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[19413] 大嘘つきの書いた短い話たち
Name: 波瑠◆b3f8a5e0 ID:bc400a60
Date: 2011/09/28 16:29
 
 ジャンル問わず、オリジナルの『超』短編を書いています。別に、珍しくもなんともありませんが・・・
 
・誰でも楽しめるように工夫するつもりです。読んでみてください。

・あらすじが分かりにくいものもあるかもしれませんが、どうぞお許しを。

・要望、意見、感想などがありましたら感想掲示板に書き込んでください。

・基本、何でもござれの寄せ鍋状態です。

・ひとつでも、気に入った話を見つけてもらえれば幸いです。

                         以上、作者より



[19413] 短い話 SF
Name: 波瑠◆b3f8a5e0 ID:bc400a60
Date: 2011/03/15 15:31
 
 コンピュータ

 コンピュータを起動させる音に続いて、電子音が鳴り止むことなく僕の耳に突き刺さってくる。額の汗を、長い間使って真っ黒の手でぬぐう。
 すると突然、僕の手はドライバーを持ったまま停止してしまった。
 動けよ、こら。
 そう叱り付けると、どうやら動いてくれそうな素振りを見せた。だが、なかなか思うように動かない。まあ、こんな現象は今、世界中のどんな場所でも起こりうることなので、さほど驚きもしないが。
 僕は、今取り掛かっているコンピュータの組み立てに専念することにした。CPUを高性能の物に換え、金属質の表面をそっとやわらかい布で磨く。目の前にある製品は、中身はもちろんのこと外見にも気を使わなければいけないような代物なので、僕の神経がすり減らない日はなかなかやって来ない。
 金属の上から、すべすべしたゴムを貼り付ける。なるほど、最近売っているパーツは、僕が使っている旧型製品の物よりグッと質が良くなっているようだ。
 これ、使ってみたいな。
 突然そう思い立った僕は、たった今自らの手で組み立てたばかりの新型コンピュータを手に工場から抜け出した。たくさんのベルトコンベアーの間で無数の作業員が仕事をしていたが、僕を見て何か言う奴など一人もいなかった。まあこんなことは今、この種の工場であればどこででも起こりうることなのだ。だから皆、気にも留めていないのだろう。
              ☆ ☆ ☆
 外には、見渡す限り廃墟が広がっている。
 僕はそれらの建物の間をコソコソと歩きながら、草がうっそうと生い茂っている一軒のボロアパートの前にたどり着いた。他の建物も見ていられるような物ではないが、このアパートはその中でも特にひどい。壁には無数のヒビが入り、爆撃による跡は全く修理されていない。これは大家にその気が無いのでどうしようもないことなのだが、さすがに気になるので僕は相談してみようと大家の部屋へ向かった。
 案の定彼はテレビにかじりついているところだった。
「大家さん」
 僕は呼びかけてみたが彼は聞く耳を持たない。馬の耳に念仏、とはこのことだ。
 仕方ないのであきらめよう、と部屋を出ようとした時。
 僕の目は、彼の手の方へ吸い寄せられた。そこにあったのはまさに、僕がたった今盗んできた製品と似た型の、いやその中でも発売されたばかりの新型だった。
「気付いたかい」
 大家は僕の視線に気付いて自慢げににやりと笑った。
「これはなあ、今日発売の新製品なんだよ。いやあ、使い心地が良いねえ。俺ももう歳だが、こういうことでは若いもんに負けたくないんでね。おまえさんは、今日は早引けかい」
 いつ会っても、頭にくるじいさんだ。こういう物には惜しげもなく金を使い、アパートの修理なんて眼中になし、か。
 とはいえ彼の持っている物が新製品であることに変わりはない。僕はうらやましくなって見つめてみたが、みっともないと考え直して部屋を出た。
 ギシギシときしみ、今にも床が抜けそうな自分の部屋に着いた。一階にあって、階段を上らなくて済むには済むが、それ以外にはいい所など全く思い浮かばない部屋だ。
 僕はふところに隠しておいた新型コンピュータを取り出した。大家の物よりは古いが、一世代違うだけなのでたいして差は無いだろう。
              ☆ ☆ ☆
 僕は、なかなか動かなくなってしまった古いコンピュータを、ひじの先からガチャリと外した。そして、新しい義手型コンピュータをはめ込む。肌色のつるりとしたゴム、よく動きそうな指。
 果たして本当にそうかと、僕は半信半疑で動かしてみた。肩の神経から回路がつながれ、まるで本当の手のように動かすことができる。工場から盗んできたものだからといって、引け目を感じることはひとつも無い。市販の物と同じ、いやそれ以上の製品だと僕は感じた。
 反対の手も同じようにつないでから、僕はテレビのスイッチを入れた。リモコンの操作をするのもらくらくだ。口笛を吹きたくなって顔を上げると、僕の部屋の汚い壁一面に飾られた物が目に入った。 
 
 それは、新旧、大小さまざまなたくさんの義手型コンピュータだった。だがこんな光景は、いまや世界中のどんな部屋でも見ることができる。
 彼の部屋のテレビからは、こんなニュースが聞こえてきた。
「またもや、世界中で不足している義手型コンピュータを盗むという事件が発生しました。このような事件は今、世界中で問題となっており、ここ日本も例外ではなかったようです・・・」
 彼の住むアパートの近くでは最近、工場から義手型コンピュータが盗まれるという事件が多発しているという。そんなつまらないことを、ニュースのリポーターはえんえんと話し続けるばかりだった。

 感染後、突然両手が麻痺するという正体不明のウイルスは、今なお、その傷跡を世界に残しているようだった。

                           <おわり>



[19413] 短い話 ミステリー風
Name: 波瑠◆b3f8a5e0 ID:bc400a60
Date: 2011/03/15 15:32
 デパートの店員

 大丸デパートの月間最優秀店員に選ばれたこともある彼女は、髪の毛がペッタリと湿ってきたのを感じた。
「雨が降りそうね」
 そうつぶやいて、サッと事務室へ移動する。部屋から出てきた時、彼女は両手に大きな傘袋スタンドを抱えていた。
 客たちは不審に思って彼女を見る。雨が降ってもいないのに、傘袋のたくさん入った箱を持って店内を移動する女性店員。
 なぜ、傘袋を持って歩いているのだろう?
 彼女の細い腕のどこに、両手にひとつずつのスタンドを持つ力があるのだろう?
 そんな疑問を持つ客には目もくれずに、彼女は最新式のエレベーターに乗ってデパートの一階を目指す。エレベーターの中でもやはり好奇の目で見られたが、彼女にとってそんなことはどうでもいいように見えた。
「ついたわ」
 そうひとりでつぶやいた時にはすでに、彼女が働く大丸デパートの外で雨が降り始めていた。
 彼女は大きな傘袋スタンドをデパートの入り口にすえつけてから、特に得意がるわけでもなくその場を後にした。
               ☆ ☆ ☆
 彼女の名前は、佐藤けいこといった。
 大丸デパートに勤務してから丸五年。二十代後半に突入した彼女はいつも、同僚の憧れである。テキパキと仕事をこなし、誰がミスをしても黙って処理するスーパー店員。他の社員の半分の給料で働くと言ったらしい、なんていううわさも聞こえてくる。けいこは同性からも異性からも上司からも好かれる、人気者のデパート店員だ。
 でも、彼女はたいくつだった。そのたいくつさを解消するために彼女が始めたことはなんとも刺激的で楽しくはあったが、それでも満足できなかった。そろそろ他のことを始めようかと、彼女は悩んでいる。
 順風満帆に見えるけいこの人生にこんな落とし穴があることは、彼女自身にとっても予想外だった。
「ごくろうさん」
 ポンと肩を叩かれ、けいこはくるりと後ろを向く。声の主は上司の島田だった。
「雨が降るなんて、よく分かったじゃないか。さすがは最優秀店員、これからもがんばってもらわんとな」
 彼は悪い人ではないが、けいこはいまいち好きになれない。彼女はこんなふうに、仕事中に突然話しかけられるのが苦手なのだ。
「はい」 
とだけ短く答えて、けいこはすぐに次の仕事場へ向かった。
 梅雨時でじめじめしているこの季節、気温が少しでも上がればお客様が不快な思いをするだろう。
 そう考えた彼女は、アイスクリームやシャーベットの在庫を確認しに倉庫に入った。
              ☆ ☆ ☆
 早速仕事にかかると思いきや、けいこは携帯電話を取り出して何やら話し始めた。
「あのう、もう私、こんなことしたくないんです」
 どうやら、電話の相手に何かを相談しているらしい。でも、何について話しているかはよく分からなかった。彼女のただでさえ小さな声は、仕事をさぼっているという罪悪感にかき消されていく。
 しかし、『こんなことしたくない』というのは何のことなのだろう?
 まさか、デパートの店員をやめたいなんていうことはあるまい。それとも、その仕事の退屈さに負けて転職しようというのだろうか。
 
 その答えは、彼女自身にしか分からないのだった。
              ☆ ☆ ☆ 
 その晩、仕事を終えた彼女はいつもどおり電車に乗り、何駅か先の住宅街にあるマンションへ向かった。
 がちゃり、とかぎを開ける。部屋にはけいこ一人きりで、帰ってくるのは夜遅くなので生活感というものはあまり無い。しかし、それは彼女が極度の潔癖症であることも表していた。
 けいこはやかんに火をかけ、キッチンタイマーをセットしてからベッドに倒れこんだ。
 ああ、やることがあったんだわ。
 そう思い出して、いつもどおりパンパンにふくらんだかばんから書類を山ほど出す。売り上げ表、新製品のアイデア、顧客アンケートなどなど・・・・・・。
 それらの書類を目でザッと追ってから、けいこはため息をついた。あまり気が進まないが、今までの給料の倍になるというのだから仕方がない。
 携帯電話を取り出して、大丸デパートのライバル社である丸甲デパートの番号をプッシュする。彼女の指には迷いが無い。
 電話を終えると、けいこは書類をていねいにかばんにしまいこみ、たくさんの疲労感とともに眠りについた。

 デパートの店員であり、なかなか仕事をやめられない産業スパイでもある彼女の苦労は、これからも続くのであった。

                           <おわり>

 



[19413] 短い話 ホラー
Name: 波瑠◆b3f8a5e0 ID:bc400a60
Date: 2011/03/15 15:32
 泳ぐ

 泳ぐという動きは、いささか疲れるものである。
 そう思いながらも自分から泳ごうとしてしまう私が、おかしいのか。

 1、2、3、4、5・・・・・・。
 リズムよくカウントして、私はひたすら腕を動かす。
 息が苦しい。足がもつれる。それでも私は泳ぎ続ける。
 6回目のターンだ。ようやくゴールに近づいたような気がして、私の腕は回転を速めた。ぐんぐん進む。全身が、水という優しい膜に包まれていくようだった。
「鈴木ー、タイム縮んでるぞ。ほら、あと一息!」
 コーチの声が、私を現実世界に引き戻した。そうだ、タイムを縮めなければ。
「ゴールっ!」
               ☆ ☆ ☆ 
 水から出るのは、何分ぶりだろう。大きく深呼吸をできることが幸せに感じられるのは、泳いだあとくらいだ。
 私は、なかなかいいタイムを出した。大会の基準はクリアしているが、それでも優勝することは難しい。スポーツって、そういうところが厳しいな、って思う。
 私が泳いでいる時、私の意識は別の世界へ飛んでいってしまうことがよくある。もう、タイム縮めるとかそんなことは頭から消え去って、泳ぐ喜びしか感じられなくなってしまう。これは良いことなのか悪いことなのか、コーチに言ったら
「そんなことだから、おまえは大会で優勝できないんだ!」
なんて言われて怒られちゃったけど。
 でも、私は悪いことじゃないと思う。何事も楽しくなきゃできないわけだし、自分で言うのもなんだけど、水泳が好きって気持ちの表れだと感じてるから。『好きこそものの上手なれ』って言うじゃん。
「おい、何ボーッとしてる!」
 厳しいコーチの声が飛んだ。私は首をすくめる。
「次、個人メドレー3本!」
 私はこれ以上小言を言われまいと、あわててプールに飛び込んだ。
               ☆ ☆ ☆
 鼻にツンと突き刺さるような感じがして、塩素の匂いが広がる。体はゆっくりと浮かび上がった。
 まずは、バタフライ。私は蝶なんだと思い込む。前へ、前へと羽ばたこうとするのだ。そうすると、自然に顔が水面に出て空気に触れる。
 次は背泳ぎ。人魚のように足を動かして―――。
 次に、平泳ぎ。これはカエルだ。大きなプールが、まるでガラスのような水面をした池に思えてくる。ひんやりとした水の感触が心地よかった。
 と突然、私の体が水中に引きずり込まれた。
 ガボガボッと、鼻や口に波が押し寄せてくる。驚いてしまって、体がうまく動かない。
「しーっ」
 突然聞こえてきた幼児の声に、私の心臓はでんぐりがえりをしそうになった。
「ボクね、水泳選手になるの!いつか、オリンピックに出るの!」
 息が苦しいけれど、声の主は私の足をガッシリとつかんで離さない。
 うれしそうな声。ああ、この子はもしかして・・・・・・
「でも、教えてくれる人がいないの」
 水中で、悲しそうにつぶやく男の子。
 プールの底は、どこへ行ってしまったのか見当たらない。深い深い水の世界のその先は、闇に包まれて無限に続いているように思えた。
 そろそろもぐっているのも限界になって、私は上へ上へと泳ごうとした。でも、男の子はなかなか逃がしてくれない。

 助けて・・・。
 たすけて・・・。

 私の声と、男の子の声が重なった。
              ☆ ☆ ☆
 1、2、3、4、5・・・・・・。
 私は、泳ぐ。泳いで泳いで、泳ぎ続けている。
「今日の練習は、これで終わり」
 この言葉を聞くまでの時間、どれだけ長い間、私は水中にいたのだろう。
「そうだ、鈴木。最近調子がいいみたいだが、どうしたんだ?この前はあんな浅い所でおぼれて、コーチはびっくりしたぞ」
 私はそれには答えずに、迷わずロッカーへ向かった。
 
 担当のコーチの責任か?
 自業自得だったのだろうか?
 たまたま、悪い偶然が重なっただけだったのか?

 その答えは、男の子にしか分からないだろう。いや、あの子にすら、分からなかったのかもしれない。
 
 どんなことがあっても、私は泳ぐ。

                          <おわり> 



[19413] 短い話 異世界
Name: 波瑠◆b3f8a5e0 ID:bc400a60
Date: 2011/09/28 16:27
 ただの人生

「N男が、引っ越したらしいぞ」
「なに、あいつが?」
「ああ。家賃八万円のマンションから、四千万円の戸建にだ。しかも、あいつのうちの近くにはギャンブルゾーンがあって、N男は一攫千金を夢見て通いつめてるらしい」
「うらやましいな。こっちにいても、平凡でつまらない人生を送るだけだ」
「そりゃそうだが、その分危険のリスクは低い。やっぱり安心できる暮らしが一番だろう。保険にも入れるしな」
「まあな」
 
 彼らの話を耳に入れる者は、ひとりもいない。
               ☆ ☆ ☆
 田中ひろしは生まれてこのかた、珍しいことというものを一度も体験したことが無い。
 彼は幼いころから成績も運動神経も普通で、特徴の無いよく見かけるような顔立ちをしていた。専業主婦の母親とサラリーマンの父親の間に生まれた彼は自分もまた、平凡なサラリーマンになり、毎日同じような日々を過ごしている。
 今日もそうだった。彼は帰宅すると、キッチンで料理をしている妻に声をかけた。
「ただいま」
 そして、子供部屋で遊んでいる子供にも声をかける。
「ただいま」
「パパ、おかえり!」
 これがいつものパターンだった。それから彼はササッと風呂に浸かり、妻の愛情がこもった手料理を口にする。向こうから電話がかかってくれば会社に出向くが、平社員のひろしにそんな心配は必要が無い。
 とはいえ彼は、まあ満足していた。妻とは仲が良いし、小学生の二人の子供は成績優秀だ。住んでいるマンションはそう広くはないものの、建ったばかりでとてもきれいだった。平凡といえばそれまでだが、もともとひろしはこのような暮らしをして育ったので、特に不自由は感じていなかった。
 それに、彼にも趣味があった。人生ゲームだ。
「さあ、今日もやろうか」
 そう言って無理矢理家族を誘い、ゲームを楽しむ。初めは嫌がっていた子供たちも、慣れてくると喜んでやるようになった。妻も、家族とコミュニケーションがとれるならと参加してくれる。人生ゲームは、今や田中家の恒例行事となっていた。
「ぼく、赤い車にしようっと!」
 今日もゲームが始まった。
 彼は考える。保険に入るか、株を買うか。
 よし、株を買おう。今日こそ、一攫千金を狙うんだ。
 そう思って、彼はミニチュアの株券を二枚購入した。彼の部屋にはさまざまな種類の人生ゲームが並んでいるが、今日使うのはギャンブルゾーンがあるブラックビターだ。
「よし、スタートっ!」
 仕事中の態度からは考えられないような明るい彼の声とともに、ルーレットが回り始めた。
               ☆ ☆ ☆
 N男の住む家の近くに、誰かが引っ越してきた。なんでも、株を買って大儲けした男性らしい。
「大儲けか。俺なんて、こっちに引っ越してきてギャンブルに通っても、一銭ももうかりゃしない。うらやましいな」
 N男はつぶやいた。
「でも、引っ越せただけよしとしよう。あっちで、マンションに住んでた時代と比べりゃ最高だ。こっちに住んでれば、土地の貸し借りもできるしな」
 そう言ってから、彼は満足感に浸るのだった。
               ☆ ☆ ☆
「よし、いいぞ」
 ひろしの声は景気が良かった。それもそのはず、株で大儲けし、新しく家を買うことができたのだ。もちろんゲームの中の話だが、彼にとってそんなことはどうでも良かった。
 息子が言った。
「あっ、足が壊れちゃったよ」
と、ひろしの顔色をうかがいながら車のフィギュアにはさまれ、ぽきりと折れた細い棒を手にした。
 大切な駒が壊れても、今日の彼はまったく怒らなかった。それどころか爪楊枝を足の代わりに付けてやり、うまくできただろうなどと、嬉しそうにしているのだ。
 ゲームの進み具合によって機嫌が左右されるのが、彼の欠点と言えよう。
「さあ、もうすぐゴールインだぞ」
 彼は最後のマスに描かれた億万長者の絵を見て、ゴクリとつばをのんだ。
               ☆ ☆ ☆
 S男は、機嫌が悪かった。
 足を折ったうえ、なんと義足になってしまったのだ。
「こんなに重傷だったとは。早く医者に行けばよかったなあ」
 彼は木でできた細い義足を見てため息をついた。自分は別荘を持っているが、なんてついていないのだろう。
「まあ、いいか。N男は一銭も稼げないままだし、あいつの家の近くに住んでるやつは、株が大暴落したって話だったな。俺には家族もいるし、幸せなほうだよ」
 そう独り言を言ってから、彼は赤い車を走らせた。
               ☆ ☆ ☆
 結局この日のゲームは、ひろしが最後にゴールしたところで終わった。
「株が大暴落するなんて、ついてねえなあ」
 そう不満を漏らす父親を見て、子供たちは笑う。
「また明日も、やろうな」
 
 彼は気を取り直して、人生ゲームを丁寧に箱にしまい、明日はちがう盤を使って絶対一位になってやろうと心に決めた。

                           <おわり>



[19413] 短い話 ファンタジー
Name: 波瑠◆b3f8a5e0 ID:bc400a60
Date: 2011/03/15 15:33
 扉の向こう

 私はカフェの窓からよく晴れた空を見上げ、すっかり冷めてしまったコーヒーをがぶがぶと口に流し込んだ。
 暑い日に限って、色々と買い食いをしてしまうという悪い癖が私にはある。よく磨かれた窓から差し込む太陽の光を避けるように立ち上がり、カウンターへ向かった。
「スパゲティナポリタン」
とだけつぶやいて席に戻る。カウンターの主人は無愛想な私に一瞬けげんそうな顔を見せたが、すぐにキッチンに向かったようだった。
 自分でも分かっている。私は、どうやら愛想笑いや人に話を合わせることが苦手な人間のようなのだ。会社に友達はいないし、家族にも見捨てられてしまった。自分は不幸なのか。いや、もしかしたら自分に原因があるのではと、最近思い始めた。
 そして、鏡を見て気付いてしまった。私の顔には、笑顔どころか明るい要素さえひとつも無いということに。
 無表情で固まってしまったような私の顔は、長い間笑っていなかったせいかうまく動かない。女としてこれはどうかと思っても、どうすることもできないのだ。
 だから、いつもと同じようにたくさんの店を回っていても、これはもしかしたらヤケ食いなのか、などと余計な考えを持ってしまう。
 チラリとカウンターの方を見ると、何もかも見透かしたような主人の目が笑っている。私はあわてて目をそらした。
 目をそらした先には、『新メニュー』とかなんとか書かれたブラックボードがあった。

『暑い夏がやって来ました。
 あなたの心は乾いていませんか?
 すっきり爽やか、レモンスカッシュであなたの夏に潤いを。
 レモンの酸味とシュワシュワの泡、プルプルゼリーで涼しい夏を過ご
 せます。女性におすすめ』 

というなんともありがちな文章に、黄色いチョークでレモンスカッシュの絵が描かれている。
 もうそんな季節か、と再び外に目をやると、暑さに耐えられない子供たちが駅前の噴水を遊び場にしている。
 カフェは相変わらず客がいないし、かなり古い店なので、都会にぽつりと取り残されたような雰囲気を漂わせていた。なぜかこの中にだけ、冷たい空気が流れている気がする。
「お待たせしました」
 落ち着いた主人の声とともに、どっしりとした木のトレーに乗ったナポリタンが運ばれてきた。
 なかなか趣味の良い皿を使っているし、よく磨きこまれた銀のフォークはピカピカと輝いている。盛り付けやセッティングも、素人の私が見ても良質なものだということが分かった。料理も見た限り、とてもおいしそうである。
 なぜ客が来ないのだろうなどと不思議に思いながら、私はナポリタンを口に入れた。
 そのとたん、爽やかな酸味と香りが私の体を吹きぬけた。
 
 この香りと味は・・・・・・レモン?

 トマトとは違う香りに、私は思わずフォークを置き、行儀が悪いと思いつつも皿に顔を近づけた。
 確かにレモンだ。すっきりとした後を引かない香り。酸味がかった、でもジューシーな味。
 迷わず二口目を食べる。初めはギョッとしたが、慣れるとなんだか癖になってしまう味わいだ。オレンジ色のナポリタンは、あっというまに皿の上から消えた。
「お気に召しましたか」
 主人の声。私は食べていたところを見つかって、なんだか自分が無表情に戻ってしまったような気がした。
「ええ、とても」
 ニコリと硬い笑顔を向けると、彼は嬉しそうに私を見つめてこう言った。
「そうでしょう。この店の檸檬は、みな自家栽培の特別品種ですからね。スーパーに売っているものなんかとは、比べ物になりませんよ」
 なぜだろう、彼が言うとレモンではなく、『檸檬』という感じになる。そんなことを考えている私におかまいなく、主人は続けた。
「この店のナポリタンを気に入ってくれたあなたには、特別メニューをサービスしましょう」
 そう言って主人は、人の良さそうな笑みを浮かべたままキッチンへ向かった。
 10分後、彼は手に細長いグラスを持って私の席にやって来た。
「どうぞ」
 それがついさっきブラックボードで見た新メニュー、いやそれに似た特別メニューであることは一目で分かった。
 見た目はレモンスカッシュだが、新メニューとは違ってレモンシャーベットが浮かんでいるフロートだ。
 私はスプーンを突き刺した。レモンシャーベットにゼリー、スカッシュが混ざり合って、私の口の中をレモンの香りでいっぱいにした。ひとつのレモンがあったとしたら、それらが一気に弾けて広がったように。コンクリートの真ん中にレモンの木を見つけた時の喜びと似たものだと言えば分かるかもしれない。レモンの木はもちろん、汚れた都会の真ん中にたたずむこのカフェである。
 と、ストローが無いことに気付いた。私はカフェでドリンクを飲む時にはストローが無いと嫌なので、マスターを呼ぼうとカウンターへ向かった。
 しかし、マスターはいない。どうやら、キッチンに入ったようだ。少しためらったが、私は不思議な気持ちに後押しされてキッチンへの扉を開いた。
               ☆ ☆ ☆
 私のおでこの上を、するりと風が通っていく。
 私は、広大な草原を見渡す丘の上に立っていた。空の青と草原の緑しか見えない世界の中に、私はひとりでいる。

 ・・・・・・ここは?

 私の疑問に答えてくれるものはいない。
 手にはたった今運ばれてきたばかりのレモンスカッシュが握られているが、このレモンスカッシュも黙りこくっている。
 私は、古いカフェから突然、この草原へやって来てしまったようだ。あの不思議なカフェの雰囲気の理由はこれだったのか、と自分に問いかけてみるが分からない。結局私は、何も分からないままレモンスカッシュ片手にたたずんでいるのだ。
 一歩踏み出してみる。と、やわらかい草の感触が心地よい。なるほど、この風に乗ってどこまでも走って行けそうだ。
 
 何歩か歩いた先には、見渡す限り、今度は黄色いレモン畑が広がっていた。カフェの主人がレモンの入ったかごを持って、歩いてくるのが見える。まぶしくてよく分からなかったが、私に向かって微笑んでいたような気がした。
 私は手もとのレモンスカッシュを見る。きっとこの特別メニューが、こことカフェとをつなぐ扉の通行券だったのだろう。普通なら信じられない話だが、あのカフェを思い出し、スカッシュを口に入れると納得してしまう。いっぱいに広がる、爽やかな香りと酸味。

 私は丘の上に腰を下ろすと、ゆっくりレモンスカッシュを味わった。

               ☆ ☆ ☆
 レモンスカッシュを飲み終えた時、私の体は古いカフェに戻っていた。しかし目を閉じれば、今でもあの光景を思い出すことができる。
「お会計、お願いします」
 レジでそう言った時、主人はいつもと変わらぬ様子で奥から出てきた。
「はい、スパゲティナポリタン八五〇円」
 彼のいたずらっ子のような瞳が、私をとらえる。
「おつりはいりませんから」
 いつものようにそっけなく言って渡した千円札に、彼は視線を移した。食器と同じようによく磨いてある銀色のトレイに置かれた、一枚の千円札。
「特別メニュー、ごちそうさまでした」
 そう言って私は、真っ青な空の広がる店の外へ出た。
                           <おわり>
 


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