子の頭ほどもあるのではないかと言う位に大きな、村一番の乳房が大きくワンピースを押し上げており、今にも布地が張り裂けてしまいそうだ。
 だがそれも彼女の種族を考えるとそう特別なことではない。ミウさんはこのベルン村でも数えるほどしかいない、人間以外の種族なのである。
 ミウさんは牛人と呼ばれる獣人の一種であり、ぽやっとした印象の綺麗と言うよりは可愛いという感じのする美貌だが、頭の左右の髪からは牛の耳が覗き、ワンピースの臀部には尻尾用の穴が空いていて牛の尻尾がミウさんの尻から伸びている。

 また太ももの半ばまでは牛の毛皮に包まれて足首から下は人間のそれとは違い、牛の蹄になっているから、靴やサンダルを履いている所は見た事がない。
 牛人の女性に共通する特徴として、妊娠していなくともかなりの量の乳が出るのでミウさんの乳は村の人々の間で愛飲されている。かくいう私も小さい頃は母のおっぱいの代わりにミウさんのおっぱいを頂いた事があるし、今でも時々食卓に上っている。
 また獣人の常としてミウさんのような女性の細腕であっても、牛馬にも負けぬ力があり日々の農作業でも頼りになる。
 ミウさんはベルン村から二十リンル(約十八キロメートル)南に在る都市ガロアに住んでいた女性で、ガロアに用事があって出向いた今の旦那さんと出会い、大恋愛を経て結婚してベルン村に移り住んだ方である。
 またああ見えて実年齢は三十代半ばを越えており、既に今年で十四歳になる娘さんと十二歳になる息子さんが居て、娘さんもそろそろ乳の出る頃だったろうか。
 総じて獣人は人間よりも寿命が長く若い期間も長いから、子宝に恵まれる傾向がある。まだまだ子供は増えることだろう

 このミウさんのように獣人種は昔から人間種との付き合いが長く、歴史を振り返れば国家規模の戦争を行った過去があり、いまでも奴隷として扱うなどの差別を行っている国もあると言うが、全体的に見れば比較的友好的な種族であると言っていいだろう。
 まあ獣人種と一括りにするには多種多様であるから、いささか乱暴な意見である事は認めなければなるまい。
 ミウさんのような牛人の女性は昔から人間と深く付き合いのある種族で、ベルン村でなくとも、人間の村落に行けば一人か二人は見かけることもあるらしい。
 付き合いの長さから種の傾向として穏和であることや、栄養価が高く美味な乳を得られる事が人間の間でも広く知悉されている為に、半人半牛の外見であっても簡単に受け入れられているのだ。

 人間と人間以外の生物の特徴を併せ持っているという意味では、セリナもミウさんも同じだが過去の積み重ねで培った実績の違いはいかんとも埋め難い。
 村の方が歓迎したミウさんとは違い、今のままではセリナを連れてきても追い払われるのが関の山であろう。
 竜として生きていた時にはまったくもって経験した事の無かった事態に、私は人間社会の構造の難解さに頭を悩ませ、ついついミウさんをまじまじと見つめてしまう。
 セリナの性格なら村の人達とも上手く付き合えるだろうし、ミウさんも先達として色々と助言をして下さるだろう。私はセリナの笑顔を思い浮かべ、彼女と自分の為になんとかしたいという想いばかりを募らせる。
 すると押し黙る私を不審に思ったミウさんが、細長い牛の尻尾を左右にくねくねと動かしながら、可愛らしく首を傾げた。実年齢の半分位に見られる愛らしさは、村の大人の男達がミウさんの旦那さんに恨みがましげな視線を送る理由の一つだ。

「ドラン? 早く行かないと置いていかれるわよ。今日は皆で訓練の日でしょう」

「ん、ああ、そうだったな。ありがとう、ミウさん」

 ミウさんの言う訓練とは定期的に、村の子供達が駐在の兵隊や大人達に引率されて、村の外に棲息する野生動物や弱い魔物を相手に実際に戦うのと、村の中で組み手をしたり武器の扱いを習う事で、今日は前者だ。
 魔物の跋扈する辺境ともなれば、例え齢十歳の子供であろうと武器の扱いは当たり前に習うものだ。村が魔物の集団に襲われた時、家の奥で怯えて震える子供よりも弓に矢をつがい、槍を突きだす事の出来る子供の方が重宝される。
 非情だと感じるものもいるかもしれないが、それは子供を戦力として考えなくても良い恵まれた環境で生まれ育った者の感じ方だろう。
 魔物や野盗の脅威は大人と子供の区別なく平等に襲い掛かってくる。ならば子供であろうと抗う術を学び生き残る手段を知っておく事は、必須だ。
 村が襲われた時、辺境に生きる人間に与えられる選択肢は、村が丸ごと壊滅するか、襲ってきた相手を壊滅させるかの二つである事がほとんどである。

 私は腰にまわした皮ベルトにブロンズダガーを鞘ごと差し込み、背に矢筒と木製の短弓を背負い、手にはツラヌキウサギの角を加工して槍穂にした百九十シル(約百七十一センチ)ほどのショートスピアを持っている。
 先日昼に戻るという約束を破り父に怒られたばかりだと言うのに、更に今日もまた訓練に遅れたとなれば、私の頭に落とされる拳骨の威力はいかばかりか。
 なにより父と母をがっかりさせてしまう事が私には恐ろしかったので、ミウさんへの挨拶もそこそこに私はその場から走りだした。兄とマルコも一緒に家を出たのだが、どうやら私を置いて先に行ってしまったらしい。
 考えに没頭すると他の声が聞こえにくくなる私の悪癖を知っているとはいえ、いささか薄情ではないだろうか。アイリの家に招かれてご馳走になった事へのささやかな意趣返しであるかもしれん。それでも私が悪いのは確かだが。
 私はとにかく集合の時間に間に合うようにと村の北門を目指して走った。

「気を付けて行ってらっしゃ~い」

 と私の背中に向けて手を振るミウさんののんびりとした声に、私は背を向けたまま左手を振って答えた。

 北門へと到着した私は幸いにして集合時刻に遅れることは避けられ、先に到着していたマルコと兄に合流した。槍を持っていない以外は私と同じマルコは私に気付くと笑顔を浮かべて手を振り、兄はと言うと手を組んだ姿勢でやれやれと溜息をついた。
 私の二つ上の兄ディランは百七十三シム(約百六十六センチ)の背丈に良く引き締まった肉体の持ち主で、短く刈った黒髪の下に父に良く似た骨太の目鼻顔立ちをもっている。
 兄が父に良く似た分、私とマルコは母に似たのかもしれないと、私は益体もない事を常々考えている。
 私とマルコ同様に兄が携えているのも木製の弓矢と槍だが、ダガーの代わりに幅の広い山刀を腰に吊るしている。以前村を襲ったゴブリンを返り討ちにした際に手に入れたモノを、父が兄に与えた品である。
 食べているものと普段の生活は変わらぬのだが、兄は力が強く体力も私やマルコよりもよほどある為、ダガーに比べれば随分と重い山刀も平気で振りまわせるのだ。

「遅いぞ、ドラン。遅刻ではないが皆を待たせる様な事はするな」

 兄の注意に心の中で完全に同意しながら私は短い答えを返した。

「すまん」

 なら私を置いていかないでほしい、という言い訳はしない。おそらく私に何度か声をかけた上で置いていったのだろうことは間違いがない。一重に非は私に在るのだから。
 軽く頭を下げる私に、兄はそれだけで何か言う事はなかった。
 他の子供とは違う私の様な奇妙な弟を、この兄はどう思っているのか時折兄の心を覗き見たい衝動にかられるが、不躾に他者の精神を覗く事は最も下劣な行いの一つであると私には感じられるから、その衝動はこれまで押し殺してきている。

「よし、全員集まったな」

 最後の一人であった私が姿を見せたことを確認し、引率役の王国の兵士が声を張り上げる。戦闘訓練はおおよそ六、七人ほどの村の子供のグループを二、三の大人が引率するのが通例である。
 今回の引率役は村に駐在している五人の王国の兵士の内、隊長であるバランさんとマイラスティ教の女神官であり、我がベルン村に派遣された神官戦士のレティシャさんの二人だ。
 バランさんは元々この村の出身で日焼けした褐色の肌に着こんでいる鉄製のブレストプレートを、はちきれんばかりに押し上げている筋肉の鎧を纏った屈強の戦士である。綺麗に顎髭を整え鋭い眼差しは猛禽類を思わせる。
 今日は訓練と言うこともありバランさんの防具はブレストプレートとグリーブ、ガントレットと、完全装備でなかった。
 その左腰にはバランさんの獲物である鉄の塊を先端に備えた鉄の棒――ハンマーが吊り下げられ、予備として鉄製のショートソードが左腰に下げられている。
 鉄製の武具ともなれば鈍らであっても、それなりの値段で取引されるもので国からの支給品でもなければ、平民がそう簡単に揃えられるものではない。
 王国の兵士になれば最低でも正規の鉄製の装備が与えられるし給金も出る。バランさんは故郷であるベルン村の駐在兵士になることを目的に、兵士になった方だ。

 故郷を守るとなれば士気が上がる、という事もあって王国では農村地帯や辺境から入隊した者はなるべく故郷の村かそれに近しい場所に配置する傾向にあるから、小さい頃から魔物や野盗との戦いを見て育ったバランさんにとっては願ったり叶ったりだったろう。
 なおミウさんの旦那さんがこのバランさんで娘さんを目に入れても痛くないほど可愛がり、息子さんの方は村を守れる戦士とすべく厳しく鍛え上げている。
 ミウさんのあのディナさんをも凌駕するおっぱいを独り占めにしているのかと思うと実にけしからん、と最近になって私も村の男性連中が時折バランさんに羨ましさと嫉妬をないまぜにした視線を送る理由が分かって来た。

 さてもう一人のレティシャさんであるが、こちらは確か二十歳になるまだお若い女性の方で華やかさはないが、一緒に居てとても落ち着く雰囲気の持ち主で、きさくで博識な事から村の皆から良く慕われている。
 もともと村には神官や僧侶の類はおらず以前から神殿や王国に一人でも良いから、人を送ってはいただけないかと嘆願書を送っていたのだが、それが功を奏して二年前から村に新設された小さな教会に派遣されたのがレティシャさんだ。
 辺境の僻村と言う事もありレティシャさんの聖職者としての位階は低いものだが、若いが故の情熱と確かな信仰をその胸に宿しており、素朴な村人たちとの暮らしには確かな生きがいを感じてくれている様に見える。
 神官戦士というのは聖職者の中で戦闘の訓練を積んだ者の事を指し、これはその人の聖職者としての位階を問わず呼ばれる。僧侶や侍祭、司祭であってもみな神官戦士として一括りにされるのだ。

 柔和な顔立ちと藍色の髪の毛先を綺麗に切り揃えて首の後ろで一括りにし、腰に垂らしたレティシャさんの風貌はとても戦う事など出来そうにもない。
 だがシンプルな白いマイラスティ教の聖職者のみが着用を許される祝福を受けた衣服と、教団のシンボルをあしらったネックレスの上から着込んだレザーメイルや左手のバックラー、腰のベルトに留められているアイアンメイスは良く使いこまれたものだ。
 既にベルン村で暮らし始めて二年の間に、レティシャさんもまた魔物などとの戦いをそれなりにこなしているのだった。
 まだ位階が低い為そう大した神聖魔法(神への信仰によって奇跡を起こす種類の魔法だ)は扱えないが、基本的な傷を癒すヒールと解毒効果のあるリカバーは使えるし、筋力や耐久力を増強させる魔法も最近習得したと言う。
 魔物との戦いでは欠かせぬ人材である。

「今日はいつも通りツラヌキウサギやオオアシネズミを相手にするが、慣れた相手だからと言って決して油断するな。三人一組、自分以外の二人の動きを良く見ながら戦うんだ」

 訓練を始める前に必ずバランさんが言う忠告に、私を含めた六人の村の子供達ははい、と素直に返事をした。
 武器を手に取りそれを使うと言うのは子供にとって単純にそれだけでも面白いものだし、訓練で取った獲物はその子供が家に持って帰って良いというのも、私を含めた村の子供が訓練を楽しみにしている理由だ。
 私としても魔法による強化を行わない素の人間としての身体能力を高め、戦闘経験を積む良い機会なので非常にありがたい。
 村を離れてヒールグラスの採取などでよく訪れる草原の、子供たちだけでは足を踏み入れない奥の方に到着した私達は、ツラヌキウサギやオオアシネズミ、ランバードの姿を求めて三人一組になって別れる。
 バランさんとレティシャさんはいざという時にすぐフォローに入れるよう、私たち全員を視界に入れられる位置に移動している。

 家を出る前にいつもより量の多い昼食を平らげ、活力に満ちていた私は春の暖かな日差しと遅刻を免れようと走った甲斐もあってほど良く体が温まり、気力も充実していた。
 私のグループは私とマルコ、それに幼馴染――それを言ったら村の子供全員がそうなのだが――の中でもとりわけ仲の良いアルバートの三人である。
 私の一つ上のアルバートは薄水色の髪にそばかすを散らした垂れ目の少年である。背丈は私とそう変わらないが、色々と目端が利き悪知恵も働く事から村の中では悪ガキとして知られている。
 夏になると子供同士で村の中を流れる川で水浴びなどしていたのだが、アルバートは女子に対する目線がいやらしいだのおっぱいやお尻を触ってくるなどの悪戯の度が過ぎた為に、水浴び禁止を言い渡された猛者である。
 ただ年下の者への面倒見は良いので、悪い評判ばかりと言うわけではない。私も物怖じせずに言いたい事を言うアルバートの性格は好もしく感じている。
 針金みたいに硬い髪の毛をトレードマークである緑色のバンダナで押さえつけ、三つ首蛇の皮を使ったベストを着こんだアルバートは、握った槍の先で草むらをかき分けながら私に話しかけてきた。
 アルバートの槍は折れたショートソードの切っ先を括りつけた品である。コボルトかゴブリンの持っていたもので、村を襲ったのを追い払った時にアルバートの父親が貰い受けたものだったと記憶している。

「お前が遅れるなんてめずらしいな。何かあったのかよ」

 同じく草むらを掻き分けて獲物を探すふりをしながら、嗅覚と聴覚、視覚を強化して既に獲物を捉えていた私は、そちらに意識を向けつつアルバートに答える。

「ハードグラスを大量栽培できないかとつい考えてしまってな」

「あ~、あの鉄みたいに硬い葉っぱだろ。あれが簡単に使えるようになればけっこう楽が出来るもんなあ」

 アイリの家の生け垣として使われているハードグラスが鉄並みの硬度を持つ植物であるが、ベルン村ではアイリの家でしか見られない代物だ。
 一枚一枚の葉は小さな楕円形の形をしていて、私の胸くらいの高さの木から伸びた無数の枝にその葉がついているのだが、このハードグラス、アイリの家の生け垣として使われている事から察せられるとは思うが、魔法を齧ったものにしか扱えぬ類の特殊な植物であった。
 衣服に縫いつけたり木製の農具や武器に巻きつけるなりすれば、鉄並みの硬度を持った道具がすぐさま出来上がるのだが、ハードグラスの栽培の難しさがそれを阻んでいる。
 マグル婆さんはこのハードグラスを粉末状にしたものを基本に調合を行い、塗したものに鉄の硬度を与える魔法薬を調合している。
 良く磨いた鉄を思わせる色合いの粉末状の魔法薬は、肌に塗せば皮膚は鉄の皮膚と変わり、服に塗せばそれは布地の柔らかさをそのままに鉄の硬度を得ることが出来る。
 効果はおよそ三鐘(三時間)に及び、命を危険に晒す冒険者の間などでなかなかの値段で取引される。

 アイリの家を囲む生け垣の分では、十日に小さな一瓶ほどを調合するのが精一杯で、また原料となるハードグラスも枝から葉を摘むと見る間に枯れてしまうという厄介な性質がある為に、多くの学者や魔法医師が品種改良や栽培方法を試しているがいまだに成功の目は見ていない。
 アルバートが言ったようにあのハードグラスを簡単に栽培でき、また魔法薬に調合出来なくとも葉を利用できるようになれば、辺境の暮らしは随分と楽になる。
 私もやがてはハードグラスの栽培について手を出してみるつもりではあったが、いまはともかくセリナの事が第一である。彼女が村の一員になることで受けられる恩恵もまた馬鹿にしたものではない事だし。

 遅刻未遂の理由を誤魔化すのにハードグラスの話題を出したのは正解だったようで、アルバートは素直に納得し、それ以上私に追及してくる事はなかった。
 あまり大きな声で話をしていては獲物に逃げられるから、アルバートと私はしばらく声を潜めて他愛の無い会話を交わしながら、草原の探索を続ける。
 兄の混ざっているグループの方もまだ静かなものだから、獲物を見つけてはいないようだ。兄の振るう山刀なら小動物くらいは一撃だし、動物や小型の魔物との戦いも慣れたものだから、心配はあるまい。
 アルバートと別れた私は強化した感覚で捕捉していた獲物を慎重に追いつめる。獲物は私の胸ほどまでの大きさのある地を駆ける鳥ランバードだ。
 退化した紫色の羽と私の二の腕くらいある大きな黄色い嘴を持っていて、羽や嘴はちょっとしたアクセサリーになる。

 肉の味わいは淡白だが、癖の無い肉は食べやすく量もある。私は草むらの中で周囲を警戒しながら、地面を突いてミミズや小虫を啄ばむランバードの尻を目がけてツラヌキウサギの角を着けた愛用の槍を思いきりよく突き出す。
 私が一歩を踏み出す足音に気付いたランバードは、自分の背後に忍び寄っていた私を振り返るが、それが却って仇となった。ツラヌキウサギの角は鉄製の武具には劣るが、厚い木の板位ならまず貫通してのける。
 私の素の膂力と体重を乗せた一撃は私を振り返るランバードの、細かな羽毛で膨らんだ胸を貫いて深々と突き刺さる。
 ぐえ、と押し潰された声で一声鳴いたきり、ランバードの体からは生命の炎が消え、貫かれた胸からは次々と赤い血が溢れだす。

 血抜きの手間が省けたかな、と私が今日か明日の糧を得られた事に達成感を覚えていると、不意にアルバートの私を呼ぶ声が聞こえた。
 私は槍を引きぬくべきかどうかを考え、アルバートの声の具合から急いだ方が良いと判断し、ランバードの胸を貫いたままの槍を手放して走った。
 急を要するアルバートの声の響きであったが、焦りや恐怖と言った響きは感じられなかった事を考えると、私達の手に負えない様な魔物が出たというわけではあるまい。
 弓に矢をつがいながら駆け付けた私は、草原の中で足元に目をやりながら忙しなく動き回るアルバートとマルコの姿を発見する。
 私達の太ももに届く高さの雑多な草に隠れてしまう位に小さな獲物が相手と言う事か。
 それなら槍の方がよかったな、と私は頭の片隅で考えながら声を張り上げてアルバートを呼び、同時に諸感覚を強化して獲物の正体を把握に掛る。

「来たぞ、アルバート、マルコ」

「ドラン、オオアシネズミだ。すばしっこい奴が四匹いるぞ」

「兄ちゃん、アル兄ちゃん、ぼくが一匹仕留めたから三匹だよ」

「ふむ、マルコ、よくやった。私もランバードを一羽仕留めたぞ」

 二人に返答する間に、私はアルバートの言うオオアシネズミ三匹の姿と所在を捕捉し終えた。無論常に動きまわっているオオアシネズミだから、一か所に固まっていると言うわけではない。
 槍を構えたアルバートとダガーを手にしたマルコが一匹ずつ追いかけ、ちょうど私の来た方向に逃げようとしていたオオアシネズミが、私の右斜め前を必死に飛び跳ねている。
 オオアシネズミは一抱えほどもあるネズミだ。名前の通りに後ろ足が大きく強く発達しており、地面を走るのではなく飛び跳ねて移動する。灰色の毛皮は暖かくて手触りも良く、肉の味も悪くない。

 いまみたいに大体四、五匹でまとまって行動するが、一匹か二匹取れれば良い方だ。だが私は一匹たりとも逃がすつもりはなかった。父との約束を破ってしまった事で、失った信頼を少しでも回復したいという欲だ。
 草が邪魔をして視界を大いに阻み、跳躍途中のオオアシネズミの姿をろくに見ることもできない状態だったが、五感を強化している今の私にとってなんら問題はない。
 大いに弱体化したいまでも、強化を施せば太陽の表面で噴き上がる火柱とて仔細に観察できるのだ。
 私が矢を離し引き絞られていた弓弦から、鋭く先端を尖らせた木製の矢が放たれて、オオアシネズミの首筋をまっすぐに貫く。
 望んだとおりの結果に満足の吐息を吐くよりも早く、私はアルバートとマルコの方を振り返る。

 アルバートは槍を細かく素早く突き出して、何度かオオアシネズミの体を掠めている。私が手を貸すまでもなくアルバートの力だけでオオアシネズミを仕留められるだろう。
 ならばと私は二本目の矢を弓弦につがい、マルコから遠ざかろうとしていたオオアシネズミの鼻先に矢を射って、その動きを牽制する。後は声を出すまでもなく私の援護を理解したマルコが、素早くオオアシネズミを背後から襲い、逆手に握ったダガーを首筋に突き立てた。
 首の骨に当たってダガーの刃が欠けたかもしれない、と心配する私に、マルコは仕留めたオオアシネズミを手に持ち、にっこりと笑みを浮かべた。ま、いいか、と私は脱力した笑みを浮かべる。

「お、そっちも終わりか」

 アルバートが槍で串刺しにしたオオアシネズミを掲げて、のんびりと私とマルコの後ろから姿を見せる。目端の利くアルバートならまず逃す事はないと思ったが、まさにその通りの結果となったわけだ。
 それから私達は更にツラヌキウサギを二羽とトビダヌキを仕留め、全長四十シルほどの肉食性のキラーアントを六匹ほど仕留めて、狩りを終えた。残念ながらキラーアントは食用に適せない蟻の魔物なので、こちらは戦闘の訓練に終わってしまったが、成果は上々と言えるだろう。
 私はランバードとオオアシネズミ、マルコのオオアシネズミ二匹とツラヌキウサギ、アルバートはオオアシネズミとツラヌキウサギ、トビダヌキをそれぞれ一匹ずつ家に持ち帰る事が出来た。
 
 久方ぶりの大収穫だ。ふむ! といつもの口癖をいくらか力強く発音し、私達はバランさんの呼ぶ声に従って訓練を切りあげて、成果を持ち寄った。
 幸い怪我人が出る様な事はなく、レティシャさんの出番はなかったがその事を一番喜んでいるのはそのレティシャさんだろう。
 バランさんも私達が持ってきた動物を見て、どう戦いどう仕留めたのか反省点はあるか、と一人一人じっくり話し合ってゆく。特に今回で褒められた点は参加した全員が最低一匹は獲物を仕留められたことだろう。
 また今回一番の大物を仕留めたのはウチの兄であった。他の二人にトビダヌキと三つ首蛇、ハリイタチを仕留めさせた兄は、最後に草原に生えているキノコを食べていたクロシカを仕留めたのである。
 まだ若いクロシカではあったが、肉は大変美味だし黒一色の毛皮は金持ちや貴族に重宝されてそこそこの値が付く。私達兄弟三人全員が参加する順番だったとはいえ、今日の我が家の臨時収入はかなりのものといっていい。
 これで名誉挽回かな、と安堵する一方で私はセリナを受け入れさせる方策は、地味だがこれしかないかな、と思案してもいた。訓練の最中もずっと行い続けていた思考が導き出した答えは、至極平凡なものであると私には感じられた。
 竜であった時には考えることもなかったような複雑な事を考えねばならず、またあくまで人間として生きると決めた私にとって、人間の視点と能力で出来る範囲内で物事を考えるのはいまなお慣れず難しい。

 太陽が沈み村の皆が眠りに就き、空の覇権を月と星と暗闇が握る時刻。
 私は誰にも気づかれぬまま家の寝台を降りて、愛らしいセリナの元へと赴く。二度目の逢瀬を交した村の上流の川に身を隠すセリナは、私の姿を見つけると決まって嬉しさを隠さぬ笑みを浮かべて迎える。
 尻尾の先端が忙しなく左右に揺れているのは愛嬌と言うものだろう。
 時々、この娘はラミアではなくて人懐っこいワードック(半人半犬のコボルトとは異なる獣人)だっただろうかと疑っているのは、私だけの秘密だ。
 二度目の逢瀬以来、夜毎に私とセリナの逢瀬は交せられ、その都度私は思いつく限りの事をセリナにしセリナも非常に献身的に私に応えくれて、彼女自身の飲み込みも早かった。
 四鐘(四時間)ほどお互いの体を貪って肉欲を満たした後、私はセリナと正面から抱きしめあう体勢のまま、セリナの着ている襤褸のマントを敷いた川辺の石の上で横になる。私の顔が柔らかで豊かで張りのあるセリナの乳房に埋もれる。
 非常に心地良かったので、つい頭を動かしてセリナの乳房の感触を堪能してしまう。セリナが押し殺しきれずに零す声が、非常に色っぽかったのはいうまでもない。
 情欲の炎が再燃する前に、私は気になっていた事をセリナに問うた。

「セリナは人の中で暮らす事が嫌ではないのか? 私の傍に居たいから、という答えはならんよ」

 セリナが少し考える気配が伝わり、セリナは少し私を抱きしめる腕に力を込めると語り始める。

「よくわかりません。パパはとても優しい人でしたけれど、人間は怖い生き物だから気をつけなさいって何度も私に教えました。人間が皆パパの様な人だったら、一緒に暮らしてみたいですけれど、ドラン様の村の人達はどんな方なのですか」

 セリナの質問に私は生まれてから今日まで過ごした日の事を思い出し、特に印象深かった事や、村の人達一人一人に対する私の印象や感想を言う。セリナは微笑を浮かべて私の話に耳を傾けていた。

「ドラン様は村の人達が大好きなのですね」

「ああ、皆が幸せに暮らしてくれる事が私の第一の願いだな。無論、セリナも」

「はい。ドラン様が大好きだという人達なら、私も一緒に暮らしてみたいです」

「そうか。それは良かった。本当にそう出来たら、なお良い」

 それから顔に感じられるセリナの乳房の感触に、情欲の炎を再燃させた私は五度ほど挑んでセリナにたっぷりと精を与えてから、セリナと別れた。
 相変わらずセリナは別れる時になるとサファイアを思わせる美しい瞳を涙で潤ませてしまい、体はもう大人だが心の方は随分と幼い様だった。
 両親によっぽど可愛がられて育ったのだろう。セリナを可愛がる両親の気持ちは、私も痛いほどよく理解できたけれど。

 朝から夕方までを村で過ごし、夜はセリナと愛欲の時を過ごす日々が続く中、ベルン村では奇妙な事が起き始めていた。
 夜が明けると必ず村に駐在している兵士が二人一組で村の周囲を見回るのだが、見回りの時にある日から必ず死んだ動物が置かれる様になっていたのである。
 それも夜の内に仕留めたばかりと分かる真新しいもので、川の上流に棲む、長い口から巨大な真珠色の牙を覗かせる七メル(約六・三メートル)はあろうかというオオキバワニ、鼻先がハンマーのように硬いテッツイイノシシをはじめ、村の猟師達でも仕留めるのに苦労する大物ばかり。
 時には大物の代わりにランバードが五羽、トビダヌキとツラヌキウサギが十匹、一メルのジューシフィッシュが纏めて二十尾が葉っぱの上に置かれていた、という事が続いたのだ。

 まるで供物か貢物の様に置かれるそれらの周囲には、巨大な蛇が這いずりまわったような跡が残されており、それほど巨大な蛇は村の近辺には棲息していない為、これは一体どうした事かと村の大人たちの間で疑問と推論が交わされている。
 これは言うまでもないが私の入れ知恵によるセリナの行動だ。結局歴史に名を残す賢者や軍師のような妙案の思いつかなかった私は、地道に点数稼ぎを行う位しか思いつかなかったのである。
 まずはそれとなく村の人々が喜ぶようなものを持ってきて、なにかが居ると言う事を匂わせて徐々にセリナの存在を意識づけることから始めている。
 正体不明の誰かが持ってきた獲物を不気味がる人々は居たが、特にオオキバワニやテッツイイノシシの類はそうそう目にかかれぬし、これらに手を着けぬ余裕は村にはないから肉は村人たちの胃袋に収まり革や骨は村で武具や道具に加工され、一部は南方の都市ガロアに売られて、金銭に変えられた。
 こう言う時頼られるのは村長とマグル婆さんとバランさんである。彼らが村のトップ3だ。

 辺境の長い暮らしに耐えて村の人々を導いてきた村長と、魔法の知識を蓄えたマグル婆さん、王国の兵士として訓練を受けている際に考えうる限りの魔物の事を学んだバランさんなら、セリナの這いずった跡からラミアが村の近くに居ることに勘づくだろう。
 子供達を不安がらせないようにと村の近くに居る何ものかの話は伏せられたが、聴力を強化した私には、ラミアの出現とその能力の危険性について語るマグル婆さん達の会話が聞こえていた。
 私は畑でホコロ芋に水をやりながら、聴覚を研ぎ澄まして村長の家で行われている重鎮たちの話を一語一句聞き逃さぬように、神経を尖らせる。
 謎の蛇の正体がラミアだと分かると、当然ラミアの能力の高さゆえに危機感が高まり村長が生唾を飲み込み、バランさんが低く唸るのが聞こえた。
 レティシャさんが居ればラミアの魔眼や麻痺毒からも回復は出来るだろうが、ラミアの尾の一撃や中級魔法の攻撃力は決して侮って良いものではない。
 バランさん率いる五名のベルン村駐在部隊では、村人の協力があったとしても相当の被害を覚悟しなければラミア種の討伐は困難であろう。
 セリナの性格を考えると、人間が自分を討伐しにきたと分かればすぐさま涙目になりながら逃げ出すだろうけれど。
 セリナの中では魔物相手なら家で暮らしていた時から戦っていたから怖がることはないのだが、大好きな父親と同じ人間を相手にするのは話が大きく異なる様であった。
 せっせと手を動かす私の耳に、村長宅での会談の続きが届く。

“ラミアだとして、どうしてこんな事を?”

 獲物を持ってくる意図が読めず不審がるバランさんにマグル婆さんがいつもの笑い声を上げてから、意外な事を言い出した。

“あまり数は多くないけれどね、ラミアが人間と好きあって夫婦になったなんて話があるのさ。ラミアの上半身はそれはそれは綺麗な女の姿をしているからねえ。そうでなくてもラミアのご先祖様は、もともと呪いを掛けられたお姫様だったって言うからね、ひょっとしたら寂しくって村に入れて欲しいのかもしれないよ?”

 おや、と私は思わずつぶやいていた。よもやこの様なセリナにとって助けとなる話がでてくるとは思わなかったからだ。
 たしかに昔から付き合いの深い獣人などの亜人ではない魔物と、人間が結ばれる事はままあったが、このタイミングでその話が出てくるのはありがたい。

“マグル婆さん、そうは言うが村に入った後でわしらを食うのが目的だったらどうするんだね。バランん所の兵士でかかれば倒せない事はないかもしれんが、相当被害が出るんじゃないか”

“真意までは分からないさ。ただ単純にあたしらを食べるのが目的じゃないかもしれないってことを、頭に入れておきな。あたしの勘がね、悪い事の前触れではないと囁いているのさ。占いの目も良いのが出ているよ。ディナとリシャ、アイリにも占わせたけど、全員が全員、蛇の出現がささやかだけど吉兆に繋がると出たんだからね”

“……マグル婆さんだけじゃなく娘孫娘に至るまでそう出るとは。だが警戒は怠れん。ゴブリン共の姿を見る回数も増えている事だしな”

 バランさんが禿頭をぺしゃりと叩きながら、マグル婆さんの話をどこまで鵜呑みにしていいか悩んでいる様だった。
 ううむ、と唸り、きっと山羊の様に長い顎髭をいじっているであろう村長がもし、と前置きをしてからマグル婆さんとバランさんにこう問いかけた。

“もし、もしじゃが、そのラミアがこの村に住み、普通に暮らすとしてなにかわしらにとって得になる事はあるのかの?”

“そうだねえ。普通のラミアなら戦闘用の魔法の扱いなら普通の魔法使いよりも上さ。相手の体を痺れさせ、魅了する魔眼もあるし、牙には即効性の強力な麻痺毒があって、尻尾の一撃だって簡単に人間の首くらいはへし折るさね。ほんとに普通に村に住みたいってんなら十人力の味方が出来るのと同じ事さ。
 野生の蛇に下知する能力もあるから、ゴブリンやコボルド共が攻めて来た時なんかに蛇を味方に着けられるねえ。牙の毒や脱皮した時の皮なんかも金に変えられるだろうし、得になる事は大きいよ”

 ふむ、私がセリナが村に住む事になった時に考えた利益と概ね同じだ。村の大重鎮であるマグル婆さんがこう言ってくれたとなると案外上手く話が進むかもしれん。
 自分でも気付かない内に私は笑みを浮かべ、何を笑ってんだ、と兄に訝しげに聞かれる事になってしまった。なんでもないと答える以外に、私にできる事があるだろうか?
 それからセリナが夜中に私と共同で仕留めた獲物を、村にこっそりと置いてゆく日々が続いた。当然、村の方でもラミアを警戒して夜中の見回りを増やし、村を囲う防壁の内側に見張り台を作り、篝火を焚いて周囲の警戒を密にしている。
 何度か獲物をせっせと運ぶセリナの姿が見つかる事もあったが、幸いバランさんや村長にまだ手出しを禁じられていたのか、矢などが射かけられる事もなく、セリナはその姿こそ見られたものの、特に攻撃を受けることもなくその場から逃げる事が出来たのである。
 
 姿を見つかってからもセリナの村への贈り物は続き、村長やバランさんをはじめラミアの存在を聞かされていた村の大人たちの間でも、ひょっとしてひょっとするのではないか、という空気が漂い始める。
 ここ数日村人たちの食卓にはセリナの持ってきた珍しいご馳走がのぼっていたことも大きな理由となっただろう。やはり交渉には胃袋から攻めるに限る様だ。
 愚痴の一つもこぼさず私の傍で暮らす為にせっせと毎日獲物を取って運ぶセリナを励まし、労う為に私も回数は減らしたがその分気持ちを込めて体を重ね、一緒に川のさらに上流や森の中へと足を踏み入れて、獲物を取り続けた。
 村の空気の変化を察した私は、いよいよセリナと村人の直接接触を実行に移す事にした。機会は村の外に出る訓練の時だ。ラミアを警戒して外に訓練に出る回数は減り、引率に就くのもバランさんの隊五名全員になっていた。
 ラミアの存在が確定してからは訓練自体が控えられていたが、ラミアの行動から危険性は低いと考えられ、子供たちの懇願もあって再開となったのである。

 しかし万が一を考えて訓練に連れてゆく子供の数は三人までに減らされている。これに私、アイリ、アルバートが選ばれて、周囲を完全装備のバランさん達に囲まれながら村の外に出る。
 ラミアが夜にしか姿を見せない事もあって、昼間に遭遇する可能性は低いと見積もられてはいるが、バランさんたちの顔には緊張の色が濃い。
 この頃になると村の子供たちの間でもラミアの話が密かに囁かれるようになっていて、アルバートはラミアと言うこれまで遭遇した事の無い魔物の出現に興奮と不安の念を抱いているのか、普段よりも口数が多かった。
 一方でアイリはと言うと不安があるのは確かだが、自分や家族の占いの結果が蛇の存在が良いものである事を示している事もあって、アルバートほど緊張している様には見えない。

 いつもの草原にすでにセリナが身を隠しており、訓練中にへまをやらかした私をセリナが助け、そのまま村の実力者であるバランさんと話し合いを行って、村への居住の交渉を始めるのが今回の目的である。
 これにはもちろん私が訓練のメンバーに選ばれた時を待っての作戦だ。
 元々誰かにつくす事に喜びを覚える性格であったセリナは、村に獲物を持ってくるのも私の為にすることと嬉々として行っているから、そう急ぐ事もなかったのもこの作戦を採用した理由の一つである。
 ま、作戦と言うのもおこがましい事は認めなければなるまい。
 草原についてからいつものツラヌキウサギの槍を構えた私は、やや早足で歩いてアイリとアルバートから距離を取り、諸感覚に強化を施してセリナの位置を把握し、そして異物の存在に気付いた。

 いつもなら居る筈の動物達が姿を消し、その代わり私の前方で下り坂になっている死角に普段ならお目に掛る様な事の無い魔物が潜んでいる事に気付いたのである。
 立ち上がれば五メルにも届こうかと言う巨体は黒い毛皮で覆われて、短く太い四肢には茶褐色の甲殻で覆われている。私達の存在に気付いたそいつは、四肢を突いていた体勢から二本足で立ち上がり、私の前方七メルの草むらから姿を露わにする。
 ベルン村の東に広がる森林の奥に棲息するゴウラグマだ。並みの熊を大きく超える巨体の各所に鉄並みの硬度を持った甲殻を備え、爪の一撃は木の幹を容易くへし折る。
 ゴブリンの十匹や二十匹などものともせず、オークやトロルも頭から噛み殺す強力な魔物である。人間が不意に出会えば死は免れぬが、森の奥に潜んで人里には滅多に姿を見せぬこいつが、どうしてここに?

 私が竜の魔力を使えば、蝋燭の灯を消す様に倒せる相手ではあるが、予想外の相手にほう、とひとつ漏らすと、私の後ろで逃げろと叫ぶアルバートやアイリの声が聞こえた。
 私の本性を知らぬアイリ達なら、当然の反応である。私は人間として生き、人間として村の人達を幸せにしたいと願っているが、いざとならば例え村を追放される事になろうとも、竜の魔力を使う事に躊躇いはない。
 バランさん達なら十分対処は可能だろうが、なにもしなければ私がゴウラグマの餌食になる方が早い。仕方ない。ここで死ぬつもりはない。私は普段は人間の魂を模した殻を被せている、我が魂の解放を行おうとした。
 それをゴウラグマの右方向から放たれた光の矢が阻止する。放たれたのは純粋なマナを矢の形状に形成して放つ、エナジーボルト。初歩的な攻撃魔法だ。
 ゴウラグマの右脇腹に直撃したエナジーボルトは、緑色の光の飛沫に変わり、ゴウラグマの毛皮を貫いて肉をいくらか削って、ゴウラグマを吹き飛ばす。
 私はその隙をついて魔法の放たれた方角へと走りだし、同時にバランさん達もエナジーボルトの放たれた方向に視線を送る。
 そして、草原の中に姿を見せたセリナを見つけた。唯一無二愛する主人である私を傷つけようとしたゴウラグマへの怒りに燃える、美しくも妖しい魔物であるラミアの少女を。

 一旦はエナジーボルトの直撃を受けて吹き飛ばされたゴウラグマだが、分厚い脂肪と毛皮と備えている魔力によってある程度ダメージを軽減していた様で、すぐさま置き上がって、二股に別れた舌を伸ばして威嚇するセリナに向けて野太い咆哮を上げる。
 セリナは駆け寄って来た私を庇うように私の前に立ち、走りだそうとするゴウラグマに立ちはだかり、新たな攻撃魔法の詠唱に入っている。
 セリナの後ろに隠れてバランさん達の視界から外れた私はセリナの蛇の下半身の一部に触れて、私の魔力の一部を譲渡する。私からすれば海に振る雨の一粒に過ぎないが、セリナにとっては許容限界ぎりぎりの大魔力だ。
 私から注ぎ込まれる莫大な魔力にセリナは性的な快楽さえ覚えた様で、詠唱に集中するその顔はうっすらと上気している。
 ゴウラグマがセリナまであと四メルの距離にまで近づいた時、セリナの詠唱が終わる。セリナは人差し指と中指を揃えた剣指を作り、その指先をゴウラグマへと向けた。その姿は魔物である事を忘れさせるほど美しく、愛する者を守る喜びと決意とに輝いている。

「大地の理 我が声を聞け 我が道を阻む敵を貫く槍とならん アースランス!」

 四足で大地を駆けるゴウラグマを囲むように、地面に三角形の黄金の魔法陣が展開し、それぞれの頂点に更に円形の魔法陣が描かれて、そこから鋭い先端を備えた大地の槍が伸びる。
 私から譲渡された魔力によるブーストが加わったセリナのアースランスは、ゴウラグマの前足の付け根を左右から串刺しにし、腹部を斜めに貫いて血で赤く濡れながら、ゴウラグマの背中で三本の槍の先端が交差して止まる。
 それでもまだ即死していないゴウラグマへと、止めとなるセリナの魔法が行使された。
 通常、魔法を発動後に生じる精神集中解除と疲労による虚脱の隙が、私の魔力譲渡と普段から与えられている精による強化を受けているセリナには存在せず、連続しての魔法行使が可能であった。
 まだ下級魔法に限っての話ではあるが、セリナの成長次第で中級魔法の連続して発動できるようになることだろう。

「水の理 我が声を聞け 我が前に立つ敵を切り裂く刃とならん ウォーターエッジ!」

 天に向けて伸ばされたセリナの左腕がまっすぐ振り下ろされると、その軌跡をなぞって大気中の水分を凝縮した魔法の水の刃が、陽光を反射してきらきらと輝きながら放たれる。
 三本の大地の槍に串刺しにされたゴウラグマは、哀れな事に更にその顔面を水の刃で縦に切り裂かれ、ようやく絶命した。
 ふむ、まだセリナが単独で相手をするには早い相手であるが、既に数十回以上私の精を吸っている影響で、ずいぶんと地力が底上げされているようだ。私が魔力を譲渡せずともゴウラグマを討つ事は出来ただろう。
 ゴウラグマの絶命を確かめて、セリナが長い溜息をつくと同時に先ほどまでの凛々しさが消えて、自分の蛇の下半身の陰に隠れる私を振り返り、顔を合わせてくる。

「お怪我はございませんか、ドラン様!? 申し訳ございません、もっと早くお助けしたかったのですが」

 バランさん達に万が一にも聞かれぬように声を抑えて、私は短くセリナに礼の言葉を告げた。

「傷一つない。そなたに落ち度はないよ。それに、誰かに助けられると言うのもたまには良いものだ」

 誰かの助けが居るほど弱い存在である、という認識は私にとって人間になってから初めて味わうもので、悪い気はしなかった。それよりもゴウラグマの事は少々予定外ではあったが、本番はこれからである。
 ゴウラグマの死体の脇を駆け抜けたバランさんを筆頭に、ベルン村駐在部隊の人達が私とセリナを中心に包囲し、それぞれの武器を抜いていつでも斬りかかれるようにしている。

「その子供を離せ、ラミアよ」

 これまで何十匹もの魔物の頭蓋を砕いてきた愛用のハンマーを構えたバランさんが、あくまで落ち着き払った声でセリナに命じる。バランさんの背後にはレティシャさんと、ロングボウを構えたカチーナさんというこれもベルン村出身の若い女性が居る。
 弓につがえた鉄の矢をいつでもセリナに放てるように、神経をとがらせているのが良く見てとれる。セリナが何かを言う前に、私はセリナの後ろから姿を見せて、セリナの前に庇う様に立つ。

「バランさん、私を助けてくれたのだ。危害を加えないで欲しい」

 バランさんは、背後のレティシャさんを一瞥した。私が魔眼に掛けられているか否か、判別を求めたのだ。レティシャさんはすぐに首を横に振るう。
 大地母神は大地の豊穣を司り、地上に生きるあらゆる生命を祝福する。それゆえにマイラスティ教の聖職者は生命に対しては、特に魔法を用いずとも健全な状態であるか、あるいは異常が生じているのかを見るだけで把握する事が出来る。
 レティシャさんは私がラミアの魔眼に支配されているのではなく、私が自らの意思でラミアを庇っていると、バランさんに答えたも同然なのである。
 私がラミアを庇う姿に、距離を置いているアルバートとアイリが不安に満ち溢れた顔で私を見ていた。騙しているようで、かなり申し訳なかったが、村の為にもなる事なのでどうか許して欲しい。私は心の中で謝罪した。

「どくんだ、ドラン。確かにお前を助けた様に思えるかもしれないが、ラミアは強力な魔物だ。そう簡単に信用するわけには行かん」

「恩を仇で返せとは育てられてはいない。相手が魔物であれ人間であれ、助けられたことには変わりがない。だから、私はどかない」

 仮にこの状況がある程度私とセリナで仕組んだものではない、まったくの偶然から成り立った状況だったとしても、私は同じ事をしただろう。
 私が竜の転生体であり、いまもなお下手な神など返り討ちにする力があるから恐れがないのではなく、口にした通り、恩を仇で返す様な真似はしてはならないと今の父母に育てられた事、そしてセリナが私にとってそれだけ大切な存在である為だ。
 私の意思の固い事を知ってバランさんが表情を歪めるが、状況を動かしたのは私の背後に居るセリナであった、私の肩にそっと手を置くと穏やかな声で語りかけてくる。
 ただし瞼は閉じている。ラミアの強力な武器である魔眼を自ら封じて、害意がない事を行動で示しているのだ。

「庇ってくれてありがとう。でもいいの、その人の言うとおりだから、君はあの人の所に行って」

 私とセリナの本当の関係を知られぬように、村人たちの前では私とセリナはこう言う口の利き方と名前の呼び方をする様に決めてある。

「しかし」

「良いから」

 そう言ってセリナは私の背を押し、私は背後を振り返りながらもバランさんの方へと歩み寄り、レティシャさんに抱き寄せられる。
 素早く体を点検され、体に傷がない事の確認が終わると、緊張に満ちた空気の中、バランさんが一歩前に踏み出てハンマーを構えたまま、セリナに問いかけた。セリナが大人しく私を解放した事と、自ら魔眼を封じた事がわずかでも警戒を緩めていれば良いが。

「ラミアよ。最近村に獲物を届けていたのはお前に間違いないか?」

「はい、間違いありません。貴方がたの村に贈り物をしていたのは私でしゅ……痛っ」

 緊張のあまり舌を噛んだ様である。閉じた瞼の端に涙の粒が溢れている。頑張れ、セリナ。
 一瞬和らいだ緊張の糸を、バランさんはわざとらしい咳で無理矢理誤魔化した。

「うぉっほん。……あー、どうしてその様な事をした。村の子供を助けたのはなぜだ?」

「えっと、その私を村に住まわせて欲しいからです。私は両親と一緒に暮らしていたのですが、旦那さまを見つける為に家を出て旅をしていました。けれど一人旅は寂しくってしばらくで良いので一緒に暮させて欲しいんです。
 それと子供を助けたのは殺されてしまったら可哀想だと思ったからです。私のパパは人間で、ママとも仲が良かったし私に人間を傷つけるつもりはないんです」

 母親を真似た口調はそもそも真似が出来ていないし、似合わない上に高圧的であるから止めた方が良い、と助言したのは正解だったようだ。
 最初に噛んだのはともかく以降は噛まずにすらすらと言えている。
 セリナが口にしているのは全て真実だ。ゴウラグマに襲われたのが私でなくても、セリナは勇敢に立ち上がって子供を守ろうとしただろう。
 沼地で私を襲ったのは空腹の極みにあって意識が朦朧としていた事と、私の放つ精気にわずかながら竜の精気が混じって、強力な精気がセリナの意識を酒に酔ったような状態にしてしまったせいもあるに違いない。
 セリナは眼をつぶったまま、胸の前で小さな握り拳を作り、必死にバランさんに対して人間に危害を加えるつもりはない事、一人は本当に寂しいし、これからも村にいろんな獲物を持ってくるから、と懇願している。
 そんなセリナの子供っぽい仕草と緊張に頬を赤らめて必死に言葉を重ねる可愛らしい仕草に、セリナを囲んでいた兵士の皆さんは互いに顔を見合わせて首を捻る。これがあのラミアという強力な魔物か? と言ったところか。
 いつの間にか私の左右に来ていたアイリとアルバートも私と顔を見合わせて、

「なんか全然怖くねえな」

「やっぱり私達の占いが当たっていたのかしら?」

「悪い魔物ではないと言う事だ」

 すっかり警戒を解いている有り様である。バランさんもマグル婆さんに言われた事を思い出しているのか、徐々に眉間に皺を寄せて判断に困る素振りを見せ始める。確かに今のセリナを見ても人間に害を成す様な魔物には見えないだろう。
 セリナの熱弁が続く中、不意に私達子供三人を庇う位置に立っていたレティシャさんがびくりと体を震わせると、突然膝を折って指を組みマイラスティに対する祈りを捧げ始める。
 私はレティシャさんの周囲に憶えのある暖かく優しい巨大な気配が発生するのに気付いた。この神気は……。
 突然の行動にバランさんが視線こそセリナに向け続けていたが、レティシャさんの異常に気付いて声をかける。

「レティシャさん、どうかし……」

「バ、バランさん! た、大変です、偉大なるマイラスティからの神託です」

「なんですって!?」

 王国の住人の多くが度合いの差こそあれ信仰するマイラスティからの神託とあって、思わずバランさんも声を荒げてしまう。神聖魔法を初めて使う時、マイラスティかその系譜の神からの声を聞くと言うが、よもやこの状況でマイラスティの声を聞くとはあまりに考えられず、レティシャさんは非常に興奮している様子。

「……ああ、なんということでしょう。偉大なるマイラスティは私にこう告げられました。私達の目の前に居るラミアは邪悪な魔物ではない、この大地に生きる同じ命である、共に生きなさい、と」

「な、マイラスティが、ですか」

 マイラスティ教において人間は必ずしも善ではなく、魔物もまた必ずしも悪ではない。人間も魔物も大地に生きる命のひとつであり、どちらかを排除しても大地の生命の循環を妨げることになり、共に生きることを尊ぶ。
 私とセリナにとってはこの上ない助けとなる発言であったが、よもやこのタイミングでこうも都合よく神託が降りるとは、マイラスティに覗かれていたと考えた方が良いかもしれん。
 私は悪戯っぽく微笑むマイラスティの姿が見えた様な気がした。貸し一つ、と言った所だろうか。私は思わず微苦笑を浮かべていた。

 実際に遭遇したラミアの性格と発言、事前にマグル婆さんから言われていた事に加え、さらに大神からの神託という、生涯に一度あるかないかという途方もない奇跡が起きた以上、これはもうラミアを村に住まわせる事が運命であると、バランさん他村の人達も納得せざるを得ない。
 マイラスティの神託が本物である事は誰よりもレティシャさんが太鼓判を押していたし、それを分かりやすく私達にも証明するように、レティシャさんの聖職者としての位階が上がっており、これまで扱う事の出来なかった高位の奇跡が扱えるようになっていたのである。
 暫くの間、舞い踊る様に興奮したレティシャさんの姿が村のあちこちで見られ、落ち着きを取り戻したレティシャさんが自分の奇行に悶絶する事になるのは、言うまでもないだろう。
 その後村に戻ったバランさんは村長やマグル婆さんのみならず村の大人達を集めて、セリナの扱いに関して議論を始めた。数日に渡って議論が重ねられる間も、セリナはせっせと献身的に獲物を村に持ってきていた。
 変化があったとすれば、夜中にこっそりと行っていた作業を昼間に堂々と行うようになり、あれが噂のラミアかと見物にくる村の人達に、セリナがにこやかに手を振り、去り際には頭を下げて一例するなど礼儀正しく友好的な態度を見せるようになったことだろう。

 そうしてセリナの処遇を決める議論の果てに、結論が出されたのは五日後の事である。結論としてセリナは危険な魔物ではないとし、しばらくは監視を着けるが村で誰も使っていない物置に住まわせる事が決定した。
 その事をセリナに伝え、マグル婆さんや村長をはじめベルン村の人達が見守る中、セリナはひどく緊張した面持ちで北門から先へと足を進めた。
 おっかなびっくり、怖いもの見たさで村の人達が遠巻きに見守る中、私はずいっと人の列から前に進み、父やバランさんの制止の声にも足を止めず私はセリナの前に立って、周囲の人々が固唾を呑んで見守る中、笑みを浮かべてセリナに言った。

「ようこそ、ベルン村へ。セリナさん」

「私の事はセリナで良いよ、ドラン君。あの時私の事を庇ってくれて、ありがとう。格好良かったよ」

 そう言うやセリナは私の首に手を回して唇を重ねてきた。村の人達がどよめくなか、私は重ねた唇に、これからはお傍に居られますね、というセリナの喜びに満ちたメッセージが秘められている事を読み取り、自分からも唇を押しつけるように重ねて答えた。
 達成感と満足感で心を満たす私の耳に、にゃーーーーー、と我が愛すべき幼馴染アイリの上げる意味不明の叫び声が届いた。
 解せぬ。
 アイリにワーキャットの血は流れてはいないはずなのに。

<終>

前世主人公
・退屈

現在主人公
・ヤベ、人間超楽しい!!! 人生楽しむぜ、ヒャッハーーーー\(^o^)/!!!

行間はこんな感じでいかがでしょうか。ラミア編はこれにておしまい。次はドリアード編です。

9/20 誤字脱字修正。くらんさまありがとうございました。



[29749] さようなら竜生 こんにちは人生⑤ 微エロ注意
Name: スペ◆52188bce ID:e262f35e
Date: 2011/09/23 21:50
さようなら竜生 こんにちは人生⑤ 微エロ注意

 絶えず万物を大地に縛り付ける見えない鎖から解放された私は、かつて天を覆うと例えられた翼を広げて、白い雲の流れる青い空を飛んでいた。
 風の精霊力と自身の魔力によって浮力を得て空を飛ぶのが一般的な竜種の飛行方法であるが、私の場合はさらに大地の見えない鎖――たしか大昔に栄えていた人間達の国では、重力と呼んでいた――の場を形成し、私の望む方向に体が引き込まれるように魔法で仕掛けを施している。
 重力場変動とかいう移動方法だとはるかな昔に、好奇心と探求心の旺盛な人間に教わった事がある。まあ、飛び方の名前を教えられてもそれがどうした? としか思えないのだが。
 その人間の所属する国家にとってはこれといって竜語魔法を使う事もなく、念じるだけで重力を自在に操る事が仰天事であったらしいが、私からすれば呼吸をする様なものだから、人間達の驚きに共感はまるで出来なかったのをいまもかすかに憶えている。

 その人間達の国も滅びて既に久しい。彼らの国が滅びたのは、さて違う国との争いが原因だったろうか、それとも空の彼方から降り注いできた流星によるものだったか、それとも彼らの文明を支えていたエネルギーの暴走によるものだったか。
 いずれにせよどんなに栄えて永劫の繁栄を迎えている様に見えても、必ず斜陽の日は訪れて衰退と滅びと忘却の坂道を転がる運命は変わらぬと言う事だ。
 私自身、決して滅びる事の無い絶対の存在だなどと他者に褒め千切られた事もあるが、実際には竜の肉体を滅ぼされて非力な人間に転生させられるという数奇な運命の渦中にある。
 その人間としての生がこれ以上ないほど充実しているので、私としてはありがたい事であるが、世の中、何が起きてもおかしくはないと分かったつもりでいても、実際にそういう目に合うと分かっていたのは表面上だけであった事が良く分かる。
 ふむ、と私はいつもの口癖を零し、横道に逸れつつあった思考を切りあげて飛翔を止めて、ゆっくりと眼下に広がる大地へと降下を始める。
 見渡す限りの空には、小は小島から大は大陸ほどもある大地が無数に青い空の只中に浮かんでおり、一部の空飛ぶ島からは雲に隠された地上へと落下する滝の水しぶきが黄金の陽光を受けて、例えようの無い美しい輝きを放っている。

 生と死と善と悪が入り混じる混沌とした地上世界とは隔離された、神々の住まう最も尊く清らかな理想郷。天界、あるいは神界とも呼ばれる世界にいま私はいる。
 私の人間の肉体はいまもベルン村の土と草と木で出来た家の寝台の上で横になり、深い眠りに就いているが、私の意識はその肉体から抜け出して本来の古神竜の魂としての姿を解放し、こうして幾柱もの神が住まう神界へと辿りついていた。
 人間に転生し、本来の古神竜の魂にも人間を模した殻を被せて普段の生活を送っている私にとって、肉体的にも霊的にも縛られる事の無い今の状態は、肩の荷が下りた様な余計な力の抜けた極自然体で居られる状態であった。
 空飛ぶ島の一つに降り立つ私を、予め来ると予想していたのだろう一柱の女神が、微笑を浮かべて待ち構えている。
 見知った顔の変わらぬ美しさと暖かな万物の母のごとき雰囲気に、私はなぜだか喜びを感じている自分に気付き、知らず女神と同じように笑みを浮かべていた。

 大地に触れる寸前まで伸ばされた漆黒の髪、黒瑪瑙を思わせる輝きを秘めた黒瞳、布と紐しかなかった時代を思わせる、絹様の白い布地をゆったりと纏ったその姿は、紛れもなく最高位の大地母神マイラスティに他ならない。
 私は尻尾と足の爪の先端を大地から三十シルほど浮かせた所で降下を止め、翼を羽ばたかせる事もなく、例の重力操作で私自身の巨体を支える。といっても魂だけになっている今の私には必要の無いことだろう。慣習の様なものだ。
 地上に棲息する全ての花や草、樹木が棲息環境の適性を無視して見渡す限りに咲き誇り、天界にのみ生息する天上花もまた神にしか見ることを許さぬ花弁や嗅ぐ事を許さぬかぐわしい香りを発し、高純度のマナの混じる風に揺れている。
 大地母神が住まうに相応しい生命が謳歌した世界の中にたたずむマイラスティは、どんなに傷つき疲れ果てたものでも、どんなに病み衰え老いたものでも、どんなに罪深く汚れてしまったものでも、優しく受け止める無限の慈愛に満ちて見えた。

「お久しぶりですね。古き竜の友よ」

 マイラスティが最後に聞いた時と変わらぬ少女の様にも老女の様にも聞こえる不思議な声で、心から感じている懐かしさを隠さずに私に話しかける。おそらく私がいま感じている懐かしさと親しみは、マイラスティと同じものであったろう。

「まさしく。幾歳月ぶりであるか、母なる大地の化身よ。息災である事を心より嬉しく思う」

 マイラスティはかすかに目を細めて微笑を深めたようだった。なにかおかしなことを言ったつもりはないが?

「ふむ、やはり転生の影響を受けて随分と魂が劣化してしまったからな。貴女の前に晒すにはみすぼらしい姿になってしまったかな?」

 背に六枚ある色違いの輝く翼や、七色に輝く魔眼、白い鱗に覆われた全身のラインは記憶の中の私とそう変わらぬ筈だが、マイラスティにはそうは映らなかったのかもしれない。
 旧友に情けない姿を晒してしまったかもしれないと私が申し訳なく思っているとマイラスティは、童女のようにあどけなく笑い、ゆっくりと首を横に振って私の勘違いを訂正した。

「そうではありませんよ。最後に合った時の貴方と比べてとても活き活きとしていらっしゃるから、それが私には嬉しいのです。貴方は随分と生に倦んでいましたから、人間達に討ち取られたと聞いた時、ああ、やはりと思ってしまったものです」

「否定はできぬ。あの時の私に生も死もさしたる違いはなかった。勇者の剣が私の心臓を貫いた時、私はこれで終わりかと絶望も希望も感じることはなかった。ただ事実を受け止めるだけであったよ。勇者には要らぬ手間をかけさせてしまったと今では思っている」

 今思えばあの時の戦いは私の自殺の口実と実行に勇者を利用した様なものだ。死に際に私は随分と勇者とその仲間達に嫌みを吐いたが、今思えばいささか大人気ない事をしてしまった。勇者達があまり気に病まずにいてくれたらよいのだが。

「そうだったのですね。けれど、今の貴方は生きる喜びに満ちている事がわかります。私の目の前に立つ貴方が、何も隠すもののない魂の真実を晒した姿であるからこそ、貴方の魂と心が生きる事の喜びに満ち溢れている事が感じられて、私は我が事のように嬉しいのですよ」

「マイラスティ、その様に感じられる貴女だからこそ私は貴女と友である事を誇ろう。ふふ、よもや人間に生まれ変わるなどと思ってはいなかったが、実際に生まれ変わってみれば私の魂の倦怠を吹き飛ばす新鮮な刺激に満ち溢れているよ。生きると言う事はかくも楽しいものかと思うほどに」

 それから私は私が人間として産まれてから人間の乳飲み子の目で見た、竜の眼とは違う世界の見え方に対する驚きや、あまりに脆弱な自分の体と魔力を使わぬ人間の生態に対する不慣れ、弟が生まれた時や兄ちゃんと呼ばれた時の感動と喜び、辺境での辛く苦しいが生を実感できる暮らしについて、飽きることなくマイラスティに語り続けた。
 この世界で最も尊いとされる偉大なる神の一柱であるマイラスティは、我が子の自慢話に耳を傾ける慈母の様に、私の話に良く耳を傾けてくれ、時折相槌や質問を挟んでは私の舌を更に饒舌なものに変えた。
 母なる大地の化身は、とても聞き上手だったな、と私が思いだした頃になってようやく、私はここへ来た本当の目的をまだ果たしていなかった事に気付き、マイラスティに軽く頭を下げる。

「私の話ばかりをして済まぬ。私が貴女の元へこのみすぼらしい姿を晒す恥を忍び、厚かましくも参ったのは、今日のセリナの件に関してぜひとも礼を述べたく思ったからだ。まことに感謝する。あの時に神託が下ったお陰でセリナを村に迎え入れる事が出来た」

「よいのですよ。最近になってわたくしに捧げられる地上の方々の祈りの中に、とても懐かしい気配が感じられましたから、もしかしてと思い地上の様子を見ておりましたら、ちょうど貴方があのラミアの少女の事で村の方となにやら話をしている様子。それでわたくしもお話を聞かせていただいて、老婆心から一助となればと神託を下したのですわ」

 それに、あのレティシャという女性は十分な素養と信仰の心を持った方でしたし、と付け加えるマイラスティに、私は一度下げた頭を上げて、さらにまたもう一度下げる。
 バランさん達に囲まれてセリナの弁護をしていたあの時と、その後の村へのセリナの移住がああもスムーズに受け入れられたのは、やはりマイラスティの神託が下ったのが大きな理由に他ならない。
 この事に関しては、私はマイラスティにどれだけ感謝しても足りると言う事はないと思っている。

「それでも私にとっては感謝してもしきれぬこと。私は貴女に何を持って報いればよいだろうか? 微力を尽くして貴女の為になる事をしよう。魔界の者達との戦いの時にでも呼んでもらえれば、私でも役に立てるであろう。まだその程度の力は残っている」

 いわゆる悪魔や魔神、邪神と呼ばれる存在が住まう魔界は、それぞれの派閥ごとに無数に存在しており百単位で滅ぼしてもまだまだ腐るほど存在している。
細かく言うとそう言った無数に存在する魔界を小魔界、小魔界を内包している無限の空間を大魔界と呼び分けている。
 魔界の者達との戦いに呼ばれる程度ならともかく、流石に大魔界を滅ぼすとなると他の世界にまで深刻な影響が及んで世界を成り立たせている調和が乱れるから、こればかりは恩義に報いる事の出来ぬ苦渋をぐっと飲み込んで、頼まれても断らねばなるまい。
 単純に古神竜としての力を振るう以外にも、なにか恩義に報いる方法はあるかと私が頭を悩ませていると、マイラスティは少し困った顔を作る。
 お礼を言いに来た筈の相手を困らせてしまった事に、私はいまだ相手に対する言葉の選別と配慮が足りていない事に気付き、罪悪感と申し訳なさに襲われる。後でしっかりと反省し、次はこうならぬよう気をつけなければ。

「あまり気にしないでください。貴方に貸しを作りたくてした事ではないのです。わたくしはただ貴方がこれからもよき友であって下さればそれで満足ですよ」

「そうか。それは私もなにより望むこと。他の神も貴方の様であれば地上の者達にとってどれだけ幸福な事か」

「人それぞれに多様な生き方がある様に、わたくし達神にもまた多様な在り方があるのです。わたくし達神もまた絶対ではなく完璧ではありません。だからこそ今の世界が成り立っているのです。貴方はいまの不完全な世界はお嫌いですか?」

「友よ、貴女も意地の悪い所があるのだな。人間としての生に充足を覚えている私の答えがどんなものか、分かっているだろうに」

 ずるい、と私が暗に告げるとマイラスティは小さく笑って見せて、そのあどけなさを残した笑みを見ると、まあよいかという気分になる。
 万物の母であるかのような包容力と慈愛を見せたかと思えば、年端も行かぬ少女の様な稚気と悪戯っぽさを見せるマイラスティの事が、私は昔から好きだったなと改めて思う。無論のこと、この“好き”は恋慕の情ではなく友人に対する親愛の情である。
 マイラスティという旧友と久しぶりに話をするのは非常に楽しかったが、既に肉体を滅ぼされて人間に転生した私があまり長居しても悪い、と思い至りそろそろ今の人間の肉体に帰ることにした。
 人間の王国の辺境の小さな村こそが今の私にとって帰るべき場所であり、生きる場所に他ならない。そして私はその村の事が大好きなのであった。 

「思いがけず長話をしてしまった。貴方はとても聞き上手な女神だな。本来既に人間として転生した私が天界に出入りしては、なにかと騒がしくもなろう。要らぬ騒動を引き起こす前に、失礼させて頂く事にしよう」

「戦神のアルデスは貴方と力比べをするのが大好きでしたから、貴方の事に気づいたら湯浴の最中でも武器だけを手に持って駆け付ける事でしょう。今の貴方はかつてより確かに弱体化したかもしれませんが、それでもなお貴方の魂は眩いまでの力強い輝きを放っていますから、いずれ他の神も気付きましょう」

「ならなおさら早くこの場を辞さねばならぬ。明日も早くから畑に出て芋の世話をしなければらぬからな」

「お芋ですか?」

 マイラスティは右頬に手を当てて小首を傾げる。私と芋、か。確かにあまり縁のある品とは言えないから不思議そうなのも無理はない。童女の様に愛らしいマイラスティの仕草に、和やかな気持ちになりながら私は至って真面目な口調と声で答えた。

「芋だ」

 私がうむ、と力強く頷いて見せてマイラスティの瞳を正面から見つめていると、やがてマイラスティはくすくすと笑い始めて両手で口元を隠してしまう。そんなに可笑しいものだったろうか? 
 楽しいのだがなあ、芋づくり。
 私は翼を動かさずにふわりと浮かびあがり、ゆっくりと花と草と樹木の大地とそこに佇む親しき友である女神から、徐々に離れて行く。私が高く浮かびあがるにつれて小さくなってゆくマイラスティは、私に向かって長い事手を振っていた。
 するとマイラスティのすぐ傍らに青い髪を太い三つ編みにして垂らした年若い女神が姿を見せて、私からマイラスティを庇うように動く。
 つぶらな瞳はようやく少女の年齢を越えた程度であったが、そこには神族の末席に名を連ねるに相応しい光輝を宿している。
 おそらく周囲の者に黙って外出したマイラスティを追っている最中に、私の気配を感じて急いで駆け付けたといった所だろうか。
 マイラスティはそういうお転婆な所がある。レティシャさんがその事を知ったらどんな反応をするか、私は少し見てみたいと思った。
 とはいえ、やはり私が長居するのはあまり良くないようだ。私はすぐさま地上へと目指して魂を飛翔させる。マイラスティの待ってくれていた空飛ぶ島は、瞬く間に私の背後で芥子粒大にまで小さくなっていった。

 あの女神、おそらくは人間から神へと変わったばかりの新米であろう。マイラスティ教に限らず生前名高い人間の信者が、生きていた頃に積んだ徳と死後の名声と人々からの崇敬の念によって、信仰する神の眷属神として天界に迎え入れられることがままある。
 私の姿を見て驚きに見張られたあの顔と私の正体を探ろうとしていた意識と気配から、ほぼ最古の存在である私の事を知らぬとなればまだ天界に昇りたてのひよっこであることが分かる。
 私がこのように考えていると、マイラスティと同じ簡素だが神のみに着用が許される神衣に身を包んだその女神が、マイラスティの無事を確認し、その足元に膝を突いてマイラスティの傍を離れた非を詫びるのが聞こえた。
 私はつい好奇心から新米女神とマイラスティのやり取りに意識を振り向け、地上への帰還の速度を緩める。

「マイラスティ様、ご無事で何よりでございます。お傍に仕える栄誉を授かりながら、御身を危険に晒した事、償い様もありませぬ失態。いかようにも我が身を罰して下さいませ」

 大抵の最高位に就く神は、周囲を自分に近しい位階にある上級神で固めるものだが、マイラスティは下級神や新たに神となった者達を傍に置き、その面倒を見るのが好きと言う変わり種であった。
 マイラスティは自分の足元で今にも自裁して果ててしまいそうな新米女神の手を取って立ち上がらせ、蒼白に変わった新米女神の頬を撫でて優しく慰める。

「貴女の傍を離れたのはわたくしの勝手によるものです。メイファース、貴女が責を負う様な事ではありませんよ。さ、立って」

 俯くメイファースとやらの顔色は青いままであったが、マイラスティの手が何度もその頬を撫でる内に、人間であった頃も神となったいまも崇敬する大神にとんでもない事をさせている事に気付いて、慌ててマイラスティの手から離れて姿勢を正す。
 生前は多くの人々の信頼と尊敬の念を集めていた聖女であったろうメイファースだが、マイラスティに掛るとこうも小さな子供のように縮こまってしまう様であった。
 生まれながらにして神であったものと元は人間であったものの差かもしれん。

「ごめんなさいね、メイファース。あの竜はわたくしのとても古い友達なのです。貴女は会った事がなかったから慌ててしまったのも無理はありません。でも心配する事はありませんよ。ほら、ごらんなさい」

 マイラスティが示す先には、地面の果てまでを埋めつくす地上世界と天上世界の花達の、風に揺れる光景が続いている。ぜひとも一度はセリナや家族に見せたい、地上にはあり得ぬ美しさと生命の輝きに満ちた光景である。

「花も草も木も、どれ一つとして踏み潰されてはいないでしょう? そういう心遣いの出来る方なのです。もしまた彼が姿を見せる事があっても、慌てることはありませんよ」

 少し気恥ずかしくなった私は、地上で眠る我が人間の肉体へと今度こそ戻るのだった。


 マイラスティへの礼を述べ終えた私は、無事にベルン村は我が家へと帰り、兄弟三人で横になっている寝台の上で清々しい朝を迎えた。
 夜の内にベルン村の物置を家としたセリナの元を訪れて、同じ村で暮らせる事になった喜びを分かち合うべくこれまで以上に激しく、そして狂おしく愛し合ったのは言うまでもないだろう。
 行為を終えた後のセリナの下腹部は、はっきりと分かれるほど内側から膨れていたほどである。なにで? とは聞かないで欲しい。この答えもまた言うまでもあるまい。
 夜が明けて地平線の彼方が紫がかった闇と太陽の光が溶けあった、絶妙な色合いに変化する頃、私以外の家族も起きだして水甕から顔を洗う分の水を桶に汲んで顔を洗い、さっぱりとする。
 それから私とマルコはいつも通り母の朝食の用意を手伝う。と言っても材料を用意してこれを適当な大きさに切り、竈に火を起こして食器を用意しておくこと位だ。
 大概は夕食の残りを温めて、黒パンやホコロ芋で腹を満たすのが農民の朝食だ。今日はこれに家の裏で飼っているドゥードゥー鳥の卵を使い野菜を混ぜたオムレツに、以前に仕留めたツラヌキウサギの燻製肉を焙ったものを加えて完成である。
 ドゥードゥー鳥はランバードを一回り小さくした飛べない鳥で、赤茶けた羽と単冠の鶏冠をもった家畜用の鳥である。突っつき癖があるが、基本的に大人しく小さな子供にも面倒を任せられるので、ベルン村のあちこちで見かけられる。
 我が家ではこれを二十羽ほど飼育しており、彼女らの産む卵は貴重な栄養源だ。 肉として食す事はなく、食べるにしても彼女らが自然死した時か、不慮の事故で死んでしまった時くらいのものだ。
 貴重な卵を生んでくれる彼女らを、私たち自らが絞めることは滅多にない。

 村で取れる独特の匂いを持つダクダミの葉を使ったツラヌキウサギの燻製肉の味に、私は舌堤みを打って今日一日の活力を得られるのを実感したものである。
 さて私はマイラスティに告げた通りに、産まれた時から食卓のメインとなっているホコロ芋の世話に家族揃って出かけたわけであるが、村に住む事を許されたセリナはと言えば、やはりまだ完全に信じきられているわけではなかったから、村に駐在している兵士の内三人が常に監視についている状況だ。
 セリナ曰く生家に居た頃から父親の食料を確保する為に畑仕事はしていたらしく、他にも繕い物や料理、掃除、洗濯と家事は一通り母親に仕込まれていたそうである。大抵の事はセリナに任せてもそつなくこなすだろう。
 とはいえ信用のおけぬ者に畑をいじらせるのは村の人達も感情が納得しないから、しばらくセリナはこれまで通り外に出て、動物や魚などを狩猟する事に落ち着いたらしい。
 私としては、ゴウラグマからセリナに助けられ、村に入って来たセリナを一番に迎えたのも私であるから、なるべくセリナの面倒は私が見る事を村長達に申し出ていたのだが、こちらはどうも審議中である。

 子供を魔物の傍に置いておきたくないと言う感情は理解できたし、昨夜も夕食時に父母と兄からそれとなく注意は受けている。まあ五日もすればセリナの本性があの性格そのままだと村の人達にも理解してもらえるだろう。
 村に入れて貰えたのだから、あとは焦らずじっくりと信頼の土壌を育んでゆくだけである。こちらに関して私はあまり心配していなかった。
 セリナに与えられた物置小屋であるが、以前にその小屋を使っていたご家族が息子さんの縁談の関係で、南方にある別の農村に移って以来特に誰が使うでもなく、時々手入れだけして放置されていた小屋である。
 中の広さはざっと横七メル、奥行きが六メルくらいだから、セリナ一人には十分な広さだろう。
 五年ほど放置されていたが、もとの作りが頑丈だったお陰で特に雨漏りがする様な事もなかったし、隙間風が吹きこむ事もない。
 鼠が巣食っていたのはどうしようもないが、そこはラミアであるセリナの登場で解決する。鼠の天敵の一種である蛇の特徴を持つセリナが小屋に近づいただけで、鼠は脱兎の勢いで逃げ出したのだ。

 昨日の昼過ぎにセリナを住まいとして用意した物置小屋へと案内するのは、立候補した私と村長、マグル婆さん、バランさんを含む五人の兵士、レティシャさん、それに我が父ゴラオンが担当となった。
 セリナが万が一、危険な魔物としての本性を見せた時の為の人員であろう。
 ただレティシャさんがマイラスティの神託を受けたのは紛れもない事実であるから、セリナを疑う事はレティシャさんひいてはマイラスティを疑う事に繋がり、バランさん達もどう対応していいのかまだ迷っている所はある様だった。
 息子が魔物と仲が良い事に我が父も珍しく当惑の色を隠さなかったが、私がいつもどおりの態度である事から、身内びいきでもしてくれたのかバランさん達よりはセリナに対する警戒は薄い。
 私の事を信頼してくれているがゆえ、息子が魔物の傍に居ようとするのを止めないのであれば、これほど息子として誇らしい事はないのだがさて本当の所はどうなのだろう。
 父はともかくバランさん達にとって私が案内役に顔を並べたのは予想外であったろうが、ゴウラグマの一件以来(実際にはそれ以前からだが)セリナが、私と村の北門でキスを交わした事からも分かる様に私に対して好意的だから、私とセリナはなるべく一緒にしておいた方がよかろうと判断したのだろう。たぶん。

 物置小屋の中には精々が空の棚や古い薪束位しか残っていなかったが、一応セリナは新しい村の住人という事でなにもしないのも不義理であるから、寝台代わりに大量の藁を清潔なシーツで包んだ簡単なクッションがいくつか用意されて、小屋の奥の方に敷かれている。
 セリナの下半身は大蛇のそれであるから、人間用の寝台よりはこちらの方が良かろうと言うマグル婆さんの提案による。
 実際、セリナも生家では床にクッションを敷いて横になっていたそうなので、マグル婆さん様様である。村の面々の中ではマグル婆さんははっきりとセリナに対して、歓迎の意思を見せている。
 やはり自分達の占いの結果を信じているからなのだろう。
 クッションの他には木製の皿数枚とスープ皿、フォーク、スプーン、コップなどの食器類数点と、たっぷりと水を満たした水甕に乾燥させたホコロ芋の粉や、これまでセリナが村に貢いできた獲物の一部を使った乾燥肉や燻製肉が支給され、竈も小屋の入口の脇に新しく作った。
 これまで生家を出てから野宿かリザードの集落の廃屋で夜露を凌いできたセリナにとっては、例え物置小屋でも不満はないようで藁を包んだクッションを抱きしめてその感触を楽しみ、藁の匂いを胸一杯に吸い込み、わーい、とクッションの上でごろごろと寝転がったりしてはしゃいでいたりした。
 
 ふむ、可愛いものである。少女の上半身の外見にそぐわぬあどけない行動に、バランさんの部下の人達や村長は、互いの顔を見つめ合いどこか心の緊張を和らげていた。
 セリナの振る舞いは自分を偽ったものでも何でもなく、心からのものだから確かにこれが危険な魔物かと疑ってしまうのも無理はない。
 実際、ラミアは危険な魔物かもしれないが、セリナはそうではないのだ。ラミアという種族としてではなく、セリナと言う個を見れば村長達の心配は杞憂なものだとすぐに分かってもらえると私は思う。
 荷物を運び込み終えて、今日一日は休んでおくようにと村長がセリナに告げると、藁のクッションの感触を堪能していたセリナは、姿勢を正し緩く波打つ綺麗な金髪に藁屑をつけたまま、向日葵のように明るい笑みで、ありがとうございます、と返事をした。
 その笑顔を見て一体誰がセリナの事を危険な魔物であると断じる事が出来ようか。心からの感謝の笑みを浮かべるセリナは、純真で愛らしい少女にしか見えなかった。
 この様な具合でセリナのベルン村移住一日目は新居への案内で終わり、今頃はやはり監視付きで村の猟師さん達と一緒に、狩りに出かけていることだろう。
 年若いセリナはまだラミアとしては未成熟な方であるが、私との交わりを繰り返す事でその能力を劇的に上昇させており、ベルン村近辺の魔物はもはや敵ではない。セリナが一緒なら村の人達の身も安全であると、私は安心していた。

 村の真ん中を流れる川で取った魚の塩焼きとパン苔を混ぜて嵩増しした黒パン、素焼きの壺に入れたミウさんの乳で昼食を済ませた私は、その日一杯農作業に従事して日々働く事の楽しみを噛み締めていた。
 体を重く感じさせる疲労、額や頬を伝う汗、体のあちこちを汚す土、力を込め続けて固く強張った指、照りつける太陽の日差し、いたわる様に頬を撫でて行く風――なにもかもが私に生きている事の喜びを教えてくれる。
 夕陽が姿を見せて空が鮮やかな紅に染まる頃、農作業を切りあげて村の誰もが家に帰る中、私は朝の内に川に仕掛けておいた籠に、魚の一匹でも捕まっていれば幸いと一人、家族の元を離れた。
 私はこう言う細かい事をして少しでも多く糧を得ようと昔から思考錯誤しており、最近になってようやく成果に繋がる様になってきていた。
 どうにも私は自分の体と魔力さえあれば事足りた竜時代の癖が残っているから、細かな作業や深く物事を考えると言う事が苦手で、万事大雑把になりがちという悪癖がある。
 それを矯正する意味もあって失敗が多い事を分かった上で、細かい作業などを積極的に行っている。
 人間に生まれ変わった私のモットーは失敗を恐れず何事も挑戦、これである。挑戦、失敗、挑戦、失敗、挑戦、そして成功。大体がこのような調子であるが、私にはこれが性に合っているようだ。
 川に仕掛けた罠も父や兄に教わりながら、まともなのが作れるようになるまで結構な時間が掛ったものである。
 さて罠を仕掛けた場所に一人とことこと歩いていた私であるが、ある家の前を通りかかった時に、家の扉を開いて顔を覗かせた少女に声を掛けられたので足を止めた。

「あ、ドラン。ちょっと家に寄っていかない? 味を見て欲しいものがあるんだぁ~」

 言葉も声の響きもおっとりとしているのは、ミウさんとバランさんの愛娘である今年十四歳になるミルさんだ。
 ミウさんの血が濃くセミロングの茶色い髪から覗いている耳や、まろやかなラインを描くお尻から伸びている細長く先端にふさふさとした毛を生やした尻尾、膝から下を覆う牛の白黒模様の毛皮と蹄など、牛人の特徴をそのまま継いでいる。
 くすんだ白色のワンピースを押し上げる乳房は年齢を考えれば十二分以上に大きく育っており、くびれた腰もミウさんと同様だ。ただミウさんよりもおっとりとした雰囲気で、性格の方も雰囲気そのままである。
 正直、時々マルコよりも年下なんじゃなかろうかと思うこともしばしばである。
 ただ無邪気かつ無防備に私を手招くミルさんの笑顔を見ていると、こちらの警戒心が春の雪解け見たいに消えるから、これはこれで大したものだと感心すべきかもしれない。
 扉から、少し動くだけでたゆんと揺れる乳房と顔を覗かせて手招くミルさんに素直に従い、私はミルさんの家に入る。バランさんは村に作られた駐在所に詰めているから留守だ。
 バランさんはご両親を流行病と魔物の襲撃で亡くされていて、兵士になるべくガロアで訓練を受けていた時にミウさんと出会い、ベルン村に配属されてからはかつてご両親と暮らしていたこの家に今のご家族を招いている。
 私が長机と六脚の椅子が置かれている食堂に通されると、そこにはミウさんの姿もあった。何度見てもミウさんとミルさんが母娘とは見えない。精々が少しだけ年の離れた姉妹である。バランさんが羨ましい限りだ。

「お邪魔する、ミウさん」

「あらドラン。ちょうど良かったわ。すこし味見して欲しいものがあるのよ。立ったままなのもなんだから、さ、座って」

 ミウさんにすすめられるままに椅子に腰かけて、私はなにかご馳走になれるのかな、と食欲が鎌首をもたげるのを感じた。ディラン兄とマルコに悪いと思うが、後でなにか埋め合わせをしよう。

「えへへ、これだよ~」

 相変わらず満面の笑みのミルさんが私の前に差しだしたのは、白い液体で満たされた木のコップである。ほんのりと甘い匂いが香ってくる。

「乳か。ひょっとしてミルさんの?」

「うん。今日ね、私も出るようになったんだよ~。お父さんとタウロには味見してもらったんだけど家族以外の人にもね、味見をして欲しいんだぁ」

 タウロさんは家のディラン兄と同い年のミルさんの弟である。牛人の血を引く彼はすでに大人顔負けの力持ちで、父であるバランさん直々に武芸の手ほどきを受けており、将来は王国の兵士か冒険者か、と村では噂されている。

「ふむ、それは光栄だな」

 牛人の女性にとって乳が出るようになった事は一人前の体に成長した証であるから、特別恥じるような事ではないし、むしろ誇る事である。
 人間との付き合いが深い牛人の方々は自分達の乳が、人間に大変重宝される事も知悉しているから、乳は味が良ければよいほどまた搾れれば搾れるほどよいとされている。
 ちなみに乳の飲み方に関して直に牛人の女性の乳房から飲む事を許されるのは、親しい友人の赤子であるとか恋人でなければならないし、乳房に触るのだって同じことだ。
 となると私の目の前に置かれたミルさんの乳は、ミルさんが自分で搾ったか母親であるミウさんが、まだ不慣れであろうミルさんの乳房から搾ったものだろう。
 血の繋がった実の母が娘の乳房に手を伸ばして搾乳するのか。ふむ、けしからん。実にけしからんな。

「まだ自分じゃ上手く搾れないから、お母さんに搾ってもらったの。朝に搾ったのだから、すこし時間は経っちゃったけど、味はそんなに悪くはなってないと思うんだ~。ドラン、味見してくれる?」

「断る理由は一つもないな。では賞味させて頂く」

 椅子に座った私の左横に立ったミルさんが前かがみになり、私の顔を覗きこみながら頼んで来るのに対し、私は言葉通り断る理由はなかったし味見を頼まれた事が嬉しかったので、さっそくコップに口をつけた。
 ミルさんが前かがみになった時、私の手では余るほどの若い乳房がちらりと見えて、つい視線が吸い寄せられたのは内緒である。セリナよりも幾分大きいのは、さすが牛人の血と言うべきか。
 ミルさんの乳を口の中に含んだ私は、乳の匂いと味を堪能すべくすぐには飲み込まず口の中で噛むようにして味わいそれから飲み込む。

「美味しい。ミウさんの乳より甘みが強いと思う。喉越しもいいし、村の皆も大喜びするだろう」

 きらきらとした瞳で私の感想を待っているミルさんの顔を見つめ、私は語彙には乏しいが素直な感想を述べて、残りのミルさんの乳を飲み干し、空になったコップを机の上に置いた。
 ミルさんはこちらもつられて笑顔になってしまう様な笑顔に、照れを混ぜてえへへと笑っている。良くも悪くも素直に思った事を口にする私が美味しいと言ったので、それが嬉しい様子であった。
 ミウさんは娘の乳の味を褒められてほっとした様子で、お代わりを持って来るわねとコップを持って行った。流石に同じ村の住人とはいえ、目の前で乳を搾る光景が見られるわけではない。少し、いやかなり残念だ。
 ミルさんは喜びの表現としてか私を抱きよせて、大人の女性でも滅多に居ない位見事な乳房に私の頭を埋める。ふむ、非常に柔らかくそれでいて弾力に富み、触っていて飽きない胸乳である。
 これからは牛人を見かけたら拝んで感謝を示した方が良いかもしれん。

「良かったあ。ドランがそう言ってくれるなら、村の人達にも私のミルクを喜んでもらえそうだね。少し不安だったんだよ~。ありがとうね~、ドラン」

 ミルさんは無邪気に自分の胸の中に埋もれさせた私の頭をむぎゅむぎゅと抱きよせて頬ずりしてくるが、私は柔らかいし良い匂いはするし気持ち良いとあって、役得ではあったのだがかえって困ってしまった。
 欲情していたのである。がっちがちになっている。とはいえ流石にミルさんに手を出す事は出来ない。赤子の頃に乳でお世話になったミウさんの娘さんであるし、バランさんがどんな顔をするのやら。
 ミルさんほか村の女性に手を出すとしたら、せめて成人として扱われる十五歳になってからだ。だからといって別に互いに十五歳を越えていたら抱いていた、というわけではないが。
 私が困ってどう言えば良いものかと思案しているうちに、ミルさんは私の股間が大きく膨らんでいる事に気付いて、顔を真っ赤に染めると私の頭をようやく解放した。
 やれやれ、ほっとしたような残念なような。残念な気持ちの方が強いかな?

「あう、ご、ごめんね。私ったら考えなしに抱きついたりなんかしちゃって。お父さんに直しなさいって言われているんだけど、嬉しくなっちゃうとつい、ね」

 ミルさんの抱きつき癖は昔からのもので、同年代の子供の大半はミルさんに抱きつかれた事がある。
 ミルさんは真っ赤になった顔を恥ずかし気に俯かせてはいるが、その視線は私の股間をちらちらと見ている。そういえばミルさんにはまだ恋人はいなかったか。そう言う事に対する興味が強くなる年頃だから、私に向けられる視線もまあ仕方の無いものだろう。

「ミルさん、私くらいになるとそろそろこういう年頃だ。ミルさんはミウさんに良く似てとても可愛らしいし、魅力的な女性だから男を相手にあまり無防備な所は見せない方が良い」

「え、あ、可愛いかな、私?」

「うむ」

 えへへ、とミルさんはまた照れ笑いを浮かべて頭を掻いた。あまり言われ慣れていないのかもしれない。
 相手の良い所を見てそこを褒めてあげなさいと母に教わった事をただ実践しているだけだが、今の所上手く行ってくれているようだ。
 ミルさんの良い所は外見ばかりではないが、いかんせんこの状況では身体的な魅力を手っ取り早く伝えた方が理解は早かろう。
 私とミルさんがそんなやり取りをしていると、ミウさんが乳のお代わりを持ってきてくれたのだが、ミルさんの方を見るとあらあらと困った様に言い始め、何事かと私も改めてミルさんの方を見やれば、ミルさんの白いワンピースの胸のあたりが濡れていたのである。

「あ、また出てきちゃった」

 どうやら朝に搾ったばかりだと言うのに、もうミルさんの乳が出てきてしまった様で、その乳でワンピースが内側から濡れてしまったのだ。
 濡れたワンピースの生地に、うっすらと桃色の肉粒が透けて見えて、私はこれも役得だな、と内心で呟いた。

「あら、いけない。ミル、はやく搾らなきゃ。そうだ、ドラン。少しここで待っていて。アゼルナ達のお土産に、ミルのお乳を持って行くといいわ」

 それは非常にありがたい提案であったので、私は喜んで首肯し大人しく椅子に座りなおしてミルさんの乳搾りがひと段落するのを、お代わりの乳を飲みながら待つ事にした。いつか直に飲んでみたいものである。
 ごめんねぇ、と恥ずかしそうに笑うミルさんがミウさんと一緒に、違う部屋に行くのを見送ってからしばらく、小脇に抱えられる位の素焼きの壺を持ったミウさんとすっきりとした顔のミルさんが姿を見せて、私はお土産としてミルさんの乳がいっぱいに入った壺を受け取った。

「短い時間でずいぶんと出たのだな」

「ようやく出るようになったばかりだから、溜まっていたのよ。私とミルの二人なら村の皆に今まで通りお乳を飲んでもらっても、他の町に売る位の量は出るし私もミルも頑張らないとね」

「えへへ、たくさん飲んでね、ドラン」

「ああ。ミルさんの乳なら、すぐに飲み切ってしまうさ」

 私はそのままミウさんとミルさんに見送られて別れを告げ、川に仕掛けた罠もきちんと確かめておいた。
 切り身から脂をたっぷりと滴らせるジューシーフィッシュとプリプリとした歯応えが特徴のプリメが二尾ずつ籠の中に入っており、私は実に良い気分で帰り路についた。
 夕暮れを浴びて帰り路を行く途中、私は心洗われる様な夕陽を見つめながら、今日はセリナの胸をとことん堪能しよう、と心に誓う。
 人間に転生してセリナと交わって以来、実に欲望に素直になったものだと、私は自分に呆れていた。まあ、セリナも私も気持ち良いし、セリナは力を増す事が出来ると良い事だらけなので、気に病む事もあるまい。
 その晩、私が持ち帰ったミルさんの乳と魚は好評の内に、我が家の胃袋に収まるのだった。


 村の人達がセリナに馴染むまで五日ほどか、という私の予想は良い意味で裏切られた。私は我がベルン村の人々の順応性とセリナの社交性とコミュニケーション能力を、かなり低く見積もっていたのである。
 昼食の短い休憩の時間に、私は我が家の豆畑の近くで切り株の上に腰かけて、川遊びをしているセリナと村の子供たちの様子を見ていた。
 一応、監視の兵士はまだついているがこちらもすでにセリナに対する警戒を薄めておりさほど緊張してはいない。
 それでも各々の武器に手は添えてあり、すぐさま動ける体勢にある辺りは、流石に辺境勤めの実戦慣れした兵士だけはある。
 セリナが村に来て三日。すでにセリナは私と同じかそれ以下の子供たちから蛇の姉ちゃん、セリナ姉ちゃんと呼ばれ、よく懐かれていた。
 セリナと水の掛け合いをしてはしゃいでいる子もいれば、セリナの尻尾にしがみついたり跨って笑顔を浮かべて楽しんでいる子もいる。
 一度、セリナに聞いた事があるが、一人っ子であったセリナにとって村の子供達は弟や妹みたいに感じられて、一緒に遊ぶのが楽しくて仕方がないらしい。
 夜はともかく昼は私もセリナばかりを構っては居られないから、セリナに私以外に遊ぶ友人や顔見知りが出来る事は、非常に喜ばしい。

 外に出ての狩猟や魔物を追い払う事に関しても、セリナの魔眼や魔法は非常に役に立ち、これまでの村人だけで行っていた時よりもぐんと効率が上がっている。
 またセリナが獲物の肉や野菜などをごく少量しか食べないから、気前よく獲って来た獲物を村の人達に分けている事もあって、大人連中からの評判も良い。少なくとも子供がセリナと遊ぶのを咎める親は既にいないほどである。
 しかし、と私は水遊びをして笑顔を周囲に振りまいているセリナの姿を見て思う事があった。セリナが着用しているのは相変わらず襤褸のマントである。
 仕立てと素材が良かったからか、まだまだ着用には耐えそうであるが、若い娘がいつまでもマント一着っきりというのも不憫な話。

 そろそろ新しい服でも用意してやりたいが、私の立場ではそうそう用意できるものではない。
 第一私だってここしばらく新しい服何ぞ着てはいないし、この時代の人にとって服と言えば、他の人が着られなくなった服を貰い受けるなり古着屋で古着を購入し、サイズが合うように仕立て直したものを指すから、完全に新品の服を着る機会は平民にはそうそうあるものではない。
 村には大体五日から七日に一度くらいガロアから行商人の方が来るのだが、その人に布地を売ってもらうにしても、私が手伝いなどで時折もらう小遣いでは人一人分の衣服に必要な布は手に入るまい。
 となると村の農作業以外で小銭を稼ぐしかあるまい。それにセリナの服以外にも私には気がかりな事があった。あのゴウラグマである。本来村の東にある森に棲息するあの魔物が、どうして村の近辺にまで出没したのか。
 幸い、二頭目の姿を目撃した話は出ていないが、ちと調べる必要があるかもしれん。ふむ、小銭を稼ぐ方法と森の探検の許可を取ってみるか。

 あ、いつの間にか子供たちの中に紛れていたアルバートが、セリナの胸を一撫でしやがった。セリナは恥ずかしがって胸を両手で隠して顔を赤くしながらアルバートに注意しているが、アルバートは悪びれた様子もなくニヤニヤしている。
 胸を触られても本気で怒る様子を見せないセリナの安全性を知らしめて、アルバートなりにセリナを村に馴染ませようと言う行為なのかもしれんが、私が許容できる範囲を越えた行いである。
 おのれ、夜になったらアルバートの家に忍び込んで股ぐらに水をかけて、寝小便の刑に処してくれる。次もやったら寝大便の刑である。セリナは私のだ。


 夕飯を食べ終えて食器の片付けの手伝いも終わった私は、椅子に腰かけて黄金色の麦酒をじっくりと味わいながら飲んでいる父ゴラオンに、東の森への探索を頼みこんでいた。
 東のエンテの森は、まだ辺境の人々が足を浅くしか踏み入れていない場所で、十階層の迷宮に例えるなら一階の半分を踏破した程度であり、その奥には古代王国の遺跡があるだの、エルフの里があるだの、根も葉もない噂が人々の口に乗っている。
 かくいう私もエンテの森にはなにがあったか? というよりもエンテの森ってなんだ? と竜の時の記憶が今一つ曖昧なもので、私にとってもエンテの森の奥は未知の世界であり、好奇心と冒険心を刺激してやまない。
 エンテの森は非常に実り豊かで生命に満ちており、奥深くに行かなくても十分な糧は得られるから、ベルン村を含め辺境の人々は奥へと踏み込もうとはしていない。
 麦酒が半分ほど残っている木のコップをごとりと音を立ててテーブルに置いた父は、不動直立の体勢で返答を待つ私の顔をまっすぐに見つめて問いかけてくる。
 嘘を許さない、というよりは嘘を吐かないと自分の子供を信じる父の瞳が、私は大好きであった。

「エンテの森か。お前一人では行かせられんぞ。ディランは八つの時に連れて行ったが、おれが一緒だったしな」

 父が無精ひげをじょり、と音を立てて撫でる。これは父が迷っている時の癖である。私と父の話を聞きつけたマルコが自分もエンテの森に行きたそうな顔をしていたが、こちらは母に注意されて断念した様子。
 ディラン兄は私の年ならまあ行ってもいいんじゃないか、とさほど気にした様子は見られない。豪胆と言えば豪胆だが、それに大雑把の成分もいくらか含まれているのが、ディラン兄の性格である。

「私一人では行かない。セリナさんと一緒に行く」

「う、む。あの蛇の娘っ子か。お前はなんでか好かれているからなあ」

 私がセリナの名前を出す事は、ある程度予想していたのだろう。なお父がセリナの事を蛇の娘っ子、と言うのに悪意は含まれていない。悪意のある呼び方をするのなら、父の場合、あの魔物か、とか雌蛇か、とでも言う所だろう。
 ではなぜ蛇の娘っ子と言うのかといえばこの父、まだ三十歳の割に人の名前を覚えるのが苦手なのである。
 セリナの場合確かに蛇の、とつければこの村の住人はセリナの事であると分かるから言い得て妙といえば妙なのだが、いまひとつ感心できない所がある。

「私もセリナさんは好きだ。それに単純に強い。魔法が使えるし力も強い。ラミアの目もある。一緒に森に行くのならとても頼りになる」

「お前の言うとおりではあるな。おれも狩りの時に娘っ子の戦いを見たが、ありゃディナとバランとおれを足した様なもんだ。正直に言えば村に来てもらって随分助かったと思っとる。まあ、娘っ子が一緒に行くのならお前が森に入っても危険な事はないだろう」

「では、明日にでも行ってこようと思うが、いいだろうか?」

「少しでも危ないと思ったら荷物を捨てて構わんからすぐに帰ってこい。あまり奥には行くな。無理になにかを得てこようとせんでいい。これを守れるんならいっていいぞ」

「分かった。怪我ひとつしないで帰ってくる」

「よし」

 父はそういって目を細めて小さく笑い、私の頭を痛い位の強さでぐしぐしと撫でた。許しが出たのと、頭を撫でて貰えたのが嬉しかった私は、ふむ! といつもの口癖を力強く発していた。

<続>

1.
 牛人のミルクは一般的に広まっているものですが、都市部では栄養価がある上に美味とあって、富裕層に好まれている為一般の人だと少々値が張ります。
主人公の場合、運命共同体である村の住人同士と言う事もあって、気軽に飲めています。
 何度か名前の出て来たガロアという都市にもミウ以外の牛人がおり、ミルクは出回っていますが、いつでも好きな時に飲める人は限られています。
 ベルン村の属している王国では人間の集団が暮らしている所には、ほぼ必ず牛人をはじめとした人間と親しい亜人が暮らしており、共存関係にあります。

2. ななん様のご質問にあった魔法について。
 人間なら誰しも魔力は持っていますが、それを魔法として行使できるほどの魔力を持っている人間は希少なので、魔法使いの人口は少ないです。
 魔法使いも大抵は王国に仕えるなりして、献策や魔法具の開発、軍事力の一環として重宝されて生活も安定しているので、マグル婆さんの様な魔法使いは割と珍しく、ほかには落ち零れて傭兵や冒険者になるか、文字や勉強を教えたりして暮らしています。
 主人公も肉体自体には平均的な魔法を使えない程度の魔力しかありませんが、魂から滲む魔力がある為、これに気付いたマグル婆さん(古神竜の魂に、ではなく魔法使いの水準に達している魔力に)の下で魔法薬の調合や初歩の魔法を習う事になりました。あとセリナからも攻撃魔法を教えて貰っています。

3.sana様からの分身の遠隔操作について
 主人公は竜の肉体の分身なら作った事はあるので、竜の分身体なら得意なのですが、人間の体の分身を作るのは最近ンになってようやく手を着けた事なので、人間の体はどうなっているんだろう? といった状態です。
ただ外見を真似るだけなら問題ないのですが、実際に動かすとなるとこう言った動作をした時はこう言う風に体が動く、と言った細かい所が良く分かっていないので悪戦苦闘しています。
 前世は力押しだけで済む生き方をしていたので、現在の人間らしい生活にはかなり苦労しており、分身を遠隔操作するほどの細かい作業はまだ難しいのです。
 分身の中身も人間をそっくり真似ているせいなので、外だけ人間に似せるだけなら簡単なのですが、凝り性な性格もあってあえていばらの道を進んでいます。
 また人間に生まれ変わってからは全て直に自分が経験したい、という気持ちがあり例え分身であってもまずは自分が最初に経験してから、と分身を操って何かをする事を躊躇しているのも理由です。

 ざっとこんなところでしょうか。人妻牛のミルクを飲む方法は私にもわかりませんw
 なおセリナの様な吸精タイプの魔物にとって、RPGっぽく表現すると主人公の精はステータスアップアイテムみたいなもので、セリナはレベルは変わっていませんが山ほどステータスアップアイテムをつぎ込まれており、レベルの割には異様に強いです。
 こういったRPG的な表現をお嫌いな方もいらっしゃるかもしれませんが、あくまで後書きにおけるお遊びですので、ご容赦くださいませ。
 作品世界はアトリエシリーズとロードス島戦記と吸血鬼ハンターDの辺境世界を足して三で割ってウルトライージーモードにした様なものをイメージしております。
 主人公がメルルやトトリといったアトリエシリーズの主人公ポジションですね。
登場するモンスター娘は次のドリアード、バンパイア娘あたりは確定ですが、ドリアードの直ぐ後にバンパイアというわけではないです。
 その他名前の挙がったモンスター娘に関して可能な限りご希望に添えられるよう善処いたします。

・ベルン村 
規模:辺境の農村 人口:百五十人+魔物一体←NEW!

・ベルン村特産品リスト
ホコロ芋
フクレル豆
ドゥードゥー鳥
ランバードの羽
ランバードの嘴
ツラヌキウサギの角
オオアシネズミの毛皮
トビダヌキの毛皮
テッツイイノシシの毛皮
クロシカの毛皮
クロシカの肝
オオキバワニの牙
オオキバワニの革
マグル婆さんの回復薬(HP回復)
マグル婆さんの解毒薬(毒・麻痺回復)
マグル婆さんの軟化薬(石化解除)
マグル婆さんのまじない薬(戦闘中LUKアップ)
マグル婆さんのお祓い札(モンスターエンカウント率ダウン)
ディナの増強薬(戦闘中ATKアップ)
ディナの硬化薬(戦闘中DEFアップ)
ディナの俊敏薬(戦闘中AGIアップ)
ディナの集中薬(戦闘中DEXアップ)
リシャの鎮静薬(MP回復。辛い)
リシャの強化薬(戦闘中ATK・DEF微アップ。甘ったるい)
リシャのアロマ(混乱回復。苦い)
アイリの魔法薬(HP・MP微回復。不味い)
牛人の乳(母)
牛人の乳(娘)←NEW!
ラミアの毒液(麻痺) ←NEW!

9/23 21:50 誤字脱字修正。通りすがり様、くらん様、ありがとうございました。



[29749] さようなら竜生 こんにちは人生⑥ エロ注意
Name: スペ◆52188bce ID:e262f35e
Date: 2011/09/27 08:44
主人公がちょっと無双します。主人公最強モノがお嫌いな方はご注意を。
今回は賛否両論あるであろう内容になっています。

さようなら竜生 こんにちは人生⑥ エロ注意


「ドラン、忘れ物はない? セリナさんと二人で本当に大丈夫? 無理しちゃだめよ。ちゃんと夕飯までには帰ってくるのよ」

 エンテの森の探索に向かう為、ベルン村の北門まで来た私は私の身を案ずる幼馴染アイリから、矢継ぎ早の質問を受けていた。我が母とて家を出る時に私の格好を見て、よし、と一言で済ませたのに、まったくアイリは心配症である事よ。
 今の私は、愛用のブロンズダガーを腰の革ベルトに差し込み、森の探索に当たって父から貸し与えられた鉄製のショートソードを左腰に佩き、右手には愛用のツラヌキウサギの槍を持っている。
 ベルトにはいくつかのポーチと革の袋が括りつけられており、薬草をペースト状に練り込んだ傷薬や解毒作用の薬草を小指の先くらいの大きさの丸薬にしたものなどが入っていて、革袋に入れた水筒も吊るしている。
 ちょっと大荷物かもしれないが、日々の農作業に耐えた私には十分許容範囲だ。

 他にもいつものシャツの上になめした革のジャケットを着こんでいて、背中には革の背負い鞄を背負っている。こちらには焼き固めた黒パンや干し肉が入っている。
 背負い鞄の中身を森で胃袋に納めて、空いたスペースに森の収集物を入れて村に持ち帰る予定だ。
 私はちょこちょこと回りを動きまわるアイリの右手を、私の左手で握って動きを止めてから、まっすぐにアイリの瞳を覗きこむ。
 そばかすを散らした可愛らしいアイリの顔は、心配の色一色で染まっている。こうまで心配してくれているとは、得難い幼馴染を持ったものである。

「準備に抜かりはない。安心しろ、アイリ。言われたとおり夕陽が沈む前には帰ってくる」

「……そうよね、あんたは私やアゼルナさんがどれだけ心配しても、いつもけろっとした顔で帰って来るもんね」

 アイリはようやく私の言葉で安心したらしく、少し疲れた様な、困った様な顔を浮かべる。あたしもついて行く、と言われなくて正直安堵した気持ちも私にはある。
 どんな危険があったとしても私が古神竜としての力を振るえるなら、それは危険足り得ないが、アイリや村の人達の前で力を振るう事は私にとって最後の手段だ。
 私は人間としての生命を終えるその日まで、人間として生き、そして人間として死にたいのだ。
 アイリが同行した場合、予想しなかった事態によって危機に直面した時、私本来の力を振るわねばならぬ可能性があるかもしれない事を、私は嫌ったのである。
 その点セリナに対してなら既に出会った時に私の力の一端を見せているし、私の正体を知られても構わないと判断できる間柄だ。
 私がアイリに心配されている間セリナはと言うと、私の家族に息子をよろしく云々と頼まれていて、笑顔でこれに応じ傷一つ着けずにお返しします、と答えている。
 一定の信頼を獲得しているとはいえ、魔物の娘を相手に子供の事を頼む辺り、我が家族の胆はなかなかに座っている。

 セリナのあの絶対的な自信は私を何が何でも守る、と心から思ってくれている事と私の真の力の一端なりを知っているからこそであろう。
 エンテの森における私の目的地は、辺境の人々が足を踏み入れていない奥地となる可能性が高い。
 その点を考慮して私は朝の早い時刻から村を出立する事に決めていた。夜明けと共に畑仕事に出ている他の村の人達の姿を見ながら、私はそろそろ出発しようとセリナに声をかける。
 セリナはいつもの襤褸マントのままであったが、両肩から斜めに植物の蔦と動物の革を使った手製の編み鞄を、合計二つ下げている。
 ラミアであるセリナにとって食べ物の必要性はほとんどなかったら、私用にと予備の傷薬と水筒、食糧を編み鞄の中に入れられているはずだ。
 私は腕を組んで黙って私を見送る父や手を振る母、兄弟、アイリに手を振りながら村の北門を後にするのだった。

「ドラン、怪我なんかして帰ってきたらあたしの調合した薬を山ほど飲ませて上げるからね~! セリナさん、ドランの事をよろしくお願いしま~す」

「分かった。用意はしておかなくていいぞ」

 最後に大きく声を張り上げて言うアイリに私もまた大きな声で答え、今度こそ私とセリナはエンテの森を目指して歩を進めた。


 見送りに来てくれた皆と別れてからエンテの森を目指し、緩やかな起伏のある草原を私とセリナは手を繋いで歩いていた。私の右手は槍を握っているので、左手でセリナの細く繊細な右手を握っている。
 セリナを伴って転移魔法や飛行魔法を使って森に向かえば時間を大きく稼ぐ事が出来たろうが、セリナに対して村の周囲の案内も兼ねているのでのんびりと歩く事にしている。
 春の日差しは朝から暖かく陽気で心地が良い。セリナと二人きりで散歩がてら森を目指すのもいいと思っていたからだ。
 私と同じ考えなのかセリナも過ごしやすい天候と朝の爽快な空気に、村を出てからずっと笑みを浮かべており、私と握った手をときどき見てはさらに笑みを深めている。
 そんなセリナの笑顔を見ていると、この娘と出会って良かったな、と思う。ここまで私に従順で献身的に尽くしてくれるセリナに見合う男であらねば、と改めて胸に誓っておく。

 村を出て暫く歩いてから、私はセリナに声をかけて足を止めて左手で懐に忍ばせていた首飾りを取りだす。
 先端に向けてわずかに斜めに傾斜する小さな白い牙に穴をあけて、紐を通した簡単な造りのアクセサリーであるが、使っている牙は私の左上の犬歯を引っこ抜いた後に古神竜の牙へと変えたものである。
 私の小指くらいの大きさだが古神竜の牙である事に加えて私の守りの意思を付与してあるから、強力すぎて使用を禁じられた禁呪を叩き込まれでもしない限りは、セリナの身を守ってくれるだろう。
 おそらく現在の人間の製造可能な最上級の魔法具よりも強力な効果を持っているだろうが、竜語魔法による隠蔽を施してあるから、魔法に長けたものでも真の効果は見抜けず単なる獣の牙を使ったアクセサリーとしか見えない筈だ。

 ちなみに既に引っこ抜いた歯は再生しているので、私の歯並びは変わらず綺麗なものだ。私はセリナの首に手を回して、手ずから首飾りをつける。
 華美さなどは欠片もない実用一点張りのデザインであるが、私の牙は陽の当たり具合で七色を帯びるから、ただの獣の牙よりは多少綺麗ではあるだろう。
 もっと美的感覚があればよかったのだが、私の才能と時間と予算の都合でこの程度の品になってしまい、私はセリナに対して申し訳なく思う所があった。
 白く透ける肌を持った豊かな自分の乳房の谷間で輝く私の牙を見たセリナは、申し訳ない表情を作る私が何かを言う前に、私を思いきり抱きしめて来た。
 レザージャケットとシャツ越しにぐにゃりと潰れるセリナの乳房の慣れ親しんだ感触がする。
 この場で押し倒してしまいたい衝動がむらむらと湧き上がって来たが、私はそれを抑え込み両手をセリナの背中に回して抱き返しながら、槍を地面に刺して空けた右手でセリナの頭を優しく撫でる。

「素敵な贈り物をありがとうございます! 私は世界一幸せなラミアです」

「そこまで喜んでくれるとは思わなかった。私としてはもっと若い女性らしいものを送りたかったのだが、随分地味なものになってしまって申し訳なく思う」

 セリナは私を抱きしめていた状態から、体を離しそんな事はないと首を横に振るう。喜んでくれるのなら私にとって、これ以上ない成果である。
 セリナが私の事を気遣って言っているのではない、とわかり私は内心で安堵した。
 竜であった時代、稀に私に挑んできた戦士や勇者に、その武勇や高潔な心を褒め称えて贈り物をした事はあったが、親愛の情をこめて異性に贈り物をするのは憶えている限りでは初めてであったから、正直かなり緊張していたのだ。
 大切な宝物のように、私の牙を両手で包みこんで頬を赤らめて笑むセリナの姿が、あまりに愛らしいものであったから、次はもっと喜んでもらえるものを贈って、この笑顔をまた見ようと決めた。

 それから森への移動を再開した後、セリナは自分の胸の谷間に埋もれて固定された牙のアクセサリーを時々見てはにこにこと笑みを浮かべて、これ以上ないほど上機嫌になっている。
 ふむ、私にとってもなによりな事である。
 一応エンテの森の端っこまではこれまでに辺境の人々によって、馬車がすれ違える横幅の簡単な道が出来ている。
 といっても雑草を取り払い踏み固めただけの簡単な道だから、土砂降りの雨が降るなりするとあっという間に荒れてしまう。
 エンテの森は奥に進むと大型の食肉蜘蛛や、ムササビの様な皮膜を持った滑空する全長二メルのトビオオトカゲをはじめ、村の近辺よりも強力で厄介な魔物が姿を見せる。
 それでも以前に建築材として樹木を切り出した辺りは、今でも定期的に魔物の掃討がされているから比較的安全だし、小屋が設置されているのでそこで体を休めることもできる。

 ただし森に到着したら人の目を気にせずに多少自重の箍を緩めるつもりである私は、ゴウラグマが出現した理由を探る為なら、最深部にまで足を踏み入れる腹積もりであった。
 その過程で噂の様に古代王国の遺跡や、エルフの里が見つかるならそれはそれで得るものはある。肝要なのはベルン村に迷惑が及ばぬように、言動に注意を払う事だ。
 私がエンテの森の異常の原因についてあれやこれやと思案を巡らせていると、私の左手を引いてセリナが私の注意を引いた。
 どうした? と私が訪ねるとセリナは東に向かう私達から見て左手の方角、北を指差す。
 私達のいる地点から五百メルほどの場所に高さ三十メルほどの大岩があり、そこにとても頑丈そうで古めかしい装飾の無い鉄の扉が嵌めこまれている。

「あの扉は一体何なのでしょう?」

「ふむ、あれは王国で一番安全な“志の迷宮”の入口だ。戦神アルデスが造りだした、戦士にならんと志を立てた者の為の練習用の迷宮だな。内部にはパペットと言う人間を模した人形が何体もいて、それを相手に腕を磨くのだよ」

 迷宮と一口に言っても、これは神が祝福や試練の一環として建造した物や、過去の魔術師や文明の建造物、単なる遺跡に魔物や亜人が住み着いたものなど様々な種類を指す。
 形態も地下に構築された迷宮や、地上に残された廃墟、天を貫かんばかりの高さを誇る塔と千差万別だ。
 志の迷宮は一番ポピュラーな地下建築型の迷宮で、地下五階層を数えて平均六つ程度の大小の部屋と通路で構築された簡素きわまる構造をしているそうだ。
 ただし入る度に部屋の配置や大きさを変える為、内部の地図を作っても役に立つのは入ったその時だけである。
 五階に番人と呼ばれる特殊なパペットがおり、これを倒せば戦神アルデスから褒章を与えられるという造りになっている。
 戦神アルデスやその眷属神の信徒で、この北部辺境区に住む者なら生涯に一度は訪れるという迷宮であり成り立ての冒険者なども訪れて、ベルン村を宿・拠点として使ってお金を落としてゆく。
 村の人達でも十分に踏破可能な優しい迷宮であるから、時々アルデスの報奨目当てに大人達が挑む事もある。

「一番安全と言う事は、そのパペットはとても弱いのですか?」

 セリナの疑問に私はまた聞きなので自慢出来ることではないが、知っている限りの事を口にする。

「確か大人のコボルトと同程度かそれ以下と聞いた事がある。だがそれ以上に志の迷宮が安全と評されるのは、迷宮の中で死んだとしても迷宮に入った時と同じ状態で入口に戻される為だ。志の迷宮では死ぬ事はない。それゆえに王国で一番安全なのだよ。その代わり死んだ時にはお布施として手持ちの金が半分か、それに相当するものを失うそうだがね」

 トラップもないそうだからな、と付け加え、私とセリナはしばらく志の迷宮の入口を見つめたが、あまり時間は無駄にできないのでエンテの森を目指して歩き始めた。
 パペットは意思を持たない神の作りだした人形であるから、セリナの魔眼は効かないだろうがそれでもセリナの能力があれば、簡単に五階の強力なパペットも倒せるだろう。
 私はまだ志の迷宮に足を踏み入れる許可は下りていないが、いつの日にか許可を取りアルデスからの報奨を手に入れようと画策していた。
 パペットの持っている武器や防具も稀に手に入るそうだし、私や村の貴重な収入源になるかもしれない。
 志の迷宮の説明を終えた私とセリナは半鐘(約三十分)後にはエンテの森の端っこにあるかつての伐採広場に到着していた。
 木々の醸す多種多様な匂いが私とセリナを包み込んでおり、周囲は大地とその次に水の属性が強くなっている。これで泉なり川なりの水場があれば、セリナにとっては村以上に過ごしやすい環境に違いあるまい。

 伐採広場に建てられた小屋は、定期の魔物討伐の降りに手入れされているようだが、休む事はせずに森の中へと足を踏み入れた私達の足元はびっしりと生える緑やら黄色やら赤やらと、色様々な草に覆われ尽くしていて茶色い地面は猫の額ほどしか見当たらない。
 革袋の水で咽喉を潤してから私はセリナを伴って森の奥へと踏み込んだ。
現在の私は森の内部の魔物に対抗するため、肉体を竜のそれに変えてはいないが、魔力による強化は施している。細かい魔力操作がどうにも苦手な面があるが、おそらくこの森の魔物が相手なら十分だと思う。
 道中、森の中に自生している、一つの実からコップ一杯の良質な油が搾れる薄緑色のオイユの実や、香辛料代わりになる香草を摘み取っては持ってきていた紐で縛り、背負い鞄の中に放り込んでおく。
 これらのような村に持ち帰っても問題ないものは背負い鞄や腰のポーチに放り込み、私が持ち帰えると不自然になるものは、以前拵えておいた収納用の亜空間に放り込む。

 この亜空間は視覚的には通常の空間と変わる事はなく、私の意思次第でいくらでも通常空間に現出するもので、広さはざっと百万立方メル位で内部の時間は止めてあるから収納物が腐る事や劣化する事はない。
 村の人達からすれば変わってはいるが子供に過ぎない私が、分不相応な物を持ちかえっても後々面倒になるだけだから、仕方の無い事だ。
 便利な事は確かだしいつか収集したものが役に立つ事もあるだろう。というよりも役に立つ場面が来て欲しいものである。
 私の皮靴やセリナの這いずった跡がくっきりと残る位に厚く折り重なった草や、緑色の苔で埋め尽くされた地面の上を延々と私達は進む。
 流石に森に入ってからはセリナと手を離したが、離した時のセリナの残念そうな顔にはひどい罪悪感を覚えたものである。
 空は方々に伸びた巨大な樹木の枝が折り重なって、大自然の天蓋をつくり陽光は隙間から差し込む木漏れ日だけだ。
 時折セリナの金の髪が木漏れ日を浴びて本物の黄金であるかのように輝いており、私はその美しさについ見惚れてしまいそうになる自分を叱咤しなければならなかった。
 私とセリナはさらに奥へ奥へと進み、やがて少しずつ森に住む魔物や動物の襲撃を受けるようになっていく。

「ふむ」

 と私は高さ二十メルに届く巨木の枝から、私の背後から飛び掛かって来たトビオオトカゲの首を、振りかえりざまに振るった無造作なショートソードの一振りで斬り落とす。
 振るった剣の速さゆえか斬り飛ばされた首と胴体からは、血が滲む事さえない。かすかに肉の焼ける匂いがした。
 ショートソードを見ると大気との摩擦で熱を持ち、刀身が赤熱していた。
 トビオオトカゲの硬質の皮や、首の骨などあってないがごとき膂力に任せた乱雑極まりない一撃である。
 通常トビオオトカゲは単独で行動するから、続けての襲撃は無かった。セリナはトビオオトカゲに気付いて、下半身の一撃ではたき落そうとしたが私が手で静止した為、見守るだけに留まっている。
 刀身に血が付着する事もなかった為、私はショートソードを手に持ったままトビオオトカゲの死骸を見やる。ちと手加減を間違えて斬り飛ばしたせいか、切り口が鋭すぎる。
 セリナにウォーターエッジで斬り飛ばした事にしてもらおう。斬り伏せるにしても手加減をしなければならんとは何とも面倒な。
 かといって素の私の力では、エンテの森の奥に居る魔物相手では勝ちの目がない。やはりもっと手加減をした強化の方法を学習しなければなるまい。難儀なことである。

 せっかく父から借り受けたショートソードであったので、刃毀れひとつ作ることも嫌った私は、ショートソードに属性を付加していない純粋な魔力を付与していた為に、ショートソードそれ自体の切れ味もミスリル並みになっていた事も、トビオオトカゲの切り口が鋭すぎた理由だ。
 ここは硬度だけを増す様に魔力をコーティングする場所を考えて、ツラヌキウサギの槍をメインにするか。
 ショートソードを鞘に収めつつ、ふむ、と一つ呟いてから私はトビオオトカゲの死骸を首と胴体両方を亜空間の中に放り込む。伐採小屋で血抜きをしてから村に持ち帰るか。
 肉は多少硬いが食えない事はないし、硬質の皮はそのまま防具として加工すれば役に立つ。
 セリナはずいぶんと警戒した様子で木の枝を睨んでいるが、むむむ、と眉を寄せて上を睨んでもまったく怖さはなく、可愛らしさがあるだけだ。胸の前で小さな握り拳を作っていては、なおさらだ。
 くすり、と私は小さな笑みを零して槍を両手で構え直し、地を這う大昆虫達の気配に意識を向けていた。緑の絨毯が敷かれている足場で、草ずれの音をほとんど立てずに走り回るのはさすが森の生き物と言っておこう。

「セリナ、上ではない。下だ」

「え? あ、あれ?」

 セリナが私の声に反応して視線を下に戻した時には、マダラオオグモ四匹が私達を囲んでいた。
 全高が私の胸にも届こうかと言う巨大な蜘蛛で、細かい毛の生えた足や甲殻には紫や黄、赤、青と言った模様が毒々しい事極まりない配色が成されている。
 赤い八つの瞳が私とセリナを、感情を覗かせぬ視線で見つめているが、こちらを獲物として認識している気配は感じられた。ふむ、複数で掛って来たという事は連携も出来るという事かもしれん。
 蜘蛛と言えば上半身が人間、下半身が蜘蛛のアラクネという女性の魔物が居た筈だが、はたしてこの森には棲んでいるのだろうか。
 アラクネの糸は場合によっては高額で取引される事もあると言うし、時にはアラクネの糸で編んだ衣服もあるという。村の将来の為にも是非お近づきになりたいものだ。
 セリナの場合は女性の部分は人間のモノ一か所であったが、アラクネには人間と蜘蛛の二か所があると言う。実に興味深い。
 蜘蛛に共通して厄介なのは臀部から放出される粘着性の糸と、見た目からは想像しがたい跳躍力だ。こう言った大型の蜘蛛の魔物と戦った時に不覚を取る理由は、上記の二点である事が多い。
 森の中で生まれ育ったマダラオオグモとは異なり、足で大地の上を動き回るしかなく、慣れぬ状況にある私達は客観的に見ても大いに不利だろう。

 ただまあ、私とセリナは人間としてもラミアとしても変わり種に入るし、これまでマラダオオグモが食い殺してきただろう相手とは、随分と勝手が違う。
 左右から飛び掛かって来たマダラオオグモに対し、私は強化した五感で互いの位置を完全に把握し、まず右から掛って来たマダラオオグモの牙を開いた口の中に、思いきりツラヌキウサギの槍を突きこむ。
 強化を施した私の視線は左右に素早く動いて、マダラオオグモの跳躍速度と彼我の距離の差を認め、右方からの襲撃に対して先に対処する、という選択肢を取らせた。
 視覚以外にもマダラオオグモの殺気と大気の流れの変化、跳躍によって伝わった振動、風を切る飛翔音、生命ある者が持つ魔力の波動、それら全てが私にマダラオオグモの正確な位置を教えてくれる。
 動物の肉を貫くのとたいして変わらぬ手応えと共に、マダラオオグモの体内を蹂躙した穂先が、マダラオオグモの背中の甲殻を貫いて飛びだし、私はそのまま槍を振りかぶって反対のもう一匹のマダラオオグモにハンマーの如く真上から叩きつけた。
 足で小さな蜘蛛を踏み潰した時の様に、もう一匹のマダラオオグモは叩きつけられた衝撃の凄まじさに、既に死んでいた同胞諸共ぐちゃぐちゃに砕けて潰れる。
 三つ数えるよりも早く二匹のマダラオオグモをミンチに近い状態に変えた私は、万が一もないと分かってはいたが、心配の念を堪え切れずにセリナの方を振り返った。

「アースランス、えい!」

 ちょうど振り返った私の瞳に、草と苔を纏った細い大地の槍が跳躍中のマダラオオグモの柔らかな腹部を、下から貫く場面が映る。
 串刺しにされたマダラオオグモはかろうじて聞きとれる悲鳴らしきものを零し、かすかに痙攣した後絶命して動かなくなった。
 魔法を行使する場合、ゴウラグマとの戦闘の時の様に詠唱を行うのが一般的だが、熟練の魔法使いや使い慣れた魔法を発動させる場合には、その詠唱を破棄して魔法名を叫ぶだけで発動させる事が出来る。
 高度な魔法の詠唱であればあるほど呪文は長文化する傾向にあるから、咄嗟の判断が要される戦闘などでは習得していれば大いに役に立つ。
 その代わりに魔力の消費量は増すし、発動した魔法の効果も劣化を余儀なくされる。だが度々私の精を受け、首飾りによる強化を受けたセリナの魔法であれば、一撃でマダラオオグモを葬るには十分すぎる。
 ちなみに竜語魔法は効果を精密にイメージして咆哮をあげるだけで基本的には発動する。人間の魔法を学ぶようになってから、竜語魔法の便利さを私は噛み締めていた。

 魔物との戦いは生家に住んでいた頃から慣れている、というセリナの言葉は真実だったようで、マダラオオグモの襲撃を受けても特に動じることもなく二匹を返り討ちにしてのけたようだ。
 セリナは私の方を振り向くと私もマラダオオグモを片付けた事に気付いて安堵のため息を零し、すぐに私の元へと這いずり寄って私の頭の天辺からつま先までをまじまじと観察し、怪我一つない事を確かめる。

「ドラン様、お怪我はありませんか? 申し訳ありません、私が全て倒せればよかったのに」

「気に病む事はない。見ての通り怪我はないし、私も体を動かしたかったからね。さて蜘蛛達の牙と甲殻でも剥ぐとするか」

 落ち込みそうになるセリナの頬に口付けて気にするな、と伝えた私は、ブロンズダガーを鞘から抜いてマダラオオグモの死骸から、役に立ちそうな部位をはぎ取る作業に移った。
 それからも時折羽の生えた全長四メルのオオバネムカデやら、エンテウルフの群れに囲まれるのを尽く撃退し私とセリナはどんどんと進んでいった。
 比較的珍しいエンテウルフの毛皮や牙はきっといい値段がつくな、と私が内心でほくほくとしていると、周囲から魔物のみならず普通の昆虫や動物の気配も少なくなっているのを感じる。
 私の鼻は、わずかに焦げくさい臭いを嗅ぎ取っていた。木々と動物の肉とが焼ける匂いが混じり合っているが、臭いの薄さから数日の時間が経過しているのは間違いない。
 瘤の様に盛り上がった樹の根を跨いだ私は、半ばからへし折られたエンテ杉や焼きた木々が倒れて折り重なっている開けた場所に出た。

 セリナも周囲の木々や地面に残されている巨大な足跡や爪の痕、かなりの火力が用いられた痕跡を確認し、警戒の意識を高めている。
 森の中で火を扱うなど正気の沙汰ではないが、これは最初から正気でなければ火を使う事に躊躇はすまい。
 火災が広がらなかったのは幸運か、あるいは火を付けた何者かが後始末をしたのか、森に住む誰かがフォローしたものか。

「ドラン様、ゴウラグマの死体です。焼き殺されています」

 セリナの青い視線の先にあったのは、倒れた木の向こうで全身を焼き焦がして息絶えるゴウラグマの死体であった。
 毛皮と分厚い脂肪に守られた内側の肉体もすっかり焼かれており、ほとんど消し炭に変わって転がっている。
 多少の魔力耐性を生まれつき備えているゴウラグマの体を、よくもここまで焼いたものだ。
 周囲に残留している魔力を確認しながら私はゴウラグマの焼死体を検分する。その間の警戒はセリナに任せた。

「ふむ、甲殻は無事か」

 ゴウラグマの四肢を覆う甲殻は硬度に優れた防具の素材として需要があるから、私はゴウラグマの魂がきちんと冥界に運ばれているのを確認してから、亜空間に放り込む。
 残留している魔力と空間に残されている記録を読み、私はゴウラグマを焼き殺したものの正体を把握し、村の近くにゴウラグマが出現した理由をおおむね理解する。
 このゴウラグマを焼き殺した犯人の出現によって、あのゴウラグマはベルン村の近くまで逃げて来たのだ。ゴウラグマが逃げ出さざるを得ない相手となると、特性にもよるだろうが村の人達では対処が困難に違いあるまい。

「行こう、セリナ。この火を扱う者はここで始末しておかねばならぬ」

 先ほどよりも声音を固くした私に、セリナはゴウラグマを焼き殺したものに対する警戒の意思を高めたようだった。愛らしい十六歳の顔は険しく引き締められていた。
 探し出さねばならぬ相手の魔力は憶えたから、あとは探知魔法を使うか諸感覚を竜のそれに置きかえれば、見つけ出すのは簡単であった。
 また森の生き物たちも犯人を危険視している事から、生き物の気配の少ない所を探す事でも探し出す事は出来ただろう。
 セリナには私が渡した首飾りの守りがあるから、ゴウラグマを焼き殺した火を全身に浴びても、日差しを浴びるのと変わるまい。事前に渡しておいてよかったと心から思う。

「急いだ方が良いか。セリナ、おいで」

「は、はい」

 呼び寄せたセリナの蛇の下半身に変わり始める太ももの裏と背中に手を回して、セリナの体を持ちあげる。
 セリナの上半身は人間の少女だが、下半身は大蛇である為それなりの重量があるが、身体能力を強化している今の私には風に飛ぶタンポポの綿毛の様なものだ。
 私に抱きあげられたセリナは不意を突く形になった私の行動に、あ、と小さく声を零して恥ずかし気に顔を赤くして俯く。
 ミウさんやミルさんには負けてしまうがそれでも豊かなセリナの乳房が私の胸板に当たり、とても具合がよろしい。
 あんまり可愛かったものだから、その俯いた顔の唇に私の唇を重ね軽く舌を絡めて互いの唾液を交換し合う。これ位はこの状況でも許されよう。
 セリナが少し驚いた顔で私を見つめるが、私は構わず舌の動きを激しくし、セリナもそれに応えて夢中で舌を動かし始める。
 しばらく互いの味覚器官が齎す快楽を味わってから唇を離すと、離した唇と唇の間に銀色の糸が伸び、それを舌先で絡め取ってから私はセリナに優しく囁く。

「セリナは羽の様に軽い。きちんと食べているのか?」

 からかうつもりでセリナに言うと、セリナは耳の先まで真っ赤にしながら私の顔をまっすぐに見つめて答える。不意打ちで口付けをしたが幸い余計な力は抜けた様子。
 セリナの下半身が緩く私の体に巻き付いていた。セリナが私に甘えている時の反応である。互いの体を堪能した後の余韻に浸っている時はいつもこうだ。

「お肉やパンは少しだけ。でも毎晩ドラン様が愛してくださっていますから、一番必要なものはきちんと食べています。ドラン様が一番ご存じではないですか」

「それもそうだな。さてしっかり掴まっていなさい。居場所が分かった故転移魔法で一気に距離を詰める。それにどうも戦闘が始まっているようだ」

「はい」

 少し惜しい気はしたが悠長なことも言ってはいられないと、私は甘い雰囲気を振り払って、セリナが私の首に回した腕に力を込めるのを待ってから、転移魔法を意思だけで発動する。合図代わりにセリナの額に口付けた。
 足元に展開した白い光を放つ魔法陣が浮かび上がり、私とセリナを包み込んだ時、私とセリナは空間を跳躍した。
 私が知覚したのは複数の火の属性を持った相手に、地属性の魔法を行使して交戦する精霊に酷似した気配一つである。
 私が見つけ出した犯人はもちろん、火の属性を持った相手の方だ。私とセリナは両者の交戦している、開けた場所の一角へと転移した。ちょうど私と火属と地属のもので三角形を作る配置になる。

 私はセリナをそっと下ろし、地属の者を助けるように告げる。火属の者も地属の者もどちらもが、突然姿を見せた私達に注意を向ける。当然の反応だろう。
 火属の者は全身を炎に包まれた黒い人型と見える怨霊の一種で、フレイムランナーと呼ばれる魔物だ。大昔に森やエルフを創造した神と敵対した邪神が生み出した邪悪そのもので、意思の疎通などは不可能な相手だ。
 全身から噴き出る炎をそのままに森の中を駆け抜けて、方々に火を放って森の木々を全て燃やし尽くそうとする厄介な性質をもつ。
 仮にフレイムランナーがその本懐を遂げようものなら、エンテの森は灰燼と帰してベルン村を含む近隣の生態系や、精霊の力のバランスは狂い人が住まうにはあまりに困難な環境となってしまうだろう。
 このフレイムランナーがゴウラグマを焼き殺し森の動物や魔物たちを、脅かしていた存在の正体である。

 フレイムランナーと対峙していた地属の者は、一見すると奇妙な事に樹木と人間の女性が溶けあっているかの様に見えた。
 腰まで届く長い髪は、根元は薄緑色だが毛先に行くにつれて色合いが濃くなり、一部の髪はまるで植物の蔦の様にまとまっている。
 濃淡の変化が鮮やかな緑の長髪の所々には、色鮮やかな花が咲き誇っており、セリナと負けず劣らずの突き出した胸やくびれた腰は、奇妙な事に樹木の根や幹が絡まり仔細に観察すれば肌と溶けあっている様、ではなく本当に身体の一部なのだ。
 裾に行くにつれて白から緑へと色を変えるドレスは肩を露出するデザインになっていて、染み一つない白磁のごとき肌が覗き、女性の体に絡みつく樹木の箇所が邪魔にならない様なデザインになっている。
 ドレスの所々にあしらわれたフリルや金色の刺繍は随分と可愛らしいものだった。
 樹木の精霊ドリアードだろう。美しい青年や少年の前に、今の様な女性の姿で現れて誘惑し、自分が宿っている木に引きずり込んでしまう事があると言う。
 そのような危険な一面があるが、森に対する敬意を忘れずに接すれば例え森の木々を伐採する様な事があっても、多少の融通は取り計らってくれる一面もある。
 ドリアードからすれば森の全てを灰に変えるまで活動を止めぬフレイムランナーは、看過できない魔物に違いない。
 森に火を放とうとしたフレイムランナーを止めようとして、返り討ちに遭う寸前だったという状況だろうか。

 どこかマイラスティに似た穏やかな眼差しが似合う翡翠色の瞳は、いまは困惑の色合いが濃い。突然前触れもなく姿を現した私達に対して警戒を示すのは、当然の反応であるだろう。
 ドリアードの体に絡みつく淫らな印象の木々の所々は火を受けて焦げており、相当に追い詰められていた事が伺える。
 ドリアードは決して力の弱い精霊ではないが、フレイムランナー三体とでは、相性の悪さもあって厳しいものがあったのは否めない。
 ドリアードの女性は自分に近づいてくるセリナを警戒している様で、厳しい視線を向けるが、セリナはそれに怯まずに回復魔法の詠唱を始めていた。
 自分を対象とする魔法に、ドリアードは咄嗟に妨害しようとする素振りを見せたが、焼かれた体が痛むのと、詠唱からそれが回復魔法である事を悟って伸ばそうとした手を止める。

「私達は貴女に危害を加える為に来たのではありません。簡単には信じられないかもしれませんが、どうか。大地の理 我が祈りを聞き届けよ 活力を分け与えたまえ アースヒール」

 自らの魔力を触媒に大地が宿す生命力を対象に供給し、体力と傷を癒す地属の回復魔法である。大地から噴き出す黄金の光に包まれたドリアードの傷は見る間に癒えて、あまりの効力にドリアードの顔には驚きさえ浮かんでいる。

「なんて魔力、ハイエルフと同じか、それ以上だわ」

「ふう、これで大丈夫ですね。魔力までは回復できませんけど、火傷の痕は完全に消せたと思いますよ」

 にこ、と人好きのする笑みを浮かべるセリナに、ラミアという魔物のイメージが当てはまらないのか、ドリアードは戸惑った顔を浮かべ礼を告げようと桜色の唇を動かそうとし、動きだしたフレイムランナーに気付く。

「いけない、あの子供焼き殺されてしまうわよっ」

 私はドリアードと治療を施していたセリナをフレイムランナーから庇う位置に動いていた。ふむ、私が焼き殺される心配を危惧するあたり、他者を思いやれる性分のドリアードらしい。
 ただラミアと行動を共にしている子供が普通の子供であるはずがない、とまでは考えが及ばなかったようだ。私を焼き殺そうという敵意を放つフレイムランナーを前に、私はふむ、といつもの口癖を一つ。

「ちまちまと片付けて行くのは面倒だ。まとめて消させて貰おう」

 私は目の前のフレイムランナーに向けて右手を伸ばすと、手招きするように手を動かし、同時にエンテの森の中に出現している他のフレイムランナー全てを捕捉し、私の目の前のフレイムランナー達の所に転移で引き寄せる。
 遠隔地にバラバラに存在している敵を一か所に空間転移で引き寄せる、という私の荒業に背後のドリアードとセリナが息を飲むのが聞こえた。
 空間を操作する類の魔法は、それが自身の魔力のみで行うものにせよ、空間を司る神霊や精霊の力を借りるにせよ、その難易度は高位に位置するものだ。そうそう目に出来る芸当ではないだろう。
 私の目の前の空間が溶けた飴の様に歪むと、虚空から二十体のフレイムランナーが姿を現し、私は更にその中心にフレイムランナーを発生させている根源もまた呼び寄せる。
 樹木やエルフに対する恨みを抱く邪神は、フレイムランナーを発生させるコアを世界中にばらまいており、今回エンデの森でフレイムランナーが発生したのも大昔に放たれたそのコアが活動を始めたせいだろう。

 私が呼び寄せたのはそのコアである。時折蠢く漆黒の球体の周囲に常に燃え盛る炎が発せられており、直径は六メルほど。邪神が自身の魔力と憎悪の念を込め、火の魔力を加えて生み出したものだ。
 私が放つ魔力の強大さを感じてか、フレイムランナー達は襲い掛かろうとする動きを止めて、コアに殺到して一つに融合を始めている。炎と炎とが絡み合い溶けあい、その度にコア中央部の漆黒の魔力塊が、心臓の様な脈動の速さを増してゆく。
 加えてコアもフレイムランナーを新たに生み出して、さらに強大になってゆく。見る間にフレイムランナー二十三体分の魔力は膨れ上がり、コアと新たに生み出された分も合わせ、五十体相当の莫大な魔力に膨れ上がる。
 私の想像をいくらか上回る魔力である。これは私が余計な真似をしてしまった形になるのか?

 はて、と私が考えている間にコアとフレイムランナーの融合は恙無く終了し、私の目の前には二十メルはあろうかという巨大な炎を纏う漆黒の顔が出来上がる。
 フレイムランナーを作りだした邪神の顔に似ているが、被造物は創造主に似ると言うことだろうか。ここら辺人間とその創造主とも同じだ。ここではフレイムヘッドとでも仮称しておこう。
 フレイムヘッドから零れる火の粉一つで人間など纏めて二、三人は灰に変える火力が感じられ、これだけのフレイムランナーとコアが融合した怨霊ともなれば、大神官クラスの聖職者でもなければ容易く浄化は出来まい。
 下手をすればベルン村をはじめとした辺境の村々が壊滅するのは間違いない。どれだけの戦力があるのか知らないから、断定しかねるが騎士団や多くの魔法使いが居ると言う、南方の都市ガロアでさえ大きな被害を受けるのではないか。
 私の背後のドリアードが、私のしようとしている事の意図が読めずに困惑の度合いを深めているのが感じられた。わざわざ敵を強大にする私の行いに、理解が及ばないのも無理はない。

「なにをしているの、あの子供? フレイムランナーを強力にするなんて、邪神の神官かなにかなの!?」

「ち、違います。ドラン様は普通のこど……普通? と、とにかく邪神の教徒などではありません。口にされていたではありませんか、まとめて消させて貰う、と」

 ドリアードがフレイムヘッドに対し攻撃魔法を発動させようとするのを、私の邪魔をさせてはならないと、必死にセリナが制止する声が聞こえる。しかし、確かに私は普通とは言い難いな。セリナも言うものだ。
 セリナの物言いに思わずくすり、と小さな笑みを零す私に向かい、フレイムヘッドが怨念を込めた咆哮を上げながら、大顎を開いて私を丸ごと飲み込まんと襲い掛かって来た。あるいは焼き殺さんと、か。
 二十メルに届こうかと言う巨大な顔が目いっぱいに顎を開けば、我が家などはまとめて二軒、三軒と飲み込まれてしまう大きさになる。
 フレイムヘッドが触れる地面を融解させながらその大顎を閉じる寸前、私は伸ばした右手でフレイムヘッドの口内の上顎の辺りに触れ、

「醜いな。消えよ」

 さしたる感慨もなくセリナに習った純粋な魔力を光の矢に変える、エナジーボルトを放った。
 初歩中の初歩の簡単な魔法だが込める魔力に比例して大きくその威力を向上させる特性があり、私の手からは小さな太陽が生まれたかのような緑色の輝きが生じ、フレイムヘッドを内側から吹き飛ばした。

「む?」

 少し魔力を込め過ぎた様で、エナジーボルトはフレイムヘッドを数万の火の粉に変えるのみに留まらず、そのまま地上から天へと昇る雷のごとくその軌跡を伸ばし、上空に掛っていた雲に大穴を開ける。
 射出方向を上方に向けておいて正解だったようだ。真横に向けて撃っていたら森の一部を吹き飛ばして光景を変えてしまう所だった、と私は安堵する。
 空中を漂うフレイムヘッドの残り滓を見ていた私は、このまま無駄にするのもどうかと思った。せっかく集めた魔力の塊である。
 無駄にするのももったいなく感じられた私は、霧散したフレイムヘッドの魔力を掌の中にかき集め、そこから邪神の憎悪と魔力をこしとって巨大な魔力を持った球状の水晶へと変える。
 私がフレイムヘッドの残り滓を集めて作ったのは、即席の魔晶石だ。
 属性を帯びていない純粋な魔力が結晶化したものを魔晶石と呼び、魔晶石から魔力を引き出すことで魔法使いは魔法の効果を強化し、魔力の消費を抑える事が出来る上、採掘量が少ない希少な品である。
 
 魔晶石の屑や欠片くらいなら、魔力の集積地で自然発生する事もあるし、村の周囲で時々拾う事もあって、良い小遣い稼ぎになるし時折自作して売ってもいる。
 しかしこれほど巨大な魔晶石となると早々見つかるものではない。私の場合これを売る伝手もないから、宝の持ち腐れになってしまうかもしれないが、かといって砕いて欠片にして売るのもちと惜しい。
 機会があれば売る事も出来るかもしれない。すっかりもったいない癖が骨身に沁みついた私は、しばらく頭を捻ってフレイムヘッドから抽出した魔晶石を、亜空間の中へと放り込んでおく。
 こんなものかな、と私が一仕事終えたかすかな達成感と共に背後を振り返ると、私の振るった魔力の巨大さに唖然としているドリアードと、どこか恍惚とした顔で私を見つめるセリナの姿があった。
 加減を間違えたとはいえこれだけ巨大な魔力を振るったのは、人間に生まれ変わってからは初めてだったかもしれない。これでも全力には程遠いのだが、言っても栓の無い事だから黙っておく。

「怪我は治った様だな、ドリアードの娘よ。フレイムランナーは先の者達で全てだ。コアも既に消滅させた故、これ以上森に火の手が上がる事はあるまいよ」

 村の人達を相手にする時とは違う、竜として生きていた頃に近い素の口調で私が話しかけると、ドリアードは雷に打たれた様に体を硬直させてから、まじまじと私の顔を見る。
 ほんの少し、私の本性を知った為の反応だろう。諸事情によって能力の大幅な底上げが成されているセリナの回復魔法の効果は抜群だったようで、見た限りではドリアードの焦げた体や肌に異常は見られない。

「一応、ありがとうと言っておくけれど、貴方達一体何者なの? ラミアと人間の子供が一緒に行動しているなんて。成長を止めた魔法使いか何か?」

「ラミアと人が行動を共にする。そう言う事もある、たまにはな。私はドラン、ラミアはセリナと言う。私の村の近くにゴウラグマが姿を見せたので、その理由がこの森に在ると考え調べに来た」

 私が素直に素性を伝えるとある程度は落ち着きを取り戻して、ドリアードは私とセリナに対する警戒の意識を、ほんのささやかだが緩めた。少なくとも私とセリナが森の利益になる事をしたのは間違いない。

「そう言うこと。確かにフレイムランナーが現れたせいで森の生き物たちが騒ぎだしたから、森の外に出たとしてもおかしくはないわ。なら、やっぱり改めてお礼を言うべきね。
 森の者達で対処しなければいけない事で、外の人達に迷惑をかけたわ。ごめんなさい、そしてフレイムランナーを倒してくれてありがとう。ああ、そうそう私の名前はディアドラよ」

 細く長いまつげで縁取られた翡翠色の瞳が、謝罪の意が嘘偽りでないことを示すそうに伏せられる。ふむ、森に来る前に想像していたよりも友好的なドリアードである。それだけフレイムランナーによる被害が酷かったのだろうか。

「村に被害は出なかったから貴女が気に病む必要はないが、ひとつお願いがある。貴女達ドリアードは大地の活力を増幅し、土壌を豊かにし樹木や花の成長を促進する力があると言う。私の村に貴女の力を貸してもらえないだろうか」

 ディアドラの気配を感じた時から、おそらくドリアードと判断し、考えていた事である。

「それは、確かにお礼はしたいとは思うけれど、ドランと言ったかしら? どうしてあれだけの力を持っているのかは分からないけれど、貴方ほどの力があるのなら私の力を求めることもないと思うけれど」

「私が力を振るえる状況は限られているのだよ。村の人達は私をただの子供としか見ておらぬし、私はこれからもそう見られるよう振る舞うつもりでいる。ディアドラ、どうにか私の村に来ては貰えないだろうか?」

 ディアドラと名乗ったドリアードは、やはり気が良いのかすげなく断ってもおかしくはない私の無茶な提案に、悩むそぶりを見せている。演技はさほど得意ではなさそうだから、本心で悩んでいるのだろう。
 おそらくフレイムヘッドを一撃で屠った私の力を危惧している面もあるだろう。 私の提案を断ることで、私が力を振るってエンテの森を破壊しかねない可能性を考慮しているのだ。
 私はディアドラに断られてもエンテの森に害を成す様な事をするつもりはないが、こればかりは口で言ってもなかなか信じて貰える事ではない。
 木々の精であるドリアードは所属する森林から離れたがらない習性と、外に自分達の世界を広げようと言う習性を併せ持ち、ある程度成長したドリアードはその事に葛藤する。
 植物もまた生物であるから自分達の種をより世界に広げて、繁栄しようと言う本能があるのは当然の事だ。
 ディアドラもその葛藤を抱く年頃にまで成長している様であったし、私に対する恩義と危惧と警戒が内心で複雑に絡み合い、即答はできない様子である。

 ディアドラが村に来てくれれば土壌が豊かになって作物の収穫量が増えるだろうし、マグル婆さんが頭を悩ませているハードグラスの大量栽培をはじめ、他の魔法薬の材料の調達も容易になるに違いない。
 樹木の精霊であるドリアードの恩恵は、極めて大きいものなのだ。
 どうしたものかと私が首を捻っていると、それまで黙りこくっていたセリナが、ちらちらと私の方を見ているのに気付き、どうしたのかと見てみると頬を赤らめて腰をもじもじと動かし、右の指を噛んでなにかを堪えている様子だ。
 ふむ、私の放った魔力と精気を浴びて欲情してしまっているようだ。ディアドラが居るから必死に息を押し殺して我慢しているようだが、そろそろ限界が近いのだろう。ディアドラが居なかったら、いますぐにでも私を押し倒していたに違いない。

 これは一度ディアドラとの交渉を切りあげた方が、と思った私だがディアドラをまじまじと見つめているうちに、まるで淫らな意図を持った木に体を愛撫されているかのようなディアドラの姿に、腰の奥の方でむらむらと湧き上がってくるモノがあった。
 仔細に観察すれば、ディアドラの肌はうっすらと赤くなっており、その美駆に絡みつく木々もわずかに蠢動している様にみえる。
 ドリアードもまた地の精を吸って生命力に変える種である。私が放った魔力の余波を受けて、感じる所があったのだろうか。
 これは、イケるかもしれん。この時の私はとても悪い顔をしていたことだろう。私は魂が生産する魔力に大地の属性を付与し、そっとディアドラの髪を掬い取って流し込む。

「傷は癒えた様だが、活力の方も補っておいた方が良かろう。これでどうかな?」

「え、ひゃ、な、なにこの力!?」

 ディアドラの反応は劇的だった。私が地属の魔力譲渡を行った途端に、ディアドラの体はびくんと跳ねあがり、ディアドラは急速的に自分の体を満たす魔力と活力を持て余す様に自分の体を必死に抑え込む。
 その様子は全身を疼かせる情欲を必死に堪えようとしている風にしか見えない。実際、そうなのだろう。卑劣な行いであるという自覚はあったが、村の為ならばこのドラン、時には手を汚す事も厭わん、と私は腹を括った。
 正直に言えば、セリナと初めて出会った時の様にディアドラに興味津々である事も事実である。下半身的な意味で。
 私は息を荒げて大粒の汗をうなじや深い谷間、木々と絡み合った体のあちこちに浮かべるディアドラの右肩に左手を置き、樹木の精の顔に甘く囁きかける。

「まるで熱病に浮かされているかのようだな。ディアドラ、やはり村へは来てくれぬか?」

「そ、それは、私はこの森で産まれ、たし、貴方達とは、まだ会ったばかりだから」

 劇的な効果を表す様に言葉を切れ切れにして告げるディアドラに、私は更に問いかける。

「なら私とそなたの相性を確かめるとしよう。一番分かりやすいやり方でな」

 そう言って私はディアドラのドレスをはだけさせ、右のうなじに鼻先を埋める。ふむ、樹木の精らしくむせ返る様な木々の匂いと芳醇な花の香りがする。

「良い匂いだ」

 私は左手でディアドラの右手を掴み、残る右手でディアドラの乳房を捏ね回して、うなじをこってりと舐め上げながら言う。ディアドラの顔に浮かんだのは、嫌悪感や不快感ではなく戸惑いと、私が触れる度に全身に襲い掛かってくる言語に絶する快楽の熱。

「こ、こら、こういう、事に興味あるの、かもしれないけど私と、貴方は種族が違うのよ?」

「種族が違っても男と女であることには変わらぬ。なら相性の確かめ方も変わらぬ」

 身体のな、と私は付け加えてディアドラの耳朶を甘く噛んだ。歯に唇を被せる様にして、耳朶を傷つけないように優しく。

「ませた子供、はぁん、うう、子供、なのね。ああ!?」

 ディアドラにひと際大きな声を上げさせたのは、私がディアドラの体をまさぐり始めるのを目の当たりにして、いよいよ我慢の限界に至ったセリナが、自ら編み鞄やマントを脱ぎ棄てて全裸を晒し、背後からディアドラを抱きしめてその二股に別れた長い舌でディアドラの鎖骨から左耳の裏までをゆっくりと舐め上げたのである。
 私の精と魔力に当てられて身体が火照っているというのに、それを沈めてくれるはずの私が他の女性に手を出している光景を見せられたのだから、いくらセリナといえど我慢できぬ事もあるだろう。狙いどおりである。

「ごめんなさい、私もう我慢できません! はあ、ディアドラさん、甘い匂いがしますね。肌から蜜が滲んでいるんだ。ああ、甘くて美味しい……すてきぃ」

 なるほど、セリナの言うとおりディアドラの肌を責める私の舌は黄金色の液体を舐め取っている。樹木の精であるドリアードの汗は、甘い樹液や花の蜜と酷似しているらしい。

「ひゃあん! ふ、二人とも、止め、やめてぇ。私、まだ男の人、知らな……んんん」

 抗議するディアドラの唇はセリナが塞いでいた。ふむ、私一人でも良かったが、セリナも一緒の方がやはり効率が良い。
 それにしてもセリナといいディアドラといい、年上ぶって見せてもその実乙女とは、私は奇妙な縁を持っているらしい。
 いや、単純に私が十歳の子供だからか。それでは年上ぶるのも仕方がないと思いながら、ディアドラの乳房に吸いついた。ここからはより甘みが強くコクがありまろやかな白い蜜が出た。

「ふう」

 と私は一仕事を終えて満足している時の父を真似て、吐息を一つ吐く。地面の上に座り込んで胡坐をかいた。色々な液体で地面が濡れていたが、事前にそれらを元の適度な湿り気を帯びていた状態に戻しておく事を忘れない。
 情欲に疼いた身体を満足の行くまで慰めて貰ったセリナは、自分のした事に対して申し訳なさを感じている様で、もじもじと指を組んで恥ずかし気に俯いている。
 セリナがその舌と手と蛇の下半身を使ってディアドラを喘がせた回数は、私とそう変わらない。女性同士の絡み合いと言うのも実に趣があるなあ、と私は大きな収穫に一人うむうむと頷く。
 ディアドラの全身を彩っていた白い液体を分解して綺麗にした私は、ディアドラの頬を撫でながら、最後の質問をした。
 これでだめなら今日は諦めるしかあるまい。今日がだめなら明日、明日がだめなら明後日だと私は持ち前の不屈の精神で腹を括る。

「最後に頼む。私達と一緒に来てくれまいか?」

 ディアドラは全身を侵す快楽の余韻に意識を朦朧とさせたままだったが、かろうじて聞きとれる声で私にこう答えた。

「もう……好きにして」

 よし、言質はとった。これでディアドラにベルン村に来てもらえるな、と私は心密かに喝采を上げるのだった。夜の楽しみが増えた、と思っていたのは私だけの秘密である。
 なお意識をはっきりと取り戻したディアドラに、あとでセリナともども正座で説教をされ、私の頭に大きなタンコブが出来上がることになった。


<続>

ディアドラが仲間になった。
セリナが百合に目覚めた。
ドランは百合もありになった。

装飾品:古神竜の牙の首飾り

 ドランがセリナに送ったアクセサリーで初めての贈り物。ドランが自ら歯を抜いて、古神竜の牙へと変えて材料とした。
 セリナに対する守りの意思が込められており、牙に宿っている魔力が膨大な事もあって造りは簡単でも装着者に齎す効果は絶大。
 隠蔽の竜語魔法が施されている為、他者には何の力もない首飾りと認識される。
 セリナの宝物。

 MP最大値+500
 INT+500
 MND+500
 行動開始時HP・MP最大値20%回復
 物理・魔法ダメージ半減・100以下ダメージ軽減無効
 全属性耐性30%アップ
 全状態異常無効
 古神竜の加護※1

※1古神竜より格下の竜の特殊攻撃を完全無効化し通常物理・魔法ダメージ80%ダウン。

・ベルン村 
規模:辺境の農村 人口:百五十人+魔物二体←NEW!
特性:ドリアードの加護※2←NEW

※2農作物の収穫量が増え病気に強くなり大地が豊かになる。

・ベルン村特産品リスト 新規追加分

 ドリアードの蜜←NEW
 ドリアードの蜜乳←NEW
 ドリアードの秘蜜(ドラン・セリナ限定)←NEW

 どこから何が出ているのかは皆さまのご想像にお任せします。

9/25 通りすがりさまからのご指摘を鑑み最後のご主人さま関係のセリフを削除。ご指摘ありがとうございます。書き直すかもしれません。

9/25 19:22 とうりすがりさま、aさまのご指摘から内容を修正いたしました。ご指摘ありがとうございます。

9/26 19:41 誤字修正

9/27 08:43 誤字修正



[29749] さようなら竜生 こんにちは人生⑦
Name: スペ◆52188bce ID:e262f35e
Date: 2011/09/29 12:21
さようなら竜生 こんにちは人生⑦


 樹木の精霊ドリアードのディアドラが我がベルン村に来てくれるとあれば、収穫の増量や大地の豊穣、魔法薬の増産が見込めるとあり私は思わず浮かびあがりそうになる笑みを堪えなければならなかった。
 これで村の人達の暮らしが少しは楽になるきっかけにはなるだろうし、ディアドラの力を借りて薬草類の生産を増やすもよし、花やハーブと言った嗜好品の生産に力を入れるもよし、と選べる選択肢が増えたのだ。
 北部辺境区の内、ベルン村はマグル婆さんの魔法薬を除けば特にこれと言った産業の無い、魔物の襲撃が多い事位が特徴の僻村だ。
 ベルン村から見て南西にあるシノン村は広大な平原地帯である事を利用して大規模な麦畑を持ち北部辺境の胃袋を支えているし、麦芽酒(ビール)や麦酒(エール)と言った特産品だってある。
 南東のボルニア村は養蜂が非常に盛んで良質の蜂蜜の名産地として知られていて、蜂蜜飴や蜂蜜酒をはじめ蜂蜜を練り込んだパン、蜂蜜に漬け込んだ果物のお菓子などがあり、こちらも北部辺境ではかなり裕福な村だ。
 ベルン村はシノン村やボルニア村よりも、北西の方角からやってくるゴブリンをはじめとした魔物の襲撃が多く、ガロアや南方にある村々の防波堤の面もある為、租税の徴収など優遇されている面もあるが、命に代えられるかと言うと私としては微妙だと思う。

 私が産まれてからの記憶の限りでは魔物の襲撃を受けても、それほど重傷を負う者は滅多に出なかったし、死者も出ていないのだが、かつては相当な被害が出るのが当たり前の苦難の日々であったらしい。
 今でこそマグル婆さんをはじめその娘であるディナさん、孫娘のリシャさん、アイリが魔法薬を用意してくれ、バランさんをはじめとした王国の駐在兵士もおり、緊急時にはガロアからの救助部隊がすぐさま駆けつけるよう手筈も整っているが、村を作り始めた当初などは毎日誰かが魔物や動物相手に怪我を負わされるのが日常だったそうだ。
 リザード族の旧集落のあった沼地を更に北上した場所にも、かつて開拓の情熱に燃えた村があったそうだが頻繁に魔物の襲撃を受けた為に放棄し、今のベルン村の位置で落ち着いたのだとか。
 また村に移住を求めてくる人々も、最北の辺境の僻村に来るような人間は、以前いた場所にいられなくなった様なわけありの事情持ちであったり、土地を捨てたどこぞの農民、兵隊崩れの乱暴者であったりと人間同士のいざこざも絶えなかったという。

 それが今ではたった百五十人の小さな村とは言え、特に餓えて死ぬ人間が出る様な事もなく、きちんと食べて行けるだけでなくいくらかの余裕が残るほどの収穫が見込め、魔物の襲撃に対しても迅速に対応できる体制が整っているのだから、人間の学習能力も大したものだ、と私は感心することしきりである。
 ふむ、と一ついつものを私が零すと、にゅっと伸ばされた手が私の右耳を摘んで、少々痛い位に引っ張って来た。

「ドラン? 私の話をきちんと聞いているのかしら?」

 私の目の前にずいと顔を伸ばしたディアドラが、目だけが笑っていない笑みを浮かべて私に問いかけてくる。正直、半分ほどは耳から耳へと通り抜けていたので、私は耳を引っ張られたままではあったが、小さく頭を下げる。

「申し訳ない」

 ディアドラは、はあ、と重く溜息を突くと私の耳を離し、人間の腕くらいの太さがある樹木の根が巻き付いている腰に、両手をあてる。
 私は今、肉の交わりの余韻が消えて意識を明確に取り戻したディアドラに説教をされている所であった。
 流石に森のど真ん中では、フレイムヘッドを倒した事で戻って来た魔物たちの襲撃もあるかもしれない、ということで伐採広場の小屋の中へと私の転移魔法で場所を移している。
 私とセリナは仲良く二人揃って足を縦に折り畳み――といってもセリナはとぐろを巻いているだけだが――いわゆる正座と言う座り方をし、ディアドラの抗議の文言をひたすら聞き続けている。更に私は頭に拳骨を一発頂いていた。
 痺れから始まった足の異常は既に感覚が無くなる状態にまで到達している。正直勇者に心臓を貫かれた時よりも、はるかに巨大な苦痛であるように私には感じられていた。

 足の痛みに加えてディアドラのこちらにひしひしと伝わる怒りの感情と、縦板に水を流すがごとく終わる様子を見せずに続く説教に、やはり私は自分の行いがあまりに性急に過ぎたのだと猛省している。
 村の繁栄の為と自身の欲求を満たす為、私が自分の力を用いてディアドラを誘惑してセリナと二人がかりで肉体関係を結んだ事は、客観的に見て下劣極まる行いであったろう。
 処女華を散らされたディアドラの怒りはごもっともであり、私は半ば逃避していた意識をきちんと現実に戻せば、やはりディアドラに村に来てもらうのは無理だ、と認める他なかった。
 あの場で欲情に任せてディアドラを抱く事を堪え、時間をかけてでもディアドラと交渉を重ねて村に招くべきだったのだろう。

 私の隣のセリナなど罪悪感と恐縮の念にかられるあまりに、そのまま世界から消えてなくなってしまうのではないかと言う位に縮こまっている。
 見ていて気の毒なほどのその様子は、やはり私の巻き添えによるものだ。
 募るばかりの後悔の念に、私が思わず時の流れに干渉してディアドラを助けに入る時間軸まで時を逆巻せようかと半ば本気で考えた時、しょぼくれる私とセリナの顔をいい加減見飽きたのか、ディアドラは深く溜息を吐いて仕方がないとばかりにこう言った。

「はあ、そんなに落ち込まれると私が悪い事をしてしまったみたいに思えてくるわね。私の初めてがあんな形になったのは正直、複雑だけれど約束は約束。いいわ、貴方達の村に行ってあげる。だからそんな顔はもうよしてよね」

 困った様な、呆れている様な苦笑を浮かべるディアドラの顔を仰ぎ見た私は、ディアドラの言葉が真実であるかどうか自信が持てず、問い返して確認を取る。

「本当にいいのか? 断られても仕方の無い事をしてしまった自覚ぐらいは私にもあるが」

「私が良いって言っているのよ。それに私以外にもドリアードや精霊はエンテの森には居る事だし、森を離れるドリアードがたまにいても構わないでしょう。ただし条件はあるわよ」

「ふむ、私の力の及ぶ限り条件に沿うよう努力しよう」

 過信かもしれんが私が持てる力を最大限に使えば、大抵の望みは紆余曲折を経るかもしれないが、なんとか叶えられるとは思う。
 しかしドリアードであるディアドラが一体何を願うのか、かつては竜であり今は人間である私には、精霊の願望に対しこれだという確信がなかった。
 私ばかりでなく隣に座っていたセリナも緊張した面持ちで、ディアドラの提示する条件が一体何なのか、待ち続ける。
 するとディアドラは少し言い難そうに唇を開いたり閉じたりをしてから、軽く息を吸い私を指差して言い放った。

「村に私が住む代わりに、貴方の精気を私に、毎日て、提供する事。いいい、良いわね!?」

「…………それでいいのか? 私にとっては願ったり叶ったりだが」

 私の心情はまさにこの時の言葉通りである。セリナとはまた違った味わいのあるディアドラをこの腕に抱く事は私の望む所であり、その上村に住んでもらえると言うのなら、これほどありがたい事はない。
 しかし私とセリナに半ば強引に抱かれた事を怒っていた筈のディアドラが、なぜこの様な条件を提示する?
 解せぬ。
 私がディアドラの態度の変貌に納得が行かずに首を捻っていると、おずおずとセリナが挙手をして、びくびくと怯えながらディアドラが条件を出した理由についての推測を口にする。

「あ、あの、ひょっとしてディアドラさん、ドラン様の精気とその、した時の気持ち良さが忘れられないんですか?」

 何を言っているのだ、と私がセリナを振り返ろうとすると、視界の端に移っていたディアドラの顔が耳の先に至るまで真っ赤に染まり、視線が落ち着かずにあちらこちらを彷徨い始める。
 ふむ、これはセリナの言う通りということなのだろうか?
 ディアドラの真っ赤に変わった顔と落ち着かない様子に、セリナは納得がいったようでそれまでのディアドラに対する引け目を感じていた態度を一変させて、胸の前で小さく拳を握り絞めるや、この大人しい所のある娘には珍しく熱の籠った言葉を口にする。

「やっぱり! ディアドラさんはラミアである私と同じ地属の精霊ですから、ドラン様の精気は絶対好きになると思ったんです! ドラン様の精気を味わったら、他の生き物だけじゃなくって、大地や水の精気をいくら吸っても味気が無くなってしまうほどですもの。
 それにドラン様はまだこんなに小さな子供なのにすごく上手でたくさん気持ち良くしてくれますし、ディアドラさんもずっと気持よさそうな声で……」

「せせ、セリナ、それ以上言わなくていいわ!? もう、少しは恥じらいを持ちなさい。それはまあ、確かにこれまで味わった事がないぐらい豊潤で生命力に満ちた極上の精気だったけれど……って、な、何を言わせるのよ」

 セリナの熱弁には私も少し恥ずかしさを覚えたが、図星を指されたディアドラは私以上に気恥ずかしい思いをしたようで、先ほどよりもさらに落ち着きを無くした様子で、ちらちらと私に視線を送っては溜息を吐いている。
 まあ、せめて気持ち良くなってくれていたのなら、私も少しは救われるのだが。

「でもとっても美味しい精気と巧みに愛して下さる事だけがドラン様の全てじゃないんですよ? 笑顔は子供らしくってとっても可愛らしいのに、時々凄く大人びた顔をなさるんです。
 こう、凛としていると言うか威厳があると言うか、見ていて惚れ惚れする位でどこまでもついて行こうって思えるんです。
 それに優しい所もあって、ほらこの首飾り私の為に作ってくださったんですよ。私は奴隷でも何でもいいから傍に置いて下さいって言ったのに、奴隷になんてしないって仰ってとても優しくしてくださる上に、贈り物までしてくれたんです。それからそれから……」

 ほんの少し前の罪悪感に苛まれていた様子はどこへやら、セリナはディアドラに対して私の魅力について、これでもかと言う位の熱意で持って延々と語り始めた。
隣で聞いていた私は恥ずかしさのあまりに、思わず体がむず痒くなる様な気分になってしまう。
 しかし、同時に思わず口元がにやけてしまうのを、どうしても堪える事が出来なかった。セリナにここまで愛されるとは私は幸せ者だな。
 ただセリナの惚気を聞かされるディアドラは徐々に元気を無くし、セリナから放出される惚気の空気にすっかりと打ちのめされている様子だった。心なしか、濃淡のある美しい緑の髪や木々の身体の何か所かに咲いている花が萎れて見える。
 流石にここらで止めねばディアドラの精神が消耗してしまいそうだ。私はいまだ熱弁を振るい続けているセリナの肩を抱き寄せて、きゃっと声を上げて言葉を紡ぐのをいったん中止したセリナの耳元で囁いた。

「そこまで私を想ってくれて心よりうれしく思う。なら、私もセリナの想いに応えねば男が廃る。今宵も朝が来るまで、な?」

「あ、は、はい。身体を清めてお待ちしております」

 私の囁きを理解したセリナは、今からその時が待ち遠しいとばかりに頬を赤らめて自分で自分の体を抱きしめて、蛇体をくねらせる。
 ようやくセリナの熱弁が終わりを迎えたわけだが、もちろん私はセリナに告げた事を実行するつもりである。夜通しセリナと睦つみ合うのは毎度の事だが、今日は格別想いを込めるとしよう。
 私はセリナの惚気から解放されて、とても疲れた重たい溜息を吐いているディアドラを振り返った。

「少々話がそれたが、そなたの提示するその条件を呑む。そなたがベルン村にドリアードの恩恵を与える限り、私もまたそなたの望みを叶える。これでよいかな?」

「え、ええ。約束通り私は貴方達の村に行くわ。言っておくけど、セリナも抱くからって手抜きをするのは許さないわ。私達ドリアードは、時に人間の男を取り込んで精を吸い尽くす事もある。あまりセリナにばかり気をやっていると、気付いたらミイラになっていたなんて事になるかもしれないわよ?」

「それは怖いな。だが、この身体はまだ若い。枯れるつもりはないな。十分すぎるほどに満足させてみせよう」

 そう告げてから私はディアドラの右手を取り、その手の甲に優しく口付けた。豊潤な薔薇の香りがディアドラの肌からは香っている。
 口付けるのと同時に地の属性を付与した魔力を、ディアドラの身体に流すと明確な反応を示し、精神的な疲れを反映してしなびていた身体の花々がみずみずしさを取り戻して、より美しく花弁を開きだす。
 最初にディアドラに譲渡した時よりも随分と魔力を減らしておいたから、欲情にまでは至っていないが、身体の状態はこれ以上ないほど好調に変わっているだろう。
 もう、と小さく抗議の声を出すディアドラに私は笑いかけた。

「これ位なら身体が熱を覚える事もあるまい? それに今日の夜からはもっと濃厚で芳醇な精気をそなたに与える。そなたの方こそ私に溺れてしまわぬように自制せぬと、私なしでは生きていけなくなるぞ?」

「……子供が大人をからかうものではないわ。生意気よ」

 そう言ってディアドラは私の鼻を右の人差し指で軽く突いたが、口を開くまでの若干の間と翡翠色の瞳の奥で揺らめく不安と期待と興奮が混濁した光は、私の言葉が嘘ではない事をディアドラが理解しているのだと私に告げている。
 樹木と美女が絡み合い溶けあった姿を持つこの美しい精霊が、今日の夜私の腕の中でどんな艶姿を見せてくれるのかを考えると、私はこの上なく胸の奥がわくわくとするのを感じていた。
 もしセリナの様に私なしでは生きていけなくなるのなら、私はその時はもちろん責任を取るつもりだった。私の生命がある限り、そしてディアドラの生命がある限り私達は互いに傍に在り続けるだろう。
 お互いの体を貪り得られる快楽と情に、魂までも絡め取られて。


 夕暮れに空が染まる中ドリアードを伴ってベルン村に帰って来た私は、村の北門で待っていたアイリと我が家族達の驚きに染まる感情を見る事になった。
 無事に帰って来たのは良いが、セリナと共に村を出立した筈の私の傍らにさらになぜか樹木と身体が融合した美女が居るのは、確かに理解の及ばぬ事であったろう。
 父ゴラオンは、いつも通りの顔でただいま、という私を見て腕を組んだまま溜息を吐き、母アゼルナはあらあらまあまあ、と驚いているのかなんなのか分からない声を出している。
 ディラン兄とマルコは興味と好奇心を隠さずに、ディアドラに視線を向けていて、ディアドラはと言うとそんな二人の視線には気付いていないのか、初めて訪れた人間の集落を面白そうに見物している。
 エンテの森を出るのは初めてだと言うディアドラには、ベルン村の光景は人間に転生した私のように、新鮮で不思議と驚きと新しい発見に満ち溢れていることだろう。
 一番大きな反応を見せたのはやはりと言うべきだろう、我が愛すべき幼馴染アイリである。

「ど、ドラン、あんたなんでドリアードを連れて帰ってきているのよーーーーーー!!!」

 ふむ、こんどはにゃーとは叫ばないようだ。どうすればまた叫ぶだろうか。その法則性に私は大いに興味を抱いていた。アイリの目の前でディアドラとキスをすればいいのだろうか? 
 しかしそれをしてはアイリとディアドラ双方の機嫌を損ねそうなので、私はその選択肢を無かった事にした。たぶん、この判断は正解だと思う。

「事情を説明する。マグル婆さんとバランさんと村長を集めてもらえないだろうか? 新しい村の住人を歓迎しないといけないからな」

 私が集めて欲しいと言ったベルン村の重鎮たちは、村の中央広場にある村長宅に集合していた。
 以前、セリナが贈り物をせっせとベルン村に運んでいた際に、マグル婆さん達の会合が行われたのも、この村長宅である。
 村で一番大きい村長宅の居間に、私の家族、アイリ、セリナ、ディアドラと村長、マグル婆さん、バランさんが顔を突き合わせている。
 流石に十一人も集まっていると村長宅といえども狭苦しく感じられるが、その内四人は子供であるしまあ我慢できない事はない。

 セリナが村に移住してからまだ十日も経たぬうちに、私が新たな村への移住希望者を連れて来た事に、バランさんと村長は呆れた顔をし、マグル婆さんはほっほっほ、と流石に違う反応を見せる。
 白髪ばかりの頭に鍔の無い茶色い帽子を被り、自慢の山羊髭をしごいて気を紛らわせて、我ベルン村の村長ヤダンは私の顔を見て思いきり溜息を吐くや、それからうっすらと苦笑を浮かべた。
 孫を見る祖父の様に優しい眼差しを私に向けている。別に馬鹿にされているわけではないのだろうが、そこはかとなく呆れられているような気はする。

「ここまで来るとお前はよっぽど奇妙な星の元に産まれていると言われても信じざるを得んわい。ドランや、どうして精霊のお嬢さんがお前とセリナと一緒におるのだね?」

 私が村長達にした説明は予め口裏を合わせていたものだ。エンテの森を探索していた私とセリナは、奥へと向かう内にゴウラグマの焼死体を見つけ不審に思い、真相を探るべくエンテの森の深部へと足を進めた。
 そこで私とセリナは森に現れた炎の怨霊と戦うディアドラと遭遇し、怨霊を放置してはベルン村にも害が及ぶと判断し、ディアドラに加勢して怨霊を倒す事に成功、と言った具合である。
 これでも大筋は本当の事を言っているのだが、それでも私にとって世界で最も大切な人達に対し、嘘をつく事は途方もない罪悪感に襲われるが、表には出さない様私は必死にそれを胸の奥で押し殺さなければならなかった。

「ドラン、あんたフレイムランナーと戦ったの!? 持っていった武器じゃ傷一つ着けられないじゃないの。相手は怨霊だったんでしょ」

 エンテの森の浅い部分に出てくる魔物や動物ならともかく、怨霊相手では私が持って行ったツラヌキウサギの槍やショートソードでは傷一つ着けられないのは確かで、アイリが驚くのはもっともな話である。
 私は傷一つついていない事を示す為に全身の姿を見せながら答える。

「マグル婆さんとセリナから習った魔法で少し援護した位で、あとはほとんどディアドラとセリナ任せだ。男だというのに女性に任せるしかなかったのだから、情けない話だろう?」

 実際には私一人でエンテの森に出現していたフレイムランナーとその発生源であるコアを消滅させたのだが、それは言うわけに行かない事実である。
 マルコとディラン兄は村に近辺にいる魔物相手では経験できない私の体験に、羨ましそうでもあり、自分が当事者でなくて安堵した様な複雑な顔をしている。
 マルコは単純に兄ちゃんすげえ、といった視線を送ってくるが――マルコよ、もっと兄を敬ってくれたまえ、実に気分がよろしい――ディラン兄は私たち家族で魔法が使えるのが私だけである事を考え、私以外の兄弟がフレイムランナーと相対していたら、と考えて渋面の色合いが濃い。
 普段は大雑把な割にこう言う危険が絡まる時には細かい所まで思慮が及ぶ辺り、ディラン兄はただの農民の息子で終わらせるには惜しい素質がある、と私はときどき思う。
 身体を何度か動かして異常がない事を示し、アイリや父母に無茶はしていないと言う事を暗に伝えつつ、私は一度中断した話を再開する。
 ディアドラと協力してフレイムランナーを撃退した私達は、火傷を負っていたディアドラの手当てをし、助力と手当てに恩義を感じたディアドラが見聞を広める為にも、と私達についてきてベルン村に移住を希望している、と話を締めくくった。

「以上でディアドラがこの場にいる事情は全てだ。樹木の精霊であるドリアードが村にいてくれれば、作物が病気になる事もないし大地も豊かになるとマグル婆さんに教えて貰ったから、私としてはディアドラを、諸手を上げて歓迎したい。セリナの時と同様、村が受ける恩恵は大きいから」

 セリナと言う前例が出来たばかりではあるが、ラミアに比べれば危険性は低く、農民にとっては極めて恩恵の大きなドリアードである。少なくとも即座に反対意見が出る様子はない。
 ちなみセリナを村に出迎えた時はセリナをさん付けで呼んでいた私だが、セリナが村に馴染むにつれて、極自然と普段通りに名前で呼ぶようになっていた。村の人達はセリナが私に向ける好意に大なり小なり気付いていたから、さほど気にしていない様である。

「ほっほっほ、まったくドランは面白い星の下に産まれたもんだねえ。私はドリアードのお嬢さんを迎え入れるのに賛成するよ。魔法薬の材料を育てるのも楽になるし、嫌な予感もしないしね」

「やれやれ、わしの代で魔物を村に迎え入れるとは、と思っておったら早くも二人目とはのう。まあ綺麗なお嬢さんたちであるし、目の保養になる上に村の役に立ってもらえると言うのなら、断るわけにも行かんわい」

 愚痴を零す村長ではあるがマグル婆さんの賛成意見が出ている事と、セリナと言う前例が功を奏し特別反対と言うわけではないようだ。
 これには辺境の使えるものは死に際の親でも使え、という鉄則に寄る所も大きいだろうし、もし村に害を成す様であったなら、その時はそれが肉親であれ容赦なく処分するという暗黙の了解もある。
 村長とマグル婆さん共々戦力としても魔法的な恩恵も受けられるだろうドリアードともなれば、多少のリスクと引き換えにしてでも村に引き込む価値はある、と判断したのだ。
 マグル婆さん、村長と続けて賛成意見が出たことでこの場で唯一反対意見を出しそうな、王国に直接関わり合いのある公的な立場のバランさんが、諦めて溜息を吐いた時、私は勝利を確信した。

「村長と同じでまさかおれも報告書に魔物が移住を希望してきた、と書く事になるとは思っていなかったよ。ラミアもドリアードも友好的で危険はないと書くことになるとはなぁ。後でレティシャさんにも教団に対する報告書に、書き加えて貰わんといかんか」

 バランさんはバランさんで軍の上司に色々と説明しないといけないのかもしれない。その労力を忍び、私は心中で頭を下げた。申し訳ないバランさん。だが絶対に村の為になる事だ。貴方の苦労は決して無駄にはしない。
 セリナの時に比べて順調にディアドラの移住は迎い入れられ、住まいに関してはセリナと同じ物置小屋で構わないとディアドラが発言した為にすぐに決まった。
 もともと森の中とはいえ屋根の無い場所で暮らすのが当たり前だったディアドラは、住居に関してはさしたるこだわりがなかったのである。
 明日、改めて村の皆にディアドラを紹介する、という事で落ち着き既に陽が落ち始めている事から、今日は一旦解散と言う事になった
 アイリから色々と聞きたい事があると含んだ視線が、私の肌を刺すような鋭さで向けられてきたが、皆の前で語った以上の事を口にするつもりの無かった私は、アイリにまた明日、と手を振るだけであった。
 アイリと別れて家に帰る道すがら、私はいつかアイリにも腹を割って全てを打ち明ける日が来るのだろうか、と自らに問いかけた。
 産まれた時から一緒に育ってきた幼馴染に、いつまでも隠し事をする事は大変心苦しく、私はアイリに隠し事をせずすべてを共有できる日が来る事を思い描いていた。

 アイリの追求の視線から逃れた私ではあったが家に帰ったら帰ったで、ショートソードを返すや否や家族から色々と質問攻めに遭い、私はそれに言葉を濁しながら答える他なく、エンテの森での収穫品を披露することで多少質問攻めの勢いを削ぐことしかできなかった。
 オイユの実やクロガラシ、光葉草、陽光花といった植物の類や、エンテウルフの毛皮に牙、首を落とされたトビオオトカゲにゴウラグマの甲殻ともの珍しい収穫品は、家族を一様に驚かせ、エンテの森での収穫がドリアードの娘だけではなかった事を証明する証拠になった。
 これだけの成果ならまたエンテの森に出かける許可もすぐ降りるであろう。ただその時もまた、セリナ同伴かあるいは家族と一緒になるかもしれない。
 そうなるといま家族の前に提示している獲物を得るのは難しくなるが、ま、その時はその時だ。家族と共に過ごす時間は、どんなものであれ今の私には宝ものなのだから。
 エンテウルフの毛皮の感触を確かめるディラン兄や、トビオオトカゲの首を持ち上げてにらめっこをしているマルコを見て、私は大好きなこの家族が少しでも幸せになってくれるように努力し続けようと、自分に対して改めて誓った。

 いつものように村の皆が寝静まる頃を待って、家の寝台に身代わりのマナ人形を置いて家を出た私は、セリナとディアドラの住まいとなった村はずれの小屋を目指す道すがら、色々と思案を巡らせていた。
 考えごとの一つは今、日に日に窮屈さを増している寝台で寝ている私の身代わりである。私の魔力を核に大気中のマナを凝縮して作ったあの身代わりに、なにか他の用途はないものかと私は頭を悩ませている。
 いちいち作っては消すのが面倒になって来たので、現在は亜空間に放り込んで必要な時に出しているだけなのだが、身代わりを私の意思で動かせるようにすればなにかと便利になるのは確かである。
 竜であった頃に同じように分身体を作り、雑事に対応していた時期があるから自分の分身体を遠隔操作する技術それ自体は知悉している。しかしそれは竜の分身体を、という話であり人間の姿で作った分身体を操作するとなると、これがなかなかに難しい。

 私自身人間の肉体と言うものを完全に把握できていない為に、外見を模す事は出来てもそれをただ寝かせているだけならともかく、立ったり歩かせたり走らせたり、と日常的な動作一つとってもこれが手強い。
 私が日々の農作業をしている間に志の迷宮やエンテの森の探索を分身体に行わせるのもよし。リザードの旧集落のある沼地やそこからさらに北を探索させるもよし。あるいは逆に分身体に村での作業を任せて、私が直々に探索を行う事も出来るだろう。
 探索で得た収穫物を村に持ち帰るのは難しいかもしれんが、単純に情報が得られるだけでも大きな収穫になるのは間違いない。

 いや、待てよ。私が手古摺っているのは分身体をあくまでも人間体として模倣しているからであって、竜の分身体であるのなら私はいまでも問題なく作れるのである。
 ならば竜の分身体でも無蘭人の目に届かぬ所で活動させるのなら、そう問題は起きないのではないか。
あるいはそう、竜と人間をかけあわせた様な分身体を作り、それを徐々に人間に近づけさせて、完全な人間の分身体を作るサンプルにする事も出来る筈だ。
 これは盲点だった。あくまで人間としての分身体に拘るあまりに視野が狭くなっていたのだ。これからは竜の姿をした分身体の利用方法を考えるのも面白い。
 発想の転換によって思わぬ構想を得た私は気分が良くふむ! といつもの口癖を強く零し、私は月と星の灯りを浴びながらセリナとディアドラが待つ小屋の扉を開いた。

「あ、ドラン様ぁ、お待ちしていました。うふふ、見てください。ディアドラさん、凄く可愛い顔をしているでしょう? 耳の裏とおへそが好きなんですよね、ディアドラさん。んちゅ、やっぱり甘いですね、ディアドラさんの体」

「んん、んあぁあん。セリナ、待ってぇ、私、まだぁ……」

 私の目に飛び込んできたのは、セリナの蛇体に巻きつかれて散々に責め立てられて、息も絶え絶えに全身を桜色に染め上げ身悶えしているディアドラという、人ならぬ人外の女性同士による艶姿であった。
 緑色の鱗に覆われたセリナの蛇の下半身がディアドラの体に巻きついて緩急をつけながら擦りあげる度に、鱗が絶妙にディアドラの木々と肌とが融合した体を愛撫し、予測できない官能の波がディアドラの身体を翻弄している。
 私の腕の中に在る間、ひたすら私に従順で尽くしてくれるセリナが、ディアドラと言う新たな仲間に対して、ラミアとしての本性が蘇ったのか蛇らしい執拗な責めを繰り返し喘ぐディアドラの姿に性的興奮を覚えている。
 あどけない笑みを浮かべるセリナの顔には、いまや魔性滲むラミアに相応しい妖艶な笑みが浮かびあがり、翡翠色の瞳を潤ませて血色の良い唇から絶えず荒い吐息を零すディアドラに、サディスティックな衝動を煽りたてられている様であった。

 ドリアードもまた時には美しい男性を惑わし精気を吸い取って取り込む魔物であるから、夜の手練手管には種として本能のレベルで長けている筈なのだが、私と短い期間の間に濃密な時間を重ねたセリナには翻弄される一方のようである。
 全身から妖しいまでの色香を放出し、ちろちろと出しては引き戻す舌の動き、細められる瞳の動き、血を塗った様に紅い唇から零れる見えない吐息、どれ一つをとっても初心な男なら見た瞬間に射精してしまうだろう、その姿は普段のセリナからはまるで想像もつかないものだ。
 そしてまたセリナの蛇の下半身に巻きつかれて逃れる事叶わず、抗おうとしても次々と与えられる快楽の波に翻弄されて、何も出来ぬままに淫らな衝動に身体を焦がされているディアドラの姿はこの上なく男の獣欲をそそる。

 本来ディアドラの身体の一部である樹木さえ、ディアドラとは別の淫らな意思を持って蠢いているかのようで、さながらディアドラは蛇と人間の融合した魔物と意思を持って動く樹木に凌辱される美女の様にさえ見えた。
 常軌を逸した人間ならぬ女性達が作りだすこの世ならぬ背徳の光景に、私は先ほど得たばかりの分身体の活用構想の事を、すぐさま頭の片隅に追いやってしまった。
 どうにも人間に転生してから欲望に流されやすくなっている様で、私はその事を自覚して苦笑いを浮かべながら、小屋の扉を閉めるのとほぼ同時に服を脱ぎ捨てて小屋の奥で絡み合う蛇と樹木の少女達へと歩み寄った。
 三人で交わるのはこれで二度目であったが、結果だけを述べるのなら危うい場面を何度も乗り越えて、最後まで色々な意味で立ち続けていたのは私である。
 非常に素晴らしい時間であった事は、間違いがない。ディアドラもセリナも私の知らなかった姿を存分に見せ、聞いた事の無い声を出し、心行くまで私達は夜の一時を楽しんだのである。


 ろくに睡眠を取らぬ日々が続く私であるが、肉体の神経系や筋肉組織、循環器や臓器を尽く強化し保護することで、ほんの一、二秒も目を瞑れば最高の睡眠を最適な時間とった状態にできるので、日中の農作業にはなんの支障もない。
 ディアドラとセリナを徹底的に責めて責め抜いた翌日、早朝の内に村長の呼びかけによって村の中央広場にベルン村の皆が集められ、ディアドラの紹介がされる運びになった。
 夜が明ける寸前まで私とセリナに散々鳴かされていたディアドラであったが、私から供給された最上級の精気によって全身には活力が満ち溢れ、その美駆に纏う樹木の化身としての神秘さや美しさが一段と増している。
 目の下に大きな隈が出来ていてもおかしくないであろうに、精気の恩恵にあずかっているディアドラの姿は、いっそ神々しいほどに眩くつい先ほどまでの情事での乱れた姿は、まるで嘘の様でさえあった。

 セリナと言う非常に好ましい前例がつい最近できた上に、すわマイラスティの眷属神かと勘違いしてしまいそうなほどの神々しさを纏うディアドラは、ドリアードが与える村への恩恵が大きな事もあって、集まった村の人々からはおおむね好意を向けられて歓迎される事になった。
 ディアドラの性格が高圧的だとか排他的である事はなく、あくまでも理性的である事や人間に対し害を成そうという邪悪な精霊の類ではなかった事は実に幸いである。
 村長やマグル婆さん、バランさんがディアドラの村への移住を認める旨の発言をし、村の人々からも特に反対の声が出なかったので、とりあえずはその場で解散となり、村の皆はいつも通りの農作業へと移っていった。
 まだ多少信用しきれないと言った態度を匂わせる人達もいたが、それも当然だろう。魔物と戦う日々を繰り返す事で、ベルン村は今日まで続いてきたのだ。
 実物がどうあれ単に魔物、と人に呼ばれているだけでもその生態の実態を知るより前に、反射的に嫌悪感や拒否感が湧きおこってしまうのだろう。
 ゴブリンやオークなどとは違うと分かっても、同じく魔物と呼ばれる存在に対して、その日の内に信用を置けというのも酷な話であろうから、これは仕方の無い事。
 後は時間の積み重ねだけが、村の人達の胸に燻る猜疑心や不安を取り除いてくれると私は信じていた。つまりは私がそう信じられる位にディアドラは魅力的で素晴らしい女性と言う事だ。

 さて具体的にディアドラが村で何を行うか、と言えば病気になった作物があったらその場に赴いて活力を与えて病気を治療する事や、やせ衰えた大地を元通りにする事などであるが、幸運にもベルン村は私の記憶に在る限り凶作に陥った事はなく、また村の土壌が痩せ衰えると言う様な事もない。
 ディアドラが単に村に居着くだけでも近隣の大地が活力を増し、作物が元気により美味しく育つようになるから、極端な話なにもしないで村にいるだけでも問題はない。
 しかしそこはそれ、役に立つもの、使えるものなら死に際の親でも使え、が鉄則の辺境である。せっかく村の一員となってくれたドリアードを、なにもさせずに放置しておくわけもない。
 ディアドラを村につれて来た当人である事から、私とセリナがディアドラの案内役を仰せ仕り、私達三人は連れだってベルン村を歩き回った。

 まず村の中央広場にある村長宅や王国から派遣された五人の兵士が詰めている駐在所、レティシャさん一人で管理しているマイラスティ教のベルン村教会から始まり、村を北東から南西に貫くベール川やいくつかある水車小屋、村で唯一の宿屋兼酒場の“魔除けの鐘”亭など主要な施設の紹介を済ませる。
 昨日の時点では見て回れなかった場所を巡る度にディアドラは好奇心を隠さず、私に質問を浴びせかけてきて、私はまるで人間に生まれ変わったばかりの頃の自分を見ている様な、微笑ましい気持ちになりながらディアドラの質問に出来る限り丁寧に答えた。
 このディアドラの好奇心の強さも、私の村に来てほしいと言う願いに応じた理由の大きな一つである事は疑いようがない。
 午前一杯をかけて村の中を案内し、最後に私達が訪れたのはマグル婆さんの家である。

 これは前もってマグル婆さんに最後に寄る様に、と言われていたからだ。目的はもちろん、マグル婆さんが栽培している各種の魔法薬栽培促進に関する検証だ。
 マグル婆さんは経験豊かで確かな実力を持った魔法医師ではあるが、こと植物の扱いに掛けては樹木の精霊であるドリアードの目を頼るのは、別段恥と言う事はあるまい。
 私達三人がそろそろ陽も高くなり始めた頃にマグル婆さんの家を訪ねた時、垣根の入口の所でマグル婆さんとアイリの姿が見えた。わざわざ家の外で待ってくれていた様だ。
 師匠と姉弟子兼幼馴染を待たせるのも悪いと、私は少々歩くのを速めて二人に合流する。
 マグル婆さんは挨拶を軽く済ませると、ディアドラの方に皺の中に埋もれかけている瞳を向けて、さっそく魔法薬の材料になる特殊な植物のチェックを願い出て来た。
 老齢とはいえまだまだ魔法医師としての職分に燃えるマグル婆さんは、普段の穏和で落ち着いた雰囲気に大量の熱意を加味した様子であった。
 魔法薬の調合や新薬の開発に対する情熱は、マグル婆さんの心の中で若かりし頃と寸毫と変わらずに燃えているに違いない。弟子として知識と技術の教授にあずかる身の私には、マグル婆さんの全身に、情熱の炎が燃えて見えた気さえした。

「気合いが違うな」

 とアイリに話しかけると、ディアドラを連れて来た昨日はどこか不機嫌ささえ滲んでいたアイリは、困った様に笑って私に答えた。ふむ、機嫌の方は治っているらしい。なにより重畳である。

「お婆ちゃん、昨日からあんな調子よ。前から新薬の開発とかはしていたんだけど、ディアドラさんが来て開発や栽培が進めば、今までは作れなかった魔法薬も作れるようになるかもって張り切っちゃって」

「まだまだお若いと言う事か。村の一員としても弟子としても、マグル婆さんが元気である事はなによりありがたい事だ」

「そうね、私もお婆ちゃんの元気な姿は好きだから、嬉しい」

 私とアイリがそんな会話を交わしている間に、マグル婆さんはディアドラを庭で栽培している植物の方へと案内した。
 簡素な木で組んだ枠で囲っているだけに見えるが、その実木枠の内側に細かい魔法の意味合いを持った文字が刻みこまれ、木枠に絡みつく蔦やかけられたロープに至るまでが、特殊な植物の毒性や種子が外に広まってしまわぬように隔離する為の結界として機能している。
 ディアドラはベルン村の中でも、格別趣の違うマグル婆さんの家や庭に咲き誇る特殊な花や植物にも強い興味を示して、つぶさに観察している。いや、観察している様に見えるだけで、実際には意思を交しあっているのだろう。
 そうして順々に魔法花や魔法草と意思を交していったディアドラは、最後に生け垣を構築しているハードグラスの前で足を止めて、しばしの間ハードグラスの葉を見つめ始める。
 私達が興味を隠さずその様子を見守っていると、おもむろに顔を上げたディアドラは私達の顔を見渡して、開口一番こう言い放った。

「頑固だわ、この子。これでもかってくらい頑固よ。びっくりするくらい頑固」

 ディアドラ曰くハードグラスは頑固らしい。頑固か、頑固ならあの栽培の難しさも仕方があるまい。なにしろ頑固なのである。しかし頑固とはなあ、頑固かぁ。
 流石に一日やそこらで成果は出なかったが、後日徐々にハードグラスの栽培量は右肩上がりになり、格段と扱いやすくなったのには流石樹木の精霊ドリアードと、私はディアドラに感心することになった。

<続>

sana様からのご質問について

 セリナの生殖器や子宮は人間準拠なので胎生です。セリナ自身にも臍がありますので、卵では産みません。卵生の方が良かったと言う方は果たしてどれだけいらっしゃる事やら。

 あと私の書き方が良くなかったようで、バンパイア娘は登場させるつもりですが、次がバンパイアと言うわけではないのです。申し訳ありませぬ。
 これまで何度となくこちらでは投稿させて頂いておりますが、これほど感想とPVに恵まれたのは初めての経験で、正直戸惑い舞い上がっています。ハーレムとエロの力、そしてモンスター娘好きの人口侮りがたし、ということなのでしょうか。
 見放されない様にこれからも努力させて頂きます。

ベルン村特産品リスト 新規追加分

ハードパウダー(少量生産)←NEW

ハードグラスから生成できる魔法の粉薬。肌に塗布すれば鉄の硬度を持った皮膚となり、布に塗せば鉄の硬度と布の柔軟性を併せ持った衣服へと変わる。ただし効果は一時的なもの。冒険者や暗殺を恐れる人に重宝される品。

9/28 22:24 投稿
9/29 12:20 くらんさまのご指摘を考えて内容修正。ありがとうございました。


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