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[28914] マブラヴ オルタif USAに異変あり(×多重ネタ)
Name: キャプテン◆3836e865 ID:16a4f0bc
Date: 2011/09/28 17:44
実験的習作。チラ裏より移動、同時に若干改題。

・もしもあの国にある種の越時空情報が流れたら……

・もしあの国が空気読める国になってしまったら……

・多重クロスならぬ多重ネタです。全部わかる人いるかなぁ?
(全てに元ネタがあるわけではありません)

・原作設定は基本尊重しますが、意図的に無視ってるところがあるので細かすぎる突っ込みは勘弁してください。
 話自体がかなり変わってるんで。

・オリ多目。原作キャラは少なめ予定


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(以下、独白)

十月~十一月中旬にかけては大事な用事が入る予定なので、多分更新速度ががた落ちします。

長いトリップつけたら感想板だと入力しきれない……どうしよう。

ネタよりシリアスなほうが簡単だとは予想外。シリアス分増えそう。ネタが絶滅しそう。
でもシリアス一本槍にすると、タイトルに偽りが……変えちゃおうかな……?

用意した展開(特にネタ系)が、いざ書いてみると全然面白く思えない。
時間置こうかな……ってか今までがペース速すぎたか。



[28914] 第1話 ○×情報が有用とは限らない
Name: キャプテン◆3836e865 ID:16a4f0bc
Date: 2011/07/19 19:38
 突然だが、前世療法というものをご存知だろうか。

 これは催眠治療の一種で本人の意識を過去そして生まれる前に遡らせていくものだ。
 もちろん本当に前世があるんだなんて治療を行う者達は考えていない。
 無意識下で作り上げた前世というイメージを引き出し、それによって今本人が抱えている問題を解決するヒントにしよう、というものだ。
 生まれ変わりだの前世だのが実在するという確たる証拠は1986年になっても一切発見されていない。

 それが常識のはずだった。
 だが、16歳の日系アメリカ人である僕がある事情から前世療法を受けた際にはかなり……いや、相当に規格はずれなイメージが浮かんだ。

 前世として浮かび上がってきた僕の人生は、日本人としてBETAなどいない平穏な世界でそれなりに楽しい一生を過ごしたものだった。
 現実にはお目にかかれないほど発達したゲームもかなり楽しんだのだが……。
 その中に『マブラヴ オルタネイティヴ』(全年齢版)というゲームがあった。
 まるで僕が現実に生きている世界のようにBETAに攻められる世界を描いたものだ。
 それはいい。
 問題は、その物語の中で描かれた我が祖国アメリカの姿だ。
 かなり非道でありまた身勝手である。

 無通告で友軍のど真ん中に新型爆弾を叩き込んだり、
 他国でクーデターを扇動し、そのクーデターがなんとか解決されようとした時に空気を読めない発砲したり、
 人類を救うための決死作戦において大ボス撃破よりもG元素確保を優先したりetc……

 前世の人間(ゲーム大好きなありふれた日本人)になりきっていた僕はともかく、アメリカ人としての素に戻った自分としては非常に腹立たしい描かれ方をしていた。
 意地汚い策謀をしているうえに、その動きはことごとく裏目に出てしまうのだ。
 もし、この前世の記憶が真実だったら頭が痛い。
 どうせ転生させてくれるのなら、悪役じゃなくて主役寄りであってほしかったと思ってしまう――もっとも望ましいのはBETAなんかがいない世界に生まれることだったんだろうが。

 前世療法が終わって僕が意識をはっきりさせると、施療した先生は非常に難しい顔をしていた。
 それはそうだろう、あまりにトリッキーなイメージだ。ここから問題解決のヒントを探せというのは無茶だろう。
 一応医者としての義務感からか「日系アメリカ人である君は、二つのルーツの間で微妙な感情を抱いている」などと言っていたが適当な感じしかしなかった。

 時間と金を無駄にしたな、と落胆して家に帰った僕はニュースを何気なくつけて絶句した。

『アメリカ政府、日本帝国より打診のあったF-15イーグルのライセンス生産・技術移転の案件について、拒否を正式決定』

 アナウンサーが読み上げる言葉に、僕は呆然とした。
 確か、前世療法中にやったゲームだとイーグルのデータは日本帝国にとって欠くべからざる重要なものになるはずだ。
 イーグルを徹底研究した成果がなければ、吹雪・不知火・武御雷といった日本製第三世代機は誕生できない。
 あわてて新聞を引っ張り出して、過去の関連記事を追った。
 G弾を国家戦略の主軸に据えることを決定したアメリカ政府は、戦術機関連の予算を削りその機密度を下げる措置を行っていた、という僕の記憶は確かだった。
 なら、なぜ日本帝国の提案を拒絶などしたのだろう?
 前世でやったゲームの中でさえ、アメリカと日本帝国の仲が決定的に悪くなるのはかなり先のはずだ。

 結局、僕は前世療法中に見たのはおかしな幻と割り切り、日々の暮らしに戻っていった。
 日系アメリカ人がれっきとしたアメリカ人として認められて久しいとはいえ、まだまだ差別感情は根強い。
 それを払拭する一助となるべく、僕はアメリカ陸軍士官学校を受験することに決めていた。
 志望はもちろん花形の戦術機搭乗者・衛士課程だ。
 G弾のために価値が下落傾向にあるとはいえ、対BETA戦の中核であるこの兵器の主になることは、合衆国でも少年少女達の憧れ。

 受験準備に励む僕は、合間を縫ってニュースをチェックした。

『アメリカ軍、海外展開軍の縮小を発表。在外基地の縮小・撤廃相次ぐ。地元からは歓迎と困惑の声』

『大統領、教書にて新孤立主義を提唱。アメリカと世界各国の不和を認めた上で、全人類の統一性を優先しアメリカが自主的に身を引くことを発表。
国内外からは賛否両論』

『アメリカ全軍、軍備再編に着手。新型第二世代戦術機を北米防衛軍に優先・集中配備することを決定。海外の輸入希望国家からは悲鳴』

『アメリカ大統領府、G弾がもたらす未知の危険性に警鐘を鳴らす科学者グループをホワイトハウスに招聘、G弾戦略見直しを示唆。
少数学派への優遇措置に、学会からは疑問の声』

 ……非常にまずい展開だ。
 あのゲーム内においてはアメリカは道化だ。間抜けな悪役だ。微妙なフォローはされているが……。
 だがその悪役の行為が思わぬ結果を引き出したり他者に利用されることで人類は勝利への足がかりを掴む。そんな展開だったはず。
 感情論を抜きにすれば、アメリカが悪者になって救われた世界のほうがみんなまとめて破滅よりはずっとマシ。
 だが『現実』のアメリカは対外不干渉主義に舵を切った。それも、かなり極端なほうにだ。
 米市民が他国のために犠牲になることに批判的な勢力は、大統領の豹変を歓迎したが。それ以外の勢力は非難轟々だ。

 これが一体何をもたらすのか?
 前世がどうしても気になり、混乱したが僕は士官学校受験のため自分の出自をまとめる作業に入った。

 名前:アドル=ヤマキ

 出自:日本人(後、アメリカ国籍取得)の父親・山木源之助と、日系アメリカ人の母・シズカとの間に長男として生まれる。
 父方の祖父・山木武雄は日本帝国軍人として米軍を相手に勇戦。戦後、アメリカ軍に召喚される。戦犯として訴追されるのを覚悟するも――呼ばれた目的は

『ガダルカナル攻防戦において、劣勢の火力を補うため密林を利用した貴官の迂回打撃運動は見事だった。是非、我が海兵隊に教授してほしい』

 というものだった。ドイツ軍からも相当数の人間を招いて話を聞いているらしい。
 自分達が打ち負かし降伏させた敵からさえ貪欲に学ぶ姿勢――
 祖父はそれまでアメリカに負けたのを国力のせいにしていたが、この一件で心底『負け』を確信。同時にアメリカに対する見方を一変させ、息子にアメリカ留学を勧めた。
 そこで父と母は結ばれ、僕が生まれたわけだ。
 なお父の職業はアメリカ陸軍嘱託の技術者。昨今宣伝されているG弾の研究に携わっていた。
 母方の祖父は、差別にめげず苦学しアメリカ屈指の軍需企業であるボーニング社の重鎮に成り上がった大物だそうだが……娘の結婚に反対だったらしく、ろくに会った覚えがない。

 ……正直、『僕は戦争とはいえアメリカ軍人を多くぶっ殺した人間の孫ですが、アメリカ軍の幹部になりたいです』というのは試験官達にすごい印象が悪いかもしれない。
 だが、出自を誤魔化すことはできない。これがあの『前世』のイメージを生み出した僕のコンプレックスなのだろうか。

 ――幸いなことに、僕の士官学校受験は成功。
 その後は、厳しい訓練をこなすのに精一杯で前世療法のビジョンなどすっかり記憶の底におしやることになる。
 米軍の士官は軍事の世界では『世界一優秀』と言われているが、その優秀な士官を作るための教育は世界一厳しいのだ。
 余計な話だが、アメリカ軍の士官学校では最も優秀な生徒グループは工兵とか兵站の、戦争映画などではあまり日の当たらないコースを勧められることが多い。
 このあたりは戦闘兵科偏重の国家とは一線を画すお国柄というやつだろう。
 そのせいで、あまりに優秀すぎると希望コースに入れないという喜劇(本人には悲劇)もよくある。
 ……僕は、そんな心配とは無縁だったがね。幸い、衛士適性も平均以上はあったし。



 僕と同じような前世療法をこっそりと受けに来ていたある合衆国高官が酷似した前世ビジョンを見ていた、と知るのは僕が卒業間近になってからだった。
 久しぶりに治療をしてくれた人を訪ねた際、茶飲み話の中で聞かされた。
 その高官はこういっていたそうだ。

『アメリカが世界を破滅させるぐらいなら、世界戦略を後退させたほうが良いに決まっているな。
まりもちゃんごめんよ、迷惑かけないから……日本帝国には徹底不干渉にするから。TDAは地獄だ』

 と。
 つまりイーグルを帝国に渡さなかったのは前世視点が加わったための善意の一環であったらしい。
 いやどこか間違えているかもしれないが、前世の世界を幻だと考えている僕にはその判断に対する明確な反論はなかった。
 (そもそも米高官に一士官候補生がオカルトがかった話をできるわけもない。望んでも会える可能性すら低いだろう……祖父のコネは期待できないし)

 さらに少尉任官を目指して訓練を積んでいる間も、いろいろどきりとする話が流れてくるようになった。
 前世の創作世界(漫画やアニメ)に影響を受けたとしか思えないような、奇妙な新兵器開発案がアメリカの軍や政府のあちこちから挙がるようになったのだ。
 この現実の技術では、明らかに無理なものまで。

 ゲッ○ーロボ開発。やめてくれBETAより危険な物体に成長するかも知れん。しかも試作機案からして名前に『真』とつくってなんだ。
 デモンベイ○製造。この世界に人に化ける禁断の書物はないよ。それ以前に魔術なんてないよ、人工超能力はともかく。
 モビル○ーツ研究。ミノ粉を発見してからいってください。あと月は抑えられているのでルナなチタニウムは製造無理だって。
 半人型・人型に可変する戦闘機提案。戦闘機開発自体が実質とまっているのに無茶ぶりがすぎる。反応弾なら一応あるが……。

 すべて兵器開発当局からは一笑にふされたものの……この世界、何かがおかしくなっている。
 SF的なアイデアなら何人だろうがふっと思いついても不思議はないが、その実用を目指す方向性が明らかにアメリカ人らしくないのだ。
 前世ビジョンを見て、かつそれを真に受けた人間が何人もいる様子だ、と思わざるをえなかった。
 僕はひそかにおののいたが、具体的な行動は起こせなかった。



 他国からいろいろと文句を言われながらも世界防衛の中枢を担っていたアメリカが消極姿勢に転じたことで、人類全体の戦況は悪化。
 だがアメリカ政府は『それでもアメリカがでしゃばり、引っかきまわすよりは良い』と(他人から見れば不可解なほどの確信を持って)いい続け、援軍を縮小する一方だった。
 特に在日米軍に関しては縮小と撤収が急ピッチで進んでいた。
 新孤立主義、あるいは『小アメリカ主義』といわれる政治方針だ。
 その代わりに前線諸国への支援物資の割当てを大幅に増やし、米軍で退役が決まったF-4やF-5などの第一世代戦術機を無料同然で譲渡するなど、後方兵站に徹する姿勢を強化。

 待望のG弾が実用化したものの、『G弾威力圏に取り込まれた物質がエネルギーに転化された場合、地球規模の大破壊が起きる』という危惧が強く主張されたため、継続研究対象となった。
 当然のように国連に提案していたアメリカ案も凍結だ。
 アメリカは一から国家戦略を練り直す事になった。

 そんな中、僕は正式に少尉任官し憧れの衛士となる。
 奇妙な前世ビジョンを見てから、四年の歳月が流れていた。



[28914] 第2話 ファン=設定魔とも限らない
Name: キャプテン◆3836e865 ID:16a4f0bc
Date: 2011/07/20 20:16
 世界にくすぶる反米の空気を読み、米軍は外国にでしゃばるのを極力避けるようになった。
 その一方で、国内ではかなり激しい動きが出ている。
 急激な戦略転換に賛成する側と反対する側は、連日アメリカの両議院で議論を繰り返しているし、政治団体は毎日のように自己の主張を訴える集会を開いていた。

 ――特筆すべき動きは、CIA(アメリカ中央情報局)に対する改革だ。
 CIAはいわずと知れたスパイ組織だったのだが、これが政治の思惑を振り切って工作を繰り返す例が少なくなかった。
 特にBETAの地球圏侵攻が明白になってからは、アメリカの国益を口実にかなりきわどい行為に出ているという噂が絶えなかった。
 忠誠を誓うべき大統領にさえ二枚舌を使い、他国の政権転覆の陰謀をめぐらせたこともある。
 僕が前世ビジョンの中でやったゲームでも、そのえげつなさは折り紙つきだ。
 歴代アメリカ大統領の中には、CIAの解体さえ宣言した者もいたが…… な ぜ か 解体を実施する前に暗殺されるという『事件』が起こったりしている。

 そのCIAの長官の首挿げ替え、予算削減、国家諜報機能の国防総省への移転といった指示が、矢継ぎ早に出された。
 大統領府とCIAの全面対決と連日新聞は書きたて、議会の激しい議論の中でも問題として幾度も取り上げられたが。
 結局のところ、大統領府が勝利した。
 決め手はいたって現実的な手段だ。

『逆らう奴からは、年金受給資格剥奪するぞ』

 という新CIA長官の宣言だ。
 泣く子も黙るCIAも生活……特に退職後の不安には勝てなかったらしい。
 拍子抜けする話だが、スパイとはいえ食っていかなければならないのだからこんなものかもしれない……。

 ……確かにあの前世のゲームで展開されるような、はた迷惑な醜態をアメリカが晒す芽はひとつ摘まれたのだろうが。
 本当にこれでいいのだろうか?

 ちなみに前世の存在は一事噂として広まったが、著名な心理学者が連名で否定する声明を発表した。さすが合理性の国、アメリカだ。



 さて、騒がしくなったのは僕が所属するアメリカ陸軍も同じである。
 国家戦略の転換を受けて、装備から戦術までの見直しに大わらわであった。
 アメリカ軍は軍幹部になるには大統領の推薦を受けた上で、議会の承認を得なければならないシステムだ。
 これがあるために強固な文民統制を誇っているが、政治が動揺すれば思いっきり軍も振り回されるということでもある。

 G弾が一度棚上げされたのは仕方ないとして……では、何をもってG弾の穴を受めるのか? というとかなり紛糾していた。
 真っ先に提案されたのは、XG-70シリーズの開発計画の再開だ。
 前世ゲームの中では、こいつのパワーで人類が救われたといっても過言ではない戦略航空機動要塞の実用化に再チャレンジ。
 しかしこれは即座に却下された。G弾は未知の危険性レベルだが、XG-70の危険性は実験で確定しているのだ。

「言い訳してるんじゃないですか? できないと、無理だって諦めてるんじゃないですか?
駄目だ駄目だ! あきらめちゃだめだ! できる! できる! 絶対にできるんだから!
もっと熱くなれよ!」

 中にはそう会議室の温度が真夏日並みに上がるほど、熱心に研究再開を主張した将軍がいたそうだが、やっぱり却下は変わらなかった。
 G元素転用兵器のような超兵器の代替となるようなモノが、そう簡単に提案されるはずもなく……いや、現実離れしたトンデモ案なら大量に出たそうだが……。
 戦術機をはじめとする通常兵器の研究を進めて戦力の底上げを図る、という面白みのない結論に達しそうだ、という。

 幸い、外国駐留軍が大幅に削減された上、G弾関連予算も縮小されたゆえに資金的には多少の余裕ができていた。
 外国に軍隊を置く維持費、人件費や現地の反米感情をなだめるためのもろもろの出費が不要になったからだ。
 ただ……アメリカ軍に出て行かないでくれ、と嘆願する国家が意外なほど多い模様。
 どうも外国からみると、アメリカが何らかの注文を通すためにゴネていると見られているらしい。
 ところが当のアメリカは、世界を引っかき回してまで通したいほどの提案をひとつも言っていない。
 G弾による対BETA反攻計画は、アメリカ自らが凍結したぐらいだ。
 これがアメリカの思惑がどこにあるかわからなくして、外国は戸惑っている様子。
 アメリカからすれば、嫌われ者の自分達が消えるのは諸手を挙げて歓迎されると思っていたのだが。

 ……まぁ今までの行いが行いなだけに、覇権主義を捨てて好意から撤収するといっても信じられないのは無理もないが……。
 元々、軍隊というのは一朝一夕に動かせるものではない。
 いくつかの外国駐留軍は、撤収速度を遅らせることにしたそうだ。
 もっとも遅らせたら遅らせたで、今度は国内が煩くなった。
 戦地に送り出した我が夫、我が父や息子達に会える! というのはアメリカ市民に歓迎された。
 最初は撤収に批判的だった者達も、連日涙の再会がテレビで放映されると声が小さくなっていく。
 このあたりの事情は、難民も同様だ。
 将来のためと腹をくくって軍に家族を送り出そうと、やはり戦死と隣り合わせの外地より内地勤務になるほうがいいに決まっている。
 アメリカ政府は、撤収してきた人員のうち、退役希望者の産業界への再就職を大々的に斡旋した。
 (アメリカが撤収した空白を現地軍や国連軍に埋めてもらう、という方針だから輸出向け軍需品は大増産がかけられていた)
 血を流さずモノばかりを売りつける死の商人に国家ぐるみで衣替えしようとしている、と見れなくもない。

 なお、既存機はともかくとして新型戦術機技術の海外輸出は下火のままだ。
 アメリカ国防長官があるジャーナリストに語った所によると、

「安易な技術提供は、その国の首に縄をかけるに等しい。その技術を使っている限り、知的財産権に気を使いライセンス料を上納しなければならないのだからな。
長い目でみれば、これは諸外国への圧迫になる。元より、我がアメリカと各国ではそれぞれ必要とする技術が違う。特にドクトリンがまったく違う戦術機においては」

 とのこと。
 さらにインタビュー後の雑談で、

「日本帝国あたりの技術は凄いんだよ! 瑞鶴っていう第一世代機の改良機で、イーグルを倒すほど優秀なんだ!
アメリカが余計な手出ししなければ、きっともっと強い機体を独力で作れるはずだ!」

 と述べたとか。
 この『配慮』には日本帝国やEU等、他国の技術担当者が涙を流したという――涙の意味はあえてツッコむまい。



 さて、国家レベルの動きは一旦置くとして僕、アドル=ヤマキ個人についても多少の変化があった。
 アメリカ本土の戦術機教育・訓練軍団に配属され、士官学校で習ったものとはまた別の実用的な技術取得に励むことになっていた。
 ……まあ、日系人ってことでいろいろとトラブルは起こるけどね、ここはぐっと我慢。
 ここでムキになって暴れたら、かえって相手を喜ばせるだけだってぐらいの人生経験はある。
 そこへ在外米軍縮小で、戻ってきた将兵が相当多く指導役に再配属されたのだが……。
 彼らは口を揃えて

「米軍の対BETA戦見積もりは温い! 衛士に甘い訓練を何時間やらせても、実戦じゃ役に立たない!」

 と断言した。
 訓練施設や燃料に恵まれているアメリカ軍衛士の技術は、総じて高いというのが世間の評判だったのだが、実戦経験者に言わせるとそういうことらしい。
 そんなわけで、実戦経験者を仮想敵とした訓練で僕はじめとする新人衛士は、滅茶苦茶にしごかれることになった。
 シミュレーターでの対BETA実戦想定訓練も、これまでの五割り増しのBETAが出現する想定になったりと、難易度は相当増した。

 なお、実用機課程に入った僕の乗機はF-16ファイティングファルコンだ。
 F-15イーグルは、アメリカ本土部隊が最優先になったとはいえ、その高い性能にふさわしいお値段から予定調達数を揃えることもできてない。
 ネリス基地あたりの戦技研究部隊や、北米防衛の肝となる精鋭集団に優先配備だ。
 いわゆるハイローミックス(高性能だが数を揃えられない機体と、安価で大量生産のきく機体を組み合わせる)構想によって採用されたF-16は、生産が順調に軌道に乗っている。
 戦時緊急量産機のようなものだったF-5(練習機に最低限の武装させて実戦投入)が欧州の実戦で思わぬ高評価を得たように、ハイスペックを求めないゆえの軽量な機体が、高い運動性を発揮するから安かろう悪かろうではない。
 今後しばらくはアメリカ軍の数的な主力になると思われていた。
 エリート(この場合は士官学校卒業など、軍内学歴での持ち主ではなく、純然たる優秀技量者を差す)ではない衛士にとっては、現実はこんなものだ。
 その安価なF-16でさえ世界的には一線級の性能を持っているというから、本当にアメリカ軍は恵まれている。
 また、外征軍出の教官は僕と同じマイノリティ出身だったり、それこそ市民権目的の難民だったりするから国内組に比べれば差別意識が低い(より正確には、差別している余裕なんぞない)。
 お陰で僕は心理的にもかなり楽になり、十分な訓練を積むことができた。

 ただ――

「装甲越しに『気』を感じるんだ!」

 とか、

「後ろにも目をつけるんだ!」

 とかの教官達のとんでもない発言には、ついていけないものを感じている。
 いや、あんたらどこの世界の実戦を経験してきたんだよ……。



 アメリカ軍は、内向きの防衛的な軍隊に変貌する第一歩を踏み出しつつあった。
 アメリカ軍が外地の戦場から撤収する際には、現地軍や国連軍に大量の兵器や物資を譲渡してきた(中には機密度の高い装備を除いて、基地を丸ごと明け渡した例もある)のだから、防衛線にもさほど悪影響はでないだろう、と見積もられていた。

 ところが、現実はそうもいかなかった。
 欧州・中東・アジア等方面で、アメリカ軍と同等の装備を渡されたはずの国連軍や現地軍が、大苦戦に陥っているという急報が相次いだのだ。



 事ここにいたって、僕は悟らざるを得なかった。
 前世なんていうオカルトは、実在すると確認されていない。
 しかし、前世ビジョンを見て、かつそれに影響を受けている人間は実在する。
 そして僕が見た前世ビジョンの中の『マブラヴ オルタネイティヴ』ゲームプレイの経験は、アメリカの幹部の相当数が共有している。
 だが、明らかに、

『たるい……もとい、細かい説明パートをスキップで飛ばして、戦術機と美女・美少女だけに萌えもしくは燃えて終わった』

 やつや、

『周辺展開とか追ってないで、設定を独断で思い込んじゃった』

 やつがいる!

 前世ビジョンの中では、全人類が総力を上げた桜花作戦の際にさえ、軌道降下兵力を八割投入にケチって足並みを乱したアメリカ軍だ。
 ……まあ投入された兵力はしゃ……展開の関係で即全滅したようだが。
 でかい面して身勝手(自滅含む)をやるアメリカがいなくなりアフターフォローで潤沢な補給をしてやれば、現地は団結や連携がよくなるだろう、とアメリカ政府首脳は考えていた、というのが僕の予想だ。
 特にアジアには、首都防衛の最低限の兵力さえ国連軍横浜基地救援に投入した日本帝国のような立派な国家があるのだから。
 EUにも七英雄という超人的な衛士をそろえた東西ドイツがいる。
 英雄達の足を引っ張らなければ大丈夫!

 大雑把なゲーム描写だけ追えば、そう解釈できないこともないだろうが……。

 いろいろ混乱する僕に、ついに実戦部隊配属の辞令が下った。
 配属先は――



[28914] 第3話 艦隊の湧き出す魔法の壷はない
Name: キャプテン◆1482383d ID:8b82b80b
Date: 2011/07/22 16:18
『アメリカを世界支配をもくろむ悪の組織みたいに捉えるくせに、その戦力と技術だけは当てにしようとする。
そんな連中のためになんで血を流さないといけないんだ?
新孤立主義、大賛成!』

 こんな愚痴が、僕が配属された部隊――第311戦術機甲大隊の中でよく囁かれている。
 この部隊は以前、反米意識が強い地域に派遣されていたので、とかく対外不信の気がある。

 例の前世ビジョンの中のゲームでは、確かにアメリカは世界支配路線を考えていた。
 米本土だけは無傷に保ったまま、G弾をばんばん使いたいだけとか香月夕呼博士に言われていたぐらいだ。
 アメリカが身を引くのが、アメリカ人にとっても外国にとってもありがたい事のはず。

 ところが、『現実』はそう単純には動かない。
 1990年現在、BETAは強力な東進を始めた。英本土・北欧や、アフリカの防波堤であるスエズ方面への圧力も相変わらずだ。
 それらに対抗する人類側の防御は、全面に渡り苦戦に陥っている。
 米軍というもう何か悪役補正が掛かっているとしか思えない存在が抜け、代わりに大量の軍需物資を届ければなんとかなるだろう、という(おそらく前世ビジョン持ち組の)判断は思惑通りにはいっていない。
 同じ装備や軍需物資を与えても現地軍・国連軍は、アメリカ軍ほどそれを活用し得ない実態が誰の目にも明らかになるのに、時間はかからなかった。

 例えばアメリカ軍は無能な指揮官は合法的に更迭するシステムが確立している。
 大統領が決断し、議会がチェックして承認すればどんな幹部も一発で交代だ。
 が、未だに身分制度や部族・民族単位の力が無視できない国では、駄目とわかっている指揮官を更迭することができない。
 能力以外の要素で高位につき、でたらめな指揮を繰りかえす阿呆のためにせっかく供与した装備が無為にすり潰され、しかもそれを自浄できない国が意外なほど多かった。

 そう、マブラヴ オルタのゲームの中で露出する貴族や武家は、(僕のビジョンで見た限りでは)例外なくひとかどの者達ばかりなので、ゲーム描写を基準にすると忘れがちだが。
 近代軍事というのは身分制度の否定から出発したのだ。
 皇帝は植民地の貧乏下級貴族出身・幹部は樽工だの製革職人だのの出だったフランス・ナポレオンの軍隊が、欧州列国の軍隊をフルボッコにしてまわった。
 これに刺激を受けた諸国は、旧弊を改革してナポレオンに逆襲して勝利し、この相克の中で軍事制度は大きく変化した。
 かつては士官になれるのは貴族様だけだった時代があったが、現代では厳しい試験や選抜を潜り抜けられるかどうか、が士官になるためのポイントになった。
 しかし、そういった『原則』を徹底している国は実のところかなり少数派だ。

 建前上は身分制度を徹底否定したはずの東側国家でさえ、今度は独裁政権党への近さなどで地位が左右されている。
 いろいろな差別や問題は厳然と存在するとはいえ、門地もコネもない移民二世などの『外様・下層』が能力と実績を武器に軍のトップに駆け上がれるアメリカのほうが、世界的に見れば異常なのだ。
 さらにいえば、アメリカ軍では士官学校→陸軍高等教育機関(陸大等)を出ていない他国で言う非エリートも、出世が可能だ。
 予備役将校訓練課程(大学生が、学業の傍ら予備士官としての教育を受ける制度)出身者が軍の最高幹部になることもできる。

 さて、ともかく米軍撤退路線が予想以上の世界戦線に悪影響を与えると判明したからには、対処が必要だ。
 新孤立主義に反対する一派の巻き返しもあり、いくつかの激戦地への米軍投入がささやかれはじめる。

 元々、現在のアメリカ合衆国軍の現役軍人トップである統合参謀本部議長・コリン=アーソニー陸軍大将(アフリカ系移民の二世かつ予備役将校訓練課程出身)は、

『アメリカ軍の展開は抑止的であるべき』

 としていた。
 同時に、

『だが必要があれば国際社会の同意を得られずとも、迅速かつ大規模な軍事行動を行うべき』

 という意見を持っている。
 要するに、なるべくなら軍隊は動かさないが、動かすべきなら誰がなんと言おうが全力でやる、という思考だ。
 世界中の戦況を再確認し、また国連を通じて情報収集した結果――以下の地域への米軍再派遣もしくは増派が検討された。

 第一に、スエズ戦線。
 スエズが落ちれば、人類に残された数少ない無傷の資源地帯・アフリカ大陸が脅威に晒されるからだ。

 第二に、英本土。
 ここが陥落すると、北米が直接侵攻を受けるであろうからだ。

 アジア方面はまだまだソ連等東側の威勢があるため、縮小方針は堅持されることとなった。

 だが、再度の大規模外征に対しては軍内から待ったの声が上がる。
 一息ついて外征軍のデータを精査した結果、将兵……とくに熟練兵の消耗が米軍の予測値をはるかに超えていたのだ。

 戦えば消耗する。
 これは当たり前の真理だ。
 特にBETA戦においては、捕虜として生存・後に生還するというケースはありえないために純然たる損耗率は常に高い。
 アメリカ軍のように、元々の大人口に加えて海外からの難民を兵士の供給源にしてる国でも、前線は苦しいのだ。
 実戦経験豊富な熟練兵を育てるのは困難で、せっかく育った兵も簡単に戦死していく。
 特に被害が出やすい戦術機甲部隊だと対BETA実戦を三~五年程度くぐりぬけた熟練兵の比率は、アメリカ全軍だと10パーセント以下という数字が出ていた。
 出撃二十回以上のエースにいたっては、1パーセントにも満たない。

 これでも世界最強の看板がゆるぎなかったのは、『鉄と火で壁を築く』とまでいわれた激烈な支援火力とそれを支える兵站能力のお陰だ。
 他に、『新兵は脱皮したが熟練兵とはまだいえない』層が厚いためもあった。
 (前線国家だと『運と才能に恵まれた一握りのプロフェッショナル』と『BETAの腹に収まるのを待ってるだけの、訓練さえまともに受けていない新米』だけになってしまったところも珍しくない)

 しかしG弾という切り札が暗礁に乗り上げた今『とりあえず超兵器実用化まで戦線を支えておけばいい』程度の戦力ではアメリカ軍は満足できなくなった。
 『もうしなくて済む』と思われたハイヴ突入戦すら、またやることになるかもしれない以上は戦力の質見直しは必須。
 外征軍上がりを各地に教官として配属し、訓練の質を見直してさらに新装備の第二世代戦術機への更新が十分進むまでは――
 最低でも三年は、大規模軍事行動は発起せずに戦力増強に専念したいというのが実戦部隊の意向となった。

 僕が見た前世ビジョンの中の日本帝国は、本土防衛戦の後さらに佐渡島ハイヴのBETAと戦いながら、2000年代においても帝都守備師団や斯衛軍に多数の精鋭を抱えていた。
 00式武御雷のような、熟練兵による整備と操縦を前提とした高難易度兵器を運用するほどの余裕を見せていたぐらいだ。
 本当にどんな訓練をしていたのか僕には想像がつかない……日本帝国式の訓練方法こそ、アメリカに技術提供されるべきではないだろうか。

 おそらくSAMURAIや、RIKISHIの伝統がないアメリカでは無理な訓練なのだろうが……。

 何しろアメリカ最高峰のトップガンであるユウヤ=ブリッジス(この世界にもいるなら、今は暗い差別生活真っ最中か)さえ、
 『トータルイクリプス』内で米軍演習と実戦の落差に困惑していたぐらいなのだから……。
 そのユウヤが同じ小隊の実戦経験者の対BETA戦での凄さを見せ付けられ、模擬戦で俺本当にあいつらに勝ったのか……と唖然とする事もあったが。
 そんな実戦経験者でさえ、斯衛の中尉に一蹴されているのだ。

 BUSHIDOU恐るべし。きっと明鏡止水で赤く燃えているに違いない。

 ……ここでもやはりどこかから練度問題の解決案として

「自己教育型コンピューターを作ろう!」

 とか、

「睡眠教育を推進すべき。
寝ている間に小学生でも合体変形ロボを操縦できるほどになるのが目標」

 とかかなりキている意見が上がったが、当然ながら無視られたそうだ。
 結局、陸軍は引き上げるが海兵隊・海軍の緊急展開・打撃艦隊はそのまま重要戦線に貼り付けることで、妥協案が成立した。



 さておき、政治・外交と軍事が複雑に絡み合う中で僕が配属された大隊は、精鋭部隊とかでもないごくありふれた戦術機甲大隊だ。
 装備は定数36機のF-16。
 かつては中東戦線に配置されていたが、大打撃を受けて本土に後退。
 僕のような新任の補充を受けて、ようやく陣容を立て直したところ。
 冒頭の愚痴に見られるように、部隊の士気はあまり高くはない。

『アメリカは全人類救済という大義に酔い、正義や自由を忘却していった。
我らの先達は、アメリカをこのような国にするために死んでいったのではない!』

 という新孤立主義推進議員の発言に、拍手喝采を送るような雰囲気。
 僕としては、前世ビジョン関係無しでも非常に居心地が悪い。
 これでも狭き門である士官学校を出た、気鋭の衛士のつもりだ。
 実戦で腕を振るいたいという願望は――身の程知らずかもしれないが――人並み以上に持っている。
 しばらくは大隊の根拠地であるテキサス州・ランドルフ基地で、訓練と書類仕事を続けるだけの悶々とした日をすごすことになった。
 が、やがてこの状況が変化する日が来た。
 退嬰的な気風になってしまった責任を取る形で大隊長が交代し、同時に日本への派遣が決定したのだ。
 もちろんクーデター起こすから帝国軍と戦え、という話ではない。

 やや長くなるが、我が大隊の対日派遣にいたる経緯を説明する。

『現在、合衆国の食糧需要は天然生産のもので賄えている……ように見える。
だが、サンプル調査を行ったところ、一定の購買力のある層を除けば年々国民の平均摂取カロリーは下がっており、特にスラム街や難民キャンプにおいて栄養失調が顕在化しつつある。
これを打破するには、通常の食糧増産策のほかにも手を打つ必要がある』

 こんな声が、新孤立主義を巡る論争から一歩引いていた、農業関係に基盤を持つ議員から上がった。
 彼らが目をつけたのは、海洋資源を合成食料に変える技術。
 これまで合衆国では軽視されてきた分野だ。

 安い合成食料が出回れば、コストの高い天然物を作っている農家が困る。
 その農家を支持基盤とする議員がこんなことを言い出すのは微妙な話だったが……。
 言っている事自体はまともであり、今後もアメリカに流入する難民は(不法含んで)かなり増える見込みなので、合成食料技術に優れた外国に打診することになった。
 具体的には、合成食料プラントの買取である。

 この話に、諸外国は目の色を変えた。
 商談を求める国家の使者が、合衆国国務省を連日訪れることになった。
 その勢いのすさまじさゆえ、実は関係議員を動かしたのは合成食料技術に自信のある外国なのでは? と噂されるぐらいだ。
 話はとんとん拍子に進み、最終的に日本帝国と韓国が商談候補として残った。
 合成食料の生成効率では日本製、導入コストでは韓国製のそれぞれ一長があったため、アメリカは両国から一基ずつ購入し比較試験をすることにした。
 (実は台湾製が一番バランスが良いと見込まれていたのだが、政治的事情から早い段階で脱落)

 ところが、ここで求められた対価が思わぬものだった。
 アメリカは当初、通常の貿易のようにドル決済で支払いを済ませようとしたのだが。
 日韓両国は、連名でアメリカに東アジアへの派兵を要請したのだ。

 現在、東アジア戦線においてBETAの矢面に立っているのは中華人民共和国(以下、中共と称する)だ。
 その中共は、核爆弾による遅滞戦術を取るほど追い詰められている。
 中共の主力兵器の主な供給元はソ連だが、そのソ連自身が本土をBETAに侵食されて苦戦中。
 そして中共が倒れれば次は韓国・日本の番だ。
 ここにいたり、日中韓は過去の歴史的対立やイデオロギーを一時棚上げして、共同でBETA迎撃戦線を形成することになったのだが。
 いざ戦力を計算すると、自前だけではどうしても不安だというのだ。
 さらにそれぞれがまた国内問題を抱えており、例えば日本帝国軍は派兵に帝国議会の承認を得なければならず、どうやってもそれは1991年にずれ込むとかなんとか。

 これにはアメリカ首脳もやや面食らった。
 日韓ともに国粋主義と反米感情が強く、米軍の撤退縮小がもっとも歓迎された場所だったのだ(青くなった政治家や軍人もいるが世論には勝てなかった)。
 安保条約自体の発展的解消さえ視野に入っていた状況で、増強を逆に求められてアメリカ軍首脳は困惑した。
 まして戦場になるのは中共――BETA大戦のためになし崩しに宥和に入ったとはいえ、もろに潜在敵国の共産主義国家である。

 アメリカ首脳の一部に強迫観念的なまでに存在する、

「俺達が出て行ったら逆効果にならん? これ光州の悲劇フラグだよね?」

 という謎の危惧もあり、議会や軍を巻き込んでかなり激しい議論が戦わされたのだが。
 最終的には派兵が決定した。
 なりふりかまわない援軍要請をするほど、現地国家に防衛の成算がないことを重大視したのだ。
 ただし、派兵反対派に配慮が必要で規模は決して大きくない。
 アメリカ本土から東アジアに移動するのは陸軍一個軍団(二個師団)程度で、しかも実際に中共領土内に出撃する時は国連軍指揮下に入る、という外交配慮が入った体勢だ。
 日韓両国の国粋主義勢力については、アメリカが一方的に踏み込むのではなく購入の代価という形で出るのなら自尊心をさほど傷つけないだろう、と判断された。
 そして、在日・在韓両米軍に補強される部隊の中に、僕の所属大隊の名も入ったというわけだ。



 出征が決まった後、大隊の将兵には特別休暇が出た。
 僕は実家に帰り、父母にいよいよ前線に赴く事を報告する。
 父は優秀な帝国軍人を親に持つだけに、落ち着いた言葉で「合衆国と人類のために全力を尽くすように」と言ってくれた。その手が少し震えていたのを、僕は見ない振りをした。
 母は、昨今のアメリカ軍の動向から息子が外征に出るとは思っていなかったらしく激しく狼狽した。
 普段は疎遠もいいところのボーニング重鎮の祖父の名を出し、かけあって出征部隊から外してもらおうかと口走ったほどだ。
 そんな母をなだめ、近所の写真屋にいって家族で写真を取った。
 僕の顔立ちは、ちょっと鼻立ちが高い以外は典型的な日本人顔で、一目ではアメリカ人だとは思われないだろう。
 髪は軍人らしく短く刈り揃え、体つきは細身だが筋肉はついている。
 見た目だけは、合衆国軍人として恥ずかしくない威厳がでてきた……と、信じたい。

 数日の間たっぷりと家族との名残を惜しんだ後、僕は隊に戻った。
 そして新任の大隊長の訓示の後、機体に乗り込んで基地を後にした。

 なお、戦意旺盛(一個大隊で一国に喧嘩を売れる男、という噂だ)を買われて就任した大隊長の訓示は、

「――諸君、私は戦争が好きだ。諸君、私は戦争が好きだ。
殲滅戦が好きだ。電撃戦が好きだ。ハイヴ戦が好きだ。防衛戦が好きだ……」

 で始まるやたら長くて、かつ内容的にかなりやばいものだったので、僕は出撃前にすでに冷や汗をかいていた。
 お陰で初の前線移動への緊張は忘れられたがね。



[28914] 第4話 主人公覚醒が常にカッコいいとは限らない
Name: キャプテン◆1482383d ID:3a680fe5
Date: 2011/07/23 20:23
 1990年12月。
 僕らを含む在日米軍への増派部隊は、大型輸送船団の腹に詰め込まれて米本土を出発。
 戦地に一日ごとに近づいているので、僕はなんとはなしに不安になる。
 これまでは、本土という安全地帯にいたこともあり国際情勢や国内情勢の情報をふんだんに集めていたのだが。
 近頃は、そんな気分ではなくなってきていた。
 輸送船の中では戦術機の訓練はできない。娯楽施設もほとんどない。
 不安な気分を抱えながら、暇をもてあます時間を過ごした。

 前世ビジョン、というやつも一衛士として戦う僕には何の役にも立ちそうにない。
 むしろ、今後人類がBETAに押し捲られ、朝鮮半島から日本へと侵攻される未来図が確信できて、不安と恐怖をかきたてるばかりだ。
 もしビジョンが正確に未来を予言していたとしても、すでに(他の前世ビジョン持ちと思われる)権力者達が条件を変えてしまった。
 だから、権力とは無縁の下級士官でしかない僕は大勢に流されるしかない……。

 そんな状態だから、日本の横須賀港についた時には自分的にずいぶんささくれ立っていたんだと思う。
 肌に触る日本の空気の冷たさがとてもうとましかった。

 ともかく、在日米陸軍司令部のあるキャンプ座間(神奈川県)に大隊一同出頭、現地の司令官に着任挨拶を済ませ、輸送船から下ろされた機材をチェックし……という雑務を行った。
 改めて大隊長(衛士にしてはふとっちょの白人少佐だ。いつも口元に不敵な笑いを浮かべているので、口の悪い隊員は『微笑みデブ』と呼んでいた)から説明があった。
 僕らは、アメリカ陸軍第1軍団の指揮下に入り、一ヶ月ほどは日本本土でアジアの風土に慣れることと、船旅で鈍った腕のさびを落とすことに専念。
 その後は戦況次第で大陸へ進出する可能性が大きい、ということだ。
 とりあえず、船旅の疲れを癒すための休暇が出た。

 さて、下世話な話だが明日をも知れない兵隊さんの楽しみといえば、昔から飲む・打つ・買うだ。
 特に前線近くである在日米軍の空気は、本土よりぴりぴりしているためか、休暇を与えられた兵士は有り金握りしめて日本の街に繰り出すという。
 ここでよく問題になる現地人との衝突、あるいは米兵が一方的に行う犯罪行為などの問題が起こり、米軍MPと日本の治安関係者がともに頭を抱えることになるのだが。
 士官はフリーダムに振舞うわけにはいかない。

 なにしろ士官というのは、僕のような下っ端少尉ですら場合によっては国家元首の代理になれるほど、国際的な地位が認められている。
 裏を返せば、何か問題になることをやらかせば国家間問題にすらなりかねないのだ。
 外へ出たなら、言葉ひとつでも気を使わないと駄目。
 士官学校の課程では特に政治思想・宗教・人種問題に注意を払い、相手国のタブーはたとえ自国の常識から見てどれだけアレだろうと、決して刺激してはならないと教えられる。
 ……まあ、そういった教えを百パーセント守るのは非常に難しいわけだが……。
 人間だもの、士官だって。

 スマートに外で休暇を楽しむ自信がない僕は、あてがわれた宿舎に入って寝て過ごす事にした。

 だが、その予定は脆くも崩される。



「…………」

 約一ヶ月ぶりの戦術機操縦席に座り、僕はF-16の起動シークエンスを行っていた。
 機体機能、すべてオールグリーン。
 網膜投影画面には、真昼の太陽に照らされた廃墟の街が映し出されている。

「――すまないな、ヤマキ少尉。昼寝の邪魔をして」

 画面の片隅がポップアップし、全然すまなそうに言うのは我らの大隊長・モンティ=マクシム少佐だ。

「別にかまいませんが……勝てる自信はありませんよ?」

 僕は、うんざりした声色を抑え切れなかった。

 在日米軍は、年明けにもある中国大陸進出に備えて日本帝国軍と頻繁に接触していた。
 高級士官同士の食事会から、実戦同然の激しい共同演習まで。
 本日も、キャンプ座間に帝国軍を招いてシミュレーターを用いたDACT(異機種間戦闘訓練)が予定されていた。
 ところが本来これに参加するはずの衛士が、前日の休暇で二日酔いになっていたり、急な病気にかかったりして参加人数が足りなくなってしまったのだ。
 なんとも締まらない話だが、とりあえず急場を凌ぐため基地に残っていた衛士が集められた。
 僕もその一人、というわけだ。

「なに、私は敗戦も好きだ。
部下が押し潰されて殲滅されるのも、敗北主義者の――」

「あー! 全力を尽くします! 交信終了!」

 危険演説の気配を察知した僕は、大声を上げながらスイッチを切った。
 画像が消える直前の少佐の表情は、なんとなくさびしげだった。

 ……士官教育本当に受けているんだろうか、あの少佐は。まぁ外向き発言じゃないからかも知れないが。

 僕は気を取り直し、画面中央に表示されたカウントダウンの数字を見つめた。
 今回のDACTは、廃墟が舞台であるということ以外、何の情報も与えられていない。
 敵の数、機種さえわからないのだ。
 と、いってもF-15の輸出がなかったのだから帝国軍戦術機は撃震か瑞鶴しかないのだが。
 変化球で海神が出てきても、ただの的だ。

「いくら海の上で鈍ったからって、第一世代機に遅れをとったらいい恥さらしだろうな……」

 僕の衛士としての技量は、はっきりいって並だ。
 前世ビジョンの中で見た娯楽作品の英雄達のような特異な技能があるわけでもない。
 いくらF-16に乗っているといっても、相手がベテランなら負ける可能性は高い。
 そうなったら、日系人ということもあり隊の同僚から何を言われるか……。

 苦悩する僕にかまわず、カウントダウンは進み。
 そして0になった。

「!」

 機体が操作を受け付けるようになってすぐ、僕は手近にあるビルの陰に移動した。
 シミュレーターとはいえ、機体を動かす際の振動は相当リアルに再現されてそれが否応なく緊張を高める。
 僕は、いきなり飛び上がったりはしない。
 情報がまったくない状況下では、迂闊な動きは死に繋がる。
 理想的には、隠密行動を続けて相手を先に発見、気づかれないうちに『据え物切り』にすることだ。
 第二次大戦の帝国軍エースであるOUZORAN-OSAMURAIの言う原則は、対戦術機戦でも健在――相手も同じ行動を取るだろう、と思いきや。
 いきなり振動センサーが、激しい物音をキャッチした。
 それも、要塞級あたりがまとめて移動しているのと同じレベルの、だ。

「――ぶっ!?」

 廃墟を貫くように存在する大通りに、敵は堂々とした姿を晒した。
 F-16のデータバンクに該当機種はなし。まったくの未知の機体。

 全長……50メートル以上! 廃墟の家屋がミニチュアに見える!
 一応人型ではあるのだが、サイズが違いすぎる!
 その白い戦術機――いや、戦術機といっていいのか? ――は、腕組みをするというふざけた姿勢のまま、ゆっくりと大通りを前進してくる。

 そのあまりの出鱈目っぷりが、僕の前世ビジョンの記憶を刺激した。
 あれは……。

 戦略合神機・火之迦具鎚(ヒノカグツチ)!!

 そういえば、オルタ本編とは無関係です的外伝にそんなのがいた!
 ○ッターと聖闘○を足して割ったようなのが!

 僕は我が目を疑い、何度も目元を擦ったが……網膜投影画面から、その常識はずれの機体が消えることはなかった。

「こんなのとどうやってやりあえっていうんだよ!
異機種間というより異世界間だろ!」

 というか、少佐が押し潰されるとかいってたのは比喩でもなんでもなかったのか!
 F-16の装備は、他の戦術機と同じ120ミリ砲と36ミリ砲を組み合わせた突撃砲だ。通じるのか、これ……?
 狼狽する僕のほうに、ヒノカグツチがゆっくりと首を向けた。

「っていうかこんなのがあるなら、F-15どころか戦術機いらねえだろ!?
むしろアメリカが土下座してでもこれ譲ってくれって泣くわ!」

 民間人レベルの素に戻って絶叫した自分を、僕は恥ずかしいとは思わなかった。
 同時にペダルを蹴りこみ、機体を急速後退させる。

 次の瞬間、ヒノカグツチが僕のほうへ突進してきた。
 その巨大な足が、廃墟に残った建物をダンボールでできたように簡単に踏み潰す。障害物にもなりはしない。

「この、このっ!」

 シミュレーターだということも半ば忘れて恐怖にかられた僕は、ほとんど狙いもつけずにF-16の両腕に持った突撃砲を乱射した。
 しかし、36ミリ砲弾が着弾してもヒノカグツチに応えた様子はない。
 むしろさらに勢いを増してこちらに向けて走りはじめた。

「日本帝国の機体は化け物かっ!?」

 巨大なマニュピレーターが、僕に向けて伸ばされる。
 ほとんど本能的な動きでF-16を操り、僕は機体を横っ飛びにさせ回避した。
 F-16の身代わりとなった廃ビルが、ぐしゃっと簡単に崩壊する。
 僕は噴射地表滑走で急速後退しつつ、今度は120ミリ砲弾を左右同時に発射してみる。命中!
 ヒノカグツチの胴体に、先ほどとは比べ物にならない爆発が起こった。

 だが、反則的巨体の敵はわずかにぐらついただけ。装甲に目立った傷さえできていない。

「…………」

 理不尽。
 その言葉の意味を、理屈ではなく肌で感じさせられた僕は、顔中から汗をだらだらと流した。
 管制ユニット内の空調なんぞ、何の役にも立ちはしない。

 ヒノカグツチは、ゆっくりと右マニュピレーターを拳の形に握った。そこへ、赤っぽい光が灯る。
 おそらく物理常識をあざ笑う攻撃を繰り出してくるのだろう。
 ここまで勝ち目が無いと、恐怖を通り越して僕はもう笑うしかない。

 そしていろいろな意味でいっぱいいっぱいになった僕は――

 切れた。





「……戦意喪失まで3分。ま、こんなものでしょう」

 仮想空間で展開される、F-16対ヒノカグツチ。
 棒立ちになったF-16に、ヒノカグツチが今にも止めを刺そうとしている。
 その光景が映し出される特設巨大モニターを眺めながら昼食を取っていたマクシム少佐は、肩をすくめた。
 ここは米軍司令部内の、高級士官食堂だ。

「それにしても、日本人は実にクレイジ……もとい、ファンタスティックな事を考えますなあ」

 少佐がついている円卓には、在日米軍と帝国軍の佐官以上の幹部が座り、めいめいに食事を取っている。
 ヤマキらとともにアメリカから到着したばかりの天然ステーキが焼かれ、昼食会のメインとして振る舞われていた。

「ヒノカグツチ……でしたか?
これが量産された暁には、BETAなどあっという間に叩けるでしょうに」

 米軍の将軍が笑いながら言う。

「いえいえ。所詮は空想的なペーパープラン。
推進者達は特異才能のある人材を集めればできる、と言っていますが果たしてモノになるのやら」

 と、日本側の司令官は口元をナプキンで拭きながらにこやかに応じた。
 ちなみに米軍幹部達はヒノカグツチの合体・変形シークエンスから見ており、米軍衛士が悲鳴を上げているにもかかわらず大喜びであった。

『自由の女神(本体の全長約46メートル)よりでかーい!』

 と食事の合間に拍手喝采だ。

 種をあかせば、戦略合神機というのはいまだデータ上だけの存在だ。
 そしてそれを実現させるための技術的問題は山ほどある――常識的な帝国士官達は、実現できるとはそもそも信じていない。
 それでも日本帝国がこの構想を開示したのは、

『日本帝国の、特定分野における高い技術力と発想力』

 をアピールするために他ならない。
 他にも、本来なら外国には開示すべきでないレベルの技術計画(多くはやはりペーパープランレベルだが)さえアメリカに見せていた。

 これは、日本帝国軍がアメリカの対日戦略方針変更を『国産戦術機路線に踏み切った事への怒り、反発』と捉えていたためだ。

 第二次世界大戦以来の反米感情、アメリカが欧州を優先したために日本へのF-4供給順位が下がったことへの不信感。
 日本独自の戦術機開発は、これらが根底にあるといっていい。
 開発計画も、表向きは既存機改良に過ぎないと装ったり、第三世代機技術をアメリカ機を研究して確立した後は、それを材料に欧州との関係を深めようと目論んでいたり――
 アメリカに探知されれば不審を覚えられるに足る要素はいくつもある、と自覚していた。

 そこへF-15の販売・技術移転ストップの話だ。
 日本帝国軍は、アメリカ首脳が言うような日本への好意と期待ゆえなどとは信じなかった。
 だからといってアメリカに『もう独自など目指しません』と泣きつくことは、感情からも戦略からもできない。
 帝国軍が苦悩の末に出した答えは、日本側からもなんらかの軍事技術を提供する代価として改めて第二世代の機体と技術を譲って貰おうというものだ。
 病気レベルに入っている右翼・国粋主義者はいまだアメリカなんかに頼るな、独自開発独自開発! とわめいているが、さすがに声は小さくなっている。

 と、いっても日本側がアメリカに出せる技術などろくにないのが現実だ。
 ほとんどやけっぱちの机上の空論レベルのものを提示せざるを得ないのが、帝国軍の苦衷を物語っていた。

 前世ビジョンを持ち日本に異様な期待を持っている連中ならいざしらず、在日米軍のごく一般的な幹部の考えもまた帝国軍の必死の働きかけにより、

「アメリカがG弾路線を変更して戦術機の価値が回復したのなら、尚更量を充実させるためのコストダウンが必要になる。
日本帝国にもF-15かF-16を売って、装備を共有化すれば兵站上も有利になるじゃないか。
……さすがに技術を好き勝手にコピーされるのには釘を刺したいが」

 という方向に変わりつつある。
 帝国軍と現場の米軍が一致して主張すれば、米軍上層部やさらにその上にある大統領府・議会も耳を傾けざるを得まい。
 その下準備のために、化け物と戦わされ道化を演じさせられる衛士こそいい面の皮だろうが……。

「ん?」

 笑っていた士官の一人が、ふとモニター内のF-16の異変に気づいた。
 シミュレーター内でしか存在しえないヒノカグツチに潰されるのを待つだけ、のはずだったのだが――

 アドル=ヤマキの絶叫に近い声が通信機から響き渡り、日米高級士官は揃って耳を押さえる事になった。

「本編を……戦術機を無礼るなぁぁぁぁ!!」



[28914] 第5話 地位と知性が比例するとは限らない
Name: キャプテン◆1482383d ID:8b82b80b
Date: 2011/07/24 22:52
 僕は喉が張り裂けんばかりの絶叫を上げて、自分の体内に巣食った恐怖感を振り払いながら機体を操作した。
 F-16の腰にマウントされたジャンプユニットが炎を吐く。
 数秒前まで僕がいた地点に、ヒノカグツチの拳から放たれた光弾が叩きつけられ、まるで200ミリクラスの重砲弾が落ちたかのようなクレーターができた。

「当たらなければ――どうということはない!」

 前世ビジョンの記憶の中から、定番の台詞を取り出し口にしつつ――もうそういう行為がオカルトじみている、とか恥ずかしいという感情は吹っ飛んでいる――僕はトリガーを引いた。
 空中に機体を踊らせながら、36ミリ砲を撃つ。今度は乱射せず、ヒノカグツチ頭部にあるセンサーを狙って集中射撃。
 ヒノカグツチの太い腕が、砲弾を防御する。その手を中心に淡い光の壁ができて、バリアのようにこちらの攻撃を弾いていた。

 先ほどの攻撃といいつくづく常識をあざ笑ってくれる敵だ。
 だが、僕の戦意は衰えない。
 防御した、ということはこっちの攻撃がまったく無力でもない、という表れだからだ。

「動きが予測できない奴らとの戦いこそ、衛士の本領のはずだ!」

 ――前世ビジョンの中の僕は、これに似た台詞吐いた漫画版マブラヴ オルタのキャラが大嫌いだったんだけどね。
 正当な命令に従い、反乱を起こした連中を止めようとした『俺の嫁』がいるヴァルキリーズを、自分達の虐殺と同胞殺しを棚上げして『売国奴』とか『BETAと何が違う』とか言うなんて許せ――

「っ!?」

 僕は一瞬、自分の意識に湧き上がるモノのために混乱した。
 今までは前世ビジョンの中の情報は摂取しても、それに伴うビジョン内の自分の感情の影響はほとんど受けなかったはず。
 記憶に対する認識、それに伴う感情はあくまでも日系アメリカ人のそれだったのに……。
 今まで抱いていた感情的なものは、「世界は今後、あんなふうになってしまうのか」という恐れ。
 あるいは「はいはい何でもアメリカが元凶ですか……そこまで嫌いか」ぐらいの諦念が第一だった。
 それが……嫁とかいって一部登場人物に肩入れ!? 明らかにあちらの世界の感覚じゃないか!

 僕の手足は訓練の賜物か、集中が途切れかけても機体を操作し続ける。
 ジャンプユニットを吹かして着地、すぐに噴射滑走に入って、防御姿勢を解こうとするヒノカグツチの右手側に回り込む。
 余計な思いを息にのせて頭から吐き出しながら、照準サイトの中に大写しになる相手を睨みつけた。

「こっちは動き回ってナンボだろっ!」

 おそらくヒノカグツチに対して戦術機が有利と呼べる点は、ほとんどない。
 力関係でいえば、象と蚊ぐらいの差があるかもしれない。
 だが、機動性なら……!

 案の定、ヒノカグツチはこちらに向き直る動作がやや鈍い。

 あの分厚い装甲と、手を中心に発生するバリアのようなものを避けて関節部に砲撃をぶち込めば、活路は開けるかもしれない。
 そう判断した僕はさらに機体を横に振り、ヒノカグツチの背後を取ろうとする。

 だが、絶好の砲撃地点に着く直前、僕の背筋に悪寒が走った。
 本能的にF-16に後方跳躍をかけさせた所で、思わぬ高速で振り向いたヒノカグツチが拳をまた光らせた。
 今度は、散弾のような無数の光弾が降り注ぐ。

「……っ!」

 レーザーでもなく、まして実弾でもない出鱈目な攻撃が地面や廃墟を抉りながら、こちらへ殺到してくる。
 誘われた。鈍く見せたのは擬態だ!
 僕は全身の毛を逆立てながら、ジャンプユニットのパワーを最大にした。
 空中で弾かれたように、さらに後退する機体。僕の体に押し付けられるG。

「のおおっ!?」

 攻撃がかすっただけで、機体ステータス画面の装甲がイエロー表示になる。耐久度が一気に半分まで削られた。
 僕は、機体を横転機動させて無理矢理に光弾の雨の中から離脱。
 だが全力機動を続けたため推進剤の残量が急激に減り、酷使されたジャンプユニットも高温限界に近い。

 素早さが失われたら終わりだ。あせった僕は機体バランスを立て直し着地させつつ必死に打開策を考える。

 ――その最中、またあの感覚が来た

 自分の中に、まったく違う価値観と感情を持ったナニカが流れ込んでくる。
 例えるなら、煮えたぎったタールを無理矢理脳に流し込まれたかのような異常な不快感を伴って。
 しかも……その異物は、本質的にまた「もう一人の自分」でもあることがわかるため、根本的な拒絶はしきれず……。
 僕は思わず吐き気を覚えた。

 そんな僕の視界内で、ヒノカグツチの全身が赤く発光しはじめた。
 まるでその光に呼応するように、僕の中の気持ち悪さは限界まで膨れ上がり――

 僕の意識は急速にブラックアウトした。





 アドル=ヤマキが理不尽な戦いを強いられていた頃から、半月ほど時間は遡る。

 アメリカ合衆国ラングレー基地(この基地名は人名にちなんでつけられたもので、CIAの本拠地があるラングレーとはまた別である)の飛行場に、無数の巨人達が立ち並んでいた。
 大統領はじめとする合衆国首脳らの閲兵を受ける戦術機達――それも、未だY(試作)ナンバーが取れていない新世代機だ。
 鋭い頭部シルエットが印象的なYF-22。
 今までの戦術機とは兵器担架の装備数さえ違う未来的なYF-23。
 さらには、G弾重視路線転換を受けて急ピッチで試作された、出来立ての新型機すらある。

 1980年代、アメリカ軍戦術機開発の基本となったのは、ATSF計画というものだった。

 ・第二世代機の性能向上とG元素利用兵器の開発進捗からみて、第二世代機の耐用年数前後で地球からBETAを叩き出せる可能性が高い。

 ・そうなると人類同士の争いが再燃、地下資源――特にG元素争奪戦が過熱する。その場合、アメリカが世界に輸出した戦術機技術がアメリカを襲うだろう。

 ・よって次世代機(第三世代機)は、対BETA戦の主力を務めつつ対人戦にもアドバンテージを得られる物が必要だ。

 ものすごく大雑把にいえば、このような想定に対応できるための新世代機開発計画だ。

 だが、アメリカのG弾開発が凍結されたことにより事態は当然変わってしまう。
 戦略航空機動要塞は失敗、G弾も駄目となるとBETA相手に有利に戦いを進められるカードがまったく消失してしまうのだ。
 新たなG元素利用研究を進めてはいるが……いつそれが形になるのかわかったものではない。

 G弾実用化に向けたアメリカの予算割り振り変動や、製作した機体の売り込み合戦で合併・吸収などの業界再編が進んでいた米軍需産業は、

「どうすりゃいいんだ……」

 と頭を抱えた。

 他にも財団系シンクタンクのような、世界全体の推移を計算するような団体は悲鳴を上げる。

『人類に残された生産力や資源を考えると、どう頑張っても2005年あたりから戦力が決定的に枯渇しはじめる。
後は、食い殺される順番を待つだけだ』

 と、絶望的な数字を以前から弾き出していたのだ。
 人類全体の経済力や生産力が持つうちに、G弾を中心とした新戦略(そして可能な限り短期間での決戦)で決定的戦果を挙げないと人類に未来無し。
 この意見はアメリカの識者の間では非常に根強かった。

 彼らからすれば、アメリカ首脳の一部が言う

「国連や日本帝国あたりが、アメリカが余計なことしなけりゃ何とかしてくれるさ」

 という言葉は、放言を通り越して暴言としか思えない。
 自国防衛に戦力を優先集中する方針は、国民の多くから歓迎されたが世界レベルでみればこれは自殺行為だ。
 アメリカが無事なのは、前線諸国が盾になっているからだ。
 本土決戦になれば、アメリカに匹敵する大国・ソ連ですら悲惨な撤退戦の一方になっている現実。

 前世ビジョン、その中のヒールなエゴイスト・アメリカの事を知らない(聞いても信じるわけがない)者達にとって悪夢のような日々は続いていた。

 さておき、政府が注文すればそれに答えなければならないのが、企業でありアメリカ軍の開発部門である。
 彼らはとりあえず完成の域に達していたYF-23およびYF-22の評価試験を続けていた。
 この二機種は米軍当局が期待した以上の高い性能を発揮した。
 当のアメリカ軍人さえ誤解しがちなのだが、決して対人戦特化の機体ではない。

 米第三世代機の本当の強さは、戦術機としての基本能力の高さにある。
 高出力・高効率のジャンプユニットが生み出す速度と機動力、衛士の判断をタイムロスなく反映する操縦性、洗練された索敵及び兵装管制能力等。
 ステルス性がほとんど効果を発揮しない近接格闘戦闘域もしくは対BETA戦においても、米自身のものを含む第二世代機の戦果を圧倒できる可能性が大であることが確認された。

 しかしG弾の投入前提が無くなった今、どちらを採用するかの決定的規準が無くなってしまった。
 生産や整備を考えた実用性で勝るYF-22を推す意見は相変わらず優勢だったが、革新的設計を持ち全局面で高い戦闘力を発揮し得るYF-23を支持する側の声も強い。

 この情勢に決着をつけるため、アメリカ軍は思い切った一手を打った。
 YF-22及び23、さらにはアメリカ戦略方針変換を受けて開発された他の試作機を、増加試作機として一個~二個中隊分ずつ発注、それらをもって試験部隊を編成。
 そして実際に戦地(つまり国外)で戦わせて最終的評価を決める、という荒業である。

 軍事機密漏洩の危険性を覚悟してでもこの判断が通ったことが、アメリカ軍が戦術機重視路線を回復したことの何よりの証明であった。
 試験場だけではなく、実戦の修羅場を潜り抜けたより『強い』戦術機を求めたのだ。

 ラングレー基地に整列したのは、その役目を担う者達だ。

 アメリカ大統領がゆっくりと演壇に上がり、居並ぶ将兵達を睥睨する。
 派遣される衛士の多くは、開発組からの横滑り。

「今、この時をもって、貴様らは『前線には存在しない、とサムライガールにこきおろされる役』を卒業する。
貴様らは合衆国実戦部隊の衛士だ」

 大統領の張りのある声に、一個連隊を形成するに足る数の衛士達はいっせいに応える。

「サー、イエッサー!」

「これから貴様らは最大の試練と戦う。もちろん実戦証明なぞゼロのお嬢様な試作機で、だ。
全てを得るか、地獄に落ちるかの瀬戸際だ……どうだ、楽しいか?」

「サー、イエッサー!」

「では……野郎ども! 俺たちの特技は何だ!?」

「殺せ! 殺せ! 殺せ!」

「この出撃の目的は何だ!?」

「殺せ! 殺せ! 殺せ!」

 どんどん上がっていく大統領(米海兵隊所属の経歴あり)と衛士達のボルテージに、大統領の左右に居並ぶ他の出席者はドン引きしはじめた。
 「いやこれデータ取りが目的の出撃……」というボーニング企業関係者の声は、空しくかき消される。

「俺たちはUSAを愛しているか!? アメリカ軍を愛しているか!? クソ野郎ども!」

「USA! USA! USAェェェェェ!!」

「よし……行くぞ!
レェェッッ、パァリィィィィイ!!」

 宣言し、颯爽と一番近くにあったYF-22に駆け寄ろうとする大統領(おそらくもっとも前世ビジョンに深く侵された人物の一人)。

『あんたまでいくなぁぁぁぁぁ!』

 副大統領はじめ、その場にいた冷静さ保ってた人間全員が、大統領に殺到して引きずり倒した。



 余談。
 この時、アメリカ副大統領は本気でクーデターさえ考えたという。
 元々彼は前世ビジョンなど見たこともなく、基本的にG弾推進論者だった。
 ただ波風立てたくなくて方針転換に同意したのだが、正直このままでいいのか深刻に悩んでいた。
 だが、腹心の

「普通に大統領選挙で対決すりゃ100パーセント勝てますよ、アレ相手じゃ」

 という常識的進言を入れて、次期大統領選挙に向けた運動を開始することとなった。



[28914] 第6話 ネタ作品がシリアス化しないとも限らない
Name: キャプテン◆3836e865 ID:16a4f0bc
Date: 2011/07/26 02:06
 僕が意識を取り戻したのは、基地の医務室だった。
 シミュレーターの機能――バイタルが危険域に入ると、自動的にシャットダウンして衛士の救助を促す仕組みが働いたのだ。
 衛士強化装備はすでに脱がされ、ベッドに横たわる僕の腕には点滴の針が刺さっている。

「……気分はどうかね、少尉」

 見舞いにやってきたのはマクシム少佐だった。
 相変わらずにやにや笑いを口に貼り付けたままで、本気で心配する気配はない。

 上官を無碍に返すわけにもいかず、僕は当たり障りのない社交辞令を口にしようとしたのだが。
 その前に、少佐が目を細めながら言った。

「君も、前世じみたビジョンを『見た』クチだね」

 と。
 無言になる僕に、少佐はプリントアウトした紙を提示した。
 それは、僕のバイタルデータだ。
 シミュレーター戦の途上から、僕の脳は異常な活動活発化を開始していたし、さらにいろいろと意味不明の言葉を口走った。
 医務官はじめとする大勢の人々は、例のヒノカグツチといきなり戦わされた結果だと思ったそうだが。

「……と、いうことは少佐も?」

「ああ。もっとも君の見たそれとまったく同じという保証はないがね」

 椅子に座った少佐に、僕はしぶしぶうなずいて入隊前に前世療法を受けたこと、その際にいろいろなビジョンを見たことをできる限り話した。
 大雑把にでも話終えるのに一時間はかかったが、少佐はいつもの笑いを消して全部真剣に聞いてくれた。

『たるい……もとい、細かい説明パートをスキップで飛ばして、戦術機と美女・美少女だけに萌えもしくは燃えて終わった』

 やつや、

『周辺展開とか追ってないで、設定を独断で思い込んじゃった』

 やつがいる! と思ったことを話したところでは苦笑されたが。
 聞き終えると、今度は少佐が口を開いた。

「私の場合は、欧州の前線から帰還した後にアフターケアの一環として受けた催眠治療内で、だったな。
もっとも見たものも、状況もかなり違うがね」

 少佐が肩をすくめる。
 今度は僕が聞き役に回ることになった。

 少佐がみたビジョンは、おおよそこんなものだ――

 ビジョンの中の少佐は、日本人で歴史学を学ぶ学生から大学教授になった人物だったという。
 漫画もゲームも人並みに程度には楽しみ……一番好きだったのはあのいろいろやばい方面に触れる漫画なのは、いうまでもないだろう。
 その中でやはりマブラヴ オルタネイティヴをプレイしたが、僕と違ってあまり好きにはなれなかったそうだ。

 曰く、

「エロが薄い!」

 ……どうやらガチの18禁版プレイヤーだったらしい。

「――少尉は、前世ビジョンを見ている割にその影響は深刻ではないようで安心したが……」

「は? しかし僕は……」

 深刻ではない、という言葉に僕はさすがに不服な顔をする。
 かなり混乱し悩んだし、現に体調不良まで引き起こしているのに……。
 僕の表情を読み、少佐は首を横に振って見せる。

「いや、深刻ではないよ。価値観や感覚が平時において侵食されているわけでもなさそうだからね。
私の調べた限りは、
『やたらと親日的になる』『自国を悪く描く日本人が嫌いになる』『オルタ以外の漫画やゲームのほうの記憶に夢中』など様々な反応があるようだが。
一番危険なのは――」


 アイディンティティ・クライシス。

 少佐は、預言者のようにその言葉を口にした。

「一歩進めて考えて見たまえ。この世界が、誰かの想像の中で生まれたフィクションでしかない、と思いつめてしまったら?
自分達の人生も、苦痛も苦悩も全てはどこかの誰かに描かれたとおり進展するしかない駒だと信じてしまったら?」

 僕はおもわずあっとなった。
 この期に及んでも僕は、前世ビジョン内はビジョン内、この僕が生きている現実とは別物と捉えていた。
 前世ビジョンを見た人間が、一方的にその影響を受けている程度だろう、と。

 だが、突き詰めていけば自分達は誰かの被創造物・プログラムに過ぎない可能性もいえるわけだ。

「まして、オルタの世界は日本帝国人――まぁ日本人にもいろいろな価値観があるだろうが――の、都合の良いように描かれている。
例えば『前世世界の史実』をモデルに外伝で東ドイツの秘密警察の酷さを史実と同じ……いや、それ以上に悪逆非道に描いても、
『大日本帝国』にあった特高警察や、国会議員さえ拷問と言論弾圧の犠牲とした憲兵をモデルにした者は設定されているかも怪しい。
このあたりのアンバランスを気にする程度ならまだかわいいものだ。
所詮みんなフィクションの中ぐらいは自分達がヒーローになりたい、他国や他人種なんぞ端役程度で十分と描きたいものさ、と達観するのなら問題ない。

だが――もし、前世ビジョンを見て『この現実世界に生きる人々』が、自分達は特定物語の背景・脇役あるいは悪役にしか過ぎない、という自己規定に陥ったら?」

「…………」

 息を呑む僕に、少佐は言った。

「『創造主』に愛された日本帝国を憎み、嫉妬する? いやいや、それさえまだまだ甘い。
日本帝国人でさえ、物語の中で割を食った側に感情移入する者が出るだろう。やはり、自己の存在を疑問に思う者達も、ね。

行き着く先として――この『現実世界』そのものを憎んでも不思議はない」

 医務室の空気が、一気に重さを増した気がした。

「し、しかし……所詮は前世ビジョンというのは個人個人が持っている妄想に過ぎないのではないですか?
似ている部分があっても、偶然の一致でしょう。それに囚われるなど、馬鹿げています!」

「ほう、ではその考えが正しいと誰が、どのように保証してくれるのかね?
実際に前世ビジョンに毒されたためとしか思えない行動をとっている者達が大勢いるのだよ?
ほら、目の前にも一人」

 少佐はそういって、太い指で自分を指した。
 口元に再び浮かんだ笑みを見て、僕の背筋は氷柱と化したかのように冷たくなる。

「…………」

「今のところ、前世ビジョンを見てかつ影響を受けている層は、我がアメリカに集中している。
だが、今後これが世界全体で起きない現象だという保証もまた、どこにもない。そうなれば……」

 世界は滅茶苦茶だ。
 BETA大戦どころではなくなるかもしれない。

 少佐は、身じろぎひとつできない僕にさらに言葉を続ける。

「私を含めて、オルタ系列作品以外の要素を『この現実』に持ち込もうとする者達が多数にのぼる。
あるいは話の流れ自体を変えようとしている。
何も知らない者達からみれば、こっけいなピエロでしかないのだろうが――
私は思うのだよ。
意識しているのか無意識かはともかく、その種の行動は……

この世界が特定の方向にしか流れない誰かの創作物などではなく、自分達のアクションによって変えていける世界である、と証明したいゆえのものだ、とね」

 僕の脳裏に、その言葉が何度も響き渡った。





「滅茶苦茶なアイデアばかりで、全面的に採用するのはナンセンスだ。
だが、要所要所では今まで我々になかった光るものがある。全て駄目だと却下するのもナンセンスだ。
ロボット(戦術機)もステルスも、アイデアが出た当初はSFと笑われたが、今では世界中が血眼ではないか」

 アメリカ軍の内部で、空想的な兵器アイデアが百出していた時期。
 提案全てを馬鹿馬鹿しいと一切シャットアウトしようとした部下に対して、アメリカ陸軍武器科(兵器開発の実質的担当部署)のトップが言った言葉だ。

 Yナンバーがついたままの最新鋭機による実戦試験部隊が、大統領らに見送られて華々しくアメリカ本土を出発したのとほぼ同じ時期。
 ひっそりとアメリカの港を出港する船団があった。
 その船腹には、アメリカ軍から諸外国に払い下げられるF-4ファントムがぎっしりと詰め込まれている。
 彼らはアメリカ軍での役目を終え、他国で第二の人生を始めるのだ――

 が、その中の四機に一機の割合で、従来のF-4とは異なったシルエットを持つ機体が存在した。
 肩部装甲上部から突き出る、二門の155mm榴弾砲。防御力強化と重心安定を兼ねて、下肢に取り付けられた追加装甲。

 正式名称F/A-4。愛称、ファントム・キャノン。

 未だ人類戦力の中核を担っているものの、旧式化が否めないF-4の再利用型のひとつだ。

 この機体のアイデアの源流となったのは、アメリカ本土に疎開してきたEU諸国の軍需産業が研究していた、オールTSFドクトリンだ。
 欧州撤退戦時、機動性に劣り渡海能力もない戦闘車両を人類側は多く喪失した。
 その穴埋めをすべく、戦場での展開に必要とされる能力を全て戦術機で賄おう、というドクトリンだ。
 この構想のために、西ドイツ系企業などが支援砲と呼ばれる戦術機用携帯火砲開発にチャレンジしていた。

 そういった情報と、アメリカ軍の一部から上がってきたアイデアから一部摂取したものが組み合わされて完成したのが、このF/A-4。
 戦術機には元々、制圧支援のためにレーダーと一体となったミサイルコンテナを両肩にマウントし運用する能力が付与されつつあった。
 光線属種にわざと撃破させ、重金属雲を形成して味方をレーザー照射から守るALミサイル。
 BETAの物量をある程度制圧しうる、クラスターミサイル。
 いずれも戦術機にとって欠かせない武器だ。
 しかしながら精密機器の塊であるミサイルは、コンテナもミサイル自体もコストがかさむ。
 またEU軍の考えるような手持ち式だと、主腕の関節部にかかる負担が無視しえない。
 こういった要素を勘案し、乱暴にいってしまえば、

『ミサイルコンテナをつける部分に、EU軍がほしがっているような中・遠距離支援用の火砲を乗っけてしまえ』

 という発想で完成した。
 ちなみに砲自体も、アメリカ軍の自走砲からの転用改造品である。

 1、自走砲並の火力支援を可能とする能力をF-4に付与する

 2、戦術機の長所である戦術的柔軟性を保持するため、非常時には榴弾砲(及び予備砲弾装填システム・バランス取り用装甲)の戦場での即時排除を可能とする。戦地での再装着は考慮せず

 3、生産ラインに悪影響を及ぼさないため、機体本体は極力改設計せず

 4、それ以外の要求要素は切り捨て。再利用・戦時急造兵器に過大な能力は求めず

 という方針の下、計画(1987年度)から三年で実戦投入にこぎつけた代物だ。

 はっきりいって、洗練されたとは言いがたいとってつけの兵器であり、

『EU軍ならいざ知らずそれなりに戦闘車両を保有している国……まして我がアメリカには必要なのか?』

 という疑問が呈されていたが。
 一部の軍幹部の強烈なプッシュがあり、主にEU諸国の中でも比較的自前の生産拠点に乏しい国向けに輸出されることとなった。

 この時期、EU向けのみならず全世界に対する米軍製兵器の売込みが激化する――これだけなら以前の通りだが。
 1980年代前に比べて、相手国の要求やニーズをアメリカ側がより大胆に取り入れ応じるケースが少しずつ増加した。
 F-14以降の第二世代機の外国輸出も加速し、技術移転も推進される……ただし日本帝国相手を除いては。

 奇妙なのは、当の日本帝国側からも自国を差し置いて他国を優先させるアメリカの動きを歓迎・幇助する動きが(さすがにおおっぴらではないものの)見られる点だ。

 この動きが何を意味するのか。
 正確に悟り、理解した者は未だ世界全体を見渡しても、少数派であった。



[28914] 第7話 士官が紳士であるとは限らない
Name: キャプテン◆3836e865 ID:16a4f0bc
Date: 2011/07/28 08:36
 またもアドル=ヤマキの苦闘から遡ること数年前、アメリカ・ワシントンDC。

 とある場末のバー。
 安っぽいアルコールと煙草の匂いが壁にしみついたような、暗く狭い店内。
 そのカウンター席に突っ伏し、舐めるように安酒をちびちびと飲む男がいた。
 くたびれたスーツに、無精ひげだらけの細い顔。
 かつてはアメリカが人類の未来をかけて注力していた、HI-MAERF計画の主任技術者である。
 その計画は、1987年に正式に中止・凍結が決定。
 男は、機密技術保持のためにロックウィード社に飼い殺しにされる身であった。
 「失敗した巨額プロジェクトの首脳の一人」であり、しかも「テストにおいてアメリカの至宝といえる優秀な人材を一気に十二人もミンチにした男」だ。
 社内の……そして世間の風当たりが弱いはずがない。
 妻子とは縁を切られ、友人もことごとく離れていった。

「…………」

 だが、男は言い訳も自己正当化もできない。
 テストパイロット達は、仕事上はもちろんプライベートにも交友を結んだ友人達だった。
 ムアコック=レヒテ機関が生み出す重力偏重の計算が甘かったことを、誰よりも悔やんでいるのだ。

 しかし同時に胸の奥に消しようもない無念の炎がある。

「もうちょっとなんだ……XG-70は……」

 男は知るよしもないが、『前世ビジョン』のゲームの中でXG-70は世界を救う働きをした。
 それもオルタネイティヴ4計画に接収されてからわずか一年ほどで、だ。
 基本的な設計と、その実現が実用レベルに達していなければ、こうはいかなかっただろう。

 しかし、この『現実』においてはHI-MAERF計画は幾人かの将軍の再開提唱にもかかわらず、凍結されたままだ。
 技術的問題を解決する糸口がないのだから、当然のことだが……。

 安っぽいアルコールでふやけた男の聴覚に、低い声が飛び込んできた。

「失礼」

 男は、自分の隣の席に座った相手をのろのろと見た。
 あっちへいけ、という気力もない。
 面倒そうな相手なら、自分が逃げようかとぼんやり考えていた男の目が、急速に広がった。

「あ、あなたは……!?」

 隣に座り、安物のスコッチを注文したのは軍服をきっちりと着込んだ軍人だった。明らかにバーの雰囲気から浮いている。
 だが、軍人に向けられる視線は、バーテンダーと男のものしかない。
 気づいた時には、店から他の客・従業員は全員いなくなっていた。

「――何の用です、あなたほどの高位軍人がわざわざ……」

 バーテンダーも、いつの間にかいなくなっていた。
 軍人は黙して酒を喉に流し込む。
 男は、力なくはっと笑った。

「……失敗したプロジェクトについて、愚痴でも言いあいたくて来たんですか?
俺は御免ですよ!」

 軍人――スキンヘッドの男性黒人将校は、ゆっくりと傾けていたグラスをカウンターに置き、男に向き直り――

 いきなり男のほおげたを、固めた拳で殴りつけた。

「ぐはっ!?」

 酔漢にとってはたまらない一撃だった。男は椅子から滑り落ち、したたかに床に体を打ちつけた。

「な、何を……」

 打たれた箇所を掌で押さえ、抗議する男を軍人は冷たく見下ろす。
 そして、分厚い軍人の唇が動いた。

「馬鹿っ! 何を腐っているのよ! それでもオトコなのっ!?」

 金切り声が、軍人(繰り返すが男性だ)の喉からほとばしり、男は耳を押さえた。

「計画が中止になって、辛くてかなしいのは自分だけだと思って!?」

「し、しかし――!」

 自由の国・アメリカ。
 昨今の人材問題もあり、有能ならオカマだろうとウェルカム(一般的意味で)だった。

「アタクシだって……悲しいのよ!
計画が凍結されたせいで、いつか職権乱用して私室に呼びつけてやろうとした部下と引き離されて!」

「嫌なカミングアウトするなよ!」

 思わず男は叫び、ぱっと立ち上がっていた。
 そして軍人の胸倉を勢いよく掴む。

「だいたいてめぇは! 俺の部下の若い奴にしつこく色目使いやがって!
気持ち悪いから配置換えしてくれって苦情が毎日だったんだぞ!」

「アメリカは自由の国よ! オカマにも恋愛する自由があるわ!」

「相手の拒絶する自由も考えろアホォォォ!」

 罵る男に、軍人はふっと男臭い笑みを浮かべた。

「――ようやくかつての貴方に戻ったわね……」

「お、お前……そのためにわざとおかしな事を?」

 動揺する男に、軍人は言い切った。

「いえ、あれは本音」

 ――男は無言で店の電話に手を伸ばし、MPへ通報するための電話番号を打ち込もうとした。

「じょ、冗談よ! それより本題があるの、本題が!」

「……これは?」

 涙目になる軍人が、懐から紙束を取り出して男の手に押し付けた。
 男は、その紙面に描かれた文字や図面にいまだアルコールの抜けきれない目を向けた――

 そして、あんぐりと口を開いた。

「な、なんだこれは!?」

「……どう? ここ最近、あちこちから挙がってきた奇抜な兵器アイデアの一部よ。
ユニークでしょう?」

「た、たしかに……」

「でもね、そのままだと軍が採用どころか研究さえ認めなかったような、SF小説のネタレベル。
でも、貴方みたいな技術のプロが、実現性とすり合わせたら?」

 軍人の言葉に、男の顔がこわばった。

「だ、だが。俺はXG-70を失敗させた男だ。
乗員への重力偏重対策の切り札だった、無人操縦化だって失敗した」

「ええ、もう何年も前にね」

 何年も――そう、何年も前だ。
 今の最新技術を計算に入れなおしてみたらどうだ?
 男は脳味噌の中に巣食った蜘蛛の巣を払い、ゆっくりと思索をめぐらせはじめた。

「…………だが、私にはもう予算も権限もない」

「あら、そんな中でも貴方は細々とXG-70の改設計を続けていたんじゃなくて?」

「!」

「悪いけど、軍の監視は未だに貴方についているの。
『廃棄物置き場』と社内から揶揄される狭い部屋で、貴方が原始的なコンピューターとメモを手に何をしていたか、まで把握しているわ。
……今、計画再開に熱心な軍幹部が何人もいる。動機はよくわからないけど……。
何か突破口があれば上層部の説得は可能よ」

 まいった、と男は大きくため息をついて天を仰いだ。

「……そうだな、もう一度チャレンジしてみるか……常識の壁を破壊することに」

 つぶやく男に、軍人は目を細めた。

「ええ、そうよ! 貴方が再起すれば、アタクシにも復権のチャンスが!
そして今度こそ美青年士官に……ハァハァ」

 少し前とは一転した、華やかな笑みを浮かべた男の拳がゆっくりと握りめられた。

「常識の壁の前に……まずその変態幻想をぶち壊す!!」





 1990年現在、日本。
 アメリカ本国で、あるいは世界各地で様々な胎動があることを知る由もなく。
 僕は、ふらりと基地の外に出た。
 体調はすぐに良くなったが、少佐との話が胸の奥に重石となって残り自室にさえいたくなかった。
 すでに外は夕暮れの時刻を迎えており、街並みは茜色に染まっている。

 セーターとジーパンという、ありふれた私服に着替えた僕は、白い息を吐きながら目的もなくぶらぶらと商店街あたりをうろついた。
 僕の外見はほとんど日本人であるため、行き交う人々に米兵だと気づかれることはない。

 アメリカの大都市ほどではないが、立ち並ぶ店先にはそれなりに豊富な物資が並んでおりまだまだ後方国家であることを伺わせていた。

「この世界そのものを憎む、か……」

 買い物にいそしむ人々の喧騒に紛れて、僕はつぶやいた。
 少佐の話は、まったく考えもしなかったことで――どう受け止め消化していいのかわからない。
 走り回る子供、値切り交渉をしている八百屋の店主と客の主婦。
 そういった光景が、誰かの描いた創作物の副産物に過ぎないとしたら……。

 ああ、頭がまた痛くなってきた。
 今度は前世ビジョンの情報によるものではなく、純粋な苦悩によるものだ。

 こうして平和な日本帝国の、ありふれた人々を見ていても心は晴れない。
 はたして、この世界は何なのか? どこへ行くのか? そして僕は?
 所詮アメリカ人は、自滅する悪役の道が約束された、日本帝国やそこから国連に抽出される主役級の人物の引き立て役?

 浮かない顔で歩く僕の横を、数人の軍人が通り過ぎていった。

 ……やはり、完全な後方国家とは違う。
 軍人に街中でやたら出会うなぞ、普通ならないはず。
 BETA東進を受けて、帝国軍がしゃかりきになって軍備増強に励んでいる影響だろうか?

 しかし、何度見ても軍刀を持ち歩いている士官には違和感を感じる。
 SAMURAIの伝統だそうだが、どうせ持ち歩くのなら拳銃のほうがかさばらず実戦的ではないだろうか?
 と、思ったところで自分がまったく武器を持っていないことに気づいた。
 アメリカでは、場所にもよるが自衛の手段を持つことが常識だ。
 それはかならずしも武器を携帯することを意味しないが、やはり頼りになるのは銃という考えがあるのは否めない。
 いくら平穏が当然の日本とはいえ、迂闊だったかとふと不安になる。
 もっとも休暇中の武器携帯許可など、ただでさえ日本帝国に(ややズレた方向で)気を使う傾向にある我が軍が許すはずもないだろうが……。

「うむ……」

 僕は一人、うなずいた。この感覚は紛れもなくアメリカ人のものだ。

 悩みを背負いながら歩き続けるのにそろそろ疲れた僕は、どこか休めるところがないかと周囲を見渡した。
 日本語については、父親と言う見本がいてかつ士官学校で叩き込まれているから、言葉に不自由はない……はず。

 喫茶店でもないか、と視線をめぐらす僕の耳にいきなり罵声が飛び込んできた。
 僕に向けてのものではないが、かなり大声だ。
 ぎょっとなってその元を探すと、商店街の大通り中央あたりで騒動が起こっていた。

 僕は、目を凝らしてそちらに注意を向ける。
 ボロと見まごう服装をまとった数人の男女を、恰幅の良い男達……こちらはそろいの軍服に似た制服を着ている……が取り囲んでいた。
 十人ほどの男達は、口々に酷い言葉を投げつけていた。

「日本から出て行け!」

「大陸に帰れ!」

「お前らに食わせるものなんかないんだよ!」

 ……僕は絶句した。
 アメリカの難民キャンプが近くにある街で、難民排斥運動団体がやっていることとそっくりなのだ。

 大陸での戦況が逼迫するにつれて、日本帝国に避難する人々が増えている。それもかなりの勢いで、だ。
 そうなると、元からの国民とトラブルが起こらないわけがない。
 一部の財産や技術を持っている者達を除けば、難民など厄介者――いや、持っていても感情的に面白くない。それが建前を取り払った受け入れ側の本音だ。

 よって、僕が驚いたのは排斥運動じみた光景について、ではない。

 前世ビジョンのゲームの中では物語の主役的立場であり、嫌悪感を催す描写は抑えられている日本帝国。
 そこで展開されている事自体に対して、だ。

 薄情なようだが、僕は少し安心した自分がいるのを感じた。
 こういう人間同士の軋轢として必然的に起こりえる事が、しっかり起こっている――つまりこの世界は特定偏向した描かれ方をした創作物ではない、という証明になりそうだからだ。

 難民の中から、夕日を照り返す金髪を持った少女が進み出て、何か訴えつつIDカードのようなものを示している。
 アジア系ではなく、明らかに白人風の少女だった。年齢は14歳ぐらいだろうか。
 身分を明示することで、自分達が日本にいることの正当さを訴えようとしている様子だ。

 だが、軍服風の服を着た男――アメリカで言うKKKのような差別団体、もしくは右翼団体構成員と思われる――は、乱暴に少女の手を払った。
 小さく挙がる悲鳴。
 IDカードが飛んで、僕の足元に落ちた。

「…………」

 さて、どうしたものかと考えながらカードを拾って文面にざっと目を通した僕は、思わずうっとうめいた。

『国籍:ポーランド

帝国における身元引き受け:帝国大学・応用量子物理科

氏名:イリーナ=ピアティフ』

「ちょ、ちょっと待てええええ!!」

 僕は思わず喚いてしまった。
 前世ビジョンの中での記憶に、思いっきりストライクする名前だ。
 香月夕呼以外ほとんど文章だけで済まされたオルタネイティヴ4計画従事の人材の中で、珍しくけっこう出ていた女性。
 横浜基地副司令の秘書で文民出身・イリーナピアティフ中尉――彼女なのか!?

 やっぱりこの世界は誰かの…………。

「ああ!? 何か文句あるのかぁ!?」

 だが、僕の混乱した思索は、駆け寄ってきた軍服モドキ男の怒号で中断させられた。
 どうやら僕の叫びを難民への態度を止める声だと捉えたらしく、かなり険悪な気配を漂わせている。

「貴様は日本人だろう!? なぜあんな外国人どもの肩を持つ?」

 ――かちん。

 相手の言葉に、僕の堪忍袋は即限界点を超えた。

 ひとつ。僕は日系とはいえアメリカ人だ。日本人の血を引く、ということ自体には特に誇りも劣等感も持っていないが、根っこは問われれば迷わずUSA! と答える人間だ。

 ふたつ。人種的なこと言われるとすげえむかつく! 前世ビジョン内のように斯衛の美女に言われたのなら、まだ我慢できたかもしれないが……。
 むっさいチンピラにいわれると本気で腹が立つ!

 みっつ。日本人なら自分達を支持すべき、という傲慢さに鼻が曲がりそう!

 ただでさえ神経が荒立っていたところである。
 士官としての自制心さえちぎれとんだ僕は、軍服モドキ男の頬に、右拳を思いっきり叩き込んだ!

 必殺! 『俺も日系だよ、といおうとしただけのレオンに鉄拳制裁したのは、ちとやりすぎじゃね? ユウヤ?』ナックル!

 商店街に高く響き渡る打撃音、あっと息を呑む周囲の気配。

「僕は……日本人じゃねぇ……!」

 たまらずその場に崩れ落ちる相手に、僕は吐き捨てた。

「き、貴様ぁ!!」

 仲間をやられた連中が、黙っているはずはない。難民達など打ち捨てて、僕に殺到してくる。
 だが、僕はひるまなかった。
 こっちは厳しい選抜と訓練を潜り抜けてきたアメリカ合衆国の衛士だ。
 チンピラ風情が束になってかかってこようと、負けるものかよ!





 第二次世界大戦期。日本はドイツ・イタリアと並ぶ世界の嫌われ者だった。
 当時、日本に宣戦した国は四十ヶ国を超える。
 日本占領地においても、その軍政の過酷さや差別に耐えかね抗日運動に参加した人々は多数にのぼった。
 中には親日派と呼ばれ、日本軍に協力した者達が、絶望して抗日に変わった例も多い。
 数少ない友好国だったタイでさえ、日本が作戦上の都合で領土を勝手に横断して戦争に巻き込んだことに怒り、首脳部が連合国にひそかに通じていたぐらいだ。

 条件付降伏後、そんな地に落ちた信頼を取り戻すため日本の指導者達はなりふりかまわず奔走した。
 アメリカ主導による国政改革の受け入れ、他国への経済支援、軍事協力、水面下工作etc……
 東西冷戦やBETA大戦さえも利用し、その甲斐あってついに国連常任理事国の座さえ手に入れた。1987年のことだ。

 戦勝国クラブ、と揶揄されることもある国連常任理事国にかつての敗戦国が入るのは、国際政治的に大きな意味を持つ。
 「外国に媚売るな! 日本人の誇りはどこへいった!」と突き上げてくる国粋主義派をいなしながらの、日本外交史上に特筆される大勝利のはずだ。
 外交関係の好転は、好調な貿易という形で国内事情にも好影響をもたらし軍事・経済ともバランスよく発展している。
 まるで何か超越的なものに愛されているとしか思えないような、ビッグウェーブだ。

「ガイア(地球)が帝国にもっと輝けと、囁いている……!」

 とは奇跡的な日本帝国の発展と国際地位向上を受けた、時の外務大臣の言葉である。

 ところが……最近世界の様子がおかしい。
 日本帝国が世界の主導権を握るため覇権主義に転じるという懸念をされているのなら、日本が他国の勢力伸張をどう捉えてしまうか、ということを思えば理解はできる。

 だが。
 このところの日本に向けられる視線は、生暖かいという表現がぴったりの奇妙なものだ。
 帝国の能力・将来性に過大な評価が向けられているのだが、その割りには『敬して遠ざける』状態の扱いを受けることが多い。

 原因がさっぱりわからない――少なくとも日本帝国の指導部にとっては。
 原因がわからなければ、手の打ちようがない。

 日本を巡る奇妙な動きの中心には、例によってアメリカがいるようだが。
 アメリカ側がそんな行動を取るメリットがはっきりしないのだ。

 だいたい、アメリカ自身の動きもかなりおかしい。
 それまでの国際戦略をうっちゃり、自主的にG弾攻撃計画案を引っ込めるわ、軍事力を国内に引き上げはじめるわ……。
 まだ露骨に反日工作を仕掛けられるほうが、状況がはっきりして良いと思えるぐらいだ。

 帝国首脳にとっては、まさにタチの悪いペテンに引っ掛けられているのでは? と感じる日々が続く中。

 ひとつの指令が、帝国外務省から在米の日本大使館に飛んだ。

『最近、アメリカ合衆国の上層部を中心に広がっている前世療法なるものについて、詳細なる調査を行え。
情報省の内偵により、この催眠療法経験者がアメリカの方針転換に深く関わっている場合が多いと判明』



[28914] 第8話 人間が常に冷静だとは限らない
Name: キャプテン◆3836e865 ID:dfed1f2a
Date: 2011/07/29 01:20
 夜が迫る商店街での乱闘――。

 僕は、自分の顔面向けて飛んでくる軍人モドキ服の男の一撃を、しっかりと視認していた。
 ぱぁん、という派手な音があたりの空気を震わす。

「スローすぎてあくびがでるぜ」

 掌で軽々とパンチを受け止めた僕は、ぎゅっと相手の拳を握りこんだ。

 衛士は動体視力も握力も日常的に鍛えられている。相対速度が時速数百キロは当たり前の対人戦や、何時間もぶっ通しで戦闘機動を続ける対BETA戦の訓練を積んでいるのだ。
 拳を締め付けてやると、相手の男の顔から勢いの良さと殺意があっという間に消え……ついで、喉からだらしない悲鳴を漏らした。

「……」

 僕は男が戦意を失ったと見るや、すぐに手を離した。何しろ敵は他に何人もいるのだ。
 無数の手足が、僕めがけて殺到する。

 しかし――

「よ、弱すぎる……?」

 僕は思わずうめいてしまった。
 まともに腰の入ったパンチやキックは一発もない。
 それどころかすっかり頭に血の上らせ、味方同士で体をぶつけあって邪魔しあう始末。
 僕は、自分に向かってくる情けない攻撃を余裕をもって腕で払い、体を捻ってかわした。

 迂闊に前に突進してきた奴の腹に、僕は靴先を叩き込んだ。
 足先に伝わる感覚――相手の腹筋、ほとんど鍛えられてない。案の定、そいつは一発だけで戦意を喪失、腹を抑えてその場にうずくまってしまった。

 こ、こいつら……軍服に似た服着て格好つけて難民には強気だったが……中身は全然弱い!
 BETA大戦激化以来、どこの国も義務教育段階で軍事訓練を国民に課すようになっているが……そういった最低限の訓練すらこなしているのか? と疑うレベルだ。

 だが、油断したのがいけなかった。
 唖然としたところへ、比較的勢いのある蹴りに襲われ、僕は左肩をしたたかに強打された。たいして効きはしないが、踏ん張りこそねる。
 バランスを崩したところへ、調子づいた連中が僕を袋叩きにしようと奇声を上げた。
 頬に拳が叩き込まれ、熱い痛みが走る。

「なろっ!」

 ここまでで十分頭に血が上っていた僕だが、いいのを貰ったことで完全にぶち切れてしまった。
 最低限の手加減すら忘れて、手近な奴の顔面を殴りつける。ぱっと飛ぶ赤い鼻血。
 僕もさらに打撃を貰ったが、興奮からか痛みさえ希薄になっているためひるみもしない。
 目につく相手を片っ端から殴り、蹴飛ばし、時に服を掴んで引きずり倒す。

 気づいた時には、僕は荒い息をつき顔に無数の痣を作りながら、大通りにはいつくばってうめくチンピラ達の中に立っていた。
 周りの通行人はもちろん、もともとの当事者である難民達も明らかにドン引きした顔を僕に向けていた。

 ……荒い息を吐いて呼吸を整えた後、僕は突然の自己嫌悪に襲われた。
 先に手を出したのは僕だし、結果として弱いものいじめしたようなものだ。

 落ち着いて確認してみると、チンピラ達が着ているものはやっぱり軍服に似た別の物だ。
 欧州出のネオナチとかが旧ドイツ武装親衛隊の軍服にやたらあこがれ、どっかから似たようなものを入手して着込むようなものなのだろう。
 これで、僕の汚点に民間人相手に喧嘩、というのが赤字で加わったことになる。

「はあ……」

 これも少佐のいっていたアイディンティティ・クライシスの影響か?
 自己嫌悪に加えて、興奮後特有の虚脱感にも全身をどっぷりと掴まれ……。
 棒立ちになる僕に、こわごわと一人の少女が近づいてきた。

「あ、あの……」

 IDカードを見せようとしていた、あの少女だった。

「? ……ああ」

 僕は、未だに自分が左手に彼女のIDカードを握っていたことに気づいた。
 喧嘩の興奮で割ってしまったのか、と危惧したが幸いカードは無事だった。
 綺麗な顔立ちをした少女の手に、僕はIDカードを押し付けるように渡すと、すぐに視線を逸らした。
 この少女が、何年かすれば技術士官として世界の命運の一端を担うかもしれない。
 そしてその「物語」中でのアメリカは――

「……」

 これだけ乱闘したのだから、警察などの司法職員が来るだろう。
 僕は逃げる気はない……というより、何もかも億劫になりつつあった。
 この世界の在り様に考えをめぐらせ、ちょっとした事ですぐ頭を悩ませるのに疲れたのだ。

 もういっそ、前世ビジョン内のゲーム以上の悪役になってやろうか。
 保育園のバスを脈絡もなくジャックしたり、日本機に外見よくにせた偽物つくって悪事働いたり、学習塾装って子供洗脳したり……。

 とりとめもない考えを弄ぶ僕の手が、いきなり引っ張られた。





 1990年の中東は、BETA大戦屈指の激戦区であった。

 BETAが地球に落着した地点から比較的近く、しかも人類側の活動がしにくい砂漠が戦場。
 元々、この地は複雑な政治・歴史・宗教的背景を持ち、さらに地下資源の宝庫ということもあって平穏とは無縁の日々が続いていた。
 そこへBETAの侵攻である。
 いがみあっていた中東諸国は、この外敵に対して超宗派的な『聖戦』をスローガンとすることで団結し、一時的にせよBETAの攻勢を押し返すほどの奮戦を見せた。
 現在、スエズ運河を策源地として人類側は他地域からの戦力も結集、必死の防衛戦を展開している。

 この地の戦いを兵站面から支えているのが、アフリカ諸国だ。ここも資源豊富で、かつBETA大戦後は他地域からの企業や技術者の疎開を受け入れることで、長足の発展を遂げていた。
 スエズ・アフリカ間にはエジプト領土を経由する鉄道が何本も引かれ、連日膨大な物資が補充されていた。

 ところが。
 二ヶ月ほど前から、スエズを終点とする主要線路のうち二本ほどの使用が急に差し止められた。
 一発の弾薬でも多く送って欲しい前線部隊の不平を無視し、工兵隊が線路に取り付いて何か工事を行っていた。
 そしてある日の朝。
 将兵達は、度肝を抜かれることになる。



 中東戦線で戦う雑多な軍隊……中東連合、イスラエル、アフリカ連合、アフリカに多数国民を疎開させたためここを落とすわけにはいかないEUや東欧州社会主義同盟の一部等を統括する、国連軍司令部。
 今日もまた、砂塵を巻き上げつつ猛進してくるBETA群発見の急報を受けて、即座に戦闘態勢に入っていた。
 偵察用のUAV(無人航空機)が三機ほど連続で撃墜された事から、厄介な光線属種が多数接近していることが判明し、司令部内を行き交う者達の顔には緊張がべとりと張り付いている。

 アメリカからの供与品である最新型戦域データリンクシステムを経由して、戦場に散らばる戦術機はじめとする各国軍兵器からの情報が洪水のように司令部に流れ込んでくる。
 一際巨大なメインモニターから、無数の発光がほとばしっている。
 人類側の一斉長距離砲撃と、それを迎撃する光線属種が放つ光の激突だ。
 ALミサイル、AL砲弾を中心とした飛翔物が、陽光を遮らんばかりにBETAの頭上に殺到するも、光線によって多くが撃墜され空中で空しく散る。
 やがて、空が黒い靄のようなものに覆われはじめた。迎撃された砲弾が蒸発、重金属の雲を発生させたのだ。

「――重金属雲、規定濃度に到達! 各部隊は、粉塵爆発に注意せよ!」

 オペレーターが全軍に指示を出す。
 重金属雲に妨害され、BETAのレーザー攻撃の威力がやや鈍る。通常なら、さらに砲撃を強化するか、精鋭戦術機部隊を吶喊させて光線属種狩りを試みるかだが――。

 この日は、様子が違った。

「よし……アフリカ連合軍・第26独立砲兵団に連絡。
『雷神の鎚を掲げよ。目標座標に変更無し』」

 国連軍司令官が、じっとメインモニターを見つめながら指示を出す。
 即座にオペレーターが復唱し、軍という巨大な機械の一部が動きはじめる。

「――司令部より入電! 『雷神の鎚を掲げよ。目標座標に変更無し』」

 指示を受け取り、勇躍したのは数ヶ月前から線路を占領していた一団である。

「よおおおおし! いよいよ出番がきたあ!
射撃用意!」

 疎開はとっくに完了しているスエズの街を貫く主要軍事線路。その真ん中に、巨大な物体が鎮座していた。
 戦術機さえ悠々と運べるほどの台車が、八両も連結されている。それらが支えるのは、ただひとつの砲台だ。

 砲身の長さ、約40メートル。重量、1400トン以上。
 砲口径、90センチ。
 アフリカ連合製・超巨大列車砲『ジャンゴ』である。

 列車砲というのは、その名前からわかる通り線路を利用して動く列車に砲を搭載したもので、兵器としては古典的かつ現代戦では廃れたものだ。
 なにしろかさばるし、機動性はなきに等しいし、何より航空攻撃には脆弱だった。
 90センチという砲の巨大さは、人類史上最大級であるが(世界最高の戦艦・紀伊クラスの主砲ですら約51センチ砲だ)それゆえに運用は困難を極める。

 だが、某国経由で入ってきたあるアイデアを元に、アフリカ連合はこの大物の実用化にこぎつけた。
 モデルとなったのは、第二次世界大戦期にドイツ軍が使用していた列車砲・ドーラ(80センチ砲)だ。
 最大の弱点である航空攻撃も、BETAは使用しないから度外視できる。
 ジャンゴの周りで発射準備作業に入っているのは、人間ではない。
 作業に不要な装備を一切取り払った、中古のF-4一個中隊である。人間が作業した場合とは比べ物にならないほどの速度で砲弾を装填し、砲口の位置を調整していく。
 戦術機の祖先は宇宙における船外作業用の大型MMUだから、非武装F-4は先祖がえりといえなくもない。

 戦術機による、巨大な砲の運用。その発想が、この兵器に命を吹き込んだ。
 かつてのドーラなら約千四百人が必要だった作業が、砲構造自体の進歩・自動化もあってわずか一個中隊のF-4で行うことが可能だ。準備時間も短縮されている。

「――発射準備、完了!」

「前線とのデータリンク、正常。風速、気温、コリオリ力……各諸元、入力終了!
目玉野郎(光線属種)どものど真ん中にぶち込めます!」

「総員、対衝撃防御……完了! いつでもいけます!」

 次々と上がって来る報告に、砲兵団長は満足気に口元を緩めた。

 ジャンゴ――アフリカの神話にある、元は人間の雷神だ。その司るもののひとつは「報復的正義」だと言い伝えられている。
 一世一代の大舞台に震える手で、砲兵団長はマイクを掴んだ。

「よし! 超巨大大砲は男の浪漫! 人類の怒りを乗せて、ぶちこめぇぇぇぇぇぇぇ!!
――発射ぁ!!」

 次の瞬間、まさに太古の神が咆哮しがた如き轟音と震動が、大地を揺すぶった。



 スエズ運河目指して砂漠を進撃するBETAの大群。その中でやや後方に位置する光線属種は、正確に人類が打ち出す攻撃を撃墜していた。
 今もミサイルを一発、蒸発させ終えて次の照射に入ろうとする重光線級がいたが――そいつが、迷うような挙動を見せた。
 人類側にはまだ知られてはいないが、炭素製の機械というべきBETAに本来ならそんな要素はない。
 にもかかわらず、巨大な『目玉』を左右に揺らしているのは、新に飛翔してくる物体がこれまでの『学習』の中には存在しないからだ。

 そいつには高度な演算装置などまったく入っていない。本来なら、攻撃優先順位は低いもののはず。
 だが、その質量が……凄まじく大きい。重量は約十トン。
 それが空高く舞い上がり、重力を味方につけて音速の壁を突っ切って落下してくる。
 ようやく脅威度を暫定で決めた何匹かのBETAが迎撃しようとした時には、すでにジャンゴから放たれた砲弾は重金属の分厚い雲を突き破っていた。

 半瞬後、BETA群の後方部を中心に、通常兵器ではまずありえないような大型の火球が出現した。
 衝撃波を受けた小型BETAが一瞬の耐久もできず吹き飛び、ついで吹き荒れる高温と爆風・砲弾の破片がかろうじて耐え抜いた中・大型BETAを蹂躙する。

 固唾を呑んで遠距離偵察していた戦術機さえ、威力の余波で計器が一瞬乱れたほどだ。
 榴弾。そう、ジャンゴが放ったのはただの榴弾だ。しかし圧倒的なサイズゆえ、その破壊力もまた大きい。
 質量が巨大だから、仮に光線属種の照射を受けても溶解あるいは空中爆発する前に地表到達するだろう、と計算されていたが今回はもろに直撃だ。

 激しくBETAだった炭素と砂塵が巻き上がるものの、核兵器などと違って電磁パルス等は発生させず戦術機の機能に障害を起こしたりしない。
 すでに滅茶苦茶に乱れたBETAの密集陣の上に、今度は通常のミサイルや砲弾が再び降り注ぐ。
 そして、十分ほどの間をおいて、再び90センチ榴弾が炸裂。
 火力の暴風が駆け抜けた後、まともに動いているBETAを探すほうが難しいという地獄絵図が出現した。

「――今だ、連中が立ち直る前に突っ込め!」

「てめえら、食い放題だぞ!」

「ヒャッハー! レーザー照射警報が消えたぜぇぇ!」

 レーザー照射を避けて砂丘等の遮蔽物に身を小さくしていた各国の戦術機部隊が、いっせいに勇躍した。
 直接被害を受けなかったBETAも、震動や衝撃で無様に砂漠に倒れ伏している。
 この隙を逃すわけもなく、砂漠戦仕様のF-4やミラージュ、クフィルがジャンプユニットを全開にして突撃していく。
 後は一方的な狩りだ。
 もがくBETAを人類側の戦術機は次々とカモ撃ちしていき、BETAの体液で砂漠に河ができるほどだったという。

 この日、中東戦線において稀な人類側の一方的勝利が実現した。
 列車砲の運用にはまだまだ問題があるものの、単純だが巨大な質量を使用した砲撃の意外な有効性に、スエズ防衛は一条の光明を見出すことになる。
 使われている技術自体は、古い「枯れた」技術なだけに宇宙から質量攻撃をかけるよりも信頼性が計算できる面が大きかった。

 ――なお、本来のアイデアは『メガ・バズーカ・ランチャー』なるビーム粒子兵器を作って、金色の戦術機に持たせて運用しよう、というもので。
 この原型案自体は『冗談ではない!』と即却下されたという。



[28914] 第9話 真面目なものがネタ化しないとは限らない
Name: キャプテン◆3836e865 ID:0b69f77a
Date: 2011/08/08 18:25
 第二次世界大戦は様々な惨劇を引き起こしたが、特に有名なもののひとつがナチスによる人種殲滅政策だ。
 差別や隔離どころではない、本気で自分達が劣等と決め付けた民族を滅ぼそうとしたのだ。
 この狂気から逃れるため東欧の人々――特にユダヤ人が欧州から脱出し難民化した。
 彼らの多くは戦火によって財産や、法的身分保障さえ失っていたため、その動きは困難を極めた。
 そんな中、彼らにビザを発給した日本の杉原千畝・中国の何鳳山らの人道的決断は有名である。

 だが、アジアの上海に逃れたユダヤ人を中心とする難民は、ナチスとの関係を深めた日本が英米と戦争状態に入ると、ゲットーと呼ばれる隔離地区に中国の貧民層とともに押し込められることになる。
 ゲットーを管理する日本の役人は『ユダヤの王』と自称する凄まじく空気読めない傲慢な者がいるような態度で(日本人に対して外国人が「俺が日本の皇帝だ」と言うようなものだ)、これだけが原因ではないにせよひそかな抗日運動さえ起こるようになる。
 その上、ゲットーはアメリカ軍の爆撃も喰らったから悲惨であった。
 そして上海ゲットーは、日本が条件付降伏を行うまで存続した。

 ……なぜこんな日本人自身でもほとんど知らないような事を僕が知っているか、というとアメリカ本土の士官学校在学中に聞いたからだ。
 人道主義的な話から、ではなく『なぜイスラエルと中国の資本は急接近しえたのか』という国際戦略学の授業による。
 血縁的性格が強く、身内以外は滅多に信頼しない華僑系資本と、やはり他者への警戒心が強いユダヤ系資本を結びつけたものはこの歴史的悲劇であろう、と。

 ――それをいかに分断し、再びアメリカ側にイスラエルをひきつけるにはどうすればいいか、を考えさせる課題が出た時は、正直困ったものだ。
 何しろ僕の母方の祖父母などは、第二次大戦中に日系ということでもろにアメリカ本土で隔離を喰らった側なのだから、他人事とは思えないわけで……。

 さておき、そんなユダヤ人の中にはポーランド出身者も含まれており、それは非ユダヤ人とのネットワークとの関係も当然ある。
 結果、BETA大戦以前から祖国の共産主義化を嫌って外国に逃れたポーランド人は意外と多く、おおむね対日感情が良好なこともあって、大陸の戦線が逼迫した今では日本に来るものも少なくないという。

 僕は居心地悪さに身じろぎしながら、差し出されたお茶をすすっていた。
 あの商店街での乱闘の後、少女――ピアティフや難民らに手を引かれるままに、その場を後にしたのだ。
 気がついた時には、難民の住居というイメージとはかけ離れた、木造の古いアパートの一室にいた。

 IDカードが示していた通り、彼らは難民とはいっても技術や知識を買われて日本の最高学府に招聘された者達で、暮らしぶりは決して悪くない様子だ。
 部屋には古いながらテレビや家電が揃っており、何よりも目を引くのが本棚に詰め込まれた専門書の数々。

 ……誤解のないようにいっておくと、ここはピアティフ嬢の部屋ではない。難民のリーダー格である中年のおじさんの部屋だ。
 いきなり大暴れした僕をどう扱うか、難民達は迷ったようだが。最終的には日本の警察から救うことを決断したそうだ。
 恐縮しつつ身分を明かすと、今度はおじさんからの質問攻めにあった。

「アメリカの難民に対する受け入れ態勢や扱いは、実際の所どんなものなのか?」

「私の身内がアメリカに亡命し、軍に志願した。名前に聞き覚えはないか?」

「共産主義者との和解のために、亡命ポーランド政府(第二次大戦中から、反独反ソのために海外で活動している自由主義政府)をアメリカが無視しているというのは事実か?」

 というかなり厳しい問いを連発され、僕は頭を抱えることになる。
 知らないこと、知っていても軍機に関わるからいえないことばかりだったからだ。

 そして現在。
 薄汚れた窓から見える、外の光景はすっかり夜の帳に覆われている。
 休暇とはいえ、日付が変わる頃には基地に戻らなければならない。

 僕は、おじさんとピアティフに向かい合って座りながら時計を気にした。そろそろお暇しないと……。

 ふとピアティフと目があった。
 彼女は、前世ビジョンのゲーム内では香月夕呼の副官を務め、さらに戦域管制などもやっていたはずだ。十代半ばで大学に呼ばれるほどの才媛なのは納得いかない話ではないが……。
 この少女のような『ゲーム』での人物の存在。それこそが、この世界がどうあがこうとひとつの方向へ収束する証明のような気がしてならない。

「……なんでしょう?」

 小鳥のように首を傾げる少女に、僕は「いや、何でもありません」と言って視線を外した。
 そこで、はたと気づく。
 マクシム少佐は、僕が今抱えているような懊悩の行き着く先に、『世界そのものを憎む』という可能性があることを指摘した。
 それも、自分が調べた限りではという前置きからだ。

 つまり、すでに僕のようなレベルを飛び越えより大きなもの……本当にこの世界そのものを憎んでいる者達がいる、ということなのだろうか。
 だが、いくら憎いんでいても世界を滅ぼすことなどできようはずもない。
 たとえG弾や核兵器をありったけ持ち出して無差別にぶち込もうが――

 いや、待て。僕は自問した。
 世界そのものを憎むことは、世界の破滅を望むこととイコールではない。
 もし、前世ビジョン内のゲーム通りの展開を『破壊』することで、この世界が独自に歩む世界なのだと証明しようと……あるいは追いやろうと考えたら?
 例えば歴史自体を変えようとする――これはすでに試みられている形跡があるが、それはアメリカ上層部に食い込んでいる権力者のような立場であって、初めて可能になる。

 そういった権力とは無縁の人間が、それでも世界に『反逆』する手っ取り早い方法がある。

 ゲーム描写中で、世界の命運に関わるほど重要な人物をあらかじめ抹殺しておく事。
 これなら、個人レベルの暴力でもできる……できてしまうのだ。

 すでにインド戦線あたりで相応の名声を得ている可能性が高いパウル=ラダビノッドあたりはともかく、他の主要『登場』人物は、警護もまだ薄いだろう。

 自分の脳から飛び出た考えに、僕は背筋を凍らせた。

「あの、顔色が悪いようですが、大丈夫ですか?」

 心配そうに僕の顔を覗き込む、イリーナ=ピアティフ。
 彼女など、無防備な人間の典型だ。難民という立場ゆえ、チンピラ右翼じみた連中にさえ危害を加えられかねないところだった。
 あと数年待てば、おそらく国連軍のオルタネイティヴ計画の要員として採用されることになり、身の安全も飛躍的に良くなるのだろうが――。

 大丈夫です、と機械的に答えながらも僕の意識は混乱の一歩手前にあった。
 もし僕がここで思い切って、この少女を亡き者にすれば……将来、世界は前世ビジョン通りの展開にはならない。
 しかし、前世ビジョンなるものがそもそも集団催眠じみたものだった場合は、単なる無法な殺人だ。

 いや、仮に前世ビジョン通りの世界が展開される保証があったとしても、彼女自身に罪などない……ああ、本気で脳が煮立ちそうだ!

 急に頭を抱え始める僕に、二人のポーランド人が怪訝そうな視線を向ける。
 だが、しばらく僕はその姿勢を変えることができなかった。

「……今ここで決断すべきなんだろうか」

 僕は思わずつぶやいた。歴史を変えるために消すにしても、逆にそんなことは関係ないと守るにしても。

「いや、しかし……相手はまだ十代の少女だし……僕にはそんな……」

 突然ぶつぶつ言い出した僕への二人の視線は、疑問符が含まれたものになる。
 しかしテンパった僕は、そのぐらいでは正気を取り戻すことができなかった。

「だ、だけど今日を逃したらまたいつピアティフさんに会えるか……手遅れになるかも……」

「!?」

「ヤるにしろヤらないにしろ……次があるかどうか」

 おじさんがお茶を吹き、ピアティフは何の話なんだろうと言いたげに首を傾げた。

「ちょ、ちょっと待ってください少尉! い、いくらアメリカ人がオープンだからといってそんな……!」

 泡を食ったようになったおじさんが、ピアティフを守るように前に出る。
 今更だが、僕らは日本語で会話をしている。だから、普段使い慣れない僕の日本語発音が時折おかしくなるのは、不可抗力だった。
 僕の母国語は英語、彼女らの母国語はポーランド語。
 国際公用語たる英語なら彼女らの側はそれなりに話せるが、僕はポーランド語はさすがにさっぱりだからだ。

「し、しかし……今ここで実行するのも決断がつかない……!」

「ついたら困ります! ってあんた、今ここでやる気あるのかい!?
年齢とか倫理とか考えろや!」

 僕の苦悩の独白、おじさんの混乱、意味がわからないままのピアティフ。

「せめて身柄を確保しておくか? いや、それこそ問題が……」

「お持ち帰り!? そうだよ問題だらけだよ! お前なんぞ警察に捕まればよかったんだ!」

 威嚇するように拳を振り上げるおじさんに、僕はようやくはっとなった。

「す、すいません。つい興奮して……ちょっと心配事がありまして」

「…………本当にどうしたんですか、少尉? いきなりとんでもない事を言い出すなど……」

 謝る僕だが、おじさんの警戒の姿勢は崩れない。
 まぁ、隣に居る少女を殺すかどうか、で悩み始める人間がいたら、それは通報されても文句はないのだから仕方ない。

「ほ、本日はどうもお世話をおかけしました。また後日……」

 迷いを振り切り、別れの挨拶に入る僕におじさんは「二度とこないで欲しいんだが」という気配を漂わせていたような気もする。
 僕の態度からして仕方ないことだから、それに気づかない振りをして立ち上がった。

「あ、そ、そうだ。少尉、少尉の女性のご趣味は?」

 顔中から汗をだらだら流すおじさんの突然の問い。
 僕は戸惑ったが、帝国大学に呼ばれるほど偉い人なら何か深遠な意味があるのかも、と考えて素直に答えた。

「ぼいんちゃんが好きです」

 おじさんは一転大喜びし、ピアティフには当然ながらドン引きされた。





 アドル=ヤマキを困惑させた張本人であるマクシム少佐は、キャンプ座間の基地内にいた。
 基地司令官の部屋に呼ばれ、ディナーの相伴に預かっている。
 部下に休暇を与えても、大隊指揮官自身は働かなければならない。その責務に対する、司令官からのささやかな慰労だった。

 ――表向きは

「少佐、やはり恐れていた事が起こりそうだよ」

 司令官は、食後のコーヒー(ブラジル産の天然だ)の香りを楽しみながら言った。
 従卒達さえ下げて、少佐と二人きりだ。
 口さがない兵士達が妙な想像力をかきたてられるような状況だが、本人達の目には甘さの欠片もない。

「最悪から何番目の想定ですかな?」

 アイスクリームを銀の匙で掬いながら、少佐は声を低める。

「五番目だ」

「ふむ……つまり前世ビジョンを見て、『日本帝国人こそが世界を救う選良である』と自我を肥大させた帝国人による、暴発の気配……ですな」

 少佐も基地司令官も、前世ビジョンを見てさらにそれが引き起こす事態への危機感を共有している『グループ』の一員だった。
 話がオカルトじみているため、おおっぴらな活動はできないが。地下ネットワークというべきものを使い、少しずつ仲間を増やしている。
 こういったアンダーグラウンドの人脈関係が、時として国家レベルの諜報を上回る速度で情報を入手することがある。
 アメリカほど大々的ではないにせよ、日本帝国内にも催眠療法の副次効果として前世ビジョンを見たものが出現しつつあることを、少佐らはすでに知っていた。

「なにしろ、その手の選民思想が徹底的に叩きのめされた『前世の史実の日本』と違い、この世界ではその種の気風が残存している」

「自国や自分の民族に誇りを持つのはそれぞれの勝手ですが……人間というものの度し難さか、他者への蔑視とワンセットですからな」

 難しい顔の老齢の司令官に、へらへらとした笑みを崩さないまま少佐は答える。
 アメリカにとっても建国以来の持病というべきその種の感情は、様々な悲劇を産み落としてきた。
 公民権法が制定され、法制度上の人種差別が撤廃されたのが1964年。他国の醜態を愚かと笑える立場ではない。

「それで、何をやらかすつもりなのです連中は?」

「我がアメリカの、G弾使用をあきらめ切れん一派と接触しようとしているらしい」

「…………は?」

 少佐は一瞬、反応が遅れた。
 日本帝国の過激派と、アメリカのG弾使用推進派。喧嘩することはあっても、連絡を取るなど想像もつかない。

「確認しますが、我がアメリカ側からの仕業ではないのですね?
例えばクーデタを煽るような……」

「ああ。日本から極力手を引くという一点では議会の各勢力も納得済みだからな。
間違いなく日本帝国側からの接触だ」

 現在、合衆国の内部勢力はG弾にかわる新兵器開発や、重要性が回復しつつある戦術機関連の動きに意識が集中している。
 新孤立主義実施以来、良くも悪くも内向き傾向が強くなるアメリカに、日本に工作する余裕……そして、当面日本を引っかき回すメリットがない。

「つまり、前世ビジョンという不完全な情報と、現実の日本帝国への不満が結合した結果、予想外の反応が生まれたということだ。
日本帝国は世界を救う英雄になるべきだ、そして英雄になるべき条件を満たすためには犠牲もやむなし――」

「連中にとっては日本帝国が追い詰められ、BETAに国内でハイヴを作られた上で『悪役』のアメリカがG弾無断投下するのは日本が救世主になるための必要悪、というわけですか。
――いやはやなんとも」

 少佐はあきれたように首を横に振った。その顔から、笑いは消えている。

「そんな乱暴な考えが日本帝国内にいくらなんでも広まるとは思えませんが? ……それこそ正気を疑われるレベルでしょう。
前世ビジョンを信じる人間だって到底同意はしますまい」

「普通なら、そうだ。だが、その考えに染まったのが多少の不具合を省みず、他者を動かせるだけの権力と影響力がある人間だとしたら?
これはまだ未確認情報だが、どうも日本帝国を英雄にするためになりふり構わない考えの出所は――」

 基地司令官の目に、陰鬱な光が走った。

「日本のロイヤルファミリー(皇帝一族)もしくはジェネラル・ファミリー(将軍位を継ぐ資格のある五摂家の総称)クラスの重要人物だ」

「!!」

「少佐も知っての通り、日本帝国には『君、君たらずとも臣、臣たれ』という概念がある。君主が君主としてふさわしくない人物だろうが、家臣は家臣として忠節を尽くすべきだ、とね。
そして近代以降、日本はこれに加えて皇帝・将軍の神格化を進めることで、国家としての求心力の根底としようとした。
結果、あのヒトラーですら『兵士にそこまで強制はできない』と否定した自殺攻撃――カミカゼさえ行われた」

 まあそれでも一度はやらせたのがヒトラーだがね、と冗談めかして基地司令官は付け加えたが、少佐の険しい表情に変化はない。

「…………なるほど。それならば、我々も黙って傍観してるわけにはいきませんな。事はアメリカに関わります。
少なくとも誰が言い出し、どんな影響が出ているかを確認しなければ」





「よいしょっと……おい、今度の荷物はなんだ!?」

 かんかん照りの下、港湾で半裸の男たちが蟻のように動いて作業をしていた。
 ここ中国・広州は大陸屈指の貿易港であり、BETA大戦勃発後は海外からの対中支援物資陸揚げの中心地のひとつとなっていた。
 BETAの地球襲来以来、中国軍は莫大な犠牲を払っているものの、戦況は思わしくない。
 中国軍は元々近代化が遅れ気味だった上、長期戦を戦っていることもあり余力と呼べるものがほとんどなかった。
 本来得意としていたゲリラ戦も人海戦術も、BETA相手には無意味なのだ。
 やむなくイデオロギーを投げ捨て、台湾政府や西側諸国と妥協を繰り返し、その支援を受けて辛うじて遅滞戦闘を続けている状況だ。

「危険物注意だ! 気をつけろ!」

 働く男達――港湾作業員のリーダー格が声を張り上げると、英国旗――ユニオンジャックをつけた貨物船の横っ腹が開いた。
 その積荷を覗き込んだ一人が、

「なんじゃこりゃ!?」

 と、声を上げた。それに釣られて、男達の視線が貨物に集中する。

「…………これのどこが危険物だ?」

「でかいタイヤ……タイヤについているの、こりゃロケットか何かか?」

「おい、危険物だぞ、見た目はどうであれ気をつけろ。たっぷり爆薬が詰まっているらしいからな、このボビンみたいなのの中には」

 口々に思いを口にする男達。
 彼らの注意を集めているのは、『車輪のお化け』あるいは『スケールアップしたボビン』としか言いようがない物体だった。
 それが、大型貨物の腹の中に、所狭しと詰め込まれている。
 これまで様々な外国からの支援兵器を荷揚げしてきた者達にも、ぱっと見た目には何なのかわからない代物だった。

「――まあ、イギリスだしな」

「ああ、イギリスなら仕方ない」

 ぼんやり眺めて時間を浪費する愚を悟った男達は、最後にそういいあってから作業に入った。



[28914] 第10話 パクった側がパクられないとは限らない
Name: キャプテン◆3836e865 ID:2fce87af
Date: 2011/08/03 17:01
 中国の近代史は、苦難と混沌を混ぜた墨で描かれている。
 広い国土と多くの人口、豊富な資源と古い歴史を持つこの国は、列強と称される海の向こうの強国の草刈場と化した時期が長い。
 不平等条約を押し付けられ、阿片等の違法薬物を流し込まれ、数千年の文化の精華たる文物は焼かれあるいは強奪された。
 それが一息ついたか、と思えば今度は同じアジア国家である日本の『大陸雄飛』の獲物とされた。
 ようやく中国のみならず世界のほとんどを敵にした日本帝国が降伏、その猛威が収まったか、と思えば今度は新中国をどうするかの争い――国共内戦が起こる。
 それに勝利した共産党により中華人民共和国が成立し、やっとのことで安定の足がかりが掴めたか、というところで……今度はBETA地球侵攻の直撃を受けた。

『月ならともかく、俺らのホームグラウンドなら楽勝だ!
何しろこっちの航空兵力や砲撃が遠慮なく使えるからな!
国連や西側の出る幕はないっすよ!』

 というような思いで落着ユニットに通常攻撃での攻略戦を仕掛けた結果、光線属種出現による航空兵力無力化という予想をはるかに上回る事態により、中国軍は一気に劣勢に陥れられる。
 そんな状況は1990年に入った今も変わらず、中国軍はBETAに国土と人民を食われる苦痛を味わい続けていた。

 中国軍の主力は、ソ連製第一世代戦術機・Mig-21を独自改修した殲撃8型だ。
 バージョンアップはされているが、明らかに時代遅れの機種であり、BETAの物量やレーザー攻撃が最大の威力を発揮しやすい平地が多い華北に戦線が移動してからは、苦戦の度合いはさらに濃厚となる。
 1986年の、台湾政府との歴史的和解――対BETA共闘条約の調印による統一中華戦線成立で、西側からの支援は増加しているものの……。
 現状を打破するほどの大きな力とはなっていない。
 イスラエルとの共同開発を行っているF-16ベースの新型(後の殲撃10型)、ソ連製第二世代機の中国向けライセンス生産型の開発と試験は急ピッチで進められているが、これがら戦力化できるのはどんなに急いでも四年はかかるという見込みだ。

 そんな戦いが続く中、ある支援物資が前線部隊に届いた――

 乾いた土を蹴散らしながら、異形の群れ……師団規模のBETA群が突進してくる。
 曇天の下、おぞましい姿の影が大量にうごめく姿は、恐怖を呼び起こさずにはいられない。
 その行く手に待ち構えるのは、中華人民共和国軍の第1装甲師(他国でいう師団とほぼ同じ)及び、それを支援する各種独立部隊。
 彼らの背後には、いまだ国民疎開が完了していない首都北京を含む大人口地帯があり、これ以上下がることは政治的にも軍事的にも――何より兵士の心情面において困難な情勢だった。

 常に砲弾不足に悩まされる中国軍の面制圧は散発的で、ことごとくが光線属種のレーザーに阻まれてしまっている。
 距離二千メートルほどにまで詰めてきたBETAを見据え、一機の戦術機が動き出した。

「よし、例の玩具を使うぞ……準備にかかれ!」

 肩に『102』のマークをつけた殲撃8型が、硬化剤で補強された戦術機用塹壕から上半身を乗り出すようにして指示を出す。
 102――栄誉称号「功臣号」は、まだ第1装甲師が普通の戦車を装備する部隊だった時代から受け継がれるものだ。
 その初代は、なんと日本帝国軍製戦車・97式中戦車チハである。
 国共内戦時において中共軍の中核を担ったのは、降伏した日本帝国軍から没収した兵器群であった。
 初代功臣号は、何度も被弾しながらその都度修理を受けて前線に復帰、敵陣を一両で突破したなどの伝説を残し内戦終結まで失われなかった。

 その伝統ある功臣号の衛士からの指示だが……答える兵士達の反応は鈍かった。

「…………本当にこれを使うのでしょうか?」

 別の殲撃8型に乗った衛士が、どんよりした目を浮かべて通信映像越しに質問する。
 中共軍防衛ラインの一線に並び、今か今かと出番を待ち望んでいるのは――

 『車輪のお化け』や『スケールアップしたボビン』と港湾労働者達に散々な事を言われた、あのイギリスからの支援兵器だった。
 横に倒したドラム缶の左右に車輪をつけたようなやっつけ形状。車輪の各所には小型ロケットが取り付けてある。
 いってはなんだが、子供が落書きした絵をそのまま現実に持ってきたような、微妙な味わいがあった。
 それが百数十両(台? 基?)ずらりと並んでいる図は、かなりシュールである。

 制式名称・パンジャンドラム マークⅡ。
 全長は五メートル弱。中には約三トンもの爆薬が詰まっている。
 運用方法はいたって単純。

『BETAの群れに向けて転がしてぶつけて爆発させる』

 これだけだ。

 原型は、第二次大戦中に試作で終わった兵器であるという情報も、兵士達の不安に影響していた。

 初代バンジャンドラムは、海岸上陸戦時に敵のコンクリート防壁を破壊するために構想された自走自爆兵器だった(無論、初代も二代目も無人である)。
 だが、推進力を生むためのロケットがぶっとぶ、車輪がちょっとした起伏に足を取られてあらぬ方向へ転がっていく、発進準備に時間かけている間に潮が満ちて水没してしまうなど、ほとんど狙ってやっているコントとしか思えない散々な実験結果を残して歴史の彼方に消えた。

 そんなものを渡されて、喜ぶ兵士はまず少数派だろう。『玩具』という指示が、比喩でもなんでもなく思える。

「うるさい! 上からの命令なんだ! とっととやらないと政治委員呼ぶぞコラァ!」

 功臣号衛士は、管制ユニット内で口から唾を飛ばして脅し混じりに叫ぶ。なお、この衛士は妙齢の美人女性でもあり、普段は野郎どもの憧れなのだが……今の表情は鬼女そのものだ。

「――へーい」

 俺達の命運もここまでか……そう兵士達は諦念しつつ、パンジャンドラムの推進ロケット点火にかかった。
 さすがにマークⅡというだけあって、スイッチひとつで全ロケットを始動させられるようになっていたりと、改良らしい事はされている。
 構造はいたって単純であり、『資材の手配がつけばトラック工場でも量産可能』なパンジャンドラムは、いっせいに唸りを上げはじめた。

「よし、歩兵隊、退避……押せー!」

 功臣号衛士が、脱力感を必死に押さえながら機体を操った。
 並ぶ戦術機の手には、『竿』――巨大な以外は、冗談抜きで竹や木を寄り合わせただけの単純な道具――が握られている。
 それでパンジャンドラムの位置を微調整して、敵に向かっていくように押しやるのだ。

 濛々と土煙を上げるBETA群に対して、パンジャンドラムが黒煙を対抗するように噴き上げながら転がりだした。
 戦場は、あらかじめ起伏の少ない場所を選んであるが、安定の悪いパンジャンドラムはちょっとした窪みでも飛び跳ね、中国兵達をひやりとさせた。
 それでも、時速百数十キロまで加速したパンジャンドラムの群れは、相当数がBETAに向けて突進していき――

「――アイヤー!?」

 衛士の一人が、戦闘中にあるまじき驚きの声を発した。
 パンジャンドラムに対して、BETA群はこれを避けるどころか自分達から向かっていく。中には、車輪がズレてあらぬ方向へ転がったパンジャンドラムに自分達から接近していく個体さえ多数見られた。

「ど、どういうことだ!?」

「そ、そうか……そういうことだったのか……!」

「わかるのか、雷電1(ある衛士のコールサイン)!?」

「人間から見たらアレな存在でも、連中にとっては攻撃する対象なんだ!
そして光線属種を除いたBETAの攻撃手段は、殴るかぶつかるか噛み付くか……嫌でも接近しなければならん!」

 ある衛士二人がそんなやり取りをしている間に、ついにパンジャンドラムに内蔵された爆薬が、その牙を剥いた。
 BETAとの激突のショックで、あるいは時限信管により無数の爆発が引き起こされる。
 入れ物がどうあれ、中身は対BETA用の高性能爆薬だ。しかも何発かに一発の割合で、小型種殺傷用にボールベアリングがたっぷり仕込まれたものもある。

 ちゅどどどーん(中国軍兵士には、そう間の抜けた爆音に聞こえた)、という響きが生まれるたびBETAが派手に吹っ飛び、爆発に耐えられた個体も衝撃を受けて転倒している。

「――こ、光線属種!」

 どこか弛緩した空気が流れ始めた中国軍陣地だが、ある監視兵の報告で一気に緊張を取り戻す。
 ついに、一番恐ろしい連中が出てきた。

「!」

 一両のパンジャンドラムが、信管不良なのかBETA群の後方まで爆発せず入り込む。
 光線属種が体を揺すり、パンジャンドラムを照射しようとするが。

「うええ!?」

 レーザーで撃破――されない!
 光線属種達は、巨大な目玉を忙しく動かしているが、パンジャンドラムは蒸発させられることなくそいつらの中に突っ込み、大爆発を起こした。

「なんでー!?」

 そのパンジャンドラムに注目していた兵士達が、揃って信じられないという声を上げる。

「そ、そうか……わかったぞ!」

「わかるのか喜林(兵士の人名。間違ってもキバヤシとは発音しない)!?」

「パンジャンドラムのバランスの悪さ……ちょっとした起伏の連続……そ、それが戦術機の乱数回避に酷似した動きを図らずも再現したんだよ!」

「な、なんだってー!!?」

 一人の兵士の解説に、通信を聞いていた者達は揃って驚愕する。

 確かにパンジャンドラムは、『下手をすればこっちに戻ってくるんじゃないの?』と思えるほど滅茶苦茶にバウンドしたり、左右に動きをブレさせたりしていた。
 それが、戦術機が高速でレーザー照射から逃れるための機動と似たものとなり、破壊レベルにまで出力が上がる前に光線属種の照準を外してしまっていたのだ。
 出来すぎた偶然の産物であろうが、見ている兵士の度肝を抜くに足る光景であった。

「……く、くくく」

「あ、あはははは」

 中国軍の陣地の各所から、堪えたくても堪えきれないという笑い声がはじけては消える。
 それはBETAが大損害をこうむったことに対する歓声というよりは、予想外すぎる事態に対するブラックな笑いというべき性質のものだった。

「な、何をしている……か、各員攻撃の手を……ぷぷっ……ゆ、緩めるな……。
し、支援砲撃を強化し……せ、戦術機部隊は突撃に備え……よ!」

 功臣号の衛士もまた、笑いの発作と戦いつつなんとか指示を出す状態だ。
 そんな中、パンジャンドラムの第二陣が塹壕の中より引き出され、味方の引きつった笑いを受けながらBETA群へ転がっていくのだった――。


 実戦試験に投入されたパンジャンドラム マークⅡの命中率は、実に90パーセントを超えた……転倒して空回りするパンジャンドラムに勝手にたかったBETAが吹っ飛んだケースも命中に入れるのなら、だが。
 『うまく転がせそうな地形に投入』という前提条件の厳しさはあるものの、有効に使用された場合の戦果は意外と大きなものであることが、幾度かの戦いで証明され。
 生産力が低く、かつ国内に平野部を抱えた国家はこの兵器の採用を真剣に考えるようになる。

 このパンジャンドラムについては、中国内において数々の噂が流れることになった。

 曰く、

『パンジャンドラムの映像は、戦時・情報統制下でも堂々と見られる娯楽として大人気になった』

『パンジャンドラム使用部隊に、「通信の妨げになるので、笑ってはいけない」という通達が出された』

『パンジャンドラムの事を知らない部隊から、新種BETAや妖怪と間違えられパニックを引き起こしかけた』

『外国の軍事関係者にパンジャンドラム大活躍の映像を見せたら、中国にもエイプリル・フールに似た風習があるんだなと勘違いされた』

 等々。
 これらの真偽は、中共の厳しい情報管理もあって不明である……。





 日本帝国の国産戦術機開発プロジェクト関係者は、軍民問わず苦悩の中にあった。

 1980年代当初、アメリカのF-15を入手しそれを徹底研究することで諸外国との技術格差を埋め、一気に第三世代機を国産機として開発する野心的な構想を持っていた。
 普通なら、無理のある話だ。
 もし日本帝国が世界に冠たる戦術機技術を持っていた場合、それをやすやすと他国に渡すか? ということを想像すればわかりやすいだろう。
 一部技術程度ならともかく、丸ごとが狙いなのだ。
 だが、当時の『戦力支援は欧州優先なので、力あるアジア同盟国は極力自主防衛して欲しい』というアメリカの戦略方針、G元素転用兵器に関心が移ったことによる戦術機技術自体の機密度低下という事情を踏まえ、最悪でも『黙認』は得られると踏んでいた。

 ところが、アメリカは日本はもちろん世界が驚く速度で方針を転換、同時に日本に対して不可解な態度を取り始めた。
 アメリカの変化は、長期的にはともかく短期的には日本戦術機開発にとってデメリットしかもたらさなかった。

 アメリカがF-15とその技術の供与を正式に断ってから、日本は手をこまねいていたわけではない。
 アメリカ以外の第二世代機相当の戦術機を持った国――ソ連やEU有力国に技術移転を打診したこともある。
 だが、いずれも頓挫した。
 一番のネックは、日本側の腹積もり……徹底研究して『国産』第三世代機の叩き台にしよう、という姿勢が露骨な技術泥棒だという印象を与えたことだ。
 すでに自前で第三世代機技術を確立し、YF-22や23を開発しつつあったアメリカ以外の国は、日本のそんな態度を受け入れるほどの余裕はなかったのだ。
 引き換えに、日本側の第三世代機基礎研究をよこせ、と言ってきた国ばかりであり……話し合いがまとまらない。
 ぶっちゃけていえば、ソ連等が持つ技術の大半もまたアメリカの容認・黙認による模倣技術が根底にあり、この世界特有の事情(BETAの侵攻に対処するのが第一)もあって技術模倣・盗用や移転自体は常態化している話だ。
 ソ連のMig-25開発に見られたように、他国機を戦場で無断回収して技術を盗むという出鱈目な話さえ黙認されるケースもある。
 にもかかわらず、なぜソ連等が第二世代機に高値をつけたがったのか。
 それは、前線国家と後方国家の溝に原因を求めることができるだろう。
 日本帝国は後方国家でありながら、外交上の思想や戦術ドクトリンは前線国家寄りという独特の立場(日本人自身ですらどうしてそんな妙な事になったのか、をなかなか説明できない)を持っているが、現時点で前線諸国より信頼を置かれるのは難しかった。
 戦場に出て血を流すことだけが世界への貢献ではないのだが、それは理屈であって感情的には『血であがなった技術を、ろくに兵も出してない国にかっさらわれてたまるか』という意識があるのは否めない。
 日本帝国がF-15の解析に成功し、取引として提供できる技術の幅が広がっていればまた結果も変わっただろうが……。
 欧州諸国と一部技術についての提携が進展したのがわずかな成果であり、それだけでは開発は進まなかった。
 単純な輸入やライセンス生産ならば話は簡単にまとまったのだろうが、これだと日本側にとって本末転倒になる。
 外国に左右されない兵器調達こそが、日本の目標なのだから。依存先がアメリカから他に変わっただけなら意味がない。その路線を続けるのなら、高品質が保証されたアメリカ製を主力とした体制のほうが良いのだ。

 国際共同開発という手段が提案されたが、その手の戦術機開発プロジェクトの経験がない日本は国内の国粋主義勢力への遠慮もあって不発。

 いっそ第二世代機の国産開発で妥協しては、という意見もあったが、これも国内の諸勢力から反対された。
 スペック至上主義は日本帝国の戦術機発注元(国防省及び城内省)に共通する悪癖であり、この点での妥協を許さなかった。

 1990年の段階において、日本帝国戦術機開発で順調な部署は、撃震及び瑞鶴のバージョンアップを行う部門のみ。
 皮肉にも、独自開発を隠すためのカモフラージュであった改良のほうが先行するという状況だ。
 (この時点で、撃震も瑞鶴も準第二世代レベルの作戦能力を獲得していた。特に第三世代機用装甲材のフィードバックによる、防御性能を維持したままの軽量化は、現場に大好評だ)

 大陸派遣軍に編入されることが内定している部隊からは、このような兵器行政に大ブーイングが上がっている。
 いくら改良が進んでも第一世代機では第二世代機以降の機体に及ばないのは、諸外国の戦訓が証明していた。
 日本帝国軍は国粋主義的な風潮が強い(特に中央に近いエリート部隊ほど、その傾向が見られる)事で知られるが、物には限度というものがある。
 国外に出ることは滅多になく、近日中の対BETA戦投入が予定されていない斯衛軍からさえ、この停滞に不満の声が漏れていた。
 中には、ソ連のように戦場で遺棄された機体を盗んで来い、だの、在日アメリカ軍の機体を接収してしまえ、だのの乱暴な意見さえ軍人の口の端にのぼるようになる。

 この頭痛物の事態に対して、帝国政府は有効な打開案を持たなかった。
 せめて国防省と城内省の開発研究部門の人員・予算・情報を統合しよう、という動きもあったが……これもまた官僚主義の壁に阻まれた。
 前世ビジョン内のゲームにおいて、斯衛軍が武御雷の数が揃わないことが明白になっても不知火を採用せず瑞鶴を主力で通し、また帝国軍が武御雷の詳細を評価データが公表されるまで知らなかったように、両者の隔たりは大きい。
 建前上は帝国軍・斯衛軍は緊密な連携をうたっているが、いざとなると対抗意識や既得権益が複雑に絡み合って、なかなかうまくいかないものなのだ。

 そうこうしているうちに、1990年も12月下旬となり――翌年の日本帝国軍大陸派遣が確定的となる中、新しい年が明けようとしていた。

 そんな時期に、極東戦線にもアメリカの試作機実戦試験部隊が到着したのだが……その中に含まれていた機体を見て、日本帝国戦術機部門関係者は吹き出すことになる。

 YF-24・シーファイア(日本語訳・不知火)。
 米軍第三世代機としては珍しく、ステルス性能をオミット。代わりに生産性や整備性を含めたトータルバランスを重視した機体だという触れ込み。
 アメリカ軍ではほとんど使用されなくなったはずのCIWS-2A(日本でいう74式長刀)をメインウェポンとして使うことを想定した、戦略方針転換を象徴する装備。

 それは、日本が技術目標を達成できた場合の理想像として描いていた機体案のひとつに酷似していた――。



[28914] 第11話 傍から見るほど真剣だとは限らない
Name: キャプテン◆3836e865 ID:1ce378cf
Date: 2011/08/08 18:40
「アドル=ヤマキ少尉ですね。ご苦労様です」

 演習場の入り口を警備する兵士が、僕に向けて綺麗な敬礼をしてきた。僕も、背筋を伸ばして答礼する。お互いの口から、真っ白い息が漏れた。
 僕達の頭上には、寒風に磨かれた抜けるような青空が広がっている。
 あと数日で年明け、という段階でも僕ら在日米軍には緊張感が漂っている。
 極東アジア戦線の予断を許さない状況から、日本帝国軍の出撃を待たず在日米軍単体で大陸へ移動、国連軍の指揮下に入る可能性が示唆されたからだ。

 日本に来てから、僕は前世ビジョンについて苦悩しながらも、訓練や現地情報の学習に明け暮れていた。
 あのピアティフ嬢とも、会っていない……会ったところで、彼女をどうするかの決断はついていないのだが。
 他の重要人物(あるいは重要になるはずの人物)の情報についても、怖くて調べる気に中々なれなかった。

 僕は、一人一人入念なチェックを警備兵から受けた大隊の同僚とともに、だだっ広い演習場に足を踏み入れる。
 全長十数メートルの巨人であり、しかも航空機並みの速度でかっ飛ぶことができる戦術機を自由に動かすためのスペースだから、事故防止のためにも余裕を持って場所は取られている。
 本来なら、在日米軍縮小に伴って日本に返還される土地なのだが、事情の変化により相変わらずアメリカが所有中。
 演習場のそこかしこには、装甲車を伴った警備兵が見られる。日頃に比べて、かなり厳重な警備体制だ。

 それもそのはず、今この演習場にはアメリカの試作第三世代機が入っている。
 他国、あるいは外国企業のスパイを警戒しすぎるということはない。

「えっと……ああ、いた。少佐だ」

 僕らは、訓練を管制するための司令塔前に立つマクシム少佐を見つけると、揃って駆け出した。
 少佐の前に整列し、踵をそろえて敬礼。少佐は小脇に書類を抱えたまま、空いた手で答礼してくる。
 僕と少佐の目がふと合った。

「ヤマキ少尉。体調はどうかね?」

 少佐の言葉に、僕は用意していた答えを返す。

「ご心配をおかけして申し訳ありません! もう大丈夫です!」

 ――僕は、あのヒノカグツチとのシミュレーション対戦以来、時々原因不明の熱を出すようになった。お陰で訓練を途中で抜けたことが何度もある。
 『この世界』の在り様について悩みすぎたため……だと自分では思っていた。軍医にかかってCTスキャン等を受けたが、機能的な異常は見られないという。
 少佐はうなずいて見せると、改めて大隊の衛士達を見回した。

「さて、本日の訓練は今までとは少し違う。我がアメリカの最新鋭試作機部隊との合同演習だ」

 隊員達の間に、期待と緊張がないまぜになった空気が漂い始める。

 アメリカは1980年代の方針転換以来、戦術機開発に再び力を入れ始めた。
 これに奮い立ったのが、G弾重視路線で微妙な立場に立たされていた各企業の戦術機技術者達だ。
 彼らは予算が日々削られる制限された状況の中、それでも出来る限りの研究を続けていた。
 技術というのは恵まれた環境で育つとは限らない。むしろ、ある程度不自由な環境のほうが、それを打破しようと伸びることもある。
 この時期のアメリカの軍需産業はそのような傾向を示していた。そして再び潤沢な予算が流れたことで、爆発的な技術改良が進む。
 例を挙げると、

 ・戦術機の改良改修は極力外装を変えない、という既存の発想を転換。機体一部の思い切った大型化・外部モジュール取り付けにより、拡張性が元々少ない機体も容易に改良可能な技術の発展
 (前世ビジョン内でいうフェニックス計画や、プロミネンス計画で他国機を公式共同改修する際に多用される技術だ)

 という成果がある。

 そんななかで試作された機体のひとつがYF-24・シーファイアだ。
 こいつの資料を渡された時、僕は即座に前世ビジョン内のゲームで見た不知火を連想した。
 もちろん、不知火とまったく同一ではない。予備武装を収めるウェポンコンテナは膝装甲部にあるし、肩部装甲にはスラスターノズルがついている。

 このシーファイア、実のところ米軍の要求というよりは軍需企業側の思惑が強い機体だという。
 アメリカの新孤立主義を受けて、ATSF計画から脱落した企業群は当然のように失地回復を狙って新型機開発・販売をもくろんだ。
 が、すでにYF-22やYF-23といった高性能機が先行している。まともに後追いしては、太刀打ちできない。

 そこである企業(グラナン社)は発想を転換した。
 純粋な対BETA及び対人戦性能以外のセールスポイントを押し出せばいい、と。
 高性能な機体は、値段も高くなるのが世の常だ。そのため、アメリカ軍は最強レベルの第二世代機F-14やF-15を採用しながら、それで全軍装備を統一することができず、安価な戦術機を別に調達することになっている。
 いわゆるハイローミックスだ。
 将来、第三世代機全盛時代を迎えた場合、このような現象が起こることは十分予想された。何しろ「地球上におけるBETA大戦は、第二世代機耐用年数前後に決着」という目算の前提が崩れているのだから。
 つまり、高性能だが高価すぎる機体を補完する、性能の割りに安価な機体の開発。
 思いっきりわかりやすくいえば、F-16やF-18の第三世代機版だ。海外輸出という別の販路を考えた場合も、「ハイ」より「ロー」のほうが買われやすく、かつ米議会の認可も受けやすい。
 アメリカ軍の方針(開発案が出た時には、本気で米本土に全軍撤収さえ検討されていた)を考えると、外国軍に売り込める性能の機体のほうが企業利益に繋がる可能性も高い。
 そう踏んで基礎設計がはじまった。

 国防総省より開示を受けた、F-15開発やATSF計画で得られた技術を基本として、癖がなく扱いやすい機体を設計。
 議会が輸出制限をかけたがるであろう対人戦機能――ステルス性はばっさり切る。これによってコスト削減と、開発時間の短縮効果もあった。
 対人戦性能で妥協する代わりに、既存機パーツの改良品を極力用いることで生産・整備のしやすさを追求。
 グラナンは第三世代機の祖となったX-29開発のために、他社製を含む多様な機体を弄り回したノウハウがあるので、これを最大活用。
 (グラナンの財政状況が厳しく、他社との合併を考えるほどで新規パーツ開発が困難だ、という状況も影響していた)
 ただ、これだけでは買い手に対するアピールが弱いため、以下の二つの点では強化が考えられた。

 ・戦術機が本来持つ、多様な武器を自在に扱う戦術的柔軟性の回復。米軍ではほとんど使われなくなったCIWS-2Aを標準装備に戻し、フレーム・関節部の強化を実施
 (明らかに米軍以外で運用されることを考慮したものだった)

 ・継続戦闘能力の向上を狙い、統計上BETAからの攻撃を受けにくい腰部装甲にも予備弾倉を収納可能に。弾倉交換がスムーズに行くと仮定した場合、一回の出撃で在来機の二倍近い砲弾をばら撒くことが可能

 ……これらの基本概要が固まった時、たまたま設計図をみた軍需産業幹部は目を丸くし、ついでこうつぶやいたという。

「……Type-94になれる機体だ!」

 つぶやきの意味は企業内では謎のままだったが、その日以来アメリカ政府上層部の特定グループから開発に猛プッシュがかかり、予算支援が行われた。
 代わりに不可解な性能要求(長刀使用の格闘戦能力をもっと重視しろ、とか設計余裕を切り捨てて現時点で最高の能力を目指せとか。一番うるさかったのが外装デザインについてだ)が来ることになったが……これらはコンセプトをぶち壊しにしかねないため、技術者達は大慌てとなった。
 すったもんだの挙句、『おおむね基本概要どおりの設計を行うが、命名権は支援グループに丸投げ』という案が成立。

 シーファイア、という命名慣習から外れた名がついたのは、この首を捻るやり取りの結果だ。

 ――公式資料と、軍内の噂話を総合した経緯を思い出し、僕はちょっと頭が痛くなった。

 明らかに趣味で戦術機開発に口出ししている奴らがいるじゃねーか!
 ってか「前世ビジョン内の不知火を真似た」のならともかく、たまたま似た部分のある機体を権力と国家予算私物化で強引に近づけただけかい! 紛らわしいわ!
 だいたい戦術機に限ったことじゃないが、精密な工業製品のためのパーツは、ひとつ開発するだけで多くの技術者が滅茶苦茶苦労しているんだぞ! 思いつきだけで言われたらたまらんわ!

 ……もしかして、『この世界』が誰かの創作物にすぎないのかも、という悩みを抱いている僕がおかしいのだろうか?
 前世ビジョン知識のアドバンテージを生かして、ひたすらエンジョイするほうが正しいのか?

 余談だが、シーファイアという名前の戦闘機は第二次大戦期に実在した。米軍ではなく、イギリス軍においてだ。
 戦史にその名を残す戦闘機・スーパーマリン スピットファイアの海軍仕様がシーファイアと呼ばれた。
 が、この機体、空戦性能はともかく艦載機としては航続力が短く、また設計上の問題から着艦事故発生率が異常に高かった。残ってる写真の半数以上が事故を映したもの、とさえ言われる戦闘機は世界でも稀だろう。
 イギリス人には悪いが、不吉だ……。
 なにしろあの国は、この世界においても戦術機サイズの大剣を作って実戦で使う(しかもEF-2000のような高性能機が出来る前に)国だし。
 英国紳士のベテラン衛士=シルクハットにフロックコートを着たガッ○、というイメージしか僕には思い浮かばない。

 そんなYF-24だが、米本土での比較試験の評価は決して低くないという。もちろん戦闘力という点ではYF-22らにほとんど歯が立たないのだが。
 ある試験実施官が、ふと思いついて実験開発部隊の衛士や整備兵ではなく、ごく平均的な部隊から抽出されたグループに試作機を任せてみた。
 すると、YF-23を任されたグループはマニュアルとにらめっこしても新概念が中々消化できず、まともに動かせる状況に持っていくまでに実に三ヶ月近くかかった。
 YF-22はこれまでの米機の概念を引き継ぎより高性能化させた面があるためそれなりにとっつきやすかったが、それでも二ヶ月を要した。
 だが、YF-24を任されたグループは一ヶ月強で機体を飲み込み、三ヶ月目には機体性能のほとんどを発揮させられるレベルに達した。

『第三世代機に習熟するのに適している。ベテラン以外でも容易に扱えるのは、意外な強みになるかもしれない』

 と、言われた。
 が、

『運用情報の蓄積がある第二世代機を、第三世代機技術で改良したタイプと有為な差がほとんど見受けられない』

 という厳しい意見もある。

 また、長刀装備を標準にしたことが、総じて扱いやすいという評判に一点の黒を落としている。
 多くのアメリカ軍衛士にとって近接格闘戦とは、至近距離での死角の奪い合いからの砲撃であり、かつての航空機のドッグファイトに近い感覚だ。
 (長刀などの近接格闘武器を装備しないにもかかわらず、F-16などが『高い格闘戦能力を有する』と評されるのは、この『近接機動砲撃戦』に優れているからだ)
 BETAと物理的な直接接触を行う長刀攻撃は、精神面からも困難が大きい。
 敵(BETA)からの反撃を貰う確率が跳ね上がるから、機動制御の難易度が高くなり衛士はしばしば判断を誤ってしまう。
 突撃砲を、人間の武装でいうサブマシンガン的に用いて火力制圧するやり方のほうが、習熟に必要な時間が短くて済んだ。
 このような理由から、長刀を使用せずデッドウェイトにしたままで模擬戦を終えてしまうケースが続出(長刀運用に話を限定するのなら、YF-23でもこの傾向が見られた)。
 結局のところ、脱落候補の最右翼だという下馬評だ。

 むしろ、親米の外国(オーストラリア、アラブ首長国連邦・サウジアラビア等、経済的余裕がありかつ第三世代機独自開発がまだまだ難しい国)が、不採用後の輸出許可を見据えて興味を示しているという。

 さて。そのシーファイア一個中隊分の試験部隊を戦地で支援するのが、僕ら第311戦術機甲大隊の役目になるかもしれない。
 いくら設計において信頼性に重きを置いたとしても、実戦証明がない新造機だ。どんなトラブルが起こるかわからないのだから、支援部隊の随伴は必須だ。
 ……正直、面倒で困難な任務であり、僕は不満を覚えている。

 僕は、例の笑いを浮かべながら、訓練手順を説明する少佐を見た。
 このところ少佐はよく姿を消すようになっていた。大隊長任務を、先任士官に丸投げしてしまうことも珍しくない。
 何かよからぬことを企んでいなければいいが……。
 まぁ、あのヒノカグツチ戦後の会話を考える限り、少佐はかなり深いところまで前世ビジョンがこの世界に与える影響について考えている。
 どこぞの本土の連中のように、世界を引っかきまわすことはないと信じたい。

 少佐の説明を聞き終えると、僕らは衛士強化装備に着替えて、あらかじめ運ばれていたF-16に乗り込んだ。
 出撃まで、ほとんど時間がない。集中しないと!





 日本帝国の人々の多くは、アメリカが内向きになったことを歓迎していた。
 かつて日本はアメリカに騙まし討ちをかけておきながら、負けた。騙まし討ちは、外務省の不手際が原因で意図的ではなかったものの、アメリカにとっては「それもてめえらの身内のミスだろうが!」という話であって、より悪感情をかきたてる言い訳にしか聞こえない。
 (また、東南アジア方面への攻撃開始は時間通り通告が行われたとしても間に合わなかった。結局、騙まし討ちの汚名を晴らすのは無理だ)
 アメリカは冷戦を見据えた戦略上の都合から日本帝国を敗戦国としては驚くほど厚遇したものの……やはり、蔑み侮る内心が見え隠れしていたことは否めない。
 そのアメリカが自主的に引っ込んでくれることになり、

『これで風通しがよくなった』

 と、誰もが思った。
 いわゆる親米派でさえ、本音では占領軍から横滑りした在日米軍や、内政への圧力をよろしく思っていなかったのだ。
 ところが、実際にアメリカが手を引きはじめると、風通しがよくなりすぎて寒風が吹き込むようになる。
 将来の対BETA戦を睨んだ国防計画を日本独力防衛に切り替えたところ、必要とされる人員と費用が旧計画の数倍に跳ね上がった。
 在日米軍が担当していた守備地域に代わりに入れる部隊の新設、

『アメリカの火力支援と兵站はぁぁぁぁぁ! 世界一ぃぃぃぃぃいい!!』

 と、アメリカ嫌いでも認めざるを得ない部分を、日本独自で賄うための新たな砲弾・物資・輸送車両や船舶の調達、それらを扱う兵士や軍属の養成etc……

 さらなる徴兵強化と増税が検討されたが、これらを実施することは結局は国家として国民に返す当てのない借金をするに等しく、長期的観点から見れば経済に大打撃を与えることは必定だ。

 まさかアメリカ上層部の一部有力者が極東外交に関して、

『日本帝国には主役的補正があるから大丈夫だよね。悪役補正がかかるっぽい俺らはできるだけ引っ込もうね……』

 などといじましい思いでいるとは知らない(知っていても信じるわけがない)日本帝国首脳部は、

「アメリカのありがたみを遠まわしに教え込む戦略なのか!?」

 と疑心暗鬼に陥ったぐらいだ。

 アメリカに引っ込まれるとやはり戦力的に困る国々や勢力とひそかに談合し、合成食糧技術という搦め手から米軍撤退に歯止めをかけた帝国政府だが、そこから先の打つ手が見えず苦悩が深まるばかりだった。

 さて、そんな中で勢力を伸ばしているのが国粋主義(本人達は憂国派や愛国者などと自称しているが)勢力だ。
 彼らから見ると、アメリカの撤退は自分達が主張してきた反米・自主路線の輝かしい勝利だった。

 国粋主義派は、在日米軍撤収の隙間を埋めるために、大陸派遣軍の縮小あるいは中止を言い始めた。
 彼らはアメリカ嫌い、というだけではなく国連及び外国全般を軽視する風潮を持っていたから、日本の力を『外』で使うのに元々反対していた。
 国際社会での発言力を重視して、大陸派兵を推進してきた側は猛反発したが、国民に対しての受けがどちらが良いかは明白だ。

 自分達の息子や娘、夫や父が異国の土となるかもしれない出兵を、本音で喜ぶ者はまずいない。
 血税で作り上げ維持してきた軍隊なら、自分達を守ることに専念してほしい、という心情も自然なことだ。

 この動きは、政権を担当する帝国の現内閣を直撃した。
 今の内閣は有力政治家・榊是親(次期総理と目されていた)の指導力の元、『アメリカの力と思惑を極力利用しつつ、国連や他の諸外国勢力にも食い込むことで、最終的収支として日本帝国の最大利益を目指す』という方針を取っていた。
 国連は日本帝国ではアメリカの下部組織と見られている事が多いが、実際にはアメリカの提案をはねつけたりするように一枚岩とは程遠く、やり方次第では日本のつけいる隙はいくらでもった。
 現在、ソ連主導のオルタネイティヴ3計画が、最後にして最大の成果を挙げるべくハイヴ攻略の大作戦を画策しているが、国際社会では早くも『失敗後』の後釜を狙ったレースが発生している。
 内閣は国連次期秘密計画へ日本案をねじ込み、最終的には

 ・独自開発した戦術機を主力とする、日本帝国固有の戦力

 ・在日米軍

 ・秘密計画採用に伴って誘致される、在日国連軍

 の、三重の軍事防壁を形成して日本を守ろう、と考えていた。
 もちろん、大陸派遣軍の援護で梃入れした外国がそこでBETAを食い止めてくれれば、言うことは無い。
 さらに最悪の事態を考えて、生産拠点の海外移転や国民の海外疎開計画も進めていた。
 が、この腹案は完全に破綻しかけているといっていい。
 国産戦術機開発の停滞。
 米軍の自主撤退姿勢。
 大陸派遣反対機運増大による、国際社会での影響力低下。日本帝国内で大きくなる排外的な声に不審を抱いた外国が、生産拠点・疎開民受け入れに高いハードルを設ける気配を見せている。
 最悪の場合、孤立した日本帝国軍独力による、絶望的本土防衛戦さえ現実になりかねない情勢だ。

 内閣やそれに近い政治家・官僚達の中から、ストレスと過労で職務遂行が困難になる者達が続出。さらに、一部軍人や右翼による脅迫じみた言動に参ってしまい、国粋主義派に鞍替えする者も相次いだ。
 国際社会との最低限の約束を果たす規模の大陸派兵の議会許可と引き換えに、内閣は総辞職するという見方も流れている。

 国粋主義者にいわせれば、

『日本帝国には国土や国民よりさらに上の存在――皇帝や将軍家に象徴される日本人の魂があり、それを蔑ろにして外国に媚を売るのは滅んだも同然。
目先の利益と引き換えに、意地も張れない国に成り下がるなどお断りだ!』

 ということらしい。
 魂などという非論的なものを持ち出されては、合理的反論は意味をなさない。

『意地を張って、幕末に攘夷を続けていたら日本はどうなったか。大東亜戦争において、早期降伏を決断しなければどうなっていたか。
それを考えれば、暴論にすぎん。個人が誇りに殉じるのは勝手だが、国家や国民を巻き込むのはただの醜悪だ』

 という国際協調派のせめてもの反撃も、当の国民を味方につけた相手には不発だった――

 これらの情勢を、政争から距離を置いて眺めている一派が、日本帝国国内に存在した。
 この『集団』は、アメリカの一部上層部同様に、催眠療法等の副産物として前世ビジョンを見た者達を中核とした。
 アメリカと違うのは、彼らはこれまで自分達の得た情報を活用することも、外に漏らしかねない行為をすることもほとんどなかった点だ。
 まして趣味に走るアレなのはいない。
 なぜなら彼らは未来が、

『日本帝国は一時期酷い目にあうものの、最終的にはBETAの脅威を低減させる大貢献をする。
世界から尊敬され、国連などが日本製戦術機欲しい、とすがり付いてくるほど立派な国になる。
そして、憎いアメリカあたりは画策が裏目裏目に出て、自爆する。その他の国はほぼ空気で、帝国の競合相手にはならない』

 と、いうものになることを確信していたからだ。
 余計な手出しをして、この「輝かしい未来図」を変える必要性を感じていなかった。
 せいぜい、日本帝国が受けるであろう「必要な損害」に自分達やその身内が巻き込まれないよう、こっそり工作しているぐらいである。

 だが。
 最近の世界を見るに、雲行きが怪しくなってきた。
 アメリカの方針転換、前世ビジョン内の『本筋』にはなかったトンデモ兵器群の意外な活躍、そして日本帝国自身の変容。

『これはいかん! 素晴らしい歴史が変わってしまう! なんとかしなければ……』

 彼らもまた、「補正」などと称される不可思議な現象が日本帝国に味方する、と信じていたが、事態の急変を見るにそれも怪しい、と思い始めていた。
 特に、明らかに前世ビジョン内の国産第三世代機『不知火』に酷似した米国製戦術機・シーファイアの出現は、衝撃だった。
 不知火より開発が早く、総合的に上回ると予想される機体が出る――。

 アメリカ国内にも前世ビジョンを見た者がいる、と予期していた彼らは、こう考えた。

「アメリカが、『本来の歴史』における主役的地位を日本から奪取しようとしている!!」

 誤解が不安と恐怖を呼び、不穏な気配は雪だるま式に膨れ上がっていった。
 彼らは、ついに動くことを決断する。マクシム少佐らが掴んだ『アメリカのG弾推進派との接触』はそのひとつに過ぎなかった――

 なお、パンジャンドラムだの巨大列車砲だののへん……独創的兵器の発信源であるイギリスやドイツに、前世ビジョン保持者がいるという情報はどこの勢力も掴んでいない。
 アメリカ発の妙なアイデアが間接的に影響を与えたとはいえ、あれらの兵器群は欧州諸国の素であった。



[28914] 第12話 苦あれば楽ありとは限らない
Name: キャプテン◆3836e865 ID:db2597a6
Date: 2011/08/11 18:29
「質問します。正直に答えてください――」

 僕の目をじっと見据えながら、その女性は囁くように言った。

「あなたは、前世ビジョンから得た情報を使って……ゲームに登場した美女を『この現実世界』で我が物にしたいと思ったことはありますか?
複数の女性をはべらせるハーレム的な願望でもかまいません」

 僕は、居心地の悪さを身じろぎで誤魔化しながら、答える。

「ありません」

「本当に?」

「はい……。本心と違う回答を恥ずかしさや見栄で言ったら、意味のないことはわかっています」

 僕の回答に、女性――白衣を来た中年の軍医(軍属)はうなずいて、手にしたボードに何かを書き込んでいる。
 ここは、在日米軍基地の医務棟。その中の、カウンセリングルームだ。
 僕は女医と、机を挟んで座って向かい合っている。聞こえるのはお互いの声と、空調の低い音ぐらい。
 完全防音された部屋は、訪れる将兵に余計な緊張を与えないためか、天井は高く取られ壁の色も薄いピンク。

 相変わらず前世ビジョンにまつわる苦悩を振り払うことも、自分の中で消化することもできない僕は、限界を感じた。戦闘中に熱を出してしまったら、目も当てられない。
 そうなると、頼る相手はマクシム少佐しかいなかった。
 軍務を片付けた後に大隊長室を訪ねて本音を吐露すると、少佐はまるでこの事を予期していたかのようにカウンセリングを手配してくれた。
 この女医もまた、うっすらとではあるが前世ビジョンを見た経験があるので、全て話して差し支えないという。

「――では、ゲームに登場した男を我が物に……」

「したいと思ったことはないです! そんな趣味ありません!」

 僕はつい声を荒げてしまった後、すいませんと謝った。
 女医は特に気にした様子もなく、微笑みながらボードへの書き込みを続けている。
 その後も、いくつかの質問をされた。

「前世ビジョンの情報を生かして、お金儲けをしたことは? あるいはしようとしたことは?」

 僕は、首を横に振って「ノー」と答える。

「ビジョンから得た知識を使って、よりより未来を獲得しようと考えたことは?
あるいは逆に、ビジョン知識を利用して、ゲーム内で否定的な思いを持っていた相手に危害を加えようとしたことは?」

 これも、ノーとすぐに答える。我ながら実につまらない人間だな、と思うが……僕は、前世ビジョンについては悩んだり翻弄されたりするばかりで、それを元に何かしようとしたことはなかった。
 何かしようにも、僕自身に特別な力が備わったわけではないのだから、じゃあ具体的に何ができるのか? と考えるとまったく思いつかないことも理由だったが。
 ただ……。

「前世ビジョンのゲーム内に出てきた重要人物、の若き日の姿と思われる少女と出会った時、彼女に危害を加えたらどうなるか、という誘惑にはかられました。
別にその人が憎かったわけじゃありませんが……この世界が自分の行動で変えられるものだ、と証明する手っ取り早い手段だと思いついたので」

 前世ビジョンについて全て話せる相手、ということで僕は今までの悩みを全て吐き出した。
 やがて質問が終わると、女医はややたるんだ顎に手を当てて何か考え込みはじめる。
 僕は、額に知らず知らず浮かんだ汗を、ポケットから取り出したハンカチで拭いて待つ。
 数分の後に、女医は口を開いた。

「少尉は、胡蝶の夢という話をご存知ですか? 中国の道家思想から出たものなのだけれど」

「コチョウ……?」

「……大雑把にいえば、『ある男が胡蝶になった夢を見ている。それは男が胡蝶になった夢をみているのか? それとも胡蝶が男になった夢を見ているのか?』というお話ね」

「……」

「夢を見ている間は、男は自分が完全に胡蝶だと思っていた。どちらの自分が本当なのか、誰にもわからない」

「――現実の生きている僕が、前世ビジョンを見ているのか。
前世ビジョンの中の僕が現実で、今の僕自身という夢を見ているのか……それさえ判別できない、ということですか?」

 僕のまとめに、女医は静かにうなずいた。
 急に足元や肉体の感覚が不安定になった気がして、僕は半ば無意識に靴で床を踏みしめる。

「少尉が持っている悩みは、前世ビジョンのために『この世界』の在り様そのものへの疑念を生じた事が原因。残念ながら、それに明確な答えを出すことは根本的に無理なの。
自分が前世ビジョンという有利な情報を持っているから、と思って欲望を抑えられないような悩みならともかく……カウンセリングで対処できる範囲を超ているわ」

 すまなそうに言う女医に、僕は大きく息を吐いた。
 そう……なのだ。
 可能性を言うのなら、『前世ビジョンの中で見た創作物がこの世界』である確率と同じぐらいに『前世ビジョンの世界丸ごとが、誰かの創作物』であるのかもしれないのだ。
 ややこしい話だが、前世ビジョン云々を抜きにしても、『この世界とは何なのか?』というのは人類が未だに答えを出せない悩み。

「いえ、話を聞いていただけただけで、ずいぶん楽になりました」

 笑顔を作って見せる僕に、女医は困ったような顔になる。

「……少尉は真面目すぎますね。こんな時でも、私へのフォローを考えたでしょう?」

 うっと詰まった僕に、ようやく女医の口元がほころんだ。

「もっと、力を抜いて考えるようにしてくれれば、精神衛生の上で良いのですけれどね。
この世界は創作物である、と思えるとしても、それをネガティヴに考えずに、登場人物として人生を演じきるのを喜びとするとか。
気楽に考えすぎて、この世界を変えてやろうとか、逆に絶対ビジョン内のゲームの通りにいかせるんだ、とか安易に思われても困りますけど」

 女医の口ぶりからすると、彼女が今まで診断した前世ビジョン持ちの中には、そういった傾向の人物がいたらしい。
 僕は、真っ先に少佐のあの独特の台詞回しを思い出した。明らかに、前世ビジョン内の人生で読んだ漫画の人物に、自分を近づけるのを楽しんでいる節がある。

「まあ……誰かの創作物に違いない、と思い込めば何か干渉しようっていう心理的ハードルも低くなるかもしれませんね」

 僕は苦笑交じりに言った。
 ……もしかしたら、趣味で戦術機に口出ししている連中も実は悩みに悩んだ末、突き抜けてしまった者達なのかもしれない、と思った。
 だからといって、さすがに弁護したり正当化したりする気にはなれないが。将兵と技術者のこと考えやがれ。

 僕は、表情と姿勢を改めた。

「それで、僕は実戦に出て大丈夫ですか?」

 一番、肝心な事だ。今の僕は、自分ひとりのことに専念できる立場ではない。
 新米とはいえ、合衆国陸軍の士官だ。所属大隊がいよいよ大陸の対BETA最前線へ打って出る段になって、足手まといになるのは申し訳がなさ過ぎる。

「……催眠を行った場合、前世ビジョンを再び見ることで却って精神的負担が増す可能性がありますから。
出撃の可否は、ぎりぎりまで経過を見てから……としか」

 女医の表情もまた引き締まり、僕にとってはあまりうれしくない答えを返してきた。

 衛士に対して、戦場での恐怖やパニックを抑えるための深層催眠を施すことは、世界的に常態化している。
 当然、僕もその種の措置を受ける可能性がある。まして、初陣……死の八分に挑戦する身なのだ。
 医者としては、安易にゴーサインなど出せないだろう。

 がっくりと肩を落とした僕に、女医は一瞬すまなそうに目を伏せてからことさら気楽に声をかける。

「まだ出撃までには多少の時間があるから、なんとかなるかもしれないわ。
それより明日は最後の休暇で、大晦日でしょう? 悩みを忘れて楽しんできたら?」

 僕は、その助言をありがたく受け入れることにした。

 だが……僕の休暇は、思わぬ予定で埋まることになる。
 カウンセリングを終えた後、父方の祖父である山木武雄・元帝国陸軍大佐からの「一度ぐらい顔を出してはくれないかね?」という電話を受け取ったのだ。
 それでようやく僕は、軍務や前世ビジョンにまつわる悩みにかまけて、ろくに家族に連絡もとっていなかったことを思い出す。
 すっかり疎遠になった母方の祖父はともかく、父母にもろくに手紙を書いていなかった自分に恥じつつ、僕は「お邪魔させていただきます」と返事をした。





「脳波でコントロールできる遠隔操縦兵器を作ってよ! 精神波で自在に飛ぶの!」

「あの、脳波って脳内の電気活動を記録したものの総称で、怪しげな電波が頭から出ているわけじゃないんですけど……。
脳波を計測して『翻訳』するシステムなら戦術機の間接制御に利用されていますが、遠隔となると結局機械的な電波飛ばすわけですから現行機器を非効率にするだけですよ?」

「操縦者の気合で出力を上げる主機にチャレンジ! 物資は有限だが、精神力は無限である!」

「……エネルギー保存の法則ってご存知ですか? 精神上の活動は物理的なエネルギー総量に影響を及ぼしません。無から有は生まれませんよ……」

「僕と契約して、YF-23を生産してよ! ……あれ、なんで電話かけはじめるの?」

「……警備部ですか? どさくさに紛れて他社のスパイが入り込んでいるので排除お願いします」

 ――ある日のボーニング社における、来客対応記録より抜粋

 米国屈指の軍需企業・ボーニングは今苦境の只中にあった。
 ボーニングは、G元素の人類兵器転用に携わり、1980年代にはG弾との関わりを深めていた。
 会社の予算や人的資源の多くをG弾部門に投入し、いよいよ実用化の目処が立った……というところで、突然のアメリカの方針転換。
 大統領府や議会に十分ネットワークを張り巡らせていたボーニングは、必死にG弾推進路線を守ろうとしたが、異常なほどの高まりを見せた新孤立主義の前に敗北。
 ボーニングのここ数年の収支は、一気に赤字に陥った。
 すでにボーニングの戦術機関連部署は、細々と続いてきた研究部門以外はYF-22開発に噛んでいる程度にまで縮小。G弾開発・生産の凍結による赤字を補填できる目算は、まったく立っていない。

 アメリカ合衆国政府からは、G弾凍結に対するささやかな損害補填と、新たなるG元素利用兵器研究の予算支援が出た程度。
 あまりに急激かつ不可解すぎる経営環境変化だったので、経営陣を責めるのは酷なのかもしれないが……アメリカの資本家・株主はシビアだ。結果を出せなかった以上、言い訳はできない。
 最高経営責任者はじめとして、トップの何人かが辞職に追い込まれる。
 刷新された新経営陣の名簿の中に、『クロウ=カネモト』という名があった。
 日系移民の二世であり……アドル=ヤマキの祖父だ。

「――馬鹿げている。これが現実なのか……!」

 数十人がいっせいにダンスを踊れそうなほど広い重役執務室に、あきれた声が小さく落ちる。
 クロウは、今年で五十に手が届く年齢だが背筋は伸びており、髪も黒い。実年齢より十ぐらい若く見られることも珍しくない、鋭い視線の持ち主だ。
 その彼だが、今は疲れをべっとりと顔に貼り付け、椅子に身を沈めている。
 苛立ち混じりにクロウが机に放り出したのは、『新孤立主義』を推進する政府高官や有力議員・軍人らから集めた情報をまとめたレポートだった。
 いい年をした合衆国の重鎮達が、冗談としか思えず理科知識の初歩さえ弁えない要求を、嬉々として突きつけてくる。

 頭痛を堪えつつ、様々な(時に非合法スレスレの)手段で収集した情報の中から、『前世ビジョン』という要素を掬い上げたボーニング首脳だが、これが新たな混乱を呼ぶ。
 社内にも、『自分もビジョンを見た』と主張する者達が何人かいるが、大勢の常識的な社員にとってはタチの悪いオカルトに嵌ったとしか思えない。
 にもかかわらず、現在の合衆国をリードしているのは、紛れも無くそのオカルトじみた情報を信じる者達なのだ。

「…………しかし、思い当たる節があるのも事実だ。この世界には、どこかいびつな所がある――」

 クロウの家は、第二次大戦前の不況で食うに困った事もあり、思い切って新天地を目指して海を渡った。

『日本人は国に帰れ!』

『イエロー・モンキーはお断りだ!』

『ジャップはアメリカを乗っ取るつもりだ!』

 などという罵声を浴びながらも、必死で働いた。
 アメリカで生まれたクロウには、帰る場所など無いのだ。
 そしてようやく人がましい生活を送れるところまでこぎつけた時……。
 あの忌まわしい太平洋戦争が起こった。
 日系人は、元日本人というだけでアメリカ中から敵視され、ついには財産を奪われ強制収容所にまで入れられる。
 工場の雑用係としてボーニングに入り、劣悪な環境にもめげず勉強を続けていたところを幹部の目に留まり、正社員にまで取り立てられたクロウでさえ、その例外ではなかった。
 クロウは、他の日系人のようにアメリカ軍に志願して日本との決別と、合衆国への忠誠を示した。軍にいた時代は、本土所属の整備兵になったため、幸い命を落とすことはなかったものの……この事は大きなトラウマとなった。

 クロウらからすれば唾棄すべきことだが、帝国では日系人兵士の活躍を『日本人の優秀性』と結びつける論調があるという。
 冗談ではない! 自分達日系人は、捨てた祖国の愚行のとばっちりを喰らった側に過ぎない。
 日本人の血など、全て捨ててもかまわないとさえ思っていた。
 戦後、クロウはコンプレックスと屈辱をバネにして、復帰が許されたボーニングでがむしゃらに働く。夜は疲れた体に鞭打って大学に通い、博士号も取った。
 その甲斐あって、今では白人を含む数万人がクロウの一言で動く身分にまでのし上がる。

 だが、ボーニングの幹部と呼ばれる立場になった後も悩みは続いた。
 可愛い娘の結婚相手が、アメリカに帰化したとはいえ……よりによって日本人だった。
 婿やその父親が悪い人物だとは思わない。帝国では未だに血筋が重視され、自分達より卑しい家とは、結婚どころか交友さえ拒む例も珍しくないという。
 何回か会った婿の家族は、カネモト家が日本にいたときどういう家柄だったか、などまったく聞かずに暖かく接してくれた。

 しかし……クロウは彼らの個人的人格への好意とは別に、日本(特に帝国軍)に対する憎しみや忌避感を抑えることができなかった。
 心を整理できないうちに時間だけは過ぎ、孫はついに軍人になるほど大きくなってしまった。しかも、配属先が在日米軍だというのだから、もう何か悪い因縁が働いているとしか思えない。

 そんな思いを持つクロウだが、百戦錬磨の企業人としての知性が、前世ビジョンとやらの情報とこの世界の姿に多くの合致点があることを否定できないでいる。

 補正なるものについての記述を読んだ時、クロウが真っ先に思いついたのが欧州戦線についてだ。
 伝統的貴族出身者だけで編成された部隊が、精鋭として名を馳せている――

 これは、通常ならありえないことだと思いいたる。
 貴族とその郎党だけが正規の兵士になれた古い封建時代ならいざ知らず、現代においては人口比率からいって、特定身分層だけの部隊を作るなどナンセンスだ。
 そんな限定された兵員供給元しか持たない部隊は、編成と補充だけで破綻しかねない……まして消耗の激しい一線部隊なら尚更に。
 また、その貴族兵士が精鋭揃いというのもおかしい。
 やはり貴族のような豊かな階層だけが、まともな軍事教育を受けられた時代ではないのだ。もし貴族だけを特別に贔屓し訓練を良くしたりしたとしても、軍全体から見れば馬鹿げたコストにすぎず……しかも、そうしたとて精鋭が養成できるとは限らない。

 戦功を挙げた者が、それに対する勲章の一種として貴族位を得る――つまり実力と実績が先にあり、称号がそれについてくる、というケースでもないらしい。
 政治的意図から、貴族が脚光を浴びるよう宣伝したりお膳立てしたりした可能性もあるが……BETA戦の修羅場でそんなことをするメリットがほとんど考えられない。

 一番おかしいのは、そういった現象を、前世ビジョンなる怪しげな情報に触れるまで疑問として認識出来なかった事だ、とクロウは考えていた。
 将来において行われる戦いでは、日本帝国の斯衛軍という武家で編成された部隊が、やはり精鋭として脚光を浴びる活躍をするという。こちらは一般平民も含むらしいが、指揮官やエースクラスは武家出身者独占になるとか。
 もし、武家だの貴族・騎士だのという血筋に『補正』なる不思議な加護があるとすれば。

「アメリカなどは最悪だな……」

 現代でこそ最強の国家だが、アメリカは元々はイギリスの一植民地だった。
 伝統や血統を重んじる考えの者達からみれば、三百年の歴史さえ持たない新興の成り上がり国家。

 未だに前世ビジョンなるものをうさんくさく思うクロウだが、もしこれが事実……少なくともこの世界に影響を与えている要素だとするのなら。
 自社を危機に追い込んだ新孤立主義にも、いささかひねくれた形であるが同意したくなる。

『もう最前線は、ご立派なサムライやナイト様達がなんとかしてくれ』

 と。

 前世ビジョンのような厄介な話は、ただでさえ苦境打破の道筋が見えないボーニングには重荷になる話。
 (ビジョンの情報では、いずれ戦術機開発の名門であるマクダエル・ドグラムを合併吸収するそうだが、現実にはむしろボーニングが吸収されかねない形勢だ)

「こうなっては、なりふり構っていられない……」

 クロウはため息をつくと、社内そして社外から上がってきたいくつかの経営改革案をインプットした書類に手を伸ばそうとした。
 その時、内線電話の音が鳴り響く。

「……私だ」

 迷うことなく電話を取ったクロウの耳に、秘書からの『例のお客様がお見えになりました』という控えめな声が届く。
 わかった、と答えるとクロウは受話器を置いて立ち上がった。

「さて、と」

 迎える来客は、クロウにとっては忌々しいことだが日本人だ。
 それもかなりの危険人物だと聞いている。だが、会社を潰すわけにもいかないのだから、快く協力してもらうために私情を噛み殺し笑顔で出迎えなければならない。
 数分ほど待つと、ノックの音とともに入り口の扉が開いた。

 秘書に案内されて入ってきたのは、かなり年をいった老人だった。
 額から後頭部にかけてまでが見事に禿げているが、側頭あたりは乱れ放題の白髪に覆われている。何より目を引くのが、頭から右頬にかけて大きく走る傷跡。傷跡は目の上を通っており、そのためか左右の目の大きささえ違う。
 よれよれの白衣を着込む姿は、まさにマッドサイエンティストといった雰囲気だ。

 内心ひるむものを感じたクロウだが、笑顔を作って老人に駆け寄り握手を求めた。

「ようこそアメリカへ! ミスター・シキシ……マぁ!?」

 挨拶するクロウの声が、途中で裏返った。握手した老人の腕が、半ばから外れたのだ。
 秘書がひっと声を上げるが、当の老人はにやりと笑った。

「どうじゃ? 握手しながら相手を倒す、味わい深い武器じゃぞ?」

 老人の外れた『腕』からは、銃身のようなモノが飛び出ていた。黒光りする銃口は、今にも火を吹きそうだ。

「ちょ……!」

 絶句するクロウに、さらに老人はうれしそうに言った。

「思う存分研究をさせてくれるそうじゃの! 礼にワシの体の好きな部分を持っていってよいぞ!
全て武器になっておる!」

 頭には地雷、胸にミサイルランチャー内蔵と嬉々として説明する老人……日本帝国兵器開発の異端児・敷島博士。
 敷島博士は第二次大戦期から、日本帝国の軍事兵器開発に携わり、その天才と狂気で知られた人物だ。全身を擬似生体からなる武器庫にしている、という噂は前々から聞こえていた。
 噂にすぎない、と思っていたクロウだが――本当にそうだった!

 日本帝国からは、戦術機による格闘戦を重視するドクトリンにあわない研究ばかりしている、ということで干されていたそうだが……。
 もしかしたら、それは遠ざける『理由』ではなく『口実』だったのかもしれない。

 その敷島博士はボーニング社が、起死回生のために招聘した技術者の一人。
 危険人物というのは、危険な考えを持っている、とか行動が危険、とかいうチャチなものではなかった。それらを含み、かつ存在自体が危険なのだ。

「…………」

 いくら窮したとはいえ、もうちょっと人選には気を使ったほうが良かったかもしれない。
 そう遠のく意識の中で考えるクロウの脳裏に、娘や孫の顔がちらついた。



[28914] 第13話 期待が重荷にならないとは限らない
Name: キャプテン◆3836e865 ID:3aae4190
Date: 2011/08/14 22:19
 大晦日の早朝。今だ一番鶏が鳴かぬうちに起き出し、ココアを飲んでから軍服に着替えたマクシム少佐は、自分の執務室につくなり眉根を厳しく寄せた。
 普段は尊大とも取れる余裕ぶった態度を崩さないスタイルでいる少佐としては、非常に珍しい顔つきだった。
 少佐の青い瞳が厳しく見つめるのは、当番兵が机の上に置いていった新聞の文面だ。

『ジャップの卑劣な技術泥棒計画の全貌!
アメリカを信じないにもかかわらず、アメリカの技術だけは奪おうとする厚顔無恥!』

 三流ゴシップ記事の見出しではない。れっきとしたアメリカの、とあるクオリティ・ペーパーが発信したもの。
 その内容は、日本帝国の国産戦術機開発の大まかな概要を示していたのだが……。

「……」

 ・日本帝国は、国産戦術機開発をアメリカから隠すため、カモフラージュを行っていた

 ・アメリカのF-15を買おうとした時も、『次期主力機の最有力候補だから』と表明したがそれは嘘で、最初から技術だけが狙いでまともに採用する気は無かった

 ・一方で、ファントムの改修機である『ズイカク』が模擬戦でF-15に勝ったことをとりあげ、帝国国産技術を自慢している

 少佐は唸った。
 記事の内容は、悪意ある表現が多用されているものの、事実関係においては概ね正しい事を伝えていた。
 ただし、これらはいずれも過去の……もしくは未発に終わった話だ。アメリカ政府からすれば感情的には不快だが、今になっていちいち咎めだてるメリットはない。道義的にはともかく、法律的に帝国を責められるような内容でもない。
 にもかかわらず、センセーショナルな記事に仕立て上げる意味――

 改めて読み返した少佐が気づいたのは、記事の所々に見られる異様に正確な部分だ。
 例えば国産戦術機開発計画の名称(耀光)など、水面下……帝国内でしかろくに知られていないはずの知識までしっかりと記載されている。
 少佐が『正しい』と判断しえたのは、前世ビジョン知識のお陰であり、本来ならよほど入念な諜報活動をしなければ入手できない情報も多い。
 いや、未発に終わった『腹案』まで記述されているのだから、これはむしろ……。
 少佐は衛士としてはややたるみ気味の顎に手をあて、考え込んだ。

 アメリカのジャーナリズムは、強い。
 その有名な例が、『ペンタゴン・ペーパーズ』の暴露。
 1960年代、共産主義伸張を防ぐべくベトナムへの介入を強めたがったアメリカ政府は、誤射がきっかけの不幸な偶発戦に過ぎなかったトンキン湾での北ベトナム軍による米駆逐艦攻撃を、悪質な意図的襲撃と宣伝した。
 そして、大規模な軍事介入を開始する。いわゆるベトナム戦争だ。
 BETAの地球侵攻が現実味を帯びた時期、早期解決を焦るアメリカ政府はさらなる攻勢を強めようとしたのだが……そんな政府の横っ面をひっぱたいたのが、ジャーナリストによる機密文書『ペンタゴン・ペーパーズ』の公開だ。
 トンキン湾事件の真相はじめ、米国政府の知られたくない情報が広く流布、折からの反戦運動(月が異星人の侵略を受けているのに何をやっているんだ、という意見は当時、誰もが持っていた)もあって政権は大打撃を受ける。
 当時の政権は国家反逆罪をちらつかせて言論統制を試みたが、司法もまたジャーナリストに味方し、裁判で跳ねつけた。

 このように、アメリカの報道は時に国家に敢然と反抗する。かなり政権にとっては厄介なことだ。
 過去の日本帝国のように、『正確な情報(特に国家や軍に不名誉や自作自演陰謀や不法行為)は国民にろくに知らされない』状況がむしろ当たり前なのが、現実世界の冷たさなのだから。

 現政権は、基本的に対日不干渉路線だが根底にあるのは(かなり過大、かつ方向性がちょっとおかしいと指摘されるような)親日感情だ。
 そんな政府の意向を知ってなお、このような記事を出すということは、どこかから確度の高い情報が入ったのだろう。
 『情報自体は正確だが、表現が攻撃的』な内容となったのは、執筆記者の個性かそれとも情報提供者の意図か。
 いずれにせよ、調べる必要がある。
 そう判断した少佐は、『グループ』の仲間に連絡を取るべく、内線電話に手を伸ばした。

 この一件、前に基地司令官との会話で出た、『帝国内の前世ビジョン知識保持者の集団』が噛んでいる可能性があった。
 そうなると――前世ビジョン保持者同士が、正面切って対立することになるかもしれない。
 少佐は、そう予感してかすかに体を震わせた。





 シーファイアの開発元・グラナン社。この会社、軍需産業業界内ではある方面で他の競合会社をぶっちぎって有名であった。
 世界最初の実用第二世代機・F-14 トムキャットを開発した事――によって、ではない。

 BETA大戦の苦闘によって凋落著しいとはいえ、潜在敵国の筆頭であるソ連と思いっきり通じているからだ。
 X-29やF-14のデータを共産主義の親玉に水面下で流した。これは立派な軍事機密漏洩に当たる。
 本来なら、米政府から徹底的査察を受け、売国企業としてぶったたかれても不思議ではない。
 F-15のように戦地で回収できなかった残骸を勝手に持っていかれた、というのならともかく企業としての意思でやったのだから。

 しかし、この件でグラナンが潰れるような目にあった、ということはない。
 前世ビジョンのゲーム関連情報内では、結局財政的に行き詰まり他社と合併するハメになったものの社名は残り、合併先の戦術機データもやはりソ連に流した上で、後には(今度は公式に)東側に技術協力をしている。

 公式に認められた後はともかく、それ以前の態度については防諜も何もあったものではなく、ATSF計画で対人戦を意識するアメリカとは思えない杜撰さだし、また企業の愛国心の無さだ。

 そんなグラナンであるから、シーファイアを開発する際のデータも、しっかりとソ連に流していた。
 この時期、次々と国土を失っているソ連はあせりにあせり、例のF-15の無断技術盗用の産物であるMig-25やその発展改良型のMig-31のような大型機を主軸とした、無謀ともいえるハイヴ攻略戦を仕掛けては、むやみに戦力を損じる、という混乱した状態。
 加えて、国連秘密計画・オルタネイティヴ3のために人的・物的資源を消耗しているソ連は、当然の如くシーファイアに飛びついた。
 だが、シーファイアを丸ごとソ連機としてコピーするのは、技術的問題もあるが政治的に非常にまずい。今のソ連は、アラスカを租借して国家機能の避難地とするなど、アメリカに大きく頼っている立場だ。
 いくらアメリカが何か妙な力が加わってるんじゃないの? と思えるほど間抜け……あるいは鷹揚だとしても、物には限度があろう。

 そこでソ連は、すでにグラナンから得ていたデータを活用して製作し、実用化が間近と見られていたSu-27 ジュラーブリクにシーファイアのノウハウを還元する事を思いつく。
 シーファイアの技術・制式採用レースのために取られた実働データという材料を得たことで、Su-27の開発は加速。
 1989年末から、実戦配備が開始されていた。
(これは前世情報のゲーム内より約三年早く、前世世界の史実にある『戦闘機・Su-27』のスケジュールに近い)
 さらに、Su-27と同時期に開発され競合相手とみなされていたMig-29にも、ソ連共産党の強い意向でシーファイア技術が投入され、こちらもスケジュール前倒しと完成度向上の兆候が見られている。

 だが、全般ではソ連軍はBETAの大津波を前にして敗勢はいかんともしがたく……。Su-27の投入も、焼け石に水であった。
 ソ連の国土には、BETA大戦の比較的初期に建造された……つまりかなりフェイズの進んだハイヴがいくつも巣食っており、BETAの増加率も半端ではないからだ。

 オルタネイティヴ3についても、BETAの行動パターン(特に光線属種のレーザー照射パターン解析成功の価値は高い)や人類側戦術に対する反応といった統計データを得ているものの、決定的成果は挙げられていない。
 焦りを見せるソ連首脳部は、計画の切り札というべき人工ESP発現体による、BETAへの直接接触を決断。
 その環境を整えるため、国連や他国を巻き込んだ大作戦を実施する動きを活発化させはじめていた。



 欧州方面の戦いは、主戦場が北欧や地中海方面に移っている。
 人類が誇張や宣伝抜きで「勝利した」と言える数少ない戦い・英本土防衛戦の後もBETAの猛威は衰えず、欧州連合を主軸とする人類軍は各地で激闘を続けていた。
 その英本土防衛戦で、高い戦闘力を見せ付けた戦術機群のうち、アメリカのF-15は新孤立主義推進のため多くが本土に引き上げたものの。
 欧州の有力国が共同開発した『トーネード』シリーズ(特に第二世代機レベルにまで性能を向上させた強化型)を主力とする欧州連合軍は、よく戦線を持ちこたえさせていた。
 アメリカ軍が引っ込むことにより、現地軍の指揮系統の整理を促すという方策が成功した数少ない戦域でもある。
 元々、イギリス軍やフランス軍(戦術機独自開発国としては、アメリカ・ソ連に次ぐ雄だ)そして西ドイツ軍のように精強な組織と将兵を持つ勢力が揃っていたため、米軍が撤退する代わりに送り込んだ支援物資を無駄遣いするということもほとんどなかった。

 イギリス軍を例に挙げると、有償無償問わずアメリカから送られたある時期の支援物資の内訳は、

 砲弾及び燃料等、軍需消耗品が三割。
 天然のこだわり紅茶類が五割。
 残り二割は医薬品等の生活必需品。

 これは、イギリスが自国領土やイギリス連邦を形成する他国領土内に自前の生産拠点を多数持ち、戦術機含む兵器自体はほぼ自力生産(ライセンス生産含)できる事が大きい。
 食糧も……これは合成を含むが、在英の他国軍に支援できるほど豊富だ。ちなみにイギリス製の食糧を受け取る際、他国の担当者は涙を浮かべるのが日常風景になっているという。

 近年、欧州連合内で問題になっているのは次期主力戦術機をどうするか、であった。
 過去に共同開発を成功させた例があるとはいえ、各国にはそれぞれの思惑やドクトリンがあり、機体性能のすり合わせだけで一苦労だ。
 トーネードらの後継機を開発する共同計画は、順調とは言いがたい状況にある。
 しかもフランスが自国主機採用を主張、これが受け入れられないと脱退するというハプニングもあり、欧州連合の新型開発は頓挫の危機に晒された。
 アメリカが、F-15を本国配備優先としたため、ライバル機の売り込みは下火だったものの……それでも性能・実用性ともに一級品であることが証明されたF-15を手に入れようという国は後を絶たない。

 このピンチにもかかわらず、信念を持って欧州独自の第三世代機開発にまい進しているのが、イギリスだ。
 BETAにイギリス本土にまで詰め寄られても、

『ぶちのめすのに、こっちから遠くへ行く手間が省けた』

 と豪語するようなユーモアと不屈の精神を持つジョンブル達は、F-15にはない固定武装等の新機軸を盛り込んだ機体を自力で作り上げつつある。
 その一方で、かつての植民地だったアメリカから貰った兵器も臆面もなく使う。
 このあたりの、神経がスーパーカーボンで出来ているかのような図太さは、良くも悪くもイギリス的であった。
 だが、戦術機独自開発には簡単にはいかず、まだまだ欧州第三世代機の登場には時間がかかりそうであり、当面はトーネードシリーズが矢面に立ち続けると思われた。

 さて、北欧などの険阻な地形に拠る戦いで、意外と重宝されているのが、オールTSFドクトリンとアメリカ発アイデアの申し子、F/A-4 ファントム・キャノンだ。
 車両では展開しにくい山間部などに迅速に展開、榴弾砲を撃ちまくった後、やはり車両には望めない速度で撤収。これを繰り返す遊撃戦に使われている。
 戦果こそぱっとしないものの、技量未熟な衛士でも実働戦力に数えられるということで、特に人的資源に余裕の無い中小国家軍にあっという間にこの運用が広まった。

『戦術機は格闘戦してこそ、だろー?』

 という将兵には酷く逃げ腰の戦いに見えるし、実際にその通りなのだが。
 戦力はなるべく保全したい、しかし戦線に参加しなければ国際社会でのささやかな立場さえ喪失してしまう、という瀬戸際な国々にとってはうってつけの兵器だった。

 総合的に見れば、まだ人類が踏ん張っていると見えるのが欧州戦線だ。
 が、仔細に見るとやはりBETAの物量を辛うじて支えているに過ぎず……欧州大反攻など夢のまた夢、という状態だった。



 ……これら地球上の各戦線のデータを俯瞰すると、やはり人類はジリ貧であり何か決定的な一打を放てない限り、最終的滅亡は避けられないと考える者は多い。
 東アジア、インド亜大陸、中東などの戦線も、BETAの支配地域拡大にささやかな足止めを喰らわせるのが精一杯。
 無理に反撃に出ようとすれば、却って戦力を喪失してしまいBETAの進軍を速めるだけだ。

 その現状判断は、新孤立主義が大勢となったアメリカでも変わらない。
 G弾の否定はいいが、それに代わる新兵器の開発の目処がまったく立っていない状況が長続きするのは好ましくない。
 国連秘密計画にある程度アクセスできる立場の者達は、ソ連が主張する人工超能力によるコミュニケーションにも否定的だった。
 仮にBETAと意思疎通できたとして、和平が成立する確率がどれほどあるのか。
 現に人類同士でさえ、この期に及んでほころびだらけの、いびつな団結をするのがやっとなのに!
 前世ビジョンなる奇妙な情報を信じる者達などは、『次の計画こそ本命。ソ連は意地を張らず、戦力保全に務めてバトンを他国に渡すべき』とまで言っている。

 この先が見えない情勢に対して、特にストレスを溜めている一派がいた。
 かつてG弾の開発と実用化を推進し、それが成功した暁には一気に対BETA反攻作戦を発起しようと企てていた者達だ。
 彼らとて、G弾が引き起こす問題――半永久的と考えられる重力異常、G弾否定論の根拠となった異常エネルギー発生による大破壊の可能性は承知している。
 だが、BETAに奪われた領土はいってみればガン細胞のようなものだ。手術による切除や出血が怖い、と先延ばしにすればするほど、地球を蝕んでいく。
 ここは、リスクを覚悟で大鉈を振るうべき、というのが彼らの考えだ。
 ありもしない『最良の打開案』を求めて、現実的なG弾を捨てるなどとんでもない愚行であった。

 しかし、新孤立主義推進者は、大統領はじめとしてアレな言動が見られる割に妙な所で抜け目がなく、G弾推進派の実行部隊といえたCIAにも迅速に手を回している。
 海外での軍事行動縮小による人命の損失及び軍費負担の軽減という面が、国民の高い支持を受け続けてもいた。
 さらに、海外駐留軍引き上げの代わり、ということで大量の支援用軍需物資生産に入ったが、これがG弾のような特殊技術に関われない大多数の企業に利潤をもたらしているから、軍需産業界の主要意見も新孤立主義寄りになりつつある。
 G弾路線の急先鋒、とさえ言われたボーニングでさえ見切りをつけて新しい方針に適合する新兵器開発にしゃかりきだ。

 アメリカ国内の少数派となったG弾推進派は、このまま消えていくかに思われた。
 だが――
 彼らの元に、ペーパーカンパニーをいくつも通して、出所不明の精密な外国の情報と資金が届くようになる。シーファイアの情報が公開されはじめた時期からだ。
 その情報の多くは、日本帝国はじめとする前線諸外国が、アメリカに対していかに不信と隔意を秘めているかを示す物だった。

 G弾推進派は、困惑し何者かの策謀の匂いを当然の如く感じ取ったが……。
 溺れる者は藁をも掴む、というのは古今東西変わらない人間の心理だ。

『新孤立主義の大前提のひとつは、諸外国がアメリカ抜きでも米本土の防波堤として十分機能し得る、という信頼だ。
これらの情報をマスコミを通じて公開し、アメリカ国民に外国への不信と不満を広めれば、また状況が変動するかもしれない』

 そう望みをかけて、彼らは行動を開始した。
 その第一弾が、マクシム少佐の目にした記事であった――





 日本帝国陸軍技術廠は、年の瀬も何もなく殺人的な多忙さの中にあった。特に、戦術機開発を主管する第壱開発局は、地獄すら生ぬるいと表現できるような激務の中だ。
 大陸派遣軍が縮小……もしかすると中止になるかも知れないとはいえ、BETAの不気味な足音は一分一秒ごとに日本本土に近づいており。これに対抗する兵器の開発は死活問題。
 だがF-15獲得失敗以来、新型国産機開発は停滞し続けていた。

「駄目だ駄目だ! 衛士を殺す気か!?」

 第壱開発局局長は、血走った目で会議室の机を叩いた。

「しかし、現行の技術で要求仕様を達成するためには、これしかありません!」

 ひるむ事無く言い返したのは、議題にかけられた新型機の仕様を持ってきた技術者だ。

「確かに! 世界的な戦術機の潮流は『装甲よりも機動性を重視し、回避率の向上によって生存率を高める』ことだ!
だが、この案では重要部への装甲さえろくに施していないではないか!」

「そうです。そこまで徹底して軽量化しなければ、軍の望む機体は作り上げられない。これが我が国の限界なのです!」

 にらみ合う二人の手元にある書類に記された新戦術機の概要。
 それは、

 戦術機史上、類を見ないほど徹底的に機体を軽量化し、基礎技術の不足を補って高い性能を持つ機体を作る

 と、いうものだった。
 近接格闘戦能力……特にマニュピレーターに長刀を持っての戦いに必須な能力は、帝国軍の考えからいって妥協は無理だから、フレームは軽くできない。
 代わりに他の部分――特に装甲を削れるだけ削る。パーツによっては、内部構造が剥き出しになることも辞さない。
 管制ユニット周りに申し訳程度の装甲をつける以外は、ほとんど無防備であった。
 装甲の局限方針自体は、第三世代機の大雑把なグランドデザインが決まった時点で容認されている。
 だが、ここまで徹底した案を出してくるとは、局長には予想外だった。

「貴様は技術者の癖に、我が軍の技術史も知らんのか!?
いくら要求性能を満たすためとはいえ、防御を軽視した設計の戦闘機を主軸とした結果、どんな目にあったか――」

 口から泡を飛ばしかねない勢いの局長だが、技術者も負けてはいない。

「技術史を持ち出されるのなら、軍のお偉いさんに自国の能力を省みないハイスペック要求がどんな事態を呼ぶのか、をまず勉強していただきたいものですな!
全てを満たすことが出来ない以上、優先度の低い部分は徹底して切り捨てる……他にどんなやり方があるというのです!?」

 防御を全く無視しているわけではない。
 機体表面の大部分には、最新の対レーザー蒸散塗膜加工を施すとしている。

「装甲を極限まで切り詰めることにより、パワーウェイトレシオや運動性の向上が見込めます。
軍の要求仕様が変わらない以上、この手段をもってしか国産第三世代機開発の活路はありません」

 そう締めくくると、技術者は荒々しく自分の席に腰を下ろした。
 列席者(軍人、軍属、民間から出向した技術者)達の間に、重い沈黙が降りる。
 やがて一人の軍人が、ぽつりと不規則発言を漏らす。

「……諸外国の戦例を見るに、どうせ直撃を一発喰らうか戦車級にたかられるかすれば、装甲など多少あっても無意味同然。これでいいのではないか?」

 だが、即座に反発が起こる。

「冗談ではない! 確かにかつての戦闘機の防弾と同様に、完全に敵の攻撃を防ぐなど夢のまた夢なのが、戦術機の装甲だ。
だが、完全に相手の攻撃を回避する、などというのも夢のまた夢! 生存率を底上げする装備をゼロに等しくしては、助かる者でさえ助からんぞ!」

「これでは、直撃どころか半端な攻撃を受けた程度でも戦闘不能になるではないか。戦闘継続能力の面からいっても、不同意だ」

 しかし一方……特に現役軍人の側からは、賛同の声が湧き上がった。

「この案でけっこうではないか。忠勇なる帝国軍衛士に、厚い装甲がないと戦えないような臆病者はおらん」

「米国はもちろん、どこの外国にも頼らずこれだけ高性能な機体を用意してくれる、というのだ。
技術者諸君の血の出るような努力に敬意を表するべきだ。足りない部分は訓練で補えばいい」

「直接防御に目をつぶる事で、性能項目はおおむね要求通り……一部はそれを上回るというのだ。これ以上望むというのは贅沢だ!」

 彼らの脳裏には、実戦試験のために在日国連軍に展開したアメリカの試作機群の事がちらついている。
 このままでは、完全にアメリカにおいていかれてしまう。国産戦術機開発の存在意義自体が、根底から問われかねない。
 これまで国産推進派の大きな論拠の一つが、『近接格闘戦、特に長刀戦闘を軽視する米軍機等は我が軍には合わない』であった。
 が、YF-23やシーファイアの登場で、それが覆るかもしれないのだ。
 また、これまで国粋主義的な軍人の優越感をくすぐっていたアメリカ首脳の日本贔屓発言が、今は彼らの首を絞めている。
 それだけアメリカからさえ期待されていたのに、実際はしょぼかったのかなどといわれるのは、切腹モノの屈辱だ。

 軍人の中でも管理職的な地位にある者からは、別方面から見て賛成意見が出る。

「長期化した国産戦術機開発計画は、軍の予算全体を圧迫するほどコストが嵩んでいる。この案ならば、概念実証機にさほど手を加えず実用化できる。
費用、時間の節約という面からも有効だ」

 技術的な壁、資金、面子、感情論……そういったもろもろの要素を内包した意見が出尽くした時、最初は色をなして反対していた局長の意見に変化が見えていた。
 『不満はあるがこれしかない』というあたりが、出席者多数派の思いだった。

「――わかった。この案を採用し、実用試験機の製造を許可する。
ただし! 防御性の向上について継続研究をすることが絶対条件だ!」

 局長は、そう喚くように結論づけると、書類に荒々しく承認印を押した。



[28914] 第14話 指揮官陣頭がいいとは限らない
Name: キャプテン◆3836e865 ID:680727f5
Date: 2011/08/19 23:00
 1991年1月。
 オリジナルハイヴ周辺において、数年に一度あるかないかという大規模なBETA活動活発化を偵察衛星が探知。
 カシュガル近辺を草一本残さず食い尽くしたと思われるBETA達は、新たな獲物を求めるように東進しはじめる。
 この直撃を受ける中国戦線には、欧州や中東・ソ連等の惨状を見て『いずれ我が身』と覚悟していた周辺諸国軍を中心とする援軍が次々と入った。
 すでに自前の戦線を持っていたソ連も、この事態を重く見て貴重な戦力を一部中国支援に割く姿勢を見せる。
 インド亜大陸方面を睨み、迂闊に主戦力を動かせない東南アジアの国家も、兵站支援という形で援護を開始した。

 国連安全保障理事会は中国のさらなる支援要請動議を受け、加盟国への対中支援要請・東アジアにおける国連軍の総動員を決議。
 アメリカは、日韓両政府との取り決めであらかじめ極東に移動させていた一個軍団を国連軍指揮下に入れた――新孤立主義に看板をかけかえて久しいため、それ以上の増員は渋ったが。

 アメリカとはまた違った理由から内向き路線を強めていた日本帝国も、このBETA大東進にはショックを受けた。帝国議会は、外国贔屓と批判されていた現総理の交代と引き換えに大陸派兵を承認する。
 ただし、その兵力は当初予定より削減を受けることになった。

 陸軍兵力はそれぞれの事情で渋り気味の日米だったが、代わりに(相対的に人的損害が出にくい、と思われた)海上打撃戦力は大盤振る舞いした。
 帝国は虎の子の紀伊級戦艦二隻、大和級戦艦四隻を出撃させた。インド洋方面を活動範囲に含めて、手広く支援砲撃に参加する姿勢を見せる。
 アメリカも、太平洋艦隊に所属していたアイオワ級戦艦五隻の国連統合海軍編入を認めた。

 イデオロギーや領土問題、歴史的対立などをまとめて棚上げしての、東アジア圏人類の総力を結集した防衛ラインだが……BETAの大軍団相手にどこまで持ちこたえられるか、楽観視できる状況ではない。
 それぞれの国や勢力は別々の利害を持ち、腹に秘めた思惑も違う。
 さらに、砲弾や一部消耗品は国連規格による統一が進んでいるものの、各国の独自規格を根絶することは無理であり(工業力の格差があるので、設計図の規格をそろえても出来上がったものは……というケースも珍しくない)。兵站上の不安はついてまわる。
 額面通りの戦力を発揮できるという保証は、誰にもできなかった。



 1991年3月。中国、天津市。

「……本当によろしいのですね、同志」

 今にも倒れそうな病人。そう表現するしかない顔色で確認する副官に、中共軍の少将は静かにうなずいて見せた。

「これ以上、民間人を避難させる手段を用意するあてはない。無能な我々が、国民にしてやれるのはこれぐらいだ」

 心労が積み重なり、年老いた老人のように見える少将の言葉に、居並ぶ将校達は揃って顔を伏せる。
 本来なら、共産圏特有の政治将校が何かを言ってくるタイミングだが、今その立場の者が座るべき席は、空席だ。
 この部隊に配属された若い政治将校は、共産党の権威を振り回す者が多い特権階級には珍しく、あきれるほど純真で良心的で――それゆえに長生きできなかった。
 『指導』に赴いたある機械化歩兵中隊の苦戦を見かねて、護衛の兵ともども戦闘に参加、そのまま壮烈な戦死を遂げた。
 いい若者ほど、早く死ぬ時代だった。

 部隊指揮官である少将が出した指示は、避難が遅れた民間人に対して爆薬あるいは毒物を配布すること。
 自決用だ。
 このままBETAに食い殺されるぐらいなら、せめて楽にあの世に旅立たせてやりたい。
 そう決意せざるを得ないほど、天津守備隊は追い詰められていた。
 東進してくるBETAに対して、首都・北京の左翼を守る形となった天津市では、一週間前から激戦が続いている。
 師団規模のBETAを何度か撃退したものの、昨日ついに前線防衛が崩壊し……今では市街戦に突入していた。
 守備隊司令部が置かれたビルの窓に、時折かすかな震えが走る。友軍の砲撃の余波だ。BETAは火砲を使わないから、爆音がする限りまだ味方がどこかで戦っているという証明なのだが……。
 その音も、少なくなっている。

 中型種BETAに対してはほぼ無力な、軽装備の歩兵さえ戦闘に投入しており、司令部ビルを守る兵は数人。
 司令部に詰める者達も、この会議が終わればただの一兵として戦い――そして死ぬことになるだろう。

「無念です……あと二日持ちこたえられれば、援軍が到着するかもしれないのに……」

 副官は、目を真っ赤にしてつぶやいた。
 ようやく共産党のお偉いさんが、面子を捨てて呼び込んだ外国の援軍。彼らの力を借りてもこれだけ大規模なBETAの攻撃を防げるとは思えないが、それでも民間人避難の時間ぐらいは稼ぎ出せただろう。
 しかし、現実は過酷であと半日もしないうちに軍は全滅・BETAは避難民を集めた都市北東部に殺到すると推測された。
 BETAの足からは、徒歩ではとても逃げ切れない。自力では動けない傷病人も多いのだ。

 ビルから望める空は、憎たらしいほど青かった。つまり、BETAのレーザー攻撃を阻害する重金属雲さえ形成できないということだ。
 これでは、航空機による支援もしくは避難民の脱出もままならない……。

「――」

 副官が、命令書を携えて下がろうとする。少将は、良く戦ってくれた部下達への最後の言葉を脳裏で捜す。
 その時、通信機が耳障りな音を立ててなった。
 通信機の近くにいた幕僚が、のろのろとスイッチを入れる。前線部隊からの悲鳴にも、後ろの政府からの無茶な言い分にももう答える気力はなかったが、無視するのは軍人としての習性が許さなかった。

「ん? なんだ」

 幕僚は、スピーカーから流れてきた男性の声に首を傾げた。聞きなれた中国語ではない。しかも、かなり早口であったから、聞き取りづらいことこの上なかった。

「自動翻訳装置を入れたまえ。これは英語だ」

 少将の指示通りにすると、ようやく意味が取れる言語が室内に響いた。

「……り返す、支援攻撃を開始する用意がある。戦域データリンクへの参加許可を願う。このままだと、どこにミサイルをプレゼントしていいのかわからない」

「なっ……!?」

 支援攻撃の言葉に、少将は部屋を出かけていた副官と顔を見合わせた。

「支援だと!? それは本当か! だが、どうやって……」

 幕僚が、焦りを抑えかね震える手でヘッドセットをかぶり、交信を開始する。

「戦術機によるミサイル攻撃だ」

「ば、バカを言うな! 現在、光線属種の照射を妨害さえできんのだ! 戦術機による接近は自殺行為だ!」

 喉から手が出るほど欲しい支援だが、味方を無駄死にさせられない。

「――それもこちらでやる。だが、そのためのデータが欲しい。一秒を争うのだ、頼む」

 返答内容に戸惑う幕僚だったが、肝心な事を聞き逃していたことに気づいた。

「貴官は何者だ? 所属は?」

「……おっと、言っていなかったか? 私は通りすがりの――」

 次の通信を聞いたとき、少将らは自分達の耳が死に直面しておかしくなったのか、と揃って疑うことになる。

「通りすがりの、アメリカ合衆国大統領だ!」



「……ん、ああ。私だ。大連での中国国家主席との会談は延期で……何? 先方は真っ青? それはいかんな、お体を大事にと伝えておいてくれ。
何? 貴方のせいです、だと? はっはっは」

 中国の黄砂を巻き上げ、匍匐飛行で飛ぶ戦術機。F-14 トムキャット。
 36機からなる大隊の戦闘を切る隊長機の後部座席で、大連へ避難した駐中米国大使と通信をする男がいた。
 アメリカ合衆国大統領だ。刈り込んだ金髪と鋭い碧眼、逞しい体躯は軍人そのものだが、間違いなく合衆国のトップその人である。

「大統領閣下、統一中華軍とのデータリンク接続完了――案の定、情報レベルに制限かけてきていますね」

 前部座席に座る衛士が報告すると、大統領は苦笑いした。

「仕方あるまい、いきなりの参戦で面喰らっているだろうからな……光線属種の分布は?」

「そいつは確認できました。幸い、目玉野郎どもはまだ都市部には突入してないそうです」

「よし、まだ逆転トライのチャンスは残っているな」

 大統領は、通信を切り替えた。

「――メタルウルフ1より『ビッグE』。準備はできているか?」

 ビッグE……アメリカ海軍の戦術機空母・CVN-65 エンタープライズの事だ。
 今回の大統領の訪中――東西の完全な融和を演出する政治的演劇のため、はるばる渤海にやってきた米艦隊の旗艦。
 無論、大艦隊を護衛名目でつけたのは、アメリカの力を共産側に見せ付ける古い砲艦外交の側面もあったはずなのだが……。
 CVN-72 エイブラハム・リンカーンを筆頭とする随伴艦艇に守られながら、中国近海で予定外の出番を待っていた。

「ビッグEよりメタルウルフ1。全艦隊のトマホーク巡航ミサイルは発射準備を完了しております。ご注文通り、全弾AL(アンチレーザー)弾頭に……。
本当に核弾頭抜きでよろしいのですか? 『誤爆』でコミュニストを吹っ飛ばせるチャンスですが」

 オペレーターのとんでもない発言。だが、大統領は大口を開けて笑う。

「魅力的な提案だが、それはBETAに退場願ってから検討しよう……ああ、そうだ。途中で中国軍の補給コンテナの推進剤を使用した。
代金はホワイトハウスにツケておくようにメモを残しておいたから、処理を頼む」

「了解しました。決済はぺリカで。……トマホーク、全弾発射します」

 通信を終えると、前部座席の衛士が聞こえよがしにため息をついた。

「やれやれ……大統領警護という名の中国旅行だってんで、危険はないと思ってたんですがね……。
事前に聞いた話では、中国共産党首脳との会談と、友軍激励が目的だったはずなんですが、なんでヘルダイブになっているんです?」

 ヘルダイブ――地獄への突入。光線属種の待ち受ける場所へ突撃する、海軍戦術機部隊にとっては一番厄介な任務を示すスラングだ。

「だから、前線で戦っている友軍への激励だよ。少しばかり派手だがね」

 天津市守備隊の逼迫と多数の民間人の危機を大使からの連絡で知り、自身の護衛を割いて援軍を送ろうと決断した大統領。
 長大な航続力を持つF-14を二隻の母艦からかき集めた。
 ここまではいい。
 だが、

『ちょっと最前線までいってくる』

 の、一言で大統領自らが陣頭指揮を執るなど、前代未聞。
 どこぞの前近代的な色が濃く残る国家だと、ショーグンなる偉いさんが前線に立つ風習があり、そのための専用機と護衛軍さえあるらしいが……。
 ちなみに、本土で留守番の副大統領は、この一報を聞いて卒倒したそうだ。

「言っておきますが、俺達は下品な海兵隊じゃなくて、紳士の海軍ですからね?
地中海から戻ってきた後に、すぐこれなんですから……ボーナスを要求しますよ?」

「わかっているさ。極上のアイスクリームをコンテナで送ろう」

 軽口を叩き合う間に、F-14の頭上を無数の飛翔体が通過していった。
 エンタープライズを護衛するために随伴してきた戦艦やミサイル巡洋艦・駆逐艦から放たれた巡航ミサイルの群れだ。艦隊全力発射のため、約百四十発。
 トマホークの速度はせいぜい亜音速(マッハ0.75)だが、それでも戦術機よりは優速だ。たちまち蒼穹を駆け去っていく。

「――トマホークの管制権委譲を確認。全機、攻撃態勢!」

 顔つきと声色を引き締めた大統領の命令を受けて、F-14の編隊はさらに高度を下げた。
 レーザー照射を避けるため、比喩ではなく地上すれすれだ。戦術機には航空機と違って足があるから、いざとなったら機体損壊覚悟で大地を蹴飛ばして墜落を防げる可能性はあるものの……。
 これだけの低空高速飛行をやれる精神力と腕を持った衛士は、世界的に見ても貴重だ。

「トマホーク、ポップ!」

 先行させたトマホークの高度を、遠隔操作でわざと上げる。光線属種はその化け物じみた照準機能でこちらの存在を察知しているだろうが、より確実に迎撃『してもらう』ためだ。
 やがて、F-14のセンサーが激戦続く天津市一帯を捉えた。直後、狙い通りトマホークが空を薙ぐレーザーの刃に切り裂かれ、爆散する。
 瞬時に蒸発した弾頭は、黒い霧のような重金属雲にまたたく間に変じた。

「重金属雲、規定濃度発生! いくぞ、諸君――
レェェェッツ! パァァリィィィィイ!!」

 大統領の号令とともに、F-14のジャンプユニットが一斉に戦闘出力を叩き出す。
 急激なGに全身を押しつけられる衛士達の網膜投影画面に、我が物顔で大地にのさばるBETAのおぞましい姿と、そいつらに食われる中国兵達の遺体が映る。

「……くそったれがぁっ!」

 編隊の誰かが喚く。F-14の衛士達の士気は、この時まではあまり高くなかった。
 かつての敵である共産主義国を、大統領の我侭で支援するという事であまり気乗りせず、隊長を除いては極力だんまりを決め込んでいたのだが。
 本能的なBETAへの敵意と嫌悪感を刺激され、一気にボルテージが上がる。
 だが、腹立ちそのままに目先の敵に発砲はできない。
 自分達の役目は、光線属種潰しなのだから。
 衛士達にとっては、苛立たしい数秒が過ぎ――ようやく光線属種を攻撃可能な位置に突入した。

「メタルウルフ1、フォックス1!」

 兵装管制官をしっかりこなす大統領のコールとともに、F-14の肩部装甲と一体化した専用ミサイル発射装置から、太い轟音を引いてミサイルが飛び出した。
 大統領搭乗機を皮切りに、F-14は次々と攻撃を開始する。一機あたりの数は六発。編隊全体での投射数は、二百発を超える。
 AIM-54 フェニックス。
 F-14のみで運用できるミサイル。戦術機が携行できる通常兵装としては、最高峰の性能と威力を誇っていた。
 値段も最高峰ゆえに、米海軍の予算を圧迫しF-14本体を含めて調達中止が検討されている兵器でもあった。それを惜しげもなく撃ちだす。
 中共軍からのデータリンク情報、F-14のセンサーが自ら捉えたデータ。それらが誘導システムにより自動的に集積・分析され、最良の高度とルートが選定される。
 額面通りの性能が発揮できる場合は、

『一個中隊分の集中攻撃で、光線属種を含む旅団規模BETAに大打撃を与えられる』

 力を持つ最新科学製の不死鳥達は、重金属で濁った大気を切り裂いて、光線属種密集地域に襲いかかる。

 何発かはレーザー攻撃によって阻まれたが、大多数のフェニックスは光線属種を主体としたBETA後方集団の頭上に侵入。
 フェニックスの弾頭から、無数の物体が飛び出す。それは、さらに子爆弾を内包しており、爆発とともに鉄火の驟雨となって異星生物に降り注いだ。
 加速度がついた爆弾の破片(多くが爆発力によって貫通力を増した形を取る、いわゆる自己鍛造弾)は、防御力の弱い小型光線級はもちろん、重光線級の皮膚をも紙のように裂く。
 突撃級や要塞級といった耐久力のあるBETAも、体表の柔らかい部分に直撃を受けてはダメージを免れない。

「穴空きチーズにしてやるっ!!」

 F-14は、ミサイルを放った後も進撃を続けていた。
 光線属種があらかた無力化した、とみるや両腕に持っている突撃砲を構える。
 もがくBETAに高速接近、36ミリ砲弾を容赦なくばら撒いてさらに追い討ちをかけた。

「閣下、あらかたもう穴空きだらけですぜっ!」

「健在な光線属種を優先して潰せ! そうすりゃあとはチャイニーズが自前の航空機を飛ばせるはずだ!」

「メタルウルフ4、フォックス3!」

 射撃音と爆音、衛士達の興奮した叫びが渾然一体となって戦場を震わせる。
 F-14は大型の機体だが、自重を機敏に動かすに足る出力を持ち、また推進剤積載量も多い。それを生かし、高速で噴射滑走しあるいは低空飛行で常に安全な距離を保ちつつ、砲撃を加え続けた。
 大統領の警護に選ばれるだけあり、どの衛士も地中海や欧州の実戦で鍛えられた精鋭だ。迅速かつ効率的に、BETAを地獄――連中の魂があるのなら、だが――へ強制移住させていく。

「っ! レーザー照射警報! 大統領!?」

 たまたま要塞級が盾になり被害を免れた重光線級が、ただの炭素と化した元仲間を押しのけて立ち上がり、黒い照射粘膜を低空飛行するF-14の一機――大統領搭乗機に向けた。

「ぐぅぅ!?」

 自律回避システムが作動し、F-14は機体をランダムに振って照射を外そうとする。
 最新のデータリンクシステムによって、大統領の危機に気づいた僚機が、咄嗟に援護の120ミリ砲弾を放つ。
 重光線級は、巨大目玉と見える器官を爆砕されて吹っ飛んだが――

「大統領! 御無事ですか!?」

 支援砲撃を放ったF-14が頭部を向けた先には、機体表面を赤熱化させたF-14がかろうじて着地していた。両腕に保持していたはずの突撃砲を取り落としている。
 プラズマ爆発が起こる一歩手前だった。
 ぎりぎりだった、と安堵する暇もなく大統領機に要撃級がにじり寄り、前腕を振り上げる。
 再度の支援……間に合わない!
 絶望に囚われた周辺の衛士達だが、次の瞬間には目を剥いた。

「なめるなBETA――」

 大統領のF-14が、機体を動かした。自分から要撃級のほうへ突っ込んだのだ。
 ボクシングでいうクリンチのような形で懐に入り込んだF-14が、致命的な一打を肩部装甲の一部破壊と引き換えに外す。
 そして、要撃級の不気味な体躯を両腕で抱えこむようにする。

「これが! 大統領魂だああああああ!」

 要撃級が、大統領の咆哮とともにぶん投げられた!

「じ、ジーザス!?」

 見守っていた衛士が、驚愕の叫びを喉から迸らせた。
 理屈はわかる。
 『人間に出来る動作は、全てできる。それ以上のことも』というのが戦術機の触れ込みだ。
 要撃級が殴りかかってきた勢いを利用して投げる、ジュードウの要領だろう。
 だが、理屈は理屈だ。
 やろうと思っても、できるものではない。普通ならば。
 負荷に耐えかね、大統領機のマニュピレーターは破損していた。

「――大統領、はしゃぎすぎです!」

 要撃級が地面に叩きつけられる音に、はっとなった部下達が今度こそ膝をついた大統領機の元へ集まり、近づくBETAを掃討した。

「む……すまん」

 大統領の声は聞こえるが、前部座席衛士のバイタルに異常が見られた。負傷したらしい。
 いや、大統領のバイタルにも乱れ――脳の発熱と思しき異常数値が見られ、データリンクでそれを知った衛士達をひやりとさせる。

「わ、私は……そう、そうだな。私は大統領ではあるが……『あんなモノ』ではなかったな。いや、しかしこれは……」

「大統領!? ……メタルウルフ2より全機、聞こえるな! これまでだ、5と6は大統領機を抱えて退避しろ!」

 突然、独り言をこぼしはじめた大統領の様子に、次席衛士が指揮権を掌握して退却準備にかかる。
 そこへ、レーダーフリップに大量の光点が映し出された。

「! よし、援軍だ! パーティーの後始末は連中に任せるぞ!」

 近づいてくるのは、光線属種がいなくなったことで活動が可能になった中共軍の戦術機と航空部隊だった。
 中には、博物館から引っ張り出したようなレシプロ機さえある。みすぼらしいように見える装備だし、実際に戦力不足ゆえ引っ張りだされた退役機種なのだが。市街戦への航空支援では、この種の低速で長時間滞空できる機体が意外と使いやすい。
 航空隊はいままでの鬱憤を晴らすかのように、機関砲弾やロケット弾を生き残りのBETAに浴びせていく。
 市街地にも、殲撃8型の集団が突入した。

 一息ついたF-14部隊は、大統領機や他の損傷機を守りながら、後退を開始する。その頭上を、赤い星の識別マークをつけた航空機がバンクしながら通過していった。



 アメリカ合衆国大統領が、自ら『騎兵隊』を率いて東側の危機を救う――。このハリウッド映画のような事実を伝えるニュースは、衝撃と驚愕を伴い世界を駆け巡る。
 アメリカ世論は、真っ二つに分かれた。
 ひとつは、「流石、俺達の大統領だ! USA! USA!」と熱狂的に大喜びする者達。
 もうひとつは、「とんでもない! 大統領の役目は最高指揮官として全軍を統御することで、一将兵として戦うことではない!」と青くなって猛烈に批判する者達。
 前者は一般市民に多く、後者は議員などの政府関係者が多数であった。
 特に、最近少しずつ息を吹き返しつつあるG弾推進派議員は、新孤立主義を唱えながら自分は護衛をいらぬ危険に晒した大統領の言行不一致を厳しく糾弾。

 当のアメリカ大統領は、帰還するなり自分の行動が軽率であり誤りでもあった、と明白に認めて以後出撃しないことを約束した。
 その豹変ぶりに、周囲は『憑き物が落ちたようだ』と噂しあうことになる。
 以前の、新孤立主義をパワフルに推進し、反対派さえいつの間にか巻き込んでしまうような勢いや馬力はすっかり影を潜めるようになり……。
 この態度は、様々な憶測や風評を集めることになった。
 あるゴシップ紙の風聞によると、「私は誰で、何者なのだろう」という独白を大統領はしきりに漏らしているという――。





 米国陸軍・第311戦術機甲大隊は、装備機のF-16に国連軍塗装と中国北部の環境に対応するための若干の改造を施し、大陸へと移動した。
 だが、僕……アドル=ヤマキ少尉は未だにキャンプ座間に居残っている。
 あの謎の熱を出す問題が解決できず、出撃差し止めを喰らったのだ。
 大隊は、僕の代わりを補充して出撃していった……。

 僕は、足元が崩れるという感覚に襲われて、部隊を満足に見送ることさえできなかった。
 マクシム少佐は、僕に何か言いたそうだったが、それを聞く気力さえわかない状態。
 基地にいても針の筵――多くの将兵は、僕の事情なんぞ知らないから、間違いなく被害妄想なのだが――。
 大晦日に祖父の家にいった時、祖父母が持たせてくれた武運長久の御守りが重たい。

 このまま実戦部隊の士官としての道は閉ざされるのだろうか……。
 前世ビジョンにまつわる精神的な不安やストレスを解決できない以上、危なっかしくて実戦には出られないだろう。

 落ち込む僕だが、軍籍にある以上は部屋で膝を抱えているわけにもいかない。
 なんの因果か、初期問題解消に手間取って僕と同じく『居残り』を喰らうことになった試作機の整備に協力するよう命じられた。
 YF-22とYF-24が一機ずつ、YF-23の三機ほどがトラブルを抱えており、僕は呼ばれたときに出向いて実働テストを行うのだ。

 試作機といえば、日本帝国が報道陣を招いて国産試作機・試90式 慶雲のお披露目を行った。
 1991年5月初旬の事だ。
 僕の前世ビジョン知識にはない機体で、すでに制式化する事が内定し、百機近い注文が企業に出ているという。
 この機体をテレビで見た僕の第一印象は、『細い!』というものだった。
 装甲重視から機動性重視に転換して以来、戦術機はスマートなシルエットを持つ物が多くなったが、慶雲は一際ほっそりした印象があった。
 一目でわかるほど防御が弱く思える反面、動きは実に素早そうだった。
 頭部にある一対のセンサーマストや、腕のナイフシーケンスは大型だ。これは、空力制御を行うためだろう。
 試作機を大々的に宣伝しだしたのは、国産推進派が外国機導入論をけん制し、さらなる予算を獲得する目的か?

 いずれにせよ、これで帝国にも完全に前世ビジョンと違う点が発生したな、と僕は思った。が、それだけだった。
 大陸に出撃できなかったことによる虚脱感――正直にいえば、命の危機を回避できたという浅ましい安堵も含む――のため、深い興味を向ける気力も無かったのだ。

 機械的に試作機の不具合解消テストを行い、カウンセリングを受けることを繰り返す日々。

 そんな中、帝国軍との合同演習がまた行われることになった。
 例の帝国軍の一部と在日米軍が目論んでいた、

『現場の意見として、アメリカ製第二世代機と日本帝国特殊技術の交換を両国政府に上申する』

 案は停滞してしまった様子だが、それでも将来のさらなる大陸戦線激化を睨んで、練度向上と意思疎通の促進は手を緩めることはできない。
 今回は、帝国軍に加えて斯衛軍や極東国連軍(アメリカ系以外の部隊だ)も参加するから、かなり大規模なものだ。

 軍需産業から派遣されてきた軍属の技術者・整備士連中はかなり張り切っている。
 どうも、同じ帝国軍でも斯衛軍は試90式にあまりいい思いを持っていないらしく。アメリカの機体を改修した上で採用することを匂わせているとか。
 演習でいいところを見せれば、ビジネスチャンスに繋がるというわけだ。

 ……そういえば斯衛軍は、『武家としてのランクで装備や制服を変える』方式をとっていた。
 この世界では誕生するかどうかわからない武御雷などは、機体性能自体も差別化されていたはずだ。
 偉い人を乗せるのに、弱防御すぎる機体は駄目だということか。
 しかし、それ以前の問題として身分を軍組織や兵装に持ち込むって、恐ろしく無駄が発生するのではないだろうか。
 身分が偉いほど技量がある、なんて普通ならありえないし(才能だけを優先して兵を選抜し厳しく訓練しても、精鋭になれるケースはレアだ)、兵站も大混乱必至だ。
 ただでさえ専用機を使っているのだから、兵装の調達・維持コストも凄まじく嵩むはず。
 身分の低い人間が、高い人間を指揮する立場になった場合はストレスで胃が溶けるだろう。何せ装備の色でいちいち意識させられるわけだし。
 まともな作戦行動も取れないんじゃないだろうか……。
 だが、『現実』にきちんと組織(それも名誉職や式典部隊ではなく、実戦部隊として)が回っているのだから、まさに神秘だ。

 『補正』というやつを、本国の前世ビジョン持ちが神経質なまでに重視するのもわかる気がする。
 対BETA戦ではないが、一般的な計算や判断が通じない相手への対応を決めるのは本当に難しいからだ。
 良かれと思った支援をしても、プラスに働くという保証はない……どんな結果を呼ぶのかさえ予想できない。
 親日的な米政府首脳が、日本帝国への態度を『極力不干渉』としたのは、実はかなり深い考えがあってのことなのだろう――多分。

 ともかく、僕は演習に参加するための準備を開始した。余剰人員だから、何にでも引っ張りだされるのだ。はぁ……。





 この頃、アメリカ本土では軍需産業間で水面下の動きが活発化している。
 多くは、財政問題等からの企業間合併の話し合いだ。
 それらに紛れるように、ロックウィード社で社内ベンチャーとして動き出していた『HI-MAERF計画の再検討』に、ボーニング社のシキシマ・チームが協力する事が決定されていた。

 また、戦略航空機動要塞の専任護衛機・XF-108 レイピアの開発も、概念を一新したプロジェクトとして再開されていたことが公になる――
 米軍では整備性・コストの問題から採用が一部機体に留まっていた固定武装装備を視野にいれた、超高級局地戦仕様になる予定だという……。



[28914] 第15話 新型・新技術がいいとは限らない
Name: キャプテン◆3836e865 ID:680727f5
Date: 2011/09/02 20:33
 現在、アメリカの軍需産業が躍起になって改良しようとしているもののひとつに、戦術機のOSがあった。
 企業には、アメリカ軍はもとより製品の売却先である諸外国軍からの情報が大量に入ってくる。
 それらの中でも、特に深刻なのが人的資源の欠乏を現すものだ。
 BETAの物量に対抗するため、人類側も相応の戦力を用意しなければならないが、一人前の将兵というのは一朝一夕には養成できない。
 教官役を務めるべきベテラン、あるいはまだ訓練未了の若手さえ前線投入が常態化している戦線もあり、それらが人材育成にどれほど悪影響を与えるかは言うまでもない。
 また、十分な訓練時間を取れたとしても、BETAのおぞましさや物量によってすくんでしまいがちな初陣衛士の死亡率の高さという関門があった。
(いわゆる『死の八分』)

 この問題に少しでも歯止めをかけるべく、OSの開発は主に機動制御の自律化を助けるほうへと進化していた。

 例えば、機体が転倒しそうになれば、自動シークエンスが働いて勝手に立て直す等。レーザー照射を探知した場合の自律回避機能なども、多くの国で普及している。

 ベテランからすれば、行動の自由を制約するこの傾向は『余計なお世話』になりがちなのだが、大多数を占める未熟練兵を戦力化しなければならない現状では仕方がなかった。
 衛士の自由な判断と、負担軽減の自動化を両立するほどの処理が可能なCPUや戦術機用コンピュータは、まだどこの企業も開発できていない。

 そんな中、国防総省・BETA危機管理チームの支援を受けてマーキン・ベルカー(世界中の戦術機に使われるコクピットシステムの開発元)の特命研究部は、例の

『米軍内外から一時期集中して出された、SF的なアイデアの数々』

 をヒントにOSの改良にまい進していた。

 特命部はまず新兵用と熟練兵用のOSの並行開発を考えたが、議論と調査の末に、

・OSの補正が邪魔と感じるほどの熟練兵は、まともに戦っている国の将兵全体からすればごくごく少数派であり、熟練兵専用OSの開発は無駄である

 と、思い切り割り切ることを前提とした。
 熟練兵が世界的に見て貴重品である以上、そのために開発資源を割くのはコスト的に引きあわないからだ。

「人類全体の人的資源の払底さえ現実味を帯びている以上、熟練兵だけしか使えない装備開発全般が、愚者の皮算用」

 と言い切った研究者までいる。
 なにしろ、訓練校出たての初心者衛士のみの部隊を戦場に送り込む、という国々さえ珍しくないのが現状なのだから。
 その上で、攻撃・防御・回避・移動などの戦術機に必要とされる動作パターンを再点検し、

・回避性能の向上こそが、もっとも必要とされる部分である

 と、結論付けた。
 BETAに接近され、恐怖やショックで棒立ちになる衛士が意外と多い、という統計が出たからだ。
 また、ベテランでもBETAの物量に対処するために長時間戦闘を余儀なくされ、疲労のために集中力を欠いてそれこそ新兵のようなミスを犯し、散るケースの意外な多さも。
 そして、攻撃等は当然ながら機体と衛士が余力を持って生残してこそ、の話である。

 世界中から集めた機動制御データのうち、特にBETAの攻撃への対処が上手い衛士の記録を選別し、OSに組み込む方法が試みられた。
 至近までBETAが迫り、攻撃モーションと思しき動体反応をセンサーが探知した場合において、たとえ衛士が呆然自失に陥っても、無防備なまま突撃級や要撃級の打撃を受けることなく自律回避する事――それが理想であった。
 このOSの新機能は、基本的に対BETA戦のみを想定したもの。
 人間同士の対立を嫌う理想主義から、では無論なく、人類が用いる多種多様の火器に対応した射弾回避までデータを入れると、戦術機用コンピューターの容量がパンクしかねないからだ。
 容量と処理能力の問題はどこまでもついてまわり、

・管制ユニット周りは共通でも、機体の性能・挙動特性が国によって全く違うケースへの個別補正

・回避運動が大きすぎると味方や障害物と衝突しかねない可能性

・戦車級の集団噛み付きような攻撃には、回避自体の選択が困難(むしろ動きを止めて、味方機のナイフによる援護を待ったほうが良い場合が多い)

・衛士が望んで密集格闘戦を仕掛けた場合、自律回避は邪魔になるだけという恐れ

 の、ような障害を膨大な運用データをぶち込むことで解決する、という力技は取れなかった。
 最終的に、『突撃級ないし要撃・要塞級の攻撃を受けかけた時、衛士がアクションを取らなければ、自動的に低空・短距離の跳躍をして安全距離を取る』程度のプログラム追加で妥協する事になった。
 当初の理想とは程遠いOSの改良だったが、『焼け石に水よりはマシだろう』と新兵の損失に苦しむ前線国家向けOSとして、実地試験を開始する運びとなる。

 ちなみに、アイデアの大元は、

『超能力者的エースパイロットの戦闘データを還元、統合な機動推進制御システムを作り、新兵でもベテラン並の動きができる量産機を作る!
ザ○とは違うのだよ、○クとは!』

 と、いうもの。
 毎度のことながら、現行の技術とは理想との格差がありすぎて実現率は恐ろしく低くなったのだが……。
 それでもOSの名前ぐらいは決めたい、と発案者は駄々をこねていたそうである。
 が、『所詮はバージョンアップであり、新型OSとして特別扱いするレベルには達していない』という冷徹な国防総省の判定により、命名権さえ認められなかった。



 一方、投入している労力の割りにろくに進展しないのが、世界規模の戦略に関する戦術機プロジェクトだ。
 現在、アメリカ国防総省は人類に残された貴重な資源を少しでも有効活用すべく、世界共通の戦術機を製作しようと動いていた。
 国連規格で全ての部品を統一し、なし崩しの新型・改修機投入による規格違いが乱立した戦術機兵站を整理しよう、という野心的な計画だ。
 白羽の矢が立てられたのは、試作試験中のシーファイアあるいは輸出機ベストセラーとなっているF-16。
 だが……現実問題として、新規格機で世界を統一するということは、新しい生産ラインの建設と在来機ラインの処理が必要だ。
 無駄をなくすためのコストとして、凄まじい無駄が生じるという笑い話にもならない壁が立ちはだかり、また戦術機輸出においては競争相手であるソ連・欧州への配慮が必要だった。
 特に、今も世界で稼動しているF-4やF-5系列の工場ラインを閉じる、というのは人類経済全体への悪影響さえ考えねばならない。
 機種転換をしている間、前線への戦術機供給が停滞するという側面も無視できず……。
 未だに世界の戦力の中核が、最古の戦術機であるF-4(今後十年以上もそうだと見込まれている)なのは、別に世界の国々が怠けているからではないのだ。

『米国単独ならともかく、世界規模となるとせめて十年……いや五年はBETAとの休戦期間的なものが取れない限り、非現実的』

 という意見さえ出され、『新アイデアですっごい戦術機登場! 世界中で生産して戦局挽回だ!』と息巻く者達を落胆させている……。





 新型試作機が、実戦投入を前提に集まっている在日米軍だが。実のところ、衛士達の多くは自分が乗るのは御免だ、と考えている。
 例えば戦車のように、火砲と装甲の世代が違う新型に対して旧式はほぼ無力という兵器ならともかく。
 基本的に火力は兵站を考えて横並びであり、装甲も敵攻撃を完全に跳ね返せるレベルとは程遠い戦術機だと、新型機と旧式機の差は一般に考えられるほど大きくは無い。
 (対人戦を前提として、ステルス等の高等技術が入ってくるとまた話は別だが)
 多種多様な機体を使う国連軍などその傾向が顕著で、第二世代機を保有する基地でもエース部隊の装備機は(さすがにアップグレードはされているが)F-4ですという所も多いと聞く。
 どれだけ高度な整備体制を敷いていようと、繊細・複雑な技術の集合体である戦術機(と、いうか兵器は大半がそうだ)からトラブルを根絶するのは無理だ。
 なら、トラブルが少なく、かつ問題が起こった時の対処法が確立されている機体のほうがいい。

 思いっきり乱暴にいえば、

 本来なら十の力を出せる・しかし実用面では多くの場合四ぐらいしか出せない機体より、限界能力は六程度でも安定して五を出せる機体こそ頼りになるのだ。

 米軍にもこの風潮がある上に、性能及び信頼性を高いレベルで兼ね備えると実戦証明されているF-15がすでに存在する。
 僕はベテランやエースとは程遠い新米だが、それでも自由に機体が選べるのなら迷わずF-15を取っただろう。
 だが、実際に合同演習で割り当てられた機体は、皆が嫌がる試作機群のひとつだった。

「全機、近接戦闘準備! 突撃する」

 YF-23の管制ユニット内に身を収めた僕の耳に、自動翻訳装置を介した日本帝国軍衛士の声が響く。

 最新のJIVES(統合仮想情報演習システム)を用いた訓練。
 『せっかく異なる軍が顔を合わせるのだから、この時しかできない訓練を』というお偉いさんの判断なのか、混沌とした戦況が設定されていた。
 多国籍軍による共同作戦中、戦線が瓦解した状況。手近な味方でとにかく集まって臨時に部隊をでっち上げるところから開始。
 国籍はもちろん、軍事的常識さえ差異がある者達と組み、戦闘を続行する――そんな条件下での訓練。
 廃墟と化した都市・天候は晴れという、仮想空間で形成された戦場の片隅に、僕を含んで一個中隊分の戦術機が集まっている。
 帝国軍の撃震、国連軍のミラージュ2000とF-4、米軍のF-16。そして僕の乗るYF-23。
 ちょっとした戦術機博覧会だ。

 ――周囲の衛士にやたら注意を向けられている気がするのは、僕の自意識過剰ではあるまい。
 明らかに浮いている試作機だ……いくら実戦投入前提で日本まで持ってきたとはいえ、よくもまぁ演習に出す決断をしたな司令部は。

「いきなり突撃!? 無謀です、廃ビル群を盾にしながら右周りに隠密移動し、敵先頭集団をやり過ごして、背後から叩きましょう」

 帝国軍衛士(先任の大尉だ)の指示に反対したのは、国連軍所属の女性衛士だった。

「む……」

 精悍な顔つきの帝国軍衛士の目に、迷う光が生まれる。
 近接格闘戦の中でも、長刀戦闘を重視する機体を持つ帝国軍の兵士なら、自分の得意とする戦いに一刻も早く持ち込みたいと思うのは理解できる。

 だが、他国軍はそうもいかない。
 ミラージュ・シリーズは、固定武装(膝部アーマースパイク等)を装備しているから、決してどつきあいが苦手な機体ではない。
 本土を失う前から兵器輸出に熱心だったフランス製戦術機は、多くの国で使われる事を前提としているため、汎用性が高いのだ。
 しかし、機体パーツと一体化した固定武装の使用頻度が上がれば、本体が消耗・破損する可能性は高まる。近接格闘は非常手段なのだろう。

 もし国連軍から異議が出なければ、僕はじめとする米国衛士が口を出したはずだ。
 こっちは機動砲撃を主体とする装備と訓練に慣れている。今回はYF-23を与えられた僕だが、だからといって苦手な近接格闘をいきなりやりたいとは思わない。

 このように、多国籍作戦は複雑になるのだ。指揮権ひとつを決めるにしても、事前の取り決めがなければ大揉めになる。
 基本的に軍隊は他国軍人だろうと、階級の高い(階級が同じなら任官が早い順)の人間が目上とされるが、戦いなれた軍隊の中には、

『階級より戦果第一。普段はともかく、戦闘になったら階級は下だろうが実力者がトップを取る』

 ような所もあるし……。
 言ってはなんだが、斯衛軍がいる設定じゃなくて良かった。この上、帝国軍でいうところの娑婆(一般社会)の身分まで持ち込まれたら頭が変になりそうだ……。

 しかも、敵――BETA群が刻一刻と近づいてきている設定だから、悩む時間さえ満足に与えられない。
 突撃級は、平地なら時速170キロぐらい出してくるから、こうしている間にも……!?

 その時、僕の網膜投影画面の正面に、赤い警告アラートが立ち上がった。これは――

「っ! 地中震動を検知っ、急速接近中!」

 YF-23のセンサーが、不自然な揺れをキャッチした。最新鋭機だから、探知範囲は他機より広い。
 臨時に繋いだデータリンクが機能しているから、細かい数値は口頭で伝えるまでもない。
 僕は、警告を発しながら機体ステータスをチェックした。左右の腕には、XAMWS-24 試作新概念突撃砲。合計六基の兵装担架には、XCIWS-2B 試作近接戦闘長刀一本と予備突撃砲が五丁。
 ……改めて考えると、凄い装備積載量だ。実戦の場合、整備性の問題から兵装担架を全部稼動させるのは中々困難らしいのだが、仮想世界らしくトラブルは起きていない。

 臨時に隊長として認められた帝国軍衛士は、

「散開っ! 差し込まれるぞ!」

 と、あわてた声で口走った。
 その言葉を受けて、廃墟の陰に身を潜めていた12機の国際色豊かな戦術機群は、一斉に身を起こす。
 そうしている間に、操縦席にも震動が伝わるほど揺れは大きくなり。至近の地表が、爆発したように土埃を上げる。

 地中侵攻――人類にとっては頭痛物のBETAの攻撃だ。探知手段が限られる上、地中深くを移動する相手を攻撃する手段はバンカーバスター転用の特殊爆弾ぐらいしかない。
 最初に地面から湧き出てきたのは、装甲殻を振りかざす突撃級の群れ。嫌味なほど細かいところまでしっかり再現された、仮想の敵達だ。

「FOX2!」

 僕は情報を味方に伝えながら、教科書どおり120ミリ砲弾を放った。先頭集団を潰せば、そいつらが蓋になって後続のBETAの動きを邪魔できるからだ。
 管制ユニットにかすかな射撃反動が伝わる。弾着の結果を見ている暇はない、機体を下がらせる。
 と、僕の視界が、ぐらりと傾いだ。

「くっ!」

 僕は思わず舌打ちした。YF-23は、もっとも乗りなれたF-16に比べて操縦系統の反応が過敏で、イメージしたよりも後退挙動が大きくなってしまった。
 第三世代機特有……と、いうよりはBETAと物理的に接触・衝突する事を意識したOSの設定だからだろう。
 長刀等でBETAを斬った場合、作用・反作用等の物理法則が複雑に働いて、細かい機動制御を連続して要求されるのは予想できる。
 幸い、主機のパワーは有り余っているほどなので、傾いだ機体を強引に立て直す。

 網膜投影画面の正面に這い寄ってくる突撃級の生き残りを睨みながら、視界の隅で友軍機の位置を確認する。

「げっ!?」

 僕は思わずうめいてしまった。
 事前の打ち合わせが中断したままだったせいか、中隊とは呼べないほど皆の行動がばらばらだ!
 僕を含んで必要以上に後方に下がる奴、味方誤射の危険性を忘れたかのように突撃砲を撃ちまくる機体、そして足を止めて格闘戦を始める戦術機も。
 土埃の中に閃光が無数に走り、不気味な色をした異星生命体の体液が飛び散った。

 さらに、地中侵攻を受ける前に接近していたBETA群が、廃墟の建物を完全な瓦礫に変えつつ接近してくる。

「……合流されたら終わりだ!」

 僕は、ブーストジャンプで乱戦の場から飛び上がると、地表を進撃してくるBETA群の前に着地。
 長刀を装備した一基を残し、全ての兵装担架を前方に向けて展開。
 両腕とあわせて、七門の突撃砲の全力射撃を開始した。要撃級には36ミリのシャワーを浴びせ、突撃級が見えれば120ミリ砲弾を叩き込む。
 単独の戦術機としては破格の火力だが、機体にかかる反動も大きいし弾薬消費も早い。
 足止めしている間に、地中から出てきたBETAを仲間が始末してくれるのを祈る。
 だが、射撃に夢中になるあまり、僕は基本的な事を失念していた。
 自分が攻撃している間は、その閃光や震動で機体のセンサーが十分働かなくなる。同時に、人間にありがちな視野狭窄に陥る。
 衛士にとっては悪夢の具現と言うべき戦車級のにじり寄りに、直前まで気づかなかった。

「っ!?」

 視界の隅に、赤黒い不気味な物体が現れるや否や、恐ろしいほどの敏捷さで僕の機体に飛びかかってきた。
 戦車級……それも十数体の群れだ。

 戦車級BETAは、衛士をもっとも多く食い殺している敵だと言われている。
 こいつらは、一旦たかってくると装甲さえたやすく食い破り、衛士が脱出する隙を与えず殺してしまう。
 米軍は密集格闘戦を嫌うが、(高官の中には、米国の若者にこんな戦いをさせるべきではない、と公言する者もいたぐらいだ)その原因のひとつは間違いなくこいつらの厄介さだ。

「このぉ!」

 僕は咄嗟に突撃砲の銃口のひとつを戦車級に向け、至近距離から36ミリを叩き込む。赤黒い霧となって数体が吹っ飛ぶが、残りは怯むことなく寄ってくる。
 YF-23に乗って気づいたのだが、兵装が多いことはプラスに働くばかりではない。
 使用できるオプションが複数あると、どれを行うべきか迷ってしまうのだ。
 YF-23特有の銃剣で突き刺すべきか、長刀で振り払うべきか、それともナイフ使用か、ゼロ距離射撃の続行か――機体に習熟していないこともあり、僕の判断は遅延した。
 それはほんの一秒程度の時間だったのだろうが、戦場では致命的なロス。
 YF-23の胸部装甲に取り付いた戦車級が、その大きな歯で噛みつき攻撃を仕掛けてきた。
 JAVESが作り出したものとは思えない、不気味な咀嚼音が僕の耳に入り込み、脳を引っかくような不快感を与えてくる。
 全身を氷づけにされたような悪寒を感じながら、僕は何とかそいつを引き剥がそうと、汗ばむ手でレバーを……。

「動かないで!」

 そこへ、鋭い声が通信機を震わせる。
 女性の声。あの帝国衛士に異議を申し立てていた国連軍衛士のものだ。
 言われた通り、僕はぐっと息を詰めて恐怖を堪えることにした。

 蒼穹色の塗装をされた国連軍のミラージュ2000が、背後から接近してきてナイフを振りかざず。そして、僕の機体に取り付いた戦車級を、鋭い先端で貫いていった。

「単機戦闘は無茶よ、ええと……アドル=ヤマキ少尉!?」

 呼びかけてくる声に一拍間が空いたのは、僕の衛士情報を参照していたからだろう。

「すみません!」

 謝りながら、僕は戦車級の残骸が貼りついたままの機体を操り、距離を詰めて来た要撃級の歯軋りする顔(に、見える感覚器)に36ミリ砲弾を叩き込む。
 戦術機運用の基本は、エレメント(二機一組連携)だ。地上侵攻してくるBETAの阻止に出た判断が間違っている、とは思わないが、誰かに声をかけるべきだった。
 ……そういえば、ほかの味方は――

「っ!」

 僕は戦術画面を確認して、唇を噛んだ。友軍機を示すマーカーは、僕と隣で戦うミラージュ2000のほかは三機にまで減らされている。
 さらに、BETAが大地にあけた穴から、一際巨大な反応が現れた。要塞級だ。
 僕は、暗澹たる気分に首根っこを掴まれた。もうもたない、この演習は全滅で終わりだ――
 情けない事だが、画面一杯に迫りくるBETAに機械的に射撃を送りながらも僕の心は早速折れつつあった。





「『日本帝国臣民は、選民・選良といっていいほど他のいかなる民族より優れた特質を具備している……』なんだこりゃあ?」

 大阪旭日新聞社の本社にある、社会部。そのデスク席に座る男は、手にした記事を読み上げてから、素っ頓狂な声を上げた。

「おい、確認するが、こりゃあ昔のウチが書いた軍に擦り寄るお提灯記事じゃないよな?
どこぞの右翼が書きなぐったアジビラでもないよな?」

 デスクは、ぼさぼさ頭を荒々しく書きながら、他社の新聞を持ってきた部下に問いただす。

「ええ、間違いなく先日発行されたばかりの三景新聞の社説です」

「――何考えてやがる」

 デスクはその新聞をくしゃっと丸めると、ゴミ箱に放り込んだ。そして煙草に火をつけ、苛立ちを抑えるようにゆっくりとくゆらせはじめる。

 戦前……特に1930年代から始まった軍部主導による報道管制は、日本のジャーナリズム史にとっては最悪の時期だった。
 当時の軍人は、高度国防国家建設なる妄想に取り付かれ、あらゆる力を国防――つまり自分達に奉仕させようとした。
 そのひとつが、報道の支配だ。
 軍が中国東北部(満州)を自作自演の陰謀を用いてまで奪おうとした時期、大阪旭日は軍事行動反対の論陣を張ったのだが……在郷軍人会の不買運動のような嫌がらせを受け、最終的には軍支持一本槍を余儀なくされた。
 デスクが読み上げたような、まともな羞恥心があれば聞くに堪えないような文面が、毎日出ることに。
 戦場が拡大すると、状況はさらに酷くなり国家権力から直接統制を受けるようになる。
 書ける記事は、日本……特に軍の正当性と優秀性をたたえ、他国や他民族を貶めるものばかり。
 『無敵帝国軍』、『鬼畜英米』というやつだ。
 あえてその路線に反対すれば、発行禁止等の罰を受けて終わり。
 たまに軍や政府を批判する記事が書けたかと思えば、それは陸軍出身総理を攻撃したい海軍の手回しに過ぎない政争の道具だった、というていたらく。
 そんな時勢だから、強制されずとも軍におもねる記事を書く日和見記者も続出し、日本の報道と世論は滅茶苦茶になった。
 行き着いた先が、軍自身が自分達が煽った対外強硬論に足を絡め取られ、勝てないと流石にわかっていたアメリカとの戦争を決断する一因になるという落ちだ。

 この時期のことは、新聞社なら主義主張を超えてトラウマになっているはず、なのだが……。

「いくら三景が保守を自任しているといっても、これはやりすぎだろう。気味が悪いほど、アホ軍人好みの文面をそのまま載せた時代のまんまじゃないか」

「ええ。いくら昨今のBETA大戦のための国防優先政治だからって、軍人の言いなりになるほど三景は腐ってませんよ……」

 声を低める部下に、デスクは細めた目を向けて先を促した。

「大学の同期で、三景に入った奴から聞いたんですが……どうも、この手の記事を書けといってきたのは、『あっち』のやんごとなき方々らしいんです」

 部下が指差したのは、何もない壁だ。方角は北――その先には、首都・京都……そして帝都城がある。
 デスクの表情が、一瞬で凍りついた。みじろぎのため椅子が耳障りな軋みを上げる。

「……おいおい、そりゃ大事だぞ!」

「ええ、具体的に誰が書かせたのか、までは聞き出せませんでしたが。これがガセじゃないなら、前代未聞です」

 帝国の報道においては、現代ですら皇帝や将軍そしてその一族に関する事は、タブー視されている。
 戦前の報道管制時代にあっても元枢府や皇帝家は報道への圧力はかけてこなかった(政府や軍の圧力を撤回させる事もしなかったが)から、好意的に見られてもいた。
 そのはずなのだが……。

「しかし……どういうことだ? 武家あたりの復古主義(将軍や皇帝の権限を、昔の実権ある君主的な域に戻せ、と主張する者達)が書かせるのなら、むしろ軍部批判だろう?」

 発言力を増す軍部が、ただでさえ米主導の民主化改革によって削られていた皇帝や将軍・元枢府の権限を奪いにかかっているのは、有名な動きであった。
 特に、本土防衛軍が創設されてからは酷い――少なくとも大阪旭日はそう見て、批判的な記事を何度も出している。

 本土防衛軍は、BETAの侵攻に備えて迅速な展開を行うために創設された軍だ。これはいいのだが、問題は参謀本部直轄ということ。
 総理や議会といった、文民統制から逸脱しかねない存在だ。

 軍隊が、独自の裁量で兵力を動せる……その権能が内側に向いた場合、チェック機能が働かないから、クーデターという荒唐無稽な話さえ可能になってくる。
 本当にクーデター等をやるかやらないかはともかく、『可能性』をちらつかせるだけで大きなカードになる。
 本土防衛軍創設を検討した議会は荒れに荒れたが、帝国には城内省直轄の斯衛軍というハナから文民統制に服さない武力組織の『前例』があるため、

『本土防衛軍を批判するのは、斯衛軍――ひいては将軍殿下を批判するのと同じ』

 という理論武装で、議会は押し切られてしまった。
 議員の中には、皇帝や将軍さえ恐れず正論をいう気骨ある者はいる。が、それはごく少数派で、伝統的なご威光には思考停止してしまう者達が多数だ――これは日本国民全般にもいえる。
 武家達からすれば、自分達のトップである将軍を圧迫してくる連中の主張を通すダシに斯衛が使われたわけで、面白いはずもない。
 『下賎な』帝国軍と同じレベルで争うのは、プライドが許さないのか表立った衝突はないが、不穏な空気は濃くなっている。

 斯衛の元締めである城内省が、帝国軍が主導して作った機体に反発しがちで専用機に拘るのも、このあたりの背景と無関係ではあるまい。
 平時ならともかく、戦時になれば帝国軍と斯衛軍は共同作戦を取ることが多くなるのは誰でも予想でき、実際に人事交流や互いの指揮下への編入訓練は行われている。
 にもかかわらず、兵站の不利を承知で違う装備に固執するのは……軍政部門では復古主義の勢力が強いからか。
 帝国軍の国粋主義が、『アメリカ軍の力を無視できないが、せめて主兵器調達ぐらいは首根っこを押さえられたくない』と考えるのと似ているだろう。

 現在のところは、軍も批判的な意見をはばかってか本土防衛軍は小規模の戦力に抑えられているが……。

「ええ、そこが全くわけがわからなくて……やんごとなき方々には、軍部――まして大東亜戦争で一度帝国を滅ぼしかけたような国粋主義を、支援してやる理由がないはずなんですよ。
でも、それをやった……」

「1980年代ぐらいからの、アメちゃんの行動並みにわけがわからないな」

 デスクは、短くなった煙草を灰皿に押し付けながらつぶやいた。
 世界中に兵力と口を出し、他国には到底真似できない人類全体への功績はあるものの、それ以上の嫌悪感を買っていたアメリカ。
 それがいきなり新孤立主義を提唱し、引っ込んだのは日本帝国から見ても信じられない事だった。

 理 解 不 能。

 当時の日本の識者の思いは、この四文字に集約される。
 それまでアメリカが膨大な人血と費用でもって扶植してきた勢力を、自ら縮小など帝国から見れば考えられないことだった。
 アメリカを批判する国とて、いざ自分の所の話となると、ちっぽけな領土や利権に固執し時にBETAそっちのけで紛争を起こすことを辞さないのが、国際社会というもの。
 引き際の良さは、あまりにもぶっ飛んでいた。
 『あの』アメリカであるから、何かの謀略のための布石か、と疑ったが……そんな気配は十年ほど経った現在でも無い。
 むしろ、嫌がるアメリカ軍を再び前線に引っ張り出すために、他国が必死になるという逆転現象さえ見受けられる。

「本当に世の中どうなっちまうんだ……BETAは相変わらず猛威を振るっているし、政府の統制もどんどん酷くなるし」

 報道統制は、BETAに関する事については戦前並み……いや、それ以上に厳しくなっていた。
 記者の耳には実際の悲惨な戦場の様子が入ってくるが、それを文字として書き出すことはできない。
 例によって、帝国軍がBETA相手に大活躍だとかそんな架空の話をでっち上げるしかないのだ。
 加えて、帝国の偉い様が不可解な行動をはじめてくれるのだから、たまったものではなかった。

「裏事情はともかく、今はこういう路線が受けているんです……ウチも発行数を伸ばすために、社説の傾向を国粋主義に鞍替えするべきですかね?
正直、売れ行きが落ちていますし」

 部下がため息とともに提案する。他社の新聞を持ち込んだのは、これが本題だったのだ。
 デスクは、黙り込んだ。
 報道といえども、営利を足場にする以上は売れ筋というのを考えなければならない。
 国粋主義的な風潮は、軍のみならず一般市民――新聞を買う層にも広がっており、それは売り上げに直結している要素だ。

「そうしたほうが商業的に正しいんだろうが……どうも嫌な感じがするんだよな、この世情……」

 ようやく口に出したデスクの言葉は、苦味を含んでいた。

 ――デスクは、前世ビジョンに関する情報を掴んでいない。当人も、ビジョンを見てもいない。
 だから、アメリカ首脳が空気を読んで……などと考えていることなどわかるはずがない。
 前世ビジョンの通りに世界を動かしたい帝国の一派が、『軍部の路線はいずれ、間抜けなアメリカと共倒れになる。むしろ、そこまではきちんと踊ってもらわないと困る』と思っていることなど知らない。
 しかし、長年のジャーナリストとしての経験が、『常識的な動機と目的を持って動いていない』連中特有のきな臭さを感じ取っていたのだ……。



[28914] 第16話 陰謀は一日にしてならず
Name: キャプテン◆3836e865 ID:bbe53e5b
Date: 2011/08/27 08:31
 アメリカ・ボーニング社が新型兵器試験のために活用してきた場所は、広さ以外何の取り得もない荒野だ。
 地平線さえかすんで見えるほど、広漠たる大地。G弾のような大規模破壊兵器の起爆実験さえ前提としていたのだから、これぐらいは必要なのだ。
 今、その場所にあるのはG弾ではない。
 人型の巨人だ。
 巨人は、アメリカ軍の誇る『最強の第二世代機(第三世代機が実用化されていない今、それは人類最強を意味する)』F-15 イーグルの頭部を持っていた。
 星のめぐり合わせが悪いのか、それとも一部の人間の口に上る『補正』のためか。帝国軍の瑞鶴に負けた話が広く流布したりしているが、優秀性は疑い無い。
 そのF-15の多くある長所のひとつに、拡張性・発展性がある。
 戦術機というのは、F-4の設計思想に象徴されるように、

『人類にとって未知の存在であり、何をしでかしてくるかわからないBETAに対抗するため、高い戦術的柔軟性を備える』

 ことが求められた兵器だ。そのために、人類同士の戦争だけを前提とすればまず相手にされなかっただろう、巨大人型兵器となった。
 さらに、ハイヴ内はもとより極寒の地や砂漠と言った過酷な環境でも活動することが、戦線の拡大とともに求められた。
 F-15は、優れた基本設計に裏打ちされた発展余剰により、兵装・運用上出た問題を解決するための追加装備はもとより、環境対応装備の付与が容易である。
 米軍の本土防衛用機種に指定され、海外への輸出が鈍化したにもかかわらず、世界中で様々な派生機が生まれて活躍を見せていた。

 だが、今ボーニングの試験場で、陽光を跳ね返して立つF-15の首から下は、『イーグル・ファミリー』のどれとも似ていなかった。
 印象を一言でいえば、『マッチョ』だ。
 装甲局限の方向性で進んでいる戦術機進化に逆行するように、胴回りや肩部・腕足部は太く厚さを増している。機体を構成する各パーツも、丸みを帯びたものになっていた。

 社内名称・F-15G。
 ボーニングが、アメリカ政府に頼んで融通してもらったF-15を、国内外問わず招聘した科学者・技術者達に任せて改修させた実験機だった。

 そのF-15Gの足元に、残骸が転がっている。
 BETAのなれの果てだ。要撃級の全身が、ずたずたに引きちぎられていた。いくら人類の憎い敵とはいえ、まともな感性の者がみれば、哀れを覚えるような無残な有様だった。
 F-15Gのマニュピレーターの先から、濁った紫の液体……BETAの体液が滴り落ちては、乾いた土に吸い込まれていく。
 BETA……それも格闘戦に優れる要撃級を、戦術機が『手』で屠った。
 これは、常識はずれ――とはいわないまでも、異常な事が起こったことを十分にうかがわせる光景だった。
 戦術機のマニュピレーターは、武器を保持するハードポイントとしての役割が重視され反動には強いが、直接の衝突耐性には限界がある。
 まともに教育を受けた衛士なら、戦車級程度を払いのけるのさえ避けようとするはずだ。
 例外があるとすれば、マニュピレーター自体を武装化した特殊用途機だが、それとて要撃級を完膚なきまでに破壊するのは難しいだろう。

 F-15Gの元へ、エンジン音を撒き散らしながら、無数の車両が寄ってきた。いずれも、ボーニングのマークをつけている。
 中には、F-15Gが不利になった時に援護するためと思しき、戦闘車両さえあった。
 そのうちの一台から、汚れた白衣に身を包んだ敷島博士が降り立った。

「博士、まだBETAの焼却処理が済んでいません。お待ちを」

 同じ車から降りてきたボディガードの忠告など無視して、敷島博士はぎょろりとした目を光らせてF-15GとBETAを交互に見つめる。
 そんな博士の横を、別の車から降りてきた防毒マスクの男達(整備士と看護士)がすり抜け、F-15Gの足元に駆け寄る。
 F-15Gは、ゆっくりと膝をついた駐機姿勢を取った。

「まだ、じゃな。こんなものでは殺戮兵器とは呼べん!」

 敷島博士が吐き捨てると、続いて降り立った技術者達は、揃って顔を見合わせた。
 そのうちの一人が、恐る恐る敷島博士に声をかける。

「あの……これでもまだ不足なのですか? 要撃級を『素手』でミンチにしても?」

 つい先刻まで行われていたのは、実戦試験だ。非武装のF-15Gを、要撃級BETA(米軍に捕獲された実験用だ)と戦わせるという過酷なもの。

「わかっとらんのー」

 敷島博士が、ずいっと顔を寄せると技術者達は、一斉に上体を仰け反らせた。顔が怖すぎるからだ。
 何より、比喩でもなんでもなく博士が人間兵器であることは、すでに周知の事実。ボディガードですら、一瞬怯む気配を見せる。

「この程度のパワーや装甲では、やつら(BETA)を何匹か打ち殺すのが精一杯じゃ。ワシの作った兵器として納得いくかぁ!?
もっと美しく! 華麗に! 大量に殺せなければ意味がない!」

「は、はぁ……ですがこれ以上パワーを上げても、衛士の体が……」

 額から汗をだらだらと流す技術者の視線の先には、コクピットから出てきた衛士がいた。
 衛士は意識を保ち、自分の足で降りてはいるものの……顔には濃い疲労の色を浮かべていた。

 F-15Gは、敷島博士が日本から持ち込んだプラズマ駆動ユニットを組み込んだ特殊なマシンだ。
 在来の戦術機に搭載されている燃料電池及び主機とのハイブリットにより、重装の機体を動かすというコンセプトの実証機。
 基本運用は戦術機と同じであるものの、よりしぶとく戦い、より多数の兵装を携行してBETAの物量を駆逐する――その可能性に挑戦した機体。

 元々、『この世界』では宇宙開発競争の産物として、プラズマエネルギー制御技術が進んでいた。
 プラズマエンジンなどが、宇宙空間を超長距離航行する無人探査船の推進力として有望だと見られていたためだ。
 だが、BETAとの戦いが地上中心になると、すっかり廃れてしまった。それをしぶとく研究していた(もちろん兵器転用以外考えず!)のが敷島博士だ。

 高耐久だが重いため、戦術機の素材としての使用を断念されていた超合金で身を鎧ったF-15Gは、このサイズの兵器としては破格の防御力を誇る。
 パワーも今行われた実験で見られたように、大型のBETAを武器無しでばらばらにするに足りた。
 ――もちろん、博士個人の研究成果だけで出来ることではない。
 ボーニング社がG元素転用兵器研究の中で蓄積した情報……『世界』が違えば(あるいは近い将来)『ある計画』における人類の地球脱出用宇宙船に利用されたであろう、BETA由来技術の恩恵があってこそだ。
 基礎設計と拡張性に優れたF-15、ボーニングのBETA由来技術、そして敷島博士の気ち……もとい鬼才が揃わなければこうも早く形にはならなかっただろう。
 だが、そんなモンスターを操る衛士の負担は半端ではない。
 いくら不慣れな『戦術機による徒手格闘』を強いられたとはいえ、たった一匹のBETA相手に激しく疲労していることが、その証明だ。

 しかしこのレベルでは敷島博士当人が納得しない。

「あんなのじゃ駄目じゃあ! もっと優秀で頑丈なパイロットはおらんのか!?」

「無茶言わないでください。彼は、アメリカ軍屈指のトップガンですよ? 無理をいって出向していただいたのです。あれ以上の人材は……」

「なら、アメリカ軍以外から引っ張ってこんか~い! 国籍も身分も民族も関係ないわい!
こう……体が戦闘本能で出来ているような! 呼吸する破壊衝動のような奴を見繕え!」

 技術者の抗弁を一蹴し、口から唾を飛ばす敷島博士の勢いに、その場にいた全員が辟易した表情を見せた。
 そんな周りにかまわず、敷島博士は再びF-15Gのほうへ振り返り、独り言をこぼしはじめる。

「やはり、……ッター線がなければ……いや、しかし『この世界』においては……。
フレームも二倍は大型化してプラズマ炉心を――しかし強度が……ええいっ!」

 頭をかきむしる博士の横を、今にも死にそうな顔の衛士が『もう付き合えるか!』という表情で通り過ぎていった。



「……そうか。わかった、敷島博士の要望には極力応えると伝えておいてくれ――望む人材を見つけると確約はできないが。
ああ、もちろん人命を第一にする方針はこれまでどおりだ。そこは、何とか博士の機嫌を損ねないよう上手くやってくれ」

 クロウ=カネモトの声は、年甲斐もなく弾んでいた。
 ボーニング社の彼の執務机には、所狭しと書類が並んでいる。
 一分の隙もないスーツ姿のクロウは、敷島チームの管理役との電話を切ると、堪えきれないといった笑みを漏らす。

「今、臍を曲げられては困るからな。よくやってくれている」

 敷島博士らが短期間に上げた成果は、クロウらボーニング重役の愁眉を開かせるものだった。
 F-15Gで実証された新技術のデータを政府・軍に内示したのだが、反響は大きい。
 兵站を重んじるアメリカだけあって、

・機体の重量増加(在来のF-15に比べれば二倍近い)に対応する周辺装備の新規調達が必要

・なじみのない新動力とのハイブリッドという、整備と生産の困難さ

 という問題を指摘されたものの。
 それを上回るメリットを生む可能性を見出してくれた。

 特に、即座に研究支援を提示するほど飛びついてきたのが、重要な拠点や戦域の防衛を専任とする部署だ。
 アメリカ軍の重要地域防衛隊は、通常の米製戦術機では苦手とする密集戦闘のためにA-10 サンダーボルトⅡのような重戦術歩行攻撃機を使用していたが、その後継機難に苦しんでいる。
 A-6のような水陸両用機のほうは、YA-12という高性能機開発が進んでいるものの、純然たる陸戦用攻撃機は様々な制約があって後釜のあてがまったくない。
 だが、F-15Gが実戦化できるのなら話は変わる。
 大重量のA-10を既に運用している部署から見ると、高い生存性・有り余るパワーによって増加すると認められる武器積載量は何より魅力だった。
 これ以上、資源・工業地帯や人口密集地を放棄して後退する事が難しい人類全体の戦況からいっても、阻止戦闘能力の高い兵器は多少の問題に目をつぶってでも欲しい所だ。
 戦術歩行攻撃機自体、局地戦用の色が濃い機種のため、大量生産や汎用化をそう求める必要がないのも大きい。
 A-10を、F-15Gで実証された素材・技術で改修した機体を早くも妄想する軍人がいて、

『真なる破壊神召喚されし時が来た!』

 と、謎の興奮状態にさえなったという

 元々、A-10は西欧州撤退支援戦に出た米国衛士達の献身的奮戦で生まれた好イメージもあり、都市部での対BETA戦を余儀なくされていた経験のある前線諸国では非常に人気が高い。
(なぜか、まとまった運用が確認されていない極東の某国でも、実像とややかけ離れたネタ的に愛されているらしい)
 議会の輸出許可が取れた場合、A-10運用国がこぞって買い付けに来る事も予想された。

 利益はF-15やA-10の製造元との折半になるだろうが、それでも経営難のボーニングとしては、久々に明るいニュース。
 日本人嫌いであり、また敷島博士個人にもかなりドン引きしているクロウですら、天使のように寛容な気分になろうというものだ。

 プラズマエネルギーのさらなる利用については、ライバル関係にある他社も深い興味を示しており、XG-70に再チャレンジしているロックウィードもボーニングに有利な条件で提携を持ちかけてきた。
 ロックウィードと組んだことで、下落の一途だった株価は持ち直している。

「怪我の功名、というやつか」

 クロウは、決済が必要な書類に目を通しながらつぶやいた。

 ボーニングは、G弾凍結によって会社消滅さえ現実味を帯びるほど追い詰められていたのだが、それゆえになりふり構わないで新分野にチャレンジする土壌ができていた。
 現在の所、敷島博士のチームが突出しているが、他のグループもいくつか興味深い技術の実証データを寄越している。
 それに、大統領の個人的事情に拠ると思われる指導力の翳り(支持率自体は、例の前線突入で爆発的に上がったのだが)を受けて、以前からボーニングと懇意だったG弾推進派が、ほんの少しだが勢力を回復させている……彼らから、G弾開発再開運動への協力を要請されていた。
 企業として、ひとつの路線に傾注する危うさは新孤立主義転換時に嫌と言うほど思い知ったので、G弾推進派にも相応の配慮をすることを約束している。

 後は、短期的な利益を確保できればボーニングは完全に息を吹き返せるだろう。
 しばらく書類を処理した後、クロウは立ち上がって執務室の窓に歩み寄った。

 人間の集中力は、発揮できる時間にどうしても限界がある。
 よく働く人間は、休憩の取り方も上手いものだ――それがクロウが企業人としてのし上がる中で得た教訓だった。

「……アドル」

 クロウは、ぽつりと孫の名前を口にする。
 ボーニング重役になると、各方面から情報が入ってくるものだが……軍人の中には、気を利かせたつもりなのか聞かれもしない身内の情報を持ってくる者がいた。
 それによると、在日米軍に配属された孫は精神的なトラブルに見舞われているらしい。日常軍務には支障がない、ということだが。
 やはり、重篤な症状の前触れではないか、と心配になる。

 同時に、大陸の前線に孫が出ないで済み、安堵している一面もあった。
 国連軍指揮下に入ったアメリカ陸軍の一個軍団は、今の所は中国東北部で基地の構築と物資備蓄を行っており、大規模戦闘には参加していないものの。
 激戦に投入されるのは、時間の問題だと見られていた。
 中国軍と、その支援に入った韓国軍やソ連軍(一部モンゴル軍を含む)は良く戦っているようだが……物量が違いすぎる。
 政府機能移転や、民間人避難のための時間稼ぎが精一杯で、いずれ核による焦土作戦を選ばざるを得ないだろう。

「やはり、G弾しかないのか……?」

 クロウは、軍人としての経験は下っ端整備兵のものを持つだけで、実戦については一般人が得られる知識以上のものを持っていない。
 それでも、人類が到底耐え切れないことはよくわかる。
 BETAの物量を何とかしたいのだが、連中は核の大規模運用で数千・数万匹を吹っ飛ばそうがそれ以上に増殖してくる。
 増殖元――ハイヴを何とかしなければ、先はない。
 逆にハイヴを攻略できれば、人類戦でいえば相手の兵站基地と生産拠点をまとめて破壊した状況となり、広い範囲での戦局好転が見込まれる。

 が、BETA大戦以来、ハイヴを攻略どころかまともに内部突入できた例さえ、ほんのわずかしかないのが現状だ。
 光線属種の絶対的対空迎撃(対地攻撃も無論、してくる)と圧倒的物量を跳ね除け、データがろくにないスタブという迷路を潜り抜けて反応炉を破壊する。
 ほとんど不可能と思えるような作戦能力を要求されるのだ。
 地質探査衛星を利用した、宇宙からの偵察でもハイヴの構造全体は掴めないのだし……。

 G弾ならば、困難な条件をクリアできると見込まれていた。
 ラザフォードフィールドを展開するG弾は、光線属種のレーザーを無効化する(不測の事態に備えるために、戦術機による光線属種の排除が望ましい事は旧来と変わらないが)。
 また、地下に張り巡らされた頑丈な構造という物理条件を無視する『多重乱数指向重力効果』によって、ハイヴ内に潜んでいるBETAを直接破壊可能だ。
 最大の利点は、その気になれば実用化は短期間で可能、と言う点。
 新孤立主義が提唱されなければ、数年でハイヴに叩き込める実物を作り上げていた自信が、軍と関連企業にはあった。

 前線国家とて、いくらかの土地と引き換えに多くの領土が取り返せるのなら、納得してくれるのではなかろうか。
 命は、何物にも代えがたいのだから……。
 恒久的な重力異常の問題も、ハイヴが攻略できるメリットに比べれば許容すべき損失に思える――これは、クロウがアメリカ人、しかも移民系だからかもしれないが。

「いや、違うな。孫が可愛いからだ」

 クロウは自分の内心を冷静に分析して、自嘲した。
 G弾によってハイヴが攻略できるのなら、人的損害は格段に減らせる可能性はある。その分、将兵が死ぬ確率も下がるかもしれない。そして生き残る側に、孫が含まれるかもしれない……。
 そんなあやふやな望みでも、全く無いよりはマシだと思えるのは、結局のところ身内可愛さなのだ――





 日本帝国皇帝家。
 本来ならば、日本の頂点に立つはずの一族である。
 そう、本来ならば、だ。
 ぶっちゃけていえば、現在の日本帝国においては空気同然の存在だ。もちろん、最初からこうだったわけではない。
 武力と謀略で古代日本を制覇した一族の末であるのだから、遡れば強大な権力を保持していた。
 が、栄枯盛衰の法則というものか、時代が進むと臣下から皇帝家を凌ぐ力を持つ者が出るようになる。

「俺を特別扱いして、俗事は全部任せたほうがいいよ? そうすれば今までどおり奉っておいて上げるから……。
お飾りと、位も命も全部失うのと、どっちがいい?」

 思いっきり乱暴にいえばこのような要求をしてくる有力家臣に、時の皇帝は涙を飲んで実権を渡した。
 当初は、いずれ正当な権力を回復する腹積もりが皇帝一族にはあった、と思われるのだが――
 こういった状態が長く続くと、

「あれ? お飾りでよくない? 命の危険もないし、ややこしい政治や軍事に頭を悩ませることもないし。
黙っていれば皆勝手に尊敬してくれるし、これでいいや!」

 と、いう思いが皇帝家の主流となる。権勢を取り戻そうとして実力ある臣下と争い、悲惨な最期を遂げた皇帝や皇族の存在という苦い教訓もあった。
 そして日本が、近代の荒波を被る時代になってもこの考えは変わらず……いや、むしろさらに実権を持つことを忌避する態度は強まり。
 幕末に大政奉還を受けても、かつての有力大名から横滑りした『五摂家』から出される政威大将軍に、名実ともに『全権』を代行させる事が常態化していた。
 このあたりが、外国人はもちろん日本人でさえもその複雑さとアバウトさに頭を悩ませる政治制度の原因のひとつである。

 だが、そんな皇帝家でも、たまには自分達の意見というのを漏らすことがある。
 昨今の国粋主義的風潮を懸念する声が、それとなく皇帝の御座から側近に伝わったのだ。

 国粋主義は、精神的支柱を皇帝とその全権代行たる将軍に求めていたから、これは意外な衝撃となった。

 権力者というのは、往々にして自分が神の如く崇められたいという妄想にとりつかれ、被支配者に無理矢理それを強制しようとするものだが……。
 皇帝は、そういった考えとは無縁の人柄であった。
 それどころか、崇拝したくない者にまで強引に頭を下げさせるような、極端な皇帝・将軍家やその関連施設(ゆかりの寺社等)への信仰強要じみた行いを嫌悪する言葉さえ漏らしたほどだった。
 これ以後、皇帝から特別な意思表示が出ることはなかったが、我が世の春を謳歌する国粋主義者達の頭に冷や水を浴びせる効果はあった。

 影響を受けたのは、皇帝の意向をやはり無視できない五摂家だ。
 五摂家は、自分達が特別な地位にいることを臣民に認めさせるため、

『五摂家……特に将軍家の人間は、自ら第一線に立って臣民の模範となるべし』

 という慣習を打ちたて、子弟に現役軍人の教育係をつけることを長年行っていた。
 教育係が必要なら、自前の斯衛軍から出せばいいのだが、きちんとした高等軍事教育を施せる軍人というのは意外と貴重なのだ。本人が優秀な斯衛兵士でも、教育者として優秀とは限らない。
 だから、帝国軍からも教育係を出してもらう事になっている。
 効率からすると、一般的な武家や平民のように、士官学校(あるいは斯衛士官学校)に入れればいいのだが、そこは帝国で力を持つ慣習と伝統の優先という事情がある。
(摂家にも時代錯誤だという自覚のようなものがあるのか、教育は極秘扱いである。教育係を務める軍人の家族ですら、この『栄誉』を知らない場合がほとんどだ)
 次期将軍あるいは元枢府の中核を担うと目される世代にも、帝国軍の軍人があてがわれる予定で、それは当然の如く軍の実力派閥から出るはずだった。

『皇帝陛下万歳! 将軍殿下万歳! 臣民は全てを出し尽くして国家に奉仕せよ! 不満を漏らす奴は非国民! 常に命を捨てる覚悟を!』

 ……みたいな事を公言する、国粋主義派閥から。
 だが、皇帝の意向を受けて、城内省はもちろん軍部でも人選見直し論争が勃発し、

『人は国のために成すべきことを成すべきである。そして国は人のために成すべきことを成すべきである』

 と、考えるような穏健・非主流派閥の彩峰萩閣少将らが選任されることとなった。
 ただ、彩峰少将らは、国粋主義と似たような困り者の考え――自分が作り上げた狭い理想に酔いがちで、物事への客観的理解度が低い――を持っている、と指摘する意見もあり。
 これが将軍・摂家の次世代にどんな影響を与えるかは、五里霧中である……。



「……やれやれ。こちらが煽った面もあるとはいえ、本当に感情的な軍人というのは度し難い」

 帝都城の中でも、中枢に近い場所に位置する『二の丸』と呼ばれる区画の一室で、嘲るような言葉を漏らす青年がいた。
 眉目秀麗。
 そう表現するしかない、整った顔立ちの二十歳ぐらいの男性だ。
 手にしたメモ……昨今の五摂家周辺の動きを記したものを破って、手近にあった行灯の火の中に放り込む。

「こんなことだから、がちがちの雰囲気を作って柏木晴子のような人材に在日国連軍へ逃げられるんだ。
――もっとも、帝国軍入隊を蹴る事ができたのは、彼女に秘められた可能性のためだろうが、ね」

 青年の口から悪意を含んで飛び出した言葉は、異様なものだった。
 まず、柏木晴子なる人物は無名の一市民に過ぎず、しかも兵役年齢に達していない。
 さらに、在日国連軍などという組織は、未だに形成されていないのだ。

 だが、広く間取りが取られた和室の上座に腰を下ろす青年に、怪訝そうな顔を向ける者はいない。
 青年から見て下座の左右に並ぶ者達は、いずれも同意を示すようにうなずくばかりだ。

「目の上の瘤であった米国の圧力が無くなり、そっくり返っているのでしょう……思えば、『本来の歴史』で米国というのは本当に都合のよい障害でありました。
強大で尊大ではあるが、建前のために国連や国際世論を無視しきることもできず。そんな半端な連中ですから、結果的に利用しつくすことができた――」

「だが、『この世界』においては米国は愚かな自滅を避けるように行動し、不知火のコピー……いや、似てさらに優秀な機体を用意している。まこと、不都合な存在になりつつあります」

「然り、然り。今のままでは、底の浅い策謀で帝国の膿とともに自滅してくれる可能性は低いでしょう」

「いずれいなくなる、とわかっているからこそ軍をのさばらせておいているのです。これで歴史が変わってしまっては、目も当てられませんなぁ」

 若い男女を中心とする、二十人ほど――多くは、武家や斯衛の伝統的衣装を着ている――が口にする言葉は、第三者からみればこれも異様な内容であった。
 今だ起こっていない話が、さも過去になされた事態のようにしゃべる。時系列など、滅茶苦茶だ。
 だが、彼らにとっては別に奇異なことではなかった。
 なぜなら、全員が『前世ビジョン』保持者なのだから。

 しばらく不規則な会話に耳を傾けていた上座の青年が、手にした扇をぱちんと鳴らした。それを合図に、全員が一斉に口を閉じる。

「アメリカの動きが変わったのは仕方ない。日本とアメリカの立場を入れ替えて想像してみるといい。
誰だって、悪役にして引き立て役に自分達がなるのは御免だろう……積極的に日本を潰しにこないのが有難いぐらいさ」

 青年の台詞に、追従というには苦い笑い声があちこちから上がった。

 帝国の政治・軍事の非合理で複雑な体制は、質的にもアメリカに劣る。いや、米国はおろか、もっと国力が小さい相手にも洗練度では負けている場合があるだろう。
 前世ビジョンを見たことで、彼らはその事実をよく認識している。
 それでも最終的に上手くいく『本来の歴史』通りの流れを知らなければ、日本帝国抜本改革を志向する……それも、かなり過激な一派となっていたかもしれない。
 蓄積された不満や外国の策謀があったとはいえ、日本存亡の危機にBETAそっちのけで帝都守備部隊や教導団がまとめて武力蜂起するような(かつ、それをみすみす許すような)不安定国家では、普通なら危なっかしくてBETA大戦を戦えるはずがないのだから。

「ただ、アメリカの動きのために無視できない問題が出ているのも確かだ。これまでのように、関係国の世論を煽る程度では修正が効かないのかもしれない」

 青年を中心とする集団は、大きな動きを極力抑えてきた。
 せいぜい、帝国内のジャーナリストや、アメリカのG弾推進派残党を通じて多少の世論操作を試みたぐらいである。
 が……首脳部が前世ビジョンを参考に権力を直接行使していると思われるアメリカに比べると、追いつかないのは認めざるを得ない事実だ。

「……準備していたオプションのうち、いくつかを実施する。まずは、F-15の入手だ。このままでは、武御雷が潰れてしまうからね。
できればストライク・イーグルに進化したものが欲しいんだが、それはまだアメリカでも組みあがっていないだろう」

 前世ビジョン内の12・5事件では、F-15Eは『近接格闘に持ち込めば』と、不知火の得意とするはずのレンジを突破口にしようとした。
 この目論見は物量と富士教導団の練度に阻まれたが、純正第三世代機をその得意とする土俵で上回るかもしれない機体だ。
 時間的な遅れを取り戻すためにも、入手できるならしたかった。

 試90式 慶雲は、その高い運動性と良好な加速性(これらの点だけを見れば、おそらく不知火を超えている)で、試験運用部隊からよい評価が上がっていた。日本人好みの軽快な戦術機だ。
 が、やはり軍の高い要求に応えるため、帝国技術の限界に近い無理をした機体という面は否めず……。前世ビジョンでいう不知火の代替ができるかは、怪しいところだった。
 各企業は、慶雲を軍に対する時間稼ぎの手段とさえ見ており、すでに次の機体の新規設計に取り掛かっているという。

 青年の言葉に、一人の男がうなずいた。外務省の若手エリートだった。

「手筈は整っております……中東向けのF-15Cを確保。富嶽重工に隠密裏に提供でよろしいですな?」

「うん、頼むよ。成功すれば、富嶽はこちらと共犯関係になるから、味方として取り込めるだろう」

 中東の有力国は、かつて蓄積したオイルマネーのお陰で財政が豊かだった。F-4やF-5が普及し始めた時期、アメリカ軍の配備分までカネにものを言わせてかっさらったのは有名な話だ。
 特に親米国家でもある所は、アメリカにねじ込んで提供させたF-15を運用している。
 だが、国土をBETAの侵攻で失ったことや、事情が事情とはいえ不倶戴天の敵である他宗派との対立を棚上げしたことなどから、国民の反感が蓄積していた。
 アラブの王族や、それに準じる権力者達は、内と外の脅威いずれに対しても戦々恐々。
 世人がうらやむ財力を持つ貴種とて、楽な事ばかりではないのだ――まして、この過酷な世界では。
 そこで、将来の非常事態において王族への支援(最悪の場合、亡命の受け皿となること)を保証すれば……。アメリカを裏切って何機かを『前線への輸送中に紛失』するぐらいは呑ませられる。
 アメリカは民主主義を御旗に掲げているから、一旦騒乱が起これば民衆を支援するかもしれない。そんな不安につけ込むのだ。
 あわせて日本屈指の軍需企業と結びつけば、活動資金や技術の面で頼ることが可能になる。

「それに、将来どう動くにしても人材の確保は必要だ。軍の派閥闘争のために割りを食った軍人に、それとなく手を差し伸べて協力者にする。
特に、米国留学や駐在の経験があるために白い目で見られている者は、いざという時のアメリカとのパイプ役として確保しておきたい」

 前世ビジョンの情報アドバンテージがあっても、それを利用しうる人がいなければお話にならない。
 青年らにとって最悪なことだが、前世ビジョン通りの歴史が破綻し、オルタネイティヴ4の成功が期待できないとなると、日本帝国の素の力で世界を生き抜かなければならない事態となる。
 オルタネイティヴ5が発動した場合、G弾の影響で日本帝国は本土を失い、アメリカに頼る事になるのだ。
 そうなった時の手駒は、用意しすぎるということはない。
 客観的に見て優れた軍人が、その能力や識見ゆえに付和雷同せず組織内で孤立する現象は、日本帝国のみならず古今東西で見られる話だ。もちろん、そういった傑物は青年達の誘いにのる可能性も低いわけだが……。
 国家運営は軍人だけではできないから、政治・行政官の確保も大事だ。
 ただ、あまりやりすぎると『本来の歴史』の展開に必要な人物にいらぬ影響を与える恐れもあるから、加減が必要だった。
 能力や人格に信頼が置けても、榊是親や彩峰萩閣に近い者には、手をつけられない。

 ひとしきり打ち合わせが終わったあと、青年は立ち上がった。赤色の斯衛服の袖が動きをあわせて翻る。

「伝統ある尊き血が流れる我々が前世ビジョンを見たのは、ただの偶然ではない。世を正しく指導せよ、という天意なのだ。
他国がどう策動しようが、必ず人類を勝利に導く――そして新しい世界を作り上げるのだ」

 青年……父はさる摂家の次男(成人後、赤の家を建てて分家)、母は皇帝一族の出という帝国でも極めつけの血統を持つ、限りなく青に近い赤・九曜院真鉄(くよういん・まがね)は厳かに言い放つ。
 前世ビジョンを利用して、歴史を自分の思うように変えたい……どうしてもそう考える者達を、完全に統制しているのがこの青年だった。
 『本来の歴史』の流れを守護し、それが過ぎた後――2004年前後より、帝国が迅速に世界の覇権を握るための長期プランを提示して。

「勝利の暁には、我らはその新世界の神になる……!」

 列席する者達は、興奮を抑えかねたように頬を紅潮させながら、揃って平伏した。
 真鉄は栄光あふれる未来図を想像したのか、天井まで響く高笑いを上げる。

「ふふふ……くっくっくっくっく……! はっはっはっはっはっ! ……っげほげほっ!」

 そして、笑いすぎてむせた。
 平伏を続ける列席者達は、揃って『これがなければなぁ……』と呟いた。



[28914] 第17話 地味主人公・ライバルがはっちゃけはけっこうある
Name: キャプテン◆3836e865 ID:a3d0af3a
Date: 2011/08/30 09:37
 XF-108 レイピア。
 元来、この機体はHi-MAERF計画で生み出された戦略航空機動要塞・XG-70の専任護衛機として設計された。
 設計開始当時はXG-70の重力制御技術が拙く、計算通り動いても近接防御用をはじめとした通常火力の付与が困難と見られていたためだ。
(現実はもっと悲惨で、計算通りの制御さえできず、テストパイロットをまとめて失う悲劇となっている)
 XG-70を護衛し、荷電粒子砲発射等の際に出来るであろう隙をカバーする存在が、XF-108だった。
 この機体の開発は、本計画凍結に伴い中断されたのだが、米政府の肝煎りで復活することになる。

 ただ、概念は一新された。
 当のXG-70が、実用兵器として復活する保証がないため、単独の局地戦用戦術機としても有用な能力が求められたのだ。
 新たなXF-108の開発は、アメリカ軍の技術部門にノースアメリカーナを加えて行われていた。
 ノースアメリカーナの参加は、大元のXF-108の開発元だったという面が重視され決定。企業救済の意味合いもあった。

「――駄目です。武御雷の真似だと、どうしても無理が出ます」

 ノースアメリカーナ社の会議室に集った軍人・技術者の中から疲れたような声が上がる。
 彼らは、XF-108の開発を主導するチームだ。そして、前世ビジョン保持者(または、前世ビジョンについて情報を得て、信憑性があると納得した者達)から構成されている特異な集団でもあった。

 前世ビジョン内において、XG-70の直衛を務めたのは日本帝国製の不知火及び武御雷である。特に、オリジナルハイヴ攻略戦時に武御雷が随伴したことは、ビジョン情報のつき合わせで確定している。
 手っ取り早くそれを取り入れよう、と考えたのは自然な流れだったのだが……。

「武御雷って、考えれば考えるほど本当に謎なんですよ!
日本国内だけの展開と、高い技術をもった整備兵のケアを常に受けることを前提とした機体のはずなのに、外国でケアの受けられない所でも支障なく活動しているし!
デメリットと引き換えの高性能のはずなのに……どこで辻褄を合わせているんだ!」

 頭を抱えて喚いたのは、技術大尉の階級章をつけた軍人だった。
 前世ビジョン保持者の主観を集めて、客観的情報を抜き出すという意外と手間のかかる事を行い集めたデータは、担当者に頭痛を引き起こさせる内容。

 まず、桜花作戦で思いっきり日本国外……カシュガルに宇宙経由で展開している。
 桜花作戦期の進んだ技術ですら91%の信頼性しかない再突入殻に包まれた状態で打ち上げ・投下されたにもかかわらず、参加機全機がトラブルなしでオリジナルハイヴに突入。
 スタブ踏破をこなし――この間、XG-70搭載の補給コンテナから武器燃料は得られても、当然整備やメンテナンスは受けられないはずだ――自爆やBETAの攻撃等で破壊されるまで、整備性を原因とする問題が発生したという情報は無かった。
 さらに、桜花作戦後はデータ取りのために、シベリアはじめとした外地に展開しているという。日本帝国が独自改良を投げた不知火の原型機の内装を極力流用していて、やはり余剰が小さいと見られるにもかかわらず、過酷な寒冷地用の装備を当たり前に追加して。

 他の謎……同じ隊を組む機体なのに、衛士の身分で出力や頑丈さ等の格差がつくとか実戦運用における近接/砲撃戦闘の比重さえ変えているとかの、もはや実用兵器として理解不能な部分は、アメリカ軍が運用するのだから無視してもいい。
 生産性についても、XG-70の護衛部隊用などの限定された配備にするつもりなので、さして障害にはならない――議会の予算審議で揉めそうではあるが。
 だが、整備に関する事だけは、どうしてもクリアしなければならない謎だった。

 もう『補正』の一言で済ませたいぐらいなのだが、再現しようとしている以上そうもいかない。

「そんな日本機は、技術的には我が国の模倣の域を出ていないそうだぞ……ありえん、数年後の技術発展を最大期待値で見越しても無理だ」

「米日共同開発……いや、いっそ日本企業に注文したほうが確実ではないか?」

「日本帝国恐るべし――」

「整備性が悪いはずの機体でさえ、これなのだからな。アメリカ軍とは評価基準自体が違うのかもしれん」

 げっそりした顔を並べる者達の口からは、技術畑の人間としては敗北宣言に等しい言葉が次々と飛び出る。

「化け物だな……ボーニングが開発中だという、F-15Gというクレイジー・マシンも日本人の博士が主導していた。あれが日本では当たり前なのかもしれん……。
一億総シキシマ――想像するだけで白旗を上げたくなる」

 まとめ役である准将が、降参というように両手を挙げた。おどけた仕草だが、それを笑う気力のある者はいなかった。
 反応の悪さを気にした風もなく、准将は続ける。

「だが、我々の役目は感心したり嘆いたりすることだけではないはずだ。前世ビジョン情報で露出した部分が、たまたまとてもラッキーなケースだったに過ぎないという可能性もある。
現状で、やれる所から取り掛かっていこう」

 アメリカ軍の多額の予算を使う計画を任されるだけあり、准将は冷静かつ不屈だった。
 その言葉を受けて、背筋を伸ばした技術大尉が発言する。

「主機及び構造材などの個別のパーツいくつかについては、成算は立っています。第三世代機用として、実用試験が進んでいるジャンプユニットを用いれば、必要なパワーは得られるでしょう」

 現在、アメリカ軍では第三世代機用ジャンプユニットを大量生産、在来機のものと換装して統一する事を計画している。
 お得意の、規格化手法だ。
 規格統一というと、改良や改修の柔軟性が無くなるようなイメージがあるが、実際は逆で、そうしておいたほうがバリエーション化・後から新造パーツを追加する際の手間は減る。
 機体バランスや、ジャンプユニット支持構造の問題で全ての機体に……というわけにはいかないが、余剰のあるF-15系列はこれで第三世代機と同等の出力を得られると見込まれていた。
 生産性や整備性の向上が図れる点も大きなメリット。

「ただ、外装はやはり一から新造しなければならないでしょう。何しろ、我が国にはカーボンブレード系装備のノウハウがほとんどないので……」

 密集格闘戦を衛士への負担が過酷すぎると避け、機動砲撃を重視する米軍の運用ではその種の装備は不要……どころか、野戦整備を考えると邪魔だと否定的に思われており、研究も下火だった。
 例外は水陸両用機のスパイクマニピュレーターやA-10のジャベリンだが、それらは特殊使用前提であり、他機に転用するのは難しい。

「現在、欧州諸国やソ連に対して、情報の提供を要請していますが。はかばかしくありません」

 准将はうなずいた。
 アメリカに対する数少ない優位技術を、ほいほいくれるほどお人好しではあるまい。
 兵器供与中止をちらつかせるような、脅しじみた交渉を仕掛ける手もあるが、それは新孤立主義に反するため上層部の許可は出ないだろう。

「対価が、本計画の権限内で収まるよう努力してくれ。それ以上の必要があれば、大統領府や議会には私が説明する」

 密集格闘戦能力の獲得が、優先順位の第一だった。それも、密集格闘否定に固まった者達を翻意させるレベルの高度なものを。
 在来の米軍機で出来る任務なら、わざわざ新計画を立ち上げる意味がないのだ。

 技術大尉が、説明を再開する。

「懸案の整備性については、F-15で実証された手法を最大限取り入れることで何とか――兵站の繋がった支援部隊がいることが前提になりますが」

 F-15は整備性においても優れている。自己診断プログラムの精度向上と、構造自体のブロック化によるものだ。
 機体と接続されたコンピューターが、ぶっ壊れた箇所を整備兵に教える。整備兵は、故障した部分を含むパーツを引っこ抜き、新品をそこにはめ込む。
 実際にはもっと複雑なのだし、狙い通りの整備性を発揮するまでには現場で試行錯誤があったのだが、極論すればこれだけで修理は済む。
 本格修理が必要になってはじめて、後送して専門の部隊ないし製造元に任せる。これにより、前線整備兵の負担軽減にも繋がる。
 凄腕整備兵でなくても、高度な機材を迅速に扱えるのだ。

 ただ、このやり方は潤沢な予備パーツを用意でき、かつ予備パーツ自体の信頼性が担保されている必要がある。
 どちらかが欠けたら、一転して整備は地獄と化すだろう。

「予想される操縦の難しさについては、専用OSの採用や、複座型にすることでの対処を検討しています」

 地味ながら、准将らが整備性と並ぶほど懸念しているのが、衛士の疲労度だ。
 高性能かつ多機能な機体の操縦が困難なものになるのは仕方ないが、行き過ぎると衛士が耐えられない。
 いかに鍛えられた者といえど、人間だ。ましてBETAの物量相手に長期戦を行えば、操縦難易度が高くて良いことなどない。疲労・消耗は加速し、それは死に直結する。
 高性能だろうが、人間工学を無視した兵器はトータルで見て戦力を落とす。

 兵士一人一人の体力・精神力・技量の涵養・個別兵器の性能向上に務めるのは当然として、それとは別に個人への過剰負担ではなくシステム全体で勝つ。
 それが、アメリカ軍が多くの血を流して獲得してきた方向性だ。
 少数特殊用途を狙った機体だろうと……いや、だからこそ王道に沿ったものでなければ実用化はできない。それが共通認識だった。

 そして、誰もがあえて口には出さないが、『補正無しでも、武御雷と同等の機体を作り上げる』ことに熱中しはじめていた。
 それこそが、『この世界』への彼らなりの挑戦なのだから。
 別に、歴史を変えようとか大それたことを考えているわけではない――主観的には。
 しかし、これが他国……特に前世ビジョン保持者から見れば、どんな風に見えるのか。それに対する配慮が明らかに欠けていることに、誰も気づいていなかった。





 合同演習の結果は、少なくとも僕にとっては散々なものだった。
 直接の上官であるアメリカ軍の司令部要員からはもちろん、国連軍や帝国軍のお歴々からも叱咤と嫌味、指摘を嫌と言うほど貰った。気分が重いことこの上ない。
 衛士強化装備を脱ぎ、汗(何割かは、上官らのお小言を聞く間に出た冷や汗だ)をシャワーで流した僕は、気持ちを切り替えて眠りについた。

 翌朝、軍服姿でPXへと向かう。

「……」

 PXには、普段いる米兵以外にも、演習に参加する他所属の将兵が多数詰めかけている。演習は五日ばかりぶっ続けでやる予定なので、ほとんどの参加者が泊まりこみだ。
 それはいいのだが、なんとなく微妙な空気が漂っていることを、僕は察せざるを得なかった。
 規則正しく並べられた席の中で、同じ意匠の軍服がそれぞれ一箇所に固まっていた。他所属の者と、飯を肩を並べて食いたくない、と露骨に示している。
 さらには日本帝国軍人のように、帝国軍と斯衛軍で綺麗に分かれているところまであった。
 国連軍のほうも、いくつかのグループに分かれている。おそらく、出身国とかそういうものが、見えない垣根を作っているのだろうが……。
 僕は、改めて人類同士の中の溝を見せつけられた気がした。重い足取りで、配膳を受ける列に並ぶ。

「あれ……」

 湯気の立つ食器で埋め尽くされた、このご時勢としては贅沢な食事の乗るトレイを手にした僕は、席を探そうとして戸惑ってしまった。
 間が悪いのか、一気に人が増える時間を直撃してしまったらしく。各集団の、居心地が悪そうな隙間にしか空き椅子がない。
 ……僕は日系の上に出撃する部隊から個人的事情で脱落した人間だ。親しく付き合う者はほとんどいないから、米軍グループに入るのも気が引ける。
 結局、適当な席――国連軍将兵が集まる一角の席にしぶしぶ腰を下ろすしかなかった。

 僕は早めに食事を済ませてしまおうと、ハンバーグを中心としたメニューを胃に収めはじめる。朝食にしては重いが、体力消耗に備えなければならないから食べ切らないと。
 と、すぐ傍の席に座っていた国連軍の女性少尉と目があった。

「……」

 僕は、目礼した。昨日の演習で、戦車級にたかられた所を助けてくれた衛士だった。
 気まずい――僕はあの後、あっさりと要塞級に踏み貫かれて(要塞級の『足』は先が尖っているのだ)しまったのだから。
 その後、彼女は単機になってもかなり粘ったらしい。差は歴然だ。

「――あの試作機の衛士?」

 儀礼的な挨拶だけで済まそうとした僕の思惑を外し、女性衛士が話しかけてきた。
 年の頃は、僕より二つ三つ下に見える。頭の後ろで束ねられたつややかで細い黒髪と、すっきりした目鼻立ち。兵士とは思えない白い肌が、軍服から覗いている。
 絶世の……とはいかないまでも、見栄えのよいと判定できる容貌だろうが……その黒曜石のような目にあるのは、軽蔑を隠せない光だ。僕は、怯むものを感じた。
 僕が答えに窮していると、彼女はさらに言葉を続ける。

「アメリカの衛士って、ああいう戦い方しか教えて貰っていないの?」

 ……やっぱり言われた。
 僕の戦いぶりは、自分でも不合格点をつけざるを得ないものだ。隣で戦っていた彼女からすれば、訓練とはいえ一言文句をつけたい気にもなるだろう。

「それは」

 上手い返事を思いつかない僕に、彼女の視線はますます厳しさを濃くする。
 だが、彼女の向い側に座っていた男性衛士が、穏やかな声で助け舟を出してくれた。

「よしたまえ、アレイス少尉」

「しかし大尉、この米軍衛士は不利な状況に陥った途端、すぐにあきらめて――」

 珊瑚のような唇を尖らせて、僕の事を訴えようとする彼女を、その大尉は軽く手を上げて押し留めた。そして、僕に顔をむける。

「部下が失礼をした、少尉」

「いえ、本当の事ですから」

 縮こまる僕を見て、大尉はさもおかしそうに笑った。陰湿さのない、闊達な笑い声だった。
 刈り込んだ金髪と、がっしりした顎のいかにも歴戦といった感じの大尉に、僕は目礼しながら名乗る。

「アドル=ヤマキ少尉です」

「ランドール=リュッヘル大尉だ。こちらは……」

 リュッヘル大尉が促すと、しぶしぶといった様子で女性衛士も、

「アンナ=アレイス少尉よ」

 と、自己紹介した。

「すまんな、少尉。うちの隊は、今回の演習が終わったら大陸へ出るんだ。だから、少し気が立っていてな」

「いえ……だらしない戦いだったのは事実ですし」

 大陸へ、と聞いて僕の声から張りがさらになくなる。不調が理由で本隊から置いてきぼりを食った身としては、引け目を感じる事この上ない。
 リュッヘル大尉は、僕を値踏みするように目を細めた後に、そうかと小さくうなずいた。
 なんとなく、僕の戦歴や技量の拙さを見透かされた気がして、いたたまれなくなる。失礼にならない程度に、手早く食事を片付けようとして――

「ん?」

 ふと、嫌な視線を感じた。僕を挟んで、大尉達とは反対側に座る国連軍将兵の中からだ。
 この視線は……何度か覚えがあった。日系人などのマイノリティに、多数派の米国人が向けるような、あるいは日本に来て遭遇した騒動で右翼じみた連中が難民に向けたような、蔑みの目。
 だが、その対象は僕ではなかった。リュッヘル大尉やアレイス少尉、そして彼らの近くに座る同僚と思しき者達に、視線は注がれている。
 何だろう、この空気は。疑問を感じた僕の頭越しに、大尉らに向けて嘲るような声が投げかけられた。

「おい、いいのか『宿無し』? アメリカさんに睨まれたら、本当に行く所がなくなるぜ?」

「っ!?」

 僕の表情が驚きを表すのと、アレイス少尉の白い頬にさっと怒りの朱が差すのはほぼ同時だった。
 リュッヘル大尉の顔からも、感情が消えた。

「それとも、その少尉の気を引いてたらし込んで、北米行きの切符でも手に入れるつもりか?」

 さらに、別の男の声。僕が思わず発言者の正気を疑う内容だった。
 がたんという音がして、アレイス少尉が椅子を蹴飛ばすように立ち上がろうとする。が、またもリュッヘル大尉が少尉の名を小さく呼んで抑えた。悔しげにうつむいて、座り直す少尉に向けて、あからさまな笑いが飛ぶ。
 理由はわからないが……どうも、大尉らは同じ国連軍内でも良く思われていない立場らしい。
 彼女らの姿が、日系人として多数派から常に疎外されてきた僕の感情を刺激する。無論、嘲った側への敵意という形で、だ。

「うるさいぞ」

 気がついた時には、僕はなおも雑言を続けようとする国連軍将兵達に向き直り、低く鋭い言葉を吐いていた。
 ――街で思わず右翼チンピラに手を出してしまったのと同じような、感情的反発だ。言ってから後悔したが、口にした事は取り消せない。
 国連軍将兵達は、アジア系もいれば白人系もいる様々な構成だった。どいつもこいつも、嫌な笑みを浮かべているのが共通点だ……少なくとも侮蔑の理由は人種的なものではなさそうだ。
 彼らの笑いは、すぐに消えた。僕に反発されたのが、予想外だったらしい。

「……アメリカの少尉さんよ、そいつらの事を知っているのか?」

 国連軍将兵の一人が、鼻白んだように僕に話しかけてきた。白人の少尉だが、僕より二つほど年上の様子で、どこか国連軍の軍服が似合っていない。

 僕は、直感的に悟った。こいつらは、国連軍は国連軍でも準常設兵力組だ、と。
 国連統合軍と一口にいっても、世界規模であるだけにその内実は様々だ。その中に、今だ祖国とその軍が健在である国から、一時的に国連直属として『貸し出される』兵力がある。
 彼らは、制服や装備の色こそ国連制式のものをまとうが、基本的に装備は提供国からの持ち出し。
 国連を助けにわざわざ来てやっているという意識が強く、特に大国から送られる将兵の評判は……あまりよくないと聞いている。
 もっといえば、新孤立主義を提唱する前のアメリカ軍こそが、このシステムを自国の利害のために利用した筆頭。

 だが、ストレスもあってささくれ立った僕の舌は、それを悟っても止まらない。

「知らないな。だが、お前らが失礼な連中だってことはわかった。もう一度言う、うるさいぞ」

 見る見る顔つきを厳しくする国連将兵達を、僕は眺めやった。
 白人、アジア人……どうも、オーストラリアや日本みたいな強国グループがバックにいる兵達らしい。アメリカ人が混じっている確率も高そうだ。極東国連軍は、正式には太平洋方面総軍だから、兵力提供も太平洋を囲む国々から受けている可能性が高いだろう。
 が、そう思い至っても僕は前言を撤回する気にはなれない。はっきり言えば、またぞろ溜まりに溜まったストレスによる八つ当たり含みである。
 だが、こいつらに感じた嫌悪は本物だ。単なるいらつきの吹き出しなら、アレイス少尉にだって発揮されていたはず。

 不穏な気配を察したのか、ざわついていたPX内のおしゃべりがまばらになっていき、僕らに注意が集まってくる。

「てめぇ……調子に乗ってるんじゃねえぞ!?」

 国連軍将兵の何人かが、荒々しく席を蹴立てた。こいつらの側には、リュッヘル大尉のように止める人間はいないらしかった。
 むっとするような暴力の気配が、僕に押し寄せる。日本帝国の民間人にすぎない連中とは違う。全員が、鍛えられた兵――何人かは衛士だ。
 僕の胸の中で、心臓が跳ねた。恐怖によるものだったが、それだけではない。
 同時に、頭の芯がかっと熱くなった――あのヒノカグツチとの模擬戦の中で感じたような、闘志にキックを入れるような熱だ。
 自然と口の両端がつりあがる……相手からすれば、小憎らしい笑みに見えるだろう形になるのが、自分でもわかる。
 その一方で、かすかに残る理性が警鐘を鳴らしていた。このままではいけない、と。
 理性の危惧をかき消すように僕の意識の奥底、おそらく深層心理と呼ばれる場所から、不思議な感情と記憶が湧き上がる。

 前世ビジョンだ。
 だが、以前見たもの……ゲームをやりながら、平和でそれなりに楽しい一生を過ごした内容とは違った。

 血と炎・鋼と破壊に彩られた、また別の人生だ。
 その中の僕は、今とは比べ物にならないほど猛々しく、生命力に溢れているのだった。
 ちっぽけな悩みに囚われることなく、思う存分に咆哮し、力の続く限り何かと戦っていた。

 そんなビジョンを見るのは初めてだったのだから、少し冷静さ残っていれば自分の内面に集中したかもしれない。
 が、僕はもう国連軍の兵が殴りかかってくるのを、『わくわくしながら』待ち構えている事に意識が行っていた。
 相手は五人ほどが立ち上がり、その背後にさらに三人ほどが続いて寄ってきている。座ったままの僕は、圧倒的不利なはずなのだが、それがどうにも楽しい。
 背後で、リュッヘル大尉の「やめんか!」という声が聞こえたが、僕も相手も止まらない。

 もし、次の瞬間にその出来事が起こっていなければ、僕と国連兵との間には馬鹿げた暴力沙汰が勃発していたことだろう。

「――決闘なら、私が見届け人になろう。武器も貸したほうがいいかい?」

 僕と国連軍将兵の間に、ぬっと細い物が差し込まれた。それが日本刀の柄である、と悟った瞬間、僕は仰け反った。
 いつの間にか、すぐ傍まで第三者が入り込んでいた。
 嫌味なほど整った顔立ちをした青年が、鞘に収まったままの刀を突き出しながら、笑っている。その制服は、他国に類を見ない日本帝国・斯衛軍のもの。それも、目の覚めるような真紅。
 これには国連軍将兵達も面食らったらしく、ぽかんとした顔で動きを揃って止めた。

「あ、もしかしてこれが外国流のレクリエーションだったのかな? いや、それなら悪い事をしたね。
まさか、それぞれの軍の威信を背負って合同演習に出るような将兵が、つまらない喧嘩なんて間違ってもするはずないだろうし?
もし、仮にそうだとしたら、理由を問わず全員が重罰を受けるだろうしね?」

 にこにことした笑みを崩さないまま、その斯衛の舌はぺらぺらと良く回った。
 そこへ、他の斯衛が血相を変えて駆け寄ってくる。しかも、一人や二人ではなく、PXにいた大隊を形成するに足る斯衛全員が、だ。

「九曜院様! いらしていたのですか!?」

 九曜院と呼ばれた斯衛は、姿勢を変えないまま答える。

「ああ、昨晩の所用が思ったより早く終わってね。用事が済んだのなら、演習に参加してこいってお小言を司令部から貰ったんだよ」

 斯衛同士が会話を交わす間、国連軍の将兵達は居心地悪そうに距離を取り始めた。明らかに関わりあいたくない、という様子だった。
 僕もそうだったが、この赤服の斯衛のにこやかな態度と手にした人斬り包丁のギャップに乱暴な気分を消し飛ばされたらしい。

「――真鉄様、ここは米軍施設内です。いかに帯刀の許可が出ているとはいえ、それを振り回すのははばかりが……」

「おっと、そうだったね」

 やや年かさの斯衛に注意されると、青年は流れるような動きで刀を引っ込めた。
 帝国の慣習では帯刀が身分を示すステータスであるとはいえ……米軍が武器携帯を認めるとなると、この九曜院とかいう人物は特別だと悟らざるを得ない。階級あるいは軍歴が上と思われる斯衛ですら、目下のように振舞っているのだし。
 これが決定打となり、国連軍の連中はそそくさと席に戻っていった。

「…………」

 もとより座ったままの僕は、逃げる事もできない。これは、助かったと考えていいのだろうか? 額にじわり、と冷たい汗が浮かんだ。
 当の九曜院は、もう僕らの事など忘れ去ったかのように、自分を囲む斯衛と会話を交わしつつ移動し始めた。
 その時、僕と九曜院の目が合う。

「!」

 特に凄まれたわけでもないのに、僕の全身は総毛立った。
 だが、相手のほうは何事もなかったかのように視線を外し、そのまま立ち去っていく。
 PXに居合わせた者達も、すぐに興味を無くしてそれぞれの食事やおしゃべりに戻っていく中、僕は言い知れない不安に襲われ、しばらく息を詰めていた。



「――真鉄様。愚かな米国人と、下賎な国連軍の喧嘩です。放っておいても良かったのでは?」

 PXの隅に席を定めた真鉄に、斯衛の一人がそっと耳打ちした。
 真鉄は口元をにやりとゆがめてみせる。先ほど見せた陽気なものとは一転、刃を含んでいるような冷たい笑みだった。

「そう思ったんだけど、面白い顔を見つけたものだから、ね」

「面白い……?」

「データ上の模擬戦とはいえ、『あの』ヒノカグツチとまともに戦えた米国衛士さ、彼は」

「……なんと」

 斯衛軍はもとより、真鉄の私兵同然のグループは米国と帝国の接触には特に注意を払っている。帝国軍や、外国とのパイプもいくつかあった。

 戦略合神機 ヒノカグツチは、ある意味BETA以上の理不尽な存在である。帝国軍が開発している諸兵器の中でも、いろいろな面で極めつけ。
 斯衛衛士だってあんなモノを相手にしては戦意も何もないし、仮に闘志を奮い立たせても、物理を馬鹿にしたような攻撃に即やられてしまうのが相場だ。
 アドル本人は、すっかり頭に血がのぼっていたため自覚していないことだが。降り注ぐ無数の光弾から致命傷を回避するのは、尋常の機動ではない。

「ですが、あの衛士は昨日の訓練でいい所無しだったはずです……動きも良く言って平均的で、機体に振り回されていましたが?」

 アドル=ヤマキの演習を見る機会のあった斯衛が、真鉄分のトレイをうやうやしく差し出しながら言った。

「もちろん、その話だけじゃないよ。彼の祖父は、日系アメリカ人でボーニングの重役だからね。面識をもっておけば、何かと使えそうだ」

 斯衛兵の何人かは、露骨に蔑む色を見せた。無論、真鉄ではなくヤマキの血縁に対するものだ。明らかに、外国人や移民を嫌悪していた。
 そんな周囲の者達を咎めることもなく、ゆっくりと食事を開始する真鉄に、ごく自然に若い女性斯衛が給仕につく。

「……で、昨日の演習はどうだった? 狙い通りに動けたかい?」

 この場にいる斯衛は、多くが前世ビジョンとは無関係な者だ。だが、ごく当たり前の武家の感覚として、赤の中でも上位に位置する真鉄の指示や意向には極力従うようになっていた。

「何しろ相手が相手ですので。しかし、ある程度目的は達っせられたかと」

 演習に参加した斯衛軍の部隊には、他国や国連に明かさない目的がある。
 真鉄らにとっては大問題であるシーファイアが、米軍に採用される可能性を少しでも減らすこと、だ。
 『補正』のお陰か精鋭揃いである斯衛の腕なら、対BETA戦を想定しての合同演習で『味方』として、シーファイアの印象が悪くなるようこっそり足を引っ張る事が可能であった。
 シーファイアよりも遅く仮想のBETAに撃破されるように粘るだけでもいい。
 第一世代機より生存時間の短い第三世代機、というだけで印象は悪化するだろう。

「上出来だよ。今は、その程度でいい――今日も、よろしく頼むよ?」

「はっ! ……こうなると、対人戦プログラムが組まれていないのは痛し痒し、ですな」

 いくら斯衛とて、第一世代機で第三世代機を正面から落とすのは至難だ。
 だからこそ、それが実現できればシーファイアの芽を完全に潰せるのだが。

「まあ、僕が秘められた力を開放すれば、瑞鶴でシーファイアを落として見せる自信はあるが、ね」

 自負と覇気で彩られた鋭い眼光を一瞬だけ放った真鉄は、コンソメスープを優雅に飲み……。

「うわっちぃ!?」

 思わぬ熱さに、口元を押さえた。目尻に、涙がじんわりと浮かぶ。

「あっ、真鉄様! ……ご自分が猫舌だということをまたお忘れになって」

 給仕の女性斯衛が、あきれを隠し切れない表情でナプキンを差し出した。



[28914] 第18話 地で生まれ、空より来るもの
Name: キャプテン◆3836e865 ID:af50d5e0
Date: 2011/09/03 04:18
 香月夕呼という学生の日本帝国大学・応用量子物理研究室編入が認められた。
 国連次期秘密計画採択レースを睨んだ、各国の競争という事情を知る者達にとっては、軽視しえない情報だった。

 現在の所、アメリカは独自案の非提出を国連に表明しているため、日本・カナダ・オーストラリアの三ヶ国の動きが注目されている。
 選考が始まる前の段階で候補国が実質的に絞られた理由は、明白だ。莫大な費用と高度な技術を必要とされる国連秘密計画『オルタネイティヴ』の主管となれそうな国力を持った国が、他に無いからだ。
 これら以外の有力国は、対BEAT戦争で手一杯だったり、財力は蓄えても技術が不足していたり……と、いうような状態。

 ……いくつかの国は、オルタネイティヴ計画というやり方そのものに疑問を呈している、という事情もある。

 ソ連が主導している計画が続行中だから、それとない根回しレベルではあるものの、立候補予定国の国連におけるロビー活動はすでに開始されていた。

 この動きにあせりを見せるのは、現在のオルタネイティヴ3を実行中のソ連だった。
 いくつか人類にとって有益なデータを得たものの、劣勢を打破する決定的成果は挙げられていない。
 それどころか、ソ連自身が本土の多くを喪失し、青息吐息という状況だ。
 ソ連の窮状を示す例として、特に目立ったのが、

『オルタネイティヴ計画に必要な装備類は、基本的に計画を立案・招致した国が負担する』

 という原則を破り、アメリカのグラナン社製戦術機・F-14を計画の中核たる特殊偵察任務機のベースに採用したことだ。
 これは、グラナン社が以前からソ連に対してこっそりとデータを流した事への見返りとも取れるが……。
 ソ連という国家の体面の重さから考えると、それだけが理由とは思えない。
 国力の低下が、独自戦術機開発能力に悪影響を与えている事は否定できない要素だろう。

 だが、ソ連は衰えようと世界屈指の大国には違いない。BETA大戦下にもかかわらず――いや、その危機を逆用さえして国家統制の強化を図っていた。
 ロシア民族だけを優遇し、他民族を最前線に送り込むという出鱈目なやり口が罷り通るほど。
(ロシア民族の割合は、全人口の五割近かったといわれている。一方的敗退を続けた理由のひとつは、質量ともに主力であるロシア系将兵を前線に送らないため起こった『戦力偏在』だったという指摘もある)
 ソ連の有力者の名前としてよく見る「○×スキー」というのは多くの場合、出自がポーランド系の証明である。かつてのロシア帝国時代、分割されたポーランド人が、そのままロシアの諸階級に横滑りしたような歴史の名残だ。
 東側秘密警察の祖といえるジェルジンスキーなどは、ポーランド貴族の直系だった。
 独裁者スターリンがグルジア人だったように、ソ連全盛期は決してロシア民族優遇ではなかった(と、いうよりどの民族も等しく粛清と圧迫に晒された)のだから、内部的にもおかしな流れであるのだが……。

 本来ならソ連を糾弾すべき西側陣営も、BETA大戦のための融和という建前・現実にソ連他東側諸国との連携が不可欠、という事情から黙認状態。

 そんな中で割りを食っているのが、ソ連はじめとする東側の圧政に耐えかねて西側に亡命した者達だ。
 彼らは、冷戦中は自由を求める勇者、などともてはやされたものの……BETA大戦が激化するにつれて、亡命先の西側からも冷たい目で見られるようになる。
 東欧州社会主義同盟が結成され、東側政府が西側の国家に移転してくると、ますます居場所は無くなっていった。
 流石に元の政府に引き渡されるということはないが、先の展望が見えない状況に陥っている。
 ソ連はじめとする東側もまた、西側への配慮から亡命者へのあからさまな攻撃は控えている――国によってはかなり態度を軟化させているが、一度できた溝を埋めるのは難しい。

 亡命者の中でも軍人の素養がある者は、白眼視から逃れるように国連軍へ志願するケースが相次いでいた。





 ――なんの因果だろう

 僕は、管制ユニット内で機体の最終チェックをしながら心の中でつぶやく。
 あのPXでの喧嘩未遂の後、僕は何か言いたげなリュッヘル大尉らの視線にしばらくしてから気づいた。
 どういう態度を彼らに取ろうか、と悩んでいるうちに……いきなり基地中のスピーカーが、『防衛基準体制2発令』を連呼しはじめたのだ。
 抜き打ちの、演習開始だった。

 僕らはろくに言葉を交わす暇もなく、他の将兵達ともみくちゃになりながらPXを出て、戦闘配備に入った。
 そのまま、大規模演習へと雪崩れ込む。

 そして、YF-23を駆って指定された演習場へ飛び出したところで――

「本作戦において、独立第2連合戦闘団・戦術機部隊の指揮を執ることとなった、ランドール=リュッヘル大尉だ。よろしく頼む」

 僕の網膜投影画面に映るのは、あの人だ。ほかのサブウィンドウには、やはりアンナ=アレイス少尉はじめとして見覚えのある顔が。
 さらに、

「了解しました、リュッヘル大尉。現時点をもって、貴官の指揮下に入ります」

 不敵な笑みを浮かべる九曜院真鉄・斯衛中尉の映像がポップアップされる。

 ……僕は、いろいろと沸く雑念を押さえつけながら、演習の設定を確認した。
 先日と同じ、混成部隊による対BETA戦という大筋は変わらない。しかし、今回はあらかじめ指揮権等の打ち合わせが済んだ戦闘団に所属するという条件下だ。
 戦闘団、というのは今回の場合は、戦術機二個大隊分を基幹として戦車・砲兵を含む、ミニ師団というべき諸兵科連合部隊。

 全体的な布陣は、三つの戦闘団がそれぞれが第一から第三の防衛ラインを敷くというオーソドックスなもの。
 ひとつの防衛ラインが抜かれても、次のラインがカバーする。BETAの予想外の動きにも、ある程度対処できる柔軟さがあるから、多くの戦場で用いられていた。

 YF-23の装甲が、わずかに震える。細かいところまできっちりと再現するJIVESが、支援砲撃着弾の震動を伝えてきているのだ。
 広漠たる大地の上に、無数の火柱が立っている。それに打ちのめされながらも、不気味な姿を誇示するようにBETAの大群がこちらへ向かってきていた。

 ユーラシア大陸の平原を意識したらしい、起伏がほとんど見られない大地。空は鉛色の雲に覆われており、今にも雨が降り出しそうだった。
 すでに第一防衛ラインは、BETA前衛の突撃級と接敵中。
 第二防衛ラインに位置する僕らの横では、戦車隊がキャタピラで土を跳ね上げながら、砲列を整えていた。

「我々の任務は戦車隊と共同しつつ、突破を図るBETAを余さず殲滅することだ。各員の奮闘を期待する」

 リュッヘル大尉が命令を終えると、僕を含めた戦闘団の全員がやや不ぞろいに了解、と返答した。

 戦車――陸戦の王者。
 戦術機の登場で影が薄くなったとはいえ、人類にとって欠かせない戦力であることに疑いはない。
 アウトレンジからの105ミリないし120ミリクラスの戦車砲による砲撃は、戦術機を上回る火力だ。大型砲弾の携行数が多い事も強み。
 人類が第一次世界大戦以来、付き合っている兵器だけあって、生産・運用ノウハウ蓄積が十分あるのも、地味ながら重要なメリットだ。
 だが、速力や機動性においてはBETAの大多数に劣るため、一旦差し込まれると脆弱で、戦術機や機械化歩兵との合同が望ましい。
 重装甲がBETAに対して『死期をわずかに延ばすだけ』程度の意味しかもたないため、火力と並ぶ戦車の長所である防御を生かせる場面が少ないのだ。
 ……さらに皮肉なことだが、なまじ古く信頼のある兵器カテゴリーなだけに、これまでの対人戦概念からの転換が遅れているという面もある。
 対BETA戦に基本設計から最適化した戦車というのはほとんど見られず、一線に立つ戦車兵からはぼやきが絶えないとか。

「光線属種の存在は……現在確認されていない、か」

 戦域データリンクの情報を読み取りながら、僕は落ち着かない気分を味わう。
 戦闘団の戦術機のうち、半数はミラージュ2000を装備した国連軍だ。フランス製戦術機の輸出は盛んとはいえ、極東でこれだけ集中配備されているのは珍しい事だろう。
 そして、一個大隊にやや足りない数の瑞鶴がいる。赤、山吹、白、黒……様々な色で塗装された機体が並ぶのは、凄く目立っている。中隊や、独立警護小隊とやらの混成だ。
 残りの五機程度が、僕らアメリカ軍の部隊。YF-23に乗っているのは僕だけで、残りはF-16。

 戦力的には十分だが、問題は寄せ集めである各部隊の連携だろう。
 すでにBETAと交戦している第一防衛ラインは、帝国軍と国連軍が主力。
 警戒態勢をYF-23にとらせながら、通信に耳を傾けていると――

「おい、むやみにキャニスター(突撃砲で使われる120ミリ砲弾の一種。爆発すると、小型の散弾をばら撒く)を撃つな! 視界が悪くなる!」

「うるせえ! ちゃんと警告コールは出しているぞ! そっちこそ突っ込みすぎだ!」

「エレメントを崩すな! 要撃級に孤立した所を囲まれたらアウトだぞ!」

「まずは砲撃で戦車級の数を削って……うぉ!?」

「邪魔だ! 接近戦が怖いのなら引っ込んでいろ! これだから軟弱な国連軍は……!」

「な……てめぇらこそ脳味噌が中世で止まっているのか!? いきなりカタナを振り回すな!」

 ……駄目だ。
 僕は思わず天を仰いだ。網膜投影画面に映るのは、黒い雲だけだが。
 聞こえてくるのは、連携のまずさとお互いへの不信剥き出しの声ばかり。
 そんなことだから、次々とBETAが第一防衛ラインを突破してくる。

 僕らとともに布陣する戦車隊が、主砲を撃ち始めた。複雑な回避機動をせず遮蔽物の利用もしないBETA相手なので、命中率は高い。しかし、数が増えるにつれて火制が困難になっていく。
 戦闘団の司令部と何か話し合いをしていたリュッヘル大尉が、

「戦車隊は、現在位置で砲撃を続ける。我々は、左右両翼に展開して横合いからBETA先頭集団の突進を阻止する」

 と、下命した。
 この命令はいいのだが、果たして僕らは指揮官の理想どおり動けるだろうか? 不安だ……。
 了解、と返事する僕の網膜投影画面に、データリンクによる展開地点指示が出た。左翼部隊の、戦車隊に近いポジションだ。
 僕はゆっくりとフットペダルを踏み込んでいく。それにあわせて、床下から心地よい震動が吹き上がる。ジャンプユニットが出力を増しつつあるのだ。
 ふわり、とわずかに浮揚感を覚える。
 YF-23を、サーフェイシング(噴射地表面滑走)で前進させる。ブーストジャンプほど派手ではないが、実は戦術機の機動の中でもかなり重要度が高いのがこれだ。
 主脚関節に負担をかけず移動でき、しかも速度は歩行より早く、機動の自由度も高い。噴射滑走技術が確立していなかったら、戦術機が今のように大型化できたか疑わしい。

 ……日本帝国の斯衛は、今の所大人しくリュッヘル大尉の指揮に従っている。流石に他国軍相手に、国内の身分を持ち出すほどわからずやではないか。
 リュッヘル大尉のデータを参照すると、この演習に参加した大尉階級持ちの中でも最先任に近いベテランだ――なぜ、PXで他の連中に蔑まれていたのだろう?

 ほどなくBETA群を射程内に捉えた僕は、戦車砲弾の雨を突破してきた突撃級の一体に視線を合わせた。眼圧を衛士強化装備が読み取り、自動的にロックオン。
 YF-23の装備するXAMWS-24 試作新概念突撃砲は、カタログデータは優秀(在来突撃砲に比べ、弾数が向上。さらにスパイクや銃剣がついており、白兵武器として使用可能)だ。
 だが、僕の技量の問題なのか、試作らしいデータ不足なのか……どうも、長距離射撃では狙いと着弾地点のブレが大きい気がする。
 なので、あえてサーフェイシングを中断・着地して120ミリ砲弾を発射した。命中! 側面から装甲殻を貫かれた突撃級が、体液を派手に撒き散らしつつ横転する。

 だが、一体潰した傍を二体、三体と新手の突撃級がすり抜けていく。
 正面の戦車と、左右に展開した戦術機部隊が十字砲火を浴びせて打ち倒しているのだが、際限なくBETAの数が増える。
 戦闘団の誰かが、罵倒交じりに叫んだ。

「第一防衛線のアホタレは、何をやってるんだ! 口喧嘩している暇があったら、手を動かしやがれ!」

 次々と現れるBETA――戦車級や要撃級も加わりだした――のために、陣形が崩れだす。

「! 二時の方向に戦車級約300体だ! 止めろ!」

 左翼戦術機部隊を直接指揮するリュッヘル大尉の指示が飛ぶ。

「了解!」

 きびきびと答えたアレイス少尉が、ミラージュ2000をジャンプさせ、上空から突撃砲を斉射した。炎と爆音の中で、戦車級が穴だらけになる。
 危険になったら高度が取れるため、戦術機部隊の損害は皆無だ。戦車隊も距離の余裕を保っている。
 だが、こちらも倒した数より多い新手のBETAが続いており、乱戦の気配が濃厚になってきた。

 右翼を担当する斯衛軍主体の部隊も、BETAの津波をかぶりつつある。
 瑞鶴の多くは、すでに自慢の長刀を抜いて直接の殴り合いに突入していた。

「真鉄様! お下がりください!」

 斯衛は、偉い様を守るための軍だという。共産圏によくある国軍とは別の党のための軍隊や、もっと前近代的な独裁政権を持つ国の元首一族のためだけの軍隊に近い。
 国軍から警護部隊が出ているのではなく、軍の存在理由自体が特定の者達だけのためにあるのだ。
 だが、この場でもっとも守られるべきはずの立場の人間……あのPXで出会った九曜院真鉄という人物は、

「ふっ……僕の事より、自分の事を心配しろ。こっちの援護は無用だ、戦車隊にBETAを近づけるな!
いざとなったら、追加装甲でぶつかってでも止めろ!」

 と、豪語した。
 この場では唯一赤い瑞鶴が、人間でいう腰溜め姿勢で突撃砲の36ミリを連射している。
 そこへ、無数の要撃級がにじり寄ってきた。
 九曜院の瑞鶴は、突撃砲をラックに戻して長刀を引き抜くやいなや、要撃級の群れの隙間を縫うように、小刻みな連続ショートジャンプで移動した。
 駆け抜けた時には、長刀の刀身にはBETAの体液がべっとりとついており、瑞鶴の背後では体を切り裂かれた要撃級……都合四体が大地に倒れる。
 九曜院機は、赤い装甲を震わせながらさらに前進し、次々とBETAを突撃砲と長刀で蹴散らしていった。

「…………」

 たまたまその場面を目撃した僕は、数秒だけ唖然とした。
 いくら高性能化が図られたとはいえ、第一世代機とは思えないほどの迅速な機動だった。
 顔がよくて、家柄が高くて技量もかなりのもの。なんてうらやましい奴だ、などと場違いな嫉妬がちらりと胸に浮かぶ。いや、前世ビジョン内の武家や貴族はそんなのばかりだったか……。
 こう、なんというか。無名の脇役衛士的な自覚がある僕としては、目の毒だ。

 そんな馬鹿な事を考えている間にも、僕の周囲にBETAの残骸が積み上がっていく。YF-23の兵器担架の多さを利用し、何門もの突撃砲をぶっ放して数に対抗しているが……残弾が心もとなくなってくる。
 どうしても意識が機体の背中にあるXCIWS-2B 試作近接戦闘長刀にいくのだが……。
 限りなく実戦に近い動きを再現しているであろうBETAに、僕の拙い長刀操作技術が通じるだろうか?
 今まで何度か長刀を使用した事があるが、どうもしっくりこなかった。感覚的にいえば、長刀は『軽い』感じがして頼りないのだ。

「くそっ!」

 僕は額に汗を浮かべながら、目の前まで詰め寄ってきた戦車級の塊に120ミリ砲弾をぶち込む。
 おぞましいBETAが、仲間の残骸を乗り越えて迫ってくる光景に、腹が締め付けられたような気分を味わう。
 仮想での演習でこれなのだ、実戦の恐怖など想像もつかない。

「グレイス(戦車隊のコールサイン)より戦闘団全隊へ! 戦車砲が弾切れ寸前だ、すまんが後退する!」

 緊急コールに、僕は顔をしかめた。戦車への砲弾補給は、戦術機のように武器を持ち替えてはい終わり、とはいかないのだから仕方ないが、今抜けられるのは痛かった。
 と、そこへ戦闘団とは別系統の通信がリンクされる。

「こちら、アメリカ陸軍第1試験戦車大隊。第二防衛ラインの支援を命じられた。現在、急行中」

 本部直轄の部隊が送られたらしい。問題は、時間だ。戦車なら、平地でも最高速度は時速70キロが出れば御の字だから、後ろからの移動だとかなり待たなければ……。
 だが、次の言葉に僕は耳を疑った。

「三分で到着する。持ちこたえてくれよ!」

 三分!? と驚きの声が衛士達からあがる。僕も、不気味な姿を揺らして接近してくる要撃級の対処に意識をとられていなければ、同じ反応をしただろう。
 あわてて戦域画面のマーカーを確認すると、確かに新手の戦車隊を示すシンボルが急速接近してくる。その速度は……時速200キロを超えている!

 データリンクの故障か、と僕は反射的に考えたのだが――

「ぶっ!?」

 僕は、後方を確認して思わず吹き出す。
 戦車のシルエットが文字通り浮かび上がっていた。
 空中に、だ。

「なんだありゃあ!?」

 国連軍衛士の一人が、戦場に似つかわしくない素っ頓狂な声を上げた。

 車両の形状自体は、アメリカ軍が主力として運用しているM1 エイブラムス戦車によく似ていた。問題は、その車体の左右だ。
 戦術機のジャンプユニットがくっついている! ジャンプユニットは、推進剤を派手に大気中に噴き出しながら、巨体を持ち上げ続けていた。
 空中をかっとんで来た戦車隊は、後退したグレイスの隙間を埋めるように着地すると、120ミリ主砲を立て続けに放つ。

「わははは! 本邦初公開の、ジャンプユニット搭載試作戦車 XM1-Jだ! 見物代はいらないぜ!」

「もう空は航空機とヘリと戦術機だけのものじゃないさ!」

「だがランディングの時のショックと気持ち悪さは尋常じゃねーな! 足廻りがすぐぶっ壊れそうだぜ! もっとソフトにならねーか!?」

「戦術機にやさしーく受け止めてもらおうぜ! ただし美人衛士搭乗機限定でな!」

 戦車隊から、陽気な通信が入る。飛行という体験をしたためか、かなりの興奮状態だ。

 ――戦車を飛ばせないか、という発想自体はけっこう昔から試みられてきた。
 多くの場合は、空挺戦車のように上空から投下ないし滑空するもので……その程度ですら、中々上手くいかず頓挫してきたのが戦車の歴史の一ページだ。
 イギリスがノルマンディー上陸作戦に、空挺使用を視野に入れたテトラーク軽戦車をグライダーで投入した事ぐらいが、実戦例。
(航空機等で容易に輸送できる軽量戦車なら、迅速な戦力展開のために現代でも開発が続いているが)
 だが、考えてみれば戦術機のような飛行に適しない形状かつ重量のある物体を、それなりに飛ばせるほど『この世界』のジェット・ロケット技術そしてバランス制御アビオニクスは発展している。
 それを利用して、戦車の移動力を画期的に向上させたのがこの空中戦車だ。
 基本はあくまで在来の戦車のように陸上運用中心ではあるが、戦術機のものを流用したジャンプユニットを使って一時的な飛行やジャンプ、噴射滑走が可能。
 戦術機のような圧倒的な戦術柔軟性の獲得は困難だが、展開速度の向上・(光線属種が存在しない戦域において)BETAに接近された時の上空への退避といった運用が可能になれば、戦車はますます使い勝手がよくなる。
 肝心の戦車科の人間は、対人戦を想定した場合にジャンプユニットが致命的弱点になりそうだから等の理由で、このアイデアを敬遠したがったそうだが。
(ジャンプユニットとその燃料をとられる戦術機甲の側も難色を示した)
 アメリカ合衆国の上層部が、

『面白そう!』

 の一言で試作のゴーサインをだした。
 以上が、僕が本演習の後に得た情報だ。

「……何をしている! 全機、手を緩めるな!」

 空飛ぶ戦車隊に唖然とした僕らに、リュッヘル大尉の叱責が飛ぶ。――大尉も、少しの間は絶句していたようだが。
 頭痛を堪えながら、戦闘行動を続ける僕の網膜投影画面の片隅に、衛士達の呆れ顔が並んだ。

「アメリカ人って……アメリカ人って……そりゃあ実用に耐えられるのなら有効でしょうけど……」

 アレイス少尉は、額に珠のような汗を浮かべながらぶつぶつと言っている。
 九曜院中尉も、

「くっ……! なんてダサかっこいいんだ! アメリカ恐るべし! やはりわが道を阻むのは貴様らかっ……!」

 と、妙に悔しげな顔を浮かべている……こんな形でアメリカを畏怖されても困る。
 僕は、ほとんどやけっぱちな気分になりながら攻撃を続行した。
 そんな戦術機部隊の隣を、機動防御に転じた戦車隊が、景気よくサーフェイシングしながら通過していく……。





「例のログですか? ……ええ、ええ。大統領閣下が中国で出撃した時のものですが……」

 アメリカ国防総省・戦術機研究部には、実戦部隊から民間企業にいたるまで、戦術機に関連するあらゆる部署から情報が集まり、同時に問い合わせが来る。
 戦術機に多少でもつながりがあることなら、ここが(よほど機密度の高い物を除いて)一括管理しデータベース化しているからだ。
 これらの情報は、実戦運用から新規開発まで、あらゆる場面において重要になる。
 軍事ネットワークによるデータ共有が発達しているので、本来ならいちいち電話をかけて来る必要はないはずなのだが……そこは人間のやることだ、どうしても人による判断がいる確認事項は絶えない。

「ふぅ……まただよ」

 エアコンの効いたペンタゴンのデータベースルームに勤務する職員は、受話器を置くと同時にため息をついた。
 ここ数日、同じ問い合わせが殺到していた。

「どうみても誤記録だと思うんだがなあ」

 職員の目が、端末画面に向いた。
 そこに表示されているのは、グラフ化された戦術機の出力データだ。
 小刻みに上下していたグラフが、ある箇所で大きく跳ね上がっている。F-14本来の限界出力を上回っている部分だ。
 これは、物理的にはありえない現象だ。機体自体を損壊しないようにかけられたリミッターを外した全開運転の時よりも、パワーが出ているのだから。
 大統領の中国での戦闘。その際、F-14がBETAに常識外れの投げ技を喰らわせた時の情報だった。
 直接現場を目撃した衛士は、相手の勢いを利用したために成功したのだ、と思ったそうだが……。
 これがデータベースに加えられると、多くの者達の関心を引いた。

 異常な出力を示した後、操縦者だった大統領のバイタルもまたおかしな数値となった(実際に発熱と意識混濁が見られた)ため、上層部はこのデータが広まる事にいい顔をしていない。
 大統領の健康不安説が流布すれば、政権が混乱するからだ。
 職員としては、うんざりする案件だった。

「――そういえば、似たようなデータがどっかにあったような?」

 ふと、職員の脳裏に引っかかるものがあった。
 思いつくままに、データに検索をかける。確か、在日米軍と帝国軍の合同演習の中で……。
 妙なログだったので、印象に残っていた。機種はF-16だったが、同じように機体の限界を超えた性能発揮をごく短い時間だが見せて、直後に衛士にやはり体調不良が発生していた。
 データ上の模擬戦内のことだったので、実機でやった大統領機のような注目はされなかったが。

「ええと、確かボーニングに渡した……っと」

 データベースをさらに探ろうとした職員の手を、鳴った電話が止める。
 職員は好奇心を心の隅に押しやり、仕事を再開しはじめた。



「『前世ビジョン』とやらを見た者達の証言を集めると、この……なんとかユニットというのが乗った兵器がエネルギーのほとんどを奪われた状態から、荷電粒子砲を撃てるほどな出力を叩き出した。
そういうことか? そして、パワーの強さは比べ物にならないほど小さいとはいえ、類似の現象を起こしたかもしれん衛士がいる、と?」

 国防総省のデータベースから提供されたログと、ボーニングが収集した情報をそれぞれプリントアウトした紙を交互に眺めやりながら、敷島博士は興味深そうに言った。
 ボーニング社の所有する、戦術機整備ハンガーの中だ。敷島博士の背後では、F-15Gの改修作業が続いている。実働データの検証で出た問題点を解消しているのだ。

「はい……もちろん確証はありませんが。物理的には説明がつかない事象が起こった可能性はあるかと……」

 敷島チームの技術者の一人が、額に浮かぶ汗をハンカチで拭いながら応じる。
 エアコンは働いているのだが、何しろ熱源となる機械が多い空間だ。
 しかし、敷島博士は義体化したお陰か、それとも元々神経がぶっ飛んでいるのか……悪環境を気にもせず何か考え込んでいる。

「ふうむ――これは面白いな。よし、大統領をテストパイロットに引っ張ってこよう!」

 特異な衛士を、自分の作り上げた機体に乗せたがる敷島博士は、すでに目を爛々と輝かせている。

「無茶言わないでください! いくらなんでもそんなお偉いさんを一企業の都合で呼べるはずないですよ!
しかも危険な試作機に乗せるなんて尚更です!」

 技術者の背筋に悪寒が走る。そんな提案を大統領府に持ちかけた日には、ボーニングに厳しい視線を向けられること請け合いだ。

「帝国だって、エンペラーやジェネラルに素質がありそうだから、といって試作兵器の衛士に引っ張ってはこないでしょう?」

 技術者は、多くの日本人が重んじる皇帝や将軍を出して、敷島博士をなだめにかかるが。

「ワシならやるぞ」

 の、一言で切って捨てられた。
 敷島の表情は本気で『伝統的血統や権威など、拳銃弾一発の価値もない』と語っている。
 博士が日本で冷遇された理由のひとつを再確認した技術者だが、だからといって大統領を呼ぶなどできるはずもない。

「し、仕方ありません……似たようなデータを叩き出した、在日米軍の衛士で妥協してはいただけませんか?」

 技術者は、あらかじめ探しておいた別人のデータの紙を見せた。
 それをひったくるようにして受け取った敷島博士は、不満そうな色を隠さなかったものの。

「やむをえんか……ならば、F-15Gを極東に送って駆動試験……いや、いっそ実戦試験をやって貰おう。現状では埒があかんからな」

 と、同意した。

 敷島博士の理想とするマシンを作り上げるには、技術もデータも資材も人員も、あらゆるものが足りなかった――ボーニングが全面バックアップをしてでさえ、だ。
 おそらく、F-15Gを渡された衛士はかなり過酷な戦いを余儀なくされるだろう。
 世界征服を企む悪の組織のボス、といっても通じるような笑みを浮かべる敷島博士。
 それを見ながら技術者は心の中で十字を切り、生贄に若い衛士を捧げたことへの許しを神に乞うた。

「――しかし、『前世ビジョン』か。これは、前世の記憶というよりは、因果量子論でいう『無意識分野による確率分岐世界要素の取得』、といったほうが正解かもしれんな。
それならば各人の類似記憶の落差や、催眠後も人格に残る影響、エネルギーの流入も乱暴だが説明が――」

 唐突に独り言を漏らす敷島博士に、技術者はぎょっとした目を向ける。

「え? い、因果……なんですって?」

 敷島博士は一瞬、出来の悪い教え子を見るように顔をしかめてから、話を打ち切るように紙を振った。

「なんでもない! それより、F-15Gのオプション装備の組み立て具合はどうなっておる? 出来ているものは全て持たせるぞ!」

「は、はい」

 F-15Gは、マニュピレーター・ハードポイント自体は既存機と互換性がある。突撃砲はもちろん、ミサイルコンテナやロケットランチャーも使用可能だ。

 ミサイルコンテナというのは、その名の通り箱型の入れ物の中に、誘導弾が収められた代物。F-14やMig-25/31など、特別な装備をもった機体でなくてもミサイルを運用できるシステムだ。
 限定的ながら、戦術機に面制圧能力とアンチ・レーザー弾運用能力を付与できる。これがあるのとないのとでは、戦術の自由度が全く違う。
 接続基部を含めて国連共通規格で製造されているため、簡単な改修で多くの外国製戦術機でも使用可能で、すでに採用に踏み切った外国もいくつかある。
(F-14の優位点が崩れたことで、アメリカ政府はコスト高を理由にF-14とフェニックスミサイルの調達中止を検討しはじめる、という副産物もあった)

 ロケットランチャーもまた、名前から連想できる通り戦術機に装備するロケット弾発射装置。
 構造が簡易で製造コストが安く、大量生産が利くのでBETAの物量に抗するのに適した各種ロケット兵器は、世界中の戦場で人類の命綱となっている。
 射程や命中精度はミサイルに及ばないが、ローテクらしく信頼性が高いのが強みだ。

 いずれも戦術機の携行兵器としては破格の火力であるため、敷島博士のお気に入り。

 ボーニングは敷島博士の要望に応じ、周辺装備一式を含むF-15Gを、もてる影響力を駆使し緊急空輸で在日米軍に送り込むことになる……。
 博士に指名された衛士が、重役の身内であると気づくのは、輸送手続きが終わった後だった。



[28914] 第19話 憎悪の胎動・混沌の戦地
Name: キャプテン◆3836e865 ID:680727f5
Date: 2011/09/10 18:02
『自分達が見たいと思う現実にしか、目がいっていない』

『精神論』

『後方で息巻く国連や米国……痛みを思い出させなければ――死傷者は数十倍にもなっていた』

 ――米下院調査報告D246号、通称『前世ビジョン情報調査書』より抜粋された、米国に対する発言集より

「……何度見ても、信じがたい……。合衆国や軍が、そこまで愚かになるものなのか?」

 アメリカ合衆国下院の、秘密軍事委員会に集ったある議員が、『最高機密』とスタンプされた冊子をめくりながら頭痛を堪えるように顔をしかめる。
 厳重に盗聴対策がなされたこの一室に集った顔ぶれは、多民族国家であるこの国のあり様を示すように、様々だ。
 伝統的白人支配層出身者がいる。スラムから這い上がったアジア系がいる。黒人やネイティヴアメリカンの血を引く者も。

 アメリカでは議員の力が強い。彼らは、個人個人の優秀性ももちろんだが、専門スタッフを多数独自に抱えている。
 第二次大戦期、欧州への参戦を目論む政府がしきりに

『ナチスドイツによって、我が国の艦船・船舶が攻撃を受けた』

 と言い立てたが、議員達は独自のルートでそれらの事件が『双方、あるいはアメリカに一方的に非がある』ものだと突き止め、直接の参戦を拒否し続けた。
 多くの国家で官僚が実質的に政府の主でいるのは、彼らが情報と行政ノウハウを独占しているからだ。だが、合衆国ではそうはいかない。三権が厳密に分立しているゆえ、議員も独自の『牙』を持つ。
 肥大する行政に対して、議会が独自の情報と立法権を持って巻き返し、また行政が反撃するという緊張状態は日常茶飯事だから、鍛えられているのだ。
 もっとも、後世の皮肉丸出しの視点から見れば、この米国議員の明敏さはヒトラーとその快進撃の尻馬に乗ろうとした連中を増長させ、戦火を拡大させる結果となったのだが……。

 それほどの能力とスタッフを持つ合衆国の議員達である。
 米国政府や軍の首脳部に多大な影響を与えている『前世ビジョン』に気づき、情報を収集できないはずがなかった。
 話が突飛過ぎるため、多くの議員は当初は冗談だろう、と考えていたのだが。
 当の議員の中にも前世ビジョンを見た、という者がいて、しかも大統領らと協同して合衆国の方針さえ変えたのだ。
 真面目に考えざるを得なかった。

 そして偏見を排して前世ビジョン情報に触れると、ボーニングのクロウ=カネモトが思いついたような『この世界』の不可解さに思考が到達し、最低でも一部は事実であると認めざるを得なくなる。

「海外展開軍事力……特に在日米軍の縮小を急がせた理由は、まさにこれだったわけですな」

 別の議員が冊子の、将来起こりうる『光州事件』なるものに関するページを読みながら、暗い目をする。

「――いくらなんでも信じられん。『後方で息巻いている米国や国連に痛みを思い出させるために、最前線で戦っているその米国や国連の軍隊に大損害を出すと予測した行動を是認する』など……。
全く辻褄があわんではないか! それこそ高慢と独善と被害者意識の塊だったWW2期の日本帝国とて、ここまで馬鹿な事を考えるとは思えんぞ!」

「だいたい、『朝鮮半島からの撤退作戦』を行っている国連軍・大東亜連合軍とやら(この時点では、大東亜連合は成立していない)を支援するために、帝国軍は出たという状況なのだろう?
それなのに、米国や国連が死守の態度を? これも基本的な整合性がない。やはり、前世ビジョンというのは集団幻覚じみた妄言なのではないかね?」

「日本帝国軍の軍事ドクトリンからしても、奇妙な話だ。あの国は人類同士の戦争ばかりだった時代から決戦――敵野戦軍主力の撃滅をあらゆる目標の上位においていたはず。
これが『BETAを一時的にでも殲滅すれば、撤退も難民避難も上手くいく』と戦闘において先走ったのならわかるが……」

「もっと後の……『12・5事件』だったかね? この項目によると、クーデターの引き金の一つは『国内難民の意に添わぬ強制救助』だというではないか。
なぜ、光州では避難を拒む者達に執心したことが、帝国軍内部の同情を呼ぶのだ? 感情論としても、方向性が滅茶苦茶だ」

 議員達は、口々に意見表明を行う。それらはいずれも、疑問や不信を表すものだ。
 武家・貴族の不可解なまでの精強さのような、特定国の内部的な事柄ではない。合衆国全体に関わってくる事態なのだから、否定したいのも自然な流れといえた。

 元々、日本帝国に反感を持っている議員が、乱暴に机を叩いて叫んだ。

「上等ではないか! なら、そんな傲慢な米国は、後方で息巻かせて貰おう!
在日を含む極東米軍は即時全面撤退! 一切の対日軍事支援を停止だ! 米国製品のライセンス生産許可も、全て取り上げてやろうではないか!」

 明らかに感情に任せた暴言であり、普段の委員会なら即座に警告が飛んだことだろう。だが、今は誰もが止めようとしなかった。

「要するに連中は、気に入らない者を悪役に貶めたいだけなのだ! 冗談ではない、この世界は我々が歴史を刻んでいく……」

「――落ち着きたまえ。その『連中』というのは具体的に誰かね? 『現実』には、今だ何も起こっていないのだぞ?
他国や、国内にはどう説明する? オカルトじみた情報を信じて、起こる確証のない事態のために感情的に日本を見捨てます、という気かね?
我が国の最有力同盟国のひとつにして、国連安保理常任理事国を? 数少なくなった優良な貿易相手国を? さらには巻き添えでフィリピンや韓国はじめとする友邦を?」

 ようやく冷静な声が長老議員から上がり、罵倒じみた演説が尻すぼみとなる。

「…………そ、それは」

「影響を受けるのは、西側だけではない。BETAの脅威が原因とはいえ、歩み寄りを見せているソ連や中共、ベトナムもだ。そうなれば、アジアにおける人類戦線全体が破綻する。
日本は、地理的にも戦力的にもアジア対BETA戦線の背骨なのだ。それがわからないはずあるまい?」

 アメリカ合衆国は、自他共に認める大国だ。
 だが、全てを一国で完結できる超越的存在などではない。貿易がゆらぐだけで経済が混乱し、何万もの失業者が出る。
 対BETA戦略も滅茶苦茶になり、基本的な安全保障さえおぼつかなくなるだろう。

 長老議員は、白髪をエアコンの風になぶらせながら、諭すように続ける。

「冊子の但し書きにあるように、これは個人差のある証言をまとめたものだ。
ある程度信用するにしても、所詮は一面的な見方にすぎない……あるいは大事な部分が欠落していると考えて、丁度良いのではないかね? まず、これを絶対視する事を戒めねばならん」

 重々しい言葉を受けて、議員達の平静さが回復された。
 それを眺めやりながら、長老議員は舌打ちを堪えるのに必死だった。

(……いずれ知られる事とはいえ、議会全体に広まるのが早すぎる。独自情報収集力の高さが、こんな形で仇になるとは)

 公言こそしていないが、長老議員もまた前世ビジョンを見た一人だった。
 そして、キャンプ座間の司令官やマクシム少佐らと同様、前世ビジョンがこの世界に与える悪しき影響を問題視するグループの一員。
(同じ前世ビジョンを見た者達中心でも、新孤立主義という結論を出した大統領らとは考え方が違っていた)
 グループ内で危惧されたように、『主役』たる日本帝国を憎む者が出始めている。
 感情的な面からいえば、アメリカ人たる長老議員もまた、腹に据えかねるものを覚えていたからよくわかった。

 大統領を中心とした親日グループは、当の大統領のとかく気力を欠く昨今の態度により、動きが鈍化している。
 もし反日化した議員が大勢になれば、政治のパワーバランスが大きく崩れる恐れがあった。
 それこそBETAも世界情勢そっちのけで、日本潰しにでかねない。それは同時に、合衆国の国際的立場の破壊を意味した。発生する人的・経済的損害については、想像する気にもなれない。
 さらに進んで、憎しみの対象がこの世界全体に広がるまで肥大し、究極的な破滅行動に出られるのはなんとしても回避しなければならなかった。
 内心の必死さを、議員経験を駆使して表に出さず言葉を続ける。

「そして何より重要なのは、冊子に記された情報が全て事実だとしても、十分我らの行動で変えられる、ということだ。
日本帝国に『89式 陽炎』という機体は存在しえない。ほかにも、すでに一致しない部分は山ほどある」

 日本へのF-15提供を拒絶した者達の思惑は、おそらく善意であろうが。長老議員はそれを自分達に都合よく利用させてもらうことにした。
 1989年はとっくに過去だ。今からF-15が帝国の手に入り採用・量産が開始されたとしても、89式なる戦術機は絶対に存在しないことになる。
 この結果、登場したのは試90式なる戦術機。前世ビジョンには無いものだ。

 不穏な空気が濃度を増す一方だった議員達の間に、やっと余裕のようなものが生まれた。
 だが、それまで沈黙を続けていた議員――G弾推進派が、こう発言した事でまたも緊迫する。

「――いっそ、この前世ビジョンとやら通りに歴史を進めてはどうですかな? 末葉は変わっても、本筋を続けることは可能でしょう。
アメリカが悪役で脇役で、踏み台? けっこうではないですか、それで世界が救われるのなら」

 ぎょっとした視線を多数向けられても、G弾推進派議員は平然と言葉を継ぐ。

「自分が良い者になりたいとか、嫌いな奴は悪役でいて欲しいとか、そんなものは子供じみた発想です。大事なのは、最終的に人類が生存と勝利を勝ち取れるか否か。
主役や英雄役など、日本人なり国連なりに譲ってやればよろしい。合衆国の繁栄は、人類あってのものなのですからな……まあ、これは出来れば取りたくない手段ですが。
なんのかんのといっても、祖国が世界の脇役であるよりも主役であるほうを、そして悪役より正義のヒーローのほうを国民が望むことは万国共通だ」

 今度は長老議員も、口出しする事ができなかった。
 G弾開発の再開のためにこんなことを言っているのか、マクシム少佐ら極東へ行った仲間が連絡してきたような『帝国内の前世ビジョン保持グループ』に取り込まれたのか。
 それとも、純粋に人類と世界のためにはアメリカが汚泥にまみれることを厭うな、と主張しているのか?
 判断材料が少なすぎ、迂闊に反論できない。

「こうしている間にも、多くの人命……いや、人間だけではない。貴重な地球の動植物の命が、資源があのおぞましい化け物どもの腹におさまり続けているのです。
手をこまねいていては、連中はいずれアメリカ本土にまでその汚い足を伸ばしてくることでしょう――諸賢の理性的な判断をお願いしたい」

 G弾推進派議員の発言が終わると、あちこちでひそひそとした話し声が漏れる。
 この秘密軍事委員会の本題は、前世ビジョンについてではない(重要な要素として、情報は配布されたが)。G弾開発再開案を含む、今後の兵器開発部門にどう予算を振り分けるか、だ。
 陸軍は、第三世代戦術機の試作機群が出揃い実戦試験段階に入っているので、やや要求は控えめだが……海軍は、研究予算増額を強く言ってきている。
 海兵隊も、電磁投射砲(戦術機に装備するのではなく、A-6系列の母艦に搭載する艦載型)の基礎研究への重点予算配分を熱心に求めていた。
 新孤立主義体制下では、本土撤収傾向にある陸軍より、前線諸外国への緊急展開的な支援を行う海軍・海兵隊への負担が大きいから、このあたりも政治が配慮してやらねばならない。

 だが、事態の重大性からどうしても話は特定の方向へと移ってしまう。
 前世ビジョンとやらを信じるのなら、人類を救うファクターとして『踏み台』のG弾が必要になる。
 逆に、全く無視ないし妄想だと切り捨てるにしても、最終的な勝利への希望を見せる超兵器・G弾はこれ以上もなく魅力的。
 どう転んでも、G弾の価値は無視し得ない。
 G弾の代替となる兵器開発がほとんど進んでいないことも、議員達にとっては無視しえない状況だ。

「ぜ、前世ビジョンどおりに進むといっても……すでに事象は変わっている。バタフライ効果、ということはないかね?」

 別の議員が、G弾推進派議員にようやく反論した。

「蝶のはばたきが、遠く離れた地域で台風を引き起こすかもしれない、というカオス理論の中でも有名な説でしたな? 問題はないでしょう」

 G弾推進派議員は、動揺する素振りもなく続けた。
 SFにおいてバタフライ効果というのは、過大視されるきらいがある。
 誤差レベルで済む事象の変化は、やはりそれにふさわしいわずかな範囲内でしか結果に反映されない・天候を変えるほどの動きを起こすには、相応のエネルギーが要るという説もあり。
 こちらのほうが、『今は』現実味がある。

「現に、細かい兵器の誕生あるいは抹消、局地的な戦況の変動はともかくとして、歴史は決定的に変動してはおりません」

 おそらくこの種の議論を予期していたのであろう。前世ビジョンをもてあます他派の議員達に比べて、G弾推進派の態度は落ち着いたものであり……。
 それが説得力に重みを加えていた。

「なお、G弾が及ぼす未知の大破壊現象についても、この前世ビジョン情報によれば、ユーラシア全域への飽和攻撃によってようやく起こる事象らしい。
局所使用ならば、G弾二十発分の威力を叩きつけても、許容範囲におさまるようですな? それなら、別案としてBETAどもの『急所』への一点集中攻撃――検討の価値はあると思われますが?」

 ダメ押しとばかりに、最悪の結果を回避する可能性を示して見せる。
 元々、G弾の初期運用案は、外周ハイヴを局地的投下で攻略し、G元素を奪取。そのG元素を用いてさらに別のハイヴを……というサイクルを繰り返していくというものだった。
 ユーラシア全体への大量飽和使用は後から出てきたもので、案としてはむしろ堅実な原点回帰と言える。
 これには、G弾反対派も沈黙するしかない。

(さすがだな……! 『本来ならば』アメリカを――いや、世界を主導していただけのことはある)

 長老議員は平静を装いながら、スーツのポケットの中で拳を握り締めた。
 G弾を主体として戦略を推進することは、あらゆる状況の変化に対応できるのだという可能性を示唆したのだ。

 後は、実際にG弾を投下される土地に主権を持つ前線国家群に重力異常の許容を納得させれば、使用を阻む要素はほとんど見当たらなくなる。
 人類に残された余力の少なさについては、まともな脳味噌があればそれこそ何人だろうが理解していることだからだ。

 ――委員会は、最終的にG弾研究再開法案を容認。今だ根強い反対論に配慮して、あくまでも欠点解消のための基礎研究段階を許したに過ぎないが。
 G弾推進派が、新孤立主義に対して久々に一矢報いた形となった。





「前線の将兵の心理に対する、視覚・聴覚からのストレスというのは意外に深刻なものであります。生理的嫌悪感を催す異常な姿形をした化け物が、無個性に次々と殺到してくる……。かなりの重圧です。
こういった要素によってもたらされる刺激が、将兵の気力体力を激しく削っていく。我々は、これらの状況に対する改善策を講じなければならないのです」

 在日米軍の司令部――現在は、帝国軍国連軍を含む合同演習の統括部を兼ねる――の一角で、一人の士官が淡々と言葉を紡いでいた。
 聞き役は、それぞれが所属する軍の服に身を包んだ、演習参加軍の幹部クラスの将校達。

「幸い、合同演習には多数の将兵が参加しております。彼らに対し、今回の『実験』がいかなる効果を上げるか……しっかりと計測いたします」

 士官の『多数の将兵』という部分が、実は『多数のサンプル』の言い換えであることは、居並ぶ将校達はすでに承知していた。
 だが、抗議する者はいない。すでに、根回しが済んでいるからだ。

「では……これより、JIVESの視覚情報に、例のデータを反映させます……」

 将校が片手を上げると、司令室に詰める情報管理部門の者達が一斉に動き出す。
 コンピューターによって作り上げられた仮想情報に、新たなデータを流し込んでいるのだ。
 そして、その影響を受けるのは、『特殊実験が演習中に行われるかもしれない』という大雑把な事しか知らされていない、実働部隊の将兵達。
 結果を見定めるべく、将校達の視線は司令部の壁にすえつけられた大型モニターに集中した。



「キリがない……!」

 合同演習最終日――僕達は、例によって機体ごとJIVESで作られた情報の世界に叩き込まれていた。
 搭乗しているYF-23の機体が、激しく左右に揺れる。視界は薄暗い。
 降雨時・強風下での迎撃作戦が、今回の演習メニューだった。
 オートバランサーの助けを借りてさえ、直立させるのも難しいレベルの突風が不規則に機体を乱打し、地面に叩きつけられる豪雨が状況把握を困難にする。
 ほとんど壁に見えるような豪雨を割って、やって来るのは毎度お馴染みのBETA達だ。
 こいつらは宇宙空間だろうが海底だろうがおかまいなし、しかも何種類かは多足をもっているから、安定感も戦術機より良い。二本足のBETA……特に光線属種はこちらと同じように風の影響を受けている『設定』だが。
 そして、連中お得意の物量突撃はこの状況下でも健在。

 僕は、レバーを必死に操作して砲撃を続けていた。
 戦車級の群れに120ミリのキャニスター弾を叩き込み、要撃級の白い胴体に36ミリ連射で穴を穿つ。
 至近距離ならともかく、ちょっと距離がある砲撃だと、砲弾が風に翻弄されて命中率ががた落ちになるのも、悩みの種だ。
 機体に膝をつかせて安定感を保ちたいが、そうすると突っ込んできたBETAの攻撃を回避できない。

 網膜投影画面の中の、戦域情報をちらりと確認する。演習開始当初は、それなりに秩序を保っていた各部隊だったが、今はもうばらばらだ。
 BETAを現す赤いマーカーと、味方を示す青いマーカーはごちゃまぜ状態。

 僕の視界の隅で、爆発が起こった。砲撃によるものではなく、BETAの攻撃がジャンプユニットを直撃したために起こった誘爆だ。
 白い瑞鶴が、装甲をガラスのように飛散させながら吹っ飛んだ。これが仮想映像の産物でなければ、衛士は脱出の暇もなく戦死していたことだろう。

「っ! タイガー(斯衛軍に割り当てられたコード)1よりHQへ! 我が隊は残り4機!」

 僕の耳に、九曜院真鉄の舌打ち交じりの声が届いた。
 斯衛軍は、前日までの演習とは一転して苦戦に陥っている――いや、斯衛だけではなく、帝国・欧州色の強い戦術機を装備している部隊は、軒並み厳しい状況だ。
 前線国家の国産あるいは独自改修機は、燃費節約のために空力制御を行うべく、ナイフシーケンス等をわざと大型化しているため風を受けやすい。
 この特性がマイナスに働いているのだ。機体制御コンピューターや衛士の許容を超えるほどバランスが崩れ、そこにBETAが殺到してくる。
 普段なら鼻歌交じりに切り抜けられる戦闘でも、難易度が増して簡単にやられてしまう。
 主機を吹かして無理矢理バランスを取ることもできるが……それをやると、推進剤があっという間に尽きる。

 かくいう僕も、悪天候の元での戦闘に梃子摺っている。他の部隊が支援砲撃を飛ばしてくれても、着弾する頃には狙いが大きくズレてしまうから、援護は無きに等しい。
 僕が乗るYF-23のすぐ右隣では、ずぶ濡れの装甲を震わせながらミラージュ2000が戦っていた。

「これ以上、孤立したら……!」

 つぶやいたのは、アンナ=アレイス少尉だった。
 彼女は、比較的良く戦えている。強風が許容レベルを超えた、と見た途端に武装が減るのを承知で、ナイフシーケンス等の空力制御パーツのほとんどをパージしたのだ。
 機体の安定度を高めるためとはいえ、その思い切りに僕は舌を巻いた。

 ――この演習において、何かと縁のある彼女だが。別に僕から近づいたわけではない。
 今回も、元々は離れて戦っていたのだが、お互いの僚機が撃ち減らされるうちに、自然と接近してしまったのだ。
 そして左隣には、悔しげな通信を終えた九曜院中尉の赤い瑞鶴がいる。斯衛の部下達とは、分断された状態。
 演習開始二時間ほどで、戦術機の損耗率は五割を超えていた。

 戦車や高射機関砲といった車両群は、荒天下での安定性は人型の戦術機よりいいが……唯一の攻撃手段である砲撃が風で流れては、どうしようもない。すでに、七割か八割が撃破判定を喰らっている。
 全線に渡って、全滅必至の状態だ。できれば一度撤退し、残存戦力を糾合して防衛ラインを張りなおすべきなのだろうが。
 意地の悪い事に、演習における僕らの役目は『最終防衛線』だ。BETAは、ひたすらこちらの殲滅を目指して突っ込んでくる!

「しつこいんだよ!」

 僕は苛立ち紛れにわめきながら、風で狙いが多少ズレてもかまわない距離まで接近してきた要撃級に向けて120ミリ突撃砲を発射した。
 リアルに再現された雨音を一瞬だけ吹き飛ばす、爆音。無数の肉片となったBETAのすぐ背後から、同じ姿の後続がやってくる。

 あと何匹倒せばいいんだ? たかが演習なんだから、もうここでリタイアしても……そんな誘惑を、僕の弱い心が囁いてきた。
 それを振り払うため、強くトリガーを押し込もうとした時――

 突然、画面の端に赤い警告文字が跳ね上がる。

「なんだ!?」

「え?」

「何事?」

 通信系統から、怪訝や驚愕を表す言葉が複数、ほぼ同時に流れ出てくる。

 文字は、『重圧低減情報加工・実験中』なる、首を傾げるものだった。

「こんな時に、何……ぶっ!?」

 僕は、とりあえず目の前の要撃級を片付けようと、意識を集中させ……そこで思わず吹いてしまった。
 雨のために暗めの画面の中、大写しになる要撃級。その不気味な白い体躯と、二本前腕。
 そこまでは、今までと同じだが。あの、人間の顔に見える感覚器の部分に、本来ありえないモノがあった。

 まるで、マジックで子供がいたずら書きしたような、『目』と『げじげじ眉毛』が存在したのだ。

「きゃっ!? 何これ……気持ち悪い、近づかないでよ!!」

 僕が精神的均衡を取り戻すより早く、意外とかわいらしい悲鳴を上げながらアレイス少尉が突撃砲を滅茶苦茶に乱射した。
 外れた砲弾が、雨の中へ吸い込まれていった。
 体中を突撃砲弾で抉られ、倒れ伏す要撃級だが……例の目と眉は消えない。
 それどころか。

『や~ら~れ~たぁ~』

 なる、異様な合成音声がヘッドセットから流れ出てきた。コメディー番組でよく聞くような、やたら大袈裟なあれだ。

「…………」

 僕とアレイス少尉は、戦闘中にも関わらず絶句した顔を見合わせることになる。

 異変は、僕らだけに起こっているのではなかった。
 戦車級の群れと戦っていた九曜院中尉が、目を丸くしていた。

「なっ!? ……な、なんで戦車級が『花輪』を被ってるんだ!? しかも歯がきらきら光ってるぞ!」

 中尉の、普段なら正気を疑うような発言に僕は慌ててそちらを確認すると。
 うじゃうじゃとたかってくる赤い戦車級の頭の上に、本当に色とりどりの花で作られた飾り物があった。そして、健康さを誇示するかのように、巨大な歯に輝きが散っている。

「く、くるなぁ!」

 異常な戦車級の姿は、九曜院中尉にはかなりショックだったらしい。数日前のPXや先日の演習時に見せた余裕など全く無く、青い顔して瑞鶴を後退させながらむやみな射撃を繰り返し始めた。
 パニックに陥りかけているのは、僕も同じだ。
 慌ててHQにこのふざけた事態を伝えようとするが、通信系統は将兵達の悲鳴と驚きですでに飽和状態だった。

「ちょ……突撃級の装甲殻に射的の的みたいなのが浮かんでいる! 砲弾をぶち当てたら、くす球みたいに爆ぜた!?」

「れ、レーザー照射を受けた! な、何とかかわしたら『光線属種なだけに、ワシら好戦的です。なんつって』とかいう音声が入ったぞ!」

「どうなってる!? 重光線級が足にストッキングを履いているぞ! 俺の目がいかれちまったのか!?」

 …………阿鼻叫喚。
 地獄だ。辛い、苦しいとかとはまた別の意味での地獄だ。
 僕は、もうほとんど条件反射だけで機体を操りながら、必死に頭痛をこらえていた。
 一体誰が、何の目的でこんないたずらを……。



 その頃、司令部の大モニター前。

「あれ? おっかしーな。ここで兵達が大爆笑するか、ツッコミを入れてきて精神的な切り替えが起こるはずなのに」

「やはり、下ネタを入れるべきだったのでは? 戦場では、素面ではいえないようなきわどい台詞も当たり前だそうですし」

「かといって、あまり品性が無いのもな……顧問としてプロのコメディアンを招聘すべきだったか」

 前線将兵達が受けるストレスを少しでも減らすべく、網膜投影映像や音声にいろいろと細工をしてみた、各国の軍人や技術者達は口々にそんな事を言い合っている。
 彼らの表情はあくまでも真摯であり、心から命をかける兵士達の役に立ちたい、という使命感をみなぎらせているのだが……。
 常識的な軍人達からは、『こいつら大丈夫か?』という冷たい視線を向けられていたのは仕方なかった。

「――BETAをことごとく擬人化して美少女・美女にしては? ハーレム状態ならテンションが上がるだろう」

「それだと、攻撃できなくなるではないか! 兵士が全てがハーレム願望持ちのサディストである、というのは偏見だ!」

「マゾな兵隊がいたら、美少女な突撃級に轢かれたい! とか言い出しかねませんしね」

「では、撃破したBETAの映像だけ美少女化する、というのは? ご褒美としてチラリズムありで」

「名案だ! ……と、言いたいが、女性将兵達の士気を下げそうだな……」

「なら、半数は美少年化しましょう! こう、少女と見まごうような――」

 熱心に、次に入れる加工データの議論を行う『重圧低減情報加工』計画に携わる者達。
 発案元は、例によってアメリカであるが。日本語でないと意味が通じないダシャレが入ったように、各国の有志(赤い服の女性斯衛を含む)の大いなる協力を受けている。
 そんな彼らの前にある巨大モニターの中では、更なる大混乱に陥った演習参加部隊が次々と壊滅していくのだった。

 ――この革新的試みは、ユーモアを解しない演習参加将兵達の猛烈な抗議によって、凍結を余儀なくされる……



「……また機種変更ですか?」

 演習終了後も、僕は精神的安らぎを得られなかった。
 汗を流し着替えを終えて、今回の演習での『実験』に対する有志による抗議文書に同意の署名をした後に、整備場へ呼び出された。
 今まで搭乗していたYF-23を降りて、別の機体を使えという命令が下ったからだ。
 いくら員数外のお荷物状態とはいえ、僕の負担も少しは考えて欲しい……。
 特性の全く違う戦術機を短期間で乗り換えているのだ。操縦に変な癖がつきそうだった。

「ええ、ヤマキ少尉に是非搭乗してもらいたい、とメーカーからの特別のご指名です」

 僕の労苦を知っているのか、応対に出てきた整備兵は『名誉なことですよ』と言葉を継いだ。

「たしか、ボーニングの機体だということですが」

 脳裏を掠めるのは、疎遠なままの祖父の顔だ。だが、あの人がこのタイミングで身内を特別扱いするとは思えず、内心で首を捻るばかりだった。

「はい。まず、この機体にはプラズマ駆動技術が投入されており――」

 整備兵の説明を聞きながら、僕はちらりと戦術機が収められているハンガーに視線をやった。
 ようやくトラブル潰しが終わり、前線に送られるYF-23 ブラックウィドゥⅡや、YF-22 ラプター、そしてYF-24 シーファイアが無言で屹立している。
 そういった新型機の中に、搬入されたばかりの機体……僕にあてがわれたF-15Gがあった。
 スリムでシャープなシルエットを持つ新型第三世代機群と比較すると、F-15Gの異様な形状は良く目立つ。
 なんというか……第三世代機群が芸術性を併せ持った細身の刀剣類なら、F-15Gは無骨なハンマーや斧といった感じだ。

 ――まぁ、どうせこのF-15Gとも短い付き合いで終わるんだろうな

 そう心の中でつぶやきながら、僕はこっそりとため息をついた。



[28914] 第20話 真面目に描いてもネタになる。汝の名は……
Name: キャプテン◆3836e865 ID:0e2b504f
Date: 2011/09/17 12:09
 果てなく広がる空は、夜の色を滲ませはじめていた。日没が丁度終わる時分だ。
 僕は重い心身を引きずりながらキャンプ座間の、ある建物の屋上へと足を踏み入れる。

「…………ふぅ」

 心の重さの原因は、前世ビジョンにまつわる悩みのせいだ。
 体の重さの理由は、演習による疲労のため。
 それらを振り払おうと、軍服に包まれた体を大きく伸ばす。こわばった筋肉が伸び、骨がかすかにこきりという音を立てる。
 遠くから、低いエンジンの唸り声が響いた。演習のために荒れた敷地を、施設関連の部隊が直しているのだ。

 基地の出入り口付近には、無数のライトの光。演習に参加した他所属の部隊が、次々と出て行く。戦術機などを輸送しなければならないので、ちょっとした渋滞が発生していた。

「どうしたものかなぁ」

 屋上の中央目指して歩みながら、僕はこっそりとつぶやいた。
 この世界をどう捉え、その中でどのように生きていくべきか……その指針は今だ見つからない。
 難しい哲学書を紐解いてみたり、前世や転生といった要素を織り込んだ小説などに手を出したりしたが――どんな文言もしっくりこなかった。

 頬を撫でる風にさえ、どこかうっとおしさを感じて僕は無意味に床を蹴りつけようとして。

「……ん?」

 そこで、多様なエンジン音の群れの中に、別種の響きが紛れ込んでいるのに気がついた。
 僕はそっと耳を澄ませる。
 歌声だった。それも、女性のものだ。
 聞いた事のない言葉で紡がれる、聞いた事のない旋律。その元を探して視線を巡らせる。

「――」

 屋上の隅っこ……転落防止用フェンスのすぐ傍から、歌は聞こえてきていた。国連軍制式の制服を着た女性が、こちらに背を向けている。
 僕は、半ば無意識に息を詰めて、歌を聞き取ろうとした。

 低くゆったりとした響きは、おそらく望郷の歌だろう。僕はそう感じた。
 無心に聞き入っていると歌声が全身に入り込み、心や体に溜まった黒いものを優しく押し流してくれるような感触を覚える。
 歌の上手い下手はよくわからない(ついでにいえば、自分が歌うのは大の苦手だ)。だが、彼女のそれはとても良いものに覚えて、しばし聞き惚れる。
 この時間だけ、嫌な事を何もかも忘れられそうな気がした。

 どれぐらい時間が立ったのか。気がつけば、頭上はすっかりと暗くなり、星がまたたき始めていた。

 と、そこへ新たな足音が聞こえてくる。
 はっとなって振り返った僕の視線の先に、ランドール=リュッヘル大尉の姿があった。
 大尉は、僕を見て意外そうな表情を閃かせたが、すぐに年季の入った敬礼を向けてくる。
 慌てて答礼する僕の背中で、歌声が途切れた。代わりに、悲鳴じみた声が上がる。

「な……あ、あなた! 何でここにいるの!?」

 歌声の主――アンナ=アレイス少尉は、荒々しい足取りで僕の前に回りこんだ。演習時と違い、下ろしていた彼女の髪が激しく揺れていた。

「き、聞いてたの!?」

 彼女の頬は、暗くなった中でもわかるほど赤くなっている。その目は、今にも火を吹きそう――これは怒りだとわかった。

「あ……えっと……す、すいませんアレイス少尉」

 あっという間に冷や汗まみれになる僕の顔。しどろもどろに口を開くと、彼女の表情はますます厳しさを増していく。

「――信じられない! 盗み聞きするなんて、失礼だと思わないの?」

 アレイス少尉の全身から、えもいわれぬ重圧が沸きあがって僕の全身を締め上げる。その勢いに押され、僕は、

「そ、そんなつもりはなかったんです! 気晴らしに屋上に来て、誰かがいるとは思わなくて! そ、そしたら綺麗な歌声が聞こえてきたので、つい……」

 と、弁明……に、なるかどうかわからない事情を早口で伝える。
 立場上でいえば彼女のほうが先任少尉に当たることもあって、僕はかなり焦り始めていた。
 アレイス少尉は一瞬絶句して視線をあらぬ方向に泳がせた。が、すぐに険しい表情に戻る。

「お、お世辞を言っても許さないわよ? どうせ、下手な歌って馬鹿にしてたんでしょう!?」

「そんなことはありません! 本当に――」

 詰め寄るアレイス少尉と、仰け反る僕。それを分けるように、リュッヘル大尉の闊達な笑い声が上がった。

「アレイス少尉、その辺で許してやれ。こちらの少尉に、悪気は無かったようだ。それに、気づかなかった方にも落ち度があるだろう?
ましてここは、米軍の施設だ」

 上位者の言葉に、アレイス少尉はしぶしぶといった調子で僕から距離をとる。最後に、強烈な一瞥をくれるのを忘れなかったが。

「……確か、アドル=ヤマキ少尉だったか? 部下が失礼をした。だが、盗み聞きは常識として褒められたことではないぞ?」

 大尉は、こちらに釘を刺すのも忘れない。僕は、うなずくしかなかった。
 気まずい空気が流れ始める中、僕はもう恥のかき捨てだと思い切り、不機嫌さを露わにし続ける女性衛士に向けて疑問を口にする。

「あの、アレイス少尉?」

「……何?」

「今のは、どこの歌なんですか? その、初めて聞くので……」

 恐る恐る発した問いに、アレイス少尉はもちろんランドール大尉もなんともいえない表情を作る。
 ……もしかして、してはいけない質問だったのだろうか?

「――我々の、故郷の歌だよ。東欧の……おそらく、地名を言ってもわからないだろう辺鄙な所の、ね」

 大尉の言葉に、僕は息を飲む。

 東ヨーロッパは、BETA大戦初期において中国・ソ連と並ぶ激戦区となり――すでに何年も前に人類が一掃された地だ。
 人類側の不備(政治的思想的対立や、戦術機などの対BETA用新兵器の初期トラブルなど)も重なり、甚大な被害を出したかの地は、今や真っ平らになるほどBETAに食い荒らされているという。
 そこを故郷と呼ぶ、ということはこの人達は……。

 アレイス少尉の目に、どことなく影が差したように思えた。
 舌どころか指も迂闊に動かせなくなった僕に、淡々と大尉は話を続ける。

「もう気づいていると思うが、我々の所属する国連軍・第32師団は、ソ連や東欧の社会主義国からの亡命者の集まりだ。今は、亡命先で生まれた二世もいるがね」

 ……全然気づいていませんでした、ともいえず僕は沈黙を続ける。
 数日前のPXでの出来事の原因は、大尉らの出身にあったのか、とようやく合点がいった。
 ふと、あのイリーナ嬢との接触の時に、亡命ポーランド人のおじさんから聞かれた、

『共産主義者との和解のために、亡命ポーランド政府をアメリカが無視しているというのは事実か?』

 という質問を思い出す。
 亡命者や難民が、祖国政府を頼れないという枷を負わされる。それは心細く、また現実として重圧でもあることだろう。

 大尉が言葉を切ると、気まずいどころではない重い雰囲気が屋上を制圧する。
 何かいわなければ、とわかっていても僕の舌は稼動してくれない。
 なんといえばいいのか……僕は日系とはいえれっきとしたアメリカ人。国籍という意味で、自分の帰属が揺らいだ事はない。
 下手に気を回した台詞を口にする事は傲慢や僭越に繋がる、と直感した。

 アレイス少尉が、僕を無視するように口を開く。

「――大尉、何か御用でしょうか?」

「おお、そうだ。少尉、我々への宿舎割当てが決まった」

 ランドール大尉は、少尉を探してここへ来たらしい。

「わざわざありがとうございます」

「いや、散歩ついでだからな。気にするな」

 少尉が、僕に向けるのとは全く違う柔らかい笑みを浮かべ、大尉は鷹揚にうなずく。

「では、僕はこれで」

 なんとなく疎外感を感じて、僕は手早く敬礼すると出口に向かって歩き出そうとした。そんな僕の背中に、大尉の声がかかる。

「ヤマキ少尉」

「……なんでしょう?」

 足を止めて振り返った僕と、大尉の真摯な目が合う。

「この前は、我々のために怒ってくれてありがとう」

「い、いえ。そんな」

 予想外の言葉に、僕は先ほどとは違う理由で狼狽した。あれは、八つ当たりに近いもので、義憤の類などとは言えないものだったのだ。
 僕は、羞恥のため頬に血が集まるのを感じながら、逃げるようにその場を後にする。

 この夜、不思議と僕は熟睡することができた。久しぶりのことだった。





 九曜院真鉄は、演習終了後しばらく不機嫌と二人連れだった。実験と称して流された映像や音声のために、思わぬ醜態を晒したからだ。
 後で聞いた所によると、斯衛の関係者(しかも美少年好き)も一枚噛んでいた話だというのだから、怒るに怒り切れない。

 しかし、日常的に激務をこなす真鉄には、ずっと感情を引きずるような『贅沢』はそうそう許されなかった。

 ただでさえ斯衛衛士というのは、忙しい。
 衛士として軍人として一流であることを常に求められる。
 さらに要人警護につく警護部隊所属の者達は、生身を使うボディガードとしても優秀であらねばならない。
 武家の家長である者は、一族や家産の統制もこなす。

 はっきりいって、一人の人間に求められる限界を超えている。どれかひとつの部門に専念してさえ、全うするのが困難な仕事・任務を並行してやっているのだ。
 だが、斯衛衛士――特に伝統的武家出身者の多くは、義務をこなしてのける。それもせいぜい二十代の若者が、だ。

 何か、超越的な存在に愛されているが如く多芸多才である人材が次々と生まれてくる。それこそが『この世界』の武家だ。

 真鉄もまた、前世ビジョンを見て『補正』を確信する前から、普通なら潰れるような生活をごく当たり前にやってきた。
 が、それでも人間は人間である。疲労や、感情が仕事に及ぼす悪影響とは無縁ではいられない。

 米軍基地を辞してから東京にある九曜院家の別宅に一泊した真鉄は酒を飲んで不貞寝する、というやや親父臭い行動でストレスを発散し翌朝から気持ちを切り替えた。
 そして真鉄は、昼ごろに和風の応接間である人物と対面する。

「巌谷大尉、ようこそいらっしゃいました」

 掛け軸を背にして座布団に座る真鉄に軽く頭を下げるのは、二十年代半ばぐらいの精悍な軍人だった。
 巌谷榮二。瑞鶴で、F-15Cを撃破した事で広く知られている斯衛衛士だった。

「真鉄様におかれましては、ご機嫌麗しゅう……」

 障子を透かして豊かな太陽の光が降り注ぐ中で、真鉄と巌谷は肩肘張った儀礼的挨拶を交わす。
 真鉄は『赤』とはいえ中尉であり、大尉(功績や年功を鑑みて、少佐昇進も近いと言われている)である巌谷から見れば目下だ。
 だが、今は真鉄は九曜院家の当主としてこの場にいる。服装が、軍服ではなく和服であるのがその証。
 武家秩序の面からすれば、真鉄が頭を下げる必要があるのは基本的に五摂家直系に対してのみ。皇帝家の血も大きな意味合いを持つ。

 しばらく当たり障りのない会話を続けた後、真鉄は微笑を浮かべながら、話題を振った。
 相手は大先輩であるから、身分が下といってもぞんざいな口は利かない。

「そういえば、陸軍の開発した試90式に搭乗されたとか。乗り心地などは、いかがでしたか?」

 巌谷は少し考え込むような素振りを見せた後、

「良い機体であります。特に、ジェネレーターの冷却性能が優秀であり、安定した出力維持ができる点などが」

「ほう?」

 真鉄は興味を覚えて、軽く身を乗り出した。
 今まで聞いた試90式 慶雲に関する評価は、運動性や加速性の良さ・近接格闘能力の高さを褒めるステレオタイプなものばかり。
 この切り口は初耳だったからだ。

「――ご存知かもしれませんが、試90式は装甲を局限まで省いた機体です。機体に篭る熱を、大気中に排出する機能の増強がたやすい構造なのです」

「なるほど」

 スペック上では現れにくいが、熱対策は無視し得ない要素だ。ジェネレーターの稼動率や燃費、内部機器の寿命そして操縦性に大きな影響を与える。
 目の付け所が凡人とは違う、と真鉄は巌谷を改めて見直す。

「いや、我が国の技術の高さを確認し、喜ばしいことです。国産機開発路線を切り開いた大尉のお陰ですね」

 真鉄は、自分が持っている試90式に対する性能以前の懸念――歴史が変わってしまった事の証明――をおくびにもださず、巌谷を持ち上げた。
 だが、巌谷の表情は冴えない。

「…………」

 何か言いかけて口を閉じる巌谷の態度に、真鉄は軽く首を傾げた。
 が、前世ビジョン情報を思い出してすぐに心の中でうなずく。

 おそらく巌谷は、自分の模擬戦勝利が過大視されることに、忸怩たる思いをもっているのだ。
 確かに、劣勢を覆して勝利した。だが、それは相手の心理を利用した嵌め手のようなもので、帝国国産技術のお陰ではない。

 そういう機体性能以外を利用した『模擬戦上の例外』なら、例えばアメリカ軍には練習機であるT-38 タロンでYF-22を撃破したつわものがいるそうだ。
 だからといって、YF-22を取りやめてT-38系列に次期主力機を変更しよう、という議論は起こるはずもない。
 戦術機に限らず、兵器というのは平均的な兵士を基準に扱えるように設計・運用すべきであり、一握りの例外を足場にするのは邪道もいいところ。
 それが一番分かっているのが、皮肉にも巌谷自身なのだろう。
 『装備も人材も特別なのが当たり前』の斯衛軍に居ながら、それに囚われない視野を持っているのだ。

 感情的な国粋主義や国産軍需利権のために利用された事が、巌谷の後年の行動……衛士の本分を逸脱し、政治や国際謀略に手を出してでもアメリカ技術を日本に導入しよう、という策動の理由のひとつとなったことは、想像に難くない。

 そして、本音では無理に無理を重ねた試90式にあまりいい思いを持っていないのだろう。
 初の国産機、という威光のために批判がしにくい空気が形成されている気配があった。

「ですが、斯衛の次期主力としては不適格、と城内省は判断しているようです。
さりとて、外国産機であるF-15やF-16の改修では総合性能はともかく、近接戦闘において要求されるレベルに達しない公算が大であるそうですし。難しいですね?」

 真鉄は、話題の方向を変えてみた。
 もちろん、自分がアメリカの変貌によって『歪んだ』世界を戻すために、巌谷の勝利が喧伝されていることを悪意ある表現で、アメリカのG弾推進派に伝えたことはおくびにもださず。

「斯衛に限ったことではありませんが、次期主力の開発もしくは選定は一大事ですから。瑞鶴の時もずいぶんと揉めたものです」

 しばらく戦術機談義に花を咲かせ、それが一息ついた時。
 巌谷は面持ちを改めた。

「――真鉄様。実は小官は、帝国軍の大陸派遣軍への移籍希望を城内省に提出いたしました」

「……ほう、それは」

 巌谷来訪の本題は、これからはじまると予期した真鉄は、表情を引き締めて先を促した。

「この目で、この肌で。対BETA戦の実相や前線諸国の姿を直接、感じ取ってみたいのです」

「城内省は、渋ることでしょうね。大尉は、斯衛の至宝といっていい御仁だ」

「過分なお褒めをいただき、恐縮です」

「私から、それとなく城内省に大尉の要望が通るように伝えましょうか?」

 真鉄が口利きを示唆すると、意外なことに巌谷は首を横に振った。

「御厚意はありがたいのですが、真鉄様にお願いしたいのは、一身の事ではありません」

 移籍は、自力で勝ち取るといっているのだ。と、なると巌谷が気がかりとするのは。

「……大尉の留守中の、篁家についてですか?」

「はい」

 真鉄は、一旦視線を外して頭を回転させる。

 譜代武家の名家(斯衛の色でいえば山吹)である篁家の当主は、瑞鶴開発にともに携わった縁などから公私に渡り巌谷と深い親交があった。
 その篁家の悩みの種が、後継者問題だ。直系の子女は、今だ十歳をいくつか過ぎた程度の娘がいるのみ。
 普通なら、娘にしかるべき婿を迎えて家を継がせるべきなのだろうが、篁家の意向は娘その人を次期当主にすること。
 親族達が、継承に不安あるいは不満を覚えるのは仕方の無いことだった。そのためか、強引に婿養子をねじ込もうという動きもあるらしい――流石に婚約レベルだが。

 真鉄としては、取るに足らない話だ――前世ビジョン知識があるのだから。
 篁家の娘・唯依は立派に家を継ぎ、斯衛の特殊性を象徴するような逸材に成長することを、知っていた。
 衛士としては世界から選抜された歴戦の開発衛士らを上回り、その技量を維持したまま国際共同開発計画・XFJの主任という難しい仕事もこなす程になる。
 高度な整備のケアを常に受けられることを運用前提とする武御雷を、実戦で(しかも本来の整備ができない外地で)長時間連続稼動させる、という離れ業もやれるのだ。

 前世ビジョン通りの歴史をなるべく展開させたい、という立場でなければ将来、真鉄の部下に是非欲しい人物。
 しかし、この時点ではまだ未知数の娘でしかなく……後見人同然の巌谷は、彼女の身の上に降りかかるであろう問題に、頭を悩ませていることだろう。

「わかりました。篁家当主筋の意思が尊重されるよう、配慮しましょう」

 状況が変化したときに備え、巌谷及び篁家に恩を売るのも悪く無い話だ。
 そう判断した真鉄は、にっこりと笑ってみせた。

「ありがとうございます」

 安堵した様子で頭を下げる巌谷を見つめる目を細めながら、真鉄はふと空想を弄ぶ。
 もし、自分が前世ビジョン知識のアドバンテージと、この世界で生まれつき得た地位・才覚を制限なく使って歴史改変を試みるとすれば。
 まず間違いなく、武家のこういった旧式の伝統・因習を引きずる在り方にメスを入れただろう。
 斯衛と国軍は統合させ、余計なコストを無くす。

『一人の愚将は、二人の名将に勝る』

 という軍事上の格言がある。馬鹿な奴がトップであっても指揮系統を一元化したほうが、優秀な者が並立して複雑な体制の元で戦うよりマシ、ということだ。
 迂遠であっても各階層の意見を慎重に集約すべき政治とは逆に、軍事の統帥面では独裁に勝る形態はない。
 政威大将軍の実権回復どころか、元枢府自体の廃止を試みるかもしれない。半端な権力を持った権威ほど、組織統制に有害な存在はないからだ。
 素人が見てもわかるほど、すっきり整理された軍事指揮権。それが理想。

 身分による装備差もやめる。真に優れた人材とは、同条件下で他の者より結果を出す人間のことだ。
 純軍事上の要請で特殊機材を使うのならともかく、出身を基準とした兵装など『贔屓されなければ戦えません』と泣き言を常に漏らしているに等しい。
 真鉄の素――『前世ビジョンの影響を受けて形成された価値観』はそう思っていた。『この世界』での生まれに誇りと自信を持っている事との矛盾に、いささかの葛藤はあるのだが……。

 だが、これらの改革的考えを反映させようと動く気はない。
 理屈や原則として正しく思えても、現実に持ち出して上手くいくとは限らない……どころか、しばしば逆効果になるのが世の常だ。まして、『補正』と呼ぶべき現象が当たり前にあるこの世界では。

 余計な手出しをして『日本帝国の栄光と、人類の優勢が約束された未来』が消えるのは、許されない。

 何かを仕掛けるのなら、最低でも桜花作戦成功後。そうでなければ、自分達の首を絞めることになる可能性が高い――それが、真鉄を含む日本帝国前世ビジョン保持者の結論だった。
 真鉄は自身がいくらでも影響力を行使できる立場にありながら、歴史改変じみた行為に手を出さないという範を示すことで、他の帝国前世ビジョン保持者の暴走を抑えていた。
(現在は、アメリカの動きのためにその則を破って、歴史変動にカウンターを当てる工作を余儀なくされているが。これが一番頭の痛い所だ)

「その代わり」

 真鉄が交換条件を出す気配を見せたことで、巌谷の体に軽い緊張が走るが。

「……無事、生還してくださいね? 大尉は、日本全体にとっても貴重な人材ですから」

 と、冗談めかして言ってやると、巌谷は口元を綻ばせる。

「はい。必ずや」

 巌谷に好印象を与えた事を確信した真鉄は、心の中でにやりと笑った。





 ――中国・華北戦線。
 北京防衛戦は、非戦闘員の脱出の時間を稼ぐための遅滞戦闘に変わっていた。
 オリジナルハイヴから東進してきたBETA群は、全てを砕き、飲み込んで続々とやって来る。
 諸外国の援軍・支援に力を得た中国人民解放軍は、かなりの粘りを見せていたものの……劣勢はいかんともしがたい。
 すでに、一度失えば二度と再現できない歴史的建築物にさえ核爆弾が設置され、最悪の事態に備えていた。

 中国――統一中華の感情としては、最後の一兵となってもこの歴史的都市を守りたいところだ。政治的・軍事的にも北京は重要だという事も、死守への誘惑となっていた。
 だが、戦いはここで終わりではない。ほかにも守るべき国土や人民が残っている。中国東北部は今だ健在であり、大連を策源地として新たな防衛ラインを整えつつある。
 意地になり、戦力をすり潰してしまうわけにはいかなかった。

『捲土重来』

『臥薪嘗胆』

 統一中華は、このような古典から引用された標語を、軍民に向けて宣伝していた。
 建築物などは破壊されても、脈々と伝えられてきた文明と英知は、消滅させられることはない。
 そういう主張がこめられたものだった。

 無数の悲哀と悲劇を飲み込みながら、非戦闘員の脱出とその時間稼ぎのための戦闘は続いている。

「……無念です」

 砲弾が、BETAごと家屋を破砕する耳障りな音響が遠くから聞こえる中、すすり泣きの声が漏れた。

「今だ完成まで道遠しとはいえ、我らの努力の結晶を放棄しなければならないとは……」

 脱出車両群が集まる、広場の一角。
 汚れた白衣を着た男女達が、悔しさを全身から滲ませていた。彼らは、中国国産戦術機プロジェクトに従事していた研究所の者達だ。

「仕方あるまい、今は一人でも多くの者を逃がさねばならんのだ」

 五十がらみの男が、一人一人の肩を抱くようにしながら、慰めの言葉をかけていた。研究所の所長だった。

 中華人民共和国においても、純国産と呼べる戦術機の開発は悲願であり、その研究には多くの予算と人材を投入してきた。
 しかし、逼迫する戦況がいつできるかもわからない戦術機を待つ、という贅沢を許さず……。
 統一中華成立後、台湾政府との協議においても、国産機開発は優先順位を落とさざるを得ないという結論に達する。
 シーファイアの影響で実戦投入が前倒しになったソ連製戦術機・Su-27のライセンス生産・改修機(後の殲撃11型)や、イスラエルとの協同開発であるF-16改修機(殲撃10型)は、いずれも優秀機でありまた実用化の目処も立っている。
 ただでさえ、西側東側兵器の共存による兵站混乱が予想される中で、さらに純国産を背伸びして加えるメリットは見られなかった。
 強いて探せば、自尊心の満足だろうが……そんなものに拘る余裕は、どこをひっくり返しても出てこない。

 それらの事情から、中国国産機の雛形となる機体は放棄が決定した。
 人間を乗せる分の輸送力さえ用意できると保証できない中だから、仕方ないとはいえ……研究者達の無念はいかばかりであったか。

 所長は、部下達が涙を拭きながら割り当てられたトラックに乗り込むのを見届けてから、広場の隅に足を向けた。

 そこには、壁を背にして座る巨大な人型の物体があった。
 外装はほとんどついておらず、内部のフレーム構造がむき出しで、塗装もされていない灰色の地金が弱い太陽の光を跳ね返している。
 頭部形状は、あっさりした八角型。丸い物体を水平に二つならべただけのような『目』。そして三角盛り上がりは鼻に見えなくも無い。
 人間でいえば手にあたる部分は……五本指のあるマニュピレーターではなく、平らな板状だ。
 異様な姿の中でも、特に目立つのが下腹部(股間ではない)に取り付けられた固定武装である、連装砲(単装ではない)。

 輸送車両から放り出された、中国国産機の雛形だ。

「……くっ、やはりもっと見た目に気を使うべきだったか」

 所長は、改めて自分達が作り上げた未完成のマシンを見て、悔しげにつぶやいた。
 生みの親の贔屓目から見ても、『これの完成型を見てみたい』と予算を握る者達に訴えるわかりやすさがない。
 むしろ『おかしな箇所を指摘してください』と全身で訴えているようなものだ。資料写真を、今時白黒で撮ったのもまずかったのかもしれない。
 開発の中心地だった長沙が陥落、避難を続けていたため製造時間が足りない事は確かだが、外装その他にほとんど予算を割けなかったという『内部』事情もあった。

 なぜなら、この機体が目指していたのは、実は国産戦術機などではなく――

 所長の物思いを断ち切るように、広場を守るため外周に展開していた機械化歩兵部隊が動きはじめた。

「!」

 非戦闘員の軍属や民間人の間に不安が走る。戦闘部隊の軍人ですら、顔色を青くした。遠雷のようだった戦闘音響が、急速に近づいてきているのに気づいたからだ。

「全員、防塵マスク着用! 防塵マスク着用!」

 機械化歩兵部隊の指揮官が、叫んだ。重機関銃らしき発砲音が声に重なる。
 重金属雲や戦塵対策として、マスクはあらかじめ民間人にも配布されていた。それを使え、ということは――。

 慌ててマスクを着用した所長は、いつの間にか自分の隣に小さな影が立っているのに気づいた。
 汚れきったシャツと短ズボンという、避難民によくいる少年だ。だが……その目にはありがちな絶望や恐怖は無く、ただ興味深そうにマシンを見つめていた。
 BETAが接近してくるのを察して、パニックの気配を孕む広場の中で、少年だけが不思議な静謐を湛えている。
 マスクをつける気配もない少年に、所長が注意をしようとした時。

「――呼んでる。こいつは、戦いたがっている……」

 と、少年がつぶやいた。
 所長は、思わず息を飲む。
 少年のつぶやきに呼応するように、電源が入っていないはずの人型物体の目に閃光が走ったからだ。

「ま、まさか……試験搭載したままの『タオ・システム』が反応しているというのか!?」

 タオ・システム。
 それは、中華人民共和国が秘密裏に開発していた、夢の新エネルギー動力である。
 同盟国・ソ連の人工ESP研究に協力する中、中国の科学者達は『人間の脳内の電位の変動に過ぎない思考を、なぜ外部とやりとりできるのか?』という疑問にぶち当たった。
 それに対する仮定の回答のひとつが、いわゆる『気』――古来から様様な形で伝承されてきた、天地自然に満ちた根源的エネルギーの存在だ。それが、思考を伝達している。
 この『気』を汲み上げ、物理的なパワーに変換することができれば、世界に革命が起こる。
 その考えの結実が、タオ・システム。所長らは、回された予算のほとんどをこの研究につぎ込んでいた。

「だが、なぜだ? 今まではまともなエネルギー発生は起こらなかったはず……?」

 所長は、はっとなって周囲を見渡す。
 古来から中国には、『風水』という概念がある。良い『気』の集まる場所を選定し、そこに都市や家を建てれば住まう人々は隆盛する、と信じられてきた。
 この思想はアジア圏に広く広まり、例えば日本や朝鮮の大都市は、この影響を受けて建設された所が少なくない。
 そして、北京はすでにBETAに蹂躙された西安(かつての長安)に匹敵する、風水的に恵まれた地だ。つまり、高密度の『気』が大地を貫くルート――すなわち、龍脈の集中点。
 知らず知らずのうちに、タオ・システムに龍脈の力が流れ込んでいたとすれば。

「め、目覚める……目覚めるというのか!」

 迫るBETAの存在を忘れて、所長は叫んだ。
 目指していた『モノ』は戦術機を超越し、日本の敷島博士などが理想としたものに近い――新概念の、超兵器だ。
 時代の先を行く者。その名は……そう、その名前は!

「『先 行 者』よ!」

 先行者の、予算不足ゆえ一部がブリキで作られたボディに脈動が走りはじめる。製作者からみても微妙な見た目の存在に、人を畏怖させる不思議な気配が満ち始めた――



[28914] 第21話 戦場の伝説は、ただ静かに……
Name: キャプテン◆3836e865 ID:0e2b504f
Date: 2011/09/23 05:10
 国連軍の指揮下に編入されたアメリカ軍の中国での展開は、遅れがちだった。
 展開地域が旧潜在敵国の主権領土内という、政治的(あるいは国民感情上の)困難が第一の理由であったが、大陸での戦いが長引く事を想定し、十分な兵站路の建設と物資集積を優先した結果でもあった。
 アメリカ軍の中には、次期主力選定を争う新型第三世代機群の試験部隊が含まれており、防諜上の配慮も必要とされていた。

 だが、北京戦線がいよいよ崩壊の危機に晒されたため、統一中華は国連軍にさらなる援護を要請。
 これを受けて、極東国連軍はアメリカ軍の投入を決定した。
 アメリカ軍だけではなく、日本帝国・大陸派遣軍第一陣も出撃する。
 すでに戦闘状態に入っている統一中華・ソ連・韓国・フィリピン軍等と合わせれば、総兵力は十五個戦術機甲師団に及ぶ。中堅どころの国家の、全戦力に匹敵する規模だ。

「立派な大軍団だ――数字の上ではな。実態は、これまでの戦闘で疲弊・半壊状態の部隊と、『戦争処女』がほとんどを占める未経験集団の寄せ集め。
さて、どこまで時間稼ぎができるか……?」

 アメリカ陸軍・第311戦術機甲大隊を率いるモンティ=マクシム少佐は、管制ユニットの座席に窮屈そうにおさまりながらつぶやいた。
 太陽の光が、背後から差し込む。
 彼の乗るF-16は、ジャンプユニットを盛大に吹かしながら中国の大地を低空飛行している。左右には、同型機に乗った部下達が従っていた。
 311戦術機甲大隊の後ろには、YF-24 シーファイアで編成された一個中隊が後続。
 これらのアメリカ軍機は、国連軍カラーに塗装されている。

 アメリカ軍戦術機集団――F-16を数的主力として、F-15と試作機群を含む総計一個連隊規模――の左側には、日本帝国軍が並行して進撃している。
 二個大隊ほどの帝国軍機は、全て撃震だ。
 編隊は傘型陣形。出力や燃費、巡航速度が違う機体の混成だから、隊形は乱れがちなのは仕方なかった。

 本来なら、戦術機だけで突出せずに戦闘車両群や歩兵と協同作戦を取るのが理想だが。前線から矢のような催促を受けたため、分離前進しているのだ。
 総指揮は、最先任の少佐であるマクシムが行っている。
 途中、北京方面から民間人を乗せて避難してくる車両群と頻繁にすれ違う。中には、傷つきながら撤収してくる戦闘部隊もいた。彼らの疲れた顔が、ますます前途の暗さを感じさせる。

 刻々と更新される戦域データリンク情報によれば、すでにBETA群は北京市街奥深くにまで侵入していた。
 市内では、家屋一戸一戸の支配権を争う凄惨な白兵戦が展開されている……BETAの目的は占領ではなく、一切のものの破壊と捕食だろうが。
 戦術機部隊は、さすがに建物が密集した場所での戦闘には向かない。まして、味方の歩兵を踏み潰す恐れがあっては。
 市へと流入するBETA群を横撃し、その圧力を逸らすのが任務だった。

 マクシムは、南方から北京市街に突入せんとしている一団に狙いをつけた。
 攻撃手順についてはすでに思案してある。光線属種の迎撃を避けるために高度30メートルで接敵し、AL弾頭主体のミサイル攻撃で先制。
 あとは、弾薬・推進剤と相談しながら砲撃でBETAを削る。
 近接戦闘は、考慮していない。
 これは米軍の流儀でもあるが、もっと深刻な理由があった。
 まずYF-24 という試作機が、実戦でのトラブルを起こさないかという不安が拭えない。次に、一時的に指揮下にいれた帝国軍部隊を、乱戦の中で制御する自信がないのだ。
 中東や欧州での実戦経験から、マクシムは戦術ドクトリンの違う多国籍部隊を動かす難しさを承知している。
 ……帝国軍の衛士が全員、『死の八分』を越えていない初陣衛士というあたりも気がかりだった。帝国陸軍は、これが初の大規模戦闘への参加なのだ。

 マクシムは、通信をオープンにすると攻撃手段だけを手短に各機に伝える。
 帝国軍はもとより、部下達からも疑問や反論はなかった――皆、それどころではない。青く頼りない顔を並べていた。
 表向きだけでも余裕ある表情を保っているのは、以前から第311大隊に所属していた幾人かのベテランぐらいだ。

 ――これは、催眠処置や薬物投与を大盤振る舞いするハメになるかもしれんな

 マクシムは、得意のふてぶてしい笑みを口元に浮かべながら、心の中で冷たいものを感じる。
 戦場の緊張は、否応無く人間から普段被っているモノを削っていく。死と隣り合わせの闘争それ自体を楽しむ境地になど、中々なれなかった。
 思案する間にも、ジャンプユニットは与えられた仕事をこなし、戦術機達を死地へと運んでいく。

「戦闘開始(コンバット・オープン)! 敵との距離は、最低でも300メートルを保て!」

 目標BETA群との距離が、約60キロに迫った時点でマクシムは叫んだ。
 おそらく目は血走り、頬はひきついっているだろうな、とマクシムは自分を分析した。
 こういう時、前世ビジョンの中で気に入っている、ある創作物の登場人物並みの図太い神経が欲しい、と切実に願った。

 マクシムの号令に真っ先に反応したのは、米軍一個中隊につき一機の割合で存在する、ミサイルコンテナ装備の制圧支援機達だ。
 帝国軍は来年、92式多目的自律誘導弾システムの名称で同じ武器を採用する予定だが、現在は間に合っていない。

 煙を引きながら無数に空に放たれたミサイル第一波は、光線属種の有無や数を確かめる囮だ。
 現在、北京戦線は敵味方が混在しており、どこから照射を受けるかわかったものではなかった。
 生き残りたければ、自分達の手で安全を確保し続けなければならない。
 ある程度高空に達したミサイルに対して、幾筋かの閃光が突き刺さる。光線属種の迎撃だった。光条の数は多くないが、飛んできた方向がばらけていた。

 やがて目視圏内に、おぞましい姿を並べ立てた総数7000体ほどのBETAの群れが現れる。北京市への接近速度はマクシムの予想より速い。
 市街戦などやりたくないぞ、と心の中で毒づきながらマクシムは、突撃砲の120ミリを武器選択。

「全機、砲撃せよ。弾を惜しむな」

 ロケットアシスト機能が付いた120ミリ砲弾といえども、まだ有効射程ぎりぎりだが。マクシムは、かまわず命令を下した。
 相手は数百単位で密集している。馬鹿でも外すことはない。とにかく今は少しでも数を減らし、注意をこちらへ逸らす。

 一個連隊を超える戦術機の手にした突撃砲が、揃って大きな炎を吐き出すのは壮観で、初陣の衛士達も音響に一瞬だけ不安と恐怖を紛らわせる。
 BETAの中に飛び込んだ砲弾は、一瞬のうちに火球へと姿を変えて破壊力を撒き散らす。
 その間に、貴重なベテラン衛士はBETA群の中に点在する光線属種を目ざとく識別、指示を待たずに増速して狩りにいく。マクシムに限らず、ある程度場数を踏んだ指揮官なら、正確な独自判断ができるベテランの有り難味を痛感しているから、いちいち制止するような事はしない。
 釣られて前に出そうになる新米達を制止するため、各隊の小・中隊長クラスが早速怒鳴り声を上げ始めた。

「前に出るな! 貴様らには百年早い!」

「今の俺達は移動する砲兵だと思え! スタンドプレイは、おしめが取れてからのお楽しみだぞ!」

 それらを聞き流しながら、マクシムはざっと部下達のバイタルをチェックした。無論、一個連隊以上の衛士を一人で管理など無理だから、特に数字の悪い者だけをピックアップしていく。
 安全マージンをとりながら、精密射撃ではなく集団で行う公算射撃で敵を襲う。光線属種が馬鹿みたいにいる戦域でもない限り、もっとも生存率の高く精神負担が少ない戦術だが。
 それでも、早速に過剰緊張を示す衛士が出てきている。

「連中は突撃してくるしか能がない、落ち着いて火力を集中させ分断し各個撃破せよ」

 指揮下にある全機に向けてそう通信を入れながら、マクシムの視線は鋭さを増す。
 大火力を叩きつけてきた人類側の新手に反応し、BETAが一斉にこちらを向いたのだ。

「120ミリをデータリンク一斉射撃、その後は左右に展開しろ。間違っても直線後退はするな」

 射撃に夢中になり、あるいはBETAのえもいわれぬ迫力に圧倒されて動きが鈍る衛士が何人か出る。
 マクシムや、射程内の光線属種を一掃して戻ってきたベテラン達がひっきりなしに注意を飛ばし、時に怒鳴りつけて集団戦闘へ復帰させる。
 相手が帝国軍衛士だろうが、シーファイアに乗った本土開発衛士上がりのエリートだろうがおかまいなしだ。
 一機やられれば、それだけ火力が減って全員の生存率が下がる。文句は生還してから聞く――それが前線の不文律だった。

 戦闘開始から三十分ほど、マクシムの部隊は間合いを維持しながらの砲撃で、BETAを一方的に翻弄して打撃を与え続けた。
 集中力を切らし棒立ちになる戦術機も出たが、幸い接近戦における自律回避を組み込んだ改良OSが正常に機能し、致命打から逃れた。
 ある要撃級は原型を留めないほど爆砕され、ある突撃級は自らの体液でできた池の中でのろのろともがいている。
 だが、この戦い方は弾薬と推進剤を湯水のように消費するから、長くはやれない。

 腰部に着脱可能なウェポンラックを持ち、他の機体より兵器積載量が多いF-15や、やはり腰部にも装甲内蔵型ウェポンベイがあるシーファイアはまだまだ余裕はあるが。
 軽量型ゆえ積載量が少ないF-16や、第一世代機の撃震は苦しくなってきた。

 残りの弾薬が厳しい機体は、砲撃を続けながら後退を開始。本来なら、補給を受けて戦闘を継続したいのだが、近隣の設備はBETAに食われたか、既に戦っている部隊で飽和状態だ。
 援軍本隊と合流しなければ、継続戦闘は難しい。

(なんとか、第一段階の義務は果たせたか)

 額に浮かんだ汗を拭いながら、マクシムは思案を巡らせた。
 指揮する衛士達を一人も欠けさせることなく戦い、大多数の初陣組に『死の八分』を越えさせた。恵まれた状況でしかできない、贅沢な戦術によるものだったが……。
 だが、ここからはそうはいかないだろう。
 BETAは、次から次へと出現してくる。この分だと、オリジナルハイヴからわざわざ東進してきた群れだけではなく、他のハイヴからの流入があるかもしれない。
 いずれ、物量の波に飲み込まれる。
 HQから戦線放棄命令が出るのはいつだ……?

 そう考えるマクシムの網膜投影画面に、HQに詰めるオペレーターの映像がポップアップした。

「HQよりミレニアム1(マクシムのコード)! 市街地へ突入を要請する、一個中隊でかまわないが、可能か?」

 顔に疲労の色を浮かべた中国人のオペレーターだった。翻訳装置を介したやや機械的な英語での要請に、マクシムの太い眉が跳ね上がる。
 通信にあわせて送られてきた指示データは、市街地のかなり奥まった場所だった。既にBETAを示す赤いマーカーがいくつも存在していた。

「可能だが、味方の歩兵は?」

「……当該地域に、生存が確認できる部隊はいません。このままでは、避難車両の集結地点が戦闘に巻き込まれます」

「――了解」

 マクシムは、通信系統を部下向けに切り替えると、もっとも消耗の少ない中隊を第311大隊から選抜した。
 一時的に指揮下に入ったF-15やシーファイア、あるいは帝国軍は最初から除外する。困難な任務を任せられるだけの信頼関係は、醸成されていないからだ。

 指揮を次席衛士に任せると、マクシムは一個中隊を直率して市街地に向けて機体を飛ばした。



 人類の砲撃のためか、それともBETAに食い散らかされたためか。北京市内は瓦礫が散乱し地肌の色がむき出しになった、無残な有様だった。
 行く手を阻むように出現するBETAを蹴散らしつつ、マクシムらは指定された戦域に向かって進む。推進剤節約の必要から、主脚走行をメインにしているので中隊が駆ける度に埃が舞い上がる。
 時折、激しい音響が跳ね回った。味方の砲声、あるいはBETAが残存する建物を破砕する響きだ。
 頻繁に目に付く味方の兵器の残骸、そして兵士の骸――それらを横目で眺めながら、指定ポイントに中隊は到達した。
 ほとんど更地と呼べるまでに、破壊しつくされている。周辺には、瓦礫の山。辛うじて原型を留めているのは、シャッターを閉ざした工場らしい建築物のみだ。

 そこには既に、無数の影があった。味方ではなく、BETAだ。それも。

「要塞級……!」

 マクシムは思わず舌打ちする。
 巨体を誇る大型BETAを中心に、二十体ほどの要撃級が集まっていた。
 36ミリクラスの砲撃ではまずダメージを与えられない要塞級は、一般的な衛士にとっては特に脅威だった。120ミリ砲弾さえ、当たり所が悪ければ耐えられてしまうのだ。
 攻撃開始を下命しようとしたマクシムの唇が、止まった。

 BETA群を挟んだ向こう側……瓦礫の中で何かが動く。歩兵だった。
 マーカーに反応が無かったのは、彼らの通信装置のトラブルか破損だろう。だが、確かに一個小隊ほどの生身の兵が、傷つきながらもBETAから逃れようとしていた。

「いかん! 陽動し、接近戦で対処しろ!」

 突撃砲を乱射しては歩兵を巻き込むと判断したマクシムは、F-16を前進させた。
 長く戦術機に乗っていると、感覚がおかしくなりがちだが。生身の人間から見れば、36ミリというのは立派な大型火砲だ。殺傷範囲は意外と広い。
 歩兵を巻き添えに砲撃をかけても、軍上層部は中国軍を含めて『軍事行動上のやむをえない犠牲』だと判断するだろう――感情的にはともかく。
 この意味では、マクシムは理より情を咄嗟に取ったことになる。
 だが、その代償に自身と部下に困難を強いることとなった。

 F-16が接近すると、BETAは歩兵を無視して向きを変えはじめる。
 これまでの戦訓から、BETAには人類の戦力に対しては、攻撃の優先度というものを持っていると判明していた。
 BETAは、脅威度の高い存在――戦術機のように高性能コンピュータを積み、かつ有人である兵器に、特に顕著に反応する事が知られている。

 要撃級と、ナイフを装備したF-16が交戦を開始する。打撃と斬撃の応酬がはじまるが、戦術機側はたちまち劣勢に立たされた。
 ナイフより、要撃級の前腕のほうがリーチが長いからだ。
 一機のF-16が大振りの打撃を見切り損ね、左腕をもぎ取られながら転倒した。中の衛士の声にならない悲鳴が、通信系統を駆け巡る。

「っ!」

 マクシムは、目の前に迫る要撃級を相手取っていて救援に出られない。他の部下も同じ。
 倒れたF-16の上に、不気味な影が覆いかぶさる。要撃級が、その腕を天高く振り上げ――
 閃光が走り、北京の空に無数の破片が舞った。

「……!?」

 要撃級にナイフの一撃を送り込み、ようやく間合いを作ったマクシムの目に、飛び散った物体……BETAの前腕だったモノが映る。
 F-16に止めを刺そうとしていた要撃級の上半身が、綺麗に吹っ飛んでいた。
 重砲の直撃でも受けたような有様だが、不思議な事に周辺には被害が発生していない。
 ゆっくりと倒れ込む要撃級。その影になっていたモノが、姿を現した。

 マクシムはもとより、米軍衛士も逃げようとしていた歩兵達も、揃って我が目を疑う。
 瓦礫の山の上に立っていたのは、人型の物体だった。サイズは、機械化歩兵よりは大型だが、戦術機の平均と比べると小さめという中途半端なもの。
 内部のモーターらしき構造物どころか、背後の風景さえ見える隙間だらけのボディ。
 『指』などという上等な機能をはなから考えていなさそうな、板そのものの手。
 下腹部から突き出す、太い二本の筒は大砲か? ――どうやら、ここから要撃級に攻撃を加えたらしい。
 極めつけは、その首元。ありあわせのヘルメットを被った少年が、直接そこにまたがっていた。

 ――――あれはナニ?

 マクシムを含むこの場にいた軍人全員が、数秒戦争を忘れきるほど、そいつの外見にはインパクトがあった。
 BETAでさえ、心なしか困惑したように動きを止めている――これは、攻撃優先順位の選択に迷っているからだろう。多分、きっと。

 その人型……先行者は、BETAを挑発するように両手(?)を上げて、ファイティングポーズらしきものをとった。
 正気を取り戻した歩兵達が、この隙にと逃げていく。

 マクシムは、激しく『真面目』とか『真剣』とかいうものを馬鹿にされているように感じた。部下を救ってくれた相手だし、BETAを攻撃したという事は味方だろう。むしろ感謝しなければならないのだろうが……。
 BETA達が、目の前の戦術機を放置して一斉に先行者のほうを向く。

「…………あんなモノが、我々より脅威だというのか?」

 マクシムの部下の一人が、酷く傷ついた声を出した。

「いくぞ、先行者! あいつらをやっつけろ!」

 外部マイクが拾った、先行者の首に張り付いている少年の声がマクシムを正気に戻す。
 冗談ではない! あんな無防備もいい所になぜ子供が――!?

 愕然とするマクシムらにかまわず、要撃級が先行者に向けて突進する。
 少年が叫んだ。

「中華チョップだ!」

 少年の声に呼応するように、先行者の丸い両目が赤く輝いた。そして、製作における手抜きの気配を漂わせた手を振り上げる。
 と、その手に不思議な光が集まりはじめた。ライトのそれとも、爆発が引き起こすものとも違う。
 マクシムは、どこぞの科学雑誌で見た、『バイオフォトン』を直感的に連想した。
 どうやら先行者とやらは、音声認識で少年が操作しているらしい。あの安っぽいボディのどこにそんな高度な機材を収めているのか……?

 要撃級の前腕と、先行者のチョップが正面激突し周囲に衝撃波が飛び散る。
 常識的に考えるのなら、先行者よりも要撃級のほうが頑強そうな外見をしているのだが。
 力負けし、全身から体液を吹きだして跳ね飛ばされたのは、要撃級のほうだった。後に続く同種の味方の中に突っ込んで、群れの動きを停滞させる。

「――国連軍戦術機部隊、援護する。後退しろ!」

 呆然とするマクシム達に、近距離から通信が入る。通信の元を探ると、かろうじて原型を留めていた工場からだった。その入り口のシャッターが、いつの間にか開いている。
 反射的にF-16の群れが飛びのくと、入れ違いのように異様な物体が轟音を引きつれながら、『転がって』きた。
 形状を一言でいえば、ボビンの王様。キング・オブ・ボビン。あるいは妖怪『輪入道』。

 パンジャンドラム マークⅡ! 工場でライセンス生産されたものだ。

 ロケットから盛大に炎を吹き出しながら、英国原産の兵器が要撃級の中に突っ込み、大爆発を起こした。ばらばらになって破砕される、異星生命体。
 その炎の向こう側で、先行者が空手チョップじみた一撃をもって別の要撃級の頭(に見える感覚器)を唐竹割りにしている。

「…………」

 悪夢だ。
 BETAが蹂躙されていく、人類にとってプラスであるはずの光景なのに、なぜかマクシム達は頭痛を覚えた。

「少佐……俺達っていつ化け物大決戦の世界に紛れ込んだんです……?」

「アラバマのおうちに帰りたい……」

『――夜の虹……黒い霧……血の雨に打たれし者よ』

 部下達(中には正気を保つため、催眠処置を自主的に施す者もいた)のうめきに答える術のないマクシムだが、そんな微妙な空気を吹きとばすかのように、爆炎の中で巨大な影がうごめいた。
 要塞級だ。パンジャンドラムの威力範囲に巻き込まれたはずだが、堪えた様子もなく先行者へと向かっていく。

「!!」

 マクシムらはさすがに危機感を取り戻した。
 要塞級の衝角は伸縮し、回避が難しい。その上、先端からは溶解液を分泌する。先行者の無装甲もいい所の体が耐えられるとは思えない。

 だが、先行者とその首にまたがる少年は、臆する事無く要塞級の前に立ったままだ。
 先行者が、ぐっと腰を落とした。それは、中国拳法でよく使われる馬歩、あるいは日本のSUMOUでいう四股に似た姿勢だった。板型の手が、大地から何かを掬うように動いた。
 それは中国伝統の『気功』の動作なのだが、マクシムにはどうしても前世ビジョン中の、平和な世界のあるコメディアンのジェスチャー・ジョークに見えてしかたない。
 ただ、何か見えざる力が先行者のボディに蓄積されていくのが、感覚的にわかる。

 ゆっくりと接近した要塞級が、先行者に向けてその衝角を鋭く飛ばそうとした瞬間――少年が叫ぶ。

「中華キャノンだ!」

 先行者の下腹部から突き出す二本の砲口から、まばゆいばかりの光があふれ出し、それは一瞬で奔流となって大型BETAに突き進む。
 要塞級の上半身が、見えざる巨大な刃に削ぎ取られたように消失する。
 数秒おいて、残存していた十本の足がぐらりと傾き、地面に倒れた。
 まさに、それは刹那の出来事であった。

「…………」

 マクシムは、いい加減に驚きが飽和した脳味噌の隅で、あれは何だと考えた。
 実体弾では断じてない。荷電粒子砲? いや、あれは莫大な電力が必要だし、あんな小型サイズに収まるはずもない。
 物理法則に喧嘩売ってるとしか思えない先行者は、勝利の雄たけび代わりというように胸を張っていた。
 ……うん、なぜかすごく腹が立つ。

 そこへ、戦場に似つかわしくない白衣の男性が瓦礫に苦労しながら先行者に近づいた。

「少年! よくやった、だが……」

「よーし、先行者! 他の奴らもやっつけよう!」

 何か言いかける白衣の男性を無視し、先行者は走り出そうとする。

「や、やめろ! 忘れたのか、先行者は――」

 勢い良く駆け出した先行者の動きが、いきなり何かに引っ張られるように止まり、その場で盛大にずっこけた。間の抜けた音とともに、外れた部品が飛び跳ねる。
 見ると、先行者の背中には太いパイプ状の線が繋がっていた。マクシムが線の先を追うと、瓦礫の影に隠れるように大型の電源車があった。

「いってぇ!?」

 先行者から放り出された少年が、強く打った尻を撫でていた。

「……だから言っただろう! タオ・システムは未完成だから、補助電源に繋いでいると。
ケーブルに予備はないから、断線したら動けんのだぞ!」

 それらのやりとりを拾ったマクシムは、しばらく無言だった。
 あれだけ地球のまともな法則を馬鹿にしたような能力を見せたロボットが、有線式?
 前世ビジョンを見たこともあり、生半可な現象では驚かないマクシムだが、もう頭痛を通り越して意識が白くなってきた。
 しばらく必死で思考を働かせた末、マクシムは決断した。

「……総員、傾注! これより我が隊は、本隊に復帰し戦闘を『再開』する!」

 ここでの戦闘は、無かったことにする。そう表情で語るマクシムの指令に、部下達は力なく『イエッサー』と応じた。



 先行者立つ! この情報は、統一中華上層部に最重要として伝えられた。
 だが、これで研究再開を、と意気込む所長らの思いとは裏腹に反応は

『この国家危急存亡の時に、ふざけるな』

 という冷たいものだった。

 ――迫り来る侵略者の魔の手
 ――たまたまその場に居合わせた少年の手によって立ち上がるロボット
 ――味方を救い、敵を蹴散らす大活躍

 劇的なシチュエーションである。証拠映像もある。
 にもかかわらず、全く相手にされなかったのは、やはり映像自体が信憑性が恐ろしく薄いものになってしまったからだろう。

 先行者とパンジャンドラム。

 この組み合わせでなければ、あるいは……。
 しかし、それは歴史のイフにすぎない。
 先行者は、この後に公式記録上からふっつりと消息を絶つ。
 時折、僻地でBETAから逃げ遅れた中国人民を守るために出現しただとか、全身が赤く塗装された同型の先行者と無闇に熱い戦いを繰り広げていた、だとかの風説が人の口にのぼることがあるだけだった――。





 日本帝国軍上層部と、帝国議会は試90式戦術機 慶雲の制式採用を決定しようとしていた。
 大陸派遣軍の実戦参加がいよいよ始まったため、撃震を主力とし続けることへの不安があちこちで言われたからだ。

 拡張性の高いファントムを原型とする撃震は、日本帝国が外交あるいは諜報活動で得た新戦訓に基づく改良を施す余地は十分にあり。
 最新改良型は、第二世代水準の能力を保持しているが……やはり、基礎設計は二十年近く前のものだ。維持・改修コストがかかるし、初期生産型は耐用年数の限界も考えなければならない。

 日本帝国の選択肢は、国産を前提とするなら試90式以外なかった。その開発に河崎重工、富嶽重工、光菱重工それに公的機関の合同プロジェクトという形式を取ったためだ。
 ライバルとなるであろう外国産機――特にアメリカ製は、当のアメリカ政府が日本帝国を含む外国への干渉を極力控える姿勢を示しているので、推す勢力は弱い。

『防御力の不安は、新採用の追加装甲(後の92式多目的追加装甲)の活用で補う』

 という妥協案で、試90式の採用は予算承認権限を持つ帝国議会で採決されることが確実視されている。
 斯衛軍は、相変わらず伝統を盾に独自調達路線を墨守しているが。

 が、ここで意外な方面から対抗馬が出現した。

 日本帝国の中小メーカー(あくまで富嶽等に比べて相対的に、であって、世間的には有名な企業が多いのだが)が、合同開発した試作機を見てくれ、と陳情をはじめたのだ。

 九曜院真鉄が、その一報を聞いたのは巌谷を誘って別宅で昼食を取っていた時だった。

「何?」

 知らせを持ってきた部下の斯衛衛士の報告に、真鉄は箸を置いて対面する巌谷と顔を見合わせた。

「巌谷大尉、ご存知でしたか?」

「……噂ぐらいは。しかし、実現は無理だろうと思っておりました」

 真鉄の意識は、試90式やアメリカのシーファイアに向いており、他の動きには関心が薄かった。
 真鉄は、視線を部下に向けて続きを促した。

「――ご存知の通り、帝国の新型戦術機開発というのはトップ3であるメーカーを抱え込んだ官民合同プロジェクトの独占状態でした。
他の軍需メーカーは、実質締め出しです」

 説明に、真鉄と巌谷は揃ってうなずく。
 大企業と官の能力を結集できる反面、競争原理の排除と癒着の危険性は、たびたび指摘される所だった。

 真鉄のような前世ビジョン持ちなら、『F-15の技術を模倣・吸収し、それをベースに国産独自技術を乗せていく』方法に落ち着くことで不知火・吹雪を生み出し好結果を出す事を知っていたのだが。
 アメリカの変貌により、この流れは実質的に消えている。真鉄らがこっそりと富嶽に入手させたF-15も、まだ解析できる工場へ運び込む途中だ。

「しかし締め出された側も、ただ疎外されるままではいなかったのです。今回の民間合同計画の主管となった宝田(ほうだ)重工は、元々自動車生産などを主とする民需よりの企業でしたが。
BETA大戦による経済環境の変化を受けて、軍需部門参入への研究を独自に続けていた模様です」

 宝田は、光菱ら維新後からの財閥の流れを汲む伝統企業群と違い、大東亜戦争敗戦後の経済改革の申し子として規模を拡大した企業だ。
 財閥系がどちらかといえば殿様経営なのに対して、経営陣と社員の格差が比較的小さいのが特徴。
 (富嶽はやや複雑な経緯を辿っている。第二次大戦期の戦争に乗り、急速発展した航空機製造会社を母体とし、戦後いくつかの企業が合併して誕生した)

 大東亜戦争前の日本は、経営者の力が強く労働者は基本的に使い捨てだった。賃金や厚生をケチることで製品の価格を安くして国際競争力を高める『安かろう悪かろう』が日本製品の評価。
 このため、戦争中は大量の不良品が軍の前線部隊にさえ出回り、帝国軍の泣き所となったのは有名だ。少数の熟練工が作った兵器以外は、本当に質が悪かったのだ。
 対策として、帝国政府は戦時統制を通して経営側を弱め、労働者の待遇安定を図った(これは、共産主義革命防止も兼ねていたので、敗戦後もアメリカの後押しを受けて続行された)。
 そして今ではメイド・イン・ジャパンは高品質の代名詞になるほど向上したのだが、海外で国際競争を勝ち抜いてその評価を定着させたのは、実は宝田ら民需向けメーカーの力による所が大きい。
 イギリスやアメリカが大戦期に採用・発展させた品質管理手法を、『先生』がびっくりするほどの貪欲さで学び、自己の物とした成果だ。
 特に世界各地での大規模な非戦闘員脱出の際、壊れにくく過酷な環境に強い日本製自動車・トラックは大絶賛された。
 基礎技術や技術者の資質だけでいえば、官との馴れ合いが発生しやすい財閥系(特に軍需はずぶずぶだ)をとっくに抜いているのかもしれない。

「しかし、そういった企業群はどうやって戦術機技術の蓄積を? 帝国政府の支援はほとんど期待できなかったはずだ」

 巌谷の疑問に対して、返答はこうだった。

「撃震生産・改修の下請けや、在日あるいは極東米軍・国連軍の装備の補充パーツ生産・整備点検に食い込む事で、地道にデータやノウハウを溜め込んでいたとか……。
現在では、BETA東進に危機感を覚えて戦術機を導入したものの、必要とされる高度な技術に手を焼いているアジア諸国の機材メンテナンスも請け負っています。
これによって培った信頼と、自動車販売で蓄積した資本を回すことで外国政府・企業から不可欠な技術の使用許可を得て、戦術機製造を成功させたそうです」

「ほう……」

 米軍はともかく、各国からの出向や祖国を失った軍隊の寄せ集めである国連軍や、急速な軍拡を余儀なくされた発展途上国は、確かに工業基盤が兵力に対して脆弱だろう。
 そこに目をつけたのは、小回りのきく企業の面目躍如といったところか。
 日本帝国制式採用以外の、多種多様な戦術機の情報を直接蓄積できるのもメリットだったに違いない。
 ……アメリカの新孤立主義も、影響を及ぼしていたのだろう。
 アメリカ軍撤収と引き換えに、大量の物資を渡されても多くの国は兵士や技術者の育成が追いつかず、戸惑っていた。
 軍事機密を扱う面での信頼さえクリアできれば、顧客は多かっただろう。

 真鉄もまた、前世ビジョンと違う要素のさらなる出現という懸念とは別に、興味をそそられる。
 傑作機といえる不知火系列が順当に出現した『世界』では、富嶽や光菱らに抑えられて日の目を見なかった動きが、『この世界』では顕在化したのか?

「それで、肝心の戦術機そのものはどのような機体だい? 売り込むからには、自信はあるようだけど?」

 部下が差し出した資料を受け取り、真鉄は素早く目を紙面に走らせる。正式公表前、ということで大雑把な情報しか書かれていない。

 区分は、第二世代機。さすがに民間独自では第三世代機は無理だったか。
 この時点で、真鉄は第三世代機水準を達成した試90式を競合相手にするのは絶望的ではないか、と感じた。帝国軍にしろ斯衛軍にしろ、スペック至上主義は空恐ろしいレベルだ。これだけで蹴られかねない。

「…………」

 が、読み進むうちに、目が大きく見開かれていく。

 ・装甲を主体としたパーツの大部分を徹底的にモジュール化。着脱が簡易で、破損部品交換や輸送時の利便性を向上。新型部品による改良もしやすい

 F-15のような先進機で採用が見られる方式を、さらに進めたものだ。

 ・突撃砲等の、手持ち式装備運用に必要な面を除き、国連共通規格を制約し日本規格を優先

 一見、諸外国を相手にしてきた企業群らしからぬ仕様だが……日本帝国軍には元々、外部軍との装備共有による兵站円滑、という発想は薄い。斯衛との間ですら、互換性が二の次にされるぐらいだ。
 あくまで日本独自に生産運用する事を前提にするのなら、このほうが合理的だろう。外国の例を挙げれば、フランスが近い動きを次期主力機(後のラファール)開発で見せている。
 アメリカ国防総省が計画し、頓挫した『世界共通戦術機』とは逆の発想。

 ・生産配備コストのみならず、将来必要とされる整備・改修から廃棄にかかる費用も視野に入れた、『ライフサイクルコスト』管理を導入

 親方日の丸商売が当たり前の、今までの帝国軍需産業界ではあまり省みられなかった視点だ。
 真鉄などは、コスト度外視がむしろ当然という発想で次期主力を考えている斯衛軍に喧嘩を売っているのか? と邪推したほどだ。

 ・脚部に限定しての、密集格闘戦用の固定武装搭載

 帝国軍が、固定武装を敬遠する不文律を持っている事など無視している。全身固定武装化を避けたのは、生産・整備性との兼ね合いからだろう。

 これら一連のセールスポイントを読み終えた真鉄は、なんともいえない表情で資料を巌谷に渡す。
 同じように読み終えた巌谷も、言葉に困ったように口元を引き結ぶ。

 ――大胆な機体だった。
 既存の帝国や斯衛軍の基調方針とかけ離れているため、どうコメントしていいのかわからない。
 これらが額面通り実機で実現できるのか、言及されない欠点が存在するのではないか、という疑問があったこともあるが……。

『買い手の好みに迎合するばかりではなく、売り手側からより良い物を積極的に提案していく』

 アグレッシヴな企業の自由さや意地といったものに、少なからず圧倒されたのだ。
 技術や発想とは、権力に庇護された恵まれた状況で育つとは限らない。むしろ劣悪な環境を打破しようとする際、思わぬ革新が苦闘の中から生まれる事もある。
 とはいえ、戦術機レベルでそれにチャレンジしようとは……。

 この事態をどう消化したらよいのか判断できない真鉄は、無言で天井の木目を見上げた。

 『旭光(きょっこう)』
 それが、この意外な伏兵戦術機につけられた、開発側の仮称だった。



[28914] 第22話 運命の波動は時空を越え……
Name: キャプテン◆3836e865 ID:0e2b504f
Date: 2011/09/28 17:57
 巨大なミキサーに放り込まれ、ジュースにされるべく豪快にかく拌されている。
 そう表現してもお釣りが来るほどのGが、僕の全身を乱打する。

「ぐっ……ぉぉ……!」

 目に十分な血液が流れず、視界が白黒になった上で霞む。全身の骨が、今にも音を立てて砕けそうだ!
 僕は、死の恐怖に耐えながら、感覚の失われつつある手でレバーを引いた。
 途端に視界が色彩を回復する。

「ぜっ……はぁ……はぁ……」

 ようやくGがおさまった。荒い息をつく僕の全身から、どっと冷たい汗が出る。押し潰されかけた内臓が痛い。
 下から上へ抜ける、激しい衝撃。着地にかろうじて成功。

「――少尉、ヤマキ少尉! ご無事ですか!?」

 衛士強化装備のヘッドセットから流れてくるオペレーターの声に、僕は自分でも驚くほどか細い声で返事をした。

「な、なんとか……」

 網膜投影画面の右側に映る搭乗機体の情報に、恨めしげな意識を送る。機体データは、僕の全身と違ってオールグリーン。
 F-15G。それが、今僕の乗っている……そして、僕を殺しかけたマシンの名前だ。
 単なる直線加速性能テストであの世を覗きかけるなんて、滅茶苦茶だ! 僕は、心の中でこの機体を作った連中に考え付く限りの罵倒を浴びせかけた。

 このマシン(個人的に、戦術機とは呼びたくない。YF-23搭乗経験があるから尚更に)の出力は、出鱈目だった。
 それは事前の座学で十分注意していたのに、こちらの予想の最悪をあっさりとぶっちぎってくれた。
 腰部に取り付けられた二基のジャンプユニットと、内蔵されたプラズマ駆動エンジンからの推力を同調させた途端、制御しきれるレベルをあっさりと越えてしまったのだ。

 目の前には、在日米軍演習場の境界を示すフェンスがある。

「あ、あぶな……」

 あと数秒、制御を取り戻すのが遅かったら。あるいは意識を失ってしまっていたら?
 演習場外は、即居住地というわけではないが……それでも、遠くに見える都市に突っ込んでいた恐れは十分あった。
 うららかな陽光を受けて穏やかに営まれる人々の暮らしの中に、このモンスターが超高速で――想像しただけで、僕は口の中にすっぱいものを感じる。

「少尉……テスト中断の指示が管制から出ました。帰還は可能ですか?」

 オペレーターの声は、傷病兵を心配するそれだった。

「了解。大丈夫です。帰還します」

 士官としてのぎりぎりの意地と見栄で、僕は迎えを拒みレバーを握りなおした。ゆっくりとF-15Gの方向を転換し、整備ハンガーを目指して歩ませはじめる。
 機体を移動させながら、僕は搭乗員保護機能をチェックした。正常――戦闘機動で衛士を十分に保護するレベルは保たれている。
 ついで、自分の操縦を思いだした。
 ……うん、ミスはしていない。普通に操作していたはずだ。
 何者かが、合法的に僕を抹殺するためにこの機体をあてがったのか? そんな馬鹿な考えさえ、脳裏をよぎる。
 僕の暗澹たる気持ちとは裏腹に、空は憎たらしいほど蒼かった。

 F-15Gは、スペックだけでいえば確かに従来の戦術機という概念を大きく逸脱していた。
 動力源を複数搭載したゆえに叩き出せる高出力は、平均的な戦術機の三倍から四倍に達する。これでもまだリミッターがかかっているというのだから、底が知れない。
 本来、戦術機への使用には向かない素材を用いた機体は、あきれるほどの頑強さを誇っていた。その分重量が嵩んでいるが。
 まさに、重機動兵器だ。

『非武装状態で、要塞級とプロレスをやって勝てます――衛士の体がもつなら、ですが』

 と、真顔で専属技師に説明された時、僕は冗談ですかと三回も聞き返してしまったが……。勝利できる確率はかなりありそうだ、と実機を動かして感じた。
 代わりに、衛士にかかる負担は凄まじい。体にかかるGという意味でも、操縦難度という観点からも。
 理由は明白で、管制ユニット周りを含む操縦系統や、制御OSは在来の戦術機のものの流用・改良に過ぎないからだ。だが、これらを一から専用に設計するにしても、データが不足している。
 そのデータを提供するために骨身を削るのが、僕の今の仕事というわけだが。
 ……正直、少尉として貰う給与や待遇に釣り合っていない過重労働だ、と搭乗数日にして思わされた。
 整備ハンガーの手前までくると、管理専門の兵がジェスチャーを交えて機体を納めるメンテナンスベッドへ誘導してくれる。

 ハンガー内は、寂しげに空いた場所が目立つ。
 在日米軍の総兵力自体が削減傾向にあった事に加えて、主力は既に大陸戦線の援軍に出て行ったからだ。
 散在する戦術機も、アメリカ軍自体のものより、協定により間借りさせている国連軍の機体のほうが多そうだった。
 この中には、ランドール大尉らの搭乗機もあるはずだ。その国連軍部隊も、準備が整い次第、ここを発つ。

 ――中国戦線ではつい昨日、北京を含む華北戦線の大幅放棄が決定した。
 単なる戦線の後退ではすまない衝撃が、世界に広がる。アジア圏屈指の重要防衛地域の陥落なのだ。
 沿岸まで光線属種がやってくれば、船舶の航路を大きく太平洋側へと変えなければならず、そのロスは馬鹿にならない。
 日本・韓国・台湾など、それまで安全だった地域も、直接的な侵攻を受ける可能性が跳ね上がる。
 漏れ聞こえてくる噂では、国連はアメリカにさらなる追加援軍を求めているというが、新孤立主義のアメリカ政府は今でも国内事情に配慮したぎりぎりの数を出している。かなりの政治的綱引きが行われているらしい。
 国際社会では、アメリカの消極的態度にそれとない苦言が囁かれていた。

『アメリカが新孤立主義になり、外征軍を縮小したから苦戦している』

 と。
 ……アメリカ人から見ればなんとも身勝手な、と思わざるを得ない。
 アメリカが出て行けば、やれ覇権狙いだ横暴だと迷惑がる。
 引っ込んだら引っ込んだで、やっぱり支援しろとねだられる。
 いや、本当にどうしろと……。
 見返りを求めずに、ひたすら軍と物資を出せとでも言うのだろうか? そんなこと、どこの国だって御免だろうに。
 国粋主義が猛威を振るっている日本帝国内でも、在日米軍が手薄になっている事への不安が少しずつだが囁かれはじめているとか……。
 前世ビジョン知識のある僕としては、BETA本土侵攻を受けて大打撃を受けた後でも、膨大な軍事力(兵器及び衛士の高い質を含む)を維持している帝国が、ほとんど消耗していない段階で不安がるのには微妙な気分を覚えた。
 多事多難な2001年末には戦力が枯渇した気配が見られたが、数年後には鉄源ハイヴ攻略はじめとして外国への大規模戦力展開を行っているから、一時的なものだったのだろう。
 生産力や人的資源という要素にも、『補正』じみた力が働くことは、欧州の『貴族だけの精鋭師団』のような例で把握しているが、その中でも帝国のものはやはりとびきりだ。
 帝国に足りないのは、頭数ではなく手持ちの戦力を円滑に生かすための体制の整理ではないだろうか?

 そんなことをつらつら考えながら、機体を所定の位置で固定し管制ユニットからキャットウォークに出た。足がふらついたが、気合を入れてふんばって耐える。
 待ち構えていた整備兵や技術者が機体に取り付き、チェックとデータ取りを始めた。僕は衛生兵から医務室へ行くよう指示される。
 その際、

「怪我もなく、自分の足で歩けるとはさすがです」

 という奇妙な褒め方を、米本土から来たボーニング関係者にされたのはすごく微妙。
 これまでのテストでは開発衛士が負傷したり、まともに歩けなくなるほど疲労するのが当たり前だったということ……?
 新たな冷や汗で衛士強化装備を濡らしながら、僕はその場をそそくさと去った。



 人間の感覚を基準とするなら、宇宙空間は無限といえるほど広大だ。
 光さえ、のろのろと動く足の遅い旅人に過ぎなかった。
 また、宇宙は人類の肉体そのままでの生存を許さない。真空や有害な宇宙線、過酷な高温あるいは低温は、たやすく命を奪う。
 それでも、宇宙を往く人類の産物があった。
 無数の、塔を横に倒したような物体が、蛍のように頼りない推進装置からの噴射光を残して進んでいく。

 ――2004年。BETAの侵攻を受けた地球人類は、最後にして最大の作戦『オルタネイティヴ5』を発動。
 その一環として、地球で生まれた命の種子を繋ぐべく大規模な『バーナード星系移住』計画が行われ、十万余の人々を乗せた宇宙船が地球を旅立った。
 太陽系から目的地までの距離、実に約5.9光年。天文学的数字そのものの距離を航行する船団。
 それは、命がけというのも愚かな旅路だった。
 宇宙船を稼動させ、航行させているのは人々が地球から逃げざるを得ない原因を作ったBETAからの鹵獲技術であり、人類が完全に我が物としたとは言いがたい信頼性の薄いもの。
 ささいな事故やトラブルが起きれば、それだけで致命的だ。わずかでも航路がズレれば、全く違う場所へ行き着いてしまうため、何かあってもすぐ隣を行く船を救いに出ることもできない。
 そして……目的地であるバーナード星系の地球人類が生存可能な惑星の存在自体が、本当にあるかどうかさえ定かではないのだ。

 ある船は、機関故障を起こし置き去りにされた。
 またある船は、予定航路から外れたまま修正できず、永遠に等しい闇の中の迷子となった。
 そして――また一隻。

「……駄目です、完全に重力圏に捕まりました! 離脱できません!」

 管制室に、絶望に染められた悲鳴が響いた。
 確率でいえば何億分の一か、という事故に見舞われた――航行管理コンピューターがそう判断し、コールドスリープ状態にあった船長以下の要員を目覚めさせたのは、ほんの五時間ほど前。
 データをチェックしていた船長が、航路付近にたまたま存在した恒星が不安定化し、それによって引き起こされた重力変動の見えざる手に掴まれた、と理解してから必死の努力を続けてきたが。
 手の打ちようがそもそもない!
 宇宙船の推進機関は、まず長距離踏破を第一に考えられたもので、非常時といえど強引な出力を叩き出すようには設計されていない。
 船体各部にある補助スタスターを後先考えずに深し続けても、本来のコースへの復帰は絶望的となった。

 重力に捉えられた、といっても恒星に引き込まれるほどではない。しかし、脱出する事もできない。
 一瞬の事故で意識の無いうちに全滅するよりも過酷な、生き地獄が口を開けている。

「くそお……」

 船長が、口の端から怨嗟を漏らした。運命を憎む思念を発しはじめたのは、船長だけではない。
 今だコールドスリープを解かれない人々を除く、覚醒している全員が心の中で全てを呪いはじめている。
 だが、いくら嘆き恨み願っても、現実は残酷に立ちはだかる。

 残された手は、二つしかない。
 このまま宇宙船内の機能が停止するまで漂い続けるか、いっそ自らの手で己らを抹消するか。

 この船には、密かにG弾が数発搭載されていた――バーナード星系に移住した後、BETAがやってきた場合……あるいは、既に星系がBETAの支配下にある最悪の事態を想定して。
 自爆すれば、永の苦しみからは最低でも解放されるのだろうが……。

「これが我々の末路なのか!?」

 化け物に蹂躙され、故郷を追われ。
 実在する保証さえ定かでは無い、未知の星へ向かわされて。
 最後には、宇宙の深遠になんら生きた証を残す事無く飲み込まれる。

 船長はもちろん、要員全員が過酷すぎる運命を用意した『この世界』そのものを呪った。
 もしも、オカルトと心理学の狭間で言われている集合的無意識(個々の人間の精神は、知覚しえないほど深いところでひとつに繋がっているという仮定)が存在するのなら、コールドスリープ状態にある者達さえも同じように負の感情を漲らせたことだろう。

 やがて、宇宙の片隅を黒い明星が照らした。
 G弾による宇宙船の自爆だった。
 だが、物理上は消えうせた搭乗員達の思念は、負のスピンを伴いG元素の未知効果に乗って飛び散り。
 時間と次元の垣根さえ貫いて、憎しみと絶望の波動は走り続ける。
 本来なら頑強であるはずの、並行世界間の『壁』さえ弱めるほどの力を伴って――



「!?」

 僕は、医務室のベッドがきしむほどの勢いで跳ね起きた。

 とっさに自分の手を見る。
 今も時代は? ここは、どこだ? 1991年の、在日本帝国アメリカ軍基地の医務室。
 僕は、誰だ? アメリカ陸軍少尉、アドル=ヤマキ。
 なぜここにいる? F-15Gの実働テストで受けた心身のダメージをチェックし、治療を受けるため。
 それらの情報を思い出し、自覚する事で胸の中で荒れ狂う不可解な激情が静まっていく。
 同時に、夢現の中で見た光景が急速に記憶からこぼれ落ちていった。

 何か――すごく大変なものを、夢の中で見た気がする。

 だが、僕は思考を集中する事ができなかった。
 言い争うやかましい声が、すぐ傍で聞こえていたからだ。

「貴様! カルテを良く見ろ! ヤマキ少尉への催眠処置は、禁止されているだろう!」

「す、すいません! しかし、決して重度のものではなかったはずで……」

「言い訳をするな! 貴様は不注意から、人一人の精神を壊す所だったのだぞ! 降格……いや、軍法会議ものだ!」

 薄いカーテンを透かして、何人かの人影が見えた。
 会話を拾って、ぞっとした。精神を壊す……僕のことを言っているのだろう。

 確かに、例の前世ビジョン絡みの精神不安定から、僕への催眠処置は禁止されていた。
 だが、実は人間というのは毎日に何度も自覚しない程度の催眠状態に入っている。うとうとしたとき、リラックスしている時などだ。
 まったくの催眠処置が不可能というわけではなく、問題は精神そのものを弄るような深いレベルの場合だ。
 重度処置の代表例が、戦場においてパニック対策として行われる『レベル5』。恐怖心など、本能に根ざす情動を一時的に麻痺させる。
 だから、僕は戦場に出られないのだが……。

「あの、すいません」

 僕は、そっと声を出した。特に異常はなく、すんなりと舌は動いてくれた。
 すると、言い争う声がぴたりと止み、すごい勢いでカーテンが引かれる。

「少尉! 大丈夫ですか? ご気分は?」

 雪崩れ込んで来たのは、軍医と衛生兵達。いずれも血相を変えていたので、僕はベッドの上で仰け反った。
 眠りに落ちる前、衛生兵の一人に疲労を抜くための処置をする、と言われたことは覚えていた。
 特に暗示をかけなくても、深い催眠状態になれば人間はリラックスし、自然治癒力が高まる。前線の激戦地では、薬と並んでよく使われる手法だという知識はあったが。
 それが、ここまで大事になるとは。
 勢い込んで僕の体の診断を始める軍医のなすがままになりながら、夢の中の情景を思い出そうとしたが――それは果たせなかった。

 ――軍医の診察結果は、意外なものだった。以前のような、催眠処置が引き起こす危険な症状は見られなかったのだ。
 この軍医が、いわゆる『前世ビジョン』に無関係な人物ゆえの誤診かと思ったが……後でこっそりマクシム少佐が紹介してくれたあの女医に診てもらっても、同じ結論だった。

「……何があったの?」

 と、女医から逆に聞かれるほどだったが。僕にはっきりした心当たりはなく、自分でも不思議だった。

 この僕の変化は、即座に任務に反映された。
 元々、ボーニング社側はF-15Gの実戦投入をも視野に入れた前線環境での試験を求めていたからだ。
 僕は、大陸に渡り対BETA戦に参加することを命じる内示を、この日の夜という慌しさで受ける事となる。
 ただし、既に先発している本来の所属大隊とは別行動だ。
 国連軍の指揮下に入った、現地の米軍司令部に直属する独立試験部隊に組み入れられることとなった。



 急激な変化にやや呆然とする僕だったが、立場の変動でアクセスできる情報の幅が若干だが広がった。
 既に大陸に先行している、次期主力候補機・実験部隊のデータを閲覧できるようになったのだ。

 それによると、試作機のひとつであるYF-22 ラプターは緊迫する戦線に試験投入され、初期不良に悩まされつつも記録的な戦果を挙げているという。

 アメリカ軍の主流派は、対BETA戦の戦訓から「密集格闘戦を衛士に強いるのは、限界を超えた負担である」というような考えを持つにいたった。
 これは、現在でも変わっていない。
 密集格闘戦になれば、損耗率があまりに高すぎて引き合わない、力を入れるのは効率が悪すぎる。
 どうしてもそんな戦いをしなければならない時は、それこそA-10のような局地戦色の強い機体に任すべきである、と。
 この点が、ハイヴ突入を前提とし密集格闘戦は不可欠と考えて、接近戦用固定武装を標準装備化すらしている欧州やソ連とは対照的だ。

 集団突撃を仕掛けてくるBETAに対して、常に安全距離を保ち有利な位置取りをしつつ、精度のよい砲撃で効率よく撃破する――それがYF-22の対BETA戦思想の中心。
 その思想を実現しうる、低燃費かつ高出力を実現した新型ジャンプユニット、高速機動中の震動を処理しつつ高い命中率を達成できる射撃管制システムを備えた機体は、他国の垂涎の的。
 何しろ、光線属種を除くBETAから攻撃を受ける確率自体を抑えられるのだ。生存率の高さという点でも在来機と比較にならない。

 まぁ……「戦術機の真価は格闘戦」であると考える外国の前線衛士らからは、及び腰の戦い方としてあまり評判は良くないようだが……。
 実験部隊では、「舐めんな! YF-22は格闘戦だって強いんだよ!」と必要もないのに、他国衛士の挑発に乗る形で突撃しようとする者を抑えるのに苦労しているという。

 では、米軍機としては珍しく接近戦能力を強く求めたYF-23 スパイダー/グレイゴーストはどうか。
 実は、こちらはかなり厳しい状況におかれている。
 新概念をふんだんに用いた機体と装備オプションが、予想以上に整備のネックになっていたのだ。
 例えば、在来機より増えた兵器担架の調整だけでかなりの労力を割かなければならなかった。
 いたれりつくせり、時間の余裕もある後方地域基地ならともかく、実戦ではいつ出撃がかかるかわかったものではないのだから、これは問題であった。
 本来は六基もの兵装担架を装備して長時間戦闘が可能な機体にもかかわらず、二基程度で出撃することを余儀なくされている。その度に機体バランスが変わるから、衛士の苦労は並大抵ではない。
 さらに、長刀の評判が最悪に近い。
 これは米軍衛士全般が長刀系の武器をほとんど扱わなくなったことによる熟練度不足も原因なのだが、

 ・使用に適した状況、敵が限定されていて多くの場合デッドウェイトのまま戦闘を終えてしまう
 (YF-23もまた常に有利な位置取りをして、一方的にBETAをカモ撃ちできる機動砲撃性能と航続力を持っているゆえ、なのだが)

 ・近接格闘戦で一番厄介な戦車級に対して取り回しが難しく、まだナイフのほうが有効である

 ・マニュピレーターに損傷や不具合があった際、簡単に使用不能になる。兵器担架から直接戦闘に使用できる突撃砲に比べて、トラブル時の対処性で劣る

 と、散々な評価結果が出ていた。
 一部のベテラン衛士(難民出身で、母国時代に長刀系を使った経験があるような)が搭乗した場合(そして整備が間に合った場合)でもなければ、『宝の持ち腐れ』状態になることばかりだった。

 別の面からも疑問が呈されていた。

『一般的な衛士を、YF-23の能力全てを活用できるレベルにまで習熟させるのは無理。多機能すぎて使いこなせない。
いくら訓練方法を研究しても限界がある』

 という衛士育成部門からの疑念だ。
 不評だらけのYF-23の中で、例外的に良い結果が出たのは銃剣ぐらいだが……これも、弾を撃ちつくした突撃砲と組み合わせ、ナイフよりレンジのある近接武器として使えるから、という緊急避難的なものであった。
 アメリカ軍の幹部の中には、『難易度が高いことこそエース機の証!』と欠点をむしろ自慢する者もいたが――当然ながら、そういう意見は大批判にさらされた。

『武人の蛮用に耐えられないのは、兵器ではなく工芸品だ。そして戦場には不要な贅沢品だ』

『ただでさえBETA大戦が長期化し、熟練衛士や熟練整備兵の存在自体が貴重品になっているのに、そいつらしか扱えなさそうな機体とか馬鹿なの? そんなにアメリカを自滅させたいの?』

『新技術を用いた高性能機を望む以上、運用やコスト面での負担増大は覚悟の上だが……これは許容範囲を超える』

 ……とまぁこんな調子だ。
 高性能機でも、それを使う軍とのミスマッチがあればお話にならないという典型例になりつつある。
 大量生産そして大量消耗することを前提とした主力機候補であるから、構想段階からせいぜい準量産かスポット生産だと限定されている装備類と違い、整備性や習熟しやすさの問題は重要なのだ。

 このため、実戦試験開始早々に『戦訓を取り入れより完成度を高めたYF-22が次期主力となるだろう』という噂が流れることになった。
 BETAがどういう手段で人類側を探知しているのかは、まだ未解明が多い分野だが。ステルスによる隠蔽効果はあまり無い、と再確認されたことで、実験部隊では整備性向上と機密保持を兼ねてステルス関連機材・構造材(アクティヴジャマーや電波吸収塗料)を外し、本土に送り返した例さえある。
 これを受けて、ロックウィード社ら開発元は、在来の完全ステルスタイプを対テロ特殊部隊向けと限定し、ステルス装備を簡易化(あるいは完全排除)した改設計型の研究に着手したそうだ。

 YF-24 シーファイアの評価は、これらに比べれば『地味』の一言だった。
 兵器に対しては、高性能より「ワークホース(頑丈で使い勝手の良い使役馬)」たる事を求める現場指揮官達の好意は得たものの。
 新型に期待されるインパクトが無く、はっきりいって、第二世代機の準第三世代機化改良が上手くいったケースと目立った差が見られない。
 本土の試験で指摘された結果を、再確認する程度だった。
 さらに、前線の将兵達はソ連製のSu-27系列の実戦投入前倒しに、シーファイア技術横流しがあった事をうすうす気づいており(何しろ友軍としてすぐ傍で戦ったケースもあるのだ)。一部から、非常にダ-ティな印象をもらっていた。

 ハイヴ突入戦でもすれば事情はまた変わったかもしれないが、内向き傾向を強めるアメリカは外国の戦闘にそこまで深く関わる気は薄くなっている。
 G元素は確かに魅力的すぎる宝物だが、それゆえにどんな火種になるかわかったものではない。
 既にアサバスカ落着ユニットの分を確保し、研究も先行している利益を握っているアメリカとしては、無理にとってもメリットよりデメリットのほうが発生するだろう。
 ありていにいえば、外国の警戒と不信はもう沢山なのだ。
 アメリカは、実像以上の超大国だと思われている。恐るべき権力と軍事力と経済力でこねあげられた化け物のように。そう過大評価される事で、外交が上手くいくケースもあるのだが。
 そろそろデメリットのほうが大きくなってきている時期でもあった。特に前線諸国からの過剰な支援要請には耐えられない。
 外国の主権領土下では、核兵器使用といった非常手段も独自の判断で行うことはできず。現地軍との戦略・戦術思想の相違から、いらぬ損害も出している。
 国民世論という問題以外にも、純軍事的な負担限界というものがあった。

「だけど、どうも諸外国からは疑心暗鬼を買っているみたいなんだよね」

 と、聞き捨てならない事を教えてくれたのは、僕と士官学校同期の情報士官だった。

「ほら、XF-108の再設計型みたいなハイヴ突入専門機、ととられる様な戦術機開発もしてるじゃないか?
アメリカは新孤立主義といって他国を消耗させ、ハイヴ攻略のおいしい所だけを持っていく目論見なんじゃないかってね。元々関係が良くない国を中心に、そんな風に言われているらしいよ」

 情報士官(眼鏡をかけた、黒人青年だ)の口調は、ほろ苦かった。
 僕は、いい加減憤るよりげんなりとした。
 アメリカという国は、この世界においてはどう転んでも悪役扱いされるのが宿命なのか?



 大陸出征が決まってから、きっかり一週間後。
 僕は、一隻の戦術機揚陸艦の甲板にいた。
 潮風が容赦なく髪を乱し、海面に乱舞する日光は宝石箱をぶちまけたかのようだ。
 視線を上げれば、同行する輸送船や戦術機揚陸艦が無数に眺められる。アメリカ・日本・国連など所属先は多様な船が、大陸への支援船団を組んでいるのだ。

 船団の多くは、朝鮮半島などに避難した難民向け物資を満載した輸送船だ。都合二十隻の大型輸送船と言う大盤振る舞いだが……これだけの量でさえ、一時凌ぎにしかならないという。
 難民化する人々は、増える一方だ。人類側がBETAの手に落ちた領土を全く奪回できていない現状では、当然なのだが。
 権限を拡大した国連難民高等弁務官や赤十字、後方国家の慈善団体などが奔走しているものの……状況は厳しくなる一方。
 そして、戦闘艦艇。
 総計三十隻の、戦術機や戦闘車両を運ぶ輸送艦・揚陸艦。
 一応、対人戦を警戒してか若干の護衛艦がついている――この前線に近い海域で、テロを起こす勢力がそうそういるとは思えないが。

 僕は日本を出発する前、父母や祖父母に手紙を書いた。改めて前線に出る事を、軍機に触れないように伝えた。

 客観的に見て、僕は愛国心とかに燃えるタイプではない。むしろ、主観に過ぎない精神性を愚行の免罪符にするような手合いが一番嫌いなタチだ。
 だが我が身を省み、士官学校まで出ておいて……つまり、莫大な国費をもって教育してもらっておいて、個人的トラブルで本来の役目が果たせないのは苦痛だった。
 だから、以前の出撃決定時に比べればまだしも精神は高揚していた。

 ――乗るマシンがアレだ、ということはこの際、心の棚に上げておく。機体本体と周辺機器だけではなく、アメリカ本土から送られてきたばかりの、いかにも危険そうな火器の数々が船に積み込まれた事についても一緒に。

 北京はじめとする華北主要地が陥落したアジア戦線は、いよいよ風雲急を告げていた。
 インド方面でのBETAの圧力も強まる一方であり、伝わってくるのは凶報ばかりだ――民間向けの報道は、相変わらず真実とは程遠い楽観視ばかりだが。
 この戦況を打破すべく、インド戦線では大規模な戦力の集積がソ連主導で行われている。つまり、オルタネイティヴ3主導、ということだ。

 スワラージ作戦。

 前世ビジョン情報によれば、BETAの数を減らしインド戦線の寿命を延ばした以外、ろくな成果もなく失敗した大作戦の発動準備だ。
 いや、一応宇宙からの戦力展開のような新戦術の、実戦証明を得るぐらいの収穫はあったか?
 ともあれ、これに干渉しようという動きは……特にアメリカの前世ビジョン保持者などから出ているのだろうか?

 潮の匂いに包まれながら、そんな事を考えている僕の耳に、警告音が飛び込んできた。艦橋付近に取り付けられたスピーカーからだ。

「緊急事態発生! 総員、戦闘配置につけ! 繰り返す、緊急事態発生――」

 僕は、放送の意味を理解するのに数秒かかった。
 戦闘。
 そう、ここはもう最前線に属する海域なのだ。
 実験部隊に所属を移したとはいえ、僕も立派な戦闘要員。
 既に、周囲にいた軍人達はそれぞれの部署めがけて走り始めている。僕は、少し足をもつれさせながら、艦内に通じるタラップめがけて動きだした。

 ――旅団規模のBETAが、防衛線の薄くなった部分を突破。沿岸部にまで光線属種が進出する危険性が高まった
 ――国連軍から抽出された予備隊が阻止に当たっているが、戦況は芳しくない
 ――よって、輸送船団に搭載された出撃可能な戦力を急遽投入し、現地司令部の指揮下に入れる

 衛士強化装備に着替え、F-15Gの管制ユニットに飛び込む間に艦内放送で聞かされた、大雑把な情勢は以上だ。

「少尉! 念のため、搭乗者保護機能は通常より2レベル上げておきました! ……神の御加護があらんことを!」

 普段は、僕より機体にかかりきりのボーニングの技師の顔も、今は青かった。
 彼の言葉にありがとう、と返してから管制ユニットのハッチを閉じる。
 僕は、ともすれば恐怖と緊張で言う事を聞かなくなる体を叱咤し、出撃手順をこなす。

 個人情報転送……正常完了。
 機体ステータス……オールグリーン。
 データリンクシステム……異常なし。
 装備チェック。右腕にはAMWS-21突撃砲。左腕には、米軍機ではほとんど使われなくなった多目的追加装甲。
 背中の兵器担架の左側には予備突撃砲がマウントされ、右側には77式近接戦用長刀。
 長刀は、統一中華向から委託生産依頼を受けて米本土で作られたものの一部を、ボーニングが買い取った奴だ。F-15Gの特性を考えた結果だという。
 武装は全て、演習用ではなく実戦用だと確認。
 さすがに、緊急戦闘で妙な新型火砲の実戦試験は行わないようだった。
 機体に取り付いていた整備兵らの退避も確認。

 所要手順が問題なく終了した事をコールすると、艦側から出撃体制に入るよう指示がでる。
 頭上のハッチが開いて、視界が持ち上がっていく。機体がリフトアップされているのだ。

 完全に甲板に出ると、うっすらと大陸沿岸の姿を望むことができた。時折、かすかに瞬く光は友軍の砲撃か?
 周囲を見渡すと、出撃姿勢に入っている機体は少ない。搭載された戦術機の半分ほどは、友好国軍への支援あるいは輸出物資で衛士が不在だからだ。
 戦術機のみでの展開になるから、既に現地で戦っている部隊以外の砲兵支援などはろくに期待できない。

 まずF-15やF-16、ミラージュ2000などの第二世代機が船団から飛び出して低空飛行に入っていく。一機、また一機と戦雲たなびく大陸目指して。
 推進剤を節約するため、F-4などの第一世機の出撃は後回し。そして、もっとも重量のある僕の機体は最後だった。

 じりじりとする待ち時間に耐えた後、僕にようやく命令が来た。
 揚陸艦には、本格戦術機母艦ほどの数はないが戦術機用カタパルトが装備されている。そこへ、甲板誘導員の指示に従い機体を持っていく。

 実戦。
 本物のBETAとの、待ったなしの殺し合いだ。
 しかも、搭乗機体は乗りなれたとは言いがたい暴れ馬。
 戦況も良いとは到底思えない中での、初陣。
 僕の全身の細胞が、今にも踊りだしかねないほど震える――これは、闘志が溢れかけているんだ、と自分に言い聞かせる。
 カタパルトの出力上昇に合わせて、ジャンプユニットのパワーを慎重に増やしていく。

 誘導員が、全身を使って大きく両腕を振り下ろした。出撃せよの合図だ。

「!!」

 僕は腹の底から声にならない気合を漏らすと、思いっきりフットペダルを踏み込んだ。


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