|
焦点/JR在来線 遠い復旧/ルート・費用、見通し立たず
| 常磐線の不通区間にある山下駅。駅舎は津波に襲われたまま放置され、線路には雑草が生い茂っている=7月26日、宮城県山元町 |
|
| 斎藤町長(右)に陳情書を提出する岩佐さんら住民グループ。復旧ルートが最大の焦点となっている=7月29日、宮城県山元町役場 |
|
|
東日本大震災で津波被害を受けた東北のJR在来線は、全線開通の見通しが立っていない。駅舎やレール自体が流失するなど被害は甚大。加えて沿線自治体が検討する住宅の高台移転に併せ、ルート見直しを迫られる可能性があり、本格的な復旧作業に着手できない区間があるためだ。開通まで長期化するのは必至で、「人口の流出を招きかねない」と地元住民の危機感も高まっている。(斎藤秀之)
◎着工は復興計画待ち
<延べ60キロ流失> 太平洋側のJR在来線の運休区間は、7路線で計335.3キロ=地図=。震災では既に復旧した分も含め駅舎23カ所、延べ60キロのレールが流失した。電柱のひび割れなども合わせると、被害総数は計1730カ所に及んだ。 JR東日本の清野智社長は4月の記者会見で「(在来線は)責任を持って復旧させる」と明言した。だが、現在も運休が続く路線のうち、全線開通の見通しが立っているのは八戸線のみ。8日に種市―階上間が復旧し、来年春に久慈―八戸間の全てが復旧する。 作業の遅れの大きな理由がルート問題だ。JR側は「駅舎は住民がいる場所に建て直したい」(仙台支社)との方針で、着工は沿線市町の復興計画の策定が前提になる。 その計画では宮城県山元町が4日付で復興基本方針を決定し、町内を走る常磐線を内陸部に迂回(うかい)させる方向を打ち出している。 山元町震災復興推進課は「鉄道と駅舎は新たな市街地の核になる。利便性を売りに新住民を呼び込みたい」と、迂回実現に意欲を見せる。 宮城県内では、東松島市も仙石線のルート変更を視野に入れる。岩手県でも複数の自治体が高台移転を検討対象にしており、宮古市復興推進室は「住民の意向を踏まえて適否を判断する」と説明する。 実際の高台移転には多額の費用を要するが、国の方針や財政支援策が決まっていないこともあり、事業が急速に進展する可能性は低い。
<補助の対象外> ルート変更に伴う膨大な費用も課題となる。国の補助制度はレールなどの原状復旧に限られ、移設費用は含まれない。しかも対象事業者は赤字の鉄道会社だけで「黒字基調のJR東日本は原状復旧の適用対象にもならない」(東北運輸局)という。 JRは原状復旧だけで1000億円の事業費を見込む。移設を伴えばさらに膨らむのは確実で、仙台支社は「用地買収などを含め自治体の協力が不可欠だ」と指摘する。 開通時期の見通しも立たない現状に、早期の運転再開を望む地元住民からは迂回案への反発も出始めた。山元町では町民有志が7月末、「復旧が遅れれば、人口減少に歯止めが掛からない」として、既存ルートでの復旧を求める陳情書を町に提出した。 既存ルートを仮復旧させて暫定運行する手法もあるが、JR側は「移転の可能性を考えれば二重投資になる」と慎重。山元町も「(仮復旧すれば)浸水地域に市街地を固定化することにつながりかねない」と否定的だ。 東北運輸局の岸谷克己鉄道部長は「一日も早い全線開通に向け、自治体とJRの意思疎通を図りたい」と話す。
◎揺れる常磐線ルート、宮城・山元/「迂回」と「既存」対立
JR常磐線の復旧をめぐり、宮城県山元町では町と一部住民の意見が対立している。防災面から内陸部への迂回(うかい)案を示す町に対し、沿線住民が人口流出の懸念から、山下駅までの既存ルートでの早期復旧を求めている。東日本大震災の津波で二つの駅舎を失った町は、復旧ルートで揺れている。 夫婦で整体院を営んでいた山元町山寺の高橋瑞枝さん(59)は、被災した自宅で暮らしてきたが、兵庫県内の妹宅に身を寄せることにした。最寄りの山下駅の復旧見通しが立たないからだ。 高橋さん宅は津波で1階の整体院が浸水。休業を余儀なくされた夫は福岡県へ出稼ぎに。同居していた専門学校生の次男は、仙台市内への通学に震災前の2倍の2時間もかかるため、7月上旬から隣の亘理町の仮設住宅で1人暮らしを始めた。 「駅次第で生活が変わってしまう。仕事を再開できるのか、自宅を改築していいのか。このままでは生殺し。いつ復旧するのか早く決めてほしい」と高橋さん。場合によっては自宅を売却し、町に戻らないことも考えている。 常磐線について町は「津波による機能喪失が起きないような位置に復旧」と、国道6号西側への迂回案を提示。大学教授らによる「震災復興有識者会議」と、住民代表による「震災復興会議」から大筋で支持を受けた。 これに対し、住民グループは7月末、山下駅までの早期復旧を求める陳情書を斎藤俊夫町長に提出し、2069人分の署名を添えた。問題視するのは人口の流出だ。 町の人口は7月末現在で1万4775人。震災前から2000人ほど減った。約1300人が町外に出たといい、住民票を残したまま町外に引っ越した世帯も数百に上るとみられる。 グループ代表を務める町区長会長の岩佐徳義さん(75)は「既存ルートの方が復旧は早いはず。津波への備えは、防潮堤や県道のかさ上げなどで対応すればいい。内陸部への迂回では用地買収に時間がかかり、住民が町を離れてしまう」と心配する。 町は津波回避に加え、現行の山下駅周辺がバス代行の結節点として手狭などとして、内陸迂回の方針は変えず、復興基本方針に盛り込んだ。 斎藤町長は「当座の足の確保は重要だが、既存ルートでの山下駅までの暫定復旧は現実的ではない。長期的なまちづくりの視点で迂回を進めたい」と理解を求めるが、住民グループとの接点はまだ見いだせていない。(小沢一成)
2011年08月08日月曜日
|