9月23日(祝)公演 「彼岸のクセナキス」

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大井浩明 Portraits of Composers 〈POC〉#6
クセナキス(1922-2001)歿後10周年・全鍵盤作品演奏会
2011年9月23日(祝) 午後6時開演 Hakuju Hall


音響  有馬純寿
協力  モモセハープシコード株式会社
楽器  ノイペルト社「バッハ・モデル」 61鍵(FF-f3)  260cm x 105cm 170kg
     二段鍵盤(4'/8'sup/8'inf/16'、バフストップ付) 5本ペダル


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【演奏曲目】

《6つのギリシア民謡集》(1950/51)
  1.「踊るとムスク(麝香)の匂いが」 2.「むかし恋ひとつ」 3.「やまうずらが山から降りてきた」 4.「クレタ島の3人の坊さん」 5.「今日は暗い空」 6.「ススタ」
《ヘルマ - 記号的音楽》(1961)
《エヴリアリ》(1973)
《ホアイ》(1976、#)
《ミスツ》(1980)
  (休憩15分)
《コンボイ》(1981、#/※)
《ナアマ》(1984、#)(日本初演)
《ラヴェル頌》(1987)
《オーファー》(1989、#/※)

大井浩明(ピアノ+モダン・チェンバロ(#))、神田佳子(打楽器助演※)

〈前売〉 学生2,000円 一般2,500円 〈当日〉 学生2,500円 一般3,000円
全5公演通し券 一般12,000円 学生10,000円 
3公演券 一般7,500円 学生6,000円

【チケット取り扱い】 ローソンチケット 0570-084-003 Lコード:39824
ヴォートルチケットセンター 03-5355-1280 (10:00~18:00土日祝休)
*3回券/5回券はヴォートルチケットセンターとミュージック・スケイプでお求めいただけます。

【お問い合わせ】 ミュージックスケイプ マネジメント部 tel/fax 03-6804-7490 (10:00~18:00 土日祝休)
info@musicscape.co.jp http://musicscape.net 

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彼岸のクセナキス ――――野々村 禎彦

 1954年11月末のある早朝、ヴァレーズ《砂漠》の世界初演のためにパリに滞在していたヘルマン・シェルヘンを、ひとりのギリシア人青年が訪れた。この青年はGRMのスタジオでヴァレーズ作品のテープパート制作を手伝っており、この大指揮者に紹介された機会に、自作の譜面を見てもらう約束を取り付けた。シェーンベルク《月に憑かれたピエロ》の初演以来、シェルヘンは20世紀を代表する前衛音楽を発掘しながらキャリアを重ねてきたが、その秘訣は、無名の作曲家でもまず会って譜面を見ようとする姿勢にある。

 もちろん、この作業には空振りも多い。この青年が見せたスコアも、ストラヴィンスキーやメシアンの模倣の域を出ない曲ばかりだった。面倒なことになる前にお引き取り願おうと、譜面を返すシェルヘン。だが青年がドアに手をかけた時、見慣れない紙の束が残っていることに気付いた。「これも譜面ですか?」ブーランジェやメシアンに内々に見せた時は暖かい励ましの言葉をもらったスコアをにべもなく突き返され、青年はすっかり意気消沈していたが、建築技師の仕事の合間に製図用紙に書き溜めた新作のスケッチも一緒に渡していたことを思い出した。「はい…」気に入られるとは思えず、黙っていたのだ。タイトルは《メタスタシス》。

 シェルヘンが手書きの譜面を読み始めると、空気が一変した。「冒頭のグリッサンド…どうやったらこんなことを思いつけるんだ?」「いま書かれているどんな音楽にも似ていない、なんてことだ!」「正直言って、これは音楽ですらなく…全く別な世界から来た発想じゃないか?」読み終わるや否や、シェルヘンの方から演奏を申し出(翌年6月、弦楽器パートを縮小した版をロスバウトが初演)、作曲法を論文として出版することを薦めた(彼は音楽出版社を運営していた)。

 これが、クセナキスとシェルヘンの出会いだった。65歳の老人の気の迷い…では決してなく、聴衆はもちろん批評家にもなかなか理解されないクセナキス作品を、彼は辛抱強く紹介し続けた。1966年4月、聴衆の中に分散された大オーケストラのための《テレテクトール》が満場の喝采を浴び、批評家からも絶賛されてクセナキスが作曲家として評価を確立した瞬間を指揮台から見届けた2ヶ月後に、シェルヘンは世を去った。現代音楽に捧げたキャリアの最後を飾る大仕事だった。

 作品表の最初の作品には作家のすべてが含まれているとよく言われるが、それは《メタスタシス》も例外ではない。「音楽ですらない」のも、ある意味その通り。クセナキスの音楽は、グレゴリオ聖歌に対位声部を付けた時点からクラシック音楽が辿ってきた、「最小要素を積み上げて大伽藍を築く」方法では作られていない。彼はまず音楽の全体像を、時間を横軸、周波数=音高を縦軸とする2次元グラフとして描き、順次細部を埋めてゆく。伝統とは真逆の「外骨格」の音楽なのだ。

 細部を埋める手法は体系的である必要はない。《メタスタシス》でシェルヘンを驚かせたグリッサンドの曲線は、当時コルビュジェのもとで設計していた建築の図面から借用した。次作《ピソプラクタ》からは、一定時間内の音密度を決め、その密度を与える確率分布の式で計算して音を生成するようになる。言うまでもなく、この種の計算はコンピュータで行った方が効率的であり、個々の音はランダムに選ばれるため「旋律」を聴き取ろうとしても意味はない。ただし、この方法論では分布の母集団にあたる音のグループも音密度の変化も直観的に決めているため、これだけではやがてパターン化するおそれがある。

 そこでクセナキスは、人間は世界を集合論的に認知しているというピアジェの説を耳にして、曲中で使う音をいくつかの集合に分け、集合間の論理演算を行って新しい音のグループを順次生み出してゆく方法論を思いつき、まず《ヘルマ》(最初の独奏曲)で試みた。さらに、音を集合に分ける作業も、群論対称性を用いたフィルターで要素を選り分ける「ふるいの理論」を用いればシステマティックに行えることに気付き、2番目の独奏曲となるチェロのための《ノモス・アルファ》で最初に試みた。「ふるいの理論」で生成した音集合はもはや「旋法」に近く、線的構造は「旋律」として耳に引っかかる。

 ともあれ、「外骨格」をシステマティックに埋める方法論を確立し、クセナキスの創作は最初のピークに達した。「ふるいの理論」に先立ち、《エオンタ》《テレテクトール》などで音楽の空間性を追求し始めた60年代半ばから、他ジャンルにも大きな影響を与えた光と音のスペクタクル《ペルセポリス》が作られた70年代初頭までは、彼の「傑作の森」の時期と呼べそうだ。ミラン・クンデラが『裏切られた遺言』で彼の音楽を評した「人間達の通過以前もしくは以後の世界の、やさしくも非人間的な美」という言葉にふさわしい、超越体験を味わえる作品が並ぶ。

 コンスタントに傑作が書けるようになったと自覚すると、もっと直観的に作曲しても大丈夫なのではないかと考え始めるのが創作者の性。まず、外骨格のみを示す2次元グラフの代わりに、「樹形図」という枝分かれする曲線で2次元空間を埋めるパターン(1本の曲線を1声部とみなせば、そのまま図形楽譜として読める)を縮小・拡大・回転して貼り合わせて作曲する方法論を《エヴリアリ》で最初に試みた。さらに《ホアイ》の頃からは「ふるいの理論」も、音を集合に分けるための一般的な手続きというよりは、2オクターブないしそれよりも広い音域から「非オクターブ周期音階」を生成するための道具として専ら使うようになった。

 直観的に描いた図形楽譜を読み取り、用いる音階によって旋律の印象を変える。初期には推計学や数学で理論武装したガチガチの「前衛音楽」に見えたクセナキスの方法論も、直観的で「わかりやすく」なった。実際、《ホアイ》の頃から作曲のペースも上がったが、これは作品の質のばらつきが大きくなったということでもある。この混乱状態が一段落した70年代末から80年代前半にかけては、60年代後半を核とする第一のピークに次ぐ、第二のピークとみなせる。第一のピークの宇宙的スケールとは対照的な、オリエンタルなエネルギーにあふれた作品が並ぶ。

 だが、80年代末に、クセナキスの作風は再び変化する。饒舌なエネルギーは失われ、謎めいた沈黙と自作の引用に覆われた平板な音楽になった。その原因は従来のような作曲技法の変化ではなさそうだ。元共産ゲリラがソ連崩壊にショックを受けた、という可能性もなくはないが、アフガニスタン侵攻以降ソ連が急速に綻びゆく時期にエネルギッシュな作品を量産した事実とは矛盾する。むしろ素朴に、60歳代半ばを過ぎて体力が衰えたためではないか。年代が下るほど直観に頼って作曲するようになったため、影響も大きかったのだろう。ただし高橋悠治のように、老境を迎えて我々にはまだ理解できない時間感覚を得たのかもしれない、と積極的に捉える向きもある。《オーファー》はこの時期の入り口に書かれた。その後も彼の健康が回復することはなく、1997年の2作以降は筆を持つこともなかった。

 クセナキスの歩みを辿れば、彼の音楽の聴き方はおのずと見える。最小要素を積み上げる音楽ではない以上、細部に着目して分析的に聴こうとしても意味はない。外骨格を形作る、音楽の大きな流れを聴き逃さないようにしたい。作曲技法の詳細は外骨格の埋め方の詳細に過ぎず、音楽を聴く上では殆ど無関係である。強いて言えば、《ヘルマ》ではまだ線的構造はコントロールされておらず、音集合が論理演算で切り替わる瞬間の音色変化が聴きもの、《エヴリアリ》では「樹形図」による線的構造の諸相が聴きもの、《ミスツ》では「樹形図」は一段落して音階の対比が聴きもの、といった目安にはなるが、この程度なら「一聴すれば明らか」だ。

 ヨーロッパ戦後前衛音楽は、クラシック音楽の伝統を背負った作曲家たちが第二次世界大戦の喪失体験を背景に、全面的セリー技法などの前衛技法を用いて伝統の記憶を封印することで生まれたが、オイルショックやベトナム戦争終結など、戦後の枠組を超えた出来事が続く中でその封印が緩み、「新ロマン主義」と総称される伝統回帰の潮流が起こった。70年代半ば以降のクセナキス作品の変化は、一見この動きに呼応しているが、彼の歩みを辿れば音楽の本質に変化はないことがわかる。ただし、直観に頼る部分が増えたということは、独自の技法で理論武装する以前の地金が出るということでもあり、その意味で《ギリシア民謡集》は興味深い。

 ヨーロッパ戦後前衛の流れを汲む人々には、クセナキスの作曲技法の非体系性は目障りで、影響力は死とともに衰えるという予想が根強かった。だが、彼の外骨格の音楽はエレクトロニカ、特にかつてノイズと呼ばれていたジャンルと親和性が高かった。まず音楽の全体像を思い浮かべ、細部は金属オブジェのフィードバックやそれを模したDTMソフトの自動生成音響で即興的に埋めてゆく音楽のあり方はクセナキスの音楽に極めて近い。この種の音楽を代表するひとりメルツバウの多声部のコントロールは、基本的には即興で作られているとは信じられないほどだが、彼がリスペクトする音楽の筆頭にクセナキスの《ペルセポリス》や《ボホール》が挙げられているのを見ると、強靭な音楽の遺伝子は必ず後世の音楽家に受け継がれてゆくと確信できる。近年は、若い世代の作曲家たちがメルツバウらの音楽に注目し、その祖先としてクセナキスが再発見される流れも生まれている。

# by ooi_piano | 2011-09-20 01:42 | POC2011 | Trackback | Comments(0)

クセナキス初来日時のエッセイ《日本の閃光――1961》

【POC2010年リンク集】
POC2010関連ライヴ演奏動画集 (委嘱作品を中心に)
●POC#1 松下眞一+野村誠 [2010.09.23]
松下曲目解説  「数学者としての松下眞一」(松井卓) 「松下眞一個展・東京公演に寄せて」(白石知雄)  野村曲目解説  野村プロフィール+関連リンク集 
●POC#2 松平頼則+山本裕之 [2010.10.16]
松平「美しい日本」について(石塚潤一)  「松平頼則が遺したもの」(石塚潤一)  山本作品解説+プロフィール/作品リスト  「曖昧な明晰/明晰な曖昧:山本裕之試論」(田中吉史)
●POC#3 塩見允枝子+伊左治直 [2010.11.13]
塩見曲目解説+プロフィール/作品リスト  伊左治曲目解説  伊左治プロフィール+「伊左治直の音楽」(野村誠) 
●POC#4 平義久+杉山洋一 [2010.12.15]
平曲目解説・プロフィール/作品リスト  杉山曲目解説・プロフィール/作品リスト  「杉山個展に寄せて」(伊左治直) 
●POC#5 松平頼暁+田中吉史 [2011.01.29]
松平曲目解説  「松平頼暁への祝詞」(石塚潤一)  田中曲目解説+「定着しない音の行方」(山本裕之)  田中プロフィール・作品リスト 






# by ooi_piano | 2011-09-12 00:00 | POC2011 | Trackback | Comments(0)

POCシリーズ関連インタビュー

  ただいま発売中/配布中の、「音楽の友」9月号、「音楽現代」9月号、タワーレコード「intoxicate」第93号に、今月から開始されるリサイタルシリーズ《POC》関連のインタビューが掲載されております。また、8/28(月)朝日新聞夕刊、ならびに8/29(火)日本経済新聞朝刊でも御紹介頂きました。

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日仏会館レクチャー・コンサート) エリック・サティの創作と思想(Ⅰ)
Pensée et création d’Erik Satie (I) : réminiscences et mysticisme     
日時: 2011年9月16日(金)18 :30(開場 18:00)
会場: 日仏会館ホール - 東京都渋谷区恵比寿3-9-25 
(JR山手線・恵比寿駅東口下車徒歩10分、東京メトロ日比谷線恵比寿駅1番出口徒歩12分)
講師: 片山 杜秀 KATAYAMA Morihide / ピアノ演奏: 大井 浩明 OOI Hiroaki
日仏会館会員/無料 (一般/1,000円、学生/500円) 定員120名

♪ 演奏曲目 ♪
■ジムノペディ第1番・第2番・第3番
■ジュ・トゥ・ヴ
■グノシェンヌ第1番・第3番・第5番
■ヴェクサシオン(部分)
■薔薇十字教団の最も大切な思想
■(犬のための)無気力な本当の前奏曲
■ソクラテス(部分)+J.ケージ:チープ・イミテーション(部分)
■シネマ (「本日休演」のための交響的間奏曲) 

要事前登録: 日仏会館ウェブサイトのトップページの「イベント参加登録」からアカウントを作成し、事前申し込みをお願いいたします。インターネットを利用していない方は、FAX(03-5424-1200)または電話(03-5424-1141)で参加登録をお願いいたします。

  エリック・サティは1866年に生まれ、1925年に逝きました。多感な若き日は世紀末のマラルメやヴェルレーヌの時代。晩年は第一次世界大戦後の機械文明の時代。世の中は激変しました。その中でサティは他の多くの才能ある芸術家のように現在の権威、いま定評あるものに反発し続けました。
  現在への反発は過去や未来の理想化につながりがちです。とはいえサティのそれはかなり過激でした。過去への憧れは同時代人のドビュッシーよりも、未来への憧れは同時代人のラヴェルよりも、奇矯で激烈でした。そのせいでサティは同時代的にみればかなりずれた音楽家でした。しかし、そのずれ方が魅力であり、21世紀になってなおいっそう、サティに存在感を与えているのです。
  1回目にはサティと過去の問題、2回目(12月の予定)にはサティと未来の問題に比重をかけてお話しさせていただく予定です。1回目にはピアノ曲、2回目には歌曲の演奏もお楽しみいただきます。


◆片山 杜秀 (かたやま・もりひで)
音楽評論家、思想史研究者。1963年生まれ。慶應義塾大学法学部准教授(歴史、政治文化論、仏書講読等を担当)、東京藝術大学音楽学部非常勤講師(音楽美学講義を担当)。音楽関係の著書に『音盤考現学』『音盤博物誌』など、共著書に『戦後日本音楽史』など。2008年にサントリー学芸賞と吉田秀和賞を受ける。
Conférence en japonais sans traduction
毎日新聞 8月24日(水)夕刊 紹介記事

# by ooi_piano | 2011-08-30 10:20 | コンサート情報 | Trackback | Comments(0)

野々村禎彦氏POC推薦文

●3月25日オルガン・リサイタル 感想まとめ
●6月18日ピアノリサイタル(山路・田村・夏田・望月他) 感想まとめ
●7月16日ピアノリサイタル(シュトックハウゼン日本初演) 感想まとめ
●8月27日ピアノリサイタル(塩見+リゲティ) 感想まとめ


ヨーロッパ戦後前衛音楽の「演奏実践(パフォーマンス・プラクティス)」再考―――野々村 禎彦

 90年代前半、知る人ぞ知る独学のピアニストだった頃から、大井のスタンスは一貫している。まず、歴史に残るべき作品を「古典」に引き上げること。ヨーロッパ戦後前衛を代表する作曲家を中心に、それも曲目を絞って磨き上げた演奏を提示するのではなく、多少荒削りでも全作品演奏にこだわって作曲家の全体像を捉えようとしてきた。そして、新作委嘱を通じて新たな才能を世に出すこと。例えば、木ノ脇道元と結成したデュオで朝日現代音楽賞を受賞した時の受賞記念リサイタルは、全曲委嘱新作だった。しかもそこに並んでいたのは、いまや日本作曲界を支える中堅(当時の若手)作曲家たちで、彼らの創作歴の転回点になった作品も少なくない。

 独学時代の意欲的な活動が評価され、数々の受賞歴を経てヨーロッパ留学が決まった時、彼はベルン芸術大学でブルーノ・カニーノに師事した。音楽史に造詣が深く室内楽奏者として高名なカニーノは、クラシックレパートリーと音色のコントロールを高い水準で修得するという当初の目的にかなうことに加え、前衛の時代にはアロイス・コンタルスキーと並ぶ前衛レパートリーのチャンピオンだった。大井の選択にはブレがない。また師は、古楽奏法の重要性を認識して自らの演奏にも取り入れ、チェンバロも弾く。大井も留学の機会にピアノの祖先にあたる楽器を網羅的に学び、独自の考察を加えて自らの音楽をさらなる高みへと導いた。

 ここ10年ほどの大井の活動では古楽器演奏が相対的に目立っていたが、昨年度のPOCシリーズ第1期で現代音楽への変わらぬ情熱を示した。「歴史に残すべき作品を《古典》に引き上げる」という基本姿勢は、オール日本人プログラムでも手加減はない。松下眞一・松平頼則・塩見允枝子・平義久・松平頼暁という、いまだ実力に見合った評価を得ていない戦後前衛・実験音楽の「大家」たちを、野村誠・山本裕之・伊左治直・杉山洋一・田中吉史という、かつて新作を委嘱し、その後も期待に応えて現代ピアノ曲のレパートリーを広げ続けている(それも、ヨーロッパや日本の「主流」とは一味違う形で)同世代の作曲家たちと組み合わせた。では、大井の青春の記念碑を並べたかのような今年度のプログラムは、今日においてどのような意味を持つのだろうか?

   **********
 初回(9/23)のクセナキスは、まさに大井の名刺代わりのレパートリー。難曲として名高い《シナファイ》を独学時代に征服し、渡欧後はピアノ、チェンバロ、オルガンのための全作品をひとりで弾いてヨーロッパ現代音楽界の度肝を抜いた。《シナファイ》の実況録音はやがて作曲者にも激賞され、タマヨ/ルクセンブルク・フィルによる管弦楽作品の系統的録音でピアノソロを担当することになる。クセナキスは、数学や統計学の知識からインスピレーションを得たわけだが、楽器の演奏伝統にこだわらない姿勢は結果的に、ルネサンス時代に広まったがその後淘汰された奏法や、さらに源流にあたる民族楽器の奏法の記憶を呼び起こしていた。この発見を経て大井は、サラベール社の歿後10年記念冊子『クセナキスに挑む Oser Xenakis』に、指揮のタバシュニクやヴァイオリンのアルディッティらと並んで、「ピアニスト代表」として寄稿している。

 今回のクセナキス・プログラムはチェンバロ曲の比重が高いが、この楽器の一般的イメージのかそけき響きを期待すると、完膚無く裏切られるだろう。鋼鉄製のフレームを持つモダンチェンバロをさらに電気増幅した、最凶の高周波ノイズ発生器がそこにある。このパンクなノイズの絨毯爆撃を打楽器がサポートするデュオ2曲は、さらに興味深い。《コンボイ》は同時期の《テトラス》と並ぶ原初的なエネルギーが噴出し続ける音楽、《オーファー》は最晩年のクセナキスを特徴付ける無時間的な謎めいた沈黙の音楽。打楽器の神田佳子は、クセナキス作品を含む幅広いレパートリーを持ち、ポピュラー音楽との境界領域にも意欲的に取り組んでいる。

 2回目のリゲティ(10/22)も、大井のキャリアでは特別なレパートリー。今日では「現代弾き」を志す音大生の必修科目の感がある《練習曲集》だが、まださほど注目されていなかった90年代前半から取り組んできた。1993年、ある作曲コンクールの審査員として来日したリゲティが演奏審査での大井の解釈を絶賛して以来、作曲者と直接連絡を取り、未出版の新曲の自筆譜を取り寄せては日本初演してきた。リゲティは古今東西のクラシックレパートリーに通暁していたが、チェンバロ曲はもちろんピアノ曲にも、バロック時代の鍵盤音楽から借用した発想が詰め込まれている。古楽奏法のメスの切れ味を試すには格好の素材である。

 3回目のブーレーズ全曲演奏(11/23)は、メシアンの弟子にふさわしい《ノタシオン》、シェーンベルクの使徒にふさわしい第1ソナタ、ヨーロッパ戦後前衛の最初の金字塔である第2ソナタ、ケージとの出会いと訣別が刻印された第3ソナタ、その後数10年の指揮者や音楽行政官としてのキャリアの結実(あるいは成れの果て)としての近作という、作曲家としての個人史を見事に辿る内容だが、第1ソナタから第2ソナタへの飛躍は、J.S.バッハ《オルガン・ミサ》や《フーガの技法》の分析の賜物であり、これらの作品も手中に収めた大井による解釈が楽しみだ。なお、上記の変遷の中で最も大きなギャップは《ノタシオン》と第1ソナタの間にあるが、そこを繋ぐ《ソナチネ》も含めた選曲は抜かりない。フルートの寺本義明は、現在都響首席奏者を務めているが、高校・大学の学内オーケストラでの大井の先輩でもある。

 4回目の韓国プログラム(12/23)も大井ならでは。尹・姜・朴・陳という、韓国の現代音楽を代表する4世代の巨頭のピアノソロ曲を網羅し、辛うじて一夜に詰め込んだ。ヨーロッパ時代の大井は、「東アジア代表」という意識で日本以外の東アジアの作品も積極的に弾いていたが、特にとは縁が深く、練習曲第1番を世界初演し、練習曲第5番を委嘱した際に前4曲の改訂版も併せて世界初演している。日本の場合と同じく、韓国の現代作曲家たちにとっても伝統音楽との距離の取り方は大きな課題だった。4世代を代表する4人の作品を作曲当時の滞在国や韓国の政治状況と見比べながら聴くと、多くの示唆が得られるだろう。また韓国の場合、ドイツに定住するのが国際的評価を得る定番コースになっており、ドイツ留学・滞在を10余年で切り上げてソウル大学に戻ったの動向は、ヨーロッパ経由のルートでは見えにくかった。80年代の大作を含む今回の一挙紹介は、再評価の良い機会になるだろう。重量級のプログラムが並ぶ今期でも群を抜くボリュームの回、心して臨まれたい。

 最終回のシュトックハウゼン(2012/1/29)も大井の重要なレパートリーである。鍵盤曲シリーズの日本初演歴を眺めると、ヨーロッパ戦後前衛ピアノ曲のアイコンとも言える1番~11番はコンタルスキー、オペラ《光》から抜粋されたピアノ曲の12番~14番はヴァムバッハ、《光》からの抜粋だが、ピアノソロへのこだわりも捨てた15番《サンティ・フー》(シンセサイザーと電子音響)・16番(ピアノと電子音響)・17番《彗星》(電気鍵盤楽器と電子音響)は大井と、「現代弾き」3世代の代表が並ぶ。《光》シリーズ完成後、次なる《KLANG》シリーズの途中でシュトックハウゼンは亡くなったが、死の前年に完成し、このシリーズに属するピアノソロの大曲《自然の持続時間》の紹介も大井は積極的に行っており、部分初演・全曲初演とも日本では彼が担当した。

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 「演奏実践」と訳される、Aufführungspraxis / performance practice という音楽学用語がある。一般的には、特定の音楽様式に対応する特定の演奏様式を指す。言うまでもなく、この概念は古楽において特に重要だった。レパートリー拡大の要求から、「古楽復興」は19世紀から何度も唱えられてきたが、演奏実践への配慮を伴わない運動は、ロマン主義的演奏伝統の汚染拡大を意味する。モダンチェンバロのような楽器もその過程で作られた。結局、演奏実践の音楽学的研究と複製古楽器制作技術の発展を受け、ロマン主義的演奏伝統の除染を経て古楽奏法が確立されたのは、1970~80年代のことである。演奏実践の音楽学的研究は作曲におけるモダニズムと並行して19世紀末に始まったが、ヨーロッパ戦後前衛の達成に勝るとも劣らないゼロ地点からの革命だった古楽奏法に至るまでには、四半世紀を余分に要した。「除染」の手間のためだろう。

 だが、ヨーロッパ戦後前衛の演奏実践は、果たして自明なのだろうか。「現代弾き」が作曲者の監修のもとで演奏を繰り返し、録音や録画も行われているから確立している、と考えるのはナイーヴ過ぎる。演奏実践=作曲当時の演奏様式という図式が成り立つのは、作品も演奏様式も同時代限りで消え去る場合に限られる。古楽をも強く汚染したロマン主義的演奏伝統が、モダニズム以降の音楽に影響を及ぼさないはずがない。「現代弾き」がクラシックレパートリーを弾く時、カニーノのように演奏実践に配慮することはむしろ稀である。古楽奏法の衝撃は時を経ても衰えず、現代楽器の演奏様式すら根こそぎ変えつつあるのに対し、ヨーロッパ戦後前衛の衝撃は限定的で、オイルショック程度の外的要因で簡単に薄れ、主導した作曲家たちの多くはその姿勢を自ら捨てた。これらは、ヨーロッパ戦後前衛は演奏実践を伴わない中途半端な運動だったことの何よりの証拠ではないか?

 ヨーロッパ戦後前衛はシステマティックな作曲を旨とするため、作曲者も自らの作品の真価を知らないという事態は十分に考えられる。その場合、演奏実践によって作品の真価を引き出せる可能性があるのは、クラシックレパートリーの真価を古楽奏法を通じて引き出した経験を持つ奏者ということになるだろう。つまり、こういうことだ。POCシリーズ第2期は一見、ヨーロッパ戦後前衛を「古典」の塔に収める儀式の場に見えるかもしれないが、「ヨーロッパ戦後前衛は実はまだ始まってすらいなかった、真の衝撃はここから始まる」という、驚愕の第二部の開始宣言なのかもしれない。

# by ooi_piano | 2011-08-27 13:49 | POC2011 | Trackback | Comments(0)

8/27(土)芦屋公演/塩見氏寄稿

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# by ooi_piano | 2011-08-24 20:40 | コンサート情報 | Trackback | Comments(0)

POC#6~#10 前売開始

チラシ表面 http://twitpic.com/5p8gmd/full
チラシ中面 http://twitpic.com/5p8gbx/full



〈前売〉 学生2,000円 一般2,500円 〈当日〉 学生2,500円 一般3,000円
全5公演通し券 一般12,000円 学生10,000円 
3公演券 一般8,000円 学生6,000円

【チケット取り扱い】 ローソンチケット 0570-084-003 Lコード:39824
ヴォートルチケットセンター 03-5355-1280 (10:00~18:00土日祝休)
*3回券/5回券はヴォートルチケットセンターとミュージック・スケイプでお求めいただけます。

【お問い合わせ】 ミュージックスケイプ マネジメント部 tel/fax 03-6804-7490 (10:00~18:00 土日祝休)
info@musicscape.net http://musicscape.net 

※チケットは、チケット代が口座に振り込まれているのを確認してから普通郵便で郵送させて頂きます。
<銀行> 三井住友銀行 渋谷駅前支店 普通 4293647
ユウゲンガイシャ ミュージックスケイプ
<郵便振込> 00120-3-173765 有限会社ミュージックスケイプ

# by ooi_piano | 2011-07-13 12:25 | POC2011 | Trackback | Comments(0)

芦屋シリーズ 2011

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# by ooi_piano | 2011-05-15 05:02 | コンサート情報 | Trackback | Comments(0)

3回リサイタルシリーズ@芦屋

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# by ooi_piano | 2011-05-14 22:06 | コンサート情報 | Trackback | Comments(0)

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