第六話 碇シンジの奮起
僕は碇シンジ。
エヴァンゲリオン初号機のパイロットだった。
でも、僕は自分の意志でパイロットを辞めて元の生活に戻ろうとしている。
それは僕達が参号機を痛めつけたせいで、乗っていた同い年のパイロットに重傷を負わせてしまったからだ。
しかもそのパイロットがクラスメイトだったなんて、ショックだった。
「シンジ君、話を聞いて。司令の指示が無かったら、あなた達はやられていたかもしれないのよ!」
「ウソだ、ミサトさんならパイロット救出を優先した作戦を立てたはずだよ、父さんは自信が無かったから諦めたんだ、そうだろ、父さん?」
伊吹さんの話は僕の神経を逆なでするものだった。
そして父さんは僕の質問に何も答えなかった。
「僕は父さんの下ではもう戦えない、エヴァを降ります!」
僕がそう宣言をすると、発令所が騒がしくなった。
「お願いシンジ君、お父さんの気持ちを分かって!」
伊吹さんが泣きそうな顔で必死に僕に話し掛けるけど、僕の怒りは収まらない。
「綾波もアスカも、納得できないだろう?」
「命令だから仕方無いわ」
「アタシは、エヴァを降りるわけにはいかないのよ」
僕が問い掛けると、綾波とアスカは辛そうに答えた。
うつむいて僕と目を合わせようとはしない。
エヴァから降りれない事情があるのは分かる。
でも僕は父さんを許せなかったんだ。
ミサトさんが怪我をして入院している今、第三新東京市を立ち去ろうとする僕を引き止めようとする人は誰も居なかった。
父さんもあっさりと僕のサードチルドレン抹消を認めた。
そして僕はネルフの諜報部の人達に付き添われて京都の伯父さん達の家へと戻った。
伯父さん達は表向きは僕の事を歓迎した。
「もう恐い思いをする必要は無い」とか「これからずっとここに居てもいいのよ」とか思いやりのある言葉を掛けてくれるけど、心はこもって無かった。
どうせ父さんから振り込まれる僕の養育費が目当てなんだろう。
伯父さん達はまた僕が出て行くと言ったら困るのだろうか、付け焼刃のご機嫌取りで母屋で暮らして良いと提案されたけど、僕は断って庭のプレハブ小屋に戻った。
その方が気が楽だったからだ。
一人になると第三新東京市での生活を思い返す事が多くなってしまった。
残ったアスカや綾波はまだエヴァに乗っているのだろうか。
ミサトさんの期待に応えられなくてごめんなさい……。
そして、短い間だけど学校でできた友達、トウジ、ケンスケ、洞木さんはどうしているんだろう。
僕が無気力な生活を送り始めてから1週間過ぎた日、僕の所へ加持さんが訪ねて来た。
どうしたんだろう、僕はもうネルフと関係が無いはずなのに。
「君はいつまで逃げているつもりなんだ」
「別に逃げてなんかいませんよ」
突然加持さんに言われて、僕は否定した。
「いや、君は全て父親が悪いと押し付けて、やるべき事から目を反らし続けているんだ」
キッパリとそう言い切った加持さんに、僕は何も言葉を返せなかった。
そして加持さんは僕にネルフで何が起こったのか話し始めた。
僕が第三新東京市を去った翌日、宇宙空間に使徒が出現したのだと言う。
その使徒は前の使徒とは違い、落下して来る事は無かった。
アスカの乗る弐号機が長距離ライフルで狙撃したけど、使徒のATフィールドを破るだけのパワーには全然足りなかった。
そうしている間に、使徒はアスカに向かって虹色の光線のような攻撃を仕掛けた。
使徒の光線は弐号機に傷を付けなかった、でも乗っていたアスカはダメージを受けた。
その光線は人の心を壊してしまう恐ろしい攻撃だったんだ。
綾波の乗る零号機が“ロンギヌスの槍”と呼ばれる武器を使って使徒を倒したんだけど、もう遅かった。
アスカは魂の抜けた人形のようになって、病室のベッドで寝たきりの生活になってしまった。
あの明るかったアスカがそんな事になってしまうなんて、信じられなかった。
僕はショックを受けたけど、加持さんの話はまだ終わらなかった。
さらに次に襲来した使徒は、迎撃に出た零号機と融合しようとした。
綾波は使徒に吸収されまいとして……零号機を自爆させたんだ。
零号機は消滅して、緊急脱出装置で綾波は何とか助かったんだけど、命に関わる大怪我を負ってしまった。
爆風が綾波の体に直撃して、参号機の中に居たパイロットの子より怪我はひどいものらしくて、綾波は集中治療室で死線をさまよっている。
そして、戦えるエヴァが無くなったネルフはアメリカから四号機を呼び寄せて新しいパイロットしてフォースチルドレン『鈴原トウジ』を登録したと聞いて僕は目の前が真っ暗になった。
「どうしてトウジがパイロットになるんですか!?」
「俺が調べた所によると君のクラスの生徒達は皆パイロットの候補だったのさ」
僕の質問に答えた加持さんは、今までマルドゥック機関と言う組織やネルフについて調べていたのだと話した。
「俺の言いたい事は解っているよな。これらの出来事は全て君がネルフから逃げ出した事によって引き起こされた」
「そんな、僕が居ても同じ結果になったかもしれないじゃないですか! 責任を押し付けないで下さいよ!」
僕がそう口答えをすると、僕は加持さんに思い切り殴られた。
「君はエヴァに乗って使徒に戦う力を持っている。守りたいものを守らずに放棄して、こんな所で腐っているのが君の正義なのか?」
そうだ、僕はアスカや綾波を守ると言う誓いを破ってしまった。
そして全て父さんが悪いと言い訳して伯父さんの家に逃げ込んでいたんだ。
今、僕がネルフに戻ればトウジはパイロットにならなくて済むかもしれない。
「加持さん、僕はネルフに戻ります。そして、父さんにまたエヴァに乗せてもらえるように頼みます」
「よし、それでこそ葛城が見込んだシンジ君だ」
僕は加持さんの車に乗ってネルフへと戻った。
ネルフの正面ゲートには、僕がやって来たと知って父さんやミサトさん達ネルフの人達が集まっていた。
「……なぜ帰って来た」
「僕はエヴァンゲリオン初号機パイロット、碇シンジだからです!」
車から降りた僕は父さんに向かって大きな声でそう答えた。
ネルフに戻って来た僕を、ミサトさんは笑顔で受け入れてくれた。
でも、父さんの家でまた暮らし始めるのは気まずい。
そんな僕に、ミサトさんは「司令に口止めされていたんだけどね」と僕に何通もの手紙を手渡した。
その手紙には「頑張れシンジ」「期待しているぞシンジ」などの言葉が父さんの字で書かれていたんだ。
「司令もね、シンジ君を褒めてあげようとしたようなんだけど、口では言うのは無理だから、手紙に書いてみようと思ったんだって。ふふっ、可愛い所があると思わない?」
「じゃあ、父さんは僕の事を認めてくれていたんですね」
「ええ、使徒に勝ったご褒美として高いレストランでおごったのだって、司令が私へのボーナスと言う事にしておいてくれって頼まれたのよ」
その後もミサトさんは父さんが僕の事を大切に思っていた事を話してくれた。
聞いている僕の方が恥ずかしい気分になって来たから、僕はミサトさんの話を止めた。
父さんに対する僕の誤解は解けたけど、面と向かってお礼を言うのは照れ臭かった。
だから僕も父さんに「ありがとう」と手紙を書いたんだ。
ミサトさんは似た者親子ね、と苦笑いしていた。
僕は入院しているアスカと綾波の病室へお見舞いに行ったけど、2人とも話せる状態じゃなかった。
アスカと綾波がこんな事になってしまったのは僕のせいだ。
もちろん、その場に居ても助けられなかったかもしれないけど、何か出来たかもしれない。
これからは僕がエヴァに乗って使徒を全て倒す。
僕はアスカと綾波の手を握ってそう誓ったんだ。
そして、僕が初号機のパイロットに復帰した事で、トウジは四号機のパイロットにさせられずに済んだんだ。
トウジと四号機のシンクロ率はとても低くて、戦力にならないと判断されたみたいだ。
その代わり弐号機のパイロットしてドイツ支部から渚カヲル君がやって来た。
カヲル君は弐号機とアスカより高い数値でシンクロ出来たから、戦力として期待された。
僕も同じエヴァのパイロットの仲間として頼もしく思った。
そして僕はカヲル君と打ち解ける事が出来て、学校でもトウジとケンスケと一緒に自然に遊んだりしていた。
アスカが病気だったから、洞木さんの表情が暗かったのは気がかりだったけど。
そして、参号機のパイロットになってしまったクラスメイトの友達も同じだった。
回復するのはいつになるのかと僕に深刻な顔をして尋ねて来る。
答えてあげられないのが辛かった。
「そうだ、バンドを組まないか?」
カヲル君がピアノを演奏できる事を知ると、ケンスケはそんな提案をした。
アスカや綾波が回復して退院したら演奏をして驚かせてあげようとまで企画を立てた。
僕も伯父さんの家から父さんの家に越した時、新しい趣味としてギターを始めていたんだ。
伯父さんの家に居た頃は周りに気を使いながらの生活だったから、気持ちを解放するものが欲しかった。
続けているうちに、アスカもなかなか上手くなって来たって褒めてくれたっけ。
落ち込んでいた洞木さんもボーカルとして協力してくれる事になってくれた。
バンドをやりたいって父さんに相談したら、すぐに練習場所を用意してくれた。
「勝手に使え」って言うそっけない言葉だったけどね。
僕も「ありがとう」と父さんにお礼を言う事が出来た。
でも、楽しい日々は長くは続かなかった。
だって、カヲル君は使徒だったんだ。
弐号機と高い数値でシンクロするカヲル君を怪しんだ父さんやリツコさんがカヲル君の身辺を探ると、カヲル君は弐号機を操ってネルフのセントラルドグマと呼ばれる場所に向かったんだ。
カヲル君の反応を調べると、カヲル君から使徒の反応が検出された。
弐号機を操っている事からも、カヲル君が使徒だと言う事は間違いなかった。
僕は出来る事ならカヲル君を殺すなんて事をしたくは無かった。
でも、僕はもう逃げられない、いや、もう逃げない。
覚悟を決めて、僕は父さんの命令に従って妨害する弐号機を押し退けて、カヲル君を“せん滅”した。
「よくやったな、サードチルドレン……いや……シンジ」
初めて父さんが僕に直接優しい言葉を掛けてくれたけど、気分は晴れなかった。
だって、友達をこの手で殺してしまったのだから。
その日の夕食も、暗い雰囲気だった。
いつも場を和ませようとしてくれるミサトさんも何だか落ち着きが無かった。
夕食を終えた僕は部屋に戻ったんだけど、しばらくしてミサトさんは僕と父さんをリビングに呼び出した。
そのミサトさんの表情は僕よりも暗くて、青い顔をしていた。
ミサトさんは自分の部屋で加持さんから預かっていたマイクロチップの中身を見たのだと話した。
その中には加持さんが調べた『ゼーレ』と呼ばれるネルフの影にある組織の情報が入っていたのだと言う。
ゼーレは『人類補完計画』を実行するためにセカンドインパクトを引き起こし、地球の気候を変えてしまった。
さらに使徒がネルフのセントラルドグマを狙って攻めて来るのも、エヴァで使徒を倒させるのも、全てゼーレが黒幕だったんだ。
父さんがゼーレの計画に協力していたと聞いて、僕は父さんに裏切られた気持ちになった。
「父さん、やっぱり僕は利用されていたんだね」
僕は父さんに憎しみを込めた視線を向けた。
父さんは何も答えない。
でも、ミサトさんが僕を止める。
「結論を出すのを早まらないでシンジ君、お父さんは交換条件を出されてゼーレの計画に協力させられていたの」
「交換条件?」
「それは……シンジ君のお母さんをエヴァからサルベージする事。そうですよね、司令?」
父さんはミサトさんの言葉に無言でゆっくりと首を縦に動かした。
ミサトさんは加持さんが突き止めたエヴァの秘密を僕に説明する。
ゼーレは南極で発見した使徒のコピーであるエヴァを造り出した。
でも完成させるには、エヴァの核に人間の意思を込める必要があった。
そしてエヴァ計画の提唱者だった母さんがコアにさせられてしまった。
いや、母さんは自分の意思でコアになったんだけど、母さんから父さんに差し出された手紙はゼーレの人間によって握りつぶされてしまった。
事故だと思い込ませて父さんを人類補完計画に協力させるためだった。
「じゃあ父さんは、母さんを助けるためにずっと辛い思いをして来たんだね……」
僕は口からそんなつぶやきをもらしてしまった。
父さんは肯定はしなかったけど、否定しもしなかった。
「碇司令、これが加持君がゼーレから奪った奥様からの手紙の内容データです、プリントアウトしました」
ミサトさんが父さんに紙を渡した。
紙を受け取った父さんは書かれている内容に目を通してから顔を上げる。
「それで……加持君は……どうした?」
父さんが尋ねると、ミサトさんは目から涙をあふれさせて答える。
「加持君は私にこのマイクロチップを託した後、ゼーレの事をさらに調べようとしてゼーレの人間に消されたのだと思います……」
「そうか……」
「加持君は自分達の人生を狂わせてしまったセカンドインパクトの謎を解き明かそうと必死でした。そして今度は人類補完計画を阻止しようとしていました。司令、奥様を救いたいお気持ちは解りますがこれ以上計画に協力なさらないでください。それが私と加持君の願いです」
ミサトさんはそう言うと、大泣きして部屋へと行ってしまった。
僕はミサトさんを1人にしておけないと、ミサトさんの後を追いかけようとしたけど父さんに止められた。
「待てシンジ、葛城君の事は私に任せて欲しい……」
父さんはそう言うと、ミサトさんの部屋へ入って行った。
僕はただ祈る事しかできなかった。
これからネルフはどうなるんだろう、それは僕には分からない。
ただ、ゼーレと言う組織の思い通りにはさせたくない、そんな気持ちでいっぱいだった。
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