コンピュータ
コンピュータを起動させる音に続いて、電子音が鳴り止むことなく僕の耳に突き刺さってくる。額の汗を、長い間使って真っ黒の手でぬぐう。
すると突然、僕の手はドライバーを持ったまま停止してしまった。
動けよ、こら。
そう叱り付けると、どうやら動いてくれそうな素振りを見せた。だが、なかなか思うように動かない。まあ、こんな現象は今、世界中のどんな場所でも起こりうることなので、さほど驚きもしないが。
僕は、今取り掛かっているコンピュータの組み立てに専念することにした。CPUを高性能の物に換え、金属質の表面をそっとやわらかい布で磨く。目の前にある製品は、中身はもちろんのこと外見にも気を使わなければいけないような代物なので、僕の神経がすり減らない日はなかなかやって来ない。
金属の上から、すべすべしたゴムを貼り付ける。なるほど、最近売っているパーツは、僕が使っている旧型製品の物よりグッと質が良くなっているようだ。
これ、使ってみたいな。
突然そう思い立った僕は、たった今自らの手で組み立てたばかりの新型コンピュータを手に工場から抜け出した。たくさんのベルトコンベアーの間で無数の作業員が仕事をしていたが、僕を見て何か言う奴など一人もいなかった。まあこんなことは今、この種の工場であればどこででも起こりうることなのだ。だから皆、気にも留めていないのだろう。
☆ ☆ ☆
外には、見渡す限り廃墟が広がっている。
僕はそれらの建物の間をコソコソと歩きながら、草がうっそうと生い茂っている一軒のボロアパートの前にたどり着いた。他の建物も見ていられるような物ではないが、このアパートはその中でも特にひどい。壁には無数のヒビが入り、爆撃による跡は全く修理されていない。これは大家にその気が無いのでどうしようもないことなのだが、さすがに気になるので僕は相談してみようと大家の部屋へ向かった。
案の定彼はテレビにかじりついているところだった。
「大家さん」
僕は呼びかけてみたが彼は聞く耳を持たない。馬の耳に念仏、とはこのことだ。
仕方ないのであきらめよう、と部屋を出ようとした時。
僕の目は、彼の手の方へ吸い寄せられた。そこにあったのはまさに、僕がたった今盗んできた製品と似た型の、いやその中でも発売されたばかりの新型だった。
「気付いたかい」
大家は僕の視線に気付いて自慢げににやりと笑った。
「これはなあ、今日発売の新製品なんだよ。いやあ、使い心地が良いねえ。俺ももう歳だが、こういうことでは若いもんに負けたくないんでね。おまえさんは、今日は早引けかい」
いつ会っても、頭にくるじいさんだ。こういう物には惜しげもなく金を使い、アパートの修理なんて眼中になし、か。
とはいえ彼の持っている物が新製品であることに変わりはない。僕はうらやましくなって見つめてみたが、みっともないと考え直して部屋を出た。
ギシギシときしみ、今にも床が抜けそうな自分の部屋に着いた。一階にあって、階段を上らなくて済むには済むが、それ以外にはいい所など全く思い浮かばない部屋だ。
僕はふところに隠しておいた新型コンピュータを取り出した。大家の物よりは古いが、一世代違うだけなのでたいして差は無いだろう。
☆ ☆ ☆
僕は、なかなか動かなくなってしまった古いコンピュータを、ひじの先からガチャリと外した。そして、新しい義手型コンピュータをはめ込む。肌色のつるりとしたゴム、よく動きそうな指。
果たして本当にそうかと、僕は半信半疑で動かしてみた。肩の神経から回路がつながれ、まるで本当の手のように動かすことができる。工場から盗んできたものだからといって、引け目を感じることはひとつも無い。市販の物と同じ、いやそれ以上の製品だと僕は感じた。
反対の手も同じようにつないでから、僕はテレビのスイッチを入れた。リモコンの操作をするのもらくらくだ。口笛を吹きたくなって顔を上げると、僕の部屋の汚い壁一面に飾られた物が目に入った。
それは、新旧、大小さまざまなたくさんの義手型コンピュータだった。だがこんな光景は、いまや世界中のどんな部屋でも見ることができる。
彼の部屋のテレビからは、こんなニュースが聞こえてきた。
「またもや、世界中で不足している義手型コンピュータを盗むという事件が発生しました。このような事件は今、世界中で問題となっており、ここ日本も例外ではなかったようです・・・」
彼の住むアパートの近くでは最近、工場から義手型コンピュータが盗まれるという事件が多発しているという。そんなつまらないことを、ニュースのリポーターはえんえんと話し続けるばかりだった。
感染後、突然両手が麻痺するという正体不明のウイルスは、今なお、その傷跡を世界に残しているようだった。
<おわり>