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[29586] その欲望を開放して魔法少女になってよ!(仮面ライダーオーズ×魔法少女まどか☆マギカ)
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/04 03:09
古代の貨幣を投擲する独特の音が、街の喧騒にかき消される。
それは、怪人グリードの鵜たるヤミーの産声でもあった。
並々ならぬ『欲望』を持った人間を親に持ってこそ、ヤミーはその力を発揮するというもの。
であるからして、『昆虫の王』とも呼ばれるグリード、ウヴァは非常に大きな興味を示してもいた。
進歩を遂げたこの人間の世界の中で生まれた、多様な欲望について。

そして、ウヴァの目の前を偶然に横切った存在……そいつの持つ得体の知れない『欲望』からヤミーを作り出してみたい。
そうウヴァが思ってしまったことは、自然な成り行きであったのだろう。
思い立ったが吉日と言わんばかりに対象の額にメダルの差し込み口を出現させ、メダルを投げ込んだのだ。

「その欲望、解放しろ」

ただ、一つだけ間違いがあるとすれば、

「ボクと契約して魔法少女になってよ」

その『欲望』の持ち主が人間では無かったことぐらいだろうか……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第一話:ワタシ、ヤミーです。それと魔法少女です



「困るよ。君のせいで、人間の子に逃げられちゃったじゃないか。まぁ、大した素質は持っていなかったみたいだけどね」

まさか、先ほどの懇願が、ウヴァさんに向けて放たれた言葉であったはずもない。
そんなことをすれば日本全国一千人の虫怪人愛好者が怒り狂ってキュゥべえ狩りを始めることは間違いないからだ。
キュゥべえは、平常通り営業中で、契約者を増やそうとしていただけなのである。

もっとも、それはウヴァに邪魔されてしまったが。
せっかく契約を取りつけることに成功するところだったのに、魔法少女候補生は怪人ウヴァの外見に怯えて逃げ出してしまったのだ。

「それがお前の欲望か?」

一方、キュゥべえの事情など当然理解していないウヴァの興味の対象は……ようやく、生まれてきた。
キュゥべえの、身体の中から。
欲望の化身であるグリードを補佐する、使い魔のような存在が、今生み出されようとしていた。
その手下を……ウヴァ達グリードは、『ヤミー』と呼んでいる。

だがしかし、その生まれは、既にウヴァが期待していたものと若干の食い違いを見せていた。
通常のヤミーは生後すぐの姿として、白い包帯を巻いたミイラ男のような外見を持つものなのだ。
そして、親となった人間の欲望をある程度叶えることでヤミー個別の姿を得ることが出来る……はずなのだが、

「初めまして?」

何故かウヴァの目の前に居る人間の子供型ヤミーは、白ヤミー形態をすっ飛ばして成長を遂げていた。
その背丈はウヴァの良く知る水棲グリードの人間態と同程度であり、ヤミーの身を包む飾り気のない一繋がりの衣装の色は、創造主であるウヴァを連想させる緑色である。
髪はこの国によく見られる黒色であり、顔にもその下部にも、特に目立つ部位は見当たらない。
背格好は、小学生と呼ぶには大き過ぎる、という程度だろうか。
それだけならば何処にでも居る人間族の雌体という印象を与えるに留まるはずだったが、その人間型ヤミーには少しだけ人間には見られない身体的特徴が存在した。

……羽、である。

その淵を飾る骨格が良く見えるそれは翼と呼ぶには物々しく、鳥類のそれとは一線を画しているのは明白だった。
かといって、ウヴァの昆虫型ヤミーのように鱗粉を撒き散らすキメ細かさも無いそれは、闇の中では目視することの難しい程の艶のない黒さを主張している。

「こっちこそ、初めまして」
「……」

ハッピィバースデイ! などと叫んでくれる中年男性は、この場には居合わせていない。
礼儀正しく挨拶を返す白のネコモドキと、無言でヤミーを観察する緑の怪人。
両者の性格が非常によくわかる対応である。
何か緑の怪人の機嫌を損ねる行いをしただろうか、とヤミーは首をかしげて見せるが、緑の怪人ことウヴァは白ネコモドキに向き直る。

「その欲望を叶えるにはどうすれば良い?」

その『欲望』というのは、おそらく白ネコモドキが最初に発した魔法少女が云々という台詞に関してのことなのだろう。
欲望の意味が解らずにヤミーの親に尋ねる……ウヴァさんにはよくあることである。
知らないことを素直に知らないと言える能力は、称賛されるべきものに違いない。

「彼女と契約を結んで魔法少女にしたから、充分だよ」
「魔法少女? アレは俺のヤミーだぞ?」

少女ヤミーに視線を向けた白ネコモドキに釣られてウヴァも同じ人物(?)に意識を少しだけ向けながら言葉を返す。
どうやら、両者の認識には若干の食い違いがあるらしい。何故見てるんですか。

「ヤミー? 魔法少女? ワケが解らないですよ……?」

話題の中心に居ると思しき少女さえも、自身の状態を把握していない。
ウヴァさんが魔法少女について知らないのは仕方ないにしても、ヤミー本人は自身の初期ステータスぐらいは把握していて良さそうなものだが……

「キミは魔法少女になったんだ。魔女を倒してグリーフシードを集める使命を負っているんだよ」
「お前は俺のヤミーだ。コイツの願いを叶えてセルメダルを増やせ」
「日本語でお願いします」

このザマである。人間の世界ではリントの言葉で話して欲しいものだ。
話にならない、というわけではないのだが、白ネコもウヴァも少女の持つ予備知識を高く見積もり過ぎているらしい。

「ええと、まずお二人のお名前は?」
「ボクはキュゥべえって呼ばれることが多いかな」
「ウヴァだ」

白ネコの方がキュゥべえ、緑の怪人はウヴァという名であることが少女に告げられる。
どちらも表情が全く変化しないので、いまいち思考が読み取り辛い。
そのために、少女は二人に対する態度を決めかねて、質問と様子見に回ろうとしたが、

「お前、ヤミーなのにメダルの知識が無いのか?」

少女が何から質問したら良いのかと悩む暇も無く、ウヴァさんからの質問である。
その言葉の端からは、知っていて当たり前だという前提が垣間見え、

「すみません……」

ウヴァの何処となく物々しい雰囲気も手伝って、少女は自然と謝ってしまった。
なんとなく、この人(?)には逆らわない方が良い気がすると、ヤミーの第六感も告げていたので。

「親の願いを叶えることで、お前たちヤミーの中にはセルメダルが溜まる。それを俺に提供するのがヤミーの役目だ」

鵜飼の鵜のようなものである。若しくはミラーモンスターでも可。
そして、ウヴァたちはグリードと呼ばれるヤミーの上位の存在であり、その身体を構成するメダルの数に応じてパワーアップするのだが、それはさておき。

「それで、私が願いを叶えるべき『親』がキュゥべえさんなわけですね」

やけに呑み込みが早い少女の応対を見て、満足げに首を縦に振るウヴァ。
適応能力が高すぎるきらいもあるが、ウヴァさんのヤミーは総じて思考能力が高いのが特徴であるため、これぐらいは想定の範囲内なのだろう。

「キュゥべえさんがお母さんでウヴァさんがお父さんみたいなものなんでしょうか」

『親』という言葉から想像された安易な認識だが、案外間違ってはいないのかもしれない。
ある意味この二人が少女ヤミーの創造主なのだから。
絶対に薄い本が出来そうにないカップリングにも程がある。
そしてこの二人は、そんな扱いをされても頬を染めたり照れたりする様な人材では無いことは自明だった。
というか、性別不明の気があるとはいえ、一応両方とも雄ではないのか。

「あと、魔法少女について……というか、『魔女』と『グリーフシード』について何か説明をお願いします」

魔法少女についての説明を求めても先ほどのキュゥべえの台詞と同じものを返されそうだ。今朝からの長い付き合いだとかそんなことは無いのだが、なんとなくキュゥべえの話し方が解るような気がして、若干問い方を変えてみた少女ヤミー。

「魔女は人間に災厄を振りまいて命を奪う奴らなんだ。それを倒すと手に入るのがグリーフシードだよ」

全く変わらない表情でさらっと物騒なことを口にするキュゥべえ。
魔女の出自に触れようともしない辺り、色々とワケアリである。
しかも、魔法少女になる際には願い事が一つだけ叶えてもらえるはずだという情報を省くという説明の放棄ぶりを見せた。
これは、ヤミーが生まれる際に親の欲望を叶えるという『願い』を持っていることが原因となり、ヤミーを魔法少女にすること自体が願いの一部として認識されてしまったからなのだが……。
聞かれないことはあまり口にしないというスタンスを取るキュゥべえには、悪意という感情自体が無いらしいので仕方ない。
……少女がそれを知ることになる日は大して遠くもない。

「とすると当面の私の行動方針は、お母さんの契約者を増やすことですか?」

魔法少女というものの在り方は少女にも理解出来たが、キュゥべえの願いは魔法少女の働きを期待するだけではなく、魔法少女を増やすというものだったはずだ。

「無理やり契約するのは出来ないよ。そういうルールだからね」

ルール、という新しい単語を口にするキュゥべえ。
決まりごとというからには、キュゥべえにもヤミーに対するグリードにあたるような管理者が居るのだろうか?
もちろん、ルールというものは、常にその穴を突かれる運命にあるものなのだが。

「つまり、無理やりに見えないように契約者を誘導すれば良いってことですね」
「人聞きが悪いなぁ。飽く迄、自由意思で選んでもらうだけだよ」

いったい誰に似たのだろうか。
キュゥべえの動かぬ表情はやはり何も感じ取らせなかったが、その尻尾の滑らかな動きがまるで舌舐めずりをする獣のように、少女には感じられた。
だがしかし、そこに嫌悪感を抱くことなど有り得ない。
なぜなら、その悪魔から生まれた子供こそ、ヤミーたる彼女なのだから……



そして当然、少女ヤミーは魔法少女になる人材を探すべく活動を開始したのだが、

「魔法少女になってみませんかー?」

成果は芳しく無かった。
街頭で手当たり次第に女の子に声をかけてみるのだが、これが中々上手くいかないものである。
現代の子供たちは意外と現実が見えているらしく、小学生でさえ魔法など存在しないということを当たり前のように認知しているのだ。
魔法少女が許されるのは小学生までだよねー! なんてレベルではない。

傍から見れば中学生程度の少女が道行く人に勧誘を試みるも、その全てが惨敗という救いの無さである。
少女ヤミーがせめて高校生に見える外見だったならば、アルバイト募集と勘違いして耳を傾けてくれる通行人が居たかもしれない。
だがしかし、当人が中学生の外見では、少々頭の発育が遅い子にしか見えない。

「魔法少女に……」

早くも初志が折れそうになる少女ヤミー。
心の花が段々萎れているような気さえしてくる始末である。
もっとも、この世界には砂漠の使徒やマイナーランドなど存在しないのだが。
そんな彼女を物陰から見つめる人陰があったのだが、この時の少女ヤミーは全く気付くことは無かった……



結局、魔法少女になることを希望する人材は一人たりとも見つからずに一日が終わってしまうのだった。
というか、活動時間の後半は職務質問を求める警察官との追いかけっこに費やされてしまうという間抜けぶりである。
収穫がゼロのまま哀愁漂う背中を小さくしながら、帰路に就こうとして、

「そういえば、私ってどこに帰れば良いんでしょう……?」

特に住処が無いことに気付く夕暮れ時。
一応、ウヴァたちグリードがアジトにしている廃屋があるためにそこが一番安全なのだが、少女ヤミーはその場所を知らない。
当のウヴァがそのことを少女ヤミーに伝え忘れたせいである。
虫頭のウヴァさんなら仕方ない。
せめてキュゥべえかウヴァのいずれかに連絡が取れれば何とかなりそうなものだが、念話の存在さえ教えられていない少女ヤミーには手段が無かった。
頼れる知り合いも居ないし……と思考がネガティブ方面に直下しようとした時、それは聞こえた。

「貴女は、キュゥべえと契約した魔法少女?」

薄暗くなった町の中に溶けてしまいそうな、静かな声。
それでいて、少女ヤミーの耳にはっきりと届く、強い意志を含んだ響き。

「そうですけど……お母さんの知り合いですか?」

後ろからかけられた声に少しだけ驚きながらも、相手がキュゥべえの知り合いに違いないという期待を持って振り返る少女ヤミー。
少女ヤミーの背後から問いかけていた女の子は、長く伸びた黒髪を風に靡かせながら、訝しそうな視線を少女ヤミーに向けていた。
お母さん、という言葉を聞いた時に一瞬だけ眉を顰めたように少女ヤミーには思われたが、話の本筋では無さそうだったので突っ込みを放棄する。

「私が一方的に知っているだけ。知り合いではないわ」

確かに、片方から認知されているだけならば『知り合い』とは呼ばないかもしれない。
そんな質問にきっちり答えてくれる辺り、律義というかなんというか。

「単刀直入に言うわ。魔法少女の勧誘なんて、止めなさい」

きっぱりというよりばっさり。
ヤミー少女の行動を否定する通りすがりの女の子。

これが、運命に挑む少女『暁美ほむら』と未だ名もなき少女ヤミーの邂逅であった……



・今回のNG大賞

「初めまして」
「蝙蝠のヤミーか。面白い!」
「ワケが解らないよ」

クワガタ同士にしか通じないモノもある。多分。


・公開プロットシリーズNo.1
→君の属性は蝙蝠ですか。最終回での真木博士の一言から生まれた当作品。何処まで行けるのやら……



[29586] 第二話:ここで死んで。世のため人のため、そして何より彼女のために
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/04 02:13
「魔法少女の勧誘なんて、止めなさい」

暁美ほむらの主張は、少女ヤミーに求める行動という点においては非常に解り易かったが、

「どうしてですか?」

その動機という点においての説明は全く為されていなかった。
だからこそ、ヤミー少女の問い返しは自然な疑問であったに違いない。

「魔法少女になる代償は、重すぎるから」

それは魔法少女全般に関することを言っているのか、それとも特定の誰かが魔法少女になる時の話をしているのか。
何はともあれ、暁美ほむらが昼間の少女ヤミーの街頭勧誘を目撃したうえでその行動を非難しているという事は間違いない。

「代償……?」

何だか少しだけ物騒な予感がしてきた少女ヤミーだが、聞き慣れない単語につい耳を傾けてしまう。

「そう。『あれ』と契約して魔法少女になると、私達の魂は変質させられ、身体はただの入れ物に過ぎなくなる。人としての一生を奪われることになる」

苦いものでも噛みつぶしたかのような表情で言葉を紡ぐ暁美ほむらには、人生を狂わされた知り合いがいるのだろうか。
ひょっとするとそれは……ほむら自身のことなのかもしれない。

「知りませんでした……」

少女ヤミーは、そんなことはキュゥべえから聞かされてはいない。
ウヴァと違ってキュゥべえはわざと情報を絞っている節が無いわけではないが、そもそも人間でない少女ヤミーにはあまり有用でない情報だったから知らされなかったのかもしれない。

「もうひとつ聞いておきたいんですが、お母さんと契約を結んだ後で解除する方法ってあるんですか?」
「……無いわ」

Q:ベントされたライダーはいつ戻ってくるんだ?
A:戻らない

海の向こうでそんな会話が交わされている光景を幻視した少女ヤミーだったが、なんのこっちゃと思考を振り切る。
そして、まさか少女ヤミーがそんな電波ゆんゆんな脳味噌を持っているとは知る由も無い暁美ほむらの目には、少女ヤミーが悩んでいるように見えたのだろう。
というよりも、ほむらの話を信じているような素振り自体が、ほむらさんからの好感度を上げる要因になっていたりする。
他人の話をきちんと聞かない人種の目立つ暁美ほむら(14)の人間関係の方に問題がある気もするが。

「契約を結んだことを後悔しているのね。無理も無いわ」

契約の解除法を尋ねた少女ヤミーの意図を汲み取ろうとしたほむらは、同情の視線を向けながら言葉をかける。
少なくとも、魔法少女という存在の残酷な末路をすぐに教えることを躊躇う程度には、目の前の少女ヤミーを心配していたのだ。
そんな暁美ほむらの思案をよそに、少女ヤミーは何でもないことのように言葉を返す。

「いいえ、そうじゃありません」

後悔なんて、あるわけない。
……と言えば聞こえは良いが、そもそも少女ヤミーには魔法少女になる前の自我というモノが存在していないのだから、後悔のしようが無いというのが正直なところだったりする。
最初からそういう生き物として生まれている以上、人間だったころを振り返って羨望する感情は根本的に少女ヤミーには存在しないのだ。

「勧誘されて契約した魔法少女がクーリングオフを求めてきたら、困るじゃないですか」

ヤミーの行動理念は、グリードの命令に従う事と、ヤミーの親となった人物の欲望を実現すること。
従って、少女ヤミーの思考は、ヤミーとしては非常に正しいものであったに違いない。
……その発言が、暁美ほむらの逆鱗に触れるとも知らずに。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第二話:ここで死んで。世のため人のため、そして何より彼女のために



低い音が、響き渡った。
同年代の少女同士がビンタをかますような音では無い。
一瞬のうちに少女ヤミーへの距離を詰めた暁美ほむらが、その勢いのまま膝を少女ヤミーの腹部へ入れた音である。

「げぶぅっ!?」

受身も取れずにアスファルトの地面を転がる少女ヤミーへ、ほむらは見るものを凍て付かせるのではないかと思わせるほど冷たい視線を向ける。
ダメージを受けたらとりあえず地面を転がることなど、特撮の世界ではよくある光景の一つに過ぎないのだが、女の子が主語だと無駄に痛そうに聞こえる不思議。
それはともかく少女ヤミーの失言によって、ほむらからの人物評価は『美樹さやか』の少し上ぐらいの高さから、『キュゥべえ』レベルまでの超急転落下を遂げてしまったのだ。

「貴女が人間では無いという事は、よく解ったわ」

魔法少女は人間でないと先ほど暁美ほむらは自ら告げたはずだが、今回の言葉は意味が違っていた。
おそらく精神的な意味合いにおいて、人間を捨てている存在を排除するという意思が含まれているのだろう。
もっとも、暁美ほむらが一つ勘違いをしていることは、彼女が蹴り飛ばした対象は元来人間では無い存在であったということだが。

「いきなり、攻撃、なんて……?」

息を整える暇も無く、少女ヤミーに対して追撃が加えられる。
ほむらの手の先に紫に光る何かが現れたかと思いきや、間髪置かずにそれは少女ヤミーに向けて投擲された。
少女ヤミーはその背から生えた羽で身体の前面を覆ってガードするものの、魔法の力によって作られたと思しき弾丸の威力は凄まじく、反撃に出られる前兆は見られない。
防御に徹しているために身体を構成するセルメダルは少しずつしか剥ぎとられていないが、それも時間の問題で削り切られるだろう。
なんとか隙を突いて逃亡か反撃の手を見出そうとする少女ヤミーの焦りを余所に、暁美ほむらは堅実な遠距離攻撃を続ける。

起死回生の手段として少女ヤミーがまず思いついたものは、『魔法』だった。
ところが、キュゥべえと契約したということは少女ヤミーにも『魔法』というものが使えるはずなのに、いかんせん使い方が解らない。
明らかに質量を無視して生み出されている暁美ほむらの弾丸が魔法によって作り出されているということは推測できても、同じことが出来る気がしないのだ。
少女ヤミーを無表情のままジリジリと追い詰めるほむら。
一旦飛び上がることが出来れば逃亡することは出来るだろうが、今の状態で翼を開いたらボケる間も無くヤミーちゃんはセルメダルの山へ早変わりである。

「どうか、してますよ……!」

流れ弾でさえアスファルトを抉る威力を持っている弾丸を必死に受け流しながら、少女ヤミーは必死に打開策を考える。
せめて何か盾になるものは無いか……そう考え着いた少女ヤミーの視界の端に、直方体の箱が映った。
2メートルほどの高さを持つそれは、通行人に飲料を販売するための、一般に自販機と呼ばれる機械によく似ている。
そしてその単なる人工物であるはずの自販機が、アスファルトさえ抉るはずの射撃の流れ弾を受けて傷一つ貰っていない様を、見てしまった。

意を決した少女ヤミーの決断は迅速であり、瞬時にその自販機の陰に転がり込む。
自販機ごと粉砕しようと砲撃を継続するほむらだが、数発を浴びせた時点で異常に気付く。
少女ヤミーが盾にしている自販機が、傷一つ負っていないことに。

そして、次の瞬間には……その自販機が鈍い音と共にほむらへと向かってくる。
相手が巨大な自販機を盾にしながら突進して来ている可能性を考慮したほむらは、回避の幅を大きく取って様子を見るが、結果的にはそれが悪手となってしまう。

少女ヤミーが選んだ一手は、突進ではなく逃亡。
見た目以上の重量で地面に張り付く自販機を渾身の蹴りで無理やり剥がして、目くらましにしたというわけだ。
終始優勢だったはずのほむらだが、既に闇夜に高く跳びあがってしまった相手を追跡する手段は無かったため、惜しくも逃亡を許してしまったのだった。
TV本編においては飛行しているように見えるシーンもあったほむらさんだが……このSS内部においてはアレらの挙動は『ただのハイジャンプ』であったのだと思って欲しい。
特撮の世界にはよくあることである。

もちろん、時間を制止させれば追跡は出来ずとも魔力弾の投擲でダメージを与えることは可能だったのだが、少女ヤミーのソウルジェムをほむらが一度も視認できなかったことが、追撃を躊躇わせた。
ソウルジェム以外の部分への攻撃は無意味というわけではないが、致命傷を狙う事が不可能に近いという点においては決して有意義とは言えない。
むしろ、少女ヤミーがソウルジェムを外部から見える位置に装備していたならそこをほむらが撃ち抜いて終わりだったはずだったのだから、少女ヤミーは実は凄まじく運が良かったのかもしれない。
重火器の用意が整っていれば話は変わってくるのだが、今回のループでは暁美ほむらがまだ装備の調達を行っていなかったことも、少女ヤミーの命を救った形となる。

辺りには荒れ果てた見滝原中央公園と、そこかしこに散らばる銀色のメダル、横転した自販機だけがその存在を主張していた……

傷一つ負っていないまま横転しているオバケ自販機を触ったり蹴ってみたりしながら、しばらく様子を調べていたほむらだったが、結局その物体が自販機の形をした物体であるという事しか解らず調査を断念することとなる。
……その後に魔法少女の腕力を使って自販機を元の場所に建て直しておこうと試みるあたり、意外と常識人なのかもしれない。
もっとも、魔法少女という人種の中で最底辺の身体能力しか持たないほむらには、それは不可能であったが。
周囲に散らばる銀色のメダルの存在を不審に思い、その何枚かを持ち去ったことは……吉と出るのか凶と出るのか。

ほむらは、気付かなかった。
自販機の内蔵カメラにほむらの姿がばっちりと記録されていたことを。
さらには、網膜や声紋に至るまでデータとして遺されてしまったことも。

バケモノ自販機の名前は、ライドベンダー。
鴻上ファウンデーションの進めるメダルシステムの一環として配備された兵器であった……



「手酷くやられたみたいだね」
「お母さん……見ていたなら助けてほしかったです」
「ボクには戦いはムリだよ」

小高いビルの屋上にふらふらと着地した少女ヤミーを待っていたのは……白ネコに似た姿をした魔獣、キュゥべえだった。
相も変わらず全く動かない表情から発せられる言葉は、その真偽を疑う事さえ面倒くさいと思わせるほどの胡散臭さを醸し出しているが、少女ヤミーは突っ込まない。

「お母さんに聞いておきたいことがあるんですけど」
「なんだい?」

キュゥべえの返事は、一見すると何でも答えてくれるように見えるが、その実大切なことは何も答えてくれないだろうという一種の信頼さえおける有様である。
特撮のベテラン俳優枠的な威厳を全く撒き散らさないことが、逆に不気味な感を増幅させているのかもしれない。

「魔法少女って、何か報酬とか見返りとか無いんですか?」
「報酬が欲しいのかい?」

ド・ストレートである。
確かに、言葉尻だけ聞けばそう思われても不思議ではない。

「ワタシにじゃなくて、新しい魔法少女にですよ。何か目に見える利益が無いと、誰かを釣ろうにも決め手に欠けるでしょう?」

危険な状況に追い込むことによって生き延びるために魔法少女に……という手段も無いではないが、後にそれがバレて恨みを買うのはゴメンである。
というか、そんなシチュエーションから恨みを抱いている存在こそが、先ほど戦った暁美ほむらなのではないかと、少女ヤミーはあたりをつけている。

「実は、魔法少女になる時、何でも一つだけ願いを叶えてあげることが出来るんだ」
「ワタシ、何か報酬貰いましたっけ?」

心当たりが無いという心情を、首を捻って見せながら強調するヤミー少女。

「キミの願いは、『親』の欲望を叶えることだったんだ。だから、契約者を魔法少女にするっていうボクの役割がそのまま願いに反映されて、キミは魔法少女になった」

普通は魔法少女になること自体を願う子は居ないんだけどね、と付け加えながら、キュゥべえは淡々と事実を並べる。
確かに、ヤミーは『親』の欲望を叶えることを行動理念の一つとして持っている。
ならば、契約者となって結果的に魔法少女を一名増やすことは、行動理念に反しているわけではない。
加えて、少女ヤミーの限りなく人間に近い容姿も、その願いあってこそのものなのだろう。

「そういうことなら、もう少し簡単に釣れそうですね」

ニヤリ、とまるで悪代官のように笑う少女ヤミー。
心なしか、傍らに佇むキュゥべえも笑っているように感じられた。
もちろんその表情は普段通り全く動いていないものではあったが……

「あと、魔法の使い方について聞きたいです」

それを知らないせいで死にかけました、と先ほどのピンチを思い出して身震いをしながら、少女ヤミーは語る。
実際、バケモノ自販機が近くに無かったら、少女ヤミーは享年四半日という魔法少女最短の死亡記録を更新していたかもしれない。
気分は、究極の闇に睨まれた蝙蝠怪人のそれに近いものがあったはずだ。

「魔法少女は固有の武器を持っている場合が多いんだけど、キミは背中の羽がそれにあたるみたいだよ」
「『コレ』ですか」

少女ヤミーの背中に目立つ、漆黒の羽。
悪魔を連想させる骨格を持ったそれは、先ほどの戦闘のせいでボロボロになっていた。
むしろ、コンクリートを削る弾丸を受けてよくその程度で済んだというべきだろうか。

「無意識にやってたみたいだけど、羽を強化して防御や飛行をしてたでしょ?」
「確かに、よく考えたらこんな薄い羽に穴が開かない方が不思議ですよね」

自分の羽を撫でてみたり摘んでみたりしながら、改めて自身の特性を把握するに至る。
それとともに、この先魔法少女の勧誘を行う度に暁美ほむらとの戦闘が始まると考えると、少しばかりでない憂鬱も襲ってくるというものだ。

少女ヤミーの波乱万丈を予感させる誕生日は、見滝原市夢見町に響き渡る午前0時の鐘を以って終わりを告げたのだった……



・今回のNG大賞
悪魔の手先を始末すべく、怒涛の攻めを続けるほむら。
ほむらが何処からともなく取り出したモノは……80センチもの口径を持った恐るべき大砲であった。
空気を震わせる爆音が荒れ狂う風の後に遅れてほむらの耳に届き、着弾地点には生物の陰など無かったのは……言うまでも無い。

……ディ、エーンド!


・公開プロットシリーズNo.2
→オリ主は怪人です



[29586] 第三話:後藤と黒と盗撮画像
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/04 03:27
「誤解だと言っているだろう!」

青年が、声を荒げて自己の潔白を主張する。
彼の服装は、この見滝原を拠点としていることで知られる一大財団、鴻上ファウンデーションの社員であることを示す制服であった。

「犯人はみんなそう言うのよ!」

その青年と、額同士が接しそうな程の至近距離から睨みあう蒼髪の少女。
少女も制服に身を包んでいるが、こちらは大企業への所属を意味するようなものではなく、この町で極頻繁に見られる見滝原中学のものであった。

「俺は鴻上ファウンデーションの任務で動いている! 別に犯罪者じゃない!」
「会社の名前を盾に性犯罪まで漕ぎつける気でしょ? あたしたちは騙されないわよ!」

両者の会話は平行線をたどりつつ段々と物騒な方向へと歩み始めている。
しかも、声量を気にせずに怒鳴り合うものだから、道行く人々から奇異の視線を集めてしまっているのだ。

「二人とも、落ち着いて……」

そして、この場に居合わせた桃色髪が特徴的な少女は、3者の中で最も周囲のざわめきが見えている人物であることは間違いないが、場を収めるような技量を持ち合わせては居なかった。
怒鳴り合う二人に交互に視線を向けながらも、彼らを宥めることは出来ず、その目には少しずつ涙が溜まり始めていた……


青年の名は後藤慎太郎。
齢22歳にして鴻上ファウンデーションのライドベンダー隊における隊長の地位を獲得するに至った、エリートと言って差し支えない人物だった。

後藤に相対する活発な蒼髪少女の名は美樹さやか。
やや行動が思考に先立つ気のあるものの、何処にでも居る普通の女子中学生である。

そして、引っ込み思案な桃色髪の少女は……お察しの通りだろう。
別の世界では主人公と呼ばれている存在である少女、『鹿目まどか』だ。


この3人の身に一体何が起こったのか?
そして、後藤は自らの罪を数える羽目になるのか!?



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第三話:後藤と黒と盗撮画像



後藤の朝は早い。
まだ日も昇らぬ時間から、基礎体力作りのジョギングを始めるのである。
ジョギングだけには留まらない。腕力から腹筋まで余念なく鍛えてこその、ライドベンダー隊第一小隊長だ。
いつものコースを回る際に、気に食わない信号男と腕怪人が寝床にしている公園の前で速度を緩めたことなど、ただの偶然に過ぎない。
余念なんて、あるわけない。

一通りのトレーニングを終えて身だしなみを整えた後藤には、鴻上ファウンデーションの一員としての任務が待っている。
町中に配置してあるライドベンダーの稼働状況についての情報を整理することから始まり、会長秘書の休暇中に甘味を処理する担当者を決めることもあれば、ベンダー隊員たちとの合同訓練のカリキュラムを組むこともある。
……もっとも、ほぼ全ての第一小隊メンバーは先日の大捕り物の際に病院送りとなっているので、隊長として期待される作業はさして多くも無いのだが。

大捕り物とは、先日鴻上ファンデーションの管理する博物館が倒壊した件に付随する一連の出来事である。
800年の眠りから覚めた種々の動物の王たる、通称『グリード』と称される怪人たちがその封印を破り、暴れまわったのだ。
死者こそ出さなかったものの、後藤率いる第一小隊はその戦力の大半を病院の住人へと変えられてしまったのであった。
隊員たちの中には、完膚無きまでに自信を失くして「諦めれば試合終了出来るんだ……」などと壊れたレコードのように呟く者や、精神に破綻を来たして「メズたんは俺の嫁だぁ!」という謎の主張を叫び続ける者など、燦々たる状態にある者も多い。

そうした隊員たちのメンタルケアも隊長である後藤の任務の一環かもしれない、という負い目は後藤の中にも存在した。
しかし、いかんせん彼らの数が多すぎたこともあり、後藤は負傷した隊員たちの治療を外部に委託する方針を選んだのだった。
確かプロフェッサー・マリアといっただろうか、死人さえも生き返らせると評判の医者に隊員たちの治療を一任したのだということを、後藤は頭の片隅でぼんやりと思い出しながらも補充人員募集の煽り文句に関する思考を纏める。

ともかく、後藤は彼らに対して謝らなかった。
何故なら、彼らが無事に復帰してくれると信じているからである。


……そんな状態であるからして、第一小隊の現在の仕事の中で最も大きな業務といえるものは、町中に置かれたライドベンダーの管理であると言えた。

「隊長。昨晩、見滝原中央公園西口前のライドベンダーが、何者かに襲撃された形跡があります!」

今日も真面目な平隊員が、ライドベンダーに関連して起こった不都合を報告してくれる。
第一小隊の現在の稼働人数は少ないが、それでも後藤は部下から慕われている辺り、意外と人望はあるのかもしれない。

「具体的な被害の状況は?」

任務なのだから形式上の行為として部下に尋ねた後藤だが、正直に言えばメダル挿入口にガムが詰められたという程度だろうと高をくくっていた。
ライドベンダーというものは、内蔵するカンドロイドを含めなくても260kgという人間の手に余る重量設定が為されており、しかも機体内から発せられた強大な磁力で地中の鉄分と引き合っているために非起動状態で移動させることは事実上不可能なのだ。
加えて、先日信号男と巨大オトシブミが戦闘を行った際には、超高層ビルの屋上から落下しても無傷という強靭過ぎる強化プラスチック製装甲を後藤の目に見せつけている。
後藤の中でプラスチックというものが可燃物からオリハルコンへと昇格した瞬間であった。
……重量の件に関しては、某腕怪人の妹が割とあっさりと持ち上げて見せたような気もするが、後藤隊長様が不可能だと言ったら不可能なのだ。


「ホシはライドベンダーを横転させて、その外形を調査した模様です!」

後藤がコーヒーを口に含んでいれば、間違いなく風都の半熟探偵に肩を並べられる吹きっぷりを披露していたことだろう。
残念ながら、握っていたボールペンを思わずへし折ってしまう程度のリアクションに留まっていたが。

「これが、該当ライドベンダーの内蔵カメラに残された、当時の映像です」

この平隊員の有能なところは、後藤が硬直するという反応を予期したうえで次に差し出すべき情報をしっかりと用意しているところだろう。
もしかすると、この平隊員も最初は驚きのあまりにライフルか何かをへし折ってしまったのかもしれないが、現在は冷静そのものである。
平隊員が薄型ディスプレイを後藤の目の前に配置し、そこにライドベンダーに記録された映像を出力する。
該当するライドベンダーを運んで来たわけではなく、無線通信によって内部のデータだけを呼び出しているのだ。

映像の中には、初めこそ何の変哲もない公園の風景が映し出されていたが、突如カメラの映像がブレて風景が右から左へと流れる。

「ん? 何が起こったんだ?」
「おそらく、ライドベンダーの正面から見て右方面から大きな衝撃を加えて、ライドベンダーを横転させたものだと思われます」

映像を止めて解説をさせた後藤だったが、再び映像を流させる。
一体、ライドベンダーを殴り倒すためにはどれだけの衝撃力が必要なのだろうか……
もっとも、ソレを無し遂げた少女ヤミーは拳ではなく脚で衝撃を加えたのだが。

そして、ブッ飛ばされてキリモミ回転しながら地面に着地したと思しきカメラの映像後に、ようやく慣性の力を失って画面の視点が安定する。
これを視聴している人物が常人であったのなら、あまりの画面の速度と回転による映像ブレに酔いを催していたかもしれないが、流石に後藤隊長は鍛え方が違うと言うべきか。
口元を押さえているのは、きっと下手人の攻撃力に感嘆しているためだろう。
顔色が若干青かったり額に汗が見えたりするのもきっと気のせいである。

仰向けに倒れる形で落ち着いたライドベンダーの映像は、その後直ぐに変化を見せる。
倒れた機体に訝しげな視線を向けながら、直立姿勢を少しだけ崩しながらライドベンダーを観察している女子中学生の姿が、カメラの淵から入ってきたのだ。

「……黒、か」
「……黒ですね」

後藤と平隊員の間で何らかの同意が得られたようだが、その内容は定かではない。
ベンダーの内蔵カメラが地上に近い高さから上向きのアングルを捉えていることと、女子中学生の着ている独特な服の形状……この二つの要素が、有り得ざる奇跡を生み出していたとだけ述べておこう。
魔法少女アニメの絶対領域補正を、仮面ライダーの世界観が打倒した瞬間でもあった。
彼らは一体何に気付いたというのか。
真相は闇の中である。

冗談はさておき、ライドベンダーを棒で突いてみたり触ったり蹴りを入れたりして外形を調べている様子の少女だったが、しばしの後に目的を終えたらしく画面の外へと姿を消すこととなった。
以後、このライドベンダーは横転したままである。

「この子は顔がしっかり映っているようだが……個人の特定が出来るまでは未確認生命体B1号とでも呼ぶか?」

内蔵カメラのある辺りを覗きこむという完璧なアングルで顔写真を抑えられてしまっている暁美ほむらさんは、既に色々とキャラクターが崩壊している気がしないでもない。
そして、最初にベンダーをブッ飛ばした罪状は少女ヤミーではなく完全にほむらへと着せられてしまったらしい。

「既に確認は取りました。ホシの名前は『暁美ほむら』といって、今日付けで見滝原中学へ転校したそうです」
「昨日の今日で、か」

その個人に関する経歴報告を聞きながら、後藤は情報を整理してみた。
少女は、昨晩にこのような不審行動を取っておきながら、その翌日に転校という形で現れた。
ところが、後藤に提出された報告書には、少女がまさに昨日まで重病のために入院していたという経緯が記述されており、ライドベンダーを殴り倒すような人物像とは一致しない。
後藤たちでなくとも、ここに何らかの関連性があると考えるのは当たり前である。
もっとも、実際にはほむらが転入を決めた後で突発的に起こったのが昨晩の魔法少女バトルだったりするので、転校と襲撃事件の間に因果関係は全く無いというのが正解なのだが。

「とにかく、この情報を会長に報告しておこう」

こうして、ライドベンダーをブッ飛ばせる不思議少女こと『暁美ほむら』は鴻上ファウンデーションに認知されたのであった。
余談だが、会長への報告に使用された映像資料に若干の添削が加えられていたことは、後藤達からの多感な女子中学生に対するささやかな良心の現れである……はずだ。多分。
尚、しつこいようだが最初にライドベンダーを蹴り飛ばしたのはほむらではなく少女ヤミーである。

資料を回してから一時間も経たないうちに、後藤への新たな任務が課せられる。
後藤は、新任務の存在を知らされた時点で、既にその内容に関する予測がついていた。
そして、実際に通知された内容はどんぴしゃり。

「未確認生命体B1号『暁美ほむら』君の監視を後藤君達への指令に追加する! 新たな任務の誕生だよ! ハッピィバースデイッ!」


だが、これは後藤の災難の始まりでしか無かった。

よく考えてほしい。
成人男性が女子中学生を尾行していたら、世間様はその様子を見て何を思うだろうか。

そして、冒頭のシーンへと時は戻る。

「大会社の機材を使ってロリコンがストーカー行為に及ぶなんて、考えただけでも寒気がするわっ!」
「お前みたいに目先のことしか見えないお子様が居るから世界は平和にならないんだ!」

ほむらの下校路に張り付いていた後藤を、本日からほむらのクラスメートとなった美樹さやか御一行が現行犯逮捕するという事態が発生したわけだ。
実はその時には彼女たちの友人である志筑仁美という少女も居合わせたのだが、お茶の稽古があると言い残して早々に帰ってしまったのであった。
散々怒鳴り合って通行人の目を集めているというのに、全く疲れる気配を見せない美樹さやかと後藤慎太郎。
そろそろ、お互いに相手の理論が破綻していたとしても気付かない領域に達していて不思議ではない。

「二人とも……話を、聞いてよ……!」

そして、二人のテンションに置いてきぼりを食らいながらも必死に努力を続けていた鹿目まどかの涙腺は、そろそろ限界だ!

後藤たちは、第3話目にしてようやく登場出来た原作主人公を、いきなり泣かせてしまうのか!?

そして、オリキャラである少女ヤミーが今回一度も登場していないが、ヤツは本当にこのSSの主人公で良いのか!?




・今回のNG大賞
「二人とも話を……」
「ボクと契約すれば、二人に君の話を聞かせることが出来るよ」
……後日この町に来た赤い魔法少女は、何故だか鹿目まどかに物凄く優しくしてくれたらしい。

・公開プロットシリーズNo.3
→ほむらさんはギャグキャラ


・人物図鑑
 ゴトウシンタロウ
財団の会長の手下。その役割は隊長。世界を救う力を手にする日を夢見て日々鍛錬に励む。狙撃の腕は一品だが、狙う的を間違えるので恐れるに足らない。



[29586] 第四話:パンツがあるから恥ずかしく無いもん
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/04 03:29
「うわあああんん!! さやかちゃんのばかあああっ!!」

「「えっ?」」

互いが互いのテンションを高め合う悪循環を繰り返していた二人だったが、頭に昇っていた血が一気に引き下げられてしまった。
口論に親友の涙と言うまさに冷や水を入れられたさやかは、しばし思考を止めて唖然としてしまう。
その間にも滝のように涙を流して泣く、鹿目まどか。
まどかの泣き声は鶴の一声と呼ぶに相応しいものには間違いなかったが、そこには貫録もへったくれも在りはしなかった……

「ど、どうしたんだ?」

そして呆然とするさやかを余所に、先輩に裏切られたBOARD戦闘員のように慌てる後藤。
おそらく、年下の子供をあやしたり優しく諭してやったりするような経験が圧倒的に足りないのだろう。
世界より先に、まず自分の身の回りに視線を向ける癖を付けるべきかもしれない。

慌てて自分のカバンの中を手探りで調べているさやかは……まどかの涙を拭ってやるためのハンカチでも、探しているのだろう。
いくら動揺しているとはいえ、流石にカバンの中にタイムマシンを探そうとなどしていない筈だ。

えぐえぐ、と溢れ出る涙をまどかは自らの袖で拭おうとするも、一度決壊した涙腺は理性という土嚢をなかなか受け付けてはくれない。

「……むぐ?」

だが、その擬態音が、突然変化を遂げる。
「えぐ」から「むぐ」へと変化したのだ!
それがどうしたんだ? と言うなかれ。解りにくいにもほどがあるには違いないが。
具体的に言うと、鹿目まどかの口に何かが差し込まれた音である。
硬くて太くて長い……誰もが想像したキーアイテムであった。

「あいひゅ……?」
「落ち着いた?」

『仮面ライダーOOO』という物語において「タトバ」と同等かそれ以上の重みを持つ重要単語……その名は「アイス」。
付近の露店で売られていたと思しき無骨な棒付きアイスだが、その冷たさはまどかの涙腺を内側から冷やすのにはもってこいだったらしい。
リスのようにアイスバーを加えたまま、鹿目まどかはゆっくりと顔を上げる。
その瞬間……まどかの脳内が、瞬間湯沸かし器も裸足で逃げ出すぐらいの勢いで煮立った。

「大丈夫。怖がらせたりしないから、安心して」

セリフ回しだけを見れば女性のものかと思われても不思議でないような、柔らかい言葉選び。
目の高さに合わせてしゃがみこみ、まどかの顔に真っ直ぐと向けられる真摯な視線。
混乱の極地に居たまどかの口にアイスバーを突っ込んで落ち着けるという発想能力も恐るべし、である。
この場に居る誰よりも多くの人間と接して来た男の真骨頂が、まさに発揮されていた。

泣くことも忘れて、自身と目を合わせてくる人物に対して焦点の合わない視線を向け続ける鹿目まどか。
その頬は熟れたリンゴのように真っ赤に染まり、どう見ても泣いていた時よりも色が深い。
明らかに鹿目まどかの正面に立っている男が原因に違いない、というか後藤にはそうとしか思えなかった。

「あの、」
「ああ、俺は火野映司。近くに住んでるんだ」

言い淀むまどかの様子を見て、呼び名が解らないのだと悟った映司は瞬時に自らの名乗りを上げる。
その居住区が公営の夢見公園だなどとは、初対面の人間に告げることはしない。
他人の機微にはとてつもない敏感さを見せる男、火野映司の能力は今日も絶好調であった。
ただし、火野映司の対人能力には重大な欠陥が潜んでいる。

「ええと、その、私……火野さんにどうしても聞きたいことがあるんです……!」

その欠陥とは、「男」と「女」の関係についての鈍感さが常軌を逸しているという特性である。
ある意味、正統派主人公な性格と言えるかもしれない。
まどかの頬は、もはや自身のリボンや瞳よりも濃い赤色に染まっていた。

「あっ……」

ところで、口に物を咥えたまま言語を発声しようとすればどうなるか。
まどかの口に収まっていたアイスが、地球引力に従って下方へと吸い寄せられる。
そして、ソレを同時に拾おうとするまどかと映司の手が……重なった。
小さなまどかの手を覆う、見た目以上に大きく感じられる映司の手。

「そうじゃ、なくて……」

興奮気味の女子中学生をさらに動揺させるには、その優しさは沁みすぎた。
そして、青年はアイスを持っていなかった方に握っていた布で、鹿目まどかの涙を丁寧に拭い取ってくれた。
だがしかし、何をどう間違えたのか。

「……っ!?」

青年の手元に視線を移した瞬間、何かに驚いたような表情をして見せる、鹿目まどか。
そのことが最後の刺激になったらしく、熱に浮かされた感のあったまどかの全身から力が抜ける。
頭に熱が昇って意識が朦朧としていたまどかは、そのまま倒れるように目を回して気を失ってしまったのだった……

「大変だ!? とにかくこの子を休ませられる場所に運ばないと!」
「待て、火野」

まどかを心配して最寄りのクスクシエに運び込もうとする映司を引きとめたのは……今まで傍観に徹していた後藤だった。

「お前は、もしかして本気で、その子が最後に言おうとしたことが予測できていないのか……?」
「正直、さっぱりですけど……それって重要なことなんですか?」

こんな奴がどうしてオーズなんだ、と映司に聞こえる程度の声で呟いた後藤は、目を回している少女の言葉を代弁して、至極まともな突っ込みを入れる側に回ることにしたのだった。

「お前は何故服を着ていないんだ?」

尚、映司が鹿目まどかを拭うために使った布が予備の『明日のパンツ』であることは、説明するまでもない。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第四話:パンツがあるから恥ずかしく無いもん



「で? 弁解はあるか? んん? この変態ゴミ虫2号!」

いつの間にか再起動を果たしたさやかが、クスクシエの床に映司を正座させてSEKKYOUをかますという謎の空間が発生していた。
流石に映司が未だにパンツ一丁という事は無く、今はしっかりと服を着ている。
そんなSMプレイを繰り広げる二人を尻目に、変態ゴミ虫1号こと後藤慎太郎はクスクシエのメニューから注文を終えていたりするあたり、ちゃっかりしていると言うべきか。
ところで後藤君、君の今日の任務は何だったか覚えているかね?

「手を伸ばせるのに伸ばさなかったら死ぬほど後悔する! だから手を伸ばしたんだ……!」
「このロリコン野郎っ! あたしの嫁であるまどかに手を伸ばしたことを死んで詫びろっ!」

自らの名台詞を自分で台無しにする男、火野映司。
そして、クスクシエの備品のフォークで映司の頬をぐりぐりと突くさやか。
もちろん、映司の頬に当たっている側が細く尖って先が分かれている方である。
まだ魔法少女になっていないにも拘らず暗黒化が進行している気があるさやかだが、これが世界の修正力というやつなのだろうか。

ちなみにまどかは部屋の隅に椅子を固めて作られた空間で静かに寝かされているので、問題ない。
ただでさえ頭が混乱していた時に半裸の男性に迫られてパンツで涙を拭われるという珍しい体験をすれば、脳味噌の処理容量が溢れてしまうということも……多分あるのだろう。多分。

『助けて……助けて……』

丁度そのころ、まどかが気絶していたせいでCDショップの上階で白いマスコットキャラが何回か死ぬ羽目になっているのだが、いきなり遭遇フラグが折れていたりする。
某所で未確認生命体扱いを受けているほむらさんだが、自身も知らぬ因果でまどかとキュゥべえの出会いを遅らせるというナイスセーブをかましている辺り、今回の運は悪く無いようだ。

「映司君がお店手伝ってくれるって言うから身体のサイズを測ってたら、外から聞こえてきた泣き声の方に駆け出していっちゃったのよ」
「なるほど。相変わらず目先のことしか見ない奴だ」

さらっと映司のフォローを入れながら店長こと白石知世子さんが、後藤のテーブルに本日の日替わりメニューを並べてくれる。
世界の文化にあまり詳しく無い後藤には、目の前の料理が何処の国のモノかなど解らないが。

「あの店長さんが言ってることって、本当?」

いつの間にかオプションにロープと猿轡が追加されて会話どころか筆談さえも出来なくなっている映司を改めて観察しながら、さやかが映司に問いかける。
さやか自身でも、どうしてこうなったのか思い出すのが難しい状態となりつつあった、というか途中からサディスティックな性癖に覚醒しかけていた自覚さえある始末だ。
何故だか『助けて……助けて……!』という幻聴まで聞こえ始めた辺り、覚醒フラグが立ち過ぎている。
だがしかし、映司がまどかのためを思って動いてくれていたのなら悪いことをしてしまったかもしれない、と思える程度には落ち着いて来ても居た。

「ああ、行き掛けに俺のアイスを取って行きやがったなァ!」
「あら、あのアイス、アンクちゃんのだったの?」

答えられない映司の代わり……というわけではないだろうが、さやかの質問への返しは別の所から提示された。
ヤンキー、とでも表現すれば良いのだろうか。
店長からアンクと呼ばれた人物は、跳ね上がった金髪が特徴的な青年で、目付きの悪さがその近寄り難さに拍車をかけている。
クスクシエの厨房から出てきたところを見ると店員なのかと勘違いしてしまいそうだが、実際にはアイスを求めて冷凍庫を開けて来た帰りというだけだったりする。

だがしかし、アンクの外見に驚くより先にさやかの意識を引く言葉が、アンクの台詞には含まれていた。

「アンタが持ってきてたアイスって、もしかしてコイツの食べかけ……?」
「そうだ! あのアイスは俺のモンだ!」

怒りが再燃し始めたさやかと、好物を引っ手繰られたせいで頭に血が上りっ放しのアンク。
初対面にもかかわらず、不思議なほどにその息はあっていたりする。
14年しか生きていないのにグリードと気が合うさやかが凄いやら、800年生きているはずなのに中学生並のバイタリティしか無いアンクが情けないやら。

「んんんーっ!?」

もがもがと言葉にならない言葉を無理やり捻りだそうとする映司だが、猿轡が予想外にきついのか、さやかたちの耳には人語として認識されない。
アンクとさやかへ弁解しようとしているのか、それとも知世子さんたちに助けを求めているのか。
少なくとも、自身の現状を楽しんでいるわけではないことだけは確かである。
映司には、死神のパーティタイムを踊りながら地獄を楽しむようなメンタルは無いのだ。

「……今日は、随分と愉快な格好をしているなァ!」
「あたしのまどかによくもそんなモノをっ!」

ドSが二人、映司の目の前に降臨していた。
一人は今更映司の置かれている状況に気付いて愉悦に満ちた表情を浮かべ、もう一人は更なる拘束具をクスクシエの衣装から物色中である。
関節キスでも女子中学生にとっては一大イベントなのだろう。アンクのアイスと同じぐらいには。

――男はいつ死ぬか分からないから、パンツだけは一張羅を履いておけ。

このときの映司は自分の今日のパンツの柄を思い出しながら祖父の遺言に感謝を捧げていたと、後に語ることになる……
クスクシエは今日も平和です。



だがしかし、見滝原市のCDショップ上階である開発予定スペースは、全く平和でなかったりする。

「なんて酷いことを……!」

薄暗い部屋の中で睨み合う二人の魔法少女と、一匹のマスコットキャラ。
一人は何処かの学校の制服かと思わせるようなモノクロの服を着た、転校生こと暁美ほむら。
もう一方はコロネのように巻かれた金髪が特徴的な、見滝原市を縄張りとする魔法少女、その名を『巴マミ』といった。

そして、二人の魔法少女が意識を向ける先には元気に走り回る……ではなく15禁指定な姿となったキュゥべえの姿が。
ほんの少しだけその様子を伝えるとすれば、銃撃というより砲撃と呼んだ方が良いタイプの弾丸で身体を蜂の巣にされていたとだけ表現しておこう。
マミが駆けつけた瞬間が、まさにキュゥべえの命運の尽きた時であった。
『助けて』というキュゥべえの念話を辿って現場まで着たマミの目に映った光景は、惨殺されるキュゥべえの姿だったのだ。

CDショップから呼ばれるはずだった魔法少女候補達は、呑気に気絶していたりドSへ覚醒しかけていたりするのだが、それはさておき。

「どういうことか、説明してもらうわよ?」

巴マミという魔法少女は、キュゥべえと契約する際に瀕死の重症を負っていたマミ自身の復活を願ったという過去を持っている。
そんな経緯を持つマミが人間の命の重さを誰よりも高く評価する魔法少女になったのは、必然と言えただろう。
選択の余地などなかったとはいえ、自身を救ってくれたキュゥべえに少なからぬ恩も感じていた。
だからこそ、『魔法少女』が眉一つ動かさずに『キュゥべえ』を射殺するという事態を見過ごすことなど出来るわけがなかった。

「『あれ』の契約は、ヒトを不幸にする……」

マミに敵意の視線を向けられつつ口を開いたほむらの答えはあまりに短く、而して彼女の確信している何かに基づいているのだと、マミには感じられた。
魔法少女になったことを後悔するタイプの同胞は別に珍しくは無いのだが、その逆恨みからキュゥべえを殺害するに至った魔法少女を、マミは今までに見たことが無い。
言ってしまえばそれは、クズヤミーがウヴァさんをボコボコに殴り倒す光景と同じレベルで有り得ない状況なのである。

「魔法少女になったことを後悔しているの? 逆恨みも甚だしいわ」

睨みあう魔法少女たちの密会は、ドキドキハラハラのオンパレードであった。


「どうしましょう……タイミングを逃したみたいです……」

特に、マミに数秒遅れて現場に駆け付けたけれど姿を現す切っ掛けを完全に逃したオリ主にとっては、尚更である。
心臓が高鳴るどころかその心臓をそのまま撃ち砕かれる危機を感じて、心臓を握りつぶされそうなストレスを受け続けていたりして……



・今回のNG大賞
「ママの味! キュゥべえの挽肉はいかがでしょう!」

・公開プロットシリーズNo.4
→マミさんは帽子を着こなせるタイプの人間、だと思っていた時代が作者にもありました

・人物図鑑
 ヒノエイジ
流浪の青年。性質は未練。過去に置いてきた後悔に囚われ、聞こえる泣き声を消し去ることに執念を燃やすが、自身の涙を拭うことは出来ない。この青年を倒したくば身に纏う下着を奪って絶望させればよい。



[29586] 第五話:Cyclone effect――風が呼ぶバッティング
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/04 02:25
前回までの三つの出来事は!

一つ!
念話の甲斐も無く、キュゥべえはほむらに葬られてしまった!
『助けて……助け……グチュッ』

二つ!
遅れてきた魔法少女、巴マミが犯行現場を目撃する!
「どうしてこんな酷いことを……!」

三つ!
マミとほむらが睨み合いを始め、オリ主である少女ヤミーは完全に出鼻を挫かれた!
「タイミングを逃したみたいです……」



視線を交差させる、二人の魔法少女。
そしてそれを隠れながら見守る、一人の魔法少女によく似た何か。
この場所にあるもう一対の目は……挽肉の中に沈み、何の光景も映してはいない。

キュゥべえを殺されたことについて説明を為されなければ気のすまないマミ。
一方のほむらはというと……特にマミと戦う理由を持っていなかったりする。
そもそも、キュゥべえとは大量生産品のインターフェイスに過ぎないのだ。
その端末の一つを潰すことは、ほむらにとっては憂さ晴らし程度の意味しか持っていない。

……逃げるべき。

従って、ほむら自身にとってその判断は当然のものだったが、

「逃げ道なんて……あると思う?」

次の瞬間には風を切る音が、ほむらの耳の真横を通り過ぎる。
ほむらが退路を探してマミから目を離した一秒にも満たない時間のうちに、マミは自らの武器を取り出していたのだ。
一発限りの使い捨てマスケット。
それが巴マミの最も多く使う武器であり、まさに今その銃口が、ほむらに向けられていた。
その足元には既に役割を終えた一本が硝煙をあげており、マミの動作の熟練ぶりを窺わせる。

ほむらの背後の壁には蜘蛛の巣状の爪痕が刻まれ、その模様はほむらに退路など無いのだという事が暗示されていた……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第五話:Cyclone effect――風が呼ぶバッティング

Count the medals 現在オーズの使えるメダルは……
『タカ』×2
『カマキリ』×1
『バッタ』×1
『トラ』×1



「セルメダルが、増えた……?」

魔法少女たちの宴を傍観していた少女ヤミーにも、変化が訪れていた。
なんと、マミがマスケットを取りだした瞬間に、少女ヤミーを構成するセルメダルが増えたのである。
つまりそれは、ヤミーの親であるキュゥべえの欲望が少しだけ叶えられたという事に違いない。

「お母さんの望みは、魔法少女を増やすことだったような気がします」

それに加えて、魔法少女が魔女を倒すことも望んでいると言っていたはずだ。
だが、今のケースはそのどちらにも当てはまらない。むしろ、魔法少女が減りそうでさえある。
魔法少女が魔法少女に向けて攻撃したという状況で、どうして少女ヤミーのセルメダルが増えなければならないのか。
そもそも、当のキュゥべえは食肉加工センターがよく似合う姿になっているというのに。

「まぁ、このまま傍観していれば一人儲けだから良いですけど、ワケが解らないです……」

ヤミーの『親』の願望は、概要だけならグリードやヤミーからもある程度までは把握できるが、基本的に『親』からの申告によって発覚する。
もしそんなものを都合よく把握できるシステムがあるならば、ウヴァさんはわざわざ人間に欲望の内容を尋ねたりするはずが無いのだ。
つまり、魔法少女を増やすというキュゥべえの自己申告はキュゥべえの持つ欲望の一部に過ぎなかったという事なのだが……ヤミーに関する基礎知識が抜けている少女ヤミーにそんな判断が出来るはずもない。

そんな状況で目の前の事実に理由付けをしようと考えた少女ヤミーの頭に、一筋の光が差し込んだ。

「なるほど。つまり……あの黒い子は実は魔女だったという事ですね!」

所詮オリ主の思考能力など、この程度である。
先日少女ヤミーを魔法少女と知りつつ襲い掛かってきた暁美ほむらが魔女であると、確信した瞬間だった。
最早色々と面倒くさい勘違いが発生しているが、全面的にキュゥべえとウヴァによる説明不足のせいである。

少女ヤミーの知る由も無い真相を明かしておくと、魔法少女の本体たるソウルジェムは魔法少女が魔法を使う度に汚れを溜めこみ、魔法少女を『魔女』に近づける。
そして、その汚れの蓄積がキュゥべえの目的の一部であるために少女ヤミーのセルメダルが増えているというわけだ。
実は少女ヤミーの誕生日にほむらから襲われた時も、剥ぎとられるセルメダルより少し足りない量だけ増え続けていたりしたのだが、それはされておき。


「今ここで、貴女と戦いたくは無い」
「私も、貴女が素直に話してくれれば、こんな物騒なものは使いたくないわ」

どんどん戦ってほしいと願う少女ヤミーをよそに、ほむらとマミは案外冷静だったりする。
しかも、ここからの沈黙が長く続くものだから、少女ヤミーの精神力を無駄に削ることとなるのである……

「……」
「……」

何を話すか、話すべきか、ほむらは頭の中で整理を付けているのだろう。
一方のマミは、愛用のマスケットを握る手を緩めずに、ほむらが口を開く時を待ち続ける。
ほむらはキュゥべえがどういう『モノ』であるか知っているのだが、それを信じてもらえるという期待はマミに対して全く持てていない。
従って、マミの認識を覆さずにほむら自身の目的に都合の良い方に誘導することを考えた結果……少しだけ話を逸らすことにしてみた。

「……そう遠く無いうちに、この町にワルプルギスの夜が来る」
「そう、それは大変ね。魔法少女の仲間を増やして御出迎えした方が良かったんじゃないかしら?」

ワルプルギスの夜という聞き慣れない言葉に、少女ヤミーは首を傾げる。
マミが大変だと言うからには、RPGのボスキャラ的な何かが現れるのだという事は推測できるのだが、その具体的な形が伝わってこないのだ。
むしろ、その到来によって魔法少女が増えるかもしれないというくだりに興味津々な辺り、現金なヤツである。
契約を司るキュゥべえが既に居ないという事実が頭から抜けていないために、手放しで喜んだりはしないが。

「そうならないように、アレを潰した。魔法少女は増やすべきじゃない」
「『私達』が、言えることだと思う?」

もちろんマミとて、軽々しく魔法少女を量産することが望ましいとは思っているはずもない。
しかし、しっかりと覚悟を決めたうえで契約するならば、それはそれでアリだと考えているわけだ。
その分、自身の決断に責任を持ってほしいと思ってもいるが。


……切っ掛けは、突然に訪れる。
マミの足元に広がる、白い霧。
それに気を取られたマミの隙を逃さずにほむらが起こしたアクションは……逃亡だった。
その退避方法はマミからも少女ヤミーからも目視出来なかったが、おそらく魔法で加速でもしたのだろうという程度の認識を以って思考を打ち切る。

「……仕方ないわね」

瞬く間に姿を消したほむらの居た場所を一瞥し、巴マミは状況の把握に努めることにしたのだった。
その霧が魔女によるものであるということは、熟練の魔法少女であるマミには瞬時に予想がついた。
ほむらが立ち去った後も霧が残っていることから、ほむらの仕業で無いことは確定だろう。
ところが、マミ自身は未だ魔女の作り出す空間に引きずり込まれているわけではない。
また、魔女が魔法少女を選んで襲い掛かる理由も、マミには心当たりが無い。
それらを総合して考えると……

「下の階で、襲われている人がいるってところかしら」

足元に広がる霧は階下から漏れ出したものであり、そこで魔女が食事をしているという結論に至った。
意外にも、キュゥべえの敵討ちよりも生きている人間を優先出来る程度には、巴マミは冷静であったようだ。



丁度そのころ、CDショップを抱えた建物の中層階において、怪奇に巻き込まれる青年が二人ばかり。
一人は、死人でも「嫌いじゃないわ!」と叫んで置きあがってくる程度のイケメン、火野映司。
もう一方は泉京水……ではなく泉信吾という人間の姿を借りたグリード、アンク。

「アンク、メダルを!」

つい今しがたまで多国籍料理店で近所の女子中学生と一緒に楽しいSMごっこに興じていた映司の危機を救ったのは……皮肉にもアンクであった。
アンクは、ヤミーのセルメダルが増えた時のみ、その位置を感じ取ることが出来る。
その勘が、この建物の上階でセルメダルが増えていることを感知したというわけだ。
女子中学生の足止めを「何故俺がこんなことを……」と呟く後藤に任せ、命からがらクスクシエから逃げ出して来たのであった……

「待て、映司。こいつら……ヤミーじゃない」

彼らの置かれている状況はというと……ヒゲを生やした白いボール状の何かに襲われていた。
しかも、周囲がいつの間にかクレヨンで書きなぐったようなメルヘンな空間に早変わりしている。
一般人ならば自身の精神の異常を疑って黄色い救急車を呼ぶであろうことは想像に難くない。
もっとも、メダルに関わる諸事情を知る映司としては、メダルってそういうものなのかという程度の認識しか無かったのだが……映司の予想は外れていたらしい。

そして、目の前の怪異がメダルのせいではないと解ったアンクの落胆ぶりは映司から見ても容易に判断できた。
具体的に言うと、アンクが変身用のコアメダルを準備する気配を全く見せない辺りに。
映司は既にベルトを巻き終えて準備万端なのだが、メダルが無くては変身することもかなわない。

「この上の階にヤミーが居るかもしれないだろ? とりあえず目の前のこいつらを倒そう」
「……しくじんなよ」

しぶしぶ、という様子を見せながらも緩慢な動きで三色のメダルを用意したアンクが、それを映司に手渡してくれる。
というか、一応ヒゲタマゴからの体当たり攻撃を散発的にかわし続けているので、どの道オーズの力で蹴散らす以外の選択肢は無かったりするのだが。
ちなみに、映司自身さえ半信半疑の仮説だったが、当の少女ヤミーは未だに上階の物影に隠れていたりするので、実は大正解であった。

手渡された三種のコアメダルを、ベルト前部に掘られた溝にセットし、ベルト右腰部に装備されたスキャナを手に取り。
メダルをセットした台部を傾けてベルトを待機状態にすると同時に……スキャナをベルト前部に走らせ、三種のコアを読み取らせる。
その色は、鳥系メダルを示す『赤』、猫科を現す『黄』、虫系の『緑』の信号配色という、オーズの基本形態を作り上げるためのもの。

「変身!」
『タカ トラ バッタ』

歌が無いことは気にするな。
TV本編より若干寂しい感があるものの、『仮面ライダーオーズ』、ようやくの登場である。
タカの眼力にトラの爪と腕力、バッタの跳躍力を持った古代の戦士……それが現在のオーズの姿、『タトバ』形態であった。
……13世紀を古代と呼ぶと誰かに怒られそうな気もするが。


飛来するヒゲタマゴをバッタの脚力で蹴り返し、時に虎腕の爪で叩き斬る。
ヒゲタマゴが弾幕の体を為して襲い掛かってくれば、タカの目で一筋の抜け道を見出す。
だがしかし、敵一体ずつの戦力は大した問題となるものではなかったが……いかんせん、数が多すぎた。
決してタカやトラやバッタのコアメダルの力が弱いわけではない。多分。

「何やってんだ、映司!」

自身も右手だけの怪人態を振り回しながら、アンクが怒声を発する。
その手の中には握りつぶされたヒゲタマゴの姿があり、ヤミーに辿り着けずにアンクが苛立っている様子が、映司には手に取るように解った。

「分かってる!」

際限なく襲い来るヒゲタマゴを捌きつつ、映司は打開策を探る。
……メダジャリバーは、使えない。
もちろん、先日鴻上ファンデーションより届けられたオーズ用追加装備のその大剣は、使おうと思えばいつでも使う事は出来る。
そこにセルメダル3枚を投入して、広範囲斬撃である『オーズバッシュ』を発動すれば、確かにこのヒゲタマゴの群れを容易に殲滅出来るかもしれない。

だがしかし、オーズバッシュは対象範囲内にある全ての生命を対象としてしまうため、周囲の安全を確認しなければ使えないのだ。
映司たちが現在足止めを食っている建物は、周囲に似た高さの建物が並ぶ街並みの中にあるため、下手をすると隣の建物の中の人間まで一緒に切ってしまうという事態が起こり兼ねないのである。

……アンクには悪いけど、時間をじっくりかけて少しずつ数を減らそう。

思考が最終的にそこに落ち着く辺り、映司とアンクの人間関係というものが非常によく表れていると言えるだろう。
もちろん、面と向かってそんなことをアンクに言ったりはしないが。


そう、映司が思っていた時だった。

「……え?」

目の前でトラクローの餌食となる直前だったヒゲタマゴが、突如として砕け散ったのは。
それに始まり、次々とオーズの周囲のヒゲタマゴが弾けて消えて行く。
空間を埋め尽くしていたはずの白い球体たちは、瞬く間に火の手をあげてその存在を抹消されていったのだった……


「なんだ? 何が起こった!?」
「マスケット、だ」

何が起こったか把握していないアンクに対して、映司は飽く迄冷静に、自身の分析した情報を伝える。
かつて旅人だった頃に紛争地帯を訪れ、日常の中に散りばめられていた兵器たちのうちに、映司はそれを見たことがあった。
一発の弾丸を込めると装填に時間がかかるが、防弾ジャケットを着た兵士をその身体ごとブッ飛ばす威力を持った、対重装兵用のあまり実用的でない飛び道具を。
これだけの弾丸と発射音が聞こえるのに装填する音が全く聞こえない、という感知状況から、判断したのだ。

「御名答です」

いつの間にかオーズとアンクを囲んでいたメルヘンな空間が消え、二人の前に現れた人物は……物騒な銃を片手に下げた、金髪の少女であった。
帽子と黄色いスカートが印象的な衣装に身を包み、幼さの残るその容姿からは10代半ばであることが読み取れる。
そしてその周囲には、硝煙をあげる厳つい火器がいくつも宙に浮かぶという不思議な光景が広がっていた。

青年は、そんな年齢の少女が平然と兵器を扱っている様を見て、どのような表情をしているのだろうか。
怪人は、オーズでも無い人間が当たり前のように強大な力を振るっている光景に、一体何を思ったのか。

タカの目は、何も語らない。


魔法少女と仮面ライダーの物語は、既に交わり始めている……



・今回のNG大賞
「あれ? タトバの歌が聞こえない……?」
アルカディアの利用規約をよく読むんだ、映司!

・公開プロットシリーズNo.5
→活字だとタトバは強そうに見える! 不思議!

・人物図鑑
 アンク
鳥類の怪王。その性質は嫉妬。他者の台頭を許さず、その破滅を望む。在りし日に大空を翔けた栄光を、今はただ求め続ける。好物の冷菓子さえ持っていれば簡単に懐柔できるだろう。



[29586] 第六話:魔法少女を逮捕せよ
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/04 02:26
「貴方達は、いったい……」

突如映司達の前に現れた少女……巴マミは、信号男と腕怪人に対してその素性を尋ねようとするが、

「行くぞ、映司! この上からまたヤミーの気配がしたッ!」

絶対に空気を読む気なんて起こさない腕怪人は一味違った。

そもそも、アンクが感じ取ったヤミーの気配は、映司たちが当建物に辿り着いた時には時間が切れて消えていた。
それが、オーズの戦闘中……もっと詳しく言えば、謎の少女が大量の銃弾を用いてヒゲタマゴの群れを殲滅し始めた時に、再び建物の上階から匂い始めたのだ。
当然、アンクのテンションはウナギ登りである。
例え大きな戦力を持っていたとしても、見知らぬ少女の姿など目に入るはずも無かった。

「ごめん、また後で!」

走り出すアンクの後を追って走る映司は、何度か振り返ってマミに視線を向けながらも、急ぎ足で上階へと去ってしまったのだった……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第六話:魔法少女を逮捕せよ



喜び勇んでヤミーの臭いを追跡し始めたアンクだったが、当のヤミーも追跡者の存在に気付いたらしく、建物の非常階段を使って上へ上へと逃亡し始める。
未だ姿を見られないヤミーは、やがてその臭いを発する制限時間を切らせてしまうが、それでもアンクと映司は非常階段を上ってヤミーを追跡する。
屋上まで追いつめれば、ヤミーが逃げられなくなる可能性もあるからだ。
だがしかし、現実は非情である。

「クソッ!」

アンクが悪態を吐いたのは、屋上まで辿り着いてもヤミーを見つけられなかったと解った後であった……
おそらく、空に跳べるタイプのヤミーが、屋上から飛び立ってしまったのだろう。
周囲に敵がいないと解って変身を解除する映司。

「終わりました?」

そして、いつの間にか映司達の後からついて来ていた、金髪少女こと巴マミ。
その姿は先ほどの狩人のような衣装から見滝原中学の制服へと戻っており、大人をひっくり返すような火器を扱えるような人物にはとても見えない。

「うん。さっきは助けてくれてありがとう」

素直に助けられた礼を述べる映司に対して少しだけ警戒を解いた様子を向けたマミだったが、聞きたいことがあるのは変わらない。
アンクのヤミー探しも続行不可能という事で、舞台はようやくCDショップのあるビルから動いたのであった……




「それで、先ほどの姿は何なんですか?」

一通り自己紹介を終えた3人が足を運んだ場所は……巴マミの暮らすマンションだった。
流石に一人暮らしの女子中学生の部屋に大の男が二人して乗り込むのは見た目的にマズイ……そう思ったのだが、他に落ち着ける場所が無かったのである。
映司が最近寝泊りしている夢見公園には、何故だか普段の二倍近いホームレスが溢れていたのである。
どうやら、夢見公園の近くにある別の公園が閉鎖されて、そこから人が流れてきたらしい。

今日の昼間にも中学の生徒がストーカー被害にあったばかりだというのに、物騒なことは続くものだ。
結局ストーカー犯と思しき鴻上ファウンデーションの小隊長は逃亡を図ったらしいが。

「オーズっていうらしいよ」

特殊な窪みの掘られたベルト・オーズドライバーを見せながら、ここにメダルを入れると変身できるんだ、と追加の説明を入れる映司。

「……」
「……?」

何の反応も見せないマミの視線を受け続けながら、映司は首を傾げざるを得ない。
特にマミの怒りを買うような心当たりは無いが、何が発火剤になるか分からないのが人間という生き物の恐ろしいところなのである。
沈黙に耐えかねた映司は……

「アンク、俺何かマズイこと言ったかな?」
「俺が知るか」

とりあえず愉快な同居人に尋ねてみたが、答えが予想通り過ぎて泣ける。

「もっと何か無いんですか? なんて言いますか、プロフィールがざっくりし過ぎというか……」
「人間の欲望から作られたセルメダルで出来てるのがヤミーで、ヤミーと戦うための戦士がオーズ……なのか?」

マミに突っ込まれて言葉に詰まる辺り、映司もあまり知識を持っていないことは間違いないらしく、最後はやはり自信が無さそうにアンクへ話を投げた。
それは危険を背負って戦う者としてどうなのか、という気が若干しないでもないマミであった。
実はマミ自身も他人のことを言えるような御身分では無いのだが。

「面倒だ。俺に聞くな」

あんな奴でゴメンねと謝る映司に、いいですよと手を振るマミは、中学生には見えない貫録を持っていた。
というか、中学生にしては人間が出来過ぎていた……そう、映司には思われた。
決して、昼間にクスクシエに来ていた二人組が子供過ぎたとか、そんなことは断じて考えてはいない。多分。

「では、魔法少女について説明しますね」

映司たちが聞いても居ないのに、身の上話を始めるマミ。
マミ自身がオーズについて疑問を持ったのだから、映司達も魔法少女について疑問に思っているのだという推測が彼女の中では固まっているのだろう。
もっとも、当の映司は興味を持っていたので、何の問題も無いわけだが。
巴マミの話を掻い摘んで説明すると、キュゥべえという小動物に願いを叶えてもらう代わりに、魔法少女になった者は魔女と戦う使命を背負うということと、魔女は周囲に災厄を振り巻いて人を殺す存在だということであった。

「おいガキ! 今の話は本当か!? そいつに頼めば何でも手に入るってのは!」
「流石にその言い方はどうかと思うぞ……」

始めは興味が無さそうに聞いていたアンクだったが、いつの間にか食いついて来ている。
その原因は間違いなく、契約して願いを叶えてもらうというくだりである。
おおかた、大量のメダルかアイスでも強請る気なのだろうが、ビジュアルという世界の秩序をもっとよく考えてほしいものである。

男の魔法少女なんて、そんなの絶対おかしいよ!


「残念ながら、契約を司る『キュゥべえ』は先ほど殺されてしまったんです。魔法少女の手によって……」

沈痛な表情を見せながら、暗い影を思わせる話しぶりで、マミは衝撃の事実を口にした。
助けを求めるキュゥべえの声を聞いていただけに、タッチの差で間に合わなかった自分自身に対する情けなさが頭をもたげていたのだ。

「マミちゃん、自首すれば罪は軽くなるよ! 一緒に警察に行こう!」
「痴情のモツレとはありがちだな。一応『俺』は刑事だが……緊急逮捕ってヤツかァ?」
「私は殺ってません! 信じてください刑事さんっ!?」

何故かキュゥべえ殺しの汚名を着せられ、キュゥべえとの仲まで邪推されては、流石のマミでも声を荒げざるを得ない。
ぶらぶらと『泉信吾』名義の警察手帳を見せびらかすアンクに対して身の潔白を主張するマミの背には、何故だか哀愁が漂っていた……
ここまで作り上げてきたお姉様キャラが崩壊した瞬間でもある。
どうしてこうなった。

「ああ、お前が誰と何をヤっていようと、そんなことはどうでも良い」

当てる漢字によって『ヤる』の意味が大分違うような気がして仕方が無い映司とマミだが、いい加減に話が進まないので突っ込みを控えることにするのだった。
見逃してやるから心して答えろ、と前置きするアンクは何処までも偉そうだったが……マミとしては逮捕歴を作るなど御免被りたいので、余計なことは言えない。

「一応言っておくと、アンクが取り憑いてる泉信吾さんは本当に刑事だけど、妹さんが休職願いを出してるから、通常の逮捕は出来ないことになってるよ」
「憑りついて……?」

一応、アンクの現状についての説明を、巴マミに行う映司。
以前、泉信吾という刑事がヤミーを取り押さえようとして瀕死の重傷を負った際、彼を利用しようとしたアンクが憑依する形で肉体の支配を奪ったのだ。
もっとも、アンクが憑かなければ泉刑事は死んでしまっていたので、一概にアンクが悪事を働いているともいえないのだが。

話の腰を折られて若干イラっとしている感のあるアンクに、説明を終えた映司が話の続きを促す。

「あのビルの上階で、ヤミーを見なかったか?」
「いいえ、ヤミーというものを見たことはありませんけど、私の他には魔法少女一人しか居ませんでしたよ」

アンクにとって重要なのは、巴マミがヤミーを目撃していたかどうかという一点だった。
ソレに対するマミの答えは、目撃を否定するものである。
だがしかし……その回答を聞いたアンクの目がギラリと輝いたように、マミには思われた。

「確認だが……そいつは本当に、『魔法少女』だったんだろうな?」

映司はアンクの質問の意味が解らずに首を捻るが、マミには解ったらしく、その表情が驚きに固まっている様が窺える。

「そう言われると、彼女自身のことを魔法少女だとは言っていなかったような……」
「あの場所にヤミーが居たことは間違いない。つまり、その殺人者がヤミーだったってことだな」

人間型のヤミーなど、現代においては映司はおろかアンクでさえも見たことは無い。
だがしかし、アンクの頭には一つだけ例外の心当たりがあった。
アンクの同胞であるグリードの中には、人間に同化して操るタイプのヤミーを生み出す者が居たはずなのだ。
面倒くさいので、説明は必要になるまでするつもりはアンクには無いが。
それと、実はマミの方がヤミー関係者である可能性も疑っていたりするのだが、正面から聞いたところで素直に答えるはずが無いという理由で保留にしておいた。

「それじゃあ、そのヤミーの親の欲望って何なんだろう?」

二人の会話を聞いていた映司がおもむろに口を開き、さり気無く事態の核心を突く疑問を弾き出す。
この男はたまにこのようなファインプレーをかますことがあるのだが、自身どころか周囲さえもそれに気付かないことが多いため、今一目立たないのである。
欲望? と聞き返しているマミは、ヤミーというものについての追加説明を求めているに違いない。

「ヤミーは寄生先の人間の欲望を叶えてセルメダルを増やすことが、目的で能力だ。俺達があそこに行く前に、あの場でセルメダルが増えたのを確かに感じたぞ」

ついでに、セルメダルが増えた直後にしかアンクはヤミーの場所を特定できないと言う事も追って説明する。
メダルが増えたという事は、『親』の欲望が叶えられたということであり、この場合は謎の少女の行動がそれを遂行したと考えるべきなのだろう。

「キュゥべえを殺すことが、『親』の願いだったんでしょうか……」

思考の過程は正しいというのに、結論はどうしてこうなったというレベルで的外れであった……
もっとも、それを指摘する人間は居ないのだが。

「そのキュゥべえって、誰かに恨まれてたの?」

追撃で世界の核心を突く男、火野映司。
ひょっとすると彼は、この世界の何かを変えてくれるかもしれない。

「魔法少女になってしまったことを後悔する子も居ますけど、流石にキュゥべえを手にかけるような事態は見たことがありません」
「それも気になってたんだけど、魔法少女って一度なったら辞められないの?」

巴マミの表情が……止まった。
顎の下に手を当てて何かを考え込んでいるというのは映司とアンクにも解るのだが、一体何を悩んでいるのだろうか。

「……そういえば、魔法少女を降りようとしたらどうなるのか、聞いたことがありません」

そう言いながら、手元に卵型の宝石、ソウルジェムを見せる巴マミ。
魔法を使うと濁りを溜めこんでいく宝石は、それを許してくれるのだろうか?
結局、仮面ライダーと魔法少女と怪人が頭を突き合わせて考えを巡らせても、この晩においては世界の真実に辿り着くことは叶わなかったのだった……



「……くしゅん」

風の吹き抜けるビルの屋上に、白黒少女が一人。
その口から出た小さなくしゃみの音が、夜の街の喧騒に溶け込む。
もしかすると、誰かが白黒少女……暁美ほむらの噂話をしているのかもしれない。

「まどか、かな……」

脳裏に浮かぶのは、本日見滝原中学校に転入した暁美ほむらが、クラスメイトとなった少女。
優しくて、気が弱くて、少しだけ周囲の好意に鈍感だけれど……ほむらの大切なヒト。

残念ながらほむらの噂話をしているのは、ほむらを『未確認生命体』だの『魔女』だの『ヤミー』だのと疑う人々なのだが……きっと、言わぬが花というものなのだろう。


物語はまだ、始まったばかりである……



・今回のNG大賞

「危なかった……ワケが解らないですけど、逃げきれて良かったです」
「また会ったわね。昨日の今日だけれど。さようなら」
「えっ……?」
ピチューン

ヤミーはその生が終わって初めて、その価値が決まるらしい……セルメダルの枚数的な意味で。
ほむほむマジ死神。

・公開プロットシリーズNo.6
→何も知らなくても戦える男&何も知らないから戦える女



[29586] 第七話:死なないのか? 私は聞いてない!
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/04 02:26
「転校生、一緒に寄り道しない?」

不意打ち、だった。
時を巻き戻すことで、統計として有効な以上の回数だけ同じ時間を繰り返してきた暁美ほむらでも、予想外の事態だったのだ。

「……?」

ほむらの目の前で彼女に親しげに話しかけて来ているクラスメイトの名前は……美樹さやか。
さやかは異時間軸においてほむらと敵対することの方が多い存在であり、ここまでほむらに友好的に接してくる個体は珍しい。
そのさやかが何故、親しげにほむらに話しかけて来ているというのか。

「気付いてたかもしれないけどさ、あんた昨日ストーカーに後をつけられてたんだよ? 一人歩きは危険だって」

ほむらの無言を説明の催促だと捉えたらしいさやかが、理由を後から付け足してくれた。
さやかは、まさか想像もしていないだろう。
転校の前夜に強面の自営業の方々から銃火器を盗みとってくる程度には、ほむらが逞しいのだということを。

正直なところ、魔法少女が高々変質者一名に後れを取るなど、あるわけがない。
あるわけがない、のだが……暁美ほむらの視界には、美樹さやかの背後からこちらに心配そうな視線を送る鹿目まどかの姿が!
名前も解らない(失敬)深緑色の子も居るが、重要なのはそこではない。

鹿目まどかと親しくなることが嫌なんてことは全く無いのだが、ここで友達などと呼び合う仲になれば、何かの切っ掛けでまどかの覚醒フラグを建ててしまうことになるのではないか。
しかし、ほむらを心底心配しているであろうまどか(+他二名)の気持を無下に扱うのも心が痛む……と、心の中で自分自身に対して言い訳をしてみる。
どうせまどかの周囲を見張るんだから近くから見て居たって一緒かもしれない、と更に心の中で言い訳を重ねてみた。
尾行って案外気疲れするし、私にストーカーも居るみたいだし、と三重四重に自分自身に言い訳を重ねて……

「……御一緒するわ」
「ほむらちゃん、何だか凄く葛藤してたみたいだけど……大丈夫?」
「そうなの? あたしには無表情にしか見えなかったよ?」
「大丈夫。心配には及ばない」

……台詞が無い抹茶色の子は、まぁ、仕方ない。
言い訳である。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第七話:死なないのか? 私は聞いてない!



4人が足を運んだ場所は、学校最寄りのファミリーレストランであった。
一つのテーブルを囲むのに丁度良い人数だったこともあり、2席ずつが向かい合った机へと真っ直ぐに向かう。
一番奥の席にまどかが入り、その隣に仁美が。そしてまどかの正面にさやかが座り、残った席がほむらのモノとなった。

その座席位置を目にしたほむらが何故だか肩を落とした気がしたまどかだったが、あまり意味が解らなかったので放置プレイに励む。

「でさ、そのストーカーのことなんだけど、どうやら鴻上ファウンデーションって財団の社員らしいんだ」

先日のことを思い出しながら、さやかが後藤の噂話を始める。
所属会社の件は後藤の自己申告なのだが、素直に信じている辺りさやかは少し頭が足りない子なのかもしれない。
素直に答える後藤さんも5103ではあるが。

「鴻上財団といえば、鹿目さんのお母様が務めていらっしゃいましたよね?」
「うん。そうだよ」

突然の仁美からのパスに一瞬だけ驚きながら、まどかが肯定の意を表した。
まどかの母親は鴻上ファウンデーションで部長だったか課長だったかを務めているのだと、まどかは記憶している。
そこの会長さんが職務中は常にケーキを作っているという、まどかの母親にしては珍しい大法螺もついでに思い出されたが、関係がなさそうだったので思考の外へ追い出した。

「昨日の後藤さんって人のこと、お母さんに聞いてみたら、本当にその財団の人だったみたい」

まどかの母親……鹿目洵子によれば、後藤慎太郎という人物は『真面目で堅物な青二才』ということらしい。
何だかあまり高評価ではないが、それでも悪い人には聞こえない。

「まさか本当に何かの任務を……もしかして、暁美さんは実は会長の隠し子だったりするんでしょうか?」
「……そんなわけ無いわ」

『未確認生命体』『魔女』『ヤミー』に加えて『鴻上会長の隠し子』という新たな誤解が生まれるところであったが、ほむらさんのナイスセーブである。
志筑仁美という歩く妄想製造機の前に、油断は禁物だが。

「やっぱりストーカーだったか。今思うと、あのパンツマンもグルだったのかも」
「火野さんも悪い人じゃないと思うけどなぁ……」

パンツマン、というワケの解らない渾名を聞いて、思い思いに『火野さん』の人物像を作り上げようとする仁美とほむら。
まさかその火野という人がパンツ一丁で町の中を歩いていたわけではないのだろうが、何をしたらそう呼ばれる人間が出来上がるのかと、気にならないでもない。

「なんていうか、火野さんのことを考えると胸がドキドキするような気がして、これってもしかして恋っていうモノだったら、それはとっても嬉しいなって……」
「ソレは露出狂という変態に対する嫌悪感よっ!? 目を覚ましてまどかっ!?」
「鹿目まどかっ! どこまで貴女は愚かなの!?」

はい、ほむらさんの名言はいりましたー。
そして仁美とまどかは、さやかとほむらの壮絶な突っ込みにドン引きしていたりする。

……なぁ転校生、今度の新月の日っていつだっけ?

何故さやかとほむらは、いつの間にかアイコンタクトを交わせる間柄になっているのか。
この二人は昨日会ったばかりであるはずなのだが……人間関係に必要なものは時間だけでは無いのだろう。多分。

……大丈夫よ。ワルプルギスの夜が来たら、その時のどさくさに紛れて変態は始末するから。

「二人ともどうしちゃったの!? 何だか怖いよ!?」

こそこそと隣同士で内緒話を始める、ほむらとさやか。
というか、巨大魔女の件は、まだ魔法のマの字も知らないはずのさやかに話していいことでは無い筈なのだが。
もちろん、キュゥべえと出会ってさえ居ないまどかにも理解できるはずは無い。

「心配は要らない。鹿目まどかは私が守るから」
「ソレを言うなら『私達が』だろ? 転校生」

まるでどこぞの半熟探偵たちのようなクサさを醸し出す二人に、最早当事者のまどかでさえ置いてけぼりを食らっていた。
なんでこの二人は、『強敵』と書いて『とも』と呼び合う相手に向けるような視線を交差させながら熱い握手をかわしているのか。

「美しい友情です。感動的ですね」

だ が 無 意 味 だ。
何かを納得した様子で目元に流れる涙をハンカチで拭っている仁美に、通りすがりの仮面ライダーでも眺めるような目を向けながら、まどかはぽつりと呟かざるを得なかった。

「こんなの絶対、おかしいよ……」

ワケが解らずに泣きだしたいのはまどかの方である。
『魔法少女まどか☆マギカ』の世界も何者かによって既に破壊されてしまっていたらしい。



「そういえば、恋愛と聞いて思い出したのですが……」

ごそごそと自らのカバンの中を漁りながら、何かを探している仁美。
その四次元空間の中から仁美が取りだしたものは……

「お守り?」

まどかの予想(期待では無い)に反して、至極常識的なブツであった。
緑・黒・赤・白・灰色の5種類がそれぞれ一個ずつ、テーブルの中央へと並べられる。
何処かの公式サイトで売られている魔法少女モチーフなお守りと色の種類が違うのは、仕様である。

「先日、隣町に住む親戚の所に行った時に、お土産に買って来たんです」

一個ずつどうぞ、と5色のお守りを指して勧める仁美。
……もし恋バナが展開されていなかったら、仁美はその存在を永遠に忘れたままであっただろうことは疑う余地も無い。

「ああ、でっかい風車塔が建ってるあそこか。天気が良いと見滝原からでも偶に見えるよね」

さやかは、その隣町に関する予備知識を少しだけ持っているらしい。
まどかとほむらは、名前も聞いたことが無かったので特にコメント出来なかった。

「その町の御当地ヒーローをモチーフに作られたお守りらしいですよ」
「なんて言ったかな……たしか、『仮面ライダー』だっけ?」

かめん、らいだー? と顔を見合せてみるほむらとまどかだが、知らないモノは知らないのだ。

「種類があるってことは、御利益も違うの?」

このままエコの町の話題を続くと台詞が無くなってしまう……などと考えた訳ではないだろうが、まどかが口火を切ってお守りについて尋ねてくれた。
ほむらとしては、多分あのまままどかと顔を見合わせ続けるだけでもそれなりに幸せだったのだろうが。

「とりあえず、灰色が恋愛成就ですわ」

このお守りを作成した人間は、何故灰色などという一番恋愛から遠そうな色を恋のお守りに選んでしまったのだろうか。
……そんなことはどうでもいい。

「仁美ちゃん、私がその灰色を貰っても良い?」
「パンツマンにまどかを取られるぐらいなら、まどかを殺してあたしも死ぬわ!」
「貴女は鹿目まどかのままで居れば良い……!」
「そこまで言わなくても!?」

おそらく、さやかもほむらも本気で言っているわけではないはずだ。
ほむらはよく解らないが、さやかには腕を悪くした幼馴染という恋人が居るはずなのだから。
ただ、ほむらの言葉には、人間は人間のままで居れば良いと言い放つカミサマのような威圧感が漂っていた。
冗談だよね? とまどかも思ってはいるのだが、何だか聞くのが怖かったので黙っておいたのだった。

そして、さり気無く灰色のお守りを懐に入れる仁美は、ちゃっかりしていると言うべきか。
渡す気が無かったなら、始めから自分用に確保しておけばよかったものを……

「それで、他のは?」
「黒は、探し物が見つかるそうです」
「他のを聞いてからにしたい、かな」

暗にそのお守りの御利益は微妙だ、という含みを持たせたまどかの発言だったが……他のメンツも同意らしく、仁美は次のお守りを指さす。

「赤いお守りは、持っている人は死なないらしいですわ」
「貰ったら逆に死亡フラグが立っちゃう、ような……?」
「あたしも死ぬ予定は無い、かなぁ……こっちの緑は?」

原作的な意味では、さやかには実は死ぬ予定があったりするのだが、それはさておき。

「緑は、自分自身じゃなくて大切な人に加護があるみたいです」
「じゃぁ、私が緑で、ほむらちゃんが赤を持てばカンペキだね」
「「「……?」」」

緑のお守りの効果は、あまりお守りとして一般的なものではなかったが……まどかは何かを納得したような得意顔をして見せる。
他の三人は当然、その意図を計り兼ねてまどかに視線を集めていた。

「だって、そうすればストーカーさんが居てもほむらちゃんは安心でしょ?」

屈託のない笑顔でそう言い切るまどかを見ての、三人の反応は三者三様であった。
美しい友情に感動している仁美は、常識の範囲内である。

「だとさ。転校生、まどかの『大切な人』だって言われちゃってるぞぉ?」

ニヤニヤ、という擬音が非常に良く似合う表情を浮かべたまま、隣に座るほむらを肘で小突くさやかも……一応常識の範囲内なのだろう。
だが、照れながらほむらの顔を窺ったまどかが見たものは……

「……貴女は、どうして、そんなに……!」

涙。
暁美ほむらが、大粒の涙を流して、静かに泣いていた。
釣られてほむらの方に視線を向けたさやかと仁美も、その様子を見て一瞬だけ思考を止めてしまう。

「転校生、そんなにストーカーが怖かったのか……」

違う……そう切り出すことを、ほむらは、しなかった。
ほむらに関する記憶が無いはずのまどかが、深い意味合いを込めてそんな発言をしたのでないことだって、ほむらにも解っている。
それでも、勘違いや無意識にだとしても、まどかがほむらを大切な人として扱ってくれたことが……どうしようもなく、感情を急かす。

……まどかだけじゃ、無い。

いつの間にかほむらの手を握っていたのは、3人分の手。
まどかを守るためならと、ほむらが切り捨てる覚悟を勝手に決めていた人たちの、暖かい手がそこにはあった。


『もう誰にも頼らない』
そう決意したはずの心が、少し、ほんの少しだけ、揺さぶられる。
何かが、狂い出した……



・今回のNG大賞
「実は私の正体は、まどかの娘よ。22年後の未来から来たの。本名は上条あけみと言うわ」
「上条って、まさか上条君が私の運命の人!?」
「鹿目さん……その命、神に返しなさい……!」
「この淫乱ピンクがああああああっ!!!」

美樹さやかに首を絞められながら、志筑仁美による鹿目まどかの腹パンドラムの演奏が、ファミレスに鳴り響いたという……
そして、暁美ほむらさんは望み通り『まどかを助ける私』になったそうです。

女の子って怖いネ!


・公開プロットシリーズNo.7
→原作さやかによると、ほむらとさやかは似ているらしい。



[29586] 第八話:彼女には72通りの称号があるからな
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/04 03:54
「会長、『暁美ほむら』の関係者を名乗る人物が面会を求めています。許可しますか?」
「通したまえ!」

何の変哲もない、平日の昼下がりのことだった。
鴻上ファウンデーションの会長である鴻上光生が、会長室においてケーキを作るという不思議な日課に励んでいた時に、その知らせは届けられたのだ。
秘書を通して伝えられた案件に対して会長が即答を返すこともまた、この場所においては頻繁に見られる光景の一つに過ぎない。

『暁美ほむら』といえば、先日の見滝原中央公園前ライドベンダーの襲撃事件において、重要参考人とされている人物である。
メダル絡みの存在である可能性が非常に高いために警察にこそ届けられていないが、鴻上会長の有能な部下が暁美ほむらの監視任務に付いているはずだ。
その少女の関係者が鴻上会長に面会を求めるとすると……用件についてのおおよその想像は付くというものである。

「お、お邪魔します……」

来訪者は……桃色髪の、女子中学生一人。
いわずと知れた、魔法少女アニメの主人公様に相違ない。


どうして、こうなったのだろう……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第八話:彼女には72通りの称号があるからな



時刻は、第七話の末尾にまで巻き戻る。
ファミレスを出て愉快な友人たちと分かれた後、鹿目まどかは自身の中に溜まった違和感の正体について考えを巡らせていた。
あのお守り談義のあと、ほむらは断固として譲らずに緑のお守りを欲し、結局まどかとさやかがそれぞれ赤と黒を手に入れることで落ち着いたわけだが……

「ほむらちゃんの大切な人が、ピンチなのかな……?」

ほむらが欲しがった緑色のお守りの効果は……持ち主の大切な人を災厄から守ること。
そして、先ほどからまどかの頭の中で、何かが繋がりそうで繋がらないという気持ちの悪い感覚が沸き起こり続けている。
自身は既に答えを得ているはずなのではないか、という取り留めのない疑念が、思考の隅から消えない。

考えてみれば、暁美ほむらという少女は、鹿目まどかにとっては違和感の塊のような存在であった。
英才教育でも受けているかのような学業成績や運動能力にはじまり、日常生活が好きかと聞いてきたり、名前が格好良いとまどかに言われれば唇を噛みしめて見せたり……

『もしかして、暁美さんは実は会長の隠し子だったりするんでしょうか?』

まどかの中で、何かが一本に繋がった……そんな気がした。
仁美の何気ない一言を聞いた時は、また仁美特有の妄想だとばかりに思っていたのだが、気付いてしまった後ではその言葉の重みが全く違って感じるのだ。
『暁美ほむら』という名前が偽りのものであるとすると、その理由としては順当な線ではある。
そして、鴻上ファウンデーションの社員が隠れてほむらを護衛しなければならないような事情が、今現在において存在するとすれば……

「友達の家の事情に口を挟んじゃダメだよね……」

昨日今日に出会ったばかりのまどかが口を出して良いことでは、無いのかもしれない。
誰かに嫌われるのは……とても怖い。

『手を伸ばせるのに伸ばさなかったら、死ぬほど後悔する』

不意に、熱に浮かされた頭がぼんやりと聞いていた、火野さんの言葉が思い出される。
帰路を歩くまどかの足が……止まった。

周囲の誤解も恐れずに泣いている子の元に走り寄れる、そんな勇気は、まどかには無い。
まどかは、泣き叫ぶまどかの元に半裸のまま駆けつけてくれた火野映司のような強い人では、ないかもしれない。

「でも……」

ほんの冗談で『大切な人』と言われただけで泣きだしてしまう暁美ほむらの背後には、とんでもない過去が隠されているのだと、鹿目まどかの深層心理が叫んでいた。

一大財団の会長ともなれば、その身を狙う人間が居て然りである。
そして、会長がその親族を隔離したり隠したりすることもまた、有りそうな話だ。

まどかの勘違いだったなら、それが一番良いことだ。
後に笑い話のタネにでもしてしまえばいい。

ただ……ほむらの涙を見なかったことにするのは、嫌だ。そう、思えた。思ってしまった。

決意がようやく、固まる。
そして、自分が何をするべきか、その指針が立った気がした。
止まっていた足が自然と動きだし、鹿目家への道筋を辿る。
まずは母親から鴻上ファウンデーションの本拠地の場所を聞いて、動き出すのは明日の放課後だろう、と頭の枷が外れたように思考が回り始める。
幸いにして、翌日は午前授業だけの曜日であった。

この年頃の少女たちの成長は……ひょっとすると、周囲の大人が思うよりもずっと、駆け足なのかもしれない。
ただし、成長の方向が正しいかどうかは未来になってみないと分からないことが多いのを忘れてはいけないが。



予定通りに翌日の放課後に鴻上ファウンデーション本社ビルを訪れたまどかは、受付嬢に『暁美ほむら』の関係者を名乗って会長への面会を試みたのだった。
結果、あっさりと許可が下りたため、まどかは会長への面会に成功したのである。
この時点で、まどかの疑念はほぼ確信の域に到達しようとしていた。
少なくとも、『暁美ほむら』が鴻上ファウンデーションにとって重要な人物と認識されていることは間違いない。

「暁美ほむら君の友人の、鹿目まどか君だったかね!?」
「はい。初めまして……」

凄く暑苦しい笑顔でまどかを迎え入れてくれる、鴻上会長。
そして、いったい何故この人はケーキを作っているのだろうか。
鹿目家の母親が鴻上会長のケーキ作りについてまどかに話したことがあったが、まさかその噂話が95割も事実を含んでいたなどと予想できたはずもなかった。
尚、95割というのは誤字ではなく、この部屋に貯まっているケーキの数的な意味である。
まどかをここまで案内してくれた会長秘書と思しき女性が、机の上に並べられた10ホール近いケーキの山を淡々と削り続けている光景が、気になって仕方がない。
あのケーキは全て鴻上会長が作ったものなのか、あんな量のケーキを食べても人間は平気なのか……気になり始めると、止まらないものである。

「どうぞ?」
「頂きます?」

まどかの視線に気づいた秘書さんが、気を利かせてケーキと紅茶を用意してくれた。
そんなに物欲しそうな表情をしていたとは、まどか自身は決して思っていないのだが、出されたからには有難く頂くのが礼儀というものだろう。
実はこの秘書の女性は辛党気味なので、まどかにもケーキを少し押しつけてやろうと画策していたりするのだが、それはさておき。
もちろん、1ホール丸々などという事は無く、常識的なサイズに切り分けられている。

四角い小皿に盛られた真っ白なケーキは、スポンジの中層にイチゴの混じったクリームの層が見える、至極一般的なものであった。
口に入れると程良い甘みとイチゴの酸っぱさが口に広がり、自然と頬も緩んでくるというものだ。
紅茶も苦すぎず渋すぎずの絶妙な時間を以って淹れられており、その芳ばしい香りがケーキの美味しさをより一層引き立てて……

「会長への用事、忘れてませんか?」
「ぶふぅっ!!?」

図星だった。
危うく、まどかの顔を正面から覗きこむ秘書さんの顔に紅茶を吹きかけてしまうところだったが、間一髪のタイミングで横を向いて回避したまどかだった。

「私のケーキが、そんなに素晴らしかったかね!?」
「はい、それはもう……ってそうじゃなくて!」

美味しかったのは確かだけど、話の腰を折らないで下さい、会長。

「暁美ほむらちゃん……って、ご存知ですよね……?」

その名前を出した瞬間もその直後も、会長と秘書の二人は、挙動不審と呼べそうな反応など全く見せなかった。
ただ、ケーキを作る手と崩す手を休めずに動かし続けている。

「彼女の全てを知っているとは言えない! だが、彼女は素晴らしい存在だよ!」

手を止めずに会長の口から出た言葉は……肯定と、称賛。
相も変わらずハイテンションを維持しつつ、社長はまどかの疑問に対する答えを少しだけ提示してくれた。
その顔に張り付いた笑顔の裏にあるものが何なのか、まどかには判別がつかない。

「鴻上会長にとって、ほむらちゃんはどういう存在なんですか?」

素晴らしい存在、という鴻上会長の言葉に聞き返す形で、まどかは質問を継ぎ足してみる。
ほむらが家族と不仲かもしれないという疑念は既に殆んど晴れているために、その口調は先ほどまでより少しだけ、落ち着きを取り戻しているようだった。

「今はそれを伝える時ではない。だが、強いて言うなら、このケーキを贈るに相応しい相手だよ!」

ぶっちゃけ、この会長は誰彼構わずにケーキを送りつけることがあるので、その情報はあまり参考にならないのだが……まどかはそんなことは知らない。
誕生日を祝う定型句の添えられたケーキを見て、素直にケーキの用途を類推してしまったのだ。
バースデイケーキを贈る相手として、家族というものを第一候補に考えてしまうのは、まどかが今まで生きてきた世界においては当たり前のことだったという事情もあったりする。

「……鴻上会長に、お願いがあります」
「言ってみたまえ!」

だからこそ、まどかの中で勘違いが確信へと昇華してしまったのも……まぁ、仕方のないことだということにしておこう。
この厳つい会長から、あのほむらがどうやって生まれたのか? ぐらいには疑問に思っているのかもしれないが。

「そのケーキをほむらちゃんへ……私から届けさせてください!」
「彼女へケーキを届けたいというのも、一つの欲望だよ! 素晴らしいっ! 新しい鹿目まどか君の誕生だよ! ハッピーバースデイッ!」

ケーキを直方体の箱に収める会長の姿を見ながら、まどかは秘書さんにケーキのお代わりを貰おうかと考えを巡らせるのであった……




一方、登場することすら久々の感のある、オリ主こと少女ヤミーはと言うと、

「魔法少女は見たってヤツですか……まったく、ワケが解らないです」

またしても、物陰に隠れていたりする……
狭いところや暗いところが特別に好きなわけでは無いのだが、役回り……もとい巡り合わせの問題である。

「ハァッ!」
「ニ゛ャァッ!」

少女ヤミーが様子を窺う先に居る人物(?)は、肥えに肥えた一匹の猫型ヤミーと、その敵対者たちだった。
例の信号男と腕怪人のコンビである。
先日、薄暗いビルの上階で少女ヤミーを追跡していた二人に違いない。
緑に彩られたその脚から繰り出されるキックの威力は恐るべきものであり、デブ猫ヤミーの身体を構成するセルメダルを徐々に剥ぎとっていた。

「助けるべきなんでしょうか、っていうかそもそも、助けられるんでしょうか?」

デブ猫ヤミーを助けるべきかどうか、という点でまず一つの選択の段階があった。
自分自身以外のヤミーを初めて見る少女ヤミーにとって、デブ猫ヤミーを助けた方が良いのかもしれないという思考は確かに存在した。
だがしかし、「ヤミーは助け合いでしょ!」などと言って戦闘に介入してセルメダルの山へ変えられては、飛んで火に入る夏の虫である。
一応蝙蝠の怪人であるトーリは、創造主のウヴァさんと違って虫ではないのだ。

話を戻すと、敵は信号男だけでなく、今は静観している腕怪人だって居る。
しかも、偉そうに信号男に命令しているところを見ると、信号男より強いのかもしれない。

「むしろ、戦闘後に一般人のフリをしてセルメダルを拾いに行くのもアリなんじゃ……?」

まさかの見殺し説浮上である。
ヤミーの行動理念はセルメダルを得ることなので、あながち間違っても居ないが。
仮にも主人公が、その思考回路を持っているのは……どうなんだろう?

『スキャニングチャージ』

少女ヤミーが迷っている間にも、オースキャナーがデブ猫ヤミーのゴールは絶望だと高々に宣言していたりして……



・今回のNG大賞
「転校生、今日もどっか寄って行こうぜ」
「ええ」
「それと、まどかは今日は別の用事があるってさ」
「えっ……?」

ほむらからの視線に、まるで段ボール箱の中の子猫のようなイメージを抱いたまどかだったが……固い決意が揺るがされるには至らず、さやかに手を引かれるほむらを見送ったのだった。
がんばれほむほむ!

・公開プロットシリーズNo.8
→欲望と願いはどちらも相対化された概念

・人物図鑑
 コウガミコウセイ
財団の会長。その性質は肯定。全ての生誕を祝福することに執念を燃やし、ただケーキを作り続けるが、彼の部下にケーキを喜ぶ者は居ない。彼を倒したくとも、世界中から産声を消し去ってはいけない。新たに産まれるものが無くなれば、彼は新しい宇宙が誕生したと錯覚するだろう。



[29586] 第九話:灼熱地獄の黄祭
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/04 03:56
そもそも、少女ヤミーは何故この場に居るのだろうか?

その理由は、ほむらによるキュゥべえ殺害事件の時まで遡る。
キュゥべえの死によって、少女ヤミーの行動指針に大きな変化が生じたのだ。
それは、少女ヤミーが魔法少女を増やすという大きな目標が失われてしまったことである。

契約を司るキュゥべえが居ない以上、少女ヤミーは魔法少女を増やすことが出来ない。
従って、少女ヤミーを構成するセルメダルも増えることは無くなる……かに、思われた。
ところが、キュゥべえが殺された後にも少女ヤミーのセルメダルは増加を見せたのである。
その件に関して、魔法少女が魔女と戦うとセルメダルが増えるのだろう、と少女ヤミーは当りを付けている。
そこで更に事態は進展し、ワケの解らない信号男や腕怪人まで出張って来て、どうやらヤミー狩りを目論んでいるようだ。

「魔法少女の敵が魔女だから、魔女の敵である腕怪人たちは魔法少女の味方……なんでしょうか?」

予想外の事態が起こりすぎたことに困惑した少女ヤミーは、二つの仮方針を持つことにした。
一つ目は、魔法少女が魔女を倒す現場を押さえて、地道にセルメダルを増やすことである。
そして二つ目は……少女ヤミーのお父さんことグリードのウヴァを見つけて指示を仰ぐというものであった。

「そして腕怪人たちの敵がヤミーだとすると、彼らはワタシの敵と味方のどちらなのか……」

だが、そのどれを取るにしても魔女・魔法少女・グリードの何れかを見つけなければ話にならない。
そこで、地道に近隣住民への聞き込みを使って怪しい奴が居ないかと情報を集めたところ、飲食店や食料品店が襲撃されているという異変を耳にしたのである。
聞き込みの過程で羽を畳んで隠して人間に成り切るというスキルを身につけたのだが、それはさておき。
魔女絡みだと良いな、と喜び勇んで騒動の近くまで辿り着いた少女ヤミーが見たものは……

『スキャニングチャージ』

少女ヤミーが危険視する信号男と腕怪人が、太りすぎた猫のヤミーを追い詰めている現場であったのだった。
腰部に付けられた信号機としか思えない装飾品に何やら操作を加えた信号男が、不思議な音声とともに空高く跳び上がる。
赤黄緑の三色のリングが何処からともなく出現し、道筋を示すその輪を潜るごとにデブ猫ヤミーへ向かって加速する跳び蹴り……の、はずだったのだろう。

「あれ? 生きてる……?」
「お前を邪魔した奴が居るんだ」

ところが、何者かがその道筋の中にいくつもの人間大の石柱を投げ入れ、加速の邪魔にかかったようだった。
充分な加速を得ることが出来なかった信号男の跳び蹴りは、デブ猫ヤミーを仕留めることが出来なかったのである。

「カザリ……お前だな?」
「久しぶりだね、アンク」

乱入者は少女ヤミー……ではなく、ドレッドのような頭の目立つスマートな猫怪人であった。
サイズはもちろん、人間大である。
腕怪人によると、その痩せ猫の名前はカザリというらしい。ついでに、腕怪人の名前はアンクだそうだ。

「こそこそ付き纏っているとは、お前らしいな」

腕怪人の台詞に一瞬だけ冷やりとさせられた少女ヤミーだが、自身のことではないと解って胸を撫で下ろす。
まだ、その存在は感知されていないようだ。
おそらく、ヤミーをいつでも見つけられるというわけではなく、セルメダルが生産された直後のみにその存在を感じられるのだろう。

「人間に寄生するヤミーはお前のお得意だったか」

先日薄暗いビルの中で見つけ損ねたヤミーの情報も思い出しながら、アンクがデブ猫ヤミーに視線を向ける。
そこには、付近に倒れていた肥満の目立つ青年の身体の中へと入り込むデブ猫ヤミーの姿があった。
おそらく彼が、デブ猫ヤミーの『親』なのだろう。
質量を無視しているとか、そんなことは絶対に気にしてはいけないに違いない。
もっと食べ物を、と呻きながら逃亡を図るデブ猫ヤミーを追おうとする信号男に対してカザリが起こした行動は……突風を発生させることだった。

「うわっ!?」
「気を付けろ! そいつは取り戻しに来たんだ……!」

突風に耐えきれずゴロゴロと地面を転がる信号男に、注意を呼び掛ける腕怪人。
そして、信号男の腰部の装飾品を指さしながら、忌々しげに言い放つ。

「その一枚は、奴のコアメダルだからな」
「コアメダル? じゃあ、コイツはグリードの一人……?」

グリードという単語に、少女ヤミーは聞き覚えがあった。
記憶が正しければ、少女ヤミーの誕生時にウヴァが口にした台詞の中に同じ言葉が存在したはずである。
そして、警戒心を強める信号男の様子を見るに、グリードはヤミー以上の脅威であることは間違いが無さそうだ。


「コアメダルって、何でしたっけ……?」

そして、オリ主が動きを起こし辛い原因は、どう考えてもウヴァさんとキュゥべえの説明不足のせいである……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第九話:灼熱地獄の黄祭



「オーズなんて捨てて、僕と組まない? それは元々、僕らを封印するための存在じゃないか」

戦う気は無い、と前置きしながら、カザリはアンクへと新たな提案を指し示す。
それを見ていた少女ヤミーはと言うと……

「オーズって人がヤミーとグリードの敵? それなのにアンクって人がグリードみたいな? ……ワケが解らないです」

情報が整理できずに混乱の極みに居たりする。
グリードのくせにオーズを利用しているアンクが異端だというのが正解なのだが、情報が不足し過ぎて未だそこまで判断が及んでいない。

「僕と組んだ方が、メダル集めは効率的だよ」
「俺としても仕方なくオーズを使っているだけだ。何しろ、これだけしか復活できていない」

腕に付いた籠手のような装飾品をカザリに見せつけながら、まんざらでもないという事を示唆するアンク。
もしかして腕の方が本体なのか、という突拍子もない新案が少女ヤミーの頭の中に浮かんできたが、流石に有り得ないだろうとその考えを振りかぶって捨てる。
……大正解であったはずなのに。

「確かに人間は面倒くさい。お前の方がマシかもな」
「決まりだね。オーズはもう要らないなぁ」

一転して不利な状況に陥ってしまった信号男……もといオーズは、カザリとアンクの顔を交互に観察しながら状況把握に努めているようだった。
……それでも、おそらく少女ヤミーよりは現状を把握しているはずである。

「待て。グリードであるお前と組むのも、それはそれでデメリットはある。少し考えさせろ」
「解った。でも長くはダメだよ」

すぐには要求を飲めないと主張するアンクに対して、君は油断ならない、と言い残してカザリは颯爽と姿を消したのであった……


変身を解いたオーズもとい映司が、アンクに対してグリードに関する説明を求めていた。
そして、その説明に映司以上に期待を寄せる少女ヤミー。

「他にも、ウヴァ・ガメル・メズールの3人のグリードが居る。もし奴らのコアメダルが揃ってたら……」
「『世界を喰らう』だっけ?」

オーズが必ずしも必要では無くなったと言い放つアンクの言葉を皮きりに、人間の欲望に関する談義へと話が移り変わり、メダル関連の話題は終わってしまった。
その後、歩き去ってしまったアンクと映司の様子を見て、どちらを追うべきかと悩む少女ヤミーであったが、

「とりあえず、オロオロしてたオーズさんは頼りになりそうじゃないですね」

標的をアンクに定めたらしく、こそこそと隠れながら尾行を開始したのであった。
……のだが。
アンクがその後にとった行動はと言えば、ひたすら携帯端末を弄り続け、不審なことといえば通行人の持っていたアイスバーをこっそりと盗みとったことぐらいである。

「便利な世の中になったモンだ。空を飛びまわる必要も無い、ってか……」

携帯端末の出来栄えに感心したかと思いきや急に感傷に浸りだしたり、そうかと思いきや空を見上げたりと、少女ヤミーにとって有用な情報が何一つとして出てこないのだ。
上手くいけば少女ヤミーの創造主であるウヴァと落ち合うのではないかという希望的観測も、最早思い出す気も起こらない。

「アイス、お好きなんでしょうか……?」

どうでも良い情報しか出てこない、というより、対象が誰かと会話をしているのでなければ、言語による情報など出てくるはずがないのだ。
アンクの目の前に出て行って直接情報を引き出す手も考えては居るのだが、今一踏ん切りがつかない。
しかも、先ほどのカザリというグリードに加え、奇妙なバイクに乗った不審人物までもがアンクを監視しているようなのである。
尾行を始めるタイミングが遅かったことが幸いしてか、他の同業者に少女ヤミーの存在は気付かれてかったことが不幸中の幸いか。
どちらにせよ、少女ヤミーが出方が解らずに途方に暮れていたのは変わらなかったり……

結局、アンクが付近の飲食店前で映司と合流するまで、有効な情報を何も得ることが出来ないまま少女ヤミーは尾行を続けてしまったのだった……


「疑い深いグリードは、その疑いから裏切り、メダルを狙う。馬鹿でも面倒でも、人間の方がまだマシだなァ」

映司とアンクの合流場所に現れたカザリはアンクの協力を期待していたようだが……アンクはオーズと共に行動するという。
どうやら、カザリがアンクの周囲を嗅ぎまわっていたのがお気に召さなかったらしい。

『タカ トラ バッタ』
「変身!」

アンクから映司へと3色のコアメダルが投げ渡され、それをベルトの溝へと素早く差し込んだ映司が変身を遂げる。
古代の戦士オーズへと、その姿を変えたのだ。
相も変わらず歌が無いのは、勘弁していただきたい。
決して作者にタトバコンボを貶める意思など存在しないのだが、飽く迄利用規約との兼ね合いで削除せざるを得ないのである。

「それに、もう一つ良い忘れてたことがあったか」

変身直後のオーズに跳びかかるカザリに対して、まるでどうでも良いことであるかのように、アンクは言葉を続ける。
カウンター気味にトラクローを突きだすオーズにそれ以上の速さの先制攻撃を加えようとしていたカザリは、アンクが続けた言葉を意識の隅で聞きながら……空中で急減速するという珍しい体験をしていた。
決して、カザリが突如として空中戦能力に目覚めた訳ではない。

「グリードに対抗できる『人間』は、オーズだけじゃない」

突如響いた銃声と共に、カザリの身体を横殴りの衝撃が襲ったのである。
しかも、その胴体にオーズの両手のトラクローが的確に突き刺さるというダブルパンチをお見舞いされたりしていた。
それでも何とかオーズの胴を蹴って自らの体に刺さった異物から離れる選択肢を取れたのは、流石と言うべきか。

オーズの片側3本ずつの爪が抉りだしたモノは……『4枚』のコアメダル。
コンボ用の3枚に加えて、チーターのダブりが出ているという大儲けである。
本来の歴史ならば付いてこなかったライオンコアに加えて、奪われるはずだったカマキリコアも無事という原作乖離ぶりを見せていた。

「コイツは儲けたなァ!」
「くっ……!」

捨て台詞を残す余裕も無く全力でその場を離脱するカザリの背を見ながら、少女ヤミーは周囲を見渡す。
何らかの遠距離攻撃によってカザリが撃ち落とされたのだということは推測出来たのだが、その攻撃が何処から来たのか解らなかったからである。

「上出来だ」
「助かったよ、ありがとう」
「お役に立てて嬉しいです」

オーズとアンクが言葉を向けた先に現れたのは……少女ヤミーの知る、魔法少女であった。
どうやら、アンクか映司のどちらかが携帯端末からの連絡で呼び出したのだろう。
物騒な銃を片手に下げた魔法少女の姿が、そこにはあった。

「じゃあ、このままヤミーの所に行ってくるよ」
「儲けてこい!」
「助けが必要になったらまた呼んでくださいね。大丈夫そうですけど」

変身を解かずに近隣の飲食店に居るであろうデブ猫ヤミーの元へ走り出すオーズの背中を見送る二人は、最早オーズの勝ちを信じて疑っていないように思われた。
マミとしては、ソウルジェムの濁りの増加を気にせずに使い魔を倒すことはあっても、オーズが居る状況ならば出来る限り温存したいというのも本音であったりするのだ。

「それで、ネズミ狩りでしたっけ? 猫さんはもう居ませんけど」

オーズを送り出したアンクに向かってマミが口にした、不穏な単語。
既に嫌な予感が、少女ヤミーの脳裏を駆け回っている。

「出てこい、クソガキ。そこで見てるのは分かってんだ」

アンクさんの目付きの悪い視線が捉えている方向に隠れているのは、少女ヤミーしか居なかったり……



・今回のNG大賞
「会長! オーズを監視していたら、二人目の不思議少女を発見しました!」
「未確認生命体B2号の誕生だよ! ハッピーバースデイッ!」

・公開プロットシリーズNo.9
→アンクならマミをこう使う……はず?

・人物図鑑
 カザリ
猫科の怪王。性質は傲慢。貪欲に力を欲し、他者を利用することを躊躇わない。全ての生命を平等に見下し、その上に立とうと目論む。狗尾草を持って行けば簡単に気を引くことが出来るだろう。



[29586] 第十話:treasure sniper――殺してでも奪い取る
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/04 02:30
「出てこい、クソガキ。そこで見てるのは分かってんだ!」

アンクが恫喝した先に隠れている人物は……少女ヤミー以外に有り得ない。
周囲を見渡すという現実逃避をしてみても、少女ヤミーを取り巻く世界は変わらなかった。
ただ、オーズとカザリの戦いによって地面に散らされたセルメダルが光るのみである。

「言っておくが、逃げられると思うなよ? その瞬間にコイツの持ってる銃がお前の背中をぶち抜くからなァ!」
「人間相手にそんな物騒なことはしません!」

少女ヤミーは、頭を抱えて必死に行動案を導き出そうとしていた。
素直に姿を現した方が良さそうだが、正体を聞かれたら何と答えれば良いのだろう?
もし「私は悪いヤミーじゃないですよ」などと弁解を試みたとしても、次の瞬間には頭に風穴が開いていそうである。
ひょっとすると、「通りすがりの魔法少女です! 覚えておいてください!」ぐらいに高圧的に出た方が良いのかもしれない。

……逃げようとしたら、どうなるだろうか。
アンクは、黄色い魔法少女が少女ヤミーの背中を打ち抜くと言っている。
黄色い魔法少女は人間相手にそんなことはしないと言っているが、その微笑みの裏にどす黒い何かが見えるような気がするのだから、人間の疑心暗鬼というのは不思議なもので……。

「……人間?」

その手があったか、とばかりに心を決め、両手をあげてゆっくりと少女ヤミーはマミ達の前に姿を現す。
相手がこちらを人間だと思っているのなら、それを利用しない手は無いに決まっている。
先ほどマミが魔法を使った際に少女ヤミーのセルメダルが増えて居場所がバレたのかと思ったが、そうではないようだ。
近くでもっと膨大な勢いでセルメダルを増やしているヤミーが居るために、その気配に紛れて少女ヤミーのささやかなセルメダル増加に気付かなかったのだろう。

「な、なんなんですか? 貴方達は……さっきの三色さんとか、猫さんとか、ワケが解らないです……」



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第十話:treasure sniper――殺してでも奪い取る



少女ヤミーは選択肢を、一般人のフリと魔法少女名乗りの二択にまで狭めていた。
羽を畳んで隠すという技能を身に付けた少女ヤミーは見かけ上はただの人間と変わらないため、ヤミーという素性を隠すことが出来るのだ。

「貴女は『魔法』か『メダル』の関係者かしら?」

まだ一週間も生きていない少女ヤミーは、一世一代の特大カマトトをかまそうかと思考を巡らせる。
とぼけるならば『ゲームセンターにでも行くんですか?』とでも聞き返せば、この場は逃げ切れるかもしれない。
だがしかし、その場合には、このグループと今後関わっていくことが難しくなるというデメリットが発生するのだ。
ならば、この二人のいずれかの利害に絡む存在であることをアピールしなければ、近くを嗅ぎまわる時に不自然に思われてしまう。

「一応、魔法少女をやってます」

一般人騙りへの未練を若干残しつつ、少女ヤミーは魔法少女名乗りを選んだ。
その言葉に若干の驚きを含んだ表情を向けながら、マスケットの銃口を下げてくれる黄色い魔法少女を見て、少女ヤミーは内心ほくそ笑んでいたりする。
一旦関係者だと思われてしまえば、相手の手の内を探って利用することなど赤い手……ではなく、赤子の手を捻るぐらいには簡単であるのだから。

「へぇ、魔法少女サマが俺達に何の用だ?」
「騒がしいと思って駆けつけたら貴方達が居たので、しばらく前から後をつけて様子を見てました」

嘘は言っていない。
人外が暴れているという情報だけを頼りに見つけた存在が、たまたまアンクたちだったのである。

「アンクさん、それより先に聞くことがあるでしょう」

質問を続けようとしたアンクを制して、マミが口を挟む。
一方、そのマミから質問されるであろう内容に全く心当たりのない少女ヤミーは、ネガティブな未来を幾つか思い描いていたりする。
具体的には、キュゥべえ射殺現場に居合わせていたことを気付かれていたとか、ヤミーであることを看破されていたり、など。

「貴女の名前を聞かせてもらえないかしら?」

ところが、巴マミの質問は……少女ヤミーの想像の斜め上を射抜いていた。
まだ、頭部を物理的に射抜かれていないだけマシと見るべきだろうか。
かけられたのは、とある有名な魔法少女がOHANASHIする際に使ったと伝えられている、魔法の言葉である。

「名前……?」

私は巴マミでこっちはアンクさん、そう自身らを紹介するマミは、まさか想像もしていないだろう。
目の前に居る少女ヤミーに、名前が無いなどという事は。
少女ヤミーの背中に隠された羽が、だらだらと流れる気持ちの悪い汗に湿り始める。
まさかここで「言えません」とでも抜かそうものならば、不信感は決定的となってしまうだろう。
だがしかし、予想外すぎる質問に対して、何か良い名前が突然浮かぶはずもない。

「どうした? 早く言わないとおっかないお姉さんがお前の頭に風穴を開けたくてウズウズしはじめるぜ?」
「さっきから何なんですか!? 私がまるで快楽殺人者みたいじゃないですか!?」

アンクの煽りを受け続けていたマミの突っ込みが少しずつ激しくなっているなどというどうでも良いことを考える程度には、少女ヤミーは現実逃避を望んでいた。
どうしよう。
ああ、今日は空が碧いなぁ。
うん、空が碧かったら仕方ないよね。
某河落ち脚本家のもう一つの得意技が炸裂しても良いよね?

「実は私、記憶が無いんです。名前も含めて、ここ数日より前のことは覚えてません」

嘘は……言っていない、はず。
先日生まれたばかりのヤミーには、それより前の記憶など持っていないのだから。

――胡散臭ぇ……

アンクの細められた目がそう言っているのが、少女ヤミーには瞬時に感じられた。
人の良さそうなマミでさえ、アンクと少女ヤミーの姿を交互に眺めながら状況を窺っている始末である。
信用されていないとしか思えない。
もしかすると、MOVIE大戦2011辺りの世界に居るアンクさんなら信じてくれたかもしれないのだが。

「ま、まぁ、最初から疑ってかかっちゃいけないわよね」

咄嗟に少女ヤミーをフォローしてくれる巴マミの姿は、頼り甲斐があるというよりはたどたどしいと言わざるを得ない。
というか、反応が出遅れ過ぎている辺り、マミだって疑っていることは間違いないのだ。
本音と建前を使い分けるという仮面の取捨選択が、まだ完全に体得できていなかったというだけの話で。
……だからこそ、巴マミが少女ヤミーに対して魔法少女の『証明』を求めるのもまた、必然と言えた。

「とにかく、貴女のソウルジェムを見せてくれない? 魔法少女なら必ず持っているはずだから」

――ソウルジェム……?
少女ヤミーの、知らない単語であった。
こればかりは、魔法少女なら必ず知っていると言い切れる程度には常識のはずだったのだが、少女ヤミーには解らない。
キュゥべえから、全く何も聞かされていないのだから。

「ええと、ソウルジェムって何でしたっけ……?」

他人にモノを尋ねることをあまり恐れない所は、もしかするとウヴァさんに似たのかもしれない。
解らないものを解らないと言える能力は、時に称賛されるべきものであるのだ。
……ただし、飽く迄『時に』でしか無いことを忘れてはならない。
場合によっては、マスケットを持ったおっかないお姉さんに不信感130%の視線を向けられる結果を招くことだってあるのだ。
心なしか、銃を握る手の握力が強くなったような気配さえしてくる始末である。
特に、アンクとアイコンタクトを交わすのはやめてほしい。少女ヤミーの精神衛生的な意味で。

「多分、名前を知らないだけで、どういうものか説明してもらえば、見せられると思います!」

少女ヤミーの精神力ゲージが、ガリガリと音を立てて削られている。
それはもう、現在別の場所でチーターレッグの連続蹴りを受けているデブ猫ヤミーさんに親近感を覚えても良い程度には。
尚、オーズとデブ猫ヤミーの戦闘は全面的にカットする予定なので、デブ猫ヤミー氏はもう二度とこのSSに登場することは無いだろう。
黄色のコンボを使えるオーズが序盤の敵相手に俺TUEEする場面を適当に想像していただければ、デブ猫ヤミーもきっと本望に違いない。
……合掌。

そんなことはどうでも良いんですよ。

「こういう形の宝石よ。持っているわよね?」

巴マミが手のひらにおいて見せたモノは……黄色い卵型に格子のような装飾が付けられた宝石だった。
全体的に綺麗な黄色の輝きを放っているが、端の辺りに少しだけ黒く濁っているような部分が見られる。

「……すみません、見たこと無いです」
「俺が許す。そいつを撃ち殺せ」
「アンクさんはちょっと黙っててください!」

アンクは、意地でもマミにマスケットをぶっ放して欲しいのだろうか。
こっそり尾行したことがそんなに不快だったんですか、と聞けるような雰囲気でも無いので聞けないが。

「じゃあ、武器は? 魔法少女なら、何かコンセプトが決まった武器を出せるはずよ」
「はい! 羽が使えます!」

信じてもらえる最後の希望が見えたとばかりに、少女ヤミーは背中に収納してあった黒い羽を、展開した。
展開して、しまった。
羽を見せてから、少女ヤミーは自身の迂闊さに気付いて顔を蒼くする。
なんだか自分の羽は外見が『武器』っぽく無いのだが、これは本当に巴マミが言う魔法少女の『武器』のカテゴリに含まれるものなのだろうか?
むしろ、ヤミーという人外の持つ身体的特徴と言われた方がまだ納得できる代物である。
いや、キュゥべえ母さんだって武器って言っていたんだから……でも、あの人は常に説明不足だし……

「大層な羽だなァ。ソイツで空は飛べるのか?」
「はい、出来ます……」

その羽を見たアンクの目の色が変わったのが、更に恐ろしい。
まさか、同型のヤミーを見たことがあるとでも言いだすつもりなのだろうか。
戦々恐々とする少女ヤミーに向かって歩みよるアンクの形相は……やはり不気味である。
思わず後ずさる少女ヤミーの腕を掴み、その瞳を真っ正面から覗きこんだアンクが発した台詞は、

「お前、俺のモノになれ」
「……!?」

ぶっ飛んでいた。
むしろ、色々なものをぶっ飛ばしていた。

「わ、ワケが解らないですっ!」
「お前が便利そうだから、お前の身体を俺のモノにするって言ってんだ」

衝撃発言にも程というものがある。
油断すると脚から力が抜けそうになるという珍しい感覚を味わいながら、少女ヤミーは体中に襲い来る悪寒と戦っていた。
先ほどまでとは違う危機感……具体的には乙女と貞操のピンチで凌辱チックなXXX版的展開を思い描いて体を震わせていたのだ。
しかも、のっけから便利な女扱いとは恐れ入る。

「ごめんなさい! 出直してきますっ!」

咄嗟にアンクの手を振り払い、少女ヤミーは展開していた羽を最大限に活用して、一目散に空へと逃げていく。
その航路がどこか覚束ないのは、先ほどのアンクからの申し出が余程衝撃的だったからなのだろう。

「おい、待て!」

その背に手を伸ばそうとするアンクだが……その爪先を一発の銃弾が掠め、動きを止めさせる。

「最っ低……!」

巴マミがアンクに向けて、愛銃ことマスケットを発砲していたのだ。
それはもう、額に青筋を視認できる程度には怒りを見せながら。
ひょっとすると、今まで散々おちょくられて来たストレスも爆発したのかもしれない。

「女の子の純情を何だと思ってるの!? ツバメじゃないのよ!?」
「五月蠅い! 俺は少しでも強い身体が欲しいんだ!」

アンクは鳥類全般の王だったりするのだが。
そして、当然、というか読者の皆様は解りきっていたことだろうが、アンクの発言に性的な意味合いは一切含まれていない。
今現在アンクが借りている泉信吾刑事の肉体よりも強い肉体へ乗り移るという、軽いステップアップ程度のつもりでしか無かったのだ。
昔のように自由に空を飛びたいという羨望も、もしかするとあったのかもしれない。
その場合には泉刑事は死んでしまうので、実は巴マミのナイスセーブだったりするのだが、それはさておき。



「マミちゃんとアンクって、こんなに仲が良かったっけ……?」

ラトラーターコンボを使ってデブ猫ヤミーを始末し、体力を大幅に消耗してふらふらのまま帰ってきた映司が見た光景は、

「良かったわね! お望み通り、あの世でキュゥべえに会えるわよっ!」

戦場もかくやという強さの硝煙の残り香を身体全体から放ちながらマスケットを構えるマミと、

「映司ィィッ! 命令だ! 俺を助けろッ!」

狙撃拘禁されている情けないアンクの姿だった……



今回のNG大賞
「アンク、その魔女は……?」
「あのマミってガキだ。俺を撃ちまくってと思ったら、いきなりこうなったぞ」
「(しまった! バカなことに魔法を使い過ぎて……!)」

コンボも魔法も、計画的に使いましょう。

公開プロットシリーズNo.10
→オリ主の名前を決め忘れていたことには、作者は8話目執筆時ぐらいには気付いていたぜ!



[29586] 第十一話:その時歴史が狂った
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/04 02:31
「マズイ……早くまどかに接触しないといけないのに……」

キュゥべえことインキュゥべえターは、焦っていた。
否、感情が無い生命体を自称するキュゥべえさんに焦燥感があるかどうかは不明なので、急いでいるというべきか。

ワルズギル……ではなく、ワルプルギスの夜が来る前に、見滝原の近辺に居る魔法少女をあらかた死なせなければならないという事情もある。
だがしかし、その前にキュゥべえはまどかに接触しなければならないのだ。
最強の魔法少女にして最強の魔女となるべき存在、鹿目まどかに。

ところが、その短期目標は今のところ果たされてはいないし、果たされる見込みも無い。
主に、鹿目まどかの周囲を警備している暁美ほむらのせいで。
まどかに話しかけようと飛びだした瞬間に魔力弾で狙撃され、時間系魔術で死体を回収されてしまうというコンボの前には、流石のキュゥべえさんといえど苦戦を強いられるのは仕方がないことと言えるはずだ。

まず、現状打開の可能性としてキュゥべえが思い至った存在は、巴マミだった。
巴マミは暁美ほむらのことを身勝手な魔法少女だと思っているはずなので、上手くいけば暁美ほむらを倒してくれるかもしれない。
しかし、それを期待するにしても、キュゥべえは巴マミの前に出て行くわけにはいかない。
キュゥべえは一度巴マミの目の前で死んでおり、意識を共有する共意体キュゥべえがマミの元に現れた場合の反応を、キュゥべえは予想することが出来たからだ。
……大抵の場合、キュゥべえの生態にドン引くものなのだ。魔法少女というイキモノは。

「まったく、ワケが解らないよ……」

巴マミに関しては、彼女の活躍に期待はするものの、キュゥべえ側からの積極的な働きかけはマイナスになってしまう危険が大きい。
思わずぼやいてしまうキュゥべえさんを、誰が責めることが出来るだろうか。

次に思い至ったのは、ウヴァという頭の悪そうな怪人とその子を名乗るヤミーだったが……これも利用するのは難しいだろう。
ヤミーが物影に隠れながらキュゥべえの死に様を見ていたのを、キュゥべえは知っている。
彼女も人間離れしているが、それでも死なないキュゥべえを不気味がる可能性はかなりあると見た方が良さそうだ。

あとは、美樹さやかを契約させて外堀を埋めたり、近くの町から魔法少女を呼び寄せてけしかけることなどが考えられるが、とりあえず保留にしてあった。

……そんな時だった。
キュゥべえの目の前に、一世一代のチャンスが転がり込んできたのは。
なんと、鹿目まどかが暁美ほむらの監視を抜けて、たった一人で母親の勤める会社に出向いて行ったのである。
思わぬ形で、美樹さやかが役に立つこととなったのだ。
当然、キュゥべえはまどかとの接触を計画し、鴻上ファンデーションの入り口付近でまどかを待つことにしたのだった。
そして今まさに、受付嬢に礼を述べて帰路に就こうとするまどかの声が、キュゥべえの耳に届いた!
喜び勇んで、満面の素敵な笑顔を浮かべながらまどかの前に飛び出したキュゥべえは、

「初めまして、鹿目まどか。僕と契約して……きゅっぷいッ!?」

鹿目まどかの強烈なローキックを喰らった。
というより、歩いているまどかの脚元に飛び出したせいで蹴られた。

「何か聞こえた、ような……?」

周囲をきょろきょろと見回すまどかだったが、周囲に音源らしきものを発見することは出来ず、鴻上ファウンデーション本社ビルを後にしたのだった。
キュゥべえは、予期していなかった。
まどかが巨大なケーキの箱を身体の前方に抱えていたせいで、足元が死角になっていたことを。
蹴り飛ばされた揚句に回転扉によって建物の中まで引きずり込まれ、お掃除ロボットに小突かれるキュゥべえの残骸は、文字通りボロ雑巾の風格を呈していた……

「こんなのって無いよ……」

こんな台詞を吐くようになったキュゥべえさん……お前には本当は感情があるんじゃないのか。
暁美ほむらのせいで、近隣に使える肉体が底を尽きていたため、絶好の機会は川に落ちた仮面ライダーのような勢いで流されてしまったのだった。
予備の肉体を常に何体か用意しておこう、とキュゥべえさんが心に誓ったのは、言うまでも無い……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第十一話:その時歴史が狂った



鴻上会長の秘書である里中エリカは、上機嫌だった。
理由は、先ほど会長室を訪れた少女・鹿目まどかである。
なんと、まどかは里中が次から次へと提供するお代わりを食べ続けてしまい、1ホール半もの量を削ぎ落したのだ。
どちらかと言えば辛いモノが好きな里中にとって、会長の作るケーキを消費する仕事が減るのは非常に有難い。
是非また来て欲しいぐらいだ。

そして、里中にはもう一つ嬉しい任務があった。
それは、火野映司とアンクの元へ、会長からの届け物をすることである。
その任務自体が嬉しいわけではなく、その任務中にケーキを崩す役目をライドベンダー隊の誰かが代わってくれるのが素晴らしいのだ。
鴻上ファウンデーションの所有する車両の後部座席に揺られて、戦闘後のオーズたちとの接触に向かった里中が見たものは、

「火野映司さんとアンクさん……で、良いんですか?」

銃創まみれの壁や床に囲まれて、ぐったりと倒れている成人男性二名だった……
ヤミーとの戦闘後らしいので、怪我ぐらいしていても不思議ではないのだが、いくらなんでも疲れすぎではなかろうか。
映司は初めて使ったコンボの疲労から、アンクはぶち切れた巴マミに追い回されて体力を使いきったことから倒れていたわけだが、そんなことを里中は知る由も無い。

「会長、火野さんとアンクさんは現在話せる状態では無いようですが」
『仕方ない! 帰って来たまえ!』

通信機越しなのに暑苦しさを伝えられるなんて、この財団の科学力はよっぽど進んでいるようだ。
残念そうなのにハイテンションという相変わらず謎すぎる会長に辟易しながら、里中はその場を後にしたのだった。
こちらもキュゥべえ同様、ファーストコンタクトには失敗したらしい……



ロリコン腕怪人から逃げ切ってようやく一息ついた少女ヤミーは、今後の身の振り方について考えていた。
巴マミと共に魔女を退治すれば、おそらく少女ヤミーのセルメダルは溜まる一方なので、普通ならばこの一択である
……そのはずなのだが、話はそこまで単純ではないらしい。
なんと腕怪人アンクは、ヤミーのセルメダルが増えた時のみ、ヤミーの存在を感知できるらしいのだ。
先日のCDショップ上階において少女ヤミーのセルメダル増加に反応したにもかかわらず、今回の接触では少女がヤミーであると気付かなかったことからの推測であった。
そして、少女の正体がヤミーであると知られたら……

『セイヤァッ!』

である。多分。
オーズが倒したヤミーのセルメダルを何らかの形で横領するのが一番平和的かもしれないが、それにしても巴マミが魔法を使う度に正体がバレる危機が来たのでは、たまったものではない。
つまり、少女ヤミーが安心してセルメダルを増やすためには、オーズとアンクを排除するか巴マミに魔法を使わせないという二択の何れかを選ばなければならない。

「何だか凄く理不尽な選択肢な気がするのは何故でしょう……」

正直に言って、不意打ちが余程上手く決まらない限りは、オーズとアンクを倒すのは難しそうである。
だがしかし、魔女という存在自体を否定する魔法少女である巴マミに、魔女狩りを控えさせる方法も思いつかない。
巴マミをこっそり始末するという選択肢も無いわけではないが、誕生日に出会った暁美ほむらの言葉が少女ヤミーの頭に響いていた。

『魔法少女になると、私達の魂は変質させられ、身体はただの入れ物に過ぎなくなる』

確かあの黒い子はそう言っていたはずだ、と少女ヤミーは記憶をもう一度洗い直してみながら情報を推理する。
肉体がただの入れ物に過ぎなくなるということがどういう内容を意味するのか、それが問題である。
まさか頭を吹き飛ばされても生きていたりはしないだろう。
だが、致命傷を与えたと思っても相手が生きていたという事態が起こりそうなところが、非常に恐ろしい。

ならば、まずは魔法少女に関する情報を得なければ何も始まらない。
……何処からその情報を得るのだろうか?

「お母さんは死んでるし……巴マミさんから直接聞くしかないみたいですね……」

というわけで、少女ヤミーは、今日も聞き込みに精を出すことにするのだった……
まず巴マミの居場所が分からないと話が始まらないようだったので。

巴マミの年齢は十代半ば程度のはずだろうと当たりを付けた少女ヤミーは、聞き込み対象の絞り込みを考え始める。
扶養家族である可能性の極めて高い年齢の少女のことを調べるには、生活用品店はやや望み薄である。
ならばどうするか。
同年代の子供に聞いてみれば良いのだ。
幸いにして、少女ヤミーはおおよそ中学生に見える外見をしているため、情報収集には困らない。

というわけで数分の散策の末に、近くを通りかかった桃色髪の女子中学生に話しかけてみることに。

「ちょっと窺いたいことがあるのですが、お時間宜しいですか?」
「うん、良いよ」

快く頷いてくれる少女は……なんと、原作主人公こと鹿目まどかであった!
若干のご都合主義が見える感が否めないものの、こういう事もあるのだろう。
身体の前面に抱えている大きな箱からは、仄かに甘い香りが漂っており、通行人たちの鼻をくすぐる。

「『巴マミ』さんって、ご存知ですか?」
「何処かで聞いた、ような……」

なんと、一発目から大当たりを引いたのかもしれない。
目の前に解り易くぶら下げられた希望という名の餌に、目を輝かせる少女ヤミー。
だがしかし、鹿目まどかは思い出せないものを無理やり思い出そうとしているらしく、腕を組んでみたり空を見上げてみたりするばかりで、一向に情報が出てきそうな気配がない。
実際、時間の巻き戻し的な意味で、思い出すことは不可能なのだが。

「ド忘れしちゃったみたい。ちょっと、友達に聞いてみるよ」
「お手間をかけてしまって、すみません」
「いいよ。困っているなら、放っておけないし」

良い人オーラを全快に醸し出している鹿目まどかの眩しさが、何故だか心に浸みて涙が出そうになった少女ヤミーだったが、怪しまれるのは嫌なので思考を抑えた。
正直に言って、少女ヤミーが今まで会った中では、間違いなく最も頼りになる人材である。
虫頭のお父さんに、胡散臭いお母さん、コミュ不全の黒魔女(?)、ロリコン腕怪人、トリガーハッピーなおっぱい要員……思い直してみれば、少女ヤミーが会話をしてきた連中は錚々たるメンツであった。
ここで『コイツは使える馬鹿だっ!』などというモノローグを入れるほど、少女ヤミーは外道では無い……という事にしておこう。

「その『巴マミ』さんの特徴って何か無いかな? 何か思い出しそうなんだ」
「金髪を巻いてるお色気要員で、銃を持つと引き金を引きたくなるタイプの人間のようです」

大体そんな感じ。
鹿目まどかがどんな人物像を作り上げているのか、少女ヤミーには分からないが、おそらく伝わっているだろう……と、思うことにしておいた。

「そんな人が知り合いに居たら絶対に忘れないような……?」

小首を傾げながらも、友達にメールを回して聞いてくれるまどかは、間違いなくお人良しである。
そして、興味津々な視線が少女ヤミーへと向けられていた。
巴マミという人のぶっ飛んだギャグキャラ補正も非常に気になるところだが、そんな人物を探している目の前の少女は何者なのだろうか。

A:通りすがりの魔法少女です。

「その巴マミさんって、もしかして怖い人?」
「いいえ、人に銃を向けるときでさえ笑顔を絶やさない素敵な人ですよ」

怖すぎるよ! という突っ込みを寸でのところで飲み込んだまどかだったが、目の前の少女ヤミーと巴マミさんの関係が気にならないでもない。
もっと言うと、困っているなら力になりたいとも思っている程である。
こんなお人好しは居るはずがないと言うなかれ。
全ての人間の悲しみを吸いつくす魔女になる程度には、彼女は慈悲深いのだから。

「銃が、凄く好きなんだね……」
「多分そうです。私は二回しか会ってませんが、巴マミさんは常に誰かに銃口を向けていましたから」

鹿目まどかの中で、まだ見ぬ『巴マミ』という人物像が、あらぬ方向へと真逆さまに捻じ曲げられていく。
最初はサバゲーかコスプレ愛好者なのかな、ぐらいの認識だったはずなのに、既に会いたくない人物リストに加わっているのだから、人間の誤解というものは恐ろしいものだ。

「その人、友達?」
「顔を見たら銃を向けてくる相手をそう呼べるなら……」

……さっきから思ってたけど、それってまさか対人用の実銃じゃないよね?
きっとFPSとか狩猟同好会の人だよね?
少女ヤミーを助けたいと思いつつも、出来ることならそんな危険人物とは出会いたくないものである。

「そんな恐ろしい人を、どうして探してるの?」
「ワタシを必要だと言ってくれた男性と一緒にいたからです」
「昼ドラ……?」

目の前の少女ヤミーが、日本で結婚を許される年齢には見えないのが気になって仕方がないまどかだが……気にしないことにした。
寝取り寝取られの構図が垣間見えるこの状況では、法律などというルールを守っていては競争相手に先を越されてしまうのだろう、と自分自身を説得しながら。
きっと、まどかの親友である美樹さやかだって、上条君関連で修羅場ったら法律などドブに捨てるに違いない。

「同年代でも、そんなに大人な子達が居るんだねぇ」
「無理に綺麗に纏めようとしなくていいですよ……」

どう足掻いても『血溜まりスケッチ』。
そんな単語が電波と共に二人の脳内に降り注いだが、互いに特に口には出さなかった。
いわゆる、世界と原作の修正力というヤツかもしれない。

「それと、私の友達が巴マミさんを知ってたみたい」

受信したメールに目を通したまどかが、携帯端末ごとその文書を少女ヤミーへと見せてくれた。

『巴さんなら、見滝原中学の3年です。今年の「私と一緒に死んで!」って言って欲しい女子ランク一位に選ばれた人ですわ。あと、どんな男子に告白されてもOKしたことが無いという噂もよく耳にします。

PS:さっきのメールを一緒に見た暁美さんが取り乱しているんですが、何故でしょうか? 鹿目さんの現在地を知りたくて仕方がないみたいです』

「多分この人です。とりあえず、明日見滝原中学校に行けば会えそうですね」

有用な情報は最初の一行だけですね、という余計な一言は、飲み込んだ少女ヤミーだった。
そして、鹿目まどかの中で巴マミが、おっかないお姉さんに確定した瞬間でもあった。
ループ時空で犠牲になっていった歴代のマミさんが聞いたら、何を思うのやら。

「どうも親切に有難うございました。この恩は忘れません」
「いいよいいよ。どう致しまして」

丁寧に礼を述べられれば、悪い気なんてするわけがない。
若干仰々しい感はあったものの、人助けをしたという心地よい充実感に、当のまどかも嬉しそうであった。

脚を軽くして去っていく少女ヤミーに手を振りながら、先ほどのメールへの返信を打ち始めるまどかは、未だに知らない。
グリードやオーズのことは当然、魔法と奇跡の実物にさえ、出会っていない。
気付くはずも、無い。
終わらない夢が、終わろうとしていることなんて……



・今回のNG大賞

「映司……コンボは体力を激しく消耗するから、控えろ」
「ヘトヘトのお前が言っても説得力無いぞ?」

・公開プロットシリーズNo.11
→オリ主がまどかにフラグを建てたんじゃない。まどかがオリ主にフラグを建てたんだ。

・人物図鑑
 サトナカエリカ
財団の会長の部下。役割は秘書。会長の作るケーキをひたすら食べ続けるための役職。残業をこの上なく嫌うため、彼女の持つ時計を進めておけば、就業時刻と勘違いして去っていくだろう。



[29586] 第十二話:Tの災難/赤信号を振り切れ
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/04 02:32
「志筑仁美、急いでまどかの居場所を聞き出して! 今すぐに!」

行きつけのファミレスで仁美が、親友である鹿目まどかからのメールを暁美ほむらに見せた時の反応が、それだった。
暁美ほむらという少女は、感情が乏しい。
少なくとも、仁美はそう感じていた。

「どうしたんですの? 巴マミさんは、暁美さんのお知り合いでしたか?」

だからこそ、目の前の暁美ほむらの姿に一番驚いていたのもまた、仁美だったに違いない。
焦燥感に囚われている暁美ほむらの表情には、いつもの静けさの裏に潜んでいた何かが、確かに見えていたのだから。
その思考の奥底にあるものの正体を看破することこそ適わなかったものの、暁美ほむらが非常事態を察知していることは間違いない。

「転校生、そんなに慌ててどうしたのさ?」

他人の機微に鈍感な節のある美樹さやかでさえ、暁美ほむらの変化にただならぬ事情を感じ取っているらしい。

「まどかを、巴さんに会わせてはいけない」

普段冷静なキャラクターを演じている暁美ほむらなら、二人のことを『鹿目まどか』『巴マミ』と呼称していたはずである。
それが崩れていることに気付いているのは、おそらく仁美だけだろうが。
ともかく、巴マミという先輩がとんでもない危険人物であると言う事だけは理解出来た。

「事情は大体解りました。とにかく、手分けして鹿目さんを探しましょう」

『大体解った=絶対解ってない』の法則というやつである。
実在の脚本家及び世界の破壊者様とはあまり関係がありません。
なお、結局まどかとのメールでのやり取りによって、巴マミと鹿目まどかが接触したわけではないという事実が判明することになったのだった。

魔法少女とは、世間に誤解されながら生きていく運命を背負っている者たちなのかもしれない……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第十二話:Tの災難/赤信号を振り切れ



少女ヤミーは、腹を括っていた。
何にしても魔法少女についての知識を得なければ、何も始まらないのだから。
すなわち、巴マミに直接会うという危険を冒さなければならない。
アンクの言葉がただの脅し文句だと見なすのは、楽観思考が過ぎる……そう思いつつも、少女ヤミーは僅かな希望に縋って巴マミに会いに来てしまった。
……見滝原中学校に。

狙い目は、下校時である。
校門付近に直立している警備員さんの目が非常に怖いので、付近の藪の中から様子を窺っているのだ。
傍から見れば不審極まりない人物なのだが、隠れているためにそれを不審認定する人間は居ない。

そして、お目当ての魔法少女は……ようやく現れる。
巻かれた金髪と年不相応に育った胸部を、誰が見間違えるものか。
巴マミ、その人に違いない。

「巴マミさん! どうか、ワタシの話を信じてください!」

第一声から、クライマックスにも程がある。
出会い頭に、その頭をそのまま下げるという文字通りの低姿勢に出たのだ。
土下座に出た方が良いかと一晩考えた末に、とりあえず頭を下げるぐらいに留めようと判断したのである。

「貴女は昨日の……」

一方の巴マミは、目の前で自身に懇願している少女の登場に驚きつつ、自分なりに状況をまとめようとしていた。
巴マミとしては、先日この少女にマスケットを向けたことが記憶に新しいものの、相手から怯えられることは本意ではない。
若干胡散臭いとも思っているが、少女ヤミーの言が真実であったら、あまりに不憫だとも感じているのだ。
そして、周囲から不審を多分に含んだ視線が集まっていることも、マミの精神を若干削り取っていたりする。

「とにかく、落ち着いて話せる場所を探しましょう」
「あのアンクさんっていう人の所じゃないですよね?」
「アンクがそんなに怖かったのね。大丈夫よ。きつく言っておいたし、手出しなんてさせないから」

この時、巴マミの頭の中では、少女ヤミーの恐怖の対象はアンクだけであるという思考誘導が行われた。
というか、自分が恐れられている可能性を無かったことにしたのだ。

――そうよ、可愛い後輩が私を頼って来てくれているのよ!

人間の精神的防衛能力は、時に目を見張るものがある……のかもしれない。
少女ヤミーの腰が引けた態度を、勝手に魔法少女としての先輩への尊敬だと解釈しようとする巴マミの姿は、何処か優しげであった。
それどころか、少女ヤミーを悪漢アンクから守らなければならないという加護欲まで働き始めている始末である。

「アンクはともかく、私のもう一人の仲間を呼んで良いかしら? 火野映司さんっていう人だけど」
「是非会ってみたいです」

おそらく、先日アンクから『オーズ』と呼ばれていた男のことだろう。
普段の思考の外れぶりからは想像もつかないような勘の良さを見せた少女ヤミーは、巴マミの申し出を快諾した。
アンクの危険度が巴マミ以上に高いことが想定される今となっては、最早オーズさんが常識人であることを祈る以外に少女ヤミーに希望は無いのだ。

携帯端末で夢見公園付近の公衆電話へとコールを繋ぎ、火野映司を呼び出してくれるマミさん。
何故直接かけないのかと尋ねてみれば、火野さんが携帯電話を持っていないからとのこと。
火野映司という存在の生活形態について、既に色々と情報が把握できた少女ヤミーだった。
ちなみに、もちろん少女ヤミーも携帯電話など持っていない。

「というか、私達にはもっと便利な魔法があるでしょう?」
「……何のことでしょう?」

どうしてこの後輩は、こんなに魔法関連の知識に乏しいのだろうか。
一瞬そんな疑惑が脳裏をよぎった巴マミだったが、少女ヤミーが記憶喪失を自称していたことを思い出し、そのせいだと思う事にした。

『聞こえる?』
「!?」

腹話術ですか? という古典的なボケをかまそうかと迷った少女ヤミーだったが、状況的におそらくテレパシーの魔法なのだろう。
何故そう言えるかというと……少女ヤミーのセルメダルが少しだけ、増えたからである。
つまり、ピンチ再来である。
セルメダルが増加したことを探知して、アンクが駆けつけて来てしまう。

「実は先ほどからアンクさんに追われていて、多分アンクさんがまだ近くに居るので、とりあえずこの場から離れたいです」
「そう……アンクには、後で私からもう一度きつく言っておくわ」

他人の名誉を棄損する嘘をさらっと口にする少女ヤミーは、正直さに関しては親であるキュゥべえと似なかったらしい。
マミの中で、アンクへストーカー疑惑が植え付けられた瞬間だった。
というか、マミからアンクへの呼び名に敬称が抜け落ちたのは、一体いつからだっただろうか?
アンク抜きでマミの住むマンションに集まることになったのも、結局マミからアンクへの人物評価が大きく関係しているのだろう。

そして、二人がマンションに辿り着く前から火野さんはその階下で待っていたわけなんですが、やっぱりこの人って無職なんじゃ……


「その子が例の記憶喪失の魔法少女?」
「そうですよ」
「……初めまして?」

少女ヤミーは何度かオーズの戦いを盗み見たことがあるものの、互いに顔を突き合わせたのはこれが初めてである。
だからこそ少女ヤミーが少し緊張しているのだろう、と巴マミは推測した。
だがしかし……対人経験の豊富な火野映司が下した判断は、それとは異なっていた。

――俺、何か怯えられるような事をしたかな……?

映司には、少女ヤミーの抱いている感情が恐怖であると感じられたのだ。
単純に目の前の少女ヤミーに対人恐怖症の気があるのかもしれないが、映司には一つだけ思い当たる節がある。

「初めまして。君、この間の俺達の戦いを見てたんだっけ?」
「……すみません」

映司の立てた仮説は、オーズの戦いを見た少女が、映司を恐れているというものであった。
……大当たりである。
少女はヤミーであるのだから、オーズがヤミー狩りを敢行する現場を目撃してしまった後では無意識の中に恐怖心が生まれてしまったことは仕方がないことだと言えるだろう。

「大丈夫。魔女かメダル絡みじゃなきゃ、基本的に変身はしないから。安心して」
「……?」
「心に留めておきます」

会話の流れが読めずに首を傾げた巴マミの疑問を曖昧な笑みで受け流した映司は、色々と流石過ぎる。
というか、恐怖感の原因以外の部分は完答しているのだから恐ろしいものだ。
そして、映司の言葉に、別の意味を読み取ってしまった少女ヤミーは、戦慄していたりする。

ヤミーだとバレたら間違いなく殺られる、と。

少女ヤミーの恐怖感を拭いきれていない様子を感じ取りつつも、とりあえずその件を保留にする映司。
人の感情を変えるのは難しい時が多いのだということを、知っているのだろう。
マミの住む部屋へ二人を招き入れ、簡単に名前を確認する程度の自己紹介を行った頃には、マミの抱いた疑問も完全に霧散していた。

「そういえば、名前無いんだっけ?」
「無いんじゃなくて、忘れているだけでしょう」
「多分そうだと思います」

――すみません、無いんです。
このオリ主は、割と平気で嘘を吐けるタイプの人間……もとい怪人である。
ただ、マミの淹れてくれた紅茶を啜りながら、心の中で謝る程度の罪悪感はあるらしい。

「呼びやすいように呼んで頂いて構いませんよ」
「じゃあ、『トーリ』って呼ぶことにしよう」

映司の、即答だった。
ひょっとすると、一晩の間に考えて来てくれたのかもしれないが。

「火野さん……その心は?」
「羽がある子なんでしょ?」

……それはもしかして、『鳥』っていうことなの?
確かに少女ヤミーの羽は虫よりは鳥に近い羽ではあった。
しかし、どちらかと言えば哺乳類らしさが残っていたようにマミには思われたのだが……映司は実物を見たことが無かったのだから、勝手な想像をしてしまったのだろう。

巴マミの額に青筋が浮かんでいることを敏感に察知した映司だが、心当たりが無い。
むしろ、喜ばれるだろうとさえ思っていたのに。

「……その名前で良いですよ」
「嫌なことは嫌って言っていいのよ!?」

少しだけ悩んだような間を置いた少女ヤミーだったが、映司からの命名を受け入れる意思はあるようだ。
思わず突っ込んでしまったマミは……お姉様キャラを演じるのに疲れたのだろうか。

「映司さんが折角考えてくれたのを、無下に扱うのも悪いですから」
「まぁ、本人がそれで良いって言うなら……」

割と本気で気にして居なさそうな少女ヤミーと満足そうな火野さんの様子を見て、ひょっとして自分のセンスがおかしいのかと疑い始める辺り、マミも相当の苦労人なのかもしれない。
それはともかくと場を切り替えて、もう一度少女ヤミー……もとい『トーリ』の身の上を簡単におさらいしたマミと映司は、『オーズ』と『魔法少女』についての説明を一通り施してくれた。
とは言え、その内容は先日アンクを含めた3人で話し合ったものと同一のそれに過ぎなかったのだが。

「それで、トーリさんがソウルジェムを持っていない理由を私なりに考えてみたの」
「流石、魔法少女の先輩です!」

マミさんは最高です!
ソウルジェムとは、魔法少女が魔法を使う時に魔力を引き出すためのアクセサリーである。
基本的に、ソウルジェムに振れている状態でないと魔法の行使は不可能だということらしい。
マミの黄色いソウルジェムを見せてもらいながら、綺麗ですねぇ、と漏らすトーリの興味津々な言葉が、マミの心をくすぐる。
嬉しくもあり、こそばゆくもあり。

「確認だけれど、トーリさんは魔法が使えるのよね?」
「この通りです」

そう言いながら、骨格の見える黒く艶のない羽を展開して見せるトーリ。
鳥っぽく無いなぁ、とその羽を見ながら呟く映司を余所に、トーリは期待満々な視線をマミに向けていた。

「私がキュゥべえと契約した時、ソウルジェムは私の身体の中から出て来たのよ」
「それは興味深いですね」

未だに本題を切り出していないマミの言葉に相槌を打ったトーリが思い出したのは、

『私達の魂は変質させられ、身体はただの入れ物に過ぎなくなる』

誕生日に暁美ほむらより告げられた言葉だった。
聞いた時には魂の変質という言葉の意味が掴み取れなかったが、今考えてみると魔法少女の身体から取り出されるというソウルジェムはそのイメージに合致している。
名前だってそのまま、魂の石だ。

「それで思ったんだけれど、トーリさんのソウルジェムは、まだ体内にあるんじゃないかしら」
「つまり、目視は不可能ってことですね」

そもそもヤミーである自身に魂などというものがあるのかという疑問は残ったが、巴マミがそういう仮説を立ててくれるのならば、それに頷いておくのが吉というものである。
そして、トーリのソウルジェムが見えない場所にあると納得してくれるのなら、願っても無いことであった。

「……という話を火野さんにしたら、良いアイデアがあるらしくて、今日は二人を合わせたのよ」

あれれぇ……何だか嫌な予感しかしないのは何故でしょうか?
先ほどまで、今日はラッキーデイだ、などと浮かれそうになっていたテンションが、既に底冷えを見せ始めていた。
いや、まだ映司さんは何も言ってないじゃないですか。
ネガるにはまだ早い、多分。

マミさんの口調から察するに、火野さんが何をやろうとしているのか未だ聞いては居ないみたいだけど……

「タカのメダルを使ってオーズに変身すると、目に備わる力で物の内部構造を調べることが出来るんだ。それを使ってみようと思って」

まずい。
マズすぎる。
身体のスキャン?
そんなことをされたら……予測される三つの出来事は!

一つ! アンクはメダルのためなら何処までも残酷になれるんだァ!
二つ! ヤミーがセルメダルを生むなら、殺るしかないじゃない!
三つ! セ イ ヤ ァ ッ !

死亡コース直行である。
明らかに先ほど飲んだ紅茶の量以上の冷たい汗が、トーリの服の下に溢れている。
暑さと肌寒さを同時に体感するという、出来ることなら一生味わいたくない状況を経験をしている真っ最中だ。

「ちょ、ちょっと待ってください! 変身って、何かワケが解らない副作用とか無いんですか? 身体がボロボロになっていくとか!」

必死である。文字どおりの意味で。
そして、アンデッドなら、実は貴女の隣に居ます。
火野さんやトーリの横に座って紅茶を淹れなおしているその子はゾンビなんです。

「そういえば、これを使えばただでは済まないって言ってくれた人が居たような……」

――それを使えば、タダでは済まない……!

そいつは人では無かったはずだ。
カマキリの姿をした緑色の怪人ではなかったか?
奇しくも、映司を説得しようとしていた彼はトーリの兄にあたる人物だったりするのだが、そんなことは誰として知るよしも無い。
その怪人のことを思い出しながら水色のオーズドライバーに目を落とす映司だが、その手を止めた時間は一瞬の間だけに留まり、すぐさまベルトを装着する。

「映司さんにそんな迷惑をかけるのも悪いですから……ね、ねぇ、止めましょうよぉ!」
「大丈夫。もう何回か変身してるし、副作用はあったら有ったで仕方ないでしょ」


小気味良い音を立てて、ベルトの3つのくぼみに赤・黄・緑のメダルが嵌めこまれる。

――三つ数えろ!

何処かの町の探偵たちの名台詞の語源であるこの言葉が、セットされたメダルを見た少女ヤミーの頭に届いたという。
……ただの、電波である。

機械音と共にオーズドライバーの平行が崩れ、コアメダルが上中下を表す関係へと配置を変える。

「待っ……」

左手をまるで何処かの二号さんの鏡映しのようなポーズに曲げた映司は、その右手にコアメダルの読み取り機器であるオースキャナーを取り出している。

「変身っ!」

そう高らかに声を出す映司を前に、トーリの頭の中には新たな作戦が……何も、無かった。

――天国のお母さん。今、貴女の所に行きます。

もし天国や地獄があるとして、トーリやキュゥべえが天国へ行けると、本気で思っているのだろうか……



今回のNG大賞
「そのコアメダルってアンクさんの所有物ですよね?」
「アンクがマミちゃんに射殺されそうな所を助けた時に、条件として俺が預かっておくことにしたんだ」
(マミさんって、やっぱりトリガーハッピーだったんですね……)

誤解は、深まるばかり。


・公開プロットシリーズNo.12
→実はオーズには、かなりのチート設定が詰まっている。



[29586] 第十三話:Tの災難/ 私は友達が少ない
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/04 02:35
前回までの三つの出来事は!

一つ!
オリ主の名前がようやく決定した!
「じゃあ、『トーリ』で」

二つ!
トーリのソウルジェムが体内に残っているのだという仮説が立てられた!
「タカの目の力で物の内部構造を調べることが出来るんだ」

三つ!
トーリは、映司の変身を防ぐ理由を何も思いつかない!
「天国のお母さん。今、貴女の所に行きます」



「変身っ!」

オースキャナーを構えた映司がそれをオーズドライバーのコアメダルに宛がおうとして、

「火野さん、ちょっと待ってください」

別の方面から声をかけられて、その動きを停止した。
当然、トーリの発言では無いのだから、その声の主は巴マミ以外にあり得ない。
他に類を見ない『死因=タカメダル』なオリ主となるところであったトーリを救ったのは……魔法少女の先輩であった。

「女の子にそれは、やっちゃダメでしょう」
「ああ! そういえばそうだね。俺、そういう事に鈍感でさ。ゴメン、ゴメン」

救世主現る。
この時、トーリの目には、巴マミの姿が救済の聖母に見えたという。
間違っても『救済の魔女』では、断じて無い。
そんなの絶対、あるわけない。

「ところで、火野さん」
「なに?」
「火野さんは……ずっと私を『そんな目』で見ていたんですか?」

マミさんの目の色が変わったような気がして、再び背筋に寒さが戻ってくるトーリ。
今度はその脅威が自身に向けられていないことが救いではあるものの、別の危機が差し迫っている。
ソウルジェムを握った巴マミがこれから何をするのか大体予想がついたトーリは、巴マミの行動を未然に阻止しなければならないのだ。
魔法が行使されるとトーリのセルメダルが増えて、アンクに感知されてしまうのだから。

今度はマミを宥める使命を負う事となったトーリ……彼女に安息の日は来るのだろうか。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第十三話:Tの災難/ 私は友達が少ない



結局、マミから『タカメダル禁止処分』が発令されたものの、映司とトーリの命を懸けた説得によって大事には至らなかったのであった。
タカコアを没収しようとしたマミとの間でもうひと悶着あったのだが、割愛させていただく。

「それで、魔法少女になるのって、何か代償があるんじゃないんですか?」
「……どういう事かしら?」

暁美ほむらは、確かに魔法少女になるに際する代償があるような事を言っていたはずだ。
魂が云々、肉体が云々、というやつである。

「オーズじゃないですけど、例えば魔法を使う度に段々魔女になっていく、とか」

大当たり、である。
普段から割と電波を受信しがちな気があるトーリだが、斜め上に外れたアイデアが世界の核心を突くことだって、あるのかもしれない。
もちろん、巴マミと火野映司はそんな真実をまだ知らない。

「まさか、そんなことあるわけないじゃないの」

マミの反応は映司と似たり寄ったりだったが……そこには付け入るべき隙が確かに存在したと、トーリは確信した。
映司はともかくとして、マミには間違いなくある。
オーズや魔法少女の力を使う事によって予期せぬデメリットが発生した場合、映司は大体の事は開き直って甘受するだろうが、マミは精神的に崩れそうだということが予想できたのである。
そして、それを突くための材料も……それなりに手持ちにストックしてあったりして。

「マミさん、実は先ほど初めて気付いたんですけど……ワタシ、記憶を失ってから今日まで何も食べなくても、全然平気だったんです」

これは、事実である。
トーリ自身は全く意識していなかったのだが、先ほど出された紅茶を啜っているうちに、ようやく気付いたのだ。
経口で飲食物を摂取したことが一度も無い、と。

「なんだか、自分の肉体がまるで人間じゃないみたいな、そんな感覚があるんですよ」

はい、貴女はヤミーです。
そもそもヤミーという生き物に食料が必要なのかという疑問は棚上げにして、トーリは『魔法少女』という存在に関する不信感をばらまいてみたのだ。
映司のように『仕方ない』と開き直られたら会話が終わってしまうが、マミが魔法の行使を躊躇うような思考の誘導を行えれば、オーズの戦闘に随伴してセルメダルを少しずつ横領するという方針を取れるのである。

「マミさんは、ソウルジェムが濁り切ったらどうなるか、知っていますか?」

ワタシはもちろん知りませんが、と置いた上で、トーリはマミへ疑惑を植え付けることに腐心する。
トーリとしては、口から出まかせを言ってマミを丸め込んでいるつもりなのだ。
……それが偶々、キュゥべえの契約の真実を突いている、という偶然の一致が起こっているだけで。

「……そんな状況は見たことが無いけれど、トーリさんは考え過ぎてると思うわ。記憶が無いっていう不安のせいで、考えが少しネガティブになってるのよ」
「そうだと良いんですけど……偶然会った魔女さんが言っていたことが、凄く気になるんです」

トラウマと共に植え付けられた記憶は、なかなか消えるものではない。
だからこそ、世界の真実を知る暁美ほむらの言葉を明確に記憶していられる、とも言えるのかもしれない。

「魔法少女の魂は変質して、肉体は入れ物に過ぎなくなる……らしいです」

黒くて長い髪を真っ直ぐ伸ばしていて、ちょっとだけ目付きが悪くて、背は高めで、クールな感じの子です。
あと、『魔法少女は私一人で良い……!』とか言っちゃうタイプだと思います。
追加でその魔法少女の特徴をマミに伝えるトーリは……実は、暁美ほむらの名前を知らなかったりする。

「多分……キュゥべえを殺したのと同じ子だわ。私はその子を魔法少女だと思ったのだけれど」
「私が魔法少女の仲間を探している時にも、突然襲い掛かって来て……本当に怖かったです」

暁美ほむらっていうのは、そういう奴なんだ。
魔法の力に酔って同類を手にかける、危険な存在なんだよ!
……とまでは、トーリとて言うつもりはないが。

「アンクの話だと、その子はヤミーの疑いがあるんじゃなかったっけ?」

謎は、深まるばかりである。
一応補足しておくと、アンクが疑ったのは、暁美ほむらが猫型寄生ヤミーによって操られている親だという事態だったのだが……説明を面倒くさがったことが誤解に拍車をかけている。
というか、映司は寄生型ヤミーを先日見たばかりのはずなのだから、そこに思考が結び付いても良さそうなものである。

「何にしても、警戒が必要のようね」


マミが3人の考えを保留にしようとした、ちょうどその時であった。
コツコツ、という音が、マミの部屋の窓から響いたのは。
扉ではなく、窓からである。
高層マンションの、ベランダの付いていない方角の、窓から。

「誰かがノックしてるみたいだけど、出なくて良いの?」
「窓から入ってくる知り合いが居るなんて、マミさんはやっぱり一流ですねぇ」
「それのどこが一流なの!? だいたい、そんな友達なんて居るワケが……」

頼れる銃使いの先輩的な意味で。
だいたい、マミにはそんな非常識な知り合いなど……意外と、居るかもしれない。
アンクは宙に浮けるし、キュゥべえは何処からともなく現れるし、目の前のトーリだって飛べるし、魔女は非常識が当たり前だし……

「……自分の人間関係を、洗い直してみたい気分だわ」

碌な知り合いが居ない、ような。
そんな現実逃避じみた考えを抱きながら、とりあえずカーテンを開けて窓の外に目をやったマミの視界に入ってきたものは、

「ペーパークラフト……?」

折紙のような薄い素材で出来た、赤いタカだった。
その脚にはバッタらしき形状の緑色の物体が掴まれているのだが、今晩のオカズか何かだろうか。
マミは知る由も無いことだが、普段ライドベンダーの中に収納されている缶状の物体が変形した姿が、目の前のタカやバッタである。
……人外のお友達が更に増えてしまった件について、気付かなかったことにしようとして頭の中に消しゴムを走らせる巴マミ。

「タカちゃん。それと……新しいカンドロイドかな?」

火野さんのお知り合いですか。そうですか。
何で彼らは私の住所を知っているんでしょうね?
色々と突っ込みたいことが山積みのマミだが、とにかく来客を部屋の中に招き入れることにしたのだった。

窓が開くとともに部屋の中に舞い込んだタカ、もといタカカンドロイドは素早くバッタをその脚から解放し、据え置かれたとある電化製品に向かって一直線に飛んでいく。
その家電とは……テレビと呼ばれる映像を扱うための機器だった。
素早くその電源を発見し、鋭いクチバシでスイッチを入れるタカちゃん。
テレビのディスプレイに映った内容は、夕方から始まる子供番組、

『まずは我々の出会いを記念してッ! ハッピィバースデイッ!!』

ではなく、暑苦しいオッサンだった。
ケーキを手前のデスクに飾った中年男性が、満面の笑みを浮かべながら、叫んでいた。

「えええっ!? うちのテレビに何してくれてるのよ!? 買ったばかりなのに!?」

別に、テレビが壊れた訳ではない。
映像や音声を送受信する能力を持つバッタのカンドロイドが、通信データをテレビへ出力しているだけである。
平日の昼間から公然と電波ジャックが行われている、とも言えるが。
オッサンに対して、こちらこそ初めまして、と平然と挨拶を返す映司は、もしかするとマミとは別の常識を持った人種なのかもしれない。

『人と人との出会いは、何かが誕生する前触れでもあるッ! 胸が躍らないかね!?』
「胸も非常識な知り合いも、もう沢山よ! それよりテレビを弁償してっ!」

最早、マミにお姉様キャラの面影は無かった。
突っ込まずにやっていられるものか。いや、やっていられない!

『こちらは、鴻上ファウンデーション会長の、鴻上光生です』
「タカちゃんたちを使えるってことは、今まで俺達を助けてくれてた人たち?」

台詞の前に米印が付いて聞こえるような抑揚のない声で、秘書と思しき女性が補足の説明を入れてくれた。
出来ればその最も重要な情報を、真っ先に教えてほしかったものである。
マミの傍らで、コレって本当に凄いですよね、と感心気にタカとバッタのカンドロイドを観察する映司は……そろそろ色々と諦め始めたマミの様子に気付いていないようだ。
心なしかソウルジェムが濁り始めた気がする辺り、色々と末期なのかもしれない。

そして、何故かセルメダルが増え始めたトーリは、ディスプレイを眺める二人を尻目に、空いている窓から逃亡を図った。
アンクがもしこの場に来たら、色々と終わるので。
セルメダルが増えた理由に心当たりが無いトーリは首を傾げながらも、こっそりとマミのマンションを後にした。
魔法少女が絶望を抱く度に魔女へと近づき、それがキュゥべえの欲望と一致するために起こった現象であった……

それはともかく。

「私達が提供する武器やバイクの見返りに、君達の得たメダルの……70%を提供してくれないかね!? アンク君には既に伝えてある! 返事は後日聞こうッ!」

映司の言葉を全く待つ気配さえ無く、通信は一方的に切られてしまった。
そして、先ほどからリモコンのボタンを手当たり次第に押しまくっていたマミの努力がようやく報われたらしく、テレビの映像が地上波のモノへと戻る。
額の汗を拭ってほっと一息つく巴マミの背には何故か哀愁が漂っていた、と映司は後に語ることとなる。

紅茶は、既に冷めきってしまっていた……



・今回のNG大賞
「ほむらちゃん、誕生日おめでとう! バースデイケーキだよ!」
「前もって言ってくれれば、あたしだってプレゼントぐらい用意したのに」
「この間の、余りのお守りで宜しければ……」
「……貴女達が祝ってくれるだけでも、私は嬉しい」

果たして今日は自身の誕生日だっただろうか、という盛大な疑問を胸に抱えながらも、折角まどかが用意してくれたのだからと喜んでおくほむらさんの姿が、そこにはあったという……
実は暑苦しい中年男性からの贈りものなのだが、本人たちが幸せそうなのだから、それでいいんじゃなかろうか。

・公開プロットシリーズNo14
→どう考えてもオーズ勢よりまどか勢の方が常識人が揃っている。



[29586] 第十四話:(心が折れる音)
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/04 04:30
「アンクが、せっかく仕掛けた私のヤミーの存在に気付いたかもしれないわ」

とりあえず邪魔をしないように釘を刺して来たけど、と語るこのお方は、何気なくこのSSにおいては初登場である。
やや鋭角な頭部に、ポリプ生態を思わせるマントのような飾りを背に生やし、下半身には環状の窪みが目立つ、海産物の女王。
そのグリードを……メズールといった。

「何ィッ!?」

そして、脊髄反射的に聞き返したのは、昆虫の王であるウヴァさん。
彼の台詞が噛ませ役じみているなどとは、決して突っ込んではいけない。

「上手く育てば、貴女達にもたっぷりセルメダルを分けられるのに」

メズールは、グリードにしては珍しく協調性の強い存在であった。
他のグリードを自身と対等に見ているかはともかくとして、少なくとも助け合いの意思はあるようだ。
ただ、アンクを倒して来なかった辺り、やはりメズールなりに彼を嫌い切れてはいないのだろう。

「ぬぅっ!! 俺が行く! オーズもアンクも、纏めて叩き潰してやる!」

息を荒げたウヴァは、グリードたちのアジトである廃屋にその足音を響かせながら、わき目も振らずに駆けだしてしまった。

「……うぁ?」

憤っていたウヴァの起こした騒音のせいで目が覚めたらしく、今度は長い鼻と筋力のパラメータが振りきれているとしか思えない太さの手足を持った、灰色の怪人がのそのそと起き上がってくる。
超重量動物というやや曖昧な括りの種族の王である、ガメル。
それが、彼の名前だ。

「うば、おこってた?」
「仕方ないよ。コアメダルを取られてるしね」

とばっちりで睡眠の邪魔をされた事を特に気にしてもいない様子のガメルに言葉を返したのは……猫科動物のグリードことカザリであった。
カザリは本来なら他人に情けをかけるような性格では無いのだが……オーズに大量のコアメダルを取られていることからシンパシーでも生まれているのだろうか。

「そういえばさ。この間オーズと戦った時に、あいつらと一緒に羽の生えた人型のヤミーが居るのを見たんだけど、あれって誰のなんだろう?」

どうやら、先日敗走した際に、すぐにはその場から去らずにアンク達のことを観察していたらしい。
確かにアンクは、他人が作ったヤミーの気配に見分けが付かなかった。
ところが、デブ猫ヤミーの作り手であるカザリからは、自身のヤミーとは別にセルメダルが増えているのが微弱に感じられたのである。

「鳥型なら、アンクのヤミーでしょう?」

この場に居ないグリードであるアンクは鳥類の王なのだから、メズールの突っ込みは至極当然なものであったが、

「ううん、多分アレは蝙蝠のヤミーだったよ。鳥類じゃない」
「蝙蝠、ねぇ。そんなヤミーを作れるグリードなんて、居たかしら?」

そうなのである。蝙蝠のヤミーを作れそうなグリードに、心当たりが無いのだ。
鳥類、昆虫、猫科、巨体、魚貝……そのどれにも、蝙蝠は属さない。
頭の後ろに両手を組みながら、気だるそうに近隣の机に腰を下ろすカザリは……既に何か仮説を抱いているのだろうか。

「こうもり。うばの、やみー?」

強いて言うなら、やはりアンクかウヴァだろう。
だからこそ、ガメルのこの発言は、かなり妥当性の高いものだったはずで……というか、大当たりである。

「……流石のウヴァでも、そこまで虫頭じゃないんじゃないかな?」
「そうよ、ガメル。あんまりウヴァを馬鹿にするのは感心しないわ」

流石に、自分の管轄するヤミーの種族を間違えるほど頭が可哀そうな奴ではない、という共通認識がカザリとメズールの中にはあったらしい。
……とんだ、過大評価である。

「わかった。ごめん、めずーる」

ガメルが謝る必要は無い……というかその前に、お前の謝るべき相手はウヴァさんではないのか?
メズール至上主義であるガメルの思考回路がよくわかる一言であった。
彼は、『メズールのためなら死ねる』というレベルの一途さを持ったグリードなのだ。

「それで、その時に貴方が見たっていう、力を持った人間の方は?」
「もちろん、後をつけて住処は調べてあるさ。行ってみる?」
「ええ、挨拶は大切よねぇ」

そういえば、ウヴァのコアメダルをアンクから掠め取ってきたのに、ウヴァに返し忘れちゃったわ。
そう呟きながら、未だ見ぬ新人類との遭遇に胸を躍らせてメズールも廃墟を後にしたのだった。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第十四話:(心が折れる音)



Count the medals 現在オーズの使えるメダルは……

タカ×2
バッタ×1
ライオン×1
トラ×2
チーター×2



本日は、やけにお客さんが多い。
お決まりのピンポンな音を聞きながら、巴マミは玄関へと急いだ。
もちろん、部屋の扉に設置された呼び鈴が鳴らされた音である。
玄関の覗き穴から見える、来訪者は……

「こんにちは、お譲ちゃん」

魔法少女に興味をもって遥々と巴マミの元を訪れた、メズール様であった。
扉越しにその姿を窺うマミの鼻元にまで海産物の生臭い香りが漂ってきており、最早何をどう突っ込んだら良いか分からない。

「火野さん……玄関の前に魚貝類なお客さんが居ます……」

とりあえず火野さんに話を投げておこう。
何だかもう、考えるのが面倒くさくなってきたし。

「大変だ! 早くしないと干からびちゃうでしょ。お風呂に水を溜めておくよ!」

相変わらずどこかズレたことを言う火野映司に若干の諦感の念を込めた視線を送りながら、バッタのカンドロイドをゴミ箱に放り込んだマミは……なんだかもう、疲れて果てていた。

「ねえ、トーリさん。私の味方は、魔法少女仲間の貴女だけ……って、あら?」

先ほどまで一緒にメダルや魔法の話をしていた可愛い後輩は……いつの間にか、部屋から姿を消していた。
最後の心の拠り所だと思っていたトーリにまで見捨てられ、絶望に打ちひしがれる巴マミ。

「私、もしもう一度キュゥべえに願いが叶えてもらえるなら、友達が欲しいってお願いするの……」

私、独りぼっち……



勝手に部屋の扉を開けて水風呂へとメズールを誘導する映司に、あら貴方若いのに解ってるわねぇ、なと感心したらしい声をかけるメズール。
その浮浪者が何をどう解っているというのか。むしろ、マミに何を解れというのか。

ちなみに、この映司とメズールの二人は初対面であるため、互いの正体を知らない。
映司としては、この人って魔法絡みなのかな? ぐらいには疑っているのかもしれないが。
マミを尋ねてきた人物が実はメダルの怪人たるグリードであるなどとは、夢にも思わなかったのだ。

……気が付くと、湯船一杯に溜められた水風呂に浸かってくつろぐ魚貝怪人の姿が、そこにはあった。
オーズ本編では終ぞ拝むことの出来なかった、メズール様の貴重な入浴シーンである。
まどか本編ではキュゥべえ氏の入浴シーンが許されたのだから、きっとこれだって許されるに違いない。
湯船の中で脚を組んだり身体をほぐしたりしている肢体からは、女子中学生では逆立ちしても出せないような色気と生臭さが立ち昇っていた。
さらに脚や触手を伸ばして、まるでここが自分の家であるかのようにリラックスしているメズールに、風呂場の洗い台に腰を下ろした映司が冷めた紅茶を勧めていたりして。

「どうぞ」
「お風呂で紅茶っていうのも乙ねぇ。人間の進歩に乾杯よ」

映司の方こそ、ここが自分の家であるかのような振る舞いである。
むしろ、そこでパンツ一枚になって自身も水浴びを始めない辺りが、最後の良心なのかもしれない。
そして、800年間眠っていたメズール様は、どう考えても現代人の何かを勘違いしている。
日本では無くNIPPONになら、そういう風習もあるのかもしれないが。

「マミちゃんのお知り合いですか? 親戚だったりして?」
「そうじゃないけど……ちょっと内緒話をしたいのよ。坊やには、ここまで持て成して貰ったのに、悪いんだけれども……」

火野さんは、私が魚貝類の親戚に見えるんですか。そうですか。
私の巻き髪がサザエにでも見えましたか?
そして、その水風呂はやっぱり嬉しかったのね……。

誰が、その臭いの染みついた風呂場を清掃すると思っているのよ。

「ああ、そうか。男である俺が居ると話せないことってありますよね。気がつかなくて済みません」

十中八九、そういう問題では無いはずだ。
火野さんの『俺、空気読みましたよ』的な表情に物凄くイラっとした巴マミは、きっと悪く無い。
今の気分を一言で言えば、『ティロ・フィナーレ☆三秒前』である。
その感情は……一般に殺意と呼ばれる、らしい。

お邪魔しました、という自身がさも常識人であると言わんばかりの挨拶を残して、火野映司は巴マミの部屋を後にしたのだった……
どうせ帰るなら、このナマモノを一緒に連れて帰って欲しいものである。

「そうそう、危うく用事を忘れるところだったわ」
「そうですか。それを済ませることは、非常に重要ですね」

そして、その後は可及的かつ速やかに退室していただけると嬉しいです。

「貴女の力は、何なのかしら?」

……とぼけて追い返そうかと、マミは一瞬だけ思考を巡らせる。
だがしかし、それらの案は纏めて、バッタ缶の後を追わせた。
見るからに非常識なこのお客さんが、魔法絡みでは無いと期待するのは、ご都合主義が過ぎるというものだからだ。

「その前に……貴女は何者なんですか?」
「メズール。グリードの一人よ。アンクから聞いているんじゃない?」

説明するのが面倒臭い……というわけではないだろうが、メズール様は簡潔すぎる自己紹介をしてくれた。
そして、相手が魔法関連の人物ではないと解って、冷や汗を流し始めるマミ。
既に去ってしまった火野映司を呼び戻すことは、出来ない。
奴には、携帯電話を持つような経済力は無いのだから。

「私達の邪魔をされるのは困るのよね。だいたい、ヤミーは人間の欲望を叶えているんだから、悪いことなんて何もないじゃない」
「……ヤミーが他人に迷惑をかけ過ぎるのが不味いんだと思うわよ」

巴マミは未だ、デブ猫ヤミー以外の個体を見たことが無い。
トーリは、ヤミーだと認識されては居ないので。

「人間なんて、生きていれば他人に迷惑をかけるものでしょう?」

確かに、その通りではある。
何処かのエラい学者様が、ルール無き仮想世界を万人の万人に対する闘争状態と呼んでいたとか。
だがしかし、言葉尻としては正しいことを言われているような気もするのだが、それ以上に納得がいかないという気持ち悪さの方が大きかった。
その気分の悪さの正体が何なのか……今の巴マミには、説明できない。

「まぁ、貴女は人間でさえ無いみたいだけれど」
「……え?」

先ほどまでの巴マミであったなら、メズールのその一言を、挑発か脅し文句だろうと思えただろう。
だがしかし……

『魔法少女の魂は変質して、肉体は入れ物に過ぎなくなる……らしいです』

不人情な後輩の言葉が……脳裏から離れない。
確かに、魔法少女になってから、回復の魔法を使わなくても傷の治りが早いと思う事はあった。
魔女を追っているうちに、疲れを忘れて三日三晩行動しっぱなしの自分に気付いたことも……ある。
あの後輩は全く腹が減らなくなったと言っていたが、マミも魔法少女になってからは、耐えがたいような空腹に襲われた覚えは一度もない。

「……もしかして、気付いていないのかしら? 自分がどんな状態なのか」

このメズールという怪人には、それが解っているというのか。
もしかすると、この頬を伝わる汗さえ、人体から流れ出る液体とは別の物質なのかもしれない。
動き出した疑心は……止まらない。

「情報を交換しましょう。断れないはずよ? 貴女の『知りたい』という欲望は、結構大きいみたいだもの」

悪魔の囁きは、時に天使の声に聞こえる……そう、天の道を往く人は言いました。
現在の巴マミの目の前に居る女怪人は、そして過去に巴マミの命を救った魔法の使者は、一体どちらなのだろうか。

「でも、『今後ヤミーに手を出さないこと』を条件に加える気でしょう?」
「貴女のような力を持った人間が何人いるかも解らないのに、貴女一人に対してそんな約束を取り付けても、ねぇ……」

会話相手の魚貝怪人は、本当に、魔法少女について調べに来ただけのようだ。

「その取引……乗らせて」

運命は、転がり始めたのか、それとも転び始めたのか……



「契約、ねぇ」

マミの講釈を聞いてメズールが取ったリアクションは……まず、眉を顰めることだった。
メズールが何を考えているのか、巴マミには読み取ることが出来ない。

「何か不審な点でもある?」

いつの間にか、メズールに対する敬語は、抜けていた。

「そいつのやり口、何だか私達に似てるわね。気に入らないわ」
「そういうのを、人間は同族嫌悪って言うのよ」

グリードは、人間の欲望を利用してヤミーを作る。
それに対して、キュゥべえはむしろ少女たちの願いをきちんと叶えることに加えて、代償として魔法少女になってもらうことを通知している。
つまり、キュゥべえはグリードに比べて遥かに良心的な存在だ。

……少なくともこの時の巴マミは、そう思っていた。思いたかった。

じゃあ私の番ね、と前置くメズール。
マミの喉が……ごくり、と音を立てずに鳴ったのを待ちながら、メズールはゆっくりとその反応を見て楽しんでいるようでさえある。

「貴女の動かしているその器は、死体よ。魂と呼ぶべきものが入っていないもの」

それは、キュゥべえを屠った魔法少女からトーリを通してマミに伝えられた助言と、似過ぎていて。
それでいて、マミの抱いている疑心に対する答えとして……妙な説得力を、持っていた。

「魂なんて、得体の知れないものを持ちだされても困るわ。少なくとも私は、感情を失ったり残虐な性格になったりはしていないし……」

よく、ドラマや映画で『魂』を代価に悪魔や神と契約するという話は聞くが、物語の設定次第によっては、何が変わったのか解らないことだって多い。

「失われているわけじゃないわ。貴女の魂は……その『指輪』に作り変えられているのよ」

メズールが指差した先にあったものは……マミが普段から肌身離さずに持っている指輪だった。
それは、マミにとって思い入れの深い装飾品であることは、間違いない。
先ほども、後輩に対してソウルジェムに関連する講義を開いていたところである。

「貴女のその肉体からは、『欲望』を感じないもの。『欲望』を抱いているのは、その石ころね」
「……証拠は、あるの?」

何処かの平行時空で、別の巴マミが暁美ほむらに対して発したかもしれない、言葉だった。
メズールの言葉が嘘であってほしい……本人が自覚しなくても、確かに否認が巴マミの心を支えていた。
そもそもこの怪人と話を始めたのが間違いだったのではないか、とさえ思い始めている。

だが、現実は非情だった。

「人間が欲望を感じ取るのは無理だけど、証拠なら『出せる』わ」

一瞬、メズールの素早い返答に気を取られたマミの手元に、『それ』は投げられた。
円盤の形をした、小ささの割に重量感のある銀色の塊……セルメダルである。
マミの反応を待たずに、投げつけられたセルメダルは、吸い込まれた。

『巴マミの身体』にではなく、『ソウルジェム』に。

「アンクから聞いているでしょう? ヤミーは人間の欲望から生まれるってことを」

アンクからではなく火野映司からだが、確かに巴マミは聞いたことがあった。
人間の欲望から、ヤミーが作られるのだと言う事を。

……嘘だ。
嫌。
私が死体なんて、そんなの絶対おかしい。
生きたいってキュゥべえに願ったのに。
悪い魔女を倒して、弱い人間を救って、希望を振りまくが魔法少女っていう存在のはずよ。

「ダレカ、タスケテ」

巴マミの、心の声にして『欲望』でもある言葉が、紡がれた。
彼女自身の口からではなく……マミの目の前に新たに現れた存在によって。
不気味に捻じ曲がった関節を持つ黒い身体に、剥がれかけの白い包帯を巻き付けた、醜い姿の怪人だった。
マミの欲望から生まれた白ヤミーは……その出生自体が、マミの魂の在り処を示している。

「イキタイッテ、ネガッタノニ」

その身体に巻かれた包帯と輝きの無い一眼が、どうしようもなく『死体』を連想させ、巴マミの精神を激しく揺さぶる。
生理的嫌悪感に身を震わせながら後ずさるマミを覗き込む包帯怪人が、次の一言を発した瞬間、

「コンナコト、アルワケナイ」
「あああああああああッ!!」

轟音と共に、白ヤミーの額には銃弾が撃ち込まれていた。
悲鳴とも怒号ともつかない声が、気密性の高い浴場に木霊する。
弾丸を発したマスケットの銃口は……ひび割れていた。

「嘘よっ! 」

変身することも忘れて。
その手に握りしめたソウルジェムから無数の銃を取り出し、手当たり次第に白ヤミーへと弾丸をぶち込む。

「そんなこと!」

封じられたはずの魂を震わせようとしているかのように。
低い音と高い声が、ハーモニーを刻む。

「私は、死人なんかじゃないっ!」

何度も、何度も。
白ヤミーを叩き潰した銃弾が、マミの心を蝕む。

「私、たち、は……!」

気が付くと、マミの周囲の景色は一変していた。
オシャレな風呂場だったはずの場所には風通しの良い景色が広がっている。
残った壁には至る場所には銃痕とひび割れが広がり、そこに居たはずの白ヤミーはミンチとなり、メズールも既に部屋を後にしたようだ。

『そういうのを、貴女達の言葉では同族嫌悪って言うのだったかしら?』

……そう、捨て台詞を残して。

破裂した配水管からは噴水のように水が噴き出し、雨のように巴マミを頭上からずぶ濡れにしていた。
床には数えるのも億劫なほどの、おびただしい量のマスケットが散らばり、延々と鼻を突く硝煙を上げ続ける。

言葉無く、マミはその場にへたりこんだ。

光無く、その目は空ろで何も映しては居なかった。

容赦無く、メズールが残した言葉が心を削った。

力無く、その手から希望だったものが転がり落ちた。


キュゥべえと初めて会った日に手にした品。
魂の宝石の名を持つ、魔法の卵。
契約の時にマミの身体から生み出され、力を行使する度に濁りを溜めこんでいく、不思議な輝石。

『綺麗ですねぇ』

先日出会ったばかりの頼りない後輩がそう言ってくれた、大切な宝物。
そう、思っていた。

……ソウルジェムの濁り方が、いつもより少しだけ早いような、そんな気がした。



・今週のNG大賞
「あら? 私のヤミーに白ヤミー形態なんてあったかしら?」

間違えて、ウヴァに返し忘れた緑のコアを使ってヤミーを作ってしまったらしい。
メズール様って、お茶目さん☆

・公開プロットシリーズNo.14
→メズール様でダシを取ったスープが物凄く美味そうな気がしているのは、絶対に作者だけじゃ無い筈だ。

・人物図鑑
 メズール
魚貝の怪王。その性質は色欲。母性に従って弱者を保護することもあるが、その愛情に報いる人物は数えるほどしか居ない。食料品店に並ぶ海の幸たちを見れば、簡単に失神してしまうだろう。



[29586] 第十五話:rebirth ――珍獣は二度死ぬ
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/04 02:37
アンクは、ボロボロだった。
原因は……彼が先ほど出会った魚人に違いない。

高層ビルの一室に潜むヤミーの存在に気付いて、その様子を外から観察していた所までは、順調だった。
だが、そんなアンクの元に、ヤミーの創造主が現れたのだ。
水棲生物の女王である、メズールが。
ヤミーの横取りは許さない、と凄むメズールに対して虚勢を張ったのが、アンクの運の尽きだった。
命からがら逃げ切れたものの、カマキリのコアメダルを落としてしまったのである。
おそらく、メズールの手からウヴァへと渡っていることだろう。

……腹立たしい。

そして、アンクにとってもう一つ、許し難いことがある。
鴻上という人間が提供するメダルシステムの利用料として、今後入手するセルメダルの7割も要求されたのだ。
メダルシステムは有用だと思いつつも、ぼったくられ過ぎだという感は否めない。
とりあえずヤミーは後回しにして、アンクは鴻上ファウンデーションの本社ビルへと足を運ぶのだった……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第十五話:rebirth ――珍獣は二度死ぬ



美樹さやかは、見つけてしまった。
白ネコと白ウサギを足して二で割ったような、不思議な生き物を。
転校生こと暁美ほむらの誕生日を祝ったパーティの帰り道を一人で歩いていたところ、偶然発見したのだ。
後ろ姿しか見えないが、所謂イエネコでは絶対に有り得ない無駄毛が耳から生え放題になっている。

どう考えても幽魔……ではなくUMAであることは間違いない。
そんな奇妙な生物を発見したさやかのとるべき道は、たった一つ……捕獲あるのみである。

だがしかし、後姿だけしか見せないUMAは、なかなか隙も見せない。
さやかは、UMAが移動する度に自身の隠れる場所を転々と変え続けているのだが、なかなかUMAに近づきやすい位置取りが出来ないのである。

もしかしてあたしのことに気付いてんのかな? と思わないでもないが、好奇心には勝てずに追跡を続けてしまう。
考え至るはずも無かった。
……自身が『誘い込まれている』などとは。

とあるお高そうなマンションの敷地へと侵入するUMAの後を追い、自らも不法侵入を試みるさやか。
特に警備員に引きとめられるといったアクシデントも無く、地上20階に位置する一室にまで辿り着いてしまった。
もはや、周囲の目なんて気にしていない。

螺旋階段を一気に登りきっても、僅かな時間で息を整え切るさやかは、女子中学生としてはやや身体能力が高めなのかもしれない。
誰も居ない廊下に一直線に視線を走らせ……見つけた。

2085号室と書かれた部屋のドアの隙間から、白い尻尾がはみ出ているのを。
流石のさやかでも、これには思った。

「なんか、間抜けすぎるような……?」

でも動物なんだし。
っていうか、コイツはドアをどうやって開けたんだろう。
もしかして、この部屋の住人のペット?

気になる。
気になってしまう。
気になりすぎて、このまま帰ったら不眠症コースに直行してしまう。

さやかが部屋の扉に近づくと、尻尾はそのまま部屋の中へ引っ込んでしまった。
若干、自身が犯罪に片足を突っ込んでいることを自覚し始めているさやか。
でも、あのUMAへの興味は消えそうにない。

意を決して、部屋の扉を開けてしまった。
その目に飛び込んできた光景は……

人間の手。
……のような歯を持った、

「ピラニア……?」

30センチ程度の、肉食っぽい魚の群れだった。
おかしい。
自分は、可愛らしい猫型UMAを追っていたはずでは無いのか。
こんなの、あたし聞いてない!

陸棲ピラニアとでも、呼んでおこう。
先ほどまで自身は未確認生物を追っていたはずなのに、この反応の差は一体何だろうか。

A:さっきの白いヤツは可愛かったからに決まってんだろ!

そうだ、さっきの白い子は?
まさかもう、陸棲ピラニアに食われてしまったんだろうか。
死んでたら、綿でも詰めて転校生への誕生日プレゼントにしようかな。
ああいうクールなタイプの子ほど、実は可愛いもの好きだったりするんだよ、きっと。

……なんか、転校生が縫い包みの額を機関銃で打ち抜く映像が頭の中で再生されたのは何でだろうね?

白いUMAを探して部屋の中を見回すと、失神していると思しき女性の姿が。
この部屋に一人で住んでいるにしては若いが、高校生には見えないので、所謂若妻というやつなのだろう。多分。
間違いなく、この陸型ピラニアの群れを見て気を失ったのだ。

「助けて……」

部屋の中からは、もう一つの声が聞こえた。
なんと、先ほどの白いUMAがピラニアに食いつかれて、半スプラッタ的な状況になっていた。
前足が一本千切れかけ、残った胴体も血まみれである。

咄嗟に、近くにあった電気スタンドを投げつけて陸型ピラニアを怯ませ、次の瞬間に全力のローキックで蹴り飛ばす。
軸足で白いUMAの尻尾を踏みつけて、陸型ピラニアと一緒に吹き飛ばないようにするのも、忘れない。
何だか扱いが酷い気もするが、緊急回避なんだから仕方ない。

「何なのよコレ!? 転校生の誕生日があたしの命日ってか!?」
「美樹さやか……この状況を打開する手段が、君には一つだけ、ある」

この状況? と、聞き返す前に周囲を見渡して……質問を取り消す美樹さやか。
気が付けば、さやかと失神した女性は、陸棲ピラニアの群れに囲まれていた。
白ネコUMAが人語を発しているという奇怪に対してリアクションを取っている時間さえ、許されていない。

「ボクと契約して、魔法少女になってよ」
「あんた、そんな怪我で、何言ってんのよ!?」

可愛らしい白い身体を持っていたはずの白いUMAは、その身体から滴り出た血液によって体毛の半分以上を真っ赤に染めており、素人目に見ても致命傷であることは間違いない。
そんな状況で、見ず知らずの存在であるさやかを気遣っている余裕があるようには見えない。

「願いを、一つ決めるんだ。それをボクが叶えるのと同時に、君は『魔法少女』になって、魔女と戦う力を手にする。生き残るにはそれしかない」

息も絶え絶えに、言葉を紡ぎ出す白いUMA。
UMAは何故かさやかの名前を知っているようだが、さやかはこのUMAのことを何も知らない。
……もちろん、このUMAが、殺しても死なない意識共同体のインターフェイスであることも。
そして、周囲のピラニアモドキが魔女であるとは一言も言っていない、ということにも。

「魔女? 魔法少女? 願い……?」

さやかが最初に連想したのは、幼馴染のバイオリン奏者の事だった。
上条恭介という名の彼は、天才的な腕前を持っていた……筈だったのだ。
不幸な事故で、片腕の機能の大半を失うまでは。

……恭介を、治してあげたい。

そう願おうとしたさやかだったが、願いを使って目の前の白いUMAを助けてやるべきなのか、とも考えてしまう。
だってコイツ、見ず知らずののあたしを助けてくれる、凄くイイ奴じゃん。

一瞬だけ悩んださやかが出した答えは……

「怪我を治す能力をちょうだい! 他人にも使えるやつ! それがあたしの願いよ!」

円環世界のさやかが、一度たりとも願わなかった事柄。
両方を救うにはそれしか思いつかなかったというだけの理由で、あっさりと決められてしまったのだ。

「なら、契約成立だ!」
「おっけー!」

さやかの服装が、変化する。
青を基調としたヘソ出しルックの上着に、丈の短いスカート。
何処かの騎士を思わせるマントを背になびかせ、その手には奇跡の宝石……ソウルジェムが握られていた。

「なんだかよく分からないけど、コイツらを蹴散らして……」

どこからか取り出したサーベルを、地面に垂らしながら重さを確かめる。
女子中学生が扱うにはやや重い筈の兵器が、自分の手足の延長のように思い通りに振り回せる。
まるで、剣を作り出せるのが当たり前だったかのように無意識に、魔法の力で一振りの武器を生みだしたのだ。

何回か素振りしてみて、その感触を確かめたさやかが真っ先にとった行動は……

「まず、あんた達を安全なところに運ばないとね」

意外と、常識的な判断だった。
倒れている女性をよっこらせと肩に担ぎ、部屋の中にあった高そうな手提げカバンの中に瀕死の白ネコモドキを詰める。
この場に放っておけば、間違いなく陸棲ピラニアの餌となってしまうのだから。

窓から溢れ出るピラニアの群れに背を向け、個体数の少ない玄関方面へと、サーベルを振り回しながら駆け抜けた。
一体一体を一撃ずつで葬り去れるほど力の差も無いが、脅威なのは数だけらしい。
脱出途中の廊下の呼び鈴を押しまくって住民に注意を喚起し、ついでに防災ベルを通りがけに起動しておくのも忘れない。

「魔法少女の力を使って最初にすることが多重連続ピンポンダッシュだったのは、君が初めてだよ」
「あんた、実は余裕あるんじゃないの!?」

バッグの中から聞こえる能天気な声に突っ込みながら、来る時は息を切らしながらだったはずの螺旋階段を、まるで落ちるように駆け下りる。

マンションからようやく飛び出たさやかが見た光景は……滝だった。
ただし、その流れが始まった場所は泉ではなく、落下しているものも水滴ではない。
陸棲ピラニアが、マンションの20階から、滝のように溢れだしていたのだ。

「難易度の修正を要求するッ! それか武器のセレクトやり直させてよ!?」
「ワケが解らないよ」

剣一本で、どうやってあの大軍に立ち向かえと言うのか。
とりあえず、カバンの中に居るキュゥべえの治療は、まだ余裕がありそうなので後回しで良いだろう。
付近のベンチに座っている見知らぬ女子大生を発見したので、2085室の住人とキュゥべえの身柄を預けておいた。
どうやら、偶然にも部屋の主とその女性は知り合いだったらしいのだが、そんなことはさておき。

「魚を捌いた経験なんて無いけど……やるしかないか」

とにかく、少しでも数を削っておこう。

……そう思った、矢先だった。


「避けて、よけてーっ!?」

上下に赤黄緑に分かれた不気味な怪人が、キリモミ回転をしながら、さやかの元にぶっ飛んで来たのは。
その声に聞き覚えがある気がするだとか、そんなことを気にしている余裕は、無かった。
というか、状況判断が追い付かなかった。

混乱の境地に達したさやかは、サーベルを両手持ちで構え、踏み込み足から軸足への体重移動を今までにないぐらい理想的に行い、

「どっせいっ!」

おおよそ、魔法少女という生き物が放つものとは思えない掛け声を発しながら、フルスイングした。
少なからず野球の経験があるさやかだが、ここまで気持ちよくバッドを振り抜くことが出来たのは、初めてかもしれない。

残念ながら三色怪人には両腕の甲で打撃をガードされてしまったが、さやかは彼が飛んで来た方角へと真っ向から打ち返したのだった。

……あれ? 今のって何だったんだろ?
人間、なの? っていうか、みね打ちだけど全力で叩き返しちゃったよ?
死んでない? 殺人犯の魔法少女なんて斬新過ぎるよ?

何が起こったか、何一つとして理解できなかったさやかが、精神を防衛するために放った言葉は、一つ。


「あたし、完璧!」

美樹たん、今日も絶好調!



・今回のNG大賞
「聞いてよ、転校生。良いニュースと悪いニュースがあるんだ」
「……何?」
「なんと、キュゥべえっていう可愛い奴を見つけて、さやかちゃんは魔法少女になったのだー!」
「それで、良いニュースは?」
「えっ」


・公開プロットシリーズNo.15
→検索を始めよう。キーワードは、「キタエリ」、「プリキュア」、そして……「美希たん」。



[29586] 第十六話:緑の党
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/21 04:02
巴マミの部屋を後にした火野映司を待ち受けていたのは……後藤だった。
女子中学生をストーカーして、さやかの手で警察に突き出されかけた、後藤である。
その後藤の口からヤミーの卵がある場所を教えてもらった映司は、ライドベンダーを駆って現場であるマンションへと急行したのだった。

「オーズ、だな? 勝手に俺のコアを使うなッ!」

だがしかし、そこに待ち受けていた存在はヤミーではなく、緑色のグリードことウヴァだったのだ。

「変身っ!」
『タカ トラ バッタ』

オーズに変身して戦う映司だが、仮にもウヴァは上級怪人である。
流石のタトバコンボを持ってしても、初戦闘補正までもが上乗せされたウヴァさんに太刀打ちすることは出来なかった!
なお、映司はその三枚以外のコアメダルはアンクから預かっていない。
あっという間に追いこまれ、トドメとばかりに喰らったアッパーカットでブッ飛ばされてしまう。

映司が飛ばされた先に居たのは……いつの日か、クスクシエで出会ったことがある少女。
何故かコスプレ姿に剣らしき長物を持っているようだが、怪物を狩るゲームのオフ会にでも行く途中だったのだろうか?
空中での方向転換の出来ないオーズが回避行動をとることは不可能なのだから、向こう側にオーズの存在を知らしめなければならない。

「避けて、よけてーっ!」
「どっせいっ!」

腰の入った、綺麗なフォームから繰り出される渾身の打撃を、何とか両腕の爪でガードする映司。
流石トラクローだ! なんともないぜ!

そして、映司が打ち返された先には……勝利を確信して追撃を仕掛けようとしていたウヴァさんの姿が!

『スキャニングチャージ』

咄嗟にオースキャナーを操作し、空中に赤黄緑の三つのエネルギーリングを発生させる。
突進してくるウヴァへ向かって、三色の環を潜る度に加速するオーズ。

「俺のコアだあああッ!」
「セイヤァァッ!」

魔法少女の腕力で打ち出された仮面ライダーが、必殺技である飛び蹴りを、正面から向かってくる怪人に、クリティカルヒットさせたのだ。
ぶっちゃけ、これで倒せないワケがない。

「バカな……! この俺が……っ!」
「恐ろしい敵だった……!」

哀れ、ウヴァさんは火に包まれ、次の瞬間には仁王立ちのまま爆死を遂げたのであった。
彼の断末魔が噛ませ役っぽいなどとは、決して突っ込んではいけない。
映司の台詞から今一つウヴァさんの恐ろしさが伝わってこないのも、絶対に気にしてはいけない。

仮にもグリードの一人であるウヴァさんが、小物の筈がないじゃないか……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第十六話:緑の党

Count the medals現在オーズが使えるメダルは……
タカ×2
クワガタ×3
カマキリ×2
バッタ×2
ライオン×1
トラ×2
チーター×2



「さやかちゃんって、もしかして『魔法少女』?」

緑色の怪人を処理し終えて、三色男がさやかに対して発した第一声が、それだった。
この三色の人は、何故さやかの名前を知っているのだろうか。

「……?」

さやかは、今日の今日まで、世界の裏で行われている戦いなど知らない一般人だったはずなのに。
……心当たりが、全く無い。
だがしかしそこに唐突に、さやかの親友が教えてくれた、その母親からの受け売りが思い出された。

――自分にファンクラブがあると思っておくのが、美人の秘訣なんだよ

「なってこった……! 魔法美少女さやかちゃん伝説は既に始まっていたのか……っ!」

おめでたい頭……もとい、とても非常に建設的な良い思考回路だと思いますよ。ええ。
というか、三色男が口に出した情報としては、魔法少女と同定されたことの方が重要ではないだろうか?

「お兄さん、アレでしょ? えーと……『仮面ライダー』っていう、御当地ヒーローだよね?」

先日、さやかが友人である仁美からお守りを貰った時に、少しだけ話題に上った気がする。
あのカラフルなお守りから考えて、五色の戦士的なヒーローだと思っていたさやかだが、実際の『仮面ライダー』さんを目の当たりにして考えを改めた。
まさか、一人で何色も担当しているとは思わなかったからだ。

「俺、そんなふうに呼ばれてたの?」

一方の映司も、思わぬ通り名がつけられていた事に前向きな驚きを抱いていた。
正直に言って、『タトバマン』だとか『メダルハンターO』ぐらいに呼ばれていても不思議ではないと思っていたのに。

「でも、助かったよー」
「何の事?」

目の前の少女がオーズの正体に気付いていないのではないか、という小さな疑問を抱いた映司だが、とりあえずさやかの次の言葉を促してみた。
何故だか期待満々な視線を向けられているという、不思議な状況に首を傾げながら。

「あたしってさ、武器が『コレ』しか無いのよ。あの大軍を相手にするのは大変かなーって思ってたんだ」

さやかは言いながら、手元に抱えたサーベルの刀身をさすって見せる。
確かに、近接武器一本では、陸棲ピラニアの大軍を狩り切るのは骨が折れるかもしれない。

「ああ、奇遇だね。俺も武器は剣しか無いんだ」

そう言いながら、大剣メダジャリバーを何処からともなく取り出してみせる映司。
一体どうやって携帯していたのかなどという野暮な質問をするなかれ。
男の子には色々と隠すところがあるんだよ♂ 嫌いじゃないわ!

……冗談はさておき。

「はたまた御冗談を……いっちょ、巨大ロボとかMAP攻撃的な派手なヤツでズバーッとやっちゃってくださいよ、仮面ライダーの先生!」
「今使えるのは、無いかなぁ」

陸棲ピラニアたちが沸き出ているビルの中に逃げ遅れた人が居るかもしれないので、空間斬撃であるオーズバッシュの発動は控えたいところである。
そして、先ほどまで鼻息の荒かったさやかのテンションも、少しずつ控えめになっている。
きっと、他人の機微に敏感な映司でなくとも、気付けた筈だ。

「よし、それならバイクで蹴散らして……!」

周囲を見回して超絶自販機ことライドベンダーを発見した映司は、すぐさまその前に駆け寄り、セルメダルを投入するが……

「あれ? 変わらない……?」

ライドベンダーは、バイク形態への移行を遂げなかった。
ディスプレイを叩いたり、殴って横倒しにしてみても、一向に変形する気配を見せない。
冗談がてら『はい変わったー』などと呟いてみるも、自販機はウンともスンとも言わないのだ。
……期待に満ちていたはずのさやかからの視線が、何だか冷たくなり始めている。

「そうだ、さっき手に入れたメダルを使えば……!」
『タカ カマキリ バッタ』

先ほど手に入れた緑色のコアメダルの一枚を、三枚並んだベルトのメダルの一枚と交換してみた。
トラメダル様は、自身の役目をきちんと果たして堂々の退場である。

「じゃーん!」

オーズの手の甲に、カマキリのような双剣が現れ、それを両手に握り直してさやかに見せつける。
自分の口で擬態音を口にするあたり、凄いだろう、とでも言いたいのだろうか。

「やっぱり剣じゃん……」
「だよねぇ……」

さやかからの評価値が、夢と希望とワームを載せた隕石のような速度で落下している。
少なくとも映司には、さやかから向けられる半眼がそういう意味だと思えた。
口には出ていないが、『こいつ使えねぇ……』とか思われている。多分。
そこで『お前モナー』などと言い返さない紳士こそ、火野映司であるのだが。

「なら、」

映司が取り出したのは……先ほど手に入れた、もう一種類のコアメダルだった。
バッタは既に持っているので特筆するべくもないが、問題はもう一種類である。
大きな二本の角を持つ生物が描かれたそれは……映司の知らないコアメダルである。
そして、それをオーズドライバーの差し込み口に入れれば、おそらく『何か』が起こる。
オーズという存在は、同色のコアメダル三枚を用いて変身すると、ボーナス的な能力が発動するものなのだ。

――コンボは体力を激しく消耗するから、控えろ

その特殊な変身形態を、映司の愉快な仲間である腕怪人はコンボと呼んでいたはず。
そして、オーズが現在使用しているコアメダルは、うち二枚が緑色である。

「さやかちゃん。俺、今から自滅技撃つかもしれないから、俺がダメだったら後よろしく!」
「え? 何それ? 何危険なフラグ立ててんの!?」

『クワガタ カマキリ バッタ』

手早くオーズドライバーのコアメダルを差し替え、緑の三枚をオースキャナーに読み込ませる。
ウヴァさんのメダルの素晴らしさを称える、還暦越えの某歌手によく似た声が聞こえた映司だったが、今はそれどころでは無い。
映司が先日使ったラトラーターというコンボは、使用後にしばらくまともに動けないという程度のダメージで済んだが、このガタキリバというコンボではどうなるのかという不安が無いわけではないのだ。

果たして、この緑のコンボの効果は……

「おおおおおおおっ!」
「何がどうなってんの!?」

右をむけば、素敵な緑の角とこんにちは。
左を見れば、やっぱり緑の双剣が眩い光を放ってお早うございました。
前を眺めても、案の定緑の足で地面を踏む素敵な立ち姿がこんばんは。

……増えた。
緑、緑、緑、緑、緑、緑、緑――

そこら一面を覆い隠すように現れた、大量の緑色な奴らが、さやかの目の前に広がっていた。

「さやかちゃん、俺、何人居る!?」
「お前の頭を数えろっ!」

大軍で押し寄せながらさやかに尋ねてくるガタキリバの群れは……鬱陶しい以外の何者でもない。
その真っ赤な複眼が虫を連想させるところが、何だか気持悪く見えてしまう始末である。

「まぁ、折角大軍向けの能力が出たし、とっとと終わらせよう」
「そ、そうね……早く帰りたい……」

ドン引きだよ!
口には出さないものの、ガタキリバの大群の気味の悪さは、ピカイチである。
会話もそこそこに、ビルの上階から溢れ出る陸棲ピラニアに向き合った、ガタキリバ軍団。
いっそのこと、GKB48と名乗って芸能デビューしては如何だろうか。

せーの、と掛け声をかけ、

「セイヤァッ!」
「セイヤッ!」
「セイヤーッ!」
「セイヤー!」
「セイ(以下略)」

一斉に、投げた。
腕に装備されていたカマキリコアによる固有武装ことカマキリソードを、放ったのである。
たかが投擲というなかれ。
無数の分身体が、各々二本ずつ装備していた剣を、一斉に投げつけたのだ。

まさに、雨。
太古の戦場では槍や矢が雨のように降り注いだと聞くが、その光景がまさに今、再現されていた。
膨大な数だったはずの陸棲ピラニア、もといピラニアヤミーがその数を大幅に減らされ、さやかは開いた口が塞がらない。
目玉が飛び出るほど、という比喩が生温いと思えるぐらいには目の前の光景に置いてけぼりを食らっていたのだ。

そんなさやかを余所に、生き残った陸棲ピラニアたちは不利を悟ったらしく、一体の大きな魚を模した姿へと合体を遂げる。
国語の教科書に出てくる、泳ぐという英単語を模した名前のサカナの生態を思い出して頂ければ幸いである。
一方、ガタキリバコンボの初変身補正も加わったオーズは、躊躇無くトドメを刺しにかかる。

『スキャニングチャージ』

オースキャナーに再度三枚のコアメダルを読み取らせ、見事な連携で次々とライダーキックを放つガタキリバ軍団の前に、陸棲ピラニアたちは為すすべも無かった。
さやかが対処に困っていたはずのピラニアの群れは、驚くほどの短時間で狩り切られてしまったのであった……



「また出遅れました……『また』ですよ……」

眼下に広がるガタキリバ無双を上空から眺めながら……少女ヤミーことトーリが、呟いた。
マミの部屋を離脱してしばらく飛びまわっていたトーリは、本来なら真っ先にピラニアヤミーの元へと急行することが出来た筈なのである。
ところが、映司がタカメダルを使って変身したために、透視能力が怖くて顔を出せなかったのだ。
しかも、さやかのせいでセルメダルが増え始めたことも災いして、オーズがタカメダルを収めた後も動くことが出来ない。

ただ、それよりも少女ヤミーが気になることは、

「お父さん、殺られちゃいましたけど……ワタシはこれからどうすれば良いんでしょうか……」

セルメダルを届けるべきグリードが居なくなった件だったりして……



・今回のNG大賞

鴻上財団会長室で、アンクと鴻上会長によるメダルシステム使用料の交渉は進む。
部屋に備え付けられたディスプレイの向こうには、コンボでヤミーを蹴散らすオーズの姿が。

「メダルシステム無しでも意外に何とかなりそうだしなァ、支払いは20%でどうだ?」
「……60%」
「30だ」
「50%でどうかね?」
「40」
「ハッピーバースディ! セルメダルの60%は君達のものだよ!」

『60%』というプレートが付けられたケーキを見せて、この交渉が予定通りであったことをアピールする鴻上会長。
実は60%のセルメダルを徴収する予定だったなんて、死んでも言えない……

・公開プロットシリーズNo.16
→マミさんの戦法を見たら、映司だって真似したくなるさ。

・人物図鑑
 ウヴァ
昆虫の怪王。性質は憤怒。抱え持った破壊衝動はあまりに強大。彼の手下たちはその抑えになるべく高い知能を誇るが、大抵は短命で役割を全うできない。忘我状態の所を袋叩きにすれば、恐れるに足る相手では無い。



[29586] 第十七話:A dying hero, a dead heroin
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/04 04:47
仮面ライダーさんが、分身したと思ったら集団ライダーキックをかまして、そのまま変身が解けてうつ伏せにぶっ倒れた。
何を言っているか以下略。

「コレは……美少女ヒロインさやかちゃんが、ヒーローの知られざる素顔を知ってしまうイベントに違いないわ!」

顔を地面の方に向けて倒れている青年を観察しながら、華麗なポジティブシンキングをかます自称美少女。
ヒロインなら、まずは倒れている映司の身の心配をするぐらいの優しさは欲しいところであるが、彼女はそんな器ではなかったらしい。
……お前の優しさはどうした?

鼻息を荒くしながらゆっくりと映司に近づくさやかの顔は、わくわく、という擬音が聞こえてきそうなほど期待に満ちていた。

「イケメンだったらどうしよう、でも私には恭介っていうヒトが……!」

ヒロインを巡って争うイケメンと天才音楽家の寸劇が勝手に頭の中で出来上がっている辺り、テンションフォルテッシモなんてレベルではない。
ファンガイアの先代王様の墓前で土下座して謝った方が良い思考回路である。
きっと、初変身補正で頭の中がピンク色になっているのだろう。
そもそもさやかが今回の契約及び初変身によって何かの役に立ったか、などという突っ込みをしてはいけない。

一歩一歩時間をかけながら映司に近づいて行くさやかには……既に、色々とフラグが立ち過ぎていた。
……主に、邪魔が入るフラグが。

「大丈夫ですか!?」

大きな羽を広げて空から降り立ったのは……見知らぬ、緑色の衣装が印象的な少女だった。
さやかの存在に気付いていないわけではないだろうが、映司の間近に着地した少女は慌てた様子でその背中を揺すって反応を確かめる。
そうかと思いきや、あっという間に映司の両腕を掴み、再び空へと姿を消したのであった……

「……ライバルヒロイン現る、ってか?」

目の前で公然と行われた人攫いに、さやかはとりあえずの仮説を立てて思考を打ち切る。
彼女とて、暇ではないのだ。
先ほど傷ついて倒れた白いネコモドキを、治療してやらなければならないのだから。
先ほどの三色の彼は、通りすがりの仮面ライダーぐらいに思っておけば充分だろう。



そして、映司を抱えてふらふらと徐行しながら飛ぶトーリは、とてつもなく物騒なことを考えていたりする。

「今が、オーズを始末するチャンス……なんでしょうか?」

先ほどの青い魔法少女が見ている前では事を起こそうにも起こせなかったので連れて来てしまったわけだが……どうしよう?
殺すだけならば、映司を重力に従って自然落下させるだけの簡単なお仕事である。
ただ、例えオーズを始末してセルメダルを集め始めても、トーリには既にメダルの搬入先であるグリードが存在しないのだ。

ここで映司を手放すことは簡単だが……アンクとオーズは、少女ヤミーがメダル関連の知識を得るための重要な情報源でもある。
一応、カザリというグリードも見たことはあるのだが、まず話し合いの場につかせることが出来るかどうかという段階から不安が残るところだ。
それに、もしかすると、ひょっとすると、万が一ぐらいには、映司とアンクがウヴァの復活方法を知っているかもしれない。

「難儀ですねぇ……」

つい先ほどまでは邪魔で仕方が無かった筈のオーズがこんなにもピンチなのに、止めを刺すことが出来ないという不思議。
まさか、この男は運命に愛されているとでもいうのだろうか。
『コアメダルを没収しておくべきか』だの『いっそドライバーごと』だの『そもそも何処に向かって飛んでいるんだ』だの、色々と考える事が山積みのトーリは、もうしばらく付近の空を旋回して居そうである……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第十七話:A dying hero, a dead heroin



キュゥべえを治療するつもりで、先ほどバッグを預けた女性の元に戻ってきたさやかだったが……思わぬ展開を耳にする。
女性によると、カバンの中に居たはずの動物はいつの間にか逃げ出してしまっていたらしく、女性は結局一度もその生き物を見なかったということらしい。
あのUMAの負っていた傷は、実は見た目よりも軽かったのかもしれない、とさやかは結論付けたのだった。

……さやかの知らぬことだが、魔法少女の素質を持たない者はキュゥべえを目視することが出来ない。
女性が空っぽだと勘違いしたバッグの中には、実は血まみれのキュゥべえがしっかりと詰まっていたりしたのだ。
もっとも、そのバッグは既にピラニアヤミーの群れに食われてしまい、この世に存在しないのだが。
キュゥべえさんの尊い命がまた一つ、神様の元へ帰りましたとさ。


「まぁ、良いか」

自力で動ける程度の傷で済んで良かった、と白いUMAの身の安全を喜ぶ時間もそこそこに、さやかは変身を解くことも忘れて市内の某病院へと一直線に走る。
折角他人の怪我を治す能力を手に入れたからには、やるべきことは一つ。
さやかの片思いの相手である上条恭介の、左腕を治すことである。

ピラニアヤミーの残したセルメダルをアンクが拾いに来た頃には、既にさやかは影も形も残して居なかったらしい……



一方、少女ヤミーことトーリは、ようやく目的地を見定めて一直線の飛行を行っていた。
お察しの通り、その場所とは巴マミの住むマンションである。
というか、トーリが落ち着ける場所など、他には無い。
ふてぶてしくも、今夜からの寝床にしようとさえ考えている始末である。
そんな彼女の幻想がぶち壊されるのは、ほんの数分後の話だった。

当のマンションの壁面に、大きな穴が開いていたのだから。
むしろ、外側から巨大怪獣かロボットによって抉られたと言われた方がまだ信じられるような、穴というよりは窪みというべき代物かもしれない。
風呂場があったと思しき空間では破裂した配水管から噴水のように水が溢れだしており、ガス漏れの臭いがしないことがせめてもの救いだろうか。

そんな中に、『彼女』は倒れていた。

「マミ、さん……?」

降り注ぐ水粒を浴びながら、意識があることをまったく窺わせないほど微動だにせずに。
今日はよく知り合いが倒れる日です、そう愚痴を吐きながら、とにかくマミを部屋の中の浸水を免れたスペースまで連れ込み、ベッドに寝かせてみる。
脈と呼吸はあるようなので死んでいる訳ではないのだろうが、つい1時間ほど前には元気だったとは思えないほどに、巴マミは衰弱しているように思われた。
冷水に浸かっていたせいだろう、と結論付けたトーリは、早速濡れた衣類の処置を試みたのだが……

「全滅、ですね」

洋服棚の位置が悪かったらしく、内蔵されていた衣類はことごとく浸水しており、代えのものが全く見当たらない。
もしマミの意識があったなら魔法少女に変身させれば済むのだが、マミの意識が無くてはその手も使えない。

……部屋の中を見回したトーリは、代替手段をすぐに見つけることが出来た。

選ぶべき道は……ただ一つ!

「映司さん、ごめんなさい!」

なぜ映司に謝っているかって?
そこに服があるからさ。

手早くマミの服を脱がせ、無事だったカーテンでその身体から水分を拭き取ったトーリは……映司の身ぐるみを剥ぎとり、それをマミに着せて一息ついたのであった。
パンツだけは映司の元に残してやったのは、トーリに残された最後の良心だったのだろう。
この男は放映コードという絶対神に愛されているため、パンツだけは永遠に失わない運命を約束されているのかもしれない。

とりあえず、マミと映司を纏めてベッドの上に寝かせたトーリは……アンクを呼ぶことにした。
この二人を同時にぶら下げて飛ぶのが難しそうだったので、文字通りアンクの手を借りようという発想である。
トーリは携帯電話などという都合の良い物は持っていないし、バッタのカンドロイドを使うための認証も潜れないが……それでも手段はある。

『もしもし? アンクさんですか?』

念話と呼ばれる、魔法少女の特権が。
先ほどマミからその存在を知らされた魔法で、アンクへの通信を試みたというわけだ。
念話というものは、対象の居場所が把握できていないと使えないものなのだが、先ほどセルメダルが撒き散らされた場所を想定してみたら大正解だったらしい。

『なんだ、羽のガキか。どうやって話してる? これも魔法ってやつか?』

その通りです、と素直に答えながら、ふと脳裏を疑問がよぎる。
自分が魔法を使う時に自分のセルメダルが増えないのは何故だろう、と。
それを許すとセルメダルの無限増殖チートが出来てしまうからだ、などという作者側の事情なんて、そんなの絶対あるわけない。

『映司さんとマミさんが倒れてしまったので、運ぶのを手伝ってください』
『面倒だ』

アンクからの答えが簡潔かつ完結し過ぎていて涙が出そうになった。
泣いても良いよね? だって女の子……いいえ、ヤミーですね。そうですね。
トーリとしては、何としてもメダル絡みの情報をアンクと映司から引き出さなければならないため、ここで会話を終わらせる手など無い。

『……実は映司さんが緑のグリードを倒したみたいで、緑のメダルを7枚持ってるんですよ』
『ほう、そいつは儲けたなァ』

一応ウヴァさんの名前を知っているトーリだが、アンクにその繋がりを勘ぐられるのを恐れて呼称を考えてみた。

『これって、復活してグリード態に戻ったりしないんですか? それが心配で仕方ないんですが……』

むしろそれが目的です……なんて、言うわけがない。
飽く迄、トーリはアンク達の味方のフリをしなければならないのだ。
早くとも、ウヴァの復活が果たされるまでは。

『……そうだな。3種類を揃えて、全体の半分……5枚ぐらいあれば復活は出来た気がする。危険には違いないか』

なるほど、良いことを聞きました!
全体の半分が5枚ということは、おそらく全部で10枚程度があるのだろう。

『今、映司さんの元に7枚あるんですけど、残りの3枚はアンクさんが持っているんですか?』
『俺の手元には今は一枚も無い。何処にあるんだか……まぁ、目星はついてるがなァ』

多分持っているのだろうと思いつつも念のために聞いてみたトーリだったが……答えは、最悪だった。
大まかな場所が解っているならば希望は捨てられないが、今の会話の流れからそこに持って行くのは苦しそうだったので、またの機会にせざるを得ないだろう。

『とりあえず、映司さんから何枚かメダルを預かっておきますね』
『用心深いことだ』

ごそごそと物音をたてながら、現在は巴マミの身を包んでいる衣類の中を探り、お目当てのアイテムに手を伸ばす。
……見つけた。
クワガタ、カマキリ、バッタの3種類7枚のコアメダルが、ついにトーリの手に!

『それで、復活の他の条件って何なんですか? 一応聞いておきたいです』

一応ではなく、それが主な質問内容なのだが……何でも無いことのようにさらりと聞くのがポイントである。
絶対にトーリの正体を気付かれてはいけない。

『……面倒だ』
『えっ……』

返されたのは……そっけない言葉だった。
知らない筈は無い、とトーリは確信しているが、これ以上突っ込んで聞いたとして、相手に疑心を植え付けるのは好ましく無い。
大丈夫だと言われているのだから、あまり強く聞くのも不自然である。
一日に何回『面倒だ』と口にすれば気が済むのだ、などという突っ込みをして機嫌を損ねるのも御免である。

『悪いか?』
『いいえ、そんなことは……』

まるで、悪徳上司と気の弱い部下のような会話である。
アンクが800年前に為された封印から目覚めたグリードであるという情報を、トーリは映司から聞いたことがある。
ならば、アンクがその復活方法を知っていると考えた方が自然な筈だが……聞き出す手段も思いつかない。

結局7枚全部をネコババするわけにもいかず、とりあえずクワガタとバッタを1枚ずつ残して、残りを没収しておくに留めたのだった。
カマキリを残さなかった理由は、先ほど目の当たりにした緑の雨が脳裏にちらついたからかもしれない。
とは言っても、カマキリ2枚だけはアンクに渡してしまう予定である。
そうすることによって、アンクと映司の二人は互いの持っているメダルからトーリのネコババした三枚を推察できなくなるはずだ。

『……ん? お前、さっきなんて言った?』
『そんなことは無いです、って言いましたよ?』

何かに気付いたような、アンクの少しだけ高い声。
念話というもので声の高さが伝わるのも奇妙な話だが、そういうものなのだろう。

『その3つぐらい前だ』
『ええと、確か、ワタシがメダルを預かって……』

自身の発言内容を思い出しながらその内容を口に出して……後悔した。
メダルというものは、文字通りグリードの命である。
それを預かるという提案が、何らかの疑念を抱かせてしまったのではないだろうか。

『そうか、そいうのもアリか。お望み通り、そいつらを運ぶのは手伝ってやるから、場所を教えろ』

何だろう、この気の変わり様は。
怪しい。怪しすぎる。
トーリの方から助力を求めておいてなんだが、アンクのこの変わり身は不気味すぎる。
相手の脊髄をぶっこ抜くバッタ怪人に肩を並べられる不気味さだ。

『お前自身に新しい用事も出来たしなァ』

嬉しそうなアンクの笑い声が、空恐ろしい。
首筋を冷たい汗が流れ、心拍数が上がる。
マズい、かも?

『近くに居るからこそ気付かないモンだよな。伏兵ってやつはよ』

気付かれた……?
トーリとしては、そこまで疑念を持たれるような行為には及んでこなかったつもりなのだが、何か落ち度があったのだろうか?
いざとなったら、映司を人質にとって逃げることまで考えなければならない。



トーリの死亡フラグな日々は、終わらない……



・今回のNG大賞
トーリが通信のためにベランダに出ている間に、目を覚ました火野映司が認識した、三つの出来ごとは!

一つ、映司はパンツ一丁になって寝ていた!
二つ、巴マミが映司の服を着せられて寝ていた!
三つ、二人は同じベッドで寝ていた!

「まさか俺、何か間違いを……そんなバカな……いや、でももしかして……?」

コンボの使用による副作用を本気で考えなおしたい気分に、なったらしい。


・公開プロットシリーズNo.17
→蝙蝠には蝙蝠の悩みがある。



[29586] 第十八話:自分が変われば世界も変わる
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/04 02:42
『お前、俺のメダルも預かれ』
『はあ……?』

まったく、この腕怪人は何を考えているのか皆目見当もつかない。
ただ……身の危険が迫っているわけではないと判れば、自然とトーリの肩の力も抜けるというものである。

『鴻上と取引をしてきた。メダルシステムの使用料として、「俺と映司」が手に入れたセルメダルの40%をヤツに引き渡すっていうことになっちまったんだよ』

40%という割合が高いのか安いのか、トーリはそれを推し測るためのモノサシを持っていない。
しかし、アンクの物言いから考える限りでは、アンクは4割ものセルメダルを持っていかれることを良しとしていない。
……つまり?

『俺達が倒したヤミーのセルメダルを、契約と関係がないお前が一時的に持っておけ。俺達が必要な分だけお前から引き出して、その4割分を鴻上に渡す形をとればいい』

これは、なんたる棚ボタ。
何らかの形でオーズのセルメダルを横領しようと企んでいた少女ヤミーにとっては、朗報以外の何者でもない。
しかし、よく考えるとその作戦には致命的な穴があるのではないだろうか?

『アンクさん達の所に渡す時に4割を引くなら、最終的には手に入れる量は変わらないですよね?』

確かに、トーリにセルメダルを持たせておけば、見かけ上はアンクチームの所有メダル数は多くなる。
だが、飽く迄それは外見上の話であり、トーリが直接メダルシステムを利用することが出来ない限り、意味の無いプランに思える。

『俺の完全復活が確定したら、鴻上のヤツを裏切って手元のメダルを独占すれば良い』

やること為すことが、イチイチあくど過ぎる傾向の否めない腕怪人。
そういえば、カザリさんが『君は油断ならない』とか言ってた気がしますねぇ……
実は、トーリの正体に気付いていて、尚且つトーリを利用せんと誰も想像しないような策略を既に企てているのではなかろうか。

『ワタシのこと、怪しんでませんでしたっけ?』

なんせ、嘘臭すぎるプロフィールを持つ記憶喪失少女トーリに、メダルというプレシャスな品物を預けることを容認する発想が怪しすぎる。
何か裏があるのではないかと勘ぐってしまったトーリは、決して慎重すぎるということはないはずだ。

『確かにお前はこの上なく胡散臭い……が、いけ好かない鴻上のヤツに4割も持っていかれるよりは、まだ腹も立たないってモンだ』

ネコババ公認ですか、そうですか……そんなの絶対、あるわけない。ですよねー。
トーリが裏切ったらやはりアンク達は烈火のごとく怒って始末に来るだろうから、期を見極めることは非常に重要である。
そして、

『「マミさん」では無く「ワタシ」に預ける理由を聞いても?』

そう、そこが一番怪しいのである。
何故、もっと信頼できそうな巴マミではなく、素性の知れないトーリでなければならないのか。

『そんな事したら、あのマミってガキをバカに出来なくなるだろうが』
『……把握しました』

アンクが巴マミをからかう光景を、トーリは見たことがある。
初めて会った時にも、マミの猟奇殺人癖を論って挑発していた筈だ。
マミさん本人は否定していたから、あれはアンクさんのでっち上げ……で、良いんですよね?

疑心暗鬼はヤミーをも殺す……のでしょうか?



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第十八話:自分が変われば世界も変わる



「転校生、誕生日プレゼント持ってきたぞ!」

暁美ほむらに、電流走る。
さやかが魔法少女となった記念日の翌日に、それは起こったのだ。
……そこまで大げさなものでも無いかもしれないが、衝撃的な一言には違いなかった。
何が起こったかというと、

・美樹さやかが
・暁美ほむらに
・誕生日プレゼントを渡した

何がおかしいのだと聞かれれば、全てが怪しいと答えざるを得ない。
暁美ほむらが今まで生きてきたループ時空の中で、ここまで暁美ほむらに親しく接してくる個体が居ただろうか。
一週目辺りでは気を遣ってもらっていたような気もするが、その時以来のはずだ。

美樹さやかから差し出された物体は、10センチ強の正方形で、厚さ1センチに満たない形状の物を包装紙で包んであるモノだった。
……どう考えても、上条恭介への贈り物候補として購入し、没となった一品に違いない。

そこまで、判って居るはずだ。
暁美ほむらには、そのぐらいの予想はついている。
その筈なのに……

「……感謝、するわ」

どうしようもなく胸が高鳴って、頭の奥がぼやける。
キュゥべえと契約した時以上に、自分が自分で無くなるような、奇妙な感覚が走り抜けていく。
でもそれは……不思議と不快さを伴わなず、それでいてどこか懐かしいような、くすぐったい何か。

「私達からも、誕生日プレゼントがありますわ」

狙いすましたタイミングで口を開く、志筑仁美。
そして、その横から期待の眼差しを暁美ほむらに向けている、鹿目まどか。

渡されたのは……ネコの、ヌイグルミだった。

ここでキュゥべえを想像した君は、多分疲れているんだ。少し休んだ後に契約してよ。
もしカザリさんを想像したお前は、早く欲望を開放する作業に戻るんだ。

剥製でも着ぐるみでも無く、縫い包みである。
デフォルメされた真っ黒なネコの縫い包みは、どこか歪さを感じさせるものの、全体としては愛らしい。

「あのあと、鹿目さんと二人で作ったんですわ」
「何それ? あたし聞いてない……」

首に巻かれた紫のリボンが、どことなく暁美ほむら自身の姿を連想させた。
若干身体の黒色に隠れてしまって、その紫の存在を主張しきれていない辺りが、特に。

「名付けて『エイミーちゃん弐号機』だよ!」

まどかの、得意気な、暖かい声。

――燃え上がれぇっ! って感じで!

思い出した。

――やったね! ほむらちゃん!

この、胸の奥が熱くなって、身体の芯が震えるような感覚の正体を。
仲間が……鹿目まどかが、遠い昔に言葉をかけてくれた時にも、感じた筈だ。

「嬉しい……」

いつ以来だろう。
こんなにも、心が揺さぶられるのは。
少なくとも、もう誰にも頼らないと決めた時より後には、無かった筈だ。


暁美ほむらは、気付けなかった。
美樹さやかが、お見舞い用のCDを余らせた理由を。
上条恭介が、奇跡と魔法によってその容態を変化させられたことも。

希望と絶望は、釣り合うように出来あがっている……のだろうか?




とある人通りの多い居住区の、何の変哲もないマンション。
そこは、少し前まで『普通の少女』が住んでいた筈の一室があるはずだった。
少なくとも先日まで、その住人の中には剣を召喚する魔法を使える人間など居なかったに違いない。

その建物の中に当たり前のように帰って行く、やはり何の不審も無い女子中学生……その後ろ姿を見送る、一人分の視線があった。

「異常無し、か」

いわずと知れた我らがライドベンダー隊の小隊長である、後藤慎太郎だ。
暁美ほむらや火野映司の監視を任されている彼が、何ゆえに今度は美樹さやかを追いまわさなければならないのか。
答えは単純明快……

『未確認生命体B4号『美樹さやか』君の監視を後藤君達への指令に追加する! 新たな任務の誕生だよ! ハッピィバースデイッ!』

何処かで聞いた台詞のコピペ改変な気がしてならないとか、B2号とB3号は何処に行ったのだとか、色々と突っ込みたい事は山積みだったが、部下としては仕事をこなさないわけにもいかない。

それでも時間を無駄にしたような気がしてしまうのだから不思議なものである。
何も事件が無かったのだから喜ぶべきなのだが、世界を救ってやろうと意気込む後藤青年としては、肩透かしを食らったという気分にもなってしまう。

まるで張り込み中の刑事のように、「お疲れ様です」という言葉とともに差し出されたアンパンと缶コーヒーを受け取り、栄養分の補給に励む。
コーヒーの円筒がカンドロイドに見えてしまった辺りに職業病を疑いつつ、部下に軽く例を言いながらもう一度マンションの外観に目を走らせてみるものの、異常などある筈も無い。
そして、アンパンを齧りながら……後藤は、監視対象である美樹さやかとは直接的な関係の無い異変に、気付いてしまっていたりする。

思いなおしてほしい。
後藤は、『一人』で監視をしていたのだ。

……たった今、後藤に軽食を提供してくれたのは、誰だ?

後藤の記憶によれば、偶然にも現時刻においては、暇を持て余している隊員は居ない筈だ。
火野映司や暁美ほむらを監視している人員が偶然に後藤の近くを通りかかる事は無いとは言い切れないが、あまり高い可能性があるとも言えない。
会長秘書の里中エリカが来たのかとも考えたが、残業というものが台所の黒い影よりも嫌いな彼女が、態々非番時に後藤の所になど来てくれるわけがない。

もちろん、後藤の後ろに立っている人物として一番ありえないのは、間違いなく鴻上会長である。
会長が居るのにこんなに場が静かだなんて、そんなことが有り得るのならば後藤がオーズか魔法少女に変身するという奇跡が起こった方がまだ現実的である。

心当たりが、全く無い。
だがしかし、軽食を差し入れてくれるぐらいなのだから、敵ではないはずだ。
まさか食事に自白剤が混入されているだなんて、思いたくない。
悩みが行き詰った後藤の最後に残った道しるべは……後藤の背後に居る人物を後藤自身の目で確認する作業以外には有り得なかった。

心の中で3つ数えながら、意を決して振り向いた後藤が目にした人物は……

「こんばんは?」

いつしか未確認生命体B1号及びB4号と行動を共にしていた、桃色の髪が印象的な女子中学生だった。
後藤とさやかが言い争いをしていた時に、大泣きした彼女である。

「どうして、君がここに?」

後藤としては、嫌な予感は既に影を見せている。
この子の交友関係を鑑みれば、その正体に対する推論も自然と立つというものだ。
ストレートに言ってしまえば、目の前の女子中学生……鹿目まどかも、未確認生命体かもしれない。

「後をつけて来ちゃいました」

先日も、同じ事をされたような気がしてならない後藤小隊長……彼には、そもそも尾行という任務自体に対する適性が無いのだろうか。
えへへ、と悪戯がバレた子供そのものの反応をしながら、その子は後藤の悩みを知っているとは思えない笑顔を振りまいていた。

「俺が危険な人間だとは思わなかったのか? 少なくともお前の友人はそう思っているだろう?」

鹿目まどかに対して質問を重ねながら、先ほど美樹さやかが帰宅していったマンションを後藤は横目で確認する。
そう、まさにその美樹さやかが、後藤をロリコンのストーカー扱いした張本人なのだから。

だがしかし、まどかは鴻上財団に勤務する母親から、後藤の評価を聞いていた。
『真面目で堅物の青二才』と称されていたはずで、悪い人間には聞こえなかったはずだ。
それどころか、鴻上財団に敵対する者達から暁美ほむらとその周囲を守っているという誤解まで重なった結果、まどかの中では既に後藤は不審者ではなかった。

「後藤さんって、多分、私達のことを影から守ってくれているんですよね。何だかそれって、凄く格好良いな、って思って……」

……確かに、未確認生命体たちが何か事件を起こすとすれば、後藤が居る事によって周囲の子供たちは危険を被る可能性を大きく減らされることだろう。
まどかの話しぶりからは、彼女自身が異能を持った存在であるという響きは感じられない。
というか、まだ一度しか会ったことが無い筈の後藤を気遣ってくれる辺り、胡散臭いぐらいに人が良いと言わざるを得ない。

「そう言ってくれると、少しだけ救われる気がする。不謹慎なのは解るが、何も事件が起こらないと暇なのは間違いないからな」
「でも、後藤さんが居てくれたら、何か起こっても大丈夫そうだって気もしますよ」

良い子だ。
今時こんなに良い子が居るのかと疑わしくなるぐらいに良い子である。
あの生意気な未確認生命体B4号も、少しはこの子を見習えば良いのに。
そして、この子が友達グループと楽しげに話している姿を、後藤は見たこともある。
その環の中で、同じように年相応な幼さを見せる、美樹さやかや暁美ほむらの姿も。

……後藤たちが未確認生命体と呼んでいる彼女たちは、本当に危険視しなければならない必要な存在なのだろうか?

後藤には、わからない。
美樹さやかの方は先日ピラニアヤミーを倒していたと聞くので、むしろ人類の平和を守る側なのかもしれない。
しかし、暁美ほむらがライドベンダーを襲撃したのも状況的に間違いないはずだ。
まさかこの二人が互いの異能を知らずに友達をやっているなんてことは無いだろうが、それにしては立ち位置が一致しない気もする。

「……そうか。俺達はとんでもない思い違いをしていたのかもしれない」

その違和感を払拭する仮説を、後藤は不意に思いついた。
このチグハグな状況を説明できる勘違いに、思い至ったのだ。

「確か、鹿目と言ったな。君に、手伝ってほしい。重要な事なんだ」
「は、はい!」

いつになく真面目な表情で、後藤慎太郎は鹿目まどかに向き直る。
そして、その真剣な視線に思わず是と答えてしまうまどか。


「美樹さやかや暁美ほむらに、『ライドベンダー』についてどう思っているか聞いて来て欲しいんだ」

後藤の考えでは、暁美ほむらも人類側の味方である可能性が残っている。
先日のライドベンダー襲撃は、あのヘンテコ自販機がどういうものか知らなかったために起こってしまったのだろう。
そう、後藤は予測した。

大げさに敬礼して見せる鹿目まどかに先ほどの軽食の代金を渡しながら、後藤は彼女を帰路に着かせたのだった。

不思議なものだ、と後藤は思い返す。
先ほどまで、美樹さやか達が世界の敵であることを期待していた筈なのに、今は彼女たちを疑いたくないと思い始めている自分が居て。
それを変えたのは、何の変哲もない女子中学生一人だったのだ。

「案外、世界を救うのも、俺よりもああいう子なのかもしれないな」

既に後ろ姿も見えなくなった少女の事をぽつりと称賛しながらも、後藤は三度マンションへと意識を向け直す。
マンションの扉を潜りぬけて既に薄暗くなった町へと歩き出す、美樹さやかの姿を目視しながら……



・今回のNG大賞
「それにしても、何故アンパンと缶コーヒーなんだ?」
「形から入るタイプなんです……」

恥ずかしそうに目を逸らしてみせる鹿目まどかの様子が、どこか微笑ましく思えた後藤慎太郎たっだ。
この子はきっと、もし魔法少女になれるなら、コスチュームから考え始めるだろう。
そんなワケの解らない思考を、後藤慎太郎は抱いた……らしい。


・公開プロットシリーズNo.18
→きっと世界は救えない。さやかだけでも、後藤さんだけでも。



[29586] 第十九話:その配役はおかしいでしょ
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/13 18:19
それは、金属同士をぶつける音を聞いた時に似た感覚だった。
聞き間違える筈も無い。
800年前から全く変わらない、人間の欲望が満たされる音に違いなかった。

それを聞いたからには、『彼』はその場に嬉々として向かう……はずだった。
その音源が、『町中の至る所』でなければ。
通常、ヤミーと親は一対一の対応関係にあり、同時に複数の場所からそれらの気配がすることなど、有り得ない。
アンクからはその気配の出場所に居るモノがヤミーか親か判別することは出来ないが、単純に考えて音源の半分がヤミーで残りが親なのだろう。

「何が起こってやがる……この町に……」

メズールのヤミーが量産されているのかもしれないとも考えたが、今まで成長する気配など感じなかったのに急に此処まで増えるのもおかしな話である。
さらにアンクの警戒心を喚起したのは、アンクが携帯端末からインターネットを使って情報を収集しようとしても、町中の異常を訴える人物が見当たらないことであった。
ヤミーが現れれば、人間達はその目撃情報を発信するはずなのに。

アンクには、分からない。
見滝原市に起こっている、異常の正体が。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第十九話:その配役はおかしいでしょ



トーリは、当ても無く、ただ空を飛びまわっていた。
理由は、その身体を構成するセルメダルが増え始めたからである。
アンクはそれを嗅ぎつけているはずなので、正体がバレることを恐れるトーリとしては逃げ回るより他に手が無い。

……トーリがその光景を見つけたのは、偶然だった。
廃ビルの中に入って行く、黒ずくめの青年の背中を見たのは。
ただ目的も無く徘徊しているのも退屈だというぐらいに考えて青年を追っていたトーリは……気がつくと、魔女の結界の中に居た。


「まったく、ワケが解らないです……」
「お前は……何故こんなところに?」

しかも、結界に入ってしまったことに驚いていたら、青年に発見されてしまうという痛恨のミスである。
そして、相手の質問の意図が解らない。
トーリと青年は初対面であるはずだから、何故この場所に居るのかという意味合いの強い質問なのだろう。
しかし、青年自身も魔女の結界内部の様子に興味津々な視線を向けている辺り、この空間について深い理解を持っているとは思えない。

「ワタシ達魔法少女が、魔女を倒す存在だからですよ」
「魔法少女? 魔女……?」

とりあえず差し障りの無い情報を出して見たトーリだが、青年はその単語自体に心当たりが無いらしい。
ひょっとすると、偶然迷い込んでしまった一般人なのかもしれない。

「ワタシはとりあえず奥まで行ってみますけど、貴方はどうしますか?」
「……俺も行く。この奥に先に行った奴に用があるからな」

素直に帰ってくれることを期待したトーリであった筈だが、何故か青年は進行の決心を固めてしまったようだ。
ワケが解らない。

そして、後藤もそれは同じだった。
何故、未確認生命体B3号と呼ばれている蝙蝠少女が、後藤の後を追って不思議な空間に入ってこなければならないのか。

「名前を聞いても良いか?」
「トーリって呼ばれてます。貴方は?」
「後藤だ」

そういえば、未確認生命体で名前が不明なのはこの子だけだった。
そう思って尋ねてみた後藤に、少女は特に重要な情報でも無いという様子で即答してくれた。
以前後藤が見た時には羽を出して空を飛んで逃げる場面だったはずだが、今はその羽を背中に折りたたんでいるため、普通の子供にしか見えない。
……ましてや、その正体がヤミーだなんて、気付く筈も無かった。

「とりあえず、行くか」
「ですね」

何はともあれ、旅は道連れとばかりに会話をしながら、魔女の結界内部を進む後藤とトーリ。
信号機を発見したかと思いきや林のような障害物に遭遇し、かと思えば長い階段を上下する。

「魔法少女と言っていたが、君達は何者なんだ?」
「魔法の使者と契約を結んで力を手に入れた人間、といったところです」

厳密にはトーリは人間とは言い難いのだが、そんな火種になりそうなことは口にしない。
このヤミーは親に似て、肝心なことを誤魔化すのが上手いのだ。

「それで、その白いのが魔女か?」
「……白いの?」

後藤が指差した先に居たのは……人間の拳より少し大きい程度の、素敵なヒゲを生やした白い球体だった。
バラと思われる造花をバケツリレーの要領で運んでいる、あまり常識で測ろうとも思えない、何か。

「……実は私、新米魔法少女なので、魔女っていう人たちを殆ど見たことも無いんですよ」

言外に分かりませんと解答するトーリの言葉に反応した……訳ではないだろうが、その身体を歪めたヒゲタマゴは、

「げぶぅっ!?」

突如として、跳ねた。
トーリの胴に直撃のコースで。
予期せぬ一撃で身体を『く』の字に曲げられたトーリは、近くの花壇に突っ込ませられてしまった。
大丈夫か、とトーリに声をかけようとする後藤の方に……着地したヒゲタマゴが向き直った。
目が無いので後藤の事を認識しているかどうかは謎だが、ヒゲがあると言う事は、おそらくそこが正面なのだろう。
再び身体を不自然に歪めたヒゲタマゴが、溜めた力を使って高速で飛来するが、

「おっと」

先ほどトーリが直撃を食らった体当たり攻撃を、難なく避ける後藤さん。
不意打ちならまだしも、仮にも戦闘のプロであるライドベンダー隊小隊長が、そんなタメの長い攻撃を避けられない筈も無かった。
そして、壁に張り付いて再び跳躍しようとしたヒゲタマゴは……次の瞬間には乾いた音と共にその身体を爆散させられていた。

「意外と、あっけなかったな」

放たれたのは、一発の銃弾。
後藤が何処からか取り出したショットガンからは硝煙が立ち上っており、ヒゲタマゴの死因がそれであることは疑う余地が無い。
魔女というからには最低でもヤミーレベルの戦力を期待していた後藤としては、拍子抜けしたと言わざるを得ない。
実はむしろ、そのヤミーが先ほどの一撃でのされてしまっているのだが。

「うう……何だかワタシって、こんな役回りばかりな気がします……」

身体を土まみれにしながらのそのそと花壇から這い出てくるトーリからは、隠しようも無い頼りなさがにじみ出ていた、と後藤は後になって語ることになるのだった。
もっとも、汚れはともかくとしてその足取りに乱れは無く、ダメージは少なそうであったが。
心配して駆け寄ってくれた後藤の目からも、それほど問題は無さそうに思えた。

「そして、新たにもう一つ聞きたいことが出来た」

ワタシの戦力についてですか。そうですか。
なんだか心に傷を負う質問の予感を察知したトーリだったが……その予想は、外れていた。

「魔女っていうのは……こんなに沢山居るものなのか?」

こんなに……?
トーリは、気付いた。
後藤はトーリの方を向いているが、トーリ自体を見ているわけではないと言う事に。

そして、振り返って、後悔した。
壁一面の、ヒゲタマゴの群れを、目視してしまったことを。
奴らが、体当たり攻撃のモーションに入っていることにも。

……トーリの顔は青一色になり、頭は逃走一色になる。

「後藤さん、掴まってください!」

言うが早いか、その背中から羽を展開したトーリが、後藤をぶら下げて飛び立つ。
退路は塞がれているため、前へ前へと進むしかない。
幸い、その背中に当たりそうなヒゲタマゴは、後藤さんがピンポイントに狙撃して妨害してくれるため、それなりに安心して進めそうなことだけが、唯一の救いであった。

トーリは、知らない。
その先に、『誰』が戦っているのかを。

後藤は、知らない。
この先で、『何』が待ち受けているのかを。




美樹さやかは、生まれて初めて出会う『魔女』に挑んでいた。
キュゥべえという魔法の使者からソウルジェムを使用した魔女の探知法を聞き出した彼女が見つけた、一体目の魔女であった。
とはいえ、さやかは先日出会ったピラニアヤミーのことも魔女だと勘違いしているため、既に二回戦目の気分だったりする。

「ハッハッハ! 魔法美少女さやかちゃん伝説の1ページになるが良い!」

この美樹さやか、ノリノリである。
その言動が、後に黒歴史ノートの1ページとなることは、疑いの余地が無い。
中二病と言うなかれ。
彼女は正しく中学二年生なのだから。

だがしかし……魔女には、黙って殺られるようなお人好しなど居る筈も無い。
魔女以外なら居るかと聞かれれば、きっとそんな生物は某インキュゥべえターさんぐらいしか居ないとしか答えられないのだが。

緑を腐らせたような不気味な色の大きなツボミを頭のようにもたげた、植物らしき姿をした存在……そいつが、美樹さやかと対峙している魔女であった。
アクセントに身体中にバラの花を咲かせているのに、全く美しく見えない不思議なオシャレをした異形の生き物が、俊敏な動きで部屋中を走り回っているのだ。
そしてその周囲では、蝶の姿をした無数の使い魔が魔女を護るために、さやかに妨害工作を仕掛けていた。
あるものは体当たりでさやかの動きを鈍らせ、別のものたちはグループを作って縄のような動きをしながらさやかに絡みつく。

「だあああっ!? 大人しく倒されろっ!」

ぶっちゃけ、近付けない。
さやかは身体能力に優れた魔法少女であるが、近接戦闘が通じない相手にはあまり勝ち筋が無いという重大な欠点を抱えていた。
そして、この魔女はその欠点を突く遠距離の足止め手段を持っている。

……つまり、倒せない。

先日出会った仮面ライダー氏に習って剣を投げつける攻撃も試してみたが、使い魔の身体と命を張った感動的なブロックによって悉く防がれてしまった。
それを続ければいつかは使い魔が居なくなるのかもしれないが、ソウルジェムが濁り切るのとどちらが先かと言われれば、やはり勝ち目は無い。

「お、落ち着くのよ、あたし! これはきっと、新しい力に覚醒するフラグなのよ!」

お前は何を言っているんだ。
さやかは、焦り始めていた。
よく訓練された某掲示板住人ならば、素数を数え始める程度には。

「そうだ! こんな時こそ……!」

さやかは何かを思いついたようです。

「うん! やっぱりいつだって正解は『①聡明なさやかちゃんは打開策を思いつく』だっ!」

それは本当に選択肢①だったのだろうか?
選択肢の③ぐらいにはきっと、『死ぬ。虚淵は非情である』とか書いてあるのだろうが。
というか、無数に存在する並行世界の中で、ただ一度たりとも美樹さやかが聡明な時空など存在しただろうか?
もし、この場に居合わせていない暁美ほむらが先ほどの妄言を聞いたのなら、間違いなく彼女の友人の心の叫びを思い出すだろう。

そんなの絶対おかしいよ、と。

例え世界の破壊者様が全力で『魔法少女まどか☆マギカ』の世界を破壊して再構成したとしても、さやかの性格だけは、きっと永久に不変な『最後に残った道しるべ』であるに違いない。
従って、次にさやかが発言する内容も、聡明なものであるなど、有り得る筈が無かった。


「仮面ライダーが助けくれる……この間みたいに仮面ライダーが助けてくれる……!」

……それは本当に、本当に選択肢①の範囲内なのだろうか?
ヒーロー&ヒロイン理論としては間違ってはいないのかもしれないが、自分を主要ヒロインだと断定しているあたりが痛々しすぎる。

「そして、実はその正体はリハビリを終えて出て来た恭介だったりして、そこから始まる二人のラブストーリーッ!」

残念だったな、さやか。
その仮面ライダー氏の正体は、君が変態ゴミ虫二号と呼んでいるパンツマンなんだ。
だが私は謝らない。

「……というわけで」

全力で走りながら胸いっぱいに妄想と空気を満たすという器用な予備動作を行ったさやかは、

「助けてーっ! 仮面ライダァァッ!!」

叫んだ。
それはもう、強くて頼りになる先輩の身体がボロボロになった時のように。
もしくは、その先輩を糾弾する後輩のように。


かくして、『それ』は現れた。

魔女の住処たる最奥部の部屋の扉を突き破り、その速さを緩めることなく魔女へと肉薄する、さやかが待ち望んだ救世主が。


「止まれっ! それか方向転換だっ!」
「ああああっ!? そこのバラさん、どいて下さいーっ!?」

転校生をストーキングしていた、ロリコン野郎の叫び声。
そして、先日仮面ライダーを回収していった蝙蝠女が、彼を抱えて飛んでいた。
更に気になることに、その後ろには、ヒゲを生やした使い魔が大量に追いかけて来ている。


反応に困った美樹さやかが言い放った一言は……

「……チェンジで」

絶望がお前の……ゴールだ。



・今回のNG大賞

「こんなことになるなら、ライドベンダーを持ってくれば良かった……」

後藤慎太郎、痛恨のミス。



・公開プロットシリーズNo.19
→蝙蝠で3号……後は分かるな?



[29586] 第二十話:Ride the wind――風向きは変わり続けて
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/04 02:48
即座に蝙蝠女から手を離し、華麗に滑空する後藤慎太郎(22)。
空中で一回転して10点満点の着地をする……わけではないが、腐葉土と思しき柔らかい地面で無理やり受身を取ってダメージを失くす辺りは流石と言ったところか。

「ふう、危なかった」

一方のトーリは勢いを殺すことが出来ずに……そのままバラの魔女に正面から突っ込んだ。
いわゆる、交通事故というやつである。

「お星様が……見え……」

頭から激突して目を回しながら地面に落下するトーリを、その場で一番余裕があったさやかが、とりあえず受け止めておいた。
……お姫様だっこで。
仮面ライダー様を呼んだ筈なのに、何故さやかがそんなことをしないといけないのだろう。
むしろ、ヒロインになりたかったのに……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第二十話:Ride the wind――風向きは変わり続けて



「大丈夫?」
「うにゃぁ……」

ダメらしい。
そして、何故か魔女と使い魔からの攻撃が来ない。
まさか重要なシーンだから主人公補正が働いて攻撃が当らない、などという事情は無いだろうが、だとすればいったい?

部屋の中を見回しながら魔女を探して……さやかは、ようやくその理由を発見した。


……魔女が、ダウンしている。
使い魔たちは魔女を起こそうと、必死にその身体を揺さぶっていた。
さやか達の方に来るはずの攻撃が止んでいたのは、そのせいだったのだ。

「ちゃーんす!」

ならば、さやかのすべきことは追い打ち以外に有り得ない。
トーリを抱える腕を左手だけにしながら、右手で投擲用の剣を生みだそうとして、

「……ナニコレ?」

右手に生じた予想外の重量感に、思わず焦りの声をあげて手元を確認してしまった。
そこにあったサーベルは……一言で言うと、デカい。
その丈は普段さやかが使っているものの2倍以上にも及び、重さは桁が一つは違う筈だ。
しかも、何だか剣を生みだした瞬間に体の中を熱い何かが駆け巡ったような……?

間違えて魔力を沢山使ってしまったかと思ってソウルジェムに目を下ろすも、濁りは溜まり切るどころか、巨大サーベルを生みだす前から増えていない
というか、重いとはいえ、いつものサーベルの10倍もの重さは、明らかに感じていない。
ひょっとすると、この巨大サーベルは、見た目は立派でも中身はスカスカの見かけ倒しな失敗品なのかもしれない。


「……っと、そんなこと考えてる場合じゃないか」

バラの魔女がまだ起きあがっていないのを確認しつつ、トーリをその場に置き去りにすることにしたのだった。
意識を取り戻しそうではなかったので。
再び巨大サーベルを手にしたさやかは、今度こそバラの魔女にトドメを刺そうとするが、

「……あれ? どういうこと?」

何故か巨大サーベルの重量感が突然増し、今度はまともに振ることが出来なくなっていた。
先ほどは精々通常のサーベルの2倍程度の重さだと思っていたはずなのに、更にその5倍近い重さへと変化を遂げたような感覚なのだ。

何が起こったか理解できない。
巨大サーベルを握る手に帰って来た感覚の差異の理由が解らずに首を傾げてみるが、そこには答えをくれる人間など居ない。
聡明なさやかちゃんでも、流石に何が起こったか分からなかったらしい。
精々、アタリが出たからもう一本? ぐらいの気分である。

「アレが魔女か?」

巨大サーベルを捨てて普通に攻撃しようと思い立ったさやかに声をかけたのは……後藤だった。

「そうよ……って、アンタ何でここに居るのよ!? 今度はあたしにストーカー!? このロリコン野郎っ!」
「寝言は寝て言え」

夢は夜に見ろ。
後藤自身としてはロリコンのつもりはないが、美樹さやかの後をつけていたのは事実なので、話を流すことにしたのだった。
さやかに突っ込みの隙を与えないように、手慣れた動きで後藤は懐から丸みを帯びた兵器を、取り出した。

……グレネード、である。

安全装置を素早く解除した後藤は、思いっきり振りかぶり、絶妙なタイミングでその兵器を投げつける。
ちょうど、置きあがりかけていたバラの魔女の、真下に。


空間が、揺れる。
熱を伴った風が吹き荒れ、蝶の羽の破片が一斉に宙に舞い上がった。
無数の使い魔たちの悲鳴の後に、一瞬だけ重力を失ったかのように浮き上がっていた魔女が、その巨体を落下の衝撃で地面にめり込ませる。

「おおぉー。でも、あんまりダメージ受けてないような……」
「でかい奴は、な」

さやかのクレームに対して、後藤は飽く迄冷静に、反論した。
後藤としては、今の爆発で魔女も死んでくれれば良かったという気持ちがあるので、若干の負け惜しみも含まれているのだろうが。

さやかが注意して見てみると……魔女本体以外の被害が、意外に大きそうだということが解って来た。

「使い魔が……全滅した?」

その通りである。
先ほどまで無数に居た使い魔が、綺麗に片づけられてしまっているのだ。
カラクリは単純。
バラの魔女を起き上がらせるために使い魔たちが一か所に集まっていたので、ボムで一気に処理したというだけの話だったりする。

そうと分かったさやかの動きは、迅速だった。
折角手にした大剣を両腕で抱え、自身は音符の描かれた魔法陣を階段のように設置して足場を作りながら段々に高度を上げ……

「どりゃああああっ!」

清水の舞台もかくやという勢いで、魔女の真上から飛び降りた。
身体強化の出力を上げて無理やり獲物を振りかぶり、技術も速さも無い力ずくの一撃を、バラの魔女の巨大な頭部へと落下させる。

先ほどの爆音とは違う鋭い音と、魔女の甲高い悲鳴が結界内を支配し……次の瞬間にはその空間自体が無くなっていた。
壺の中のような形状であった筈の舞台はいつの間にか人気の無い廃墟へと戻り、静寂が周囲を支配する何の変哲も無い世界は、さやかや後藤が今まで生きてきた町の風景そのものだった。

「う……ぅ……ん……」

……オリ主は、まだ目を覚まさない。



「で、結局あんた達は何なのよ?」

結局、さやかがキュゥべえに願って手に入れた回復魔法を使って、トーリは無理やり起こされたのだった。
ついでに、トーリが気絶している間に後藤とさやかが魔女を倒したという成り行きも、掻い摘んで説明しておいた。

「魔法少女です。先日は挨拶も出来ず、すみません」
「鴻上財団の社員だ。前にも言っただろう」

嘘は吐いていないようだが、さやかの知りたい情報を口にしないのは、二人とも意図的にやっていることなのだろうか?
さやかはこの二人のどちらとも初対面では無いのだから、その程度の情報は目新しくは無いのだ。

「まぁ、魔法少女が魔女を倒しに来るのは分かるとして……後藤だっけ? あんたは何で来たのよ?」

緑を基調とした、魔法少女という割には地味な衣装を来た女の子はとりあえず後回しである。
魔法少女同士ならば、それほど警戒する必要が無いだろう、と高を括って。
この時間軸のさやかは、魔法少女同士がグリーフシードを巡って争う事があるのを、知らないのだ。
バラの魔女から搾取したグリーフシードを手の中で弄びながら、さやかは後藤を尋問することを優先した。

「財団の使命は、異形の存在から世界を護ることだからだ」

若干後藤本人の願望が混じった気がしないでも無いものの、後藤も嘘は言っていない。
会長だって頻繁に、『欲望は世界を救うっ! ハッピーバースデイッ!』とか叫んでいるみたいだし、大体合っているはずだ。

「……」

後藤の誇言を聞いて、眉をひそめながら、値踏みしていることを隠しもしない視線を後藤に浴びせる正直者のさやか。
良くも悪くも、さやかには第一印象を大事にする気質があるのかもしれない。
つまり、美樹さやかの心証としては、やはり後藤は『ロリコンでストーカーな変態ゴミ虫1号』なわけで。

「ねぇ、アンタ、えーと……」
「名前ならトーリですよ?」

後藤との会話が終わっていそうでないのに、何故かトーリに話を振ってくるさやか。

「後藤の言ってる事、信用できると思う?」
「そう、言われましても……」

何故そこで、自分が後藤の人物評価を下さなければいけないのか。
いきなり予想外の質問をかけられ、トーリは反応に困ってしまう。

……というか、さやかさんと後藤さんは過去にも会話を交わしたことがあって、先ほどだって協力して魔女を倒したんですよね?
今更そんな質問をするなんて、ワケが解らないです。

「道中で私を助けてくれましたし、良い人だと思いますよ」

とりあえず、後藤は間違いなく、トーリの出会ってきた人物の危険度が低いランキングの上位2位に入る程度には人物評価が高い。
庇ってやりたい気持にもなってしまうというものだ。
ちなみに、1位はぶっちぎりで、先日町中で助けてくれた鹿目まどかだったりする。
映司とマミも良い人ではあるのだが、トーリにとっての危険度的な意味で、どうしても順位が下がってしまうのだ。

「……あんた、後藤に騙されてるわ。優しくされたらコロっと懐くなんて、ガード緩過ぎなのよ」
「人聞きの悪いことを言うな。お前のような奴ならともかく、人助けぐらいする」

二人とも、何となくトーリを心配してくれている気配はあるのだが、何故仲良くできないのだろう。
というか、後藤の人物評価がブレすぎて、トーリには何を信じれば良いのか分からない。

後藤の事を弁護すればさやかの機嫌を損ねそうだが、逆なら後藤が腹を立てそうだ。
そう感じたトーリは、キュゥべえから遺伝した業を発動することにした。

「後藤さんとさやかさんは、以前からのお知り合いなんですか?」

……話題のすり替え、である。

「そういえば言って無かったけ。コイツは、あたしの友達をストーキングしてたのよ! あたしと同い年の子を! とんだ変態よ!」
「それは勘違いだ。俺は任務中にそう見える行動を取ってしまったに過ぎない」

その言葉はトーリに向けてのものだったが、それを横から聞いた後藤はさやかの言葉から、確かな違和感を嗅ぎ取っていた。
さやかには、『暁美ほむら』が身の回りを嗅ぎ回られる理由に、心当たりが無いらしいという事を。
黙っている後藤に対して、美樹さやかが追及の手を向ける。

「じゃあ聞くけど、その任務って一体何なのよ?」

暁美ほむらが『魔法少女』であることを知っていれば、このような質問は出てこないはずなのだ。
魔法少女という特異な存在が人間から正体を嗅ぎ回られることぐらい、簡単に想定できるはずなのだから。
後藤は、美樹さやかと暁美ほむらが線で繋がっていると仮定していたが、この両者は実は線では無く点だったのかもしれない。

「その質問に答える前に、こちらの質問に一つだけ答えてほしいんだが、良いか?」
「まぁ、良いけど……何?」

だから、後藤がする質問は、その繋がりの確認。

「美樹。お前の力を知る人間は、俺とトーリ以外で誰が居る?」
「……? 誰も知らないよ。親にも言って無いぐらいだし」

さやかが嘘を言っている可能性も否めないが、否定するに足るだけの証拠があるわけでもない。

「魔法少女仲間とかは居ないのか?」
「トーリ以外の魔法少女とは会ったこと無い……っていうか、質問二つになってない?」
「ああ、悪い」

人間社会に潜伏する都合上、仲間の情報を軽々しく口にすることは無いのかもしれない。
しかし、美樹さやかが嘘を吐いているようには見えない……後藤には、何の確証も無いままにそんな印象が生まれていた。

「今度こそそっちの番だよ。転校生の尻を追っかけまわす任務って何なのさ?」

暁美ほむらが、お前と同じ魔法少女だからだ。
……と、言ってしまって良いのだろうか。
鴻上財団レベルの巨大企業になると、個人情報保護法のように小さな理由で訴えられても、ダメージはさして大きなものとは感じられないはずだ。
というか、訴訟を起こすためには魔法少女の存在を裁判所に認知させなければいけない時点で色々と面倒くさすぎるので、訴えられること自体有り得ないだろう。
加えて、実は後藤はこの任務に関して緘口令を敷かれていないため、業務上の観点からもここで暁美ほむらの正体を話すことに問題は無かったりする。

「俺の立場としては、言っても構わないんだが……実は、暁美ほむら本人がそれを周囲に知られることを良しとしていない、と俺は踏んでいる」
「転校生が……?」
「それを俺から聞くことによって、暁美ほむらから恨まれることを覚悟するなら、俺は話す気がある。お前は……どうだ?」

後藤から予想外の選択肢を迫られ、さやかは反応に困っていると見受けられる。
トーリに相談しようにも、彼女が第三者過ぎて、有用な答えが帰ってくる望みが薄過ぎる。

「そういうふうに言われたら、聞けない……かなぁ」
「俺も、正直に言ってほっとしてる。恨まれるのは、やはり気分が悪いからな」

「なーんだ、最初から言う気、無かったんじゃない」
「やっぱり知りたいか?」

頭の後ろに両手を組んで、口をとがらせながら不平を言うさやかに、後藤は再度確認を取るが、

「まぁ、本人が直接言ってくれるのを待つのも、『友達』ってやつでしょ」

トモダチとは、違う道を共に立って往ける者……そう、何処かの偉い人が言ったらしい。
その理論で考えれば、さやかは良い友達……なのかもしれない。

「はぐらかすような言い方をしてしまって、悪いと思っている」
「確かに、ズルいとは思う。アンタにまた一つ、ケチが付いたわ」

あたしはアンタの質問にちゃんと答えたのに、と愚痴りたい気分も、確かに残っていた。
溜め息を吐きながら、やれやれといった様子のさやかは次の言葉を続ける。

「でも、ちょっとだけ、本当に少しだけ、あんたって悪い奴じゃないのかもって思った……かもね」

そこには、先ほどまでの嫌悪感はナリを潜めていて。

友人の事を気遣える、普通の女子中学生の顔が、そこにはあって。

あの心優しい泣き虫っ子がこの子の友達であることが、なるほどと思える不思議な説得力が、存在を主張していた。
……少なくとも後藤には、そう感じられたのだった。



・今回のNG大賞
「話について行けないです……」

いつの間にかさやかと後藤の両者だけの会話になった場の雰囲気に取り残された、オリ主が一人……


・公開プロットシリーズNo.20
→魔女と使い魔は一般人には見えないんだっけ……?



[29586] 第二十一話:悪魔へ下す鉄鎚
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/06 18:37
「映司さんがこの間一緒に戦ったっていう青い魔法少女のこと、覚えてます?」
「ああ、さやかちゃん。そういえば、ゆっくり話した事が無かったっけ」

たった今まで忘れていたというわけではないのだろうが、何処かとぼけた印象を与える火野映司は、何を考えているのか分かり辛いことがある男ではある。
現在二人が会話をしている場所は、町内に位置する夢見公園であり、近隣のホームレスの溜まり場でもあった。
そして、火野映司という男の現在の居住地でもある。
最近、そう遠く無い場所にあった見滝原中央公園が何者かによって破壊されてしまったために住人が増えてやや手狭な感が否めないものの、映司は特に気にしていないようだった。

「その人が今日、映司さんに会いたいらしくて、この公園に来るみたいです」

ことの発端は、先日さやか一行がバラの魔女を討伐した時にまで遡る。
簡潔に言うと、さやかが仮面ライダー氏の素顔に迫ることを期待したのである。
映司が特に正体を隠していそうで無いと感じていたトーリはこれを受諾し、映司に伝えたというわけだ。

「元気そうでいい子だったけど……」
「元気は有り余ってましたねぇ」

こと美樹さやかに対する評価として、トーリと映司の印象は一致しているらしい。
だがしかし、映司の言葉はそこでは終わらない。

「けど、子供が戦うのは感心しないな。やっぱり」
「まぁ、理由が無ければ誰だって戦いたくないですよ」

先日の戦闘は、アンクから逃れるための場所を探していたら、偶然迷い込んでしまっただけである。
魔女が倒されるとトーリのセルメダルが増えることが確認できたので、充分な収穫はあったのだが、特にそれを確かめるのが目的というわけではなかったのだ。

「その理由ってヤツとどう付き合っていくか、それが問題なんだよね……」

理由……欲望を持つことは、人間ならば当たり前のことだ。
そういうふうに、映司はある程度割り切ることが出来る人間である。
映司があまり物欲を発露しないのは、ひょっとすると……そのせいかもしれない。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第二十一話:悪魔へ下す鉄鎚



「ねぇ、『ライドベンダー』って知ってる?」

下校途中の女子中学生四人組……その中で最も低い背丈が目を引く少女、鹿目まどかが、話題を振りだした。

「覚えが無いわ」
「何なの、それ?」

暁美ほむらと美樹さやかが全く知らないとコメントしてくれる辺り、ライドベンダーの知名度はドン底らしい。
むしろ、逆に質問を返されたまどかの方が言葉に詰まってしまうという有様だった。
まどかは先日、ライドベンダーに関する風評を拾ってくるように後藤から言われたのだが、よく考えてみればまどか当人が該当物品に関する知識をまるで持っていないのだ。

「町中に設置されている自販機モドキのことですわ」

自身も知らないのだということを白状しようとしたまどかに先んじて知識を披露したのは……志筑仁美だった。
確かに、まどかも、知っているとしたら仁美ちゃんだろうとおもっていたよ。
……本当だよ?

それはともかく。

「……詳しく、聞きたい」

何故か、仁美の簡潔な説明に一番に食いついたのが、暁美ほむらだったりする。
自販機に、何か嫌な思い出でもあるのだろうか?

そして、その様子に若干の違和感を抱いたのは……どうやら、鹿目まどかだけだったらしい。
まどかが、ライドベンダーに関する心証情報を集めようと思っていたからこそ、得られた情報であったのだろう。

「鴻上財団が開発したもので、特殊な貨幣を入れるとバイクに変形する、とのことです」

お父様が仕事関連の話をしてくれることがあって、その時に聞いたんですの。
そう補足しながら、仁美は機密ではないのかと疑われるような情報をあっさりと出してくれた。

「へぇ。この町ってやけに近未来的だと思ってたけど、まさかそんなSFなモノまであるとは……」

この見滝原には太陽電池張りバリバリな住宅や、脚の極端に細い机の設置された学校など、いかにも未来志向なオブジェクトが散乱している感は否めない。
風車が有名で伝統を愛する隣町を知っている志筑仁美は、さやかの言葉を聞いてもそれほど違和感を抱いていないようだった。
もっとも、この町で生まれてこの町で育った子供には、その特異性は意識されにくいものなのだが。

「ほむらちゃん、この町ってそんなに変なところだったの……?」
「変かどうかは知らないけれど、スーパーセルが起こっても住人が焦って退避しない程度には、良い町よ」

その例えは、どうなんだろう……?
っていうか、スーパーセルって何?

「なんでだろう、時々、ほむらちゃんが凄く遠くの人に感じるよ……?」
「まぁ、仕方ないっしょ。なんせ電波女ちゃんだしねぇ。アレだ、『この町は宇宙人に狙われている』とか、ビシッと言ってやってくれ!」

さやかは、ほむらのことを一体何だと思っているのだろう。
そして、何気なく志筑仁美も暁美ほむらに対して興味津々といった視線を向けていることから、ほむらも何かを言った方が良いのだろうと言う事は理解した。

「宇宙人が狙うとしたら、町よりもそこに居る人間でしょうね」

――ボクと契約して魔法少女になってよ!

頭の中に憎き宇宙人の口癖を思い出して、少しだけ苛立ちを抑えながら、ほむらは情報も抑えつつ自分の意見を言ってみた。
あの宇宙人が、人間……というか、まどかを狙っているという事実を再確認し、気を引き締め直しながら。

「……ほむらちゃん、そんなに怖い顔して、どうしたの?」
「心配には、及ばないわ」

さやかの妄言のせいで話がズレてしまったために、ライドベンダーに関する情報収集を諦めたまどかだったが、それとは別の印象も感じ取っていた。
宇宙人が狙うとしたら、というクダリが、誰かが暁美ほむらの身を狙っているという言外のメッセージなのではないかと思えたのである。
目の付けどころは良かったのだが、解釈が捻じれて真実から270度回転してしまっていた。

「毎回思うんですけど、鹿目さんはよく暁美さんの表情が解りますわね……」
「まどかと転校生の間には、私達の立ち入れぬ前世からの絆があるとでも言うのか……」

こちらも、読み筋は良いのだが、時間の巻き戻しという正解へと辿り着くためには、まだヒントが足りないらしい。


「あたし、この後、ちょっとそこの公園で人と会うんだ。今日はここで」
「もしかして……上条君ですか?」

3人から分かれて単独行動を取ろうとしたさやかに……さり気無く、仁美が疑問を投げかけた。
上条君とは、事故で腕に一生の傷を負った元天才バイオリニストで、美樹さやかと志筑仁美の両名が想いを寄せる男のことである。
もっとも、さやかは仁美の恋心を知らず、仁美はさやかのヘタレ恋慕伝説を聞いているという差はあるが。
その人間関係を知っているほむらとしては、仁美からどす黒いオーラが噴き出しているような気がするのだから、人間という生き物は不思議なものである。
この状態は、黒仁美フォームとでも呼ぶべきだろうか。

「いや、違うけど」
「さやかちゃんに、そんなに友達なんて居たっけ?」
「地味に酷い!?」

さらっとさやかの心を射抜いてしまった鹿目まどか。
恋愛的な意味ではなく、言葉の暴力的な意味で。

「うぇへへ、冗談だよ」

なんとなしに会話をしながら、結局4人そろって夢見公園の近くまで来てしまうのだった。
その相手の顔を見るまでは逃がさない、という無言の圧力が、何故か仁美から発生していたので、散り散りになることが出来なかったのである。
誰も、この先の展開を、想像していなかった。
いつもの、何の変哲も無くてくだらないけれど、楽しくて掛替えの無い、そんな下校風景が続かないだなんて……




その男は、何処にでも居る、普通のホームレスだった。
見滝原中央公園にダンボールハウスを建てて住み、仲間たちと笑って暮らす、普通の路上生活者だったのだ。
だがしかし、彼の生活は一変した。
一週間ほど前にその公園に現れた、悪魔によって。

中学生程度の子が同年代の少女に声をかけるのを、男は遠目でぼんやりと眺めているだけだった。
その少女が膝蹴りを受けている現場を見て、初めて男は気付いた。
少女が、不良に絡まれているのだ、と。
だがしかし、その後の光景は、不良という枠組みを超えていた。
手元に紫の弾丸らしきものを生みだした不良は、それを発射して少女を攻撃し始めたのだ。
人間と他の物体がぶつかる時のものとは思えない、鈍い音を聞いた時点で、彼はその光景を見ることを止めた。
連続して響く長めの音は、コンクリートを抉り取る音だろう。
そして、そんなものを受け続けている少女がどうなったのか、男は想像するのも嫌だった。

音が止んですぐに男がその場にもう一度目を移したとき、そこには、憂さ晴らしでもするかのように横転した自販機を足蹴にする不良の姿があり、犠牲者である少女の姿は肉塊さえも見当たらなかった。
立ち位置の問題で犠牲者の顔を、男は見ていない。
だがしかし、その下手人の顔は、はっきりと見ることが出来た。

腰まで伸びた長い黒髪が特徴的で、紫のかかった瞳が特徴的な、表情の乏しい女の子の姿をした、ナニカ。
男は、確信した。
その殺人鬼は、不良などという生ぬるいものではない、異形の力を振るう悪鬼なのだ、と。

そして、住居を夢見公園に移した男は……今日、再びその悪魔の姿を発見していた。
男が悪魔を発見した場所は、夢見公園から少し離れた地点であったが、悪魔が数人の少女を引き連れて夢見公園へと向かっているのが、男には分かった。

嫌だ。
住居が奪われるのも嫌だし、巻き添えも御免だ。
だから、男は行動を起こした。
中身の入った大きめのスチール缶を手早く最寄りの自販機より購入し、水滴をふき取ってその手に馴染ませる。
悪魔にそんなものが通じるかどうかは分からないが、成人男性でも当り所次第では命は無い代物である。

致命傷とまでいかなくとも、充分な有効打にはなるだろうと、男は踏んだ。
男は特にコントロールに自信があったわけではなかったが……既に最盛期を過ぎ去った肉体を捻り、缶を投擲した。
何も知らない獲物を引き連れて夢見公園へと足を運ぶ悪魔の、頭部を狙って。

かくして、缶は男の思惑を遥かに上回った精度で、悪魔へと一直線に向かったのだった。
男は、知る由も無い。
その付近で、『当たる』という欲望によって生み出されたヤミーが、因果律の捻じれを生みだしていた事など……



彼女がその違和感に気付いたのは、本当に、偶然だったのだろう。
道端の茂みの中に人間が潜んでいるという不思議な状況が視界の端に入って来たのだ。
だがしかし、両目の視力を会わせればその数字は3.0にまで及ぶ彼女がその異変に最初に気付いたのは、ひょっとすると必然だったのかもしれない。

「ほむらちゃんっ! 危ないっ!」
「えっ……?」

突然真横から加えられた運動ベクトルを受け流すことも出来ずに、為されるままに地に転ぶ暁美ほむらは……次の瞬間には目を見開いて、世界の不条理を目撃していた。
円筒状の金属器が、彼女の頭部に直撃する光景を。

――貴女が魔女に襲われた時、間にあって

時間を操作する魔術を使っているわけでもないのに、身体の力を失って倒れる彼女の姿が、とてつもなくゆっくりな映像に感じられた。
そんな魔法は、暁美ほむらには使えない。
暁美ほむらに許されているのは、前回巻き戻した一ヶ月間の範囲内で、時間を止めることだけだ。

――今でも、それが自慢なの。

どうして?
今回は、限りなく順調に進んでいたはずだった。
この世界の彼女は、魔法の事なんて微塵も知らない、普通の女の子だ。
それなのに、何故こんな目に会わなければならない?

「まどかああああっ!?」

暁美ほむらの耳には、自らの絶叫以外の音も声も、聞こえてはいなかった。
人間に危険を感じさせる真紅の色にその制服を染め、アスファルトの地面に倒れ伏す彼女の姿だけが、暁美ほむらの目には映っている。


遅れて地面に落下した缶ジュースから漏れ出した噴水が、一瞬だけの綺麗な虹を、宙に描いていた……



・今回のNG大賞
「さやかちゃんっ! しっかりしてよ、ねぇ!」
「美樹さやか……どうして」
「美樹さん……!」

凶弾は狙いを逸れ、美樹さやかの手元に。
そして、指輪状態のソウルジェムを粉々に砕いたのだった……

Bad end 389:安定のさやか

・公開プロットシリーズNo.21
→まどかは物凄く目が良いという公式設定がある……らしいぜ?



[29586] 第二十二話:暴走特急隊
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/06 19:04
自分の価値というものに、まるで気付いていない。
……鹿目まどかは、いつだってそういう存在だった。
少なくとも、暁美ほむらにとっては。

「あなたは……っ!」

暁美ほむらが鹿目まどかを助けようとしても、気が付けばいつの間にかほむらの方が助けられていて。
もう誰にも頼らないだなんて、そんなのは嘘っぱちだったんだ。

「なんで、いつだって、そうやって自分を犠牲にして……!」

声を荒げて、ほむらは頭髪の半分を真紅に染めたまどかの肩を掴み、揺さぶる。

「暁美さん!? 頭を打った人にそれは駄目ですよ!?」
「役に立たないとか、意味が無いとか、勝手に自分を粗末にしないで!」

もう何も、耳に入らない。
血の気の失せたまどかの寝顔が、暁美ほむらの見る世界の、全てだった。

「仁美! ちょっと転校生を引き離してて! 何でもいいから落ち着かせるんだ!」
「わ、解りました!」

まどかに泣き縋るほむらを力ずくで引き剥がしたさやかが、バトンを仁美へと放った。
そして、人命がかかっているからには、仁美とて全力で対処する以外の選択肢は残されていない。

「貴女を大切に思う人の事も考えてっ!」

良い台詞だ。
感動的だな。
だ が 無 意 味 だ。

「ごめんなさい、暁美さん!」
「だばっ!?」

仁美の全力の拳が、ほむらのか細い肢体に叩きこまれた。
いわゆる、腹パンというやつである。
何処かの並行世界で最強の魔法少女候補を一撃でノックアウトしたという伝説まである志筑仁美の腹パンが、まさに今、繰り出されていた。


「まど……か……」

当然、暁美ほむら如きに耐えられる一撃ではなかった。

薄れる意識の中でほむらの目に入った最後の光景は、こちらに背を向けてまどかの元に座り込む美樹さやかと……紅い水たまりの中に落ちた、お守り。
いつか、志筑仁美がお土産として配っていたもので、まどかは真っ赤なそれを貰っていた筈だ。
そんなどうでも良いことを考えながら、ほむらの意識は暗転したのだった……

尚、『だばっ』という効果音は暁美ほむらさんが血を吐く時の効果音として漫画版において用いられた『公式用語』であるため、作者に擬音を使うセンスが無いなどという言い掛かりは止めてほしいものである。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第二十二話:暴走特急隊



仁美やほむらから見られることなく魔法でまどかの治療を終えたさやかだが、その表情には未だ険しさが消えることはなかった。
さやかは、この魔法が万能ではないことを既に知っているのだから。

さやかは、この能力を得てからすぐに、入院中の上条恭介の元へと向かい、彼の腕と足の治療を行った。
だがしかし、さやかに出来たのは、『そこまで』に過ぎなかったのだ。
神経が繋がっても、すぐに昔の感覚が戻ってくるわけではない。
筋を治すことは出来ても、筋力を戻すことは出来なかった。
だからこそ、上条恭介は現在、リハビリに勤しんでいるのである。

さやかの前で目を覚まさないまどかだって、同じだ。
脳というハードを治すことは出来ても、『鹿目まどか』というソフトが無事であるかどうかは、分からない。
一命を取り留めたのは間違いないものの、予断を許さない状態には違いない。

「美樹さん」

おそらくこの場で一番冷静な声……志筑仁美の、それだった。

「救急車を呼びました。鹿目さんは私に任せて、美樹さんは公園で待っている人の所に行ってあげてください」

一瞬、この非常時に何を言っているのかと糾弾したい気分に駆られたさやかだが、よく考えてみれば、さやかがこの場に残っても出来ることは無い。
ならば、さやかが待ち人に一言声をかけてくるぐらいの事は、行っても平気だろう。

「じゃぁ、せめて転校生だけはこっちで預かって行くよ。病院で騒いだら迷惑だろうし」

それでもまどかを残していくことに多少の罪悪感があったのか、軽々とほむらを背負い上げ、さやかはそのまま夢見公園の方に向かったのだった。
人間を一人持ちあげるという重労働をそんなに簡単に行えるのかと若干の疑問に思った仁美だったが、どうせ美樹さんだし、という理由ですぐに納得した。
……さやかという子の日頃の扱いが、非常に良く解る思考の流れである。



「さやかちゃん、久しぶり」
「うげぇっ? パンツマン? 何でここに……」

夢見公園に入ったさやかを出迎えたのは……いつの日かまどかに御開帳姿を見せつけた変態野郎だった。
仮面ライダー様に会いに来たのに、何故こんな奴と顔を合わせなければいけないのか。
正直に言って、まどかが凶弾に倒れたこと以上の理不尽である。
むしろ、まどかをコイツに会わせることを防げたという点においては、ラッキーだったとさえ言えるかもしれない。

「俺に会いに来てくれたんだって? 何か用かな?」
「思い上がんな、露出狂。通報するぞ」

この扱い、である。
美樹さやかの中では、火野映司という男の株価は底値を下回る無限債権的な評価を下されているのだ。

「さやかさん、その人で合ってますよ」
「ああ、あんたこの間の……トーリだっけ?」

今までトーリは何処に居たんだろう。
いや、さやかと映司が話を始める前から、ずっと映司の隣に居たりするのだが。
コイツはオリ主のくせに影が薄くて、作者でさえもそのシーンに居ることを時々忘れるのだから、手に負えない。

そんなことより。

「やっだなぁ~。あたしが会いに来たのは、仮面ライダーさんだよ? ほらほら、早く案内してよ」

否認しつつも、さやかの頭の中には、既に嫌な予感は走っていた。

「だから、それが俺なんだって。仮面ライダー、オーズ。俺でしょ?」

そう言いながら、右手でオーズのベルトを見せてくれる映司の姿を見れば、さやかにはもう逃げ道はない。

――こういう時って、普通ヒロインをエスコートしてくれるイケメンがさり気無く私にフラグを建ててくれるとかじゃないの!?

そんなヒーローに対する幻想をぶち壊された気分で、さやかの胸は一杯だった。
今だったらきっと、とある学園都市で殴られた魔術師たちと一緒に美味い酒が飲めるだろう。
もちろん、さやかは未成年者なので飲酒は御法度だが。

「さやかさん、どうかしましたか?」

心配そうにこちらを見守っているトーリの気持ちは嬉しいが、コイツは頼りになるかと言われれば、NO一択でしかない。
知られざるヒーローの素顔に絶望したさやかは、


「奇跡も魔法も、無いんだよ……」

恋人がかつて吐いた台詞を、引用していたという……



「ところで、さやかちゃんが背負ってるその子は?」

今度は映司が、心配そうな声をかけた。
ただし、心配の対象は先ほどのトーリとは違う。
さやかが負ぶっている、長い黒髪が目立つ女の子である。


興味本位にその顔を覗き込んだトーリは……その瞬間に、背筋を凍りつかせた。

――契約を結んだことを後悔しているのね。無理も無いわ

忘れもしない。トーリがまだ名前も無かったころに出会った、魔法少女。

――貴女が人間では無いという事は、よく解ったわ

魔法少女になってくれる人材を探していた時に、トーリを殺しにかかって来た、暁美ほむら……その人だった。

「トーリ、どうしたの? もしかして転校生の友達だったりして?」

知り合いです。
顔を見せたら発砲される程度には深い仲ですよ。
ただ、それを素直に口に出しても、ほかの二名がトーリの味方になってくれるかどうかは不明である。

「何処かで会った気がするんですけど……思い出せません」

……しかし、この状況はチャンスかもしれない。
当人は現在、気を失っていてトーリの存在に全く気付いていない。
つまり、トーリは彼女を始末することが出来るかもしれない。
ここで会ったが百年目、というやつである。

だが、一緒に居る映司やさやかが、あからさまな人殺しを見逃すとも思えない。
というか、映司はともかくとして、味方だと思っていたさやかが敵になる可能性が浮上したのも、痛い。
ほむらとさやかが味方同士なら、その可能性は充分に有り得るのだ。

……それならば、暁美ほむらと他の二人を敵対関係に誘導するまでである。
幸いにして、さやかを騙すことは、アンクを相手取るのに比べれば遥かに気が楽だ。

「どうせなら、マミさんとも一緒に話しませんか?」

巴マミに、暁美ほむらのキュゥべえ殺しを証言させれば良い。
その場に居合わせたことが知られると厄介なのでトーリの口からは言えないが、巴マミが発言したとなれば、映司にはそこそこの説得力を持った情報として伝わる筈だ。
マミがその事件を告発した後に、トーリが襲われたことを暴露すれば、暁美ほむらの買う不審は決定的なものとなるに違いない。

「マミさんって?」
「魔法少女の先輩の巴マミさんです。最近、住んでいた所が壊れてしまって、クスクシエっていう店にお世話になっているんです」

オーズ原作で、1クール目の中盤辺りから映司とアンクが住んでいた、あの屋根裏部屋である。
一応マミにも遠い親戚という名目ばかりの保護者は居るのだが、店長である知世子さんに映司とトーリが事情を掻い摘んで説明したところ、快く部屋を貸してくれたというわけだ。

「もしかして、『私と一緒に死んで』って言って欲しい女子ランキング一位の巴マミさん? 会ってみたいっ!」
「そのランキング不名誉過ぎでしょ!?」

かかったっ!

「そうです。まさにその人ですよ!」
「しかも、意外と有名なの!?」

クスクシエに居るであろうマミに、念話でアポを取るトーリ。
先日アンクへと念話を繋げる時に気付いたのだが、トーリの側から念話を発動した場合には、トーリのセルメダルは増えないのだ。
つまり、アンクに感知されない。
もちろんセルメダルは欲しいのだが、余計な争いは回避したいというのも本音な訳で。

「結構距離があるから、ライドベンダーで送って……でも、3人も載せられないよなぁ……」

流石に、バイクというものは3人も4人も乗ることを想定されていない。
鴻上財団の誇る化物バイクならば可能な気もするが、道交法的にそれはダメだろう。

「それなら、パンツマンが転校生を預かってよ。トーリ! 飛ぶのよ! あたしを載せてっ!」

大切な友達をパンツマンに預けるなんて、どうかしているよ。さやか。
お前は絶対、空の旅を楽しんでみたいだけだろう。
その欲望を開放して、本当の気持ちと向き合え。

「お先に失礼しますね」
「れっつらゴーッ!」

人気の無い離陸場所を探して、さやかの両脇に手を回したトーリは、あっと今に飛び去ってしまったのだった。


「意識の無い人間をバイクで運ぶなんて、無理でしょ……」

そう呟く映司を、残して。

結局、目を覚ましそうにないほむらを背負って、映司は走ってクスクシエに向かう事になるのであった……


だがしかし、この火野映司という男が何の寄り道無しに目的地に辿り着くことなど、滅多にあるものではない。
いつの間にか、30歳前後と思しき夫婦の喧嘩の仲裁に入っていたのだ。
そして、当然の如く、別の騒動にも巻き込まれる。

ドラム缶や立て看板、パイプ椅子……付近にあったものが手当たり次第に周囲のものにぶち当たるという怪奇現象に。
巨大な角と異常に発達した手足の筋肉が目を引く、如何にもパワーファイターですと言わんばかりの牛型ヤミーが、その中心地で猛威をふるっていた。
対象物が何であれ『当たる』という因果を少しだけ強める指向を持った重力波を放ちながら、周囲の物体を操作していたのだ。


知る由も、無い。
その能力の余波で、泣き虫な女子中学生が一人、病院に運ばれた事など。


「これのどこが、欲望と関係あるわけ? ……って、聞いても無駄か」

バイソンヤミーの元となった欲望が解らずにボヤく映司だが、そんなことを聞いて答えてくれそうな相手では無いことも理解できている。
尚、気絶したままの暁美ほむらは、先ほど喧嘩をしていた夫婦に預けて来た。

『クワガタ トラ バッタ』
「変身っ!」

映司が変身したのは、『タトバコンボ』ではなく、亜種の『ガタトラバ』であった。
タカメダルさんはどうしたって?
映司としては、動体視力に優れるタカは非常に使いやすいのだが、魔法少女たちの心証が悪くなるので使えないのだ。
透視能力は常時発動している訳ではないと説明しても、怒り出しそうなマミと泣き出しそうなトーリに全力で止められた。

さらに追い打ちとして、映司とマミが気絶している間に、トーリがアンクにこっそりと助言したという事情もあったりする。
赤のメダルはアンクさんが持っていた方が安心でしょう、という具合に。
そんな諸々の経緯の結果、映司は現在タカメダルを所持していないという訳である。

「セイヤァッ!」
「フゴォッ!」

体当たり攻撃を仕掛けてくるバイソンヤミーの攻撃を回避し、虎の爪やバッタの脚力で攻撃を加えてみる映司だが……一向にダメージが見えない。
具体的に言うと、ヤミーからまき散らされる筈のセルメダルが、全く排出されないのだ。
ヤミーのセルメダルを削ることは、ヤミーの弱り具合を測る目安になるのだ、と言う事に映司は気付いていた。
つまり、ダメージを与えることが出来ていない。

しかも、映司の真後ろから、灰色の怪物がもう一体、近づいて来ている件について。
映司は、彼に全く心当たりが無いのだが……何となく、第六感的に、そいつがヤミー以上の力を持った存在なのだと感じ取った。
おそらく、グリードの一体なのだろう。
何故真後ろから迫る敵の存在が認知できるのかと言われれば、その秘密はクワガタのメダルにある。
オーズ本編では影の薄い能力の一つだが、クワガタヘッドの視界は360度……つまり、全包囲を完全にカバーすることが出来るのだ。

「こっちこっち!」

行動を思い立った映司の行動は、迅速だった。
バイソンヤミーの前に立ち、手招きをして突進攻撃を誘う。

「よっと!」

そして、大地を踏みならして突進して来たバイソンヤミーを……バッタの脚力で飛び越えた。
トラクローの鋭利な先端を支点にして、学校の体育の授業で習ったように空中姿勢を保ち、バイソンヤミーの背後で綺麗な着地を決める。
こういう動作は、大人になっても意外と忘れないものなのだ。
残された二人は……

「フゴオオオオオオッ!?」
「おれの、やみーを、いじめ……!?」

いわゆる、正面衝突というやつである。
セルメダルを撒き散らして地面に倒れる、灰色のグリードとバイソンヤミー。
台詞から考えるに、このグリードがバイソンヤミーの創生者で間違いないらしい。

『トリプル スキャニングチャージ』

……そして、彼らが復帰する前に止めを刺そうとする、何気に容赦の無い映司。
大剣メダジャリバーに3枚のセルメダルを手早く押し込み、スキャナーに読み込ませる。
その場で拾ったセルメダルをすぐさま使う辺り、恐ろしく経済的な男である。

「セイヤァッ!」

メダジャリバーから水色の輝きが放たれ、剣閃は大きく伸びる。
グリードとヤミーを両断して。
空間ごと切り裂くという奇跡にも魔法にも匹敵する荒技の余波を受けて、周囲に『面』の切り口が出来るも、それも一瞬の事に過ぎない。
空間斬撃『オーズバッシュ』は、生命以外のモノなら切ってもすぐに元に戻ってしまうのだから。

「めず、う、る……」

かくして、突発的なヤミーとの戦闘は、何枚かの灰色のコアと大量のセルメダルという収穫を以って終わりを告げたのであった……


……世界の進行は、既に狂い始めている。


・今回のNG大賞
「今日は、ライオンのコアメダルを火野さんに届ける日です。会長」
「その必要は無くなったよ。彼らは既に同じコアを持っているようだからね」

本来の歴史から外れ、ライオンのコアメダルは鴻上の元に残った。
今はただ……出番を待つ、のみ。


・公開プロットシリーズNo.22
→オーズ本編で使われない能力を拾っていけたら、それはとっても嬉しいな、って。

・人物図鑑
 ガメル
 巨大生物の怪王。その性質は怠惰。自身の気の向かないことは絶対に行わない怠け者であり、彼の手下はその暇を潰すための玩具に過ぎない。彼の好む駄菓子の中に爆弾か毒物を仕込んでおけば、気付かずに食してしまうだろう。



[29586] 第二十三話:海へ辿り着かない雫
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/11 01:14
アンクは、有り体に言うと、ピンチだった。
最初からクライマックスなんて柄では無いが、危機的状況には違いない。
自分の命のカウントを始めた方が、まだ現状に適していると言えるだろう。

事の始まりは、アンクが携帯端末による情報収集で、とある書き込みを見つけたことだ。
不思議なメダルを拾ったという情報にホイホイ釣られて、人気の無い工場跡地まで来てしまったのである。
結果としてその先には、猫科グリードであるカザリが待ち構えていたわけだが。

「アンク……君は今まで奪ったメダルの数を覚えているかい?」
「今更数えきれるかッ!」

答えは聞いていない……そんなことぐらいアンクにだって分かっているが、悪態を吐かずに居られるものか。
泉信吾の身体から引き離され、腕だけの状態になってしまったアンクには、物理的にカザリを倒す手段が無い。
手首を掴まれているために飛んで逃げることも出来ず、泉信吾の身体は遠隔操作にも対応していない。
つまり、ジリ貧である。

既に何枚かのコアメダルをむしり取られ、アンクは身体もプライドもズタボロだった。
だがそれでも、必死に生き残るための方法を模索する気力だけは決して失わない。
周囲の情報をグリードの限られた感知能力の中で最大限に理解しようと努め、手を広げた。
その努力の甲斐あってか、彼は思い至る。
起死回生の一手に。

「……カザリ。お前は、海の底に沈んだコアメダルを見つけることが出来るか?」
「そんな事が出来るわけが無いよ。何のつもりか知らないけど」

カザリには、解らない。
アンクが、どんなつもりでそんなことを聞いて来たのか。
時間稼ぎぐらいにしか思っていなかったのだ。

腕だけのアンクが、ニヤリと笑った……そんな、気がした。

「なら、教えてやる。進化した人間たちが町の地下に作った『水道』ってやつは、海に繋がってるんだよっ!」
「だからそれが何だって……まさか!?」

カザリが気付いた時には既に遅く、アンクは、コアメダルの一枚を投げていた。
道端の、マンホールが壊れてむき出しになっている穴の方へ、『黄色のコアメダル』を。

もし海へと流れてしまえば、二度と手元に戻ってくることは無いだろう。
その判断は、間違っていない。

咄嗟にコアメダルに飛び付いたカザリの隙を突いて、アンクはカザリを尻目に脱出に成功する。
自身のコアを回収し終えたカザリが再びアンクを探したとき、腕怪人は既に行方を暗ませた後であった。


「進化、か……」

己のコアを掴み取ったカザリが、ぽつりと呟く。
その声に返事を返す者は……誰も、居ない。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第二十三話:海へ辿り着かない雫

Count the medals 現在オーズの使えるメダルは……

タカ×2
クワガタ×1
バッタ×1
ライオン×1
トラ×1
サイ×3
ゴリラ×2
ゾウ×2



「あの子、意識が戻ったんですか?」
「ああ、若干取り乱してたかなぁ」
「病院に行くって言ってた。でも、足取りはしっかりしてたから大丈夫そうだったよ」

戦闘後に喧嘩夫婦の元へと帰って来た映司が真っ先に気付いたことは、ほむらの不在であった。
それを夫婦に聞いてみたところ、病院に行ったらしい。
そして、女の子の事も心配ではあるが、映司の質問に答えながら喧嘩を続ける器用な似た者夫婦を仲裁する作業を終わらせるまで、映司はクスクシエに向かえそうでは無い……



『もしもし、マミちゃん? ちょっと用が出来て、そっちに行けそうにないんだ。さやかちゃんに言っておいてくれるかな? あと、ほむらちゃんは病院に行ったから大丈夫だよ』

映司の急用を知らせてくれたのは……マミにとってあまり良い思い出の無い、バッタのカンドロイドであった。
通信機としての機能を持つそいつは、役目を終えたら即座にゴミ箱に放り込んでおいた。
その場所に先日捨てたバッタカンが存在していれば、ゴミ箱の底でまるで兄弟のようになっていたことだろう。
もっとも、巴マミの現住所がクスクシエの屋根裏部屋に移ってしまったため、それは叶わなかったが。

『あと、メダル関連の事は、話したい事全部話しちゃって』

役割は終わって居なかったらしい。
でも、拾いに行くのも面倒くさいし、放っておこう。
別に、バッタカンが地獄から復讐に来るわけでもないのだから。

「と、いうわけなの。ゴメンなさいね、火野さんを訪ねて来てくれたのに」
「い、いいえ、マミさんが謝ることなんて、全然無いですよ! 悪いのは全部あのパンツマンなんですから!」

魔法少女の先輩であるマミに対してつたない敬語を使いつつ、息を吐くように映司を貶める美樹さやか。
パンツマンという意味の解らない呼び名にマミは首を傾げて見せるが、考えても解らないものは解らない。
ところが、マミの隣に座っているトーリは、なるほどと言った様子で納得顔をして見せていた。
言い得て妙ってやつですねぇ、なんて頷きながら。

「確かに 『アレ』を見せられれば、そう呼びたくなる気持ちは解りますよ」
「話のわかるヤツめぇ~! だよね! やっぱりあたしの目に狂いは無かったか!」
「何その意味不明なシンパシー!? 火野さんは私の知らないところで何を見せているの!?」

突っ込まずにはいられない、というか、最近突っ込みが段々と楽しくなってきたような気さえするのだから不思議なものである。
でも、マミが知ってしまった魔法少女の真実の重みに押し潰されずに済むのは彼女らのお陰なのだということも、薄々と自覚していた。
トーリや美樹さやかが頼って来てくれるということが嬉しくて、そのことが行動の活力になっている……とまで言うと、言い過ぎかもしれないが。

「ナニと言われましても……ねぇ?」
「見ないに越したことは無いわよ、ねぇ?」

困り顔で相方に視線を振る後輩と、ニヤリ顔で相方に視線を返す後輩。

「……貴女達、仲が良いのね」
「そりゃぁもう、一緒に魔女を倒した戦友ですから!」

私は魔女の事をあまり覚えていないんですけど、と声を小さくしながらも主張するトーリには……マミを見る時には含まれていない感情が存在しているように、マミには思われた。
信頼?
信用?

「何だかんだで、味方が居ると安心します」

安心。
何となく、トーリがマミと一緒に居てもどこかオドオドしていた理由が、すとんと納得できたような気がした。
自分は……精神的にあまり頼られる方では無いのかもしれない、と。
今現在は魔法関連の技術や経験の蓄積によって頼られているが、物理的な損得を超えた面での頼られ方というものは、あまり予想が出来ない。

「そう来たか。何を隠そう、あたしは『安定のさやか』と呼ばれる女なのさっ!」

安定感も、マミには欠けているのかもしれない。
少なくとも、魔法少女の身体の秘密を知って、夜も満足に眠れないマミ自身には安定感と呼ぶべきものは無さそうだ。

尚、美樹さやかが知り合いから『安定のさやか』と呼ばれた事は一度も無いという事実を、補足しておこう。
某笑顔百科事典とかで検索するなよ? 絶対にするなよ! 絶対にだ!

「マミさん……何だか、怖い顔してますよ?」

後輩一号が、不安そうな顔を見せながら巴マミの瞳を覗き込んでいた。

……私は、何をやっているの。後輩を不安がらせてどうするのよ。

「ごめんなさいね。二人の仲が余りに良かったから、つい嫉妬してしまったのよ」

冗談めかして口に出してみて、初めて気付く。
実はそれが、自分自身の本音なのではないか、と言う事に。

「マミさんも一緒に行きましょうよ。今度はあたし達三人で!」

その言葉に自身の胸が高鳴るのを、巴マミは感じ取っていた。

……嬉しい。
その誘いは、この上なく魅力的だ。
手柄のグリーフシードも、魔法少女が3人までなら、何とか配分できるはずだ。
というか、トーリは何気なくグリーフシードが要らないという規格外な特性を持っているのだし、仲間割れは起こりそうでは無い。

「そういう事なら、先輩として格好良いトコロ、見せないとね!」

強がってみせる巴マミの心の中にあったものは……それとは正反対の、尊敬。
確かにベテラン魔法少女としての手際を後輩に学ばせることは出来るだろう。

……でも、勉強させてもらうのは、私だって一緒。

さやかの、いっそ楽天的とさえ言えるムードメーカーの素質に対する敬意が、確かに胸の中身を占めているのだということを自覚している。
臆病な後輩達を導いていくためには自分だけでは力不足だということを、美樹さやかは意識もせずに教えてくれた。

「じゃあ、携帯の番号交換しましょう! トーリもね」
「あ、ワタシはソレ、持ってないです」
「私も、この間水没させちゃったのよ」

「……ゑ?」

最後でしっかり落としてみせるのも、さやかの才能……なのだろう。多分。




暁美ほむらは、目の前の光景が、納得できなかった。
ほむらが立っている場所はとある病院の一室の入り口であり、扉は開け放たれたまま制止している。
そして、頭部に仰々しい包帯を巻かれた鹿目まどかが、真っ白なベッドに寝かされた身体を上半身だけ起こして、ばつの悪そうな苦笑いを顔に張り付かせていた。
そこまでなら、良い。

出血の割に当たりどころが良かったのだと割り切ることは出来る。
だがしかし、

「ほむらちゃん、心配かけてゴメンね。でも、無事で良かった」
「やあ、暁美ほむら。久しぶりだね」

愛らしいまどかの声の後に響く、耳障りなお馴染みの音声。
まどかの膝元に抱かれて、虚無を思わせる真白な体を丸めている憎き仇敵の姿が、そこにはあったのだ。

「インキュベーター……っ!」

……今回は、上手くいっていると思ったのに。
魔法の使者の背中を撫でて愛でているまどかは、まさか『それ』が悪魔だなんて、思いもしないだろう。

完全に、やられた。
缶が飛んでくるという事故が無ければ。
ほむらが取り乱して腹パンされなければ。
まどかの意識が戻るのが、後少し遅ければ。

幾つもの偶然に思える要素が重なり、暁美ほむらはついに、インキュベーターに隙を見せてしまったのだ。
今回の作戦はあえなく失敗し、キュゥべえと鹿目まどかの接触を許してしまった。
仮に今からキュゥべえを始末しても、それは鹿目まどかからの決定的な不信感を買ってしまうことに繋がり、後に『契約』を防ぐ際の足枷となってしまうに違いない。


一般人である仁美は、飲み物でも買ってくると言って入室時間をずらしていたが、そう長く経たないうちに来てしまうだろう。
そうなると、何か行動を起こそうにも、幅が狭まってしまう。

……志筑仁美?

ほむらの頭の中に引っ掛かった、キーワード。
何か、この状況を打開するヒントがそこに関連しているような気がして、ほむらは必死に頭を回転させる。

お嬢様……特に関係ない。
長髪……同じく。
恋愛脳……どうぞお幸せに。
黒仁美モード……

「……!」

こ れ し か な い !

……今ならまだ、間に合うわ。
暁美ほむらの中で、インキュベーターに匹敵する悪魔が、最悪の作戦を囁いていた。

ほむらの頭の中の冷静な部分が、まだ残された可能性を告げる。
やっぱり今回も駄目だったよ、などという言葉で済ませるのは、嫌だ。

鹿目さんに申し訳が立たない? だからそんな作戦は実行できない?
そんなことを考えていたから、今の今まで一度も鹿目まどかを救えなかったのではないか。
仇敵インキュベーターに隙を見せてしまったという焦りが……判断を急かす。

……ほむらは左手を身体の後ろに隠して盾を具現化し、そのギミックを発動した。

世界が色を失い、キュゥべえを撫でていたまどかの柔らかい手は、彫刻のようにその動きを止める。
鹿目まどかだけではない。
室内のアナログ時計はその秒針を固定され、風に靡いていたカーテンも不自然な形状を保っている。
ほむらを残して、この世の全てが時間を停止させられていた。

そして、ほむらがすべきことは、一つ。
ほむらが手に取ったものは、黒光りする火器……ではなく、鹿目まどかの近くにおいてあったフルーツバスケットの中の、果物ナイフだった。
ナイフを使って『作業』を終え、部屋の入り口まで戻って行ったほむらは、盾を収納して能力を解除する。
……時が、再び動き出した。

可愛らしい魔法の使者を友人に紹介しようとする明るい声が、病室に放たれる。
その膝の上で何が起こったかも、知らずに。

「ほむらちゃん、見て、この子! キュゥべえって言……う……?」

手元に突然発生した生温かい感触に異変を覚え、まどかが膝の上の小動物に目をやると、

ぐちゃり。

まるで裂きイカのように体を細く別れさせながら、鮮血を振りまく愛玩動物の姿が、そこにはあった。

「……え、うそ、なんで、」

まどかがキュゥべえを下から支えようとして……その身体が、まどかの手を支点に、真っ二つに千切れる。
残ったまどかの手には、まだ体温の残った赤い液体が、ぬるりとその存在を主張していて。
状況が理解できずに目を見開いている鹿目まどかを見れば、暁美ほむらの心が痛まないワケが無い。

それでも、これがきっと最善手なのだ。
そう思うことでしか、ほむらは冷静さを保つことが出来なかった。

「こんな、だって、つい、今まで……!」

……そしてここからが、暁美ほむらが思いついてしまった、悪魔の如き作略の本領である。
自分を好きにならない奴は邪魔だと豪語するマザコンでさえ裸足で逃げ出すような、最低の計算が為される。

「鹿目まどか……なんて酷いことを……!」

暁美ほむら一世一代の大博打が、始まった。

「……え?」

ほむらの言っている意味が解らずに、目をきょろきょろと動かす鹿目まどかは、気付いてしまった。
自分の膝元にある惨殺死体と、その身体を抱き起そうとした手に握られている、凶器と思しき血糊に塗れた果物ナイフの存在に。
そして、室内には鹿目まどかと暁美ほむらしか居らず、未だ入口の扉を開けた所に突っ立っている暁美ほむらには、犯行は不可能のはずだ。

と、いうことは?

鹿目まどかの感性は、私は殺っていない、と訴える。
そんな記憶は、まどかの脳内には残っていない。
だがしかし、揺れる理性に僅かに残された冷静な部分が、言っていた。
自分以外に犯人は有り得ない、本当は鹿目まどかっていうのはそういう奴なんだよ、と。

「私が、やったの……?」
「覚えていない、の?」

……違うって、言ってよ。

縋るようにこちらを見るまどかの視線が、ほむらの罪悪感に突き刺さり、後悔が頭をもたげる。
その痛みは、胸に突き立てられた光杖のような激しさを以って、ほむらを責め立てた。
それでも……作戦を止めるわけには、いかない。

「落ち着いて。その死体と凶器は私が全力で隠すわ」

……私は殺ってないよ。信じて、ほむらちゃん。お願いだよ……!

鹿目まどかがそう言ってくるであろうことが、暁美ほむらには予測できた。
少なくとも暁美ほむらの視点においては、そのぐらいに長い付き合いではあるのだ。
だからこそ、ほむらは先手を打つ。

「心配には及ばない。頭を打った直後の人間が奇行に走るのは、よくあることよ。記憶の混乱もね」
「私、は……」
「幸いにして、貴女が『それ』を切り刻む瞬間を目撃したのは、私一人。私は絶対にこの事を他言しないと約束するわ。つまり、この部屋では『何も無かった』のよ」

既成の事実であるかのように、言葉の中に嘘を混ぜ込む。
鹿目まどかが愛玩動物を切り刻んだ瞬間を暁美ほむらが目撃したのだ、と。
呆然として身体から力が抜けたように肩を落とす鹿目まどかの姿をこれ以上直視することは、暁美ほむらには出来なかった。
彼女はきっと、虚ろな、死んだキュゥべえのような目をしているのだろうから。

手早く、病院特有の保温効果が高いとも思えない薄さの掛け布団をまどかのベッドから剥ぎとり、そのままキュゥべえの死骸と果物ナイフを掛け布団に丸め込む。
隣にあった空きベッドから拝借した掛け布団を、汚れたものの代わりにまどかへ被せ、ほむらは丸めた証拠品を抱えて足早に病室を後にしたのだった。


「これなら……まどかは、キュゥべえを避けるはず……!」

もしキュゥべえが再びまどかに近づいたとしても、心優しいまどかはこう思うはずだ。
自分がまた無意識のうちにキュゥべえを傷つけてしまうかもしれない、と。

解っている。
まどかの優しさを利用するやり方が、インキュベーターと同じ類の悪質さを抱えていることは。

――絶対に貴女を助けてみせる。

それでも、止まらない。止まれない。
いつか、未来のはるか彼方で交わした約束が、心を呪う。


自己嫌悪の砂漠が心のオアシスを枯らし、ほむらに激しい喉の渇きを促した……



・今回のNG大賞
「アンク。水道は下水処理場に繋がってるから、海には直接流れ込まないぞ?」
「そ、そのぐらい知ってる! あれはカザリを騙しただけだッ!」

真実は、腕のみぞ知る。

・公開プロットシリーズNo.23
→前作から思っていたけれど、作者はシリアスを書くのが若干苦手な気がしないでもない。



[29586] 第二十四話:壁にミミリア 障子にメアリー
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/11 01:21
――まどかは、力そのものに憧れているのかい?

白い愛玩動物にそう問われ、当然だと答える私。
力を願い、最初に私の手にかかったのは……力をくれた魔法の使者、キュゥべえだった。

――あいつは魔女になっちまったけど、友達の声なら届くかもしれない。

私の事を魔女だなんて言う赤い子に乗せられて、青い子が私の説得に来た。
口汚く罵る私の言葉に絶望して、人魚のように泡になって消えた青い子は……私の親友の、さやかちゃんだった。

――美樹さん、行ってしまったわ。円環の断りに導かれて。

チェスの板みたいに白黒の模様が付いた場所で、私達より年上っぽい、黄色い子が呟く。
顔がよく見えないのは……多分、今の私がまだ、彼女に出会っていないから。

――まどか……!

辛そうに私の名前を呟く、モノクロの衣装に一点だけ赤いリボンを巻いたほむらちゃん。
そのリボン、私のだった気がするけど、どうしてほむらちゃんが持ってるんだっけ?

――おっはよー!

そして、皆の前に現れる、笑顔の私。
皆を惨殺出来ることを、心から喜んでいる私が、そこには居た。



やめて。
やめてよ。
私はこんなコト、望んでない。
なのに、私は弓を引くことを心から楽しんでいて。



……そこで、目が覚めた。
周囲を調べるまでも無く、そこは病院であることが、すぐに解った。
汗だくになった病院着が、その気持ちの悪さを演出していたのだから。

応接用と思しきパイプ椅子には、鹿目まどかの学生鞄と着替えが綺麗に畳んであった。
どうやら、まどかの容態について知った両親が、昼間の間に来ていたらしい。
現在は窓の外も院内も既に暗くなり、強制的に帰された後のようだが。

「全部、夢だった……んだよ、ね?」

まどかは、ほむらを庇ってスチール缶の凶弾に倒れたところまでは、はっきりと覚えていた。
だが、その後の記憶があいまいで、というか現実離れしすぎていた。
キュゥべえと名乗る魔法の使者が現れて、まどかはその手で……

「夢に、決まってるよ……!」


まどかが辺りを見回すと、隣のベッドの毛布が無かった。

「まさか……」

フルーツバスケットの中を調べても、果物ナイフは見つからなかった。

「そんな……」

ナイフを探す手の、爪の間には、拭い残した赤い液体が染みついていた。

無意識のうちに指を口に咥え、その液体をしゃぶっている自分に気づく。
これは証拠を隠滅しているわけじゃなくて、その液体の正体を確かめているんだ、と自分に言い聞かせながら。

「う、げぇ」

口の中に広がる鉄の味に、食道から猛烈な吐き気が込み上げてくるが、吐きだす固形物も無く、苦い胃液はなんとか飲み込み直すことが出来た。
胃のむかつきは、収まらない。

ナースコールを押したい衝動に、駆られた。
泣き声をあげて、誰かに縋りつきたかった。
友達でも家族でも先生でも病院職員でも、誰だって良い。
だが、自分を抱き留めてくれる優しい人間の腹に凶器を突き立てる自分の手を想像してしまい、喉を震わせることも出来なかった。

「助けて……誰か……っ」

ママ、パパ、たっくん、さやかちゃん、仁美ちゃん、先生、上条君、ほむらちゃん……
誰でも良いから助けてほしいと思うと同時に、その優しい人を死に至らしめる自分をイメージしてしまう。
声が、声にならない。


毛布を頭から被って、固いベッドの下地に顔をうずめる。
この時になってようやく、まどかは気付いた。
自分が、声も立てずに震えているのだと言う事に。


爪の間の紅を削ぎ落とすための水は……自然とその双瞼から、零れ落ちた。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第二十四話:壁にミミリア 障子にメアリー



暁美ほむらは、後悔に心を苛まれていた。
もし後悔だけで死ねるのなら、一度死んだ後にワニの怪人になって更に三回死ぬぐらいの、強烈なものだった。
薄暗くなった町中を歩くその脚は、酷く重い。

いっそ全てを投げ出してしまおう、という自己破壊的な思考に陥りそうになった自分を、何とか誤魔化し切らなければ。
暁美ほむらが絶望にゴールしたら誰が鹿目まどかを救うのだ、と自分に言い聞かせて。

……そのまどかを、自分自身の手で傷つけたのに?

まどかとて、頭を打った後に奇行を起こしてしまったのだという精神的な逃げ道があるのだから、失恋した後のさやかのような自棄自棄な精神状態にまでは至らない筈だ。
それでも、キュゥべえを殺したのが自身だと吹き込まれた時の鹿目まどかの落ち込み様が、忘れられない。

いつもの、キュゥべえを撃ち殺すだけの簡単なお仕事が残っていれば、まだ気が紛れただろう。
しかし、それも鹿目まどかがキュゥべえの存在を認知してしまった今では、意味の無い事であった。

……することが、無い。
この際、少し予定を前倒しにして佐倉杏子に接触するのもアリかもしれない。
野良猫のように気ままに動き回る彼女を補足するのは骨が折れるが、ワルプルギスの夜と戦うための戦力としては、捜索の労力に見合うはずだ。

とは言え、暁美ほむらが先程のような作戦を採ったのは今の周回が初めてなので、すぐにまどかの元へと駆けつけられる程度の範囲には居たいと思っていたりもする。
そんなほむらの視界に……一本の煙が立ち上る光景が、映し出された。
病院からも暁美ほむらの現在地からも大して遠く無いその場所を、ほむらは河原であったと記憶している。
佐倉杏子が見滝原に来るにはまだ時期的に早すぎるはずだが、何かの気まぐれでこの町を訪れて、盗品の魚でも焼いているのかもしれない。



「それにしても、参りましたね。明日のパンツもビショビショですよ」
「派手だねぇ。まぁ、どうでも良いけどさ」

違った。
良い年をした男が二人、焚火をして暖をとっていた。
……半裸で。

その内の一人は、昼間にほむらを介抱してくれていた夫婦の夫の方だ、とほむらには分かった。
だから、その二人の元へふらふらと近づいて行ってしまったのは、きっとお礼を言うためなのだ。
もしかするとそこには、何か人間らしい事をしなければならないという無意識の抑圧が働いたのかもしれない。

「パンツだけは綺麗で良いものじゃないと。メーカーによっては同じメンでも違ったりしますし、ね」

パンツに関する、本当にどうでも良いうんちくを披露する、若い方の男。
面ということは、リバーシブル? それとも綿って言ったの?
そんな仕様も無い突っ込みを心の中に仕舞いつつ、ほむらは河原へと降りて行く。
この部分を書くために録画を見直した作者にもどちらが正しいのか分からなかった……と、補足しておこう。

世間話に花を咲かせる二人の前に出て行くタイミングを、ほむらは完全に見失っていた。
若い男は世界中を旅して周っていて、喧嘩夫婦の夫の方である中年男性はカメラマンをしていたらしい。
……そのどちらもが過去形であったことが、喉に引っ掛かった小骨のように、ほむらの心から離れない。

「若いのに、色々なところを回ってるんだな」
「爺ちゃんが旅好きで、よく連れ回されてたんですよ」

服を火にくべながら……ではなく、服を火であぶりながら、二人は話を続ける。
どうやら、川に落ちて二人の服が濡れたせいで、彼らは半裸だということである。
中年男性の方は並程度だが、若者の方はそこそこに引き締まっているように見えた。
そして、無意識のうちに隠れる場所を探してそこに落ち着いてしまったほむらさんは、どう考えてもストーキング脳に毒され過ぎている。

「遺言なんです。男はいつ死ぬか分からないからパンツはいつも一張羅履いとけ、って」
「ほっほう。そう聞くと、パンツも格好良いな」

彼らに真摯な視線を向けながら暁美ほむらが喉をごくりと鳴らした……かどうかは、定かではない。
彼女とて思春期の女子なのだから、そういう反応をしても別に不思議ではないとだけ言っておこう。
ほむらちゃんがムッツリスケベだなんて、そんなの絶対あるわけ無いよ!

「で、今は日本で旅費稼ぎ、ってワケか」
「まぁ、ちょっと、休憩中……って感じですかね」

若い男は、世界中の貧困に苦しむ人間を救うための事業を起こすのが夢だった。
しかし、旅先で内戦に巻き込まれ、仲が良かった現地住人を助けられなかったことが心残りとなって、色々と気力が無くなってしまったとのことらしい。
青年には現地住人を守る責任なんて無いのに、と暁美ほむらは思ってしまう。
佐倉杏子のように自分の家族を犠牲にしたならともかく、旅先で出会っただけの人間にそこまでのトラウマを負わされるものなのか。

自分だって会って一月も経たないまどかにゾッコンだったというのに、そのことを棚上げにして他人の人間関係に疑問を抱くのが、暁美ほむらクオリティである。
『魔法少女まどか☆マギカ』という作品の本編において、ファミレスで偉そうに鹿目まどかに対して説教を垂れたのが、良い例だ。

俺も似たようなもんだよ、なんて中年男性が前置いて、

「なんか人生色々疲れたっていうか、もう、人生サボりたいっていうか、さ……」

鬱病一歩手前のようなボヤキを吐きだしていた。
それは、目的を投げ出しそうになっていた暁美ほむらに、奇妙なシンパシーを与えていたりして。
もっとも、そのせいで妻に尻を叩かれているという中年男性に比べて、ほむらを責め立てる人間は居ないという違いはあるが。

「目指した通りに写真で成功したのに、な」

目指した通りに魔法少女になった、はずなのに。
鹿目まどかを守る自分になった……はずなのに。

「……分かります」

若い男が、元カメラマンに深い共感を示しているような表情をしてみせた。
夢半ばで立ち止まってしまっている青年自身と、元カメラマンの境遇を重ねているのだろうか。

「揚げ饅頭って知ってます?」
「「……は?」」

話が……明後日の方向にぶっ飛んだ。
別に、暁美ほむらが新たな時間移動能力に目覚めた訳ではない。
ただ単に、会話の文脈がすっ飛んだように、暁美ほむらには感じられただけである。

「凄く美味しくて大好きなんですけど、一気に20個食べちゃった時は、もう二度と見たくなくて。……アレと同じですよね?」
「いや、微妙……」

……やっぱり、帰ろうかな。
そう思いなおしてしまった暁美ほむらを、誰が責めることが出来るだろうか。

「なんか、欲も何も無くなった、っていうか……一度失くすとダメだよなぁ」

確かに、一度失ってしまうと、何もかもが連続して失敗へと転がってしまう時がある。
例えば、鹿目まどかの命運とか美樹さやかの恋路とか。
なんだか、青年の言葉はあまり納得できないが、元カメラマンの中年男性の言葉には割とほむらが共感できる要素が散りばめられているような気がした。

元カメラマンの中年男に対して、奥さんと同じことを言ってる、なんて嬉しそうに述べる青年は陽気な雰囲気のまま話し続ける。

「まぁ俺は、人の『欲』はそう簡単には無くならないと思いますけどね」

あの憎きインキュベーターの『欲』が簡単に無くなってくれれば、ほむらだってこんなに苦労してはいないのに。
もっとも、あれを人としてカテゴライズして良いかと聞かれれば、暁美ほむらはNOと即答するだろうが。

「だって俺、今でも揚げ饅頭大好きですもん。最初に食べた時の、あの感動が忘れられなくて!」
「最初の感動、か……」

最初の感動。
暁美ほむらにとってのそれは、

「……まどか」

自問自答するまでもなく、当然にあの少女だった。
かつて暁美ほむらを救ってくれた鹿目まどかに憧れを抱いた……それが、ほむらを突き動かす原動力となっていることは間違いない。
もちろん、途中の周回において起こった様々なイベントも、現在のほむらの人格を形作る要素となっていることは間違いないが、『最初の感動』と言えばやはりそこしかない。

そして、ほむらが見て来た鹿目まどかの経緯を強く思い出す機会が出来れば、また頑張ろうという気にもなってくるというものである。
自分はひょっとして美樹さやかに並ぶぐらい単純な人間なのではないかという一抹の無礼な不安を新たに抱いたほむらだったが、同時に思う。

この河原で、元旅人の青年と元カメラマンの中年男性の話を聞いて良かった、と。


「揚げ饅頭、食べてみようかな……?」

暁美ほむらは……ひょっとすると、焦り過ぎていたのかもしれない。
何時まで経っても恩人一人救えない自分に自信を失くし、慣れない策まで弄して、無理をしていた。
そのことが結果的に、自分の足を止める原因になっていたのだ……そう、気付いた。
少し休憩すれば再び走り始めることが出来る筈だ、と思えるようになった心が、少しだけ軽い。



ほむらは、読み誤った。
自身のモチベーションに関する認識とは、全く別方面において。
彼女の行動が鹿目まどかという人間にどれだけ深い爪痕を残したのか、という重大な計量カップの、升と合を間違えたのだ。
その勘違いが世界に及ぼす影響は……未だ、誰にも分からない。




「ねぇ、カザリ。ガメルが何処に行ったか知らないかしら?」

とある廃墟の一角を無断で占拠している一団……グリードの一人であるメズールが、同僚のカザリに何気ない声をかける。
一団とはいえ、4人居た筈の住人は既に2人となり、部屋の中には物寂しさが漂うようになっていた。
緑の革ジャンを着こなすイケメンがゴルフクラブ片手に空き瓶を砕いていた光景が、ずいぶん昔の事のように思える。

「昼間に、牛のヤミーを作って遊んでいるのを見たよ。飽きたら帰ってくるんじゃないかな」
「全く、困った子ねぇ」

気分は、嵐を呼ぶ園児を授かった母親である。
まぁ、流石のガメルでも実際に嵐を起こすことは出来ない……だろう。多分。
もっと性質の悪いものなら生み出せるかもしれないが。

「それと、貴方の身体が大分治っているみたいだけれど、アンクの所に行ってきたの?」

暇を持て余して、メズールはカザリの変化について言及してみた。
グリードは、その身体を形成するコアメダルの枚数によってその力を増減させるという特徴を持っていて、外見から大よそのコアの数が解るのだ。
そして、メズールから見て明らかに、今朝よりもカザリのコアメダルは増えている。

「うん。あと、ウヴァのコアも少し取り返して来たよ」
「そういえば、私も持っていたわ。忘れてたけれど」

カザリの手には二枚、メズールの手には一枚。
合計して三枚の緑のコアメダルが、グリード達の手中には存在した。
……それは、彼らの仲間だったウヴァが、殺られたという証でもある。
人間の進化という、昼間にアンクの口から毀れ出た言葉が、カザリの耳から離れなかった。

「メズール。人間はこの800年で、僕たちの想像もつかないぐらいに変わっているみたいだ」
「そうね。私も人間の姿を真似ていないと、外を歩くのは面倒だわ」

人間態を披露するメズールの姿を横目で見ながらも、カザリは思う。
それだけでは全然足りない、と。
……別に、色気とか、そういう意味では無いのだ。
メズールが化けた女の子のモチーフが中学一年生なので設定上は鹿目まどか達よりも年下だとか、そんなことはどうでも良い。


ただ、何となくカザリは、予感していた。
おそらく、ガメルが無事にここに帰ってくることは無い、という事を。

「僕たちも、もっと進化しないと……」

カザリの呟きに、メズールは何も応えない。


その晩。

ガメルは帰らなかった。



・今回のNG大賞
「それで、ウヴァのコアに内訳は?」
「3枚全部カマキリ……だと……?」

……どうしてこうなった。

前回のCount the medalsのナレーション時に気付いた人は居たかも。

尚、あのカウントには、トーリがネコババしたクワガタとバッタは数えられていないという事を補足しておこう。
トーリに限らず、魔法少女組が持っているメダルは原則的にあの一覧には含まないことにします。


・公開プロットシリーズNo.24
→ほむら様が見てる。



[29586] 第二十五話:Free your heat――本当の気持ちと向き合えますか?
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/13 21:30
魔法少女の密会を終え、美樹さやかは意気揚々と帰宅していた。
風を切って空を飛ぶという珍しい体験をしたことも、さやかの気分を上向きにさせた原因になったのかもしれない。
もっとも、実際に頑張ったのはさやかをぶら下げて力の限り羽ばたいたトーリなのだが、細かい事はあまり気にしないのが美樹さやかの長所なのだろう。

「お帰り、美樹さやか」

彼女を待ち構えていたのは、

「ただいま、キュゥべえ。寂しかった?」

愛くるしいネコのような外見をした、マスコットだった。
魔法の使者キュゥべえ……彼こそが、世界をまたにかけて数々の魔法少女をプロデュースして回る、人気者なのだ。
彼を題材にして抱き枕や縫い包みを販売すれば、きっと一大ビジネスに発展できるに違いない。
購買者の何人かは、抱き枕に砂を詰めたり、縫い包みに五寸釘を打ちつけたりするだろうが。
特に、最近鹿目まどかの周囲をうろついているストーカーさんの陰湿なやり口を見ているキュゥべえとしては、彼女がそういった行動に出ることは簡単に想像できる。
一体、彼女は何回キュゥべえを殺せば気が済むのだろう。

「仕方ないよ、僕だって死ぬのはゴメンだからね」

勿体無いじゃないか。なんて口走るようなマネはしない。

「それにしても、何者なんだろうね。『キュゥべえの命を狙ってる奴』って」

事の発端は、さやかが契約した日に、幼馴染の上条君を治療してほくほく顔で帰宅した時にまで遡る。

『ボクの命を狙っている奴が居るみたいだから、ボクが実は生きているという事は誰にも言わないで、匿って欲しい』

その先刻に契約を交わしたばかりの可愛らしい動物が、さやかに頼みごとを打ち明けて来たのだ。
そしてこの頼みは、キュゥべえとしては、匿って欲しいという所よりも『誰にも言わない』という所がポイントだったりする。
キュゥべえが殺しても死なない群生生物だという事実を知ると、大抵の魔法少女はキュゥべえを疑り始めるので、マミやトーリにバレるのは宜しくない。

「目的も能力も、まだよく分かっていないんだ。助言できなくて済まないと思っているよ」
「あんたに言われた通り、他の魔法少女にも教えなかったけど……そこまで徹底する必要、あるの?」

さやかとしては、その部分があまり重要だと思っていないので疑問に感じることも若干あったのだが、

「それを知った人間が不幸になったら申し訳ないじゃないか」
「なんか、一気にキュゥべえの漢前レベルが上がったような気がする……?」

心にもないことを言うキュゥべえにころっと騙されてしまうのが、美樹さやかの良い所である。
少なくとも、キュゥべえにとっては。

「そうだ。今日は、仮面ライダーについて色々聞いて来たけど、聞きたい?」
「お願いするよ」

本当に、便利な奴だ。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第二十五話:Free your heat――本当の気持ちと向き合えますか?



「なるほどね」

グリードは800年前に生まれたメダルの怪人で以下略。

「その火野映司って人に、念話は通じるかい?」
「んん? キュゥべえ、話を聞いただけでファンになっちゃった? でも蓋を開けてみたらパンツマンだよ、アイツ……」
「緊急時に連絡を取れるのかどうか、知っておいて損は無いよ。君達は危険に身を置くことも多いだろうし」
「おっけー」

むむむ、と額に指を当てて、まるで瞬間移動する直前のサ○ヤ人のようなモーションをとってみせるさやか。
そういうことをしてみたい年頃なのだろう。多分。

「おかしいなぁ? 通じない……」
「まぁ、基本的に魔法少女とボクにしか繋がらないから、無理だとは思ってたよ」

この確認作業には、意味がある。
火野映司には、魔法関連の素養が存在しないという、重大な情報が確定したのだ。
それはつまり……キュゥべえの持つ視覚阻害能力が彼に対して有効であることを意味する。
キュゥべえ自身が直接的に物体を破壊したり盗んだりするのは、周囲の信頼を損ねる可能性があるので最終手段ではあるが、その方法が使えるのはアドバンテージとしては大きい。

「それと、泉信吾に関する事なんだけど、さやかの能力で治せば万事解決じゃないのかい?」
「何で、気付かなかったんだろう……」

そこは女子会の最中に気付いておけよ、と思わないでもない。
泉信吾というのは、現在アンクに身体を乗っ取られている男の名前である。
市中で出会ったカマキリのヤミーに致命傷を負わされて意識不明の重体のところを、アンクに取り付かれることで命を保つことが出来ているのだ。

「まぁ、事を起こすなら、他の魔法少女と相談すると良い。グリードは、僕らが予想もしない力を持っているかもしれないからね」

それももっともな話だ。
何の疑いも無く、さやかはその提案に乗ることにしたのだった。
さやかは、知る由も無い。
間もなく見滝原に現れる超弩級の魔女に備えて、キュゥべえがこの町の戦力を削ろうとしていることなど。

「何だかもう、キュゥべえってあたしの参謀役っていうか、頭脳だね」

美樹さやか……お前の頭を探して来い。



ちょうど同時刻頃、閉店時間直前のクスクシエに、一人の男が足を運んでいた。
その屋根裏部屋に住まう、二人の魔法少女を目当てに。

「あら、映司君。マミちゃん達に会いに?」
「はい。そうなんです。帰ってますか?」

噂の仮面ライダーオーズ……もとい、火野映司、その人である。
気前の良い店長に案内され、何の障害も無く屋根裏部屋まで辿り着いたのだった。

「ねぇ、トーリさん」
「どうかしましたか?」

だが、隙間の開いた扉ごしに聞こえてくる声によると、マミとトーリが丁度何かを話し始めたところらしい。
二人が室内に居るのは僥倖だが、少しだけ扉の前で待つことにした映司には……当然、二人が話し続ける声が、聞こえている。
……そして、結局巴マミと共に居ついてしまっている蝙蝠のヤミーは、実はとんでもなく図々しいヤツなのかもしれない。

「もしも……例えばの話だけれど、私の正体が人間じゃない化物だと知ったら、トーリさんはどうすると思う?」

巴マミは、不安に心を苛まれていた。
魔法少女が生ける屍だと証明された日からずっと、その真実を後輩に言う事が出来ない自分自身を不甲斐なく思いながらも、そんな自分を変えることが出来ずにいる。

「……ぇ?」

マミが何を思ってそんな話を持ち出したのか、映司には分からない。
アンクについての話題なのかな? ぐらいには予想しているかもしれないが。
盗み聞きをする気は無かったのだが、奇しくも先日の暁美ほむらと同じように現れる機会を見失っていた。

「言っている意味がよく分からない、です」

一方のトーリは、嫌な予感が運命の扉をティロフィナーレで連打する勢いで叩いている、というぐらいには焦っていたりする。
トーリの耳には、先ほどの質問がこう聞こえたのだ。

『私じゃなくて貴女の事よ。正体が化物だって薄々気付いているんだけど……どうして欲しい?』

と、いう具合に。
近頃、自分が冷や汗を流し過ぎている気がしてならないトーリだが、愚痴を聞いてくれる相手も居ないので寿命は縮みっぱなしである。
もっとも、このヤミーはウヴァさんに似て、耐え忍ぶことは苦手ではないようだが。

「もし私がヤミーや魔女みたいな存在で、貴女を危険に晒すかもしれないとしたら、どうするのか……ってことよ」

映司には、何となくマミの言っている意味が分かった気がした。
人間は現在持っている力が自分の身の丈以上だと感じると、不安になることがあるのだ、と。

そして、トーリにも何となくマミの言っている意味が分かった気がした。
トーリがヤミーなら死ぬしか無いじゃない、と。

「私は、逃げますよ。そして、マミさんが私の事を忘れてくれるまで、悪事は控えて目立たないように生き続けます」

トーリは、勝算の無い戦いに突っ込むような好戦的な性格はしていない。

「戦ってでも私を止めよう、っていう発想にはならない?」

そう言って欲しかった、と映司には聞こえた。
逃げないで大人しく死ね、とトーリには聞こえた。

「私の知っているマミさんは、例えそういう状況になったとしても、戦いたいと思える相手じゃないです」

主に、戦力的な意味で。

「そう言ってくれるのは嬉しい……けど……」

トーリの台詞を人間性という観点からのものだと解釈したらしいマミの声が……少しだけ湿っているように、映司には思われた。
後輩に慕われて嬉しいというのは間違いなく本音なのだが、だからこそ辛いと思ってしまう何かを胸の中に抱えているのだろうか。

「もし私が化物だったら、マミさんはやっぱり私を倒すんですか……?」

おずおず、とマミに尋ね返すトーリの目を見て……マミはようやく気付いた。
この後輩が、マミに対して怯えている、ということを。
自分は、また彼女を不安がらせている。

「そんなわけないわ」

口を突いて出て来てしまった言葉は、否定のそれだった。
よく考えもせずに言ってしまったという気はするものの、だからこそそれは、偽らざる巴マミの本音だったのかもしれない。

「そう、ですよね」

どうやら、正体がバレたと思ったのは、トーリの早とちりだったらしい。
そして、その言葉を聞いて露骨に表情を安堵のものへと変化させるトーリを見て、巴マミは殊更に迷う。
この臆病で優しい後輩に、魔法少女の真実を教えて良いものかどうか。



……乾いた音が、マミの思考を打ち切らせた。
別に誰かが発砲した音だとか、そんな物騒なものではなく、部屋の扉を誰かが叩いた音である。
扉がぶち破られたわけでもなければ、爆破されたわけでもない。

「火野だけど、今時間取れるかな?」
「どうぞ」

マミより先に反応したトーリが、快く映司を室内に迎え入れてくれた。
巴マミが不思議な緊張感を放っているこの状況を打開してくれるなら願っても無いことだ、と思っているのだろう。

室内に入って来た映司は、夜分の挨拶を終え、部屋の中を簡単に見回して何かを探しているようだった。

「アンクって、こっちに来てない?」
「来てないわよね、トーリさん」
「ワタシも、見てないですよ」

アイツ何処に行ったんだろ、と呟いている映司がアンクを探してこの場に来た事は、疑う余地が無いようだ。

「行方不明なんですか?」
「ちょっと、ね。あいつの身も心配だし、あいつが悪さをしてるかもしれないのはもっと心配なんだ」
「保護者は辛いですね」

マミの返事にアンクの身を案ずる響きが無かった辺りに、アンクというグリードに対する評価が如実に表れていた。
そのことを鋭く察して苦笑いを零す映司と、その意味がよく分からずに首を傾げるトーリ。

「捜索なら、ワタシも手伝いましょうか?」
「いや、俺の取り越し苦労ってこともありそうだから、良いや」

トーリとしては、アンクにそう簡単にくたばって貰っては困るのだ。
ウヴァの復活の手順を吐いた後ならば、心おきなく死んで欲しいとも思っているが。

「あと、俺達のセルメダルってトーリちゃんが持っておくんでしょ。昼間に倒したから、預けに来たよ」
「お疲れ様です」

ガメルのヤミーは、倒した時に落とすセルメダルの数が極端に少ないという特性があるのだが……ガメル本体には、それなりに多くのセルメダルが溜めこまれていた。
従って……

「大漁、ですねぇ」
「うん、運ぶのも一苦労だったよ」

普段は貨幣の類を明日のパンツに収納して持ち運んでいる映司でも、流石にグリード一体分のセルメダルをその方法で運ぶのは無理だったようだ。
大きめの上着を一枚脱いで、その中に包んで持って来たとのこと。
もちろん、それとは別に映司はきちんと服を着ているという事を、誤解の無いように補足しておこう。

流石の火野映司だって、非常時でも無いのに女子中学生に半裸姿を見せつけることを良しとする筈が無いじゃないか。
そんなの絶対、通報だよ!

それはさておき、特に変態的犯罪行為に及んだわけでもない映司は、用事を終えて無事にクスクシエを後にすることとなる。

「アンクさん……無事だと良いですね」
「大丈夫よ。殺したって死にそうに無いもの」

この時になってようやく、トーリには映司の苦笑の意味が分かったのだった……


尚、カザリから逃げ切った後で行き倒れていたアンクは、異なる世界の歴史の通りに映司が見つけて回収したとのこと。
自分が失った数に匹敵するコアをあっさり獲って来た映司に、少しはオーズらしくなったなァ、などとアンクが少しだけ賛辞の言葉を述べたのは全くの余談である。
違った事と言えば、映司が昼間に大量のセルメダルを得ていたために、鴻上光生会長からセルメダルを借りるというイベントが無かったことぐらいだろうか。



物語は、既に狂い始めている。
さやかの契約の前倒しという形で。
そして、グリード二体の退場という形でも。

世界を破壊する切り札は……誰だ?



・今回のNG大賞
「それを知った人間が不幸になったら申し訳ないじゃないか」
「なんか、言外にあたしだけは不幸になっても良いって言われた気がする……?」

さやかちゃんマジ安定のさやか。


・公開プロットシリーズNo.25
→マミさんは後輩に精神的に依存するタイプな気がする。



[29586] 第二十六話:小さな手のひら
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/13 21:29
『あたしの魔法なら泉刑事を治せると思うんだけど、どうでしょう?』

授業中に巴マミへと繋げられた念話の内容が、それだった。
そういえば、美樹さやかは治癒の魔法が得意なんだった、という事実を思い直して、なるほどと思う。
だがしかし。

『アンクが別の誰かを半殺しにして取り憑いたら、結局意味無いわよ』

結局そこに帰結するのだ、とマミは思ってしまう。
アンクがそれを行うことを未然に阻止できなければ、イタチごっこになってしまう。

『マミさん。アンクってグリードなんですよね』
『ええ。800年前に造られたメダルの生命体らしいわよ』

この1フレーズは、前日にマミが説明した内容の反芻に過ぎない、確認作業だった。

『悪い怪人、なんだよね?』

――あいつが悪さをしてるかもしれないのはもっと心配なんだ

思い出されるのは、火野映司の言葉。

『それは間違い無いでしょうけれど……まさか』

そこまで言いかけて、マミはようやく気付いてしまった。
美樹さやかが何を言いたいのか、を。

『悪い奴なら倒しても問題無い、でしょ?』

何かがおかしいような気は、する。
だがしかし、アンクを倒してそのコアを全て映司に預けておけば、オーズの戦力が上がることは間違いない。

確かにアンクが何かとマミをからかってくるのは、いただけない。
戦っている映司には労いの言葉一つかけずに偉そうにしているのも、マイナスポイントだ。
トーリにはセクハラ紛いな発言もするし、最近ではセルメダルの管理という雑務まで押しつけている始末。
しかも、映司との取り決めが無ければ人の命よりメダルを優先するような奴だという話まで聞いている。

……あら? やっぱり倒しちゃうのもアリかしら?

『そうしましょうか』
『パンツマンとかトーリとか、協力してくれるかな?』

不思議と、普段一緒に居たいと思える筈の彼らのことを、思い出したくなかった。

『いいえ、私達だけでやりましょう』
『マミさんがそう言うなら』

巴マミは、気がつかない。
何故、あの二人を誘いたくないと、思ってしまったのか。

そして、美樹さやかにその行動を示唆した存在が居ることなど、想像も出来ない。
ましてや、夢にも思う筈が無かった
その黒幕が、死んだと思っていた旧友だなどとは……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第二十六話:小さな手のひら



決行の場所を病院の近くにすることは、あっさりと決まった。
もし何か不都合が起きた場合でも、そのまま泉刑事を病院に担ぎ込めば何とかなるかもしれない、という保険をかける意味合いからである。

尚、その日、火野映司はクスクシエでアルバイトに精を出していた。
トーリはおそらく、目的も持たずにふらふらと何処かを飛んでいるのだろう。
あの後輩は、時々意味も無く飛びまわる習慣を持っているのだ。

そして、アンクだけを連れ出すのは……予想外に簡単だった。
マミが用事があるとだけ伝えたところ、あっさりと着いて来てしまったのである。
あまりにも簡単に事が進み過ぎて拍子抜けした感はあるものの、順調なのは悪いことではない。

「人魚のグリードから聞いたんだけれど、グリードって人間の欲望を把握できるのよね?」
「ヤミーを作るために、ある程度までは、な」

何気ない会話をしながら、マミはアンクを導く。
彼の墓場となるべき場所へと。

「私の欲望を見抜くことって、出来る?」
「それが出来るなら、俺だってヤミーを作ってる」

アンクからマミに対する警戒心がここまで薄いのも、納得である。
まさか、自分を始末するという欲望を持っている人間と二人きりになる筈もない。
それよりも、魔法少女が死体であるという事実をアンクたちに悟られていないという事に、マミは少しばかり安堵していた。
そういう事はやっぱり、魔法少女の先輩である自分から彼女たちに言い聞かせるべきだ、と志を新たにしながら。

「だが、経験から大体の予想はついてる」
「言ってみて」

これからアンクを抹殺しようとしているのがバレたのかという焦りが、頭をもたげた。
自然と、声が強張る。

「お前は、他人から愛されたり認められたりすることを強い欲望にするタイプだ」
「……どうして、そう思うの?」

意外なアンクの指摘に、緊張感を高めれば良いのか低くすれば良いのか分からないマミが、やや困惑しながら聞き返す。

「メズールの奴が興味を持つ人間っていうのは、大抵そんなモンだ」

アンク自身の感覚というよりも、メズールの勘を信用している、という物言いだった。
確かに、メズールの選ぶヤミーの親は、誰かに愛されたいだとか注目されたいといった、周囲からの認識に大きく影響されるものが多いという傾向はある。
ただし、現代においてはまだ彼女が多くのヤミーを作っていないために、グリード以外からはその傾向が認知されていないが。

「さっきも少し言ってたけれど、その能力が戻ったらヤミーを作りたいっていう気持ちは、変わらない?」
「当たり前だ。俺がヤミーを作れるんなら、オーズを利用する必要も無くなるし、なァ」

……そう。
自分のすぐ前を歩くマミの声が少しだけ低くなった……そんな冷たい感覚が、アンクの第六感を刺激した。

「良く分かったわ。やっぱり貴女を……『倒す』べきだという事が」
「!? まさか、お前……!?」

咄嗟に腕だけの怪人態を現して身構えようとしたアンクの腕を……巴マミが掴み取った。
次の瞬間には、その異形の腕が、泉信吾の身体から力ずくで引き剥がされる。

「あたしはこの人連れて離れてますね」

気付けばそこには、アンクの知らない少女が、もう一人。
青のかかった短い髪が印象的で、巴マミと同じ中学校の制服を着込んだ、何処にでも居そうな女の子だった。
軽々と成人男性の身体を担ぎあげた女の子は、猛ダッシュでアンクの視界の外へと走り去って行ったのだった。

「良いのか? 俺が離れたら、アイツは死ぬぞ」
「あの子、怪我を治す魔法が使えるのよ。何の心配も要らないわ」

アンクの脅し文句は、しかし、魔法少女という条理を覆す存在の前では無力だった。
腕だけになったアンクの手首をがっちりと掴みながら……巴マミが、マスケットを取り出した。

「待て。お前たちの目的は何だ?」
「人間を異形の存在から守ることよ。魔女とかグリードとかから、ね」

アンクを掴む巴マミの握力は、女子中学生とは思えないほどに強力なものだった。
魔法少女という生物の恐ろしさが、非常によく分かる力関係である。

「そのためには俺は邪魔者、ってワケか……」
「グリードがヤミーを生むなら、倒すしか無いじゃない」

必死に活路を探すアンクの視界に……光が、見えた。
病院の傍に立っているメダルシステムの管理機、ライドベンダーの姿が。
あそこにセルメダルを投げ込んでカンドロイドを使えれば、何とか脱出ぐらいは出来るだろう。

「そうか。その前にはまず、お前の後ろに居る奴を倒さないとなァ」
「えっ……?」

思わず振り向いてしまうマミの姿を見て、アンクは一人ほくそ笑む。
そんな奴など、最初から居ない。
辛うじて動かせる指の腹でセルメダルを挟み、手首のスナップだけで重量感のあるセルメダルを、ライドベンダーへ投げ込む。

勝った。
そう、確信した。

……その目の前で、宙を舞うセルメダルが爆散するまでは。

「今時、小学生だってそんな『手』には引っ掛からないわよ?」
「なん……だと……」

マミの手に握られているマスケットから立ち上る硝煙が、セルメダルが辿った運命を語っていた。

「それでは、お休みなさい。腕怪人さん」
「バカな……この俺が……っ!」

今際の言葉がウヴァさんと全く同じだったアンク……お前はひょっとすると、彼の虫頭を笑えない鳥頭なんじゃないのか……

マミが新たに取り出したマスケットの発射口を目の当たりにしながら、アンクはこれまで現代世界で見てきたことを思い出していた。

赤いコアが足りなくて。
他のグリードに嫉妬して。
別の色のコアを持ち出して。
ヤミー如きに殺されそうになって。
通りすがりのバカな男に助けられて。
そのバカと一緒に不自由で不愉快な生活をおくって。
それでも、あいつに奢らせて食べるアイスの味だけは最高で……


「映……司……」

それでも、訳の分からない棺の中に封印されて800年も暗闇の中のメダルを数え続ける日々に比べれば。

「利用しているなんて言っておいて、随分虫が良いわね」

……楽しかった、のかもしれない。
銃弾を受ける位置を体内のコアメダルと重ならないように誤魔化し続けても、その身体を構成するセルメダルは瞬く間に削られていく。
腕の手甲のように付いていた羽も既にもげてしまい、例えマミの手から逃れても、飛んで逃げることは叶わないだろう。

「助け……」


だがしかし、転機は……突然に、訪れた。
何の前触れも無く、巴マミからアンクをひったくった、別の手があったのだ。

「お前、は」

メダルを5枚も握ったら溢れだしてしまいそうなほど、頼りない小さな手。
その持ち主の少女に見覚えがあるような気がして、アンクは記憶を洗う。
何時だったか、映司がアンクのアイスを強奪して、泣き虫なガキに渡したことがあった。
その時に会ったのだ、と思い出し、しかしこの少女の力を借りても巴マミを打倒する手段など思いつかない。

「危ないわ。タイミングが悪ければ、貴女も怪我では済まなかったのよ?」

予期せぬ一般人の乱入に一瞬だけ面食らった様子の巴マミだが、すぐに平静を装い、警告を発する。
飽く迄、正義は自分たちにあるのだと言わんばかりに。
傷だらけのアンクを抱きしめた少女は後ずさり、しかしそれでも、折れない。

「彼を置いて、早く去りなさい」

――何だか知らないけど、もうやめろって……!

少女の面影が、現代で初めてアンクを救った男のそれに重なった……そんな、気がした。

「だ、ダメだよ、この子、怪我してる……!」

鹿目まどかがこの場に居合わせたことに、必然の理由など無かった。
ただ、人が通るとも思えない病院裏に設置してあるライドベンダーを病室の窓から発見したというだけのことだった。
しかし、そこで後藤からの頼みごとを思い出したために、ライドベンダーの周囲で視線を止めてしまったのだ。
そして、違和感を抱いて目を凝らした先に居たのが……赤い腕のようなモノを捕まえて銃弾を撃ち込むお姉さんだった、というわけである。

そして、まどかは確かに聞いた。
誰かに助けを求める、苦しそうな声を。

「その生き物は、人間の敵なのよ」
「この子が、何をしたの……?」

少女は、問う。
その脚は恐怖に震え、目には今にも泣き出しそうなほど、涙を一杯に溜めて。
当然だろう。
周囲に撒き散らされた火薬の臭いと、巴マミの手に握られた物騒な凶器を見れば、平和の中で生きて来た人間が怯えない筈が無い。

「今はまだ、周囲の人間を脅したり盗みを働いたりする程度だけれど……力を取り戻せば、人間の命に関わる悪さを始めるわ」
「まだ、あんまり、してないんだよ、ね?」

そう言われればその通りではあるが……それがどうしたというのか。
それよりも、巴マミは、自分が苛立ちを覚えているのを感じていた。
なんの力も持たない少女が自分に歯向かおうとしているから、という訳ではないと思った。

「今の内に不幸の芽は摘んでおいた方が良いと思わない?」
「……そんなの絶対、おかしいよ」
「お前……」

声も身体も恐怖に震わせながら、それでも決して自分を曲げようとしないこの少女を見ていると、それだけで自分が責め立てられているような不快感が生まれてくるのだ。

「彼一人のために、多くの人間を危険に晒して良いと思う?」
「で、でも! 沢山の人のためだからって、まだ悪いことをしてないこの子を殺して良いの!?」

多くを救うために一つを犠牲にする勇気を持つ者が英雄なんです。
そういう言葉を残したのは、誰だっただろうか。

「『良い』に決まってるじゃない」

例え人間を一人も襲ったことのない魔女が相手であっても、情けなどかけない。
巴マミは、そうしてきた。
その例外にグリードが……入る筈も、無かった。

「……!」

小さな女の子の瞳には、更に恐怖の色が濃くなる。
説得は無理だと感じたのか、マミの不意を突いて逃げ出した……と、本人は思ったのだろう。

「ひゃぁう!?」

急いで動かそうと思った足が地面に縫い付けられ、入院着が土に汚れる。
綺麗に転んだまどかが、動かない自らの脚に視線を落とすと……信じられない光景が、広がっていた。
地面に残った銃痕からいつの間にかリボンのような糸が伸び、絡みついてまどかの足を止めていたのだ。
引っ張っても外れる気配は無く、まるで手品のように結び目も見つからない。

「彼を渡して。そうすれば、貴女に危害を加えるつもりはないわ」

暗に、述べる。
アンクを引き渡さなければどうなるのか、ということを。
それでも……女の子が抱きしめたアンクを離す気配は、無い。

「嫌だよ」

――手を伸ばせるのに伸ばさなかったら、死ぬほど後悔する。

「そんなの、あんまりだよ……!」

――それが嫌だから、手を伸ばすんだ。

「おい、お前……まどかとか言ったか」
「どうして、私の名前を……?」

まどかは、気付いていない。
クスクシエで以前出会った柄の悪いお兄さんの正体が、この腕怪人であることに。

「お前は、バカだ」
「……え?」

まさか、助けた相手に貶されるとは、思ってもみなかった。

「だからお前らは……お前らのままで居ろ。俺は、そういう『使えるバカ』が大好きなんだ」

アンクは、映司と初めて会った日にも、こう思った。
こいつは使えるバカだ、と。
だがしかし、同時に思う。
こいつらのようなバカが居るなら、人間も捨てたものじゃない、とも。

「聞き分けの無い子は好きじゃないの」

まどかの身体の隅々にまでリボンが巻き付き、その身体の自由を失わせる。
そして、踏ん張りが利かなくなったまどかの手から……力ずくの握力任せに、巴マミがアンクを、奪い取った。

「あ……」

既に抵抗する力も無く巴マミの手の中でぐったりとしているアンクを目の当たりにしても、鹿目まどかは、何も出来ない。
手首から先がもげてしまい、円筒のようになっているアンクは、むしろまだ生きていることの方が不思議でさえある。
アンクはまどかのこと『使えるバカ』と言ったが、これでは使えるという部分さえ怪しいではないか。

「お終いにしましょう」

いつもより少しだけ大きなマスケットを取り出したマミは、空中にアンクを放り投げ、次の瞬間には乾いた音を響かせた。
その直後に奏でられる、金属同士がぶつかり合う独特の音色。
爆散した破片は全てメダルとなり、辺りに降り注ぐ。
銀色のメダルに紛れて、灰色や黄色のそれが所々に散りばめられていた。


かつてマミが使用を禁じたそれと同じタカのメダルが、マミの足元に転がり込む。
まるで、アンクの命を獲った証と言わんばかりに。


まどかは、守れなかった。
昨日は、親しげに近づいて来た魔法の使者を。
今日は、苦しげに助けを求めた異形の右腕を。

「こんなのって、無いよ……!」



メダルを回収したマミが立ち去ったのちに、局地的な雨が降ったという情報は、見滝原の気象観測所には記録されていない。



・今回のNG大賞
「鹿目まどか! 彼を助けたかったら、ボクと契約して魔法少女になってよ!」
「「えっ?」」
「何だ!? このフザけた生き物は!?」

驚いてキュゥべえに駆け寄った巴マミの隙を突き、アンクは脱出に成功した!

「ワケが解らないよ……」

聡明なキュゥべえさんがそんなミスを犯す筈が無いじゃないか。


・公開プロットシリーズNo.26
→24話からほむらさんが監視を止めた途端にコレだよ!



[29586] 第二十七話:弱い女
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/17 21:17
鹿目まどかは、およそ活力と呼べるものを失くしていた。
自分がどうやって病室まで戻って来たのかも、覚えていない。
無事に帰って来られたことが、奇跡的でさえあるという具合だった。

――俺は、そういうバカが大好きだ。

見た目と口は悪くても、まどかのことを大好きだと言ってくれた、変な生き物だった。
不思議とその悪態は嫌な感じではなくて、まるで小さい子供が見栄を張っているみたいな微笑ましさがあって。
見た目からして可愛らしいキュゥべえと比べてはいけないのだろうけれど、弟を見ている時に近いような感覚が、確かにあった。

……また、死なせてしまった。

キュゥべえの時のように、まどかに責任があるわけではない。
それでも、助けられなかったという事実が、鹿目まどかの心に重石として圧し掛かる。
聖なる泉は枯れ果て、まどかしか居ない病室が昨日より更に広くなったような気がした。


失意の淵に、それは聞こえた。

「……?」

財布の中を整理する時のような、金属が擦れ合う音が、確かにまどかの耳に届いたのだ。
先ほど不思議な腕が爆散する時に起こったそれに似た、しかしずっと小さい音が。
自分の手元に違和感を覚え、まどかが下方に視線をずらすと……10枚ほどのメダルが、まどかの入院着の袖口から零れ落ちていた。

その中に一点だけ輝く真紅のメダルが、輝いたような気がした。
赤を中心に引き寄せられるようにひと塊に集まったメダルが、生命の形を為し始める。

「あ……」

感嘆するまどかを余所に、メダルは五つに先分かれし、やがて人の手にそっくりな形状を作り上げる。
見る間にその場に現れたのは、腕怪人……もとい、掌だけになった先ほどの不思議な生き物だった。

「こいつは儲けた、なァ……」

己の存在という最も大事な拾い物をしたことを、感慨深そうにボヤく掌怪人。
おそらく、マミに最後に腕を掴まれる前に、本体である赤いコアと少量のセルをまどかの衣類の中に滑り込ませていたのだろう。

巴マミによってトドメを刺される前には手首から先がもげてしまっていたが、その時には既に本体は逃げ延びていたということらしい。
アンクにとっても、危険な賭けには違いなかった。
意思コアが落ちた後の抜け殻が腕としての形を保っている時間はせいぜい十数秒が限度であったため、巴マミがアンクに止めを刺すことに時間をかけていたらアウトだったのだ。
結果として、アンクはその一世一代の博打に勝利したわけだが。

「……った」
「ああ?」

驚愕に目を見開いていたまどかが、ようやく反応を発し始める。

「良かったぁ……!」

既に尽きた筈の涙が、零れ落ちる。
出会った時よりさらに小さくなってしまった異形の怪物を抱きしめ、まどかはただひたすら泣き続けた。
生きているという、ただそれだけのことが、心を揺さぶる。

「……ふん」
「ありがとう」

不満そうな声を鳴らしながら、掌怪人は、暴れもせずにまどかの胸の中に居座った。
彼が何を思っているのか……顔どころか腕部分さえ失った彼の表情を窺い知ることは、出来ない。

「生きててくれて、ありがとう……!」

それでも、もう少しの間だけこの少女の為すがままにされても良い、と思えているのかもしれない……

「『生きて』て、か……」

アンクのその呟きは、誰の耳にも届かなかった。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第二十七話:弱い女

Count the medals 現在オーズの使えるメダルは……

タカ×1
クワガタ×1
バッタ×1
トラ×1



「それで、泉刑事はどうなったのかしら?」

マミの現在の話し相手である美樹さやかは、他人にも使える治癒能力を求めてキュゥべえと契約した経緯を持っている。
それを知りつつも尋ねてみる巴マミは……何故だか少しだけ、神経質になっているのかもしれない。
もっとも魔法少女の後輩は、そんな巴マミの様子には気付かなかったようだが。

「しっかり完治させちゃいましたよ。意識も戻ったし、自分の足で帰って行きました」

そう言いながら、少しだけ濁りが溜まったソウルジェムをぶらぶらと振って見せてくれる、美樹さやか。
一仕事を終えた後の、良い顔をしている。
それに引きかえ、巴マミは……何故だか自分の今の顔を想像したくなかった。

「こっちも殺ることはやったわ」
「おお、さっすがー」

マミが学生カバンに詰めて来た、一山のセルメダルと10枚にも満たないコアメダルを見て、さやかが感心したという心境を捻らずに口に出していた。
マミの胸の中のざわめきは、収まらない。
アンクの形見の赤いメダルが目に入るたびに、思わず目を逸らしてしまう。

「あとは、パンツマンにそのメダルを届けて終わりですよね?」
「そうね……でも、この赤いメダルだけは私の手元に残して、アンクは残りのコアを探しに遠出しているとでも言っておきましょう」

――あいつの身も心配だし

映司の言葉が、頭から離れない。
自分が間違いを犯しているとは、思いたくない。
でも何となく、マミがアンクを手にかけたという事実を、映司に知られたくなかった。

「でも、どうしてそんなことを?」
「オーズがタカのメダルを使うと、透視能力が備わるの。そんな目で見られたらお嫁にいけないわ」

既に火野さんの手元にも一枚あるみたいだけど、と補足するマミは、把握できていない。
トーリの助言によって、アンクが二枚目のタカメダルを所持していたことを。
アンクの意識の乗ったコアが、生き延びて保護されているなど、想像もできなかったのだ。

「まさかあのパンツマン、戦いの最中にあたし達を視姦してたってのか……!」
「そこは火野さんの良心を信じたいけど、念には念を、ね」

誤魔化せば誤魔化すだけ誤魔化されてくれる後輩の頭脳が、今は有難い。
もし映司が近くに居たならば、自分の化けの皮なんて簡単に剥がされてしまうだろう、とマミは思う。
それだけ彼は、他人の機微に鋭いのだ。
透視能力など無くても、人の心の中を見透かしているんじゃないかと思う事があるほどに。

「そういえば、銀色の……セルメダルは、トーリに預けるんでしたっけ?」

――アンクさん……無事だと良いですね。

トーリもまた、アンクの訃報を聞いたら良い顔はしないだろう。
彼女は大よそ魔法少女に不向きとしか思えない優しさと臆病さを持っている、頼りない存在なのだから。
当人の本音はどうあれ、巴マミにとっては、その人物評価が判断基準な訳で……

「ええ。そっちにも同じ説明をしましょう」

ヤミーを感知できる存在が消えたことは事実だが、それは実は大した問題では無い。
アンクの目的はメダルの収集であるため、ヤミーがある程度成体に近くなるまでは放置するヤツなのだということを、マミは映司から聞いていた。
だが、その段階までヤミーが育つには、その過程で目撃者がある程度出てしまうはずなのだ。
つまり、情報網ぐらいは整備しているであろう鴻上財団ならば、アンクと大して違わない早さでオーズへヤミーの情報を流してくれるに違いない。
事実、ピラニアのヤミーの場所を映司に教えたのは、アンクではなく財団の社員である後藤慎太郎だったのだ。

従って、アンクを殺したとしても、オーズ側にデメリットはほぼ無いはずなのだ。
そのはず、なのに。

……心のざらつきは、消えない。




そして、噂のトーリはと言えば。
……クスクシエの屋根裏部屋を訪れた銀髪のイケメンさんの対応に困っていたりする。

「ええと、どちら様でしたっけ?」
「ああ、君にとっては初めまして、になるのかな」

トーリには、目の前の人物に全く見覚えが無い。
彼はトーリの知り合いを名乗って知世子店長にここまで案内してもらったらしいのだが、トーリは彼を知らないのだ。

『トーリちゃんも、隅に置けないわねぇ』

などと茶化す言葉を残して去って行った知世子さんが何を考えているのかは大体予想がつくが、目の前の銀髪さんの考えは皆目見当もつかない。

「この姿を見せれば分かる……よね?」
「ひぃっ!?」

咄嗟に声が出そうになったトーリの口を抑えて、不審な音の発生を未然に防ぐ彼の手は……人間のそれではなかった。
瞬く間に銀髪の青年の全身が紫と黄色を基調とした柔軟性の高そうなものに変わり、トーリの口を塞ぐ手には、猫科特有の柔らかい肉球がその存在を主張していた。

「見ての通り、黄色いメダルのグリードのカザリ。それがボクだよ。思い出した?」
「むぐぅっ!?」

殺られるっ! 犯られるじゃなくて殺られるっ!?
身の危険を感じて暴れようとするトーリだが、流石のグリードというべきか、素早い動きを見せたカザリに瞬く間に組み伏せられてしまう。
何を隠そう、このカザリはグリードの中で最速の存在なのだ。

「あれ? 予想以上に弱い? ヤミーで魔法少女なんていうから規格外な強さを期待してたんだけど……まぁ、これはこれで使いやすいのかなぁ?」

使う?
すぐに殺されるような雰囲気では無い事に少しだけ希望を抱きながら、トーリはカザリの言葉を待つ。

「僕の言う事を聞くなら、壊しはしないよ? ヤミーである君は、どうせオーズ達を利用するために一緒に居るだけなんだろうし」

このグリードは、トーリがヤミーであることを確信しているらしい。
おそらく、とぼけても無駄だろう。

「まず聞いておくけど、君の創生者って誰?」
「ウヴァさんです」

ようやく話せるようにして貰えたトーリは……正直に質問に答えてみた。
もちろん、死にたくないからである。

「親はどんな欲望を持った人間?」
「魔法少女を増やしたいって言ってましたよ」

親が人間でないだとか、そんな余計なことは言わないが。
そして、何やら考え込んでいるカザリが黙り始めてしまったため、トーリとしては出方が判らずに待ち続けるしかない。
魔法少女を増やすなどという不思議な欲望を持つ人物像について考えているのだろうか。

「それで、今日君に会いに来た要件なんだけど」

人を組み伏せて脅しておいて、まだ前置きだったんですか。
……などと突っ込みを入れたら、あっという間にセルメダルの山に変えられてしまうのだろうか?

「君に、メダルの『器』としての実験台になって欲しいんだ」
「『器』……?」

聞き慣れない、言葉だった。

「コアメダルの力は強大だけど、それだけじゃつまらない。複数の色のコアを一つの器に集中したらどうなるか、試してみたくなってね」

もっと言えば、どういう状態でどの程度の枚数のコアを取り込むと暴走が起こるのかというデータが、カザリは欲しいのだ。
メズールを使う手も無いでは無いが、ガメルまでもが行方不明になって慎重になり始めている彼女が、同意してくれるとも思えない。
そして、自分で新たにヤミーを作って使うよりは、現状で一番育っているトーリを使った方が効率的というわけだ。
尚、自分自身の身体で試すのが論外なのは、カザリの性格から考えれば自明のことである。

「私、複数の色のコアなんて持ってないですよ?」

これも、嘘では無い。
現在トーリが持っているコアは、クワガタとバッタの緑一色だけである。

「物事には順序ってものがある。とりあえず今は、そのコアを取り込んでごらん?」

そう言いながらカザリが取り出したのは……緑色の、カマキリのコアだった。
殺されるのは嫌なのでトーリに拒否権は無い。
無いのだが……気になることは、ある。

「ワタシが裏切ってオーズにコアを横流しする可能性は、考えないんですか?」
「……するの? いずれヤミーだとバレる君が、僕達グリードを裏切ることなんて、あるの?」

いつしかトーリは、アンクに対しても同じような問いをかけたことがあった。
だが、カザリの言い分は何処までも正しいように思われる。
最悪の場合でも、トーリがヤミーだとバラせば、カザリは裏切り者を始末できるのだから。

――もし私が化物だったら、マミさんはやっぱり私を倒すんですか……?

トーリが巴マミにそう問いかけた時、そんなわけないわ、とマミは答えてくれた。
だが……トーリがヤミーだと発覚した時に、巴マミはその意見を貫き通すのだろうか?
グリードであるウヴァを復活させるために動き、アンクのメダルを横領している、トーリを。
確証は……足りなかった。

「……それもそうですね」

そもそも、根本的にヤミーはグリードの僕であるはずなのだ。
それなのに……何故、トーリの中にはそのような疑問が湧いて出たのか。
トーリは未だ、自覚しては、居ない。

「じゃあ、さっそくコアを取り込んでみてよ」

言われるがままにカマキリのコアをセルメダルで出来た身体の隙間に滑り込ませた。

「……?」
「どう?」

特に反応を示さないトーリを不思議に思ったらしいカザリが、感想を求めて来た。

「正直に言って、何が変わったのかよく分からないです」

トーリの実感としては、何が変化したのか全く分からない。
だがしかし、嘘を吐く勇気も無いので正直に話すしかない。

「まだコアが少ないからだろうね」

また持ってくるよ、とだけ言い残して立ち去ろうとするカザリを、

「待ってください。カザリさんに、聞きたいことがあります」

先ほどまで迷惑していた筈のトーリが、呼び戻した。
まだ何かあるの? カザリは自分の用事は既に終わってしまっただけに、面倒くさそうに頭の後ろに腕を組む。

「グリードを……ウヴァさんを復活させる方法を知りませんか?」
「知らないなぁ」

……知ってるけど、教えないよ。
そんなことをされたら、メダルを独り占めする際に邪魔だからである。
だが、肩を落としている少女ヤミーに対する餌としては良いネタかもしれない。

「でも、もしその方法を見つけたら、『器』の実験が終わった後ぐらいに教えてあげるよ」
「期待して待ってます」

……器になった君が、その時に生きて居られたらね。
カザリは、口にしなかった。
器になるという事がどんな危険性を孕んでいるのか、を……



・今回のNG大賞
「そういえば、ツチノコさんって、名前あるの?」
「ツチノコ……だと……」

どうも、一定以下の年齢の子供にはアンクはツチノコに見えるらしい。

・公開プロットシリーズNo.27
→鹿目まどかの物語は、もう始まっている。



[29586] 第二十八話:秘密主義者の集い
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/17 21:32
「おい、ガキ」

一晩だけの検査入院を終え、家族の迎えを待ちながら、鹿目まどかは不思議な生き物と会話を交わしていた。

「『まどか』だよ。私もアンクちゃんのこと、ツチノコさんって呼んじゃうよ?」
「チッ……」

不満そうな声を発するこの掌が顔というものを持っていたら、どんな表情を見せていたのだろう。
声とは裏腹にあまり怒っていない、というのが鹿目まどかの見解である。

「何故、俺を助けた?」

――そいつも、今朝からの長い付き合いだ。
火野映司は、カマキリのヤミーから同種の言葉をかけられた時に、そう答えた。
だがしかし、アンクと少女の間にはそんな小さな繋がりさえも無かった筈だ。

「私、ね……」

少女は、ぽつりぽつりと、言葉を零し始める。
小さいころから取柄が無くて、誰かの足を引っ張ってばかりだったこと。
そして、何時しか誰かの役に立てることが、少女自身の夢になっていた、と。

そんな大事なことを出会ったばかりのアンクによくも話してくれるものだ。
そう思う反面、アンクが人間の形をとっていないからこその警戒心の薄さもあるのかもしれないとも思える。

「なら尚更、何で俺なんかを助けたんだ?」

火野映司に対しても、同じ疑問は少しだけ感じていた。
ただ、奴に関しては泉信吾刑事という人質が居るせいだろうと思って、あまり考えてこなかったのだ。
あの『使えるバカ』が掴みたい腕の中に、今でも自分は入っているのか。

「マミの奴から聞いたろ。俺は悪人だってな」

アンクは、何れは完全態を超えた強い身体を手に入れ、人類の脅威となることだろう。
ならば、まどかが役に立ちたいと思う対象である人間たちのためにアンクという悪の芽を摘んでおくのは、手段としては間違っていない。
あの二人の魔法少女が、そうしたように。

「悪い事しちゃ『メッ』だよ? しっぺしちゃうよ?」
「……俺に命令すんな」

凄んで見せるまどか……いや、本人はそのつもりなのだろう。
アンクとしては、全く恐怖を感じない、ちっぽけな人間の女の子にしか見えないが。

「こうしてアンクちゃんは、良い子になったのでした! めでたしめでたし!」
「馬鹿か」

その子供の声が、不思議と心地よくて。
彼らの掴みたい腕の中にはきっとアンクも入っている、と。
根拠も無く、そう思えた。

「うぇへへ!」
「はっ……」

呆れたように空気成分の多い声を出す、掌怪人。
このガキ……鹿目まどかに出会ってから、ペースを乱されっぱなしだ。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第二十八話:秘密主義者の集い



コツコツというノックの音を聞いて、咄嗟に袖の中にアンクを隠したまどかだった。
制服ならともかく、割とゆったりした病院着ならば、充分にそれが出来るのだ。

「お邪魔するわ」
「どうぞー」

入って来たのは……腰まで伸ばされた黒髪が印象的な、鹿目まどかの同級生。
一瞬、既視を感じて袖の中の生き物の存在を確認したが、別に惨殺死体になっているという事は無いようだ。
ちなみに、キュゥべえの時には起こさなかった『隠す』という動作を行ったのは、アンクという生き物が一般人から見たら不気味であるという事を理解しているためである。

もしもアンクの外見がキュゥべえに匹敵するほどに可愛らしかったのなら、それを紹介された暁美ほむらさんに惨殺される危険は、無かったとは言えない。
アンクという生命がその外見によって得をした、初めての瞬間であった。

「ごめんなさい、まどか。私のせいで、こんな事に……」
「気にしないで。ほむらちゃんが無事で何よりだよ」

まどかは、気付いているだろうか。
暁美ほむらが、その言葉を聞いて、歯を食いしばって何かを呑みこんだことを。
その手が、今にも血が出るのではないかというほどに、握りしめられていたことにも。

「これ、今日の分のノート」
「ありがとう」

それでも、まどかの笑顔を見ると、自然と肩の力が抜けて。

「どこか痛むところは無い?」
「全然。当り所が良かったみたい」

まどかの怪我が軽かったことが、この上なくほむらの心も軽くして。

「何か欲しいものは無い?」
「もう退院するし、特に無い、かなぁ」

一番幸せな答えが返ってきたことが、嬉しくて。

「消して欲しい病院関係者とか……居ない?」
「もしその人が本当に無くなったら、それはとっても怖いな、って」

だから少しだけ冗談めかしてみたくなって。

「心配には及ばないわ。私も少し、休憩中だから」
「最近、ほむらちゃんが何処に向かっているのか分からないよ!?」

ちょっとだけ、ループ知識の無駄遣いをしたくなって。

「夕暮れ時にCDを叩き割る患者が煩かったりするでしょう? 大丈夫よ。貴女に疑いはかからないわ」
「信じたいけど……ほむらちゃんのことを嘘吐きなんて思いたくないけど……でも、全然大丈夫だって気持ちになれないよ……!」

最後の冗談を口に出してから一瞬の間、暁美ほむらは自分が失言を吐いてしまったのではないかという疑惑に捕らわれていた。
何の変哲もないジョークのつもりだったが、昨日のキュゥべえの一件をまどかに思い出させてしまったのではないか、と。
結果的にその心配は、杞憂に終わったが。


超絶過保護というか、なんというか。
だがしかし、冗談を交えて話し合えるあたり、まどかもほむらも調子は悪くは無いようだ。

……冗談だよね? 冗談だって信じてるよ、ほむらちゃん!

暁美ほむらが鹿目まどかに依存している、とも言えるのかもしれないが。

「……ほむらちゃん、笑ってる」
「え……?」

暁美ほむらは、自身でも気付いていなかった。
その頬が、緩んでいる事に。
だからこそ、まどかの指摘に、思わず胸が高鳴った。

「ほむらちゃん、何か少し変わった? 私は今のほむらちゃんの方が好きかなぁ」
「……そう?」

暁美ほむらが戸惑っている、ということが、鹿目まどかには手に取るように分かった。

「だって、いつものほむらちゃんって、こんなムッツリ顔してるんだもん」

自分の目尻を両手で引っ張って、目付きを悪くして見せる鹿目まどか。

「……ぷっ」
「あぁ、また笑った!」

口を横に伸ばして悪戯っ子じみた笑顔を零す鹿目まどかと、控えめに笑う暁美ほむらの姿は……どこか懐かしさを感じさせる光景だった。
少なくとも、暁美ほむらにとっては。

「心配かけちゃって、ごめんね」
「……やっぱり、貴女には一生勝てないのかもしれない」

暁美ほむらが鹿目まどかを元気づけようと考えて発言を捻っている、ということが、まどかには完全にバレていたようだ。
流石に、まどかにあらぬ罪を被せたことによる罪悪感までは読み取られていないだろうが、何となくほむらが気を遣っているのは気付かれている。

「大丈夫だよ。確かに自分が信じられなった時もあったけど、ちょっとイイ事があったからまた立ち直ったんだ」
「何か、あったの?」

何だか、ほむらちゃんの顔つきが少しだけムッツリに戻った、ような……?
多分、心配しているんだろうとは予想が付くのだが、ここは少し焦らしてみるのもアリかもしれない。
というか、アンクを助けたことを言おうにも、ほむらがアンクを不気味がりそうなので言えない。

「ひ・み・つ!」
「……!」

目をぱちくりとさせるほむらの様子を確認しながら、まどかは思う。
何だかんだで、やっぱりほむらは普通の女の子なのだ、と。

「……貴女に口を割らせる方法なんて、思いつかないわ」
「何でも言えるだけが友達じゃないよ。見ての通り、私だってほむらちゃんに話せないこと、あるもん」

初恋の人とか、最後にオネショした年とかね、なんて冗談めかして言うまどかの顔が……真剣なものへと変わる。

「だからね、ほむらちゃんが私に隠し事をしてても、そのせいで気を病んだりしないで。そんなことで嫌いになったりしないから」

まどかは、ほむらが鴻上会長の娘であるという根本的な誤解を抱いている。
ほむらが財団の敵対者からの襲撃に合うことがあり、それにまどかを巻き込んでしまったことを気に病んでいる、と。
暁美ほむら本人が聞いたら笑い出してしまいそうなデタラメだが、鹿目まどかとしてはかなり本気なのだ。

「……貴女には、敵わない。本当に」

そんな事情など知らないほむらは、心の底から思う。
やっぱり貴女はまどかで鹿目さんで鹿目まどかなんだ、と。




「まどかー! 寂しかったかー?」

珍獣、現る。
ヤツの名前は、美樹さやか。
まどかとほむらの静かな一時を邪魔しに来た、空気の読めない女である。

「お見舞いは嬉しいけど、時間的に上条君の所に行った後なのが丸分かりで、悲しいなー」
「当たり前よ。美樹さやかは友達よりも男を取る薄情者。分かっていた事でしょう」
「あははっ! 恭介は『まだ』彼氏じゃないってばぁ!」

頬を染める美樹さやかの顔に渾身の右ストレートをぶち込んでやりたい……とまでは、ほむらさんは思っていないはずだ。
思っていないったら、いない。
どうせもうじき、上条さんが直々にその幻想をぶち壊してくれるイベントが待っているのだから。

というか、バシバシと音を立ててほむらの背中を掌で叩くのはやめてほしい。
照れ隠しのサインなのだろうが、魔法少女としての力加減を忘れているとしか思えない威力である。
まぁ、もし鹿目まどかに同じことをしたら、3秒以内にその額にサブマシンガンの弾丸をドラム缶一杯分程度ぶち込んでやることになるだろうが。

「ああ、そうそう。実は、噂の『巴マミ』さんとお近づきになったよ!」

暁美ほむらの表情が……強張った。
……幸か不幸か、それに気付いた者は居なかったようだ。

「その名前、前にも聞いた、ような……?」
「ほら、『私と一緒に死んで』って言って欲しい女子ランキング一位の、巴マミさん。覚えてない?」
「ああ、思い出した! この間町で会った子が探してたんだ」

掌を打って記憶の引き出しを見つけたまどかに満足気な視線を向けながら、さやかは頷いて見せる。
だが、その次に発せられたまどかの言葉は、全然予想通りではなかったりして。

「さやかちゃんに、友達が出来たんだね……! 『あの』さやかちゃんに……!」
「『あの』って何!? なんか凄く失礼な響きだったよ!? あたし別にボッチじゃないのに!?」
「貴女は貴女のままで居ては駄目っていうことよ。美樹さやか」

涙声を作って目元を隠してみせるまどかに、美樹さやかが猛然と抗議した。
だが、暁美ほむらには分かっていた。
鹿目まどかの声が震えているのが、泣いているのではなく笑っているからだ、ということを。

「あたしだって友達ぐらい居るわよ!? ほら、証拠写真!」

さやかの取り出した携帯端末に映し出された写真に、まどかとほむらの視線が集まる。
どうせ、ループ中に嫌でも顔を会わせ続けた縦ロールだろうと思って、懐かしい気分を思い出しながら写真を認識したほむらが……固まった。
写真に一緒に映っている、もう一人のせいで。

――魔法少女がクーリングオフを求めてきたら、困るじゃないですか

悪魔のような羽を生やした、魔法少女にしては脆弱過ぎる存在が、写っていたのだ。
キュゥべえという本物の悪魔の手先である彼女は、どうやら巴マミに泣きついたのだろう。
そして、既に美樹さやかとも接触を取り、それなりの信頼関係を築いているのだということが、仲睦まじく写真に収まっている様子から判断できた。


一方の鹿目まどかは……だらだらと冷たい汗を流していたりする。

――今の内に不幸の芽は摘んでおいた方が良いと思わない?

先ほど、このお姉さんに実銃を向けられた覚えがあるのだから、当然である。
何だかこの巴マミ様は、パンが無いなら皆ケーキを食べるしか無いじゃない、とか言っちゃうタイプに見える。
そして、一緒に映っているもう一人の子は、まどかに巴マミの所在を聞いて来た彼女に違いない。

「どうしたの? 二人とも黙りこくっちゃって?」

そして、美樹さやか。
貴女はもう少し他人の機微に敏感になってもバチは当らないと思うわ。

「さやかちゃん……危ない目にあったり、怖いコトに巻き込まれたりしてない?」
「……どうして、そう思うの?」

一杯に涙を溜めたまどかの目を見せつけられて、思わずさやかは怯んでしまう。
だがしかし、まどかがそのような思考に行きついた経緯がさっぱり分からない。
まどかは、魔法少女や魔女のことなど知らない、普通の子の筈なのに。

「だって、巴マミさんって、お色気要員で、銃を持つと引き金を引きたくなるタイプの人間で、他人に銃を向けるときでさえ笑顔を絶やさない素敵な人で、常に誰かに銃口を向けてて、友達の婚約者を平気で寝取る人だって聞いたよ……?」
「……半分ぐらいは、当たっているわね」
「何その噂!? 転校性も何で頷いてんの!?」

どんな噂話でも、三人の人間から聞けば、大体の人間は信じるという。
……つまり、親友二人から伝えられた噂話を、大真面目に信じる一歩手前でさやかは踏み止まったのだった。

「無い無い。だいたい、二人とも何処からそんな噂を仕入れたのさー?」
「私は、一緒に写真に写ってる子から聞いたよ」

名前聞き忘れちゃった、と補足しながらまどかが写真に映ったもう一人を指さしてみせる。

「トーリが……?」
「トーリちゃんって言うんだね」

三人の人間が同じ噂話をしていれば以下略。
流石のさやかでも、巴マミという人物像が若干揺らいできた。
それでもまだ巴マミの評価が地に落ちていない辺り、如何に彼女の人望があるかということが推し測れる。

「よし、こうなったら、ここにマミさん本人降臨させよう!」
「さささやかあちゃんん! それはマズいよ! どうかしてるよぉっ!?」

焦った。
流石にこればかりは、焦らざるを得ない。
まどかは、先ほど巴マミに射殺されそうになっていたアンクを匿っているのだ。
最悪、バレたらまとめて射殺されるかもしれない。
俗に言う、『血溜まりスケッチ』というヤツである。

「そんな怖い人じゃないって。今ならまだこの近くに居る筈だから、ひとっ走りすれば呼んで来られるよ」
「さやかちゃん、私達……友達だよね?」

今にも泣き出しそうな鹿目まどかの姿を目の当たりにすれば、いくら鈍感な美樹さやかであっても、自身の行動に何か非があったのだと気付く。
というか、部屋の何処かから今にも美樹さやかを殺さんとする欲望が撒き散らされている気がするから、不思議なものだ。
グリードでもないさやかには、他人の欲望を感じ取る能力など無い筈なのに。

「美樹さやか。私も、巴マミには会いたくないわ」
「転校生まで、言うか……」

まどかの怯え方には若干の違和感を嗅ぎ取っていたさやかだが、この無表情電波女までが同意するとは思ってもみなかった。
まぁ、電波少女が次に繰り出す台詞を予測することなど、とうの昔に放棄しているが。

「私は、巴マミが人間相手に銃を向けている姿を何度か見たことがあるわ。経緯はともかく、危険人物に変わりは無い筈」

事実には違いない。
魔法少女が魔女になるなら皆死ぬしかない時に初めてマスケットを向けられたことは、最早思い出の彼方だ。
ただ、この時間軸でもほむらがキュゥべえを殺した直後に向けられているので、間違ってはいない。

「そ、そうだよ! 私も見たことあるんだ!」

二人とも、その対象が自分であることを言わない辺りにさやかへの遠慮が見て取れる。
そして何気なく放たれたまどかの一言に、ほむらは目を見開いて驚いていたりして。

「その経緯も気になるけど……まぁ、マミさんはやめとくか」

二人のただならぬ拒否ぶりに面食らったさやかだが、何だか納得がいかない。
ならば。

「じゃあさ、代わりにトーリのヤツを呼んでも良い?」

マミさんの汚名を返上したいさやかの思い付きが……オリ主に新たな死亡フラグを建てようとしていた。
暁美ほむらという最悪の死神が待ち構える病室に、彼女は文字通り飛んできてしまうのだろうか……



・今回のNG大賞
「本人降臨させよう!」
「らめええええっ!!」

「どうしたのさ、まどか? 病院で大声を出すなんて、世界一迷惑な奴なのだぁ!」
「美樹さやか……この場で射殺されたくなかったら少し黙ってなさい」
「巴マミさんみたいなこと言ってる!?」

暁美ほむらは、何処まで行っても結局巴マミの弟子なのかもしれない。


・公開プロットシリーズNo.28
→ずっとまどかのターン



[29586] 第二十九話:継接インディアンポーカー
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/21 04:09
連絡入れてみるわ、とだけ言い残し、美樹さやかは病室から外に姿を消してしまった
病院内で携帯電話は御法度だという表の理由もあるし、念話で話す姿を不審がられたくないという裏の理由もあるからだ。
念話という魔法は相手の大体の位置が判っていないと通じないものだが、さやかはトーリがクスクシエに居るだろうと当たりを付けている。


「まどか。トーリと知り合いだったの?」
「うん、そうだよ。前に巴マミさんを探してたところを、助けたんだ」

さやかが居なくなった病室内で、暁美ほむらが真面目そうな顔をしながら鹿目まどかに問いかけていた。
結果は……かねがね、予想通り。
まどかの優しさに付け込んで取り入ろうなど、まさにあの白い悪魔の手下に相応しい所業である。

「ほむらちゃんこそ、トーリちゃんと知り合い? もしかして、あんまり仲良く無い……?」

鹿目まどかの目には、暁美ほむらの表情が『ゆ゛る゛さ゛ん゛!』と叫び出す3秒前のヒーローと同じものに見えた……かどうかは、読者の皆さまの想像にお任せする。
ただ、あの表情を真似るという行為が並大抵の人間に出来るものではないという事を補足しておこう。
いや、キュゥべえさんによると魔法少女は条理を覆す存在らしいので、彼女たちなら可能性はゼロでは無いのかもしれないが。

「怪しいマルチ商法に騙されている彼女を、優しく諭してあげただけ」
「うわぁ……トーリちゃんと一度しか会って無いのに、騙されてる姿が簡単に想像できるよ……」

尚、まどかの目の前に居る暁美ほむらは、その悪徳マルチ商法の被害者の会の会長だったりする。
もちろん、会員が今のところ暁美ほむらただ一名しか居ないのは、言うまでもない。

……どうすべきか、と暁美ほむらは思考を巡らせる。

この時間軸の鹿目まどかは、既にキュゥべえの存在を認知してしまっている。
そして、美樹さやかも既に契約を終えていると見た方が良いだろう。
鹿目まどかや美樹さやかと話している最中にこっそりと時間を止め、上条恭介のカルテを盗み見て確認してきたので、間違い無い。
というか、彼女の指にソウルジェムの待機形態である指輪が輝いているのも、ほむらは見逃さなかったのだ。

ならば、否認する者が居ない場所で魔法少女の末路についての知識を吹き込んでおけば、まどかは自然とその知識を前提に行動するようになるのではないか?
美樹さやかが契約済みで、キュゥべえがまどかに認知されている以上、まどかが魔法少女について知るのは時間の問題だ。
ならば、出来るだけネガティブなイメージを鹿目まどかに植え付けておくのは、悪い作戦では無いはず。

「まどか。今から私が言う事を、信じて欲しい」



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第二十九話:継接インディアンポーカー



暁美ほむらは、洗いざらい話した。
キュゥべえの契約が生み出すソウルジェムについて、そして、ソウルジェムとグリーフシードの関係について。
魔力弾を窓の外の空に向かって放つという実演を織り交ぜながら。
魔法の存在を関係者以外に話してはいけない、というお約束を吹き込むことも忘れない。

「酷いよ……そんなのって、あんまりだよ……!」

なまじキュゥべえという存在を見たことがある分、まどかの説得はスムーズに行われた。
その際、ほむらはわざと情報を絞ることを試みていた。
時間停止や自身の願いについて話さなかったのは当然だが、それ以外にも敢えて教えなかったことがいくつか、ある。
魔法少女の具体例として暁美ほむらと巴マミの名は挙げたが、美樹さやかとトーリの名は挙げなかったのだ。
この選別には……意味がある。

「私が日常を大切にしているか……って、そういう意味だったの?」
「そうよ。貴女は契約してはいけない。……そして、このことを他の魔法少女に話してもいけないわ」

話を聞いただけで泣きだしてしまいそうな鹿目まどかは、やっぱり優しい。
そして、涙をいっぱいに溜めた目で不思議そうな表情を向けてくる彼女は、絶望の意味を分かっていない。
そんな大事なことは内緒にしてちゃダメ、と反射的に思ってしまっているのだろう。

「貴女はもうすぐ死にます……だなんて、医者が言っても信じてもらえないのに、一介の中学生が言っても信じられるはずが無いわ」
「そんなこと無いよ! 丁寧に説明すれば……」

鹿目まどかの好意は嬉しいが、それは無理だ。
少なくともほむらがループして来た世界では、美樹さやかは勿論の事、巴マミもその真実を受け入れることは出来なかったのだから。
精神的に強い方に入る佐倉杏子や鹿目まどかでさえ、実際に美樹さやかが魔女になるのを目撃するまでは判断を保留にしていたほどである。
それでも、誰かさんのように正義感が暴走して心中に走るよりは、遥かにマシだが。

「証拠が無いわ。魔法少女を一人犠牲にすれば作れないことは無いけど」
「それでも、ちゃんと話し合えば……」

まどかがそういう食い下がり方をしてきた時の対処法も知っている。知ってしまっている。
朝からの長い付き合いなどというレベルでは、無いのだから。

「鹿目まどか。実は貴女も、もう長くは無いわ」
「……え? ど、どうして私が……?」

驚きに怯えが混じった反応を示すのも、暁美ほむらの経験通り。

「証拠は無いわ。そう言われたら信じられる? ……今のは嘘だけれど、貴女の行おうとしている説得はそれと同じことよ」
「……!」

結局のところ、今の鹿目まどかにとって、魔法少女というのは『他人事』なのだ。
いくらまどかが暁美ほむらのことを友達だと思っていたとしても、自分の身に降りかかる災難とは根本的に異なる。
だからこそ、魔法少女の末路という凄惨な情報を簡単に信じてしまう。
むしろ、そんな状況で涙を流してくれるだけでも、この子は優し過ぎた。

「貴女もキュゥべえに目を付けられた以上、無関係では居られない。だから話したわ。絶対に契約しようなんて思わないで」

まどかは、自分自身が何を言いたいのか、そもそも何を考えているのかさえ纏められていないに違いない。
そして、ほむら本人は意識していないだろう。
ほむらの何気ない一言が、何処かの時間軸で巴マミが使った台詞にそっくりだった、という事など。
やはり、何だかんだで暁美ほむらは巴マミの弟子なのである。

「……トーリちゃんも、既に契約しちゃってる、ってこと?」

紡ぎ出した言葉が……それだった。
何故このタイミングで魔女の真実などという突拍子も無い話を始めたのかと考え始めた結果、気付いてしまったのだ。
怪しいマルチ商法という言葉の意味が、キュゥべえによる魔法少女の勧誘である、と。

「隠しても仕方ないわね。その通りよ」

そして鹿目まどかは、既に気付いている。

「さやかちゃん、は?」

既に契約済みの巴マミやトーリとそれなりに深い付き合いをしているのなら、さやかが既にそのスパイラルに組み込まれていても不思議ではない。
というか、その方が自然だ。

「手遅れよ」

そしてここで、暁美ほむらがトーリやさやかを具体例として挙げなかった意味が生きてくる。
少なくとも鹿目まどかの頭の中では、『ほむらは話さなかったけれどまどかは気付いた事柄』としてその情報が記録されているのだ。
こうすることで、最も受け入れ辛いはずの情報を、鹿目まどかに疑わせないという心理誘導を成功させたのである。
暁美ほむらがこのタイミングで魔法の話を始めた主な理由が、コレだった。

「こんなのって無いよ……でも、キュゥべえはもう居ないんだから、これ以上犠牲者は出ないよね?」

これに関しては、ほむらは説明を続けるべきかどうか判断に余った。
正直に言って、キュゥべえというナマモノの生態は、地球人の常識で語ることが難しい。
先程の説明においても、キュゥべえという存在に関しては契約を持ちかけてくる生物だという以上の説明は行っていないのだ。



「へーい! ザ・鳥人間一丁お持ちぃ!」
「お邪魔します? ……って、あれ……?」

美樹さやか……貴女はタイミングが良いのか悪いのかはっきりしなさい。
そして、ほむらと目を合わせないようにしながら、音も立てずに静かに錯乱しているトーリが何故か哀れに思えて来た不思議。
呼び出されたにしてもやけに到着が早い気がするのは、きっと魔法で飛んで来たからだろう。

「ええと、さやかさん。まどかさんの隣にいらっしゃるのは……」

訳:何故見てるんですか! ほむらさん!

「昨日ちょっと顔見せたじゃん。転校生の電波女・暁美ほむら閣下さんだよ?」
「私、聞いてないです……!」

訳:本当に裏切ったんですか!? ザヤガザアアアン!?

まさか、さやかの手によって死地に導かれるとは思ってもみなかったトーリだった。
やっぱり、映司やさやかに疑われてでも昨日のうちに暁美ほむらを始末しておくべきだったかと後悔するが、既に時は遅し。
まるで、魔法少女かと思ったらゾンビだった気分である。

「お久しぶりね。トーリ……で良いのかしら?」
「な、名前を知っていただけているなんて、至極光栄です」
「転校生が嗤ってる……!?」

ほむらの作り笑いに、さやかは驚き、トーリは恐怖する。
尚、その表情を鹿目まどかには見えないように作っているところが、この女の本当に恐ろしいところかもしれない。
笑うと言う行為が動物の威嚇行動の名残であるという仮説を証明できる程度の素敵な笑顔に、トーリはドン引きである。

「貴女とは一度じっくり話し合ってみたいと思っていたのよ?」
「おおっと? 転校生が口説きにかかってる!? この女殺しめぇっ!」
「一応まどかさんのお見舞いに来たのに、何でほむらさんに殺されないといけないんですか……」

トーリは、一般人のまどかが居る前では事を起こされることは無いだろうと読んでいるらしい。
時間を止められる暁美ほむらの前ではその作戦は若干効果が薄いのだが、とりあえずほむらはトーリ抹殺を先送りにしたのだった。
流石に美樹さやかも見ているこの状況で忽然とトーリを消すわけにはいかない。

「トーリちゃん、久しぶりだねぇ! 巴マミさんとは仲良くやれてる?」
「その節はお世話になりました。最近、マミさんに銃を向けられることが無くなって、心が平穏です」
「コミュニケーションの尺度が何かおかしい!? あたしの知らないところでマミさんは何やってんの!?」

美樹さやかの中では、巴マミという人間は強くて頼りになる銃使いな先輩だったのだが……トーリまでもが銃を向けられたことがあると聞けば、流石に人物評を改めたくもなる。

「美樹さやか。貴女はもっと人を見る目を養いなさい」
「転校生が何時に無く辛辣だ!?」

つまり、この部屋に居るさやか以外の全員が、巴マミに銃を向けられたことがあるのだ。
そんな空間で、巴マミの名誉を挽回する方が無理ゲーである。
巴マミ……その名誉、神に返しなさい。

「巴マミっていうのは、そういう人間なのよ」

そして、暁美ほむらの新たな作戦が、ここで火を吹こうとしていた。
敢えて名づけるならば……『魔法少女になった奴は心まで腐っていくんだよ! 巴マミのようになぁ! 作戦』である。
巴マミを人格的に著しく貶める……というレベルまで徹底的に実行するつもりは、流石にない。
だが、まどかの魔法少女という存在に対するプラスイメージを出来る限り削いでおくのは、悪いことではないはずだ。
そのために魔法少女に関する予備知識をまどかに与えたと言っても過言ではない。
その過程で暁美ほむら自身も恐れられる危険はあるが、そこは目的のためなら手段を選ばないことに定評のあるほむらさんの本領である。

正直なところ、休憩中なほむらさんが巴マミに関する愚痴を零す場を求めているのだという部分も否定しきれなかったりするのだが。
もちろん、巴さんには尊敬できる部分が非常に多いことも分かっているものの、不満というのはやはり貯まるものなわけで。

「彼女は、魔法少女の力を使う事を……」
「まどかちゃん、大丈夫? お見舞いにきたよ!」

イラッ☆
新たに入って来た男のせいで、暁美ほむらの言葉が遮られてしまった。
そして、ほむらはその顔に見覚えがある。
先日、河原で服を干していた半裸男だ。
もちろん、今は服を着ているが。

「映司さん、遅いですよ! 何処で油売ってたんですか!」
「ごめんごめん」

火野映司、である。
クスクシエで暇を潰していたトーリが外出する際にその用事を話したところ、ついて来てしまったらしい。
トーリに少し遅れて入って来たのは……不便している患者に手でも貸していたのだろう。多分。

そして、暁美ほむらの作戦が水泡に帰した瞬間でもあった。
流石に、一般人の前で魔法関連の話は出来ない。

「火野、さん……」

それよりも、気になることが一つ。
まどかが、嬉しさと困惑を足して二で割ったような雰囲気を醸し出していることだ。
ちらちらと火野映司に視線を向けたり外したりを繰り返している。
その頬に若干の朱がさしているのが、微妙にほむらの不安を煽った。

何かを思い出しては、それを振り切るように頭を左右に振って見せるまどかは、火野映司に何か特別な思い入れでもあるのだろうか。
確かに顔は悪く無いし、身体もそれなりに引き締まっていた、とほむらは河原で見た光景を思い出しながら判断を下す。

「ほむらさんがまどかさんと同じ表情になったのが気になり過ぎて仕方ないです……」
「うん。それは俺も気になってた。理由は分からないけど」
「「!?」」

思わずお互いの顔を見合わせる鹿目まどかと暁美ほむらだが……まさか、本当に二人は同じことを考えていたのだろうか?
腹を割って話し合わないと分からないだろうが、火野映司本人が居る場所で確認できる内容でも無い。

「あれ? ほむらちゃん、火野さんと知り合いだったの?」
「えっ……」

思わず口ごもってしまう暁美ほむら。
まさか、男たちの裸の語らいを盗み見していたなんて、言える筈も無い。
というか、そんな事を言えばまどかにドン引きされる。
自己犠牲に定評のある暁美ほむらさんは一体どこに行ったのだろうか。

「昨日、まどかが倒れた後に火病った転校生を介抱してくれたんだっけ」

何気なく、美樹さやかが空気を読んだフォローを入れてくれたりして。
正確には、まどか陥落後に仁美の腹パンで落とされたわけだが、そこは割愛。
暁美ほむらの記憶としては中年夫婦に介抱されていたはずなのだが、後から夫の方と火野映司が一緒に居たということから考えるに、3人で介抱してくれていたのだろうと思い至った。

「あのときは、ありがとうございました」
「いいって。ほむらちゃんも無事で何よりだよ」

まるで鹿目まどかの台詞をコピペしたような言葉を続ける火野映司。
幸い、ほむらがストーカー紛いの覗き行為を敢行していたことはバレていないらしい。
映司としては、ほむらに顔を見られた覚えが無いのが若干不思議ではあるものの、特に突っ込みを入れることも無かったのだった。

そして、火野映司という名前を何処かで聞いたことがあったはずだという気がしてならなかった暁美ほむらは、ようやく思い出していた。

――なんていうか、火野さんのことを考えると胸がドキドキするような気がして、これってもしかして恋っていうモノだったら、それはとっても嬉しいなって……

その言葉を思い出してしまうと、頬を染めている鹿目まどかの顔が、恋する乙女の表情に見えてしまう。
ほむらの知る鹿目まどかという少女は、全くと言って良いほど男に縁の無い人物だったはずだが……これは一体どういう事だろう。
世界の変化は循環する時空の結末を解消するファクターとなる可能性を秘めているので、暁美ほむらとしては歓迎すべきもののはずなのに……何故か素直に喜べない不思議。

一発芸がてらにお見舞い用の果物でジャグリングを始める映司に、楽しそうな顔をしながら手を叩く鹿目まどかと愉快な仲間達を目の当たりにして、暁美ほむらの不安はますます募るばかり……



暁美ほむらは、知らない。
メダルとオーズの存在を。
火野映司と美樹さやかとトーリは、知らない。
鹿目まどかに魔法少女の素質があることを。

アンクは、姿を現わせない
魔法少女が脅威となる可能性を恐れて。
鹿目まどかは、言い出せない。
魔法少女の運命の凄惨さを恐れて。


物語を動かし始めるには、いささか鍵が多過ぎたらしい。
この先の物語は、『誰が居るのか』ではなく、『誰が居なくなるのか』によって左右される……のかもしれない。



・今回のNG大賞
「何、勘違いしてるの? 私の狩りはまだ終わってないわ!」
「あれ? まどかとマミさんって知り合いだっけ?」

「アンクちゃんを生贄に! 巴マミさんの召喚を無効化するよっ!」
「おいガキお前ええええっ!?」

病院ではお静かに。

※色的な意味で。
通常モンスター=マミさん。
罠カード=まどか。

・公開プロットシリーズNo.29
→人間関係を絡ませ過ぎると誰も動かせなくなるorz



[29586] 第三十話:Power to tearer――暴君と泣き虫と欲望
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/21 03:58
「じゃあ、あたしはそろそろ」

最初に動いたのは……さやかだった。
実はまどかの病室に来るのが遅れたのは、上条恭介の病室に行っていた訳では無く、アンク襲撃後に巴マミと話し合っていたからだったりする。
つまり、さやかはまだ恭介の病室に行っていないのだ。

そして、同時にほむらさんの作戦が中断を余儀なくされた瞬間でもあった。
火野映司が真っ先に帰ってくれれば、魔法に関する話が存分に出来たはずなのに。

そんな彼はいつの間にか、皮を剥いていないバナナの中身だけを切り分けるという謎の手品を始めていて。
でも、彼に視線を釘づけにしている鹿目まどかの楽しそうな姿が、少しだけ暁美ほむらの心を和ませてくれる。
念のために補足しておくと、別に空間斬撃剣であるメダジャリバーを手品のために無駄遣いしたなどということは無かった、と言っておこう。

一方……アンクは、出方を探りつつ待機を続けていた。
この場に映司が訪れたことはある意味僥倖だが、映司に会って自分は何をしようというのか。
経緯を話して『頼み込めば』『保護してもらえる』かもしれないが、何となくそれは癪に障る。
現状だって鹿目まどかという少女のペット的な扱いではあるのだが、それは棚上げである。
そこは、人間社会を生き抜くための最低限度の情けであると考えて甘受するしかない。
それに、映司に一方的に保護を求めても、魔法少女の襲撃から守ってもらう日々が待っているかもしれないのだ。

加えて、アンクは思う。
自分と映司の関係は、ギブアンドテイクで成り立っていたのだ、と。
泉刑事や通りがかりの人々をメダル関連の脅威から守りたい映司と、メダルを集めて強くなりたいアンク……この二人の利害が一致していたからこそアンクは映司の傍に居ることが苦痛にならなかったのだ。
元々一方通行で貰う事が好きだと豪語出来てしまうアンクではあるものの、映司とのそんな関係も、今となっては居心地が良いものだったように思われた。

……一方的に映司の庇護下に入るのは、ゴメンだ。

さらに、美樹さやかと巴マミの二人はアンクの敵だとして、トーリと暁美ほむらの出方が判らないのも非常に恐ろしい。
思い返してみると、トーリには疎まれてもおかしく無い扱いをしてきたような気がするのだ。
むしろ、アンクが新たに手を組む候補としての最有力候補が、暁美ほむらかもしれない。
暁美ほむらは巴マミを敵視しているようだから、共通の敵を持てば充分に協力できる可能性はある。
……ただ、彼女にアンクの言う事を聞かせるとなれば、難しくなるかもしれないが。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第三十話:Power to tearer――暴君と泣き虫と欲望



トーリは、自身の命が未だ続いていることに安堵していた。
鹿目まどかが入院したという知らせを受けて来てみれば、そこに待ち受けていたのはいつぞやの暴力魔法少女であったのだ。
焼けた鉄版の上で土下座しても生き延びられないかもしれないとさえ思っていた割に、案外あちらの出方が丸かったので何とかなった、という印象である。

キュゥべえが死んだせいで魔法少女を増やせないからだろう、とトーリは当りをつけている。
ひょっとするとこれは、むしろ味方になるイベントを引き当てたのかもしれない。
珍しく建設的な思考を見せたトーリは、早速ほむらに話しかけようと考えたのだが……意外と、話題が見つからない。

「……まどかさんと、仲が良いんですか?」

それならば、共通の知り合いについて話せば良いのだ。
映司の手品に拍手を送りながら、さり気無く暁美ほむらに声をかけてみた。

「……っ!」

そうしたら、思いっきりガンを飛ばされました。
ワケが解らないっていうか、理不尽すぎると思います……。

『彼女に手を出したら……』
『そんなつもりで言ったんじゃないんです! 信じてください!』

会話の手段をテレパシーに切り替えて恫喝してくるほむらに対して、必死の命乞いをするトーリ。
以前ボコボコにされたせいか、暁美ほむらにはまるで勝てる気がしないのだ。
というか、トーリが単独で勝てる相手なんて、人間の鹿目まどかぐらいな気がしないでもないが。

『それなら良いのだけれど』

どうやら、トーリの言葉を鵜呑みにして信じているというわけでは無いようだ。
だが、トーリの処分は見送ってくれたらしく、トーリも思わず安堵の息を吐いてしまう。
友達のお見舞いに来たのに、何故おっかない魔法少女に脅されなければならないのか。

結局、まどかの親が迎えが来てしまったことによって、病室での楽しい一時は終わりを告げたのだった……



そして、鹿目まどかの手荷物に紛れ、成り行きでアンクは鹿目家まで着いて来てしまっていた。
母親に褒められたり叱られたりしている少女の声をカバンの中で聞きながら、今後の事に関して思案を巡らせる。
先日カザリに襲われた後に改めて確認したことだが、やはりこの世界では人間の姿を持っていなければ動き回れない。
良くて、珍獣として追い回されるのが関の山である。

思考が行き詰ったアンクは、いつの間にかカバンが揺れていないことに気付いた。
どうやら、移動が終わったらしい。

「アンクちゃん、潰れてない?」
「もっと丁寧に扱え」

アンクを持ち上げて両手で汚れを払ってくれるまどかに不満全開な声を返しながら、アンクは周囲の様子を確認した。
淡いピンク色が目立つ室内には鹿目まどか以外の人間はおらず、棚の上に並べられた縫い包みがやけに印象的な部屋だった。
おそらく、鹿目家にある、まどかの個室なのだろう。
部屋の中に差し込む太陽の光は無く、既に外は暗くなっているようだった。

「そうだ、ガキ……まどか」
「どうしたの?」

不思議そうに返事をするまどかは、アンクがこれから問いかける内容を、予想できていない。
アンクとしてはそこそこ重要だと考えているので、素直な反応が帰って来てくれると嬉しいところではあるが……どうなるか。

「お前、何でキュゥべえって奴が死んでるって知ってた?」
「……えっ?」

荷物を整理していた鹿目まどかの手が……止まった。
同時に、コイツは何かとんでもない事を知っているとアンクが確信した瞬間でもあった。

「黒いガキは、キュゥべえが死んだことなんて話して無かったよなァ?」
「……」

アンクは、キュゥべえが魔法少女によって殺されたのだという事を巴マミから聞いている。
しかし、鹿目まどかは巴マミとは今日が初対面だったはずなので、おそらくマミから聞いたという線は無い。
魔法についても、暁美ほむらから説明を受けている時の反応は、魔法というもの自体を初めて知ったという印象をアンクに与えていたのだ。

だとするならば……鹿目まどかがキュゥべえの死を知っているのは、おかしい。

「私、キュゥべえを殺しちゃった……かもしれないんだ」
「かもしれない?」

鹿目まどかの独白にも驚いたが、その不確実な物言いもよく分からない。
爪が割れるんじゃないかと思わせるほど強く握りしめられたその手を見れば、嘘を吐いているのではない事は推し測れるが、だからこそ理解できないのだ。
キュゥべえに既に会ったことがあるにしては、魔法というものに関する知識が乏し過ぎるようだったのも気になる。

「私。全然覚えてない、の。でも、気付いたらナイフ持ってて、キュゥべえが、バラバラで……!」

声を震わせて背中を丸めるまどかを余所に、アンクは考える。
巴マミの話によれば、キュゥべえは黒髪の魔法少女に、あのヒゲタマゴが居たビルで殺された筈だ。
情報が明らかに食い違っていると言わざるを得ない。

「ガ……まどか。それは何時の話だ?」
「昨日、だよ?」

訳が分からない。
前回キュゥべえが死んだというのは巴マミの申告だったのだが、その時に実は生きていたという事だろうか?

「死体は確認したのか?」
「ほむらちゃんが、任せてって言って、持ってっちゃった……」

布団の中に引き籠って蓑虫のように体を縮めながら、鹿目まどかはしっかりと返事を出し続けてくれる。
おそらく、そのグロテスクなキュゥべえの様子を思い出して気分を悪くしているのだろう。
罪悪感に心を苛まれているという理由もあるのかもしれない。

「あの黒いガキは、そのことを知ってるわけか……」

――貴女もキュゥべえに目を付けられた以上、無関係では居られない。だから話したわ。絶対に契約しようなんて思わないで。

昼間の口ぶりは……まるで、鹿目まどかがこれからキュゥべえと契約する可能性があることを前提にしているようでは無かったか?
暁美ほむらも、アンクが想像もしないような事実をまだ隠している。
アンクはそんな確信めいた予感を抱いていた。

「聞け。お前は……キュゥべえって奴を、殺していないかもしれない」
「……え?」

嗚咽を漏らしていたまどかが、布団の上からでも分かるぐらいに、ぴくりと身体を震わせた。

「少なくとも、俺が聞いたキュゥべえって奴は、重火器で身体を蜂の巣にされても生き残れるような生き物だ。生きてても不思議じゃない」
「励まして、くれるの?」

その声は、ほんの少しだけ嬉しそうだった。
布団に丸まってその表情は分からないのに……アンクは、そう思えた。

「でも、流石に無理だよ。頭が身体から離れてたもん」
「俺だって似たようなモンだ」

もぞもぞと布団から顔を出して、まどかがアンクに視線を落とす。
そこには、掌だけになっても動き続ける、常軌を逸した生物がまどかの言葉を待っていた。

「もしかして、キュゥべえはアンクちゃんの友達だったの?」
「会ったことも無い奴と友達になれるか。それに、人間の欲望はグリードのものって決まってんだよ。掻っ攫われてたまるか」

キュゥべえは生きている……かもしれない。
思い始めると、思わずには居られない。

「アンクちゃん……照れてる?」
「調子に乗んな」
「うぇへへ」

奇妙な、この少女の独特の小さな笑い声。
それが何処か心地良いような、そんな気が、した。

「欲望、かぁ」

おもむろに天井を見上げたまどかが、呟く。
欲望という言葉自体は、あまり響きが宜しくない。
だがしかし、

「そうだね。キュゥべえの生死を確かめたいっていうのが、多分私の今の欲望。何だかちょっと楽になったかも。アンクちゃん、ありがとう」

欲望は、希望でもあり、道しるべでもある。
時に夢、時に愛、そして時には闇を切り裂く光にだってなるかもしれない。

「ふん。なら、その欲望……解放しろ」

グリードがヤミーを作る時に言い放つ、定型句だった。
それは、ヤミーを作ることの出来ないアンクが言っても、何の意味も無い一言に違いない。
だが、新たな目標を見つけて意思を燃やす少女に投げかけるには、うってつけだ。
そう、思えた。



「そうだなァ。俺もキュゥべえって奴に聞きたいことがあるから付き合うが、肝心の外見を知らないと捜しようが無い」

出来れば、魔法少女の弱点の一つでも聞き出したいところである。

「絵、書くよ? 美術は結構得意なんだ」

紙とペンを探そうとするまどかは、先ほどよりも生き生きとしているように見える。
だが、アンクにはもっと直接的に情報を受け取る手段があるのだ。

「いや、お前の記憶を直接見た方が確実だ」
「そんなコト、できるの?」

アンクを両手で宙にかざしながら、驚きの表情を作って見せるまどか。
その様子さえどこか嬉しそうに見えるから、不思議である。
先ほどテンション最低の状態から復帰した反動で、箸が転げても笑うような状態なのかもしれない。

「しばらく、呼吸を落ち着かせて、何も考えない状況を保て」

掌だけのアンクがまどかの右手の上に覆いかぶさり、指示を飛ばす。

「それって、瞑想っていうんだっけ? 出来るかなぁ……」
「難しく考えんな。要するにぼーっとしろってことだ」

それなら得意技だよ、と無い胸を張って、ベッドの上に胡坐をかいて手を組んでみた。
形から入るのは大事だと自分に言い聞かせながら、目を閉じる。
ゆっくりと深呼吸し……唐突な眠気に襲われた。
そういえば、昨日は泣き明かしたので、実質的には20時間以上覚醒状態を保っていたような気がする。

気付いてしまうと、後はどうしようもなかった。
こっくりこっくりと頭の中で羊が数えきれない速度で増え始め、何も考えることが出来なくなる。
群れの中で、天井に望遠鏡を仕込む音や、フォーゥ! と叫ぶ声が……お前らは羊で良かったっけ?
瞬く暇も無く、鹿目まどかの意識は、牧場の奥へと消えて行ったのだった……


5分も経たないうちにベッドへ倒れ込んだ鹿目まどかの目が……唐突に、見開かれる。
その右手に重なっていたはずの不気味な掌は、いつの間にかその姿を消していた。
目付きは鋭く、どこか鳥類を連想させるものに変わり、攻撃的な意思の存在を思わせる。

とんとん、と米神を軽く指で叩きながら、記憶を漁る。
鹿目まどかが、ではない。
今、その身体を支配しているのは、アンクという一体のグリードだった。

「……コイツか」

全体的にネコのようなフォームだが、その尾は胴体に並ぶほどの太さと長さを持ち、耳から飛び出た無駄毛は首にかかる負担が心配になるレベルの大きさである。
鹿目まどかは、キュゥべえと名乗るそいつを見て一目で可愛いと感じたようだ。

『今日は君にお願いがあって来たんだ』
『お願い?』

キュゥべえはその時、確かに笑顔を作っていた。
……が、

「不気味な奴だ」

アンクの心証は最悪だった。
暁美ほむらの説明を聞いてしまったことも影響しているかもしれない。

『ボクと契約して魔法少女になってよ!』


その笑顔がとても腹立たしいものに思えてしまう原因は……もしかすると、それだけでは無いかもしれないが。
ほむらの説明によると、二次性徴期の少女の希望が絶望に総転移する際のエネルギーを回収するのが、彼らの役割らしい。
この少女……鹿目まどかも、契約すれば何れは絶望に心を委ねるようになるのだろうか。

『その代わりに、何でも一つだけ願いを叶えてあげるよ』
「お前ら……何かがグリードと被ってンだよ」

下手をすると、グリードよりも悪質かもしれない。
そして……病室の入り口に、暁美ほむらが現れた。

『ほむらちゃん、心配かけてゴメンね。でも、無事で良かった』
「まったく、お人好しなガキだ」

キュゥべえを目の当たりにして驚愕に目を見開く暁美ほむらの姿が、まどかの視界の中には収められていた。
初めてキュゥべえに会ったから驚いているのではなく、キュゥべえが鹿目まどかの元に居ることを驚いているということは間違い無いだろう。

「……何故だ?」

鹿目まどかが魔法少女の素質を持っていることが意外だった?
暁美ほむらには魔法少女の素質を推し測る手段があるということか?
それとも、死んだはずだと思っていたキュゥべえが生きている事に驚いているのか?
暁美ほむらに関しても、まだ疑問は尽きない。

そして……事件は、起こった。

『ほむらちゃん、見て、この子! キュゥべえって言……う……?』

まどかの手に突如として返ってくる、血液の滴る感触。
抱き上げようとして、そのままキュゥべえの頭がもげる。

「……コイツに苦痛って感覚は無いのか?」

笑顔を張り付けたまま床に落ちるキュゥべえの首。
まるで、痛みを感じる間もなく逝ったようだった。
もしくは、痛みを感じるという機能そのものが備わっていないのか。

「……っ」

鹿目まどかの中で巻き起こった感情の奔流に面食らって思わず意識を手放しそうになりながらも、なんとか頭を押さえて、アンクは精神を持ち直す。
ちらちらと視界に入る桃色の髪が、汗に濡れてえらく鬱陶しかった。

「……っはぁ」

吐く息が、熱い。
肺が苦しくて、心臓が壊れそうだった。
こんな時、人間の身体は不便だ……そう、アンクは思う。

「まぁ確かにあの状況じゃぁ、このガキが自分を犯人だと思うのも無理は無い、か」

自分が支配する小さな手をまじまじと眺めながら、アンクは呟いた。
だが、何かが間違っているとしか思えない。
少なくとも、何処かの小説に出てくる二重人格博士のような残虐性は、この少女の頭の中には無かったのだ。
その他の記憶を洗ってみたものの、有用そうな記憶も特に見当たらない。

それでも、何回か事件当時の記憶を洗い直してみた。
人間の脳は、引き出しを開けるのが難しいだけで、莫大な量の情報をかなり正確に記録しているのだ。
それを、本人の無意識にまで入り込んで、徹底的に漁り込む。


「ん……? 何だこれは……」

偶然に、『それ』は見つかる。
最初は、ただの見間違いかと思った。
だがしかし、記憶を繰り返して、コマ送りにしてみると……違和感が際立ってくる。
鹿目まどかの頼りない小首を捻って、うんうんと唸って見せるアンクは、

「こんなことが有り得るのか? だが……」

その映像の何が決定的に不自然なのかという解答にまでは、辿り着いた。
そこまでは良かったのだが、その奇妙な現象の原因が判らないのだ。


結局、アンクは判断を保留にすることとなるのであった。

アンクは、何に気付いたのか?
明るみに出るのは、まだもう少し先の事になるかもしれない……



・今回のNG大賞

「こいつをこのまま操ってキュゥべえと契約させれば……」

もう、オーズもヤミーも要らない。
『願い』で究極の肉体を作らせれば良い。
その結果として一人の少女が人生を狂わされたとしても、アンクの知ったことでは無いはず……だ。

そのはず、なのに……

――悪い事しちゃ『メッ』だよ? しっぺしちゃうよ?

酷く胸の奥が痛むのは、何故だろう。
このガキの身体は、至極健康的なはずなのに。

「ハッ、全く、バカなガキだ……」

部屋に備え付けられた鏡の向こう側の少女が、笑った気がした。

――こうしてアンクちゃんは、良い子になったのでした! めでたしめでたし! うぇへへ!

その鏡に本当に写っているのは、泣きそうな顔をしている、子供の皮を被った目付きの悪い化物なのに。

「俺も……ヤキが回ったか」

鹿目まどかの、玉を転がすように笑う声が、耳から離れない。
同じ声なら今でも聞けるはずなのに、声が震えて、笑う気にもなれない。

「安心しろ」

脳の奥底に意識を沈めていてアンクの声なんて届く筈の無い『本物』に、聞こえないように呟く。

「『使えるバカ』を簡単に使い潰したりはしないから、よ……」

溢れ出すこの涙はきっと、涙腺の緩い鹿目まどかが悪いに決まっている。

絶対、間違い無く、そうに違いない……



・公開プロットシリーズNo.30
→まどかの優しさが世界を変えると信じて。



[29586] 第三十一話:ずぶ濡れ衣々
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/24 22:21
「ほむらちゃん。キュゥべえって、あの後どうなったの?」

放課後に二人だけで話がしたいという鹿目まどかにほいほい付いて行った結果がこれだよ!
上目遣いでちらちらとほむらの様子を窺っているまどかの様子が健気過ぎて、無下に扱う事も出来ない。
暁美ほむらという人間が鹿目まどかには適わないのは、もはや円環世界の摂理なのかもしれない。

「心配しなくても大丈夫よ。誰にも見つかることは無いわ」
「そうじゃなくて……やっぱり、ちゃんと弔いたいかな、って」

なるほど、と暁美ほむらは一人納得していた。
確かに、心優しい鹿目まどかの考えそうなことだ。
だがしかし。

「あの話を聞いて、まだキュゥべえに同情できるの? そんな目的のためなら、教えたく無いわ。私はあれが死ぬほど嫌いだから」

まるで台所に居座って黒光りするGを思い出した時のような嫌悪感に満ち溢れた言い草で、暁美ほむらは愛らしい宇宙人を全否定した。
というか、奴の死体は焼却炉に放りこんでしまったので、この世に存在しない。
おそらく別のインキュベーターが回収して食べるだろうと思い、嫌がらせに焦がしてやったのだ。
今更弔いたいなどと言われても、鹿目まどかの前に引きずり出して来ることなどできない。

「ほむらちゃん、答えて」
「……?」

鹿目まどかに背を向けて去ろうとしたほむらを……彼女は呼びとめた。
まだ何か、あるのだろうか。
キュゥべえの死体の場所なら教えないと言っているのに。

「キュゥべえは……本当に、死んだの?」

暁美ほむらの歩みが……止まった。
腰まで届く長い髪に邪魔されてまどかからはその表情を窺う事は出来ないが、ほむらがその質問を意外に感じているのではないか、と思える。

「……貴女、本当に鹿目まどか?」
「さやかちゃんじゃないよ?」

再びまどかに向き直って、まどかの全身に訝しげな視線を浴びせる暁美ほむら。

……おかしい。

ほむらの知る鹿目まどかという少女は、人を疑う事があまり得意ではないはずだ。
それが、キュゥべえが死んだという事実の元に行動している暁美ほむらを疑っている?
しかも、切り刻まれて色々とモゲたキュゥべえの死体を見て、まだそんなことが言える?

「貴女の膝の上に居た生物なら、焼却炉に放りこんでしまったわ。これで満足?」
「う、うん……」

しゅんとしている、という表現がよく似あう雰囲気を撒き散らし始める鹿目まどかを見ていると、ほむらだって心に沁みるものがある。
一応、事実の一端は伝えておいたが……疑問は、残った。
鹿目まどかがもし何者からか助言を受けて先ほどの質問をしてきたとして、その人物としてほむらが疑惑を向ける候補は多くないのだ。

インキュベーターは、魔法少女から不信感を持たれることを恐れ、一度彼らの死を見た魔法少女の前には姿を現さない。
従って、魔法少女は原則的にキュゥべえの生態を知らないはずなのだ。
今回の鹿目まどかのケースのように契約前に見られてしまった場合のみがその例外と言えるが、まどかの物言いはキュゥべえの仕組みについて理解しているとは思えなかった。

可能性があるとすれば……今回初めてお目にかかった『イレギュラー』だろうか。
魔法少女が人間ではないと聞いても全く動じなかった、何を考えているのか分からない蝙蝠女。

「やはり、そういうことね」
「ほむらちゃん、また怖い顔してるよ……?」

大方、鹿目まどかに暁美ほむらへの不信感を植え付ける作戦でも実施しているのだろう。
あの薄汚くて狡猾なインキュベーターとその手下ならば、それぐらいの事を考えても不思議ではない。

「さっきの質問は……貴女一人で思いついたの?」
「えっ」

ほむらは、見逃さなかった。
鹿目まどかの目が、泳いだのを。
正直は美徳というやつである。

「えっと、それは……実は、相談に乗ってくれた子が居るんだ」
「是非、それをまどかに示唆したお方と会ってみたいわ。魔法の関係者なんでしょう?」

うぐっ、と一歩下がるまどか。
誰かに教唆されたことは図星だが、ほむらにはその相手を言いたくないようだ。

鹿目まどかは、悩んでいた。
アンクが魔法関係者かどうかという時点で判断に余るのだが、その判断の先にも未来が無いのだ。
ほむらからは魔法関係の知識の口外を禁止されているのだから、アンクが魔法関係者では無いと答えることは出来ない。
だがしかし、魔法関係者であると答えれば、ほむらは絶対に引き下がらないような気がする。
あの病室で盗み聞きを働いていたと聞いても、きっと良い顔はしないだろう。

だが……不意に、暁美ほむらが放っていた緊張感が、失われた。

「良いわ。『何でも言えるだけが友達じゃない』んでしょう?」
「……ゴメンね」

ぶっちゃけ、アイツ以外に候補が居ないのだから、ここでまどかを問い詰めて心証を悪くする意味は無い。
とっちめて適当に痛めつければ、懲りてくれることだろう……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第三十一話:ずぶ濡れ衣々



「……?」

虫の知らせとでも言うべき嫌な感覚。
トーリの身に降りかかった不思議な予感を一言で言い表すならば、そんなところだった。
何処かで電波女さんが送った殺意を受け取った訳ではないのだろうが、これは一体どうしたことだろう。
虫だけに、天国のお父さんが何かを娘に伝えようとしてくれているのかもしれない。

もう少し時間が経てば巴マミの戻ってくるであろうクスクシエの屋根裏を後にし、トーリは空へと散策に出ることにしたのだった。
そして……その違和感の元は、あっさりと見つかることとなる。

背びれが、地面に張り付きながら移動していた。
何を言っているのか分からないと思うが以下略。

トーリはパタパタと羽ばたきを緩めて高度を落とし、近くからそのブツを確認してみるものの、やはり背びれにしか見えない。
テレビや映画でよく見る、海面下から背びれだけを出してすっと迫ってくるサメのようである。
まるで地面の下に水があるかのようにスムーズに移動して見せる背びれだが、その付近の地面を調べてみても、普通のアスファルトでしかない。

「どうしたら良いんでしょうか……?」

間違い無く、この背びれから発せられる不思議な雰囲気が、トーリをこの場に引き寄せた原因である。
トーリの常識としては、こんな奇妙なことが出来る生物は魔法関連かメダル関連の二択なのだが……

「……ということは、倒せば丸儲け?」

とりあえず、コイツが魔法少女で無ければ、どう転んでもトーリはセルメダルを儲けられる。
もしかしなくても、かなりウマい話が転がっているのではないだろうか?
思い立ったが吉日とばかりに空中に飛び上がり、身体の周囲に羽を巻きつけて硬度を高めつつ、高度を下げる。
そのまま重力を利用して、ついでに身体に回転も加え、一気に急降下して背びれに跳び蹴りを敢行するトーリ。
蝙蝠の大先輩の必殺技の、劣化版である。

ところが、背びれはトーリの存在に気付いていたらしく、俊敏な動きで飛び蹴りを回避し、

「あれっ、意外と速……」

地上へと跳ねた。

「えっ……?」

地面の下へ隠していた身体、全体で。
そいつは、鋭い歯が視る者に恐怖を与える海の王者……サメの怪人だった。
大技をすかされて体勢を崩していたトーリに、その大きな牙をむいて、今まさに噛みつこうとしているのだ。

「ひいぃっ!?」

魔法で硬化した羽を巻きつけていたためにガード出来たトーリだが……サメの噛みつきは、そもそも受けてはいけないのだ。
羽を貫通こそされていないものの、身体ごと齧り付かれ、逃げることも出来なくなってしまっていた。
動けないトーリという獲物を咥えて、サメ怪人は再び移動を開始する。

そして、トーリは漸く気付いていた。
コイツはヤミーである、と。
しかも、多分水棲系……メズールという名前のグリードが作った奴だ。
水棲系の特徴は巣を作って大きく数を増やすことにあり、つまりこのサメヤミーが泳ぎ着く先には……大量のサメヤミーが居るということである。

「ちょっ? そんな!? 離して下さいっ!?」

流石に、そんなものを相手に出来るワケが無い。
一匹だって持て余しているというのに。
見滝原中学校辺りを狙って適当に念話を飛ばしてみるものの、正直に言って期待は薄い。
なんせ、今は下校時刻のせいで一番見つけ辛い時間なのだ。

『私に助けを求めるなんて、どういうつもりかしら?』

そして、やっと繋がったかと思いきや、これである。
いつかの無表情な魔法少女で、よりにもよってトーリを殺そうとしたこともある人気者の彼女だ。
だがしかし、溺れる者は藁だって全力で掴むのが、世の常というものである。
いっそのこと、このサメヤミーがアスファルトに溺れて死んでくれれば良いのに。

『助けてくださいっ! ワタシこのままだと死んでしまいます!』

なりふり構わずに助けを請うトーリには既に哀愁が漂っていたが、念話越しにはなかなかそれは伝わらないものだ。
そんなトーリを嘲笑うように、どうやっているのか溜め息を吐くような音声を念話に混ぜるという器用なメッセージが、トーリの頭に送られてくる。

『キュゥべえが契約のためによく使う手ね。そんな見え透いた罠に引っ掛かるわけがないでしょう。そんなに私が邪魔なの?』

しかも、全く信用されていない。
確かに、魔法少女を増やして欲しく無い暁美ほむらの前で魔法少女を勧誘したのが怒りを買ったのは理解出来るが、いくらなんでも嫌われ過ぎではないだろうか。


『トーリちゃん? トーリちゃんなの?』

同じ方向に飛ばした通信に、別の誰かが引っ掛かった模様。
だが、この声は……

『まどかさんの声は一見救世主みたいですけど、助けてくれる手段が無いんですよねぇ……』

鹿目まどかだった。
彼女の優しさは嬉しいのだが、彼女の手腕でトーリが助かるのかと聞かれれば別問題である。
正直に言って、囮にさえなるとは思えない。
念話が通じると言う事は魔法少女の素質があるという事なわけだが、キュゥべえが死んでいる現在では意味の無いことである。
というか、サメヤミーの元になった欲望が殺人だったりすると、まどかを殺してパワーアップしてしまうことだってあるかもしれない。

『とりあえず、まどかさんに出来そうな事は無いので、現場に近づかないようにしてください』
『それでも友達が危険な目にあってるのに、放っておけないよ!』

どうしたものか。
……彼女を経由して、援軍を送ってもらえば良いんですよ。

『まどかさん! 映司さんに連絡は取れませんか?』
『電話番号わかんないよ……』

そもそも火野さんは携帯電話を持っていないような気がします。
同じ理由で、マミさんもアウト。

『さやかさんは?』
『えーと……電源切ってるみたい。幼馴染のお見舞いに行ってるんだと思う』

病院で携帯電話の電源を切るのは、仕方ないですよね。
クスクシエや中学校は緊急時のために場所を把握しているが、お世話になる予定があると思えなかった病院の場所は覚えていなかったりして。

『どうやら私の命運は尽きてしまったようです……』

結論:もうダメっぽい。

『諦めちゃダメだよ! 今、一緒にほむらちゃんが居るから、引きずってでも絶対行くよ!』

その暁美ほむらさんに先ほど見捨てられた気がしてならない辺り、色々と終わり過ぎである。
まどかが全力で暁美ほむらを引きずって行こうとしても、身体能力的に魔法少女に物事を強制するのは無理だろう。

『初めて会った時の恩は、返せそうにないです……』
『縁起でも無いコト言わないでっ!』

巴マミを探していたトーリを助けてくれた鹿目まどかが最期の話し相手なら、これも何かの縁かという気もしてくるというものだ。
出来ればトーリの身を助けてくれる人物と話したかった、というのは言わぬが花というヤツである。
そこに励ましの言葉を入れてくれる辺り、鹿目まどかは良い人には違いないのだが、頼りになるかと言えば否だ。

そして、噛まれ続けた羽に穴が空き始め、ヤミーの巣まで防御が持たない気がして来た昨今。
一応、クスクシエの方面にも念話を飛ばし続けているのだが、マミは未だクスクシエに戻っていないらしい。
既にトーリは、諦めモードに片足を突っ込んでいた。
助かるルートがまるで見えてこないからである。

そう思った、矢先だった。
サメヤミーの進行方向に、人間の影を見たのは。
その人物を確認する暇も無く、耳を劈く爆音が響き渡り、トーリとサメヤミーは仲良く暴風に呑まれて地面を転がる。
まるで地雷にでも当ったかのように、爆心地が近く思えた。


「また顔を合わせるのがこんなに早いとは、思わなかったわ」

まるで下水の汚物に向けるような視線をサメヤミーに向けた……暁美ほむらの姿が、そこにはあった。
一緒に居るトーリもその視線の的であるという可能性は、出来れば考えたくないところである。
ほむらさんの台詞が、トーリに対して放ったとしか思えないものであることなど、気のせいに決まっている。

「まどかまで『使う』なんて、良い度胸をしているわね」

暁美ほむらがニヤリと笑った……ような、気がした。

「助けに来てくれたんで……うぇっ!?」

次の瞬間には、身体を囲うように四方八方から衝撃が降り注ぎ、水浸しの地面にその身体が叩きつけられる。
そのすぐ横ではメダルが撒き散らされる音が響き、サメヤミーが綺麗にセルメダルの山へと変えられていた。
どんな攻撃なのかはトーリには全く分からなかったが、おそらくトーリが受けたものと同じ攻撃を受けたのだろう。

硬化した羽で身体を覆っていたトーリは、幸いなことにあまりダメージを追わなかったと見える。
羽に食い込んだ無数の銃弾が先ほどの衝撃の正体だというのは分かったが、どんな魔法を使えばそんな包囲攻撃が出来るというのだろう。

「あれ……?」

暁美ほむらは、トーリに情けをかけて助けに来てくれたのでは無かったのか?
なんとか起き上がろうとしたトーリの額の前に、ジャキン、と小気味よい音を鳴らす凶器がその口を向けていた。
トーリはその手の黒光りする武器に明るくは無いが、どう考えても引き金を引いたらセルメダルが撒き散らされることは間違いない。

「貴女を生かしておいたのは私の間違いだったわ。今ここで清算する」

おそらく、トーリが何をしようとしても、暁美ほむらが引き金を引く方が早いだろう。
ヤミーなのだから頭が崩れても生きている気はするものの、試したことが無いのでやはり恐ろしい。

「ほむら……さん?」
「気安く呼ばないで」

銃口が向けられた額にではなく、横なぎの打撃が側頭部に加えられ、背中を踏まれて身動きを封じられてしまう。
思った以上にダメージは少なかったものの、銃に加えてほむらは打撃武器の扱いも上手いという絶望的な情報を得てしまった。

「前より防御能力が上がってる……?」

それでも、ダメージが少ないと判ったら、追撃を受けてでも飛び立てる可能性が出てくる。
訝しそうに呟いた暁美ほむらの隙を突いて飛び立とうとするトーリだが、

「同じ手は通じないわ」

頭部を振りおろし攻撃によって殴られ、そのまま地面に叩き落とされてしまう。
暁美ほむらの左手にはもう一丁のやや大きめな銃が握られており、先ほどからそれで殴られていたのだとようやく気付く。
某北国製の銃の中には、その頑丈さが評価され、弾切れの後も鈍器として戦闘に使用可能だと言われるものもあるのだとか。
どれも、魔法少女やヤミーで無かったら間違い無く死んでいる筈の一撃である。
やはり頭はヤミーの弱点だったようで、意識に嫌な感じに靄がかかってしまっていた。

「ワタシは、もう魔法少女の勧誘はしてないです。だから見逃してください」

必死である。
話せば分かってくれるかもしれない分、サメヤミーよりもマシだが、それでも危機には違いない。
命乞いといえば聞こえは悪いが、別の世界のウヴァさんの最後の言葉を考えれば、やはりこの子はウヴァさんの娘なのかもしれない。

ちなみに、そのウヴァさんのセリフとは、『やめてくれ……誰か、助けてくれ……!』である。

「そんな見え透いた嘘に騙されると思う?」

……前言撤回。
話しても分かってくれそうにない。

「最期に話す人がまどかさんなら、まだ幸せだったのに……残念です」

せめて最期に少しぐらい、毒を吐いてみたくなったのかもしれない。
引き金にかかった暁美ほむらの指に力が入るのが分かる。
もう自分はここで終わりなのだ、と本気で思った。

だからこそ、信じられなかった。


「この国で持つ物じゃないでしょ……『それ』は」

ほむらの背後に現れた、も一人の救世主の姿が……


・今回のNG大賞
『助けてください!』
『私に助けを求めるなんて、どうかしているわよ』

『このままじゃ死んじゃいます!』
『宇宙のために死んでくれる気になったのね』

『嘘じゃないですよぉっ!』
『銃弾のストックを無駄に消費するのは嫌よ。勿体無いじゃない』

『なんか、まるでお母さんと話してるみたいな……』
『ワケが解らないわ』

ザ☆いじめられっ子の発想。


・公開プロットシリーズ
→トーリも少しずつ変化している……と、良いなぁ



[29586] 第三十二話:XXX板に出張スレを建てる予定はありません
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/25 09:19
火野映司は、久しく耳にしなかった音を聞いた。
腹の底から響くような低い音に続いて、風を切る音と人間の悲鳴が入り混じる、懐かしいハーモニーを。
人はその音楽を刻む兵器を『爆弾』と、呼ぶ。

それを耳にして直後にクスクシエを飛び出した映司は、駐車場に置かれていた車の下から、二度目の爆発を聞いた。
一度目の爆発で人を集め、二発目で被害を拡大させる……映司が紛争地域を旅していた時に何度か見た手口。
水を撒き散らすという訳の分からないタイプの爆弾だったが、その威力には恐ろしいものを感じさせられた。

そして、帰り際に映司は、全く別の方面からの3発目の爆音を聞くこととなる。
脊髄反射的に火野映司がその方向に走り出したのは……必然と言えた。


「この国で持つ物じゃないでしょ……『それ』は」

いつの間にか現れた青年は、ほむらの背後からその両腕を掴み取り、銃と鈍器を同時に無力化していた。
掴んだ両腕をそのまま真上に引っ張り、体格差を利用して身体ごと宙に浮かせ、抵抗の手段を奪ったのだ。
トーリには、暁美ほむらが驚きながらも青年の手を振り払おうと身体に力を込めているのが分かった。
しかし、魔法少女とは言え身体能力において女子中学生の枠を大きく超えるわけではないほむらでは、単純な力比べでは青年には勝てないらしい。

「……離して」
「トーリちゃんが逃げるのを見届けた後ならね」

ほむらに言っているようで、トーリに指示を出している発言だった。
そして、トーリにはわき目も振らずに空へと逃げ出す選択肢しか残されていない。
映司に持ち上げられてバンザイのポーズをとっているほむらの腹部に飛び蹴りの一発でもぶちかまそうかという暴力的思考が、トーリに無かったわけでは無い。
だが、映司に咎められそうだという理由もあり、結局素直に逃げることにしたのであった……


「暁美ほむらちゃん……だっけ? さっきの爆発や駐車場のも、ほむらちゃんがやったの?」
「貴方には関係が無いことよ」

まるで、人見知りする野良猫を相手にしているようだ。
なんとなく、そう思ってしまう映司。
既に姿の見えなくなったトーリの飛んでいった方向にちらちらと視線を向ける辺りも、何処か猫を思わせたのかもしれない。

「……駐車場の?」
「大量の水が飛び散る、変な爆弾だよ。知らない?」
「そちらは、知らない」

暁美ほむらが何故そこに食いついたのが若干疑問で仕方が無い火野映司だが、それはさておき。

「とにかく、俺にも関係あるよ。知り合いが殺し殺されしてたら放っておけない」
「……そう。優しいのね」

心底どうでも良い、といった様子で適当な言葉を吐いているとしか思えない様子のほむら。

「優しいわけじゃない。後悔したくないから、手を伸ばすんだ」

何処かで聞いたような、そんな気がする言葉だった。
ループする時間の中で何度か耳にしたことがあるような……

――全部、自分のせいにしちまえば良いのさ。

そうだ。
あの、奔放な槍使いの魔法少女が、似たような事を言っていたはずだ。
こういうタイプは、意思というものを重要視する傾向があるため、説得するのは困難を極める。
利害の調整となれば話し易い相手かもしれないが、今は別に取引をする理由も無いのだ。

「……いい加減、離して」

何気なく、映司の拘束を受け続けているほむらは、そろそろ腕が痺れ始めていたりする。
両腕を頭上に固定された姿勢のまま両手を釣りあげられているその様は、まるでクレーンにぶら下がる景品のようだ。
というか、映司も腕が疲れて来てもおかしく無いはずの時間である。

「何で、トーリちゃんを殺そうとしてたの?」

言外に断られた。
しかも、話題がループしている。

……これぞ、『OOO(円環)の断り』である!

いや、何でもない。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第三十二話:XXX版に出張スレを建てる予定はありません



「あいつが、私の大切な人を危険に晒そうとした。それだけよ」
「……ほむらちゃんってもしかして、魔法少女?」

ぶら下がったままの暁美ほむらがぴくりと身体を震わせたように、映司には思われた。
映司が魔法の事を知っているのが意外だったのか、それとも魔法少女という言葉に心当たりが無かったのか。

「……誰から、魔法の事を聞いたの?」
「見滝原一帯を走り回ってるベテランの魔法少女の子から」

……間違い無くそれは、ヤツだ。
この市を縄張りにしている凄腕の魔法少女、巴マミに違いない。
だがしかし、それを何故一般人の青年が知っているのだろうか。
暁美ほむらの知る巴マミという先輩は、魔法関連の情報を一般人にぺらぺらと話してしまうような人間ではない。

「貴方、巴マミの、何?」

マミちゃんとも知り合いなのか、と感嘆して見せる映司に、ほむらは無言で返事を催促する。

「知り合い、って言っても納得しないだろうし……仲間、友達、うーん……『協力者』かなぁ」

……協力者?
確かに、巴マミが魔法少女候補を引き連れて行動する光景は、ループ時空の中でお約束とも呼べる1シーンではあった。
だがしかし、魔法少女の候補でも無い一般人を協力者に選ぶなどという事は一度たりとも無かったはずだ。
それとも、巴マミが一般人の協力を仰がなければならないほどの異変が、見滝原に起こっている?
暁美ほむらがワルプルギスの夜の到来を告知した事はあるが、まさかそれだけが原因というわけでもないだろう。

一度巴マミに会って、確認する必要が出てきたようだ。
拘束技を持っているマミは一発死亡イベントを起こしてくれる危険性が高いので、ほむらとしてはなるべく接触したくないのだが……今回ばかりは仕方無い。

「あのトーリは、巴マミの後輩として仲良くしているのかしら?」
「うん。マミちゃんって、誰かの手綱を握っていると安心するタイプなのかも」

……この青年は、どうしてここまで的確に巴マミという人間像を把握しているのか。
ほむらが前回の時間回帰を行ってからまだ十日程度しか経っていないのだから、青年と巴マミの関係も、それ以下の時間の元で進んでいるはずなのに。

「あいつを殺すのは、中断。まず、先輩としての監督責任を巴マミに追及することにするわ」
「殺しちゃダメだよ?」

釘を刺す映司に対して、背後から見ても確りと分かるように首を縦に振ったほむらは……ようやく解放されることとなる。
自由を手にした瞬間に煙のように消えてしまったほむらに驚きながら、映司は、

「そういえば、このメダルのこと、聞き忘れたな……」

とりあえず、地面に散らばったセルメダルを回収することにしたのだった。
ヤミーでも居たのだろうか……?

そして、トーリの身を心配したこともあり、映司は回収したセルメダルを抱えてクスクシエへと向かうのであった。
もっとも、トーリはおろか、マミさえもクスクシエには戻って居なかったが。

「あっ、映司君! この間は本当にありがとう!」

そして、クスクシエで会う、見知った顔。

「え? 何のことだっけ?」

多国籍料理店のアルバイターは、火野映司にどんな情報を与えてくれるのだろうか……



命からがら逃げ出したトーリは、ふらふらと力無く飛びながら、再び『あの感覚』を味わっていた。
サメのヤミーを発見した時の、金属が擦れ合うような音にも似た違和感を。

「ヤミーの気配が分かるように? でも、何で……」

思い当たる節として最も有力な候補は、アレだろう。

――君に、メダルの『器』になって欲しいんだ。

トーリが緑のメダルを身体の中に取り込んだことによって、グリードに近い性質を持ち始めているのかもしれない。
結局あの後、手持ちのクワガタ2枚とバッタのコア1枚を取り込んで、計4枚の緑のコアメダルを自身の一部としているのだ。
既に、アンクよりもグリード完全態に近い存在である。
その割に本人の体感としては何も変化が無いのが逆に怖いところではあったのだが、ついに兆しが現れたのかもしれない。

それよりも、今は重要な儲け時かもしれないので、そちらの方が重要そうである。
魔法少女を煽ってヤミーを袋叩きにして、セルメダルは丸儲けというプランが目の前に見えているのだから。
オーズは誘わないのかと言われれば、誘っても良いのだが、セルメダルを欲しない魔法少女を使った方がトーリの手元に残るメダルは多くなるのだ。
先程の暁美ほむらがサメのヤミーを瞬殺したことから考えて、トーリ以外の魔法少女なら一人居れば充分にヤミーを倒せるはずだ、とトーリは目算を立てている。
もちろん、アンクが嗅ぎつけてくるはずなので、折を見て撤退することも必要だが。

上空から病院を探しだしたトーリは、まずさやかを拾うために念話を繋げてみた。

『もしもし、さやかさん?』
『この声は……大首領かっ!?』

誰ですか、それは……?

『ヤミーを見つけたので、手を貸してほしいです』
『うーん、まぁ、良いか。恭介にも会えなかったし……』

恭介というのは、おそらくさやかの幼馴染の子だろう。
まどかから念話で聞いた話と照らし合わせて考えると、間違いなさそうだ。
それはともかく病院の屋上でさやかを拾い、ヤミーの巣の気配が発生している場所へと再び飛び立つ。

「マミさんは?」
「それが、居場所が掴めないんですよね……」

中学校に残っている訳ではないようだが、クスクシエにも居ないらしい。
実は、ほむらがトーリをリンチしている最中に一度クスクシエに戻って居たのだが、爆音を聞いて飛び出して行った映司を探して外に出てしまっていたというニアミスを犯していたりして。
そして、そのマミと出会わずに映司はクスクシエまで帰ってしまったのだから、すれ違いも良いところである。
もっとも、そんなことをトーリとさやかが知るはずもないが。


トーリは、巣があると思しき建物へと一直線に飛んで行く。
その目的物は四階建程度の大きさであり、高さよりも敷地面積の広さが目立つ研究施設のようだった。

「おおっ! なんか如何にもアジトって感じ!」
「さやかさんのプラス思考って、時々凄く羨ましいです」
「あっはっは! もっと我を褒め称えたまえーっ!」

物事を建設的に考えられる能力は、決して悪いものではない。
だがしかし世の中には、最悪に備えて最善を祈れという言葉だってあるのだ。
オリ主の臆病属性だって、たまには役に立つ……時が来るのだと、信じたいところである。
そんな、時だった。

「おっと」
「がぼっ!?」

目的地に接近して高度を下げていた二人を……突然の攻撃が襲ったのは。
真下で配水管でも破裂したのではないかという勢いの水流が、さやかに直撃したのだ。
トーリは直前で気付いて回避しようとしたのだが、間に合わずにさやかだけに、直撃である。
そして、ゲホゲホとむせ込むさやかの振動と水を吸った衣類の重さに気を取られたトーリにも、隙が生まれてしまう。

あっという間に、やけに湿った紐状の物体がトーリとさやかを纏めて縛り、地面へと引きずり落としてしまった。

「げぇっ!?」

噎せている最中に衝撃を加えられたせいで、舌を噛んで悶えているさやかをよそに、トーリは視線を走らせて拘束具の出所を探る。

……『そいつ』は、すぐに見つかった。

魚類のように鋭角な頭、所々に吸盤の着いた肌、水掻きを持った手足、そして背中からマントのように伸びる触手……それらの特徴を持つ女怪人の姿が、そこには存在した。
トーリは、失念していたのだ。
ヤミーの周囲には、自らの鵜を守るためにグリードが常駐していることがあるのだということを。
魔法少女を一人連れて来ればどうにかなるという思考自体が……既に、失策だったのである。


「オーズじゃないのね。でも、私のヤミーに手出しはさせないわ。お譲ちゃん達」

800年前に生まれたメダルの怪人にして海産物の王、メズール。
さやか達が向かっているヤミーの巣を管理している、創生者であった。

「さやかさん! とにかくこのタコ足を切ってください!」
「任せときなさ……って、あれ?」

拘束を抜けるぐらい、さやかの魔法なら楽勝だと踏んだトーリの期待は……あっけなく裏切られる。
あれれー? と、額に若干の汗を滲ませながらきょろきょろと指の辺りを見回しているさやかの様子を見れば、嫌な予感しかしない。

「探し物は、これかしら?」

メズールの、余裕満々な、声。
そして、その周囲にうねるタコ足の一つに絡め取られた……見覚えのある、指輪。
おそらく、触手に付いている吸盤を使ってさやかの指輪を剥ぎとったのだろう。

「さやかさん!? いきなり何てモノを取られてるんですか!?」
「うっさい! あたしだってミスぐらいするわよ!」

是非とも暁美ほむらさんに審議していただきたい、美樹さやかの一言であった。
さやかのために銃火器を用意したのに、その最初の相手がオクタヴィアちゃんだった時と同じぐらい、納得がいかないはずだ。

「あんたこそ、何か脱出出来る方法無いの!? その羽を使って何とかしてよ!」
「無理ですよ! この羽は飛べるだけです!」

羽ごと巻かれてしまっているために跳び上がることも出来ず、そもそも飛び上がれたとしてもタコ足を切らなければ振り切れない。

「ウィングブレードとか、超振動カッターとか搭載してないの!?」
「人を何だと思ってるんですか!?」

本当に、仲が良い二人だこと。

「貴女の欲望……なかなか、イイわねぇ」
「「……ぇ?」」

そして、ひょっとするとこの三人の中で最もマイペースなんじゃないかという疑惑のあるメズール様。
『貴女』という指示語の内容が自分かと思い、メズールの方を向いてしまうトーリとさやかの二人は、何だかんだで息も合っているのかもしれない。

「今は別のヤミーも居るけれど、気が変わっちゃった」

指輪形態のままのさやかのソウルジェムを掌の上に置いて眺めながら、メズールが不気味な笑いを洩らしていた。
その様子から自身の事を言われているのだと悟ったさやかは背筋に寒気が走って仕方が無いものの、タコ足に縛られて全く動けない。

「とにかくあたしのソウルジェム、返せ!」

流石に、そう言われて返すぐらいなら最初から奪う筈が無い、とトーリもメズールも思う。
さやかだって本当に返してくれるとは思っていないのだが……お約束というやつである。
だがしかしトーリには何となく、メズールの表情が嗜虐的に歪んだように、思えた。
そしてその勘は……この上なく、的を射ていた。

「活きの良いお譲ちゃんね。少し遊んであげるわ」

そう言いながら、メズールは粘液で湿った触手を、指輪状になっているソウルジェムの空洞に……差し込んだ。

「ひぎぃっ!?」

背中合わせに縛られているさやかが、唐突に苦しそうな声をあげた。
さやかと密着しているトーリには、その小さな声が確かに聞こえた。

「分かる? 貴女の命運は私の手の中に握られているのよ? 文字どおりに、ね」

先端が人の指程度の太さであっても、触手の根元に近づくにつれてその太さは増していく。
生物特有の艶めかしさを以て指輪の穴の中に侵入していく蛸足の様子は……どこか、捕食者の残虐性を思わせる。

「ひゃぁ、あっ……ぇ、なん、で……」

苦痛に喘ぐような、さやかの荒い息が、至近距離からトーリの耳に届いていた。
身体を震わせ、必死に拘束を抜けだそうと試みているのも分かるのだが、一向にタコ足の力が緩む気配はない。
そして、メズールは粘液の滑りに任せて、指輪を更に触手の根元へと押し込んで行く。

「さやか、さん……?」

自らの制服のスカートの裾を掴むさやかの掌には……大量の汗が、既に握られていた。
その瞳は焦点が定まっておらず、時々身体を震わせるタイミングに合わせて見開かれる眸は、メズールを睨み返す気力も無いようだった。

「ふぁ、んんっ、ひ、ぃ……」

最早、トーリの呼びかけに応じる余裕さえ無くなっているらしい。
口をぱくぱくと動かして、まるで地上に打ち上げられて酸素を求めるサカナのように身体を痙攣させているさやか。
時折足をバタつかせ、腕に力を込めて拘束から逃れようとしているようだが、その成果があがる見込みは無いようだった。

「ああっ、く、んぁっ……ら、めぇ……!」

息も絶え絶えに、耳まで真っ赤にしながら、必死に言葉にならない言葉を紡ごうとするさやかを見ていれば、トーリの危機感は嫌でも高まる。
明日は我が身かもしれないのだから。
それにしても、メズールはさやかにいったい何をしているのだろう。

――魔法少女になると、私達の魂は変質させられ、身体はただの入れ物に過ぎなくなる。

いつしかトーリが告げられた言葉が、頭に戻ってくる。
そして、目の前の怪人メズールの手の中には、侵入している触手が徐々に太くなり、もう壊れるんじゃないかという負荷をかけられている指輪状のソウルジェムの姿が。

……まさか、魂が云々という要素がソウルジェムには本当に存在しているのだろうか?

つまり、あのままさやかのソウルジェムが砕けたら、不味いことが起こるかもしれない?
具体的には……さやかが廃人になるとか。

「さやかさん!? しっかりしてください!」
「ひんっ……もう、ひゅる、ひてぇ」

段々と体力が無くなり、目を閉じて苦しそうに呻くさやかに、メズールが言葉をかける。

「今居る子達を回収したら、次はお譲ちゃんから素敵なヤミーを作ってあげるわ。それまで暫く……地獄を、楽しみなさい」

愉悦に満ちた攻撃的な嘲笑を口に含みながら、メズールはサメヤミーが集まるまでの、しばしの玩具を楽しむ。
生まれるのは果たして、絶望の調べか、それとも希望の音色か、はたまた欲望の産声か……



・今回のNG大賞

パリーンッ!

「あっ」
「えっ」
「がはっ……」

力加減を間違えたメズール様の手の中で、ソウルジェムは砕け散ってしまった!

NGがさやかちゃんの居場所になりそうな気がしないでもない。


・公開プロットシリーズNo.32
→さやかを襲った感覚が『苦痛』か『その他』かは、読者の皆様の解釈にお任せします。



[29586] 第三十三話:化物
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/28 17:36
サメのヤミーが近寄って来る。
メダルの山に変わる。
メズールがそれを呑みこむ。

その3テンポの、繰り返しだった。
外見の変化こそ無いものの、時々漏れる歓喜の声からは、力の充足が窺えた。
つまり、メズールは着々とその身体を構成するセルメダルを増やし続けているということである。

「ぜ、ぇ……んぅ、あぁ……」

そして、その間に継続的に荒い息を吐き続けているさやか。
人間ならば気絶していているべき状況なのだろうが、なまじ『癒しの祈り』を特性として選んでしまったばかりに、有り余る体力をじわじわと削られるという悪循環を生んでいる。

だがしかし、子羊が危機に陥れば、必ず現れるものなのである。

『狩人』という人種は。

厳つい銃を担いだ、帽子のよく似合う狩人が、

「待たせたわね」

傾いた夕陽を背負って、オオカミの前に立ちはだかっていた。

「この間の借りは……返させてもらうわよ」



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第三十三話:化物

Count the medals 現在オーズの使えるメダルは……

タカ×1
クワガタ×1
バッタ×1
トラ×1



一言で言うならば、クスクシエ方面に念話を送り続けたトーリの努力が実を結んだというだけの話である。
メズールが全てのヤミーを呼び戻すよりも、彼女がトーリからの念話を聞いて駆けつける方が早かったのだ。
それはドラマチックでもなければロマンチックでもない、種も仕掛けもある登場だった。
ただ、登場がけにさやか達の周囲のタコ足を砕いてくれた辺りは、巴マミはお約束というものをよく理解しているのかもしれない。

「あら、久しぶりねぇ。銃使いのお譲ちゃん」

余裕をかましている魚貝怪人をよそに、巴マミは横目で背後のトーリとさやかを確認していた。
ぐったりしているさやかを揺さぶるトーリが大分慌てているようだが、マミの頭はそれ以上に沸騰していたかもしれない。
自分からもヤミーを作ろうと試み、可愛い後輩二人を追い込んだこのグリードを、刹那でも早くハチの巣にしたいという欲望がマミの中で渦巻いていた。

それをするために、まずはメズールの持っているさやかのソウルジェムを回収しなければ攻撃に転ずることは出来そうにない。
だがしかし、頭に血が上って初撃で二人の拘束を解いてしまったからには、後悔は先に立たない、


「セイヤァッ!!」

……という訳ではないのだ。
バッタの脚力で死角から一気に飛び込み、トラの爪で触手を切り裂いてさやかの魂を救出する、彼女の『協力者』の姿がそこにはあった。

「オーズ……っ!」

メズールが触手と水の弾丸を使って追撃をかけるも、オーズはまるで背中に目が付いているのではないかという見事な回避と防御を繰り返してメズールからの距離を取る。
巴マミを囮にしたオーズによる救出劇は、どうやら成功したらしい。

「分が悪そうだから、引くことにするわ。ヤミーも全部回収できたことだし、ね」

自身の不利を悟っているらしく、早々に撤退を宣言するメズール様。
もし、いつも彼女と共に在った灰色のグリードが一緒に居れば、また違った判断を下したかもしれない。
だがしかし……今は、その彼は居ない。

「でもその前に、オーズ。『ガメル』はどうなったか知らないかしら?」
「ガメル……? 緑色と灰色のグリードなら、倒したけど」
「……そう」

その声が、何か強い感情を押し殺したように聞こえてしまって。
まるで水に墨を溶かすように空気中に煙幕を張って逃亡するメズールを、映司は追う事が出来なかったのだった。

とっさに追い打ちの弾丸を放つ巴マミの攻撃も空を切り、そこに残ったものは、二人の新米魔法少女をグリードの魔の手から救出したという成果のみ。
マミもハラワタが煮えくり返っているとはいえ、その原因が後輩達への心配であることは理解しているため、彼女らを放置してグリードを追うという決断には至らなかったのだった……



結局、一同が誰もさやかの自宅を知らなかったため、とりあえずクスクシエのマミの部屋にさやかを寝かせ、そこでようやく一息つくことが出来た。
マミの魔法の行使によってセルメダルが増えたので、アンクに嗅ぎつけられる前に移動しなければならないと考えて、トーリが移動を急かした節もあったりして。
映司としては、トーリがほむらに襲われていた理由を聞いてみたい気もするのだが、そちらの話題はほむらがマミを含めて魔法少女の間だけで話を付けそうだったので、保留にしておいた。

……それよりも聞かなくてはならないことが、映司にはある。

「そうそう、火野さんに渡すものがあったんです」
「俺に?」

映司が口を開こうとした矢先に巴マミが話を始めてしまったため、映司はとりあえず言葉を呑みこんでおいた。

「アンクさんが、暫く自分のコアを探して旅に出るみたいで、他のコアを火野さんに渡すように頼まれました」
「……ありがとう。それは、アンクから直接?」

巴マミは、気付かない。
映司の声の調子が、少しだけ下がったことに。
だからこそ、その質問に対して肯定の返事を出してしまったのだ。
そうです、と。
それを使って思う存分戦ってください、とも。

「それで、マミちゃん。アンクは、どうしてる?」

ずっしりと重みを放つコアを、巴マミの小さな手から受け取って。
その輝きを一瞬だけ目に収めて、火野映司は質問を続ける。
そして、巴マミはその質問の意味を……『その時』まで、理解していなかった。

「だから、旅に出たんですってば」

不気味な不協和音が、クスクシエの屋根裏部屋を支配する、までは。
映司の両手に握られた、7枚の灰色コアに囲まれた1枚のライオンのメダルが、軋むような音を立てたのだ。
……巴マミの耳には、その音がまるで怪物の恐ろしい咆哮のように聞こえて、

「……っ!」
「映司さん……?」

背筋が凍りついた。
頼りない後輩も、何か雰囲気がおかしいという事にだけは気付いているようだ。
マミ自身はこの青年の事を『火野さん』と呼ぶのに対し、トーリは『映司さん』と呼ぶのだという、どうでも良い発見に現実逃避の先を傾けてしまう。

「もう一度聞くよ。アンクを『どうした』の?」

トーリには、未だに質問の意味が分かっていなかった。
映司とマミの様子がおかしいということには何となく気付いている、という程度で。
ただ、巴マミが自分のスカートの裾を握りしめてい動作が……酷く目についた。
昼間に美樹さやかが行っていた動作と同じものの筈なのに、今のマミの様子を見ていると逃げ出したい衝動に駆られるのは、何故だろう。

「……?」
「な、何を言っているんですか? 火野さん」

巴マミの顔色は……真っ青に、なっていた。
火野映司は、その反応が手に取るように分かってしまう自分自身の対人能力を少しだけ呪いながらも、言葉を継ぐ。

「泉刑事には、たった一人だけ、妹が居るんだ」

映司の言葉は、少しだけ、震えていた。

「名前は泉比奈……このクスクシエでアルバイトをしている、大学生だよ」

悲しんでいるのだろうかと、トーリには思えた。
怒っているにちがいないと、マミは思ってしまった。

「比奈ちゃん経由で、刑事さんのことを聞いたんだ。『魔法』みたいに治った、ってね」

ベッドに寝かされた美樹さやかの寝息は……穏やかなまま。
確かに、巴マミは美樹さやかに口止めを命じ、さやかもその指示に反してはいなかった。
泉信吾刑事にもその口止めは正しく伝わっていたのだ。
ところが、親愛なるお兄ちゃんが復活したことでテンションがクライマックスジャンプしてしまった泉比奈が、色々と言いふらしてしまったというわけである。
そして、思わずさやかに目を走らせてしまった巴マミの素直な反応を、映司は目ざとく確認していた。

「刑事さんは、中学生ぐらいの女の子に助けられて、その子は『腕怪人は倒した』って言ってたんだ、って」
「そんな……!」

それも比奈ちゃんから聞いたんだ……とまで、映司は言わなかった。
冷静に言う事が出来ないと、思ったから。
そして、上ずった声を上げる、少女ヤミー。

「マミさんっ! 嘘ですよね? 嘘だって言って下さいよ、ねえ!」

動揺を隠すこともせずに、トーリは巴マミに詰め寄った。
トーリにとって、アンクはグリードの復活方法を知るただ一人の存在だったのだ。
つまり、彼無くしてトーリの創生者であるウヴァの復活は有り得ないわけで……焦るのも無理はない。

「……何よ」

何も言わなくなった映司の静かな圧力と、縋りつくようなトーリの視線に耐えかねて、巴マミがようやく口を開く。

「アンクはグリードでしょう? 人間からヤミーを生む危険な生き物なら、倒したって良いじゃない! 何で私が悪者みたいに言われなくちゃいけないのよ!」
「けど、アンクさんはまだ不完全で、ヤミーだって作れないって……!」

必死に食い下がる後輩の姿が、こんなにも腹に据えかねるのは、何故だろう。
まるで……アンクを庇おうとした女の子を、相手にしている時のようだった。

「一緒よ! トーリさんだって、メダルの管理を押しつけられて迷惑していたでしょう? 火野さんだって、アイスの代金をたかられて、メダル集めまでやらされて、仲が良い刑事さんを人質に取られて、アンクを邪魔だって思ってたんじゃないの!?」

隙間だらけの扉から外に漏れる程の声で、巴マミが叫ぶ。
彼女は、分からなかった。
自分が、言いようの無い恐怖感に襲われている理由が。
一般人である泉刑事の命を助けて、怪人であるアンクを倒した……はずなのに。

「……アンクは、確かに酷い奴だったよ」

火野映司が、抑えた声で淡々と言葉を返して来る。

「アイスは盗むし、平気で人を見殺しにしようとしたこともあった」

ゆっくりとした喋り口のはずなのに、トーリもマミも、口を挟めない。

「それでも、実際にそれをやったことは無いんだ。俺が止めてたから。俺の手で止められてるうちは、あいつには殺される理由なんて何もないんだよ」

アンクがアイスを盗んだ時は、映司が代金を立て替えて、売買契約を成立させていた。
人の命よりメダルを優先しようとした時だって、映司が命を張ってそれを否定した。

「火野さんがそんなグリード一体に構ってるぐらいなら、アンクをとっとと倒して、もっと多くの困ってる人を助ければ良いでしょう!」
「マミちゃんの考えが間違ってるなんて、俺には言えない。でも、俺は顔も知らない誰かよりも、俺の手の届く誰かを助けたかった。それが性格の悪いアンクでも、さ」

単なる主義主張の違いだ。
火野映司は巴マミの叫びを正当な怒りだと認めている。
それなのに、何故だろう。
今の火野さんを見ていると、こんなにも胸が痛むのは。

「だから、刑事さんを助けてくれたのは、ありがとう。コアメダルを届けてくれたことも感謝してる」
「それなら……」
「でも」

だからだろうか。
一瞬だけでも、映司がマミを認めてくれる発言をしたことが、こんなにも嬉しかったのは。

「……悪いけど、もう俺には、話しかけないでくれ」

そして、明確な拒絶の言葉が、こんなにも頭の奥深くを叩くのは。

彼の背中は……いつもよりもずっと、小さい。
大して速くもない動作で部屋を後にする映司の動作が、まるで一瞬の事のように、巴マミには感じられた。

気の弱い後輩は、
一度扉の先を見て、
次にマミの顔を見て、
もう一度扉の方を見て、
やっぱりマミの側を見て、

「映司さん……っ!」

外へと飛び出して行ってしまった。
巴マミを、置き去りにして。

その足音は何時もよりも少しだけ、大きく思えた。



「ハハ……」

誰も聞いていない部屋で、誰に聞かせるはずでもない自嘲が、自然と漏れる。

――ちょっと、ね。あいつの身も心配だし

そんな事は、分かっていたはずだった。

――アンクさん……無事だと良いですね

アンクが死んだら、悲しむ人が居ることぐらい。
マミは結局、お調子者の美樹さやかに対して頼れる先輩としてのアピールがしたかっただけだったのだ、と今更ながら気付く。
だが今の状況を見たら、自分の味方は美樹さんだけだ、なんて楽観視はとても出来そうでは無かった。
さやかだって、アンクが死んで悲しんでいる人が居ることを知れば、巴マミはおろか美樹さやか自身のことさえ信じられなくなるかもしれない。

「魂が入って無いから、かなぁ」

手の中のソウルジェムに溜まったほんの少しの濁りが、自分の本性のような気がしてしまって。
マミは、今夜だけは絶対に鏡を見たくない、と思った。

――私の正体が人間じゃない化物だと知ったら、トーリさんはどうすると思う?

自分はもしかするとその像を、化物として撃ってしまうかもしれないから。

――私は、逃げますよ。そして、マミさんが私の事を忘れてくれるまで

ひょっとすると、逃げるように出て行った後輩の目には……マミの姿が化物に見えたのかもしれない。


「どうせなら、『これ』も火野さんに渡してしまえば良かった」

マミの手の中に残った、もう一つの鍵。
アンクの命を奪った証の、タカのコアメダルだった。
その重さは、ソウルジェムと同じぐらいにずっしりと、巴マミの手に圧し掛かってくる。
むしろ、自分のソウルジェムには、タカメダルほどの重さがあるのだろうか?
魔法少女には、分からない。


「せめて、罵ってくれれば、良かったのに」

アンクの逝去を知った映司が悲しんでいるということだけは、マミは痛いほど分かってしまっていた。
マミに対して恨みの一つぐらいは抱いていた方が自然だ、とマミは思う。
それなのに、巴マミは火野映司との関係を絶たれるというだけの結果に甘んじている。


疲れ果てて何も考えずに眠る美樹さやかの寝顔が、少しだけ羨ましく感じられた……



・今回のNG大賞
地面の下を泳ぐ謎のサメの大軍の出所を追っていた暁美ほむらが、辿り着いた巣で見たものは……

「これは……なんて凄い爆弾なの……!」

駐車場の爆破に使われた爆弾の説明書だった。
作業用デスクの上に無造作に置かれた設計図を読みこみ、思わずニヤリとするほむらさんの姿が、そこにはあったという。

尚、その直後に匿名の一般市民からの通報で爆弾魔が逮捕された事は、全くの余談である。

・公開プロットシリーズNo.33
→非暴力は時に、どんな暴力的な罰よりも重い。



[29586] 第三十四話:カンドロイドは電気鰻の夢を見るか?
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/28 17:59
「ごめんね、居心地悪い思いさせちゃって」

夜風に当たって少しだけ声の調子を普段のものに戻しながら、火野映司が口にしたのは……謝罪の言葉だった。
映司がトーリの少し前を歩き、トーリからはその表情は見えない。

「いいえ、私こそ、全然気づきませんでした。マミさん達が、そんなことをしていたなんて……」

アンクが、居ない。
もう、映司がメダルを雑に扱っても、咎めるグリードは居ない。
トーリのセルメダルが増えた時に気付いて始末しに来る追手も、居ない。
そのはず、なのに。

「気付かなかったのは、俺だって一緒さ。比奈ちゃんに教えてもらってようやく、だよ」
「マミさんは、どうして私には何も言わずに、さやかさんと二人でやったんでしょう……」

やっぱり信用されてないんですかねぇ、なんて平坦な声を出しながらも、トーリも何処か落ち込んでいるのが見て取れた。
でも、たったそれだけのことでも、アンクが死んだことを悔やんでくれる人が居てくれるんだという事を、映司はアンクに伝えてやりたかった。
映司がトーリの打算的な思考をもし知っていたとしても、やはりその気持ちを抱いていたのではないだろうか。

「マミちゃんも、口ではああ言ってたけど、やっぱり何処かでは罪悪感はあったんだろうね」
「罪悪感……罪、ですか」

グリードを殺したら、罪になるんでしょうか。
アンクが聞いたら鼻で笑いそうだ、とトーリは思う。
きっといつもみたいに『面倒だ』とか『俺に聞くな』とか、どうでも良さそうな返事を吐いてきそうだ。
そんな適当な声を聞くことも……もう、無い。

「罪っていうのは、自分自身が裁くこともあるけど、他人から裁かれることの方も多い。特に、近くに居る人から裁かれるのは、凄く効くし、辛い」

だからこそ、火野映司という男は、巴マミに怒りをぶつけなかった。
自分と彼女の距離とでも呼ぶべきものが、どれだけ短いものであるかを、薄々と気づいていたからだ。
火野映司という男が糾弾することによって、巴マミがどれだけ精神的に傷付くのかということを、予測してしまったのである。
映司とてアンクの死がショックではあったものの、それを理由に他人を傷付けるのは躊躇う程度の理性は残っていたようだ。
なんだかんだで、アンクが人間社会の中で悪人の部類に入る存在であることは、間違いが無いのだから。

「……それって、私とさやかさんのどっちがマミさんの近くに居るってことなんですか? よく分かりませんでした」

さやかは距離が近いから、さやかから裁かれないために共犯者に選んだ?
それとも、トーリとの距離が近いから、トーリに犯行を知られたくなかった?

「そういう時は、自分に都合が良いように受け取って良いんだよ」

トーリにとってその二択は、どちらの方が都合が良いのか。
どちらも一長一短に思える。

「説教臭くなっちゃったけど、俺だって人の事は言えないんだ」

映司が見上げた空の先には……星空は、無い。
街の明かりのせいで、月以外の星なんて、数えるほどの数しかない。

「俺だって、グリードやヤミーを倒してる。俺はその時に守りたいものを守るために邪魔だから倒すけど、マミちゃんだってそれはきっと変わらない」

確かに、人を守りたいという気持ちは、文面にしてしまえば同じものなのかもしれない。
だが、トーリはなんだか、キュゥべえの笑顔のようなちぐはぐな印象を受けていた。
笑っていないのに笑っている、笑っているのに笑っていない、みたいな。

「ただ、マミちゃんの守りたい対象にアンクが入って無くて、アンクには俺の手が届かなかった。それだけの事なんだ」

何となく、トーリは思う。
この人は、メダル関連の問題を解決するまでは、きっとこの町を離れない。
でも、もしその問題を解決しきってしまったら、もうそこには彼の姿は無いのだろう。
何処か知らない街で、知らない人たちに囲まれて、公園にテントを張ってその日暮らしを続けるんじゃないか、と。

……だからどうした、というわけじゃないですけど。

そもそも、メダル関連の問題を全て片づけると言う事は、ヤミーであるトーリはその時にはセルメダルの山になっている訳で、トーリの預かり知ることでは無いのだ。

「あれ? 何かを忘れているような……?」

昼間に暁美ほむらに強襲されたという事実を巴マミに上告するタイミングを完全に逃した、ような。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第三十四話:カンドロイドは電気鰻の夢を見るか?



「未確認生命体ですか。興味深い検体ですね」

薄暗い地下室の中で、丸眼鏡をかけた背の高い青年が、通信用ディスプレイに『向かわず』にテレビ電話を活用していた。
彼が視線を向ける先に居るのは、画面に映し出された恰幅の良い男性ではなく、青年自身の左腕の上に載せられた可愛らしい人形である。
カツラを配置することを期待されているであろう光沢のある頭部に、何処を見ているのか分からない虚ろな瞳、そしてその身を包む無機質な白衣が、その人形の魅力を最大限に引き出していた。

……通称、『キヨちゃん』である。

このクロスオーバー作品において、マスコットの座を争ってキュゥべえと戦えるだけのポテンシャルを持った、唯一の対抗馬と言っても良い。
ちなみに、大穴は掌アンクである。
ともかく、町中ですれ違った人が思わず振り返って自分の目を疑う確率に関して言うならば、キヨちゃんが確実に他二名を上回ることは間違いない。

『君もそう思うかね!? ドクター真木ッ!』

通信相手は、お馴染みの暑苦しい会長こと、鴻上光生氏である。
そして、人形を左腕の上に載せた青年の名は、真木清人。
鴻上財団の誇るメダルシステムの開発主任にして、稀代の天才と呼ばれなかった男だ。
もちろん、メダルシステムの汎用性と知名度的な面から考えれば、彼の名前が広まらなかったのも無理は無いのだが。

「『完成された人間』の一つの形とさえ言えるでしょう。使ってもかまいませんか?」
『普段から言っている! 好きにしたまえッ!』

人間は、その生涯を終えて初めて『完成』する。
それが、真木清人博士の行動原理にして、目的。
そして、彼女たちは一つの意味においては『完成』している存在だ。
人間の、ヒトとしての生を終えて魔法少女という生命体になったという意味においては。

「さて、誰を使いましょうか」

真木は、『使う』という言葉を、文字どおりの意味で用いていた。
すなわち、彼にとって魔法少女とは、使い捨てにするには調達の難しい実験動物という程度の存在なのだ。

鴻上会長との通信を切り、画面はいくつもの動画ファイルを分割したものへと切り替わる。
ただでさえ、この頃は開発日程を急かされて寝不足気味だったというのに、これ以上あの会長のテンションには付き合っていられないのだ。
もし今以上に疲れたら、世界を良き終わりへと導く前に真木自身が病院へと導かれてしまう。
心なしか、癒しの源泉であるキヨちゃんの目の下にもクマが出来ているような気がするのだから、不思議なものである。
近いうちに、ショッカー洗剤を使ってじっくり汚れを落とした方が良いのかもしれない。

そんな思考をそこそこに打ち切り、真木博士はパソコンの画面に目を落とす。
4分割されたディスプレイに映るそれぞれの魔法少女たちは、それぞれが人間では有り得ない能力を有しているが……捕獲するとしたら誰が適当か?
戦闘能力だけを見るならば、3号の蝙蝠女を捕まえるのが最も手間がかからない。
だがしかし、奴は本当に魔法少女なのだろうか?
バッタカンドロイドによる情報収集によれば、彼女は猫科グリードによってその正体をヤミーだと看破されている。
魔法少女の検体としては相応しく無い可能性が非常に高いだろう。

加えて、鴻上会長との契約の穴を突いてオーズ組のセルメダルを一手に預かるトーリは他のメンバーと会う頻度も高いため、拉致すると簡単にその事実が発覚する。
オーズ達がトーリの救出に動くとなれば、実験の時間的制約が大きくなりそうだ。
彼らに悪感情を抱かれるのはあまり問題ではないが、実験の邪魔をされるのはいただけない。

「『彼女』に……完成してもらうのが良いかもしれません。『魔法少女』としても」

真木伸一郎博士の視線の先に居るのは……相変わらず、人形のキヨちゃんである。
そして、彼が検体として選んだその魔法少女とは……



『言い忘れていたよッ! ドクター真ァ木ィッ!』

流石に、シリアスモードに入っている時に邪魔に入られると、軽く『イラッ☆』と来ることだって、あるのだ。
マッドサイエンティストといえど、人間だもの。
勝手に研究用モニタへとアクセスするのは止めて頂きたいものである。
まぁ、流石の真木といえども多少出資者の機嫌を取る気が無いとは言えないが。

『君の働きに感謝を込めて、プレゼントと新作のケーキを鋭意準備中だよッ! ハッピー……』

ブツン、と何かが切れた音が、薄暗い研究室に響き渡った。
もちろん、真木博士がディスプレイのコードを抜いて強制終了させた、音である。
おそらく、彼の堪忍袋の緒や米神付近の静脈が切れた音では……無い、はずだ。




「……くしゅん」
「暁美さん、風邪ですか?」
「うーん……『風邪が噴く町、見滝原』! 何か、良いキャッチフレーズな気がしない?」
「さやかちゃんの言ってる事、全く理解できないよ……」

くしゃみを漏らしてしまった暁美ほむらさんに最初に心配そうな声をかけたのが、何故か一番縁の遠そうな志筑仁美だったりする。
まぁ、他の二人とて心配してはいるはずだが。
さやかは兎も角として、まどかは絶対に心配しているはずだ、と暁美ほむらは確信している。

「まぁ、転校生の噂をしてるオトコなんて、いくらでも居るさ」
「ほむらちゃん、美人さんだもんねぇ」

美樹さやかに言われればまるで流水の如き戦士のように受け流せるのに、まどかから言われると凄まじき戦士のように自信が湧いてくるものだから、現金なものである。
いつものファミレスに居座って適当な間食を取りながらの『休憩中』の一時がほむらに与える癒しの効果を、実感する瞬間でもあった。
あのパンツマンには、蝙蝠女の処理を邪魔されたことこそあっても、少しだけは感謝しても良いような気がしてくる。
こんなどうでも良い日常こそが……暁美ほむらが求めていたものなのかも、しれない。
ファミレスに居座って、世間話をして、色恋話をからかって、新商品の不味いドリンクに皆で顔をしかめて……

「なんたって、『オカズにしてる女子ランキング』の学年トップを仁美と争う女だし!」
「「ぶふぅっ!?」」
「ど、どうしたの!? 二人とも!?」

不意打ち過ぎた。
おかげで、新商品の不味いドリンクが食道を超えて大洪水を起こしてしまった。
というか、そんなセクハラ紛いのランク付けが、公然の秘密として為されていたというのか。
気管に飲料を詰まらせて涙目になっている二人にハンカチや備え付けのお絞りを渡している鹿目まどかの順位は、一体どの辺りなのだろうか?
あと、噎せ込んでいる二人の姿に携帯電話のカメラを向けている美樹さやかは、そろそろその命を神に返しなさい。

ドリンクバーの端で汲んで来たお冷を飲ませて、二人の沸点の鎮静化を甲斐甲斐しく図っているまどかが、

「ところで、さやかちゃん。オカズってどういう意味?」
「「ふごっ!?」」

駐車場爆破事件並みの水爆弾を、追い打ちで投下した。
主に、暁美ほむらと志筑仁美の鼻腔内部に。
変に堪えてしまったために、二人とも鼻からお冷を噴出しているというクリティカルヒットである。

「えっ? 私、変なコト聞いた……?」
「ひっひっふー!! まどかはお子様だなぁ!」

きょろきょろと周囲の様子を窺って、自分が何か失言を吐いたということをまどかは何となく理解し始めた様子。
そして、鼻から水を垂らしている二人と困っているまどかを余所に、腹を抱えて笑っている美樹さやか。
その顔に上条恭介のバイオリンによるメタルブランディングをかましてやりたいと思った仁美とほむらは、きっと自分の罪を数える必要はない筈だ。

「キミに、とっておきの最新情報を公開しよぉう! 男っていう生き物は定期的に謎の白い液体を生産するんだけど、その時に」
「まどかああああっ! そいつの言葉に耳を貸しちゃらめええええっ!!!」

ニヤリ顔で神秘の滴の話を始めようとしたさやかに仁美が無言で全力の腹パンを加え、ほむらは曲げられるタイプのストローを掌でさやかの両鼻孔にぶち込んでいた。
身体をくの字に折り曲げた直後に、頭の運動と逆方向ベクトルのカウンターが見事に決まったのだ。
アイコンタクトも無しに行われた鮮やか過ぎるコンビネーション攻撃に、まどかは思わず背筋が寒くなる。

「くぁwせdrftぎゅひjこlp;@:!!?」

声にならない絶叫を上げてファミレスの床を転げ回る美樹さやかを見下ろす二人の目は、古代民族がリントに向けるものによく似ていた、ような。
最高のパートナーに出会って奇跡を起こしたような顔をしながら握手をしている二人が、まどかからはどこか遠い人のように思えたのだった。

「もしかして、私が変なコト聞いたから……?」
「鹿目さんは優し過ぎますわ」
「もし貴女を責める人が居たら、私が許さない」

この扱いの差である。
地を這いつくばるさやかに向けた顔と同じ人間とは思えないトモダチな表情を一瞬で作って向けてくる二人に、鹿目まどかはただ戦慄するばかりだ。

「まどかぁ……アンタは良いよなぁ……あたしなんてどうせ……」

もしかして自分は嫌われているんじゃないか、という考えはいけない事項を脳内に保留にしつつ、さやかは鼻からストローを抜いて溢れ出る鼻血への対処を考え始めたのだった……



最近会えないんだよなぁ、なんてボヤキながら病院の方へと一人で向かったさやかを始めとして、残された3人もそれぞれの帰路に分かれる。
お互いの姿も見えなくなって、『休憩中』な自分はこれから何をしようかと暁美ほむらは考えを巡らせる。
一人で歩いていると少しだけ寂しさを感じる反面、どこか羽を伸ばせる気楽さがあるのだから、不思議なものである。
そんな、時だった。

「……!」

猫科を思わせるタテガミを持った、機械仕掛けの獣がほむらに襲い掛かって来たのは。
ほむらがほんのコンマ数秒前まで歩いていた場所に、『そいつ』は飛び込んできたのだ。
今回は誰かに庇われることも無く自らの身を危険の第一波から守ることに成功した暁美ほむらだったが、行動方針が定まらない。
というか、相手の正体が分からないのだ。

黄色を基本として白と黒に彩られたそのロボットには、前部の脚の代わりに円筒のような形の車輪が付いており、申し訳程度に前輪から前足らしきものが生えている。
後部も一見すると円筒が付いているようだが、よく見ると独立した3つの車輪が並列に配置されているのが分かった。
全長は2メートル半といったところで、タテガミの後ろに操縦席らしきものが見えるくせに、搭乗者は居ないという不思議な兵器である。
身体の所々から放たれる冷却用水の慣れ果てと思しき水蒸気が、その獣が天然のものでないことをアピールしていた。

咆哮を上げて威嚇してくるトラロボットを……とりあえずほむらは破壊することにした。
事情はよく分からないが、どう考えてもコイツは危険である。
こっそりと盾を取り出し、内蔵された砂時計を傾けて時間を止める。
手早くマシンガンの弾丸を適当に撒き、再度時間の運航を自然に任せた。
かなりの体重を持っているであろうロボットが、まるでワイヤーアクションのように後方へと吹き飛び、近くにあったブロック塀を砕いてその瓦礫に埋まる。

だがしかし、これで終わる筈が無かった。


「……っ!?」

トラロボットの正体を見極めるために近づこうとした暁美ほむらは……盛大にずっこけた。
踏み出そうとした足が、ほむらの意に反して、動かなかったからだ。
異常を感じて視線を落とすと、青を基調としたタコのような軟体ロボットが何体もほむらの両足にいつの間にか絡み付いて動きを封じているという、意味不明な光景が。
一匹ずつのサイズはそれほど大きく無いが、そこは数で補う方針らしい。
これだけ密着されていては、時間停止も使えない。

そして、何処に隠れていたのか、足が止まったほむらの全身に数えきれないほどのヘビのロボットが巻き付き、その身の自由を封じる。
一体辺りの大きさはやはり人の腕程度なのだが、見る者に恐怖を与えるには充分過ぎた。
水棲生物特有の湿り気こそ放っていないものの、ほむらを拘束するしなやかな動きは、どこか嫌悪感を与えてくる。

「くっ、このっ……!」

必死でもがく暁美ほむらの抵抗に対して返って来た答えは……

「がっ……?」

身体中に巻き付いた蛇から発せられる、電流攻撃だった。
どうやら、ナガモノのモチーフは蛇ではなく電気ウナギだったらしい。
そんなどうでも良い新情報を薄れ行く意識の中で確認しながら、暁美ほむらの視界に最後に入ったものは、

「そん、な……」

瓦礫の山の中から這い出てくる、機能を全く失っているように見えない、巨大トラロボットの姿だった……



・今回のNG大賞
「なんたって、『オカズにしてる女子ランキング』の学年一位を仁美と争う女だし!」
「さぁ、美樹さんの得票数を数えてください」
「仁美ちゃん、そんなコト聞くなんてあんまりだよ!? そんなの絶対……ウィヒヒww」

「あんたの反応の方があんまりだよっ!! ちくしょぉ……あたしより沢山票貰ってるからっていい気になっちゃってさぁ……」
「美樹さやか……! 鹿目まどかに投票した人間を教えなさい……っ!」
「ほむらちゃんもそれを聞いてどうするつもりなの!?」

ザ☆ガールズトーク。


・公開プロットシリーズNo.34
→魔法少女まどか☆真木か! 始まります!

・人物図鑑
 マキキヨト
 財団の会長の手下。その役割は発明。世界の終焉を望み、物事が終わりを迎えるという事に対し至上の喜びを覚える。生誕と再生を祝福する会長の部下である手前、発明は続けるが、その目的はただ相反するのみ。人形は本体では無いので、そこを突いても直接彼を倒すことには繋がらない。


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