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[29120] 今度はきっと二輪の華で【再構成】(北斗の拳 憑依?)
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/08/13 18:19
 どうも、お久し振りです。初めての人には初めまして。

 『きっと、今度は二輪の華で……』と言う題名でジャギの2次創作を執筆させて頂いていましたが、

 最近読み直して(どうも納得いかんなぁ……)と考え。悩んだ挙句自分の満足いく出来を模索しやり直しを決意しました。

 尚、作品を紹介するにあたっての注意事項。

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        ↑のまーくがちょこちょこ出てきます。主に話の回想、そして場面の移り変わりで使用します。

 それと主要人物の過去、及び性格に作者のオリジナルが付け加えられます。

 あと、前回はギャグを多用してましたが、今回はシリアスメインで行くつもりです。

 そう言うのが嫌いな方は北斗千手殺。

 そしてシャッハー! 構わねぇ! と方は羅漢撃でお読みください。



[29120] 【文曲編】第一話『名も無き星の目覚め』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/08/02 20:52

 ……それは遠い遠い過去の事


 男は死ぬ前に罅割れが目立つ建物の屋上で星を見上げていた。


 その時に見えていたのは男が目指していた物。そして裏切られ忌み嫌った物。


 男は常にそれを私怨や嫌悪を込めて憎悪していた。


 そして、そんな日は特に胸の傷が痛み、彼はバイクに乗る。……懐かしい幸福だった日々を思い出そうとするように強く走る。


 だが、そんな彼の願いも虚しく。


 彼はこの翌日に死亡する。その彼の存在を世界から消し去ったのは後に救世主と謳われる者。世界の主軸。


 そして彼はそんな救世主の伝説の一端の存在、彼は荒野の中で消え去った。


 そして……本来の物語は其処で終わる……筈だった。











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 ……それは深い深い奈落の底。

 その場所は常人ならば一瞬で致死となるであろう業火に包まれている。

 生きるものは存在しない、永遠に火だけが昇る場所……死の世界。

 業火の中に佇む影もちらほら見える。だが、そんな場所に存在する者が真っ当な物である筈がない。

 それらは咎人。殺生を繰り返し、命を無下にしてきた者々の成れの果て。

 それらは最後の最後に此処で何時か生まれ変われる時まで謝罪と苦悶の声を上げる……聞こえるだろうか?




 ……ア!  ……コロセ ェ  コロセェエエエエェ!!


  ゴメンナサイゴメンナサイ ユルシテクレェ  ユルシテクレェ!


 ミズ   ミズ  水ヲ! 水ヲクレェ! 一滴デイイ! 頼ム! 水ヲヲウォ!


 ケシテ クレ…… ヲ願イ ヒトオモイ二……  ケシ  テ



 

 無きに等しい体は時の流れすら忘れ去られる気の遠くなる時間の中で火の激痛に煽られつつ亡者達は死を請う。

 最初はこの世界に来て恨み言を発する事が出来た亡者達もやがてこうなる。

 そして最後に人としての後悔による懺悔を行い、魂は浄化されていくのだ。

 ……いや、唯一違う声が聞こえてくる。






 ……許せねぇ……許せねぇ……殺してやる……きっと……奴を。







 ……それは冒頭で語った彼の成れの果て。

 彼は永遠に怨嗟の声を上げる。業火の激痛すら構わないとばかりに宿敵の名を紡ぎつつずっと……。

 そのような魂は浄化されず業火により消える、悪に染まった魂は救われず、生前塵へ還ったように無へと還るしか非ず。

 ……本来、それで終わる筈だった……終わる筈だったのだ。

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 ……焼ける体。押し潰されるような頭の激痛。そして胸の特異点から発される鈍痛。

 前者の二つは常人ならば決して耐え難い痛み。発狂し心を失くすであろう。

 だが、それでも俺が狂わないのは……微かに疼くように痛む胸の傷の所為。

 それは報復の誓いの傷。俺の全てを狂わし、全てを奪った男へと復讐を決意した傷。

 あいつはあの世界で、俺が死んだ後に幸福になったのだろうか?

 そう考える度に頭を掻き毟りたくなる位の懊悩と憎悪が吹き出てくる、アノ男ハ俺より下だった筈なのに……!

 『くそ……くそ! ……許さねぇぞ「    」! 俺をこんな目に合わせたあいつを……俺は絶対に許さねぇ』

 男は限りなき時間の中で狂わぬのは皮肉にもその男のお陰ゆえに。だが、そんな救いなき者である彼にも……光はあった筈なのだ。

 それを彼は忘れた。いや、思い出せば自身を失いかねない為に封じた、と言って良い。

 そして希望通り彼はパンドラの箱から幸福だけを追放させ……そして死んだのだ。

 『殺す、八つ裂きに……胸を貫き……抉り……秘孔を突いて……』

 彼は復讐の塊。悪の、極悪で染まりし荒野の華。

 だが、くどいようだがもう一度言う。『彼にも光はあった』





                                  『   』





 『……誰だ』

 鬱陶しそうに彼は自分を呼ぶ声に耳を傾ける。

 その声に耳を傾け、彼は一瞬だけ歯軋り音を発した。

 『……うざってぇ』

 その声は自分が良く知っている声だ。

 自分に生き抜く力を教えた存在。そして目標をくれた存在ではあった……そう、『あった』。

 だが、結果的には自分はソレにはなれず、そしてその存在には最後の最後に見放された……その存在が死んでも憐れとは思わない。



                                  『    』


 『……くそ、何だってんだ……っ』

 次に聞こえてきたのは、それを共に追い求めた者。

 その者は、こんな惨めな存在となった自分にも生前優しい言葉を投げかけた。いや、『そういう存在』だった。

 誰からも慕われ、誰からも尊敬される。完全無欠と言う言葉が似合う、面白みもない糞みたいな人物。だが……認めてはいた。

 その者ならば自分も渋々ながら認め、そしてあのような末路を辿らなかったかも知れない。

 ……いや、過ぎ去った過去を悔やむような者じゃ俺はない。そんな『弱い』存在ではないのだ。

 『失せろ……』

 その存在は自分にはない才を、生まれながらにして恵まれていた。

 今更そんなものに同情されるように声を発せられても……救われなどしない。




                                   『   』


 『っ……くそ……くそくそ……っ』


 次に聞こえる声に、男は一瞬体が本能的に避けるようにざわめき、そしてそんな自分に苛立つ。

 その声の存在は自分にとって畏怖の存在。そして自分には決して超えられないものだった。

余りにも強く、余りにも圧倒的なその声の持ち主に……少なからず憧れに似た何かがあったのは否めない。

 アレはあいつを倒す事を望んでいた筈だ。あいつを倒せただろうか?

 それならばどんなに良いか。いや、それは決して自分の希望通りではない。

 あいつを倒すのは俺だったのだ。そして、俺は……。

                
                                   『   』

 
 『!っ消えろっ!!』

 次に聞こえてきたのは、何の皮肉か自分を消した存在。

 『てめぇなんぞ消えろ! 死ね! 俺の傷と同じ苦しみを味わえ!!』

 それに向かい男は濃密な怒気と殺気を入り混じって慟吐する。

 『全部てめぇの所為だ! てめぇさえいなけりゃ俺様はこうはなりはしなかったんだ!!』

 八つ当たりだと解っている。全ては自業自得だと。それでも男は止まらない、止められない。

 『絶対に許しはしねぇ! 何もかもお前の所為だ!! お前が悪いんだ!!!』

 そう思わなければ男は自分の価値観を失ってしまう。あの、この地獄とも似た世界でそれだけが男の生きる支えだったから。

 『お前が俺から最初に奪い取ったんだ! 何もかも、お前がよぉ!』

 『くたばれ偽善者が!! 俺よりも醜く焼き爛れろ!!!』

 散々罵詈雑言を吐きつくしてから、男は息荒くポツリと言う。

 『……消えろ、全部消えちまえ……もう全部無駄だろうがよ』

 何もかも全て後の祭り。自分は死に、もう残るのは痛みのみ。

 絶望と怨嗟と、苦悶と憎悪の果てに自分は消えるしかないのだ。

 そうだ、自分は極悪。これが相応しい末路。自分に残されたものなどもう何も





                                   『   』




 

 『……あ?』

 ……その声を聞いても、最初何が何だが解らず男は体を包む炎の痛みも、頭の痛みすら忘れ思考は停止した。
 
 だが、声は続いて男の名を呼ぶ。遥か彼方から、その男の名を。



                                   『   』


 『……あ、あぁ……?』

 


 ……聞き覚えのある声。

 それは、男にとって遠い遠い昔に置き去りにしてしまった声だった。

 いや、置き去りと言う言葉には御幣がある。だが、男はその声を平和の世界と共に置いてきた……置いてきた筈だった。

 ……だが、男の反応に構わず声は再度続く。


                                   『   』



 『……俺は……俺は』


 ……遠い昔、自分の居場所を見失っていた時。

 誰がか声をかけてくれた、その誰かは常に微笑みかけ、自分の心の支えだった。





                                   『   』


 
 『……止してくれ、そんな、そんな優しい声で俺を呼ぶな……』


 散々人を殺した。散々略奪した。最後には罪も無い子供を野へ放り捨てた。

 それなのに、それなのに何で……。


                                   『   』



 『……俺は……お前を捨てちまったんだ……見捨てたんだ』


 ……たった一つの自分の光。

 たった一つ自分が憎まなかったもの。たった一つ自分が好意をもってたもの。

 今でも何一つ自分の悪事の所業を悔いるつもりはないのに、ソレだけは後悔に包まれてしまう。

 もっとあいつの側にいれば良かった。掟など気にせずあいつに自分の悩みや心の全てを打ち明けてれば良かった。

 あいつの笑顔をもっと見たかった。あいつの笑い声はとっても気持ちが良いから、そして、とっても心が晴れたから。

 そういえば、あいつは夢があると言っていた。結局聞く事が出来なかった。何だったんだろう、あいつの夢……。

 『……ちくしょう……今更何でだよ……何でお前を……俺は』

 










                      ……俺は……あいつを助ける事も出来なかったのに。








 『……? 何だぁ……これは?』

 その後悔の念で魂が押し潰されかけたその瞬間……男の前に光が現れた。

 それは陽炎のように儚く弱弱しい。蛍火のように一瞬で吹き消しそうな……そんな光。

 花弁のようだと……男はそれを見て何故かそう思った。

 だが、男はそれを無下に消し去る気分になれず……それを握った。



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                            私ね、大人になったら叶えたい夢があるんだ



                            自分の心が何を変えたいか、聞かなくちゃ!


 
                            卑怯者! 真剣勝負に手を抜いて、何の……



     
  


 ……移り変わる場面。其処に、君が居た。

 ボロボロで変わり果ててもなく。虚ろな微笑みのまま永遠に沈黙していない君の姿があった。




 …… …… 何故だ。

 …… …… 何故なんだ。

 …… …… 俺は認めない。

 …… …… 認めれる訳ない。

 …… …… 何が 北斗七星だ。

 …… …… 何が 世紀の救世主だ。

 …… …… 俺は 俺は 違う 俺達は。






                                ただ    幸せになりたかっただけだ。



 
                                ただ    ともに星へと願っただけだ。




                            俺は         ……俺は。










                            俺は          あいつと一緒に







            ・
     ・

             ・

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                               ……チッチ    チッチ



 鳥の囀り、窓から差す陽射し。

 何てことは無い朝。なんて事は無い部屋の一室で……ある人物が目覚めた。

 最初、その男は天井が自分の知っている部屋の色とどうも違うように思った。だが、それを気にもとめない……最初は。

 男は目覚めた瞬間に襲ってきた頭痛に顔を顰める。頭を抑えつつ目蓋を強く閉じて痛みを堪える。

 「……痛ぇ、頭がガンガンする」

 二日酔いなのかどうか知らないが頭がガンガンする。

 そういえば、先程変な夢を見た気もしたが……多分関係ないだろう。男はそう若干の眠気により大事な事を放棄した。

 未だ、男は異変に気付かない。いや、視覚は既に事実を認識している、だが、男の精神は現実を受け入れてなかった。

 男は思考する。昨夜この頭痛に関連する行為をしていたか? 食事も然程可笑しなものは非ず、薬物などは一切なし。

 

 昨日は缶ビール一杯程度しか飲んで無いのに変だな? と首を傾げつつベッドから降りて床に……うん?

 「あれ……此処、俺の部屋じゃねぇぞ?」

 ベットから降りると同時に足の裏に伝わった冷感が薄っすらと未だ覚醒してなかった男の脳を覚醒した。

 辺りを見渡す男。灰色のコンクリートの壁。そして質素な家具、自分に見覚えのあるものが一切ない。

 「……部屋を、間違えた……とか?」

 もしかして友人と馬鹿騒ぎして、部屋を間違えたとか? それともこれは自分が未だ眠っている夢の光景かも知れない。

 「……いてて……」

 頬っぺたを抓る男……夢ではない。

 ……それに……考えたくはないが男は自分の視界が何時もより低いと違和感を感じ……その現実味のない感覚を理性は拒否する。

 「……」

 泥酔した自分を居住してる場所に置くのが面倒で何処かに寝かしたのかも知れない。またはこれは知人の悪い冗談だろう。

 あぁそうだ。多分、数分したら飛び出して困惑している自分を見て大笑いする。そうに違いない。
 
 そう、男は未だ自分の置かれている状況を楽観視ししていた。そして、顔でも洗って少しばかり本能的にざわめいている
 心臓を落ち着かせようとして部屋に置かれている洗面台へと体を動かし……そして愕然とする。

 洗面台に翳した手は……紅葉のように小さかった。

 「……は? 手が小さい……? いや……てか、この顔……顔」

 そうだ、俺は未だ夢の中にいるんだ。

 男は鏡を見てそう感じた。

 男の顔は……自分の知る顔ではなかった。

 「……誰だよ、お前」

 返事はなく愚問と思いつつ問いたださなければ気が済まなかった。

 幼子特有の丸みを帯びた顔。そして将来気が強い、いや、聞かん虫が強そうだと窺わせる少しばかり鋭い目つき。

 昔の自分とは異なる、まったくの別人の子供の顔が鏡に映し出されていた……困惑した表情でその瞳は自分を見ている。

 「……はは、やっぱ夢だ。やべぇな、昨日の記憶が変なほど飲み過ぎたんだ」

 男は空笑いして現実逃避を試みる。男と同じ動作で鏡の幼い子供は一緒に額を押さえて子供に似つかわしくない笑みを浮かべた。

 「……はは、はは……っどうなってんだっ!?」

 暫く笑い、男にはありえない、非現実的な現実が事実だと感覚が認識した。それでも冷静さを失わぬのは心の強さか?

 「一体こいつは誰なんだ? ……い、いや待てよ。俺は……俺の名前……っ!? 何でだ!? 何で思い出せない!?」

 男は今になって大事な事に気がつく。自分の記憶の中から現在の状況に回答を見出そうとして、そして更なる真実に。

 「俺は……弟、両親との四人家族。××大学在住。現在は一人暮らし……」

 昔の幼稚園位からの記憶から昨夜までの記憶は覚えているのに、その中から自分の名前だけがまるで意図的に消されたかのように
 男は思い出されない。そんな自分では抗うことの出来ない何かに操られたかのような未知の恐怖に男は鳥肌が立ち……そして。

 
                                   ガチャ


 ドアノブが回る音。男は意識を今の異変だらけの現実へ戻し扉へと注意を集中する。

 もしかしたら、この可笑しな状況を全て解決してくれる人物なのか? そんな淡い期待を乗せて身構え……そして固まった。

 「……おぉ、自分で起きたか」

 それは……まるで僧のような姿をした老けた男性だった。

 自分の父親よりも少し歳をとっており、そして男は本能的にこの人物を見て体を強張らせていた。

 (誰、だ? いや、と言うか微笑んでいるけど……この人、何か怖いな)

 男の直感、または勘は何かに警戒していた。だが、そんな男の考えなど構わぬかのように、その人物は言葉を続ける。

 その言葉に、今目覚めた人物の思考は完全に停止した。

 「偉いぞ『ジャギ』。一人で起きれる事は立派な事だからなぁ」






                                   ……は?   ……あ?





 
 「……ぇ」

 「そうだな、今日はジャギが一人で起きれた事だし、朝ご飯は奮発するぞ」

 「ぃ、や、ぁぉ……」

 「そうなると、もう少し仕込みに時間が掛かるな。ジャギ、お前は部屋でのんびりして良いぞ」



                                  ……バタン。



 「……今、何て……言った?」

 聞き間違いであって欲しい。自分の幻聴が空耳であって欲しい。

 だが、この耳は確実にその名前を捉えていた。この自分の五感はそれが事実だと捉えていた……そして、男は崩れ落ちる。

 「……は、はは……冗談……」







                            俺……          ……何でジャギになってんだ?








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           . ・


                ・


 ……その、男が目覚めた数日後。

 その当の男はと言うと……全力疾走で階段を駆け上っていた。

 「ふーーーーーッ!! ふーーーーーーーっ!!」

 (きつっ……きつっ!!)

 子供の体、頭脳は大人。そんな冗談すら軽んじる事出来ず、我武者羅に男は走……階段を駆け上っていた。

 階段を全力疾走で駆け上り、到着したら駆け下る……体力を造り上げるには些か急すぎる感もするが……男にその余裕はない。

 「はーーーっ!! ……よう、やく二十七回往復ってとこ……か」

 微妙な数字で切り上げ破裂しそうな心臓を鎮めるために適当な場所で寝っ転がる。

 「……俺……何でジャギになっちまったんだ?」

 心当たりは無い。日ごろ特に悪さもしてないし、少し弟と口喧嘩した事が思い当たるが、そんなの日常茶飯事だ。

 確かに自分は北斗の拳は好きだし、蒼天の拳やら関連した作者の本は熟読した。……だが、だがしかし!

 「よりによって何でジャギなんだよ……」

 ……ジャギ。

 その人物を男はよく知っている。

 それは北斗の拳と言うジャンプ漫画の中で散っていった悪役の一人。

 北斗の拳とは北斗神拳と言う特殊な暗殺拳を扱う男が、世界に蔓延る悪を倒す。まぁ、少年ジャンプ王道の作品である。

 だからこそ男は知っている。この人物の成れの果てを。

 ジャギは北斗四兄弟と呼ばれる兄弟の三男。そして主人公である弟に北斗神拳の伝承者となれなかった事を妬む。

 そして主人公に襲い掛かるが返り討ちで重傷を負い、そしてその傷の恨みで悪事を働き、結局最後は倒されるのだ。

 そんな人物になってしまった事に嫌悪感や絶望は否めない。だが、それも数日経ってから男は考えた。

 「……だが、未だ諦めるには早いよな」

 ……歴史は未だ始まっていない。

 どうやら不思議な事に、自分はその四兄弟が来る前に師父……『リュウケン』の養子らしいのだ。

 リュウケン……暗殺拳たる北斗神拳の現伝承者であり、北斗四兄弟の師。

 最後には長男であり作品の最大の敵の手に掛かるのだが……それは未だどうでもいい。

 「俺、あの人の息子なんだな……新事実だぜ、おい」

 どうやら、そのリュウケンの息子としてジャギは育てられてるらしい。それは男にとって衝撃的な事実だった。

 あの自分がジャギになっていた、と言う出来事から暫くして、とりあえず落ち着いて様子を見る事にしたのだ。

 何故か? と問われると困るが……まず、最初に対峙したのがリュウケンだったから……としか答えられない。

 相手は北斗神拳伝承者……北斗神拳とは秘孔で相手を操ったり体を内部から破壊する事が出来る。

 終いには『気(オーラ)』なんぞ使って触れもせず相手を倒せる事が出来る……もはや何でもありだ。

 そんな拳法を扱える人物に、自分はジャギですけど実は全く別の人間なんです。なんて告白してみたらどうなる?

 リュウケンの事だ。最初は何の冗談かと思うかも知れないが、本気だと知ればジャギでない自分をどうするか解らない。

 この子供の体のジャギには悪いが……自分だって如何にかされたくない。

 ……そして平静を装いつつ豪華な料理が並べられそれをゆっくり食べつつ……さり気なく聞いてみた。

 『……あの……とう……さん?』

 『うん? どうしたジャギ』

 『(呼び方はこれで良かったか……)ぅ、うん。その……聞きたい事があって……さ』

 『何だ、改まって? 私はお前の父親なんだ。何でも聞きなさい』

 この時、その言葉から自分はリュウケンが本物の父親ではない事を薄々勘付く。

 だが、未だ確信も持てないし慎重を期して、当たり障り無く質問したのだ。

                         



                         『……父さんは、母さんの事……知ってる?』


 


 「……しかし、ジャギが養子ねぇ……漫画の解読書にもそんなん載ってなかったぞ」

 あの質問は多分ベストだった。一瞬リュウケンは顔つきを強張らせたので失敗したか!? と焦ったが、杞憂に終わった。

 『……お前にはもう話なさくてはいけない頃だな……』

 そう、口火を切りリュウケンは話し始めた。

 何でも、赤ん坊の頃ジャギをリュウケンは救い、そのまま養子にしたとの事。

 その時、自分の実母、実父は亡くなったとの事だ。他に親類もなかったらしい。

 そしてそんな孤児のジャギを見かねてリュウケンは引き取った……大体こんな内容だった。

 『良いか? 例え血が繋がって居なかろうと、お前は私の息子だ』

 「……そう言われても、なぁ……」

 結局の所、リュウケンには悪いが自分の身が大事なのだ。

 自分がジャギの体だと自覚して、一日は寝込んだ。寝込みながらこの先の事を考えた。

 最初は家出し何処かで一人で生きる事も考えたが……×。

 まず、こんな子供が一人で生きれる程に世界は甘くない。何よりも、この世界にはタイムリミットがある。

 「……世紀末、拳法扱えなくちゃ死ぬもんな」

 そう……『北斗の拳』は核戦争後の世界が舞台なのだ。

 その世界では野獣と言う名の暴力だけで暴れるモヒカンと、紆余曲折を経て悪へ走った拳法家がうようよ居る世界。

 その世界では何よりも力が基本となる。となると、自分がリュウケンの元から離れる選択肢は……皆無なのだ。

 「……まぁ、救いはあるよな。他のよりかは」

 ……このジャギと言う人物。散々な結果の末路を取るが、それを回避するのは以外にも簡単なのだ。

 まず、北斗神拳を競い合う四兄弟がいるのだが……その伝承者候補で無意味に手を出し対人関係を悪化しなければ良い。

 そんな簡単な事で、少なくとも死ぬ末路は避けられる。……避けられる、が。

 「果たして……他の『シン』や『レイ』がどうなるかだよなぁ……』

 『シン』『レイ』。……詳しい説明は後々にするが、この二人はジャギが手を出し悲劇的な運命になった被害者だ。

 『レイ』に関してはジャギが手を出さなくても死ぬ運命は避けられそうに無い。そして、『シン』に関しては……。

 「……俺、いや、ジャギが手を出さなくても、あいつはなぁ……」

 ……タイムパラドックスやらSFは好きな部類だ。よって男は思案する。

 『シン』と呼ばれる人物はジャギの悪魔の誘惑に乗せられ主人公と争い、それが引き金で主人公の旅が始まる。

 だが、果たしてジャギが悪魔の誘惑をしなければ『シン』は動かないのか?

 「……無理だろうな。この世界は『北斗の拳』だ……多分、自分であいつは事を起こす」

 歴史は変えられない……それが事実ならばジャギがせずとも『シン』は歴史通りの行動を起こす。

 自分は北斗四兄弟に居る聖者でなければ、救世主でもない。生きる事に必死で他人に関わる余裕など……。

 「……っん」

 その時だ……微かに何かが鼻を擽った。

 「……何だ?」

 男、幼い子供のジャギは疲労を回復した体を起き上がらせ、原因の出所へと身を乗り出し、そして直に解明した。

 「何だ、ただの花かよ……」

 ……ただの花。それは何の変哲もない花で、苦笑いしつつ男はその花びらに触れる。

 ……すると、何かの声が聞こえた気がした。







                            ……自分の心 変えたいって叫んでるのを……聞かなくちゃ








 「……何だ? ……幻聴……か?」

 ……女性の声だと男は思った。……不思議だ、初めて聞く筈なのに……ずっと昔から聞いたような……。




                                     ……ポタ。



 「……っ何で泣いてるんだ? 俺?」


 そして、男は、知らず知らず目から零れ落ちた涙に驚く。その涙は静かに花へと落ちた。

 「……っ訳が解らん。……とりあえず、もう一度走ろう」

 今は少しでも体力を鍛え世紀末に備えなくては。思考を切り替えて男は踵を返す。

 ……男は気が付かないが……その背中を優しそうに……花は見送っていた。












   後書き





 ブランクはありますが、とりあえず皆さんのお陰で復活できた。ありがとう。



 キム、ブスに関しては出します。ですが、キムに関してはもう少しシリアスにします。



 それと、前作の完結を楽しみにしてた皆様、色々と勝手な事をしてスイマセン。










[29120] 【文曲編】第二話『迷い狼と迷い猫』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/08/03 22:03


 
 何時か何処かでまた出会えるならば、その時は今度こそ幸せになりたい。


 けれど、一人でなく あなたが側に……

 きっと、きっと今度はあなたの側に……








  
    ・
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           . ・


                ・




 ……あれから約半年が経過した。

 時間の経過が唐突だと思えるが、実際話す程の事がないので仕方が無い。

 しいて言うならば、この世界は1900年代後半期らしいのだが……文明度が低い。

 まず、交通手段は主にバイクが主流であり、車を持ってる人間がほとんどいない。

 下手をすると馬で道路を渡る人間がいるので驚きだ。それでも、この世界では然程珍しい事ではないらしい。

 町へと下りる機会は結構頻繁にあったので色々見て回ったのだが、大きな屋敷を除き無かった……何処のアジアだ。

  娯楽関係でも、漫画類は殆どなく(有名な鉄〇アトムなどは発見した。世界が違っても漫画の神様は居たらしい)主に小説類

 やらなどが本屋では立ち並んでいる。……正直漫画が大好きな自分には多少カルチャーショックならぬワールドショックであった。


 どうも、この『北斗の拳』世界と言うのは第二次世界大戦後の余波を未だに引き摺っているようである。

 北斗の寺院及び周辺の町しか自分の知っている世界を知らない訳だが、この世界にいると昭和にタイムスリップした気分に陥るのだ。

 ……そういえば、幾つか重要な事もあった。

 まず、自分……ジャギは北斗兄弟の三男に位置するのだが……その内の兄二人と弟一人が寺院にいないのである。

 まぁ、これについては幾つか説明出来る。まず、その二人の兄なのだが、名は『ラオウ』、『トキ』と言う。

 この二人は修羅の国と言う多分中国辺りの出身であり、漫画を見た限りの推測では多分今は修羅の国なのだろう。

 ……いや、だが漫画ではこの地でも過ごしていたと言う描写がる……その矛盾を自分なりに解釈してみた。

 恐らく、なのだが……修羅の国を渡った『ラオウ』『トキ』は一旦別の場所に移されてたのでは? と自分は思う。

 それならば原作との食い違いも氷解出来る。……まぁ、全部は自分の憶測だ。

 そして、四男である『ケンシロウ』は未だ子供だし別の場所で育てられ……。




                                   ……ズギッ!



 「……っ痛っ」



 ……『ケンシロウ』

 その名を思い浮かべ、名前を唱えるだけで頭に痛みが発生する。

 それは多分自分の末路で頭を破壊され殺された事が原因しているのだと思う。

 「けど、可笑しいよな。この『ジャギ』は未だケン……救世主と争ってないのによ」

 ……フィードバックだが何だがよく解らないが、それだけ救世主とジャギの因縁は凄まじいと言う事なのだろう。

 これで対面した際には頭の血管が切れるのでは? と今から不安で一杯だ。

 それに、他にも懸念すべき事項は多い。

 『ラオウ』に関しては世紀末では『拳王』を名乗り軍を上げて世界を統治しようと暴君と化す。

 『トキ』に関しては核戦争の際に死の灰を浴びると言う事件が発生する。

 後者は何とか出来そうな問題だが、前者に関しては幼少期から野望を少なからず秘めた『ラオウ』を止めれるとジャギは思えないのだ。

 「……まぁ、とにもかくにも俺のする事に変わりはないけどな」

 ジャギはポツリと呟き、町の周辺を走る、走る。

 「あら、ジャギちゃん。今日も精が出るわねぇ」

 「おぉ、ジャギ坊主! ほれ牛乳だ! 丈夫な体作れよぉ!」

 鍛え始めて半年。ジャギは今から対人関係を良好化するにも町の人間には愛想よくしておこうと決めている。

 機会があれば人手が足りない町の人間達の仕事を手伝ったりした。(ジャギになる前はバイトは色々経験してたのだ)

 その成果が実ったのか、町の大人達の評判はまずまずと言ったところだ。偶に漫画に良く出そうな八百屋の親父が牛乳瓶を

 投げて贈ってくれるような些細なサプライズも起こる。……だが、決して良いこと尽くめではない。


                                  ……ザッ



 「……おい、ジャギィ……っ」

 「……また、お前等かよ。邪魔だっつうの。俺、今修行中なんだから」

 大人達の視界から消え失せた場所へと移り変わった瞬間、ジャギは複数の影に囲まれ睨まれる。ジャギはうんざりした口調で呻いた。

 「五月蝿ぇ! 何時も何時もすかした顔しやがって! 貰いっ子の癖に生意気だぞ!!」

 「そうだそうだ! 寺院の爺いに拾われた孤児の癖に、図体でかいんだよ!」

 「今日こそ身の程をわからせてやるぜ!」

 「今日は俺の兄貴も連れてきたんだ! 絶対に負けねぇぞ!!」

 ……影の正体は町の子供達。

 最初はジャギも仲良くしようとしたのだが、此処の町の子供達はジャギを受け入れようとはしなかった。

 それは他所の土地から行き成り飛び込んできた子供ゆえか、それともジャギの因果なのか? 原因は不明だがジャギは
 ほどほど困りつつ、まぁ仲良くなれないなら無理して仲良くせずとも良いかと大人の対応へ段々移った。

 だが、その態度が子供達には気に食わないらしい。それで、何日後かにはジャギは子供達に挑まれた。

 最初はジャギも闘うのは気が引けていた、だが、ただ殴られているようでは将来世紀末で生き残れる筈もなし。ジャギはジャギに

 なる前は大人だった。喧嘩も偶にはした事ある。そして、子供相手に恐れるような玉ではない。当然ながら子供達に勝利した。

 そして、今でも隙有らば挑まれる。ジャギにとっては良い迷惑だった。

 「いくぜ、うおおおおお!!」

 一人、鼻水垂らした大柄な子供が拳を振り上げてジャギに襲い掛かる。

 「……だる」

 それを、冷めた目でジャギは冷静に拳を避けて片足かけて子供を転ばした。

 「て、てめぇ!!」

 「兄貴ぃ、やっちまえ!!」

 そして、十歳程の子供の兄が青筋立ててジャギに襲い掛かる。腹部目掛けて思いっきり蹴りを放つ。

 ……スッ

 「危ねぇな、おい」

 だが、それさえもジャギは軽々と避けて、その兄の顎を思いっきりアッパーカットで打ち抜いた。

 「ガッ!?」

 顎を打ち抜かれ白目を剥いて倒れる子供。……暫くは目を覚まさないだろう。

 「あ、兄貴ぃいいい!?」

 「……おい」

 「ひ、ひいぃっ!」

 絶対に勝てると確信していた子供は自分の兄がいとも容易く倒された事に青ざめて固まる。その固まった体に添えられる手。

 振り返り見れば真っ暗な瞳で自分を見るジャギ。その瞳に体中は恐怖で冷たくなり、布地のズボンには染みが出来る。

 「……次はないって目が覚めたら伝えておけ」

 「わ、わかった……っ」

 「うしっ……行け」

 半眼で命令するジャギ。怯えて涙目の子供は染みが出来たズボンを抑えつつ尻を巻きつつ遁走した。

 「……子供ながら凄いよな」

 ジャギの体、それはいずれ伝承者を外されたとは言え北斗神拳を扱える体だ。

 この半年間自分なりに腹筋背筋腕立て、そして倒れるまで走ったりなどしていた成果は、着実に実ってはいた。

 「……多分、普通の子供なら十五歳ぐらいでも勝てるんじゃないか?」

 先程の喧嘩でも拳が余裕で視認出来ていた。

 今では五歳ほどの体にも関わらずベニヤ板を軽く割る程の筋力は出来ている。……凄い進歩だと自分では思っている。

 それは多分ジャギの実力。自分ではなく、この体の本来の性能なのだろう。

 だが、力を持つと言う事は最終的には使用しなくてはいけない……あの漫画の中の……世紀末の世界の中で。

 「……何か未来で闘う事が決定付けられている見たいだよなぁ……」

 溜息が無くならないジャギ。名前も結局この半年間思い出す気配がなく、名無しの男はジャギと言う名前を半ば受け入れ始めていた。


 
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 「……ただいま」

 「うむ、帰ったか、ジャギ」

 ランニングを終えて汗を拭きつつ寺院へ戻るジャギ。それを、リュウケンは若干厳かな顔で出迎えた。

 (……な、何だ? 俺、別に何も悪いことしてないよな?)

 その多少の違和感にジャギは大袈裟に動揺する。平静な表情の裏で鍛錬後の汗に混じり冷や汗が吹き出る。

 だが、リュウケンの発言はジャギが予想していたのとは違った言葉だった。

 「……ジャギ、最近のお前はどうも体を酷使し鍛えているようだが……その目的は何だ?」

 (……あぁ、その事か)

 その言葉にジャギは少なからず安心した。子供のジャギに憑依した自分に勘付かれたのではないか、又は北斗兄弟が現れるのでは?

 と言う不安が心の中にもたげていたのだ。だがまぁ、この発言も少々ジャギに関しては不味い。何故行き成り普通に

 日々を過ごしていたジャギが鍛錬を始めたのか? と言う疑問は、後に『自分』を勘付かれるかもしれないからだ。

 だが、ジャギには既にその答えを創り上げていた。

 「……何故って、強くなりたいから」

 「強く? 何故強くなろうとする」

 ジャギの言葉に少しばかりに眉間に皺を寄せるリュウケン。……北斗神拳伝承者に嘘が通ずるか如何かは半ば賭けだ。

 だが、自分が強くなりたいと言う言葉は真実だ。強くならなくては生き残れない。

 ジャギは、『自分』は散々デモンストレーションしてきた真価を、此処で発揮した。

 瞳を真っ直ぐ、それでいて瞬きせずに『ジャギ』は『リュウケン』を見つめる。

 「僕は……父さんに産まれた時から助けてもらった。……火事の中、自分の命すら危うい中で僕の命を」

 「だから……強くなって父さんを守りたい。そして……今度は父さんを僕が守りたいんだ」

 ……嘘ではない。……やがて『リュウケン』は『ラオウ』の手に掛かる運命である。

 その運命を何とか防げれば、多少は未来を変化させられるかもしれない。

 自分は命が惜しい。その為ならば実の父であろうとも、師父であろうとも利用する……卑怯者と呼ばれても構わない。

 そして……気がつけば自分はリュウケンに抱きすくめられていた。

 「……っ父さん?」

 「……我が子よ……其処まで父を想ってくれるかっ……!」

 横目で見れば、泣き伏せるリュウケンの横顔。

 その顔を見ると、騙した罪悪感と、それに入り混じって上手く説明できない痛みが心を過ぎった。……暫く経ってリュウケンは言った。

 「わかった。ならばお前が望むままに鍛えなさい。……そうだ、もうすぐお前の誕生日だったな。良いものをやろう」

 そう涙混じりに微笑むリュウケンに……自分は言いようの無い感情に苛まれつつ心の中でリュウケンに頭を下げた。

 
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 「……ちょいと不味ったな」

 ……数日後、六歳の誕生日が迫ったと言う時に……事件が起きた。

 町の中では子供達に煙たがられる。ならば山中で修行しようと決めたのがそもそもの事件の始まり。

 ジャギは山中を走り、……そして出会った。



                                  グルルルルル……!!!



 「……み、見逃してくれ……る訳ないよな」

 『グオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 「あぁっ!! くっそぉ!!」

 それは熊。小熊を引き連れた熊が鋭い目つきでジャギへと立ちはたがった。

 (そ、そういや今って熊が凶暴の時期だってリュウケンが言ってたような……不味い……不味い!!)

 振りぬかれる爪。幾ら北斗神拳伝承者候補になると言っても、今の体では熊に太刀打ちなど出来ない。

 「て、撤退~~~~~!!!」

 草木を掻き分け、地面の割れ目を飛び越え……命を失いかねない時の人間の潜在能力とは凄まじいものだ。

 大急ぎで山中を走りぬけ……そして……ジャギは迷った。

 「……まさか熊に出遭うたぁな。……あれって、もしかして『ジュウザ外伝』に載ってた熊だったりして……」

 そんな自分の妄想を自分で否定して笑う。……『ジュウザ』それは雲のように生きて『ラオウ』に挑み散った男。

 数々の男ならぬ漢達が世紀末では空に散った。……願わくば自分は死にたくないものだ。

 「……やべぇ、星が見えてきた。……リュウケン、てか親父心配してるだろうな」

 最初は父さんと呼ぶのに抵抗があったが、今では段々慣れてきた。それに、何としてもリュウケンにはジャギを

 認めさせなくてはいけない。問題はある。どうやらリュウケンは北斗神拳に関してはジャギに秘匿しているらしいし、
 寺院では参拝客や修行僧を除き拳法家が来る様な気配も無い。……多分別の場所に修行場があるとジャギは睨んでいる。

 その証拠、と言うわけではないがジャギを放っておいてリュウケンが外に出る頻度はかなり多い。それは多分北斗神拳に
 関する事なのだろうとジャギは思っている。……まぁ、そのお陰で自由に修行できる訳だが。

 「……やべぇ方角が解らない……なんてな。こんな時こそ北斗七星!」

 空を見上げるジャギ。暗くなった空には目映い星が輝いている。北斗七星も例外ではない。

 「……あったあった北斗七星。……て事は北極星はあそこ……良し!」

 北極星……説明するまでもなく方角を示す旅人の目印。それを確認して上空を何回か確認しつつ山中を歩くジャギ。

 そして、そのお陰で暫くして公共用の道路へと抜ける事が出来た。ホッとしつつジャギは余裕を取り戻した。

 「……北斗七星……死兆星は見えない、よな。……この星の中に、あいつらの星もあるんだろうなぁ」

 ……『北斗の拳』の物語には多くの星の宿命を背負いし男達がいた。

 前回も述べた男達……『シン』や『レイ』は『殉星』と『義星』を宿命とする男であった。

 『殉星』は愛に全てを懸ける宿命を背負い

 『義星』は人の為に生き、命を懸ける宿命を

 「……南斗六星か……まっ、俺は俺が無事に生き残りさえすれば良いんだがな」

 南斗六星……それは『北斗の拳』の世界では語らねばならぬ物。

 それぞれの星に宿命を背負いし五人の男と一人の女……その一人の女性『ユリア』を巡り世紀末の争いは激化した。

 「……そりゃ、まぁ出来るなら助けたいけどさ」

 南斗六星……その星々を背負うものは上で語った二人を除き四人。

 『慈母星』を背負い南斗の最後の将たる秘密を背負いし『ユリア』

 『妖星』たる美と知略を名乗り、裏切りの宿命たる南斗紅鶴拳の使い手『ユダ』

 『仁星』たる己を犠牲にしてまて民を救う宿命たる南斗白鷺拳の使い手『シュウ』

 最後に『将星』たる星。南斗聖拳の最強の拳法たる南斗鳳凰拳の使い手『サウザー』

 どちらも世紀末の中散った男達。彼等は今何をしているのか……。

 「……まぁ、どうでもいいさ。とりあえず、寺院に通ずる方角は……ぅん?」

 星から注意を逸らし家へ本格的に帰ろうとするジャギ。腹も減っているしいい加減に肌寒くなってきた所だ。
 
 そんな折、道路の先から段々近づいてくる小さな光の集団……そして耳に聞こえるバイクのエンジン音。

 「何だ? 何だ? ……!? ってやべぇ!!」

 現れたのはバイクに跨る不良集団。遠目でそう視認出来たジャギは山林に一旦戻ってやり過ごすかと考えた。

 だが、その思考の結論と同時に飛び出してきた白い影。それは雑種と言ったみすぼらしい犬だった。

 「おい! 馬鹿戻れ!!」

 慌てて叫ぶが、犬は呆けた表情でジャギを見るばかり。ジャギは一瞬頭を抱えつつも、今にも轢かれ掛けそうな命を

 見捨てるわけにもいかず飛び出し……そして、その白い犬を腕に抱えつつバイクの集団の横を転がり抜けた。

 「……っセーフ!」

 「っぶねぇ!! おい、てめぇ何いきなり飛び出してやがる!? ひき殺されてぇのか糞ガキ!!」

 白い犬は未だ寝ぼけたような表情でジャギの腕の中に居る。それを見て苦笑いしていたら耳障りな声が飛び込んできた。

 その言葉に立ち上がり地面に転がって汚れた服をはたきつつジャギは半眼で言う。

 「……行き成り飛び出したのは悪かったけどよ。そっちも構わず犬を轢き殺そうとするなんて屑だろ」

 「はんっ! 犬一匹死んだから何だってんだ。こちとら大事な用の真っ最中なんだよっ」

 「大事な用ねぇ……簡単に命奪おうとするてめぇなんぞこの犬以下だな」

 「あぁん!? てめぇ何上から目線で……っ!」

 



                                「よさねぇか!!!」





 バイクに乗ってた不良とジャギは睨みあいをする。バイクに跨り唸る不良。そしてファイティングポーズを取るジャギ。

 険悪な雰囲気。口論から乱闘に発展しかけた時、気合の入った怒声が二人を止めた。

 「リ、リーダ。だってよぉ……」

 言い訳しようとオロオロする不良。それをリーゼント頭のリーダと呼ばれた十代後半らしき男は青筋立てて怒鳴る。

 「だっても糞もねぇんだよっ! 一分一秒争っている時に、んな下らねぇ事に鎌ってんじゃねぇ!!」

 「……悪い」

 その只ならぬ迫力に、その不良は縮み上がり頭を垂れる。

 その迫力満点のリーダーと呼ばれた不良は次にジャギを見た。ジャギは次に自分が何を言われるか身構える。

 「おい、悪かったな。犬轢きかけた事は謝るよ。だが妹が行方不明でこちとら気が立っていたもんでな……お前何か知らないか?」

 そのリーゼント頭の不良は冷静さを保とうと額を軽く拭いつつジャギへ目線を合わせる。嘘は通じないと瞳に乗せて。

 「……妹?」

 無論、ジャギは知る由も無い。今まで山林を彷徨っていたのだ、知る由がない。

 その様子から何もジャギから得られないと判断したのだろう。リーゼント頭の不良は舌打ちしつつエンジンを吹かす。

 「悪かったな、……坊主、もしバンダナ巻いた長い金髪のお前と同じぐらいの女を見かけたら連絡してくれ」

 「い、いやちょっと待ってくれって。……町まで乗せ」

 「悪いが急いでるんだ」

 妹を捜すのに必死なのだろう。黒い皮ジャンに真っ赤な狼のシンボルを最後に、リーダーと言われた男と不良達は去った。

 「……何だったんだよ、今の」

 呆然としつつも、とりあえず自分には関係ないと頭を振りつつ気を取り直す。

 そして不良達と反対方向へと歩みを開始して……立ち止まった。

 「……何だ、一緒に来たいのか?」

 クゥ~ン……と白い犬は尻尾を揺らしてジャギを見上げる。

 仕方が無いなぁとジャギは苦笑いしつつ犬の自由にさせる。……以前は自分は動物好きだったのだ。

 (さて、リュウケンも心配してるだろうし、どう言い訳するか。まぁ、この犬を拾ったって事で言い訳)

 




                                    ……ギ







 「……ぁ?」

 ……何処からか声がした。

 その声を聞いた瞬間、体は何故か硬直し、そして思考は麻痺したように停止する。

 「……誰だ?」

 ……フラフラと、ジャギは無意識に声の方向へと足を進めていた。

 






                       もっと        もっと     あの声のする方へ……







 何故かその声を聞いた瞬間哀しみが沸き起こった

 何故かその声を聞いた瞬間喜びで体が打ち震えた

 何故かその声を聞いた瞬間愛しさで心満たされた






 「……誰か、俺を呼んだか?」

 アンッ! アンッ! と、その白い犬は自分に注意を向けるように吼えてから、先頭へと走る。……付いて来いとばかりに。

 そしてジャギは疑問を露とも思わず走り始めた。腹も減り、喉も渇き、足も散々走ってクタクタだけれども。

 それでも……ジャギは走った。



 
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                ・




 ……遠い遠い昔、ある所に私はいた。

 ……母親も父親もうる覚えの中で亡くし、兄だけが育ての親となり流離(さすらい)の旅を続けていた。

 ……流離(さすらい)は迷子に出会い……私は彼に出会った。

 行き成り犬を助ける為に飛び出した男の子。そして自分より大きな人にも果敢に挑む男の子。泣き虫な男の子。

                                 私は彼が好きだった。


 年月が経ち、胸も膨らんできた頃。私は攫われた。

 それを王子様のように助けてくれた男の子……いや、もう男の子とは言えない彼は私をお姫様のように守ると誓ってくれた。

 彼には一杯秘密があった。誰にも言えない秘密。一人で抱え込んで、そして苦しむ彼。

 私に出来る事は……彼を見守る事だけだった。

 それでも良かった。それでも彼が満足してくれるならば。……やがて、それが大きな間違いだと気付くまで。

 ……ずっと、ずっと一緒に居られると思った。

 ……ずっと、ずっと側に貴方が居ると思った。

 ……ずっとずっと……星に願いを……手を合わせ。

 ある日、貴方は突然消えて、それにとても怒ったけど、貴方が帰る日を望んだ。

 
 きっと戻って来ると信じていた。きっと前のように幸せな日々が訪れると。


 けど……あの日……あの時私は……。

 ……ねぇ、神様。

 私は……私はあの星に願った……ずっと彼と一緒に……けど、それだけじゃない。

 彼に幸せになって欲しかった。其処に、私も一緒ならどれほど幸せだろうけど、彼に一番に幸せになって欲しかった。

 私はどんなに傷ついても

 私はどんなに穢れてても

 私はどんなに離れてても

 ……だから、だから彼に幸福を……。






                             ああ     貴方の名を今日も紡ぐ






 
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 「……此処、は」

 其処は古びた小屋。何の変哲もない木の板で覆われた小屋だった。

 『レイ』が死んだ家に似ているとぼんやり思う。体中、全速力で走ったお陰が脳まで酸素が行き届かない。

 だが……それでも走らなくてはいけない気がしたのだ。

 「……此処、此処に連れてきたかったのか?」

 その言葉に白い犬は賛同するように鳴く。そして……声がした。








                                   ……ャギ







 「!! ……此処からか」

 ……ドアノブを回す。そして開かれる扉。

 ……古く、長年誰も住んでないのだろう。埃が舞い上がりジャギの鼻腔を襲う。

 顔を顰めつつ室内を見渡す……そして……部屋の隅に誰かが……居た。

 「……」

 ……何故か声をかける事に躊躇があった。

 ……何故か近づく事に抵抗を感じたのだ。

 だが、意を決してジャギは足を小屋の中へと足を踏み入れる。

 トン

 軽い足音。そしてビクン! と過剰に部屋の隅で丸まっていた物体が揺れた。

 「……ぃで」

 「え?」

 低く重い声。その音質に戸惑いつつジャギは歩みを止める。

 「……来ないで……来ない……で」

 怯えたような声、そして静かなる拒絶。その声にジャギは狂おしく胸は何故か締め付けられる。

 「……あぁ、わかった。動かないよ」

 その正体は不明だが近寄らないで欲しいらしい人物に両手を挙げて降参の意を示しつつジャギは意思表示する。

 ……暫く沈黙だけが世界を支配していた。……世界が沈黙であった。

 「……お前、迷子、か?」

 痺れを切らした、と言う訳ではないが、何時まで経ってもこの状況では埒が明かないとばかりに沈黙を破るはジャギ。

 その言葉に、丸まった影は返答はしないが、微かに肯定するように縦に揺れた来たした。

 「……俺も、迷子……なんだ」

 「……そ……う」

 気まずい空気。その中で何とか会話の糸口を探すようにジャギは言葉を続ける。

 「……此処に何時から?」

 「……昨日から」

 「そうか、俺は山中で熊に出会って迷子になったんだ」

 ジャギは、見ず知らずの相手だと言うのに喋り続ける。

 「家族は?」

 「……兄貴だけ」

 「そうか、俺は今は一人だけど……何時か兄弟が増える……いや、増えたら良いなって思ってるんだ」

 それから会話とは言えない会話を続ける。……必死で言葉を放つのはまるで贖罪をするかのようにジャギは喋り続ける。

 ……やがて、日の出が見える。

 「……朝になっちまったなぁ」

 「……」

 「……如何して、この小屋に居るんだ?」

 核心を突く質問。それに蹲った影は、小さく呟く。

 「……追われて」

 「追われて?」

 顔を顰めるジャギ。確かにこの『北斗の拳』の世界は治安が良いとは言えない。この声の人物……多分女の子を
 追い掛け回すなんて碌でもない人物だろうと憤りを感じ、そして憎悪までが吹き出てくる。

 (……? 可笑しいな。何で、俺こんなに怒って)

 「……如何して」

 「ぅん?」

 思考の渦に飛び込みかけた時、不意に今まで静かであった声が若干大きく聞こえた事で意識を戻すジャギ。

 「……如何して、ずっと此処にいてくれるの?」

 「……わからねぇ。……解らんけど放っておけなかったから……かな」

 それは事実。ジャギには何故この小屋に来て、そしてこの正体不明の影と会話しているのか不明だ。

 ただ、『そうしなければいけない気がした』……それだけの理由なのだ。

 「……私……そんな価値ないよ」

 絶望したような、諦観したような無気力な声。

 その言葉にジャギは何故かムッとして反論する。

 「んなもん解らねぇだろっ。俺、よくお前の事知らないけど、自分の事を価値なんて無いって言う奴は嫌いだねっ」

 「……っ」

 「何故諦める必要がある? お前が如何してそんな風に怯えてるか知らないけどよ。俺が何とかしてやるっ。絶対にだっ」

 口から飛び出る確証なき約束。けれど、それは真実味を帯びて、そして……。

 「……外に出たくない」

 「あん?」

 先ほどの絶望したような声とは違う、すすり泣く様な声。

 「……外に出たら、またあの光景を思い出すから。またあの感覚が思い出すから……だけど……だけど見つけたくて一人で」

 「……見つけたくて、絶対に見つけたくて一人だけで抜け出して……けど、夜になると追われる気がして……私は」

 そこで、彼女の独白は唐突に終幕を迎える。

 それは脆かったからかもしれない。微弱な地震があったのかもしれない。もしくは体感せずとも強い風が吹いたのかも知れない。

 だが、それは唐突に起きた。





                                    ……ゴゴゴ!




 「……っ地震か!?」

 震える家屋。埃を降らす天井。もう少しで崩れ落ちるとジャギは直感した。

 それを影も……いや、朝日によって正体は照らされた……『バンダナを巻いた女の子』は伏せていた顔を上げた。

 「早く逃げろ! 崩れるぞっ!」

 「……ぁ」

 「ほらっ! 早く!!」

 ジャギは無我夢中で女の子の手を握り……そしてゆっくりな景色の中外へ向かい足を駆け出す。

 
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 ……とっても大好きな人。

 ……とっても愛してた人。
 
 


                             最後に貴方に会えた。そう思っていた。






 ある日一冊の書物に女性出会った。

 それはただの何気ない漫画。暇つぶしに何気なく手を取った際に表紙に『彼』は描かれていた。

 硬直し本は取り落とされる。ただ一人硬直していた女性は、その本を何事も無いように拾い上げ、本屋のレジでそれを買い取った。

 ……そして、それを自室に女性は帰り読みふける。

 そして、数十分後に何やら水滴で染みだらけの本を後に、女性は教会へ赴き手を組み何やら祈った。

 ……数日後、女性は再び本屋へ赴き何冊かの本を買い上げてまた自室に戻る。

 そして、彼女は再び本を濡らし、そして教会へと赴き跪いていた。









 ……もしも奇跡があるならば、『二度』奇跡を起こしてください。

 貴方が幸福になる事。それは奇跡でなく、私が望み、叶えたい事だから。

 貴方が絶望に狂う事なく生きる事     ただそれだけが私の望み。

 だから だから神様  居るのならばお願いします。







                                今度はきっと……





 
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 (くそっ……っ……出口が……遠いっ)

 見知らぬ女の子、バンダナを巻いた金髪の女の子。

 血色悪く、霞んだ目をしている女の子の腕は一瞬見ただけで細い傷跡が見えた。

 (何で俺……関係……ないのに)

 そうだ、関係ないはずだった。

 ジャギである事なんて関係ない。例え多少の諍いあろうともリュウケンの元から離れれば良かったはず。

 そうすれば熊に襲われる事も、バイクに轢かれかける事も、今、小屋に押し潰されて死ぬかもしれない状況だって……。

 (何で俺……俺は……俺は……)

 自分はただの大学生の筈だ。それなのに、ただ一人の女の子の為に命を張っている。

 其処まで自分は善人だったであろうか? 自問自答しながら走馬灯の如く遅い景色の中で同じスピードで体は出口を目指す。

 ……小屋の天井は……嫌な軋む音とともに落盤した。

 (……っ!? てん……じょうが……っ)

 不味い、確かに鍛えているが、この小屋の屋根は思った重量がありそうだった。もしかしたら潰されたら重傷かもしれない。

 それに、今引っ張っている女の子。手を離せば助かる……助かるが……。

 (何を迷って……生きたいんだろ、世紀末を? 助かりたいんだろ自分が……そうさ、ジャギなんてそう言う男だった)



                                 ……ジャギ




 ……!!!

 その、はっきりと聞こえた自分の名を呼ぶ声は。

 疲れ果てていたジャギの体に気力を一瞬にして充電した。

 体中に熱が廻る。手が、足が、胸が、頭が訴えている。




                             今繋いでいる彼女を守りぬけと




 「お」

 迫る落盤、それを空いた手で人差し指だけ翳す。

 「おお」

 後少しで自分達へ降る落盤、だが、ジャギには自然と恐怖はなかった。

 「おおお……っ!」

 そして……指に触れた瞬間……その落盤は粉砕した。


 
    ・
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           . ・


                ・



 ……なぁ『  』

 もし、お前がこの世界で生きていたら……そうだな……俺はそれだけでよかった。

 それだけで良い、伝承者だの、北斗神拳だの……だって……だってよ





                               俺の目指す星は お前だったんだ







 
    ・
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           . ・


                ・


 「……ゼェ! ゼェ!! ……助かったぁ……!!」

 間一髪。女の子を先ほどの白い犬を助けたのと同様に抱きしめて崩壊した家から救ったジャギ。

 背後では土煙を上げて家であった残骸が残っている。一歩間違えればあの中で窒息死した可能性が高い。

 それを嫌そうに目を走らせて、心配そうにジャギは腕の中の救出した人物に目を向けた。

 「……大丈夫か……って……泣いて、んのか?」

 「……ギ」

 「……うん? 何だ?」

 死に掛けたのだ、泣いても不思議じゃないと思ったジャギだが、それにしては様子が可笑しいと首を捻る。

 その女の子は泣いているのに微笑んでいた。大粒の涙を零しながら、ジャギの腕の中で涙を流し微笑んでいた。

 その微笑が場違いに綺麗だなとジャギは思う、そして、先ほどまで結構喋っていたのに聞けなかった事を不意に思い出した。

 その言葉は、多分、世界が始まる呪文であった。彼等の世界が始まる呪文。

 立ち上がらせ、一緒の目線の中で、ジャギはその呪文を最初に唱えるのだった。







                                「俺の名前はジャギ」






 その言葉に、捜し求めていた彼女も涙を未だに零しつつ微笑んで唱え返した。





 

                                「私の名は……アンナ」








 




       後書き



 とりあえず、未だ本調子じゃないから許して欲しいんだ。




 きっと、多分未だ羅漢撃投稿出来る日が来るから。









[29120] 【文曲編】第三話『当惑  約束』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/09/14 18:30
 呪縛 それはきっと生まれ変わろうとも引き摺り続ける

 決して逃れられぬ宿命がある 決して避けれぬ運命がある

 ですが あの満天の星空で控えめに輝く星よ 願わくば

 
 その呪縛を一時で良いから軽くしてやって下さい

 



  ・
     ・

             ・

        ・


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           . ・


                ・



 名前を告げて暫く見詰め合う二人。ほんの少しだけ、自分より背が高い女の子は地形によって自分と同じ目線となっている。

 もっと、もっとその瞳を見つめていたい。ジャギは不思議と抗えない力で目線を外せなかった。

 (……何で、俺この娘の事ずっと見つめて……って!?)

 その時、フッと、その女の子は体中から力が抜けて自分の胸に凭れ掛かってきた。

 慌てて受け止めるジャギ。淡い女の子特有の甘い香りと体温にドキマギしつつ、耳元に規則正しい呼吸音がする。

 「……寝て、る?」

 信じられないと言う顔でジャギは顔を捩りアンナと名前を告げた女の子の顔を覗き込む。

 安心しきった表情。無警戒な寝顔をアンナはジャギの肩を枕に晒していた。

 「……しょうがねぇな」

 何故か、何故かは知らぬが放っておけない。

 ジャギはその何故かが理解出来ず多少苛立ちを眉間に皺を寄せて表現してから、姿勢を変えてアンナをおんぶした。

 (……花の香りがする)

 先程まで埃まみれの家屋に佇んでいた筈の金髪の女の子の髪の毛からは、花畑を転がったのか揺れるたびに髪の毛から香りを放っていた。

 「……さて、如何しましょうかね」

 多分だが、あの必死で妹を探していると言っていたリーゼントの不良グループのリーダの探し人が彼女だろう。

 バイクで移動してたのを考えると此処から目的地まで遠いかも知れない。徒歩で送れるかどうか……。

 そう悩むジャギに、また先ほどの白い犬が吠え立てて意識を向けさせた。

 「……また道案内してくれるってか?」

 その言葉に、白い犬はアンッ! と元気良く吼える。

 「良い子だな。お前この子送り届けたら飼ってやるよ。どうだ?」

 その言葉に白い犬は肯定するかのように吼えて先頭を歩き出す。ジャギは若干おかしそうに笑いつつ、アンナを背負い歩くのだった。







 ……数時間後。







 「……多分此処ら辺りなんだろうが……辛気臭い場所だな、おい」

 人一人背負ってきたので疲労はあるが、これ位は自主鍛錬で鍛えているので問題ない。問題は着いた場所。

 落書きだらけの壁。そしてボロボロの家屋が立ち並んだ場所。何やら視線が感じられるスラム街の一角と言った場所。

 如何にも物陰から危ない人間が出てきそうな場所まで白い犬に連れられてジャギは来て、今更ながら後悔し始めてきた。

 「……っうん」

 「おっ、起きたか、眠り姫?」

 背中と言う不安定な場所でぐっすり眠っていたアンナに軽く冗談混じりで声を掛けてジャギは呟く。

 「……ぇ、此処……って……ジャギ?」

 「……何そんな不思議そうな顔してんだ? 俺はこの世に一人しかいないけど」

 まるで信じられない物を見た、とばかりの表情を背負われたまま自分を覗きこむアンナにジャギは困ったように返事を返す。

 「……へへっ、ジャギだぁ……うん、ジャギだよね……っ」

 (……俺、この子と初対面だよな?)

 まるで何時か何処かで会ったような口振り。死に別れしたのが再会出来たかのような声色にジャギの疑問は一層膨らむ。

 「とりあえず……もう自分で立てるか?」

 「え? ……ごっ、御免! ……重かった?」

 「うん? 別に……何時も米袋担いだりとかして走ったりとかしてたから然程重くなかったけど」

 そうジャギは素直に返す。世紀末を生き抜くために我ながら最初から結構無理な鍛錬をしていたと思い返す。

 だが、その言葉は少々アンナの乙女心に害す言葉だったらしい。

 先程まで嬉し泣きの表情だったのを一変させ、頬を膨らませアンナは声を強め言い返す。

 「それ……まるで本当は私が重いように聞こえるんだけど」

 「へ? いや、別に俺は鍛えてるから重かろうか軽かろうか関係な」

 「関係ある! ……言っとくけど私重くないから。そりゃちょっと最近二の腕に筋肉とか増えたけど重いって訳じゃ……」

 「な? 何だ??」

 行き成り怒鳴り、そしてブツブツと呟くアンナにジャギは只々困惑するばかり。乙女心を知るには未だ早い。

 例え憑依する前は大学生だったとしても、恋愛経験は豊富ではなかった。……合掌。

 そんな少しコント交じりの空気が沸き。多少緊張感がジャギには薄れ掛けていたが、濃い視線を感じ意識を集中させる。

 それと同時に、アンナも子供特有の雰囲気を抜いて、ジャギと同じ方向に体を向けて意識を集中させていた。

 (……へぇ……この娘)

 自分は北斗神拳伝承者候補となる身。半年間我流ながら厳しい鍛錬をしていたゆえに、ある程度闘える自信を持っている。

 だが、この女の子は普通の子にしか見えないのに。ジャギと同じように視線には闘う意思が秘められていた。

 (この娘、多分結構鍛えてる……)

 背負った感触。その際もアンナの体つきは柔らかさより筋肉の硬さが感じられた。

 その感触をジャギは知っていた。寺院に何度か訪れる修行僧。その中には拳法家らしき人間も混じっており、ジャギは拳法家
 がどんな感じの筋肉なのか知りたくマッサージを称して触れる機会があった。それとアンナの感触は似ていた。

 これならば自分が闘う状況に陥ってもこの娘は切り抜けられるだろう。そんな確信を持てる光をアンナは持っている。

 そんな思考をしていたら、先程からこの場所に踏み入れて感じ取れていた視線の正体が現れた。






                                    ……ドクン







 ……現れたのはニヤニヤと哂っている男二人。

 ヘルメットを被り、鈍器を肩に乗せつつ自分達の前に現れる。

 ああ、何故だろう? 不思議だ。まったくもって理解不能だが……。




                                俺は      こいつらを……。






 
                                   滅したい……







 「おいおい、此処はガキの遊び場じゃねぇぜ? ヒヒヒ!」

 そう黒縁眼鏡の強面の男が自分達を見下ろして呟く。

 「おいガキンチョ。てめぇ見たいなガキが居て良い場所じゃねぇぜ? さっさとママの所へ帰んだな、おい。ケッケッケッ!」

 そして、少し頭が抜けてそうな太っちょの男がそう言って下品に笑った。




 ……嗚呼 酷く不愉快だ。

 この『  』を切刻みたい。貫きたい。秘孔を突きたい。この世から塵一つ残さずに滅ぼしたい 今すぐに 今すぐに

 ジャギには先ほどから理解不能の現象が連続で起きていた。この現象もその一つ。

 その男達の……ヘルメットを被った不良達を見た瞬間にジャギは途轍もない殺意と憎悪が自分の中に生まれるのを感じた。

 ……キュッ

 「……アンナ?」

 右の拳が軋む程に握り締め暴力のままに振りぬこうかと本能が動こうとした瞬間。強い熱が左手を伝わりジャギを正気に戻す。

 そして、ジャギは当惑する。先程まで気丈な顔を見せていた女の子の顔は青褪め、そして呼吸は正常ではなかった。

 「……おい、大丈夫かその娘?」

 ハッと、ジャギはアンナに気を取られ男達が接近するのに気付かなかった。

 だが、正気に返ったジャギには、先程まで異常な憎悪を膨らませてた人物達の顔が、それ程悪人には見えなかった。

 アンナの方を本気で心配するように肩に乗せていた鈍器……バットを軽く自分の頭を叩きつつデブッチョの方が黒縁眼鏡へ喋る。

 「おい、兄貴。この娘病気じゃねぇのか?」

 「かもな。おいガキンチョ。そんな今にも倒れそうな子、引っ張りまわすもんじゃねぇぞ」

 そう最もらしく説教を自分に垂れる黒縁眼鏡。どうもただ純粋に野球をしようとしていた二人組みらしい。

 (……こいつら、別に悪者ではねぇのか)

 どうも何か近視感を呼び起こす格好をした男二人組みだったが、不良らしいが其処まで悪人では無さそうでジャギはホッとする。

 まぁ当然かも知れない。人を平気で犯したり強奪や殺人を犯すような連中は滅多にいない……倫理や善悪が崩壊した世界を除き。

 「おい、本当に大丈夫か? 俺達近くで良い医者知ってるから案内してやるよ」

 そう、本当にただの純粋な親切心だったのだろう。その黒縁眼鏡の男は単純な好意でアンナに自分の腕を伸ばした。

 ……そう、本当にただそれだけだったのだ……。

 「……ゃ」

 「「あん?」」

 「……いや」

 青褪め、紫色に近い唇へと化したアンナ。只ならぬ様子にジャギも血相を変えてアンナへと体の向きを変える。

 「おいっ、如何したんだアンナっ!?」

 だが……その声も虚しく……。








                   いやああああああああああああああああああああああああああぁぁ!!!!!







   アンナの絶叫が……一つの町に響き渡った。







  ・
     ・

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          ・


           . ・


                ・



 ……思い出される悪夢。

 それは何かに追いかけられる夢。私はそれから逃げたくて必死に走っていた。

 もし追いつかれたら私は『    』追いつかれたら私は『    』

 体中に纏わりつく感触。それは白昼でも時々起こり。夜はもっと酷かった。

 けれど、一番最悪なのは眠る時。

 それから逃げたくて必死に出来る限りの抗う手段を私は考える。

 けれど、その精一杯の薔薇のトゲの抵抗では黒いトラには勝つ事は出来ない。

 私はきっと貴方を待ち続けていたのだ。あのトラを倒す、狼の貴方を。




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     ・

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                ・



 「……男性恐怖症?」

 「あぁ、そうだよ坊主」

 場面は変わり古臭いバー。其処で一人のリーゼントの男と、未だ幼い体のツンツン頭の子供が向かい合って座っていた。

 あの後、アンナは悲鳴……絶叫を上げてそのままジャギに気絶して倒れこんだ。

 如何して良いか解らないジャギと居合わせた不幸な二人組み。飛び込んできたのは妹の悲鳴を駆けつけたボス。

 その現場を最初に見てボスは一瞬二人組みを不埒な加害者と思い拳を振り上げて形相を浮かべたが、それを何とか言葉で

 ジャギは制止し、ボスに連れられてアジトに居る。……二人組み? とっくの昔にボスの眼光によって何処かに逃げた。

 「それってアレだろ? 男性が近づいたら拒絶反応起こすって言う……」

 「拒絶反応なんぞ難しい言葉よく知ってるな。……そうだよ、あいつはどう言う訳だが男性に触れられるのを恐れてる」

 兄の俺を除いてな、と付け加えるボス。それを複雑そうにジャギは差し出されたコーヒーを飲み干す。

 「苦っ……でも、俺と居る時は別段平気そうだった……」

 「そう、俺はそれを聞きたくてお前を此処に呼んだんだ」

 そう、膝を叩き身を乗り出しリーゼンドをジャギの顔すれすれに接近させてボスはジャギの顔を覗き込み強い調子で喋る。

 「正直に答えろよ。……あいつはな。数年前までは誰であろうと笑顔で接する普通の女の子だったんだ。……死んじまった
 両親の変わりに母親の代わりで家事を甲斐甲斐しくやってよぉ……本当……良く出来た妹だぜ……っ」

 その最後のフレーズに馴染みありすぎて一瞬米神辺りに痛みが走りかけるが、平常心でジャギは続きに耳を傾ける。

 手を組み、ボスは苦しそうな表情で語る。

 「……それが如何いうわけだが……本当、何の変哲もないある日、急にあいつは俺以外の男を怖がるようになったんだ……。
 しかも、それだけなら未だ俺だって一時の事だって受け入れられた。……けど、けどよぉ……あいつは……あいつはっ!」

 其処で我慢の限界を超えたとばかりに、リーゼントをクシャクシャにさせてボスはバー一杯に響き渡る程の声で叫ぶ。

 「あいつ、俺が目を離した隙にナイフで自分を切ったんだよ! くそっ! 後で聞いても、あいつは自分でも良くわからないって
 言うんだ! 風呂場の鏡割って傷つけたり! バイクの背に乗ってた時飛び降りかけたり……放っといたら今に死んじまう!」

 それは、自分の肉親を失う恐怖を伴わせた独白。藁でも何かに掴みたい一心とばかりに、ボスはジャギの肩を強く握り言った。

 「そんな時……そんな時お前が現れた……未だ半信半疑だが……お前を見てもなんとも思わず、そんで平気だったんだよな!?」

 「あ、あぁ……」

 気後れしつつ肯定の返事を返すジャギに、ガバッとボスは土下座しつつ懇願する。

 「頼むっ……妹と出来る限り一緒に居てくれ!!」

 「え? えぇ??」

 急な願い。ジャギとしては拒絶する理由もないが、受ける理由もなく困惑するばかり。それを涙目でボスは説得する。

 「今日俺は希望を見た! 俺の妹が平気だったお前には何かがある! ……お前ならあいつが死のうとするのを止められる!」

 「俺は……そんな大層な事」

 自分はただのジャギ。そんな医者めいた事など本来なら次兄の役目。自分が頼まれる事などお門違いな筈だ……普通ならば。

 だが……。

                              「頼む! お前だけがアンナを救えるんだ!」





                          『---今アンナを救えるのはお前しかいねぇ---!』





 
 「……ボス」

 「頼む……頼むっ」

 跪き懇願するボス。彼は必死だった。心の支えたる大事な妹が目の前で傷ついているのを黙って見てる事しか出来ず

 そして無力な自分を責めていた。そんな時の僅かな希望。これを放せば二度と自分の大切な者は救われない。そんな予感がしていた。

 彼はただただ願う。自分の守るべき者の幸せを……。

 その肩に手が乗せられる。顔を上げるボス。例えどんな言葉でも、目の前の子供を強引に説得させる気持ちだった。

 だが、そんな気持ちもすぐジャギの表情を見て雲散した。

 (!……うぅ!?)

 「……わかったよ、ボス」

 その瞳、その表情は……生気は無かった。

 まるで幽鬼を相手にしているかのような、今まで多くの不良と対峙して恐怖など一笑に付していたチームのヘッドは
 たった五歳の子供に対し恐怖を抱いていた。……直感で感じる。この子供はただの子供では無い……と。

 (俺は……もしかしたら大変な爆弾に手を出したのかも知れない……だがよ)

 「アンナは……」

 虚ろな瞳、虚ろな表情が段々一変され、本来のジャギの素顔が現れる。

 三白眼の瞳。そして未だあどけなさを秘めているのに既に男の顔つきをしたジャギの顔……何かを守る意思を秘めた顔。

 「アンナは……俺が守るよ、ボス」

 (だがよ……蛇の道は蛇! 俺はこいつに懸ける! 懸けてみる!!)

 「あぁ……頼むぜっ」

 強く、強く握手しあうジャギとボス。正史と異なる出会い、正史と異なる展開。

 だが、それでも二人の漢は共通の守るべき者の為の意思表示を示した。

  ・
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           . ・


                ・


 ……あぁ、また闇が広がっている。

 四角いベットの上。其処で肩まで伸びた金髪の女の子が横になっている。

 その女の子は夢を見ていた。ただ広がる闇の中を突っ立っていた。





                  ……ヒヒヒ         ……ヒヒヒ  ……クヶヶ   ……キキキ




 闇は生理的な嫌悪感を伴い哂う。アンナはただただ終われば良いとぼんやり思っていた。……悪夢の経過を。

 闇から形が造られる。真っ黒な手、幾重にも伸ばされた真っ黒な手。

 それはまさぐるように、吸い付こうとするようにアンナへと伸ばされる。

 それに諦めを伴いアンナはじっと見据えていた。その闇をただただ見ていた。



                                   ……ンナ




 「……ぇ」





                                 ……アンナ





 黒い何本も揺れていた手は唐突に動きを止める。そしてアンナは自分を呼ぶ声が誰なのか必死で探す。

 そして、上空を見上げ微かに点滅する光の隙間を見出す。そして、その正体を確認して彼女は呟いた。




                                「……ジャギ」





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     ・

             ・

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          ・


           . ・


                ・


 女の子っぽくない部屋だな。最初にそう思った。

 ボス……アンナの兄に許可を貰いアンナの私室へとそっと入るジャギ。

 既にアンナはチームの女性が脱がしたのか着替え終わり、布団をかけられた状態で眠っている。

 「……っとに、訳が解らないよな」

 頭に腕組みして、人心地ついて今まで起きた出来事を振り返る。

 熊に追いかけられ……バイクに轢かれかけ……小屋に押し潰されかけ……見ず知らずの女の子を助け……そして女の子を守れと頼まれ

 じっと、すやすやと眠る女の子を見る。……自分より少しだけ歳が上な女の子はあどけなく、先程まで絶望に泣き伏し

 そして一瞬だけ垣間見せた闘志を秘めた女の子には見えず、ジャギは今までのが白昼夢なのではないかと疑問が浮かんだ。

 「……この子、別に原作にも外伝にも存在してないもんな」

 ……知っている外伝は『慈母の星』『天の覇王』『銀の聖者』『彷徨の雲』。そのどれらにも彼女の存在は無い。


 『蒼黒の飢狼』ケンシロウ外伝に関してはゲッソーシティやら別の場所が舞台となっているので関係性は低い。
 リュウケン外伝とやらも有ったが、あれはストーリが少なく、当然それにもアンナが居た覚えはジャギには無い。

 「……オリジナルキャラって、奴か? ……けど、この子はこうしてこの世界に……居る」

 この子の存在は……『北斗の拳』がただの漫画の世界ではないのだと告げる象徴だとジャギには思える。

 漫画で見た世界。世紀末にバタバタモヒカンを倒しまわる世界。そんな安易で暴力だけの世界は、一人の少女により否定される。

 「……俺が、頼りね……」

 正直、何が頼りなのか良く解らない。

 ガシガシと頭を掻きつつジャギは苦悩する。連続で起きた急な出来事。それを整理するのにジャギである『自分』は必死だ。

 日々を平穏に謳歌していた『自分』。突然投げ出されリュウケンの養子として寺院で過ごし修行に明け暮れる『自分』。

 何故こうなったのか後悔する事すら無く、今自分は目の前の眠る少女の前に居る。
 「あ~ったく、俺は救世主でも何でもないってぇのに……っ」

 悔やみも悩みも苛立ちも、この世界では意味を成さない。やるべき事はまず強くなる事。この少女の事など放っておけば良い。

 寺院に戻り北斗兄弟が来るまで修行に専念しなければ危ういのに、何故自分はこんな場所で……。

 「……ギ」

 「……俺を呼んでいるのか?」

 ……だけども、そんな焦燥感に似た気持ちも何故だがこの女の子が言葉を発するたびに雪解けのように無くなる。

 「……俺は此処に居るぜ、アンナ」

 ……『アンナ』。……不思議な少女、初めて会ったのに昔から知っているようで、そして男性に恐怖を抱きながら
 自分の事だけは唯一恐れないと言う少女。……これは何かの運命の暗示か、それとも神様の冗談か何かなのか。

 「……ャギ」

 「……アンナ」

 無意識に手を握る。そうすると苦しそうな表情が穏やかに戻る。

 あどけない表情、血色のよい唇。顔に比べると若干大きな瞳。金髪の髪。そして仄かに発される花の香り……。

 (……変だな……俺は)

 ジャギは……『自分』は不意に思った。





                              (俺は……この子が大事だ……)





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           . ・


                ・



 


                               ……チッチ チッチ




  (……あぁ、朝だ)

 悪夢の後には朝が訪れる。朝は嫌いではない、『あの時』の感覚が一番ない時だから。

  (……けど、夜が)

 けれど、夜はなくならない。今日もまた自分は悪夢を見、そしてその感触を消したくて自分の体を傷つけるだろう。

 兄には言えない。言っても頭を疑われるだろうし何よりこれ以上心配かけられたくない。

 ……そう言えば何か幸せだった気がする。……そんな事は有り得ないのに、捜し求めていた物がようやく見つかったような。

 けれど、何時もと変わらぬ朝を見ると、それもきっと気のせいだったのだろう。

 「そろそろ起きない……と」

 体を起こす、そしてその時違和感を手に感じて、その原因を探ろうと首を向けて……私の世界は止まった。

 「……ぁ」

 其処に居るのは……随分子供だけど……間違いなく貴方。

 「……ぁあ」

 ……そうだった。私は昨日捜し求めていた『   』に出会えたんだった。

 けれど、その後に見えた二人組みが『あの時』を思い出して、それで……。

 「うぅ……此処? ……おっ、起きたのか?」

 その思考を貴方は中断させる。寝癖まみれの頭。寝ぼけ眼の表情は不思議と安心させる。

 「……ふふっ」

 「ぁん? ……って俺あのまま寝てたのか? うわっ、顔も洗ってねぇし、やべぇやべぇ……っ」

 自分の微かな笑い声に眉を顰め、そして寝癖まみれの髪の毛に気付き慌てて立ち上がる彼。

 その時、ずっとあった左手の体温も消える。其処でやっと気付く、大事な事実に。

 (一晩中……私の事心配して手を握っていてくれてたんだ)

 その事実にまた涙が零れそうになる。もう涙は出尽くしたと思っていたのに。

 「ジャ……」

 「あぁ、そういや改めて名乗っとくか。俺、ジャギ。あっちの方角の寺院に住んでるんだ、宜しく」

 アンナの呼び声を遮り、ジャギは大事な事を思い出したとばかりに手を差し出しつつ言う。

 それはジャギにとっては何てことはない挨拶のつもりだった。昨日はバタバタしつつちゃんとした名乗りも
 出来ていなかったとの判断からの行為。だが、それはアンナと他人だと言外に秘めた行為にアンナには映った。

 (ぁ……そう……か……そう……だよね)

 その差し出された手は、アンナにとっては喜ばしくない手。

 けれど、アンナは左手に残る熱を感じ取り。そして笑顔を作って言う。

 「……ぅん! 私アンナっ! よろしく!」

 そして……二人は新たに名乗りあい……出会いを果たした。


  ・
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           . ・


                ・









 「……寺院、寺院……あぁ、あの山奥にある古びた建物。あそこの息子なのか、お前」

  ヘルメットは被らない、ではなく被れないと、リーゼントを自然の風に靡かせボスはアンナとジャギを乗せて走る。

 数日、数日間ジャギはアンナとボス、そして時折現れるボスのチームと過ごした。

 その時発見した新事実。どうやらアンナとボスは常に移動しながら生活をしているらしい。

 「まぁ、その日その時で肉体労働して稼いでる。……金がありゃ妹を学校なり何なり通わせるんだがな」

 苦々しくそう語っていたボス。『北斗の拳』世界には公共機関で学校はあるが、裕福な家庭以外通うのは難しい現状だった。

 青空教室見たいのも有るには有るらしいが……それもリーダーは余り快いとは思ってないらしい……危険だから。

 チームである不良らしき人間が入ってくる時は、大抵アンナは自室に閉じこもっているらしい。

 アンナの部屋は棚と椅子と机と布団。そして鉢植えだけと言うシンプルな造りだった。

 そして、一番驚いたのは……地下にトレーニングジムらしき部屋があった事だ。

 結構使い古したサンドバックや鉄アレイ……ボスが使用しているのだろうか? そのような素振りは無かったけど……。

 「着いたぜ」

 そう色々と考えていると、ようやく寺院の階段へと到着した。

 「おい、何尻込みしてんだ? ジャギ」

 「いやぁ……ちょっと、ね」

 (絶対怒ってるよな……リュウケン)

 ……黙って出て行って数日。リュウケンを今まで怒らした事はないが、ジャギは今この階段で待ち受けているであろう
 人物の気迫をまともに受けるのは躊躇すべき事だった。……その時、右手に不意に現れた体温。……首を向ける。

 「……私も一緒に叱られるよ」

 「……悪い、アンナ。けど、俺の親父怖いよ……?」

 と言うかれっきとした暗殺者だ。それを知っていれば生きた心地はしない。

 「ぇへへへ……兄貴によく叱られてるからねっ。平気平気!」

 そう向日葵のように笑顔を見せるアンナ。……そういえば、初めて会った時もこんな笑顔をした気がした。

 初めて出会った時……そう、確か……。

 アンッ!!

 「っととっ。悪いなリュウ……行くか」

 「あっ、その犬、リュウ君って言うんだ」

 顔全体で『可愛い!』と目を輝かせて抱き上げた白い犬を見つめて言うアンナ。ジャギはリュウと名づけた犬を見遣る。

 「……おい、リュウ。お前が頼りだぜ」

 (リュウって名前を付けたらラオウも同じ飼い犬いたし……俺の事気に入ってくれるよな?)

 そう、果てしなく未来へ向けた小細工を抱えつつ、ジャギは重い足取りで寺院の階段を登った。


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 「……事情は大体わかった。……だが、ジャギ。連絡も寄越さぬとはな」

 「……父さん、御免」

 静かに怒りを示すリュウケン。ジャギは頭を垂れて謝罪する。

 言い訳はせず正直に、そして真実の中に空白も混ぜて。

 山林で熊に襲われ逃げて、その時ボスに出会い妹探しを手伝った。

 こんな内容の事を言ってジャギはリュウケンを説得した。因みにリュウを飼う事は意外にすんなり許してもらえた。

 「来なさいジャギ。お前には少しばかり言う事がある」

 説教か……と肩を下げジャギはとぼとぼとリュウケンの後を付いていく。……そのジャギの服の裾をアンナは掴んだ。

 「……また、会えるよね」

 そう……必死な表情でアンナはジャギを見て問いかけていた。

 その言葉に、一瞬だけジャギは目を見開く。……そして。

 「……あぁ。勿論……絶対会いに行く……約束だ」

 「! ……うん、約束ね……」

 ……小指を絡ませ、二人の子供は約束し合った。

 その二人を見て、一瞬だけリュウケンと連れ添っていたボスは。この二人の子供の瞳に浮かぶ光に胸がざわめいた。

 「……送り届けて貰い礼を言う」

 「大した事はしてねぇよ。……アンナ、もう暗いし帰るぞ」

 その言葉に、我が侭を言わずアンナは素直に兄の後を付いて行く。……このままジャギと一緒に居ると言っても無駄だと
 悟っているかのように大人びた顔つきで、そして、階段を下りる間際、ジャギへと儚げな笑顔で口を開いた。

 「……またね! ジャギ!」

 「……アンナ!」

 思わず呼び止めるかのように切迫した言葉。そして、ジャギはそんな自分から出てきた声色に驚き我に返り、冷静に言う。

 「……また、な」

 「うんっ。また」

 そして、アンナは闇夜にバイクの光の中去った。……ジャギはそれが消えるまで見送った。

 「……ジャギ」

 「父さん……僕初めて友達が出来たよ」

 「……良かったな。町の子供と仲良くなれず心配していたが……だが、あの娘は」

 あの娘は危うい……。その言葉を、ジャギが居る事でリュウケンは辛うじて飲み込んだ。

 「……もう一度会うって……約束してるんんだ」

 (……ジャギ……数日間で大人の顔になりおった。……あの娘が原因か)

 ジャギの横顔……その横顔に、これから先に起こる波乱の予兆を思いつつ。リュウケンは空を見上げ思った。







                             今日も北斗七星が良く輝いている……と















        後書き



 眠らなくて良い秘孔を教えてください




[29120] 【文曲編】第四話『家出 そして出会い』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/09/05 18:31
 世界は廻る回る。夜の後に太陽が昇り始める。

 そして、とある古びた寺院では一人の名前を叫ぶ男性の姿が有った。

 「……ジャギ!!」

 険深く寺院に響き渡る声で名を叫ぶ男の名はリュウケン。ジャギとアンナが出会い数ヶ月。頻繁にジャギは寺院を抜け出していた。

 そして、ある日遂にリュウケンは夜遅くジャギと対話し……そして彼は闇夜へ消えた。

 ……六歳のジャギはリュウケンの手から離れた。

 「……まったく」

 溜息を吐いてリュウケンは俯く。……ちゃんと愛情を注ぎ育てていた筈。なのに何故このように不良紛いの行動を……と。

 肩を落とすリュウケンはジャギの自室に向かう。そして、其処には前から書かれたある紙切れが置いてあった。

 『友達の所へ行ってきます。心配しないで』

 「……馬鹿息子め」

 そう、複雑な感情を乗せてリュウケンは紙切れを仕舞い込む。仕舞い込む瞬間、紙切れと同じ厚みの手紙が見える。

 ……それには北斗を記すシンボルが記されていた。

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  「……アンナ! ジャギ!」

 一方、不良チームを纏め上げるヘッドのボス。彼も同じく二人の男女の名を叫んでいた。

 「おいっ、あいつら何処へ行ったんだ!?」

 「あっ、ボス……ジャギとアンナか? 確か自転車に乗って何処かへ行ったぜ」

 「知らせろ馬鹿野郎っ!!」

 怒りのままに気の毒な不良を殴り飛ばしボスは口元を歪めて二人の去った方向を見遣る。

 「……確かにアンナの事を頼むとは言ったぜ? けど知らない場所へ連れ回せなんて言ってないぞ……俺は」

 疲れた表情でボスは呟く。だが、少しだけその表情には安堵の色も秘められていた。

 (けど……お前ならアンナの苦しみを取り除いてくれるよな?)
 






 
 「……あっははは!! こっちだよ! ジャギ!」

 「くぉの! 絶対捕まえたる!」

 町から少し離れた場所。其処でジャギとアンナは鬼ごっこをしていた。

 数週間、ほんの数週間だけだがジャギが側で過ごすだけで若干青白く不健康そうだったアンナはみるみる元気になっていた。

 肉体的でなく精神的な要因が強かったのが大きな事だが、アンナにとってジャギが側に居る事は万病に効く薬より効果があるのだ。

 一方、ジャギもアンナと一緒に過ごすのは居心地良かった。何時自分の正体がばれるか不明な状態で寺院に過ごすのは

 精神的に辛い。何時来るかわからない北斗兄弟の不安。それらを纏めてアンナが側に居ると不思議と癒され、気がつけば

 自然とアンナの側に居る事となった。アンナも、表に出さずとも内心でジャギとの時間が多いのを心から喜んでいた。

 「……くっそぉ。速いな、アンナ」

 息を切らし草むらに寝っ転がるジャギ。その隣を同じようにアンナが仰向けに倒れこんだ。

 「へへっ、私、子供の頃から走ってるからね。誰にも捕まらないよ」

 そう得意げにアンナは笑う。敗北感はない。ジャギはアンナが微笑んでいる事だけが不思議と安堵感を覚えていた。

 「子供の頃からかぁ……って、今でも子供だろ?」

 「ジャギも子供だけどね。……ねぇ、ジャギって鍛えているのって、お父さんの為だっけ?」

 暇な時の会話で聞いた事。アンナは今一度確かめるように目をクルクルとさせて横になったジャギへと聞く。

 「……そうだな。父さんを守る為に鍛えている……誰にも負けないような強さをさ」

 「……もし、良かったら」

 「ん?」

 恐る恐る、と言った様子でアンナが口を開く。それに意識を向けるジャギ。瞳を揺らし、意を決してアンナは言った。

 「私も……鍛えてくれないかな?」

 「……アンナが? ……いや、けど自分もまだまだズブの素人だぜ?」

 「それでもいいよ。私も……私も出来る限り強くなりたいんだ」

 そう笑うアンナの顔は何故か儚い……そんな表情をされたらジャギは否とは言えなかった。

 ……数日後……その鬼ごっこしていた草むらでは同年代の男女が拳を構えて対峙していた。

 修行……と言うなの組み手。ただしジャギはアンナを傷つける意思を宿していない。避ける事だけに徹底するつもりだった。

 アンナもジャギを傷つける意図はない。けれど気概は本気。ペコリと一礼してアンナはジャギへと鋭い目つきへ変化した。

 (……この前の時と同じ目だ……あん時は悲鳴上げて倒れたけど……)

 「行くね……!」

 ぼんやり前の出来事を思い出そうとしていたら、鋭くビュッと言う音と共に拳がジャギへと迫っていた。

 「おっ……」

 (結構速い……今まで血の滲む鍛錬やってたのに速く感じるって事は……アンナってもしかして結構鍛えているのか?)

 冷静に考えつつ体は次に迫る攻撃に備えている。未だ北斗神拳も教わっていないこの体。だが下町の子供相手には

 自慢にはならぬが百戦練磨。何よりも未だどちらも子供ゆえに闘いの空気は血生臭くなく、淡く空気が揺れるのみ。

 「とぉ!」

 次に迫る上段蹴り。女性特有の柔らかさを伴った素早い蹴りがジャギへと襲い掛かる。だが、それをスッと後退して避けた。

 (南斗邪狼撃もどきステップ……ってな)

 この体の持ち主……ジャギはいずれ南斗聖拳を扱う。

 どのように会得したか不明な最初で最後に救世主に傷をつけた技。ジャギはジャギになった時南斗聖拳を覚える事は決めていた。

 「未だ未だっ!」

 攻撃は未だ続く。蹴りが避けられると同時に軽快にトンボ返りをアンナは見せた……まるで白鷺拳のように。

 その動きに少しばかり驚くジャギ。アンナの体つきは身軽だとは思っていたがこれ程とは……と心の中で感心する。

 だが、感心したのは其処まで。アンナは後退し終えると跳躍して、こんな風に叫ぶのであった。

 「アンナキック!」

 その不似合いな台詞にジャギは思わず体を崩す。その崩した体を通り抜けてアンナは横切り派手にお尻から着地した。

 「いったぁ~!」

 「……何が『アンナキック』だよ、おいっ! そんなんで倒せる馬鹿はいないっつうの!」

 「だってだって! 前にこう言う風にジャンプして悪の怪人を倒す漫画があったんだもんっ」

 「そりゃ漫画だからだ!」

 そのまま軽口交じりの言い合いが続く。……それが彼等の日常風景だった。

 何も損なわれぬ幸福の日々。……けれど、一月後、それは崩れ去る。


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 「……は? アンナと会うのを止めろ?」

 それは唐突の出来事。寺院に何時ものように遅く帰ってきたジャギ。それを腕組みしつつリュウケンは待ちうけジャギに言った。

 その言葉に頭が一瞬真っ白になり、そして納得できぬ発言にジャギは沸々と怒りを沸きつつ言い返す。

 「何でだよ父さん。アンナは俺……僕の大事な友達だ」

 「かも知れん。だが、お前を夜遊びさせるような者に、私は余り快く思わん」

 それは親心から。リュウケンにとってジャギは『家族』。彼を真っ当な道に進ませたいが為の親愛の情ゆえの発言だった。

 けれど、それを理解せよと言うのは酷。ジャギが何たるか知らぬ事。これによって些細な亀裂が生まれるのだった。

 「ふざけるなっ」

 何時も礼儀正しい言葉遣いをジャギはしていた。だが、ジャギはリュウケンの言葉を受け荒々しく言葉を出す。

 「俺にとってあの子は凄く大事なんだ! 幾ら父さんの言葉でも絶対に聞けない! そんな事は俺が認めない!!」

 「お前……ジャギ」

 「絶対に認めないからな!」

 そう言って、ジャギはリュウケンの呼び止める声も虚しく。寺院を飛び出したのだった。

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 「……アンナっ、お前またそんなボロボロの姿で帰ってきやがって……っ」

 「……ちょっとジャギと遊んでただけだもん」

 「ちょっとじゃねぇだろ!? ……ったく、間違えたか? 元気になったは良いけど……お転婆にしろとは言ってねぇぞ……」

 そうリーゼントを掻きつつボスは呟く。組み手をして一杯遊んで土や砂まみれになって……そりゃあ子供は風の子。元気良く

 遊んでくれる事は正直嬉しい。突然男性を怖がってから同年代の子供を見かけても遊べなかったアンナが今ではジャギとなら

 大はしゃぎで遊ぶのだ。だが、出来る事ならば……もう少し女の子らしく育って欲しいと言う願いも父親代わりとして思う。

 その親心ゆえの何気ない発言。だが、その発言はアンナの逆鱗に触れさせる。

 「ったく、そんな風に何時も泥ん子になって帰ってくるんだったら、あいつと遊ぶの禁止にしちまうぜ?」

 回復してきたのを視認しての油断か、それは冗談を含めつつの発言だったのだ。

 だが、それに対しピクンと体を揺らし、アンナは自分の兄を見る。カウンターを吹いていたボスは、その時空気の変化を感じ取った。

 (……っ!? やばいっ)

 「おい、アンナ落ち着け……」

 失敗したと感じ、取り直そうと行動しようとした瞬間。ガシャンとガラスの割れる音がボスのアジトに響き渡る。

 アンナの表情……それは生気を失っていた。何時も元気良く陽の光を吸い込み輝く瞳は濁り、そして死人のように顔は白い。

 「アンナ……」

 「……何でそんな酷い事言うの? ……ジャギは私の大事な人。ずっと前から私が捜していた王子様。……何で引き離そうとするの」

 「おいっ、アンナ……」

 コップを投げたアンナは、顔を歪めて手元にある皿を手当たり次第に投げる。

 「そんな事言う兄貴は大嫌い! 大嫌い! 大嫌い! 嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い大嫌いっ!!!」

 フリスビーのようにボス目掛けて皿は投げられる。それをカウンターにしゃがみつつボスは避ける。

 そして、手元に投げる物がなくなり息荒くアンナは破片まみれの床の上で仁王立ちする。それに言葉をボスは出せない。

 「アンナ……俺は別に」

 「兄貴なんて大嫌いっ!!!」

 そう言って自室へと階段を駆け上りアンナは去る。その泣き腫らしたような表情に、ボスは呼び止める事さへ忘れた。

 「……ったく何だってんだ。……子供の癖に、まるで愛し合ってるかのような……」

 溜息を吐いて皿の破片の処理を如何するか考えるボス。その一方でリュウケンも同じ事を思い、呟いていた。

 「……ジャギ、あの子はお前の何なのだろうな。……お前達を無理に引き離そうなどとは思っておらぬ。だが、危うい。
 お前達の瞳に浮かんでいる光……恋慕や愛情等とでは言い尽くせぬ……どうすればあのような光を……あの年で」

 リュウケンにはジャギが遠く離れた場所に行ってしまった気がした。物理的にも精神的にも……リュウケンは言葉を続ける。

 「……北斗神拳の継承……お前を決してその道に入れる気はないが……彼の瞳を浮かべるお前が北斗神拳を扱う事に
 なればどうなるのかなジャギ。……私は……そんな、途轍もなく不安を抱く想像を拭い去れん……」

 ゆっくりとした足取りで寺院へ戻るリュウケン。……その背中は切なさを宿していた。



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 そして、話は現在の時間軸へとなる。バイクは流石に乗れない歳。自転車の後ろにアンナを乗せてジャギは必死に漕いでいた。

 「ジャギ、頑張れっ」

 「頑張れ……っつっても……坂道……だぞ」

 急な登り道を立ち漕ぎでジャギは登っていた。アンナは下りて手伝うと何度も言っていたが、それは男が廃るとジャギは
 拒否してアンナを乗せて心臓破りの坂を自転車で上り続ける。そして……ようやく山一つを超えた。

 「わ、我ながら結構無茶したなぁ……!」

 「本当に大丈夫? ……お水、もう少ないし……」

 急な家出。ほとんど何の準備もなしに出てきたジャギと、夜に手頃な荷物を作ったアンナ。

 ジャギがアンナの居る場所に着いた頃、既にこっそりと自転車に乗ってアンナはジャギの居る場所へ向かう途中だった。

 そして、互いに何も言わなくても知りえたのだろう。一回頷き、ジャギはアンナを有無言わさず後ろに乗せて旅立った。

 目的地などない。ただあの場所を抜け出せれば良かった。自分たちの世界を脅かす、あの世界から。

 だが、前もっての計画ではなく突発的な行動だった為に……二人とも疲れている。

 そして、時間はお昼。簡単な食べ物(アンナが持ち出していたクラッカーやら固形の菓子)を除けば何も食べていない。

 一本だけの水筒もカラカラ。水だけでも補充しなくてはいけなかった。

 「水のある場所、水のある場所……井戸とか近くにないかな」

 「井戸なぁ……水の音でもすりゃ何とかなぁ……」




                                  ……チャブン



 「……水の音?」

 「え? 私何も聞こえなかったけど?」

 ジャギの耳には確かに水が揺れる音が聞こえた。アンナを引っ張りつつ音の方角へ進む。

 数十分後……何やら大きな屋敷を見つけた二人組みだった。

 「……わぉ」

 「……このご時世にこんなでかい屋敷……どんな成金野郎が住んでるんだ?」

 アンナは純粋に大きな屋敷に驚き、ジャギは屋敷の持ち主を想像して眉をしかめる。
 
 そして、水の音は屋敷の中からジャギには聞こえていた。

 「そりゃあ確かにこんな大きな屋敷なら井戸ぐらいありそうだけど……入ったら色々困らない?」

 至極真っ当な意見。だが……。

 「……このまま汗まみれでいたいか?」

 「さぁて、行きますか!」

 暑さが立ち込める季節。それゆえに不法侵入と大好きな人に汗臭いと思われたくないと言う心の天稟はすぐに勝った。

 もっとも、純粋にジャギは現状の汗と渇きを何とかしたかっただけの発言だが……。

 鉄格子の扉を乗り越えて二人は屋敷の庭園らしき場所へ忍び込む。運の良い事に手入れが余りされてないのか芝は伸び放題で
 子供ならば絶好の隠れ場所だ。二人は体勢を低くして鼠のように暫く歩き続け、目的の物を発見した。……井戸が見える。

 そんな子供ゆえの冒険を二人は無意識下に楽しんでいた。

 「これをジャギは捜してたんだっ。……あれ、でも何であんな遠い場所から、こんな場所の水音が聞こえたんだろう?
 ……ジャギってば、もしかして地獄耳? 耳をすましたらいけない事まで聞こえちゃうとか?」

 「偶然だよ、偶然。何だ、いけない事って?」

 冗談めかしつつジャギは井戸に吊るされていた桶を取る。ようやく水が飲めるのだ。地味に重いロープを二人で引っ張る。

 並々と陽の光を反射しつつ揺れる水。二人は普通の水だけど唾を鳴らし、心行くまで飲もうとした……その時だった。



                                 「……誰?」



 「「ひゃっ!?」」

 手で掬って飲もうとした束の間、背後から突然聞こえてきた声に驚き二人は同時に掌の水を地面に零してしまった。

 「だ、誰でぇ!?」

 「ジャギ、この場合私達が怪しい者だって。御免なさい、喉が渇いて水が欲しくて……」

 江戸っ子のように腕まくりするポーズをしてアンナを守れる位置に瞬時に移動するジャギ。そんなジャギを苦笑しつつ

 アンナは諌めて声の持ち主へと謝罪する。声は伸びきった芝から聞こえ、暫くしてから、その声の正体が現れた。

 (……女の子か?)

 ジャギは第一印象でそう思った。ゆったりとした何やら装飾めいた長いガウンのような服。そしてアンナ以上に伸びている黒髪。

 黒髪には簪(カンザシ)なのか解らないかアクセサリーのような物を髪の毛に差している。顔にも薄い化粧が見られた。

 歳も自分達と同じ程だろうか? 少し怯えた様子の子供が、ジャギとアンナの前へと現れたのだ。

 一瞬どちらとも対峙して動かなかった。その場を動かしたのは目の前の

 「……君たち誰?」

 (って……男か!?)

 声もハスキーで解る人間にしか解らないが、その声のトーンからジャギは男と察する。だが、アンナは気付かないようだ。

 「こんにちは! えぇっとね……私達家出してきたの! 貴方、この屋敷の子? 凄く可愛いドレスだね!」

 「……これ、ダルマティカ(※ゆるやかな広袖のチュニックの一種)って言ってドレスじゃないんだけど」

 「……あれ、その声の調子……もしかして男の子?」

 そのアンナの言葉に若干気分を害したように目の前の女の子のような中性的な容姿の顔の男の子は顔を歪ませる。

 「何だと思っていたの? ……此処の水なら好きなだけ飲んでいいよ。……父上に見つかったら大変だけど」

 そうボソボソと男の子は答える。アンナとジャギは家人の許可を得て安心して水を心行くまで飲んだ。

 半日振りの水、それはどんな食事よりも体中にいきわたる。

 「……ふぅ、助かった。礼を言うぜ。……そういや、お前の名前何て言うんだ?」
 
 行儀悪く口元を拭いつつ、ジャギはその女の子のような格好の男の子に名を尋ねる。

 だが、如何いうわけがモジモジしつつ男の子は答えを出さない。何か言えない理由でもあるのだろうか?

 そんな疑問がもだけた時、自分達の上空から大きな声が響き渡った。

 「フィッツ!! おい! 何処だフィッツ!!」

 剣呑な声。自分が上だとばかりの強さを秘めた声。ジャギは初めて聞く声なのに眉を顰める。アンナもその声を聞いて

 いけ好かないと言った表情を見せた。ただ一人、女の子のような格好をした男の子だけは反応が違った。

 「!! ……父上だ……! どうしよう……こんな格好で外に出てるのが見つかったら……!」

 青褪めた顔。その様子にジャギとアンナは顔を見合わせ、そしてすぐに行動を起こした。

 「こっちだ!」

 「付いて来て!」

 二人はフィッツと呼ばれた男の子の両手を取る。そして困惑した表情の彼を芝を通り抜け屋敷の裏側へ移動させる。

 そのすぐ後を男が通り抜けた。間一髪。その男の容姿は顔は細く、どうも意地悪な感じの目つき、木の棒を持って闊歩している。

 「何処だ! 今日の稽古をさぼって何をしているんだ!?」

 その言葉の内容から、微弱に震えている男の子が稽古が嫌で、この庭園にある井戸へと逃げ出したのだと二人は理解する。

 だが同情を禁じえない。彼等も逃げてきた身。そしてあんな乱暴そうな声を聞くと、この子の不幸を同情し得なかった。

 「如何しよう……ねぇ……如何すれば」

 強まる声と怒気。涙目でおろおろとした表情の男の子に、ジャギとアンナは言った。

 「任せろ、水の礼だ」

 「そうそう、私たちが何とかして見るからっ」

 「……如何やって?」

 ベソをかく男の子に、二人は素早く耳元で囁く。そして相談を終えると素早く先程入れ終えていた水筒を取り出した。

 「……今は悪魔が微笑む時代」

 フッ、と悪そうな笑みを浮かべるジャギ。……悪戯めいた事は大好きな年頃であった。







 ……土を掬う、水をまぶす。そして濡れた土を丸状に捏ねる。

 アンナとジャギ、二人が捏ねている間フィッツと呼ばれた男の子は父親が来ないかどうか見張りを任された。

 暫くして数個作られた泥団子。それを並べてジャギは言った。

 「まず、フィッツだっけ? ……お前が怒られないようにあいつの注意を逸らしてやる」

 「如何するの? 父上はとっても厳しい人なんだ。……稽古をさぼったのばれたら僕……」

 「大丈夫! 要はあの人がフィッツ君の事以外で頭が一杯になればいいんだよ」

 その言葉に、頭に?マークを浮かべるフィッツと呼ばれた男の子。

 それに丁寧にジャギは説明し出した。

 「まず、だ。あいつが此処まで近づいてきたら俺がこの泥団子を投げる。そして、次にアンナ、次にフィッツが投げる」

 「そんな事したら父上に殺されるよっ」

 半ば悲鳴に近い声を上げる男の子の口を手で押さえ続きを喋るジャギ。

 「落ち着け。……複数から投げて、あのお前の親父が怒り心頭になってきたら俺が顔を出す。そうしたら近所の悪ガキ
 だと思いあいつは追いかけてくるだろう。……単純だが、あいつの怒りの矛先を俺達が受ける。その間お前は屋敷に戻れ。
 お前の親父が部屋に戻った時お前が居れば多分大丈夫だろうしな……あぁ、後、時間があれば服を着替えて証拠隠滅しろ」

 ガウンのようなダルマティカと呼ばれた服は芝やらで汚れている。彼一人上手く屋敷に戻れても服の汚れが見つかれば手遅れ。

 屋敷に戻れば自分で何とか出来るとフィッツと呼ばれた男の子は言った。ならば自分たちの役目は時間を稼ぐ事だ。

 「け、けど……」

 「大丈夫っ。私たち逃げ足は速いから!」

 「……自慢すんな、そんな事」

 サムズアップして安心させようとするアンナ。ジャギはやれやれとばかりに頭を掻いて……作戦を決行した。

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 「……何処に隠れたんだ。……時間の大切さを解らないのかあいつは」

 ……丁度子供を叩ける長さの棒を持ち、空いた方の手の平で軽く叩き感触を男は確かめていた。

 この男は事ある毎に息子に厳しく接していた。そうすれば、いずれ自分の夢が叶うと無想していたのだ。

 ゆえに日々休む事のない教育。その折逃げ出した自分の息子への折檻の方法。木の鞭を構えつつ男は庭を歩きつつ考えていた。

 (……外に居る筈はない。あの子は外の世界へ行けるような性格ではないからな。……屋敷の外、其処にいなければ中へ)

 その時、風切り音と共に何かが自分に飛来してきた。反射的に木の鞭を振るう男。
 何かボールのような物。木の鞭に当たって割れる。鞭の方を見遣れば泥のような形跡が見れた。

 「……泥団子だと? ……誰だっ!」

 あの『  』にこんな度胸があるとは思えない。ならば何処かの悪ガキでも迷い込んできたか?

 そう思い男は芝を掻き分ける。漂う羽虫に苛立ち舌打ちする。……男にとって汚れる事は一番嫌いな事の一つだった。

 「何処にいる?」

 見つけて捕まえて、一体どのように罰するか。

 その男は加虐心が強い男だった。想像上の子供を罰する事に薄っすら笑みが零れる。……芝が動いた。

 「見つけた! ……ぁ?」

 飛び込んで動いた芝の付近へ接近した男。だが、其処で見たのは期待とは違う光景。

 其処では何やら紐にくくられた石が揺れて定期的に芝を揺らしていた。それを見て男は確信する。罠にはまったと。

 「一体何処に……っ!?」

 その瞬間三方向から飛来してきた泥団子。男は一瞬硬直しつつも素早く三つの泥団子を粉砕した。

 (三人居るのか……! ……ならば本気を出して一網打尽に……っ)

 「おら、こっちだぜ色男さんよ」

 「何ぃ?」

 見えぬ敵へと本気を出そうとした時、襲撃者の正体が現れた。

 三白眼の黒く空に向けて突いた髪。そんな如何にも悪ガキと言った様子の子供が泥団子を手で弄び口を開く。

 「捕まえたきゃ追ってきな」

 「……ガキめっ」

 子供はどうも好かない。自分の子供も含め、子供は。

 男は捕まえて背中を蚯蚓腫れになるまで叩いてやろうと決意しジャギへ向けて走り出す。

 それを確認して逃げ出すジャギ。だが、男は捕まえられる自身はあった。……男は南斗聖拳を学び、そして伝承者だったから。

 (ククッ、どうせあれは囮。追いかけて捕まえようとした瞬間仲間が援護するつもりだろ? 来い……南斗聖拳伝承者の私に)

 その時、急に前に勢いよく出した右足が地面に吸い込まれた。

 (な、何だ!?)

 足元を見れば浅く掘られた落とし穴。……理解して憤怒する。こんな拙い罠にこの俺を掛けるとは……!

 気に入っていた靴は土まみれ。それも怒りに拍車をかけた。木の棒を折れるかと思うぐらい撓らせて形相となり男は叫ぶ。

 「ガキぃぃぃいいい……!」

 「うわっ……未来の俺の顔より醜いな……」

 「何訳のわからない事言ってやがる! あぁああああぁあ!!」

 子供とは言え容赦はしない、大きく、その子供の背丈より跳躍して木の棒を振り上げる。半ば本気で、その棒をジャギへと
 
 その男は振り落とそうとしていた。男の目には、ゆっくりと、着実に自分を冷静に見上げる子供目掛けて棒を……。

 (……待て、何故『冷静に』俺を見てる……!?)

 そう、違和感に気付いた時は時既に遅かった。




                                   シュッ


                                   ビュッ!!





   
 「もげげげげぇ!??」

 二方向……ジャギの背から気を窺っていたアンナと、背後から奇襲するよう頼まれたフィッツと呼ばれた男の子。

 二人の泥団子は上空に跳んだ男の顔面と後頭部を見事に命中した。

 「くっ……が……ぁ……っ」

 相談……もし、フィッツと呼ばれた父親が本気でジャギに暴行を加えそうだと感じた場合、多少作戦を変更する事にしていた。

 『父上は……南斗聖拳の使い手なんだよ……泥団子なんかじゃ』

 『南斗聖拳? ……好都合だ。そう言う実力者ってのは子供に対して舐めて掛かって来る。そんで自分の誇りやら何やら
 汚されると本気(マジ)になってくる。……お前、自分の父親に本気で立ち向かう気なのか?』

 そう、真っ直ぐにフィッツと呼ばれた男の子の瞳を見るジャギ。

 『……ぅん、僕……逃げてばかりは嫌だから』

 その、男らしい態度にアンナは微笑んで言う。

 『じゃあ決まり! 無事に逃げ切ったら、ちゃんと今度は名前を教えるね!』

 





「……己の無力さを思い知らせてやろう」

 この男は自分の息子に対して虐待まがいの教育を施している。そのような男を見逃せる程、『自分』は非情にはなれない。

目の前でアンナとフィッツから泥団子を食らわされ、血が頭に昇り完全に混乱状態に陥り必死で顔の泥を落とそうとする男。

 ……今なら倒せる。

 そう感じ取ったジャギは手加減は無用と拳を鳴らし……そして思いっきり足を踏ん張って男の股間に拳を捻じ込んだ。

 「%$?!♯&|」

 その瞬間、泥まみれの、フィッツと呼ばれた子供の父親の顔は急速に青褪め……そして地面に伏した。

 「……勝っちまった……」

 呆然と、ジャギは喜んで駆け寄る二人を見つつ、天罰を下した自分の拳をしげしげと見下ろした。


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 そして、夜。ジャギとアンナ……彼等はフィッツがバケットに持ってきたパンやら野菜やら肉類をガツガツと食べていた。

 「ふぁふぃふぁほい!(悪いなおい!)ほひほふひふぁっへ!(ご馳走になって!)」

 「ほへふへ!(御免ね!)ほふふぁひふぁふはん(こんなに沢山!)」

 飛び出して初めてのまともな食事、二人にとって天の贈り物だった。

 それをニコニコとフィッツと呼ばれた子は言う。

 「気にしないで……父上に叱られずにすんだんだもん。君たちのお陰で父上、暫くの間別の場所で休養するんだって!
 僕、ピアノの稽古や、フレッシングの練習やら、夜遅くまで勉強しなくても良いって家政婦さんに言われたんだ!」

 信じられないとばかりに目をキラキラさせて言うフィッツ。

 「……そう言えば、二人の名前なんて言うの」

 その言葉に二人は言葉を噤んでしまう。何しろ家出して来た身。フィッツが触れ込むとは思わないが、この場所に
 ジャギとアンナが居るとリュウケンやボスに知られたら連れ戻される可能性が高い……ゆえに二人は嘘を吐いた。

 「……えぇと」

 「私の名前はアケビ!」

 唐突に、ジャギが悩んでた時にアンナは唐突に言った。

 「……へ? いや、ア」

 「それで、こっちがシラン! 私たち、幼馴染なんだよね。ねっ!」

 「……」

 必死に『言う通りにして』と言う視線を投げかけるアンナに、ジャギはとりあえず、従う事にした。

 「シラン、アケビか、どっちも花の名前なんだね」

 (……あ、成る程花の名前ね……機転を利かせてくれたのか、アンナ)

 そう心の中で礼をアンナに出していると、フィッツは言う。

 「良いな、二人とも外の世界をいっぱい周れて。……でも、偶には僕も母上と久し振りに庭を散歩したり出来るんだよ。
 ……今は、母上は家にはいないけど、そう言う時はお花畑で一緒に母上と歌ったり、花冠を一緒に作ったりして……」

 ジャギはそんな事を嬉しそうに語るフィッツを見ても複雑な気分だった。また、あの父親は復活したらフィッツに厳しい
 教育をするのだろう。問題を自分達は先送りしただけ、アンナも気付いてか食べる手を止めてジャギの顔を窺った。

 「……フィッツは父さんと母さんで暮らしてるのか?」

 「うん、母さんはとっても優しい……父さんは、僕がいずれ立派な人間になるからって……厳しいけど悪い人じゃないんだ」

 聡明そうな光を携えて空を見上げるフィッツ。多分、彼自身も自分の境遇は逃れ得ぬと何処かで悟ってるのかも知れない。

 ジャギは、それでも自分達に食事をくれた優しき少年に何かしたかった。だからこそ手を差し伸べる、……二人で。

 「……なぁフィッツ」

 「私たち、友達になろう」

 言おうとした言葉はアンナが。そして、フィッツは信じられないとばかりに言った。

 「……僕と、友達……に?」

 「あぁ、てかもう半分友達見たいなもんだと思うけどな。……家出してきて偉そうな事言える身分じゃないが……お前、何か
 とっても我慢しているように思えるからさ……あ~、だから、何つうか、ガス抜きが必要だろ? そんで……」

 「思いっきり遊べばさ、今の悩みも軽くなると思うんだ! 私、ジャ……シランと遊んでる時は嫌な事なんて全部忘れるから」

 彼女の言葉は真実。それゆえに説得力は増している。

 だが、フィッツには信じ難かった……今まで友達など居なかったのに……。

 「俺達はお前の友達だぜフィッツ。絶対だ、俺達は嘘は吐かない」

 「うん、私たち三人で今日力を合わせたじゃない」

 そう手を差し伸べる二人の笑顔に、フィッツは涙を一筋垂らして……手を伸ばした。

 ……その後の描写は省いても良いだろう。彼等三人は数日間……一週間程共に過ごした。
 二人は屋敷の住人に見つからぬよう手頃な空き室をフィッツに手引きされ眠り、緊張感あるゲームを彼等はしていた。

 それはフィッツにとって、とても忘れられない七日間だった事は言うまでもないだろう。

 ……そして。

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 「……は? 引っ越す!?」

 「うん……僕の母上……母上がね、体が良くなってきて……それで又一緒に過ごせるようになったから」

 ……フィッツの母親……それは今まで病気で病院で過ごしていたようだが、治り、またフィッツと過ごせるようになったらしい。

 だが、養生もかねて別の場所で過ごす。それゆえにフィッツは折角ジャギ達と友達になれたのに離れる事になった。

 ジャギやアンナにとっては衝撃的な事。けれど、仕方がない事とは幾多にも存在するのかも知れない。

 「……そっか元気でな……」

 「私、短いけどフィッツと一緒に遊べて楽しかったよ」

 寂しそうに、涙目でジャギとアンナは別れを告げる。

 フィッツも泣きそうながらも我慢していた。……それは、ある約束をジャギ達と交わしたから。

 「それじゃあ、シラン、アケビ……また、ね」

 「あぁ、またどっかで会おうぜ……絶対に」

 「うん、絶対に、また会おう」

 手をゆっくり振り、フィッツは去って行った……その衣装を見てジャギは何かが引っかかったが……すぐに忘れてしまった。

 (何だろう……フィッツで『北斗の拳』の誰かに……)

 「ほらっ、ジャギ。行こう!」

 「……って、待てよ、アンナ!」

 二人はもう暫く旅を続ける。ほんの少し、この儚くも幸福な日々を享受しようと。

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 ……とても楽しかった。

 ……心残りなのは自分の名前を偽ってしまった事。そして、二人の住む場所を聞けなかった事。

 ……いや、これで良い。自分の環境だといずれ二人に迷惑を及ぼしかねない。

 父上は、彼らが友達だと知れば、他の人達にするように大人同士の話し合いとやらで僕と彼等を引き離すだろう。

 だから……これで良かったんだ。

 フィッツはまるで大人のような思考を既に備えていた。それは、生まれながらの天才。そして恩恵ゆえに。

 ……もう会えないかも知れない、けれど、それでもあの二人と一緒に遊べて嬉しかった。

 瞳に涙を浮かべるフィッツ……その彼が乗る車は長い時間を更けてから一つの屋敷へ辿り着いた。

 そして、その屋敷の扉では『緑色のマフラー』をした貴婦人が微笑んで車を今か今かと待ち受けていたのだ。

 そして、その貴婦人へ向けて駆け寄り腕を伸ばしながら……彼は叫んだ。
 


                                「ただいま、母上っ」





                                「お帰りなさい、ユダ」












             
      後書き



 某友人がクロスオーバは復活しますか? と聞いている。


 ……とりあえず作品を完結次第するつもり。


 ガンツとクロスオーバしろとか無茶言ってる。とりあえず殴る。










[29120] 【文曲編】第五話『出会い 因果と死闘』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/08/07 19:29
 とある町、其処ではある事件が起きていた。それは陰湿な出来事。弱者を嬲り、それで喜ぶ下衆の事件。

 会議室で一人の警察が怒鳴った。

 「まただ……子供を捕まえては悪戯する事件……くそ、犯人は未だわからないのか!?」
 
 それに、困り果てたように近くに居た警察官が言い訳するように言う。

 「ですが……事後に犯人に薬品を被されたとかで犯人の顔がわからないんですよ」

 「言い訳になるか! ……この町でこのような事件を起こすような人物だ。犯人は腕に自信ある者に違いない!
 しかも、そいつは『我々の印』を備えていたと言う話ではないか! その様な事を許すわけにはいかん。
 不埒な所業を平気で行う犯罪者の事だ。如何にも悪人面で、筋肉隆々の男に違いない! そうに決まっている!!」

 「そんな、勝手な想像を……」

 だが、その勝手な犯人像を上げる男の地位は高いのだろう。自分の描いた犯人像を勝手に配布し捜査を始める。

 ……それは何処にでもある事件の話。……だが、それが今回の物語へ繋がる……。







 一つの坂道を自転車が駆け下る。ハンドルを握る男の子。そして後ろでしっかりと、その男の子に掴まる、ほんの少しだけ背が高い
 女の子。彼女は金色の髪を風のままに後ろへ靡かせながら小さくとも頼もしい自分の王子と共に居る事を喜んでいる。

 気侭な二人旅。彼と彼女は行く宛てはなくとも幸福である。

 周囲は田舎道。街灯なく周囲に民家もない。だが、前方を目を凝らせて見れば何やら大きな町が見えてきた。

 「町だよ、ジャギ!」

 小さく興奮した声を出すのはアンナ。運転する男の子の肩を掴み揺らす。

 「わかってる揺らすなって! フィッツから貰った食料も残り少ないし、丁度良い。今日はあそこで泊まる事にすっか」

 旅を再会する前に少しばかり食べ物を餞別として貰ったジャギとアンナだが、別れてから大分立ち、食料は残り少ない。

 「……でも、私たちお金ないよね?」

 アンナの低い口調に、うぐっとジャギは詰まる。何の準備もせずに旅に出た二人。行きずりの屋敷で同年代の男の子と
 出会っていなければ空腹で苦しんでたかも知れない身。もっとお金やら周辺の地理やら知識を備えておくべきだったと後悔しても
 後の祭り。ジャギはペダルを漕ぎながら暫く唸っていたが、目つきを鋭くして声を強めて言った。

 「大丈夫だ。歳の割には鍛えているし、俺、働くぜ!」

 「雇ってくれないって、私たち子供だし」

 「……あっ」

 アンナの静かな諌めにジャギは気づく。そう言えば自分は『自分』でなく『ジャギ』なのだと言う事を。


 年齢は六歳。アンナも未だ十歳に満たない歳。この二人を誰が雇ってくれると言うのか? いや、誰もいない。

 「……けど、このまま戻る訳にはいかないだろ」

 リュウケンとアンナの兄のボス。この二人が自分達が一緒である事を許してくれるまでジャギは帰りたくない。

 何故、此処まで意固地になってるのか時々自分でも不思議に思う。けど、初めて出来た友達。それを勝手な都合で
 引き離されたくはない。ジャギは帰ると言う選択肢を捨てていた。そして、アンナも同じ。死が別つまで共に居るつもりだ。

 「……あの町でずっと過ごせたら良いね」

 「そっだな。ずっとは無理でも……長く」

 大きな町。寺院や周辺の町を除き初めて訪れる場所。ジャギとアンナは少なからず期待と不安を秘めて、町へと入った。

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 ジャギとアンナが町の影まで辿り着いていた時。

 その一方で、その大きな町で一際目立つ建物……十字の印を掲げる建物では一多数の子供達が修行を行っていた。

 それは南斗聖拳使いを志す子供達。彼等は各々の実力を見出すべくこの場所で修練を行っている。

 北斗、南斗。これについて詳しい説明を行おう。

 北斗神拳……最強の暗殺拳であり内部からの破壊を主とする一撃必殺の拳。一般に知られる事は決してない闇の拳法では
 あるが特定の人物には、その存在が知られている。そして、それを会得出来唯一生き残った人間は唯一人……。

 そして、南斗聖拳。陽の拳として世界には一般的に知られている拳法。外部からの破壊を主とした拳法であり、
 その拳法家の多くは鳥の名を記している。そして、その伝承者を目指し幼き子供達は日々修行を行っているのだ。

 数多くの子供達が組み手を行っている。未だ拳法の初歩を教わっている者ばかり。多くが痣を作れども、南斗聖拳の
 真価である切断する程の威力を備えた力を持った者はいない。その子供達を眺める一人の老人。

 その男はじっと数多くの拳や蹴りを行っている子供達を柔らかな目で、且つ実力を見出さんと奥底で鋭く観察している。

 だが、ある程度観察してから溜息を気付かれぬように吐く。如何やら、見込みある人物は老人の目には無かったようだ。

 (やはり……期待出来るのは、あの二人のみか)

 そんな思考が老人の頭に過ぎる。と、同時に、子供達の修行場へと、もう二人男の子が現れた。

 一度組み手が止まり、子供達がその二人へ視線を集中させる。どうやら、その二人がこの修行場で実力高き者のようだ。


 一人は強面で如何にも戦士と言った風格を持ち、鉄のような色の瞳。紅葉のような色の髪を無造作に縛り上げている。
 髪の毛と同じ色の胴着は汚れたまま、肌も汚れ外見には無頓着のようだ。『武』それ以外は興味なしとばかりに。

 
 もう一人は色々と真逆な風格を持った子供だった。

 うなじまで隠す金髪の髪、ブルーの瞳でギリシャ彫刻のような端整な顔つきをしている。紫色の胴着を纏い、露出した肌、服
 及び汚れに敏感なのか綺麗な侭。まるでモデルのようだ。だが、周囲の羨望の視線など構わないとばかりの静かな拒絶が、
 その男の子の体から滲み出ている。抜きん出た実力ゆえに周囲より孤立している……そんな雰囲気を男の子は纏っていた。

 二人は互いに眼中なしとばかりに別々の場所へ歩み、そして互いに修行場に置かれていた一本の木材へ立ち止る。

 お互いに同じ構えを行い、足を広げ立てられた木材に意識を集中させる。緊張の一瞬、幼き拳法家達の視線の中二つの声が叫ぶ。

 「「しゅあっ!!」」

 同時の気合い、同時の突き。互いの拳が木材へと走る。そして、同時に抜き放った拳を元の構えの位置へと戻した。

 そして……拳が放たれた木材はと言うと、浅く刃物で傷つけられたような跡が出来ていた。

 おぉ~っ、と言うどよめき。紅葉の色を持つ男の子は勝算の声に口元を歪め笑い。金髪の男の子は冷めた顔をしている。

 その二人が付けた柱を注意深く観察し、妙齢の老人は心中で採点する。

 (……『ジュガイ』の放った拳は強く切れ込みを付けているが、荒々しさが残っておる。気性の強さが滲み出ておるな。
 一方『シン』の方は『ジュガイ』に比べ切り込みは無いが、切れ跡は真っ直ぐであり鋭利じゃ……難しいものよ)

 『シン』『ジュガイ』……この二人こそ、後に南斗孤鷲拳伝承者候補として選ばれる二人。そして、見定めているのは
 現南斗孤鷲拳伝承者である『フウゲン』であった。この町では南斗孤鷲拳伝承者を目指すこの二人が居た。

 軽いベルの音が鳴り響く。それと同時に子供達が修行場を離れた。多分、昼時の休憩時間の音なのだろう。厳しい鍛錬を
 終えての開放感に喜ぶ姿が走り修行場を駆け抜ける子供達の様子から見て取れる。無人になる修行場。

 ……否、シン、ジュガイだけは修行場を離れない。休む事さえ惜しいとばかりに黙々と拳打を行っている。

 「シン、そのような力の無い拳では直に俺がお前を追い越すぞ?」

 不敵な笑みを浮かべるはジュガイ。気合の篭もった声と共に柱へと鋭く手刀を放つ。先程と同じく柱に切れ込みが走った。

 「力だけでは南斗孤鷲拳を極める事は出来ん。お前はお前、自分は自分のやり方で南斗孤鷲拳を身につけるのみ」

 そう冷静に言い返すはシン。柱に付けた目印へと正確に拳打、手刀、蹴りが当てられる。放つ度にシンの髪が乱れていた。

 「ふん、確かにシン。お前の実力は認めている。だがな、何時か南斗孤鷲拳伝承者となるのは……俺だっ」

 最後の語尾と同時に強く拳を柱へと打ち込んだジュガイ。それど同時に木材は容易く砕け折られた。

 「はははっ! 力なくして拳はない! 解るか!?」

 そう自慢げに、誇らしそうに自分が折った木材を指差しジュガイは吼える。

 黙々と木材へと拳を放っていたシンは深く呼吸を一回行い手を止めると、ジュガイへと半ば冷たい声で言った。

 「あぁ、お前の拳の強さは認めるよ」

 「ははっ! そうだろ、そうだろ!! シン、今の内に別の拳を身につける事を考えておくべきだな! 後々恥を掻きたくなければ!」

 そう高笑いしてジュガイは修行場を去る。未だ子供なのに豪胆と言うか、青年のような男らしさを秘めている。荒々しいが。

 それをシンは無言で見届けた。そして、誰も人気が無くなるのを確認すると先程と同じように拳を放ち始める。

 ……いや、違う。徐々に、徐々にではあるが速さが増し、そして数分後には腕の動きが見えぬ程にシンの動きが増した。

 「しゅあぁ!!」

 強い掛け声、それと同時に、シンの的である木材は『切り倒れた』




                                  ……パチ、パチパチ



 「! ……師父」

 「見事よシン。ジュガイよりも先に南斗聖拳の真なる領域へ踏み込んだか」

 背後からの拍手。焦りつつ振り返りシンは音源の正体が自分の師だと知り安堵の溜息を放つ。

 南斗孤鷲拳伝承者であるフウゲンは拍手しつつ、シンが南斗聖拳の真髄たる『外部からの破壊』を見に付けた事を褒めた。

 ジュガイのは半ば強引に力で木の柱を折ったに過ぎない。だが、シンの拳は切り倒した。それは南斗聖拳たる証拠。

 フウゲンは温和な笑みを張り付けてシンに近寄る。だが、そのシンを見る視線は鋭かった。そして、接近し鋭くシンへ聞く。

 「シンよ。お主先に南斗聖拳の定義たる『斬撃』を身につけたのならば、何故言わなかった?」

 シンはフウゲンの弟子。何かしら伸びた部分があれば師として知らなくてはいけない。なのにシンは今まで自分に告げなかった。

 いずれ伝承者になるかも知れぬ子供。その心に悪意あれば後の災厄となる。フウゲンは真剣に詰問する。

 シンはと言うと多少フウゲンの突然の出現に焦りを見せていたものの、すぐに元の静かな顔立ちに戻ると冷静に言った。

 「隠す気持ちはありません。これが出来たのもつい最近の事、何より私は南斗聖拳の極みに至っていないのです。
 南斗孤鷲拳の技の一つも会得してない身で、ただ木の柱一つ切り倒しただけでは拳士と名乗れるとは思えませんでした」

 「言う必要もなかった、とな?」

 その言葉にコクンと頷くシン。フウゲンは、この子供は大人びていると感じると同時に、戦慄さも感じていた。

 拳法の極みとは底知れぬ長い時を経て完遂する。この子供は意識せぬままだが、この歳ならば諸手を上げて喜ぶ事を
 当たり前の事と受け止め次へ次へと飲み込もうとしている。その、底知れぬ武への探求と欲望にフウゲンは僅かに惧れを抱いた。

 「そうか……だが、修行も良いが、お前の歳ならば外で同じ年頃の者達と交わり遊ぶ事も必要だぞ……見よ」

 修行場にある窓を指差すフウゲン。見下ろせば、活気づいた笑い声と共に修行する子供達が遊んでいる。ジュガイの姿もだ。

 だが、シンは冷めた顔で言った。

 「自分は拳を身に付ける方が今は大事ですから」

 その言葉にフウゲンは少しだけ頭を痛めた。才能ならばシンは、この町の中では上だ。だが、悲しきかな友を作るに不得手。



 
 予測ながら、シンは幼少期はケンシロウと同じ気質を持っていたと考えられる。ゆえに、子供の頃は拳意外に
 興味を示したとは考えにくい。ケンシロウも滅多に感情を表す方でなく、自身が心惹かれる物、事においては
 顔つきを変貌させる所において、子供の頃の境遇は似ていたと思われる。ゆえに、シンとケンシロウは、いずれ会うときに
 友人となったし、ユリアを愛す事も宿命だったのだろう。……それゆえに、正史ではあのような悲劇が行われた。

 

 (この子にはもっと心のゆとりが必要だ。真っ直ぐで、性根も良いが……此の侭育てば心の何処かに脆さが……)

 「師父。用件はそれだけですか?」

 シンはと言えば既に自分の切り倒したのと、ジュガイが力ずくで倒した柱を脇へと片付け新たな木の柱を建てている。

 フウゲンは、気を取り直しシンへと言葉を告げる。

 「皆にも伝えたが、夜遅くには歩かぬようになシン。最近、子供を狙った悪質な犯罪が起きているようじゃからのぉ」

 「存じています。ですが、出会ったならばその時がその者の最後でしょう」

 そう呟き、一度間合いを作りシンは木の柱と距離を開ける。

 そして、フウゲンの技を真似、跳躍してシンは叫んだ。

 「南斗獄屠拳!!」

 その技は、蹴ると同時に相手に南斗の斬撃と衝撃を同時に与える南斗孤鷲拳の奥義とも言える技。

 未だ完全に物にせずとも、何時か究めたる事。それがシンとジュガイの同じ目的。

 「……下劣な暴漢如き、師の弟子たる自分は遅れを取れませんよ」

 柱に新たな傷を技で作るシン。その自身の成長する力に対し表面は冷静ながらも、僅かだが表情には獰猛さも見れた。

 その一瞬の表情の変化を見逃さず、だが、何も言わずフウゲンは建物の上へ登り、未だ明るい空に星を見定め呟いた。

 「……南斗の星よ、幼き光は今日も輝かんと切磋琢磨しております。……しかし、南斗孤鷲拳を究めし人物は
 本当に育て上げられるのでしょうか? 南斗の星々よ。私はそれが不安で堪りませぬ」

 ジュガイは武人のような性格であり、人を集う指揮力や前へ進む情熱がある。だが、反面暴力性が時折見えなくもない。

 そして、もう一人シン……才は先程見た通り。だが、あの子はこの侭育てば一つ何かが崩れればジュガイ以上に自身の
 力を何か恐ろしい事へと使用するようにも思える。師とは、これ程までに懊悩すべき者なのだろうか?

 ふぅっ、と息を吐き。フウゲンは町を見下ろすのだった。

 「……南斗聖拳は陽の拳。使い方を誤れば陽は陰へ容易く堕ちる。……果たして、あの子等はどのように拳を未来で使うか……」

 
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 そう憂うフウゲンを他所に、ジャギとアンナは町へ辿り着くと歓声を上げていた。

 「凄いよジャギ! あそこ、ほらっ、あそこ可愛いアクセサリー一杯立ち並んでいる! あっ! あそこではドレス売ってる!」

 いや、正確にはアンナだけが黄色い悲鳴を上げているだけだ。ジャギはと言うとこの町で何か商売は出来ないかと模索していた。

 「靴磨き……まず道具ないし。……伝が無いから頼み込んで店の手伝いは無理、……売れるような物はまったくない。
 ……くそっ、北斗神拳さえ……北斗神拳さへ使えれば大道芸と偽って金を稼げるのに……!」

 「何ぶつぶつ言ってるのさジャギ! ほらっ、折角来たんだから町を探索しよう!」

 そう朗らかにアンナは笑う。どんよりと曇った眼をして暗い声でジャギは言う。

 「アンナも少しは悩んでくれよ~。金ないから食べ物も手に入らないし、それに金がないから宿もない。……未だ結構暖かいから
 外でも眠れるかも知れないけど雨降ったらどうする? ……あぁ、くそ! 先行きが不安で苛々しちまう!」

 大学時代も今月の生活費のやりくりなどで悩んでた気がする『自分』だが、この世界ではすっかり忘れていたが、
 衣・食・住を身につける事さへ大変なのだ。そんな風に、世界で生きる事に段々と精神的な負荷が増してきたジャギだが……。

 「ねぇ、ジャギ」

 それを、アンナは見透かしたように透明な色を帯びた瞳でジャギを見つめて言う。

 「色んな小さな事で悩んじゃうとね……大きな嬉しい事を見逃しちゃうんだ」

 「……大きな嬉しい事?」

 「うん、何か解る?」

 その問いに、ジャギは暫く悩んだ。悩んだが、答えが見つからない。

 「……わかんね」

 ぶっきらぼうに降参を告げるジャギ。アンナは微笑んで言った。

 「それはね、『今生きてる』って事。確かにもう食べる物も無いし、今日寝る所も無いかも知れないけど……私達、
 生きてるもん。最悪、何か盗んでても食べるし、道の真ん中で物乞いしたって良いよ? ジャギがお腹空いてるの嫌だし」

 「物乞いって……」

 二の句が告げないジャギに、アンナは続けて言った。

 「お金だって町の外で動物捕まえて売る事だって出来るし、私、花が好きだから花売りしたって良い。……男の人が
 怖くなってから、私、ずっと暗い場所に閉じこもる事が多かった。だけど、ジャギが私を見つけてくれて世界が広がった」

 そのアンナの言葉で、ジャギはアンナが花の名前について詳しい事。そして、最初見つけた時小屋の中に居たのを思い出した。

 笑みは空に輝く陽射しを受けて輝く、アンナは力強く言った。

 「どんなに辛い事があっても、二人で一緒なら何とかなるよ。ジャギ」

 その言葉は……何の実証もなく、不安定で気休めかもしれない。

 けど、ジャギは暫しアンナの瞳に吸い込まれそうな程見つめてから、照れくさそうに笑って言った。

 「……へっ。それじゃあアンナの言うとおり、今を楽しんでみるかな」

 「そうそう! だって、折角来た町だもの。楽しもう」

 アンナの手を握り、ジャギは共に町を駆け抜ける。アンナの手は熱く、ジャギの心と体にも熱が伝わったように足取りは進んだ。

 ……町の商店が立ち並ぶ所。其処でお金がなくともアンナが服を見て試着したりするのをジャギは時折疲れ、時折称賛する。

 張り紙で『全て食べきったら×××××円』と書かれた場所へと赴き。ジャギは腹が破れそうな程に詰め込み賞金をゲットする。

 町の広場。風船を配るピエロ、そしてジャギとアンナはともに風船を持って歩く。心も風船のように軽いまま。

 二人は楽しかった。心行くまで、共に驚き、口喧嘩したり、笑って……そして気がつけば空には北斗七星が見えていた。

 「……すっかり夜になっちゃった……」

 「そうだな。大食い成功した賞金あるから一泊出来るけど、子供だけで泊まらしてくれるかぁ?」

 「あっ、それ私も考えてなかった……駄目で保護されそうになったら逃げて何処かに野宿するしかないかな?」

 それしかないか、と。ジャギは野宿が確定しそうだと頭を垂れる。そんな横へと針金のように立てられるジャギの髪の毛を
 アンナは感触を楽しむように梳きつつ、何時ものように笑い声を立ててフォローの言葉を投げかけた。

 「大丈夫大丈夫! 雨も降る気配ないし、私、ジャギと一緒なら野宿も大歓迎だよ。二人一緒に抱き合えば寒くないし」

 「抱き……っ。いや、いやいや。流石に毛布買ってだなぁ」

 「あっ、ジャギったら赤くなってる。やらし~」

 からかうアンナに、ジャギは大袈裟に拳を振り上げる。それに応えてアンナも笑いつつ逃げる。辿り着くは人気なき公園。

 「おっと、ちょいと手洗いしてくっかな」

 目に止まったトイレを発見し、ジャギは呟く。アンナはと言えば『ちゃんと手は洗ってよ~』と未だジャギをからかう。
 
 口では叶わない。ジャギは逃走するようにトイレへと駆け込む。トイレがぼっとん式なのを危惧したが、和式の普通の
 水で流れるトイレであった事を確認してほっとした。流石に、埋め立て式である事はこの世界に慣れても嫌だ。

 (世紀末になったらトイレも破壊されるんだろうなぁ。……本当、精神的に可笑しくなりそうだよなぁ……実際)

 用を足して未来に溜息を吐くジャギ。出口を抜ければ空には星が輝いている。すっかり夜だと何故か感心してしまった。

 「おいアンナ、もう済ました……ぜ」

 ……いない。

 公園は先程からの静けさのまま。そして、女性用の個室に目を走らせ、少し覚悟を決めて覗き込んで確認したものの、いない。

 いない、アンナがいない。……消えてしまった。

 「……お、おいアンナ? 悪い冗談だ、早く姿を見せてくれよ」

 そう冷や汗を流しジャギは言いつつも、アンナが冗談で隠れている可能性を心の中では否定していた。

 最悪の可能性、その可能性が心の中を占める。……そう、夜は無法者が闊歩する時間。ならば……ならばアンナは。

 その可能性に辿り着いた途端。ジャギの頭には激痛が走り……何かが過ぎった。

 ……何時も走り修行していた北斗の寺院の階段。

 ……その寺院の階段に誰か女の姿……ぼろぼろで肌身を露出し倒れている。

 ……その倒れた人物を『   』は知っていた。そして『   』は好きだった。
 ……なのに、なのに『   』は……。


 「……はっ!?」

 我に還るジャギ。そして、目の前が元の公園である事を認識し、今脳裏に起きた光景が幻覚だと悟る。

 だが、そんな事はどうでも良かった。あの……あの光景が現実になると言う事だけはジャギには耐えられない。

 「アンナっ!!」

 闇雲に、闇雲にだがジャギは公園を飛び出し闇夜へ飛び込んだ。

 ……もう二度と……同じ過ちをせぬようにと……。


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 空に輝く北斗七星。

 その脇に輝く蒼い星、私はずっと一緒に彼と居るようにと願う。

 だけど、その願いは永遠に来なかった。いや……来ないと思っていた。

 永遠に等しき長い時間の中で……その願いはようやく叶った。

 願わくば……其処では安らかな眠りを……それは、淡い希望なのでしょうか?






 「……お嬢ちゃん……大人しくしててねぇ」

 暗い路地裏……其処でアンナは長身で、眼鏡をした男に口を塞がれている。

 その男は普通の男だった。町で商売をする中肉中背の男。大人しめで、周囲に目立たないような、そんな男だった。

 そんな男が怪しく夜の星空に照らされない場所で、アンナへとギラギラと危ない蒼い光を宿しつつ見ていた。

 ……アンナは弱くはない。その拳も、その動きも常人ならば容易く捻じ伏せられる強さを持っている。

 けれども、けれどもアンナは金縛りに会ったように何も出来なかった。それは、その男の瞳の光は余りにもそっくりだったから。

 ……全身に走る生臭い感触、そして軟体の気持ち悪い生暖かい物が走る感触。腹の中心に走る痛み。股間部分に触れる……。

 アンナの瞳からは生気が急速に失われつつあった。ジャギとの出会いから取り戻してきた生きる光が……急速に。

 (……ジャ……ギ)

 愛しい愛しい人の名。そればかり頭と心に満たす。涙は瞳から流れ、力ない体とは逆に心は必死で助けを望む。

 ジャギ、ジャギ……助けて。

 「いいねぇ、お嬢ちゃんの、その絶望に満ちた顔最高だよぉ。ふふ……怖がらないでいいよ、すぐに済ませてあげ」

 

                                    トン



 男の言葉は途切れた。暗い路地裏に、現れた足音。

 荒い息遣い。全速力で駆けてきたのが直に解る息遣い。壁に手を当てて肩で息をしつつ、だが、瞳だけはしっかり見据えている。

 暴漢たる南斗の町を脅かしていた男……その冴えない顔つきで、何処にでも居るような男は現れた男子へと不気味に哂った。

 「おやおや、どうした僕? そんな苦しそうな顔して。おじさんが薬を上げようか?」

 その男は、薬剤師だった。……男の心には自分で作った抗生物質でも治らぬ心の病があった。
 ゆえの犯行、ゆえの心の闇が起こす狂気。男は自分で作った記憶に弊害を起こす薬品を掲げて優しい声を出す。

 「……ろ」

 「うん? すまない、よく聞こえないなぁ……何て」

 その男の声は途切れた。……何故なら呼吸を正した彼は、逆立てた髪を揺らし、爛々と瞳を赤く光らせてこう言ったのだ。





                               「俺の名を……言ってみろ」



 
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 ……かつて、『正史』では七つの傷を刻んだ男が一人の男の技を盗んだ。

 その男の技を盗んだ理由? それは知る由もない。だが、推測ならば語れる。多分、その男の境遇は自身の復讐すべき
 人物と似通っていたゆえに。且つ盗み易く、そして彼の魔性たる暴力性を見抜いていたからかも知れぬ。

 男はそして拳法を身につける。そして、その拳法で憎き相手へと浅く傷をつけた。その拳法の定義は身につけれはしたのだ。

 その拳は悪に染まり、陽の光は黒く歪んだ。

 果たして、その拳は何かを残せたのだろうか?


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 『死闘』それは相手と命をやり取りする闘いの事。

 ジャギは体験していない。ジャギは今まで子供の殴り合いと、複数で大人を気絶した経験しか得ていない。

 厳しい修行はしていた。汗がこれ以上出ない程に腕を鍛え、腹を鍛え、足を鍛え、ただひらすらに、力を求めて。

 彼は闘いを経験してはいない。子供相手のは喧嘩。好意を抱く相手との組み手も闘いとは呼べぬ物。

 そんな一度も『死闘』を経験していない身で、ジャギは知りえる事が出来た。

                       人はただ一つの事柄でこんなにも人を殺したいと思えるのだと。

 

 ジャギの体には殺気が漂っていた。六歳、僅か六歳ながらもその身には殺気が、相手を寄らば死なす意思が周囲に漂っていた。

 だが、アンナの側に居る男はジャギのその気配に僅かに身じろぎしつつも、直に不気味に顔を歪ませ哂いながら言った。

 「……いけないなぁ、そんな怖い顔して。……ほら、私は何にもしない……よっ!!」

 男は無抵抗だとばかりに両手をL字に上げ、そしてジャギ目掛けてナイフを投げた。

 「ジャギっ!!」

 小さな悲鳴と呼び声。愛する人が駆けつけてくれたのは嬉しかった。だが、今この時投げつけられた凶器に身は縮まる。

                                   カキンッ!

 「……甘いわっ」

 微動だにせず腕を振るいナイフを弾くジャギ。……怒り、憎しみ、負の感情で暴漢を見据えるジャギにはナイフもスローに見えた。

 そして足に力を込めて暴漢目掛けて殴りかかる。アンナへと、無邪気な魂を嬲ろうとした事、全ての負の感情を拳へ込めて。

 だが、それは無為に帰す。

 「怖いなぁ!!」

 「ゴフッ!?」

 男の蹴りがジャギの腹部を捉える。拳は届かず、壁に強く背中は叩き付けられた。

 「うっ……がっ!?」

 気持ち悪さと鈍痛がジャギの腹部を暴れる。口元から唾液が零れる……このような痛みは初めてだった。

 それを暴漢は不気味な笑い声を立てて言う。

 「ヒヒヒヒッ! 幾ら南斗聖拳使いとして未熟な私でもねぇ! 子供相手に苦戦などしないんですよぉ」

 「ふっ……ぁ……お前が、南斗聖拳……使い?」

 腹部を押さえつつ、ジャギは俄かに信じられないと言外に含めて呟く。

 男はジャギの問いに丁寧に答える。

 「ええ、そうですよ。ですがねぇ、落ちこぼれで、南斗聖拳の定義も身につけられなくてねぇ。その所為で周りからは
 散々馬鹿にされましたよ。こう、今日見たいに南斗の星が輝いている日はねぇ……子供相手に発散するんですよぉ!」

 そう言ってまた強くジャギの頭へと蹴りを暴漢は放つ。額に蹴りは命中し、ジャギは大きく吹き飛ばされる。

 「ジャギぃ!!!」

 「ははは! 可愛い可愛いナイトが来てくれたのに残念でしたねぇ。……まぁ、この侭だと警察に気付かれるかも
 知れませんから、場所を移しましょうか。其処でゆっくりぃ~、君の相手をしてあげますよ」

 舌なめずりする男。アンナは悔しかった。

 こんな奴に……罪もない子供相手に欲望を発散するしか出来ない奴に、暴れる事も出来ない自分が悔しかった。

 何故、私は悲鳴を上げれもしない? 何故、私はジャギを苦しめる相手に数年間個室で鍛錬した力で挑もうとしない?

 アジトの地下。あそこで数年間自分で作ったトレーニングジムで必死に鍛えたじゃないか。

 人気のない森の中を。動物達相手に一緒に駆け抜け必死で誰よりも速くなるようにしたではないか。

 なのに、なのに全部無駄? こんな、不気味に蒼い光を宿す男相手に、『また』同じ目に遭わないといけないと。

 嫌だ……嫌だ嫌だ。

 「嫌……だ」

 「怖いですかぁ? 大丈夫ですよ。痛い事は全然無いんですからね」

 腹に力を込める。私の力の源、私の生きる目的。大丈夫、その名前を呼んで、そして打ち破るんだ……呪縛を。

 「ジャギ……!」

 もっと、もっと強い声で……!

 


                               「ジャギ!!!!!!」


 その声は……路地裏の壁を反響し周囲に響き渡る。

 暴漢は少しばかり焦った。人気のない場所を選んだとは言え、今まで人形のように固まっていた子供が突然
 大声を出したのだ。今までの自分の遊びに起きたアクシデント。歯を出し、手を震わせて上げながら暴漢は呟く。

 「いけない子ですねぇ……!」

 黙らす目的で振りかざされた手。だが、それが降ろされる事は終ぞ無かった。

 「……勘違いするな……終わりじゃねぇ……」

 背後から聞こえた声。暴漢は信じられないとばかりに振り向く。

 殺す……事は出来ずとも気絶は可能な威力で放った蹴り。だが……それは立ち上がっていた。

 愛する者の叫び。愛する者の言霊が、脳震盪を起こしかねない衝撃さへも耐え切り、彼の体を動かしていた。
 
                         「これから貴様に生き地獄を味合わせてやろう……!」

 

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 『へへ……やった、やったぜ!』

 ある時、ある場所の話。

 其処では一人の男が居た。その男は鉄の柱、その柱に出来ている、突き出した掌がすっぽり入るような穴を見て喝采していた。

 『どうだぁ、俺はやっぱり伝承者だ! これ程早く誰が南斗聖拳を身につけられる!? いや、誰も出来ん! はははっ!』

 男は嘲笑(わら)っていた。ただただ苦しみを忘れるには笑う事しかないとばかりに、天に木霊して笑っていた。

 『見てろ×××××!! てめぇの心臓に、俺様の南斗聖拳が当たった時がてめぇの最後だぁ!!』

 『い~ひっひひひ!! こいつをただの貫手だとあいつは思うだろう! だが、こいつは俺の意思で心臓すら痛み無く
 抜き取れる! 今の俺様ならば×××××如きに負ける要素はない! 俺様は無敵だ! 無敵だぜ! あっははは!!』

 その男は己が強い事に執着していた。そうすれば、自分が敗北してないのだと思ったから、男はただ嘲笑(わら)っていた。

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 「はははっ! 何だその構えは!? いいさ、来なさい! そんな構えで私が倒せると本気で思ってるなら!!」

 腕を水平に後ろへと構え、両膝を曲げ、相手の腹部のみを見据える。

 ジャギの額には暴漢の蹴りにより浅く血が吹き出て瞳を伝い流れていた。それでも、目を閉じず、ジャギは構えを解かない。

 「例え正式に南斗聖拳を究められずともねぇ! 私は多くの拳法家と闘って来たんですよ。……それによる方式は……
 君は、絶対、私に……勝つ事は出来ないんだよおおお!! 悲しい事にねぇえええええ!! 死になさいいいい!!」

 ナイフを振りかざしジャギへと走る暴漢。殺人を犯すのは暴漢にとって初めての事。今まで幼少の女の子にしか手を出すしか
 なかった。だが、此処にいるのは目撃者。自分の安穏な生活を脅かす細菌。ゆえに、負の悦びに染めつつ男の手に鈍りはない。

 対するジャギは、走馬灯のように暴漢の男の動きがゆっくり見えていた。失敗すれば自分の脳天にナイフが刺さるだろう。

 恐怖はない、躊躇はない。ただあるのは憎悪。アンナを脅かした者に対しての制裁だけが体中を支配していた。

 (そうだ殺してやる。殺してやる。ぶち抜いて、貫いて殺してやる。このゴミを、この邪悪を滅してやる)

 グクッ、と僅かに腕の角度を修正した。近づく暴漢。ジャギの頭の中には既に暴漢の心臓を両手の貫手で貫くイメージが出来ていた。

 (そうだ来い。来い、来い来い来い来い来い来い……)

 この両手に 貴様の邪悪なる魂を染め上げて。

 
                                   ジャギ……





 (……アンナ?)

 その時、暴漢の端っこで自分を見るアンナの姿に気付いた。

 その姿は未だ何もされておらず衣服に乱れもない。それはジャギにとって安堵すべき事。そして、その瞳には涙。
 
 その瞳の涙と共に、何かがジャギの体に走った。そして……ジャギには聞こえた気がした。



              
                              ジャギ……私は……『今の』ジャギが……好き


 「南斗……」

 迫る暴漢、もう迷う暇はなし。

 ジャギは意を決し……自分にとって唯一である南斗の技を放った。

 






                                  南斗 邪狼撃






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 それは、偶然の出会いだった。

 夜遅く、偶々修行が長引き帰る時刻は夜。それは良い、それは伝承者を目指していれば当たり前の事だから。

 だが、暗闇を歩いている時、誰かの名を叫ぶ悲鳴が聞こえた事は、当たり前の事ではない。

 (悲鳴? ……もしや、今日師から聞いた暴漢か!?)

 手柄を立てるとかそう言った野心などではなく。ただただ南斗の拳法家たる自分が住む街を荒らされるのが嫌な事から。

 例え未熟と言えど、すべき事を行いたいと彼は常人以上の脚力を以ってして現場に急行し……それを目撃した。

 (何と……!)

 それは一人の自分と同じ歳である男が大の大人相手に南斗の技を繰り出す姿。

 荒々しく、未熟で、それは師が見せた技のように美しさも洗練さも無かった。

 だが、ただそれには何やら圧倒する力……そう、『生きる力』があった。

 懐に突き出される両腕と伸ばされた両手。それは確実に暴漢の腹部に吸い込まれ、そして暴漢は路地裏の外へ吹き飛んだ。

 「がはっ!! こ、このガキ、が……っ、殺して!」

 男は腹部を押さえ取り乱した様子でナイフを取り出し激情する。だが、暴漢の男の願いは虚しく、冷たい声に遮られた。

 「その必要はない」

 男の背に近づく。背後を取られた事に驚き暴漢は振り向く。そして自分が誰なのか知り、青褪めて言った。

 「お、お前……あ、貴方は……!」

 その暴漢の男は、一目見てその人物が誰か知りえたのだろう。何せ腐っても南斗の拳法家。そして、彼は若くして
 南斗孤鷲拳の伝承者候補のホープとして期待されていた。ゆえに、その暴漢の男は負の連鎖反応に対し絶望を感じた。

 だが、暴漢の男は眼鏡も割れ、そして胃液なのか唾液なのかわからぬ液体を口元に滴らせつつも余裕の笑みを取り戻す。

 「は、ははっ……た、例え如何に期待されていても子供は子供! 優秀な南斗の伝承者候補には悪いが……消えてくれぇ!!」

 振りかざされるナイフ。だが……それは彼にとっては無駄な事だった。

 「お前ごときでは……俺に勝つ事は出来ん!」

 ナイフを軽々と避け、そして彼は放つ。自身の拳法たる技を。

 それは未だ未熟、だが、それでもこの南斗の名を汚す男を沈めたらんと、そのブルーの瞳を光らせる。

 獰猛に変化する顔つき。本気で、真剣に力を出そうとする時自分は極悪人のような顔つきに変化してしまう。

 口調も普段の幼い口調よりも男らしくなり、それを注意され余り普段は稽古場で実力を全て出し切る事は出来なかった。……だが、今ならば!

 「南斗……!」

 脚に力を込める。全身の気を、張り巡らせた相手に込める闘気を脚へと。

 イメージを膨らませる。体中から傷跡を作り、血飛沫を上げる男の末路を。

 そして、『シン』は叫んだ。

 
                            

                                  南斗獄屠拳!!




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 もし、もしの話。

 もし、自分が南斗聖拳を身につけなかったら。

    もし私が何か一つでも拳法をみにつけていたら

 もし、自分が北斗神拳をみにつけなかったら。
 
    もし私が何か一つでも武術をみにつけていたら

 もし、自分があの父親に育てられなかったら。
    
    もし私がほんの少しでも生き方を変えれたなら
 
 自分は幸福になったのだろうか? 自分はあんな結末を迎えずに済んだのだろうか?

 かも知れない、そうじゃないかも知れない。だが、どちらでも良い。

 だとしても、どっちにしても不幸になるならば、迷わず同じ道へ辿る。

 理由? そんなものは決まっている。

 その道に 自分の愛する花が咲いているからだ。

 その道に 自分の愛する人が待っているからだ。

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 「……ここ、は?」

 ジャギが気付いた時。其処は見知らぬ天井だった。

 初めて自分が『ジャギ』として見た天井とも、アンナの住まう場所の天井とも違う結構豪華な色をした天井。

 よくよく注意して周囲に感覚を巡らせると、どうも可笑しい。

 体を包む柔らかな毛布。そして誰が知らぬベットの横から窓越しに朝の陽射しが零れている。

 その時やっと気付く、自分は南斗邪狼撃を暴漢目掛けて全力で放ち……後は?

 「アンナは……アンナはっ!?」

 「気がついたか?」

 ふと、柔らかな自分と同世代と思しき声がした。

 そして、その声を聞いた途端電流のように何かが走りぬけ、ぱっと横を振り向き……そしてジャギは見た。

 (……シン)

 紫色の服。背中までは無いが肩まで伸びた髪。そしてブルーの瞳。例え背が低く声も子供特有に少し高くともジャギには解った。

 『シン』……南斗孤鷲拳伝承者であり、世紀末で自分が唆し救世主たる弟の愛する女性を奪い、そして死んだ男。

 愛に命を懸け生きる『殉星』たる宿命を備え、そして彼は報われぬと理解しても永遠に愛する人を想った……。

 そんな男が何故此処に? いや、その前に此処は何処なのだろう?
 
 「此処は?」

 「自分の家で、客間だ。安心しろ、両親は好きに使って良いと言ってるからな」

 「……アンナは」

 ジャギの言葉に、シンは柔らかに答える。

 「その女なら、お前の側にいるぞ」

 「え……」

 起きて手を見る……其処には手を握りベットに頭を乗せて眠るアンナの姿。見つめているとシンが説明した。

 「覚えているか? お前が南斗の技を放った後に気絶して、必死にその女がお前を助けてくれと俺に頼んできたんだ。
 まぁ、自分も人でなしでなし。幸い頭の傷も浅いし、それ以外に傷は無かったよ。その女はずっとお前の手を握ってたな」

 『殉星』たる宿命を持つゆえか、愛する者の介護たる様子はシンの心の琴線に何か触れたのだろう。アンナを見る瞳は優しい。

 「そうか……ありがとな、シン」

 「……待て、お前に自分は名を言った記憶はないが?」

 (しまった……!?)

 怪訝そうにジャギを見るシン。それを心中焦りつつジャギは口を開く。

 「い、いやっ。ほ、ほらっシンと言えば南斗の……」

 上手い言い訳が作れず口ごもる。まぁ起きぬけゆえに仕方がない。だが、ジャギの必死な想いはどうやら通じたらしい。

 「……成る程、確かに自分は有名かも知れんな。……皮肉なものだ。南斗孤鷲拳伝承者候補として天狗にならぬようにとの
 考えで控えめに過ごしてたつもりだが、噂は止められんからな。まぁ、南斗の拳法家としては嬉しい事か……」

 どうやら、自分が有名な事を自覚してか勝手にジャギの言葉を勘違いし受け止めたシン。その様子を見て、ジャギはホッとする。

 「……まぁ、改めて。自分は南斗孤鷲拳伝承者を目指している……シンだ」

 そう、笑顔も無く生真面目な顔でシンは手を差し出した。

 「ジャギだ。……礼を言うぜ、お前がいなきゃ俺も……アンナも……」

 そう……シンが居なければ多分暴漢に自分は手も出せず殺され、アンナは誰も目の届かぬ場所で一生心に残る傷を負っていた。

 それを想うとゾッとする。シンは救世主だ。自分達の。

 感謝して頭を垂れるジャギに、シンは少し黙ってから言った。

 「……言っておくが、お前は多分、あの男を倒せていた」

 「え?」

 ジャギは呆然とした声を出す。シンはジャギの様子に構わず自分の感想を口にする。

 「……あの貫手、お前は放つ瞬間に力をわざと逃がしていた。……殺さぬよう加減をあえてしたのか知らんが、もう少し
 力を瞬間的に強めれば、あのような男の腹部を簡単に貫いて絶命してた筈だ。……何で、わざと力を逃がしたんだ?」

 そう、その事が理由でシンはジャギを助けた。

 南斗の技。もし、自分が伝承者となれば南斗聖拳を守る柱となり、管理する者とならなくてはならない。

 このジャギと言う人物が何者かは後で詳しく聞かなくてはならないが、その拳法で暴漢を殺さなかった理由に興味があった。

 それは武を究めたき欲望ゆえか、単なる好奇心からか解らぬが、ジャギを救った理由の大部分がそう言う事だった。

 ジャギは、そのシンの質問に僅かに頭を巡らしてから……口を開く。

 「……わざとなんかじゃねぇ。あの男を、俺は本気で殺す気だった」

 「……アンナを好きにしようとするあいつが許せなくて。そんな事を平気でやろうとするあの男が憎くて憎くて……。
 絶対に二度と出来ぬよう……あいつの心臓をこの世から消し去るつもりで俺はあの技を放ったんだ……けど」
 
 ジャギの手を握り締め、眠るアンナの髪を掬い続ける。

 「……声がさ……聞こえたんだ」

 「声?」

 シンは不思議そうに聞く、そして、ジャギは照れくさそうに答えた。

 「あぁ……頭が変だって思うかも知れないけど……アンナの声で、俺が俺のままでいて欲しいって……。そう言われて、
 その瞬間何か殺しちゃいけない気がして……それで、俺は多分、あいつの腹を貫く力を緩めたんだと思う」

 「……たった、声が聞こえたと言う、たったそれだけの理由だけで」

 それはシンにとっては有り得ぬ事。

 殺されるかも知れぬ状況。そのような最中意中の相手の言葉のみで憎悪を、殺意を秘めた拳を一瞬で力を無くせるのか?

 そのような事は達人でも難しいだろう。師であるフウゲンの言葉を思い出す。拳の極意とも言える、拳法の心得たる言葉を。

 

 『技』とは、人が人を制す為の物。それは己を守る爪となり己を狩る牙となる。ゆえに……『技』とは扱う事が困難な物。

 しなる剣がないように、縮む槍が存在せぬように……『技』は放たれれば他者を自分の想像のままに傷つける事じゃろう。

 
 
 なのに此処に存在する自分と歳がそう変わらぬ男は……それをやってのけたと言う。

 南斗聖拳の極意たる『外部からの破壊』を自在に操作した……それが真実ならば凄い才を秘めてる……この男は!

 「……なぁ、ジャギ」

 シンは、照れくさそうに頭を掻くジャギへと真剣に、こう言った。





                               「暫く……自分の家に住むか?」










   
     後書き


 某友人『沙耶の唄のクロスオーバ作品出たら、以前よりレベルアップしたものにしてね(ハート)』











 喰われろ








[29120] 【文曲編】第六話『修行 馴れ初めと理解』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/08/08 08:47
 明るい空の下 その空の下で今日も南斗の未来を背負わんとする子供達が修行を行っている。

 その南斗印の十字マークの建物より少し離れた場所。其処では木の柱目掛けて必死に両手を伸ばし突いている子供の姿があった。

 「九千……二十……七回……っ」

 一体何時間地味で同じ動作を続けたのだろう? その髪を逆立てた子供は今にも倒れそうになりつつ未だ続けようとしていた。

 「熱心な事だな。だが、もう昼だぞ? ほらっ、差し入れだ」

 そう言って、紫色の胴着を纏った金髪の子供がパンを持って現れた。

 「もう、そんな時間か? ……ふぅ、腹ペコペコだ」

 どかっ、と木の柱へと凭れ掛かるジャギ。……彼は遂この前暴漢を吹き飛ばす事が出来た『南斗邪狼撃』を練習していた。

 シンが放り投げて寄越したパンを持つ手は僅かに震えている。何度も木の柱を貫通させようとした手。その手は黒ずみ
 爪の部分は傷だらけで見れば眉を顰めそうな状態だったが、ジャギは平気そうにパンを頬張る。シンは不思議そうに言った。

 「この前の時は出来てたのに、何故今は出来ないのだろうな?」

 「さぁな。無我夢中だったからだろうぜ」

 シンは前にジャギが放った南斗の技の様子から、直にでもジャギは南斗聖拳を覚えられると踏んでいた。

 だが、期待とは違いジャギは数日間木の柱と睨みあい拳打及び南斗の技をこうして放つが徒手での『斬撃』に至ってない。

 ジャギからすれば、あの時はアンナを守る為に必死だったのだ。火事場の馬鹿力ゆえの成功。平常で使えるとは思っていない。

 「それに、わざわざこんな離れた場所じゃなく自分達と同じ場所で修行すれば良いだろう。師匠も別に構わないだろうし」

 シンはパンを貪り食うジャギを見つつ、自分も昼の食事をしつつ呟く。

 「それでも、急に修行に参加したら何かとあっちの都合が悪いだろう。こうして色々世話になってる身だし、これ以上はな」

 「……何と言うか、大人びているな。ジャギは」

 そう感心するシンに、ジャギはこれまでの事を回想し出していた。

 
 
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                ・

 
 「はぁ? お前の家に……か?」

 突然シンに此処で暮らすか? と聞かれ、ジャギは間の抜けた顔をして聞き返す。
 シンは説明が足りなかったな、とばかりに言葉を続けた。

 「あぁ、そちらの女にお前が倒れてた時に聞いたんだが、お前達孤児で二人旅なのだろう?」

 (……アンナの奴、どう言う説明したんだ?)

 それについては、ジャギが倒れた後涙目ながら抱き起こそうとした所から描写しなくてはならない。

 『ジャギっ、起きて、ねぇ起きて!』

 『……そちらの二人、大丈夫か?』

 暴漢を未熟ながらも中々威力ある『南斗獄屠拳』によって半死半生の体にして倒したシンは、気絶したジャギと、それを
 必死に起こそうとするアンナへと駆け寄る。それが、ジャギが南斗邪狼撃を放ってからの続きだった。

 『怪我をしてるのか、そっちの男は?』

 ジャギの額から血を流し倒れている様子を見て、シンは眉を顰める。そのシンの姿を見咎めて、アンナは必死で縋りついた。

 『お願い! ジャギを助けて! 医者でも何なりお願いだから……!』

 『落ち着けっ……多分、気絶しているだけか……医者ならば、自分の家に居る。……よしっ、女、名前は?』

 『アンナ、だけど』

 男性恐怖症ながらも、アンナはジャギの命を救う為ならば自分の事など構っていなかった。ゆえに、素直にシンへと名乗り上げた。

 『アンナ、か。よしっ、運ぶぞ』

 
 ……此処までがジャギが気絶してからの流れ。シンの両親は行き成り怪我だらけの子供を運んできたシンに驚きつつも
 事情を掻い摘んで説明したシンの言葉に頷き、家に居る主治医によりジャギの怪我は早急に応急治療された。

 包帯を巻かれ眠るジャギ、そのジャギにシンの言葉を聞かず、ずっとアンナが手を握り締め見守っていた事は、話すまでもない事だ。

 「その時、多少落ち着いてから女の方に聞いて身の上を聞いたのだが……両親を失って二人だけで旅して生活してると
 聞いた。……自分の意見としては、そんな根無し草の生活が何時までも続くとは思わないし、何より南斗聖拳を
 扱えるのも何かの縁だ。この町で自分と一緒に修行してみるのも良いんじゃないか? 飯と宿は提供出来るぞ?」

 「……何で、其処まで?」

 ジャギの疑問は最も。初対面の自分へと怖いほど上手い話。疑うな、と言う方が無理だった。

 ジャギの言葉と疑いを濃くした顔に、シンは正直に打ち明ける事にする。

 「何と言えば良いか……自分は多分、同じように南斗聖拳を扱えるお前に興味を持った……としか言えんな」

 「俺に、興味を?」

 意外な言葉。ジャギは半信半疑でシンを見続ける。

 「あぁ。暴漢を吹飛ばしたお前の技……その技は優雅でも無いし洗練さも無いが……何か惹き付けられたんだ。……それに」

 「それに?」

 何やら言いあぐねているシン。そして『いや、何でもない』と消化不良の言葉を残して言葉を切った。

 「とりあえず、理由はそんな所だ。まず今のままじゃ生活出来ないぞ?」

 そう言われて……ジャギには断る術は無かった。

 
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 「師匠ならば何か助言を下さるのだろうけどな……」

 「あの爺さんか。確かに好々爺って感じで良い人そうだけど……どうも俺合わないんだよなぁ……」

 あの後……アンナはジャギとシンの話が終了後に目を覚ましジャギが目覚めたのを抱きついて喜びを表した。

 その後はシンが両親を紹介したり(父親は青い瞳をして目はシンに似ている大柄な男の人。そして母親は瞳の色を除き
 シンにそっくりだった。『母も父も寛容だからな』と言う言葉どおり、優しく自分達二人の境遇を労わり接してくれた)

 シンの師であるフウゲンが暴漢に痛手を食らわしたジャギに会いに来たりと、中々忙しい一日だったと振り返る。

 フウゲンはジャギが放った『南斗邪狼撃』を見せて欲しいと言われ、その時、ジャギは修行場に招かれ技を放った……が。

 「……南斗邪狼撃!!」

 ガン!!

 「……痛っ……たぁ~!!?」

 木の柱は傷を帯びず、ジャギの指を真っ赤に腫らすと言う喜劇が生じ。結果、ジャギは真に南斗聖拳を会得は出来てなかった。

 『命の危機に晒された時、人は何十倍もの力を発揮するものじゃ。お主は未だ未だ若い。今から鍛錬を行えばシンが
 話した時のようにも出来よう。……だが、くれぐれも南斗の技を悪用しようとは考えぬ事じゃぞ? わしの居る時は特にな』

 (……最後の部分の目つき……ありゃ冗談ではないよな)

 流石は南斗孤鷲拳現伝承者と言った所か。ジャギは未だ未熟で己より強い者を図るなど未だ出来ないが対峙した時に
 何やら背中がざわざわするような感じがした。多分、それが南斗聖拳を極めし者の実力の一端なのだろう。

 「しかし、あの時のお前の地面に転がって指を押さえる様は滑稽だったな。ジュガイも笑い転げていたぞ」

 「放っておけ! 大体、てめぇも口を抑えて笑いを噛み殺してたじゃないか!」

 含み笑いして情景を思い出すシンへと怒鳴るジャギ。数週間過ごして、ジャギにはシンの性格が大体掴めてきた。

 シンは、ケン……救世主に良く似ている、と。

 物腰は基本静かで、普段は冷静に物事へ対処しているが、自身に関わり深い部分では感情的である所……様々に似通っていた。

 多分、もし救世主たる自身の弟が存在しない場合本当にシンが彼女を愛したのかも知れない。それ程、シンは現在
 付き合っている限りでは優しいし、話している限りその顔は穏やかでジャギには自分だけど自分の事ではないのに
 未来でこの男が豹変させた事に対して何故か胸が痛むのだった。それ位、ジャギはこうして付き合うシンが好きだった。

 シンもシンで、南斗聖拳に対して真剣に取り組むジャギの姿。ジュガイに似て野性的だが、何処と無く大人びた感じと
 自分と話の合う気質が数日間で気に入っていた。……息苦しくない。それはシンにとって新鮮な出来事だった。

 その時、扉をバンッ、と開き影が飛び出す。

 「ジャギ! お弁当持って来たよ! ……って、もう食べちゃってるの!?」

 息を切らしお弁当を作ってきたアンナは、ジャギが握るパンを見て愕然とする。青い縦線がアンナの背後に見えてきそうだ。

 「そんな泣きそうな顔すんなって……未だ食べれるから」

 「本当!? それじゃあ食べて食べて! 私の手作りだから!」

 「……材料は自分の家なんだがな」

 苦笑いするシン。それに構わずアンナはジャギへとニコニコと食べる様を見守る。

 ジャギが住み込み修行するのを、アンナは勿論快諾した。今の二人は一蓮托生。拒否する理由を捜すのが困難だった。

 ジャギが修行している間、アンナはと言えば働く事に決めた。

 理由はシンの好意で寝る場所を提供されてるとは言え、何も返せないのは非常に心苦しいから、と言う理由から。

 シンの両親はそんな事は気にしない、と言っていたが、アンナの決心は固かった。そして、今日もアンナは働いていた。

 「……綺麗な薔薇だな」

 「でしょでしょ! 朝から十本位売れたんだ。多分午後には全部売れる筈だよ」

 カラカラと笑うアンナ。ジャギはその向日葵のような笑顔を見て、この笑顔を守れて良かったと、心の中で安堵する。

 「元は自分の家の金だがな。……っと、肩に花弁がついているぞ」

 シンはアンナの体から迸る元気なエネルギーに苦笑いを浮かべるしかない。そして、アンナの肩に付いた薔薇の花弁に
 気付きシンは手を伸ばす。紳士的な心遣いからの動作、ただ単純に親切心ゆえの行動。だが、それが和やかな空気を変えた。

 ピクッ

 シンの手が肩に触れた瞬間に、アンナの肩は目に解る程に揺れた。

 シンはその反応に手を止める。そして、アンナは先程とは打って変わって無表情に自分に出された手を見て、そして肩の花弁に気付く。

 「あ、有難う! それじゃあねジャギ! 私、一生懸命稼いで来るよぉ!」

 表情を一変させ、元気溌剌と言った様子で颯爽と去るアンナ。だが、ジャギとシンの間には気まずい空気が漂っていた。

 「……もしや、その……アンナは」

 シンはようやく気付いたとばかりに、ジャギへと視線を投げかける。

 「……あぁ、その、男性が怖くてな……俺や、あいつの兄貴は大丈夫なんだけど……すっかり忘れてた……最近元気で」

 落ち込むジャギに、シンはアンナの行動を振り返る。……そう言えば、南斗の修行場、自分の両親と居合わせた時も
 自分の父親、それにジュガイや師匠、それに修行場の自分と同じ子供……男性には必要以上に距離を置いていた気がした。

 「……大丈夫なのか? 花売りを今しているが……」

 「直接触れなくちゃ大丈夫らしいんだ。……俺、何度も止めたんだぜ? けど、あいつ大丈夫だって聞かなくて……」

 引き止める力がない自分が恨めしいとばかりに拳を強く握るジャギ。シンは、憂いを帯びつつジャギを見て、そしてアンナが
 去った方向を見遣った。扉は既に閉められ町の通りからの人の声以外は何もしない。だが、漠然と何か不安な気持ちが沸き起こっていた。

 
 
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 「薔薇はいりませんかぁ? 薔薇はいりませんかぁ!」

 笑顔で薔薇を掲げて通りで叫ぶアンナ。それを道行く人々の視線が走る。

 恥ずかしさはない。太陽の下で自分の好きな事が出来ると言う事、それはアンナにとって幸せな事だったから。

 「あら、綺麗ねぇ! 一本貰おうかしら」

 その元気の良さが人々には好感を抱くのだろう。アンナの明るさに惹かれて薔薇の花束は次々と売られ……残り一本となった。

 「……最後の一本、中々売れないなぁ」

 別に収入はもう十分だが、一本だけ残ってしまうのは不完全燃焼な気分。アンナは太陽が落ちるまで粘るつもりだった。

 「……残り、一本かね?」

 「はい、こちらの薔薇、残りいっ……ぽん」

 最後の言葉が途切れる。……其処に居たのは、普通の男性。

 自分は男性恐怖症で、肌に触れたら過剰に反応してしまうが、最近では何とか自制出来ていると、自分では踏んでいる。

 けど、その男性はそう言うのとは何か違い……どうも、アンナはその男性を見た瞬間に何故か胸騒ぎと不安に締め付けられた。

 「……どうした? 貰えないのかね?」

 「いえ……はい、どうぞ」

 「どうも」

 そう言って、アンナの薔薇が入っていた篭に賃金通りの金を投げて男性は消える。その男性が視界から消えると、急に
 アンナの体は緊張感から解放され、額に流れた嫌な汗を拭う事が出来た。仕事が終わったと言うのに、心は晴れない。

 「何だったんだろう……今の」

 その、アンナが感じた感覚について理解出来るのは、未だ未だ当分先の事、世紀末以降とは、未だ誰も気づく事は出来なかった。

 
 
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 「「……南斗獄屠拳!」」

 季節の変わり目が見える頃……其処には二人の男の子が柱目掛けて跳躍し鋭い蹴りを木の柱に見舞う光景が見えた。

 その木の柱は、二人の男の子の蹴りが触れた瞬間に柱全体に切り傷が瞬時に生まれた。

 大きく生まれるどよめき、そして、拍手。二人……紅葉のように赤い髪をしたジュガイ、以前より少し金髪が伸びたシンは
 師であるフウゲンを同時に見つめた。フウゲンは乾いた拍手を行い、二人を視界へ収めて口を開いた。

 「見事! ジュガイ、シン。お主達は、ようやく南斗孤鷲拳を学ぶ域へと入る事が出来た。これからも精進怠るでないぞ」

 「「はっ! 師父!」」

 少しばかり伸びた背。ジュガイ、シン、二人ともめきめきと南斗孤鷲拳伝承者候補としての実力を付け始めていた。

 ……ある程度の祝辞を同世代の子供から受けた後、以前のように南斗孤鷲拳を学びし者は、今度は鉄の柱相手に拳を放つ。

 「とうとう、とうとう本格的に南斗孤鷲拳を覚えられるのか! ははっ! 俺は、俺は絶対になるぞ!」

 ジュガイは鉄の柱相手に大笑いしつつ拳を振る。その隣に……シンはいなかった。

 「ふっ、尻尾を巻いて逃げたかシンめ! まぁあいつの実力てはその程度よ! ははははっ!!」

 ジュガイの笑い声が修行場に響き渡る。その勝利の笑い声を他所に、シンは一つの室内へと踏み込んでいた。

 ……汗の匂い、そして室内に満ち渡る鋭利な気配。踏み込んだ瞬間シンは眉を顰め、そして当の人物を無言で見る。

 ……其処には一人の男の子。水平に腕を後ろに構え、じっと木の柱目掛けて睨みつけ、そして長い間の後に叫んだ。

 「……南斗邪狼撃!!」

 叫びと同時に繰り出される貫手。……それは、木の柱を大きく壁へ叩き付けるも、傷はついていなかった。

 「……くそっ……くそくそっ!」

 手の爪は割れている。普通ならば痛みで手を動かす事さへ嫌気が差すだろうに地面を叩き付けジャギは続けようとする。

 「もう止せジャギ! 休まないと手が壊れるぞっ!」

 シンは心から心配してジャギを止めようとする。ジャギは、シンを強く睨み言う。

 「……邪魔しないでくれよ」

 「邪魔ではない! どうして其処まで頑張る!? 南斗聖拳とは長い年月を懸けて覚えるものだ。其処までして」

 「守る為」

 シンの言葉を、ジャギの大きくない呟きが遮る。

 「何?」

 「……南斗聖拳を……極めるんだ……そうしないと……また今度……今度は……あいつを守らないと……っ」

 「……お前」

 ……『殉星』のシン。愛に全てを懸ける宿命を抱く男の目に、ジャギの真摯を超えて執念深い鍛錬の様子は心に焼け付く。

 シンは、ただ呆然と、また指から血を滴らせジャギが貫手を放つのを見守るしか出来ない。

 歯痒さ、無力さ……それが胸へと去来し、シンは目を瞑る。……そして。

 「……何だよ」

 「何……自分も……少し馬鹿をやりたくなっただけだ」

 シンも、疲労困憊なジャギの隣に降り立つ。そして、気合と共に拳を柱へと放つのだった。

 「なぁシン」

 ジャギは、同じように汗を滴らせ拳を柱へ無心に打ち込むシンへと、ぽつりと言った。

 「ありがとな」

 「……フッ」

 ジャギの礼にただ笑みだけを零し、シンはジャギと腕が動かなくなるまでその日は修行を続けた。

 ……彼等は正史の未来では悪魔に魂を売り、売らせた関係。そのお互いの因縁は何時か未来に起こりえるかもしれない。

 だが、今だけ彼等は南斗の技を競い合う友としてお互いに心行くまで互いの理想の拳を目指し競い合う。

 その二人の若き輝きを、南斗と北斗の星は静かに見守っていた……。









      後書き


 ちょっとこの時系列での年齢に関しての考察。

 ジャギ(六歳)としてアンナ(多分ジャギより二歳程上)

 ユダ、レイ、シン、ジュウザ、ケンシロウは五歳位。そしてトキ、リュウガはアンナと同い年程でサウザーとラオウ
 はジャギより三歳程上で同い年ぐらいだと推測。そんな感じで今後物語を展開していこうと考えてます。

 シュウは多分一番年上、今の時系列だと十一歳位。






 ……ま、年齢なんて北斗の拳で余り関係ないけどな!









[29120] 【文曲編】第七話『憧れる事 求める事』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/08/11 23:49

 青々しく輝いていた緑色の葉も褪せ、やがて枯れていく。

 時は刻一刻と過ぎていく。それと共に気付かぬ内に人は成長していく。

 


 南斗の修行場。其処では子供達が南斗の拳士を目指し切磋琢磨今日も修行を続けている。

 其処に一際目立つ男が三人いた。

 一人の男の名は『ジュガイ』

 南斗孤鷲拳伝承者候補であり、未来では妻子を夜盗に殺され暴君と化し、世紀末とある町で救世主に命を落とす男。

 一人の男の名は『シン』

 未来で南斗孤鷲拳伝承者となり『KING』と名乗り関東一円を制覇。そして親友の最愛の相手を魂を堕ちたがゆえに
 奪い取り、そしてその業ゆえに世紀末、来たるべく時に拳を交え報われぬ愛を抱えたまま命を落としてしまう男。

 そして……最後にもう一人。

 その男は、何の運命の悪戯か……『ジュガイ』と拳を構えていた。

 「くくっ……どうした? 怖気付いて攻めてこないのか?」

 (何でこうなっちまったんだ……)

 構えながら頭を悩ますジャギ。そして手を出せず困り気味に傍観するシン。

 ……時は少し前に遡る。


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 シンの家に同居し始めて数ヶ月。ジャギも段々この世界の生活に慣れ始めていた。

 シンの両親は本当の父親や母親のようにジャギやアンナにも優しくしてくれた。ジャギは、こんなに優しくされて
 本当に良いのかと不安になる程、寺院を離れてから幸せな日々を此処で過ごしていた。アンナも申し訳無さそうに
 お金が貯まったら何処かに借りて本気で暮らす事をジャギへ話した事もあった。それ程、シンと、シンの両親は親切だった。

 『別に子供二人増えた所で、それ程困らんさ』

 『えぇ、何より放っておけないもの。それに、私娘や息子がもう二人欲しかったもの。丁度良いわ』

 ……流石は愛に全てを懸ける『殉星』の親、と言った所か。両親ともに博愛家で、ジャギは頭が下がる思いであった。

 衣食住の完備。修行場の提供。至れり尽くせりゆえにジャギとアンナも必死で生活態度は気をつけていた。

 そのお陰が今でもシンの両親と友好関係は築けている。遠慮するな、と言われても無理。ジャギとアンナは感謝し通しであった。

 (ただ……世話になりっ放しの身で言う事じゃないけど……和食だったら完璧なんだよなぁ)

 この世界の主食なのか主にシンの家の主食はパンだ。両親の出生が西洋なのかも知れんが、やっぱり日本人としては朝に
 ご飯と味噌汁と出来れば納豆や焼き魚を食べたいとジャムにパンを塗り付けつつジャギはシンとアンナとシンの両親と共に食べつつ唸る。

 そんな変な顔をしたジャギに、シンは食事の手を止めて口を開く。

 「どうした? 難しい顔して」

 「いや、下らない事考えただけだ」

 気にすんなと手をヒラヒラ揺らすジャギ。シンは少し首を傾げてから食べる途中だったパンを再度口に咥えた。

 「シン、口に端に食べかすが付いているわよ」

 「……っ、お、お母様……自分で拭くから止めてください……」

 シンの両親……母親はシンの口元の汚れを笑いつつ拭き取る。それを恥ずかしそうにシンは赤面して文句を言う。

 (……不思議なもんだよな。こう言う風に子供の頃のシンのこう言う姿を見るのって……)

 自分達は未だ十歳にも満たない子供。それゆえにこの情景はある意味当たり前とは言えば当たり前なのだが、原作の
 要であった人物の子供時代をこう言う風に見るのは数ヶ月経ったジャギであったが、未だに慣れずにいた。

 「大丈夫、ジャギ? 何か何時にも増してぼうっとしてるけど?」

 そんな風に考えているジャギへ、洋風たる朝の食事の半分ほどを食べ終えたアンナが初めて声をかけた。

 「うん? あぁ平気だ。……アンナこそ大丈夫か? 顔色悪いぞ?」

 「そうだな……アンナ君、君ちゃんと眠っているのかい? どうも最近具合が悪いようだが……念の為に医者に……」

 ジャギと、シンの父親が同時にアンナの顔を見つめ心配気味に声を掛ける。言葉どおり、アンナは実際顔色は悪く今にも
 倒れそうな感じがしていた。ジャギはアンナの恐怖症の事を知っているがゆえに、尚更不安感が心の中を縛り付けている。

 だが、アンナは手を大袈裟に振って焦り気味に言った。

 「だ、大丈夫大丈夫! 単なる寝不足だから!」

 「寝不足? ……そう言えば夜な夜な最近家を出る気配がしていたような気が……」

 「はっ? それマジか、シン? ……って事はアンナ、お前夜に何を……」

 「ご馳走様!」

 シンの何やら重要めいた言葉に、ジャギは過敏に反応してアンナへ質問を投げかけようとした。だが、それはアンナが
 素早く立ち上がり(お盆を持ち上げ)台所へ逃げるように去った事により有耶無耶になってしまった。

 「……大丈夫かな、アンナの奴」

 ちょっときつめに質問した方がいいんじゃないかな。と、ジャギの呟きに、シンの両親は暫ししてから口を開いた。

 「……ジャギ君。暫く、アンナ君の様子を見てあげるだけにした方がいい。……君と彼女はどうも複雑な事情を経た特殊な
 絆があるようだが……それでも言いたくない事を無理やり聞き出すのは時には裏目に出てしまうからね」

 「そうね、ああ言う年頃だと友達にも余り言いたくない事って沢山あるわ。ねっ、もう少し見守ってあげなさいな」

 シンの父親と母親はそう言ってジャギへと言葉を投げかけた。ジャギは決して見た目通りの年頃ではない。だが、それでも
 シンの両親の言い分に反論する理由も無かったし、アンナの秘密にしたい事が何であれ、ジャギはその場では納得する事にした。

 そんな、少しだけ重くなった空気を遮断するように、少しお洒落な時計が鳴りだす。シンは顔を上げて言った。

 「……もうそろそろ時間か。そろそろ修行場へ行くぞ」

 「って、もうか!? それじゃあ弁当は準備出来たし筆記具類もOK……ちょい待てよ! 急いで食べ終わるから!」

 既に準備が終えたシンに、焦ってパンを詰め込みジャギは身支度を始める。

 「そんな慌てて食べなくても大丈夫よ。ほらっ、喉に詰まるわ」

 「無理して食べると後で腹に来るからな。シン、服の襟が曲がってるぞ」

 「お父様もネクタイが少々曲がってますよ。……お母様、髪の毛ぐらい自分で後で梳かしますから……ジャギ笑うな!」

 ……シンの家に同居して数ヶ月。今となっては日常となった風景であった。

 








 「それで、南斗聖拳の方はどうなっている?」

 「未だ全然だよ。……俺、才能ねぇのかな」

 「余り落ち込まない事だな。師も言っていたぞ、心折れれば拳も折れる。遮二無二にでも心を強く抱くのが重要だと」

 「……偉そうに言うけどよ。お前、昨日の勉強で俺に負けて項垂れて暫く声かけても気付かなかったよな」

 「放っておけ!」

 ジャギではあるが、異世界から憑依した大学生ゆえに知力ではチートなジャギである自分。誰にも言えぬ、自分だけの秘密。
 見た目は子供、頭脳は大人ゆえに小学生程度の勉強など目を瞑っても全問正解出来てしまうジャギ。シンも決して頭は
 悪くない。だが、常日頃から努力を怠らず、そしてその成果ゆえに同年代から飛びぬけて学問でも優秀だったシンは、勉強面で
 ジャギと競い合った時に負けたのは一際ショックだった。ゆえに、密かに夜遅くでも勉強し、それでアンナが夜に抜け出した
 事も知りえた訳である。だが、決して何故夜に起きていたかと言う理由を周囲には決して言う事がないシンなのであった。

 『ジャギ君が来てくれたお陰でシンの成績が上がってくれて嬉しいわぁ。励みが居るって良い事よねぇ』

 『家庭教師が必要なくなったしな。……むしろ、ジャギ君が住み込みの家庭教師のようなものだな。はははははっ!!』

 ……シンの両親共に、裏ではこんな事を言っていたのだが……二人は知る由もない。

 「……何故だ。何故南斗聖拳の修行ばかりしているお前に全部の試験で負けるんだ……この俺がっ」

 「へっ、己の無力さを思い知ったようだなぁ……って本気で落ち込むなよ。大体算数はこの前同じ位の点数だったろ?」

 「例え算数は同点でも、他の科目で負けていたら駄目なんだよっ」

 最近では呼称も自分から俺へと変わったシン。

 少しだけ背が伸び、髪の毛も肩より下がっている。このまま行けば半年後には髪の毛も原作と同じ程になるだろう。

 だが、それを除けばシンは良い意味でシンのまま。子供特有に感受性は強く、ジャギとは時折口喧嘩しつつも良い友だ。

 ジャギもほんの少しだけ背が伸び、南斗聖拳の修行の成果により筋肉も着実に付いている。だが、未だに邪狼撃は極めれぬ。

 「……ひょっとして、ジャギは意外に学者とかそっちの道の方が似合ってるんじゃないか?」

 「……怖い想像させんな」

 原作の衣装で眼鏡かけた自分の未来予想図を想像して、笑っていいのやら怯えていいのやら複雑な顔をするジャギ。

 そんな馬鹿なやり取りをしつつ、ジャギとシンは修行場へと到着する。

 「おっ、シンとジャギ来たのか」

 「今日は昼にサッカーやろうぜ、ジャギ。シン、お前らも一緒にやれよぉ」

 「そうそう! ジャギが俺達のチームで、シンがそっちな。そうしないと、俺等不利だし面白くないもん」

 「わかってるって……おらシン。逃げられんぞ~、てか、逃げんなよ?」

 「わかってる……」

 修行場に到着すると、同年代の子供が駆け寄りシンとジャギへ取り囲む。

 最初、ジャギは離れた場所で南斗聖拳の修行をしていたのだ。だが……結局そのスタイルを維持するのは破綻してしまった。

 『一人だけで常に鍛錬したって成長しないだろ。俺や他の同門と共に修行しろ』

 『シンの言うとおりじゃな。お主が南斗聖拳を本気で学びたいのならば……無理は言わぬが正しい指導を受ける事じゃぞ?』

 そう、シンとシンの師であるフウゲンに説得されれば、ジャギは断る理由は存在しなかった。

 シンは友情からの言葉、フウゲンは南斗聖拳の師と言う立場ゆえに出た言葉だった。どちらの言葉も無下には出来ない。

 (何時か北斗の者だってばれた時の為に本当なら余り目立つ行動取りたくないんだけどなぁ……まっ、しゃあねぇか)

 ジャギは今更と言う感じで二人の言葉に促され南斗の修行場で鍛錬をする事になる。最初は自分だけ他の者より実力が下で
 見下されるのでは? と言う懸念もあったが、それはどうやら杞憂。他の南斗聖拳を修行する子供達の実力はジャギとどっこいどっこい
 であった。そもそも、シンやジュガイと言った者の実力の方が異常なのである。ジャギは修行場に暫く居てその事態に気付いた。

 『なぁシン。お前、もしかして周りから浮いているのか?』

 『……自分は南斗孤鷲拳伝承者を目指す者だ。……他の者と馴染めずとも……別に平気だ。仕方がない事だ』

 平気そうに言うが、言葉の節々から寂しげな声色が容易に察する事が出来たジャギ。

 (……そういや、原作のシンも部下に恵まれてなかったよな。……そういや、『自分』の子供の頃も勉強が異常に
 出来て、それが理由でクラスで浮いている奴が一人ぐらい居た気がするな。……シンもケンシロウもその口なんだろうなぁ)

 余計な事かも知れない。お節介かも知れない。だが、ジャギは自分を救ってくれた恩人に、せめて恩返しはしたいと思った。

 数日経ち、ジャギは子供達に何気なく言う。

 『シンも誘おうぜ。良いだろ?』

 『シンを? ……でも、あいつ何時も断るもん』

 『俺に任せろ、嫌っつっても引き連れて来てやる。……おい! シン!』

 其処からはジャギの独壇場。ジャギの元に来たシンは休み時間遊ぼうと言われ渋面をして最初は断ろうとする。
 だがジャギもシンには負けず、強引にシンの腕を掴み『子供は遊べ!』と言う持論を掲げてシンに半ば土下座までしつつ
 説得に当たった。最終的に、やつれたように疲れ果てたシンと、同じようにぐったりしつつもやり遂げたジャギの顔ぶれが
 半ば驚いているジュガイと子供達と共にドッチボールなどして遊ぶ姿が目撃されたが……それは省略して良いだろう。

 そして、それを影でフウゲンは穏やかに微笑みつつ見守っていた……。



 ……そして、数ヶ月が経って。




 「……まったく、お前に付き合うと無駄に疲れ果てるのは気のせいか?」

 「まぁ諦めろって。お詫びに、今日の宿題手伝ってやるよ」

 「……要らん! 自分で解く!」

 半ばやせ我慢してシンは自分の持ち場で南斗聖拳の修行をする。気合の掛け声と同時に建てられた鉄の柱には傷が生まれる。
 南斗聖拳の修行を始めて数年。他の子供達に比べ異常な速度で成長をし続けるシンであった。

 (やっぱ凄いんだよな南斗六星ってのは……まっ……でも)

 「はっ! しゅあぁ!! うおおおおおぉ……!!」

                                    ガン!!!


 「%♯$・-&……!」

 「あっ、シンってば失敗してらぁ」
 
 「多分、またジャギにテストで負けたんだよな。その後、絶対失敗するんだよな。シンの場合」

 「意外とメンタル弱いよな、シンって」

 鉄の柱に指を思いっきりぶつけ蹲るシン。それを笑って子供達は口々に自分達の感想を言いつつシンに駆け寄る。
 
 「……お前等、好き放題言いおって……っ」

 「御免御免っ。けど、別に馬鹿にしてるんじゃないぜ? シン」

 「そう、何ていったら解んないけど……こう、以前見たいに垣根が無いって言うか……」

 「親しみが出来たよなぁ~」

 ……和気藹々とシンの周りの子供達は笑顔でシンに接する。そして、中心たるシンは文句を言いつつも顔は柔らかかった。

 ……前ならばこんな事はなかった。常にシンは周囲から孤立し黙々と鍛錬をし、そして日が落ちれば自分の家へと戻る。

 それが日常であり、それでシンは別に不満はなかった。……だが、その変わらぬ日常にジャギが入り変わる。

 気質の変わった一人の南斗聖拳の技を覚えようとしている子供は、他の子供を引き連れてシンを自分達の輪に入れてしまった。
 そしてシンは以前より大分感受性が増し、他の子供達と同じように接する事が出来るようになった。それを見てジャギは思う。

 (今のシンなら……独りぼっちで過ごす事は無いだろうな)

 ……原作では気性荒い野獣崩れの部下しか居なかったシン。

 今から子供達と触れあい楽しく過ごし、精神的に余裕を持てれば、自分の言葉に惑わされぬ強い心を持てるかもと思う。

 この世界では人に恵まれれば良いとジャギは本気で思っている。……願わくば救世主となる弟の恋人も奪わずに済んで欲しいと。

 




 「……ふん、シン。その体たらくぶり……やはり、お前は俺より下だな。そのような落ち零れ共と談笑して……屑が」

 そんな和やかな空気を壊す一声。一瞬にして静寂が沸き、そして子供達は少しだけ不安な顔つきで顔を向ける。

 その子供達の顔を向けた方に、柔らかな顔を引き締めてシンは空気を変えた人物へと堅い口調で言った。

 「……ジュガイ、俺はお前と競い合う相手だが……その言葉は頂けん」

 「ほぉ。良くもまぁ実力も無い癖に口応え出来る……」

 紅葉のように紅い髪を揺らし、荒々しい素肌を露に口の端を吊り上げてジュガイはシンを嫌な目で見つつ言う。

 最近のジュガイは常にこんな調子だった。南斗の技を磨き、そして実力を上げてつるんでいた子供達とも離れ修行する毎日。

 仲の良かった子供達さへも突き放し半ば狂信的に拳を磨くジュガイ。その鬼気迫る雰囲気に何時しか子供達も離れていた。

 「ジュガイ、お前の最近の態度だが目に余る。何故、そんなにも乱暴なのだ?」

 シンは冷静にジュガイへと言葉を投げかける。子供達も同意するように微かに頷き、空気はシンに完全に味方していた。

 それに、ジュガイは胸を張り力強く言う。

 「何故、だと? 馬鹿めがっ! シン、お前は何を目標に南斗聖拳を磨いている? 南斗孤鷲拳伝承者となる為だろうがっ!
 その為には今のままでは駄目だ! より鍛えなくてはいけない! より力を得なくてはいけない! その為には今でさえ
 基本がなっていない連中と戯れる事が無駄になっただけの事よ! 良いかシン! 俺達は南斗孤鷲拳伝承者になれる素質がある!
 その為にはより過酷な修練を積まなくてはいけない! そいつが来なければお前だって俺と同じ行動をしていた筈だ!」

 「……え? 俺の事か?」

 最後の部分に辺り、ジュガイが睨み付けた事でジャギは自分を指して呟く。

 注意がジャギに向けられ、ジュガイは熱の篭もった声で言った。

 「あぁ、そうだ! 思えばお前が来てからシンの奴は俺と競い合うのを止めてしまった! 今でさえ南斗聖拳の定義さえ
 身につけられん落ち零れのお前にシンは堕落させられ好敵手たる存在が奪われた! ジャギ! お前の所為だ!」

 ジュガイの怒り……それは私怨ながらも理解出来る理由。

 今まで認め合ったライバルが突如現れた者によって離れてしまった……それは未だ大人にならないジュガイからすれば
 我慢できない状況だったのであろう。それが時間と共に我慢の限界を超えた……言わばこの状況は必然だったのだ。

 だが、友を馬鹿にされシンも黙ってはいられない。

 「おい! ジャギを悪くは言うな! ジュガイ、お前にジャギは何もしていないだろう!?」

 「何も!? いいや、有るね! 俺はこいつに好敵手を『奪われた』! 怒るには妥当な理由だっ」

 『奪う』……その単語を聞いて一瞬だけジャギの頭に痛みが走る。

 額を押さえシンとジュガイの口論を暫し見てから……ジャギは力なく言ったのだ。

 

                      「……わかった、なら……俺が落ち零れじゃないってお前に証明してやるよ」


 
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 (……勢いであんな事言うんじゃ無かったよ……本当)

 身構えお互いに一歩も動かない。周囲の同門の子供達とシンが見守る中、ジュガイは挑発を繰り返す。

 「ふっ、威勢が良いのは口だけか。……シン、何でお前はこんな奴に一目置いている? どうせ暴漢に一撃与えたと
 言うのもお前の見間違えだ。こんな腰抜けに南斗の拳が一度でも成功するなど万に一つもない……違うか?」

 (むかつく野郎だ……ジュガイって、こんなに性格悪かったか?)

 自分は『ZERO ケンシロウ伝』で変貌し暴君と化したジュガイの姿しか見た事がないので子供の頃のジュガイがどんな
 感じだったのかと想像した事も無かった。だが、今実際本物と自分は対時している。本物と試合を行おうとしているのだ。

 「ジュガイ、ジャギ! 二人とも止めてくれ!」

 「止めるなよシン。こいつが少しでも骨のある所を見せれば、俺とて納得して態度を改めてやるさ」

 (……脳筋野郎め)

 ジャギはうんざりしつつジュガイとどう闘うか考える。

 南斗聖拳及ぶ、北斗神拳も扱えない実力。殴り合いならば勝てる気もするが、今回の場合南斗聖拳の拳士としての実力を
 ジュガイは見たいのだ。ゆえに、単純に腕力で闘って勝ってもジュガイが納得せず、余計に乱暴になる可能性も有り得る。

 (けど、南斗邪狼撃は未だ出来ない……どうすれってんだよ)

 「来ないのならこっちから行くぞ!」

 悩んでる間にジュガイは闘争心丸出しにジャギへと技を放った。

 「南斗獄屠拳!」

 跳躍し、相手に向かい斬撃と衝撃を同時与える南斗孤鷲拳の代表的とも言える技。
 無論、ジャギもわざわざ受ける気は無い。素早く横へと回避する。


                                    ザシュッ

 「……っ痛」

 「中々素早いな。だが……次は外さんぞ」

 だが、掠った。そう、ジャギは横に跳躍しジュガイの南斗獄屠拳を避けた筈なのに肩に切り傷を負ったのだった。

 (くそっ……漫画と違って『南斗獄屠拳』ってのは衝撃で周囲にもかまいたち見たいなのが発生するもんなのか!?)

 漫画ならば救世主に放った一撃は肉体に向けて叩き込んでいたように見えたが、ジュガイの『南斗獄屠拳』は避けても
 衝撃波なのかどうか解らないが肩に切り傷を負わすかまいたちのような物が技の際に出ていた。これが南斗の拳……!

 ジャギは肩から滲み出る血を押さえつつ、その威力に心中辟易する。

 「ジュガイ。お前本気で殺すつもりか!?」

 「何を言ってる。南斗の拳士たる者がこの程度で死にはしないさ……だろ?」

 そう嘲笑うようにジュガイはジャギへと問う。

 「……はっ、まぁな」

 「どうだシン。こいつも同意しているぞ」

 「っ……お前達は……」

 シンは髪を掻き毟り悪化する事態の解決法を模索する。ジャギとジュガイは止まらない。火花を散らし再びにらみ合う。

 (……考えろ。例え『斬撃』が出来なくても『突撃』は出来る……俺の唯一の技で……ぶっ倒す事は出来る筈だ)

 自分にとって唯一の南斗の技。……この数ヶ月色々模索し試したが、どれ一つ成功の兆しが見えず、結果、起点に戻った技。

 ジャギは、ジュガイを見据えつつ腰を下げて両腕を後ろへ持っていった。

 (……っ、こいつ気配が……)

 ジャギが初めて構え、その時初めてジュガイの顔から嘲りの部分が拭い去られた。

 ジャギの気配は邪狼撃の構えに入った瞬間に剣呑さを増した……ある程度の実力を備えたものに感じ取られる……殺気を出し。

 ジュガイは何も子供特有の感情でジャギに勝負を挑んだ訳ではない。自身の考えゆえにジャギとの闘いを選んだのだ。

 彼もシンと同等の力量、それ以上の力を今備えている。だからこそ、ジャギの構えに自然と臨戦態勢が作られていた。

 (勝負は一瞬……)

 (外せば……死す)

 二人の思考は同じ。顔つきや背格好も微妙に似ているこの二人。闘いに置ける意識も奇妙に一致していた。

 そして、ジャギは不思議な事にジュガイとこうして重傷を負う危険の中で自然と恐怖より楽しさが沸き起こっていた。

 それは拳士としての感情か、それとも別の何かがそう駆り立てるのか解らない。だが、それに構わずジャギは呟く。

 「南斗……」

 (来る……ならば迎え撃つ! 南斗孤鷲拳は負けん……!)

 そして、ジュガイも来るであろうジャギの技に期待を抱きつつ迎え撃つ気で四肢に力を込める。そして、自身の最も
 信頼に値する技。好敵手たるシンと同じ技で迎え撃とうとジュガイもジャギを見据えて同時に呟いた。

 「南斗……」

 両者の技が激突する。それを予感し群集は唾を飲み込みその時を待つ。

 だが……。





                          「止めんかあああああああああああああ!!!」




 だが……それは腹の底より響き渡った老人の怒声により機会を永遠に奪い去られた。



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 「……愚か者が! わしの弟子でありながら情けなし! ……ジュガイ、お主は暫く謹慎を。おぬし等二人は一週間は
 修行場の清掃を任せる。それに、引き止めもせんかったお前達は一時間正座しつつ反省をしおるんじゃぞ」

 何かしらの用を終えて戻ってきたフウゲン。それに見咎められ南斗の子供達はそれぞれ罰を与えられ悲鳴を上げた。

 修行を終えて足を痺れさせて帰る子供達をフウゲンは見送り、そして居残った二人へと対面する。

 「……シン、ジャギよ……理由は大体理解したがな。どんなに罵声を浴びせられようとも忍耐が大事じゃ」

 「フウゲン様よ。だけど……」

 「ジャギっ……師匠が正しい」

 反論しようとしたジャギをシンが制す。ジャギははっきり言ってジュガイが全面的に悪いのに納得できなかった。
 だが、南斗には南斗の仕来りがあり、そしてそれを取り仕切っているのは目の前の老人……南斗孤鷲拳現伝承者フウゲンなのだ。
 自分とて理性では納得できている。それでも、子供に帰ってしまった自分の感情の自制をするのは、多少困難だった。

 「シン、お前だって悔しいだろうが」

 「……例え一方が悪くとも、いがみ合うのは愚かな事……ですよね、師匠?」

 シンは大人びた顔つきでフウゲンに確認する。重々しくフウゲンは頷き、そしてシンはジャギへと顔を移した。

 「……お前は頭が良いんだ。……解ってくれるだろ?」

 「……ったく解ったよ! ……ちくしょう」

 行儀悪くポケットに手を突っ込みジャギは不貞腐れて去る。……シンはそれを見送ってからフウゲンに顔を戻し言った。

 「……ジュガイの今日の行動。……師匠はどうするおつもりなのです?」

 「……確かに今日のあ奴の行動は喜ばしくない。……だが、奴の実力が今の所此処で上なのは解ろう、シン」

 「っ実力があれば何をしても宜しいのですか!? 俺は……俺の友達が不当な理由で傷を負ったのですよ。それを……!」

 「悔しければ」

 声を荒げるシンを、フウゲンは静かに制して言う。

 「悔しければ……ジュガイを納得する程に力を付けるのじゃ。……それがあ奴の心を確実に納得出来よう」

 「っ……解り……ました」

 ……自分に力ないゆえに友に怪我を負わせた。……それは最近になり周りの輪が増えたシンには大きな痛手を心に受けた。

 唇を噛み締めてシンは帰路へ向かう。……フウゲンはシンの背を見つつ誰にも聞こえぬ小さな声で言った。

 「……すまんのシンよ。……だが、お前達は未だ幼く、それゆえに大きな成長を遂げれる。……ジュガイ、シン、ジャギよ。
 お前達はこれから紆余曲折を経て成長していくのじゃ……これもその試練の一つ……乗り越えよ……強くなる為に」

 ……彼等の未知ゆえの成長に期待を懸けて心を鬼にしてフウゲンは見守る道を選んだ。

 それは師と言う立場ゆえの選択。建物から見下ろせば肩をいがらせ歩くジャギへ追いつくように走るシンの姿が見える。

 「……乗り越えるのじゃ。シン、ジャギ」

 ……柔らかさをようやくもて始めたシン。そして切欠を与えた素性が不明の子供、ジャギ。

 まだまだ不安定だが、将来性ある二人を静かにフウゲンは見守るのであった。

 
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 (……さて、一日がこれで終わりか)

 老体の体から鳴り響く骨。背中を叩きフウゲンは一日の終わりを溜息吐きつつ受け止める。

 今日も濃厚の一日だった。……特にジュガイとジャギの事に関しては忘れられぬ記憶の一ページとなるだろう。

 フウゲンは珍しく夜遅くまで南斗の修行場に居た。それは、仕事が忙しかったのもあるし、今日の一件をよくよく検討
 する必要もあったがゆえだ。指導者と言うのは、そう言う難しい事を考えなくてはいけない立場にある……難しいものだ。

 「……ジュガイは気質がもう少し抑えられれば……ジャギ、あの子は頭は悪くないし着実に磨けば……」

 指導者としてか自分の時間でも弟子や教え子の事を考えてしまう。フウゲンは自分の寝所へと向かいつつ思考を巡らす。

 ……そんな折、ふとフウゲンの耳には何やら木材を叩く音が聞こえた。

 (……? 拳打の音か?)

 馴染み深い子供が柱に向かい拳を繰り出す音。それにそっくりな音にフウゲンは気になってその場所へ赴く。

 時刻は既に牛の刻。木々も寝静まる時刻に何故このような音が現れるかとフウゲンの疑問は最もだった。

 (……女子、か?)

 近寄って、音源が聞こえた場所に向かい壁に耳を当ててフウゲンは予測する。

 壁越しに聞こえるのは柱に拳を叩き込む音、そして周囲を起こさぬよう配慮した小さな気合の声。

 暫く黙って聞いていたフウゲンだったが、我慢できずフウゲンは扉を叩いた。

 ……拳打の音が止む。……暫しの静寂。

 「逃げようと思っても無駄じゃぞ。わしは気配を読むのが得意じゃからな」

 前もって釘を刺すのを忘れない。修行していたであろう人物が逃げ場所を探そうとする気配が濃厚にフウゲンの眼力に
 容易に捉えられたゆえの忠告。フウゲンの言葉が聞こえたのがコソコソとした音は止み、暫くして扉が開かれた。

 「……お主は……」

 「えへへ……どうも」

 ……其処に居たのは……アンナだった。


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 「……まさかお前さんが南斗聖拳を覚えようと隠れて修行していたとは……いや、本当に意外じゃのう」

 フウゲンは静かな町の空の下でアンナと一緒に椅子に座りつつ言葉を零す。

 アンナは決まり悪そうな笑みを浮かべてフウゲンの隣で頭を掻いていた。

 「ははは……あのぉ、この事はジャギには内緒にして貰ってくれますか?」

 「かかか……そりゃわしは口の堅い方じゃが……お前さんが何故南斗聖拳を覚えようとしてるかによるな」

 そう……自分は南斗孤鷲拳現伝承者。

 それゆえに見定めなくてはいかん。……南斗の拳士を目指す子達の心を。

 あのジャギと言う子供の瞳は多少の危うさもあるが許容内。真っ直ぐな瞳をしていた。……気質も悪くは無いし、良い
 南斗の拳士となるだろうとフウゲンは思っている。……シンの心に柔らかさを作った……あの男ならば安心、と。

 そして……その連れ人たる女性……アンナと言う名の娘。

 フウゲンはじっとアンナを見る。……虚偽なき真実の言葉を聞かんと。

 アンナは暫し悩んだ。フウゲンと出会う事は予想外であり、そして自分の目指す理由は余り人に話したくない事だったから。

 だが、虚言は通用せぬと諦めて、アンナは一瞬の吐息と共に空を見上げてから、口を開いた。

 ……空には北斗七星が輝いている。

 「……私が……夜な夜な目を盗んで南斗聖拳を身につけようと思ってるのは……強くなるのが目的、です」

 「強さ、か。……何を目的に強くなろうと思っている」

 そのフウゲンの鋭い言葉に、アンナはゆっくりと、空を見上げて答えを紡いだ。

 「……良く言葉に出来ないけど……その、自分はどうしようもなく弱いから……それを克服したくて……強くなりたい……」

 「どうしようもなく、弱いとな?」

 視線を走らせアンナの体つきをフウゲンは確認する。

 その体つきはある程度修練をした者の体だとフウゲンは思った。女性だからと言って南斗の拳士に成れぬ事はない。事実、
 南斗水鳥拳の担い手である方は女性だと知っているし、南斗翡翠拳を学ぶ者の中に女性が居た事を自分は知っている。

 「お主……お主は我流でそこまで鍛えたのか?」

 「……未熟ですけれども」

 何と言う事か。フウゲンは言葉を失う。

 アンナの体つきには無駄な肉が一切ついてない事は以前見て確認していた。だが、それがちゃんとした師もなく独自の
 修練だとは思いもしなかった。如何すればそのように幼い子供が鍛えようと思うのか、フウゲンには予想出来ない事だった。

 「……何がお主を其処まで追い詰める? ……お前さんのように小さな体でそのような鍛錬は体に毒じゃぞ」

 フウゲンの言葉に、アンナは微笑んだ。

 その微笑に一瞬だけフウゲンの心臓は大きく揺れた。

 (……この女子……本当に子供か?)

 一体どうすればこのような微笑みが出来るのか。一体どのような経験をすればこのように物悲しい笑顔が作れるのか。

 齢(よわい)六十を有に越すフウゲン。幾多の経験を経たフウゲンでさえ、アンナは推し量れない。

 「……ねぇ、フウゲンさん」

 「……何じゃ」

 一瞬心此処にあらずの状態だったフウゲン。アンナの声に我に返り応答する。

 「私は……南斗聖拳を……身につけられる才能がありますか?」

 平静を装った声。なのに、必死に訴えるように聞こえるのは気のせいか?

 フウゲンは暫しアンナを見つめてから、重々しく言った。

 「……南斗聖拳とは……陽の拳たる物。……ゆえに何者も拒みはせん……じゃが」

 フウゲンはアンナの露になっている細く引き締まった腕を見る。

 その腕は鍛錬か、自傷かは不明の切り傷が無数に出来ており。そして無駄な脂肪は全て失せた腕だった。

 「……じゃが、お主に才あるかどうかは不明じゃ。……だが、わしの見立ててはお主は南斗聖拳を……極められぬ」

 ……幾つも優秀な拳法家をこの目で見てきた。

 それゆえに一目でその者が南斗聖拳を覚える向き不向きも理解出来るようになった。それゆえのフウゲンの評価。

 アンナの体つきは無駄なく、拳法を覚えればある程度の闘いを身につけられるだろうとフウゲンは判断している。

 だが……南斗聖拳を極めるとすれば話は別。アンナの体つきでは南斗聖拳を極められるとは思えなかった。

 「……そっか……っはは……無理……か」

 ……笑う。アンナは笑う。

 虚空を見据えてアンナは笑う。その笑みは遠くへ向けており、手の届かぬ場所にアンナはその時存在していた。

 「……アンナ。お主」

 「けど、『極める』事は出来なくても、『覚える』事は出来るでしょ?」

 「……むっ」

 フウゲンは口ごもる。確かに南斗聖拳を『極める』のは困難だが、『覚える』事は可能だ。

 その言葉に勇気付けられたように、アンナの笑顔には活力が取り戻しつつあった。

 「なら、これからも修行する。必死で、私、独自で修行して見るから」

 「……何故、其処までして」

 何のために、その肉体に傷の鎧を纏い鍛錬を。

 フウゲンの言葉を読み取り、アンナはただ何ともないように言った。





                                 「生き続ける為に」





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 ……場所はうって変わり……刑務所。

 其処には囚人が置かれていた。……幾つもの囚人がだ。

 その一つの独房に、アンナを襲った南斗の拳士の端くれも居た。

 「……くそっ……くそっ。薬品があれば……もっと……私に力があれば……あのガキめ……あいつが居なければ」

 一人呪いの言葉を吐き続ける男。

 その男の耳に足音が聞こえてきた。どうせまた看守が自分に嘲りの言葉を浴びせに来たのだと男は暗い瞳で思う。

 南斗の拳士でありながら犯した愚行を、この町の者達は自分が死するまで罵声を浴びせ続けるのだ、と。

 ……だが、今日はその罵声が飛んでこなかった。

 いや、それ所が男にとっては信じられぬ事に……永久に閉ざされた筈の扉が……開いた。

 「……何だ、これは……夢?」

 「夢ではないさ」

 ……男の耳元に声が聞こえた。……不思議な事に、男にはその声を聞いても性別も年も判断出来ずに居た。

 いや、そんな事を気にする思考さへ何故か無くした。

 「……復讐したいかね?」

 「! 勿論だっ。……あの、あの男が居なければ私は今も平和を謳歌していたんだ。……どんな手段を使っても!」

 「……取引だ。それが不可能ならば……君はこの鳥篭で一生住む事になる。

 『取引』 それが何か男には解らない。

 だが、NOと言う返事は男にはない。男は暗い独房の中の生活で、確固とした黒い感情が身を包んでいたからだ。

 


 


                     故に……その声の持ち主に導かれるまま男は自ら……パンドラの箱を開けた。










      後書き



 今更だが、ちょっとした説明。

 【文曲】って言うのは北斗七星を司る星の名前の一つになります。

 ゆえに【貧狼】 【巨門】 【禄存】 【文曲】 【廉貞】 【武曲】 【破軍】の七部構成で送るつもりです。

 【文曲】編はとりあえずジャギの幼少時代を主要にお送りする予定です。






[29120] 【文曲編】第八話『南斗の触れあい そして兆し』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/08/14 18:45

 
                  ……コン       ……コン     ……コン   ……コン


 ……粉雪が降り注ぐ空の下で、一人の男性が赤ん坊を背負いながら木の柱に人差し指を一定の間隔で突いている。

 赤ん坊は啄木鳥のように木を突く男性の背後で降る雪を見て楽しそうに笑う。

 その赤ん坊の笑い声を聞きながら、男性は無心に木を突く。

 ……粉雪は振り続ける。シトシト、シトシトと。

 そして男は木を突き続ける。コンコン、コンコンと。

 ……赤ん坊は雪を見ながら笑い続けていた。


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 ……朝陽……夜が空けて人々を照らす星が上がる。



 とある南斗の修行場がある町。冬が近づき初めた町の中の一つの家の部屋では外気とは真逆の熱気が立ち込めていた。

 その男は木の柱へ向けて黙々と修行を行っていた。だが、それは南斗の拳法家が行うような修行でなく、別の修行である。

 男が行っているのは中国福建省南少林寺発祥の秘伝練功術『一指禅功』。一指を無心で木の柱へと突く修行である。

 その修行は北斗神拳を目指す者が行う修行。そう、その修行を行っているのは勿論ジャギであった。

 一万回は繰り返しただろうか? ジャギは黙々とその修行を繰り返していた。

 やがて何度目かに木の柱を突いた時、罅割れるような嫌な音が耳に付き、其処で一旦手を止めた。

 息を大きく吸って呼吸を整えるジャギ。それと同時に一つだけ設置された扉が開き人影が現れる。

 「……熱心な事だな。未だ五時にすらなってないぞ?」

 「そう言うお前も起きてるじゃねぇか。シン」

 「起こされたんだよ。お前にな」

 部屋に立ちこまれていた熱気は、開け放たれた外気へ逃れようと進む。

 その熱気もシンの体を避ける様に進んでいく。それは、確認できずとも多分だがシンの体から『気』が滲み出ているからなのだろう。

 腕を組みまじまじとジャギを見つめるシン。手ぬぐいで汗を拭くジャギはそれに気付き眉をひそめて問う。

 「何だよ?」

 「いや……お前と出会ってから大体半年程経つな、と思ってな」

 その言葉に、あぁと呟きジャギは頷く。

 窓は木枯らしによって強く揺れる。……思えばこの町に来てかなり月日が経ったわけだ。

 「……もう半年か……あっと言う間だな」

 「未だ全然南斗聖拳覚えられなくてこちとら焦ってきた所だけどな」

 しみじみと呟くシンに、ジャギは小さな傷で覆われた自分の手を掲げて鼻息を荒く自分の無力さに苛立ちつつ呟く。

 「そうふてるな。師匠も言ってたぞ? 筋はお前は良いと」

 「……別にふてってる訳じゃないけどよ。……やっぱ才能無いのか、俺?」

 半年間かなり鍛錬を行ってみたが、それでも未だ手刀や貫手で木の柱を切断する事すら出来ない。

 シンやジュガイなどは既に鉄の柱を半分ほど切断出来る器量を持っている。これはやはり生まれ持っての才能なのか?

 「南斗聖拳を扱うには確かに多少は才は必要だと思うが……ジャギは才能ある。俺がこの目で暴漢を南斗聖拳で吹飛ばした
 のを目撃したんだ。絶対に何年掛かろうともお前ならやれるさ」

 そう自身を励ますシンに、思わずジャギは目頭が熱くなりそうになる。そして、一抹の罪悪感も。

 (嬉しいこと言ってくれるけど……最近、俺北斗神拳の修行の方を重点的にしてるんだよなぁ……)

 ジャギが行っていた『一指禅功』とは北斗神拳を扱う上での重要な基礎鍛錬である。これなくして北斗神拳扱えず、と言った所だ。

 何故、ジャギが最近これをし始めたのか? それはジャギが見た夢に解答があった。

 ジャギは思い返す、自分が見た夢……リュウケンと思しき人物が赤ん坊を背負いながら木へと人差し指を突いていた不思議な夢を。

 それは多分、この体のジャギの記憶。『自分』が憑依する前の、『ジャギ』の記憶なのだろう、と。

 この町の図書室にある資料で、その鍛錬が中国拳法で実際にある修行である事も知りえた。ジャギは夢の中の修行が
 北斗神拳を身につけるのに実を結ぶと確信すると、南斗聖拳の修行と併合して始めることを決意したのだった。

 そうなると時間をもっと有効に扱いたいと言う事で、ジャギは朝四時程から鍛錬を行っている、と言う訳である。

 「余り無理し過ぎて風邪を引くなよ? ただでさえ、最近は寒くなって来てるからな」

 「そういや、もう冬も近いか」

 あの夢の中の風景も初雪が降り始めた時期だった気がする。だからあんな夢を見たのだろうか?

 「……あぁ、そう言えば昨日言うのを忘れてたんだがな」

 「あん? 何だよ突然」

 思考はシンに遮られる。顔を向けて軽く睨むと、シンは少し困った顔つきで、こう言ったのであった。

 
 
                      「……近日中……南斗頂点である鳳凰拳伝承者者が……来る」




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 南斗の修行場。子供達は何時にも増して興奮した面持ちで会話をしている。

 「今度、南斗鳳凰拳伝承者であるオウガイ様がやって来るんだってな!」

 「凄いよなぁ。鳳凰拳、見せてくれるかな?」

 「馬鹿だな、そんな簡単に見せるもんか。でも俺達運が良いぜ。フウゲン様が此処に居るからこそ、オウガイ様が来るんだから」

 「そういや聞いたか? オウガイ様の……弟子の事」

 「聞いた聞いた! 俺達と同い年なんだろ? もしかして……この道場で一番実力あるジュガイがシンと組み手する
 かも知れないぜ! それだったら凄いよなぁ! 何だって南斗孤鷲拳と南斗鳳凰拳の闘いだもの! 凄い闘いが見れるだろうなぁ!」

 そう勝手に妄想を繰り広げる子供達を他所に、シンとジャギは自分達だけで会話をしている。

 シンは何時になく熱の篭もった声で言った。

 「南斗鳳凰拳とは南斗聖拳を纏め上げる最強の拳法なのだ。その拳は何人たりと触れる事出来ず相手を薙ぎ倒す最強の
 拳法だと聞いている。その現伝承者であるオウガイ殿の唯一の弟子だと言う者は俺達と同い年位だと聞いている」

 「けど、そんな興奮する事か? 一応、南斗の伝承者が訪れる事なんて珍しくないんだろう?」

 「……いや、まぁそうなんだが。……だが、それでも南斗最強の拳法家だぞ? 拳士としては一種の憧れだ……」

 願わくば拳法を見せて貰い、自分の糧に出来れば……と呟くシンの顔は、憧れに出会える期待に満ちていた。

 一方、ジャギはと言えば他の子供達に比べ余り興奮はない。

 確かに現在のオウガイや、その弟子……サウザーに出会える事は正直ある程度緊張する。けれど、それに興奮はない。

 (オウガイとサウザーかぁ……七、八年後にはオウガイをサウザーが殺しちまって……それが悲劇の始まりだもんなぁ)

 『サウザー』……世紀末南斗鳳凰拳伝承者であり南斗最強の拳法を扱い聖帝として君臨し、救世主を一度負かした男。

 その体は特殊体質で全ての臓器、血管、神経に至るまで通常の人間とは正反対に位置している。無論、秘孔の位置もだ。

 『将星』の宿命を持ち。そして最も愛深きゆえに伝承儀式と言えども師を殺してしまった哀しみに耐えれず暴君に至る。

 その結末を知るがゆえに、ジャギは南斗最強の拳法家が来日すると聞かされても素直に喜べないのだった。

 「……あんまり難しい顔してると、禿げるよ?」

 「禿げて堪るか……ってうぉ!? アンナ何時から其処に!?」

 「ついさっき。シンが興奮して喋っている所から」

 何時の間にか背後にはアンナが出現していた。その手にはお弁当。そう言えばもうすぐお昼かと考えつつジャギは呟く。

 「……全然気配が無かったぞ、おい」

 「まったくだ。俺も気付かなかった……」

 「まだまだ二人とも修行が足りないんでしょ」

 アンナにそう言われ、落ち込むシンとジャギ。南斗孤鷲拳伝承者を目指し、もう一人は北斗神拳伝承者(候補)を目指す
 のにアンナ一人来た事さへ気付かないとは……と不覚を取った事に対して落ち込む。アンナはジャギだけ頭を撫でて
 慰めつつお弁当を差し出す。再起可能となったジャギは未だ落ち込んでいるシンを叩きつつ三人で円を囲み座った。

 アンナは二人が話していた内容を聞き、お弁当をつまみながら言った。

 「その……オウガイって人は何で此処に来る訳?」

 「様を付けろ。……多分、我が師フウゲン様に用があるのだろう。お二人とも南斗を支える重要なお人達だからな。」

 「大人の話ってか。俺は、オウガイ様よりも、その弟子の方に関して興味があるけどな」

 オウガイ様、と言う部分を全く敬う事なくジャギは言いつつ漫画の中で見た幼少時代のサウザーを思い浮かべつつ喋る。

 「オウガイ様の弟子か……いずれ、その弟子も南斗鳳凰拳を継承するだろうからな。今から楽しみだ、どれ程の腕なのか」

 「……勝負する為にあっちは来るんじゃないぞ?」

 「何だジャギ、お前だって拳士の端くれなら一度は拳を交えたいだろうに」

 そう真顔で言うシンにジャギは少々困りつつ空返事で頷いた。『自分』は生き抜く為に拳を欲してるのであり、別に
 闘いが好きな訳では無いのだ。むしろ、暴力や喧嘩は嫌いな方だ。……と言っても、世紀末では言うのも無駄な事だが。

 「……ふん、落ち零れ同士で同じ釜の飯を食う……か」

 その時、嫌な声が三人の頭上を下りた。その声にジャギとシンは同時に顔を顰めてその方向へと顔を向ける。

 「……嫌味を言うのにわざわざ来るな。暇なのか、お前は……」

 「ふんっ、話し声が俺の方にも聞こえてきたからな。シン、今ださへ俺より実力が低い癖に本気で南斗最強と言われる
 鳳凰拳の使い手と試合が出来ると思っているのか? ……傑作だな。お前では、一瞬の内に地べたに這い蹲るだろう」

 「んなもんやってみないとわからねぇだろ。シンの腕なら、南斗鳳凰拳だろうと勝てるかもしれないぜ?」

 ジュガイの言葉に受けて立つはジャギ。以前に決着が着かぬまま終わってからジャギとジュガイの中は芳しくない。
 シンとジャギの仲を事ある毎にジュガイは見下してたし、それをジャギとシンは快く思わず顔を合わせば口論していた。

 アンナはその間、男同士の事には関わらず。と、大人しく自分は無関係だとばかりに素知らぬ表情でご飯を突っついていた。

 例えジャギに好意を抱いても、こう言う場合は空気を読むのだ。

 「未だに南斗聖拳もまともに扱えぬ身で良く言う……まぁ良い。どうせ訪れればはっきりする。鳳凰拳を扱う者がどう言う者か、な」

 話は終わりとばかりに自分の修行する位置へ戻ったジュガイ。それを二人は苦々しげな顔で見送りつつ同時に呟いた。

 「「もうちょい可愛げのある態度を取れないのか、あいつは」」

 「それ、ジャギやシンにも言えるんだけどね」

 その言葉を、小さく噴出しつつアンナは気付かれぬように呟くのだった。


 
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 ……日は過ぎ、とうとうオウガイとサウザーがやって来る日がやって来た。

 「……と言うか、冷えるな本当に」

 「寒っ……」

 格好は未だ夏用の胴着のまま、それが祟ってか鳥肌が出来る。アンナは一応長袖を着てたが、それでも手に吐息を当てていた。

 「もう雪も降って良いんだがな……しかし冷え込む、もう少し厚着しろお前達」

 そう注意するシンに、わかったわかったと手を降るジャギ。だが、厚着すると言う事は言外にシンの服を借りる事を意味する。

 別にそれが嫌な訳ではないが、余り人の世話にならないようにしたいジャギには、シンの提案は余り頂けない。

 「まぁ、これ位なら少し街中走り回れば体が暖まるって。シンもどうだ?」

 「いや、俺は良い。お前達二人で走ってきてくれ」

 「了解」

 シンに背を向けてジャギとアンナは同時に走り出す。競争してる訳ではないが、身のこなしは早く、あっと言う間に姿は消えた。

 「……元気だな、あの二人は」

 余り深い事情は聞いていないが、あの二人の仲の良さを考えると恋人なのだろうと言わずとも見当がつく。……別に
 それに関して嫉妬も何も無い。むしろ、あの二人が一緒に笑い合ってる様子を見るのが楽しい程だ。

 (何故、だろうな? ……まぁ、どうでも良い事か)

 ……シンは未だ知らない。……自分が『殉星』の宿命を持ってる事を。

 それを知るのはもう少し先……その強く儚い星を宿す男は、室内へと戻っていった。



 
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 「……ふぅ……結構走りこんだなぁ」

 「……はっ……速い~、ジャギ」

 激しく鳴る心臓を手で押さえつつジャギは深呼吸を繰り返す。その横でアンナも同じように汗を垂らしつつ同じ格好だ。

 「いや、アンナの方が速すぎるって。本気出しすぎだろ」

 「え~? だって、これ位しなくちゃ修行にならないでしょ?」

 そう笑いつつアンナは返事をする。アンナが修行する事なんてないのに……と一瞬ジャギは思うが、一先ずアンナの脚力には
 内心舌を巻いた。かなり自分も本気を出したのだが、アンナはそれに追いついており、未だ余力があったのだから。

 (単純に働いてただけだと思ったのに……アンナの奴、俺の居ない所で修行してたって事なのかな?)

 「どうしたの、ジャギ? 私の顔、何か付いてる?」

 「……いや、別に」

 じっと、アンナを見ても当たり前だが答えは来ない。

 直接聞き出しても良いのだが、アンナが正直に答えてくれるか解らないし、何より、ジャギは何故か聞く気になれなかった。

 「……まっ、一先ず戻るか」

 「そうだね、それじゃあ、もう一度走りますかっ!」

 元気良く、アンナは先頭を切って走り出す。元気があるなとジャギは笑いつつその後を追いかけようと脚に力を込める。

 その時だ、アンナが地面に躓き転びかけたのは。

 「アンナ!」

 慌てて駆け寄ろうとジャギは跳ぶ。……だが、間に合わない。

 地面に激突……そうするかに見えたアンナを……近くから出てきた人影が一瞬にして支えた。

 「……大丈夫ですか?」

 その人影は落ち着いた声でアンナの無事を確かめる。駆け寄ったジャギはその人物が視認出来、そして固まった。

 「う、うん大丈夫……って……ぁ」

 「? ……自分の顔に、何か付いていますか?」

 先程のアンナと同じ台詞を呟くその男の子……十歳程で金髪の芝生のような髪の毛を持つ、温和な顔の少年。

 それだけなら未だ不思議ではない。だが、この顔つきの少年に、原作を知っているジャギは素性が容易に知れた。

 だが、その時少しだけ不味い事が生じる。

 「っ! ……ゃ!」

 支えられている腕に、アンナは小さく悲鳴を上げて飛び退く。その過剰な反応に少年は戸惑った様子を見せた。

 ジャギは隣まで駆けつけ、その行動を取り直す発言をした。

 「悪い、こいつ男性に触られるの駄目なんだ。……アンナを助けてくれて有難う」

 「……御免なさい。ありがとう」

 アンナも自分の態度が悪いと自覚し謝罪と感謝の言葉を述べる。その少年は、笑みを浮かべ手を振り穏やかに言った。
 
 「いや、大した事はしてないよ。……この町の人かい? 出来れば南斗の修行場への方向を教えてもらいたいんだけど」

 この町に来たのは初めてで……と頭を掻く少年。

 ジャギは極めて平静な声で喋る。目の前の人物と、原作の違和感に戸惑わぬように、と。

 「あぁ、それなら知っている。自分が何時も修行している所だからな。良ければ案内するよ」

 多少棒読みだが、ジャギは何とか普通に対応する。そのジャギに、少年は笑みを浮かべてジャギに軽く頭を下げて言う。

 「有難う。……お師さん! この人達が道を案内してくれるようです!」

 そう、振り返って少年が言った先に、一人の妙齢の男性が気が着けば立っており、少年と同じ優し気な笑みを携え言った。

 「そうか。……『サウザー』この方達に良く礼を言うのだぞ。袖振り合うも他生の縁。この方達の好意を無下にしてはならん」

 そう、立派な言葉を『サウザー』へと伝えるのは……言うまでも無く『オウガイ』だった。



   
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 (……しっかし、驚いた。……生のサウザーがこんな好青年……好少年だったとは……)
 
 修行場へと赴くオウガイ、サウザー、ジャギ、アンナの四人。道行く人々は一瞬だけ目線を向けるが、直に前を向く。
 
 普通の人間には南斗聖拳使いかどうも解らぬし、何より、この仲良さそうな親子にしか見えぬ二人組みか、現南斗鳳凰拳
 伝承者であるオウガイと、そして世紀末で暴君となり君臨する男、サウザーだと思いもよりはしないだろうから。

 「しかし、お主達と出会えて良かった。何分初めての町だし、交番も運悪く誰も居ずに少々困っていた所だったんだ」

 「これも何かの巡り合わせですね、お師さん。ジャギ、と言ったか? 修行場に良く通うと言う事はお前も南斗の拳士
 と言う訳だな。流派は何だ? 今、南斗聖拳の定義は覚えているのか? 自分が一番得意だと思える技は何だ?」

 「こらっ、サウザー。そんな風に根掘り葉掘り聞こうとするでないっ」

 「あっ……申し訳ありません。お師さん」

 (……何つうか……慣れん)

 子供であるからしょうがないのだが。こう言う風に子供っぽいサウザーを見ると言うのはどうもジャギには違和感がありすぎた。
 初めての町に興奮して好奇心丸出しで自分に質問してくるサウザー。それを父親当然に叱るオウガイ……貴重な光景だ。

 「二人は、何でこの町にやって来たの?」

 「うん? ……私達がこの町にやって来たのはな。この町に居るフウゲン殿に関して話があって来たのだ」

 アンナはサウザーとオウガイのやり取りを一通り見てから、ジャギが聞きたかった事を聞いてくれた。アンナの顔を見つつ
 オウガイはジャギとシンの予想通りの答えを出した。だが、アンナはそれでは満足は出来ないとばかりに、続けて質問した。

 「用って如何言う?」

 「それは……言えんな。すまぬが」

 「アンナと言ったな? お師さんを困らせないでくれ。お師さんは南斗の未来の為に頑張っているのだ。その為には
 色々と外部の者には話してはいけない事だって沢山ある。例えば他の流派の奥義、または先人達の記録や南斗六……」

 「サウザーっ!」

 オウガイの一喝。サウザーは口が滑ったとばかりに手を口に当てる。だが、それだけでジャギには収穫が出来た。

 (成る程……南斗六星に関するお話ね)

 南斗六星……南斗の拳士達の代表格たるこの星々は南斗108派を構成する頂点に達している。

 その事に関しての話……多分、フウゲンの弟子であるシンの事に関して話があるのだろうと、ジャギはサウザーが
 思わず滑った言葉から読み取った。まぁ、それ程大した話には思えないが、この世界では結構重要な事柄なのだろう。

 (と言うか、南斗六星に関する話って南斗の拳士の中でも結構重要な部類なんだな。……当然か、南斗の星一つ無くなれば
 南斗六星全部が崩壊の道に走るとか原作でも描写されてたし、そりゃ秘密にしなくちゃいけないか……)

 もし、悪意ある人物が原作の知識を知っていれば子供の頃のサウザーや、シン、未だ出会った事は無いがレイやシュウ
 ユダにユリアを手に掛ける可能性もある。その様な最悪の可能性を防ぐ為に、南斗の人間達は南斗六星に関して秘密にしてるのだろう。

 「あ、結構不味い事聞いちゃった? ……御免なさい」

 「いや、別に構わん。……サウザー、久し振りに町を訪れて興奮するのは解るが、心穏やかにせんといかぬぞ」

 「はい……肝に銘じます」

 (……本当に珍しい光景だ)

 叱られるサウザーなんてこんな事態でしか見れないだろうなぁと感心するジャギ。アンナはそのやり取りをクスクスと
 微笑んで見守っている。そのアンナの表情に気付いてか、少しだけ不貞腐れた表情をサウザーが見せるのも新鮮だった。

 ……そんな風に珍しい事ばかり見ていたら、修行場へと辿り着いていた。

 修行場へ入ると、騒がしかった子供達の喧騒がピタリと止んだ。全員がジャギとアンナの背後……オウガイとサウザーに
 視線を向けていた。オウガイは視線に慣れているとばかりに平然と。サウザーは緊張を隠せず少しだけ顔を強張らせていた。

 「良く来なすってくれた。オウガイ殿」

 子供達の中心が割れ、其処の中心に居たフウゲンはゆっくりとオウガイへ近づいた。
 「息災なく何よりです。フウゲン殿」

 「お主もな。……まぁ、場所を移すか。……ジャギ、お前さんに後は任せるぞ」

 「はいぃ?」

 行き成り、サウザーを指して任されたと言われたジャギは、素っ頓狂な声を思わず上げてしまった。フウゲンは続ける。

 「シンには少しばかり使いで出してしまったんでな。とりあえず、わしらの話は退屈だけじゃろうから。任せるぞ」

 南斗の重要な会話に関してはサウザーは未だ加えられない……そう暗に言い含めたフウゲンの言伝にジャギは溜息を吐く。

 一応、この修行場で鍛錬し始めてからフウゲンには数々の助言をさせて貰ってきた。……腰の捻り、足幅。基礎鍛錬に
 関しても直した方が良い部分を教えてもらったりと……。悪い印象を持たれぬ様に素直に従ってきたのが功を奏したのだろうか?

 「了解しました。フウゲン様」

 立ち去るオウガイとフウゲンを見送ってから、ジャギは少しばかり寂しそうな顔をサウザーが浮かべてるのに気付く。

 原作でのお師さんに対する愛情の深さを照らし合わせ、ジャギは試しにとばかりに聞いてみる事にした。

 「……ひょっとして、オウガイ様が居なくなって寂しいのか?」

 「っ俺はそんな甘えん坊では無いっ」

 そう、赤面して答えたサウザーは図星を突かれたのがありありであり。ジャギはサウザーにファザコンの一面が有った
 事に若干の衝撃と納得をした。それ程の愛情がなければ、この子供が世紀末で暴君に化す程の哀しみを得ないのだろう、と。

 そんなジャギの思惑を知らず、子供達はサウザーの方へ集まる。

 矢継ぎ早にどのような修行をしてるのか? どんな場所で暮らしてるのか? 南斗鳳凰拳を見せて欲しいなどと言う無茶な
 要求に関してもサウザーはやんわりと断りの言葉を出しつつ子供達の質問に丁寧に答えていた。

 そのように、肩書きからかも知れぬが一瞬にして注目を浴びるサウザーを冷静にジャギは分析して見る事にした。

 (一瞬にして何て言うか人気者になったな……これも一種の『将星』の宿命を兼ね備えているサウザーの力か?)

 例えば修羅の国でのオウガイと言えど子供達を惹き付ける力を兼ね備えていた。

 サウザーもそのように人を統率する力を子供の頃から持っていても不思議ではない。

 「……お前が、鳳凰拳の弟子か?」

 その時、無遠慮な言葉がフウゲンとオウガイが去った方向から現れた。

 ざわ……と静寂が走る。ジャギは声の心当たりに思わず頭痛が走りそうで頭を押さえてしまった。

 「……お前、は?」

 紅葉のような髪の毛を無造作に束ね上げた男が荒い音を立てて現れたのを、サウザーは不思議そうに聞く。

 それに、胸を張って男は言った。

 「俺の名はジュガイ。南斗孤鷲拳伝承者候補となる男。この修行場では最も実力ある」

 「ジュガイ……」

 サウザーは初対面のジュガイをまじまじと見つめる。ジャギは何やらジュガイが仕出かさないかと戦々恐々だ。

 「俺に何か用か?」

 「用、ああ確かに用ある。サウザー……いや、サウザー殿。この俺とどちらが腕が上か闘って確かめて頂きたい」

 (やっぱか……)

 こうなる事はサウザーが訪れると知って予想出来ていた。だからこそ、ジャギは無駄だと知りつつジュガイへ言う。

 「おい、サウザーは何もここに闘いに来た訳じゃないんだぜ?」

 「貴様は黙ってろ」

 有無を言わさず黙殺されるジャギ。困ったなと頭を掻くジャギの横で、サウザーは一部始終見つつ思考していた。

 (……態度は無礼ではあるが……南斗孤鷲拳……その拳の使い手の実力……一度味わってみたい)

 悲しきがな、サウザーもまた男。ジュガイの言葉に少しばかり心揺れる。

 ジャギは面倒事は正直御免である。よって、サウザーへと半ばうんざりした声で告げた。……切り札とも言える言葉を。
 
 「おいおい、そっちは良いかも知れないけど。お前の師匠だって危ない真似させたくないだろうが? 勝手に師匠の
 許しも得ずに試合なんてしたら、お前の師匠に幻滅されるんじゃねぇの?」

 「わかった。しない」

 あっさりと芽生えた闘争心を摘み取るサウザー。……お師さんを出しただけでこんなに従順になるとは……南斗の未来が心配だ。

 「ジャギ……貴様」

 ジュガイは相手が挑む気がないならば闘う事が出来ない。邪魔してきたジャギを睨みつける。だが、襲い掛かるような真似はしない。

 「そんな怒るなよ。第一、正式な理由もなく腕試しなんてフウゲン様だって許しはしねぇだろ?」

 その言葉に、ジュガイは何も言えず舌打ちをしてその場を離れた。……南斗同士の争いは一応回避出来たと言う訳だ。

 修行場をジュガイが去ったと同時に……次に現れたのはシン。

 「……如何したんだ? 何やら肩をいがらせてジュガイが俺が居る事すら気付かず去って行ったぞ?」

 「大した事じゃねぇ。折角強者と闘えそうだと思ってたのに台無しになっちまったから拗ねてるだけだ」

 拗ねる……シンは少しばかりジャギの言葉に沈黙してから、サウザーの居る事に気付き丁寧な物言いで挨拶し始めた。

 「初めまして、自分は南斗孤鷲拳伝承者候補を目指すシンです。鳳凰拳継承者となる方に出会えて光栄です」

 その言い方に、少しだけ先ほどのジュガイとの事で少し気分を害していたサウザーだったが、すぐに機嫌を直した。

 「そんな風に敬われる言い方をされると照れるな。……俺はサウザー、別に鳳凰拳を伝承するからと言って、偉い立場に
 なるかどうかは別だ。……出来るなら、普通に接してくれ。その方が、俺としても助かる」

 「……ぷっ。そうだな……俺も、この言い方は慣れない」

 サウザーとシンは軽く笑い合い握手し合う。その光景を見て、ジャギは何とか二人が仲良くなりそうだと思い胸を撫で下ろした。

 「おい、ジャギ。何そんな所で変な顔して頷いているんだ?」

 「そうだ。お前の事についても、もっと良く知りたい。もっと近くに来い」

 「へ? いや、どうぞ二人でごゆっくり……」

 そう言ってジャギは逃げ出そうとする。この二人と一緒に喋るのは少し勇気がいる。二人とも、未来では聖帝とKINGと
 名乗る者達。並んでいるとどうも貫録が滲み出て、そのお陰で他の子供達は無意識に離れた場所に気がつけば立っている始末だ。

 「何馬鹿な事言ってんだ。サウザー、こいつはジャギと言ってな。暴漢を一度南斗聖拳で撃退した事がある。今は未だ
 南斗聖拳の定義も身について無いが、将来こいつは俺と肩を並べる位強くなれると俺は思っている。俺の自慢の友だ」

 (え? 俺ってそんな重要な位置に何時の間にか居たっけ?)

 シンに肩を抱き寄せられ、冷や汗を出しつつジャギは逃げられぬ状況に絶望を浮かべる。

 「ほぉ、暴漢を……! 俺達の年でそんな事が出来るとはな。……俄然お前に興味が沸いて来た。ジャギ、もっと話してくれ」

 「……おい、頼むから誰かもう一人……アンナ……って居ない!? 何処に……え? 既にもう外に出て行った?
 何時の間に……ってか、あいつこうなる事見越して逃げやがったな……! ちくしょ~! おい、俺も後を追う……」

 そう、逃げようとするジャギを。シンとサウザーは若干悪戯交じりの笑みを浮かべて肩をがっしり掴み逃げられぬようにする。

 ……どうやら、この三人は良い関係を結べそうだと。星々だけは感じとるのであった。



  
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 「……となると、未だ自分の星の宿命に関し伝えてはおらぬのじゃな?」

 「あぁ、そちらも同じようだな」

 南斗の修行場にある一室。その一室で、フウゲンとオウガイは向かいつつ話し込む。

 出された茶を啜り、オウガイは重々しく口を開く。

 「……サウザーには、未だ自分が『将星』と言う重い立場である事を自覚させるには早すぎる。……フウゲン殿。そちらに
 居るシンと言う若者も『殉星』の宿命を抱いていると聞いた。……それはやはり間違いないのですな?」

 オウガイの深い眼差しに、フウゲンは微かに首を縦に揺らして口を開く。

 「……間違いなくな。……オウガイ殿、貴方がサウザー殿の瞳に極星たる南十字星を見たのと同じように……わしも
 又あの子の瞳に『殉星』を見た……全てを投げ打っても愛に尽くす……南斗の磐石の基礎たる星の輝きを……」

 「……中々思うように事は行かぬ物です。南斗六星たる『妖星』を持つ人物は未だ見つからず。『仁星』の子には既に
 南斗司祭が宿命の星について教えたようです。……優秀な若者らしく、その役割について直に納得したとか」

 「理性で納得しても心で直に納得しなくては結局は何もならん。……『義星』の子も、今のわしらと同じようらしいな」

 フウゲンの言葉に、オウガイも同じように微かに頷く。

 「水鳥拳伝承者たるロフウ殿と、同じ担い手であるリンレイ殿の言は間違いないだろうかと。……ロフウ殿は正直、
 些か拳情が激しい所が見えるが、それは伴侶たるリンレイ殿が諌めてくださるゆえに問題ないと思いたい所だ……。
 どうやら十になった頃に自身の役割を教えると言ってるらしい。……我々も、差し当たってはそれで問題ないでしょう」

 「そうじゃな。この事を知るのはわしも含めた南斗聖拳伝承者と、シンの両親のみ……無論、厳密に守秘するよう誓わせている」

 「……万が一、そのシンと言う名の若者が道を外した時どうするおつもりです?」

 その言葉に、フウゲンは暫し沈黙を通してからオウガイへと次げた。

 「……オウガイ殿。星の宿命とは奇妙な事に、その人間に出生と同時に兼ね備えられている。……万が一その宿命と
 外れる道に走れば。星の輝きは消える。……じゃが、役割を戻れば星の輝きも戻るらしい。……南斗の文献にはそう書かれておる」

 「……ならば、その若者を伝承者にするのは既に決定だと?」

 オウガイと違い、フウゲンには二人弟子が居る。

 同時に目指す物、一人手に入れ一人が願い叶わぬ時……亀裂が生じるのでは?

 オウガイの懸念に、フウゲンは皺だらけの顔に笑みを宿す。

 「……あの二人はわしが見込んだ若者じゃ。……例え、『殉星』を宿すシンが伝承者となろうと、ジュガイが伝承者
 になっても何も不都合は生じぬ。……何より、南斗孤鷲拳は一子相伝では幸いにも無いからのう。……どちらともが
 伝承者となる未来も無い訳ではない。南斗を支える六つの星……それが崩れさる事はありはせんよ」

 「……だが、不安もある。かつて一人の予言者が遺した言葉だ」

 其処で一区切りつけ、呼吸を一度大きくしてからオウガイは予言と言われた言葉を出す。

 



 
                        『……南斗乱れし時、北斗現る……』

 




 「……そのような予言、わしは信じぬ」

 オウガイの言葉を、湯のみを抱きつつフウゲンは感情を消した声で返事する。

 「信じずとも、信じるとも予言があるのは事実。……何より、最後の星であり『あの方』は心を失くしてしまった。
 真に南斗に君臨すべしあの方の生まれると同時の事故。これらの事も含めて、予言に関係が」

 そのオウガイの言葉を、鋭くフウゲンは制した。

 「オウガイ殿、全て推測じゃ。……確かに今、南斗の未来に翳りが生じてはおる。……だが、それはいずれやがて
 無事に収まるはずじゃ。……今は動きを見せぬ北斗の事も、そして心を封じてしまった『あの方』の事も……」

 フウゲンとオウガイは重い胸を抱え、同時に空を見上げた。……自分達の象徴たる……南斗の星を。

 「……『あの方』の心を少しでも取り戻す為と、どうやらいずれ各地を訪問し回るようです。……何か切欠になるかと」

 「そうか……その旅行で、南斗の未来に光あれば良いな」

 二人の男性は南斗の未来を案じ憂う。その一室の下では、和気藹々とふざけつつ未来の光たる星と、そして異邦者が遊びあう。




                             ……時は廻る    運命に沿い












        後書き


 南斗六星の宿命って本人達が自覚出来る筈ない。ならばそれを見定めるのって多分南斗司祭とかそんな感じだったと思う。

 あと、南斗六星拳の流派って時代毎に変わっていたと予測。その時に生まれる子供達の中で(あっ、こいつ『×星』っぽいな)
 と思われた者達が、どんな流派が関係なく南斗六星に付いていたんだろうと予測。(『慈母星』は血統なので除く。
 『将星』の星も、宿してると思われる子供は多分すぐに鳳凰拳伝承者に引き渡されていたんだろうと予測してみる)
 
 だってそうしないと病とか不慮の事故による時に廃退してしまう可能性があるし。

 だから南斗朱雀拳とか、南斗孔雀拳とか、南斗千鳥拳とか、そんな感じの拳法家が南斗六星の『仁星』やら『義星』
 やら『殉星』やら『妖星』だった時代もあるんだろうなぁと、空想してみる。


 





[29120] 【文曲編】第九話『忍び寄る冷気 曇天』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/08/14 23:45


 「……何と言うか」
 
 「これは……」

 「少し、居心地が悪いよな、やっぱ」


 そう順番に呟いたのは、シン、サウザー、ジャギ。

 現伝承者同士の話し合いの為にサウザー、シンの師であるフウゲンとオウガイの話は思った以上に長引き、その為
 サウザーは一泊を余儀なくされた。その宿の対象となったのは……言わずもがな、ジャギも居候させて貰っているシンの家だ。

 「……しかし、何と言うか豪華な家だな。……余り慣れない」

 「まぁ、シンの家って西洋風に作られているからな。俺も住む事になって最初は寝心地悪かったな。ベットは柔らかすぎるし」

 「ジャギ、お前そんな事思ってたのか。何なら今から寝場所は床に変えるか?」

 「滅相もありませんKING」

 「……何だその呼び名は? と言うか、KINGと呼ぶに相応しいのはサウザーだろ、どう考えても」

 「……そう言う発言は、だからあんまり止してくれ」

 現在の時刻は夜。三人は互いに寝巻き姿に着替え各々の寝れる場所に陣とっている。因みに、大勢で泊まれる客間に居る。

 「しかし、悪いな。宿はとろうと思えばとれたのに」

 「気にすんなって。明日、明後日には帰るんだから、もう少し長く一緒に過ごして楽しんだ方が良いだろ。なぁシン?」

 「……まぁ、そうだが。お前、最近あつかましくなった気がするのは気のせいか?」

 サウザーを一緒に泊まらせようと発案したのはジャギ。修行場である程度自分が暴漢を倒した経緯をざっくらばらんに
 話終えた後、三人はお互いの事を軽く話しつつ思いの他に話は弾んだ。フウゲンとオウガイも話は長引くようで、
 夕方頃にオウガイが一旦姿を現すと、今日はフウゲンと話し合う事が多いからとサウザーには先に宿を取るよう薦めたのだ。

 寂しそうな顔をしつつも頷くサウザーを見て、ジャギは、ならばシンの家に一緒に泊まった方が楽しいだろうと勧誘する。

 シンは自分の家なのに勝手に計画するジャギに呆れつつも、断る理由も皆無なのでジャギの提案にすぐ賛成した。
 シンの両親もサウザーが現れた事に多少驚きつつも、すぐ普通の家庭と変わらず歓迎を表し泊まる準備もすぐ済ましてくれた。

 「しかし、オウガイ……様が先に帰れって言った時、お前かなり寂しそうな顔してたよな。傍から見て可笑しい位に」

 「このっ……今日何回その事でからかう気だ……ジャギ」

 拳を振り上げて赤面するサウザー。ジャギは笑いつつ降参の意を込めて手を上げる。
 シンはそれを眺めながら、未来の指導者になるかも知れない相手に平然とからかうジャギの肝っ玉に内心舌を巻いてた。

 「三人とも、もう遅いから眠りなってシンのお母さんとお父さんから」

 その時、扉を開けて現れたのはアンナ。

 風呂上りなのか湯気を昇らせ頬は健康的に赤く、何時も巻いているバンダナは外され金髪の髪は自然に下がっている。

 ジャギはそのアンナの姿を見て一瞬ドキッとする。夜におやすみの挨拶を交わすのは何も初めてではないが、このように
 不意打ちでアンナの姿を見るとジャギの胸は不自然に鼓動が激しくなる。ジャギはその度に自分の中の感情に混乱するのだ。

 (おいおい、『自分』。お前はそもそも大学生だったろ。十歳にも満たない女の子に何でドキドキしているんだ?)

 そんな葛藤を知ってか知らずか、アンナは不自然に硬直したジャギに首を傾げつつ不思議そうにジャギだけを見て喋る。

 「えっと……聞いている? ジャギ」

 「あ……聞いてます聞いてます」

 「なら良いけど。まぁ男の子同士の話って盛り上がるだろうから、私は少し遅くまで起きても黙認するけどね」

 「お前は俺の母さんか」

 ジャギの突っ込みにアンナは笑いつつお休みと告げて扉を閉める。ジャギは子ども扱いしやがって……とばかりに半眼で
 閉まった扉を見ていた。だが、決して本気で怒っている訳で無い事はジャギの顔つきが柔らかい事から一目瞭然だろう。
 
 シンとサウザーは、そのアンナとジャギのやり取りを見届けると、ジャギへと話しかけた。

 「……なぁ、一つ聞きたいんだが。お前と……アンナの関係とは如何言う関係なんだ?」

 「そうだな、サウザーと同じく俺も良い機会だから聞きたい。ジャギ、正直に答えろよ。アンナの事をどう思ってるんだ?」

 「え? え??」

 急に接近し自分の顔を覗き込むサウザーとシンにジャギは困惑し二人の顔を交互に見て質問の意図を考える。

 「……いや、どうって。……アンナとの関係?」

 ……説明し辛い、とジャギは正直に思った。

 出会いは夜更けの小屋。道に迷ったジャギが北極星を頼りに歩き、その時アンナの兄に出会い、そして犬のリュウと
 出会ってからアンナと出会いを果たした。その時のアンナは疲弊してぼろぼろで、そして男性恐怖症なのにジャギだけ平気で……。

 「……幼馴染?」

 「何故疑問系なんだ」

 言った途端にシンに突っ込みを入れられる。だが、六歳に差し掛かる前にアンナと出会い、その後はほぼ毎日過ごして
 今も修行を除いては兄妹のように過ごす関係を幼馴染以外にどう表現しろと言うのだろうか? 

 客観的に考えれば、アンナとジャギの関係は異常なのだ。子供でありながら異常に男性に触れられる事を恐れるアンナ。
 そして、ジャギであるが、ジャギでない人間である自分。このちぐはぐな関係を簡潔に表現しろと言われてもどだい無理な話である。

 「……何て言ったら良いのかなぁ。……アンナは自分にとって大切だ。けど、好きかどうかって言われたら良く解らない」

 「……俺は少ししか見ていないたが、仲睦まじい関係にお前達が見えたんだが?」

 サウザーは第三者として冷静に、今日アンナとジャギに初めて出会いを果たし、そして二人の様子を観察して感想を言う。

 サウザーが見た光景とは、帰路に向かう為に外に出たらジャギが出るのを待っていたアンナの姿。そして逃げ出した事で
 大袈裟に怒気を発するジャギを、アンナが困った笑みで諌め、軽い口の叩き合いの後にじゃれあっている様子。
 歩いている時も自然にジャギはアンナを助けられる位置に立っており、それらの行動を含め、サウザーの感想には十分な光景だった。

 シンも賛同して言う。

 「そうだ。もう半年程お前達の行動を見ているが。恋人同士以外にお前達を表現するのが俺には難しいぞ?」

 シンは知っている。ジャギの為に必死に料理を自分の母から学ぶアンナの様子。それに花売りなどの少ない金額から
 時折買う物はジャギの好物が主な事だと言う事。そんな献身的な様子を見れば、ジャギの優柔不断な物言いに文句を付けたく
 もなるだろう。南斗の技を放った理由もアンナの為だったと聞く。これを『愛』と呼ばずして何と語るのだろうか?

 そう二人に責められ、ジャギは困り果てる。現状を打開する言葉は生まれず。ただ頭を掻いてただ逃れる方法を模索する。

 「だってよ。アンナが何でこんな俺なんかに優しくしてくれるのかすら解らないんだぜ? 肌に触るのが平気な理由だって」

 「……そう言えば、アンナは男性恐怖症だったな。……何故、お前だけ平気なんだ?」

 サウザーは今日の出会いの際のアンナの反応を思い出し、何故ジャギだけ平気なのかを問う。

 その問いを、ジャギの代わりにシンが答えた。

 「俺の主治医が診察して見たが、原因は不明だった。多分心的外傷(トラウマ)が原因と言っていたが……俺にはお手上げだ」

 「アンナに直接聞こうと何度が思ったんだけどよ。けど、どうも聞いちゃいけない気がして、未だに聞けずじまいだしな……」

 ジャギは、アンナにとって唯一心穏やかに過ごせる人物だ。そして、ジャギ自身もアンナの事を大切に思っている。
 ゆえに、アンナの心の傷に関し直接的に聞くのに躊躇している。それが、アンナ自身を更に追い込む可能性を危惧し。

 その二人の言葉に、この中で唯一関係が一番浅いサウザーが、頭の後ろで腕を組みつつ暫ししてから口を開いた。

 「……俺が思うに、アンナは自分が何故男性を恐れているのか知っている気がする」

 「え?」

 ジャギは、その聞き捨てならない言葉にサウザーの顔をじっと見る。

 「あの女はお師さんが時折り瞳の中に浮かべる輝きと同じ物を携えていた。その輝きとは俺が答える事が出来ない質問を
 お師さんにしてしまった時の輝きと似ていた。俺の予想が正しければ、多分アンナは自分の苦しみの原因を知っているだろう」

 そう語るサウザーの瞳には僅かながら輝きが帯びていた。

 それは、未だ覚醒せずとも『将星』ゆえの慧眼が発する輝き。幼くとも未だ曇らぬサウザーの魂が見せる力の欠片。

 「……下らない質問だけど……その困った質問ってのは。」

 「鳳凰拳継承儀式について質問した時だな。未だ、俺に話す事ではないと言う事なのだろう」

 語り終え、瞳の中の輝きが収まったサウザーから質問の回答を出され、ジャギは暗い溜息を吐き出し、心情を吐露する。

 「……お前の言葉が正しいなら。俺はどうすれば良いのかな」

 「……見守るしかなかろう。俺は未だ愛する者に出会ってはいないが。俺の母や父ならば、愛する者が言えぬ秘密を
 抱えているならば、その秘密を告白するまでじっと待っているだろう。例え、永遠とも言える長い年月が経とうとも」

 シンの瞳にも光が宿る。『殉星』であり愛する者に対し全てを懸ける男の光。『愛』に殉する者の言葉は予想以上に重い。

 ジャギは二人の言葉に瞑目し、そして暫くしてから言った。

 「……なら、俺は待つか。気長にな」

 「あぁ、そうしろ」

 「それがいい」

 頷くサウザーと、シンの言葉を区切りに。その日は過ぎた。


  
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 ……苦しみが何時か雪解けのように消えるのならば。それは苦しみでなく幸福に繋がる希望でしょう。

 けれど、私の抱く苦しみは長い眠り以外に取り除く術は無いのです。

 一時の暖かい風は苦しみを僅かに和らげど、その風は自らが望む風かは最早解らないから。

 真ならば身が滅びても満ち足りて、偽ならばもはやただ沈黙を持ってただ咲き続けましょう。

 天から降る雪は、私の心を救うに至る熱なのでしょうか?


 
  
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 「……脱走?」

 「えぇ、今日の朝方の話です」

 「……何と由々しき事態だ。この事を知っているのか、特にあの二人は?」

 「いえ、話して不安にさせるのは如何かと。我々で処理するつもりです」

 「……それが良い。……鳳凰拳伝承者の来訪している時に……全く」

 その会話とある日、とある署内で行われていた。

 そして、その会話の情報が南斗聖拳の師たるフウゲンやオウガイに伝わる事は無かった。

 もし、この二人に伝達されたら……あのような事は起こらなかっただろう。

 それは全て仮定。ただ運命は無情に廻る廻る。

 暗い空気を流しつつ、曇天は冷気を漂わせ立ち込める。

 ……初冬はもう迫っていた。



  
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 「……遂に来た。遂に来たぞ……!」

 「シン、その興奮した目つき。危ない奴に見えるぞ」

 「お前は冷めすぎだ! 聞いてただろ! フウゲン様とオウガイ様の組み手の話を!」

 朝、興奮しているのはシン。それを引き気味にジャギは野菜を齧りつつ見ていた。

 興奮している理由はただ一つ。言葉の通りフウゲンとオウガイが組み手を今日すると言う事が伝達されたからだ。

 サウザーが泊まった翌日。夕方頃オウガイとフウゲンは話し合いは終わり、ある程度フウゲンの居る所の弟子達を観察し終えて
 その話は出てきた。因みに、その時ジュガイとシンは拳筋が良いとオウガイに褒められ(ジュガイはその言葉にガッツポーズし
 シンは体を震わせて転びそうな程頭を下げていた)ジャギは何時にも増して気合を入れて邪狼撃を放ってみたが、木の柱は
 ジャギの勢いつけた貫手に弾み壁に叩きつかれた後、ジャギの顔面に当たり結果的に全員に笑われる結果となってしまった。

 恥を掻いたとジャギは穴があれば入りたい気持ちになったが、一部始終様子を見たオウガイの感想に少しだけ救われた。

 「確かに南斗聖拳の定義を習得するにはもう少し鍛錬がいるようだが、貫手の際の型に関しては動きがちゃんと出来ている。
 後は単純な力の扱い方だろう。柱にも先程の衝撃に関わらず傷一つ無いと言う事は君が未だ力の使い方に慣れてない
 だけの事だ。体にちゃんと力の流れさえ覚えこませれば、すぐにでもサウザーと同じ位、実力を君ならば伸ばせる筈だ」

 (あの人……本当に善人なんだよなぁ。……だからだろうなぁ、善人過ぎてサウザーが自分が死んでも道を外す事を
 予想出来なかったんだろうな。……信頼が強すぎたがゆえに、その先にある危惧に目が眩んでしまった……って事か)

 自分の命を投げ打ち継承の儀を行った程の人物だ。人格者なのだろうが、サウザーの心の脆さを理解してない感が否めない。

 恐らく、サウザーは自分の死を乗り越えて立派に南斗を統べれると信じていたのだろう。……だが、結果は……。

 (……やべぇな。本当、今から俺北斗神拳や南斗聖拳じゃなく軽く応急処置の練習とかした方が良くね? 北斗神拳を
 使ってトキなら治療可能だし、俺だって頑張れば出来るか? それに、今からでも世紀末の為に農作業とか、色んな準備を……)

 「……ジャギ、ジャギってば」

 「ふぁ? 何だ?」

 「目を覚ましなって。はいちゃんと口に入った物噛んで、牛乳飲んじゃって、そして修行場に行く荷物持ってしゃきっとする!」

 余りに色々考える事が多くフリーズするジャギ。それは日常茶飯事ゆえにアンナは体を揺すりジャギの身支度を素早くする。

 「……やっぱり、恋人同士以外の何物でもないよな」 

 (いや、と言うかこれだと夫婦だな、早速)

 その様子を一部始終見て、シンは紅茶を啜りつつジャギとアンナの関係を再度自分の中で認識するのだった。

 
  
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 「……それにしても今日は本当冷えるな。……やっぱ長袖着るべきだったぜ……!」

 「……と言うか、今の今まで半袖で過ごそうと言うお前の気概に俺は呆れて良いのか感心して良いのか困る」

 外出した途端に体に吹き付ける外気。ジャギは猛烈な寒気に鳥肌を生み、それを横目で見つつシンは呆れた。

 「いや、ちゃんと理由があるんだって。最近、アンナが部屋に篭もって何かしてるのをシンも知っているだろ」

 「そう言えば……そうだったな」

 「それで何かと思い聞いて、アンナは答えなかったが俺はピンと来たんだ。部屋にある毛糸の玉を見てな。俺は多分
 アンナが手編みのセーターを作ってくれると予測した。それでそれが出来上がるまで夏用の服のままと言う訳だ!」

 「……出来上がる前に風邪引くぞ」

 馬鹿げた理由だな、とシンは言いつつも友人の楽しげに語る話を聞いて自分まで楽しくなるのに心の中で苦笑する。

 要するに、自分は何だかんだ言ってこの友人との付き合いが楽しいのだ。

 (ジャギは不思議な奴だ。……南斗の修行場の者達とも気兼ねなく接するし……サウザーとも直に打ち解けられた)

 もし、自分だけだったらあそこまでサウザーと仲を打ち解けれただろうか?

 ……多分無理だ。ジャギと出会う前は消極的に人と余り接さず拳の道に入り、それだけで自分は良いと納得していた。

 その状態でサウザーが来訪しても挨拶程度以外に関係を持てれたがは疑問である。
 けど、自分がその事に関し感謝の言葉を述べる事は多分ない。それは気恥ずかしさもあるし、相手も望まぬだろうから。

 「そんな事言って羨ましいんだろシン? イ~ヒッヒヒ! どうだ、悔しいかぁ!? あっははは……あ痛っ!?」

 「寒すぎて頭を壊したのか、お前は」

 行き成り頭を叩かれたジャギ。そして、その相手はシンではない。

 「……行き成り叩くなよなぁサウザー」

 「朝からお前の笑い声なんて聞かされても迷惑なだけだ」

 「それじゃあオウガイ様なら良いのか?」

 「……さ、行くぞ」

 途中までシンとジャギを迎えに来ていたサウザー。すっかり、馴染んだなとシンは軽口を叩き合うジャギとサウザーを見て思った。

 








 
 ……ジャギとシンが家から出た後。アンナは見送った後に台所へと赴き食器を洗う。
 最初はシンの母親に別にせずとも良いと言われたが、半ば強引に手伝いを申し込み、今ではそれが定着していた。

 住ませて貰って何もしないなど人でなしだ。アンナの兄は不良でありつつも常にしっかりした所はしっかりしていたので
 そう言う部分を、アンナも受け継いでいる。普段、ジャギと居る時はリラックスしている所為が危なっかしい部分が出るが。

 掃除、洗濯及びアンナは朝の内に済ませる。(シンの母曰く『住み込みの家政婦が来てくれたみたい』との事)
 そして、ジャギのお昼の弁当を完成させると、少しばかりの準備運動の後、シンの家族が居ないのを見計らい彼女は行く。

 「……今日は、出来たら良いな」

 それは、シンの家に取り付けられている部屋……ジャギが主に訓練している場所である。

 其処には南斗聖拳の為にサンドバックやら、ジャギが使っている木の柱など色々と拳法の修行に使われる物が設置されている。

 「……ふっ!」

 木の柱に向かって立ち、拳打を打つアンナ。

 ドンッ、と僅かに衝撃で木の柱は揺れる。続けざまにアンナはその木の柱に手刀や貫手を放つ。緩く、速く、連続で。

 ズンッ、ズンッ、とアンナの放つ拳の衝撃で木の柱は揺れるも、アンナが息を荒げ終了した時、木の柱に傷は付いてなかった。

 「……やっぱりフウゲン様も言った通り……私、才能無いのかな?」

 ……ジャギと同い年位の頃から、必死に体を鍛えようと我流で砂袋に拳を何回も叩き込み、我武者羅に体を痛めつけてみた。

 けれど、筋肉は普通の女性よりも硬くなったが未だにシンのように『斬撃』を放つ事は出来ない。

 「……悔しいなぁ」

 見ようによってはジャギと同じ程のレベル。だが、アンナは知っている。

 『ジャギは絶対に南斗聖拳を覚えられる』と言う事を。

 「……強くなりたいなぁ……別に、伝承者になる程じゃなくていい。……でも、せめて胸を張って強くなれたって言う位」

 そう、寂しそうに呟くアンナの顔は……達観していた。

 「……やば! そろそろジャギにお昼を届けないと!」

 だが、それは昼を告げる三十分前の針の音で終わる。常に身に付けているバンダナを引き締め直し、それと同時にその顔は
 普通の女の子と変わらぬ慌てた様子でアンナは弁当を下げてシンの家を出る。もう、先程の雰囲気は何処にも無かった。

 「ちょっと遅れそう! 走らないとジャギがお腹空いて待ってる!」

 腹の音を出しつつ自分を待つジャギの姿を想像し、その想像に笑みを浮かべアンナは駆ける。冷気を切りながら。

 ……それを、一人の怪しい輝きが見ていると気付かずに。



  
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 「……遅いな、アンナの奴」

 昼。ジャギは何時も通りアンナが来るのを待つ。子供達は昼休みが終わった後に行われるオウガイとフウゲンの組み手の
 事で熱気が高まっている状態だ。シンも期待で胸は弾んでいるが、今日に限って起きた不自然な出来事に気付き、呟く。

 「そうだな、何時もならもう来ている頃だろうに」

 アンナの行動は決まっている。昼を告げるベルが鳴ると同時に現れ何時もならジャギの場所へと現れている。

 最初はその様子を子供達がからかったりなどしていたが、ジャギとアンナは別に照れる様子もなく、その光景はすぐ
 日常の一部と化した。もし、今日も普通の時ならば、子供達でさへ不自然さに気付き疑問を浮かべていただろう。

 「……俺、ちょっとだけ様子を見に」

 「おいおい、今日はフウゲン様とオウガイ様の試合。出席しなければ色々と面倒だぞ?」

 南斗伝承者同士の試合など、滅多に行われるものでない。それゆえに、今日はフウゲンの弟子を除き、他の大人の南斗の
 拳士も寄り集まっている。今日欠席すれば、南斗の拳士としては余り心象良いとは言えないだろう。

 その言葉に、ジャギは出口へ向けた足先を一瞬だけ停止させる。シンは、休憩時間が終わるまでの針の音を歯痒そうに見る。

 「……何だ。何時も居る女は一緒では無いのか?」

 不安な様子だった二人に、介入するは紅葉のような髪を束ねし男。

 ジャギは苛立ちつつ顔を向け口を開いた。

 「……何だよジュガイ」

 「ふっ……何、拳にも恵まれず、その上女にすら逃げられた無様な男を笑いに来ただけよ。未来の鳳凰拳の担い手と
 仲良しごっこをしてるからそう言う目に遭う。……まったく、アンナとか言う女も物好きだな。お前のような落ち零れ
 の何処を好いてたのか。……まぁ、落ち零れに付き合うんだ。その女もきっと落ち零れなのだろう……っ!?」

 ジュガイは気に入らなかった。拳の腕前も劣る男が、好敵手も鳳凰拳の使い手とも馴染む目の前の三白眼の男の事を。

 ゆえに、ただ単に気に入らない子供の癇癪に似た感情で勢いの弾みで言った言葉だった。

 だが、最後の部分を言った瞬間……猛烈な寒気がジュガイを襲った。

 



                            「……ジュガイ……もう一度……言ってみろ」




 (!? ……何だ……これ……はっ……)


 金縛りのように硬直するジュガイ。その背筋の悪寒と、体中の痺れたような震えが、目の前の男から発されていると
 気付き更に呆然とする。……ジャギは表情が消え、まるで能面のように表情無く暗い瞳でジュガイへと顔を向けていた。

 

                               「……もう一度……言ってみろ」



 
 (殺気……とでも言うのか!? この俺が……怯えているだと!?)

 今まで、同年代で常に実力を抜きん出ていたジュガイ。

 それが、今南斗聖拳も禄に扱えぬ男の発する気配に自分が圧倒されている事が信じられなかった。

 「……っつけ! ジャギ! 落ち着け!!」

 ……その状態を解放したのは、シン。ジャギの急な変貌に驚きつつも、冷静にシンは異常な殺気を放つジャギを制した。

 暫く能面のような顔を維持していたジャギ。……だが、暫くして元の顔つきへと戻った。

 「……あれ? 俺……」

 何が何やらと訳が解らないと言った様子のジャギ。シンは元の状態に戻ったジャギを安堵して見つつ思う。

 (これだ……以前暴漢を吹飛ばした時もこの雰囲気を纏っていた。……やはり、俺の予想が正しいならば……)

 「……ちっ!」

 ジュガイは、ジャギが正気に戻ったと同時に解放され。そして自分がシンに助けられた事、そしてジャギに対して
 怯えた事に隠す事の出来ない憤りを感じ修行場を出た。そして、ジャギは少しだけ呆然としていたが、暫くして言った。

 「なぁシン……やっぱ俺、行くわ」

 ……伝承者同士の闘い。それを見れば確かに自分の拳を得て何かしら実力が伸び世紀末に役立つかも知れない。

 だが、それ以上にジャギは傾倒すべき事柄があった。それは魂にまで刷り込まれている……一つの使命。

 シンは、半ば予想付いていたのが溜息して頷き言った。

 「確かに……もしこれで何か身に起きていれば一生後悔するかも知れないしな。……まぁ、いずれまた見る
 機会もあるだろうし。……付き合おうジャギ。だが、この借りは結構大きいから覚悟しろよ?」

 助かる、と言ってジャギとシンは一緒に修行場を抜け出す。

 その二人が抜け出したのを子供達や南斗の拳士達は幾つか気付いたか、未だ休み時間でもあったので、何かしらの
 用であろうと別段気にも留めなかった。……ただ一人、未来に君臨する王の目を除いては……。

 「……シン……ジャギ?」

 サウザーは、修行場を抜けた二人の背をじっと見つめていた。




 
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 「……くそっ……この俺が……怯えた……っ」

 建物の屋上に佇むジュガイ。その体からは自分自身への怒りで気が滲み出ている。
 「くそ……俺ともあろう事が……しかもシンに助けられ……っ!」

 ジャギの気迫に圧倒された事より、ジュガイにとってシンが自分の自縛を解放した事が屈辱だった。

 自分より下と馬鹿にしてた男が見せた殺気。それに圧倒はされしも、相手に対し憎悪はない。それは自分の実力が低いゆえだ。

 だが、シンに助けられたと言う事実は違う。それは自ら競争を放棄したと思っていたジュガイには馬鹿にされたと感じたのだった。

 「……もっと、鍛え直さなくては……ん? あれ……は?」

 その時、南斗の拳士を志す者として視力に長けたジュガイは一瞬見た。

 金髪を下げたバンダナの女が、街路を歩き。そしてその後方に怪しげな人影が居る光景を。

 「……まさかな」

 多分、自分の目の錯覚だとジュガイは納得する。

 それは見間違いでないと気付くのは……全てが終わってからだ。










       後書き


 北斗無双に出てくるプレイヤーキャラのモヒカンって強いよね。


 だけど、作品に出すとなると。あべしされないモヒカンはただのモヒカンなんだ。









[29120] 【文曲編】第十話『初雪の冷たさと哀しさ』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/08/15 14:16

 なぁ、教えてくれないか神様

 何故、そうまでして苦しめる?

 何故、そうまでして悲しませる?

 自分自身が苦しみ絶望するなら未だ良い。

 だが、そうでないからこそ貴方を憎み果てる。



  
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 「……アンナ、何処だ?」

 一度全速力で駆けてシンの家へと舞い戻り確認もして見たが、誰も居なかった。

 既に昼は過ぎフウゲンとオウガイの組み手も始まっているであろう時間。シンは時間の経過から何かに巻き込まれた
 可能性が高いとここに来て予感した。街路に立ちつつアンナの特徴を述べて心当たりが無いか聞いている。だが、手掛かりは得ない。

 「駄目だ、誰も見かけていないらしい」

 「……アンナの奴。時折幽霊見たいに誰にも気づかれない時があるからな」

 「だとしても、この街中で何かに巻き込まれたならば誰かしら気づくと思うのだが……いや、待て」

 言葉の途中で、シンにはある不安が過ぎった。

 「……ひょっとして、本当にまさかと思うが……お前達が襲われた場所へと居る可能性は無いか?」

 シンの不安……それは自分がジャギとアンナに出会った場所に居るのではと、言う根拠の無い予測。

 だが、ジャギはその言葉を聞いて閉口した。有り得ない、と思いつつも。シンの言葉はジャギの不安を掻き立てる。

 「あそこは余りこの町で治安が良いとは言えないしな。もしかしたら……」

 「行くしかねぇだろ。……取り越し苦労になりゃ良いんだが」

 もし、またもしこの間のような事が起これば……。ジャギにはその暗雲たる不安が纏わり付いて離れない。

 そして、そのジャギの予感は悪しくも的中する事になるのだった。

 

 
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 ……ハッ       ……ハッ     ……ハッ     ……ハッ     ……ハッ       ……ハッ

 (……何で)

 (ねぇ……何で、神様)

 荒い息遣い、そして、必死にそれを押し隠そうと口に手を当てて呼吸の音を隠そうとするアンナ。

 「……何処に、行ったのかなぁ?」

 それは……悪夢ならば醒めて欲しい状況だった。

 以前、自分を襲った暴漢。……その暴漢が何故か自身が進む道に現れたのが悪夢の始まり。

 アンナはその姿を見た瞬間硬直し、そして周囲に助けを求める人物が居ない事に気付くと人通りの多い場所を本能的に
 探し逃げた。幻聴でなければ、その時確かに耳に舌を打つ男の声が聞こえた。冷たさが血流を通して流れていく。

 ある程度人が多い道に紛れ込んでも、アンナの不安は消えない。誰かしらに付いて行く事も考えるが、相手が一度ジャギを
 平然と叩きのめしていた時の情景が思い出され、アンナはその提案を浮かび、直に消した。……人の事を心配する余裕など無いのに。

 ジャギの、ジャギの元へと彼女は急ごうと色々と裏道や別の通りを使いジャギの居る修行場へ目指す。

 だが、その度に怪しげな視線を感じて、アンナは引き返したり別の横道に逸れ、ジャギの居る元に段々離れていった。

 そして……現在まったく人気がない場所でアンナは物陰で必死に隠れ忍んでいた。
 「くっくっ……隠れんぼなんて子供の時以来だなぁ。……何処かなぁ」

 粘着質な声。そして興奮したような息遣いが自分の耳元に聞こえ、アンナの体は反射的に震えが収まらなくなる。

 寒さ、などではない。それはアンナがこの世界に生を受けてからの呪縛、その呪縛が本来のアンナの動きを制限していた。

 (怖い……怖い怖い怖い気持ち悪い怖い怖い……っ)

 理性は男に一撃でも食らわせて逃げるように訴えている。

 だが、本能は身をすくませ、アンナに肉食獣から必死に身を隠す草食動物のようにしか行動させてくれない。

 (逃げなきゃ……逃げなきゃ……っ)

 


                                   ガタッ


 「……おやっ?」

 (……っ)

 そう、必死になって動かない足を動かそうとしたのがいけなかった。

 物陰に隠れていた置物に僅かに体が当たり、それが原因で静けさで包まれていた場所に小さくもはっきりとした音が発生する。

 「其処かなぁ?」

 コツン、コツンと嫌な足音が近づいてくる。その足音が近づく度にアンナの体の震えは最高潮に達していく。

 そして……足音が止まった。

 「……見つけ……ぶほっ!?」

 物陰から顔を出した男。その男の顔面にぶつかったのは……弁当箱。

 必死にジャギの為へと作った物、それを犠牲にしてアンナは男の横を必死ですり抜けて逃げる。

 男にぶつかった後に散乱する弁当。それを踏みつけながら男は醜い形相を浮かべアンナの後を追って走り始めた。

 「逃がさんぞ……あの小娘……!」

 (俺をコケにした餓鬼も、獲物も全部この手で鬱憤を晴らしてくれる……それさえ出来ればもう二度と陽の光を得なくて良い……)

 男の心には暗い欲望と、自分の人生を破綻させた二人の少年の姿しか頭の中に無かった。

 一人の介入者に手助けされ外へと出た男。人通りの多い場所で攫う訳には行かず機を伺い、やっと好機を得たと思い姿を現した。

 (そうだ、神とて俺に味方している……!)

 今日は南斗伝承者達の組み手と言う催しがあるゆえに、自分の楽しみを邪魔するような人物は町には居ない。

 天啓だと男は愚かにもそう思っていた。そして、一度捕えなかった標的を今一度手篭めにせんと言う邪悪な思考はそれで確立した。

 男は下衆な笑みを隠そうともせず、アンナの背を四肢に力を込めて追いかけ始めた。

 
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 「……何? シンとジャギが居ない?」

 試合の準備が整い、フウゲンとオウガイの組み手が正に始まろうとしていた時、場内に居ない二人にやっと師達は気付いた。

 「……恐らく、アンナが居ない事に不安を感じ探しに出たのだと思います、お師さん、フウゲン様」

 二人の去る背を目撃していたサウザーは、師二人の前に立ちつつ報告する。追いかける事までは、サウザーは本能的に
 事態を悪戯に混乱させない為に残る方を決意した。そして、時を見計らいオウガイとフウゲンに報告したのだ。

 「……何か事故に巻き込まれた可能性があると?」

 フウゲンは、それ程アンナと接した事は無い。

 だが、あの夜更けに必死で南斗聖拳を覚えようとしていた姿は、脳裏に未だ焼き付いている。心配するなと言う方が無理な話。

 「未だ解らないですが……」

 未だ……そう未だ事が起きたのか、それともただ単に不運なすれ違いによって起きているただの取りこし苦労かも知れない。

 だが、一度暴漢にこの町で襲われたと言う事件の話を聞いた限り、サウザーには三人の不在がどうも気がかりに思え仕方が無かった。

 オウガイ、フウゲン、サウザーが三人で重い顔をしているのを見咎め、一人の大人の男性が近づいてくる。

 「あの、どうかしましたか?」

 「いや、一人女の子が行方不明らしくてな。フウゲン様のお弟子二人が探しに行ったらしい。まぁ、何も起きていないとは思うが……」

 「女の子? ですか?」

 「あぁ、以前この町で暴漢に襲われたと聞いたが……何か知っているのか?」

 オウガイの言葉に、その男性は若干顔が青褪めた表情に変化した。

 南斗鳳凰拳現伝承者であるオウガイは、幾多の闘いによって敵の表情から危険を見抜いた戦術眼から、男が何か知っていると確信した。

 「答えよ。隠し立てする事が無いと言うのならっ」

 一人の子供の安否が掛かっている。オウガイは南斗の未来を守りし者として一人の魂を損なわせる真似だけはしたく無かった。

 「……その……その暴漢ですが。……脱走、したと言う報告がありまして。……いえ! 最も町を抜け出し逃げたと言う
 情報がありますから一個部隊を引き入れて捜査を行っています。この町に犯人が潜伏して何か事を起こすような真似は……」

 「フウゲン様」

 その、警察関係者と思しき男のしどろもどろの言葉の途中。紅葉のように真っ赤な髪がフウゲンの前に立ちはたがった。

 「俺は先程屋上から見ました。アンナと思しき女が、何やら追われているような様子だったのを、遠い街路の中で」

 「追われて? ははっ、君。屋上から遠距離の通りで話に出ている女の子が追われていたなどと何で解るんだい?」

 そう、お気楽に言い返す男性だが、ジュガイの言葉の方が信憑性は高い。

 「……サウザー、お前の足で一度街中全体を見渡して貰ってきても構わんか?」

 「はっ! お師さん!」

 話を聞き終え、厳格にオウガイはサウザーに命令を下す。

 サウザーも瞬時に応答した。ジュガイの言葉が真実ならば、この町で悪しき所業をしようとする輩が存在するかも知れぬのだ。

 「ジュガイ、お主も遠目で見た場所まで行くのは可能じゃな? わしらは此処を動く事は今は出来ん。この催しは大分
 前から決めていた事だしのう。今更中止には出来ぬ。お前に託した。自分の心に従い行動せよ」

 「はっ! 了解しました!」

 ジュガイも胸に手を当てて応える。多少いがみ合っているとは言え、その女に対し自分は恨みもない。何より、南斗孤鷲拳伝承者
 となるならば、ここである程度手柄を立てるべきだ。何より……シンより先に手柄を立て……優越感に自分は立ちたい。

 その想いから力強く返事しジュガイは去る。警察関係者の男だけは困惑した顔で現伝承者の顔を見比べて言った。

 「そんな……何も別に起こりはしませんよ! 我々の捜査に間違いはないですから!」

 「そう言って、以前もおぬし達警察は何度も事件の発生を防げなかったであろう?」

 冷たくフウゲンは男性の口を封じ、そして組み手の時間が迫ったのを確認し溜息を吐くと、三人の安否を憂いた。

 (シン、ジャギ……あの娘に何も起きぬようにするのじゃぞ。……あの娘の心は脆い。……たった一つの突きで崩れる程に)



   
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 「くそっ……! 見つからねぇ……!」

 「……予感ではこの辺りに居そうな感じなのだが……見込み違いか?」

 前にアンナと逸れた公園まで全速力で駆けたが、手かがりとなる物は全くなかった。
 焦り刻一刻と経過する時間に如何しようもない苛立ちを感じるジャギ。

 (こんな時、前みたいに声が……っ)

 以前、アンナと最初に出会った時は声が聞こえた。

 自分を呼ぶ声。それは何か懐かしく耳から去らず、その声の方向へ従うとアンナを見つけた。

 「せめて犬のリュウが居れば匂いで……」

 「アンッ」

 「そう、そう言う風にお前が付いて来いって言う風に走って、俺はアンナの方まで……って……リュウ?」

 足元を見下ろすと……其処に居たのは以前自分が道で拾い今は寺院に居る筈の……雑種犬のリュウだ。

 何故此処に? 此処にリュウが居ると言う事はリュウケンも居るのか??

 「何だ、お前の知っている犬か?」

 「あ、あぁリュウって言って前に拾って……って、そうだリュウ! アンナの居る場所解らないか!?」

 藁にも縋る思い。何故現れたかは後で知れば良い。今は一刻もアンナの行方を知るのが先決だとジャギはリュウに訴えた。

 リュウは舌を垂らしハッハッとジャギを見つめてから、付いて来いとばかりにジャギの前に行き走り始めた。

 「……良し! 行くぞシン!」

 「おっ、おい待てジャギ!」

 走り出し始めたジャギとシン。彼等は一目散にリュウの導きによって駆ける。……大切な人の元へと。


 
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 「……此処まで、来れば大丈夫だよね」

 心臓は激しく、はちきれそうな程に揺れている。アンナは、子供が入れる位の抜け穴を運良く見つけ、入り抜け
 何処かの倉庫のような場所へ潜り込み、そしてその場所で暫く潜伏する事を決めたのだった。自分を襲う手垂れが消えるまで。

 何故、あの暴漢が牢獄から抜けれたのか不明だが、自分を追っているのは確か。

 少なくとも、夜まで隠れれば相手も諦めて去るだろう。その後に自分はジャギの元に帰る事が出来る。

 (大丈夫……『今度』は私は逃げ切れる……)

 そう自分自身を安心させてアンナは体育座りして精一杯自分の存在を隠そうとする。……誰にも見つからぬよう。

 (今度は……今度はきっとジャギが助けに来て……)

 バンッ

 「……何処かなぁ?」

 (!? ……何で!?)

 倉庫の扉が開かれる。アンナには何が何だが解らなかった、この場所に潜り込んだのを見られたのだろうか?

 「良い場所を見つけたねぇ……と言いたい所だが。地面が僅かに穴の場所だけ汚れていたからねぇ。残念だったねぇ……」

 男がアンナの姿を探し、そしてその異常な執念から倉庫の壁に出来た穴の微かな汚れを、アンナが潜り込んだと見当付けたのだ。

 「もう逃げられないよ。倉庫の抜け穴は塞いじゃったからねぇ。此処は色々楽しい事をするには良い場所だねぇ。
 誰も来ないよぉ、今日は何たって催しがあるからねぇ。……さぁ、おじちゃんと一緒に楽しく遊ぼうねぇ……!」

 男は謳う。これから起こす不潔であり邪悪な催しに関し喜悦な声で。

 その声に怯え娘は震える。もはや手元に投げつける物はなく、ただ心の中で愛しい人の名を呟く。

 (お願い助けて……)








                                 (ジャギ……!)







 
 「くっくっ……さて……何処かなぁ?」

 男は倉庫の灯りに照らされる影に、人影のような物が映ったのを発見し顔を笑みに歪ませ近づく。

 一歩、二歩足を進め、その影が見えた時、怪しい瞳の光を携えて覗き込もうと……。





                                    バンッ!!





                             「……おい、其処で何してやがる」




 
 「……あ~あ。折角楽しい遊びをしようとしたのに……また現れたか……」

 扉を開く音。そして、その声を聞き身を潜めていたアンナは心躍り冷たかった血液が溶けて温かみを持ったのを感じる。

 「何で邪魔するかな? ……君、本当にお邪魔虫だねぇ……!」

 そう、男は眼鏡を押しながら……ジャギを睨み付けた。

 「ふざけんな糞虫野郎……てめぇは生かしておくわけにはいかん……!」

 ギリギリと歯軋りを強く睨みつけるジャギ。その横で涼しい顔をしつつも、怒気を滲ませてシンも自然体で構えていた。

 「クク、貴方も居ましたか。丁度良い、復讐の相手が全員揃っているとは好都合だ。その為に私は刑務所を出たのだから……」

 「……わざわざ殺されるためにか」

 シンは最早この男に情けをかける余地はないと判断した。南斗の拳士の端くれでありながら、その心にあるのは邪悪な欲望のみ。
 
 男の執念はいたいけな女子を自分の欲望の捌け口にする事しか考えていない。そのような下衆に、シンは正義感ゆえの怒りを宿す。

 「シン……ジャギっ」

 堪らず、アンナは倉庫の奥から顔を出し二人の救世主の顔を見る。二人は何とか無事なアンナの様子を確認し一先ず安堵した。

 「さて……それじゃあ楽しい楽しい時間の前に……君等に傷のお返しをしようか……!」

 その瞬間、その暴漢の体から殺気が滲み出ていた。

 以前とは違う、男の体から迸る相手を葬り去ろうとする気配。その気配は一瞬だけジャギとシンの体に悪寒を駆け抜けた。

 「っ……喰らえ!」

 その悪寒を振り払うようにジャギは拳を振りかざし暴漢の男目掛けて突進する。シンはその行動に慌てて叫ぶ。

 「馬鹿っ、無鉄砲に挑むな!」

 そのシンの言葉は正しい。ジャギの拳は男の顔面を狙っていたが、軽々としゃがみ避けられ、そして腹部に蹴りを入れられた。

 「ゴハッ!?」

 「はははは! 弱いねぇ。まったく、弱い!」

 続けざまに、男は懐から取り出したナイフを掲げると。倉庫の照明に鈍く輝く刃をジャギの体全体に我武者羅に振った。

 「しゃはははははははは!!!」

 悲鳴を出す余裕すら無く、ジャギの胸全体から血が吹き出る。そのまま、ジャギは暴漢の手で吹き飛ばされた。

 「ジャギ! ……くっ、死ねぇ~!」

 友をボロ雑巾のように扱われシンの顔は何時もの穏やかな顔から悪魔じみた顔へと変貌する。鋭い貫手が暴漢相手の心臓
 へと向けられる。命中すれば致死は必死……だが、以前と異なりこの時ばかりは暴漢の方が上手だった……。


                                   ガシッ!


 「な!?」

 「……ははは! これが噂に名高い南斗孤鷲拳ですか! スローですねぇ!」

 有り得ない光景。自分の渾身の思いで放った貫手が、ただ腕を掴まれ不発に終わるなど。

 だが、それは現実だった。シンの貫手は暴漢に掴まれ、そのまま硬直したシンを暴漢は力任せに倉庫の壁へと叩き付ける。

 「ぐぁっ!」

 背中を思いっきり強打し肺から息は零れる。それは、シンにとって初めて『敵』から受けた一撃だった。

 「……てめぇ!」

 シンが叩きつけられたのを見て、ジャギは重傷に関わらず立ち上がりもう一度、今度は跳躍し男の首目掛けて蹴りを放った。

 「ははははは!! 馬鹿が!」

 だが、暴漢は笑い飛ばしジャギの蹴る足首を容易に掴み地面に叩き付ける。まるでタオルか何かのように水の入った袋を
 思いっきり叩きつけたような、ドガッ!! と言う擬音の後にジャギは一瞬だけバウンドして、そのまま動かなくなった。

 「ジャギぃ!!」

 悲鳴を上げるアンナ。今度の状況は前より劣悪。シンでさへ手が出せない程……男は強く変貌していた……。

 「はははっ。素晴らしいですね強化薬品と言うのは。全てにおいて無敵のような感覚を得られていますよ!」

 「強化……薬」

 壁に叩きつけられながらも、今までの修行のお陰が何とか立ち上がる事が出来たシンは体を立たせながら男の言葉に呟く。

 「ええ、ええ! とある人物から購入してね! その代わり私が所有していた幾つかの貯蔵薬品の大部分を失いましたが
 この薬は最高に私の体を進化させてくれたんですよ! ははは! 素晴らしい! 今の私ならば南斗伝承者にも勝てそうだ!」

 「……聞こえんな。そんな戯言」

 シンからすればそれは一笑に付す言葉。自らの師の実力は痛いほど身に染みている。この男の力量は確かに自分より上かもしれない。
 だが、この男が自らの師に勝てる力量などと到底思えない。ゆえに、シンは気丈に笑みを浮かべる。南斗の拳士として。

 「ははは!! 自分の立場が解らないんですかね!? 足すら震えて立つのがやっとじゃないですか!」

 「……俺様を見下したような台詞は吐かせん!」

 シンは跳躍する。自らが信ずる一撃。師から教わりし南斗孤鷲拳の一撃を。

 「南斗獄屠拳!!!」

 体全体を切り裂く威力を秘めた蹴りは、暴漢目掛けて前進する。

 以前ならば男の体全身を切り裂き再起不能と化した自分の渾身の一撃。それをシンは遥かに前より成長した一撃で放った。

 「小賢しいわ!!」

 だが、男には執念が、欲望があった。そのシンの南斗孤鷲拳の一撃をただの掌で受け止めようとする。

 衝撃は男の掌を通じ全身に広がる。後退する足。だが、数センチ男の体を後退させつつも、シンの一撃は……防がれた。

 「なっ……」

 「しゃははははっ!! 弱い弱いですねぇ!!」

 暴漢の腕には異常な程血管が浮き出ている。その腕はシンの足首を掴み、ジャギのように地面に叩きつけようと力を込めていた。

 (まっ、不味い……!)

 「ははは! 潰れ『おい』へぶっ!?」

 地面に叩きつけようと暴漢が腕に力を込めた瞬間、その横っ面に対し言葉と同時に腕が現れ、暴漢の顔を強かに打った。

 「……き、さ、ま……!!」

 「……げほっ……」

 「ジャギ……っ!」

 足首を離され、何とか体勢を立て直せたシンはジャギの様子を見て愕然とする。

 地面に叩きつけられたジャギの頭は血に濡れ、その顔面と体全身は赤く染まり呼吸も不自然になっていた。

 だが、それでも目は死んでいない。ただ一つ、ただ一つ守る為にジャギは立ち上がり目の前の男に対し挑みかかっていた。

 「止せジャギ! お前の拳ではその男は倒せ」

 「何故諦める、シン」

 ジャギは、よろよろと拳を構えながら、感情を消した声でシンへ言った。

 「……此処で、諦めたら俺はもう生きる資格すらない」

 その言葉は強くなくも、シンに反論させる余地を全く無かった。

 だが、暴漢は嘲笑う。ジャギの言葉を嘲りながら叫ぶ。

 「それじゃあ、君は早速死ぬがいい!!」

 薬品で強化した蹴り。それはジャギの痛んだ腹部をもう一度狙った。

 今度は腕を交差しジャギは防ぐ事が出来た。だが、半死半生の体での防御は威力まで殺せず、後退を余儀なくされた。

 「子供二人で私を倒そう何て思いあがったからこんな目に遭うんですよ! 貴方達じゃこの娘一人助ける事さえ出来やしない!
 無力、無力でねぇ! あぁ、今なら気分が良いから見逃して上げる事も出来ますよ! さぁ、どうしますか!?」

 余裕ゆえの発言。アンナを逃げられぬよう背で壁を作りながら男は嘲笑を模りシンとジャギへと提案する。

 無論、ジャギはその提案に乗る筈がない。ただ口の中に入った血交じりの唾を吐き捨てて暴漢を睨む。
 だが、その気丈な態度とは逆に、その立っている状態を維持するのさえ、今のジャギには精一杯だった。……限界は近い。

 一方、シンはこの状況を打開する策を頭の中で模索していた。

 このままではジャギもろとも自分は殺される。自分一人助けを求めるには余りに状況は切迫している。間が悪い事に
 今日は人がこの場所を通る事はほとんどない。先ほど、リュウが此処へ着いてから去ったが、それに期待を賭けるのは分が悪い。

 (……待てよ。前に、暴漢を倒した時、ジャギは声がしたから勝てた……と言っていたな?)

 それは一種の賭けにもならぬ考え。この敗北が濃厚な状況に何の波紋も与えられぬような、ただのちょっとした思い付きだ。

 (だが……試してみる価値はある)

 そう考えると、シンはその考えを実行した。

 
 
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 「……アンナ」

 はらはらと、ジャギが死にそうな状態なのに何も出来ない不甲斐なさと歯痒さでただ泣きそうな顔で自分は見つめていた。

 その時に掛けられた声はシン。……一体何だとばかりに自分はシンに顔を映す。

 「……ジャギの名を呼べ」

 「……ぇ?」

 一体何を言っているのだろう? アンナはただ漠然とそう思いシンを見る。

 だが、ふざけているようではなく、シンは必死に言った。

 「ジャギの名を呼んでくれ。以前、それでジャギはこいつに勝機を見出した。……強制はせん、自分の意思で言うんだ!」

 最後の語尾を強く、シンは何とかジャギに回復の時間を与えようと暴漢目掛けて何の策もないまま突撃する。

 暴漢は何をわめき無謀に挑みかかるのかと嘲りてシンの拳を易々と受け止める。

 時間は無かった。気合を入れつつ貫手、手刀、蹴りを打ち込むも全て防がれ逆に体に拳を叩き込まれるシンの体力は少ない。

 だから、アンナはその言葉通りにする。シンの瞳に光る、昔自分が誓いをした蒼星の輝きと同じ、シンの青い瞳を一度
 見てから腹の底から強く強く、ふらふらとただ立つのがやっとなジャギへ向けてアンナは倉庫全体を揺らす声で叫んだのだ。



                               
                               「勝って!! ジャギ!!」





  
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 ……頭、腕、腹、足。節々に激痛が走り。呼吸するたびに痛みが発生する。

 もう立つ事すら嫌気が差し、ただ、自分を此処まで追い込んだ男の顔を睨みつけるしか出来ない。

 (何で……ははっ。俺ただ、南斗聖拳を覚えれれば良かったのに……)

 原因は男の背後で自分とシンを泣き腫らす彼女。……けれど、それをジャギは恨む事も無いし、それはお門違いだと知っている。

 何より……このように痛めつけられるのが彼女でなくて良かったと……ぼんやりそんな事を考えられる自分が可笑しかった。

 (このまま、逃げてくれよ。……俺は大丈夫だから……さ)

 体から力は段々抜けていく。例え、倒せようと倒せなくとも自分は多分もうすぐ意識は途切れる。

 (せめて……一撃。……もう、そんな力も……)

 


                                   ……ギ





 (……あぁ、まただ)

 ……何時も、過酷な修行の時。寺院での暮らしに嫌気が差した時。そんな風に自分の心が折れそうな時に聞こえる……声。

 それは以前アンナを助けれた時も、聞こえた。

 だけど、今回ばかりは駄目そうだ。ジャギは血が腕から流れ落ちるのを感じながら実感する。

 少し実力が付いたからと言って、本当の『悪』に挑んだのか無謀だったとでも言うのか。最早、勝機が見つからない。

 血が地面に滴り落ちる度に、体は冷え、そして目の前の視界が暗くなる。

 誰も見えない、誰も居ない状態。これか……『死』

 



                                   ……ャギ



 (……あぁ、くそ)

 何でそっとしてくれない? 何で休ませてくれない?

 こんな絶望だけが約束された世界で……『ジャギ』として生きる自分に……幸福なんてありはしないではないか。

 (そうだ……『俺』は今まで何も得なかった……平等に与えられる死や生を除いてよぉ)

 (親父も……奴等も何も俺に……俺なんて別に……)

 それは、『自分』の思考なのか? 『ジャギ』の思考なのか? ……あるいは。

 そんな風に何もかも終われば良いと考えるジャギに……ただ一つ声だけが縋りついていた。



                                  ……ジャギ!!



 

 (……あぁ、そう、だな)

 (此処で眠ったら……以前と同じだ)

 (……それなら、俺の命を全部懸けて……今持てる限りの力を果たそう)

 (……あいつが……あいつが生きれる世界に……俺の……俺の北……南斗の拳で)

 その思考と共に、ジャギの体はゆっくり構えに移っていた。

 常に修行で行っていた動き、ただ己が生きる糧として覚えた力。最速、それはただの驕れる拳でなく、この歪みし世界を崩す拳。

 「南斗……」

 (なぁ……『   』)

 その男は、誰かに向けてこう心の中で呟いていた。

 
       
                                (……俺は……もう、捨てないからな)





                                  南斗邪狼撃





    
    ・
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           . ・


                ・

 

 「ぐはぁっ!」

 激しい攻防。だが、それもシンには長い時間に思えたが一瞬の出来事。

 暴漢はシンの全力の拳の連続を悉く防ぎ反撃し、シンの体に痛手を与え吹飛ばした。

 「さて……もうそろそろ時間も無いし、君達二人を殺して私は自分の時間を堪能したいんですよ」

 「このっ……異常性癖者かっ! 地獄に突き落としてやる……!」

 痣だらけの顔でシンは暗く青い炎を瞳に浮かべ吼える。だが、それすら負け犬の遠吠えと暴漢は嘲る。

 「はは、もう君は反撃する余力も無いでしょうに。……残りは……一人か」

 そう言って、険しい顔つきになると暴漢は先ほどのナイフをもう一度出し、何時の間にか邪狼撃の構えになっているジャギ
 に体を向けた。南斗の拳士としては落ち零れでも、その顔には先ほどのように愉しむ様子は見えない。

 「この前はその可笑しな構えで痛い目に遭いましたからね。……来なさい、飛び掛った瞬間に止めを刺して上げましょう」

 暴漢は隙は無かった。以前の経験からジャギに対し余裕を見せるのは危険だと考えての臨戦態勢。

 「……南斗」

 (いかん! ジャギのあの技は単調な突き。見切られる!!)

 「「ジャギ!!」」

 奇しくも、シンとアンナの声が同時に響き渡ると同時に。暴漢とジャギは交差していた。

 



                                 ……プシュッ!!



 両手を突き出した姿勢で固まるジャギ。そして、頬から噴出す血。

 シンは二人の動きを一部始終見て、暴漢の一撃がジャギに当たったのか? と考える。……だが、それは事実と異なっていた。

 


                                「……あ……ぁ……」

                                   ……カラン。


 「なっ……おぉ……!」

 シンは思わず何時もなら上げぬような声を出していた。

 暴漢の脇腹から流れる血。鋭利な刀のような物で裂かれたような跡。そして激痛により零れ落ちるナイフ。

 それは間違いなく……ジャギの南斗聖拳が成功した事を意味していた。

 (やはり……アンナの言葉がジャギの潜在能力を一気に引き出す鍵となったのだ。……俺の考えに間違いは無かった)
 
 「この……この餓鬼がぁあああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 だが、未だ男は動けていた。

 臓器まで損傷しているであろうにも関わらず、その目の光は爛々と輝きジャギへと一瞬にして飛び込み拳を振っていた。

 声も無く吹き飛ぶジャギ。先ほどの一撃で、最早ジャギには動く力さえ無くなっていた。

 「殺す、殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやるぅ!!!」

 地面に落ちたナイフを拾う事すら面倒だとばかりに、予備のナイフを取り出して両手に掲げる。……ジャギへ向けて。

 「や、止めろ!!」

 シンは跳び、暴漢へ挑むが。まるで蝿でも叩くように、男の裏拳で吹き飛ばされてしまった。

 (何と言う……馬鹿力! 俺は……俺は何て無力だ!!)

 「俺の……俺の実験による完成された肉体をよくもぉ!!」

 男はジャギに跨り、ナイフを両手に握り締めながら額に向けて焦点を定める。腕に力を込め、最後とばかりに男は哂う。

 「はははは! これで最後だ! その額にナイフを生やして……『ジャギを』……はぁ、あ~?」

 だが、男はその時後方から聞こえた声に一瞬だけ動きを止めてしまった。その、止めたのがジャギの……彼の命運を分けた。




                                   ドスッ!!


 鈍い、鋭利な物が肉に刺さる音。

 シンは一部始終見た。見てしまった。

 ……表情の見えないアンナが、ナイフを拾い上げ暴漢の後ろからナイフを突きたてる……その光景を。

 「……ジャギを……死なせはしないっ」

 「……がふっ」

 男は血を吐き、振り返りアンナの姿を信じられないと言った表情で眺めていた。

 それは男性に触れる事も出来ぬ無力な女が牙を向いた事に関してか、それとも、あるいは最も低い可能性だが……。
 気に入っている人形のようだと思えていたアンナが、自分の事を殺すと言う事に関して理解出来なかったのかも知れない。

 アンナはただ無言で前髪を垂らし、表情が見えないままナイフを引き抜き、今度は暴漢の首辺りにナイフを刺した。

 それが最後の止め。男は不思議そうに首から生えたナイフを視線を合わせ、そしてアンナを最後に見た。

 男だけが、初めて人を殺したアンナの顔を見る事が出来た。

 そして……笑みを浮かべ暴漢はジャギの隣へと倒れこみ……死んだ。

 「……ジャギ、アンナ」

 ……長い沈黙が流れていた。

 暗い倉庫に天使が流れ、そしてシンは時間によりある程度回復した体を起こしアンナとジャギに近づいた。

 ……ジャギは意識を失っている。当然だ、あのような激しい闘いを行い、何より血を流しつつ渾身の一撃を放ったのだから。

  次にシンはアンナを見た。……手に握っているナイフは一度ジャギの頬に傷を付け、その後に痛手により落ちたナイフ。

 アンナはそれを握り締めながら呆然としている様子だった。……声を掛ける術が見つからない。

 「アンナ……」

 「……ジャギ……」

 名前を呼びかけ、何か言おうとしたシンに構わず、アンナはただジャギの事を見つめ名を呼ぶ。

 初めて、アンナは人を殺した。初めて、その手で自ら手に掛けた。

 ……けれど。

 「ジャギ……私……ジャギを……守れた、よね」

 「これからもジャギを……ジャギが幸せに……」

 其処まで言って……アンナはジャギの胸へと倒れた。

 



 「……アンナ……ジャギ」

 ……何も出来なかった。……自分は何も。

 ……不可抗力とは言え人を殺したアンナ。そして、そのアンナを守るジャギ。

 神は、何のためにこのような試練を与えたのだろうか? この二人は、この傷を引き摺って生きる羽目になる。

 「……雪、だ」

 人手を呼ぶために、シンは外に出て降って来た物に対し呟く。

 「……初雪」

 シンは、その青い瞳に雪を映しながら、地面に触れすぐに解けて消える雪の儚さが、あの二人の姿に何故か重なってしまった。

 「……ジャギ、アンナ。……お前達は……これから……」

 自分は孤鷲拳伝承者を目指す者。人の生死に闘いの中で触れる事になろう。

 だが、あの二人は陽の光の中で生きる事か可能なのだ。それなのに、その心に抱える傷は一層酷くなるのでは?

 シンはそれだけがただただ気掛かりで、シンは雪を降らす曇天の向こう側にあるであろう南斗の星に願うのだった。




                               
                               死が別つまで彼等を共に居させてくれ、と。












        後書き


  

 とりあえず、ジャギが使える技は『北斗羅漢撃』『北斗千手殺』『南斗邪狼撃』『醒鋭孔』で行こうと思う。
 後はあれだ。ほら、ジャギが原作で兄者達の腑抜けさに切れて鋼鉄の扉ひしゃげていたのを『北斗砕覇拳』に出来たら良いと思うんだ。















[29120] 【文曲編】第十一話『初冬 そして 眠る子』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/08/17 00:12

 冬が来れば植物達は眠り春まで待ち続ける。

 木は眠り、草花は土の中でじっと堪え、そして獣達も眠り凌ぐ。

 私も出来るなら眠りながら過ごしたい。

 この冷たい世界から。



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                ・

 
    
 ……夢を見ている。

 それはジャギが雪の中で佇む夢。目の前にはリュウケンがいた。

 ジャギは親父に何かを願い、そして師父は自分に対し拒絶の言葉を発した。

 ただ屈辱で顔を歪む自分に……雪は無情に振り続けていた。

 雪が体に当たる度に痛みが走った。それは、心と体へ同時に痛みを走らせていた。

 ……その風景の隅に……良く知っている……彼女の……。








 「……ぁ……」

 目が覚める。それと同時に僅かに痛む体。

 何故こんなに痛むのだろう? 首を捻りたいが、満足に動かせない。

 「俺は……」

 はっきりと声が出たと同時に、隣からガタッと椅子を揺らしたような音がはっきりとした。

 目だけを横に必死に動かすと……其処に見えたのは……シン?

 「……気が付いたのかっ」

 そう喜びを露にシンは安堵を顔に浮かべる。だが、可笑しな事にその後何故か悲しみと、虚しさを含んだ表情を浮かべた。

 「……シン?」

 「……お前に、会いに来てる人がいる。……今、此処に呼んでくる」

 そう、シンは苦しそうに言いながら部屋を出て行った。

 (……シン? 一体……俺は……如何した……っ!)

 そこでジャギは思い出す。脳裏に呼び起こされるのは暴漢にナイフで体中を切刻まれた時の情景。その後にシンが挑むも
 敗れ去り、そして必死に叫ぶアンナの姿。そして遅くなる周囲の風景。邪狼撃……脇腹から出血し自分を殴り飛ばす暴漢……。

 (俺が生きているって事は……!! シンは無事……でもアンナは……!)

 


                                 「気が付いたのだな……ジャギ」



 ……その声を聞き、ジャギの体は硬直した。

 包帯が体中に巻かれている所為で禄に動かせない首を無理に捻り横を見る。

 そして、その声が間違いない事を知った。その声は自分が良く知る声。そして、今は最も聞きたくないと思える声でも有った。

 だが、現実にこの人は此処に居る。目の前に、その人物は厳かな表情で自分を怒りも、喜びもなくじっと見つめていた。

 「……父、さん」

 「……半年振りだな」

 ……ジャギの言葉に、現われた『リュウケン』は腕を組みシンが座っていた椅子へと腰掛けてジャギの側へと寄った。

 ……暫し、両者とも無言だった。何を言えば良いのか解らない。言うべき言葉が見つからない。

 もっと、もっとちゃんとした出会いを出来れば望みたかった。奇しくも、ジャギもリュウケンも今同じ事を考えていた。

 だが、沈黙だけでは進みはしない。ジャギは意を決し口を開いた。

 「……どうやって此処に?」

 「お前の飼い犬のリュウがな。……この町に寄って興奮し出し、そして私の制止に構わず飛び出し……」

 そこで、リュウケンは言葉を区切り無言になった。言葉を整理したかったのだろう。二秒程考えてから、リュウケンは話し始めた。

 「……そうだな。まず……私が話せる範囲で話すとするか」

 

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 ……それはジャギとシンがアンナの元に駆けつける数時間前だった。

 リュウケンは、何も家出したジャギを捜索しなかった訳ではない。自分の可愛い愛息子を見捨てる父親が居るであろうか?

 必死に周囲の町を探し回った。アンナが住んでいる街。治安の悪い薬が売られているような場所。または大都市。

 人攫いが多く居ると言う場所も聞き、自分の息子に特徴が似ている人間が居るとも聞き乗り込んだ事も有ったが人違いで
 あった事もあった。最も、その時は年端も行かぬ子供を救う事が出来たのである意味結果オーライと言った所だが。

 ある程度周辺の町を探し周り、手掛かりを得られなかったリュウケンは懊悩しつつも、死亡したと言う報告が無い事で
 希望は失くさなかった。何より、ジャギが拾い飼う事になったリュウと言う犬も繋いでなければジャギを探しに行こうと
 勝手に飛び出そうとするような行動をしていたのだ。リュウケンは、ゆえに半年間ジャギを探し続ける努力を怠らなかった。

 だが、リュウケンは北斗神拳伝承者としての任もある。北斗神拳伝承者候補となる人物に対して気を配らなくては
 行かず長期間ジャギを探す時間を作る余裕は無かった。もし、その時間さへあればジャギがこれ程長くシンの居る街 
 へと辿り着けない事も無かったのだ。それは、リュウケンにとっては不運としか言いようが無かったかも知れない。

 アンナの兄も不運だった。リュウケンの探す方向とは別方向を探すも、その場所は治安の悪い場所ばかり。アンナとジャギ
 がちゃんとした家庭の中で過ごせるとは夢にも思っていなかったので、スラムのような場所ばかり探し回っていたのだから。

 ……最も、その過程で犯罪に巻き込まれそうな人間を救出したりなどして株が上がったのを考えれば良いだろうが。

 ……リュウケンはこの街に来て、ジャギの何らかのて手掛かりが得れば良いと言う気休めで連れてきたリュウが飛び出した時は
 絶句した。その街は南斗孤鷲拳伝承者フウゲンが居る街。リュウケンからすれば灯台下暗しの場所にジャギが居たのだ。

 ……そして、話は遂先程の時間へと遡る。

 
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 「……ある程度探し終えたが……何処にも見つからないな」

 立ち並ぶ家屋の一つの屋根へと立つ少年。通りを歩いている人間は見上げれば驚嘆していただろうが、幸いな事に
 家屋が影になっていたし、何よりも少年は山中の獣に気配を悟らせぬ修行のお陰で、常人に気付かれない事など容易かった。

 「通りに居ないとなると屋内……悪質な者に拉致されたとなると、一軒一軒調べるのには骨が折れるぞ……!」

 その時、彼は一人の男を見つける。それは先程修行場にも居た人物。彼は一度情報を得る為に家屋から飛び降りた。

 家屋は二階建て程あるが、五年は常人ではとても耐えられぬ修行を耐え抜いている彼には容易に着地が可能だった。
 その彼が降り立った目の前の人物も、それ位の事は可能なのだろう。少年が目の前に降りた事に眉を一度上げるも、反応は
 それだけだった。少年は、金髪のオールバックを日に反射しつつ、その爛々と輝く瞳を真っ直ぐ目の前の人物に向け質問した。

 「見つかったか? ジュガイ」

 「いや、未だだなサウザー殿。付近の住人に聞き込んでみたが、アンナに似た特徴の人物の事は知らないようだ」

 『ジュガイ』『サウザー』。師に命じられ消えた三人の行方を捜索する二人は未だに手掛かりを得られずに手をこまねいた。

 「くそっ……やはり、外に出てしまったか?」

 「それは無いだろう。門には一応監視の者が居るからな。先程サウザー殿が上から見回っていた時に先に聞いてきた」

 「そうか……因みに、殿は止めてくれ。シンもジャギも、そんな風には呼ばない。普通に名だけで呼んで……」

 「俺は、ジャギでもシンでもない」

 サウザーの言葉に、激しい口調でジュガイはサウザーに向けて言った。

 「南斗の掟ならば貴方は南斗を統べる者だ。ならば、殿を付けるが当たり前の事だろう。俺は、俺だ。シンの代わりでは無い」

 それは、ジュガイにとっての誇りでもあるのだろう。自分は自分。シンとは違うのだと言う想いゆえに、ジュガイは言い募った。

 サウザーは、その言葉に対し別に反論する気は無かったし。何よりジュガイと争い時間を無駄にするつもりも無く、大人しく引き下がった。

 「わかった……して、どうする? このまま丹念に探すとなると日が暮れる」

 サウザーの言葉にジュガイも良い提案は浮かばず閉口した。その時だ、二人にとっての天の助けとなる使いが現われたのは。


                                 アンッ!! ワンワンワン!!


 「何だ?」

 「犬……?」

 二人の横をすり抜けるのは、自分達の膝程の大きさの犬。舌を垂れながら必死に風の如くすり抜ける犬が通過した後には、
 何処かで水溜りでも踏んづけたのかくっきりと黒い足跡が残っていた。それだけならば二人は何も気にしなかったかも知れない。

 その犬が去った後に自分達の前に現れた人物。その人物が出現した時、二人は同時に同じ思考をしていた。

 (……何者だ? この男性は……)

 その人物が現われた時。気配も、足音もほとんどしなかった。

 ゆえに修行中の身とは言え、フウゲン、オウガイと言う達人の普段の振る舞いを知る彼等は、目の前の人物が只者ないと瞬時に理解した。

 「……君達はここの町の住人か?」

 静かに、問いかける男。警戒しつつも、ジュガイは男の動きに注意しつつも口は開いた。

 「……あぁ、自分は此処に住んでいる南斗孤鷲拳伝承者候補ジュガイ。……此方は別に関係ない、偶々居合わせただけだ」

 そう、サウザーを赤の他人と言わしめたのは彼の南斗の拳士としての宿命がそうさせたのだろう。
 
 幼くとも彼は知っている。鳳凰拳の、正統なる南斗聖拳108派を率いる彼が如何に重要な立場であるかと言う事を。

 目の前の人物が悪しき者ならば、最悪自分の命を懸けてでもサウザーを守らなくてはならない。そう考えたのだ。

 「……ふふっ」

 だが、意外にも目の前の男性はジュガイの言葉に微笑んだ。その反応に拍子抜けするジュガイ。そして、男性は言う。

 「……ジュガイと申したな? お主の体つき、気風から良く修行をしていると解る。……そして、隣に居る少年よ。そなたも
 私が少しでも殺気を出せば瞬時に拳を放てるようにしているな? ……孤鷲拳伝承者候補と言う言葉を信ずるならば、
 そのような男が嘘を吐いてても隠し通そうと言う相手。……私が思うに、それは鳳凰拳伝承者候補……間違いないかな?」

 (!? ……この男は一体……!?)

 ジュガイは恐れた。自分の言葉、それだけで全てを見抜いた男の観察力に。

 サウザーもまた、男の慧眼に畏れを抱くと同時に、そのように見抜きながら自分達に危害を加える様子の無い人物に
 危険は無いと判断した。ゆえに、サウザーはジュガイより先に前に進み出て、目の前の達人へと頭を下げて言った。

 「どなたが存じ上げませぬが、その通りです。私の名は南斗鳳凰拳伝承者オウガイ様の弟子、サウザーと申し上げます」

 男は、サウザーを見下ろしながら微かに頷き呟く。

 「やはりか。……風の噂で今日この街にオウガイ殿が降りたったと聞いたが……有無、予想通り、良い弟子を持ってるようだ」

 「? ……お師さんと知り合いでしたか?」

 このように瞬時に自分の正体を射抜く人だ。自分の師とも知り合いだとしても可笑しくない。

 だが、興味あるとすれば『何の』達人であるかだ。白鷺拳か? 飛燕拳か? はたまた隼牙拳の元達人かも知れない。

 この時、二人とも目の前の男が南斗の達人だと疑いは持っていなかった。いや、泰山や華山の拳法家かも知れぬと言う
 可能性も頭の片隅には持っていたが、まさか、目の前の人物が伝説である拳法の使い手だとは、未だ夢にも思っていなかった。

 目の前の人物は、サウザーの言葉に『まぁ……こちらが一方的に知っているようなものだ』と言葉を濁す。

 だが、次の言葉で男はジュガイとサウザーの質問を避けられぬ立場となるのだった。

 「まったくリュウめ……ジャギの匂いでも嗅ぎ付けたのだろうか……」

 ((何……!?))

 行方不明たつ人物の名を知っている事に二人は同時に驚愕し、そして男を見上げて叫ぶ。

 「あ、あいつの事を知ってるのか!? いや、それよりもあいつ今何処に居るのか……」

 「す、すまない! 今ジャギが何処に居るのか知っていれば教えてくださいませんか!?」

 その二人の急変した様子に一番驚いたのは、目の前の男性だったであろう。

 何しろ、南斗の町で伝承者候補二人と出くわしたのもそうだが、その候補二人が自分の息子の事を知っているのだから。

 「息子の事を知っているのか!? ……一体何故……いや、まず私も詳しい事は……先程のリュウならばジャギの匂い
 を嗅ぎ取りもしかすれば追いかければ辿り着けるかも知れんが。っと! お、お主達待ってくれ!」

 リュウケンの言葉を途中まで聞き終わるとリュウの足跡を追いかけだした二人。男性の正体も気になるが、師の言葉を
 今は忠実に遂行しなければならないし、それに二人には理由は違えども急がなくてはならなかったからだ。

 (シン、待っていろ。……俺はお前よりも南斗孤鷲拳伝承者候補となるに相応しい。お前よりも速く手柄を……!)

 (ジャギ……未だ二日しか過ごさずとも、立場など関係なく友として過ごしてくれた男……シン、ジャギ……無事で居ろ)

 二人は互いに違う思考で、同じ速度でリュウの後を追う。その後姿をリュウケンは暫し動かず見送り、そして走り始めた。

 (南斗孤鷲拳伝承者候補に、南斗聖拳の最強たる鳳凰拳伝承者候補……何故にジャギを知り、ジャギを追うのだ?
 ……それに、あの慌てぶり。……考えたくない事だが、ジャギに何かあったと言うのか……!? 私の……唯一の息子に……っ)

 その考えたくも無い残酷な未来を頭から振り払い、リュウケンは駆けた。

 北斗神拳伝承者であるリュウケン。その速度は彼等にすぐ追い着く程……速く。




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 「……ジュガイ、サウザー」

 「「シン!!?」」

 ……彼等が辿り着いたのは、その数十分後。

 リュウは足跡を残しつつも、その跡は途中から壁の抜け穴などを通り抜けており獣だけが知るような場所が多く
 二人は無駄に時間を喰ってしまった。そして、辿り着いたのは雪が降り始めた時。彼等は血だらけのシンを発見した。

 ジュガイは血だらけのシンを発見し、自分が手遅れだった事を認識する。その胸から湧き上がるのは、無力ゆえの屈辱。

 サウザーは血に濡れ、疲弊したシンを見て何より二人の安否が気になった。師も憂いていた二人。二人は無事なのか?

 「シン。ジャギとアンナは?」

 サウザーの質問に、シンは無言で首だけを建てられ開き放たれた倉庫の入り口へと振った。それだけで理解する。

 「! ……ジャギ、アンナ……」

 ……見たのは言葉を失う現場。血に濡れて意識を失っているジャギ。そして、そのジャギを守るように、抱きしめるかの
 ように折り重なって倒れているアンナ。その横には犯人である暴漢が大量に出血を帯びて倒れていた……恐らく、死んでいる。

 「……何が」

 「其処に居る奴が……此処でアンナを襲おうとしていた。……大丈夫だ。間一髪で俺とジャギがこいつのお陰で来れた」

 そう言って、シンは舌を出して尻尾を振って立っているリュウを指す。

 「……そいつは、どうも薬でドーピングしたらしくてな。……俺の南斗聖拳が歯が立たず……ジャギも重傷を負った」

 「お前が薬中如きに劣勢を強いられただと? ……済まん、今のは俺が悪かった……」

 ジュガイは半ば嘲りを含みシンに向けて言ったが。サウザーの射抜くような視線も相まって言葉が過ぎたと直に反省する。

 「……それで、俺も殺されそうになった時。……ジャギがアンナの言葉で……その犯人の脇を南斗聖拳で斬った」

 「何!? ……ジャギが……」

 ジュガイは驚きを露にして意識を失ったジャギを見た。

 ……修行場で一度も木材を切断すら出来なかった男……その男が実戦で成功した。……落ち零れと思っていた男が……。

 「……だが、暴漢はしぶとくてな。……致命傷を負っているにも関わらずジャギを殴り飛ばし止めに入った俺も殴り飛ばし。
 ……もう駄目かと思った瞬間アンナが暴漢がジャギの一撃で取り落としたナイフを拾って……そいつに止めを……差した」

 「!! ……アンナ、が……そう、か……」

 全てを聞き終え、サウザーと、シンの想いは同じとなった。

 ……年端も行かない女。拳士でもない女が自分を襲った相手とは言えども初めて人を殺した。

 正当防衛とは言え人を殺した傷は一生残るだろう。夢に出る程に魘される事だろう。『殺人』とは……そう言うものだ。

 「……アンナは……ジャギは大丈夫だろうか?」

 「ジャギは強いさ、俺が保証する。……だが、問題はアンナだろうな」

 ジャギは拳士を志している男だ。例え体に受けた傷が残ろうとも、心に傷は残らぬだろう。

 だが、アンナは違う筈だ。生まれながら男を恐怖し、そしてジャギにだけ心を許していた女が人を殺し、何を想うのか。

 「もし、これでジャギさえも恐れる様になったら……」

 そう危惧するシンの前に……最後の人影が現れた。

 「……これは、如何した事だ?」

 ……目を見張り、顔を白くして血だらけの床を見て、そして血に濡れた息子を見る男……その顔は暗殺者の顔でなく父の顔。

 「……貴方は……誰だ?」

 シンは重傷ながらも警戒する。これ以上、ジャギとアンナに危害を加える相手は屠る、と意思を込めて男へと質問する。

 「私は……ジャギの父親だ。……信じられぬかも知れんが」

 「……父親? ……あいつは、孤児だと」

 その言葉に、リュウケンは寂しげに微笑み言った。

 「あぁ、実の両親は死んだ。……私はジャギを前まで育て……そしてとある理由でアンナと別れさせようと馬鹿な事を
 言ってしまって……それで私は……息子を……ジャギをこのような姿にさせてしまうとは……! 私は……私は……!」

 そう、頭を抱えるリュウケンにシンは確信する。……この人は間違いなくジャギの『父親』なのだと。

 多分、ジャギはそれを押し隠し父親から去ったのだろう。それは、多分アンナの為だったのだと推し量れる。

 だが、馬鹿な事をしたものだな。そう考えながらシンは溜息を吐いて倒れるジャギとアンナを見遣る。

 (ジャギ……お前は馬鹿だ。……愛する者が居ながら嘘を通し去るなど。……それでは、この父親も浮かばれぬだろうに)

 目の前のリュウケンに同情するシン。その人物が、正史では愛する者を奪う為の障害だったと敵視する者と思いも寄らず。

 「……一先ず、ジャギの手当てを。……傷は俺よりも深い」

 「ならば、早く医者を。私は……すべき事をしよう」

 医者を呼ぶために、この場で余り二人に関しそれ程好意を抱かぬジュガイが去った。

 其処で、リュウケンは『すべき事』をした。……それが、この居合わせた二人と、ジャギの関係を変えると知らずに。

 「ジャギ……活きよ」

                                 
                                  ……トンッ


 ((……これは!?))

 二人が見た物……それは血まみれで瀕死になったジャギへと男性が人差し指で突いた瞬間、ジャギの顔に生気が戻る光景。

 その光景を見て驚愕し且つ、シンとサウザーには目の前の人物が何かを知り得た。

 シンはフウゲンから。サウザーはオウガイから耳にしていた……。

 『……この世には、南斗と対を為す……北斗と呼ばれる拳法が存在する』

 『北斗……南斗の拳を陽とするならば……北斗の拳は陰……その拳は我々が知る中で最強の暗殺拳とされている……』

 『その拳は経絡秘孔と呼ばれる肉体に存在する秘孔を突き、相手を破壊……または活かす事も出来る……ゆえに恐ろしい』

 『覚えとけ……北斗と南斗……それはすなわち二つの極星なのだと言う事を……』

 彼等は知りえていた。北斗と言われる拳法の存在を。

 だが、だが今正にその本物の拳法を見るとは夢にも彼等は思いもしなかった。

 「貴方は……貴方が……北斗神拳の……」

 「……北斗を知るとは……お主は」

 「……南斗孤鷲拳伝承者候補……シン」

 「……成る程、お主がフウゲン殿の育てる二人目の弟子……と言うわけか」

 リュウケンは合点が言ったとばかりに呟く。だが、そんな事はどうでも良いとばかりにシンはリュウケンへと言った。

 「なら、ならジャギは北斗神拳伝承者候補と言う訳ですか!? 北斗の者でありながら南斗を……!」

 リュウケンが北斗神拳伝承者と言うならば、ジャギも同じく北斗神拳を扱う事になる。

 それは……南斗に対する侮辱。ジャギは嘘を通し続けていた事になる。

 そのシンの哀しみに濡れた言葉を、リュウケンは静かに首を振って否定した。

 「……ジャギは何も知らぬ。……息子には私の拳については何も教えてはおらん」

 「……知らせる気はあるのですか? ……ジャギは、南斗の技を身につけた。俺はこの目で見た。ジャギは優秀な拳法家になる」

 シンは知る。ジャギの才を。

 このままならジャギは優秀な南斗の拳士になるだろう。そして人々の為に役立つ男になるだろう。

 その男が暗殺拳を習う事になる。……それは……自分との離別だ。

 シンの不安を他所に、リュウケンは言った。

 「……先程も言った通り、私はジャギを北斗神拳伝承者候補にするつもりは一切ない」

 「ならば……!」

 「だが……南斗聖拳の拳士にさせる気もない!」

 その力強い言葉に、シンは二の句を告げなくなった。

 その厳格であり暗殺拳の担い手の表情の欠片を覗かした……その言葉に。

 「……ならば、このままジャギを貴方はどう育てるつもりなんだ?」

 シンに代わり、今まで傍観に徹していたサウザーが質問した。

 ジャギが北斗神拳伝承者の息子であった事。そして伝承者候補にさせる気がない事。色々と衝撃的な出来事があったが、
 それに一々心乱れてはお師さんに笑われると感じるがゆえに冷静にサウザーは事を見ていた。

 ……最も、身内の、オウガイに少しでも関わる事になれば『将星』の輝きはあっと言う間に去るのだが。

 「……未だ、解らぬ。……だが、ジャギは私のたった一人の息子だ」

 「……息子を、茨の道に放り投げようとする親が何処に居ると言うのだ」

 そう言い残し、リュウケンはジャギに再度秘孔を突いた。

 ……それが物語の結末。後は救命士が駆けつけるまでは沈黙だけが物語りを占める。

 ……雪は止まず振り続けていた。

 
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 ……包帯に包まれたジャギは、事の顛末を全て聞き終えると溜息を一つ吐いてリュウケンを見た。

 最も、今の物語の中でリュウケンが秘孔を突いた部分は当然ながら省略されている。大まかに『この町に辿り着きリュウが
 ジャギを探し当てた』と言う風にしか説明していない。リュウケンは、決してジャギに真実を語る気はないのだ。

 「……事情は大体わかった。……有難う……父さん」

 そう、ただ心から感謝を今だけはジャギは述べる。

 半年……子供の半年は貴重な時間だ。……その半年間をジャギはリュウケンからある意味奪い取ってしまった。

 もう、タイムリミットは終わりを告げた。……ジャギは諦観の思いでそう考えたのだ。

 リュウケンは意外にも怒りは見せなかった。……自分の息子が怪我だらけなのも有るし、何より、もっと重い事実ゆえに。

 「……ジャギ、アンナに会いたいか?」

 「は? いや、そりゃ会いたい……っ!?」

 この言い方……もしや……。

 「何が……何があったんだ……!? 父さん何が……!」

 「落ち着け……ジャギ!」

 怪我で安静にしなくてはいけないのに立ち上がるジャギに、リュウケンは必死に肩を押さえて言う。

 「怪我はしとらん! だが……だが心して聞いてくれ。あの娘は……」

 ジャギは、全部聞く余裕は無かった。

 部屋を飛び出すジャギ。飛び出してすぐに、室内のすぐ近くで待っているシンを見つけた。

 「アンナは!?」

 「っ向かって右側の……」

 その必死な様子に、思わずシンもジャギを止めるのを忘れた。ゆえに、起きる悲劇。

 リュウケンの手をすり抜けてジャギは走りその扉のドアノブに手を掛ける。シンとリュウケンが何かを言ってるのにも耳を貸さず
 彼はドアノブを一気に回し扉を開いた。……その先にある……吹きすさぶ外の冷気よりも冷たい真実へと……。









                         ……扉を抜けて見たのは……何時も通りの笑顔の……君



 「……あ! ジャギ!!」

 「……アンナ?」

 ……自分を見て抱きつくアンナ。それは、襲われ、暴漢を刺したと聞かされたにしては不自然な程何時もと同じ行動。

 「アンナ。何とも……無いのか?」

 「……? ……何言ってるの? 可笑しなジャギ?」

 首を傾げるアンナ。……本当に平気なのか?

 辺りを見渡すジャギ。……そのアンナの部屋には四人居た。

 ……オウガイ、フウゲン、サウザー、ジュガイ。……ただ、そのどちらも表情は硬く、決して良い事が起きてるとは言い難い空気。

 「……アンナ」

 「ねぇジャギ。今日お医者さんにね、こんなに沢山お菓子貰ったんだぁ」

 「……アンナ?」

 ……手の平に、飴玉やらビスケットやらを出して喜ぶのは。……時折り大人びた様子を見せていたアンナにしては……。

 (! ……もし、かして……)

 ジャギは考えたくない事を予想してしまった。有り得たくない想像。

 アンナを抱きしめながら、湧き上がる不安はジャギの胸にせり上がる。

 その不安が顔へと現われるジャギへと……アンナは困った様子で見つめた。

 「ジャギ、如何したの? 頭が痛そうな顔してるよ? お菓子いらない? だったらねぇ、私が頭撫でてあげるからね」

 「……アンナ……お前」

 「ほらぁ、撫で撫で、撫で撫で」

 そう、柔らかな顔つきでジャギの頭を撫でるアンナに……ジャギは自分の想像が当たってしまった事に絶望した。

 (……退行)

 ……余りに深い心の傷を負った時。人は児童に戻ったように退行すると大学の心理学で聞いた気がする。

 ……アンナは、普通の子供より大人びていた。……けど、こんな。

 「……ねぇ、ジャギ、私の話聞いている?」

 「……あぁ、聞いている」

 (……俺だ)

 「私ねぇ、ジャギの事大好きだからねぇ」

 (……俺が守れない所為で……アンナをこんな風に)

 「ジャギの事、ちゃんと守るからねぇ、私」

 (……もう、俺は傷つく事なんてどうだって良い。……『二度と』あんな目に遭わせない為に俺は……強くなる)

 「ジャギ、大好きだよ……ねぇ、ジャギ、私大好き……」

 



 呪文のように唱え続ける小さな女の子を、その日彼はただ抱きしめる事しか出来なかった。



                     




                    彼を想い輝く魂が傷つき眠るのを……ただじっと抱きしめるしか
















           後書き




   駄目だ。こう言うシリアス考えると昔『北斗八悶九断』喰らった時の痛みが思い出されちまう











[29120] 【文曲編】第十二話『暫しの別れ そして決意』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/08/17 13:18

 ……陽は空高く昇っている。

 それなのに部屋の一室は暗く、それでいて重苦しい雰囲気を身に纏っていた。

 其処には三人の男がいた。その三人、今の世ならば一国の兵力にすら個人で迎え撃てる実力を持つ者達。

 南斗孤鷲拳伝承者フウゲン

 南斗鳳凰拳伝承者オウガイ

 そして……北斗神拳伝承者リュウケン

 彼等はお互いの顔が見える位置に陣取りながら、極みに極まった達人の気配を如実に滲ませながら沈黙を押し通していた。

 その沈黙を最初に破ったのは……まずはフウゲン。

 「……一目出会った時から多少疑問は感じておった。……ただの子供が南斗の技を放てたと言う技量。……お主の子だと
 知った今ならば納得出来る。修行では非凡な部分は見当たらなかったが、それは流石は北斗神拳……周囲には簡単に悟らせぬ、か」

 フウゲンはジャギの素性を知った今、ジャギの非凡な才がリュウケンから受け継いだと信じて疑わない。

 だが、それをリュウケンは否定する。

 「確かに、息子を今まで私は育て上げていたが、私はあの子に拳法の心得すら教えた事はない。……初めから話すとなれば、
 あの子は私に恩を感じ、それゆえに自ら修行を独自で始めたのだ。……最も、奇異にもあの子の修行は普通の子と違っていたが」

 リュウケンは回想する。北斗の寺院にある通常の大人でさえただ上るだけでも息を切らす階段を何度も往復していた
 ジャギの姿を。それ以外にも、町の方に出向けば重い荷物を背負い届け出たりなど、それは見方を変えれば拳法を習う上での
 基礎体力を付かせる重要な訓練であった。リュウケンは、自ら拾い育てた子が天に恵まれた子だと気付かされてはいた。

 「……血は繋がらずとも、あの子は私の息子。……そして、あの子は確かに『何か』を秘めている。……だが、だからと
 言って私は拳法家の道に進ませる意志はない。……フウゲン殿、貴方はあくまでもあの子を拳法家の道に進ませた方が良いと?」

 然様……今フウゲンとリュウケンの議論はその点に絞られていた。

 ジャギとアンナの家出に関しては、二人に対し厳重に注意を要すれば済む話。……アンナの精神的な傷の有無も
 色々と考えるべき要点だったが、大人達は時間が彼女の傷を治すだろうと結論付け、今はその問題を置く事にしたのだ。

 今考える事……それは北斗神拳伝承者の子を、南斗の拳士の道に進ませるか、あるいは北斗の拳士の道に進ませるか。
 または、リュウケンの言葉通り、拳士の道を選ぶ事はせずに、ただの普通の子供として一生を終わらせる道へ進ませるか、であった。

 フウゲンはリュウケンの言葉に頷き口を開く。

 「……リュウケン殿。あの子はな、この町へと訪れ我が弟子とも心を通じ合い、そして二度、悪しき者を南斗の拳で退いた。
 ……一度目ならば偶然と言えよう、だが、二度ならばそれは必然。……貴方も知っていよう、南斗聖拳の真髄たる外部からの
 破壊を行える者は、百人に一人程の割合でしか無い。……あの子はシンやジュガイと同様に天武の才を持つのじゃ。
 そのような子をただの町人として一生を終わらせるなど戯けた事よ。お主が否と言おうと、わしがあの子に伝授するわ」

 「あの子は私の子だ! 貴方にそのように言われる筋合いはないっ」

 フウゲンの言葉にリュウケンは強い調子で言い返す。

 南斗、北斗。……それらは今は友好的だが、先見的に言えば複雑な関係である。

 南斗は多くの拳法家を集い繁栄を志し、北斗は一子相伝と言う方法で後世へと影の守り手として受け継いで行く。

 フウゲンからすれば、南斗聖拳の拳士になれば優秀な使い手となるであろう少年を埋もれさすのは酷だと純粋に思っている。

 そして、リュウケンは実の息子が傷を負い、そしてこれから先にも伝承者候補になるであろう子達を修羅の道へ送り出す
 使命を帯びる者として。ジャギは、ジャギだけはただの息子として育って欲しかった……拳法家などではなく、ただの人として。

 「何が不満じゃ? 南斗は陽の拳として世に受け居られておる。お主の子は何ら恥じる事なく生きれるのじゃぞ?」

 「戯言を。私の目は誤魔化されん。貴方がたは私の子を南斗の繁栄の道具の一つとしてか見ていない。あの子の生き方は
 あの子自身が決めなくてはいけないのだ。北斗、南斗の険しく過酷な道に放り込み、私の息子の命を悪戯に危機に瀕するつもりか」

 その、父親の顔をしながら話すリュウケンに、フウゲンは喉からカカ……と笑い鳴らしつつ思わず漏らした。

 「……お主が命を語るとはな……」

 フウゲンは知っている。北斗の伝承者争いに敗れた者が南斗を創立した経緯や、他に北斗の今までの黒い歴史まで人以上には。
 勿論、全てを把握は出来ていない。だが、フウゲンは常人よりも濃い一生を経て北斗の事にも多く通じていた。ゆえの言葉。

 最強の暗殺拳を行使するリュウケンから、命の重さを語られ思わず失笑を禁じえなかった。多くの命の犠牲から創られた
 北斗神拳。その伝承者である男が息子一人の命は重いと語る。……これが笑わずして何と言える!? これが笑わずして……。

 リュウケンは、そう考え笑うフウゲンに対し一瞬だけ殺気を隠せず解放した。

 確かに自身は多くの命を奪ってきた事も有った。だが、それは一重に平和の為。この目に映る人々の笑顔の為に拳を振るった。

 確かに、自分が命を語るのは甚だしいかも知れぬ。だが、暗殺拳を極めし者として命の重みは誰よりも知りえたつもりだ。

 目の前の相手も達人。だが、自身の言葉を一笑されるのは北斗神拳伝承者の誇りを僅かに傷つけられたと感じたのだ。

 リュウケンの殺気にフウゲンも気配が変わる。幾多に渡る対戦者、獣、あるいは北斗神拳まで行かずとも暗殺拳を
 相手にしてきた時と同じく闘気を滲み出す。既に、好々爺の顔から百戦練磨の老武者の顔へと変貌していた。

 「……あい、それまで」

 その、二人の剣呑な雰囲気を一言。一言で雲散する声。

 それは、今まで中立の立場として二人の話を聞き、そしていざとなればこのように場を収める為に佇んでいたオウガイの言葉。

 オウガイはこの中で言えばある意味一番の権力を用いる人物。二人は互いに腰を浮かせ年甲斐も無い若者のように
 好戦的になっていたのをオウガイの一言で気付かされ恥じるように大人しく座った。……二人とも、熱するのも速ければ
 冷えるのも尚速かった。フウゲン、リュウケンの顔を見比べつつオウガイは話を整理しつつ両者へと言葉を放った。

 「……互いの言い分は解ったが、この問題の要に関しては何よりその子……ジャギの意思を尊重すべきであろう。
 ……我々が何を言おうとも、決めるのはあの子の意思。……その答えがどうであれ我々は見守る……それでは駄目かな?」

 オウガイの言葉は静かながらも説得力に満ち溢れていた。それは『将星』を宿しているからか否かではなく。オウガイの
 生まれ持った力がそうするのだと考えられる。フウゲン、リュウケンはオウガイの言葉に納得すると、その場は解散となった。

 ……一方、その頃彼等の話に上げられたジャギは……。

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 「……ねぇジャギ。今日はね、私が絵本読んであげるね」

 「あぁ、アンナ」

 ……ジャギは凭れ掛かるように自分に接するアンナに、限りなく優しい表情を浮かべてアンナの言葉に受け答えをしていた。

 その場に居るのはアンナとジャギの他に三人。

 一人は鳳凰拳伝承者の弟子たるサウザー、もう一人は孤鷲拳伝承者の弟子たるシン。

 そして、もう一人は前に居合わせていたジュガイ……と言いたい所だが違う。

 ……それはアンナの実兄であり、唯一の肉親である……アンナの兄だった。

 アンナの兄は行方を聞きつけ(リュウケンがジャギとアンナを発見した次第、アンナの兄へと南斗の拳士を使い報せた)
 バイクがスクラップに陥りかける程まで急スピードで走らせて駆けつけたのだった。

 アンナの兄は、駆けつけてイの一番ジャギを殴ろうと心に決めていた。だが、それは二人の状態を知るなり振り上げた拳は目標を失くす。

 子供返り(実際、未だ子供なのだが)したように、年齢よりも振る舞いが幼くなってしまった自分の妹。

 そして、それを悲痛そうに見て、自分の所為だと苦悩するジャギの姿を見てしまっては、彼は怒る術を見失ったのだ。

 「……兄貴ぃ、ジャギったらね。私がいっぱい話してるのにぼうっとしちゃってるんだよ? もうっ、そう言うのって悪いよね」

 「あ、ああ……」

 「私を放っておいて何処かに行っちゃったり……秘密ばっかりで何も言わなかったり……悪い子だよね……ジャギ、は」

 とろんとした、眠たそうなアンナにジャギだけが唯一しっかりとした声で言った。

 「眠っていいぞ、アンナ。……ちゃんと、側に居るから」

 「……本当? ……破ったら……針……千本……だ、よ……」

 ……眠るアンナ。アンナが寝息を立てて本当に眠ったのを確認すると、ジャギは先ほどまでの笑顔を金繰り捨てて俯いた。
 
 表情は見えずとも後悔と苦悩に満ち溢れたその雰囲気に、誰も声を掛けられない。

 「……ジャギ、お前の所為でない事は俺にもわかってる。……長い間家出した事は兄貴として許せないけどな。……だが
 お前はお前なりにアンナの事を守ってやってたんだよな? ……だから、とりあえずは水に流すわ。……けど、よ」

 猫のように、身を丸めてジャギにしがみ付き眠るアンナを見遣り。アンナの兄は溜息を吐いて自分のリーゼントを
 撫でつつサウザー、シン、ジャギを順番に見遣った。……見終えてまた溜息を吐いて、そして肩を力なく落として呟く。

 「……南斗ねぇ。……世の中には、そんな凄い奴等が居た訳だな。……そんで、お前も一端にそんな力が扱えるって訳か」

 ……南斗聖拳は世間に広まっているとは言え、それを知らぬ人間も未だに数多くは居る。アンナの兄もその一人だった。

 シンやサウザーらがらジャギの友人だと紹介を受けての説明。ジャギが拳法家の卵になったと聞き、驚きつつも何処か納得した。
 ジャギは以前から只の子供とは違っていたし、アンナも普通の子とは違う過ごし方をしていた。……予感はあったのだ。

 「聞きたいんだが、アンナも南斗の拳士ってのになったのか?」

 「いや、アンナはジャギのように修行していてなかったしな。ジャギ、そうだろ?」

 シンはアンナの兄に回答を応じ、そしてジャギへと言葉を振る。

 頷くジャギ。そうかとアンナの兄も別に落ち込んだ様子もなく頷いた。だが、其処で納得を示さず口を挟む者が一人。

 「む? 自分が見た限りアンナは結構鍛錬された体つきをしているように思えたが……本当にアンナは南斗の拳士でないのか?」

 サウザーの観察力は伊達ではない。師と接する時は視界が狭くなっても、他の事に関しては注意を逃さぬように鍛えている。

 アンナの歩行、それに動き方は南斗の拳士と差し支えぬ動きをしていた。無論、未熟だが、他の南斗の子供達と遜色はない。

 ジャギは、サウザーの言葉を受けて、以前アンナを背負った時は確かに何かしら鍛えた様子はあったなと感じた。

 だが、それは常人に比べたらの話で。ジャギはそれが拳法家を目指してとは夢にも思っていなかったのだ。

 ……ジャギは此処に来て実感する。何時も雑談や談笑はしても、アンナが何を思い行動していたが全然知らなかったと。

 ジャギも、ジャギでないと言う真実ゆえに人に言えぬ秘密は多々ある。……だが、それを理由にアンナと距離は置きたくなかった。

 「……俺、アンナの事何にも知ってやれなかったんだ……全然……何もっ」

 力強く握る拳。それは無力感に苛まれるジャギの怒り。自分自身に向けられた怒りだった。

 (何をやっているんだ俺は。俺は同じ事を『また』繰り返すのか?)

 その『また』が今回の事なのか。それとも他の事に関してか今のジャギにも解らない。

 だが、ジャギの焦燥感を三人は言葉にせずとも知った。そして、再び起こる沈黙。

 「……まず、様子を見よう。俺達に出来る事は今はそれぐらいだ。ジャギ、お前も気を落とさずアンナの側に付いててやれ」

 「そうだな。秘……怪我の治りが早いとは言えお前も無理しては元の木阿弥だ」

 一瞬、『秘孔』と言う言葉を出しかけて自分自身の心の油断さに恥じつつ表面は冷静に言い終えたサウザー。だが、シンは
 勘付き冷たい視線で注意を示した。解っていると、サウザーも視線で了承の意を示す。

 『北斗神拳』……それは現代では既に知られる事すらない伝説の暗殺拳。

 伝承者候補である二人は特別な立場ゆえに話を聞いただけ。普通ならば一般人は一生知る事のない秘匿の情報なのだ。

 アンナの兄に関しては一般人なので『秘孔』と聞いてもチンプンカンプンかも知れない、だが、ジャギに隠すのは難しい。

 ジャギには、父親が北斗神拳伝承者とは言え、その父親が知らせたくないと思っている事を、彼等が教える事はないのだ。

 ゆえに、ジャギが万が一北斗の拳を伝授する時以外、彼等がこの秘密を話す事はない。

 または……彼が自分達と同じ南斗の拳士として優秀な一人前になったら時を見て打ち明けよう……二人はそう決心していた。

 ジャギはサウザーの言葉に頷き、アンナをまた再び撫でる。

 「……ジャギ」

 「……アンナ、俺は此処にいるぜ……アンナ」

 眠りの中でジャギを呼ぶアンナ。そして、それに応えるジャギ。

 その光景はある意味厳粛かつ静粛で……誰も脅かす事が許されない……そんな感じがした。

 (この感じ……そうだ、アンナとジャギが互いに思いあっている時……俺の心の何かが震える。……これは『恋』や
 『嫉妬』とも違う何か別の感情だ。……俺は、俺はこの感覚を何か知りたくて二人と共に居る……そうだった)

 ……『殉星』のシン。彼がジャギとアンナの二人と共に暮らす決意をしたのは運命だったのかも知れない。

 この二人が共に思い合う姿を……今は小さな輝きである『殉星』が惹きつけ彼等の生き様を見たく寄せたのだと感ずる。

 (ジャギ……アンナか。……お互いを想いて生きるか。……お師さん、この二人の生き方は『愛』と言うのでしょうか?
 ……お師さんは愛程この世に強いものがないと前に話してくれた。……ならば、彼等の温もりも自分と同じく、得難い……)

 サウザーもオウガイの言葉を思い出し二人の姿に何かを想う。幼き『将星』は彼等の姿に何を想うのか? それは未だ不明のままだ。

 アンナの兄は、彼等二人の姿を見て神秘的な物を見るようなそんな感覚に一瞬囚われる。けれど、それが自分の肉親である事、
 そしてそれがただの子供なのだと頭を振り無理やり正気に戻ると、何時もの自分……強気である態度を復活し言った。

 「へっ……まぁ、一先ずアンナとお前が無事な事も解ったし俺はお邪魔だから帰ってやるよ」

 「え? ……ボスは、どうするんだ?」

 「アンナが俺の家に帰りたけりゃ帰らせてくれればいい。……あいつは自分の意思で俺の家を出た。……なら帰りも自分で決めさせるさ」

 それは、苦渋の決断だったのだろう。

 頭はそれ程良くなくとも、今のアンナが自分と無理に居させた所で子供返りした状態が治るとは思っては居ない。

 ならば、例えこのような原因の一端がジャギにあるとしても、以前男性恐怖症で手が負えなかった妹を回復させた
 ジャギにもう一度だけチャンスを与えよう。アンナの兄は、そうジャギにもう一度だけチャンスを与える事にしたのだ。

 「ありがとう! ボス!!」

 「俺はお前のボスじゃないけどな。……言っとくが、絶対にアンナを守るんだぞ」

 そう、背中を向けて手を振るアンナの兄の背中は逞しかった。……外伝のちょいキャラにも関わらず。

 「……アンナの兄の名前って何なんだ?」

 「知らん。だが、確か『俺は皆のリーダーだからリーダーって呼んでくれ』と言っていたぞ」

 ……シンとサウザーの話を総合すれば通称『リーダー』で決定らしい。

 そんな風に一先ず事は全部終わった風に見えた。……扉が開くまでは。

 「……少し、邪魔するぞい。……ふむ、どうやら体は問題なさそうじゃな」

 ……訪れるのはフウゲン、オウガイ……そして……リュウケン。

 「……父さん」

 「ジャギ、治療中の身で済まぬが一つ聞きたい事がある。……大事な事ゆえしっかりと考えて答えてくれ」
 
 そうリュウケンはジャギが何かを言う前に、事の本題へと入った。




                         「お前は……南斗の拳士をこれから目指したいか?」


 ……その言葉に少年三人の心は揺れる

 ……ジャギが南斗の拳士として目指す。……それは多分ながら北斗の寺院での生活に別れを告げる事を意味するだろう。

 ……シンはそれでも構わない。切磋琢磨する友人、心許せる友人が共に居ればこれからの修行にも励みになるから。

 サウザーも多少はジャギがこの町に住まう提案に心は傾いたが、そこは少し年上である所以か、ジャギが如何言う答え
 であろうと、友であり続けようと大人びた考えに辿り着いていた。……その考え方をオウガイに関する事でも維持して貰いたいものだ。

 「……俺は」

 「お主が南斗の拳士となるならば、わしらはお主の事を立派に育て上げるつもりじゃ。……適正がどのような伝承者の
 拳法に当てはまるか未だ解らぬが。お主の実力はこの前の件ではっきりと示されておる……自信を持って良いのじゃぞ?」

 フウゲンは、そう南斗寄りの発言をしつつジャギへ喋る。

 「……君は、君の考えを我々に示してくれれば良い。……例えどのような考えであろうと、後でやり直しは聞く。
 気楽に自分の今の考えを言ってくれれば良い。……最も、私も正直南斗の拳士が増えてくれればと思っているがな」

 オウガイはあくまで中立の立場を維持し、最後に僅かだが正直な感想を素直に告白しジャギへと提示する。

 リュウケンはただ無言でジャギの答えを待った。……己の道は己しか解り得ない。父と子、繋がりを持ってしても道は己で決める物。

 「……俺は」

 ……そして、ジャギは見守られる中アンナの手の熱だけを意識しつつ答えを示した。

 「……俺は……」




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 ……雪は止まない。もう、雪は地面に落ちても解ける事なく降り積もる。

 外では楽しそうにリュウが駆け回る。……だが、元気なのは一匹のみだ。

 「……お世話になりました」

 ジャギが頭を下げるのはシンの両親。……数多くの世話になりっ放しだった。……何もお返し出来なかったとジャギ
 は考える。……だが、シンの両親は伊達ではなく、そんなジャギの心情を読み取ってか寂しそうながら笑顔で言った。

 「子供がそんな大人みたいな振る舞いをしなくて宜しい。それに、私達も息子を助けて貰ったしな」

 「そうよ。短い間だけど私達こそあなた達に助けてもらったわ。……また、会いに来てねっ」

 シンの母親はそう言ってジャギの体を抱きしめた。……実の母親の顔は知らない。だが、その温もりはジャギの目頭を
 熱くさせた。……最も、『自分』の記憶が残っているゆえに泣くのは恥ずかしいと言う気持ちが自分の涙を何とか止めたが。

 
 ジャギは、結局リュウケンと共に寺院へと戻る決意を示した。

 シンは半ば強く引きとめたが、ジャギの意思は固かった。

 効率を考えれば南斗の拳士を目指すと世紀末でもし北斗兄弟と相対する場合勝つ見込みが無くなると言う打算的な考え。
 いや、争うのを前提にするつもりは無いが、世紀末に覇者と名乗る者が居るのを想定すると、ジャギには例え頭を破壊されかける
 未来が残っているとは言え、例え今は絶望的に北斗神拳に関われない立場でもリュウケンの元へ戻る方が良いと判断した。

 そして……感情論で言えば。

 「……此処はとっても居心地が良くて、自分は天国だと思えた。……本当の両親見たいな人が居て……友達が沢山居て
 ……親友も出来て……好敵手(ライバル)見たいな奴も居て……けど、けどそんな風に恵まれていててもさ……」

 ジャギは、悲痛な笑みで言った。

 「……それでも、一人大切な人をこの町で傷つけちまったんだもん。……南斗の拳士としては……失格だわ、自分」

 ……その言葉に師も友も父親も何も言えずジャギの言葉を通した。

 ……そして、別れの時。

 ……オウガイとサウザーは先に町を出た。予定よりも長く居た程だ。

 「……お主はどのような道に行こうとも大成する器はある。……しっかり励みなさい」

 「ジャギ、俺はお師さんと共にこれからも南斗の未来を背負える程に大きくなるつもりだ。……お前も、大きくなれよ」

 二人はそう言って向かってくる吹雪を裂くように走り去った。……鳳凰拳伝承者と、未来の伝承者。どちらもいずれ起こる
 悲運を未だ知らない。師は信頼ゆえに、そして弟子は愛ゆえに招いた悲劇を未だ知らない……変わるかどうかさえも。

 「……気が変わったらこの町で過ごしてくれ。俺の両親も構わないだろうし……何より、俺がお前達に来て欲しい」

 寂しそうにシンもジャギへと別れを告げた。……別れはいずれ起こるもの。また会えるであろうとしても別れは辛い。
 だが、彼も決意する事があった。今回の件により無力だった自分……シンの心の中には一つの欲望の芽が出始めていた。

 (ジャギ……俺は強くなる。……あのように友一人助けられぬような未熟ではなく真の南斗聖拳を身につけて見せる。
 ……その為にもっと力を……もっと技を……もっともっとこの身を鍛え抜いてみせる……だからお前も強くなれジャギ)

 ジュガイと同じように、力への欲望にとり付かれ始めたシン。……その想いは、未来の運命をどう変化するのだろうか?

 「……さて、行くかジャギ」

 「うん、父さん。……行こうぜ、アンナ」

 「うんっ、ジャギと一緒に行くよ。私」

 ……背はこの半年程でアンナと同程度まで伸びた。……けど、心はまったく成長してない。

 ……俺はアンナを守る為に少しだけ体に傷が残った。……だけど、それはやがて成長すれば傷跡も消えるだろう。

 けど、アンナは俺の命を救うために心に傷を負った。……それは、俺が一生懸けてでも支え続けるしかないんだ。

 だからこそ……シンの居る町で過ごせばアンナも一緒になる気がして……俺はあそこで修行する道を元から諦めるつもりだった
 のかも知れない。……あぁ、そうだ。……俺にとって、元からあそこは仮初の幸福であり……居るべき場所でなかったんだ……。

 心の奥底で自分を哂うジャギに、不思議そうにアンナは首を傾げて言った。

 「ジャギ……何処か痛いの? 泣きそうな顔してる……」

 「……何言ってんだ。何処から見ても笑ってるだろ?」

 「ううん、だって、悲しい顔してるもん。ね、リュウ」

 その言葉に肯定するかのように吼えるリュウ。……リュウケンを見遣るも困った顔を浮かべジャギの答えはくれなかった。

 ……もしかしたら……アンナを支えるとは言ったけど……。

 ……俺を……アンナが支えてくれているのかな……。

 「……戻るか、アンナ」

 「うんっ、ジャギと一緒なら、何処でもいいよ」

 そう雪と同化するような笑顔を見せられ、ジャギは泣き笑いのような表情を隠し安心させる笑顔を浮かべて想う。

 奇しくも、その願いは手を繋ぎあう両者の同じ想いだった。




 
                       



                         ……願わくばこの優しい人を守れる強さを下さい……と。











        後書き


  アンナの兄の名前。一先ず通称『リーダー』で。

  主人公や重要キャラって思考回路なんで解り易いからさ。脇役の脇役に焦点おいて書きたいんだよね。

  ……とりあえずこの速度で完結出来るのだろうか?










[29120] 【文曲編】第十三話『それぞれの冬の過ごし方』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/08/19 07:46
 ……寒い寒い冬の季節。……その冬の中を二人の子供が厚着をしつつ走っている。

 一人は身を切る風の中、頭から下はごわごわな服で覆われつつも、頭だけはバンダナだけと言う出で立ちの金髪の女の子。

 そして、もう一人も同じような服装。そして逆立った短い髪の毛を外気に解放しつつ女の子と一緒に駆けていた。

 「……っ待てって、アンナぁ!」

 「へへへ! 捕まらないよぉ!」

 それはジャギとアンナ。彼等は降り積もる雪に足跡を残しつつ元気に走り回っていた。

 ……幾日が過ぎ本格的な冬が到来した。

 リュウケンをこれ以上心配させるつもりは、既にジャギには無い。だが、拳法家になる目標を諦めるつもりもなかった。

 最初はリュウケンと面を向かって話をするのもままならなかった。家出をして半年、色々な経験が心の距離を大幅に離していたから。

 だが、ある程度の月日が経つとリュウケンとジャギは徐々にであるが会話も出来るようになった。

 『ジャギ……もう、拳法家になる意思はないのか?』

 『……自分は、約束したのを今更嘘にしたくないから……自分なりに修行は続けるよ。それが、一番良いと思うから』

 そんな話もリュウケンとジャギはした。ゆえに、今でも父親が見てる時であろうと無かろうと独自で修行は続けている。

 ……だが、ジャギが密かに行っている『一指禅功』についてはリュウケンにはジャギは知らせていなかった。リュウケンは
 未だジャギに北斗神拳について一片たりとも匂わせる発言及び行動をしていなかったし、ジャギ自身もリュウケンには
 平面上は南斗の拳士の修行を志しているように今は見せた方が無難だと考えていた。南斗と北斗。基礎の鍛錬は似ていても
 あからさまに北斗神拳を修行していると言うような修行をしていたら疑われる。ジャギはそれだけは御免だった。

 (……下手すりゃ解唖門天聴・上顎コース(二つとも自白させる秘孔)だからな……そうなっちゃあ笑えねぇって)

 自分がジャギでなく平和な世界の一般人なんですよ、なんて言った時のリュウケンの行動を想像するだけでジャギは恐ろしい。

 ゆえに、ジャギは一応この世界では平面上は普通の修行をしてるのである。……無論、それも若干異常なのだけれど。

 「……ひぃ~暑っ!」

 「あははっ! ジャギったらだらしない~」

 「アンッ」
 

 数十分走り回り、雪の上で寝っ転がるジャギにアンナはからかい混じりに一緒に寝っ転がる。その側で、同意するように
 ジャギが飼い始めた犬のリュウも一緒に座った。既に、その体は普通の成体犬に近く大きくなっていた。

 その、少し厚着しているように見えるジャギの服の中には……数十キロの重りが実は入っているのであった。

 (流石は北斗神拳現伝承者……ってか誕生日にこれ渡す事に関して何も疑問に思ってない時点でやっぱり北斗の人だな)

 ジャギが身に付けている体力向上装具はリュウケンによって夜鍋して作られた物だ。以前リュウケンを守れるように、と
 言ったら感涙しつつ良い物を渡すと約束していた物。……それがこのトレーニング器具だったのだから笑うしかない。

 家出する際は邪魔にしかならなかったので置いていたが、今は常に着ている状態で動いている。

 半年間、南斗孤鷲拳の伝承者であるフウゲンの元で鍛えてはいたが、基礎的な修行以外では、ほとんど過酷な修行は
 してはいなかった。この程度でへばっていては、本格的に北斗神拳の修行を受ける事は出来ないと薄々ジャギも感じている。

 「……ふぅっ……おっしゃあ回復した。次は捕まえてみせる……!」

 「言っとくけど、ノロマなジャギには絶対に捕まらないよ~だっ!」

 笑いながらアンナは冬風のように走り始める。ジャギはその背を必死に追いかけつつ心の中でこう思っていた。

 (……しっかし。アンナも『同じ装具』を付けているのに何であっちの方が速いんだ??)

 ……そう。アンナも同じようにジャギと同じ重りを付けている。

 リュウケンが作ったものではない。アンナがジャギの服の違和感に気が付き、同じ服を着たいと我が侭言ってアンナが
 自作で作った物だ。ジャギは勿論止めた。自分なら未だ耐えれると思うが、アンナが同じ鍛錬をしたら体を壊すと心配して。
 けど、アンナはジャギと同じ装具をしても平然としていた。その時の驚嘆と不可不思議による疑問はジャギの記憶には新しい。

 「……くっ……何故アンナに勝てんのだ。……認めぬぞ~!」

 何度か緩急を付けてアンナへとタッチしようと頑張ったジャギだが遂に音を上げて倒れる。微妙に心に傷がついた。

 「へへっ! 何度やっても私は捕まりませんよっ」

 そうカラカラとアンナは笑う。ジャギは、膨れつつも、アンナが笑っている事に心の中では安堵していた。

 ……あの事件の後、アンナが子供返りしてから二月ほど。

 リーダーの元にアンナを送り、ジャギも北斗の寺院へと戻ったが、数日後にはリーダーがバイクでアンナを連れて寺院に来た。

 『……いや、何度も来て良い場所じゃねぇって事は知っているんだ。……けど、アンナの奴お前が居ないとなると
 泣いて飯も喉が通らない状態なんだよ。……済まんジャギの親父さん。数日程で良いからまたジャギを貸してくれ!』

 リュウケンも鬼ではない。と言うより、家出する前と同じ状態に戻ったような物だ。

 リュウケンも何度も何度も自分の息子が他人の娘と過ごす事に快くは正直に思わなかったと思う。リーダーははっきり
 言えば暴走族の頭だ。そう言う社会的に余り印象良くない人物と過ごす事を、家出する前はリュウケンは良い気持ちで
 思わないからこそ、アンナとの離別を促したのだから。……だが、それもジャギとアンナの行動が状況を変化させた。

 『……わかった。……ジャギ、お前が望むなら好きなだけその娘と過ごせ。……私もお前とその娘の繋がりが固いと前の件で
 良く解った。……だが、これだけは言っておく。私の息子ならば、恥じない生き方をしてくれ……父としての頼みだ』

 リュウケンはそう言い残し、最近ではジャギに強く干渉せず寺院で僧侶や修験者の相手をしたり、時折長い間別の場所へと
 出かけたりする。……ジャギの予測では多分北斗兄弟の元に行っているのだろうと推測している。

 ……話を戻そう。アンナだが依然と症状に変化は無い。

 依然ジャギと過ごしている時は普通の八歳と比べれば幼い感じを見せるも、それ以外は別段普通の女の子として過ごしてる。

 だが、ジャギが居なくなると急変して暗くなり、兄が居ようと無かろうと食事も余り通らず下手すると自傷行為をしかける。

 それはジャギが言葉で止めれる範囲ではなかった。ジャギの言葉にアンナは良く素直に従うが、それでも症状を抑えるには
 足りない。アンナ自身の『何か』がアンナ自身を苦しめていて、それを治せるのはアンナ自身に他ならないのだ。

 「ジャギ、今日も雪が綺麗だね」

 「あぁ、本当に綺麗だな」

 「雪の華って言うのがあってね、高い高い山で小さな虫が雪の上で綺麗な色を付ける事があるんだって」

 「へぇ、アンナは物知りだな」

 褒めると、アンナは良く笑う。ジャギの言葉が何であれ、アンナは良く笑った。

 アンナが笑うと、ジャギも安心して自然に笑みを零した。寺院でのリュウケンとの会話は最近では辛くない。
 けれども、父親として自然に愛情持って接するとなるとジャギは素直にリュウケンに身を任せる事は出来なかった。
 ジャギは、それも当然だろうと納得している。リュウケンは『自分』にとっては他人なのだからだ、と。

 ……そう、『ジャギ』は今の所そう思っている。……そうなのだ、と。

 「ねぇねぇ、最近兄貴ね。仲間と一緒に町の警護に当たり始めたんだって」

 「うん? そうなのか?」

 「うん。前に私を探していた時に色々と人攫い? って言うのを捕まえたり何か手柄を立てたから、町の偉い人に頼まれて
 今では町の警備隊とかも偶にしているんだって。兄貴、ようやく定期的に稼げるって喜んでいたよ?」

 (……あの人、今までアウトローに生きすぎだろ……)

 よく、アンナが素直な性格で育ったもんだと感心する。そうとは露知らず、アンナは身の回りの話を楽しげに語る。

 「この前フウゲンのお爺さんから手紙が来てね、『もし、南斗聖拳を本格的に鍛えたいなら遊びに来い』って書いてたんだ』

 「……あの爺さん、節操が無いな」

 南斗孤鷲拳伝承者であるフウゲンは、この前の事件の事を気にかけて時々アンナやジャギに手紙を出してくれていた。

 ジャギに関しては、気が向いたら自分の元でもう一度修行しろ。アンナに関しても似たような事を書かれていた。

 ジャギはその文面を見て、アンナに南斗聖拳の才能があるのか? と思いフウゲンに手紙でその疑問を問い合わせてみたが、
 才は自分の目から見て無いと思うが、伝承者にはなれずとも、護身程度に南斗の拳は身につけられるだろう、との事だった。

 アンナは何も疑問に思わず喜び、ジャギは、アンナが原作のスピンオフで唯一描かれていたカレン(南斗翡翠拳の伝承者であり
 外伝作品の中では幾多の運命の悲劇により想い人であったレイと離反し敵対し、レイの手で死んだ人物)のような拳法家に
 なるのかと一瞬未来を想像したジャギだったが。南斗の拳士及び、主人公以外の拳法家が全員死んでいるのを考えると
 複雑な気分では有った。生き延びている女性キャラで唯一闘えるマミヤも、拳法は身につけていないのだから。

 『アンナ、南斗の拳士になりたいのか?』

 『私? 別に、拳法家になる気は無いけど……』

 『けど?』

 『ジャギが修行するなら私もするよ!』

 そう、ニコニコ笑って応答するアンナに。質問したリーダーと、ジャギは顔を見合わせて、溜息を吐くしか出来なかった。

 (……まぁ、世紀末では強くなるに越した事は無いし。アンナも意外に動きは悪くないんだよな……本当、意外だけど)

 今の所、速さだけならばアンナの方が上。筋力や背筋腹筋ならば当然ながらジャギは負けないが、体の柔らかさとか
 そう言った女性に有利な面はアンナの方が勝っている。ジャギは横目でアンナの意外な力を目にしつつ、こんな子が実際
 北斗の拳世界に居たならば、如何して原作に登場しなかったのだろう? と常々不思議に思うのだった。

 「ジャギ~……もうっ、未だぼうっとしちゃって……えぃっ」

 「冷たっ!? ……てん、めぇ~……アンナっ」

 考えている隙に首の後ろに雪を入れられたジャギ。怒れば笑いつつアンナは逃げる。捕まらないとの自信が笑顔に溢れている。

 「……家に戻ったらハードな勉強を思い知らせてやる」

 「うぇ!? そ、それだけは勘弁してよ~ジャギ~!」

 国語が異常に苦手なアンナ。ジャギはそれを良く知るがゆえに勉強と言う点では一歩アンナには勝っていた。

 ……無論、余り本人は嬉しくも感じなかったが。


 
 
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 「……トキ……ラオウ……か」

 ……ジャギにとって不吉な言葉を、寺院の奥室に存在する仏像が立ち並ぶ部屋で文に目を通しながら呟く一人の男。

 その男の名はリュウケン。彼は、ジャギの知らぬ場所で、密かに密かに北斗の次代の担い手を選び抜こうとしていた。

 「……一人は穏やかな気性ながら、その奥底に激しい激情を。……もう一人は激しい拳性を帯び、そして確固たる信念を」

 リュウケンは、今まさに北斗神拳伝承者候補を選び抜こうとしていた。……自分の後継者たる……その可能性を持つ子を。

 「……二人は決定した。……残りは……一人」

 リュウケンの顔は、空へと目線が映っていた。……何も無い天井。その天井を貫き視線は空に浮かんでいるであろう北斗七星に。

 ……既に伝承者候補はほぼ決まった。……後点睛を付けるとなれば……それは陽を高まらせる為の……陰が必要だ。

 それは未だ先でも良い。だが、今からでも検討しとかなければとリュウケンは思う。北斗神拳伝承者は心此処に非ずと言う風に。

 「……兄上……きっと……きっと私はこの世に……」

 そう呟くリュウケンの瞳は現実を映しておらず、遠い遠い過去へと瞳を映していた。

 リュウケン……別名を霞羅門。今現在、彼の心には北斗の宿命に対する使命において重点的に置かれていた。



  
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 ……場所は打って変わり、其処は南斗の道場。

 冬の冷気で冷たい鉄の柱に向けて、手の甲から血を滲ませながら汗を滴らせて金髪の少年が拳を打っている。

 青い瞳を爛々と輝かせ、そして緊迫した顔で命のやり取りをしているかのように力を体全体に込めて……鉄の柱に新しい傷が付く。

 「……その辺で止めてはどうじゃ、シン。余り無理をすると体が壊れるぞ」

 「……師父、おらしておいでて?」

 「遂さっきからな。気配を殺してはいなかったのじゃが、余程集中していたようじゃの。その傷を見ると」

 そう、南斗孤鷲拳伝承者であるフウゲンは、シンの手の甲に夥しい痣が出来ているのを見遣って呟く。

 シンは、手の痛みをおくびに出さず、また拳打を続けようとする。フウゲンは静かにシンの前に出る事でそれを止めた。

 「何を焦っておる? ジュガイが最近お主より実力が付いたからか?」

 そう冗談交じりに問いかけるフウゲン。最も、フウゲンの言葉は真実だ。成長の度合いの問題なのか、今の所、ジュガイの
 次にシンが居ると言う所。最も、ジュガイは多少言葉で自慢しつつも、鍛錬に関しては真剣に常に挑んではいた。

 「……そうではありません。自分は……自分が情けないのです」

 拳を握り締め、何時に無く激しい口調でシンは心の内を明かす。

 「南斗孤鷲拳伝承者候補と言う立場ゆえに、自分は他の者よりも上だと心の何処かで慢心がありました。ゆえに、ゆえに
 私は友にしなくて良い怪我を負わせ、その友の大事な人の心さえも傷つけてしまった……これで何が拳法家でしょうか!」

 ……シンには辛かった。己の未熟さゆえに友が、その想い人を傷つけた自分の独り善がりに……。最もシンには何の落ち度も無い。
 ……だが、半年間のジャギの行動はシンに大きく影響が有った。友を持たず拳に傾倒していたシンに、人間的な楽しさを
 覚えさせたのはジャギ。シンにとってジャギの存在はジャギが思いも寄らぬ程に大きかったのだ……それゆえの後悔。

 「……俺は自分が情けない! だからこそ俺は強くなる! これよりももっと。もっと、もっと強くならなくては……!」

 そう言って、更に自分を痛めつけて修練するシンを、フウゲンは静かな目でじっと見守っていた。

 (……シン、お主の秘められた『殉星』の性かお主をそう強さを欲し執念を見せるのか……。……ジャギ……か。不思議な
 男じゃ。一生の内のほんの少しの時間で『殉星』の心を惹きつけたのじゃから。……そして、その不思議な男の側の
 アンナも真に神秘なる瞳を持っておった。……あの時は口にせんかったが、人一人殺したのに、あの子の瞳に有る何処か
 不思議な輝きは依然損なってはおらんかった。……だが、わしは何も言うまい。未来を担う者には、その者達だけで
 背負わんなくてはいかぬ宿命がある。……わしが出来るのは、応じられれば手を貸す事ぐらいじゃろうて)

 フウゲンは、激しくラッシュを繰り広げるシンを一人残し、その場を今は去るのであった。

 (ジャギ、アンナ……次に会う時は俺はもっと成長している。……俺はもう誰にも負けん。……誰にも負けぬ強さを持つっ)

 少々危うげな光を携え、少年は今日も修行を続ける。

 ……彼がまた星々に見放された二人と出会うのは……もう少し先の事。



  
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 ……場所は変わり山奥。その山の中で一人の少年が逆立ちで立っていた。

 しかも、普通の逆立ちとは違い親指での逆立ちだ。凍てつく冬の寒さに耐えながら、少年はじっと動かず状態を維持していた。

 「……良しっ、今日は此処までだ。サウザー」

 「はい、お師さん」

 一人の男の声により、その少年……サウザーは親指で立っていた木の棒から飛び降り空中で回転しつつ地面に着地する。

 お師さんと呼ばれた男……南斗聖拳108派を統べる最強の拳。南斗鳳凰拳伝承者であるオウガイは満足そうに頷き言う。

 「中々良かったぞサウザー。今日は何時にも増して、な」

 「本当ですか!? お師さんっ」

 「あぁ、だが途中僅かにだが無心である筈のお前に微かにだが揺れが見えた気がした。……何か心残りか?」

 オウガイにはサウザーの事が全て解ると言って良い。多くの経験が、彼の観察眼を仙人並みに長けさせている。
 弟子であるサウザーは尚更の事、彼の目を誤魔化す事はサウザーには不可能であるし、サウザー自身も自分の師に
 隠し事をする気など一切なく、また、その様な事を一生の内で考える事など想像の範囲外であるのであった。

 「はい、実は……ジャギと、アンナについて」

 素直に告白するサウザーに、オウガイは成る程と白い吐息と共に口を開く。

 「……二日程しか観察出来なかったが、ジャギと言う男の子に関しては、多少荒いが南斗の拳は筋が良く、また意欲も
 申し分ない。……それに、私の目では彼は化ける素質を持っている。フウゲン殿の言う通り、良い師が居れば伸びるだろう」

 オウガイの言葉にサウザーは同意して頷く。彼もまた、始めて出来た友人の事を称賛されて悪い気はしなかった。

 「……だが、私の勘違いで良ければ良いのだが……あの子には何処か闇が見える」

 「……闇、ですか? お師さん」

 意外な言葉に、サウザーは怪訝な顔をする。オウガイは頷き続けた。

 「有無。最初北斗の子と聞かされたから、それゆえだろうと思ったが養子ならば関係性は無いだろう。……あの子の瞳、
 常に表面は明るく振舞っているが、あの子の瞳には多くの絶望を経験したような闇が潜んでいる……それが何か解らぬが」

 「ジャギは……ならば危ないと?」

 「……こればかりは私の目でもな。……フウゲン殿にも話したが、本人が話したくない事を無理に話させるのは酷と
 言うのも。何より、瞳に闇があるからと言って悪と言うのは極端なのだサウザー。どんな人間とて闇はある。
 ……忘れるな。お前の瞳は曇りなき光で今は輝いている。だが、一つの大きな事がその輝きを容易に消し去るのだ」

 ……何時か来る離別。それを想定してか、少しばかりオウガイの顔に影が差した。

 サウザーはそんな事を想定していない。純粋にオウガイの顔に差した影に不安を抱きつつ、話を変えようと口を挟む。

 「ならば、アンナはどうなのです? 彼女こそ、傷を負い今苦しんでいる事でしょう」

 その言葉に、オウガイは頷きつつも、もう顔に影は現われていなかった。

 「……あの子こそ不思議だ。……身を守る為とは言え殺人をしながら、その瞳には闇は見当たる事は私には出来なかった。
 ……フウゲン殿もおっしゃっていたが、彼女には不思議な輝きがある。……多分それは彼が居るからこそ放てるのだろう。
 サウザー、もし、もう一度出会う事があれば、あの二人を良く見なさい。お前なら、その輝きが何か知れるだろう」

 それが……多分だがお前の成長に繋がる。……そう、心の中で付け加えて。

 「はい、お師さん」

 サウザーは何の疑問にも思わず返事をした。……何時か、もしもう一度自分を初めて同等の友として接してくれた
 不思議な少年と再会出来る。そんな根拠もない確信が何故か不思議と満ち、彼は今日も幼い宿命の星を携えて修行に励むのだ。

 「さぁサウザー。次の修行へと移るぞ」

 「はいっ、お師さんっ!」

 鳳凰の弟子と師は今日も森を翔る。何時か来る曇天の未来さへも切り抜こうと強く……強くだ。




   
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 「……ふぅ、しんどかった」

 ……そう、リーゼント頭の強面の男はバイクから降りつつ呟いていた。

 ……男はとある理由から本名を捨てていた。そして、生き抜く力ゆえに純粋な『力』を駆使しならず者の不良を
 率いり、社会的弱者には援助出来ない国家を見限り、そして彼は自由な生き方を何とか得て、そして生活していた。

 だが、今では一つの町に落ち着き定期的な金額を貰っている。安定した生活の代わりに束縛されない生き方を放棄
 してしまったが、それも仕方無い事。人間、何時までもふらふらと生き続ける事は不可能なのだと男は身に染みた。

 「……帰ったぜ……って、もう寝ているか」

 ……階段を静かに上がると、其処にはすやすやと寝息を立てるアンナが居た。

 ……そのアンナの周りには、少し前まで誰かが居た痕跡があり、その痕跡の持ち主は容易に男には知る事が出来た。

 「……ったく、ガキの癖に男作って。……しかもその男は南斗っつう拳法家の卵だもんな。将来は玉の輿だよな。おい?」

 南斗の拳士。それはある種の国家資格と同等の力を持つ。もし、話中の人物が本当に南斗の拳士になれば確かに
 玉の輿ではあろう。……まぁ、それは普通の平和な時代が続く事が出来ればの話だ。彼の想像は未来で泡沫の夢と化す。

 頬を悪戯に突けば、アンナは嫌々と眉を顰めて顔を振る。

 指を離せば、何やら笑顔になって、そして寝言を呟いた。

 「……ャギ……悪戯……ら、メッ……よ」

 「……ったく、夢の中までべったりか」

 ……未だほんの子供の癖に、何時の間にか自分の手からすり抜けた可愛い妹。

 ……死んだ両親は、自分よりは、妹の事を可愛がっていた。

 最も、それに対して不満は無い。自分も妹は可愛かったし、何より妹が赤ん坊の時はやんちゃしていて、自分もガキだった。

 時折子供ゆえに妹が些細ながら妬ましく感じもしたが、大概はちょっとした癇癪で終わり、自分もまた妹を目に入れても
 痛くないほど可愛がった。……結局、両親も自分もこの妹に関しては天使が生まれたと思えるほどに愛していたのだ。

 ……だが、『あの事件』が起きてから両親は死んで、それで……。

 「……お袋、アンナは無事に育ってるぜ。……最も、まだまだ色々手が焼くけどな」

 ……眠っている時でも外さぬアンナのバンダナ……母親の形見をそっと触れて、リーダーはそっと部屋を離れた。

 「……ガキだと思って目を離した隙に成長する。……俺の時もそうだったかね? 俺が未だ中坊の時にどっちも
 死んじまったしなぁ。……まぁ、生きてたら俺と同じ気持ちだったろうな。……はっ、感傷的になっちまってやがる!」

 冬の空は星が多く輝く。星の事なんて余り関知しないが、妹が空を良く見ていたので、ある程度は覚えてしまった。

 「……北斗七星だったか? ……なぁ、アンナはこれからどう生きるか見守ってくれよな。……それに、それにだ。
 あのちょっと頼りないナイトに関しても俺が心配しなくても良いように強くしてくれよ。頼むぜ? ……ったく寒!!」

 今は真冬。革ジャンで出て間抜けにクシャミをしたリーダーは、体を抱きつつ自分の部屋へと戻るのであった……。






 ……彼等はそれぞれ自分のやるべき事を目指して生き抜く。





 ……そして、遂に春が迎えた頃……一つの転機が訪れる事となった。






                                「……女神だ」








                              ……それは……南斗の慈母星との出会い。













   
          後書き




    俺はね、ジャギ外伝が何故アニメとして作ってくれなかったのか酷く悩む訳ですよ。

    けどね。流石にあのストーリを映像化するとなるとね。R17は決定だからな無理だなって断念するのです。









[29120] 【文曲編】第十四話『姫君と 哂う天邪鬼(前編)』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/08/19 23:11

 昔昔、ある所に天邪鬼と言う鬼がいたそうな。

 その鬼はある所に居る姫君を攫ったんだそうな。

 けど、鬼は姫君を愛し、人々から逃げ続けたそうな。

 けれど、やっぱり人によって見つかり殺されたそうな。

 姫君は人と幸せになりました。めでたし、めでたし……。



  
 
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 ……厳しい冬は過ぎた。

 ……語るべき、と言ったものは特にない。……まぁ、しいて言えばアンナの様子もある程度落ち着いてきた事や、
 リュウケンが頻繁に最近寺院を出て何やら外でしている事位だろうか? ……十中八九北斗神拳関係なのだろう。

 南斗聖拳、北斗神拳の修行に関しては地道に修行の方は続いている。まぁ、小指で逆立ちしたりとかは平気で出来る
 ようになったし。あの重りの付いた服を着続けても飛んだり跳ねたりと身軽な動きが出来るようになったから成長したのだろう。

 まぁ、アンナが一番成長した気がする。何たって自分の体重と同じ位の重り付けたままバグ転出来るんだもん。チート過ぎる。

 ……だが……だが何と言っても今……。

 ……現在、ジャギは七歳を過ぎていた。

 「……暇だ」

 
 
 ……七歳になったが、余り自分が成長したと思えず、春の風がぐだぐだと化していたジャギ。

 寺院の窓辺に座りつつ、人気の居ない部屋でぐったりしながら顔を横にして垂れている。

 修行? 続けてはいるが、『自分』であるジャギとて命は懸かっているが、まだまだ十分時間があると思うと修行にも
 余り身が入らなくなってくるのだ。いけない、いけないと思いつつも集中力が散漫になる。ジャギの理性は危険を告げていた。

 「こりゃあ駄目だ。……少し、気分転換せんと体が鈍っちまう」

 シンやジュガイ、サウザーも今は必死で修行をしているのだろう。……自分だけ怠けていたら世紀末はアボーンだ。

 そう思っていると、プスス……と鼻息を鳴らす音が聞こえて壁の隅に目を走らす。……北斗長兄対策にと飼い始め、
 今では穀潰しであり、だがアンナは可愛がっている手前あんまり厳しく当たれぬ阿呆犬。リュウがだらしなく眠っていた。

 半眼で見ていても、だらしなく涎を垂らして眠る様は余りにも今のだらけきった自分と重なって……ようやく、ジャギは決意した。

 「……っよっしゃあ。……ちょいと遠出っすっか!」

 ……ジャギ、懲りずにもう一度外の世界へと羽を伸ばす事を決意した。七歳の春満開の頃であった……。


  
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 「……そんで? それでてめぇはもう一度俺の妹連れて出ようと思ったってか? あぁ~ん?」

 「ボ、ボス……怖いって……!」

 「兄貴怖い~!」

 「五月蝿いわマセガキがっ! それとアンナ。泣き真似したって俺は誤魔化されないぞ! おぉっ!?」

 ……遠出を決意し、何処かへと出かけているリュウケンに『ちょっとアンナの兄に呼ばれたんで数日留守にします』
 と嘘手紙を残し、今回はリュウを引き連れて遠出の準備を整えてアンナの元へとやって来たジャギ。アンナもジャギと
 逃避行が出来るならばと乗り気で出かけようとした際。今回ばかりはアンナの兄も見逃さずジャギに巨大なタンコプを
 作りつつガミガミと説教を降らした。……常人より鍛えているのに何でタンコプ作れるんだろうと不思議に思ったのは別の話。
 無理やり連れられてこられたリュウは、欠伸をしながらジャギとアンナの間を挟むように座っていた。

 「……ぜぇぜぇ。ったく、出掛けたいなら俺が連れてってやれば良いだけの話だろうが?」

 「え? ボス良いのか? だって連れ出したら良い顔しないし……」

 「んなもんこの前の件で無駄だって気付いているよ。……てめぇらにまともな倫理感聞かせたって豚に真珠だ。豚に真珠」

 そうヒラヒラと腹の立つ顔で手を振るリーダー。少しばかり目が険しくなったジャギに、こうしてりゃ普通のガキに
 見えるのにな。とリーダーは考えながら、アンナとジャギの顔を交互に見つつ、春風が吹く中で口を開いた。

 「で、お前等何処に行きたいんだ? また、あの町に行くのなら俺は賛成しないぜ」

 自分の妹に忌まわしい事が起きた場所。ジャギの友人が居る事は聞いたが、余り良い印象は得てないのだ。
 
 リーダーの渋面を見つつ、ジャギは言った。

 「いや、確かにシンを連れて行きたいからその町には寄るけど。本当の目的地は別の場所なんだよ。ボス」

 「ボス言うな。……あん? なら何処だよ」

 リーダーは不思議な顔をする。何しろ、ジャギが望む場所なんて限られているとリーダーは考えている。

 だが、ジャギはリーダー以上にある意味この世界を知り尽くしている。ゆえに、この世界で接触したい場所を、ジャギは唱えた。

 

                      
                                  「南斗の里だ」





   
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 「……なぁ、ジャギ。久々に会えた事は確かに嬉しいし、アンナも元気そうな顔を見れて安心はした。俺の父親と母親も
 背が伸びたと言って喜んでたし、師であるフウゲン様もお前が柱に、あのちょっと変梃りんな名前の南斗の技で浅い
 ながら斬り跡が出来たのを見て『真面目に修行をしていたようじゃな』と言った事も好敵手(ライバル)としては嬉しい
 限りだし、まぁ色々とお前に再会出来たのは嬉しい。だがな、行き成り誘拐するように連れ出すとは如何言う気だ!?」

 「説明口調ご苦労さん。そんな青筋立てると禿げるぞ?」

 「シン、久し振り~。金髪、大分伸びたねぇ」

 「誰が禿げるか! ……あぁアンナ。とりあえず、母上譲りの自慢の髪なんでな。まぁ、これ以上伸ばす気は無いが……」

 「ワン! ワンワンワン!!」

 (……喧しいな、おい)

 ギャーギャーと騒ぐ子供三人、そして一匹。フウゲンの居る町から半ば強引にシンを連れ出したジャギ。

 ジュガイはどうやら山篭りなのかどうか解らんが、サウザーの強さを感じ取り、真似して山奥で修行をしてるとシンから聞く。

 フウゲン様は相変わらず見た目普通の爺さんだが、自分の南斗の技を見る視線は達人の顔だったし、シンの両親は自分が
 訪問した途端二人して抱きしめて歓迎した。……直に出なかったらあのまま泊り込みだったとジャギは確信する。

 ある程度、ジャギに文句を言い続けていたシンだが、これ以上は無駄だと判断すると落ち着きを取り戻し、そして言った。

 「南斗の里か。……俺も、行くのは初めてだな」

 「うん? シンって南斗の人間なのに言った事無いのか?」

 「……多分、四年ほど前には両親や師と共に着たとは思うんだ。……だが、そんな子供の頃の事覚えている筈が無かろう?」

 「……まぁ、普通そうだよな」

 『ジャギ』の記憶の中に赤ん坊の頃の記憶が微かに有るジャギは複雑そうにシンへと同意する。

 そんな男二人の会話をつまらないと感じて頬を膨らましアンナはリュウを抱きしめながら言う。

 「ねぇねぇ、そんな事より。南斗の里ってどんな所なの?」

 そのアンナの問いに、シンが代表して応えた。

 ……南斗の里。……それは鳳凰拳とは異なる権力を持つ南斗聖司教が住まう場所。其処では拳を極めた伝承者が赴き
 聖司教から与えられた試練を乗り越えて伝承者の印可を与えられると言われている。また、宝石が埋め込まれた女神像がある。

 「……とまぁ、全部フウゲン様から聞かされたものばかりだがな。……後、戻ったらジャギ、説教は覚悟しとけよ」

 「地の果てまで逃げ切って見せるぜ」

 「てめぇには無理だ。絶対に」

 シンは、未来を暗示しジャギを詰り、ジャギは虚勢を張るも運転するリーダーに瞬時に突っ込まれた。

 そんな三人のやり取りをアンナだけが笑った。笑い声は春風の中へと消えていく。

 ……桜の花弁が……走り行くバイクの背後で散り舞っていた。



  
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 「……意外だな。俺達って怪しい集団だから門前払いされるかもって思ってたんだけどよ」

 「お前、無理だったら忍び込む気だったなジャギ。……ったく。俺がフウゲン様から南斗の正式な許可証を持ってたから
 良かったものの……もし、それが無かったら半日掛けて来た意味が無駄になる所だったんだぞ! おい!」

 ジャギは、自分で言い出したのだが南斗の里と言うのが自分のイメージより遥かに田舎っぽかった事にショックを。

 そして、シンはジャギの無鉄砲さに呆れつつ。だが、物心付いて初めて来る場所に少しだけ期待感を膨らませつつも、
 それを表に出す事なくジャギへと怒鳴る。……最も、ジャギに対する鬱憤の感情は本物だったが……。

 「とりあえず早く中に入ろうよ二人とも~。兄貴ってば着いた途端にへばっちゃってるんだもん」

 「アンッ!」

 「……ってん……めぇ。……人事……だからってな……」

 催促するアンナとリュウ。その横で、リーゼントを萎びらせ、げっそりとした様子のリーダーがバイクに凭れ掛かっていた。

 ……子供三人と共に長時間走り続けていたリーダー。……言っておくが運転なんてかなり集中力を使うのだ。
 しかも、子供三人連れていての運転。リーダーは何度も放り投げようか? と考えつつも必死に目的地へ完走した。

 「……俺は此処で煙草吹かして待っているわ。……ついでに今日はここらで宿を取る感じでもう良いだろ」

 「え!? ちょ、ちょっと待ってくれ。俺は両親にそんな事伝えてな」

 「安心しろ、いざとなったら一泊するって俺が言っといたから」

 「こんな時だけ用意がいいな、お前は!?」

 シンの突っ込みを他所に、ジャギとアンナはレッズゴーと手を繋ぎあい南斗の里へと入る。

 シンは疲れた顔をしつつも、こんな風に馬鹿騒ぎが久し振りに出来る事に、少しだけ棘が生えていた心も解れていた。

 『……シンよ。お主の拳にはゆとりが見えん。……それでは孤鷲拳を極めれはせんぞ?』

 『ゆとり、ですと? ……拳は力あってこその強さ! 力なければ敵には打ち勝てないではないですか! 師父!』

 『……ジュガイと同じ事を言うようになったな。……己で、一度ゆっくりと今の自分を考えよ、シン』

 (……今の俺に足りない物……この南斗の里で、何か得られるだろうか?)

 シンは、悩みを押し隠しながら彼等二人の背を追う。自分の欲望に、何が今足りないのかと悩み考えながら。

 そして彼は一つの答えと巡り合う。それは、ジャギにとっても、シンにとっても、そしてアンナにとっても貴重な出会い。

 ……それは、ゆっくりと近づいていた。



  
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 「……綺麗」

 「……こりゃ、成る程」

 ……現在、アンナとジャギは二人で南斗の女神像へと赴いている。

 ……南斗の女神像。……それは北斗の女人像のように、神秘と幻想を織り交ぜた雰囲気を宿し建っていた。

 (……多分、この像も本来は北斗の女人像を元に作られたんだろうな。……または、女人像に対抗して……とかが?)

 原作を知るが故に、どうも裏の裏を読もうとする癖があるジャギ。素直に美しいと思えないのは悲しい性である。

 アンナは純粋に綺麗だと喜んで小さく跳ねている。……ちぐはぐで対照的な二人だ。

 子供が二人女神像に来ても、この里の者達は外の子供がお祈りにやって来たのだろうと関心も示さない。

 ……今更だが世紀末の極悪人の姿でなくて本当に良かったと思う。

 いや、数人だがジャギとアンナへと話しかけてくる。結構中年の女性。多分此処で働いているだろうその女性は言った。

 「あら、可愛い二人組みね。貴方達も女神像にお祈りに来たのかい?」

 それに二人は頷く。その中年の女性はニコニコしながら言う。

 「偉いねぇ小さいのに。……貴方達を見ていると、あの方と、そしてリュウガ様を思い出すわぁ」

 (……何?)

 ……聞き捨てならぬ。いや、出遭えたら幸運だと思っていた人物の情報を早速聞きつけて最近聴覚が異様に発達した
 ジャギはピクピクと耳を動かしつつ、その女性へと詰め寄って口を開いた。冷静になろうとしているが、口調は興奮を隠せていない。

 「な、なあおばさ『お姉さん』……お姉さん。その……その二人って何処に今居るか解る?」

 おべっかまで使って、女性へと問いかけるジャギ。必死だ。

 その言葉に、女性は少し難しい顔をした。……ビンゴだ。

 「……うぅ~ん。ダーマ様に住んでいる所は聞かされてないんだよね。御免ね、僕ちゃん」

 「あぁ別に良いよ良い。もしかすりゃ、今日にでも会えるだろうし」

 (あぁ、そうだ……会ってみせる。……そんで会って……とりあえず『あいつ』に接触して好人物だと思わせれば……!)

 ジャギはユリアが南斗の最後の将である事が既に知っている。原作の知識ゆえに、その情報を利用して今からでも 
 自分とユリアが友人となる事が出来るようであれば、それは未来で強力なバックアップを作ったようなものだと心の中で
 悪魔のように高笑いをしていた。……勝て(生き抜けれ)ば良い。それが全てだの精神を地で行こうとジャギはしている。

 ……だが、彼は大事な事を失念していた。……そう、本当に……大事な事を。


   
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 「……ったく、ジャギめ。あいつの破天荒ぶりには疲れる」

 南斗の女神像。……確かに何かしら神秘的に感じたがそれだけ。自分の拳に何か活かせるかは到底思えずすぐ離れたシン。

 ……この里をある程度見たが、自分にとって得するものだと何も無い。

 「……来るのが早過ぎたんだ。俺が伝承者になる暁には、多分もう一度来るだろうが、今は別に来る必要は……」

 無い。そう言い切ろうとした時。シンはジャギとアンナが女神像の元に居る近くの建物で……一人の娘を見かけた。
 
 その娘を見た瞬間、彼の瞳は一瞬にして彼女だけを捕えていた。

 激しく揺れる心臓。体中の血管が沸き立つ感覚。そして飢えるように欲したいと思う感情。……今まで感じた事ない気持ち。

 (何だこれは? ……それよりも……彼女は……)

 「おいっ、何ぼうっとしてんだシン?」

 そう、耳元で言われてシンは我に返った。

 「……ジャギ?」

 「あぁ、俺だよ。……如何したんだ? そんな熱に浮かされた見たいな顔して?」

 ジャギの言葉に返事をせず、シンは先程の人物が何処に居るか確認しようと首を戻す。

 ……先程の胸の高鳴りを起こした人物は……何時しか消えていた。

 「……あの娘は一体……」

 「おらっ、もう日が暮れてるんだから早く宿行こうぜっ」

 「シン~。私もうお腹ぺこぺこ~」

 「……あぁ、たくっ! 解った解った!」

 シンは先程の感情が何だったのだろうと思いつつ、ジャギとアンナの後ろを付いて行き、後ろ髪を引かれる思いで
 先程気になる人物が居た方向へと何度も背後を振り返る。……だが、決して彼が気になった人物を見る事は叶わなかった。


   
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 「……ユリア、平気か?」

 ……シンが見失った時。その時一人の少年が女の子の手を繋ぎ細い道へと歩いていた。

 「……全く、一人で出歩くなとダーマ様にも言われてなかったか? ……まぁ、自発的にお前が歩いたのには驚いたがな」

 ……その少年……『リュウガ』は何も言わぬ少女へと話し掛けながら細い道を連なり歩き続けていた。

 ……その女の子は人形のような美しさを秘めており。成長すれば何者すら霞ます美しさを持つだろうと予感させる女の子だった。

 ……なのに関わらず、彼女は無表情でリュウガと言う名の少年の手につられるまま歩いていた。

 ……『リュウガ』。彼は『天狼星』と言う名の星の宿命を抱いていた。

 その星は北斗や南斗とも異なる孤高の星。その星の宿命とは、何時か世が乱れた時に、天を統べる星を見定める宿命である。

 彼は、未だ十にも満たぬ歳だがそれを既に知っている。……知りつつ、彼は未だ柔らかな光を携えて妹を見ていた。

 「……なぁユリア。お前が生まれてから、もう六年程か? ……随分大きくなった。……だが、出来るならばお前の
 笑顔を見たい。……お前が喋る様を、普通の娘のように振舞う姿を見たい。……それさえ叶うなら……星の宿命など……」

 寂しそうに、リュウガはそう打ち明けてユリアの顔をじっと見る。

 ……だが、ユリアは何も言わない。……彼女の心は、生まれた時と共に封じ込まれたままなのだ。

 リュウガは溜息を吐き、道を抜けると一つの隠されたような場所にある宮廷へと入り、そして一つの一室をノックした。

 「……ダーマ様。ユリアを連れ戻しました」

 その声と同時に扉が開かれる。一瞬リュウガに目を走らせ、そしてユリアの無事を確認して安堵の溜息と共にユリアを抱きしめる。

 「おぉユリア……! ……リュウガ、済まん。お前の代わりに私が親の務めを果たさんくては行かぬのに」

 「良いのですよ。ユリアには、命を救ってもらった。……こんな事しか今の俺には役立てない」

 自傷気味にリュウガは己を哂う。……命を救ってもらった。……それはユリア伝に描写された飛行機事故の事だろう。

 ……日本に辿り着く際、彼等の飛行機は爆発し本来ならば命を失う運命をユリアのお陰により救われる事が出来た。

 その時怯えて逃げたのが、最後にユリアが人形のようになった後に見せた人間らしい感情。それを後にユリアに変化は無い。

 リュウガ、ダーマ、それに付き人は何度も話しかけては、ユリアの心に何か兆しが起こるか藁に縋る想いで掛けて来た。

 その中で一際積極的に昼夜問わず語りかけていたのは……リュウガだろう。

 彼は、ユリアを肉親として愛している。それゆえに、心を失くした彼女の為に何か出来る事を必死で案じているのだ。

 「……ユリア様の父上が居れば」

 そう、弱気な声がダーマから漏れる。

 それに過敏に反応したのは、他ならぬリュウガだ。

 「父が居たら? ……馬鹿馬鹿しいっ。俺を、ユリアを置いて何処かに消え去った男など……父でも何でもない。
 ……何より、俺は聞いたぞダーマ。俺の父は母を娶りながら別の女の事も愛してたと言う噂をな。……当たりか」

 リュウガの激しい言葉と問いかけに身を凍らすダーマ。リュウガは自分の疑問が真実だと理解すると嘲りと共に言った。

 「……きっと、俺が自らユリアの心を取り戻して見せる。……ダーマ。貴方の事は好いている……だが、俺が守る者は
 ユリアただ一人なのだダーマ。それを除き、俺の周りには何も無い……俺には、俺は『天狼星』なのだからなっ」

 ……ダーマの他に、ユリアが目の前に居るのに激情に至るのは、彼も薄々ながらユリアに回復の兆しが無い事を
 心の何処かで諦めてるからかも知れない。……彼も成長し心に棘が芽生えていた……霜のように凍る棘がだ。

 バタン! と。彼はそう言い切ると扉を強く閉めて去った。……多分だが、拳法の修行へと向かったのだろう。

 ……リュウガの拳法は泰山天狼拳。……泰山流を統べる最強の拳法であり、その拳は元斗に通ずる技を備えている。

 リュウガはその拳のみだけを糧に生きていた。……生まれを変える事は出来ない。彼は目の前に有る運命に対し、
 有るがままに受け入れる特殊な性質があった。……ゆえに、受ける拳法も、星の宿命も抗う事なく全て受け入れた……全て。

 ……その扉が閉まった数分後に、浮かない顔のユリアと同い年程の娘が現われる。
 「……ダーマ様。今、リュウガ様が物凄い勢いで飛び出しましたけど……何か」

 「いや、何でもないのだサキよ。……少々、ユリアの話し相手になってくれんか」

 その言葉に頷き、サキは笑顔を浮かべてユリアの手を取り部屋を出る。……例えそれが傍から見れば無駄な事に
 見えても、南斗の者達は続ける。……彼女の心を戻そうと……彼女の星に輝きが放たれるのを……南斗の者達は続ける。

 「……そう言えば、今日孤鷲拳の候補の子供と、少々変わった子供が二人この里に来たとか聞いたな」

 疲労を帯びた顔で、この里の事を知り尽くしたダーマは色々な情報を集める裏の者からの話をふと思い出した。

 「……南斗孤鷲拳伝承者候補と言えば、確か『殉星』を司っていたな。……もしも出会えれば……ユリアの……心に」

 ……ダーマは疲労からか机に眠る。……春の眠気は、流石に最後の将の代わりを務める彼にも抗うのは酷だったらしい。

 ……彼等は未だ気付いていない。その来訪した『殉星』と、その連れの天邪鬼が運命を狂わす者だと言う事を。

 それは、すぐ近い内に知れる事なのであった……。










        後書きと言う名の考察


 リュウガって、多分幼い頃から南斗の先人達にユリアを守るようにって指示されていたと思うんだよね。

 それで『天狼星』と言う、感情に左右されずに巨星を見極めるがゆえにジュウザやユリアとも疎遠の生き方だったと予測。

 ……と言うか、世紀末前はユリアとケンシロウが付き合ってたなら自己紹介しとけよ。そうすりゃ未だ色々と変化あったろ。












[29120] 【文曲編】第十五話『姫君と 哂う天邪鬼(後編)』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/08/20 23:19


 彼女が探すのは青い鳥 自分を幸せにしてくれる人を欲し待ち続ける

 彼女が探すのは一輪の華 自分が見失った幸福を見つけるため歩き続ける

 二人は七つの星を刻む人を愛す 二人は七つの星の側にずっと居る事を願い続ける

 一人は叶い 一人は夢破れ それは一つの物語 ただ一つの物語に過ぎぬ

 たったそれだけ たった些細な出来事

 だが、二人に決定的な違いがあるとすれば、ただ一つ。

 それは、幸福の在り方を彼女達は共に違う想いを抱いていた事。



   
    
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 とりあえず南斗の里の一角で宿泊したが、シンの様子が可笑しい。

 変にぼんやりした顔で、歯磨き粉と洗顔液を間違えるような些細な失敗を朝から連続でしていた。

 どうも可笑しい、いや、薄々もしかして、と言う予想はあるのだが、もしそうなった場合少しだけ危ない。

 もし、シンが『あの人』を見かけたとならば、多分だが心奪われて直にでも素性を知りたいと思うはずだ。

 ……それだけは避けたいと、ジャギは横目でちらちらシンを見遣りつつ溜息を吐くのだった。

 「美味しいねぇ~、ジャギ」

 そんな苦労を知ってか知らずが、アンナはニコニコとご飯粒を唇に律儀に付けてジャギへと話しかける。

 ジャギは自然にアンナの口を拭きながらそうだなと頷く。寺院じゃ粥、シンの家ではパンが主食だった為に新鮮な朝食だ。

 (……いっその事自分で稲植えて米作るか?)

 日本人なのにまともにご飯を食べる生活が無い事が本気で心配なジャギ。

 周囲の人物は主食が米で無い事に無頓着だ。アンナなら『ジャギと一緒なら何でも美味しいから良いよ』との言であり。
 シンならばパン。リュウケンは一昔前の日本育ちゆえか粥をメインに食事に出すのでジャギとしては普通に米が食いたかった。

 「……ボス。町で田んぼって近くにあったっけ?」

 「いきなり何言ってんだお前?」

 世紀末になったら米が食えなくなる……! そんな馬鹿げているが結構切実な問題を抱えているジャギの言葉を、リーダーは
 呆れながら南斗の里特有の山菜料理に舌鼓を打っている。シンは、先程から何か話しても頷くばかりだ。

 アンナは不思議そうに、ぼうっとしているシンの目をじっと見る。……何か、こう子供返りする前もだけどアンナは
 シンの瞳をじっと見ていた事が多かった気がする。……シンが好き、とか? ……いやいや、とジャギは心の中で首を振った。

 「……シンってば何か起きてるのに夢でも見てるみたい」

 「……だよな」

 的を得た発言にジャギは頷く。……アンナは時折、事件の前の頃の何かしら大人びていた時の発言を取り戻す事がある。
 ……きっと、きっと何時か自然に前のように戻れる。だから、ジャギはアンナに普通に今日も接するのだ。

 「今日は、どうするアンナ?」

 「う~ん……ジャギ、ジャギ私ね。ちょっとだけ森の中リュウと散歩しに行ってみたいっ」

 「……一人で、って事か?」

 その言葉に頷くアンナ。……別に珍しい事では無い。最初はジャギにべったりなアンナも、状態が落ち着いていると一人、
 もしくは犬のリュウと一緒にぼんやりする事が、ジャギと一緒に居る事の次に好きだから。……アンナの兄のリーダーは
 他所の場所で一人にするのは不安だ。と顔にありありと書かれていたが、ジャギはアンナの好きに出来ればしてやりたかった。

 「……うん、構わないぜ。……ボス、別にリュウも居るし何かあったらすぐに俺が駆けつけるから……良いよな?」

 「……ふぅ、まぁな。そんじゃ、俺はもう少し此処でのんびりするかね。……桜も綺麗な事だしな」

 そうリーダーは窓の外を見つつ言葉を切る。

 ……南斗の里の周囲には桜が散りばめ、桃色の景色が朝の陽射しに輝いている。

 ……今日は少しだけ良い事が起きる……そんな気がした。


  
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 ……生まれながらにして、彼女は姫君だった。

 我等が守りし星を真に統べるお方。今、自らは南斗の一部の者以外に知らされずあの方の代わりとして担い手を務めている。

 だが、あの方の心がもし目覚めた時、その役目も何時しか終わりを告げる。

 それまでの私は影武者。一切語らず、歴史の影へと葬られる者の一人として生を終わる覚悟を抱いている。

 「……眠って、いたか」

 ……ダーマは久々に夢を見ていた。……それは、随分と昔にユリアの両親が一緒だった頃の夢。

 その時自分はユリアの両親とは旧い友人としてでもあり、また南斗の未来を語り合う良き相手として過ごしていた。
 
 ……あの、事件と言うには悲しすぎる事故が起きるまでは。

 ……赤ん坊の泣き声、そして男性の必死な声と女性の穏やかな最後の言葉。

 その傍らに医者と私が佇んでおり、そして未だ幼いリュウガ様が感情を失ったユリア様と同じ能面のように何も
 映さぬ顔でじっと父母を見ている光景……悪夢と言うには悲しすぎ、幸福と言うには余りに絶望に満ちた夢……。

 その夢は過去の真実。ユリア様の母君はユリア様を産む事に命を尽くし、余りに短い月、余りに少ない回数ユリア様をその
 優しさに包まれた腕で抱く事が叶わず、世を去った。そして、その直後に、ユリア様から喜怒哀楽全ての感情がお顔から
 消え去り。医者も、神主も、その時高名であった術士の手でさえもどうにもならぬ事を知り絶望した父君が突然南斗去ったのは
 ダーマの記憶には未だ鮮明に妬き付いている光景なのであった。……ユリアの父君の行方は……未だ生死は不明のまま。

 「……心労かな。今まで忘れ去っていたのに……あの時の記憶を見るとは……」

 ……悲しき運命だと感じる。

 ……リュウガは『天狼星』を宿命に掲げ、いずれは南斗を去り、独りで星の使命を遂げようとしていると感じている。

 そして、ユリア様も自分の宿命をやがて気付くだろう。……『慈母星』と言う。彼女だけが背負わなくてはならぬ宿命を……。

 そう重い未来を憂いながら、窓辺を見て少しだけだが口端をダーマは上げた。

 桜が満開……そう言えばもう春なのだなと彼は思い出す。……未だ両親ともに生存し、周囲の全ての者の心を癒す笑顔
 を放つ赤子のユリア様と、そしてそれを幸せだと言わんばかりの表情を浮かべ付き添うリュウガ様が居た頃も桜が咲いていた。

 「……そうだ、こう桜が咲いていた筈だな」

 感傷気味にダーマは部屋を出てユリアが居る部屋へと向かう。……部屋を開ければきっと何も映し出さぬ瞳と無の顔で
 ユリア様が立っている。……それでも私は諦めず笑顔を携える。……それが、今の私の宿命なのだと思いながら。

 「ユリア様、おはよう……っ!?」

 ……部屋に入り愕然とするダーマ。……無人の部屋。開け放たれた窓。……何と言う事だ! ……また見逃した!

 「りゅ……リュウガ! サキ!」

 慌てて口から泡を飛ばしリュウガと、未だユリアの従者では無いが、いずれはそうする為に置かせているサキを大声で呼ぶ。

 ユリアに何があったのかとダーマの声に参ずる二人。常にユリアに変化があればすぐ応じられるようにしてるので行動は早い。

 「如何したのですか!? ダーマ様ッ」

 「ユリア、ユリア様……が」

 震える人差し指で無人の部屋を指すダーマ。サキも感づき口に手を当て青褪め。リュウガだけは冷静に歩みを進めた。

 生まれた時からのユリアの守護者ゆえにか、その行動は迅速。少し捲れたベットに触れ、未だ熱があるのを感じ
 そう遠くには行ってないと思考するリュウガ。そして、ユリアの部屋に置かれた絵本と、そしてリュウガは答えに辿り着く。

 「……また抜け出したのか」

 「そんな事は解っている!」

 ダーマは未来の南斗を支えしユリアの安否を憂い半ば恐慌しながらリュウガへと叫ぶ。リュウガは、冷静になれと
 少しだけ苛立ちを視線に含みつつダーマを見遣りながら、『青い鳥』と題名打たれた絵本を持ち上げて言った。

 「……きっと、昨日も見つからなかったから今日も探しに森へと行ったに違いない。……読ませたのが不味かったな」

 その苦渋を含ませた呟きを耳にし、ダーマは絵本の題名に気が付き言った。

 「でも、何故。何故ユリア様は……」

 「はっ、決まっているだろ?」

 そう、リュウガはお見通しだとばかりに悲しそうな表情で開け放たれた窓から春一番の風がリュウガの髪を揺らす中言った。



                            「失くした幸福を……取り戻す為さ」




   
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 ……南斗の里の陽射しが森林を照らす。

 その森を歩く一人の少女。森林と同化しそうな緑のバンダナを巻き鼻歌を口ずさみながら彼女は犬を引き連れ歩いている。

 彼女にとって一人っきりな事は寂しいけれど、酷く居心地が良くなるのも確かだった。

 ……彼女は夢現の中で何やら大事な事を自分が忘れているような気がしていた。

 ……私は大好きな人が居る。私には大好きな兄が居る。私には大好きな友達が居る。

 ……けれど、そんなものでは無いもっと大事な事。……時々はっきりしそうなのにそれが如何しても明確にならない。

 「……如何したんだろうなぁ~」

 首を傾げて温もりあるリュウを見つめるが、答えは出さない。

 「私、何か忘れてるのかなリュウ。……ジャギは優しいけど、何か一緒に居ると最近酷く心がざわざわするし。兄貴は
 兄貴で変に優しくて何か合わないし。……シンはね。あの青い瞳を見ると何かを思い出せそうだけど……何だったかな?」

 ジャギ……何時も一緒に居てくれる人。一緒に居ると心がポカポカして自分の心が今日の暖かい陽射し見たいに穏やかになる。

 けど、それじゃあ駄目だよって、私の中でとっても知っている声が今のままじゃ駄目だよって言ってくる。

 ……兄貴はずっと昔は怒ってばかりだったのに。今では何か気持ち悪いぐらい優しい。……何だろう。昔は昔でもっと
 ギラギラ! っとした感覚を纏っていたけど、今はそのギラギラが消えて、変に大人びた雰囲気を身に付けている。
 その変に大人びた雰囲気を時折ジャギも見せて。その大人びたジャギを見ると、お腹が冷えたようなそんな感じがするのだ。
 
 ……そして、シン。

 自分と同じ金色の髪の毛。けれど、私のは艶も無いし、少し癖っ毛があって私は自分の髪の毛は余り好きじゃない。
 ジャギが褒めてくれるけど、鏡で見るとそれ程綺麗じゃなくてがっかりする。……シンに生まれる事が出来たら
 あんな風に艶があって絡まない真っ直ぐな髪の毛に生まれたのだろうか? ……最も、シンは男の子なんだけど……。

 ……男性は今でも怖い。……ジャギのお父さんも優しい人だと理解してるけど、あの大きな手が近づくと怖い。
 
 フウゲンさんって言う、良く覚えてないけど自分が一生懸命『何か』の為に鍛えていた時に教えてくれた人も触られたら怖い。
 ジュガイって言う子も怖い。自分より年下な男の子も皆怖い。……だから、一緒になる場合は大抵ジャギの側に居る。

 ……気が付いたらジャギが居て。何故そうなのか知らないけど、ジャギが居れば私はずっと安全だと私は知っている。

 けど、ジャギは何時も私が居たら疲れるだろうなって最近思った。これって、兄貴が時折り『大人になれ』って口走る
 『大人』に近づいた証拠なのだろうか? ……良く解らない。難しい事を考えたり、何か大事だったような事を思い出すと
 頭が変に痛くなったり眠くなる。……そう言う時でも、私は笑顔を浮かべる。……笑顔なら、ジャギも泣きそうにならない。

 ……それで、何だったけ? ……あぁ、確か最近出来た友達の話。

 『シン』。ジャギと同じ位の歳で、ジャギの初めての友達。私と同じ金色の髪。だけど私より男の子なのに綺麗な顔の子。
 ……シンはとっても綺麗な青い目をしている。母が西洋の家系とか何とか難しい事を言ってたけど……良く解らない。
 けど、その青い瞳をじっと見るのが最近の私のお気に入り。……あの蒼い輝きは、『前に』見た星を……。

 「ワン!」

 「……あれ? ってあわわわ……!」

 アンナは気が付けば森林を少し抜けて崖のようになった場所に居た。

 無論、大人ならば余裕で飛び降りて着地出来る高さだが、子供のアンナには、その崖は大きすぎる奈落に見える。

 目を見開き手を大袈裟に振って落ちまいとする。……だが、姿勢は既に崖下に傾いている。

 「ワンワン!」

 「あっわわわ! もうっ……駄目っ!!」

 リュウは既にアンナの腕から飛び降りて崖下を転がるようにだが無事に着地した。

 アンナは目を瞑り崖下に落ちる。子供でも姿勢が悪ければ骨折する高さ。アンナの体は一瞬空中に投げ出された。






                             ……ジャギっ。私こんなに身軽なんだよっ。





 ……空中に一瞬滞在していたアンナ。

 その体は自然に猫のようにしなやかに回り……そして無事に落ちた地面へと両足と両手を付けて着地する。

 「……はへ? ……無傷」

 ……呆然と一瞬アンナはしつつも、そこであっ、と言ってアンナはぽつりと言った。

 「……そっか、私……修行してたんだ」

 ……思い起こされる記憶。……確か今のように山中で走り回ったり、そして結構高い所から落ちつつも身を捻って怪我を
 少なくして落下したりとかしていた記憶が思い出されるアンナ。……その時の記憶の自分は今より背が低かった。

 「私って腕白だったのかな? ……あっ、そう言えばボール……」

 今の落下の衝撃で、リュウと遊ぶ為にと持って来ていたボールが零れた。

 そのボールを拾おうとアンナは身を屈めるも、それを奪い取る白い影。

 「あっ、こらっリュウ!」

 へッへッと息を出しながらリュウは悪戯っぽい輝きでボールを咥えて走り出す。アンナは眉を上げて追いかけ始めた。

 木が、枝が、根っこが走るアンナを邪魔するが、それでも前へと駆けるリュウへ追いつこうと必死に腕を振っている。

 息は上がるものの、アンナは走っている時に何か思い出される気がした。

 ……それは、誰かと走っていた記憶。……ジャギ。そんな気がするも何かが違う。

 ……その走っている自分は今より背が高くて、そして……隣に居る人は自分より背が高くて、速いのに合わせてくれて。
 その人より、今の自分より背の高い自分は足は遅く、それでもその人は笑いながら……私と一緒に……。

 「アンッ!!」

 「……ぁ」

 そんな、不思議な記憶が一瞬脳に浮かんだものの。アンナはリュウの鳴き声に我に返ると、視界を認識した。

 「へぇ……綺麗」

 其処は、森林を抜けた小さな草原。……其処は秘密の、森の隠れ家と言うに相応しい静けさが包まれた場所だった。

 木の梢には珍しい青い鳥が止まり鳴いており、アンナはそんな自然に満ち溢れた場所に自然に笑顔が零れた。

 リュウは何時の間にかボールをアンナの足元に置いて、早く投げてくれとばかりに尻尾を振っている。

 「よし、リュウ行くよっ」

 振りかぶりボールを投げるアンナ。一声元気良く鳴いてリュウはボールを追いかけて走り出す。

 それで、またボールを咥えてリュウは自分の所に戻るだろう。そう自然に待ち構えていたアンナだが、次の光景に目を白黒させた。

 「……誰?」

 「……?」

 ……見えたのは……リュウの後を追いかけるかのように突然現われた少女。

 自分より背がちょっとだけ低いけど歳は同じ位。鞠を大事そうに抱きながら、その子は自分を見て首を傾げている。

 アンナは誰だろうと思いつつも、その子が凄く綺麗な子だと最初に思った。

 とっても、人形見たいに綺麗な子。けど、アンナは直感する。



                                この子は……私と似てる……と。



 ……アンナがアンナである時。周りの人達がアンナへと接する空気は酷くアンナに不愉快、と言うような感覚を抱かせた。

 それは、自分の兄の仲間達からも感じられたし、時折り兄貴と手を繋ぎ外に出た時に周囲から差される視線にも感じた。

 その度に、アンナは如何しようもなく嫌で嫌で堪らなく、兄には悪いと思いつつも悲鳴は腹から口へと零れてしまっていた。
 
 ……ジャギと居る間、その感覚は消えていた。……そして、その感覚が全く沸かない人物は特定の人間に存在していた。

 ……まずは当たり前ながら『ジャギ』……そして『兄』。

 ……そして、自分に何か思い出させそうな蒼い瞳を持つ『シン』……女の子のような格好の男の子だった『フィッツ』。

 ……この場合『フィッツ』との出会いの時に感覚は似ている。アンナは今目の前に立つ女の子を見て、自分と同類だと見抜いていた。

 ……それは、何処かしら欠落している事なのか……どうなのか。

 
 その小さな人形のような女の子も、自分と同じ女の子とは言え初めて出会う人物なのに逃げも隠れもしなかった。

 青い鳥を探し追いかけて外に出た少女。彼女は心を閉ざしたままとは言え、自分にとって嫌な物ならばすぐ逃げる事は可能だった。

 だと言うのに彼女も微動だにせず、あろう事か彼女へと近づく。

 ……二人は無言で近くの木の下で座った。


  
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 ……陽の光は既に頭上高く上っている。昼近い時刻……其処に二人の男が森の周辺を歩いていた。

 「居たか?」

 「いやっ……ったく何で何時も何時も俺ははぐれちまうんだっ。……これでもしまた何かあったら……」

 「それは無いと思うがな。……しかし意外と広い森林だな。……このまま行方不明ならば里全員で捜索する事になるぞ」

 朝餉を終えて無理やり運動させたら元の状態に取り合えず戻ったシン。

 昼近くなってから、戻らぬアンナを心配してジャギはシンを連れて捜索し始めていた。……意外にこの里は広い。

 ……アンナの兄貴も出来れば人手に呼びたかったが南斗の女神像へ見に行って距離が若干有ったし、何よりまた騒動
 が有った事を知らせるのは忍びないと思った。……最も、シンを巻き込んでしまうのは、ジャギは割り切っているのだけど。

 大声で呼びかけてみるが、結構深い所に居るのか森林からは何も聞こえない。

 時間が過ぎれば事故に巻き込まれたかも知れぬ不遇な彼女の安否について心配が募る。ジャギは苛立ちが頂点に達していた。

 「あぁくそっ! 俺も森に入るぞシン!」

 「だからそう焦るな! お前まで遭難なって事になったら如何する気だ!? 此処は土地に詳しい人物を捜してだ……」

 そんなの待っていられるか! と叫ぶジャギにシンは頭を悩ます。……この二人は何かと事故に巻き込まれる体質なのか
 観光に訪れたこんな場所でさえ一騒動が起きている。……別に良いのだが、自分の悩みを一々考える暇も目の前の人物は
 与えてくれない。シンは、取り合えず昨日見た女性の事や、拳法の悩みは一先ず置いておこうと決意した。

 「こうしてる間にでもあいつが熊か虎か狼かに襲われていると思うと俺は……俺はっ!」

 「生憎だが、この辺では熊は出るが、虎や狼は出ない」

 「……誰だ?」

 カサカサ……っと草木を掻き分ける音と共に現われた少年の声。

 ジャギとシンは取り合えず動きを止め、現われる人物を見た。

 (! ……こいつは)

 そう、ジャギは出現した意外な人物に目を軽く開き。シンは何者かと純粋に訝しんだ。

 「何者だ?」

 シンの質問に……その栗色の若々しい髪の毛を春の風に揺らす少年は静かに鋭い知性を秘めた言葉でシンに言葉を返す。

 「……この辺の者だ。……お前達、この近くで俺より少しだけ背が低い女の子を見かけなかったが?」

 小さな女の子……その言葉に、少し背が成長しそして子供返りした少女の姿を追っていたシンはすぐに聞き返してしまった。

 「! アンナの事かっ?」

 その、行き成り初めて出てきた人物の名に首を傾げつつ……『リュウガ』は喋る。

 ジャギだけが正体を知る目の前に人物『天狼星』リュウガ。……どうやら素性を二人に明かす気は無さそうだとジャギは
 暗に納得しつつ理解して、リュウガを見る。……天帝の使者だとか、その生涯が多少不明な人物。ジャギは自分の
 人生において、このように人生模様が今一はっきりしない人物がはっきり言えば苦手だった。何か起きるか解らないから。

 「? ……生憎だが、俺が捜しているのは妹だ。……アンナと言う名前ではないな」

 (……おいおい、ユリアまで行方不明なのかよ)

 一難起こってまた一難……とシンとリュウガの対話を聞きつつ重荷が心の中で増すジャギ。……アンナの心配と一緒にユリア
 が行方不明となると南斗の危機だ。……もし何か身の危険があれば、もはや北斗の拳の世界は滅茶苦茶になるだろうと確信する。

 「何だ、違うのか……生憎だが俺達も急いで」

 「解った。お前の妹探し、手伝ってやる」

 「って、おいジャギ!?」

 シンの言葉を遮り快諾するジャギ。……アンナも見つけるが、何よりもここら辺でリュウガに良い所を見せた方が良い。
 ……アンナも心配だが、それ以上に将来的な保険を懸けたいと言う、どうにも汚い思考がジャギには浮かんでいた。

 (……何か嫌な考え方だな。……けど、これも仕方が無いんだ。仕方が無い……)

 自分の心が、何やら酷くざわざわしているジャギ。その表面上笑みを浮かべるジャギを、シンは疑わしそうに。リュウガ
 は幾分見定めるような視線を宿してから、とりあえず悪意は無いと判断つけると顔を森へと向けて言った。

 「……俺が案内しよう。……もし、俺の妹が居るならば鳥の巣の近くだろうからな」

 そう言って森へと入り込むリュウガを、ジャギとシンは一拍置いて追いかけるのであった。


   
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                ・

 ……アンナは世間話をしていた。

 ……長い長い話。それは対話とは言えないほぼ独り言。

 だけどアンナは構わない。長い時間ゆえに睡魔に誘われたリュウを仕切りに、ユリアの隣で木に凭れつつアンナは喋る。

 「……私ねぇ、アンナって言う名前なんだ」

 その、アンナの言葉に……少女は何も言わない、何も顔に浮かべない。

 「……この場所ねぇ、初めて来たんだ。綺麗な所だねぇ。私の住んでいる場所、前は何処もゴミだらけど、外に出たら
 感じの悪い人達が一杯いる所で、外に出る事だって自由に出来ない所だったんだ。……今はね、もう居ないけど其処に」

 アンナは、何を話しかけても無言を守る少女に、害す事なく独り言のように喋り続ける。

 ……無意識に、彼女は心をあの事件で半壊されつつも知っていたゆえにかも知れない。また、『知識』が呼び掛けたお陰かも知れない。

 ただ、どちらにしようとアンナは常に纏う笑顔を此処でも携えて、少女へと語りかけていた。……ただただ思い出を。

 「……それでね。今はジャギが一緒に居るから寂しくないんだ。……ジャギと一緒なら何処にでも行けるし、どんな物
 でも美味しく食べれるんだ。……私はジャギが好き、好きなんだけど、如何してだろうねぇ。ジャギは大好きだって言うと
 頷いてくれるけど、けど変だよね。私解っちゃうんだ。それが、それはジャギの言葉だけど『ジャギ』じゃないって」

 ……笑いは哂いに。笑みは虚ろな仮面へと変化する。

 ……側で眠りこけていたリュウは、耳をピクリと揺らした。

 ……話している内に、アンナには自分の中の心の何かが悲鳴を上げているのに気付いていたのだ。

 ……ずっと見守られ、愛され……それでも心から零れなかった『何か』

 自分で封じ込めてしまった一定の『負』の感情が……徐々にアンナから零れ始めていた。

 「……私、シンだったら良かったな。それだったら南斗の拳士ってとっても強いから、ジャギを守れる筈でしょお?
 ……あぁ、でもそれだとジャギは私を好きになってくれないのか。……ううん、別に私はジャギに好かれなくても良いんだ」

 何時しか、アンナの言葉は前の状態へと無意識に戻っていた。言葉遣いは子供のように間延びした物からしっかりした言葉遣いに。

 「何で? 何で私は弱いの? 何でジャギをしっかり安心出来るようにならないの? ……如何して? ねぇ如何して?」

 


                               


                             「如何して……私達だけ幸せになれなかったの?」






 アンナの瞳から……涙が零れる。

 ユリアは、じっと人形のように真正面を向いたままだったが。そのハラハラと涙が零れ出したアンナへと……ゆっくり首を向けた。

 「……ぁはは。何言っているのか自分でも解らなくなっちゃった」

 ごしごしと目が傷つく事すら忘れ涙を拭うアンナ。目元が赤いが顔に幾分差していた影は抜け去る。

 ……今のアンナには何故か知らないが少しだけ気持ちが整理する事が出来ていた。

 それは心を奥底に眠らそうと仄かに輝く『慈母星』が側に居るからなのか解らぬが、それでもアンナの心は少しだけ癒された。

 「ねぇ、ありがとう。貴方に一杯喋っていたらここの所モヤモヤしてた気持ちが晴れたよ。……何で喋れないかわからな」

 「……ァンナッ」

 「! ジャギ」

 そう、隣に居てただ語りかけただけで心楽になった彼女へとお礼を贈ろうとした途端、自分の悩みの種でもあり、そして
 自分の心を常に守ってくれる大切な人の声が聞こえてアンナは大声で応答する。その途端、森から人影が飛び出してきた。

 「っ無事か!?」

 「うんっ、平気だよ、私」

 そう、力瘤を作り元気なのを示すと、力が抜けた様子のジャギと、その後を少しだけ疲弊した感じのシンが現われた。

 「やれやれ、何事もなく良かったな。……アンナ、お前も黙って何処かへ行く……むっ!? はーーーーはっ!?」

 ユリアを見た瞬間、運命の出会いとばかりに硬直するシン。その口から確かに『女神だ……』と言う声が聞こえた。

 ジャギは、ユリアを一瞥し、その顔に表情が浮かばないのを見ると確信した。

 (……やっぱ、『未だ』心を取り戻せてないのか。……となると、『あいつ』が訪れるまでずっとこの状態か……)

 ……赤ん坊の頃感情を置き去りにしたと描かれていたユリア。ジャギは原作を知るがゆえに、ケンシロウが来なければ
 ユリアの心が戻らないと知っている。……それまでリュウガはずっと歯痒い想いを抱き、そして南斗の者達も憂うのだろう。

 そんな少しの期間とは言えども、しらなければ長い辛い期間を過ごす者達に幾分同情しつつアンナへと言う。

 「どうだ、楽しかったか? 散歩」

 「うんっ、あのねっジャギ。私、友達が出来だよ!」

 そう、晴れやかな顔で笑うアンナに、少しだけ動揺するジャギ。

 「……アンナ、もしかして……戻っているのか?」

 「……? 私、ジャギが何を言っているのか解らないよ」

 そう不思議そうに言われて、ジャギは未だ駄目か……とがっかりする。

 今、一瞬だけ気の所為かも知れ無いが、事件前のアンナの表情を今のアンナはしていた気がした。

 自分の見間違いかも知れない、だけど、もしそれが見間違いでないのなら……アンナは何時か戻って来る……。

 そう思いながら頷いていると、少し遅れてからマントに包まれて無機質でない無表情を浮かべた少年がユリアの元に近づく。

 「……ユリア、心配したぞ。そろそろ帰らなければ、ダーマ様も心配している」

 「! ユリア……それがその娘の名前……」

 シンは、自分が一目惚れ……とは言わぬが心奪われた少女の名を聞き口の中で繰り返し呟く。

 「……誰だが知らんが俺の妹は生まれてすぐに心を失くしてな。……悪いが、下手に刺激して妹の心を壊すような事を
 していでくれ。……もし、万が一でも危害を加えるならば……俺は、お前達に何をするか自分でもわからん」

 そう言って、一つの樹木へとリュウガは爪を立て、そして一気に引き抜いだ。……樹には削いだ跡が残る。

 ……泰山天狼拳。……それは余りの素早さから拳を受けた敵は冷気を感じ絶命する泰山最強の拳法。……作者の推測が
 正しいのならば、天帝の使者と言う解説を判断するに、元斗の闘気(オーラ)を組み合わせての拳法と思える技。

 未熟だとは解るが、愛する者に危害を加える者は削ぎ祓うと言う意思を秘めた拳は樹を如実に傷つけた。

 シンは単純に南斗の拳を知る物かと思い、ジャギは、何故こんなに原作の登場人物って幼い時から実力が有るんだろう?
 と不思議に思っている。……多分だが、南斗六星にしても、北斗兄弟にしろ普通とは昔から掛け離れているのだと言ってみる。

 「あぁ、了解したよ。おらっシン、何時までもその女の子見つめていたら怖がるだろうが! アンナ、行こうぜ」

 さり気無く、でも無いがシンにこれ以上ユリアに干渉させるのは危険と即判断して腕を引っ張るジャギ。

 ジャギは想像が正しければ、もう既にリュウガを目印として、南斗の五車星までとは行かぬが、誰か尾行しているだろう
 と思っていた。……まぁ、それは杞憂である。リュウガだけがただ、ユリアを捜す為に今回は一人で捜索していた。

 「うんジャギ。それじゃあねユリア。また、会おうね」

 そう言って、約束の印にと小指を差し出すアンナ。

 それにジャギは複雑そうな顔を浮かべ、リュウガも苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる。

 ユリアは心を失くしている。ならばアンナの指に応じるはずは……。





       
                                  ……スッ





 
 ((何……!?))

 ……信じられぬ光景。

 ……アンナの小指……指きりげんまんの為に差し出された小指に、ユリアの手は動き、小指は絡みついていた。

 ……有り得ぬ光景。有り得ぬ反応。……心を何処かへと置き去りにしたユリアが一人の女の手によって蘇ったとでも……。

 そんな、ジャギとリュウガの硬直している事に気付かず、アンナだけは笑ってユリアへと言った。

 「えへへっ。それじゃあね。また、会おうね」

 そう、手を振ってアンナはジャギが飛び出した場所へと飛び込む。……それに慌ててジャギも追いかけ、そしてシンは
 もう少しユリアの事を知りたいと思いながら、ジャギに掴まれた事によって反応する暇なく森の中へと姿を消した。

 「……ユリア、お前感情を……っ」

 素性も知れぬ三人が消え去った後、リュウガはユリアの肩を掴み顔を覗き込む。

 ……だが、ユリアの顔には何の変化も無い。まるで、さっきの出来事は夢だったと言わんばかりに……。

 「……いや、夢ではないよな。……何故なら、ほら、お前の頭に花の冠が載せられている……先ほどの女が居た証拠だ」

 ……誰かが手で作った花の冠。女の子が作ったと言わんばかりの華の冠を被りし小さな自分の妹……小さな姫君。

 「……あの子は何者で、それであの二人はどう言った人物だったユリア? ……あの子の約束にお前は応えた。
 ……母君の遺した鞠をつくか、見知らぬ誰かから距離を置く以外反応を示さぬお前が始めて見せた人間らしい反応。
 ……ユリア、それはきっとお前の心がもうすぐ取り戻せる……そう、俺は希望を持っても……望んでも……良いよな」

 そう、一人の小さな運命を背負う騎士は、小さな姫をじっと抱きしめていた。

 ……先ほど彼女と風変わりに自分達に希望を見せた少女が座っていた桜の大樹は満開に桜を散らす……まるで祝福するかのように……。







 「……ジャギ、何故すぐに去った。……俺は、あの娘の事をよく知りたかったのに」

 「ど阿呆。もう帰らなくちゃいけない時間だし、何よりちょっと病気持ちだって感じだったから長い事構うのは可哀想だろうが」

 そう、諌めるジャギにシンは何か言い返したかったが、ジャギの言葉は正論過ぎて何も言えず口を閉ざした。

 (……ユリアと呼ばれていたな。……美しい娘、俺が始めて心を奪われた。……あの子は心を失くしていると言われていたな。
 ……もし、もし万が一俺が彼女の心を目覚めさせれるなら……それはきっととても大きな喜びなのだと……)

 「……きゃっ!」

 そう、ユリアの事ばかり夢想に更けるシンの目の前に。突如一人の女の子が飛び出しシンの前で転びかけた。

 「おっと! ……気をつけろ」

 「! っす、すいません。あ、有難う御座います……っ!?」

 抱きすくめられて、その少女は助けてもらった少年を見て赤面する。……何しろ若くても美少年なシン。接近して見れば
 普通の少女ならば赤面するのが平常な反応。シンは、その少女の反応に構いもせずに立たせて、再び歩き始めた。

 「……何だ、ぼうっとしている割には女の子助ける余裕あるのな」

 (……今の女の子……どっか原作で見た気がしたな……)

 「当たり前だ。南斗孤鷲拳伝承者候補をなめるな」

 ジャギは、重要な事以外は最近風化しつつある記憶を丹念に掘り下げ、そして思い出せず断念した。

 ジャギの台詞に平然と言い返すシン。既にユリアについて傾倒する気持ちは無い。……未だ『恋』も『愛』も真剣
 に受け取る器をシンは持っていない。少し些細な出来事でも、その想いを心の片隅へと置ける余裕はあった。

 「ねぇ二人とも。また、暇があったら来ようね、絶対」

 そんな二人を振り返り、金髪を春風に揺らしてアンナは微笑んで言う。

 その笑みは自然で、まるで以前の自分を取り戻したかのように、その笑みは力強かった。

 「……あぁ。今度暇が出来たら、絶対な」

 「そうだな。あの娘の事をもっと知りたいし、機会があれば是非……!」

 意欲的に返事するシンと、アンナの些細な変化かも知れぬが輝く笑みにジャギも元気を貰い力強く頷く。

 心に幾つも何かを抱え、それを正直に出せぬ天邪鬼達は哂い笑いながら自分達の帰るべき場所へと返り咲く。






                             願わくば、彼等にもっと光あらん事を……。









    
          

          後書き




   ジュウザはユリアの心が取り戻されてからだからもうちょっと後だな。

 レイ、ユダ、ジュウザ、シュウ辺りはジャギが十歳以降にならんと登場しないのよ。

 それと、今回は南斗の拳士オリジナルキャラ入れようと思うけど、嫌だと思う人居たら無しにするけど、如何する?











[29120] 【文曲編】第十六話『雑談と此処にいる実感』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/08/21 21:14


 南斗の里で、少しの心のガス抜きを終えたジャギ。アンナの顔に前の笑顔が再び垣間見えるようになったのは
 リュウガやユリアと出会えた事よりもジャギとしては嬉しい収穫だった。ジャギはアンナの笑顔を見ながら考える。

 (……何でかな。……肉体は子供でも精神は大人で本来アンナ位の歳の子などに恋なんてしない筈なのに。……『自分』は
 アンナに対して確実に好意を抱いている。……客観的には似合っても、普通ならば有り得ない筈なんだけどな)

 異世界と言ってよい、この北斗の拳の日本で過ごすジャギには心許せる人物など居なかった。父であるリュウケンも
 半ば心許せない。そんな時に出会った原作にも外伝にも載っていない自分の知識外の少女……その少女の名はアンナだ。

 (考えりゃ考えるほど不思議だよな。……この世界ってパラレルワールドなんだろうか?)

 もう、最近になってこの世界が自分の知っている原作世界なのか疑わしくなってきたジャギ。

 改めて考えれば、劇場版やら別の北斗兄弟や前に出会ったユリアに関しての外伝で見知らぬ登場人物が出る位だ。

 自分が知らぬだけでアンナはもしかしたら原作に居たのかも知れない……それも、ジャギの過去の中ではだ。

 (……あれ? そうなると。……世紀末に登場しないって事は……)

 「ジャギ? 何してるの、早く行こう」

 そう、考えたくない想定がジャギの頭に一瞬浮かび上がったが、目の前の少女の顔が突然現われ、その想像も打ち消された。

 今、ジャギとアンナが居る場所はシンの居る町でも北斗の寺院や南斗の里でもない別の町だ。……まぁ考えてみれば
 当たり前である。北斗の世界は荒廃する前はちゃんと国民が生活出来るレベルの世界だったのだ。……未だ平和な世界。

 その、別の町へと赴いた理由は一つ……ある話を聞きつけ興味が沸いた為にジャギとアンナは訪れていたのだ。

 その話とはフウゲンから聞かされた。……一体、どう言う話だったのか?


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 リュウケンは長い間最近留守にする事が多く。それゆえにジャギとアンナは連れ添って別の町へ行く事が多い。

 シンの町へと訪れてフウゲンの元に顔を出す事もあるし(その度にシンの両親に抱きしめられ、ジュガイからは
 『何処まで成長したか確かめてやろうか?』と言われて無理やり試合させられそうになる)後はサウザーを捜して別の町へ行ったり。

 その分交通手段でリーダーに頼るのだが……まぁ最近では暖かくなったので自分達の足で町から町へ移動している。

 ……大人でも結構掛かる距離だが、着実に修行の成果が出ているのか、走るのに慣れたジャギやアンナには、シンの
 居る町へと訪れる事は苦ではなかった。……最も、シンは会うたびにからかわれるのが悩みの種だったけれども……。

 ……どうもサウザーは師であるオウガイと共に山中を使い移動している事が常らしい。時折りシンに対し手紙をサウザーが
 送るらしいが、『相変わらず修行は忙しいし、お師さんとは仲良くやっている』と同じ文章ばかりらしい。

 「まぁ、当たり前だろう。何と言っても未来の鳳凰拳を担う身ならば俗世の世界よりは自然の場所で過ごす方が色々
 修行になるからな。……俺か? 別に山篭りするのが嫌ではない。ただ、今は師の下で教わる事が沢山あるだけだ」

 南斗獄屠拳を毎日練習するシンは、ジャギとアンナに手紙を渡しながら口にする。

 「まぁ、修行が一段落したら少しは会える時間も増えるだろ。……と言うか、シン、別の技の練習しないのか?」

 顔を会わせる度に、柱へ向けて『南斗獄屠拳!』と叫んで練習しているが、そればっかりなのは変だろ、とジャギは突っ込む。

 シンは、ジャギの言葉に修行を一通り終えると冷静に言い返した。
 
 「お前だって変梃りんな技名の南斗の技ばかり練習しているだろ。……あと、何か勘違いしているようだから言っておくが、
 南斗孤鷲拳の技は南斗獄屠拳を入れて他には無いぞ。本来、一つの拳法には一つの技のみしか師から教わらないものだ」

 「はへ?」

 ジャギはその言葉に間の抜けた声を出す。……可笑しい。シンの南斗聖拳はアニメとかでは結構多数の技を出していた。
 ……いや、原作を基準にしているのであれば確かにシンは南斗獄屠拳を使った以外に技は出していない……だが。

 「えぇ~……」

 「……何だ行き成り、その不満そうな顔は」

 「いやっ……南斗孤鷲拳なんて格好良い拳法扱ってるのによ……技が一つのみって……えぇ~……」

 純粋に、『自分』がアニメやら外伝やらに毒され過ぎたからかも知れぬが、シンは多彩な南斗聖拳の使い手と言う
 イメージが定着していたがゆえに不満げな声と顔を出すジャギ。その様子に少々シンは腹が立った。……ジャギと付き合って
 既に一年は優に経過した。……もはや馬鹿な事やら真面目な話まで素のままで話し合える関係である。

 「あのなぁ……格好良いとかそんな訳の解らん下らん理由で俺の人生を左右させようとするなっ」

 「んな事言ったってお前南斗孤鷲拳伝承者になるんだろ。伝承者が技一つってしょぼ過ぎるだろうが」

 そう膨れるジャギに、シンはこの馬鹿は……と思いつつも自然と笑みが漏れる。

 ……この男は自分で気付かぬが、自分が伝承者になるのは決まりだと言外に自然のまま言ってくれる。……こそばゆくも嬉しい。

 「? ……何笑ってんだ」

 「今の顔、何か嬉しそうだったけど、何か思い出した?」

 「いや、別に大した事ではない。……大体な、お前達は南斗孤鷲拳がどう言う理由で生まれたのかさえ知らないだろ」

 『うん、全然』

 シンクロして答える二人に少しだけ目頭を押さえてから、シンは呆れた面持ちで自分が習う拳法の歴史を紐解いた……。




 ……古来、未だ世が戦禍と戦渦の波に飲まれ人々の心を絶望と堕落闇が支配していた時代、一つの拳が生まれた。

 その名は南斗聖拳。その拳、天を払う鳥の如く華麗であり。鳳凰のように美しき輝きを放つ者と共に闇を振り祓わん。

 闇を振り払いし翼、その翼持ちし鳥の中に一羽離れし鷲が存在する。

 その鷲は自らの身を捨て去り光を得る為に全てを捨て去る事を決意し鷲。

 ゆえに、その鷲は孤独の鷲。孤鷲……全てを守りたいがゆえに、全てを捨て去る決意を示す強き拳……。




 
 「……とまぁ、これが俺の拳法の出自だな。……どうした? そんなボケッとした顔して」

 「……いや、そんなルーツが存在するとは」

 「てっきり、ただ格好良さそうだから孤鷲なんて名前なのかと……」

 「南斗聖拳は伝統ありし拳法だ、鳳凰拳は正に伝統の象徴だしな。……それとアンナ。そんな理由で拳法は出来ん!」

 実際、南斗人間砲弾などと言うふざけた拳法を使う者がいずれ自分の配下になるとは夢にも思わず、シンはアンナを叱咤する。

 「……いや、でもよ。なら何で南斗獄屠拳って名前なんだ? 普通に南斗鷲脚(なんとしゅうきゃく)とかで良いんじゃねぇのか?」

 「……そう言えば、確かに」

 「そりゃ、南斗獄屠拳が本来は孤鷲拳の技では無いからじゃ」

 うぉ!? と、突然会話に参加して来たフウゲンに驚く二人。アンナだけはフウゲン様だと言って喜ぶが、二人は寿命が縮まった。

 「行き成り出てくんな! 心臓が止まるかと思ったわ!」

 「何じゃジャギよ、それ位で心臓は止まらんわ。それにシン、お主も常日頃から気配に気付けるようにしとけよ」

 「う……すいません」

 フウゲンの気配に気付けなかったシンは素直に謝る。……未だ素直な心を持つシン。未だ可愛さが見れる歳であった。

 「で? 何の用だよ」

 「何やら殊勝な話をしてたからの。……ふむ、良い機会じゃし教えとくか」

 フウゲンは三人を見回しつつ自分が担う拳法の歴史を話し始めた。

 「まず、南斗聖拳は六つの星の拳法家によって構成されておる。ジャギ、言うてみよ」

 「『将星』『殉星』『妖星』『義星』『仁星』じ……あ、後確かもう一つの星は不明のままなんだよな」

 どうも、南斗の最後の将の事はこの世界の最高機密に近いのか、教科書の中にも最後の星は不明、と書かれていた。
 
 危うく原作知識ゆえに『慈母星』とか言いそうになったが必死で誤魔化す事に成功出来たジャギ。……頑張れ。

 「うむ、最後の星の拳法家は不明。だが、その最後の星は今の世を守りし五つの星が朽ち果てた時のみ切り札として登場するのじゃ」

 「南斗鳳凰拳が最強とされているのに、その最後の星の者は物凄い拳法家なのだろうな。さぞや強い猛将なのだろ」

 お前が未来で奪う女で、この前会った女だよと、ジャギは突っ込みたくて仕方が無かったが、其処は我慢する。

 「うむ、まぁ今は平和な時代ゆえに星の宿命を宿す者が誰であれ関係ないのじゃがな。……とりあえず、話を続けるぞ。
 今シンが言うたように鳳凰拳を中心として四つの星は鳥を冠する拳法家で構成された。……それは何故じゃ?」

 「はいはい! 大空、天を守る為……だよね! 鳥さんは空の生き物だから打ってつけだもん」

 シンの町で約半年間過ごしていたアンナは、フウゲンが南斗の拳士の卵達へと教えていた授業の内容を、ジャギの口から
 聞いていた。この世界でアンナは勉強は嫌いだが、ジャギの話を聞くに関しては抵抗なく、頭の中に入っていた。

 「正解じゃ。天を守るには空舞う強き拳が必須。ゆえに古の拳を受け継ぐ拳法を輝く星に据えた。……まず、鳳凰拳は古来から
 受け継がれし由緒ある拳であり。それに続いて派生が多い拳法としては水鳥拳などが挙げられている」

 「水鳥拳……確か、陰と陽を併せ持つ珍しい拳だと聞いた覚えがあるような……」

 「真面目に授業を聞いておいて嬉しいわい。うむ、水鳥を冠する南斗水鳥拳。その拳は優雅華麗、見る者の心を奪うとか。
 現在は一人の女性と男性がその拳法を伝授しており、いずれは弟子にも受け継がせようと切磋琢磨していると聞いておる。
 ……最も、南斗の同じ者と言うても自身の拳法を秘匿にしたいのが拳法家の常じゃからな。詳しい事は解らぬが」

 そうカラカラと笑うフウゲンに、ジャギはいずれその水鳥拳の使い手であるロフウがリンレイを殺すんだよ、と
 フウゲンに言って止めて貰いたいと思った。……だが、そんな事すれば未来に亀裂が走るだろう。……それは避けたい。

 「……そして、この平和な世に入り南斗孤鷲拳は奥義と、それ以外に南斗獄屠拳を取り入れた」

 「取り入れた? 元からあったのじゃなくて?」

 その話こそ、今まさにジャギが聞きたい部分だった。フウゲンはジャギへと頷きつつ言う。

 「……南斗獄屠拳とはな、暗黒時代に南斗聖拳が抵抗するがゆえに産み出した拳法の一つなのじゃ。……その時代は
 人肉を喰うのすら当たり前の地獄絵図……それを産む闇を屠らんとして生まれたのが南斗獄屠拳……地獄を屠る拳」

 「始めてそんな事聞かされましたよフウゲン様。何故自分に教えてくれなかったんです?」

 弟子なのに教えてもらえなかった事に不満を抱き、シンは詰問する。

 「まず、拳の由来を説明するのはお主達には未だ早すぎると思ったから……と言うのが理由の一つ。そして、その拳は
 その時代の光と闇の戦争によって衰え、今の南斗孤鷲拳へと託し満足して消えた拳じゃ。聞いてもお前達の歳では面白くも無かろう?」

 フウゲンの言葉にブンブンと力強く首を横に振る三人。そんな重要な事を聞いて、詰まらんと思う者はこの中に居なかった。

 そんな熱心な弟子と生徒に満足しつつ、気が乗ってきたのか滑らかに続きを話し出し始めた。

 「まぁ、南斗孤鷲拳と南斗獄屠拳の関係についてはそれで十分じゃろ。……余談じゃが、南斗聖拳は生み出されてから
 暗黒時代との激突した時の数が108派じゃったと言われている。大多数の鳥を冠する拳と、それを守護する拳が
 荒れる野獣を迎え撃ったと記されておる。……因みに、羽や翼と言った名を記す拳は南斗聖拳の上位・中位・下位の中で
 中位に。そして鳥の名を記す拳は上位。そしてどちらでもない拳は下位として判断されておる。また南斗の歴史では……」

 この辺りで、ジャギは段々と長話に眠気が誘われ、そしてシンもそろそろ聞くのに飽きたのか集中力が欠けた。
 アンナも頑張って聞こうとしていたが、余りにこの後詰まらぬ話ばかりだったので挫折したと、この中で書いておく。







 「……また、それにより南斗飛竜拳は例の範疇外ながらも、その『飛』と言う文字ゆえに中位に属される事になり。また」

 「あ~、ちょっと質問に入って良いか?」

 長話ゆえにジャギは眠気を噛み殺しながらフウゲンに手を上げる。シンは既に疲れ果て、アンナは船を動かしていた。

 「大体南斗の歴史は解ったけどよ。……その暗黒時代って他に別の拳法もあったんだよな? もう消滅したのか、
 それとも別の場所で今も受け継がれてるのか? この町ぐらいしか知らないけど、南斗の拳士以外知らねぇし」

 南斗の話は十分だとばかりに、別の話で何とか終わらせようと考えたジャギの策。だが、そんな子供騙しは通じない。

 「ふむ……ならば泰山と華山の拳法にして話すとするかの」

 ここにきて初めて出される『華山』と言う名の拳法。……補足として説明するならば華山は中国陝西省に実在する山である。

 泰山……北斗、南斗、説明をここで省くか元斗の次に実力を持つ拳法の一つ。この世界で南斗と並ぶ程に使い手が
 多く存在している拳法である。……華山もその次と言った所であり原作では牙一族が主に使っていた拳法だ。

 「泰山、華山……南斗の拳を天ならば、泰山と華山は地と人の拳と言った所じゃな。この近くに使い手はおらんじゃろうが、
 中々優秀な拳法である事は間違いないわい。何しろ、南斗が生まれる前に既に存在してらしいしの。用は人の拳なのじゃ」

 泰山、華山……北斗神拳と南斗聖拳が天を守りし拳ならば、元斗は天の『帝』を守る拳であり、二つの拳は人が生み出し拳だ。

 ゆえに、実力で劣る拳法だが技の多さでは群を抜いているのは間違いないであろう。

 「まぁ、泰山には最強と伝わる拳が一つ存在するが、所詮は大地の拳、天を守護する南斗の拳には及ばぬだろうし、
 華山に至っては目立った拳が無いからのう。まあ、それでも拳法家なら多少参考にはするじゃろうがらな、大体が
 南斗の拳士達が集まるように、その拳法家達のみで町に居ついているだろう。確かわしの記憶ならば……此処じゃな」

 そう言って地図を広げて指すフウゲン。幸運にも、その場所は北斗の寺院を中心とすると意外と近い場所にあった。

 「……よしっ、起きろアンナ! それじゃあ俺も参考にするとして泰山・華山が集まる場所へと言って見るかな!」

 「へ? ……あ、うん! よしっ行こう!」

 半ば眠りこけていたアンナも口の涎を拭いて元気良くジャギと一緒にその町を目指す。善は急げ、彼等は走るのだった。

 「では、私も共に」

 「シン、お前はちゃんとわしの話を続けて聞いて貰うぞ」

 「……はい」

 久々に気分転換出来ると思ったのに、座学を聞かされる羽目になったシン。

 二人を恨めしく思いつつも、彼は南斗の歴史を頭の中に埋め込みつつ子供時代に勉学に励むのだった。




   
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 「……とまぁ、そんなこんなで俺達は泰山の拳法家が集まると言う町へと訪れている……と」

 「誰に向かって言ってるの?」

 「独り言だ」

 「そお? ……と言うか、何にもない町だねぇ、此処」

 「そうだな」

 子供二人、手を繋ぎあい町を見渡すジャギとアンナ。

 シンの居る町が、建造物で囲まれた近代的な町と称するならば。この町は完璧に明治、昭和時代の町だった。

 ほとんどトタン屋根やらで作られた家。それにポンプ井戸で水を運んでいる人々。

 中国の僻地ならば今でも見かけられる田舎町。それが彼等が見た風景だった。特に際立ったものは何もない。

 ジャギの知識の中で泰山に関する目立った情報と言えば、読みきり版と言われるものでは北斗に唯一対抗する拳と書かれていた。
 まぁ、それはこの世界で別に関係ないとはジャギは考えている。リュウガが泰山天狼拳を扱えていた事も予想の範囲だし、
 華山に至っては最初から興味も沸いていない。問題は『何処で泰山天狼拳を覚えたのか?』その興味をジャギは抱いていた。

 泰山天狼拳。泰山流最強と言わしめる拳であり元斗にも通ずる拳法。

 この町では多分無いだろうなとジャギは思う。この辺鄙な町にリュウガが訪れた可能性も低いし、何より優秀そうな
 拳法家も見当たらない。ジャギは目論み外れだったなと、町に訪れてから数十分、アンナの言葉に賛同していた。

 「……まぁ、一応修行場らしきものは見えるけどな」

 手作り感満載の廃材で作られた修行場らしき広場。だが、今は誰もいないようで足を踏んでも静けさが漂っている。

 一つの木材を拾い上げてピュッと何気なくだが木材に切れ込みを入れてみた。……鋭い切れ味。

 ジャギはもう少し鍛えたら木材も簡単に切断出来るようになるなと思いつつ頷いていると……人の気配。

 無言で振り返れば、そこには小汚い格好の少年の集団があった。

 「……何だお前等?」

 『てめぇらが誰だ!』

 そう少年達に言われて後ずさりするジャギ。そりゃそうだ、行き成り乗り込んだのはジャギとアンナなのだから。

 思わず取り落とした木材は跳ね返り少年達の元へと転がる。

 それを拾い上げる一人の少年、木材に走った切れ込みに鋭き気が付くと言った。

 「……この切れ込み……これって南斗聖拳じゃねぇ?」

 「はぁ!? じゃあこいつら南斗の拳士かよ、おい! 何だ俺達華山一派のスパイに来たって訳かよ」

 そう睨む少年達に、アンナが聞き返す。

 「……華山一派?」

 「おうよ! 何を隠そうこの町で華山流を盛り上げようとしているのが俺達華山一派!」

 「衰退する華山を俺達で再興しようって訳さ」

 そう、誇らしげに語る少年達にジャギは不思議そうに言った。

 「……華山ってそんなに知名度低かったっけ?」

 「低くねぇ! ……だけど、優秀な拳法家なんて全部国のお偉いさんが持って行っちまうし、華山、泰山の拳法の出自って
 あっちの方で盛んだからさ。日本じゃあんまり俺達の拳法って学ぶ奴少ないんだよな」

 「愚痴るな!」

 しょんぼりと自分達の拳法の知名度が低い事を嘆く少年に、気の強そうな子がポカリと頭を叩いて叱咤する。

 「……まぁ、そう言う訳で自己紹介は終えたぜ。……そっちは何者だよ」

 そう、大将格の少年がジャギに進み出てきたので、南斗の拳士(卵)だと素直にジャギは告白する。

 その少年はじろじろジャギを見た後、ニヤリと笑って言った。

 「なぁ、それじゃあ俺達の修行場の見物料って事で一度試合して貰おうか?」

 「はぁ?」

 「いや、頼むって。ここいらじゃ俺達以外に拳法家なんて居ないし、結構暇してたんだよ」

 そう気軽な調子で笑う少年に、ジャギは呆れつつも、少しだけ興味が沸いていた。

 何しろここいら組み手なんてする事は無かったし、何しろ……このまま帰るのは男が廃る。

 「よっしゃ、やってやろうじゃねぇか」



    
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 ……薄汚れた胴着を纏った少年と、動き易いトレーナのジャギが対時する。

 「そんじゃあ俺からだな……『華山角抵張手』!」

 そう叫び、その少年は四股を踏んでから体重を乗せた張り手をジャギに向けて突き出してきた。

 ジャギはその少年がまともに拳法を扱った事に少々驚きつつ、その張り手を手の平で受け止め……衝撃で後退した。

 (! こいつ……意外と強いな)

 名も知らぬが結構鍛えている筈の自分の手を痺れさせる技量を持つ少年。

 ジャギは久し振りに燃える気がした。主要キャラでもなく、ただの町の子供の癖に自分達と渡り合える人間。

 これだ……これが今自分が此処にいる実感に繋がる。

 その後は拳法家同士の闘いとは及ばぬ殴り合いで終わる羽目になった。

 少年が覚えているのは『華山角抵張手』のみだったし、南斗の技は未だ未熟だし下手すると大怪我に繋がる。

 暫くして闘いとも言えぬ乱闘が終わり、勝負は少年に分がある形で終わりジャギは汚れたまま寝転がった。

 『お前、強いんだな。俺達この町でまだまだ鍛えるからさ。南斗が嫌になったら何時でも来いよ。歓迎するから』

 「……ああ言うのが、一杯昔は居たんだろうな」

 ……世紀末以前の世界。

 ……その世界は多分こう言う風に平和な風景が有ったのだ。……少し離れれば薄汚い大人の居る世界も垣間見える。

 けど、今日華山の拳法家の卵に出会い、ジャギは思い始めていた。

 (……やっぱ、俺原作を少しでも良い方向に変えたいな)

 「……なぁ、アンナ」

 「何、ジャギ?」

 アンナは、甲斐甲斐し濡れたハンカチでジャギの顔を拭いていたが、ジャギの声に意識を向け、何時もの人懐っこい笑み
 を浮かべてジャギを見た。……その何時も見るだけで安心する顔を見て、ジャギは今まで迷っていた考えが纏まった。

 (……原作、少しでも良い方向に変わる努力してみよう。……自分が死なない努力じゃなく、シンとか、サウザーとかが
 幸せになれるように何とかやってみる価値はあるだろ。……未だ何か俺には出来るか解らないけど……けど)

 「俺さ……頑張ってみるよ、アンナ」

 「……うんっ。ジャギならきっと出来るよ」

 アンナは、ジャギの心情を解ったかのように咲き零れる笑みで力強く頷いた。

 ……運命は多分だが近づいてきている。

 ジャギへと、アンナへと暗い運命は何時か必ずやって来る。……ジャギが知り、そしてこれから出会う人物にも。

 だが、それは未だ起こっていないのだ。……ならば、出来るだけ抗ってみよう。

 そうだよな……アンナ。

 彼は小さいながら強い熱を持つ彼女の手を握り決意する。





                            これからの未来を 出来るだけ変えてみようかな、と。










               

           後書き



   

  とりあえず華山の子供達を出してみました、と。



  華山の拳法も、もう少し強い拳法家いればいいのにね。


 ……一瞬その創作でキムが浮かんで消えたが……まぁ気にしない方向で












[29120] 【文曲編】第十七話『リュウガ と 寂寞の村』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/08/23 23:22

 ジャギとアンナ、彼等が運命に立ち向かう覚悟は未だ不十分ながらも芽生えては居る。

 そんな彼等が北斗の兄弟と出会うまでは未だ時間は有る。

 その『空白』の中での、彼等以外の話をここで上げる事にしよう。


 
   
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 ……『天狼星』リュウガ。

 まず、彼の出生から、彼の物語を紡いでいこう。

 彼は生まれた時には父親から天に翳すように抱き上げられて最初は祝福された。それは、南斗の王にも成り得る
 子が生まれたと言う事も有るし、ただ単純に我が子が生まれた事ゆえの祝福も有った。最初、彼は幸福をただ与えられていた。

 ……数年。約三年かそれ程の年月。立ち上がり言葉も喋れるがどうか怪しい歳。

 その歳で、彼はもう既にまともに歩き、そして物事を理解する力を備えていた。

 父は……この場合『先代である南斗の王』は、長年を渡り数々の宿命を抱く星の子を見るがゆえにすぐ判断出来た。

 ……この子の瞳の中に輝いているのは……『天狼星』だ……と。

 それは決して悪い事では無かったのだと思える。だが、それはリュウガの父、そしてこれから生まれるユリアの父
 としては若干ながらの失意も隠せぬ出来事だった。……それを星の皮肉か。リュウガは感じ取り、少しだけ父と距離は離れた。

 ……僅かに、そっと気付かれぬ程に……その星の聡明さゆえに気付かれぬ位。

 彼の中に有るのが『天狼星』だと気付いた父は、彼をまず向かわせた場所。……其処は、『天狼星』が行くべき場所。





                                  ……泰山





 
 「……こちらです、リュウガ様」

 そう、十歳程の子供二人が、木々が茂る場所に隠れていた寺院のような場所を指し、彼へと呼びかける。

 「此処が泰山流を並ぶべき場所、『泰山寺』です。我々も修行している場所ですので、何か解らぬ事があったら……」

 もう一人の少し馬面な少年が喋るのを、今まで冷たい顔で佇んでいた五歳程の子供……リュウガは口を開いた。

 「なら、聞かせてくれ」

 「ガロウ、ギュンター。……如何して君たちは僕を敬称で呼ぶんだ?」

 静かな口調。それなのに冷たさが感じられるリュウガの疑問。

 その言葉に二人はハッと固まる。……二人が彼に抱く畏れ、または年下の子供へと下手に出る憂鬱、鬱憤……それらの
 負の感情が顔に作る笑顔を削ぎ落とし覗かれた……そんな羞恥と驚嘆に似た恐怖を、彼等はずっと昔、その時感じた。

 「……『俺』達は貴方が南斗の彼の高名なる方のご子息だと知ってる。……ですから、俺達は貴方を守るのが使命なんだ」

 そう、本心で子供の頃であるガロウは語った。未だ子供の頃の柔らかさが残るも泰山の修行の為男らしい顔つきをしている。

 そのガロウの少しだけ不平不満あると言う表情が嘘でない事が解り、リュウガはこの男に、ほんの少しだけ気を許せると思った。

 そんな思考を常日頃から普通に行えるこの子供は異常なのか……または、そんな環境に仕立てた者達が異常なのかは解らぬ。

 「……父上は、自分が『天狼星』を持つ身だからこそ、この場所へと赴き基礎を学び、そして終えれば天帝の国へ行け……と」

 そう、二人に聞こえるかどうか解らぬ程の小さな声で、自分に言い聞かせるような調子で声を呟く。

 「? ……何か言いました?」

 「……別に」

 ギュンターへと素っ気無く告げて、彼は二人より先に泰山寺へと跳んだ。

 それを慌てて追いかける二人。……リュウガの父が去り、そしてユリアが心を去ってから未だ幾年も経たぬ頃だった……。



 

 ……。



 「……良い面構えをしておる。お前が『天狼星』を抱く子か」

 ……泰山寺……泰山の中に存在する寺と言う単刀直入な名前だが、その寺院は普通の寺院とは異なる拳法家達の巣窟。

 一人は身の丈の二倍の有る岩石を背中に背負いながら眠り。一人は骨のように痩せこけながらどんな刃物にすら傷つかぬ体に。

 一様にも一癖、二癖の者達が修行を行い、そして、それを上から見ゆる男、泰山の総帥は簾の奥に陣取っていた。

 どのような姿、幾らの歳なのか誰も知りえない。

 神秘が偉大さを増し、未知が畏怖と強さを増させる。その簾を挟みリュウガは座りながらじっと総帥へ向けて座っていた。

 「……特異な子よ。南斗の星を統べるに等しき血脈から外れた天狼の瞳を授かりし子供。……お前は知っているか、『天狼星』
 とは人の世が戦渦に満ちし時代でこそ輝く厄(やく)と益(やく)を備えし宿命を抱く事を。……古の闇渦巻きし戦渦の時代にも
 天狼は世を治めるべく天を駆け、そしてその為にどの星にすら相容れぬ宿命へと繋がった。孤高に生き抜く……その宿命よ」

 「……自分は、そんな宿命なんてどうなろうと知らない」

 リュウガは、自分を怯えさせるように話す正体不明の影を伸ばす泰山の総帥を冷たい目で映しながらはっきりと言った。

 「自分には父が居た。その父は跡継ぎと成る子が自分である事を失望した。そして、もう一人生まれた俺の妹……妹は
 祝福されてまもなく不慮の事故により心を喪失した。……そして、父上……父は絶望し何処と知り得ぬ場所へ自分達を残し、去った」

 そこまで言って一息ついてから、リュウガは睨むように目つきを変化し荒い口調で続ける。

 「父を恨みはしない、妹を憎みはしない、優しき母に縋りはしない。……全て、それは起きるべくして起きた出来事だ。
 ……だが、それゆえに起きた悲劇がこれ以上広がらぬように俺は強くなる。……俺の妹を……守れる程に……だから」

 何時の間にか、『自分』から『俺』へと変化していたリュウガは全ての言葉を言い切った。

 「だからこそ、俺は泰山の拳で強さを得るのみ。星の宿命や、血脈より外れし忌み子など言われぬ……俺だけの『強さ』を……!」

 「……それがお主の本音か……ヵヵヵ……気に入った」

 泰山の総帥……かつて混沌の暗黒時代すら生き抜き受け継いできた末裔。その意思を知るべくして知る者はリュウガへ下す言葉。

 「ならば知れ、お主の持つべき拳は泰山に備わりし最強の拳。それは、かつては最強と謳われ、今も生き世を統べるだろう拳を
 汲んで生まれた天の拳……その拳の真価天を削ぐ事すら出来る狼の爪。そして、孤高ゆえに冷たく輝く凍てつく気の力……!」






                                  泰山天狼拳





 ……その後に描写されるは……幾多にも経た過酷な修行。

 血の汗を噴出しながら爪を割れる程に樹を削ぎ……石を削ぎ。幾月の中で彼は得られる物を全て吸収せんと猛襲に耐えた。

 それは泰山抜刀術を修練するガロウや、槍術を練習するギュンターでさえ身を案じる程に傍目過酷であったと記しておく。

 だが……彼には強さを求める理由があったのだ。

 (……強くなる)

 (……俺が強くなればきっと……何時かユリアも……父も)

 ……そう、彼はもしかしたら奇跡を望み……それに縋り彼は拳を磨いていたのかも知れない……。

 そして……異常と周囲から見られながら彼は約半年……異例の速さで泰山の拳の基礎を学び終えると、唯一の肉親の元へ帰った。

 ……例え、人形のようになった姿となろうと可愛い最愛の妹。

 母と父の最期の忘れ形見……誰が無下に出来る? 誰が憎める? ……俺の生きる理由は……もう彼女しか居ないのだから。

 帰り着いたリュウガを出迎えたのはダーマと南斗五車星を名乗るリハクと言う男性……その他幾人か居たか今は省略する。

 ……部屋に戻り、寝台へ腰掛けるユリアの背中が一番彼の心労を癒してくれた。

 ……彼女は眠りの中では少しだけ人としての心を垣間見せた。

 時折、ほんの時折苦痛に顔が歪むように眉が下がるのを目撃もした。

 時折、ほんの少しだけ、きの所為程に口元が綻ぶのを見た気もした。

 そんな時、彼は誰にも悟られぬように手を握る。……幼いなりに、精一杯に彼は彼女へと尽くす……それは約束の為に。

 『ねぇ……リュウガ』

 『……ユリアを、頼むわよ』

 ……その、切なくなる程に慈愛に満ちた誓いと表情は……ユリアの中にも確かに存在していて。

 それが一番……リュウガがユリアを嫌えぬ理由だったのだと……誰が知りえようか。

 ……彼女は『青い鳥』の絵本が好きだった。

 ……彼女は母が残した鞠で遊ぶのが好きだった。

 ……彼女は……家族と手を繋ぎあい歩くのが好き……な筈だった。

 ……だが……もう居ない。

 

  
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 ……何年が経っただろう。

 ……数えて十。それ程の歳になってもユリアの心を取り戻せない。

 最愛の母も、そして尊敬していた父が戻る事はない。

 一人は永遠に居なくなり、一人は絶望し帰る場所を捨て去り……何と無力……何と言う現実……希望は何処にも無かった。

 ……年月が経て明かされるものと言えば醜い真実ばかり。

 ……父は世継ぎの為に子を設ける為に母以外の女を抱いたと言う話……そして、南斗の正統なる血統の星の宿命……。

 ……人がここまで疎遠に出来るのは……自分自身が嫌になるからだと子供なのにはっきり理解出来た。

 ……だから、青い鳥を捜す為にユリアが出たほんの気紛れさえ別に最初は何時もの事だと機械的に捜していた。

 ……その時に……起きた奇跡は俺の失いかけていた人間性を取り戻させてくれた。



                               
                              『約束! また会おうね!』





 ……そう、妹に約束した不思議な少女。

 ……その側に兄のように従う少年。……そして、後に明かされるが『殉星』たる自分と同じ星の宿命を背負う……シン。

 ……その少女は約束を……違えなかった。





  
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 「……ねぇ、何処かなぁ、あの娘?」

 「俺が家を知るわけないだろ、アンナ。……まぁ、気楽に探せば夜には見つかるだろう」

 ……後日、もうあの奇跡を見るのはないかと少し落ち込み始めていた時。

 本当にその娘はやって来た。本当に約束を守りこの地へと訪れた。

 ……あの奇跡をもう一度。我が大切な姫君の心に奇跡を。

 そう願い人前である事すら忘れ俺は飛び出る。……ジャギと名乗る付き人を押しのけて、その娘をユリアの元へ連れて行き。

 ……度々、その少女……その名をアンナと名乗った娘はユリアへと話しかけていた。

 ……何て事はない世間話である事を遠くから聞き愕然とする。……自分とて世間の情報を自分の口からユリアには聞かせていた。

 ……新聞、物語、絵本。……『青い鳥』を除き何事にも関心を示さぬユリアが何故その娘にだけ小指を絡ませる動作をしたのか?

 ……全ての理由は不明。天を見渡せる程の慧眼を宿すと言われている『天狼星』が役に立たぬとは……無力な星だ。

 『……別によ、そう悲願せずとも何回も重ねる内に何時か普通に喋れたり笑ったり出来るんじゃね?』

 そう、他人事のように言うジャギと言う男に最初は冷たい目線しか俺は向けない。

 誰もがそう気休めに俺へと言葉を投げかけた。ただ自分の善意を周囲に示したいと言わんばかりの自己の表明。

 そんな利己的な人間達を憎みはしない。だが、その出汁にユリアを使われる事だけは俺は我慢は出来はしない。

 けど……。

 『……言っとくけどよ。本気で、俺はお前の妹がよ。……お前が望むように心が取り戻せる時が絶対来るって思ってるぜ?』

 ……そいつは何の根拠もないのに言い切った。

 ……そして、その男の連れも。

 『……私はね。昔、とっても酷い事を男の人にされそうになったんだって』

 ……笑いながらそう語る娘。……ユリアとは異なる、けど何か似通う心の病。

 ……後に気付く。この娘は『笑ってる』のではない『泣いて(笑って)いる』のだと……それは何時か話せるだろう。

 『……けどね、ジャギと一緒に居て私、そんな事気にならない程今は楽しい。……辛い事はね、絶対に有るけど
 何時か終わる。……だから私、ユリアも私と一緒に笑ってくれる日が来るって信じる。……信じれば何時か叶うかも知れないから』

 ……儚い願望。

 ……脆い希望。

 だけど、それは否定するに余りに眩しくて……俺はそれを待ち侘びている自分が心の中に居る事に気付いた。

 

 ……俺は……未だ『天狼星』でなく……リュウガで在って良いのかも知れない。





   
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 ……アンナとジャギが訪れ、俺の沈み込んでいた心にも少しだけ希望が灯された気がした。

 ……だからこその気紛れであろうか。……少しだけ日を空けて、天帝の居るであろう場所へ赴く気になったのは。

 数年前にも天帝の居る場所へ訪れはした。……『天狼星』の宿命により、その使命には元斗も関わるゆえに。

 ……元斗。旧きから存在する天帝を守るがべく存在する守護の拳。北斗、南斗が天帝を去ってからも、ただ天帝を守るが
 ゆえに闘気を自在に操り、『光る手』と呼ばれる者達が使う拳……それが元斗天皇拳の由来である。

 リュウガは天帝がどう言う人物か、そしてそれに関わりあう気も全くない。

 ただ、己の拳が高まるならば、とリュウガは泰山の総帥に、そして星の輝きの忠告すらも背き目的地へと旅立った。

 『天帝の元へ行くならば……気をつけよリュウガ、その旅路で待ち受ける者は、お前に何時か死を宣告する者だろうから』

 ……泰山の総帥。占星術すら行使し生き抜いてきた者の言葉。

 それとて、リュウガは天狼でなく、『リュウガ』ゆえに、道を進むのであった。

 ……旅立ち、未だ眠るユリアを残し、彼は立つ。

 その彼の荷物の中に、『青い鳥』の絵本を入れて……。

 旅には昔からの部下であるガロウとギュンターを連れて、リュウガは馬を操りながら道を歩いていた。

 ……と言っても世紀末のように荒野を渡り歩いている訳ではない。……それでも山中に近い所を沿って歩いているので、
 その道中は少しばかり難航していたし、何より馬が人よりも疲弊していた。……リュウガは舌打ちするも如何にもならない。

 「……村だな」

 ……天帝の道に通ずる場所。其処には村の形をした野盗の拠点も有るかも知れない。

 それでもこれ以上馬を疲弊しては倒れるし、何より二人の連れ人を休ませぬ程にリュウガの中に未だ非情さは無い。

 (何より……ユリアの為に花一本でも摘み取ってやりたいものだ)

 そう、意を決し……彼は村の中へと入った。




   
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 ……此処ら辺で、話を少しだけ変える。

 それは、ある兄妹の物語。

 彼等は、とある一族末裔だった。その一族とは、北斗とは違うゆえに闇へと閉ざされた一つの拳法である。

 その一人の兄と、妹はその拳を継承した。

 兄は、それを世の隠王と成らんが為に使用し。妹は天を統べる可能性を持つ王の為に、自らの力と拳を使用した。

 そして、一人は妹が愛す者に散り。一人は愛する者の拳に斃れた。

 ……そんな村が有ったと……今だけ覚えていて貰いたい。




   
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 「……寂しい村だな」

 ……南斗の里のように静けさが漂う村。

 だが、南斗の里にある穏やかな気風はなく、反対に侘しい、切ない印象が目立つ村だった。

 余所者を歓迎はせぬようで人々の視線はリュウガに冷たく当たる。……両親が共に去り、その座を狙う禿鷹のような
 連中からも、似たような視線を受けた事がある。……愛を持って接しはせぬ……欺瞞と暗鬼を忍ばせた……視線。

 (……この視線は……馴染まん)

 襲われても対処は出来る。二人の部下も未だ若いが既に泰山の抜刀術をガロウは見に付けギュンターも大の大人に負けはしない。

 ……それでも、三人で居るより一人で行動する方が遥かに目立ちはしないし、心が安らぐだろう。

 リュウガはそう見当付けると、二人へと伝言し村を歩く事にした。

 「……太陽が……輝いているな」

 ……眩しい太陽は、酷く心がかき乱される。

 ……父と母と……妹と共に桜の花を見に行った時があった。

 その頃はユリアも赤子であるが良く笑い。……父と母も共に微笑み……俺も微笑(わら)っていた。

 ……その日も眩しい太陽が差していた。……眩しい、太陽が……。



                  
                                    トンッ



 「……っ?」

 体に何かがぶつかった衝撃。

 ……太陽に顔を向けた所為で、人にぶつかったと気が付くのは優に一秒。……一介の拳法家に有るまじき失態。自分の
 愚かさに腹が立ちつつも、目の前でぶつかった人間を心配せぬ程に人である事は捨てていない。手を伸ばす。

 「手を」

 「……」

 ……顔を向けたのは、ユリアと同い年か、それより年下の女の子。

 日本には珍しいかも知れぬ褐色の肌。そして短い黒髪ながら、伸ばせばきっと美しい娘に変貌するであろう顔の娘。

 その娘はリュウガの顔をじっと見つめて……そして手を触れる事はせず自力で立った。

 「……平気か?」

 ……見た目はローブで包まれて、どのような身なりか知り得ぬが自分の手を取らぬ事から意思は強そうだと判断する。

 リュウガの言葉に娘はコクリと頷く。……意思の疎通は出来る。だが喋らぬのはどう言う理由か。

 ……トントン。

 「喉? ……喉を痛めている……と言いたいのか?」

 娘は、自分の喉を指で数回軽く叩いた。

 その動作でようやく娘が声を出さない理由が理解出来たリュウガ。意思が繋がると言うのは、どんな人間であれ心地よい……。

 そのまま謝罪してすぐ去っても良かったが……何故か無性に気にかかりその少女に向けて、暫くリュウガは身の上を話した。

 それは、大雑把な何気ない話でも有ったし……ユリアに何度も眠る前に話した御伽噺もあった……無論、『青い鳥』も。

 「……お前を見ていると、俺の妹を何故か思い出すな」

 暫くして、リュウガはその娘にポツリとつぶやいていた。

 「……?」

 ……その女は姿格好何一つユリアに似てはいない。

 だけども、その瞳の輝きは何故かユリアを思い出し口走ってしまった。女の不思議そうな顔を見て、慌てて弁解の言葉を
 探すか何も浮かんでこない。……この場を何か取り繕える妥協策がないかと考えつつ、リュウガは荷物を無意識に触れて
 一つの物体に触れた。……それが何か知ると、リュウガは天啓を受けたとばかりに、その……ユリアの絵本を取り出した。

 「……?」

 「解らぬのか? 絵本、なんだが……」

 ……土着的な村だと、この時代だと大人でも未だ文字を知らぬ人間も多い世界。

 だが、その女の思慮深そうな顔つきを見ると、文字が読めないと言うのは無さそうだとリュウガは判断する。……ならば。

 「……絵本を、知らないのか?」

 その言葉に頷かれ、リュウガは溜息を吐き、そして渡した。

 ……リュウガの差し出された物に、その娘は首を傾げる。その行動が読めないようで初めて女の瞳に動揺が浮かんだ。

 「……ぶつかった侘び……それと……お前が知るならば花が有る場所を教えてくれないか? ……妹の、為にな」

 余り、人に向けてぺらぺらと喋る性格では無いが、ユリアの為に何時もよりは饒舌に喋るリュウガ。

 ……娘は、絵本を受け取りリュウガを見て絵本を見る。そしてまたリュウガを見て絵本を見ると言う動作を交互に繰り返した。

 「……知らんのが?」

 リュウガの、花の場所は知らないのか? と言う質問に首を横に振る事で女は答えた。

 ……贈り物など、その娘は始めてされたのだった。それをリュウガは知る由もない。……リュウガのした事はこの村では『特別』だと。

 ……女はリュウガの手を取った。……幾多の道を曲がり、直進し……そして一本の花が咲いている場所へと辿り着く。

 「……これは」

 ……リュウガは言葉を失う。

 ……それは、一つの岩山だった。

 その岩山に……ぽつんと咲く花が一つ。……その花は小さいが、手に取れば美しさに酔いしれるだろうと思える花だった。

 (……だが、これを手折るのは……少々勿体無いだろうな)

 そう、リュウガは少しだけ思案する。……そんな時……一つの影がリュウガと案内人の少女の前に現れた。

 「……誰かな? ……こんな辺鄙な場所に……」

 (!? ……気配を……感じなかった)

 ……歳は自分より少し高い程の少年。……だが、それの瞳はほの暗い光を携えており……一目でリュウガはその少年に苦手意識を感じる。

 「……旅人か。……此処は余所者を歓迎しない。早く帰る事を薦める」

 「……言われなくても帰るさ。……有難う、ここまで案内してくれて。……だが、この花を取るのはまた今度にするよ」

 そう、リュウガはその娘に、今まで辛い過去を経てきたが最近になり希望が見えてきた事によるお陰の錆び付いた笑みを向けた。

 ……娘は、『青い鳥』の絵本を抱えたままコクリと、リュウガの言葉に縦に頷いた。

 ……後は両者ともに無言……本能的に話し合えば何かしら敵対し合う可能性を感じ取り……リュウガは十分に時間を取り
 馬達を休ませる事も出来たので、その村を出た。……それを、影から覗き込む集団の視線に……気付かぬまま。

 「……何者なのじゃ、あの子供は?」

 「……旅の者だろうが……どうもあの目つきと動き……もしかしたら拳法家も知れんし……今は事を荒立てるのは良くないしな」

 ……大人達の話し声。それらを聞きながら、先ほどリュウガへと声掛けた少年は少女の手を握りながら声を掛けた。

 「……いけないな、一人で勝手に家を抜けたら駄目だとお婆様や爺様も言っていただろう?」

 ……少女は、僅かに顔を曇らしながら頷く。……『青い鳥』の絵本を、胸に大事に抱え込みながら。

 「……まぁ良いさ。……良いか? お前は俺の大事な妹……大事な家族なんだ。……これからもお前の助けになるし、
 お前の力を介添えよう。……そして、何時か俺はこんな村だけでなく一国を統治する程になる……お前と一緒にな……」




              
                                  「サクヤ」









 ……リュウガは旅路を順調に行い、天帝の下で修行をする。

 ……やがて彼は泰山天狼拳を見に付ける。……それは長い年月を経て完成するが、その一部分だけでも見に付ける事は
 今のリュウガでも可能。……血反吐を床に撒き散らす程の修行を経て彼は見に付けあの村に寄ろうとして……無人の村を発見する。

 ……その村に残るのは岩山と、そして花が咲いていた名残だけ……。

 




 ……寂寞だけを胸に抱えて、リュウガは希望が未だ地面に眠る故郷へと戻る。……希望の芽が出るよう……願いながら。











          後書き




  リュウガとサクヤはくっ付けたいんだ。

  何故か知らないけど、そう言う秘孔を付かれた感覚を徹夜明けに
  受けてさ、完全に今それに執念を燃やしている所。





[29120] 【文曲編】第十八話『小春日和 そして春影』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/08/28 15:28


 ……19××日×月×日

 連続児童拉致の容疑者死亡。最後の被害者の親類者及び知人たる南斗の拳士の子供との諍いの後に、容疑者が所持していた
 凶器を被害者が拾い、自身の知人に殺害を決行しようとした犯人に対し防衛の為に犯人の背中及び首数箇所に刺す。

 容疑者は出生後すぐに両親は死亡。養父養母に虐待を受けていた事が容疑者の遺品により判明される。
 容疑者の動機がこれによるものかは不明であるが、犯行において児童を対象としたのを含めると可能性は高い。

 南斗の拳士としては未熟であったが、代わりに特殊な薬品に関しての知識及び製作は優秀であったが、本人が目立つのを嫌う。
 没収した薬品の中には中々の効能を示す薬品があったが、事件に関わる人物の証言の中に含まれた『持ち去られた薬品』
 に関しては現状発見されない。





 19××年×月×日

 ××付近において殺人事件発生。

 凶器と思えるものなく、拳法による斬撃痕が見られる事から犯人は南斗聖拳使いと思われる。また、奇妙にも顔面には
 爪痕のような物が付けられており、これが犯人によるメッセージであると思われる。……被害者数は××に上る……。
 被害者は全てにおいて関連せず、時刻及び地域に関してもバラバラであり特定は困難を極める。また、犯行現場から
 有力な証拠を検出するのは不可能に近い。……だが、今回の挌闘家の被害者に置いては今までの事件とは違い僅かだが
 被害者が犯人と争ったと思える手の甲から特殊な薬品が検出される。その薬品はとある事件に使われた薬品に大きく似る……。


     ・
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 大体、もう数えて八歳程になったであろうか?

 相も変わらず自分は独自に拳法を磨き、そして以前よりも少し重たい服を付けて毎日シンの元や南斗の里へ行く毎日だ。

 アンナも自分の真似をして、自分の体重を少し上回る重りを着こなしながら付いてくる毎日。……何故付いて来れるのだろう?

 「なぁシン。アンナってやっぱり強いのかね?」

 「かも知れんが……俺は女と闘う真似はしないし。何よりアンナが闘う様子を見る機が無いから何とも言えん……」

 アンナの男性恐怖症は未だに治る気配は無い。親しい筈のシンやフウゲンでも直に触れる事は出来ないと判明した。

 試しにシンやフウゲンが手を出しても、アンナは冷や汗を流しながら頑張って触れようとするのだが、いざ触れた途端に
 青白い顔が土気色へと変化し気を失いかける。慌てて止めて、アンナの症状が改善しない事に心の中で涙するのだった。

 「……まぁ、アンナの事もだけど。最近あいつがしつこいのも困り物だよな」

 「ジュガイか。まぁ認められてきたと思えば喜ばしいんじゃないか?」

 「良い迷惑だっつうの。お前は毎日顔会わせるから慣れてるかもしんないけど……」

 最近では時折り挑んでくるジュガイの拳も避ける事(だけ)は得意になってきた。『自分』は殴り合いは好きでないので
 基本的には避けるだけだが、ジュガイからすれば苛立つ以外なく、長時間避けられると唸りながら勝手にジャギと闘うのを止める。

 「正直、挑まれるこっちとしては迷惑なんだけどな」

 「そう言いながらお前だって断らず付き合ってるじゃないか。ジュガイとて、本気で嫌なら闘おうとはせん」

 シンの言葉通り、別にジュガイと闘うのが嫌ではない。……と言うか、全般的に殴り合いが余りジャギは好きでないのだ。

 「俺、根本的に平和主義なんだけどな」

 「……時折り喧嘩を吹っかけるような言葉を吐くお前が言える言葉ではないぞ」

 ……とまぁ、そんな事を言い合いながら……今日も南斗の里を訪れている。

 「おぉ、アンナ様おいで下さりましたか。どうぞユリア様に会いに行って下さい。……貴方方もどうぞ一緒に」

 南斗の里に訪れると最近では少し年のいった男性が出迎えてくれる。

 その男性の名は『リハク』。世が世なら名将と成っていたであろうと言われる天才軍師なのだが……ジャギである『自分』は
 作品を読了して節穴のレッテルが張り付けられているリハクを尊敬する気は余り無い。むしろ、少しだけ心の中で馬鹿にしてる。

 「リハクのおっさん。何でアンナだけ様付けで俺達はオマケ扱いなんだよ?」

 「……ユリア様に人らしい反応を与えてくれたのはアンナ様ですが、あなた達では無いですからね」

 「くっ! 痛い事を……せめて、せめてアンナの代わりに先に俺がユリアと出会えていれば……!」

 「シン、多分それだとユリアは逃げたぞ?」

 リハクはアンナに対しては『ユリアを人に戻してくれる希望』として扱っているが、ジャギやシンはオマケ程度しか見てない。

 北斗神拳習ったら覚えてろと思いつつ、ジャギとシンは先へ進むと二人の女の子が見えた。……アンナとユリアでは無い。

 だが、その二人は面識あるので、手を上げてジャギは挨拶する。

 「よっ」

 「……あぁ貴方達ね。アンナだったら先にもうユリア様の元へ言ったわよ?」

 「こ、こんにちはシン様っ。……あ、あとジャギ様こんにちは」

 「む? ……あぁ、こんにちは」

 「おい、ちょい待て。何で俺だけついで扱いだ? サキ」

 ……現われたのはサキ……そしてトウである。

 『サキ』……ユリアの世話役であり世紀末ではシンの居るサザンクロスからユリアを脱出させる為に身代わりとなる。
 そして原作ではシンに故郷の村へと送り返されると言う結構優遇されて生き残った人物だ。……北斗の拳では貴重である。

 『トウ』……南斗五車星(これに関しは何時か説明)である『海のリハク』の娘であり、世紀末に南斗の城へ向かった拳王に対し
 ユリアの影武者を務めていた。だが、実態は拳王を過去のある出来事で愛し、そして彼女は……ここで説明を終える。

 どうやらサキとトウは南斗の里の出身では無いのだが、ダーマと言う男性からユリアに同年代の女性が友達として
 なってくれれば回復が訪れるかも知れないと言う希望の為に選ばれたと言う事を後にジャギは二人から聞いた。

 『私、兄(テムジナ)と両親の四人家族でして。両親が南斗に代々仕える方ですので、その縁で此処に暫く滞在してるんです』

 『私も、父と二人暮しで此処に来たのはユリア様のお世話の為よ。……最も、人形見たいに反応のない相手を前にして
 私達もどう接して良いか困っていたのよ。だから、アンナが来てくれて本当に助かったわ。あの子、不思議よね。
 人がどうであろうと関係なく明るいでしょ? だからユリア様がどうであろうと常に何時も通り話し掛けれるのよ』

 サキはシンを相手にする時は緊張しながら。ジャギ相手には普通の態度で、自分の身の上を話してくれた。

 原作でちょい役でありながら衝撃的な死に方したトウと言えば、中々聡明な意見を言ってシンとジャギの舌を巻かせたりもした。

 「二人とも、何か訪れる度に何時も居るけど自分の家には戻らんの?」

 「私達はユリア様の侍女になる事を目指していますしね。今から宮廷の礼儀作法とか覚える事があるので、此処で勉強してるんです」

 「偉いな。頑張れよ」

 シンに応援されてサキは赤面しながらコクコクと頷く。……見る者から見れば好意を抱いている事が一目瞭然だ。

 「私は、もう殆ど此処が家みたいなものね。父上の仕事って、南斗の事に関する仕事ばかりだから、この場所が都合良いの」

 「リハクのおっさんなぁ……あの人、悪い人じゃないんだけど少し小言が多いのが玉に瑕だよな」

 「ふふっ、父には内緒にして上げるわ。その言葉」

 リハクは訪れる度に、ジャギにポケットに手を突っ込むのを止めろとか髪型をちゃんとしろだのと教育者の鑑として扱う。

 小学校の先生とかになれば良かったのに……と思いつつ、対時する度にジャギは億劫そうに頷くのだ。

 サキ、トウ。……原作では大きな影響とならなかった二人。この二人も願わくば幸せな未来を進めれば良いものだ。

 ……二人は適当に言葉を切ると再び先へと進む。其処には既に青くなった桜の木の下で犬のリュウを挟みアンナとユリアが座っていた。

 「……でね。最近ではフウゲン様の真似して私も南斗聖拳を練習しているの。シンってば女の子が拳法習うなんてしなくて
 良いって言うけど、私が強くなったって別に良いよね。ジャギは私が修行しても別に構わないって優しいのに。シンってば……」

 アンナは自分の最近の身の上に関し、無言で佇むユリアに喋り続ける。

 「アンナめ……あの言い方では俺が悪い見たいではないか」

 「まぁ怒るなよ。……けど、俺はアンナが南斗聖拳を覚えたいって言い始めた時……何でか駄目だって言い出せなかったんだよなぁ」

 ……何度かシンの町へ赴き……突如アンナが思いついたかのようにフウゲンへと南斗聖拳を覚えてみたいと言った。
 フウゲンは躊躇い無くその言葉を受け入れ……今ではジャギとシンが修行している時同じようにアンナも修行している。

 最初何の冗談かとシンは一瞬思い、そして思いなおした。

 あのような事件を受けて、多分アンナの心は表面からは解らぬが色々と変化が見えたのだろうと。

 ……多分、昔も強くなろうと思っていた事。その想いをフッと思い出して自分達の修行風景に何かが反応したのでは……と。

 ジャギも、フウゲンと同じで……何時かそう言う予感は少しだけあった。

 あの事件……自分が重傷を負い、シンと共に殺されかけたのを救ったのはアンナ。

 ……彼女を守るのは自分の役目なのに、それが十分に出来ぬ無力さゆえに彼女は頑張ろうとしている。

 自分が守るからアンナは自由に生きてくれれば良い。そう告白出来たら良いのだけど……今のアンナの生き甲斐を奪うのは
 気が引けて……ゆえにジャギはアンナの行動を黙認する。そして危ない時はすぐに自分が身を挺して守ろうと決意していた。

 ……それでアンナの実力なのだが……何と言うか難しい結果だった。

 柱には南斗聖拳の定義たる『斬撃』はつかない。けれど、殴った痕は残っているがゆえに少し経てば傷は付けれそう。

 俊敏性に関してはシンとジャギを上回り。筋力では南斗の子供達の中では平均的。……柔軟性も一際飛びぬけていた。

 フウゲンの言では『修行を怠らなければ十五程の時は斬撃を扱えるようにはなる。最も、技を見に付ける事は難しく
 極める事はずっとずっと後』の事だった。要は、アンナは基本的に普通の女性よりは強いが、『それだけ』なのだ。

 (……まぁ当たり前か。北斗の拳で強いと思える女性キャラって言えば……外伝作品入れたらリンレイとかしか居ないし……)

 蘭山紅拳のベラとか、双剣のレイナとか、セがサターンゲームに出てきた水鳥拳ザキとか南斗翡翠拳のカレンとか。

 少ない女性拳士の中で唯一強そうだと思える人物ってリンレイしか『自分』には思いつかない。ザキってほぼ平行世界だし……。

 しかも……前も語った覚えがあるが女性拳士全員死んでいる……レイナは省くとしても、彼女は剣士であり拳士でない。

 (アンナが修行して後々死ぬって事……無いよな?)

 そんな拭う事出来ぬ不安が何時の間にか沸き起こるが……今はアンナの頑張りを無碍には出来ない。

 ただジャギは歯痒さを押し殺しアンナが必死に鍛える様を、自分も肉体を痛めつけつつ見守るのだ。

 
 そんなやり取りを……じっと見守っていた一人の男が不意に出現する。

 少しだけ人の気配を上らせた所為か、ジャギとシンはその人物に気付き目線を走らせる。

 その人物は憂い顔で、二人へ向けて口を開く。

 「……何度も訪れて貰い感謝はする。……だが、ユリアは未だに……」

 「悲観的になるなっつうの。一年だろうと二年掛かろうと、俺とアンナは諦めないぜ?」

 「お前は基本的にアンナの側に居るだけだろうがっ。……俺も、ユリアの笑顔を見るまでは絶対に諦めんぞ」

 執念と欲望交じりの顔のシンに、勝気な笑みを浮かべるジャギへとリュウガは呆れたように吐息を漏らしつつユリアを見る。

 「あの時の小指を上げたユリアの姿は……今では俺が望んだ幻覚だったのではと最近思い始めてな……」

 天帝の場所へ赴いて拳を磨いたり、ユリアの心を取り戻す方法がないかと様々な町へと赴き文書やら調べ模索する毎日。

 心労は普通の大人の倍だろうが、それすらおくびに出さずリュウガはめげずに己の宿命に抗わず生きている。

 ……あの原作の銀髪は、今の茶色い艶のある髪を見ると心労が原因だったのでは? と思うから恐ろしい。

 「幻覚なら、アンナが居る事だって夢になっちまう。……そんな事は認めねぇ。俺はあいつが微笑む時代を創るのみよ」

 「……その台詞、良いな」

 確信を込めて握りこぶしで言い切るジャギに、シンは少しだけジャギの言葉に感銘打ちつつ飽きなくユリアを見つめる。

 そんな二人と、ユリアへ喋り続けるアンナの様子を見ながら晴れた空に浮かぶ雲を見つめてリュウガは考えるのだ。

 (……未だ希望を……失わなくても……良いのだろうか?)

 
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 「……ただいま」

 「むっ、帰ったか」

 ……寺院へと帰るジャギ。最近では帰っても出迎える父親は居らず、それゆえにアンナとリーダーの元へ泊まる事が多かった
 ジャギだが、今日は久々にリュウケンが居た。一言二言帰りを労う声をかけるジャギ。それに応じつつリュウケンは言う。

 「……なぁ、ジャギ」

 「うん? 何、父さん?」

 重りを外し、身動きが軽くなり肩を鳴らすジャギへと、リュウケンは何でもなさそうに言った。




                            「……兄弟を……お主は欲しいか?」




 
 (! ……来た、か)

 ……もし、自分が何も知らぬ子供ならば今の言葉も聞き流していよう。

 だが、この言葉を原作を知る『自分』は重要として受け止める。……その言葉は確実に……ラオウ、トキ、ケンシロ……!?

 ズギイイイイイイィ!!

 「うっ!!?」

 思い浮かべた人物の姿が脳裏を過ぎった瞬間に走る激痛。反射的に米神を押さえ屈んだジャギをリュウケンは慌てて駆け寄った。

 「ジャギ!? ……如何した?」

 「……っいや、何でもない。……ちょい、立ち眩み。……寝れば、治るよ」

 「……そうか?」

 ……心配そうに自分を見送るリュウケンを後に……ジャギは居室に戻り倒れこみながら呻く。

 「……あいつが……そろそろ来るのか……」

 ……『ラオウ』世紀末に拳王と名乗り世を統治するが為に動く……北斗の拳のラスボス。

 ……『トキ』世紀末の聖者と言われし男。……その類稀な医術の才を北斗神拳で活用し多くの命を救う為に彼は動いた。 
 その優しき光は強すぎたか為に偽りの輝きが相対し生まれ、そして彼は昔の約束を果たさんが為に……病の身で未来に……。

 そして……自分でない『自分』……いや『自分』だが違う自分を殺す……あいつ。

 そいつは北斗神拳伝承者であり、世紀末の救世主であり、彼は世界の主軸だ。

 彼の存在に比べれれば、他の二人は光を強める為の大地であり……自分はそれよりもちっぽけな存在だ。

 だから憎んだ、だから妬んだ、だから恨んだ。その三人を、そしてあいつを。

 だってそうではないか? もし、もし自分がそうなのであれば。

 あの階段の前で彼女を助ける事を……。

 「……っ!? 何を……考えていた俺は?」

 ……気が付けば真夜中。……何かとても嫌な事を思い出していた気がするかジャギは思い出せない、気付けない。

 側には最近ではアンナの飼い犬に成り下がったリュウが久々に自分の横で安眠を貪って鼻提灯を膨らましている。

 「……何だったんだろうなぁ……さっきのは……」

 何かの感触、何かの感情。

 それが思い出せず悶々としながら、彼はその日を終えた。


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 そして夜が明ける。雨が過ぎれば晴れるように。当たり前の朝の陽射しが今日も始まる。

 今日はシンの町へと赴こうかと、アンナの居る場所へと赴く。

 アンナは少しだけ自分の顔を見て首を傾げていたが、直に笑みを浮かべて手を繋ぎジャギと一緒に外へ出た。

 ……今日の、その日は少しだけ何時もと違った。





 「……あれ? サウザー?」

 「むっ? ……おぉ、ジャギ。暫くだったな」

 シンの町へ来て見れば、フウゲンと共にオウガイ、そしてサウザーが居た。

 「本当に久々だな。どうだ? 強くなったかよ」

 その言葉に、自信満々に頷くサウザー。

 「あぁ、まだまだお師さんに及ぶ筈もないが技も少しは覚えた。後で見せてやる」

 「サウザー久し振りぃ~」

 「おっ、アンナも居たが。……相変わらず、元気そうだな」

 アンナの顔を見つめ、『変わっていない』事を安堵と憐憫交じりの複雑な顔で見つめつつ至って普通の態度でサウザーは接する。

 「あのね、あのね。最近自分、南斗聖拳を覚え始めたの」

 「そうかそうか。ならば、何時か俺の下で動くようになったら守って貰おうかな」
 
 「へへへ。良いよ、ジャギもだけど、サウザーも私が守ってあげる」

 そう応答するサウザーとアンナを穏やかに見つめながら、ジャギはサウザーの言葉に少しだけ引っかかり問いかけた。

 「……なぁ、サウザー。お前、もしかして……だけど」

 「鋭いなジャギ。あぁ、お師さんに十歳になった日に教えてもらった。……『将星』とはな。……帝王学やら物心ついた
 時から覚えさせられ、普通の子供とは違う事を教えてもらっていたのは南斗の拳士だからと思ってたが……まさか俺がな……」

 『将星』……南斗を率いる星。帝王の星。極星。

 鳳凰拳伝承者候補のサウザーは十歳となりオウガイに教えてもらう。鳳凰拳伝承者は南斗の長と同様の力を持つのだと。

 サウザーも賢いゆえに自分が人とは違う事は無論感じ取っていた。だが、教科書に載るような人物の宿命を受け継ぐとは……。

 「……なぁ、ジャギ」

 「まぁ、サウザーが王様だろうが『将星』だろうがどうでも良いさ。俺達、そんな事関係なしに友達だろ?」

 「……くっ。あぁ、そうだったな」

 ……自分が『将星』と言う南斗でも重要な役割を担うと聞かされた時に浮かんだ不安。

 自分を知る者……同年代の子供は自分に対し敬称付きで話しかけてくる。……そのような立場である事は理解しているが、
 それでも自分が素直に心通わせる者がいないのは寂しく、その寂しさを壊したのはジャギ、シン、アンナ達だった。

 今も予想通りの言葉を投げかけ、友が離れてしまうのでと言う俺の一抹の不安を消し飛ばしたこの男は……何と強いのか。

 「……まったく、お前は変わらんな」

 「? ……何だ行き成り」

 怪訝な顔で自分を見つめるジャギに、何でもないと受け流しサウザーは続けて喋る。今日この場所へ訪れたのは何も
 友人に出会うのが目的ではない。重要な話があったのだが、それを話すには少しばかり待ち人が後最低一人は必要だった。

 「それより……ジュガイとシンは今如何している?」

 「ジュガイの奴は、こっちに来る以外は付近の山で修行しているぜ。……野性味がパワーアップしていたな」
 
 未だ自分と同い年の筈なのに、かなり原作に近い顔立ちになったジュガイの姿を思い出し眉を顰めながら呟く。

 「あいつ、きっとお前の事もライバル視してるぜ?」

 「構わん。何人たりと言えど、俺を倒せはしないさ」

 「おっ、大きく出たな。……シンは……爺さん何か知っているだろ?」

 シンの居所ならばフウゲンに聞くが手っ取り早いと、オウガイと話していたフウゲンに振ると、返答の代わりに拳骨が振った。

 「フウゲン様、もしくは師父じゃろうが。……シンならば後少しで戻るじゃろうて。……ほれっ噂をすれば」

 その言葉と同時にシンが現われた。……サウザーが来た事に驚き喜びつつ四人は合流を果たす。……そして話は本題へと入る。

 「……それで師父、オウガイ様。今日来た理由は一体……?」

 「あぁ、実は最近起きた事件について気に掛かりフウゲン殿の元へな」

 そう、オウガイは腕を組みつつ重苦しい空気を発しながら事情を飲み込めていない三人へと説明し始めた。

 ……ある時、この国で通り魔が起こした事件があった。

 ……事件による被害者は大多数が死傷者であり、警察は全力を上げて捜査をしていたが、未だ解決の目処は立っていなかった。

 ……その事件の全貌とは、昼夜問わず一通りの居ない場所で人を襲う事件。……被害者の顔には何時も動物の爪痕らしき
 物が残っており、警察は連続殺人であると確信し事件に繋がる証拠を探していたが……その証拠に繋がる発見は困難であった。

 オウガイの話を引き継ぎ、サウザーがそして核心を口から飛び出す。

 「……だが、最近になってな。ようやくだが、一つ心当たりに繋がる物が出てきたのだ。……それはだジャギ、アンナ。
 お前達が襲った犯人……南斗の拳士であった男が所有していた薬……それに良く似た薬品が被害者から割り出せてな……」

 「え!?」

 「なっ!」

 驚愕するはシンとジャギ。アンナはきょとんと首を傾げている。

 「……アンナ、お前はこの事聞いても」

 「……私、襲われた事ってあったの?」

 (……! そう、か……愚問……だったな)

 心の中で苦虫を噛み潰しながら、サウザーはアンナが退行と同時に忌まわしい記憶さへも心の中に封じたのを感じ取る。

 「いや……俺の勘違いだな」

 「でしょ? 変なサウザー」

 ……そのやり取りを偉大なる師二人と、弟子であるシンとジャギは沈痛な顔で一瞬アンナを見つめたが、すぐに顔を戻した。

 「……まぁ、それでこの町へ訪れて詳しい事を探ろうと思ってな。……私の考えが正しければ、今度の犯人も南斗の拳士である
 と睨んでいる。しかも、今度は多分未熟でなく相当な実力を持っていると踏んでいる。……十分注意が必要なのだ」

 ……被害者の中には泰山、華山の拳士も入っていたと聞いている。それ程の拳士でも殺されたと言うのだから犯人が
 南斗の拳士ならば自分は南斗鳳凰拳の伝承者として自身が決着を付けなければならない。……それが南斗を背負う物の宿命だ。

 「……もし俺達が捕まえられたら」

 『ならん!』

 ジャギは、思いついたように言うがフウゲンとオウガイは同時に厳しい顔で制した。

 そう言われてしまえばジャギも何も言えず。大人達がその事件において対策を立てている間にジャギ達は外へと
 厄介払いされるのであった。不貞腐れた表情を浮かべるジャギを中心に、シンとサウザーは会議を始める事にした。

 ……アンナはリュウを連れて近くを散歩している。……あえて、アンナは危険に巻き込ませたくないゆえに。

 「……それで、どうするつもりなんだ? ジャギ」

 既にお見通しだとばかりに、ジャギへ向けて口火を切ったシン。

 「んなもん決まっているだろ。犯人がどんな奴が知らんが大勢殺しているような奴なんだろ? んなもんぶっ倒すに決まってる」

 拳を片方の手の平に叩きながらジャギは言い切る。

 争い事、厄介事は正直苦手だが、以前重傷を負いつつアンナまで心に傷を負わせてしまった自分。

 ジャギは二度とそんな結末を迎えるのは御免だった。ならば、避ければ良い、穏便に過ごそうと思えば危険は降らない。

 だが、ジャギは『自分』ゆえに覚悟を決めていた。もう、ジャギとなった日からどうあっても自分には救世主に
 殺される可能性のある運命がある。……ならば、それを回避する為には強くあらなくてはいけない。……そして、自分が
 強くなれば悲しまないようにする事が出来る。そう言う思いが、僅かにジャギに燻る不安や恐怖を打ち消しているのだった。

 「やはりか。俺も同じく手を貸そう。……もう、俺とて負けるつもりはないからな」

 シンも同意だった。始めて南斗の拳士としての死闘は、女の介助を受けてズダボロながら生き残った自分。……余りに無力だった。
 その自分を打破し、南斗孤鷲拳を極めるには大量殺人鬼だろうが何だろうかシンは決して退くつもりは無かった。

 (もしかすれば……俺の強さがユリアを目覚めさす切欠になるやも……)

 根拠も脈絡も無い妄想にすら更けて、シンはジャギと今一度共闘を果たさんと此処に決意した。

 「……俺は、止めた方が良いと思うんだがな……」

 だが、そこに一気に水を差すようにサウザーがそう呟いた事により、ジャギとシンはつんのめりつつサウザーを睨む。

 「何だよ、藪から棒によ」

 「……考えてみろ。相手はお師さんとて危険人物と見なすのだぞ。……しかも正体不明の輩相手に二人で闘えるのか?」

 その疑問は至極真っ当だった。だが……ジャギは鼻息を一つ出し笑う。

 「誰が……二人で闘う気だと言った?」

 「……俺もか?」

 自分を指すサウザーに怏々しく頷くジャギ。呆れつつサウザーはジャギを見遣る。ジャギは大人振った口調で言った。

 「考えてみろ。その犯人を捕まえない限り平和じゃないんだろ? なら、その相手が手強くても俺達三人で捕まえれば
 お手柄じゃねぇか。シンは今より強くなるし、サウザーはお師さんに認めてもらえると思うぜ」

 「今より強く……」

 「お師さんに認められる……」

 それは、中々甘美な誘惑。ジャギの性根から放たれる悪魔の誘惑。

 ……そして。

 「……まぁ、暇あれば捜してみる……か?」

 「俺も、お師さんが何が解り次第お前達に報告しよう。期待はするなよ?」

 ……二人は今賑わす殺人犯を捕まえる計画へと賛同を示した。……若きゆえの行動。若さゆえの浅はかな思慮。

 それでも、お互いに誓うは南斗の敵を打倒すると言う熱い決心で固めていた。

 「……? 如何したんだろうね、リュウ。三人とも燃えてるね」

 その三人を傍観しつつ、アンナだけは蚊帳の外で不思議そうにしていた。



  
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 ……辺りは夜更け。……そんな折に人影が現われる。

 ……暗闇の中で梟の声が響いている。その声に導かれるようにして男は町の中へと入っていった。

 それを見下ろすのは月のみ。怪しい人影はそのまま何かするまでもなく暗闇と同化して消えた。

 
                            ……後はただ闇夜が包むのみである。














      後書き


 『akb48の顔が全員ジャギだったら?』






 ……友人。お前は一体何がやりたい……。






[29120] 【文曲編】第十九話『捜査  そして 訪れの日』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/08/29 08:17
 ある時ジャギが居る日本において発生した猟奇殺人事件。

 その正体不明の殺人鬼は何と以前アンナを襲おうとした人物が使用していたとされる特殊な薬品が現場で発見された。

 一体犯人の目的は? そしてジャギ達は犯人を見つけられるのか!?

 ……そんな次回を期待するノリが最初は渦巻いていた。

 ……しかし。




 「……駄~目だ。何の手掛かりもねぇ」

 「……南斗の拳士と言っても幅広いからな。……ふっ、燃え尽きた」

 体が白に染まる二人。徹夜で図書館やら色々見て周って南斗の拳士を調べたが……その多いこと多い事。

 「……フウゲンとオウガイの爺さん達除いて106人探せば見当も付くと思ったのに……南斗の拳士って多すぎるぞ……」

 「……当たり前だ馬鹿。言っとくが、『正式な』南斗聖拳は108派なだけで我流で名乗る偽者はゴロゴロ居る」

 ジャギは最初犯人が南斗拳士ならばフウゲン、オウガイ、リンレイ・ロフウを除き105人の住所を割り出せば犯行現場の
 位置と重ねて犯人を絞り込める……そう確信していたのに、それは思わぬ事実により出鼻を挫かれてしまう事になる。

 南斗鳳凰拳・南斗白鷺拳・南斗水鳥拳・南斗紅鶴拳・南斗孤鷲拳である南斗六星の拳を除く南斗聖拳。

 まずはリュウロウが使う南斗流鴎拳。そして白鷺拳の派生、カレンが使う南斗翡翠拳。ハッカ・リロンが使う南斗飛燕拳。

我王軍将軍ハバキが使う南斗隼牙拳。ハーン兄弟が使う南斗双鷹拳。ザンが使う南斗紅雀拳などが、
 主に外伝及び北斗の拳原作で見る事が出来た拳法である。それらの拳法は武器使わず徒手空拳で斬撃を行う事が可能だ。

 ケンシロウ外伝小説版だとボーモンが使う南斗夜梟拳。闇帝コーエンが使う南斗黒烏拳。

 そして、あまりの残虐さゆえに108派から除外されたダルダが使う南斗白鷲拳


 南斗白鷲拳を除外して14の拳法が正式な南斗聖拳として、南斗正統血統と言うユリアの力を一派として数えると残り21.
 残り21の南斗聖拳が何なのか、不眠不休で調べつくしたお陰でシンとジャギはようやく、残り21の鳥の名を冠する
 南斗聖拳が何かを知る事が出来た。中々秘匿扱いなので、大多数の書物を山積みにしなければ出てこなかったのだ。

 ……南斗鶺鴒(セキレイ)拳。南斗鴛鴦(エンオウ)拳。南斗千鳥拳。南斗雲雀(ヒバリ)拳。南斗塔鳩(トウキュウ)拳。

 ……南斗阿比(アビ)拳。南斗沙鶏(サケイ)拳。南斗百舌(モズ)拳。南斗白鵺(ハクヤ)拳。南斗交喙(イスカ)拳。

 ……南斗夜鷹(ヨタカ)拳。南斗食火(ヒクイ)拳。南斗丹頂(タンチョウ)拳。南斗蟻吸(ギキュウ)拳。南斗斑鳩(イカル)拳。

 ……細かい歴史資料から割り出した中で15個の正式な南斗聖拳を発見して、その時点で精神的な疲労でジャギは机に伏せた。

 「……思えば南斗朱雀拳とか、南斗蜂鳥拳とか見て騙されたな……」

 「調べてみれば昔の奴が自分で命名したものだったからな。……まったく。南斗聖拳を何だと思っているんだ……」

 何度も言うが南斗人間砲弾やら南斗列車砲なんて馬鹿げた代物を部下に持つ事になる人物が言えた台詞ではない。

 「……しっかし、その犯人って何を考えて人を殺すんだろうな?」

 そんな単純な疑問。それが頭に引っかかる。

 生きる為、憎む相手が居るならば素直に納得出来る。

 だが、相手は無差別で人を殺しているようだ。その原因がジャギには理解出来ない。そう、『ジャギ』には理解出来ないのだ。

 「さあな。狂人の考える事なんて俺にはわからん。……だが、どんな相手であろうと俺は負けはせんぞ。……今まで俺は
 必死に拳を磨いた。……文献を読み漁り、機会あれば別の南斗拳士の技も盗み取り、技を覚えたのだからな……」

 そう、手を組み危なげな顔つきで呟くシンに、ジャギは引き気味に問う。

 「盗み取った……って。……お前、そんな事してたの?」

 「あぁ。……フウゲン様は知れば怒るだろうがな。……だが、あの一件で俺は力が無ければ打ち勝てない事を知った。
 ……俺は弱い。ならば手数を、技を増やすのも力を付ける近道な筈だ。それゆえに、俺はフウゲン様に内緒で技を増やしてる」

 それは、シンが今まで隠し通していた事だった。

 ……あの、初雪が降り積もった日。徹底的に痛めつけられて敗北を味わいジャギと別離した後にシンは決意した。

 もう、何者にも負けたくない。強くなりたい……と。

 それゆえに南斗獄屠拳以外にも彼は技を秘密裏に増やしていた。ジュガイ、師父のフウゲンにすら……秘密に。

 「……言っておくが、これは内緒だぞ」

 「……おう、ならお前も今回の犯人を捕まえる事。内緒にしてくれよ」

 そう、ニヤリとお互いに笑みつつ拳を軽く打ち付けあう二人は……若い。






 ……一方、空き地のような場所に一人の少年が立っている。

 金髪のオールバックを風に揺らし、目を閉じて彼は精神を研ぎ澄ましていた。

 ……ビュッ!!

 風を切り何かが放り上げられる音。それと同時に少年はカッ! と目を見開くと空中に向けて跳び上がった。

 それは通常の大人ですら異常な跳躍。建物の二階程まで跳び上がった少年は空中に浮かび上がり重力によって落ちようと
 上がる力が弱まり空中に僅かながら静止した木材を視認すると、その木材と自分の位置が重なった瞬間に叫んだ。




                                 極星十字拳!!



 叫びと同時に胸元に×印に組んだ両腕を一気に外側へ向けて放つ少年。

 その両腕が振り払われると、木材は一瞬にして十字へと切断された。

 ……大きな跳躍と比例し小さな衝撃で着地。背中にはバラバラになった木材が叩きつけられる音。

 その木の破片を拾い上げる男性。……その男性は厳しい口調で言った。

 「……サウザー、如何した?」

 それは純粋に疑問に思うと言った調子で……若き『将星』のサウザーに放たれる。

 サウザーは真一文字に口を結びながら頭を垂れる。それを未だ現伝承者であるオウガイは少し困った表情を浮かべ言った。

 「何時もならば見事な程に断つお前の拳が今日は欠けてしまっている。……何を悩んでいる? 私にも言えぬ事か?」

 純粋に、純粋にオウガイはサウザーを心配していた。

 何時もならば常に真摯に拳の研磨を行うサウザーが、今日はと言えばどうも真剣さに欠けている。

 それに思い当たる節もあった。久し振りに友人に出会えた事や、未だ世間には公開を控えている南斗に関連する事件など。

 サウザーは、オウガイに嘘は吐かない。ゆえに、正直に自分の気持ちを吐露した。

 「……お師さん。……もし、もしもですが」

 友人が今しようとしている事は危険な事。だが、その決行する理由が、南斗の為、守りたい者の為と言う理由ゆえに
 サウザーも裏切る真似はしたくない。ゆえに、妥協ではあるが仮定の話としてオウガイへと告白をする。

 「もし、友人が南斗の為に危険な真似をしようとしている場合。……無理にでも止めるべきなのでしょうか?」

 「……成る程、それが今のお前を作る原因か」

 溜息を吐くオウガイ。……思えばジャギと言う少年は拳に対する姿勢は真面目だが、人間的な面では普通の子供よりは
 大人びているが、反面時折り突拍子も無く行動が人より行き過ぎる面も見られる。もっとも、それは若い故に仕方が無いし
 何よりそう言う行動全てが悪い訳ではない。……今回の事件を自分達で解決したいと言う正義感も南斗には大切な精神だ。

 ……そして。

 「……サウザー」

 オウガイは、悩み解答を得ようとするサウザーの目線と同じようにしながら言う。

 「……お前がすべき事をせよ」

 「……自分が?」

 不思議そうに目を開くサウザーに、オウガイは優しく語る。

 「そうだ。……お前も、ジャギもシンも皆同じように南斗の為を、守りたい者の為に動く気持ちを、私が止める権利はなし。
 ……お前は『将星』を宿し、そしてこれからそれを自分の手で輝かさなくてはならん。……ゆえに、自分で決めるのだサウザー」

 それは、オウガイなりの試練。

 無論、凶悪犯を発見すれば自分の手で討つつもりであるが、若き少年達の行動をわざわざ妨害する真似はしたくない。

 サウザーは、ジャギやシンと行動を共にし成長を遂げる。……それは、今まで自分の手で育て数々の普通の人間としての
 生活を奪い去ってしまった贖罪でもあるし、他にもサウザーを愛するがゆえにオウガイはサウザーに決定権を与えた。

 「……わかりました。では、自分は自分の意思でジャギ達と時折り行動してみます」

 「わかった。……だが、くれぐれも危険と判断した場合。私に報告するのだぞ」

 そう、釘を刺すのをオウガイは忘れない。しっかりと頷くサウザーを確認してから、オウガイは星が見える空を見上げた。





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 「……ねぇ、リュウ」

 ……其処はフウゲンと南斗の拳士である卵が居る修行場所。

 其処に一人の女の子が汗を流しながら絶対に髪を巻くバンダナは脱がずに拳打を練習していた。

 その横に眠りこける犬がおり、その犬へと女の子は喋りかける。

 「私ね、ジャギも、シンもフウゲン様も大好き。……なのにね、ジャギ以外の人に触れられるって思うと何だか心臓が
 止まりそうになるんだ。……後ね、それにシンの……あの蒼い瞳を見ると何だが時折り自分が自分じゃないように思えるの」

 打撃音が無人の修行場に響き渡る。軽い鞭のような音を出しつつアンナは蹴りを出しながら言葉を続ける。

 「昔の私ってどんな感じだったんだろ? 兄貴はね。前とほとんど変わらないって言うけど、嘘だよねぇ……多分」

 何故か全員が自分に距離を置いている気がする。……ジャギも、その優しさがまるで仮面のように時折アンナは思える。

 幼くなった状態とは別に、アンナの本能は見抜いていた。……周囲が自分に対し向き合わない事を敏感に感じ取っていた。

 それが今のアンナには如何しようもなく苛立っていて、それゆえにアンナは最近誰も居ない場所で苛々を失くす為に拳を打っていた。

 ……喉から出すような笑い声がする。

 「……そのような修行では何年経とうか強くはなれんな」

 「……ぁ、……ジュガイ」

 ……視線を入り口へと向けると、其処には汚れまみれの胴着で腕を組み哂うジュガイの姿が見えた。

 山篭りを終えたばかりなのだろう。彼はじろじろとアンナの様子を見ると、小馬鹿にした口調で言い切った。

 「まず腕の伸ばしが甘い。打つ際の角度が甘い。衝撃の際の腰の捻りが甘い。……全てにおいて甘いな、アンナ」

 ジュガイからすれば、アンナは気に食わない男が連れている女としか見ていない。

 突如南斗の拳士として転がりシンの友人となり何時か王と言う立場になるサウザーとも友人である男。

 その男をジュガイは疎みつつ、且つそのような対人関係を作れる性格を半ば羨みもした。ジュガイが心から憎悪しないのは
 拳の腕では自分より劣るし、何よりも男は自分と競い合う関係ではないと知っているからであろう。

 だからこそアンナに関しても常に自分のままで対時する。ジュガイのまま言葉を放つ。

 「お前のように南斗の『な』の文字すら習得出来ぬ半端者には拳士に成る資格すらない。拳士になるとは、常に死と隣り合わせ
 であり己との闘いなのだ。南斗の拳士となると陽の下に差す影と常に闘う。夜来たれば闇とも戦うのが基本だ。
 お前にそんな覚悟があるか? そんな決意があるか? ……無いのならば、直にでも此処から立ち去るのだな」

 ジュガイは獰猛に笑みを浮かべ言い切った。

 ……ジュガイは別に嫌味で言った訳ではない。単純にアンナの実力が低い事を判断し、半端な拳を見に付ける位ならば
 いっその事止める方が身の為だと忠告している。南斗孤鷲拳を極めしフウゲンでも、そのように言うだろうと思い。

 フウゲンは逆の事をアンナに薦めたと、ジュガイは未だ知っていなかった。

 アンナが自分の言った事で泣こうか、怒ろうか別に良かった。女の涙など煩わしいだけ、自分は南斗孤鷲拳伝承者候補。

 そう思いながら、動かぬアンナを静観し……そして硬直した。







                                  ……ニコッ





 「……うん。有難う、正直に言ってくれて」

 「……あ?」

 「でもね、私、もっと強くなりたいんだ。だからもうちょっとやらせてよ」

 「……あぁ」

 ……拍子抜け、とでも言うべきか。

 ジュガイの言葉にアンナは笑みを浮かべ、怒る所かジュガイにお願いする始末。

 ジュガイは予想だにしない反応ゆえに、肩透かしを食らって反射的に頷いてしまった。

 (この女阿呆か? ……皮肉も通用せんのか)

 無駄な時間を過ごしたとばかりに、未だ拳を打ち込むアンナを無視し用は無いとばかりにジュガイは立ち去ろうとする。

 だが……その時になって気付く……僅かにだが、アンナの周囲の床だけ……色が違うのを。

 「!? ……お前」

 ……それは、紛れも無く血。

 アンナの手の甲からは血が滲んでいた。……何百回もの拳打の練習に手の甲が耐え切れず、出血を野放しにしていた。

 「あ、気付いちゃった? ジャギやシンやフウゲン様には内緒にしといてね」

 「……」

 ジュガイはここに来て自分の認識が間違いだと気付く。

 ……この女はただ男に惚れて付き添う普通の娘ではない。……ただの娘が血を流しながらこんな普通の笑みは浮かべれない。

 「……痛みを感じないのか?」

 心に病を負ったのは既に知っている。ならば無痛症でも併発したかとジュガイはアンナの異常振りに答えを付けようとする。

 それを、アンナは静かに首を振って返答する。

 「ううん、痛いよ。手は痛いし、何度も同じように腕を振って動くのも嫌だし。……けどね」

 『   ……私……   を……守れた、よね』


 僅かに、誰にも気づかれぬように小さく奮える手を胸元に持ち上げながら、アンナは月光が照らす中微笑んでいた。

 「……もっと、もっと強くなるって約束したの。……何時したのか覚えてないけど、強くなれば、もう悲しまないって思うの」


 『これからも   を……   が幸せに』

 「……強さ」

 ……自分は追い求めている。……南斗孤鷲拳の伝承者に相応しい強さ。

 それゆえに山で過ごし時には獣と格闘すら行い肉体を、精神を鍛える日々を過ごした。環境さへ異なり雑念を払えば、
 鳳凰拳の弟子たるサウザーと同格となり、シンを超える事が出来るのではと考えたがゆえに山篭りを自分は始めた。

 ……シンは何時も自分の少し上を行っていた。誰もが自分を褒め称えても、自分がシンに正直に勝利を確信した事は無かった。

 だから今日も山から帰り、そしてシンの代わりにアンナだけが修行している様を見て正直ホッとしていたのだ。
 ……もし、この目でシンが修行している風景を見て、それでシンが自分より実力が上だと俺が思えば……俺の心は大きく揺れるから。
 
 「……一つ聞いて良いか?」

 「うん? 何?」

 「……強くなっても負ける時はあるだろう。お前はその時どうするんだ」

 ……聞きたいのは有り得る可能性の敗北。その敗北とは死と必至。この目の前で血を流しながら鍛える女の答えを知りたいがゆえ。

 自分がもしシンに敗北すれば押し潰され難い屈辱感と殺意が沸き起こるのは目に見えている。だが……この女ならば。
 この……敗北と死を同義と既に本能から理解していると思える女ならば……一体どのように答えを出すのだろう?

 少しばかりアンナは首を傾げてから、その後微笑んで言った。

 「……多分、何もしないよ」

 「……何も?」

 「うん、だって……そうなったとしても」

 そこで一度口を閉じてから、彼女は更に笑みを深くして言った。






                           



                           「……そうなっても、私はそれで『彼』が幸せになるなら」






                           「強くなって負けた事も……きっと後悔しないって思うよ」






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 ……ジャギとシンの捜査と言えぬ捜査は続く。

 サウザーとオウガイも共に修行を続けつつ近辺を荒らす犯人を絞ろうとして。フウゲンも弟子を見つつ町に目を光らせる。

 アンナは、周囲に気付かれぬようひっそりと鍛え上げ……そんな日々が数ヶ月も続いていた時だ。






                             



                           ……北斗の寺院に……二つの人影が現われる。










       後書き



 『なぁ、戦国無双や三国無双の世界に北斗無双をクロスするって感じ出来ない? 199×年の核が降った衝撃でタイムスリップ
 して北斗の拳のキャラクターが闘う系の作品作ってよ、胸熱じゃん? 信長対ラオウとか。毛利対ユダとか。
 慶次対ジュウザとか、秀吉対ケンシロウとか。本田対トキとか一杯夢ヒロガリングじゃん? どうよ俺の発想』




   うん、発想は良いけど、お前それ無双じゃなくてBASARAだよな?(´・ω・`)





[29120] 【文曲編】第二十話『邂逅 境界線 懸念』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/08/29 12:41

 彼等は自分にとって最強の象徴でもあった。そして嫉妬の対象でもあった。

 その右手と左手から織り成す破壊と殲滅の力は全てを畏怖とし、我々の無力さを知らしめて我が心に一日毎に傷を与えた。

 その右手と左手から織り成す奇跡と治癒の力は全てを崇拝させ、我々の萎縮さを思い知らせ我が心に嫉妬の心を増幅した。

 彼等は新たなる世界で覇王と聖者の称号を与えられん。我々は片隅で狂言者となりて救世主(メシア)の来訪を待つ。

 極まれし悪の華から香る色香は毒々しく輝きを帯びて彼等を擬態せんと成長する。その悪の華すらもやがて土に還る。

 一度たりと追い抜いた日々非ず。ゆえに追い抜かれた杭に対し拳を向け、やがてはその杭に我が存在は滅される日を迎える。

 滅び去った悪の華。一輪の中にもう一つ一輪の華を。その華だけを、今は我が胸の中でそっと抱かかえる事だけが望み。




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 その日、彼等は突然の宣告を受けた。

 ある道場の中で今日も自分は拳の練習をしていた。

 物心ついた時から? それともつく前から? 記憶が怪しむ程の中で自分は必死に拳を磨いていたと思う。

 ……無言の背丈同じ木の柱に拳叩けば、その隣では同じく木柱を叩く音が聞こえる。

 だが、その木柱は軋み今にも折れそうな程に、その拳を放つ者の強さを一段毎に周囲へと示すように強くなっていた。

 周りの同年齢の者達は、その拳を放つ者に怯え混じりの視線を向けて遠巻きに見つめている。

 ……この修行場で、大の大人さへ圧倒するその者は自分の兄。

 常に自分を支え、そしてどんな時でも強くなる事を望む遠い背中。……その兄は一心不乱に拳を放っていた。

 ……ピタッ、と拳が突然止む。何事かと周囲の視線が、兄が意図的に作った間に呑まれ全ての意識が兄へと集中する。




                                   ……ゴオッ!!!



 
 ……風圧、そして小型の爆弾が爆発したような衝撃。

 それと同時に木柱は割れ、兄は自らの拳を天へと掲げた。

 それを見る視線は畏怖、憧憬、尊敬、嫉妬……様々な感情が周囲から見て取れたが、全ての感情は一つに結合されていた。

 ……兄は……子供の頃から全ての王に成り得る資質を持っていたのだ。

 「……ラオウ……兄さん」

 ……自分は……兄を尊敬し、愛し、目標とし、言葉では言い表せぬ感情を持って接している。

 だが……この日ばかりは……何故か兄か遠く思えてしまった。

 そう……来訪した北斗神拳伝承者……リュウケン様が宣告した日。


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 「……トキ、また医学書を読んでいるのか?」

 ……修行が一通り終えると、トキは陽射しが少ない場所を選び静かに読書に耽るのが最近の日課となっていた。

 その少年が持つ本は子供が読むには似つかわしい大人でさえ難解な本ばかり。ラオウが拳で畏れられるならば、トキは
 その類稀なる知能から人から畏怖の視線を周りから受けていた。……それを、二人とも当たり前の如く受け止めていた。

 「今日は動物の体の仕組みに対してだよ」

 そう、柔和な笑みを浮かべるトキは幼少ながら人々に不思議な安らぎを与える片鱗を覗かせており、慧眼持ちし者ならば
 この少年が成長すれば全ての者から崇められる存在になるであろうと、彼の笑みはそれ程まで優しい表情を醸し出していた。

 ラオウは、そんな笑みを携えるトキに嘆くような、哀れむような瞳を一瞬だけ浮かべていた。……それが何故なのかは
 未だトキには解らない。ラオウは解答を出す事なく、虚空を睨みつけながらトキに対して口を開いた。

 「……今日だな。リュウケンが住まう寺院へと行く日は」

 「兄さん、呼び捨てはいけない。これからあの方は我々の師父なのだから」

 リュウケン……北斗神拳現伝承者。一見は普通の年を少し老いた男性に見えるが正体は最強の暗殺拳を担う者。
 トキは純粋に尊敬の念を抱いている。だが……ラオウは違う。彼だけは別の視点からリュウケンを『観察』していた。

 「何故だ、トキ。確かにあれは今日から本当の師父となる。……だがな」

 そこで一旦口を閉じ、彼はその年齢で浮かぶには獰猛過ぎる表情を一瞬だけ浮かばせて遠い寺院のある場所へ向けて言い放った。

 「……師父と言えど、俺が本当に信ずる者はお前だけだトキ。それを忘れぬな」

 「……わかってる。兄さん」

 ……兄は、優しいとトキは思っている。

 周囲からはその年齢には出さぬ気迫及び滲み出す貫録が本来の年齢よりも上回らせて彼の存在を何倍にも際立たせている。

 トキは兄の強大な存在を尊敬すれど嫉みはない。……彼には、『不自然』な程に人を憎み、嫉み、恨む感情が小さすぎた。

 頷くトキに満足したようにラオウは遠い目線である方向を見る。

 それはこれから向かうであろう寺院とは反対側。遠くであるが海がある方向。

 ラオウは時折り、自分でも理解出来ないのだが海のある方向を漠然と懐かしさを抱いて見つめる事が多かった。

 トキは、そんな時のラオウは通常と異なる優しさを滲ませた雰囲気があると知っていたが、決してそれを口外はしなかった。

 それは、多分トキだけが知る秘密。彼等兄弟のみの秘密だ。

 「……トキ」

 そして、海に向けていた視線を外し何時もの覇気に満ちた本来の兄の姿に戻ると、ラオウはトキへ呼びかけて言った。

 「どんな場所であろうと俺達は兄弟。……挫ける事は許さんぞ」

 「……あぁ」

 ……彼等は、常に互いを支えあい生きてきた。

 ……彼等は、お互いだけが唯一の支えであり……そして互いだけが心を開ける存在だった。



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 ……場所は移り変わる。その場所は北斗の寺院の階段前。

 ……長い長い旅路を終えても彼等の表情に疲労は見えない。彼等にとって、たかが三十キロ程の旅路などで疲労
 する程に弱い体ではなかった。見上げれば聳え立つ寺院を見てもラオウは感慨など沸かない、トキは無言で見上げて
 少しだけその寺院の形状に何か思いあぐねていたが、少し頭を振った後に何時ものトキの状態に戻りリュウケンを見た。

 ……北斗神拳伝承者リュウケン。第63代北斗神拳伝承者。霞 羅門。彼は幾多の北斗の歴史の中でも一際異彩。

 『北斗の拳』と言う世界を創り上げたのは、彼が始まりと言って過言では無いのだから。

 そんな彼へ向けたトキの視線に敏感に気付き、リュウケンは視線を合わせる。

 「如何した、トキ」

 「……リュウケン様。この寺院で、私達は……」

 「……トキ、お前の腕は確かに見所ある。だが、先に拳を教えるわラオウだ。……ラオウ、わかっておるな」

 ……リュウケンがラオウに向ける視線は険しい。それは師の目線。殺人の拳、暗殺拳を教える師の目であった。

 普通の者ならば震え上がる眼光を向けられても、この少年は普通ではない。

 「……えぇ、わかっていますよ」

 彼は、臆する事なくリュウケンを見つめ返した。

 別に険悪などではない。だが、彼が秘めし目的は何時か目の前の人物が障害になると予感していたのかもしれない。

 ゆえに、ラオウがリュウケンに向ける視線はリュウケンとは異なる光を宿しており、リュウケンもそれを見定めようとしていた。

 「……行くぞ、ラオウ、トキ。……いや、待て一つ話さなければならない事があった」

 ……この時二人は今までとリュウケンの気配が僅かに変化した事に少しだけ疑問を生じた。……リュウケンは気が付いたと
 言わんばかりに師としての仮面を外し、通常の俗世の仮面に戻ると少しだけ困ったような、人間味ある顔へとなり口を開いた。

 「……お前達がこれから住まう寺院には……我が息子が居る。……仲良くしてくれ」

 何だ、そんな事かと二人は心の中で肩透かしを食らっていた。

 ……だが、二人はやがて気が付く。リュウケンが見せた、困惑に似た表情の意味を。



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 寺院の階段。それは108段は有にある長い段数。

 一歩一歩踏みしめる度に下界と異なる場所へと踏み進める事になる。

 何故ならば、この場所は暗殺拳を伝授されし場所。闇の拳を知らしめる場所。俗世の通常の世界と隔離される事を意味する。

 それは、確かにある程度の空いた時間はこの世界から降りて俗世の世界へ戻る時もあるだろう。だが、それは一時。
 自分達は、この世界で人生の何割かを過ごす。その覚悟と、決意は既に心に刻んだのだ。……そして、その象徴たる寺院が見え……。

 「……むっ」

 「……あっ」

 ……二人が階段を登り最初に見た物。

 それは、一人の少年が寺院の通路の少し脇の場所で瞑想している姿。

 その瞑想の姿勢は空気椅子へ座った状態で、そして突き出された両手には鉄棒が握り締められていた。

 無論、そのような修行は自分達が住まう場所でも行ってはいた。

 だが、無人の寺院で一人そのように修行している少年の姿はかなり際立ち、ラオウとトキも無意識にその人物を視界に映したのだ。

 その少年は、人の気配に気付いたのか目を開けてこちらへ目線を向ける。

 その視線を向けられ、トキは感じる。

 (……空虚な目だ)

 距離は離れているが、その目の中にあるのは『虚』

 自分達を歓迎も、驚きも、疑問も、そんな感情と言う感情を一切消し去ったように少年の顔はある種の仮面に似ていた。

 ラオウも、それを感じ取ったのだろう。

 その少年を見た途端、苛立ちに似た何かが胸を支配し、その少年に対し拳を振り上げそうな不思議な敵意があった。

 (……何だ? 何故、一目見てあの男に俺は敵意を抱く?)

 彼等の想いに関係なく、少年は二人へ近づく。そして、トキ・ラオウの隣に立つ人物を見ると……ニカッと笑みを作った。

 その、仮面を一気に外すように人間に戻ったかのような感じにトキとラオウは拍子抜けのような感じを味わった。

 「父さん、お帰り。……この二人は?」

 「……あぁ、この二人は……今日からお前の兄達となる」

 その言葉に、少年は瞬きした後に二人の顔を見比べる。突然の事に驚きを隠せぬように、現実を受け入れようとするように。

 だが、その反応をラオウは『うそ臭い』と思い、トキは『違和感』を抱いた。

 「兄……」

 その少年は、口の中で転がすように兄と言う言葉を呟き、そして二人へ向けて腕を差し出した。

 ……最初意味が解らなかった。だが、それが握手を求めているのだと理解するのは数秒後。

 「あ……あぁ、宜しく」

 「おうっ、こっちこそ宜しく。まぁ解んない事あったら俺に聞いてくれよ」

 そう、トキにだけ視線を集中させる少年に。ラオウは何かドロドロとした何かが芽生えてくるのが自分でもわかった。

 だが、その感情が未だ何かわからず、様子見と言う事で無言で彼を観察するに徹底する。

 その観察されてるとは知らない少年は、そこで名乗りを上げた。





                         「俺の名はジャギ。まぁ宜しく頼むよ、兄者達」







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 「……なぁ、トキ。お前はあいつをどう思う?」

 「……どう、と言われても。……親切な少年だと思いますよ」

 ……寺院に来て一日がその日は何事もなく更けた。

 いや、『何事も』と言う言い方には御幣がある。その日始めて着いてラオウは何時もと変わらず拳の練習を行おうとした。

 強さ、強さ、強大、圧倒、最強、無敵、絶対無比、それらの力、力を望む彼にとって一日でも鍛える事は忘れない。

 だが、彼が日が暮れた時に見たのは……そのジャギと言う男が自分より先に拳の修行をしている姿。

 「……何をやっている」

 自分でも知らぬ内に苛立ちが言葉に込められていた。……自分は強者。それを知らずまるで追い越すように修行する男に向けて。

 「……何って、南斗聖拳の修行だよ」

 「……何?」

 ……その言葉にラオウは微かに驚きを示し、そして納得もした。

 最初に対時した時、その体つき、気配から普通の子供とは逸脱していたと知っていた。その原因が南斗聖拳を使うなら解る。

 「……南斗の拳士なのか」

 「と言っても未だ斬撃も余り上手くないんだけどよ。……ラオウ……だっけ。父さんから聞いたけど北斗神拳っての習うんだろ?」

 「何だ……興味あるのか?」

 この男が一端に拳士ならば北斗神拳に興味あるのも頷ける。そして、可能性としては、この男は自分と争う可能性も。

 そう、穏やかではない想像を浮かべつつジャギに向ける眼光は強い。

 だが……普通ならば怯むラオウの視線に、ジャギは黙って受け止めてラオウを見る。それが、ラオウには気に食わなかった。

 (気に食わん……まるで俺など眼中にないような……)

 ラオウは、常に向けられる視線と言えば、トキを除く周囲の人間の視線には畏怖、尊敬、崇拝の感情が常だった。

 だが、その自分より少し年下の少年の瞳は空虚で。ただ自分がちっぽけだと言わんばかりの瞳をしていた。

 それが気に食わない、気に食わない。そうラオウは段々と彼に嫌悪が芽生えていた。

 「俺、父さんに頼んでみたんだよ」

 ……ラオウは、ジャギの言葉に浮かんでいた感情を一瞬だけ消す。

 「だが、俺には絶対に教える事はないと」

 その声色には悲観的でも憤怒もなく説明的だった。それでも、ラオウには一抹ながら優越感のような物が湧き出ていた。

 こいつは自分とは同じ土俵には立たない。そうだ……当たり前だ。

 「……ふっ、そうか」

 ラオウは少しだけ気分が良かった。リュウケンがジャギと仲良くしろと言うならば兄弟ごっこをしてやるのも一興だと思える程。

 何より、目の前で拳打を放っていた男の実力は、自分やトキには劣るかも知れないが中々鍛えているようで。ラオウは実力
 あるものならば認める。ゆえに、ジャギが南斗聖拳使いであろうが訪れて一日目、認めても良いと感じた。

 ……だが、それも一瞬……その感情は直に失われる。

 ラオウは意識を切り替え自分も拳の練習に入ろうとした瞬間……それは訪れた。

 「     」

 ジャギが、何やら技を呟き繰り出した南斗の拳。

 その拳が木柱に命中した瞬間……大きく木柱は裂けた。

 先程まで単純に少し格下と思っていた男が繰り出した一撃は……自分が見間違えでなければ……その拳は……。

 (……有り得ん)

 「この技さ、今俺が出来る唯一の南斗聖拳なんだよな。ラオウから見てどう思う、この技?」

 そう……笑い掛ける少年の笑みは既にラオウには……悪魔に見えた。

 『お前は下だ……オマエハシタダ』

 ……そう幻聴が聞こえる中、ラオウは吐き捨てるように言葉を飛び出していた。

 「……下らんっ」

 ……困惑気のジャギ。そして背を向けて寺院へと入るラオウ。

 ……既に境界線は……引かれた。
 
 その日から……ラオウの心には、ジャギは障害足りえる人物としてラオウの中に刻まれる。……それは死するまで。


 

 「……トキ。リュウケンから聞いたが奴は実子でなく養子。……だが、俺達のように拳を元々教わった訳でなく自発的に
 自分から鍛える事を始め、そして、とある南斗の拳法家が集まる町へ半年程滞在し其処で南斗の拳を知ったと言う」

 ラオウは、考え込むように言葉を続ける。……それはトキに語ると言うより自分に語るように。

 「……俺の目は節穴ではない。奴は……奴はただの拳士とはならん。……必ず俺の前に立ち塞がる。……俺はそう予感する」

 「……ラオウ、気にしすぎだ。……私もこの数日接したが……行き成り兄弟になった私達にすら優しいじゃないか」

 トキは数日であるがジャギを好人物として見ている。

 ラオウが拳をリュウケンから教わる間。自分は未だ拳を教わらないので独自に前の修行場でしていた鍛錬を行っている。

 その時、しょっこりと何時の間にかジャギも黙ってトキの隣で同じような鍛錬をした。……それも、本格的に手馴れた様子で。

 他にも、自分が持ち込んだ医学書を読んでいるのを見て。翌日ジャギは外に出て自分が興味ありそうな本を持ってきてくれた。

 トキは、ただ有るがまま接するジャギに対し悪意を抱く筈がなかった。ゆえに、ジャギを弁護する言葉をラオウへと放つ。

 「……確かに北斗神拳伝承者の子が南斗の拳士であるとは驚きましたが。別にそう驚く事でもないでしょう。北斗と南斗
 の歴史は元を辿ると同じ。今は拳の腕は自分達と同じでも、やがてその拳には違いが生まれ、そして別の道を辿ります」

 ……トキは聡明だ。それゆえに、何時かは北斗の道、南斗の道でジャギとは別々の道に行くだろうとトキは思っている。

 本格的に北斗神拳を教わる時には、ジャギが南斗の拳士になるならば遠方にでも赴き南斗の拳を磨きやがて俗世で活躍する。

 陽射しの下でジャギは生き。自分達は影の中で拳を使う事になる。……例え生き方違えどトキはそれで構わぬだろうと思っている。

 だが……トキのそんな思惑を見抜くように嘲笑を浮かべてラオウは言葉を紡ぐ。

 「……トキ、未だ気付かないのか? ……ジャギは、お前ではない。……普通の、普通の子供が行き成り現われた俺達
 に対し接する態度だと思うか? ……あいつは、ただの子供でない。リュウケンのように、奴も何か大きな秘密がある」

 トキには、ラオウが何をジャギに敵意を抱くのか解らない。

 だが、確かにジャギの態度は子供らしからぬと思えるのは事実。……その事実は、随分長い事トキには引っかかる事になる。

 「……だけど、ジャギは私達の事を嫌いではない。むしろ仲良くなろうと接しているじゃないか、ラオウ」

 「……それが、本当に単純な好意……ならな」

 ……ラオウは決して心を許しはしない。トキを除く、全ての人々に。

 トキは逆に全てを受け入れようとする。ゆえに、敵意を抱かぬジャギも受け入れる。……全てに置いて逆の兄弟。

 だが、その根本で似通う部分が存在する。その部分はやがてジャギとの関係を変える。

 ……それは、未だ先の事だ。



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 ……一方、ジャギは悩んでいた。

 懊悩し、歯軋りをし。トキやラオウに接していた時とは異なる『自分』のまま苦悩し、冷静に物事に対処しようと必死だった。

 「……何でだ? ……何でなんだ?」




                           「何で……トキとラオウが現われて……奴が居ない?」



 ……ジャギは知っている。この世界は『あいつ』によって進む物語である事を。

 その存在なくして北斗の拳は進まず。ゆえに彼はそれだけを危惧しながら生き続けていた。

 けど、運命の日をじっと気を落ち着かせて出迎えてみれば……予想外の状況。ラオウ・トキしか訪れない事態。

 ジャギは人の前では平静を装っていたが、実際は冷や汗を垂れ流し事の重大性にどうすれば良いのかを考えていた。

 (……トキ・ラオウが訪れた、其処までは予想内だった。けど……何であいつが来ない!? これじゃあ歴史が可笑しくなるだろ!)

 ジャギは知っている。原作では最初北斗四兄弟として描写されていた北斗兄弟の歴史……そして、その末路を。

 ゆえに、彼は恐れている。その主人公たる人物が現在何処にいるのか不明な状態をだ。

 (……落ち着け、落ち着くんだ俺。……そうだ、時期が違うのかも知れないじゃねぇか。明確にラオウ・トキ……あいつが
 同時に寺院に伝承者候補として訪れた描写は一切ないんだから。……そうさ、大丈夫だ……大丈夫、問題ない……)

 「……ふぅ~~~~……っ」

 夜の外気を窓を開けて大きく吸い込みジャギは意識を切り替える。

 ……ラオウと仲良くなれるとは最初から期待はしていなかった。……アレは、自分の為に、その為に生きているのであって
 基本的にトキ以外に相容れる事はない。拳を交えれば仲良くなる可能性もあるが、それは賭けであるゆえにジャギには
 未だ危ない行動は出来ない。……安全牌として、聖者と未来で呼ばれるトキと今は友好を着実に作っておこう……そう考えた。

 「……大丈夫さ……きっと……生きれる」

 ……ラオウ・トキとの邂逅。……運命が廻り始めた事をジャギは実感し始めていた。

 僅かに走る頭痛を押し隠し、拳を突き出し彼は星空を睨みつける。

 憎いぐらいに……北斗七星は強く輝いていた。



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 ……そして、数日。……その日、トキとラオウは町へ出る事にした。

 当たり前だ。寺院で生活するだけでは日常用品は手に入らない。ゆえにリュウケンの許可を得て彼等は町へと出る。

 ラオウの今行っている修行は『一指禅功』。大樹に向かい一心不乱に指を突く修行を行っている。

 五指全体が紫色に鬱血する程にラオウは訓練を行い、そして、その痛みを感じぬように振る舞いながら彼は荷物を持つ。

 「……自分が持つよ。……兄さん」

 「構わん。この程度の痛みで挫ける俺ではないわ」

 ……彼の言葉は冷たくも優しさを秘めているのだとトキは知っている。……ゆえに時折り哀しくなる。彼の優しさを理解
 しえない周囲を。そして、その事に構わぬ彼の強さに……時々堪らなくなるけれど、それをトキは如何しようも出来ない。

 「……ぁ、ジャギ」

 「む……っ」

 ……彼等は、そんな折りにジャギを見つける。

 ……ジャギは誰かと談笑していた。それは良い、ジャギとて誰かと喋る相手は居るだろうから。問題はその表情。

 (……何と言うか……明るい顔だな)

 ……普段、トキやラオウに浮かべる笑顔は何か固く、それゆえにトキは今ひとつジャギに心を開く気になれずはいた。

 ……だが、遠目から見ると、そのジャギは子供特有の柔らかい笑みを携えて、バンダナを巻いた金髪の女子と喋っていた。

 「あいつも女の前ではただの子供と言う訳か……」

 そう、意外とは言わずとも普通の子供の面のジャギを見てラオウは鼻で一笑する。

 トキは、単純にジャギに心許せる人物が父以外に居る事に安堵した。……寺院の生活は自分やラオウを迎えて大きく変わる。
 ジャギは表面に出さずとも変化に戸惑っている筈だ。ならば、気が許せる人物が居る事はジャギにとって良い事だろうから……。

 そう、考える二人は方角的にジャギの前を通る事になる。

 それゆえに接近してきたラオウとトキにジャギは気がつき、手を上げて声を掛ける事になる。

 「よっ、兄者達買い物か?」

 ……数日、たった数日で自分達の存在を当たり前のように振舞うジャギ。

 その態度はやはり違和感が拭い去れず、特にラオウに警戒心を増させる行動だと、未だジャギは気が付けていない。

 「あぁ。少々足りない物をな……そちらはジャギの恋人か?」

 その言葉に……ジャギの側に居た女性は笑い声を上げた。

 ……空気を反響するような笑い声。そして、太陽に輝く笑み。その笑みは力強く、生命力を実感させた。

 「ジャギ、私達恋人だって! そう見えるんだねっ!」

 嬉しい、嬉しいと言う感情が彼女から迸る。トキは、ジャギに向けて笑顔を放つその女性が少し眩しく見えた。

 そして、面食らうでも無いが……ジャギはその女性の言葉に赤面する。

 ……数日間寺院の中では人らしい反応はあるもの、何か違和感が感じた感覚は既に抜き去られている。

 「あのなぁ……そんな事喜んで言う事じゃねぇだろうがアンナ!」

 照れ隠しや羞恥心を押し隠そうと必死に険しい表情を作ろうとしているが、その赤面が全てにおいて怒りと言う感情を台無しにしてる。

 ……アンナ。そう言う名前なのかとトキは単純に思い。ラオウも頭の中に名前を一つの記号として記憶する。

 「別に良いでしょ。だって、私ジャギの事好きだもん」

 「……あぁ~、ったく。……有難うな」

 諦めたように頭を掻きながら、空いた片手でアンナと言う名の女の子の頭をバンダナ越しにジャギは少し強めに撫でる。

 キャッキャッと軽く悲鳴交じりに声を出しつつ、猫のように目を細めてアンナと言う女の子が喜ぶ様を見て……トキは気付く。

 (? ……何だ? 見た目より何故か幼い気がするが……)

 「あ! ねぇねぇジャギ。今日ここ歩いてたらね」

 ジャギの手が離れると、思い出したようにアンナは喋る。

 「『お兄さんから事故で退行したって聞いたわ。お気の毒ね』って言われてお菓子貰ったの。ほらっ、こんなに一杯」

 ……アンナの明るい声とは裏腹に、ジャギとラオウ、トキの空気が一瞬にして静止した。

 「……そう、か。良かったなアンナ。……あぁ、リュウだけど少し散歩させておいてくれないか? こいつ、お前の家で
 良い物食ってるばかりが少し腹の部分が気になるからさ、アンナと一緒に競争させたら少しは痩せるだろ。アンナ、早いもんな」

 そう、最後にアンナを褒める言葉を加えると。アンナは嬉しそうに言う。

 「うんっ。私駆けっこは得意だからね。じゃあ、ジャギの言うとおり走ってくる!」

 ……リュウと言われた犬を連れて遠くへ走るアンナ。……三人になってジャギはトキとラオウへと視線を移す。

 その表情は先ほどの柔らかさは失せ、鉄のような固さが見て取れた。

 「……まぁ、解っただろうけど。あいつちょいと事故で精神的に幼くなったんだ。……だからまぁ……宜しく頼むわ」

 「……成る程」

 ……ジャギの二面性……その理由を見抜きラオウは小さな笑みと共に呟く。

 ……その笑みは決して良い意味でなく……ジャギを貶める為に紡がれる笑み。

 「あの女がお前の拳士になった理由と言う所か?」

 その言葉に片方の眉を上げるジャギは、無言で肯定を示した。

 「……リュウケンからはお前が父親を守りたいがゆえに拳を覚えたと聞いたが……どうも、アレを見た限り違うらしいな」

 「……兄者」

 ……ジャギは、能面のような顔に今や変わりながらラオウへ静かに言っていた。

 「……俺の事気に入らないようだって事は知ってる。……けどアンナに何かしようとか……思わないよな?」

 「……俺が気に食わん奴の女の事なんて気にすると思うのか?」

 それはラオウにとって侮辱。自分が敵と見なす物は自分の力で捻じ伏せるのみ。卑怯な手など、このラオウ自身の傷だ。

 だが、ジャギは睨むラオウに怯まず……空虚な瞳でずっとラオウを見つめていた。

 「……俺は、元々父親の為に強くなるって言ったのは本当だよ。……今でも親父を守る気持ちはあるさ。……けど」

 ……そこで口を切り、ジャギはアンナが去った方向へ顔を背け表情見せず言った。

 「……今は、あいつを守るのが俺の優先事項だ。……あいつを守るのが」

 ……その呟きはラオウには下らない理由だと思いつつ……そのジャギの雰囲気に何故か自分よりも何故か巨大に思え。

 そしてトキには、そのジャギがアンナへと見つめる姿が贖罪を続ける罪人のように何故か思えてしまった。

 ……トキ・ラオウ。彼等はジャギと邂逅した。

 未だ同じ世界に足は重ならずとも、その三人の出会いは以前の『世界』と異なるゆえに道筋をゆっくりと変えて行く。

 果たして……彼等にも救いは訪れるのだろうか?








  


           後書き


  現在、ジャギ八歳、トキ九歳、ラオウ十歳と言う設定。

  サウザー十歳、シン、ケンシロウ、ユダ、レイ七歳。シュウ十四歳。

  女性勢はアンナ十歳。そしてユリア達は七歳程度です。

 ……改めて思うけど、子供の口振りじゃないよね。北斗の拳のキャラクター




 



[29120] 【文曲編】第二十一話『描かれる悪意』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/08/29 18:30
 ラオウとトキが訪れても、ジャギの生活スタイルに変化はない。

 四時程に起きて軽く運動を行い、そしてリュウケンに挨拶がてら『北斗神拳を教えてくれ』と言って断られ。
 そしてラオウの修行する間にトキが自己鍛錬すると同時に自分も一緒に鍛錬する。……変わった所と言えばそれだけ。

 ……まぁ、しいて言うなら『一指禅功』の修行を隠れず自分も行う事が出来るようになった事が嬉しい誤差か。

 それと……。

 「……成る程、そのラオウとトキと言う者が北斗神拳を……ほぉ~……そうか」

 「何だそのわざとらしい反応は、シン」

 シンに兄が二人出来たと言う報告と、その兄が北斗神拳伝承者を育てると説明すると、シンは何故か安堵の溜息を吐いた。

 詰問すれば、どうも以前自分が襲われた時にリュウケンに固く口止めされていたので、もう隠す必要がないから安心したと言う。

 「やれやれ……お前が南斗聖拳を極めるまでは死んでも秘密にするつもりだったんだがな」

 「怖ぇよ」

 ケンシロウに、ユリアが生きている事を秘孔突かれても黙っていた男である。本気でやりかねないのがシンの怖さだ。

 「それで、お前はその……どうする気なんだ? 北斗神拳を学ぶ気なのか?」

 「……どうだろうな。……今はとりあえず南斗聖拳覚えるだけでも満足してるから。……わかんね」

 そう言うとシンは頷きながら安心の笑みをはっきりと覗かせた。……シンの気持ちも解る。自分が北斗神拳伝承者候補と
 なれば、今までのように時折り組み手やったりも出来ないだろうし、何よりフウゲンが良い顔をしないのは間違いない。
 北斗と南斗は今の所友好を保っていても、案外その繋がりは脆く下手すれば争いあう関係になっても可笑しくないのだから。

 「まぁ、俺はこのままのお前で良いと思うけどな」

 「……今のままねぇ」

 (今のままじゃ……『あの日』と同じように……)

 「……痛っ」

 「如何した? 平気か?」

 「ん? あ、あぁ。最近、何だか頭痛が多くてな」

 ラオウ・トキが訪れてから、その奇妙な頭痛は時折起こっていた。

 その頭痛は単なる痛みとは違い、瞬間的に熱を持ち頭に釘を刺されたような、頭蓋骨や脳を圧縮するような痛み。

 まるで昔味わった痛みがフラッシュバックするようだと、ジャギはすぐに消えるも、後を引く痛みに顰めつつ思うのだ。

 「……少し休養をとった方が良いぞ。ただでさえ、お前の場合無理な鍛錬をするからな」

 「……そうか?」

 「あぁ」

 南斗孤鷲拳伝承者候補シン。

 彼は最近では南斗獄屠拳以外にも別の拳を見につけようと自分の拳を高める為に強さを望み必死に鍛えようとしている。
 彼が強さを望む切欠になったのは最初の敗北。アンナを襲った犯人による敗北が彼の拳を磨く理由となった。

 恐らく、正史ならばジュガイ、及び別の拳士がその役割を担っていたかも知れない。

 だが、ジャギがシンの町に訪れた事が、彼の強さを欲す原因を早く創り上げる要因となったのだ。

 「最近な、ようやく一つの技が完成したんだ」

 「ほぉ……それ、見せて貰っても良いのか?」

 「まぁ、普通なら秘匿にするが……何時もお前の技を見せて貰っているしな。構わん、見せてやろう」

 本来、拳士の技と言うのは特性を知れば戦況を左右するので見せる事は皆無。

 だが、シンはジャギと本気で闘う事はないと確信するがゆえに、躊躇する事なくジャギへと技を見せる。

 ……ケンシロウよりも早く創られた絆。それもまた原作とは大きく異なる物だ。

 シンは木の柱に立ち、呼吸を整えて気を充実させる。

 そして、自分のタイミングが確保出来ると、目を大きく見開き一喝と共に叫んだ。



                                  南斗迫破斬!!!



 「おぉ!」

 思わず感嘆する程に凄まじい威力。

 地面すれすれから片手を渾身の力で振り上げ四本の斬撃により四つに縦に判れた木柱。拍手と共に四つの木片は地面に落ちた。

 「凄いな、その技。……南斗迫破斬、かぁ……独自で編み出したのか?」

 「まさか、な。……この修行場に訪れる拳士の技を盗んだんだよ。どうも訪れるタイミングはジャギと異なるから
 知らんだろうが、その拳士も南斗聖拳伝承者らしくな。少しの間この場所に訪れ最近は来てないが……実力は高い」

 シンが其処まで言うなら相当の人物だろう。……そう考えつつ、ジャギは少し疑問が沸き起こった。

 「南斗聖拳伝承者……って。何の伝承者なんだ?」

 「……そこまでは知らん。……まぁ、だが最近賑わせた犯人でない事は確かだと思うぞ」

 「何でそう言い切れるんだよ?」

 そのジャギの言葉に、シンは気負い無く言った。




                             「警察手帳が見えたからな。有り得ないだろ?」




   

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 「……また、犠牲者か……」

 オウガイはその日、一つの路地に重い顔をしながら見下ろしていた。

 其処に居るのは数人の警察官……それ以外には新たな被害者。

 ……南斗鳳凰拳伝承者オウガイ。政治的な部分及び警察関係の仕事にも南斗関わるならば南斗の権力者として関与する
 事が可能。ゆえに、オウガイはこの度起きた殺人事件に関し自ら出て事件現場を見る事を国家機構は許可した。

 「……酷い有様ですね、オウガイ様」

 その場に一人の男が現われる。……少し白髪交じりで鼻の下に産毛を生やした二十歳程の男性。その男性は南斗の十字を印す
 服を着こなし、憐れな仏に片手て合掌しつつオウガイに近づくと歩みを止めた。オウガイは、男の顔をじっと見て名を呟く。

 「……ハッカ」

 ……南斗飛燕拳の担い手ハッカ。

 南斗飛燕拳の担い手であるハッカは、従来南斗鳳凰拳に仕える拳士の一人。

 『天の覇王』でも暴君として君臨していたサウザーに仕えるのは、狂信的に南斗への忠誠固きゆえに。

 彼もまた、この度起きた事件が南斗であると知ると捜査に加わった人間の一人だった。

 「……お主の相棒であるリロンは如何した?」

 「あいつならば、死体を見て気分が悪くなったので少し離れた場所に」

 少しばかり頼りない相棒に、眉を下げるハッカの表情は少し困り気味。

 拳士であれば血を見るのは当たり前であろうに……とハッカは十五の頃には共に組んだリロンの事を最近少しだけ後悔し始めていた。

 「そう言うな。死体を見慣れて平気になるのは私のような人物だけで十分だ。……だが、今回の犠牲者を
 見てやはり私は確信した。……やはり、今回の事件の首謀者は……南斗の拳士である以外は考えられんな」

 そのオウガイの断言に、ハッカも仰々しく頷く。

 「えぇ。犠牲者を発見した時には既に死後硬直で傷口が変形していたがゆえに判断が困難でしたが、今回の犠牲者は
 運良く……失敬、死体は真新しく、それゆえに南斗聖拳の傷跡だとはっきり判明しましたからね。……最初は南斗の
 拳士の模倣した犯人である事を願いましたが。……どうやら本格的に拳士全員を招集する必要があるかも知れません」

 今すぐにでも私が……と、ハッカはオウガイの指示を待っている。

 彼の使命は子供の頃から刷り込まれる程に南斗の為にと心に刻まれている。それは洗脳かも知れないし、あるいは自分の
 意思だったかも知れない。とにかく、彼はオウガイの言葉あれば、直にでも南斗108派を集合させるつもりだった。

 「……いや、止そう。悪戯に拳士を集合させ何も判明出来なかった場合信頼を失くす。……ハッカ、今は耐えるのだ。
 このような所業を行った我等の仲間はもはや仲間で非ず。……きっと、鳳凰の拳の裁きが下されるであろう……」

 オウガイの瞳には鳳凰の炎が上っていた。

 自分が住まう空の下で悪しき鳥が光の影の中で暗躍している。……しかも理由なく、愉しむように……。

 それは、許されざる所業。オウガイは見つけ次第、その者に鉄槌を落とす決意を固めているのだった。

 「……ハッカ、辺りを調べたが警察の証拠品以外に目ぼしい物は見つからなかったよ」

 ……その時現われるのは、未だハッカより若い十八かそこらの拳士。

 その名はリロン。彼もまた南斗飛燕拳の使い手であり、ハッカと組む事により本来の実力よりも高い闘いを行う事が出来る。
 ……最も、若いゆえに未だ血を見たり死体を見れば多少精神的に揺れる一面も見られたが、成長すればそれも無くなるだろう。

 「何が辺りを調べただ。死体を見た瞬間吐きかけた者の台詞か?」

 「う……まぁ、それは謝る。……それよりも、オウガイ様、思うのですが最近の犠牲者なのですが……私の調べた
 記録に間違いなければ……どうも最近犯人の行動範囲が近くなったように思うのは気のせいでしょうか?」

 「……いや、お前の言うとおり気のせいではない」

 ……現われたリロンの言葉は正しい。……最近の被害者の場所は、どうも位置関係的に近い事がオウガイも不安だった。

 かなりの警戒をしているのに、まるで手をすり抜けるように事件が起きる。……その都度、何処かしら嘲笑うような
 視線をオウガイは感じ……彼は日増しに大きくなる不安を抑えつつ、事件が突然奇跡的に終わるのを願う。

 「今回この場所で事件が起こったのは運が悪いですね」

 ハッカは、顔色悪くリロンの疑問に続けて言葉を放つ。

 「……此処を離れてすぐに……南斗孤鷲拳伝承者フウゲン様がおらす町は目の前です。……もし、あの方と弟子の身に
 何かあれば……。特に、『殉星』を持つ者の身に何か起これば南斗の星に亀裂が……。まさか犯人は無差別を装いそれを……」

 オウガイは、ハッカの暗い予想を重苦しく首を横に振って否定する。

 「……未だ狙いは解らん。……だが、今まで無差別と思っていたこの事件……ハッカ、これを見よ」

 ……オウガイが取り出すのは一つの地図。

 その地図の中には……今まで死んだ人間達の場所が赤い印しで描かれていた。

 「……惨いですね。これ程の犠牲者が出たのは」

 「それもある。だが、私が言いたいのは……気付かぬか? ……この、赤い位置を見て……」

 リロンの言葉にオウガイは言いながら上げるのは……赤い点の位置。

 それにハッカとリロンは暫し見てから……驚愕の真実に気付いた。

 「!? ……星座」

 「……まさしく」

 ……今までばらばらで不規則な位置で行われた事件。……それはオウガイに言われ始めて気付くか星座の形に酷似していた。

 ……そして、今回の犠牲者の位置を照らし合わせるならば……。

 「……わし座、ふうちょう座、はと座、はくちょう座、つる座……」

 「くじゃく座、からす座……何て事だ……この事件は……まさしく」

 「……そう、恐ろしい事にこの所業を起こす輩は星座に見立てて殺人を犯している。……たった、それだけの理由で人を」

 ……南天に広がる星に見立てて人を殺す事件。

 そのような所業はただの連続殺人鬼とは違い知能犯であろう。

 ……だが、これで少しだけ希望が見えた。……もし、これが星座通りならば犯人の次の狙いは……。

 「……フウゲン殿の場所へ行こう」

 『はっ!』

 オウガイは思考を一巡させると力強く歩き出す。……この事件を……完全に自分の手で終わらせる為に。

 ……そのオウガイとハッカ・リロンの姿を……一つの人影がずっと様子を窺っていた。




   
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 「……最近、ジャギもシンも忙しくて私達寂しいよね~、リュウ」

 ……南斗の修行場近くでジャギとシンの組み手を見飽きてリュウを抱かかえてアンナは外に佇んでいた。

 ジャギとしてはアンナは目を離すと危険な目に遭うので側に四六時中居るのが一番良いが……流石にそれは限界ある。

 「……私十歳になったんだよね~。……けど」

 まじまじと手の平を見つめて……アンナは呟く。

 「何だか全然成長してない気がする……がっくし」

 ……アンナはジャギ達より二歳年上だ。それゆえに本来ならもっと背も伸び始めても良いのだが余り背が伸びない。 
 悩んでいるのをジャギに告白したら笑うだけだし、話し相手になるシンやサウザーからはいずれ伸びると言われただけだ。

 「……牛乳一杯飲んでるのになぁ~」

 リュウと言えばただ鳴いて同意するのみ。

 アンナは現在時間を持て余していた。何時もならジャギと一緒に過ごすので満足だが、そのジャギも忙しくて構えない。
 フウゲンも出かけてるがゆえに拳法を独自で修行しても余り面白くない。……アンナは至極退屈さを覚えていた。

 「……出かけちゃう? 一人で」

 そう呟くと、リュウは首を横に振りながら鳴く。

 「あはは冗談だよ。……けど、何でか皆、最近ピリピリしている気がするね」

 ……アンナの勘は鋭い。子供返りしたが相手がどのような状態が見抜くのは常人より跳びぬけている。

 それゆえに最近では大人達が何やら緊迫した気配を出しており、それはアンナにとっては余り心地よいとは言えなかった。

 そして、ジャギやシン、兄貴であるリーダーも意識して自分の側に居るようにしているのにアンナは既に気付いていた。

 「……あ~あ、もっと自由に遊びたいよね。リュウ」

 最近では南斗の里すら満足に行けない。リーダーが『余り遠くは旅路で何か起きるか解らないからな』と禁止したゆえに。

 アンナが溜息を吐いていると……一つの足音と気配が近づいてきた。

 (? ……ジャギ、シンじゃない気がする。……ジュガイ?)

 アンナは立ち上がりリュウと共にその人物に体を向ける。

 その人影は徐々に形作ると……アンナに向けて声を出していた。


 「……ここに、フウゲン様は居るかな?」

 ……その男の服装はスーツ。黒いスーツに黒ネクタイで刑事のようだとアンナは感じた。

 「フウゲンのお爺ちゃんなら今居ないよ?」

 「……お爺ちゃん? ……フウゲン様にお子さんは居ない筈だよね?」

 その人物は、首を傾げてアンナの顔をじっと見る。

 そのじろじろと自分を見る男に、アンナは少し居心地悪くなっていると。その後ろから何時も感じる暖かい気配を感じた。

 「……アンナ、如何かしたか?」

 「ジャギ、この人フウゲンのお爺ちゃんに用事だって」

 「……さっきも聞いたが……この娘、フウゲン様と如何言う関係なんだ?」

 「……あぁ~……」

 フウゲンに用があると言う人物。……アンナとフウゲンの関係と言うと上手く説明するは難しい。時折りアンナを孫娘
 見たいに可愛がっているし、時には拳法を教えて上げている。師でもあるし、また孫のような関係……複雑だ。

 「まぁ可愛がって貰っているって感じかな? ……あんたこそ一体何者だ?」

 「私か? 私は……」

 名乗ろうとする人物に、シンが小声でジャギに耳打ちした。

 「……この人だ。俺の南斗迫破斬の親である……」

 「こいつが?」

 ジャギはまじまじとその人物を見る。……撫で方でスーツを着る男。狐のように細い目。ボサボサの鳥の巣のような髪。

 だらしない感じが見える男性がシンの南斗迫破斬を使える人物……南斗聖拳の伝承者とはジャギには思えなかった。

 「……嘘だろ、おい」

 「何も嘘ではないんだけどね。……フウゲン様のお弟子さんの南斗孤鷲拳伝承者候補のシン君だろ。いやぁ~一度
 会ってみたかったんだよね。……あっ、今の内に出来ればサインとか貰っても良い? 何時か価値出るかも知れないし」

 「は、はぁ……」

 その、余りに普通な感じにシンも調子狂うのか色紙を渡されながら戸惑うばかり。

 ジャギと言えばその男の胡散臭さに半眼でアンナを背中に庇いつつ見ていた。

 「……あぁ、私が誰かって話だっけ? 私の名はトラフズク。刑事だよ、ほらっこれが警察手帳」

 そう言ってヒラヒラと出した警察手帳は……まさしく本物。

 (……頼り無さそうな刑事だな、おい)

 ジャギとしては、そのトラフズクと名乗る刑事の頼りなさに不安を。シンは修行場で見かけた時とは異なる感じに違和感を。

 二人の少年は訪れた警察をとりあえず中に招き入れた。

 
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 「……ふ~ん。それじゃあ君がアンナちゃんを襲った犯人に重傷を負わせたのか。凄いな、それは」

 「無我夢中だっただけだけどな」

 ……修行場一角で談笑する少年二人少女一人と刑事一人、おまけで犬一匹。

 トラフズクと言う刑事は、フウゲンが来るまで自分の身の上話や南斗に纏わる話、他にも世情などを面白可笑しく
 話していた。それをジャギとシンは気に入り、トラフズクと言う男に多少は好感を抱き始めていた。

 「いや、謙遜する事ないよ。その年で南斗聖拳の定義が扱えるのは凄いものだ。私なんてこの年になってようやくだよ」

 「……え? ならば、この前修行場で見せたあの技は」

 「あぁ、偶然だよ、偶然。五回中一回位の成功だもの。昔は南斗夜梟なんて目指したけど、ほらっ、こんな腕だもの」

 そう言って腕まくりした男の二の腕は脂肪で柔らかく。確かに拳士としては未熟だと二人は思った。

 「まぁ、南斗の拳士としては余り期待通りにならなかったけど、子供の頃から憧れていた刑事になれたのは嬉しかったなぁ」

 「へぇ、子供の頃からの夢だったのか」

 「あぁ、だから今が楽しいからね。……だから今回南斗拳士が行ったって言う事件は是非解決したいね。……自分の手で」

 そう、手を組んで決意を表明するトラフズクと言う男の眼光は強い。

 刑事としての使命か、正義の光を宿す男は確かに、ジャギの目からも悪人には見えなかった。

 「……それに、もう『南斗総演会』の時期が迫っている。私は南斗の権威が落ちない為にも、その前に解決したいんだ」

 「っそうだっ、もうそんな時期だった……!」

 額をピシャリと叩くシン。『南斗総演会』とは何ぞや? と言う顔するジャギとアンナに説明する。

 『南斗総演会』……正統南斗108派も含む南斗聖拳使いを一堂に集めて繰り広げる十年に一度の南斗の祭りと言える催し。

 南斗六星を初め多くの者達が寄り集まる。この日だけは世界中の南斗拳士が集まるのだ。

 「……うん? でも南斗の拳士が犯人なら。その時調べれば簡単なんじゃ」

 「そう言う問題ではないジャギ。……『南斗総演会』は南斗の伝統ある行事だ。この行事に国家機関たる警察の捜査を
 関与させる事は出来ない。また、もし今回の事件を終結しなければ、南斗は南斗の過失すら未解決で『南斗総演会』
 を出すような輩だと……そう暗に表明する事になる。……だからこそ、フウゲン様やオウガイ様も必死なのだ」

 ……これは所謂政治的な問題だ。

 南斗の拳士は、その実力ゆえに兵士としては有力だし、その他の特殊技能も国からすれば喉から欲しい人材が豊富。

 ゆえに南斗は国と対等な関係を行える拳士。言えば国から一つの資格として認められているのだ。

 「……犯罪者一人捕まえられぬようでは、多分『南斗総演会』過ぎても掴まらなければ世間の非難は必至……だからこそ
 今勢力を尽くして犯人逮捕に尽力を上げているんだが……相当な知能犯なようでね。一切手掛かりが無いんだよ、こいつが」

 警察であるトラフズクでさえお手上げの犯人。……その南斗の拳士とは一体何者なのだろう?

 「シン、その南斗総演会が開催されるのって何時だ?」

 「……大体二ヶ月だな」

 「二ヶ月……良しっ!」

 ジャギは、足を床に強く踏み鳴らし、拳を掲げると強く言い切った。

 「生まれて八年! 南斗聖拳でありて南斗邪狼拳の使い手であるこのジャギ様が、その悪党を絶対に二ヶ月で捕まえてやらぁ!」

 「そんで! 皆で晴れ晴れとした気分で南斗総演会を迎えてやろうぜ! シン!!」

 ジャギは最近になって暗雲広がる世間に歯痒かった。

 ならば……例え救世主になる事は出来ずとも……今だけは救世主の真似事で良いから自分の力を表明したい。

 ……それが……変わる切欠になると信じて。

 その、宣言にアンナは笑顔で拍手し、そしてシンはと言うと呆れたと言う面持ちながら、その前向きなジャギの姿勢
 に笑みを浮かべ……彼は自分も手を貸す事を心に決めつつ『無茶はするなよ』と釘を刺すのを忘れないのだった。






                                ……残り二ヶ月。




                              果たして暗闇に隠れる獣の正体は










      
            後書き



   今回書いて自分にミステリーはとてもじゃないが無理だと解ったよ。


   因みにリンレイとロフウの結婚式をネタに書こうと思っていたのですが、リンレイとロフウの結婚時期って多分
 未だレイやアミバを弟子にする前の時期だから不可能だと思い断念しました。……北斗の拳のキャラの
 結婚式の場面ってほとんど無いよね。全部その前に襲われて台無しになっちゃってるもの。



[29120] 【文曲編】第二十二話『南斗飛龍拳の使い手』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/08/30 13:37

 
 ……ジャギが力強く拳を掲げて宣言する中。事態は犯人逮捕を目指し裏では慌しい動きが行われていた。

 「……これを見て欲しい」

 そう、オウガイはフウゲンの居る場所へと赴き、ハッカ・リロンを率いれて自分が見つけた事件の法則を教える。

 ……今回行われている連続殺人。それらは地図の上から見ると星座に見立てられると言う事実。それにはフウゲンも
 オウガイの発見した事実に驚き、そしてそれらが導かれる答えにフウゲンも長年経た経験の知識から直見抜いた。

 「……となると、次は南斗の里……か?」

 「えぇ……この星座が描かれるのは正しくカニ座……南斗の里を犯人が襲えばカニ座の形へとなります」

 オウガイの言葉に呼ばれた警察関係者も驚く。今まで混迷していた事件に解決の光が差した事に俄かに活気付く。

 「……犯人は実力者。我々も同行しますが、不安はあります」

 「フウゲン殿。貴方の助力も何卒願いたい」

 ハッカ・リロンはフウゲンへと頭を下げる。

 オウガイ一人でも南斗の里を襲おうとする犯人を捻じ伏せられるとは思える。だが、南斗の拳士の中には毒を、幻術を
 使うような危険な輩とて例外ながら存在する。もし、そのような相手ならばオウガイだけでは危険が及ぶかも知れない。

 フウゲンは言わばオウガイの目の届かぬ部分の盾として助力を願われているのだ。

 「……事情は大体わかった。……私も町を離れるのは心許ないが……それが南斗の里の為になるらば……手を貸しましょう」

 ……これにより、ある一定の期間。フウゲンはシンとジュガイが修行する町から離れる事になる。

 現南斗聖拳伝承者四人……南斗総演会の期限までに全力を尽くすつもりである。



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 ……一人の男が居る。

 その男の体は180前後の大きさで筋肉は固くどう考えても一般人には見えない気配を醸し出していた。

 体からは酒の香りが染み付き、呼吸する度に男の口からは酒の匂いが出る。……だが、顔からは酔いは確認出来ない。

 黒いサングラスで顔を隠し、そして首元から揺らすのは……鳥の爪を模したアクセサリー。

 男はじっと建物を睨みつけ……そして数秒後にその建物に入った。

 「……誰も居ないのか?」

 大きめの声で男は喋りながら広い空間へと乗り込む。少しばかり先程まで溜まっていた熱気を感じ取りつつ奥へと入り込む。

 男は、そしてある人物を発見する……子供だ。その子供は犬を撫でながら自分に背を向けていた。

 丁度良いとばかりに男はその子供へと近づく。バンダナから零れた金髪の子供に、男はゆっくりと……足を進ませて。
 
 犬は、その男に気付き今まで撫でられ横になっていた体を起こす。……子供も男の影が視界に入り、気が付き振り返った。

 「おい」

 男は、その強面の顔を近づかせ首からブレスレットを小さく揺らし子供に顔を近づける。

 「お前、ちょいと聞きたい事があるんだが……」

 ……そして、その子供は見る見る内に顔を歪め……。

 


 ……泣いた。




 「ふええええぇ……!!」

 「は? ちょ、待てっ、泣く……」

 男は……アンナが突然泣き出した事にうろたえ如何するか思案し……ドタドタと激しい足音が背後から迫る事に気付いて……!

 「アンナから離れろやヤクザがぁ!!」

 「誰がヤクザだおらぁ!!?」

 ……飛び出して跳び蹴りを放つジャギに応戦し乱闘と化し……それを追いついたシンがやれやれと見るのだった。


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 「……ったく、こちとら町の事情に詳しいフウゲン様に用事あって来たのによ……出迎えの挨拶がこれかよ」

 ブツブツと強面の男はジャギによって細かい傷が付いた顔に絆創膏を張り付けながら文句を言う。

 それを、弟子たるシンはばつが悪そうに。ジャギは男に数発殴られたので同じように湿布を張りつつ半眼で男へと言い返した。

 「あんたこそ行き成り此処へ入ってきてアンナを襲おうとしているような体勢になってたんだから自業自得だろうが」

 「だからって行き成り跳び蹴りするか、普通!? ……そりゃ子供には怖がられるのは慣れてるけどよぉ」

 男は、そう言いながらアンナに『行き成り顔近づけて御免よ』とおなざりに謝罪しつつ手で御免のポーズを取る。

 今まで見知らぬ男性……しかも行き成り急接近して印象が悪い状態のアンナは多少涙目でジャギの背中から離れない。

 別にその男に対し嫌悪している訳ではない。……ただ、アンナはその男の風貌が単純に怖いだけだ。

 「悪いんだけどよ。こいつ、男性駄目なんだよ」

 「……なぁる程。まっ、そいなら突然泣かれて、お前に蹴られても仕方がないか。まっ、これでお相子だ、お相子」

 そう、男はヒラヒラと手を振って先程起きた出来事を終わらせる。シンは、そんな男へと今まで聞こうとした事について尋ねた。

 「で……フウゲン様に用があると言いましたが……誰なんですか?」

 その言葉に、男はぶっきらぼうに『誰でも良いだろ』と正体を明かさない。

 怪しさばりばりの男に二人の少年の目線は険しくなる。だが、男はシンの答えには応じないが、二人の疑惑の目を払いつつ答える。

 「俺様の名はウワバミ。南斗飛龍拳の使い手でお前等の大先輩だぞ、こちとら」

 胸を張って、自分は南斗の拳士なんだとアピールする男。酒の香りを充満させつつ大見得切る姿は少しばかり大人気ない。

 「何!? 南斗飛龍拳の使い手だと!?」

 そう、ジャギは驚愕の顔を作ってから……。

 「……いや、そんな拳法知らないんだけど」

 そう言い返し、男はそれを聞いてつんのめった。

 ジャギは、そんなノリの良い反応を見せる男に関西人っぽさを感じ、シンは警戒を少しだけ弱めた。

 「っはっ! 予想通りの言葉だぜっ、おい! ……今時のガキは南斗飛龍拳も知らねぇのかよ。昔々は108派の上位にも
 入れたのによ。……今じゃ正式に鳥の名が用いられなければならねぇって……ったくんな物適当で良いだろ適当で……」

 「なぁ……結局あんた何しに来たんだ」

 その言葉に、ぶつぶつ世間へと文句を吐いてた男は気を取り直してとばかりに三人に対し喋り始める。

 何でも、連続殺人鬼についての調査を、このウワバミと言う男もしているらしくそれで町の情報を教えて欲しく来たらしい。

 「……何でこの町の情報を?」

 「そりゃ、部外者には教えられねぇな」

 そう、煙草を咥えて(すぐにジャギに注意され、渋々仕舞ったが)悪い笑みでシンの言葉をはぐらかす。

 その後も男の目的をそれとなく聞いてみたが……まったくもって肝心の聞きたい事ははぐらかした。

 そのままフウゲンが今日は帰らない事をやってきた大人に聞くと『初対面の奴を行き成り蹴るのは止めろよ』と有り難くない
 忠告をした後、男は乱暴にジャギ、シン、アンナの頭を乱暴に撫でてから帰り去ったのであった。

 「……結局、名前ぐらいしか奴の事解らなかったな……南斗飛龍拳を使うとか聞いたが……」

 シンはそう言いながらクシャクシャになった髪を整え疲れた顔をする。

 「まあ、俺が想像する連続殺人犯って感じではないから白だな、多分。……つうか昼から酒呑むような奴が捜査って……」

 前に来たトラフズクよりは闘えば頼りになりそうだが、頭脳を使う感じでは無さそうだったので別の意味で不安だ。

 アンナはと言うと、リュウを抱きしめながら目を瞑り舌を出して去ってくウワバミを見送った……余程気に食わなかったらしい。
 
 (……あれ? そういやアンナの奴頭撫でられたけど平気だったような……?)

 そうジャギは思いつつも、今となっては先程の男は去り答えは得られぬまま。……釈然としないまま寺院へ戻る羽目となった。


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 階段を登りきり、水平の地面がやっと見えると響き渡る一つの音。

 それは飽くなくラオウが拳の修行をしている音だ。

 「……お帰りジャギ」

 「おう、兄者」

 迎えの声を寄越してくれるのはトキ一人だ。……町へ出る以外ではトキとは寺院で友好的に接しようとしているのは
 実を結んで入る。その証拠に、帰ってくればトキは常に笑みを携えてジャギの帰りを出迎えてくれるのだから。

 ある意味、アンナと居る時とは違った安心感をジャギはトキには抱いている。ケンシロウとは違う意味での正義の人。
 トキは、子供の頃から神童でもあり、そして聖者の卵でもあるのだ。……正直、ラオウにトキの爪の垢でも煎じて飲ませたい。

 ラオウは、ジャギが帰って来たのを見ても、一瞥するだけで修行に戻るのみ。

 ジャギも、ラオウが自分の事を気に入らないのを知っているのであえて構いはしない。薮蛇を突付く気はさらさら無いのだ。

 トキに、現在南斗で話題に上る殺人事件の事について話し始めるジャギ。この話題は前にもトキには話している。

 「……それでよ、俺が思うに犯人は近くに潜伏していると思うんだ。だって行動範囲が狭いって事はその分犯人も
 近くに居る可能性が高いって事だろ? 第一、最近じゃ南斗の人達が素性の知れない人間は全員調査してるらしいしな」

 「そうだな、ジャギの言うとおりかもな」

 トキはジャギの推理に関して否定する事はない。

 何がジャギの解らない所があったり、そして助力を頼まれれば手伝う……そう言うスタンスだ。

 「兄者も南斗の町に行けば良いのに。楽しいぜ?」

 「……自分は、北斗の拳法を学ぼうとしているからな。……おいそれと南斗の町へ行くのは……少しな」

 困りながら笑みを浮かべられればジャギもそれ以上強制はしない。何しろ、トキは北斗神拳を目指すのは既に知覚済み。

 ゆえに、彼が南斗に関連する場所へ行くのは北斗の道を進む身としては後ろめたいのだろう、色々と。

 「……トキの言うとおりだジャギ。……貴様こそ南斗の拳士に本気でなるのならこの寺院からもう出ても良いのではないか?」

 「っ兄さん……!」

 ラオウは、目も暮れず大樹だけに手集中しながらジャギに言う言葉は素っ気無い。

 トキは、ラオウの言葉を諌めようと強い口調で呼びかけるが、それもラオウには効果ない。

 「……此処は俺の家だぜ兄者。それを、忘れるなよ」

 ……ジャギは、半眼でラオウへと告げる。……まるであえて挑発するように、その言葉には棘が含まれている。

 それと同時にラオウの修行の為に突くのに使用されていた樹は軽く皹を作られた。ようやく、ラオウはジャギをまともに見た。

 「……驕るなよ、ジャギ」

 その目には怒りだけが燃えていた。……ジャギも、怯む事なくその瞳を凍るような瞳で見つめ返す。

 トキは、そんな二人を止める術が見当たらず。ただ口を閉じて見守るしか出来ない。

 「……ラオウ、順調か?」

 ……その二人の緊迫した空気を壊したのは……リュウケンだった。

 「……えぇ、師父」

 「ジャギ、お前も帰ってきたか。……怪我はないか?」

 「あぁ、父さん」

 ……二人がリュウケンに向ける表情は奇しくも同じ。先程までの表情を僅かに残した固いままの表情でリュウケンに返事をする。

 リュウケンは、そんな二人の様子に心の中で首を捻り。トキは、顔を合わせれば敵対し合うこの二人の関係に頭を悩ませるのだった。






 「……あ~あ、また、やっちまった」

 ……ジャギは、寺院の自室で頭を悩ます。

 ……本来ならラオウとも仲の良い関係を築きたいのに。どうも、ラオウとは意思の疎通に弊害が出てしまい結果的に悪くなる。

 挨拶でも無視されるし、修行している時に声を掛ければ邪魔だと言われ。食事中も無言……結果的に自分を避けていた。

 無論、ジャギもアンナと共に居る時に敵意を含んだ言葉を言われ一瞬頭に血が上り余り良い言葉を掛けなかった事も原因がある。

 「だけど、あそこまで俺に敵意を向けなくて良いだろ……」

 五歳から鍛えてた事が、まさかラオウとの関係を悪化させる事に繋がるとは予想外だった。

 「……ラオウって子供の頃もあんなだっけ?」

 原作の回想ではトキを担いで谷底から這い上がったり、過去には常にラオウとトキが共に居た場面はかなりあった。

 ゆえに、彼がトキの事を信頼してるのは既存の事実。だが、その他に関してあそこまで敵対心があるとは知らなかった。

 「……リュウに対しても無関心だったしな」

 一応秘密兵器? として修羅の国でカイオウの飼い犬と同じ名前にしたのに、ラオウと言えばまったく興味を見せない。

 一度、ラオウの部屋に何故かリュウが乗り込んだ時があったのだが、蹴り飛ばしはせずとも、尻尾を持ってジャギの
 部屋へと乗り込み投げ渡した事があった程だ。……未だマシな方なのかも知れないがリュウに何か思い入れは無さそうだ。

 「……けど、ちょいと変だよな」

 トキに、それとなく出身地で何処なんだ? と聞いた事がある。そうすると決まって××の方(日本の地名)だよと答える
 のだが、トキとラオウが修羅の国の出身だと自分は知っている。……ならば、何故嘘を吐く必要がある?

 「トキが嘘吐いてる素振りはなかったしな」

 トキは正直者……と言うか嘘も方便と言う状況でない限り他人に嘘を吐くのは苦手なタイプの筈だ。

 ……この件については、何時か自分でもう少し掘り下げて調べる必要があるかも知れないと思いつつ、ジャギは眠るのだった。


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 「……今日も、フウゲン様なら居りませんよ」

 「あぁ~、わかってる、わかってる。今日はお前さんだけか? あの生意気そうなガキと泣き虫な奴はいないな」

 ……フウゲンが最近出かけてるので、最近では南斗の拳法を習いに来る子供は少ない。言い方を変えれば夏期休暇である。

 そんな時でもシンは熱心に拳の修行をする。むしろ、人が居ないので好きに使えるこの時期はシンにとって都合が良いのだ。

 そんな自分の時間を邪魔する男。……突然訪問して来た……ウワバミ。

 「フウゲン様に用がるのでしょ? 出かけている場所なら教えますから帰ってください」

 「つれない事言うなって……あの、ジャギって言ったか? 面白い経歴だよな」

 ピク、とウワバミと言う男の言葉に拳を止める。ウワバミは笑いつつ言う。

 「北斗の寺院で育ち、南斗孤鷲拳伝承者フウゲン様の下で今は拳法を習っている。……北斗の寺院って言えば
 確かちょっとした噂があるんだよな。……伝説の暗殺拳だとか……南斗乱れし時に現る予言とか……色々と」

 ……サングラスを掛けたウワバミの瞳は読めない。シンはこの男が何のつもりで此処に来たのかますます警戒しつつ問う。

 「……ジャギの事を調べて何のつもりだ?」

 「何……この町で起きた事件の犯人を撃退したって言う子供だからな。気になるのは当然だ。……あぁ、勿論あんたにもな」

 男はすっ呆けた様子でそう言うが、不安は拭い去れない。

 ……その時、トラフズクの言葉が過ぎった。

 『……何でも、被害者の顔には爪で引っ掻いたような傷跡が残ってたと言う事だ』

 『被害者の顔には爪で引っ掻いたような傷跡が残って』

 『爪で引っ掻いたような……』

 ……シンの顔強張っていた。……ウワバミはそんなシンの顔を不思議そうに見つめる。

 「……具合悪そうだが平気か?」

 「……あぁ、問題ない。……それより、一つ聞いても良いか? 貴方が南斗の拳士だと言うなら技を見せて貰いたいのだが」

 「はぁ? 何で俺が……っと言いたい所だが。……あんた南斗孤鷲拳伝承者候補なんたっけ? まっ、構わんぜ」

 将来優秀な人材なら、今の内に恩を売っとけとばかりに真昼間から酒を飲んでたのだろう。ふらついた足で木材に立つ。

 ……男が南斗飛龍拳を使う様子をじっとシンは見ながら、心の中ではずっと思案していた。

 (……確かに怪しすぎる人物。……やはり、この男が犯人なのか? ……いや、未だ結論付けるには早い……か)

 ウワバミと言う南斗飛龍拳の使い手。その技をじっと見ながら、不安を押し殺しシンは鷲のように鋭い目でウワバミを観察するのだった。



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 ……その日、アンナは珍しくもリーダーの場所に居た。

 と言っても、リーダーが居ると言う事は自分の家と言う事。その場所で不貞腐れたようにカウンターに座っていた。

 「……つまんない」

 最近、物騒な事件が発生している為。ジャギが同行しない限りアンナは外に出るのはリーダーから止められている。

 リーダーは『絶対に家から出るなよ』っと釘を刺し。もし、出ようものなら不良仲間に捕獲するよう頼んでいるのだ。

 アンナは、以前の事件のお陰で前ほど行動的ではなくなっている。

 窓から飛び出そうにも怖いから無理だし、入り口は固められているので不可能。

 ゆえに、顔をカウンターに乗っけて腐っていると言う訳だ。

 「……あん? お前は……」

 そんな時、自分の家及びバーへと乗り込んできたのは一人の男。……アンナは顔を上げて声の方へ振り向く。

 「……あ」

 「……なんだ、ここお前ん家か」

 ……現われたのは……ウワバミだった。




 ※        ※          ※         ※        ※       ※        ※



 
 ……突然現われたウワバミ。どうやらシンの元から帰り酒を欲してアンナの場所へ偶然寄ったらしい。

 補足としては、アンナの家の下はちょっとしたバーなのだ。それゆえにアルコール類は勿論置いてあった。

 「しっかし……兄妹で此処で暮らしてるとはね。……何て言うか、お前も苦労してるんだなぁ」

 そう、その男はサングラス越しにまじまじとアンナを見るので、アンナも余り気分良くなく自分の飲み物を口にしていた。

 「……何でじろじろ見るの?」

 「……いや、何でも」

 男は、アンナに言われてようやく決まり悪そうに目線を外し自分の飲み物に口つけた。

 ……アンナは自分でも不思議だった。このウワバミと言う男性は正直苦手意識はあるが、別に恐怖はない。

 最初行き成り驚かせるように顔面を近づけられ泣いたが、今は別に普通だしアンナとしてはこの男に普通に喋れた。

 「ウワバミぃ……だっけ?」

 「ウワバミだウワバミ。……アンナだっけか。……その、な。……辛い事あってもな、それって何時か乗り越えなくちゃ
 いけないんだ。……こんな事ガキに言っても仕方がないけどよ。……それでも俺の気がすまないから言うわ」

 そう言って、酒が入ったグラスを片手にウワバミと言う男は言うのだった。

 「……苦しい事は何時か終わる。雨が降れば晴れる。……お天道様ってのはちゃんとなお前の事も見てるんだよ。
 俺の拳には飛龍ってのが付いている。これって昔は龍ってのがいてよ、それが人を守っていたって話しなんだ」

 「……だからよ、上手い事は言えないが……お前の事を天ってのは見守ってるって話だ……だから苦しくても負けんなよ?」

 ……後は雑談。男は適当に話を切り上げ酔いが回った頃に金を置いてフラフラと帰る。またアンナの頭を一撫でしてた。

 ……アンナは頭を押さえながら……じっとそのウワバミの言葉が頭に廻る。

 『……苦しい事は……何時か終わる』

 「……何だろう、……何だか……前にどっかで聞いた気がする」

 アンナは何かを思い出しそうになりながら……その日の終わりまでずっとその言葉を考えるのだった。






                          ……そして、南斗総演会まであと一ヶ月





                          ……その日、運命の日は訪れた……。









           
            後書き



  クローズとかそう言うのに出てくる不良の感じがウワバミです。

  彼が使う拳法はシンがアニメで使っていた拳法です。それが使えます。

  ……他にもオリジナル南斗拳士が出るか……まぁそこまで重要キャラでは無いので大目に見てくださいな










[29120] 【文曲編】第二十三話『動き始めた歯車』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/09/02 11:20

 ……南斗の里。その里は本来ならば木々のざわめき、小鳥の声を除けば常に静けさで守られた穏やかな里である。

 だが、最近になってその静けさにも段々皹が入られてきた。

 里の中心にある寺院に似た建物では、豊満な髭を蓄えた南斗聖司教が慌しく統率された制服の人々を憂い顔で見守っている。

 ……そして、その風景を南斗の里にある小高い丘で見守る複数の人影があった。

 「……由々しき事態かな。この里に悪意ある者が入り込む可能性があるとは。……天の動きと合わさり嫌な感じだ」

 そう呟き雲行きの怪しい空を見上げる人物……『海』のリハクは憂い顔で里の様子を見下ろせる場所に佇んでいた。

 「……天の動きは幾度にも変わる。気にする事ではない、リハク殿」

 その言葉に対し理論的に返事をする者は冷気を帯びた風を微動だにせず同じ温度を保った瞳で里を鋭く観察していた。

 その者はリュウガ。彼もまたリハクと共に里を見渡せる場所に佇んでいる。

 「リュウガよ。その悪しき者……殺人鬼がユリア様を狙うと思うか?」

 リハクの不安の中心はそれ。南斗の里へ訪れたオウガイにフウゲン。彼等の話はダーマからリハクに伝えられ、そして
 ユリアを守護すべし『南斗五車星』を緊急に召集し、今現在異変があるかを見守っている所であった。

 「……幾人も手に掛け、星の図になぞらえると言う奇行。……そのような者が本当に訪れたならば……」

 ユリア様を守りきれるのか? リハクは自身の実力は南斗の伝承者にも劣らぬとは思っている。だが、戦争は終わり日々
 ある程度は平和な日常に同化しつつある自分の拳が、未知なる敵に通ずるかと言う懸念も少なからずあるのだった。

 その、独白に対し数える程の歳であるリュウガは大人びた発言でリハクに応じる。

 「南斗の拳士の最高格であるオウガイ様に、孤鷲拳伝承者のフウゲン様が居るならば最悪の可能性は防げるでしょう。 
 ……私達の役目は万が一の可能性を一撮み程に小さくする事。……自分は自分の出来る事をするつもりですよ」

 「最もな言葉だな。……だが、それでも」

 不安が消えん。と続けようとするリハクに、突如二人分の声が上がった。

 「大丈夫ですよリハク殿。ユリア様に、この里の民に危機あれば我がヒューイは風の如く駆けつけ闇を吹き払い」

 「そして、このシュレンが里の悪意を焼き尽くして見せましょう。我等二人と、リハク殿にリュウガも居るのですから」

 ……若い声。そして現われるは、炎のような髪と、相なす涼風を思わす水色の髪の毛を靡かせる二人の少年。

 彼等の名は『風』のヒューイ、『炎』のシュレン。南斗五車星の守り手であり、兄弟でもある二人の声は自信に溢れていた。

 ……その炎風の如く気合を上げようとする二人に、霜の矢を突き刺すように冷たい声がヒューイとシュレンに降り注いだ。

 「……今のお前達の実力が、通ずる相手ならばな」

 その言葉を射たのはリュウガ。彼の言葉に兄弟は憤り口を開く。

 「おいリュウガ。その言葉では俺達が実力不足とでも言いたげだな」

 「ヒューイの言う通りだ。俺の実力と、ヒューイの実力を合わせれば南斗の伝承者以上の実力が出せるのだぞ」

 彼等兄弟の性質は『風』と『炎』。ヒューイの風(精神)が強く吹くならば、シュレンの炎(魂)が強く燃え上がる。

 例え大量殺人鬼だろうとなんだろうと互角に闘えると、彼等は本気で思っていた。……が。

 「……未知の相手に対し、一番危険なのは自分の力を過信する事だ。……もし、俺がその里を襲撃する者ならば。常人を
 装い人を襲うであろう。……今のお前達の想像の敵は武器を携えながら真っ向から挑んでくるような間抜け……現実は違う。
 人を平気で幾多に掛ける輩の精神は逸脱している。……俺ならばお前達のように闘いはしない。……少しでもユリアの側にいる」

 その消極的とも言える理論は、リハクからすれば正しく、ヒューイ・シュレンからすれば戦士の面汚しとも言える言葉であった。

 「リュウガ、何だその言い方は。お前には南斗を守る使命を持たないのか」

 「ユリア様を守るは重要な事。だが、その言い方では里の者の命などどうも思わないと同じ」

 「あぁ」

 ヒューイ・シュレンの言葉を遮り、リュウガは止めの言葉を放った。

 「俺の守るべき者……それはユリア」

 「……他など如何でも良い。里の者を守るは訪れた鳳凰拳と孤鷲拳の者と……お前達で勝手にやれ」

 そう言って立ち去る彼の方向は……ユリアを里の者にも見つからぬ隠れ家へ。

 リュウガの言葉に暫し閉口した二人だったが。リュウガの気配が完全に無くなったと同時に気炎に彼の態度に不平を言い始める。

 ……リハクだけが、海より深い哀しみを秘めた瞳でリュウガの意図を見抜いていた。

 (……不憫なものだ。星の宿命から孤独に成ろうとする様も、そして心の中では人々を想いながら、それを押し隠す生き方も。
 ……我等三人を除き、『山』と『雲』が欠け不安定な状態である事も暗に指摘した事を、ヒューイやシュレンに解れと
 言うのは困難な事。……常に人の事を深く考えているのに、誰にも理解されてくれぬとは……神はなんと残酷な事か)

 リハクは、自分からリュウガの気持ちを周囲へと知らしめる事は無理だと感じている。

 例え、百歩譲りその言葉を人々が受け取ろうと、リュウガ自身が人々に対し自分の意図を伝える事は無いだろうから。

 (……何時か、リュウガ様の凍る心を溶かしてくれるのだろうか。……そして、『山』と『雲』はいずれ見つかるのだろうか?)

 その願いを未だ明るくも向こう側に輝いているだろう南斗の星を仰ぐリハク。

 彼は知らぬ。未知なる殺人鬼と等しい数の命を屠りし鬼が『山』となる事を。

 彼は知らぬ。求める『雲』は彼が守護し者のもう一人の兄であり、そしてその運命を知らず愛を抱き、悲劇的な真実を
 後に思い知り、その突発的な喪失に『彷徨の雲』となる天狼の腹違いの弟の事を、彼の目をもってしても見抜けない。

 ……里は相も変わらず、少しばかり慌しさが見えていた。



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 ……場所は変わり一つの町、一つの修行場。

 鉄柱を相手に技を繰り出す少年が一人。金髪を乱し、多数の拳打、手刀、爪撃を繰り出す彼の体からは湯気が出ている。

 「……くそっ!」

 だが、彼は満足出来ず苛立ち紛れに鉄柱を殴りつける。……習得しようとしているのは来訪した一人の男の拳。

 この修行場へ訪れた男の拳で目によって覚えようとした技は三つ。

 一つは警察機構であり、今騒がれる殺人鬼を捕まえようとする者が唯一身に付けたと言う技。

 もう二つは正体不明の男、南斗の拳士と言う事と名前以外は何も明かさぬ常人とは異なった風貌を宿した男の技。

 前者は何とか様となり、後者の方を身につけようとするも、彼は焦りを帯びていた。

 (あの男の技……ただの乱打や、貫手を連続で繰り出していたのではない。……見た目と違い洗練されていたのがわかる。
 ……あれは幾度にも渡る修行で培われた技だ。……今の俺で身に付けられるかは……五分五分と言ったところか)

 フウゲンにさえ内緒で技を覚えようとしているシン。彼が技を覚える理由は端的に言えば強さを身に付ける為。

 多くの技はその分戦略を増やせる。孤鷲拳を身に付けるだけでも確かにフウゲンと同じ程には強く成れるとは思っている。

 だが、シンにはそれ以上の強さを望んでいた。それは、一度味わった敗北が彼を高みへの欲望と執念を芽生えさせ、そして
 何よりも自分が出会った友に負けたくないと言う気持ちが心の中を飛び交っていたからだ。ゆえに彼は自分を苛め抜いていた。

 傷だらけの両手。軟膏を塗りつけ痛みを食いしばり彼は続ける。

 ……それは、夜遅くまで続けられた。





 「……ただ、いま」

 ……月が輝き、空腹と疲労が満ちる中彼は帰省する。

 「シンっ。……顔を洗って、食事にしましょう」

 それを出迎えるのは、彼が敬愛する者……シンの母である。

 同じ金色の髪。そして輪郭などの細かい部分とスラリとした女性特有の丸みを帯びた体さへ除けば大人のシンと言われても
 見間違える容姿。彼女の瞳だけはシンと違い透明に近い黒色をしていた。彼女はシンの修行から終えた後の酷い格好に
 心配はするが、彼の将来を考えれば口に出すような真似はせず、ただ彼の疲労を労う事を優先していた。

 「……うんっ、帰ったかシン。……今日もまた随分な格好だな。ほらっ、今日はお前も好きなオムレツだぞ」

 「貴方、オムレツじゃなくてオムライスよ」

 父の味覚を受け継ぐシンは、父と同じく母の手料理は大好きである。

 出されたオムライスにはケチャップで花丸が描かれている。その子供っぽい事に関しては正直最近些細な抵抗感を感ずる
 のだが、ニコニコとした顔で自分に料理を出す母親の顔を見ると、それに抗議する事さえシンは馬鹿馬鹿しく思え何も言わない。

 「どう最近の修行は? フウゲン様の師事をちゃんと聞いている?」

 「物騒な事件でお前も最近は一人で修行だろう? 師がいなくとも真面目に鍛錬するのは良いが、根を詰めすぎるのも毒だぞ?」

 シンの両親は彼を大いに愛している。その情愛は見知らぬジャギやアンナを受け入れる程に深かった。

 彼はその愛情を受けて過ごしてきた。そして、彼もまた両親の愛に応えるには拳を磨く事が恩返しだとも考えの中に入っている。

 「同じように何時もの技の練習です。それに、同門のジュガイならもっと厳しく修行しているでしょう」

 ジュガイ、彼は最近では南斗孤鷲拳に関し師事を師父から仰ぐ以外は修行場にも来ない。

 既にジュガイは『南斗獄屠拳』の型は出来ている。それ以外に孤鷲拳は奥義以外には何も無い。

 ゆえに、既に彼が修行場を抜けるも自然。山林に囲まれ、飢渇を耐え忍び修行する日々を彼は選び取った。

 「……彼か、夜は冷え込むだろうに。……拳の道を極めるにしても、無茶な事をするな」

 「シン、貴方は止めてね? 私、貴方が山篭りなんてして死んだりしたら泣くわよ」

 父と母は釘を刺す。シンが過酷な環境で修行出来ぬ訳は、ある意味平凡過ぎる理由も含まれている事がこれで解った。

 それに肯定しつつ、彼は口に料理を運びながら、少しだけ周囲が静かだと気付いた。

 それは、ある時期から起きた静けさ。もう馴染んだ筈なのに、時折疲弊が激しい時は思い出され、寂しさがフッと過ぎる。

 「……あの二人がいないのは……少し寂しいな」

 正直に漏れた言葉。以前ならば泣き言も口にしない彼が漏らす本音。

 その言葉に、両親も食事の手を止めて深く頷いた。

 「そうだな。……もう一人の息子と娘が同時にいなくなったようなものだからな」

 「そうね……ジャギは何時も貴方と一緒に修行してる時の話をしてくれたし。アンナと一緒にお料理した時もねぇ……」

 ……半年はこの家に二人の少年少女が家族となっていた。

 彼ら両親はシン一人でも満足ではあった。だが、年々子供っぽさを抜けて自分達の相手よりも拳の道に深く入り込もうと
 する彼は父母との会話も少なく、一抹の寂しさがシンの両親にもあったのは当たり前の事ながら持っていた。

 その寂しさを破壊してくれた人物は、少年と少女の形をしており、そしてシンの家庭は半年間だがかなり賑わっていた。

 「今度は何時此処に泊まってくれるか聞いている? シン」

 シンの母の質問に、シンは肩をすくめて首を振り母親は残念がった様子を見せる。

 「今はあの二人も忙しいから。……それに、事件が解決しないと道中も最近では不安でしょうからね」

 『事件』……騒がれている殺人鬼に関してはこの町でも騒がれており、最近では一人で歩く人も少ない。

 神出鬼没で何時襲われるか解らぬ不安とは、人々にとっては恐怖を抱かせるに十分だ。

 「……そうだな。早く解決してくれば、また四人で過ごす事も偶に出来るのにな」

 「そうね。……また四人で一緒に暮らしたいわね」

 ……彼らの愛は深く、優しい。シンは頻繁に会うも、彼ら両親も仕事がある為にアンナやジャギは出会う機会が少ない。

 今度会ったら、半ば強引にでも家に泊まらせるかと、彼は食事を再開しつつ考えるのだった。

 ……既に彼の頭の中には、殺人鬼も、南斗の技に関する事もさっぱり消えていた。


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 「……また、来たの?」

 「おぅ、邪魔するぜ」

 ……アンナの家、もといバー。

 リーダーが居ない時は不良仲間(勿論アンナの事を考慮して女性)が店を任され、そしてアンナも共に居る。

 ジャギは今日は寺院で修行している。よって、アンナは退屈を謳歌していたのだが、それも一人の乱入者が終わりを告げた。

 その男の名はウワバミ。南斗飛龍拳の使い手。そして、それ以外は不明な謎の人物。

 「結構良い酒が並んでるからな。気に入ったんだよ、この店」

 そう、黒いサングラスで目を隠し、口元を歪ませ笑うその男をじとりとした視線でアンナは冷たく見る。

 恐怖の対象ではないが、それ程好きでもない……それがアンナのウワバミに対する評価だ。

 「今日は、あのガキは居ないな。この前此処でまた会ったらむかつく顔で出迎えたから、いなくて清々するぜ」

 「ジャギは優しいんだもん。だから危ない人見たら守ってくれるだけだもん」

 ジャギも、最近遠出を禁じられアンナとこの店で過ごす事は多い。そんな時にウワバミが酒を飲みに出くわしたのは必然。

 まるで犬の糞でも踏みつけたような顔でジャギはウワバミを見て、ウワバミも又ジャギの顔を親の仇でも見る顔つきで再会した。

 「あんな騎士(ナイト)で守られる姫様ってのも不憫だと俺は思うがね。……冗談だよ、冗談。怖い顔しなさんな」

 ウワバミはアルコール片手に睨むアンナを抑える。アンナはこの男と話すよりも目の前の飲み物に集中しようとグラスを握った。

 「……あぁ、そういやよ。……お前さん、本当にその時起きた事って覚えてないのか?」

 「だから、本当に覚えてないもん」

 鬱陶しそうにアンナはウワバミを見る。ウワバミは訪れる度に、『以前』起きた事件と言うものを聞いてくる。
 それに関しアンナは何も覚えてないのだから何時も否定の声を上げる。ウワバミはそれに不満そうにしつつ話題を終了する。

 それが、最近までの流れだった……その日は少し違った。

 「……両親は一歳の頃に父親が事故死。そして母親は三歳の頃に病死。そして今実兄の手で過ごす。
 ……やがて、あのガキ……ジャギと出会う。そのジャギとは北斗の寺院が住所であるが、出生は違い、養子。
 ……何より、その養子の出所である父親であるが……その父親には……どうやら大きな秘密があるらしい……」

 ……ウワバミは、既に酔いで顔を赤らめた顔つきではなかった。

 表情読めぬ黒縁のサングラスは、じっとアンナの顔を映し、言葉は続ける。

 「……表面は単なる寺院。……だが、奇妙にもその寺院の事を深く検索した人間は一人もいないらしい。……町から離れた建物。
 本来なら何か曰くあっても可笑しくないのにそれが一つもないと言う事はな、余りに『何も無さ過ぎて』可笑しいんだ。
 ……俺は、其処でピンと来た。南斗には……ある一つの眉唾ものの伝説がある。……その伝説と言うに短い言葉」

 そこで、ウワバミは謳いあげるように言った。





                             「南斗乱れし時……北斗現る」




                             「北斗……またの名は北斗神拳」







 「……北斗、神拳?」

 ……その言葉に、アンナは首を傾げる。……アンナには彼の言葉が何の意味を示唆するのか解らなかった。

 もし、もしアンナが『以前』のアンナならばその瞳に何らかの反応を見れたかも知れない。だが、哀しきがなアンナはアンナのまま。

 「……まぁ、何にも解らないなら良いんだ。……気にすんな、お子様にはどうだって良い話なんだからな」

 「むぅ! 私、子供じゃないもんっ!」

 「ははっ、ガキは全員そう言うんだ、ガキはっ」

 先程の異質な気配を打ち消したウワバミからは、もう突き刺すような雰囲気はない。

 頭を撫でられて起こるアンナと、酔っ払いのウワバミ。少し離れた場所で見知らぬ男を観察していた女は問題なさそうだと
 アンナとウワバミを放っておく。……その時だ、入り口の鈴が鳴り、一人の足音がバーへと入ってきたのは。

 「こんにちは、此処にアンナ君が居る……と聞いたんだが……おや?」

 「……誰だあんた?」

 ……その男は……トラフズク。警察の男。

 ボサボサの髪を掻きつつ、トラフズクは赤面した黒いサングラスの男に警察手帳を差し出しつつ自己紹介する。

 「警察? 何でこんな場所に……俺は何もしてねぇぞ」

 「別に逮捕とかそう言う事で来てませんよ。今日は、ちょっと其処のアンナ君にお話があって来たんですよ」

 そう、トラフズクと言う男は快活な笑みでアンナを見た。

 ……アンナは、じっと椅子に座ったままトラフズクの瞳を見据える。嫌悪も好意も抱かず、ただ見る事だけのみに特化して。

 「……私?」

 「あぁ、以前の君の身に起きた事件と、今回の事件。被害者から検出された薬品から関連性があると私は睨んでいるからね。
 シン君やジャギ君でも良いんだが、君の記憶が一番重要だと思ってね。……何か思い出せれば、それが一番なんだが」

 「……私、何もおぼえて無いもん。ウワバミにも言ったけど」

 そうウワバミを見ながら顔を背けるアンナに。トラフズクは視線をウワバミへと走らせる。

 「……お宅、警察ではないでしょ? ……何故彼女にそんな事を?」

 「別に、単純に興味あっただけだが? ……言っとくが事情聴取したけりゃ礼状でも持ってこいよ。刑事さんよ」

 ……険悪な雰囲気になりそうなバー。それを、店を任された女が『外でやっとくれ』と言う声によって何とか場は収まった。

 「……それじゃあ、日を改めて。……アンナ君。また何かわかったら私に教えてね?」

 ……トラフズクは最後まで笑顔でアンナに向けて手を振って店を去った。それを行儀悪く舌打ちしてウワバミは見届け、そして立つ。

 「……そいじゃあ俺も帰るか。……そんじゃあな、アンナ。……あぁ、それと」

 店を出る前に、振り返ってウワバミは告げる。

 「見知らぬ奴に付いてくんじゃねぇぞ」

 そう言って立ち去るウワバミに、アンナは不平不満の顔で呟いた。

 「……だから……子供じゃないもん」




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 日も変わり、場所も変わる。


 ……場所、北斗の寺院。

 木に向かい一指禅功の修行をするラオウ。そして、それを見守りつつ座禅をするトキと……縄跳びをしているジャギ。

 各自自分の修行をしている最中。その最中に雑談が飛び交う。

 「……それじゃあよ、悪性腫瘍を抑えるには毎日魚肉及び海草食べた方が良いって事だな」

 「あぁ、そうだな。主に食物繊維・大豆・魚・ω-3脂肪酸・カロテノイド・ビタミンB2・ビタミンB6・葉酸・ビタミンB12
 ビタミンC・ビタミンD・ビタミンE・カルシウム・亜鉛・セレンを含んだ食生活が重要だと書かれているよ」

 「……兄者、とりあえず寺院の食事ってたんぱく質系多いから自分達で自炊してそう言う食事にするか、または頼もうぜ。
 特に兄者は海草食え、大豆食え、海鮮類及び、鶏肉を食った方が良い。俺も付き合うから主食はそうしようぜ」

 「いや、別に良いんだが……何故?」

 今からトキの北斗神拳伝承者候補寸前に如何しようもならない病気になるのを防ぐ画策するジャギ。トキは別に悪い事は
 言ってないのでジャギの提案を否定する気もないが、この弟の突拍子なく提案した事柄に少々当惑があるのも素直な感想だった。

 「ジャギ、お前はそんな下らん事を考える暇があれば、もう少し拳に集中すべきではないのか?」

 「……俺は別に下らない事だとは思わないぜ。体の健康は拳士の基本だろ、兄者」

 ラオウからすれば、ジャギの考え、行動を素直に評価する意思は余りない。

 弟に関するお節介な心配も余計な事。ラオウからすれば、早くトキが自分と同じ道に入る事を心の底で願っていた。

 ジャギの返事に鼻を鳴らしつつ無言で修行を続ける。ジャギも半眼の視線を外し足腰の強化を続ける。

 トキは、二人の対比した態度に溜息を吐くのみ。これが、彼らの日常風景だ。

 そんな時、寺院の階段を上る人が一人。

 「ゆ、郵便です……」

 「おっ、お疲れさん」

 長すぎる階段に疲労した気の毒な郵便屋から新聞を受け取るジャギ。

 ……其処に書かれている記事を読み……ジャギの気配は硬直する。

 「!? ……なっにぃ……?」

 「如何した、ジャギ?」

 ……只ならぬ様子に、トキはジャギが持つ新聞を覗き込む。

 ……其処には、一人の男の写真が写されていた。……黒いサングラスで隠れているが、中々獰猛な顔をした風貌が見て取れる。

 「この男が如何かしたのか? ……!? ジャギ!?」

 新聞を地面に放り投げ、寺院の階段を駆け下るジャギ。

 その突然の行動にトキは慌てて止めようと手を伸ばすも空を切る。呆然とジャギの後姿を見つめるしかトキは出来ない。

 ラオウも、一度手を止めて、ジャギの突然の奇行に目を止める。そして、ジャギが視界から消えると、放り投げられた新聞
 へと目線を移らせた。……新聞は広げられた状態で投げ出され、その投げ出された紙面にはこう大きく書かれていた。

 『事件の容疑者か? ……年齢不詳、名称ウワバミと言う南斗飛龍拳の使い手である男を指名手配。現在捜査中の事件に
 関し、被害者の顔の傷の爪痕は鳥類の爪痕と判定。その爪痕を模したアクセサリーの行商店からの情報によると、その
 爪痕を模したアクセサリーは珍しい物であり限られた数しかないとの事である。現在、重要参考人としてこの人物を……』




   
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 「……居たかっ?」

 「いや、住んでいると言われた家を見てみたが何処にもいない。どうやら既に抜け出した後らしい」

 ある家屋の下で話し込んでいるのはハッカとリロン。彼らは指名手配となった男の捜査に尽力を努めていた。

 「南斗の里の警備はオウガイ様にフウゲン殿によって完全に守られている。潜入は不可能だろうし、奴は袋の鼠だ」

 「あぁ、抵抗するならば我等の南斗飛燕拳を見舞うのみ。……しかし、何処へ消えた?」

 ハッカ・リロンは事件の首謀者がその男だと確信して捜索している。見つけ次第南斗聖拳を振るう事も厭わぬ姿勢だ。

 「……どうしました。ハッカ様、リロン様?」

 「どうしたも、こうしたも。指名手配された男の行方を捜しているのだろうが」

 ……男の行方を捜す中、その場に訪れる一人の男。

 その男は以前も現場で出会った。それゆえに、少し乱暴な口調でハッカは応える。拳の上では、彼は下の筈だから。

 「……実は、連絡ではあちらの方角だと聞きました」

 「何? ……わかった、礼を言おう。……行くぞリロン」

 ……ハッカ・リロンは教えられた方角へと走る。……教えた人物……トラフズクはそれを見届けると反対方向へ歩いた。



  
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 「……あの男が犯人……」

 ……新聞を見通すシン。彼はその文面を見てどうも納得出来ずに居た。

 ……時折り自分を訪問し子供の如く自分の拳を振るっていた男。そしてジャギと対等に口喧嘩をしていた男……。

 その素の状態が全部偽りだったのか? シンには、あの男の態度が全部偽りとは如何しても思えずにいた。

 「……まず、そんな男が俺に拳を教えるか? ……可笑しい、妙だ」

 ……殺人を連続で行う異常者。しかもそれが星になぞらえた犯行と言う逸脱した知能犯。……そんな男が自分に拳を教えるか?
 ……いや、まず見せない。絶対に捕まらない自信があるならば見せるかも知れんが、あの男の言動が否定を物語っている。

 『……拳なんぞな。生き抜く為の処世術であって大したもんじゃねえよ。……あんた、いずれ将来伝承者になるんだろ?
 なら忘れんな……拳法家なんて、大事な物全部捨てて得るしょうもないもんだってな。……全部捨てるのって辛いんだ』

 そう、修行場を最後に訪れたウワバミの言葉はシンの印象に強く残っていた。

 その時だけ、何時もの飄々とした感じを抜け去り、その男の素顔をシンは見た気がしたのだ。

 正体は不明でも、自分の感覚では悪者ではないとシンは思っている。

 「……真相は、聞くしかあるまいな。自分の手で」

 もし……自分があいつなら……行動してウワバミを探し問い詰めるだろう。

 逆襲するならばそれも良し、あの男の拳は確かに強かったが、見切れない程度ではない。

 シンは何時も通り修行場へ赴く事を家族に告げて……そして自分に拳を教えた男の行方を捜し始めた。

 
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 「っあの男……あいつが犯人だったのか……」

 苦い顔で新聞を強く握り締めるリーゼント。その瞳には燃え盛る火が見え、歯は強く噛み締められている。

 「リーダー。けど、どうするんだ?」

 「決まってるだろ。この店に殺人鬼をぬけぬけと入れさせたまま黙って捕まるのを見るだけなんぞ俺には出来ねぇ。
 ……つう訳でアンナ。一人にするけどジャギの所に行こうと思うなよ。それに、他の場所へ抜け出すのもだぜ?」

 そう、念を押しリーダーは仲間を引き連れ自力で犯人逮捕を目指しバイクに跨る。

 アンナは、バイクの集団が遠ざかる音を聞き届け。……その音が完璧に無くなると、立ち上がり扉を開けた。

 「……ジャギの所へ行こう」

 ……家の中に缶詰であったアンナ。彼女は人が恋しかった……何よりもジャギが。

 それゆえに外へと出る。周囲に人気はなく、何時もならば怖がって外に出ないアンナも、安心して歩ける気分だった。

 「……あんっ、お前一人かよ? ガキ」

 「……あ」

 ……人気なき場所までアンナは歩く。ジャギの場所へ行こうと、見当違いの方角へと歩いているアンナは……出会ってしまった。

 「……注意がもう一つ必要だったな。見知らぬ奴に付いてくな。……それと、勝手に外を出歩くなってのも追加だな……」

 ……新聞に掲載されし指名手配犯……その人物が、今まさにアンナの前に出現していた。

 ……カチャ。

 ……腰元から引き抜かれる黒光りする獲物。それを、手にゆっくりと持ち上げながら……ウワバミは言った。





                            「さて……ちょいと人質になって貰うか」











           後書き



  将来、ジャギにショットガンを二丁装備させるか、一丁だけにするか……。

  ……北斗無双の如くバズーカー備えるか……難しい問題だ。






[29120] 【文曲編】第二十四話『酔いどれの龍 ミネルヴァの梟』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/09/02 20:00
 
 怪物と戦う者は、自らも怪物とならぬよう心せよ。

 汝が長く深淵に見入る時。深淵も汝をまた見入るのである。



  
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 「……っはぁ……はぁ……何処だ!?」

 息を荒げて、ジャギは苦悩していた。

 あの新聞に以前出会った男を見た瞬間……ジャギが一番に心配したのはアンナについて。

 虫の報せが、それとも以前の経験もあってか。ジャギは真っ先にアンナの身を案じアンナの家へ駆けつけていた。

 だが、不安は的中したのが無人。リーダー達は犯人の捜索へいったと隣人から聞いたが、アンナについては不明。

 彼は思い悩んでいた。また……今度また同じ事が起こったら……!

 「……ジャギ?」

 「っ!? シン……お前、何で此処に?」

 ……道端でこれからの行動を模索していると、道路上から見知った人物が自分の元へと現われた。

 それは、ジャギからすれば予想だにしない人物……シンと同じように不思議そうな顔をした。

 「俺はあの男の行方を捜すのにお前達と一緒の方が良いと思ってな。……それで此処まで足を運んだんだが……如何した?」

 ジャギの様子が只事では無さそうだと感じ尋ねるシン。ジャギは有りの侭の出来事を告白すると、また厄介事かとシンは
 頭を抑える。……シンはジャギとアンナがトラブルメーカだと完全に今回の事で認識した。気を取り直しシンは口を開く。

 「……なら、まずアンナを探そう。……まさかと思うが、また犯人と一緒に居る可能性はないよな?」

 「……否定は、出来ないな」

 ……事件の中心にアンナが居る可能性……それはジャギには否定出来ない。

 漫画のような出来事など、この世界では常に起きて可笑しくないのだ。それは『自分』が良く知っている。

 「……心当たり。南斗の里は遠すぎる……後、他に行った場所って言ったら……っ! そうだ……あそこっ!」

 閃いたのは何時かジャギとアンナが出会った場所。……それは何かのお告げがどうか知らぬが、ジャギの脳裏を駆け抜けた。

 「シンっ、居るとすればあそこだ。あそこへ行こう!!」

 ジャギの慌しくも瞬時の行動に、シンは黙って素直に頷く。

 ……その二人の様子を、一人の人影、以前オウガイとハッカ・リロンを眺めていた時と同じ視線。

 二人が去る方向へと、暫くしてからその視線も後を追いかけるのだった。





   
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 「……あぁくそ……切れたぜ、酒が」

 ……酒の入った瓶を逆さにして、その男は隣に少女を連れながら一つの家屋の壁にだらしなく寄りかかっていた。

その家屋は、アンナが昔に家を出て辿り着いた小屋。ジャギと最初に邂逅した場所。

 その出会った際に軽い地震で崩れ去ったが、数年の間にどうやら人の手で造り直されたようで、物置き小屋のようになっていた。

 屋内には並べられた酒。そして情報を得る為のラジオ。他にも何やら器具が並んでいる場所で、二人の人影は忍んでいた。

 「しかし悪いねぇ、こんな隠れ家教えてくれてよ」

 ……黒いサングラス。赤面した顔で男は頭を下げる。

 「お礼は良いから顔近づけないでよ。酒臭いもん」

 男に顔を顰めて少女はバンダナを微かに揺らして後退する。……少女の名はアンナ。そして男の名はウワバミ。

 彼は少女を堂々と人質にすると言った。少女は素直にその男の人質と成った。

 ウワバミとしては意外だった。逃げ出されても仕方がないと思いつつ、彼の言葉に平然と従ったこの少女の行動に。

 「……新聞読んでないのか?」

 「見たよ。でっかく不細工な顔が写っていた」

 「……殴るぞ、こんガキ」

 ウワバミは唸りつつアンナに言うが、アンナはと言うと果敢に舌を出す。

 そんなやり取りもすぐ終えて、ウワバミはポツリと呟いた。

 「……怖くないのか? 俺、殺人犯らしいぜ」

 ウワバミは、公開捜査されている殺人犯。

 首元に下げられ揺れているアクセサリーが、彼が事件の犯人だと主張させている。……けど、アンナは首を振る。

 「ウワバミ、私の事殺さないもん。わかるの、そう言う人は」

 平然と言い切るアンナに、ウワバミは言葉を失う。

 ……一時凌ぎで良い。その為に自分はこの娘を利用しようとしてるのに、この娘は恨み言すらなく……そして怯えない。

 「だから、暫くは居てあげる」

 ……そんな子供っぽい少女の顔は年齢に似合わず勇ましく、それでいて彼には眩しく見えていた。

 ウワバミには理解し難くも、それがアンナなのだと何故か直感した。……この部分も、他も含めてアンナなのだろう、と。

 ウワバミは、とりあえずこの少女には素直に話すべきかと感じた。

 「……あのよ」

 

                                   バタン!!



 「此処かぁ!!」

 開け放たれる扉。荒い息遣いと共に飛び込む人影。

 その人影に一瞬固まるウワバミ。そして飛び込んだ主に笑顔を浮かべるアンナ。

 「ジャギ!」

 「アンナ無事か!? ……てめぇ、アンナに何を」

 「何もしてねぇ、何もしてねぇぞ俺は」

 ウワバミは、両手を上げて降参のポーズを示す。その行き成り敗北宣言する男を疑わしそうにアンナを守れる位置にジャギは立ち。
 一呼吸遅れて現われたシンは、状況が以前とは少し異なる様子を感じ取り、男へと言葉を呟いた。

 「さて、一応取り囲んだ訳だが……一つ聞かせてくれ。あんた本当に犯人なのか?」

 シンの質問。そしてジャギとアンナの視線。

 三方向から受けるウワバミは、暫し動かなかったが……観念したように話し始めた。

 「……まぁ、こうなったら全部話すか。状況は、一刻を争うだろうしな」

 「状況?」

 シンは眉を顰め、ジャギはアンナの前で首を捻る。

 どうも、自分が想定していた感じとは違う。……ウワバミは、黒いサングラスをゆっくりと取り外した。

 ……遮断していたグラスから覗かせるは……深い、深い藍色の瞳。

 その瞳を強く輝かせながら……ウワバミは語り始めた。

 「……話は、丁度お前さんらが襲われた事件の後になる」






    
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 「……如何しました、また何か?」

 「あぁ、一つ、聞きたい事があって戻ってきた」

 ハッカ・リロン、そして幾人かの警察官。

 彼らは一人の男の前に立っていた。その男は自分達を間違った方向へ導こうとしており、その道に危うく踏み入れる所だった。
 それを止めたのは……リロンが指名手配されていた男の家から見つけた手記。ハッカと相談中は見る事はしなかったが、
 トラフズクの言葉に従い道へ進んだ時に手元から零れ落ち。それを拾い上げた時に興味ある文面が飛び込んできたのだ。

 「……トラフズク。これは……今指名手配されている男の手記だ」

 「この手記には、とある内容が執筆されていた。……それがどうにも奇妙でな」



   
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 「……お前達の事件の後、世間を恐怖で震え上がらせた殺人事件が発生した」

 「その最初の犠牲者は……俺の目の前に居る女の子と同年代の子供。……それから星座を模した事件が起きた」

 「俺は必死で自力でその事件を追った。……時刻、地域。それらから犯人を割り出せず、難航してた頃に……光明が差し込んだ」

 「検出された一つの薬品。……そいつは」




  
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 「その薬品の名はオウル……梟を指す薬品だ」

 「モルヒネに良く似た薬品であり。鎮静剤に良く似た薬品……以前、この町で起きた事件でもそれは使用されていた」

 「この手記には、犯人がその薬品を携帯していた可能性及び、今までの犯行からそれが犯人のメッセージなのでは? と
 予想したらしい。……そして、彼の考えによればだ。……これは盲点だったのだが、犯人が居た場所、それらと警察の
 包囲網が合致していたのは、『犯人が警察なのだから』だと言う可能性を指摘していた。……其処から含まれる結論」

 ハッカ、リロンの視線がトラフズクに注がれる。


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 「……俺はその方向で捜査をして……一人の人物が浮上した。……そいつは署内でも好評で、正義漢に熱い男だとされていた。
 ……そんな男ならば、決して今行われている残虐な事件と関連を結びつかないだろう。……巧妙、まさに巧妙だよ」

 そこで柏手を打つウワバミ。

 何時の間にか、話に引き込まれていた三人は我に返ると、信じられないと言った表情で呟いていた。

 「じゃあ……犯人とは……」

 「あぁ、そうだとも。そして、奴の狙いは南斗の里ではない」



  
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 「……我々は勘違いしていた。……次の狙いは南斗の里ではない」

 「お前の狙い……それは此処。南斗の里は我々を誤誘導させるものだ」

 ハッカ・リロンの言葉にトラフズクは沈黙を守ったまま。

 微動だにせず、石像の如く動かない彼をハッカとリロンが呼び寄せた警官隊が取り囲む。

 じりじりと間合いを詰める警官隊。常に発砲出来る体勢で囲む警官隊と、そしてハッカとリロンはトラフズクを見据える。

 そして……突如事は起きた。





                              
                                「……仕方がないな」






  その呟きと同時に。警官隊が上空へと吹き飛ばされる。

 一瞬にして引き裂かれた数名の警官。慌てて発砲しようとするが、仲間の体が障害物となり撃つ事が出来ない。

 その一瞬の隙を突き、梟のように鋭い爪撃が残りの警官達の体を裂き、行動不能へと化した。

 「! やはり……っ!」

 「その技は……っ」

 ハッカ・リロンは知っている。その一撃は、今までの被害者の体に刻まれた痕と同じ傷跡を警官達にも付けていた。

 正体が暴かれた。闇に姿を消していた獣……梟の名は明かされる。

 「……別に構わなかった、ばれる事は。別に良かった、見抜かれる事は。肝心な事は……如何にして今の自分を継続するか」

 血の霧が男の黒いスーツと同化する。その男の瞳は闇色に深く濁りを帯びていた。

 「……これでは、余りに詰まらない。このように中途半端に終りは私が許さない。……ならば私は舞おう。梟のように」

 彼は、既に戦闘の為に太く浮かんだ血管の腕と、鋭く光る爪を鳴らしつつ目の前の二羽の燕を獲物と判断し哂う。

 「させん。此処でお前は終わるのだ」

 「梟は陽射しで舞う事は叶わん。飛び立つ二羽の燕……その一撃を甘く見るな」

 「我が名はハッカ」

 「我が名はリロン」

 『我等二つで一つ。南斗飛燕拳伝承者也』

 二人の等しい構え、大空を舞う二羽の燕が陽射しの下で構えを取る。

 その二人へと……狐目の目を大きく開きながら、闇は謳い名乗った。

 「……南斗木兎(みみずく)拳トラフズク……さぁ、存分に踊ってくれ」

 黒いスーツが跳ぶ。ハッカ・リロンはそれに合わせ跳んだ。

 勝負は一瞬。南斗聖拳使いは実力が伯仲するならば短期決戦が基本。ゆえに、彼らは目の前の悪意に奥義を以って応える。

 ハッカ・リロンの姿がトラフズクの前から掻き消える。いや、消えたのではない。視認出来ない程の俊敏さを以って
 彼らは両方向から挟み撃ちするように移動しただけだ。……トラフズクは気付いてない。二人は、阿吽の呼吸から繰り出す。

 『南斗飛燕拳奥義……っ!!』







                                  双燕乱舞!!!







   
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 「……けど、未だ納得いかねぇ。なら、何でお前はアンナを誘拐なんて……」

 「この前俺も不慮だったが奴と鉢合わせになってな。……勘付かれたと思ったんだ。だから取りあえず知り合いを
 攫って、下手に奴が部下を総動員しても手出し出来ないように保険をかけたんだが……。まぁ、その前に俺の部屋を
 捜索すれば、俺が今まで纏めた手記からあいつの調査をするだろう。まっ、巻き込んじまって悪かったな、おい」

 アンナの頭を軽く叩くウワバミ。アンナは不満顔のまま大人しくウワバミにされるがままになっている。

 ジャギは、自らの予想を違い犯人がもう一人の知っている人物だった事に、シンは自分の予想が正しい事に同じ苦い顔をした。

 「……けど、警察に捕まるのか?」

 「……さぁな。奴は南斗木兎(みみずく)拳。……南斗夜梟拳の流派であり、その拳は猛禽と獰猛を兼ね備えている。
 鳳凰拳の部下のハッカ・リロンってコンビが、俺の考えが正しければ奴を追い詰めていると思うが……安心出来ないな」

 銃弾を確認するウワバミ。……自分の拳の腕は自覚している。南斗聖拳では相手は上位。自分の拳は中位だ……勝機は薄い。

 「……もし、奴が脱出したら。……まず、正体を知る人物を抹消する筈だ。……警察はあいつを信頼しているから
 俺の話は信用しないだろうし、お前達も子供って理由で話を聞かれないだろうな。……だから、すぐに立ち去れ、こっから」

 「……それで、はいそうですかと俺達が応じると思うか?」

 ……黙って聞き続けていたジャギは。口元を歪めウワバミへと胸を反らして言い返す。

 「まったくだな。……其処まで知るならば、その輩を捕まえる役目……南斗孤鷲拳伝承者候補に任せて貰おう」





                           「ならば、それに鳳凰拳伝承者候補も入れて貰おうか?」





 頭上から降り注いだ声。四人は同時に声の降ってきた方向へと顔を向け……数秒後に戸口に人影が降り立った。

 「……っサウザー!?」

 「水臭いぞ、ジャギ、シン。真犯人とやらが知れたのなら、俺も一緒に捕まえる約束だったろ?」

 驚くジャギ。そして腕組みしつつ好戦的な笑みを浮かべるサウザー。

 「……何時から此処に?」

 「最近はお師さんは事件を捜査し、俺は俺で修行するように命じられていたからな。誰にも言わず、俺一人で最近は
 事態の中心となる人物……この場合お師さんやフウゲン殿。それに……お前達を遠くから観察する方が素早く参加
 する事が出来ると踏んで尾行していたと言う訳だ。敵を欺くには、まず味方からと言ったところだな」

 全然気付けなかったと悔しそうにシンとジャギ。サウザーは一本取ったと言う感じで満足した笑みを浮かべている。

 その三人の拳士を見比べつつ、既にサングラスを装着したウワバミは言った。

 「……孤鷲拳伝承者候補に鳳凰拳伝承者候補様か。……言っとくが、これから起きる事は子供の遊びの闘いじゃねぇ。
 少しでも油断すれば死ぬ闘いになる。……俺の意見としては、お前達自分の伝承者の所に戻って俺が得た真実を伝えて欲しいんだがな」

 ウワバミの言葉に、サウザーは言った。

 「今、南斗の里に我等の師は居る。連絡を取るのも一苦労だし。何よりその間にその犯人に逃げられる可能性は高い」

 「……だろうな」

 ウワバミは、鼻を鳴らしつつラジオに手を伸ばした。

 「こいつはな、一応警察関係者の情報も電波ジャック出来る優れものよ。……っとと流れた流れた」

 ウワバミの言葉と共に、ラジオから何やら音声が流れる。

 『……ガー……現在……××町にて警官……及び南斗拳士二名負傷……犯人……ガー……×方角へ逃走……ピー……ガー』

 「……へっ、俺を指名手配にした癖に、自分が指名手配になってやがらあ」

 愉快だとばかりに笑い、一通り笑い終えてウワバミは呟いた。

 「……勘だが、奴は此処へ来る可能性は高い。……一度、あの店に訪れたのを目撃されてるからな。……あぁそうだ。
 だからこっちの嬢ちゃんを連れ出したんだよ。……奴が万が一狙って来る可能性も踏んでな。……こっちに来る最中
 少しは人もいたし、もし、あいつが聞き出せば直に居所も割り出される。……此処で迎え撃ってやる」

 ウワバミには、彼には逃げる、隠れると言う選択肢はない。

 数年掛けて、ようやく追い詰めた犯人。窮鼠猫を噛むと言う様に、追い詰められた人間が厄介だと彼は知る。

 彼の長年の勘は何処へ逃げても相手が追ってくる可能性が頭を支配していた。……だからこそ、彼は選んだ。

 ……闘う事を。

 「……今、未だウワバミのおっさんの指名手配は効いている」

 「下手にこちらも動けない、か。最悪、あいつの言葉に周囲が聞き届けて、俺達も何かしら不利な立場となるな」

 この世界の情報伝達は著しく低い。誤報により周りの人間に誤解されるのが今は厄介だ。とくに、相手が凶悪犯であるならば特に。

 「……ウワバミ。私も手伝うよ」

 ……気が付けば、アンナはウワバミの『腕を握り』声を出していた。

 それに、ジャギを含め三人は驚く。……ウワバミはそんな彼女に言う。

 「……お前、自分が何言っているのか解ってんのか? ……闘う力もないんだぞお前。大人しく家……は危ねぇから
 どっか安全な場所見つけて隠れてろって。……凶悪犯の逮捕なんて、大人がやりゃ良いんだよ、大人が」

 ウワバミの説得に応じず、アンナは力強い声で言い切った。

 「私、闘う。……逃げるの嫌だもん」

 (……アンナ)

 ……その様子を一部始終見守り、ジャギはアンナが以前のアンナに……いや、それ以上の勇気が立ち昇る様を確認した。

 「……どうするんだ、ジャギ?」

 サウザーは、これは梃子でも動かないだろうと。アンナの保護者となっている彼に問いかける。

 ……ジャギの心は……彼女を守る事。……そして、彼女の意思を尊重し……それを助ける事で鬩ぎあい……そして。

 「……なぁに。俺達が無事にそいつを倒せば良いだけだろ、シン」

 「そう言う事だな。……殺人鬼退治とはな。……お前と一緒にいると、退屈しなくてすむよ、まったく……」

 シンは呆れつつ、サウザーは既に決まったとばかりに仰々しく頷いた。

 ……運命は決断された。……今、四人は二人の魂が出会った場所で決戦を誓いあう。

 






                          闇の梟に……陽射し舞う鳥は闘いの舞を告げる……












          後書き



  南斗木兎(みみずく)拳。オリジナル南斗聖拳。正式南斗108派。

  
  完全に作者のオリジナル。因みに夜梟拳のボーモンとは一切関係性はなし。


  ……哲夫先生すいません。









[29120] 【文曲編】第二十五話『闇夜の鳥 雛の鳳凰』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/09/05 19:36
 それは長い時間に思えた一瞬の出来事。

 彼等二人は、自分達と同時に跳躍した敵に奥義を以って迎え撃った。

 彼等の拳、南斗飛燕拳の極意とは鍛えけ上げられた拳法家の目にも止まらぬ速さを以って頭上に移り相手を叩く奇襲の拳。

 今、その二羽の内の一羽の燕は敵の頭上へと長い年月を経てほぼ完成された肉体の力を使い移り、先手を打とうとしていた。

 彼の目は、同じく頭上から敵を屠ろうと掌底を掲げている相棒へと合図を送る。今こそ好機、存分に我等の拳を浴びせろと。

 その視線に微かにだが彼は頷く。敵の視線は明後日の方向。何ら問題なく自分達の拳は相手の意識を刈り取れると自負していた。

 ……自負していたのだ。

 力む腕、繰り出される一撃。相手を屠れる威力を十二分に備えている。

 (いけ……リロン!)

 自分の心の声と同時に……リロンは渾身の一撃を振りぬき……。



                                   ズシャァア!!!



 そして……それと同時にリロンの胸には四つの縦に並ぶ斬撃痕が咲いた。

 (!? なっ……!!??)

 馬鹿な……確かに奴は我々に気付かなかった筈……!

 動けぬ体とは反対に思考は動かぬ世界で猛然と駆け巡る。

 何故奴は気付いた? どうやって奴はリロンの一撃にカウンターを繰り出せた? 何故奴は同じ距離でリロンだけを狙った? 何故?

 何故、何故、何故何故何故何故何故だ!!??

 パンクしそうな何故? の疑問の嵐。

 その完全に恐慌状態に相まい硬直しながら跳躍を終えて着地するハッカ。そして……昏倒し地面に叩きつけられたリロン。

 リ……ロン。

 ……倒れた相棒。自分と同じく南斗飛燕拳伝承者であり、そして掛け替えの無い片割れ。……助ける事すら出来なかった。

 「……いやぁ危なかった」

 その……その悲嘆を感ずる自分を他所に、敵は謳うように口を開いた。

 「距離、角度、タイミング。全てにおいて完璧だった。悲しむ事はない、嘆くことはない南斗飛燕拳ハッカ。君は最善の
 行動を行った。君の本能、君の判断、一瞬の世界の中で同じ拳士同じ拳法を扱いながら君と倒れた彼の違い」

   
                           「君が彼を助けなかった事は正解だ」



 「……なん、だと」

 ……何を言っている? 何を褒めている? ……俺が……俺がリロンを助けれなかった事が素晴らしいと?

 「混乱しているね。君は正しい事をした、と私は言っている。何故ならあの時拳を繰り出したのが君であれば、今、この場で
 倒れていたのは彼でなく君だ。君は生き残って私の前に立っている。君が彼を助けずに手を出さないことを責めずとも良いんだ」

 ……そう、だ。確かに今自分はこうして無傷で立っている。

 それは、俺があいつを助けられなかったから。あいつを止める事も出来なかったから。……俺の……責任。

 そいつは、優しく慈しむように俺に語り掛ける。

 「あぁ、だから君は苦しまなくて良い。君は、今生きている事が尊いと感じるなら正しい選択はまず医者を呼び彼等を助ける事だ。
 幸い、私は彼等に致命傷を負わせても殺してはいない。君は、私に構わず自分の為す事をすれば良い。そうだろ? ハッカ」

 ……そうだ。今、俺は多分こいつには適わない。

 南斗飛燕拳の奥義が通じなかった……だと、したら。

 そうだ、この男の言うとおり医者を呼べば未だ全員助かる。俺にとってリロンは大切な相棒。そう、相棒が死に掛けてるのだ。

 俺が、『こいつを見逃し』てリロンの命を助けるのは当然……。


                               「……ハッ……カ」


 「……リロン?」

 ……顔を俯かせ、思考の渦に囚われかけていた俺に届く声。

 ……リロンの声。昏倒しているのに、掠れ声ながらそれは確かにリロンの声だとわかった。

 ……今や、奴は俺や倒れている者達に目も暮れず先へ行こうとしている。

 助かった。……そう、安堵する感情が浮き出た瞬間……俺の体には怒りとも区別つかぬ熱が体を駆け巡った。

 「……ハッカ……奴……」

 胸から夥しい血を流しつつも、意識を刈り取られながらも彼は未だ闘える身の彼の名を呼ぶ。

 それは、使命からか? それとも正義の魂ゆえか?

 どちらにしても彼は名を呼んだ。……それは、確かに届いた。

 「そうだな……リロン」

 ……俺達は、共に何時も闘いぬいてきた。

 伝承儀式の南斗十人組み手で危うく負けかけた時、支えてくれたのはリロンだった。

 鳳凰拳伝承者オウガイ様の命を狙う悪しき輩を殲滅した時も……リロンが側にいた。

 常に、この掛け替えのない相棒が……俺に力をくれた。

 「南斗の拳士ともあろうものが……敵の甘言に乗せられるものかっ!!」

 魂からの慟哭と共に、ハッカは身を翻し吼える。

 繰り出されるは南斗飛燕拳に在る個から繰り出される奥義。その拳は大群の敵を屠る威力を秘めた技。

 ハッカは全身全霊の力を四肢に込める。これを外せば恐らく戦闘不能。もはや奴を捕らえる事は出来ぬだろう。

 だが……それでも自分はやらなくてはいけない……何故なら私は死するまで南斗の拳士なのだから。

 「南斗飛燕拳……っ!!」

 (共にこいつを倒すぞ……リロン!!)



                                 南斗飛燕斬!!!



 跳躍と共に獄屠拳と類似した型の跳び蹴りが相手の背中に放たれる。

 とった! そうハッカは一瞬だけ自分の勝利を確信した。

 

                                  ……二ヤァア


 ……奴が、まるで待ち侘びていたかのような嘲笑と共に振り向くまでは。

 その笑みと、リロンを葬った時と同じように掬い上げられるように鉤爪の形をした指先を見た瞬間、自分の敗北を直感した。

 (頼む……)

 もう避ける事は出来ない。ゆっくり、ゆっくり近づいてくる敵の拳を見ながら、ハッカは神に祈っていた。

 (頼む……南斗の神よ……)

 服が裂ける音。

 (俺を……リロンを……多くの者達の犠牲が無駄にならぬ為に……)

 肌に食い込む爪。同時に帯びる強烈な熱。

 (誰が……)

 吹き出る血と……空に一瞬映った二羽の燕。

 (誰が……南斗の未来を……っ!!)

 その祈りと共に、南斗飛燕拳もう一人の伝承者ハッカの意識は刈り取られた。




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           . ・


                ・

 

 「……さて」

 彼は、今闇を歩いていた。

 既に日は暮れ。世界は闇が主役の宴へと降り立つ。彼はその舞台の中心へと向かおうとしていた。

 彼にとって闇は視界の邪魔でなく、むしろ自分の味方。彼の拳を増長させてくれる力だった。

 「……良い夜だ」

 彼は月も無いそらを見上げ哂う。薄く引き延ばされた見えぬ曇天が星も月も照らさず闇を一層と濃くしている。

 「……こんな良い夜なのに……この痛みは少し勿体無いなぁ」

 そう、彼……トラフズクは苦笑いを浮かべながら脇腹を押さえる。

 最後にハッカが喰らわした南斗飛燕斬……それは目の前の夜の梟に確かに痛手を少し食らわせた。

 だが、それで彼は止まらない。何故なら今日は宴だから。

 彼は、彼の直感はそちらへ行けば自分が望む相手に巡り合えると感じていた。

 町での会話、そしてこちらへ着いてから何時もの演じる仮面を以って聞き出し、そして自分の勘が其処を見出していた。

 彼は其処まで来ると指の骨を鳴らしながらその顔は今まで数多くの人命を刈り取った顔へと変わる。

 その笑みはリロンを、ハッカを致命傷に至らした時と遜色ない顔つき。……人に見せる事のない彼の顔の一つだった。

 「……あそこかな」

 見えてくる小屋。彼の嗅覚には、其処から自分が欲する者が香る。

 そして一歩足を踏み出し……彼は直後飛び退いた。



                                   ドスッ!!!




 ……飛び退いた場所に出現する刃物が括りつけられた棒。即席の槍。

 それは、まるで此処から先へは行かせぬとばかりに、彼の進行を遮った。


 その槍が投げられた方向に視線を走らせる。それと同時に、木々から投げた人物は大きく跳ぶと彼の正面へ着地していた。

 「……これは、これは。驚いた」

 闇夜の狩人は、言葉通り本当に驚きは心の中にあった。

 その者の名は聞いた。その者の顔は多少は見知った。

 だが、それだけの人物。自分と相対する事はないと思っていた人物が、目の前にこうして気を満たしながら立っている。

 「如何して此処に? 南斗鳳凰拳の弟子……サウザー様」

 「敬称などお前に付けられる筋合いはない。南斗を穢す裏切り者よ」

 サウザーは、拳を打ち鳴らしつつ鋭い目でトラフズクを睨む。

 「数々の命を奪いし者が、まさか南斗聖拳伝承者だったとはな。……お師さんに代わり、俺が引導を渡してくれる」

 今、彼の思考にあるは南斗を堕とす原因たる人物の排除。
 
 この男を倒せば、また自分は高みへ昇れる。自分の師に認められる。

 それゆえに四人の言葉に介さず彼は一番手を名乗り上げ、目の前の南斗聖拳伝承者へと挑む決意をした。

 その、南斗聖拳最強と言われる拳法を知る者に。畏れる事も、恐れる事もなく彼は両指を折り曲げつつ両腕を広げながら謳う。

 「……素晴らしい夜だ」

 「何?」

 怪訝な顔をするサウザーに構わず、彼は続ける。

 「今日は私が舞える最後の夜。この夜が明けるとともに私は消える。だが、それと同時に未来の『光』も消そう」

 「私は夜。この世界を夜で満たそう。今日三つの輝きを消し去り、未来は夜の訪れへと成すのだから」

 ……サウザーはその言葉を吟味し……そして恐ろしい結末へと到達する。

 輝き……星……その意味が自分が考える事ならば……。

 「……ならば、お前は宿命の星を……」

 サウザーの考える最悪の予想。……それは、自分の抱える星、並びに未だ認知しないである彼を……。

 「話は……終わりだ」

 言葉を途切れ、トラフズクは両腕を垂らしながら、細い目を鋭く変え哂いながら言った。

 「さぁ舞おう雛の鳳凰よ。君の輝こうとする光を。夜の梟で包もう」

 その笑みは狂気。サウザーが今まで見た事のない病みと闇を備えた笑み。

 だが……サウザーは恐れない。

 「……良かろう、果たして」

 サウザーは構える。この男の思考は読めない。幾多かは師と共に肉体を研磨してきた。だが、死闘こそ演じた事は皆無。

 大型の獣との闘い勝った事はあった。だが……知性ありし同等の拳技、いや、それ以上の力を帯びた者と闘った事はないのだから。

 それでも、サウザーは退くと言う選択肢はない。何故なら彼は……。

 「果たして、この俺を倒すことが出来るかな」

 彼は、未だ幼くも……『将星』サウザーなのだから。



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 「……この記事を見た瞬間、血相を変えてジャギは出たと」

 「えぇリュウケン様。……リュウケン様なら何か解るのではないかと」

 ……日が暮れた頃。寺院に帰りついたリュウケンにトキはジャギが戻らぬ事を告げる。

 リュウケンはジャギが時折りふらっと寺院から居なくなる事は既に周知。だが、何時もなら寺院の誰かが、または書置き
 でも残すものなのだが、今日に限っては何時もと異なる。そう言う時は何かしら厄介ごとに巻き込まれるのが自分の息子……。

 「……ふむ、行くか」

 リュウケンは迷う事なくジャギを探そうと今さっき上った寺院の階段へと戻る。……だが、意外な人物がそれを阻んだ。

 「……如何したラオウ」

 「……」

 ……ラオウ。彼は腕を組んだままリュウケンの前に立つ。……その意図を暫し思考してから、リュウケンは口を開いた。

 「お前も、共に来ると?」

 「……少し思う事がある。自分も、ジャギを探すのを手伝います」

 慣れない敬語まで使いつつ、彼はリュウケンへ頭を下げる。

 「っなら、私も行きますリュウケン様。ジャギは私の大切な弟です」

 未だ数ヶ月しか共にしていないが、ジャギとの関係はある種馴染めるものになっていた。

 何か起こったのなら自分も力になりたい。トキは純粋に優しさから願い出ていた。……ラオウの思考は未だ解らない。

 リュウケンは二人を見つめて、そして顔色一つ変えず言った。

 「……はぐれてはならんぞ」

 
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 ……二人、その二人はじっと無言で対時していた。

 一人は未だ極めずとも南斗では最強たる拳法を習得中である弟子……サウザー。

 一人は南斗木兎拳伝承者であり、そして多くの命を手に掛けた殺人鬼……トラフズク。

 拳法の力だけならばサウザーが上。だが、経験、腕、精神的な面ではトラフズクが上回る。

 サウザーとてそれは理解している。だが、それでも後ろ手に回る事は却下した。

 「行くぞっ!」

 サウザーは跳ぶ。目の前の南斗を穢し悪鬼を屠らんと、お師さんと共に修行して覚えた自らの技を繰り出す。

 
     
                                  極星十字拳!!!



 「! 噂に名高い鳳凰拳の一撃……成る程……」

 二ヤッ……!!

 「……遅い」

 「何?っ!?」

 振り放たれた鳳凰拳十字の斬撃。腕を交差させ相手を切り裂く鳳凰の技。その技をトラフズクは横に飛び退き避けた。

 サウザーは目を疑う。師から教わった鳳凰拳が避けられた衝撃に。だが、敵はその衝撃に関し待ってはくれない。



                                  南斗迫破斬!!



 「ぬぁ!!?」

 放たれる殺気と同時の斬撃。リロンとハッカを仕留めたその一撃を腕をクロスして防ぐ事で何とか昏倒は免れる。

 だが、その代わりに両腕……サウザーの二の腕には大きく爪痕と出血を代償とした。

 「その腕で、どう闘いますか?」

 トラフズクは哂う。惨めな鳳凰を。弱気鳳凰を嘲りて哂う。彼の恐ろしき部分は拳の腕だけではない。相手の心を傷つける話術だ。

 「情けないですね。鳳凰拳は最強の拳と聞いていた。なのに、その弟子は何と弱い事か。例え拳を極めてなかろうと貴方は
 余りに無力。その無力さで助けを請う事もせず貴方は自分の腕を台無しにした。憐れだ……貴方の無力さに私は同情しよう」

 それは、彼の誇りを、サウザーの尊厳を粉々にしようとする彼の悪意。

 だが、サウザーは二の腕を大きく裂けられたとはいえ、未だ闘志は死んではいない。

 「よくもまぁペラペラと喋る口だ」

 気合と呼吸を同時に入れる。するとサウザーの二の腕の出血は僅かに治まった。

 「……南斗鳳凰拳は最強。そして……未だ極星十字拳の全てを披露していないぞ!」

 極星十字拳(否退)!

 極星十字拳(否媚)!!

 極星十字拳(否媚・下段)!!!

 極星十字拳(否省)!!!!

 相手を十字に切り裂こうと腕を交差し、二発の貫手を放ち前進し、開いた両手を閉じるように相手を切り裂こうとし。

 そして、跳躍し回し蹴りを放つ。

 この四つの動作が全て備わりしこそ極星十字拳。相手を薙ぎ倒す帝王の拳。

 その拳を、トラフズクは不気味ながら音無く後退し避ける、避ける、避ける、避ける。

 「ははははは!!! 良い、良い、良いですよ!!!」

 「っ不気味な動きを……っ!!」

 「木兎(ミミズク)は闇あれば気とられず相手から逃れる。陽射しの下ならば不利かも知れぬ。ですが……!」

 極星十字拳全てを避け、トラフズクはがら空きになったサウザーの肩に強烈な蹴りを見舞った。

 「……っ」

 「だが……夜ならば木兎(キト)拳は鳳凰にすら打ち勝てる」

 思わず怯みサウザーは後退する。その攻防から吹き出る汗と出血。サウザーは痛みを耐えつつ男の評価を改めた。

 (強い……拳の切れ味もさる事ながら、闇夜に溶け込むような一撃を避けるのは至難! これが……南斗木兎拳……!)

 サウザーは話だけならば108派全ての名前は知りえている。

 だが、その全ての拳をその瞳で網羅した事はない。あくまで聞き知った程度だ。

 (勝てるか? ……いや、勝ってみせる! もし俺が負ければ……背後に居る仲間にすら危害が及ぶ……俺は)

 「逃走など……せん!!」

 未だ未熟な体を空中へと舞い、全力で相手に向かい拳を交差させる。

 それによって起きる衝撃波。例え伝承者とならずとも、サウザーは『将星』としての輝きにより強くその肉体を使える。

 「堕ちろ! 夜の梟よ!!」

 全ての力を込めて交差させた腕を一気に外側へ降りぬく。高速の斬撃はトラフズクの真正面に放たれる。

 
                       ヒハハハハハハハハアッハハッハハッハハハハァ!!!!

 哄笑……夜に溶け込むようにトラフズクは突如哂った。

 拳士として、鳳凰拳と相対する事は希有。そして、夜の狩人たる自分の前に幼くも必死に舞いて自分を屠ろうとしている。

 それがトラフズクには何よりも楽しい。何よりも自分の嗜虐心を煽るのだった。

 「南斗木兎拳……奥義」

 ……哄笑の中でトラフズクは両手を腹の中心へと持って行く。

 その瞬間サウザーには悪寒が背筋へと走った。

 (あれは……やばいっ!!)

 だが、距離を離す事は出来ない。逃げる、避ける事は否。

 何故ならば……帝王に……サウザーに逃走はないのだから……!

 彼は敗北を予感しつつも……恐怖の色を表す事なく……トラフズクへと飛び込んだ。



                               極星十字拳!!!!






                                夜走翼斬!!!!                               






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 「……サウザー、行っちゃった……」

 小屋の前で、心配そうにアンナは風が少し出ている夜の闇を見つめている。

 「あのガキ……いや、サウザー様はわかってんのかね。相手は伝承者。例え南斗鳳凰拳使いでも相手の経験は上だぞ」

 「じゃあ、何で行かせたんだよ、お前」

 ウワバミは、呆れ顔で酒を含みサウザーの愚行を非難し。それをジャギは睨む。

 「勝手に行ったんだろうが。……ったく、これだからガキは嫌いなんだよ。ろくすっぽ大人の意見聞かねえから」

 ブツブツと呟きウワバミは持っている拳銃をチェックする。拳が通用しない場合、これが少しでも通用する事を願い。

 「お前等は残っていろ。俺が戻ってこない時は反対方向へとにかく走って逃げるんだ」

 「いや……その必要はない」

 ……戸口で様子を窺っていたシン。ウワバミの言葉を遮りシンは重苦しい声で言った。

 「……来た」

 ……その声の調子から、ウワバミ、ジャギは最悪の可能性を察した。

 同時に飛び出す二人。後に続けてシンとアンナも外へと出る。

 そして……彼等は見た……微妙に赤黒く変色したスーツ……そして近づいてくる男を。

 「……サウザーを、如何した」

 ジャギは、近づいてくる敵に強く拳を握り締めながら問う。

 「……眠っている。あの林の中で。……彼は勇敢だった。誰よりも勇敢に挑んでくれた。その褒美として彼は朝陽を迎える
 権利を獲得した。……なんだいその顔は? 君たちの仲間が生きている事に安堵もしないのかい? ……無情だね。
 彼は最後には私の拳に怯えて倒れた。彼は永遠に私に勝ち得る事はない。……そして……君達の命で舞台の幕は下りる」

 彼は、平然とした顔で嘘を吐く。夜に溶け込ませ真実を覆い隠す。

 真実と嘘を交えた話は他者を欺ける。だが……実際はこうであった。
 

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 「……っ」

 「鳳凰拳の使い手……最強の拳法を扱うだけの事はある。……私の奥義を喰らって未だ意識はあるのか」

 ……極星十字拳と奥義夜走翼斬がぶつかった瞬間。

 サウザーは奥義の衝撃により一本の樹へと叩きつけられ、そして地面へと倒れた。

 ……サウザーは体中裂傷を負いながら闘志は消えていなかった。

 彼は生まれながらにして勇士であり。そしてまた彼はとても暖かく、そして強い者の背中を見続けてきた。

 彼は、傷だらけの中、師の言葉を思い出していた。

 『……サウザー、よく聞くのだ。「敗」の真髄とは命が失くした時が敗北ではない。四肢がもがれ闘えなくなった時でもない』

 『「敗北」とは、自身がその相手に呑まれ、屈した時となる。……常に強い心を抱けサウザー。さすればお前の拳は……』

 彼は、体中が微熱を負いながら、その言葉だけを思い出していた。

 彼の中にあるのは未だ師への愛。そして……その愛に応えんが為の強さ。

 ゆえに、彼は未だ諦めない。……その口から絶対敗北を相手へ向けて宣言する。

 「……お前は……誰も倒せない」

 その言葉に、梟は哂う。目の前で這い蹲る者の言葉とは思えず。

 だが……意識が最後に途切れる前にサウザーは勝者の笑みを浮かべていた。

 「……お前は……南斗の拳士の強さを……知らない」

 ……その言葉と同時に、サウザーは目を閉じた。

 ……それがその夜の彼の最後の記憶である。


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 「……さぁ、次は誰が私と闘うのか。……そして、私の渇きを癒すのか」

 「どの口が言う。この殺人鬼がっ」

 荒々しい口調で呟くシンに、トラフズクはシンの顔を見遣り言った。

 「……孤鷲拳伝承者候補シン。君もまたあの幼い鳳凰と同じく私の前で強く羽ばたくのだろうか。君の強さの輝きは
 どう私に目に映るのだろうか? 闇夜を切り裂ける程に、孤鷲拳に君は夜の梟の爪も取り入れ強くなろうとしている」

 「もし、お前の技が幾多の命を奪い去った技だと知っていれば、俺とて覚えようとはしなかったさ」

 「ならば如何する? 私を裏切り者と蔑み己の拳が汚れた事を後で後悔でもするのかい?」

 「いや、そんな事はしない。……今、この場に立つのはただ俺の意思。その意思で覚えた拳に咎を覚える事など愚慮。
 ただ俺は南斗を包む闇を振り払うのみ。古来に闇に打ち勝った拳士達と同じように……俺の……南斗孤鷲拳で!」

 南斗孤鷲拳伝承者候補『殉星』シン。

 彼は、彼の生き方を貫く為に、目の前の敵と闘う決意を固めている。

 それは己の拳を信じ、そして、隣り合わせとなった友を守る事も含めて。その理由だけでシンが闘うには十分だった。

 戦闘態勢に移るシンから目線を外し、隣の少年へと目を移す。

 「君は、この場所には少しだけ風変わりだ。北斗の者、それなのに君は此処に立つ。まさか、予言の子でもあるまいに」

 「予言なんぞどうだって良い。俺は、いかれた殺人鬼なんぞ出歩かれちゃおちおち外に出られないから居るだけだよ」

 ジャギは指を鳴らしながら戦闘態勢へと入る。

 北斗の子、異世界から憑依した者、南斗の拳士の卵、呼称だけなら幾らでも湧き出て、そして彼は自分が無力だと感ずる。

 その染み付く未来の絶望を振り払いたいが為に、彼は現在蔓延る闇に打ち勝ちたかった。それが彼の闘う理由。

 「……さて、南斗飛龍拳の使い手だったかな? 少し聞きたい。何故、君はそんなに私に殺気を滲ませているのかを」

 「……そうか、俺が解らないか。……まぁ、当然だろう。お前は命を刈り取る事は優秀だろうと……人と人との想いを
 知るのは0超えてマイナスだ。……ようやく、この日が来た。……お前だけは、この手でぶち殺したかったんだ」

 ……サングラスは外される。彼の藍色の瞳は爛々と輝きトラフズクを睨みつけていた。

 「さぁ、伝承者同士の闘いを始めようか?」

 「……今日は本当に良い夜だ。……そして、夜はまだまだ終わらない」

 トラフズクは髪の毛を逆立てさせながら哂う。

 その笑みは目にする者を戦慄させる狂気の笑み。……それでも居合わせる四人の戦士は心を折れさせはしない。

 トラフズクの体も無傷ではない。先程、サウザーをその奥義によって全身を裂傷させて、彼は前に進む事が出来た。

 だが、ハッカの時もそうだが……彼はその体に僅かながら傷を帯びている。サウザーの拳も同じく……彼の体に僅かな傷を。

 衣服についた返り血とは違う出血。それは致命傷には程遠いが、確かにトラフズクの動きを僅かに遅滞させている。

 だが、それを四人は知らない。知らずとも構わない。

 例え相手が如何なる状態であろうとも……この場所で自分達は打ち勝つ……!

 闘いの合図は、この夜を制している男から告げられた。




      
                              「さぁ、闇を見せてあげよう」













          後書き



   
  南斗拳士同士の闘いって、長期戦可能なのが良いよね。話を長く出来るし。

  ……北斗神拳だと一瞬で終わっちゃうもん。










[29120] 【文曲編】第二十六話『龍と梟は舞いて 朝露は華に伏す』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/09/06 22:35
 ねぇ、お父さん。私ね、お父さんの事大好き。

 あぁ、お父さんも、お前の事が大好きだよ。

 私ね、お父さんのお嫁さんになるよ。

 はははっ。それじゃあ、お前が大きくなったらな。

 もうっ、私、今でも大きいもん。

 ごめん、ごめん怒らないでくれよ。そうだな。今でも十分大きいよ、お前は。

 ……えへへっ、お父さん約束だよ。

 あぁ。けど、言っておくぞ?

 例え、お嫁さんになろうとならなくても。お前は、今も、これからも大好きな俺の娘だよ。



 お前は……俺の大切な娘だよ。




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 ……藍色の瞳。その瞳を煌々と輝かす男の気配は瞬時に膨れ上がっていた。

 その体中から滲み出る闘気は、孤鷲拳伝承者候補のシン。そしていずれ北斗神拳伝承者候補となるジャギですら
 側に居るだけで肌が痺れそうになる気配。……言葉に出さずも驚く。先程までの雰囲気と打って変わっての気配。

 対する、黒髪を自然に垂れ下げ、細い目を限界まで開ききり暗い眼を笑みに作る相手は、一歩前へ踏み出し指先を曲げる。

 ……それと同時に、あらゆる方向から羽が付いた小さい矢が。

 「掛かったな!」

 ジャギの声、それと同時に懐から敵へ向けて飛ぶ矢と同じ矢を取り出すシン。

 それは、予め決められた作戦の一つ。

 『奴が来るまで時間が掛かる。なら、俺達で精一杯罠を張ろうぜ』

 提案したのはジャギ。それに同意して作られたのが……その罠。

 『踏んだ瞬間にワイヤーを切らせて矢を飛び出す仕掛けを何箇所かに仕掛ける。無論、南斗聖拳伝承者ならそんなん防ぐ
 のは訳ないだろう。だが……弾き飛ばす瞬間、体の何処かはがら空きになる。そん時誰かが奴の体へ向けて矢を投げれば……』

 『ならば、その役目俺が引き受けよう』

 小屋に置かれていた幾つかの品物の中には、矢の代用品となる鋭利な棒や、鳥の羽類などが都合よく打ち捨てられていた。

 手際よく、シンはその羽と鋭利な棒を繋ぎ手頃な矢を多数作る光景には、三人の男と女の子一人は感心の声を上げたものだ。

 『父がこう言う手作業に慣れていてな。俺も昔はよく手伝ったものだ』

 そう得意気に語るシンの手には、作られた矢の中で特に気に入った鷲の羽根で作った矢が摘まれていた……。


 



 「もらったぁああ!!」

 大きく振りかぶり投擲するシン。原作ではハートを傷つけた羽。今の場合は矢が付いてはいるが、その矢がトラフズクへ飛ぶ。

 南斗流羽矢弾。それは奇しくもシンによってその日一つの技として生み出された。

 その矢は、成功する確立は五分程度であったが見事に腹の中心へと吸い込まれた。

 「っが……っ」

 子供の威力とは言え、ダーツのように小さくも鋭い痛みが一日に二度に渉り闘いの中で受けた傷口へ偶然にも当たる。

 それはトラフズクにとっては不運。そして……ジャギ達にとっては絶好の好機!

 気合を入れながらシンは跳ぶ。

 彼が最も信ずる技。師から受け継ぎし南斗孤鷲拳を飾る技を渾身の一撃でトラフズク目掛けて放つ。



                                 南斗獄屠拳!!!



 「……っ!っ!!……っ!!!」

 小さな大砲の弾のように、シンは姿が霞む程の速さでトラフズク目掛けて技を繰り出していた。

 無論、黙って相手も受けるつもりは毛頭ない。だが、両手で防ぐにしても、一瞬の痛みに気が逸れた相手には、
 南斗孤鷲拳伝承者候補の一撃を防ぐのは至難。その両手は浅く裂け、そして爪は鈍い嫌な音ともに皹が生まれた。

 シンは、自分の一撃が効いた事に会心の笑みを浮かべる。

 だが……それは死闘には命取りである!

 「……ぁ」

 「……あ……はっ……っ!!」

 ギュッル!!ッ!

 「う!!っ?!」

 シンの獄屠拳によって放たれた蹴り。……その足首を骨を軋ませる程に強く握り捕えられた。

 その痛みと捕えられた事にシンの顔は歪む。……そして……恐ろしい一言が彼の闘志を一瞬崩させた。

 「……シン……君。君は強いねぇ……いやぁ、侮っていたよ」

 そう、本当に感心したと言う笑みを浮かべ……一言。





                         「君のご両親も……いやぁ、強かったよ」




 「……は?」

 その言葉に、何を言っているのか解らずシンは一言漏らし、呆然とした顔をする。

 その呆けた顔へと、柔らかい声で囁くようにトラフズクは紡ぐ。

 「あぁ……本当に強かった。……君に良く似た綺麗な方……そして君に良く似た蒼い輝きの強い人……いやぁ、本当に」


 殺スノガ、勿体無カッタ。


 「あ」

 「ああああああああああああぁ!!!!」

 その一言に、シンは我を忘れ大きく体を回転させ彼は逃れる。

 足首の肉は無理な回避行動により変に捩れる。けど、その痛みは今の彼には感じ得ない。

 『今日は、貴方の好きなオムレツよ。シン』

 『根を詰めすぎるなよ。無理するのは毒だぞ。シン』

 「ああああああああああああああああぁ!!!」

 『また、四人で暮らせたら楽しいだろうな。シン』

 『貴方とジャギやアンナ……五人で一緒にまた過ごせたら楽しいわね。シン』

 浮かぶ、両親の優しい笑顔。

 それが奪われた? もう二度と会えない?
 
 この……この男の気紛れの心で……父と……母が?

 「あああああああああああああああああああああぁぁぁぁあああ!!!!!」

 絶叫しながら、彼は憎しみに満ち溢れた顔でトラフズクを睨みつける。

 そして、向けられた当の相手は。目の前の少年の中に潜む規格外の憎悪を見せ付けられ……歓喜の表情を浮かべていた。

 「……素晴らしい憎悪だ」

 シンは、金髪を振り乱しながら拳に力を込める。

 彼の脳裏に過ぎるのは……目の前の両親を奪ったと言った悪魔を葬り去るに最も等しいと思える拳。

 彼は爪が食い込み内側から血が染まった拳で、悪魔を打ち砕かんと叫んだ。



                                南斗飛龍拳!!!



 ……正史ではバルコムの鋼鉄の肉体に皹を入れて葬った技。南斗孤鷲拳の中で唯一拳打で相手を葬る剛の拳。

 彼は、それを見て盗み取っていた。彼は、自身の強さを伸ばさんが為に欲望に従い拳を真似て会得していた。

 それが、こうも直に両親の仇を取らんが為に使われるとは、誰も夢にも思わぬ事。

 「ははははははっはははははは!!!!! その憎悪! その怨嗟!! その殺意!!! 最高だ!!!!」

 彼は、誰にも理解されぬ思考の中で愉快とばかりに滅しようとする意思だけで放たれた技を闇の中踊りながら避ける。

 少しでも受ければその肉体は砕かん威力をシンは秘めていた。

 だが、その夜は彼の星を輝かせはしない。今、憎しみと怒りだけに囚われた星を、今漂う闇夜は味方はしなかった。

 シンの猛打、それは長くは続かない。

 例え脳内麻薬に浸され、限界以上の力を込めようと命を縮めかねない程の拳の連続を、シンの肉体は意思に反し認めなかった。

 ゆえに起きる隙、ゆえに出来た悪の好機。それをトラフズクは見逃さない。

 屈み、そして地面を削る爪音。

 「南斗迫破斬!!!!」

 気付いた時にはもう遅く、シンの体は四つの裂傷を作り上げた。

 「……っ倒れるかぁああ!!!!!」

 だが……彼の意思は闇なる未来を圧倒せん程に凌駕していた。

 父と母。それは彼にとって現在の最愛の人達。その最愛の人達を奪われたと言われ、彼は狂う鷲となりて倒れない。

 ゆえに、彼は全身から夥しく出血し、今動き続ければ確実に失血死を伴おうとも続ける気だった。

 (こいつは殺す! 殺してやる! 俺の、俺の手で!!)




                               「ほい、バドンタッチ」



 トン

 「……あっ?」

 ……首筋に受けた痛み。それと同時に薄れ行く視界。

 彼が最後に聞き覚えがあると思った声。その声は、先程自分が怒り任せに打った拳を前に見せてくれた人物の声に
 良く似ていると思った。……そして、憎い敵を、その人ならば倒せるのかと、疑問と期待を抱きながら……彼は落ちた。


 

   ・
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                ・

 


 「……その飛龍拳で倒すのは……悪いが俺なんだよ、ガキんちょ」

 そう言って、彼は感情を推し量れない藍色の瞳で自分が気絶させたシンを見遣った。
 ウワバミ。彼はトラフズクを睨みつけつつ、下手に手出し出来ぬよう闘気だけは体から滲ませている。言えば殺気の壁だ。

 そして、ウワバミがトラフズクを抑えている間にジャギは気絶したシンを小屋付近へ運ぶ。最もこれで安全になった
 訳ではないが、それでもこれから起きる戦闘を考えると少しでも離れた方が良い。終わると両者が対時する場所から
 少し離れた場所にジャギは立つ。恐怖がない訳ではない。だが、今は逃げ出したい気持ちよりも……ある感情が勝った。

 トラフズクは先程出来た両手の傷を塞ごうと、わざとらしくハンカチを取り出し巻きつける。

 まるで襲ってくださいとばかりに。ウワバミは理解している。これで下手に手出ししようものなら痛い反撃を喰らうと。

 相手が出血し続けるのは戦闘においては有利となる。……だが、あえてウワバミはトラフズクのその行為を黙認した。

 「なぁ、ガキンチョ。一つ聞くがよ。お前、あいつの両親殺されたって聞いたが、どう思った?」

 ウワバミは、先程のシンの逆上とは反対に冷静な顔をしているジャギに疑問を感じ、一先ず空いた時間を埋める為に会話する。

 「あぁ、あれな。……別に」

 そう言って、ジャギは機械的にトラフズクを見遣りながら言葉を続ける。

 「多分、あいつの言葉シンを逆上させる為の言葉だろ? シンが『殉星』だって知っていたらやりそうな事だしな」

 ……端的だが、それは正解。

 トラフズクの言葉……梟の言葉は闘いを難関にする為の砦である。ゆえにその言葉は真実と嘘を織り交ぜている。

 ジャギは、その男の言葉にある悪意と共にシンを陥れる策略と想定する。……もしかすれば違うかもしれない。だが、
 ジャギはこの闘いで絶対に我を失うまいと自負する。……それは、この闘いで自分が負ければ……失う者が多すぎるから。

 「だから、奴の言葉が嘘だって俺は思う。……もし、本当なら」

 俺が直々に殺す。

 そう、偽りなき本心から言葉を出すジャギの顔つきは……怒りも憎しみもない澄んだ顔つきをしていた。

 (……まったく、嫌なガキばかりだ)

 ウワバミは思う。何故、自分が出会う子供は全員子供らしくないのだろう、と。

 サウザーはその環境ゆえに大人びており、シンは生来の気性から大人びており、ジャギに関しては反則的な出来事により。

 そして……最初に出会い自分を見て泣き出し、そして次に出会った時には少しばかり嫌われていたあの娘に関しては。





                                 ……お父さん





 「……」

 ……彼は其処で今までの思考を打ち切る。……そして、彼はほとんどの止血を終えたトラフズクへと意識を集中させた。

 「意外とフェミニストなんだね」

 「……俺の事を、お前は知らないだろうな」

 ウワバミの言葉に、トラフズクは何のことだ? と言う顔をする。本当にウワバミとは以前の出会い以外は知らないらしい。

 「……安心しろ。俺とお前は前回の除けば初対面さ。……俺は、それでもお前の事を必死で追い続けた。……ずっとお前だけを」

 その藍色の瞳、血走った眼球の白と赤の部分と対照的に、ずっとトラフズクの顔を捕えている。

 「すまないが、本当に君が何故私を追っているのか解らないんだ」

 「構わん。闘っている最中時間さえあれば話してやる」

 肩をすくめるトラフズクに、旧友に語るように砕けた口調でウワバミは喋る。だが、その目はまったく笑っていない。

 そして始まった……南斗飛龍拳と、南斗木兎拳の闘いが。

 正史では有り得ない二人の人物。一人は孤鷲拳の中の技として出てきた名前を掲げる拳士。もう一人は外伝の作品に
 出てきた夜梟拳の流派と言われた名を携えた殺人鬼。どちらも『自分』が知る世界に出ない、イレギュラーが二人。

 その二人は全身から幾多の闘いから経た生気を滲ませながら……ゆっくり構えた。



 

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 (……どちらも隙がねぇな)

 ジャギは、二人の因縁を何となく想像は出来そうになるも、その想像が当たったとして、自分にはウワバミを止める
 事は不可能と知るからこそ傍観に徹していた。……無論、不利と感ずれば自分が介入する事を見越した上で。

 (飛龍拳ってのは主に拳打。木兎拳は相手を裂く事に徹した拳……技の特性だけならウワバミが不利……か?)

 そう思いつつ、ジャギにはウワバミが負ける想像を作るのは少し至難だった。

 何故ならば、ジャギは少し殴りあいした事あるもウワバミが本気で闘った姿を見た覚えは無い。そう、まったくないのだ。

 トラフズクの実力は先程のシンの闘いを見せて貰った上で。あの怒り猛るシンを容易くいなす敵の実力に関しては、どう
 見積もっても自分の拳では勝機は薄いと冷静に考えていた。……無論、本気で闘うとしたらジャギは勝つ気で挑むが。

 ……実力未知数のウワバミ。そして自分よりは強いと確信するトラフズク。

 (勝算あるのかよ? おっさん……)

 苦渋に満ちた顔で、これから始まる闘いを見守るジャギ。……彼は出来るならばこれに終止符を打つ人物の到来を待ち望む。



  

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  ……スッ。

 ウワバミがまず最初に構えた。

 その構えとは先程のシンと等しい構え。それもその筈。今ウワバミが放とうと考えている技は、先程シンが放ったのだから。

 もし、相手がただの雑魚ならば二番善二が通用しないなどと嘯き油断するかも知れない。

 だが、トラフズクは知っている。真に極めた南斗聖拳伝承者の恐ろしさを……!

 「破ァァ嗚呼アア!!!っ」



                                南斗飛龍拳!!!!



 乱打

 乱打

 乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打
 乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打
 乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打
 乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打
 乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打
 乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打




 数えるのも馬鹿らしい乱打の嵐。その無数の乱打がトラフズク目掛けて浴びせられる。

 「!!!っ……っ」

 その拳の前に、流石にトラフズクも焦りを生じる。

 まとも喰らえば肉体を全て破壊される拳の猛威に、周囲の闇にその体を溶かす。

 その闇を打たんと乱打は闇目掛けて闇雲に打たれる。だが……手応えはない。

 「……ちっ、外した……!」

 周囲から気配がなくなる。ウワバミは、相対していた敵が闇に紛れ奇襲してくるのを予測すると、無言のまま其の場に佇んだ。

 


                                 クスクス    クス    クス





            クスクス     クス                  クス    クス





 闇に紛れ嫌な笑い声が耳を打つ。

 だが、ウワバミは平常のまま、ただ瞳を閉じていた。

 (何ぼうっとしてんだよ!? ……いや、違う……ああやって待ってるんだ)

 ジャギは、最初こそウワバミの無防備な状態に焦るも、その様子が静かな事に拳士として気付く。……それが彼の策だと。

 ……ッ。

 「……っ!」

 僅か、僅かに生まれた地面を踏む音。

 その音に向けて体は反転する。自然体であった状態の構えを、攻撃的な態勢へと瞬時にウワバミは変わる。

 (! あれは……!)

 ジャギには、その技が何か見覚えあった。

 その技はどう考えても未来でシンが使用した技。救世主に痛手こそ与えれずも、それは孤鷲拳の中では最も高い貫手の技。

 『これは……飛龍拳の最大の切り札だ』

 『言っとくがこれを扱えるようになるのは何年も何十年も先だ。お前さん、もし飛龍拳覚えたけりゃ。拳打を地道に練習しな』

 そんな言葉を、ウワバミがシンへ託した事も有った。だが、今はそれに関し話す事はない。また別の時に話そう。

 そして……その飛龍拳の奥義は……夜の闇と共に木兎拳の奥義を放ったトラフズクへとぶつかった……!!!

 「南斗飛龍拳奥義」

 「南斗木兎拳奥義」

 藍色の瞳と、闇色の瞳が交差する。

 お互いにその瞳に何を思い描くか……それは当人にしか知りえない。

 そして……一瞬だけ奥義のぶつかり合いによって光が生じた。






                                南斗千首龍撃!!!!




                                   夜走翼斬!!




  


  

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           . ・


                ・




 ……昔、児童誘拐事件が発生した。

 それは単純にある町で起きた事件。その時はそれが原因の一部だと知らず、俺は平和に過ごしていた。

 だが……あの日だ。

 あの日から……何もかも変わった。

 ……俺は、探偵業なんて営んでいた。

 こんな身なりだから人は俺をその手の職業なのだろうと噂したりして……まぁ、何時もそんな誤解をされつつも上手く
 やっていた。……そして、一つの依頼を頼まれ、その依頼で知り合った女性を愛して……娘が一人生まれた。

 ……娘を産んだ直後彼女は死んだ。元々そんなに体が強くもなかったのだ。……泣いた、もう泣けないと思うほどに泣いた。

 けど、泣いてばかりではあいつに笑われる。だからこそ俺は必死で娘を育てた。

 あいつの面影を残す娘。俺と将来結婚するなんて言ってくれた娘。……悲しみを乗り越えて明るい未来は俺達を照らしてた。

 そうだとも。戦後の後遺症で俺に奥義を託した後にすぐ倒れてしまった師も、今の世は幸せに包まれて良いと言っていた。

 俺も、娘も幸せになる。……そう、決意してたんだ。






 ……ある日、依頼があった。

 ……一人娘は、未だ幼くも一人で留守番は大丈夫だと張り切り、俺は笑って娘を一人で家に残した。

 ……その後の事を余り言いたくはない。……その二日後、児童惨殺の一面を、俺は自分の南斗聖拳で無意識に切刻んでいた。

 ……数年、短くも長い月日の中……手掛かりを見つけた。

 その中で……娘を何故か重ねてしまう子を一人見つけてしまった。

 ……思わず覗き込み泣かれた。我に帰る。あぁ、この娘は違うよな、と。

 伝承者候補とも出会った。……これから自分のする事を考えると、今備えた技をむざむざと今の世から失くすのも忍びない。

 だから、その瞳を見て娘を失くした直後の瞳の色に良く似たそいつにわざと自分の拳を見せびらかした。……優秀だと噂
 されているのは知っている。ならば、俺の拳とてすぐ覚えられる筈だ。……もし覚えられぬならそれで別に構わない。


 もう、自分には何も残されていない。

 もう、自分には何も幸福などはない。

 毎日復讐の為に拳を磨き、そして辛さを忘れる為に酒を飲む以外に……自分は生きる目的など無いのだから。

 ……そう言えば、俺の娘は酒を飲むのをよく注意してくれた。

 

                            『お父さん。そんなに飲んだら駄目でしょ!』



 ……あの声を……もう一度聞きたい。

 そう切に願っている時……声がふと耳に届いた。




                           『ねぇ……そんなに飲んだら体に毒だよ』



 ……それは、この町で奴を探す為に偶然接触した一人の女の子。

 その子は紛れも無く娘と同じ言葉……表情をして俺に言葉を言った。

 ……だから、俺はその子を連れて奴を待ち受けたのかも知れない。

 そしたら……『今度は守れる』と思いながら……闘えると思ったんだ。

 ……奴は上位の南斗聖拳。……俺は復讐で塗り固められた中位の拳。

 ……あぁ、でも。



                                  ……ゴホッ


 ……奥義の交錯した後に残るは……手刀が腹を貫通しているトラフズク。

 そして……首筋から血が夥しく流れている……ウワバミ。



 ……引き分けなら……まぁ……満足だな。




   

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 「!っウワバミのおっさん!!」

 ジャギは、二人が奥義を放ち、そして相打ちとなった瞬間に今まで動こうとも動けずにいた体を動かし飛び出た。

 「来るな!! ガキ!」

 だが、ウワバミは激しい口調で制す。そして、トラフズクに吐息まで感じる距離で凍るような口調で言った。

 「南斗聖拳伝承者同士……ここいらで決着つけようじゃねぇか……俺の娘の元に……てめぇはあの世で詫びるんだよ!」

 絶叫と共に貫通した腕を動かす。トラフズクは、激痛に体が痙攣しつつも、薄笑いを浮かべて喋る。

 「!っはは、成る……程! 貴方、私が最初に出会った子の親でしたか。これは笑える! まさか伝承者の子だったとは!!」

 可笑しくて堪らないとばかりに笑うトラフズク。それを、ウワバミは怒りさえ通り越した殺意の仮面で言葉を紡ぐ。

 「何なりと言えば良い。……てめぇだけは、此処でどうあろうと殺して見せる。それだけの為に俺は生きてきた……!」

 彼の生きる目的……それは目の前の男を殺す事。

 それだけが彼の生存理由であり、それなくして彼は生きる理由を見出せない。

 彼もまた狂ってはいた。だが、それは悲劇ゆえの狂気。……そして元凶もまた狂いながら彼へと告げる。

 「……あぁ、そう、言えば……貴方の娘さんねぇ……それのお詫びといっちゃあなんですが、面白い話を一つ」

 腹を貫かれながら平然と話せる余裕は南斗聖拳伝承者だからか? または別の理由からだろうか?

 「其処に居る彼。彼ともう一人の女の子……その子達に殺された犯人……あれね。私の従兄弟だったんですよ」

 「……ぁあっ?」

 その言葉、突拍子なく語られる言葉に、首筋から出血しながらウワバミは怪訝な顔をする。尚もその男は語り続ける。

 「あいつはねぇ、家族から虐待され育ってね。それで勘当して一人になりましたから。けど、あいつは私の従兄弟だよ」

 南斗の拳士になるのを薦めたのも、私だしね。と笑うトラフズクの言葉に……嘘は見られない。

 「……それが、如何した? それで、何が言いたいんだってめぇは!?」

 ウワバミは出血しながらも頭に血が上りながら叫ぶ。この男の言葉に耳は貸さないつもりだった。だが……だが自然と
 耳は傾いてしまう。龍の名を携える自分が……夜の梟の声へと心が呑まれてしまう……そのような馬鹿な事が……。

 「いや、仮定の話しだが……もし、あの子達が私の従兄弟を殺さなければ、私も貴方の子供を殺さなかった可能性もある、と」

 「……っ!?」

 ……それは、確かにありえる仮定。

 ジャギとアンナ。……彼、彼女がもし、トラフズクが従兄弟と呼んだ犯人を殺さなかった場合……トラフズクは従兄弟の
 生存によって、気紛れに殺害する対象が違っていたかも知れない。……無論、犠牲者の数は変わらないかもしれない。
 だが、それでも対象が違うと言う事は、自分の……自分の娘が生きた可能性もあったと示唆されて……ウワバミに迷いが生じた。




                            ……それが命取りだった。




                                 ドシュッ!!!




 「っ!!?」


 無理やり……無理やりトラフズクはウワバミの腕を自分の腹から引き抜いた。

 ウワバミは唖然としつつも、その頭の中の冷静な元探偵としての思考が幾つかの情報を総合しある考えに辿り着く。

 以前起きた誘拐事件……その犯人は薬品関係を取り扱っていたと言う。

 ならば……この男が鎮痛剤及び、それに類似した薬品を投与している可能性は……高い。ならばこのような荒行を 
 しても肉体の痛みは遥かに軽減されるだろう。そう、吹き飛ばされながらウワバミは朦朧とする意識で考えた。

 今……ウワバミとトラフズク、そしてジャギの距離は微妙な立ち位置だった。

 ジャギは飛び込めばトラフズクを倒せる。ウワバミもトラフズクを倒せる位置。

 だが……その前に問題が生じる。

 「……いやぁ……本当は使いたくないけど……ちょっと予想外に傷が深いんでね……!」

 そう言って……トラフズクは『二丁』の拳銃の撃鉄を鳴らした。

 ……トラフズクが所有していた拳銃。刑事としてトラフズクが所有している拳銃。

 先程の荒行と共にウワバミから奪取した銃を握り締め、それを二人へと向けるトラフズク。

 致命傷で満足に動けないウワバミ。そして、未だ拳銃の弾丸を避ける芸当には至らないジャギ……シンとサウザーは戦闘不能。


 ……絶体絶命だった。


 「……おい、クソガキ。……お前、逃げろ」

 暫し後、ウワバミは何時ものジャギに対する態度に戻りながら彼は尊大な口調で呟く。

 「重傷負ってるこいつより、お前なら早く町の奴に報せられる……その間に俺がこいつを抑えておくからよ」

 「……馬鹿だろあんた。……今にも死にそうだろうが……っ」

 ……ジャギにはわかる。……この男が、身を挺して自分以外の者を守り抜こうとする姿勢……本物の南斗の拳士としての姿勢を。

 ジャギは、その姿勢に対し正直に尊敬の念を抱く……だが、その言葉に従うかどうかは別だ。

 トラフズクは、そのやり取りをする二人をゆったりと見物しながら……引き金を引いた。




                                   ピュッ!!

  
                             ダン   ダンッ  ダンッ!

 「ぐぅっ!!っ!?」

 「ガキ!!っ」

 何かが風を切る音。それと同時三発の銃声。

 ……背中に銃弾を、そして両腕に銃弾を浴びるジャギ。

 ……撃たれた銃の方向は……瀕死のウワバミに向けて。

 トラフズクは現在の状況で一番厄介なのは手負いの伝承者の方と判断んしたゆえの行動。……だが、その命をジャギは救った。

 そして、ジャギは銃弾を受ける前にシンから一本だけ貰っていた矢を……トラフズクに投げたのだ。

 それはトラフズクの拳銃に当たり遠くへと転がる。……だが、冷静にもう一丁の拳銃はジャギへと浴びせられた。

 そして、その銃弾でジャギも軽くは無い傷を負う。……もう一度すれば次は脳天に弾丸を喰らうだろう。

 「何馬鹿やってんだ!!! お前に救われても俺は全然嬉しくねぇんだよ! 早く俺の前から消え失せろよガキがよ!!」

それは、精一杯のウワバミの虚栄交じりのジャギを救う為の言葉。

 だが……ジャギは震えながら立つ。

 「……前に、よ」

 背中に喰らい付くような熱を必死で耐えながらジャギは言う。

 「……前に、あんたがアンナの店へ寄って帰った後……アンナが言ったんだ。……あんたの事……俺に少しだけ似てるって。
 ……それってさ。少なからずあんたをアンナが好きだって言うのと同じだと思う……だから、俺はあんたを守る」

 ……ジャギが此処に今いる訳。

 それは、南斗の未来を守りたいから? ……違う。

 自分の強さをもっと伸ばしたいから? ……それも違う。

 ……その場所に……初めて出会い守り抜きたい相手がいるから……そして、その人が悲しまない為に……笑顔を守る為。

 「……馬鹿だぜ、お前」

 ……ウワバミは、自分の無力さを呪う。

 この子達は何故こんなにも強い魂を持っているのだろう。この子供達は……将来大きくなり必ずや必要となる。

 それを……むざむざ見殺しにするのか……。そう、余りにも納得出来ない未来が想定されるがゆえに、彼は目の前に
 立つジャギを苦悩と後悔を混ぜ合わせた表情で見て……そして……殺人鬼の指が引き金に差し掛かったのを……見て。

 ……そして……その瞬間華の香りが鼻腔を擽り……そしてウワバミの脳は真っ白となった。
 
 そのように齎(もたら)した光景は目の前に立つ三人を硬直させる。そして……その原因たる人物とは……。

 ジャギは、その人物に対し喉から絞り出すように掠れた声を出した。


                               「……アンナ……お前」





                     それは……拳銃を拾い上げて構えているアンナ。




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     ・

             ・

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                ・

 
    

 ……運命とは、皮肉なものだ。

 ある時、一人の人間が一人死んだ事で、その為に歯車が狂い後に強大な災厄と化す事がある。。

 例えるならば、それは一人の母親が死に。その事が原因で修羅と化し後に魔界の闘気を見に付け多くの犠牲を出した王。

 例えるならば、未来の為に継承の儀で命を捨て、それゆえに狂い後に極星が潰えた暴君の王の末路もそうである。

 更に挙げるなら、一人の愛する人が死んだ事で、それで精神を病む原因と化し後に救世主の名を騙りた人間もそうだ。

 ……今回の場合、それは一つの人物。名も世には出ぬ一人の男が死んだのが一つの原因であった。

 その人物は確かにどうしようもない屑だと称されても仕方が無い所業を犯していた。だが、倫理の究極の禁忌たる殺人まで
 犯した事はなく。そして、彼は最後の最後、後一人を心の慰めとして終わらせる事を決意していたのだ。

 その最後の対象は……死の星を見た少女。

 その少女を襲ったがゆえに男の末路は狂う。そして、一人の介添えと共に彼は復讐を試み……そして死んだ。

 自業自得、因果応報。

 だが……どんな悪であれ、それに味方をする者は一人はいるのだ。

 ……それが、今回偶々同じ穴の狢とも言える人物であり……そしてその人物は南斗の伝承者であっただけの事。



 ……運命とは、皮肉なものだ。

 ある時、突然の変質者に襲われた少女。

 その少女は、どんな人々にも属さぬ唯一の希有な星の下で生まれ、そして果てて生まれ変わった少女である。

 その子は、掻い摘んで言えば『一度』その精神を陵辱され……そして、それは心の中に引き摺られていた。

 彼女は、毎晩悪夢の中を彷徨い、そして自分を傷つけていた……数年もの間。

 ……だが、彼女は奇跡的にその悪夢を封ずる人に出会える。それは、待ち望んでいた相手。例え、『真実』でなくとも。

 ……そして、暫しの間彼女の心には安穏が生まれた。……だが、それは冬の到来と共に崩れ去る。

 彼女は、その事により心を一度壊れた。……そして、彼女は記憶の幾つかを抜け落とし……そして生きていた。

 ……だが、人とは不思議なもの。

 ……ある患者は、人命が多数に消えた事故に遭遇し、そして衝撃で記憶を失くした。……だが、ある時もう一度似た
 事故に遭遇した時、その患者の記憶は蘇ったケースがある。……その患者は、果たして取り戻した事に何を感じたのだろう?





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 「……アンナ、お前」

 ……背中に銃弾を浴びた痛みが気にならない程に、ジャギは焦り、そしてどうすれば良いのか困惑していた。

 (何で……何で出てきたんだよっ!)

 ジャギ、他三名の男性陣は罠を作り終えた後、アンナを隠す事に関して異論なく行われた。

 この中で闘う手段を持たないのはアンナのみ。そして、彼等の頭の中に女性を、しかも女の子を闘わせる概念はない。
 アンナは四人の言葉に反論する事なく、素直に小屋の空いた空間を色々廃材で隠しながら入ったのを見届けていた……のに。

 「……動か……ないでっ」

 銃口は……血だらけのトラフズクに向けられている。

 だが、状況はこちらに有利に関わらずも、トラフズクの顔は出血で青白さが見えつつも笑みが浮かんでいた。

 それに比べ、アンナの顔は蒼白。

 胸騒ぎで出てきた時には、意識を失ったシンが戸口に横になっており。そして血だらけのウワバミとジャギを視認していた。

 そして、銃を構えている前に出会った男。……アンナは瞬間的に理解し、そして自分の方へ転がっている銃を見た。

 ……そして出来た状況。腕を振るわせ、照準を定められずも至近距離ゆえに外す事はない。……無論、それは客観的な
 情報なだけで。本人達の意識が如何言う状況が把握すれば、まったく異なった見方が出来る。……今のアンナは、人を
 傷つける事など考えた事のない無垢な状態。……黒光する銃の重さも、血の香りもアンナの精神には大きすぎる重圧だった。

 それを一目見ただけでトラフズクは理解する。それゆえの余裕の発言。

 「……ハハ、これが、君達の切り札か」

 「馬鹿っ、何で出てきた!? 逃げろっアンナ! おいっジャギ!! てめぇ早くあいつを引っ張って逃げろ!!」

 ウワバミは、血相を変えて叫ぶ。

 ……アンナ。自分の娘を何故か思い起こす不思議な子。

 その子供だけは何としても守りたかった。偽善、独善、自己満足。どう罵られようと、彼にとって少女は言葉では表せぬ
 存在だった。それが、今自分の銃を握り最悪の相手に健気に立ち向かっている。ウワバミの中に冷静さは消えていた。

 その、先程まで自分に勇敢であった敵が、今は娘の命乞いするように変わり果てたウワバミにトラフズクは笑う。

 「ハハッ傑作だ……成る程、そうか。……君が従兄弟を殺したと言う情報は眉唾だったが……ようやく、解った気がする。
 成る程……君の瞳には、私がこれまで出会った伝承者ともまったく違う不思議な光が携えている。……それが、
 多分従兄弟を惹きつけた。納得するよ……今の君は、私を殺す事も厭わぬ輝きを秘めている! 私は、今だけは君に
 殺されても良いとすら思えている!! さぁ、撃ってみてくれ! 君の、初めてのっ、殺人と言う快楽を知らしめる一号として!!」

 ……狂気。

 ……トラフズク。南斗木兎拳伝承者……彼の思考を読み解ける者を探すのは至難であろう。

 彼は、生まれながらにして人と異なっていた。

 彼は、生まれながらにして人を殺す事に疑問はなかった。

 その……生まれながら逸脱した人間の感覚は……その感覚はある種の事柄に関しては異常に鋭い場合がある。

 そして、彼はアンナを見て撃てと懇願する。

 彼の瞳の中で少女は震える。今にも取り落としそうな銃と、そして気絶しそうな表情。

 今、この闇夜の中で彼は魂を引き千切れそうな程に舞わせながら彼は悪意を振り回していた。

 そして、その悪意によって一人の少女の心を黒へと染め上げようとしている。……ジャギは、アンナに向けて
 一言でも心を保たせる言葉を言い放ちたかった。『大丈夫だ』その一言だけでも言えばどれだけ彼女は救われるか。

 だが……トラフズクが持つ銃口は……今やどんな行動さへ禁ずるとばかりにジャギへと向けられていた。

 「……ジャギ……っ」

 涙が、アンナの顔から自然と溢れる。

 トラフズクは、欲望に満ち溢れた表情で悪魔の言葉を囁き続ける。

 「ほらっ、早く撃たなければ大事な彼が死ぬんじゃないですか? ……私は、見たいんだ。……あの死体と化した従兄弟の
 顔には笑みが携えられていた。私はその表情が気に懸かり調べ上げ、君が、君の存在が鍵を握ると私は確信した!
 さぁ、私に見せてくれ!! 君が私の心臓を射抜いた瞬間!!! 君の心は崩れ魂は永遠に私が好む物に成り続ける!!!!」

 夜の梟は、少女に絶望を味合わせようとしていた。

 闇の梟は、少女に悪夢を再会させようとしていた。

 邪な梟は、少女に狂気を約束させようとしていた。

 アンナが……『アンナ』が殺人を犯した時と同じくアンナもまた同じ行為をすれば……彼女は思い出すだろう……黒い記憶を。

 さすれば彼女の心は崩壊する。それを本能的に見抜き彼は自分の命すら喜び差し出そうとしている。……一つの白い星
 が真っ黒に染まりあがる事。……それは自分の最後に相応しいとばかりに。彼は、死に対し恐怖はない。

 ……審判は、訪れる。





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 ……何が起きたのかわからなかった。

 大好きな人と、その大好きな人の友達と、そして風変わりな人が一緒に居た。

 私は、風変わりな人を最初は怖いと思っていた。だから、最初は苦手で、けど、他の人達のように怖くはなかった。

 ……私が好きな人たち。それとは少し異なる、私と同じような人たち。

 その同じ人たちの中に風変わりな人は当て嵌まっていた。その風変わりな人は、何時も私を見ながら別の人を見ていた。

 ……その人は藍色の瞳で、口悪く何時も子ども扱いをして、どんなに私が怒っても陽気に笑い声を立てていた。

 


                          ……まるで、昔の『あの人』のように。



 ……『あの人』が誰だったか思い出せない。

 けど……『あの人』に似ているその風変わりな人は自分にとって怖くない人だと解り……だから私は一緒にいた。

 ……そして、訪れた日。

 目の前に闇を伴って現われた人。……それは何かを思い出させる笑みを携えて私の大切な人達を傷つけ哂っていた。

 だから……それを止めたくて必死で私は人を殺せる武器を持つ。

 ……それを見たのは初めてではない。その、風変わりな人も自分の家でお酒を飲んでいる時に腰に挿していたから。

 興味本位に何故持っているかと聞けば、その人は服越しに大事そうに触れながら大切な者がこれ以上無くならない為に
 持っているのだと言った。……私は、そう自慢気に語るその風変わりな人が、やはり『あの人』を連想させると思った。

 ……そして。


                    
                           サァ   撃ッテクレ   アンナ





                           サァ   殺シテクレ   アンナ





 ……何時か誰かに似た言葉を私の心が崩れる間際に聞いた。

 そして、今も同じ言葉を目の前の『闇』が喋っている。

 ……撃つ? 撃たない? ……私は、如何すれば良いのだろう。

 撃たなきゃ大事な人が死ぬ。……なら、撃つべきだ。

 でも……心の小さな何かが撃つのを躊躇っている。

 心の何処かで蹲っている声が、私を止めようと……。

 (私は……私は……私は……っ!)

 その、『闇』に向かって引き金を引く力が強まった瞬間……。






                        「……ガキが……大人みたいに迷ってんじゃねぇよ」





                          ……嫌なぐらい優しい    龍の声がした……。




   








           後書き


 
    次回でこの話に関しては終了。北斗の拳の主人公もう少しで出ます。


    それと、今回出たオリジナルキャラ最後まで引っ張るかも知れないけど大目に見てください。




[29120] 【文曲編】第二十七話『終わりと言う名の始まりを』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/09/09 00:22



 ……彼女の生まれ

 彼女は小さい頃両親と死別した。これは、その世界では珍しくも無い事ゆえに省略する。彼女は、唯一残った兄と、
 その兄が弱肉強食の世界を生き残る為に引き連れた仲間達の下で健やかに過ごした。……ある年齢までは。

 やがて、その彼女は人が変わったように男性に対し過剰に恐怖を芽生える。

 その過敏な反応には兄の仲間達も手に負えず、また兄もその彼女の病なのか別の要因なのかで起きる彼女の変異に懊悩した。

 突然、彼女は自分の肌を裂いた。

 突然、彼女は身を投げようとした。

 突然、彼女は家を出て誰かを探した。

 最後の方に関してはどんなに拘束しようと、説得を願っても彼女は暫くしてから外の世界へ出ようとしていた。

 ……そんな彼女は日一人の少年に回り逢った。

 その少年と出会ってから、彼女は家を出るのを止めた。

 その少年と出会ってから、彼女は自分を傷つけるのを止めた。

 その少年と出会ってから、彼女は夜、魘される事は少なくなった。

 ……だが、ある日周囲が彼と彼女を引き裂こうとした。

 それゆえに彼女は彼と裂こうとする事に反抗し家を出る。そして……彼女は不慮の事故により心に傷を負う。

 既に傷を負っていた彼女の心はその傷に耐えれず……彼女は『彼女』である事を放棄する。……そして時は経た。

 やがて、そんな彼女に一人の男が現われる。

 口悪く、それでいて無礼だが……その男は何処となく少年に似ている雰囲気を持っていた。

 そして、そんな男の手で訪れかけた魔の手を逃れ……彼女は一つの棘を生やし梟と対時する。

 それは、そんな彼女のお話、ただ綴られる世界のお話。




    ・
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           . ・


                ・

 


 「……ぅ、ったく……だから……ガキは……子供と一緒に居るのは御免なんだよ」

 そう……戦闘により罅割れたサングラスを掛けた男……ウワバミは一瞬にしてトラフズクを羽交い絞めにした。

 「っ……!」

 「無駄だぜ、お前が伝承者であるのと同じく……俺もまた伝承者だ。単純な筋力で負けるつもりはねぇよ」

 トラフズクは、必死にウワバミの体から抜けようと力を込める。

 一度でも離せば、トラフズクの拳がウワバミを襲い全てが終わる。そのように死と隣り合わせの中で……彼は穏やかだった。

 ……ずっと、家族を失い自分の心は無様に落ちぶれていた。それを……短いけれど、今、自分を助けようと小さな力
 で必死に救おうとしてくれる子達……拳士として正々堂々挑んだサウザー、シン。……自分の命を救ったジャギ。

 ……そして、自分の娘を重ね合わせた……アンナ。

 「……おい、アンナ」

 そう呼ばれ、アンナの顔には恐怖や躊躇、混乱などで埋め尽くされていた感情に、別の色が見られた。

 何故ならば……それが始めて、彼女がウワバミから名前を呼ばれた瞬間だったから。

 「こいつを、俺が抑えている間に……撃て」

 そう言われて、アンナは驚愕を浮かべると同時に、理解し涙を浮かべた。

 アンナは、確かに今の状態は子供の精神状態である。……だが、知性までもそれに合わさってはいない……アンナは聡明だった。

 今、目の前で悪夢たる人物を羽交い絞めにしているこの人は……自分までも巻き込んで死のうと決意してると……!

 「ぃやっ! 嫌!!」

 「聞き分けない事、言わないでくれよ……」

 頭を振るアンナへ、ウワバミは優しい声で諌める。

 だが、それを黙っていられない男が……一人。

 「……何っ、馬鹿な事……ほざいでやがる!!」

 腕を銃弾で撃ちぬかれ、そして背中にも一発浴びて半死半生と言った状態に関わらず、ジャギは怒気を滲ませ叫ぶ。

 「何勝手にアンナをあんたの介錯なんぞに付き合わせてんだよ! どけっアンナ! 俺が、今あいつを……!?」

 そう、言ってジャギは一番の解決策となる……決死の行動で捕えたトラフズクを自分の拳で行動不能にしようと近寄ろう
 として瞬間……体中の力は抜けて、そして吐血した。……いきなりの激痛と、脱力にジャギは混乱しつつ倒れこむ。

 アンナが自分を呼ぶ小さな叫び声と、そしてウワバミがある程度諦め混じりの声がはっきりと頭の中に響いた。

 「……さっき、背中に銃弾撃たれた時、肺まで突き抜けたんだ。……起きるなよ。下手に動けば命に関わる」

 ……ウワバミは気づいていた。ジャギが銃弾を浴びた瞬間、既に瀕死となってたのを。……それでも彼は異常に自分が
 平気なように振る舞いアンナを安心させようとしていたのだ。……それは、一重に愛の力と呼んで良いのか……。

 「だから、よ。……もう、お前しか頼めないんだわ」

 そう、苦笑を浮かべるウワバミの藍色の瞳は……真っ直ぐにアンナを射抜いていた。

 「良いんですか? 彼女は心に深い傷を負っている。それを知りながらあえて貴方は私と一緒に死ぬと?」

 「てめぇ、黙ってろ。……アンナ、例えこれでこいつを殺そうと、お前は別に気に病む必要ねぇ」

 そう、アンナへと説得しながら……ウワバミは今までアンナとした会話で初めて核心とも言える言葉を発する。

 「お前は……『人を殺す』事が何よりも怖いだろ?」

 そう、言われてアンナの体は震える。肯定を体全体で表すかのように。

 「……結構これでも場数踏んでるからよ。だから、今こう……拘束してる奴が危険な奴だって見抜けたし……そんで、
 お前が無邪気な笑顔の中で……とても、人には並大抵には言えない過去持ってるって気付いちまった」

 (……なんで、そんな歳でそんな瞳を持ってんのか詳しくは聞かねぇ。……それを聞くのは……俺じゃねぇだろうしな)

 体からは段々力が抜けていきそうになる。それを何とか必死で耐えつつ彼は残された時間を必死に生きようと言葉を出し続ける。

 「……だがよ、人っては……どんなに逃げても逃げられなくなる時がある。……逃げ続ける事ってのは……不可能に近い」

 ……酒を飲んで忘れようとした。

 ……復讐を望み拳を磨いた。

 ……ある時は争いの渦中で尊敬する師の拳で忘れたい過去の為に拳を使用していた。……許されるべきではない。

 「……立ち向かわなくちゃいけない。だから、俺は……俺にとって……これはけじめなんだ」

 ……南斗飛龍拳ウワバミ。

 彼は、南斗聖拳では特異でもあり、そして中位である南斗飛龍拳を見に付けた。そして、妻と出会い娘が生まれた。

 彼の拳は剛拳と、そして南斗聖拳の定義を併せた拳。師は、何時ぞや死ぬ間際こう言った。

 『……飛龍。それは日沈む国では神の権化とも言える幻獣。……それは天を護りし者の拳。……星々の為に振るう拳』

 『お前は気性も荒く、それに無鉄砲な部分もあるが……その根本は誰よりも人を護ろうとする意思に沿い生きている。
 ……お前だからこそ私は伝承者にしよう。……そして、お前はお前の生き方を……貫くのじゃ、ウワバミ』

 ……師よ、これが俺の生き方だ。

 ……貴方が護ろうと俺に託した『南斗』……最初こそ俺はたかが拳法と驕っていたが……何時しか惚れこんでいた。

 そして、やがて俺は探偵業なんぞ営んで、そしてその過程で依頼主が犯罪者で、それに苦しめられてる人を救ったら……
 妻になって、子供が生まれて。……幸せな家庭が築くもんだと思ってたら……一番大切にしてた人を病気で失って。

 ……娘を頼まれて……必死で妻に似た娘を育てて……そして、今目の前で拘束した野郎に奪われて……。

 だけども、俺は憎悪に縛られる訳にはいかない……それを妻が……娘が望む筈ないと何処か心の中で知っているから。

 それを……自分が復讐を決意し購入した……その子には全く似合わない武器を構えて……そしてとても辛い事を頼んでいる。

 ……悪いな。けど、俺も正直限界なんだ。

 目の前で、自分の拘束を引き離そうとしている悪意の塊のような輩は、重傷を負っている筈なのに何処から沸いてくるのか
 少しでも気が抜けば自分が万力のように込めて縛り付けている腕の力を負かそうとしている。……長くは持たない。

 首からの血は頚動脈に傷をつけているのか、かなりの出血を流し続けている。……今から治療出来る人間を呼んでも、俺の体は

 (だから……そう、だから。……最後は……俺の願いを聞き届けろよ……くそったれの神様よ……!)

 「撃て! ……アンナ、てめぇは俺の分まで生きなくちゃならねぇ! てめぇは今俺がしている行為を無駄にしないでくれ!」

 「頼む……! 頼む!! 今、此処でお前が撃たなけりゃ全部泡に帰っちまう! ……辛い事引き受けてる自覚はある。
 けどな……お前しかいない。お前が自分のトラウマを破らけりゃ……前に生きる事はどうやったって無理なんだよ……!」

 そうだ、だから……撃ってくれ!

 「アンナ……こいつは終わらせる為じゃない……お前が始まる為にだ……!」

 ……俺は、既に諦め、終わらせる事を決意した人間。

 だが、この目の前の子は違う。この子は前に進もうとしている。これからの未来を懸命に生きようとしている。

 


                        


                              終わりじゃない   ……これは始まりだから



 「……ゥワバミ……」

 アンナは……必死に嘘偽りなく訴えかけるウワバミへと、涙を濡らしながら拳銃を構えている。

 アンナは撃ちたくはない、けれども……腕の震えは止まっていた。

 「……良いか? 撃つのに力はいらねぇ。……単純に、照準を定める事だけ意識しろ。……そして、イメージするんだ」

 「まっさらな状態で……指に少しだけ力を込めろ……」

 そう、娘に対し軽く教えるように……今から死を迎えようとしている男の顔は……安らかな笑みさえも浮かんでて。

 アンナは、その笑顔がとても哀しくて……だからこそ慟哭で彼の名をはっきりと叫んだ。

 「ウワバミ……!」

 「……やってくれ」

 ……徐々に、ウワバミの顔から血の気が薄れていく。

 それと同時にトラフズクは今やその瞳を真っ赤に変化させながら、ウワバミを、アンナを、ジャギを……そして自分に
 敗れた者、傷を付けた者の姿を瞳の内へと宿し嘲笑を携えながらゆっくりと拘束を破ろうと均衡を崩すそうとしていた。

 ……もう、猶予はない。

 そして……アンナは決意する。




                              腕を伸ばし    引き金に指を添える。





 その動作に闇を負った梟は笑みを更に濃くしながら羽ばたこうとするがのように両腕を伸ばそうと力を更に込め。

 反対に空へ還ろうとする龍は安らかな顔つきを崩さぬままに胎児へ戻らんとするかのように両腕の拘束を強めた。

 どちらも真逆の動作、だが、どちらも思考はその時等しかった。





                               (撃て……アンナ)



 
 ……一人は目の前の少女が闇に堕ちる事を期待し。

 ……一人は目の前の少女が光り咲かん事を希望し。



 やがて涙を濡れさせながらも……口を真一文字に結び、何かを決意した表情を浮べて……少女は腕を持ち上げた。

 



 ……あぁ、終わったな。




 
 その顔つきと、瞳の光に男は敗北を、男は勝利を同時に浮かべ。






                                  ……パンッ!!!





                   乾いた一発の破裂音が……    天へと響いた。









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           . ・


                ・

 




 ……目を開けると、其処は馴染み深い家が見えた。

 (……家? ……一体、何故?)

 そう、ぼんやり男は思う。先程まで自分は何か大事な事をしていた筈。……自分は何をしていたのだろう?

 思い出そうとしても辿り着かない記憶。それに少し懸念を帯びつつも彼は家の中に入った。

 「あら、お帰りなさい。今日は早いのね?」
 
 そう、何時ものように妻が出迎える。

 家に入る前から漂っていた香りが少しばかり食欲を刺激した。……カレーの香りだ。どうやら大好物を用意してくれたらしい。

 「ほらほら、ちゃんと顔と手を洗ってからしてね? 仕事が大変なのは知ってるけど、汚れたまま食べちゃ駄目よ?」

 そう、人差し指を立てて注意する妻の言葉は正論で。笑いながら頷き言うとおりにする。

 誰か一人そう言えば足りないなと、顔と手を洗ってから気がつく。そして、それを妻に尋ねようとした時……扉は開いた。

 「お父さん、お帰りー」

 そう……華の様に綺麗な笑顔で現われたのは……この世でたった一人の娘。

 この場合、俺がお帰りって言う台詞だぞと言いながら、娘を抱き上げる。八歳程の娘にするには子ども扱い過ぎるんでは
 ないか? と周囲に注意された事もある。それでも、俺達はこうして愛情を表現するのが日課で……これが、俺達の普通だ。

 食卓を囲みながら、娘は学校、友人、その他の話を絶え間なくする。

 妻も、周囲の出来事、そして俺が興味を惹きそうな話をする。……そうしているのはとても心落ち着き。

 あぁ、此処は天国だと……俺は何かを忘れている事すら気にしないまま穏やかに過ごす。

 「お父さん、テレビ付けて良い?」

 食事中、本来なら窘める事だが、気分が良く俺は娘の好きにさせる。

 そしてテレビが付く……すると、如何も気掛かりな音声が流れてきた。

 『……現在、××で行われた連続殺人事件ですが、最近になり証拠が現われたと言う事で、警察はその事件を公開捜査……』

 ……そう言えば、最近良く恐ろしい事件が世間を騒がせていたなと考える。

 それも、その人物は自分と同じく南斗の拳士だと噂では流れていた。南斗だからと言って、やっぱり人間は人間。悪人だって
 普通に居るんだなと、テレビの画面を見ながらぼぉっと考える。……そのニュースは直に終わり、関心も消えた。

 ……夜になる。

 娘は寝ている。可愛らしい寝顔。今からこの娘が将来大人になったらどんな風な人物と結婚するのか? などと気が早い
 考えを想像する。そして、その時自分はこんな強面だが、だらしなく泣き続けるんだろうなぁと苦笑も漏れ出すのだ。

 「あなた、何が可笑しいの?」
 
 そう、娘の寝顔を覗き込んでいる俺を、妻は小さく微笑しながら隣に座り込み聞いた。

 自分は正直に今の気持ちを言う。そしたら、やっぱり気が早いと笑われた。

 ……あぁ、幸せだ。

 ……『幸せだった』






 「……御免な」

 俺は……ウワバミは力強く立つと、既に優しい父親の顔つきから、南斗の拳士の顔つきへと変わると、家の戸口へと立った。

 「すぐに、すぐに『此処』へ帰って来るよ。でも、でもな。……少しだけ、未だ仕事が残ってたのを思い出してな」

 ……娘の笑顔……それを見続けて……自分は思いだす。

 最後に撃たれた感触。人生を破滅に追い込んだ男との死闘……何もかも思い出した。

 「……あの子達に、伝えなくちゃな」

 ……『此処』で暮らす前に……彼らに伝えなくてはいけない。

 それを全部伝え終われば……もう、何も思い残す事はないだろうから……。




                               ……行ってらっしゃい



 そう。全てを悟り、そして最後に飛ぶ龍へと……何時の間にか起きた娘、そして妻は一緒に手を繋ぎ父親へ告げた。

 それを、男……ウワバミは初めて妻から贈られたサングラス。それを掛けながら自信に溢れた笑顔で戸口を開けた。

 その戸口を開ければ……眩しい光が龍を包み。








                         泣き腫らしたアンナと    ジャギを映した。





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 ……握られた拳銃から硝煙が立ち昇る。

 それと共に、羽交い絞めにされた男と、そしてそれを行っていた男はゆっくりと崩れ落ちた。

 その直後、手から拳銃を零れ落とし……アンナは座り込む。

 ……暫し、天使だけが通り過ぎた。

 「……アン、ナ」

 小さく漏れる声が上る。それにアンナは、ゆっくりと顔を上げた。

 「……ジャギ?」

 その表情は解らない。だが、それでも彼女はゆっくり倒れているジャギへと近づき、そして抱き起こした。

 「……ウワ、バミ……は」

 無理に動けば命に関わる。それゆえに満足に動けなくも、彼は結末を知る為に必死で当事者だったアンナへ聞いた。

 アンナは、首を横に振る。アンナ自身も、今の出来事を全て語れる程に力は無いのだから。

 二人は、互いに限界の身である事をゆっくりと理解しながら、二人は倒れている人物へと引き摺るように近づく。

 ……そして、完全に絶命していると思われる彼の……息遣いを聞いて半覚醒状態の彼等の意識は覚醒した。

 「おっさんっ……!」

 「……っ奴、は?」

 途切れ途切れ、その声に力は無く、もはや虫の息。

 それでも彼がこの世界に舞い戻ったの意地か? はたまた彼の生来の気質か?

 ジャギは、その質問にうつ伏せで倒れている男をちらりと見遣り、そして相応しい言葉を喋る。

 「ありゃ死んでるよ。……今、医者を呼んで」

 「その必要はねぇ。……そっか、死んだか。……後はお前等少し落ち着いてから近くの町で保護して貰えよ」

 その後事情聴取だろうな、と気楽な調子の声と反対に……彼の体は冷たくなろうとしていた。

 アンナは、その体を必死に温めようと小さな手で擦りながらウワバミを見る。

 彼女は彼に謝罪したかった。彼女は彼に死なないで欲しいと懇願したかった。
 
 でも、何を言おうとしても胸が一杯で……そんな彼女を全て見抜き、男は笑った。

 「……良いんだよ。……これで、良いんだ。……なぁ、約束してくれるか? 俺の娘の分まで生きるって……強く、心を
 強く持って……生きるって……そうして……よぼよぼの婆ちゃんになるまで……絶対に……それまで死なないって約束……」

 その言葉に必死で彼女は頷く。両手で彼の小指を立てた片手を握り締め。涙を落としながら。

 「……な……なぁ、ガキ……ジャギ、よ。……お前、一人前の南斗の拳士になるのが夢なら……絶対に諦めんな。
 ……サウザー、シン……あいつ達に負けないようにするんだぜ。例え才能が下っ端でも……俺見たいに伝承者並みに強くなれる。
 そしたら、アンナを……自分が大切な人を護れるように強くなれ……俺は……あの世で見守って……やっから」

 サウザー……出会った回数は殆ど無かったが、彼の瞳は南斗鳳凰拳オウガイに生き写しだと、ウワバミは思った。

 そして、シン。少しだけ危うさが見えるも、それは幼いゆえ。この子達が居れば彼も大丈夫だと……ウワバミは思考する。

 そう、自信に溢れた顔で彼はジャギを応援する。……遺言を残すように。

 それにジャギも頷いた。じっと、ウワバミの顔を見ながらただ頷く。……彼も普通の子供と違い、そして奇異な人生を
 少しばかりは送ってきた。死闘も一度体験し、抽象的ながら死が如何いうものかは人一倍知っている。


 ウワバミは、そのジャギの表情を見て、こいつも安心だと安堵の溜息を吐く。

 ……目が霞む、呼吸音が激しくなる。もう、後は終わりをただ待つのみ。龍は、天へと還る。そう、ゆっくり瞳を閉じて……。

 ……それを、優しい声が止めた。







                            「……生きてよっ、『お父さん』っ」





                                  ……!!







 その言葉に、閉じかけた瞳は力強く開く。

 藍色の瞳が映すのは……アンナの顔。涙は既に止まり、ただその表情は既にもう終わるこの身に未だ希望を捨ててなかった。

 ……反則、だと思う。

 ……そんな顔を、そんな声を掛けられたら……無駄に命が惜しくなるじゃないか。

 「……ア、ンナ」

 ウワバミは、既に生きてるのが不思議な程に白い顔で……なのに安らかな顔つきで言った。

 







                               「……ありがとう……な」




 ……カクン。

 ……瞳は閉じる。微笑を張り付けたまま呼吸が止まる。

 「……おっさん」

 「お父……さん」

 ……ジャギと、アンナは小さく呼びかける。……男はもう呼びかけに応じない。

 ……彼は復讐に憑かれ、数年を生きてきた。

 酒に溺れ半ば自暴自棄になりつつも人の道は辛うじて踏み外さず……彼は最後に南斗としての人生を真っ当した。

 ……彼もまた、アンナの顔を最後に映しながら笑顔で散った男であった。

 「お父さん……お父さん……っ……ウワバミ……っ」

 ……彼は、良く酒が回った後に自分にそう呼びかけてくれと冗談交じりで口にしてたのを彼女は知っている。

 そして、それに嫌だと言えば膨れながら直に止めて……それが真剣だったと気付いたのは……時既に遅いままに。

 「……馬鹿、野郎」

 ジャギは、一筋涙を流し、目の前で殉死した男に対しありったけの感情を込めて一言だけ呟いた。

 何故、あんな真似を。他にやりようがあった筈だ、もっと別の結末も送れた筈なのに……そんな想いで心はかき乱れる。

 「……馬鹿、野郎」

 それしか、今悲哀で胸痛む彼はそれしか呟けなくて。

 泣き伏すアンナの肩を叩き、とにかく彼は今も気絶しているシンやサウザー。そして自分も重傷である事を思い出し立とうとする。

 そして、今回の全てが終わった事に疲弊しきった表情で後ろを振り向き……彼は硬直した。







                              「……ァアア」




                               「アハハハハハハッ!!!」






 「……てめぇ」

 ……その笑い声に、ジャギは固まる。

 それは……小さく笑い声を立てながら狂った笑みを浮かべている……トラフズク。

 確かにこの男の心臓にアンナは撃った筈だ!? なのに……っ!?

 死

 それがジャギの脳を一瞬で埋めた。

 死ぬ? 此処で……ウワバミと約束したばかりで……?

 ジャギは、その冷酷な運命に体を固まらせながらトラフズクの姿を直視し続けて……そして倒れこむまで見届けた。

 「……ぁ?」

 「……無事か。ジャギ」

 「……ぁあ」

 そして、トラフズクが倒れたと同時に……その影から直後現われた人物に対し、ジャギはようやく安堵と共に口を開いた。

 「あぁ……父さん」





 
    ・
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 「……なぁ、王様よ」

 ……ある時、彼は一人の男にそう呼びかけられた。サウザーは王様と言う呼称をした男が、その言葉と裏腹に自分を
 まったく敬っていない態度である事に怒った方が良いのか解らぬままに対峙する。男はサングラスをずり上げて言った。

 「あんた、何時か南斗を担うんだろ? そん時、あんたは如何言う目的で背負うんだ? 師への敬愛から? それとも友達の為?
 ……説教なんて垂れる身でない事は重々承知しているが、ちょいとあんたに、年長者として最後に言おうと思ってよ」

 そこで区切り、男は自分と同じ目線に屈むと言った。

 「……正直、あんた見たいに宿命とか運命とか掲げて生きる人間は俺はあんまり好きじゃねぇんだ。自由に、鳥みたいに
 あんたは最初から生きる事を禁じられているんだもんな。……けど、お前は絶対に未来で多くの人間を救う」

 「……だが、その前に絶対に何時かあんたは越えなくてはいけない試練が出来る。……自分に勝て。それが俺の忠告だ」

 それじゃあな。と、そう言って男は目の前から消えた。

 ……サウザーは、それを最後に背後から突如眩しい気配を感じ振り返る。

 其処には愛する人が立っていて……そして歩み寄ろうとした瞬間……彼は何か生暖かい感触と、暗闇を最後に見た。

 「……ぉ……あ」

 目を開ける。……何やら頬から生暖かい感触が定期的に張り付いてくる。

 「……舌? ……リュウ、か?」

 ……以前、アンナと再会した時その飼犬と思われる犬に頬をよく舐められた。

 別段動物が嫌いでもないので構わず受け入れたが……まさか、気絶してたとはいえ犬にこう隙だらけでいるとは……気絶?

 「! そうだ、ジャギ……」

 彼は悟る。自分が負けた事を。立ち上がりかけて、鈍い痛みが体を発する。……空の様子を見る限り、もうすぐ夜が明ける。

 立ち上がらなくては……自分は、彼等を護らなくてはいけない。

 そう、決意を固めつつ立ち上がって……そして傷の所為でそのまま転びかけた彼は、大きな腕に支えられた。

 「……お主はサウザーじゃな。……その傷と……ジャギの居所……教えて貰おうか?」

 「……リュウケン殿」

 ……それは、ジャギの父親……サウザーは彼がジャギを捜しに此処まで来たのだと言う事を瞬時に見抜く。

 其処までは良い。だが、気になったのはその後ろに黙って付いている……二人。

 「……お前達は」

 誰だ? と言う言葉を出す代わりに無言で視線を。リュウケンも視線だけで彼等に紹介を促した。

 二人の内、一人荒々しい雰囲気を携えた自分と同い年程の男は舌打ちして、その行動を自分の意識から逸らそうとするように、
 庇うように自分より少し下に見える優しげな瞳と顔つきをした少年がリュウケンより前に進み出て名乗り上げた。

 「私はトキと言います」

 その言葉に、サウザーはそう言えば以前ジャギが寺院に家族が新しく出来た話をして、それで北斗神拳の伝承者候補が
 遂に育てられるのかと、半ば実感沸かずに頭の中に入れていた記憶を思いだす。

 彼はトキを見て、無害な子羊を一瞬連想する。そして、この男の優しげな顔つきと共に、大人びた雰囲気が少しだけ
 どうも噛み合わないような、そんな微妙な波長の合わなさをサウザーは感じる。そして、もう一人へ目線を向けて。

 ……次の人物。それが、癖者だった……。

 「……ラオウ」

 たった一言。自分を象徴する記号だけ上げて彼を不躾にじろじろ見る男。

 その言葉だけで構わない。何故ならば、それだけが自身であり、それ以外に自分を語る事はなし、と言外に秘めて。

 その男の目つきは僅かに敵意を秘めており、友好的な雰囲気は皆無。サウザーは瞬時にこの男の性質を見抜けた。

 そして、こうも思う。この男は……強い、と。

 何を如何言う風に強い、と言い表せないが。漠然とサウザーはラオウに対しそう感じる。

 「……私の名はサウザー。南斗鳳凰拳伝承者候補……」

 「……成る程、な。俺は、北斗神拳伝承者候補だ……」

 そう言って、男は少しだけ口元を吊り上げる。……それは友好を誓う為と言うより、敵陣の将に名乗るかのように。

 サウザーは、彼のそんな言葉に未だどう言い表すが考えあぐねる。下手な言葉は、多分永きに渉る皹となる気がして。

 ……サウザー、ラオウ。それが何時の日か一つの大地を巻き込む天空の二つの極星の……最初の出会いだった。

 「……それで、サウザーよ。ジャギは何処なのだ?」

 その言葉に、ラオウと対峙した事に僅かながら散漫だった意識は戻され、サウザーは自分の立場を再認識する。

 そして、慌てて彼はリュウケンに助けを乞うた。……もし、彼がもっと大人ならば、北斗に借りを作るような行動、及び
 その言葉の意味する重大性から軽率に助けを求めもしなかったかも知れない。だが、未だ幼い彼の心は時に味方された。

 そして……危機一髪の状態を……リュウケンは救ったのだ。

 

  
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 「……随分と手酷くやられたようだな」

 リュウケンは、ジャギの体の特定の部分さり気無く手で抑える。周囲の者には、ただ介抱してるようにしか見えない。

 リュウケンは、治癒速度が進むようにジャギの秘孔を突いている。ジャギは、既に北斗神拳を知らされていた。
 そしてラオウ、トキも問題ない。問題は、この場所に居る唯一の女性……アンナには秘匿しなくてはいけないゆえに。

 「……立てるか?」

 その言葉にジャギは無言で頷いて立つ。

 ……改めて状況を考えれば……手酷い結末だと思う。

 ……シンは以前と同じ程にボロボロで気絶。サウザーは何とか起き上がっているが、今にもまた倒れそうだ。
 ……そして……一番問題なのは……未だ……微かに息をしている……トラフズクの事だった。

 「……何で、だよ」

 ……こいつは、沢山の人間を殺した。

 「何で、だよ」

 こいつは、大切な人を傷つけた。

 「何でだよ」

 そして……こいつは殺した。

 ……復讐に駆られ、そして中途半端に達成した……『自分』に似た人間を。

 「……っく、そ……!」

 手を振りかざす。ジャギは、出来るならば未だ生きているこの男を殺したい。
 
 ……けれど、それは止めた。……それでウワバミが戻るなら……今までの出来事が無に帰すならば拳が砕けるまで殴る。

 けど……隣で自分を支えるアンナは、ジャギの振り上げた腕をそっと抑え……それによりジャギは拳を収めた。

 「……運が良かったな」

 そう、彼は憎々しくトラフズクに唾でも吐きかけたい気持ちを全身の力で封じ込めつつ、一瞥して顔を背けた。

 この男は、リュウケンによって何とか生を繋がれた。……ジャギは、出来るならば止めを差すように言いたかったが……。

 だが、ジャギはウワバミがもしトラフズクに無傷で勝てたならば……生かして多分こいつを牢屋なりに閉じ込めたかも知れない。

 そう何故か不思議にその光景を連想させて……アンナを見た。

 「……終わったな」

 「……うん」

 アンナも、目立った傷、汚れは無いが精神的な意味合いではジャギ以上だ。

 ……二度も、しかも今度は大事だと思えた人を……。

 ジャギは、何とアンナに言ってやれば良いか正直解らない。

 ……暫く、二人は周囲が彼等の心境を察知し二人っきりにしてくれるのを良い事に、お互い無言のまま朝陽を見ていた。

 「……アンナ。俺、ウワバミにさ……自分のやりたい事やれって言われたよ」

 「……だから、俺、決めた。……こんな終わり方にはさせねぇ」

 「……絶対、誰も悲しまない終わり方にしてやる。……誰も、後で思い返してもハッピーエンドな終わり方に……」

 「……約束、する」

 ……ジャギは、顔を俯かせ、掠れ声で宣言した。

 ……自分は無力だった。……勇気も行動も中途半端ゆえに友すら満足に護れず……挙句の果てに強い人を失った……。

 ジャギは、酷い自己嫌悪の中で自分を呪いつつ強さを望む。……そして、本気で彼は北斗の拳を……今、欲していた。

 「……ねぇ、ジャギ」

 「……私ね。あの人は……本当のお父さん見たいに思えた」

 「……だから触られても怖くなかったし。……あの人の言葉、素直に聞けた」

 「……私も、ジャギと一緒に強くなる。……強くなって、お父さん見たいに優しい人が居なくならないように」

 「そしたら……『前見たいに』ならないよね?」


 


                              ……前見たいにならないよね?




 
 (……え……)


 ジャギは、その言葉に信じられないと言う表情でアンナを見る。

 『前みたいに』……その言葉が、ジャギが想像する通りならば……!

 「アンナ」

 「私……わかったんだ。……前に襲われた時、あの人が笑ってた意味」

 「きっと……あの人も同じ。自分やお父さんと一緒……心の底では自分に諦めていた。……それで笑っていた」

 「……ジャギ」





                                 ……ただいま





 その……朝陽に照らされ涙の跡を残すアンナの微笑みは……以前、事件の前の微笑みのままで。

 ジャギは……氷解するようにゆっくりと笑みを顔中に広げて……そしてアンナに飛び込むように抱きついた。

 「アンナ! ……痛っててててっ!!!??!!」

 「ジャ、ジャギ大丈夫!!?」

 銃弾の傷が塞がってない事に気付き苦しむジャギ。

 そして、慌ててジャギの傷を抑えようとするアンナ。

 リュウケンはジャギの傷が再び開いたのを騒ぎで聞きつけて駆け寄り。その様子をトキは苦笑、ラオウは笑みを見せず
 事態を冷静に裏がないかを疑念の視線を向けつつ傍観する。……彼等兄弟との距離は、未だ余り縮まらない。

 「……綺麗な空だな」

 ……サウザーは、未だ気絶するシンの隣で小屋の壁に凭れつつ空を見る。

 ……今回の出来事は……サウザーの中ではあらゆる経緯の中で……そして一つの

 

 「……朝陽……だ」

 ……随分と酷い結末を迎えた。……鳳凰拳は破れ、そして飛龍拳の伝承者を死なす結果となり。

 それは、余りに由々しき事態。これからの後始末や、今回の波紋は大きく南斗に広がるだろうと簡単に予想がつく。

 だが……。

 「……言われずとも強くなるさ。……なぁ」

 呼びかけるのは、既に天へ還った龍へと。

 サウザーは、太陽の陽に一瞬長い尾を持った生き物が飛んだように思い……直にただの幻覚だと一笑する。

 ……そうだとも、ウワバミの言うとおりこれは終わりではない。

 これは、始まりだ。哀しみに終わりは無い……だが、喜びも始まりすら未だない。

 両方は等しく存在する。ゆえに……想う限り人は生き続けるのだから。

 「……俺は、あの二人を見守ろう。これからも……」

 ……これにより、南斗を騒がす一つの事件は終結を迎える。

 ……だが、これは終わりではない。……これは始まり。

 一つの闇は封じ込まれ、また新たな闇が運命へ忍び込む。

 ……それと同時に……光もまた世界に広がるのだ。




                            

                        ……この世界に 終わりと始まりを広がせて









 



          後書き




  
  今回で人物設定




  ウワバミ:南斗飛龍拳伝承者 奥義南斗千首龍撃を使う。
       家族構成は妻と娘。妻は娘を産んで暫くしてから死去。娘は八歳まで育った後、トラフズクに殺害される。
       依頼、仕事を放棄し復讐を志して生きる。その為に他人の命など軽視していたが、アンナとの出会いを
       経て改心。本来の優しく強い拳士の頃の状態へと戻り決着を着け、アンナとジャギに目的を教え満足し死んだ。



 トラフズク:南斗木兎拳伝承者 奥義夜走翼斬を使う。
       作者の力不足により表現出来なかったが、本来は知能犯であり刑事である事も併せかなりの知能を秘めてる。
       殺人に関する理由は後に説明するが、自分が扱う拳については殺人の為の手段としか見てない。
       作者が考えたオリジナルキャラクターとしては今後もっと洗練させようと決意しているキャラである。





  ……二次創作のオリキャラって本気できつい。

  ……ブスさん。貴方が私の中で最初で最後のメインキャラでした。






[29120] 【文曲編】第二十八話『欠けた天 その天の下で』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/09/09 16:07
 ……後日、南斗……いや、世間は大々的にこの事件を取り上げた。

 関わった人物、詳しい詳細は省かれたが……この世界での警察関係者の隠蔽能力などたかが知れている。

 ある程度権力を有した人間ならば簡単にその内容を調べるのは容易だった。……例えば。

 「……成る程な。……あいつが」

 ……南斗の里、その場所で静かな瞳で風を受けながら少年は突き従っている青年二人。ガロウ、ギュンターから話を聞かされていた。

 「南斗飛龍拳の使い手は交戦の後に失血死。犯人の方は辛うじて弾丸は心臓を逸れ、怪我が治り次第刑務所へ護送されるとか」

 「もっとも、今は別の南斗聖拳伝承者達が交代で見張りもかねてますので、この事件はほぼ終わったと見て良いでしょう」

 二人の代わる代わるの情報に言葉の切れ目で頷きつつ、リュウガは一人になると、おもむろに歩き一人の少女の居る元に着く。

 「……ユリア、どうやら、またあいつらが何やら騒ぎを鎮めたらしい」

 「……だが、俺の心はあいつらの無事を喜ぶよりも……お前の心が蘇る事が大事なんだ。……俺は、お前が笑顔を取り戻せた
 時に堂々と顔を合わせれるのかな? ……知人の無事よりも、ただお前の命だけを考える……こんな人でなしの俺に」

 ……その言葉に彼女は微動だにせず、ただじっと鳥が止まる方向へと顔を向けている。

 「……俺達に、青い鳥は何時訪れるのだろうな」

 リュウガは、人形のように佇む彼女の肩に優しく肩を添えながら……ゆっくりとした天の動きをじっと見守るのだった……。





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 ……一人の少年は夢を見ていた。

 それは、とある少女と共に過ごしている夢。その中で自分はとても幸せに満ち足りていた。

 だが、その少女の顔だけは何故か霞みかかったように解らない。

 それでも、少年はその少女を愛していると言う事だけは何故か確信していた。……そして……。

 少年は何時しか切り立った場所に立っていた。

 それは、大きな城に似た場所だと少年は感じた。何故、自分は飛び降りようとしているのかと薄っすらと想う。

 ……待て、『飛び降りよう』としているだと? ……何故、自分はそんな事を。

 ……シン

 (……誰、だ?)

 ……何かの記号。多分人の名前なのだと思う。だが、それは自分の名前なのかすら確信が持てなかった。

 ……シンっ

 (……お前は……誰、なんだ?)

 彼は、その声の持ち主が誰なのか知りたかった。

 だから、彼は足を踏み出せば奈落に落ちる場所から一歩身を引き、そして意を決し振り返る。

 ……そして……そこで彼の意識は途絶えた。
 





 「……此処、は」

 「お主の家じゃ、シン」

 「……っ! フウゲン様っ……師父!」

 ……数秒ほど状況を上手く呑みあぐねていた……が、師であるフウゲンを見て記憶は一瞬にして再生する。

 殺人鬼トラフズク。飛龍拳ウワバミ。……そして……自分は闘い……。

 「……父、母は」

 「安心せよシン、生きておる。と言うより、傷一つ負ってはせん」

 「……え?」

 「お主は敵の術に呑まれたのよ。それによりお主の敗北は決したのじゃ。……無論、勝てる勝負では無かったかもしれん。
 だが、お主の敗北を決したのは己自身を制する事の出来なかったお主の力じゃな。……気をしっかり持てい」

 シンは、フウゲンから聞かされ呆然と、そして闘いの時の細部を回想させ……そして顔を俯き恥じた。

 ……無力ゆえに、自分の心が弱いゆえに己は敗北した。……何と言う腰抜け。これでは……孤鷲拳伝承者候補などとても名乗れぬ。

 「……飛龍拳の使い手はなぁ……二度、わしは目にした事があある」

 「ウワバミ……をですか?」

 「そうじゃ……未だ洟垂れで、お前さん達と同い年の時に目にした。……そうじゃな、ジャギに似ておったかも知れん」

 ……ジャギ。そう言われて、心臓は激しく揺れる。

 「っジャギは無事……」

 「安心せいシン。無事じゃ、全員無事じゃ。……一人、飛龍拳の使い手を除き」

 ……あぁ……やはりか。

 シンは、沈痛の面持ちを浮かべフウゲンの話を無言で促す事にする。フウゲンは素直に聞く姿勢になったのを確認して、口を開く。

 「……疳の虫が強く、少々気性が激しかったが……目に見えぬ所で人を思いやれる男じゃった……そして、二度目に目に
 した時……あ奴は、宝のように大事にしておった子を亡くし触れる者全て屠らんとする光を宿しておった。わしは、その瞳
 を目にして、あ奴はもう修羅道の道に片足を踏んでいる事を見咎め、何とかしてやりたかったがすぐに所在を隠した。
 ……半ば諦めておったが……あ奴の眠った顔を見て確信したわ。……あ奴は、最後に人へと戻る事が出来たのじゃのう」

 ……フウゲンは、遺体が棺に収まるのを目にした人物の一人。

 ウワバミ……南斗飛龍拳の使い手の死に対し集まった人数はほとんど居なかった。

 ……彼は、人を離れ孤独のまま復讐を遂げれば孤独に死を選ぼうとしていた。……だが、最後の最後に踏みとどまった。

 「……シン。お前はあの男の拳を教わったのだろう? ……気付いておったよ。お前が強さを求め別の南斗聖拳の技を盗み
 取る事に関してはな。……恥じる事はあるまいて。古来から多くの拳士は師、別の者から強さを会得しようとしておったからな」

 フウゲンは、自分の言葉に顔色を一喜一憂と変えるシンを見つつ、そして最後とばかり喋る。

 「……あの男の拳を覚え、そしてお前はその魂も宿す事になる。……別の拳士の拳を会得する事は……それ程の覚悟が必須じゃ」

 「……魂を、宿す」

 「そう。……あの男の肉体はやがて土に還ろうと、その魂はお前と共に生き続ける。その意思はお前と共に……未来へと」

 ……フウゲンは話は終わりとばかりに、立ち上がってシンから離れる。

 「師父。……私は、ずっと拳の強さを求めていました。未だ、未熟ゆえにもっと時が必要だと言う師の言葉を聞かず
 不相応に強さを……。……『強さ』とは何なのでしょうか? 私は……私は己の目的を見定められないのです」

 その言葉に、フウゲンはカラカラと笑い、そして優しい目で言い切った。

 「そう悩む事が……強さじゃよ」

 ……そしてフウゲンは彼の寝室を後にする。……シンは、フウゲンの言葉を必死で理解しようと頭を悩ませる。
 だが……それも次に扉が開いた瞬間悩みは消し飛ぶ。……目の前に現れる……最愛の人物達の生存に対し笑顔を表して。

 「……っ父さん……母さんっ」

 彼は、最愛の両親に抱きすくめられながら、今生きている事に南斗の神へと感謝を心の中で述べた。



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 「……ご苦労だったな。ハッカ・リロン」

 「いえ……私達は力及ばず……あの男を制したのは少年達と飛龍拳伝承者です」

 「えぇ……今回の一件で我々の力の無さを痛感しました。……良い機会です。この事件を機にもう一度修行し直そうと思います」

 ……包帯を覗かせつつ、ハッカ・リロンは事後の処理を何とか行いつつオウガイへと経過報告をしていた。

 「犯人の木兎拳伝承者は……名を馳せた絶対脱出不可能な牢獄……ビレニイブリズンへと怪我が完治次第収容されるようです」

 「護送に関し、南斗水鳥拳伝承者のロフウ・リンレイ様。それにフウゲン様も参加されると。不慮の事態が起こる可能性は低いかと」

 「……了解した。……お主達もゆっくり養生を行ってくれ。未だ、怪我が治った訳ではないのなだからな」

 ……ハッカ・リロンはオウガイの元を立ち去る。それをオウガイは見届けると、ようやく、一息吐いて自分の息子に顔を向けた。

 そして、視線を合わせオウガイは顔を張り詰めると……手を上げた。

 ……一発の張り手。それが一つの森で響く。

 「……サウザー」

 「……お師さん。申し訳ありません」

 「……馬鹿者」

 ……言わずもがな、事件の渦中に乗り込んだサウザーに対する怒り。

 オウガイは確かにサウザーに対し自由に行動せよと言った。だが、自身の命を蔑ろにしてまでとは言った覚えは無い。

 だから、これは当たり前の出来事。オウガイは、彼に一発の張り手と、そして胸中の想いを一言に集約させた。

 「……サウザー……お前は、これで満足か?」

 ……飛龍拳の使い手が死んだと聞き。彼は自分が今回、今は監視の元に治療を受け続けている男の掌の上で踊らされた事を
 知り苦い思いで胸は満たされていた。……事件は、南斗聖拳108派の一人を欠けて終わった……それは余りに悲しき結末だ。

 「……いえ、師父。……もっと、もっと私は強くなります。……私の目の届く者を……今度は死なせぬように」

 「……そうだな、お前は賢い。……いずれ、お前は私の代わりに南斗の多くの者達を引かねばならん。……今度の一件も
 またお前が乗り越えなくてはならなかった試練と言っても良い。……忘れるなサウザー。南斗の拳士とは言え、全てが
 忠誠を仕える者ではない、全てが良心に従い行動するものではないと言う事を。……お前は、それを忘れないでくれ」

 「お師さん、大丈夫です。今より大きくなっても私は今の私です。お師さん、私は貴方が望む姿にきっと成ります」

 ですから、ずっと側で見守って下さい。

 その、最後の言葉にオウガイが一瞬酷く哀しい顔をしたのを……サウザーは残念ながら見る事は叶わなかった。

 「……サウザー」

 「何です? お師さん」

 「……そろそろ、修行を始めよう」

 ……本当に言いたい事を堪え、オウガイはサウザーを連れ森へと入る。

 ……その後姿は、彼らの別離が残り少ない事を知らしめているようだった。




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 ……北斗寺院。

 その場所で一人の少年が木に向かい黙々と指を突いている。その木は少年が指を突く度に微弱な揺れを木々の葉が表す。

 彼は何分かそれを行ってから、ちらりと一つの樹を一瞥した。

 ……その樹には、彼が修行で行っているのと同じく……指を突いた跡が見えている。

 「……奴は今日も外か」

 「えぇ。まぁ、ジャギにはジャギの修行があります。寺院に閉じこもるよりも、ジャギ成りのやり方があるのでしょう」

 ラオウは、余り真面目とは言えないジャギの行動に僅かながら侮蔑を込めて、そしてトキはやんわりと諌める。

 「……トキ、奴は南斗聖拳108派と対峙した。……ならば、奴の腕は俺達よりも成長している可能性は高いと言う事だ」

 「兄さん……ジャギも言っていたでないですか。自分は拳も出さずやられたと」

 「確かに闘いはしてないかも知れん。……だが、死線を潜り抜けた。奴は、俺達よりも成長する切欠を手に入れていると言う事」

 ……ラオウは面白くなかった。自分の拳は確かに今の地道な修行により成長はされている。だが……ジャギは自分の居ない
 場所で死線を超え、あらゆる拳士……噂に名高い鳳凰拳伝承者候補達と混じり成長している……気が付けば自分より先に。

 そう、僅かであろうと自分を追い越している気がするジャギに対し苛立ちを隠しきれないまま、ラオウは修行を続ける。

 トキは、ジャギから貰った医学書……それを携えつつ、ジャギが居るであろう遠くを見つめるのだった。

 ……今日は、天は穏やかだ。




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 ……二人の人影が、以前血と狂乱で埋め尽くされていた場所に立っている。

 「……なぁ、これで良かったよな? ……アンナ。あんたのお陰で元に戻れたよ。……有難うな」

 ……此処に、彼の死体はない。だが、彼は此処で眠った。

 ならば、この場所で弔っても可笑しくはない。そう思いながら、アンナはウワバミが倒れた場所……其処に花の種を埋める。

 「……私、ね」

 「……ウワバミが、本当のお父さんになったら、ちょっとは楽しいかなって思ったよ……。……私、約束するよ。
 ……もう、どんな事があっても逃げたりしないから。……もう逃げない……だから……安心して眠って?」

 そう、透明な涙を流しながらアンナは手を合わせる。

 ……トラフズクがビレニイブリズンへと出る間際……二人は伝承者達付き添いの元に一度だけ会った。

 聞きたかったからだ……何故、その男が今回の事件を起こしたのか……男は口が裂けるように笑いつつ言った。

 『……何で殺したか? 何でこんな事を起こしたのか?』

 『戦争が終結しても暴力が蔓延っているから? 始終陽射しの見えぬ場所では犯罪が謳歌し、正義の味方は失望したゆえに?』

 『そんな思考とは違うよ。私は、私が望むままにただ好きで人の命を奪ってただけ。君達が思うように辛い過去とか、そんな
 もので人が堕ちる発想は陳腐過ぎる。人間には二種類ある。壊れてしまった者と、最初から壊れた人間と言う二種類が』

 『私は……今も君達が死んだら如何言う表情を浮べるのか……それが気になって仕方が無い……』





 「……あんな奴の為にあんたが死ぬなんて馬鹿げている……って言っても、あんたは最初から命を懸けてたもんな」

 「……俺も、あんたと約束したもんな。……だから、頑張ってみるよ」

 ……数年後……サウザーはオウガイとの継承の儀式により心を狂う運命が控えている。
 ……慈母星を中心として、一つの星によって南斗の破滅の兆しも知っている。

 ……番の水鳥の死別、それによる女人の国の悲劇。……防ぐには困難な物事は沢山ある……けど。

 「……あんたは命懸けで……生きろって俺達に言ってくれたもんな」

 ……だから……約束する。

 ……絶対に、俺達が微笑む時代を……作ってみせる。

 「……アンナ、それじゃあ行くか」

 「うん、ジャギ」

 ジャギはアンナの手を繋ぎその最初の出会いの場所を去る。

 ……辛い出来事は未だ二人の胸に抱えられたまま……それでも前には進めるから。

 だから……だから今だけは歩き続けよう。幸せが二人を何時か包む日まで。





                               ……この天の下で








          


            後書き


  

   レイ<俺の出番は未だか?






   もうちょい待て、後、お前よりユダの方が活躍多い予定だから。








[29120] 【文曲編】第二十九話『南斗総演会』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/09/11 11:44
 

……およそ、数週間後。




事件が収まり、ようやく日々に平和が戻ってきた頃。

 南斗の修行場、其処で一人の少年が今日も建てられた鉄柱へ向かい拳を放つ。

 然し、彼が今日している修行は本来の自身が習う拳法でなく、別の拳法家の技。……それは、遺された技だった。

 「……南斗千首龍撃っ」

そう言い放ちながら、腕を巧みに蛇の如く揺らし、そして鎌首を擡げた手刀を鉄柱を敵に見立てて突く。

 ……その仮想の敵は、以前両親を殺害したとのたまい、人の心を堕ちさせる事に関し喜悦を感じる犯罪者だ。

 鋭い斬撃痕が鉄柱へと走る。常人ならば、それでも成功したと思えるだろう。

 だが、その少年はその跡を見ても不満な顔つき。……極める事は出来ていないと感じ彼は自分の力の未熟さに苛立つ。

「……少々硬いのう、シン」

 息を整えもう一度行おうとするシンに、近づく一人の老人。

 足取りはゆっくりとしているが、最小限の動き、そして気配を感じさせぬ歩みは達人の域。……南斗孤鷲拳現伝承者フウゲンである。

 「目前の敵に捉われては、周囲の流れに呑まれ機を逃し負ける。……この前の件でお前も知った筈であろう」

 「……はい」

 「ジュガイを見てみよ」

そう言われ、シンは最近久し振りに見た気がする修行場で鍛錬するジュガイを見る。

 ジュガイは、シンに、他の修行場に居る人間に話し掛けずたった一人鉄柱に向かい獄屠拳だけの修行に励んでいる。

 その拳は振る度に浅い傷を鉄の柱へとつけ、そして五度も降れば……。

 「うおぉお……破ぁ!!」


 ゴゴゴゴゴ……ドンッ!!


 ……その鉄柱は容易く切断された。

 「……ジュガイは、お主のように迷いを持っておらん。それゆえに拳の腕も成長しておる」

 「……存じてます。……今のままならば、あいつが伝承者には相応しいでしょう」

 ですが……と言いながらシンは微かに笑みを浮かべて言う。

「……ですが、俺とて負ける気はありません。……俺は、あの時の闘いで自身を見失わないと決意しましたから」

 そう宣言するシンの顔つきは晴れやかである。それを確認すると、少しだけ憂いが消えたかと、フウゲンは安心するのだ。

 「おい、シン。何をじろじろと見ている」

 「うんっ、……いや、治療の際に見舞いの品を有難うと言おうと思ってな」

 「……ふん」

 はぐらかした言葉に、ジュガイは鼻息を鳴らしてシンを半眼で見つつも修行を再会する。……シンは、未だ確かに未熟。
 それがこの前の事件により身に染みる事が出来ただけ良しと思う。彼は『謙虚』さを体の中へと身に染みたのだ。

 「それで、師父、用件は何ですか?」

 「うん、忘れてはおらんと思うが三日後、お主も行くのか確認しようと思ってな。……それに、あの二人も来るかどうかを」

 「……三日後?」

 その言葉に、シンは首を捻り何の事か考える。

 そして……ようやく思い至りシンは目を見開くと、慌ててこの事に対し伝えなくてはと急いで修行場を出るのだった。




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……うららかな陽射し、そして何やら啄木鳥のように木を突く音。

 その音の正体は少年二人が人差し指で木を突いている音。強面で少しばかり目つきが鋭い二人の少年が修行をしている。
 
 一人の少年の名はラオウ。いずれ世紀末と化す未来で拳王となりて彼は覇道へ進む。そして救世主最大の強敵となる人物。

 一人の少年の名はジャギ。いずれ世紀末と化す未来で偽者となりて救世主を騙りて、そして救世主に引導を渡される人物。

 だが後者の場合何の因果が精神は全くの別の主であり、彼はその未来を変える為に必死で今日も生きる事を続けている。

彼等はお互い気質は全く異なる。その性質の違いは木を突く事に関しても同じ。

 除夜の鐘を突く槌の如く、ラオウの突きは木の葉を揺らす程に強さを秘めており。

 一方、ジャギの突きは正月の餅つきの如く、一定のリズムで突きが周囲に木霊する。

 その突きだけでもかなり異なる二人の様子に、読書をしつつ見守るトキは心の中で感心しつつ時間が過ぎるのを感じていた。

 ……その時、寺院へと一人の男の声が聞こえた。

 「……-い、ジャギ」

 「……あんっ?」

 その声は馴染み深いが、この寺院で聞くには余りに意外で。
ジャギは修行を一旦中止させて寺院の階段へと急いで駆け寄る。そして目を見開いて呟いた。

 「おいおい……如何したんだ、シン?」

 息を荒くついて、ジャギが現われた事にほっとしているシン。ジャギは、この北斗の寺院に現われるには余りに不相応
 なシンに登場に首を捻る。……一体全体何故この場所へと訪れたのだろうと首を傾げて入れば、シンは息を整えると言った。

 「……多分、忘れているだろうと思ってな。……三日後、南斗総演会だ」

 「!っ……そうか、そういやすっかり忘れてたぜ……」

 南斗総演会……南斗聖拳108派が一堂に集まり、その拳を披露しあう会である。

 つまり、言ってみればこの機会に参加すれば、南斗聖拳108全ての伝承者を見る事が出来ると言う訳だ。

 この機会を逃したくないからこそ、ジャギは事件を終わらせる理由を急いでいた原因もそれ。

 「行き方に関してはフウゲン様が案内してくれる。お前はアンナと多分行くと思うから後を付いて……」

 「ちょ、ちょい待てよ」

 ジャギは、若干困った表情を浮べてシンを制す。シンはその様子に不思議そうな顔をする。

 「如何した? お前だって行きたいだろう?」

 「そりゃあ、な。けど、シンは伝承者候補だから行けるだろうけどよ。俺は別に南斗の拳士としてはひよっ子だろ。
 いいのか言っても? それに、俺は北斗の寺院の子だぜ。別に伝承者候補って訳ではないけどさ……」
 
 ジャギの考えはこう。前は総演会に関して乗り気だったが、事件を終えると少しばかり不安が過ぎっていた。

 自分が、もし北斗神拳を習う可能性があるならば、総演会に行くとなると今でもリュウケンには北斗神拳を習いたいと
 言ってもにべもなく断られるのに、南斗聖拳拳士としての道に完全に入り込むとなると北斗神拳伝承者候補の道が狭まる。

 はっきり言えばジャギの不安は小さな不安だ。それを知って知らずが、呆れた顔でシンは言い返した。

 「そんな事で悩むな。お前だってあの時身を呈しウワバミを守ったのだろう? 何より罠の提案をしたのもお前だ。
 闘ってはいなくとも南斗の拳士として事件を収めた立派な功績をお前は残してるじゃないか」

 シンは、もうジャギが北斗神拳伝承者候補としての道を諦めていると思っている。
 ゆえの発言、共に南斗を穢す伝承者を倒したジャギに関し、仲間と思っての発言だ。

 「……わかったよ」

 今、断る上手い理由もないし、何より総演会に行かない理由もない。

 頷けばほっと一安心と言った様子でシンは三日後の予定を軽く話す。

 それに頷いて聞いていれば、トキやラオウも近寄ってきた。

 「……南斗総演会だと?」

 ラオウは少しばかり興味を持って呟き、トキもラオウの隣に立ちつつ話に耳を傾けていたのが興味があるとばかりに口を開く。

 「南斗の演舞か。ジャギ、行けば良い。リュウケン様も了解して下さるだろう」

 「兄者達は……行かない、よな」

 「興味はあるが……我等は北斗の伝承者を目指すからな。……流石にあちらが首を縦に振りはしないだろう」

 トキは苦笑しつつ、ジャギの勧誘をやんわり否定する。最も、ジャギが無理に誘おうと先方がトキやラオウを拒否するだろう。

 「……そうだな、行け」

 そして……意外にもラオウまでジャギが行く事を薦めた。

 その言葉にジャギは鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をする。あのラオウが自分の背中を押すような言葉を? 

 ……だが。








 「お前が南斗の拳士を目指すならば……好都合だ。一人、この俺が直に潰す手間が省けて丁度良い」







 そう、口元を歪めながら荒々しい笑みを浮かべるラオウに、ジャギは達観した顔でやはり相容れぬと感じた。

 「……ラオウ。その言葉、まるでジャギが伝承者候補になるような口振りに聞こえるんだが?」

 その言葉を聞きとがめてシンは質問する。それにギクリとするジャギだが、構わずラオウは言った。

 「あぁ、こいつは朝の挨拶と共にリュウケンに伝承者候補になる事を願っているぞ。最も、断られるのを見越してだがな」

 その言葉に、少しばかりシンの顔は張り詰める。

 「……本当か? ジャギ」

 「……あぁ」

 ジャギは、諦めて申し訳なさそうな顔をして頷く。シンは、何か言いたそうな顔をしてジャギを見て、そして溜息を吐いて
 階段を降りる。ジャギは、別に嘘を吐いていた訳ではないが隠していた事による罪悪感でシンに何も言えなかった。

 「……何も、今言う事ではなかったのでは?」

 「隠していた奴が悪いのだ、トキ」

 階段の上で、シンの背中を見送るジャギの哀愁漂う背後でトキとラオウの声は上っていた。



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 「……ジャギの奴、俺に嘘を吐いていたのかっ」

 「う~ん、確かに、それはジャギが悪いかも知れないね」

 ……シンは、今アンナの住む店のカウンターで飲み物を含みつつジャギが今も北斗神拳伝承者候補を目指していた事を
 思い出し腹を立てていた。……理性では、別にジャギが自分に嘘を吐いていた訳でもないし、何よりも二つの拳法を
 習う事が悪い事でない事は知っている。

 「そうだろ? あいつは、南斗聖拳を習いながら、別の拳法まで習おうとして……」

 「……? シンが怒ってるのって、其処? 私はシンがジャギに隠し事していた事を怒っていたと思ったんだけど」

 「……あ」

 ……北斗神拳とは、本来闇の拳法であり、普通の者には知らされない物だ。

 うっかり、ついジャギが裏切っていた事を知らされて近くで話す事が出来るのがアンナしか居なく打ち明けたが
 不味かったと後悔する。だが……シンの後悔とは他所にアンナは平然とした顔つきでシンへと言った。

 「北斗神拳……って言うのはウワバミから聞いたよ。如何言う物か正確に知ってる訳じゃないけどね」

 その言葉にホッとすると同時に、『ウワバミ』と言う言葉を紡いだ瞬間アンナは少しだけ悲しそうな顔つきをした事で。

 ……彼がアンナを娘のように思い、アンナも彼を父親のように思えていたと言うのは聞いた。

 その人物を死なせた要因には自分も責任あると思い……無言になるシンへ元気の良い声が言い放った。

 「私は気にしてないよ! だって、私が生きてる事が幸せだって言ってくれたもん。だから落ち込むのは禁止禁止!
 シンもそんな下らない事で落ち込まないで早くジャギと仲直りして上げたら? ジャギって結構ナイーブで繊細だからさ」

 そう笑顔で言われると、シンは今まで悩んでいた事が確かに馬鹿らしくも感じてきた。

 確かに、ジャギが北斗神拳伝承者候補を望んでいると知って少しショックだったが、別にそれが自分に対する裏切りではない。
 むしろ、リュウケンの事を詳しくは知らずも、その背中を見て育って来たのならその拳法を教わりたいと思うのも無理ないの
 かも知れないと思いなおす。……これまでジャギと付き合ったゆえの柔軟な思考が、シンの中の不満を緩和させる。

 「……そう、だな。それじゃあ、あいつに明日にでも『シンーーーー!!! 居るかぁ!!!』……必要なさそうだな」

 シンの居る店へと扉を開け放たれると同時に叫ぶ声。シンは、聞いた途端呆れた顔つきで扉の方向へと顔を向ける。

 「済まん! 別に隠してた訳じゃねぇんだけど言い出すタイミングが掴めなくて……! えぇっと言い訳になるけども」

 「わかった……わかったから……だから顔を上げろ! 俺の方が恥ずかしいわっ!」

 土下座までして謝り倒すジャギに、シンは軽く切れ気味でそれを止めようとする。

 アンナは、それを見ながら笑い声を店中に響かせるのであった。




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 ……そして、当日。

 「……此処か南斗総演会の会場……!」

 やって来ましたとばかりにジャギは感無量の声を上げ、そしてアンナも口を開けて建物を見上げる。

 ……何故アンナが居るか?

 「だって、私も一応南斗聖拳をフウゲンのおじさんから手解きして貰ってるんだよ。それに、お祭りって私好きだし」

 ……との理由によりアンナも参加していた。……最も、アンナが駄目ならばジャギも行かない事になる。結果オーライだ。

 今訪れているのはジャギ、アンナ、シン、フウゲンの四人。アンナの兄のリーダーは伝承者が居るならば別段自分が付いて行く
 必要性はないと判断したし。ジュガイに関しては、総演会には自分一人で行く事を望み、別行動である。

 後でもしかしたら会う事になるかも知れないが、これ程大きな会場だ。必要性がない限り出会う可能性は少ないだろう……。

 「成る程……これは壮観だな」

 シンも、その建物を見て手を顎に付けつつ唸る。

 南斗総演会会場とは、言ってみればジャギの記憶に照らし合わせると東京ドームに似ていた。

 円形状のドーム、そしてある程度人々が簡易的に宿泊出来る施設が存在している。

 「南斗聖拳108派の演会だからな。無論一日で終わりはしないから三日、四日は滞在するのは決まっている」

 「これ程結構規模がでかいならやっぱり兄者達も参加させれば良かったな。……まぁ、親父はきっと無理だったけど」

 ……ジャギの父親リュウケン。彼はジャギの不安も杞憂であっさりと了承を見せた。

 「そうか、確か総演会は長い行事の筈だからな。日用品は少しは持っていきなさい。あぁ、後広い場所だからはぐれぬようにな。
 孤鷲拳伝承者候補の子と行くのだろう? ならばフウゲン殿には息災なしと伝えておいてくれ。もし時間があればオウガイ殿にも……」

 そう言って、ジャギの予想に反し行くのを強く勧めた程だ。

 多分、ジャギの推測だが……リュウケンは南斗の拳士の道を推している……とジャギは思っている。

 ラオウ・トキが訪れた時、それとなく自分も入る希望をしたが、その瞬間気迫交じりに拒絶の言葉を吐かれた。
 リュウケンは何か強い理由が無い限りは絶対にジャギを北斗神拳伝承者候補にさせる気はない。むしろ、今ジャギは
 南斗聖拳拳士としての道を辿っているのだ。ならば、北斗の立場として多少考える物はあるが、自分の愛息子が北斗と言う
 陰の拳士となる位なら、陽射しの下真っ当に振るえる南斗聖拳拳士の道になる方が良いとリュウケンは考えてるのだろう。

 (……本当、結構やばいな。北斗神拳伝承者候補になる道……)

 別に、伝承者候補にならずとも北斗神拳の技や秘孔に関しては覚えられるかも知れない。

 だが、ジャギの心の中には北斗神拳伝承者候補にならなくてはいけないと言う、何か言いようのない感覚が襲うのだった。

 ……その感覚の理由は今の所掴みようが無かったのだけれど……。

 「……ジャギ、大丈夫?」

 「うん……あぁ、平気だ。結構早起きだったから未だ眠いだけだよ」

 アンナにはそう誤魔化しつつ、ジャギは不安がらせないよう辺りを見渡し……そして周囲に並んだ店に呆れた。

 「……あーい、今なら南斗饅頭、南斗煎餅、南斗ホットドックが百円引きでござ~い」

 ……このように出店が付近では立ち並んでいたりなどする。……気のせいじゃなければ、その中に原作の救世主によって散った
 やられキャラも見えた気がする。……最も、脇役だしジャギは声を掛ける気は全く無い。スルーする事にする。

 「……完全に祭り騒ぎだよな」

 「仕方が無い。今日は南斗聖拳伝承者が唯一全員集まる日だと言っても過言ではないからな。大方、この日を機に
 伝承者に対し印象つけようと言う腹なんだろうな。……ほらっ、あそこに居る人間とか良い例だな」

 そう言って、一つの出店を指すシン。

 「……はい毎度っ……あの、それでですね。この焼き鳥の火ですが、何と! 私の拳法によって起こしている火なんですよ。
 その名も南斗龍神拳!! もし、もし宜しければ、南斗聖拳の正式な拳法として認めて下さったらなぁ~……と」

 (……ドラゴン)

 その光景を見て体が一瞬傾いたジャギ。何せ、アニメ版のキャラクターが焼き鳥を売って南斗聖拳士に媚を売ってるのだから。
 少しばかり小太りで、世紀末で奴隷売買を営んでいたが成る程、強者に気に入られようとする姿勢は世紀末以前からの
 姿勢だったようだ。まぁ、そんな奴でも世紀末ではパトラと言った女性と仲が良かったのはある意味ラッキーか?

 (……あれ、てか『この世界』ってアニメ版の世界って事になるのか? ……いや……違う。だって……)

 そして、相手も相手。その人物を見て本当にジャギは頭を痛めた。何せ……その相手は外伝ではかなり印象的な人物。

 ドラゴンの前に立つ男。その男の風格は近寄り難い相手を圧倒する気配があり、周囲に対し剣呑な雰囲気を振りまいている。
 大きな数珠を首からぶら下げた顔つきは長年辛い経験を経た固さが張り付いており、厳格と言う言葉が相応しい男だ。

 「……ふざけた事を抜かすなよ青二才めが。お前の火など子供騙しの火遊び、南斗聖拳108派など片腹痛いわ」

 (……ロフウが居るもんな。『蒼黒の飢狼』の世界も混ざっている……いや、外伝キャラが居ても不思議じゃないか……)

 ……ドラゴンの媚び売りを一刀両断したのは、

 現南斗水鳥拳伝承者であり南斗水鳥拳の剛の拳を極める事に終着している男でもある。

 ジャギはロフウの事を一度だけ見た事ある。

 あの大量殺人鬼。南斗木兎拳伝承者であった男をビレニイブリズンへと送る際に立っていた人物の中にロフウは居た。

 最も、その時は大人達から離れて見守っていただけに話す事も無かったゆえに、ジャギが一方的に知っているだけだ。

 「失せろ、我輩は余り機嫌が良くはないのでな……」

 「そ、そう言わずに! 一度で良いから俺の拳法を見……」

 ドラゴンが尚も自分を売ろうと言葉を続けかけた瞬間、ロフウの腕は一瞬ジャギの目の中でぶれた。

 「失せろ、と言ったのだ」

 その瞬間、ドラゴンの屋台は壊滅する。

 屋根は嫌な音を立てて崩れ落ち、並べられていた焼き鳥は崩壊に巻き込まれる。ドラゴンは悲鳴を上げて崩壊と共に倒れた。

 その光景に周囲に居た人間達は事態を静観しつつロフウが苛立ち混じりに去ったのを見送った。……ドラゴンに関しては
 パトラと思わしき人物が駆け寄りドラゴンを助け起こそうとしたのを見遣り、他はもう見向きもしなかった。

 「……あれがロフウ殿だな、南斗水鳥拳伝承者の。……実力の一片も出してないだろうが……先程の拳、見えなかった」

 「多分支柱を手刀で一閃したんじゃない? 右斜めに手が動いたと思うし」

 その言葉に、シンとジャギは同時にアンナを見る。……時々、アンナは元の状態に戻ってからこう言う風に鋭い言葉を
 言う事が多くなった。時折り、シンでさえ舌を巻くように南斗聖拳拳士の動きを指摘する。ジャギはアンナを見て言った。

 「……アンナ、今南斗聖拳だけど、どの位出来る?」

 「うん? ……えぇっと、思いっきり手刀で木柱を叩いたら、僅かに切れ傷が生まれるかなぁ~って程。因みに、
 シンやジャギの動きははっきり見えるよ。さっきのロフウ……様だっけ? その人の動きも早いけど見えたし」

 (……動体視力だけなら、伝承者並みなんじゃないかアンナって?)

 意外な人物の、意外な能力に対し感心するジャギ。

 シンも、無表情でアンナの意外な能力に対し心の中で侮れないかも知れないと一瞬思う。

 そんな三人を他所に、遅くなったとばかりに済まなさそうな声が振ってきた。

 「ほっほっほ……すまんの、こう賑やかだと色々と目移りしてしまってな」

 そう言いながら……フウゲンの手元には三人に買ったと思われる林檎飴が握られていた。

 三人は同時に(わざわざ買わなくて良いのに……)と思いつつフウゲンを見るか、口に出す者はいない。

 素直に受け取りつつ口に含みジャギは言う。

 「それで、何時に始るんだ? フウゲン様よ」

 「ジャギ、お主の口調は人を敬う態度ではないな。……まぁ良いわ、最初に始るのは昼過ぎじゃな。大体開会の言葉を
 一時間程して、そして10程の演目が行って今日は終わりと言う所か。そして明日は49程の演目。そして明後日て終了じゃ」

 「げっ!? 一日49も見るのかよ……っ」

 「49と言っても1つ辺りそれ程長くはせんからの。短時間でどれ程に自身の技を周囲に理解させるのかが大事なのじゃ」

 まぁ、わしの場合も大体五分程度で終わるがな。と笑うフウゲンに、シンは気に成っていた事を質問する。

 「……師はどのような演目を?」

 「なぁに、大した事はせんよ」

 そう好々爺の顔をしてはぐらかすフウゲンの顔は、単純に実力を押し隠している姿だとジャギは見抜いているがゆえに
 少しだけ反抗的な顔つきが顔に見れるジャギ。最も、一応自分の南斗聖拳の指導者にも当たるので、何も言わないが。

 そんな狸爺いの言葉を聞きつつ四人は歩く。その道中に、自分達を(正確にはフウゲンを)見る特徴的な顔立ちのある
 人間や、大道芸人のように南斗聖拳らしきものを披露している人々を見たりもした。それだけで飽きない。

 「あの大道芸も南斗聖拳拳士になりたい者達、か……」

 「そうじゃな。何しろ、正統なる108派から二つ欠けたのじゃから。その枠組みに入りたい輩は必死じゃろうよ」

 ……あの事件により、南斗聖拳108派は二つ南斗聖拳拳法を失う事になった。

 飛龍拳の担い手で正統な伝承者は死亡し、木兎拳伝承者は南斗聖拳108派から今回の事件により追放された。

 これによって正式な南斗聖拳は106派に欠けた事になるのだ。

 「嫌だねぇ。あぁ言う見世物もそう言う思惑で成り立ってんだから」

 「でも、そう言う考えでも楽しい見世物見させて貰ってるんだし、それはそれ、これはこれで割り切って楽しめば良いと思うよ?」

 ……ただの子供でありながら、大人びた発言をする四人。この会話を、十歳に満たぬ年齢の子供が発言しているのだ。

 フウゲンは、この子達の行く末が少々不安になりつつも、会場の中心へと立ちパンフレットらしき物を広げる。

 「開会の式において話しをするのは……まぁ、知っておったがオウガイ殿か」

 「あぁ、やっぱあの人か。……サウザーは何処に……」

 「まぁ、サウザーは師と共に居るだろう。後で時間があれば会いに行こう」

 オウガイは、南斗鳳凰拳現伝承者。そして、南斗108派の頂点に達する人物だ。

 ジャギは原作でも知っていたから納得するが、改めてオウガイと言う人物はこの世界では『今』はかなり重要な人だと実感する。

 (……あっ、そういや南斗水鳥拳伝承者ロフウが居るって事は……レイも来ているのかっ!?)

 ならば、接触して今から好感を持ちたい所。と、ジャギは未だ時間がある事を見越し立ち上がる。

 「俺、ちょいと未だ時間あるし出店で何か買ってくるわ」

 「ならば、俺は此処で席を取っておく。それに演目の内容もじっくり今此処で見ておきたいからな」

 「私も、今はお腹空いてないしジャギだけで良いよ」

 フウゲンは、演目の参加者であるのでその内抜ける。ゆえにシンも席を立つと場所を誰かに取られる恐れも兼ねて席取り。

 そしてアンナの言葉も得て、ジャギは席を離れ未来の水鳥拳伝承者を探しに行くのであった。


  
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 ……私は今迷っていた。

 ある日、突然私は言われた。伝承者に成れと。

 確かに、それは私の夢だった。目標だった。私の人生において担わなくてはいけない使命だった。

 けれど……私にはあの人がいた。

 幼い頃から私と共に同じ目標へと突き進んでいたあの人。

 無骨で繊細さには欠けていると周りは非難するけども、私はひた向きに常に努力し続けるあの人の姿勢を気に入っていた。

 あの人は、確かに技量では私より下だったかも知れない。けれど、その分あの人は強い情熱を持って進んでいたのだ。

 だからこそ……私は伝承者を辞退した。

 『良いのか? お前は多分我が拳法の中で稀代の実力者じゃ。それなのに……』

 『師父、もう決めた事です。私よりも……ロフウが伝承者になれば貴方に教わった水鳥拳。強くそれは羽ばたくでしょう』

 ……私は嘘を吐いた。

 私は、あの人を愛していたから。あの人が傷つくのを恐れて嘘を吐いた。

 そのまま約束していた婚姻を結び……私は拳士ではなく女としての幸せを手に入れた。

 ……あの人は、自分が伝承者に選ばれたと知り諸手を上げて喜びつつも、私が伝承者でない事を影では私が自らの意思で
 退いた事を知っていたのかも知れない。あの人の顔に、時折り少しだけ影のような物が見えたのは……その時から。

 けれど……それでも私はあの人を愛しているのだ。

 だから、私の選択は正しいと信じている。今も、彼が選んだ弟子は成長し私の目からも水鳥拳を学ぶに相応しい瞳を携えている。

 その子の瞳には南斗を支える一つの星が宿っていると知った時。その子が水鳥拳を学ぶも一つの運命だと実感したのは未だ新しい。

 ……だが、その子の星の宿命を考えると。私が愛するあの人の望むものと、その子の生き方に何時か歪が生じる危惧もある。

 「……ふぅ、迷ったわ」

 ……私は、今迷っていた。

 「……会場まで来たのは良いけど。……ロフウは何処なのかしら? やはり一緒に来れば良かったわね……」

 顎に手を付き悩ましげにため息を吐く女性。

 黒髪で東洋系の顔した女性は、見る者が見れば大和撫子と言うであろう美しい女性……それは何処と無く雌の水鳥を思わす。

 その名はリンレイ。もう一人の南斗水鳥拳の使い手である。

 「……まぁ、あの人は目立つからすぐ見つかるでしょう」

 (けど、知っている方が多い所だけど。あの人は気が短い所があるから何かいざこざを起こさなければ良いのだけど……)

 そう悩みつつ、彼女は会場を歩く。時折り熱い視線が彼女に向けられる。それは女性拳士からの羨望の視線だったり、
 男性拳士からの求愛の視線であったりする。だが、その全員が彼女の夫の事を知るがゆえに下手に声を掛けないのだ。

 「……困ったわ」

 リンレイ程の女性ならば、近くの拳士にでも声を掛ければ懇切丁寧にロフウの道を教えてくれるだろう。

 だが、リンレイも今の時勢からして、ただ単に人の行方を聞くにしても面倒になりかねないのを知っていると
 尋ねる事も難しいのだった。誰か、ロフウの事を知っている人間が居ないかと周りを見回すも適当な人物が居ない。

 (……レイのような子供なら、私も気兼ねなく聞けるだけど)

 ロフウの弟子であり、自分の弟子でもあるレイ。

 今、レイはこの会場には居ない。何しろ演目で今日水鳥拳を披露はしないし、何より総演会は未熟な拳士が見世物として
 見物する所ではないとロフウが考える場所だ。この場所にレイが来るのは少なくとも今日以降……それによって
 無駄に時間を消費してしまう一人の少年が居るのをリンレイが知る由もない。そのまま歩き続けてると……不幸が生じた。

 ガツンッ……。

 「……災難ね」

 ……総演会と言う事で、少しは服装もそれに相応しい衣装にしようと言う事でハイヒールなど履いてきたのがそもそもの間違い。

 踵部分は折れ、下手に歩く事が出来なくなる。

 このまま歩くのも良いが、そうすると足を痛める危険性が高く。南斗聖拳拳士として、足を痛めるなどは愚の骨頂だ。

 「……困ったわ」

 適当な場所で座るリンレイ。……少しすれば知り合いも通るだろう。そうすれば適当に靴を持って来て貰えるかも知れない。

 リンレイは、式が始るまでには良い方法が生まれるか。または最終手段としてヒールのもう一つを折るかと考える。

 不運と同時に何もしない怠惰な時間が併合すると、嫌な出来事を考えてしまうものだ。

 私は、冒頭に戻りロフウと、レイの事を考えていた。……南斗の未来に関して。

 ……最近でも、その事について考えさせられる言葉を……囚人から聞かされたから。

 『水鳥拳のリンレイ様。着くまで暇なので話し相手になって貰えますか? 貴方も弟子を育てているのでしょう? ならば
 貴方も未来に生きる者を守ろうとしていると言う事ですよね。素晴らしい事だ。だが、貴方は考えた事がありますか?
 貴方が育てる光が、やがて時代に生じる試練に関し闇に染まる可能性を? 私は犯罪者でありながら法の正義を行使する
 立場でもありましたからね。解るんですよ。人間は生まれながらにして悪……貴方達が絶対に闇に堕ちないと考えても
 運命とは絶対に避けられぬ結末を用意している。リンレイ様、貴方は自分が抱えている不安が起きない保証があると思いますか?』

 ……幾つも人の命を奪いて星の図を描き、そして飛龍の名を冠する108派の中位の拳士の命を奪った……木兎拳伝承者。

 一目見れば何処にでもいる好青年と思しき顔から覗かす闇は、ロフウが強く殴り彼を実力行使で無言にしなければ
 他の者とて何かしら不時の行動を及ぼしかねないほどに邪悪な言葉で……正直言って私も精神的に嫌な思いをした。

 ……未来、それはあの囚人の言うとおり不安定なもの。

 ……けど、未来は闇ばかりでなく光もあるのだと知っている。なのにこの不安はなんなのだろう?

 こんなに私は弱かったかと自傷気味になってしまう。……水鳥拳の女拳を担いながら、このような事では先代伝承者にも
 笑われてしまう。血生臭い戦渦が終了し人々がようやく仮初ながらも平和を築く時代。未だこの世は一つの出来事で
 辛い時代に戻りそうな程に不安定だ。こんな時だからこそ、私も心を強く保ち生きなくてはならないと言うのに……。

 ……そんな風に上の空で、悩んだ上に言葉を吐く。

 『ふぅ……困ったわぁ(なぁ)……』

 『……あら(え)?』

 ……まるで狙っていたかのように同時に同じ言葉が隣から聞こえる。

 私が気付かぬ内に接近されていた? いや……殺気もないので刺客の可能性は皆無。一体誰だろうと首を横に向ける。

 ……見えたのは、会場の電灯に反射する綺麗な黄金色の髪と、それを可愛らしく縛るバンダナ。

 大きめの強い意志を秘めた瞳。その瞳にはキラキラと輝きが宿っている。

 その子の瞳の輝きを見て私の胸はざわめいた。何故なら、その子の瞳の輝きは今まで私が出会ったどの人物の光とも
 異なっており、その子を見た瞬間、言いようの無い何かが自分の体の中を突き抜けて私はその子を目から離せずにいた。


 ……それが……私と彼女の最初の出会い。



  
  
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 「……はぁ、はぁ……だ、駄目だ! やっぱ……こんな……でかい場所で捜そうってのが無理だったんだ……!」

 「……何をしているんだジャギ」

 ……一時間後程か、ジャギは汗を垂らしつつシンの居る元へと戻る。その何やら絶望しているジャギに呆れた様子で
 シンは声を掛ける。ジャギにとっては結構重要な用事なのだが、シンはそれを知る由もない。出店で目ぼしい物が買えなかった
 ぐらいにしか思えないのだ。……最も、ジャギが真実を話す事は絶対ないので、シンの誤解はなくならないのだが。

 「くっ……い、いや未だ時間はある。諦めるには未だ早い……ぅて! アンナは如何した?」

 悩んでいたジャギだが、その時ようやく周囲にアンナが居ない事に気付き慌てる。それをシンは落ち着いた声で諌めた。

 「……あいつも少し周りを見物したいと言って出て行ったぞ。なに、大丈夫だろ。この辺りで馬鹿な事を仕出かす輩はいない」

 「そ、そうか……って、何時も大丈夫大丈夫って言って何か起こっているんだぞ!? 俺、もう一度行ってくるぜ!」
 
 そう言って、シンが制止する間もなく、ジャギは飛び出していってしまった。

 (こいつは忙しないな、本当)

 シンはパンフレット片手に呆れつつジャギを見送りながら、会場の時計を見つつアンナの行方に関し少しだけ脳裏に過ぎらせる。

 ……そして、ジャギは知らない。アンナが、この世界で女性の中では最高位の実力者である人物と出会っている事を。









 「……でね。ジャギったら修行に集中し過ぎて私が側に居るのにもまったく気付かないんだもん。気付いたの全部終えてからだし」

 「フフ……ロフウの小さい頃にそっくりね。あの人も、私が側に居る事に気付かないで修行修行って一生懸命だったわ」

 ……会場の廊下の一つのベンチで、話を弾ませる金髪の少女と、そして和服姿の東洋の女性。

 「ようするに真面目だけどちょっと融通が聞かないんだもん。何時も私の事心配してるけど怪我が多いのはジャギだし。
 ジャギこそ怪我しないようにしてよ、って注意しても『俺は男だから良いんだよ』って無茶苦茶言うし」

 「あらあら、まったく同じね。ロフウも自分の怪我は無頓着で私が少し指先でも傷が付いたら服を破ってまで止血しよう
 とするのよ。その度に私が縫わなくちゃいけないんだけど、あの人ったら別に寒くなければ別に良いって感じだから」

 ……話の中心は自分達の意中の人。何の因果がどちらも行方が知らぬ相手を捜そうとしてどちらも見つからず。
 リンレイは踵が折れて休み、アンナは普通に一休憩入れようとして座り込んだ場所が一緒だったのが談話する次第の経緯。

 アンナに関しては、前に一度フィッツの父親らしき人物を見かけた気もするが……それに関し今回の話には関係ない。

 どちらも相手の行方は知らぬけれど、前回の事件によりアンナがロフウとリンレイの事を知っていると話し始めて
 から、暇つぶしにどちらも互いの事を話す事になった。女とは、何時の世もどんな世界でもお喋りが多い生き物である。

 「……一つ、そう言えば聞いても良いかしら?」

 「うん? 何、リンレイさん」

 「リンレイだけで良いわ。……貴方や、そのジャギ君って言う子。……今の世の中を生きて……幸せかしら?」

 ……この子は見た目と違い賢く、年齢も子や親程に違うと言うのに大人びた発言が私と合う。

 だからこそ、この子に少しだけ聞きたかった。……以前、かなり深い傷を負ったであろう、この子から。この時代で
 必死に生きるこの少女はどのような視点で今の世の中を語るのが興味あったから。……その子は暫くして言った。

 「……私は、今が好きだよ」

 「皆が皆必死に夢に向かって生きている。……夢が叶わない人が居るけど、それでも夢に近い場所を目指す事は出来る」

 「私は……だから今が幸せ。今の幸せを守り続けたいから……だから私は自分の手で出来る事を精一杯やりたいと思うの」

 ……そう、胸に手を当てて言い放つその子の瞳は……怖いほどに綺麗な輝きを秘めていた。

 まるで、私と同い年か、それ以上の年を生きたように……その子の口振りは何かを達観しているように思えた。

 私は、その子の言葉を聞いて、自分が今まで生きてきて培った事が無駄ではないのだと実感させられた。

 ……そうだ、何を気弱になっていたのだろう。

 私は……ロフウや私が南斗水鳥拳を次代へ残す事は未来へと光を託す事。

 その輝きを守る事に躊躇するなどお笑い種にもならない。私は気が付けばその子の頭を撫でて礼を述べていた。

 「……そうね。今、私が出来る事を精一杯やらなくてはね」

 「うん、リンレイなら出来るよ。だって自分の心が何を望んでいるか聞いて上げなくちゃ」

 くすぐったそうに、私に撫でられながら彼女は私に告げる。私を前に進ませる言葉を。

 ……そうね。私は南斗水鳥拳の女拳を伝えし者として……。

 ロフウの為に……ロフウと共に今出来る事をしよう……。

 「……あっ」

 「あ、ジャギだ」

 そう、決意が固まっ時……人込みに混じって行方を捜していたあの人が見えた。

 それと同時にあの娘も行方を捜していた子を反対方向から見つけたらしい。立ち上がるその娘。南斗総演会はもうすぐ
 始まるのを考えると、この娘とゆっくり喋る時間はこの会場でもう一度作るのは至難の業だろう。

 「あの人が来たわ。……有難うね、アンナ。……また、今度会った時にでも話しましょう」

 「うん、リンレイ。またね」

 笑顔で、その子は人込みに混じって消える。……不思議な光を宿した娘。……あの子の体つきはどうやら南斗聖拳を
 習っているようにも思えた。……もし、あの子が水鳥拳の女拳を習ったらどうなるのだろう? ……そんな仮定が浮かぶ。

 私は、あの娘が水鳥拳の女拳を覚えれば……きっと良い意味で何かが起こりそうな気がする……そう思い微笑を宿した。

 「其処に居たかリンレイ。……何が良い事があったのか?」

 「……えぇロフウ。……少しだけ、私の心を解らす……そんな出会いがあったの」





 「……アンナ。頼むから知らない場所ではいなくならないでくれって……何か良い事あったのか? 楽しそうだけど?」

 「ううん、ジャギ。……いや、そうだね。……優しくて真っ直ぐな人に……出会えたかな」


 ……アンナ、リンレイ。

 彼女達の出会いは何時の日かの邂逅と同時に未来へ向かう者達にとって大きな兆しが生まれる。

 それを、未だ彼女達は知らない。……だが、星々は予想する。

 




          その輝きの邂逅は……何時か迎える運命に対しきっと大きな変化なのだろう、と。











         後書き



 南斗総演会に関してユダは来ていません。

 レイ関しても同様です。サウザーは開会の式でオウガイの隣に居ます。アンナとジャギやシンとは少々会話しました。

 ユリア・リュウガも訪れています。ジャギ・アンナと会話しました。シンのユリアに対する好感度はアップしました。

 






[29120] 【文曲編】第三十話『彼女の初試合と拾い物』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/09/12 20:08


 ……南斗総演会。

 それは何とか無事終了する事にはなった。

 リュウロウが居ない事に気付いたり、隼牙拳伝承者ハバキが何やら用意していた猪を倒すのを見たり。現水鳥拳伝承者ロフウ
 が一振りで用意した鉄骨を一瞬にして解体する様を感心しつつ見たり。何かと楽しみジャギ達は思い出を作れた……と言いたいが。

 「……レイのばっかやろおおおおおおおお!!!」

 ……今、ジャギはアンナの店で飲みながら(※勿論ジュースです)荒れ狂っていた。

 (レイの野郎……! 結局会う事が出来なかったじゃねぇかよおおおおお!!)

 ……南斗総演会では結局念願の人物に出会う事は叶わなかったジャギ。

 必死こいて昼休み時間に捜索した貴重な時間を返せ! とばかりに、彼は呑みながらふてる。それをアンナは呆れて呟く。

 「……レイって誰よ。ジャギ、そんなに飲み過ぎたらお腹壊すよぉ?」

 「構わないでくれアンナ。……俺とした事が、貴重なイベントを逃してしまうとは……!」

 「……兄貴、何とかしてよぉ」

 「放っておけ」

 そんなジャギにアンナは兄へと助けを求め、リーダーは興味なしとばかりに皿を拭く。

 ……とりあえず平和な時間が流れていた。

 南斗総演会が終了して一月程月日は経っている。

 大した変化はなく今日も大体平和だ。ジャギは独自で修行を続け、北斗兄弟とも依然付かず離れずの関係を送っている。
 ……救世主に関しては未だ来ない。リュウケンについて聞く訳にも行かず、こればっかりは時間の経過に頼るのみだ。

 数分後、ジャギは立ち直るととりあえず話題を変えて話し始める。

 「そういや、シンの奴また別の拳法家に技を教えてもらってる見たいだな。……確か、南斗飛燕拳のハッカ・リロンとか……」

 「あぁ。確かあの事件で闘った人達だっけ? シンもますます強くなろうとしてるんだ。ジャギも負けてられないね」

 「当たり前よ。俺だって南斗聖拳を極めてあいつの鼻を明かしてやるぜ。……どうやってかは後で考えるとしてな」

 「いっその事他の拳法家の真似でもしてみたら? ジャギならシン見たいに技を覚える事出来るんじゃない?」

 「いや、それは止めとく。……と言うか、意外でも何でもないが……南斗聖拳拳士の実力って全員高いんだな……」

 ……南斗総演会が過ぎてから、ジャギはある程度の考えが持てた。

 集まった南斗聖拳拳士……鳥の名を冠する36の拳法。そして『翼』『羽』『嘴』など鳥類に関係する中位の36の拳法。
 そしてどちらにも当て嵌まらず武器などを使用して物体を斬る下位の36の拳法家によって構成された南斗108派。

 ジャギはその108派の内。死亡、逮捕された二つを除き、当日の事故によって来れなかった拳法家を除けば全てを
 視認した。それゆえに理解している。南斗聖拳108派の実力の高さを。……それゆえに不可解な事実が呼び起こされる。

 (なら……何で『北斗の拳』ではあんなに実力の低い連中しか居なかったか?……そりゃ勿論……核戦争しかねぇよな)

 ……199×年、世界は核の炎へと包まれる。

 その威力は大地を割れ、海を涸らし、木々を枯らし……人類の人口を八割がた減少させたと言う威力。

 それによって本来の実力者である南斗聖拳拳士達は死に絶えてしまったのだろうとジャギは結論する。

 ……ここで生じる疑問。では、何故南斗聖拳の数派を原作でユダやサウザー、シンが引き連れる事が出来たのか?

 それは……意外にも南斗総演会でフウゲンから聞く事が出来た。

 フウゲンの演目は空中を跳びながら地上に置かれた板へと触れる事なく傷を絵のように付けると言ったものだった。

 その絵は空を舞う鷲。南斗孤鷲拳の凄さの一端を見せたフウゲンへと、色々な演目を見て生じた疑問をぶつけた。

 すると、だ。フウゲンから貴重な情報はすんなりと得られた。

 『お主の言っている事は予想だにしない出来事で108派が全滅したら? と言う恐ろしい仮定の話じゃな。何ぞそのような
 想像が浮かんだのか知らぬが、まぁ教えよう。……そのような場合、既に南斗の星は正常に機能せぬ状態と言える。
 ならばこの場合南斗聖拳下位の者達によって一度編成を行い、後に実力ある者達が生まれた後に新たな108派が生まれる事になる』

 (……フウゲンの言葉通りなら。つまりあの時代は後世にちゃんとした108派が作られるまでの布石……だったって事か)

 言われて見れば納得。実力を備わっていた拳士が現在居るのに、あの世界で活躍しない方が異常なのである。

 だが、不運にも時代は暴力を望む者達に味方し、陽の下で振るう南斗聖拳拳士達は悪意の塊の炎下に犠牲となったのだろう。

 (……後、これは考えたくなかった事だけど。……多分、核が落ちても実力ある拳士はある程度生き残った筈。……けど
 平和を望む拳士達……正常な倫理感を望む拳士達はきっと……サウザーによって処刑されたんだろうな……)

 ……サウザー。

 彼は、師への愛が深きゆえに、死を受けいられず愛を憎み狂う事を望んだ。

 ゆえに彼にとって暴虐の時代は悲しみを忘れられる世界でもあり。その世界で正常な倫理で平和な時代……師が生きていた
 時代を望む者がいれば、それはきっと彼にとって傷をぶり返す物であり……彼自身の手で死を下された筈だ。

 ……想像するだけで簡単に言葉が浮かぶ。

 狂気の笑みを貼り付け、嘆き舞う鳳凰の声が。

 『平和だと!? 笑わせるな!! この世界を支配するのは力!!! 誰にも負けぬ我が帝王の血と鳳凰拳のみ!!!!』

 『勇気で! 寛容で!! 勤勉で!!! 忍耐で!!!! 慈悲で!!!!! 謙譲で!!!!!! 愛で!!!!!!!』

 『それで命が救えるか!? それでこの世が平和になると思っているのか!!? 否!!! 救えた試しなどない!!!!』

 『貴様達が我に服従しなければ良かろう! 帝王の血は粛清の血!! 貴様達の血で鳳凰は更に強さを増すのだ!!!』

 ……その言葉と共に彼は両手を広げ、鳳凰拳無敵の構えを取り本来は手を取り合い世界を守る拳士達へと舞う。

 暴虐へ果てた鳳凰に絶望しながら、108派の頂点に立つ鳳凰拳へと生き残りある程度の実力を担う拳士達は、己の拳で
 または長年共にしてきた相棒の武器を構えて敗北の運命へと最後の舞いを演じたのだろう……と。

 「……救えないよな。そう考えると」

 手を頭に当てて考えた悲観的な空想に浸るジャギ。

 ……そんな、ジャギへとアンナは黙って隣に座った。

 アンナは、ジャギが何を憂い悩むのかは知らない。だが、それを無理に聞き出さず側に居てあげる事は出来る。

 アンナは、悩みなど無いような笑顔で口を開いた。

 「ジャギ、久し振りに華山の子が居る場所へ行ってみない?」

 「……華山?」

 ……あっ。と、ジャギがぼんやりとした状態から抜け出し、何時か前に再対決を約束した事を思い出すのは暫くしてからだった。




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 「……つう訳で、また来た『おせぇよ!!』……あ、やっぱ怒るか」

 久し振りに華山拳法家の卵達が居る町へと訪れたジャギとアンナ。それを若干苛々しつつも出迎えた子供。

 「また試合しようって言って数ヶ月は経ってるぞ!? 一体どの位のんびりしてたんだっつうの!」

 「悪かったって。でも、具体的に日取りは決めてなかったろ?」

 「……う~ん、まぁそれもそっか。……久し振りだなジャギ! 俺達華山一派は歓迎するぜ!」

 そう言って少しばかり薄汚れた鼻をこすりつつ握手する少年。……何と言うかこう言う普通の少年を見ると異世界から
 来たと言うより、昭和初期程にタイムスリップしたようにも思えるから不思議だ。……まぁだから何だと言う感じだが。

 「いや、別に南斗の拳士は止めねぇよ。と言うか、そっち寄りで俺進むつもりだし」

 「うわっ、冷たいなそれ。……まぁいいけどな。今日はどうする? もう一度試合は当然するけどよ」

 「そうだよな。あっ、そっちの娘はどうする?」

 「……私?」

 まさか、話しを振られると思わなかったのだろう。華山の子供達に指されたアンナ。戸惑いつつ自分を指す。

 「おいおい、アンナは女だぞ?」

 「別に関係ないじゃん拳士なら。実を言うとさ、俺達ちょいと最近困ってて、それで女性拳士が必要だったんだよ」

 「……話が見えねぇな。……詳しく言えよ」

 何故か、アンナが必要だと言う華山一派の子供達。ジャギに詰問され、詳しく話し始める。

 ……話の内容。それはと言うとジャギ達と知り合い数週間後の話。

 どうやらその数週間で町に引っ越してきた家族。その家族にとある拳法家がおり、そしてその家族の中の娘は拳法を
 教わっており、それが中々強い。しかも、自分達にも手加減なくその拳法を使って来るのが性質悪い。

 「俺達、流石に女は殴れないしな。俺達の修行場だってのに勝手に乗り込んで自分のもんだって言い張ってよ」

 「平等に使おうぜって俺も話したけど……何つうか気が強くて。あぁ言う奴は一回叩いて解らせないと行けないけど……ほら」

 俺達男しか居ないから。と、苦笑いの華山一派のリーダー格が呟く。

 「成る程ねぇ、要するにアンナに問題を解決して貰いたいって訳か……話は解ったぜ」

 「おぉそっか、たすか……」

 「だが、断る」

 青筋立てて笑顔で却下するジャギ。その途端華山一派からブーイングが走るかジャギは怒鳴りつけた。

 「うっせぇわ! んなもん関係ないアンナに解決させようとすんな! アンナだってそんなん嫌に」

 「私別に良いよ?」

 そう言われて地面へダイブしジャギは倒れる。アンナは続けて言った。

 「話だけ聞いたらその子が悪い見たいだし……それに、良いチャンスだしね」

 何が? と言う顔つきをするジャギに、アンナは笑顔ではぐらかしつつ答えない。

 けれど、頭の中ではこう考えていた。

 (ジャギに、何時までも弱いままだって思われたくないもんね)



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 (……ベラかよ)

 ……以前、ジャギと華山一派の少年が試合した自己製作鍛錬広場。其処で車のタイヤへと座りつつ睨んでる少女。
 少女の容姿は丸い容姿の割には鋭い目つきをしており、髪は黄緑色をしており、そしてその少女の一番の特徴と言えば、
 紫色の口紅と、そして何を思ったのか口に咥えている薔薇の花が目立っていた。……この少女の容姿からジャギは
 アニメ版でカサンドラに幽閉された母親を救う為にケンシロウと闘い、その後母親を殺した人物へと殺された悲劇の
 北斗の拳では唯一正式な女性拳士(外伝などは別の作者の為)であるので印象深かったベラだと解ったのだ。

 このベラ、蘭山紅拳と言う拳法の使い手である。その拳法は曰く『風に花弁の舞い散る如く華麗だが、その美しさに
 秘められた破壊力は計り知れない』……と言う、強いのか弱いのか作者には見当つかない代物である。

 そのベラは、接近してきた華山一派男衆へと、また来たかと言う感じで見た後、そしてアンナを見て合点が言ったとばかり言う。

 「……ふーん、あんたが勝ったら公平に此処を使うようにって? ……其処で情けなく見学してる奴等に頼まれたのかい?」

 情けない、と言われ華山一派は歯軋りしつつ唸るが、基本フェミニストゆえに暴言吐かず、アンナに希望を抱きつつ見遣る。

 アンナは、のんびりとした口調でベラへと言う。

 「うーん、とりあえず仲良く使う形で私は良いと思うんだけど? 男の子ばっかりだけど、彼等良い人ばかりだよ?」

 「はっ、別に男だから仲良くしたくないって訳じゃないよ。単純に、私より弱いのに此処で鍛錬してるのが嫌なのさ」

 そう言われ、華山一派は怒気を上げて反論しようとする。だが、それはジャギが無言で制し、黙ってアンナに任せるよう目で伝える。

 「……何で彼等が弱いって思うわけ?」

 「だってあいつ等私が挑んでも一方的にやられちまうんだもん。そんな奴等なんて鍛えたってしょうがないじゃないか」

 その言葉に、アンナは理解したとばかりに頷く。

 ジャギも、ベラの思考がアンナと同時に理解した。そして、心の中でこう思う。

 (アンナ。別に無理しなくて良いが……あの勘違い女に出来るなら思い知らせてやれ!)

 ……そして、ジャギの願いが通じたのかアンナは口を開いた。

 「……言っとくけど、この中で一番弱いのは貴方だよ?」

 「……はぁ?」

 その言葉に、眉を上げてベラはアンナを睨みつける。

 だが、その睨みを涼しい顔で受け流し、アンナは言う。

 「なら、試してみる? 私と闘って、何で貴方が弱いか教えてあげる」

 「……その言葉忘れんじゃないよ。あんた見たいなひ弱そうな女、一瞬で泣かして上げるよ」

 ……かくして、闘いの火蓋は落とされた。





 ……華山鍛錬場の広い場所で、アンナとベラは間隔を開いて立つ。

 既に勝負の開始は華山一派のリーダー格が宣言した。ベラは蘭山紅拳の構えをその瞬間取り出した。

 「何だあれ? フラミンゴ?」

 「いや、格好で油断すんな。確か蘭山紅拳って言えばスペインの躍りと中国拳法を混ぜた最先端の格闘術だって言われてる」

 「……良く知ってんな」

 上から華山の少年、同じく華山の格闘オタクっぽい少年、そしてジャギだ。

 「ふんっ、ぼうっと突っ立ってるだけかい?」

 対して、アンナは開始した状態から動いていない。

 自然に腰に手を真っ直ぐ伸ばしたまま付けた状態。肩幅ほどの位置に足を置き、自然体の状態でベラを正眼している。

 一見棒立ちの状態に思えるその姿に、華山一派はハラハラとするが、ジャギと、そして華山一派リーダーの見解は違った。

 「……凄いな、アンナ」

 「あの娘……隙ないな」

 ……その二人の言葉通り、アンナの今の状態には隙がない。

 余りに普通に立っているように思える状態で普通の人間は気付かないが、その状態は言わばあらゆる状態からすぐ行動へと
 移る事が出来る攻守転位最良の構えである。そして、アンナの顔つきはしっかりと落ち着いており、相手がどう攻撃へ
 移っても直に対処出来るようになっている。……ゆえば無行の構え。原作のシンも言えばこの構えである

 ベラはリズムに乗りつつ小馬鹿にしながらアンナに何時攻撃を仕掛けるか思っていたが、やがてその顔に焦りが浮かぶ。

 (な、何だい? あんな無防備に見えるのに隙がまったくないじゃないかいっ!)

 ……少し強い風が吹き、彼女のバンダナから覗かせた金髪の髪を靡かせながら、彼女はじっとベラを見つめたまま。

 ただじっとベラだけを見たまま剣呑な気配も、闘いを挑む気配すら見せずにただ彼女は立っているだけ。

 ……彼女が最初に師として教授して貰った人は、プライベートでは彼女を孫のように可愛がる表情を見せていたが、いざ
 彼女が拳を教わる時になれば、厳格なる老師の顔つきへと変貌し、生真面目な表情の彼女へと言葉を託した。

 『良いか? 闘いにおいてまず何より大事はまず『構え』。『構え』なくて拳を習う資格なし。これはわしが南斗を習う
 者全てにおいて言っておる。人は生まれ歩く使命を最初に帯びる。ゆえに、歩行と立位は何よりも格闘の原点である』

 『お主に最初に教えるは『無行の構え』。自然に立ち、時、場所、何事にも即応じられるように立ってみせよ。
 常に生活の中で心がけよ。排泄、食事、睡眠、歩行。ありとあらゆる場所で立ち止まればわしの言葉を思い出せ』

 これは、シンもジャギが教わった事。南斗聖拳に限らぬ基本的な拳法及び格闘技において普通の言葉である。

 アンナは、それを人よりも異常に意識して行っていた。南斗聖拳において未熟ならば、まず基礎を徹底的に行おう、と。

 そして、彼女はシンやジャギよりはこの構えを極めていた。……そして、現在に至り彼女は闘いの場とは思わぬ程に落ち着いている。

 「……くそっ!」

 ベラは、何時まで立っても攻撃せず自分を見るだけのアンナに心が乱れ不用意に未だ発展途上の蘭山紅拳を繰り出す。

 ……スッ。

 アンナは、それを落ち着いて見ながら拳を避ける。一度、二度。ベラがフェッシングに見立てて突き出した腕を
 突っ立った状態から最小限に避けて、また元のリラックスした状態で立ってベラを見る。……それを何度か繰り返した。

 華山一派は無抵抗に避け続けるだけのアンナに駄目かと最初諦め模様だったが、次第に、アンナが優勢な事に気付き始める。

 何しろ、リズムに乗り攻撃する蘭山紅拳は、大樹のように落ち着いて立っているアンナに心をかき乱され勝手に疲弊してるのだ。

 (……一応、シンにも感謝すべきかも知れないな)

 ジャギは心の中で今日も鍛錬を続けているだろうシンへと礼の言葉を述べる。

 見立て稽古と、言うものがある。相手の動きを観察して自分も真似して会得する稽古の事だ。シンは、フウゲンの言葉を
 忠実に守り何時も技を出す前は不動の姿勢……無行の構えの状態で立っている。それをジャギと同じように何時も
 アンナが見ていたゆえに此処までの成長に至った訳だ。アンナの強さを感心しつつ、周囲への感謝も忘れない。

 そう考えている内に、一瞬足がもつれたのかベラはアンナに攻撃を避け続けられ遂に一度地面へと拳を突き出したまま転ぶ。

 それに失笑の声が華山一派から思わず漏れる。だが、それは火に油を注ぐ行為だ。

 「!……っ舐めんじゃないよ!」

 その場に転がっていた武術用の棒を掴むとベラは構えたままアンナへ向けて走り振り下ろす。

 その光景に華山一派は制止の声を上げ、そしてジャギは固まりつつもアンナを心の中で信じていた。

 「アンナ! 負けんな!!」

 「!っ」

 その言葉に、アンナは避けるだけの行動が突然変えた。

 「えっ!!?」

 ベラが振り下ろした棒……それに向かってアンナは足を一歩前へと踏み出す。

 後退するとばかり思っていたベラは思わぬアンナの行動に一瞬固まる。その隙にアンナは容易にベラの手首を掴んだ。

 「!っしまっ……!」

 ベラが気が付いた時はもう遅い。

 アンナは合気道の要領でベラの手首を捻ると地面へともう一度転ばさせていた。

 「……私の勝ち……でOKでしょ?」

 アンナは、地面に仰向けに倒れたベラに微笑む。

 その微笑みに嫌味な感じはなし。毒気が抜ける程に軽やかな笑みだ。

 「怪我ない?」

 「……あったま来るねぇ。あんた、未だ全然余裕だったろうに」

 「ううん、だって私攻撃するのてんで駄目だもん。人殴るの嫌だから、あぁ言う風に無力化する位しか出来ないし」

 ……それは本当の話。復帰したとはいえアンナは殴り合いの喧嘩は出来ない。

 人同士が形相浮べながら闘い、殺し合うような光景が生理的に受け付けないのが今のアンナの現状。それは拳士としては
 致命的な弱点である。それを何とかカバーしての闘い方しかアンナは出来ず、今回は偶々それが出来ただけ。

 「だから、ベラが闘い方変えて挑んできたら私、多分負けちゃうよ?」

 ベラは、その言葉を聞いて一瞬沈黙してから……肩を震わせ。

 「……プッ、ハハハハハハッ!! 闘うのが嫌なのに拳士って……何だいそりゃ!?」

 ……爆笑した。もう先程までの敗北感に関する屈辱や怒りはない。清清しい表情でベラはアンナへと口を開く。

 「負けた負けた。……正直、私ってば蘭山紅拳なんて好きじゃないんだけど、子供は私しかいないから無理やりね……。
 だから半分自棄で使用してたんだけど……あんた見たいな変わり者に負けちゃ私も本気で蘭山紅拳を習得したくなったよ」

 (……闘うのが嫌なのに拳士……多分、私が想像しない理由があるんだろうね。……見た目闘いより着飾ったりする
 方がお似合いなのに、この子は私よりも大分強い。……この子を見てたら、自分の悩みが馬鹿らしくなった……)

 ……彼女は拳法家になるつもりはなかった。

 本当なら普通の女の子のように綺麗な服や装飾品を纏ったりして遊びたかった。……けれど、父は何時もスペインの
 闘牛士見たいな格好で自分を無理やり拳法を習わせ、女として普通の生き方が叶わなくなってしまった。

 『ベラ、お前には蘭山紅拳の素質がある! 頼む! 父の最期の頼みと思って聞いてくれ!!』

 ……そう言いながら未だ元気で外を動き回る父に何度怒りを覚えたか。……今となっては過ぎた話だったけど。

 でも……とベラは思う。

 父が私に継承して貰いたいのは、先祖から受け継いだこの拳法を守り抜きたいから。

 その気持ちは解らなくも無い。だから父を憎みはせずとも反発していた。

 だけど……この娘に手も足も出ず負けて、そして笑顔で見下されもせず強く成れると言われると……強くなりたいと思えてきた。

 「あんた達!」

 私は今まで自分の感情のまま拳で怪我をさせていた同い年の男達へ大声で言う。

 思えば、こいつ達は私が女だから黙って受けてたんだ。そう言う配慮に全く気が付かない自分に最早怒りが沸いてくる。

 「……御免、殴って! これからは私も半分使わせて!!」

 都合の良い話だと思う、怒鳴られても、どんなに文句を言われても覚悟している。

 「……応! 宜しく頼む!!」

 「華山一派はどんな拳法家だろうと迎え入れるぜ! それに始めての女性拳法家だからな! こちらこそ仲良く……いたっ!」

 「変な目で見んな。……とりあえず仲良くしようぜ、華山一派は誰であろうと拒まない……」

 ……意外にもすんなりと歓迎する少年達に、思わずベラの目頭は熱くなる。

 新しい町に来て、拳法家ゆえに独特の格好ゆえに周りから浮いていると自分で思いこみ人からあえて嫌われるような行動を
 とっていたのに。……この町の人々の暖かさを、ベラはようやく感じ取り、そして知った途端心に救う塊は溶け出す。

 「……うん、有難う!」

 そして、眩しい笑顔で握手し返すベラに、一件落着とばかりにジャギとアンナは満足そうな顔して同時に頷くのだった。



 
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 ……そんな物語も終えて……久々にアンナとジャギは一つの里へと辿り着く。

 「……何だ、来たのか」

 「何だはねぇだろ、何だは。リュウガ」

 「……」

 「やっほーユリア」

 ……南斗の里、相も変わらず二人はリュウガやユリアへと訪問する。

 ……最近になってもユリアの症状変わらない。時折り、アンナの方向へ顔を向けるような気もしたが、それがユリアの
 症状を好転するのがどうかも解らない。リュウガは、最近ではすっかり諦観した顔で、例えユリアが永遠にこの状態でも
 一生側でユリアを守ろうなどと決意を固めているので、ジャギとしてはフォローするのに心臓が痛い。

 「リュウガ、少しはリラックスしろって。ほら、ユリアもお前がそんな顔してたら悲しむだろうが」

 「……ジャギ、正直に言うぞ。俺は、時折りお前のその楽天的な発言がとても嫌いだ」

 最近になり、そう言う毒舌が目立ってきたリュウガ。ジャギは前向きに正直な気持ちを吐露してくれるようになったと
 思うようにしている。そう思わないと、リュウガと付き合うには骨が折れる。『天狼星』の攻略は至難の業だ。

 「ペットでも飼うか、何なら? アニマルセラピーって流行っているらしいぜ?」

 「……この里にどれ程の獣が住まうか知ってて言っているのか、それは」

 そう言われて、確かにユリアが住む所は家から出れば自然一杯で動物をわざわざ飼う必要性がないと気付くジャギ。

 むしろ、リスやらイタチやら無害に近い動物はユリアに寄ってくる時がある程だ。それでも無反応なユリアは末恐ろしい。

 「……とりあえず、気長に頑張る方向で」

 諦め顔を俯き呟くジャギに、顔を背けてリュウガは遠い方向へと向く。

 早く訪れろ救世主。そしてこの居た堪れない空間を開放しろとジャギは心の中で毒づくのだった。

 「……! ジャギ!! ちょっと来て!!!」

 ……その時だ、只ならぬ声をアンナが出したのは。

 「! どうしたっ!?」

 「ユリア!!!?」

 ジャギはまずアンナの安否を、そしてリュウガは目にも止まらぬ高速でユリアへと馳せ参じる。

 だが、ユリアやアンナには何も起こっていない。……いや、一つだけ先程のアンナとユリアの居た場所になかった物があった。

 「……この子怪我してる」

 そう言って、涙目である物体を抱かかえるアンナ。

 その物体を見てリュウガは目を細めながらユリアの側で立ち止まり。ジャギはアンナの抱えている物体を見て呟く。

 「……酷い傷だな」

 ……猫のような生き物。その生き物は背中にかけて大きな傷を負っていた。

 「……そう言えば、この前里に数人程狩人が来てたな。……余りにも狩猟し過ぎて、ダーマ様もご立腹だった」

 「……そいつ、どんな奴だった?」

 「生憎俺とユリアは遠方に出てて知らんが……山のようにでかい男だったと聞いている」

 (絶対フドウだ)

 確信と同時に、鬼のフドウが頭の中に出るジャギ。その想像のフドウは正に鬼の表情で鹿の首を掴んで大笑いしている。

 「ねぇジャギ、リュウガ。この子治療して上げないと……」

 「おいおい、そうは言っても野生の獣だぞ? 下手に噛まれて菌が移ったら……っておいっ!」

 その猫のような生き物は唸りながらアンナの手の甲に噛み付いていた。

 ……仮に、もしこれがユリアであったら瞬く間にリュウガの泰山天狼拳により、その生き物は無情に引き削がれたであろう。

 アンナは顔を顰めて痛みを堪える。……そして、すぐに柔らかな顔つきになると、その生き物の背中を優しく撫でた。

 「……平気、大丈夫だよ」

 それは、ジャギに向けて、その生き物に向けて同時に呟かれた言葉。

 その生き物は最初こそアンナに噛み付き激しく震えていたが、次第に、アンナに背中を撫でられ落ち着いていった。

 「……アハッ、ほらっジャギ! この子とっても良い子だよ。……名前何にしよう?」

 「……アンナ、お前……アンナ……ったく」

 狂犬病とか、咬鼠症とか、そう言う獣特有の病気が頭を渦巻いたりしつつ怒った方が良いのかなと思いつつも、アンナの
 笑みを見せられ最早怒りが引っ込んだジャギ。そのまま、彼はアンナのペースに乗せられるのが最近多くなっていた。

 ゴロゴロ、とアンナに首筋を撫でられ機嫌良く喉を鳴らす猫のような生き物。

 アンナはそれを抱かかえ治療する道具があるユリアの家へと向かう。それにユリアも黙って付いて行く。

 (……そう言えば、俺やダーマを除いてユリアが誰かの後に着いていくのは、そう言えば初めてではないか?)

 ……これも、一つの変化かもしれない。

 そう、感じるとリュウガの先程までの鬱な感覚も不思議と消えて、穏やかな気持ちで彼は彼女達の後を追いかけるのだった。

 「……おぉ、ユリア様方、お帰りなさい……まし」

 そして、ダーマは彼女達の帰りを笑顔で出迎え……そしてその表情で硬直する。

 「あっダーマさんこんにちは! ちょっと包帯貰うね」

 そう言って、笑顔で去る彼女達を見送りつつ……彼はアンナが抱かかえていた物が自分の目に間違いないと知りつつも、
 正直否定したい気持ちで一杯ながら、彼は窓から吹き放たれる横風でたくわえられた鼻の下の髭を崩しつつ言った。







                               





                                「……虎?」












         後書き



   後のキラーパンサー。



   名前、絶賛募集中です。







[29120] 【文曲編】第三十一話『鳳凰とは何ぞや?』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/09/14 23:15
 ……時代19??

 ……日本のとある場所。山地に囲まれた場所の一角に三十かそこらの歳の男性、女性が佇んでいた。

 その者達は各自に白鳥を思わせる構え、鶴を思わせる構え、白鷺、翡翠、鴨……それらの鳥を模倣した動きで立っていた。

 その模倣した構えをする者達は全員拳士、彼等は国から要請あればその拳を振るい数ある火の粉を振り払う使命を持っていた。

 その拳士達の中心に居る者、歳は不明だが百戦練磨と言った気配の鎧を身につけており、その拳士こそ今集合している
 拳士達の指導者なのだと存在が誇示している。だが、その厳格な雰囲気とは逆に、修行を行っている者達に向ける
 瞳は見る者の心を不思議と落ち着かせる柔らかな光も携えており、その人物の偉大さが佇むだけで見て取れた。

 だが、その人物は腕を組みつつ今苦境に立たされていた。

 自身はその拳士達の指導者。だが、その中心たる中で自身の拳が未だに点睛に欠けていると認識していたがゆえに。

 (……これでは駄目だ。このままでは真の××拳を後世に伝える事は出来ない)

 その者に対し周囲の拳士達は今のままでもその指導者の拳に不満はないと言うが、指導者自身が満足しないのでは
 この問題は解決しない。彼等はとある星の下に集う拳士達。その中心の星の不安は全員にも伝染していた。

 先代から伝えられたこの拳。だが、自身が伸び悩む原因は他でもなくその拳が現実に存在しない物の模倣ゆえに悩む。

 他の拳士達の拳は現実の鳥獣を元に振るわれる拳法。実体が存在するゆえにその拳は磐石となった技や奥義を創られる。

 だが、その指導者の拳は現実に存在せぬ神獣を元にして創られし拳。言わば伝説を偶像化させるようなものなのだ。

 文献や絵で掴むには余りに困難。それゆえに先代も、それ以前の師達も想像から作られたのだろう拳。指導者は師父から
 確かにそれを受け継ぎ継承した。だが、その拳を極めたと言う感慨は指導者にはどうしても納得出来ず空白が胸にあった。

 何が足りないのか? 何を得れば良いのか?

 そう、指導者が悩みに立たされてた時だ……その者が訪れたのは。

 「……おう、おう。詰まらない事で悩んでるじゃないか。……鳳凰拳伝承者、南斗を統べる者よ」

 ……それは男性。ぼさぼさで長く旅をしたのが見受けられる。その男の登場に周囲の拳士達は警戒するも、指導者自身が
 制止し、その男性を丁重に歓迎の言葉を述べ何用か尋ねる。その男は気分上々と言ったままに言葉を述べた。

 「なぁに、今日は花見日和だ。そうだろ? だから桜を見に来たのさ俺は。……こう桜が満開だと無性に血が滾る……そう思わんかい?」

 ……男の言葉に乗せられ指導者は多少迷うも、その男と闘いを応じた。

 男と指導者の闘いは苛烈を極めた。一瞬一秒の差で繰り広げられる拳。それは奇妙にもどちらも似たように手で斬撃を
 生じさせ相手に致命傷を与えようとする拳。そして、闘いは指導者の攻勢へと移った時に終止符が打たれる……。

 ……パキンッ!!

 「ちぃ! ここにきて折れたかぁ……!」

 指導者に闘いを挑んできた男の足は突如として金属の音を立てて折れた。

 仰向けに無様に倒れる男。そしてぼろぼろの薄汚れたズボンからはみ出た物こそ、男の立位を支えていた残骸だった。

 それによって指導者は決定打となる一撃を降ろすのを止めて気付く、この男は義足の状態で自分と五分の死闘を演じていたと。

 「……名は、何と申すのか?」

 指導者は、この男の名を知りたく熱を持って尋ねる。

 義足でありながら我が身と互角の勝負をした男。その拳技は正に自分が望む答えが秘められた拳法だったと。

 そして、この拳法を自らの拳に取り込めれば、『最強』の称号に相応しい拳を完成させられると指導者は確信していた。

 その言葉に、男は好戦的な相好を崩す事なく地面に寝っ転がった状態で自身が勝利者かのように慇懃無礼に名乗った。





                                「我が名は魏瑞鷹(ぎずいよう)。極十字聖拳の使い手」




 (……極十字。これはまた何とも奇妙な巡り会わせか)

 (南斗の星極星南十字にも合わさる拳……これは単なる偶然ではない。天は私にこの男と牽き合わせたのだ)

 ……指導者……鳳凰拳伝承者はその名を胸に刻みつつ、実力ある異邦の旅人に敬意を称しつつ手を差し伸ばす。

 男、魏瑞鷹はその手を口の端を吊り上げ悪戯小僧のような笑みで握った。

 ……それが……最初の出会い。南斗の星達の頂点なる拳士の生き方を決める出会いだった。




  
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 「……いやいや、本当頼むねぇオウガイさん。私の立場としてもね、こう言う世情も不安定な時でしょう? ああ言う風に
 南斗の拳士が事を起こすとこちらとしても困る訳なんだよ。まぁ、今回は何とか貴方方で解決して下さったから良かった
 ですけど、今度このような事件があれば我々としても良好な関係を築くのに今一つ問題が……となるんですよねぇ」

 「おっしゃる事、身に染みて理解しているつもりです。我等南斗の拳士、身から出だ錆は我等で斬り落とすのは承知の上。
 貴殿の申す通り我々と『この国』は常に対等であり相互共同の関係を築きたいと思っております」

 「わかってるなら良いんだけどねぇ。……あぁ、そうそう。またあちらでテロ行為が盛んになっていて我々も政治的な
 問題で軍隊は派遣するけど少々心許ないんだよね。だからさ、今回も、いや別にそっちが嫌なら別に良いんだよ? だけど」

 「了承しました。我々の中から優秀な拳士数名を派遣いたしましょう」

 「あ、そぉ? それじゃあ有難うねぇ」

 ……その一室を抜けて『国会議事堂』を出た一人の老齢の男性は、監視の視線が消えたのを見計らい大きく溜息を吐いた。

 (……まったく嘆かわしい。あれが、今の『総理』か……)

 ……南斗鳳凰拳伝承者オウガイ。彼は前回の事件により現在の総理へと招かれ事態の報告を行い、そして、『恒例』の
 政治的な問題に対し対処をした。その問題は彼が伝承者になってから良く起こる出来事で、彼には手馴れたものだった。
 だが、慣れていると言っても、自分より少々年が下とは言え友人のような態度で問題の救済を願う姿勢は、彼にとって頭痛の種。

 (……あのような者がこの国を率いていると思うと不安で時々堪らなくなる。……いや、高望みし過ぎか。
 大戦が終了し、ようやく平和な時代が訪れて早数十年。民を統べる者が怠慢なのもある程度の余裕が生じたと言う証拠……)

 とは言っても、あのような態度が長引くようではかなりの問題だとオウガイは悩む。

 ……鳳凰拳伝承者オウガイ。自身の弟子の事以外にも問題が多い事に心労は絶えぬのだった。




  
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 オウガイが自身の弟子の元へ戻り、最初に見た光景。

 それは、馴染みのあるバンダナと、それからはみ出ている金色の髪の少女。

 そして、それに付き添う鋭く逆立った髪の毛をした少年。

 何やら少女は猫のような生き物……赤子の虎と思しき物を抱えて自分の弟子へと見せている光景を目にする。

 弟子もその生き物が虎と理解するのか少々困った顔をしつつ撫でる光景は我知らず微笑みが浮かび……抱えた憂いも軽くなった気がした。

 「サウザー、ただいま帰った」

 「! お師さんっ、お帰りなさい!」

 「あぁ。……お主達もよく参った。何もない場所だが……」

 「いやいや。無理やり訪れてるの俺達だしな。アンナ?」

 「そうそう。あっ、オウガイ様! これ、ゲレゲレ! この前南斗の里で拾ったの! 可愛いでしょう?」

 ……虎の赤子は人懐っこいのが自分を一瞬見ても威嚇するでも関心を浮べるもなく少女に身を寄せて喉を鳴らしている。

 ……正直赤子の虎の名のセンスに少々口を挟みたかったが、我が弟子と少年の瞳は諦観しており、結局何も言わぬが華となった。

 「……うむ、確かに可愛いな。……だが、危険ではないのか?」

 「お師さん、俺もさっき言いました。……ですが、大丈夫の一点張りで」

 「オウガイ様よ。あんたからもちょっと言ってくれよ。動物園にでも預けるべきだって言ってんのに、アンナの奴……」

 「何よぉジャギ。言っとくけど此処ら辺にある動物園って設備悪くて衛生状態悪いんだから。そんなの嫌だよねぇ、ゲレゲレ?」

 『ガルッ!』

 意思の疎通が出来るのか、少女の言葉に赤子の虎は一声肯定のように鳴く。……このような光景を見てると先程の悩みを
 真剣に自己討論していたのが嘘のようになくなる。……この子の気質や雰囲気がそうさせるのが解らぬが、この子には
 時折りユリア様を思わせる程の人を安らか……いや、元気にさせる雰囲気を身に纏っているのだと実感させられる。

 そう思っていると、呆れつつ少女を見守っていた少年は私に視線を向けてきた。

 ……この少年も少女と同じ位に不思議な気質を備えている。

 何せ、出生からして特異。南斗と相対の北斗を宿す男の下で育てられ、そして南斗の拳を知り我が弟子と絆を作った子供。

 そして未熟な拳で一度目、そして最近になり二度目も南斗の拳士を退けた実績を持つ……その力の未知数さは侮れない。

 瞳に時折り移る影も、そして普段浮べる歳相応の無邪気な笑みも。夢か現か何が真実か不明な子供。

 さて、この少年は一体何を私に聞きたいのか……。



  
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 ……サウザーが自分達の近くの町へと降り立っていると聞いて、すぐに駆けつけた時に見た光景。

 それは大樹の太い枝に片足で立ちつつ両手を広げるサウザーの姿。

 大声で声を掛ければ、サウザーは何時も自分達に出会う時の、嬉しさを顔中に広げた笑みをもって彼等を出迎えるのだった。

 「……へぇ、それじゃあオウガイ様は首相と出会ってるって訳か」

 「あぁ。前にも言ったかも知れんが、鳳凰拳は南斗の最高権力と言って良い担い手。ゆえに国家間とも密接な関係が有る。
 伝承者の中にはすぐ正式に認可か下れば軍属する人間も居るようだし、または重要な役割を担う人間の補助、及び護衛の
 任に就く人間も多い。言えば、それらを管理するのがオウガイ様曰く鳳凰拳伝承者の役目と言う訳だ。……とは言え、
 この前の事件は南斗に関しては痛恨の痛手と言って良かったからな。オウガイ様も事後処理に関しては大変だったしい……」

 自身も大きく関わった人物なだけに、サウザーの顔には憂いが見える。

 ジャギとアンナも慰めたものの、彼にとって師は何よりの存在であり、師の痛みは彼の痛みと言って良い程に愛抱いでるのだ。

 「まぁ、ともかく過ぎた事を蒸し返しても仕方が無い。……ジャギ、修行はどうだ? 未だ北斗伝承者候補を望むのか?」

 「未定、だな。……そういやラオウの兄者がサウザーに会いたかったようだぜ。多分、試合でもしたいんじゃねぇの?」

 「……あいつか。……今は修行の最中言えに暫く後にしてくれ、と伝言してくれ」

 「了解。……あぁ、それと個人的にオウガイ様に俺質問あったんだよ」

 「……お前がお師さんにか? ……何か変な質問でもするんじゃあるまいな?」

 「するか」

 ジト目でジャギを見るサウザーに即座に否定の言葉を上げるジャギ。一応信頼関係はあるが、お師さんに関してサウザーは
 直にその信頼関係など無い態度を取るがゆえにジャギも少しだけ疲れがある。まぁ、それ以外なら問題ないのだけど……。

 そんな経緯で、彼は今抱えている疑問を解決するべくオウガイへと質問する。



  
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 「……フウゲン様にも一応質問したんだけどよ。南斗聖拳で最強の拳法は鳳凰拳なんだろ? なら、その鳳凰拳ってどう言う
 風に生まれたのか知りたくてさ。……フウゲン様は『空を護る獣の最高位が鳳凰だっただけだ』って言うけどよ。南斗聖拳の
 起源って日本か中国だろ? なら鳳凰じゃなくて朱雀とかでも良かったんじゃないかって思ってさ」

 (……この少年。中々深い質問するではないか)

 大の大人でも疑問視せぬ質問に、内心舌を巻きかけるオウガイ。

 その質問はある意味鳳凰拳の秘匿の部分に触れ掛ける質問。本来ならばはぐらかすかするのだが……。

 「……サウザー、お前はこれを聞いてどう思う?」

 「私ですか? ……確かに何故普通の鳥でなく鳳凰なのか疑問ではあります。……ですが、ただ単純な理由でない事は
 理解出来ます。108派を束ねるのに鳳凰を掲げる理由。それは多分おいそれと語るには重過ぎる内容かと……」

 その言葉にオウガイは殊勝に頷く。……愛する弟子も、自らの星の宿命を知ってから頼りになる人物に成長し始めた。

 ……確かに秘匿に近いが、この話を告知したからと言ってこの少年が悪用する確立は低い。……何よりも、この話に関しては
 北斗とも関連する話だ。……ならば、話しても良いかも知れん。……オウガイは暫し黙考してから口を開いた。

 「……ふむ、ならば語るか。……我が鳳凰拳の出生について」
 
 ……近くの適当な場所へ座り、オウガイは少しばかり空想に耽るような顔つきで、長い物語を語り始めた。



  
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 ……かつて、世界は波乱と戦渦に満ちた世界であった。

 戦渦は人々を襲い、虐殺、陵辱、奴隷……恐怖絶望に圧せられ善なる者達は邪悪へと服従せなければならなかった。

 勿論、人とて何もしなかった訳ではない。悪なる者達へと立ち向かう為に泰山・華山などの拳法家達も生まれ対抗したが、
 焼け石に水……暴力を愉悦に望む者達を更に嗜虐を煽る結果、火に油を注ぐ結果にそれは成った。

 ……時代の憂き目に当たり、拳を極めし者達が成した拳法。

 「……それは、どうやら北斗の拳だったと言う話だ」

 「……何ですって?」

 サウザーはオウガイの言葉に戸惑う。何故ならば、始祖にあたる自分達の拳が北斗からの派生だったと言う事になるゆえに。

 「ならば……南斗聖拳は……」

 「あぁ、サウザーお前の予想は正しいだろう。……ゆえに、北斗と南斗は表裏一体と以前に話したのだ」

 ……オウガイは話を続ける。

 ……かくして、北斗の拳は一時期戦渦を鎮圧するに至り。

 だが、その拳は余りに壮絶ゆえに諸刃の剣に成りえる拳。ゆえに、陰は新たな闇を作る可能性があるゆえに陽の拳を求める。

 願わくば、空を舞う鳥のように自由な拳。陽射しを舞う鳥のように平和の象徴たる拳。闇を払う強さを秘めし拳を……。

 「……それゆえに、北斗が生まれし国で噂された伝説の神獣の名を借りて鳳凰拳は生まれた。……その拳はやがてこの国へと
 渡来すると、あらゆる鳥の名を借りて拳を創立した。……紛い物から本物に成り得る拳まで多く創られ、切磋琢磨され
 ようやく物の形となり108派が創立された。……そして……鳳凰拳について話は未だ続く」

 「え? これよりもっと凄い話があるの!?」

 アンナは、もうこれ位で全部だろうと思っただけに目を見開いて驚く。

 ジャギ、サウザーにおいても同意。オウガイの話はある意味トップシークレットものの話だ。その話よりもっと大事な事……。

 「有無。そして南斗が生まれおよそ1500年の月日が過ぎた頃……既に完成形には至っていた鳳凰拳であるが、その代の
 鳳凰拳伝承者に関しては自らの拳は点睛に欠けていると悩み、憂いに陥っていた頃に一人の拳士と出会ったらしい」

 「その拳士の拳法は血に染まる鶴のように壮絶で水鳥のように華麗であり白鷺のような足捌きを持っていたと言われる。
 また、その拳の真価は統べての拳を見切り何者の拳も受け付けぬ力だったとも言われている」

 (……もろ、それ極十字聖拳じゃねぇか)

 ジャギは原作知識を持っているがゆえに、オウガイの話が十二分に知れてしまう。

 それを知らずか知ってか、オウガイは話を続ける。

 「その拳と対峙した鳳凰拳伝承者は、彼の拳から鳳凰拳を完成へと至った。その敬意を称し、鳳凰拳の技に似た名を付けた」

 「もしや、それは極星十字拳ですか? お師さん」

 サウザーの言葉に頷くオウガイ。念を押して言うが本来南斗の拳士が自らの技を他人の前で話す事はない。だが、サウザーと
 ジャギは知らぬ仲でもないし、何よりジャギがサウザーと闘うような事は無かろうとオウガイが信ずるがゆえに話す。

 「そうだ、サウザー。……また、その拳士の動きから『紅鶴拳』と言う拳法が生まれえたとも言われているし。また、
 その拳士には二人の弟子がおり、その弟子達もまた遠方では優秀だったがゆえに彼等の名を借りて創られた技があると
 言われているが……その拳士の名は今の所不明らしく、正直どの技が拳士の名を用いたのかはよく知らされてない」

 (……弟子の名は流飛燕と彪白鳳……間違いなく飛燕流舞と天翔十字鳳じゃね?)

 ……南斗水鳥拳の女拳の象徴と言われる技と鳳凰拳の奥義が二人の拳士の名だと言われてジャギは酷く納得する。

 と言うより、蒼天の拳の設定が此処に来て北斗の拳に通じていると言われた事からして、ジャギにはおっかなびっくりなのだ。
 
 多分99%で当たっているジャギの思惑とは別に、オウガイはようやく一段落ついたとばかりに溜息を吐いた。

 「……まぁ、今となっては全て少ない資料からしか推測出来ない話なのだがな。……その遠方からの異邦者の拳士は
 鳳凰拳伝承者と暫し過ごし、また旅立ったとも言われてるし、そのまま伝承者達と余命尽きるまで過ごしたとも言われている。
 ……どちらの説が正しいか解らぬが、まぁこれが鳳凰拳の発祥の由来だな。……サウザー、お前の拳はあらゆる拳士達
 の魂が受け継がれている。そして、お前が掲げる星『将星』に関しても、その拳士の……」

 そこで、オウガイは口を閉じた。如何したのかと思っていると、その後に二人分の足音が近づいてくるのが聞こえる。

 「……失礼、オウガイ様。新しい108派に加入する拳士なのですが、それに伴いオウガイ様も話し合いにと……」

 「やれやれ、戻ってきてそれか。……続きはまた後にしよう」

 その言葉にブー垂れるジャギ。それをポカリと殴りつけサウザーは黙らせる。

 頭をさすりつつジャギと、そしてゲレゲレと付けられた虎を抱かかえ別れを告げるサウザーは、久々に友と過ごせ満足だった。

 「久々に友人と会えて満足だったか、サウザー?」

 「ええ。また明日も来るらしいですよお師さん。もっとも、お師さんは忙しい身ですし、居ないと思いますが……」

 その言葉と共に、何か確認するようにオウガイを見上げるサウザーに、オウガイは穏やかな笑みを浮かべて口を開く。

 「……構わん。修行ばかりでなく良く遊ぶ事も大事だ」

 「! はいっ! お師さんっ! では、今日は明日の分まで修行をします!」

 そう言って元気良く修行を始めるサウザーを微笑んで見つつ、オウガイは思う。

 (……そうだとも、例えこの国に衰退の兆しが見えようとも南斗の未来が憂う訳ではない。例え国が崩れようとも南斗を
 担う者達の魂の輝きは損なわぬのだから。……そうですよね先代師父よ? 貴方が望んだ平和は今此処に確かにあります)

 ……先代鳳凰拳伝承者。……その伝承者の瞳にも極星南十字星と思しき光をオウガイは見ていた。

 だからこそ彼はサウザーを選んだ。だからこそ彼はサウザーを育て上げたのだから。

 (……命に代えても……あの子を次代の鳳凰として)

 ……自分は新しい『将星』が引き継がれるまでの仮初の将でしかない。

 ……そう、オウガイは『将星』を宿しては居ない。……何故ならば、将星を宿す男はサウザーが生きた時代に自らの目で
 床の中で死亡したのだ。……そして、その伝承者の遺言こそ、次代の自分と同じ瞳の光の子を鳳凰拳継承者にする事
 だと言う事を誰か知ったであろう? ……それは、オウガイしか知りえぬ彼だけが知る秘密であった。

 「……私は、お前の瞳に極星南十字星を……」

 ……何時か、何時か私はあの子に……。

 ……どうしようもなく色濃い悲哀の瞳をオウガイは浮かべる。

 ……冷たく吹いた南風だけが……オウガイの髪を靡かせていた。





                       



                            ……未だ見ぬ鳳凰が吹かす風の如く。










       

           後書き



  北斗の拳創立⇒約100年後、南斗の拳を世間認識の拳として創立。

  『蒼天の拳』魏瑞鷹、北斗神拳伝承者霞 鉄心と決闘後弟子を育てた後か前に
 日本へ渡る(※理由は多分鉄心との再決闘を希望してたとかそんな所)と、
 鳳凰拳伝承者と運命の手引きで出会い鳳凰拳伝承者に教授した……多分こんな所。

 極十字星拳が南斗聖拳と無関係ってやっぱ無理あると思うんだ。

 あと、今回の過去の鳳凰拳伝承者。もう一回位登場します。蒼天の拳のマニア居たら間違いあれば教えてください。

 






[29120] 【文曲編】第三十二話『聖者になりし彼の想い』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/09/18 11:11

 ……私には一人兄が居た。

 とても強く、大きな目標を掲げている兄。私が挫けそうな時も叱咤し、厳しい言葉の中に優しさを秘めて励ましてくれた兄。

 私は、兄と共に何時も過ごしていた。育ての親は良くしてくれたが、思い出の中で霞むようにその映像が薄い事は、余り
 馴染めなかった事が窺える。私と兄、どちらもお互いに関して思いやっていたが周りには少々無頓着過ぎたのだ。

 私達は拳士を目指していた。物心付いた時には拳の修行をしていた。

 同じような胴着を纏った同年代の者と共に修行を行い、私達は寺院に似た場所で来る日も来る日も拳を鍛えていた。
 
 その場所には師が居た。師は厳しく、気の所為でなければ我々には特に厳しく鍛錬を施していたと思われる。

 私は時折り、その修行に危うく付いていけず挫けそうになった。その度に兄は私の手を引っ張り共に道を進めてくれた。

 ……ある日転機が訪れた。

 その転機の前にある悲しき事故が訪れた。それは、私が飼っていた可愛らしい一匹の子犬。その子犬が悪戯に狩人に
 射殺された事が始まり。私は愛犬の死を目の当たりにし……そして直後に私は痙攣し顔面から血を流す狩人を見下ろしていた。

 ……多分でなくも私がしたのだろう。居合わせていた兄や師に問うても、曖昧であるが私の言葉に否定はしなかった。

 ……私は打ちひしがれた。そして、愛する物が死ぬ事に恐怖を覚え……その時だ、私がその命を救う事を願い始めたのは。

 ……その日から願いを叶えんが為に私は医術書を読み耽る。時に付近の医者に教えを聞き、私は己の中に知識を植えつけようとした。

 兄は、私の行為を見て別段何も言わなかった。それは、兄が私を否定せぬ事は黙認している事であり、私はその無言が居心地良かった。

 ……ある朝、私と兄は二人だけで師に呼ばれた。

 てっきり兄がまた同門の者といざこざを起こし、その事が原因で呼ばれたのか、と思ったが……その話は全く違う話。

 『……ラオウ、これからお前を伝承者候補として育て上げる事となる』

 『トキ、お前は兄と共に我が寺院で過ごす。解るな』

 ……私と兄は共に別の場所へと移り住む事となる。

 兄は、その事を聞かされても別段驚いた様子もなく、ただ無表情でそれに頷いていただけだった。

 後で、兄に候補者となる事に対しどう思っているか聞いてみた。

 『……この俺の目的の為には又とない機会。精々利用するだけだ。……俺の目的か? 強くなる事に決まっているだろ』

 ……兄は、常に強さを望んでいた。

 絶対の強さ、それで何をしようか解らないけど、ただ己の意思を添い遂げようと兄は常に強さを得ようとしていた。

 私は、その異常なまでに強さを望む兄に僅かながら不安があった事は否定出来ない。だが、不安を感じてたからと言って兄へ
 その行為を止める事など到底不可能だった。何故なら、兄にとって強さを得る事は生きる事に等しいのだから。

 ……やがて、その転機が訪れ私達は北斗の寺院へと移り住む。

 ……その寺院で、私は出会った。……その出会いは幾年も経ての付き合いになる存在……突如出来た弟の邂逅。

 ……その弟は師の子供であり、また師自身の子でなく孤児であった時に引き取られたと、後に弟から聞かされる。

 それを聞くまでには弟は実の師の子だと私は疑っても居なかった。そして、師の子ゆえにあれ程鍛えられているとも思っていた。

 彼は私や兄と同じ程に技量と力を備えていたと言って良い。訪れた初日でも彼は兄の修行の前に拳の修行をしていたようだから。

 兄は、控えめにも弟と仲が良いとは言えなかった。兄は出会った日から余り弟に対し好意を抱いてはいなかったと言って良い。

 とは言うものの、それを私は未来の危惧と思っては居なかった。兄は現状から言って周囲の私以外の人間にあからさまに
 人懐っこい笑みとか、優しい振る舞いを見せる事は無かったから。いや、全く無かったかも知れない。兄は生来その様な人だった。

 ……弟は南斗聖拳なる物を学んでいる子だった。それは、私が目指す拳とは相対する陽の拳。私は彼の実力が中々高い事も
 判断して彼は良い拳士になるだろうと思った。何より、彼自身の気質も私の見立てては悪くないと判断したからだ。

 ……私は未だ未熟で、兄が伝承者候補として修行しているのを本を片手に見守っている時、弟は話しかけてきた。

 私の持つ書を見て、弟は医術に興味あるのか? と尋ねる。

 ……私は正直に吐露した。私はもし拳の道が無理ならば、医者となる事が望みだと。

 ……別に馬鹿にされても構わない。拳士以外の事を目指す逃げ場所を作っている者だと言われても構わない。

 ……だが、弟は素直にその言葉に笑顔を浮かべ、応援の言葉を贈ってくれた。

 『良い夢じゃんか。兄者なら良い医者になれる。そん時は俺の怪我も見てくれよ』

 ……そこまで素直に応援してくれるとは私は思っていなかった。

 私の初めて望んだ夢。愛犬の死から芽生えた命を救いたい想い。

 兄は何も言わず、弟はその言葉に素直に賛辞を。

 ……私は果報者なのだろう。だからこそ、兄や弟の苦しみを、来るべき未来まで察してやる事も出来なかったのだ。

 ……ある日、私にとって大きな転機が訪れる。

 弟は南斗の拳を学ぶ為か外出し、そして兄の修行を見ていると突然師が我が元に訪れて言った。

 その瞳には喜怒哀楽の感情なく、私だけをただ瞳に映し見上げる私へ静かに言った。

 『……トキ』

 『今日からお主も、伝承者候補として北斗の拳を学ぶが良い』

 ……あぁ、遂にその時が来たのだ。

 ……私は膝に置いていた医術書を脇へ置き、ただ無言で立ち上がると師に向かって深く礼をした。

 ……少しばかり悲しみ帯びるかのように医術書は風で捲れ上がっていた。

 ……北斗神拳伝承者候補、それは闇の拳であり、その力を正しき事に振るえば万の命を救え、逆に悪用すれば万の命を摘む。

 私は、その拳に魅了されると同時に大きな恐怖もあった。……その拳を学べば確かに私の夢に大きな力となるかも知れない。

 だが、その前に私は兄と競い合う事も少なからず抵抗あった。

 ……だが、兄はそんな私の悩みも笑みを浮かべて言った。

 『……下らん。例え伝承者候補になろうとお前が俺の弟である事に変わりは無い』

 『……候補者としてはお前は俺にとって確かに障害なるだろう。だが、その前にお前は俺の弟だ。……何も変わりはせん』

 ……そう言われて重荷もストンと無くなる。
 
 そうだ、何を不安に想う。兄は何時であろうとも兄。私の悩みなど取るに足らぬのだ、と。

 ……私は安心して寺院の前で私を祝福してくれる柔らかな木漏れ日を浴びて目を細め……そして影が降り立った。

 そして、気が付く。私の悩みは未だ尽きていない……その人物は私の鼻の先に居たではないかと。

 『……伝承者になったんだって? 兄者』

 ……あぁ、何故私は愚かに候補者になった事に安堵してたのだ。

 居たではないか、私が候補者になれば失意に陥る人間が居る事に……!

 ……弟、ジャギは私や兄が訪れた際……突然の来訪者である私達の紹介と共に聞かされた北斗の拳に、その瞳は何を見たか。

 私は、少しばかり恐れのような者が弟が私の前に現れた時に背筋に走っていた。

 弟は、私が彼も目指す者に成りて負の感情に満ちた言葉を浴びせても何ら不思議は無かったから。

 だってそうだろう? 彼は……私よりずっと……崇高なる想いで拳を磨くと知っていたから……。

 

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 ……ある日の事だった。

 私が寺院で書物を読み、それを一室に閉まっている時に聞いた会話。

 『……父さん、考えてくれないか?』

 『またその話か……何度も言っているであろう。私は、お前を伝承者候補にする気は絶対にないのだ』

 ……ジャギと師の会話。盗み聞きするのは悪いと思ったが、私は好奇心に勝てずそっと聞き耳を気配を殺して立てていた。

 『……何故、そうまでしてお前は伝承者候補に成りたがる? ジャギ、お前は既に南斗の拳を覚えている。何時しかその拳を
 極める事になれば、お前は陽射しの下の元で南斗聖拳拳士として生きる事になる。私としてはお前が拳士になる事も忍びない
 と考えているのに、お前が北斗神拳を習う事を想定するだけで胸が痛い。後生じゃ、ジャギ。頼むから口にせんでくれ』

 『……南斗の拳、北斗の拳両方を望むのは駄目だと?』

 『あぁ、そうだ』

 ……言葉の内容から読み取れるのは、ジャギが師に伝承者候補を願う声。

 私は、彼が南斗の拳士の卵でありながら、何故北斗神拳伝承者候補を望むのか理解出来ない。

 既に陽の拳を極める道を知りながら、あえて陰の……人々の影の拳を目指すのか私には……。

 『……父さん、俺が何で拳法を学ぼうかと思ったか解るだろ』

 『……あぁ、十二分にな。……だが、それとこれは話が違う。この拳を身に付ければ、それは逆にお前の身を縮める……』

 『俺は……もう嫌なんだよ』

 『……何?』

 ……空気が変わった事が、壁越しでも解る。ジャギは何を言おうとしているのだろう?

 『……あの町で俺は二度度死に掛けた。……そして、俺は一度目に南斗聖拳を覚える決意をして、そして二度目に至っては
 その未熟さゆえに俺は……俺はあいつの心を守ってやる事も出来なかった。……父さん、俺はもう御免なんだよ、あんな思いは。
 ……父さんの全てだって言う北斗神拳。俺は、それを得て強くなりたい。そうすれば父さんも守れる。俺が守れなかった
 者も守れる気がする。……俺はもう嫌なんだよ、何も出来ないまま誰か死んだり傷ついたりするのは……』

 (……ジャギ)

 ……私の知らぬ所で、彼はどれ程の経験をしたのだろう。

 未だ十歳にも至らぬだろう彼の言葉は深く重く。師も咄嗟に言い返す程に悲哀の滲んだ言葉。

 『……お前の気持ちは解る。……南斗の拳だけでは不満と申すのか』

 『いや、そうじゃないんだ。南斗聖拳のお陰で俺は未だこうして生きている。俺は南斗の拳が弱いと言うつもりは無い。
 ……だが、父さんが其処まで執拗に拘る北斗の拳を知れば……俺は南斗の拳と同時に北斗の拳を振るい……もう、あんな事には』

 『ジャギ、二つの拳を扱えると本気で思っているのか? ……南斗聖拳は言っておくが北斗の拳と相対の拳。そのどちらも
 元は同じ、それゆえにどちらも極める事は不可能ではない。……だが、どちらも対極ゆえに同時に扱おうと思う物はいない』

 『なら、俺が最初の一人になる。そして……俺が守りたい奴を守るよ』

 ……ジャギ、お前は如何して其処まで……如何してそうまでして……諦めない強さを持っているのだ?

 ……それ以上、私は彼等の話を聞きはしなかった。

 ……私は、北斗神拳伝承者候補に最初はなれるような人間ではない。ただ、兄のおまけでなれたような男だ。

 ……彼は、必死に自分の目的を持って拳を磨いている。それゆえに、誰かを守る為、師を……父を守りたいが為に 
 命懸けで拳を磨いている事が理解出来た。……そのような重い決意を秘めた人間を他所に……自分は伝承者候補になった。

 ……なのに。



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 「……良かったじゃねぇか。これで、ようやく夢の一歩が踏み出せたんだろ?」

 ……なのに、彼は……私に向かって笑いかけた。

 「……ジャギ」

 「いやぁ安心したぜ。兄者が伝承者候補になったって聞いてさ。何時になったら兄者が拳を教わるのがヒヤヒヤしてたからな」

 「……何故だ、何故だジャギ」

 「ん?」

 不思議そうに自分を見るジャギに、私は尚も言う。

 「何故喜んでくれるんだ。私は……私は確かに伝承者候補を目指してはいた。けど……お前のほうがよっ程……」

 「兄者」

 ……ジャギは、私に向かって笑いながら言う。

 ……その笑顔は余りに無邪気で……私は二の句が告げない。

 「んな気にするなって。俺は、俺のやり方で強くなる。南斗聖拳を極めて、そして何時か俺も北斗神拳伝承者候補に
 なってやるさ。その時は絶対に兄者も、ラオウの兄者も越す。俺は……俺は諦めるつもりなんて更々ねぇよ」

 ……私には弟が居る。

 ……突然訪れた私達兄弟を平然と受け入れ、尚且つ彼は父に拒絶されようと何度も何度も師が宿す拳を教わろうと願う。

 それは、師を守りたい想い、誰かを守りたいと言う想い。未だ不確定なままに拳を教わる私よりも、崇高な精神を持つ弟。

 ……私は、このような弟を持てて自慢だ。……そう本人に向かって言えばどう反応するのだろう。

 多分、彼の事だから笑って私の言う事を冗談だと言いつつ自分を卑下する言葉を続けるだろう。それを知るから、私は
 彼に何も言わずただ見守るのみ。伝承者候補になった今日も私は兄と彼と修行を続けながら研磨し続けるのだ。

 ……ジャギ、私はお前と言う弟が居て良かった。

 ……例え、お前の道が私と重なっても、私はお前の事を見守るよ。



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 「……久々に、町へ降りたな」

 ……トキやラオウ。彼等は町へ降りる頻度はジャギと比べれば少ないが時には町へは当然降り立つ。

 最近では、ラオウはサウザーの存在を知ったがゆえに、近々サウザーに会う事を望んでいた。

 強者との対決、鳳凰拳伝承者である事を知ったがゆえに、彼にとってサウザーとの闘いは何よりの糧だと踏んでの事。

 トキは、誰であろうと闘う事には余り気乗りはしない。……それいえに兄の性が少しは穏やかになる事を望むが……石を泣かす方が容易い。

 ある程度の品物を買い揃えると、彼は眩しそうに細い目で町並みを見下ろす。

 ……寺院へ降りて下界を見渡せば、活気賑わう人々の笑顔は見れる。

 だが、その一方で顔を俯き病で座り込んでいる人間も時折り見かける。トキは、それを見ると堪らなく悲しくなるのだ。

 自分では如何しようも出来ない。もし、自分が北斗神拳を見に付ける事さえ出来れば……。

 「……あれ、貴方……」

 そんな時だ、意外そうな声と、花の香りがトキの背後から現われたのは。

 「……? 君は……」

 「こんにちは、私アンナだよ。覚えている?」

 ……トキは一度だけ彼女と出会った事がある。

 ……彼女は、ジャギの想い人だ。トキははっきりとジャギから聞いた訳ではないが、彼女こそジャギが守りたい者その人だと
 思っている。彼女を見る時のジャギの笑顔は自然で、トキはその二人の居合わせた空気は穏やかだと知っているから。

 「あぁ……ジャギは?」

 彼女が居れば、ジャギも居ると推測し問う。

 だが、笑いながら『今日は別行動』だと聞かされ、そうかと頷いているとアンナは言った。

 「ねぇ、少しだけ私の店に寄って貰って良い?」

 「え?」

 言われて思うは意外。彼女はこのような笑顔を浮かんでいる人だったであろうか? ……そう言えば、あの事件が収まった後に
 この女性はショックから立ち直ったとジャギから聞いた。……彼女の違和感の正体を自分で納得していると、アンナは言う。

 「少し、貰って欲しいものがあるの。時間がなかったら別に良いけど」

 「……いや、別に急いで帰る必要もない。……付き合おう」

 ……ジャギが想う者。私は彼女がどう言った人物がもう少し詳しく知るのも良いであろうと思っていた。

 あれ程までに執拗に伝承者候補まで目指し守ろうとする娘……彼女は一体何を秘めているのかと……。

 私は、彼女の背を追いかけた。



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 「……此処が家か」

 ……家と言うよりも、BARと言う方が適切な店。

 正直、入るのに少々勇気が居るが私は入る。何分店の外で待つのも体裁悪いし、何よりも彼女の好意を無碍には出来ない。

 初めて入る酒場に少々見渡しつつ適当に彼女が引いてくれた椅子へと座る。カウンターには面倒くさそうにグラスを拭いてる女性。

 「うん? 何だいアンナ。ジャギを放って置いて別の男とデートかい?」

 ……アイシャドウが派手な女性は小指を立ててアンナへ告げる。

 私は何と言って良いか考えあぐねている間にも、『ジャギの兄貴だよ』とアンナは少々怒った顔つきをして女性へ言い返していた。

 その後は別段何事もなくグラスに飲み物が注がれる。酒でも出されたらどうしようかと思ったが、普通の水に心から安心した。

 ……アンナが店の上にある自室へ入るのを見送りつつ水を飲みながら周りを見渡す。

 仄かに漂う煙草の香り、酒の入ったグラスの棚。控えめに置かれた観葉植物に、ある程度置かれている花瓶や植木鉢。

 何やらロックバンドのような派手衣装をしたポスターを覗けばそれが店の内装。それ程悪くない趣味かも知れない。

 ……そんな事をぼんやり考えていると、自分の足元に何やら柔らかい生き物が擦り寄ってきた感触を覚えた。

 「……猫? ……いや、虎っ?」

 ……最初、足元を見下ろして尻尾ち軟体てきな動きをする生き物に猫だなと思ったが、その幼い骨格は図鑑で見た虎に
 見間違いなしと判断し小さく驚きの声を出す。その私の様子にカウンターで煙草を吸っている女性は可笑しそうに言った。

 「あぁ、アンナの奴ったら虎の赤ん坊なんて拾って来たんだよ。一体何考えているかわかんないねぇあの子は。
 まぁ、そこそこ大きくなって手が付けられなきゃ動物園にでも寄越せば良いだけだしね」

 そう言う問題なのかと思いつつ、その虎を撫でる。

 ゴロゴロと喉を鳴らし大人しく撫でられる虎。人を警戒しない様子は随分と飼い猫臭いと考えつつ暖かい毛並みが掌に触れる。

 「……あっ、ゲレゲレ気に入ってくれたんだ」

 「……ゲレゲレ?」

 「うん、その子の名前ね。ジャギったら私が名づけた途端変な顔したけど、良い名前でしょ?」

 ……如何返事して良いか困る。そんな私を他所に、アンナは私に用件たる持ち物をカウンターへと置いた。

 「……これは、医学書?」

 「うん、ジャギが取り寄せて欲しいって言ってたから私がね。ジャギと今度会う時にあげても良かったけど、貴方に
 丁度よく会ったし今贈れば大丈夫かなって。……ジャギから聞いたけど、医者になりたいんだって? トキさんは」

 「……あぁ、そうなれば良いかなと思っている」

 ……伝承者候補となり、私はようやく拳士の端くれとなって北斗神拳を学ぶ事になる。

 その中にある経絡秘孔扱えれば、多くの命を救う所業も可能だろう。

 ……私は、伝承者になった時に自分がどのような生き様を送るのか正確な未来像は未だ見えていない。

 だが、悪用はせず先代の伝承者達のように人々を守る為に使おうとは決意している。……その為に医術に用いるのは良い事か。

 「……ジャギ言ってたよ。トキは、俺が知る中で人の事を一番思いやる事が出来る人だって」

 「! ……ジャギがそんな事を?」

 ……突然出来た兄である自分。本当は疎ましく思われても仕方が無いと言うのに。
 ……彼は、私に対し其処まで思ってくれてたのかと……心の中に熱い物が込み上げる。

 「……ジャギもね、貴方と同じように医学を習ってるんだ。知ってた?」

 「! いや……初耳だ」

 驚いた。ジャギは拳だけを磨き他には興味ないばかりと思っていたから……。

 ……そう言えば栄養知識やらそう言う事に対し私と議論した事もあった。……ジャギは私の知らぬ所で成長しているのか。

 ……だが。

 「……だが、何故ジャギは医学を?」

 「……多分だけど、守りたくても、守れない時があるって知ったからかな」

 「……何?」

 ……遠い目を彼女はしていた。自分と同い年程の彼女は、達観したような物言いで彼を語る。

 「……私やジャギは、南斗の伝承者と対峙した。……その時、とっても強くて、そしてとても勇敢だった人は死んだ。
 ……もし、その時少しでもジャギや私に医術が扱えれば、その人は死ななかったかも知れないから……だからかな」

 ……その言葉に、トキは目を閉じ思い返す。

 ……あの、木兎伝承者と言われる大量に人を殺した人物。師父に背から秘孔を突かれ倒れたとは言え、瀕死ながら
 立ち上がりジャギに対し死を宿す拳を振りかざそうとしていたあの男の背中には鬼気迫るものがあったと思い出される。

 ……その男と命を賭して闘った飛龍拳の伝承者。……自分は名も知らぬ者だが、随分ジャギは世話になったと聞いている。

 『……強い奴だったよ。……大切な人殺されて、酒に溺れて復讐に呑まれて……だけど、俺やアンナには決してそんな
 暴力的な一面は見せずに俺達を守るって宣言してた奴だ。……恥ずかしいよな、何にも出来なかった自分がさ』

 「……そうか、だからジャギは」

 あぁも、北斗神拳を覚えたいのか……とトキは憂う。

 ……北斗神拳さえ見に付ければ、瀕死の者であろうとも救える可能性はある。

 ……ジャギは、守ると同時に救う事も目指すべく拳を磨く……それを知り改めて頭が下がる思いだった。

 「……ねぇ、トキさん」

 ……さん付けをして私の瞳を見るアンナに、私は顔を上げてアンナを見る。

 ……その瞳は不思議に輝き私を映していた。太陽や星の輝きとも異なる不思議な輝き。私はその輝きに少しだけ呑まれている
 間にも、アンナは私に向かって厳かな声を帯びて、私へ頭を軽く下げながらお願いをしてきた。

 「お願い、私が居ない時にはジャギを見て。ジャギが挫けそうな時、苦しそうな時があれば私に教えて。
 ……ジャギは、強い人。強いから、私の事を守ろうと必死で傷つくのも無視して頑張ろうとするの。……だから、お願い」

 「別にジャギを労わって欲しいとか、そう言う事はお願いしない。……ただ、ジャギが苦しんで生きる事だけ……私は止めて欲しい」

 ……あぁ、この娘がジャギの想い人である理由が解った気がする。

 ……この娘は、光なのだ。ジャギにとっての光。

 ……この娘がジャギを支え、ジャギの強さを望む原点なのだろうとトキは酷く納得する。

 「……お願い、トキさん」

 「……あぁ、約束しよう。……私からも一つ良いか?」

 トキは、アンナに向かって姿勢を正しながら言った。

 「……ジャギは強い男だ。私よりも強い心を持って目的に向かって歩いている。……アンナ、お前はジャギを
 支え続けるつもりなのだろ? ……ジャギの事をここれからも同じく支えてくれ。……無論、ジャギの側にいる時……」

 「決まってるじゃない」

 ……アンナの瞳の中の輝きは一層強まり……その口調は絶対的になる。

 「例え、ジャギが居ない時も、そして側に居る時も……私はジャギの事を想っている。ずっと、ジャギを想っている」

 「……生まれ変わることになろうと、私にはジャギが幸せな事が何より大事。……私は……ジャギを幸せにして見せるから」

 ……その顔は病的な程に美しく染まり、そしてトキの方向を見ているが、それは多分今は居ないジャギを見ていた。




 ……神よ、貴方は知っておいでか?

 このようにお互いを想いあう男女を……貴方は祝福して下さるだろうか?

 ……いや、解りきった事か。このように愛し合う者を、神が祝福しない筈がない。


 トキは、寺院に戻る最中医学書を強く胸に抱きしめながら空を仰ぐ。




 
                                ……彼等に祝福を。











              後書き



   

  次話しで彼が登場。以前の作品をより細かく描写して八話程だらだら執筆するけど長い目で見てね。


  これが終了したらジャギ十歳から十五歳の話になるので宜しく。





[29120] 【文曲編】第三十三話『拳王になりし彼の想い』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/09/24 20:23
 ……世界は今日も緩やかに廻っている。

 下界では軽犯罪及び重犯罪が村や町で頻発し、その度に幾分頼りない警察や下手すると軍隊を駆使しそれを鎮圧する。

 一つの村では近代的な町並みが建てられており、そしてそれ程遠くもない隣の村では木材で建てられた村が並べられている。

 隣町では飢える子供は殆どおらず、そしてその又隣町では毎日空腹に嘆く子供が居る。これがこの世界の日常だ。

世界的な戦争が終わったとはいえ、貧富の差は余り狭まらず未だ未だ差別的な要素が色濃く残るこの国。

 その国のとある町、とある寺院で一人の少年は遠くへとずっと視線を向けている。

 彼は常に人気なく気が抜ける環境になればその方向へとずっと視線を向けるのが主だった。彼自身も自分で明確な理由を
 表せないが、何をするでもない時間が生まれれば、その方向に視線が向かれ、そして答えが出せぬまま時間を浪費していた。

 暫く経てば、このような時間が勿体ないとばかりに彼は一つの樹木へと歩み人差し指を掲げる。

 そして、彼はその樹木へと力を込めて指を突くのだった。

 彼の名はラオウ。いずれ世紀末と化すであろう世界で君臨する拳王の名である。

 彼は今寺院に一人修行を行っている。時折危うく見える程に善良さを宿す弟は、今日は街へと出ており、そして……。

 「奴は、また外へか……ふっ、伝承者候補を目指す者の態度では無いな」

 ……北斗神拳伝承者候補、ラオウはそれを目指しこの寺院で過ごす事を決意した。

 理由は強さを得る事。何者にも負けぬ強さ、運命、宿命、使命など強大なる天の意思すらをも越える強さを手に入れる事。

 彼は、その理由の原点を思い出そうとしても何故か明確には答えられない。だが、強くなる事がとても重要だと知りえていた。

 その為にはどんな試練とて耐え抜く意思を携えこの寺院に訪れた最初の日。ラオウにとって最初の障害は……師父の子。

 ……義兄弟となる弟の存在だった。

……初めて見た光景は何やら独特の拳の構えに似た形で瞑想する姿。そして自分と実弟に好意的な態度で接した子供。

 ラオウの知る同年代の者や、異彩を自身と同じく放つ弟とも違う雰囲気を持つ少年を、ラオウはきに食わないと感じた。

 何が嫌悪を感じるかは不明。拳がその時の自分の実力より上だと判断した為? それとも威圧に動じぬ不動の姿勢の為?

 どれとも違う。彼自身の直感が、その者を敵と判断したのだ。

 だが、それでもはっきりとその弟に対し攻撃的な態度を取らないのは彼自身の土俵へと乗り込まないゆえに。

 その隔たりさえも無くなれば、彼は実力行使で彼を排除するだろうとラオウは予測していた。

 だが、それも杞憂だろうとラオウは思っている。彼の土俵……伝承者候補へと奴がなる望みは希薄。しかも奴は
 南斗聖拳を志し、既にその道に片足、いや両足を既に突っ込んでいる状態と言って良いのだ。北斗と南斗は表裏一体、
 ゆえに奴が伝承者候補となるならば南斗の拳士の道を捨て去る事になる。奴に、それ程の決意があると自分は思っていない。

 (そうだ、奴が俺の前に立つ確立は万に一つ無いと言って良い。……だが)

 北斗神拳基礎の修行一指弾功を終えて、ラオウは考える。

 奴は飄々とした態度を取っているが、反面拳の修行は真面目にしているのか時折り修行を共にする時は確かに実力が伸びている
 ようにも見える。実弟であるトキも、それを褒め称え彼の実力を買う言葉を時々仄めかす。別にそれを嫉妬を覚える訳では
 無いのだが、甘いと時々苛立ちを覚えつつ反面情愛も同じように注ぐ実弟から、義弟の擁護する言葉を聞くと
 無性にその言葉を訂正したくなるのだった。最も、そのような大人気ない態度を彼が取る気は更々無いのだが……。

 「……俺は何を乱されているのだ」

 言葉に出して自身の心にある不安を叱咤する。

 このように心に浮き立ちに似た想いを抱くのも気が殺がれる環境にいる所為だとラオウは思っている。

 昔は違った。かつては周囲は殺伐としており、その環境に常に身を置いていると生の実感をより濃く知って……。

「……? ……俺は」

 そこまで考え、ラオウは額に指を当てて懊悩する。

 彼の回想に一瞬浮かんだ光景。その光景とは悪鬼に勝る表情を浮かべ殺し合いをする人々の光景。
 その人々の間を縫うように自分が自分を見て歩いている光景。そして、自分は誰かの小さい手を握っていて……。

 「……っ」

 彼は、其処まで考えると同時に鈍痛が走り、その回想は途切れた。

 自分には見に覚えが無い記憶。それは幻覚なのか? いや、それにしてはやけにはっきりとした光景にも思えた。

 ラオウは、無理やりそれは気の所為だと思う事にした。現実の疲労から造られた架空の想像なのだと。

 だが、それは幻覚などではなく本物の光景だと、未だラオウは知らない……。

 「……そう言えば、奴も時折り頭を押さえてたな」

 今日は、やけに余計な出来事が頭の中に浮かぶと自嘲しつつラオウはふと思い出す。

 自分の走った鈍痛と同じく、その義弟も時折り頭に手を置いて顔を顰める動作をよくしていた。

 別にその様子に不安を覚えるとか心配する気持ちを自分は持ち合わせていない。だが、その様子は現在自身が受けた
 動作と似通っていたとラオウは推察する。義弟は、暫く頭を抑えてから溜息を吐き、何事もなく何時も通りに振舞う……。

 ……義弟が普通でない事を、ラオウは見抜いていた。物の怪の類がこの世に実在するならば、あれがそれに妥当する物だと
 ラオウは自負している。あれは人の皮を被った別の生き物。その皮を剥げば別の何かが現すだろう、と。

 実質、義弟は普通の子供と何かが違っている。幼くも南斗聖拳の素質がある事や、将来的に有望たる南斗の拳士の子供らと
 交友関係ある事も少しは関係するが、それよりももっと異質なのは、彼自身が生きる為に磨いてきた観察眼がそうだと断言している。

 ……現状では、その異質が自分に降りかかってくるとラオウは思っていない。だが、油断して良い事でないと自身は知っている。

 「……そういえば、サウザーとの決着を今度果たさないとな」

 ……以前、一度暗闇の森林で出会った鳳凰拳伝承者候補のサウザーと言う者。

 彼は一目で、その実力が自身と相応していると見抜き、そして手合わせを願った。

 最も、彼とサウザーの関係性からそれは容易な事ではない。ゆえに、彼は取りたくない手段だが義弟の口を借りてその
 願いを果たそうとした。二、三回は師から断りの返事を義弟から聞かされ未だに果たされぬ野望。

 だが、この冬を越してサウザー自身が下地が完了したら一度手合わせしても良いとの返事をラオウは聞かされていた。
 その言質を取ったがゆえに彼の修行にも熱が入ると言うもの、例え死闘でなくとも、試合で得られる物は大きいのだから。

 こう言う場合においては、あれが義弟である事も役立つと彼は思っている。最も、それに兄弟愛は無いのだけども。

 ……幾分か時が経つと、彼は師に修行を終えたと返事をする。

 「師父、今日の鍛錬は全て終えましたが?」

 「……むっ、そうか。……ならば今日はここまでで良い。残りは自分で好きにして良い」

 ……その言葉にラオウは目を細め師の言葉を吟味する。

 最近になり、師父はどうにも少しだけ浮ついた様子が見れるとラオウは判断していた。

 その態度に義弟も気付いているのか時折り師父に鋭い目を向けているのにラオウは気付いている。観察眼は自分と等しく
 高いかも知れないと感じ、そして改めてそれが侮れない者だと再認識するのだ。……そして、彼は口を開く。

 「わかりました。では、少し町へと降ります」

 その言葉に師は頷き顔を机へと戻す。……ラオウは気付いていた。彼が師の居る部屋へと赴いた瞬間に僅かに開いた棚の口を。

 多分だが、それは文を自分に気付かれぬように入れた跡。そして、その文の内容が自分の考えが正しければ……。

 「……ふんっ」

 寺院の階段を降りながらラオウは鼻で一笑する。

 例え、自身の予想が当たっていようともそれが何だと言う? 来訪する者が自身の道に立ち塞がるなら容赦なく拳を向ければ良い。

 今も、昔もそうしてきたのだ。自分に楯突くか、または邪魔立てする者は自身の拳を向けて突破口を開いてきた。

 「そうだ……そうだとも」

 ……ラオウは迷わない。彼は彼自身の目的を明確に持っている。ならば、揺らぐ道理はないのだ。



  
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 ……町に下りれば、常に下らぬ風景。

 街角で遊ぶ子供等の群れ。井戸端会議する主婦達。そして道に寝転がる敗者達の姿。……変わる事のない風景。

 ……その、反吐が出る程に安穏さがある光景に何故かラオウは自分が場違いの場所いるように思えていた。

 ……その原因は未だに不明なのだけれども、彼はその原因が理解出来ない事に苛立ちが増し、彼の雰囲気はより剣呑になる。

 その雰囲気に周囲の人間は恐れ寄り付かなくなる、彼に話しかけようとする希有な人間は一人として居ない。

 ……そう、居ない筈……なのだが。

 「ちょっとリュウ、いきなり走らないでよっ……って、あらっ?」

 「……お前は」

 ……行き成り自分の前に現れた犬。そしてその手綱を急いで握り締める金色の髪の毛をバンダナで縛る少女。

 ……その犬に馴染みは深く、そしてその少女とも彼は面識あった。

 「……こんにちはっ。えっと……ジャギのお兄さんのラオウ、だっけ」

 ……彼はその少女に出会い、今日は本当にどうも調子が崩れる日だと感じた。



  
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 ……目の前には舌を出して自分に纏わり付く犬。

 そして、少し困った様子で腕に虎の赤子らしき物を抱える少女。

 
 ラオウは、その少女の事を少しは知っていた。

 義弟の想い人。そしてその少女も義弟に好意を抱いているのは明白で、そしてその少女は心に病いあった筈だった。

 だが、ある一件でその病状も回復したと聞いた。だが、それでも彼女が以前から引き摺っている傷は癒されてないらしい。

 「……俺は、お前に用など無いんだが」

 ……今、その彼女とラオウは二人っきり。

 はっきり言って、ラオウは彼女に悪意もなければ好意もない。単純に話し相手になる気もなかった。

 話に付き合う気もなかったのだが、半ば無理やり彼女が頼み込むように話を願い、ラオウは舌打ちしつつもそれに従った。

 本来、何時もなら彼は強引にでも拒絶していた。だが、その日素直に従ったのは気紛れなのか、それとも……。

 「それで、聞きたい事なんだけど……」

 「さっさと話せ、俺は言っておくが暇ではない」

 ラオウは、苛立ちを隠そうとせず彼女に感情露にしたまま突き放す言い方をする。

別に、その言い方で彼女が気分を害そうがどうでも良い。彼にはその事でうろたえる精神は持ち合わせていないのだから。

 だが、彼の態度に彼女は構わず言い放った言葉。それは僅かにラオウの興味を引いた。

 「最近、ジャギがよく頭を押さえているんだけど……ラオウ、君なら何か知っているんじゃないかって……」

 ……その言葉を聞き、その女の言葉から義弟の名が出た事に何ら不思議だとも思わず、そして内容に少しだけ思考した。

 寺院でも見た光景を、外でもしていると言う事は症状は重い事になる。もし、この女に寺院での義弟の様子を報告すれば
 血相を変えて義弟を医者に見せるか何なりするだろう。……別に、この女がどう言う行動を起こそうと自分は構わない。
 ……が、ラオウにはこの時ある思考が過ぎっていた。この女に……義弟に得するような行動をあえてする必要があるのか? ……と。

 「……いや、知らん」

 ……ラオウは、あえて黙殺を選んだ。

 将来的に敵になるかも知れない相手。例え、もしかしたら後遺症になるかも知れぬ病を相手が宿して居ようが、ラオウには
 それを救う温情などない。それに、その病を相手は自覚してるのだ。自分が何もせずとも相手が自分で何とかするだろう。

 ラオウは彼自身の生き方に従いその時もそれに適った行動をするのみ。例え、それが義弟の命に後に関わるとしても。

 「……そう。……ジャギ、最近になってからどうも心配事が多いのか修行したりする以外はよくぼんやりしててさ。
 私にも相談してくれないし……ジャギは何でもないって言うけど、絶対違うと私は思うから……ラオウ、君からも何か言って」

 アンナの台詞を途中でラオウは遮り強い口調で言う。

 「俺に君付けなどするな、不愉快だ。……後、一つだけ言うぞ。俺は、奴の事がはっきり言って嫌いだ。奴の態度、言動、所業
 そして存在全てが気に食わないと思っても良い。師が俺に兄弟ごっこしろと命令してなければ俺は奴に拳をとっくに向けている」

 「……何で、そこまでジャギを嫌うの?」

 ……何故? ……そんな事は解らない。ただ、嫌いだから嫌いなのだ。

 初めて出会った時から、奴はまるで自分が無力なように……いや、無力とも違う、まるで見通すかのような。

 そうだ、まるで己の努力が無駄だと思うような瞳をしていたのだ。……それが何よりも彼を苛立たせた……。

 「……あぁ、そうだ。俺は、奴の瞳が……奴のまるで諦めているような様子が苛付くんだ」

 「常に前向きに見ているようで、実質その奥で諦観しつつ見苦しく抗うような奴を、俺が好きになる筈がない」

 ……ラオウの言葉に、少女……アンナは僅かに目を見開き、そして小さくそっと声を紡ぐ。

 「……ぁあ、ジャギ。……やっぱり、貴方もなの?」

 「……何?」

 意味不明の言葉。ラオウは聞き返そうとしたが、その時にアンナは目を瞑り首を振って黙考していた。

 そして、瞳を開いた時には何やら決意の色がその瞳には宿っていた。

 その瞳の色にラオウは沈黙して思考する。このような瞳の色……以前、遥か昔に何処かで見た気がする。

 ……何処で? 何時に? ……他者の為に命を懸けるその瞳の色……。









                           ……奥には未だ子供……ケンシロウ、ショウが居ます。



 
                           あの子達を救わなくては、母は母でなくなります


                             



                            ……カイオウ   ラオウ ……強く生きるのです






 「……母者」

 「……え?」

 ……フッと、ラオウは我に返り、不思議そうに首を傾げるアンナを見た。

 「……っ何でもない。もう俺に用はないのだろう? ……っとっとと立ち去れ」

 ……アンナは、何か言いたそうにラオウを見ていたが、名残惜しそうにしつつ素直にラオウの言葉に従う。

 (……今、俺は何を考えていた?)

 ……カイオウとは、誰だ?

 ……母者とは、誰だ?

 ……ヒョウ? ……ケンシロウ?

 幾つもの疑問が浮かび上がりては消えていく。水泡が消えるように疑問が並びそして連鎖して消えていく。

 ……ラオウは、無意識に未だ擦り寄る犬へと目を向けていた。

 ……本来ならば蹴り飛ばしてても追い払う筈なのに、何故か今のラオウはそんな気分になれず。

 「……リュウ」

 ……リュウ……そうだ、俺は昔、リュウと言う犬を飼っていた……。

 ……欠けていた一片が……一つ見つかった気がする。

 自分の声にリュウは名を呼ばれた事で元気良く鳴いた。

 「……行くぞ、リュウ」

 ……何故か理解出来ない……だが。

 ……未だ自分の中にある疑問が……ようやく解答に辿り着ける兆し……それを見つけたような気がする……。

 ラオウは妙に晴れ晴れとした気分で、ジャギの飼い犬であるリュウを引き連れて寺院へと戻る。

 その顔つきはすでに元のラオウの状態で。先程の不安定な雰囲気は既に失われていた。




  
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 ……トキが北斗神拳伝承者候補になり、数ヶ月が経つ。

 相も変わらず日々は過ぎている。ジャギは九歳、そしてアンナは十一歳となったが、背丈はジャギがようやくアンナを
 少しだけ抜かしたと言った所を(その事に対し、アンナは『遂に追い抜かれちゃった』と言いつつも顔つきは喜んでいた)
 除けばそれ程進展はない。サウザーは鳳凰拳の基礎の出来上がりに精を出しているし、シンは南斗飛燕斬をようやく
 極めたと言った所である。ジャギもある程度斬撃は出来上がってきたし、アンナの動きも大分様になったと言って良い。

 ……一つ問題があるとすれば……ジャギに関してだ。

 「……ぁあ、くっそ……」

 ……起き抜けにジャギは頭を押さえて顔を顰める。彼は最近になって鈍痛が更に激しくなっているのを自覚し始めていた。

 ……まるで頭が割れるような、破裂しかける寸前の痛みと言った感覚。

 その原因は薄っすらと予測出来るものの、ジャギにはそれを回避する術は思いつかない。

 「……奴が来る、のか……」

 ……原因は多少は予測出来るつもりだ。

 ……自身の体は、将来的に救世主により頭を破壊され死ぬ運命となっている。

 勿論回避するつもりだが、自分の中には漫画の知識とは言えその人物の死が記憶されている。

 この体のジャギに関しても、その知識が自分が憑依した時にその知識が植えつけられているのならば、その事に
 対して肉体に自動的に記憶がインプットされて、副作用として救世主の来訪を感じて痛みを信号として発している……。

 そんな仮説が立てられるが、自分は自分でありジャギではない……このような痛みを受ける責務などないのだ。

 「……俺は、俺だ。……『ジャギ』じゃねぇんだぞ……くそっ」

 必死で自己暗示するも、その努力すら嘲笑うように痛みは引かない。

 不意打ちで来る激痛、吐き気……何度それを衆人の前で晒しそうになった事か。

 リーダー、シン、サウザー、トキ、ラオウ、リュウケン……そして、アンナにだけはこの苦しみを勘付かれる訳には行かない。

 ……この苦しみはきっと、どうしようもない事だと知るがゆえに……。

 「……ははっ、けど……そろそろ限界かも知れないな……」

 ……鏡に映し出されるジャギの顔は……青白く、それでいて瞳は濁りきっている。

 ……最近になって、『ジャギ』の記憶も見えるのだ。とは言うものの、大抵記憶の中のジャギは漫画とほぼ同じ内容だが……。

『……貴様の地獄が目に見えるわ……!』

 その捨て台詞と共に視界は空白に包まれ、目を覚ます。

 そして起こる鈍痛が過ぎるのをじっと耐える……一体どの位、この苦しみに耐えなくてはならないのだろうか?

 「……誰も、助けてくれないよな」

 この痛みは……ジャギの呪いとも言って良い。

 ……告白しても余計な心配をされるだけ。リュウケンならば痛みを防ぐ術を知るかも知れないが……それは自分の正体を
 明かすと言う禁忌と代償に行われる事だ。それは……即ち今の自分の生活が完全に崩壊し離別へ辿る道と言って良い。

 「……それは、嫌だよな」

 ……今の生活は、もはや後戻りする余地ない程に幸福に包まれている。

 ……本来ならば、『ジャギ』の利用の為に踊らされたシン。

 『ようやく最近孤鷲拳の本質が理解出来るようになったんだ。まぁ、ジュガイは俺より今は多少上だが、今に追い越してみせる。
 ジャギ、お前も実力付いているんだ。そろそろ誰かに本格的に師事を受けろ。……孤鷲拳は止めとけよ? いや、
 別にお前と争うのが嫌とかじゃなくて、それもあるが、単純にお前にはもっと相応しい拳が……ぁあくそっ! 
 そうだよ! お前と候補者を目指していがみ合いたくないんだよ! アンナ、お前も解った風に笑うな!!』

 ……何時の間にか、初めての親友になって、お互いに何でも話せる関係に至ってしまっていた。

 共に敵を倒し、繋がりの最初は……シンだった。

 
 ……次にサウザー。

 『……お師さんと共に最近になって鳳凰拳の下地も完了してな。まぁ、そろそろラオウと闘っても構わないだろうな。
 ……ジャギ、お前と会ってそろそろ三年は経つか? 月日が経つのも早いが、お前と共に木兎拳伝承者と闘った事が
 つい昨日のように思える。……南斗の拳士同士で一緒に何かする事は良いものだな。時間があれば、また同じ、とは
 言わずとも一緒に何か出来れば良いと俺は思っている。……因みに、鳳凰拳伝承者候補を目指すとか言わないでくれよ?』

 ……下心で彼を救えれば多くの人命を救うに繋がると判断して作った絆。だが、その下心に構わず彼は自分に好意的に
 接し、彼の宿命の星は今も穏やかな輝きと共に成長していく。もし、あの運命が待っていると知らなければ、何の
 気兼ねなく自分は彼の魅力に惹かれていたであろう。彼のその真っ直ぐな心を、何時しか全力で守りたいと思うようになった。

 ……自身に強い在り方の見本となった人物……それがサウザー。

 
 ……トキ、ラオウ。

 ……世紀末に聖者と覇王となる自分の兄弟。二人とも、既にその将来像の片鱗を見せつつも、彼等には彼等の確固たる
 意思があるとジャギは知った。そして、同時にその意思を折る事が不可能だとも、ジャギは知ってしまっていた。

 ……約束された運命の象徴……それが自分の兄弟。

 
 ……誰もがこの世界を生きる人間であり、漫画の中のキャラクターとかでない一人の人間として行動している。

 リーダーも、常に男気溢れる態度で周囲に接しているが、反面裏では彼なりに自分の仲間、そして妹に対し心配りを
 したりなど指揮する立場の苦労がある事をジャギは気付いていた。だが、ジャギの心配を他所にリーダーは笑っていた。

『ガキが心配する事じゃねぇよ。俺は、俺の好きで族をやってる。この背中の赤い狼は、俺の生き方を貫く記章(シンボル)だぜ。
 ジャギ、お前も後で後悔しない生き方しろよ? 人生は一度っきりだ。後で振り返ってこれで良かったって生き方しろ』


 初めての出会いは突飛で、そして子供の自分に土下座する勢いで助けを求めた人物。その人物の頼みもなければ、今の
 自分の人生はなかったかも知れなくて。余り目立たずも、リーダーが居たからこそ今の自分の道筋が出来上がった。


 ……リュウケン。

 『……ジャギよ、お前の気持ちは痛いほど理解出来る。……だが、物事には何事も不可能があるのだ。……陽と影が
 混ざる事ないように、対極なる物を目指し真の拳を身に付ける者はどの時代にも存在せん。……そして、私はお前の息子。
 何度言われても私の決意を変えれはせん。……解ってくれ、お前を茨の道に進ませたくない親の心を……』

 憂い顔でそう自分に説くのは親の顔。その様子だけ見れば最強たる暗殺拳を宿す人物とは思いも寄らないだろう。

 何時しか、ジャギは彼の人の愛情を受け入れ始めていた。ゆえに、その愛を強引に振り解き拳を教わろうとする
 自分の心に嫌悪も感じた。けれど、その拳を教わらずして彼の目的は達成されはしない。ジャギはジレンマに苦しんだ。


 ……そして、アンナ。

 「……アンナ、俺はどうすれば良いんだろうな?」

 ……出会いからして奇妙なものだった。

 無人の小屋で薄汚れた姿で出会った少女。彼女は何かに怯えて隠れ潜んでいた。

 そして、その姿に無性に自分は放っておけず、一夜を明かし付き添い、そして彼女の心を救いたく共に過ごす。

 何時しか拳を共に習おうとしたし、甲斐甲斐しく自分の世話も楽しそうにしていた。……本当の恋人のような態度。何の
 繋がりもないのに何故そこまで自分を想ってくれるのだろうと時々不思議に思うも、それは結局口に出すは適わず……。

 「……俺は、あいつと出会ったらどうすれば良いんだ?」

 ……彼女なら、自分の今の苦悩に対し答えを出してくれる気がする。

 その結論に達し、ジャギは暫しその結論に縋るがどうか迷い……そして意を決し彼は恥も外聞も投げ捨て階段を降りた。




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 ……冷たい外気が体を吹き付ける。

 ……その日、彼女は前に拾った子虎を腕に抱えて広場に居た。

 広場と言っても公共用の場所ではなく、彼女とジャギだけが使う場所。彼と彼女だけで共有している場所だった。

 ……彼女はじっと空を見ていた。透き通るような空を瞳に映して。

 「……よぉ、アンナ」

 「……ぁ、ジャギ……っ」

 アンナはジャギに気が付くと空へ向けていた顔を下ろし微笑みを浮べる。先程までどんな顔をしてたか解らぬようにしたように。

 ジャギは、何時も通りのアンナの微笑みに安心しつつ隣に座り込む。……暫く無言だけが場を支配していた。

 「……暇だなぁ」

 「うん、平和だよね。……今日、拳の練習は?」

 「体調悪いからパスだな。……アンナは?」

 「私も今日はお休み。……どっか悪いの?」

 「頭痛」

 ……空を一緒に寝転がり見上げながら、彼と彼女はお互いに短く会話をする。

 別に関係が悪い訳でなく、むしろ以心伝心し合う仲に至るゆえに長い言葉は殆ど彼と彼女には不要なだけだ。

 ジャギの最後の言葉に、アンナは首を横に捻りジャギを見る。

 「……何が出来る? 私……」

 「……正直、どうすりゃ良いのかわかんねぇんだ。……この症状は薬でも効果ないだろうしな」

 ……ジャギは一見平気そうだが、正直限界も近くなっていた。

 瞳に血は走り、注意深く見れば深刻な闇が奥深くに潜んでいると確認出来るその目。……ジャギは救いを求めていた。

 アンナも、それを感じ取っている。以前にラオウから聞いた言葉も比較し、ジャギの声が普段より弱弱しいと感じ取っている。

 「……なぁ、アンナ……俺」

 もう、今の自分のまま生きる事はきついかも知れない……そう言いかけた瞬間、アンナは既に行動に移っていた。

 ガバッ……!

 「っ……アンナ?」

 ……ジャギに覆いかぶさるように抱きしめるアンナ。

 ジャギはアンナの行き成りの行動に困惑し身動き出来ずなすがままに抱きしめられる。鼻腔に擽る花の香り。

 「……ジャギ、大丈夫だよ」

 「……アンナ?」

 「ジャギは、何があってもジャギのまま。……どんな事があっても、自分は自分だって事を忘れなければ良いんだよ、ジャギ」

 ……アンナは何を知っているのだろう? 自分の秘密、それらを全て見透かされているように時々彼は思ってしまう。

 問いただしたいけど、それを聞くのは禁断の扉を開く恐怖に似ていて……ジャギは、その扉を開く勇気を未だ持ち合わせなかった。

 「……俺は、俺……そうだな」

 ……弟と口喧嘩して、仲直りして。大学で友達と馬鹿騒ぎして、両親の元に帰ったら世間話をして……拳法や殺伐とした物
 とは無縁だった『自分』……その頃の自分は未だ忘れては居ない。……あぁ、そうだ。『自分』は、それを忘れたくないから。
 だから生き抜いて、生き抜いて天寿を真っ当出来れば元の世界に戻れると信じて……そうだ。こんな簡単な事に何故……。

 「有難うな、アンナ。……大事な事、思い出したぜ」

 ……ジャギの顔に生気が戻る。目には輝きが帯び、憑依した頃の決意が胸に蘇る。
 例え、自身を殺害する可能性のある者が来訪するとして……この心は砕かれはしない。

 「そうだな……何怯えてたんだろうな俺は。俺は……ジャギだもんな」

 そう言って力強い笑顔を浮かべるジャギに、アンナも抱きついていた体を離し、笑顔で告げる。

 「悩みは消えた? ……その顔なら大丈夫そうだけど……はいっ、これ」

 ……そう言ってアンナは手を頭に持っていき、何時も着用しているバンダナを解き始める。

 結んでいた布が解かれて金髪は自然に垂れ下がった状態へと陥る。ジャギは呆然と見つつも、アンナのバンダナが自分の
 頭に巻きつかれた事に気が付くと、慌てて自分の手をバンダナに持っていきながらアンナへと言った。

 「お、おいおいアンナ良いのかよ? これ、お前の母親の形見だろ? 確か……」

 ……アンナの両親は既に死別している。

 幼い頃に両親が死別したのはジャギと同じ。唯一違うのは、アンナの場合形に残る物が残されていた事ぐらいか。

 その形見の一つがバンダナ。アンナはその形見であり常にトレードマークであるバンダナをジャギの頭に巻きつけたのだった。

 「何で、こんな大事な物を俺に……」

 「私のね、お守りなんだ。……だから、ジャギには今独りの時に頼りになる物が必要。……苦しい時は、それが守ってくれるから」

 ね? と。アンナはそう言って聖母のような穏やかな笑みをジャギへと見せた。

 ……ジャギは照れくさそうにバンダナに触れる。先程までのアンナの体温が心地よく自分の頭に感じられ、鈍痛は波の様に引いていく。

 「……本当だ。元気になった」

 「でしょ? ……ねぇ、ジャギ」

 「うん?」

 「……ずっと、どんな事があっても私達は大丈夫だよ」

 「……あぁ、そうだな」

 ……露になった金髪を風に揺らしアンナは微笑む。その笑顔に吊られバンダナを巻きつけたジャギも同じく微笑んだ。

 空は明るくも、その向こう側に北斗七星は輝いている。







                        
                               ……そして、遂に来訪の日は訪れた。









            後書き



  某友人『ボルゲは今回活躍するんだろ?』






  ……いや、しても良いんだけど絶対脇役だぞ









[29120] 【文曲編】第三十四話『北斗七星と華の夢』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/09/25 15:58



……もし、世界がもっと二人に優しければあのような目に遭わなかったのだろうか?

 もし、あの星に願わなければ、もし、あの星がなければ……。

 それらは全て仮定で、どうしようもない事だと理解しているのだけれど。

 あれが必然ならば、私は此処に居る意味合いはあるのだろうか?

 今度はきっと二人で。

 それは、とてもとても果てしなく近いようで遠い夢……。


 


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 ……ある世界がある。

 その場所は全てが割れた岩肌で出来た地面で覆われており、遮蔽物は存在せず周りは空に光る太陽に焦がされている。

 空は異様で雲ひとつ存在せず、黒く鈍く光る太陽だけが世界を支配している。

 其処は見る者が見れば直感的に理解する。あぁ、此処は滅び去った結末の世界だと。

 ……大地は割れ、草木は枯れ……海など存在しない。

 ……おなざり程度の小石が転がり、何処からか風が吹き付ける。

 何も存在しない、永遠に変わらない『無』の世界。

 ……いや、一つだけ何かがその世界で動いていた。
 
 「……あ~あ。暇だなぁ、おい」

 ……その世界で生きている、いや、正確には意思ある者は暇そうに一つの岩に腰掛けていた。

 その男の姿は一言で言えば奇抜。棘付きショルダー、鉄のヘルメットと言う奇妙なファッション。

 ……そして、暑いのか素肌を大きく晒した胸元に北斗七星を模る傷……。

 「……あ~ぁ。暇だ……」

 ……男の手元には一つの散弾銃。それを手で弄びつつ男は一人ごちる。
 
 「……俺の勘が正しければ、もう少しの筈なんだがなぁ」

 そう言って、男は黒光の太陽を忌々しそうに睨んで呟いていた。

 その男が何を考えているか知る由もない。ただ、その成れの果ての世界では男だけが唯一の観察者である事だけは真実である。

 「……あぁ、くそ。今日は」

 「今日は、やけに……あの星が輝いてやがる……」

 その男は空を見上げ、太陽と同時に浮かんでいる星を見つつ唸りながら呟く。

 太陽と星が同時にある矛盾はこの世界では普通の出来事。男はその星に対し強い憎悪を宿していた。

 そして、手元の散弾銃をその星に対し狙いを定める。それが、天に唾を吐く如く無駄な行為と知りつつも。

 一発の銃声が無人の世界に響く。

 ……北斗七星はその世界でも輝いていた。



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                ・

 


 ……その日は得に何の変哲もない日だった。

 穏やかな昼下がり。ラオウとトキも修行を行っており、ジャギも南斗聖拳の修行と言う名目で似た修行をしている。

 その日少し違った事と言えば父であるリュウケンが外出中である事と、そして階段から声がした事。

 「……ギー」

 「うん? ……あぁ、ジャギあの娘でないか?」

 その声に階段付近にいたトキがいち早く気付く。

 その言葉にジャギも反応し寺院の階段の下を見下ろし声の持ち主が自分が想定した人物である事を確認すると、少しだけ
 安堵の顔つきをした。その頭には最近になって馴染んできたバンダナが彼の頭には巻きつけられている。

 「おうっ、今行く。兄者達、そんじゃあな」

 階段を駆け下りるジャギ。それを、木に指突く修行を行っていたラオウはと言うと、鼻を鳴らしつつも無言。

 ジャギが修行を一時中断する理由と言えば、その女性の事であり、その事についてラオウは心の中で軟弱者と
 思いつつも別に表立って揶揄はしない。ジャギが修行しようとしなかろうと個人的な問題であるのだから。

 「ふんっ、女に構っているばかりの奴など……」

 「兄さん、またそんな事を……」

 何時もと同じくラオウがジャギに対する不満を、そしてトキはやんわりとそれを諌める。

 何も変わらぬ日々の延長。それだけだったらどんなに良かったか。

 






 「……最近ね、ゲレ(※子虎の愛称)も結構大きくなって食費も馬鹿にならないんだよね。兄貴が『この際野生に戻してやるべきじゃねぇの?』
 なんて言うけど、私はずっと一緒に居ても良いと思うんだけどなぁ……。ジャギはどう思う?」

 「俺はあんまりあいつに懐かれてないから何とも……。てか、あいつ何で女には普通に撫でられて俺には唸ってくるんだ?」

 「ジャギが怖い顔してるからじゃない?」

 「うるせぇよ」

 何時ものやり取り、何時もの会話。

 アンナは代わりのバンダナ(ジャギの付けているのと色違いの)を風に揺らしつつ取り留めの無い会話を続ける。

 ジャギもそれに応じつつアンナとの会話を楽しむ。アンナのバンダナのお陰が鈍痛は最近は無く、夢も最近見なかった。
 ジャギはある意味油断していた。常に『彼』が来る緊張感が以前はあったが、日々何事も無いゆえに時間が彼に隙を作った。

 それゆえに……邂逅も唐突に行われたのだ。

 


                               ……ピュウウウウウウウウ……!



 吹き抜ける一瞬の強い風。共に歩いていたジャギとアンナは手で視界を庇いつつ風が収まるのを待つ。

 ……砂埃がおさまり、視界はまた穏やかな道へと戻る。



 ……そして。





                                 
                                  「……あ?」







                                  「……っえ」








 ……視界の明けた先には……リュウケンと共に居合わせる……一人の少年。






      
                                 ……ジジジジ





                        
 ……その少年を見た瞬間、ジャギの脳裏には鮮明に何かが浮かんできた。

 原作の衣装をしたジャギ。そして……ケンシロウ。

 ……『ケンシロウ』

 北斗宗家の男。北斗神拳伝承者の男。死神の男。救世主である男。

 シンを殺す男。サウザーを殺す男、。ラオウを倒す男。

 

 そして……自分を殺す男。

 ケンシロウ。

 ケンシロウ、ケンシロウ、ケンシロウ、ケンシロウケンシロウケンシロウケンシロウケンシロウケンシロウケンシロウ
 ケンシロウ、ケンシロウ、ケンシロウ、ケンシロウケンシロウケンシロウケンシロウケンシロウケンシロウケンシロウ
 ケンシロウ、ケンシロウ、ケンシロウ、ケンシロウケンシロウケンシロウケンシロウケンシロウケンシロウケンシロウ
 ケンシロウ、ケンシロウ、ケンシロウ、ケンシロウケンシロウケンシロウケンシロウケンシロウケンシロウケンシロウ
 ケンシロウ、ケンシロウ、ケンシロウ、ケンシロウケンシロウケンシロウケンシロウケンシロウケンシロウケンシロウ
 ケンシロウ、ケンシロウ、ケンシロウ、ケンシロウケンシロウケンシロウケンシロウケンシロウケンシロウケンシロウ
 
 埋め尽くされる単語と脳に浮かぶは目の前の少年と重なり合う未来の男。

 その男の顔と同時に胸にせり上がる憎悪・怨恨・嫉妬・絶望・破滅・復讐・憤怒・悪意・懇願・破壊と言った負の感情。

 全てにおいての自分の中の何処に隠れていたのか理解しえない感情が膨れ上がる。

 自分が自分で無くなる感覚。

 ヤメテクレ、ヤメテクレ……止めろ。

 ジャギは、必死で膨れ上がった感情を何とかしようと望む。

 だが、抗えない。目の前の視界に映る自分より背丈の低い幼い子供を……未来の光を奪おうと本能は命令を下す。

 殺せ、ころせ、コロセ……こいつを消滅させろ。

 (やめろ……俺は……ジャギじゃねぇ)

 (ジャギなんかじゃ……お前なんかじゃねぇんだよ……!)

 彼はそう必死で理性を駆使し、その感情に抗う。

 (俺は……俺だ! 俺はただ……)
 
 (ただ……俺は俺として生きたいだけだ!)

 その必死の心の叫びも虚しく、今まで収まっていた頭痛は少年を切欠に再起する。
 痛みは体を無理やり少年の前に走らせようとする。『自分』は、ただ必死にその意思に反し動こうとする体を縛りつける。

 ……止めろ。

 ……俺は……俺はこのままで良いんだ。

 ……あいつが……好きだって言ってくれた今のままの……俺で。

 ……また、『前』のようなんぞ……真っ平……なんだ……よ。

 お……れ





  
   
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           . ・


                ・




 ……心地良い風が辺りを吹きつける。

 今、胸を満たしているのはこれからの生活に関する期待と不安。それと、父と呼ぶ方になる人から聞かされた兄弟の話。

 『これから住む場所では、お前は三人の兄を受け持つ事になる』

 『その内の二人はお前と共に競い合い……そして一人は私の息子。その息子はお前も暖かく迎え入れてくれるだろう』

 『ケンシロウよ。お前の才……我が住処で華開く事を願うばかりだ』

 ……リュウケン。自分の師父となる方。

 最初の出会いはどのようなものだったろう? 気が付いた時、自分の両親の側に居たような気がする。
 
 余りに自然に側に居たがゆえに、その存在が普通の世界の住人と異なると気が付かなくて……。

 その人に引き取られる時も、両親は何も不思議に思わず自分を引き渡した。

 その時初めて理解した。自分の両親は実の両親でなく……この時のために自分を育てていたのだ……と。

 理解と同意に浮かびあがる虚無感。ならば、自分の生みの親は誰だったのだろう?

 ……考える事は沢山あったのに、時間はそれを与えてくれない。師に連れられ自分は拳を学ぶ場所へと連れて行かれる。

 ……その町は穏やかな気風が周囲に存在していた。

 バイクで走り回る若者達を通りで見かけたが、それはどうやら自衛団のようで師に気付くと一人の若者が手を軽く振っていた。

 どうやら師と知り合いらしい、すぐに走り抜けたのでどのような人間かは知らぬが、背中に張られた赤い狼がやけに印象的だった。

 ……寺院がある山。上る前に見える森林。

 此処を登れば自分は世間と隔離され伝承者の道を辿る事になる……。

 伝承者……北斗神拳の事を聞かされ、その使命と将来の生き方を聞かされた時自分は受け入れる事に何ら反抗も沸かなかった。

 それを、後に大切な人に指摘されて気付くけれども……その時は自分は必死に目の前の現状を生きる事に精一杯だった。

 だから、その時も師に連れられて寺院で生きる事に念頭を置き、無言で師の背中を見ながら歩いていた。

 「……もうすぐだケンシロウ」

 ……師は、寺院が近づくに連れて顔つきを引き締める。

 師が何を考えて自身を迎え入れたのかは定かではない。だが、これは必然なのだと言う風に自分の顔を見て真剣な表情を浮べていた。

 師に向かって頷きながら、自分は建物の一端が見えて、ようやくこの場所で過ごす事に現実味が沸いた。

 ……もうすぐ、自分はこの場所で過ごす。……見ず知らずの三人の兄と、師と共に。

 上手くやれるか? と言う不安も多少はある。……だが、逃れぬ運命なのだと自分は自身を納得させる。

 そんな折だ、風の悪戯か強く砂埃が舞ったのは。

 目を細め砂が入らぬようにする。この時期にしては珍しい酷い一風。師も顔を顰めて腕を顔の方へと構える。

 ……やがて、粉塵が晴れて見えたのは……二人の男女。

 ……女性の方は金髪で新しい感じのバンダナを巻きつけている。動き易い格好で隣の自分より少し年上な男性と手を繋いでいる。
 利発さと活発さを同時に持ち合わせていそうな顔つきは、笑えば人を惹き付けそうであり、雰囲気は柔らかい。
 

 ……そして、その柔らかさの源らしき人物。

 その男を見て、最初に自分が持った印象は、鋭い雰囲気を携えている男と言う印象。

 目つきは鋭く、半眼で顔を顰めれば獰猛そうな顔つきをしている。

 だが、隣に居る女性のお陰ゆえか雰囲気はそれ程殺伐としていなく、穏やかな気配がその人からは滲み出ている。
 
 体つきは拳士のそれで、多少辺りを警戒しているように体は多少構えている部分が見受けられる。

 この少年は町の子か、それとも自分の考えが正しければ……。

 そんな想いで少年を見ていただけだった。ただ、それだけだったと言うのに……。

 後に……ケンシロウは言う。

 あの時、自分は始めて兄と邂逅した時……その瞳は確かに自分を見て赤く変化したと。

 まるで捕食者のようにその瞳は光を放ち、あの時は間違いなく自分に殺意を宿していたと。

 まず、それは間違いなく自分の記憶に些細な御幣があるのだと、彼は自分の目を間違いだと必死で否定する。

 だが、彼の瞳の事実は紛れも無く真実を打ち出していた。

 そして……少年。……ケンシロウを見た瞬間。





 
                               ジャギは……  意識を失った。







   
  
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 ……何が起こったのか? 果たしてこれは悪夢でないのか?

 最初、目の前で倒れた者が自分の息子と思えず。彼は、リュウケンは呆然と彼を見ていた。

 「ジャギ? ……っジャギ! ジャギ!?」

 瞬間、血相を変えてアンナは倒れたジャギを仰向けにして体を揺らす。

 うつ伏せになって倒れたジャギの顔には血の気がなく、真っ白な肌とか細い呼吸音が口から漏れていた。

 「しっかりしてよジャギ! ジャギ!! 死んじゃ駄目!!!」

 アンナの声にリュウケンは我に帰る。一足でジャギの元に駆け寄り脈拍を調べる。

 その脈は心許ない程に遅く、リュウケンはジャギの体を丹念に触れると同時に経絡秘孔を突く。

 アンナも側に居るが、ジャギだけに彼女の視点は置かれていた。リュウケンも、この緊急事態にアンナの処遇は後で
 構わないと判断し生気を取り戻さんと、己の知る限りの活性の秘孔を突いた。……だが、信じられない事に。

 「……何故」

 リュウケンの一言には絶望的な響きが。

 自身が知る瀕死の人間すら生を取り戻す秘孔が何故かジャギには効かない。

 こんな現象はリュウケンが北斗神拳を学び極めた前にも後にも知る事のない事態。彼は困惑しつつジャギを見た。

 白いジャギの顔には死相が溢れている。両腕の拳は震え、魚が地上で呼吸するように喉は激しく上下に揺れている。

 死ぬ? ……息子が……死ぬ?

 (……認められるか、そのような事……!)

 ……火災により孤独となった子。

 引き取りたのも何かの縁。彼は息子に情愛を一心に注いだ。

 今まで命を奪った所業も、彼の成長を見て自分に笑顔を浮かべる度に心癒されていた。

 ある日、体を鍛えたのも怪訝に思ったが、理由を知れば己への孝行の為。……リュウケンはそれだけで胸が一杯だった。

 やがて、自身の発言から家を出て南斗の拳士の卵となった息子。だが、それでも自身に愛情を変わらず持つと宣言していた。

 言葉だけれども十分だった。だが、それを証明する如く伝承者候補を望んだ時。自身はそれを頑なに拒絶した。

 何がいけなかった? いや、私は何も間違っていないと振り返りて思う。

 ジャギの、ジャギの想いを無碍にするつもりはない。だが、北斗神拳と己を守る意思はまったくの別物なのだから。

 (……ジャギ、お前を死なせはせん)

 ……二人の兄を許容し、自身を守る手段の為に拳を習うと言った息子。

 その行為は全て善性なる感情ゆえに……リュウケンは拒みつつも彼の優しさに感謝し、それだけで十分だった。

 そんな愛息子を……己が期待する子供を引き連れた今日に失くすと言うのか?

 ……それは……否だ!

 「アンナよ、少し離れてくれぬか? ……よし」

 有無言わさぬ口調でジャギをリュウケンは抱き上げる。

 少しばかり大きくなり重くなったと言え、子供一人抱き上げるなどリュウケンには訳ない。

 彼は、己の全力を以って彼を救う。……秘孔が効かぬならば医者も無意味であろう。だが、そうだとしても……。

 「一先ず、我が寺院に……アンナ、お主は……」

 リュウケンは、其処まで言いかけて愚問か、と悟る。

 アンナの瞳にはジャギの突然の昏倒に涙を浮かべつつも、その瞳にはジャギへの深い想いが満たされている。

 例え、己がどんなに言葉で、例え拳を振るっても意地でもジャギに付いて行くだろう。

 本来北斗の寺院は女人禁制……だが状況が状況だ。

 「……ジャギの側にいてやってくれ」

 その言葉に当然とアンナは頷く。彼女はジャギに快方の兆し現るまで永遠に側に居るであろう。

 その間に、ケンシロウはじっとジャギを見ていた。

 ……会話から察するに、この倒れた者が自分の兄だと判断出来る。

 ……何が原因かは知りえずも、その少年の安否はケンシロウには酷く気掛かりであり、そして先程見た赤い瞳に不安を感じた。

 リュウケンとアンナが寺院の階段を登る間、その後を付いていきながら彼は一つだけ強く思った。

 (……何が何だが解らないが……無事に目を覚ます事を祈ろう)

 (目の前で倒れた人……その人が自分の兄になるならば……尚更だ)

 ……邂逅した兄の覚醒への祈願。……彼が知らぬだけであり、正史での彼の旅の起源の作り手であり、報復の対象。

 彼はそれを知る事は適わない。今だけは只、ただ彼の身の安否を憂いつつ寺院の階段を駆け上がって居た。

 ……その間、ジャギだけはじっとリュウケンに抱えられたままぐったりと動かずに居た。






   
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  ……アア、此処は一体何処だろう?

  ……昏倒したジャギは、視界が暗く染まったと思った瞬間……別の場所に自分が降り立っていた事に気付いた。

 そして、自分の居る場所を見て呟く。

 「……此処は、世紀末?」

 ……自身が知る漫画。その世界に良く似た殺風景な世界。

 地面は割れて荒野のような感じ。石ころが転がっており木々らしき物は存在していない。

 地平線に何か建てられている感じはせず、ジャギはその世界で自分が一人っきりだと一瞬で感じ取ってしまった。

 「……誰が居ないのかぁー!!?」

 居ないのか~……ないのか~……のか~……。

 無音の世界にジャギの叫びは吸収される。

 「……何なんだよ一体……しかも暑いぞ、此処……」

 ……空を見て、ジャギはこの世界が異常な事に気付く。

 太陽と星が両方存在していた。その太陽も普通の光に覆われた物と違い黒く輝いている太陽だ。

 その太陽の黒さゆえか、星の輝きもはっきりと際立ち輝いている。

 夜と昼が両方存在している……対極なる存在の確立。

 「……一先ず、何処か休める場所を……」

 まず、このままだと日射病で倒れる可能性が高い。

 ジャギは、突然このような状況に放り出され訳が解らなかったが、一先ず休まないといけないと判断した。

 ゆえに遮蔽物がある場所を探して歩く。この場所には自分を隠してくれる物が存在しないのだから。

 ……そして、一時間が経つ。

 ……荒い息が目立ってくる。顔からは汗が滴り落ち地面に黒い染みを作り、太陽の熱で元の地面に戻る。

 ……まるで地獄だ。生命が一つとして存在する気配がない。……此処は死と無だけが許された場所だ。

 「……死ぬ、のか?」

 ……考えたくなかった事が浮かび上がる。

 ……歩いている内に、自分が如何してこんな場所に来たのか思い出してきた。

 意識が暗転する前に見たリュウケンに付き添っていた少年……あれは間違いなく自分の記憶が正しければ……。

 「……ぶっ倒れたのはあいつが原因だよな。……だが、こんな場所に何で俺は……」

 考えを纏め様として、また起こり始めた頭痛に彼は思考を打ち消す。

 体力は消耗し始め、彼の体は限界に近づこうとしていた。

 ……これから訪れるのは……この生命が活動するには過酷な環境の恩恵による……永遠の眠り。

 「……死ぬのか」

 ……死ぬ?

 ……こんな訳の解らない場所で……自分は死ぬ?

 ……嫌だ。

 ……また、自分は何もしていない。

 南斗聖拳も極めていない。

 ……北斗神拳も習えていない。

 ……シンを、サウザーを……これから出会うであろう人物達を救う事だって……出来てはいやしない。

 やる事は沢山ある。このまま行けばラオウは変わらぬ道筋を、トキは死の病に侵されるだろう。

 変わらぬ歴史を辿る地獄の世界を……このまま自分は知る事なく死す。

 ……それも一瞬だけ、良いかも知れないとジャギは思ってしまい……そして歯軋りした。

 「……っざけんなよ」

 ……逃げはしない。

 ……約束した。

 ……シンを、サウザーを助けるのだと。

 ……生きて自分の大事な人の心を拾ったあの伝承者の分までこの世界で拳を振るうと。

 ……アンナに……アンナを守ると……俺は……。

 「……こんな所で……下ばってたまるかってんだ……!」

 ジャギの瞳に生気が戻る。

 ……倒れかけた膝に力を込めて、地平線を睨みつける。

 生きる、生きてみせる……。

 例え、大地が乾き水もない世界でも……咲き誇って見せる。

 ……生き残ってみせる。

 ……そんな、ジャギの考えを世界は読み取ったのだろうか?

 その思考に辿り着くと同時に……砂埃が舞った。

 またかとジャギが思う間もなく視界は砂で覆われる。

 ……そして、一つの建物が目と鼻の先に現われた。

 「……はぁ?」

 ……呆然としつつ、ジャギはその建造物に何やら懐かしさを覚えた。

 今まで過ごしてきた場所で見た建物とは違う。……だが、酷く懐かしい。

 そんな不思議な感情に満たされつつ彼は建物に歩く……そして。






        
                               「……あぁん? 何だ、てめぇは?」






 ……カチャ。

 ……頭上から振る声と、銃の撃鉄を鳴らす音。

 ……ジャギは、その声を聞いた瞬間顔を上げた。

 この世界に人が居た驚きとか、そう言う瞬間的な感情は後回しにその人物を見上げる。

 その人物は建造物の脇に鎮座していた倒れた柱の上に立っていた。

 その柱で照りつける黒い太陽を背に銃を構えていた。

 「……あんたは」

 「てめぇ、何処から来た。……いや、そいつは如何でも良い。……お前何者だ?」

 「……それは、こっちの台詞だよな」

 ……彼は知っている。その、頭上に立って散弾銃を構えている男の正体を。

 ……彼は知っている。その男こそ、最も自分が否定したかった存在である事を。

 ……彼は知っている。その鉄兜の男が、何をして、そしてどのような末路を辿ったが。

 やがて、彼は一言だけ言った。








                             「何でお前が居る? ……ジャギ」












            後書き


   再構成前と殆ど話は変わらないです。お話もほとんど同じで文曲編は終了します。

   更新は以前と比べると遥かに遅くなりますが、日曜には更新出来るように何とか頑張りたいと思います。





  



[29120] 【文曲編】第三十五話『もう一人のジャギ』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/09/26 20:46
 ……目覚めた場所で見るはカビの生えた壁と散乱したゴミ。

 糞と尿の匂いが所々に染み付いた柱。蝿のたかった猫の死体。

 俺は目が覚めたら昨夜に盗んだ食料を朝食にし、破裂した水道管から滴る水で乾きを潤す。

 今日も何時もと変わらない。

 通りを歩く連中で鈍い奴等から盗(す)る。そして通りで品を売る連中で一際忙しそうな場所から何かを奪(と)る。

 似たような自分と同じ輩は自分の獲物を奪おうと集団で襲い掛かってくる。最初はボロボロになったが。今では慣れた。

 襲い掛かってきた奴等を、止めてくれと懇願しても無視し殴りつける。

 多少何発が貰ったが、唾でもつければ治る程度。二度と自分を襲わぬ事を決意させるまで何度も何度も拳を振り落とす。

 奴等から奪った戦利品を齧りつき、辺りを警戒しながら口を動かす。

 ……通りの人間で自分に気付く奴等は、自分を見ると死体を発見したかのような嫌悪の表情で自分を見る。

 汚物を踏んだかのように自分を見る視線、視線。……煩わしい自分はそいつ達を睨みつけると、直に顔を背ける。

 ……毎日、毎日そんな繰り返し。

 ……野良犬のように餌を求めゴミ箱を漁り、安全な寝床を確保する為に他の放浪者を痛手を貰いつつ追い払う。

 働く? ……それは不可能な事だ。読み書きは人並みには出来る。だが、一目見れば棒を振り上げて人は自分を追い払う。

 汚い獣を追い払うように、食卓に飛んできた蝿を殺すように……。

 働けない人間を、この世界は安全な場所で過ごさせはしない。野垂れ死にするか、または略奪し生き延びるか。

 自分は、後者を選択した。

 力が弱い未熟な自分には、未熟なりに必死で考えて盗み、奪い、そして独自に生きる為に力をつけて。

 ……死ぬ事は御免だ。死が惨く、そして救われない物だと何度も路地裏で飢えで死に、または人に襲われ死んだ者を見て。
 または事故で死に、病で死んだ者を見て理解している。『死』ねば、人は何であろうとも最早何も出来ない『ゴミ』だと。

 ゴミは焼却されるしかない。肉が焦げたような匂いと、黒い煙だけが人間の最後の結末だと俺は知っている。

 ……生きる。生きて何時か俺を塵(ゴミ)のように見た奴等を今度は俺が見下ろしてやる。

 ……生きるんだ。

 


 ……やがて、俺の願いに応じるように転機が訪れた。

 その日も、俺は盗みをしていた。……だが、その日は目敏く人が気付く。

 多少は力も付いたとは言え、集団で掛かられると流石に分が悪い。鈍器で武装した周囲に抗戦するも隙が出来てしまった。

 ……目から一瞬の火花。そして、何やら熱い液体が自分の顔へと流れ落ちる。

 指で触れる。赤い液体が指先に付着している……血?

 ……死ぬ? こんな俺を蛆虫のように見ていた奴等に殺されるのか?

 ……その瞬間に俺は雄叫びを上げた。

 俺の咆哮に奴等は身を竦める。俺はその隙に思う存分に暴れた。

 奴等に拳を浴びせ、急所に蹴りを放ち、首筋を噛み千切り、鈍器を奪い顔へと振り下ろし。

 周囲の悲鳴が心地良いと感じた。そして、俺をゴミだと思ってた奴等が恐怖しながら俺に倒されるのが気持ち良かった。

 ……幾人か地面に倒し、俺は幾らか落ち着き周りを囲む奴等を睨みつける。

 奴等から奪った鈍器を構え、襲い掛かれば返り討ちにしてやろうと意気込む俺に、奴等は不用意に近づかない。

 このまま続けば警官が訪れ俺を拘束し……俺は多分監獄の中で過ごすだろう。

 それでも構わない。どんな環境であろうと生き延びてみせる。

 だが、今は違う。今此処で俺が投降すれば奴等は俺をまた痛めつけるだろう。

 散々暴れた俺に制裁を加えようと、俺の意識が無くなるまで叩きのめすだろう。運が悪ければそのまま俺は……。

 ……俺は生きる。

 ……俺は生きる。そして……俺の夢を叶えるんだ。

 ……生き延びてみせる……俺は……生きる。

 「……少し、話をして良いか?」

 ……そして、俺は出会った……奴と。俺のくそったれな運命を変える最初の切欠になった奴と。

 そいつは、僧見たいな服を着たむさい男だった。

 俺は、坊さんが最初俺の乱闘に説教でもかますかと思ってた。……だが、そいつの言葉は小難しい話とは違って……。

 「……お主には拳才がある。……私の元に来ぬか?」

 ……あぁ、そうだ。それが……奴と俺の出会いだ。




   
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 「……兄上、ジャギは何時目を覚ますのでしょうか?」

 「……知らん。先程医者らしき輩が入ったからな、そいつに話でも聞け」

 「……解りました」

 ……北斗の寺院。何時もなら厳かな空気と神秘的な雰囲気で満ちるその場所は、今重苦しい気配で立ち込めていた。

 二人の少年が寺院の入り口の横付近で会話をする。名はトキとラオウ……聖者と覇王の幼き頃の姿。

 トキはラオウの言葉に頷くと、中に入り医者の元へ赴く。
 
 ラオウは、トキの背中を見送りつつ回想をした。







 ……寺院に登ってきた三人の人影。リュウケン……そして幼い少女と少年。

 トキとラオウは修行の最中であり、一人は名を知り、もう一人は初対面となるが彼等はその顔に何故か見覚えがある気がした。

 だが、そんな感覚も吹き飛ぶ程の衝撃的な事により、彼等はその事を頭の隅に追いやられる事になる。

 「っ!? ……ジャギ!? 師父、一体何」

 「トキ、話は後にせよ。……時間が惜しい」

 トキは、腕に抱えられている死に体のジャギに血相変えリュウケンに問いただそうとするも、その迫力すら勝る厳格な
 リュウケンの表情と言葉に沈黙する。リュウケンは二人の間を駆け抜けて寺院の中へと入った。

 アンナも、トキとラオウに構わずリュウケンの後を追う。

 二人とも、本来女人禁制の寺院にアンナが構わず入ろうとするのを一瞬止めようか迷い……そして結局彼等は通した。

 アンナの顔に携えた死をも覚悟した瞳の光と顔つき。その、二人も無言で圧倒する雰囲気に彼等は何も言えなかったのだ。

 ……そして、二人の前で立ち止まったのは……ただ一人。

 「……お前は……」

 「……ケンシロウです、始めまして」

 ラオウの問いかけに、幼い少年は無表情で挨拶する。
 
 その言葉に二人は得心する。この場所にリュウケンが引き連れる子供など、一つしかない。……自分達と同じ立場の者だけ。

 「……そうか、これから宜しく頼むケンシロウ。……早速で済まないが一つ聞いて良いか? ……何があったのか知りたい」

 トキは、何時もの微笑でケンシロウに優しく声を掛けるも口調は幾分何時もより固い。

 それは当然。先程の変わり果てたジャギの……自分が認める弟の異変に何か知っているならばトキは直に知りたかった。

 ケンシロウは、そんなトキの意思を汲み取り口を開く。

 「……突然、自分の前で倒れました。……自分も、何が何だが」

 「……遂に限界が来た、と言う所か」

 ケンシロウの言葉に、ラオウは思慮深い顔つきで小さくそう零した。
 
 その言葉にトキとケンシロウは同時にラオウを見る。何かこの人物は知っているのか? と、その表情は語り。

 「兄さん……ジャギが倒れた原因を知っているのか?」

 「……大した事ではない。奴が最近頭痛が酷いのを目にしただけだ。……最も、奴が倒れるとは予想しなかったがな」

 ラオウは知っている。ジャギがここ最近になり顔を顰めて頭を押さえていた事は。

 アンナもその事に不安を感じラオウに救いを求めた位だ。もしもこれがトキならば師父に報告し別の結果になっていたであろう。

 「何故、それを早く言って……」

 「奴の問題だろう。自分の管理など俺が口出す問題でない」

 にべもないラオウの言葉。だが、それは正論ゆえにトキも口を閉ざす。

 ケンシロウは二人の様子からして、ジャギと言われ先程運ばれたのが自分の兄となる人物だと理解し、そしてこの二人の内
 一人は彼に好意を抱き、もう一人はどちらかと言えば敵意を抱いている事を知る。……ケンシロウは口を開いた。

 「……その、あの人は……」

 あの人は、一体どのような人なのか……。その疑問に、トキは応じる。

 「……ジャギは、とっても強い人だ。……南斗聖拳を学んでいてな、そして、その理由は師父を守ると言う理由から始めた」

 「伝承者候補にも成りたがっていて……その理由も師父を守る為だと私は知っている……私が知る中で最も優しい男だ」

 ……トキの言葉に、ケンシロウは素直にジャギと言う人物の評価を右上斜めに、ラオウは余り愉快でない気持ちに陥る。

 「トキ、お前は奴を持ち上げるがな。奴は俺からすれば何を考えているか解らぬ不審者だ。常に飄々として自分の本当の
 気持ちは誰にも晒さん。……何を考えているのか理解出来ぬ奴ほど性質の悪い奴は居ない。奴はその中でも最悪の部類だ」

 そのラオウの返答にケンシロウはジャギと言う人物が如何言う人物かまた解らなくなった。

 (……あの人が目を覚まして……自分は上手く接すれるのだろうか?)

 ……トキとラオウの話しに耳を傾けつつ、ケンシロウはジャギの安否を憂う。

 ……その一方でリュウケンの手で寝室に横になったジャギは……未だ昏睡したまま。

 ……アンナは、今は手を組みジャギの側に付いている。

 「……本当に何も解らぬのですか?」

 「……申し訳ありませんな。……長く医師をしてますが、このような病状は初めてです。ウイルスでも伝染病の類でもない。
 疾患でもなく疲労から来る倒れとも違う……しいて言うならショック状態と言う所ですが……目を覚ます可能性は……」

 「不明……だと」

 「今目を覚ますかも知れません。また、このままずっと目を覚まさない可能性も十分に……一応、栄養剤の類は打ちましたが
 それも単なる延命の為の措置でしか有りません。……長く昏睡状態になるようでしたら……覚悟も必要かと」

 その言葉に、リュウケンは蹲り頭を押さえる。

 ……突然の悲劇。……これは今までの自分の所業が今になって降りかかったのか?

 リュウケンのそんな姿を同情した目で医師は見つつ、言葉を放つ。

 「どうか、気を落とさず付き添って上げて下さい。昏睡状態に陥った患者が突然目を覚ました例は幾つかあります。
 その時は患者を良く知る人物が声を掛けたりなどした事が症例の改善に繋がったとも……最も、可能性の一つですが」

 ……医師とリュウケンの会話を他所に……アンナは眠るジャギの側で祈り続ける。

 「……ジャギ」

 ……あらゆる感情を、一言の名と共に集約する彼女の祈り。

 ……ジャギは……未だ目を覚まさない。





  
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 ……CLUB STORKと書かれた一つの建物。

 その建物だけが、荒地と化した世界に唯一まともに建てられた建造物である。

 その建物の中の一つ、その場所で一つのテーブルを挟み少年と、男は立っていた。
 男は、手に握っている散弾銃で少年を指し言い放つ。

 「おい、そこに座れ」

 「いや、言われなくても座るけどな。足クタクタだし」

 「……口の利き方に気をつけろよ。気が強いガキは嫌いなんだよ俺は」

 銃を向けられても怯えない少年に苛立ちつつ男は散弾銃をホルスターへと仕舞い乱暴に音立ててソファーに座る。

 少年は男をまじまじと見ながら倣い椅子に座った。……暫くしてから少年は言う。

 「……それで、何であんたが此処に?」

 「おいおい、言っとくが此処の主人は俺だ。お前は俺の場所にズカズカと入り込んだ厄介者だ。質問は俺が仕切るぜ」

 そう男は偉そうな口調で呟き酒を煽る。……この建物には酒や食料が何故か置かれていた。……理由は不明だ。

 ……少年は思い返していた……この状況に陥る前の事を……。


 

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 「……何で俺の名前を知ってやがる小僧」

 ……黒光する銃口は、少年に狙いを定めている。

 直にでも引き金を引けるように指は添えられ、その目はギラギラと危なく光っている。

 ……少年はその眼光を受け止めて名乗った。

 「……俺の名は……ジャギだ」

 「……何だと? おい、小僧出鱈目言ってるんじゃねぇぞ。ジャギは俺様だ」

 そう言ってジャギ……ややこしくなるので『大人のジャギ』はそう言って少年……ジャギを睨みつける。

 ジャギはと言えばどう説明して良いものか悩む。このジャギは、自分の予想出来れば最悪の相手だから……。

 ……ケンシロウを苦しめる為にシンの魂を悪魔に売らせ、レイにケンシロウを倒させる為にアイリを連れ攫い。

 アミバと結束し奇跡の村の襲撃を行わせ、そしてケンシロウの名を堕ちさせようと七つの傷を創り数々の悪行を犯した男……。

 その本人が、こんな未知の世界に居るなど誰が予測出来たか?

 「……自分は」

 「あぁくっそ。こんな場所でだらだら喋ってたら蒸し焼きになっちまう。……中にとりあえず入れ、話は其処でしてやる」

 『大人のジャギ』は外の環境に嫌気を差しそのままの状態を嫌い建物の中へと入る。

 そのお陰で、とりあえずジャギは外で熱射病で衰弱死と言う結末はとりあえず免れたのだ……。

 

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 「……奇想天外な話しだな。てめぇが俺の子供の頃になって糞爺いに育てられてそんであの野郎に出会って此処に来た?
 ……てめぇが如何して俺の素性やら何やら知ってるのかも別世界の人間だからだと? ……寝言は寝て言え餓鬼」

 「嘘じゃねぇって」

 ……ジャギは水を飲み干し一先ず一心地付きながら『大人のジャギ』に詳しく話した。

 自分の今までの身の上を洗い浚い全て……その過程の間ずっと『大人のジャギ』は無言で聞き役に徹していた。

 「……まず、一つ言うがな。俺は奴の養子になった覚えはねぇぞ」

 「は? ……でも、俺は確かに」

 「てめぇの話が嘘じゃないとしても事実だ。俺様は道端で気に食わない奴等ぶっ倒してた時に奴に目を付けられた。
 そんで伝承者候補として育てられたからな。火災で孤児になったとか、そんな事は一切存在しねぇ。出鱈目だ」

 ……一体如何言う事なのだろう?

 『大人のジャギ』の話が真実であれば、リュウケンの話は虚言……けど、リュウケンが自分に嘘を付く理由が思いつかない。

 ……まず、確か設定の中だけの話しだが、『ジャギ』は伝承者候補の毒として入れられた人間だと書かれていた気がする。

 ……ならば『大人のジャギ』の話のほうが真実性が高い。……だが、自分の今までの生活でリュウケンは確かに……。

 「……平行世界とか、そんな感じか?」

 自問自答して、結論付けたのは自分が今いる世界が原作の『北斗の拳』に良くにた世界であると言う可能性。

 まず、外伝作品に出ていたロフウ・フウゲンの存在を最初は何の疑問も思わなかったものの、外伝は原作とは本来異なる。

 それが登場していると言う事は、この世界は『北斗の拳』の世界だが、一方正史の世界とも何処かしら異なるのだろう。

 ……大体にして、全ての外伝作品が総合するとなると矛盾が発生するのだ。自分がリュウケンの養子であったが、それとも
 別の生き方の中で出会ったかなど些細な違いでしかない。そう、ジャギは生じた疑問を自分で完結する事にした。

 「……とりあえず、この場所は何処か教えて貰いたいんだけど」

 「知るか。俺も気が付いたらこの場所に居た口よ。案外、てめぇももう死んでるんじゃねぇか?」

 酒を口に含みながら冷酷に言い放つ『大人のジャギ』。

 ……意外ではあるが、『大人のジャギ』は自分の死を受け入れていた。自分が知っている原作の末路を語ろうと別段
 逆上したり何か事を起こすような気配も見せず大人しいまま。ジャギは半ば暴力を受ける覚悟で話したのに拍子抜けした程だ。

 「……あんたは、別に何とも思わないのか? 自分が死んだ事に……」

 「そりゃ、おめぇ最初は自分が死んだって気付いた時はぶち切れたぜ。だがこんな場所で長い間いると怒り続ける方がな」

 「……どの位居るんだ?」

 「さぁな。生憎この場所は時間の感覚が麻痺するもんでね。大分この場所で過ごしているってのは理解してるがな」

 ……一見何ともないように語るが……『大人のジャギ』の話は内容を聞けば壮絶な事が伺える。

 目の前の男は……この荒地でずっと独りだけで生きてきたのだ。

 しかも、何年何ヶ月経ったかも知覚出来ぬ何もない場所で……もし、相手がこの男でなければジャギは敬服した事だろう。

 「……戻れるのか、俺は」

 ……それが最大の今の懸念事項。……ジャギは、自分が元の世界に戻れる事を悩んでいた。

 その表情を見て『大人のジャギ』は口元を歪めて瞳に悪戯な光を含ませて問う。

 「てめぇが言う戻りたいってのは、あいつが居るくそったれな世界か? それともお前が元居たって言う世界か?」

 「それは……っ」

 ……どうなのだろう?

 ……元の、自分がジャギに成る前の世界……そりゃ戻れるなら戻りたい。

 あそこには『自分』の家族……両親と弟が居る。大学の、それ以前の友人が居る。

 もし、この世界と時系列が同じなら家族は自分が居なくなってどう思っているだろう。

 ……いや、ひょっとして自分の意識だけがこのジャギに移り、元の世界の自分は普通に過ごしている可能性もあるのだが……。

 ……元の世界への帰郷。……既に諦めきっていたが。

 「……俺は」

 ……ジャギとなった世界。元の『自分』の世界。

 ……ジャギとして過ごした世界で……自分は友人を作った。

 ……それは最初計算を含んだものだったけど……それでも何時か次第と彼等の事を『自分』は気に入っていた。

 ……シンを、サウザーを、リュウガを、他の皆が大事だと思った。
 
 リュウケンを救うと、トキを救いたいと、ラオウの野望を阻止したいと。

 ……アンナを……守り抜きたいと。

 ……大事な物をこの世界で作った……生き残るのが最初の目的だったけど、何時しか生き残る中に守り抜きたいと言う
 目的も生まれ……そして、その中心に金髪をバンダナで結った彼女の微笑みが何時も脳裏に焼きついていた。

 「……俺は、どっちにも帰りたい」

 「はっ、物好きな野郎だな。まぁ正直なだけマシか? てめぇが殊勝ぶって善良気取りの返答したら撃ってた所だ」

 その言葉は紛れも無く本気の口調で、ジャギは心の中で『大人のジャギ』に対し警戒の再度の必要性と危険の脱出に感謝する。

 今は何事も無く自分と話しても、目の前の相手は多くの命を手に掛けた男なのだ。何時殺されても可笑しくない。

 無意識に強張る体。それを見透かしてか嘲りを含み『大人のジャギ』は言う。

 「安心しろ。初めての物言う客だ。てめぇが可笑しな真似しない限り殺しやしねぇよ。……そういや面白い事言ってたな。
 俺や奴の事が漫画だって話……。……とりあえずてめぇが知ってる事全部話して貰うぜ。言っとくが、嘘を吐いたり何かを
 隠したりしても無駄だ。騙してると思った瞬間てめぇの秘孔突いて洗い浚い白状させてやるからな?」

 ……訂正、殺される方がマシかも知れないと……ジャギは考え直すのだった。





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 ……北斗神拳伝承者候補?

 最初、俺は何が何だが理解しなかった。とにかく、騒ぎを起こした所為でこの場所にもう住み着く事は出来ない。潮時だ。

 他所で生きるには色々と厄介だ。だから、この男にとりあえず胡散臭くも付いて行く事にした……常に逃げれるように警戒しつつ。

 ……招かれた場所は一つの屋内、何処かの店だったかも知れない。うろ覚えなのは初めて出されたまともな料理が
 衝撃的で、その味に集中していたからだと思う。口の中に広がる始めての暖かな食事。他の事には目が入らなかったのだ。

 そいつは北斗神拳とか言うものを育てるのが目的だと言っていた。

 ……俺は料理を誰かに奪われないかに気が向いていて、話し半分だったがとりあえず理解した。

 「……それ覚えたら、俺は強くなるのか?」

 俺が一番初めに気にしたのは……それで強さを得れるのか。

 この男が強いかどうかも俺には理解出来なかった。……見た目は何処にでもいる普通の年配の男……不意打ちすれば倒せそうだ。

 「……ならば、試してみようか? ……そうだな」

 ……そいつは、外に出ると俺を連れて人気の無い場所に移動した。

 俺は、その時点で余り気が進まなかった。人気のない場所は人攫いや、何か嫌な出来事が多い事が自分の知識ではそうだったから。

 ……そして、俺は始めてみる信じられないものを目にした。

 「……墳(フン)ッ」

 ……岩の塊が、人差し指で突かれただけで粉砕される。

 ……手品か、それとも幻覚か? ……いや、これは紛れも無く目の前のこの男がやったのだ……!

 ……すげぇ。

 ……たった一本の指でそれをやってのけた男の技……力に俺は魅了された。

 ……これさえ身に付ける事が出来れば……俺の夢が適う。

 「……それが、北斗神拳って奴なんだな……っ!」

 「こんなものは一端でしかない。北斗神拳の極意は深い。極めれば天を動かす事さへも……」

 ……アア、すげぇ……!

 ……見てろ。絶対に覚えてみせる。

 ……北斗神拳伝承者に俺はなって見せる。

 ……俺は、俺の夢を叶えてみせるからな……!




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 「……ふう。疲れた」

 ……一体どの位時間が経過したのだろう? この建物の中には時計は存在せず、本当に時間の感覚は解らなくなってきた。

 ……酒や食料もあるが、別段空腹を感じない。……あれらは空腹を満たす、と言うよりも気を紛らわすものだ。

 ……そう言えば、建物にあった別室にも本類が幾つもあった。……テレビやパソコンと言う物は存在しないが
 あれらも奇妙なものだ。……自分の世界にあったジャンプ作品系統は揃っていたし、娯楽小説も数々並べられていた。

 自分の住む……ジャギとして過ごした世界にはそう言った漫画類は存在しない。火の鳥と言ったかなり有名な作品類は
 作者名だけ変えて登場していたが(グリム童話系列とかそう言った古典文学も同じだ)1990年代以降の作品はない。

 ……この建物だって奇妙なものだ。一体、何故この世界にこの建物だけ存在するのだろう?

 ……考えるほどに疑問が沸き起こる。だが、それを解決する方法はない。

 「……考えるだけ無駄か」

 ……ジャギは別の事を考える……主に『大人のジャギ』について。

 ……あのジャギは間違いなく『原作』のジャギだ。横柄な態度で自分の身の上に関し全く話さなかったが質問から窺える。

 ケンシロウに殺された事に関しても逆上せず普通の態度で頷いた事にどうも違和感あったが、本人曰く『目の前に居れば
 殺してやるが、今居ない奴に対し怒り狂うほど俺は短気じゃねぇんだよ』との事だった……この世界で大人になったのだろうか?

 ……色々聞いて理解した事。……アイリ、レイの妹を攫った事に関しての『大人のジャギ』の理由はやはりケンシロウを
 殺す駒として使う為。……アイリを殺さなかった理由は、その方がレイを苦しめられると言う判断だったかららしい。

 『俺はよ、ああ言う風に家族仲睦ましいって言うのが反吐が出るんだよ。結果的に奴は俺の思い通りに踊ったしな』

 ……ジャギが外伝作品から考察する、ジャギが拳王軍の配下だった事についても聞いてみた。

 その質問に関し、『大人のジャギ』はこう返答した。確かに拳王となった兄に出会い一応命令は応じたが、心から服従してなかったと。

 『俺様が誰かの言いなり通りだと思うか? 確かに兄者に関し俺は認めてたがそれと話は別よ。隙あれば俺様だって
 兄者を倒そうと思ったぜ。……まぁ実力で勝つのは難しかったかもな。まぁ、爆薬でも使えばあるいはな……』

 その言葉にジャギはラオウは近代兵器で倒すにはもう一度核兵器でも使用しなければ無理だと言うと、『大人のジャギ』
 もその言葉には素直に頷いた。やはり、『大人のジャギ』からしてもラオウは偉大であったのだろう……まぁ当然か。

 「……そういえば、此処って何時までも明るいままなのか?」

 「違うな。言っとくが日は沈むぜ?」

 ぽつりと呟いた独り言だったのに、何時の間にか出現していた『大人のジャギ』は返答する。

 ……例え伝承者候補では一番下でも北斗神拳伝承者候補だったのだ。……今のジャギの背後を取るのは容易い。

 「見ろよ、あの空をよ」

 「……っ、あれは……」

 ……ジャギは、店の外から見た空を見て絶句する。

 ……黒い太陽は何時しか沈もうとしていた……沈むに比例して真っ暗になっていく世界。

 「……あの太陽が沈むと完全にこの世界は闇になるからな。……電気付けとけよ。俺は少し一眠りするぜ……点けとけよ?」

 「何だよ、怖いのか?」

 何時しか、『大人のジャギ』に対し警戒が解れていたのかジャギは軽口を叩く。

 ……怒る事なく、真剣な口調で『大人のジャギ』は返答した。

 「……言っとくが、この世界の『闇』を甘く見るな。……油断してると一気に呑まれるぞ」

 「は? 呑まれる……」

 「言うより体験した方が早いな」

 『大人のジャギ』は、そう言うや否やジャギの背中を問答無用で掴んだ。

 口を開き文句を言うジャギに、『大人のジャギ』は無言で店の扉を開き乱暴に外へとジャギを投げ捨てた。

 「ってめぇ、何すん……っ」

 ……ジャギは文句を言いかけて……そして凍りついた。

 「……何だ、これ?」

 ……店の外に出た瞬間……その外を支配するのは……完全なる黒。

 ……その『黒』には……温度も、音も、触感も……人間の五感にどれも当て嵌まらず、どれにも応じない物……。

 ……ジャギは初めて知った。……絶対に太刀打ちできない……『何か』を。

 「おら、早く入れ」

 ……気が付くと、ジャギは店の中に引っ張り込まれていた。
 
 チカチカと光る電球に、こうまで有り難味を感じたのは始めての経験。ジャギは人工の光に感謝しつつ『大人のジャギ』へ言う。

 「あれは一体……」

 「考えるな」

 ……『大人のジャギ』はジャギに対し命じる。

 「アレに関して何も考えるな。アレは俺やお前じゃどう足掻いても太刀打ち出来やしねぇ。良いか? 『夜』に関しては
 ずっとこの店で電気点けて寝てろ。そんで『昼』になったら俺と一緒にてめぇは修行しろ」

 「……は!? 修行!? 何で!?」

 ……暫くして再起したジャギの叫びに、ニヤニヤと口を開く……悪魔。

 「おいおい、この世界で元に戻れる確証もねぇてめぇは俺の言う事に従う術しかねぇんだぜ? ……安心しろ。てめぇには
 俺様の暇つぶしに付き合って貰うだけだ。何せ折角の玩具……あぁ、いや。暇潰しだ……言っとくがな、てめぇは俺から……」

 そして、その悪魔は自分が良く知る原作の台詞を止めに放った。

 








                                 「逃げられんぞ~!」











            後書き


   此処でもジャギは原作ジャギに修行して貰います。

   南斗邪狼撃、含み針、色々な禁じ手。それらに関し原作ジャギはこの世界ではチートです。それだけはご容赦を。



   ……もっと文才が欲しいです。








 



[29120] 【文曲編】第三十六話『惰眠の狭間と星の標』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/09/27 23:24

 ……何処までも救われず。

 ……何時までも報われず。

 ……如何しても辿れない。

 その魂に幸福を見る事は適わず。ただ見苦しき汚臭の中で悶え苦しむ事を望む者達の傍らでそれは足掻き続ける。

 だが、もし願わくば。

 その魂とて、生まれた時は祝福されたと思いたいものだ。



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 ……北斗の寺院、その階段を駆け上がる少年一人。

 彼は金髪を振り乱し、顔面から流れ落ちる汗に構わず服が乱れる事も気にせずに階段を駆け上る。

 急な階段。大の大人にも苦行に近い登り坂を荒い息ながらも未だ余分を残し上りきった少年は、寺院を睨みながら足を進める。

 ……寺院の入り口には、不安そうに入り口の奥をチラチラと見る一人の少年が萎縮しつつ立っていた。

 その少年と、寺院に辿り着いた金髪の少年は互いの存在が近づいた時に気付きあう。

 「……貴方は?」

 その少年は、透き通るような目で金髪の髪で青い瞳が輝く少年の目を見据えていた。

 その少年の目は心まで見通すような目をしている。だが、その事に対し相対する少年は懸念する事により気は回せない。

 「俺?」

 彼は、急報を耳にした瞬間この寺院に死に物狂いで駆けていた。何かの間違いだと信じたく、それを願いながら走り。

 「俺の事か? お前こそ誰……いや」

 彼は目の前の相手を気にする余裕すら消えていた。彼にとって最も大事な存在に近い相手の急変に、今彼は我を半ば自失していた。

 「俺の名は……シン。……ジャギの友だ」

 ……南斗孤鷲拳伝承者候補『殉星』のシン。ケンシロウとの最初の邂逅であった。

 ……ケンシロウは、彼と最初に出会った時の事をこう語る。

 服を乱し焦燥に掻き立てられた目の前の人物は意中の人物を心配しているのが見て明らかで、そこまで思われる人物は
 果報者だと思えた、と。そして、彼の瞳の輝きもまた初めて見る輝きだったと。ケンシロウはシンとの出会いは、予想も
 しない出会いではあったが、不思議と、彼との出会いに何故か初めてのようでは無かった気がすると思うのであった。

 「……ケンシロウ。この寺院には昨日訪れた……その人なら、未だ眠ったままだ」

 「ケンシロウ……っ色々と聞きたい事はあるが、まずジャギだ! ジャギに会わせてくれ!」

 彼は懇願する。知らされた事が夢であって欲しいと、自分の目ではっきりと伝えられた情報を真実だと確認するまでは。

 ケンシロウは、僅かに躊躇する感はあった。だが、シンの願いを無碍に断る程に彼は無情ではない。一度頷き、寺院の奥を先導する。

 ……寺院は、その日は珍しく来訪する僧や、その他の客は居らず人気がない。その雰囲気もシンの心を一層と不安にさせた。

 「……此処、だ」

 ケンシロウは一つの部屋へ立ち止まり口を開く。それを聞き、居ても立っても居られずシンは扉に手をかけていた。

 ケンシロウが口を開く間もなく、強い音立てて開く扉。そして彼は見た……冷酷なる、自分が耳にした真実を……。

 「……ぁあ」

 ……信じたくなかった。……出来れば、性質の悪い冗談で欲しかった。

 だが、それは真実……彼の目はようやく悲劇を受け入れた。

 「……何故だ……ジャギ」

 ……その部屋では……怖ろしい程に無音の部屋では息遣いすらなく横たわるジャギと……じっと動かず祈るアンナの姿が……。

 ……ジャギは、未だ起きる事はない。


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 「おらおら、腰がなってねぇんだよ。腰がよぉ」

 「……ぐぬぬ」

 「ぐぬぬ、じゃねぇよ、おら。そんなへっぴり腰で邪狼撃なんぞ出来るかってんだ。おい」

 ……何処か知れぬ荒れ果てた世界。その世界に唯一存在する建物の片隅に大人と少年が居る。

 その大人は鉄兜で散弾銃を携えると言う、お世辞にも善良な市民と言えぬ悪人の風格たる人物。その人物は、何処かその
 人物に面影が似ている少年へと、銃を指揮棒のように振り回しつつ睨みつけながら拳法の指導をしていた。

 だが、先程から何度も罵声を浴びせられた所為か、指導されている少年は遂に負けじと教授者へと言い返す。

 「あ、あんた簡単に言うけどなぁ……俺は未だ初歩の初歩しか覚えてねぇんだっつうの! いきなり極められるかってぇの!」

 「泣き言言ってるんじゃねぇ! 良いか!? てめぇは腐っても俺様なんだ! それなら『南斗邪狼撃』を極めろ!
 そいつが出来ない限り、てめぇ見たいなひよっ子野郎が世紀末を生き抜く事なんて出来ないんだよっ、おらぁ!」

 廃棄物の(大人のジャギが簡単に倒れていた石材を立てて拵えた)石柱に向かい、南斗聖拳の修行をしている。

 彼……ジャギは自身の知識から織る模倣の邪狼撃を修行している事を幸か不幸か告白してしまった。それゆえに至る修行。

 大人のジャギ……別名では原作のジャギ、残虐非道のジャギ、世紀末破壊王の名を冠するジャギは、自身が以前振るっていた
 拳を、世界が異なれど修行していると聞くやいなや早速それを修行するようにと彼は強制した。……それがこの現状。

 「さっきからんな柔い突きばっかりしやがって! 玉付いてんのかてめぇは!?」

 
 「下品だぞ、おい! さっきから放つ度に『腰抜け』だの『糞野郎』だの『小便垂れ』だの……最後に関しては卒業したぞ!」

 「自慢する所かっ! 大体にして何で俺の癖にそんな出来損ないの突きしか出来ないんだてめぇは! はっきりしたぜ、
 てめぇが俺とは別人だって事がな! お前見たいな野郎が昔の俺と同じ環境で生きていたら一日でお陀仏だぜ!!」

 ……ジャギの突きが行われる度に言葉の突き合いが開戦される。本来、原作のジャギに少しでも舐めた言葉を吐こう
 ものなら北斗神拳、または殺意を秘めた拳を振るわれ命を失くしそうなものだが、この世界で過ごしている所為か、または
 指導しているジャギを殺せば折角の玩具を失くす事を恐れてか、若しくは世界が違おうとジャギであるからかも知れない。

 彼はジャギの突きが失敗しようとも体罰は未だ行ってはいない。その事に関しジャギは心の奥底では俄かに半信半疑だった。

 「おらっ、また突きの初動が遅れてやがる! 如何してそう物覚えが悪いんだよお前はよぉ!」

 「だから五月蝿いんだよ! そっちこそさっきから口先ばっかり言いやがって! そっちこそちゃんと出来るのかよ!?」

 遂に我慢の限界か。ジャギは大人のジャギへ向かって睨みつけて言い放つ。

 「……ほぉ?」

 ユラリ……と幽鬼を震わし大人のジャギは鬼気迫る雰囲気を放ち、悪い言い方で嘗めた口の利き方をした小僧を睨みつける。

 一触即発な空気。……だが、意外にも大人のジャギは矛を先に収めた。

 「……良いぜ、なら見せてやる」

 その意外な言葉に怪訝な様子で立ち往生するジャギを乱暴に除けさすと、大人のジャギは石柱へと立った。

 「……行くぜ。言っとくが一度しか見せねぇからな……」

 その言葉と同時に、腰は僅かに下がり、膝は曲がり両腕はゆっくりと後方に曲げられる。

 それはゆっくりとした動作で、そしてその構えに移り変わる間に大人のジャギの気配は完全に様変わりしていた。

 穏やかとは言えずも、荒い気配がピンと張り詰めたかのように……例えるならば居合いをする間際の達人の剣士。

 その刃を抜き放つ瞬間の空気を大人のジャギは宿していた。それは、未だ完全に成長途中のジャギにも解る程に凄まじい気迫。

 気が付けば無言で見守っているジャギに構わず大人のジャギは石柱に狙いを定める。……そして技の引き金たる言葉を唱える。

 「……南斗」

 ……原作で救世主の頬を僅かに傷つけた技。世紀末を生き抜く為に……その救世主を殺す為に鍛え創られた技。

 その技は散った世界では未熟で、揶揄される程の出来損ないだった。

 ……だが、彼には此処へ現われてから無限に等しい時間が有った。そして、彼はその時間を無駄に浪費せず、有効に利用した。

 ……結果、途方も無い時間で繰り返し行った一つの型は最終形態へ……彼は完成させたのだ。

 「……邪狼撃!」

 ……その技を放つと同時に……大人のジャギの姿は『掻き消える』。

 ……気が付いた時、少年のジャギには石柱が真っ二つに切断され……そしてその傍らに大人のジャギは移動していた。

 ……まるで瞬間移動でもしたかのように……音も無くその方向へと。

 「……す、げぇ」

 思わず、と放つ賞賛の言葉。

 そして言った瞬間後悔する。何で、目の前の極悪人を褒めるような言葉を言ったのかと。

 だが、時既に遅く。その言葉にニヤニヤと意地の悪い笑みで大人のジャギは少年のジャギを見下ろして言い放っていた。

 「おい、どうだ? 今のが完成された邪狼撃の姿よ。てめぇが俺のように出来るまで……百年もあれば出来るようになるか」

 「いや、その前に死ぬって」

 大人のジャギの言葉に手を振り無謀だと諭す。

 「ほざきやがれ。忘れたのか? この世界じゃ時間の概念なんて無いに等しいんだ。時間なんぞたっぷりある」

 そう言い切り、彼は残酷な光を宿して少年へ言葉を下した。

 「まぁ、出来るまで俺が懇切、丁寧に指導してやるよ。感謝するんだなぁ、糞餓鬼」

 ……もはや、彼に逃れる術は無かった。





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 「……ジャギは、何故目を覚まさないんだ」

 「済まない、原因は私にも皆目見当付かない……師父も、懸命に治療策を捜し外出しているところなんだ」

 「……アンナも、平気ではないだろう。……食事はとっているのか?」

 「……私の知る限り、取った所は見ていない」

 ……シンは、ジャギの容態を見た瞬間。駆け寄り彼の意識を呼び覚まそうと本能のままに動きたかった。

 それが適わなかったのは……じっと、ただ瞳を閉じて手を組み合わさり祈り続けるアンナの姿が側にあったからだろう。

 ……彼には、そのジャギとアンナだけの支配する空間を侵す真似は出来なかったのだ。

 トキに最低限の情報を聞き、ジャギの急変に関し結局原因らしきものが誰にも理解し得ない事に頭を掻き毟り苦悶する。

 シンは、彼はジャギにとって最初の友であり……彼もまたジャギが最初の友人だった。それが何より掛け替えの無いものか。

 「……ケンシロウ、と言ったな」

 ……トキの他に、その場にはケンシロウが居る。

 リュウケンはジャギの覚醒の方法を探し外へ。……ラオウは関知せずと言った様子で寺院を外れ修行の為に出た。

 ……擁護する訳ではないが、ラオウはジャギの昏睡に関し悪意ありて放置する訳でない。だが、彼にとって自己以外の
 他者への関心が異常に低い事と、そしてジャギならば自力で生還する可能性を信じての放置である。

 ……シンは彼の急報を知ったのは今日の早朝。

 本来ならばもっと遅く知られても良かったのだが、運が良いのか悪いのか……リュウケンはジャギの容態に快方の兆しが
 無いのを知ると手近な人物……この場合シンの師であるフウゲンへと、昏睡状態に陥った人物への対処を聞いたのだ。

 北斗神拳を極めた己に無力な事でも、万に一つの可能性で南斗の者ならば秘術であろうと何か知らぬかと望みを懸けて。

 結果は見ての通り。フウゲンはリュウケンに侘びの言葉と共にシンへとジャギの事を伝えたのだった。……そして今に至る。

 「……この前会った時は、倒れる素振りなど全く無かったのに」

 「……ジャギは、人に知られず頑張ろうとする部分が有るからな。……不覚だ、気付く機会は何度もあった筈なのに」

 ……各人に後悔の言葉を上げる。二人にとってどちらも付き合いは未だ短くも、ジャギと言う人物は重要な人間だった。

 その、二人に対し慕われるジャギと言う人物を、未だ殆ど接触していないケンシロウはジャギと言う人物をもっと良く
 知りたいと想い始めていた。……だが、状況はそれを許してくれない。彼の寝室は聖域のように近寄り難いのだ。

 「……その、ジャギ……兄さんで良いのでしょうか。もっと、聞きたいのですが」

 「……ん、ジャギについて……か」

 「……此処でじっと俺達が悩んでもジャギは目を覚ましはしないだろうからな。……良いだろうケンシロウ。あいつ
 について俺の知る限りの事を教えとく。……あいつが目を覚ませば、これからお前はあいつと一緒に過ごすだろうからな」

 シンは、ケンシロウに羨ましがるようような、憂うような複雑な感情のままに己の知る限りの彼についての事を語る。

 ケンシロウは、トキとシンから彼の事を頷きつつ聞き始める。……世界は、ゆっくりと歪に周り始めるのだった。




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 「……うむ、此処におったか」

 「……珍しいですな。貴方が自ら私の元へ訪問するなど」

 「カかカッ。幾ら老体とは言え未だ未だこの身は疲れを知らぬよ。……して、まぁ本題を言おうかの」

 ……場所は変わり、其処には一人の老人と、未だその域には達さずも妙齢に達する男性が対峙している。

 その男性はゆったりとした物腰だが、その雰囲気の内側には途轍もない力を秘めていると言う事は、達人にしか理解し得ぬ。

 そして、目の前に立つ老人はその例外の人物であった。

 「オウガイよ。以前にも会ったあの小僧っ子……ジャギじゃが、原因不明の昏睡状態に陥ったようじゃ」

 「!っ何と……して、ならばリュウケン殿は」

 「わしが治療の術を知らぬと告げると、別の場所へと直に去ったよ。……シンは今頃北斗の寺院を訪れている頃じゃろう」

 ……南斗孤鷲拳現伝承者フウゲン……彼にとって一人の少年が昏睡状態に至る事など普通は気にも留めないが……これは例外。

 彼にとってジャギと言う人物は北斗神拳伝承者の子であり、そして彼の素質をその幾千錬磨の戦術眼から見抜いている。

 ゆえに、彼は今回の事態を重く見取り。現鳳凰拳伝承者である南斗の最高権力者に値するオウガイへと事を伝えたのである。

 「……成る程、原因は全く以って不明……突然の昏睡となると医学知識は多少心得ているつもりだが……」

 「今回の場合、どうも理由が掴めん。……推測となると、わしにはジャギとその時居合わせし子……『ケンシロウ』に
 鍵があると思うじゃて。……もしかすると、その子供こそ予言に連ねし者かも知れぬぞオウガイよ」

 ……フウゲンにはジャギが出現してから起きた事件を目にする内に……何時しか自分の中にある考えが芽生えていた。

 ……『南斗乱れし時北斗現る』……それはあらゆる仮定が考えうる予言。

 南斗とは表の拳ゆえに、平和な時代が乱されし時に北斗が影から時代の修正を行うゆえに、そのような関係性を指す仮定。

 または、南斗の拳士達に何か異変が生じた場合、その場合において北斗が関与すると言う説。

 ……そして最悪の仮定だが……南斗聖拳崩壊に繋がる事件が生じ……南斗と北斗が敵対する未来を指すと言う説。

 フウゲンは、最後の説に関し心の奥底で不安を抱えていた。ゆえに、口酸っぱく南斗の長老達にも北斗との争いに関し
 完全なる禁句として諍いを絶対に生じぬようにと提言した事もあったのだ。……最も、正史見る限りそれも適わないのだが……。

 「……未だ先、もっと未来で予言を行うのがその子ならば……オウガイよ。南斗の未来思うならば、今から行動する事だ」

 「……何が言いたいフウゲン殿。……まさか、まさかと思うがその子に害為す想いを?」

 最悪の想定図……オウガイも考えたくないが、指導者として最悪の結末を描き、それに対処する事も鳳凰拳伝承者の務め。

 鋭い目で、何時もの温和な顔を拭い去りフウゲンを睨む。……オウガイと暫し思惑を見抜こうと視線は交差した。

 ……そして。

 「……成る程、オウガイ殿。貴方はこう申されるのか。未来を思うならば、その子供もまた私の目で見定めよ、と」

 肩の力を抜かし、何時もの穏やかに人を包む温もりを宿す状態へとオウガイは戻る。フウゲンは狸笑いでオウガイへ紡ぐ。

 「そうじゃ、未来は誰にも見抜けん。わしらは老い先短い者、時代を背負うのはあれら若い者じゃからな。
 わしらに出来る事はその子達の道を踏み外さぬよう指導する事じゃて。何時もわしが言っている事じゃ」

 「そうでしたな。……ですが、口惜しくも北斗の場所まで私の目は及びません。未熟とお思いでしょうが、今の私には
 その子達まで見守るゆとりが無いのです。今の私には……私の息子を強く育てる事こそが第一の使命……」

 オウガイは、知っている。あと、およそ五年も経たず自分の使命を果たす時が来る。

 その使命の為に、息子を、サウザーを強く育て上げなければならない。……彼にはそれだけで想いが縛り付けられていた。

 「解っておる。だから、じゃよ。……単刀直入に言うぞ。わしの考えはこう。ジャギの目を通し、お主は北斗の子を見るのや」

 「……ジャギを? ……! フウゲン殿、それは……」

 合点が言ったとばかりに、まじまじとオウガイはフウゲンを見る。

 ……フウゲンは、彼があらゆる死闘を勝ち抜いた知恵を所有してた頃の識者の顔で目敏い笑みを浮かべて口を開く。

 「そう言う事じゃ。あの子の目を、口を通じ北斗の子を知る。さすれば我々がどう動くかも知りえるじゃろうて」

 「オウガイ。これは決して悪しき事で非ず。南斗の先行きを守る事に連なる事だからのお」

 ……フォフォと笑い、フウゲンは立ち去る。

 ……オウガイは、じっとその背を見送り、その言葉を深く思案するのだった。

 「……お師さん?」

 「……なぁ、サウザー。大事な話がある」

 ……暫し経って師が自分の元に来ない事に不審を感じ師の居る場所へ訪れたサウザーへと……オウガイは口を開く。

 それは、彼の異変に関する事。……息子の知人が倒れたのならば、それを報告する事が常であると言う親の心から。

 ……だが、その中に小さくも南斗の未来を想い……ジャギに接する為に息子を半ば利用している感を否定出来なくもなかった。

 ……未だ日は暮れない。




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 「……ねぇ、ジャギ」

 ……眠るジャギ。……彼は未だ目を覚まさない。

 薬湯を口に注ぐ事は何とか出来る。だが、粥に似た食事を取らせる事は出来ても、彼の体はやがて衰えるだろう。

 医師は、一日経ってから訪れて、彼の体に変化ない事を指してから排泄、及び発汗など無い事に首を捻っていた。

 だが、それも彼女からすれば些細な事。……彼女は、彼の開眼だけを何より望んでいる。

 「……初めて出会った時。……私、ずっと怖がった」

 「……眠ったら、また悪夢が……アレに襲われると思ってずっと目を開いていた」

 「……けど不思議。今、ジャギが眠っている事がとってもその時より怖ろしい」

 「……早く、起きてね? ……大丈夫、出会った時もジャギは私が起きるまで手を握っていてくれた」

 「……ジャギが起きるまで……ずっと居るよ」

 ……食事も摂らず、彼女はずっと彼の側に居続ける。

 ……一日が終わり、夜が訪れ北斗七星は輝き出す。

 ……ジャギは目を未だ覚まさない。






                               ……北斗七星は、儚く空に輝く。












             後書き



   今クロスオーバーしたい作品。

   GS美神・GANTS・FF

   クロスオーバーはクロスオーバで上げるつもり。お目汚しになるけどご容赦下さいね。






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