なんか思いつきを書きなぐってみました。
舞台が京都、というか作者が京都人なので方言が入ります。
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自分が特別な人間やなんて思うたことなんてなかった。
確かに、両親がいないという点においてはあまり一般的とはいえへんやろう。
妹と二人暮らしをしながら、後見人になった人にお世話になっとる。
そういう点においては自分を普通だなどというつもりはない。
でも、それだけや。
それ以外はいたって普通の生活をしている高校生にすぎひん。
僕自身には特に不思議な能力なんてなかったし。
かといって周囲にも別段おかしな存在はおらんかった。
最近世間を騒がせとる魔法少女や、異形の怪物。
果ては悪魔や宗教、魔術結社に秘密結社、宇宙人、超能力者なんていうオカルトな存在。
それらはここ最近、テレビでよう見るようになった存在ではあるけども、少なくとも僕の周囲には関係あらへんかった。
そう、関係ないはずやったんや。
あの日までは。
【僕がお父さんなわけがない】
透き通った青空に、こちらを圧倒する巨大な入道雲。
耳に聞こえてくる蝉のけたたましい鳴き声が、今が夏やと告げてる。
蒸し暑い中を、僕は学園に向かって歩いとった。
「あっつ……」
自然と口からこの暑さへの愚痴が漏れ出た。
でもしゃあないと思う。
今日は最高気温が40度になる猛暑日や。天気予報でそう言っとった。
まだ朝の8時やというのにこの蒸し暑さ。
ここ、京都は盆地で周囲を山に囲まれとるせいで夏はむちゃくちゃ湿度が高い。
家を出てまだ10分と経過してへんというのに、すでに背中は汗でべったりとして気持ちが悪かった。
なんでこんな暑い中、僕は外を歩いてんのか。
それは僕が一学期の期末試験で赤点を量産してしもうたからに他ならへん。
今日は赤点取得者に対する補習授業があるねん。
バイトにかまけて勉強をおろそかにしてしもうた。
まぁ、僕は別に大学進学を目指しているわけやないからそこまで深刻には考えてへんけど。
「あ~、面倒くさ……」
高校三年生のこの時期に、僕がこんなにも勉強を蔑ろにしてしまっている理由。
それはすでに進路が決まっとるからや。
僕こと柳瀬藤一郎と妹の香奈、二人の後見人をしてくれてる人の場所で働くことが決まってる。
小さな探偵事務所なんやけど今もそこでバイトをしてて、学園を卒業すれば正式に社員として雇ってもらえるわけや。
まぁ、社員になったところで今と仕事の内容はあまり変わらへんやろうけど。
どうせ助手とは名ばかりで雑用をこなす日々になるやろ。
特に夢とかもってへん僕としては、それで生活してけるなら大喜びや。
せやけど今回補習を受けることになってしもうたことについては反省しとる。
後見人である時子さんにも怒られたしな。
授業の分、バイトの時間が削れてまうから。
とりあえず卒業までの残りの試験では赤点は取らんように頑張ろう、と志の低い誓いを決意してた。
「ん?」
そんな時、不意に視界を横切った人影に意識がむいた。
白いワンピースタイプの服を着た女の子。
背中までの黒髪をまっすぐ伸ばしている線の細い感じの女の子。
僕はその子のことを知っとった。あくまで知識として、くらいやけど。
確か、白木梢さん……やっけか? 去年のクラスメートや。
というても、二学期の半ばからいきなり来んようになった生徒や。
理由は知らんけど退学したと噂で聞いたことがある。
まぁそのくらいしか知らんわけで、無論友人でもなかった僕には声をかける気など起きひんかった。
でも彼女の姿を見て、足が止まる。
僕は彼女の姿に……正確にはその腹部に少なからず驚いてしもたんや。
せやけど無理もない思う。白木さんの腹部は明らかに妊娠してるように膨らんどったんやから。
膨らみ具合からいって既に臨月で、もうじき子供が生まれてくるやろう時期なのは傍から見ても理解できた。
「…………」
別に好きやった女の子が知らぬ間に妊娠していてショックを受けていたとか言うわけでもない。
第一、僕は彼女の存在を今の今まで頭の片隅にすら覚えてへんかったし。
視界にとらえて初めて思い出したくらいなんやから。
それでも知っている、自分と同年代の人間がいきなり妊娠しているのを知れば誰でも驚くと思う。
けどまぁ、知ったから言うて僕に関係ある話でもない。
特に用があるわけでもなし、友人ですらない僕が声をかける道理はない。
そのまま見いひんかったことにして学園へと歩を進めようとした。
「っぐ!?」
そん時、彼女の姿を視界から外してすぐに僕の耳は何かうめき声をとらえた。
何事かと振り返るとそこには、そばの電柱にもたれかかって腹部を抑える白木さんの姿。
「って!?……おいおいおい!?」
さすがにこれは放っておくわけにもいかんやろ。
この状態で他人やからって素通りできるほど、僕は冷酷な人間やない。
すぐに駆け寄って白木さんの肩に手をかける。
「ちょっ、大丈夫か自分?」
「……っ、うぅ、ぅ、う……」
「なんや、腹痛いんか? 救急車呼ぶか?……もしかして……」
「ぅ……産まれ……産まれる」
「やっぱりかぁぁぁああああああ!?」
急いでズボンのポケットに手を突っ込み携帯電話を取り出す。
とりあえず早く救急車を呼ばな!
110番……ちゃう、119番!!
急いで電話番号をプッシュして救急車を呼ぶ。
周囲にはあいにくと僕以外に人影はない。
夏休みで、しかも今はまだ8時や。
街中や住宅街でもない中途半端な場所やったんが災いした。
くそっ、なんであんたこんなところを歩いとんねん、白木さん!
この暑い中、そんな腹した人が一人で出歩くもんやないやろ!!
腕時計を見れば8時12分。
やばい、このままやと補習に遅れる。
せやけどこんな状態の妊婦を一人この場に残してくなんて僕にはでけへん。
「大丈夫や白木さん! もうすぐ救急車くるからな!? 辛抱してや!」
「……フー……フー……」
彼女は息を吐きながらなんとか意識を保ってる。
僕はそんな彼女に声をかけるしかなかった。
白木さんは僕の手を握りしめ、目は朦朧としながらもなんとか意識を保っとるようや。
せやけどこの様子やとこの子、僕が誰か解ってへんやろな。
僕かて白木さんのこと今の今まで忘れとったんや。この子も僕のことなんて覚えてへんやろう。
そもそも彼女からしたらそんなことを気にしてられる状態ちゃうやろうし。
あぁもう、早く救急車来てぇや!
「お待たせしました!!」
その願いが効いたんか、すぐに救急車が到着した。
救急隊員が慣れた手つきで素早く展開し、白木を担架にのせて運ぼうとする。
良かった……これで大丈夫や。
後はこの人達に任せておけば安心できる。
そう思うてたんやけど、それは甘い認識やったと言わざるおえん。
白木さんが僕の手を離さへんかった。
「えっと……白木さん?」
「お願い……一人に、せんとって……」
痛いほどに僕の手を握りしめてくる白木さん。
彼女はすがるような弱々しい目で僕を見とった。
その瞳に、読み取れないほど複雑な感情が入り混じった瞳に何も言えんくなる。
しゃあないやん、僕も男やで?
こんな小動物みたいな眼ぇする可愛い子に見つめられたら……なぁ?
「ほら早く、あなたも乗って!!」
「えっ? ちょ!?」
そんな僕たちを見て何を思うたんか、救急隊員の人が僕も一緒に車の中に押し込んだ。
有無を言わさず発進する救急車。
「あの、僕補習が……」
「こんな時に何言うてんの!! あんたお父さんになるんやろ!!」
「……え?」
補習があることを告げようとするも、救急隊員の女性に怒られた。
てかお父さんて……僕白木さんとは関係ないんやけど。ただの通りすがりやし。
でも何か言おうとしても睨まれるだけやし、相変わらず白木さんは僕の手を離さへんし……
結局そのまま病院にまで運ばれた。
もう補習は無理や。今から向かっても完全に遅刻やわ。諦めた。
分娩室の前まで来てさすがにこれ以上は、と白木さんに手を離すように説得する。
「……っ!!」
けど彼女は目をつむり、嫌々と駄々をこねるように首を左右に振るだけやった。
あかん、完全に藁にでも縋る時の藁の代用品にされてしもうとる。
「仕方ありませんね。あなたも早く!!」
救急車の時と同様、医者の人に無理やり一緒に分娩室に放り込まれた。
事態は一刻を争うんかもしれんけど、分娩室って手術室と同じで無菌やないの?
普通せめて着替えるとかさぁ。や、そんなこと言うてられへんのか?
白木さんが分娩台に移される。
彼女に手を握られたままの僕も、自然とその隣に移動する。
「赤ちゃんはもうすぐですよ!! 頑張って!!」
「はい息を整えてー、一緒に、ひっひっふー……ひっひっふー……」
「……ひっひっふー……ひっひっふー……」
助産婦さん達と一緒にラマーズ法で息をし始める白木さん。
(っ!? ぐぉぉおおおお!!)
それに合わせて、次第に僕の手を握る彼女の握力が増していく。
力みに合わせて限界まで込められる力は、僕の右手を圧迫した。
ちゅうよりも圧迫感よりも食い込む彼女の爪のほうが痛い。
でも空気を読んで声を出さんようにして踏ん張る僕。
えらいで僕。頑張れ僕。
どれくらいそうしていたやろうか。
やがて……急にふっと白木の手から力が抜けた。
おそらく赤ん坊の体が全部抜け出たんやろう。
「な、なんやこの子は……?」
ほっと息をなでおろしてたら、子供を取り上げた医者の妙な言葉が聞こえた。
気が動転しとるんか、先ほどまで敬語で話しとったのに京都弁になってる。
せや、赤ん坊!
僕は生まれたであろう赤ん坊を見た。
そこには、医者の手の中に収まる小さな赤子。
羊水と血にまみれとるけど、それは確かに人間の子供。
けやけどその子供には他の赤ん坊にはない特徴があった。
僕も、赤ん坊を取り上げた医者も、他の助手の人たちも唖然としてその子を見とる。
「「「「……」」」」
「……っは!? せ、先生! はよへその緒切らな!!」
「あ、ああ!」
初めて見る光景に呆然としてしもたけど、僕はいち早く正気に戻ることができた。
とりあえず早くへその緒を切って赤ん坊自身で呼吸させなあかんやろう。
僕の言葉に我に返った医者が、へその緒をはさみで切った。
すぐに泣きださへんかったから背中をさする。
すると……
「おぎゃああああああああああああああああああああああ!! おぎゃああああああああああああああああああああああ!!」
周囲の人間の鼓膜をつぶしかねへん大音量で泣き始める赤ん坊。
大げさな言い方やない。
確かにこの子の泣き声で分娩室の中が揺れた。
びりびりと反響し合い、天井の照明ランプのガラス面にヒビが入る。
どう考えても普通の鳴き声の大きさやなかった。
正直その声に驚いているはずやのに赤ん坊を取り落とさへんかった医者は凄いと思う。
しだいに泣き声が小さなり、やがておとなしゅうなった。
白木さんは子供を産んだことで体力を消耗しきっとったんか、それとも先ほどの産声がとどめになったんか気絶してる。
僕を含む周囲の人間は改めて子供を見た。
「本当、なんなんやこの赤ん坊は……」
今はすやすやと眠るその赤ん坊。
その子には普通、人間には生えてへん見たこともないしっぽが生えとった。
「……」
病室に移されてからどうするべきか悩んでる。
ベッドの上には患者衣に着替えた白木さんが何も言わずに黙って横になってる。
意識は取り戻したものの、体力をほとんど消耗したせいか起き上がれへんみたいや。
時々僕と視線を合わせては、複雑な表情をして視線をそらすことを繰り返しとる。
僕としてはこの状態をどうするべきか悩んどった。
お医者さんたちの、僕が父親やっちゅう勘違いは説明して既に解けてるものの、未だに白木さんに付き添っとる現状。
それは他でもない白木さんに頼まれたからや。
僕はこの人のこと今まで忘れとったし、どうせ白木さんも僕のことなんて覚えてへんわと思っとった。
せやけど実際は、彼女は僕のことを覚えとったらしい。
『ごめんなさい、柳瀬君……』
そう言って謝られて、初めて知った。
なんでも不安になっている時に、元クラスメートでしかないとは言え知り合いに会ってすがりついてしもたらしい。
まぁ、それは解らんでもない。
きっと色々と事情があって不安定やったやろうし、何より妊娠してるだけで不安なもんやろう。
僕はそこらへん男やし想像でしか考えられへんけど、大変なんやろうとは思う。
正直言うて面倒事に巻き込まれそうな予感がするし早ようこの場を去りたいとは思うんやけどね。
僕が動こうとすると何故か捨てられた猫のような、おびえた瞳で彼女がこっちを見てくんねん。
優柔不断を自覚してる僕としては、あかんとは思っててもなかなか帰ると言い出せへん。
せやかてこのままここにいても厄介事に巻き込まれるちゅう変な自信はある。
これでも一応、探偵事務所でバイトしとるしな。
基本的に雑用や小さな仕事しか任されてへんけど、厄介な事件を見たことも何度かはある。
そういう経験からくる直観とでもいえばええんやろか?
いや、これだけ不安要素が重なれば普通の人間でも変に思うて当然かもしれん。
まず第一。
白木梢は遊び人ではないやろうということ。
人は見かけにはよらんとも言うけど、少なくとも彼女に関しては断言できる。
こんな気弱でおどおどした遊び人いうのもなかなかおらんやろうし。
僕はこれでも人を見る目にはそれなりに自信がある。
高校生という年で妊娠してしまっとるちゅう現状から考えられる可能性は二つ。
彼氏か、もしくは遊びでかは知らんけど避妊に失敗して妊娠してしもうたか。
もしくは誰かに性的暴行を加えられてそうなってしもうたか。
考えたくはないけど、彼女の場合後者が濃厚やろうなぁ……
第二に、父親の名前を語らない。
いや、別に赤の他人の僕に教える必要なんてないとは思うんやけどね。
せやかて父親はおるんか、どんな奴かくらいは聞く権利はあると思うねん。
少なくともそれくらいには既に巻き込まれてしもとるしな。
やから遠巻きに聞いてみたんやけど、どうも白木さん自信詳しくはわからへんみたいや。
というよりも語りたくないっちゅうべきか?
その話題に触れると、より一層おびえた表情をするもんやからあまり追及できんかった。
家族からの性的虐待とか、生々しい方向やないことを祈るばかりや。
第三に、家族を呼ぼうとせえへんこと。
こんな状態になってしもうたんやから普通は家族に連絡を入れるべきやろう。
かといって俺は彼女の家の連絡先を知らへん。
せやから彼女に家に連絡をする言うたら、泣いてやめてくれと訴えてきた。
精神的に不安定なのもあるようやけど、それ以上に家族にこの場にこられることに恐怖しとるふしがある。
今は泣きやんでるけど、先ほどまでは泣きじゃくっとった。
せやかて言ったら悪いかもしれんけど、自分の娘が臨月になっとんのに妊娠を知らんなんてことはないはず。
つまりこの白木の反応から、この赤ん坊は彼女の家族に歓迎されてへんのやないかと伺える。
もしかして家族の誰かが父親なんかと、それを考えると恐ろしいわ。
そうやないとええなぁ。
第四、これが最大の厄介事を感じさせる要素。
産まれてきた赤ん坊にしっぽが生えとるいうこと。
今は赤子用の服を着せられてて隠れてるけど、見たこともないしっぽを何度も僕は確認してる。
普通あんなものは生えてへん。
障害児や奇形児いうわけでもない。
いや、しっぽがある時点で奇形児に分類されるんやろうけど……
せやかて僕の知る限りあんなのはありえへんやろう。
先祖帰りで生えてるというわけでもなさそうやし、尻尾以外は見た目はいたって普通。
そのしっぽも、猿のようなしっぽやったらまだ先祖帰りの一言で無理やり納得できたかもしれん。
せやけどこの赤ん坊に生えとる尻尾は真っ黒や。それも毛があるわけやない。
毛など一本も生えてへんうえに、つるつるとした表面。
細く長いしっぽの先は膨らんどって、丁度トランプのクラブのマークのような形になっとる。
なんちゅうか、おとぎ話に出てくる悪魔のしっぽみたいや。
それ見てると、つい先日テレビで騒がれてたキリスト教の異端審問官と悪魔との大規模戦闘を思い出してまう。
テレビの映像に流れていた悪魔の姿は、まさに地上の生物とは異質な進化をたどったような姿やった。
その悪魔のしっぽが、ちょうどこんな感じのフォルムを描いていたような気がする。
ほんまにこんな赤ん坊、人間同志の間に産まれるんやろうか?
第五に、これもなんだか嫌な感じしかせえへん。
もしかしたらこれが一番厄介かもしれんな。
この赤ん坊の顔、なんか知らんけどどっか僕に似てる気がすんねん。
自分で言うのもなんやけど、白木さんと僕の顔を足して2で割って、子供にしたらこんな感じになるやろう。
この顔だけ見せて、事情を知らん人間に「僕と白木さんの子供です」言えばほとんどの人間が信じそうや。
これは偶然やんな? せやんな?
僕は白木との間どころか、他の女のことすら子供作るようなことはしてへんで?
こんなん声を大にして言うもんでもないけど、僕まだ童貞やし。
正直、家族を呼ぶべきやと思う反面、ほっとしとる自分がおる。
もし本当にこの赤ん坊の父親が誰か分かってへんかったら?
そんで、その場に赤ん坊の顔に似てる男がおったら?
その家族がどう思うかなんて想像したくない。
DNA調べれば一発やろうけど、それでも話がこじれそうでなんかいやや。
そもそもこの子供ってDNA調べた場合、ちゃんとしたものが出るんやろか?
こんなしっぽ生えとるくらいやし、チンパンジーみたいに何%か人間とずれがあったりして……
その件の赤ん坊は、備え付けのベビーベッドで寝てる。
本来、産まれたてなら別室で様子みなんやろうけど、この子はどこかおかしいし。
病院側の判断で母体と同じ部屋で様子見ってことになったらしい。
健康状態はすこぶるいいらしいしおそらく大丈夫やろうとのこと。
あかん、こんなん僕一人で考えてても埒があかんわ。
どうせバイトに遅れること連絡せなあかんし、時子さんに相談してみよ。
思い立った僕は、パイプ椅子から立ち上がった。
「……あっ……」
びくりとして、おびえた目で僕を見る白木さん。
その眼には、一人置いていかれるような恐怖がありありと見えた。
反射的に僕の制服の端っこを指でつまんで止めてくる。
……ほんま、なんなんやろな? なんで僕こんなに懐かれとるんや。
正直なんでこの子がここまで僕にそばにいてくれて言うんかわからへん。
不安なんは解るけど、再会したんはつい二時間ほど前やで?
しかも、そもそもそれまでに碌に話したことすらなかったのに……なんでや?
「ちょっとバイト先に、今日は休むて連絡してくるだけや。
すぐ戻ってくるし安心しぃ」
「……はい」
それを聞いて指を離してくれた白木さん。
もう一度すぐ戻ってくると念押しして、僕は一階のロビーに向かった。
ここは一応病院やし、院内は全域携帯電話使用禁止やったからな。
一階のロビーにある公衆電話使うしかない。
「……こういうの使うの何年ぶりやろな」
正直、もう街中歩いてても公衆電話なんてあまり見かけんようになった。
駅や公共の建物なんかには普通にあるけど、携帯が普及してからは皆あんまり使うてへんねやろなぁ。
財布を取り出して何枚か一〇円玉を投入する。
慣れ親しんだ電話番号を入力して相手が出るのを待った。
『……ルル……プルルルル……ガチャ……はい、こちら逆上探偵事務所』
何回かのコール音の後、電話に出たのは時子さんやった。
「あっ、時子さん。藤一郎です。」
『ああ、藤一郎ね。どうした? もう補習は終わったのかい?』
「いや、それが……補習には結局行けへんかったんですけどね?」
『? どういうことだ?』
「はぁ、それが……」
今僕が話してるんは逆上時子さん。
僕と妹の後見人で逆上探偵事務所の所長さんや。
僕は彼女に今回の話を順を追って説明した。
補習に向かう最中に元クラスメートを発見したこと。
そのこは妊娠しとってて、陣痛が来てしもたこと。
僕がいあわせて救急車で病院に運び、今はその病院から電話していること。
子供は無事産まれたけど、妙な尻尾が生えとること。
『でかした藤一郎』
「は?」
そこまで説明していると、何故か時子さんに褒められた。
なんで僕今褒められたんやろう?
いや、人助けしてえらいとかやったらわかるけど、なんで尻尾の話の最中で?
『確か東大路第二病院って言ったな?』
「はぁ……そうですけど?」
『私もすぐそちらに向かう。
いいか、お前は私が到着するまで彼女のそばを離れるな。
それまでは何かあってもお前が守れ』
「ちょっと時子さん、それってどういう……『プツッ、ツー、ツー』……切れた」
時子さんの言うてる意味はようわからんかったけど、こっちに向かうらしい。
まぁ、とりあえず僕も白木さんの病室に戻ろか。
そう思って、エレベーターに向かって歩こうとした時、ロビーにいる人たちががざわざわと騒いでいるのに気づいた。
なんやろうと思って、皆が見てる方に僕も視線をやる。
視線の先はこの病院の正面玄関、丁度今しがた自動ドアをくぐったばかりの人物が三人。
それはどれもコスプレしてるような外人さんたちやった。
というか牧師さん? みたいな恰好やな。
コスプレにしろ本物にしろ、少なくとも病院でする格好でないのは確かやな。
左から、かなりの巨体の男性の牧師さん。
もうこの人は牧師の後に仮って言葉が付きそうや。
なんていうか、服がぴっちぴちやねん。
正直筋肉のラインが出すぎてて引いてまうわ。もう少しゆったりした服なかったんやろうか?
しかも頭は禿にしてしもうてるし。
真ん中にいる人はまだまともやな、一番牧師と聞いてまだしっくりくる感じや。
中肉中背で肩までくらいの灰色の髪をしてて、眼鏡をしてる。
ああいう眼鏡ってなんていうんやっけ……アンクル? よう知らんけど。
まぁ、そこらへんはどうでもいいねんけどね。
他の二人よりも一歩前に出た立ち位置やから、たぶんこの人が中心なんやろな。
右の人は、なんて言うか……あんな鷲鼻初めて見たわ。
あそこまで長くてとがってる鼻て……漫画から飛び出したような顔やな。
まさに顔からにょい~んと伸びてる感じ。
体格的には真ん中の人と同じく中肉中背なだけに、よけい鼻が目立つ。
うん……まぁ、あれやね。
牧師の格好してなくてもこの組み合わせなら目立ってたやろうね。
……というか時子さんに電話でさっきあの子を守れとか言われたばかりや。
白木さんが産んだ赤ん坊は、まるで悪魔のようなしっぽがある。
そんで現れたんが牧師の格好したけったいな人達……できすぎちゃうやろか?
ちゅうか、嫌な予感しかせえへんねんけど、あの人達ってもしかしてもしかするんやろうか?
「……あなた、悪魔の匂いがしますね」
しかも真ん中に立つ牧師さんが、何か言うてはるんですけど……てかこっち見たはるんですけど。
その牧師さんが僕を見てにやりと笑う。
その眼を見て、僕は一目散に逃げ出した。
あかん、あの眼はあかん。
牧師なんて格好したはるけど、あれは人を殺したことのあるやつの眼や。
バイトで何度か見たことあるさかいわかる。
エレベーターを悠長に待ってなんていられへん。
少し距離的には遠回りやけど、階段使うたほうが早い!
そう判断して、エレベーターを素通りして階段に向かう。
せやけど僕は一番近い階段には行かれへんかった。
「ごほぁ!?」
走り出してすぐ、背中に重い衝撃を喰ろうて吹っ飛ばされたからや。
その衝撃を殺し切れずに、何度もバウンドしながら病院の床を転がる。
「げほっ、がはっ!?」
肺を圧迫されて咳が出る。
なんか背中えっらい痛いんやけど、何や? どないなっとるんや?
バウンドしてる時に床で強打したんか切ったんか。
どっちか知らんけど額も痛い。
たぶん血が流れ取るなこれは……左目がなんか液体でかすむ。
頑張って立ち上がる。頑張れ僕! 男の子!
耳に他の患者さんやら看護師さんのざわめきが聞こえる。
そらいきなりでっかいおっさんに高校生が吹っ飛ばされてたら騒ぎになるわなぁ。
僕が吹っ飛ばされる前にいた位置を見ると、巨体の牧師さんが拳を振りぬいたポーズで立ってはるし。
おそらくあの人に背中を殴られたんやろうけど、僕どんなけ吹っ飛んどんねん。
目算でやけど10メートル近く殴り飛ばされてるなぁこれは。
……背中痛いけど、骨折れてへんやろな? ちゃんと動けてるし大丈夫か?
いや、それよりもあのでかい人と僕は最初8メートルは離れとったはずや。
しかも僕の方が先に走り始めたはずやのに、それに追い付いて殴り飛ばしたいうんか?
どんだけ早いねん。あの中では一番動きとろそうやのに。
「いけませんねぇ、逃げてもらっては困ります」
かつかつと廊下に音を響かせてこっちに歩いてくるリーダー牧師さん。
やばいなぁ、僕の勘ではあの人が一番やばい気がする。
これ、白木さん守るどころか僕死ぬんちゃうやろか?
もう少しで階段に辿りつけるとこやったのに、吹っ飛ばされたせいで通り過ぎてもうた。
一番近い階段は僕と牧師さんたちとの丁度中間。
こんな階段使えるわけあらへん。
もう少し行けば確か別の階段があったはずや。
そこまで行ければええけど……そこまでいけるやろか?
「まぁ、悪魔の子とその母体の居場所さえ教えてくれればいいのです
あなたは知っているのでしょう? 」
教えていただけませんか? とほほ笑む牧師さん。
うわぁ、やめてぇな……そんな目ぇした人に微笑まれたら寒気がするやんか。
「あの……悪魔の子って……何です?」
「しらを切りますか、いいでしょう」
まぁ十中八九白木さんの子供のことやろうけど。
ちゅうかあの赤ん坊悪魔とかオカルト側の存在やったんか?
近親相姦とか生々しい事情やなくてちょっとほっとするけど。
「仕方ありません。話したくなるようにしてあげましょう」
「えっ?」
「アーメン」
僕にはおもむろに牧師さんが腕を振り上げる動作しにしか見えへんかった。
それでも、次の瞬間には僕の左腕が肩から切り落とされて床にぼとりと落ちた。
「ぐっ、ああああああああああああああああああああああああああ!?」
急に訪れた激痛に思わず絶叫してしまう。
なんやこれ? ごっつ痛い。
あまりの痛みに気が飛びそうんなる。
せやけどここで意識失うわけにはいかへん。
根性だけで倒れそうになるのを、足に力をこめてこらえる。
右手で切断面を押えてみるけど、こんなんで血が止まるわけもあらへん。
「どうです? 正直に話すならこれ以上の暴行は加えませんよ?」
「……くっ!」
わっかりやすい悪党なセリフはきよってからに……
そういうこと言うやつが、ほんまに見逃してくれるわけないやろうが。
どうせ僕が正直に話したところで、変わらへんねやろ?
「詳しい事情は知らんけどな……僕は女の子を売ってまで生き延びようなんて思わへんよ?」
それに時子さんに守れて言われたし。
あの人には返し切れへん恩があるし、守れ言われた存在を売り飛ばすなんてできるわけあらへん。
そもそも僕はヒーローみたいに悪党から女の子を助けるのんは向いてへん。
せやけど自分の命欲しさに自分を頼ってくれた女の子をほいほい渡せるほど、格好悪いマネもしたないんよ。
そんなわけで、僕にはせいぜいこうやって強がりで格好つけることしかでけへんねん。
僕が喋らへんかっても、いずれは白木さんもこいつらに見つかるやろう。
それでも、少しは時間がかかるはずや。
もしかしたらその間に時子さんが駆けつけてくれるかもしれん。
なんか、あの人やったらこない物騒な人らが相手でもなんとかなる気がするんよ。
根拠はないねんけどな? なんとなく。
「そうですか、それは残念です。
では私達は地道に探しましょう。
この建物の中のどこかにいることはわかっているのですから。」
全然残念そうやない顔でそんなことをいう牧師さん。
ほんま、どの口が言うねん。そんなこと。
リーダー牧師さんが指をぱっちんしはった。
……合図なんやろうけど、今どきそんなん実際にする人初めて見たわ。
その指パッチンを合図に巨体の牧師さんがすごいスピードで迫ってくる。
ちゅうか、自分でとどめ刺すんやないんやね。
それと、鷲鼻の牧師さんはさっきからほんまに何もせえへんね?
たぶん現実逃避やったんやろうけど、そんなくだらないことを考えとった。
視界に移る巨体がどんどん近付いてその拳を振りかぶる。
ああ、あれはなんか凄そうやね。
たぶん僕なんかあのパンチくらったらぺちゃんこなるんやないかな。
手加減されてたんやろうけど、さっきはあれ喰らって僕よう無事やったと思うわ。
せやけど今回はさすがに無理やろうなぁ。
……最後にもう一度、木村さんとこのラーメン食べたかったなぁ。
「……ぅおりゃあああああああああああああああああああああああああああ!!」
「は?」
しっかり心の中で今から死ぬような語りを入れとったのに、巨体牧師さんの拳は僕には届かんかった。
それは雄たけびをあげながら壁を突き破って現れた人影にその人が突き飛ばされたからや。
反対側の壁に思い切り叩きつけられる牧師さん。
濛々と立ち込める煙の中、瓦礫を踏みしめて現れたんは二人の人物。
二人とも丈の短いミニスカートをはいとって、フリフリの格好をしてる。
一人は赤を基調とした服装で、真っ赤な髪をポニーテールにしたはる。
なんか日曜の朝にやってる子供向けのアニメに出てくる魔法少女のような格好や。
ちゅうか、最近テレビのワイドショーを騒がしてる魔法少女に恰好が似てるなぁ……
アニメなんかの魔法少女と違うんは魔法のステッキを持ってへんところか?
その代わりに何故か右手の肘から先を覆うごっつい手甲つけたはる。
デザインはファンシーなんやけどな? ピンク色やし。
せやけどなんかその手甲、形がまるで杭打ち機みたいなんやけど……
身長はだいたい160くらい? 僕の妹くらいの身長やね。
髪は真っ赤やけど、黒髪にしたら僕の妹と同じの長さだね。
顔はまぁ、美人さんなほうやと思う。でも僕の妹くらいの美人度やね。
さっきの雄たけびはこの人みたいやけど、僕の妹みたいな声やったね。
……うん。どうみても僕の妹やね。
「香奈、何やってるん?」
「今のうちはマジカルカナンや! 香奈やない!
ってお兄ちゃんどないしたんその腕!? 大丈夫なん!?」
「んー、まぁ大丈夫なようで大丈夫やないな。死にそうや」
牧師さんたちは僕らのやりとりになんや呆然としたはる。
そら突然こんな珍妙なのが現れたらびっくりするわなぁ。
最近は世界中でいろんな魔法少女が現れとるらしいし、世も末やなぁ。
おかげで助かったけどな。
とりあえずこっちは妹として……もう一人は?
そう思うてもう片方を見やる。
その子も香奈と同じく魔法少女な衣装に身を包んどった。
丈の短いミニスカートにフリフリな服。
香奈と違うのは、こっちはへそ出しルックな上に青を基調としとるらしい。
それと杭打ち機の手甲を持ってへん代わりに、ごついライフルを両手で持っとる。
ライフルいうても、そういうデザインで銃なんやろうなぁとは思うけど、
やっぱりどこかファンシーな感じがするデザインになっとるなぁ。
身長は150くらいで香奈より小さいなぁ。年下の女の子みたいや。
腕も足も体が全体的に香奈よりも細いなぁ。年下の女の子みたいや。
髪型もボブカットに近いから幼く見えるし、年下の女の子みたいや。
眼は大きくて、子供のような張りのある肌。年下の女の子みたいや。
唇も見ただけでもわかるほどに潤いがあって瑞々しい。
第二次性徴を迎えたばかりの少女の、どこか危うく儚さが漂うとる。
……うん、やっぱり知ってる子やね。
「薫、何やってるん?」
「あ、あの……ボクは藤一郎君が危ないって聞いて……
う、う、腕……大丈夫?」
「大丈夫やないなぁ、肩から先ないし。」
それは置いといて……いや、置いとけるほど軽い問題でもないねんけどな。
まぁ、今は他に聞きたいことがあんねん。
「なんで薫、そんな格好してんの?」
「えっ?だって……今のボクはマジカルカオルンやから魔法少女やし……」
「少女やないやろ?」
「えっ?……まぁ、うん」
自分男やんか。
僕と同じ、ガクラン着てる男やんか。
なんで魔法少女やねん。
突然僕の前に現れて窮地を救ってくれた魔法少女。
それは妹の柳瀬香奈と幼馴染で同級生の饗庭薫やった。
もう、なんか考えるの疲れてきたわ。
早う来てえな時子さん。
僕、なんかいろいろ頭がこんがらがっておかしくなりそうや。