第七話 碇ゲンドウの奮起
家の居間で葛城君にシンジと共に呼び出され、加持君の話を聞かされた時は驚いた。
そして、ユイからの手紙の内容を読んで私は完全に目が覚めた。
ユイは起動実験で自分が命を落とす事を受け入れていたのだ。
私達が使徒を真似て作ったエヴァンゲリオンは不完全であるとユイは知っていた。
葛城博士の理論を元に、エヴァの元となる理論を組み立てたのはユイだからだ。
私がユイが前から死ぬつもりだと分かっていたら命を張って止めただろう。
私にとってゼーレがエヴァを使って追求する永遠の生命などユイの命に比べれば軽いものだ。
だがユイは自ら生み出してしまったエヴァに恐れを抱き始めていた。
ゼーレは人類補完計画と言う人類を粛正する恐ろしい計画を立てていた。
エヴァに乗っていればサードインパクトの影響を逃れる事は出来る、エヴァは選ばれた人物が永遠に生き延びるための箱舟だったのだ。
ユイは実験が失敗し、エヴァに関する研究が封印される事を願っていたが、実験はエヴァがユイを取り込む形で成功してしまった。
成功に味をしめたゼーレは、セカンドチルドレンの母親も実験でエヴァのコアに取り込ませ弐号機を完成させた。
そのゼーレの悪行を追及もせず、私は人類補完計画が実行されればユイに再び会えると言うゼーレの誘いに乗り計画に協力してしまった。
自分も悪行に加担してしまっている事は自覚した。
だから私は人の心を捨てて鬼となるためにシンジを遠ざけた。
私は自分がゼーレに協力している事をシンジに知られて嫌われてしまう事を恐れていたのだろう。
だが私は再びシンジを呼び寄せてしまった。
しばらく会っていなかったシンジは、私が思っていたより成長していた。
親が無くても子は育つとは昔の人間は言ったものだな。
同居する事になって私はシンジが父親の情愛を求めているのを感じた。
しかし、私はいろいろなしがらみがありシンジに与えるわけにはいかなかった。
葛城君が同居を引き受けてくれて感謝している。
そして、命懸けで私に真実を伝えようとしてくれた加持君にも同じ気持ちだ。
だから今度は私が加持君を失って落ち込んでいる葛城君を助けなければならない。
私はそう決意して葛城君の部屋のドアを開けた。
突然現れた私に、ベッドに顔を伏せて泣いていた葛城君は驚いて顔を上げて私の方へ振り返る。
「碇司令?」
「葛城君、私はゼーレに反旗を翻す決意をした」
「えっ……!?」
私の言葉を聞いた葛城君の目が見開かれた。
そして、戸惑いながら私に尋ねる。
「でも、碇司令は奥様を救うためにここまでやって来られたのではないのですか……?」
いや、ユイは……自分を責めるのに疲れてしまったのだろう。
私はそんなユイの気持ちに気がついてやれなかった。
だが今の私ならその気持ちが分かる。
「私は解ったのだ、ユイはサルベージされることは望んでなどいない。それならば私の採るべき道はただ1つ、ゼーレの人類補完計画を阻止する事だ」
「碇司令……」
「加持君を失って辛い気持ちの所を申し訳ないのだが、私に力を貸してくれまいか?」
「はい、喜んで。……でも、その前に思い切り泣かせては頂けないでしょうか」
「ああ」
私がそう返事をすると、葛城君は私の胸に顔を埋めて泣き始めた。
戸惑いながらも私は葛城君の肩にそっと手をまわして軽く抱く。
私もユイと再会する事を諦めてしまった事で胸に大きな穴が空いてしまった。
しかし胸に抱いた葛城君の感触が少し埋めてくれた気がした。
私はもっと温もりを求めようと腕の力を強めてしまう。
葛城君は私の抱擁を受け入れてくれた。
そして私は葛城君の涙が止まるまでじっと待った。
落ち着いた葛城君は、私から体を離すと泣きはらした目をしながらも笑顔になる。
「これからは家に居る時はサングラスを取って下さい」
葛城君はそう言って私からサングラスを取り上げた。
私にとって目を隠すサングラスは心の壁。
相手に感情を悟られないために、負けてしまわないために、肌身離さず掛けていた。
そう、目的のために鬼になると決意したあの日から。
私は久しぶりにお互いの目を見つめて笑い合ったのだ。
打倒ゼーレを誓った私と葛城君だが、2人だけではとても成し遂げられるものではない。
まずはシンジに力を貸してもらわなければならない。
ユイの事件の真実を話すのは辛い事だが、乗り越えてもらわなければならない。
サングラスを外して居間に姿を現した私に、シンジは驚いた様子だった。
私はシンジの目をじっと見つめてユイの遺言について話した。
「それでも僕は、母さんに生きていて欲しかった……」
話を聞いたシンジは、目から涙をあふれさせた。
14歳の子供に罪を背負いながら生きる大人の苦しみなど理解できるはずもない。
「父さんは、母さんを二度も死なせていいの?」
そうだ、私はユイを二度も殺す事になる。
前回は過失、今回は同意とは言え自分の意思で行うのだ。
そう考えた私も体が震えてしまう。
確かに人類補完計画を進めればユイと会える希望は残っている、だが私は退く訳には行かなかった。
「ああ、私は人類補完計画は自分の命を懸けてでも阻止しなければいけないと決意した」
私は涙で濡れるシンジの瞳をじっと見つめながら答えた。
「父さんの決意はそこまで固いんだね。僕も二度も逃げるわけにはいかない、父さんに協力する。でも、やっぱり諦めるのは辛いよ……」
声を上げて大泣きを始めたシンジを抱いて慰めたのは、私では無く葛城君だった。
やはりシンジには母親のような存在が必要なのかもしれない。
もうすでにシンジにとって葛城君は年の離れた姉となっているようだが。
それから私は葛城君とシンジと3人でユイの墓前へと向かった。
ユイの死を完全に受け入れて未練を断ち切り、打倒ゼーレに向けて揺るぎない信念を持つためだ。
「ユイ、私達は命を懸けてゼーレの野望を阻止するとここに誓う」
「見ていてね、母さん」
私はシンジと葛城君と揃って手を合わせてユイの墓前で黙とうした。
しばらくして目を開けると、私はシンジと葛城君と顔を合わせてうなずいた。
私達は人類補完計画を阻止すると闘志を燃やしていた。
「さようなら、母さん」
シンジがユイに別れを告げて、私達は家へと戻った。
明日から私達はネルフでゼーレと戦う事になる。
味方は1人でも多い方が良い、しかしゼーレ側に気付かれては私達が拘束されてしまう。
私達は味方に付けるべき人物として、赤木君が不可欠だと結論を出した。
葛城君に飲みに誘うと言う口実で家へと呼んでもらう。
先程せん滅させた使徒は人と同じ大きさだったので処理には時間はそれほどかからないのが幸いしたのか、しつこく食い下がる葛城君に根負けした赤木君は仕事を終えた後こちらへ来る事になった。
「赤木君、大事な話がある」
「ネルフではお話できない内容のようですね」
私の雰囲気で赤木君は察してくれたようだ。
葛城君に盗聴器や録音機などの機械を赤木君が持っていないか確かめさせた後、私は加持君の集めた情報や人類補完計画を阻止しようと決意した事を話した。
ここで赤木君が協力してくれなければ、私達がゼーレに反抗する事はかなり難しくなってしまう。
私達は熱を込めて赤木君を説得した。
だが赤木君は冷たい口調で答える。
「どうして命令して頂けないのですか、協力しろと」
「私は君の意思を無視して強制する事はできない」
私が赤木君にそう答えると、赤木君は失望したような表情で深いため息を吐いた。
「司令、どうしてそんなに弱くなってしまわれたのですか。以前の司令は他人を信じようとせず、力で従わせていたではありませんか」
「確かに、葛城君やシンジと同じ屋根の下で暮らすようになって、私の凍っていた心も解け始めてしまったのかもしれんな」
「……私が敬愛していた司令はもういらっしゃらないと言う事ですね。目の前に居るのはただの人の親。私は普通の人間には興味ありませんわ」
「リツコ、私が司令と同居する事になったから……」
葛城君が謝ろうとすると、赤木君は首を横に振って否定する。
「私は振られたわけじゃないわ、私の方から振るのよ」
強く言い切って赤木君に感謝しつつも、私も謝らなければならない事がある。
「赤木君、私は……」
「皆まで言わないで下さい、私の母の死については司令に責任があるとは思いません」
その赤木君の言葉で、私は赤木君に赦しを得たのだと思った。
赤木君を同志に加えた私達は、ゼーレに反撃の狼煙を上げる作戦を練った。
初めの足掛かりとなるのは、ネルフの中に潜む親ゼーレ派の人間を無力化する事だった。
特に冬月は汚れた人類を浄化する人類補完計画に強く賛成していた。
赤木君のように説得するのは難しい上にゼーレからの監視の目も厳しい、しばらく独房の方に入っていてもらうしかない。
だがゼーレの動きは私達の予想以上に早かった。
私達が冬月を拘束するとすぐにネルフの外国支部全てがゼーレ側に味方し、本部のMAGIオリジナルへハッキング攻撃を仕掛けて来た。
赤木君によりプロテクトが掛けられMAGIの接収が不可能になると、ゼーレは日本政府にネルフが人類補完計画を行おうとしていると言う情報戦を仕掛けネルフを戦略自衛隊によりネルフを占拠させる武力行為へ打って出た。
政府との面倒な交渉は冬月に任せていた。
そのツケが今になって回って来たのだ。
我々ネルフにも部隊は存在するが、戦車・戦艦・戦闘機・歩兵のどれも質・量ともに戦略自衛隊に劣っている。
発令所のディスプレイには悪化する各地点の戦況が映し出されている。
「父さん、僕を初号機で出撃させて下さい!」
私の隣でディスプレイを見ていたシンジが志願した。
戦地へ息子を送り出すのは親としては忍びない、だが、私は最悪の状況を想定した。
ここにも戦略自衛隊の隊員が攻め入って来る。
反乱の首謀者である私達はただで済まされないかもしれない。
それならば一万二千枚の特殊装甲に守られているエヴァの中に居れば、サードインパクトが引き起こされてもシンジは生き延びる事が出来る。
葛城君も同じ考えだったようだ、私と顔を合わせてうなずいた。
「葛城君、シンジを初号機に乗せた後、チルドレン達をエヴァの中へ」
「分かっています」
私は葛城君にそっと耳打ちした後、小さな声でさらにつぶやく。
「我々が負けたらこれが最後の会話となるわけだな」
「……司令、この戦いが終わったら申し上げたい話があるのですが、良いですか?」
「ああ。いくらでも時間はある、問題無い」
葛城君の言葉にそう答えて、私は発令所から出て行くシンジと葛城君を見送った。
ふと私は独房に収監した冬月を解放しようと思った。
この極限状態で冬月が何をしようと影響は無いし、私が最期を迎えるならば冬月に看取ってもらいたかったからだ。
実際に冬月はネルフを裏切る行為を何一つ働いていない。
私が冬月の独房へ向かっている途中、病室へ居るはずのレイが廊下をゆっくりと歩いているのを目撃した。
レイの体はまだ傷が回復しておらず、絶対安静を命じていた。
「レイ、何をしている……!」
「私が行かないと……碇君が……」
私が尋ねると、レイは辛そうに顔を歪めて答えた。
レイが向かっている方向はセントラルドグマだ。
まさかレイはリリスとの融合を果たすつもりなのか……?
「行くな!」
私はレイの腕を引っ張り引き止めた。
しかしレイは悲しそうな顔で首を左右に振って答える。
「私はエヴァに乗るためにユイ博士の遺伝子から産み出された人形、それが私の存在価値です」
「違う、レイ、お前は私の娘だ!」
私がのどから声を振り絞るように叫ぶと、レイは涙を流しながら嬉しそうに微笑んだ。
それは私が初めて見るレイの輝くような笑顔だった。
しかし私は突然強い力によって跳ね飛ばされた。
背中が激しく壁に打ちつけられ、私は痛みにより薄れゆく意識の中で歩いて行くレイの背中を見送るしかできなかった……。
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