2011年9月28日放送分
 
1.石丸幹二/スマイル
NHK-FM「これからの人生。」担当チームのスタッフは『石丸幹二のシアターへようこそ』、という番組も制作しています。そんなわけでご紹介して戴きました。ミュージカルや舞台俳優の方々の、歌とセリフの中間のようなスタイルに興味があったのですが、この石丸さんの「スマイル」の歌の説得力には感動しました。
 
2.市川実和子/いつでも夢を
おなじみ、市 川実和子さんには橋幸夫と吉永小百合がデュエットした「いつでも夢を」、という曲を歌って戴きました。やっぱり彼女らしい歌い方。もう御存知かもしれませんが、彼女は声域がかなり広いのです。基本的にはアルトの人ですが、かつて大瀧詠一さんのプロデュース作品で歌っていたときは、かなり高いキーを選んでいたように思います。レンジが広い分、いつもキーの選択にすこし迷います。
 
3.デュークエイセス/イッツ・ア・スモール・ワールド
大ヴェテラン、日本を代表するコーラス・グループであるデューク・エイセスの皆さんとお仕事をさせて戴くのは、今回で五度目。新しいトップテナーの大須賀ひできさんが参加してからは初めてのコーラスを聴きました。普段は英語で歌っているレパートリーだそうですが、今回はこの番組の為に日本語と英語の両方で歌って戴きました。
 
4.青葉市子/ポシェットのおうた
ガットギターを弾いて自作の歌を歌う、大好きなシンガー・ソングライター・青葉市子さん。やはりアカペラで歌うのは初めて、ということです。今回は収録に立ち会うことが出来なかったのが、残念です。
 
5.トワエモワ/a time for us
大好きだったデュエット・チームが今年、活動を再会して新作アルバムを発表する、というニュースを聴いて、たまらなくなって出演オファーをしました。デビューの頃からレパートリーにしていた、というニーノ・ロータ作曲による映画「ロミオとジュリエット」のテーマ、「a time for us」、という曲。この、聴けば誰もが知っている曲の、最もすぐれた演奏(演唱)だと確信します。NHKのスタジオで聴いたときの感激はたぶん生涯忘れられないでしょう。
 
6.井上順/for once in my life
ザ・スパイダースのメンバーとして、それ以上に堺正章さんとの軽妙なコンビで、あるいは歌番組の司会者として、ずっと大好きだった井上順さん。まさか、この憧れだったスターがこの番組に登場してくださるなんて。
井上さんもまた、ミュージカル俳優として、「これからの人生。」担当スタッフのKさんが推薦してくださったのですが、現在、難聴、という病と闘っている、ということを収録の前日までまったく存じ上げませんでした。そんな方にアカペラで歌ってもらうなんて、と、実はかなり悩んだのですが、井上順さんは終始にこやかに、いつもの(TVで知っているあの)調子で「ダメだったら使わなくても構わないですよ」、と仰るのです。
そんな井上さんが選んで下さった歌は、「フォー・ワンス・イン・マイ・ライフ」。やはり語り掛けるような歌いぶりで、感動しました。編集のときに何度も聴いていて連想したのは、バディ・グレコ、というイタリア系アメリカ人のジャズ・シンガー。何となくフレージングが似ているのです。やっぱり井上順さんはイタリア系ハンサム、なのでしょうか。ビックリするくらい顔が小さくて綺麗な、ハンサム、という他ない、でも気さくでユーモラスな、最高に素敵なスターでした。いやもう、なんだか、ただのファンの書いた感想文になっていますね。
 
7.平原綾香/おひさま
正直に書くならば、歌手の平原綾香さんのことを自分はあまりよく知らなかったのですが、 お父様の平原まことさんは何度かレコーディング・スタジオでお世話になっておりました。ほら、夏木マリさんが「むかしの話をしましょう」、と歌う「ミュージシャン」という曲の「私が最初に恋をしたのは、ナイトクラブのサックス吹きの男」、というフレーズの後、鮮やかなソロを決めるのが、平原さんです。
この「おひさま」は、もちろんNHKの朝の連続テレビ小説の主題歌。とても素敵な歌をアカペラで歌ってくださいました。
 
8.五木ひろし/街
先日亡くなった音楽評論家の中村とうようさんが、かつてご自分のコラムの中で「五木ひろしは歌が巧過ぎて」、と書いていたことをずっと憶えていました。ぼくにとっては永遠の憧れの大歌手、いつか自分の書いた曲を歌ってもらえたら、と願ってやまない歌手のひとり、なのですが。「よこはま・たそがれ」「夜空」をはじめ、大好きな曲も数多くあります。じつは一度、五木ひろしさんに歌って戴く曲、というのを書いたことがあったのですが、それは採用されず、いまも未発表、というか、どんな曲だったか、もう自分でも忘れてしまいました。ワルツタイムの曲だったことだけを記憶しています。
五木さんには「ひろしとギター」、という弾き語りのシリーズもありますから、アカペラもやってくださるだろう、きっと素晴らしいだろう、とお願いしたのですが、その素晴らしさは想像を遥かに超えるものでした。残念ながら、収録に立ち会うことは出来ませんでしたが、もし目の当たりにしていたら、他のシンガーの皆さんの収録のとき、却って困ったかもしれません。それほど、録音された歌を聴いたときは感動しました。ノックアウト、という感じでした。
コメントでもお話ししてくださいましたが、当初、こちらからお願いしていたのは、かつての大ヒット曲「ふるさと」、を無伴奏で歌って戴く、というリクエストでした。けれども、この震災の後に書かれた歌を敢えて選んでくださったことも、この番組にとっては幸運なことでした。
 
9.安藤明子/石ころ
シンガー・ソングライターの安藤明子さん。日本中を演奏旅行して廻っている彼女の歌は、京都から届きました。あらためて、彼女の音楽の素晴らしさを確認しました。じつは、彼女のアカペラの歌を聴いて、高田渡さんの音楽を思い出し、そこから「なぎら健壱さんに高田渡のレパートリーをアカペラで歌ってもらおう」、というアイデアを得たのでした。
 
10.菊地成孔/バッハ作曲 ハープシコード協奏曲第5番ヘ短調 より 第2楽章 ラルゴ
ジミー・ジェフリーのクラリネット・ソロ、エリック・ドルフィーのバス・クラリネット、あるいはスティーヴ・レイシーがソプラノ・サックスでセロニアス・モンクを演奏したソロ作品。アカペラの歌を特集するときには、ぜひサクソフォンによる無伴奏ソロも、と考えていました。相変わらずお忙しそうだった菊地さんが選んだのはやはりバッハ。スウィングル・シンガーズも取り上げた「ラルゴ」を吹いてくださいました。洞窟のようなエコーを付けてください、というご希望でしたが、今回は全ての出演者の歌から「響き」を奪い去ってお届けしました。
 
11.由紀さおり/夜明けのスキャット
今年はアメリカのジャズ・オーケストラと新作を録音するなど、ますます精力的な活動をなさっている由紀さおりさん。もちろん、あの大ヒットしたデビュー曲をお願いしました。
 
12.池田聡/私の青空
かつてアルバムの制作に関わったり、ピチカート・ファイヴの作品で歌って戴いたり、と親しいお付き合いをしていた池田聡さんですが、今回はたいへん久しぶりにお会いしました。この「アカペラ」特集、というものを思いついたとき、最初に浮かんだ歌手の一人が池田さんでした。とにかく、本当に歌の巧い人なのですが、以前にも増して、巧い。年齢を重ねて、枯れる、のではなくて、軽みを持った歌に感動しました。個人的には、今回の番組の中でいちばん気に入っているのが、この池田聡さんの歌う短いひとときです。
 
13.ミズノマリ/ケセラセラ
池田聡さん同様に、「アカペラ特集」、と決めて、真っ先に名前を思い出した歌手がミズノマリさんでした。いつもその歌の巧さ、素晴らしさに惚れ惚れとしてしまう、最高の歌手です。心から尊敬しています。
 
14.saigenji/風の轍
サイゲンジさんも、久し振りにお会いしました。数年前、駒沢大学のカレー屋さんで隣り同士になったのが最後、だったかな。
歌の収録は見事ワンテイクで歌ってくださいました。ただ、歌の長さがかなりあって、コメントを貰うと、その分だけ歌を短く編集しなくてはならないかも、などと考えていたのですが、コメントのほうはこれまた見事に短く決めて下さいました。やはり音楽家には身体の中に時計のようなものが埋め込まれているのかも、と思った瞬間でした。
 
15.サンディ/sweet leilani
もともと、自分がアカペラの歌に興味を抱いたのは、英国のフランキー・アームストロング、というトラッド(伝承曲・民謡)の女性歌手が1970年代に作った「lovely on the water」、というレコードを聴いたときでした。無伴奏で歌われる歌の厳しさ、冷たさ、血の温かさ。それは忘れることの出来ない衝撃でした。
この特集でも、民謡や島唄を歌う人をご紹介したい、と考えたのですが、同時に、あのフランキー・アームストロングの凍りつくようなバラッドは、ひととき音楽でリラックスしてもらいたい、と願うこのプログラム向きではないかもしれない、とも思いました。
そんなとき、不意にサンディさんが歌うハワイの歌を思い出しました。温かく、暖かく、柔らかい歌。まるで遠い潮騒の音を聴くときのように気持ちを解してくれる歌。じっさい収録のスタジオでも、ゆっくりとお風呂に入ったときのように蕩けてしまいました。
 
16.なぎら健壱/生活の柄
高田渡さんの歌をなぎら健壱さんに歌って戴こう、と考えた経緯は、先ほど安藤明子さんのところで書いた通りです。9月終わりの放送、どうせなら、ぜひ「生活の柄」を、とお願いしたのですが、なぎらさん曰く、この歌は1970年に神田・共立講堂で岩井宏さん・加川良さんを従えた「3ばかトリオ」によって創唱されたもの、それを観ている自分にとって、この歌には「秋は」「秋からは」という追っかけのコーラスの部分がなくてはならない、ということ。そんな理由で、その部分を独りでダビングを、というご提案を戴いたのですが、この番組の構成担当者(オレです)が、一切のダビングを頑なに拒んだために、もしかしたら、なぎらさんにとっては不本意なかたちでのご出演になってしまったかもしれません。そのことに関しては、心からお詫びしたいと思います。
じっさい、なぎらさんはいまもステージでこの歌をレパートリーの一つとして歌っているそうですが、普段はもっとずっと高いキーで歌っている、とのこと。アカペラということで、いつもより全音下げたキーでまず歌い、最終的にオンエアしたテイクはもっとずっと低いキーを選んでいました。とても丁寧な歌の録音と、さらっと済ませてくださったコメント収録と。素晴らしい瞬間でした。
 
17.ムッシュかまやつ/どうにかなるさ
4月の放送で選曲したムッシュの「どうにかなるさ」は、少なからぬ反響を呼びました。震災の後、誰もがいちばん聴きたかった言葉。今年7月、ムッシュにお目にかかったときにその話をして、今回のご出演を御快諾戴きました。アカペラで、と、お願いしたところ、ギターを持って歌っていいですか、というご返事。じっさいの収録の日、自分は立ち会えなかったのですが、ムッシュ、はたしてギターを抱えたアカペラだったのでしょうか。
 
オープニング/エンディング・テーマ 
喜多形寛丈/バッハ ソロヴァイオリンのためのパルティータ第3番
今回の番組の始まりと終わりの音楽は、やはり単音で演奏された、けっして音の重なることのない、一本指で演奏されたような曲を、と考えて、ピアニストで作曲家の喜多形寛丈さんに依頼しました。たしか当初は作曲と演奏を、というオファーだった、と記憶しています。イメージしているのはバッハみたいな曲、というリクエストもしました。
けっきょく考えに考えた喜多方さんが出した答えは、バッハをピアノ用に、いや、この番組用に編曲する、ということでした。
前回、喜多形さんが出演してくださったのは、今年の正月の特別放送と、二月のジャズ特集。そのときは、TRI4TH、というバンドの一員としての出演でしたが、その後、彼はバンドを辞め、作編曲家として活動を開始しています。8月には彼の率いるバンドによる一夜限りのステージがありました。
 
(小西康陽)