2010年10月26日 (火)時論公論 「好調・韓国 売り込み戦略」
(リード)
来月、G20サミットを主催する韓国が国際社会での存在感を増しています。これまで日本が得意としてきた半導体や液晶テレビなどの分野では、韓国企業が日本企業を抜いて世界市場の上位を占めています。高速鉄道や原発プラントなど海外の巨大プロジェクトにも名乗りを上げ、日本や欧米のメーカーの牙城を脅かしています。かつては安かろう悪かろうのイメージが強かった韓国製品が、国際競争力を増してきているのはなぜなのでしょうか。
(高速鉄道)
先月、日本の新幹線を視察するため来日したアメリカ・カリフォルニア州のシュワルツェネッガー知事です。
(シュワルツェネッガー知事9/14)
「日本の新幹線は乗り心地が静かだし、未来的だ。技術力とインフラに感銘を受けた」
日本で新幹線に試乗した翌日、知事が訪問したのはお隣の韓国でした。
(シュワルツェネッガー知事9/15)
「効率がいいし速い。静かさにも感心している」
韓国の高速鉄道KTXは、フランスの技術を導入して6年前に開業したばかりです。最高時速は305キロと日本の最新型の新幹線には及びませんが、韓国の高速鉄道が、50年近い実績をもつ日本の新幹線の強力なライバルになっていること自体驚きです。韓国はこのほかにも、ブラジルのリオデジャネイロとサンパウロの間を結ぶ高速鉄道計画の受注にも名乗りを上げています。
さらに最近、もうひとつ、日本の産業界を驚かせる出来事がありました。
希少金属リチウムの世界の埋蔵量の半分があると言われている南米のボリビアのモラーレス大統領が8月(8/26)ソウルを訪問してイ・ミョンバク大統領と会談。リチウム資源の開発のため共同で研究を行うことで合意したのです。リチウムは、携帯電話やパソコン、電気自動車の電池の原料で、日本を含め各国がボリビアでの権益確保を争っていました。
韓国はこの競争でも世界を一歩リードしたのです。
(世界を席巻する韓国メーカー)
ウォン安の恩恵もあって、韓国製品は世界のマーケットで確実に存在感を高めています。
(出典:iSuppli 2010年第2四半期)
記憶用の半導体DRAM。韓国のサムスン電子とハイニックスが合わせて6割近いシェアを占めています。かつては日本のメーカーが上位を独占していた分野です。
液晶テレビでも、サムスン電子が20%近いシェアを占めてトップ、2位も韓国のLG電子です。
さらに携帯電話の市場でも、韓国メーカーがフィンランドのノキアに迫り、2位と3位につけています。
(韓国の対外戦略)
こうした好調な韓国経済を後押ししているのが、政府の積極的な対外経済戦略です。経済界出身のイ・ミョンバク大統領は就任直後から「グローバルコリア」というキャッチフレーズを掲げ、世界に通用するビジネスネットワークの強化に官民あげて取り組んできました。その象徴とも言えるのが、工業製品や農産物の関税を撤廃するFTA・自由貿易協定です。
ことし1月からインドとのFTAが発効したのに続いて、来年からはEUとのFTAもスタートします。韓国は、日本をはるかに上回るスピードで、各国とのFTAの締結を進めています。
赤色の線は、韓国とのFTAがすでに発効済みか署名済みの国々です。ASEANなどの加盟国も数えますと、これだけでも40か国を超えます。青色の線、交渉中の国々や、今後、
交渉を検討している国々も合わせますと、ご覧のように世界のほとんどすべての地域を網羅しています。韓国は、各国とFTAを結ぶことで貿易圏を広げ、輸出の拡大を図っているのです。
これに対して日本は、関税のかからない韓国製品と厳しい価格競争をしていかねばなりません。
JETRO・日本貿易振興機構アジア経済研究所の奥田聡主任調査研究員は、韓国とEUの間のFTAが発効した場合の日本への影響を次のように試算しています。
まずEU市場では、日本の自動車が韓国車に取って代わられるなど日本からの輸出が7億6600万ドル減ります。韓国市場でも、EUから関税のかからない機械や電気製品などが入ってきて日本製品が売れなくなり、韓国への輸出も17億7500万ドル減る見通しです。日本が受ける影響は、初年度だけでもあわせて25億ドルあまり、日本円にしますと2000億円に達します。
日本にとっては大きな打撃です。
(韓国の対外戦略)
韓国政府が去年12月に策定した「対外経済政策推進戦略」です。▽規制緩和による外国人投資の誘致、▽世界各地の地域専門家の養成、▽海外の人的ネットワークの拡充、▽ODAの拡大など途上国支援の推進。こうした取り組みによって、韓国政府は海外での建設受注額を、現在の491億ドルから2012年までに700億ドル、日本円で5兆6700億円に拡大するとしています。
(韓国の対外戦略)
イ・ミョンバク大統領の強いリーダーシップ・政治主導も大きな役割を果たしています。
その一例が、中東のUAE・アラブ首長国連邦での原発プロジェクトの受注でした。イ・ミョンバク大統領自らが現地に足を運びハリファ大統領と会談するなどトップセールスを繰り広げました。その結果、日本やフランスなど技術と実績のある国を抑えて、初めて海外での原発プロジェクトの受注に成功したのです。
イ・ミョンバク大統領は建設会社に勤務していた当時、中東諸国のプラントで現場監督などを務めた経験があります。原発の受注にあたっても、工期や入札価格などについて細かなアドバイスをしたと言われています。
リチウム資源をめぐるボリビアとの交渉では、大統領の実の兄、イ・サンドゥク議員が大統領の特使として3度にわたってボリビアを訪問、モラーレス大統領を説得しました。ボリビアは外交的にはキューバやベネズエラに近く、アメリカとの同盟関係を強めている韓国はむしろ不利とも見られていましたが、この熱意がボリビア政府を動かしたと言われています。
もちろん日本もただ手をこまねいていたわけではありません。6月には、モラーレス大統領を日本に招く準備を進めていました。しかし、鳩山総理大臣が辞任し菅内閣が発足する時期と重なってしまったため来日が延期され、その間に先を越されてしまったのです。
(何を学ぶか)
こうした韓国の積極的な対外戦略は、危機感の裏返しでもあります。韓国にはかつてアジア通貨危機の際、債務不履行、国の経済が破綻する寸前まで追い込まれた辛い経験があります。FTAの締結をめぐっても、農業団体などからの強い反対がありました。主食のコメを対象から除外するとともに、農家への大規模な融資制度を設けるなど農業の保護と競争力の強化を図りつつ、FTAの拡大を進めているのです。
ここまで、好調な経済を維持する韓国の対外戦略をみてきました。厳しい国際競争を勝ち抜くという決意と覚悟。そして競争を勝ち抜くための戦略と実行力には、学ぶべき点も多々あるように思います。私達日本もうかうかしてはいられません。
投稿者:出石 直 | 投稿時間:23:59